真・東方夜伽話

ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑫

2019/06/06 02:31:43
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ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑫

みこう悠長
§ § §



 洞窟の中を照らしていたのはフジワラの掌にあった白い閃光を放ち続ける炎だったが、国立|日《のぼる》への人体発火に際してそれは姿を消している。代わりに、少年の体が燃え上がる炎の光で洞窟内は明るく照らし出されていた。少年は炎に包まれ叫び声を上げながら激甚な火傷に悶えていたが、それも間もなく動かなくなった。人間が生きているような炎の上がり方ではなかった。
 人肉の焼ける悪臭が洞窟の中に立ち込めるはずだった。こんな閉塞した空間で人体が燃えるだなど、外で少し漂っても甚だ不快だという臭いが逃げ場のない洞窟内に籠もり、想像を絶する状態になるに違いないのだ。だが不思議なことに、あれだけ激しく炎を上げたというのに煙が全く出ていないし、肉の焼ける臭いも残っていない。ただ土と岩石が加熱されたような焦げ臭さが少し漂うだけ。それに、炎があがっているはずなのに天井や壁、実際に炎が触れていた地面にさえ、若干の焦げ目がついているだけだ。あの奇妙な剣も、全く燃えていない。焦げも煤も付いていない。国立少年が手に持っていたというのにも拘わらず、脂のシミ一つも付かずにそれは地面に放り出されていた。
 そこには燃え滓に残る小さな火と、燃えた後の死体だけが残っている。フジワラは、再び白い閃光球を呼び出しては、照らし出されたその死体を見て怪訝そうに眉をひそめた。

―珍しいな、いつもの焼き方じゃない。何でこんなに残ってるだ?
「……いつも人を焼いているような言いぐさはよせよ」

 冗談で言ったつもりだったのだろう頭上からの声が、しかし低い声で返されたその言葉に、黙る。すまん。

「いや、〝いつも通り〟に、焼いたつもりだった。いつも通り、足首から下は残して、他は跡形もなく」

 フジワラの足下には、明らかに《《そうではない》》死体が転がっている。人の形と認識するのは厳しいが、そうだと知れればそれは確かに、丸焦げた頭部、脂と血肉を滲ませる炭は胴体、そこから伸びる四本の灰の筋は四肢なのだろう。フジワラが言った通りでは、ない。跡形もなくという割には、特に胸から腰にかけての胴体が、黒こげの塊としてしっかりと残っていた。

―……お前が仕損じるなんて、どうしたんだ
「わかんねえ。手応えが変だから強めにした、それでもこれだ。……腕が落ちたか」
―火力はいつも以上だったように見えたがな

 フジワラは自分の掌を覗き込むように、握ったり開いたり、手の甲を返したりして、見ている。
 フジワラの言葉通り、〝いつも〟という程の頻度で人を焼いたりしているわけではない。ただ〝焚書〟の対象には人も含まれる、人の記憶は、消去コマンドの存在しない情報アーカイブなのだ、その情報の消去と拡散防止について、現実的な方法は数える程も存在しない。クライアントが彼女の気を害さず十分な報酬を提示するのなら、それをやらないこともないのだ。もしフジワラの|発火能力《パイロキネシス》が科学的に解明でき、今までの幾つかの焼死について彼女との関係を立証することが出来るのなら、その数に従えばフジワラは死刑も免れないだろう、尤も彼女にとっては死刑よりも無期懲役の方が厳しい罰なのだが。
 そうして人を焼かねばならないとき、ほとんどのケースで彼女は足先だけを残し、残りの部分はキメの細かい灰になるまで徹底的に焼く。人の形に残された灰の盛り上がりと、生々しく焼け残った足だけが、ここに人間がいた証だ。彼女がそれを残すことに何の意味があるのか、「K」と呼ばれる頭の上の声でさえも、知らない事だった。
 彼女は聞き分けの悪い少年を僅かな灰の残りと足先だけにするつもりだったと言うのに、それはその通りには行っていない。そのことが、フジワラにとって強烈に引っかかっていたのだ。その点では、Kという声の主の言うことにも一理あった。

―〝鏡〟を持ってこんな場所、とっととおさらばするべきじゃないのか。さっさと神社本省の奴らに渡さないと取り返しが付かないことに
「わかってる。ただ、なんか、妙なんだ」

 フジワラは、不穏な雹所を残して国立|日《のぼる》の炭を見下ろしたままだ。まるで、何かを警戒しているかのような。

―妙?
「簡単に焼き切れなかった。何か、前にもそんな事があった気がする」
―例えそれが本当だったとしても、ただの記憶違いだったとしても、センチメンタリズムに浸るのはここでなくたっていい。|神妖《かみさま》がここを嗅ぎつけてからじゃ遅いぞ
「……そうだな」

 Kに急かされてフジワラはどこか渋々といった様子で、まだ熱を帯びた燃え滓が散った辺りにそれとは対照的に炎の影響など受けなかったかのように凜然とした佇まいを残して横たわる剣へ、手を伸ばそうとする。

 ぱし

 何か渇いた音が聞こえた。転がっている塊の表面は確かに炭だが、内部にはまだ生の部分が残っている。フジワラの炎がなくなった今、冷却と温度差によって乾燥した表面が、一つ大きく割れた。……のだろうか。

「?」

 |剣《鏡》を手に取ろうとしていたフジワラの手が、止まった。

「おまえ……っ」
―どうした?

 Kが不思議そうな声を上げたところでフジワラは伸ばしていた手を引いて、一歩二歩と後退る。その視線は、国立|日《のぼる》の死体の灰と炭の塊の方を睨み付けたままだ。
 その炭の塊にはひとりでに、それは温度差や何やらと言った自然現象ではない明らかに意志を持った力によって、ひびが広がっていた。ひびはみるみる広がってその下からは生焼けの肉と、乾ききらなかった体液が覗いている。脈打つように蠢いていてそれは、まるで死んでいないように見えた。
 そして、炭の塊だと思っていた死体の胴体部分が、真っ二つに割れた。生乾きの肉を裂いて、まだ液体を保つ血が溢れ出す。その血肉を掻き分けて出てきたのは、国立少年の姿に違いない。だが、体の中から体が出てくるなど、まるで蛹か何かだとでもいうのか。







「こっ、これは」
『邪魔を……しないでもらえますか?』

 僕の右腕は、一体何本ある? 右腕を動かしたつもりが、動いた腕は1本ではなかった。
 体がバラバラになる感覚だった。でもこのバラバラは、千切れて細切れになるというのとは違う、自分の意識が自分ではない無数の個別に分離して、でもその個別同士は繋がっているという個別と離人感、それに強烈な万能感。自分の姿が無数に分裂して見える、ここにも、そこにも、あっちにも、こっちにも、全てが僕である僕が無数に散在している。分散補完の自意識。ある岩場を詳細に見ようと思えば、ここからでもまるでルーペを当てたように大きく拡大して見ることが出来る。そうならと、視界を引いて引いて、ずっと引いていくと空間天体が俯瞰できるのだ、それこそ自分の体さえ、視界の中にある。フジワラという女性の背後も見ることが出来る。このまま、気付かれない背後から襲いかかることだって。

「お前、何者だ」
『関係ない。失せろ。これは、僕と瀬織の2人の問題だ、手出しするな』
「バカを言え、2人の問題で収まるか。さっきも言ったが、すぐそこで|神妖《かみさま》が暴れてるんだ。そいつにお仕置き喰らわすにはその鏡が必要なんだよ。」
『世界がどうなろうが、僕には興味ない、どうにだってなればいいんです。だって僕等の世界はもう、僕等以外の世界によってぐちゃぐちゃに壊されてるんですから。いっそ全部そうなってしまえばいい』

 《《ボク》》はゆっくりと地面に転がる鏡を拾い上げる。

『これは、ボクが使わせて貰います。』
「厨二病少年、そうはいかねえんだよ。大人の言うことが聞けねえんなら、テメエも紅に染まりやがれ!」

 フジワラと名乗る女性が、再びさっきの発火現象を起こそうとしている。でも。

『邪魔を、するなと、言っている!』
「な、なに?」

 後ろを振り返るフジワラ、そこには洞穴の道なりを埋め尽くす程の大量の、〝ボク〟がいる。

「む、虫!? なんて数」
―離脱しろ、こいつは、危険だ。妹紅

 それは退去してフジワラへ飛びかかった。地虫、羽虫、昆虫も、蜘蛛も、蠍も|蛇《ながむし》も蛞蝓も、怒濤を打って遅いかかかる。

「ち、畜生、燃えろおっ!!!」

 炎を起こして虫の大波を焼き払おうとする。爆発にも近い大火と熱風がその場で巻き起こって飛びかかろうとした虫を一網打尽に焼き殺す。嫌な匂いが立ちこめて焼かれた虫は灰になり、その場で動かなくなった。だが、少々の数が焼けたところでものの数ではない。そのすぐ後ろから、生きた虫が幾らでも押し寄せるのだ。このまま押し潰せばいい。その程度のプラズマ、非物質が、物理の数の前に抑止力になるものか。

「くっ!」

 フジワラがボクの方を振り返り、もう一度ボクの体を焼こうとした。炎と言うよりも、高エネルギーの加熱ビームのような光線がボクを貫こうとする。だが大量の虫がその射線を遮って防いだ。焼かれた虫は落ちるが、それを他の虫がみるみる食っては、その場で交尾をして卵を産んでいるものもいる。
 飛びかかる虫を、炎に加えて手を振り回して払おうとするが、全く足りない。
 羽同士の擦れ、別個体の体が触れる音、地を這う足音、腹を擦る音、羽ばたく音、けたたましい鳴き声、気孔を抜ける乱暴な呼吸音が無数に集まり、フジワラの体に取り憑いていく。

「はなれろっ、はなれやがれっ!」

 自分の体を燃やすことを厭わずに炎をまき散らして虫を払い続ける。その真っ白い肌が熱で焼けて捲れるが、虫に取り憑かれるよりはマシだと思っているのだろう。
 それでも1匹、1匹止まれば10匹とその体に止まり、足下からも地虫が這い上がる。炎を使い続けるのにも限界があるのか、それとも単純にそれを上回る速度で蟲達が押しかけているからか、フジワラの体に取り憑く虫の数は見る見ると増えていく。

「やめっ……ああ、くっそ、このキチガイが」

 さっきボクが一気に炎に包まれたのと同じように、フジワラはみるみる虫の群れにくるまれた何らかの塊になっていく。塊の中から、しゃり、しゃり、と言う音が聞こえ始めた。一つや二つではない何十何百と重なり合って、何かを削るような音が聞こえる。くちくちと、湿ったものを啄むような音が何百何千と聞こえる。

「てめ、え、|神妖《かみさま》、だったのか……?」
『神様……そうですね、瀬織の神様に、ボクがなれていれば、よかった』

 フジワラの言うとおりなら、僕は彼女のために世界を滅ぼしてあげたかも知れない。あるいは彼女の為に、彼女を殺してあげたのかも知れない。

『でも、もし僕が本当に神様だったら、彼女は僕と口を利いてはくれなかったでしょう』
「なに、いってんだ……?」
『僕達は、どこまでも矛盾しているんです。望んでいるのに、手に入るものだと分かると嫌悪をする。嫌悪しながら手を伸ばす。手に入らないことは不満なのに、その不満足状態が自己同一性の一致なんです。莫迦みたいですよね。それが鏡に映ったように目の前にいた、僕にとっては瀬織で、瀬織にとっては僕だった。お互いに手を伸ばして、手が届きそうだと思うと、手に入れるのが怖くなる。満足してしまえば自分でなくなるような気がして。それが相手にとっても同じだと想像できたときの気分は、ああ、なんて気持ちが悪い。……とんでもない馬鹿野郎だ』

 虫の上に虫が止まり、羽虫は飛んでは宿り、少し彷徨うように歩いては他の虫の脚に放られるように再び飛ぶ。羽のない虫はその上を這って入り込む隙間がないか探し回っている下にいる大きな虫が脚を動かすとその上に乗っかっている小さな虫が放り出されてまた元の場所に顔を突っ込もうとしている。尋常の虫ではない、焼かれた仲間の死体を食べて交尾し産まれた卵は既に孵化してその群れに再び加わっている。

「これでアタシがどうなるかはどうでもいい、ただ、お前は、それでいいのか」
『是非もありません』

 僕の皮膚感覚の下で、僕の温感の元で、僕の体から離れた僕の認識の元で、フジワラの体はみるみる削れて行く。それを食べているのは僕だ。フジワラの体を食べて、食べて、殺す。腹が減って仕方がないんだ、これは彼女の|空腹《不満足》だ、きっと。飢えて、渇いて、足りない。邪魔をするなら。

『もう、どうしようもない。止まれない。僕等は、手に入れてはいけないもの同士。お互いに否定し合いながらでないと、求め合えない。求めているのに同質すぎて共存できない。そんなキチガイは、さっさと終わった方がいいんです。僕が彼女の世界を否定することだけが、彼女の存在を肯定する唯一の方法だから』

 フジワラの体は、その下でまだもがいている動きは見えるがその動きは徐々に弱まっていく。時折炎が起こって一部の虫を吹き飛ばすが、すぐに次の波が覆い尽くして妖虫達が作り上げる球状の捕食群態は崩れない。虫はフジワラの衣服に潜り込んで、皮膚を破り、肉に食らいついて、血を啜っている。

『僕は、食べて肥え太るだけの何も生み出さない芋虫だ。暗闇が満たす小さな|世界《穴》で、これが世界の全てだと思い込んで身動きが取れないまま、気付けば肉欲の虜になっていた。彼女を求めて自分を見失っていた。でも……彼女もまた僕と同じであったのなら、僕は嬉しいんです。僕は芋虫で、彼女はその闇であったのなら、それでいい。どちらかが、井戸に落ちなければならない』

 フジワラは、最後にもう一つ炎を噴いた。自らの顔が焼けることも辞さない炎で、今やああそこに顔があったのかと分からなくなる虫群の塊となった一角の虫が焼け落ちて、辛うじて顔が覗く。どうしてそうしたのか、最後に言いたいことがあったのか、それとも僕のツラでも拝んでおきたかったのかはわからない。虫が焦げ落ちて覗いたフジワラの顔面は虫に肉を貪られて肉のほとんどが失われている。瞼もなく片方の目玉は球形を失い食べかけの寒天菓子の様に抉れていた。残った目玉は剥き出しになって僕の方を見る。頬も唇もなくなり、歯の向こうには今も虫に宿られ食われて血まみれの舌が蠢いている口が、震えるように動いて小さな声を上げた。

「ああ、そうか、思い出したぞ、お前、ほた」

 聞く気はない。

『食い尽くせ』



§ § §



 この|剣《鏡》を使えば、新世界の扉を破壊することが出来るはずだ。あの山の稜線まで迫っている、新たな世界への道程。彼女が望んだ、新世界の神。

「僕が、終わらせる」

 僕は彼女を裏切る事になるのだろう。恨むだろうか。それでもいい、僕は、望んでしまった、生きたいと、続けたいと、終わらせたくないと、僕は瀬織さんの世界戦から別離してしまったのだ。
 分岐した僕の意識は、それでも瀬織さんを求め続けている。愚かだ。なんて愚かなのか。彼女を助けられないことは、僕が一番よく分かっている。彼女も、彼女の世界から見て僕がもう救済不能の道を歩み始めたと思っている。その通りだ。僕等は交わらない。
 稜線の向こうがチカチカと青白い光を散らしている。雷光だけでは無い、何かもっと違う力、そうアレは世界を終わらせる神の力だろう。福音の輝きか、ラッパの響きか。どちらでも構わない、僕は、瀬織さんを、殺さなければいけない。そして僕も一緒に。
 例え同じ場所で同じものを見て同じ言葉を吐きながら同じ死に方をしたところで、僕と瀬織さんはもう同じ世界に辿り着くことはないだろう。それでいい。手を取り合って彼女と終わり、別の道を歩くことがきっと、僕等の出せる最善の答だから。

「終わらせる。瀬織の、新世界を。」

 そうして僕は、僕の為の新しい世界を作ろうというのか。いいや烏滸がましい、そんな事をしたって僕は新世界の神になれるわけじゃない、精々、僕の世界という小さな世界の本の小さな世界の矮小な神になるだけだろう。それでも神になれるだけ、大したものじゃないか。僕は今まで誰かの信者であるしか生きられていなかったのだから。古い神は確かにこの手で殺した。誰が何と言おうとそれは僕にとっては答であって、誰が同じ答を導き出そうともそれは僕の答じゃない。僕の|世界《答え》は、僕だけのモノだ。それが分かるのに随分と遠回りをしてしまった。
 それだけだ。
 それで、もう、十分だ。

「あつい」

 手の中にある|剣《鏡》が、じりじりと熱を発しているのが分かった、真夏の直射日光に照らされているみたいな、刺すような熱さ。これが、新世界への扉の鍵じゃない事は、よく分かった。これは、ただの破壊の火だ。でもその火が、今は必要なんだ。

「|終わらせる《また始める》ために」

 僕は、剣の鞘を抜き、鏡を掲げた。

「来たれ、|地上の恒星《アマツミカボシ》!」



§ § §



「ああ、クソッタレ、なんで政治も分からないコスプレ小娘如きに、そこまでコケにされなければならない!」

 長官が、机に向かって握った拳の底を打ち付け、絵に描いたような台バンを見せて立ち上がり、憎々しげな視線を伊那へ向けて、見せつけるように言う。

「いいだろう、自国民に向けて大量破壊を行った張本人として歴史に名を刻んでやろうじゃないか! 見ておけ、小娘。」
「ええ、しかと見届けてあげる、あなたの愚行か、英断」

 ちっ、舌打ちして長官は声を上げた。

「|白野威《シラヌイ》のスタンバイに入れ、|七刃御先《しちにんみさき》を実施しろ!」
「|軌道発電衛星《あまてらす》、|白野威《シラヌイ》をスタンバイ。|七刃御先《しちにんみさき》を実行します。メーザー出力を縮退設定して下さい」

 場内が突然バタバタと慌ただしくなる。これは作戦の一環見込まれた流れではあったが、一瞬ペンディングされていたものが急に再始動したからだ。オペレータ、あるいは中間指令者は指示と対応に追われている。伊那はその光景を小さく頷きながら、眺めていた。

「で、どうやってアレやっつける気なのかしら。よく知らないんだけど。」
「どうやって、ってお前、自衛隊のプラン聞かないで来たのかよ。全く何考えてんだよ、自衛隊の〝もう負けられない雪辱戦〟だぜ?」

 伊那の問いに、半ば呆れ気味の声を上げる黒づくめの女、|魔呼乙《まこと》。

「いや、見てよほら、神戸打撃作戦の説明資料。紙よ紙、紙の資料。〝Welcome ようこそ 自衛隊〟なんてフレンドリーな表紙なのに、中殆ど真っ黒なのよ。ほら、ほら、全ぇーん部のページ、こんなに黒塗り。こんなモザイクじゃ興奮しないわ」
「おー……機密化収容プロトコル適用オブジェクトみてー……」
「って、あんた、これ見てないの?」
「伊那が見ると思って」
「人のこと言えないじゃないのよ」
「伊那がちゃんと見てると思ったんだよ」
「ちゃんと見てるわよ、見たけどこうなの。あんた見てなかったんでしょ?」
「こんなんじゃあ、かわんねーじゃねーかよ、私が見てようが見てなかろうが」
「それで〝何考えてんだよ〟までよく言うわね、自分のこと棚上げして」
「自慢じゃないが私は何も考えてないからな」
「……はあ? あんたこそ、よくそれで霧さ―」
「私はお前に従うだけだぜ。お前に死ねと言われりゃ死んでやる。そのつもりで〝まほうつかい〟やってんだよ。それが仕事だからな」

 毒気を抜かれた伊那。「そ、そう」とばつが悪そうに長官の方へ視線を向ける。クスクスと、CIPHERの机の方から笑い声が上がっている、伊那は顔が真っ赤だ。

「説明は、要るのか要らんのか」
「しょ、詳細を聞いてもいいかしら。黒塗りにされてる部分」

 長官は、傍にいる秘書官一人に指示をして、黒塗りされていない資料を手渡し、説明を開始した。

「手短に。〝あまてらす〟はご存じの通り、宇宙空間の衛星軌道上で高効率太陽光発電を行う発電施設です。軌道上で発電された電力はマイクロ波へ変換されて地上へ運搬され、地上で再度電力へ変換されます。|東小笠原洋上浮揚受変電施設群《南洋レクテナ》は、それまでゴビ砂漠で受信していた|軌道発電衛星《あまてらす》からの送電を日本国内で行うために建造された施設ですが、|軌道発電衛星《あまてらす》は建造当初から|東小笠原洋上浮揚受変電施設群《南洋レクテナ》へ照射先変更を見込んでいたこと、また軌道上での発電の場合太陽光圧によって衛星自体が傾くため頻繁に姿勢の修正が必要で、その頻度を最小限に抑えるためにもマイクロ波照射先や角度を細かく修正できるようになっています。」

 そこまでの説明を聞いて、|魔呼乙《まこと》が、嫌らしくも愉しそうな笑みを浮かべて声を上げた。

「そのマイクロ波をレクテナではなく化け物に当てようってわけか。完全に軍事転用じゃないか、おっかないな」
「まあ、宇宙太陽光発電衛星なんて、実際はどこの国でも宇宙メーザー砲と見做しています。バカ正直に発電にしか使わない用途では、短期的には今のところコストに見合ったパフォーマンスを出せません、だから兵器としての予算も付けて貰うってわけです。予算の横流しは……まあ色々と」
「聞きたくねえよそんなことw」
「結構です。当、神戸打撃作戦に於いて、|軌道発電衛星《あまてらす》からの攻撃的マイクロ波照射を〝|白野威《シラヌイ》〟、|白野威《シラヌイ》を実施する作戦上のフェイズを、〝|鳳羽狩《おおばかり》〟と呼称します。一応、資料にもありましたが」
「固有名詞以外全部黒塗りだったわよ。こっちの|七刃御先《しちにんみさき》ってのは?」
「本作戦に於ける、|白野威《シラヌイ》の照準修正用の試験照射のことです。本射に用いる十分な電力を残しつつ、誤射の可能性を極力減らす最大試行回数が7回です。その7回の試射によって本射に備えるのが、|七刃御先《しちにんみさき》です。」

「ややこしい名前が好きなのね」
「儀式みたいなものですから」

 儀式、と言われて巫女は、まあ成る程、と腑に落ちたような堕ちないような中途半端な表情を浮かべる。
 と。

「ちょ、長官!」
「不明な閃光です、真っ直ぐに本目標へ照射されています。」
「なんだ?」

 全天型モニタを横に一閃貫く光が映し出された。雷光と対消滅エネルギーの熱ロスによる爆轟で乱れ放題の映像の中で、一際異様な描写だった。最早モニターされているのが何の映像なのかさっぱり分からない。
 光は僅かに赤味を帯びた白、輝度の高い様子はレーザー光のようだが、それは照射されているエネルギー自体の映像ではなく、射線上に存在する空中のチリや水蒸気などが発光しているものだった。それは真っ直ぐに|闇龗《サンダーインザダーク》へ突き刺さるように伸びてその姿を闇の中に映し出していた。

「なんだあれは。どこから出てる」
「光源は宇佐南東、御許山の山頂のようですが」
「御許山だと」

 空中カメラの映像に切り替わった。山頂、とは言うが木々に覆われた山の中の、そこが山頂なのかどうかはよく分からない。8、9合目程度のようにも見えるが、流石にそこまでは雷光は照らし出していない。

「こちら本営。前站、御許山に何を配置している? 投光器か? |送れ《ENQ》」
―|こちら前站《ACK》。当方では御許山に防衛設備の展開はしていない。
「……|了解した《ACK》」

 なんなのだ、と難しい表情見せたとき、オペレータの一人が、声を上げた。

「ぎ、|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》、急速に縮小しています!」
「なに?」

 モニタリングされている|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》予測展開範囲は、まるで消しゴムで消して削っていくかのようにみるみる小さくなっていく。
 長官はモニタ、そして伊那の方を睨み付ける。伊那は、おっかない、とまるで銃を突き付けられた民間人のように両手を上げた。

「お前達の仕業か?」
「違うわ。」

 猜疑心に満ちた目を細める長官。何かを言いたげに口を開き書けるが、信用したのか無駄だと悟ったのか、その口を結び直した。代わりにオペレータの方を見る。

「状況は」
「|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》、しょ、消失しています。|剣尾翼《ティルウィング》の放出予兆も消えました」
「|闇龗《サンダーインザダーク》の動き、急激に鈍っています。速度低下。鰓部の閉塞。発雷頻度も若干低下しています。」
「あの光のせいか?」

 驚きの表情を見せているのは自衛隊員達だけでは無かった。CIPHERの面々も、何が起こっているのか目を皿にしてモニタの様子を見ている。

「あの光が、|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》を除去しているというのか?」
「現象だけを見るには、そのようです。」
「御許山と言えば宇佐の奥の院があるところか。何の関係があるのか」
「あの光が|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》を消去しているのだとすると、対消滅による膨大なエネルギーに頼って活動していた|闇龗《サンダーインザダーク》は、不意にエネルギー源を断たれたことになる。大食らいの体は、供給を断たれるとあっという間にガス欠って訳か」
「なんだか知らんが渡りに船だ。神戸打撃作戦最終フェイズ、〝|鳳羽狩《おおばかり》〟を開始しろ!」
「こっ、これより、オペレーション・|鳳羽狩《おおばかり》を開始します!」

 元より長官の指令で作戦を実行しようとしてた所だったが、自壊の急展開によってそれは性急さを増している。それを各員とも認識していて、言外の内に、緊張感とスピード感へダイレクトに反省されていた。先ほどまで空回りばかりだったとはいえ、その様子こそがこの組織の優秀さでもある。

「瀬戸内海及び九州北部の民間人へ屋内待機の徹底を」
「|七刃御先《しちにんみさき》、第一射から第七射を順次実施」
「|軌道発電衛星《あまてらす》、|七刃御先《しちにんみさき》を実行して下さい。メーザー出力の縮退を確認、OK、承認。照射します。」
「第一射、照射。」
「弾着、目標に対してベクトル角5、ベクトル大7」
「射角フィードバック、完了。」

 |七刃御先《しちにんみさき》と呼ばれる試射が開始されたが、それ自体の射線はモニターには細く弱々しい光としてしか表示されていない、それほど高い出力で行われているわけではないようだった。
 一射目の光は|闇龗《サンダーインザダーク》の体に当たるどころか大きく脇にそれている。

「第二射、照射。」
「弾着、目標に対してベクトル角350、ベクトル大8」
「射角フィードバック、完了。」

 シークエンスは淡々と進行していった。指示はテンポ良く発せられ、試射も繰り返し行われているようだった。第三、第四、と|七刃御先《しちにんみさき》の光は、回数を重ねる毎に|闇龗《サンダーインザダーク》の体に近付いていった。|闇龗《サンダーインザダーク》は移動を継続しているがそれでもしっかりと照射はその体を捉えており、|白野威《シラヌイ》と呼ばれる攻撃的照射運用が単なる発電設備移設用の仕組みではないことを示していた。
 第四射目が終わったとき、観測オペレータの一人が、報告を上げた。

「報告。目標の進行が停止しました。移動、0.003ベクトル大」
「観念した……訳では無いのだろうな。すべきことに変わりはない、モニタリングを続けろ。|七刃御先《しちにんみさき》を継続。」

 誰もがこのまま|白野威《シラヌイ》照射まで漕ぎ着けることを期待していた。半ば祈るような気持ちでコンソールを睨み、ディスプレイを見、計器類をチェックし続ける。
 |闇龗《サンダーインザダーク》が神様であるのなら、神様はそんな期待を裏切った、オペレータの一人が引き攣った声を上げる。

「目標の尾部先端、上空を指向しています。|剣尾翼《ティルウィング》の放出予兆、発現!」
「なに」

 ディスプレイには、長い尾部の先端が上部を向いているのが映し出されている。サブモニタには、空間中に蓄積する何らかの数値の分布を色で示したサーモグラフィの様な映像が映し出されているが、それは温度ではないだろう。尾部で急激に暖色を濃くしており、先端は既に白くなりかかっていた。

「反粒子生成にはまだ時間がかかるんじゃなかったのか!?」
「|軌道発電衛星《あまてらす》を撃つ気か? あ、当たるはずがない」

 上を向いているからと言って、遙か上空軌道上にある人工衛星を狙い撃てるはずがない。《《常識的に考えるならば》》。

「第五射、照射。」
「弾着、目標に対してベクトル角173、ベクトル大5」
「射角フィードバック、完了。」

 試射はまだ命中を見ていない。このまま|白野威《シラヌイ》を照射しても当たらない、考えづらいことだが、七発の試射を行ってもまだ照準が合わない可能性がある、その際にはもう一度試射を繰り返して射角調整を行わなければならない。その時間があるとは、考え難かった。
 |闇龗《サンダーインザダーク》の姿を光学的にモニタリングし続けるディスプレイの映像には、またも不穏な動きがあった。それまで何の機能を持っていたのか分からない|闇龗《サンダーインザダーク》の頭部についた眼球のようなものが急激に膨れ上がった、まるで出目金のように肥大化したそれは、柔らかそうな半透明の球状組織を大きくせり出している。その半透明球体の大円割平面上に網膜のような平面構造が透けており、それがぐるりと上を向いた。頭を上に向けることなく、目だけを真上に向けたような形だ、これを、尾部を天上に向けた行為と紐付けるのなら、|闇龗《サンダーインザダーク》は空を見て照準を合わせようとしてる様に見えた。

「目標の頭部眼体が肥大、上方を指向しています。|軌道発電衛星《あまてらす》を観測している可能性があります」
「目標の内部温度が上昇、尾部に発光を確認。」
「急げ!」

 上空に向けた|剣尾翼《ティルウィング》の精度も有効射程も分からない、だが万が一にも|軌道発電衛星《あまてらす》に命中しようものなら、もう手立ては限られる。

「オカルト屋」
「なにか?」
「……ハバキリの用意をしろ」
「いつでも。囁は浮上を含めて|280《ふたはちまる》秒以内に使用し、|120《ひとふたまる》秒で目標へ到達させられる」
「到達までに案外かかるのだな」
「こんな近距離で使用する想定の代物じゃないのよ、距離的にロスが大きいのは否めないわ」

 伊那は自前の端末にむかって何か指示を出している、囁の搭乗者と通信しているのだろう。

「第六射、照射。」
「的中!」
「射角フィードバック、完了。」
「当たったのか!? もういいだろう、さっさと本射できないのか?」
「シークエンスの最中で中断すると、射角修正が元に戻ります」
「なんでそんなアホな作りになってんだよ! システム部門潰すぞ!?」

 開発時、兵器転用する想定はあったものの、実際に使用するかどうかは真剣に検討されていなかったのかも知れない。そんな杜撰なシークエンスがあるかと言う思いがその場の全員の脳裏をよぎる。だが今はそれでも祈るしかない。七射目でも命中判定が得られれば、照準自体は安定するだろう。だが、間に合うかどうかが問題だ。
 全員が固唾を呑んで、それどころではない、冷や汗を垂らし、あるものはディスプレイを見続ける勇気もなく目を瞑っている。

「第七射、照射。」
「的中。」
「射角フィードバック、完了。|七刃御先《しちにんみさき》による|射角修正《キャリブレーション》が完了しました。」
「尾部光量、増加。眼体サイズが復元しています。|闇龗《サンダーインザダーク》が|軌道発電衛星《あまてらす》の位置を把握し終えているかも知れません」
「すぐに本射だ!!」
「|白野威《シラヌイ》、発射シーケンスに入ります! 目標、|闇龗《サンダーインザダーク》! システムセルフチェック、全てOK。出力100%可能、エネルギー充填問題なし。」

 所定の位置についた2名のオペレータが、それぞれがゴーグルをかける。ゴーグルは網膜認証機能を搭載していると同時に、オペレータの視線の動きをトレースして、パスジェスチャーを認識し、発射オペレーションに誤りがないか検知する。
 2名のオペレータの網膜認証が完了する、2名とも次に視線を動かしてパスジェスチャーを入力し、これも完了。次にコンソールのそれぞれの左右に1つずつ計4箇所設けられた鍵穴にシリンダキーを差し込んだ。

「「3、2、1、回せ」」

 かけ声と同時に、4箇所の鍵が同時に右方向に回される。

「「1、2、3、4、5」」

 5秒間回した状態を維持すると、電子音のブザーが響いてコンソール上の「EMIT ENABLE」のランプが点灯した。キーの位置が戻って抜き取られる。

「照射準備、よし!」
「照射準備、よし!」
「尾部先端に集光、|剣尾翼《ティルウィング》放出の予兆有り!!」

 オペレータがそれぞれの前にあるカバーのついたボタンの、カバーを外してボタンに指をかける。

「|白野威《シラヌイ》、照射!!」
「「照射!!」」

 長官の声と共に、二つのボタンが同時に押された。
 1秒程のラグを待ってから、すぐにディスプレイに映し出された映像が乱れる。乱れた映像の向こうでは、|闇龗《サンダーインザダーク》の浮かぶ海面温度が急激に沸騰し泡を立て、蒸発した水蒸気を上げている。それと同時に、真上に向いた|闇龗《サンダーインザダーク》の奇妙な眼球が破裂し、尻尾の先端がブレた。

「|白野威《シラヌイ》、命中!」
「|剣尾翼《ティルウィング》、放出! |軌道発電衛星《あまてらす》の損害はありません!」
「効いてくれ……!!」
「|闇龗《サンダーインザダーク》、移動を開始。|白野威《シラヌイ》、射角追尾。|剣尾翼《ティルウィング》による質量消失、上空放出のため僅少、照準影響有りません。」

 あのバケモノに電子レンジが効くのか、と言えば矮小な言い方になるが、反応を見る限りは効果があるように見えた。|闇龗《サンダーインザダーク》は回避行動を取ろうと、高速で移動を始めている。|軌道発電衛星《あまてらす》の|白野威《シラヌイ》はそれを正確に捉えて、|闇龗《サンダーインザダーク》を持続的に焼き続けていた。

「目標の鰓部、開放。|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》展開の予兆です」
「……来るのか?」

 首の部分にある無数の切れ目が開いて、青い粒子がふわふわと放出される。だが次の瞬間、開いた鰓の肉色部分が破裂するように弾けて白く変色した。青い光流の放出が止まる。

「|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》、不発のようです。エネルギーが不足しているのか、|白野威《シラヌイ》の効果かは不明」
「おどかせる……」

 目が潰されているからか、|白野威《シラヌイ》の放出を受けながら、|闇龗《サンダーインザダーク》の動きはふらふらと不安定な軌道を描いている。だが大まかに見て宇佐に向かっていることは確かだった。このままでは陸地にさしかかる。|闇龗《サンダーインザダーク》は、目を潰され、鰓を潰されながらもまだ移動を続けていた。

「目標、惑動しながら国東半島へ向かっています。この速度が維持されると|40《よんまる》秒で上陸します」
「まだ死なんのか!? 陸上に|白野威《シラヌイ》を向けるのは……」

 陸上は構造物が海洋に比べて比較にならない程多い、超高出力マイクロ波など照射しようものなら、どうなるか分かったものでは無い。人的被害も、有るだろう。長官が意を決して判断を下し、その結果謎の光のせいで海上で命中させることが出来たというのに、このままでは結局怖れていたとおりのことが起こりかねない。
 伊那は、長官に向いて、ひと言言う。

「止めるんじゃないわよ」
「……わ、分かっている!!」

 天からの光が|闇龗《サンダーインザダーク》を焼き、逃げ惑う軌跡が煙のように水蒸気を上げている。これが陸上になれば本当に煙になることだろう。

「|闇龗《サンダーインザダーク》の軌道、このままでは、国東市に重なります。市民の多くは大分市に避難完了していますが、照射を続けると市街地を焼くことになります。」
「構わん、照射を続けろ!」
「|軌道発電衛星《あまてらす》の蓄電量、残り|40《よんまる》%。可能射界離脱まで、|20《ふたまる》分です。このまま照射を続ければ、可能射界離脱迄には全電力を消耗します」
「ロスは出さずに済むか。だが、上陸までに倒せるのか?」

 照射を受けながら、|闇龗《サンダーインザダーク》は移動を続ける。その間に、鱗を纏った皮膚が爆ぜて裂けたり、海面の水蒸気以外に体のあちこちから煙が上がっているのが見えた。爆ぜて裂けた下からは焼けて白く変色した肉のようなものが見えるが、それも見る見ると焦げて黒くなっていく。尻尾は力なく垂れ下がって上を向くことを諦めたようだった。

「目標速度、低下していますが、上陸は免れません」
「……やむを得ん。ハバキリを喰らわせるより遙かにマシだ」
「|軌道発電衛星《あまてらす》蓄電量、残り|30《さんまる》%。」

 まるで暴れるように身を捩りながら飛び続ける|闇龗《サンダーインザダーク》は、いよいよ陸地にさしかかった。

「|闇龗《サンダーインザダーク》、国東半島へ上陸!」

 まるで滑り込むように国東市の市街地へ突っ込む、土煙を上げ、建造物は引き摺られるように倒壊する。そして横たわる|闇龗《サンダーインザダーク》の体には、継続して|白野威《シラヌイ》が照射され続けている。周囲の建物が加熱され、燃え上がっていた。金属素材では火花を散らすように高温を放ち更に発火を促している。

「目標の羽が変形! ……影響は、なし」

 潰れたように地べたに伏している|闇龗《サンダーインザダーク》の、6枚の羽が円形に変形して傘のように照射を遮ろうとする。だがそれもすぐに焦げ付いて燃え上がり崩れ落ちた。這いずって前進しようとする|闇龗《サンダーインザダーク》、だが、その速度は遅い。丁度宇佐の方へ首を伸ばして頭を向けるが、|白野威《シラヌイ》の照射によってじりじりと煙を上げ、焦げ、恐らく水分を含んでいるのだろう組織が爆ぜて裂け、赤から白に変色した肉が落ち、それもたちまちに炭化していく。

「死ね……死ね、そのまま!!」

 市街地に潰れて焼けていく|闇龗《サンダーインザダーク》の映像を見ながら、誰かが叫んだ。すると、司令室にいる誰もが、それに同調して声を上げ始める。

「死ね! 死んじまえ!!」
「くたばれ、バケモノ!!」
「起き上がるな、消えろ、焼けてしまえ!!」

 司令室中が、|闇龗《サンダーインザダーク》への憎しみの声で埋め尽くされる。
 当然だ、|神妖《かみさま》は人間の敵だ。|神妖《かみさま》を克服しない限り日本に、人間に未来はない。|神妖《かみさま》は殺されなければならない、人間は|神妖《かみさま》に対する憎しみを原動力に、|神妖《かみさま》を|殺し《送り》続けなければいけない。それが、例え憎しみであっても、口汚い言葉であっても、それは生きるために仕方がないことなのだ。
 |闇龗《サンダーインザダーク》は首を持ち上げる力も無く、完全に地面に落ちた。最後の力を振り絞って尻尾を持ち上げるが、もう焦げていて|剣尾翼《ティルウィング》を放つ先端は機能しない。鰓部は焼け落ちていて|反物質粒含有霧《ギンヌンガの衣》を纏うことも出来ない。体の割に小さな口の様な器官を力なく開いて、潰れた目から体液を蒸発させながら、その動きは徐々に弱まっていく。急激に体から上がる煙と焦げ付きがはやくなる。

「いいそ、そのまま焼けろ、ははは!!!」
「ざまあみろ、バケモノ! 死ね!!」
「この、クソ野郎!! はっはは、人間を舐めるな、死んじまえよ、ははは!!!」

 人間達は、勝利を確信して沸き立っている。汚い言葉で、敵を罵り、死を望み、愚弄して、貶めている。それを当然だと思い、お互いにその憎しみを煽りあって叫んでいる。
 伊那はその光景から目を逸らし、悲しそうな、痛々しい表情を浮かべていた。全天ディスプレイに映し出される|闇龗《サンダーインザダーク》の焼け焦げていく姿に総員の視線は釘付けだが、伊那はそれに背を向けている。|魔呼乙《まこと》もそれに気付いて、伊那の背中に手を置いて慰めるように声をかけていた。

「人間ってのは、こうやって強くなってきたんだ、きっと」
「……わかってる」

 けど、伊那の目から大粒の涙が落ちた。
それがヒトの力だ。ニンゲンの原動力だ。ニンゲンが持つ最大の力は、同じ理想を信じて共有して事態を打開する、「幻想を信じる力」だ。そのことは、博麗伊那もよく知っている。
 そしてついに、司令室内にニンゲン達が待ち望んだ報告が響いた「目標の動き、完全に停止しました、沈黙!」。
 司令室内に歓声が響き渡る。伊那は|魔呼乙《まこと》に促されて涙を拭き、自分を落ち着けるように深呼吸しながら、全天ディスプレイへ向き直った。和泉も、若狭も赤石もその他の神社本省派遣メンバー全員が伊那の様子を見、その気分を察して複雑な表情をしていたが、それは表出されるべきではない言葉だとしって、全員が口を噤んでいる。
 代わりに、気を取り直した伊那と|魔呼乙《まこと》が、作った笑顔で前に出る。
 喜びに満たされているこの部屋の中で、一瞬だけ悲しみの谷間が発生したことは、知られることはないだろう。

「ニンゲンは、強いわね」

 博麗伊那が呟いたそのひと言は、何の意味を持っていただろう。

「|軌道発電衛星《あまてらす》、マイクロ波照射界を離れます」
「了解。明日計画停電を解除する旨、正式に発布するよう広報に伝えろ」
「承知しました」

 秘書官のような女性が、その言葉を持って下がった。

 政府の高官にはまだ仕事が残っているようだ、だが、それでも一旦の安堵の表情は、見て取れた。長官が、室内周知用のグースネックマイクをちょんと摘まんで口元に寄せ、言う。

「目標の体、急激に崩壊、消滅していきます。」
「自分の対消滅の力に喰われている……?」
「周囲に被害は」

 辺りは再びざわついている。ニンゲンの常識の上では、対消滅が起これば消滅した物質のエネルギーが噴き出して膨大な熱エネルギーを生じるはずだ。だが、|闇龗《サンダーインザダーク》の死体は青い燐光をはらはらと浮かばせながら、雪細工が溶けて消えていくように形を失っていく。

「強いガンマ線放射が確認されますが、それ以上の反応はなし」
「ガンマ線をまき散らすだけで十分に厄介だがな」

 そして、いよいよ動かなくなった|闇龗《サンダーインザダーク》の体は、青い鱗粉をはらはら散らすように輝きながら、完全に失われた。姿がなくなってからしばらくは状況を分析しているのだろうか、各所は沈黙を守っている、だが長官のデスクの上に置かれた古くさい受話器の呼び出し音が鳴り、長官がそれを取ることで沈黙は破られた。何か会話をひと言二言交わし、再び受話器を置く。そして、グースネックマイクを指で摘まんで口元に寄せて、いよいよそれを宣言した。

「本目標の消失が確認できた。現時刻を以て神戸打撃作戦を終了する。作戦は成功と判断される。ご苦労だった」

 ぶつ、とマイクの切断ノイズが響いた瞬間、司令室中に歓声が響き渡った。ヘッドセットを外してその場で跳びはねる者、隣の者とハイタッチする者、抱き合っている者もいる。神に祈る者、泣き出している者もいた。
 哨戒機からの映像は、継続して流され続けている。意味もないのだが、もしかするとカメラ手が手放しで機内ので喜び跳びはねているのかも知れない、褒められた行為ではないが今ばかりは誰一人それを咎める気にならないだろう。
 映し出されている映像では、マイクロ波の大規模照射によって急激に海表面温度が上昇し、その場で蒸発していた。大量の水蒸気がもうもうと海上の空を立ち上り、まるで噴火の直後の様な濃密で大規模な霧が月の姿を完全に隠してしまった。

「|軌道発電衛星《あまてらす》が隠れてしまう前に実行できて良かった」
「まったくだ。|即造衛星メーザー砲《シラヌイ》がなければ、ハバキリを使うことになったかも知れない」
「そんな事になれば……日本の未来は厳しいことになってたろうな」
「ですが、|闇龗《サンダーインザダーク》の反物質放出による対消滅により、大量の消滅放射線の放出がありました。該当地域には半減期の長い放射化物質も相当量残留していると想定されます。」
「……神戸打撃作戦は成功したが、|闇龗《サンダーインザダーク》との本当の戦いは、これからかも知れんな」

 高官は高官同士で何かを話している、その下では作戦に参加した各メンバーも作戦の成功裡の終了を悦んでいた。

「🐟……(;;)」
「そうだな、あんなに急に海の温度が上がったら魚いっぱい死んじまうな」

 若狭が、目標の打倒を悦びつつも、涙目でモニタを見上げて口をパクパクしている。決して寒いわけでもない本営中央作戦室の中で未だに口元を隠す程ぐるぐる撒きのマフラーを外さない赤石がその背中をぽんぽん叩いて慰めている。

「月は」

 総員作戦の成功に胸を撫で下ろしあるいは未だに歓声を上げ、喜びの空気に満たされている司令室で、和泉と博麗伊那はどちらかというと安堵したかのように静かな様子でモニターを見上げていた。
 |闇龗《サンダーインザダーク》が消滅した今モニターには最早何も映し出されていない。海上にはもうもうと視界を覆い尽くす程の濃霧だけ、ただっ広い海に濃霧だけが映し出されればそれは一体何の映像なのかなんて分かりやしない。もし仮に晴れているのなら月影でも、それに海面に映ったその姿でも見えたかも知れないが。

「あんまり見えないな。お月様はかくれんぼかよ。」

 和泉、それに伊那が青みがかった濃灰色一色のつまらない画像をしみじみと見上げているのを見て、|魔呼乙《まこと》が言う。

「お月様だってただじゃ出てきてくれないわよ。お団子お供えしてお祭りでもする?」
「伊那が裸踊りしてくれたらすぐ出てくるぜ。勝利の祝宴だあ」
「あら月の頭脳気取り? いっぺん死んでみる?」

 迷いなく|魔呼乙《まこと》の胸ぐらを掴んでもう片方の手で握り拳をつくっている伊那。「いいじゃんかよ、伊那の裸くらいオレは見慣れて」そこまで言って鉄拳制裁が下った。

「ひ゛て゛ぇ゛よ゛ぉ゛」
「どっちがひどいのよ!」

 床に崩れ落ちている|魔呼乙《まこと》に足蹴りの追い打ち。蛙が潰れるような声を漏らしてから、|魔呼乙《まこと》は動かなくなった。

「あれは、本当に反物質を使っていたのか? 対消滅エネルギーを喰っていたのか……?」
「今回の作戦の記録、各国躍起になって公開を求めてくるだろうな。」
「出来るもんかよ、記録は取っているが、何一つ分かっちゃいないんだ。全部バラしたって構わない位だ。まあ、上はどう言うかは分からないけどな」
「何にせよ、初めてこの国が、〝まほうつかい〟の力を借りずに、独力で|神妖《かみさま》を〝送った〟んだ。大きな一歩だ。」

 長官が、博麗の方へ言葉を投げる。得意げな表情は、この勝利に裏打ちされた者に違いない。

「どうだ、オカルト屋、もうお前達など不要になるかも知れないぞ」
「さっき言ったけど、それはそれで構わないと思ってるわ。人間は、ちゃんと人間が守るべきだもの。期待しているわよ。その力が、間違った方に向かない事も含めてね」

 博麗伊那はしかし、その挑発的に買い言葉する事は無かった。傍に立っている霧雨|魔呼乙《まこと》も、同じだ。素直に手を叩いて、自衛隊一丸の勝利を祝っている。
 それぞれに思いはあろうが、人間の勝利には、違いなかった。



§ § §



「かみ、さま……?」

 雷雲が急激に晴れ、代わりに立ち上った靄が月影を覆い隠したのを見て、瀬織観月はその場に立ち尽くした。彼女には、神の消失を感じられる何かが、芽生えてしまっていたのだ。
 爆弾だったのかも知れない、電波だったのかも知れない、毒だったのかも知れない。何だったのかなど分からないし関係はなかった、ただ、この世をめちゃくちゃに、彼女自身の意志にも拘わらず暴力的に強制的に、破壊してくれる、それは彼女以外の誰が何と言おうと彼女にとっては正しく希望だった。山の向こうに見える淡い光に、彼女は古い世界の崩壊と新たな世界の到来を見出していた。

「どうして」

 でもそれが脆くも失われてしまったことを、彼女は感じ取っていた。何がそうさせたのかは分からない、本当に、彼女にはある人間達にとっての神となるだけの力が合ったのかも知れない。それでも、彼女は自分にとっての神を見つけ出すことが、出来なかった。
 山の向こうにはもう何の光も見えない。創世の光は、消えてしまった。
 瀬織観月はその場に崩れ落ちて膝をつく。

「どう、して」

 瀬織観月は、全く静かにむしろ清浄な程の夜空を見上げて、その空の虚無に涙を流し始めた。新世界の扉は、一瞬の内に消えてしまったのだ。余りにも短い一瞬の|光《闇》だった。せめて自分だけでも連れて行って欲しかった。
 雷雲は消え去ったのに、空はどんよりと曇っている。月も星も見えない。彼女はその何も見えない空に向かって慟哭する。自分を迎えに来てくれた、やっと迎えに来てくれたのに、

(私は、結局この闇の中から抜け出すことは出来ないの?)

 彼女にとっての神様とは、何だったのだろうか。山の向こうに見出した新世界の扉は神様だったろう、でも彼女が見出した救済の手は本当に今は静かになってしまったあの山の向こうにいたのだろうか。後光を失った山の向こうに、彼女は寂し目が視線を放り投げながらさめざめと涙を流す。 

(ちがう、ちがうよ)

 だが、彼女は何かを思い出したように目を見開いて「ちがう」、小さくしかしはっきりと口に出した。項垂れながら頭を振って、頭を振って、頭を振って、瀬織は何かを否定しようとする。

(神様は、ちゃんと扉を残してくれた。彼に出会えたのは、きっと導きなんだ)

 彼女の拠り所は今、酷く酷く細い線として、残されているだけだった。その余りにも細い線に、全てを託すかのように彼女はふらふらと立ち上がって涙を拭き、しかし晴れない表情で歩き始める。

「行かなきゃ」

 まるで大火事に焼け出された人間が熱さに追われ、水を求めてふらふらと歩くように、瀬織観月は歩き出す。

「|日《のぼる》」

 それは前に進む道ではないだろう、きっと、今まで歩いてきた道を再び戻る歩みに、違いなかった。
 世界は、確かに、終わったのだ。



§ § §



「だ、そうだが」
「っぐっ!?」

 突然足下の地面が抜けるように落ちたと思うと、ボクの体はまた地面に落ちた。放り出された目の前には、下半身が消えかけている、シオリ、いやルーミィ?

「し、シオリ」

 それは、さっき豊聡耳の巨大破壊光線で辛うじて生きている瀕死の彼だった。ルーミィと状態が重複している。多分、シオリの力が薄れて、状態の分離がうまく出来ていないんだ。下半身を消し飛ばされた事象が、ルーミィにも侵蝕していた。

「ほたるび……」

 深刻に存在の溶解が進行し続けている|ルーミア《シオリ》が、まるで待ち望んだ月光に臨んだ表情で、その名を呼んだ。

「|穂多留比《ほたるび》、たすけて、オレ、しにたくない、まだ……」

 ずぶずぶと沸き立つように溶けていく下半身、もう胸元まで消えている。
 震える声でそれを言うのは、下半身が消えうまく力が入らないから、ではないだろう。消えてしまいたくない、死にたくない、真にその意識が強いのだろう。
 でも、ボクには。

「なあ|穂多留比《ほたるび》、オレは……」
「シオリ……ボクには、2人を助ける力は残ってない」
「え」

 ボクの返答に、シオリは、信じられないといった表情を浮かべる。
 シオリの辛さは、ボクも知っている。でも、それはボクも、ルーミィも、同じだ。

「でも、片方を、片方に与えることは出来ると思う。……意味、わかるよね」

 ボクはもう神様じゃない。目の前にいる全ての人を救える程の力なんて無い。

「お前、|穂多留比《ほたるび》、お前は、またオレを……!」
「ボクは、こんなにも弱い小さな妖怪で、何も出来ない、何者にもなれないちっぽけな存在だ。それでもボクは、何かを食べて生きている。ボクの大切なもののために、ボクだって生きている。」

 シオリが本当に恨むべきは、豊聡耳ではなく、ボクだろう。その方が、きっと遙かにいい。ボクじゃないボクは、大昔にその片鱗を確かに見ている。彼等の戦いは、本当は、当人同士さえ望んでいるものじゃないのではないか。
 ボクに関わりのあることでは無いけれど。そんなこと、ボクが口を出すことではない、それは分かっているけれど。

「ボクは低俗な虫だ。貪るだけの、肥え太るだけの、いつ羽ばたくかも分からないただの、芋虫だ。だから、悪く思わないで欲しい。ちがうかな、どうかボクを、悪く思って欲しい」
「|穂多留比《ほたるび》……お前っ!」
「ごめんね。シオリに大切な人がいるように、ボクにも大切な人がいるんだ。ボクは、ボクの都合で、この世界に関わっていく。だって、誰もがそうしていることだ。皆この世界の一部を自分の餌食にして生きているんだから。」

 ボクの背後から、|紅魔卿《TheKarmazyn》レミリア・スカーレットが、手を伸ばす。

「それがお前の選択か。こいつは今し方、プライドも何もかもなげうって、ただ生きたいと願ったんだぞ。世界にそっぽ向かれて一人で生きてきた、こいつは、それでも行きたいと願ったんだ。それをお前は、踏み付けるのか」
「……それでも、ボクの世界にとっては、シオリの世界はちっぽけなものです」

 爪の長い指が10本、ボクの頬を左右から抱くように伸びる。
 ボクには他に選択肢はない。だって、それを言うのならボクだってずっとそうだった。彼女だってそうだった。シオリ、君だけがそうだなんて思わないで欲しい。
 爪の長い指が10本、ボクの頬を左右から抱くように伸びるて、ふわりと挟んだ。

「リグル・ナイトバグ。大した慈悲だ、それともそれは、償いのつもりか? 愉快だぞ」

 背中から掛けられる声は、真性の悪魔、邪悪であり、聞くものの心臓を鷲掴む、そうこの手のように、抱くも潰すも自在だと見せつけながら、甘い毒で染み入ってくる。
 ボクの邪悪を、太らせていく。

「だれもお前の選択を責めたりはしない。だれにもそれは出来やしない。誰もお前に石を投げることなど出来やしない。」
「悪魔……出しゃばるな! オレは、オレは何で、どうして……! これほどまで酷い目に遭わなければいけない! ただ、ただ生きていたいだけなのに、騙されて、騙されて、また騙されて!!」

 悪魔。その言葉はその通りだった。今のレミリアさんは、慈悲の薄皮を敷いた、満天の邪悪だ。でも、ボクの選択は、ボクがした。背後に悪魔がいても、神がいても、同じ選択をしただろう。選んだのは、ボクだ。

「黙っていろ、お前は今や、贄の羊か人の子の弟に過ぎぬ。どちらがどちらを喰らうのか、どちらをどちらに喰らわせるのか、決めるのは、強い者だ。さあ、リグル・ナイトバグ。今やお前は、いや此度もまたお前は、こやつより強い。選択を、実行して見せろ」

 血濡れたように真っ赤な長い爪を抱く細く白い指の肌が、ボクの頬に触れる。 ねっとりと、だが甘美な潤いで、ボクの頬を撫でる。いやこれは、いつでもボクを縊ることが出来るという、威圧だろう。

「さあ。私が、認めてやる、リグル・ナイトバグ。この世界で最大の悪意と邪悪が、お前の選択を肯定しよう。」
「シオリ。残念だけど、シオリ」

 ボクは、溶解の進む|シオリ《ルーミィ》の体に手を伸ばす、ルーミィの顔からべろりと捲れて剥けた。シオリの顔と肉を掴むと、柔らかい、肉の湿り気があって、まだ温かい。シオリは最早何も言わなかった。

「ルーミィ。すぐに、幽香さんのところへ逃げて。きっと、なんとかしてくれるから。」

 この件のことを知っていても、幽香さんはほとんど顔を突っ込んでこない。レミリアさんもここにいるのに関わり方が卑怯だ。紫太妃も博麗の巫女も顔を出さない。月の当事者達も無視を決め込んでいる。誰もが卑怯者だ。この世界は、誰もが自分の世界を守るためのモザイクで出来ている。その一色になろうとも、モザイクの解像度を無理に上げようともしないこと、それによって危うく安定しているだけだ。それを、ボクはよく知っている。

「レミリアさんは……頼らない方がいいですね?」
「面倒に顔を突っ込みたいなら構わんぞ」

 そうですよね。ボクは頷いて、《《ルーミィの方の》》目を見る。
 それが、ただの怠惰や傲慢でないことも、知っている。それでも、きっと幽香さんだけは助けてくれると、何故か思っていた。それがただの思い込みではない確信も、どこかにある。

「ルーミィ、いいね、すぐに夢幻館に行くんだ」

 シオリの顔の下から、ルーミィの目が、心底恐ろしいものを見る様にボクを見る。いや、これは、背後の悪魔を見ているの? そうだ。そうに違いない。安心して。ボクは、ルーミィには酷いことをしないから。
 でも、ルーミィにとって今のボクは、悪魔なのかもしれない。ルーミィは今シオリとくっついている、恐らくシオリの思考が、一部流れ込んでいるだろう。彼が、ルーミィの気持ちに色づけられてボクを抱いた時みたいに。

「ルーミィも、ボクを酷い奴だと思う?」

 何も言わない。シオリは、目を閉じていた。ルーミィは、目を見開いていた。でも二人とも、何も言わなかった。それでいい、と、思った。
 何度も繰り返してもうまくいかないことがある。豊聡耳もそうだし、シオリもそうだ。ボクも、そうなんだ。

「|穂多留比《ほたるび》、お前は、またオレを、喰うのか。」
「この幻想郷は、シオリ、君が思っているより、豊聡耳が思っているより、ずっと残酷だ」

 僕の声を聞いて、彼は表情を枯らした。悔しさも悲しさもない、悪意も憎しみもない、ただ枯れた表情で僕を見る。

「次に会うときは、仲良く出来るといいね」

 ボクに関わりのあることでは無いけれど。
 シオリの表情にあるのは、本当は、悔しさでも悲しさでもない、悪意でも憎しみでもない、感情が折り重なっているようでもあった。「お前に何が分かる」ただ、口だけが言葉を紡いでいた。

「わかるさ」

 それはボクの選択だったのに、何故か無性に泣けて、情けなくて虚しくて、無力感がまるで生温い夜の闇みたいだった。
 ボクは、何も言わないシオリの頬を撫でて、その口に、唇を寄せた。

 ばりっ

「君は、ボクだもの」



§ § §



「|ヤハタのシャーマン《キクリ》が前に出てきたようですが……」

 豊聡耳神子の周囲には、誰も残っていなかった。「創世の光」と呼ばれた極太レーザーは、シオリの体を飲み込んでそれを消し飛ばしてから2秒か、3秒か、ともかく非常に長い時間をおいてから、突然巨大な突風を巻き起こした。発射地点に局所的な巨大気圧差が生じたからかも知れない。リグル・ナイトバグ、蘇我屠自古、物部布都の体はほとんど抵抗できずにあっちこっちに吹き飛んでいたからだ。
 だが、そんな事はどうでもいいというように、豊聡耳神子は砕けた|日燧鏡《ひすいのかがみ》を、手にして見、手を返して見、している。

「所詮は仿製鏡、一度の使用で壊れてしまいました。でも、使い捨てであっても十分な性能が確認できましたし、世の平安が招かれた暁には量産の体制を整えましょう。鏡の量産体制を敷く、昔を思い出しますね。」

 鏡としても剣としても使い物になるような状態ではなかったが、豊聡耳神子の様子は満足そうであった。|剣《鏡》が砕けたのは、放った「創世の光」の威力の裏付けでもある。
 彼女の宿敵である|天照《アマテル》ことヤハタとて、生きてはいまいと、豊聡耳は感じた。既にその気配も感じなくなっていたからだ。周囲にヤハタがいれば、豊聡耳はそれを感じられるはずだ。

「ヤハタを……ヤハタを殺しました、やっと、やっと殺した!! はは、はははははは、あーーーーーーっはははははははははははははははは!! なんて、晴れやかな気分だ! こんなにも清々しい気分は、何千年ぶりだろうか!!」

 どこか、常軌を逸したようにも見えるが、長い長い時間願い続けてきた大願が満たされたのだ、それ自体に不思議はないかも知れない。

「布都、屠自古、どこに転がっているのです? 殺しました、殺した、ヤハタを、殺したんですよ!! ふふ、あははははっ!! 布都、屠自古、どこですかあ!?」

 不気味な声色で笑い続けている豊聡耳はふわりと飛び上がり、化外に広がる極相林に深々と残った巨大破壊光線の爪痕を俯瞰するようにして配下の二人を探し始め、すぐに見つけ出した。かなり距離が離れている、豊聡耳は、転がっている二人の方へ飛翔する。

「布都、屠自古、いつまでそうしているのです。無様を晒してないで早く立ち上がりなさい」
「申し訳ありません」
「相変わらずひとづかいが荒いなあ、神子は。ちょっと、まだ無理だ。先帰ってていーぞ。こんな所にほっとかれたら熊に食われちまうかもなあ」
「まだ随分喋れるじゃないですか、屠自古」
「えっ、ま、まってくれよお、立てないのはほんとだってば」

 立ち上がるよう促された二人だが、全く力が入らないらしい。蘇我はいつもの様に口の悪い冗談めかした物言いで豊聡耳の手を求める。だが、物部はひと言謝った以上、何も言わなかった。何か、不満でもあるのか、不安でもあるのか、黙っている。その様子は傍にいる蘇我に伝わっていたのか、蘇我は物部の方を気に掛けていた。

「布都?」
「だめじゃ、こんなのでは」

 呟いた布都。蘇我は「……しょーがないだろ、相手が悪すぎたんだよ、旧神なんてよ」と慰めの言葉を投げる。だあが、なんだかその態度も煮え切らない。

「その通りです、全くダメですね、そのような様子では。これだから二人ともまだ鍛錬が足らないと言うのです」
「キビシーぜ、神子ぉ」
「ま、これからまた鍛錬の日々ですね。ふふ、私達はやっと、この世界でやっと、新しいスタートラインに立ったのです。頭を失っい烏合となった残りの月闇をツチグモとして駆逐しなければなりません。忙しくなりますよ。ふふっ、あははっ!」

 何か満足げな笑い声を混ぜながら独り言を呟き、豊聡耳は蘇我と物部を回収しようとしていた。
 豊聡耳の場所からは、リグル・ナイトバグがルーミアとシオリに対して施した処置を知る余地はなかった。ただシオリ、ヤハタが消え去ったという気配の消失は、豊聡耳にとって概ね間違いの無いエビデンスとなっている。事実、リグルはシオリにとどめを刺した。ルーミアの生存は豊聡耳にとって、ヤハタを抹殺した後に復活の容れ物としては破壊する必要があるにせよ、第一義の目的ではない。その第一の目的であるヤハタの抹殺に成功した豊聡耳は、非常に気分良さそうに笑っている。
 そうしている間に、豊聡耳は近付いてくる人物に気が付いた。蘇我、物部を回収しようとしながら、豊聡耳はその人影に問うた。

「|紅魔卿《TheKarmazyn》、こんな所で何を?」

 レミリア・スカーレットだ。博麗の命でこの場所を監視していたが、騒動が終局したかと思い豊聡耳にアプローチしてきたのだ。

「弥呼姫、いや、今は男性、ヒメは不適切かな」
「好きに呼んで下さってかまいません、そのような個別の名称、私には最早何の意味も持ちません」
「では、従来通りとさせて頂こうか。豊聡耳殿、気は済んだかな。この騒動が終わりなら、雑魚妖怪共を回収しようと思うのだがね?」
「好きになさってください。ヤハタを殺し切った今、私にはまだすることがあるのです」

 そうか、ならば。レミリア・スカーレットは早速にこの場にいた筈のリグル・ナイトバグとルーミアを探そうとする。だが、その背中から、豊聡耳が付け足した。

「但し、宵闇のルーミアが生存している、あるいはその|化身《アスペクト》が存在するのなら、その限りではありません。私はそれを、全力で探し、殺しに行きます。……ご承知おき下さい?」
「そうか。だが、その必要はないようだ」

 レミリア・スカーレットは、森のある方へ視線を送った。そこにいたのは。

「まだだよ」

 えっ、ルーミィ?
 なんで……? 逃げてって、幽香さんのところに行ってって、言ったのに。どうして?
 ルーミィが、豊聡耳を見据えて立っている。シオリで勝てなかったのに、ルーミィがどうにか出来る相手ではない。
 ルーミィの姿を見つけた豊聡耳も、意外そうな声を上げた。

「おや。虫妖が自らの延命のために、ヤハタとあなたを食っていると思ったのですが、違ったのですか。しかし、いや、宵闇のルーミアだけががまだ、生きていたなんて。」

 豊聡耳が、ルーミィに対峙する。そして、視線は寄越さずに、レミリアさんの方へも確認の言葉を投げた。

「リグルが、私だけ、たすけてくれた。シオリくんは、ぎせいになったの」
「はっ? 逆ならば見込みがあったかもしれないのに、バカなことを。さすがは蟲というところですか、感情に任せて目的を見失うとは」

 そう言うのも無理はない。もし逆なら、|剣《鏡》を失った豊聡耳なら、シオリは勝てたかもしれない。ボクはルーミィに逃げて生き延びて欲しかった、豊聡耳の言うことは、その通りだ。

「もくてきなら、あってる。リグルのきもちもしらないで」
「あなたを助けたかっただけでしょう。短絡的な思考です。」
「……ばーか」

 ルーミィは、豊聡耳に中指を立てて舌を出す。

「|紅魔卿《TheKarmazyn》、邪魔立てはご遠慮願いますよ」
「……」
「|紅魔卿《TheKarmazyn》?」
「わかっている」

 レミリアさんが答えに窮するなんて。でも、もしかしたらと思ったボクの期待は小さな泡となって消えた。しょうがない、今のレミリアさんが背負っているものは、ボク等なんかと天秤出来るものじゃないのだ。
 逃げて。ボクは声を上げる。

「ルーミィ!? なんでいるの!? もう無理だよ、逃げて!」
「いやだ!」

 やめて、やめてよ、そんなの、もうイヤなんだ、ボクは。
 やめて、ルーミィ、逃げてよ、どうして逃げてくれないの?

「あなたにはなんのうらみもないけれど、行かせるわけにはいかないの」
「……それはこちらの科白ですよ。正直気の毒と思わないわけではありませんが、持って生まれた性質を呪って下さい。誰にも、運命というものは、あるのです」

 その科白をレミリアさんの前で言うのは、恐らく、豊聡耳にとっては長髪の色も含んでいるのだろう。だがレミリアさんは動かない、羽ばたく音が聞こえたかと思うと距離を取って再び監視に入ったのが見えた。

「悪く思わないで下さいね、私は、宵闇のルーミア、あなたに悪意を持っていますけれど。〝光符:神を導く夢、王道の威光〟」

 豊聡耳の体は光に包まれ、何か強い力を解放する寸前のように見えた。彼が好む光線系の攻撃が繰り出されるのなら、今のルーミィに耐える力もない、交わせる距離でもない。だのに、ルーミィはまるで動じない様子で豊聡耳に向き合っている。

「あなたとわたしは、すむ世界がちがうの。だれでもみんな、キンキンの光がだいすきだなんて、おもわないで」
「好き嫌いなど問うていないのですよ。いえ、好まないというのなら、この世界から消えてもらえればよいのです。」
「わがままいわないで。はだかの王さまになっちゃうよ。」
「ははっ、それはその通りかも知れませんね。でも、裸でも、最強でいればよいのです。裸でも、唯一の最大神であれば、何も問題ありません。裸でいることを恐れることこそ、真の裸といえるでしょう」
「あなたは、こわくないんだ? ほんとう? こわいよね、ひとりになっちゃうこと? でもだいじょうぶだよ、闇はね、あったかいんだから。」
「ヤハタの残滓ですか?」
「あなたのことだよ」

 ルーミィが何を言っているのか分からない。でも、豊聡耳の表情が少し硬くなった。

「御託は辞めましょうか。死んで貰いますよ。」
「やだ」

 ルーミィは、髪飾りに手を翳すようにしながら、呪を唱える。

「あったかい闇。やさしい闇。光をとじて、みたしていくの、ふかい闇。《《まわた》》みたいに、やわらかい闇。わたしの、世界。闇符:|支配神界分界線《ディマーケイション》」

(あれは……シオリの?)

 ルーミィの周囲が急に暗くなり、その〝暗さ〟が立ちこめてみるみる豊聡耳を包み込むように広がっていく。あっという間に豊聡耳の周囲に腕を伸ばしてすっかり包囲した。このまま濃度と厚みを増やしていくだけ、その闇色は意思を持った不定形の生き物のように大きく膨らんでいく。
 シオリが使っていた月と太陽の境界線を引く術に似ている、でも、もっと強力になっているみたいだった。

「単なるヤハタの術の模倣、というわけではないようですね」
「みえないでしょ、やみのせかいへよおこそ」

 世界を一色で支配しようとする者へ、対蹠から展開される、侵入不能を主張する世界分割。シオリが展開した「月闇:|支配神界分界線《デマルカシオン》」に対する、〝宵闇のルーミア〟なりの解釈と言うことだろうか。
 煙、いや空間全体が水に満たされている中に墨汁を垂らした時のようだ、それが広がり、界面を作り、混ざり合って、光の濃度を奪っていく。
 シオリのそれが「月の満ち欠け」「太陽と月」あるいは「その神の信仰」の棲み分けによる相分離だったのに対して、ルーミィのそれはもっと強力になっているみたい。「光と闇」にまで拡大解釈した上で、さらには豊聡耳の光を包み込んで圧倒していた。それはルーミィの闇の持つ「存在する闇」という性質によるものだろう。
 豊聡耳の光は強力だ。豊聡耳の力の|根源《ソース》は、「太陽」に加えて「太陽に向いた信仰」がある。これは神と呼ばれる存在であれば誰もが持つ二重性だ。量子論的光子の照射の他に、「照らす」というメソッドによって光源と対象の位置関係に拘わらず「光に照らされた状態」を直接作り出すことが出来る。このメソッドの濫用が可能であることが、豊聡耳の力が強力である理由だ。

「見事な〝世界〟ですね」

 だが歴史上、光というものは(則ち物理学は)、ルーミィが扱う「正の有限質量を持ち単位時間当たりに粒子数を保存する性質を有し、光子自身ではない、光子の反粒子のようなもの」に出会ったことがない。ルーミィの「存在する闇」がいかに論理破綻した概念であるか、そしてその破綻が実際に〝大した害もなく〟存在していることが、「宵闇のルーミア」を、八博をして重要監視対象にしている所以、らしい。実現した「|支配神界分界線《ディマーケイション》」と、その現象の上で言うところの、「真の意味の〝|月の暗い側《ダークサイドオブザムーン》〟」は、まさに八博が危惧した破綻であり、この世界の「バックドア」に等しい。
 つまり、未知の力で迫られてしまう豊聡耳の光は、窮極的に常識的な物理世界に縛られているため「|支配神界分界線《ディマーケイション》」の世界分割に対して、限られた干渉しか出来ない。だからこれほどに闇が、豊聡耳の世界を圧迫している。
 それでも、豊聡耳の余裕が消えることは無かった。

「月神|天照《アマテル》と宵闇のルーミアの合わせ技、これこそが本当の|月闇《ツキヨミ》というわけですね。大したものです、が、今のあなたにこれを維持する程の力は残されていない。万全だったとしてもこのような大技、あなた程度の存在が維持できるものではありません。精々無理をして運用していることでしょう。いつまで、もつでしょうね?」
「……あたまいいひと、キライ」

 豊聡耳の指摘はルーミィにとっても反論できないところだったようだ、つまり折角展開した、ルーミィが豊聡耳に対して圧倒的に優位を保てる環境である「|支配神界分界線《ディマーケイション》」も、そう長い時間維持できないと言うことらしい。これは|命名決闘による略式儀式《弾幕ごっこ》でも所謂〝耐久弾幕〟としてよく登場する状態だ。
 アクセス可能な対象が極めて特異であるルーミィが今でも弱小妖怪としてボク等とふわふわと遊んでいるのは、キャパシティが少なくてその特異性をほとんど発揮できないからだった。だが、シオリを取り込むことで、一時的にでは有るが一応の現実性を得たと言うことらしい。現にこうして豊聡耳とその光を、闇によって封印している。

「これだけ確保できれば十分ですね。あなたが疲れるまで、耐えればいい。勝負はそこで終わりです」

 豊聡耳の周囲には、ルーミィの世界分割によって圧迫した豊聡耳の世界が残されている。これ以上圧迫できないという所らしい、半径で5メートル程度の球状には闇が侵蝕出来ず光が満たされていた。ルーミィはこの半径5メートルの球体の中心にいる核を、一定時間以内に仕留めなければいけない。確かに5メートルと1ミリ先のものでも豊聡耳はその能力を持ってしても察知することは出来ない。が、4メートル99センチ9ミリにでも入れば、豊聡耳の力ならば即座に察知して回避あるいは防御することが出来てしまうだろう。
 そこで豊聡耳は|剣《鏡》を手に取ろうとする、だが手で探ったそこには既にそれはない、さっきシオリとの戦いで砕けたからだ。

「まあいいでしょう。あなた如き、|日燧鏡《ひすいのかがみ》を使う必要もありません。〝黄金の剣ジパング〟」

 豊聡耳は自分の身の丈以上のサイズの剣のような形をした、有限距離で停止する持続光線を備えた。恐らく太陽の信仰を凝集したものなのだろう、黄金色に輝いている。ルーミィには、都合が悪い|光線《剣》だ。
 豊聡耳の力は|日燧鏡《ひすいのかがみ》にばかり依ったものではない、|剣《鏡》が失われているとしても彼は純粋に巨大な霊力を持つ神霊だ。シオリと戦ったときには大技を多く使っていた、そのために|日燧鏡《ひすいのかがみ》を使いがちだったが、|剣《鏡》がなくとも並大抵の存在は歯が立たない。この場でまともにやりあえるのは、何をしに来たのかさっきからここを監視している|紅魔卿《TheKarmazyn》だけだろう。
 狭い可視領域に閉じ込められた豊聡耳は、目を閉じた。回避と防御を続けなければいけない豊聡耳が目を閉じるのは一見腑に落ちない行動だ。名前が示すとおり、本当は目よりも、耳の方が得意なのかも知れない。
 狭まった認識可能領域へ、高密度の弾幕が展開される。豊聡耳はそれを巧みにかわしながら、恐らくやみの中のどこかにいるルーミィの姿を探っているのだろう。弾は無数に行き交っているが、不思議と流れ弾は外へ生じない。あの狭い領域の内に、爆発を伴いながら進み、減衰して消えていた。あれは〝朔〟を現象として飛ばしているものじゃないだろうか。光の中放たれると朔を生じ爆発的なエネルギーをまき散らして消えるのだろう。

「……舞台の設営は高度なのに、出来上がる攻撃はこの上なく陳腐ですね。宝の持ち腐れとはこのことでしょう。こんなもの、日が暮れるまででも避け続けられますよ」

 その言葉は大口ではなさそうに思えた。豊聡耳の回避は実際に悠然としていて危なげがない。弾幕は進行に沿って爆発を起こしているというのに、その爆発さえも豊聡耳を捉えることは出来ていないようだった。
 豊聡耳の挑発にもルーミィの弾幕は変化を見えない。むしろその弾幕は単調さを増しているように思えた。弾の入射角も、爆発の規模も、一定の周期を以て反復しているだけのように見える。

(ルーミィ……)

 「闇符:|支配神界分界線《ディマーケイション》」は高度な術かも知れないけれど、それを有効に使うための攻撃手段までは、咄嗟には思いつかなかったと言うことだろうか。元々ルーミィの弾幕は、普段からそんなにトリッキーなものはない。|四則同盟《カルテット》合同で取りに行く相手に対しても、ルーミィは暗闇を使った補佐がほとんどで、実際にダメージを取りに行くのはチー、稀にボクがやる。その仇が出ているのだろうか。
 ずっと同じ反復。ずっと同じ回避。この半径5メートルの球体以上に豊聡耳を追い詰める要素は、一つも無かった。

「ふん。お粗末で……」

 豊聡耳が、その言葉を吐くために、ほんの一拍緊張を弛めたそのとき。

「!」

 豊聡耳の丁度頭上後ろ辺りからルーミィの体が、豊聡耳の光の領域の中に飛び込んできた。
 |支配神界分界線《ディマーケイション》の相分離状態を無理矢理に押し入って、ルーミィの体と光の領域との間に激しい火花が飛び散る。それを厭わずにルーミィは豊聡耳に肉弾戦を仕掛けようとしていた。
 むちゃくちゃだ。何のために|支配神界分界線《ディマーケイション》を展開したのだろうか。
 でも確かに、それなしでは、5メートル以内に近付くことなど出来なかったかも知れない、今はそれと不意討ちのお陰で、2メートル程度にまで肉薄している。

「やあああああああああああああああ」
「残念ですが、間に合いますね。〝ブラッディ十七条のレーザー〟」

 ルーミィの飛びかかる方向に向けて、ジパングを袈裟切りにするモーションを取る。空中にはその切っ先の剣閃が残り、その筋から噴き出すように複数の光線が放たれた。この極至近から17条もの殺傷光線が放たれて、このまま接近を心見えれば到底回避し切れる筈がない。普通であれば、ルーミィは接近を諦め離脱して光線の回避を試みるはずだ。

「ここ、とおれるっ!」

 ルーミィは体勢を崩そうとも何をしようとも接近を試みるつもりだ、体を捻って自分の体を放り投げるように多条レーザーの隙間をすり抜ける。

「努力は認めましょう。ですが、それまでです。」

 豊聡耳はジパングを振りかざしてルーミィの突入を邀撃する。そのサイズはひと薙ぎでこの光の空間の幅を満たしてしまう。豊聡耳が余程のみ素手もしない限りは、ルーミィに回避の目は薄い。

「~~~~~~っ!!」

 だが、まさか捨て身で取り憑こうとしてくるとは、豊聡耳も思っていなかったらしい。剣はルーミィの左太股の辺りを薙いだ。それでもマンストッピングには十分な衝撃を持っている、それで退けられる想定だったが、ルーミィは失った下半身の性急な再構成のによって結合強度が緩んでいたためか、剣の衝撃に全く耐えることが出来ず彼女の左足はまるで細い糸を大太刀で撫でるように、ほとんど抵抗なく断裂した。切り落とされた方の足は空中に飛び、太陽の剣の力に焼かれて燃えるように消失した。

「あ゛あ゛あ゛ああっ!!!」
「む」

 だが、そのせいで豊聡耳の攻撃の衝撃はルーミィの全身伝わることなく、彼女はまさしく捨て身で豊聡耳の背後に負ぶさる様に、距離を詰めることに成功した。
 だが、そこから何が出来るか。左足は失われ、光の中に突っ込んだ彼女の体は全身の表面から火花を散らし発熱している。とてもここから豊聡耳に打撃を与えられるようには見えなかった。

「へへ……はろー……」
「ちっ、柔らかすぎる。離れなさい!」
「リグル、あと、おねがいね」
「えっ?」

 左足を失ったルーミィは、豊聡耳の背後から腕を振り上げて何かを|項《うなじ》辺りに打ち込んだ。豊聡耳は即座にルーミィの体を引き剥がして浮かせ、太陽拳撃で地面に叩き付ける。

「ぎゃっ……!」

 女の子らしくない悲惨に短い声を漏らして、ルーミィは下に向かって突き飛ばされ、そのまま地面に激突した。再び左足を失った上に、彼女にとって太陽光線の力を凝集した直接打撃は、相当にダメージがあるはずだった、落下中全く上昇によって速度を落とす気配も見えなかった。そして地面に激突したときには、何の声も聞こえなかった。「|支配神界分界線《ディマーケイション》」は、太陽拳を喰らった時点で解除され、世界は明快な光を取り戻していた。再び闇が迫ることは無い、ルーミィが術を維持できなくなっている証拠だった。

「る、るーみぃっ!!」

 体が自由に動くのならすぐにでも傍に駆け寄りたかったけれど、それも叶わない。ボクは体を引き摺ってルーミィの方へ向かう。

「くっ、こいつ」

 一方、豊聡耳の表情には珍しくも焦りのような色が見えた。その場所は急所だったのだろうか。そういえば会食のときや普段の立ち居振る舞いで、豊聡耳は首の後ろ辺りを触れるような癖があったように思う。

「捨て身とは、見上げた根性ですね。ですが、これで終わり。……っ!?」

 ルーミィが豊聡耳の背後に回り込んで突き刺したのは、影成りの武器ではなかった、通常の刃物でもない。それは、まるで釘のような、でも釘というにはなにか引っかけるような頭をしていて、工具か金具のようにも見える。
 |項《うなじ》に突き刺さったそれを抜き取ろうとした豊聡耳は、手を翳した瞬間に顔色を変える。

「こ、これはっ、何故この釘が」

 豊聡耳は、|項《うなじ》に突き立てられた釘を手で覆うようにしている。本当はそれを抜き去りたいに違いない。だが、豊聡耳はそれに触れることが出来ないかのように釘に対して手を浮かせているばかりだった。まるで、ルーミィが自分の髪飾りに触れることが出来ないのと、似ている。

「何故この釘がここにある!? 物部!! この釘は、何故!!」

 そう叫んだ次の瞬間、豊聡耳が膝からがくりと崩れる。ルーミィは吹き飛ばされた先で弱々しく上半身を起こして、取り乱す豊聡耳の方を見ている。
 〝釘〟と呼ばれているのは、一体何だろうか。豊聡耳は相当取り乱している、何か、豊聡耳にとって拙い者なのだろうか。勿論|項《うなじ》に釘など打ち込まれれば命の危機なのかも知れないが、そう言う性質の釘では、どうやらないらしい。

「この釘は、この世から取り除くように命じたはずだ、布都、お前に!」
「……布都?」

 平伏している物部、だが、それまで主に頭を下げていたその様子とは漂う雰囲気が異なっていた。すう、と頭を上げ主を見る物部。敬愛し尊敬し、服従する意図はそのままに、だがその視線は強く、強く主を諫める色を帯びていた。それが、この釘が物部の仕業であることを物語っている。実際に打ち込んだのはルーミィだった、と言うことは、この物部がルーミィにあの釘を渡したと言うことだろうか。いつ渡していたか、全く見当が付かない。
 蘇我も物部の行動は意外だったらしい、驚きの視線を向けている。だが、非難の声は上げなかった。

「太子様が長い間復活できなかったのは、仏教が想像以上に強大な力を持ってしまったことが直接の理由ではありません。太子様の魂は、随分前に既に復活していた、だが、出ることが出来なかった。」
「そうです、それはお前達に話した、その通りだ! 愚かにも思い上がった仏教徒は私をあの塔に封印し続けてきたのです! 魂は復活したが体があの塔から出ることが出来なかった、仏法が衰える今日まで!! 私は三宝を敬えと言ったのに、傲った仏教は、私を怨霊と判じた!」

「今の太子様はもう、ヤハタと、同じです。封印され、忘れられ、怒りに我を失い、神を名乗る怨霊と化してしまいました。あるいは、神性統合の目的という呪いに駆られただけの!」
「血迷ったことを言うな! 私は神だ、新たな世界の神になる、神の子だぞ、それを怨霊などと……!!」

 釘を打たれた豊聡耳は、狼狽えるように、だがそれを否定もするように、声を上げる。誰に向かっているのか、自分の言葉に絶対服従している手下2人に、まるで言い訳して説得を試みるかのように、身振りを交えて声を荒げている。

「ヤハタを、私はヤハタを殺す!! そのために、そのためにだけ、私は……!!」

 自分の言った言葉が、従者の言葉を肯定してしまっていることに、自ら気付いて憎しみにも似た表情を深める。

「この場にいる三人とも、同じ事です。私も亡霊となるのではなく、仙人として復活しました。太子様も。ですが、実現の方法が違うだけで私達は全員、怨霊なのです。太子様は神性統一の無念の、私は太子様に対する服従の気持ちの。蘇我は、それ故に、まだ怨霊のままここにいるのです。それに、気付かれませなんだか」
「布都、私を売ったのか。いずれ私を裏切るものが出るとは分かっていた、だが、だが、お前だったのか!」
「太子様! ……あなたは、あなたは自分を見失っておられる!!」
「ふざけるな、この私が、血迷っているというのか!? これは、私達の悲願だったではないか!!」
「その通りです! ですが、我も、蘇我も、こんな弱い太子様を見たくはありません!」
「弱い? 私がですか?」
「そうです」

 豊聡耳は、沈黙した。それは自分を強いと思っているからの態度、ではないように見えた。真意を掴みかねている、その真意が図星を突く言葉でない事をどこかで願うような、そんな目を、物部に向けている。

「太子様。あなたはずっと、自分の影に怯えていたのです。自分を神に押し上げるために代わりに殺した夜と、月と、闇の怨恨に。それはずっとあなたの後ろをついて歩く影。何度復活しても、そんなものは欺瞞に過ぎません。何度殺しても、あなたの後ろにある影を消し去ることは出来ません。そして、自らもそうして封じ殺された。やっと出られた今、あなたは、ヤハタと同じです」

 物部が言うことに、豊聡耳は黙する。その代わり、その視線を蘇我に向けた。

「屠自古。お前も、私を、呪に囚われた、怨霊だと思っているのですか? ただ、ヤハタの恨みを否定するために逃げ回る、弱い怨霊だと」

 蘇我は何も答えずに顔を伏した。だがそれが肯定を示している。
 その様子を見た豊聡耳は、静かにショックを飲み込んだ。表情の揺らぎこそ小さかったが、一呼吸の間閉じた瞼に、それが現れていた。

「ふふ、ははは」

 豊聡耳は自らのこめかみを前から抑えるようにして顔を伏せ、笑い声を上げる。さっきまでの心底嬉しそうな笑い声とは違う、どこか嘲るような色を含んだ声。
 そして、豊聡耳は、二人の配下に背を向けた。

「ならば、それでも構わない、怨霊であってもなんであっても、私は私の悲願を達成するまでです。弱いかどうかは、勝者が決める。歴史とはそう言う者です!」
「太子様!」
「神子……!」

 思考を整理するような頭を抑えていた手の仕草は、目元を抑えているようにも、見えた。
 しばらく頭を抑えたまま立ち尽くしていた豊聡耳は、今度こそ吹き飛ばしたルーミィに追撃を加えてシオリにとどめを刺そうと、歩き始める。
 だが〝釘〟の影響なのだろうか、万全ではないだろう思い通りに体が動かないらしい、それを幸いにボクは損傷の酷い体に鞭打ってルーミィと豊聡耳の間に、ふらふらと入り込む。なんとか立っているけれど、まともに戦える状態ではない。もし豊聡耳がさっきまでと同じだけの力を振りかざすのなら、ボクは消されてしまうだろう。それでも、もうそんな事をさせるわけにはいかない。

「そこをどきなさい!」
「どき、ません」

 釘が一体何なのかは分からないが、豊聡耳からはさっきまでの強烈な霊力の感じは消えている。
 もしかすると。いや、もしかしなくても二度と、彼女の世界を、諦めさせも、消させもしない。戦うしか、ない。
 ルーミィが「あとはおねがい」と言ったのは、きっとこれだ。ボクはここで退くわけには、もう、行かなかった。ルーミィは捨て身で豊聡耳に何か大きな損害を与えたのだ、ボクも、死ぬ気でやらなきゃ行けない。いや、死んでも。
 逃げるって言って、でもルーミィは逃げなかった。逃げ切ろうとした事に、きっと後悔があったんだ。ボクは、それに応えないと行けない。彼女の選択に関わらず、ボクはもう彼女を一人にしないって決めたんだ。

「うっ」

 豊聡耳は突然、拳を繰り出してきた。拳撃自体は《《個人的に》》よく喰らうものだったが、よく貰う方のは、その力の膨大さに任せて乱暴に霊力を乗せたようなもろに喰らえば死にかねない拳だ。さっきルーミィが貰っていた太陽拳も、そうした性質の者だっただろう。でも。

(本当に、ただの……?)

 豊聡耳が繰り出してきたのは、今まで光線系の派手な攻撃ばかりだったのに対して、全く霊力の乗っていない、純粋に腕力のみの拳だった。〝釘〟のせいで、豊聡耳にはその程度の力も残っていないらしい、あるいは倒れているシオリを仕留めるのに残りの霊力を温存しようというつもりなのかも知れない。どちらにせよ、〝釘〟は豊聡耳にとって致命的な損害を与えたらしい。
 その釘を与えたのは、物部だった。強固な主従関係で結びついていると思っていた神仙三人の間に、ボク等からは察せない亀裂があったのだろうか。物部の言葉を鵜呑みにするのであれば、この騒動は豊聡耳の思惑ではあるものの蘇我と物部の合意を完全に得られていなかったと言うことなのだろうか。
 豊聡耳の悲願であり、彼が作り上げようとした世界を、物部は主を命の危険にさえ晒して否定しようとしている。蘇我も、それに暗に同意している。
 そんな裏切りにも近い行為を、でもボクはざまあみろと言ったり非難することが出来なかった。

「ど、けえっ!」

 拳を顔面に一撃、クリーンに貰ってボクはよろけている、そこに更にパンチが重ねられてきた。蘇我・物部との戦いでボロボロになっているボクには、一撃目も、この二発目も、受け止める力が残されていない。拳が飛んでくることを認識は出来ても防御も回避も、体が追いつかない。言うことを聞かずにただ立っているのが精一杯だ。ボクの顔面に、もう一発、さっきとは別の方向からの拳が突き刺さった。

「どき、ません……!」

 ボクはもう、逃げるわけにはいかなかった、いや逃げ切らなければ行けなかった。ずっとずっとボクは逃げ続けてきた、逃げることからさえ逃げてボクは、何も出来なかった。せめて、この世界に逃げて逃げて逃げ切ることを、今度は絶対に諦めたくない。
 この血族と争うのは、これで二回目だ。掛け値なしに巨大な一族だ。初めての時にも、ボクは死んだ。あれからもう千年以上が経ったけど、全く元の力を取り戻すには至らずまだこんなにも小さな雑魚妖怪でしかない。あのときは、守るために戦う事が出来なかった、ただの仇討ちでしかなくて、勝っていたとしても無念を晴らすことは出来なかった。
 もう、後悔したくないんだ。

「身の程を……」

 豊聡耳も戦いなれているはずだ、拳を放った後バランスを崩して隙を晒すようなことは普段本来ならしないことだろう。だが今の豊聡耳の拳は一撃一撃の間にふらつきと無防備が、悉く顔を出している。振り抜かれた拳に体重が乗りすぎていて、ボクの顔面を打ち抜いた後豊聡耳の体は拳に引っ張られるようにバランスを崩している。
 もろに顔面に貰って、でも元々ボロボロのボクの目の奥には、強い打撃を貰っても飛び散る星さえ残っていないみたいだった。元々薄れていた視界がガクンと振れて、一瞬暗転する。次に取り戻した映像は掠れた画像の向こうに、バランスを崩してよろめいている豊聡耳が見えた。無我夢中、ボクは豊聡耳のがら空きになった脇腹に、拳を放つ。
 やられっぱなしじゃ、ルーミィを守れない!
 豊聡耳が拳撃を放つ度にバランスを崩すのと同じように、ボクも有効な打撃を与えられる拳は繰り出せそうにない。最早妖虫の姿を取り戻す力も残っていない。拳を打とうとすると、腕の力は全く機能しなかった、体重を乗せる以外にない。

「ぐっ、きさ、ま」

 豊聡耳の脇腹に、拳がめり込んだ。薄い、霊力の加護の無い豊聡耳の体は、見た目相応に小さくて薄く、柔らかい。ボクの拳が、十分に刺さった手応えがある。でも、同じようにバランスを崩してしまう。踏ん張り留まる足下に、力は入らない。空いた脇腹に拳を入れ、豊聡耳が効いたような声を漏らしたのはいいが、ボクの方も大きく隙を晒してしまう。余りにもよろけている間に、豊聡耳の方が早く復帰していた。

「ぐっ、あ」

 ボクのお腹を、豊聡耳の膝が打ち抜いてきた。お腹に力を入れて耐えることも出来ない、もろに貰って、ボクのお腹は空っぽの胃を痙攣させて胃液を逆流させてくる。胃液が口に戻ってきて、ボクは無様にそれを吐き出して、咳き込んでしまう。

「うぶ……げほっ!」
「雑魚がっ!」

 お腹を押さえている間に、ダブルスレッジハンマーが背中を打ち付けてきた。

「あぐっ」

 背骨がイヤな音を立てた、前進に電気が走るような痺れが広がって、次いで痛みが襲ってくる。
 前進の体重を拳に乗っけて高い位置から振り下ろした豊聡耳は殊更大きくバランスを崩している。痛みを押してタックル、足下を狙ったつもりだけど重心を落としきる体力が残っていない、お腹の辺りに食らいついて精一杯だった。それでも豊聡耳もうまく対応できていない、低い位置へのまとわり付きを嫌がって安易に上半身を起こした。そこに、精一杯のミドルキックを入れる。

「がっ……」

 足を上げて防御を試みたが間に合わなかった豊聡耳、口元には糸を引く唾液が垂れた。効いている。でも防御のつもりで上げた膝と、もろに蹴りを受け入れた腹で、ボクの足が捕まった。蹴り抜けなかったせいで片足立ちを強いられバランスが取れない、そのままカウンターキャプチュードで投げられる、と思ったが豊聡耳は力がこもらないらしく、横に放り投げるような形で終わり救いを得た。
 投げ捨てられたボクは、すぐに逃げられない、豊聡耳は馬乗りされる。

「身の程を、わきまえ、ろっ!」

 豊聡耳の体を撥ね除けることが出来ず、ボクの上に跨がった豊聡耳が、無言のまま、めちゃくちゃにボクの顔を殴りつけてくる。

「うっ、っ、あっ……っ」

 腕を上げて防ごうにも、この体勢ではどうしようも無い。顔面に容赦なく拳を貰い続ける。豊聡耳の体は小柄で腕も細そうに見える、だと言うのに一発一発はとてつもなく重かった。肘を立てて防いだつもりでも、腕が砕けそうになるし、衝撃は貫いてきて顔面に響く。

「あぐ……」

 顔を集中的に殴られて頭にも衝撃が伝わり、脳震盪で意識が飛んだ。顔は、ボロボロになった。目が美味く開かないし、口の中は血の味しかしない、頬の内側でべろべろと肉がヒレをつくっている。鼻は折れて鼻血が止まらないし、唇は掛けてしまったか腫れ上がっている。うまく体が、動かない。

「ふん、そのままおとなしくしていて下さい」

 動けないボクに唾を吐きかけるように立ち上がり、豊聡耳はルーミィへとどめを刺すべく歩いて行く。だめだ、だめだ、行かせない、行かせるわけにはいかない!
 口を開き、牙を備える。咀嚼の準備、食べるものがそこにあるわけではないけれど、それをしないといけない。痛みを想像しただけで身が竦んでしまう、それでも、やらないと行けない。ボクは自分の腕に、齧り付いた。

「っ」

 痛い。でも、その痛みを通り抜けて、自分の肉を自らの顎で食いちぎり、咀嚼して飲み下す。皮も、骨も、血も、肉も、痛み諸共口に含んで噛み砕いて、飲み込む。痛い、痛い、痛い。我慢、ではない、出来ることは、考えないようにすることだけだ。感じていないフリをすることだけだ。我慢なんて意識に留めて無視するなんて、出来るはずがない。自分の意図で自分に痛みを与えてその肉を食うなんて、考えたら、出来ない、終わりだ。
 しゃりしゃりとした肉の感触、顎に伝わるそれ自体は何度も感じたことがある、でも腕からはしゃりしゃりと喰い削られていく自分の体の痛みと恐怖が雪崩るように流れ込んでくる、それを直視したら、顎が動かなくなる。目から入ってくる光景、顎越しに感じる感触を、意識の外に追いやっていく。これは自分の体じゃない、自分の痛みじゃない、自分じゃない。見る見ると自分の体を食べ進み、自分で腕を削って、そしてほんの少しの霊力還元を試みた。
 すっかり両方の腕を食い切ったとき、腕全体が痛みの塊に置き換わっていた、実体は無く、ただ神経が痛覚を含む腕の記憶を留めている。食べ進み、飲み下し、腕の付け根までを餌を食べる勢いで飲み込んでいった。そこまでして、ようやく小さな羽を再構成するに足るエネルギーを還元できた。自分の肉を食べて別の部分を再構成するなんて、効率が悪すぎるのだ。それでも。

(お願い……せめて2枚だけでも……)

 ボクは自分の腕を喰い、その霊力を劣悪な変換率で転化して羽を伸ばした。腕を2本犠牲にして、再生できたのは薄羽たった2枚だけ。それで、出来ることをやるだけだ。取り戻した心許ない羽を精一杯震わせて、飛び上がる。

「|ルーミィ《観月》に手を出すなああああああああああああああああああ!!」
「なっ……ぐあっ!」

 背中から思い切り体当たりする、腕が無いからただ激突するだけだけどそれでもいい。今の豊聡耳にこの速度に対応する力は残っていない、ボクの突進をもろに背中から受けて、ボクと豊聡耳は一緒に転げ回る。

「きさ、まぁっ……!」

 腕がないのでそのまま追撃するのは難しい。ボクは口を大きく開けて、豊聡耳の体のどこでもいい、目暗で噛みついた。それは丁度豊聡耳の首から肩に掛けての曲線、噛みついて、思い切り歯を立て、皮膚が破れ肉に刺さった感触を確かめてから、そのまま、引き千切る。

「があああああああっ!!! きさま、虫の分際で、よくも……よくもぉおおおおおっっ!!!」

 豊聡耳の肉を食い、血を啜り、得たエネルギーで細々とした足を脇腹から生やし、振り払われる前に互いの体を密着状態で拘束する。上手に動かせる満足な足ではなく、ただしがみ付くための鎹だ。

「下等な妖虫ごときが、私に、触れるなああああっ!!!」

 振り払おうとするが、鎹は豊聡耳の肉に食い込んでいる。豊聡耳は腕を伸ばしてボクの喉を掴み口を自分の首から押し離し、そのままボクの首を絞める。

「っ、が、っ」
「死ね、死ねっ! この世から、|闇《あれ》を消し去らなければ、私は、いけないのだ!! くたばれえええっ!!」

 顎を開いて噛みつこうとしても首に届かない、歯が届かない、もう少し、もう少し、なのに。舌を伸ばして、豊聡耳の首の傷に辿り着こうとする、舌先だけが血を流す傷に触れ、それを啜る。

「ふれるな、穢らわしい!!」
「が……っ、ぐ、げっ……」

 一層喉を強く締め潰される。虫に変化出来れば、頸部が千切れ主脳が死んでも分散した神経塊からの指令で最低限の行動は出来る。でも、今のボクにその力は残されていない。このまま頭が引き千切られれば、個体としての死を迎える。
 ぶちぶちと首の辺りから組織が引き千切られる、豊聡耳の親指がボクの喉の組織を突き破って突き刺さり、肉を抉って引き裂こうとしている。

「このまま、首を落としてやる、虫けら!」
「っ、あぐ、……いや、だ、もう、いやだ」

 痛いのがイヤだなんてわけじゃない、|ルーミィ《瀬織》を、また、守れないのは、そんなのは、もうイヤなのだ。そんなのはもう、認めない!

 ぶつん、頸椎が砕かれて、いよいよボクの首が落ちる。
 これが最後の反撃になるだろう。体の方だけでは豊聡耳から逃げる様な高等な動きは出来ない。転がった先で舌を伸ばして豊聡耳の頭に巻き付き、巻き取るように寄って喉元に思い切り噛みついた。
 ひと噛みで、致命的な深さに届いた歯ごたえがあった。ぶつり、と太い血管の壁が千切れる感触が、確かに感じられた。これが、精一杯だ。

「がっ! が、あ、ああ……あっ」

 放り出されたボクの頭からは、豊聡耳がどういう状態になっているのかは見えなかった。ただ、赤い飛沫が飛び散っていることだけは見える。ルーミィの声と、それに蘇我と物部の声が、微かに聞こえた。

(うまく、できたかな。ルーミィ、生き延びて欲しいな)

 主脳の意識が、急速に失われていく。体の方がどうなるのかは、もう分からない。もし最後の反撃が満足に功を奏したなら、もしかしたら生き延びられるかも知れない。それが出来なければ、次の王子が育つまで、ボクは失われる。それは、何百年後だろうか。その間に他の弱い王子もすっかり根絶やしにされれば、全体としても消えてしまうだろう。
 せめて彼女には、逃げて、生き延びて欲しい。

(観月……)



§ § §



「畜生、ここ何百年もああいう手合いと鉢合わせなかったからな、油断した」
―そんな体のせいでゆるふわ隙だらけ女になってるだろう
「その表現はなんだ……」

 ちっ、と舌打ちをしながら、脇腹辺りに指を当てて何かを摘まむような仕草を見せるフジワラ、その指先には摘ままれた木の枝のようなものが見える。

「いっ、つ……ああ、こんなガラクタのせいでひでー目に遭ったぜ」

 更にそれを抜き取るように引くと、ずぶずぶと肉と皮膚が伸びて引き抜く木の枝が体の中から引き摺り出されていくのが見えた。ちょっと引っかかっていたと言うレベルではない、完全に体に埋まっていたという長さの木の枝が引き摺り出されていく。痛みを堪えるように苦い表情で歯を食いしばり声を漏らしているフジワラ、だがなんだか口角が上がっている?
 彼女の傍には、国立少年がもう無用だと捨て去った|剣《鏡》が放り出されている、刀身にはひびが入り、兜金の極光円心の凹面鏡は砕けて割れていた。
 ガラクタ、と呼び捨てた|日燧鏡《ひすいのかがみ》を横目で見ながら、フジワラは木の枝を引っ張るとその凹凸に白い肌と肉の破片が絡みついて伸びる。それでも声を噛み殺しながら引っ張ると、血の混じった肉片を引っかけながら、木の枝が引き摺り抜けた。「くぅー、いっ、てえ……」声を掠らせて、憎たらしそうにそれを地面に放り捨てる。だが、その表情はどこか嬉しそう、痛みで目に涙を湛えながらも、笑っている。

「……ああ、こういう所でああいう死に方すると面倒くさいんだよな、ふふっ」
―まだ頬に石が埋まってるぞ

 Kに言われたフジワラは探るように両頬に掌をあて、確かに小石の埋まった感触を見つけて、頬肉ごと小石をむしり取って捨てる。肉の抉れた頬は口の中の歯茎を覗かせているが、チーズでも溶けるように周囲の肌と肉が溶けて滴りその穴を埋める頃には、流れ出ていた血も乾いていた。

「久しぶりだな、あんな風に死ぬのはよお」

 《《欠けた》》後が殆ど消えた頬をそれでも押さえながら、目を瞑る。自分の体の中に意識を向けて、他に体に違和感がないか、つまり異物がまだ埋まってないかを探ってた。そして一瞬苦笑いをしてから、小さく溜息を吐く。

「後で手伝ってくれ、変なところに、何か入ってる。昔はあいつに後始末してもらってたんだがな」
―夫婦喧嘩を懐かしがっている場合か、あの蟲妖が《《鏡》》を割って、元の鞘だ。あの子供を放って置いて良かったのか?
「あいつは、大丈夫だ、多分。っていうかあいつ、アタシの《《受け売り》》をパクりやがった、ムカつくが天晴れな奴だ」
―はは。殊勝じゃないか、珍しい
「気に入りの玩具もいつかは壊れるもんだ。仮にだめでも、《《またやり直せばいい》》、そうだろ」

 ぺっ、と口から吐き出したのは、何かの炭だった、血に濡れている。それを吐き出した後のフジワラの表情はニタニタと嬉しそうな笑顔、Kは「気持ち悪いなあ」と一蹴する。

―まあその通りだ、アダムとイブには些かピースが足りてないがな。
「生憎、神道家なんでね。アダムもイブもタイプじゃねえ」
―そうか。さあ、この先は私達の仕事だぞ、〝焚書屋〟
「ああ、頼むぜ、相棒」

 フジワラは立ち上がって、ぱんぱん、と体についた泥砂小石を払い落とす。肩に手をやり、肩をぐるぐる回してスポーツの前のウォーミングアップのような仕草で、|日燧鏡《ひすいのかがみ》を拾い上げる。持ち上げただけで刀身の表面がぱりぱりと鱗が剥がれるように落ちる。鞘は既に砕けて失われていた。

「使いでのありそうなレリックだったが、まあ、仕方ない。こうなっちゃ、歴史に不都合な|呪物《フェティシュ》だ」

 フジワラの右手が炎を纏って赤熱を始める、高温を放っていると言うのにその体は火傷を負うことなく白い肌を保ち、炎の赤を映し出していた。その場に局所的な上昇気流でも起こっているのか、フジワラの特徴的な長い銀髪は立ち上る風に煽られるように逆立ち、高熱の中不思議と燃え上がらない衣装もまた、風に靡いて揺れている。炎以外に風など、無いにも拘わらず。

「K」

 フジワラが相棒の名を呼び、帽子を脱ぎ去る。右腕から立ち上る炎が巨大に燃え盛り夜の闇を切削すると、上昇気流に靡くフジワラの背後に半人半獣の上半身が現れる。それは山羊のような牛のような、蜷局を巻いて鋭いだ大きな角を備えた人頭の女性の上半身が、立体映像のように浮き上がる姿だった。長い爪を備えた腕を持ち豊満な乳房を晒した、フジワラよりも一回り大きな人影は、星空を噛み千切るつもりなのかというように犬歯の立った大きな口を開けて、音のない咆吼を上げた。
 音はないのに空気が振動し、何か巨大な存在がそこに降り立ったことを物語っている。

「相変わらず雄々しいな、惚れちまいそうだ」
―お前のそれは聞き飽きたよ

 ははっ、フジワラはまだ|国立日《リグル・ナイトバグ》に喰われた歯形があちこちに残る体を炎に照らしながら、すう、息を吸う。フジワラが左を向いて、Kが右を向き、二人の腕が同時に|日燧鏡《ひすいのかがみ》を掴んでいる。|日燧鏡《対象》は、炎に巻かれて破損を広げなから光り輝き始めていた。

「はじめよう」
―おわらせよう

 二人は背を合わせるように、|日燧鏡《ひすいのかがみ》を見る。

―ここで生き延びていた逸史と
「ここに生き残っていたものを、全て燃やし尽くして」
―全て食い尽くす
「燃えろ、形あるもの、歴史を証すエビデンス」
―消えろ、記憶さるもの、逸史を記すサイレンス
「著された虚実の歴史、転写、翻訳、具現に至るドグマの改変を見る。則ち、正直者の死である」
―歴史に真などなく、真に神などなく、神に語るべき口もはや無し
「アカシャの虚史に弄されて、宇宙エンジニアは波動関数の発散を叫ぶ。こんな世は燃え尽きてしまえと」
―読み上げよ、書き上げよ、アカシャの記録の片隅に

 二人の手が同時に翻り、|日燧鏡《ひすいのかがみ》を空へと高く放り上げた。まるで無重力に放り出されたかのようにくるくる回りながら、不自然にゆっくりと宙を舞う|遺物《鏡》は、光を放ち続けている。だが今やその光は|呪物《フェティシュ》全体から放たれる神々しい光ではなく、刀身至る所に走る皹の隙間から漏れ出る残光の様。
 宙に浮かびながらひび割れを進み滅びの光を漏らし続ける鏡に向かい、二人は高らかに宣言する。

「「虚史:幻想郷伝説!」」

 宣言と同時に、辺りの光景が炎の海に包まれたように紅に染まり、熱を孕んだ目映い空気で揺れる。そして宙に浮く|日燧鏡《ひすいのかがみ》が炎を上げて燃え上がった。皹の隙間から漏れ出す光が、まるで可燃性のガスのように炎を上げていた。全体が赤熱して皹を増し、ボロボロと崩れていくのを見ながら、立体映像のように浮き上がるKの姿が巨大化し、それまで半ば人型を残していた姿形が獰猛な獣の姿に変容する。毛並みは燃えて輝き、爪は地を切り裂くように伸び、星空を噛み千切ろうとした顎は狼のように伸び、鋭い牙を光らせている。口の端から湯気の上がる程熱い吐息を漏らし、紅玉の様な目は、鏡を捉えていた。そして神獣は巨大な顎を広げて、空中で光を漏らし崩れていく|日燧鏡《ひすいのかがみ》を、ばくん、と一呑みにしてしまった。
 鏡を丸呑みした獣の姿のKが、ゆっくりと元の人型に戻っていく。輝く砂のような残滓が僅かに残り、火の粉と共に消えていった。やがて獣人の形に戻ったKの姿も薄れるように消えて、その存在感はさっきまでと同じようにフジワラの頭上に小さく収まり直した。辺りを染める紅の幻炎の消え、辺りはしんとした静けさを取り戻す。

「焚書、完了」

 フジワラが言うと、その場所は全く変哲のないただの山奥の林へとすっかり姿を取り戻していた。|日燧鏡《ひすいのかがみ》の姿もなく、この場所にはそんなもの存在しなかったの様に穏やかな夜の空気で満たされていた。事実、既にそのようなものは、存在しなかったことになっている。
 それは、辻褄合わせに失われた。無くても構わない世界が出来上がり、なかったことになって、あったことはなくなった。なかったわけではないのだが、あったかも知れないことに、埋め立てられた、最早誰も掘り起こさない。

「お疲れ」

 フジワラが頭上の声に向かって労いの声をかける。

―重い食事だ、しばらくは要らないな

 事実の地平を食いちぎって喰らう獣は、いかにも「たべすぎた」と言わんばかりの口調で答える。フジワラはこれと随分長いこと一緒にいるのだが、それが一体どういう気分なのか、未だに理解は出来ずにいた。当然だろう、フジワラは死んでも復活し不死鳥に魅入られたと言うだけの純粋なニンゲンに過ぎない、事実の平仄ほつれという事象を食事にするなど、理解の及ばぬ事だ。
 口をへの字に曲げて疑問符を浮かべながら、フジワラは頭上のKに問うた。

「いつも思うんだが、それ、美味いのか?」
―まあまあいける、腐りかけの奴が一番美味い。
「そ、そうか」

 やはり理解できる気がしない、そう思いながらフジワラは、家路につくことにした。これで、フジワラ自身もしばらくは食いっぱぐれないだけの報酬を得られる。
 こんな奇妙な夜でさえ、二人にとっては立派な日々のたつきなのだ。



§ § §



 焼け落ちていく。放り投げた火種から一気に燃え広がった炎は、古い木造の建物をまるでティッシュを水に浸したときのように侵していく。骨組みに使われている幾らかの鉄筋も全く信頼感がない、木材と余りにも仲良く心中していく。僕が木材で、瀬織さんが鉄骨。でも、ここならば一緒に、燃えて消えてしまえるだろう。
 僕等が破壊できる世界は、余りにも小さかった。神様を殺したつもりになって、僕が飛び出した世界はたったの四畳半だった。僕なんかよりもよっぽど神様だと思える瀬織さんでも、破壊できたのはこの建物1フロア程度のちっぽけな世界だった。
 彼女の巨大な世界破壊は、僕が阻止した。それはきっと、嫉妬だっただろう。

「長かったわ、ここに来るまで」
「でも、なんだかあっという間だったような気もする。」

 瀬織さんに、会えたからかも知れない。

 目の前には、もう炎の壁が迫っている。真正面から炎に飲み込まれなくとも、頭上から炎の破片が降ってきても、足下から這い寄ってきても、ボク等はあっという間にその洗礼を受けてしまうだろう。

「終わりだよ、もう瀬織の|火垂《ヒダリ》は」
「いいえ、まだよ。まだ、私の手で終わらせられる、ちっぽけな世界が残ってる。」

 彼女の言っていることが、僕には分かった。それをするために、僕も、きっと彼女もここに戻ってきたのだから。

「本当は、そっちが私の〝筋書き〟だったのに、道を踏み外しちゃった。高望みしすぎたんだわ」
「僕も手伝う。約束だからね」

 |神妖《かみさま》が倒されたことを、ほとんどの人間はまだ知らない。あの薄い光と鳴り止まない雷。神様の来襲。新世界への旅立ちは、この教団の教徒達にとって、この上ない甘言だったのだろう、それは余りにも簡単に達成できた。瀬織さんの、本当に神様みたいな、カリスマに溢れた嘘。知っている僕でさえ、取り込まれそうになった。
 取り込まれようと、取り込まれなかろうと、行き着く先は同じなのだけど。

「ありがと、つきあってくれて」
「ちょっと寄り道しただけだよ」

 この旧世界のカーテンコールと新世界の開闢に、何か不足があるとするのなら、何か。それは、僕も、彼女も十分に分かっていることだった。計画の内に含まれているのは確かで、だとするならば、さっさと実行するべきなのだ。

「仕上げ」
「そうね」

 燃え上がる炎に目を取られてみとれていると、彼女の手が強く僕の手を握ってきた。彼女の方を見る。頬が紅潮しているのは、炎の熱気のせいばかりだろうか。古く閉塞した世界が終わり、輝く新世界を前にした興奮と、それを自らの手で成し遂げた達成、それにこの短い期間に余りにも多く起こった出来事への思いが一挙に押し寄せる万感が、きっとある。
 僕らは興奮していた。性的な興奮も内包したもっと大きなエクスタシーだ。炎はまだ少し向こう側を焼いて回っているだけだというのに、体の奥がめらめらと熱く、だというのに夜の湖のように静かな水面。空虚な思いを覆い隠す終末への法悦が、二人の体に渦巻いているのを感じた。
 僕らの中には、僕ら二人の間にしか通用しない別の宗教が出来ている。僕らは今、二人だけが共有できる絶対のドグマに従って終末に身を投じる宗教的エクスタシーの坩堝にいるのだ。焦げて脂を浮かべて燃えていく死体に成り果てた奴らは愚鈍な宗教者だったが、僕らも大概に愚かだでも、幸せだと、思う。僕は彼女といられて。彼女も何か、彼女なりの幸福をこの世界閉じる場所に見出しているはずだ。彼女と一緒の世界を見据えて歩いて行くことが出来て、一緒に終わることが出来て、僕は今最高のエクスタシーにある。こんなにも最高のセックスを前にして、肉の摩擦なんてどうでもいい。
 彼女が、炎に照らされた表情で僕を見ている。熱い吐息は荒くて、僕の手を握る彼女の手から熱くなった体温を感じている。僕が視線を返すと、僕らは再び口づけた。今度はもう離れないって、お互いに離さないって、目映く僕らを照らし、いずれ僕らを飲み込んでしまう炎を背景に、僕たちは何度もキスをした。何度も、何度も、何度も何度も何度も、言葉も交わすことなくただ抱き合って、キスをした。

「|日《のぼる》」
「観月」

 唇が離れ、名残惜しさが言葉になって漏れ出す。炎の赤い光に照らし出された彼女の表情が目の前に飛び込んできた。掛け値無しに、美しいと、思った。しばらく見蕩れてしまう。
 体がふわりと浮いたような気がした。瀬織さんの細い腕が僕をぎゅっと掴んでいる。
 浮いて……突然体の支えを失ったように、底が抜けたように、放り出されたように、視界がぐるりと回る。
 背中に強い衝撃を受け、そこで気が付いたのは自分の体が本当に後ろにひっくり返っていたことだった。煙を吸って、どこかおかしくなってしまったのだろうか。そうして体のバランスを失ってぐるりと回る錯覚に襲われた僕の視界に今一度入ってきたのは、真っ黒な星空だった。星が見えない、ただの闇。こんなにものっぺりと、月も星も見えない夜空というのがこんなにも恐ろしく思えるなんて。僕はついさっきまでこれを求めていたはずだったのに。
 漆黒の夜空が、降ってくる。僕を押し潰すように、包み込むように。受け入れるようで、でも……強烈な拒絶。

 えっ、空?

「観月?」

 下を見たつもりだったけれどそれは下じゃなかった。足下は背中にあって、前に夜空がある。星の引力の方向を感じ直したときに僕は本当に転倒していたことを実感したが、それが夜空の下、つまり外であることを認識する。浮いた感覚、ぐるりと回った浮遊感は、僕が、突然外に放り出された証拠だった。
 足下……いやどっちだ? 恐らくは自分が立っていただろう方向を見ると、代わりに瀬織さんが立っている。鍵を掛けたはずの扉が開いていて、彼女の姿は、僕が知っている月の光を背負った女神ではなく、四角く切り取られた赤い光を背負った咎人のようだった。

「あ、れ?」

 瀬織さんが、僕の事を、見下ろしていた。その表情は女神のような慈愛に満ちている。彼女のそんな穏やかな表情は、初めて見たかもしれない。そんな風に僕を見るなんて、どういうことだろう。
 だがそれはすぐに、悲しそうな表情へと変わった。

「観月」

 彼女を抱く四角く赤い後光が狭まる、違う、彼女の姿が遠ざかる。光が、彼女が狭まり、これ……って……

「観月! 観月!?」

 扉が、閉じられた。
 僕の視界を遮っているのは、紛れもない、集会場の入り口の扉だった。
 立ち上がって扉を開こうとしたが、中から鍵がかかっている。
 僕は、突然閉め出されたのだ。

「え……」

 扉を引く。がくん、と引っかかる感覚。開かない。扉を引く。開かない。開かない。開かない。

「観月、鍵が……ねえ、鍵かかっちゃってる」

 開かない。押してみる。開かない。開かない。引く、押す、引く、押す。開かない。開かない。開かない、開かない!

「観月! ねえ、開けてよ、開かないよ! 観月、開かない、ねえ、開かないよ!!」

 僕の声は、虚しく扉に反射してしまう。扉は頑として開くことは無く、僕の進入を拒んでいた。外には木の他諸々が燃える匂いが立ちこめている。煙が上がり、何よりも鉄格子をはめ込んだ窓の内側に炎が巻き起こっているのが見えている。

「観月!? なんで、どうしたの!? ねえっ、観月、これっ……!!」

 扉を叩く。扉の向こうには瀬織さんがいるはずだ。瀬織さんにこの声が聞こえていないはずがない。聞こえていて、敢えて扉を、自ら内側から閉めたのだ。僕を、外に放り出して。
 扉を叩く。殴る。僕はあんまりにも非力で、この固い扉を開けることが出来ない。壊すことなんて。力任せに叩き付ける。叩く。叩く。力任せに殴る、扉を開けて欲しい。僕も中に入りたい。

「観月、開けてよ! 僕も、僕もそっちに行くから! 一緒にこの世界を終えようって、言ったじゃないか! 観月はそのために僕を手伝ったんでしょ!? 僕も手伝うって、言ったじゃないか! ねえ、観月、開けてよ! 僕もそっちに行かせて、僕も、僕も連れてってよ! 観月!!」

 瀬織さんの名前を叫びながら、扉を叩き続けるが、開く気配がない。
 元々信者と僕等2人が纏めて心中するつもりだった、裏口は施錠し今はもう火の海。元が体育館だから窓には格子がはめ込まれていて通れない。信者達を逃がすつもりもないし、|心中《たびだち》を邪魔させるつもりも無かった、こうして閉め出されると、入る術が、見付からない。まさか自分が閉め出されてしまうなんて、つゆとも考えていなかった。
 まさか、瀬織さんが僕を、追い出すなんて……。

「観月、観月、どうして……!?」

 ずるずると、扉に縋るように

「|日《のぼる》は、こっちに来るべきじゃない。」

 瀬織さんは、時々咳き込んでいる。中は煙で充満しているのだろう。

「どうしてそんな事言うんだよ。」
「……ごめんね。ごほっ」

 謝って欲しいわけじゃない。謝って欲しいわけじゃない!!
 一緒に旅立つと決めたのだから、その通りに、一緒に行って欲しい、連れて行って欲しい。

「こんなの……裏切りじゃないか。僕はどうすればいいんだ」
「生きたいって、言ったじゃない、|日《のぼる》は」
「ちがう」
「言ったわ」
「違う! 僕は、観月と一緒にやり直したかったんだ、一人で生きたいなんて、思ってない!!」
「……都合がいいね」

 〝都合がいい〟。
 そのひと言で、心臓を握り潰されるようだった。痛い。僕は……まだ、クソガキだ。
 〝生きたい〟なんて甘えに、また逃げようとしている。

「でも、そういうとこ、好きだったかも。弱くて、一心不乱に逃げるの、強いと思う」
「なんだよ、それ……。逃げるなんて、そんなの、今の瀬織さんだって同じじゃ無いか! 僕から、僕から逃げるのか!?」
「……そうね、私、今は世界なんかより、|日《のぼる》から逃げたいのかも。先に裏切ったのは、|日《のぼる》の方。神様を殺したのは、ごほっ、けほっ、|日《のぼる》でしょう?」
「僕を神だと、言ったじゃないか」

 そうだ。彼女は一度は僕を信|頼《仰》しようとしたのだ。でも、きっと僕の存在はそれに足りなかった。山の端の向こうにいた神様は、瀬織さんの心を一瞬で奪い取り、僕は余された。僕はそれを殺した。また殺した。都合よく。
 彼女は何も言わない。

「逃げることからさえ逃げた|日《のぼる》の事なんて、もう、興味ないの。だから、こほっ、けほっ、だから、私は先に行くわ。|日《のぼる》はそこで、精々死ぬまで頑張って。ごほっ」

 そんなの、酷い。都合がいいのは、瀬織さんの方じゃないか!
 彼女の魔性に僕は、誑かされた、利用された……裏切られた……!
 僕はただ彼女に、精神的な依存を貢いだだけなのか。僕は新世界へ向かう、ただのタクシーだったのか。僕にただ乗りした彼女だけが、新しい世界に旅立とうとしている。僕から乗車権を取り上げて、僕を途中で突き降ろして、彼女だけが目的地に向かう。裏切りだ。騙された。
 わかっている、騙していたわけではない、でも、辻褄の合わない感情の皺を伸ばしていって端に寄せ集められたひずみを飲み込むには、無理矢理に断絶を接続する言葉がなければいけない。掛け違った想いのボタンをそのまま止めていって最後に余り足りない部分を折り込むのは、無理矢理に断絶を説明する言葉でなければいけない。
 嘘吐きや騙し、以外に、その悪者を買い取ってくれる言葉は、他に無かったから。

「観月が僕を連れていかないというのなら、僕はここから未来永劫、観月の世界を呪い続ける! 僕はここから、観月の新しい世界の住人を毎日100人ずつ殺してやる! 観月の世界に、観月の求める神様なんていない、僕はそれを|証明《否定》してやる!!」
「いいよ|日《のぼる》、やってみせて。それが、私が憧れた、|日《のぼる》の力だもの。|日《のぼる》が私の世界を100人殺すなら、私は101人産むわ。それが、|月《私》の再生の力だから。|日《のぼる》が私を否定することが、私がここにいた証明だから」

 二人とも、沈黙する。瀬織さんの咳き込むのが聞こえる。でも、段々咳に力がなくなっている。

「火、もう、ちかい。あぶないから、はなれて。」

 離れて、なんて。僕だってそっちに行きたいんだよ? なんで離れるわけがある?
 何か言いたい。言いたいのだけど、言えない。口が、急に動かなくなっている。まるで顎の関節が石になったみたいに、喉が瞬間接着剤でくっついたみたいに。声が出ない。煙のせいではない、言葉が、喉の奥でせめぎ合って詰まっている。何か、ひと言で言える言葉で無いと、口から出てこない。でも、それが見付からない。

「こんどこそは、さよなら、だね|日《のぼる》。」

 やっと、やっと、ひと言が見付かった。でも、やっぱりそれを言えなかった。それを言うと、別れを肯定するみたいで。僕はやっぱり、まだ彼女と別れたくない、一緒にいたい。でも、もう叶わないだろう。

〝君に騙されている間、僕は幸せだった。〟

 その一言を、言えなかった。それは余りにも嘘で、余りにも真実だったから。



§ § §



―昨日未明、耶馬溪町大野の山中で発生した火災ですが、消防の発表では今朝までに鎮火したとのことです。先月21日に発生した大型商業施設での多数の死傷者が出た爆発事故は、捜査当局の発表では、新興宗教を母体とする過激派組織によるテロだったとされていますが、今回火災の発生した建造物はこの新興宗教団体「|照道《しょうとう》教」所有の施設と見られており……

 朝ぼらけに、ここは山深い場所にぽっかりと現れた小さな集落、自然が多く残り朝霧には土の香りや草いきれも混じる、様な場所にも拘わらず、一体に満ちているのは焦げ臭い匂いばかりだった。朝霧のように湿った空気はそうでは無く、散々に人の手によってまき散らされた水のせいだ。
 現在でも少し車を流して山を越えれば観光地である、この辺りは今風に言えばプチプラなリゾートとして開発を見込まれていたが放棄されたらしい、そのお陰で消火栓があったのが救いだったかも知れない。そうした経緯を知らなければ、こんな所に消火栓があったこと自体が……というより、こんな風にまるで山林を刳り抜いたように集落があること自体が驚くべき光景なのだ。
 その一角で突然火災が起こった。人が住んでいないわけではない、リゾート開発計画は放棄されたが結果として、この一体の土地の権利と建造物は新興宗教「|照道《しょうとう》教」が買い取り、その集落として機能していた。登記上は通常の私有地であり、住宅地域だ。
 その一角で発生した火災、既に鎮火しているが焦げ臭さに不自然な湿り気を孕んだ空気が、地面を這うように滞留していた。

「〝テロ首謀のカルト教団が集団自殺〟ニュースの見出しには目映いばかりじゃないですか、標谷さん」

 消火に用いられた水が木造骨格の黒い炭にしみこみあるいは滴っている。元は体育施設だったこの建造物は、大きな面積を占めると共に老朽化の進む木造建築だった。火の手は一瞬にして回り、消防車輌が辿り着く前に既に全焼が確定するような状態になっていた。

「シィ、見付かっちゃった。隠れてたつもりなんだけど」
「《《三鉢守です》》。それで隠れたつもりですか」

 辺りには未だに消防車輌や救急車が停車している。消防車輌が慌ただしさを醸し出していないのは既に消火活動が完了したからで、後は火災の原因調査など性急さを求めない業務が残っているばかりだからだ。対して救急がいるにも拘わらず全く慌ただしさがないのは、ただ一人を除いて、明らかに生存者がいないからだった。
 |三鉢守《みばちもり》、と名乗ったのは、しかし消防の人員には見えない。一見普通の乗用車の傍で、消火の済んだ焼け跡を眺めている女性だった。女性だてらに肩で風を切りそうな風体をしている、スカートではなくスーツとスラックスを履き、片手に携帯灰皿を握りながらパンター・スプリントをふかしている。その自動車も後部の窓が日除けにしては少々濃いメッシュで目隠しされていた。公道にあれば普通の自動車だが、こうしたところにあれば明らかに公用車だ

「耶馬溪に来るのは初めてだわ。聞いたところなかったけど、いいところね。」
「日本新三景、日本三大渓谷、日本三大奇勝、と名勝地の名を恣にしているんですけどね、あなたの田舎では知られていませんでしたか。」
「耶馬六十六景〝犬走りの景〟。日本三大紅葉の里、にも指定されてたかしら?」
「……それで。新聞記者がこんな所に来て、何の用ですか」
「勿論、観光に。」

 標谷、と呼ばれたのは、三鉢守に対して随分軽そうな服装、ジーンズにブラウスの上からジャケットを羽織っている。三鉢守は、標谷が観光だと言うのをチラリと見て溜息を吐く。

「嘘を吐かないでください。あなたは嘘を吐く直前のまばたきの瞼に、特徴的な動きがある。バレバレです。」
「嘘を吐く時のマイクロジェスチャーを見逃さない|千里眼《テレグノシス》、衰えてないのね」
「衰える理由がない、ずっと使っているんですから。この職業に就いていれば、あなたのような人は幾らでもいますしね」
「相変わらず。お巡りさんが煙草なんて、ダメじゃない?」
「この辺は別に屋外の喫煙は禁じられていませんから。それに私は警察じゃありません、|予備警察職《パラ》です。」

 と言いつつ、三鉢守はすぐにパンターを携帯灰皿に突っ込んでもみ消した。

「相変わらず仏頂面の割に優しいのね。それ、ミニシガー、高いんでしょ」
「市民が嫌だというのなら当然です。高いと言う程じゃありません、気にしなくて結構。」
「|パンター《それ》の匂いは嫌いじゃないわ。知ってるでしょ、私―」
「標谷さん、人のいるところで《《その口調》》は止めて下さい」

 べ、と舌を出して肩を竦める標谷。
 三鉢守は警察関係者なのらしい、そして標谷は新聞記者とのことだ。さしずめ三鉢守はこの火災の事件性を捜査しに来たもので、標谷はそこに記事に出来そうな情報がないか取材に来たと言ったところだろうか。

「癒着なんか疑われたら埃だらけだろ、私達は。火は立たなくとも、余計な煙は立たない方がいい」
「あら、情熱的な火なら幾らでも?」
「アル、本当に、やめてくれ。」

 |標谷《アル》と呼ばれた女は、わかったわよ、と渋い顔をして見せる。

「何が聞きたいんだ」

 大きな溜息を吐いて三鉢守が、乗れ、と車の中を指さすと、流石シィ話が分かる、と投げキッスのようなポーズをしてから後部座席に乗り込んだ。三鉢守はその仕草を見ないようにしながら、運転席に乗り込む。

「どうやってここまで来たんだ。徒歩って訳じゃ」
「バイクはずっと遠くに置いてきたわ。近かったら警戒されるでしょう、《《お仲間》》に。これだけ自然豊かなら、隠れようと思えばどこにでも隠れられるから、そっちの方が都合がいいと思って」
「見付かってるだろ」
「シィじゃ相手が悪かったわ」

 三鉢守は車の中を何かまさぐって、紙とペンを差し出す。標谷はそれに記入を始めた。民間人から情報を収集したとき、その記録として残すメモだ。車に標谷を乗せたことの口実に使うのだろう。

「一つだけだ。あとは余り核心に寄ったことも答えられない。」
「核心。やっぱりこの件、政府が神経尖らせてるのね」
「質問はそれでいいか?」
「まってまってまってちがう」
「だったら早くしろ、暇じゃないんだ」
「暇そうに煙草なんか吸ってたくせに。じゃあ」

 そう言って、標谷は車の中から、別の車を指さす。指さす方には、消防の車でもなければ警察車輌でもない、だが明らかに何かの仕事を負ってきているだろう、バスサイズの自動車が止まっている。窓には全てスモークが施されており、後方には金網が張られていて一見すれば護送車の様にも見えるが警察車輌でもないのらしい。

「あれ、何?」
「車。」
「……シィ?」
「あぁ、私も分からないんだよ。消防のでも|警察《ウチ》のでもない。自衛隊車輌でもない。|照道《しょうとう》教徒所有のナンバーとも一致しない。あんな厳つい車、民間用とは思えな。あれを見てたんだよ、私も」
「あや。同じところが気になってたのね。しっかり私の教育が染みついてるようじゃない?」

 教育、と言った標谷の言葉に三鉢守は表情を顰めて視線を外に逸らし、パンターを手に取ろうとする。だが、さっき誰かに気を遣って消したのを思い出したのか、その缶を放り出して舌を打つ。

「いいわよ吸っても。他人に強いるために禁煙したんじゃないわ」
「結構だ」
「相変わらず強情ね」

 大きく溜息を吐いてから、三鉢守は件の車輌に目を向けながら言う。

「誰が乗ってるんだか分からんが、あのナリじゃ隠す気もないらしい。お上からもあれには関わらないように言われてるんだよ。勿論口外も厳禁だ。どうも指揮系統が違うらしい……だれか降りてきたぞ」
「えっ?」

 と、話していると、車から誰かが降りてきた。何人かいるらしい。その中でもその一人に、二人の視線が釘付けになった。

「え、ちょっと、あれ、生存者の……!」
「あの車、あれの護送だったのか?」
「まだ警察病院で入院してるんじゃなかったの?」
「少年Aは最初から警察の手元になんかねえ、どっかに持って行かれたよ。多分、アレなんだろうがな」

 三鉢守が、標谷の頭を掴んで低く抑え付ける。ぐえっ、と声が聞こえたが、状況を察したの標谷はそれに非難の声を上げたりはしていない、ハンドルの内側からインパネ越しにその光景を見ていた。

「この車から絶対に出るんじゃないぞ。頭も下げてろ。一般人がこんな所にいるのを知られたら、最悪消されるぞ」
「……わかった」

 更にその後ろから現れて、少年Aに話しかける女がいた。白衣を着て、医療関係者のような出で立ちをしている。その人物を見た三鉢守が目を見開く。標谷からはよく見えないようだ。

「あいつ……! 分かったぞアル。あれは恐らく、〝公社〟だ。神社本省と医療企業の巨大第三セクター」
「CIPHER? なんで死体なんか持っていくの? 警察より強権だっていうの?」
「知るか」

 何人かの人物が少年Aを囲み、少年Aは地面の何かを指さしながら説明をしているようだ。

「現場検証?」
「のようだな、警察の真似事とはな。それにしても、何を」

 少年Aは白衣の女性に疋いられるように歩き、主に白衣の女性の質問に答えているらしい。一つ一つ指を指して確認し、しゃがみ込んで覗いているのは、どうやら死体らしい。

「死体を確認しているみたいだな……公社が死体やトリアージで《《整理》》された人間を集めるという噂はあるが……ちょっと黙っていてくれ」

 そう言うと、|三鉢守《シィ》と呼ばれた女警官が、車の外で死体を漁っている人間達を凝視する。まばたきが急に減り、その目は一点を睨み付けるように停止した。

「〝これ せおい そうです〟 か? 〝回収しろ、えきすとら、適性が強い。種はあるな〟 内容が分からん。アル、メモっといてくれよ」
「もちろん」
「〝彼女をどうするんですか。君が知る必要はない〟〝せおは 自分の中の神様から逃げた〟〝君はそれを、殺したのか はい〟〝さんたあいざやく、との類似を、もにか モニタリング 了解〟〝運〟」

 はあっ、と大きく息を吐いて、シィという女は目を閉じた。彼女が口にしていたのは、車から出てきた人間達の会話の内容だろうか。この車の中は締め切られているし、距離もかなりある。声が聞こえるはずがないが、シィはそれをある程度聞き取っているようだった。

「ご苦労様。音が見えるって凄いわね」
「風が吹いてなくて、すぐそこに葉っぱがあったから出来た、そんなに万能じゃない。読唇出来た方が便利なんだろうがな」
「でも、申し訳ないけど、全然意味が分からないわ。」
「そうだな……」

 少年Aが何かに頷くと、白衣の女性が周囲の人間に指示をだす。担架が持ち出され、ほとんど炭になった人型のようなものを、そっと担架の上に乗せているようだ。
 バスのような車輌は、通常のバスと異なりバンのように後部に観音開きの扉が備わっていた。その後部ドアが開いて、死体を搬入する。チラリと見えた限り、その車輌の内側には白い色が目立った、まるで

「……病院みたい」

 標谷がそう口にしたが、確認する間もなく扉は閉じられた。そのまま車は発車してしまう。その場で治療を行うつもりではないらしい。そもそも、搬入した被害者は生きているようにはとても見えなかった。

「あの人達、死体を持ってくわ。ちょっと、いいの? 警察的に」
「ほっとけ」
「え? どうしてよ、あの車、警察車輌じゃないんでしょ? 検屍は?」
「いいんだ。ああ言うのには関わらない方がいい。確かに私の技術の多くはアルから学んだが、この社会にいる時間は私の方が長い、たまには私の言うことを聞いておけ」
「でも」
「首を突っ込んだら首が捻じ切られるような匣だぞ、関わるなんて絶対に御免だ。」

 三鉢守はそれを直視しないよう横目で撫でるように見いてる、まるでそれが忌々しいものでもあるかのように。一方の標谷の方は逆に、まるで獲物でも見るかのような強い視線でそれを見ていた。
 死体を一つ、それにニュースで報じられた火災の唯一の生存者、それに何人かの関係者らしき人間を喰ったバスは、二人の視線を受けながらゆっくりと走り出し、山道を抜けて消えていった。



§ § §



 あいつと初めて会ったのは、よく晴れた日だった。連日すかっと気持ちのいい快晴が続き、海も穏やかだったと思う。私達はタゴリの道を経てここへやってきた、異邦人だ。私達の祖先はずっと西の海の向こうからやってきた天候に恵まれ無事に辿り着けたのはひとえにタゴリの思し召しに違いない。
 太古の昔に私達と同じ祖を持つ者が、太陽の昇る方向を目指して旅立ち、新たな土地を発見したと古い伝説が伝わっていて、私達の祖先はそれを追って後からやってきたのだという。
 それにしても、私達後から来た人間と、モトからいた人間は大きく姿が違っていた。本当に同じ祖を持つのだろうか。前からここにいた一族はみな土塗れで、鼻が低く背丈も小さい。まるでモグラのよう。そのくせ腕はひょろ長くて、運動能力は高いみたいだ。私達と違って肌が茶こけている、どこか、汚らしい。

「~~~~~~?」

 浜辺で退屈を潰していると、この土地の人間が声を掛けてきた。振り返ると、同じ位の年齢だろうか、いやもっと幼く見える。少年が立っていた。そしてその隣には、女。
 少年の体は、他の島の男達と違って、いや、同じに見える、同じに見えるのに全然違って感じられた。力が漲っていて、逞しく、小さいというのに、輝いて見えた。黄土色の肌は汚らしく見えるはずなのに、何故か……魅力的に見えた。

「~~~~~~」
「えっ……」

 彼の顔立ちは、整っていた。同じ祖を持つ、という伝説は、一部は本当なのかも知れない。他の島の人間達と違って、この少年は私達と似ている。目鼻立ちが穏やかで、他の人間のように厳つさがない。まだ幼いからかも知れないが、柔和な印象は好感が持てた。何よりその、まん丸で輝く瞳。私はすっかりそれにそれに、見蕩れてしまっていた。全体から感じる雰囲気。彼は私を物珍しそうに見ている。その視線が私を撫でる度、まるで羽で素肌を撫でられているみたいな、むずがゆさがあった。体が、内側からざわついている。

「~~~?」
「ご、ごめんなさい、何を言っているのか、わからないわ」
「~~~……」
「わ、たし、キクリ、あなたは」
「えっ?」

 少年の言葉はさっぱり分からなかったが、隣にいた女はたどたどしくも私に分かる言葉を口にしていた。

「私はモト。キクリというの?」
「モト、これは、ヤハタ」
「ヤハタ?」
「やはた ~~~~~!」

 ヤハタ、という名前らしい。ヤハタ。その名前が、急に心臓に深く入り込んできた。ぞわぞわと体の内側が波打つのが、名前のせいでもっと強くなる。心臓が、辺に暴れていた。ヤハタという少年にじろじろと見られるのが、酷く恥ずかしい。恥ずかしい恰好をしているのは、この人達の方なのに。
 ヤハタ、それにキクリと名乗った2人は、キクリを通じて僅かに言葉が通じたのを喜んでいる。私も、嬉しかった。
 キクリと名乗る女は、言葉が通じる以外にも驚くべき特徴があった。私達よりもより肌の色が白く、髪の色がまるで色付いたあとのススキのよう、それに目が翡翠のような色をしていた。凄く、美しい。

「~~~~~モト!」
「えっ、うん、モトよ。よろしくね、ヤハタ」

 ヤハタと名乗る少年と、言葉を交わした。心臓が、暴れ回っている。苦しいようで、熱い。これは、なんだろう。彼に、手を取られた。

「えっ!」

 私は驚いて振り払ってしまった。嫌だったわけじゃない、むしろ嬉しかった。でも、驚いてしまって。
 私が手を振り払ったのを見て、ヤハタという少年は弱り顔で頭を下げている。

「ごめんなさい、いっている。ヤハタ」
「あっ、その、ちがうの。驚いただけ」

 私は、手を伸ばして、彼の手を取り直した。
 熱い。とても体温が高い。触れているだけで、私の体中にこの熱が入り込んで来るみたい。

「~~~~……~~~」
「や、ヤハタ」

 どうしてしまったのだろう、私。同じ祖を持つと聞いてはいるけど初めて会った異国の人間に、こんなにも親近感を感じるなんて。手を触れているだけで、なんだか……

 この土地で行われている祭儀は、古かった。私達の祖先が持ち込んだ最新の祭儀と、農耕の技術をこの土地の人間に教えたのだという。漁の方法も、海を渡る技術も。それによって私の祖先は、この土地の人間にどんどん敬われるようになって、私は山を一つ与えられてそこで暮らすようになっていた。同じ祖を持つという伝説は、失われつつある。みな、それを知ってはいるが、信じてはいないようだった。
 私とヤハタは、結構うまくやっていたと思う。二人の秘密基地の洞窟があって、二人でよく会っていた。

「ヤハタ? なあに急に呼び出して」
「モト! 見ろよ、これ、うちのムラで取れたんだ」

 ヤハタは、現地の人間の現人神だった。私と同じだ。でも私達のいるムラの中では、彼等は古い、劣った神と見做されたいる。
 彼がどんな神を振る舞っていたのかは知らない。でも私は神でムラの人間の操り人形だ。私が言うことにはみんな従うが、私は皆の意を汲んで皆が喜ぶことを言わなければいけない。そうしなければ、神は殺されるから。

「わあ、これ、翡翠じゃない!」
「ああ。モトにやるよ。贈り物」
「えっ あ、ありがと……」
「うん、似合ってる」

 それでも私達は、うまくやっていた。出会ったときに感じた妙な感覚の正体も、随分してからわかった。このまま、きっと、私達は……。そんな風に思っていたこともある。

 でも、そうした穏やかな物語は、そこで終わった。

 |神《ムラ》同士が交わらないことも、多々あるのだ。

「ヤハタ。私のムラの人間が、ヤハタを嫌っているの」
「ウチのムラでもモトのムラとはやっていけないなんて言ってる。でもそんなことないよな。きっと、一緒にいられる道がある」

 私達二人ははうまくやれていた。でも、人間は、勝手だ。私は、人を束ねていたはずなのに、今は逆だった。神なんて、どこが神なのだろう。

「ヤハタ……話があるの」
「うん? なんだよ、改まって」
「いつもの洞穴で、落ち合える?」
「わかった。畑仕事が終わったら行く。」

 神が複数いるということは、不幸だ。

 神は、一人だけいればいい。

 私の思想はそこで歪んだのかも知れない。







「う、ゆ、夢?」
「太子様!」

「ふ、布都……?」
「おお! おお!! そっ、蘇我、蘇我ぁ! 太子様が目を覚まされたぞ! どこじゃ、蘇我ァ!!」

 豊聡耳が目を覚ましたからだというのに、物部は当の豊聡耳を残したまま、蘇我を捜して部屋を出て行ってしまう。部屋には豊聡耳だけが残された。

「……相変わらずですね」

 首を回そうとすると痛みが走った。そうだ、自分はヤハタを囲う弱小神に、喉笛を咬み千切られて。

「生きているのか、私は」

 恐る恐る、首の後ろに手を回す豊聡耳。だが、そこに釘はなくなっていた。首は包帯で巻かれており、その上から符籙が施されている。まだあちこちが痛む体を引きずって化粧台の鏡の前で上半身を持ち上げその施術を見る豊聡耳。すぐにそれが物部の符だと確信した。

(上達、していますね)

 まだ、特に筆致に少しの不慣れがあるものの、リバースコードして覗き見た編織回路の内容は、治療系の符籙として、いじらしいほどの誠実さが伝わってくる、丁寧なものだった。物部以外の者にとって読みやすいかはともかくとして、傷の状態を見誤らないよう、適切な効果が最大限に発揮されるよう、手間暇をかけて実装されている。豊聡耳が、蛍妖とやりあって負った傷の緊急さを鑑みるに、慌てて編織した回路ではない、普段から持ち歩いているのだ、この丁寧な符籙を。
 物部が符籙、つまり道教の仙術を学び始めたのは、豊聡耳の記憶では最近のことだ。その大半が、この幻想郷に復活してからのもので、それ以前の物部の仙術と来たら―

「ぷっ」

 思い出して笑いをこみ上げてしまう豊聡耳。

「おー、神子、起きたぁ?」

 再び襖が開き、蘇我が入ってきた。物部は豊聡耳が床を出て鏡の前にいるのを見て大慌てで駆け寄る。

「たたた太子様! まだ起きあがられては」
「大丈夫です、この符が良く効いているようですから」

 豊聡耳が言うと、物部の顔が茹でタコのように見る見る赤く染まって、目が泳ぎ始める。

「あっ、そ、それは、蘇我にも手伝ってもらって、ずっ、随分前に作ったものなのですが、効果があるかどうかは、あるんですが、いかんせん我の符籙はいつも太子様に迷惑をかけていたものですから、蘇我が横から手を出して、それで蘇我が」
「布都お前な取り乱しすぎだぞ、忙しい奴だなあ」

 いつもの装束の余り袖を振り回しながら、悪くもないことを言い訳する物部を、蘇我が笑う。

「それで」
「は」
「どうなりましたか」

 どうなったか、というのは、|天照《アマテル》ヤハタとの戦いと言うことだろう。豊聡耳は、宵闇のルーミアの中にまだ残るヤハタの気配を消そうとし、釘を打たれ、弱ったところでリグル・ナイトバグと相討ちとなった、というところまで、記憶にあるようだ。
 問われた物部と蘇我は、状況の説明を始める。まず物部が、口を開いた。

「〝|天照《アマテル》〟シオリ、その巫女キクリ、共に不明。〝|瀬織津姫《セオリツヒメ》〟宵闇のルーミア、生存。〝|穂多留比《ほたるび》の一柱〟リグル・ナイトバグ、生存。」
「他に。」

 続けよ、との意図を見、今度は蘇我が続けた。

「まず、我々の霊廟は現在、閉塞的な中継界として位置づけられ博麗の監視下にあります。|禁惟縦走路《でざいあどらいぶ》とかいう回廊を抜けねば、我々は幻想郷の本土に辿り着けず、他に|界路《パス》は用意されていません。加えて、|日燧鏡《ひすいのかがみ》の製造は制限されます。保有4本に、未完成品が1本まで、新たな製造は博麗の許可が必要になります。」
「……そうですか」
「途中から現場にいたレミリア・スカーレットは、自身が申していた通り、博麗の使いで、我々の行為を監視していたようです。我々の罪状は〝人津罪:私闘スル罪〟。」
「他に。」
「他には、何も。」

 布都の回答を聞いて、豊聡耳は訝しんだ。

「何も? そんなはずはないでしょう。あなた達は何か償いをさせられたのではないのですか」
「実は、紅魔館で、〝めいど〟の仕事をさせられました」
「は?」

 聞き慣れない単語を即座に聞き取ることが出来ず、豊聡耳は聞き返す。だが布都はそのまま言葉を続けた。

「霊廟は|禁惟縦走路《でざいあどらいぶ》を経由しなければならない僻地に移送されましたが、その他の点に於いて、ごく普通の幻想郷でのクニを与えられています。」
「……やはり博麗は、この幻想郷の始原とヤハタの事を隠しきりたいのだろう、軽すぎる」
「かもしれません。この世界の既存月都は〝せれにや〟と呼ばれているようです。今回の我々の件には不干渉を徹底していました。それも含めて、博麗の態度は我々を試しているようでもあります。これ以上騒ぎを大きくするのか、おとなしくするのか。この閉塞的な中継界では、もし攻め入られると逃げ場がありません。いつでも潰せる、との威圧で我々の立場を確認しているように思います。」

 そうですね、と溜息を吐く豊聡耳。
 事実、豊聡耳の放ったあの光は、博麗にとって大いに無視の出来ない力である事を示した。それに、ここに来た時点で幻想郷の始原についての機密事項を、既に承知しているというのもそれに拍車を掛けている。今回|豊聡耳《太陽神》の暴走を、闇とその一味が押さえ込んだという履歴は、その逆の可能性もまた暗示している。そのために、飼い慣らして置いた方がいいとの判断が、八博の中であったに違いなかった。
 首の傷を、圧迫しない程度に抑えながら、豊聡耳は交えた戦火のことを思い出していた。

「神子」
「はい」

 蘇我が神妙な声で主人を呼び、豊聡耳も振り返る。物部も、蘇我の横に並んだ。そして、二人とも額を床に擦り伏す。

「王子。私達を罰して下さい。私達がしたことは、叛逆です。」
「太子様に仇なす行為、赦されるものではありません。私を死刑に処して下さい。」

 二人とも平に伏し顔を上げぬまま豊聡耳に罰を求めている、釘の件だろう。
 聖徳太子の怨霊を抑えつける霊具、物部と蘇我は本来現世でその存在を既成事実化をする勤めを負っていた。「聖徳太子の怨霊は釘で封印されている」これが事実化すれば、それ以上の処置は不要と見做されて寺の塔門は解放されるかもしれないとの見込みであった。二人が幻想郷の存在を嗅ぎ付け次の復活先を幻想郷に定めた時点では「現世で事実化すれば幻想郷には存在しなくなるかもしれない」事からも理に適ったアクションに違いなかった。
 豊聡耳の生前つまり厩戸皇子の時代に、自らの死を予見した厩戸皇子は復活の障害となりうるそうした可能性を全て部下への指示として残していた。先に復活した物部と蘇我はその指示に従って豊聡耳を復活させたのだ。
 だから豊聡耳の認識では、あの釘は現世で既成事実化され幻想郷には流入していない想定だったのだ。
 だが、二人は、特に直接その勤めを命じられていた物部は、しなかったのだ。

「顔を上げなさい」

 豊聡耳は二人に顔を上げるよう言うが、二人は願として頭を上げない。「私達を罰して下さい」その一点張りだ。豊聡耳にはすでに二人を罰する意志がないように見えていた。顔を上げろと言う指示を効かせる代わりに、豊聡耳は問いただした。

「では、一つ、聞かせて下さい」
「何なりと」
「何故、釘の〝事実化〟を行わなかったのです?」

 豊聡耳の疑問は尤もだ、直接の原因になったことではないにせよ、豊聡耳自身は釘の障害性を見越して排除の算段を講じていたのだから。にも拘わらず、それは幻想郷に存在していた。それを蘇我か物部のどちらかが、宵闇のルーミアに手渡していたのだ。

「恐れながら、それは、私の役目でございました。」

 物部が震える声で顔を伏したまま答える。

「太子様に先んじて復活できた私達は、太子様が復活されるのに必要なあらゆる準備を行い、整え、来るべき時に備えておりましたそれは、今こうして太子様が復活なされ、霊廟にも信奉者が増えている通りです。ですが、その準備を整えているときに、どうしても、どうしても……」
「布都?」

 そこで口篭ってしまった物部に代わって、今度は蘇我が続ける。

「王子を止めるためです。私達は、最初から裏切る可能性を含めて、準備を続けていました。」
「それを言い出したのは、我じゃ! 蘇我は関係ない」
「同罪だ、今更、あたしも」

 続けて下さい。豊聡耳が、促す。

「私達は王子の復活の準備をしながら、王子が卑弥呼の魂の呪に駆られ暴走する可能性を強く予見していました。王子が復活してしまえば、私達には道を外れた王子を止める術がない。三宝を篤く敬えと仰った王子が、全てを崩壊させて和を乱し、唯一無二の神になろうとするかもしれない。そうなったときには」
「そうなったときには、我は、太子様を、太子様を……もう一度封印するつもりでした!!」
「そして現実に、こうなった。宵闇のルーミア、|瀬織津姫《セオリツヒメ》の容れ物を巻き込んでしまったとはいえ、これは私達の計画。まさに叛逆にほかなりません。」

 二人の主張を、豊聡耳は神妙な面持ちで聞いていた。

「最初から、裏切るつもりだったと。博麗に私を売り、霊廟だけは維持するつもりだった。そういうことですか?」
「そうです」
「いかにも」

 二人は、一層に額を床に擦りつける。それは赦しを乞う為ではなく、ただただ、恭順の意を表しての行為だ。豊聡耳もそれを承知している。その上で豊聡耳は、自分の首の処置を指さして、問う。

「でしたら、何故、このような処置をしたのです? 捨て置き、殺せばよかったもの」

 もし豊聡耳の暴走を危惧してのことであれば、裏切ることが前提であれば、正しい形での復活を再び望みやり直そうとする意図があるのなら、今は再び、殺しておけばよかったのだ。問いは尤ものように思えた。だが二人の回答は、とても理知的なものとは思えないものだった。

「我には、先のの太子様が正しいとは思えませんでした。ですが、太子様を大好きな事は、絶対に変わりません! 殺すなんて、とんでもありません。太子様、我を、罰して下さい」
「ちっ、布都に科白全部取られちまった。愛してるぜ神子、それだけだ。さあ、さっさと死罪に処してくれよ。……あたしもう死んでるけどなぁ」

 それぞれそれを殉職というのかは分からないし、忠臣というのも微妙に違う気がするが、少なくとも言っていることはそれに近い。豊聡耳がそれをどう捉えるのか。
 釘が無ければ、豊聡耳は恐らくは宵闇のルーミアも消し飛ばしていただろうし、レミリア・スカーレットとの戦闘にまでエスカレーション出来ていたかも知れない。博麗のスタンスが、レミリア・スカーレットを派遣したのみだったということは、恐らく博麗のメッセージは豊聡耳の目論見と一致しているだろう。
 その釘を持ち込み、剰え宿敵の手に渡したと言うことならば、それが忠心からの行動だったとしても叛逆に違いない。
 二人は、処断の言葉を、待った。
 だが。
 ぱち、ぱち、ぱち。と、突然豊聡耳は手を叩く、注意を引こうとしている柏手ではなくそれは、拍手のようだ。豊聡耳は嬉しそうな表情を浮かべて二人を見ていた。

「あ?」
「た、太子様?」
「見事です、二人とも。」

 二人がおかしな様子を察して同時に顔を上げる。二人が見たのは、頻繁に見るほっこりとした……いや、アホっぽい満面の笑みの豊聡耳の顔だった。

「は?」
「えっ?」

 豊聡耳は正座し直し、前で伏す二人に向かって空気も読まずに突然説法を始める。

「経典の民のある説法の中に、教徒の中に裏切り者が現れ教祖が殺されてしまうという場面があります。ですがその裏切り者は、心から教祖を裏切ったわけではないのです。その裏切り者は、元金貸しで、教徒達との布教の度の中で、会計係をしていました。金貸しは、倹約、現実、そして現世利益の象徴です。彼は理想に突き進む、余りに無謀な布教活動と、教祖の奇跡に頼り切った旅に苦慮しながら、いつも気苦労の中で旅費の工面していたのです。そしてそれに苦言を呈すると、卑しい金貸しの思想だと言われた。しかし、裏切り者はそうした現実と戦いながら布教の持続可能性を維持した、最大の功労者です。」
「はあ」
「えっ、えっ?」

 得意満面だ。状況が飲み込めず、豊聡耳の説法を真面目に聞き取る耳を持てぬままに聞かされ続ける。

「更に、その教祖は人の穢を祓うために罪を負い死ぬ必要があったと言われています。だが、万人から信仰を得てしまえば自殺以外にその方法はなくなってしまい……ああ、経典の民は自死を禁忌と捉えているようです、なので、教祖は誰かに殺されなければなかった。その原因を敢えて作り、神の導きと密命を帯び、教祖が穢を祓うための汚れ役を敢えて背負ったのは、その裏切り者なのです。」

 ぱんっ、と手を打ってから、その手で二人の従者の手を取る豊聡耳。

「二人はまさに、その裏切り者、真の信仰者、神の真意を汲むものとして、振る舞ったのです。二人がそこまで私の教えを良く学んでいるとは、素晴らしい!! 裏切りの痛みに耐えてよく頑張りましたね、感動しました!!」

 豊聡耳が言い切った後、二人は状況が飲み込めぬといった様子で、ぽかんと口を開けている。

(何を仰っているのかよくわからぬ)
(ど、どんだけポジティブだよ)

 いやあ、本当によく出来た従者です。豊聡耳はほこほこと頬を崩しながら、二人を見ている。喉元の傷はまだ痛々しいが、これだけ喋れるのならもう平気だろうか。気分よく勝手にテキパキとさっきまで自分が横たわっていた病床を片付け始めた。

「で、では、秦教的に言うなら、そのまま手当をせず、死なせてしまった方がよかったのでしょうか……」
「私を見殺しにしたら、神罰が下ったところですよ?」
「ぎょ、御意……」
「ですよねー」

 自己中心的な本質は変わっていないようだが、豊聡耳の中で何かが変わったのを二人は感じていた。それが、卑弥呼の妄念から解き放たれたからかなのかは分からなかったが、豊聡耳復活の準備を整えている間に感じていた危惧はもう、2人の中からも消え去ったようにみえる。

「結局、ヤハタを殺したのは私ではなく、リグル・ナイトバグという妖蛍でした。事もあろうに最終的に私に深手を負わせたのも、奴でした。トドメだけを搔っ攫う虫けららしい振る舞いですが、結果は、結果です。」

 豊聡耳がの言葉を聞いて、蘇我が、はつと表情を開く。

「そ、そうだ。神子はもう、ヤハタを恨む必要は無いんだ、ここでなら」

 物部もそれに気付いて、両手を挙げてぴょんぴょん跳びはねるように賛同する。

「そうです! そうです、太子様! 恨むべきは、最早ヤハタではありません! ですが、|穂多留比《ほたるび》リグル・ナイトバグも、宵闇のルーミアも、ヤハタのせいで巻きこまれたようなものです。もう、この件は恨むべき者などおらぬのです!」
「だったら後は、せっせと布教活動をするだけじゃねー? それでいいだろう。博麗も目溢しをくれたんだ、上等の結果じゃねーか、なあ神子」

 布団を押し入れに押し込みながらそれを聞いていた(それは余りにもヘタクソできっと3人の家事担当の蘇我が後からやり直すだろう)豊聡耳は、再び2人に向き直る。

「そう、ですね。私もなんだか、急にどうでもよくなりました。さっきの件は冗談としても、本当にあなた達ふたりに、憑き物を落としてて貰ったような気がします」

 首の傷、その上に貼られた符籙は、物部と蘇我の共同作業によるものだという。それは、豊聡耳の復活の準備をする間に、培ったことなのだろう。釘の事実化を無視したことも、きっと同じ事だ。ふたりとも、最大限に豊聡耳のことを考え、豊聡耳の教えを守り、豊聡耳のために働いた。この度のことも、それに違いない。

(一方の私は、どうだったでしょうか。自分のことばかり考えて、ふたりを、道具のように考えてはいなかったか。世界さえ、自分の玩具だと。元々私は、そんなことは考えていなかったはずなのに。私はただ、ヤハタが……)

 いつの間にか苦い顔をしている豊聡耳を見て、蘇我が、断るように声を掛ける。

「神子、いいか」
「はい」
「|幻想郷《ここ》ならお前は卑弥呼ではなく、ちゃんと|弥呼《神子》でいられる。光を追求しなくても、無理矢理に唯一神を目指さなくても、誰の罪ももう背負わなくても、いい。ただ自分のためだけの重荷を背負って、そしてたまには下ろして休めばいい。この幻想郷なら、それが出来る。あたし達が神子をこの世界へ復活させたのは、ここならばその過ちの積み重ねをリセットできるからだ。」
「そうでなければ、我らは、また太子様を、《《向こう側》》に復活させたでしょう。仏教が失われ法隆寺が倒れるそのときまで、我らは待ち続けたでしょう。」

 うんうん、と頷いている豊聡耳、その表情からもまるで憑き物が落ちたかのようで、明るさが取り戻されている。そういえばこんな清々しい豊聡耳の表情を、2人は久しぶりに見たかもしれない、2人とも表情を弛めて嬉しそうに笑う。

「私の重荷だけ、ですか。いいえ、そういうわけにはいきませんね」
「太子様、本当に、もうそのようなことは……」
「私はあなた方二人の主人ですよ? あなた方の分くらいは、背負わせてもらいます」

 胸を張って見せる豊聡耳に、感極まったように飛びかかって抱きつく蘇我。物部もそれを追った。

「神子ぉ、ああっ、もう愛してるぜーっ!」
「そっ、蘇我ぁ、ずるいぞ! 我も、我もお!」

 この日は幻想郷に流れ着いた大きな漂流物が、正式に居着いた日になった。
 そして今日は一日、この霊廟が♥で満たされることになるだろうか。

「しかし、あの虫には恨みどころ感謝せねばならぬなあ」
「だめだって、あいつ、アタシ等だってさせてもらえない〝こんなこと〟しやがったんだぜ、許せねえよ」
「えっ」

 こんなこと、と言って指を指しているのは、豊聡耳の首の傷のことだ。

「アタシだって、神子の首にこんな風にかぶりつきたいぜっっ!! あの虫けら、許せねえ!!」
「そうじゃのお!! それとも」

 くい、と顔を豊聡耳の方に向けるふたり。

「それとも、させてくれるか、神子?」

 首の傷はまだ癒えていない、癒えていようがいまいが、豊聡耳はここでイエスを答える訳にはいかないような気がして表情を引き攣らせる。

「ま、まちなさい、それは少々、愛が重すぎやしませんか」
「そんなことねーよなー?」
「ええ、太子様は、我らをしっかり背負って頂けると、仰いましたから♥」
「それは、ちがっ」



§ § §



 レミリアさんと幽香さんは八博体制の中では同じ立場なのだから当然と言えば当然なのかも知れないけど、アアして椅子に腰掛けて足を組み頬杖をついて三白眼で睨み付けてくるところは本当にそっくりだと思う。
 そこに見た目ほどの悪い感情が無いところも。

「私は何もしていない、確かに博麗に監視は言いつけられていたが結局お前達が勝手に騒ぎを起こして、勝手に収集した。文句なら博麗に言え。それは双とお前……先日の騒動の時より怪我が悪化していないか」
「えっと、か、家庭の事情で……」
「?」

 |日蝕《朔》騒動の後、ボク等は|紅魔卿《TheKarmazyn》レミリアさんから任意同行を求められ博麗神社へ連行された。神社では博麗神祇伯から直接に色々と尋問を受けはしたが、基本的には把握している状況の通りだったこともあってか長く勾留されることは無かったし、その間の扱いも丁重だった。流石の博麗も八雲も、ルーミィの大食らいには面食らっていたっけ。

「博麗に文句なんて、とんでもない。処罰を覚悟してたんですが、お咎め無しだとか」
「当たり前だな、あの件は元はと言えば八雲と博麗の不始末だ。お前やルーミア、もっと言えばあの神霊共にも、責を負わせるのは筋違いだろう」

 博麗神社を解放された後、ボク等はそのまま紅魔館へやってきた。博麗神祇伯がそう言ったのは確かだが、それを欠いたとしてもボクはレミリアさんの前に顔を出すべきだと思ったからだ。
 本来は多忙だろう|紅魔卿《TheKarmazyn》レミリア・スカーレットが、突然の訪問でも時間を割いて面会を許して下さったのは、|紅魔卿《TheKarmazyn》としてもこの一件は気になるところがあったのだろう。図らずもルーミィの身元引受人の様な立場になっている、挨拶に行くのも当然と思えた。いや、図っていたのかも、知れない。

「博麗神祇伯は、|紅魔卿《TheKarmazyn》に礼を言えと」
「あいつ、まだそんな事を言っているのか。リグル・ナイトバグ、騙されているぞお人好しが。そこで私に礼を言ったらどうなる、この件は私が収集しケツを拭ったのも私だと記録される。元はあいつらの失態なのに、奴らは一度も表に出ることなくこの事態が収拾されたことになるんだ。お前達も遠くない将来、|風見辺境伯《TheSleepingDandeLion》の下で有力妖怪に名を連ねることになるんだ、それくらいの事は見越して行動したらどうだ」
「えっと……済みません」
「謝られても困る。」

 シオリの存在は、外の世界では祀られ殺され忘れられた月の神だった。だけど、ただの月の神様で、そして月の神と言っても結局は崇拝されるだけの普通のニンゲンだった。ボクはそれをよく知っている。この目で見て、この耳で聞き、この手で触って……この舌で味わった。
 どこかの神様は、自分に似せて人間を作ったのだという。でもそんなのは逆だって、だからボクは知っている。ニンゲンが、自分と同じ姿の神様を求めて作り上げるんだ。だから神様は、人間でなければならない。想像を絶するバケモノであってはいけないし、言葉の通じない現象であってもいけない。人間は、ニンゲンの神様以外に受け入れることが出来ない。神様は、ニンゲンなのだ、皮肉なものだ。

(瀬織さん)

 ボクは、現世においてきてしまった彼女の事を思い出していた。いや、置いて行かれたのはボクの方かも知れない。彼女も、僕も、人間だった。瀬織さんの親御さんも人間だったし、僕の母さんも人間だった。でもそこには神様が、いた。神様は創造主であり、法律であり、災いであり、幸福であり、パートナーであり、歴史だ。全てだ。そしてそれは、時には否定したくもなる。
 彼女は彼女の信者の手によって作り上げられた人間の神様であったし、彼女もまた人間の神様を求めた。彼女にとっての神様は僕だったらしい、でもボクもまた矮小なニンゲンでしかなかった。受け入れることが出来なかった僕は、まだ、幼かったのだと思う。いや、成熟なんかしていたら、だったら僕は彼女に神として見出されることは無かっただろう。最初から、僕と瀬織さんは交わる世界を持たなかった。

「リグル?」
「……なんでもないよ」

 僕はボクとしてここに来た。ボクと僕の因果がいずれなのかは分からない。ボクは僕の発端だと思うし、同時に僕はボクの起源だとも思う。同じように、ルーミィと、シオリも。
 この幻想郷は現世と表裏一体、互いの鏡像。光と影。現世で失われたモノが幻想郷にあって、幻想郷にないものは現世にある。勿論両方にあるものも両方に存在しないものもあるけれど。現世には、山のように大きな虫なんて、いないでしょ?
 レミリアさんが言うには、紫太妃は幻想郷を作るのに現世で忘れられ幻想入りキューにあったシオリの「朔」の能力を利用したんだとか。でもシオリの存在は「対称性の破れ」とか言うものをもたらして幻想郷を安定的な実体とするのに都合が悪いから、シオリの存在を隠していた、と言うことらしい。そう言われてもやっぱりよく分からない。隠していたというのが、ルーミィの髪飾りの事だというのは分かる。でも分かるのはそれくらいだ。彼や豊聡耳が言っていた「絶対反」という言葉はそれに関わるものなのだろうか。それってただの影のこと?

「とにかくお前達が気に病む点など本質的には何も無い。全ては八雲と博麗の責任だ。もしかすると後ろに扉を設けた奴らや月帝の思惑もあったのかもしれんが、どちらにせよお前達の与り知るところでは無い。」

 影なんて、闇なんて、そんなもの、だれでもみんな、持ってるのに。

「むしろルーミアは完全に被害者だ、違うか」

 |紅魔卿《TheKarmazyn》レミリア・スカーレットは、変わった人だ。八博体制に強烈に批判的でありながら、博麗神祇伯には文句を言いながらもほとんど無条件に従う。紫太妃はその矛盾こそ、濁り凝り固まる幻想郷への内省と進化の鍵だなんて言っていた。ボクにはまだよく、分からない。分からないけど、なんとなく、腑に落ちる感じはしていた。
 不要で邪魔に感じる「影」や「闇」こそ、本質であって失ってはならない重要なものな様な気がする。自分を傷つけかねない毒であっても、自己の強烈なアンチテーゼであってしまったとしても。
 ルーミィがシオリの宿主であったことに蓋然性があるのなら、それはルーミィこそがこの幻想郷の影であり本質の一部だと言うことなんじゃないだろうか。凄いなあ、ルーミィ。
 レミリアさんが、ルーミィを、まるで睨むような目で見ながら言う。

「お前こそ八博に文句を言う権利があるだろう、ルーミア。被害を訴えて、退ける口を、八博は持ち合わせていない。」

 その通りだ。ルーミィは、この件について、ただ巻きこまれただけのように思えた。彼女が瀬織さんであったとしても、それはボクと彼女の間にしか関わりの無いこと、いや、正確に言うのならボクにさえ関係の無いことなのだから。

「ちがうよー」
「……はあ?」

 だけど、ルーミィは、それをとぼけたように否定した。

「私、ひがいしゃじゃないから」
「いや、どう見てもお前は……」

 レミリアさんが説き伏せる、と言うことの程ではない、だって僕もそう思っていた、どう見てもルーミィはただの被害者だ。でもルーミィはレミリアさんの言葉を遮って割り込んできた、こんな風に強く主張することはルーミィには珍しい。

「私はね、レミリアちゃんが、ほんとうはは霊夢ちゃんにお礼を言いたいのとおんなじようにね、私もリグルにおれいが言いたかったんだ。」

 ぽかん、と口を開けるレミリアさん、吸血の牙が今ばかりは可愛らしいく見えてしまった。

「は? 私がいつ博麗に礼など言いたいと言った?」
「いつもゆってる」
「言っておらん」
「ゆってるよー。」
「言っておらん!」
「……レミリアちゃんいじっぱりぃー」

 永遠に幼い赤い月、の名に相応し赤色に頬を染めるレミリアさん。地団駄を踏んで「ゆってないってゆってるだろおー!」急に子供っぽい。

「こほん」

「えー」

「いっていない。いいな?」
「「はーぃ」」

 顔を真っ赤にした|紅魔卿《TheKarmazyn》には「そ、そういうわけだから私に礼だの謝罪だのは要らん、要らんっ! 用が済んだらとっとと帰れ」と邪険に追い出されてしまった。メイド長の十六夜さんに「あれはああいう人なので」と言われながら見送られて、家路につくことになった。
 既に、夕暮れ時だった。もう日蝕はない。太陽は満面の笑みで赤い光を山の端に溢れさせていて、溶けるように沈んでいく。赤く染まった空は紅魔館の赤い屋根に似合いだ。あの溶けた鉄のような夕焼けの光が仙人達の望んでいた光の色だと思うと、どうしてか憎む気になれなかった。ボクも、ルーミィも、|夜の者《ミディアン》に違いない、赤い陽光を綺麗だと思う事には少なからぬ抵抗はあるが、それでもこの光を求めて病まない人間達がいて、彼等にもボク等と同じように人を想ったり、何かを怖いと感じたり、過去を公開したり、未来の不安と戦おうとしたり、自分達と何ら変わりの無い人達なのだろうと思うと、彼等が綺麗だと謳う色の光を、共有したいと感じられていた。
 もし、僕が、瀬織さんが、望み沈んだ夜の闇にあの赤色を一滴でも垂らして溶かして眺めることが出来ていたら、もっと違った答があったのだろうと思う。同じ事を、仙人達も思ってくれるだろうか。目映い光の中に夜の黒を漉き込んでくれれば、もっと優しい光になると、思ってくれるだろうか。
 瀬織さんは、僕などを求めずに済んだだろうか。
 それに、シオリの事も。

「リグル、さっきから何おもいだしてんのぉ?」
「えっ、いや」

 終、色々と物思いに耽りながら歩いていたせいで無言になってしまっていた。ルーミィは

「ふうん。かえったらまたカレー作ろっか。ずんどうで、ぐつぐつぐつにてさ」
「えっ、それは……」
「おもいだしたくないかこなんて、にて食べてしまえばいいよ。いつまでもめのまえにおいとく必要ないよ。ね?」
「……うん」

 僕はその通り正しくそれを煮もしたし、食べもした。それがこんな煮え切らない結果になっている。僕はまだこんなにも浮ついた子供だし、ルーミィを助けたつもりでも結局ボクの方が助けて貰っている。それに、彼はどうなったのだろうか。

「ルーミィ」
「んー?」
「シオリのこと、怒っている?」
「なんも?」
「シオリは……ボクを恨んでいるだろう。あのときは、それでも構わないと思ってたんだけど、今は後悔してる。でもルーミィを助けたことは後悔してない。あれ?」

 何が言いたいんだ。こんなこと、ルーミィに言っても、ただ女々しいだけなのに。

「……なんだかわかんないや、ごめん」

 顔を上げるルーミィ。それから、何かはにかんだように笑ってボクから目を逸らす。何だろう。何か悪戯を企んでいるときの表情にも見えるし照れているときの顔にも見える、嬉しそうな表情にも思えた。

「シオリくんはリグルに、またたべられちゃったけどさ、あのせんにんさんがころしたわけじゃないでしょう。あのせんにんさんも、りぐるがやっつけたんだしさ。シオリくんも、せんにんさんも、うらみっこなし、じゃないの?」
「え、あ、そうなる……のかなあ……」

 そんな事を考えていたわけではない、と言うわけではない。
 シオリを食べて残りの力ををルーミィに付け替えたとき、それを考えていなかったわけじゃない。でも、それはシオリが生きていればの話だし、そんなことはあの時点では望むべくもなかった。ダメ元以下の、考えだったのだから。しかもそれをシオリ自身がどう思うか、もう確かめる術もない。豊聡耳がどう考えているかも分からない。最悪、そんな事は関係なく、豊聡耳はシオリへの恨みを保存しながらボクへも同時に敵意を抱いているかも知れない。

「シオリくん、わかってるとおもうよ、リグルのかんがえてること」
「そうかな。ボクは、ちゃんと彼等のことを―」
「シオリくん、まだいるから」
「えっ」

 えっ、だって、シオリはボクが、ルーミィに……。
 ルーミィは、髪飾りを気にするように見上げつつ、言う。ルーミィはまだそれを触れないらしい。

「その髪飾りは、もう」
「私のなかに、まだちゃんとのこってるからね。リグルのこと、だいすきだってさ」

 いってねーよ。ぶっ殺すぞ。

「えっ、シオリ!?」

 確かに、声が聞こえたような気がした。ボクも、ルーミィも、その声を聞いたのだからきっと間違いない。でも、それ以上の言葉は返ってこなかった。シオリ、呼びかけてみても返事は聞こえない。空耳だったのかも知れない。髪飾りは揺れている、ただ、風にそよがれるままに。

「こっちもてれやさん。でもいいよ、これからは、私のなかにずっといても。」

 今度は胸の辺りに手を当てた。まるで、シオリが今はそこにいるみたいに。いや、いるのだろう。

「私、こんどはちゃんと、かみさまを、うけとめられると思うから。」

 信者はいないけどね、と|ルーミィ《瀬織さん》は笑う。
 そうだ、彼女は、前に進んだのだ。
 自分の中に神様を飼う強さを得た、それに、彼女はもうボクを必要とはしていないだろう。
 僕も、変わらなければいけない。

「こないだのせんにんさんたち、じゅーにん、になったんだって。こんどあそびにいこーよ」
「ぇぇ……?」

 あんなに酷い目に遭ったのに、遊びに行こう、なんてどうして言えるのだろうか。それとも、それは彼女なりの「あいさつ」なのだろうか。確かに今の時点では、霊廟組はルーミィに無礼を働くことは出来ないはずだ。もし彼女がそれを無意識に言っているのだとすると、かなり……怖い。

「わたしのからだ、もうひとりのものじゃないからね」
「えっ!? る、ルーミィ、もしかして、おなかにボクの……うっげ」
「おばかなの?」

 地面から生えた巨大な黒い拳がボクのお腹に入った。

「ずびばぜん゛」
「リグルがしくんだことでしょ? ちゃんとして」
「ふぁい」
「とびらをしめっぱなしにしたら、おんなじでしょ。あけるべきところであけないと、ぱあ、だよ?」
「……そうだね」

 ほとぼりが冷めるまでと思っていたけど、そうも行かないか。シオリの名誉回復は、ボクの仕事だと思っていた。ルーミィはそれを手伝ってくれるだろう。豊聡耳も、きっと。
 次に会うときは、仲良く出来ればいいと、思う。

「そうだね。豊聡耳の今の意識を聞かないといけない。ボクが、ちゃんとしなきゃね」
「まーむりしないでねー? リグルへたれすぎだし、。シオリくんにひどいことして、やっぱサイテー」
「し、シオリのことはちゃんとするよお。それに、ボクはちゃんとルーミィを、闇の中から引っ張り出してあげたじゃないかあ。ルーミィを助けたことも、後悔してない。ボクには、ルーミィを選ぶ以外に選択肢は無かった」
「……うん」

 ルーミィが、ボクの手を握って、はにかんだようにぽかぽかな笑顔を浮かべた。

「ほ、ほら、もっとボクを頼ってくれても、いいんだよ! ボクだって一応おと―」
「ぷっ、あっはは! なにそれー、リグルっぽくないー」
「そんなぁ、少し位、かっこつけさせてよお」
「リグルにそんなこときたいはしてないけど」

 がっくり。と項垂れていると、不意に、ルーミィがボクの懐に入ってきた。ボクよりも少しだけ背の低い彼女が、すぅ、とくっつきそうな距離から僕を見上げる。

「かみさまなんかより、よっぽどたよりにしてる」

 そして、驚いているボクの唇は、ちゅっ、と軽く奪われた。

「ありがと」



§ § §



 色々あった。何が色々あったかと言われて、ひと言で言えない位に色々あった。
 これから、色々と忙しくなる気がしていた。シオリの事、ルーミィの事、豊聡耳のこと。レミリアさんが言っていたとおり、ボク等4人は、今後幽香さんの元でもっと公的な組織として動き始める必要があるかも知れない。ルーミィは幻想郷に対して重要な責を負っていることが分かった。ボクもそれに芋づるするように面倒な立場がバレてしまったし、ローリーもじきそうなるだろう。チーも、本当は特別製の妖精なのだ、いつ管理者権限を渡されるのか分かったものではない。今回の出来事はその切っ掛けになるような気がしていた。

(|四則同盟《カルテット》の、大名化、か……)

 正直気は乗らなかった、ボク等は、誰もそんな責任感の元に生きていない。どちらかというと、そうやって生まれてしまったとか、そう言う立場を押しつけられているとか、そんなもので、使命感が湧くはずもない。それでもやれと言われたときにどうするのか、考えるのは仮にもリーダーをしているボクの役目かも知れなかった。

(そういうのは、真面目なローリーにまかせちゃおうかなあ)

 なんて、怠惰な思考も湧き上がってくる。チーもルーミィも、小難しいことを考えるのは苦手なタチだ、勿論ボク等は4人はどこを取ってもどんぐりの背比べなのだけど。

「はあ。もうねよ……」

 全く考えがまとまらない。これからどうすべきなのか。どうなるのか。考えても無駄だなあ、とおもって布団に潜り込んだ。きっと色々あったから疲れているんだ、疲れているから、考えがまとまらないのだ。だったらもう、寝る以外にない。
 布団に潜り込んで頭から被り、眠りに沈もうとしたとき、急に布団の上から重さがかかってきた。誰かが乗っかっている。この期に及んで金縛りなんてものでは無いだろう。

「……ルーミィ」
「しー、だよ。むこうのへやで、みんなねてるから」
「しってるよ。ダメだよ、こんなの」
「ダメなのぉー?」

 するするとボクの上に乗っかってくるルーミィ。魔名たんころに揺れる小さな火が部屋の中を橙色の水で満たしたようにゆらゆらと照らす。ルーミィの白い肌がそれに照らされて、淡く色付いている。何もしていなくてもルーミィの周囲に薄らとけぶる薄らな闇幕が、柔らかい光の輝度を更に落としコントラストを柔らかくしている。
 幻想的に揺らぐ視界、ルーミィがボクの上にちょこんと乗っかったまま、寝間着代わりのロングTシャツの裾を下に引っ張るようにしてボクを流し見てくる。
 白いTシャツの下に何も身につけていないのか、ぴんと下に引っ張られたシャツの生地の上から、ルーミィの細くストンとした体の慎ましやかな凹凸が浮き上がるように強調される。シャツのハリに潰れた胸の膨らみはそれでも主張していて……先端には突き出た膨らみが、見える。細い腰は隠れているけれど、押しつけられるようにラインを浮かばせるお腹のなだらかな曲線。太股にまで巻き付いたTシャツ生地がでも、彼女の下半身すっぽりと隠していた。

「ふふー、リグルの目、やーらしー♪」
「だ、だって」
「はい♪」
「ん?」

 何か手渡された。ボトルに入った、ただのお水?

「かけていーよ」
「え? どういうこと?」
「あーもー、わかってないなー?」

 ルーミィはボトルの蓋を開けて、それを持ったボクの手ごと掴んで、中の水を、自分の体に少しだけ掛ける。肩にちょろっとかけてみせると、水に濡れたシャツの生地がその下に隠された素肌に貼り付いて透けた。それを見て初めて、ルーミィの意図に気付いた。

「あ」
「ふふ。あー、たいへんだー、リグルにたいへんなこときづかれちゃったなー。これでえっちなスケスケにされちゃうなー♥」

 ルーミィはわざとぷりぷりと体をくねらせてボクを挑発してくる。わずかに濡れた肩の透け具合を、いま彼女が着ているロングTシャツのあちこちで想像してみる。白い薄いシャツの下に透けるおなか。ふともも……おっぱい、おへそのした。濡れて貼り付けば、彼女の肌色、おへそのくぼみ、胸の先、それに、えっちなおけけが、透けて見えるだろう。
 ぴくん、《《下半身》》に微電流が走った。

「っ」
「かけないのぉ?」

 シャツの胸元を摘まんでぱたぱたと風を通す、挑発。シャツの薄地の下にある柔肌、赤いサクランボと黄色のチューリップ。ボクの手はボトルの口を、彼女の胸元に傾けていた。

「~♪」

 ルーミィは生地を押さえて、シャツの上から水がかかるように、促してくる。とぽ、とボトルに空気が入る度に口から水が流れ出て、その水がルーミィの胸元を濡らす。ささやかな膨らみの間、ほとんど平らな鳩尾と、ふっくらと柔らかい曲線を描くおなか、中心を走るおへそのライン、滑らかな肌色が、濡れたシャツの下からから透けて現れた。白い薄膜を被せた柔肌に、シャツの生地のしわと孕んだ気泡の白を浮かべている。下の方に視線を落とす。太股で作られた空間が邪魔をして、黄色い花は咲いていなかった。
 ルーミィの肌、まだ胸元からおなかの肌が透けて見えているだけ。だというのに、くらくらするほど色っぽい。幽香さんに比べればぜんぜん大人のカラダじゃないのに、それが、逆に、えっち。
 ルージュを引いているわけでもないのに真っ赤な彼女の唇が艶めかしく笑い、いつもはあっけらかんと見開かれてくりくり子供っぽく可愛らしく回る目は、今は妖しく細まってボクを見ている。

「こっち……♥」

 ルーミィは再びボクの手を取って、ボトルの位置を導いた。少し右、注ぎ口は、小さな膨らみの上へ。ごくっ、生唾を飲み込んでしまう。ここから水を垂らせば、胸の赤いぽっちりが、透けて見えるに違いない。
 ボクはルーミィが促すとおりに、乳房の上辺りに水を垂らした。

 ぱた、ぱたぱた。

 水はすぐに胸を塗らし、生地にじんわりと染み込んで、シミを広げていく。そのシミの向こうには、白いおっぱいの柔肌が透けていた。もう少し、もう少し垂らすと、胸の先端だ。

 ぽた、ぽたっ。
 じわじわ、水のシミが胸元を侵していく。乳房の上に広がっていく透け滲み。そして、いよいよ乳首の形が、浮かび上がった。

「えへへ♥ みえちゃった……♥」

 明らかに見せているルーミィ、彼女はボクの手を掴んで、今度は逆側の胸を濡らすように促してきた。

「こっちも、ね?」

 促されるままに、左胸にも水を滴らせる。あっという間にルーミィの左右の胸が、白いTシャツの上から透け肌を晒し、乳首の形までくっきりと見せつけている。両方の乳首が濡れ透けて、つんと勃った姿を見せている。
 まるで、シャツの、胸の天辺だけを切り取ったみたい。

「ふふ、こんなちっちゃいおっぱいでもすきなんだね、リグルは」
「えっ、う、うん」

 否定は出来ない。だって実際に今のボクの目はルーミィのおっぱいに釘付けになっているから。

「じゃあつぎはぁ」

 ルーミィはロングTシャツの裾を下まで下ろした状態で膝立ちになって股を開き、裾を太股に絡めるみたいに奥に押し込んで、シャツを股の間に巻きこむ形にする。股の間にまで肌にぴったりくっついた。「こーこ♥」と指さしたのは、そうしてシャツの生地をぴったりと肌のラインに貼り付けた、股の間だった。濡れてない今でも、薄くて白い生地の下には、黄色く咲いたチューリップと、その下に伸びる筋が、うっすらと見えている。濡らせば、きっと全部がよく見えるだろう。

「はやくぅ?」

 ルーミィは膝立ちの股を開いた状態で上体を反らして後ろ手をつき、左手で股の間にシャツの布地を押しつけるようにしている。それと同時に手は人差し指と中指を広げて、股の間の、一番真ん中の辺りに添えられていた。きっとそこには、女の子の大切なワレメが潜んでいる。敢えて布地を押しつけて、水で濡らせばそこは……。
 ボクはルーミィのおへその辺りから水を垂らしていく。

 ぱたぱた、ぱた。

 ルーミィの小さなおへそが、透け見えた。ただのおへそなのに、シャツの白い膜に包まれて濡れそぼり、気泡を孕むその絵は、まるでそれが性器みたいにエッチに見えた。

「もっと、した」

 ルーミィは股間を示して促すが、ボクはボトルの口を太股の上へ運んだ。開かれた太股に巻き付いたシャツの生地はピンと張っていて、水で濡らすとくっきりと肌が浮かび上がった。両方の太股に肌色を浮かび上がらせた後、ボクはいよいよおへその下へ、水を垂らす。

「きゃふっ……♥」

 濡れた瞬間、すぐに綺麗な金髪が透け見えた。そして、その下でまだ口を閉じたワレメが、水気を帯びて姿を現した。ぴっちり肌に貼り付いたシャツの生地は、ルーミィのワレメを挟む二つの膨らみに貼り付いて肌色に染まり、裂部の筋には空気を孕んで白いラインを浮かび上がらせている。まるで細い紐の下着を着ているみたいで、子供っぽいルーミィにはアンバランスな妖艶さを削り出していた。

「あは、たいせつなところ、スケスケされちゃったぁ♥」

 それでボトルは空になった。肩、おっぱいとお腹、それに太股と、股間。今やルーミィの体は、ほとんど全身がべちょべちょに濡れている。ロングTシャツが肌に貼り付いて、気泡と皺の白の合間に濡れた肌色を浮かび上がらせている。

「あーん、もうぜんぶ、スケスケだぁ♥」
「ルーミィ、綺麗、いや、えっちだ……!」

 ルーミィは濡れたTシャツに肌色と、黄色い茂み、それにワレメの形をくっきり浮かび上がらせたまま、迷い無くボクのぱんつを下ろして、おちんちんを引っ張り出す。当然……もう、勃起してる。

「ふふー、こんにちはぁ♥」

 登場させたおちんちんを、ルーミィは優しい手つきで包んでゆっくりと撫でる。

「ルーミィ、もっと」
「えー、どーしよっかなぁ?」

 悪戯っぽく淫蕩な笑顔を貼り付けて、ルーミィはボクのペニスに跨がった。Tシャツの裾を摘まんであげて、天井を向いたボクの竿に、被せてきた。

「ふぁっ!」

 そのまま、腰を押し出してくるルーミア。い、入れたい……。

「入れるのはだめー」
「ええっ」

 ルーミィはボクの竿の裏側に、ワレメの入り口を押しつけてすりすり体を揺すり始めた。雁首の裏側の凹凸がワレメのぷっくりに擦れて、気持ちがいい。

「あ、あっ、ルーミィっ♥」
「ふっ、ん、んっ♥ これ、私もきもちよくなっちゃう♥ んっ……♥ んぅっ♥ さ、さわ、ってっ♥」

 ルーミィは片手を使って、濡れ透けた小さな胸の膨らみへボクの手を導く。促されるままに、彼女の胸に触れる。

「んっ♥ あ、あっ♥ リグルに、おっぱい、さわられてるぅ♥」

 濡れてひんやりとした感触の下にしっかり感じる彼女の体温は、熱くなっているように思えた。発育途上の胸は柔らかさは控えめだけど、彼女のそれは感度は抜群みたい。ボクが軽く触れるだけで、おちんちんに触れているワレメに、急にヌメリが増した。ボクは調子に乗って、彼女の胸を撫で回すように、でも優しく強くなりすぎないように、触る。

「ふっう、んんっ♥ リグルのさわりかた、じらされてるみたいで、どきどきがとまんなくなっちゃうよぉ♥」

 胸の先端を避けて、なだらかな膨らみ丘を、掌で包むみたいに。気持ちよく思ってくれているみたいだ。ボクはそれを続けながら、彼女の腰の動きに巻きこまれるおちんちんからの快感に酔い痴れていく。

「ルーミィ、それ、きもちい、っ♥ おまんこ素股、きもちぃっ♥」
「いーよ、もっと、きもちよくなって、リグル♥ ほら、すりすり、すりすりっ♥ おまんこのおにくで、リグルのちんちん、いーっぱいこすっちゃうよぉ♥」
「ぁぅっっ♥」

 ヌルヌルがどんどん増していく。ルーミィのワレメから分泌されている筈だ、でもボクの先っちょからも、出ちゃってる。反り返って抑え付けられてお腹に触れる先端から、ぬるぬるした感触が伝わってきていた。

「はーっ、はーっ、ルーミィ、いれたいよお、いれたいよっ♥」
「だーめ♥ リグルのおちんちんには、もっとおしおきがひつようでーす♥ ほら、ほらほらっ、だんだん、んっ♥ わた、しもきもちよくなって、ぬるぬるしてきた、よぉっ♥」
「うんっ、ぬるぬるしてて、おちんちんがルーミィのお肉でぬるぬるされて、すっごく、きもちぃっ♥」

 ルーミィの腰遣いがどんどん速くなっていく。ヌルヌルが絡みついて、ワレメに擦りつけられると左右に割れた溝の間に、竿が少し埋まる。前後に動いて、亀頭の裏側の膨らみがくちくちくちって擦れて気持ちいい。
 亀頭の裏にワレメのお肉が引っかかって、ぬれて、ぬめって、引っかかって、きもちよくて、こすれて、ぬれて、ぬめって、引っかかって、ああ、もう、だめっ♥
 射精感がどんどん高まって、自分で止められない。ルーミィが上で動いてるからボクにはどうしようも無くて、このまま精液搾り取られちゃう♥ 竿の裏側から摩擦を受けて、中の管がぱくーって広がっちゃう、そして亀頭の裏側をしこしこ擦られると、もう我慢できる要素が無くなってる♥

 ぬるっにゅるっ、にゅるにゅるっ

「はっ、ん♥ ん♥ どーお? でそお? だしていーからね♥」
「あうっ、あ、あっ♥ ルーミィっ♥ でるっ、もうでちゃうよぉっ♥ るーみぃっ♥♥♥」

 ぴゅっ、びゅっっっ、びゅっっ
 ボクは情けない声を上げて、シーツを掴んで腰を持ち上げる。ルーミィの体が軽く浮き上がったけど、これは挿入してるわけじゃない、おちんちんの裏側でルーミィのワレメに押しつけるだけ。
 それでも彼女は目を細めて、うっとりと頬を染めてボクを見る。舌なめずりした口で、りぐる、とボクの名前をねっとりと紡いだ。

「でちゃったね♥」

 白いシャツの裾の中で、柔らかい恥肉に擦られて、あっけなく射精してしまう。裾の内側にべっとり精液が付いたのと、自分のお腹に滴って、濡れてしまった。

「♥」

 ルーミィはボクのおちんちんを潰していた股の真ん中を、精液で濡れたボクのお腹の上にずらして、ぬめったお腹の上をあそこに擦り付けるように腰をくねらせる。ヌルヌルした感触は、ボクの精液なのか彼女の愛液なのか、分からないけど、そうやってボクのお腹の上で大きく股を開いて、あそこを擦りつけて腰くねくね動かしているルーミィの姿は、幼い体つきなのにそれに見合わない、クラクラするほど艶めかしい。

「リグルのせーし、ぬるぬるして、きもちー♥ ふっ、ふーっ、ん、んっ♥ ぬるぬる、きもち♥」

 ボクの下腹部の精液ヌメリを、おまんこに押しつけて腰を前後に揺すり続けるルーミィ。お腹の上に感じるぬるみは増していき、彼女の腰の動きも速くなる。段々彼女の表情も崩れて、鼻の下を伸ばして、目がとろんと細まっていく。幼気ででも整ったお人形さんみたいな顔が、だらしないトロ顔に変わっていく。

「ふーっ、ん♥ これきもちぃ♥ んっ♥ ふうっ♥ ふうっ♥ はっ、はっ、はっ♥ きもちぃぃ♥」

 えっちな声を我慢しなくなってきている、半開きの口から下品な吐息が漏れ出して、その口の中で舌が淫らな触手生物みたいに蠢いて、糸を引いている。
 お腹の上の動きはますます激しくなっていく。ボクの精液溜まりを下の口で舐め尽くすみたいに、ぬる、にゅる、むにゅっ。
 大きく股を開いて、淫靡に崩れる美貌を、ボクに晒している。

「る、ルーミィっ……」
「あ、は、ふっかーつ♥」

 射精したばかりなのに、目の前で繰り返される鮮烈なポルノ映像のせいで、ボクのペニスはまた臨戦態勢、今度こそ彼女とおまんこしたいって、完全に戦意を取り戻していた。とろり、さっきの余り汁を吐き出して立ち上がる。
 それをお尻に当たる感触で察した彼女はニッコリと淫乱な笑みを浮かべて言った。

「じゃぁー、リグル、こーいうの、すき?」
「えっ、あ」

 そう言うと、シャツを脱いで裸になる、かと思ったルーミィの体にはシャツの代わりに黒い闇が纏わり付いた。体のラインにそって肌に黒い色を塗ったようになっている。ルーミィの存在する闇が体にぴっちり貼り付いて、その膜はしっとりとした光沢を帯びた膜を形成していた。胸元が開き、肩がでて、お尻を包んで太股から先は隠していない。胸の膨らみをぴったりと包み込んでいてその輪郭を黒い表面で切り取っている。黒い色は他の空間に対して強烈な存在感を与え、光沢のある質感のせいで淡い光に対しても生々しい輝きを見せている。

「どーぞ♥」

 黒い肌着越しにルーミィの柔らかい体に触れると、触って生じた凹凸にそって、潤うような光沢がまるで生き物のように姿を変える。肉感が強調されて、すごく、えっち……。

「いっぱい、さわってほしーな……」

 さっきのシャツよりも、その黒いスキンはぱつんぱつんに張り詰めていた。幼い肉体に特徴的な、細さとふんわりとした感触の共存を見せるある種の完全性を見せる肉付きは、その黒いラバーに包まれて締め上がっている。でもキツそうではなく、肉感を示すのに適切な圧力に見えるのは、柔らかい肉付きのお陰だろう、そのくせ締まるところは細くガラス細工のような華奢さも備わっていた。
 触るとその弾力で彼女の肉感が何倍にも増して感じられるし、黒い光沢が蠢いて艶めかしさを増す。

「ゆびで、なぞってみて。みぎてのひとさしゆび」

 ルーミィが言う通り、彼女の肌にぴったり貼り付く黒い光沢スキンを右手の人差し指の先端でなぞると、さっきまで触っても揉んでも伸縮自在に形を変えたそれが、あっさりとちぎれていく。ちょん、と触るとまるでビニールに焼けた鉄箸を当てたときのように穴が開いて広がる。そのまま指でなぞれば、その通りに切れていく。穴を開けてみると、黒膜下着は思ったよりもルーミィの肌を圧迫しているらしい、穴の開いたところから覗く白い肌はぷくっと膨らんではみ出してきた。

「《《いれやすい》》ように、それで、あなあけてね♥」

 まるで虚構のようにデフォルメされた強烈なコケティッシュ、でも触ることが出来る、肉感、華奢、美しくて、幼い。幼女肉体を包み締め上げる黒いラバースーツ、彼女はそれを着こなしてボクを誘惑してきていた。
 彼女が言うように、人差し指で、ボクはスケベ衣装を着こなすルーミィを、描いていく。この黒の中から彼女の白い淫らな柔肌を削り出して、理想の彼女にしていくのだ。
 それはあっという間に終わった。彼女がこの闇ラバースーツを纏った瞬間に、ボクの中にはそのビジョンがもう浮かんでいた。後はその通りに彼女を作り上げていくだけだったから。
 人差し指を抜いて、かんせい、とボクがひと言呟くと、ルーミィはうっとり顔でボクを罵った。

「わぁぁ、リグル、これはへんたいさんだよぉ……♥」

 彼女のいじらしい胸肉に向けて、黒い光沢スーツに白肌の斑が浮かび上がるように無数に丸い穴を開けたカップ部。圧迫する闇スキンに開いた沢山の穴から、可愛らしく白いおっぱい肉が、胸の膨らみの形をわざと崩すようにぷくぷくとはみ出している。先端の赤いさくらんぼはくっきりと顔を出すように穴をくり抜いてある。へんたいさん、と言いながら、シャツの上から触ったときと同じように、しっかりシコり上がっているのが分かる。黒エナメル光沢のスーツから、圧迫されて押し出される胸肉、その先でさらに膨らみ上がる乳輪と、その上に更にピンと勃つ乳首。
 おっぱいには沢山穴を開けたけど、おなかのあたりはほとんど触っていない。唯一穴を開けたのが、おへそだった。真っ黒いぴっちりと締め付けるスキン地の真ん中にぱっくり穴が開いてその下に可愛いおへその窄まりが見える。
 入れやすいように、とルーミィは入ったけれど、お尻やお股には穴を開けていない。本当に入れる直前に開封したいと思ったからだ。

「これはちょっと、ひくなー、さいってー♥」

 そういってボクを見るルーミィは口元をだらしなく半開きにしたまま笑っている。ぞくぞく背筋を振るわせて、ボクの上で吐息を漏らしていた。
 ボクも、ルーミィのえっちな破れラバースーツ姿に、おちんちんがびきびき痛いくらいに膨らんでる。腰が動いて、先端は涎を垂らしていた。

「ルーミィ、すごく、えっち」
「リグルがえっちにしたんじゃんー。でも、私も、どきどきする、これぇ。あなあいたところが、すーすーするし、なんだか、ビンカンに、なってる、かも……♥」

 ボクは起き上がって彼女を抱き、くるりと反転させて背中から抱きすくめるように腕を回す。さらり、とルーミィのさらさら金髪が鼻先を撫でて、香る。思わず耳を食んだ。

「ふぁぅっんっ♥」
「ルーミィ、かわい」
「……♥」

 後ろから抱くようにしながら、ボクは強く触れないよう黒ラバーの穴からはみ出して膨らんだぷくぷくのおっぱい肉の膨らみの先端だけを軽く撫でるみたいにお椀型に膨らませた手で、包み込むように触る。

「んっ、あ、あぁぁ……♥」

 焦らすだけのつもりだったのに、ルーミィの口からは蕩けきった甘い声が漏れだした。この体勢だと、欲情と興奮で高まるお互いの体温を感じられてしまうし、何より声が近くて、凄くドキドキする。そのドキドキが、お互いの体越しに伝わって、どきどきとどきどきがキスできちゃいそう。
 優しく、締め上がってボンテージされたちっぱいの、膨らみ肉丘を、優しく包んでなで続ける。

「や、やば、い、これっ……♥ すごい、びりびり、するぅ♥」
「そんなに、いいんだ?」
「……うんっ♥」

 こくん、と頷いたルーミィが可愛らしくて、髪の毛の中に鼻を突っ込んで、それごと後頭部を唇で甘噛みしてしまう、気持ち悪いかな、でも、食べてしまいたい位可愛い、しょうがないじゃないか。
 そしてボクは、いよいよ、満を持したように、乳輪丘の上でシコり勃つ可愛らしい赤い粒に、指で触れた。

「ふぁぁあっ!♥」
「わ、ほんとだ、すごい、敏感」
「そ、そうゆったじゃんんっ やさしく、さわってよぉ」

 今だって指の腹で撫でるくらいの随分ソフトタッチのつもりだったのだけど。

「わかったよ」

 そういって、少し意地悪、強めにつねってみた。

「っっ?! あっ、や、や゛ああっ、りっ、りぐ、ズル、っい゛っっ♥ っぁ゛っっ゛っ♥」

 胸を反らせて、脚が大きく開いてぴんっと伸び、後頭部がボクの肩に乗っかる。喉が詰まったみたいな呼吸不全の吃音を漏らして、ルーミィはきっとオーガズムに上り詰めていた。胸の先を少し強く抓っただけなのに、凄い反応。やがて張ったカラダが弛緩して、ボクにくずおれてきた。

「だめって……ゆったじゃん……♥」
「ご、ごめん。こんなに、だなんて……んむっ」

 首を捻って、唇を押しつけてきたルーミィ。そのまままた唇と舌をいっぱいくっつけて、べちょべちょにキスしあう。
 その間、また、慎ましやかなのにドえっちなおっぱいをたっぷり愛撫する。クチセックスを抜かずで続けながら、乳首愛撫の度にカラダをぴくんぴくんと跳ねさせて腰をくねらせるルーミィ。ボクが彼女のえちえちな貧乳を虐めている間、ルーミィは両方の手を自分の股の間につっこんで忙しなく振るわせている。撫でるような動きじゃない、小刻みに早く強く動かすそれは、気分出しの雰囲気手マンではない。

(うわ……ルーミィ、すご……)

 ベロチューで口元をべちょべちょに汚しながら、ボクに乳首愛撫させて、ルーミィはガチのアクメ狙いオナニーに耽っていた。目をヨらせて、鼻息を荒くしながら、火照った幼児体型を淫らにクネらせて、両手を突っ込んでマジオナニー、股間からエロい音をぐぎちょぐちょ響かせている。
 腰が少し浮いている、元々細かく速い手裁きが、もっと速くなってる。これ、イきそうなんだ。

「ふっ、ふぅっ……ん、ん♥ ん♥ ふーっ、んっ♥ お、んおっぉっ♥ おぉぉほぉん♥ ふぅっ♥ クる、クる、クるぅっ♥」

 ルーミィの声が大きく切羽詰まっていくのに合わせて、ボクは乳首虐めを強くしてあげた。張り詰めるようにぷっくり膨らむ乳輪、ギンギンに固くなった乳首を、潰して、摘まんで、弾いて、撫でる。また摘まむ。

「っひぃっ♥ り、リグルっ♥ おっぱいずるいのっ♥ そのさわりかたっ♥ んんっっっ♥♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あっ♥ あああっっっ♥ クる、イく、イく、イく、もうイくイくイく、あああああああああああっっっっ♥♥♥♥」

 びくびくっ、びくっ!
 ルーミィの体が大きく跳ねて、震える。そして。

「あ、だめ、らめえっ……♥ あーーっ♥」

 股間を押さえるルーミィの手の、指の隙間から液体が噴き出した。潮……いや、もっと、凄く量が多い。指と指の間から、乱れた流れがあちこちに行き先を変えながら、液体は持続的に、股間に当てた手の中から湧き上がるように噴き出している。漂ってきた匂いで、それがすぐにおしっこだと分かった。

「はーっ、はーっ……」

 失禁噴出がようやく止まると、虚ろに脱力した表情でルーミィがボクにもたれかかってきた。肩で息をしたまま、体は脱力している。大きく開かれた股の間からはほこほこと、匂い立つ湯気が上がっている。布団にはすっかりおしっこで世界地図が出来上がっていた。

「あーあ、お漏らししちゃったね♥」
「り、りぐるの、せい……おっぱい、あんなに、するから……っ」
「ふーん?」

 闇ボディスーツの股間部分は、アンモニア臭に増しって鼻にクるほどのキツい雌臭を放っていた。太股の内側まで愛液で濡れて、幼児体型なのに熟成女子みたいに膨らみ盛り上がったへその下、さっきまでルーミィがマジオナニーでアクメをキメるのにコスりまくっていた部分には、一点、ツンと張り出した突起が見えた。黒スキンをテント膨らみさせてるのは、女の子用のエロシコ豆。ルーミィはさっき、闇ラバーごしにこの勃起クリを押しつぶしてコスりまくっていたのだろう。でも、ラバースキンの股間部に穴は開いていなかった。ボクが開けなかった穴は開けないということだろうか。いじらしい。
 ボクはその突起に中指でつんつんと触れる。

「あ、あっ♥ っ♥ そ、こ♥」
「ルーミィ、今イったばっかりなのに、また感じちゃうんだ?」
「お、おんなのこは、びんかんなまんま、ふわふわになるのっ♥ いまは、さわんないでっ、キツいからっ……♥」
「そんなの、フリじゃないかぁ」

 くりっ、くりっ
 黒ラバーの上から、まだ痼りっぱなしのクリトリスを、強すぎない位に、さわって上げる、嫌だ、っていいながら、ルーミィはしっかり感じて、僕の腕に腕を絡めて離してくれていない。

「きゅふぅっっ♥ だ、だめらってぇぇっ♥ あっ、あっ、あっっっ♥」
「どうして欲しいか、おしえて?」

 ボクが意地悪くそう言うと、もう恥ずかしがったり清楚感を出したりなんて全然しない、ルーミィは、がば、と股を開いて自分の手で太股を割り、腰を軽く持ち上げた。首を反らせて頭をボクの肩に乗っけて、口をボクの耳元に寄せて、言う。

「さわって、ちょくせつ、さわって、ココ……♥」

 ココ、と言って、股を開き持ち上げた腰を、小さく揺らす。濡れエナメル光沢に包まれたおまんこ肉が、そのラバーの下でひくひく動いている。
 ボクは右手の人差し指で、ぐっちょぐちょに水気を含み、まだ少しアンモニアの香りを漂わせるそこを、つん、と突いた。黒い薄膜がぱくっと円形に溶けて穴が開いた。その下からは、肉ビラを食み出して開き、内側の浅い粘膜を見せびらかす下品な位に淫らにほぐれたヴァギナが顔を覗かせた。クリトリスは包皮を飛び出して赤く立ち、淫液にまみれてひくんひくんと震えている。彼女の綺麗な金髪をそのまま移植したような、綺麗な陰毛が蜜液と小便で濡れてぺったりと貼り付いていた。

「うわぁ、ルーミィ、これは……ちょっとエッチすぎるよぉ?」
「だ、だって……ぐすん」

 幼い少女の印象が強いのに、股の間でヒクつくその肉ワレメだけが、彼女の体の他のどこにも見合わない程に、熟れ成った強烈な牝を匂わせて女を咲き誇っている。仮にルーミィの上半身と下半身を壁で仕切ったならば、上半身は彼女通りの幼女、だが下半身は小柄だが百戦錬磨の娼婦と言われても通じるかも知れない。

「|酷い《いい》ニオイ、ここまで届いてる♥」
「うううう~~~ っむ、ちゅっ」

 恥ずかしがっているルーミィの口を奪い舌を押し込んで、彼女がそれを受け入れてクチセックスに応じたところで、どろどろに濡れたあそこの上でちょこんと震える淫核に、直接触る。

「~~~~~っっっ♥ ぶぁっ、んぶっ♥ っちゅ、ぶっ~~~~♥ んんっ、んぅぅぅぅっ♥♥♥♥」

 無理矢理に口火津を押しつけて舌を押し込んで、えっちな口答えを許さない。物欲しそうにタッチを望んで立ち上がっているクリトリスをぐにぐに押し潰すと、ルーミィは下半身を大暴れさせた。腰を大きく跳ねさせて、ぷしっ、と飛沫を散らし、股を180度に大きく開いて、ガクガク震えている。

「っ♥ んぶっ♥ ぶほっ♥ んっ~~~っ♥♥ らめ、りぐっ……んっ♥ んうぶぶっ♥♥」
「触って欲しいって言ったのは、ルーミィだからね、いーっぱい、触ったげる♥」
「まって、やっぱり、もうちょっとやさしく……」

 ルーミィの主張は聞き入れずに、ボクはそそり立ったクリトリスを、人差し指と親指で挟んで細かくシゴキ立てた。爪を立てないように、指の腹で押さえて、ボクがおちんちんでオナニーするときに手で筒を作ってするのとそのまま同じ動きを、二本の指で、ルーミィのクリトリスにしてあげる。

 シコシコシコシコシコシコシコ

「お゛っ゛♥ お゛っお゛おん♥ り、りぐ……しょれっ♥ しょれ、しゅごっ、しゅごぉぉおっ♥♥ ンお゛ぉ゛ぉっ♥ っほぉ゛ぉを゛ぉ♥ クリっ、くりシコシコっ♥ イく、イっくぅっぅ♥♥ っあ、あ゛っ゛い、イっても、イってもやめてくれないっ♥ れんぞくクリイき、きょうせいっっっっ♥♥♥ ぉぉ゛お゛おっっ♥ ほへぉおおお゛ぁ゛ぁあ゛ァァ♥」

 ヨり目のまま鼻の下を伸ばし、だらしないトロけ顔を晒しながら涎を垂らしてアヘ声を叫ぶルーミィ。いつもの彼女のふわふわつかみ所のない雰囲気とは激しいギャップがある。キツい快感の波に飲まれまいとボクの腕にぎゅっとしがみつきながらも、下半身では股間をがばっと開いて腰を打かせてボクの剥きクリ責めを求めている。クリ以外には触れていないが、その向こうではぱっくり咲き誇った肉花がうねうねと開いて.蜜汁を垂らし、時折強く飛沫を噴いている。イき重なっているらしい。つま先立ちで股を開き腰を浮かせる脚は、立て続けのアクメで膝がガクガク笑っている。太股はぴくんぴくんと緊張と弛緩を繰り返しているが、剥け上がってシコり勃つクリは、勃起をやめる気配がない。

「ルーミィってほんとはすごくエッチなんだね」
「ちあう、ちあうのぉっ! りぐるらけっ、こんらろ、りぐるらけらろおぉっ♥ りぐう、りぐる、りぐるりぐるりぐるぅぅぅ♥♥♥ 」

 ベロを出して、白目を剥いてヘラヘラ笑いながら、ルーミィはボクに抱きついてくる。エッチすぎる。止まんなくなっちゃう、もう止まってない。
 こんな幼い体つきなのに、エッチ好きは幽香さん以上だ。

「あー、いまあ、ほかのおんなのひとのことかんがえたれしょお」
「えっ」

 ドロドロの顔で、頬を膨らませてむくれっ面。そんなの可愛い過ぎる。涎と涙と鼻水でくちゃくちゃになっている彼女にもう一度、今度は触れるだけの綺麗なキス。

「ルーミィ……ボク、もう入れたくて我慢できなさそうなんだけど♥」

 彼女の手を取って、もういい加減に欲求不満で爆発しそうなおちんちんに触れさせる。彼女の指はまるで従順にボクのそれを包み込んで、にぎにぎと撫でる。でも扱いたりはしない。こんな所で射精したらもったいないもんね♥

「リグル♥ リグルっ♥ もうらめ、私も、ほしい、ほしぃっ♥ 私のあかちゃんべやが、リグルのほしがってないてるのっ♥ きゅんきゅんないてるのっ♥ リグル、リグルぅ~~~ん♥」
「さんざんボクのこと煽って、欲しいときだけ甘えんぼオネダリなんて、わがままじゃない?」

 両方の乳首を摘まんでつねって、引っ張り上げる。ルーミィの可愛い貧乳が、乳首で引っ張られて漏斗型に伸びた。そんな乱暴な仕打ちにも、ルーミィの発情状態は収まらない。おっぱいをひっぱられながらも、ボクのペニスにねちっこい手愛撫を被せながら、仰け反り叫びでおねだりする。

「ごめんなさい、ごめんなさいっ リグルのちんちんあおってごめんなさいぃっ! ごめんなさいだからせっくす、せっくすしてっ♥ リグルのちんちんあおってごめんなさい、えっちなメスガキでごめんなさい、ひとりでシコシコいっぱいしてごめんなさい、えっちがまんできなくてごめんなさい、せっくす、せっくすせっくす、せっくすほしくてごめんなさい♥ おまんこヨワくてごめんなさいぃっ♥ りぐるのことだいすきでごめんなさんほへぇぇえええっ♥♥♥♥♥」
「最後のは謝んなくていいの♥」

 後ろから、一気に駅弁スタイル挿入してあげる。ルーミィのちっちゃいおまんこは、だのにヒダヒダが伸びて本当に牝熟した体そのもの。

「ふあぁい……♥ キタぁ♥ リグルのちんちん、あかちゃんべやのまえまで、いっきに、きたぁぁ♥」
「っあ、あ、ぁぁっ♥ ルーミィのなか、すごいっ♥ ぬるぬるなのに、ぞるぞるするっ♥」

 ルーミィは後ろ手に抱きついてきて、腕に手を回して、キスを求めてくる。今度は舌を出して唾液を混ぜて、鼻息を掛け合いながら下品に貪り合うキス。ルーミィの口の中ももう粘り気の強い唾液で満たされていて、舌を動かす度に口の中同士で気持ちよくなってしまう。
 お互いに唾液を注ぎ合い吸い取り合い、舌を絡め合いながら、下半身のキスも激しくなっていく。ルーミィの膣は伸び肉ヒダが絡みついてきてヌルヌルなのに、手コキオナニーしているみたいにキツくて、適当に動くだけでも凄く気持ちいい。それだけで射精しそう。

「んぶっっ♥ セックスしてる、リグルとセックスぅぅっ♥ リグル、きもち、りぐるのちんちん、きもちいいっ♥」
「ルーミィの中もすっごいよ、もっと、いっぱい気持ちよくなりたい、いい? いいよね?」

 問いかけはするが答を聞かないまま、ボクはルーミィにキスをしたり体を撫でたりしながらゆっくり正常位に移行させていく。キス。名前を呼ぶ。愛撫して、キス。愛撫。名前を呼び、体を捻って彼女を転がしていく。正常位になってから、ボクは覆い被さるように彼女の耳に囁く。

「ルーミィの一番奥にあてるね」
「あ……それっ……♥」

 ぱんっぱんっぱんっぱんっぱんっっ! ぐりっ、ぐりぐりぐりっ! ずぼっ! ずぼずぼっ!!

「んほっぉおっ♥ これ、これえっ♥ ずぼずぼっ♥ おまんこずぼずぼ、うれしいっ♥ ナカのおにくがずるずるって、ひっぱられて、ずぼおおおってつっこまれて、ぐちょぐちょされて、うれしいっ♥ きもちいいっ♥ リグルのちんぽしゅきぃぃっ♥♥ ほへっ、ほへぇっ♥ おくのトコ、おくのトコしゅきっ♥ あかちゃんべやのとこ、ノックされるの、しゅきぃぃぃっ♥ リグルっ りぐるぅっ♥ もっと、もっとコツコツ、してぇっ♥」
「ルーミィはそんなに幼女なのに、ママになりたいの? 幼ママになりたいの? こんな所でばっかりセックスアクメしてたら、誰の赤ちゃんでも作っちゃうんじゃない?」
「りぐるだけっりぐるらけらろぉっ♥ こんなにおなかがきゅんきゅんになっちゃうの、リグルだけだもんっ♥ だから、だからもっと、もっとオマンコしてっ♥ リグルのちんぽでいっぱいオマンコ、おまんこオマンコセックスしてぇっ♥ スケベ幼女とずっぽり子作りパコしてぇっ♥」
「ルーミィっ、ルーミィのおまんこ肉、ひだひだが、すっごい絡みついてくる♥ おちんちんが溶けちゃうっ♥ こすれるたんびにきもちいいっ♥ すぐ出ちゃう♥ 中で出していい? ただ気持ちいいだけで好き放題射精しちゃいたいっ♥ ねえ、ルーミィの中で、無責任ザーメンぶちまけていいっ? いっぱおいおちんぽ、ルーミィの中でいっぱいイっていい? いい?」
「いいよぉぉ♥ リグル、私のなかでいっぱい、どぴゅどぴゅしてっ♥ なからししてえっ♥ そのかわり、もっとおまんこっ♥ もっとおまんこズボってぇ♥」

 どちゅっ♥ どちゅどちゅどちゅ♥ どちゅっっ♥ どちゅん♥ どちゅん♥

「ん゛ほ゛ぉぉォ゛おぉぉぉォおぉ゛ォおぉおォぉ~~~~~っ♥♥♥♥♥ だいしゅき、らいしゅきらいしゅきらいしゅきぃぃっ♥♥♥♥ セックスらいしゅき、おまんこらいしゅき、おちんぽだいしゅき、リグルだいしゅき、だいしゅきぃぃっ♥ ほひっ♥ んひぃぃっ♥ 私のちっちゃいおまんこ、リグルの子作りチンポでめくれちゃぅっ♥ きもぢぃ♥ せっくすきもぢぃぃっ♥ リグルとせっくす、せっくす、ありがとうっ、おちんぽありがとおぉっ♥♥♥♥」
「出るよ、ルーミィ、奥でいっぱい出すよ! 赤ちゃん部屋に臭いザーメンいっぱい出すよ、いいの? ねえ、いいの!?♥」
「いいよぉっ♥ いっぱいいいよぉ♥ おまんこわたしもいくから♥ 中出しされたら私もおまんこトぶから♥ きて、きてきてきて♥」

 もう限界。すぐに終わっちゃわないようにしたり、射精を堪えたりしていたけど、もう限界。ルーミィはエッチすぎるし、ルーミィのおまんこは気持ちよすぎるし、無理♥

「イく、いくよっ、ルーミィ、射精るっ、射精るっ♥♥♥♥」
「おちんぽ、おちんぽ汁ちょうらいっ♥ リグル、りぐるぅぅっ♥」

 びゅーーーーっっっっ♥

「ふひゃああぁぁっ!? すっご、すっごおおぉぉっ♥ おなかのなかにざーめん、うじゃうじゃぁっ♥ あかちゃんべやのいりぐちこえて、リグルのあかちゃん汁、いっぱいそそぎこまれちゃってりゅぅっ♥」

 とぶっ♥ ごぼっ♥ びゅーっ♥
 お腹の奥に排出の感触が響く程、大量に射精してしまう。それくらいルーミィのおまんこは気持ちよかったし、彼女のえっちな様子が堪らなく興奮をくれていた。

「んほ゛ぉ゛ぉ゛っ…………♥ イ、イっっ゛っっっっ゛グうううう゛う゛ううううぅぅぅぅ……ッ♥ んっ♥ お゛っ♥ んぉぉ゛ぉぉぉ゛ぉぉぉぉぉぉぉォ゛ぉぉぉっ……♥」
「でる、まだ、でるっ……!!♥」

 金玉を絞ってでも最後の一滴まで、彼女の中に注ぎ込みたい気分だった。事実それくらいの勢いで射精したかも知れない。アクメも大きく深く、彼女の中にありったけの精子を注ぎ込んだボクは、最後に一番深くにゴリ入れたおちんちんを押しつけたまま、ガクガクと意識を明滅させて船をこいでしまった。
 びくびく痙攣するルーミィはボクに組み敷かれた下で大きく痙攣を繰り返しながら幸せの吐息を吐きだしている。ボクの体の下で、彼女は潰れた蛙みたいに無様にえっちな姿をさらしてアクメ失神した。
 アクメ失神からはすぐに目覚めた。ルーミィも隣ですぐに目を覚まして、どちらからともなく唇を求めて差し出した。キス、いっぱいキス、いっぱいいっぱい、とろける位にキス。
 そしてようやく離れたふたりの体は色んな液体でぬるぬるのべとべとになっている。これで終わりかな、と思ったら、ルーミィはボクの体にまたすり寄ってくる。もっとセックスしたいの、と言いたげな様子。ボクもまんざらではない、彼女の目に視線を投げ込んで、髪の毛を撫でて、言いたげな言葉を引き出す。

「ルーミィ?」
「あ、あの……ね、私、おしりにも、ほしいなぁ……♥」
「わぁお……♥」

 仰向けになって膝を突き、腰を持ち上げた状態で、ルーミィは自分のお尻を左右に、くぱ、と押し広げる。黒ラバーが指でお尻の肉に押し込まれて艶めかしい光沢を飛ばし、お尻のお肉の間では左右に引っ張られ伸びて、えっちな皺を作る。

「あな、あけて♥」

 ルーミィの押し広げる尻肉谷の間に指を押し込むと、黒スキンがぱつっ、と穴を開けて広がる。白い尻肉に周囲を包まれた奥にある茶色い皺窄まりが、押し広げられて口を開けていた。すぐ傍には、メチャクチャにセックスして今やぱっくり開いた膣口がまだヒクついていて、そこから漏れた色々な汁が流れて濡れた跡が、肛門も濡らしていた。

「わ、ぁ」
「は、はずかしいね、これ……やっぱり、あんまり見な……きゃあっ!?」

 ボクはルーミィが左右に押し割っているその間に、鼻を突っ込んで、可愛らしく窄まって口をぱくぱくさせているお尻穴に息を吹きかけ、舌を伸ばした。しわしわの感触が舌先に伝わってくる。それと、ちょっと苦い味。

「や、やだ、リグル、それ、なんかすっごくはずかしいよ……それにきたな……ふぁぁぁぁ♥」

 お尻の穴に舌先を押し込んで、くにくにと内側で動かす。ルーミィはくすぐったそうな声を上げて、お尻を振った。ぱんっ、と軽くそのお尻を叩く、音だけで痛みはない程度の力。

「ふぅぅっ♥ おしりぺんぺん、されてゆ……♥」

 ぞくん、ぞくん、とルーミィの背筋が跳ねているのが分かった。感じてくれているらしい。叩くのはそこそこにして、ルーミィの形のいいお尻を、闇ラバースーツの生地の上から円を描く世に撫で回す。

「もう、リグルにおっぱいとおまんこでいっぱいイかされてるから、じゅんび、できてるから、もう、きていーよぉ♥ 私のおしりバージン、もらって、リグル♥」

 ずぶずぶと、ルーミィのお尻の穴におちんちんを埋め込んでいく。正直、キツすぎて、動けない。気持ちいいと言うよりちょっと痛い、かな……もうちょっとお互いに開発が必要……。

「う、ぐぐっ、ん……き、きっつい、ルーミィ、痛くない? 平気?」
「い、いたい……けど、うれしいよ♥ おしりバージンも、リグルにあげちゃったぁ……♥」

 流石に普通にセックスしたときみたいに気持ちよくはなれないけど、ルーミィは嬉しそう。
 入り口はギチギチだけど、入った奥の方はふわふわで、気持ちがいい。そのうち、ふたりとも気持ちよくなれるかも知れない。

「お尻えっちは、これから練習、だね。抜く、ね」

 ボクは腰をひいて、おちんちんをルーミィのお尻から抜いていく。お肉が絡みついてきて、亀頭をひっぱらられる快感は、確かに凄い。

「うくっ」

 これ、出来るようになったら……凄いだろうなあ。ルーミィが求めてくれたのだから、この先もまたさせてくれるかも知れない。ルーミィのお尻に変な負担を掛けないように、ゆっくりと、抜いていく。ずる、ずるっ、とお肉に引っかかる感じが伝わってくると、ルーミィが声を上げた。

「おっ、んっ、ぁ、ぁあっ、ほ、|穂多留比《ほたるび》ぃぃっ♥」
「えっ!?」

 突然、ルーミィの者とは思えない声で、ルーミィの者とは思えない口調の科白が、飛び込んできた。聞き覚えがあるそれは、シオリだった。
 ボクがルーミィに慌てて確認すると、ルーミィは悪戯な笑みで僕を振り返った。

「う・そ♥ だまされたー」
「ルーミィ、心臓に悪いよぉ」

 嘘、と言うには、声が随分彼のだったように聞こえたけれど。

「なあにい、シオリくんのこときらいなんだ?」
「そういうわけじゃないよ。ただ……」
「ふーん?」

 もし、ルーミィの中にまだ残っているというのが本当なら、彼はその中からボクのことをどういう目で見ているだろう。恨んでいるだろうか。それでも。

 ケツを掘って欲しいなんてぜってーおもってねーからな!

「えっ?」
「わーびーえるぅ~♥」



§ § §



「起っっっっっきろ、このクソムシ!!」

 頭を蹴っ飛ばされて、目が覚めた。聞き覚えのある科白だが、その科白を言ういつもの声とは違って聞こえる。

「んぐぇ」
「おー、やっとお目覚め? 言い訳は後で聞くから取り敢えず、殴らせてね!?」

 頬に一発、特大のビンタが飛んできた。平手を張ったのは……ローリーだった。強烈な平手打ちは、頬の内側を歯でざっくりと切ってしまうくらいで、あれ、今ボクはなんでこんな目に遭ってるんだっけ。頬に一発貰って首が回ったその先に答えがあった、横を見た視界には、まだ大口を開けて寝ているルーミィの姿、素っ裸だ。その隣にもう一人分の空白があって、そうかボクはここで寝ていたのか。

「ふんっ」
「ぐべっっ!!」

 胸倉を掴んで平手を入れた、離されたボクの|体《たい》はそのまま落下するかと思ったら、落下前に見事なボレーキックに打たれてもう少し離れた場所に落下することになった。一発ってゆってたじゃん……。

「あ、おぁよー」
「お、おはよ」

 派手な物音に目を覚ましたルーミィ。吹き飛んだボクはほぼ逆さまに潰れているけれど、その状態で目を覚ましたルーミィの目とボクの目が偶然に合った。

「リグル、きのうは、はげしかった♥」
「ギャアアアアアア」

 ローリーのEXダウン追撃! 内臓が、口から、出る!

「あにしてんだよ、まだはやいだろー……」

 ルーミィに続いて眠そうな目で部屋に入ってきたのはチルノだった。まさに今物音で起こされましたうるさいなみたいな目でボクらを見ている。

「えっと、チーはなんでここに」
「はあ? ルーミアが夜一人で寝るの怖いとか言うからみんなで集まったんだろ、なんか妙なこと言うなと思ってたけど結局こういうことかよ。あーもー、こんな時間に起こされんならほっときゃよかった」

 何も言わずにまた寝るのかと思ったら口の中に目一杯の氷を詰め込まれた。うるさいというメッセージらしい。え、ボクだけ?
 氷でハムスターみたいにほっぺたを膨らませられ、それをボリボリ砕く、ローリーに喰らった傷が滲みる。

「リグル、あさ、だね」
「うん。朝だ。おひさまだ。」
「うん、あさ。」
「どんな夜も、明けるんだね。《《明けてしまう》》んだね」
「……うん、そうだね」

 ルーミィが、穏やかに笑う。いつも、ふわふわとつかみ所がなくてゆったりと笑う子だけれど、いつにも増して柔らかい、眩しい笑顔でボクに割らしかけてくる。えへ、と言って、ちょんっとはにかんでから目を逸らして顔を赤くした。「やっと、ちゃんとおはようって、言えたよ。もう、くらいのも、こわくない」ルーミィは、改めてボクの手を取った。ボクも、彼女の手を握り返す。温かい、これが、ただの闇の体温の筈が無い。

「なぁんで私の目の前で堂々といい雰囲気になれるのかな、りっくんは!?」
「あっ、ローリー、ボクね、群体だけど、一応、死ぬのは痛いんだよね! 腕とか脚とか簡単に捥ぐものじゃないと思うんだ! えっ、頚、頚ですか、ねえ?! そこ治りたて」
「しねっ!」

 ブチッ
おわりです。
ここまで読んで下さった方、ながながと有り難う御座いました。

本シリーズ全てを物理本にまとめたものを
2019年6月30日(日)「東方蛍光祭3」で頒布します。間に合えば。間に合わない可能性がかなり高いです。

【参考とか着想元とかパクリ元】
マンガ「アンネフリークス」
ゲーム「二重影」
拙作「筋書き通りのスカイブルー」「雲わく道に山居の命」「頬ずりしたいな柔い少女」「八紅一憂」
みこう悠長
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正直言うと今回も設定とか話の繋がりとか、ところどころ理解できないままだったりしますが、それでも最後まで読ませていただきました。
自分の理解力に過度な期待を持つのはやめて、わかる範囲で楽しませていただきました。
以下、わかる範囲での感想になります。

この話の一つの要点は、観月=ルーミアが目の前の現実と向き合えるようになるかどうかだった、と最終話になってようやく気が付きました。⑪までは全くわかってませんでした。
そうして観月の視点、そして観月の後にルーミアの視点で時系列順に考えると……何というか、よくここまで辿り着けたな、と。
現代での観月は自分の世界にがんじがらめになりつつもそれを壊すことで精いっぱいで、頼りにしようとした日少年は衝動部分では理想的なのに根本のところですれ違っている。その観月の生涯を経て幻想郷でルーミアになってからはシオリの封印関連の事件に内外から振り回されて、味方であってほしいリグルも対決前まではなかなか頼りにならない。シオリそのものがドデカイ厄ネタでルーミアの立場からしたら歓迎できるものじゃなかったはずだし、挙句が完全に手に余る神子との対決。
最初の観月のメンタルからここまで辿り着いたことを思うと、言葉にできないくらい頑張った結果、ようやくリグルと向き合うことができたのだなぁと思います。神子との対決を経た上での最後の「ありがと」に至るまでの会話でそれが一気に実感できて、深く感動しました。
同時に、日は厄介な女の子に惚れてしまったものだなぁとも思います。まあ日自身が厄介極まりなかったのも確かです。ある意味ではお似合いであり、そして日と観月が結ばれないのも、本人たちが必死で生き抜いた上で辿り着いてしまった、避けられなかった現実だったのだろうなぁと思いました。

⑪までわかっていなかった感想としてもう一つ、個人的に納得できたことがあります。「神様は、人間でなければならない」という言葉です。
⑧で観月が神妖を歓迎する台詞を言った時に疑問に思ったのが、「この世界で神妖って、信仰の対象にはならないんだろうか?」というものでした。
勿論、普通に生きている人たちにとってはただの災害だったというのはわかっていたのですが、照道教のような、あるいは他の宗派の神道や仏教でもいいのですが、信仰が深い人たちからはどう捉えられているのだろうと思ったのです。
答えは、この最終話で語られていた通りだったということなのでしょう。人間は人間として現実を生きていかねばならず、人間にとっての神様とは、その人間の生き方に寄り添えるものでなければならない。とても納得できました。

一つ残念だったのは、フジワラとKがただの脇役に過ぎないまま完結した点でしょうか。この二人は話の本筋にはいなくても良かったように思えます。しかしフジワラたちがいないと全く話が理解できません。
「雲わく道に山居の命」との比較になりますが、「雲わく」ではサユリが主役の一人として疑問を解明していくのと、現代側の物語が進んでいくのが直結していたので疑問解明自体に爽快感がありました。今回はフジワラたちの疑問解明を下敷きにした上で「そんなの知ったこっちゃない」という日たちや自衛隊と「そういうこと最初からわかっている」というリグルや神子たちが話を動かしていくという構成だったので、そこで少しだけ読む勢いが削がれた感があります。
(「雲わく」がその点で理想的だったというだけかも知れません)

また、今回は自衛隊の面々にかなりの割合でスポットが当たっていたのも見どころだったでしょうか。
その自衛隊のシーン、特に神妖から逃げて生き残るあたりについてなのですが、ガチで生きるか死ぬかの瀬戸際という状況で漫才めいたやり取りがあるのに最初違和感がありました。が、あのセリフの応酬と地の文とのバランスがあったから勢いよく読み進められました。
後から考えると、ああいう会話というのは本人たちがほどよく緊張を緩和して普段通りのパフォーマンスを発揮するための防衛手段だったのかしら、と思ったりも。

そして忘れちゃいけないエロシーン。濃厚。やばいこれ何度でも使える。一番のお気に入りは最終話のリグルとルーミアのラブラブエロシーンですね。出だしのルーミアの、自分のエロさとリグルの性欲を完全に理解したような誘惑からツボです、もうそこだけでも抜けます。そしてそこから怒涛のように押し寄せるエロシーン。脳みそが溶けるかとさえ思いました。
素晴らしいエロをありがとうございます。

それと、今回で「スカイブルー」「雲わく」「革命布告」とリグル長編3作品目にして思ったのは、「リグルの前身は毎回生き延びているのだなぁ」と。そして、それは全くハッピーエンドではなくて、だからこそその前身の生涯が幻想郷でのリグルに繋がっている。
その上で今回の「革命布告」でのリグルは、限界まであがきにあがいた上で、苦渋の選択を迫られることになった。
どんなに頑張っても限界というのはあるもので、どうしようもない、だからと言って投げ出さず、最後の最後まで苦しみ、力を振り絞った上で決断する。
それは一言で「尊い」とか「大変だった」と言うにはあまりに重いもので、まだちゃんとは噛み砕けていないのですが、深く印象に残りました。

また、さらに個人的、自分本位な感想になりますが、今回自分に刺さったのが日と観月の、あまりに生きるのがつらい少年少女の現実と、ままならない思春期の情動、狭窄した視野で捉える世界への衝動です。
暗く、ぐつぐつと熱い、あまりにも激しい二人の日常との戦い。自分とも重なるところは多く、「共感して良いものではない」と思いつつも共感してしまいました。
ここまで必死に戦っているのに、それを現実逃避と呼んでいいのでしょうか? 私には、そうは思えませんでした。「みんなだってそうやって大人になっていくんだよ」? 嘘つけ、こんな思いは自分だけで十分だ。やっぱり視野狭窄なのかしら。

とても密度の高い、何重にも興味深い小説でした。きっと今後も何度も思い出しては読み返すことになると思います。
この小説に出会えたことに、心からの感謝を送りたいと思います。
ここまで読ませていただき、本当にありがとうございました。お疲れさまでした。