真・東方夜伽話

永遠の手痛い愛も、それは止まることなく②

2019/09/17 04:11:23
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永遠の手痛い愛も、それは止まることなく②

みこう悠長
§ § §

 日常の通りに伽羅香を炊かずとも渋みのある甘い香りが立ち籠めていた;それが例えこの部屋に入ったことのない小姑、つまりそれが可能なのは|稚兎《ちと》と呼ばれる小姓に限られるが、この広間は日常的に香を焚きしめられていることが、そうした卑しい立場のものであってもすぐにわかるというものだった;この部屋に立ち込める芳しい空気はそれほどのものだ。さて広間と言ってもこうして敷き詰められた畳の数にして精々が十余;せせこましいわけではないが、決して広大な部屋というわけでもない。それでもこの部屋に漂う情趣は 貧相さとは縁遠く質素ながらも優雅なもの、敷き詰められた畳の表は全く焼けておらず、泥染めしたままの新品な青を艶めかせている;新品同様の畳は当然畳縁にも一切のほころびも見せていない;まるでまだ誰もこの部屋に入ったことがない、この畳の床を誰も踏んだことがないとさえ思えるくらいだ;そうして全く平らに広がる平面に見える極めて肌理の細やかな筋の有様は、それでいてしっとりと柔らかさも感じる表面は、その畳が通常よりも多くの藺草と何より腕利きの職人の技術を用いた最高級品であることも示していた。幾何学的に一定間隔で並んだ柱はシミひとつない無垢の白、木目すら全てが揃えられており尋常ではない手間と金が費やされた贅の極みであることを示している。
 部屋は正方形をしていた;というのはこの部屋の天井は細い梁によって七平方に区切られていたからだ。それぞれの平方一つ一つに細かな図画が描かれている;最外周にはヒエラルキをなぞって二十四の星神、二十の太星神、十六の星雲神、十二の稀星神、八の極星神、そして中央には天照星「月」の神が描かれ、見事な天井郡画となっていた。それらは希少色料を惜しげもなく使って描かれ、宝石や貴金属もふんだんにコラージュされているが派手さは抑えられており、豪華さと落ち着きを両立して部屋の雰囲気を作り出していた。図画それぞれはこの月都の王帝をモチーフにしていると言われているが、もはや何億年前の人物になるかもわからない;特に中央の月の枠に描かれた人物は月の始祖と言われているが宇宙の始原とともに語られるような荒唐無稽な神話でしかない;それでもこの月都では、それは事実として語られていた;殊、この殿上では。
 広間の奥側は一段だけ床が高くなっており、不自然に低い梁が横たわっていて御簾が……今は降ろされることなく物悲しげに上に留まっていた。奥に設けられた一層に尊厳を感じさせる空間には、今は誰もいない。床の低い方の空間の上手に一名の女性、下手には十名弱の人物が座している。また、壁際には柱毎の位置に、兎の童が立っていた;頭頂から垂れた耳を見るに月兎のようだが、両目ともを眼帯で隠されている。これは月人貴族の隷獣として躾けられた特別の月兎で、幼い内に目を潰されているのだった。外見からはわからないが舌も焼かれて歯も抜かれており、口を利くことも、主の庇護なしに食事をすることも出来ない。その分、月兎特有の耳に由来する聴覚が研ぎ澄まされており、視力に頼らずに美しい字が書けるよう躾けられている。字は神聖なもので、特に権力者は家々に伝わる特有の文字を保有しており、この|稚兎《ちと》は家の血縁者でなくともその家の字を扱うことが許される権能を与えられていた。他にも主の好みの楽器をひとつ乃至ふたつ習得していると云う。|稚兎《ちと》は柱ごとに、下手に座す何人かの月人の倍程度の数が立っている;目はないが、その耳を忙しなく動かしながら、部屋の中の状況を記憶に焼き付けているようだ。これらは、この場においては家付きの書記官として機能する。だがここでのことを文字として記録するかどうかは、極めてナーバスなことだ;この部屋に集まっている人物は、|稚兎《ちと》を連れて歩けるだけの者達であると同時に、そうした人物が一同に会するということは、つまりそういうことだ。

「流石に嘗祭に至っては隠し遂せるとは思えん」

 真新しさを欠かない上質の畳に円座するのは男三名に女一名の四名、その外周に更に男一名と女二名が座している;内円の者達は歳経た様子で女一名だけが不釣り合いに若く見える、対して外周の者達は全員が若く見えた。

「前帝の崩御時の記録がほとんど残っていない、帝が|穢《褻枯れ》に冒され負けたのだと市民がパニックに陥りはしまいか」
「前は1,432,109年前だぞ;文部省と宮内省に資料を収集させているが、どれだけ集まることか」
「どうせ市民も憶えているわけではないだろう、それらしく仕立て上げれば民は納得するんじゃないのか」
「|無気力に陥った《精神統制された》市民が、今日日既にパニックなど起こす意欲など持たないだろう。そんなことより神を名乗って|禁足地《裏側》に巣食う〝|原理主義過激派グループ《静けき純潔のヘミソフィア》〟の連中が図に乗る方が余程拙い」
「ああ、帝の崩御と褻枯れを結び付けられることは厳に避けねばならない;その観点でメディアの扱いも細心の注意を払わなければならない」
「まずは喫緊の課題は、葬儀と物忌の作法が残っていないことだ;皮肉なことだが、その点では|過激派グループ《奴等》の方がよく研究している」

 話の中心は内側の円座の者達、外周に座る若者はただそこに座しているだけで口を利くことはほとんど無いようだった;その点では、壁際に立つ|稚兎《ちと》達とさほど変わらないのかも知れないが、外周若組はその未来を約束された列記とした貴族である。|稚兎《ちと》は所詮、使い捨ての奴隷いや、代謝機能を持っているだけの道具だ。

「|意部《いんべ》首、どう思われる。帝の御隠れに良い策を案じるのは|意《い》家の女と聞いておるが」

 〝|意部《いんべ》首〟と呼ばれたのはその内側の同円にアンバランスな、若い女だった;淡い青が冷ややかな光沢を保っている、青色酸化皮膜をまとったチタンを思わせる特徴的な色合いの豊かな毛髪が丁寧に束ねて結われて、長く床に垂れていが。前髪が毛の一本さえ額を這わぬよう上げてられていて、それは彼女の潔癖な人となりを示しているようだ。ぴんと張った背筋で座る凛とした様、それをそのままミニチュアライズしたように通った鼻筋は、長い青銀色の髪同様の冷たさを秘めた白皙の|顔《かんばせ》を貫いている。それに、釣りこそしないが切れ長に心の強さを物語る目元;美人に変わりはないが、近寄り難さの方が勝る。|意部《いんべ》の首と指された女性の形容は、こうだった。

「私はまだ、部首では御座いませぬ。」
「|糠戸女《ぬかとひめ》様はもうご高齢で引退を宣言なされているではないか;事実上既にそなたが部首であろう」
「遅きに本質を逸する煩わしさは本意ではありませんが、形式はとみに尊ばれねばなりません、特に神聖なる議場においては;それは、帝の御隠れについて何事か決めようとするこの場の立場と同じではありませんか。この場では、|意部《いんべ》の娘とお呼び下さい。」
「……その通り、ここには帝はおらぬ;なればこそ、名で呼ぶのは、だめか?」

 珍しく、外円に座る男が一人、声を発して女を問うた;|意部《いんべ》の某と呼ばれた女はそれをちらと一瞥呉れてから、直ぐに視線を中央へ戻す。

「|秦部《はとべ》の子息、そのような不埒で議場を侮辱なされますな;合議は神聖なもので御座いますよ」
「相変わらず堅いな;だが、それでこそ|意部《いんべ》の首だ」

 小さく溜息を付いたのその男は若い;女の視線はすぐに逸らされたのに対して、男の視線は女の方を刺したままだ。

「|弓月《ゆづき》。これは四大連の議場であるぞ、戯れた言は後に回せ;お前は次期|秦部《はとべ》長ぞ」
「は」

 霙た白髪に白髭を蓄えた小柄な身なり、深い皺に何を刻んでいるか如何にも老獪さの見える老紳士が、若い男の言葉を制した:若い男は|弓月《ゆづき》と呼ばれたか。睨みを刺されて頭を垂れて押し黙る|弓月《ゆづき》と云う男;その様子を見れば、老人は彼の主か上司かというところだろう。

「|意《い》の。お前も、なんだ、もう、年頃だな」

 嗄れた声で老男は、女の方を見る;決していやらしさのある視線ではなかった、むしろ孫娘でも見るような、これを親愛と言っては語弊が強いことに違いはないが、少なくとも性的な嫌がらせを含んだものではない。それは女もわかっていることだった。

「儂はお前の親ではない、こんな事を言うのも気が引けはするのだが、そろそろ、処さねばならんのではないか?」
「父上、何も今そのようなことを」
「帝が御隠れになった以上、この殿上に|穢《褻枯れ》を持ち込むことには敏感にならねばならぬ、そうであろう。帝を失い国中に穢が漂っているのだ、殿上大連の長がこうでは、民にも示しがつかぬ」

 |弓月《ゆづき》と呼ばれた男が、老紳士の言葉を遮ろうとするだが、遮る言葉をはぴしゃり、封じられてしまう。老政治家はそのまま再び視線を女に向ける;座している円は同心である、恐らく官位の上では同格なのだろうがここに現れているのは歳のなせる格差だろうか。あるいは、家柄か。男は小さく、言葉を続けた。

「|意《い》の、始まっておるのだろう? ……《《臭うぞ》》」

 女は目を逸らすように俯き気味に、自分の腕で自分の方を抱くように縮こまる。先までの凜とした雰囲気は全くどこかに潜められてしまっている;まるで、見た目よりもより一層に幼い娘であるかのようだ。

「はっはっは。秦殿は相変わらず穢に敏感でいらっしゃる、鼻が利きますな。私など全く感じませんでしたが、いやはや。」
「……|触穢《そくえ》にあてられては堪ったものではない」

 ぴり、と空気が張り詰めた瞬間に口を割って入ったのは|綿部《わたのべ》の頭領だった;虫kん京な大声で笑い飛ばすその口調がしかし気を使ったものだということは誰の目にも明らかだ。

「うちの娘どもは早い内に〝処女〟してしまいましたからな、|綿部《わたのべ》はいつ戦場に出るやもわからぬ覚悟で日々を過ごしていますので」
「それは結構なことじゃ」

 娘ども、の言葉が指したのは、その後ろに控えて座っている女二人のことだろう;一人はコバルトじみた強い青みを帯びた長い髪を頭頂一箇所で結わえている気の強そうな女、もう一人はウェービーな琥珀色のロングヘアを滴らせる物静かそうな女だった。これを〝娘ども〟と称するということは、彼女らはこの男の娘ということに鳴るだろうか。父親が割れるように歯切れのよい笑い声を上げている後ろで、二人は黙ってそれに頷いて何事も感じていないような様子を見せている;目は閉じられていたが、視線をどこにもやらぬことは、意と呼ばれた女への極ささやかな気遣いだったのかも知れない。|意部《いんべ》の、と呼ばれた、この二人とは幾らか歳を重ねている、何より座している円が異なる女は、僅かに険を貼った表情を上げて、ゆっくりと口を開いた。

「申し訳ありません。〝処女〟につきましては、今現在、部首と相談し処置の方法を検討しております故、只今はご容赦願いたく―」
「そうか/\。話が進んでおるのなら、何も言うまいて。早い方が良いぞ」

 話を戻しませんか。内側の円にいてしかし今まで一言も口を利かなかった比較的若い男が促した;他の者達もそれに異論は無いようで、頷いたり扇を持ち直したりと、言外にそれに同意を見せた。

「葬儀の作法のことだな」
「いや」

 この場にいる殆どのものは、戻す、の先が帝の葬儀の儀礼形式の話だと思っていたが、幾人かはそうではないようだった。口を開いたのは|秦部《はとべ》の長だ。

「葬儀の問題もあるが、《《済んだこと》》に向かってどう手を当てようと、そう大したことではない;さっき|綿《わた》殿が仰った通り、もはやそれは市民に何ら影響を与えはしないだろうからな。最大の問題はそれではなかろう。」
「左様だな。問題は、内親王殿下はまだ、政務を任せるには些か、まだ幼すぎること。」

 同意を示したのは、|稲部《いなのべ》の頭だった。

「あれほど女好きの帝でありながら、皇位継承権を持つ直子は女子お一人のみとは」
「いや、跡継ぎ問題で国が割れるよりは良かったとさえ、私は思うがね。」

 はははと一同笑いはするが、声は乾いており心からのそれではないのが明らかだ。誰もがこんな場所で言葉の社交ダンスを踊りたくてここに来ているわけではない;お互いがお互いに牽制しあっている、いけ好かない雰囲気が漂っていた。外周円に座す若者はさほどでもないが内円に座る四名、口調は穏やかで口元は笑っているが、目は冷ややかで何よりその心中は剃刀を研ぎ続けているようなものなのだ。
 〝処女〟の件で話のネタにされてしまった意の女はひとつマイナスというところだろうか、若い見た目もあってかここでは不可視の火花の発生源にはどうも含まれていないように見える、ここで火花を主に散らしているのは、秦と呼ばれる男と、綿と呼ばれる男の間の空気だった。笑いを誘う話と、それに乗って笑ってみせるのは、そのカムフラージュでしかない。

「葬儀についてもそうだが、皇位継承手順や塩梅も、残っておらぬ」
「|穢《褻枯れ》を忌避し続けた結果我々の寿命はこれほどに伸びたが、だからといって一日の長さが伸びたわけではない。失われていくものの速度は、さほど変わらないということか」
「我々はすぐに内親王殿下が帝位を継承する必要はないと考えている。殿下が十分にご成長されるまで、空白であっても問題はないだろう。」
「いや、空位は望ましくはないのではないか? 皇室は意思決定機関だ;機能を失うと政治が機能不全を起こす」
「そうだ;だからこそその空白を埋める必要がある。だがその機能を帝が負う必要性は、〝血〟以外にはない。月民も増えた、増えすぎた;対策効果が芳しくない。純粋に負うべき社会の規模の問題だ;血統による無謬性証明よりも機能の十分な担保の方が重要だろう。」
「その通りだ、〝|原理主義過激派グループ《静けき純潔のヘミソフィア》〟はそれを見誤っている。まつりごとを祭と政を分離しなければ、もはやこの社会は保たない。仮に無謬であっても、無誤ではないのだ、奴等にはもう少し現実を見てほしいものだな」
「王室祭事も、男性皇帝前提で考えられているだろう。まだ若い殿下では対応しきれぬやも知れぬ。もう少々ご成長いただければ」

 |秦部《はとべ》の長である老男がそう言うのを、冷ややかな視線で見やるのは|綿部《わたのべ》の頭領だった;極力に表情を動かさぬようにしているように見えたが、それでも周囲の者からは不信感が溢れ出しているのが透けて見えている;内側の円で寡黙を保つ比較的若い男もそれを察して履いたが、今ここでは何も口にはしなかった恐らく、|綿部《わたのべ》の不満な面持ちをその反対の心理で眺めているつまり、この男は|秦部《はとべ》に同調しているのらしかった。そして|意部《いんべ》の女はそのいずれでもなく本当の意味で無表情を貫いている;もはや〝処女〟の件を引き摺っている訳ではないだろうがまるで凍ったまま動かない鉄皮の|顔《かんばせ》、|秦部《はとべ》と|綿部《わたのべ》の対立に我関せずの色が強いが、この場でそれが賢い選択であるとは限らなかった。外円に座す若者たちは仕方がないだろうという表情だ、|綿部《わたのべ》の者達と、一人を除いて。

「お待ち下さい。内親王殿下はもう、いっこの意思をお持ちの立派な女性であらせられます、おとなであらせられます。典範に則り、物忌の後直ぐに即位で問題ないのではありませんか? どこにそのように揉めることが―」

 口数の少ない男、|稲部《いなのべ》の頭が場の空気を押し込もうと更に言葉を追加したとき、|秦部《はとべ》の後ろで若者|弓月《ゆづき》が声を上げた。
 まくし立てるように言葉を連ねて〝内親王殿下〟を立てようとしていた|弓月《ゆづき》と呼ばれる若いものはしかし先程と同じように老主人に一言差し込まれると、何事かまだ言いたげに口を動かしつつも視線をふらりと彷徨わせた末にまた、黙り込んでしまった。その様子を見て気色を変えたのは、|綿部《わたのべ》の背後に控える〝娘ども〟二人;視線もそちらに投げぬように落とし、翡翠の方はセンスで口元を隠しながら、碧玉の娘は隠しもしないまま、《《聞こえるような小声》》を口にした。

「ふん、秦の息子は地に足が付いていないな」
「まあ/\、そこが可愛らしいんじゃない」
「けっ、どこがだよ、あんな……」

 |綿部《わたのべ》の跡取り娘二人がこうは言うが、親衆と若組の関係などいつでもこういった様子なのだそれは、この二人であっても同じこと;竹を割ったような正確に見える綿の頭も、娘を叱りつけるときは口汚いもので、世代ギャップのフィルタで生じる相違は娘たちには理不尽にしか思えず、それでもそれを飲み込み腹落ちさせねばならない更なる理不尽を、常の糧にしていかなければならないのだ。若衆が後ろに控えていないのは、|意部《いんべ》の席だけだった。
 依と呼ばれた青髪の娘は、憎らしいものでも見るような視線を|弓月《ゆづき》の方へと差し込む;それに気づいた若者が抑え込まれた情けない表情を上げて、視線の刺さる方へと目を向け返した。はつ、と、依は目を逸し、ばつ悪げに視線を面白みもない畳の上へ捨てた。隣の豊は、肩を竦めるように苦笑いして、視線を交換する。

「少し静かにしてくれませんか」

 控えめにはしゃいでいた若い衆の、同列にいながらもそれを諌めたのは、|稲部《いなのべ》の若者だった。

「|五十浪《いそら》」
「議場ですよ、それでも琳先生の舎弟なのですか? まったく《《弓》》と《《薙刀》》、出来が悪いのはどちらでしょうか」
「なにを、てめっ……」
「よーり、抑えなさいな」
「くぅぅ、こんちくしょう、いつもいつもにっくたらしいやつだな」

 あからさまな舌打ちを見せる一人と、それを宥める一人、共に綿の娘だ。片や|五十浪《いそら》と呼ばれた|稲部《いなのべ》の少年はそんな様子を一瞥だにせず気にも留めていないようだった。

「では、帝位はしばしの間空位とし、その期間は同等の大権と十分な能力を持つ代役を建てるということでよろしいか。」
「それが、執権職の設置ということですね」

 秦の男が、強引さを感じさせる速度で話を勧めていく;この場にいる誰も、その強引さに口出しするものはなかった。秦家の持つ議場内の力は、頭ひとつを抜いている;それは、|稲部《いなのべ》が連立を汲んでいることと、|意部《いんべ》がほとんど発言力を持たない状況による。|意部《いんべ》は代々有力の部民だが、学問・医学・祭事に関わり、内祭事の分野を|稲部《いなのべ》に譲り渡してからは政治的な立場が薄まっていた。帝が病にでもかかれば信頼は篤くなり取り立てられるが、それは他の家からの半目と、要人の暗殺被疑のリスクを負う;現在の長である|糠戸女《ぬかとひめ》がそれを避けて権力から退避し、跡取りの琳もそれに習ったことで、四大連の中でもお飾りに近い立場になっている。それでも、当二代の明晰な頭脳は頼られることが多く、政治的と言うよりも要人の個人的なアドバイザーとして〝地位と名誉を売って信用と権力を買う〟スタンスに変わっていた。故にこうした議場では、数に数えられないことが多い;今のように。
 その状況をよく熟知し利用する、強引に話を勧めていく秦家の長。「では」と口を開いて他の者達の顔色を見、肯定、あるいは無抵抗を察して頷いた。だがただ一人にだけ、目を止める;それは、綿の頭だった。

「以前の執権職の記録は11代も遡らねばならない。その内容はほとんど残されていないが、帝の代わりに大権を持つことは明らかになっている。執権職の新設を規定した法改正案は、事前に展開したとおりだ。そして、その大任は、秦が負う。……文句は有るまいな、《《綿の》》?」

 |綿部《わたのべ》は、|秦部《はとべ》と長い間の政敵である。|秦部《はとべ》は政治手腕によって勢いを伸ばした部民であるのに対して、|綿部《わたのべ》は軍事部門を司る名家だ。だが、強くシビリアンコントロールを施されている軍部では、議会に逆らうことは難しい。こうして議会で抑え込まれては、それを跳ね除け軍事を背景に主張を通すのには大きなリスクを伴う。それを承知している|綿部《わたのべ》の頭は、|秦部《はとべ》の言葉に甘んじた。

「……好きにせい。」
「殊勝な心がけですな」

 現在の綿と秦の政治力優劣を決定づけたのは、|稲部《いなのべ》が|秦部《はとべ》と連合したことによる。流れを理解していながらそれを出来なかった綿の長は、日頃から口惜しさを表にしている。娘たちもそうだった。

「殿! 良いのですか、秦が執権だなど!? この条文を今一度ご覧ください! これでは、月の政治は|秦部《はとべ》の恣ではありませぬか! |綿部《わたのべ》は代々帝の為に前線で危険を被り続けてきた、死の|穢れ《褻枯れ》と最も近い位置で危険を負ってきたというのに! 後ろでマニ/\しているだけの秦が、執権だと!? 寝言も寝てから申せ!」
「依子の言う通りです、殿。|綿部《わたのべ》は命を賭して帝に忠誠を尽くしてきた実績があります。それを、みすみすこのような執権委任を認めてしまうのは、|綿部《わたのべ》の者達にも、月兎の兵士達にも、申し開きが」

 秦の男の言葉を飲んだ長に食って掛かる|綿部《わたのべ》の娘たち。だが、当の長はそれを突っぱねた;娘たちの浅慮を睨んでのものではない、それは曇り沈んだ男の表情が物語っている。

「お前たちの出る幕ではない;豊、依、この場は収めろ。参議の票重は小さいが、それでも|稲部《いなのべ》の組織票があればもはや秦の執権委任は覆るまい」
「では、|稲部《いなのべ》頭は、どうか?」
「是非もなし。殿下はまだ幼い、我々|稲部《いなのべ》は帝を補佐する立場;輔弼の任は秦に相応しいと」
「……それ程の数の参議が必要だとは思わんがな;殿上に新しく上がった|稲部《いなのべ》参議の数の夥しいことよ。質より量で運ぶ気か?」
「四大連の代表同士がこうして雁首揃えて決めねばならぬことは、むしろ三名で決めればよろしい。|稲部《いなのべ》は仔細粒々、火粉と羽虫、露と雑草を手早く払うことに致します。」
「強かなものだな、祭祀を牛耳る稲家は議場に大権を振りかざさずとも融通が利くか」
「そのような考え、滅相も御座いません。私はまだ若輩者;そのような大それた考え、恐ろしゅうて恐ろしゅうて」

 否定はするものの、冷ややかな無表情が半ばそれを肯定していた;何よりこの場の政治情勢は明らかに|稲部《いなのべ》の動きによって決まっている。更に|意部《いんべ》から祭事の実権を奪った|稲部《いなのべ》は、表にこそ立たないが政治・祭事の両面で裏の影響力を発揮している。否定のうちの肯定は、言外の自明を指しているだけだった。
 そのアンバランスを生み出した元凶は、|意部《いんべ》が祭儀の実権を明け渡したことにあるのは、|意部《いんべ》の娘つまり琳も重々に承知していることだったが、今はそんなことはどうてもいいと気に留めていないようだったそれは、議場に存在感を求めないスタンスそのものから導き出された、順当の動きだったからだ。

「意殿も、よろしいな」
「……ええ、結構ですわ。お好きにどうぞ」







 その施設が贅の限りを尽くし粋の限りを費やし金を注ぎ込んだ設えであるのは当然のこととして、過剰な程の優雅と質素の両立それを実現するための貨幣が民草を圧迫し得るというのは、何も件の広間だけの話ではない;議会の催される殿上に上がることが許された幾人かの者達がその広間へと進む際に通り抜ける回廊、エントランス、門、ありとあらゆるものはその通りの作りとなっている。停滞した社会と無気力な人心の中で未だに活力を保っているのは何らかの欲求を抱き続ける一握りの者達だけだ;彼等がこの社会を動かしている。|穢《褻枯れ》を避けて生き続ける社会の極致はそうした皮肉の社会だった。欲求原動力のエンジンが幾ら公金をドブに捨てようと民草の殆どは気にもしない、安寧と平静とが尊ばれる社会を穢れた欲求がこそまとめているむしろ、そうした欲望にまみれた指導者がいなければ黙っていてもこの停止した社会は静かに沈んで死に絶え消えていくことだろう。さてそれに口実を得たのかどうかは知り得ないが、今まさにその欲求にまみれた月人二人が歩いている回廊もまたそうしたものだが、その贅を全く気にしないことは贅沢故の事なのか、それに価値を見出さない質素ゆえのことなのか、それもこの場にいてはわからないことだ。議会に上る正装を着込んだ姿で回廊を戻るのは、秦の嫡子と意の跡取り女だった;先を行く意の後ろからそれを、衣服を乱さない程度の小走りで追いかける秦の跡取り。

「琳姉さん」

 秦に呼びかけられ、長い青銀色の髪を揺らして振り返った意の女;その視線は少々険しい。

「秦の嗣、ここはまだ殿上ですよ。部首ではない私を下の名で呼ぶのは、議場に対して無礼です。」
「議会はもう閉会した。それにそんなこと、どうでもいいだろう;あんな……浅ましい権力争いの場に払う礼儀など、俺は持ち合わせていない。父も父だ、執権だと? 何のための合議だ;長年、四大連は等しく帝をお助けしてきた、協力しあっていたのに」
「《《弓月君》》、その辺になさいな。私達はまだ、そこまでを言える立場ではないわ。まだ親連が機能している以上、若連はあくまでもその下部組織。子は親に従うものよ―従うしかないのよ」
「琳姉さんは、言える立場にいるじゃないか。|糠戸女《ぬかとひめ》様はもう……」
「そこまでにしなさいと言っているのよ。あなたも秦の男なら、しっかりなさい。もう、|太秦《うずまさ》、だったかしら」

 執権を叙した秦の宗家は、尊姓として〝太〟の字を付与した〝|太秦《うずまさ》〟を名乗るようになった。秦家を後押しした稲家も、その|太秦《うずまさ》から〝数(員)〟の字を与えられて|稲員《いなかず》の尊姓を名乗ることになっている。

「〝太〟だなんて、思い上がりが過ぎる。あんな形になって、豊子も依子も、きっと俺を恨んでいるだろう;彼女たちの言うことは、尤もだ」
「私も、とは言わないのね」
「えっ、琳姉さんも、そうなの……?」
「どうかしら」

 ふ、とため息と笑いの間のような吐息を漏らし、琳と呼ばれた意の娘は秦の嫡子を見やる;だが視線を送るだけでそれ以上には何も言わない:言葉があるのならお前が言いなさい:そう言いたげな表情で、|弓月《ゆづき》青年へ視線を投げ放ったまゝだ。そして当の彼は、その視線をまるで重苦しい鉛の重りか何かでもあるように払って落とし、顔を背ける。

「バラ/\だ」

 |弓月《ゆづき》が、まるで唾でも路傍に吐き捨てるような仕草で、憎らしげな表情を隠そうともせずに本心を吐露する。

「あんなにも長い猶予があったのに、こんな風にバラ/\になってしまうのを避けられなかった;何かが出来たはずなのに。時間ならいくらでもあった:寿命は伸びたが、一日が伸びたわけではない:その通りだ、その間にやっていたことは、こんな鈍色刃の研ぎ備えだったのか。何が〝太平の月夜〟だ;浅ましい、権力の亡者共」
「秦が、|太秦《うずまさ》へ;思い上がり、その通りね」
「そうさ、こんな―」

 更に唾棄を続けようとした|弓月《ゆづき》の声に、琳は割り込んだ:ちがうわ。男は、どういうことかと、怪訝な顔を上げる。女の視線は鋭く、昏く、男に向いている。口元は、少しだけ曲がって笑っていた。

「私達があの場をどうにか出来ただなんてね、それを思い上がりだと言っているのよ。」

 霽と褻、清めと穢れ;月の社会は男尊女卑ではなかったが、その宗教は現実的に男尊女卑を示している。女は生得体内に穢れを内包しており(同時に溢れ出す生命力の生産者でもあるが、その反発による|穢《褻枯れ》は女性に不利を被る)、一定の年齢を経た女性は少なくとも数年に一度は下半身から血を流して生命力の欠乏に苦しむ。それによって長期的な社会への関係を阻害されてしまい、結果として男尊女卑は構造的に肯定されていた。琳という女もその例に漏れない。意の一族は女系だが、常にそうした不利を負っている;例え|意部《いんべ》が四大連の一部であったとしても。殿上における政治力の欠乏が全く尊厳の毀損に繋がることを、|意部《いんべ》の娘、琳は身を以て感じていた。
 その女にそうした反応を取られてしまえば、|秦部《はとべ》の男はもう黙るしかない。何をおいても、今の彼はその対偶にある血族の嫡子なのだから。にべもなく突っぱねられた男は、そのまま歩き去ろうとする女へ更に追い縋った。

「まって、もう一つ」
「なに?」
「その……琳姉さんの、〝処女〟だけど」

 その、言葉を聞いて、琳の表情は強く曇った;その言葉を女が嫌がっていることは明らかで、男もそれに気付いている。それでも、言わなければならないことなのだろうか。

「もしよかったら、俺が」
「いいえ。もう、色々と話が進んでいるから」
「……そ、そうなんだ。ごめん」

 男には、取り憑く島もなかった。



§ § §



 太政殿から降りた意の女琳は、大路を渡り北へ登って長い無垢の白木壁の伸びた内側に建つ、仰々しい|風木《ちぎ》と|火津穂木《かつおぎ》を備えた屋根の雄々しい悠然な高床屋敷……の隣にある小さく質素な平屋の建造物へ向かう。小さく質素なその建物も、しかし規模から考えれば過剰とも感じられる堅牢な警備とセキュリティが施されている;空白にしか見えない小屋の周囲には不可視の垂直センサと面レーザーが上っており、認証を得ない者が不用意に近付けば内と外で肉がおさらばすることだろう。つまり質素な佇まいは形式上のものでしかない、そこに住まうのは《《質素ではない》》らしい。間に幾つもの門、何人もの警備、何重もの認証システムが女の前に現れたが、しかしそれらは全て女を意琳と認めればすぐに道を開けた。
 女性が教義上の不利を被っているのは間違いなかったが、|意部《いんべ》の女はそれとは別の角度において、他の部民とは違う格別の待遇を得ている;それはいみじくも|意部《いんべ》の頭領が女であることに由来していた。
 太政殿に比べれば全くちっぽけな規模感だが、装飾や上品さに限って言えば勝るとも劣らない;庶民の住まいよりも少々広い程度の敷地に、高密な贅がしかしそうとはわからない顔で詰め込まれていた。その中へ、顔パスで立ち入る|意琳《イ・リン》。広さ自体はさほどでもないのだ、最奥へはすぐに到達した。回廊は短く、その間にある部屋もふたつかみっつという程度;正面を突いた先にあるそれも、やはり広くはない;慎ましやかな真四角の部屋の中央に、今度こそはその贅の本質を体現した星輝の集塊が見えた。

「|琳《りん》。どうしたの、機嫌が悪いわね? 連絡なしに来るのも珍しい」

 宝石星が喋った;夜を梳いた様な黒髪に散りばめられた星の如き光は部屋を照らす灯火を反射した艶だった。黒絹の流れと輝きの粒を滝と水飛沫と見るならそれは露を抱いた森の新緑、金糸と宝石に飾り立てられた頭飾りと服飾が抱いている。複雑なカットの宝石が光に対して回って絢爛な反射を煌めかせるように、それは部屋に立ち入った|意琳《イ・リン》へ声を紡いだ。声を紡ぐ口元では小さく湿った紅玉が柔らかく蠢いている。永久雪晶をまぶしたような肌が眩しい。

「殿下、ご機嫌麗しく」
「誰かの機嫌が悪い分は、ね。どうしたの?」

 星の子は硝子の鈴のように笑って琳へ問うた;|意部《いんべ》の女は頭を垂れたまゝだったがその様子を問わずにいられなかったのは、普段から信頼をおく上級女官の様子―それはいつも濃密な霧の立ち込めた如くに全体としてはっきりと、しかし内に入れば何も見えない―がいつもと些か違うように思われたからだった;訝しんだ〝殿下〟は不安の色を溶かした声で再び問う。

「そう言えば四連会があったのかしら、その関係ね。……琳?」
「殿下。|綿《わた》には、お気を付け下さい」

 |意部《いんべ》の女はそれを言いに来た;しかし君主に向けて言いにくいことでもあった、彼女の主観に限って言えば相手は政敵であって気を遣う必要など露ほどもないしかし、〝殿下〟がそうではないことを女はよく知っていた。敵だ味方だという線引きのゲームに、参加させることを躊躇ったのだ;それでも、|意琳《イ・リン》がそうしなくとも早晩結果は同じこととなっただろう、ならば、ということに違いない。

「|綿《わた》? |綿部《わたのべ》の長は穏健派でしょう? 気を付けろだなんて」
「親父どのではありません、娘二人の方です。あれは若くて血気盛んな気性が……少々過ぎます」
「でも、|綿《わた》の二人は琳の」
「|綿部《わたのべ》の惣領娘姉妹が私に従うのはあくまでも殿外での話。私は事実上|意部《いんべ》の頭領、|意《い》の長です;殿上に上がり政治の場に臨めば|綿部《わたのべ》の長の娘姉妹にとって政敵以外の何者でもありません。」

 若い:|意部《いんべ》の女は、慈しみと悲しみの混じった、それを慈悲と呼ぶのは些か不適切に見える、感情を胸中に浮かべては再び押し沈めた、二度と浮かび上がることのないように、死体でも隠すように。

「そんなこと言わないで。|綿《わた》姉妹と琳が協力して……そうよ、|秦《はた》の子とも琳は懇意じゃないの」
「殿下。私が殿下をお慕い申し上げるのは、そうしたリベラルな考え故であります;しかし恐れながら、その考えは政治という魑魅魍魎の棲家をまだ知らぬ若さの証でも、ございます。殿下、ゆめゆめ、誰かを信用なされますな。この|意琳《イ・リン》も含めて。政治と権力と金の泥沼の中では、どんな賢人であっても聖人であっても、子を疑い、親を殺し、友を騙して、主を|謀《たばか》るものなのです。父帝亡き今、|秦部《はとべ》の長、|秦《はた》が摂政を担い人事を恣にし、|稲《いな》も混乱に乗じて多くの|稲部《いなのべ》の民を殿上に上げて地盤を固めています。剰え、秦は|太秦《うずまさ》を名乗り、秦家に協力した稲家は|稲員《いなかず》を名乗るようになりました。」
「〝太〟に〝|員《かず》〟……尊姓の下賜は皇帝の誉権でしょう。皇帝が空位の今、与えられるわけが」
「その通りですしかし、もはやそれがまかり通ろうとしているのです、|秦部《はとべ》の台頭……いえ、これは政変に近い。秦が、帝の空位を利用して執権職を設置し、自らその職に就きました。」
「えっ」

 〝執権職〟の言葉には、それまでのんびりとした口調を崩さないままだったさすがの麗人も松籟靡睫を割った。

「聞かされていないのだけど。議会は私を何だと思っているの? 仮にも私は―」
「今日日、皇帝機関説は否定されています。天皇が大権を有する意思決定機関であれば議会はこれを忖度する必要がありますしかし、ただいっこの神、いや人であれば、議会はそれに関与を受けない権利を持つ、ということです。」
「軍閥を牛耳る|綿部《わたのべ》の肝煎りの世論調整;知っています、流石に私でも」
「失礼いたしました」
「|綿部《わたのべ》が執権を名乗ったのではないの? |秦部《はとべ》だって言っていたじゃない」
「|綿《わた》は、出遅れました。|綿部《わたのべ》は強力な軍閥を抱えていますが、政治の身軽さに欠けますから。|秦部《はとべ》が|稲部《いなのべ》を懐柔しました。」
「そう」

 物言う宝石は空気を収め改めて、押し沈めた声色で意の言葉を呑んだ。|意部《いんべ》が|綿部《わたのべ》と結託すればこの自体は回避できたかも知れない、それを突かれやしないか恐れていたこともある;だがそれ以上に|意琳《イ・リン》は別の憂いを抱いていたのは:君主に毒を飲ませているのではないか?:と自己を|疑《うたぐ》る心持ちだった、こんな事を君主に―帝以外に向かって君主を掲げることは謀反を疑われかねないが|意琳《イ・リン》はそれを臆面もなく口に出す人物だ―言うべきではないのだ;こんな汚らしい世俗の諍いなど、|穢《褻枯れ》を知らぬべき皇族が触れるものではない否、|殿下《姫》には、触れてほしくない。これは、毒だ。と。
 しかしそうと考えているのは意の娘だけ、当の〝殿下〟はそれなりの野心を抱いている;王位を簒奪しようとすることではなく、この月都に新たな秩序を組み立てたいと願う強い政治願望だ。しかしそれは、周到に押し込められている。この小さな建物に押し込められているのは決してそうした政敵の陰謀ではない、皇太子が大極殿の傍に立つ小さく質素な家に住まうのは慣例なのだ。だが、この内親王は、誤解の方の意味を正としてここに住まされていた。政治から隔絶され、権力から遠ざけられ、血は蔑ろされている。気が遠くなるほどに長い寿命を持つ月人の社会で、そうした謀りは、気が遠くなるほどにのんびりと、しかし深く深く進行していく。

「出遅れた|綿《わた》が、急いて何かをしでかすと?」

 毒とは、このことだつまり。

「それらの動きを快く思わない|綿部《わたのべ》達は必ず何かを仕掛けるでしょう。人事と祭事の地盤形成で後手に回ったとなれば、後は殿下に取り入るしかない;殿下こそ、今この現状に強い不満を持っているのですあから、つけ入るにはもってこいです。今、|意家の娘《わたし》がこうしているように。」
「……琳をそういう風には見たくない、豊子も依子も。|五十浪《いそら》も|弓月《ゆづき》もよ。平和だけど永く膠着し精神的な疲弊を来した|皇帝陛下《ちち》の次の時代を、一緒に拓くパートナー;それでは、いけないの?」
「いけなくはありませんしかし、しかし敢えて申し上げるなら―」

 |意琳《イ・リン》は、わずかに顔を俯かせ目を伏して言った。

「それでは君主は務まりません、殿下」



§ § §



「うそ、すごい。想像以上のはやさだわ。もう先っちょ、入っちゃってるじゃない♪」

 更に翌日、蓬莱山が、磔になったまま身動きも取れずに周囲の竹を幾らか燃やした跡を広げた徒労の果てに再び悪態を吐く藤原の下に現れた頃には、昨日30センチ程度の丈しかなかったそれが、藤原の股の間へ先端を僅かに潜り込ませていた;ほんの少しでも腰を動かすことが叶うならこんな侵入を許す筈はないのだが、蓬莱山の施した拘束はそれさえも許さなかったのだ。

「こんなことのためにこんなご大層な拘束具を用意するなんて、やんごとなきかたの考えることは全く気違えてるぜ。無駄遣いは貴様らの美徳だってか?」

 強がる口調で蓬莱山を煽る藤原だが、それを聞いた蓬莱山の方はと言うとその反応こそ待ち望んでいたものだった;藤原妹紅とはかくあるべしと満足そうな、更にどこか得意げな表情を浮かべて、磔になっている白の娘の顔へ自らの顔を近づける。

「ええ/\、勿論その通り。無駄とは即ち余裕の結晶なのだもの、無駄を楽しむ気構えこそ贅沢の在り方と言うものだわ。ねえ、わかる? もこ、今のあなた、そうね、満開前にその期待を乞う桜の様なものなのよ? でも私がね、それが自らほころび花びらが開く前に、花びらを毟って開いてあげるの;風流じゃない、優雅じゃない、ふふ」

 月姫のその言葉を行き過ぎた皮肉と捉えるのならまだ合点も行っただろうが、この狂人はそれを一切の比喩もなく全くまっすぐ大真面目に言うのだから、藤原の方はと言えば一晩かけて考えたのかもしれない罵倒の言葉のきっかけをさっぱりと失ってしまい取り憑く島もない様に口を閉じた。
 凹した粘膜肉に実際に触れ押し包んでいれば、じわ/\と自分の内側を押し広げられていることを否応なく知ることになる。死なぬのをいいことに、藤原は何日もここにずっと同じ形で肉立像として据えられ、思い返せば数分ではなくふとした合間に数時間が経過している;やれさっきはどんな具合だっただろうかと股間に押し入る異物の圧迫感を少しでも気にかけようものなら、明らかにそれが深く大きくなっているのを思い知るのである。

「どお? 竹さんの勃起を感じてる? 中に入ってくるのわかるのでしょう?」
「知るか。自分で試してみればいいだろ」
「やーよ、だからもこにさせてるんじゃない。自分の好きな人が他人に犯されているのを見るのって、きもちいーじゃない? でも渡すつもりはないもの。竹がちょうどいいかなって?」

 もはや藤原からは蓬莱山の倒錯した趣味にコメントする気は失せておりただ憎らしげに、目の前で自分を見下す万感の怨恨対象を睨み付けるだけだが、一方の蓬莱はその視線を受けてさえ吐息を加熱するのだ;どうしたって藤原の思い通りにはならず、どうあっても蓬莱山の思い通りになるというのだから、藤原にとってこれ以上癪なことがあるだろうか。

「でもまだ『咲くには早い』みたいね。これ以上は見ていても仕方がない、また明日、見に来るわ。本当、楽しみ。楽しみすぎてここで一発抜いていきたいくらいよ;こないだみたいに始めちゃうわけにはいかないしねぇ?」

 自らの頬に手を置くわざとらしい照れの仕草を見せる蓬莱山;それが磔のまま自分を睨みつけてくる藤原の視線に対する挑発なのか、それとも本当に照れているのか、その区別がつかないのは藤原の判断能力が極度の疲労と食事も水もまともな睡眠も取らぬままにリザレクションを繰り返す疲弊のせいかもしれないが、もしかするとこの狂姫は本当にその区別をつけていないからかも知れなかった。

「ヌくものもねえくせに、何が〝抜く〟だ、短絡思考でそんな言葉でぶってんじゃねえよ:安易なんだよクソ女」

 いっそヌくモノが付いている体を呪う藤原にとって、蓬莱山の言葉は今迄でいっとうの愚弄の言葉だったかもしれない。不死原の娘はリミッタを失った体の思い切りで歯をくいしばり、歯茎を押し破るように歯を折る。ぶっ、その歯を血とともに蓬莱山へ吹きかけた。蓬莱山はその血交じりの歯を受けた頬を指で触り、血をひと舐めして笑う。人死にも妖怪も怪異も見、そうして人間性を削ぎ落とすことで炎術を身に着けた妹紅でさえ、っ、と小さく声を出してしまう位、月姫のその笑顔は不気味で人間の尊厳の敏感な部分を剃刀刃で撫でるような表情だった。

「ふふ、それでこそ、ね。じゃ、また、明日」



§ § §



 今日日の車は牛が引くものではない、牛飼童が牛を導く必要もない。人工付喪神が主人の命を受けて全てを制御し、宙に浮いて滑るように動く;目的地はどこであっても正しく判断され、あまりにも遠すぎる場合には能動的に主人への問い合わせが発生する。だからその〝車〟では運転も操縦も必要ない;ただ目的地をいい、待っていればいいのだ。勝手にルートを判断し、運行し、危険を察知して停止し、それが過ぎれば再び進み出す。必要であれば適切な迂回もするし、主人に伺いを立てることもある。そんな〝車〟も選ばれた者だけの乗り物ではない、月では極々一般的な乗り物で、その数の多さが人工付喪神たちの〝経験〟となって積み重なり、人間や兎とは比較にならない速度で成長していく。まさに万能の乗り物だ。だがこうした〝車〟でも事故が起こらないわけではない、そうしたときに責任の所在を問おうとしても人工付喪神は責任能力を有していない。事故の腹いせに付喪神の宿る車をスクラップにすることはできるがそれで気が晴れるかと言うと事故によって損害を被った者の気は晴れないだろう。人工付喪神とは人でも兎でもない;ただの命令集合体で、存在としての実体も持たない。また人工付喪神は自律的に情報収集して成長していくため、初期命令の入力者である製造企業も責任の全てを負わない。なので、万一に発生した事故によって生じた損害をどの様に補償するのか、責任の所在がはっきりせず有事の際には必ず泥沼紛争が付きものだった。
 〝車〟は確かに広く普及した一般的な乗り物ではあるが、今|意《イ》の娘が乗っている車が特別仕様であることはつまり、たった今彼女を振り返った兎の存在が示している;つまり|稚兎《ちと》を所有できる大きな力を持った者の車には、こうして運転席搭乗手が設けられていることだった。そこにはもっぱら位の低い兎が座る、それも、命もろとも打ち捨てられても誰も文句を言わないような下層階級の者:つまり|稚兎《ちと》だ。何かあった場合には基本的にこの|稚兎《ちと》の責任となり、その責任の配分にしたがって車保険、あるいは事故の財産でそれを補償することになっていた;それは運転席搭乗手が事故死したとて変わらない、命を賭して責任を負わされる。別に運転席搭乗手が車を運転をするのではないのだから、アクシデントの発生原因も決して運転席搭乗手の過失などではない、それでもここに座った者が責任を負うのである:《《そういう》》存在として。ここに座る者は、単に予測が難しく責任の所在もはっきりしないアクシデントに対する担保であり、責任の人身御供であった。そんな風に、人の尊厳そのものを値打ち物として扱うことができる上級市民にだけ、こうした「運転席」が設けられた車が普及している。|稚兎《ちと》のような最下層兎には、こうした仕事も与えられるのだ。
 この|意《イ》も、その〝上級市民〟というやつだ:それも、とびきりの。この都市国家で、上から数えて片手に収まる程度の地位にある。そんな上級市民様も、気分を青くすることはある:なにも血ばかりが青い―それは上級市民に向けられた兎達の間での迷信だが―わけではない。|意琳《イ・リン》が強化ガラスの窓に向けて放り投げた視線は、一体何を見ているだろうか。

(あかい)

 その日の夕暮れは、こゝ暫くで久し振りに見た曇りの無い鮮烈な色合いを撒き散らしていた;雲ひとつない空というのは、青だらうが赤だらうが、不条理に手掛かりも終着も無い暴力的な永遠を見せ付け、思い知らせてくるのだ。女はそうした空が苦手であった;他の人間が「綺麗」と《《うつとり》》呟くのに対して、意は鳥肌でも立てそうな様子で空から目を背ける;あの無機質で冷たい鮮烈な延々なグラデーション板を降らせる不気味の天井を見まいとして。殊、赤色のそれは、そうであつたのだ。
 君主に毒を持ったその帰り路、見上げてみればよう/\染まりゆく空の色は燃え上がるようなコスモス色だったそれは、他の誰が見ても綺麗な夕焼けに違いなかったが、今の|意琳《イ・リン》にとってはまさしく汚れた色に見えたのだ;〝非処女〟を彷彿とさせる、瘀血の流れの火緋色。せめて雲の一つでも浮かんでいてくれるならば、意識を取り憑かせて自分が無限分の一へ薄まってゆくような寒々とした生理的嫌悪感からは逃れられるかも知れないというのに。そこにそれはなかった:非情な夕焼け。

(〝処女〟……いい加減焼きが回ったかしら)

 その空の彼方に青白く姿を浮かべる地球という星、あの彼方の大地にも人間が住んでいる;あの場所こそが、我々の故郷なのだという。知ったことではない:|意琳《イ・リン》は生まれも育ちもこの月だ、あんな星に住んでいた祖先のことなど彼女は知らなかった。単に知識として詳細に識っていると言うだけだ、現実の地球人など見たこともない。
 その、〝知識でだけ識っている〟という地球の人間達は、未だに異形生殖器同士の交合による直接配偶子接合によって、母体妊娠と出産を行うのだと謂う。月の社会では有り得ない話だった。第一それでは、男女の間でしか子孫を残せないではないか、何という非効率と可能性の閉塞だろう。多くの人間と夕焼けの色が全く異なる様に見えている|意琳《イ・リン》も、その点では他の多くの月人と同じ考えを持っていた。
 月の社会では、男女に関わらない婚姻契約の下で、妻同士の体細胞の退行万能化によって再分化させた還元生殖細胞同士の外外受精と育成により生殖が行われ、人間は体外受精・準卵生生物と見做されている。意の娘や|意部《いんべ》の民が驚異的な博識によってその事実を識っているにせよ、他の月の人間にとっては、人間が胎生である等とは信じ難いことであると同時に、受け入れられないことであった。腹が膨れ、自分の体の中に別の個体が寄生しているなど、グロテスク以外の何者でもない。増してその腹の膨満を喜ばしいと言ってみたり、寄生個体を愛おしく感じたり、するのだと謂うから驚くべきことであるし、月人にとってそれは気味の悪い、異常な習慣と怯えられることだろう。
 人間と一部の猿では、雌性個体には生殖に備えた周期的な生理現象を伴う。性器から出血し、痛みを伴い、気分は減退して、身体の活性が失われる。これは生命力の減退であり、|穢《褻枯れ》の象徴だ;女人が教義的に卑しい身分とされるのは、こうした定期的に|穢《褻枯れ》を撒き散らす生体機能を生得に有しているからである。

(あんな事を言ってしまった手前はね)

 |稚兎《ちと》に自動運転の指示と危機対応を任せている;本人は窓べりに肘を突いて頬を乗せ、汚れた赤色の光が満たす町並みを、《《うえのほう》》を見ないようにしながら、眺めていた。血の滴る如くに赤く垂れた空に染められて流れていく町並みの中には〝独身処女〟を行う医療機関もあった;それが目に入る度に|意琳《イ・リン》は、苦い表情を隠そうともしない。
 〝あんな事〟とは、既に処女を考慮済みだと宣言したことだ;|弓月《ゆづき》に対してもそうであるし、何より他の上達部に対して。
 〝処女〟とはそうした女としての|穢《褻枯れ》の機能を処分することである;地球では違う意味で用いられているらしいが。〝処女〟をしなければ数年に一度|穢《褻枯れ》に心身を蝕まれる。だから月人の女はある程度の年齢になると〝処女〟を行う;それはとても一般的なことで、多くの場合はパートナの手によって行われ、呪医の手で処置を完了する。去勢ではない、太古の昔には経産後に処される去勢的処置だったと言われているが、今は処置後には|穢《褻枯れ》を起こさず女性らしさも十分に呼び起こすよう調整された人工女性器を建造するよう、〝処女〟も進化していた。
 〝七五三に行こう〟、〝女の子らしい下着でも選ぼうか〟、〝そろそろ前髪を上げて角髪を結おう〟、〝お化粧でも始める?〟程度の意識である。処置自体は古来では相当に乱暴なものだったらしいが、現代では痛みも出血もないままに終わる。至って普遍的な通過儀礼だが、受ける女達の心理からは今や儀礼的な意味もほとんど失われ、単に|穢《褻枯れ》という心身の不調を招かないための予防医療のようなものになっている。そこに特殊な意味を求めるのは、男の方ばかりだった。
 問題は、多くの場合はパートナの手に寄って行われるということだ、そうではない女に向けて、さっきから意の娘の前を流れる病院の看板にあるように「独身処女」というものも最近は目にするようになっている;パートナのいない女に向けて、全てのプロセスを医療の範囲で行うというものだ。

(妻、か。そんな相手なんて)

 |意琳《イ・リン》が処女に対して気乗りしない理由に、一つにはパートナがいないことが挙げられる。彼女にはこの年までそうした相手が現れたことがない;それは彼女の立場上仕方のないことだったかも知れないが、それにしても妻の候補が挙がる事さえなかったのは多分に異常事態である。決して醜女という訳ではない寧ろ外見を言うのなら麗しいと言って反論が挙がることはないだろう見目をしている、地位や財産の面でも四大連の一部の跡取りであることを考えればマイナスにはならない、それでも|意琳《イ・リン》にはパートナが現れたことはない;興味がなさそうだ、濡れたこともない鉄の女、周囲は皆口ゝにそう評する。

「■■■■」

 それは地球の音には存在しない音だった。ビーッ、車内に警報音が鳴り響き、|稚兎《ちと》が後ろの琳を振り返り、何事かと問う。「気にしなくていいわ。前を見ていなさい、自動運転でも運転席乗車手が前を見ていたかどうかで、責任が段違いなんだから」意の女がそう指示するのだから、|稚兎《ちと》としてもそれに従うしか無い;|稚兎《ちと》は前に向き直って車をマニュアル操作で通常モードに入れ直してから、再び自動運転を起動する。
 さて、先に鳴り響いた警報音の理由は、意の女が口にした〝名前〟のせいだったそれは、妄りに口にすることの許されない名前であり、多くの国民は知りもしない単語、意図的にその名前が発されたことを、公安設置の監視システムが検知した。そうして発声の禁じられる名前は一つの血筋の者の名前であり、その血筋に当たる人物は現在、一人しかいない。



§ § §



 みしり、という感覚を音でなしに言葉でなしに現実の感触として感じたのは5日目と6日目の間の夜だった;夕刻頃にに雨が降っては再び晴れ日没後急に湿気の多い空気が肌にまとわり付く様になった月の明るい夜に、それは想像に違うことのない形容を以てのことだった、比喩の話ではない:股の間の奥に刺さるような。
 〝雨後の筍〟とは節操なく数が増えることを比喩しての言葉だが、実際には筍一つについても言えることなのだと下らないことが藤原の脳内を駆け巡っていたのは、それが想像以上の苦痛だったからである。蓬莱山ときたら同じ女だから知識を持った上で容赦がない、足元の筍がそのまま天へと成長を続けたら先端が《《どこにあたるのか》》を計算に入れて位置取りしている;それはつまり伸び放題のささくれ立った筍の先端が、正確に妹紅の《《入口》》を押し上げてきていること、その感触が実際に生じていることを物語っている。生長の方向が幸い僅かにでもズレてそのまま関係のない腹部を貫いて伸びていくのなら彼女にとってまだ救いだっただろうが、それはかの奸女の抜かりのないところだ;妹紅の「女」は丸ごと竹によって、乃ちそれを仕組んだ蓬莱山によって、最奥まで破り貫かれることが、どうやら約束されている様だった。

(ちく、しょう)

 鳳娘の恨み言も余所に、夕刻の雨によって成長を促された竹は彼女自身へ|刻一刻と《リアルタイムに》その侵入と存在感を示してくる;円錐形の先端は藤原の膣道をキャパシティオーバーの形で押し広げ、光沢さえ持った先端部と胴部分は膣へ侵入し、更には節と節の間から延びかけの枝葉が顔を出して挿入方向と逆向に伸びている。筍には動物からの捕食を防ぐための硬い皮が重なっており、さらに皮には硬い毛が無数に生えているのだから、それを押し込まれる妹紅の膣道は内側を硬い皮や毛によって引っ掛かれ、傷付き、出血していた;が、出血の理由は、それだけではない。
 捨てられ本来「藤原」を名乗ることはが許されぬ立場にあって手段も道も選ばずに生き延びてきた藤原妹紅だったが、それからもずっと〝その一線〟だけは守っていた;それはその後しかし、自分を|不死《アンデッド》に貶める一方で、自然の摂理に沿って|終了メソッド《死か破壊》をまだ持っている、妹紅の周囲の大切なものへ〝強制終了〟をかけて彼女を|孤立《オーファン》と為した、かの|憎悪怨恨の対象《蓬莱山輝夜》の、手ずから無残に奪われた。最初は気違えた月姫の張り型によってであったが、それは不死故に奪われる度に再生し、再生する度に奪われそれを繰り返す、蓬莱山輝夜による終わりのない処女喪失で、それはここでまた一度、加えられたのだ。

(無限回に、1ぐらい足したって、変わりは、しない)

 人間性を切削して迄望んで得た炎術もまだ/\蓬莱山の力に敵うものではなく、擦り減ったと感じていた人間性も蓬莱山にくらぶれば掃いて捨てる程残っているのだと痛感した;藤原妹紅は、蓬莱山輝夜を、卑俗に表現するならばつまり、舐めていた。
 屈辱に、奥歯を噛みしめながらもはや何度目かも判らない涙を流す藤原妹紅;何度繰り返されても心を折らずに苦痛を苦痛と感じ続ける「本物の生」、実はこれこそが蓬莱山輝夜が彼女にどうしても拘泥する理由でもあった。
 その蓬莱山の仕掛けが今も成長を続けているのを、藤原は腹の中零距離に感じている。上方への圧迫感はじわ/\強まり、既に筍の先端が押し当てられている場所をこじ開けようとしているのがわかる:子宮頸部。円錐の形をした筍の先端が上方へ延びるにつれて、既に侵入を終えている膣口を更ににぎち/\と押し広げて蹂躙していく。到底人間の男根の太さではない、この径を持つものは藤原の(あるいは蓬莱山の)体で言うなれば腕だろうか;それが無理やり押し入って入り口を捩じ開けているのだからそれは想像しうる苦痛ではない、何度目であってもただの処女喪失とも違う、藤原の女としての尊厳そのものを傷付ける仕掛けであった。どんなに過酷な境遇にあっても藤原が未だ生娘であることを知った蓬莱山は、彼女が自身がまだ「女である」ことに何らかの依存があるのだと直ぐに見抜き、以来、徹底的にそれを虐した。彼女のふたなり男根を殊更に冒涜するのもそのためだ;男茎で果てる度に藤原の心は削れていく、月の様に。蓬莱山はそれを眺めて笑うのだ。

「ぃっ、て……え……」

 今その場には誰もないというのに、誰かに涙の言い訳をする;これは、股を竹に貫かれている痛みによって押し出された涙だと、決して数え切れぬ程に奪われ続けてきた処女を悔いてのものではないと。追放された月の元皇族の悪趣味な実験場と化した竹林の中で、恐らく蓬莱山が見ていれば絶対に流さなかっただろう悔し涙と嗚咽を漏らす藤原。陰唇に垂れる立派な玉袋と、陰核が化けた竿、それに人としての色素が妙に欠如した病的な色白;藤原の体は人間としては完全故の欠陥品だ、だが人知れず流す涙と、抑えながらも漏れる嗚咽は、ただの年頃の女子と同じだった。
 痛い、と感じて腹部の遺物に意識をやってしまう都度に、それが膨らみせり上がっていることを認識してしまう。膣口の広がりは限界で既に突っ張っている、これ以上は恐らく引きちぎれるのだと理解してしまう。先端が埋まり込んでいく子宮口は間もなく出産するわけでもないのに強引に押し広げられ本来入るべきではない遺物に蹂躙されるだろう。傷も、あるいは死も、飽きるほどに重ねている、文字通りに飽きていた;だが《《女》》の喪失についてだけは、一向に慣れることはない。それは、蓬莱山が見抜いた通り藤原が《《女》》であることに何らかの依存―それを誇りと呼ぶ者もあるようだが―しているからだろうか、それとも、下手人が蓬莱山だから、だろうか。
 蓬莱山は筍を〝竹の男根の様だ〟と言ったが、筍に思考や感情など到底ある筈もない;炭素を主体としている以外には人間との共通点など無い様に思える何の意思も持たず肉感の一欠片もない硬質な存在によって機械的に、しかも時間をかけて《《女》》を奪われ犯され蹂躙される屈辱は以下ばかりだろうか。竹の成長速度は仮にこの狂った遊戯を性行為と見るのなら、極めて鈍足、だが元普通の人間だった藤原にとってはその変化を察知してしまえる程度にははやい、実にゆっくりとした、だが実感を伴う、極めて残酷な絶妙を突いた強姦だった。

(いたい、いたい、いたい、嗚、殺してやる、殺してやる、ころしてやる……!)

 自分の歯で唇を噛み千切ってしまう程の慚愧、涙は留まることなく溢れてくるがしかし、蓬莱山にまるで勝利することが出来ない事実はこうして自身がされているような責め苦を相手に課す発想を出来ずただ「殺」という言葉しか発せない自分の矮小さと相関しているようで、それもさらに悔しさを増してしまう。痛みは今現在も遺物の侵入にが進み傷付けられ裂ける股間よりも、心臓当たりの方が強いように感じられた。

(オレ、は、オレは)

 妹紅のここ(決まって胸のあたりを指さして言う)にはね、本当の生があるの。蓬莱の秘薬なんかじゃ絶対作れない、本物の……きっと私も持っていない『本物』。だから妹紅は、綺麗なの、世界中の何よりも、ずっと:蓬莱山が藤原に向かって事ある毎に謂う、藤原自身には呪言にしか感じられない言葉を、しかしやはり、藤原は呪にしか受け止めることが出来ないでいた。

「ふざけるな、殺してやる、絶対にお前を殺してやるからな」

 |筍《呪》は、藤原の体を、ずる、ずると貫いていく。



§ § §



 遥か空に向かって細い線が伸びている。あれは階段だ、人の二人三人程度が肩を触れ合ってやっと並んで歩ける程度の幅しか無い、壁もない、それに足さえない、神憑りの階段だった;それは雲の中に突き刺さり、風に流れることなく佇み続ける奇妙なその濃い雲の隙間には巨大な岩が垣間見えていた。距離から考えてそれは、山一つが空に浮いているようなものだった。しかしその階段も、更には雲の合間に覗く山さえも地上に接してはいない、階段は途中で細り薄まり姿を消している、まるで虹の足が無いのと同じような有様;山の方も雲の輪郭に遮られてバッサリと下半身を欠いている。
 そんな奇妙奇天烈極まりない遠景を遥か空に貼り付けて、その足元には穢土の都がはえている。

「ふん。穢だなど、捉え方を間違えればこの通り、ただの差別の口実になるだけじゃな、愚かしい。神奈備城下の都と聞いて来てみれば、人など皆大差ないものじゃなあ」

 都も東西南北外れにも及べば〝みやこ〟の言葉の印象からは程遠い、中央に残り続けられない民達が端へ追いやられて境界に押し付けられ、都に立ち入ることを許されない民達が境界に縋り付く有様、都心の華やかな賑わいに比べてこの辺境が勝っているのは人口密度だけだ。これは人の気配のない山川野よりも余程に気色の悪い風景だ;その境界窮まる場所に佇まいを構えるの寂れた悲田院、それが寺院附属の福祉施設として有難く徳の溢れる場所だったのは建立から僅かな期間だけであった。
 悲田院の代表的な機能は既に殆どが麻痺している:病人や貧民へ治療や救済を施すといったものだ;代わりに今は、掬い上げられずここに溜まってゆくばかりの人の澱が重なり積もって、半ば非人小屋のような様相を見せていた。特に|癩《らい》、|寸白《すばく》、疱瘡の患者は顕著で、この悲田院以外には行き場もなく押し込められるも、さてもここに入らず浮浪をするよりは遥かに《《まし》》ではあるものの、最早ここではまともな手当も治療も病に立ち向かうに満足な栄養を得ることも出来はしなかった。
 仏教の施設ではあるものの民の間から霽と褻、清と穢の概念は消えることなく、教義上救済し徳を積むべき非人達は|触穢《そくえ》を恐れられてまともな扱いを受けてはいない、当初は甲斐甲斐しく世話をしていた僧達も代を減るごとに接触を最小限に留めて形式上の施しを行うばかりとなり、こもにいる者達の状況改善に臨もうとする者はなかった。

(こえだめか、ここは)

 漂う臭気は不潔な密集住環境を如実に表わしている、鼻を突く刺激味のある空気は|臭素《アンモニア》のそれだろう、他にも糞を漏らした様な匂い、死体を放置した様な匂い、獣の様な匂い:とてもまともな場所の匂いではなかった。
 〝悲田《《院》》〟とは言うものの、建造物の中に収まっている者の数はほんの一握りである、実態は院を中心に形成された浮浪者の集住域であって、その規模は寺院の境内一つ程度ににもなる;言うなれば、それはスラム街だ。浮浪者が都のきまりごとなど全く顧みず思い/\に荒屋や掘立てを設え、それさえしない者も含めてここに寄り集まっていた。そのスラムに、どんな出自の人間がいようがあるいはいなくなろうとも、だれも気にしない。ここにいる者達の関心事は最早救済でも、治癒でもなく、ただ/\その日一日を生き延びることに尽きる;それは正しい、ここでは待てど望めど、救いも癒やしもここではもう売り切れなのだから。
 ここでは誰もがお互いの素性を気にしない;そんなものは《《への役》》にも立たないからだ。故に病人や貧民以外に、罪人にとってもこの場所は《《住みよい》》場所だったし、ほんのわずかにではあるが、更にそれ以外の者も含まれていた;その例外が、この孤児である:辺りの人間達を鋭い視線で撫で斬る様に見ていた。
 栄養状態がよくないのか、肋が浮いている。頬もこ痩けて目も少し落ち窪んでいる。だが、幼いだろう年齢の頃合いに比して見れば、よく生き延びているという印象を受けた;こんなに小さい子供なら、真っ先に死んでしまいそうなものだが、低栄養状態で生き延びている子供に特徴的な様子:薄い頭髪:木の枝のような手足:垂れ下がった腹、といった様も見えない。

(こんなところ、すぐにでてってやる)

 だが誰もこの餓鬼の素性など、気にはしない;本当に最近来たばかりなのかも知れないし。どうせただの哀れな|孤児《みなしご》としか思われていないだろうが、だがこの年端も行かない子供の視線の尋常でない様子は他の浮浪者にもなんとなしに伝わっているようで、まともな生活を送っているのならまだ髪を垂らしているだろう齢程度の子供だと言うのに、まるでその空間から〝ひとごみ〟という概念を蚤で刳り抜いたみたいに、その周囲一間にはくっきりと〝無人〟が形成されていた;年齢不相応な鋭い雰囲気と視線もその理由だろう、そうでなければこの子供はこの場から叩き出されていたに違いない。というのも、誰が見てもまともな状態ではなかったからだ;人間にしては余りにも《《白い》》。
 物の怪か何かの様に見られている、だがその様子が恐ろしくて周囲の人間は見ないフリをしているようだった;触らぬ神に祟りなし、ということだろうか。だがいつでもそうとは限らない、悲田院スラムには一様ではない色々の人間がいるし、ここでは日々沢山の人間が死ぬと同時に新しい人間が都の内外から流入してくる。この餓鬼を見て、恐れを抱かない者もたまにはいるようだった。

「おい餓鬼、近寄るんじゃねーよ、気色わりーな。なんだそのババア見てーに真っ白い髪の毛。肌もかよ。物の怪なんじゃねーのか? ここは人間様の住まいだ、とっとと出ていけよ」

 近寄るな:と言いながら自分で近づいていくのは、男が厄介な人間で有ることを表わしている。こんな場所には幾らでもいると言えばその通りだが。

「おい、やめとけ。そいつには関わらないほうがいい。〝死なずの餓鬼〟だぞ」
「ああ、〝死なず〟? お前、そんなひょろ/\の体で、強ええってのか?」
「違う、お前の言う通り物の怪のたぐいか、幽霊か何かだって言われてんだよ。どんなに痛めつけても、例え殺しても、何日かするとひょっこりここに現れるってもっぱらの噂だ。別に悪さもしないからもうみんな慣れっこだが、誰一人関わろうとしない」
「バカも休み休み言えよ。〝東のヒデンは西の寄りよっぽどガラが悪い〟なんて聞いてたから期待してたのによ、まさかそんな噂話にビビってるなんてな」

 脇にいる男は制止するつもりだったのかも知れないがそれは逆効果だった;水死体のような白い肌に老人のような白い髪の子供相手に、本来ならいい大人が拘泥する必然性などコレっぽちもなかったろうに、焚き付けられる形で増長してしまう。木の小さな虚の凹みをちょうど背もたれにするように座り込んでいた、〝色白の〟子供は、近寄ってきた大男に向かって鋭いままに視線を持ち上げて、向けた。それが益々に男を煽った。更に一歩を詰めて、座ったまま見上げてくる子供を見下ろして凄み続ける;男の要求は不明瞭だった、この場から立ち去れとは口では言っていたが、そうしたところで気が済むような雰囲気には到底思えない。白い子供は襤褸をまとった体引っ張り上げるようによた/\と立ち上がって、気丈にも―いやそれは〝無謀にも〟と言い直した方が適切だろう―男を睨みつける。

「〝死なず〟ってなら、まずはいっぺん殺してみないとわかんないってことだよなあ?」
「……すきにしろ、《《げろう》》が」
「いー度胸じゃねえか。へへ、死人みたいな色してるが、顔だけ見れば使い物になりそうじゃねえ? ただ血色が足りねえな、てめえの血で化粧でもすりゃ、少しは良くなるか」

 男が拳振り上げた。大柄な体の拳は娘の頭と比べて余計に大きく見える;これがもろに入れば、別に力自慢の男でなくとも体の小さくしかも痩せ細った女には相当《《効く》》だろう。女の方は、男を睨み付けたまま……その拳を顔面に受ける。女の体は軽々と横に吹き飛んで、地面に倒れた。周囲の人間がざわめいて、元から女の周囲から避けるように避けていた人の姿は、より一層に遠巻いた。妙な噂のある気味の悪い子供と、ガラが悪く厄介そうな新参者。どちらも余り好ましくはない、どちらとも関わり合いになどなりたくないのだ。元から男の知り合いだっただろう男だけが、少々内側に立っているが、それを除いては周囲数十間からはすっかりと人が失せた。

「おっ、そうか、顔を殴るのはよくなかったな、これから《《使う》》ってのに」

 よくなかったな、などと口から出任せだとよく分かる下卑た笑いを漏らしながら、男は地面に転がり臥せった白人へ更に詰め寄る。立ち上がろうとする女は木に寄りかかっていた時より一層弱々しくよろめいていたがしかしボサ/\と伸び放題の白髪の隙間から睨みつける目の、瞼の縁を彩る赤い肉色だけが燃えるように生々しい;破けた唇から流れる血の色も、不健康に白い髪の毛と病的に白い肌に重なって不気味なコントラストを描いていた。その気味の悪い落差が、男の二撃目を急かさせる;起き上がりきっていなかったせいで体勢が低く打点が上手くない、女が身を起こすのを待たず、今度は拳ではなく足でその小さな体を蹴り上げた。

 ぐっ 「う゛っ゛」

 痛みに上がる悲鳴と、気道を押し潰されて空気が漏れ出す音が重なる;女の体は軽く打ち上げられて、そのまま再び倒れ転げる。うつ伏せに倒れながらそれでも腕を付いて起き上がろうとする、だが上半身を持ち上げる前に、取り戻せていない呼吸のせいで息苦しさが勝って伏し直した。横隔膜が言うことを聞かず、痙攣するように呼吸を邪魔する;胸の中には何もないのにまるで何かが詰まっているかのようで、それを吐き出そうにも出てこず、押し通しても息は出来ない。男はそれに歩み寄り、伸び放題の白髪をまるで草毟りの要領で掴んで女の顔を上向かせた。

「こんなこどもあいてに、たいそうなのとおったぶじんらしいな?」
「……ガキのくせに気の利いた皮肉を言うじゃねえか」

 男が、女の髪を掴んだまま更に高く持ち上げてもう一発加えるつもりだろうか、という動きを見せたところで男の背後から声がかかった;この騒ぎを遠巻きに見ている人間がいるだけだったはずの状況で、その声は随分と近くからのものに聞こえた。

「やめておけ」
「ああ?」

 声に振り返ってみれば、男の背後にいるのは女だった。女にしては長身だろうか、銀糸を束ねたような長い髪をさら/\揺らしている。顔だけを少し斜に構えた様にずらして男の方を眇めるように見るのは、どうにも小馬鹿にしたような印象も受ける。
 女の身なりは上等で、白い衣服、烏帽子、高貴な五色を惜しげもなく散りばめ重ねた衣、それらは乞食だらけの悲田院スラムの中ではまるでそこにだけ別の色の日光が差し込んでいるようだ。その中でもひときわに、目許が異様を放っていた。この丸い《《びいどろ》》を目に据えたような装飾品は、まだ地上の民衆には伝わっていない。地上では一部の位の特別高い貴族か、寺社の高位の神職僧侶にだけ伝わっている;自分の所有としているものは更に限られた。これは装着者の視力を補佐あるいは増強する、めがね、という道具だったが、これは遥か空に見える足のない|階《きざはし》の上で用いられている特殊な道具だった;そのことはここにいる誰も、知る由もないが。
 女の、男を挑発するように眇める目は、眼鏡の《《びいどろ》》の向こうで一層に鋭く怪しい;それに見られた男は、更に気分を害しながらも女の出で立ちに少々怖じ気付いてもいるようだった。

「その子供が尋常ではないこと位、見ればわかろう? この様な不衛生な場所で殊更に病じみた気色、噛み付かれでもすれば何を|伝染《うつ》されるか、わかったものではないぞ?」
「……ぁんだ、てめぇ」

 男が空虚な威厳を取り戻そうと威張り直すが、現れた女は特に意に介す様子もない;それよりもその向こうで打ち捨てられたようにしている子供の方に興味があるようだった。

「名乗るほどの者ではない;お忍びで城下を見に来た一介の道士、そうさなあ、ぬしらに分かるように言うなら、〝藤原〟の縁者じゃ」

 〝名乗るほどではない〟〝一介の〟とは言いながら、その《《名》》を誇示するように、不遜な笑みを顔面に貼り付けながら言う。

(ふじわら……?)
「フジワラだあ? やんごとなき方がこんな場所に何の用だ?」
「まあ、庶民の生活の視察、とでも言っておこうかの」
「ふん、不用心なんじゃないのかい、こんなガラの悪い場所じゃ、身ぐるみ剥がされたって文句は言えね……あっっちいいい! う、おおおっ、火ぃっ?!」

 自分で申告した通り絵に書いたように〝ガラの悪い〟男が藤原を名乗る女に向いて、その高価そうな衣装と装飾品を剥ぎ取り、ついでに体も使えないこともないだろうと手を伸ばしかけたところでしかし、その図体には不似合いに可愛らしい叫び声を上げて手を引っ込めた。
 引っ込めた手の理由は、擦り切れて襤褸になりかけの粗末な麻服の袖口にあった;服が、火を上げて燃えていたのだ、恐らく引っ込めた手と悲鳴も火に焼かれた熱さに驚いてのことだろう。火種は見えない、熾した動作も見えなかった;だが男の衣服はたしかに燃え上がっている。
 男は暫く慌てふためいて火の付いた布地を手で叩いていたが消えず、地面に倒れ込んで土に擦り付ける様にして漸くにそれを消し止めた。

「な、なにをしやがった!」
「藤原は代々、|占《まに》と|呪《いわい》の血ぞ? 我はただの落とし子なれど血には偽りなし;たった今見た痛い目が、その証じゃ。もう一度、焼かれてみたいか、今度は体が炭に成るやもしれんぞ? それともやはり、この娘に噛み付かれでもして何か|伝染《うつ》されたいかの?」

 藤原を名乗った女が口の端を吊って笑うと、今は男の背後にある子供の方へ《《わかるように敢えて》》視線を向ける;それは男への警告であって、同時にブラフだ。女の視線に煽り促されるように振り返った男の視界に入ったのは、真っ白い女が口を大きく開いてまるで犬のように歯を見せ、そして噛み付きでもするみたいに空に歯を立てて顎を閉じてみせている姿;ついでにもう一つ、小さく口を開き、舌を出して唇を舐めずって見せる。

「狂犬に噛まれた人間がどうなるのか、噂に位聞いたことがあろう? 見るからに病人の見た目をしているではないか、ほれ」

 顎でしゃくるように娘の方を指す、藤原を名乗る女。男は憎々しい表情を浮かべて少しの間、唸るような声を漏らしながら女と、子供を交互に睨みつける。そして、ひとつ舌打ち。

「ちっ……稚児妖怪に、なまぐさ道士たぁ、やってらんねえぜ」

 負け惜しみの捨て台詞にしか聞こえやしないが、精一杯の虚勢を張って男はその場を去っていく;周囲を遠巻きに囲んでいた民衆は〝海を割ったように〟左右に広がって男を通したが、その行き先を見届けようとするものは誰もいない。一度この場所に来たということは、どうせここから出ていく場所もない人間だ、明日にはまたここに戻ってくるだろう。誰の目にもそれはわかっていることだった。
 男が幕から切れたのを見計らった様に、貧民病人孤児たちも某の子を散らすようにとその場を去っていく;残ったのは、妖怪の子と呼ばれた真っ白い子供と、突然現れた藤原を名乗る女だけだ。〝藤原〟は、転がったままの子供の方へ無遠慮に歩み寄り、しゃがんで視線を合わせるようなこともせずに子供を見下ろして、しかしまるで不躾に馴れ馴れしい口調で話しかける。

「なまぐさ、とは失礼なやつじゃな。しかし狗のマネなどして、案外ノリがいいな、おぬし?」

 藤原を名乗るのなら確かにこういう女だろうか。高貴さが空気に溶けて流れ出ている様に、悲田の女は目を見張った。スラリと高くしなやかな立ち居振る舞いには洗練された気品がある。自分の髪が灰の白なら、この女の髪は白銀の白だ。肌も死人のようでなく血が通ってほんのりと桃色、自分の痩けた白に血の滲んだ赤の面妖な落差とは違って、艶めかしく色香を滲ませている。物の怪と評された子供は口を半開きにした様に、〝藤原〟を見上げた。見下ろしてくる目は、細く垂れているが長い睫に象られて鋭く見える。奇妙な《《びいどろ》》目装飾品のせいだろうか、目の形が部分的に大きく強調されている;その視線に射られて、灰白の餓鬼は一瞬固まったが直ぐにそれに負けじと視線を返した:睨みつける位の。

「てめえ、ふじわら、ってゆったか?」
「いかにも? っと、何のつもりじゃ」

 灰でも被ったように真っ白な子供は、〝藤原〟がその名を肯定するや否やというところで女に飛びかかった。飛びかかってどうするのかまでは全くわからない;凶器を持っているわけでもないし、かと言って抱きつくような様子でもない。後先考えずに飛びかかる、子供が後先考えずに喧嘩を始めるときのようにしか見えなかったが、それはそのとおりだったかも知れない。軽く身を翻してそれを交わした女の足元で、白い子供はどさりと倒れ込んでは顔を上げて女を見上げた;その視線は憎しみに染まっている。

「《《ほら》》をふくな、ふじわらのおんなに、おまえみたいなやつは、いない」

 妙に意思の強さを感じさせるような語気で女に向かって声を投げつける餓鬼、〝ふじわらのおんな
〟として認定をもらえなかった?女は、一瞬だけ足元の子供に向かって訝しげな表情を向け、それからまたすぐに人を食ったような嘲るような視線を《《びいどろ》》の底から投げ出してくる。

「親の名は明かせぬがな、我は屡々巷間呼ばれる〝落胤〟というじゃ。しかし父上は我を哀れんで下すってな、こうしてこっそりと不自由のない生活をさせて貰っておる」

 こうして、といって両手を広げるのは、着ている衣の上等さを見せつける様な仕草;女は恐らくそれを特別に上等と思ってはいないのだろうが、同時にここにいる貧民たちにとっては《《そう》》ではないことを自覚しているようだった。

「おまえ、いいくらし、してるのか」
「―ま、当然じゃな、女好きの糞男が勝手にこさえたのじゃ、産まれて捨てられた我が身にもなれば、蔑ろにも出来なかろう。そんな事をすれば、神罰も下ろうもの」

 と、藤原を名乗る女がまるで、顔も知らない父親を罵るような口ぶりでそういうのを、しかし幼女は睨みつけるような目で見ている;嘘を吐くな、目がそう言っていた。子供の視線に気付き、女はその様子を笑い飛ばそうとする;だがふと何か引っかかることがある様に表情を止めた。

「……ん、おぬし」

 まるで水が流れる動きのようにするりと子供の懐に入り込んで、その顔をじつと覗いて目を細める;そして、女はこの娘の体をまるで〝たかいたかい〟をするように急に抱き上げた。

「おっ、おい!?」
「ふふ、はは! そうかなるほどのぉ、おぬし、まさに《《藤原》》ということか! しかもこれは面白いやつを見つけたものじゃ!」

 白鬼子の狼狽を気に止める様子もなく、藤原を名乗る女は笑いながら娘の体を毬のように、だが確かに子供をあやして遊ぶときのような丁重さで以て、子供を宙に転がした。

「ばっ、ばか、やめろ!」
「しかしのー、〝丹〟が他にもあるのか;道理で〝死なず〟なんて渾名されておるわけじゃな! ははは! 〝丹〟は神奈備が下賜するのか、それとも地上に練る技術があるのか? それにぬしのような子供が何故?」

「おま、おま……っ!」
「うむ、たしかに常世の気配を抱いておる。これはこれは、一大事じゃのう」

 一大事と言いながら慌てている様子は微塵もなく、寧ろ楽しんでいるかのような表情で抱いた体を、子供が抵抗するのに従って、離した。娘は顔を真っ赤にしている、灰白色の肌は照れて紅潮する娘の血色を如実に映し出していた。人から思いき抱きしめられた記憶がない娘は、深い意味はなく、単にこの人肌にどういった反応を示せばいいのかわからずに、女のジェントルベアハッグから解放された後もただまごまごと顔を赤くしている。

「……まあいずれにせよ全く厄介なことじゃ、そう誰でも彼でもなられては敵わんから、隠しておるというに。中臣の秘儀が必要で苦労しておったというに、まさか|藤原《中臣騙り》の身に〝丹〟が宿っていようとは、皮肉なことよ」
「お、おまえはなんなんだよ、ふじ、ふじわらってのは……!」

 娘が顔を真っ赤にしたまま、ぱく/\と口を動かし口と声がどうにも一致しないようなしどろもどろで、女を指さし非難するように叫ぶ;残念ながらその非難の声には全く凄みも威圧感もない、ただ、誰が見ても子供相応の空威張りな微笑ましさだけが見える。努力の甲斐無く非難の声はいつの間にかに可愛らしさに変わっている、それに頬を緩めるのを全く隠す様子もなく女は、娘に向かって頭を垂れた。子供に向かって、少々の挑発も含む慇懃を示した形だ。

「おお/\、そうじゃった。本物を前にしては我もカタナシじゃ。我は確かに藤原ではない;そのもっと前の家の人間の縁者、とでも言おうかの。と言っても、ぬしは知るまいがな。」
「もっとむかしだ?」

 女は頷く;本物の、と言ったということは、自らが騙りであることを案に認めたようなことだが、この女はそれを後ろめたくもなんとも思っていないようだ。それどころかそれはそれでよい、目の前に本物がいるのなら、とでも言いたげに堂々と悪びれもせずに〝本物〟に、胸さえ張って向かい続ける。

「そうじゃ、|藤原《中臣騙り》の更に末裔とあれば、主には最早関わりのないことかも知れぬがな、その縁も異なもの;我もぬしも〝丹〟を飲んだ、同志のようなものじゃ。ぬしのその体が純粋な意味で〝命の容れ物〟となったのと同じく、我のこの姿も仮初、今の我は仮の肉を持った霊体のようなものじゃ。いい女であろう、いい女であろう?」
「……しらねーよ」

 まあそう邪険にするでない:何がそんなに嬉しいのか、藤原を中臣騙りと呼ぶのと同じく、自らは藤原を語っていた道士の女は、にい、と笑って娘に向かい、改めて名乗った、

「我の名は、物部。〝不死となった藤原〟よ、これから何かと関わり合うこともあろう;見知り置き願う」



§ § §



 しと/\と葉を打つクラップ音とは別に、中空の胴を叩く小気味の良いタム音;竹林に特徴的な雨脚音が辺りに響いている。こんな夜には竹の子は目覚ましい速度で成長してその丈を伸ばしていくのは、藤原妹紅自身もよく知っていることだった。その成長がもたらす苦痛も容易に想像できるし、何より|胸糞悪い《Hellnoな》のは藤原の眼前にいるあの女の姿、いやその女の顔面に貼り付いたにた/\笑いの表情だ。

「嗚、どんなに恨みつらみを積み上げて太陽を遮ろうとしても明日は来てしまうんだな、クソッタレ」
「生憎私は月なのよ、太陽を遮ろうったってお門違いだわ。鏡の民に謝ったほうがいいわよ?」
「しんねーよダァホめ。オレの火がこんな雨で消えると思ったら火傷するぜ」
「まあ/\、可愛らしいこと♥ どんなに願っても忌避しても、私達には〝明日〟がある。素敵なことだわ」
「……けっ」

 相変わらず言葉が通じねえ:藤原は眉を顰めて目を逸らす。そうして目をそらしている内に、蓬莱山は藤原の足元にまるで跪くようにして寄った;当然それは藤原妹紅に向けて敬意や服従を示したわけではない。

「どお、これ?」

 蓬莱山は藤原の下腹部に手を触れた。

「っ」

 じゅわ、と藤原妹紅の女陰から液体が溢れて濡れた;愛液によってではない、溢れ出したのは真っ赤な血だ。筍の先端は藤原の膣に突き刺さっている、筍を張り形淫具に見立てたように真っ直ぐに突き立っていた。本物の男性器とは比較にならない径を持った筍によって膣口は大きく押し広げられ、筍の硬い表皮と剛毛が藤原の膣肉を引っ掻き回して裂き散らしている。激痛は腹の奥深くから響き渡る音のように全身に伝わっている、筍は藤原の女性器を深く損害しているようだった。

「あは、もこの処女、竹に奪われちゃったわね?」

 蓬莱山は膝を突いた下から藤原を見上げてくる、だがその表情には全く見下すような色しかない。にい、と笑った蓬莱山輝夜の口が割れ、その間から食み出した紅色の舌肉ビラ;唇ごとそれが藤原妹紅の、血を溢し続ける雌裂に寄り、伸びた舌先が血塗れたラヴィアを舐め回した。筍の太さに任せて押し広げられ張り詰めるように広がった粘膜に舌を這わせて、まるで|飴《たがね》でも舐めるように、うつとりとした表情で舐めてている。

「やめ、ろ」

 藤原が股を閉じようと力を入れるが拘束された足は閉じるはずもなく、それどころか腹に突き刺さった筍による痛みが増すばかり。筍の先端の形状も人間の男性器とは異なり、先細りの形は鋭い;このまま雨に誘われて成長を続ける筍は、一層深く女性器を……いやこのまま伸び進めばそれ以外の内臓器官も構わず刺し貫いて行くだろう。

「かわいー……」

 蓬莱山が残忍な恍惚笑顔を浮かべながら見ているのは、女である藤原に備わった男根;勃起はしていないが竹によって内側から押し上げられるように持ち上がっていた。垂れた陰茎は、陰嚢の裏側に隠れている淫核とは全く別に追加されていた;藤原妹紅に備わる男根は淫核が肥大化したものではないらしい、或いはふたつ備わった淫核の片方が陰茎に化けたのか、今更竿が何の器官の畸形なのかなど、しかし何の意味も持たない。藤原にとって不幸なのは双方等も正しく機能することだった;男根は男と同様快感受容器であり絶頂とともに射精してしまうし、淫核は女と同様に快感を貪るための専用器官として備わっている。

「もこのここほんとエッチでだぁいすき♥ おとこのことしてもおんなのことしてもイけるなんて、ハア、羨ましいわぁ」
「くたばれド変態っ、そんなに欲しけりゃ呉れてやる、持っていああっ!!」

 藤原の〝持っていけ〟の言葉と同時に、蓬莱山は藤原の陰茎に噛み付いていた、甘噛みではない、本気で噛みちぎる程の力で思い切りに歯を立てていた。思わず呻き声を上げる藤原。

「|ひゃあ、おらうわえ《じゃあ、もらうわね》」

 口の中にちぎれかけのペニスを含みながら、上目遣いで藤原を見上げる蓬莱山。勃起していない陰茎は小さく柔らかい、前歯の剪断力がダイレクトに伝わりペニスの肉を裂いた。信じ難い勢いで血が吹き出して蓬莱山の口に注がれ、それは月狂いの姫の口の端から垂れて輪郭を伝って合わせの開いた白い胸元を汚す。

「あ゛……っ、ぐ、てめ、え あ゛あ゛あ゛ああああっ!!」

 ひと噛みでそれを切り落とせなかった蓬莱山の前歯は、ハサミの刃を進める様に切れた箇所から切れていない箇所へ歯を移動して、少しずつ断裂を広げていく。少しずつ、少しずつ。それは刃物ではない、薄いだけの砥石のようなものだ。それで挟んで、潰して、組織を破壊して千切破って、切り落とす。そうして、少しずつ、少しずつだ、その悍ましく切れ味の悪い肉切り鋏は藤原の肉を切り進んでいく。

「やめ、っ、ア゛ア゛ォ゛ああああっ!!」

 血が迸って蓬莱山の口から喉、胸元をべっとりと濡らし、誰の眼にも極上と分か衣を無残に血染めにしていく。それが戦道具か何かでもない限り、血に汚れたものは忽ちに価値を落とす;まして、蓬莱山の出身である月の都ではこうして体をすっかり血で汚すなど言語道断、全力で忌避する|禁忌《タブー》であり、仮にそうなってしまえば厳重な祭儀を以て祓い清める必要がある筈だった。更には蓬莱山の〝肉を口だけで食いちぎる行為〟は、|獣《よつあし》をの|呪《シュ》を受ける行為だ、それも強烈に穢を招く行為だ。こうした蓬莱山輝夜の振る舞いは、元とは言え月の住人として、全く気を違がえているの一言に尽きた。
 そうして少しずつ、少しずつ、すり潰すように、藤原の陰茎が破り切られていく。

 じゃく、じゃく。ちゅ。ざく、ぞぶり。

 肉棒を食いちぎり血の吹き出す断面を蓬莱山は、顎の咬合の合間/\に舌で舐めるように撫でている、その歯が陰茎肉を噛み剪断するに従って藤原の陰茎から焼ける痛みが爆ぜた。それが男性の弱点であろうとなかろうと、こうして生きたまま肉を噛みちぎられる痛みなど想像したくもない;だが藤原妹紅はまさにその激痛の渦中にあった、塩を塗った金鑢で神経を無遠慮に擦り立てる様な、灼熱と区別さえ付かない激痛に晒されていた。
 ひと噛み/\、ぶつり、ぶつり、体組織がちぎられる嫌な感覚が、体中を震わせていく。

「ころ、す、ころして、っぐ、ころしてやる、からな……ァァああ゛あ゛ぁあ゛っ!!」

 ぶつん。激痛を高音とするのなら、その断裂音は震えるように響く低音;音と言うよりも体の中を伝ってきた振動として、それは藤原の内耳を揺らした。

 ころり、と転がり込む感触まで伝わったのは、蓬莱山の体が藤原の体に密着していたからだろう;藤原は全身を以て、自身の体の一部が蓬莱山の口の中に取り込まれたのを感じ、痛みと屈辱にもまして寒気を感じて:ぞわり:肌を粟立てた。
 膣はあらくれた筍の表面によって無残に引きちぎられ、陰茎は蓬莱山によって切り取られた。この損傷が生死に直結しない体の藤原も十分に異常だが、それを棚に上げて、藤原は蓬莱山の異常性に顔を引き攣らせ、寒気に鳥肌を立てた。この女には、|一生《永遠》かけても叶わないんじゃないだろうか、そう思わされる。もしくは、蓬莱人としてもっと長く生き続ければ自分もこうなってしまうのだろうか。それはそれで、恐怖に違いなかった。
 蓬莱山は、藤原の股間から噛み毟り取った陰茎を口に含んだまま立ち上がって、藤原と目線を同じにする。そして敢えてその眼前で口を開いて、口の中の《《もの》》を藤原に見せつけた。指一本よりも太くて長い肉片を咀嚼することなく口の中に含んでいる;もともと血塗れだった蓬莱山の口の中は今度は涎で満たされ、口を開いた途端にどろりと糸を引いてこぼれ落ちた。涎の溢れるままに口を開き片目を眇めて笑うこの女の様子を|月媛娘々《あるてみす》と表現するのは最早万人にとって難しかろう、最早|狂《たぶ》れ犬の病に冒された手遅な患者にしか見えまい。
 その蓬莱山は手を伸ばして左右から藤原の頭を掴む、首を動かして顔を背けないようにだ。それに加えて追加の一手で追撃する:「こわいの?」
 つまり〝私の行為から目を逸らすな〟と言うことだ。藤原の敵愾心を煽ることで視線を固定した蓬莱山はその眼の前で、口の中にある藤原の陰茎を、咀嚼してみせる。敢えて唇を上げ、前歯に犬歯に、挟まれ食み出す陰茎肉が敢えて見えるように。そうしている蓬莱山は、残忍を通り越して癲狂の様相、眼を細めているがその表情は恍惚に笑っていた。

「っ!」

 藤原のその反応は最早恐怖に対する反射と同じだったかもしれない;眼の前で自分の体組織を咀嚼して笑う蓬莱山に向けて、藤原はなけなしの力を振り絞って炎を放った。散弾状に飛び散った小さな火弾が、蓬莱山の顔の幾つかの場所を焼いた。右耳は熱線で焼ききれるように焼け取れて落ちた。頬にも火弾は飛んだが、自分の陰茎肉を噛んでいる顎を全て消し飛ばすには及ばない、焼けて穴の空いた頬から、形のいい歯並びが覗き、その間に挟まる自分のペニスを見てしまうだけだった。墨絹の髪は左側の壜から後頭部にかけて焼けて剥け、爛れた頭皮の下からは焦げた頭蓋に罅が入っているのが見えた。右目に入った火種はそのまま奥へと焼き進んで黒く炭化した穴を脳にまで通しているが、蓬莱山の体活性を失わせる程の損傷にはなっていないようだ。いずれの傷口においても、筋肉の可動域とは関わりのない、這い回る芋虫を思い出させる動きで焼けた肉の端が蠢き、薄桃色の液体を吹き出しながら急速に肉を《《生やして》》いる;万全な|再生《りざれくしょん》だ、この程度の損傷で、蓬莱人がどうにかなる訳がないことを、藤原は身を以て知っていた。

「ふふ」

 グロテスクな損傷と悍ましい再生を共存させながら、笑う、蓬莱山。
 くちゃ/\、残った血と唾液に混じって噛み砕かれていく藤原の陰茎。肉が潰れて血が溢れ出し、千切れて細切れになり、蓬莱山の唾液と混じって徐々に形のない赤と白の斑なミンチに変わっていく。そこから眼を離さない藤原の精神力も大したものだが、それでもそもそも螺子も箍も外れて全く違う倫理を持った否倫理など欠いた生き物が、蓬莱山輝夜だ、藤原にはそう考える以外に頭の中を整理する術がなかった。

「ざぁんねん♥」
「おぼえてろ、おぼえていろ、よ、テメエ、ああ、くそっ、くぉおおっ!!!! いてえ、いてえよっっっ、ああ、チクショオオオッッッッ!!!」
「ふふ」

 ぐきゅっ、んぐ

 ひとつ、笑ってから蓬莱山は敢えて喉の音が聞こえるように口を開いて、すっかり挽き肉になった藤原のペニス肉を、眼を細めながら飲み下す。蓬莱山は口元、顎、蠕動する喉、と飲み込んだ肉を追いかけるように白く細い、鮮やかな|爪先化粧《マニキア》に飾った両手の指先を添えて自分の体をなぞるように動かしていく。血に濡れた胸、細い腹周り、へその上、そして股の間へ。勿論嚥下した物が早々にそんなに腹を下りましてや下腹部にまで至るはずがない;だが蓬莱山の手の動きはそれでもある種の|誘惑《ふあしねいしょん》を纏うような強制的な説得力をも以て、それを藤原に見せつけている。まるで、自分の陰茎だった肉が、そうしてあっという間に、眼前の狂女の、股の間に到達したんじゃないかと、思わされてしまう。蓬莱山はその流れるような手の動きを途絶えさせないまま豪奢な衣の裾袷部分を割って開き、自らの股間を藤原に晒し付ける。
 下着をまとわないそこは、べっとりと濡れていた。
 妹紅には全く信じ難いことだが輝夜のそこを濡らしているのは、紛れもない愛液;輝夜は妹紅のペニス肉を噛みながら、興奮していたのだ。そしてそれを今、藤原に見せつけている。

「ごちそうさま」

 と言いながら、蓬莱山の両手は淫液で濡れそぼった雌裂を擦り回している:左手でラヴィアを:右手でクリトリスを。ぐちゅ/\と淫らに汚らしく響く音を隠すどころか、眼の前の藤原に聞かせるように。

「嗚、堪んない、堪んないわっ♥ 好きよ、もこ、その眼、で私をもっと見てっ♥」
「……てめ……ぇ……っ」

 蓬莱山の頭部は既に元通りに再生し、長い黒髪さえ熱で痛む前の艶めきを取り戻していた。陰茎を喰らい興奮した陰部を掻き回して興奮に任せて手淫に耽っている;藤原の眼の前で、それを見せ付けた。

「だって、もこがくれるって言ったのよ、これ? それとも、やっぱりおちんちん、惜しい?」
「そうじゃ、ねえ、くそっ、いてえ、いてええええッ! てめ、えっ、やめろ、っあああっ!!」

 妹紅が再び一際大きな叫び声を上げたのは、輝夜がその体に抱き付いたからだった。妹紅に抱きついた輝夜、背丈は妹紅とほぼ同じで少しだけ低い;密着したその体、下半身;輝夜は妹紅の背に腕を回し胸元に顔を擦り付けて妹紅に抱き縋るように密着した、その中でも殊更強く押し当てているのは股間だった。濡れそぼった淫裂の上で興奮に充血して膨らんだクリトリス、輝夜は腰を押し出して、それを妹紅の股ぐらに押し付けていた;その勃起が執拗に擦り付けられているのは藤原のクリトリスそれに、陰茎の断面だった。
 輝夜が抱きついた状態で腰を動かすと、妹紅の中に埋まる筍もより強くその内側を引っ掻き回す。陰茎の断裂に加えて、膣を刻まれる激痛までも、妹紅を責め立てていた。

「もこ、もこうっ♥ 気持ちいいわ、これもちゃんとせっくすよね、もこを犯してるみたいで最高よぉっ♥」
「やめ、ろ、クソアマっ、こっちは、きもち、わりぃっ! いてえ、ああっっ、ああ、くっそおおおっ!!」

 はあっ、はあっ、ふうっ、ふーっ、交わる吐息の片や興奮、もう片方は苦痛を押し殺す声と息。身動きが取れない妹紅にそれをどうにかすうる術はなく、輝夜は腰をくねらせながら体全体を揺すって股を開いた中心部をぐい/\と押し付け擦っている。少しだけ背が高い妹紅は密着する輝夜の存在を意識するのを拒むように視線を空に放り投げている;輝夜はその胸の中に顔を埋めて、唇でその肌に吸い付いてキスマークを刻んでいる、だが視線は妹紅の顔を見ているわけではなかった。妹紅にとっては虐待であって、輝夜にとってはセックスなのだという;お互いの視線も、感覚も、感情も違えながら、抱き合っていた。

「どっちがきもちいーい? 《《上》》? 《《下》》? それとも、《《こっち》》?」

 輝夜が自らのクリトリスを、上と言いながら擦り付けるのは妹紅の陰茎の断面。下と言って当てているのはクリトリス。こっち、と言って指しているのは膣だろうが、それを刺激しているのは残虐な筍だ。

「どれも、ぜんぶ、いら、ねえっ……!」
「そんなこと、いわないで♥」

 ずるっ、ずるっ、ずっ、ずりっ

 話しかけ問うてはいるが、妹紅の反応など端から関係ないのだろう;輝夜はただ/\自分の性感の高まりにまかせて腰を動かし淫核を擦っている。陰茎を噛みちぎる行為もさることながら、まさに今そうしている、股を開いて自分の股間を相手の股に擦り付けている動きの、なんと浅ましい姿だろう。セックス中毒色情狂の狐憑きだ;全く常軌を逸している。

「妹紅も、ほら、私を犯してよ。腰を動かして私のクリ、イかせてよおっ♥」
「ふざ、けっ……あ゛あ゛っっ!!」

 蓬莱山は藤原の体に抱き縋り付くような格好で股間を擦り付けて立ちオナに耽る。痛みを叫ぶ藤原の反応などお構い無しに自身のクリとラヴィアに生まれる摩擦快感に酔い痴れながら、蓬莱山は熱っぽい視線で少しだけ背の高い藤原の顔を見つめる。

「こっちを、見るな、キモ、いっ、っが、あ゛っ!」
「……もこ」

 藤原の拒絶など全くどこ吹く風か、蓬莱山の視線はまるで両想いの相手と見つめ合う時のように夢見がちな瞳にさえ見える;このままキスをする前の|恋夢想《ロマンチク》、ただ一人だけの。だが少しカメラをずらして下半身を映せば、大股を開いて股間を擦り付ける浅ましい色情狂の嬌態。片や激痛と憎悪に身も心も焼き尽くされようとしている。
 余りにも異常で理解の追いつかない女を相手に、藤原の思考は拠り所を失い冷静さを失いかけていた。だが冷静さを切削しているのは眼の前の狂人の理解不能だけではない;理解不能な、感覚によっても、だった。

(なん、だ、これ……っ)

 悍ましい、寒気が背筋を走る;自身の体に生じた変化に藤原は戦慄したのは、余りにも理解の及ばない女から与えられる想像を絶する仕打ちによって、全く因果の接合を想像できない感覚によってだ:それは、快感。
 痛みの奥にちりりと小さな電流のように走り抜けた、まるで痒い部分に爪が届いたときのような、喜びと快感の綯交ぜな、感覚。これは認識してはいけない感覚だ、そうこもってももう、遅かった。
 ぞくっ、とわずかにだけ粟立った肌の変化を、その肌に自らの肌を密着させて感覚の全てをその密着に寄せていた蓬莱山は見落とさなかった;藤原の旨の中で赤い唇をにぃと曲げ笑みを浮かべてから藤原の顔を見上げる―ああ、思ったとおりに可愛らしく動揺している、それに、感じている―蓬莱山は満足を見せる。

「もぉこ?」

 藤原は何も答えない;下手になにか返答をすれば、見抜かれると直感してのことだったろうが、それは蓬莱山の思ったとおりの反応だった。

「《《こっち》》に、来て」

 〝こっち〟の指す意味を藤原はわからなかった、だが、わかってはいけないような気がして本能的に分析を停止した、考えてしまえばそれは、《《到達》》出来てしまいそうな予感もあった。

「いいわ、こっちから迎えに行ってあげる♥」
「なにを……ふぐっ!?」

 突然蓬莱山は藤原の体を揺すり始めるそれは、クリトリスを擦り付ける蓬莱山の自慰の激化だったが、藤原の体に与える影響は、望ましいものではなかった:膣内を削り散らす竹バイブとの摩擦を激しくするということ。

「い゛っ、あ゛、やめ、ろっ、このやろおっ……!」
「ふふ、もっと、私とセックス、激しくしましょ?」

 抱き着く蓬莱山が自慰を激しく速くすると、その動きはダイレクトに藤原の膣を揺する;刳り回される膣壁、硬くささくれた竹ディルドの残忍な表面が粘膜を引き裂く。激痛、だがその奥に、藤原は改めてそれを見出してしまう:あり得ない快感。

「あ゛、っ゛、や、やめ゛ろ゛っ! やめっ……あぁっ♥ ―っ!?」

 ぞぶり、と強く奥へ竹ペニスが突き立った瞬間、押し堪えていた藤原の喉奥から、甘い悲鳴が放り出されて竹林に響いた。その声を自分の耳で捉えた藤原は、驚きと後悔に目を見開いて、直ぐに眼と口を閉じ直した;だが、もう遅い。蓬莱山もそれを、しかと聞いてしまっていた。

「ふふ〜、好い声♥」
「っく」

 自分の前歯で唇を噛み裂く位に強く口を閉じる藤原だが、蓬莱山がこれみよがしにと藤原の体に自分の股を押し付けて擦り、そうして筍槍で膣を引き裂き先端を奥へと挿り込んでくる。
 ざく、/\、薄い粘膜表皮が容赦なく傷つけられる、痛みと血と、そして快感の火花が散る。

「やめろ、やっ……め、っぐあ゛、あ゛っを゛っ、ン♥ ふあ、あぁ……」
「はぁっ、妹紅、かわいいわよ、とっても」
「だ、だまれっ、このイカレ女っ、あ、あ゛ああああっっっっ! ふあぁっ♥ な、んで……こんなぁっっっ!」

 ずる、ぐちゅ、ぞるっ

 防衛的な膣分泌液、血液、それに、みる/\量を増やしていくのは、快感による愛液。決して口には出来ないが、藤原はもう、生じている快感を否定出来なくなっている;息を吐けばもれなく嬌声がバンドルされて一緒に放り出されてしまうのだ、慎重に御そうとしても、全く無駄だった。

「ぅうっ、あ……ふっ、う、いてえ、のに、いてえのに、なん、なんだよ、これぇっ」

 はっ、はっ、失血で下がって然るべきの体温がしかし、中途半端な再生で血液はほそぼそと供給され続けるせいで、上がり続ける;体温は吐息にフィードバックされ、妹紅が吐く激痛の嗚咽は色っぽく色づき始めていた。
 輝夜が自慰行為を激しくして、千切れたペニスの断面にクリトリスを当てると、その根本が硬くなって勃起の兆候を見せている。蓬莱山は去勢ペニスの勃起に向かって、淫核を擦り付けると柔らかく血に塗れただけの肉だった頃とは違って、圧倒的な快感をくれる;輝夜は夢中になって妹紅のペニス切り口でオナニーを続けた。

「あっ♥ ん、んっ♥ 妹紅っ、素敵よ♥ 妹紅の去勢ちんぽとクリでセックスぅ、セックスぅっ♥」
「はっ、ぐ、あ゛あ゛あ゛っ♥ やめろ、やめろお゛おっ♥」

 ずっ、ずずっ、ぶちっ、ぶつんっ

「ぐ、げ……っ あぐ……っ!」

 輝夜がオナニー絶頂を目指して腰を振りたくるのに合わせて、妹紅の腹内を刳り回し、そして快感の種を植え付ける竹ディルドは奥へと進み続ける。膣を無理やり押し広げ、子宮口をずた/\に抉じ開け子宮内へと侵入して、ささくれた硬い表皮を鋭いでる。

「だめ、だ、これ以上は、これ以上、来たら……オレ……」

 子宮の底を鋭い竹のちんぽが貫いたら:妹紅はそれを想像して恐怖し、そして同時に期待に肌を泡立てた。このままこんなもので快感を覚えてしまったら、どんな境地に追いやられるのか。

「だめだ、やめろ、やめっ、がふっ゛♥ おぐ、おぐぅっ♥」
「はっ、はっ、はっ、もこ♥ もこっ♥」

 妹紅の恐怖も狼狽も輝夜は取り合わない、ただ腰を振って絶頂を目指す;その動きが、竹を容赦なく奥へ奥へと送り込んできた。

 ずっ、ずずっ、ぞるっ

 太い竹の幹が淫裂を裂いている、だが妹紅にとっては最早そんな場所はどうでも良い;それよりも、奥だ。子宮口を引き裂いて侵入を続け、今その先端は子宮の中に顔を出している。

「はへっ、お゛、お゛お゛を゛んっ……!♥」

 膣口に次いで子宮内外口が、べり/\と裂けた。どっと出血量が増える。それに。

「ふぁ……♥ あぐ、っん♥ いやだ、こんなの、こんなの、やめっ……ふぎゅぅぅっ♥」

 先端が、子宮の底に突き立った。後ひと押しされれば、柔らかい子宮内壁は、無残に破り散らされる;そのとき、一体どんな、どんな、どんな刺激が感覚が痛みが……快感が。
 妹紅の眼が寄って視界が二重に分身して、霞む。口がだらしなく開いて、涎が垂れる。脳みそから、快感期待ホルモンがドバ/\噴き出してマトモな思考と理性をブッ飛ばしている。

「ふふ、じゃあ、イっちゃおっかぁ♥」
「や、やめ、ぉ……っ♥」
「せぇのおっ」

 輝夜が、妹紅の体を掴んでわざと下に引っ張り下ろすように体重をかけた。

 ぶつっ!! ずるううっっ!!

「あ゛っん゛ぅ゛、あ゛っがああああ゛ああ゛ああ゛ぁ゛ああ゛ああァ゛あああああああぁぁぁぁっッ♥♥♥」

 ぶしゅっ、音を立てて膣口と竹ちんぽの隙間を押し出されるように噴き出したのは真っ赤な血で、同時にペニスの切り株と、触れられぬまま放置されるクリトリスの更に下にある尿道からは潮が飛沫を噴いた。

「もこ、イッたの? 竹ちんぽに、子宮の底突き破られて、イッたの?」
「イッ♥ て、ねえっ……イくわけ、ねえだろっ!!」

 ぐずんっ!

「んぉ゛っ、あ゛……ひぅ゛っ……♥ やめ、ろぉっ♥」

 輝夜が妹紅の体に抱きついたまま、更に重心を揺すって竹の突き刺さる膣、子宮壁を、再三に刺激する;勃起しようとして血を吹き出す、根本だけが硬く太ったペニスの断面に、股ぐらを押し付けた。

「やめっ♥ 輝夜、てめ、やめろ、マジ、でっ♥ こんなの、ありえねえっ、ありえねえっ♥」
「あは……やっぱり、イッてる♥ もこ、イッて、るっ……♥」

 ふうっ、ふうっ。痛めつけるばかりのつもりだった輝夜だが、その想像を裏切って絶頂を見せた妹紅を前にして、突き抜けようとする一層の興奮を御しきれずにめちゃくちゃに腰を振り続ける。妹紅の方も腰がガク/\震え、だらしなくアクメ面を晒している。口では否定しても、絶頂の証拠は隠しきれない。垂れたベロを、輝夜は細い指でつまんで引っ張る;粘り気の強い涎が、だら、と垂れて、一緒にアクメ色に染まった吐息が漏れた。

「やめろ、もう、もうやめてくれ、こんなの、やめて……やめて……もうっ……」

 絶頂に脳みそがべちょべちょになっている妹紅だが、直ぐに迎えてしまった絶頂に後悔し、眼を閉じたままブン/\と|頭《こうべ》を振る;その目には涙が湛えられていた。

「もこ、泣かないで、ね? 大丈夫、気持ちいいって認めればいいだけだから。そうしたら、私達は永遠よ? でも、そうやって今を足掻いて、未来を望んで、変化と不変の双方を希う矛盾したあなたも、私は好きよ」

 輝夜の言葉に憎まれ口も、否定も肯定も返す余裕を、妹紅は失っていた;体力ではなく、気持ちの方だ。輝夜にこうして常識外れのプレイを強いられるたびに体がどん/\それに適応していくのが分かる。蓬莱人が永遠の命を持つというのなら、せめて何も変わらないで欲しい:妹紅の願いは叶いそうもなかった。否応なしに変化していく自分の体と、それに信じたくはないが心の方も、何かが変わっている。不死を選んだあの日に、不死たる自分の不変のアイデンティティとして設定した筈の信念が、失われたとしたならその後に残る不死の|抜け殻《自分》を、どう処分すればいい。
 深く考えることを避けていた;眼の前に続く朧げな道を見極めたなら、直ぐに死ねないデッドエンドであることを認識しなければならなことを、理性で蓋をしたその奥では妹紅は気づいていた。
 蓬莱人の持つ永遠の命とは、磐のように長い継続ではない;木花の咲くが如く変化を全く失った訳でもないらしい。では蓬莱人の永遠性とは何なのか、それを確認するには永遠を更に俯瞰する|巨視《マクロ》が必要で、それを判ずることは人間には無理なのだそして、蓬莱人は人間に過ぎない。
 変わりたくなくても変わってしまう自分の体、それに気持ちの方まで。何もかも、結局この女のするようになるだけなのか:藤原妹紅は無力さに目を背けて、なんとか刹那に刹那にと今を生き続ける、蓬莱人らしからぬ蓬莱人だ。

「うるさい、うるさいっ! オレは、お前を殺す、殺す、殺すために死なないんだ、それ以外になんにもない、なんにもないんだよ!」

 爆音。回復し切っていない力で、また中途半端な|無原発火《ファイアスタート》を発現して輝夜の体を焼き焦がす;当然殺しきれるはずもない。衣服の大半を失う以外に肉体には全く損傷を残せていない、わかっていても妹紅はそうせざるを得なかった。外でもなく、紛れもなく、否応なく、自分を守るため。
 だが、生焼けだ。

「……もう、そういうとこが、かわいいと言っているの♥」

 蓬莱山の表情に、再び白皙の鉄面が覆い被さった。その言葉が本心からの言葉だったのか、妹紅には読み取れない;恐らくは違うのだろうと疑うことは出来てもならばその奥に押し隠された思考はその片鱗さえ想像、できなかった。
 輝夜は中途半端に焼けた体を瞬く間に再生して、改めて妹紅に迫る。その表情は、妹紅の陰茎を噛み千切り食んで飲み下したときのそれに全く戻っていた。

「じゃあ続き、しましょ、/\?」
「ひっ……や、やだ、もういやだ、いやだぁっ!」

 嫌だと幾ら叫んでも四肢は動かない;輝夜に刺激されるズタ/\に損傷した性器はそれなのに、信じ難い快感を生み出してくる。

「今度こそ、もこのおちんちんで、私のクリをイかせてね♥」
「いや、もう、もうこんなおかしいの、いやだぁっ……」

 数日前にも心を先にへし折られて抵抗する意思を失い好き勝手にされた、もう二度と、そう思ったのに結局、変わらなかった。変わりたいのに、変われない;変わりたくないのに、変わってしまう。妹紅の中に確固たる事実として残っているのは〝自分の思い通りにはならない〟ということだけだった。
 これがしん/\雪の様に降り積もれば、自分はいよ/\埋もれて隠れて消えてしまうのだろうか、そのときこそ、不死に関わらぬ死の来訪なのか。その雪を、この火で溶かすことは叶わないのか。妹紅の無力感は募り積もって、徐々に彼女を変えていく;その変化こそ|不死の真髄《イモータリティ》なのか。不死は不変ではない、それは良くも、悪くも。

 輝夜が妹紅に腕を絡ませて再び体を擦り付ける。ずるっ、ぞるっ。不完全な再生によって、傷は塞がらないのに壊れて狂った優先順に従って血液だけが再供給される、切断された陰茎の傷口はじくりじくりと癒えない生肉の断面のまま血を流し続ける;そうして本人の意思には関わりなく|輝夜《仇敵》のクリオナに水気を与え続けてしまう。ぶつん、ぶつっ。輝夜が性欲に任せて妹紅の体を揺すり立てると、腹の中で再生の追いつかない内臓組織が、破損され続けて肉の裂ける音が体の中に響く。膣壁、子宮、横隔膜。裂けてはジリ貧に繋がり直し、破れては継ぎ接ぎの様に塞がり直し、無間に反復される苦痛。そして。

「はあっ……はっ、や、だ、こんなの、いやだ……」
「受け入れて、もこ。これを、|永遠《私》を、キモチイイって」

 やはり生まれてしまう信じ難い快感、貧民街で体レイプを受けたときになんて感じたこともない、性的快感:レイプよりも余程ひどい行為で。ならば、それでは《《足りなかった》》ということか? ちがう、ちがう、妹紅は否定し続ける。

「感じてる? 妹紅、ねえ感じてる?」

 言葉は発せず、嗚咽にしかならない、涙と咽び声だけが。でも、そんなもの感情を代替するが何の救いにも、ならない。

「それはね、永琳は、違ったの。違ったのよ。でも、ねえ、きっと、妹紅は」
(え?)

 何であの薬師の名前がこんな時に出てくるんだ:妹紅は一瞬疑問を感じたが、それは瞬く間に激痛に、そしてその奥に潜む快感にあっという間に塗り潰されて消えた。切断されたペニスの、根本だけが、再び血を吹きながら硬くシコり始める。それを淫核で感じた輝夜は増長して、もっともっとと強く擦り付けて、そして抱きつく力を強くする。

 ぶつンッ!

「ふぎっぉ゛っ♥」

 輝夜が、より強く妹紅の体に抱きつき揺すり立てた。法悦直前のヨリ目にふやけ口、輝夜の指に力が籠もり、腕が回された妹紅の背中で、ぶつ、ぶち、ざく;鋭く長くそして美麗に飾り立てられた輝夜の爪が、妹紅の皮膚に突き刺さって肉を抉る。痛めつける意図はないのかもしれない;性感に乱れる輝夜の表情には、先程までの嘲るまでの余裕は消えているように見えた。短い吐息、熱を帯びて湿っぽい。それは、輝夜の息だけではなかった。

「はっ、はっ、きもち、いっ♥ もこの根本勃起ちんぽとクリでズリセックス、気持ちいっ♥ ああッ、んうぅっんっ♥」
「いやらぁっ♥ こんなので、こんなのでっ、いやらぁっ♥ ころす、ぜったい、ぜったいころひてやるっ♥ うう、あ、ぁぁっ♥」
「もこ♥ もこうっ♥ あ、イくわ、イくわっ♥」

 ぶつっ。ぶちっ、ずるっ

 ますます深く、筍の先端が妹紅の体を串刺しに進んでいく。左右前後どちらかにでもずれれば先端は体の外に逃れて損傷を止めるだろうが、そうはならず真っ直ぐに妹紅の体を貫き進んでいく。わずかに再生が機能すると、外に向くのではなく妹紅の体を持ち上げるようにして筍が排出されようとする。だがその度に輝夜が体重をかけて貫かせ直した。竹ペニスは、何度も何度も妹紅の膣を出入りして文字通り膣と子宮を|グラインド《破砕》し続けた。

 ぞるっ、ぞりゅっ♥
 ぶち、ぶつっん、ぶつっ♥

 擦り上げられるペニス断面。削り取られる膣粘膜。貫き破られる子宮内壁。激痛、激痛、激痛、そして、快感。法悦。

「お゛っ♥ あ゛ぐ……、がひっ……♥ ひっ゛、ふぇぁ゛ぁ゛っ♥」
「もこうっ♥ きもちいい? おまんこズタ/\にされて、きもちいい? 気持ちいいわよねっ♥ はっ、あ、ああっ、妹紅、妹紅っ♥♥ イく、イく、イくイくイくっ♥」
「や゛……お゛っ♥ い゛や゛らぁっ…… こん、ら、こんらのぉっ♥」
「妹紅、妹紅っ、妹紅っんぅぅううっっっっっっっっっっっ♥♥♥♥」
「がぐや、がぐや゛、ぶぐびゅぁぅぅぅぅぅううっっっっっ♥♥♥♥」







 強烈な二日酔いの様な感じだった。酷使の過ぎた|再生《りざれくしょん》は、復活明けに酷い疲労感と、倦怠感、それに局所的に緊張を招く。失われる水分のせいもあるかもしれない。朦朧としているわけではないが、意識の焦点を合わせること自体が億劫だ。藤原妹紅は、目を開くことも面倒くさく感じながら、自分の四肢が未だに拘束されたままであることを察して、落胆した。
 それに記憶を辿って掘り起こされてしまう事実は、どれもこれもが藤原の心を折り直すのに十分だった。

(なんで)

 キチガイ病を|伝染《うつ》されたに違いない、こんなもので、絶頂を迎えてしまうなんて。それとも蓬莱人の異常性というものは時間と共に自然と増大していくのだろうか、そう思うと寒気と恐怖を禁じ得ない。

(あり得ない……あり得ないっ)

 ここに拘束されて留め置かれて何日目であるのか最早数えてなどいない、その間蓬莱山がここに来て、自分の体を辱めるたびに、信じ難い手段で法悦へ突き上げられその度に地の果てに打ち捨てられ泥濘を這い回る様な惨めな気分を味わわされている;こんなにも悔しい思いをして悲しい思いをして痛い思いをして、泣いてしまうなんて、藤原妹紅自身も想像していなかった。心身ともに劣悪な状況にさらされることは、すっかりと慣れていたはずなのに、それが|蓬莱山輝夜《あの女》の手によるものに変わった突端に、耐え難い屈辱と慚愧に苛まれて心臓が溢れてしまう。

(こんなこと、特別辛い訳でもない筈なのに……)

 四肢が拘束されて動かない中でも、体に力を入れること程度は出来る;そうしたところで逃げられやしないことは既に重々承知のことだが、ふとした拍子に力を入れてしまうことも屡々であるしそうしてほんの僅かな動きでも《《なかにあるもの》》の行き先を避ける一助になってやくれないかと思ってのこともある;だがそのあらゆる努力も期待も全ては泡沫であった。藤原妹紅の下腹部に残る異物感は、とめどない脂汗を絞り出している;よもやこれで気を遣ったなど藤原自身には信じ難いことだった現に、今も下腹部に感じているのは単純に巨大な痛覚であって快感のかけらさえ感じられない:感じて堪るものか。
 輝夜の残忍な戯れが終わった後もより残忍さを感じさせるのは、この竹の成長が余りにも淡々と継続していることだった。藤原妹紅と蓬莱山輝夜のコロシアイの結果として生じるこうした辱め合いは従来、責側が行為を放棄すれば終わったものだ;だが今回のやり口は違う、今蓬莱山は藤原の下半身をやる気なく弄り回しているだけで、苦痛を与えて心を折ろうとする主体は、淡々と成長を続ける竹なのだ。藤原には、それがどうしようもなく、嫌だった。

(なんだ、ってんだ、クソッタレ)

 〝嫌〟の内訳を、藤原自身は上手く分解できていない。憎しみや悲しみとは違う、恨みや後悔と言うには現在進行形であるし、嫌悪と言うにはその感情の底を流れる何か別の温度の泥濘を、上手く汲み取れない。これを皮膚感覚に例えるなら〝痛痒い〟というものが幾らか近いだろうか。正体の知れぬ底流への異物感は、下腹部に実際に感じている激痛よりも、今の藤原にとって余程気味の悪いものだった。
 太股の間をまるで破瓜のそれの様に流れる血、乾いてバリ/\と割れていたり、それとは異なる新しい出血の筋が出来上がっていたり、または失血によって意識が薄らいだりしている。下腹部の内側で成長を続ける竹は着々と藤原の体組織を破壊し続けて出血と激痛を招き続けているし、払底した|再生《りざれくしょん》の中途半端な発現によって不完全に治癒が進んだりしている。今の藤原は生と死のどちらにもつかない《《まんなか》》あたりを行き来し続けていた。そんな不安定で不透明な肉体的感覚の最中では精神的な実感が、灯台のようなものだ;それにしがみついて今の場所を推し量ろうとするものだが、今の藤原にはそれすらも心許無い、その不安感の源泉は、この不明の底流であった。
 藤原が、ただ視線を宛もなく放り投げれば高く伸び上がった竹―それは今時分の体を串刺しにしているのと同じ個体なのかも知れない―の隙間から覗く月が目に入ってくる、月を見上げるなんて悔しくて視線を落とした藤原妹紅の視界には、月よりも尚不都合なものが飛び込んでくる;思わず舌打ちした。
 腹の中で肉が裂け、その出血は女陰から流れ出続けている。まだ/\飽き足らずに背丈を伸ばそうとしている竹の姿をまるで、他の女のヴァギナに埋まる愛おしい男のペニスがに見立てゝいるみたいだ、その内側の深刻な損傷とは裏腹に少々膨らんだだけでまだ綺麗な表面を保つへそ下の肌に、蓬莱山は手を当て頬摺りを繰り返していた。

(何を考えて……何も考えて、いないのか)

 なまじっか人の形をなどしているから惑わされるのだこれは、人などではない;人間の嗜好では到底想像だに出来ない思考回路を持ったキチガイ妖怪だ、蓬莱山輝夜は。月を見る視線を逃し、蓬莱山輝夜からも視線を剥ぎ取って目を閉じると、しかし瞼の裏にさえこの女の姿が浮かび上がってくる。〝コロシアイ〟の時、迎撃し月姫を丸焦げに焼き尽くしてしまうつもりで放った炎の中を、まるでそれを防御するでもなく真正面から焼けて焦げて炭化しながら余りにも乱暴な方法で突っ込んでくる蓬莱山輝夜。美しい黒髪も肌理の細かい白皙も黒曜石の瞳も柘榴色の唇も、それら一切合切は藤原妹紅自身の炎によって失われる否、もっと悍ましく醜く汚らしくそして恐ろしいものへと変化する。皮膚が焼け肉が爛れ炭化し、髪は無くなり剥げてその下から溶けた眼球を垂らした骸骨が現れる;それでも意思を持って動き続ける化け物は、ただまっすぐに藤原の方へ襲いかかってくる。恐怖も痛みも感じていない、ならば一体何がこの化け物を制止する力足り得るだろうか;その想像も出来ない敵が、まっすぐに向かってくる。その瞬間の映像がスローモーションで、まるで瞼の裏側を銀幕に見立てたように何度も何度もゆっくりとリピート再生される、そのたびに藤原妹紅は、負けを覚悟したあの時の、心臓が縮み上がる間隔までも、再現してしまうのだった。

「ちっ」

 これでは心の底から敗北を認めたようなものではないか、そう思って頭を振り瞼の裏に描き上げられた幻影を振り払う。自分の腹の下に頬を寄せて満足そうに目を閉じる蓬莱山輝夜、これは半ば寝ぼけているのだろうか、寝息のような深く透き通った真っ直ぐな息遣いが鼻を抜けている;それでも妹紅の腹をやわ/\触り続ける手の動きは続いていた。
 この女にとっては、これも勝利の余韻に浸ってのことだろう。竹に子宮の底どころか、へその下の肉を突き破られて、今こうしてまさに串刺しになっているその一撃をもらい、この女の目の前で肉の裂ける瞬間に絶頂をキメたことは、まさしく藤原妹紅にとって同じく敗北だ;加えてこんなふうに、キチガイ姫が自分にとどめを刺す時の映像をフラッシュバックし恐怖するなんて。

(負けたわけじゃ……ねえ……っ! まだ、オレは、まだ、まだ……)

 自分以外に自分を支持する者は恐らくいないだろう;藤原妹紅は永い/\間そうして自分で自分を支えて肯定することでだけ生き延びることが出来た、今更誰かに同意を求めての思いではない。この女の言うことが本当であれば、気が済むまでいたぶり倒した後には再び解放されることだろう、そうなればまた、今までと何ら変わりないコロシアイが続くのだ。勝率が、大分に蓬莱山に傾いている以外は、それこそが今の藤原妹紅が望む永遠なのだ。

「いつまでもそんなとこで、寝てんじゃねえ気持ち悪い」

 言うなれば八つ当たりのようなものだ。その敵対が、竹から与えられる苦痛ではなくかの恐怖心や不安感とその底流たる何らか読み取れない自身の裡なる根幹な情念であるのなら、その非難を目の前の女に向けることは大凡適切とは言い難い。その八つ当たり具合を自覚しながらも、恐らく手足が自由なら蹴倒して殴りつけようとしてしまったろう苛立ちは、藤原にとって一抹のささくれた摩擦となって心臓を擦る。だが。

 ……ん……さい

「っ?」

 ところが全く想像していなかった言葉が憎たらしい月姫の口から飛び出したものだから、さしもの藤原妹紅も驚きに目を見張りその言葉が何かの聞き間違いだったんじゃないかと改めて耳をそばだててしまった;そうしたところで輝夜姫が同じ言葉を繰り返すと言うはずもないのだが。その言葉は藤原妹紅にとって余りにも信じ難い言葉だったものだから、まさか自分に向いた言葉ではなかろうとは思っていた;案の定、藤原の言葉への返答ではなかった:そんなとこで寝るな、の言葉だ。

「ああ?」
「……あら、うと/\しながらヘンなことを口走ってしまったわね、忘れて頂戴」
「しんねーよ、さっさと《《これ》》をなんとかしやがれ」
「それはイ・ヤ」

 何とかしろと言って何とかするなど藤原は毛頭思っていなかったが、それでも蓬莱山の返答はにべもない、聞いて案の定な返答にわざわざこれ見よがしに聞こえる舌打ち。だが舌打ち程度で気がが収まるはずもない、なんせ下腹部を異物が貫いているのだから:〝これ〟とはまさにそれのことである。

(〝ごめんなさい〟ってゆったよな、こいつ)

 自らの耳を疑う、という言葉を全くその通りにした藤原、だが疑ってみたところで真意を問えるわけでもない;その言葉の真意など本人しか知らぬことだろう。そうであれば疑っても追っても詮無きことであるのは藤原自身も重々承知していることだったが、この化け物女の口化ら人並みの感情を想起される口調でその言葉が発せられるのを藤原は初めて聞いたような気がして、せめてその理由に付け焼き刃な口実の一つもこじつけないと虫の居処に落ち着きを得られそうになかった。

(オレに向かって言った言葉じゃないことは間違いないんだろうが、だとしたら、この女が引け目を感じそうな相手なんて)

 蓬莱山はもう何度目かにもなる破瓜を藤原に強いた。その中で今日初めて、八意永琳への言及があったのが藤原にとってどうにも腑に落ちぬ点であったし、それを結びつけることは何も不思議なことではなかった、だが、その必然性を見出すほどの材料は、手元にない。

(そんなもの、追求してどうする)
「お前さ」
(もしこの女に人並みの感情があったとして、それはオレに向いているわけでもないし、オレ達のコロシアイを正当化するものじゃない。)
「なあに? 〝殺してくれ〟? それは出来ない相……」
(でも、なんなんだ、この気持ちの悪さは)

 ぶつり
「っぐ」

 成長を続ける竹が腹の中でまた一つ何か組織を貫いたのが伝わってきた。増大する痛み、そして程なくして股の間に溢れる血の量が増える。表情をわずかにしかめた藤原の変化を、蓬莱山は見逃さずに、唇だけで笑う。そうして、藤原の腹の辺りを撫で回した;愛おしそうに、でも眼の端には冷ややかな光が不気味残っている。自身への殺意がそうしているのかと藤原は一瞬思ったが、どうもそうではないように思えたのは、蓬莱山が先に口走った呟きの内容がそこに染み入るようにフィードバックされたからだ。
 こいつ:藤原には何かその一端を掴んだような自信が芽生え、口に出さずに心中独りごつ。まずい、と思ったのだ;この女に同情する余地など一片たりともないと思いたがっている藤原にとって、何らか事情があったのかも知れないという疑いの切れ端でさえ、不都合だ。百万が一にでも、理解出来てしまったら、藤原自身の永い命のアイデンティティを揺るがしかねないのだから。
 藤原は、自身が深くの深手を負わないよう先手を打った;だがそれは、下策だったろう。

「オレから何を奪ったって、今更あの女薬師への贖罪にはならね……んぐっ」

 蓬莱山を追い詰める非難の言葉だったた、少なくとも藤原にとっては;だがそれが想像以上の切れ味を見せてしまった事に気づいたのは、蓬莱山が藤原の口を塞ぐ様に唇を重ねてきた後だった。蓬莱山はそれ以上の何一つも言葉を発さないまま両手で藤原の首をギリ/\締め上げ、そうして緩んだ口に口を押し込むように唇を押し付け、舌を押入れ、引っ込み逃げようとする藤原の舌を誘い自らの口の中へ導き入れて、そしてその舌を噛み千切ったのだ。
 舌を噛みちぎられ血が溢れ出す藤原の口から蓬莱山の唇が離れた後、蓬莱山は俯き姫カットの前髪で目元を隠したまま、押し殺したように低い声で一つ、言う。

「……黙りなさい」
秋例は無理ですね。
みこう悠長
y_mikou@hotmail.com
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