真・東方夜伽話

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2020/06/09 01:44:57
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distAnce①

みこう悠長
 十六夜咲夜の見目が極めて整っていること、それは生まれつきのものであること、同時に生得に時空パッケージへアクセスすることが出来るという特異体質(パチュリー・ノーレッジは見目にせよ時空にせよ、それに備わった特異を〝魔法〟と呼んで、自身の〝魔術〟と区別している)であることを、フランドール・スカーレットは知っている。もう少し付け加えるならば、十六夜咲夜がそうした生得の〝魔法〟を最大限に活かすと共に無意識の内にそれに依った高慢な生き方をしていることも、フランドール・スカーレットだけではない、この館の者は皆が知っている。だが、この館ではそうした類の高慢さは美徳なのだ。
 パチュリー・ノーレッジの美しい見目が魔術によるカムフラージュで本来の容姿は極めて醜悪であること、それは必死に整えたところで十六夜咲夜のような存在を前にすれば一笑に付される無駄な足掻きにしかならないこと、彼女には魔術の大いなる才がありそれを伸ばす為に日の当たらぬ場所で努力を惜しまないことを、フランドール・スカーレットは知っている。もう少し付け加えるならば、そうして努力で得た大きな力を、自らのコンプレクスの補償に躊躇なく使用する卑劣さも、フランドール・スカーレットだけではない、この館の者は皆が知っている。だが、この館ではそうした類の卑劣さは美徳なのだ。
 この二人の双方に、優も劣もない。正も誤もない。ただ、誰かが見てどちらを好むか嫌うか、それだけだ。
 でも結局、衝突は免れなかった。メイド長のあの汚れて自失とした様子はそれに違いない。そして生じたアクシデントを誰かが裁くとするならば、パチュリー・ノーレッジは、恐らく裁かれる事は無い;メイド長も。そこに優劣正誤が介在しない証である、強弱はあるかもしれないが。その間で二者の亀裂を目にする者は、しかしそれをどう評価するのだろうか。
 不憫は間に置かれて二人の間で潰れた人間の事だ。忠告は恐らく、届かないか間に合わないかしたらしかった。







 館の中をひたひたと歩き回っていたフランドール・スカーレットはいつの間にか外に出て、庭を裸足のまま歩いていた。芝生のふかふかとした感触は、上物の絨毯にだって負けていない心地よさがある。むしろ夏の暑い夜には、ひんやりと心地が良いくらいだ。

(裸足はきもちいいのにね。なんでみんなやめろっていうんだろ)

 庭には薔薇が、今は小さく窄んでいる。空には月が、今は満開に咲いている。フランドール・スカーレットが外に出るのは、決まってこうした徘徊の夜だった。日光に抗い昼も平気で出歩く姉と違い、姉に呼び出されない限りは、妹は頑なに夜ばかりだった。昼間は色々なものが見えすぎて好きではなかった。

(私がお昼の外出があんまり好きじゃないのと、みんなが裸足で外を歩くのをあんまり好きじゃないのと、同じなのかな。パチェと咲夜がお互いに好きじゃないのも)

 フランドール・スカーレットにはわからなかった;彼女は二人のことをどちらも同じくらいに信頼していたし、隠さずに言えば同じくらいに嫌悪する点も抱えていた。優劣も正誤もなく、第三者からの評価によってのみそれが決まるのであれば、尚の事フランドール・スカーレットにはそれがわからなかったのだ。好きか嫌いかで判断するなら、どっちも、「いろいろひっくるめて好き」なのだから。

「でもきっと、どっちかに、なるんでしょ?」

 月に見上げ、憎々しげに呟くフランドール・スカーレット。昼と夜みたいに、どっちもなんてダメだって、いうんだ。元々月影の下に生きる吸血鬼でありながら、彼女はその黒い空を余りにもくっきりと刳り貫く月の姿を、気持ち悪いとさえ思っていた。肌を灼く太陽と同じくらい、好きではなかった。月を気持ち悪いというと、みんな怪訝な顔をする:吸血鬼なのに、綺麗なのに。でも彼女にはそれがわからない。だからそれを口にも出さなくなった。これも、自分の背にまともな羽が生えず吸血牙を持たない畸形児だからなのかもしれないとある種の諦観を持っていた。

(外に出て、いろんなこと、知らなきゃいけないのかな)

 彼女には、所謂常識というものが多く欠落していた。その自覚もあった。誰が決めたのかわからない、常識というものが。それ故に、メイド長の事も、顧問魔術師の事も、双方を人並みに評価出来ないとも。

「外、いやだな……」

 月を見上げて眉を顰めながら、メイド長と顧問魔術師の確執を苦めしく反芻しているようだった。
 決着をつけてはいけない、とフランドール・スカーレットは思っていた。どちらかを悪役にする意味など、誰にとっても喉ましいことではない。それを拍手に喝采して笑うのは、恐らく姉の言う下らない社交界というやつ位のものだろう。
 だって、この館にどちらかを特別に嫌う者などいない、同時にどちらかを贔屓に好いている者もいない。十六夜咲夜がパチュリー・ノーレッジを見下して嫌っていたことも、パチュリー・ノーレッジが十六夜咲夜に嫉妬を超えた悪意を抱いていたことも、それは二人の間に存在する単にそれだけの感情だ;それは第三者には何ら関りのないことなのだから。

(かかわりのないことなの?)

 発散しがちな彼女の思考は、彼女自身の自覚するところだ。一つの考えをきちんとボールに圧縮するのが苦手なのだ。それでも、フランドール・スカーレットは考えていた。

(それは二人の間だけにある「もの」なのに、私達は何でその間を嗅ぎまわって評価しようとしてしまうのだろう。関係はないことなのに、どうしてそれを決める目を持つ必要があるの?)

 そんなことを、十六夜咲夜もパチュリー・ノーレッジも、お互いの間にある溝が油で満たされていることをわかっていないはずがない。だのに何かが起こった。きっと致命的で不運なことだ、姉に伝えれば姉は身の裁量を以て行動するだろう。一体何が悪かったのだ。悪者などいないのに望ましくない事件が起こるなんて、理不尽ではないか。

(ひとのこと、わからない)

 夜の、しかし姉も、同時に下僕妖精たちも同時に寝ている僅かな隙間時間をふらふらと歩き回るフランドール・スカーレットの徘徊が、今宵はいつにも増して長かったのは、その「わからない」がフランドール・スカーレットにとって重要な命題と直結していたからだ。彼女は姉と違い殊更頭の切れる人物ではないし家にこもり切りなので知識御見分も広くはない。もしかしたらみんなにとっては当たり前のことなのかもしれない、わからないでいるのは私だけなのかもしれない:そう考えながらふらふらと歩き回るフランドール・スカーレットは、急に、頭の中に違和感を覚えた。来た、彼女自身にもその異変は自覚されていたし、それが何を示しているのかも、知っていた。

 そのまま砂の城がなるように、「それ」はみるみる崩れていく。

「うあ、ああ、」

 突然頭の中に、この件に関るあらゆる情報が、全て「並列に」展開される。時系列の整列を無視し、因果関係のリレーションの距離も一切考慮されない混沌とした情報の海が、フランドール・スカーレットの頭の中に噴き出してくる。おもちゃ箱をひっくり返して収拾がつかないときの様に、彼女の頭の中にある記憶と情報と感情が一切整理の付かないままに膨らんで導火線で結ばれ連鎖爆発していった。何か一つを手に取ってみても、それに関連する妥当な情報「だけ」が紐づいてくることはない、何もかもが蜘蛛巣のように絡みついて関係のないもの同士さえ関係性を主張し迫ってくる。十六夜咲夜の記号をチョイスしても、同時に昨日の晩御飯の献立と、今日の昼の空の色がくっついて、更にその下の方にももっと関係のない情報がくっついてくるのだ。

「ああ、あ、あ、あ、あ!」

「わからない」のストレスがそれを招いたかもしれない。それともあの赤みがかった満月がそれを呼んだのかもしれない。
 頭の中に噴き出して渾沌を極める情報の奔流、まともな思考と理性はそれに押し流されて抹消され、強い感情に紐付いた欲求が優先される。感情によって不当に優先された情報だけが恣意的に選択され、行動に反映される。
 彼女が食事中に突然立ち上がって他の事を始めるなどするのは、こうした頭の中で奔流をなす情報とその爆発によって整合性と順列を失い全てが等しい権利を以て並列に展開される記号達から「その時偶然に向いた興味」という感情によって再抽出された結果、椅子の上に立ちあがって跳ねたらどうなるのだろうという疑問と欲求が食事よりも優先され、そうした行動が引き出されてしまうことによる。彼女のそうした突飛な行動を他の者は皆「発作的」と表現している。それを最も理解し適切に対処して彼女の落ち着きを早期に取り戻す術を知っているのは、他でもない姉のレミリア・スカーレット、次点をしてパチュリー・ノーレッジに他ならないのである;そして今はそのどちらもいない。
 さして好きでもない月影の真下、窄んだままの薔薇を前にして、彼女一人が中庭にいる状態だ。突如「発作」に見舞われたフランドール・スカーレットはその場にしゃがんで蹲る。彼女の頭のごく隅の方にわずかに残っている理性がこの発作を忌避し何とかしなければと思うが、彼女の大半はもう「感情《得体の知れない何者か》」に操られ気違えた行動をとろうとする。しゃがみこんで頭を抱えるように蹲るのは僅かな抵抗だった。

「月、嫌い、嫌い、嫌い」

 地下にこもり気味のフランドール・スカーレットでも、この薔薇が、わざわざ外部の造園業者に頼んで作られ、十六夜咲夜のきめ細やかな世話によって綺麗に整えられていることを知っている。それをこんな風に台無しにしてしまうことがいけないことだともわかっている。それでも今の彼女には欲求を止めることは出来なかった。
 フランドール・スカーレットは立ち上がり、庭の薔薇の蕾をぶちぶちと摘み取って地面に投げ捨て始める。何かにそれを迫られているかのように、必死な様子で蕾を毟って毟って毟って捨てる。地面に落ちたものの内幾らかは、摘み取って打ち捨てられただけとは到底思えない;まるで水気を含んだ細胞壁の泥のようになって地面に斑点を作っていた。

「あ゛ーーー、あ゛ーーーーー! ……あはは、あははっ!」

 目につく薔薇の蕾を次から次に毟って捨て、花壇をワイプしていく。地面に大量の蕾の死骸と緑色の泥が折り重なっていく中、次には彼女は月に向かって無い牙を立てるように口を開いて声にならない声を、投げつけていた。背中の骨格羽にぶら下がる色とりどりの水晶様のタリスマンがそれぞれの色に目映く発光している。大きな変化は何も起こっていないが、巨大な何かが宙を切り裂いて振り回されているような鈍い音と空気の揺れが生じていた。小さな蕾を植物泥に変化させた不可視の力を、月に向かってひっきりなしに放り投げているようだ。勿論それは遠すぎて何も作用することなくFizzっている。

「はっ、はっ、はっ」

 しばらくそうして月に向かって〝力〟を投げつけ続けている内に疲れてしまい、フランドール・スカーレットの発作じみた不可解の行動は、疲労の内に収まった。再びへたり込んで自分の座り込んだあたりに散らかる薔薇の蕾を見て、ああ、またやってしまったのだ、と顔を覆う。

「また……ああ、」

 いけないことだと知っていても、自制することの出来ない情けなさ。今度はその感情のまま、そこから走って逃げ去ろうとするが、それを制止したのは、彼女の脳裏に浮かび上がった一瞬の映像だった。

「――チルノちゃん」

 感情のままその場を逃げ出さずに留まったのは、逃走への感情よりも勝る形で彼女の脳裏に映った「フレンズ」の映像があったからだった。そしてそのまま、タイミングよく発作じみた記憶の爆発展開が収まり、理性が戻って来たようだった。

(チルノちゃんも、わからないって、ゆってた。自分のことをバカだからって)

 この間自分の部屋に迷い込んできた妖精族の子のことを、彼女は思い出していた。自分の「わからない」を、隠すつもりがない、不思議な純粋さ。「わからない」ことに後ろめたさを感じながらも恥じていない、少し変わった我の強さ。どこか他人を拒絶する雰囲気と言動。一度会ったきりの正体も知らない妖精に、フランドール・スカーレットはどこかに共感を得ていた。彼女のことを考えるだけで不思議に気分が落ち着いた。いつも周囲からの目に怯えて自分を守るために外の色んなものを壊してきたそれを、きっと抑えられるという予感があったのだ。

「チルノちゃん」

 その名前をポツリと口から漏らしながら、地面一杯に散った薔薇の蕾の死骸に抱かれるようにして彼女はぱたりと仰向けに倒れ込んだ。上向きに放り投げられた視線の先に、空からぶら下がる赤茶けた不気味な温度の月。あまり好きではない、月。

(でも皆は綺麗だっていうし)

 そうした周囲との不一致とが色んな「わからない」に起因していそうなことは、フランドール・スカーレット自身にも分っている。だが、その理由を、誰も説明してくれない。そうやって、理由もなく仲間外れにしているだけみたいにしか、感じられないのだ。その「わからない」をどうやって処理すればいいのか、彼女に、聞いてみたかった。

「明日もまた会いたいな。チルノちゃん。私の、唯一の」







「チルノ、明後日、放課後部活?」
「ううん、あいてるけど」

 話しかけてきたのは、隣のクラスのリグル・ナイトバグだった。〝リグル・ナイトバグ〟だなんて|フルネーム《他人行儀》、こいつとは昔からの腐れ縁、よく言うならば、幼なじみという言葉で飾ってもいいかもしれない。

「あれ、射命丸さんと部活じゃなかったっけ」
「そうだけど、部活動してるのは文だけだから。あたいは行っても行かなくてもいい」
「そうなの? じゃあ放課後、カラオケ行かない? 秋高の男子も3人、来るんだ。」
「ふうん」
「ふうんって」

 カラオケとか、興味ないし。文はそういうのソツなくこなすから文を誘えばいいじゃん。
 こいつ相手に隠すつもりなんてない、不満足な顔を見せるとリグルはほんの少しだけ眉を顰めて周囲を一瞥する;そして声を縮こめて言った。

「まだ、友達出来ないの?」

 そうだよと肯定するのも嫌だし、違うと否定すると嘘になる;あたいはただ黙って視線で逃げる。

「ちょっと噂になってたじゃん」
「あんなの、なんでもねーし」
「そうなの?」
「《《なんか》》だと思ってるわけ?」
「《《なんか》》じゃなっくったって、いつまでもそんな風に《《大人しい》》のはダメだよ。《《チー》》らしくないよ」
「あたい〝らしい〟って、なにさ。あと、その呼び方、いい加減やめて。」

 こいつは、ハクレイが決めた新しい制度である「学制」に組み入れられた途端、今までとは別人みたいになった――有り体に言えば、モテはじめた。こんな奴のどこがいいのか知らないけど。こいつが「そんな風に《《大人しい》》」と言うのを、そのまま返してやりたい:「あんな風に《《大人しかったのに》》」って。

「チ、ルノ」

 そんな関係じゃなかったのにな、こんな感情でもなかった。やっかいなのは、かわったのは、あたいの方だろう:それも悪いように変わってしまった。昔のままの方がこいつともうまくやれたと思うし、ここでもうまくやれただろう。
 いや、《《うまくやれていないことに気付かずに済んだ》》だろう。
 何より、今のリグルが、あたいはどうしても気に入らない。どうしてあたいがそんなことで苛つかなきゃいけないのか、筋違いも甚だしいといいう自覚はあった。自覚は、あっても。

「お前さ、昔そんな奴じゃなかっただろ」
「な、なに、藪から棒に」

 いきなりあたいに噛み付かれて、さすがのリグルも驚いている。でも藪から棒? ずっと前からだ。見ていると、ああ、腹が立つ。怒りとは少し違う、落胆や嘆きに混じって、おかしい、恥ずかしさまで混じってる。

「前は、もっと、やさしかったじゃん」
「えっ」

 やさしい、という言葉が適切とは思えなかったが、あたいの空っぽな頭の中をいくら捜索してみても適切な言葉は見つからない;案の定それはリグルには適切に伝わらなかった。彼は驚いたような顔であたいの顔を見る、そしてすぐにバツが悪そうに

「なんか、ひどいことしちゃったのかな。ごめん、気付いてないたみたい……」
「別に、なんもされてなんてねーよ」

 そう、なにもしてない。
 きっとリグルに非なんてない、いつまでも悲嘆に暮れていろだなんて言えるものか。立ち直っただけ、リグルは立ち直っただけだ;そこに悪性なんてある筈が、ない。なのに、どうしてあたいはこいつを責めたい気持ちで、いらいらしているのか。

「でも」

 デモもテロもない、間違ってるのは、全部あたいの方だ;わかってるのに、止まらない。それって、わかってないからだ。

「何がカラオケさ、そんなの行って、お前の何がわかるんだよ。」

 ああ、何言ってんだあたい。

「何が友達だよ、そんな奴らに何がわかるんだ;あたいは、お前が」

 そこまで言って、言葉を呑み込む;それを言ったら、何にもわかってないあいつ等と、同じじゃないか。
 あたいがリグルのなにを知ってるんだ;ルーミアとミスティアに比べれば、あたいは|四則同盟《あのなか》じゃ新参者だ。リグルのことなんて、弱虫泣き虫無自覚女たらし以外のことをほとんど知らない、それであたいが一体何を非難できるって言うんだ。あたいだって、ただの〝友達〟だっていうのに。

「――お前がが、羨ましいだけだよ」

 呑み込んだ言葉がそれでも口から吐き出された;誤魔化せてるとは到底、思えないが。

「何それ、絶対違わない?」
「違くない。」

 違う、けど。

「何が、友達だよ。からっぽじゃん」

 そう、何が友達だ。相手のいい変化も受け入れてやれないなんて。
 〝受け入れられないもの〟は、何だ?

「ほら、呼んでるよ」

 リグルを呼ぶ声が聞こえた、声の主は名前も知らない女だ。

「いきなよ」
「うっ、うん」

 気まずそうな顔して、そういう態度が一番刺さるんだよ、鈍感やろう。
 そう思ってから、改めて思い直す。

(……肝心なところは変わってねーのな)

 ち。誰にともなく、自分に向けて舌を打ち、鈍感やろうのいなくなった場所をあたいも後にする。あたいには仕事がある、このクソ面倒な気を紛らわせるには、丁度よかった。
 |神妖《かみさま》「ササメユキ」の一件で、転校生のレティ・ホワイトロックが突然あたいにキスを食らわせたことと、それを見た文の奴があたいのことを「私の」呼ばわりしてくれたせいで、あたいは「一瞬だけ」随分とクラス内の立場を違えた。元々クラスどころか学制中で、あちこちにしゃしゃり出て鬱陶しがられつつも一定の信用を得る妙なコミュ能力を発揮していた文が、普段からあたいに構いっきりであることは良からぬ噂として流布されていたらしい;そしてその件によってそれが明確になった。レティの方も、あの儚げで大人びた雰囲気に美人とあって、転入直後から真っ先にカースト上位入りだった。初日以降はあたいと必要以上に距離を縮めることはなかったが、他のクラスメイトとは違って(転校生に許された空気の読めなさを利用して)あたいを遠ざけることはなかったし、彼女はあたいのことを肯定的に言い表すものだから、こちらも不要にあたいの株を値上げさせていた。
 あたいという存在を文とレティという信用が担保する形で、それまでほとんどクラスメイトと口を利いたことのなかったあたいに、会話の機会が多く生まれるようになった。でもこれを友達、ということにはあたいが疑問を感じていたのは、信用があたいにではなく、文やレティの元にあったからだ。片やクラスメイト達はあたいを安易に友達と呼ぶようになったが、グレートシングを吹き飛ばした後あたいを抱いて文が言った「友達」という言葉とは随分と重みが違うように思えたし、それでもなおあたいは文を友人と呼んでいいのかまだ戸惑っている、勿論恋人だなんて、やっぱりあたいには烏滸がましく思えた;えっちしといてそんなの、ずるいのかもしれないけど。あのときは、そうなんだと、思ったのだけれど、学制に帰ってきてみればやはりカーストの差を感じて仕方が無いのだ;改善されたこの立場も、文とレティの威光を借りているだけ、あたいの信用じゃない。何より、この先あたいを見続ける「彼女達という社会」が、今後あたいをどういう距離感で扱うのかは、「彼女達という社会」の中のあたいという存在が妙な化学変化を起こした幻影として歩き出さないかどうかにかかっている。なんせそこにはあたい自身が影響できる余地は殆ど無いからだ。例えば黒谷のようなオピニオンリーダーがあたいを一言「円光で稼いでる女」とでも流布しようものなら、「噂」という名のもうひとつまことしやかに語られる世界ではあたいは確かに、友人の彼氏にでも股を開く泥棒猫に仕立て挙げられててしまだろう。
 実際には黒谷は「まほうつかい」の同僚である;そうしたことは絶対にないことだが、そういう噂話の発端となりやすい人物というのは他にも幾らでもいる。仮にそうした誤解をどうしても防ぎたいというのであれば、きっと、今よりもより強固な信用を築く必要があるが、あたいにはまだそれをする方法もわからないし、なんとなく、そういう「友達」という関係に不純を感じてしまって、〝行動〟には移せないだろうと思っていた。

 その「友達」と名乗る奴らは、こう言うのだ。リグルがいなくなったのを見計らったみたいに寄ってきた:さも偶然の顔をして。そういう、振る舞いが、だ。

「ね、射命丸とそういう付き合いって、もしかしてチルノってほんとに、えっと、L……LBTG?BT? ってやつ? 私よくわかんないけど、いいと思う!」
「ホワイトロックさんとは、どうなの??」

 よくわかんないのにいいとか言うな。バカでよくわからないことには黙ってるあたいがバカみたいじゃないか。ああ、バカだった。

「……レティも文もそんなんじゃないよ。あたいは、そういうの、どっちも興味がないっていうか、よくわかんないし。二人共、バイトの付き合いだから」
「ほんとう??」
「射命丸の熱烈具合は、ちょっとすごいけどね」
「ほんとだよねー♪」

 なにが「♪」だよ。表情を隠せていたかどうかは怪しい、そういうのは得意じゃないから。ただこの嫌そうな|面《つら》も、彼女たちには「面倒な友達にノリ半分で辟易している一種の社交」として映っているようだった。
 しかし少なくとも「バイトの付き合い」という|行《くだり》は本当ではない;勿論それは「まほうつかい」としての活動を示してのことだ。「まほうつかい」という集団が存在するのは学制でなくとも社会一般的に知れ渡ったことだし、その運営母体がCIPHERと呼ばれる組織であることも知られている。ただ、あたいが「まほうつかい」であることは知らされていなかった(秘匿するように指示があるわけではない。黒谷は周知している)し、だがそれ以上に、レティがササメユキの破片であることなどは知られていない、こっちは秘匿を強いられていた。バイト、と示したのはそれら面倒をひと絡げに捨てるためだ。

「ふうん、バイトねえ。まあ、それならそれでもいいのだけど。でも、だったらなおさら、チルノは男を知るべきだね」

 いや、結構なんだけど……。

「さっきのカレがゆってたカラオケ、秋校の男子来るからさ。ね。射名丸も呼んでみたら? 部活ったってたまには息抜きも必要だよ」

 なんだよ、こいつもリグルの関係者かよ。もしかして偵察だったのか?

「あー、じゃあ、うん、聞いてみるよ」

 秋校、とは隣の区画の学制だ。秋来宮という地域の高校。秋来宮って、行ったことがある記憶はないのだけど……懐かしい感じがする地名だ。スポーツが盛んな学制で、そういう男子が好きな女子にとってみれば、この学制の男子よりも「可能性」があるのだという。あたいは、そういうのに全然興味は無かったけど、文は下らないと思っていても付き合う必要のある場面があると、言うのだ。対人関係の話については、文が全面的に妥当な回答をすることは認めざるを得ない。受け入れられる範囲で、あれ以来、受け入れるようにしていた。
 と。三人~四人で徒党を組み常にだれかが何かを喋っているような奴等が、揃って口を閉ざす。お互いに目配せして何かを伝えあっている。

「……あたいの顔になんかついてる?」

 言うと、目くばせが激しく早くなった。声に出さずに口だけを動かして、何か言い合っている。

「あたいがいない方が話せるんだったら席外そうか」
「ああ、いや、そうじゃなくってさ!……ほら、柴前、言ってよ」
「ええ、谷陵が訊くってゆってたじゃん」
「言ってないわよ、冨田でしょ」
「……昼飯買ってきていい?」

 あたいが席を立とうとすると、流石に慌てた一人が止める。

「あああああのさ、ネットで見たんだけど、ああ、私、そういうのに詳しい奴が集まってるセクトに登録しててさ」

 セクト、とは|www《ワイヤド》上のクローズドなネットワークサービスでのつながりをリアルのコミュニティに近付けて実際の活動に反映させている集団の通称だ。正式名称ではないが、輪郭のはっきりしない集団だからそもそも正式名称は無く、通称のまま通っている。小さいものでは学校の裏掲示板の様なものから、大きなものになると政治家を輩出したりやロビー活動を行って政財界に影響したりするものもあって、|神妖《かみさま》フォールの時にマスコミを焚き付けて手を拱く自衛隊叩きを推し進め結果的に学徒動員を臨時法で成立させたのは、まさにこのセクトと呼ばれる不定形の集団だったと言われている。フォールの件で学徒動員を成立させてしまった政治的敗北を受けてCIPHERは政治色が強く大型のセクトに対して、かなり過敏になっている;あたいもよくその話を聞かされていた。

「そのセクトの中の噂で、うちの学校にいる妙にデカい妖精族の学生がササメユキと非敵対的接触をしてた、って言われてるんだ。それって……」

 彼女の持ち出した「ササメユキ」の言葉は、ここではレティのことを指してはいないだろう。持続する極寒波の正体、多くの凍死者を出した|神妖《かみさま》、そっちの「ササメユキ」の事に違いない。どこから情報が漏れたのだろうか。レティとの関係を悪く位置付けるつもりはないが、この情報はかなりナーバスだ;あたいが勢いで肯定するわけにはいかない。

「は? あたいが?」

 シラを切ることにした。所詮セクト発端の情報なんて、真偽のはっきりしないものがほとんどだ。もし何らかの証拠と共に漏洩していたとしても、それが明るみに出て信用を得るにはかなりの時間がかかるだろうし。

「んなわけないじゃん。あたいが|神妖《かみさま》のスパイだって? 面白いねそれ」
「ややややっぱりただの噂だよね、そうだと思ってたって、うん!」
「うっわ、谷陵それサイアク」
「セクトの情報なんてほんとなわけないじゃん。冨田が適当なこと言うから」
「柴前が持ってきた情報だろ!?」

 即座に仲間割れにスライドする。この3人を見ていると、なんだか昔を思い出す。あたいが、リグルやルーミアやミスティアとよく一緒にいた頃だ。今だって仲が悪いわけじゃないしたまには顔を合わせることもあるけれど、時間と言うのは否応なしにあらゆるものを変化させてしまうのだろう;昔みたいに何についてもばかをやって笑っているような間ではなくなっている。柴前が谷陵に舌を出しているのを見て、なんだかルーミアとミスティアを、思い出してしまった。久しぶりに、あいつ等の教室に顔でも出そうかな;今更会って「ともだちになって」なんていう仲ではないけれど。

「でもさ、最近ちょっと聞くよ。|神妖《かみさま》の尖兵が町中に紛れてるって。青い髪の妖精族って、言われてる。写真もあって、これ」
「うん?」

 そう言って谷陵がモバイル端末を翻して画面に表示させたのは、写りの荒い映像だった。
 この荒さは、知っている;通常の高感度映像を精度を犠牲に望遠したものだ。それに赤外線情報で補完しているのだろう。赤外線視覚は氷の妖精のあたいには元々少し備わっていて、人間が機械文明を打ちたてて常在マナが減少してからはあまり見えなくなっていたものだが、レティから力をもらってそれはすっかり復旧している。
 但し、この写真はあたいの視覚を窃取した(それは|視覚素子《サードアイ》というナノマシンを血中に送り込めば可能だ)ものではないだろう。今のあたいの目にはもう少し鮮明に見えている。この映像の赤外線補完が弱いのは、ササメユキの展開していた固有ワーディングの「絶対寒波」の影響下で熱源検出がほとんど死んでいたからかも知れない。

「これ、最近ネットで出回ってるの。KKSとか」
「ほとんど見えないじゃん」
「まあ、ね。コラかもしれないし。このでっかいのがササメユキって言われてて、この辺」

 グレートシングに変化したササメユキの傍に、確かにあたいが映っている。ざらざらの映像に吹雪も被って、色彩もほとんど死んでいるが、あたいを知っていれば、あたいの姿を思い出すかもしれない映像だった。でも同一性を求められるほどの鮮明さはないし、あたいの事を知っていなければなおのこと無理だ。その程度の映像。

「青い髪の人間、に、見えなくもないね」
「まあ、そういうこと。チルノって妖精の中じゃ大柄だから、目立つし。その真っ青の髪とか。見た人が何か言うかもねって」

 その「みたひと」っていうのがこの三人組と言う事だろうか、ネットでこの写真が流出しているとあればそんなことはもはやどうでもいいことだけれど。肯定するわけにはいかないけど、無理に否定することでもないかなと思った。谷陵が所属しているというセクトはそんなに巨大なものではないようだし、大方、セクト発信のデマとして消える事だろう;シラを切っていれば問題はなさそうだ。

「セクトん中では、この人物はササメユキから極冷環境を作り出す力を与えられた、って言われてるの。ササメユキみたいに、冷気を呼び寄せたり、氷を作ったり、出来るんだって。街の中に潜んで、|殺さ《送ら》れた元の体の恨みを晴らすべくテロを企てるとか言われてるんだよ」
「なにそれ、魔法使いみたいだね。ヒャダルコ!」

 あたいは「こおりのじゅもん」を使って見せる:勿論氷を作ったりはせずにポーズだけだ。

「そう。その〝まほうつかい〟だよ。あの組織、|神妖《かみさま》と戦っているけど、その戦い自体がポーズで、本当は一緒になって世界征服を企んでるとか、|神妖《かみさま》の体組織から力の源を得ようとしてるとか」
「柴前、それKKSの釣り針、しかもデカすぎて誰も食わん奴」
「えっ、そうなの? パンダー」
「古」

 話が発散しかけている、クラスの女子の会話と言うのはだいたいこういうものらしくて、あたい側に入りにくいのはその会話の変転の速さ故だった。こんな風にころころと話の軸を変えられると、あたいのオツムじゃついていけない。
 だから、あたいは敢えて核心を突っ込んでやることにした。

「これがあたいだったら、どうするの? ケーサツにだも突き出す?」

 すると、三人は一旦お互いに顔を見合わせてから。

「「「氷が自由に作れたら、すずしいだろうなあって!」」」
「は?」

 我が耳を疑う。

「だって、ここんとこ夏、暑過ぎじゃない? ササメユキが熱量を移動した分が今どっときてるとかゆってたよ」
「もういっそ熱量を除け続けるのでいいから、ササメユキのパワーがあれば、涼しいのになあって!」
「「「チルノがそうだったら、涼ませてもらおうと思ったのにー!」」」
「……」

 足りない頭をフル回転して対応を考えていたのが、バカらしくなった。いや、バカだったっけ。ああ、もう、バカみたい。

「カラオケの件は、文に伝えとくよ」

 なんだかどっと疲れた。昼飯はいいから部室でごろごろしてこよう。







 部室に来たら、文に抱きしめられた。
 全然ロマンチックじゃない奴だ。
 そのまままるでぬいぐるみか何かみたいに膝の上に乗っけられて、疑似あすなろ抱き。
 それでも全然ロマンチックじゃない奴だ。というのも。

「あや、あつい」
「いいじゃないですか、夏は少しくらい暑い方がいいんですよ」
「あやは何であたいを膝の上に置きたがるの?」
「涼しいからです」
「暑いってゆってんだよー!」

 あたいを膝の上に乗っけて後ろから半ば拘束するような恰好でいるのに、加えて頭の上に顎を乗っけてくる。あたいがそれを、両腕で上に押しのけると、文の顎とか頬に手が強めに当たってしまう。やりすぎたかと心配した瞬間「んーちべたいきもちー」ってくぐもった声が聞こえてきたので、遠慮を消した。

「どっけ、重い、あっついぃ!」
「むぎゅ」
「フリーズタッチミー!」

 あたいは文の腕を抜け出して、文の足と地面を氷結させて足止め。つんのめって止まった文の体全体を氷塊で包んでやると、文はあたいの方を見てばればれの嘘泣き顔を見せる。
 結局あの三人も文も考えること同じなのかよ!

「ひんひん、チルノさんが意地悪です」
「人を冷えピタの代わりに使っといて何が意地悪だよ、ったく。レティにでも頼め」
「あの人には絶っっっっっっ対イヤです!」

 ササメユキ事変の後日、しれっと「転校」してきたレティが、しれっとあたいにキスしたあの日から、文はレティを目の敵にしていた。さっきの三人が言っていた通り、その光景はクラスメイトの面前で行われ、全員の知るところとなった。しばらく、大変だった。
 一方で、それ以来レティからあたいへのアプローチはほとんどなくっていた。クラスメイトなのにたまに声を交わすだけ(後ろからじっと見られている気はするけど)、そんな感じで何にもないのに、文ときたら、がるるるるがるるる、って本人は鴉なのに狼みたいに牙向いて怒るの。子供かっての。
 さてその文だが、今や氷漬けである。結局、教室で柴前、谷陵、冨田の三人に言われた通り(いや、ここまで過激なことは想像してなかったろうが)のことを文にしていた。

「あーでも、これいいかもー。つめたーい」
「じゃあそれ永久氷晶にしとこうか」
「それはまた次の機会に……というか流石に氷漬けはキツいんで解いてくれませんか」
「1時間もすれば冷却クラスの活性区間終わるから氷自体消えるよ」
「1時間!? 昼休み終わっちゃうじゃないですかあ!」

 何か背中から泣き言が聞こえてきたが、あたいは暑くてそれどころじゃなかった。元から暑さでだれていたのに、文の足止め呪氷を作ってしまったので更に体温が上がってしまった。だって文の飛翔力は半端じゃないから。それを止めておける強固な氷は相応の強度が必要だ。

「あっつ……あやのせいだかんね」

 熱量保存の法則だか何だか知らないけど、氷を無理やり作ったりすると別の場所が急に熱くなる。水を凍らせたからって突然空が燃えたりするわけではないけど、幾らかは熱が返ってくる;ちゃんと予め放熱先を決めておかないと、こうして体温が上がったりするのだ。夏で暑い盛りなのに、堪ったものではない。昔(昔どころではない、もっともっと大昔だ)は、放熱先なんて考えなくてもよかったのに、今はもう不便で仕方が無い。今でこそ《《色々あって》》多少なら出来るが氷だって、伝導器がなければ作ることも出来なかったのだ。
 あたいが服の胸元を掴んでばたばたと動かすのを、文はわざわざ誰にでも分るようなスケベ顔で覗き込もうとしていた;ふざけているだけなのだろうけど。

「ちょっと」
「いいじゃないですかぁ、今更知らぬ同士でもあるまいに」
「昼間からのべつまくなしにそういうことをするなっての」

 舌を出してあっかんべ、文なんかしばらくそのまま頭でも冷やしてろってんだ。
 フリーズタッチミーで氷漬けになったままの文だけど、そんなことお構いなしに会話を続けようとする。

「そういえば近々、紅魔館見学会があるらしいですよ」
「見学会?」
「紅魔館の中を庶民にひけらかすんだそうです。なんて、悪そうに聞こえますけど、ああいいう趣味の特権階級はこの辺にいませんからね。骨董とか美術品とか、異文化な美意識とか、今や蒐集家は限られていますし、評判はいいみたいです。」
「ふうん」

 まるで氷山の着ぐるみでも着ていますみたいな格好のまま、やはり何事もなく話し続ける。強いな、こいつ……。
 紅魔館に所蔵されている骨董品は、人間が科学文明を反映させるその前からのものも少なくない。価値が分かる人間は、恐らく今この世界にはほとんどいないだろう。レミリア・スカーレットと品々の管理者自身しかわからないのではないだろうか。当然、あたいにも分らない。
 紅魔館に収められた骨董のほとんどは、酷く原始的な方法で作られている;例えば陶器:土を捏ねて窯で焼き、土で作った絵の具を塗るだなんて、現代の世界に比べると技術的には拙さを否定できない。そんな陶磁器や金属器であることは間違いないのだけれど、その細かな製造法は、ほとんど失われている;下手をすると原材料が既にこの世界に存在しないかもしれない。原始的な製品にも拘らず、同じものを二度と作ることが出来ないのだ。そしてそうしたものが、ずっと残り続けて今もまさに形を保っている。骨董の価値とはそうしたものにどれだけの愛着を示すかのものだが、愛着を示すような人間が、この世界にどれくらいいるだろうか。重ねるようだが、あたいにはこれっぽちもわからない。

「でも、わざわざ見せびらかすなんて、なんでそんなことするんだ」
「人間狩りでも企んでるんじゃないですか。沢山人が入ってこれば、出ていく人が一人くらい少なくても気にしないかもしれませんし」
「気にするだろ」

 紅魔にはリグルとルーミアがパイプを持っているらしく、そのせいで昔は私もレミリア・スカーレットととは話す機会がないわけではなかった、なんとなくそういうことはしなさそうな気がする。気がするだけで、するのかもしれないけど;今は、全然会うこともなくなってしまったし。吸血鬼とかいう存在のことをあたいはよく知らない;知っているのはレミリア・スカーレットという人物のことだけだ。それも、昔の。
 〝昔の〟とは、誰にとってのことだ?
 会話をすることがある、と言っても今やそれはまほうつかいとしてのブリーフィングや任務中の連絡だけだ;この世界に人間の文明がコンクリの塔を聳え立たせてから久しい時を経て、昔のように気さくに会話をできる相手ではなくなった。あの日を境に、まるで世界は姿を違えたのだ。

(いや、あたいが、バカなおとなになっちゃっただけ、かな)

 我が身の無知を後ろめたく思う、なんせ歳ばかり食って体も大きくなったというのに、頭の中の密度はあの頃とさほど変わっているようには思えないのだから。文は友達になってやる、って言ってくれたけど、それでもあたいは、今もバカのままだ。バカに本当の友達なんて、出来るのだろうか;〝本当の友達〟ってのがなんなのか、あたいにはわからないけど。

「それにしても、紅魔が積極的に人間と関わりを持とうとするなんてね」
「庶民と馴染むために努力してるんでしょう。なんせ今や、人間社会を護る、まほうつかいのエースですよ。あれも随分変わったものです」
「……紅魔の首魁を〝あれ〟呼ばわりとはね」
「あややや、今のはその、舌が滑っただけですよお」
「滑りっぱなしの舌が何言ってんだか」

 レミリア・スカーレットが遠のいた一方で、文がやたらとあたいに絡んでくるようになったのは、もう慣れっこだった。そうして見えてきたのは、時折見せる文の得体の知れない部分;こうして学徒をやっているというのに、「上の奴等」と比肩でもするのかという言動がちらほらと見える。あまり首を突っ込むべきではないのだろうけれど、こうして見せられると気になってしまって仕方が無い。隠すつもりならもっと巧く隠して欲しい。どうせ、あたいには。
 首からいつも下げているロケットのことだってそう。あたいにそれが何なのかを言うつもりはないし聞いても答えてくれないのに、大切にしている雰囲気は全然隠す様子も無くて、そんな風に扱うならいっそあたいの目に触れないようにして欲しい。知りたい。いや、知りたくない。そう言うのを「どーでもいい」と灰色のまま放置しておく強さは、あたいにはまだなくて。

「私、見学会取材しに行きますけど、一緒に行きませんか?」
「は?」
「紅魔館。普段は入れないようなところも見せてくれるらしいですよ」
「それでまたいつもみたいに、デートだー、とか言うのかよ?」
「えっ」

 文の申し入れにあたいがそう返すと、氷漬けになってるとはとても思えないほど、みるみる顔を赤くする文。人体温度計みたいに赤らみがせり上がって、まるで湯気でも上げそうだ。
 普段があんななのに、そこで照れ始める理由がわからない。

「そ、そうゆうわけじゃ、いえ、そうなんですけど、でもほら、私は仕事の一貫ですし、デート、そっかデート」
「ああ、からかって悪かったってば。……なんでそんな変なところで弱いのさ、いつもあたいにしてるようなことでしょ」
「私からちょすのは慣れてますけど、されるのは慣れてないんですよぅ」

 なんだそれ。
 まあ文がよくわからないのもまた慣れたことだった;そもそも妙にあたいに絡んでくる時点で、よくわからないのだ。

「いいよ、いこ。あたいはあやの仕事手伝えないけどね」
「わあいやった! でーとです!」
「そこは嘘でも仕事って言いなよ」







 新聞部、と言えば部活動らしくも聞こえるが、部員は文とあたいだけ;しかも部活動をしているのは文だけで、あたいは部屋でゴロゴロして本を読んだりしているだけだ。よく「部活として届け出るには5人必要だから」とかいうフィクションを見るけれども、うちの学制では二人以上ならば届出だけで活動が認められる。顧問はいる部もあるがいない部もある。部屋は余っているから困らない。明確な部費というものはなく、年ごとの大枠での金額規定はあるが都度の申請制、立替での事後申請は基本的にはNGだが黙認されている。部活動というよりは同好会に毛の生えた様なものだった。

 ちなみにレティは帰宅部で、さっさと帰っている;恐らく、家、にではないだろうが。
 レティは、ちょっと前に大異変と大量虐殺をもたらした、大型で地上浮遊鯨型の|神妖《かみさま》「グレートシング」の、死体破片なのだ。
 本人にはその時の記憶も、小さいなりに冷気を操作する力も(小さいなりに、といってもあたいが授かったそれよりもよほど強力だろうことは想像がつく)残っていて、それ故に「まほうつかい」を束ねるCIPHERから、ひいては国から危険性存在として監視対象となっている。もう不明破壊活動主体としての「破壊活動」部分を行うつもりはさらさら無いって言ってたし、学制に通うのは本人の意思らしいけど、余計に長く敷地に留まることが迷惑になるだろうことは、察しているみたいだった。昼休みもどこにいるのかわからない;多分、CIPHERの管理下にあるどこかに収まっているのだろう。
 学生内の誰も、レティがグレートシングの破片だってことは、知らない。知ったら、仇にも等しい思いを持つ人がいっぱいいるのだ。レティはどうして学生に通おうと思ったのだろうか。

 考えても、何もわからなかった。本人に聞いても、本人はあたいと同じく氷属性の奴なのに、太陽みたいにほわほわした笑顔ではぐらかされるのだ。
 あたいは結局ごろごろと床を転がりながら、小説を読んでいる。文は椅子に座って昼飯の焼きそばパンを頬張りながら部活動、つまり新聞製作をしている。

「あー、いいネタがないですねえ。チルノさん、なんかやらかしてください;てきとうに記事にしますから」
「……雑かよ」

 文があたいを部に誘った理由は知らないが、全員が集まっているわけではないにせよ、「まほうつかい」として必要な設備などをこの部室に集約して収めておくには確かに都合がよかった。新聞部の部室は、床面積の半分が「ごろごろスペース」、残りの半分の更に三分の二がまほうつかいとしての活動用の通信設備や庶務スペース、最後の残りが僅かに新聞部らしい空間になっている。それとは別に写真部と兼用の写真現像用の暗室があるが、銀塩カメラを使っている学徒は写真部にもいないらしく、ほとんど新聞部というか文の専用になっていた。その暗室にも、入り切らない新聞部の備品が退避されている。そういえば文のカメラはフィルムをどこから調達しているのだろうか;カメラフィルムメーカーという業態は随分昔に消滅している、生産工場ももうひとつも稼働していないはずなのに。

 「ごろごろスペース」で、靴を脱ぎ捨てた素足でほんとうにごろごろと横になりながら小説を読んで時間を潰していると、部室に、少しばかり聞きたくない音が鳴った。電話の呼び出し音:ここに備わっている電話は、勿論、まほうつかいの活動用のものだ。つまりこの音は、仕事の始まりを告げるもので、出来れば聞かずに済ませたい音だった。
 近くにいた文が、受話器を取る。え、はい、はい、となんだかいつもとは受け答えの調子が違う。本店からの通信ではないのだろうか、映像通信でないところも確かに少し気にはなる;文の目が、あたいの方に向いた。

「チルノさん、電話ですよ」
「招集?」
「いえ、どうも違うようで。チルノさん、紅魔姉妹と親しいんですか?」
「面識はあるけど、昔っきりかな、最近は親しいって程じゃあ。アレ呼ばわりしてる文の方がまだ近い方でしょ」
「では、何でしょうか。……レミリア・スカーレットからチルノさん宛に、プライベート通信です」
「はっ?」







「……で、引き受けたんですか」
「引き受けるも何も、断れるような感じじゃなかった」

 文とあたいが連名で紅魔館の見学会に申し込んだのを、レミリア・スカーレットがどうやら見つけたのらしい。そこまではいい、紅魔館の主なのだから来賓を逐一チェックするのも仕事の内だろう;ハンコを押すくらいのことはしているかもしれない。そして電話の内容は、こうだった。
 つまり「最初は噴水を凍り付かせてモニュメントにし、民衆を物珍しがらせるのもいいかと考えたのだが、それではあまりにも芸がない、なんせ水が噴いているのと何一つ形が変わらないではないか。お前も氷属性の妖精、しかもあれだ、昔の頃程の力が復活したらしいじゃないか。そんな氷の妖精としては、そう思うだろう? 思うな? だから考え直したのだよ、いっそ夏のこの見学会にしか目にすることのできない期間限定の氷像、馬とか、獅子とか、太陽王の立派な立像とかだ、そんなのをそれっぽく拵えて見せれば、民衆は喜ぶに違いないと。夏だし涼しげに氷というところは譲れない。そう思うだろう? 思うな? つまりはそう言うことだ、当日、中庭の中央にそれっぽいアレをどうにかしておくから、そこにでかいのをこさえてくれればそれでいい。馬とか、獅子とか、太陽王の立派な下半身とか、フライングスパゲッティモンスターとか、モケーレムベンベとかのだ、二度も言わせるな。言ったかな。そう言うことだ、当日は頼んだぞ」とのことだ。
 口から出ているのが息なのか言葉なのかわからず呆気に取られている内に、通信は向こうから切られた。

「レミリアさんらしいというか、流石カリスマに溢れていますね。ナントイウリーダーシップデショウカ」
「どんだけポジティブだよ」

 とか言っていると、電話を追う様にメール着信の通知;開くと、さっきの適当で雑で大雑把な物言いとは打って変わって詳細な、指示通りの場所に指示通りのサイズの氷像を設置すればいいとわかる図入りの計画書が添付されている。レティから力をもらってそれがまだ持続しているあたいには確かに「大きさ的には」可能だろう。これは恐らくは館付きの司書長が作った資料だろうが、こちらを見ても「辞退します」との言葉を挟める余地は残されているように見えなかった。

「……まあいいんじゃないですか? 紅魔と仲良くできれば得るものもあるでしょうし」
「政治は御免だよ、あたいには付いていけない」
「その辺は、ほら、私が引き受けますから。分業分業」
「だから、いつの間にパートナーみたいになってんだよ」
「えっ」
「ん? なに? 笑うとこ? ごめん全然、わかんなかった」

 ぐすん、と鼻を鳴らしてから、気を取り直すようにいう文。

「でも意外ですね、チルノさんに氷彫刻なんて特技があったなんて。惚れ直しちゃいますよ?」
「全然」
「えっ?」
「氷で造形なんて、やったこともないけど」
「何でですか」
「どこにかかる疑問詞それ」
「全部、ですかね」
「うん、全部、あたいに聞かないで」







 「惚れなおしちゃいますよ」という文の言には大した意味なんか無い、ノリか気分でそういうことを言うやつだから。で、そのままノリか気分で、こういうことになる。つまり。

「んっ……ん、ちゅっ……」

 あたいの頬を左右から両手で挟んで抱くみたいに固定して、逃げられないように捕まえてから、何度も何度も、しつこいくらいに唇を吸われている。舌が入ってきて、あたいの中を舌を追いかけ回してくる。時折溶けてくっついた舌がわかれ、唇が剥がれては、荒い息を抑え殺したような鼻息を洩らす、文だけじゃなくて、あたいも。文の舌で口から全身が溶かされていく、中途半端にとろかされて離れる唇と舌が、寂しくて、切なく、あたいは首を前に出して舌を伸ばしてそれを追いかけてしまう。いつもの文ならそういうあたいをからかうだろうが、えっちのときは、違った。普段なら冷やかしと茶化しに細く笑う目も、まるでそんな余裕なんて無いみたい、笑えちゃうくらいに真剣な視線であたいの顔を見つめてくる;でもあたいはそれを笑えない、きっと、おんなじ顔をしているから。

「ぁや、んっ」

 名前を呼ぶなんて無粋です、その言葉の代わりにすかさず唇を押し付けてくる:舌を差し込んでくる:唾液を流し込んでくる。あたいの口を、舌ペニス用のオナホにしてるみたいに、頭を抱いて、何度も、何度も何度も吸われて:入れられて:かき回されて。

(口だけで、もってかれる……)

 口の端から、掻き混ぜ本気汁みたいに白く泡立った唾液が垂れてしまう;でも、文の唇と舌はあたいの感じザマなんてお構いなし、漏れたあたいの|唾《愛》液も唇で止めて舌で舐め取り、またあたいの口を責め立ててくる。

「チルノさんの顔、エロかわい」

 ちょっとだけ唇を離したと思うと、淫蕩に笑って舌舐めずり。「このスケベカラス」と言おうとしたがその言葉はすぐに唾液ごと口の中に押し戻された;黙って私に乱れていろと言わんばかり。あたいはせめてもの反撃にと、文の腕と背にしがみつかせていた手を胸、腰、お腹そして下半身へ滑らせる;制服の布地を指先で感じるくらいに研ぎ澄ませながら、文の輪郭をなぞっていく。

(んだよ、文だって、あたいなんかの指で、びくびくふるえてさ……えっちじゃんか)

 制服の布目を指先で見るくらいに鋭いで、肉感を宿した曲線とその柔らかさを感じながらその外郭を指と掌で削り出していく。あたいの手はブラウス越しに文のブラの刺繍の形まで読み取り、更に豊満な胸の谷間あたりにふたつのカップを繋ぎ止めるホック機構を見つけ出した。「んっ」鼻から抜ける声、あたいが谷間のそれを指で挟むようにして外すと、ブラウスの布地越しに感じられる乳房の形と柔らかさは、より解像度を増した。
 ふっ、ん……ふすんっっ♥
 指先を立てるようにしてその感触を確かめながら、同時にその柔らかさを弄んで動かすと、堪え兼ねた文は吸い付いた唇を離さないままで鼻息を跳ねさせた;それはみるみる荒くなって、弾み始める。ブラウスの下で製薬を失ったブラを押しのけて先端に指先を当てるとぷっくりと膨らんだものが当たる。その山を更に登ると自己主張の激しい突起が現れた。
 ふーっ、ふーっ♥
 桃色に染まった下品な鼻息が、文の形のいい鼻から溢れてくる。きかないというほどでもないが幾許かの気の強さを宿した切れ長の目、通った鼻筋に丸みよりも鋭さを感じる輪郭、それが甘ったるい色にまみれてあたいの口に吸い付いてくるそのギャップが、たまらなくエロい。

(やば……こんなん、みたら)

 ずく、とおなかの中が湿っぽく蠢いた。あたいの馬鹿な|頭《おつむ》はもう文に付属するあらゆるものが股の間に《《効く》》ことを、覚えさせられている。調教なんて言葉はふさわしくはないかもしれないけど、事実だけを取り上げるなら、おんなじようなものかもしれない。欲情に染まった目があたいを見ている、その視線だけで、頭の中にこれからされる色んなことの妄想が高速で駆け巡る。勉強のことでこれくらい頭が回ればいいのに、こんな……えっちなことばっかり。
 文の鼻息が淫乱ガスに変化したのと同時に、あたいの口の中で暴れる舌の動きも激しくなった。歯茎を撫でられて、頬を舐め回される、舌を追い詰めてきた。目を開いて文の顔を除くと、薄目に開いた文のまぶたが長いまつげをふるふる震わせながら、その下に震える黒瞳を抱いていた。指先にスカートを感じた、その裾を手繰り寄せてめくり、手を中に差し込む。

(文の舌が、あたいの口の中犯し回してくるっ♥ ずる、い……なんで、あたいばっかり……キスだけで、こんなあ……♥ 舌ちんぽきもちいい……ほっぺたの中舐め回されたら……あたい、溶け、ちゃ……)

 文の乳房をゆっくり揉みあげて、時折乳輪と乳首を撫でると文の体は確かにエロい反応を見せる。腰がくねり、吐息は染まり、乳首がちがちに尖って、文はこんなに感じてるのに、それでもあたいは……文に追い詰められて崖っぷちだった。たった、キスだけで。文のすべてが下半身に突き刺さってくる、触っているのはあたいの方なのに。

 ちるのさん

 ドライブラシの掠れたアクリルみたい。口が離れた一瞬に漏れた文の声は、押し込められた感情に空気を混ぜて漏れ出したピンク;色鮮やかで粘っこく耳に入り込んでくる。耳朶に唇がかぶさって、耳たぶからはむように外側をなぞる。

「ふぁ、ぁっ、あや、みみ……」
「んふひゅ……♪」

 唇であたいの耳を食べながら、煽るような笑い声を口の端から漏らしている。そのまま耳朶を登ってきて上の軟骨をこりりと甘噛されると、そこから全身に電気が走った。ぴくんっ、と体が跳ねた瞬間に、文の舌は耳の穴に入り込んでくる。ぐちゅぐちゅ汚らしい水音が耳を犯してくる、その音と文の舌の感触が、ぞくぞく背筋に響いた。そうして、耳に感じるじんじんした快感に翻弄されていると、いつの間にか文の指の感触が、股間に、あった。

「えっ」
「ふふふっ、かわい☆」

 文の口に夢中になって舌責めに酔い痴れてくらくらしている間、あたいは文のスカートの中に入れた手を疎かにしてしまっていた;その隙に、すっかり逆転されてしまったみたい。いつの間にか文の指はあたいのあそこを、舐めるように撫ででいた。慌てて太腿を閉じてみるが、文の指はあたいの肉溝のカタチを探り当ててはほぐれきったそれを器用に掻き分けて押し入ってくる。一方で文の股間はあたいとは対称的にこれみよがしに開かれあたいの指を挑発していた;腰がイヤらしく波打ちくねって、あたいを煽る。雌溝の隙間からはえっちな貝紐がはみ出して、あたいのあそこはすっかり文を待ち望んでしまっていた。

「まっ、てっ……ん、っあ、はあ、はあ、んあっ、あや、あや、ちょっとまって……♥」
「まちません♪」

 二人で互いに別々のものを触っているはずなのに、まるで二人で同じものを触っているみたい。文がそれに触れる指を、あたいの指はまるで同じ地平で追いかけている;あたいの指が文の濡れ透けショーツの中にようやく入り込んだ頃には、文の指はあたいの潤み溝の淵に立っていた。それを慌てて追いかけると、文の指はぬるぬる滑りやすくなった溝の縁を上下に撫で回してあたいのソコを弄び、指の頭を溝の中に滑り込ませてきた。

「きゃんっ……まってって、ば……ふあぁぁっ!」
「はぁ、はァっ、チルノさん……その顔、最高にそそります……よ……♥」

 あたいの浅いところをつぷつぷつぷと出入りする文の指先;あたいの媚肉が柔らかくほぐれて文の指を包む、その奥の穴粘膜も文の侵入を歓迎していた。追いかけて、あたいも文のあそこに指を滑らせる。ショーツが濡れていたのだからそれは自明だったのだけど、実際に指先に生ぬるいヌメリを感じると実感として感じられて余計に感じてしまう。濡れてる、あたいで、文が。あたいなんかで。ぞくっ、ぞくっ、触れられてもいない背筋を甘い蜜が駆け巡った。

「あ、や……あやぁ……♥」
「チルノさん、んっ、もっと、乱暴にして、いいですよ……♥」

 その代わり私も乱暴にしますね。文の顔はそう言っていたし、指は実際にそうしてきた。あたいの中に文の指が二本入ってきて、その指はゆっくりとバタ足するみたいに交互に蠢く。粘液とほぐれ肉のるつぼ、文の指用オナホに変えさせられた穴がその形と動き通りに変形する。コスれる粘膜、流れる汁、歪む肉口、開く膣、文にされるがままに、文を感じて、文を求める媚穴になったあそこからは、外側には蜜が滴り、内側には快感電流がハジけている。

(だめ、負け、ちゃうっ……♥)

 あたいはなんとか文に同じようなことをしてみるが、何回やっても文とのセックスはこのザマ、文のあそこはあたいの指を悦びこそすれ追い詰められることはなく、楽しみながら快感を貪っているよう。愛液は指に絡みついて膣は締め上がってくるが、その感じ方にはいつも余裕があった。いつも、いつも。あたいは文に、溺れる。

「チルノさんの指、入ってきてます♥ くちゅくちゅ、聞こえますっ……きも、ち♥ もっと、奥の方までほホジってくださいっ♥ ふっ、ぅん……っ♥ チルノさんの可愛い指が、指ちんぽになって、風紀の乱れた私の肉アナに、キてるぅっ……!♥」
「ーーーーっ♥ まっ、てって、あやっ……あっ、ああっ♥ ナカ、ナカかき回しっ……奥のとこ……だっ! ……めぇっ……♥ あ、あたいだって、あやに、あやに……まっ、そんな、ソコ、そこばっかり、だめ、ダメッダメダメっっっ……!!!」
「だめじゃ、ないですよねえ? こんなに可愛くなって……♥」
「かわいっって、それ、ちが、ちっ……んっきゅううううっ♥♥♥ あや、あたいも、あたいだって……あっ゙ん゙♥ んヺっんっ♥♥♥ ダメ、奥っ、奥゙っっっっ゙♥」
「チルノさんも、もっと、奥、触ってください♪ 私のあかちゃん袋、チルノさんの指でこつんこつん、してくださいっ♥ 私、チルノさんにそれやられるの、弱いんですからっ♥」

 自分の弱点を伝えて責めさせる、舐めプを受けて悔しいけれど、悔しいけれどあたいのセックステクはざこざこで、百戦錬磨の文にとっては性の目覚めを覚えたばかりの中学生と変わらない。性欲の強さを手玉に取られて、我慢の仕方なんてわからなくて、舐めプを受けても喜んでしまう。文、相手なら。

「チルノさん、二人の約束、忘れてませんよね♪」

 やく、そく……

 いつの間にか文の指の動きに合わせて腰をへこへこと動かして文の指ちんぽに陥落しているあたいのカラダ。無様に鼻の下を伸ばして口を半開きにしたまま文の顔を見つめるだらしないあたいの顔に文はキスのスコールを降らせる;唇を突き出す無様顔の下品なキスであたいの顔を隅から隅まで啄んで涙か涎かわからない汁を吸い上げていく文。やくそくって、なんだっけ。……そうだ。

「いく……いくっ……!」

 文の指を、きゅうううっ、と締め上げてしまっているのが、自分でもわかった。ふわっ、と飛び上がるみたいなのに落下するみたいな不覚の感覚。意識の明滅。絶頂。
 「イクときは、イクと言うこと」。それは、あたいだけじゃない、文もした約束だけど、文は全然ためらいなく言うのだ、不公平。

「チルノさんの|指《おちんちん》、っん♥ 全然動いてない、けど、はーっはーっ、イッてるチルノさんが可愛すぎて、私、私も……う♥」

 文はあたいの手を掴み、あたいの指をまるでバイブみたいに動かす文。あたいの手を掴む文の手と、あたいの指を締める文のあそこが、ぐっっと強くなる。

「イキますっ♥ イク、イク、イクっチルノさん、チルノさん、イキますっっっ♥」

 ぴくんっと小さく震えた文、その一瞬は体を強張らせたがすぐに腕を解いて、最初にそうしていたときのようにまたあたいのことを抱き枕か何かみたいに包んできた。そして、まだ絶頂後で意識の焦点の合わないあたいの頬に、何回もキスをくれる。

「はーっ、はーっ、チルノさん、今日もよかった、です♥」
「あや、ぁ……」

 頭の中がとろけてヨーグルト。文を抱《《かれ》》枕にしてしがみつき、文が頬にキスをくれるのに反応してつい、唇を差し出してしまう。文はすぐにそれに吸い付いて来るのと同時にあたいのカラダをもっと強くぎゅっと抱きしめてくる;絶頂後のゆらゆらしっぱなしのあたいに、快感の後の快感も、教え込んでくる。

「あや……あやぁっ……♥」
「チルノさん、かわいいですっ♥」
「……ばかぁ」
「あーっ、バカって言う方が馬鹿なんですよお。チルノさんの受け売りですけど」
「うるさい」

 ごろごろごろ。文の抱きつき拘束を脱出し、「ごろごろスペース」を文字通り転がって疑いなく真っ直ぐにあたいをみる文の重さから逃げ出してしまった。なんで? なんでってなんで? だって、あたいだよ? 文だよ? ありえないじゃん。ごろごろ。転がるカラダ、思考。同じところを行き来して、何もわからない。バカ。

「チルノさん、照れてるんですか? 照れてるんですか?」
「うるせーよ、二回も言うな、ちげーよ」
「かーわいーなー☆」
「ウッザ……」

 ごろごろごろ。まあ、照れ隠しだろう。照れ隠しですなんて照れて言えるわけがない。ごろごろごろ。
 そうしているうちにもう転がれない端っこまで来てしまった。逆方向に転がろうと方向転換したら、文の影がまた迫っていた。

「う?」
「ねえねえ、チルノさん」
「な、なに」
「……二、回、戦♪ チルノさんが可愛すぎるのが悪い♥」
「お前、やっぱ馬鹿だろ……」

 なんて言ってしまう、でも。
 文の目は、据わってる。ロープなしの二回戦、逃げられないヤツだ。あたいは目を合わせないまま「ん」とだけ;それで十分。本当は嫌な訳じゃないから、なんなら応えなんか聞かずにむしり取って欲しい。わかんないの?
 文とするセックスが嫌な訳じゃないでも、好きなのかと言われると、わからない;ただ後ろめたい。求めに応じないと「私がチルノさんの友達になります」を破談にされそうで、嫌な訳じゃないんだから応じない理由なんてないのだけどそんな気分で求めるのってズルい気がする。そんなあべこべでも体は勝手に高ぶって、最後には文の体にしがみついてイくんだ。ごめん、なんて言えるわけがないけど、ありがとう、もちがうし、気持ちよかった、は本当だけど何となく置いてけぼり。……文は、気持ちいいのかな。
 なんて考えている間に投げ技コンボみたい、あたいを包んだ体勢からあっという間に69;でも文が《《そう》》だと、あたいからは文のへそしか見えないから、不公平だ。
 乾きかけていた太腿、まだ濡れ続けているあそこ。文の舌と唇がその間を再び塗り潰していく。口が届かないあたいは手を伸ばして応酬、まだ柔らかくて、熱い。
 こうやってまた、始まる。







「チルノさん、帰りましょうよ」
「ひとりで帰って」
「またですかあ? チルノさんって、えっちのあと甘えさせてくれなーい」
「んだよそれ」
「チルノさんのそれ、賢者モードってヤツです? えっちしたあと手を繋いで二人で帰って道すがら何回もちゅーするの、ロマンじゃないですかぁ」
「しんないよ。二回もして」
「気持ちよくなかったですか」

 答えない、イったけどさ。
 その沈黙は文には当然に肯定で伝わる、そのポジティブさが間違いを犯さないのはその者の才能だ、けっ。
 起きあがるのもめんどくさい。あたいがごろんと寝返りをうつと、それを待ち構えていたみたいに文の胸が視界に広がって、そのまま沈められた。体格差があるのだ;文は抱きついてるつもりだろうけど、あたいにとっては拘束されているようなもの。

「可愛くなくて可愛いですねー」
「なにそ……ちょっ、苦しいって」

 頭の上に降ってきた文の顔、頭を腕で抱えるみたいにされて髪の毛越しに何回もキスされる。粘膜どころか素肌にさえ触れないキスなんてなんにも気持ちよくないはずなのに、頭の中に直接お湯が入ってくるみたい。

「まだ、友達として認めてくれませんか?」

 そういうことしながらそれ言うの、ズルい。

「……認めてなくないよ、でも、わかんない」
「難しい答えをしますねえ」

 あたいも、ズルいな。

「いいですよおだ、チルノさんが友達って認めてくれるまで、何回でもイかせてあげますからー」
「ハア?」

 何言ってんだこいつ。

「セックスって友達とするかよ普通?」
「セックスフレンドだって、立派な|フレンド《友達》ですよ♥」
「うわなんかめんどくせえ。それってセックスしなければ|フレンド《友達》なのかよ」
「セックスレスフレンド」
「もういい」

 文に口で勝てるわけがない。

「あやだって、いっぱいイってたくせに」
「チルノさんって序盤はおとなしいのに、吹っ切れるとメチャクチャ激しいんですもんw ああー、やけくそになったチルノさんに好き放題されてるー、って思うとこう、ね、子宮の底から盛り上がってくるっていうか」
「黙れよ色情狂」
「がーん」

 なんて全くショックを受けていなさそうな口調で言って、放り出したみたいにあたいを解放した;そのまま立ち上がる。傾いた日差しが、情気に烟ったままの部室に文の輪郭を削り出している;真っ黒い羽毛までが、白輝を散らしていた。収納棚の一つを開いて中を覗き込む後ろ姿、綺麗な裸体、でも神々しいのとは違う;その下半身に宿る熱の粘度をあたいは知っているから。でも汚らしくないのは……なんでだろうか、それが文だからだろうか。
 「ぱーす」と文が振り向いて、棚から持ち出したものをこっちに投げてくる;受け取ってみるとウェットティッシュだった。文を見ると、太腿を割って股間を拭っている。やっぱ下品か? あたいもそれを引っ張り出して、洪水の浸水跡を拭いた。二人で股を拭いてる図、どう見ても下品だ;でもこんなムードもロマンもない後片付けは、祭の後始末でまで情愛を絡め合う図への、共通の気恥ずかしさの顕れだった。あたいがあそこを拭いてると文はこっちによこせ、と指先をくいくいと動かしていた;ウェットティッシュのボトルを放り投げるとキャッチして、再び棚に戻す。その棚には……《《いろんなもの》》が入っている。この部室には文とあたいの二人しか入ってこない、その前提だから。

「風邪ひきますよ」

 手早く制服を着直した文は、携帯の画面を鏡にして胸元の中心線を正しながら言う。背が向いているけど、その画面越しに文の顔と視線、それにあたいの姿が写っている。あたいはまだ、裸のままだ。

「あたいは風邪、ひかないんだよ」
「またまた」

 セルフィー越しの文の視線が一緒に帰りたそうにあたいを見ている;それが恥ずかしい半分煩わしい半分で重たくなったので、そのままもう一度寝返りを打って目をそらした。なんで、文は、あたいなんか。

「……じゃあ、私は帰りますね」

 身だしなみの最後の1ピースみたいに、あのロケットのチェーンの首にかけて、|項《うなじ》の後ろでフックを留めた。流れるような仕草、慣れている。

「では、また明日」
「おつかれ」

 小さく手をひらりと動かして「早く服着て下さい」と笑う文は、そのまま部室を出ていった。ぱたん。
 一人残された部室にいよいよ低い西日が射して、不快な暑さで膨らんでいく。窓、開けなきゃ。いや、もう帰るのに、いいだろ。上半身を起こしたところで思い直して、あぐらをかいたまま溜息も出ない。この感情が吐息として体外に出ていくのが悔しい、まだなんにもわからない、この感情が。
 文が隣にいなければ、この不快な暑さはひたすら不快なだけだ;それが、ひとりということ。でももし文が隣にいて《《あんなふう》》なら、この西日の眩しさをやわらかい時間に転化できるだろう;それがひとりじゃないということ、なのかもしれない。だから、なんだ。

 だから、なんだ。







 今は謎の廃墟、コンクリートや見慣れない素材でできた柱の折れたものなんかが、気味の悪いほど深く茂った花畑に埋もれている。風見幽香がここには住んでいると聞く場所だが、あれは以前、|神妖《かみさま》との戦いで死亡したのを、知っている。|神妖《かみさま》との戦いは、強い奴ほど先に死ぬ、そういう性質のものだ。

「またぼさぼさにして」

 だのにこの花畑は、主は健在だと花の一輪一輪がけたたましく叫んでいるかのような威容を誇ったまま、一部は枯れ世代交代しながらも、全体としてはこの不自然に不気味に深く茂り、狂い咲きの世代を繰り返し、未だくらむほどの蜜の香りが漂うこの花畑は謎の廃墟を抱くように、生き続けていた。
 どうしてこんな場所に足を運んでしまうのか、自分でもよくわからない。足の踏み場もないほどに茂った草花を、ここに来ては踏むことに気が引ける。それにしても、これを踏むなだなんて無理な注文だ。

「少しは気を遣えよな」

 応えなどあるはずがない。
 ここには定期的に来ているわけではない、ただ、ここに来るいくつかの契機はある;文とセックスしたあとか、リグルと喧嘩したあとか。今日は、両方だ。
 かつてリグルはよくここに来ていた。今でこそ立ち直ったが風見幽香が殉死して、ふさぎ込む日も長かった。もう、ここに来ようとは言わなくなった。本人がもういないのだから不思議はないが、本人がいた場所であることを考えれば腑に落ちない。でもあたいも、ミスティアもルーミアも、ここに来ようなんて言わない。でも、もしここにもう一度あいつを連れてこれば、まるで何事もなかったかのように風見幽香が姿を現すんじゃないか、そう思える程この花畑は、不気味だ。どんなに陽光がまぶしく注いでいようとも、爽やかな風が流れていようと、抜けるようなスカイブルーが拡がっていようと、まるでそれがこの花畑の主を再び土の中から芽吹かせようとする反魂邪術の儀式の一部にさえ見えてしまう。
 ここにはそういう、真昼の墓場に漂うような清浄さが、漂っていた。

「《《かざみ》》」

 生きてる間にそんな呼び方をしたことなんてないただ、だからといって昔みたいに馴れ馴れしく呼ぶ気にもなれなかった。ここには誰もいないのに、今や誰もいないのに、ここに茂る草花すべてが目と耳を持ち無数の風見幽香としてここを支配しているように思えて。あれは単に馬鹿みたいに強い妖怪だった;植物らしい属性は自身には一つもなくて、単にそれを好き勝手に出来ると言うだけだ。風見幽香自身が除草剤で枯れるとか冬に弱いとか日光がないと死ぬとか、そういう奴じゃなかった。
 でも死ねば、風見幽香は今、この草花だ。あいつがすっかり草花になることをホントに望んだのかなんて、あたいは、知らないけれど。
 でもあのとき、リグルは目を腫らしながら言った。

「幽香さんは、《《こう》》なりたかったんだ」

 あたいには理解できない。あんなに強い妖怪が、物言わぬ草花になりたいと願っていたなんて道理はない;ただの、リグルが逃避と願望の末に作り上げた妄言だろう。でももし、風見幽香に何らかの変化が、あったというのなら。

「リグルが来なくて、さみしいか? あんなに、好きだったもんな」

 ここには今や誰もいない。でも、花と化した風見幽香が、満ちている。その証拠にこの辺は、今でも植生に季節感がない。でも、草花はものを言わない。風見幽香はもう、ものを言わない。生きていても、ものを言わない。

「リグルに気持ちを言わない内に、言えない体になって……ザマないね」

 何であたいが、墓参りをしてるのだろう。墓標などありはしないが。
 何でリグルが、墓参りをしないのだろう。彼女ならここにいるのに。

「悔しかったら、生き返ってこいよ。でないと、リグルは他の誰かのものに、なっちゃうぞ」

 御伽噺でもない、生き返るだなんて。

「オマエがもっと早くくたばってれば、あたいだったかもしれねーけどな」

 さらさらない、そんな気、もう。でも、悔しかった。あいつの「情」を抱えたままくたばった奴も、「情」を奪われたままなのに今はへらへらしてる奴も、バカな昔のあたいも、今のバカなあたいも。何かが致命的に変わってしまったことには気づいているのに、何が変わったのか見えていない。
 昔のあたいは今よりずっとバカだったから、《《そういうこと》》気にしなかっただろうか。
 どうだろう。くだらないこと気にする今の方が、ずっとバカなんじゃないのか。
 もし風見は死んだとき、自分が奪って抱え込んでいた〝それ〟をすっかりと解放して元の持ち主に返していたとするのなら、今のリグルは合点が行く。あの傲慢で独り善がりな女王が、そんな殊勝をしただろうかと思うと、疑わしくもあり同時にいじらしくもあり、それ故にこの草たちを踏みつけるのが余計に後ろめたい。本当に、あの女が、それを解放して逝っただろうか?

「オマエもバカだったのか? 言葉が選べないあたいと同じだなんて。らしくないな」

 〝その一言〟を言えないうちにいなくなった風見幽香を、昔は理解できなかった。でも今は、何となくわかる気がする。
 たった二文字が行方不明になるほどバカなんだ、昔はその二文字の魔法をもっと簡単に使っていた筈なのに。
 風見幽香、オマエも同じ類のバカだったのか? その魔法が使えないから、力ばっかり強かったのか?
 あたいがそう言うと、群生して異様な存在感を示す赤詰草が、じり、と風に揺れた。あたいを非難してるみたい。

「あたいは墓場泥棒ほど恥知らずじゃねーよ……たぶん」

 オマエが抱え死にした|感情《ボム》を、掘り起こして持ち帰って我が物顔で弄ぶなんて……出来てしまえば、きっと、何もかもが合理的だろう。でも、どうなのだろうか。

「はやく、根っからくたばれよ。根っこをのばすのは、土の中だけにしてくれ。人の中に、根を這わすな」

 本当は、それをする覚悟の準備を決めて、いつも一人でここに来ているのかもしれないでも、いつもそれに失敗して退却するのだ。ここにはまだ、風見幽香が生きている気がするからかも知れなかった。







「全艦、艦速:停止。蓬莱013艦、127艦は出すぎ、下がって。接近しないこと。何をされるかわからないわ」

 この艦の艦橋は従来のそれと大きく光景を違えている。それは、艦の全権を担う人物自体が特異だからという理由に他ならない。一般的には前面に押し出され広く視野を確保したフロントガラスを備える窓が、少なくとも視野の明くよう展開されているものだが、この船にはそれらしき窓は一枚も無い。確かに海上を航行する艦船であるにも拘らず、その中はまるで潜水艦内のようにも見える。
 大きく異なるのは本来窓があるだろう場所はせり出しておらず、広く面積を確保したただののっぺりとした平面になっていること、それと室内に配置された乗組員である。いや、そもそもこれらの中央に座する艦長の姿が異様であった。
 中央で指示を出す艦長は、艦船の進行方向に対して全く前方へ体を向けてもいない。椅子に腰を下ろしてはいるが、足を組んで上体を半ば寝かせた様に反らせたまま、明後日の方向に向いている。フロントガラスの様なものは備わっておらず外の景色はこれっぽちも見えないその指令室には、現時刻がまだ日中なのに日光は差し込まず、冷え冷えとしたLEDの光で満たされているだけだった。艦長らしきこの人物は10代後半程度の体格の女性に見えるが、その体はLEDの冷光に照らされている。
 間接照明が、間接照明らしからぬ目映さで指令室の各壁面を照らしており、それ以外の机や機器の端々にまで青や緑の光彩が描かれている。SFに登場する宇宙船の艦橋と、現代的な艦船の艦橋の、中間といった印象である。

「ソノブイを」
―― ソノブイ弾、投射

 艦長が指示を出した通り、|水夫《shanghai》の一人がヘッドセットのマイクに向けて、特殊砲弾の発射を伝える。まもなくして、遠くに砲撃音の様なものが響いた。勿論、外界光景が見えないこの艦橋からでは何がどうなっているのか、一見しても分らない。
 それでも何を察したか、|水夫《shanghai》は艦長に向けて報告を行う。

―― ソノブイ弾、全弾巡行軌道にて安定。想定通り着水予定です。

「この辺り|DefenseGrid《空》が低くて|対潜哨戒機《P-8》が出せないからって、こんな特殊弾作るなんて、全く酔狂ね」
「ソノブイ、当初予定の地点に着水、沈降中。全弾とも正常に稼働を確認。可能探査深度0.98|浬《カイリ》、一部海底を含んでいません。対象海面積の124%を探知範囲に収めています。囁のソナーを可能排重和する場合、対象海面積は146%に拡張されます。排重海面積に対する探査可能深度は1.04|浬《カイリ》、同じく海底を一部捉えきれていません。また、大量の気泡が探知能を8%阻害しています」
「最後方にいて外部設置ソナーなしでその探査能か、半端ないわね。……|造影して《リフィギュレーション》」
「探知限界超過の海底面描写は一部欠如します。更に気泡による阻害影響を受けます。」
「結構、些末事だわ。それより深度1.04|浬《カイリ》で不足って正気? ここ、播磨灘よ? そもそも|こんな艦《私達》が入ってこれる海域でもないけれど」

 この艦長らしき人物が、他の艦にまで指示を出しているらしいことから察するに、これは当艦の艦長であるだけでなく、艦隊の司令官であるのらしい。であれば、艦橋になどいることも不自然だった。本来ならより安全性の高い艦体奥の中央指令室にでもいそうなものであるが、これが座している椅子は、外の光景は一切見えないものの、確かに艦橋だった。
 またその出で立ちが異様だというのは、まずその服装にある。白を基調に青、黄色と明色を多く取り入れたセーラー服を着ている。セーラー服、と言ってもここが艦船内で水兵用の、という意味ではない。日本国の学生服として取り入れられ独自の進化を遂げた《《あの》》セーラー服である。それでありながら、学制用にしつらえられたとは到底思えない装飾過多な様子、襟に袖に裾にとギャザーとフリルが鬱陶しいほどに重ねられている。胸元のリボンも然り。スカートは膝下に長く裾は脛の辺りにまで及んでおり、やはり裾にはフリルが纏わりついている他、更にその下に除くペティコートはスカートのボリュームを過剰なまでに増し、それにもフリルが揺れていた。もう一つ、所謂「セーラー服」と異なる点は、頭飾りの存在だ。一見してボンネットかと思う程にそこにもギャザーを寄せたレーズが揺れているが、実体はカチューシャであった。セーラー服との合わせには使われるものではないが、仮にこれがセーラー服風のドレスであるとするなら腑に《《落ちないこともない》》。
 艦長の周囲で指示に従い広くもないこの指令室内をせせこましく動き回る|水夫《shanghai》もまた、どう見ても水兵には見えない。ドレッシーな衣装をまといスカートの裾を翻しながら、口からはその衣装に似つかわしくない軍事用語を垂れ流している。|水夫《shanghai》達には、服装と女性であること以外には一切の共通性がなかった。黒人もいれば白人もいる、モンゴロイドもいるし子供も大人も混じっている。その統一感のなさからして、それらは到底|まともな方法で募集された水夫には見えなかった《極めてshanghaiらしかった》。艦長の口元に覗く、|不自然に長い犬歯《都会派某のそれ》が、その所以を物語っている。
 この船が、お付きのバンドが備わりダンスパーティでも開かれるような豪華客船であるなら、これらのセーラ服風ドレスなどの場違いな出で立ちもやはり腑に《《落ちないこともない》》。
 操舵しているのは、自衛官ではない。だがこの艦は、紛れも無く、日本国の自衛艦だった。

「姿を見せなさい」

 犬歯が伸びた口元から妖しい声が囁かれ、革製の底上げロングブーツに包まれ椅子の上で組まれた艦長の足が浮いて組みが逆になる。姿勢そのものはさして変わっていないようだが、右手だけがひらりと、扇子に綾でも付けるように、動いた。
 指出し長手袋から覗く五本の白い指には、全てにシンプルな銀色の指輪が嵌められている。不自然なのは、通常指輪は指の付け根の方にまで差し込むものだが、その指輪はまるで自分の指には小さすぎる指輪を名残惜しく指の先に留めながら嵌めておくように、全てが第一関節の更に先、つまり爪先程で留まっている。女の手は指輪のサイズに不自由するほど大きいというわけではない、指輪の方が不自然に小さく、しかしそれはサイズのアンマッチによるものではないことは、その指先の形に指輪がぴったりとフィットした様から窺い知ることが出来る。
 翻した指先から、きらりと光るものが伸びたのは、銀指輪の光沢ではなかった。その指輪の先からはそれぞれ2本ずつ極々細い糸が伸びており、それが室内の青白い光を照り返したものだった。糸のそれぞれは片手から10本、両手にして20本が伸びているというのに全く絡む様子もなくしなやかに艦橋内を駆け巡っており、その先は全て|水夫《shanghai》に繋がっていた。しかも|水夫《shanghai》からは更に別の線が伸びており、|連鎖結線《チェーン》されている。これらの|水夫《shanghai》は全てこの艦長と、この線と指先の銀指輪を通じて、|物理結線《ハードワイヤード》されており、|物理結線を通じて操作されている《ワイヤドロジック》らしかった。そう|水夫《shanghai》は全て、|傀儡《ロボット》であるらしい。
 喧しい装具に包まれてその異様さが薄れているものの、この艦長の異様な姿は更に加えて、口元に除く不自然な犬歯、の上に見えるバイザーの存在だ。VRゴーグルの様なそれには、一ツ目を模したような文様が大きく描かれているが、物理的・光学的には完全に遮断されていた。この艦長はこのゴーグルを、被りっぱなしで指揮を出している。艦長、さらには司令官であるらしいというのに、視線はどこに向いているものなのかわからない。

「各ソノブイからの情報を集積。囁からの追加情報を付与してスクリーンに|造影《リフィギュレート》します」
「お初にお目にかかるわ、|シンカーロングハイダー《もぐりっぱなしのかみさま》。それとも昔会ったことがあるかしら」

 |水夫《shanghai》人形の一人がそう言うと、それまで外の光景など全く臨める筈もなかった艦橋の壁に、突如として会場のパノラマ映像が現れた。真っ白い壁でしかなかった側面が、全てプロジェクタスクリーンとなっている。更に艦橋中央には、縦横奥行き三次元の走査を持つ立体ディスプレイが展開され、水面下の様子を映し出している。それは実際の光学映像ではなく、ソノブイから集積された物的感知情報の分析から得られた三次元情報に対して自動彩色を施した|拡張現実《AR》映像だった。ただ、そのさらに中央辺りに漂うように描かれた物的感知形跡に対しては彩色が施されていない。緑色のワイヤーフレームのみが空洞な立体を示している。これが、真に探知すべき物体らしい。突如穿たれた海底、深度650メートル程、底知れぬ新海溝から大量に巻き上がる気泡に包まれるように、それはあった。

「随分小さいじゃない、まるで女の子……2人?」

 艦長は、艦橋内と中央の立体ディスプレイに表示された映像を前にして、それでもゴーグルを外さないまま、しかしゴーグルに描かれた不気味に赤い一つ目の様な紋章をそれに向けて、まるでそこから確かに視線が通っているかのように振る舞っている。立体ディスプレイの中央でワイヤーフレームに寄ってのみ描き出されている人間大の「不明破壊活動主体」。
 場所は瀬戸内海播磨灘、公的に認知されている水底俯瞰図上の深度はせいぜい水面下100メートル程度に過ぎないのに、緑色のワイヤーフレーム描写を取り巻くように突如抉れ落ちる海底面は、ソノブイの探知深度を超えている。そもそもを言うならば、|特殊な潜水艦《囁》が入り込んでくるような場所でも、ない。
 艦長が|潜りっぱなしの神妖《シンカーロングハイダー》と口にした存在を抱くように不自然に穿下された新たな海溝断崖は切り立っている。そしてその周囲には不可思議な反応を返す水域が存在しており、それは|正体不明《アンノーン》として曖昧に表示されていた。
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【20200610】出典の記載に不足分を追加

リグルが主人公ではないですがリグルが出てくるということで、当作ナンバリングすべてを掲載した本を2021年6月の蛍光祭にて頒布する予定です。
あらかた未定。

【出典】
森野あるじ「YUKINO」松任谷由実「Hello, my friend」回路「ちがうということ」アリスミア・アリスメア「カームブルーの部屋と一過性の自然主義的誤謬」

拙作「snow dAnce」拙作「筋書き通りのスカイブルー」拙作「ルミナス世界と日出る国の革命布告」拙作「幻想的攻撃的選択」拙作「Night of Might」拙作「八紅一憂」拙作「非交叉線分の恣意的連結に因る文脈間欠性の擦消」ほか
みこう悠長
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