真・東方夜伽話

ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑪

2019/05/23 03:03:31
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ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑪

みこう悠長
§ § §



「皆さんお揃いですか。お出迎えご苦労」

 豊聡耳神子は、奇妙な形の剣を携えている。そして、それには見覚えがあった。

(あれは)

 剣以外にも、その出で立ちは特徴的だ。紫色の外套は金縷と緋色の刺繍で飾り立てられ輝いている。装束は黄丹、黄櫨と黄系の色を多く使って華やかな中に陰陽を彷彿とさせる純白と漆黒の抱き合わせが配置されている。宝石の他随所に鮮やかな赤橙や深みのある青緑の宝石や金属パーツが強度を確保する以外にも装飾の意味で用いられている。それぞれ日緋色金に青生生魂、あるいはその呪的隠喩を持つ。目立つ耳飾りは今は頭ではなく首にかけられている。とにかく目立つ、それはただの悪趣味な成金趣味ではない、アレは自ら神になろうというのだ、その威厳を視覚的に主張しているのだろう。唯一神として君臨するのでなければ喧しいばかりの衣装かも知れないが、神やそれに近しい者であれば神々しさへ姿を変えるだろう。
 豊聡耳神子の左右を固めるように、蘇我屠自古、物部布都が立っている。いずれも、鮮やかな色合いの出で立ちは、その鮮やかさ自体が高貴と威厳を示す徴であると同時に、敢えて中央の主よりは控えめに整えられていた。

「この世界はちっぽけなものですね、大朔にあわせて向かったつもりが余りにも早く着きすぎてしまいました」

 言葉遣いだけは丁寧だが、内容には尊大さが目立つ。

「だから申したのです、茶の一杯でも飲んでからでも十分だと」
「なんだかんだで、神子、気が急いてんだろぉ? 当たり前だ、ここであったが百年目って奴だもんな。百年どころじゃないけどよ。」

 尊大な様子は、両サイドの二人にも備わっていた。二人とも、口調と敬意が噛み合っていないようだが、このアンバランスさが、傍目から見ているボク等には余計に不気味さと威圧感として伝わってくる。

「あなたが豊聡耳神子」
「ごきげんよう、旧世界のお二人さん。おっと、私はまだその気じゃありませんよ、折角ですから〝大朔〟を待ちましょう。その方が、面白いでしょう?」

 大仰な振り付けで、嫌な笑い顔で、ボクを、ルーミィを見る。なんだか……立ち居振る舞いや言動が、レミリアさんに似ている気がする。

「行き違いがあっては困りますからね、改めて申し上げます。私達が用があるのは、その妖怪の中にいる者です、あなた方2人には用はありません。」
「知っています」
「大人しくヤハタだけをこちらに寄越してもらえるのなら用はありませんが、もし邪魔立てをするようでしたら、話は別です。」

 ボクもルーミィも、慇懃な豊聡耳の物言いに、黙って対峙する。豊聡耳は、よろしい、分かりました。と頷いた。同時に、前に出てくる従者2人。蘇我屠自古が、その特徴的な足をくるりと巻いて、まるで一本足で胡座をかくように、ふわりと空中で座るような姿勢で、ルーミィを指さす。指さしているのは、だが、ルーミィではないようだった。

「シオリ、だっけ。お前、外に出られたの、都合がよすぎるとは思わなかったかよ? たといお前が|八幡《ヤハタ》大神だったとしても、今の力であのツエー封印を破って出てこられたって、本当に思ってんのか?」
―どういう意味だ
「レミリアちゃんと、ぱっちゃんがゆってた。〝ヒビがきれいすぎる〟って」
「ルーミィ?」

 どういうこと? その話、聞いてない。

「こーまかんで、レミリアちゃんとぱっちゃんがね、フランのちぃつかって、私のかみかざりなおしてくれたの。そのとき、そんなこといってた。〝やっぱりあやしい、あんなきれいなきれつ〟って」

 ルーミィが人差し指を顎に当てる仕草で、思い出しながら言う。紅魔館であの髪飾り、つまりシオリを封印している魔術回路を修繕するのは、何十年かに一度行われる恒例儀式だ。そう簡単にヒビが入るようなヤワな封印じゃない。それに、人為的な損傷があったって事なら、それは。

―ついでに言うと、オレがこうしている通り、修繕は失敗している。封印の施術自体は完全だったが、インタラプションされたみたいだ。安心していい、こないだのように不用意に出るつもりはない。
「ひとのからだつかってかってにホモセックスするのやめてよ」
―……
「……」

 そうでした。

「お前は誘い出されたのじゃ。元々、出たがっていることはしっていたからな。外に漏れ出てきている方が、太子様にとって都合が良い。だが、このセカイは、それを許容しているようじゃの、悪意を感じやしないか?」

 そうだ。封印が破れっぱなしであることは、|紅魔卿《TheKarmazyn》も、博麗神祇伯も、紫太妃も、検知できるはずだ。だのに、何故再度施術をしようとしないのだろうか。幽香さんにも、根回しをしていた。
 やっぱり、この世界は、僕等を敵視しているの? ここなら大丈夫って、思ったのに。

「察しやれ、この世界も、|主《ヌシ》を肯定する訳ではない」

(瀬織……僕は……)

「それにしても」

 物部布都が、企ましく目を細めながら、ルーミィを上から下へ、そして下から上へと舐める様に見て言った。

「古中臣の忘れ形見、こんな形で再会することになろうとはな。……しかしなるほど気づかぬ訳だ、博麗の隠し事が、これだったとは」

 隠し事、という言い方にボクは過剰に思考を回してしまったかも知れない、つまり、関係する大物達は封印の綻びを知っていながら放置しているのではと言う猜疑と、結びついたと言うことだ。

「元はと言えば物部一族から出た業のようなもの、避けて通るには余りにも因果よの。|主《ヌシ》を祀る氏族がいなくなって、さぞ苦労したろう。まさか生き延びているとは思わなんだ」
「……な、なに?」

 視線を受けたルーミィが、嫌悪感をあらわにした。

「随分と遠回りをしてしまったようじゃな。よもや、宵闇のルーミア、お前がそうとは思わなかったぞ。|瀬織津姫《セオリツヒメ》、と呼んだ方がよいかの? それとも|天照《アマテル》か、|八幡《ヤハタ》大神か、|月読《ツキヨミ》か。ま、何でも良いがな」

 ボクはルーミィと物部布都の間に割り込むように立って、その視線を遮った。物部布都、それに蘇我屠自古の方を見て虚勢を張る。
 だめだ、これも奴らの精神的な揺さぶりかも知れない。ボク等はもう、戦うって決めたんだ。相手がなんであれ、理由がなんであれ、そして、結果がどうあれ。

「懐かしいですね、物部だの、蘇我だの、中臣だの、藤原だの」
「賢しらぶるのは虫けらかの?」
「ええ、〝虫けら〟は、この騒動の真相を存じています。あなたがここでまた同じようなことをしようとしていることも」
「道理を知っていれば現在を覆せるわけでもなかろう? 歴史とは〝通った無理〟の事じゃ、いつの世でもどの界でも、それは変わらぬ。」

 通った無理。それは正にルーミィとシオリの事に違いない。抹消か矮小化された月神、その不整合は押し通された〝無理〟のひとつだろう。
 改竄を受けないRawHistoryとは、存在しない概念だ何故なら、人は改竄された歴史を見て現在を作る、結果、ある時点以降のRawHistoryは、それよりも遡ったRawHistoryから見てその因果が不整合する。それはどの3点間を切り取ってもだ。つまり、道理の通ったRawHistoryなど存在しないと言うことだ。
 現在とは絶え間ない過去の改竄によって成り立っている。だから「正史」はあっても「歴史の真実」は存在しない。
 幻想郷には歴史を改竄する半獣がいるし、専属の編纂者もいる。それらこそが、辻褄の合う形に歴史を調整する機能なのだ。白澤も稗田も、その改竄には限界がある、能力的にもそうであるし博麗から制限されている面もある。それは歴史というものが現在から未来に賭けて整合性を保つように調整された記載の堆積であると言うだけで、RawHistoryはそこにあるであるとか、RawHistoryを自由に書き換えられるとか、そう言う性質のものでは無い。

「つまり、あなた達は、過去の改竄に来た、って事ですか」

 概ねその通りです。ボクが物部布都に問うと、後ろの豊聡耳神子が答えた。姿がよく見えないのは、何だろうか。間に二人が立っているからというのはあるかも知れないが、何もないところに御簾でも降りているように、視界が邪魔されている。高き者は、その姿を直接見ることも許さない、と言うことだろうか。

「それは正しくもありますが、でも少し違いますね」

 豊聡耳神子がボク達を蔑んだ目で見ているのが、丁度その不可思議の御簾の合間から透けて見えた。そして胸を張った尊大な態度で続ける。

「|豊聡耳神子《私》は、垂迹した権現に過ぎません。以前は聖徳太子として存在していましたが、聖徳太子もまた厩戸皇子が神霊として祀られた神化と命名です。その根源には|天照大神《アマテラスオオミカミ》、それはさらに|御許《オモト》の神たる卑弥呼、卑称された弥呼姫の神化と命名です。それが、私、豊聡耳神子です。」

 物部布都、それに蘇我屠自古が、その不可思議の御簾の奥にかすんで見える豊聡耳神子を、丁度左右に挟むように足を進める。そして、まず物部布都が、ふい、とこちらを振り返った。
 物部布都が言う。

「|天照大神《アマテラスオオミカミ》は月と鐸を否定し、太陽と鏡により新たな神となった。」

 物部布都の言葉が終わるのを待って、次いで蘇我屠自古が振り返った。
 蘇我屠自古が言う。

「聖徳太子はそれを書物即ち歴史として纏め、神話体系の統一を図った。」

 物部布都が言う。

「太子様は、いわば、神の統一を目指す意思の具現といえる。それを実現するために、物部は厩戸皇子の風水を断った。」

 蘇我屠自古が言う。

「神子は、いわば、神話の統一を目指す意思の具現といえる。それを実現するために、蘇我は厩戸皇子の子孫を断った。」

 豊聡耳神子が言う。

「かくして厩戸皇子は見事、聖徳太子へ神化しました。もうすぐで大願が成就します。そのために、まだやり残したことがあるのです。それを拾い上げに来ました、改竄など、昔からそうだったことにまでする必要はありません。幸いこの世界に来て、私達の過去は大した意味を持たなくなりましたから。」
「シオリを、消すということ」
「シオリ、と呼ばれているんですか」
「……ボクがそう呼んでいるだけです」
「流石の私も驚きました、まさかヤハタと蟲が結託していたなんて。これはいい〝故事〟になりますね。ヤハタは今後、〝来田見《朽網》の青と白〟に合一して土蜘蛛としてしまいましょうか。ハハハハ!!」

 腹を抱えて笑っている豊聡耳神子。だがその笑い方は、本当に笑っていると言うより、笑って見せている、嘘笑いのようだ。それはボク等を挑発する意味があるのだろう。

「ごめん、シオリ。そんなことにさせるつもりはないけど」
―気にしなくていい。お前と一緒にされても、オレの名誉は堕ちない。
「ありがとう」
「いい友情じゃないか、泣けますね?」
―ペラペラとよく喋る口だね、オモト。耳だけじゃなく口も十個ついたのか。次の転生では、手と足も追加で注文したらどう? それこそ新たな神になれるだろう。
「ヤハタ、ならばお前のたった一つの減らず口を奪ってやりましょうか。元よりそのつもりで、来たのですがね」
―やってみなよ。また暗い部屋に閉じ込められてわんわん泣いても知らないよ。今度は騙されないからな。もう一度、あの可愛く泣きじゃくるオモトを見れると思うと、楽しみで仕方が無いね。

 豊聡耳神子の表情が、明らかに変わった。

「私のたった一つの心残りは、お前を葬り切れなかったことです。いえ、この私が、一度は敗れ幽閉の憂き目にあったこと。幾度かの生を繰り返しましたが、私が不覚を取ったのは……ああ、口惜しい、後にも、そして先にもお前にだけだ! お前は、私の唯一の汚点だ、ヤハタ!」
「た、太子様?」

 それまで、表情こそ動くが無機質に冷たい顔付きばかりだったのに、シオリに向かって(向いているのはルーミィの方だが)、激しい感情を顕わにした。目の当たりにした物部布都も蘇我屠自古も、血相を変えて慌てている。

「その小妖怪ごと、今度こそ、一滴残らず、消し飛ばしてやるぞ、ヤハタ!」
「神子、神子、落ち着け。あわわ、神子がこんな取り乱すの初めて見たぞ……」

 突然キレた豊聡耳神子をフォローするように、物部布都が、《《オモトとヤハタの》》会話に水を差す。

「我らはここまで、神と神話の統一の道のりを千余年に渡り積み重ねてきた、書き換えてきた。そしてそれも大詰め、残るは|瀬織津姫《セオリツヒメ》即ち|八幡《ヤハタ》大神、|天照《アマテル》大神、月|読《闇》それらの完殺、|再征服《れこんきすた》じゃ。それを以て、太子様の復活は、いや新生は、成る。」
「完殺……」

 シオリは、ボクの手で完全な死を免れて、破片を外の世界に散らした。ボクはそのとき、シオリを完全に侮っていた、自分よりも弱いニンゲンでしかないと。キクリと呼ばれた彼に従う巫女欲しさにボクが謀った事だが、それは彼の願いを不完全に成就することになった。それが、この騒動の元凶なのかも知れない。
 完殺、という言葉は、ボクの因縁を断ち切ることでもあった。シオリにとっても、ボクにとっても、最悪の終わり方だ。

「ヤハタ様、いや、今は|瀬織津姫《セオリツヒメ》。再び太陽神の贄となりませ。物部が、その有様をとくと見届けまする。そこな妖怪、大人しく|瀬織津姫《セオリツヒメ》を差し出せば、|主《ヌシ》らに危害を加えようとは思わん。大人しく―」
「妙な話を伝えられて後に禍根を残す位なら、ここで諸共消してしまった方がいいだろう、布都」

 豊聡耳神子を、どうどう、と落ち着けていた蘇我屠自古が、まるでボク達のことなど、そう決めればその通りに出来るのだからと言わんばかりの言い草で、見る。

「蘇我。我らの目的は、ただ|瀬織津姫《セオリツヒメ》を殺し、闇を|再征服すること《れこんきすた》じゃ。こやつらは関係の無い妖怪、単に特等席にいると言うだけの部外者じゃ、要らん辛苦を与えることは無かろう」
「特等席に座ってる以上は、要らん容赦を加える与えることもねーだろ。|瀬織津姫《セオリツヒメ》再征服の神話に、余計な情報を付けられちゃかなわねえ。どうした、策士物部らしくねーじゃねえか?」
「蘇我、太子様、我は……」

 どうやら蘇我屠自古の制止甲斐あって、豊聡耳神子は落ち着きを取り戻していた。もしあのまま平常心を失っていたのならそこに付け込んで戦闘を有利に運ぶべきだったのかも知れない、だが2人もいる妻役がそうはさせてはくれなかったろう。

「布都。あなたは、少し優しすぎますね。」
「太子様……。我らは、暴政を敷きに来たわけではありますまい。」
「無論です。ですが、ヤハタに関わる者達だけは……別です。ヤハタは私と決して共有できない境界を主張し、私とは対蹠にある。そのステークホルダーは、一掃せねばなりません。そうですね、布都?」

 豊聡耳神子は、反論を許さぬ口調と鋭い視線を物部布都に向ける。物部布都は、「御意に」頭を垂れ、従った。蘇我屠自古も同じタイミングで頭を下げる。その様子を見た豊聡耳神子は満足そうに何度か頷いて、ゆっくりとボク等を見た。

「そういうわけです。あなた方はともすれば巻き込まれただけかも知れませんが、まあ、定めだと思って諦めて下さい?」
「……元から、見逃してもらおうだなんて、思っていません。勝手に話を進めないで下さいますか。」
「そーだそーだ。ゆたかでもさとくもないおみみのミコなのかー?」

 ボク等の返答を聞いた豊聡耳は、くく、あああははは! と笑ってから、もう一度ボク等の方に向き合う、その視線は、さっきシオリに向けた鋭く殺意に満ちた視線に代わっている。

「ならばいいでしょう。あなた方も私とヤハタの戦争に加担しようというのなら、いいでしょう。太陽が完全に蝕まれ、影が最大化するまであと2時間と言ったところですか。それまで猶予をあげます。小闇娘、それと蟲、精々足掻いて見せて下さい。|屠自古、布都、相手をしてやりなさい《豪族乱舞》。」
「……はっ。我にお任せを。」
「やってやんよ~。神子、モンドコロを、用意しといてくれよ? 太陽に向かって、ハハーッってさせたら、あたし達の勝ちなんだよな?」
「蘇我、それは何か違うぞ」







「余り気は進まぬが、|主《ヌシ》等には消えて貰う」
「悪く思わないでくれ、よっ!」

 先手必勝電光石火、蘇我屠自古が、左右の人差し指と親指を直角に伸ばした奇妙な手印の指先を、左右それぞれボクとルーミィへ向けると、刹那、目も眩む閃光と共に|紫電弧弩《ライトニングボルト》が放たれる。撃ち出されるのではない、蘇我屠自古の指先から目標地点へ向けて弧を描くように放電雷光が延びる。ボクはその射線に対して直角に飛び退いてそれを躱す、ルーミィは外側へ腕を振るようにして雷光の先端をを弾き飛ばした。

(弾っ……? ルーミィすごっ!)

 |紫電弧弩《ライトニングボルト》は二本とも地面に突き刺さった。地面を構成していた土は衝撃波で巻き上がり、石は砕け、落ちていた木質が燃え上がった。蘇我屠自古の生み出す雷光が本物の雷と全く同じかどうかは分からないが、同様の作用を持つのなら放電経路上には瞬間的には2万度強にもなる高温をもたらし、着弾点にはレーザープラズマと同じ原理で強力な衝撃波を生じ、着弾点が抵抗値を持つ伝導体であれば通電によって更に高温を生じる。

「! へえ、お嬢ちゃん、やるじゃねえか。|神形《かみなり》を手で弾くだぁ? 気に入った、布都、こいつはあたしがやる。布都はそっちの蟲をやれ」
「……わかった」

 そうか、ルーミィは重装化を選んだんだ。回避よりも防御する方が安全なケースがあるって事か。でも、それは機動性を犠牲にした選択肢だ、足の速い相手につきまとわれると不利だ。相手は分断と各個交戦を狙っているけれど、それはボク等の構成には望ましくない。

「ルーミィ、密接陣形の方がいいよね?」
「おねがい。でも、むりしないで」
「それはボクの科白。ボクから離れないでね」
「うんっ」

 ちょっと、かっこつけてみた。科白に負けない立ち回りをしないと。離れないで、というのは実質的には機動力のあるボクが担当する事だ。ボクが前衛で、ルーミィが後衛サポ。この構成で、1人をまともに相手しない事で2on1に持ち込み畳み掛ける。密接陣形を取り連携重視とした時点で、ベース・タクティクスはそれに決定される。

「ヘイ少年、あたしは後ろの子に用があるんだ、どいてくれない、かっ!」

 蘇我屠自古が再び|紫電弧弩《ライトニングボルト》を放つ、が、その弩矢は地面から突然立ち上がった黒い柱に阻まれる、ルーミィの〝質量のある影〟だ。ボクはそれを見越して地面を蹴り、|紫電弧弩《ライトニングボルト》の発射後ディレイに付け入る様に距離を詰める。身を屈めて低い姿勢、最初の一蹴り以外はマントの下に展開した飛翔翅で巡航軌道。

「なに?」
「はァッ!」

 初手から打ち合わせ無しの連携を見せるボク等に、蘇我屠自古は驚きの表情を見せる。特徴的な幽霊足での常時ホバー移動の蘇我は、すーっ、と滑るように高速で後退する。
 でも、ボクの方が速い……!

 ごう! 突然にボクは足を止めることになった。

「っ!」

 距離を詰め切れると思ったが、その進行方向に突如炎の壁が立ち上り、道を塞がれた。これ以上深入りするとルーミィが手薄になる。彼女も距離を詰めて前に出てきているが、彼女に余り移動を強いると、今度は後方支援火力が手薄になる。追跡の手を止め、ルーミィの支援射程内に収まるようにボクは足を下ろした。同じタイミングで蘇我もふわりとホバー後退を停止する。

「こいつは参ったの、スタイルが被っておる」
「好都合じゃねーか、力の強い方が勝つって決まったようなもんだろ」

 高速ホバー起動の蘇我が前線を張り、物部が後方支援火力を展開する。ボク等と全く同じ戦術だった。蘇我が言うとおり、同じ戦術を採用すると、力の強い方が勝つのが道理だ。

「リグル、ごめん、私がこんなおようふく」
「……大丈夫」

 相手がどうなのかは分からないが、ルーミィの言うことはその通りだった。彼女は|媒物魔術《エンチャント》の補強重装によって戦力を確保している、装備を脱ぎ捨てない限りは低機動力否めない。ボクが2人いっぺんに相手にして躱しきれる程の速度を出し、ルーミィが更に遠くのアウトレンジから攻撃を加える戦術も考えられなくはないが、相手の力量が量り切れていない状態ではリスクが高い。低機動と低機動、高機動と高機動のタイマンに持ち込む方法もあるけど、それは相手も承知の上だろう。蘇我と物部はルーミィ片追いに切り替えて一気にケリを付けに来る可能性が高い。

「我慢比べか」
「望むところだ、蛍クン。お互いにパートナをどれ位信頼できるか。面白いじゃないか」
(……)

 それに応じるしかない、とはったりをかます。奴らはまだ、ボクが|使い蟲《ファミリア》の選択肢を持っていることを知らない。それにしても、ルーミィがボクの意図に気付いてくれるかという点では、蘇我の言うとおりだった。
 ボクは目を複眼化する。白目が消え瞼の下に無数の個眼が配列された。複眼のメリットは本来は視界の広さで三次元高速機動戦闘では単眼カメラアイが少数備わるよりも有利だが、隠れたメリットとして単眼カメラアイに比べて視線の移動によって行動を読まれるリスクがなくなる事がある。丁度サングラスをかけているのと同じだ。

「蘇我ぁ、敵前逃亡は火刑じゃぞ」
「わあってるって、おっかないな。」

 蘇我屠自古がすうと中段高度に昇りって拳を握る、その拳には帯電を示す放電火花が散っていた。
 ボクはマントの下に飛翔翅を展開して、脚に飛蝗撥条を生じる。防衛甲虫を従えて右手に螋の鋏を呼び出し、インファイトに備える。

(電気がまき散らされているせいか、触角があんまり機能しないな……)

 複眼化で低下する視界の解像度は、触角のソナーでフォローするのがいつもの方法だったけれど、それが巧くいかない。少し、見づらい。

「……いくぞおっ!」

 蘇我屠自古が中高度から帯電した拳で空拳を撃つ。何でも無い動作に見えたが、鼻にちりりと何か触れるような感触を憶えた。匂いと予感の中間の様な微かで曖昧な感触、でも、回避行動を取るには十分な警告。ボクは躊躇無くその場を飛び退いた。

「っ!!」

 浮遊したり飛翔しているわけではない、可能な限り滞空時間が短くなるよう低空で後方に大きく飛び退いたのだが、その滞空中の極僅かな時間に目が眩むような閃光が細かく何度も明滅して、爆竹の音を更に大きくしたような渇いた破裂音が、連なり重なり合うように鳴り響いた。

(何?)

 着地して音の方向を見ると、ボクが元いた辺りの地面には幾つものクレーターが無作為な斑を刻んで抉れていた。その中は真っ黒く焦げている。

(い、一度に、これっ!?)

 半径10メートル程度の範囲の地面には、ボクの体が収まるくらいの空白領域は残っていないように見えた。蘇我の拳から放たれたのは、一発の|紫電弧弩《ライトニングボルト》ではなく、枝状に分岐して広範囲に複数落雷する、雷光の散弾だった。

「へえ、勘のいい奴だ」
「くっ」

 やられてばかりではいられない、|樹状走雷の徒手空拳《リヒテンベルカ》を放った反動で若干後ろへ移動した蘇我が着地するのを、ボクは拾いに行く。前方跳躍を飛翔翅を震わせて加速、着地後すぐに地面を跳ね、連鎖的に撃ち出される撥条は地面を噛むが速度を殺さぬよう、いやむしろ跳ねる度に加速さえしながら、その距離を一気に詰めていく。
 常時ホバー機動の蘇我屠自古には着地後ディレイは恐らく極小だろうが、それでも無いわけではない。そこに防御甲虫のピンポイントバリアを纏った蹴りをねじ込みたい。
 縮地する一歩毎に雷の抉った斑のクレータに負けない跡が残して、蘇我屠自古へ迫る、が。

「〝火術:随神火屏風〟」

 隙を突いて距離を詰めようとしたボクの進行方向に、炎の壁が展開され進行方向を阻害される。それは想像通りの防御支援だが、分かっていたからと言って熱くないわけはない。その炎を迂回するように蘇我屠自古の方へ向かうと、その僅かな時間稼ぎのせいで蘇我屠自古すっかりと着地を完了している。

「同じ手だぞ」
「っ」

 炎の壁の曲がり角から顔を出した瞬間に、目の前に突き付けられる銃を象った手、その指先。

「どんっ!」
「っっわ!!」

 マントの下で常時羽ばたき続ける飛翔翅での慣性を無視した強制的で鋭角な進路変更、ボクは咄嗟に身を翻したが、それでも躱しきれずに前髪を焦がされた、弾丸は既に遙か彼方へ抜けている。

「ちっ、なんだその力任せな飛び方、ちょこまか素早いな」
「それはどうもっ!」

 回避行動でバランスを崩しかけるが、それでも|紫電弧弩《ライトニングボルト》を撃たせた。羽をスタビライザとして強制的に姿勢制御し、イニシアチブを強奪する。

「鋏!」

 |紫電弧弩《ライトニングボルト》を撃つために伸ばした腕を切り落とすべく、それに向けて右手に生成した螋の鋏を開きいて伸ばす。鋏の間に、蘇我屠自古の腕が収まる。後は、挟むだけだ。

「ちっ」

 そう言うと蘇我屠自古の姿はまるで空中のある一点に煙が吸い込まれるように渦を巻き、突然に姿が消える。

「ニンゲンの体をしてニンゲンじゃない動きをするってのは、めんどくせーな!」

 集まった煙はそのまま数歩分後ろへ再度吹き出されて、蘇我屠自古の体を再構成した。ボクの鋏は虚しく空を挟んでいる、でも、それでいい。

 蟷螂の斧を振り蘇我を切りつけようとするが、すう、と滑るようにスウェイバックされリーチから外れる。まるで郡の上をするする滑るような奇妙な動きが、捉えづらい。そうして手を拱いている間に、蘇我は再び体に帯電し、雷を撃つ準備を整えている。

「そらっ、痺れろ!」

 くるりとスピンするように回転したと思うと、広い範囲に放射状にばら撒かれる雷光はダガーの形状をしている、だがそれを目視した次の瞬間にはそれこそ雷光の如きスピードで射出された。

「っあ、っ!」

 躱しきれない、顔面を掠めるように通っただけなのに、頬に根の深い火傷を負う。マントにも大穴が穿たれていた。視認できない速度で回避が困難な拡散雷撃ダガーに一瞬でも怖じ気衝くと、すぐさま|紫電弧弩《ライトニングボルト》が追い込んでくる。

「くっ……」
「そんなもんかぁ!?」

 |紫電弧弩《ライトニングボルト》を何とか躱すと、一気に中近接間合いに入って来て、回避行動のディレイに|樹状走雷の徒手空拳《リヒテンベルカ》を差し込んでくる。蘇我のホバー移動は想像以上に速いし、何より移動に予備動作や溜がなくて読みづらい。

(一気にゼロ距離に入って拡散の意味を消失させるか、思い切り距離を取って回避を容易にするか、2つに1つ)

 蘇我は中距離を維持しながら、ルーミィが物部とやり合って成果を上げることを期待しているのかも知れない。前線をこっちに置きつつ、実際の勝算はルーミィvs物部の方にあり、ボクはまんまと誘い出されているだけかも知れない。

(打開しなきゃ)

 そうは思っても中々攻撃に転じることが出来ない。高速ホバー型だがインファイトを好む……割には深追いをしてこない、ボクが責め立てると雲のように引いていく。……そこで違和感を感じた。
 攻めてくる割には、それを継続しない。こちらから反撃を試みると、すう、と消えて中途半端に距離を保たれる。雲を相手にしているような気分だ。

(ボクとルーミィの配役と丸被りかと思ったけど、違う。蘇我は中距離タイプだ。高機動でつかず離れずの距離を保って、高威力の単発射撃を差し込んでくる。ボクが近接タイプに見せかけて|使い蟲《ファミリア》を隠してるのと同じで、後衛を撃ち抜く雷撃を隠してる気がする)

 そう考えると辻褄が合う。距離を取ろうかと一瞬考えたが、それは蘇我の思うつぼだろう。こっちから接近すれば嫌がって蘇我は中距離を維持しようとする、でもその退避行動を追い立てられなければ、勝ち目はないと言うことだ。

(突っ込むしかない)

 ボクは敢えて、少し無謀かも知れないけれど密着接近戦を挑むことにした。

「お?」

 蘇我が妙な声を上げて視線をチラリとボクの後ろへ向けた。ルーミィの援護射撃だ。非常にゆっくりとした速度でこちらに飛んでくるのは、模擬戦で何度も見かけた、影蛇だ。2疋いる。ボクの左右後方から飛んでくる2疋の黒い蛇は、ゆっくりと、だが非常にしつこい追尾で追い立ててくる、模擬戦で繰り返したタイマンよりも、こうした多正面戦闘で真価を発揮するはずだ。蛇は大きな顎を開けて、蘇我を食いちぎろうと迫る。
 でも、ルーミィが支援砲火を送ってこれていると言うことは、同じように物部もこちらへ射撃を放つ隙が出来ていると言うことだ。複眼の視界を最大限に広げると、背後から幾つもの赤い光が迫っていた。

「リグル、火矢ぁ」
「オッケ……ええええっ!?」

 物部が放った火矢は、放物線上の上空で叢雲を成す程の密度だった。ルーミィの影蛇が2疋であるのに対して、物部の火矢は部隊が斉射した位の数。しかもその矢は、船の様な移動手段で高速移動しながらばら撒かれているようだ、射線が複雑に入り組んでいて安定的な非射線領域は存在しない。

(2人とも高機動型、尖ってるな)
「リグル、せめて」
「う、うん」

 とりあえずあの火矢の雨に対して、移動する必要がある。ルーミィの影蛇と違って物部の火矢はバラマキ弾だ、移動しても移動しなくても、直前に適切な回避行動を取れるかどうかにかかっている。それは攻めを継続していれば猶予が出来ることだし、攻められて行動が制限されている程不利になる。ルーミィの言う通り、攻め立てることが最大の回避に繋がるはずだ。
 ボクは飛翔翅を震わせて物部に食らい付く。身辺周囲に防御甲虫を引き連れ、|魔性雪虫の浮遊機雷《フローティングマイン》の設置で移動を制限しながら、蟷螂の斧で近接攻撃を繰り出す。

(入った!)
「おとなしそうな顔して、随分積極的じゃないか。嫌いじゃないよ、そう言うコ」

 どんっ! 高速で移動、回避する蘇我の体をようやくに捉えて斧をねじ込んだかと思った瞬間、突然爆音が響いて斧が弾かれた。

「うっ!?」

 蟷螂の斧がその幽体を捉えたと思ったが、触れた瞬間に火花が散って弾き飛ばされた、それどころか、斧が破砕されてしまった。

(|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》!? 道理で触角のセンシングがノイズで使い物にならない訳だ)

 蘇我の体から極薄い隙間を挟んで二層の高圧電流膜が展開されていて、物理的接触によりその膜同士がショートすると巨大なジュール熱が発生して反撃、入射角が最適であれば攻撃そのものの運動エネルギーの指向性を偏向させ弾き飛ばす。斧の打撃は思ったヨリもダメージが入っていない、シールドのせいもあるだろうが、ふわりとした幽体の性質で、打撃タイプの攻撃がかなり軽減されてしまっていた。

「いてて、でも、相性がよくねーみたいだなあ?」

 ボクは弾き飛ばされ砕けた蟷螂の斧をパージして、螋の鋏にローテーションを試みる。その間、羽虫弾で攻めを繋ぎつつ防御甲虫でやり過ごす。それに、そろそろ物部の火矢が及ぶ頃だ。
 流石に今の|社会生活態《人型》では、複眼でも視野に限界がある。真後ろに迫っているだろう火矢を、今は不全な触角レーダーでセンシングする。強烈な熱をまき散らす火矢は、電磁ノイズでざらざらな状態でも捉えることが出来た。

「行っちゃうのか? お姉さん寂しいなあ!」

 火矢に備えて歩調を整えようとすると、蘇我は|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》にものを言わせて急に前に出てくる。攻めと引きのタイミングが、優れている。ここで攻められると、火矢が躱しにくい……!

「もっと構ってくれ、よっ!〝雷矢:ガゴウジサイクロン〟!」

 密に接近した状態で、ホバー浮遊する脚を折り畳んで拳を地面に突き立てる。拳を突き立てた地点を中心に、周囲360度全方向に向かってリヒテンブルク樹形が広がり、その樹状の先端の一つ一つから宙に向かう逆上がりの雷光が立ち上る。

「うっ」

 密接状態から、その密度の弾幕は回避できない。ボクは|マント《鞘翅》を拡大して自分の体を包み込んで防御姿勢を取る。逆上がりの雷にロックされると、火矢が当たるかどうかは完全に運任せになってしまう。でも、ガードしないと雷が直撃だ。ガードと同時に、頭上に防御甲虫を配置して、耐久姿勢を取る。

「〝月符:ムーンライトレイ〟!」

 ボクがダメージを覚悟していると遠く離れたルーミィの方向から一条の光が伸び、それは火矢の叢雲のただ中を照らす。そしてその光は、一閃、矢の群れを横に薙いだ。一拍遅れて、光に照らされた幾本かの火矢が爆発して周囲の矢を巻き込み方向を歪めた。ボクの所まで届く矢は、無くなっていた。

「ひゃー……、威力マシマシ装備、すご……助かった!!」

 素直に凄い。だが、ボクの方に意識を向けたルーミィは、物部の付け入る隙を作る。

「余所見は拙いんじゃないかの、|瀬織津姫《セオリツヒメ》? 〝古舟:エンシェントシップ〟!」

 |衝角《ラム》を立てた船の様なオーラを纏って、物部がルーミィへ突進する。機動性を犠牲にしているルーミィは、支援攻撃から回避の切替がどうしても鈍い。回避は間に合いそうにない。

「う、わ……っ!」

 ルーミィは、肘を曲げて見えないマントで体を隠すような仕草して、その強固な魔装礼装ドレスの布地を翻す。それにつられるように、地面から黒い影が立ち上るように皮膜が形成され、物部の船の進行方向を遮るように立ちはだかる。が、それも真正面からの|衝角《ラム》特攻を受け止めきるには至らない、伸びた|衝角《ラム》が、ルーミィの肩を打った。強い衝撃に突き飛ばされて転がり、悲鳴を上げて苦痛の表情を浮かべるルーミィ。

「いったあっ……」
「ルーミィ!! くそっ、〝灯符:ファイヤフライフェノメノン〟!」

 鞘翅の下から|火選狗奴《ひえりくな》を大量に撒き、それを引き連れて蘇我に突っ込む。鋏で蘇我の体の一部でも切断できれば……! だが、しなやかに速い蘇我の移動を、どうにも捕らえきれない。火|選狗奴《えりくな》の起爆種を展開して、その移動を制限しながら少しずつ追いついていく。
 |通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》は、性質上恐らく使用1回あたりの発動回数に限度があるだろう。火|選狗奴《えりくな》とボク自身の攻撃で多段ヒット出来れば、無力化できるかも知れない。そこに、潜ませてある|使い蟲《ファミリア》をぶつければ……。
 後ろに下がる蘇我を、飛翔翅をブーストして追いかけ貼り付く。火|選狗奴《えりくな》を纏わり付かせ雷撃で払い落とし切れなかった一匹が取り憑く、火|選狗奴《えりくな》は自爆準備に発光器でカウントダウン2つ、取る。だがそのカウントダウンが落ちることはなく、どむっ! と爆音と炎を上げて火|選狗奴《えりくな》は焼けて死に粉々に砕けて派手に吹き飛んだ。取り憑いた|選狗奴《えりくな》の脚が|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》が起動したのだ。

(1回……あと、2回位か?)

 何度の防御効果を持つのか、見当は付かない。だが、あれだけの熱エネルギーを乱暴に発する高圧電流をそう何発分も帯電しておけるはずがない。

「見た目によらず、頭が回るんだなっ、|雷刃《ダガー》!」

 蘇我がまるで苦無でも投げるように腕を横に薙ぐと、その軌跡に沿ってさっきばら撒かれた雷光のダガーが再び展開される。一旦滞空し、扇状に高速飛散するのはさっき見た。動き出す前に射線から外れて潜り込まないと躱しきれない。

「くっ」

 低空に潜ってダガーの斜線を裂け、巡航軌道で蘇我の後退に追いすがる。何匹かの火|選狗奴《えりくな》がダガーに貫かれて落ちたが、生き残った者をボクの機動から独立させて大きく周回させる。追いかける内に|魔性雪虫の浮遊機雷《フローティングマイン》とボクの攻撃を避けながら、結果的にショートカットになり取り憑く結果を期待する。ボクからの直接攻撃は、残念ながら今はただの牽制にしかなっていない、でも常に相手を動かすことは、重要だ。体制を整えさせることだけは避けないと行けない。
 ゆっくりとした速度のルーミィの影蛇は、どんなにちょこまかと動き回っても結果の地点への最短距離を選択して迫ってくる、追いかけるボクの方が、今は有利だ。
 蛇が、顎を開いて蘇我に噛みつこうとする。だが身を翻してそれを回避すると、蛇は一旦通過し、再び大回りで戻ってくる。

「〝夜符:ナイトバード〟」
「……ちっ、思ったよりいやらしい戦い方をするんだな、お前等」
「そりゃあどうもっ!」

 既に場には、ボク、ルーミィ意外に、影蛇2疋、無数の|魔性雪虫の浮遊機雷《フローティングマイン》、数匹の火|選狗奴《えりくな》が展開され、更にルーミィは小型の黒い鳥形追尾弾もばら撒いている。蘇我にとっては攻撃判定だらけの場が出来上がっていた。

(まだ、ご準備がありますよ……)

 もう1匹、大きめのを潜ませてある。ボクは|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》を使い果たさせた後、そいつを呼び出すつもりだった。

「はあっ!!」

 鋏を繰り出しながらその動きを制限していく。大きく開いた右腕の螋鋏が、幽霊脚の端を捉えた。挟んで切断しようとするが、やはり、ばんっ!! 爆音と大きな発火が起こり、鋏が吹き飛んだ。

「ちっ、面倒だな。〝放電:ソガノコレダー〟!」

 ボクは蘇我に対して近接攻撃のために密着状態にあった、蘇我は短距離全方位に放たれるドライ・ライトニングを放つ。ボクには躱す手立てがなかった。

「ああっ!! ああああああっっ!!!!」
「り、リグル!?」

 触れた部分から、その最も遠いところまで到達するように高圧の電流が走り、抵抗による発熱で火傷が走る。丈夫な外骨格も、電流の前ではさほど役に立たない。電導性の素材でないだけマシだが。内側の肉は、無防備に電気に焼かれてしまう。

「いた……いっ」
(でもっ)

 短距離等位の隙間を縫った火|選狗奴《えりくな》が、2匹、取り憑いた。そのうち1匹は|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》の効果らしい爆発で吹き飛んだが、もう1匹を、蘇我は自らの発雷攻撃で払い落とした。

(やっぱりだ、もう効果が残っていない)

 今しかない、配置もベストではないけど上等だ。ボクは、潜ませていた|使い蟲《ファミリア》を呼び出す。

「来い、|六合《りくごう》!」

 ボクが声を張り上げると、突然地面が割れて、頭だけでボクと同じ位の大きさもある巨大な灰色の塊が顔を覗かせる。それには赤く光る四対の目が備わり、大きく長い触角、多くの節からなる長い体は鋼鉄の外骨格を纏って無数の脚を波打つように蠢かせている。六合は、一気に地面を割り飛び出して、蘇我の退路上で、体節の内前側の幾つかだけを立て、脚を蠢かせてそれを遮ろうとする。
 その六合を見て真っ先に驚きの声を上げたのは、物部だった。

「はあっ?! 六合は我の持ち物……って、ただのムカデではないか! それのどこが六合なのじゃ、冒涜者め!!」

 六合は物部にとっては縁のある名前なのだろう、でも、ボクには関係ない。ボクにとっては六合は物部の言うとおり巨大な化けムカデだ。

「うっ!?」

 突然巨大なムカデに移動経路を塞がれた蘇我は、その脚に捕まってしまう。|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》は反応していない。顎を開き、その腰辺りに齧り付き切断しようとする六合。

「噛み砕け、六合!!」

 だが、蘇我の体は再び渦に消えるように窄まり、煙が流れるように移動して六合の横に姿を現した。

「ふん、それで捕まえたつもりか」

 まただ、幽体化で逃げられると物理的なロックが全く通用しない。でも、もしそれが万能な回避方法なら何故もっと多用しないのか。きっとしない理由があるに違いない。その証拠に、六合の横に現れた蘇我は苦々しい表情でボクを睨み付けているし、何より真横にいる六合へ攻撃を繰り出していない。
 この戦術には多少以上の有効性がある、そう確信してもう一度火|選狗奴《えりくな》を大量召喚する。もう一度、蘇我を追い詰めようとしたが、そこでボクは奇妙なことに気付いた。
 蘇我の視線が、ボクを見ていない。

「お前のスイートハニーが、ガラ空きだぜ?」
「なっ、まずい……!」

 |檣頭電光《セントエルモ火》がチリチリと立った指先、それもボクの方を向いていない。

「るっ、ルーミィ、回避!!」
「〝魔銃:|超電磁指弾《ネールガン》〟!」

 蘇我の指先から、細く収束した短い雷光が弾丸のように放たれた。破裂音と爆音が混じった音が空気を切り裂き、目映い光が閃く。そして次の瞬間、がんっ、と地を揺らす程の衝突音が響いた。

「きゃああっ!!」
「ルーミィっ!」

 ルーミィの方を見ると、彼女の姿は大きく後ろに吹き飛ばされていた。命中してしまった。

「……貫通していない?」
「ルーミィ、ルーミィ!?」
「っと、離さないぜ、ボク君」
「っ!!」

 ルーミィの傍に行きたいのに、蘇我に行く手を阻まれる。すぐに|紫電弧弩《ライトニングボルト》が放たれて、ボクは回避行動を取らざるを得なかった。反撃……いや、ルーミィの様子が知りたい。
 |超電磁指弾《ネールガン》と言っていた雷砲、アレはさっきから主力にしている|紫電弧弩《ライトニングボルト》や拡散弾の|樹状走雷の徒手空拳《リヒテンベルカ》とは威力が違う、中遠距離で強打を狙う狙撃雷砲だった。もろに喰らっていれば、無事では無いかも知れない。

「ルーミィっ!」

 自爆羽虫弾を撒き肉弾戦で反撃を図るもとにかくルーミィが気がかりだ、蘇我の電撃を躱しながら声を上げると、複眼視野の隅でルーミィの体が起き上がるのが見えた。

「リグル……! ちょ、ちょっと、はじききれなかった。でも、だいじょーぶ!」
「よ、よかった!!」

 ルーミィはよろよろと立ち上がった。右手で、左脇腹を押さえている。当たったのは、左脇腹だろうか。心配だ。

「ちっ。頭を狙ったってのに、あたしの|超電磁指弾《ネールガン》が逸らされるなんて。それに何だあの服、貫通してないだと? なんて防御力だ。ウチのサポは防御が紙だってのに」
「聞こえとるぞ蘇我。軽量高機動の支援型はお前が望んだスタイルじゃろうが。こんな短い脚の出る恰好、お前に言われなきゃせなんだぞ」
「そのナマ脚であたしはMP回復するんだよ、重要なリソースだ」
「燃やすぞ」

 ルーミィの左脇腹には右手が添えられていたが、その周辺に黒い蛇のようなものがわらわらと群がっているのが見えた。影蛇だろうか。それはルーミィの小さな体の脇腹から、何十匹も首を擡げて絡みつき、あるいはそこから滑り落ちていく。地面に触れる前にその姿は掻き消えるが、抑える右手の下から新たに生えるように現れて傷口の辺りにまとわりついている。それは、ルーミィの、血の様なものかも知れなかった。

「大丈夫なの、ルーミィ!?」
「いーから、リグルは目のまえのてきにしゅうちゅうして」
「えっ、うん」

 声色は、いつも通りのように聞こえた。

「そうじゃ、我々後方支援組は、前衛がやられたら終わりじゃからのう!」

 エンシェントシップで素早くL字配置を維持しながら、物部は星龍弓を構える。その目標はボクではなくルーミィ。蘇我が超電磁指弾《ネールガン》を放った瞬間、いや恐らくはそれ以前に動きを察して放つ前に、無言の内にルーミィ片追いに変化していた。ボク等は纏めてL字配置に囚われている。ボク等のような急に訓練したペアではない、恐らく蘇我と物部のペアはもうずっとパックを組んでいるのだろう、驚く程に呼吸が合っている。

(拙い。少なくとも、蘇我の動きを抑えないと……!)

「よくも、ルーミィをっ!」

 ボクは肌にキチンナノファイバー複合装甲を生やし、第三対目の脚を生やして飛翔翅を拡大する。

「なんだい、そりゃ。どんどん気味の悪い姿になっていくじゃねえか」
「どんどん、強くなっていくんですよ!」

 拳だけをにぎしりめて、蘇我にそれを繰り出す。すす、とスウェイバックで蘇我がそれをよけるのを、更に突っ込んで距離を詰め逃がさない。

「|樹状走雷の徒手空拳《リヒテンベルカ》!」

 ボクの速度が増したのを認識してか、最初から広範囲の技で迎撃してくる。

「っ、でもっ!!」

 一発や二発貰っても構わない、貼り付いて、止めないと。物部の大きめの直接狙いの火箭が打ち込まれる、それも背中に被弾して鞘翅が大きく損傷したけど、それでもそれで怯んでいればジリ貧だ。何とか、蘇我を押し込まなければ。蘇我を押し込めれば物部はよりおおく援護火術を撃つだろう、その隙にルーミィは自由に動けるようになる、そこから徐々に突き崩す以外にないのだ。

「〝蛍符:地上の流星〟!」

 光|選狗奴《えりくな》を数匹呼び出し、遊撃とボクの周りを飛び回る者に分ける。鋏を持って接近攻撃を仕掛けるが、それは回避される。だが、ファンネル蛍がその隙を狙うように流星型の光弾を放つ。背後に回った|選狗奴《えりくな》から、3発、ボクの背後からも2発。蘇我は躱しきれずにそのうち1発に被弾した。

「小賢しいッ」

 決して一発の威力が高いわけではないが、自動射撃と多角攻撃を加えられる、ダメージを蓄積させていけば、勝機はある。ルーミィの蛇は未だに追尾を続けているし、時折鳥形の弾丸や、地を這い地対空を狙う影弾も支援で飛来している。
 しつこく、しつこく貼り付いて攻撃、削り、設置で制限して、ミスを待つ。
 そしてやっとだ。
 光|選狗奴《えりくな》の射撃に焦れた蘇我の動きを、ルーミィの蛇が掬い取ろうとする。それを大きく回避した蘇我の動きに追いついて蹴り、回避。でも体勢が崩れている。

「うぜえっ!」

 そうしてホバーの特性で崩れた体勢が滑って、|魔性雪虫の浮遊機雷《フローティングマイン》に触れる。爆ぜてダメージを生じ、そこに生まれたノックバックを、拾う。
 拳が、蘇我の肩当たりに入った。|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》がきいていればボクは大火傷を負って大ダメージを負っていたかも知れないが、それはなかった。

(入った! |通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》未使用だ、逃すわけには……!)
「ぐッ」

 ヒット確認、一気にラッシュに持ち込む。一発目の拳は浅い、肩の辺りを打ち蘇我屠自古のバランスを崩しただけだった。押し込むべきと判断してそのまま攻め継続、飛翔で行動後ディレイを強制キャンセルしてノックバックを追いかける。蘇我屠自古の特長である具象化幽体のふわりとした感触がやりづらい、打ち抜いた筈なのに手応えが軽くて次の行動に移るのに感覚が狂う。

(詰めすぎた……っ?)

 質量の小ささからか拳撃の衝撃が浅い、ラッシュを見越して踏み込んだが相手の復帰が早くコンボの打点が深くなりすぎて拳では力が入らない。拳での追撃を諦め腕を折りエルボーに切り替え、肘は蘇我の顎を丁度アッパーのように打ち上げた。何とか攻め継続は出来ている。

「ちっ……!」

 蘇我屠自古は口惜しそうに舌を打つが、それでは攻めの手を阻止することは出来ない、帯電したままの手先、だがそれを使うことが出来ていない、使わせるわけにもいかない。
 エルボーは下から打ち上げるような恰好にはなったが、これでニンゲンの体が浮き上がったりはしない。だが軽い蘇我の体は容易に浮き上がり、エリアルのチャンスが見えた。いちいちダメージが軽く手応えが薄いが、蘇我のホバー体質はバランス性能が低いらしい、それに付け込む。

「まだッ!」

 貼り付くような高機動戦、捉えたチャンスを逃がさないようこまめにディレイをキャンセルしてコンボ維持する。ニンゲンならこの高さに浮き上がった時点で制動性の弱い飛翔に頼ることになり追撃が不安定になるだろう、でも飛翔翅を出したボクは地上も空中も制動に制限が薄い、恐らくそこで攻めが終了するだろうと踏んで浮き上がった蘇我をボクは更に追いかけてラッシュを継続する。

(体が、軽い。それに一撃の重さも増している。これは、幽香さんから貰ったご飯と力のお陰……)

 足取り拳それぞれに、自分の体とは思えない重みがある、だのに反面それを易々と動かす力が漲っていて、重さは苦にならず、攻撃は一つ一つがパンプされていた。元々敏捷と制動に自信のある飛翔だけれど、それにも増して、増強を受けた飛翔は早く、そして鋭い。

「なっ、ふざけっ……!」
「このままっ!!」

 貼り付いて攻め継続、足に力を蓄積する。空中で拳を重ねる度に蘇我の防御行動は甘くなっていく、腕のガードは戻りが遅くなり次のガードを強いれば無理に体制を整える必要が出て次のガードは甘くなる、そうやって少しずつ剥いでいく。
 ガードを剥ぐための拳は、鋏ではない。削り取るには重さ重視、蝦蛄のスプリング・ラッチを備えた射突型ガントレット。アクセントには、蟷螂斧化したマントの薙払と、予備動作ほぼ無しで加速できる空中制動からのタックル。そしてそれを繰り返してボディーに甘さが出たときに、決めようと備える、必殺の蹴り。足に溜めた力は飛蝗の撥条加速に体の質量を上乗せしたキックの為のものだ、自慢じゃないけれど昔に比べてすっかり力が弱った今のボクでも博麗の巫女が嫌がる破壊力を持ってる。これをぶち込むタイミングを、ラッシュで引き摺り出すのだ。

(押し込める……っ!)

 そう思っていたが、物部布都が予想だにしない対応で蘇我を援護した。

「馬鹿者、仮にも嘗ては邪神の名を恣にした蟲じゃぞ、侮りすぎじゃ。―〝大火の改新〟!」

 物部布都が火術を宣言すると、ごう、と炎が怒濤を打った。まるで意志を持った巨大な手のように、立ち上がった炎はボクを、ひいては密着状態の蘇我屠自古を範囲に捉えている。そのまま叩き付け握りつぶす勢いで、炎の手は覆い被さってきた。信じられない、それじゃ蘇我屠自古もこの炎に巻き込まれてしまうだろう。

「うそ、み、味方ごと!?」

 冗談ではない、ボクはそれに飲み込まれるのを避けてラッシュを中止し、一旦距離を取った。それは確かにカット援護だったが、ノックバック中だった蘇我屠自古はその炎にもろに巻き込まれる、これでは援護どころか完全に同士討ちだ。
 炎が蘇我屠自古の幽体を完全に飲み込んで消えた後、そこには衣装が所々に焦げ落ち、幽霊らしく冷たさを湛えた白い肌があちこち焼けて爛れた蘇我が、しかしそんな事は意にも介さないようにふわりと浮かび上がっていた。

「悪いな蘇我、だがああでもしなければ打たれ放題じゃった」
「ありがとよ、お陰で腹にでかい穴が開かずに済んだ」

 元々跳ね回るくせ毛に持ち前の静電気帯電で泳ぎがちだった頭髪は、多くが焦げて縮れている。その髪の毛を掻き上げるようにして、火傷がちになった肌を晒すとその顔には不敵で不吉な笑みが貼り付いていた。ボクのラッシュから逃れた結果を成果とし、フレンドリファイアを厭わないカットも敵からの損害として言外の内に合意している。信じられないチーム結束だ。

「仕切り直しだ、蟲野郎!」

 はあッ! と蘇我が気合いを張ると、突如空を震わす破裂音と目映い閃光が走ったかと思うと、|青天の霹靂《ドライ・ライトニング》が蘇我の体を撃った。その雷撃のエネルギーを体外に逃すことなくそれは蘇我の体に滞留させ、蘇我の体あちこちから放電の火花が飛び散る。指先や幽霊足の先端、鼻、耳の端などの突起部分には例外なく|檣頭電光《セントエルモ火》が弾けている。|通電式雷撃反応装甲《エレクトリックシールド》だ、しかも、さっきまでのよりも分厚いだろうか。
 物部は符を構えてボクを睨み付けているし、真正面には蘇我もボクを憎々しく見ている。2人のターゲットは、暗黙の内にボクへ切り替わったらしい。
 物部は躊躇無く高速艘行し、急激にルーミィから距離を取った。蘇我と物部でL字配置をつくることで、ルーミィをこの戦闘のフォーカスから意図的に外し去ってしまう。

「〝炎符:廃仏の炎風〟」

 二人の視線がルーミィを除外し、片追いの狼煙代わりに物部が放った炎の壁が、ボクの移動を制限してきた。持続型の閉鎖火術。動きにくいが、それは蘇我も同じ筈だ。それでもこの炎の壁に捉えようとしたのは、それ以上にボクやルーミィの設置系の術が厄介なことに物部が気付いたからだろう。

「蘇我、何手を拱いている。〝炎符:桜井寺炎上〟!」

 物部の行動制限牽制は徹底していた。今度は炎の天井を作るように炎の壁が出来上がる。どんどん行動を制限されていく、回避ルートを確保できない環境で蘇我と真正面から打ち合うのは、一撃の重さの問題で、望ましいとは言えなかった。

「いくぜえ、ほ・た・る・クン! |樹状走雷の徒手空拳《リヒテンベルカ》!」
「うっ、わあっ!」

 徹底した行動制限で身動きの取れないところに広範囲の拡散攻撃。鞘翅を前に展開してそれを防ぐが、刹那、後ろから物部の声が聞こえる。

「〝弓符:星龍弓〟!」

 放たれた弓は放物線を描かずに飛び、その軌道の最中に複数に分裂して流星群の光線のようにボクの背後に向かい、そのほとんどがボクの背中に突き刺さる。

「うあ゛あ゛っ!」
「ガードが解けてるぜ、|紫電弧弩《ライトニングボルト》!」

 雷鳴の轟音と閃光が走り、ボクの体に水平方向の雷光が付き去る。

「あ……、あ゛っ、い゛っ」

 防ぎ切れない。
 徹底した行動制限に挟撃、満足に回避できずに、防御はその間隙を突いて抜かれる。

 (反撃、反撃、しないと……っ)

 電撃にふらつく体、ノイズが濃くなって正常に機能していないセンサ。動きが鈍る体。

「よいぞ、蘇我。そのまま―」

 物部は大打撃のもぎ取りを確信して、次の弓を構えている。

「あんまりじゃましないで」

 ルーミィが不穏な言葉を吐いたのを聞いた物部は、長く拘りすぎたかとひとつ舌打ちをしてルーミィの方を見る。

「まあいい、妖蛍に有効打は加えた。次のターンじゃ……うん?」

 だが、そこにはルーミィの姿はなかった。

「ど、どこに消えた」

 どろりと溶けた液体のように地べたを高速移動した影蛇の一匹が再び立ち上がるとルーミィの姿はそこにあった、それは完全に物部布都の背後を奪っている。

「せ、|瀬織津姫《セオリツヒメ》、いつの間に……!?」

 ルーミィは伸ばした腕で広げた掌から生えるように伸びた黒い棒を、もう片方の手で掴んで、ずるり、と抜き去る。それは彼女の手に収まって|大鎌《サイズ》となった。不意に背後から現れ、火術の制御中の物部布都へにじり寄る、|大鎌《サイズ》を引き摺ったルーミィの姿は、死神のようにさえ見える。

「くっ!」

 物部布都は火術を停止し、両掌に高速回転する円盤型の近距離弾を呼び出して、背後を振り返る。
 ボクが蘇我屠自古に貼り付いて拘束している間は、ルーミィと物部布都とがタイマンの形になるだろう。これは意外なことだったが物部布都は近距離戦術をほとんど有していないらしい。物部は自身の足よりも艘行突進系の術で攻撃判定をひっさげ高速で距離を取りながら、蘇我に支援火力を展開する想定のようだ。だがその火力展開中にハイドビハインドで忍び寄ったルーミィに気付かず不意を討たれた。即応性の高い皿の様な攻撃手段を展開してそれを迎撃するつもりだろうが、遠距離火力支援タイプ同士ともあれ恐らくはシオリの力を引き出して重武装した今のルーミィの方が有利だろうか。受けた|電磁指弾《ネールガン》の損傷が気にはなるが、被弾箇所に巻き付いて今も靡くように蠢く影蛇は、彼女のダメージを軽減しているのかも知れなかった。

「リグル、ほんきだして」
「う、うん」

 本当は、豊聡耳との決戦まで温存しておくつもりだった。けれど、出し惜しみをして負けては本末転倒だ。

(幽香さん、お借りします……!)

 ざわざわと、風に靡くのではなくまるでその下に無数の何かが蠢くように、マントが細波を立てる。布地一枚に収めていたそれは鞘翅。細波を波打たせる度に厚みを取り戻して黒紫の表面はキチンナノファイバー複合装甲を備えた教化外皮へ変化する、いや、元の姿を取り戻す。

「何だ、蛍が……?」

 マントの裏面の赤は本来翅には備わらない肉の色だがそれは自分の肉ではない、今までボクが喰らってきた命の生命エネルギーを蓄積する鱗状に重なり合って並ぶ疎結合器官の血色だ。それぞれが呼吸をするように波打って蠢き、ガス交換の様に大気中のマナを取り込んでいる。
 その鞘翅の下には背中から生やした3対6枚の飛翔翅、複雑に折り畳まれているが広げれば自分の体長の三倍に広がり、|社会生活態《人型》の時とは飛翔能力が向上する。元の姿に戻した飛翔翅は漿液に濡れ縮んでいたが、瞬く間に乾いて広がり光を透かして七色のプリズム分光を見せた。

「見せてやる、かつて旧き神々をも怖れさせた、真のボクの姿を」

 幽香さんから力を貰った今なら、短い時間であれば久しぶりに元の姿を維持できそうだ。

「ちっ、なんだか知らんが……〝怨霊:入鹿の雷〟!」

 蘇我が拳を天に衝き上げると、周囲に梵字を纏った同心円が幾重にも展開され、その内側で無数のドライ・ライトニング、ボール・ライトニングが発雷する。それらは一斉にボクに向かってくる。仮羽化中のボクはそれを躱す手段が無い、無数の雷撃に焼かれるかと思ったとき……いや、ボクはそれを信頼していた。

「へんしんしーんは、おとなしくみてるもの、だよぉ!〝夜符:ナイトガード〟」

 ルーミィが両腕を広げて胸を張るように背を反らせると、彼女の足下の影がボクの足下へ移動し、そのままボクをすっぽりと包む半球状に膨らむ。蘇我の呼び出した強雷は、その闇のドームの表面を滑るように地面へ着地し、そのまま大地へと走り抜け、地面を強く焼き焦がし衝撃を発し、そして消える。

「小賢しい……っ!」

 闇のトーチカがワイプして消えると、その下で仮羽化を継続するボクの姿が現れる。
 人型の手足の表皮が、内側から迫り上がる質量によって膨れ上がり、表皮と肉がバリバリと破けて血液を吹き出し流れ滴らせながらニンゲンの姿の肉の下から漿液に濡れたキチン質の外骨格が生え出した。|社会生活態《人型》の肉体到底収まりきらない元の質量が人間型の肉体を押し破る。

「うっ、なんだ、こいつ」

 固体が固体を突き破ってその内側から溢れ出す歪な膨張と破裂、漿液と血液の混じった飛沫が飛び散る。人型の頭部も頭蓋が割裂し、複眼を呼び出していた元の二つのニンゲン用眼球も眼孔を押し出されて飛び出して落ちて視神経がずるりと糸を引いた。人型の時に使っていた|集中神経系《脳》は割れた頭蓋の内側から押し出されるように形を潰しながら溢れ出して赤と白の斑を、滴らせる。顎は外れて頬の肉は耳まで裂け、その下から漿液に濡れて鈍く光沢を湛える黒い表面、人の顎の下からそれより一回りも二回りも大きい蟲の顎が押し出てくる。眼球が落ちた頭蓋の顔面も割れて砕けてその下から、完全カメラアイを無数に行列した複眼が生え現れた。その側からは、体調にも及ぶ長い触覚が、それだけが別の生き物みたいにしなやかにゆったりと動く。

 キィィィィ、ザザ、ザザザ

 響く摩擦音とも鳴き声とも取れぬ甲高い金属音は顎器の擦れる音、無数の笹が葉摺れる様な音は鞘翅の裏側に鱗状に並んだ鱗状の器官が蠢き擦れ合う音だ。
 仮羽化のさなかの僕の姿を見て、物部が驚いたように目を見開いて言う。

「蛍火の|光《かがや》く神……貴様、まつろわぬ星の神だと!?」

 その名でボクを呼ぶ物部を複眼で睨みつける、その視線を感じて物部は顔を引き痙らせ、慌てて思い直したように睨み返してくる。今の複眼は、個眼それぞれカメラアイの単眼だ、無数に並んだ瞳が一斉に睨み付けられれば気味も欲以内だろう。
 ボクを星神と称した物部に向かって、ボクは返答する。思い当たる節が、薙いでもなかったから。

「それは《《ながむし》》、確かに、|我が眷属《ボク》を祀った一つの姿ですね」
「|天に坐す《天津》|ミカ《甕》|エル《神》、偽る邪神……!」

 胸部の皮膚と肉が裂け肋骨が観音開きに開いてその内側の内臓が押し出されて潰れ、地面に落ちる。それは既に不要だ、その下から絞り出されるように元の質量を超過したキチン質の硬い外皮を持った胸部が現れる、そこから腕までの肉と皮膚は一直線に裂けて血を噴いて筋を垂らすが、ボクの肉体は既にその下から顔を覗かせた外骨格の体に移行していく。
 胸部、そして腹部へと肉体亀裂は進行し、内臓をぼとぼと落とす。その下から元の体の何倍のサイズにもなる蟲体が、ニンゲン型の肉体を破って現れた。
 破砕音と共に顎器を左右に割って仮羽化後初めての開口、六本足の前二本を大きく開いて頭を下げ、脱ぎ捨てた、まだ肉質の温もりとと血液の滴りを残した|社会生活態《人型》の抜け殻を、食べる。

「グロテスクじゃな、これが本性か、妖蟲!!」
「二度と蛍を見ながら酒なんか飲めなくなった、責任取れ」

 ニンゲンは、みな、そう言う。でも。

「わあ、すごーい!」

 ルーミィは両手を挙げて喜ぶようにボクを見ている。この姿を見ても嫌な顔一つ見せないでくれた。まあ彼女の反応は少し特殊な感じがするけれど。

「|瀬織津姫《セオリツヒメ》、これがお前を喰い、お前を不幸にした一因の邪神じゃぞ」
「ちがうもん。リグルは、わたしに、なまえをくれた、かみさまだもん!」

 凄く嬉しかった。|火垂《ヒダリ》となったボクをみて、嫌な顔をしないで受け入れてくれたことが。

「ちっ。蘇我! そこからでいい、我が|瀬織津姫《セオリツヒメ》を抑える、妖蛍を撃て! |瀬織津姫《セオリツヒメ》はまだリロード中じゃ! 押し込まれるのがどちらか、よく思い知らせてやる!!」
「承知だ! 裁かれろ、邪神ども! 〝怨霊:入鹿の雷〟!!」
「逃げられぬぞ、〝炎符:太乙真火〟!」
「……遅いですね」

 その時点で、物部の炎と、蘇我の雷が同時にボクとルーミィに襲いかかってくる。2人同時の大技でも、仮羽化さえ完了すれば、受け止めきれるだろう。
 ボクは体のサイズを大きく上回る飛翔翅を展開し羽ばたく。土埃を巻き上げて飛び上がり、全力で飛翔する。蘇我、それに奴の召雷を一気に引き離してルーミィの元へ。

「おまたせ」
「リグル」

 お腹の下にルーミィを匿うように脚を着地させる。雷は追尾してきているし、不吉な円筒も正確に誘導を見せていた。

「ルーミィ、離れないで」

 ルーミィを、節が伸び縮みして轟雑なガス交換で拍動し呼気を吐き出し蠢く蟲腹の下に、匿う。
 彼女が見上げて見えるボクの姿は、彼女の知る僕の姿ではないだろう、この姿をルーミィに見せるのはもしかしたら初めてだったかも知れない。

「うん!」

 破けた血肉袋、ボロ雑巾の肉塊となった人型のボクを跨ぐ蟲体の頭部は、更にその首元からブツリと縊れて地面に落ちる。その断面から、もう一度ニンゲンの姿に似たボクの形が、押し出されるように生える。
 巨大な甲虫の首部分から、ニンゲンの腰から上が生えているようなフォルム、その人型部分は、社会生活態の僕に似ているが、肌は青く甲虫のアーマーが備わり、肌もより強固だ。更にその背中から長細い触手が何本も生え出て、ボクの仮羽化は完了した。

「り、リグル、上っ!」
「わかってる」

 生え替わったボクと、その上に見える円筒を指さしてルーミィが叫ぶ。
 ボクを追いかけてきた無数の雷光が追尾し、ルーミィを焼こうと炎を抱いた円筒が上空から落ちてくる。仮羽化は間に合ったけれど、いきなり状態が良くない。巨大な円筒は、大きくなったボクの体でもすっぽりと収めてしまう程のサイズ。それとは別に、ドライ・ライトニングとボール・ライトニングの群れも、ボクを焼こうといよいよ追いつきそうだった。
 闇のトーチカガードを展開してくれた直後のルーミィは、まだクールダウンが済んでいない。今度は、ボクが守る番だ。

「ルーミィ、目を閉じていて」
「えっ?」

 ルーミィは戸惑うように声を上げながら、地に衝かれた脚の一本に抱きつくように人型を生やしたボクの上半身、顔を見上げる。

「大丈夫だから」

 説明している暇もない、もう、物部の筒がボク諸共ルーミィを捉えようと降ってきている。
 ボクは脚の一本でルーミィの体を抱き上げて背中の上にのせ、鞘翅を変化させて彼女の体を包み込む。それと同時に、落下してきた筒がボク等を捕まえた、逃げ場のない完全な密室にボク等は閉じ込められてしまった。真っ暗だ。
 ばしん、と筒の外側に叩き付けるような音が聞こえたのは、恐らく筒に向かって雷撃が激突した音だ、

「無用か。鎮まれ、神鳴りっ」
「よし、これで一網打尽じゃ!」

 ボク等が物部の呼び出した筒の中に閉じ込められ雷が物部の筒体を撃つだけであるのを見て、蘇我は雷群を下げるのが聞こえた。

(よし)

 まず神鳴りの方を遣り過ごした。だがこの筒で何をするのか、ろくな事ではないこと位は想像が付く。次はこれを打ち破る必要があった。

「焼き尽くせ、九龍神火罩!」
「リグル、どうなってるの、ねえ!?」
「大丈夫……」

 だと思う、ボクにも万全の自信があるわけでは無かった。外で、物部は何か術を起動したらしいことが分かる。このまま押し潰す気か、この筒の中を何かで満たすのか。雷か、水か……火、そうか、火……!
 案の定、急激に温度が上昇する。炎が出ているわけじゃない、これは、体の中が直接微細に震動させられて、温度が上がっている。体中の水分が一気に加熱されて、沸騰へ向かっていく。この筒の中は、炎ではなく熱を直接叩き込んでくる、特殊な術の領域らしいことが分かった。

(やはり、火術か。でも)

 ボクが力尽きたら鞘翅の防御力が尽きてそのままルーミィまで沸騰させられる、でも。

「この程度の虫籠じゃ、僕を捕まえて奥には役不足ですね」
「なに?」

 ボクの声は外側にも聞こえているらしい。ボクの煽るような言葉は物部を苛立たせたようだった。

「減らず口を! |瀬織津姫《セオリツヒメ》、妖蟲諸共|舞九龍波《まいくろは》の閉鎖空間の中で焼却されるがいい!」

 物部の言葉を合図に、加熱が激しくなった。ボクはこの筒をなんとか破壊するために魔法を練る。伸ばした手が、殊更に激しく加熱されるが、今は耐えるしかない。筒の中では直接見ることは出来ないが、天に向かって腕を伸ばした。伸ばした腕と指先が、一層に加熱され焼け落ちそうになるが、それでも、押し切れるだろう。
 幽香さんからもらった力が、仮羽化した体に漲っている。自信が、あった。

「岩裂き、根裂き、蛍火惑ひ赤星は|天《あめ》の|輝《かが》せを、降らせ、|蛍火の鎚《地上の恒星》―」

 指さす空の星に、ボクは、命ずる。

「〝蛍火:|天津甕星《アマツミカボシ》〟!」
「なっ……?」
「布都、逃げろ、ヤバいぞそれ!」

 外から物部と蘇我の声が聞こえ、そして数秒、筒内の加熱は終わって冷却が始まっている。筒は外部から強い光で撃たれている、すぐに凹み、ヒビが入り、割れ、そして砕けた。

「ありえん、九龍神火罩が力尽くで破られるなど……あ、〝天の磐舟〟っ!」
「よっし!」

 筒が砕け散って開けた視界に、空の高くから流星雨が注ぐように地面に向かって光線が乱れ降っているのが見えた。それは決してボクを撃つことはない、蛍火の|光《かがや》く星の雨は、ボクの意志だから。

「ルーミィ、もう大丈夫だよ」

 巻いた鞘翅の表面は少し焦げているけれど、それを解いた中から顔を出したルーミィは無傷みたい。よかった。彼女はボクの背中から降りて、ボクを、そして星の雨降る光の滝を見て、あんぐりと口を開けている。後ろ足でその髪の毛を撫でる、嫌がるかな?

「ふあ」

 嫌がるどころか、口元を抑えて嬉しそうに笑ってボクを見ていた。そうやって、受け入れてくれるだけでも、逆にボクの方が嬉しくなってしまう。
 物部は艘行突進系の術で高速移動して光の滝の領域から退避を試みる。が、光の一端が船にかすりそれが崩れ、停止した拍子に物部は放り出され地面に投げ出された。

「あッ……」
「布都っ!!」

 転がった物部に向かって光の柱が一筋、狙いを定めたように降り注ぐ。

「布都、伏せろオォォォッ!!」

 蘇我が、転がった物部を庇うために高速飛翔で射線上に進入しようとする。が、突然放り投げられた丸皿が命中してそれを止められる。

「いらんわっ! |主《ヌシ》はもう被弾しておろう、手負いの亡霊から庇い立てされる程落ちぶれては、おらぬっ!!!! さ、〝三合会局嵐〟っ!」

 本来は相手を吹き飛ばす為のものだろう突風による攻撃術を、自分に放って自分の体を更に吹き飛ばす。それによって星柱は物部に当たることはなかったが、物部は派手に吹き飛んで離れた地面に再び転げる。

「ッぐ、ああ゛っ!!」
「布都、バカっ!」

 一転、二転、地面から突き出た岩に体を激突させて高く打ち上がって、落ちる。着地受け身こそ取ったものの、ダメージは小さく無さそうだ。
 すぐに蘇我が飛び寄って、追撃を防ぐためにボクと物部の射線を遮るように立つ。

「〝夜符:ミッドナイトトビイクチ〟」

 ルーミィは地面に手をついて、畳み掛けるように攻撃を仕掛ける。ルーミィが触れた地面には彼女の影があったが、ずるずるとそれがひとりでに伸び、地面から盛り上がり、影蛇になる。二疋喚び出すときよりも大型だ。空中で地面から自分の尾を引き上げるようにぐるりと垂直に円を描いて回り、一周してから、牙を立てた顎を開いて物部と蘇我の方へ、長い尾を引いて一気に突進する。さっきまでの低速度の追尾蛇ではない、蛇の形はしているが高速突撃の攻撃、巨大な弾丸のようなものだ。一気を噛み千切って仕留めるつもりにみえた。

「六合、行け!」

 六合を影蛇と一緒に突撃させる。影蛇が蘇我、六合が物部を、噛み砕きに突撃する。

「ふざけろよ、クソガキ共! 〝怨霊:入鹿の飛首〟」

 蘇我は懐から短刀を出し、自分の首を切るような仕草をしてみせる。本当に自分の首を切っているわけではない、刀が首の前を通り過ぎると空中に一本の赤い線が引かれ、その場から赤黒い液体が噴き出す。その飛沫は空中に固まり巨大な浮遊液胞を形成した。それは徐々に固体化し表面が沈み込むように形を成していき、やがて巨大な生首へ造形された。その表情は憎悪に染まっていて鬼のように切れ上った目からは血の涙を流し、首の切り口からも血を滴らせている。

「行け、あの蛇の喉笛を食いちぎってこい!」
「く、っ、〝熱龍:火焔龍脈〟」

 物部はよろよろと起き上がって、すぐさま術を打つ。肉体的には一時的なダメージ蓄積が見えるが、術はまだ使用できるとみえた。地面に突如加熱された赤熱する一筋が生じ、その赤い筋を割るように地割れが生じてその下から龍のような形を保つ1疋の炎の龍が立ち上る。

「あのウミヘビを焼き殺せっ……!」

 蘇我の血成り生首と、物部の火炎龍が、影蛇と六合を迎撃すべく立ちはだかり、それぞれの突進を受け止める。激突した衝撃で、周囲に赤い飛沫がまき散らされ、質量のある影が黒い雨を降らし、焼ける程の熱風が起こり、鋼鉄の表皮の破片が飛び散った。激突してお互いに一度仰け反った後、影蛇は生首を、六合は火炎龍を、目標に捕らえ直し牙を鋭いで噛みつこうとする。
 拮抗して何度も激突することはなかった。生首は影蛇の体に齧り付き、影蛇は生首の頭蓋を後ろから咬んでいる。六合の顎は火炎龍の喉元に齧り付き、火炎龍も六合の体に絡みついてそれを焼いていた。
 そうして4つの召喚獣はほぼ同時に相殺して消滅する。

「惜しいっ!」
「ちえ、まだげんき」
「でも、ルーミィ、行けるよ、ボク達で!」

 言葉に偽りはなかった。互角、いやボク等はそれ以上にやれている。その戦況に、蘇我と物部が憎々しげな表情で、ボク等を睨み付けてくる。

「こいつら、調子に乗りやがって……!」
「腐っても旧神か、想像以上じゃな」







 蘇我と物部は、突然フォーメーションを崩して接近する。何の前触れだか分からないけれど、ルーミィは不安そうな顔でボクの方へ近付いてきたので、蘇我と物部が何かしてこないか油断しないように、脚を折って体を下げて彼女を迎え入れる。
 ルーミィがボクの前脚に寄り添うように立ったところで、物部が、それに蘇我が、毒吐くように言った。

「ああ、なかなかどうしてやるではないか、実力は認めようぞ、旧き時代の老いた邪神共。」
「だが……あまりあたし等を舐めるんじゃないぞ、今や雑魚妖怪。新たな世界にお前達の居場所はない、もう止められねえんだ、諦めな!」

 蘇我が物部の背後に回り、物部の肩の上から腕を通すように寄りかかる。胸の前で交わる蘇我の腕に物部は掌を添えた。

「闇は駆逐されなければならぬ、光の御前に。蘇我」
「応」

 蘇我と物部その動き一つ一つに迷いはないが、視線は常にボク等2人を睨み付けている。
 絡めた腕をするりと引いて、蘇我の手が物部の首元に添えられる。そして、蘇我はその首を思い切り締め上げた。ニンゲン同士でそれをするのとは全く違う、それはあっという間だった。若干の肉質な抵抗は見えたが、物部の首は蘇我の両手で圧迫され、気道が潰れる、頸脈が圧迫されて血が滞る。顎が開いて物部の口から舌が押し出されるように食み出した。ぶつっ、鈍い音が響いて、圧迫される物部の喉の皮膚が破れ、肉が千切れ、赤い飛沫が噴き出す。ぐりん、と物部の目が回って白目を剥いた、瞬きが止まる。
 蘇我の手はそれでも縊る手を弛めない、何か固い物が砕ける音が鳴り、蘇我の両手は抵抗を失った物部の細い首をそれでも締め上げる。物部の首はまるで雑巾のように細って潰れた。蘇我が手を離すと、物部の頭がごろりと物部の胸の前にに転がり落ち、その脱力した手の中に収まった。まだ繋がっている筋か皮か、あるいは肉か何かでぶら下がるように、その手の中に留まる。どさり、物部の体は脱力して地面に膝をつくように崩れ落ちた。
 それを見下ろし見届けた蘇我は、先刻生首の怨霊を呼び出すのに使用した短刀を再び取り出し、もう一度自分の首の前に添える。今度は空ではなく実際に自分の喉笛を、横一文字に掻き切った。切り口は深い、赤い飛沫を噴いて、物部の体を赤く染めていく、蘇我は短刀を投げ捨て、そのまま太さの半分程を切り裂いた自らの首に手を運んで、自らの頭を掴み後ろへ、へし曲げる。
 頭が後ろへ曲がった蘇我、浮遊していた幽体は地面に落ち、頭の重さで後ろへ反り返る。だが、蘇我の体は後ろへ倒れ込まなかった。頭ががっくりと後ろへ垂れ下がったその断面から、血の赤い流れは地面にばしゃばしゃと噴き出す、その奥から、何か黒い物が押し出されるように現れて、血液とは逆つまり上空へ立ち上る。黒い物は不定形の雲から徐々に形を成して、それは大柄な男のシルエットを描いた。烏帽子を被り笏を持ち髭を蓄えた男の影は、目の部分だけが爛と赤く見開かれている。黒い男のシルエットは蘇我の首から完全に抜け出して宙に浮く。蘇我の体は、頭以外が萎れた風船のように地面に力なく落ちて平らに潰れた。
 一度死んだ用に崩れた物部の体が、物部の血液で真っ赤に染まった自分の首を抱えて立ち上がった、首が手の中にあること以外は、まるで生き返ったかのように。そしてひとりでに浮かび上がった蘇我の生首が物部の首の上に収まった。その背後には、蘇我の傍に現れた大柄な男のシルエットが立っている。

「な、なに……?」

 ルーミィが、脚に強くしがみついてくる。自分の首から蘇我が生え、血濡れた自分の頭を抱えた物部、その生首が口を開いた。

「父と」

 黒い男のシルエットが物部の背後に立ち、物部の首にすげられた蘇我の首が、燃えるような口を開く。

「子と」

 2つの頭、2つの魂となった物部と蘇我の合一体、2つの口が、重なり合って呪文を唱える。

「「聖霊の御名によって、我ら、請い、奉る」」
「我ら光の子」
「我ら汝の子也」
「「聖寵充ち満し金色なりし天つ龍」」
「汝、闇を照らし賜え」
「汝、夜を照らし賜え」
「「我ら、汝に、請い、奉る」」

 大技が来る、間違いなかった。ボクはさっきのようにルーミィを庇う。彼女も物部と蘇我のただ事じゃない変容を見て「〝夜符:ミッドナイトガード〟」、防御術を展開した。黒いトーチカが幾重にも貼り重ねられて、強固な防壁を成す。「〝隠蟲:永夜蟄居〟」その中で、ボクはルーミィを抱いて骨格を崩して耐久体勢を作り上げる。

「哀れなる影」
「愚かなる月よ」

 物部の首は、物部自身の左手の手の上に乗り、首から生えた蘇我の首と呪文を輪番詠唱する。首を持たないもう片方の手が、天を指さしていた。

「我らが三宝浄化の光以て」
「界結う彼方に消え去らんことを」

 物部の首と蘇我の首が、目を見開いて、最後の一|言《ごん》を、唱える。

「「雷火〝|厳つ霊《いかつち》の怒り〟!!」」

 突然、空の高くまでを一握にして揺らすような、音とも震えともつかないとてつもない地鳴りが響く。

「うわっ!?」
「り、りぐる」
「じっとしていて!」

 外側を守るルーミィの防壁は、かなり頑強だ。それに、今のボクのシェルターだって負けていない。2つ重なれば、余程のことでも無い限りは破られたりはしないはずだ。それを信じて、ボクとルーミィはじっと身を潜める。
 外では、地鳴りは地震へと変化していた。激しい上下の揺さぶりに耐えきれなくなった大地は割れて地溝を開き、所々に解けて赤熱した溶岩を脈打つように吐き出している。ボク等の乗った地盤だけが、落ちるように沈下して、周囲を高い岩壁、溶岩の熱に囲まれてしまう。四方が溶岩と岩壁に塞がれ、そして上空には分厚いマイクロスーパーセルが立ちこめていた。片時も雷鳴の聞こえない事は無い、雲自体が帯電しているように放電を光らせて、常に幕雷を孕んでいる。すぐに、まるで雨の代わりのような電子雪崩、導かれる雷撃も劇頻で沈み込んだボク等の残された地盤を絶え間なく叩き崩し続けている。周囲が熱い火山噴出物の赤と、稲妻の青の光で満たされる。

「りぐる、こわい」
「大丈夫、大丈夫……」

 溶岩は龍の姿を成して闇トーチカを激しく打ち付けてくる。同時にボク等の方へ導雷された苛烈な雷撃。

「「その程度の窖で、守り切れると思うてか」」

 割れた地の溝から溶岩龍は何度でも生み出されて火を吐き、溶岩の波を浴びせ、体当たりして、牙で噛みついてくる。更に強烈な負電荷を帯びた雲がどっしりと低空に降りてくる、四方八方から切り裂く雷撃が無限の刃となって切りつけてきていた。ルーミィの「存在する闇」が一体どういうものなのかボクには分からない、闇トーチカが雷によってどんな損傷を受けているのかはわからないが、少なくとも周囲の空気が激甚な熱でプラズマ化しているのだ。溶岩も、落雷も、直接には熱による攻撃だった。
 ミッドナイトガードの闇トーチカを維持するルーミィは、ずっと辛そうにしている。それだけの高温を断熱するのに、トーチカが緩衝するエネルギー量は尋常ではない。それを維持しているのは、彼女なのだ。

「ううっ」

 ボクの耐久壁の中で蹲る彼女の肌に火傷ができはじめていた。広範囲の火傷に混じって、じりじりと赤い筋は木の枝のように伸びて枝分かれしていくのが見えた。リヒテンベルク図形は、電導の火傷だ。緩衝しきれないダメージが確実にルーミィに蓄積していた。火も何もないのに、彼女の髪の毛がちりちりと縮れて焦げていく、樹状に走る感電痕は、赤くなった後次には黒く焦げていった。彼女の白い肌が、破れて捲れて赤く爛れていく。熱放射はこの中には入ってきていないのに、それに焼かれる現象だけは彼女の体に降り注いでいる。闇が、彼女の体の一部であることの証だった。

「ルーミィ、バリアをといて!」
「でも」
「交代だよ、次はボクが! 平気、ボクだってこれくらい、ちゃんと耐えられるから!」
「よわっちいくせに、つよがるなよぉ……」
「こないだ強いって認めてくれたじゃないか! それに、今は幽香さんの力を貰ってるんだから!」

 ボクの隣で、焼け焦げていくルーミィ。だんだん、力なく、呼吸が荒く小さくなっていく。
 だめだ、このままじゃ。

「ごめん、も、だめ……」
「いいよ、もういい、ここにいて!」

 ボクは永夜蟄居の耐久外殻を脱ぎ捨てて彼女に被せる。幽香さんの力を借りた今なら彼女の闇に負けない位に頑丈な自信がある、それにその外殻は彼女の闇と違ってボクの「抜け殻」だ、損害共有も無い。代わりに彼女の闇のように一緒に動くことが出来ない。ボクはそれを彼女のために置いて、生身で外に出る決意をした。これを耐え抜くのは、無理だ。この術を制御している物部と蘇我の融合したあの姿に打撃を加えて術を解除するしかない。
 薄れているルーミィの闇トーチカの内側から蘇我物部合一体を見据える。大技を継続するため、低い場所に滞空してこちらを見たままほとんど動いていない。物部の生首と蘇我の霊物部の頭を持った手の逆の手で、空中に何か印を描き続けている。あの印が雷を呼び寄せ、噴火を引き起こす呪印に違いない。
 物部と蘇我が幾ら神様志望の仙人だろうと、これだけの天変地異を恣意的に呼び出し操作しながら本体は別に動く事なんてできないはずだ。

(やるしかない)

 ここから、蘇我物部合一体の傍まで、300メートルと言ったところだろうか。間には幾つもの溶岩を湛えた地溝と、帯電したスーパーセル、それにそれぞれが吐き出した溶岩龍と雷光がいる。余り長い間このトーチカに頼るわけにはいかない、ここから出たら炎も雷も、真っ先に僕を狙ってくるだろう。それを掻い潜って蘇我物部合一体まで、一気に到達しなければならない。
 飛翔翅のサイズを極力小さく、でも出力を最大に。後ろ足の撥条にも、自己崩壊を厭わない力を溜め込む。最短距離最短時間であそこまで到達するには、飛蝗脚で飛び出し、降下に飛翔のスピードを乗せて、近接突入するしかないだろう。
 蟲体下半身を解き、螺旋に巻いて筒状に再形成して背面に向けて伸ばす。筒の後方には筋状の可動部分を残し、筒の太さを微調整できるようにする。筒の中には蟲体下半身を形成して維持・運用する膨大なエネルギーを未分化のままに後方へ放出するよう流導を形成する。飛翔翼を分解した部位で、エネルギー注入のバルブを作る。鞘翅を大きく展開して更に二分割し、一対を水平方向に拡大、もう一対を少し角度を付けて、4枚の固定翼として筒状部位に据え付けた。
 残ったのは手足と副脚一対、それに剥き出しの飛翔翅一対だけ。|社会生活態《人型》とさして変わらない状態に戻る。触角は抵抗を減らすために後ろへ流す形に倒した。

 |飛蝗脚撥条《ラッチアンドスプリング》、稼働OK。
 尾部エネルギー充填、満。バルブ稼働正常。加圧開始。
 初期動力飛翔、問題なし。
 ノズル膨張比率の適正調整、完了。
 発射角度、測定。ルート上に障害エネルギー多数:無視。

「行ってくるね、ルーミィ!」

 飛蝗脚撥条のラッチを解放して、一気にトーチカを飛び出す。

「っ!」

 溜め込んで一気に解放した跳躍力は自分の体でもその負荷がキツい。何Gかかっているのか想像したくない、まるで体の中身が潰れて全部背中にに押し下げられるみたい、血液が後ろの方に引っ張られて苦しい。
 案の定すぐさま溶岩龍がボクに気付いて首を曲げ、こちらにむかって飛んでくる。だけど。

「遅いっ!」
「「ほう?」」

 溶岩龍が僕の姿を捉えて首を持ち上げたとき、ボクは既にルーミィの闇トーチカ付近にいる龍を抜いている。ボクと蘇我物部合一体の間には、新たに生じた龍が2疋いるだけだ。
 だが、雷はボクを逃してはくれなかった、低空でもこの状態の外に出るのは、負電荷領域に突っ込むことと同じだ。すぐに轟音と共に雷がボクの体を撃った。

「!!!」

 雷撃が加えられて、生じたジュール熱はボクの体の被弾箇所と通電経路を焼いてくる。覚悟の上だが、尋常なダメージじゃない。外皮を強化していても、一撃毎にボクの体は損傷していく。

(ルーミィ、こんなのを全部うけとめてたなんて)
「うっ」

 雷にやられてボロボロになっていくボクの前に、溶岩龍が入り込もうとしていた。新しい何疋かだろうが、反応が早い。飛蝗脚撥条は単に強烈な慣性で飛んでいるだけだ、このままだと蘇我物部合一体に到達する前に、触れてしまう。

「あ゛ああ゛っ!!」

 ブーストはまだ使用していないが咄嗟の方向転換には幾らか役に立つだろう、鞘翅を変形させた固定翼の角度を無理矢理動かし、飛翔翼を動かして無理に軌道を変更する。べりっ、と伝わる裂音と同時に背中が引き裂かれる程の激痛が走った、無理矢理動かした飛翔翼の耐久が、今の飛翔速度に耐えきれずに裂けて取れたのだ。恐らくしばらく右腕は動かないだろう。でも、溶岩に突っ込むよりは遙かにマシだ。

「でも……捉えた!」

 目標射程内。
 ブースト機構、損傷により出力低下も、起動可能。
 飛翔翼断裂によりバランスが変化。固定翼の角度を調整。
 照準開始。

「いくぞ! 過激なFaith、暗愚|集《つど》いし月夜には、縦横無尽に舞い踊る!」

 幾ら速く飛んだところで雷撃を振り切ることは出来ない、それを甘んじて受けつつも溶岩龍の体当たりや炎は掻い潜って、蘇我物部合一体との距離が一定内の場所に到達した。もうボクの体はボロボロで、この一撃を繰り出したらもう使い物にならなくなるかも知れない。豊聡耳神子を倒すのは、ボクじゃなくてルーミィになってしまうだろうか、それとも……。
 いや、今は全力を出すことを考えるだけだ。乱暴な慣性でここまで到達したが、ここからは新たな推進力を起動する。

「|点火《イグニッション》!!」

 背負った鞘翅の変化した筒の内側に、蟲体維持や駆動に使用する|未分化魔名《自由モナド》を未分化のまま無理矢理注入し、筒の中で一気に質量具現の編織回路に通して質量化マナとして変成させる。爆発的にガス質量へ体積拡大された質量化マナは後方に開いたノズルを通って指向性を持って噴出し、作用・反作用法則によって推進力を生じる。ノズルは中程が細まっており、それを通ることによって更に加速する。ゴミムシさんやハネカクシさんのガスジェットを魔装化、高度化、持続化したものだけど、つまり、生体エネルギーを推進剤にしたロケットだ。
 爆発的な推進力は、飛蝗脚撥条とラッチ開放を組み合わせた推進力の比ではない。ここから蘇我物部合一体まで、一直線にブーストして、あの体に跳び蹴りを食らわせる。状況が悪い、対策無しに乱暴に超音速に入ってしまい体中が引き千切られそうになる。足の先を伸ばし、先端に最後の力を振り絞って防御甲虫を備える。ピンポイントバリアを、ルーミィが模擬戦で見せた鋸刃の回転錐体の形に形成して回転させる。そのまま、前に向けた渾身の跳び蹴り。誰が何と言おうと、これがボクの一番の必殺技だ。

「くらええええええっ!! 〝蹴符:リグル・ドリルロケット・キック〟!!」
「なに」

 物部達も想像していなかったのだろう爆速でほとんど水平飛行、体当たり攻撃上等の蹴りは、一直線に敵を貫こうと突き進む。

「くっ、しぶとい奴め。〝六壬神火〟!」
「〝ガゴウジバースト!〟」

 炎も、雷も、もうボクを止めるには至らない!
 立ちはだかる灼熱火炎の壁を突き抜け、激甚落雷の嵐と強烈な降下気流を押し通り、跳び蹴りは蘇我物部合一体に届く。ピンポイントバリアの先端が、その体に迫った。

「いっけえええええええええええええ!!!」
「むうっ」

 物部の手が、結印を止めてボクの蹴りを受け止めるために掌を向ける。蘇我の口から霊障が放たれ、物部の目が開いて魔性の眼光を放って霊的障壁を作る。蹴りの先端が、蘇我物部合一体の防御障壁と激突して激しい光を放った。衝突の境界面からは励起したモナドが周囲の自然|魔名《マナ》と衝突して発光し、はじき出された素霊子が雪崩を起こして全方位雷のような稲妻状の光を放つ。熱エネルギーに転化されて周囲に爆轟を広げる。

(いける! このままこの障壁を貫けば、2人同時の体、防御を貫いた生身に対して、蹴りをぶち込める!)
「|再点火《オーグメンタ》!」

 この際、耐久値気にする必要なんて無い、今、一回だけ、突破出切れば。
 じりじりと鋸刃の回転錐体が、蘇我物部合一体の防御障壁を削り穿孔していく。削り弾かれた障壁の破片が、周囲にガラスの破片のようにまき散らされ突き刺さり、放電の光を散らして消えていく。

「ちっ、ここまでとは。弾き飛ばすぞ、恰好付けていても仕方ねえ」
「そうじゃな。ハァアッ! 〝運気:破局の開門〟!!」

 物部が声を上げて、蹴りを受け止める手を横に払う。もう少しで蹴りが届きそうだというところで、ボクの体は僅かに軌道を逸らされてしまった。

「そっ、そんな……!! っぐうっっ!!」

 全力全開の蹴りが、地面に突き刺さり、大きく大地を抉る。その衝撃でボクの体は大きく地面に叩き付けられ、バウンドし、再び地面へ落ちた。

「あ……ぐ……」

 衝撃は尋常ではない、体中の骨に異常を来している、体は動かず、全身は感覚を完全に失っているか、痛みの信号ばかりを発していた。
 全身全霊を賭した攻撃が、弾かれてしまった。

(ここまで、なの?)

 〝|厳つ霊《いかつち》の怒り〟とこの2人が呼んでいた術を解除することは出来たが、もうこれ以上どうにもならない。
 地面に力なく横たわるボクの頭上に、物部の沓が踏み寄せられた。

「……よくここまで。掛け値無しに、驚かされたぞ」
「だが、限界みたいだな?」
「終わらせよう。|主《ヌシ》には、その力に相応しい刃を送ってやる。|主《ヌシ》の事は、永劫語り継がれることだろう、まつろわぬ邪神よ。」

 物部の首の上で、蘇我が燃える口を開いて、呪を結ぶ。

「〝帯刀:わざびとは、来ず〟。布都、やってしまえ。」

 蘇我の宣言と同時に、周囲に鳴り響き閃いていた雷が、導かれるように物部の腰の辺りに集まり、細長い形をなぞるように走る。帯電と輝きによって輪郭を得た空間に、浮かび上がるように1メートル弱の剣が姿を現した。環頭を備えククリの様に内反りのそれを、物部は手に取り抜刀した。

「無論じゃ。〝神剣:布都御魂〟」

 鞘を出た内反り刀は、刀身に炎が絡み、周囲に雷を纏う魔法の剣のように見える。輝く刀身は目映く身動きが取れないボクは、その場から脱出することも叶わない。物部が足を上げひと踏み地をならすと、大地が跳ね上がってボクの体は小さく打ち上げられる。そして、仰向けに落ちた。

「しぶとく生き残ったまつろわぬ神も、ここで終いじゃな。封神されよ。」
「あばよ、可愛い蛍クン。健闘は、褒めてやるぜ」

 最早抵抗する力の無いボクの胸部に、ゆっくりと鋭い剣の切っ先が沈んでいく。
 もう痛みは感じなかった、それ以上に雷撃と炎熱、自壊も厭わない飛翔蹴りの衝撃で、もうほとんど機能を失っていたからだ。

(|ルーミィ《せおり》、……ごめん、ボクは……)

 突然、大きな破砕音が響いて、空気を揺らした。

「!?」

 ボクの胸にもう半ば差し込まれていた刀は、沈降を止めた。蘇我物部はその音の正体を確かめるために体を起こす。

「お前達が十分にやれるならお前達にやらせて、オレは引っ込んでいようかと思ったが、ま、期待過剰だったか」
「シオ、リ」

 聞こえたのはシオリの声だった。ルーミィの制御を奪ったのだろう。服こそルーミィのをそのまま来ているが、中身はもうルーミィのものでは無くなっている。前に見た、少年の姿。短い髪の毛に、釣り気味の目、何より、ここからでも分かる位の、凄い霊力。
 彼は、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。

「影とはこう使うんだ。憶えておけ」

 そう言って彼は片手を軽く挙げる。すると足下の影が大きく広がって、厚みを持って膨らんで立ち上がった。
 現れたのは、2疋の龍。ルーミィが呼び出す闇蛇と比べてもとてつもなく大きく太く、それに……気味の悪い姿をしている。体表には光沢があり、部分的に七色の偏向プリズムを示しているが、全身が鮮やかな紺色や角度によっては目の覚める青に鈍輝している。色はともかくとしてその姿形だ。ルーミィの使役していた闇蛇は目があり、大きな顎を持っていて、体は鱗に覆われていた、正に蛇、龍と言われても疑いない特徴を備えていたが、シオリが呼び出したそれは、蛇とは似ても似つかない姿だった。腹も背もなく、青光りする表面に黒い縞の様な筋があり、光沢は金属光沢のようにも粘液を纏っている光沢のようにも見える。目もなければ割れた口も顎もない。口は先端に円形にぱっくりと開いた、口と言うより孔で、歯は見えない。蛇の頭部のように凹凸があるわけではなく全体が、頭部以外と区切りを持たない線形を描いている。その姿を形容して言うのなら、巨大なカンタロウだった。当然だが姿がそれっぽいと言うだけで、ボクも意思疎通などは出来なかった。

「気味の悪い召喚獣を使うのう」
「月の神が聞いて呆れるな。まさか大ミミズを子分にしているなんてよ」
「ふん。その言葉、オレを倒してから言うんだな」

 蘇我物部合一体はボクの処刑を保留し、シオリに対するよう歩き始めた。

「ならばその気味の悪い蛇を、退治すれば良いのじゃな」
「そんな大ミミズでオレ達を止められるのか?」

 シオリが、呆れた、と言ったポーズで蘇我物部合一体を嘲りの目で見る。

「……やってみろ、雑魚」


§ § §



「派手にやりおって。元の地形がさっぱり無いではないか」

 シオリが物部と蘇我と交戦するその遙か高い空に、蝙蝠のような羽を備えた人間型の何者かが姿を現し、薄らいでいる太陽の光を背に負いながらその光景を見ていた。
 その姿に気付いた豊聡耳がその蝙蝠へ視線を向けると、それは既にシオリと蘇我・物部の戦いから視線を外し、豊聡耳の方を見下ろしていた。

「……|紅魔卿《TheKarmazyn》、何の用です。お招きしたつもりはないのですが。」
「〝招かれざる客〟お前がその言葉を他人に向けるとはお笑い草だな、だが《《私》》に向けること自体は間違っていない、容赦してやる。」

 宙に現れたのは、紅魔館の主にして辺境伯、レミリア・スカーレットだった。この状況を視察にやってきたらしい、博麗の全権大使と名乗っているが、この騒擾を収めようとする様子もない。それどころか、中箱の状態を面白がっているように、空に浮かんだまま腕を組んで状況を見下ろしている。

「博麗の騒擾沈静化の全権大使として出向いた。豊聡耳神子、お前は今、目立ちすぎている。ここは神奈備とのDMZ、幻想郷ではないのだぞ。こんな場所でこんな荒事をされては外交問題になる。神奈備との関係は、お世辞にも良好とは言えない。」
「あなたもたまには辺境伯らしいことを仰るのですね。流石にここまで自分達の庭だなどと仰るつもりではありませんよね」
「こんな人も住まん〝化外〟なんぞ、領地に含めたところでメリットがない。お前のような馬鹿者に焦土にされる様な場所なら尚更だ」

 レミリア・スカーレットは適当な岩に腰を下ろす、適当に選んだにしてはそれは、余りにも玉座を彷彿とさせる形だ、選んだに違いない。「あれは、ひっくり返るぞ、加勢しなくていいのか?」上半身を投げ出すように背を持たれ、足を組んで頬杖を突いて豊聡耳を見る。

「まだ大朔に至っていませんので。宣言を違える程、私は野暮ではありませんよ。」
「……私の知ったことではないがな」

 レミリア・スカーレットは、シオリと蘇我・物部の戦いへチラリと視線を送り、しかし興味なさげにすぐに戻した。

「言わずとも分かっているだろうが、私は全権大使だ。暴力の使用も含めた、全権を任されている。お前達が勝手にここでバカ騒ぎをしていると、博麗にとって都合が悪いのだ。」
「|紅魔卿《TheKarmazyn》、あなたはここに仲裁に来たのですか? 生憎、我々は―」

 だがレミリア・スカーレットは、その言葉を途中で遮る、笑い転げるように腹を抱えてさえ見せて。それが相手を嘲るための大仰な演技であることは明らかだが、豊聡耳にとってはそれはどうでもいいことだった。

「何を笑うのです」
「ハハハ、いや、失敬。心配無用だ。そんな無粋なことはせぬよ、ただ、博麗の名の下にこの茶番を監視させて貰う。そして、そうやって弱った勝者を私が軽く踏み潰すだけだ。いいだけ叩き潰し合うがいい。ハハハ! 精々〝ギンヌンガガップ〟が漏れ出ぬように、上手くアレを|廃炉《処分》することだな。私が遣わされた本当の理由は、尻拭いだ。あいつらと、お前達と、それに博麗のな。ああ、とんだ貧乏くじだ」

 笑うレミリアを見て、豊聡耳は汚い物でも見る様な視線を向け、そして陰った太陽を見やる。

「|紅魔卿《TheKarmazyn》、あなたの出番はありません。私こそ、そのために来たのですから。」



§ § §



「あっははははは! オモトの腹心だと言うから期待したのに……お前等も期待外れか?」

 雷、それに炎。レミリア・スカーレットが言うとおり、この辺りの地形は最早ズタボロに破壊されている。つい数時間前までは湖畔の長閑な森だったのに、この地域の地下構造などお構いなしに術で呼び出した断層が生じ、噴火までして、山火事は起こる雷雨は荒れ狂う暴風は暴れる、散々な自然破壊が尽くされている。それだけでもとんでもないというのに、シオリが呼び出した影龍は、更にとんでもなかった。
 とんでもないのは影龍が辺りを破壊し尽くしたからではない、影龍に歯が立たない蘇我物部合一体が、野放図に攻撃を繰り返して、やはり断層が生じ、噴火までして、山火事は起こる雷雨は荒れ狂う暴風は暴れる、を繰り返しているからだった。

「な、何じゃあのミミズは……!」
「もう一度だ、ノーダメージだなんて、有り得ねえ」
「「雷火〝|厳つ霊《いかつち》の怒り〟!!」」

 雷は、そのぬら付いた表面を滑るように導かれ全く損傷を与えずに地面へ放電されてしまう。炎は効果があるのか全く分からない、溶岩龍は生み出される片端から円形の奇妙な口の中に丸呑みにされていた。皿を当てようが矢を当てようが同じ事だった。
 あり得ない、と物部の首の上で蘇我が言うが、ノーダメージだと言っても不思議ではない位に平然と、影龍は蘇我物部合一体を追い回している。攻撃手段はその大きな口で飲み込もうとしてくる他、背中から不規則に生えて伸びる腕が掴もうとしてくた。全く単純な攻撃方法だが、単純であれば脅威度が低いというわけではない、猛獣のそれは結局同じようなものだ、銃を撃ってこないから熊は安全、と言うわけではないのと同じだ。

「退屈だな、お前達程度の奴がオモトの腹心だなんて、全く失望だ。|穂多留比《ほたるび》、お前もだ、こんな奴らに勝てないのか」

 そんなこと言われても、レベルが違いすぎる。応える元気もないし答える言葉も持ち合わせていないボクは黙って地面に転がっていた、何度か地震であっちこちに転げ回されたし、地割れに飲み込まれそうになったが、運良く生きている。情けないが、その姿を見られる度に、またシオリには笑い飛ばされていた。

「だがまあ、餌としては栄養価が高いようだし、おとなしく喰われてくれ。呼び出しといてなんにも餌を与えないと、機嫌が悪いんだ、この子達。」
「ふざけるな、そんなギャグみたいなオチ、受け入れられるか!」
「ギャグがお好みじゃない、だったらこういうのはどう?」

 シオリが指を鳴らすと、闇龍二疋の動きが少し変化した。といっても結局丸呑みしようとしている事に変わりは無い。別に何か命令をしたのではなく指を鳴らして注意を引いたのと、影龍の方もそれで何か指示されるのかとちらっと気にしただけらしい。

「くっ、〝エンシェントシップ〟っ!」

 艘行突撃技で影龍に突撃するか、と思わせてそのルートはまっしぐらにシオリの方へ向かう。術者を倒す方がいいと切り替えたのだろう。確かに艘行突撃技の移動速度は影龍の飛来速度よりも速い、それで移動しながら、シオリ自体を攻撃するのは理に適っているように見えた。

「喰らえ、ボールライトニング・パイナップル!」

 物部が艘行移動を止めないまま、即応性の高い投擲型の電撃を投げつける蘇我。だが、シオリはそれが到達しそうなときに、自身の体に黒い皮膜を纏いそれを防いだ。黒い皮膜は恐らくシオリの存在する闇だろう。影龍と同じように、電気の効果は高くないらしい。

「そのまま当ててやれ、布都」
「わかった」

 熱や雷のダメージがどうにも薄い事にしびれを切らした蘇我物部合一体は、物理攻撃に訴えることにしたらしい。|衝角《ラム》を突き立てた船で、シオリに向かって突撃攻撃を行う。シオリはそれを回避する素振りも見せない。

「わざわざ捕まりに来るとは、やはりギャグ狙いなんじゃないのか」

 主に回避と移動に使っているとは言え元は攻撃用の突撃手段、船に備わった鋭い|衝角《ラム》は攻撃手段相応の破壊力を持っている。十分に加速して突き立てる|衝角《ラム》アタックは、いかにあの闇龍を操る術者といえど(むしろ遠距離支援型であれば尚更)効果があると思われた。が。
 |衝角《ラム》の先端がシオリの前に届いたところで、まるで護謨の薄膜が宙に貼りだされているかのように黒い壁が地面から突き上がる。勿論それが本当に護謨であれば、エンシェントシップは容易に突き破ることが出来ただろうだが、船はその壁に阻まれて推力を失い停止してしまった。衝角の先端は少々歪んで凸部が裏側に出てシオリの鼻先の寸前で停止していた。その口が、にい、と笑った。

「なにっ!」
「くそっ! 布都、剣を出せ……あっ!」

 船から下りて布都御魂を呼び出そうとした蘇我物部合一体だったが、船を停止させられた隙に、戻ってきた闇龍の体当たりを喰らう。

「うぐううううっ!!」
「ぎゃああっ!!」

 巨大な龍の頭部での突進を喰らって吹き飛んだ蘇我物部合一体は魔名の光に包まれ、地面に転がる時には元通り2人の姿に戻っていた。術の維持が解けたのらしい。

「ちくしょうっ、何なんだ、このぬためめずっ!!」
「くそっ、寄るでない、気持ちが悪いっ!!」

 いよいよ闇龍の接近を許した2人は、その攻撃に晒されることになる。大きく口を開けた龍は、物部をに向かって口を開く。大きく広がった円形の口は、当然その奥には何があるのかも分からない。唇の傍に歯はなく、舌もない。なだらかな凹凸を持った肉質な口内組織が見え、その壁は粘液で濡れている。唾液の代わりなのだろうか、開けた口の中、体腔の中では、粘液が糸を引いて滴っていた。

「うっ、やめ……」

 ばくん、物部の体が頭から闇龍の口の中に収まった。物部の上半身がずる、ずる、と闇龍の柔らかい口の中に引きずり込まれていく。どうも食べるのが余り上手ではないらしい、得物を飲み込もうとするも、上半身を口に収めながら段々と外に零れてしまいそうにしている。吸い込むように再び腰の辺りまでを口に含むが、また胸辺りまでずり落ちる、を何度も繰り返しているようだった。

「ふ、布都!!」

 それを見ていた蘇我は物部を案じて声を上げるが、すぐに自分の身に迫っている危機に気付いて息を呑んだ。物部は丸呑みにされたが、蘇我には、闇龍の背中から伸びた細い腕が無数に迫っていた。

「や、止めろ、気持ち悪いっ!! は、はなせっ!!」







「くっ、気持ち悪いっ、ああっ、もう畜生!!」

 ホバー浮遊状態の屠自古は、布都が龍に飲み込まれてしまったのを見ていたものの、なんとか救出の好機を狙おうと一旦離脱を試みる。だが不用意な後退行動が徒となり、幽霊脚の片方が闇龍の背から伸びる触手に捕まってしまった。触手は闇龍の腹に開いた熟れたアケビの様なワレメから溢れ出している、触手の数は夥しく、そのワレメからは常に粘液が涎のように垂れていた。

「放せ、はなせっつってんだ、このっ! エレクトりっ……ううっ!?」

 無駄だと分かっていても電撃の術を使って一矢報いようとする屠自古、しかしその術詠唱は中断させられてしまった。蛇の触手が服の内側に入り込んできたのだ。闇龍のでかい図体は、いつでもお前を丸呑みにしてやれるぞと言わんばかりに上から屠自古を見ている(目があるようには見えないが)。見ているだけで丸呑みにしようという動きは今は見えないが、その反面で、背から伸びる何本もの触手が屠自古の体を解放する様子も見えなかった。触手はぬるぬるとした粘液で濡れていて、それが急に服の中に入ってきた者だから、屠自古は術の集中を解いてしまったのだ。

「きもちわりいっ、放しやがれって! うっわ、ちょっとまてって、悪趣味……おい、シオリやら、テメー、あたしをどうする気だ!?」
「さっきも言っただろう、餌だ、餌。ギャグ漫画展開がお気に召さないと言うから、エロ漫画展開だ。」
「なに訳わかんないこと言ってるんだ、くっそ……〝ソガノコレダー〟!」

 屠自古は周囲に電撃をまき散らす術を使うが、触手にはやはり動じた様子はない。

「相性が悪いようだね」
「しるか!」

 屠自古はシオリを睨み付けながら、身を捩って触手の拘束から逃れようとする。ヌルヌルと滑る粘液は、掴もうとすれば力が入らず、だと言うのに無関節で巻き付いて拘束されると逃げられない。掴み取って剥ぎ取ろうとすると、指が埋まるばかり。指が埋まって凹んだ柔らかな粘膜からは、じゅわ、と粘液が染みだして更に滑りが良くなって掴むことさえ難しくなってしまう。
 触手には裏表があるらしい、フォルムだけはタコのそれに似ている。表面は光沢のある滑らかな表面をしていて龍自身と同じく煮詰め手ほぼ黒に近い濃藍色をしている。対し、裏側は血色のいい赤色をしていた。タコのようなフォルムではあるがタコらしい吸盤は備わっていない、もっと細かくびっしりと敷き詰められていて、まるでゴーヤの表面の凸部一つ一つが柔らかな吸盤になっているような姿をしている。触手の湛える粘液は、このぶつぶつとした吸盤の脇から特に多く分泌されているらしかった。

(きもちわる……いっ)

 服の中にまで入り込んできている粘液まみれの触手に体中をまさぐられる感覚。屠自古は不快感をあらわにする。人肌のヌメリの付いた触手が、服の中に入り込み、肌を撫で回してくる。下着の中にまで入って女として気を許さない相手には触らせることも見せることもしたくないような場所にまで、無遠慮に入り込んできた。

「て、めっ……やめさせろ、こんなことっ!」

 シオリはもう聞く耳を持たない。2人の対応は君達に任せたよ、闇龍にそういったかのように、少し離れたところで足を組んで様子を眺めている。

「おいっ! ああ、ちくしょうっ! 餌、餌って、こんなことっ……?!」

 叫んだところで、屠自古は息を呑んだ。デリケートゾーンをまさぐってきている触手の動きが、余りにも《《それ用》》だと言うことに気付いてしまったからだった。

(な、なんで、こんな……っ)

 触手のタッチは、巧みだった。柔らかい肉質はぬるぬるした液体に包まれていて、それで撫で回される感触は、上等な香油を使った愛撫を思い起こさせる。いや、糸を引く粘り気の強い粘液は、その感触とも違い、屠自古にとってはそれ以上に狡猾に、女の体の敏感さに付け入ってくるように思えた。
 しかも、その触手は見る見る数を増やしていった。今や数はタコやイカ程度の数ではない。イソギンチャクかそれ以上の数が、まるで飲み込むように足下から上半身までを埋め尽くしている。1本や2本、そうした触手が絡みつく程度なら、その表面を包む粘液など大したものではないのだろうが、触手の群に沈められたようなこの状態では、触手の1本1本同士の間に、それに触手の群と屠自古の体の間に、溜まり湛えられる粘液の量はまるで水たまりに等しい。触手の撫で回しから逃げたくて身じろぎをしたり、あるいは触手自身が動いて肌を撫で回す度に。屠自古の体には潤沢なぬめり汁がぶちまけられて肌に塗りたくられていた。
 巨大なイソギンチャクの触手の群に沈められ、その触手はそれぞれが驚くほど巧みに屠自古の肌を撫で回してくる。何百人もの人間の腕が、屠自古の性感を高めようと愛撫の雨を降らせているようにさえ思える。

「お、おいっ!こいつをどうにか、うっ、しないか、スケベミミズっ……く、うぅっ」

 大量のミミズ触手に囚われ撫で回されて、屠自古は焦りを露わにする。たとえ感触が香油プレイよりも甘美なものであったとしても、気味の悪いミミズに体を擦られて「すけべ」を感じるほど屠自古は見境のない女ではない(仮に本人に見境がなかったとしても、特徴的な幽霊脚のおかげで理解のある布都や神子以外は相手にしてくれないかもしれないが)。ましてこんなシチュエーションだ、神子の長年の夢が叶うかどうかの正念場に同席しているのだ。そんなときに淫らな気分など。

「くぅっ……」

 淫らな、気分など。

「んっ……ば、か、やめろぉ……♥」

 無数の触手達の責めは、一人や二人の人間にペッティングされるのよりも圧倒的な数で、上等な香油の滑り愛撫の甘美な感触を完璧に上回り、屠自古が今までに経験したことのあるどんな性的解消サービスのマイスターよりもテクニシャンだった。

(くそっ……なんで……こんな)

 それに、触手の海に埋まってからずっと鼻の奥をくすぐる、妙な香りだ。決していい臭いではないむしろ悪臭の類だ、草いきれと放置された生魚の臭いを足して醗酵させたような、|第一《トップ》に吐き気を催す腐臭、|次に広がる《ミドルに》質の悪い酪酸と薫臭、|最後にわずかに残る《ボトムは》、植物を思わせる僅かに清涼感を持つ爽やかさ。奇妙だが強烈な香りは嗅覚を潰し、味覚にまで影響している。剰えそのにおいは思考にさえ割り込んでくる。臭い粒子を感じる受容体は、その臭いを受け付けると、嗅覚以外の感覚を脳に送り込んでくるのだ。すなわち。

(気持ち、いいっ……♥)

 臭いを嗅いでいるだけで、幸福感を強いられる。今全く幸福を感じるような要素はないと思うのに、ふわふわと浮いたような感覚と、心地よさ、満たされているという充足感まで。光や臭い、色にも妙に敏感になっていく。自分の心臓の音までやかましく聞こえ、触手が自分の体を撫で回し、粘液のヌメりが空気を巻き込んで立てる小さな音さえ、その全てが耳元にあるかのように聞こえていた。肌をなでる触手の感触もあまりにも近い。皮膚が間に挟まっていない、神経を直接メープルシロップで漬け込んでいるような。屠自古は無意識の内に、その臭いを胸の中いっぱいに取り込むように大きく深呼吸を繰り返していた。

 すううううっ……
 ふううううううううっ♥

 屠自古の理性のどこか片隅には、この臭いに対する危機感はあったのかもしれない。でもそれはあっという間に消し去られていた。呼吸がこんなにも心地のいいことだったなんて、屠自古は感動にも似た幸福感で肺の中を満たされていく。肺の中がいっぱいになるとそこからあふれ出た蜂蜜は心臓にあふれ出して前進を駆けめぐる。毛細血管の隅々までが、砂糖で錆び付いていくような、そんな甘美な機能不全が屠自古の体をトロかせていく。

「や……ば……ぃっ、コレっ♥」

 その間も絶え間なくうごめき愛撫を続けてくる触手の群。体の中の血液が全て酒精混じりのメープルシロップに置き換えられた今、触手の粘液は不幸と不安を溶かして流す溶解液だった。
 体中を嘗め回すマッサージは、ひと撫でごとに屠自古の女体を幸せにするテクニシャンだった。関節のない全てが筋肉でできた触手は、どのような複雑な力加減も思いのままだ。人間では不可能な微妙な力加減、圧迫する面積、複雑な圧点配置と、摩擦の面積。骨がないのに力強く、骨がないからしなやかで、触手の一本だけを取っても不可思議の催淫ガスで発情させられた肉体を満足させるだけのポテンシャルがある。その催淫臭気は無尽蔵で、極上触手は無数に生えて動いていた。

「わっぷ、こ、これ、なんだっ」

 突然、屠自古の頭上から大量の粘り汁がぶちまけられた、髪の毛をべっとりぬらし顔中、肩も胸も全身に糸を引く透明なネバ液がかけられ、屠自古の体は粘液でぐちょぬれになる。何事なのかと頭上を見た屠自古は、頭上で円い口を開いている闇龍の姿を見た。奴の唾液なのだ。

「く、くっせぇ……♥ なんて匂いだっ♥」

 頭の上から全身ずぶ濡れになるほど注がれたどろつき唾液は、《《あの》》匂いをくらくらするほどにキツく漂わせている。屠自古はそれを匂いとしてだけではなく、直接肌に塗られ、それどころか粘膜に触れたり、僅かに飲み込んだり、してしまった。

 ふーっ、ふーっ

 触手によって屠自古の四肢は完全に固定されていた。幽霊脚は複数の触手に巻き付かれ、左右にばっくりと割広げられている。太股から下は溶けたように形のないアストラル体の集積になっているが、太股より上は強く具現化されていて、重量が軽い以外は、細かい点をのぞけば人間の体と変わらない。触手によって股を開かされている屠自古の、その太股の間へその下には、彼女の荒っぽい言葉遣いや乱暴な仕草に不似合いなほど潔癖に白いショーツが見えている。頭の上から注がれた催淫唾液に濡れ透けた下には、やはり人間のそれと同じように、緑色の陰毛と、ピンク色の割れ目が、顔を覗かせていた。

「は、なせ……っ、これ以上辱めたら、承知しねーぞっ……っっふぅっん♥」

 強制発情汁を刷り込まれた屠自古の体は、触覚全てを性的な愛撫に感じてしまうほど火照り、充血し、感覚が鋭敏化し、そしてそれを快感として余すところなく受容するように、麻薬効果は脳髄を浸していた。
 四肢を大の字に広げられたまま触手の群に浮き沈みし、そうして触手の表面が濡れそぼった服の上から屠自古の体を撫でると、彼女はそれだけで甘美な快感の波に押し流されそうになる。いやもう、流されていた。

(だ、ダメだっ、これ、ダメだっ……♥)

 向こうからはヤハタがこの痴態をみてほくそ笑んでいるのだろうし、どこかからは神子が見ているのかもしれない。敵と主人の前でこんな無様な姿を晒すなんて。屠自古は惨めな思いに駆られるが、その惨めで悔しい感情と、強烈に理性に打撃を加えてくる甘ったるい快感が、今にも手をつないでしまいそうだった。

(見ないで、見ないでくれ、神子ぉっ)

 神子の大願成就のための決戦だということ、それにこの状況をその神子が見ているのかもしれないこと、だからこんな淫行に夢中になるわけには行かないこと、それら全てを屠自古は承知していて、だが、その理解も理性の土台ごと、愛液と嬌声に押し流されようとしていた。
 触手の群の中で大きく股を開き、布地の上から触れる触手の感触に中毒して、屠自古はすでに自らの意志で股を開き、腰をくねらせて偶然そこに居合わせた触手の体に股の間を擦り付けるような動きを見せていた。指の股まで完全に淫液にまみれた両手は、触手の表面をいとおしげに撫でて、それは彼女の本当の愛しい人、夫である豊聡耳や、愛人にして棒姉妹である布都の肌を撫でるときの動きと、同じ。

「ふうっ、ふうっ♥ さわる、なっ♥ そんなところをっ♥」

 言葉尻ばかりは抵抗を見せているが、その声はねっとりと欲情に染まって甘い。
 屠自古は拘束された不自由な体を捩って動かすが、それはもう、ここから脱出しようとする動きではなくなっていた。大きく開いた股の間、白い布地の下で期待にヒクつき涎を垂らす肉ワレメに、びっしりとブツブツを備えた触手の裏側に擦りつけたい一心で腰を上下に動かしている。

「ヲ゛っ、ヲんっ♥ フンっ♥ んふっン♥ てめっ、そんなとこばっかり触って、下品なミミズ野郎だなっ♥ ふうっ、っん♥ 何が月の神だっ、ほぉっ♥ ただの品性下劣♥ じゃねーかっ♥」

 屠自古の手は触手の表面を愛おしそうに撫で、細まった先端へは筒状にした掌で上下に扱く。それだけではない、太股をがっちりと固定されながら、しかしその先端の滑らかに細まった幽霊脚のつま先もヌメり汁に塗れた触手に絡みつかせて、コキ回していた。

「オラっ♥ これで満足かよっ♥ ほら、ほらっ♥ 気持ちいいのか? ミミズのくせに、いっちょまえのチンポみたいにヨがりやがって♥ おっ、おまえ、チチまで舐める気か? ド変態、最低の、クソミミズだなっ♥ ふっ、ん♥ ん♥ んんんッ♥」

 言葉を解するのかさえ分からない触手の群れに向かって淫売のセリフを恥ずかしげも無く口にしながら、その肉蛇に奉仕する屠自古。表情は淫猥な笑みに歪み、頭から被った淫液のせいでそれは光をぬらぬらと照り返し、一層に淫靡だ。
 触手によって豊満な乳房を形が変わる位に締め上げられる。ぬめぬめに摩擦が薄くなった乳肉の肌からは巻き付いた触手がヌル滑りして外れ、その肌をぷるんぷるんと揺らている。そして再び巻き付いてくる本能的で無思考的な巻き付き反復は、屠自古の発情ボディにとっては延々と続く乳愛撫と等しかった。粘液に滑って触手が乳肉を取り漏らす度に、火照った肌を撫で回し、イボイボまみれの触手の裏が乳輪と乳首を擦り挙げる。

「ふーっ、ふーっ♥ それやべえって♥ あたし乳首、よええんだよっ♥ おふっ……お、んおっふ♥ くっそ、くっそぉっ♥ 乳弄りばっかりうめえのかよ、ド変態触手めっ♥ 殺されてえのかっ♥」

 乳房への愛撫は屠自古にとって知性を吹き飛ばす程の快感だった、それ以外にも全ての肌も敏感な性感帯になっている。触手の海に放り出された体はどこを撫でられても、全てが臍の下と股の間に熱を蓄積していく。それを身を以て感じている屠自古は、肉体の全てを触手のベッドに委ねていた。頭から淫液を被った彼女に、まともな理性を取り戻す可能性はほぼ、無い。

「はーっ♥ はあーっ♥ ふぅ、ふぅっ♥ ……ううっん♥」

 体中を特級性感マッサージで蕩かされ、敏感な素肌へ快楽を塗り込められていく屠自古は身を捩らせて全身で快楽を貪っている。もう彼女に、豊聡耳神子の腹心であるという自覚は完全に失われていた。ただただ与えられる快楽に溺れる、ただの淫乱亡霊。乳輪と乳首への刺激と快楽が、絶頂へ導こうとしている。
 だが、まだまともに愛撫をもらえていない場所があった。屠自古は触手地獄の肉海に揺られながら、ずっとただ一点を見つめていた。まさぐられ踊り続ける乳性器の向こうで置いてけぼりを喰らっている、女陰だ。

「おいっ♥ おいっっっっ♥ お前ヘタクソかよっ♥ なんでっ、なんでソコっ♥ そこさわんねえんだよ、不能っ♥ 怖いのか? マンコ怖いのかアアっ?♥ 腰っ、腰ヘコ振りしちまってるの、ホラ、ホラっ、見えンだろ、ほらぁっ♥ マン汁だだ漏れのメス穴、おめー、まだパンティはかせっぱなしなの、女心わかってなさ過ぎだろ、鈍感不能ミミズっ♥」

 腰を高く持ち上げて、フルオープンの股間を晒してフリフリと尻を振る屠自古のソコには、ヌル汁で飽和濡れした白いショーツがまだ被されたままだ。その状態に、屠自古は口を尖らせて、まるで恋人に《《いけず》》をされた恥じらい乙女のように顔を染め、しかしそれには全く似合わないヘンタイ科白を吐きまくっている。濡れたショーツの下では赤割れした淫裂がヒクついて、刺激を求めて涎を垂らしている。

「はやく、はやくはやくはやくっ♥ はやくパンティ脱がせろよ、ヘタクソっ♥ オメー童貞かよっ?♥ 悔しかったらあたしのパンティ乱暴に剥ぎ取って、さっさとハメ倒してみろよっ♥」

 言葉を理解しているのかしていないのか、闇龍が屠自古の挑発に乗ることはなかった。代わりに、そのイボイボだらけの触手の内一本を、脱がせないショーツの上から被せるように乗せる。

「おいっ、おまえ、あたしのおまんこさんが恋しいのは分かるが、ちゃんと順番を守れよっ モテない童貞クンが焦ってパンティの上から……オヒィイイイイイいっっんっ♥」

 びくびくびくっ!
 触手を煽るような科白を口にしていた蘇我は、声の裏返った叫び声を上げる。拘束されて自由の利かない体を突然仰け反らせて痙攣させた。

「お、っ、おま、えっ……不意打ち、かよぉっ……?♥」

 背中を仰け反らせ白い喉元を晒したまま、甘ったるい煽り文句を涎と一緒に漏らす屠自古。逆様に仰け反った顔は、ヨリ目を決めて鼻の舌を伸ばし涎を垂らした尊厳など微塵も感じられないだらしないアクメ顔だった。痙攣は断続的に続いている。

「はーーっ♥ っつ♥ はぁぁぁーーーっ♥ はあっ♥」

 一撃で屠自古をアクメさせた触手は、ゆっくりと彼女の股間から身を浮かせる。弾力のある肉で出来た先端が、丸く尖っている。その一つ一つからねっとりと粘液が糸を引いて伸びた。触手が身を浮かせたその下には、陰毛も淫裂も濡れ透けさせた白いショーツ、ふっくらと膨らんだ恥丘から尻に向けて滑らかな曲線を描いているが、その形を一点崩しているのが、淫裂の上でツンと膨らみショーツの上からでも分かる程に自己主張しているクリトリスだった。それはテントを張ってギンギンに膨らみ、今にもぴくぴくと震えそうな程に張り詰め発情勃起している。ショーツの上から、この自己主張の激しいクリトリスと、ぷっくり充血して熟れ肉を食み出した淫裂を、イボまみれの触手で一気に擦り挙げられ、屠自古はあっけなくアクメ面を晒すことになったのだ。

「ま、まいったぜ、お前のそれがそんなえげつねえ牝殺しのマン肉おろしだったなんてよぉっ♥ これじゃあアタシのマンコ、挿入なしで何百回でもアクメさせられちまうっ……♥」

 まいった、といいながら、マンズリで仰け反りアクメをキメた妹紅は、幸せそうなトロアへ顔をさらして、股を閉じようとする力を一切入れていない。触手がこっちにマンコを向けろと引っ張れば素直にソコに向けてショーツ越しの勃起クリを見せつけ、次の刺激を待ち侘びていた。

「おらっ、もう終わりかァ? アタシのマンコそんなんで味わった気になってんじゃねえぞ♥ もっと本気でかかって来いよっ♥ 本気で、ほん……ほん、き……で……ぇっ」

 絶頂余韻が引かず目の焦点があわないまま、アクメ欲求に浮かされて挑発するような科白を吐いた屠自古は、中々言うことを聞かない体を言い聞かせて目の焦点を徐々に合わせて視界を取り戻す。そして、焦点が合い、自分の体に起こっている事態を把握して、言葉を失った。
 何十本とも何百本とも付かない無数の触手が、そのイボイボ面を屠自古の陰部に向けて待ち構えていたのだ。体の他の箇所には全く見向きもしない、快楽落ちさせるときに刺激を加えていた胸でさえ、今は無視されていた。触手の全てが淫裂を下す男のように、今にもソコに飛びかかって擦り始めそうな様子。

「えっ……ちょっ、と、その数は……予想してなっ……♥」

 目の前の触手の数を認識し、一発貰った擦りアクメの深さを想像した屠自古は。こぷ、と発情メーターが振り切れた屠自古の陰部がショーツの上からでも分かる程の淫液を押し出すように零した。膣と陰唇が、欲情で締まり上がって捩れたのだ。

「あ……終わる、それ、全部来たらアタシ、確実に、女としておわるっ……♥ えげつないクリイキおぼえさせられて、膣イキできなくなるっ♥♥♥」

 口をわなわなとヒクつかせ、凍えたような笑顔に欲情の期待をはりつけながら、股間に迫る触手の大群を見つめる屠自古。そして。

「ほぎょおおぉおぉおおおおおおおっ♥♥♥ ほ、ほあぁあああああああっっっっ!!!♥♥ やめっ、それ、それマジだめっ♥♥♥ んぎぎぎいぃぃいいいいいいいっ♥ イってる、イッ……♥」

 ぞるぞるぞるぞるっっっっっ!

「っぁああぁっっぐううっ♥ イって、イってっ、っ♥ またイっ……♥ ヲをぉおおおおっっっっ♥ おっご、ふっ、ふんっ♥ ぉふんっ♥ あっ、あっっがあああああああああああぁぁぁ♥♥♥♥ やめっ、ダメ、ほんとっ♥ クリ、取れっ、と、いっっぐううううううううううううううううっっっっっッ♥♥♥ と、止まって、しょくしゅ、とまっれ、クリ擦りとまっ♥♥♥」

 ずる、ずりずりずりずりずりっ!

「あっ、らめらっ♥ アタマ、あたま、トぶっ♥ あ゛、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ♥ おわんなっ、勃起クリ、とまんっ、イ、いっぐ♥ イグイグイグイグイグイグイグイグイッッッッッッッ♥」

 ぞり、ずる、ずる、ずるずるずるずるずる

「っぁ、ぁああっ♥ んぉ、ぉおぉっ♥ むり、マジ、おかひくっ♥ これいじょうは、おかひくっ♥ クリおわんないっ♥ アタマは満足してるのに、クリが、まだ何回でもっ、クリだけ幾らでも、きもひよくっ…………♥♥♥♥ お゛っ゛っ゛♥ ん゛っ゛ぉ゛っ♥ ホォおッっん♥ ゆるひて、クリ、クリ擦りもう、ゆるひっ……んっひいいいいいいいいいいいいいいいいいいぃぃぃぃいぃぉぉおおおぉっっっっっっっっっっっ♥♥♥」

 触手は順番など守らない。ただ、それぞれがヒクつき勃起自己主張している屠自古のクリトリスに向かって、自分の腹側のイボイボぶつぶつの面を擦りつける、それだけに夢中になっているようだった。
 催淫粘液でアクメスイッチになったクリトリスを、触手はその先端から太くなった根元の方までを、一気になすりつけ、柔らかいおろし金のような表面でクリトリスを擦りあげる。それも、一本や二本の触手ではない、何十何百も群がる触手全てが、それを使用と屠自古の股間に群がってきて、しかも実際にそれをする野だ。一回や二回でもオーガズムに落ちればクリトリスももう快感を感じることもないはずなのに、今の屠自古のクリトリスは媚薬粘液のせいで、無限に絶頂信号を送り続けるアクメマシーンになっている。対し、彼女の頭の中は、数回もアクメに至れば十分だ。だが、触手立ちは、それに、性欲の奴隷に落ちたクリトリスは脳みそのことなどお構いなしに絶頂快感をぶち込んでくるのだ。

(ダメだ、ダメだこれっ、かてねえっ♥ このミミズに、呪術戦でも、セックスでもっ、歯立たねえっ……♥ つよしゅぎる、セックスすよす、ぎっ♥)

 セックスなどしていない、まだショーツを下ろしてもいない、その上から愛撫しただけだ。だが壮絶なアクメと、媚薬によって狂わされた理性は、触手への愛情にも似た感情を芽生えさせている。

「はへぇぇぇっっ♥♥♥」

 薬が抜ければ思い直すことだろうが、今はそんな気配はない。屠自古は仰け反り、アクメで体の硬直が解けず痙攣が終わらない体で身動きが出来ないまま、自分の完全敗北を思い知った。神子の目の前で、こんなにも無様なアクメ敗北をキメるなんて、とも、今は思っていない。ただ、快感だけが彼女の頭蓋骨の中を満たしていた。







 上半身を丸呑みにされている布都は、闇龍の口の中でもがいていた。粘液でベトベトに濡れている口の中は、手をついて体を押し出そうにも滑ってそれは叶わない。

(な、何とか脱出しなければ……こんな奴に喰われて死ぬだなど……っ)

 上半身全体が生暖かい肉で圧迫され、ぬるぬるした唾液で濡れていく。されるがままに押し潰されていると真空パック状態だが、顔の角度を調整して空間を作れば呼吸は出来る。布都は何とか呼吸を確保しながら逃げ出す手段を考えていた。

(ぬるぬるして、体を押し出すことも出来ぬ……このままでは、完全に飲み込まれてしまうっ)

 ヌルヌルした液体に塗れた柔らかい肉に上半身がパッキングされている。この龍はものを食べたり飲み込んだりするのが下手らしい。布都の体は中々奥へと飲み込まれることはないそれどころか重力に引っ張られて口の中から体が滑って落ちそうになる事もあった。その度に吸引されて引き戻されるが、それでも全身画家完全に口の中に含まれることはなく、上半身だけが圧迫されていた。

(このまま吐き出してくれれば……下半身は飲み込まれていないようじゃし……)

 そこで、布都は思いついた。足を大きく開けば、口の直径を超えて飲み込まれることはないんじゃないだろうか。

(名案じゃな!)

 布都はまだ口の外に取り残されている足を大きく開いてつっかえ棒のように使って飲み込まれるのを防ぐことに成功した。口の中に吸引があっても、足が引っかかってそれ以上奥には飲み込まれない。

(とりあえず、飲み込まれるのは防げそうじゃが……滑って、身動きが取れぬ。蘇我は、どうなったのじゃろう)

 足を開いて完全に飲み下されるのを防いだところまでは良かったが、布都はそれ以降どうにかする手立てが思いつかないまま、徒に口内の粘液を絡みつけられながらずるずると吐き出されかけたり飲み込まれかけたりを繰り返していた。こんな状態では火も風も皿も使えない、吐き出されるのをおとなしく待つしか無いように思えた。

(声も出せぬ、外の音も聞こえぬ。どうなっておるのじゃ)

 当然何も見えない。頭から腰回りまではすっかりと円形の口の中に閉じ込められフワフワとした肉質にパックされている。呼吸できるのが幸いだが、首を捻って角度を付け作った呼吸のための空間にも、粘液が流れ込んできて呼吸が難しい時もあった。その度に嫌なにおいのする液体が、顔を濡らし、口の中にも入ってしまう。

(臭い、酷い匂いじゃ……)

 ずるずるずるっ

 また布都をなんとかの見下そうとするバキュームが始まったが、布都はその度に大きく足を開いて膝で闇龍の口につっかえを作り奥へ飲まれないよう踏ん張る。布都の体をぎゅむぎゅむと圧迫し摩擦し、ぬめる腐臭液を擦りつけてくるのは、闇蛇の口の中の柔らかい肉だった。体温程度で、ヌル汁まみれで、それは蠕動している。服を着たままの布都だったが、その装束に染み込んだ陰汁は、そのまま布地を通り越して肌に触れる。

(むっ……な、なんじゃ……)

 丸呑みを阻止しようと足掻いている間には気付かなかった違和感を、布都はそこで初めて感じた。
 体がぽかぽかと体温を増している。皮膚が薄く血色の現れる場所では充血が見られ、心拍数は上昇していた。この感覚を、布都は知っていた。

 はあっ……♥

(!)

 呼吸のために吐いたと息が、いつの間にか熱を帯び、思わず漏れ出した声が桃色に色付いていることに気が付いてしまった。この感覚は、そう、神子や屠自古とセックスするときの、興奮と同じだった。

(な、なんで、こんな時にっ)

 ぞわっ、泡立つ全身。こんな時に、なんで性的興奮を憶えているのか。布都は後ろめたさと懐疑で慌てる。その動揺のせいなのか、単に闇龍が丸呑み下手なのか、布都の体がずるりと肉圧の狭間を摩擦しながらズリ落ちそうになる。さっきまでも何回も繰り返された龍の食べこぼしだ、どうせまた開いた脚につっかえて飲み込むことには失敗するだろうと思ったときだ。
 そうしてずり落ちる時、圧迫してくる唾液まみれの腔内肉には体中を押し潰され、全身の肌が擦れる。今回も例に漏れなかった。その瞬間。

「~~~~~っ! ~~~っっっ♥ っ、ぁっ♥ ~~~~ぁっっ!!!♥♥♥」

 突然、前触れもなく、絶頂の淵に突き落とされた。

(なっ、なぜ、じゃああっ♥!? なぜ、いきなり、我は、イって、おるのじゃっ!?♥)
「ずぼっ、ぶごごごっ♥ ふぎっ、ぶぶっ♥♥♥」

 全く想像もしていなかったタイミングでの強烈な大絶頂に、布都は呼吸を整える準備が出来ないまま絶頂の淵に突き落とされ混乱する。口の中になだれ込んでくる悪臭粘液。思わず少し飲み込んでしまったが、それを慌てて口から吐き出し、呼吸を取り戻す。混乱の余り何故自分が今オーガズムに至ったのか全く理解できていなかった。
 丸呑みされて前後不覚に陥っていることだけが、その混乱の原因ではなかった。こんな風に突然オーガズムにブチ落とされた経験が、布都にはなかったからだ。上り詰める助走も、経過も、全くなく、足下の床が突然抜けた様なアクメ。衝撃的なオーガズムの経験に、布都は恐怖さえ覚える。その不安とアクメが接続されようとしていた。

(なっ、なんじゃ、なんじゃなんじゃなんじゃ今のはっ……。 あんな、突然にイくのは、は、はじめてじゃ……♥)

 闇龍の口の中、真空パックでこそ無いが、ヌメリ肉とヌメリ肉の間に挟まれてみっちりと密着した状態では、あらゆる感覚は遮断される。何も見えない。何も聞こえない。何も言えない。ただ、触覚と、嗅覚と、味覚と、温感だけが、宙に浮いたように存在している。突然襲いかかってきたオーガズムは、虚無の中で余計に巨大な存在感を示していた。

 ずずっ

 突如押し寄せたオーガズムの波に目を白黒とさせていた布都だが、再びお世辞にも上手くない嚥下蠕動が始まった。吸引され、上半身を包み込む温かなヌラツキ肉が同時に蠢いて布都の体を奥へ送り込むように運動する。

(ひっ!?)

 そしてここでようやく布都は理解した。自分がさっきどうして突然アクメしたのかを。
 口腔内の肉の蠕動が布都の体中を同時に撫で回したときに、布都の上半身に生まれる強烈な甘い電流、その発生元は、2箇所あった。

(ちっ……ちくび……っ?)

 それは、布都自身も全く自覚のない性感帯だった。と言うのも、布都の胸の膨らみは慎ましやかで、自分の体として魅力がある場所だと思っていなかったからだ。自慰で触ってみてもあまり心地のよい者ではなかったし、神子も屠自古も、余り愛してくれる場所ではなかったから。

(そんな……我の胸は、そんな……)

 嬉しい、というわけではないが、コンプレックスはあった。神子に一緒に愛して貰うのに、屠自古の胸はあんなにも立派で魅力的なのに自分の胸には全くセックスアピールがないように思えていたし、仮に神子の子を孕んだとしても、立派に乳を与えられる自信も無かった。

(我の胸は……つかえる、のか?)

 胸の大きさ故に布都は、女としての自信にも欠いている所が合った。だというのに、今感じた、乳首からの、女性器としての胸の存在感。そこがこんなにも甘美な電流を走らせるポイントとは。

(胸、がっ……♥)

 ぞるぞると、重力に負けて口の中からずり落ちそうになりながら肉摩擦を生む上半身全体。全身余すところなくぬめった柔肉にもみくちゃにされ、他方、そうして擦られる上半身は、布越しの乳首刺激に、打ち震えていた。

(ふ、ふご……ぉぉっ♥)

 余り膨らんでいない乳房に、恥ずかしいサイズの大きな乳輪に、はしたないサイズの乳首が付いているのも、アンバランスで余計にコンプレックスだった。だが、こうして擦り挙げられて快感を生み出しているのは、乳輪と乳首、今まで自分に女を意識させたことのない欠陥な器官だと思っていたもの。それが、女の快感を叩き込んでくる。

(きもち、いいっ……♥)

 ずるっ、ずるっ

 大きく足を開いていたのは、最後まで飲み下されないようつっかえているためだったが、上半身を吸引して引き摺り挙げられ、重力で擦り落ち、その度に胸をまさぐられてその先端から生じる快感全てが股間に凝集しているのを、今の布都は感じていた。

(ふぉ……♥ ぉぉっ♥ 乳首、ちくびぃっ♥ コスれるの、きもち、いいっ♥)

 装束の下でビンビンに勃起して快楽受容体になっている乳輪と乳首。股間を開いてその中央に蓄積していく快感欲求は、しかし決して満たされない。そこはつっかえ棒としての、命綱なのだから。大きく股を開いてぐじゅぐじゅに濡らした白袴をくねらせながら、布都はミミズ龍の丸呑み摩擦に酔いそうになる。
 だが、それでいいのか。今は、そんな淫らな気分に流されている時ではないのではないのか。神子の大切な戦いの最中ではなかったのか。慌てて理性を叩き起こし、自尊心と自制心を取り戻そうとする布都。

(くっ、我は、何を……? 今はそのような邪念に囚われている場合ではない! 太子様が、大願を成就させる、重要な日じゃぞ!)

 もし両手が自由であれば、両手で自分の頬を挟むように叩いていただろう。今はそれは出来ないが。布都は唇を噛みしめて、脱出の機会を覗おうとする。

(次に体がずり落ちそうなとき、足掻いてみよう。いっそ体が焼けるのを覚悟で、ここで火術を放つか?)

 霞み焦点がずれがちな意識を必死に鞭打って脱出のことを考える。股間に蟠る熱も、両胸にじりじりと熱を残す快感も全てが理性を邪魔しようとしてくるが、布都は必死に堪えていた。
 さっき飲んでしまった液体に、何か妙な効果があることも、なんとなく感じていた。胸に異様な快感を感じるようになったのはそれからだと、布都は必死な冷静さで判断していた。それが判明したところで今はどうにも役に立つ情報ではないのだが。

(そうじゃ、負けぬ……っ! 我はここから脱出して、何としても逃げ出して、太子様の大願のお手伝いをするのじゃっ!)

 決意も新たに、この状況を耐え抜いて脱出の機会を狙おうと胸に誓う布都。だがそこで、影龍の口の動きに変化が生じた。
 ずり落ちそうになる体が擦れていく、それは吐き出されるすんでの所でやはり止まり、吸い上げられる。布都が決意の元に快感に耐えている一方で、闇龍はそれを再び吸い上げた。そこまではさっきも変わらない。だが闇龍の口の蠢動は、布都の体を積極的に吐き出そうとする。それも肉同士の摩擦を保ったまま。

(ふぎゅっっ!?)

 キツく、ヌメリの中で、強烈に擦り回される布都の上半身。勃起した乳首。ヌメリまくった口腔内粘膜は布越しに布都の敏感ポイントをズリ回し続ける。吐き出される直前で再び止まり、また吸い上げられる。擦れる肉。爆ぜる快感。

(ヲぉぉっ♥ な、何じゃっ、さっきまでと、全然、うごきがっ……!)

 発情汁を垂らしながら濡れそぼった大股を開き必死に嚥下を防ぐ、そこまで吸い上げられると、止まることなくすぐさまに押し出し吐き出される。吸い上げられるのとは逆方向に肉が擦れ、また性感が爆ぜる。

(まっ、待て、まてまてまてっっっ!!! 話が違うではないかっ! そんな、そんな風に乱暴にされてはっ、激しくされてはっ……た、え、きれ、ないっっっっっっ♥!)

 再び擦り挙げられて吸い込まれる。呼吸が厳しい。乳首が擦れる。
 また押し出される。顔にも鼻にも口にも目にも、催淫唾液が染み込んでくる。乳輪と乳首が更に腫れ上がって快感受容倍率が上昇する。擦れる。感じる。

(やめ、やめろぉぉっ、やめるのじゃぁっ♥♥)

 吐き出される前に、また吸い上げられる。乳首。快感。
 飲み込まれる事無くまた潰され擦られながら零れ落ちる。乳首が潰れて擦れる。勃起する。固く痼って、股擦れる。
 耐えようと思っていた矢先にその決意をへし折るかのように、摩擦攻めを繰り返してくる闇龍。

(こ、こやつっ♥ 盛りの付いた牝かっ♥ 我の体をバイブにでも使っているのじゃないだろうなっ♥ そんなに出し入れっ♥ 激しく出し入れしおって♥ 我の体は、お前のオナニー用の張り型ではないのじゃぞっ♥ を゛っ、んんんっ♥ だめじゃっ♥ そんなにっ♥ 我をチンポ代わりに、つかうなぁっ♥♥♥ 乳首っ♥ 乳首がっ♥ 擦れてっ♥ ふぉぉっン♥♥♥)

 布都は、それが闇龍による敢えての責めなのだと、気付いた。そうで無ければこんな風に無駄に吐いたり吸ったり飲み込んだり押し出したり、する理由がない。こうして自分を蕩かして負かせるつもりだと。察した。そしてそれを察しても、逃げる手段が見つけられていない布都には最早耐えるしかない。いや、もう耐えきれないかも知れない。

(やめろっ♥ やめるのじゃああっ♥ 乳首コスるの、これ以上コスるのっ♥ ダメじゃっ♥ バイブ代わりに使われて乳首キモチイのっ、だめなのじゃあぁっっっ♥ じゅぼじゅぼっ♥ 我の体でじゅぼじゅぼっ♥ するの♥ やめりょぉぉおぉっ♥)

 擦り挙げられて、ヌメリを擦り付けられて、上半身全体が快感受容器に化けている。凹凸のあまりない乳房の先端を擦られて、快感を生じる。そのことに布都はどこかで幸福感さえ感じ始めていた。そうして、女として肯定されているような錯覚を感じ始めてさえいる。
 闇龍はどうしてそんなことをするのか。自分に生体症を見出しているのか? 自分を穴に入れて擦って、闇龍は。そこで、霞み掻き消えそうな理性の奥が、はたと気付いてしまう。

(我の体、よ、悦んでっ……? 乳首で、こいつのオナニーと同調してしまっているっ♥ 柔肉パックで挟まれて、擦られて、ミミズのオナニーに使われて、我も感じて……一緒に快感してて……♥ これって、これって実質セックスなのでわ……♥♥♥)

 そんな事が正しいはずが無いだが、今の布都にまともな思考力は望めない。そうして快感に理由を付けて、自分で納得することの方が重要なのだ。つまり、布都はもう快感に取り込まれていた。
 全身性感帯となった肌を媚薬粘液をぬったくられて擦られる。上半身全体を隈なく性マッサージの餌食にされて、布都にはもう抗う手段がない。
 ゾクゾク身を震わせる快感、もう、また絶頂が、やってくる。もうそれを拒否するつもりが、布都にはなかった。

(イく、イく、いくいくっ♥ オナニー用のバイブとして使われて、乳首アクメしてしまうっ♥♥ そんなの、そんなのは、だめじゃぁっ♥ 我は、性具では……をぉっほぉっ♥ 性処理玩具ではないぃぃっ♥ こんな、こんなミミズなんかに、サカりの付いた牝ミミズなんかに、オナズボ玩具にされて、イくぅぅぅうつぅぅぅぅっ♥♥♥)







 何十回絶頂を強いられたのか分からない。ショーツの上からイボ付き触手で擦りまくられて、屠自古は連続絶頂から着地することが出来ないまま、長い時間を過ごしていた。いや短い時間だったのかも知れないが、地獄のような快楽の中で、それは永遠にも感じられる時間だった。
 やがて触手が引き上げていったとき、息も絶え絶えとなった屠自古は頭の中まで愛液で満たされたような感覚の中、いつの間にかショーツが剥ぎ取られていたことに気付いた。自分の股間を包んでいた薄っぺらな布地はそこにはなく、濡れそぼってぺったりと貼り付いた陰毛と、高く伸び上がったクリトリスの姿があった。

「あ、あたしのクリ……こんなっ♥ な、なんでっ……♥」

 屠自古のクリトリスはまるで男のペニス位の大きさに膨れ上がっていた。触手に撫で回され何か注射された影響だろうか。しかもそれは媚薬の効果を受けて今は、自分のヘソを抉りつつきそうな位に反り返っている。ビンビンにそそり立って、風が当たるだけでもむず痒い甘い快感が走り抜ける。
 そんなクリトリスを持っていたわけではない。霊力でふたなりペニスを作り出し、それを使って布都や神子とセックスする事はあったが、霊体ペニスはペニバンのようなものだ、快感を感じないわけではないが、どちらかと言えば相手を責め倒す精神的快感の方が大きい。
 だが、今股間にそそり立っているクリトリスは、ペニスのように大きく屹立して、震えていた。

「や……ば……♥」

 頭の中は愛液でべちょべちょだ。触手でよってたかってコスりまくられた結果なのか、別の何らかの理由なのか、今はわかったことではない。ただ、今屠自古の頭の中には「このデカクリがあれば、きっと気持ちがいい」という淫らな妄想だけだった。

「お゛っン゛♥ や、べえっ、感度、アガって……♥ イきたい、イきたい、イきたいっ♥ イかせて、ちんぽ、ちんぽイかせてくれっっっっ!♥」

 触手に体を拘束されながらも、腰をかくかくと振って勃起したクリトリスをチンポと呼びながらアクメ懇願する屠自古。さっきの触手がまた同じようにガン責めしてきたなら、今のこのクリトリスはどんなに巨大な快感をくれるだろうか。そんな妄想しか、今の屠自古には出来なかった。
 そして、その屠自古の視界に、あるものが目に入った。

 びくん、びくんっ

 目の前で布都が、丸呑みされようとしている。大きな丸い口が布都の上半身を口に含み、後はそのまま奥まで流し込むように飲み込むだけと言うところだ。布都を助けなければいけない、と思う屠自古だったが、それも叶いそうにない。それに今は、頭の中がクリチンポのことでいっぱいなのだ。イきたくて仕方が無い、生殺しの状態だ。

「はーっ、イかせてっ♥ マジで無理だから、こんな状態で、ほっとかれるの、イきたいっ!♥」

 媚薬効果のある唾液に長時間触れていたせいで、さっきまで失神する程クリアクメを強いられたというのに、まだ絶頂が欲しくて堪らなくなっている。屠自古の頭の中は今は、絶頂アクメオーガズムアクメ、言葉なんか何でもいい、とにかくイきたい、という欲求で埋め尽くされていた。イくこと、クリチンポにどうやって刺激を与えるか。触手によるクリチンポ拷問で、どうやって寸止めされずに最後までアクメに至れるか、そればっかりが頭の中を満たしていた。

「あ……」

 そうしてデカクリ絶頂欲求ばかりが風船のように膨らみ続ける屠自古は、気付いてしまった。触手責めを継続してきた闇蛇の片割れが飲み込もうとしている屠自古。屠自古は丸呑みされて体が全部龍の胃の中に飲み込まれるのを防ごうとして、大きく足を開いてつっかえ棒にしている。
 布都の白くて細い脚が、屠自古の傍で大きく開かれていた。しかも……濡れて、お漏らしをしている。ぴくぴくと痙攣しているのは、屠自古にとって見慣れた動きだった。あれは、イったときの布都の動き。足先をピンと伸ばして、少し内股気味に倒してつま先を反らせ、腰を浮かせるようにして、いちにっ、いちにっ、いちっ、のリズムでアクメ痙攣する。それは屠自古が徹底的に研究した|布都《愛人》のアクメの証拠に違いなかった。

(ふ、布都、なんでイってんだ? 丸呑みされるの、そんな気持ちいいのかよ?)

 見れば、布都の股は大きく開かれており、ミニスカートの下に見えるショーツには、クロッチの辺りにべっとりとシミを広げている。上半身は龍に飲まれたままでどうなっているのか想像も出来ないが、下半身は絶え間なく痙攣を繰り返し、それは今でも連続でアクメに達していることを示していた。
 布都の体は闇龍の口から出たり入ったりしている。奥へ飲み込まれたときに絶頂し、再びズリ出てきたときに絶頂し、を繰り返していることが、屠自古にもすぐに見て取れた。

「布都、なんだよその、エロしちゅっ……♥ そんな牝汁垂らして、マン臭ツンって分かる位股開いてよぉっ♥ それ、さ、さそってんだろ♥ 誘ってんだな?」

 返事はない。出来る状態ではない。尤も、返事があったとしても屠自古の興奮を止めることも出来ないだろうし、半呑みされた布都も恐らくはそれを、断らないだろう。
 布都のスカートの下に見える下着は、ショーツとふんどしのあいのこの様な横紐タイプの下着だった。屠自古はそれを可愛いと思ってみていたが、触手がそれをするすると解いて脱がせてしまう。そうなってぐちょ濡れの陰部を目の当たりにしてしまえば、今の屠自古にとっては下着などすぐにどうでも良いことになってしまう。
 更に、闇龍の触手は屠自古を煽り立てるように、体を触手絡めにしつつも腰の可動域を確保した上で体を、布都のガバ開き股間の間にあてがう。

「て、めえ、アタシにこのクリチンポで布都を犯せってのか? 布都は、苦しんでんだぞ、こんな頭から丸呑みされて、息も出来ずに辛い目に遭ってるかも知れないんだぞ、ここから逃げたくて泣いてるかも知れないんだぞ! それを、あたしに、犯せってのか? こんな……イきまくってマン汁垂れ流して痙攣して股開いて誘ってる布都をあたしに犯させて、このクリチンポでズボズボ犯して、ああ、今のアクメ膣の中ってキュン締まりしてるんだろうな、膣肉震えて、もしかしてバルーンしてる? お前、しらねえだろ、布都の膣内ってすげえんだぜ、こんなちっちゃい体だからすっげえ狭くて、なのに濡れやすいだろ? イくと膣内がめちゃくちゃにうねって、しかもざらざらの所まであるんだ。そんなの、そんなところにクリ挿入れたら、気持ちいいに決まってるだろ♥ そんなの罠に決まってる、何のつもりか知らねえが、お前の思惑通りに……布都の、マンコに、この……クリチンポぶちこんで、思いっきり腰振って、膣内かき回して、イキマンコに締め付けられるなんて、あ、たしが、そんな、誘惑に……布都をリアル肉で貫くなんて誘いに……い、挿入れちゃったぁっ!♥ 丸呑みされてる布都の下半身だけオナホみたいに、クリチンポ布都のぱっくり割れたちっちゃいワレメに突っ込んじゃったあ♥」

 四肢を固定されたまま、屠自古は腰だけを浅ましく前に突き出して、反り返った肥大化クリトリスを布都の痙攣真っ最中な膣に挿入した。
 入れた瞬間、布都の尻がくくっ、と持ち上がり、大きく開いた脚の先がぴんっ、と張り詰める。そしてそのまま、膝が曲がって屠自古の腰を挟むように絡みついてきた。

「ヲ゛っ♥ すっげ、えっ♥ 布都のマンコやっぱ、やっばぁぁっ♥ 膣内もううねりまくってるっ♥ ぎゅうぎゅう締め付けてくるっ♥ ああっ、布都、布都ぉっ♥ し、しかもなんだよその行儀の悪い脚っ♥ そんなにあたしのチンポが欲しいのかよっ♥ ああ、欲しいんだな、欲しいんだな!?♥ だってこんなに締め付けてきてるもんなっ♥ あたしも、あたしも布都のマンコにこのデカクリぶち込みたくて我慢できなかったんだ、赦してくれっ♥ お詫びにきっちりイかせるからなっ♥」

 屠自古は浅ましく腰だけを必死に前に出したり引いたりして、下半身だけが食み出した布都の陰部を、肥大化させられた長大クリトリスでほじくり回している。だらしなく鼻の舌を伸ばして、ヨリ目でアヘ声と涎をたらしながら、言葉の届いていないだろう布都に、エロ妄想をぶちまけていた。

「ちっちゃいキツキツまんこ、思いっきりズボ掘り、たまんねえっっっ♥ お前の好きな奥の上のとこ、がっちりロックオンしてあるからっ♥ って、きこえてねーな、じゃあオッケーって事だな、イくぜ、イくぜ布都ぉっッほぉおぉぉおおっっっっ♥♥♥♥ッ♥ そらっ、そらっそらそらっ♥ どうだよ、あたしのちんぽどうだよっ♥ 布都、イってるな♥ あたしのチンポピストンで、膣イキしまくってるなっ♥ んほぉっ♥ ほぁぁっ♥ めちゃ締まるっ♥ ヌメ肉であたしのクリチンポめっちゃ食いしばられてるっ♥ 気持ちいいっ♥ 布都のマンコオナホめっちゃきもちぃぃっ♥♥ もっと、もっとイけっ♥ イけっ♥ あたしのチンポでアクメしろっ、布都ぉぉっ♥♥」

 屠自古の腰振りが速くなっていく。それを受け止める布都の、屠自古の腰に絡みついた脚がより強く彼女の体を挟み込み、同時にそのつま先は指をぎゅっと曲げている。アクメをキメながらも必死に抱きついている、屠自古にはそんな風に見えたのだろう。
 腰回りに布都の脚の存在を感じながら、屠自古はラストスパートに入った。腰の動きは前後にピストンするだけではなく可能な範囲で円を描いたり、入れた後でぐにぐにと奥をかき混ぜるような動きが混じる。それはしかし、布都を感じさせようという動きではなく、屠自古がアクメに向かって貪欲に快感を得ている証でしかなかった。

「ああ、イく、イく、っ♥ イくぜ布都ぉ♥ お前はもうイきまくってるみてーだから、あたし、勝手にイかせて貰うからな♥ ってうぉっ♥ ウネリすっげ♥ 締め付けキッツ♥ 分かるのか? アタシがクリアクメしそうなの、膣で分かるのか? 淫乱っ、この淫乱ロリ膣っ♥ 大好きだ、大好きだぜ布都っ♥ アタシのクリチンポで一緒にアクメしてくれる布都が、だいすきだぁっ♥ 布都、布都、布都ぉっ♥ イく、イく、イく、イくイくイくイくっっっっ♥ い、イグううううううううううううううううううううっ♥♥♥♥」

 一際強く腰を押し出したその一回を最後に、屠自古の腰の動きが止まる。触手に雁字搦めにされながら、仰け反ってクリアクメの快感に打ち震えて白痴顔を晒す屠自古。

「あ゛……♥ あふっ……♥ ふへへっ♥ んも、ぢぃっ♥♥♥」

 顔は見えないし声も聞こえないが、屠自古も深イきしたらしい、屠自古の腰に絡みついていた脚が伸び、そしてすぐに、ぴくぴくと震えながら脱力していた。
 にゅ、ぽ、と布都の陰部から抜けたデカクリ。その形にぱっくりと開いた膣穴。射精はないが、布都の膣穴からはそれに負けない程の粘った白濁液が、どろりと糸を引いて滴った。
 そして、脚が脱力した布都の体は、ずるずると、闇龍の口の奥へと飲み込まれていった。

「あ……ふ、布都……あたしが、あたしが布都にトドメ、さしちゃった……は、はははっ」

 アクメの余韻で精神の焦点が定まらない屠自古は、残酷な言葉を譫言のように吐いている。そして、彼女の体もすっかりと脱力しているのだ。触手は難なくその体を丸めて、その付け根にある熟れアケビ型の亀裂の膣内へと、屠自古の体を取り込んでしまった。



§ § §



 蘇我と物部が闇龍に犯され、飲み込まれたのを余所に、豊聡耳は天を見上げて太陽の姿を確認していた。
 天に昇る太陽は、ほとんど完全に月に隠されている。鈍い光が月の輪郭を象るように放射されており、子供が落書きした太陽が本当に存在するならああした姿だろう。
 日蝕が最大となり太陽の力が最も薄れるとき、霊廟一味が〝大朔〟と呼ぶ時間が、訪れた。その太陽の姿を何かと認めたところで豊聡耳は一歩踏み出し、口を開く。いよいよだ。

「タイムアップです、ヤハタ。」
「ああ?」

 豊聡耳はそう言って、ひょうと飛翔し、笏法など気にも留めない持ち方で握ったそれの先端を、シオリに向けていた。
 闇龍が物部と蘇我を犯すのを足を組んで眺めていたシオリが、立ち上がってそれに向き直る。

「ようやくか。オモト、ああ、ようやくか。退屈しのぎも丁度良かった。オレはスロースターターなんだよ。」
「この戦いも、あなたの命も、ここで時間切れ。まずは2人を下ろして貰いましょう。」
「ふん、今までだんまりこいてた割に、大きな口を叩くじゃないか。やってみろ」

 飛び上がり、笏を高く掲げる豊聡耳。背に物部布都を吸い付けた1疋と、蘇我屠自古を吸い付けた1疋、それぞれが豊聡耳を迎撃しようともたげた頭を豊聡耳神子へと向けて、その不気味な円い口を開いた。
 物部も蘇我も、あらゆる攻撃は全く歯が立たず、為す術もなく飲み込まれている、豊聡耳神子もそうなるかのように思われたが。

 豊聡耳が笏を横に薙ぐと、先端から光の筋が伸びそれが大きく扇形に辺りをなぎ払う。草木や地形には特に何も影響しないようだが、その光になぎ払われた闇龍の胴体は、焼き切れるように切断された。真っ二つに切断された闇龍の切断面からは、血液のようにも見える大量の赤い液体が吹き出し、そして二つの部位に〝おさらば〟した体は地面に倒れて落ちた。青黒い蛇体は樹脂が溶けて落ちるように姿を崩して、地面の岩の隙間、土の間へと染み込んで消え去った。
 もう一匹の闇龍が、切り落とされた1疋の姿を見下ろしたままの豊聡耳の体を丸呑みにしようと、円い口を開いて突進する。豊聡耳神子の体はその口の中にすっぽりと飲み込まれてしまう。円い口を閉じた闇龍。しかし一拍だけ置いてから、蛇の円筒形の蛇体の全長をその正中線に沿うように光が走りぬけた。まるで闇龍の体の内側から光の扇が飛び出したような恰好で、しかし光が噴き出したのは僅かな時間だった、次の一瞬からは光の代わりに赤い飛沫が噴き出し、そして闇龍はまるで「開き」になったように体長をそのまま左右に捲り上げて、平たい肉の塊になって地面に倒れた。一匹目と同じように、体は溶けて地面に吸い込まれて消える。

「~♪」

 その光の一閃を見ながら口笛を吹いて拍手するシオリ。
 蘇我と物部とは、全く力の水準が違うように見えた。
 切り裂かれた闇龍の中からは、蘇我と物部が現れて地に投げ出された。息はある、地面に落ちた衝撃で目を覚まし、しかし損傷の多い体は言うことをきかないようだ。2人はよろよろと近寄ってお互いを支えるように肩を抱き合っている。2人とも、同様に地面に横たわって様子を見ているリグル・ナイトバグと同じように、シオリと豊聡耳の様子を心配そうに見上げていた。

「すごい……蘇我と物部の2人が歯も立たなかったシオリの闇龍を、一閃だけで」
「太子様、さすが、です。我らは、不甲斐なさ過ぎじゃ……」
「布都」

 ふん、と鼻を鳴らして豊聡耳は、シオリを見る。

「愚かな月闇のくちなわ。今やお前の最盛、だがここでお前を打ち破れば後世にも余地を残さぬ完全な敗北となるでしょう。即ち、太陽神の完全勝利。それこそが、私の栄光の証となるのです。」

 つまり、一番力の強いときにシオリを倒せば、もう月や闇の勢力に余力が無いことが知らしめられる、ということだろう。そのために聖徳太子の一派は今の今まで攻めかかってくることがなかった。それはシオリの言うとおりだ。だが、シオリは、豊聡耳の言うことを全く鼻で笑うように言い返した。

「違うなあ、オモト。オモトはいつもそうだ、いい格好しようとして、実はそこには言い訳が隠れている。大朔まで待つのは、オレを完膚なきまで叩きのめしたいからじゃない、オモトは太陽の力が削れていく最中に事を始めるのが怖かっただけ。もしこの戦いが一晩二晩続くなら、みるみる不利になっていく、その影響で負けるのだけはいやだった、そうだろ? 自分の力がどれ位太陽の大きさに依存しているのか自分でもよく把握していなくて、戦闘中に|根源《ソース》が漸減していくのが怖かった。違うか?」
「これから無惨に負ける、その言い訳をしたいのですか? 仕方が無いですよね、以降は太陽の力が再生し、月の力は減っていく時間、本当の力を出せないのですから。」
「お互い様か。だが潔癖なお前は必要以上に怖れているようだが、月の満ち欠けも、朔の大きさも、誤差に過ぎない。元々強大なお前の力に、雲の上から差し込みいいだけ減衰してやっとここまで届いたような薄っぺらな光を上乗せしようと、大差は無い。それはオレの月も同じだ。分かっているはずだろうが、お前はそんな小さな事も気にしてしまう臆病者なのさ」
「今更何を言おうと、状況は私に有利です。今こそ、この世を原始の無明に還さんとする邪神の息の根を止め、世界に光をもたらしましょう。覚悟するがいい。いや月神|天照《アマテル》……ヤハタ」
「ふん。寝ぼけ眼で飯も食っていないようなお前に、オレが倒せるのか。オモト」

 無論ですね。特徴的なイヤーマフを外し、笏を構える豊聡耳。尋常ならざる雰囲気が漂い、光源の不明な小さな輝きが周囲に幾つもちらつく。豊聡耳の持つ霊力が大気中の自然|魔名《マナ》と摩擦して生じたエネルギーが光として放出されているらしい。ちりちりと小さな音が聞こえるのは、その摩擦が空気さえ揺らす程大きい事を示していた。存在するだけで物理的な大気に影響を及ぼす霊力とは、尋常なものでは無い。
 だが、黒い爪を伸ばした中指を立ててその豊聡耳を挑発するシオリ。

「ならば光に焼かれて、消え去るがいい。〝眼光:十七条のレーザー〟」

 合図はなかった。宿命の2人には、そんなものは必要ないのかも知れない。
 豊聡耳が笏を天に掲げると、その先端から全方位に光線が放たれ、それはすぐにシオリの方向へ偏向する。全てがシオリを直接狙うのではない、数条だけは直接シオリを焼きに行き、残りの光線はその周囲で収束しきらずに、回避した得物を刈り取るために待ち構えている。シオリはふわり、飛び上がってそれを直接狙うレーザーを回避し、その先で待ち構えるトラップも器用に通り抜ける。
 一条がシオリに当たろうとしたとき、シオリの体に備わる〝黒〟が首、肩、腕を伝う液体のように伸びて手の指す先で広がり壁のように展開された。それは光線を遮る。そうして光を止めている間に、レーザー群を回避する。

「今までご苦労だった、ルーミアとやら。お前が弱小妖怪として|瀬織津姫《セオリツヒメ》をラッピングしていたお陰でオレは力を蓄えながら生き存えることが出来た。|穂多留比《ほたるび》、お前のお陰で|菊理《キクリ》は自律を失わず、結果として|月神天照《オレ》は、|菊理《キクリ》と合一され|瀬織津姫《セオリツヒメ》としてここまで力を蓄えることが出来た。」
「し、おり……」
「お前達の、善意か、正義か、道徳心か、その理由など知った事ではないが、人のいいお前達には感謝するぞ。」

 シオリが、リグル・ナイトバグの方を見る。その表情は、全くの無表情だった。感情が読み取れない。言葉尻の通り良い感情を感じさせるものではないが、逆に憎しみや恨みが滲んでいるかというとそういうわけでもない、純粋に何の表情も浮かんでいない。それはだが、何も感じていない、という訳では無いだろう。
 レーザーはその間もシオリを追い続ける。が、シオリもそれを危なげなく躱し、あるいは「存在する闇」で防ぎ掻き消す。

「光は闇を、太陽が月を、容易に払えるなど勘違いも甚だしい。姿形を持った|闇《オレ》にとってこそ、光を遮ることなど造作も無い」
「そうですか。ですが、いつまで続くでしょう〝道符:掌の上の天道〟」

 十七条にも上るレーザーが全て1つの生き物のようにそうして得物を仕留めにくる、一度躱されただけで諦めたりしない、豊聡耳の笏を中心に、それは延々と回転を続けて誘導する。そのレーザーが追いかけている間に更に術を重ねる豊聡耳。笏を持たぬ方の手を前に差し出し掌を上に向けると、その上に目映い光球が生まれる。それは一際に光を強くして膨らみ、二倍程に膨らんだかと思うと、持続が短い代わりに太いレーザーを放った。

「喧しいばかりの攻撃だな、確かに直撃すれば効果はあるのだろうが、大味すぎる。大雑把な所は昔から変わらないな、オモト」
「ちょこまかと。それに細かいことばかり気にする所、あなたも変わりませんね。変わらないようでは……あなたの本懐、この度も遂げることは出来ないでしょうけどね。まあ、そこで転がっている虫けらなんかに奪われるチャンスに、大した重みは無いと思いますが。」

 豊聡耳は、物部、蘇我と一緒に身動きが出来ないでいるリグル・ナイトバグを指して、蔑んだような目をする。

「今となっては、オレは喰い殺されてでもあの洞窟を出ることが出来て良かったと思っている。あのままあそこに封ぜられていたのなら、オレはオモトに、卑弥呼に、|天照大神《アマテラスオオミカミ》に、都合のいい影の存在として死んだ神として祭り上げられていただろう。正に、太陽神の生け贄として。それは、そこの女の血族の狙いだったのだろうがな。」

 破れた装束でまだ損傷の癒えない、裸体を隠して物部布都が、血の気のない顔を苦く歪める。それは、傷の生ばかりではないだろう、シオリに突き付けられた事実に対して拙さを感じているに違いない。ここで豊聡耳がシオリを倒したとしても、今シオリが告発した内容は消えない。その一端に、博麗が噛んでいることも。

「|物部《我ら》は、それでも、月の神性を残すことには一定の意味があると、考えていた。|主《ヌシ》が考えている程、徹底して消し去るつもりなど無かった。じゃが」
「中臣の復帰が、歪だった」

 蘇我が続ける。

「物部が神道陣営の統一の為に排除した中臣が、元通りに復帰しなかった。皇尊が復権させた中臣が、まさか仏教をあそこまで手厚く保護するとは。中臣が随神道を取り戻していれば、物部は|道《タオ》を行き、蘇我は仏法を守り、その中で陰陽は均衡を保つ筈だった。」
「今更言い訳など聞きたくない。お前達の思惑など聞いたところで、オモトにそんなつもりがあったとは思えないな。昔はともかく今のオモトは……暴走した光だ。」

 シオリは隠れたままの太陽を指さし、そのまま指を大地へ降ろす様にして縦一直線の印を切る。

「〝対蹠:シャドウバース〟」

 一体どうした作用だか見当も付かないが、喰われた太陽から垂直に大地へ下ろされた印を境に、シオリの方へ〝日陰〟が集まっていく。世界を満たす仄明るい光はそのままなのに、それに照らし出されている影が全てシオリの方へ、その本体の存在を置いてきぼりにしてずるずると動いているのだ。その代わりに、影を失った本体は、真性に光に満たされ豊聡耳の方へ集まったことになる。

「勝手振る舞いに生み出し、傲慢思い上がって汚れと呼び、恣意以て貶めた、光を、闇よ、その怨恨のままに、撃ち殺せ。」

 シオリの方へ集まった余剰な影は、シオリの周囲に集まり全てが矢のように変形し、号令と共に豊聡耳へ射かけられた。

「ふん。〝光符:救世観音の光後光〟」

 豊聡耳は一声、術を使うとその背後に光の輪が生じ、豊聡耳の前方へ円形のシールドを展開する。シオリの放った矢は全てがそれに防がれて地に落ちる。だが、地に落ちた影は再び光を嫌うように、対蹠線を越えてシオリの方へ逃げ帰る様に動き、再び矢になり射かかる。延々とそれを繰り返すのは、闇が光に追いやられた恨みと攻撃性を体現したような術だ。

「暴走した闇に、そう言われるのは、悪い気分ではありませんね。あなただって、今は私を殺すことが目的になっているのでしょう。自分を棚に上げてひとの事ばかりを悪く仕立てるのは、感心しませんね。」

 闇の矢はシオリの制御なしに自動的に攻撃を継続している。対蹠、と呼ばれた豊聡耳とシオリの両端、豊聡耳はその境界線をレーザーで焼き潰して光陰の姿を元に戻し、あるいは闇を照らして殺していく。

「我が手の中に神霊の大宇宙が生まれる、五色の人間全ては和を以て同和し、神である私に従うのです。この世界に傷を付けようという存在は、一切が敵。|天照《アマテル》、お前は、消されなければならない、太陽と光の手によって!」

 後光のバリアの奥で、豊聡耳はマントを靡かせるように両手を広げ、術を使用する。

「〝光符:君を導く夢王道の威光〟」

 目映い光の洪水が現れて、まるでこの世の全ての影と陰を塗り潰して消し飛ばそうとする。あらゆる立体から陰が消え、対蹠線を越えてシオリに迫る。
 だがシオリは、突然に表情を弛めてオモト、豊聡耳神子を見て、半ば笑んだような表情で言う。

「オモト、お前を倒すだの何だのという事、今更オレの最終目標ではない。影だ光だなんて、くだらない事だと思わないか?」
「何を言っているのです、血迷いましたか」

 怪訝な目を向ける豊聡耳。

「|月《オレ》と|太陽《お前》はコインの裏表、相手の逆としてしか自分を定義出来ない愚か者同士ってことだ」
「和解でもしたいのですか? 和平の提案ならもう少し言葉を選んだ方が良いでしょうね。そんな上から目線では到底受け入れられません、もとい、私には和平交渉になど臨む気もありませんけれど。」
「お前はどうやらオレを殺すことが目的でわざわざこんな所までやってきたらしいがオモト、オレにとってはお前なんてただの障害物でしかない、お前がオレを邪魔をするというから、殺すと言うだけだ。それを小さい奴だと言っているんだよ」
「私がより完璧な最高神になるのに、疵を直そうと言うだけです。お前が存在しようがしまいが、この世は光を求め、闇を忌避している。大勢に変わりなどありません。お前の言葉を借りるのなら、私にとってもあなたの存在など最早どうでもよい、目障りだから消すだけです。」
「それだ」
「はい?」
「お前達、〝光の眷属〟が世界を照らしてニンゲンの何が変わった? 自と他を明確に区別する境界線がはっきりと見えるようになって、ありとあらゆる存在は、ありとあらゆる存在と分離し、摩擦し、無理解を生んでいる。暗闇の中で、存在にラベルがなく、全てが無意味のスープだったとき、全ての差は全ての差と同じだからと許容され、全ては全てを許していたというのに。全てが無意味の塊だったとき、そこに無理解はなかったというのに。その差を照らし出し、差に意味を生み、理解の名の下に致命的な無理解を作り出したのは、光の罪業だ。光は救いにはならない。太陽は恵みにはならない。苦しみと争いを招くだけ。太陽神を頂いたニンゲンは、例外なく争いの元に多く死んでいる。」

 ふっ。笑う声が聞こえた。蝙蝠の揺り椅子に腰掛けたレミリア・スカーレットだ。だが、頬杖を突いて笑った以外、特に何も言うつもりはないらしい。シオリも、豊聡耳も、それを意に介した様子はない。

「だから、太陽を《《ああして》》月で塗り潰すと?」
「闇だ。洞窟の中にいて、全ての輪郭が失われたときに、それが真理だと、気付いた。」
「あの妖怪の中に押し込まれている間に、闇の概念に魅入られたと言うことですか。」
「お前のお陰でな。」

 シオリが太陽を喰う月を指さし、その人差し指を地面へ指し下げるように動かすと、太陽を削り取る月の影からもう一つの影が分離して空から降りてくる。

「〝魔鏡:|ダークサイドオブザムーン《Hellish Moon》〟」

 空中に留まったその黒い影は円形をしており直径2メートル程度だろうか。それは平面を維持したまま、大地に対して垂直に立った。本来的な影ならば投影先のない影などあり得ないが、これがシオリの言う「存在する影」だろうか。月の影は光を吸う漆黒から、光沢を持った鏡面へ変化する。そしてその鏡面には、金髪で異国情緒を漂わせる彫りの深い、額に翡翠のビンディを飾った美しい女性の姿が映し出されていた。どこか、宵闇のルーミアの面影が残っているようにも見える。

「キクリ。時が来た、今こそ積年の想いを遂げる。」
―はい、ヤハタ様。

 鏡の中の女性が、目を閉じたまま静かに答えた。その手には球体が収められており、月を象ったもののように見える。その球体が、鈍く、光を放っていた。

「|大禍津日《オオマガツヒ》、|八十禍津日《ヤソマガツヒ》。|瀬織津姫《セオリツヒメ》の解放という訳か。」

 キクリと呼ばれた女性が鏡の中で手を伸ばすと、その手は鏡面を越えて現れる。手に持った月を象った光球も然り。そしてその光に照らされ押し出されるように鏡が奥へ平行移動すると、鏡面を越えて、上半身しか映っていなかった女性の姿の全身が現れた。鏡の中にいる間こめかみ辺りに付いていた小さな羽根飾りのようなものは、今は大きく鳥のような白い翼に変わって背中に備わっている。
 まるで実在の女性の様、確かにそれは鏡像でしかないはずなのに。魔鏡現象は一見鏡面に磨かれた鏡の反射によって、鏡の裏の文様が対象へ投影される現象だ、これを魔法的に立体として出現させたものと言うことだろうか。
 鏡から現れた女性は、その場で傅いてシオリに頭を垂れている。その存在感は、とても映像には見えない。その証拠に、踏みしめた地面には確かに物理的な干渉を見て取れる。

「鏡は、お前だけの持ち物ではない、オモト」
「そうですね。あなたの鏡は月を映し、私の鏡は日を映す。だがそこに大きな差があった、それこそが歴史に現れています。」
「それを正そうと言うんだ、オモト。今度は前のようには行かんぞ」

 シオリは、キクリと呼ばれた女性にむかって同じようにしゃがみ、顎を掴んで、そして自分の唇を押しつけた。その瞬間。

 ばしゃっ

 シオリの体が突然液体になったように崩れて跡形もなく地面へ零れた。黒い水溜まりのようなものが覆水の様に広がり、その輪郭の一端がキクリの陰に触れると、シオリだった黒いものは高い場所から低い場所へ流れるかのようにキクリの影に吸い込まれていく。そして傅き頭を垂れているキクリの、地面に触れた足、膝、それに片手に向かって、地面から黒い色が紙にインクが吸い込まれるように上っていく。キクリの体はみるみる黒い表面に覆われていった。

「穢らわしい存在ですね」

 豊聡耳が黒く染まっていくキクリに向かって光条を放つが、それはまるで黒を照らし出すことなくまるで吸い込まれるように消えてしまった。
 キクリの体は入鹿魚の肌のような滑らかな表面、だが光を照り返さない漆黒の表皮で包まれた。頭は狼のように耳が立ち口が裂け目は赤く燃えている。手と足には鋭い鉤爪が備わり、背筋には鰭のような凸が八つ立ち、臀部には長い尾が備わっている。
 ずるっ、と入鹿魚の肌のような黒い表面の上半身部分だけが、意志を持った液体のように横にずれて剥ける。そのずれた部分だけが質量を持って獣のようなフォルムを維持して口を開いた。

「そう嫌ってくれるなよ。この姿はお前の荒魂、お前と表裏一体の片割れだ。」

 シオリらしい影獣が喋り、その横で上半身の闇スーツが脱げたキクリは白い肌を剥き出しにしているがそれを意に介す様子はなく、シオリが言葉を投げる相手に向かって、睨み付けるような表情を見せている。キクリにとってもまた、豊聡耳もとい、オモトヒメは怨恨の相手なのだ。
 闇獣のスーツを纏ったキクリには、足下に影がなかった。その影は、今キクリが纏い、あるいは背後に立つ黒い獣そのものとなったのだ。無影、朔、それは物部が探っていた現象そのもの。それを見た物部は悔しそうな表情を浮かべ、がっくりと肩を落とす。

「表裏一体、と言っても別に、共存の道など探る必要は、ありませんね?」
「ああ。ああ、その通りだ。 行くぞ、キクリ」
―はい、ヤハタ様

 キクリとシオリの合一体……|瀬織津姫《セオリツヒメ》、キクリの体は今は闇獣スーツを纏っていない、撒き布だけを纏い、背中の翼を大きく広げつま先が地面から離れる高さに浮遊して豊聡耳を見据えている。手に持っていた|月玉《オーブ》は、まるで懐っこい鳥のように掌や指先に導かれ収まるように浮遊している。足下には再び影が出来、そこには赤い瞳のような光が埋まっていた。
 キクリは、|月玉《オーブ》を人差し指の先に従えるようにし、豊聡耳を指さす。

―氷を以て、其を斃さん

 呪を唱えると、|月玉《オーブ》は氷を纏って一直線に豊聡耳めがけて飛翔する。その軌道にそって逆様のつららが地面から生える、つららの軌跡を引いたまま、豊聡耳の周辺へ到達し、|月玉《オーブ》は再び|瀬織津姫《セオリツヒメ》の元へ戻る。次の瞬間。岩が砕ける轟音と共に、樹木程の巨大な氷の柱が、小さなつららの軌跡を抱きかかえ、あるいは顎で噛み砕くように、その周辺から伸び上がっていた。先端は刃物のように鋭く尖り、剣山のトンネルが蛇のように蛇行している。
 豊聡耳はその軌跡を警戒して移動しそれを回避したが、回避した先には再び|月玉《オーブ》が小さなつららを引いて飛び回っている。

「面倒ですね」

 笏を掲げ、|月玉《オーブ》を光条で撃ち抜こうとする。が、光を受けた|月玉《オーブ》は、あろうことか豊聡耳のレーザーを丁度豊聡耳へ変えるように、反射した。

「!」

 咄嗟に回避する豊聡耳神子。「言ったろう、鏡はお前だけの持ち物じゃない」その声はシオリのものだったがその姿はない、声は、キクリの足下の影から聞こえていた。

―雷を以て、其を斃さん

 再び|月玉《オーブ》が飛び、豊聡耳の付近で一瞬だけ止まり、四方八方へ雷撃を放った。放射状にデタラメに、不規則に動きながら広がる稲妻。ランダムな方向への断続的な放電は、接近状態では回避が難しい。撃たれれば以下に豊聡耳でもただでは済まないだろう、しかし豊聡耳はもうその傾向を察知してすぐに行動に出ていた。

「〝縮地のマント〟」

 マントをひらりと靡かせ回転すると、ふっと姿が消えて次の瞬間にはキクリの前に現れる。まだマントの端を掴んだままの豊聡耳は、キクリの目の前に現れざま、更にもう一度マントを掴んで引き、靡かせる。マントの裾は白い光を放っている。普段は真っ直ぐに断ち切った姿をしているが、光を放つ今はまるでその光のせいで鋸歯の形に鋭く伸びている、裾自体を触れるもの全てを切り裂く長い刃渡りを持つ刃物と成してキクリに振るってきた。

「〝怪人:ブラッディマント〟」

 撒き布だけの軽装なキクリ、|月玉《オーブ》もまだ手元に戻ってきていない。マントの鋸歯がその体を切り刻むか、と思われたとき、キクリの足下の影が突然高く伸び上がってそれを受け止めた。キクリの左手は|月玉《オーブ》を操るのとは別に、影であるシオリの形状を操るように手で掬い上げる動作をしていた。

「なに」

 存在する影、シオリの力、いやシオリの体そのものだろうか。黒い障壁が突如現れ、マントの刃はキクリを切ることなく歯を零して振り抜かれた。

「小賢しいですね」

 回転した勢いを殺さずに、影の壁を回り込むように走る豊聡耳。笏を剣のように持ち、側面からキクリを薙ぐ。キクリの体はするりとスウェイバックしてそれを躱し、更に折ってこようとする豊聡耳の行動を戻り|月玉《オーブ》で牽制する。|月玉《オーブ》の攻撃を避け、豊聡耳は更にキクリへ肉薄する。

「詠唱無しに奇妙な玉の発動は出来ないでしょう。はっ! 〝黄金の剣ジパング〟」

 笏の斬撃には、マントの裾に付いていた光の刃が備わっている。短刀として機能する笏は接近戦では小回りの利く優れた武器になっている。薙ぎ、突き、兜割に振り抜く連続斬撃、大味な光線攻撃がばかりではないことを見せつけてくる。
 |月玉《オーブ》で迎撃しながら後ろに距離を取るキクリに対し、豊聡耳はスライディングのような姿勢で超低空飛翔し、|月玉《オーブ》の下を潜って滑り込むように下段へ光の刃を伸ばすリーチの長い斬撃を加える。キクリは浮遊して躱すがそれは制動のききづらい空中軌道と、着地の隙を強いるものだ。案の定後ろに飛び退いたキクリには着地後硬直が生じて一瞬の無防備が生じる。豊聡耳はそこにめがけて再び縮地のマントを使って密着距離を保つ。キクリの戦闘スタイルが|月玉《オーブ》を使った遠距離主体だと判断してからは、決して密着距離から逃がそうとしなかった。
 上段に構えた刃がキクリの肩から袈裟懸けに斬ろうと振り下ろされたとき、キクリはその刃を受け止めるようにその細い手を前に出す。到底受け止められるはずがない。白く細い手は、豊聡耳の光剣に真っ二つに切り落とされ、そのまま肩から脇腹までを袈裟に斬られる、と思えたが。
 キクリの腕に黒い塊が纏わり付き先の獣のようなフォルムを取り戻して剣を受け止めた。長い指と鉤爪の間に剣は受け止められて収まり、それ以上刃を進めることはない。
 「ふん」一撃が防がれた位でどうと言うことはない、豊聡耳は攻めを継続して斬撃を加え続ける。手数が増え密着が安定すると、キクリは移動で逃げることが出来なくなる。|月玉《オーブ》を投げる隙も出来ず影の防御一方を強いられているように見えた。

「他愛ないですね。このまま削ぎ落としてあげましょう」
―それはどうでしょう

 キクリが幾らシオリの影を局所的に使いながら上手く防御を続けられているとはいえ、口調通りの余裕を見せるような状況には思えない。だが、キクリは言葉少なげに防御を続ける。豊聡耳の斬撃がキクリの防御を貫こうと大振りになった時。

「!」

 しかし豊聡耳は笏剣を止めてその場を退いた。次の瞬間、豊聡耳がいた場所の足下に、キクリの影つまりシオリの体で出来上がった巨大な鋸刃の回転錐体が付き上がった。

「ちっ、惜しいなあ」

 シオリの体は錐体を解除してキクリの背後に取り憑いたように戻る。獣の様なフォルム、裂けた口の中に炎のような赤さを湛えて、人の顔とは異なるがにやりと笑ったのが分かる。そしてそのまま再びずるずると地面に溶け、キクリの足下に纏わり付く液体のように変わった。

「穢らわしい……!」
―穢らわしい、と仰いますか。光こそ穢れを生み出した張本人。月の暗い側には、穢れのない永遠の都がありますよ、あなたが忌避した月と闇の中こそ、穢れのない国なのです。
「詭弁を弄さないで貰いましょう。そんなもの、穢れと穢れてないものの区別が付かないと言うだけでしょう。清と穢も、生と死も、区別がない混沌と言うだけ、そんなものが、穢れ無き理想郷だなど、言語道断です。ヒトは、理性に向かう。分解し、解剖し、認識し、理解し、あらゆるものを区別して切り分けて叡智を掴む。それを否定するなど、闇と混沌など、頽廃の極み!」
「知性はニンゲンには早すぎたんだよ。だから、オレのような邪悪を生み出すのさ!お前が太陽で光で正義だと言うのなら、オレその絶対反だ。月で、闇で、不正義の存在。もしお前が神で光が存在の定義を象る意味だというのなら、オレはその反対だろう」
「原初の混沌?」
「反存在だ。お前の言うとおり、原初の混沌と、呼んでもいいだろう。オレは太陽を殺し、全ての意味を再統合する絶対反。オレは、お前に幽閉され、博麗に幽閉され、その間ようやく生まれた意味を見出した。全ての意味を無意味とし、原初の混沌に還元する。|禍津日《マガツヒ》の再来だ。」
「消え去りなさい。お前は月でも何でも無い、ただの、虚無だ。虚無。無知。暗愚な無意味。一掃されてしまえ!」

 豊聡耳は空高くに飛び上がって大きく腕を開き、我を見よ、とでも言いたげなポーズで、叫ぶ。
 豊聡耳の体を中心に、まるでそれ自身が強烈な発光体であるかのような目映い光が拡大していく。今は月に隠された太陽よりも眩しい、「我こそが天道なり」と地で行く輝きが、辺りを満たしていく。光が眩しすぎて光を媒介にした視力では確認しづらいが、霊力の強い者、あるいはリグル・ナイトバグやレミリア・スカーレットのように可視光を媒介にしない視力を持つ者にとってはそれが判別できた、輝きの中央には光の到達する領域とは別に球形の高エネルギーフィールドが生じ、それも大きく膨れ上がっていく。
 その光球に触れた地面は割れ、砕けた岩は中に浮かび上がっていく。浮かび上がる中で更に砕け、砕け、砕けて、砂のようになって形を失う。風はなく、熱もなく、音も無く、だが、絶望的な破壊の領域が展開されて、空間を光で満たしていく。

「〝死生有命:自らの意思で最期を選べ〟! 完全に死ぬか、チリも残さず消えるか、さあ、どちらがいい!? いやヤハタ、お前には特別に両方選ばせてやろう!!」

 豊聡耳が笏の先をシオリに向けると球形高エネルギーフィールドは拡大を止め、そしてその光とエネルギーは指向性を持って一直線に伸びる、その先には、シオリの姿があった。

「高慢な太陽と光の暴力は、全ての意味をを切り離し、対立を生むばかりだ。お前の世界こそ、そこにおとなしく収まっていればいい! この世界のすべての存在を否定する権利が、オレにはある! それが、|絶対反《禍津日》だ!!」

 キクリとシオリは、その光を地上から見上げる。ボディスーツのようにキクリの体をすっぽりと覆うシオリ、その口が豊聡耳への憎しみを叫び、獣のような鉤爪を備えた拳を握って地面に突き立てた。

「消えろ、その世界、光こそが! 〝月闇:|支配神界分界線《デマルカシオン》〟!」

 地面を走った黒い線が豊聡耳とシオリの間を分かち、シオリの立つ側が閉ざされたように急激に暗く光を失っていく。闇に満たされた世界、それはシオリの周りだけではない、むしろ豊聡耳神子の周辺だけが、ぽっかりと明るい、それ以外は真っ暗に塗り潰された、先のシャドウバースと叫んだ術に似ているが、真っ黒く塗り潰す度合いが全く違う。境界線の向こうの影を迎え入れることはない、シオリの側は既に真っ暗なのだ。
 豊聡耳が放った巨大な光線はシオリを目指したがしかし、引かれた境界線を越えることなくまるでその境界を境にバリアでも展開されているかのように受け止められる。暗い場所を光が照らし出すのに、たった一筋光があれば十分であることの、まるでその反対をしているようだ。光はその境界線を越えて侵入できない。

「な、なに!? この光でも、|照らし出す《焼き殺す》事ができないなんて」
「その分界線は絶対だ、そして平等だ。お前が光でオレが闇であるのなら。お前の世界は、オレの世界を侵さない。お前の光はオレを照らさない。さあ、もう一度始めよう、オレとお前の、決着を!」

 シオリを身に纏うキクリが浮かび上がり、黒い手甲を付けたような腕と鉤爪を振り上げて豊聡耳に飛びかかる。

―|朔《かけろ》

 豊聡耳に向かって振りかざされたキクリの黒手、鉤爪の軌跡が黒い刃になって飛ぶ。豊聡耳がそれを笏で受け止め弾くと黒い刃は後方の地面に突き刺さる。刃物が突き刺さった場所を中心に、数メートルの範囲にわたってクレーターの様な凹みが出来、それは勢いを失いながらも氷が溶けるみたいに拡大し、そして止まった。それは通常のクレーターの様に衝撃によって地面の構成物が押し潰されたり押しのけられたりして出来上がった凹みではなく、闇の刃の欠片が突き刺さった場所を中心にして、土壌の構成物がごっそりと消滅してできた凹みだった。
 キクリが|月玉《オーブ》の援護を受けながら、翼を広げ、闇の爪を振る。存在を強制的に欠けさせる刃にさしもの豊聡耳も警戒心を強める。笏剣の光刃を伸ばして、間合いを伸ばし、警戒を強める。その警戒によって生じた防御的な微動を好機を見たキクリは、鉤爪を伸ばして翼を羽ばたかせる。距離を取るのか、豊聡耳は接近の準備をしたが、意に反してキクリは切り込んでいく。振り下ろされる鉤爪。援護に飛び回る|月玉《オーブ》。それでも、これならばさっき物部・蘇我とやり合った虫の方が早い。

「調子に乗りましたね、っ」

 爪をパリィングし、反撃に転じようとしたが豊聡耳は、しかし防御を強いられることになった。足下から現れたワニのような顎が噛みつこうとしたからだ。

「やりづらい……ッ!」

 影の大顎を防いだ固め時間に、キクリのオーブが放たれる。|月玉《オーブ》は豊聡耳の頭上に配置されていつでも攻撃を繰り出せるように待機し、キクリ自身が再び鉤爪と翼で攻撃を繰り出す。キクリからの攻撃自体はさほど速いわけでもなく弾き飛ばせるが、反撃を試みようとすると足下や背後に現れた刃物、獣、ドリル、大顎、変幻自在の殺傷武器が突き出てきてそれが阻止される。影を防ぐと、再びキクリの攻撃、|月玉《オーブ》からの射撃。完全に固められている。

「くっ、ヤハタのくせに、ここまでっ!」

 防御を固めている豊聡耳に、背後から存在する影となったシオリが、トカゲのような頭のニンゲンの姿になり鉤爪を繰り出す。シオリが全ての影を使っているようであればキクリには今影が備わっていない。シオリの攻撃を防いですぐに、豊聡耳はキクリの方へ笏剣を向けようとする。だが。

―残念ですね

 キクリが飛翔で完全に密着する位の距離にまで接近していた。豊聡耳もその動きは想定しておらず、光刃を伸ばして間合いを大きくした笏剣で小回りを制御しきれずにその接近を許す。だが、今のキクリにはシオリの影は備わっていない、|月玉《オーブ》もまだ上空だ。キクリに接近されたとしても、出来ることなどないと見做していた豊聡耳は、しかし後悔することになる。

―ハーーーアッ!!
(な、投げ!?)

 キクリは低い体勢で豊聡耳の懐に潜り込んで、その腕を掴み腹の辺りに肘を押しつけて腕を引き、豊聡耳の足を、自らの足で払った。浮いた豊聡耳の体、掴んだ腕をそのまま地面に叩き付けるように引くと、豊聡耳の体が地面に投げ出され叩き付けられた。

「ぐっ」

 倒れた直後、地面を這ってきた影が豊聡耳の体の真下で凝集する。

「くっ、ぉおっ、月民如きがァァアアッ!! 〝グセッフラッシュ〟!!」

 自分の体の下で生じている異変に気付いた豊聡耳は跳ね上がるように飛び上がって、空中で軸を外す。次の瞬間、石臼のような巨大な歯を何本も備えた巨大な口が地面から現れて、豊聡耳が投げつけられた当たりの大地を、噛み砕いた。土も岩も全く豆腐のように形を失う噛みつき、挟まれていれば豊聡耳もただでは住まなかったろう。飛翔と言うより咄嗟の跳躍でそれを躱した豊聡耳。グセフラッシュの閃光はその間のキクリやシオリの攻撃を阻止はしたが、制動の効きづらい跳躍の空中を拾うように|月玉《オーブ》が豊聡耳の腹に鋭く入る。

「ぐっ、あ……」

 その豊聡耳を、キクリの|月玉《オーブ》が打ち付けたが、その打撃ダメージよりも怖れるべきものがある。オーブが豊聡耳の至近に入ったのを確認したキクリは、旧時代の精霊魔術の呪文を満を持して唱える。

―雷を以て
「ま、まて……」
―其を斃さん

 |月玉《オーブ》は豊聡耳の懐で、電撃を放った。|月玉《オーブ》で発生した電流が、空中にいる豊聡耳の体を通って地面へ逃げようとする。

「あ゛っ! あ゛あ゛ッ゛!」

 既に空中を降りてきてエネルギーが減衰した従来の雷ではない、生まれたての高エネルギー雷が、正電荷のある地面に向けて逃げようとする強烈なエネルギーを、豊聡耳の体に流し込む。電導性で抵抗値の高い人体は、通電によって強烈なジュール熱を生じ……

「あ゛ああ゛ああああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛ああ゛あああ゛あああああ゛あ!!!!!!!!」
「た、太子様……!」
「神子ぉ!!」

 |月玉《オーブ》を抱く形になった豊聡耳の体から稲妻が突き出して放電の腕を伸ばし、その多くが地面と繋がろうとし続ける。単発の雷ではないその発雷は、持続的に豊聡耳の体を焼き続けたのだ。叫び声が聞こえなくなった後もしばらく放電は続き、いよいよ地面に落下した豊聡耳の体は、見るも無惨に炭化した黒い塊になっていた。
 豊聡耳の体は煙を上げており、辺りには肉の焼けた匂いが立ちこめている。地面に落ちた衝撃で、体の一部が割れるように外れた。炭化していたからだろう。まだ内部には焼けきっていない肉が残っているらしい、落下した体の接地面から、じわりとどす黒い液体が広がるそれはほんの少しだけ赤みを帯びていたが、血液だとは到底思えなかった。見開かれた眼光に目玉は一つしか残っていない、それも水分を失って萎んでいる。電流のせいで不随意な運動と硬直をしたまま焼けて止まった筋肉は、不自然な形で炭化していた。

「うっ」

 身動きが取れないリグル・ナイトバグでさえ、その様子を目の当たりにして嘔吐いている。だが、物部布都と蘇我屠自古は、最早それが豊聡耳神子だと認識することさえ難しい焼け焦げた肉の塊へ、ボロボロの体を引き摺って寄り、縋り付いた。
 物部は、捲れ上がった肉と皮膚を手で一つ一つ元の場所に戻そうとしている。太子様、と叫びながら、焼けて焦げて落ちた衝撃で飛び散った炭化肉片を掴んで体の元の位置に押しつけたり、炭の割れ目の間から覗くまだ生の肉を隠すようにその割れ目を掴んで閉じようとしたり、不自然な形で硬直する体を自然な体勢に戻そうとしたりしている。

「た、太子様、太子様……我らの力が、至らぬばかりにこのような……」
「てめー、ら、赦、さねえ、赦さねえ!!」

 シオリの影獣スーツを着たキクリを、もう戦う力など残っていない物部と蘇我が睨み付ける。

「オモトがそうなるか、それともオレがそうなるか、それだけの違いだった。オレがそうなったところで、お前達はそんな顔はしないだろう。」
「それの……何が悪い!!」
「悪くはないさ。オレとキクリも、そうだったんだ。誰かと誰かが争い殺し合うなんて、永遠にそういうことだ。たとえ歪なサイクルだと気付いていても、その感情を誰も否定できない。」

 シオリは地上に降り、キクリから分離して人型に戻る。

「だが、そんな繰り返しは、もう続かない。ここで終わる。|穂多留比《ほたるび》、ルーミア、お前達にも感謝する。蘇我、物部と言ったか、お前達にも、今は感謝しよう。オモトを斃すチャンスを、運んできてくれたのだからな! オモトはこの世界で光の神になろうとしたが、オレは違う。」

 キクリはシオリの背後に立ち、自分よりも背の低いシオリの後ろから抱きつくように肩から腕を回している。

「さあ、|原初の混沌《ギンヌンガガップ》の再来だ。」



§ § §



(まさか月の方が勝つとは意外だったが、どちらにせよ博麗の思惑通りには運ばぬか。まあ仕方が無かろうな)

 シオリと豊聡耳の戦いを、まるで関わる気もなく傍観し続けていたレミリア・スカーレットが、頬杖を突いたまま溜息を吐く。

(……これを刈り取る私は、牙を抜かれた、怯えた犬と同じだな。滑稽か、私も)

 博麗の密命を受けてこの騒擾を監視しに来た、1人の吸血鬼としてではなく、博麗からの使者、|紅魔卿《TheKarmazyn》として、八博体制のシステムの歯車の一つとして。かつては、シオリと呼ばれる月と、レミリア・スカーレットはほぼ同じ思想を持っていた。誰でも、陥るものなのだ、虐げられた者は、救世主を望むか、自ら行動を起こすか、どちらかしかない。
 レミリア・スカーレットがそれでも救世主を諦め、|行動《牙》も抜いたのには、博麗の掲げる理想に一定の理解を持った事でもある、それは、自分の思想が薄れ丸め込まれたことだったかも知れない。|紅魔卿《TheKarmazyn》という立場を与えられ、体制の一部に組み入れられた事に満足している自分に対して、レミリア・スカーレットは、胸のどこかでは苛立ちを覚えていた。

(ルーミア)

 時が重なれば、シオリとか言う月神の残滓に、自分は与していたかも知れない。だが、今はそうではなかった。あれを、刈り取らなければならないのだ。それに、レミリア・スカーレットの気に入りの1人を、諸共葬らなければならない。

(気が、乗らんな)

 それ自体も、この吸血鬼に取っては意外なことだった。よもや、自分と妹、以外の誰かに気をかけるような心理が生じるなど、かつての自分では考えられなかったことだ。と。

(全く、乗らん……!)

 気が乗らなくとも、それでもやらねばならないことだと、今は彼女はもう折り合いを付けていた、それが、自分が切り開いた生き残るための運命だったと、自分に言い聞かせて。
 レミリア・スカーレットは、激闘の勝者、だが多くの力を使って既にすり減った勝者を、全力の身で不公平に刈り取るために槍を携え立ち上がろうとした。



§ § §



 なめるなよ、月闇の分際で、この私を

 シオリとキクリが勝利を確信し、レミリア・スカーレットが行動を起こそうとしたとき、誰も予想していなかった声が、響いた。予想はしていなかったが、その言葉を吐く者は、ここには一人しかいない。誰もが驚いた様子で、地面に転がるほとんどが炭となった肉塊へ目をやる。
 それは、がたがたと震えて動いている。もう血液は失われ肉は焼け筋肉は機能していない、頭蓋の中の脳は沸騰して溶け、内臓は攪拌されて形を失っている。単にぐずぐずに崩れた元肉体の不定形が、炭の中に閉じ込められているだけの物体の筈なのに。

「た、太子様!」
「おお……すげえ、神子、神子なのか?!」

 崩れた炭の塊にしか見えない物体は、がたがた震えながら、立ち上がる。ぼろ、と崩れ落ちる炭化した皮膚、萎んだ目玉は片方がぼとりと落ちた。焼けて破れた腹から焼けて固形になった内臓が顔を出し、それもこぼれ出そうになる。炭になって砕けた四肢はなく、辛うじて残った長さの異なる太股が、アンバランスにその炭を立てている、バランスが取れているのが不自然、糸か何かで吊られているようにしか見えない。それは、炭化した物体と言うだけではなく、未だに何か力を秘めた肉塊であることを示していた。
 その姿を見て喜んでいるのは蘇我と物部だけだった、余りにもグロテスクな姿の豊聡耳神子を見て、それを復活だと見做すことも、一見するかぎりは、思えない、思いたくない。ただの亡霊か妖怪化か。

―……これは、闇に葬るしか
「気持ちが悪いな、それが、穢れを知らない光の神か? キクリが言った通りだ、穢れとは、光がもたらした者だ、それを、正に示しているのがお前の今のありさまだ、オモト!」

 なんとでも言え、神は、復活するのだ

 豊聡耳神子だった炭の塊に、大きくひびが入る。その隙間からは、どっと赤黒い液体が溢れ出す、残された僅かな血液やそれ以外の水分、それに溶けた脂肪も混じっているだろうか。ぼろぼろ、とひびに沿って黒くあるいは白く炭化した表面が崩れて剥がれる。加熱され茶色く編織した肉が現れた。失われた組織の部分からは骨も覗いている。蠢く度に、割れ目の奥や寸断された管器官から液体が噴き出した。支えを失った肉質には削げ落ちるものもある。そのまだ湿り気を残した肉が、内部から押し上げられるように膨らみ始める。ぶつ、ぶつ、となんかした組織は容易に破れ、その下で何か拍動するように蠢く物体が見える。それは更に膨らみ、炭化した表面を剥がし落とし、肉を裂いて、骨を割って、更に、更に膨らんでいく。体積を超えた内容物が、いよいよ豊聡耳神子の死体を突き破って現れた。
 べっとりと何かの液体に濡れた、それは豊聡耳神子の体そのものだった。羊水のような液体が噴き出し零れ、地面に赤みを斑に残した水溜まりを広げていく。その焦げた死体は、まるで子宮だけが外部に投げ出されたものと彷彿とさせる、内側から突き破って再び生まれ出る豊聡耳神子。全身を湯気の立つ液体で濡らした新たな豊聡耳神子が、死体の内側から生えて現れた。それはゆっくりと立ち上がる、自分の体にへばり付く、古い自分の体組織の炭を、摘まんで放り捨てた。

「太子様……おお、太子様!!」
「バケモノか」
「ふふ、はははは! 私は死なんぞ、この程度のことではな!! 来い!」

 |生まれ直《復活》した豊聡耳神子が手を上げると、地面に投げ出されていた剣がその手の中に飛んで戻り、マントとヘッドフォンが光の中から再構成されて装着された。

「やってくれたな、ヤハタ。夫婦の共同作業ということか、涙ぐましいじゃないか」

 豊聡耳が、濡れた髪をかき上げながら言う。だが、その目から先ほどまでの余裕は消えている。今見えるのは鋭さ、それは殺意か憎しみか、それを隠そうとしない色だった。

「キクリ」
―はい、ヤハタ様

 シオリの声で、キクリは再び戦闘態勢を取る。シオリも影の獣の姿になってキクリの傍に立つ。

「絶対反、|禍津日《マガツヒ》……そうか、そうか、成る程。博麗がお前を封印に留めて根去を怖れている理由はそれか。そうでなければ私の光が及ばないなど、あり得ない! ヤハタ、お前はこの幻想郷で、非対称性の残滓なのか。この世界の製造機なのに、解決し得ない不都合。種であり癌。ははは! 偉くなったものだ、まさに創世の祖ではないか!! 皮肉な存在だ、お前に、全く相応しい!!」

 そして、ふい、とシオリの方を見て、表情を変えた。

「ですが、安心して下さい、ヤハタ。私なら、あなたを完全に消去してあげられます。あなたの中にある〝絶対反〟諸共、完全に」

 〝あなたを完全に消去してあげられます〟その言葉を口にする豊聡耳神子の表情は、今までのどの表情よりも、慈しみと、そしてこの言葉が適当か否かは分からないが、愛しさに溢れた表情に見えた。

「だったら、その〝絶対反〟をくれてやるよ、オモト。オレを〝世界の余り物〟にした、張本人のお前にな!」

 グロテスクな姿を経てそれでも復活した豊聡耳神子に向けて、シオリが「絶対反」と呼ぶ術を宣言する。

「〝余陰:第四項と余され者のアンチノミ〟」

 シオリを中心として周囲の光景がネガポジ反転したような奇妙な色合いに変化する。豊聡耳を含めた全てが、まるで写真のフィルムに焼き付けられた映像のような色彩で上塗りされた。
 その場にいる全員が何が起こるのか不安そうに周囲を気にしている中、豊聡耳はそれに気付いているが全く気に留めないように腕を組んでシオリの出方を見ている。
 ネガポジ反転の光景にたった一点だけ、元の色彩を保った点がある、それは元はキクリの持つ|月玉《オーブ》だった空間だった。

(瀬織……っ)

 リグル・ナイトバグは、それに思うところがあるのか狼狽えたように目を見開く、何かを言いたげに口を開きかけるが、それを声に直すことなく飲み込んでいる。
 遠くで状況の変化に気付いたレミリア・スカーレットは、そうして色彩を変更された光景を見て、どこか安堵したように口角を上げ、再び腰を下ろしていた。

「さあオモト、これを平らげてみろ。お前がオレを跡形もなく消せるというのなら、この〝絶対反〟を!」

 元の色彩を保った小さな円形の領域は、真っ直ぐに豊聡耳の方へ飛んでいく。豊聡耳はそれを、手に持った剣、鞘に収めたままそれを横に振って、その色彩領域を弾き飛ばした。
 それは遙か遠くへ弾き飛ばされるどこまで飛んでいったのか分からないが、森の相当奥地にまで飛んでいきそれは木々の間に埋もれるように沈んだ。その瞬間、突然元の色彩を保った領域が大きく膨らみ、小さな山を飲み込む程の大きさまで拡大して、そしてすぐに萎む。
 色彩がネガポジ反転に戻ったとき、その場所には、何もなかった。
 何も。
 シオリが指を鳴らすと全ての色彩は元に戻り、次の瞬間「何もなくなった」領域に向けてその周囲のありとあらゆるものが崩れて落ちていく。落ちていく、とっても上にある下へ移動するのではない、まるでその《《真っ黒い領域が下である》》みたいに、つまり吸い込まれていくかのように。木、大気、砂、土、そこにいたのだろう生き物、自然常在マナ、光、音、言葉と意味。ありとあらゆるものが、その真っ黒い空間に向かって《《落ちて》》いく。天変地異、と言うには余りにも不自然で異常、その黒い領域が満足するまで喰った後、その場所には喰われるすんでの所で消失せずに済んだ木、大気、砂、土、そこにいたのだろう生き物、自然常在マナ、光、音、言葉と意味が歪に融合した形で取り残された。ネガポジ反転が更に反転して元に戻って拡大した領域のその約半分程度の領域に、概念が溶け合って融合した「命名し得ない何か」が残されている。
 弾き飛ばした剣の鞘にも黒い領域がこびり付いていて、鞘の他の部分を吸い込み、豊聡耳の髪やマントが風もないのに靡いた。黒い領域はじわじわと、木炭の火の赤い部分が進む時のようにゆっくりと進んで広がっていく。豊聡耳はその鞘を抜いて遠くに投げ捨てた。地面に落ちたそれは周囲の幾らかを「落とし込んで」しばらくしてようやく落ち着いた。鞘は既に無くなっていた、周辺の大気と岩と生き物と意味と記号が、一つの塊になろうとして中途半端な状態で止まった名前のない塊が、残されている。

「なんじゃ……あれは」

 目の当たりにした物部が恐ろしい者でも見るような目で、草と溶け合った岩に体の半分が埋まっている鼠と虫が、しかしまだ、生きている。黒い領域に《《落ちて》》消え去ることがなく中途半端に残された存在は、「そういうもの」になってしまったのだ。そうして残されたそんざいは、幸いだったろう。黒の領域に落ちた存在は、跡形もなく消滅しているのだから。

「これが、〝朔〟……」

 蘇我屠自古も顔を青くしている。物部も蘇我も朔とは精々「影がなくなるとその対蹠となる実在も死んでしまう」現象と考えていたようだ。まさか、生命体以外にまで影響を及ぼし、その中途半端な生存物は〝存在キメラ〟となってしまうとは、考えてもいなかったらしい。

「朔とは、反存在が実存在に影響して互いに打ち消し合って消えてしまう現象。影とその生命活動影響は、メタファに過ぎない。月が欠け満ち、時に太陽を蝕む運びは、その巨大な例だ。太陽の大いなる力が無ければ、二度と再生しない。」

 そう言って半ばを過ぎた日蝕を指さす豊聡耳。

「再生は太陽の力じゃねえよ、嘘を抜かすなよ、オモト」
「私は、再生しました。岩戸を出て、太陽を再生し、豊聡耳神子として生まれ直し、先ほども復活して見せた。どこに疑いの余地があると?」
「全部だ! 太陽信仰など、死と破壊と争いと差別を生み出しただけだというのに、平和の使者のような顔をしやがって! お前の宗教は、太陽信仰は全てが欺瞞だ! さあ次はどうする、マントでも脱ぎ捨てるか? 〝余陰:第四項と余され者のアンチノミ〟!」

 また風景がネガポジ反転の状態に入る。キクリの手には色彩を保った|月玉《オーブ》が現れた。
 弾いただけでも朔の影響が出て存在が融解した剣の鞘を考えれば、シオリが言った通り、弾き飛ばし、同時に弾き飛ばすのに使用した道具も捨てなければ、侵蝕されていく事になるように思えた。
 だが、豊聡耳神子は、余裕の笑みを崩さない。手に持った、鞘を捨てたその剣を諸手で握り、正面に突き立てるように持つ。

「その必要は無い、ヤハタ、お前の〝絶対反〟は、これで終わるからだ。言ったであろう、あなたを完全に消去してあげられます、と。」
「ふん、やれるものならやってみろ、オモト!!」
 
 シオリの声と共に、キクリの手を離れた|月玉《オーブ》が、豊聡耳神子へ向かって飛翔する。
 豊聡耳神子は、手に持った剣を、すう、と高く掲げて、そして声高に叫んだ。

「ならばとくと見よ。これが、日像鏡と日矛鏡の二者一対、完全なる鏡。|聖徳太子《卑弥呼》の真のオーパーツ、|日燧鏡《ひすいのかがみ》の力である。|菊理媛《キクリヒメ》の持つ粗末な鏡などとは一緒にして貰っては、困りますよ」

 ヤハタ、お前を、終わらせてあげます。再び、その言葉を妙に穏やかな表情で言う豊聡耳神子。視線はまっ過ぎにシオリに向いている、その視線を受けたシオリは、しかし憎い者へ向ける殺意を込めた視線で睨み付けていた。

「真の日の神、闇を払い月を従える、弥呼比売神の復活だ、崇め、讃えよ。」

 向かって来る|月玉《オーブ》に、真正面から対峙する豊聡耳神子。手に持ったその|剣《鏡》、|日燧鏡《ひすいのかがみ》の日像の兜金が、光を放ち始める。放射状に備わった旭光の装飾、その一本一本の先端から光が伸び、中央に円形の輝きと巨大な旭光状の枝線を空中に残す。旭光の枝線の先端同士を結んで出来上がる多角形の径は10メートル以上はある、豊聡耳神子は急激に後退して、中央の円形光体との延長上に|月玉《オーブ》、そしてシオリを配置して、|剣《鏡》の|刀身《鏡面》を立てて構えた。
 そして、豊聡耳神子は、宣言する。

「〝大神:創世の光〟!」

 空中に残された旭光枝線の先端から、豊聡耳神子の構える|日燧鏡《ひすいのかがみ》、その|刀身《日矛鏡》部分へ光が放たれる。|刀身《日矛鏡》に反射した光は指向性を調整されて一直線となり、その先にある日像の光鏡を通った。日像鏡を通過した光は、旭光枝線の先端同士を結んだ多角形の太さを持った光に拡大、増幅されて、放出される。

「この光と共に今日という日を、我ら新たなる神の輝かしき歴史の始まりの日とする。これが、新たな世界への最後の扉である!」
「暴れろ、月闇!」

 光に飲み込まれようとした|月玉《オーブ》が、シオリの指示でその場で激発され、反転領域を拡大する。反転領域に入射した光はそれ以上進行しない、|絶対反《朔》は光を落とし込んでいた。

「ふふ、懐かしいですね、ヤハタ。前にもこうして、やり合いました」
「憶えてねえ。オレが知ってるオモトは、お前じゃねえ!」
「それは、その通りかも知れませんね。ですが……争いに勝った者が、歴史を、語るのです!」

 豊聡耳が更に|日燧鏡《ひすいのかがみ》に霊力を注ぎ込む。歯を食いしばり過剰に霊力を投入すると、レーザーの反動エネルギーが豊聡耳に向かって刃となって襲いかかってくる、体のあちこちに裂傷が出来、血が流れる、激烈な逆流風が豊聡耳の体に吹付け血がリボンの様に後方へ靡いた。それでも|日燧鏡《ひすいのかがみ》に霊力を送り込み、極太レーザーの出力を上昇していく。
 注ぎ込まれる霊力と、反射増幅して出力する霊力が、性能を上回る、鏡にひびが入り始める。

「っ、やはり、所詮仿製鏡なのか…… だが構わぬ、この一撃で、消してやるぞ、ヤハタ!!」
「テメエこそ、消えやがれ、オモト!!!」

 出力を増し続ける|日燧鏡《ひすいのかがみ》のレーザーを、絶対反の|月玉《オーブ》は落とし込み続けている。だが。|日燧鏡《ひすいのかがみ》同様に、オーブにもひびが入り始めた、そして次の瞬間オーブは砕けて絶対反の領域が、消え去る。レーザーが突き抜けて、シオリに迫った。

「ば、ばかな……」
―! ヤハタ様!!

 |月玉《オーブ》の粉砕を察したキクリは、シオリの前に飛び出し、体を鏡に戻した。

「ば、バカ! そんなことをしても!!」
―ヤハタ様、お逃げ、下さ

 鏡体となったキクリがシオリの前に立ち塞がる、一瞬だけその光を反射して防いだが、すぐにひびが入り、その鏡はキクリの姿を映し出したまま、砕け散った。

「き、キクリいいいいいいいいいい!!!!!」

 絶対半の相殺も、キクリも砕け散り、シオリを焼いた創世の光の名に似つかわしくないおぞましいレーザーが突如止まったのは、一瞬だけキクリの境体によって反射されたレーザーがレーザー本体と干渉することなく豊聡耳の方へ到達し、|日燧鏡《ひすいのかがみ》を砕いたからだった。
 その光を目の当たりにして、誰一人として声を出すことが出来なかった。
 辺りにはただ、静寂だけが残された。



§ § §



「いたい、いたいよお……」

 それは、ボロボロと泣きながら、体を引き摺っていた。

「あし、なくなっちゃった、あし、足ぃっ」

 少女の姿を、誰もが知っている。幼い姿、金髪に黒いすっぽりとした服、赤い髪飾り。宵闇のルーミアだ。

「いたいよお、いたい、いたいいいい」

 そのルーミアは今、悲痛な表情で泣きながら、地面を這いずっている。
 下半身がない。両手で這いずる様にずる、ずる、と進んでようやく首を持ち上げるルーミア。バランスを失ったルーミアの体は急激に崩壊が進んでいた、それは自らの力が作り出した朔の侵蝕能がバランスの崩壊によって制御を失い、影である自分の体をも蝕んで行く姿だった。

「たすけて、たすけてよ、レミリアちゃん」

 崩壊が進む肉体の端からは、血の代わりに真っ黒い原油の様などろついた液体が泡立ちながら流れ出している。それは血液などではなく、ルーミアの存在そのものが進行的に溶けてて形を崩している、その溶解物だった。ゆっくりとしかし確実に致命的に、ルーミアの体は崩れて溶けて液体になり、泡を立てて蒸発していた。

「たす……けて、いたいの、すごく、いたいの」

 蒼白な顔を持ち上げ、必死の視線を送る先にはレミリア・スカーレットが立ち、瀕死の弱小妖怪をじとりと見下ろしていた。半身を消し飛ばされ身動きのかなわないルーミアは、友人と信じる吸血鬼の方へ、ずる、ずる、と弱々しく体を引きずって腕で匍匐する。引きずられた溶解断面は地面に腐敗液のような黒く粘る尾を引き、その度にまだ死んでいないルーミアの上半身は、鉄板の上で踊らされるような熱い激痛を味わっている。
 元々白い表情は血の気を失い白、通り越して青、そして黒い。下半身の溶解が大量出血と同じであるのなら体温は奪われているはずなのに、彼女の体は汗でべっとりと濡れていた。冷や汗が吹き出すのは極度の緊張状態にある為で、それは死を近付ける自滅的な反応だ、それをもはや彼女は自分の意志で制御することは出来ない、死にゆく妖怪には、ありがちな光景ではあった。

「ルーミア」

 見下ろすレミリア・スカーレットにとって、そうして目の前で息絶えていく者など、妖怪に限らず人間、妖精、霊獣それに、同胞の吸血鬼であっても飽きるほど目にしたことがある。これもまた、その一環でしかない。
 レミリア・スカーレットは吸血鬼である。吸血鬼とは人間そのほかの生き物の生き血を媒介して生命エネルギーそのものを吸い糧にしているのと同時に、そうして吸血することで相手を隷従としたり、血を媒介して生命エネルギーを分け与えることも出来る。ここに立つ吸血鬼は、その中でもいっとうに強力な化け物だ。そうと願えばおそらくは、そこに横たわる瀕死の某も、根元の存在はともかくとして外郭な弱小妖怪つまりルーミア程度の肉ならば、存命させることが出来るかもしれない。その足下に縋るルーミアに、そこまでの考慮があったとは思えないが、そうして命乞いをすること自体は、理に適っていた。
 ただ、彼女がそれを助けるかどうかは、純血吸血鬼という特級妖魔の気紛れに頼むことになる。

「レミリア、ちゃ……」
「こんな時ばかり、《《そっちの顔》》を使うのか、思っていたよりも小さいな、下衆が。」

 レミリア・スカーレットは、這いずるルーミアの顔の前に足を置き、つま先を立てるようにしてその顎を下から持ち上げる。

「あ゛っ、ぐ」
「ギンヌンガガップだかコアップガラナだか知らんが、あんまり|吸血鬼《私》を嘗めないで貰おう。助命嘆願に来たつもりだろうが……代わりにその頭を潰してやろうか?」

 つま先で上向かされ苦悶の表情を浮かべるルーミアの顔を、レミリア・スカーレットは唾でも吐きかけそうに顰めた顔で睨み付ける。

「れみ、りあちゃ……どうして」
「まだ嘯くか、この半端者が。溶けて形の定まらぬその体ではさぞ不便だろう、私が槍でぶち抜いて掻き混ぜてやってもいいのだぞ、ああ!? 何とか言ったらどうだ、この引き籠もり野郎が!!」

 レミリア・スカーレットはしゃがみ込み、足下に平伏したままのルーミアの顎を今度は長い爪が頬の皮膚に刺さるほどに強く掴んで捥ぐように自分の方へ向かせる。

「くっ、くハッ!」

 突然笑い声を上げるルーミア、見ると、額の上辺りからべろりと、まるで皮を剥いたようにルーミアの表情が、剥がれた。それを捲れかけの本のページの様に半分ほどをへばり付かせて残したまま、その下から笑った顔が覗く。
 表面に一枚剥ぎ取られたルーミアの表情は未だに蒼白で悲壮、痛ましい表情で苦痛の声を上げ続けている。その下から捲れて覗くもう一人の顔の表情も、笑ってはいるがそれは眉は顰み血の気が引いて自嘲と焦りが滲んだ薄ら笑みだった。表情めくれた薄い表面にへばり付く目玉も、その下から捲れ出てきた目も、一様にレミリア・スカーレットの方を見ている。

「ははっ! だったらそうしてくれよ。その槍で、オレの体にもう一度、形を与えてくれよ、なあ。結局オレは、殺されるのか。何をしたわけでもない、ただオレがオレであるという理由だけで、この世界は、オレを閉じ込めて、殺すのか、殺すのか!」

 ルーミアの下に生えたシオリが、やはり進行性の溶解に体を崩し恐らく痛みがあるのだろう、苦悶に表情を歪めながら叫ぶ。指で土を握る様に掻く様は自嘲な表情と諦めを訴える叫びとは裏腹に、悔しさを示していた。顔がべろりと剥けたまま、その表面と内側にある口が、同時に別々の声を上げる。

「|さあ、殺してみろ。かつては世界に中指を立てて見せた吸血鬼《れみ、りあ、ちゃん……たすけて、たすけて》。|今はすっかり牙を抜かれて飼い慣らされ《わたし、まだ、まだ、しにたくないよお》、|世界の仕組みに与するその槍で《きえちゃうなんて、いやだよお、こわいよお》、|オレを殺してみろ《……たすけてえ》!」

 二重に声を漏らし続けるルーミアとシオリ、レミリアはその顎を掴んだまま、縊るように持ち上げる。持ち上げられた体の上半身以下からは、ドロドロと漏れ染み流れる黒い液体が滴り血液のように地面に斑を描く。残され辛うじて生きている上半身を持ち上げたまま、レミリアはそれに向かって、呆れたように言葉を向けた。

「《《どっち》》が貴様の本音だ。弱音を吐いて私に命乞いをするのと、御託をぐだぐだと並べて薄っぺらな強がりを言うのと。自殺願望が本性なら、その通りにしてやるのは私の苛立ちにとって都合がいい、ここで黒い血をまき散らして死ね。だが、だったら、貴様は何故わざわざルーミアの皮を破ってまでもう一度ここに現れた、|瀬織津姫《セオリツヒメ》とやら。貴様が終わりたいのなら、髪飾りの中におとなしく留まっていればよかったろう。それでも現れたのは、〝太陽と光〟に復讐したいからか?」

 体の崩壊が進む|ルーミア《シオリ》。泡立ち溶けて液体のようになって地面に消えていく体。その様を見て、レミリア・スカーレットはしかし、冷酷に問いを続ける。

「だが高々幻想郷から全ての影を食い尽くしたところで、最早大した力にはならん、世界を|闇と混沌《ギンヌンガガップ》に帰すなど遠く望むべくもないことも分かっていたはずだ。この世はもう、貴様が生きていたとき程不安定な世界ではない。多くのものに細かく厳密に|呪《名前》が与えられ、その姿と概念を強く固定化されている。闇や混沌が容易にそれらを塗り返せる様な時代は、もうとうに終わっているのだ、|瀬織津姫《セオリツヒメ》、それともヤハタとキクリと呼んだ方がいいか。」
「オモトの代わりに岩戸に閉じ込められ、存在を呪われ消された。でも、一体オレがが何をしたって言うんだ? オレだって、ただ、死にたくないだけなのに!」
「そうだ。お前は卑弥呼とやらに騙されて閉じ込められ、リグル・ナイトバグに嘯かれて喰われて死に、博麗と八雲に欺かれて再び閉じ込められ、聖徳太子とやらに謀られて引き摺り出され、もう一度死のうとしている。同情しよう。博麗は私も好かん、反吐が出る位に好かん。哀れだ、一緒に泣いてやってもいい哀れさだ。……だが、奴らが作ろうとしている世界は、本物だ。」

 ようやく本音が出たか臆病者め、レミリア・スカーレットは小さく溜息を吐いて、その体を地面に投げ捨てる。

「さて。同情心に駆られた慈悲深い私には、確かに貴様を延命することは出来る、だが、貴様はそれでいいのか。《《私が助けてしまってもよいのか》》。 もっと適切な誰かが、いるんじゃなかったのか」
「あれは、間違いだった。あんな化蛍を信用して頼るのは、間違いだったんだ」
「だったらお前はあの岩戸の中で死んでいただけだったのだろうな、平和だ、この上なく平和だ」
「……あいつしかいなかったんだ」
「歴史を塗り直そうというのならば、私ではなく、今一度《《そいつ》》に頼むのが筋じゃないのか? そうして見事に覆して見せればいい。太陽への復讐も、原初の闇への還元も、欺瞞。《《それ》》が、本当のお前の望みなのだろう。それとも、本当に私がやってしまっても構わないのか?」

 痛みに息を荒くし、脂汗を《《二つの顔》》から垂らし、苦悶の表情を浮かべる|ルーミア《シオリ》。今支配的なのはシオリの方だ、シオリは、何かの言葉を、喉元にまで吐き出しかけている。レミリアはそれを見て、それを吐き出させようとしているようだった。それは命乞いの言葉だろうか。

「さっさと命乞いをしろ。お前はもう、長くは持たないぞ」

 ぐずぐずと崩れて液体に溶けていくルーミアの体、形を保っているのはもう、胸の辺りまでだけになっていた。もうしばらくすれば完全に形を失って、死ぬだろう。彼女の呼び出した作用は、朔は、彼女の体にも及ぶ。彼女自身が、《《光の影》》なのだから。
 |ルーミア《シオリ》は、いよいよ口を開いた。喉の奥に引っかかったものを必死に吐き出そうとするように。

「……けて」
「聞こえん、そんな声では、誰にも」
「たすけて、」
「まだだ、死んだつもりで叫べ、泣いて喚いて、この世界に許しを請え、私がそうしたのと同じように!」
「助けて、助けて」
「小さい!!」

 レミリア・スカーレットは槍を投げる。槍は、地面に転がる|ルーミア《シオリ》の体の横を掠め、すぐ傍の地面に突き刺さった。その警告に|ルーミア《シオリ》が動じた様子はない、それは揺らぎのない覚悟を決めているから、ではなかった、もう、余裕がないのだ。

「死にたくない、助けて……|穂多留比《ほたるび》、|穂多留比《ほたるび》! オレはまだ死にたくない! ただ生きたいだけなんだ!|穂多留比《リグル》、|穂多留比《リグル》、|穂多留比《リグル》、リグル、リグル、リグルリグルリグルっっ!!」
次で終わりだと思います。
確認読みが全然出来ていません。
蛍光祭に物理本が間に合うかどうか非常に怪しいです。
みこう悠長
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
シオリとルーミアを切り離して考えるとルーミアが被害者的側面強いですね、この一連の話……
まあルーミアはルーミアで自分で戦うことを決めているのだからそう言い切ってしまうのも変な気もしますし、シオリの方も被害者的側面あることも確かなのでしょうけども。
レミリアは……この場にいる中で一番大人な気がするなぁ。
今回も楽しく読ませていただきました。結末が全く読めませんが、続きを待たせていただきます。
2.性欲を持て余す程度の能力削除
荒々しい言葉遣いで大好き大好き言いながら浅ましく物言わぬ布都の下半身を貪りまくる屠自古の姿が実にツボでした…すごくシコれます。たまりません。