真・東方夜伽話

赤龍亭にて

2020/03/16 03:23:48
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赤龍亭にて

みこう悠長
「東の山にドラゴンがいるんだろ? この街は平気なのかよ」
「お前何年ここ拠点にしてるんだよ、知らなかったのか? あの山のドラゴンは休眠中だ、ドラゴンはいっぺん寝ると数百年は起きねえ。起こさない限りはな。休眠中でもドラゴンってのは縄張り意識が強え、他のドラゴンも無闇に入ってこない。だから逆に安全なくらいよ」
「へえ、でもいつかは目覚めるんだろ?」
「それはあ、なんだ、火山の噴火だと思って諦めるやつ」

 場末とまでは行かない、よく調整された猥雑さ、と表現するのがいいだろうか。この酒場はそういう雰囲気だ。多種多様な客がいる、多くは人型をしているが、人型をしているという以外はあらゆる点で違っていた。足が鳥のようになっている者、頭部が獣のような者、気体のように透けている者、岩が連なって人形を成している者、ただの光、泥の塊、植物、骨、蛸、|etc、etc……《えとせとらえとせとら》。
 全員が、冒険者だ。賞金を稼いだり、化け物から金品を巻き上げたり、傭兵を努めたり、冒険者などと言う言葉は都合がいいもんで、実際には腕力寄りの便利屋家業。荒くれ者が大半で、こういう店に好んでたむろする。店も店で、そういう奴らを相手からウワバミをかっさらっては、幾らかを「まわりもの」として市中に返す、そういう〝調整〟が効いていた。
 そんな店に、珍しい姿が一つ。好奇心の強い客は彼をじろじろと見ている。聞こえよがしに下卑する者もあったが、その人影は気に留めることなく店を行き、カウンターまで一直線。椅子を引いて、腰を下ろした。

「……ここはルミーアの店。旅人たちが仲間を求めて集まる、出会いと別れの酒場だよ。見ない顔だね。|人類《ヒューマン》の冒険者とは今時珍しい。歓迎するよ」

 と、言ってはいるが、バーカウンターの中に立つバーのマスターらしき人物は、客に何か振る舞うよりも自分の煙草の方が優先らしかった。リザードの様に切れ長の目に、フィジカル・ウィスプみたいに白い肌、カーバンクルの瞳。この店主はどうやら、ヒューマンの雌型のようだった。ヒューマンがほとんどいないこの時代、この店主の外見が整っているのかどうかについては、判断できない。火を付けた煙草を、アレで美味いのか?と疑問になるような勢いで吸い込んでは溜めることもなくすぐに大きく煙を吐き出している。客にかかるのも気にする様子はなかった。
 店主が目をくばせた先には、今入ってきた客。グラスランナーをそのまま大きくしたような奇妙な姿をしている、この店主とも似ていると言えば似ていた。つまりはまだ若い雄型のヒューマンだろう、子供のように見える。そもヒューマンの寿命は20年弱、長くても25位だ。と言うことは10歳前後と言うところか。

「ルーミアさん」
「私はルーミアじゃねえ、ただの雇われマスターだ。ついでに言えば|オーナー《ミスティア》もこんな所には出てこないよ」
「え、っ」

 いきなりに腰を折られる雄ヒューマン。

「じゃあこのお店は、誰の……」
「ルミーアの名前貸し元がルーミア、店主兼実質的なオーナーはミスティア、私は更にその下請けバイトだよ。それがお前になんか関係あんの?」
「い、いえ。名前、勘違いしてました」
「そうかい」

 このバーでは一人の客はほとんどいない、大半がパーティを構成していて二人から五人程度で飲食していた、カウンターは空きがちだ。雄ヒューマンはカウンター席に付いたが、きょろ〳〵と周囲を、いやカウンターの中を落ち着かなさげに見ている。その視線の先にあるのはそう、この酒場のマスター、雌型のヒューマンだ。一方の女性ヒューマンも、その若い雄ヒューマンをじろじろと値踏みするような目で見ている。こっちは、見られている方が縮み上がるような、ガラの悪い目だ。

「あの、お名前うかがっ」
「注文は?」
「ぇう」

 名前を聞こうとしたらしい少年ヒューマンは、出鼻をくじかれる。
 
「せ、|米酒《セーク》を下さい」
「|米酒《セーク》だぁ? ……あいよ」

 マスターはヒューマンの注文通り、米から作った酒をグラスに注ぐ。この猥雑とした酒場でそれを望むのは酷というものだが、風情も何もない雑な注ぎ方だった。だが、少年としてもそれで構わないらしい、注がれたグラスをすぐに手に取って、口に運ぶ。「おお、いけるクチだねえ」マスターは大して感心した様子でもなさげに、肘を突いて煙草の煙を吐き出しながら、言った。だがグラスから口を離した雄ヒューマンは、少し眉をしかめてグラスに視線を落とし、マスターを見る。

「水を足してありますね」
「……文句があるなら余所の店に行きな」
「あ、あわわ、そうではなくて」

 ちっ、と舌打ちしながら少年ヒューマンの前のグラスを掴んで台所に捨てた。追い出されるか、ヒューマンはそう思って席を立とうとしたがその予想は裏切られる、新しく注ぎ直された|米酒《セーク》が、カウンターの向こうから出てきたからだ。

「割ってねえ奴だ」

 少年は面食らった様子で席に座り直し、グラスに鼻を寄せ、口に運んだ。

「あ、ありがとうございます! あ、おいしい。これいいお酒ですね」
「いい酒じゃあねえよ、ああ面倒くさい客が来たね」
「水で割るなんてもったいないですよ」
「私の呑む分が減るんだよ、そいつは元々商品じゃねえ。この店で|米酒《セーク》頼む奴なんていねえんだよ、そんな酒知らない奴もいるだろう。専ら|麦酒《エール》か|蜂蜜酒《ミード》だ、奴らこの世界には酒はそのに種類しか無いと思ってやがる。」
「あっ……メニューになかったんですね、済みません」
「ああ、人類でなきゃ追い返しているところだ。」

 本当に面倒臭そうな反面、どこか嬉しそうにも見える。一方の若い男ヒューマンもその様子を見て、嬉しそうに口元を弛めていた。

「俺、エリクニアって言います。冒険者の端くれです。エリックって呼んで下さい」
「冒険者以外はこの店には来ねえよ。エリックね。ヒューマン文化圏らしいとっぽい名前だな。」
「ずっとここに来たかったんです」
「ふうん、ここにはパーティを組みに?」
「はい。やっと、お酒の飲める12歳になって、冒険者登録も出来ましたそれに」

 少年は、照れるようにちら〳〵とマスターの方を見たり目を離したりしながら顔を伏せ|米酒《セーク》を次がれたグラスの縁を指でくるくると弄びながら、言う。

「やっとマスターとお話しが出来ました」

 てれてれ言う少年に女性ヒューマンのマスターは、呆気に取られたような、しかしすぐに悪戯に目を細めて少年の前に頬杖をつく。胸元の開いた服、その合間から白い肌が覗いている。バーカウンターの上に、ふくよかな乳房が乗っかって形が崩れているのが、少年ヒューマンの視野に飛び込んできた。「ふえ」と高い声を隠す余裕もなく、彼は視線をグラスに逃がす。耳まで赤い。

「仕事が欲しけりゃ紹介するし、酒が飲みたきゃ《《メニューになくても出してやる》》。だが、そういう客だったとはつゆとも思わなんだ、すまんすまん。〝そういう〟商売もしてないわけじゃない、二階騒きも顔負けの造りだぜ、ウチの《《上》》は」
「すすすすすみませんそういういみではなくてですね!」
「……ふん、からかっただけだい。こんなことをして反応するのは、ヒューマンだけだからな。滅多にこねーんだよ、ヒューマンは。特にお前みたいな若い奴はさ。反応が面白くてついな、はは」

 目を上げたエリクニアの目に入ってきたのは、煽り気味にからかってきた筈なのにほんの少し弱気に曇っているマスターの表情だった。

「え、えっと」
「おい、何まごついてんだよ、からかっただけっつったろ」
「若いったって俺はもう……おとな……」
「へいへい」

 そう言って雌型ヒューマンは、少年ヒューマンの頭を上から押さえ付けるようにして、髪の毛をぐしゃ〳〵とかき混ぜた。少年の言うことも一理ある、というのは、このマスターも|人類《ヒューマン》なのだとすれば大した年の差はないように見える、そこまで子供扱いされる謂われはないというものだった。

「ママ、こっちにドラゴンブレスエール、ふたつ! チェイサー付の飲み比べセット!」
「ママって呼ぶんじゃねえよ、この田中デブネズミ!」

 空気を読んで、バーカウンター付近に漂う妙な空気を壊したのは、フロア側の客。田中とは、向こうのテーブルで呑んでいるパーティメンバーのオークである、ちなみに、ビール腹。ドラゴンブレスエールはこの店の名物、竜の吐息つまり炎を譬喩した、とびきりにキツい酒だ。|麦酒《エール》を冠しているが、その正体は店主しか知らない。もっぱらこうして飲み比べか罰ゲームに使われている。

「だってよお、こういう店じゃマスターとママって相場が決まってるだろー」
「だったらマスターって呼べ! 田中、もういっぺんママって呼んでみろ、テメーのケツに二度と取れねえ紅葉を二つくれてやるからな!」
「こっわ、完全にママじゃん! ヒューマンとは思えない凄み! でもそこが、ス・キ♥」
「バラして焼き豚にするぞこの野郎が」

 向こうのテーブルに怒号を飛ばし、何なら木ジョッキを投げつけてから、それでも律儀にふたつドラゴンブレスエールを届ける、雇われ女店主。カウンターに戻ってきてから、エリクニアに向かって少しだけ神妙な表情で言う。さっきまでの殺られる前に殺るを体現したような鋭い視線が、逸れ気味だ。

「エリック。パーティ募集ビラ、貼るならあそこの掲示板に好きに貼んな。でも、どうだろな」

 声のトーンが低い、エリクニアと呼ばれた少年ヒューマンは明らかに難色を醸す店主の声色に不安そうな表情を浮かべた。

「|人類《ヒューマン》は不人気だからな、フィジカルは低いし、精神力はあるけど信仰する神が役立たず、おまけに燃費が悪くて食料も雑食のくせに衛生耐性がなくて融通が利かない。よっぽどの特技でもないとパーティは諦めた方が良いかもしれないぞ。」
「わかってます。でも、俺等ヒューマンは、栄えあるニンゲン神の末裔です。今は弱っちいって思われてますけど、昔はこの|大地の銀球《シルバー・グローブ》で栄華を極めた偉大な神の血を引いているんです。俺は、それを証明したい。ヒューマンを馬鹿にしてる他の種族を見返したい。俺はそのために冒険者になったんです。」

 ニンゲンとは、ニンゲン神族とも呼ばれる|人類《ヒューマン》の祖と言われている神の一族の総称だ。ヒューマンに伝わる神話では彼の言う通り、ニンゲン神族は|大地の銀球《シルバー・グローブ》でもっとも栄えた種族で、万物の真理を知り、あらゆる理力を操る高度な魔術を使う、偉大な存在だったとされている。
 それに反して、|今日《こんにち》ヒューマンはマスターの示した通り非常に矮小な種族と見なされていた。神話に残るような栄華は今のヒューマンには残っておらず鼻で笑われ、かつては100歳を超える程の寿命を持っていたというのも今になってはただの神話時代の作り話としか思われていない。同じ神でも、他の多くの神が信仰により魔術の能源となるのに、ニンゲン神は幾ら信仰してもろくな神威を示してくれないのだ。

「莫迦だな、そんな事のために不向きな冒険者など。人類が超文明を誇っていたなんて、神話の時代にしかない御伽噺だよ、下らない。」

 マスターがそう言うと、ヒューマン少年は表情を険しくする。

「マスターだって、人類では?」
「ああ、そうだよ。だが私は冒険になんか出ないからな。こうして引きこもってバーの雇われマスターをやっているだけだ。人類なんて、この先もっと少なくなって消えちまうだろうよ。私にとってはな、魔王だなんだよりも、こうしてお|貨《かね》を貯めることの方が重要なのさ。」

 どこか現実から逃避するように、さっさと話を切り上げたいという空気を見せるように、バーマスターの女性は洗い物を言い訳に少年から目を離した。

「俺は、昔からここで冒険者の帰る場所を守ってるマスターに、憧れてました」
「名前は間違ってたっぽいがな?」
「ぅ……。でも、俺、その、本当なんです。同じヒューマンで、多分冒険者界隈で一番輝いてるの、マスターですから」
「まあ、なあ。ヒューマンは元から短命なのに、冒険者なんか目指したら、それこそ数月もしない間に訃報が入る。私が《《一番長いことこの世界にいる》》のかも知れないな。外にこそ行かないから、生き延びてるだけだけどな。」
「だから、ずっと、憧れてました。今日、話せてよかったです」

 にへら、と笑うエリクニア。薄壁を隔てた向こうに死が待っているような会話なのに人懐こい表情を見せる少年に、マスターは複雑な顔をする。

「ふざけんなよ、なんだその死亡フラグ立てる言い草、こっちの寝覚めが悪いだろ」
「あ、済みません、確かに変でしたね」
「お前な、そんなんじゃ冒険者は務まらねえよ。もう少しこう、威勢ってモンがなきゃ、他の冒険者も子供だからって甘やかしてはくれねえからな。 子供はウチの店にゃ不似合いだ」
「こどもじゃないです! 俺はもう……」
「あー、わるかったわるかった。で? 金払いの悪い客も、ウチはお断りだよ」
「じゃ、じゃあ|米酒《セーク》を」
「なんだい。折角珍しいオスヒューマンだ、《《二階》》も期待するってのにね」
「えっ……」
「はいはい、|米酒《セーク》、よろこんでー」

 全く喜んでるようには見えない表情で二杯目を注ぐ。だが今度は最初から薄めてないし、注ぎ方もどことなく丁寧に見えた。「あーあ、やだね」何が嫌なのか、少年ヒューマンには理解できない。
 少年は継ぎ足された|米酒《セーク》に口を付ける振りをしながら、ちら〳〵と上目でマスターの方を見る。今に限ったことではない、この若い雄型ヒューマンは、彼自身の言葉の通り最初からその視線をバーのマスターに注いでいる。憧れ、と言っていた。一方の向けられた女ヒューマンはその視線にこそばゆいモノを感じながら、照れてしまう様子を隠そうとしているようにみえる、そのぎこちない空気は二人ともお互いに感じていた。
 油の切れた歯車みたいに、いち〳〵軋んで動きを止める会話と空気、また蟠った空気をエリクニアが流そうとする。

「俺、強くなってドラゴンを倒しに行きます。ここからずっと東に行ったところにある山の洞窟に、ドラゴンが住み着いていると聞きました。ドラゴンを倒してヒューマンの汚名を返上したいんです。人類だってやれるって、ニンゲン神の名誉を回復したいんです」
「ドラゴン狩りがお前に務まるとは、到底思えないな。パーティを組めればまだ望みはあったかも知れないが――」







 そう言ってると、フロアのどこかで呑んでいる客がカウンターの方に来ていた、追加の料理を注文しに来たらしい。彼等は二人の会話を少しばかり聞きかじった上で、エリクニアが所属パーティを探しているのを察したようだった。

「冗談きついぜ、ヒューマンなんか誰が好んでパーティに入れるかよ。」
「おいアグァ、黙ってろよ、こっちの話だ。」

 マスターが制止するが相手は酔っ払いだ、引っ込みがきかない。

「そこのガキを入れるくらいなら、マスターをパーティに誘いたいね」
「そうだなあ、ママが毎日きっちり相手してぐぼがげdlfkじゃh;♥」
「きっちり死ね。」

 ジャブジャブ、上半身に意識がずれたところでローキック、バランスを崩して空いた胸部に腰を落として体重を乗せた、肘。吹き飛んでテーブルごと崩れるモブ男①。涼しげな表情のまま流れるような動きで男の一人を床に落としたマスター。
 かんかんかん、横にいる別の冒険者がフライパンでゴングを鳴らした。ヒューヒュー。そこで茶番はお開きになるかと思われたが、エリクニアが一歩前に出る。

「俺、あなた方より強い自信、ありますよ。人類が弱いって、撤回してください」
「おいエリック、やめとけ」

 マスターが止めるのも聞かず、エリクニアは鞘を付けたままのブロードソードのようなシルエットの長物を持ち上げる。応じたのは、アグァと呼ばれた大柄なリザードマンだった。同じようなソードタイプの得物を携えている、丁度いいと思ったのだろう。お互いに鞘を付けたまま、先端を向け合う。

「威勢のいいヒューマンだなあ。しかし、猿が祖先じゃあ、お里も知れるってもんだ」
「猿が怖いというのなら、そういうことにしておきますけど。人類はニンゲン神の血を引いた立派な種族です。」
「ヒューマンが偉大かどうか、今ここではっきりするだろうよ。ニンゲン神の加護ってのも大したことないんじゃねえの?」
「アグァ、余所の神を愚弄するのはよしておけ」
「ニンゲン神族なんて、本当に神だったのかよ? 魔術の|根源《ソース》にもならねえなんて、《《不能》》だったんじゃねえのか。あっ、あっちが不能じゃ血族がこれでも仕方ねえな」
「きさ、まあっ!!」

 明らかに挑発だと見え透いたアグァと呼ばれたリザードマンの言葉に、エリクニアが子供のように激高して声を上げる。
 フロアの奥にいる誰かが、スプーンを宙に放った。くるくると回転して、それが、地面に落ちて甲高い音を鳴らす。それが、合図。
 先に仕掛けたのはエリクニア、小柄なヒューマンにしても更に小柄な体を低く落として、鞘に収めたままの長物を床に擦るように滑らせ、飛水に半月。蜥蜴男はそれをひょいと飛び退いて躱すが、エリクニアの得物はそのまま前に向き、その重心を残したまま低く前方へ跳躍、着地したところで得物を引いて下から上へ切り上げるような剣閃。

 「おう、すばしっこいな」蜥蜴男は昇り竜になって跳ね上がる剣撃を水平に下ろした得物で受け止める。それで競り合いになるかと思ったが、ヒューマンとリザードマンでは腕力に差がありすぎた。エリクニアの剣は易々と横に払い流され、そうして空いた空間に、長い脚で一歩、踏み込む。そのまま横薙ぎ。

「っ!」

 咄嗟に体を後ろに倒してそれを回避するエリクニア。出来た隙をリザードマンは追いかけてくる。振り抜いた剣を力任せに引き戻して、縦に下ろした。体を転がしてそれを躱すと素早く立ち上がって撥条、アグァの後ろに入り込もうとするエリクニア。

「バカめ」

 ヒューマンの背後には何もないがリザードマンには尻尾というもう一本の腕がある、後ろに入り込んで脇を取ろうとしたエリクニアに太い尻尾の打撃が襲いかかる。

「しらいでかっ!」

 予測ずくだったと言いたげに小刻みに跳躍し、同時に得物に尾撃を敢えて命中させる。そうして加わった力を利用して体を回転させて、エリクニアは壁に向かって足を付いた、まるで瞬間、壁に立っているよう。そのまま足を縮め込んだ。
 ヒューマンと違い視野が左右に広いリザードマンの視界には、エリクニアが何をしようとしているのか、見えた。

(蹴り……?!)
「貰ったァッ!」

 蹴りを察知は出来たものの、尾薙ぎで体の捻りが効き過ぎたリザードマンは回避行動も防御も取れない、壁を思い切り蹴ったエリクニアの足は前に伸び、見事槍のように蜥蜴男の背中を打ち抜く。と思われたが、堅い感触に阻まれそれ蹴りの衝撃は肩を打ち抜いた。麻のシャツの下に、堅い素材が見える、防具だ。そのせいで大打撃は免れたアグァ。

「ぐ、がっ!!」

 だが小柄な体のくせに繰り出された蹴りは重かった。脚力が強靱なのだろう、鎧で防ぎ逸れた上に堅い鱗にしなやかかつ強い筋肉を備えたリザードマンの肩が、その蹴りで外れたようだった。

「我が神を愚弄したこと、撤回しろ!!」

 床を転がりさっきマスターが伸ばした男の横にならんだリザードマン、蹴りを食らった肩が思うように動かない。。エリクニアはその前に立って、得物の先を蜥蜴の喉元に当てる。

「決着だ。撤回、しろ」

 うお、とフロアから歓声が上がる、と思いきや刹那。

「わっ!?」
「しかし、鎧を着ててよかったぜ。詰めが甘いなぁ、ヒュぅ~~~ーーマンん!?」

 エリクニアの体が足下から掬われて持ち上がり、いきなり宙吊りになった。さっき出し抜いたと思った尻尾が、背後の足下死角から入り込んでいたのだ。蹴り飛ばされ肩に痛手を被った酔っ払いリザードマンは激昂している。宙づりになって無防備になったエリクニアの、得物を持つ手を自らの長物で打ち付けてそれを落とした。

「くっ、そおおっ!」
「さっきの蹴りは痛かったなあ、たっぷり仕返ししてやるぜ」

 リザードマンは片手では扱いづらい剣らしき得物を早々に放り投げ、代わりにダメージを負っていない方の拳を強く握り締めた。今の状態では、エリクニアは完全にサンドバッグ三秒前だ。リザードマンもそうするつもり満々らしい。しかも相手はまともに防御など出来ない。思い切りの一撃を加えるべく溜め動作に入る拳。

「ヒューマンじゃあ、死んじまうかもなあ!?」
「っっ、まだ、だあっ!」

 エリクニアの袖から、細く小さい別の得物が飛び出てきた。それはそれまでの物と違って鞘を帯びていない、抜き身。凶器と等しい拳に、暗器で差し違えようとしている。だが恐らく、そんなものを受けてもリザードマンは軽傷を負う程度だろう。逆にヒューマンは、内臓が破裂するかも知れない。

「ちっ、莫迦どもが」

 拳が放たれる、暗器が襲いかかる、その直前。アグァの拳はピタリと止まった。それだけではない、拳はゆっくりと開かれそのまま蜥蜴男の広い肩幅まで引き戻る。丁度「何もしない」の意思表示の両手挙げと同じ姿勢になった。エリクニアの暗記もカランと音を立てて床に落ちる。
 二人の間に、マスターが入り込んでいる、果物ナイフと包丁を、丁度双方の喉元に突き付けていた。カーバンクルみたいに光る目が、携えた二本の刃物に劣らず鋭い。

「そこまでだ。ウチは酒場で盛り場だが、賭場でも闘技場でもねえ。これ以上店を壊されるのも、ましてや血のニオイが付くのも、御免だ……引っ込めやがれ!!」

 マスターの怒声が店を震わせると、客一同が竦み上がる。アグァはエリクニアを離して落とし、落ちたエリクニアは小さくなって正座している。

「やれ〳〵、この店は借りモンなんだぞ、大概にしてくれ。どうすんだよこれ、ああ、どうすんだよ?」

 果物ナイフと包丁を台所に放り投げて、呆れ顔で店の中を見渡す、全員の視線を促すマスター。声こそ大きくないが、ワントーン落ちたその声色には明らかな怒気が篭もっている。
 すみませーん……。冒険者一同が率先して店の中を片付け始めた、エリクニアも。

「てめーら今日は代金2割り増しな」
「ヒエッ、そいつは」
「文句が、あるとでも? それとも酒に皿洗いの汚水を混ぜられるのとどっちがいい」
「「「「文句ありまひえん」」」」

 大きく溜息を吐き、さあさっさとはじめた、と手を叩くマスター。エリクニアも含めた店中の客が、一斉に掃除と片づけを始める。誰が指示するわけでもないのに、目を見張るチームワークだ。

「マスター。同じヒューマンだからって肩持つのは分かるけどよー、実際問題、ヒューマンなんてパーティにいたら命の保証できねえし、足引っ張られるのも御免なんだよ。ドラゴン狩りなんてシビアな場面に、連れて行けるわけ無いだろ? それに幾らヒューマンったってパーティメンツが死んだんじゃ、いい気はしないしよお」

 片付けをしながら、コボルドらしい冒険者が言った。それはその場の誰もが思っていることで、言外に肯定の空気が場を占める。

「は。ここにいる誰だって、ドラゴンに敵う奴なんていないだろう。|エリック《こいつ》も含めてだ。だったら、こいつも、お前等も、変わんねえだろ。ドラゴン相手に決死の仕事なんかする必要はねえし、でけークチ叩くなら軍隊大蟻の巣の一つでも駆除してからにしろってんだ。はい、さっさと片付ける」
「うぃー……流石ママ、きっつ、いってええええっっ!」
「田中、警告は済んでたよな? よっぽどお尻に紅葉が欲しいらしいじゃねえか」
「実は、ちょっとだけ♥ ママにお尻ペンペンが」
「気が変わった、殴らせろ、一発思い切り殴らせろ、な?」







 客総出で掃除と片付けを終わらせると、存外にあっという間に元に戻った。破損したのは椅子が一つ位のもので、マスターは胸を撫で下ろしていた。客は何事もなかったかのように再び酒盛りを再会していた。エリクニアもカウンターに戻り、マスターもカウンターでなにやら片づけ事をしていた。そのカウンターの中から、割れた食器を皮袋の中に片しながらボヤくような声が、漏れ出てきた。

「今までは周囲にヒューマンしかいなかったからアレでも勝ててたかもしれないが、さっきのはお前の負けだ。私は戦闘は素人だが、長くここで客を見てきた身だから言わせてもらう、お前みたいな奴は、大概早死にする。」
「……はい」

 戦闘が素人、という部分にはエリクニアは疑問を禁じ得なかったが、今はそれを言っても仕方が無い。何より。

(マスターの前で、かっこつけようと、しちゃったなあ……しかも負けたし、マスターに助けられた……。だめだ、もう死のう)

 それが今になって死ぬほどの羞恥心になって少年ヒューマンに重くのしかかっていた。カウンターに突っ伏して悶々と後悔し続けている。奇跡的に残っていた|米酒《セーク》のグラスを力なさげに引き寄せて、ぐい、一気に飲み干した。

「でもまあ、スカッとしたよ。ヒューマンでも、リザード相手に喧嘩できるんだな。怯まなかったのは、よくやったんじゃないか?」

 空になったグラスを下げながら女店主は付け足す。視線を合わせないように、真正面から真面目に伝えるような形にならないように、あくまでも軽く、半分冗談くらいのノリで。そう努めたつもりだったのだろうが、それが逆に気取ったような言い方になって。

「かっこよかったぞ」

 少年に突き刺さる。

「えっ! あっ、あ、ありが、げほっ、げっほ!」
「……何やってんだよアホ」

 顔を真っ赤にしてむせている少年、真っ赤なのは息苦しいからだけでは、どうやらないようだ。少年が呼吸困難に無性でいる間、女性は呆れたようなその一方で、いつも客に出し抜かれないように研ぎ澄まし続ける雰囲気をどこか鈍にしている、確かに笑っていた。彼には見えていないだろうが。

「それ、お前のボトルにしとくよ」
「?」
「この|米酒《セーク》の瓶、全部お前にやるよ。店に置いとくから好きなときに来て好きな分だけ呑めばいい。」
「あっ、は、はい! 有り難うございます!」
「酒がヒネる前に、来るんだぞ」
「そう、ですね。そうします!」

 ちょくちょく来い、という意味に気付いた少年は満面の笑みを浮かべて舞い上がる位に浮かれ始める。

「で。そろそろ店閉めるんだけど」

 えっ。そう言われてエリクニアは背後を見た、確かにもう店にはほとんど誰も残っていない。酔い潰れてその辺で寝ている、後は閉店で店を蹴り出されるだけの客が残っているだけだった。

「あ、はい。お代、ちょっと待って下さい」

 少年ヒューマンは背嚢をがさごそ探って、何か握り拳大の塊を取り出しそれを、店主に差し出す。受け取ったマスターは思わずバランスを崩した。

「うっ、重てぇな。これ……|金《きん》だな? 随分でかいな。」
「はい、家にあったものです。かなりのお|貨《かね》になる筈ですが」

 握り拳大の塊は、見た目の大きさに反して妙に重量感のある岩石のようだった。ただの石塊の様なざらついた表面が所々に付いているが、大部分は蜂蜜の様な色で、光沢を示している。|金《きん》の塊だ。それを掌に収めた店主は難しそうな顔を見せた。うーん、もう片方の手を顎に添えて、どうした物かと思案しているように見える。

「どう、でしょうか」
「あー、人類が幅を利かせてた時代ならウチの酒なんてこれ一枚で浴びるほど呑んでもお釣りが出る位だったんだけど、生憎この時代じゃ|金《きん》なんて何の価値もない。悪いがこれなら鉄か出来の良い木炭の方が余程に|貨《かね》になる。普通に|貨《かね》は持ってないのかよ」
「えっ、そんな……」

 マスターは、少年に金塊を突き返す。|貨《かね》の有無を問われた少年は頭を振る、持ち合わせがないらしい。困り果てたような少年に、飲み代を取り倦ねては堪らんとそのナリを見定める店主。ふと何かに視線を止め、閃いたように頷いて声を上げた。

「まあいいさ、じゃあ今日のお代はそっちで構わない」

 そっち、とマスターは少年の下半身を指さしている。その指の先を視線で追いかけた少年は、目を大きく見開きみるみる茹で蛸に変化した。

「えっ……。えええええええええっ、そ、それは、それはダメですっ、俺、まだ心の準備が」
「はあ? はっ。ちげーよ。そのベルトの飾りバックルだ。それ、メテオライトだろ。」
「めて……なんですか?」
「綺麗にウィドマンシュテッテン構造が表出してる、|金《きん》なんかよりそっちの方がよっぽど高価だ。そいつで手を打とう」
「|暇《いとま》にすってんてん……? なんだか知りませんけどこれでいいなら、どうぞ」

 少年はベルトをシュルシュルと抜いて店主に渡す、どこか恥ずかしそうだ。

「へい、まいどぉ。時代が時代なら、その金塊とシャークしたんだけどな。こっちは要らねえよ、道ばたでぱんつ丸出しになるぞ。」
「ふぁい……」

 店主は飾りバックルだけを外してベルト本体を少年に返す。彼はずり落ち掛けていたズボンをいそ〳〵上げる。

「まあこいつでボトル一本じゃ、私が悪徳商売人になっちまう。逆ツケだ、次からお前は飲み喰いし放題でいい。だから、是非ウチの店をご贔屓に頼むよ」
「の、飲み放題?! あのベルト、そんなに……」

 シャークされたのには変わりが無かったのかも知れない、少年は少し青ざめた。無知とは悪である。

「人類の客なんて珍しいんだ、また来いよな。他の店に、浮気すんなよ?」
「は、はいっ(う、わきって……)」

 そう言って、もう店を閉じるという店主に送り出されるヒューマンの少年。マスターはさっきまでは全然見せていなかった、そうか確かに看板娘であるのだと思い知らされる、女らしい笑顔で、彼を送る。

(……綺麗……だなあ……)

「今日はごちそうさまでした」
「ごちそうさま、か。久しぶりに言われたね、それ。ウチの客はあんなんばっかりだから」
「あはは」

 少年の胸が高鳴る。かねてから憧れていた女性と、やっと一対一で話が出来る様になった。それに、こんな一面を目の当たりに出来るなんて。さしもの少年も、その感情の正体と名前には気付いている、ただ、まだ少し手に遠い物だとも。

「風に吹かれても死んじゃうような|人類《ヒューマン》相手にこんなことを願っても望み薄って感じだけど、〝生きて帰ってくるのが最大の収穫〟だ、冒険なんてつまらんことで、死ぬなよ。人生、命あっての物種だ。」
「はい、また、来ます。絶対。」
「約束だ」

 ちゅっ

 額に一つ、熱い、|徴《しるし》。







 それから一年が過ぎ、二年が過ぎ、あの|米酒《セーク》はすっかりダメになってしまった。女店主は、以前ここに突然現れた同族の冒険者のことを、もう諦めていた。皮肉な見立て通りに、きっとどこかで行き倒れてしまったのだろう。

「ママ、元気ねーなあ」
「おう、その一言で元気漲ってきたわ。元気見るか? あ゛?」
「あ、マジ、目がマジ」

 追加注文の|甜菜酒《ビーナ》を叩き付けるように突き出す店主。飛沫が思い切り跳ねて、アグァの顔をべっちゃりに濡らす。ジョッキにはほとんど残っていない。

「悪かったよ。悪かったからもう一杯もらえるか、今のを一気に飲み干せるほどオレも酒豪じゃねえ。」
「ふん」

 次に出てきた時には流石に|普通に《しおらしく》出てきた。

「気持ちは分かるけどよ。ヒューマンの冒険者なんて滅多にいねえ、オレもあいつ以来一度も見てない。筋もよかったと思うぜ、完全に一本取られたからな。それでも、あそこでオレがやったことが、冒険の常いや、それでも甘すぎるくらいだ」
「わぁってるよ、アレは早死にするタイプだった。」
「この|大地の銀球《シルバー・グローブ》にヒューマンはほとんどいねえ、レア種族だ、あんたも含めて。神の加護もないんじゃ仕方ないのかも知れないが……」

 あの日店を送り出してから、エリクニアは一度も店に顔を出していなかった。生きていれば、またすぐにやってくるだろうと店主も、他の客も思っていた。完全に体格に勝るリザードマンを追い詰めたことは他の客も見ていた、次に店に来たときには一緒に呑みたいと言う客もいた、当のアグァがそうだ。だが、もう二年、来ていない。ヒューマンの寿命が20年そこそこである事と、冒険者という寿命を削る生業から考えて、二年も現れないと言うことはつまり、そういうことなのだろう。誰もがそう思っている、この人類女性もだ。

「やっとあんたの身持ちが固まると思って少しほっとしてたんだがなあ。伴侶がいないと、人生晴れねえだろ」
「あいつはそんなんじゃねえよ。第一、私は」
「そうかねえ、あのときのマスターは、異性を見る目をしてたぜ?」
「異性にゃ違いないだろ」
「そういうこと言ってんじゃねえよ。幾らマスターがいい女でも、ヒューマン以外じゃ相手は出来ねえ。余程の好き者でも無い限り、ヒューマン女におっ勃つヒューマン以外の男はいねえ。でも、お前もいい歳だろ? 少ないとは言え、どっかにゃいるだろ、|番《つがい》を探したらどうだ? こんな店で一生終えるってのは寂しいだろうさ」
「ほっとけよ。私は……いいんだよ、そういうのは」
「そうかい」

 これ以上野暮を言っても仕方が無い、リザードマンは肩を竦めて引っ込めた。

「ああ今日で、丁度二年か。いつくたばったのかは分からねえが、明日はあいつもいるつもりで、ぱぁっとやろうぜ。なあ、テメーら!」

 カウンターを振り返って、フロアにたむろする常連客に向かって酒宴を提案するアグァ。だが、いつもパーティとなれば理由も由来も謂われも関係なく飛びついて騒ぐ常連客が、のってこない。彼等の視線は、店の入り口の方に向いていた。

「あんだ、また珍客でもあったのか?」

 アグァが怪訝そうにその方に視線を投げている横で、がたんっ! アグァも状況を掴めないままの咄嗟に、女店主はもうカウンターを飛び越えて入り口へ、走り出していた。客共を掻き分け、踏み付け、投げ飛ばして、一直線に。入り口の人影は誰か特定できるほどにはっきりしていないだが、女には予感があった、確信、と言ってもよかったかも知れない。
 店の入り口の扉がまるで、二年前と今日を繋ぐ門のよう。彼女が入り口まで到達したとき、そこにいたのはそこにはあの日に比べて大人びた、それでもまだ幼気な面影を残した、まさしく彼だった。二年前の出来事を知っている客も歓声に近いどよめきをあげている。
 長旅が続いたのか日焼けした肌、顔にも腕にも大きくはないが傷跡が見えている。得物を変えた様子はないが、いっぱしに防具なんか装備して、すっかり冒険者らしい出で立ち。ヒューマンの冒険者なんかほとんどいないこの世ではそれだけでも目を引く姿だがそんなことは、店主にはつゆも関係ない。どんな姿になっていようとも、二年前にひょっこり現れいいだけ存在感を示し胸中をかき回しておきながら、以来一度も顔を出さなかった少年を、見紛うはずがない。
 彼女は日がな待ち焦がれた、少し成長した少年を腕を広げて迎え入れる。彼もそれに飛び込むように小さく駆けだした。

「エリック! おかえ……」
「ママ!」

 どズン゛ッ!!







「で、いきなりノビてんの? 少しは感動の再会って奴をな」
「うっさいな、これパッシブなんだよ、オートカウンター。威力ATK×8.2、防御無視」
「……マジかよ」

 その辺の|屠殺器械《マダーパペット》よりよっぽど戦闘力高えんじゃねえのか、冷や汗を垂らしているリザードマンとその他にもエリクニアを知る何人かの客が、痛恨の一撃を食らって気絶している彼を囲んで見ている。

「おーい。おきろー、愛しの女性が見てるぞー」
「うるせえ、そんなんじゃねえっつってんだろ」
「まだ言うのかよ、最後の、鳩尾に刺さった見事な頂肘がなければ、ありゃあ完全に恋人との再会シーンだった」
「じゃあ脇目も振らずに肘だけ見てろ」

 力加減を見誤ったことを恥入るのか、恋人というワードが気恥ずかしいのか、あるいはさっき少年を出迎えたときの自分のはしゃぎっぷりを恥じるのか、「不意打ちなんかするからだ、チクショウ」、いずれにしても恥ずかしさに、さすがの彼女も顔を赤くしている。

「ぅぅ」
「おっ、絵に描いたようなお目覚めだな」
「エリック? 生きてるか?」

 エリクニアは呻き声を漏らしながら苦しげな表情を浮かべる。意識は取り戻したようだが。

「あ……あばらが」
「げっ」
「きれーな肘だったからなあ。ありゃあ冗談でヒューマンにかます威力じゃないぜ、下手すりゃ死んでたぞ。この店を血で汚すのは許さないんじゃなかったか?」
「ああもう、私が悪かったって、生きてたんだからいいだろ!」

 頭を抱えている女店主。

「おーい、誰かヒューマンに効く治癒魔法使える奴」
「ヒューマン相手の治療スキルなんて普通取んねえだろ。ヒューマン知識のある医者を探した方が早い」
「あ、オレ使えるわ」

 手を上げて出てきたのはスケルトン、酒が通り抜け過ぎるせいでまだ|素面《しらふ》だ。酔っていないなら、まあ、治癒に|大失敗《ファンブル》なんてことはないだろうが。

「マジで? なんで? 死にスキルだろ。っていうかお前が治癒魔法使えんの何? アンデッドの自覚ある? ギャグ?」
「前カノがヒューマンだったんだよ、死んで復活に失敗して灰になったからもう死にスキルだけど」
「ギャグじゃねえかよ、笑えねえし」
「ヒューマンが彼女って、お前ゲテモノ好きだとは知ってたけどそこまでとはな。っていうかお前がゲテか」
「おーぃ? ここにもヒューマンの女がいるんだがな。悪かったなゲテモノで。お互い様だぜ、ブタ。田中お前明日から|麦酒《エール》倍額な」
「そ、そりゃないぜマ ぐっふっ💀」

 隣で田中が死にかける代わりに、スケルトンの治癒を受けて起き上がるエリクニア。そうして体を起き上がらせてみれば、その変貌振りに女は思わず目を見張った。

(あんなに腕細かったのに。日にも焼けて)

 彼女には、たった二年だがその間に顔立ちも、心なしか端正になったように映った。二年前に見た時と得物は変わっていないだが、携えた武器が、前よりも小さくなったように見えた。日焼けした腕に残る、何かの疵痕。きっと危険な仕事もくぐり抜けてきたのだろう。店主はその疵痕を、慈しむように指先でなぞった。

「ま、マスター」
「おう。おはよう、よく寝てたな」

 決まりが悪そうに手を引っ込めた女店主。目を合わせられない少年、お互いにだ。
 周囲に客が沢山溜まっているのをみて、エリクニアは……慌てるかと思いきや二年の一人旅は彼を変えただろうか、その視線に動じずることなくゆっくり立ち上がる、そして、店主の手を取って立ち上がらせた。

(な、何で私が、引っ張って貰ってんだよ)

 流れで手を差し出してしまい、引っ張り上げられて立ち上がった後で、急に恥ずかしくなる。立ち上がった後、するりと彼の手から手を抜いた。嫌な訳では、勿論ない。
 照れくさそうに、彼の手元から引いた手を、もう片方の手に収めるようにして彼を見る、店主。チラリ、視線を送った先のエリクニアは、もう一歩進んで彼女の前に出た。

「ただいま、もどりました」
「……おかえり」

 瞬間、爆ぜるような、歓声。まるで英雄の凱旋と結婚式が同時に降ってきたみたいな、突然の沸騰。声が上がり、酒が吹き、料理が飛んで、エリクニアは突然に胴上げされて天地を失う。安堵と歓喜の交わる顔で笑いながら見ている女。弔いパーティは、一転して凱旋パーティだ。
 ヒューマンの冒険者というレアリティ、しかも一人旅での二年を経てすっかり貫禄を漂わせている。同じ冒険者であれば放っておく者などいない。彼は瞬く間に皆に囲まれて、話を聞かせろだの俺の話を聞けだの、勝負しろだの飲み比べをしろだの、あっという間に人気者。
 そこから少し離れて、遠巻きに彼の人気ぶりを眺めているカウンター組。店主と、リザードマン。

「よかったな」
「ああ、辛気くさい話が一つ増えずに済んだ」
「ったく、素直じゃねーなあお前は」

 乾杯、木ジョッキが、フロア側に比べれば大層控えめに鳴る。一気に酒を流し込んだのは、見た目に反して店主の方だった。「おいおい、とばし過ぎんなよ、らしくねえな」。アグァはにや〳〵顔でその様子を茶化す。

「でもよ」

 と、歓声に包まれるフロアを余所に、このリザードマンがわざわざカウンター席にやってきたのは、店主に一言、言いたいことがあったからだ。それは彼なりの危惧だったろう、この店の古参常連で店主とも知り合って長い、店では一番かも知れないアグァ、それだけ死線をくぐり抜けてきたのは間違いないが、それをしても察しその上で危険を感じると、忠告しておきたいことがあったのだ。

「あいつよ、ドラゴン狩りが目標なんだろ?」

 アグァの言葉に、店主は思い出したような表情を浮かべて、舌打ちする。そうだ、エリクニアの目的は、ドラゴン狩りとヒューマンの名誉回復だ。だが、真っ先にそれを言わなかったことを考えると、まだどこかのドラゴンを討ち取ったという訳では無いだろう。こんな辺鄙な街に戻ってくると言うことは、都でヒューマンの汚名を返上したという訳でもなさそうだ。つまり、彼の旅は道半ばだと言うことだ。

「……まだそんなつもりでいるのか」
「知らねえけどよ。ここに戻ってきたってことは、東の山のドラゴンに挑むつもりなんじゃねえのか?」
「幾ら鍛えたところで、ドラゴンになんか敵う訳ねえだろ。諦めりゃいいものを」
「そらそうだろうさ、逆立ちしたところでヒューマンはヒューマンだ。だが、当のあいつはどう考えてるかね」

 二年如きで、新米冒険者がドラゴンを狩れるようになるはずがない。ヒューマンでなく、そこにいる屈強なリザードマンでも、即死の魔法が通用しないスケルトンでも、精霊を従えるエルフでも、属性耐性の強いエレメントでも。ドラゴンを倒すなどと言うのは、そういう存在でさえ夢物語に歌う物だ、実際にしようという類いのものではない。ドラゴンという存在は、そういうものなのだから。
 だが、|あのヒューマン《エリクニア》はどうだろう。まだ、ドラゴンを倒すなんて言ってるんじゃないだろうか、いや、そうに違いない。

「止めてやれよ、オレはしらねえけどよ」
「……わかってる。ドラゴン狩りなんて、あいつには」

――無理だ――

 絞り出すような声、頭を振る。それは誰に向かった言葉だろうか。眉をしかめて苦慮を噛むような表情、折角生きてこの店に股顔を出してくれた少年が、みす〳〵死地に赴こうとしているのを快く想うはずがない。
 カウンターを立つ女店主は、常連のリザードに一言。そして、意を決したように彼を呼んだ。

「店、頼むわ」

 エリック! 店主が呼ぶ声を、まるで待ち侘びていた子犬のように聞きつけて、立ち上がる。

「来な」

 そう言って招くのは店の《《二階》》。エリクニアが付いてこない訳がないと確信があるのだろう、彼女は後ろを振り返りもせずにそのまま階段を上り始める。それを引き留めたのはエリクニアではなく、アグァだった。

「おい、頼むって、どうすりゃいいんだよ。オレはメニューも値段も知らねーよ。勝手に呑むぞ?」
「好きにしろ」
「え、マジで?」
「その代わり、《《上がってくんじゃねえ》》」

 ははあ、アグァが瞬膜をまばたき、切れ入った口角を上げる。反面で、どこか嬉しそうに頷きながら、それ以上の追及をやめた。

「……りょーかい」

 彼の横を、するりと通り抜けていくエリクニア、目指す背中にすぐに追いつき、言葉もなく二階へ消える。
 アグァは少年の背中を叩く様に送り出すとくるり、踵を返してフロアに向かって宣言した。

「てめーら、パーティはまだまだ終わらねえぜ、こっから飲み放題だ!」

 リザードマンが酒宴を宣言したところで、元より騒々しかったフロアが一際熱く沸騰した。

「今日はママの奢りだってよ! っっわあっ、なんだ!? 火?!」

 本人がいないと油断したのかそうでないのか、彼が禁句を放ったその瞬間、手に持っていた酒入りの木ジョッキが突然炎上した。慌てて手を離すアグァ、そのジョッキが床に落ちる前にそれは完全に水蒸気と炭に化けて跡形もなく消え、追う様に熱気が四散する。だが、酒を湛えた木ジョッキが燃え上がるほどの熱源があるとは思えない。火の手も今はどこにもない。
 追いかけて、上の階から店主の怒声が響いた。

――聞こえてんぞ、クソトカゲ!

「え、どういうこと? なに、いまの?」







 階段を上るマスターの後ろをついて行くエリクニア。視線を上げると、階段を上るマスターの脚、それから、お尻。足を踏み出す度に、ジーンズの曲線が動くのを目の当たりにして、慌てて視線を自分の足下に落とした。ぎい、ぎい、と木製階段の床板が鳴く。

「わかって付いて来てんだろうな」
「えっ?」

 背中越しに投げかけられた言葉に戸惑うエリクニア。わからない、の代わりに沈黙している。「にぶちんが」店主は階段を上りきる、一拍遅れてエリクニアが上り終えた。店主は二階騒きが云々と言っていたが、実際にはそんなことはなかった。小さな廊下を挟んで、質素な扉が二つ。その一つを店主は開けた。

「入んな」
「はい」

 通された部屋は、二階だというのに窓が無く暗い。「あの」とエリクニアが、冗談や謙遜ではない、本当に「にぶちん」な反応をすると、ぱちん、と店主が指を鳴らした。部屋に並んだランプや蝋燭に一斉に火が灯り、部屋を柔らかな桃橙色に染める。魔術仕掛けの灯火ギミックだろう、揺れる炎がただの橙色ではなくピンク色がかって入るのは、シェードに桃色を仕込んであるからか。ムーディに照らし出された部屋は、中央に大きなベッドがあり、サイドテーブルはあるが、他に目に付くものはない。
 エリクニアが部屋の真ん中に存在感を放つ大型のベッドに驚いて、二年前の、今目の前のいると女性とのやりとりを思い出す。不意に。

「あ、あの、これ」
「エリック」
「はい……んっ」ちゅっ、あむ

 店主は少年に抱き付き唇を重ねた。そのキスは些か乱暴に思える、少年は目を白黒させながら、口の中に感じる柔らかな感触に次第に体を熱くする。口の中に、誰か他の人の舌が入ってくるなんて経験は初めてだった。それの意味するところは種族によって違う、だが流石に彼でも、ヒューマンの雄雌でする、舌を入れるキスの意味くらい知識としては、知っていた……知っているだけだった。

「二年の間に、他の女に食べられてないか心配だったよ……って、大丈夫か?」

 女が唇を離し舌を抜き去って彼の顔から離れると、もう一度覗き込んだその顔は、ぼうっと熱病で浮かされた様に赤く火照って目が虚ろ。半分冗談で言った「他の女に食べられていないか」が、全く心配なさそうだったことに女店主は苦笑いする。流石に冒険者であればあちこちの街や村に行くのだ、幾らかは経験して帰ってくるのが筋というものだ。こんなにウブな反応を示すなんて、と女店主は茹でたこのようになっている少年の様子を心配そうに覗き込む。

「っ、はっ……はっ」
「ん?」

 様子がおかしい、まさか本当に病気なんか発症してるんじゃ? 生まれた疑いはしかし、すぐに晴れた。晴れたが、女は、それはそれで、驚きを隠せないでいた。
 少年は、女に抱擁をされ、ディープキスをしただけなのに。

「エリック、お前……イったのか?」
「はっ、はふっ……ん、い、い……った?」

 エリクニアの股間は膨らみ上がっているだけではなく、ぴくん、ぴくん、と跳ねている。エリクニアの体もかく〳〵と震えて、虚ろな目は焦点がズレている。女は、彼が射精していることを、確信した。

「マジ、かよ」

 それこそこの「二階」が本来の用途で稼働中で、女が別の女、例えば売春婦であったなら、こんな風にディープキスだけで気を遣る雄なんて、種族に限らず鼻で笑われ嘲りを受けるだろう。でも、この女はそうではなかった。マジかよ、という驚きの反応には、一抹の申し訳なさがこもっていたから。

「おっ、と」

 いよいよ膝が抜けて崩れそうになったエリクニアを、女は受け止めベッドに横たえる。恐る〳〵と少年の股間に手を伸ばし、膨らみを保ったそこに指を当てる。指の感触に、ぴくん、と跳ねて返してくる。まだ、固い。

「ごめん、そんなに、その、初めてだなんて思ってなくて」

 絶頂の余韻に震えていた少年が目を開いて女を見上げた。「俺……なんか、出」少年は恥ずかしそうに顔を背けて、慌てて起き上がった。そっちは厠だ。

「まてよ! それ、《《違う》》から」

 女は少年の手を掴んで止め、ベッドにつなぎ止める。少年は、まさかその歳で失禁したのだと、しかもキスなんかで、と思っているに違いなかった。それは女にも伝わっている。

「俺、トイレに……」
「違う、それは、しょんべんじゃねえ」
「ぇ?」
(本気で知らねえのか、冒険一筋で女のことも目に入らなかったのか?)

 女は、少しばかりいたたまれない気分に襲われる。彼が無経験なのは別に悪いこととは思っていない、ただ、その「はじめてのかんじ」を、あらぬ形で教え込んでしまったことに、後ろめたさがあったからだ。元々経験くらいはあるだろうと、彼をここに誘い込んだのだ。彼女は誤算を恥じる。

「私に、興奮してくれたんだろ?」
「えと」
「私を……女として、見てくれてるんだろ?」

 それは、むかしからです。虫の声のような微かで消え入る声で、エリクニアは認めた。昔から、二年前に初めてこの店に来たとき、ではないだろう。そのとき既に「憧れていた」といっていた。もっと前から彼はこの女のことを、雌として認識していたのだろう。その後も雌型ヒューマンに出会わなかったのなら。女は、ぎゅっと胸が締め付けられる思いだった。

「これは、お漏らしなんかじゃねえよ。いや、おもらしには違えねえけどさ」
「うう」
「いいんだって。こっちは、していい方の、おもらしだ」

 女は少年の頭を撫でて、穏やかに笑いかける。

「していい方のなんて」
「あるんだよ。これから、教えてやるから」

 女は意外な展開に驚いていた。幾ら彼でもセックスに応じるくらいは出来るだろうと思っていたからだ。二年前に来たときにもちょっとした色香にまごついていたのだ、すぐに成熟して行為も覚えたろうと。ここに来たのがドラゴン狩りなら、もっと遠い街に女を待たせている可能性だってあった。そもそも彼女が彼を二階に招いたのは、別に彼の筆下ろしをしたり性の手引きする為ではなかったのだから。(こんなつもりじゃなかったんだけどな)でも、なんだか、今はそんな流れになっている。

「これも何かの縁だ、任せとけって」

 そういって、女は少年の服を丁寧に一つずつ脱がせていく。恥ずかしそうにしている少年、ひとりでぬげます、と抵抗を見せるのを、女は制止する。

「こういうときは、相手に脱がせて貰ったり、相手を脱がせたりするのも、楽しむもんなんだ。そんな事、滅多にねえだろ? それに、どきどき、しないか?」
「し、しま、す……」

 女がボタンを外し袖を抜き衣服を捲り上げるのを、少年は、顔を真っ赤にして目をつむったりくすぐったそうにしながら、感じていた。薄く目を開くと、耳、女の白い首元、鎖骨の膨らんだラインが目に飛び込んできて、慌てて目を閉じ直す。

「そういうときに、口付けとかしてくれると、女は喜ぶんだぜ」

 女には少年のそうした仕草が伝わっていたようだ。

「したいと思うところに、ちゅーって、してみろよ」

 店主は服を脱がす手を停止してそのままの姿勢で、少年に行為を促す。ほらこの体で練習してみろ、というように。

「ん……」ちゅっ

 一瞬の躊躇を挟んで、少年の柔らかい唇が女の鎖骨の上に降りてきた。だが、一瞬触れるだけで離れてしまう。女は、もっと強くして欲しいのに、痕が付くくらいに強くても構わない、とさえ思っていたが、それは飲み込む。

「うん、いいぞ、上手。そうやってされると……私もどきどきする」

 服を脱がす途中の体勢で停止させていた手で、彼の頭を撫でた。「また子供扱い」少し口をとんがらせた様子が可愛い。「子供だからしょうがないだろ」小馬鹿にする様に笑い飛ばした女だが、頬が赤い。

「じゃあ全部脱がすからな」

 赤い顔を隠すみたいに女は、テキパキと少年の服を剥ぎ取っていく。だがやがて下に差し掛かって、「おもらし」の自覚がある彼は流石に抵抗した。

「あの、こっちは」
「ばーか、そっちが本番だろ。そのために脱がせてんだよ」

 女はいっきに少年のズボンと、下着を剥ぎ取る。姿を現した男性器にを見た途端、女店主は目を「♥」に変えた。それは下着の中で暴発したヌメリを自らに受けてべったりと濡れ、部屋を満たす赤い光を優しく照り返している。皮を被ったままで、勃起している今は先端にだけ赤い口がちょこんと顔を覗かせていた。

(う、わ、何だよこれ、反則的可愛さだろ……)

 少年の勃起おちんちんを目の当たりにして、女は心臓が胸の中で転がり回るのを感じた。自分がスケベな女だという自覚はこれっぽちもなかったが、この少年を前にすると躊躇いもなく淫らな振る舞いをしてしまう。本当の理由こそ淫らなものではなかったものの、その手段に訴えた時点で、と女は苦笑い。
 少年の初々しく可愛らしいおちんちんにふんわりと手を被せて、ゆっくりと指先だけ動かす。

「あっ……! あ、っ」
「ヌルヌルしてるだろ?」

 切羽詰まったようにこく〳〵と首を縦に振る少年。傍目に見れば、苦しそうな顔にさえ見えるがそれは経験の浅すぎる性感に翻弄された幸せ顔だ。

「これはな、ただのおしっこじゃないんだ。男が、女に、赤ちゃんを作ってもらうために出す、オトナのおしっこだ。」
「おとなの、おしっこ」
「お前が私のおっぱいを目で追っかけたり、お尻を見たりしてドキドキするのはな、お前が、私に、赤ちゃんを作って欲しがってるからだ。ふふ、酒場のマスターに種付欲求なんて、悪い子だなー?」
「たっ、種付って、家畜に使う言葉ですよ! そんなつもりは」
「おんなじだよ。家畜だって、野生動物だって、ヒューマンだって、他にもセックスして子供を作る生き物はたくさんいる。」
「で、でも、俺は、そんな……」
「いいんだ。少しずつ、な? 今は、私に欲情しとけよ」

 少年の性欲と性知識が伴ってない様を、女は胸を高鳴らせながら見た。そして堪らず自分の服を脱ごうと手をかけたとき。

「あっ! えっと、俺が」
「脱がせてくれるのか? ……じゃあ手伝ってくれるか?」

 女は、次はこれを脱ぐんだぞ、と示すように、次に脱ぐものに手をかけて少年の手を誘う。彼の手が届いたところでゆっくりとめくろうと動かし、実際には少年にめくらせる。少年に主導権を持たせるように彼の手の動きを補い、修正し、示すだけ。ボタン一つ一つを外すのにも不慣れな様子で、女はその間黙って少年の作業を眺めていた。
 ざっくりした生成麻のカットソー一枚を脱ぎ終わるのに何分もかかってしまう、それでもそれを脱ぎ捨てた後に現れた下着と膨らみを、彼は自分で見つけた宝物のように見つめていた。

「手伝ってくれて、ありがと」
「あっ、はい……」
「下も、お願いできるか?」
「!」

 デニム織と呼ばれる丈夫な綿生地のズボン、締め付ける作りではないが体を動かすと腰回りから脚のラインが浮き上がる。
 シャツを脱がせた後には、オークのように太っているというわけではないが決してエルフ族に比べればだいぶ肉の付いた腰回りが見えている。特に今は、ズボンのウェストラインの上で少し盛り上がった肉感がよく目立っていた。「昔に比べりゃ随分太っちまったからな」そういって苦く笑う女店主はしかし、少年がそれをよくちらちらと見ていたのを知っていた。

「脱がせて、くれるか?」

 エリクニアは小さく頷いて、へその下に打たれたズボンの金属ボタンに手を伸ばす。女は腕を上げて邪魔をしないようにそれを待つ穏やかな慈しみを含んだ笑みの底に、淫靡さが混じっている。
 少年が、デニムジーンズの硬いボタン、しかも自分のではなく相手のそれを外すのに苦戦している姿を見ながら、女の吐息がいつの間にかしめっぽい。

「あわてるな、ゆっくりでいいから」
「……か、硬い」
「太ってて悪かったなー」
「そっ、そうじゃなくってえ」

 あっ、の声が上がった、一番上のボタンが外れたらしい。2つ目、3つ目のボタンに指をかけるが、その場所がどういう場所なのか流石の少年にもわかった、木綿下着の柔らかい感触が指に触れたからだ。彼の指が《《わをかけて》》おっかなびっくりになる。「大丈夫」女が安心させるように声を投げる。だが、彼の指がへその下を徐々に下り、そこでもぞもぞと動き回っていることに女も興奮を増している。吐息が深くなるのを噛みしめるように、強く口を閉じている。

「と、とれました」
「ふふ、よくできました」

 女が、ズボンに手をかけて、するりとそれを下ろす。少年の目の前に、彼にとっては恋い焦がれていた女性の、下着姿が現れた。生唾を飲み込む音が聞こえた。

「上手に脱がせられたな、えらいぞ。それに、私も、脱がせてもらってどきどきした。上出来だぞ」
「あっ、ぁりがとうご、ぁいまぅ……」

 膝の間に手を挟むように前かがみになって、顔を背けてしまう少年。

「こら。せっかく、女が、はずかしいのを我慢してるんだから。男も堂々としなきゃダメだぞ」

 女は一歩進んで、少年の体に自分の体を密着させた。肌同士が重なり体温が混じる。女の長い銀髪が少年の肌をくすぐり、少年の熱い吐息が女の肌を撫でる。「最後の一枚だ」少年の手を、ショーツの紐に導き置いた後、巻ブラジャーをするりと外した。

「!」
「だぁめ。これを見るのは、ちゃんとぱんつも脱がせてからだ……あっ、こらエリック、乱暴はだめだぞっ、てもう……」

 エリクニアは息巻くように勢いをつけて女のショーツをずりおろした。その瞬間に、頭に軽くチョップをもらう。

「ご、ごめんなさい」
「まあ、それだけ私に興奮してくれたってことか」
「えと」
「ほら、顔上げろよ。おっぱい、見てもいいから」

 少年はおそるおそると顔を上げる、そこには今まで見たこともない、ふくよかな乳房がふたつ並んでいる。はわわわわ、と声に出しそうに口を半開きにしたまま、まばたきもせずに見ている。

「みっ、ミノタウロスの牝も見たことがないのかよ、そんなに、凝視しやがってぇ……♥」
「全然違いますよっ! それに、あなたの、だから……」

 もじもじと頭を下げる少年。

「あのっ!」
「触りたいかぁ? いいぜ、ただし、優しくしろよ?」
「そうじゃなくって、その」
「ぁんだよ、いい雰囲気なのによ」

 女の方も恥ずかしさの天井を突き抜けようとしていた所で、エリクニアは意を決したように言う。

「あのっ、な、名前、教えて下さい!」
「あ?」

 ああ……そういえば、と女は思い出したような顔。そうだ、エリクニアはまだ女店主の名前を知らない。何年も名前を知らないまま恋していたという健気さは女をくすぐったが、しまったなあと頭を掻いてから答える。

「私は人に名前は教えないことにしてるんだ。こんな商売してるから、名前が伝わると商売敵から要らん恨みを買ったりするし……あ、こんな商売って、娼婦稼業じゃねえよ! 下の店だ!! そもそも私は体売ったりは」
「そこまでゆってませんって」
「お、おう」

 しまったと肩を落とす。いや、それ自体は嘘ではない〝二階〟をそういう宿として貸しているのは確かだが、彼女自身が男の相手をする商売ではない、稀に気が向けば、することもあるが。

「名前、俺にも、ダメですか?」

 ああ。少しだけ間をおいて、女店主は答えた。よびにくいです……。あからさまに落胆している少年を見て、じゃあ、と持ちかけた。

「じゃあママでいいよ、お前だけ特別だ、エリック」
「ママ……」
「エリック」
「ママ」
「なんだよ」
「ママ」
「なんだよって、しょーがねえ奴だなあ……っ」

 ママ、と言いながら女を見上げる少年の目が、今までの何倍も熱っぽい。性欲と向き合えずにまごついていたさっきまでと違い、女を、正対象を見る、真っ直ぐな視線を向けていた。

「急にマセた顔になりやがって……そんなにおっぱいが触りたいのかよぉう?」
「さわり、たいです。」
「マジな顔して。いいぜ、ほら。好きなだけ、触れよ」

 急に真剣な表情を見せる少年、自分の体を曇りのない性欲で求めてくる少年の眼差しにママと呼ばれることを受け入れた女は、その呼び方とは裏腹に、子供と大人ではなくオトコとオンナを意識し始める。エリクニアの手が乳房に触れると、女は鼓動は急に早鐘を打ち体が熱くなるのを自覚する。

「や、やわら、かい」
「急に強く掴んだりしなくて、えらいえらい。……もうちょっと強くても大丈夫だ。押しつけるんじゃなくって、最初は下から持ち上げるみたいにして、そう、じょうずだぞ」

 ママに言われた通り、手に余る豊かな膨らみを掌で掬うように持ち手首の動きでその柔らかさを感じている少年。まるで神秘の何かを見るような、同時に興奮に揺れる目で、柔らかく形を変える乳房を見つめている。

「指も、使っていいぞ。その、私もいい気分になってるから、な。女の方がのってきたら、少し強くてもいいから……んっ♥」
「こ、こんなかんじ、ですか?」
「ああ、上手だぞ♥」

 少年が指に少しだけ力を入れる、ママのおっぱいに指が埋まる。まるで出来立てのスライム餅みたいに指を中に飲み込んでいく。

「う、うわ……ママのおっぱい、すご、い」
「これが女のおっぱいだ、よく覚えとけ?」

 しばらく無言で乳房をふわふわと揉み続ける少年。女はその下半身がもじもじ揺れているのに気付いていたが、敢えてそれには言及せずに、少年におっぱいを教え込む。

「の、のって、ますか?」
「ばぁか、そんな聞き方すんなよ。でも、ああ、お前の触り方が優しくて気持ちいいから、私も気分出てるよ。触りたいように触ってみな。そろそろ、乳首もいいぜ」

 女に促され許されるまま乳房全体を触り続けているエリクニアの目は、さっきから胸の先端でつんと上を向く乳首に釘付けだった。女はそれに気付いていたが、ようやくそこに触れる許可を与えた。ずっとそれを望んでいた少年はしかし、その許可の言葉を貰っても喜ぶというよりも、次にどうすればいいのかの言葉を待っている、まるで子犬のようだった。
 恐る恐ると赤みを帯びた輪に指を伸ばすエリクニア。彼は確かにミノタウロスの牝のこうした構造を見たことはあったが、もっと茶色く土のような色をしていて、同じ肌と地続きの部分には見えないと記憶していた。対して、許しを得た眼前の乳首は色が薄く、乳房の一部であると感じられる。元から色の薄いこの女性の肌は、乳首に限らず血色を感じる部位は血が透けたように赤い。

「へへっ、こんな性格だから〝乳首黒そう〟とか言われんだけど、結構自信あるんだぜ。綺麗だろ? ほら、触っていいぞ♥」

 少年は吸い寄せられるようにママの乳首に指を伸ばして先で撫でるように触れる。「ん♥」女の鼻から、小さく笑うような、くすぐったがるような、囁くような、声が聞こえて彼はその顔を見て様子を覗った。

「よしよし、いきなりぎゅーってされると思ったけど、ちゃんと女のことが判ってるな。えらいえらい」

 乳首に指を乗せたまま停止している少年の頭を、満足そうに頷きながらなでなでするママ。

「でも、ママもう気分ノってるから……もう少し強く触っても、いいからな? あっ、でもあくまでも優しくな、優しく、少しだけ強く。最初は回りの乳輪の表面を撫でて、んっ♥ そう、上手だ゙ぞ♥」

 ママに促されるまま、指先で乳輪の愛撫に努める少年。呼吸が荒くなって、目が潤んでいる。もじもじ揺れる下半身ではおちんちんが切なく跳ねていた。

「んっ♥ はぁ、んっ♥ 気持ちいい、ぞっ♥ じゃあ、乳首、先っちょ触ってくれ♥ 優しくだぞ、優しく撫でたり、ちょっと指で押し込んだり……はんっ!♥ そう、そうだ、エリック、上手……♥」
「ママ、ママぁっ」

 切ない声で鳴きながらママの乳首に触れるエリクニア。はふ、はふ、と桃色の吐息を漏らしながら今にも泣き出しそうな顔でママを見上げる。そして。

「……っっっ♥ ぅぁっっ♥♥♥」
(~~~~っ☆ また、イったのかよぉっ♪)

 びくんっ、と下半身が跳ねた。女の下腹部に、水気が飛ぶ感触。乳首をなぞりながら少年は再び射精していた。

「はっ、はっ♥ はふ、俺、また、おもらし……っ♥」
「ああ、おとなのおもらし、しちゃったな♥ ふふ、こんなに射精して♥」

 女は自分の下腹部や太股に飛び散った彼の精液を指ですくって彼の目の前に晒す。指先に絡めて、指と指の間で糸を引くようにしてやると、エリクニアは恥ずかしそうに顔を背けた。

「恥ずかしがらなくていいって。大人の男の証なんだから♥」
「うう」

 そう言って、指に絡ませた精液のヌメリを、ぱくっ、と口に含む女。口の中でそれを転がす様子を敢えて少年に見せつける。

「おっ、これはぁ、本気でママに恋しちゃった味だぁ♥」

 そんな味があるわけないのだが、恋しちゃっている、こと自体は本当であるしなにより恥ずかしい〝おもらし〟の液体をママが口に入れたこと、そのときの顔が淫蕩で男を誘う色香に満ちていたことが、少年の脳みそを沸騰させる。

「おっぱい、大好きなんだな♥」
「あ、あの、はい」
「恥ずかしがるな恥ずかしがるな♥ おっぱいが好きな男なんて《《ごまん》》といるんだ♥ これでエリックも大人の仲間入りって訳だ♪」

 そういって、少年の頭を抱き寄せておっぱいの谷間にぎゅむぎゅむ埋める。体を硬直して、顔面におっぱいの柔らかさを感じているエリクニアは、それだけでもう一発射精した。「もーお、エリックはおっぱい族だったんだな?」ママのおっぱいに顔を埋めながら、少年は、んーっ♥ んーっ♥ と幸せそうな悲鳴を漏らしている。
 解放された少年は、射精の快感とおっぱいの幸せでうっとりしている。

「ふふ、私の体に、こんなに興奮してくれてんだな♥ ありがと♥」

 少年のふらふら顔を暴いて、額にキスするママ。顔面に近付いた乳房を、少年は掌に受け止めて触る。今度は少し強い、指を乳房肉に埋めるくらいの、それに掌の中にすっぽりと乳首が包まれている。

「おっ、いいぜ♥ 激しく、来いよ♥」

 少年の手がおっぱいから離れないように、その手の上から手を重ねたまま体勢を変えて、乳を揉ませる。激しく、と言う通りに、今度はどれ位強くしてもいいのか、彼の手の上から一緒に乳房を握った。

「わ、わ……」
「エリックが目の前で何回も気持ちよくなってくれるから、ママもいっぱいヨくなってる♥ 感じてる女相手には、これくらい、強く揉んでいいんだぜ♥」

 指を乳肉に埋め、手の動きで乳房全体を押し込み捏ね回すように動かす。

「指がおっぱいに、食べられちまうな♥」
「俺、おっぱいに、たべられ、ちゃう……♥」

 自分の体にそんなに柔らかいものが付いていない少年は、それだけで夢心地、半開きの口からはぁはぁ熱い息を漏らしながら次第に自分でママのおっぱいを捏ね回し始める。
 おっぱいぱふぱふに夢中になっている少年に、ママが更に誘いの言葉を投げかけた。

「エリック。おっぱい、吸いたいか?」
「す……」

 提案された言葉を想像した少年は目をぱちくりさせながら、乳房から手を離す。たゆんっ♪ と跳ねる柔らかな乳房、それにぷっくりと存在感を見せる乳輪と、魅惑の乳首。

「……はい」
「ふふ、おっぱい吸いたいなんて赤ちゃんだろー。やっぱ子供かなー?♥」
「うう」
「いいって、お前は特別だ。ほら、こっち来い♥」

 女はベッドに腰を下ろしてから、その横をぽふぽふ手で叩いて、座るように促す。エリクニアがそこに腰を下ろすと、女は少年の頭を肉付きの良い太股の上に乗せさせた。

「そのまんま横になれ。ほら、足乗っけて楽に寝ろよ」

 言われた通り、膝枕の上体でベッドに横たわると、見上げた視界にはいっぱいのおっぱいが圧倒的な存在感を見せている。

「そら、吸っても、いいぞ♥ そっから乳首、届くだろ?」
「わ、あ……」

 顔面に乗っかってきた乳房の重量感。その中から乳首のシコりを探し出して舌を伸ばし、口の中に含む。
 ちゅっ、はむっ

「んっ♥ ミルクは出ねえけどな、好きなだけおしゃぶりしていいからな♥」
「ママの、おっぱい……♥」ちゅっっ、ちゅうっ「おっぱいぃ♥」ちゅちゅっ、ちゅるるっっ
「ふふっ、赤ちゃんみたいだなあ♥ んっっ♥ 舌、上手だぞっ♥ 優ぁしくなら、噛んでもいいぜ♥ 歯でも楽しんでみな♥ はぅンっ♥ お、お前はほんと、具合がよく分かってるな♥ 丁度いいぞ、じょうず、じょうず♥ アぁっん♥」

 少年に乳首の口愛撫をさせながら、女の手は横たわった彼の下半身に伸びる。おっぱいにしゃぶりついて興奮のるつぼに窒息しかけている彼のおちんちんは、またも破裂寸前にまで勃起していた。皮の間にさっきの精子余りが溜まっていて溢れる先走りと相まってきらきらと光を返している。

「まぁたこんなに可愛くぴんこ勃ちしやがって♥ 私のミルクはでないけど、こっちのミルクはまだまだ出そうじゃねえか♥」

 ママは少年の可愛く勃起する皮被りちんちんを手に包んだ。

「ぁうっっ!♥」
「ほら、エリックはおっぱいしゃぶってな♥ 《《こっち》》の面倒は見てやるからよ♥」

 左手で少年の頭を撫でながら、右手で彼のペニスを優しく手愛撫する。まだ皮は剥かずその上から撫でさするだけだ。それでも、絶頂を憶えたばかりの彼には鋭く甘い快感、ベッドの上に乗せた腰が逃げ、立った膝を合わせるように力んでいる。

「力抜けよ♥ さっきから暴発ばっかりだったからな、ちゃんとした|射精《おもらし》も覚えとかないとダメだぞ♥」
「ふっ、んっふっ♥ ふぐっっ♥ ちゅっ、ちゅるっ♥ んんっ♥」
「ちゃんとおっぱい気持ちよくしてくれてるんだな、えらいえらい♥ ご褒美にこっちも、気持ちよくしてやるぜ♥」
「んんーーーーっ♥ ぷぁ、ちんちんっ♥ ちんちん変っ♥ ちゅっっ、ちゅるっ♥ ママ、俺、ちんちん……♥」
「大丈夫だから、安心して私に任せとけ♥ おちんちん気持ちいいだろ? 我慢しないで、おもらし、しちまえよ♥ これはしてもいい、おとなのおもらしなんだからな♥ そら♥ そらそらっ♥」

 親指と他の指で「つ」の形を作るようにして、女は少年のペニスを皮の上から撫でる。たまに指の腹に力を入れて皮の下で必死に張り出しているエラの膨らみにひっかけると、少年の腰は強い刺激に逃げようとする。だがベッドに横たわった状態では巧く逃げられない。

「んぉほぁっ♥ ママっ、ママぁっ♥♥♥ ちんちんっ♥ んぶっ♥ ちんちん、あついっ♥ 俺、ちんちんとけちゃうっ♥」
「それが、気持ちいい、だ♥ オスの快感だぞ、ちゃんと覚えとけよ?♥ 」
「ふあい、ふあぁいぃっっっ♥ ちんちん気持ちいいっ♥ 俺、ちんちん気持ちいいっ♥ 大人ちんちん気持ちいいっ♥♥♥」
「よしよし、よくできました♥ じゃあそろそろ、おもらし、しちゃおうか♥」
「おも、らし……おとなおもらし……♥」

 譫言のように、おっぱいの下で声を漏らすエリクニア。女は今まで「つ」の形で指先愛撫していた彼のペニスを、今度は掌と指を筒状にして包み込んだ。

「っっっ!?♥♥♥」
「じゃあ、《《やってく》》ぞ?♥」

 そう言ってママは少年のペニスを扱き始めた。射精を憶えたばかりの男の敏感ペニスだ、強すぎないように最初は根元を握って上下に扱き、徐々に昇って皮ごと中の雁首と亀頭を撫で回し、また根元に戻る。

「あっ♥ ああっ♥ ああっっっ♥♥ す、すご♥ ちんちん、すっご、い♥ きもち、いっっっ♥」

 少年はちんぽ快感に目を白黒させながら、

「おっぱい、忘れないでくれよお♥ お前に乳首吸われるの、私にとってはお前のちんちんみたいに気持ちいいことなんだからな?♥」
「ちんちんくらい、きもち、いい……?」
「ああ、エリックのおしゃぶり、上手だからな♥ 私もちゃんと、気持ちいいんだぞ♥」

 ママがそう言うと、少年は素直に口愛撫を再開した。ペニスを扱かれながらの口戯は少々ぎこちないが、女にとってはその懸命な奉仕の態度が快感に繋がっていた。

「んっっんっぶっ♥ ひんひんっ、ひもひぃいっ♥ まま、ままっ♥ おれ、ちんちん、とけっ、むずむずして、とけりゅっっ♥」
「さあ、おもらしするんだ。我慢するな♥ ほら、ほらっ♥」

 女のちんぽ扱きが強くなる。握る力がこもり、掌と指は雁首の膨らみを重点的に往復し始める。快感の我慢の仕方を知らない少年は、ひとたまりも無い。

「っっっ♥ あっ、あーーーっっっっっ♥♥♥」

 びゅっ、びゅっっ♥ びゅびゅっ♥
 びくびくっ、びくんっ♥

 少年は、すぐに射精させられてしまう。射精の方向までママに制御されて、彼の精子は彼自身のおなかの上へ、たっぷりと注がれた。おなかの上にひんやりした液体の感覚が重なっていくのを、射精の快感の海に溺れ、おっぱい肉の下で窒息しかけながら感じているエリクニア。

「はーっっッ♥ んぶ、んくっ♥ ぷあぁっ♥ はあっ、はーっ♥」
「あっは♥ 出た出たっ♥ いぃっぱい出てるぞ♥ プリプリの濃ゆぃおとなのおしっこ、すっげえ出た♥ おとなのおもらし、上手に出来たな♥」

 女は少年の頭を少しずらして、おっぱいの垂下から逃した。少年の見上げる先には、恋しいママの顔。彼女の顔もまた、うっとりと欲情に蕩けた色香の漂う表情。少年のペニスを可愛がっていた右手が現れて、ぬめりけが付いた掌に舌を伸ばして舐める。一方で、左手は彼の頭を優しく撫で続けている。

「ママ……♥」
「ふふ、エリックの、味♥」

 さあ、起きろ♥ ママは射精の快感に酔い痴れる少年の体を、抱くようにして起こし上げた。そして、優しそうに、だが淫らな牝の表情を浮かべて、彼に問う。

「おとなのおしっこ、出る感じ、覚えたな? これは射精ってんだ♥」

 こくん、と頷く。

「これが、女に赤ちゃんを産んでもらうための汁だってのも、わかったよな? おとなのおしっこは、正しくは|精子《ザーメン》って言うんだ。いいか?」

 ふたつ、頷く。

「じゃあ……おとなのおしっこは、本当は、どこにするんだ? 他の動物と一緒だぞ、わかるな?」

 少年は、口をぱくぱくさせて恥ずかしがりながら、知っている僅かな性知識と一般的常識を総動員して、答える。

「じょ、女性器に……精子を、射精……セックス……♥」
「そうだ♥ それは、さっき、私はなんて言ったっけ?」
「た、種付け……♥」
「正、解♥」

 ちゅっ、ご褒美とばかりに、ママは少年に口付け。そして、ベッドの上に豊満な、今はすっかり発情した体を、放り出す。脚を開き、手を使っておっぱいを強調するように左右からもみ上げる。挑発するような細い目で彼を見て、赤い唇の間から覗いた舌が舐めずる。

「エリック。ママに種付け、したいか?♥」

 脚を開いた腰をゆっくりねっとりとくねらせ、寄せ上げた胸を上下に揉み砕いてみせる。少年の目は釘付けで、その下半身では再びペニスが勃起していた。

「種付、したいですっ♥ ママに種付、したいっ♥」
「ふふ、素直でよろしい♥」

 こっちに来いと導かれた少年は、ベッドの上を四つん這いして女の股の間に入り込んで来る。

「こんな年上の女に欲情するなんて、エリクニアくんはいけないオトコノコだな♥ まぁたそんなにおちんちん勃起させて♥ ママに何して欲しいんだ?♥ ん?♥」
「ママ、勃起責任とって♥ 俺の童貞ちんぽの責任っ、取ってっ♥」
「いいぜ♥ 勃起責任、きっちりとって、お前を大人の男にしてやる♥ ママと種付けセックス、しような♥」

 こくん、こくん、と余裕のない頷きを見せる少年。女は改めて腰をベッドの上に据えて脚を開き、その間ですっかり花開いたバギナに指を乗せる。「みろ」彼の意識を誘導し視線がちくちくと刺さったところで、女はその花びらを指で左右に割り開いてみせる。とろ、と蜜が垂れた。

「ほら、お前を大人の男にしてやる穴は、ここだぞ♥ 入ってこい♥」
「ま、ママっ、セックス♥ ママとセックス、するっ♥」

 ママの胸の中に飛び込むように、少年は体を重ねた。勃起したペニスが、開かれた肉ビラの上に当たる。

「こぉら、慌てんなって♥ ちゃんと手で持って狙って。そら、もうちょい下だ♥」
「下、ここ? ママ、ここですか?」
「ン……そう、そこだ。そこが種付け用の穴だ♥ 押し込んでみろ、ほら、ぐって♥」

 そう言って、女は少年の体を左右から脚で挟み込む様にして、彼の背中を引き寄せる。
 そのまま来い、の合図を背中に感じた少年は、一気に腰を進める。

 ぬ、ぬぬっ、徐々に穴の中にペニスが入っていく。先端が少しめり込んだ辺りで、女は少年の小さな尻に手を置いて、ぐいっ、と引き寄せた。

「~~~~~~~~~~~~~~~~っっっ?!?!?!っっ☆☆☆っっ♥♥♥」

 びゅっっ、びゅっっっ♥

 一気に根元まで突き刺さり、膣肉圧の中で彼は再び絶頂に堕ちた。膣の中で射精痙攣に跳ね回るペニス、射精の勢いとペニスの跳ねる元気の良さに女は、うっとりと目を細めながら少年の頭を乳房の上に埋もれさせて頭を撫でた

「ふふ、マンコで皮剥きなんて、堪んねえだろ?♥」
「か、かわ……?」
「ちんちんの皮、私のまんこに入ったときにずるって剥けたんだよ。わかるだろ? おめでとうエリック、これで立派なおとなの男のちんちんだ♥ エリックがんばったな♥」

 膣に挿入する時に彼の皮被りペニスは、一気に敏感な亀頭を剥き出しにされた。敏感な覚えたて生ちんぽが、熟れきった膣襞に摩擦されては、堪らない。我慢するしないなんてレベルではなく、あえなく射精に導かれていた。

「はっ♥ はっ♥ きもち、い♥ ママと種付けセックス、きもちい♥」
「ふふ、セックスよくできました♥ でも、種付けセックス、にはもうちょっと足りないな。頑張って動いてみろ♥ ママを、イかせてみろ♥」
「い、かせ……?」
「お前がちんちん気持ちよくなって頭真っ白になるのとおんなじように、女だってセックスでトべるんだぜ♥ ヒューマンのセックスってのはな、二人でそういう風になっちゃうことだ♥」
「いっしょに、きもちよく……っ♥」
「そうだ。ちんちんが、この穴の中に出たり入ったり擦れたら、女も気持ちいいんだ♥ ……ママを気持ちよく、してくれるか?」
「するっ、ママを気持ちよく、セックスでママを気持ちよくするっ♥」

 少年はまだ膣に入ったままのペニスを擦るように、腰を動かし始めた。

「は、うっっっ♥ くっ、はくっっっん♥ ママを、俺、ママを……きもちよくっっ♥」
「い、いいぞ♥ がんばれ、ちんちん、がんばれっ♥ ふうっン♥」

 にゅぷ、にゅるっ、ぬぽっ、くちっ♥

 快感を我慢しながらでは動きもぎこちのないし、腰を引いたときに膣からペニスが外れてしまうこともある。それでも、少年の必死で健気な腰使いと、可愛らしい喘ぎ声に、女の興奮は膣の肉摩擦とは別のところでみる〳〵高まっていく。

「はっ、はっ♥ いいぞ♥ 男らしい、セックス、できてるぞっ♥ もっと、もっとしてみせろっ♥」
「んぅ゙っ♥ あ゙っ、んんんっ♥ まだ、まだぁっ♥ ママが気持ちよくなるまで、ママと気持ちよくなるまでっっ♥♥♥」
「上手だ、上手だぞ♥ 気持ちいい、ママも気持ちよくなってるぞっ♥ ふっン♥ はあっ、はあっ♥」
「なってますか? ママも、気持ち、よくっ、俺、うまく出来てますかぁっ?」
「ああ、ああっ♥ 上手だ、ちんぽ上手だぞっ♥ 私も気持ちよくなってる♥」

 女の膣が、強烈にウネリ始めていた。少年のセックスは稚拙で、到底女の肉を刺激し倒せるほどのものではない。だが、それを以て余りあるほどの、必死で可愛らしい、健気で懸命な腰遣いに胸を高鳴らせ、そのどきどきが下半身をずぶずぶと感じさせていた。

「ぬるぬるで、きゅって……ぁっつっっ♥ すご、いっ♥ 我慢、できっ、な……っ♥」
「種付けセックス、上手に出来てるから、私のマンコすっげえ濡れてるんだ♥ お前が、ちゃんとセックスできてるから、私も気持ちよくなってるから、マンコ締まっちまうんだっ♥ わかるかっ? 女がマジで感じてるのが、この感じだっ♥ わすれんなよっ♥ メスが、イキそうなときって、こうだから、なっ♥」
「ママ、ママいきそうなの? ままも射精しそうなのっ?」
「女は射精、しねえよっ♥ でも、同じか、もっとすげー気持ちよくなるんだっ♥ ぶっ飛ぶんだっ♥ 女ってな、すっげえ気持ちよくされた男のことを、忘れないンだっ♥ そういう、生き物なんだよっ♥ ほらっ、お前を、私に、おぼえさせろっ♥ もうすぐ、私も、イく、からっ♥ お前を、私ン中にっ♥」
「イって下さいっ♥ ママ、ママぁっ♥ 俺で、イって下さいっ♥ 俺を、覚えて下さいッ♥ マンコで、俺のちんちん、覚えて下さいっ♥♥」
「じゃあ、最後に、すること、わかってるなっ?♥ 種付けセックスで、男が、女に、覚えさせるやつだ♥ 赤ちゃんつくらせるやつだ♥」
「わかり、ますっ♥ 射精っ♥ 俺、射精しますっ♥ ママの中に、種付けセックスして、ママの中に、射精っ♥ しますっっっっッ♥♥♥」
「来い♥ 来い、来い来い来い来いっっっッ♥♥♥ ママ、イくぞっ♥ イくぞっ♥ 精子、精子出せっ♥ ママに種付け、して見せろッッッッ♥♥♥♥♥♥♥」
「射精っ♥ 出るっっ、精子、でるっ♥ ママの中に精子……っっっ♥ 出゙っっっっっっっっっ♥♥♥♥」

 びゅーーーーっ♥ びゅっ♥ びゅるるっるっ♥ こぷっん♥ びゅっっ、びゅびゅっ♥

「うっあ゙、すっ……げ……♥ めっちゃ、でて、やがるっ♥ これ、マジモンの種付けじゃねーかっ♥」
「ま、っ、マジ、です、俺っ……ママっ♥」

 その一言をまるで断末魔みたいに呟いて、こてんっ、と少年はママの乳房の上に頭を落とした。失神している。射精を覚えたばかりなのだ、こんなに激しくセックスすれば、仕方がないかも知れない。
 女はその頭を両手で抱きながら、性的な満足で幸福感は漂っているのに、どこか複雑な表情を浮かべる。
 声をかけても、少年からはしばらく返事はなかった。やがて意識を取り戻し、少年は胸の上で身を捩って顔を上げた。

「大丈夫か?」
「は、はい」
「……よかったぜ」
「はい♥」

 恥ずかしそうに顔を俯かせて、ママの上から降りる少年。だが、さっきまで一緒にセックス快感に溺れていた筈のママの様子がおかしいことに、気付いた。

「ま、ママ、どうかしましたか? ……俺、やっぱりダメでしたか?」

 心配そうな少年の表情。

「いや、気持ちよかったよ。私も、イっちまった。正直、イかされるなんて思ってなかったよ」
「よかった……! じゃあ」

 じゃあ、の後に何を続けるつもりだったのか、女にはわからないただ、言わなければならないことがある。
 ママは裸のままで、煙草をたぐり寄せて火を付けた。やはり、何かまずかったのだと表情を曇らせるエリクニア。

「なあ、エリック」
「はい」

 左手で煙草をはさみながら、右手で少年の頭を抱き寄せる。キスされるのか、と思ったがそうでは無かった。少しだけ乱暴気味に、彼の頭を胸の中に押し入れる。

「お前、なんでここに戻ってきたんだ?」
「ドラゴンです」

 間髪入れずに、一番答えて欲しくなかった答が返ってきた。当然だ、彼はそれが拙いことだとは思っていないのだから。だが、女は違う。

「ドラゴンなんてどうでもいいだろ」
「えっ」

 少年は頭を上げた。

「お前には、無理だ」
「そんなこと、ありません。俺は、そのために強くなって、この街に帰ってきたんです。」
「……だろうな」

 それでも女は、ドラゴン狩りなんて夢想を、捨てて欲しかった。

「この辺での仕事なら、私が工面してやる。別にドラゴンなんか、倒さなくたって生活していけるだろ。ヒューマンの誇りなんて、何の飯の種にも成りゃしない」
「なに、いってるんですか……。俺は」

 何かを言おうとした少年の言葉を、女は「それでも、だめだ」と遮った。

「ドラゴン狩りなんて、行くな。」
「ママ……」
「お前を失いたくないんだ、エリクニア。」

 女は煙草を口に付け、吸い、少年の顔にかからぬよう横を向いて、大きく煙を吐き出した。その煙はまるで、ドラゴンが吐くという炎のブレスのようにも、見える。
 煙草をもみ消した後、女は少年を真っ直ぐに見て、言った。

「私は、お前がドラゴンなんか倒せなくても、ちゃんと大人だって認めてやるから」
「……っ」







 だが、彼は数日の内に再び店に顔を出さなくなった。街で見かけたという者もいない。きっと、東の山に向かったのだと、噂が立っていた。







「これが……ドラゴンが守ると云われる……」

 険しい山を登り、隠された洞窟を抜けて辿り着いた先には、天井がぽっかりと抜けて青白い月が煌々と照るのを望む休火山の火口の底だった。ドラゴンの住処、エリクニアはついに辿り着いた。彼の決意は本物だっただろう、誰もが怖れもはや挑む者もいないドラゴンという存在に、彼は人生と信仰と誇りを賭けて挑もうとしている。ドラゴンの巣には、ドラゴンが集めたという夥しいの財宝が山を成していると伝わっていた。それは今、目の前にある。だが。

「財宝……なの?」

 エリクニアの目にはその山が財宝の山にはとても見えなかった。彼でなくとも恐らくそう思っただろう、石塊、ガラクタ、廃棄物。控えめに言ってもそれは、ただのゴミの山だった。

「こんなものが、財宝だなんて」

 目的は財宝ではないドラゴン自体だ、それは理解していたとしてもその山の光景に少年は驚きを隠せない。伝承は、何だったのだ。そう、少年がゴミの山に混乱していると、不意に、この火口の空間に声が響いた。

「どの時代にも、財宝を狙う冒険者というのは、いるもんだな。こんな形でそれと関わり合ったのは、流石に初めてだ。ヒューマン、ラゴフォモイド、トリフィド、チタウリ、ガソミア、ホモミネラ……私が産まれた時代よりも昔にもきっといたんだろう、知ったこっちゃ無いがね。大量絶滅の光景も見飽きたよ。」

 声に驚いてその方を見るエリクニア、目に飛び込んできた声の主の姿を認めて、更に驚き跳ね上がる。

「ま、マm……マスター、なんでこんな所に! ここはドラゴンの巣ですよ、危険です!」

 そこにいたのは、ルミーアの酒場の女マスターだった。ただ、その出で立ちは飲食店の店員のそれには、到底見えない。砕けそうな白い肌の上に、染み込むような白い布をふわりと纏っている。その布を巻きこむように体に固定しているのは、金属質な光沢を湛える赤と黒の部分鎧。それは面積が少なく、要所を辛うじて隠しているだけだが、そこに卑猥さは一欠片もない。

「その姿は……?」

 エリクニアは生唾を飲んだ、それは姿の露出の高さからではない、何処からともなく否応なく脊髄から引き摺り出される、恐怖からだった。
 白く長い髪が今は下ろされていて、渦巻く生温い風に常にそよいでいる。神々しさと危うさを重ね合わせたような出で立ち、それを際立たせるのは、全身ありとあらゆる箇所に貼り付けられている、魔術用の護符のようなカード。何語なのかもよみとれない呪文がびっしりと書き付けられており、それ一枚一枚が忌まわしい力を持っていると、すぐに分かった。唯一いつもと共通点が見いだせるとするのなら、突き刺すような鋭い目と、乱暴な物言いそれと、咥えたままのいつもの煙草。
 異装の店主は、エリクニアに言葉を投げる。

「ウチじゃ〝ドラゴン退治〟は募集してなかったはずだぞ。あんなもんはペテンの仕事だ、出す方も受ける方もクソ野郎しかいねえ。ウチの店を贔屓に頼むって言ったのに……他の店で仕事を受けやがったな?」
「元々、ドラゴン狩りが俺の目的でした、言ったじゃ、ありませんか。」
「……それでもだよ。なんで、来やがった。来るなって、ドラゴン狩りなんて行くなって、言ったろう。私の言うことも、聞けねえのか?」
「俺は、栄光あるニンゲン神の、末裔です」
「くだらないな。何がニンゲン神だ」

 何故かドラゴンの巣に現れた酒場のマスター、服装もそうだが、何やら聞き慣れない言葉をつら〳〵と語っていたことに少年は怪訝さを隠せない。何かの魔物に心を壊されたのだろうか。そう疑ってみたが、その割には正気に満ちた表情をしている。ただ、店にいる時よりも凄く神々しく思えてしまう。

「何度滅んでも、生き物ってのは誰かが生き残って繁栄するんだ、それで同じように何度も滅ぶ。ニンゲン神族は、自分で作った炎で自分の体を焼いて滅んだよ。チタウリは寒冷化に耐えきれずに滅んだ。ガソミアは勝手に一つに融合して宗教的に消え去ることを選んだ。他にも色々いたが、まあ、人間が一番《《いいところ》》までいったよ。同じだけ愚かだったが。そら、今のお前の手に、真理も理力もありはしない。その信仰の末に手にしているのは、ただの|剣《鉄くれ》。」

 まるで自分が人類ではないとでも言いたげな口ぶり、だが少年の記憶が正しければ、この女性は先だって自らをヒューマンだと言っていた。姿も、ヒューマンそのものだ。

「ママだって、ヒューマンなんですよね?」

 少年が、当然そうだと答えられる前提の問いを投げる、その上で、だったらなぜそんな他人事みたいな、と続けるつもりだったのかも知れないしかし、返ってきた答えは、そうではなかった。

「お前は、ここにドラゴン退治に来たんじゃないのか」

 どういうこと? 少年は狼狽する。

「その通りです、俺はここにドラゴンを狩りにきました。でも、《《あなたはドラゴンには見えません》》」
「ドラゴンがどんな姿をしているのか、知っているのか」
「……」
「そんなんでどうやってドラゴンを狩るっていうんだ」

 何も、彼ばかりが愚かなのではない、この世には人々から財宝を略奪しては溜め込み山に巣くう、人智を超えた幻獣としてのドラゴンの伝説は、各地に無数に残っている。だがその姿を正確に見たという話はどこにもない。それを倒して財宝を得たという英雄譚は数知れず、しかしその多くは、自らが略奪したという法螺ばかり。ドラゴンの姿など、誰も知らない。「冗談はよしてください」少年はすっかり狼狽えている。こんな場所に行る説明の付かない、酒場のマスター。その不可解な言動。自分の無知さ。ドラゴン?

「お前は……本当は私に認められたくてドラゴン狩りなんて言ってるんだろ?」

 少年は俯く。図星だったが、もうその大元の目的なんか、とうにどうでも良くなっていた。彼にとっては、ドラゴン狩りそのものが目的になっていたからだ。

「……要らねえって、言ってんだよ、そんなもん。間違えるな、見失うな、エリック」

 目的の目的化、女にはそれが返し刃となって効く。
 苦い感情が生まれたが、女は奥歯を噛みしめるような表情を一つ見せた後、再び目を鋭いで、言う。

「ドラゴンなんて種類の生き物は、この世にはいねえんだよ。それは、それを言う側の頭の中にだけ存在してる。誰かの思い込みかも知れない。ただの自然現象かも知れない。山奥隠れ里が身を隠すために散蒔いた嘘かも知れない。ただの野生動物かも知れない。野党の集団かも知れない。……人間かも知れない。」

 その瞬間、突然に吹き回る熱風。「うっ!?」炎が、ドラゴンの噂に違わぬ翼のように広がり、羽ばたき動いていた。エリクニアは、目の前の憧れの女性に対する認識を改めざるを得なくなっていた。尋常のヒューマンでは、ない。

「ドラゴン……いや、あなたは、まさか、ニンゲン神、ですか?」
「ああ、私は人間だよ」
「ドラゴン……酒場のマスターが、ニンゲン神で……オレ……ドラゴンママ神……」
「おーい、そっちは限界だぞ戻ってこい」

 突然与えられた情報の荒唐無稽さにエリクニアは戸惑う。受け入れていいものか、いやそもそも受け入れるキャパが追いつかない。

「ドラゴンなんて呼ばれて、久しい。私はお前の言うところの大昔の|人間《ニンゲン》だよ。一身上の都合で|不老不死《メランジ》をやってるが、お前が探している、東の山のドラゴンってのは、私のことだ」
「あなたは、何者なんですか。ドラゴンだって……どういう」
「何千年前からだ、ニンゲンがいつの間にか神になっていて、驚いているよ。おまけに私はドラゴンだとさ。ドラゴンってのはもっとこう……ああ、何でも無い。まあ、ならば人類のおまえもさしずめ、神の末裔か」
「俺達の始祖はニンゲン神族だと、言い伝えられています。あなたは、ドラゴン、そしてニンゲン神族……」
「神じゃない。」
「しかし、ニンゲンだと!」
「私にはその、高度な魔術やら何やらは使えないよ、神じゃない。精々、不老不死で多少の火が吐けるだけだ、何の力も無い。私がこうして財宝を集めているのは、私が一人では何も出来ない無力な存在だからだ」

 財宝、といって指さしたのは、あのゴミの山だった。理解不能なドラゴンの物言いに、少年は語気を強める。信仰を穢されている、人生を否定されている、冒険を冒涜されている。……想い人が、消えていく。

「ニンゲン神が、無力だなんて、そんなこと! ニンゲン神が滅んだのは、神代を割る大戦争が起こった為で、それさえなければ今でも偉大な――」
「偉大な、莫迦だよ、人間は。私は、人間なんてのは、一人じゃ何も出来ないんだよ。私が神で、神が全能だなんて、とんでもない。私はただの愚かな人間さ、今、目の前にいるだろう? ああ、嘗ての人間ってのがどんなに愚かでひ弱な生き物か、君は知らないのか。私は飽きるほど大量絶滅の光景を見てきたが、巨大文明を作り上げ自分の手で自分達を滅ぼした中で一番莫迦な自滅をキメた生き物が、人間だよ。まあ、お前等の世界で神様になっちまったんじゃ、その愚かさ加減も説明のしようもないけどな」

 エリクニアは混乱した。否定はできている、狼狽えこそしても、まだ。いくら何でもそんな事はと、目の前の想い人がきっと、自分をからかっているだけなのだと。まだ拒絶できるだけの気力は、あった。そのことに意味はきっと無いだろうが。

「ニンゲン神族とやらが使っていたと伝わっている〝万物の真理〟だとか〝高度な魔術〟とやらは、恐らく科学という奴だ。とても真理でも高度でもなかったがね、その証拠として自分達の文明の崩壊を止められなかった。君も、痛感しているだろう? 人類は、パーティを組むのに不人気だ……弱い上に、莫迦なんだよ。そのくせ自尊心ばかりは強い。今のお前と……私みたいにな」

 彼の狼狽を余所に、ドラゴンは滔々と一人語りを続けるそれは、目の前にいる少年に向けているようでありながら、聞いていなくても理解していなくても構わない風な、トーンを落とした孤独な口振り。

「私の財宝集めが間に合っていれば、ロケットで月に行けた筈なんだ。」
「月に? ろけっと?」
「月に行くための舟だよ。信じられるか? 人間ってのは大昔、あの月に、もっと向こうの星にさえ、行く力を持っていた。それも数回も文明の勃興を繰り返す中で、一度は魔術で、一度は科学で、月に到達した。確かにお前達から見たら万能の魔法なのかも知れない。人間という知的生命体は確かに月にまで行く魔法を使えたし、私はそれを買い取るのに十分な|貨《かね》をようやく溜め込むことが出来た。いよいよ後は私が乗り込む手筈を整えれば、ってところで」

 全てがパア、のジェスチャー。爆発が起こったみたいな仕草を見せた。

「人間は、愚かだ。」

 ヒューマンの姿をしたドラゴンは、文明の儚さを嘆く、それこそ神のように物憂げに。
 ドラゴンの口調はつら〳〵と一人語りをするばかりのものに聞こえる、だが少年の理解を待つつもりがないのかまでは、理解が及ばない。ドラゴンの思惑など、ヒューマンには到達できやしない。

「ニンゲン神族は滅んだよ。その後はネズミが文明を栄えさせ、次は節足動物、その次は随分間を置いて金属元素が有機的に結合した生命体が栄えたがすぐに滅んだ。常温気体が意思を持ったこともあったが隕石が降ってきて全滅した。それから何回も文明が興っては滅んだ、その度に、君達が言う〝神〟が世代交代して、今に至るというわけだ。今この世界も、そうした内の一つに過ぎない。」
「か、神々の系譜を、見てきたというのですか」
「全部アホ共ばかりだよ、人間ほどじゃなかったけどな。」
「あなたは……神じゃないですか」
「生きてるだけで神だというなら、そうかも知れない。だがその幻想は辞めて貰おうか。」

 ドラゴンは巨大な炎の翼を羽ばたかせ、背後に堆く立ち上る|財宝《ゴミ》の山の上に、ふわり、飛び上がって登る。熱風が少年を撫でる。そして少年を見下ろして言った。

「大量絶滅が起こり文明が世代を交代する度に、私はその文明に合った〝価値〟を集め続けた。どんな知的生命体もいずれは似たようなことを始める、月の舟のような目的を持った乗り物を遠かれ近かれ作り出して、ほとんどの場合は色んな理由で結局自滅する。価値を持つ何かはそれぞれバラバラだ。塩だったこともあるし、鉄だった頃もある。宝石だったこともある。放射性物質だった頃もあれば、宇宙線が差し込む地形だった頃も、水だった頃もある、空気だった頃もある。人間が滅んだ頃は、|金《きん》とか、信用というものが価値を持っていた。だから私はそれを、今も片っ端から集めている。次に来る高度な文明が何に価値を見出しても、月の舟に私が乗って月に行くための手段を、次こそ買収出来るように。」

 そう言って、ドラゴンは自分が立つ足下に堆く積み上げられた財宝の山を指す。それが価値の予約だと言っている割にはしかし、その表情は余りにも惨めさに濡れた自嘲色をしている。エリクニアには何も、理解できない。何も。

「それが、この|財宝《ゴミ》の山さ。お前達が言い伝える〝欲深きドラゴンの|性《さが》〟だ。」

 エリクニアに、|財宝《ゴミ》へ視線を促す女ヒューマン。周囲に散乱しているものに統一感はない。鉄鉱石。何かの気体が充填されたボトル。液体の詰まった瓶。軟膏の詰められた貝殻。名の知れぬ木材。透明な塊。金貨のようなもの。ビビンバのどんぶり。紙を束ねた何か。金属の柱。鳥の巣。魚の標本のようなもの。額に納められた何を書いたのか分からない絵。石綿で出来た簔。鏡。人の頭蓋骨。土偶。何か機械のようなもの。砂の詰まった袋。時計。宝石。本。得体の知れない金属の板。宝玉が挿げられた木の枝。先の言葉の通り、余りにも統一性のない物品を片っ端から集め続けた、エリクニアから見ればほとんどが価値の分からないゴミの山だ。だがこれらの一つ一つが高価な価値を持った時代が、恐らくあったのだろう。この雑多な|財宝《ゴミ》の山が、彼女の過ごした時間の副産物に違いなかった。自分には到底理解できない価値観を、彼女が過ごしてきたと言うことを、彼は思い知らされた。理解の出来なさを、思い知らされたのだ。

「こんな物を集めなくても……不老不死の神、ドラゴンであるあなたなら、自ら月へ飛び立つ手段を作り上げられたのでは?」

 エリクニアの言葉に、ドラゴンは、その|財宝《ゴミ》の山の上から彼を改めて睥睨するように見下ろしながら、返す。

「人間が最も栄えていた頃、この|大地の銀球《シルバー・グローブ》にはどれ位の人間がいたと思う?」

 答えられない。想像だって出来ないのだ、何を言っても仕方が無い、的中させられたとてただの当てずっぽうでは意味の無いことだ。少年は黙した。

「100億だよ、100億。信じられるかい? 今、|大地の銀球《シルバー・グローブ》上で生きて文明を支えてる、色んな種族を全部ひっくるめたって1億にもならんだろう。それが、100億だ。何が神様だよ、ドブネズミか虫けらみたいなもんさ」
「ひゃく、おく……」
「例えば|大地の銀球《シルバー・グローブ》上の人間皆が1年で成し遂げることを私が一人でせっせとやったら、100億年かかるってことだ。人間が|大地の銀球《シルバー・グローブ》で栄えて、所謂文明を営んでいた期間は1万年位。まあ人口が増えて発展著しかった2000年位に絞ったとしても、それを一人でやろうとすると200兆年。これも複数人で作業する相乗効果を考慮してない。私が一人でしようとすると、まあざっと500兆年はかかるだろうな。ああ、5000兆円欲しかったな。」

 そこまで言って、少年を見る。

「で、それでも私一人で続けた方が早いって、思うか?」

 500兆年の意味が分からない、数値としては理解できるが意味としては理解できない。混乱を極めるエリクニアを見ながら、ドラゴンは肩を落として、小さく続けた。

「一人で生きていくのに、長すぎることなんて無いんだよ、永遠に死ななくたってな。寧ろ、短い。永遠でも、短すぎる。この手で出来ることなんて、余りにも少ない。無力だ。何が、神だ、ふざけんなよ、勝手に祀りやがって」

 ぼう、と、巨大な火柱が立ち上った。それは抜けた天に昇る月に向かって激しく光をまき散らす、その火柱はまるで手指のように数本に先割れして高く昇ろうとしたが、しかし到底月まで届くことなく、虚しく消えた。

「……あなたは、どうしてそこまでして、月に、行きたいのですか」

 本当は、その答を聞きたくなかった。聞いてしまえば、終わりが決定的に約束されると、どこかで気付いていたから。それでも、少年はその扉を叩いた。勇気だったのか、自死だったのか。女は答える。

「ただ、一人の女に、会いたいだけさ。いるんだよ、月に、永遠を費やしてでも、会いたい奴が。莫迦だろう、人間ってのはさ」

 一人の女に会いたいだけ。分かっていた。でも、その言葉が、少年の胸に深く突き刺さった。その感情は、自分が抱いていたものを指す言葉だったから。そしてそれが、自分の物ではなかったと、突き付けられたから。答え合わせは成った。

「もしかしたら向こうで死ぬ方法を見付けて、もうくたばってるかも知れない。でも、あいつはそんな莫迦な女じゃないと信じてるよ、自ら命を絶つなんて、生き物として終わってる。そんな奴じゃない。」

 ニンゲン神の否定。恋心の否定。人生と信仰を愚弄されている様なものだ、だがアグァにそれをされたときとは全く違う感情を、今のエリクニアは覚えていた。絶望と失意の向こうに垣間見える、僅かな光の存在だ。世界が開けるような、でもそれはすぐには届かないだろうというもどかしさと共に。
 少年は、自分の気持ちが決して届かないものだと悟ったそれは、眼前のドラゴンが決して届かない月を望んで財宝を集め虚しく火を吐いているのと同じだとわかってしまったから。

「人間は、死に対して恐怖を抱いているにも拘わらず、命をあまりにも粗雑に扱った。死んでもいいなどと、一言でも口にするべきじゃないのに、その呪を口にした。未来と命をつなぐのが生命の本質なのに、振り向くなと言いつけられていたのに、|後ろ《過去》を振り返った。だから、人間は、ニンゲン神族は、滅んだんだよ。今の寿命の短さもその呪のせいだ。愚かな生き物だ。」

 恐らく寿命の短いヒューマンの自分が生きている間に、そのかすかな光の正体を掴むことは出来ないだろう。永遠を生きるというドラゴンでさえ、短いというのだ。20年そこ〳〵の命の自分に、一体何を解き明かせると言うだろう。この光を察した時点で自分はもう15歳に差し掛かろうとしている。

(あなたの言う無力さとは、このこと、ですか)

 虚無感が渇きのように次の一歩を強いてくる、エリクニアが感じていたのは、絶望の活力だった。

「だからせめてお前は、生きたいと、願いたまえよ、ヒューマン。」

 何を言われているのだろうか、まるで遺言のようじゃないか、不老不死のドラゴンだというのに。エリクニアは不穏な気配を察した。

「これも何かの縁だろう。長く生きてきたがこんな出来事は初めてだ。今お前の目の前にいるのは、お前が探していた、ドラゴンだ」
「い、いやです」
「どうしてだ、それが目標だったんだろ」
「違います、俺は……人類に光を……」

 違う、それは。幾重にも包装された言葉を飲み込みそして、新しく出てきた思いを吐き出した。

「あなたに、会いたかった。あなたに、認められたかった。あなたに、愛されたかった。」

 恐らくその言葉を引き摺り出すのが彼女の狙いだったのだろうしかし、それに成功して彼に思いを吐露させた瞬間、女の表情は罪に苛まれるような苦々しい表情に変わる。(これだ……)少年はさっきから肌を鳥肌立たせる不穏な予感の接近を思った。
 ドラゴンは少年から目を離し、少年に背を向ける。

「憶えてるか? 初めてウチの店に来たときのお前は、まだこんな子供だった。でも、今のお前はもう違う。今、ヒューマンの寿命が20年そこそこなんだ。この数年で、お前は私と同じくらいか、少し年上でもおかしくない。凄く、逞しくなった。見違えたよ。……惚れ直した。」

 うそだ。少年は思った。惚れ直したという言葉はきっとこのドラゴンの最低な優しさだ。下手くそな同情だ。決別のの道標だ。

「だからこそ、私を殺して、私を乗り越えろ。」
「いやだ、ママ……ママ」
「ドラゴンを退治して、ヒューマンの汚名を返上するんだろう? ニンゲン神の名誉を回復するんだろう? ほら〝ぼうや〟」
「いやだ!」

 少年は叫ぶ。だがそれを聞き届けるつもりのないドラゴン。炎の翼を大きく広げて、その背中を禍々しく晒す。奇妙な衣装に鏤められた無数の呪符が同時に燃え上がって灰になり、熱気を帯びた風に舞い上げられて火口の底に降り始めた。まるで、雪のようだ。鳥とも蜥蜴とも付かない炎のシルエット、その中心に立つ人影、それはドラゴンなのか、神なのか、人間なのか、恋した人なのか。
 いやだ、と叫ぶ一方でしかし少年は、得物の鞘を抜き払った。決意がついたわけではないでも、進まなければならない絶望の活力が、足を無理矢理前に進ませるから。

「さあ、私を殺してみなよ〝ドラゴン退治の少年〟」
「いやだ」
「でなければ、|私《ドラゴン》がお前を食い殺す」

 ドラゴンが、神々しく巨大な炎の翼をはためかせて振り返った。女の顔は激しい炎とは全く裏腹に白く、表情は氷のように冷たい。食い殺す、の言葉が、恐怖を携えて独歩し始めた。ドラゴンに従えられた幾匹もの炎の蛇が湧き出し、岩を溶かして跡を引く。向かう先は、|人類の少年《ヒューマン》。

「いやだ!!」

 ひとりでに体が動いていた、なんて陳腐な言葉で表現しては彼は不本意だろう。絶望と失意の向こうに垣間見える僅かな光と渇きの活力、それが「生きたい」の願いだったのかなんて分からない、その割には暗くて重くて苦々しかったから。火口の空間に響いた少年の絶叫。幾つかの足音と、風斬り音。風を切らない音。

「ぁ、あ、ああっ!」

 からん、と鉄くれが少年の手から滑り落ちた。それから遅れて、ぼとり、《《首が落ちた》》。剣と首が、並ぶ。

「あ……お、俺」

 更に遅れて膝、そして両手が地面を突く。その向こうで、どさりと音を立てて体が倒れる音がした。
 炎の翼は熱風の残滓を撒いて霧散し、火蛇は燃え尽きた鼠花火のように消え去った。周囲の温度が急激に下がっていく、少年の血の気も、一緒に。

 剣と一緒に転がった首は、|ドラゴン《愛しの人》の頭。彼の剣は正確にドラゴンの首を刎ねていた。ドラゴンは幾つか大味な炎を放った以外には反撃も、防御も回避もせずに剣の侵入を許し、そして首を切り落とされていた。崩れ落ちた視線の先に転がる、|想い人《マスター》の頭。

「ま、ま……」

 殺したかった訳じゃない、でも、そうするしかないと、少年は本能で感じ取った。殺すか殺されるか、に覆面された、打ち倒して殺さなければならない、それを。達成感はない、惨めなだけだ。ずっと目標にしてきたのに、こんな結末なんて。
 少年が顔を上げ、地面に転がる頭に目をやる。と。

「それでいい」
「っ!?」

 首が、首だけで喋った。エリクニアは驚き跳ね上がり、立ち上がる。咄嗟に剣も一緒に拾い上げたのをドラゴンは見逃さなかった。それでいい。

「言ったろ。私は|不老不死《メランジ》だ、ガキに殺されたって、死にゃあしない」

 首だけになった無惨な姿にも拘わらず、生きている。それどころかしっかりとした口調で喋っている。このドラゴンは、不死身なのだった。少年が刃を携え首を切り落としたことはだが、ドラゴンを実際に仕留めたかどうかに関わる因果ではない。だからこそドラゴンの表情はどこか穏やかであった。
 少年は何かを振り払うように首を振った、だがそれ以上何も言えなかった。足下に転がる、愛しい人の首に手を伸ばすがそれをどうしていいのか分からず手を拱く。
 首を失った体の方はひとりでに起き上がり四つん這いで、煙に燻されて痙攣しながら惑い歩く虫の様に動き回っている、恐らく首を探しているのだろう。少年の剣にずんばらりと斬り落とされた断面からは火炎なのか血液なのか区別の付かない赤い物が零れたり煙ったりしている。見れば、その体は赤い物を吹き出しながら徐々に崩れて形を失っているようだった。赤い水溜まりになって辺りに広がっていく。
 首は、優しそうに彼の足下で笑う。

「上乗だ。もういっぱしの冒険者だな。ドラゴンを倒した、凄いじゃないか、そこにある玉は龍の持ち物だって有名な奴だ、持ち帰って手柄を自慢するといい。ニンゲンは偉大だって、お前の手で証して見せろよ。なあ、《《少年》》。」

 首の方は、体の方をまるで自分の持ち物ではないかのように他人顔のまま、穏やかに少年を見ていた。その表情は、後ろで悶え狂い暴れる体に反して、疑わしいほどの静謐を湛えている。死なぬ余裕なのか、あるいは、それとは別の静けさがあるのか。少年には分からない。

「……|神よ《ママ》……俺、は……」

 エリクニアがもうすっかり薄れて消えてしまいそうな自分の信仰心に縋ろうと立ち尽くす横で、首から下が煮崩れるように形を失い不気味に大きく広がり続ける赤い水溜まりが、首の一端に触れる。

「神じゃねえって、言ってるだろ。こんなに長い時間をかけても、あんなに明るく光ってる月にさえ行けず、未だにグズ〳〵してる、阿呆だよ。神なんて、もんか。ただの、死なないだけのヒューマンだ。」

 首に触れた赤い水溜まりは首をぬるりと飲み込む。その瞬間、血のように真っ赤に、よう〳〵夜の明けゆく空の様に真っ赤に、まさしく炎のように真っ赤に、炎を上げて燃え上がる。燃えて灰になり形を失う火葬映像のまるで逆再生、いや、再生。炎が退いた後にはすっかり元の体を取り戻した|ドラゴン《女》の姿があった。再び炎の翼を背負う、ドラゴン。
 一糸纏わぬその姿、生まれ変わった姿を前にして、少年は、破れた恋に臨みながら、問いかけた。

「じゃあ、名前、教えて下さい。あなたが、ニンゲン神じゃないなら。あなたが、俺と同じ人類だって言うのなら」

 ドラゴンは、少年に最後、口付けて、名を告げた。

「藤原妹紅。生きたがりの、人間だよ。」
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パクリ元:映画「シルバー・グローブ」/ゲーム「レッドドラゴンイン」/漫画「異種族レビュアーズ」/他

イベント小説合同寄稿用に書いていたけど容量超過したので没にしたモノです。
みこう悠長
コメント




1.秋葉尚作削除
こんにちは、読んでみたい作品のリクエストがあるのですがよろしいでしょうか?
博麗神社の部屋で里の男たちが持ってきたお酒(強めの媚薬&しびれ薬入り)を飲んだ霊夢が薬の効果で動けなくなり体が火照り衣装が肌にこすれるだけで悶えてるところをみた男達に犯される内容の作品を読んでみたいのです。
お願いします!!!!!!