真・東方夜伽話

UNDER_WEAE_8

2020/03/16 03:20:43
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UNDER_WEAE_8

みこう悠長
01:女はつらいっスねぇ
02:愛されペンギン
03:どうしようもない私に天罰が降りてくる
04:君の車椅子
05:いいえ
06:I need you.
07:復讐心
08:ジェヴォーダンの獣
09:セカイノオワリ
10:痕
11:LOVE LETTER
12:まだ見ぬ君へ


§ § §


01:女はつらいっスねぇ


ジェヴォーダンの獣は裁きの代行者だ;人間に飼い馴らされ、悪を食い殺すために遣わされた、巨大な獣。



 夏にはジリ〳〵肌を焼く程強烈な日差しが差すのに冬には氷に閉ざされる不果知の湖、今は幸いにそのどちらでもなく、まあこうしてやって来て立っている分には平気なものだ。

「おーい、姫〜」

 誰の姿もない今は静かな湖に向かって私は、宛もなく放り投げるように呼ぶ。間もなくしてひょろ〳〵と水底深くから影がのぼってくるのが見えた。それは速度に比して不気味なほどに静かに湖面を割って姿を現した。女性の上半身だ。

「あ、カゲちゃん〜。どうしたの?」

 あの程度の声で呼んだだけで到底声など届きそうもない水の底から現れるのも、その浮上速度の割にほとんど散らない水飛沫も、まさに不気味だ。とは言ったがこいつはよく見知った顔だし、実際彼女を呼んだし、私は彼女に会いに来た。わかさぎ姫。

「ほら〝キト〟、食べたいって言ってたでしょ。」

 私は水面を割って現れた彼女に、採ってきた山菜を背負い籠ごとひょいと放り渡した。水の中にいると言うのにそれを水に浸らないよう器用に受け取る姫。

「わー、ありがとう! カゲちゃん大好きだよ〜♥」
「へいへい。姫はそれ誰にでも言うからな」
「そんなことありませんー」

 ぷいと顔を背けつつ、姫は渡した籠の中のものを手に取って手繰り回したり顔を近付けたり鼻を寄せたり光にかざしてみたりして、見ている。

「これが噂に聞くキト……おネギかニラみたい」
「まあ形はね。でも香りはニンニクよ、私は好きじゃない」

 |大蒜《ニンニク》に限らずニラにせよネギにせよ、私はあの辺のヒガンバナの類は苦手だ。匂いが、人狼にはキツイ、キトも例外ではなかった。他でもない姫の頼みだからわざ〳〵採ってきたが、そうでなければ生えている一帯に近付きたくだってない。
 だが、姫はそうではないようだった。

「わぁー、いい香り」
「ゲッ、マジで? 姫ってゲテモノ食い?」
「ちがうよ!?」

 人狼にしろ吸血鬼にしろ、歴史的に人間に恐れられてきた存在はにはあの独特の匂いが弱点として付与《《されている》》。それが好きだなんて、姫はやっぱりどこかで人間寄りなのだなと思う。彼女は、そうなのだ。

「次から自分で採り行ってね、その匂い、私だめなんだよ」
「えーっ。私、足こんなだから、山歩きは無理だよお」
「そうなの? でも歩けるんでしょ? こないだその辺で肌焼いてたじゃない。氷精といい勝負だったよ、今世紀最大級にわけわからん光景だった」
「あんなこと、もうしません……ぶくぶく」

 顔を真っ赤にしてゾーラみたいに半分沈んで見せる姫。まるで立ったり座ったり簡単にしているように見えるが今姫のいる水域の湖底は断層崖が切り立っていて突然に深い、泳げる者でも気安く入ったりはしない。そんな場所で彼女がああして自在に身振りを繰り出せるのは、姫が半魚人だからと言う他にはなかった。姫の下半身は確かに魚の尾の様だが、|陸《おか》に上がる時には人の脚を顕現出来る。それは別に特殊なことではなく、私が狼の姿と人間の姿を行き来したり、|赤蛮鬼《ばんきち》が無い首を有る様にカムフラージュ出来たりするのと同じだ。

「いいじゃん、焼き魚はどうかと思うけど、人里に遊び行こうよお?」
「や、やきざかな……」

 だが、人里に顔を出すことにさほど抵抗のない私や、人間のことが嫌いという割には人間との接点を持ちたがる|赤蛮鬼《ばんきち》と違って、姫は基本的にこの湖から出たがらない。水を上がったとしても精々岸辺を歩く程度だ。人の姿を繕う点においては、私達三人の中で姫が一番巧くやる;私はいつも狼の体毛を隠し切れていないだけでなく満月の夜にはまともに人化を制御できない、|赤蛮鬼《ばんきち》も常に首許を隠さなければすぐにボロを出す。だが姫が人に化けることで失敗を招いたのを、私も、|赤蛮鬼《ばんきち》も、見たことがなかった。いや、見た記憶がない訳では、ないが。あれはノーカン。

「私はここで暮らすんです、やっぱり水の中が心地良いから。別に外に出たいと思ってないし」
「相変わらず頑なだなあ」

 人里の時間の流れは私達のそれとは全然違って、とても早い。変化が大きくて見ているだけでも楽しい。前から何度も人里に遊びに連れて行こうとしているのだけど、梨の礫。彼女の言う通り当然水の中の方が自由が利くというのはわかるが、歩くのがそう苦手というわけでもない様に見える;それでも彼女は水場を離れたがらない。
 姫は敢えて尾鰭を水面に出して振りながら、この表現は些か不適切かも知れないが、いうなれば得意げな表情で、言う。

「私は王子様に魚の姿を見られて、水の中に逃げてきたんですから。見るなって言ったのに、勝手にこの尾を見て、勝手に驚いて化け物なんて言われて。地上の暮らしなんてもう懲り〳〵なんですよ」
「えっ、姫、子持ちだったのか。それあれだろ、サメの……ぶーーっ!!」

 姫くらいの高位水棲種族が使えば、水鉄砲ってのは、文字通り鉄砲になる。顔面に姫の水鉄砲を食らった衝撃で見事に脳震盪、飛びそうになる意識を慌てて手繰り寄せる向こうから姫の声が聞こえた気がする、なんて言っているのかわからなかったけれど。

「未婚ですー! この王子様は本当にでりかしーないなあ!!」

 |尾《あし》を見られて逃げてきたと言う姫。彼女がこの居心地の良い|水場《場所》から出たがらない理由を、私は否定しない。



§ § §



 セックス終わったらタバコ吸い始める男って結構多い。〝作業〟だったのかなって見えるから嫌だって女が多いみたいだけど、私は好きだけどね、タバコの匂い。他の人がどう言うかは興味無いけど、私は人の体に染み付いたタバコの匂いが好きだ。特に人の体や服に染み付いた匂い。なんだか懐かしいような落ち着くような、妙な気分になる。なんていうか……父親を思い出す、抱きかかえられたときによくこんな匂いがしていた気がする。父親、今はどこで何やってるのか知らないけど。自分のフレグランスも、単純に自分に心地の良いものを選んだつもりだったのに、後から改めて考えてみれば、夜仕事に行く前に母から漂っていた匂いだった。すぐ、使うのをやめた。母とも、折り合いが良くなくて、家でも顔を合わせないしあまり口を利かない。

「パパ、今日はどうだった?」

 背中に背中でもたれかかるようにして、我ながら驚くくらいの猫なで声。タバコの煙を吐き出してから、パパ果で探り当てるようにして私の腕に手を絡めてきた。これ、ちょっと体育の体操みたいなんだけど……まあ体操じゃ指は絡めないか。「すごく良かった」タバコ臭い唇でキスされると、クラ〳〵する。流行りの電子タバコじゃ、こんなキツいキスはもらえない、好き。

「でもカゲロウ、パパってのはよしてくれないかなあ」
「じゃあ何て呼べばいいんだよお? パパはパパでしょー」

 パパ、といってもどうせ父親ではない。〝望月さん〟がいくら父親ぶったところで、本当の父親みたいに躾や教育に口を出したり、将来のことを決めろと急かしたり、してくるわけではない……だろう。もしそうだったとしても、月に一度会ってセックスするだけのような距離感の人に言われる程度なら、私も不必要に真に受けるわけではないし、悪い気はしないかも知れない。父親のことなんて、記憶にほとんど無いから。

「普通に望月じゃあ駄目なのかい。じゃあパパらしいことを聞いちゃうよ」
「え、な、なに??」
「クラスに好きな男子とかいないの? こんなおじさんに体売ってたら、《《減るもの》》だってあるだろう」
「まーおどろいた。流石にそんなこと訊かれるとは思ってなかったよ。でもまあ、パパだったら答えてあげる、好きな人、いるよ。」

 ちらり、脳裏に閃く金属質の輝き、人混みの中に垣間見える穏やかな表情。作り上げた、彼女の〝|自分の領域《コンフォートゾーン》〟。

「でもね、高嶺の花。すごいんだ、いつも周りに人がいて、すごく人気者。人望が厚くて、誰もが助けになりたいと思って手を差し伸べてるの。私みたいな不良じゃちょっとね、入り込めない感じ。」
「ほーう、青春してるね。」
「うん、売るほど青春してる」

 すぐに思考の外に追いやった。

「そういう|kagero《カゲロウ》は、なんでそんな男の子みたいな名前なんで名乗ってんの? 別に垢抜け系女受け女子とか目指してるわけじゃないんだろう?」
「うっえ、そういうジョシ、一番嫌、吐き気する」
「じゃあなんなんだい」
「儚い命だから、かな。なーんてね。TologramのIDに好きなゲームのキャラの名前付けたらそれがニックネームになっちゃたってだけ。変えるの面倒くさくって。でも、悪くないでしょ?」

 望月さんは、煙を私のいない方に吐き出しながら言う。そんな遠慮するくらいなら金払って女子高生買うなっていうのに。でも、そういう少しズレた気遣いが、私には心地よかった。相手がズレてると何となく話していても真正面から向き合わなくていいし、でも話だけは聞いてくれるしわかったようにウン〳〵と言ってくれる。何より、金を払ってまで私を求めてくれるなんて、女冥利に尽きるじゃん。

(ただ肯定が欲しいんだよ、安っぽいし短絡だってわかっててもさ。代わりに何が私を満たしてくれるかなんて親も学校も教えてくれない、大人はただ我慢しろというだけだ。こっちはもう飢え死にそうだってのに)
「うん、悪くないね。儚いかどうかは別としてね」
「ひっどーい」

 目の前にいる性犯罪者との時間の方が、余程私には大切だ。満たしてくれる潤してくれる、受け入れてくれるし肯定してくれる。たまに軽薄な道徳話をくれるのだって、悪くないなって思う。当たり前、餌付けしてくれる人の話なら、入ってくるもんでしょう? でも、世間はパパ達や、きっと私のことも間違った存在だって言うんだろう。
 この飢えは私にしか無いものなんだろうか;きっと無いのだ、これは私にしか発症していない特別な病気で、そうとでも考えないと世間の態度は説明がつかない。

「儚いって言うよりも、危なっかしい」
「蜉蝣の飛び方が?」

 望月さんはまだ大して吸い進んでもいないほとんど長いままのタバコを持ち直して灰皿に押し付けて揉み消し、残煙を肺から絞り出す溜息みたいに吐き出した。とうに火の消えたタバコをいつまでもフィルタ部分で押し潰しながら、視線を上げないまま言った。

「カゲロウの生き方が」
「……なにそれ?」

 なんでもない。私が半分笑い、半分呆れるみたいに言うと、彼はもう一本新しいのを取り出して吸い始めた、なら今の消さなきゃよかったのに。

「その《《危なっかしい理由》》にパパも入ってるンだケド?」
「はは。そうでした」

 今でも家に父親がいたら、こんなことを言うのだろうか。父親の言葉を、|望月さん《パパ》からの言葉みたいに素直に受け取れるだろうか。仮に母にそんなこと言われたら、噛み付いて返してしまいそうだ。まあ、IFなんて、知ったことではないけれど。呆れ返ったのは、そんな発想をしてしまった自分に対してだった。

「奥さんになんて言ってきてるの?」
「出張ってことになってる」
「この嘘吐き男ぉ、悪い旦那だ」
「生きるためには、嘘だって必要なのさ。正直だけじゃ生きていけない。あれとは腐れ縁でね、付き合いも長すぎると好きと嫌いが、一緒にいたいのと面倒くさいのとが、同居するんだよ。」
「女買うのが生き死にに関わるのぉ?」
「関わるね、大問題だ。嘘は、生きる潤いの手段だ。カゲロウにはまだわからないかも知れないけど」
「わかってるよそんなこと、あんまり子供を舐めるなよ? 女子高生買っといてカッコつけないでよね」

 はは、悪かったよ。望月さんは笑いながらまた一本に火をつけた、私はそれを横で見ている。揺れる火、煙、燃え進んで灰になっていく、時間。それは、ただ無駄なだけのものだろうか。
 嘘は手段、そんな事はわかっている。子供の《《みそら》》でも、痛いほどに、いや、子供こそ、嘘を駆使しないと生きていけない。大人の嘘がより多くの利益を漁るため罠だとしたら、私達|子供《ガキ》の嘘は自分を守るための防壁だ。嘘をつかないと、子供の楽園は踏みにじられる。それは好き嫌いじゃない、嘘が悪いことなのもわかってる。ならば、子供の楽園は堕落の証なのだろう。その楽園に遊ぶ人間は大人の子供に関わらず異常者なのだろう。こうして不義の夜を過ごすこともそう。嘘をついて楽園を守らなければ満たされない飢餓感がある、この飢餓感もきっと、異常者の証拠なのだ。
 くゆる煙を眺めている内に望月さんはタバコを吸い終えた。灰皿に吸い殻を押し付けた帰りがけの手で取ったシャツを着て日常に帰る合図。

「ねえ」

 私は腕をとおそうとしていたシャツの端を掴んで、着掛かりだったシャツごと抱きついて体をくっつける。染み付いた、タバコの匂い。大きく吸い込んで、鼻腔を撫でて肺を満たす何か、いや余計に飢える? でも、この人は、それに多くのパパたちも、私を異常者扱いしない。嘘をつかなくてもいい場所なんて、この世のどこにも、ほとんどないの。

「もう一回、しよ?」




自分の足で歩くのは、足をナイフで抉られる様に痛い。擦れるアスファルトに鱗が剥げる。それでも、それでもあなたに会いたかったから。本当に? そんな、綺麗なものか。




§ § §



「はーネイル乾かない」

 私は読書家という訳ではないがそれを差し置いたとしても、斯くも乱数離散的に言葉が、そうさな、節分に子供が巻き散らかした豆とそう大差のない様子であるのはこうだと思った「見るに堪えない」。嫉妬:自尊:誇大:羞恥:冷淡:拒絶:妄想:賛美:評価:並んでいたのは、それこそ大言壮語を演じてよいのならば、パンドラの某を開扉したときのようなものだ。攻撃:回避:狂信:空虚:顕示:幻想:不実:道徳:純粋:過敏:葛藤:憤怒:共感:理想:防衛:欲求:欠損:不満:構想:境界:欺瞞:演技:特権:羨望:傲慢:躁鬱:万能:是認:完全:狼狽:脆弱…えとせとらえとせとら。せめて最後に希望の文字でも出てきてもらえれば首尾も良いものだったが、いよいよそれは顔を出さなかった。よくもまあこれだけ下卑な言葉ばかりが節操なく吹き出すものだな、それにこれらの〝下品〟がまあ巧い具合に破綻なく文法という紐で連結されてまるで〝高尚〟を繕っているのも見事なものだ。

「おい」

 勿論、皮肉として。

「おい今泉!」
「ぁんだよー、人が珍しく読書に勤しんでるってのにー」

 顔を上げると禿げかけた教師が一人こっちを見ている。ついでに言えば、クラス中の冷たい目線も。

「授業中に教科書以外を開いて読書とは勉強熱心なことだな。どうだ頭に入ったか?」
「ぜーんぜん。ネイル早く乾けーって、頭がいっぱい。でもこういう本は難し過ぎてページを捲る必要がないから、都合がいいんだよね」

 愛用のレイブンレッド:プチプラにしちゃちょっとばかり高いけど、色合いも発色もこいつが一番だ。

「また化粧か」
「愛する人のために自分を磨いてるんっスよ。」

 恋人がいるようにでも聞こえただろうか、でも私が愛してるのは、私だけだ。パパ達だって、この愛には手が届かない。このネイルも、ファンデもシャドーもリップもまつげも、言う事聞かずに放っておいても勝手にウルフになる髪の手入れも、手の掛かるムダ毛の処理も、私が愛される為の道具と手段、これを買う人間のためにするものじゃない。私を根っこから可愛がってくれるのなんて、私くらいのものだ。

「高く売れるように商品を手入れするの、たりめーじゃん?」

 高く、と言っても。私、大人なし茶飯だけで四は堅いし、大人して八人くれる固定Pもいる。昨日の鬼頭さんもその一人。でも、お金に困ってるからってワケじゃない、普通のバイトをしたってお金にはなるし、正直そんなに使う用途もない。ブランドバッグをぶら下げたり高い服で着飾れば別だけど、世のPは(勿論私も)そんなのを求めているわけじゃないから。
 価格って、客観的に数値化された、相手の価値を示す数値。私を買って貰った値段は、間違いのない、今の私の価値だから。私が私を可愛がった分だけPは私に価値を認めてくれる。テストで百点取るのと、一晩百千円で買ってもらうのと、同じでしょ。

「商品ってな」
「商品はモノノタトエですけどね。でも、朝な夕な、私は|価値《愛》に餓えて息苦しいんですヨ、酸欠な水槽の中の金魚みたいに水面に口を出して必死。」そう、必死。でもその必死さは他の誰にもわからないことだ、きっとこれは病気なのだろうから。それは私だけがわかっていて、私だけが私を労えばいい。

「愛だの価値だの、やることをやってから言え。」

 いつでも薄氷の上に立たされている。穴が開いていて歩けば落ちてしまうかもしれないし、穴がなくても勝手に砕けて落ちて沈んでしまうかもしれない。いつも、そんな不安の毎日だ。「何の心配事がある」大人はみんなそう言うが、未来ばかりを見ろと言われて不安になるなという方が無理だ、私には今を見る目しか備わっていないのに。見えもしない遠い先のことを見ろと言われて、それを今判断しろと言われて、世界の何もかもが不安に決まっている。だから「何が心配なのか」と問われれば「何もかもだ」と答える。そうじゃないやつなんて、嘘だろ。

「……女は、つらいんっスよ。身体で愛を買えちゃう分、余計にそれが、骨身に沁みる。女は愛に生きるイキモノだからね。〝愛はお金では買えない〟ってのはさ、愛の売り手にその気がないときだけだろ? 私ならちゃんと売ってやるけどな。値段の分だけ、掛け値なしの愛を切り売りしてやる」

 〝愛〟なんて人の価値を兌換した姿に過ぎない、誰かとそれを交換できるように。私は、〝私〟に価値が欲しいのだ。私だけじゃない、きっとみんなそう。「いい子」として認められることも、「いい点」を取って褒めてもらうことも、「部のエース」として認められることも、みんな、自分の本名との対自に不足して、他者からの対他を求めている、他対他があれば即自になれると勘違いして。私もそう、願っている。みんな、そうだと、おもう、きっと。
 他人から認められたいという欲求はきっと対自の強化が望みではない、みんな、即自になりたいのだ;語弊が有るかもしれない、意識を持たない存在になりたいのではなくて意識の有無の関わらず存在する存在になりたいということ。自分が意識でなくなっても、自分が終了しても、残り続ける絶対的なものになりたいと思っている。そんな浅はかな考えが、と自分でも思っても、これはやめられないだろう。それを即自の存在というのが適切ではないのなら、自然とか、自然ももう別の意味になっているし、だったら〝自在の存在〟とでも言うべきかもしれない。窮極的に言って、自身の価値を自分で認める場合、誰ともそれを交換する必要なんかないのだから、わざわざ〝愛〟なんてものに兌換する必要もない。だから確かに、自己愛は愛ではないのかも知れない;でも、もっと純度が高いことにも、間違いはない。

「おい、今泉」

 再び本に目を落とした、見開きに踊る吐き気さえ催すダブスタ文字列;そのセクションが終わるまではずっとこの調子なのらしい、乾かないネイルに気を使い指の腹だけで徒にぺら〳〵と数ページめくってみたところで、罵詈雑言の地獄が解消されることはなさそうだった。ページめくりに失敗して一気に数枚の紙ひらが移動したが、構うことなく適当な文頭から声に出して読んでやる。

「〝自分を肯定的に捉えることは、充実した人生だけでなく他人との協調にも必要である。自分を否定的に捉えると他人に対しても否定的なり、他人からの言動を被害的に受け止め対人関係に支障を来す。|今日《こんにち》、低学力、少年犯罪、薬物依存、10代の妊娠、自殺等と自己肯定感の間に相関が指摘されており、自己肯定感の向上は発達過程だけでなく社会問題として重く扱うべきテーマとされる〟……だってサ。じゃあ、ナンタラ障害ってのは、どこに着地すればいい? 自己肯定低い子問題は、何に縋ればいい?」

 「ナンタラ障害って何だ」教師の表情が怒りではなく呆れに染まっている、教師も教師で私のようなガキを随分見てきたのだ、それは認める。呆れてくれても構わんけれど、だったら腹落ちする答をよこせ。

 人を貶めるために存在する地球上の総ての言葉を掻き集めて砂場の山みたいにした様な「病の解説」。そうしてまで否定したい障害とは、でも|私達《ガキ》がどうしても欲しいものと同じなんだって言ったら、この本の著者はどんな顔をするのだろうか。それを欠いても問題児、持て余しても障害児、一体何なのだ。社会は都合のいい、全部が嘘でできている。あっちが違えばこっちがそう、こっちが違えばあっちがそう、いつでもそうだ。ルールに押し込める割には、濃度の定まらない灰色を強いてくる、その二枚舌。

「自己愛」

 自らを特別な存在だと信じ、万能で、美しく、優秀な、自分を望みそれ故、評価と、賞賛と、承認を求める;一体それの何が異常だって言うんだ、何が病理だって言うんだ、何が。
 みんな、みんな、みんなそれを、欲しがってるくせに、綺麗ぶっていい子ぶって、嘘ばっかり。否定され:無視され:蔑まれ:嫌悪され:疎外され:罵詈されるのと、是認され:許容され:尊ばれ:信愛され:歓迎され:賞賛されるのを比較して、前者を好んで選択する奴の方がどうかしている、だというのに、後者を求める姿を浅ましいとするどころか病的だという。

「ああ。今泉は、自己愛が強すぎるな。少し大人になりなさい」

 へえ! つい感嘆が|放《ひ》り出された。

「そうさ、その通りだよ。わかってんじゃん。私は私が可愛い。それよりさ、だったら丁度いい、教えてよ先生」

 教師が顰めた顔をこちらに向けた、私自身に苛ついているのか、私に投げかけられる質問の厄介さを予見しているのか。まあ両方だろうが。

「自己愛が強いって、何が悪いことなの? 自己肯定と自信と自己愛の境界はどこ?」

 そのためになら虚像も作るし虚言も吐く。
 だって私は、私になりたいのだ。
 私と教師のこのやり取りを、彼女はどういう気分で見ているだろうか。


最後には、狼は本当に現れたんだ。道徳と可能性の、どちらが理性で啓蒙だったろう。そしてそれを喰いに来たのは、本当に獣だった。その時もまた彼を信じた村人が、一人くらいはいたかも知れないだろう?




§ § §

02:愛されペンギン

――嘘を付いてしっぺ返しを食らう教訓的説話で有名なのが狼少年の話だ、あの|一万円《諭吉》だって紹介している。この件で嘘を吐いたつもりはない、むしろ吐いているヤツがいるとするなら……いや、まあいいか。

 というわけで、放課後には見事に教育指導室に呼ばれた訳だが、今まで耳にタコが繁殖するくらい聞かされたことを、もういっぺん言われた。片や教師も私のようなガキは何度も相手にしているだろう、教師も教師で耳に何世代分かタコを飼ってるんだろう、お察しする。

「失礼しまーっす。お?」

 引き戸を開けようとしたところで、外がガヤ〳〵と騒がしいのが聞こえた。聞き覚えのある声と名前が飛び交っている。 

(また〝人間〟共が、やってんな。間の悪い……)

 今出ると鉢合わせる、私は《《気にしない》》が向こうはそうでもないだろう。でも失礼しますって言っちゃったし、あれが通り過ぎるのをこうして引き戸に手を書けた状態で待つのも嫌だ、背後にはタコをくれた教師もいる。こっちが気を遣ってやるのも癪だし、何なら気を遣っているのを察されるのはもっと癪だ。私はままよの勢いで扉を開けた。瞬間、いつつもむっつも同時に視線が飛んできた。汚いものを見るような色と怖いものを見るような色の混じり合った乱視。ちっ、舌打ちが出そうになるが噛み殺す。胸糞悪い視線叢の中に、一つだけ色合いの違う目があった;そう、こいつが、首魁:若狭。

――狼少年は、どんな手段を使ってでも構って貰いたかったのかも知れない。そう考えることもある。

「おっ愛されペンギン、ごきげんよう」

 ペンギンが嫌いなやつを聞いたことがない、まあ、この場合はお猫様だって構わないのだが。
 私の悪態に取り巻き人間共の視線が鋭いだ、その中央で一段低い位置から私を見上げる柔らかい眼差し:周りの人間の視線なんかいくら砥いだところで鈍らだが、こいつの目が一番、虫唾が走る。

――じゃあ狼少年は、どうしてそんなに構って貰いたかったのかって?

 私の皮肉った挨拶に真正面から「ごきげんよう」とでも返しそうな様子で(その科白は少なくとも私の百倍はこいつの方が似合いだ)小首を傾げて色の薄い唇を緩やかに引いた。凍った水に落ちたみたいに白い肌、血色も薄くて幽霊じみているが、《《れっき》》とした生き物だ。車椅子に邪魔にならない様にか後ろ髪は地味に結い上げられているが、サイドは後ろ髪の鬱憤を晴らすように〝盛って〟ある。死人みたいに青白い|面《ツラ》なのに、華やかにカールを巻いた鬢髪がそんなにアンバランスに見えないのは、顔色こそ悪いが目鼻立ちの整った造りのせいだろう。車椅子。そうその|綺麗な《ムカつく》顔が私を見上げる形なのは、若狭は常に車椅子に乗っているからだ。そしてそれを自分で転がしたりもしていない、周囲を取り巻く人間共が喜び挙ってその役を買っているから。愛されペンギンと、取り巻きの人間共。

「何だ、今泉。また呼び出しか」

 口を開いたのは|若狭《ペンギン》ではなく、取り巻き人間の一人だ。他の奴らも大同小異を思っていたに違いない、顔がバカ正直だ。

――構って貰いたくなんかないなんて言う方が、よっぽど欺瞞だろ。誰が無視されて喜ぶんだ、アホか。彼は正直者だったんだよ。

「ああ、口説かれてたんだよ」
「は。必死に媚を売りに行ってるんじゃないのか」
「ただで売る媚なんて、ロクなモンじゃないわ。そうやって――」

 口を突いて出かけた言葉を、天井を仰ぐようにして何とか喉の奥に戻しこんだ。「なんて熱心にそのハンドルを握るんだ、見上げた親切心だな?」と。まあ、顔には出ていたかも知れない、これでも私は正直なんだ、バカは付かないがな。

――狼少年の、それは自己愛だ、私は否定しない。嘘に塗れた、バカが付くほど正直な行動だよ。

「若狭《《姫さん》》は今日もお美しいことで」

 とっとと擦り抜けて帰るつもりだったってのに、随分と《《構って貰って》》しまった。
私は|若狭《姫》に背を向ける;今日もこれからパパ活なんだ、私なんかに構ってもらって有り難いこったが、私には人間共に構ってる暇はない。
 振り返り様に、ちらり、若狭を見る;いや、見たのはその、脚だ。車椅子に乗って、歩けないのだという、脚。

――自分の価値を他人に頼るなんて、そんなクソみたいな《《目》》のない博打にどうして正義が宿るってんだ。自分を愛するのは、自分でいい。それの何が悪いってんだ。なあ、狼少年?

「そうやって、なんだよ」
「いや、そうだなあ」

 取り巻きは憎まれ口をくれたが、若狭はいよいよ一言も私にくれなかった。あれは、脚が不具なだけでなく声も無いのだ。膝の上には年季の入ったブギーボードが乗っかっている。声のない彼女はそれを使って、筆談するのだ。
 私は嘘を疑っていた。取り巻き達は脚も口も不自由な|障礙者《Gifted》、|若狭《姫》の使徒となり福音を貰うべく若狭を甲斐〳〵しく世話している。まるでそれが真心からの道徳が具現した行動だと言いたげに。親切心と道徳、愛、それは返報性の虜だ。福音をくれるのは、誰? 私の視界に入り込んでくる、幾つかの嘘;同時にその嘘は正直なのだとどこかで期待してもいる。虫唾が走る。だから、私はこいつが好きになれない。

――自分だけが唯一絶対の愛をくれる存在だ。自分を愛するために他人を動員したのが、彼の間違いだった。それだけだ:それ以外に、彼に過ちは、無い。

 スカートの裾から覗いた白く丸い膝、なめらかな曲線の這うふくらはぎ、ソックスに包まれた柔らかなくるぶしの膨らみ。その脚は、動かない。

「そうやって媚びを売るんなら、私だったら金くらいは貰うよ、|品質《あい》の担保としてね。」

 私は、嘘を、疑っている。
 私はこいつが好きになれないし、あゝ、だが控え目に言えば、興味津々だった。
 その嘘が私のネイルと同じだと、私はどこかで願っている。
 若狭は黙って私を見上げていた、その目は取り巻き人間共の鋭く敵愾心に煮えたものとは違っている。ならそれは、何の目だ。哀れみか。

「また明日ね、愛されペンギン」


この病に対する唯一の治療法は哲学的思考だけである。ひとたび宗教的狂信が精神を冒すと、その病はほぼ治癒不能なのだ。冒される前に、理性を以て、その欺瞞を暴くしかない。
〝嘘は、罪であるか?〟




§ § §

03:どうしようもない私に天罰が降りてくる

 あの時私を見たあの目は、何だったのだろう。強い、でも悪意ばかりを持った視線ではなかったように思える。獲物を、見定めていたところだったのだろうか。
 今にして思えば、彼女はどうしようもない私を裁くために降りてきた天罰、不道徳者を食い殺すために現れた裁きの獣だったのだろう。私を、見抜いていたに違いない。

――自己愛が強いって、何が悪いことなの? 自己肯定と自信と自己愛の境界はどこ?

 自分で自分を|愛す《護る》ことに、何の悪があるだろう。他人から認められ〝いっこ〟の個別の存在そして扱って「もらうことを望む」なんて、そんな簡単に出来ることじゃない、それを自分自身で担保することに、一体何を責められることがあるだろう。

――それでも、責められるの。自己愛は罪だと責められる。自分で自分を愛し、自分で自分を認め、自分で自分を護る人間は、異常者だって。他人と関わり、他人に自分を〝認めさせる〟傲慢さを持った人間が、正しい。

 みんなそう言う。クラスメイトも、教師も、他の大人も。他人を大事にして、よくコミュニケーションを取り、お互いに尊重しあって、人はより良くなるのだと云う。

 おめでたいね?

 私が相手を認めたら、相手は私を認めてくれるの? 私が相手を好きなら、相手は私を好いてくれるの? 私が相手を愛したら、相手は私を愛してくれるの?
 ばかばかしい。そんなこと、ある訳がない。だったら世の中に恋愛小説なんてものは存在しない、必ずみんなが両想いじゃないか。この世のどこにも、離婚する夫婦はいないし、無償に絶対の親愛を親に抱く子供が親に殺されるはずがない。この世のどこにも戦争だって怒らないはずだし、クラスに派閥なんて出来やしない。でも、現実はそうじゃない、そんなのは、嘘だ。小学生だって、そんなのは誤謬だと知っている。
 相手を認め、相手を好いて、相手を尊重するかどうかなんて、みんな「自分」の中にある価値と照らして判断している、結局自分を中心に考えている。
 それでも。それでもだ。それでも、世間は自分で自分を愛し、自分で自分を護ることを、異常だという。人格破綻だという。何だよそのクソゲー。私はそんなものと正々堂々と戦うつもりはない、社会が、大人が、世界が私に不平等を強いるのなら、私はそれに不正で立ち向かう。それの何が悪い。
 強い意思を以て、そうしてきた。でも、あの目線に、狂わされそうだ。目を閉じていても、あの目が私の瞼の裏に穴をこじ開けて、覗き込んでくる。これは、恐怖、それとも。

――それでも、私は食い殺されるのね。裁きの獣に

「ねえ、若狭」

 裁き。でも、救いなのかも知れない。自分の中にわずかにでもそうした善性があることに、我ながら驚いた、重くのしかかって私は潰れそうになっていたことに、気付いた。私は、獣に救いを求めているのかも知れない。

「散歩でもどう? エスコートするよ、姫様?」



§ § §

04:君の車椅子

「足も動かないし口も利けないんじゃ不便でしょ……なんて、言われ飽きてて懲り〳〵か。私には想像も出来ないや」

 と、声をかけてはみても、車椅子を押している限りは彼女の表情は見えない。喋ることが出来るなら声くらいは届くのかも知れないが、彼女についてはそれも出来ない。彼女がどんな様子で私に車を押されているのか、私にはうかがい知ることが出来ない。それはお互い様なのだが、今に限っては……都合がいい。私はポーカーフェイスの全く逆様のやつだからな。
 世の中には向かい合って座る車椅子が存在するらしいが、押してもらっている側からすると押している人間の視線が常に頭上を越えて向こうを見ているのだから言うほど気分が良くないかも知れないし、押している人間は押すのに苦労する地形に入っても押している人間に気を遣わせないため表情を変えないように押さなければいけないのだ、そんな車椅子は顔は向かい合っても気分はすれ違い続けるように思える。
 そんなことなら最初から向き合わないほうがマシだ。器械のせいにしたまま解決しないことの方が幸せなことだってあるだろう。

「びっくりした? 私が若狭を押すなんて。今まで一度だって《《姫》》を手伝ったことはなかったからね。そんなやつはこの学年にはきっと、私くらいのもんでしょー、はは」

 彼女が容易に相槌を返せないとなれば、私は逆に言いたい放題だとも言える。勿論膝の上にあるブギーボードに言いたいことを書いて私の目の前に突きつけることは出来る筈だが、取り敢えず今はされていない。私が言いたい放題であるのと同じ様に、彼女は表情を変え放題だ。苛ついた顔をしているのかも知れない。

「こないだ生徒指導室の前ですれ違ったときは最悪だったよねえ? 姫は私のことロクなやつじゃないと思ってんだろうけど。」

 そう言うと、そこで初めて彼女はブギーボードを手に取ってペンでサラサラとなにか書き始めた。何を言われるんだろうかと、内心怖いやら期待やらで僅かな時間を待っていると、目の前に差し出された電子メモにかかれていた言葉は。

『不良さん』

 ぷっ、思わず吹き出してしまった。その通りだろう、だけど最後の「さん」の部分に、その言葉に悪意のなさを感じた。本気で嫌悪されているわけではないだろうと、我ながら甘えた感想を持ってしまう。彼女はそれをすぐひ引っ込めて、次の文を描いて見せてきた。

『ずっとお話ししたいと思ってた』
「へえ、そりゃあ光栄。不良とお話しなんて、どんな小言を言われるのかおっかないなあ」

 というと、若狭はふるふると頭を振った。

「……私もさ、話したいことがあるから、こんなガラでもないことをしたんだよね」

 口が聞けるのなら「え?」とでも言っただろうか、後ろをちらりと振り返るような仕草を、でも若狭は止めた。

「まずは、私のとっときの秘密基地にご案内。秘密ってほどじゃないけどね、少なくとも姫様は行ったことはない場所だよ。それにとっても気持ちいいんだ、そこでゆっくり……あ、変な意味じゃないよ?」

 まずは、連れさ出さないことには、ね。
 嫌だなんて言われてしまっては仕方がないと思っていたけれど、お人好しなのかそれとも肝が据わっているのか、私は後者だと思っているけれど……おっと、顔に出ちゃいそうだ、向かい合わせなんて奇抜な車椅子でなくてよかったよ。
 から〳〵と目的の場所まで車椅子で押してく。この校舎は基本的にはバリアフリー設計されているが、それも生徒が立ち入る場所に限ってのことだ、私達がこれから行こうとしている場所には、そんな気遣いは尽くされていない。
 一階から三階までは階段とは別にエレベーターがあり基本的にはこの校舎はその通り三階建て、でも階段を使う限りはもう一つ上に登る階段がある:屋上だ。当然立入禁止になっている、表向きは。

「ここだけ、《《これ》》じゃ上がれないんだ……ちょっとごめんね」

 屋上には車椅子が進入する想定がない、エレベーターの行き先に指定することが出来ず、|上る手段は階段だけだ。私は階段の前に車椅子を止めて、その横に立った。若狭の背中と足に腕を入れて、持ち上げ……あれ。

「若狭、思ったより重……」

 おっとこれは失言と思って飲んだが既に遅い、頬を膨らませた姫が私の方を見ている。

「くない、よ、うん」

 まあ別に特別な訓練をしているわけでもない私が抱えられる位なんだから重いわけがないのだけど。

「元々顔の作りいいとは思ってたけど、この距離で見ると姫やっぱかわいいね」

 機嫌を損ねてしまった姫のご機嫌を改めて取り直すつもりで言った言葉だったが意外、若狭は私のそんな戯言をまともに受け止めたらしい。これはちょっと意外だった、若狭の反応が、ウブ過ぎる。目をぱち〳〵してから意味を噛みしめるみたいに一拍だけ置いてから、みるみる顔を真っ赤にして、顔を背けた。それから思い出したみたいに手で顔を覆う。
 みんなから可愛がられているから、そんなの言われ慣れてるんだろうと思ってたけど、そうじゃないのだろうか。
 なんだか私の方が気恥ずかしくなって、

「……おせじだよ」

 なんて言ってしまったところで、勢いゼロの拳が頬に当たった。ははは。
 これからしようとしてることを前にして、私の嘘も上等なもんだ。

「ちょっと、下ろすね。座ってて。車椅子持ってくるから」

 階段を上りきったところで、私は若狭を床におろして座らせる。壁に背を寄せて体育座りのように膝を上げて座ると、なめらかな曲線に包まれた白い足がスカートの裾から伸びているのが映えた、眩しい。
 車椅子は畳んでしまえば運びやすい、ひょい〳〵と階段を上げて組み直し、ロックを《《確認》》してから再び若狭を抱え上げて座らせる。彼女の体を下ろす一瞬、彼女の顔と私の顔が、触れそうなくらいに近づいた。その時。

 ありがとう

「えっ?」

 耳の傍に、確かにそう聞こえた。声と言うよりは息遣い、掠れるような音が辛うじて声と似たような姿をしている、ひそ〳〵声。

「姫、喋れんの?」

 椅子に下ろしてから若狭をみると、人差し指と親指で細い隙間を作るようなジェスチャー、少しだけ、という意味だろう。

「そっか。でもまああんな距離でなきゃ喋れないんじゃ、恋人とででもないと無理だねえ」

 苦笑い。
 なんだよ、ズルいな。

 階段を登ったところは狭い踊り場をさらに半分に割ったような小さな空間で、車椅子がいればほとんどいっぱいだ。階段を登った時点で既に迫り寄る程近くにある、古く白塗りのくすんだ扉、端の方には錆が見えている。本来は施錠されているのだろうが今は……いや、私が知る限りは最初から、その鍵は開いていた。ノブをがちゃりと回して重い鉄扉を押すと、まるで動物飼育小屋の中に出たみたいな光景、フェンスで左右前を封鎖されていて正面のフェンスは扉になっており鍵穴のあるノブが付いている。だが間の抜けたことに頭上には金網メッシュに切り分けられたりしていない、まっさらな空が顔を覗かせていた。

「ちょっとまっててね」

 フェンスの高さは三メートル程度、上には通電した有刺鉄線が巻いてある、なんてものでもない。ただ上部を丸く処理してあるだけで、よじ登りさえしてしまえば容易に越えることが出来る、尤も、そんなことをしてまで屋上に出たがる生徒はいないらしい、屋上で誰かに出くわしたことはなかった。

「スカートの中、見ないでよー?」

 なんて冗談を放り投げたけれども、彼女はこの距離で私に応答する手段を持っていない、まあ私の方もなにか反応を期待して言ったことでもないからどうでもいいんだけど。
 鱗状の網目につま先を差し込んでよじ登り、縁を跨いで向こう側、幾つか脚を下ろしてストンと飛び降りた。大層なセキュリティである。

「これさ、こっちからだと開くんだよね。何の意味あるんだろねこれ」

 内側からは鍵穴の有るノブだったが、その外側にはつまみが付いていて鍵無しで施錠解錠が出来る。トイレや風呂の鍵と同じやつだ。天井も金網で封印してあるのなら意味もあろうけど、頭上がガラ空きでは全く封鎖になっていない。外から鍵を開けて、フェンス扉を、きぃ、と引き開けた。

「ようこそ、私の楽園へ、お姫様」

 車椅子を押すために後ろに回ろうとしたけれど、若狭は自分の手で車輪を回して屋上に出てきた。元々丸い目を大きく開いて、ぱちくりと周囲を見ている。ぐるりを見回すと、日焼けて褪色した緑が剥けて所々に瘡蓋じみた錆色が浮いたフェンスに、取り囲まれているのがわかった。
 校舎内では柱や壁でいちいち小さく区切られている床面積が屋上では区切るものがない、徒競走くらいならできそうな広さが、フェンスに遮られてこそいるが空に浮いたようなパノラマで、その途中が遮られることなく広がっている。
 若狭は屋上の中ほどまで進んで、車椅子の超信地旋回、周囲をくるりと眺め回した。へー、そういう機動出来るんだ……。

「流石に姫も屋上に来たことは無いでしょ?」

 遠くからこく〳〵と頷いているのが見えた。私は彼女の背後に戻り、車椅子のハンドルを握り直す。

「生憎少し雲があるけど、雲がないときはやばいよ、ずっと上を見ていると平衡感覚が狂ってくるの。真っ青の空が、海よりもよっぽど海みたいでさ、沈んでるんだか止まってるんだか浮いてるんだかわからなくなるんだよ」

 屋上のある一角にだけ、かさぶたフェンスがない。この|屋上《地上》と、|空《海》を区切る唯一の境界線が、途切れているのだ。ただ階段の一段程度に立った縁だけが顔を出していて、海に臨んだ埠頭の縁を錯覚する。

「あと、ここだけの話、夜に忍び込んだときは最高だった。あの山の向こうからまるで星が吹き出してくるみたいでさ」

 あっこから見ると、最高の長めだよ。フェンス途切れ眺望の開けた方へ、私は車椅子を押していく。
 どうしてこの一角だけこうなっているのかはわからないが……都合がいい。

「何でここだけフェンスがないんだろうね。そこの扉もセキュリティスッカスカ、簡単に上通れるし、上通ったら外から鍵あけれるし。こうやって姫を連れてこれたっしょ?」

 姫は口が利けない、また私が一方的に喋っていた。今度はさっきまでと違って、彼女の僅かな反応だって覗うつもりがない。私は、姫をわざ〳〵こんな屋上にまで連れてきた目的に、いよいよ手を掛ける。

「あそこだけ、フェンスがないのって、不思議だよね。立入禁止だし、そんな想定してないのかも知れないけどさ、これじゃ簡単に、落ちちゃうよね」

 からから
 私は若狭の乗った車椅子を押し進める。足が不自由で車椅子を押してもらう彼女にはそれに抗う術はない、筈だ。私が押せば、若狭の体は素直にそっちへ移動する。

「そういや、知ってる? この学校、昔」

 からから
 車椅子が向かうのは、真っ直ぐに、そこだ。

「飛び降り自殺があったんだって。ここが共学になったのも、そのせいで入学する生徒が減ったからとか」

 からからから
 若狭もそれに気付いたらしい、後ろを振り返って私の方を見ているが、私はその方へ視線をくれずに、遠く空の方に視線を投げっぱなしにしたまま車椅子を押し続ける。

「なのに何で、ちゃんとフェンスを塞がないんだろうね?」

 フェンスの切れ目に正対してから一時停止、そして再び、今度はその方へ向けて一直線に車椅子を押す。屋上の縁がみる〳〵近付いてくる。5メートル。

「まるで、ここから落ちてくださいって、言ってるみたいだよね?」

 3メートル、1メートル……決して速いわけではないが減速はしない、そのまま、誰が見てもそのままフェンスの隙間からその向こう側へ突き通ろうという勢いでまっすぐに。

「特に足の不自由な人間なんかはさ、こうやって押しちゃえば誰でも簡単に、やれちゃうって、危ないよねえ?」

 姫はサイドブレーキのレバーに手をかける。

「?!」
「どうかした、ひめ?」

 それはさっき私が細工して《《確認》》済だ、ブレーキは、かからない。
 後ろを振り返る若狭の表情、信じられないものでも見るような目は、敵愾心と焦燥と、それに疑心の混濁、そして殴りつけるような眼力。そんなに睨みつけられたって、止まらないよ?

 からから

 からから

「昔あったっていう飛び降り自殺も案外……誰かがこうやって」
「っっっっ!!」

 ぐにゃり、車椅子を持つ両手の力のバランスが、不意に捻れて、そして抜けた。前のウィール二つが校舎の屋上縁の凸部に激突する直前に、がしゃんと音を立てて車椅子が横転する;その横には、若狭が《《立って》》いた。私は、初めて私と同じ目線に並んだ若狭の目を、見やる。

「……立てるんじゃん」

 若狭はその場でへな〳〵とくずおれた。

「今更遅いよ」

 私はその手を掴んで無理やり再び立ち上がらせて、そのまま車椅子へと、立っていろというのではなく《《元の場所》》に、戻れと促す。

「ごめん、試したんだ。私、その脚が見たかった。それ、嘘だと思ってたから。でも、こうでもしないと、認めてくれなかったでしょ?」

 俯いたまま、何も言わない若狭。でも私はここで誤解を受けたいわけじゃない。彼女の弁解か、非難か、あるいは恨み言か泣き言かを待たずに言葉をつなげた。

「私は確かにお姫様を喰いに来た、道徳心や平等思想とやらで世界を照らそうとする安っぽい啓蒙の傲慢を暴くために。でも、勘違いしないで。その嘘を、非難したくてこんなことをしたんじゃないんだ」

 そう、私は若狭の嘘を暴いて強請ったりマウントを取るためにこんな三文芝居を打ったわけじゃない。その嘘の下にある、やわらかく血の通った肉を、欲したからだ。

「逆。私は、姫の嘘が、愛おしいんだ」

 こいつはこいつで、心地のいい場所にいつづけるための嘘を、続けている。それは。

「|若狭《姫》は、私と同じだと思ったから」



§ § §

05:はい。

『こんなこといけないって ほんとうはわかってる』

 私は、彼女が座り直した車椅子を押して空海埠頭の縁を離れて内陸へ移動する。彼女はブギーボードに文字を書いて見せてくる。今まで上等隠し果せてきた嘘を見破った私に観念しているのかも知れないが、それでも車椅子に座る姫を私は非難するつもりなんかなかった、どうしてもそこにいることが板についてしまっているのだろう。
 傾きかけの太陽がまだギラ〳〵と刺してくる、それを遮るもののない屋上の防水塗装の上で、私は彼女の前にもう一度向き合った。椅子に座ったままの彼女が、いつもより一回り小さく見える。

『ひきょう者って 思う?』

 彼女のブギーボードを見て、私は首を縦にも横にも振らず、その川底に沈んだ翡翠みたいな目に視線を向けてから、動かさない。私が真っ直ぐに見ていると、彼女の視線が逃げるようにブレた。

「自己愛」

 それは、世界中の罵倒を一身に浴びる、不道徳。誰もが卑下し、唾棄して、それに溺れる者を嘲笑する、あるいは。

「心の病なんだってさ。精神異常者。自己肯定感との違いは、平たく言えば〝身の丈に合ってるかどうか〟だって。何それ、身の丈って誰が決めるのよ? 自分を認める方法の果まで誰かに忖度しないといけないなんて、おかしいじゃん。自分のことなのにさ。だから、自己愛でいいんだよ、私はそう決めた。」

 私がそう言うと、姫はいよ〳〵苦い表情を伏した。姫も、あの日私が教師と言い合いをしたのを見ていた筈だ。その時、どう思ったろう。

「だったら、姫のその嘘もさ、自己愛の表現でしょ? その嘘を通せば、みんなが若狭を、姫にしてくれる。姫は、飢えてるんだ、私と同じ。だから姫はそれを止められなかった、自己愛ズブズブ。」

 姫はブギーボードの消去スイッチを押して、文字を消した。〝ひきょう者〟の文字が残っていることにさえ、辛くなったのだろう。でも、違うんだ、聞いて、姫。

「卑怯者とか精神異常者とか、言うけどさ、姫を囲う奴らだって、まともじゃねえよ? 見せかけだけの道徳心でさぁ、親切と愛情に見えるモノを叩き売って、その対価で、どうせ買うのは大人や社会からの〝いい子〟の評価だ。それだって、自己愛の育て方の一つに変わりないんだから。褒められないやり方でやるか、精々見映えのいいやり方でやるか、その差だけ」

 本人にその意識があるかどうかとかじゃない、結局その結果彼等は周囲に認められてそれは成功体験として積み重なっていく、|悪《善》意の有無に関わらずそれは彼等の自覚を固めていく。結果を見れば、私達の自己愛がやりたいことと、何ら変わりはない。なのに、私の(姫の)やり方は、後ろ指をさされるのだ。

「私は否定しないよ、自分を守るために手段を選ばない姫のこと。私だって、本当はそうしたい、それくらい、渇いて飢えて、キツイんだ。だから姫のそれも、むしろ、だいすき、かも」

 でも、その善行を高く売り付けるのが上手いやつがいる、理由はわからない。同じことをしても、華々しく表彰される人間と、全く気付かれない人間がいる。後者は、同じやり方で生きていても餓えて死ぬだけだと、理解する。そして別のやり方を考える。他人に買ってもらうよりも自分で賄うほうが確実だから。そうしないと餓えて死ぬだけだから。それが、私や、姫だ。他にもそんなやつはいて、きっと、社会の闇に隠れてひっそり生きている。精神異常者、化け物、反社会思想、妖怪、池沼、それは闇の者達。

「それを、ちょっと嫌な方法で暴いちゃったのはさ、私……姫が羨ましかったんだ」

 翠玉みたいな澄み色の目が私を見た、驚いている様に見える;意外だ、だってその嘘はそのためのものだったんだろう? だったらもっと《《したり》》顔をして欲しい。
 彼女は、私が自分を羨むという発言に、偽りなく驚いているようだった。どうしてさ。あんたの嘘は、それをさせるためのものだったんだろう? もっと「ざまあみろ」って嗤ってくれよ。本当は、思っているのかも知れないけど。
 私よりも姫の方が、〝オルタナティブな方法〟について、上手だったってこと。

「姫はさ、そうやって《《姫》》になったわけじゃんか。そうやって自分の、こう、世界っていうかさ、自分っていうかさ、輪郭と、領域をさ、作り上げようっていうの。それって、私も、やりたかったことなんだと思う。姫を見ていて〝やられた!〟って思ったもん。私も似たような……人に言えないような方法で、みんなの目には見えないところで、コソ〳〵やってんだ、パパ活って、聞いたこと位、あるでしょ? まあ、売春だよ。」

 日が傾いてきた、屋上を撫でる風が心なしか冷たい。姫の瞳に入る光が、柔らかい色に変わってきた。これから、あっという間に夜に向かっていく。沈んでいく。

「姫は売春なんかと一緒にすんなって、思うだろうけど、私、お金とか割とどうでもいいんだよね。ただ、なぁんにも私のことを知らなくて、セーラー服着てる女っていう生物にさ、無条件に|お金を出して《価値をみとめて》くれるんだ。どこの誰かも知らない、娘くらいの歳のガキの言うことをさ、ただ黙って聞いてて頷いてくれるんだ、穴さえ貸しとけば。」

 彼女は、斜陽を飲み込む目をひたむきにくれたまま、私の言葉を黙って聴いている。おかしい、本当は私が彼女の嘘を暴いてその実を訊くつもりだったんじゃなかったのか?

「金を貰ってセックスさせてるんじゃない、私が抱いてやるの、見ず知らずのおっさんに金ださせて抱いてやって……その間だけは、男の胸の中に、ちゃんと〝私〟がいるんだ。家でも学制でも、輪郭を失って消えてしまいそうなからっぽでうすっぺらい〝私〟がさ、おっさんの体の下で、ちゃんと〝私〟っていうコ体になってんの。輪郭を感じるの。血が巡るの。体温があるの。存在できるの。すごい、安心するんだよね。」

 言葉で相槌を打てない分、彼女は視線で「きいているよ」を伝えてくる。その目は真っ直ぐ過ぎて私には少しちくりと刺さる様、でも、《《もし彼女なら》》と甘苦さが口の中に広がる。こんなことを、言って、一体、何になるというのだろう。聞いて欲しいだけ、パパに言うのと同じ? 違う。
 ゆっくりと沈んでいく太陽にひっぱられるみたいに、私の胸の中がずる〳〵引きずり出されていく。赤く濡れていく光が私の断末魔みたい、引き摺り出されたはらわたに冷えた空気がヒリついている。私はいつの間にか、車椅子に座ったままの姫の首に腕を回してかぶりついていた。この距離なら彼女は何か言葉を呉れるかも知れないなんて、クソ甘ったれたことを考えていたかも知れない、でもそんなことはなくて。

「卑怯なのは私だよ、裏で隠れてさ。堂々と、姫みたいに堂々と、やれたら、もう少しは胸を張れただろうなあ。それが善行か悪行かじゃなくって、自分で決めたことを、堂々とやること。それが、何よりすげえと思う。私は、私はさ、他の誰かなんかよりも断然にさ」

 私の話を聞きながら、彼女はブギーボードになにか書いている、それを、タイミング良く翻して私の前に見せた。それは。

「私は、私が一番、大事だから」
『わたしは、わたしがいちばんだいじ』

 私の言葉と同じものだった。
 それなー。茶化して返してみたつもりだったけど、多分うまく出来てなかった、顔に出ちゃってた。仲間、仲間がいた。
 私だけが知っている彼女の秘密。家の人走っているのかも知れないしもしかしたら教師も知っているのかも知れないけど、少なくとも生徒は誰も知らない。

「でも、私にはその勇気がなかったんだ。自分が可愛くて自分が一番で、他の何の価値だって自分あってその次に考えることって、思ってる筈なのに、下らないプライドが邪魔してた。だから人から隠れるみたいに裏の社会に逃げて、姫みたいに堂々とやれなかった。誰かが、私のままの私を、ぜんぶまるまんまの私を、無条件の私の価値を、認めてくれる筈だって、思い上がってた。そんなわけ、ないのになあ」

 私は彼女の前から立ち上がる。「そしたらパパ活にハマっちゃったってわけ」地べたに座ってたから、おしりが少し冷たい。スカートの裾を引っ張ってぱんぱんとホコリを払って「おかげで、今じゃすっかりヤリマン女さ、はっはっは!」と笑う、いや、笑えないや。日が傾いて吹き付ける風が、寒すぎる。

「だから、ちゃんと《《やれてる》》姫はさ、私にとっては、ヒーローみたいな人。その車椅子は、姫の、《《めるかば》》だ。だから、妬ましくて、ちょっとだけ嫌いだった、ずっとね」

 教室で、彼女の周囲にいつも人だかりがあって絶えず笑い声が上がっていること、彼女自身も笑顔でいることを、私はいつも横目で見て羨んでいた。人に囲まれていることの方ではない、その彼女に向かって肯定的な世界を彼女は自分で望み自らの手で作り上げたのだろうことをに対してだ。恐らくあの足が嘘だということに私は既に気付いていて、羨ましさと同時に勝手な仲間意識と、嫉妬を抱いていたし媚を売らせる方法は少しだけ嫌いで……でもそれは煮詰まっては好意に集約されていた。届きそうにないと思っていたのに案外、〝やってみるもん〟だ。

「私、若狭が好き」

 空は、じく〳〵と決心の無いような半端な夕焼けに混色していた。でも、それじゃダメだ。
 二年半位も悶々と煮転がしていた気持ちなのに、世を賑わせる少女漫画や恋愛映画で描かれる恋愛感情に比べてしまえばどうにも不純物が多くて、それと同じ言葉で表現なんか出来やしないと思っていたのに、なんだ、いざ口に出して相手に伝えようとすると、こんなにつまらないに言葉になってしまうのか。
 口にした次の瞬間に気恥ずかしさと落胆の入り混じったような意味のわからない感覚が鼻の奥を擦ってきて、つい、自分で茶化してしまう。

「嫌いとかゆっといて、あんなことしといて、何だって感じだけどね! 私、姫のこと、私の次くらいに好き……ってこれ、失礼だね。あはは」

 自分の次くらいに好きだなんて、好意を伝える言葉としては適切ではないような気がするけど姫は首を振った。「自分の次に好き」という言葉の大きさを理解してくれているような気がした。そのまま、彼女はブギーボードを取る。

『私は あなたが うらやましかった』
「……は?」

 書かれた緑色の文字を、私は疑った。またそれは、また虚言か? そうにきまっている。若狭が私を羨む要素なんてこれっぽちもない筈だ。

「姫、もうそういうのはいいんだよ。そんな嘘を言ってもなんにも―

 私は動揺を悟られないように努めて平静を装いながら軽くあしらう言葉を口にすると、姫の腕がすっと伸びて私の方を掴んできた、そのまま私を引き寄せる。それが嘘だとわかっていても車椅子に座っているし、加えて声を上げて喋ることの出来ない彼女が、そんな強引さを見せるなんて、どきりとしてしまう。引っ張られて体が寄る、その反動を使って彼女はすっくと立ち上がる。立ち上がって寄り添ってみると、彼女の背丈は思っていたよりも高かった、彼女の頭頂は私の鼻先ほどもある。ふわり、鼻を撫でる香り、あ、この香り……。赤色が引いて、紺藍色が滲み出してくる空。夜は、その匂いを思い出す。夜は、匂いの意味が強くなる。

「ひ、ひめ?」

『あなたに、憧れてる』
 ほんと、なの

 憧れ? それは私のものなのに。姫に、私に向けて何を憧れることがあるだろうか。でも私の傍に立って、まっすぐに私を見るその目に、偽りの色は見えない。
 彼女はブギーボードに何か色々の文字を書いては消して消しては書いてを、私に見せないまま繰り返していたが、いよいよ最後には消したまま書くのをやめてしまった。それまでに登場した言葉は日記の一部分だけをランダムに抜き出したみたいで一貫性がなくてよくわからなかったけれど、きっとそういうことなんだろう。自惚れた私が恣意的にそれを並べ替えて意味を通して要約するなら「人に媚びないで強く自分を持っている今泉さんが羨ましかった」ということらしい。でも結局それは私に提示されなかった、ということはその予想は浅はかであるか、彼女の思いを示すには不足なのだろう。だったら、何なのだろうか。
 彼女は最後にはただ私を見て、例の囁くような声で言った。

 あなたが、ずっと、すきだったから。

「……まじ?」

 こんな展開ってあるだろうか。いや、もしかしたらそれを期待してこんなことをしたのかも知れない、私は彼女のことが好きで、彼女は私と同じ瑕疵を持っていて、その瑕疵を共有できたらもしかしたら、なんて。あゝ、こんなの、小中学生クソガキの発想じゃないか。

「ほんと、ひめ?」

 恥ずかしそうに目を逸して、彼女は頷いた。

「ほんとに?」

 頷く。

「ほんとにほんと?」

 頷く頷く。

「ほんとにほんとにほんと?」
『うそです』

 と殴り書いたブギーボードを見せつけた瞬間、彼女は立ち上がっていきなり抱きしめられた。可愛い上目が私を射抜いたまま、彼女は背伸びで私の顔に迫って……そのまま。

(マジで?)

 キスなんて何も減るもんじゃないし、パパ達が喜ぶだけのサービスだと思ってた。でも、この瞬間に「とっときゃよかったー」って思っちゃった。
 する、と腕の力が緩んで彼女の顔が離れる、恥ずかしそうに伏し目を流してもう一歩退こうとする彼女を今度は私が追いかけて、覆い被さるみたいに抱きしめて、もう一回。パパたちを喜ばせる初々しいキスも、ねっとりした大人のキスも、身に付けてるつもりだったのに、今は真っ白。ただ、くっつけて押し付けてるだけ。舌を入れたい、唇をつついたけど、彼女の方にそんな強引を受け入れる余裕はないみたい。ここで舌を受け入れられたら、止まらなくなるところだったかも。それにこんな間近にいて、彼女の香りが鼻腔をなで続けてくる、やばい。

「姫って、結構、ゴーイン」
『おたがいさま』
「……いつも売春してるような〝不良さん〟に惚れちゃうなんて、女を見る目がないねえ」

 彼女は口をとんがらせた。そんなことないー。口だけがそう動いてみせるのがわかった。

「それに、こんな距離でそんな可愛い顔されると……私に危ない」

 人に見られたらまずいよ、私はそう言って(ついでにいうと照れ隠しも含めて)彼女を車椅子に座らせようとするが、ブレーキの壊れた車椅子は座ろうとする若狭の踵が何かに当たっただけで少し移動してしまい、位置がずれる。車椅子の特性が余りわかってない私の失態だ、そのまま二人ともバランスを崩してしまう。

「わわっ、ごめ……」
「っっ!」
「ぎゃん!?」

 バランスを崩しただけならなんとか踏ん張れた、腕に力を入れれば姫の着地を緩衝できたと思うけれど、姫が私の体をそのまま引っ張ったものだからそれも巧く出来ずに、思い切り一緒に転がってしまった。転がったついでに車椅子のなにかに頭をぶつけたのは、私だった、姫じゃなくてよかった。

「大丈夫?」

 こくこく頷く姫。ごめんごめん、と立ち上がろうとしたが彼女の腕が私の腕を掴んで引き止めた。「ん?」彼女の方を見ると、顔を真っ赤にした姫が、目を合わせないまま口をもご〳〵と動かしている。ブギーボードは転がってあっちに言ってしまってる、何か言いたいことがあるのなら取って来るべきだと思ったけれど……私は……彼女の上に重なる、そして、もう一度口付け出来そうな距離まで顔を近付けた「なあに?」。彼女は翡翠の目を伏して、でも私の腕を掴む手に一入力がこもる。そうして囁く声で差し出された言葉は、いよ〳〵私の自制心にオーバーキルだった。

 私を、かわいがって

「……そんなの、誘ってんのかよぉ」

 いつの間にか空は薄明、色を纏わない白い月が空に存在感を増していた。今夜は満月らしい。



§ § §

06:I need you.

「男がコンドームつけてる光景、いつも間抜けだなって思ってたんだけど……これも大概間抜けだね」
「?」

 日が暮れた屋上は流石に肌寒くて、階段の踊り場最上階の扉の中に戻った。その小さな空間に、私は上着を脱いでそれを敷き彼女を横たわらせた、の、横で、慌てて爪を切っている。男相手なら爪なんて伸びててもどうにでもなるんだけど、ほら、その、女ってそうもいかないじゃん。女相手にするのなんて初めてだけど、きっと……指は、入れるじゃん?
 自慢の爪だったけど、この際惜しいとも思わなかった。カバンに常備してる爪切りで爪は思い切り根本から切って、きちんとヤスリをかけた、多分、大丈夫。

「……姫の綺麗な肌を、傷つけちゃいけないと思ってさ」

 姫は結局私が何で今爪を切っているのかわかってなかったみたい、せっかくいい雰囲気だったのに、理解の範疇を超えて突然爪切りを始めたんだから、姫にしてみれば興醒めってところだろうか。
 肌、とマイルドに誤魔化したけれど、ナカのことだって伝わっただろうか。
 《《仲間》》内で聞いた限りでは、世の中にはフィンドムってのがあるらしいけど……買ってるわけ無いじゃん、こんなことになるなんて。コンドームは持って歩いてるけど、その、ちょっと、露骨じゃん? せめて、と爪を切って手ピカジェルで指先を念入りに消毒する。あと、ポケットティッシュも出しといた。今すぐにでも姫を押し倒してかぶりつきたいのに、我ながら心構えの慣れというのは怖いものだ。

「ごめん、おまたせ」

 姫は恥ずかしそうに顔を隠している。彼女は服を着たままだけど、私は彼女の下に服を敷いているから、シャツだけ。こんなのいつもおっさんに見せてるし、女子同士じゃそんなに恥ずかしがることじゃ、と思ってたけど、姫に対しては正直少し恥ずかしい。
 こんな真っ暗な階段の踊り場に、明かりは非常誘導灯の少し気味の悪い緑色の光と、やたらと輝度の高いスマホ画面の白い光だけ。お互いの全身がはっきり見えるような光量じゃないのは、本音を言うと、ホッとしてる。今日はムダ毛の処理もしてきてない。姫にこんな体まじ〳〵見られたら、恥ずかしくて死んじゃう。

「正直、こんな展開、想像してなかったな。いや、明日から少しは仲良く出来るかな、位は思ってたんだけど……まさか姫から誘われちゃうなんて」

 というと彼女は、肩甲骨の辺りに非難の意図を込めたみたいな猫パンチをくれた、全然痛くない、ただの照れ隠しだろう、かわいい。
 それごと押し込むみたいに、私は姫の上に四つん這いで覆いかぶさった。屋上に招待するときに抱き上げたときの距離。さっきすっ転んだときの距離。キスしたときの、距離。

「姫がほしいよ、全部ほしい。食べちゃいたい。……狼になって、嘘吐き少女を食べちゃっても、いい、かな?」

 は……い

 声はないけれど、彼女の口が小さく控えめに動いた。私はその唇を、捕まえる。

「んっ……っちゅ」

 唇、柔らかい。私の、乾いてカサカサって思われてないだろうか。唇の先で、しっとりよく焼けたパンケーキの端っこみたいな彼女の唇を小さく何回か食む。美味しそう、ううんもう美味しい、思いっきり吸い付きたいけど我慢。一方の姫、なんだか苦しそうだけど。

「……息、止めなくていいよ?」

 そう言うと、ぷすーってかっわいい吐息が、小さい鼻から抜けてきた。ウブ可愛すぎる、反則か?

「力抜いて、楽にして。全部私が、してあげるから」

 頭から丸飲みにしたいくらい可愛いけどそんなことできる訳なくて、ほっぺたを両手で包むみたいに捕まえて、おでこにちゅっで手を打つことにした。口付けてから大きくてゆらゆら水面みたいに動く目を見つめる、まばたきの度にその瞳に私の姿が焼き付けばいいのに。「なんにも言わなくてもいいから、目、そらさないで。一生ぶん私を見て」。ぽう、と彼女のほっぺたが熱くなるのが伝わってきた。彼女の下がり眉が、一層に切なく垂れる。

「かわい♪」

 さっきおでこで手を打ったはずだけどやっぱ辛抱堪らない、もう一回その珊瑚色の唇を食べた。さっきより、甘く感じる。キスした視線の下で、姫の胸が存在感を示していた。セーラー服の上から隠しきれない膨らみ、誘われるように手を伸ばした。乗せるだけ位の優しいタッチでも、張り詰めた質感が伝わってくる。

(すあまみたいなおっぱい……)

 余りにも誘惑的な乳房の形、柔らかさと弾力の共存した感触、体温それが今掌の中にある。私も自信はある方だったけど、これには敵わない。

「ひめ」

 制服の布地の上から、撫でるようにその膨らんだ輪郭をなぞる。ずっしりと質感のある乳房、思わず息が荒くなっちゃう。指先にだけほんの少しの力を入れて、その輪郭のたわむ様を確かめた。セーラー服の布地の下に薄手のニットとインナーを挟んで、ブラの凹凸が僅かに感じられる。手を遡らせるとブラに支えられて整った球体となった形が浮き上がるのがわかって、思わず溜息が出た。
 もう少し指に力を入れてやわらかい肉の感触を感じたいでも、らしくもない、臆病になってこれ以上力を加えられない、彼女が嫌がりでもしたら、それこそこの場から消え去りたいくらいになってしまう。
 まって、おっさんどもよくこんなの無遠慮に揉みまくってくるな? こんなに、尊いお肉をさ。
 姫は、切なそうに困ったように照れたように、自分の胸の上を這う私の手に視線を落としている。呼吸で上下する胸、姫もどきどきしてくれているのは伝わってくるけれど、これいじょう、いいんだろうか。「全部してあげる」なんて、言ってしまって恥ずかしい。

「……」

 たわわな曲線に指を這わせながらでも「揉む」を踏み出せずにいる私を、姫が見つめてきていた。まずい、すごい血走った目でおっぱい見つめてたかも、それ見られたかも。思わず手を離しそうになったとこで彼女は私から目を逸らした、ど同時に彼女の白い手が、私の手に重なった。

「っ」

 物言わぬ口も何も言わない、でも「やめないで」を、その手が伝えてきていた。私の手を慰める様に、同時に逃さない様に、重ねられた手。私の手を自分の胸に押し付けるみたいにして。そして、一度は恥ずかしさからだろう逸らされた彼女の目は、今はじゅんと潤んで私を見つめていた。

「っ……っっ!」

 ぷつん、と細い線が途切れた。

「姫、姫っ……」

 今度こそ、今度は、もっと。私は彼女の体に密着するように、押し倒して覆い被さる。寂しいわけでもない、単に、ただ単に純粋に欲情で、私は姫に体を押し付けた。たわわな乳房に、自分の胸を押し付ける。布越しだけど柔らかさと人肌の心地よさ、それに彼女に捕まった手は。彼女の手が、私の手を握り込むように、つまり彼女の豊か過ぎる胸を虐めろと脅迫されていた。それに逆らうなんて、控えめに臆病がるなんて、もう出来そうになかった。
 私は掌を使って彼女の柔らかな乳房を押し付けるように上下に押し込み、撫で揺らしていた。同時に、獣が少女を捕食するみたいに口を貪る、唇同士を重ねるのがキスだと言うならそれはキスじゃない、ふっくらとした彼女の唇の柔らかさを楽しむのではなく蹂躙して、私は舌を出して割る。小さく形のいい前歯も抉じ開けて、中で怯えるように小さくなっている舌に襲いかかる、つもりだったのに、彼女の舌は意外にも激しく迎撃してきた。逆に、私の口の中に押し入ろうとしてくる。

「んっ……! ふっ、んっ、っちゅ、ちゅうっ、んあっ♥ ふうっ、ちゅうっ、ちゅぱっ」

 彼女の舌の応戦は想像以上に苛烈だった、私が息継ぎのために攻めの手を緩めると、すぐに押し込んでくる、私の口の中を、彼女のしなやかな舌が暴れまわって私の舌を引きずり出す。

「ふーっっ♥ ひ、むちゅっ、めぁ……うっ♥ ちゅっ、くちゅっっっ♥」

 私もされてばかりじゃない、攻めてるのは私なんだから! 私は上に乗っかってる利を活かして、彼女の口に自分の口を押し込むつもりで貪り吸い付き、唾液を流し込んで、舌で彼女の口を犯す。口の端からどっちのだかわからない涎が泡立って流れるけど、私も、姫も、そんなことどうでもいい。息よりも相手の涎が欲しい、唇同士で責め合って、舌同士でセックスして、私は姫を、姫は私を、求め、押し付け、貪り合う。
 もう私の手からも遠慮は失せている、彼女の乳肉を形が変わるほどに捏ねて、その柔肉に指を押し込んで埋めていく、いつの間にか彼女の手も私の胸を揉みしだいていた。姫のほうがおっきいのに、それでも求めてくれるんだ♥

「すごい、よ……こんなに、私達」
「〜〜っ……♥」
「もうだめ、脱がせるから」

 二人の体温を勾配した唇のまま彼女の耳元にトーンを落とした声(カッコつけようとしたけど多分うまく言えてなかった)で言う、言葉を置いたあとは彼女の耳朶に齧り付いて、舌先でほじった、「きゅ」と彼女の囀るような嬌声。脱がせる、の言葉に彼女が頷いたときにはもう私の手は、彼女の制服の裾に手を入れていた。もう、布越しの体温なんて物足りない。彼女の下着の下に潜り込んだ手から、しっとり汗ばんだ彼女の肌の感触が伝わってきた。他人の体温が伝わってくる、女の子の体温ってこんなに柔らかいんだ。それに、えっち。
 私が制服を脱がせようとすると、彼女はそれを促すように腕を上げて手伝ってくれる。するっ、まるでゆで卵の殻が綺麗にとれたときみたいに、彼女のセーラー服とその下のサマーニットが脱げた、ふさっ、と髪の毛が舞うと彼女の匂いが漂って、それだけでくらくらする。残ったインナーには、薄っすらとブラの線が浮いていて何より、たわわな膨らみが強調されてすごく……ソソる。
 彼女のその一枚を取る前に私がシャツを脱いだ、乱暴にその辺に放り捨てて姫のシャツに手をかけようとしたら、彼女も自分で脱いでいる。

(わ……)

 女子同士の着替えくらい今更何だと思っていたのに、目の前で、ずっと欲しかった人が、私のために服を脱いでいると思うと、まるで全く別物、抜けるシャツの襟元を彼女の首が抜けていく、シャツの薄地の下に潜んでいる白い肌が、蠢いて浮き上がったり隠れたりする、とんでもなく煽情的。私、脱ぐ時いつもしてるみたいにもう少し煽りながら脱げばよかった、焦りすぎて、ほんと色気のない脱ぎ方しちゃって……。
 と後悔していたら、シャツを脱ぎ終わって白いブラだけになった彼女の上半身が、私に襲いかかってきた、腕を伸ばして抱きつかれて、バランスを崩している間に押し倒されて、さっき私がしてたみたいに今度は私が上からキスの雨を食らう。

「あむ……っ♥ んっ、ひめっ♥ すご……んぶっン」

 急すぎて、上半身がブラだけになった色っぽい彼女の姿を拝み損ねてしまう、でも、こんな風に貪りチューされるのが嬉しくて、気持ちよくて、そんなのどうでもいいや。
 お互いの口撃の攻防に夢中になりながら、私はいよいよ手を彼女のブラの下に潜り込ませる。姫の肌はぴくんと一瞬驚いたけどすぐに受け入れて、それどころか彼女の手も私のブラの下に潜り込んできた。

「じゃあ、脱がせて、くれる?」

 私が手を上げて、頭の上で腕を組むようにすると彼女は、頷いて私の背中に手を回してホックを外そうとしてくる。流石に慣れてない、なかなか探り当てられずにいる。

「でも正直言うと……私、毛深いからちょっと、恥ずかしいんだよね……」

 腕にもすぐに産毛みたいなのが生えてくるし、自分の背中を合わせ鏡で見てショックを受けたことがある、項から肩甲骨の間に沿っても薄っすらとでも目立つくらいに産毛が生えて来る。それに、その、腋とか胸の間とか、デリケートゾーンも、だ。《《売り》》に行くときは必ずせっせと処理をしていくのだけど……今日は、してないよお!
 気持ち悪がられたらキツイな、と不安になっていたら。

「わ、わわっ? ちょっ……え、ふぁぁっ?!♥」

 私のブラ紐を解こうと私に抱きつく形になっていた姫が、そのまま唇を、私の腋に差し込んできた。

「や、やだよ、姫、そんなとこ……今日、毛が」

 伝わって無いはずがない、彼女の舌が私の脇の下で蠢いている。唇が脇毛を食んでひっぱる、ピンと張った腋毛の根本を舌が舐め回してくる。

「ふあ、姫ぇ、そんなとこ、はずかし、いっ♥」

 腋毛ごと腋を舐め回されている間にブラが外された、本当は私も外してあげるべきだけどそんな余裕がない、顕になったおっぱいを揉みしだかれながら、腋を舐め回される。くすぐったいはずなのに、くすぐったさは快感に変わってしまう。舌が腋毛を巻き込みながら生え際を愛撫するたびに、むずむずと下半身にマグマ溜まりが膨らんでいく。腕を、下げられない。それどころか、恥ずかしいし見られたくない場所なのに、もっと腋を上げて姫の口に向けて全開しちゃう。

「はーっ、はあーっ♥ 姫、そんなとこ好きなんて、想定外だよおっ♥」

 じゅるっ、れろっ、れろっ
 スンスンッ ちゅっ、ちゅっっ

 ホックの外れたブラが落ちたけれど、姫の腋愛撫は全然終わらない。そんなところにキスされて、吸われて舐められて、姫の唾でぬるぬるにされちゃうなんて。腋毛の一本一本を唇で食みついばまれて、普段人に触られることのない場所、コンプレクスで手入れだけは欠かせない場所に、そんなに情熱的にキスされたら、そんなのきゅんってなるに決まってるよお♥

「や、ら、私、開発されちゃ、うっ♪」

 とっくにブラなんか外れてる、それでも私の背中に回した腕を姫は強く結んだままで、抱きついたまま離れない。腋の間に口を押し込んで、今の彼女の表情を見ることは出来ないけど……きっといやいややったりってことじゃあないと思う。
 姫に啄まれ続ける腋、腋毛、私にとってはアソコなんかよりずっと秘密の場所。こんなところで気持ちいいって思っちゃうなんて。こんなところで感じちゃうなんて、今までパパ達といっぱいセックスしてたのに、全然知らなかった……♥

「わ、私がしたげるって、ゆったのにぃ……♥」

 今まで知らなかった場所での快感を植え付けられてぞくぞくと背筋を震わせながら、私はなんとか手放さなかった理性に頼るように、姫のブラを外し返してあげる。でももう下半身が限界、エッチなことで頭の中が洪水になっていた。姫のエッチ過ぎるおっぱいがブラのカップから逃れて跳ね出すのを見てしまって、私は吸い寄せられるように張り出した乳輪にしゃぶりついた。

「おかえし、だからっ☆」

 カップの下に潜んでいた乳輪と乳首は、圧倒的な存在感だった。握り拳、まで言うとやや誇大だけど、それに負けないくらいの大きさのぷっくりと二弾膨らみした乳輪、その先端にそそり立つ乳首は人差し指の爪先ほどもある。全体の大きさに加えてこの先端造形。清楚な顔に不相応な、言葉を選ばなければ下品なほどいやらしい乳房。これがしゃぶりつかずにいられるわけない。

 ちゅっ、ちゅぱっ♥ こりっこりっ♥

「ひめ このおっぱいは、はんそくらよぉっ♥」

 左手で乳房を揉みしだきながら、もう片方のおっぱいを汚らしいくらいの勢いで舐め、吸い、そして甘噛むと、そのたびに彼女はぴくん、ぴくん、と体を跳ねさせた。放り出される吐息と嬌声の狭間みたいな音、気持ちいいの? こんな乱暴な愛撫が? それは、えっち過ぎるのでは? 形の崩れないプリンみたいな乳房に、ハードマシュマロみたいな乳輪、弾力のあるグミみたいな乳首。
 私が赤ちゃんみたいに彼女のおっぱいしゃぶってる間、姫は熱に浮かされたみたいに半開きの口から暑いと息を吐き、切ない目で私の口愛撫を見つめている。紅潮した頬、潤んだ目、漏れる湿っぽい甘息。もっと、いじめたくなる。でもこれ以上って、もう、あそこしかないじゃん……?
 おっぱいから口を離す、ふわんっ、ってお肉が揺れた。もっと美味しいおっぱいに埋もれていたいけどそうはいかない、姫をもっと気持ちよくしたげるんだ。

(っていっても女の子相手なんて初めてでよくわかんないな)

 自分ベースで考えるしかない、自分本意な私は、やっぱり、自分を押しつける以外の方法を知らないから。
 でも、もし姫だったら? 相手が姫だったら私、今みたいに姫の好きなことをガンガン私にぶつけて欲しい。姫の好きなことで自分が気持ちよくなれちゃうの、控えめに言って。

(最高じゃん……)

 だからもっと自分本位で、わがままえっち、する♥
 私は姫を抱いて移動させ、階段の縁に腰を下ろさせた。?マークを浮かべつつも、「つぎはなにされるんだろう」の期待と不安を混ぜた視線で私を見る姫。

「ほんとはベッドでしたいけど、ごめんね、ホテル移動なんて、待てないや」

 私は彼女を座らせた下の段に降りて、下の方から股を割ってその間に入り込んだ。まだスカートに守られた聖域、でも、ふわ、と彼女の香りが漂った。心臓ばくばく、女の子のスカートの中想像してにこんなに興奮するなんて。
 太股に掌を滑らせて、顔を寄せて口付ける。ちゅっ、ちゅっ、小さく啄むキスの雨を降らせて、嘘吐きなイケナイ足を愛し尽くす。キス、キス、キス、そしてちゅーーって強く吸い付いて、わざとキスマークを刻みつける。

 っ、っっ♥

 ぞくっ、ぞくっっ姫の太股が震えるのが唇越しに伝わってくる。可愛い。
 強く吸い付いて、明日にはきっとキスマークの浮き上がるだろう場所に、今度は優しく舌を這わせて舐め上げる。右の太股を舐めながら左手では逆の太股を優しく愛撫し、左にキスを浴びせるときには右手で可愛らしいお尻の輪郭をなぞる。開かれた足のM字が、みる〳〵浅く広くなっていく。

 ちゅっ、ちゅっっ……♥

 広がり始めた中央に蕾を綻ばせ花開いていく陰部、姫のイメージに違わない白い純潔なショーツが、でもその丘に淫らな沼地の気配を見せていた。濡れシミが広がるショーツの光景、くん、と嗅げばしっかり女の子の匂いが溢れている。この濡れた白い布地の下には、解れて蜜涎を潤わせる淫裂が隠れている。私はいよいよ最後の薄布の上から、蜜濡れになった淫裂に指を当てる。

「っ!」

 そのシミの中央に触れると、姫が声にならない声を噛み殺し、肩をすくませた。ぬるり、指先に触れた湿り気の感触で、私にはわかった。おんなじ女同士だから、わかる。
 匂いもキツくない、指先に糸を引くほど粘り気が強い、これ、ホントのときのやつ。

「姫、本気で、感じてくれてるんだ……♪」

 ショーツの表面に滲み湧いたぬめりを楽しむみたいに、その下でほぐれて姿を浮かべている柔らかいクレヴァスの縁を指でゆっくりとなぞる。円を描くように、エッチな下の唇を指先で描きなぞり、少し力を加えて押し込む。

 きゅぅっ……♥

 姫の喉が絞り上がるような音を鳴いた、そして、じゅわ、と泉が広がる。そして、濡れ透けになった白い薄布の下に、つん、と張り詰めた突起が覗いている。どき、と私の心臓が跳ねた。これに触るとどうなるのか、女の私にはわかる。これを刺激されると姫がどうなってしまうのか、女の私には、わかった。我がことの想像、同時に、他人事の理解。ショーツに守られた淫裂を布地の上からなぞり回す役目を左手に交代して、右手でコリ勃つ肉芽の先端に触れた。

「〜〜〜〜っっっ♥っ♥♥」

 姫は背筋を跳ねさせて、腰を引いて逃げた。

「だぁーめ☆」

 でも私は彼女の太股を交い締める様に捕まえて逃さない。彼女の腰を捕獲したところで、彼女のひみつの花園が眼前に現れた。迷わずにそこに口付ける。そのまま布地の上から、肉突起の先端に唇で吸い付く、舌を出して突き、肉溝の間をホジる。

 ひ、はっ……! ひっ、ふっ、くひゅっ……!

 引き攣るような喉音で喘ぎを上げる姫、まるで酸欠の水槽で水面に口を出す魚みたい、苦しそうだけど……色っぽい。ショーツの舌から張り詰めた肉の突起をせめて、そんな彼女をもっと追い詰めたくなってしまう、追い詰める。
 口の中に広がる《《特有の》》味。腰を引いて逃げようとしている太股を片腕で繋ぎ止めて、右手でショーツの端に手をかける。脱がせるよ、の合図を送ると彼女は頭を振りながらも腰を浮かせてそれに応じてくれた。脱がされるのが嫌なんじゃなくて、これ以上どうなるのだろう、の仕草だろう。そう思うと、とことん、やってあげたくなる。
 流石にすんなりとは行かなかったけど、片足だけ抜いてもう片方は太股にかけっぱなし。ちゃんと脱がせてあげる辛抱が保たない。
 遂に剥き出しになったそこは蜜に濡れそぼり、すっかり柔らかく緩んで、口を開いていた。白い縁、溶けてるのに中に綺麗に収まったままの肉ビラ、くすみのないピンク色の内側。

「姫の、綺麗……」
「〜〜〜」

 あれだ「はづかし」ってやつ。姫の男性経験は知らないけど、少なくとも恥ずかしくて私のあそこを見せる気には到底なれないほど、綺麗で、初々しくて、果実の比喩が全く相応しい。
 見つめて息を吹きかけると、ひくん、と小さく蠢いて、少し白味を帯びた蜜がじわ〳〵と湧き出してくる。

「めちゃくちゃ感じてくれてるね、嬉しい」

 キス、勿論、あそこに。

「き……ひゅっ……! ん♥」
「姫の生おまんこ肉、食べちゃうね♪」

 唇で甘くめくるみたいにしたり、浅いところ舌で穿ったり。唇をすぼめてちゅっ、ちゅっ、て潤いヌメる敏感な媚粘膜に吸い付くと、そのたびに姫は身をよじって快感を表現してくれる。
 舌を伸ばして膣の中の方まで舐めてあげると、渋くて少し生っぽい風味のヌメリ本気汁が口の中に流れ込んでくる。右手の爪先で淫核の周囲を囲うようになぞると彼女の腰が浮き上がった。快感に腰が引けている動きじゃなくてこれは、もっとして、の合図だ。証拠に、今の彼女の姿勢。上目でちらりと見て、驚いた。

(うわ、そのポーズ、えっちすぎる……♥)

 両手を床について背中を持ち上げている、大きく開かれた股間、足先は階段の縁につま先立ちになっていて、支えた体軸で腰も浮いていた。私に向かって、顔面おまんこ見せつけのポーズ。しかも腰が揺れて波打ってる。

「ぷあ……姫のこんなポーズ、クラスの男子が見たら、一生ズリネタだよお? ……私も、目に焼き付けて使っちゃいそう♥」

 私の言葉で自分がどれだけいやらしい姿勢をしてるのか気付いたんだろうか、急に手を崩して背中を床に横たえた。自由になった両手で顔を覆ってふるふると頭を振っているけど、それって「いやよいやよもなんとかのうち」ってやつ? だって、そんな風に恥ずかしがって嫌がってるように見せておきながら、股はがっぱり開いたままだし、腰が浮いて私のクンニを求め続けている。

「いまさらおそいですー♥ 姫の淫乱本性、見ちゃったもんね♪ でも、エッチな姫、私、大好きだから、大丈夫だよ?」

 そう言って吸い付きクンニを重ねてあげる、ううん、もっと強くしてあげる。
 ほきゅぅっっ、って破裂したみたいな空気音は彼女なりの悲鳴なのだろう、口を強く抑えて頭を振っている。でもクンニおねだり腰振りは続いてるんだもん、私はご要望にお応えして淫核攻めとバキュームクンニを同時に浴びせてあげる。

 ぁ゛〜〜〜っ♥ っ、っっっっん♥ っっーーーーっっっ!!♥

 口元から伝わってくる陰部のヒクつきと、溢れる愛液……これ、多分イってる♥ それでも私は淫核を唇でついばんだり、その吸盤みたいにした口で執拗にその淫核先端を虐めるのを、やめない。がくん、がくんっ、って腰が崩れ落ちては復活して、を小刻みに反復している。愛液の量は半端なくて、手入れの不十分なフローリングに私の唾液と混じって小さく水たまりを作っている。

「イってる姫、すごくエロかわ♪」

 イッてる上から何度も何度も、クリトリス虐めと淫唇舐め、それに膣穴ほじりと、バキュームを執拗に重ねてあげる。姫の体はどんどんイき間隔が短くなって、足にも体にも力が入らなくなっている。イき重ねるのがキツイのか、姫の手が私の頭を押し返して「もういい、もうじゅうぶん」を伝えてきているけど、私はそれがわからないふりをして太股を捕まえたまま私の唇と姫のおまんこが溶けてくっつくくらいにクンニを続ける。

 ちゅっ♥ じゅっばっ、ちゅるるっっっ♥ 
 っか、ひっっ……〜〜〜〜っっっ♥ は、はへっ、いひゅ……っ♥

 もう腰を持ち上げる元気もなくて、階段に足を放り投げた仰向けで顔の前で腕を交差して顔を隠してアクメ痙攣を続けてる姫。連続絶頂で息も絶え絶え、窄まり運動とともにねっとり濃厚な薄濁り汁を垂らすアソコを見ていると私も、おまんこ欲しくなる。法悦に意識揺蕩う姫と違って、私は目の前に極上のポルノがありながら敏感ポイントを隙を見て自分で慰めるだけ、お腹の下の奥の方からじゅくじゅく熱くなってるのは私だって同じなのに、私はまだイケてない、なにより。

「私も、好きな人に、されたいよぉ……」

 私は焦り気味にぱんつを脱いで顔を隠したまま息が暴れ続けてる姫の体に跨がった、膝立ちで上半身を上っていく。両腕を上げて顔の前でクロスしてるのは、股を開いて彼女の体を這い上がるのには丁度よかった。ずり〳〵と膝で歩いて私は、毛の処理をしてなくて茂みが深すぎて見られるのも恥ずかしい陰部を、彼女の目の前にさらけ出した。ひめ、私が甘えた声で呼ぶと、彼女は顔を隠していた腕を解いて視線を開く。その先には、熟れて焦れて、負けないくらいに涎を垂らしてる、使いすぎの淫裂。姫のに比べたら、襞ははみ出してるし、左右の形が不均等、黒ずんでるし、その上でバキバキに自己主張してるクリトリスは皮なんか被るのを忘れたみたいにズル剥けてる。毛深い陰毛も生えっぱなし。下品で汚くて、姫の綺麗なウブまんこと並んだりしたら惨めなくらい。でも、それでも構わないから「私にも、して……♥」男相手に使い古したまんこが、初めての女の子相手に、きゅんきゅんになってる。
 姫の視線が、私のアソコに突き刺さった。

(ああ、うそ……、うそっ……♥)

 姫の視線は、まるで敏感ラヴィアにピアス穴を開けるみたいに鋭くアソコを刺激する、クリトリスに向かってスタンガンでも当ててるみたい。姫の目の前で両手を使ってビラついた淫裂を左右に広げて愛液塗れにテラつく中古膣粘膜。

「あ゛っ、や、だっ私っ、姫に、見られただけ、で……っ……~~~~~~っっ! ん、あ゛っ、んほぉぉおっっっ♥♥♥」

 広げたマン肉が一際強く収縮した、ちんぽもザーメンもないのに、私のまんこは子宮口をユルめて精液を奥に飲み込む貪欲蠕動を始めていた。見られただけなのに、全身が粟立って震えて

「あ、はは……姫にアソコ見られて、浅イキしっちゃった……♥」

 膝が笑ってる、彼女の胸の辺りに絞り出したみたいな淫液が滴を引いた。嘘でしょ? 今までセックスなんて売るほどしてた、パパ達に色んなプレイを試されたし、それのどれも確かに気持ちよかったけど、こんなイキかた、アソコを見られただけで奥で感じてイくなんて初めて♥ 外側でかき立てて内側に入り込んでくる快感と違う、内側から沸き上がってくるようなオーガズムの波、堪えようがなかった。

「姫に、初体験、させられちゃった……」

 私の言っている意味が分からなくて目をぱちくりしている姫。今度はその手が私の太股に回り込んだ。

(あ……来る……♪)

 腰を更に前に出して、まだ深イキ出来てない、アクメ余韻が引いていて余計に発情が強まった私の汚いメス穴を彼女の眼前に近づけた。

 れ、ろっ

「ふあぁっ……姫、が、私の、舐めっ……て……っ♥」

 予想を裏切って姫は躊躇なく私の腰を引き寄せ、溶けて滴る私の淫裂へ迷いなく舌を伸ばし迎えた。|おっさん《パパ》相手なら遠慮なく腰を落とす体位だけれど、姫が相手だとなんだか気が引けておっかなびっくりになってしまう。むしろ私の方が躊躇していると、姫の方から私の太股をぎゅっと掴んで引き寄せてきた。

「ふあ、ぁぁっ♥」

 姫の舌が私の膣内に滑り込んでくる。硬く伸ばした先っちょで内側のラビアを掻き分けて縦になぞるようにホジられると堪らない、溶けるような快甘が波打って体中に広がって、幸福感になって全身に染み込んでくる。決して上手なわけじゃないけれどそういう問題じゃない、私のためにしてくれているっていうことが、最高のテクニックだもん。

「きもちい、よ、姫ぇ……♥」

 中心をほじってばかりのと男と違って、焦らすように内側の浅いところを焦らしたり、かといってこれみよがしに焦らすみたいに太股に逸れて煽ったりしてこない。じっと、あそこに口をつけたまま「これが大好き」って伝えてきてるみたいで、愛おしくなる。むむなるほど、勉強になる……次姫にしてあげるときはこうやろう……。
 蕩けちゃいそうな快感を、ひたむきにくれる。私のあそこに口付けて舌で愛撫をつづけてくれる姫の頭を撫でると姫も唇と舌で応じてくれる、クンニを続けながら太腿に絡めた掌で私の足を撫でくれる。そうするとぞわぞわ新しい快感が生まれて、股の間に熱が生まれて、溶けて、垂れる。言葉を介さないえっちなコミュニケーションは理性と理屈のフィルタをすり抜けて、ダイレクトに快感と幸福に突き刺さってくる。嬉しい。

「好き、姫、好きぃ……」

 男がしてくる手技や挿入での針みたいに鋭くてフラッシュみたいに爆ぜる快感と違う、姫にもらえる快感はもっと、何ていうか、遠赤外線みたいにじわじわでトルココーヒーみたいに濃厚。女同士だからという安っぽい言葉では説明できない、天性というと彼女には不名誉かも知れないけど……経験浅いのにこんな責め方が出来るなんて、姫―

「ズル、いっ……♥」

 浅いところをゆっくりじっくり舐め回して、たまに膣奥を目指すように舌を差し込んでくる。お肉が勝手にきゅって締まっちゃう、そうしてどんどん残り耐久力が削れて行くところで、あんまりにも適切な舌クリ責め。

「だめ……ひめ、上手すぎ……る、今でも好きなのに、もっと好きになっちゃうっ」

 はっきりいって……べちゃべちゃにされちゃってる。
 大きく股を開いて低くした膝立ちだけど、ギリギリ姫の上にお尻を落とさないように踏ん張ってるでも、かなり、危ない。姫の優しいのに容赦のない口技に、腰を持ち上げている力が頻繁に抜けてしまいそうになる。いよ〳〵前に倒れて体重を膝と肘で支えると、彼女は私のお尻を掴んで、口元へ淫裂を押し付けた。

「ふぁ……♥ や、やば……い♥」

 快感神経がささくれ総立ちになってる蜜壺の口が、怒涛の責めに遭う。彼女の口唇に密着した淫唇は逃げ場を失って、されるがまま。私の視界には何も写ってない、この姿勢では目を開いても姫の姿は無い、でも、それが一層にみだらな気持ちを沸き立たせる。まるで、私に最適化された自動オナニー装置みたい、自由の利かない自慰。でもその手綱は姫が引いていて、主導権は彼女の手の中にある。淫汁ベチョベチョ脳に堕落しきってる今の私ではそれに抗うことが出来ない。快感の波に翻弄されてしまって……翻弄されたがってる。

 びちゅ、くちゅべっちょっ……ちゅっ、ちゅっ

 マン肉が勝手にヒクついて、全開になる。膣口も緩んで、もっと奥の女の子の一番大事な口まで、下りてきて、緩んでる。ごつ〳〵突かれて砕けて出てくるんじゃない、内側で勝手に溶けて外に出たがってる、快感、下りてくる、中身。

「お゛っ……♥ ん゛ン゛っ♥ イ、イ゛グっ……♥ 姫のクンニで、無防備まんこにされてる……っ♥ 私、こんな簡単に、イグ……いっ、イっっグぅ゛っっ!!!♥♥」

 四つん這いになって、まるで巨大な|化獣《ばけもの》から這いずって必死に逃げてるみたい。巨大な波に下半身から丸呑みにされて死んだみたいに、上半身ががくんっ、と力なく崩れ落ちた。深イきした全身に力が入らず、上半身を起こせない。今目の前に鏡がなくてよかった、姫に見られていなくてよかった。いま絶対ヤバい顔になってる。

「姫ぇ……私、恋に二重底があったなんて、しらなかったよぉ……♥」

 アクメで蕩けた淫蕩顔というのもあるけれど、それよりも。

「もっと、しよ……♪」

 性欲の限りどこまでも堕ちていける射精で終わらない女同士のセックスに、まるで癲狂に惑う狂人みたいな顔になってたから。
 私は力の入らない体に鞭打って上半身を起こし四つん這いのまま這う様にしてもう一度姫と目線を合わせる、そうさせたのは、何をおいても気も強くなりたいという淫欲の膨張。階段の縁にお尻を載せて足を放り出した体勢はそのままだった。「ごめんね、こんな辛い体勢で」私は姫の頬を両手で挟んで、少し舌を出せばもう唇という距離で姫の顔を覗き込む。
 彼女はふるふると小さく首を振った、その抑圧したような動きに彼女の控えめな様子が表れているようで、余計に愛おしくなった。姫の顔は見事に私の淫液でテラついていた、口の端に私のマン毛までついてて、下品でエッチで、すごく可愛い。すん、と嗅いで臭うのは私のあそこの匂いなのだと思うと腹の底がふつ〳〵と欲情の熱で沸き立つ。

「姫のお口すごく上手で、私完全にヤられちゃった……♪ 大好きがおっきくなっちゃったよ? ふふっ☆」

 恥ずかしそうに口元を覆う姫のおでこにキスをすると彼女は可愛らしく肩を竦め、その拍子に手が離れてお留守になった唇を改めて奪う。何の抵抗もなく舌を受け入れてくれる姫の唇。ちょっとだけ、愛液の味。
 私は彼女の横に添う様に階段の段差に腰を下ろして横に並んだ。教室でみんなに囲まれている《《姫》》の姫、車椅子に座ったままの姫じゃあ、こんな風に顔が近いことなんてない。きっと姫にこびを売って「いい子」を買おうとしているクラスメイトなんて、こんな姫を知らないだろう。こんなにもまつ毛が長くて綺麗、よく見ると左右で瞼の二重具合が少しだけ違ってて、流れるような髪の毛は左側の方がクセ気味。こんな姫の画、私だけのもの。

「交ぉぅ代っ……♪」

 彼女の耳たぶを唇で食んでから、股の間に手を差し入れる。もうお互いに股を開くことに抵抗のなくなっている、おヘソ、下腹部の膨らみ、茂み、と私の手が獲物を狙う蛇みたいに下っていくと、彼女はゆっくりとだけどもう躊躇いのない様子で、ふっくらと肉付きの良い太股を開く。何段か下の階段に降ろされたつま先は先端が床を突くように立っている、「期待」していることが伝わってきた。

「いいこ♥ これは、さっきのお返しだからね。少し、キツく行くよ……?」

 指先が茂みを通り過ぎたところで、指先が潤いを感じた。熱気で汗ばんだお互いの肌とは違う、明らかな湿り気とヌルみ。私が彼女のアソコを舐めながら、触ってもいないのにべっとりと濡らしていたみたいに、姫もわ私にクンニしながら濡らしていてくれた、きっと下半身を興奮でずく〳〵させていてくれたのだ。もう少し下って私の指先は彼女の濡れ溝に至る。その頃にはもう、疑いの余地もなく彼女の割れ目は蜜を垂らして興奮のるつぼになっているのが伝わってきた。

「わ、べっちょりじゃん……♥ 私のまんこ舐めながら、興奮してたの?」

 耳元で囁くと、彼女は困ったように目を閉じて顔を隠そうとした。私は空いた方の手でその片手を抑える、表情を隠しきれない彼女は困ったように目元だけを隠した。まるで風俗店の嬢みたい、でもあんなのよりもよっぽどエロティック、なんせ今まさに、セックスの最中で興奮の熱で火照って蕩けている顔なのだから。

「顔隠さないで、姫のエッチな顔、見てたいよ♥」

 彼女の片手を腕で防ぎながら、指先で目元を隠す手を「かくさないででておいで」とつんつん突く。姫は恐る恐る潤んだ目を覗かせた。

「一人だけ隠れちゃうなんて、ずるいんだからね。私だって、血走った目で姫に興奮してる下品な顔、隠さないでいるんだよ? 姫が欲しくて欲しくて、堪んないんだから」

 なんて言うけど、さっきクンニでぶっトばされた時の顔を姫に見られて平気かと言うと多分無理。それでも、わかりました、と観念したように姫は手を避けた。なんて素直で可愛い子だろう、私は指を濡れそぼった淫唇に滑り込ませていく。そこは、にゅる、と抵抗なく私の侵入を受け入れた。内側では柔らかく濡れほぐれたエロ肉が蠢きうねって、私の指を〝なにかべつのもの〟と勘違いしたように迎え入れてくる。指なんて粘膜もない、セックス用の器官じゃないのに、こんなに気持ちよくなれちゃうの、すごい。

(爪切ってよかった……)

 少しだけ魔の抜けた安堵を覚えながら、私は姫の媚溝を少しずつ掘り進んでいく。親指で適度にクリトリスを虐めるのも忘れない。愛液を垂れ流すクレヴァスの上で、淫核はすっかり顔を出して勃っていた。

「かわい……えっちだよ、姫♥ クリちゃんがこんにちはしてる♪」

 我ながらアホくさい表現だったけど、そんな子供じみた煽りが余計に羞恥心を煽るらしい、クリの勃起具合を指摘されて、私の中指は柔らかい肉壺の奥に潜んでいる凶暴な顎にぎゅっと捻り上げられた。

「うっわ、すっごい締付け☆ これ、ちんぽだったら一発射精じゃない……? 使い込んでないおまんこやっばい♥」

 私の指は期待に震えて熱く涎を垂らしてヒクつく肉溝のより深い場所に入り込んでいく。この柔らかさと、その奥から襲ってくるキツイ締付けが、そのまま私を求め受け入れる強さなんだと思うと、ふつ〳〵と虐めて虐めて虐め抜いて、私の手で今度は完全に私のものにしたいと、思わされる。さっき完全にオトされたけど。
 手は彼女のヴァギナを少しずつ掘り進みながら、でも視線はずっと彼女の顔に注いである。少しの表情でさえ見逃さない、彼女が快感を覚えたポイント、少し嫌がったポイント、恥ずかしがった仕草、欲張った瞬間、全てを見逃さずに彼女の中を掘削愛撫する指先にフィードバックする。あの困り顔を装う誘いの表情、もっとしてくれと言っている。都合がいい解釈? だったらほんの少し指先を襞壁当てて押し込むだけで、それに反応して蠢めき異物であるはずの指をもっともっと中に飲み込もうとする、この淫らな蠕動は何?

「姫は淫乱の素質があるよね、そんなに遊んでないのに、この反応だもん♪」

 ふるふると頭を振って否定する姫、でも色欲の強さを隠せない淫裂の蠢き。

「それとも、私が好き?」

 卑怯だったかな、でも、肯定させたい。彼女は脅迫された人質みたいに、でも嘘じゃなくて心の底から、頷いた。そこに羞恥の抑制はなくて、正直で真っ直ぐで、強烈な欲望が垣間見える。私の、私だけの、姫。

「大丈夫だよ、私も、姫に、淫乱だから。一緒に、えっちに、なろ?」

 にゅるっ、と中指を奥に押し込んだ。ほとんど抵抗なく一気に一番根本まで入り込む、柔らかい、柔らかくて熱くて、滑らかなのにヌラついて、でもきゅっ、きゅっ、って締めてくる、こんな感触を、ここ以外で感じたことがない。一番奥にたどり着くと、コリコリした感触。知ってるよ、私にもあるもん。そこには指先で何度かつついて挨拶。姫はまだ経験が多くないからここはあんまり喜ばない筈ただ、私の指を〝覚えてもらう〟ための面通しだ。奥でヨガる女の子なんてそんなに多くないんだよね、男って奥に行きたがるんだけど。本命は、彼女の膣内の深さを指ですっかり測り、彼女のほんのわずかの表情でも見逃さないように観察した、その結果割り出した、もっと浅いところ。

「……トばすね?」
「っ?」

 狙いを定めて、私は指の腹に力を入れて、そのポイントを押し込んだ。

「っっっっj♥」

 彼女の口が開いて、その奥から可愛らしい舌がツンと伸びでた。首が仰け反って白い喉が張る。きゅっ、と目が閉じられて眉が垂れる、快感を我慢しているのが如実にわかる。

「ふふ、姫の弱点、みぃつけたっ♥」

 私は見つけ出した彼女のヨガりポイントを、中指先の腹で突いたりこすったり押し込んだり撫でたり、そしてその動きをどんどん細かく早くしていく。

 くちゅ、くちゅくちゅくちゅくちゅっ、くちゅくちゅくちゅっっっっっ♥

「っ、くが……っ♥ ぁっっっっっ♥ お゛っ゛ぁ♥」

 声と言うより呻き音、喋れない彼女の喘ぎは言葉として現れない。品のないでもその何倍もエロい擬音となって私の耳に侵入して性欲を引きずり出してくる。
 中指を《《く》》の字に曲げて手首を固定し、指の腹がそのポイントに当たり続けるように調節し、細かく強く、少し乱暴なくらいに震わせる。

「〜〜〜〜〜っっっ!!!♥♥ っぁ゛っっっっ♥ ん゛ぁ゛、お゛っご、んぉぉぉ゛ぉっっっっっっ♥♥♥」
「イッちゃえ、姫、私の手で、思いっきり、イッちゃえっっ♪」

 膣内襞の奥にある締め付けの顎が強烈に暴れ始めた。充血してぷっくり膨らんだ襞のいち枚一枚も、せわしなくうぞうぞ蠢いていていた。もうすぐ、クる。私は確信を得ながら、肉筒を責める指を止めない、親指ではコリコリに勃起したクリトリスを擦り回すように刺激する。彼女の反応を見ながら少しずつ力を強くしていくと、普段だったら刺激が強すぎて痛いだろうなってくらいのところまで、彼女は蕩け顔で答えてくれた。

「我慢しないで、姫のアクメ顔、もっかいみせて?」

 いやいやと首を振る彼女に反論の余地を与えず追い詰める様に、私は唇を吸って舌を押し込み、口同士でも性交を強いる。下の口同様、こっちの口もすぐに私を受け入れて、唾液をこぼしながら私に舌を絡めて、吸い付いてくる。なんて、なんてえっちなんだろう。こんなに清純っぽい顔なのに、ウリのときに分いん木造りで見せられたAVに出てきたどんな女優よりも淫乱に見えた。

(姫、エっロ……)

 ぐちょっ、くちゅ、くちゅくちゅくちゅぐっ ちゅじゅぼっじゅぼっぼちゅっ♥
 びくっ、ビクんっっ

 姫の体はさっきから何度も跳ねるように震えたり、体をこわばらせて突っ張ったりを繰り返してる。きっと何回もイッてるんだ……私の手で。
 蕩けた柔らかい肉、溢れ出す肉汁、それとキツイ締付け。私の指で感じている証拠が全部が整って下品過ぎるマン屁が出まくってる。誰もいない学校の階段踊り場空間に、姫の喘ぎ音、興奮して荒くれる私の呼吸音、それにマン屁の下品な音反響している。姫の手が恥ずかしそうに顔を隠そうとするが、同時にさっきの言いつけで思い留まり、快感に翻弄されながら手持ち無沙汰にあっちこっちに暴れている。私は空いた方の手でそれを捕まえた、どちららともなく指が開いて、お互いの指同士が絡み合って、握りあう、強く。
 姫のもう片方の腕は、彼女のアソコを弄る私の手に触れている、絶頂の度に私の腕を引き剥がそうとするけど力が入らなくて単に私の腕に寄り添って可愛らしさを増すだけになっていた。姫の手は暖かくてしなやかで、やっぱり粘膜も何もないのにすごく心地良い、こうやって握り合っているだけで、右手と陰部、唇と唇、それに手と手が、溶けてくっつくみたい。
 私は一つにくっついた手を引き寄せて、手もろとも彼女の頭を抱き寄せる。口吻セックスをキメたまま、彼女の頭が私の腕の中に入ってくるみたい。

「んっ、んっちゅ、ん゛、んん゛っっっ♥」
「〜っっ♥ んぐっ♥ 〜〜〜っっっっっ♥♥♥」

 ぎゅっと締め付けるのは、アソコの肉だけじゃない、口の中でも私の舌を求めるように彼女の口が蠢き、手も強く握りしめられる。ひとつにくっつきたい、私も彼女も同時に同じことを考えていると、思う、そうに違いない。

 くちゅっ、くちゅくちゅっ、くちゅくちゅくちゅくちゅっっっっ

「〜〜〜〜〜っ゛っ゛♥♥ っ゛く♥♥ ン゛っ♥」

 陸に打ち上げられた魚みたいに、私の腕の中で跳ね回る姫のカラダ。何回も何回もイッてるんだ、散々に絶頂をキメさせられながら私の手を押す力も弱々しく衰え段々と彼女の舌と唇からも力が抜けて来ている、アクメが重なって脱力しているんだろうと思うと私の中の意地悪な気持ちはそれに反してどん〳〵大きくなっていく。
 溶け合って離れない口を接着させたまま、口ほどに物を言う彼女の目を見てみる。なるほど、もう何も言えないわけだ。彼女の瞼は閉じる力もなく開く程の意識もなく、半開きに放り出されていた。その下に覗く潤んだ瞳は、真ん中に寄って斜め上のソラに向いている、何も写ってはいないだろう。

(姫のイき顔、クソエロい……♥)

 ずくん〳〵、お腹の奥が熱く渦巻いてる。姫をあんなふうにイかせちゃって……私も、私も姫でイきたい。アソコ、気持ちよくなりたいっ!♥ さっき姫のクンニでなったみたいに、今の姫みたいに、またぶっトびたい……!

「姫、姫っ、一回終わらせるね♥ 一回キツイの、するから♥」

 私が口を離すと、脱力した唇から激しく浅い吐息が吹き出してきた。涎がたれて、一緒に舌がはみだしてる。ああは言ったけれど特別なことは要らなさそう、姫の膣内のイきボタンを、さっきまでより少しだけ強く擦り上げると。

「う゛ぷぁ゛ぇ……っっ☆ ぉ゛っ……ん゛♥♥♥」

 口から変な音を漏らしながら泡を吹いて、全身から力が抜けた。その瞬間、私の腕に細く冷たい水の感触が当たった。それは潮吹きよりも長くて、多くて、それに凄く、芳しい。しょろろろ、とヒビの入ったフローリングタイルの床に跳ねる飛沫、階段を流れ落ちて細い滝になる薄黄色の甘露。

「次は、一緒に、しよ?」

 ふら〳〵と朦朧とした様子の姫が、涙を湛えた目で私を見つめながら、どっさと倒れ込むように私に抱きついてきた。「もっとしたいの……いい?」私が抱き返しながら首元に口づけながら言うと、姫は弱々しく小さく一つだけ、私の頭の横で頷いた。
 二人で階段の段差から離れて、床面積の広い所へ移動する。二人で向かい合って、すっかり欲情でとろけたお互い顔を見ながら、姫の片足を優しく抱えて私の足の下へ、私の逆の足を姫の足の下へ、差し込む。左右を交互に噛み合せた脚をそのまま寄せて、中央同士を出会わせる。

「っ!♥」
「これ、ほんとにエッチしてるみたい……♥」

 ビリッて、電気、一人でするときと全然違う、でも男とセックスしてるときとも違う、女の子の柔らかい肉同士が触れるのがこんなに甘気持ちいいなんて、知らなかった。右手で後ろ手に体を支えた姫は、左手で口を抑えている。私は、えっちな気分を抑え余裕さえなくて半開きのだらしない顔を恥ずかしげもなく晒してしまっていた。

「ぁ゛っ♥ ぐ、ん゛っ♥」

 姫の声にならない声が、また喉からひねる出されるみたいに漏れ出ていた、音だけ聞けば可愛い声じゃない、声っていうより音なんだけど、そんなちょっとエグい音がこんな可愛い姫の喉から、それも、私と股間同士を擦り付け合う快感で出てると思うと、ヤバイ、語彙が帰ってこない。

「あっ……く、んっっ♥ 姫と私のアソコ、くっついてる……♥ ぬるぬるになってて、すご、い……♥ 私の使い込んだおまんこと、姫の新品ぷりぷりのおまんこ、押し付け合っちゃってる♥」

 姫は恥ずかしそうに頭を振って、ん゛ーっ♥ って拒否みたいな声を出したけれど、それがほんとに嫌がってる反応じゃないのは明らか。私はお尻を少し浮かせて、姫との腰の位置を更に近づける。寄せて、押して、くっつけあうと、二人で溢れさせたヌメ汁同士が融けて混じり合う。

「んっ……♪」

 くちゅっ、ぶぴ

 手マンしてたときと違う、もっと可愛らしいマン屁が聞こえる。これは姫のじゃない、二人で鳴らしてる下品音♪
 触れて濡れて融けた感触が、アソコから湧き出す快感の大きさを期待させてくる。もっと強く、おまんこくちくちしたい。気持ちいい媚肉同士の絡み合い、もっとこすりつけたい。端っこのビラビラお肉も、開いて顔を覗かせる入り口肉も、何回もイってて敏感、それに、べちゃべちゃ。もっと、欲しい。

「やばいよ、姫。今までヤったどの時より、私、コーフンしてるっ♥ 好きだからかな、これってやっぱり、好きな人とだからかな♥」

 上気していた姫の顔が、さくらんぼみたいに赤くなって、彼女は顔を背ける。でも、噛み合った股ぐらは全然離れようとしてなくて、お互いに不潔な快感を求め合ってるシンクロが、子宮の底から欲情を引き摺出してくる。私だけじゃない、姫だって、ほらあんなだらしない顔、見たことない。

「もっと、するね」

 熟れ濡れた貝ビラ同士がぎゅっと押し合い、空気が逃げるいやらしい音が、踊り場に小さく響いた。

 ぶぐちゅうっ♪ ぬチュぁあっ♥ ぐっちょ、ぶちゅっ、ぶぼっ、ぼちゅっ♪

「〜〜〜〜っ♥」
「すごい音、しちゃってるね♥ でも、まだまだ激しくいくからね♪」

 スイッチ入ったとかそういうレベルじゃない、完全に姫に欲情してる。女同士なのに発情してる。姫を孕ませたいし、姫に孕まされたい。彼女に口付けられたアソコはまるで初めてオナニーでイったときみたいに感じてたし、私の手マンで連続アクメしておもらししちゃった姫だってきっとそう。くっついた濡れ肉同士をくっついたまま前後左右に押しつけたまま擦り回す。お互いにぬるぬる腰を揺らして、その度に揺れる姫のたわわなおっぱいに目を奪われる。むしゃぶりつきたいけど、この距離じゃ……

 きゅふっっっ♥

 手でおっぱいを楽しむので我慢しよっと♥ 姫の零れ落ちそうなおっぱい、清楚な顔に似つかわしくないほど硬く膨らみ上がってる乳輪と、シコリ勃った乳首。すあまおっぱいエロすぎっ♥ 体勢的にちょっとキツイけど、おまんこコスコスに必死になってる合間にたまにアクセントで触ってあげると効果テキメン、噛み殺して唸るような声で口の端から涎の混じった喘ぎを漏らす。

「んっ、ぐ、っふ♥ ん゛っ♥」
「姫のおっぱい、エッチだねえ♥ こんなにおっきいのに感度抜群だし。羨ましいなあ、虐めたくなっちゃう♥ えい、えいっ♪」
「くひゅっ♥ ふーっ、ふはっ♥ ぃぁっ……♥」

 おっぱいに気を取られたら、すぐにおまんこプッシュ再開。思いっきり押し付けてから、ずりずりスリコギ運動すると、ぬるぬるになったオマンコ全体が擦れるそれに、今そこに触ってるのが姫の……姫にとっては私の、発情おまんこだって考えたら、それだけで淫乱な肉が波打ち始める。

「はっ、は……っ、くふ、姫、姫っ私、もっかい、イきそ……♥」
「〜〜っ♥ 〜〜〜っっっっ♥」

 くちゅ、くちゅ、くちゅくちゅっ

 快感の水位が急に上がってくる、決壊を止めるつもりなんかなくて、溢れ出しそうなそれを前にして私は素直に快感に身を任せる、もっとあそこに刺激が欲しい、姫の体とくっついていたい。ヌメって気持いいのが止まらない、腰を細かく動かして貝合せのコスる速度を早くする、早くイきたい、姫の体で子宮の奥のウヅきを満たしたい♥
 甘ったるい電気が電圧を増していく、溢れ出してくる愛蜜、それと淫欲。理性の防波堤を易々と越えてくる快感の波、高まる、深くから、膨らんで、揺れて、爆ぜる。

「イく、いく、イくイくいくっ……♥ 〜〜〜〜〜っ、〜っ♥ っぁっ♥ あぁあっっ♥♥♥」
「っン♥♥♥」

 体中が重力の感覚を失って、蒸発しちゃったみたいにふわりと浮き上がるみたい。だのにお腹の下にはずんって重たい水飴の塊が残ってるみたい。全身の神経が鋭敏になって、姫と触れ合っている肌の感覚が普段の何倍にも繊細に、強く、染み込んでくる。

「はっ、はっ♥ はあっ……♥ い、っちゃった……♥ 姫とおまんこしてまたイッちゃった♥」

 ヘソの下から爆発したオーラに吹き飛ばされて体をのけぞらせると、おしっこを我慢しきれなくなったみたいに、脱力。かと思ったら絶頂痙攣で窄まったせいで、緩んだ先に溜まった《《それ》》が吹き出した。

(ヤバっ……潮吹き、しちゃっ……♥)

 ねっとりと粘り気の強い飛沫が二人の間に吹き出して、強烈な雌匂を漂わせる。

「お゛っ……ん゛♥ い、いっ♥」
「へっ♥ はっ、はぁへっ♥」

 絶頂で破裂した快感ジャマーに障害されて解像度がガタ落ちになっていた視界と意識がやっと回復した時、姫もおんなじになって震えているのが見えた。顔筋のいろんなところだだらしなく緩んで汗と涙とでべちょべちょになった紅潮顔を無様に晒している、犬みたいに舌を出したまま浅い呼吸を刻んでいた。背筋を反らして絶頂をキメた私とは対称的に、姫は跳ねる肩をいがらせて、俯き気味の顔に上目遣いを通り越した三白眼でアクメをキメている。

「姫も、イッた……?」

 返事はない、ただ頷くことさえ出来そうな様子に見えない、でもそれが答えなのだと思うと、ぞくっ、と子宮の両脇でメスホルモンぶちまけ続けている器官が、またじわり熱を帯びて疼き始めた。止まらない、止まれないっ。
 私はまた、ぷりぷりに張り詰めた食み出し襞肉を、愛しの姫の秘処に思い切り押し付ける。経験の薄い新鮮な姫まんこも、こう強く圧迫されては形が崩れる、何より、私とレズマンコしまくってる内に姫のおまんこもすっかりユルんで柔らかくなっていたから。私のアバズレオメコとのフレンチキスに、大きく口を開けて涎を垂らしながら酔い痴れている。

「私たち、相性いいよね、絶対っ♥ 姫、姫っっ♥!」
「っっ! っぁっ!!♥ んっぐうぅぅっ!♥!♥」

 男が女に挿入して、フィニッシュに向けてスパートしてるときみたい、上から無理やり押し付けてメチャクチャに摩擦して、縁が柔らかくホグレた穴同士が吸盤みたいに吸い付き合う。男が女の中にちんぽを突っ込んでデタラメに掻き混ぜて亀頭快感に夢中になってるのと同じ様に、私も姫のおまんこに腰を打ち付けて、一心不乱に饅頭ピストンしてしまう。

 ぐちゅ、ぐちょ、ぶちゅっ、ぬりゅぬちゅっ、ぐぼっ、ぬっちゃ

 粘り気の強い少し白く濁った汁が淫ら貝の間で泡を立てて擦り合わさっている。

「ひめ……ひめ……♥」

 パパ達にも向けたことがないような甘ったるい声で、愛しの君を呼ぶ。彼女も私を呼ぼうと可愛らしい唇をヒクつかせているけれど、私はそれにむしゃぶりついた。甘くて熱い唾液は、フェロモン濃度高め。口の中にその唾液が入ってくるほどに、私の中のケダモノは大きく激しく、それに淫乱になっていく。ああ、もう、どうだっていい、なんだっていい、姫と、気持ちよくなりたい、アクメしたい、このままぶっ飛ぶようなオーガズムで姫と一つに溶け合っちゃいたい。

 ちゅっ、ちゅっ、ぁむっ、くちゅ、ちゅっっ、ちゅぱっ♥
 ぐちゅっ、ぶちゅっっ、ちゅくちゅくちゅくっっ♥ ぶっちゅ、ぶちょっっ♥

「はっ♥ はっ♥ はーっ♥ ひめ゛、ひめぎもち……♥」
「っ♥ っっっっ♥ ン゛っっっっ♥♥♥ ぁ゛っっっ♥♥♥」

 下品極まりない貝合せマン屁、でも私も姫もそんなことを恥ずかしがってる余裕なんかない。二人とも一心不乱に腰を振って、お互いのキモチイイところを相手のキモチイイところに当ててこすって、絶頂に向かって上り詰めることしか考えられてない、射精を焦る男みたいになってる、そっかこんな、感じなんだ、相手のことが欲しいのと自分の快感と、同じくらいに高まったときに、こんな風に……。
 貝合せ腰を激しく速く打ち付けながら、もう、|頂上《深淵》はすぐそこ。

「んっ……ひ……んめっ♥ かわい、んっ♥ ちゅっちゅ、れろっ♥」
「っ♥ っっっ♥ くぁ、ぁぁ゛っ♥ ん゛っ♥」
「姫、私、イく、またイくっ♥ 姫も、ねえ一緒に姫も、イッて♥」
「ん゛ぐーーーっっ♥ ん゛っ♥ ぉ゛ん゛っ♥ っ〜〜〜ん゛〜っ゛♥」



§ § §

07:復讐心

 今何時だろう。大体、どれくらいの間えっちしてたのかわからないし、その後寝てたんだか失神してたんだか、ぼうっとしてたんだか、ただ二人で並んでちゅっちゅってキスしてたんだかわからない。いい加減に意識が現実に引きずり戻されたのが今だと言うだけだ。

「け、けいたい、どこ……」

 確か途中まで画面常時オンにしてそのへんのほっぽった携帯電話の明かりでセックスしてた気がするけど、気がついたらそんな明かりはどこにもない。電池、切れたらしい。闇の中に緑色にぼんやりと浮かぶ非常誘導灯、目はすっかり暗闇に慣れてあんな光でも薄っすらと周囲が見渡せる、それでも携帯がどこにあるかは皆目見当がつかなかった。その代わりに見つかったのは。

「ひめ」

 おはよ、と口が動いたのが見える。すごく、近い。

「えと……」

 と私がどぎまぎとしていると、ほっぺたに冷た堅い感触、携帯電話だった。姫が持っていたのか、見つけたのか、手でぐいぐいとほっぺたに押し付けられてる。

「あ、ありぁふぉ……」

 受け取ると、案の定電源は切れていた。オンにしてみるとメーカーロゴの直後に再び画面が消えた、電池切れだ。
 それを見た姫が、今度は自分の携帯電話のスリープを解除して画面を灯した。「いま、何時?」私が訊くと画面を見せてくれる。1時、まだ1時か……え、マジで1時か!? 午前だ。

「ご、ごめん、こんな時間までつきあわせちゃ」

 ってって言おうとしたら、ちゅーで封じられた。

「な、なんか、すごく、すごかったね……こんななると思ってなかった」

 私が恥ずかしがってると、姫の方はと言うとどこか据わったような顔でブギーボードを手に取ってさら〳〵なにか書き始める。愛の言葉? よかったよ? 我ながら天晴な想像が渦巻いたけど、書き上がって見せられた言葉は。

『相性』(キリッ
「いや、うん、そうだね」

 たしかにそうかも知れないし何ならプレイ中にそんなことを口走っちゃったかも知れない。相性は、いいと思う。でもそうやって文字に書いて目の前に突きつけて、しかも書いた当人が真面目な顔なの、こっちがすごく小っ恥ずかしい。

「明日から、どんな顔して会おっか……」

 こそばゆいやら、おもいやられるやら、うれしいやら、はずかしいやら。こんなになるとまでは思ってなかったもので、明日からの展開が全然わからない。いきなり私が車椅子を押して歩く? 何事もなかったかのように「お姫様」と「不良さん」として振る舞う? さり気なく私も姫を囲う輪に入る? 放課後にだけこっそりと合う秘密の恋仲? どれもその通りなような気がするし、どれも違う気もする。どうなら正解なんだ。

「姫?」

 あう〳〵と明日からのことを思い巡らせていると、姫は私の横に小さく座り込んだ。何か言いたげに、俯き気味に頭を肩に乗っけてきた。

『いつまでも バレないなんて ありえない わかってる』

 ブギーボードにかいた文字。現実は今何時だとか明日からどういう顔で姫に会おうとか、そういうところじゃなかった。現実は、私は、姫の隠し事を暴いたことだ。私と姫は同じく「自分が一番可愛い同士」で「二番目にお互いを好き同士」で「そのために嘘を吐いてイきているもの同士」。それはそれで構わないのだとお互いに、少なくとも私は姫に言ったつもりだった、でも姫はそうじゃないのかも知れない。私の横に並んで一緒の写真を見るみたいな甘い構図で、苦いばかりの文字列を、眺めている。
 姫は、険しい表情を浮かべて恐る恐ると言った様子で私を見る。その表情は、この嘘が私以上の誰かにバレることに対する恐怖心だけが原因のようには見えなかった。当然だ、彼女は彼女なりに折り合いをつけた上で嘘の砦を築いたんだろう、砦の外は怖いに決まっている。バレたその向こうにある、一寸先も見えない暗闇。非常誘導灯なんか灯っていない、行き先も、生き方も、見えない暗闇。
 私は姫になんて言えばいい、彼女は何を求めている? 私は、彼女に何をしてあげられるだろう?

「まあ……私に、バレてたしね」

 口を吐いて出てきた言葉は、なんともつまらなくてしょうのないものだった。彼女はこくん、と頷いて私の袖を掴んできた、あんなにも人間を泳ぐのに上手だった姫が藁に縋るみたいに、強く。
 彼女の不安は理解できる、私だってパパ達とご飯あるいはセックスしながら、いつ「お前みたいなガキはもうたくさんだ」と愛想を尽かされるか内心戦々恐々としている。
 それでも、それでもだ。私にしてみれば随分とヌルい水に浸かってる様に見えた、それは、彼女の現在の人望の篤さを鑑みればのことだ。悪い意味じゃない、姫なら、きっと新しい彼岸に辿り着ける気がする。辿り着いて欲しかった、私みたいになる前に、さっさと。

「いっそ先手を打ってカミングアウトしちゃうってのはどう? バラされるより、先に言っちゃえば。隠し続けてバレたら……きっともっと酷いことになる。勿論、離れてくヤツもいるだろうけどさ。そんなヤツほっときゃいいよ。」

 彼女は怯える目を見せて首を振る。ブギーボードには、いつもの文字よりも大きく強い筆圧で『こわい』。

「怖い、かあ。姫は私なんかと違って人望有るから大丈夫だと思うけどなあ。もしかしたら、よく告白してくれた、なんてゆってくれる人もいるかも知れないよ?」

 仮に彼女の嘘が白日の下になったとしても、彼女を嫌う人間なんていやしないんじゃないかと、思ってしまう。逆にいるとしたら、それが彼女の虚言に因ったとしても、その人間の翻りの方が余程怖く感じられた。

「それでも……嘘を吐き続けるなんてさ」

 それを、私が言うのか?
 どうして? どうして嘘を吐くことは、いけないことなの? 確かにそう教わったけれど、どうしてかなんて、教わったことがない。されて嫌なことだから、だとしたら、私や……姫が、嘘で身を守り始める前に世間からされていた事は、何だというのだろう。

「姫ならみんな受け入れてくれるよ、きっと。もし誰かが姫を責めたら、私がぶっとばしてやるからさ! こう見えても腕っぷしには自身あるんだよね」

 と、腕まくりをして実際には大したこともない力こぶを見せるように腕を曲げて、裏側から二の腕を押して盛り上げる。「やば、今日毛の処理してないから、マジでタフネス高そうな腕に見えちゃうわ」する〳〵とまくった腕を戻すと、姫は可笑しそうに笑いながら私の袖を止めて、もう毛が目立ってきた腕に触れて撫でる。やだなあ、かわいいじゃん。

「私は、味方だから。」

 味方?

「姫がカミングアウトしたら、私もパパ活やめる。」

 ただ、悔しかったのかも知れない。飢えて渇いて求め続け、それでもとう〳〵手に入らなかったもの、後からそれを埋め合わせようとして|体《価値》を売ってようやく得たもの。それを若狭は虚言という手段で、あたかも容易く勝ち取っているように見えたから。それが羨ましくて、悔しくて、卑怯に見えて……その嘘を暴いて、若狭を丸裸にして、お前も私と同じになれと思った。なんて傲慢だろう。

「大丈夫。私は、絶対姫の味方だよ。|勇気を出して《サペレ・アウデー》。」

 本当に? 嘘が悪で、真実が善だなんて、誰が決めたんだ? 私の胸の奥底で嫌な匂いで燻り焦れるこれは、何だ?
 彼女は、小さく頷いて、私の手を強く握っていた。



08:ジェヴォーダンの獣


 ジェヴォーダンの獣は神罰の代行者だ。その獣が暴く罪は、何だ。


 昼休み、教師が教室をいなくなり、昼食を学食で食べない奴が残っている。

「みんな、ちょっと話聞いて欲しいんだけど」

 私が教壇に立って声を出すと数名が顔を上げたが、私だと見ると無視を決め込むやつもいる。わかってるよ、私がそんなキャラじゃねえことくらいは。でも、姫が出たら違うだろ?
 私が目配せをすると姫が前に出てきた、それを見ればクラス中の視線は恣、私の声を訊く姿勢も整ったってわけ。

「ひm……若狭が、みんなに話があるって。きいたげてよ」

 私が促すと、クラス中の視線が姫に向く。何なら何人かは周囲に寄ってきてブギーボードの文字が見やすい位置に態々顔を寄せまでした。何の話があるのか、みんなが興味津々だ。まさか車椅子に座っている今の姿が偽りだなんて言い出すとは思っていないだろう、でも、姫はそれを明かす勇気を持ったんだ。私まで、なんだか誇らしくなってしまう。

「カナ? どしたの?」
「話ってなんだよ。今泉になんか言わせて、水臭いなあ」
「何かまずいことでもあった?」

 クラス中が、彼女を祭る。それは彼女の作った砦だ、一等巧く建造された堅固な城。尊敬する。羨ましい。……妬ましい。
 同時に、クラスの連中が、気持ち悪かった。仮に姫の嘘に取り込まれているのだとしても、余りにも露骨な媚の売り方に、寒気を感じる。そんな風に、一体何に向かって道徳と良心を安売りしているんだ。お前たちが崇拝しているのは若狭カナじゃない。車椅子の方だ、口の聞けない喉という記号だ、お前たちの良心は余りにも空虚だ、それこそが、本当の嘘だ。

「ほら若狭、みんなちゃんと聞いてくれてるよ?」

 私がブギーボードに視線を送って、告白を促す。彼女はしばらく顔を伏したまま黙していたが、いよ〳〵ペンを手に取って文字を書付け始めた。

『話なんてない』
「えっ」

 目を疑った。昨日は、そんなこと言ってなかったのに。私が味方になるって、安心してくれたのに。

「なんで、昨日……」

 彼女の方を見たが、彼女は顔を伏して私に目を向けないままその文字を引っ込めて消し、次の文字を書き始める。

『今泉さんに 言わされてるだけ』
「なっ」

 姫は慣れた手付きで車椅子を流して教室を出ていってしまう。何人かが追いかけようとしたが『ほっといて』という文字を見せつけられて後を追うのをやめた。その視線が、翻って私に向いた……あゝ、慣れた視線だ、これ。体中から力が抜ける。

「おい今泉、何のつもりだよ。若狭、出てっちゃったろ」
「いや、だって姫が」

 私は、若狭が嘘を明かしたいって言うから、いや、明かすべきだって私が言ったことに同意してくれたから。だからその手伝いを。

(なんで? やっぱり、怖じ気ついたの?)

 結果的に、私が恥をかいている。ふつ〳〵と悔しさと落胆が入り混じった感情が湧き上がってくる。それに、これは……怒り?

(結果的に私も騙した、嘘を吐いて。姫。)

 ダメか、ダメだったのか。どこかで「ああやっぱり」という声が聞こえた。
 クラス中の皆が若狭に騙されている、それはいい、私だって出来ればやりたかった。それでも私の中の〝何か〟がみんなの目を覚まさせようとした。でも失敗した。姫の改心を信じた私が、馬鹿だったっていうのか? みんなが姫を信じる力が強いってこと?
 姫への煮えた原油のみたいな感情を掻き混ぜながら顔を上げると、私が晴らしてやろうとしていたクラスメイトの視線が、私の方に向いていることに気付いた。それは、一つ残らずに、私に向かって敵意を剝いている。なんでだよ、お前らの濁った目を覚ませてやろうと、姫の嘘と、嘘によって立ち込めていた幻影の霧を吹き飛ばしてやろうとしたのに。姫だって、昨日はそれに賛成してくれていたんだよ、お前らは知らないだろうけど。

「そんな下らない嘘でカナを傷つけて、ほんとあなたってロクでもないわね!」
「待ってって、聞いてよ。昨日、たしかに若狭が、みんなに本当のこと話したいって」
「〝本当のこと〟? 本当のことを言うのは、あんたでしょう!? 人でなし」
「そんな嘘吐いてまで人の気を引きたいのか」
「〝自己愛が強いことの、何が悪いんスか?〟だっけ。よく言うぜ、そういうところが悪いんだろ」
「まってよ、ちがう、ちがうんだよ……ちがう」

 目の前が真っ暗になった。貧血で視界が閉ざされていくときみたい、胸が締め上げられて苦しい、光が窄まって闇が雪崩れて来るとその奥からじわ〳〵と滲んでくるのは、答。気づくのが遅かったその疑問だった。

――嘘が悪いことだなんて、誰が決めたんだ。

 私を針の筵に置く無数の視線が、その|疑問《答》を物語っている。彼等に真実は必要がないのだ。真実を必要としないことも、必ずしも悪ではないのだ。

――嘘は、本質、悪いことではないから。

 嘘が悪いことなのではなく、誰かを欺いたらみんなが迷惑するから《《悪いことにしておこう》》って、みんなが決めただけじゃないか。嘘を吐いたら病気が進行するとか、嘘を吐いたら寿命が縮むとか、嘘を吐いたら親が死ぬとか、嘘を吐いたらワインが腐るとか、嘘を吐いたら作物が枯れるとか、嘘を吐いたら天変地異が起こる、なんてことはない。嘘は〝Sin〟ではなく〝Guilty〟というだけなのだ。嘘を吐いたことを裁くのは神様でも閻魔様でもない、嘘を吐いたことを裁くのは、人《《間》》だ。

――悪いことは、嘘を吐くことじゃない。みんなが迷惑することだ。偶然、一致することが多いだけ。

 湧き上がりかけていた姫への怒りは急激に冷えて石に戻った。その石はでも、自分でも驚くくらいに綺麗な石だ、透き通っていて輝いている。嗚、もしかしてこれは私が欲しかったものかも知れない。
 クラスメイトの視線は完全に私を悪役に仕立てている。嘘を吐いたのは私の方で、その嘘で痛みを被った姫は被害者。被害者を庇う彼等は人《《間》》。暗黙的合意。
 |若狭《ひめ》はみんなに囲まれて人《《間》》の一員であったし、周囲の人間たちもそうして人との関わり合いの中で人《《間》》だった。|若狭《ひめ》の嘘は、誰かの(少なくとも若狭自身の)幸せを作り出しこそしていたが誰も不幸にはしていなかった。みんなが認めれば、それは悪じゃない、たとえ嘘であっても。
 私は若狭の嘘を暴いて《《いい気》》になっていた;でもそこに何の意味だって無かった、いや、迷惑と被害をして罪や悪を浮き彫ろうというのなら、彼女の嘘を暴露することの方が、余程に悪だ。人の《《間》》に入れずに、人間じゃなかったのは私だけ。悪は、私だ。

 もしかして、姫の足が嘘だってのを知らなかったのは、私だけだったんじゃないのか?

「はっ、そっか」

 嘘が悪いことだなんて、誰が決めたんだ。そうだよ、私はそれを、欲していたはずなのに。

「悪かったよ、くだらない茶番こいて。面白いと思ったんだよね、ははっ」

 〝悪〟は、私が決めたことじゃ、ない。

「私、|姫《若狭》に謝ってくる。安心して、|このムラ《クラス》を崩壊させたいわけじゃないから」

 ジェヴォーダンの獣は裁きの代行者だ;人間に飼い馴らされ、悪を食い殺すために遣わされた、巨大な獣。喉元を喰いちぎるその顎は、何を暴く。その顎は、何を謂う。

 復讐心を欺瞞した正義を翳して、私は若狭を断罪しようとしたのだ。だが、裁かれたのは、私だった。私の、不埒な復讐心が、悪だった。かくあるべき断罪が下されただけ、獣は放たれた。何も間違っちゃいない。私は、照らそうとした。獣は、私を喰いに来たのだ。



§ § §

09:セカイノオワリ

 階段が多い校舎内だ、車椅子での移動では速度が出るはずもなくすぐに追いつけると思ったが、存外にその後ろ姿を捕まえることは出来なかった。だが彼女がどこに行ったのか私には無根拠な確信がある、追いつくことは出来なくても合流は出来るだろう。
 何故、若狭がそこを目指しているとわかったのか、理由など無い。でも。

「いやがったー
「……今泉さん」

 鉄扉を開けたところに乗り捨てた車椅子、彼女の姿はない。菱形鱗状に刻まれた空、閉ざされたままの網戸の向こうに、若狭は立っていた。いつか私がそうして彼女を通したように、若狭は金網を登って越えたのだ。自らの脚で。

「これ越えたんだ、上等じゃん」

 網戸の鍵は開けられていない。若狭の姿を追うように私もフェンスを踏み越えるべくフェンスに取り付いた、私がフェンスをよじ登っている間に、いつもは車椅子に座って折り畳まれたままの脚を今は真っ直ぐに伸ばして、防水塗装で銀色に光る屋上床を踏んで歩いていた。どこに向かっているか。「こうしてみると、結構背高いんだな?」何を言ってるんだろうか、私は。声を書けずにはいられなかったのだ、彼女が迷いなく真っ直ぐに足を運んでいたのが、件の、屋上縁部のフェンスの切れ目だとわかったから。

「置いていかないでよ、姫。」

 ようやく私が彼女と同じ地平に立った時、彼女は私に向き合って翡翠の目を私に向けて《《口を開いた》》。

「やっぱり無理だった」
「……ちゃんと声出して喋れるんだね。足だけじゃないんだ、驚いた」

 驚いた、いや、呆れた、違う、なんかそれも飛び越えてしまってよくわからない。こいつ、歩けないだけじゃなく喋れない、と思っていたのに、歩ける上に喋れるなんて。歩けて喋れることは人間としては何も変哲のないことだと言うのに、若狭が目の前に立っていて私の名前を呼んだことに、私は包み隠さずに言えば、狼狽えてしまった。

「でも、いいのかな人魚姫、歩けることを知られるのに耐えられなかったってのに、口が利けるなんてことまで私に知られて?」
「もう今泉さんの前で嘘を吐く必要はないから」

 若狭の顔は、車椅子で一言も口を利かないときの青褪めた様子ではない、ただ立って屋上の日の光を浴びているだけで目を疑うほど血色を取り戻したように見えるし、何より初めて聞いた彼女のことばは五十鈴鳴の様、私の腕の中で小さく声を絞り出していた(今考えればそれは絞り出していたのではなく噛み殺していたのかも知れないが)のが思い出されて、胸の中がぞわ〳〵震えた。

「……そいつは何より。姫、何でこんなところに来たの?」
「思い出の場所だから」

 そんなこと、即答しないで欲しい。だったらなんであんなこと、それにその足。
 網の外れた屋上の端に上履きのゴム底が歪んでいるのが無性に気になって、視界の中で不自然に画素の粗いデジタルズームで引き伸ばされる;わずかにでも彼女の体重が移動する毎にゴムの溝は形を変えて歪み直し、そうして形が変わる度に彼女がひょいとそこから飛び出すんじゃないかと思えて目が離せなかった。背を冷たい汗が伝う、「なんで」「やめてよ」「なんで」「わるいのは私じゃないか」「なんで」。だがその言葉を発することが、逆説的に彼女がそれを飛び越えようとしている事実を認めてしまうように感じられて、制止の言葉はいよ〳〵喉から出てこない、制止の言葉自体が最後突き落とす手になるような気がして。

「エンディングに相応しい場所だと思いませんか?」
「下、みんな見てる、今の若狭のことを。《《お姫さま》》の面目躍如ってところ? エンディングには、まだ早いよ」
「自分の声で喋り、自分の足で立てる私はもう、姫なんかじゃないわ。」

 校舎の崖下から、自分の脚で校舎の縁に立つ若狭に気付き驚いた表情で見上げる生徒。生憎私の後ろにギャラリーはいない、いればこの茶番劇の特等席だって言うのに。

「……それに、今泉さんほど、強くもない」
「誰が強いって、目医者にいきなよ?」
「眼科でもこの病は治せない」
「まさか目まで不治の病だなんて嘯くんじゃないだろうね。脚も喉も嘘だったんだ、今更信じない。何ならお医者に、一緒に行ってもいいよ、だから」
「嘘なんかじゃありません、この病は本物、恋の病。そうでなければ私、声がなく、歩けもしないこの体を引きずって、あなたを追いかけたりしませんでした。」
「そんな科白、マジな顔で言える人初めてみたよ。それに、追いかけられた覚えはないよ」

 私が、追いかけていたんだから。
 彼女は苦い表情で目を閉じる、なんだか痛々しい。私は若狭にハメられた形だ、おかげで元々お世辞にもいいとは言えないクラス内の立場がより一層ヒリついたものに変わったし、明日から私は完全に悪者扱いだろう;若狭の支持率は圧倒的だ。でも、それでも今は、そんな事はどうでもいいと思っている自分がいる。

「喋れない歩けないなんて、姫は|人魚姫《リトルマーメイド》か何かのつもりだったのかもしれないけど、若狭の中の人魚姫のお話は王子の胸にざっくりナイフを突き立てて元いた海に帰りましたって結びみたいじゃん。姫は結局、心地のいい|その嘘《姫》をやめられなかった。|海《嘘》から出たりするべきじゃなかったんだよ、それが身の丈。そうさせたのは、私だった。私が無理矢理に。ごめん」

 どうしても若狭を責めるような口調になってしまう、私もハメられたという短気に駆られているか。そうしてそれを口にするたびに、私が責められた立場じゃないことを思い出して、私の言葉は彼女と一緒に自分も刺し殺そうとしてしまう。本当はそうしたいはずじゃないのに。それに、彼女の足元が、早まった動きをしないかどうか、心臓が締め上げられる様な気分だ。
 でも、当然だ、だって私が彼女に差し出したのは人魚姫を人間に変える真実の愛ではなく、復讐心だったのだから。私にだって、彼女を責める資格があるとは思えなかった。

「今泉さんは私と同じ、《《自分が一番可愛い》》んです、どんなに愛する他人でも、他人は自分の次以下だから。これは、仕方がなかったんです。私の身の丈は、これ」
「若狭」
「今泉さんは、私にとっては私の次だから」

 それは、嘘偽りのない本音だろう。彼女の嘘は、自分を絶対の真理に留めておくための、ぎり〳〵最後の手段だったんだ。彼女の言葉が、乾いた砂に撒いた水みたいに、心臓に染み込んでくる;私には防ぐことさえ出来ない。
 繕いのないありのままでは自分の価値を築けない、自分で自分の価値を叩き上げることも出来ない、それでも自分を路傍の石に諦めることも出来ない、耐えられない耐えられる筈がない。だって私達はいつでも一番にそれを求めているのに。
 嘘は取りうる最後の手段だった。それは私と紙一重、ウリをやっていなければ私もそっち側だった、パパ達に買ってもらうまでは本当にそうだった。〝映え〟や〝きらきら〟をでっち上げる程度で済む渇きなら、苦労なんてしない。身の振り方なんて構っていられない、だってそうしなければすぐにでも泡と消えてしまう、私達は|幻想《少女》なんだから。

「若狭、ああそうだよ、私もおんなじ。私と若狭は、同類。だったら、同類同士、お互いに出来ることをしよう。」

 私が言っている言葉を聞いていたのか聞いていないのか、全くそれに答えるのでもなく文脈の通らない返答を、姫は始めた。

「あーあ、なんか、すっきりしました、折角チャンスを貰ったのに、結局私は嘘を取り下げられなかった、そのことが、逆に。怖くて足がすくんで、味方でいてくれるっていう人の言葉も信じられなくなっていた私は、人魚姫なんかじゃない、変われなかった。私こそ、嘘吐き狼少年に相応しい」
「人魚姫のお話は、もう終い。狼少年の話も、もう懲り懲りだよ、そうでしょ? だったら次は、別の話の始まり。私は、こないだの姫が、もう一回、欲しい、だから……」

 いつの間にか睨みつけるように凝視していたかも知れない、姫の顔をではない、その足の力のかかり具合。やめて、さっきから何回も、力が掛かり直してるの、見えているんだから。

「私が悪かったよ、ごめん、本当にごめん。無理に変えさせるなんてこと、させるべきじゃなかった。それは、私が一番わかってたことなのに。もう、やめよ。しなくていいよ。姫は、人魚姫だ、でも、死なないやつ。」

「でも私の人魚姫は、終わらないといけないんです。いい加減、幕引きも退屈そうにしてる。邪悪な人魚姫が優しい狼さんに食べられたなんて、いいエンディングだと思いませんか?」
「何言ってるの、そんなことないよ、そんなこと……若狭、バカなことは……」
「お手紙、出しますね」
「は? 手紙って何……ねえっ!!」

 以前、私が突き落とそうとした|空と海《世界》の境の隙間の向こうへ、彼女は自ら足を踏み出す。彼女は私に向けて、何かジェスチャーをしてみせる。人差し指と親指で作った狼の顎が自分の喉を喰いちぎるみたい、|彼女の人差し指と親指《獣の上顎と下顎》が、喉の前で合わさって、胸元へ下りる。
 |手《顎》を首元から胸元へ下ろす仕草と同時に、その体は、世界を、降りた。

「さよなら」



§ § §

10:痕

 〝今すぐ会って〟
 私からメッセージを送ることなんて無い、いつも望月さんから「今夜会える?」と貰うのに合わせているだけだったから。初めて、パパに向かってお願いメッセージを送った。

「どうしたの、珍しいじゃないか。ブレンド一つ。あと《《込み入った話をするから邪魔しないでくれ》》。」

 望月さんは私からは絶対メッセージを送らないとわかっていたはずだ。だからだろう、平日の夕方なのに、すぐに来てくれた。
 いつも待ち合わせに使っている喫茶店「ドゴール」、窓に向いた二人用カウンター席、一番左。この喫茶店は適度に落ち着いていて適度に空いていて、適度に人がいる。席同士に高い仕切り、最悪でもゆったり距離がある。客同士が何を話していても聞かないふりをする空気がある。店員も干渉しない。商品単価が高いのでヤバいのは来ない。都合のいい場所だ。周囲には私達以外にも訳アリっぽい客や、裏がありそうなお一人様がいる。

「望月さんこそ、こんな時間に来てくれるんだ。ありがと」
「カゲロウがあんなふうにメッセージくれたの、初めてだからね」
「ふふっ、嬉しい? 舞い上がってる?」

 横に座った望月さんに寄り添って腕を絡めた。頭を腕にくっつける。タバコの匂いがする。体温。輪郭。

「エッチしよ」
「え、これから? まだ」
「タダでいいから。ね、ホテル、いこうよ。セックス、して。朝までコースでさ」

 私の態度に、望月さんは流石に違和感を感じたらしい。

「……どうしたの、カゲロウ?」
「どうもしないよ」
「どうもしないことないだろう、なんか変だぞ? |蜉蝣《カゲロウ》みが出てる」
「いいじゃん、タダで女子高生抱けるんだから。ヤっとこうよ、ね?」

 急に親みたいな嗅覚、やめてよ。パパは、私の安全地帯なんだから。彼女が飛び降りたあとに残った車椅子の映像、そのときに吹いていたやたらと爽やかな風、空の青い様が思い出される。腕を掴む力が強くなってしまった。

「カゲロウ、どうしたの」
「どうもしないったら。私だって、たまってんの。ね、タダでいいって、ほんとだから。嘘じゃないよ。いっぱいサービスしちゃうし」

 と言ったが、望月さんはコーヒーが届く前に席を立った。
 え。やめてよ。ねえ、置いていかないでよ。

「金も払わずにこんなガキと寝られるか。買ってるから遊べるんだ;タダなんていうなら、帰らせてもらうよ」
「金の匂いがする女の方が良かった? お金ならあるよ、そういうの好きじゃないだろうからってつけてないけど」

 縋るような情けない声になっていたのが、自分でもわかってしまった。その間に給仕がコーヒーを持ってきたが、望月さんはそれを手で受け取ってテーブルの上に置いて、伝票を受け取っていた。

「何を身に着けてようと、君から金の匂いなんか、するもんか。大人を見くびるなよ|カゲロウ《ガキ》。子供が〝今〟と〝体〟と〝魂〟を削って必死に得たかけがえのない尊い金なんてものはな、大人にとっては価値の薄れた時間の割のいい対価でしか無い薄汚れた金なんだよ。ずるいだろう、俺とカゲロウでは一万円の価値が、全然違うんだよ。」

 しってるよ、しってるよそんなこと。でも、お金が欲しくて、パパたちとセックスしてるわけじゃない。そんなことも、パパ達はわかってくれてると思っていた。

「なに、それ……なんで今更そんなこというのさ。本当の父親でもないくせに」
「承認欲求の道具になるのは望むところだ、でも、自傷行為の刃物になるなんて、願い下げだよ、そういうのは、《《もう懲り懲り》》なんだ。何があったんだかなんか知らないけど、何かがあったってことくらいはわかる。これでも家に帰れば親だからね、子供が何かをごまかそうとしているのなんて、一目瞭然だ」
「ずるい」
「お互い様だ、こんな関係お互いにズルくなきゃヤってられない、そうだろう?」

 望月さんは、それでも話を聞いてくれるつもりになったのか、あるいは父親ぶって説教をするつもりになったのか、伝票をテーブルの上に置いていつもの高そうなレザーのビジネスカバンを荷物置きに滑らせてから、席に着いた。

「俺がカゲロウに無用に立ち入ろうとしてることはわかってる。カゲロウがそれを望んでないことも知ってる。カゲロウが俺にくれているものが、カゲロウにとって欲しいものとの交換になってる。デートの度に渡してる金なんて契約更新料みたいなもんで、交換契約とは本質的に関係がない」
「難しいこと言わないでよ、私頭悪いって知ってるでしょ」

 実際にはその通りだ、でも「そうだね」と答えられなかったのは、そんな事は承知の上で続いている関係だとはどこかでわかっていたのに、それでもこれが私にとって割のいい金稼ぎではなく私の方こそ金以外の何かを求めて離れられないでいるということを、パパ自身から突きつけられたからだった。

「……たまには頼ってくれってことだよ、親しい人には言えないこともあるだろ。他人に向けて老婆心をぶちまける側にも、快感があるもんなんだよ。年に数回気が向いたときにしか参加しないボランティアサークルみたいなもんだ」
「ボランティアって……まあ、そうかもね」

 反論しようとしたけれど、パパ活のことをボランティアだと表現して茶化したことがあるのを思い出して、それ以上何も言えなくなってしまった。

「何があったのか、教えてくれよ。ホテルに行くかどうかはその後に決めてもいいだろ」


 もし狼少年に、そんな遊びをしなくても気が済むような仲間がいたなら、あの話はどうなっていただろう。狼が来たことを真っ先に教える見張り役を仕事としてどこかの牧場が買っていたら、彼は徒に嘘を言って遊んだりしなかったんじゃないのか。嘘は、言う側の方だけが悪いのか。
 けど、私じゃ救えなかった。それどころか私も悪い方の環境に変わってしまった、わかっていたつもりなのに。狼少年の話には、そんな逸話も埋まっているのかも知れない。


「……俄に信じ難い話だね」
「別に信じなくていいよ、信じて欲しくて話したわけじゃないもん。聞いて欲しかっただけ」
「最初からそういえばいいのに、セックスなんかで釣らなくても」
「私には、それくらいしか、払える価値がないから」

 あ、言っちゃった。これ一番|他人《パパ》に言いたくないことだったのに。でも、一番いいたかったことなのかも知れない。

「最初の話を聞いてなかったのか。ボランティアをする方にも快感があるんだよ。毎回じゃないぞ、気が向いたからやっただけ。それに、その話を聞いても俺に出来ることは何もないよ。ただいつもは誘ってこないような子がいきなり〝セックスしよ〟なんて誘ってきた理由が知りたかっただけだ」
「……ありがと」
「それにしても、カゲロウが両刀だったなんてね。あ、もしかして俺とするのはホントはあんまり好きじゃないとか」
「いや、そこ……? えー、うん、自分でも意外だったんだ、望月さんとするのは、好きだよ?」

 友人の飛び降りを目の前で見たなんていう話、その原因が自分だったなんて話、聞かされて、でもこの大人は何も諭さなかった。責めないし、教訓も求めないし、慰めもしない。常識的な大人ならこんな対応は教育上よくないとでも言うだろうか、でも、私は欲しいのは、これだ。

「あーもー、これじゃ私がただ面倒かけてるだけじゃないー」
「たまにはいいだろ」
「やだ。私はね、これでもパパ達と対等な商売をしてるつもりなの。たとえ価値が違っても、〝いちまんえん〟は〝いちまんえん〟。セックス一回はセックス一回。」
「はいはい」

 完全に子供扱いだ、でも他人で子供相手だから、私の望んでるような半ば無関心に頷いてくれるのだ、それでいい。それで。大人の意味もわからないまま早く大人になれと急かされるより、遥かにいい。
 「うーん、そうだなあ」望月さんがやや苦い顔で、私を見た。あんまり、見ない表情かも知れない。

「じゃあ代わりに俺の話も聞いてくれるかい」
「え、うん。いいよ」

 意外な提案だった、でも、望月さん以外のパパから、妻との痴話喧嘩の話だの、娘さんの話だのを聞かされて「うんうんそーだねー」「よしよし」ってしてあげたことはある。パパたちだって解決策を求めて私に愚痴ってるわけじゃないんだ。いつも包容力?のある望月さんにもそういうところがあると思えば、内容自体にも少し興味があった。何より、今は何でもいいから、自分以外のことを考えていたい。

「今なら、幾らでも話し相手になってあげられる気分。奥さんの愚痴でも聞こうか?」

 はは、と乾いた笑いを見せる望月さん、どうやら違うらしい。望月さんはすぐに話を切り出さずに、切り出しあぐねているみたいにタバコに火をつけた。一つ、二つ、と息を吐いて、わ私に当たらないように煙を上に吹いて。ようやく口を開いたときには、望月さんは私の方を見ないで、コーヒーの水面に目を落としたままだった。

「ウチの子は、障害者でね。」
「……は?」
「ダウン症。軽度ならいいんだけど、《《頭》》の方に強く出ちゃってね。」

 望月さんのことは、奥さんがいるってことくらいしか聞いたことがなかった。そんな些細なことでも、ただセックスするだけの仲なら余計な情報だ。何か痴話が聞けると思って気晴らしにはいいかと思ったのに、まさか、障害児だなんてそんな言葉が飛び出してくるとは思ってなかった。

「それで、最近、障害者が何人も殺された事件があったろう」
「うん」
「あれを見るとどうにも複雑な気分になってしまってね」

 複雑な気分なのは、こっちの方だ。話を聞いていなかったのか、なんて、私の台詞。障害者だの精神異常者だの、自己愛だの、既に口から出たあとの言葉の亡霊が望月さんの背後から私を見ている。

「カゲロウと同じくらいの歳なんだけど、小学校低学年程度の学力しかない。精神的にもそう。障害がなければ、カゲロウみたいに可愛くて優しい子になってたのかなって」
「誰が……優しいのさ……」

 大人って、これだからキライ。子供の弱点を虐めるのが、上手。

「娘を、愛してないわけじゃないんだ、むしろすごく愛してる。産んでくれた妻にも恨みなんてない、今でも愛してる。二人とも抱きしめていて幸せを感じる。小学生くらいの子の無邪気さがずっと残ってて、それがすごく可愛いんだ。この子のために頑張ろうと思える。それでも……疲れることもある。特に、将来を考えたときにね」
「そういうときに私を呼んでるんだ」
「否定はしない」
「外で女子高生買っといて、家族を愛してるなんて。とんだ嘘」
「……そうだね、本当なのかどうか、俺にももうよくわからない。嘘と本当の境界が、曖昧になってる。歳を取ると、そうやって卑怯になる。これも、自己愛のなす歪な適応なんだろう」

 「自己愛」なんてワードでアンテナを立てていると障害のことはいくらでも網に引っかかるし、その流れでダウン症のことも、少しはかじっていた。色々な見方や論はあるんだろうけど、結局親が、健常者の親とは違う経験をする必要があるという点に違いはない。それが幸せになることも、ストレスになることもあるだろう。

(将来を考えると、ストレス、か)

 ざっくりと刺さった。自分で自分を守ろうとするやり方にある種の確信はある、でも自分で守れるのは「今」だけなのだという不安はいつでもつきまとっていた。将来、この体が売れなくなったらどうなる、このままでどこかに修飾なんて出来るのか、結婚なんて。

「障害者」

 その言葉を意味もなく口の中で転がしてしまう。
 自己愛の強すぎる人間、ある言いは自己肯定をがむしゃらに求め続ける姿勢は、記号化されて丸められ、その先にある「障害者性」に押し込められる。そこまで行かなくとも、面倒くさいやつ、変なやつ、気持ちの悪いやつ痛いやつ近寄りたくないやつ、なんとでも言われる、この世のありとあらゆる罵倒の言葉を受け入れる口になる。社会とのギャップを感じるのに、障害者手帳なんて要らない。それが無いからと言って誰もが健全な精神状態で生きてるわけじゃない。障害者なんて、普通じゃなければ誰でもそう「される」。居場所はない、あるいは偽ってでも作る必要がある。私も、姫も、そうだった。

「カゲロウが俺のことを何でも話せる都合のいい大人人形として感じているのと同じ様に、俺はカゲロウのことを娘のIFを投影する娘人形として、買ってる」
「娘と寝たいの?」
「いや、それは、別」
「男って……」

 私も、姫も、そうしないと生きてこられなかったのに、そうして出来上がった人間は未来永劫異常者扱い、そんなの理不尽すぎる。私はそんな自分をそれでも自分で守ろうとしたし、姫もそうだった。その気持ちは今でも変わっていない。望月さんも、そうなのか?
 防壁に囲まれた領域として確保していたパパ、でもそのパパに、障害者との接点があるとわかってしまって、なんだか急に……無理になった。無理、の意味がよくわからない。怒り? 悔しさ? 恥ずかしい? 落胆? 恐怖? 同族嫌悪? どれかよくわからない、全部かもしれない。 全部ひっくるめて「無理」。急に、無理。

「前言撤回。娘の代わりにされるなんて、金貰ったって御免だよ。これ以上娘さんの話をするなら、帰って。性欲の捌け口になるのは望むところ、でも、娘の健常マネキンになるなんて、願い下げ。私は、私こそその〝異常者〟なんだ、それを受け入れてもらうために体売ってんだ。望月さんが、《《そう》》なら、もう無理」
「すまない、|大人気《おとなげ》なかったよ、こんな話をして。でも、大人になったってこんなヤツは、いるのさ」
「そうなんだ……」

 私は望月さんに〝無条件の居場所〟を提供されていた。きっと望月さんにとっても私はそれだったのだ。そんな背景を知らずにいたからこそ私は望月さんの健常娘マネキンとして機能していた、私との時間は気苦労を捨てて安心できる領域だったのかも知れない。私が提供してもらっていたものと、全く同じだ。
 私の話を聞いた上であんな話を私にぶつけてきたってことは……私の取るべき対応は、別だったのかも知れない。

(ダウンの子は人懐っこくて明るくて天使なんて言う人もいるらしい。それと比べれば|自己愛厨《私》はきっと、悪魔だ。私は、人を殺しだって、したのだから)
「呼び出しといてゴメンだけど、ホテルは、ナシ。代わりに、このあとご飯でも、どう?」
「茶飯だといくらだっけ?」
「商売は御免だって言ったでしょ? 別カンジョウだよ、別カンジョウ」

 望月さんとは、それきりになった。私から呼び出すのは異例だったが、彼からの呼び出しもなくなった。連絡先が切れてるかどうかの確認さえしていない。ついでに言えば、もうウリもパパ活も、続けられる気がしなかった。
 私は、望月さんの居場所をぶち壊した。私が姫のことを話して、そんな重苦しいことまで丸々認めてもらおうなんて、思い上がったからだ。あるいは、望月さんが娘さんのことを持ち出したときに「そんなあなたを受け入れるのは、自己愛のカタマリ女なんだよ」って言えてしまえば、よかったのかも知れない。でも、出来なかった。そうすべきだったのかさえ、わからない。私はやっぱりただのガキなのだ。
 私は姫を失ったついでに小さなコンフォートゾーンを失い、望月さんもきっと同じものを失った。全部、私の、自分の、せいだ。今まで私の不安定な、望月さんの言葉を借りれば「蜉蝣みたいな」世界の、危ういバランスを壊したのは、他でもない自分自身だった。それに周囲を巻き込んだのだ。

「……これが、自己愛の強い人間の、弊害かあ」

 裁きの獣は、思い上がった人間を食い殺す。



§ § §

11:LOVE LETTER

『今泉さんへ』と書かれた手紙が送られてきた。消印は彼女が飛び降りた日だ。《《決めていた》》のか。

「……口があるなら、口でで言えよ、ばかやろう」

 あの時、確かにみんなが姫を見ていた;それもただの姫じゃない、車椅子を降り屋上の縁に自らの足で立った姫の姿だ。だのに、そのことを誰も取沙汰しない。姫が歩けたという事実を認めない、学校中の噂では私が無理に車椅子を立たせたことで転落したという話になっている。

「おい」

 教師が呼んでいる。その後ろには校内の風景には幾分浮いて見える堅いスーツ姿の男が二人、立っている;スーツを着る教師もいるが、それと佇まいを比べるのも気の毒だろう。かといって警察というわけではなさそうだ。きっとジドウなんとか施設とか言うやつの人間に違いない、用があるのは、彼等だろう。警察の姿は昨日で見飽きた、もう話もしたくねえ……話してしまいそうになる。

「なんスか。こう見えても私忙しいんですよね」

 用件は明らかだし私は別に忙しいわけでもないがシラを切ってみる;それで逃れられると思ってのことではないし、逃れようと思っているわけでもないのだが。ただ「はい」と言って素直に向かうのがバカバカしいだけだ。もう若狭のことを話すのには、疲れた。

「今泉さん。少しだけ、お話を聞かせてもらえる?」

 男性ではなく、心なしかわずかに後ろに立ち回っているようだった女の方が私の名を呼んだ。学制内でほとんど耳にすることのなかったその言葉。私の耳にまだ焼き付くように残っている最後のそれを、こんなヤツに上書きされるなんてまっぴらごめんだ。私は手で耳を塞ぐようにして歩いていく。その仕草が大人共には「面倒事は聞きたくない」の主張に見えたのだろう、教師は呆れた表情を浮かべ、客人二人は少し困ったようなフワついた仮面を被った。
 私の話を聞きたいという女の、傷んだ醤油に気抜けたコーラをブチ込んだような声が、鼻につく;くせえんだよ、そのうわっツラが。

「……なんです? もう話すことなんて無いんスけど。そこで突っ立ってる教師とケーサツに話したことが全部っスよ。」
「ここじゃ何だから、ね?」

 ね、じゃねえよ。これからピでもホテルにでも誘うみたいな言い方、声色「子供の警戒心を解くための」という押し付けがましさが露骨でムカつく。私は確かにガキだけどさ、玩具をチラつかせてアヤしてもらうほどじゃない。

「背小さいね、あんた」
「えっ?」
「で、指導室? 別ンとこ?」

 私は三人の横をさっさと摺り抜ける。男の方が言うに、場所を移したいらしい。下に車が用意してあるからと、早足で私の横に並んだ。逃げるとでも思ったのだろうか。態々仰々しいな、私は何もしちゃいない、逃げも隠れもしないってのに。

「私が突き落としたとでも思ってるんスか」
「そうではないの。ただ、今泉さんは若狭さんと親しかったって、他の生徒から……」
「〝親しかった〟、はははは!! そいつは傑作、それを言ったやつは将来コメディアンにでもなればいいよ;四畳半の城が一生添い遂げてくれるわ」

 正面玄関は来客用だ、そっち玄関を促されたので正面玄関へ向かうとご丁寧に私の靴が揃えてある、一緒にカバンの果まで置いてあった;思わず舌打ちが出る。

「カバンの中は個人情報でぎっしり、私の以外のもね」
「見られてまずいものでも入っているのか?」

 教師が揚げ足を取ろうとしてきたので反論しようとしたが、女が割り込んできた。

「〝中は開けないでそのまま持ってきて欲しい〟って、こっちからお願いしたの。今泉さんを疑ってのことじゃないから」
「お気遣い痛み入りますよ、っと」

 正直カバンの中身を見られては、不都合だった。スマホの中がそう簡単に見られるとは思っていないけど〝|客《パパ》〟の情報がまだたくさん入ってる。何より、あの手紙はまだ、カバンの中に残っている。見られていなくて、ホッとした。
 靴を引っ掛けて外に出ると、見慣れない車が確かに停まっているのが見えた。私がとっととその方へ向かうと認めると、横にピッタリと付いてきていた男が半歩後ろに位置取った。それでも逃げるかもしれないと思っているだろう、ぴり〳〵とした空気は伝わってくる;勝手に張り詰めてなよ。
 通りがけに、何か騒がしい一角が見えた。人がいて騒がしいのではない。いつもは何も無い空間に、目障りなほど目立つものが鎮座している:祭壇だ。
 さめざめと花ざかりを誇る祭壇、有り合わせの粗末な長机の上には、シミひとつない純白の布:まるで綺麗に取り繕ったよう。下は泥だ、毎日生徒達が踏み付け時には散歩犬のクソも落ちているような、傍に死体さえあった、穢れた地面。それも今、被せられた白い薄膜たった一枚で上等綺麗に飾り付けられて、その嘘をすっかり悼んでいる。知ってるよ、あの後しばらくして、あの場所は掃除された。徹底的に綺麗に掃除された、痕跡など残さないという意思が見えたなら、いったい何を悼んでいる?
 ご丁寧に火の灯った蝋燭燭台まで立っている、祭壇の両脇には火の番なのかマスコミ対応なのか、警備員まで配置されていた。

「……ちょっと、拝んでってもいい?」
「え、ええ」

 私がそう言い出したのを意外に思ったのか、少し驚いたように許可をくれた。嘘が山盛りになった祭壇の前に私が立つと、私の両脇で施設の人間も手を合わせている。でも、私は手を合わせるために祭壇の前に来たわけじゃない。カバンを開けて、中を探る。あった。
 自分自身よりも大切で守りたいものが、こんな形で、出来ちゃうなんてね。

「あんたは〝姫〟のままでいればいい。こんな手紙で赦しを乞う奴じゃ狼少年には、なれないだろうからね」

 見つけたそれをカバンから取り出し、私は蝋燭の火に焚べる。

「えっ」

 一度着火すると、それはあっという間に燃え上がった。もう消えないだろうというところまで火の手が大きくなったところで、アスファルトの上に放り捨てた。

「今泉!」
「近寄るなァ!!!」

 教師がその手紙を拾い上げようとしたので、私は、腹の底から叫んでそれを静止した、まるで人間じゃない、獣みたいな咆哮が、出た。横にいた女もそれを拾おうとしたが、まとめて怯み上がった、決心が違うんだよ、クソ大人共。
 アスファルトの上でみるみる灰になっていくそれに手をこまねく大人共。読みたければ踏みつけてでも消せばいいのに、きっと気後れしているのだろう。そうしたところで、もう手遅れだろうけどな。
 〝手紙〟はすっかりと灰になって、ごく小さな燃え残りだけが地面に張り付いている。文字ももう読めやしないだろう。

「何を焼いたの? それ、もしかして」
「証拠。これでもう、嘘を見破る手段はなくなった」
「嘘…? 証拠……!?」

 野次馬共が集まってくる。説明を求めるように大人三人が私を取り囲んだが、関係ない。
 燃え尽きた手紙と、狼狽える大人共を尻目に、私は偽りの哀悼が盛りつけられた虚しい祭壇に向けて嘘偽りのない言花を供えてやる、投げつけるように。

「自殺を美談に利用するんじゃねえよ、雑魚。おっと、人魚姫にはもう、自分で立ち上がる足はないね、はは! 若狭の望んだ通り、結構な始末じゃない? 今は風の精霊にでもなって私を見下ろしている? 私は、ギロチン刑だろうけど!」

 姫の人魚姫も、もしかしたら狼少年も、終わったんだろうけど、私の狼少年はまだ終わってなかった。でも、これで終わったよ。姫は、姫のままでいてくれればいい。
 周囲に幾つか生えていた、好奇の目に口の付いた妖怪共が、私が笑うのを見てざわついた。哀れな奴らだ。あの時見た姫の姿を認めないなんて。見ていたくせに、見ていなかったことにするなんて。お前らの嘘は、まだ終わらないか。馬鹿め。人間は、全部、化け物だ。獣はどっちだ、何が裁きだ。

「飛び降りたときの若狭ったらさ」

 飛び降りる直前、自分の足で立ち、震える声で私の名を呼んだあいつときたら、ほんとうに――

「最高だったよ」

 わらいが、とまらなかった。



§ § §

12:まだ見ぬ君へ

「姫ー、里出て遊ぼうよお。何でもこないだ温泉が出たところに上等なお宿がいっぱい出来てて街みたいになってるんだってさ。」

 性懲りもなく姫を里に誘っている、諦めないなあ私も。
 姫にとって湖の中が心地いいのは知っている、けど、こんなところで小さく過ごし続けて欲しくない。誰よりも、私が姫を、認めてあげるんだ。姫自身よりも。

「ねえん、温泉だったら姫でも楽しめるじゃない? いこうよお、いこうよぉー」

 姫の住む深淵の水面に顔を出した数少ない岩の上にひょいと乗って、姫を見る。ここからだと、どうしても姫を見下ろす高さになってしまって、本当は嫌だ。

(水から出て来てもらえれば、おんなじ目線でいられるのになあ)

「またそれですかあ? 何度誘ってもらっても嫌ですよ、私はここがいいんです」
「むー」

 こんな高い視線から口で言ってるだけじゃ、やっぱり、わかってもらえないよね。

「こんどは私が飛び降りる番だね」
「えっ?」
「ちょいやー!」

 私は足場だった岩を無駄に強く蹴って高く飛び上がり、これも全く無駄に空中で縦に一回転、二回転、捻りを加えてまっすぐ……になるほど高くない、伸びる前に頭から。
 ばっしゃーん

「……なにやってるんですか」
「あっ、やば、やっぱここ深っ、足つかない」

 犬かき×2。
 まあ私が普通に溺れ死ぬようなフィジカルでないことは姫も知っている、突然水に飛び込んだ私を見てもただ呆れたような視線を呉れるだけだ。でもこうすれば姫とおんなじ目線、今度は姫の方が《《立ち上がって》》くれても、いいじゃないか。
 姫のすぐ傍まで泳いで、手を取る。まっすぐ翡翠の目を見て、口説きモード。

「やっぱこの距離で、姫の顔、見たいじゃん?」
「カゲちゃん……♥」
「決まりだね、姫。安心しなよ、私がちゃんとえすこーがばごぶげfpふぁsdんkjgふぁ」

 いきなり足を何かに掴まれて引っ張られ、水中に引きずり込まれる。あっ、これ姫の尾ビレ……。
 結構深いところまで引っ張られた、その間も姫は上半身を水面に出したまま、魚体の下半身は暗くてよく見えない深淵に伸びていて尾ビレは更にその下からもう一度登るようにして私の足を掴んでいる。そのまま水の中の方が力が出せるとはさもありなん、凄まじい力で引きずり込まれていったけど、いい加減途中で解放されて私は慌てて水面を目指した。

「ぶはあっ! ひ、ひどいっ、割とヤバいとこまでキテたよ!?」
(姫、すげー長かったんですけど、あれワカサギってレベルじゃねーよ……)

 って、姫の方を見たら、姫ったら可愛い顔で照れてる。おお、かわいいじゃん?

「ひーめー? この仕打ちはひどくなぁい?」
「だ、だって……」
「お詫びとして一緒に人里お出かけツアーを要求する」

 まあ、姫の|居領地《コンフォートゾーン》に飛び込んだのは私の方なんだけどさ。私が迫ると、姫はする〳〵と目をそらした。

「……そんなに言うなら付き合ってあげてもいいですよ」
「えっ!? ほんとお!?」
「はい」
「ほんとにほんと?」
「本当ですってば」
「ほんとにほんとにほんと?」
「……やっぱやめよっかな」
「しょんなあ!」

 そんなやり取りはしたものの、姫はもう決めてくれたみたいだし、私もここで翻すなんてことはないだろうって確信のようなものがあった。「ほら、上がってください」姫の長い尻尾に優しく促されるように、陸に戻される私。拒絶、ではきっと無いだろう。その証拠に、そのまま姫が上がってきた。わあお、鱗が色鮮やかな衣に変化して、頭のてっぺんから足先まで、バッチリべっぴんさんだ。
 清水の舞台から飛び降りてずぶ濡れべしょ〳〵の私と違って、上がってきた姫の体にはしっとりした色気はあるもののべっちょり濡れて、なんかいなくて、え、何これ不公平じゃん?
 私が服を絞っていると、元魚のおっぽとは思えない綺麗な足で歩いて隣にやって来る。

「でも、道すがらに崖から突き落としたりするのは、やめてくださいね」
「自分の足で歩いて、自分の口で喋ってるやつに、そんなことしないって」

 そう、もうそんなことしないし、する必要もないだろう。自分よりも大切なものが、お互いに見つかったなら。

「崖から落としたりはしないけど、|恋《こい》には落ちてもらうかもね!」
「マジな顔でそんな科白言う人、初めて見ました。それと、私は|公魚《わかさぎ》ですよ?」
「……姫ぇ、それはオチとしてはどうなんだよ」
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パクリ元:映画「ジェヴォーダンの獣」/童話「嘘を吐く子供(オオカミ少年)」/童話「人魚姫」/他

イベント小説合同寄稿用に書いたけど容量超過したので没にしたモノです。
みこう悠長
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