真・東方夜伽話

綺麗な髪を数えていたい

2020/05/31 23:02:22
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綺麗な髪を数えていたい

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柔らかい布団の上で波打つおろしたての白いシーツ。その大海原の向こうにそっと手を伸ばして、映姫さまの髪を撫でた。蜜柑のようにさぁっと柔らかくて良い香りが広がる。差し込む行灯の光の中だと、映姫さまの髪は森の緑を吸い取った泉の色だ。癖の無い髪だし、触れたあたいの指の指紋が残りそうなくらいつやつやしている。自分にはない物ばかりでうらやましい。ただあまりそれを言うと映姫さまは嫌がるんだけど、ついつい口にしてしまう。
 寝起きの頭でぼんやりと髪を触れられるのはそう頻々とあるもんじゃない。
昨晩映姫さまのお仕事が遅くまで伸びてしまわなかったら──それも早起きの慣習を打ち砕くほど疲れていなかったら、そして日が暮れる前から自分が寝ていなかったら――こうして愛でられないわけで。不摂生さもたまには役に立つもんだ。
 もう昼を過ぎたというのにこのお方はまだ起きる気配がない。身体を大事にするからと寝ると決めたら何があっても眠るのは映姫さまらしい。最近眠る時間が長くなっていると、映姫さまは愚痴をこぼしていた。
──疲れているのかな。
なんて壁に独りごちる位ならあたいに何でも話してくれたらいいのに。
「頑固なんだから」
付き合って半年。最初の頃は手を繋ぐのにもからくり人形みたいにぎこちなかったし、会話はおろか、一緒の部屋で呼吸をするのだって気を遣うくらい、私たちは不器用だった。
もどかしくて、恥ずかしくて、でもどうしていいか分からなかった。
その時期に比べたらあたいたちの関係は随分とこなれてきたような気がする。なめした革のように滑らか、とはいかないけれど。こうして相手の前で自然に眠っていてくれるまでにはなった。
少し眠くなって映姫さまの隣に寝転ぶ。身体の奥が暖まってくる。
心地良い眠気がどこからかひたひたと打ち寄せてくる。
この心地よさのまま、ずっとこのまま居られたら良いのに。
今あたいを形作って、あたいを定義し、そしてあたいをどこかに制約し続けるすべてを辞めて、ただ映姫さまの髪の毛の数を数える仕事に就けたなら素敵だろうに。そんな詮無きことを考え始めた辺りで映姫さまはぱちくりと目を覚ました。

「……今、何時ですか?」
「いつだって良いじゃ無いですか。それよりお茶、飲みますか?」
「……はい」

 私が淹れておいた、ぬるい緑茶を映姫さまはゆっくりとかみしめるように飲んだ。
それから私の腕にすっと腕を絡めた。いつだって優しい腕の回し方をするんだ。
初めて腕を回してくれたときも優しかった。

 いつだったかの神社での飲み会の帰りだった。
神社での飲み会の帰りって言うのは割と好きだ。空が見えて気分も良いし、三途の川じゃ聞こえないフクロウの声が聞こえたり、風が心地よかったり。そういう別世界の空気をほろ酔い加減で感じられるって言うのは、悪くない。
 月も出てきた。満月とはいかないけれど彼方此方に水田の光が輝き、駆け抜ける風がさざ波を起こす姿は圧巻だ。立ち止まれば良いものを、そのまま歩いていたら。

「おわっ!」

 草むらの影に隠れていた石ころに蹴躓いた。
ゴロゴロと転がって、肘をすりむいて、おでこも地面にしたたかにぶつけた。

「いたたた」

おでこを触ると生ぬるい液体が手に付いた。僅かにヒリヒリしていた皮膚から鈍い痛みがごぉん、ごぉんと伝わってきた。

「あたたた、ついてないねぇ」

 別にこんなことなんて事無いんだけれど、良い気分の時だったからその分気持ちも落ち込んで空に浮かぶ月をただ恨めしげに見つめることしか出来なくて。
夏の終わりだったから鈴虫の声がりんりんと鳴っている中で、私は座り心地が抜群に悪いあぜ道でただぼんやりとしていた。誰が見ても間抜けに見えただろう。立ち上がろうとして草履の鼻緒が切れて居ることに気がついた。どうしてこんなにいい夜なのにね。
 飛んで帰ろうかとした時に、後ろから声が聞こえた。

「ちょっと、貴女――小町じゃないですか?」
「え、映姫さま」
 
 慌てて額の血を拭って、何事もなかったかのように振り向いた。人を裁く立場の人だからって血に強いわけじゃないだろうし。

「大丈夫ですか?」

 声は動揺していて、小さい手は私と映姫さまの間の虚空をつかもうともがいていた。
普段は堅物なのに、おろおろしていてなんだか決まりが悪くなる。
笑ってごまかそうか、何もなかったかのように過ごしてしまおうか。でも踏んだり蹴ったりの日だとそんなことも出来なくて。

「鼻緒が切れていて、あとは頭からも血が出てて。でもそれだけです」
「そうですか。歩けますか?」
「ええ、まぁ。飛んで帰れば大丈夫ですよ。私なら、大丈夫です」
「行きますよ」

 そのとき私を引き起こそうと腕をとって映姫さまは引っ張ってくれた。
そのまま外れるかと思っていた腕は、歩き始めてからも離れることがなかった。

この人って暖かい人だ。
そのときから私は映姫さまに惹かれ始めて、気がついたら好きだと言っていて。
それから、それから。半年が過ぎて。
半年が過ぎて、このままで良いのかななんて考えてしまう。私にだって、一緒になりたい気持ちがないわけじゃないのに。
もう一歩。もう一つだけ先の景色を見てみたい。
映姫さまと一緒に。




「あの、小町」
「……はい! なんでしょう?」

 また怒られるのかと思った。休みの日くらいちょいとは穏やかに過ごしたいってのに。
でも、映姫さまは笑うんだ。

「ご飯でも行きましょう?」
「ええ、ごはん!?」

 自分で出した声に驚いて壁に頭をぶつけてうーうー言っていたら映姫さまが笑っていた。
なんとなくそれが嬉しくて自分も笑った。恥ずかしいんだけどね。
それからぴょんと跳び上がって、支度をし始めた。

「そんなに楽しみなんですか?」
「もちろんですよ」

 当たり前だよ。初めての外食なんだから。映姫さまとの初めてのことなら何でも嬉しいんだよ。恥ずかしいけれど。



本当に馬鹿げた話だと思うけれど、映姫様は何も食べないと考えていた時期があった。
だからといって仙人のように霞を食べて生きているところをありありと想像できただとか。そんなことはなく、ただ単に何かを食べているところを想像することが出来なかっただけだったりする。
 風の噂で聞く限り、超然とした姿を四六時中保っていて美しくていい加減なあたいとは全く違う世界に住んでいるんだと勝手に考えていたし、数回会っただけではその印象は覆らなかった。よほど偏りがひどいのか懇ろになった今でも食事に行くなんてことが想像できないわけで。
ずいぶんと夏の暑さでもうろうとしている脳内に金魚のように泳ぐ無為な記憶の断片。
隣を歩く映姫さまの首筋に汗が流れて意識はそちらに集中する。気がつけば拭き取っていた。

「小町」
「はい!! すいませんすいません」
「……ありがたいのですが、急だとびっくりします」

 賑やかな地獄の中に一つだけあるそば屋の扉を開ける。

「いらっしゃーい」

 蝉こそ鳴かないけれどうだるような暑さがまだ空気のそこここに残る夕方。赤い提灯には蕎麦と書かれている。古びた木戸から光とともに出汁の香りが漏れ出ている。足繁く通うのは近くの鬼ばかり。時折酒を出し、気ままに愉しむ。そんな庶民的な小さなお店に映姫さまと行くことになるなんて違う世界のことのように感じられるからちょっとした不思議だ。懇ろにしている知人がいたのか店の奥の方に映姫さまは小さく会釈をして。美しい髪が揺れて、それから収まった。

「お蕎麦、好きなんですよ」
「へぇ、そうなんだ」
「楽しみだわぁ」
「……ものすごく、意外です」

 そばを注文する前に手もみをしててそういうときほんの少し幼い顔になる映姫さま。
以前ならば気がつかなかっただろう些細な変化。本人は気がついているかどうか分からないけれど、前よりもずっと柔らかい表情をするようになったんだ。
打たれる蕎麦と、茹でられる麺たちが踊る鍋。蒸し暑くて不快指数は高止まりの空間だと言うのにね。彼女の隣だとどこでも良い場所だと考えてしまうくらいには私は映姫さまに勝手に思いを寄せているんだと思う。映姫さまから誘ってくれたんだから、とても嬉しいことなんだ。
 たかだか食事に誘われたくらいで。そう馬鹿なことだと笑うのだとしたらそれはそれでいいのだろうけれど、まぁでも。私の小さな幸せは私の手で守っていかなければね、なんて僅かな矜持が生まれるくらいには、やっぱり映姫さまの事は特別なんだ。
いつの間にか頼んでいたお酒が届けられる。

「小町が飲むかと思って頼みましたよ」
「うーん、夏場はちょっと、その……うーん。あはは」
「いつもならすぐに飲んでしまいそうなのに」

 ただ、酔っ払って映姫さまを見失いたくない、そんな事は言えなくて。

「そう、残念です」
「映姫さまは?」
「雰囲気だけ楽しむためにいただきます」

 切り子細工の施されたグラスに注がれた冷たい氷と、冷酒をちびちびと飲んでいる映姫さま。

「意外です」
「お酒を飲むことですか」
「その……今まで実を言うと映姫さまがそういう風にご飯を食べたりするところがあんまり想像できなくて」
「仙人になった覚えはありませんよ」
「なんて言うか、この半年。あまりにも映姫さまと居るだけで満足で。何も知ろうとしなかったなって思ったり」
「ふむん、上出来。ほらお蕎麦が来ましたよ」

 蒸籠に乗せられた蕎麦を前にいただきますと言って、それから静かに箸をつけた。
上手なお箸の使い方だ。

「いただきます」
 
 一口すすれば、夏でよかったと心から思えるような味が口に広がった。
隣を見ながら、蒸籠の上の蕎麦の山を崩したり盛ったりしていた。

「ねぇ。お蕎麦伸びますよ」
「え、ああ、うん」

 じぃっとこちらをみる映姫さまは私が蕎麦を口に運ぶのを見てようやく満足したように手元のグラスに視線を戻した。

「小町も蕎麦なんて食べないと思ってました」

 意地悪そうに笑う映姫さまは、それはそれは愉快そうだった。
店内の明かりが小さく揺れて、陰がそこここで踊っていた。



 通りには提灯の明かりがあるせいか薄ぼんやりとした陰が伸びている。いつしか気温は下がり始めていて、生き物たちは皆一枚羽織って笑っていた。

「外でご飯を食べたこと、あまりないので新鮮でした。他の閻魔とは違い普段は適当に済ませていますから」
「貴重な機会だったんですね」
「愉しかったわ。ありがとう」

 映姫さまは名残惜しそうに、人々が通っていく通りを眺めていた。
そして気がつくと帰ろうと一歩歩き出した映姫さまの腕をとっていた。

 ◇

「もう少し、映姫さまとお話がしたいです」
「でも小町もあまり遅くだと迷惑でしょう……」
「迷惑なんてそんな。あたいと映姫さまは恋人なんだからそんなこと気にしなくても良いんですよ」
「悪いです」

 そうやって拒否されると、悲しくなってしまうわけで
 
「遠慮はだめですよ。そうだ、映姫さま。この後お茶に付き合ってください。起き抜けのいっぱいはぬるかったですから」
「わかりました」

 言葉に素直に従う映姫さまは、小さく頷いてからまた歩き始めた。

「最近、よく眠れるんです」
「裁判も楽じゃ無いから疲れてるんでしょう」
「いえ、それは関係なくて」

 映姫さまは俯いた。

「その……小町の隣だと安心できるんですよ」

 火をつけようとした煙管をその場に落としそうになった。



 あたいだって、私だって。映姫さまと一線を越えたい気持ちがある。
器を買った包み紙に混ざっていた男女の交わりの春画に映姫さまを重ねたことが幾度となくあった。幻滅されるだろうかと思って春画はすぐに棄てた。次の日は、手を繋いでいる男女の手に目が行った。あたいも映姫さまとあんな事できるんだろうか。とか、接吻している人を冷やかしながら、うらやましいと感じる自分がいることに気がついたり。そんな事ばかりで、どうしてこんな風に私の中での炎をこの人は灯してしまうんだろう。私の心をかき乱して。私だって、そんなに我慢ができるほうじゃない。
 
「映姫さま」
「なぁに」
「セックスがしたいです」

 どうしてこんなことを口にしてしまったんだろうか。後悔先に立たず、覆水盆に返らず、後の祭り。いろんな言葉がさぁっと巡る。

「うん」
 
 映姫さまは小さく頷いて、それで私の思考は数秒のうちに喜びに塗りつぶされていた。



「その、脱ぎますけれど自分で脱ぎます」
「はい」

 湯浴みをした後の上気した顔が愛おしくて、艶っぽくて怖かった。
夜は気持ちがおかしくなる。家の布団の上にいる映姫さまの服ははだけて、白磁のような肌がむき出しになっている。
「小町……」
「はい」
「あの、寒いです」
「……はい」

 このお方を温めなくちゃ、願わくば私の中にある熱い滾りがこのお方の心を僅かでも温めますように。過去のぎこちない私たちを溶かしてしまえますように。

「好きです、映姫さま」

 映姫さまは不安そうに二度大きく瞬きをしてから、瞼を伏せた。
ふっくらとした唇に、自分の唇を重ねる。手は、映姫さまの茂みへと伸びていた。

「あぁ……、アッ、ぃやだ、ん、……ンン、見ないで、……みないっでっ、ううぅっ」

それから私は映姫さまの股間に顔を埋めて、愛液を啜る。
 嬌声が部屋で何度かこもっているらしい。映姫様の肉襞に舌を埋めながら、次から次へと溢れだしてくる白濁した愛液を吸い取る。じゅる、じゅる粘つく水音が二人きりの部屋の中で木霊するのなんて普段ならば耳に入らないのに今日に限って妙に気になる。
隣の部屋に響いてないか。あーシーツどうするんだろうかとか。そういう些末なことに、事を始める前の揺るぎない決心がブレ始める。どうしてだろうか背中をのけぞらせて腰を浮かせながら尚も喘ぐ映姫さま。綺麗だ。

「映姫さまのえっち」
「あぁアッ、やァ……、ん、そんな、こと、キャ、ん言わないで……」

陰裂はもう熱を帯びていて、舌先がやけどしそうなくらい熱くなった秘所の奥底に舌を差し込む。

「腰を押しつけて、変態、んん」
「だってぇ、ん、もっとほじって」
「変態」

 ぱしりと頭をはたかれて、やり替えされそうだから親指で皮の下にある肉の芽をこする。
たまらなかったのか。そうか、そういう風に貴女は気持ちよくなるんだ。なんて妙に興奮してしまう。先ほどまでの真摯に相手を気遣う気持ちと、映姫さまの知らない姿を見てみたいという気持ちの二つが

「いく……イくッ、気持ち、よくなっ! あっっ、ああああ」

 小さな絶叫が部屋の中に響き渡る。粘膜のなかから気持ちよい液体がどくり、どくりと脈打つように流れ出して、シーツに小さなシミを作る。


 
 ごろりとベッドの上になっていると。映姫さまがこちらにすり寄ってきた。
「今日、小町のしらない顔を知れて良かったです」
「そう、ですか?」
「ベッドの上では優しいですね」
「ん、ええ、そうですね」

 映姫さまは私にそっと腕を絡みつかせる。

「ねぇ、小町」

 ん、と思って映姫さまの向かいに腰掛ける。

「大好きです」

 狭い部屋の中で、その言葉だけが木霊していた。
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
やったーこまえーきだ!!
映姫様で頭がいっぱいなこまっちゃんと色々な顔を見せてくれる映姫様が素敵でした
2.性欲を持て余す程度の能力削除
甘い!!!!
このこまえーきほんとに甘い!!!
お互いを思いやるような二人が本当によかったです。素敵すぎか……