真・東方夜伽話

ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑩

2019/05/05 22:29:09
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ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑩

みこう悠長
§ § §



 例年の祭儀の場を除いては実に珍しい顔ぶれであるし、それらが言葉を交わす形で対面しているのはそれ以上に珍しい。密約成立の時以来かも知れなかった。博麗の巫女と|紅魔卿《TheKarmazyn》が個人的なつながりを持ち一部に非公式な交流を持つのに対し、|紅魔卿《TheKarmazyn》と八雲はほとんど接続を持たないそれは、八雲へのことばあるいは八雲からのことばは対象を|紅魔卿《TheKarmazyn》とする場合を除いた一切の場合に於いても、博麗の巫女を仲介するからだった。

「|空色共役変換《C》対称性と|プシュケー変換《P》対称性に対する不満足なバランスについて、で、いいかしら」
「概念やからくりの話など今更どうでもいい。よもや気付いていない訳ではないだろう、その対称性の破れを問う輩が入ってきてる。そもそもの持ち主らしいじゃないか。それをどうするのかと聞いている」
「そうねえ、レミリア・スカーレット。あなたはこの世界に何をもたらしたのかしら」
「知るか。そんなものは貴様等の都合だろう、八雲、それに、博麗。私はただ私として存在している、そのために邪魔になるものとは戦うし、役に立つものは利用する。一度はこの地で|死んだ《殺された》私にそれを容認したのは貴様等だ」

 博麗の巫女は、巫女であり同時に|審神者《さにわ》を要さない、それは統合されている。八博体制に於ける|審神者《さにわ》の不在は巫女のそも強権を示すものではなく祭儀が神である八雲のことばを巫女が人間の言葉として受信できるよう高度化した事から極自然な変化といえる、結局の所巫女の強権を認めるものになっているが、それ自体が八雲の意志だとも言われていた。蓋し、八雲の言葉は今日、|紅魔卿《TheKarmazyn》が相手であっても通用するモノになっているのだろう。それ故に、かの密約は成立したし、今こうして参集した紅魔郷が語弊を怖れずに言えば対等な高さに座している。対等とは言っても、八雲は姿を隠したまま神殿にその身を置き、博麗の巫女と|紅魔卿《TheKarmazyn》は拝殿でその声を聞くだけだ。

「|紅魔卿《TheKarmazyn》、私……八雲と博麗は、あなたの、強い自己肯定と過去への決別を、この世界に必要な一滴の血とみています。それはこの世界にはアンバランスな程に少ない、その不足は|空色共役変換《C》|プシュケー変換《P》対称性の破れよりも余程問題だと思っています。」
「答になっていないな。博麗に|審神者《さにわ》が不要なのは、神のことばも巫女のことばも、翻訳が不要なまでに進歩しているからだと聞いていたが、それは誇大広告だったか?」

 |レミリア・スカーレット《紅魔卿》からは八雲紫の姿は見えない、言葉こそ両者に向いているが、その視線は博麗|の巫女《神祇伯》の方を刺していた。その視線に晒されて、博麗霊夢は神祇伯らしからぬ弱気な様子で|紅魔卿《TheKarmazyn》から目を逸らす。その様子が見えているわけではないはずだが、それを擁護するように声を差し込んできた。

「幻想郷は新たな月を受け入れてから、次のステップに進んでいるわ。|紅魔卿《TheKarmazyn》、あなたの〝血の一滴〟が、変革をもたらした。空回りの車輪は、いよいよ地面を噛んだわ。その前進に伴う者のみが、この世界にいればいい。」
「ゆ、紫、それは違う。その車は、この世界を乗せて、何者も零さずに進むのよ。間に合わない者を置いていくのは」
「だから、そういうことよ。|月闇《つきやみ》もあの闖入者も、|紅魔卿《TheKarmazyn》、あなたと同じにならなければならない。霊夢、誰も取り零さずに進むというのなら、誰かが掬い上げなければいけないわ。」

 都合のいい答だな、虫唾が走ったような顔で拝殿から神殿を望む方へ声を投げる、レミリア・スカーレット。

「あなたの槍が、誂え向きよ。わかっていて?」
「……途方もなさ過ぎて私のような雑魚には想像も付かん所業だ」
「破れの起源である〝絶対反〟は今、|概念固化体《キャニスタ》化して安定させています。格納容器の管理を、レミ……|紅魔卿《TheKarmazyn》に任せましたね?」
「奴らは、容易にそれを揺り動かして引き摺り出そうとしているんだろう、何が安定だ。都合がいいことだな、鎔界炉廃炉の後片付けを私にさせようというのか。その尻拭いをただの住人の私にさせるだと?」
「ただの住人にしては、力の強いこと」
「八雲、貴様は最初から、|概念固化体《キャニスタ》の瓦解と絶対反の漏出から再び|空色共役変換《C》|プシュケー変換《P》対称性の破れが暴れ出すことも、想定してたのだろう。格納容器に使っているあの妖怪の闇はそれにうってつけだったと言うことだ、反吐が出るな。それに私の槍もメタファから、利用価値があると踏んでいる。何が過去の許容だ、何が車輪の前進だ、何が世界の進化だ、貴様等の筋書き通りに事が運ぶのは癪で癪で仕方がないが、それが貴様等の要望というのなら、恩を売ってやろう。そんな運命は」

 レミリア・スカーレットは立ち上がる。神殿を睨み付け、特徴的な長い犬歯を噛みしめるように、目を鋭いで睨み付け、次いで博麗の巫女へ唾を吐きかけんばかりに表情を向ける。実際に唾を吐きかけなかったのは、|紅魔卿《TheKarmazyn》にも博麗の巫女の立場の苦さが分かっているからでもあった。

「そんな運命は、私が跪かせてやる」

 レミリア・スカーレットは、その場で赤く長い槍を呼びだし、その石突きで拝殿の床を強く打った。本来ならその場で処刑されるような無礼極まりない行為だが、それが今は、この吸血姫には容赦された。神も巫女も、そのこと自体は咎める様子もない。それだけ、彼女の持つ力と期待が、大きいと言うことだろう。
 その目溢しを承知して、ふん、と鼻で笑う。

「どうせ私は保険なのだろう、そうでなければ貴様等の言に辻褄が合わない。花妖にも同じような根回しを済ませているのだろう。だが、本当に《《奴》》に、期待しているのか?」
「無論だわ」
「それが、理想的な、ハッピーエンドだもの。この世界の、歩みのために。」
「ハ、楽観主義者共め。」

 立ち上がり、そのまま拝殿を立ち去ろうとする背中で、|紅魔卿《TheKarmazyn》レミリア・スカーレットは言い置く。 

「それも癪だが、その楽観は―嫌いではない。」

 レミリア・スカーレットは、ハハッ、どこか自嘲を含んだような笑いを口の端から漏らしながら、赤い霧になってその場を去る。
 残された博麗の巫女も、その主祭神である八雲紫も、何も言わずにその場には、ただ仄暗い沈黙だけが残された。



§ § §



 公務や兵役で外に出ているとき以外の幽香さんと会うのに、公館である夢幻館で、まして迎賓や公使として対面することはほとんど無い。いつも、こうして私室に招かれる。

「いらっしゃい」

 幽香さんの私室は何度来ても一度も同じ姿をしていたことはない、なんせ中は常に植物で満たされているからだ、部屋自体が生き物のようなものだ。幽香さんの力があれば恐らく植物の成長を早めたりあるいは止めたりすることも出来るのだろう、私室に固定的な風景を望むのならばそれも可能なはずだ。それでもこうして好き勝手に生かし、あるいは成長させているのは、そっちを望んでいるからなのだろうか。それにしたって植物の種類そのものがごっそりと変わっている事もあるのは、それには合致しないような気がする。気難しい人だ、気に食わない事や飽きがあればさっさと自分を取り巻く環境を変えたがるのかも知れない。
 今日は、部屋中が脚の長い苔に覆われている。絨毯代わりならばまだ分からないでもないが、壁も天井も全てが苔で覆われ部屋の全てが深い苔の波に飲み込まれたかのように丸みを帯びている。唯一苔色になっていないのがベッドだが、それもじわじわとヘッドボードへ苔の波が及んでいるように見えた。あちこちにこんもりと膨らんだコロニーがあったり、壁からは滝が流れるようにしだれていたり、苔にも色々な種類がある。

「えっと」
「踏んでも大丈夫よ」

 入れ、と言うことだ。この部屋には調度品は限られる、限られるというか、テーブル一つと、ベッドしかない。光源は謎だが何故かやんわりと明るい。苔に必要な光を取り入れるためか幾筋かの明るい光が天井から差し込んでいるが、その天井も苔に覆われていてその光が何なのか分からない。天然光かも知れないし、天井裏に何らかの光源を用意しているのかも知れない。
 何にせよ、入れと言われて入ったとして、居場所はほとんど無い。このテーブルもベッドの上から使うのに適した高さになっているらしい、その傍に腰を下ろすような感じでもないし、立っているのもなんだかヘンだ。つまりこの部屋に、入れと言われた居場所というのは、ベッドの上に腰を下ろすくらいしかない。ボクは手持ち無沙汰をそのまま保留するように、扉を閉めたその場所で跪いて、ベッドのからこちらを見ている幽香さんに頭を垂れた。

「話は聞いているわ」
「は、はあ」

 苔にも色々な種類がある、流石に幽香さんにかは敵わないがボク等も生活を共にすることが多い、親しみはあった。
 苔には何種類かがある、それぞれ特性も生育条件も異なるのだが、この部屋では様々な種類の苔が小さな空間に密集してそれぞれが繁茂しているように見える。光の与え方や水の与え方に工夫があるのかも知れないが、何と言っても幽香さんの能力がさせることなのだろう。不思議と、ここにいる苔は皆が開花の時期を迎えているらしい。濃淡色々の緑がグラデーションとモザイクを作る中、一斉に朔柄を伸ばして沢山の|朔《花》を咲かせていた。

 苔の花にも花言葉があるらしい、何だったろうか。

「あんたが小闇娘を庇い立てする必要なんか無いんじゃないの?」

 話がどこまで伝わっているのか、そも、その話がどこから伝わってきたのか。

「誰から、お話しを」
「博麗以外に、あると思っているの?」
「この件は、背景では紅魔も関わっているようですので」
「相変わらず耳が利くのね。でも、博麗の巫女からの話よ。あんたが、あの新参者との諍いに介入するって」
「はい」
「あんたがしゃしゃり出る必要なんて無いんじゃないの? どうせ博麗か、あるいは八雲の怠慢が原因なんでしょう」
「何が原因であっても、関係ありません。ボクは仮にも|四則同盟《カルテット》のリーダーです。宵闇のルーミアを、守るのはボクの、義務です。」

 ふう、と溜息を吐くのが聞こえた。幽香さんはこの部屋にいる時のいつもに漏れず、目にやり場に困る様な薄着のまま、ボクの方へ面倒くさそうな視線を向けていた。
 薄いスリップは着ていても素肌のディティールが見えてしまう、装飾的な意味で生地には幾何学的な模様を付くる様に厚薄の差を設けてあるが、生地が厚い部分が隠すべき場所を強く隠しているような造りになっているわけでもない。幽香さんの体はそのほとんどが、透けて見えていた。

「その理論でいけば、私はあんた達を放っておく訳にいかないのだけれど、それを言いに来たってことかしら」
「半分はその通りです。」
「もったいぶった言い回しは嫌いなの、|紫《あの女》を思い出す。」

 でしたら。ボクはストレートに要件をぶつけることにした。

「花畑を、例年よりも広く食べる許可を下さい。」
「はあ?」

 幽香さんが強大な力を持つ理由の一つに、妖力を自由に植物に蓄積したりあるいはそこから抽出したり出来ることがある。足下に生えているちっぽけな植物にも実は大きなエネルギーが蓄えられている。物質的な側面もあるし、生命エネルギーの観点もある、自然の存在故のエネルギーもある。それ自体がエネルギーを再生産する高密度の機関でもある。
 幽香さんは草花や木々を用いて日々エネルギーを自前の植物として体外に貯蔵することが出来るし、大量の植物から再度エネルギーを取り込むことが出来る。幽香さんが特別それを実現しているのは、植物という存在の持つ各種エネルギーと妖力の相互変換がほぼロスレスである点に尽きる。さらには、植物は、他の生命と比べても高速で増殖する能力を持つ。
 他の妖怪でも、妖力以外のエネルギーに変換することは出来る、つまり食事だ。だがそれを相互にしたり、あるいは直接妖力へバイパスするにはエネルギー変換効率が劣悪で消費ばかりが大きく、現実性がないのだ。
 幽香さんにとって自然界を埋め尽くす植物はその一切全てが、蓄電池のようなもの、この花畑は巨大なソーラー施設のようなものなのだ。

「ボクは、概念が姿を持ったり、自然エネルギーが凝集したりするのではなく、実在の虫が妖力を蓄えた、〝実在〟です。ボク等が力を得るのには、ニンゲンの負の感情以外には、数と何より食事が一番重要なんです。」
「知っているわ、今更」
「《《この件》》、幽香さんに直接助けて欲しいとは言いません。幽香さんが維持する広大な花畑の草木が蓄えるエネルギーを分けて下さい。どうか、虫達が食害する植物の量を、今年だけ無制限にさせてはくれませんか。」
「……今年、っていうけど、実質、今日明日中に荒野と禿山が出来上がるって事なんでしょう?」

 ボクは黙っていたが、それは肯定の意味だ。幽香さんもその意図は理解しているだろう。「今年」というのは税制上の決算期を意識してそう言っただけ、幽香さんの言う通りだ。豊聡耳神子以下あの霊廟の神仙3人との戦いに間に合わせるには、すぐにでも食事を済ませ、力を蓄えた眷属を増やすのが、望ましい。
 幽香さんは溜息を吐いてボクを見る。

「博麗から、外堀を埋められているの。癪だわ」
「え」

 幽香さんは寝転がっている姿勢から起き上がり、ベッドの縁に腰を下ろすように座る。テーブルに手を伸ばして傍にある煙草に火を付けた。全く味わうつもりもないような乱暴なドロー、白い煙が大量に吐き出されて風の無い部屋にしばらく滞留して、消えた。

「好きなだけ食べていけばいいわ。今年きりよ」
「あ、ありがとうございます!」

 ボクはその場で膝を突いて、額を苔の絨毯に押しつけた。

「礼を言われる覚えはないわ。私はあんたの、保護者みたいなもの、なんでしょう?」
「そ、そう言う意味で言ったつもりでは」

 ボクがルーミィを守る理由を、幽香さんが|四則同盟《カルテット》を保護する理由に照らしたそのことを指しているのだ。ボクは底までを考えていたつもりではないが、幽香さんはそう、取ったのかも知れない。少なくとも今の物言いは、そう言う意図のように聞こえた。
 もう一つ煙を吐いて、幽香さんは顔を上げた。

「こっちに来なさい」
「は、はい」

 招かれるままに近寄って、もう一度跪く。
 ベッドの端に腰掛けて足を組む幽香さんのつま先が、目の前に伸びてきた。これが、舐めろ、という意思表示なのをボクはよく知っている。
 支援の代わりに、自分を満足させなさいと、言う意味かも知れない。ボクは顔を上げて幽香さんの方を見た。案の定、目は〝はやくしろ〟と言っている。
 いつもなら、すぐにでも舐めていたと思う。でも、なんだか今はそれが、躊躇されてしまう。ボクがなかなか舌を伸ばさないのに痺れを切らした幽香さんは、足を上げてつま先をボクの口に押しつけてきた。

「リグル」

 ボクは、幽香さんの、所有物なんだ。逃げられない、何か、ボクが何かをしようとすると、どうしても頼らざるを得ない。頼らざるを得ないから、従うしかない。ボクは。
 ボクは、幽香さんの足に、口付けた。幽香さんはきっと満足そうな表情をしていることだろう、でもボクはそれを見る気になれなかった、いつもなら、幽香さんがボクの奉仕で表情を崩す事が、堪らなく嬉しかったというのに。今はその行為が、ただの代償だから、だろうか。
 足の指にもしっかりとネイルが入っている。桜色の、余り目立つ色ではないけれど派手じゃなくて、綺麗だ。爪の部分は、舐めてもあんまり喜んでくれない、あくまでも肉の部分。地面を踏む腹の部分は柔らかくて、そこから遡って指の股、舌を差し込むと指がぴくんと動いた。感じてくれている。指の股を舌先で何度も撫で、親指の全体を口に含んだ。唾液をたっぷりとまぶして、そして隣の指へ。同じように指を撫でて、時折足の甲にキスをして、白い肌に薄らと浮いた血管、それに指から延びる筋をなぞるように舌を這わせた。

「じょうず、よ」

 幽香さんの声が、頭の上から降ってくる。嬉しい半分、どこかで、そんなこといわれても、という疑問が種から芽を出していた。
 だめだ、こうして幽香さん……|風見辺境伯《TheSleepingDandeLion》に、奉仕することはボク等が生き残るのに必要な事だ、それに疑問を持つなんて。
 ボクはそれを塗り潰すように意識の奥に押し沈める。代わりに、一層念入りに足を舐め続けた。

「ぁ」

 幽香さんの足が引っ込んで、ボクの口から唾液の糸の橋がかかった。足を引いた幽香さんは座っていた姿勢を崩してベッドの上に寝転がり、脚を肩幅程に開いて、スリップの裾を引いてボクを見た。
 今日は、そんなつもりで来たわけじゃない。幽香さんも最初はそんなつもりはなかったのだろう、前室で服を脱いでいない、ボクはまだ服を着ていた。脱ぐべきか迷っていると「そのままでいいわ」と追い打ちのような言葉、それは脱がなくてもいいと言う許容であると同時に、やはり、満足させろと言う意味だ。ボクは靴を脱いてマントを外し、シャツの第一ボタンを外してネクタイを弛めて幽香さんの横たわるベッドの上に乗った。
 立ち膝で幽香さんの前に出ると、幽香さんは膝を立てた。その間に頭を差し入れると、むっとした匂いが立ち上った。|女の人《幽香さん》の匂い。足を舐めるだけで、あっという間にこんな風に、匂いを漂わせるのをボクは知っていた。その匂いは、ボクの胸の中をぎゅうぎゅうと締め付けてきて、下半身をむずむずと追い詰めてくる。すっかり固くなって、ボクも幽香さんと同じになっていた。
 スリップの裾が更に引き上げられて、ヴェールの向こうから現れる宝物みたいに、てらてらとヌメリ光る軟体動物が現れた、2つに分かれた赤い肉、ひとつ目を覗かせて薄い髪の毛を唾液で濡らしている。匂いはそこから漂っていた。蠢いている。グロい。のに、ボクは顔を近づけた。さっき足を舐めるのに少しでも躊躇したのとは全く違う、そこにもう迷いなんかなくて、魔法をかけられたみたいに、それに吸い込まれるように。

「舐めなさい」

 そこまで挑発的なのに、その合図がなければボクはそこに口付けることを許されていない。
 許しを貰ったボクは、淫らにヒクつく肉に、そっと口付けた。

「んっ」

 唇が、縦に割れた肉厚の《《唇》》に触れた瞬間、じゅわっ、と匂いの強い涎が追加された。垂れた淫蜜を唇で吸い、舌で掬って、肉ワレメの両端に擦りつける。舌先にしゅくしゅくと不思議な味が広がる、むわっと湿り気けを帯びた匂いが鼻から抜けて肺を満たしていく。下半身が痛がっている。
 手を使うことは許されていない、犬が水を飲むときのようにしたと唇、それに顎と首の動きだけで、ボクは幽香さんの淫裂に奉仕する。

 ちゅ、ちゅっ

 水気が増していく、今のボクには、その匂い立つ粘り液が甘露に思える。中毒性。溢れてくる度に一滴でも残さずに舐めて味わいたい。幽香さんもそうさせたいのだろうか、いつの間にかボクの頭を抑えて股に押しつけてきた。

「んぶ」
「んっ、ふゥっ」

 唇に、充血して熱を持った淫ら貝が押しつけられる。歯が立たないようにしながら、舌を出してワレメの縁を動いて撫でる。じゅわ、と芳しい蜜が量を増して、ボクはそれが欲しくてもっともっとと、丁寧に、強く、そして少しだけ意地悪を混ぜ込んで、奉仕を続ける。

「ああ、いい、いいわ、リグルっ……」

 幽香さんの声が、少し高くなっている。いつも気怠げに喋るとき、唸り声を混ぜたように低いそれの中に、可愛らしさが混じっていく。もっと。もっと可愛い声を出して欲しい。ボクを感じて欲しい。
 唇に力を入れたり抜いたりして、幽香さんの陰唇をかき分けて広げると、もっと柔らかい粘膜が舌に触れる。舌先に、穴が感じられた。上の小さな窄まり穴、その更に上には、コリコリに痼ったエッチな粒。ボクは舌先を底へ向かわせ、固く張り詰めた肉芽の先端をつつく。

「っ、んっ、ふうっ、ぁ、ソコ、ソコっ」

 幽香さんの腰が揺れている、開いた脚がするするともっと広く解放される。ボクはその太股に手を置いた。手を使うことは禁じられているが、足を押さえることまでは制限されていない、ボクはそれにつけ込んで、幽香さんの太股の内側をさらわらと撫でる。白くて肉付きのいい太股が今は、しっとりと汗ばんで薄桜色に上気している。それに、強ばっているように張り詰めている。それを掌で撫でる度に頭上の息遣いが荒くなって、唇の舌で淫ら肉がヒクンヒクンと喜んだ。
 パンツの中で、ボクのそれが、痛い程に張り詰めている。触りたい、刺激が欲しい。ボクはもどかしく腰を振って、ぱんつの布地とのほんの少しの摩擦に夢中になってしまう。腰をくねくねと動かしてヌメリを帯びている先端のこすれに酔い痴れながら、それでも幽香さんが喜んでいる証の淫蜜をもっと湧かせたくて、口と舌を動かす。

「あッ、あ、ああっ、んっ! り、ぐるっ、吸いなさいっ」

 ドコを末と言っているのか、ボクはよく教育されている。言われるままに、ボクは、肉芽の先端に唇を窄めて吸い付き、先端を舌で擦って、また吸った、一度、二度、そして三度目の吸い付きで、幽香さんの声が、大きく張った。

「あああッ!!!!」

 ぐっ、と頭を抑え付けられる力が強くなる、口の下で淫肉が一際強くうねったのが伝わってくる、一呼吸置いて蜜の量がどっと増えた。腰が、ボクの顔を押しのけるくらいの強さで持ち上がり、張り詰めていた太股の筋が更にぐっと持ち上がって、そしてゆっくりと弛緩した。腰も、乱暴に着地する。ボクの頭を掴んでいた腕から、力が抜けた。

 はっ、はあっ、はあっ

 整えようと抑圧される荒い息遣いは、まだ跳ねている。幽香さんの体は弛緩してベッドに沈み、ボクの頭を抑え付けていた手は、今はボクの髪の毛に手櫛を通すように動きながら頭を撫でいる。

「幽香さん」

 ボクは太股の間をのぼって、大きく上下する胸の向こうで、荒い呼吸を乗りこなそうとしている幽香さんを見た。腕を目の上にのせて、呼吸に荒れる口だけを半開きにしている。覗く頬は赤く染まって、鼻の頭が汗の玉を乗せている。呼吸の合間に、口が閉じて開くと、それをする余裕がないのか幽香さんの優雅さを裏切るような汚い唾液の柱が、口の中で伸びた。
 自重を支えきれない大きな乳房は若干左右に開いて垂れ、肌はしっとりと上気している。この胸肉の柔らかさを、ボクは掌に再生してしまう。何度も、何度も何度も触り、揉んで、奉仕させられ、ボクもそれを喜んだ記憶、指の合間に、掌に、柔らかさが思い出される。
 小さな絶頂に呼吸を荒くし腕で表情を隠す幽香さん、揺れる上気したおっぱい。綺麗なラインを引くお腹のライン、おへそ。

「幽香さん、あの、幽香さんっ、ボク」

 幽香さんは顔の上から腕を除けて、ボクを見た。欲情に濡れているのに、鋭い視線は、ボクを挑発するよう。赤い唇が一度閉じ、そして笑ってから小さく開いた。
 ピンク色に色付いた吐息に混じって、誘う命令。

「いいわよ、いらっしゃい」

 その一言でボクは、あと数秒で爆発する爆弾が傍にあるみたいな焦燥に駆られて、半ズボンに指をかける。
 腰骨に引っかかって降りない。
 ベルトを弛める、上手く弛められない、はやく、はやくっ!
 やっとベルトが緩んで前を外し半ズボンの前ボタンを外そうとした。
 股間で容量を増しているお肉がつっぱって、ボタンが中々外れない。
 引っかかる。
 おちんちんちいさくなって!ぼたんはずせないからっ!
 おちんちんをむりやり押し潰してボタンを外そうとすると、刺激が刺さってくる。先端にヌメリ布が擦れて、甘く溶ける、先端から奥まで通る管が震える。
 だめ、こんな所でお漏らしはダメ!はやくっ、ボタン、ボタンはずれっ、外れた!
 ファスナーを下ろす、じじじじ、金属の歯が擦れて外れる細かい振動が、張り詰めた肉をバイブレート。
「お、あぁぁぁっ……♥」
 我慢して、我慢してっ!ダメだから、まだっ!やっと降りたファスナー、ズボンを下ろすと、べっとり濡れたパンツが大きく膨れ上がった。これも、これも脱ぐのっ!指をかけて一気にズリ下ろす。
「ひぐっ!!」
 下がるぱんつの紐が皮の中に隠れたおちんちんの先端を擦った。
「お゛っ、ん゛っああ、あっっ♥」
 だめ、だめ、だめだめだめだめ、でちゃだめえっ!!
 痛い程張り詰めてぬめった敏感粘膜が、ずるりと勢いよく擦られる刺激に、腰が抜けそうになる。火花が、腰の奥と目の前の両方に飛び散る。熱さの代わりに甘い性感、おちんちんの奥にまで続いて精液と繋がった紐をぐいぐいと引っ張られるような、強烈な排出欲。

「だ、だめ……だめっ、う、あ、ご、ごめんなさい、ボクっごめんなさいぃぃいっ♥♥♥」

 びゅうっ!

 ただパンツを下ろしただけなのに、ボクは射精してしまった。勢いよく飛んだ精液が、幽香さんのお腹にひとつ、ふたつ、それにおっぱいにもひとつ、べっとりとお互いに繋がるほどの大きな滴がまき散らされた。
 おちんちんの中を精液が通り抜ける感触、竿の中から、亀頭の内側、それに鈴口を擦り上げて勢いよく飛び出す、快感。放出絶頂のカタルシス、急激にとろけて機能を失う脳みそ。体中が弛緩する。

「はあ?」
「ご、ごめんなさい……ごめんなさい……」

 情けない、まだ何もしてないのに、射精してしまった。南海幽香さんとセックスしているのか分からない位なのに、何回繰り返してもボクはまるで初めてセックスの経験をした子供みたいになってしまう。抑えが効かなくて、気持ちよさが爆発して、射精に向かって一直線になってしまう。

「ごめん、なさい♥」

 膝立ちの状態で、笑い始める膝から力が抜けて、幽香さんの上に倒れ込む。ぬるり、自分の精液で濡れた幽香さんのお腹の上に体を投げ出して、おっぱいの海に沈んだ。意識がふらふらゆらゆら揺蕩う、気持ちいい、心地いい。

「まったく、何回やっても童貞みが抜けないのね」

 倒れ込んだボクを幽香さんは叱りつけるかと思ったが、案外に優しく頭を抱いてくれた。おっぱいクッションに頭を埋めて、その頭を上から撫でてくれる。

「でも、まだ、出来るわよね?」
「ふ、ふぁぁい……♥」

 射精してふわふわ快感に流されているけれども、おちんちんはまだ固いままだ。倒れ込んだことで、ボクのおちんちんは幽香さんのおへその辺りに当たっている。さきっちょに凹みを感じて、勃起したて張り詰めたままの亀頭をその穴に押しつけて、上手く動かない体をくねらせてその刺激を求めてしまう。

「おへそ……ゆうかさんの、おへそ……♥」
「ふうん」

 幽香さんは股を開いて、太股でボクの腰を挟み込んだ。幽香さんはそのまま腰をくねらせて動く。

「ふあ、あ、ああっ♥」

 おへその穴に頭を突っ込んだままのおちんちん、勃起おちんちんの亀頭粘膜が、その穴の中で刺激される。

「そこ、おまんこじゃないのよ?」
「あっああっ! あああっ!!」

 上半身に力が入らない、下半身にだって上手く入らない。一度オーガズムを経たことで、体中の神経から理性フィルタが消えている。ただおちんちんだけが別の存在みたいに固くなっていて、擦りつけられる度に、先端への刺激が剥き出しの快感になって全身を駆け巡る。

「だめっ、幽香さん、ゆーかさぁんっ……♥♥♥」

 びゅっ、びゅっ、びゅっ

 幽香さんの肉体の海に溺れるように体を密着させたまま、ボクは再び射精した。おへその凹みに精液を注ぐみたい、ボクのおちんちんは幽香さんのおへそを御マンコと勘違いしているみたい。さっきの誤射よりももっともっと大量の精液が、幽香さんのおへそを孕ませようと勘違い射精を繰り返した。

「おーっ……ん、おっぁあぁぁっ♥」
「あらら、おへそに中|射精《だ》しされちゃったわ。そこはセックス穴じゃないわよ? 無様ね。」

 おへそに射精して、ますます体がとろけてしまう。幽香さんはボクの前髪を掴んで、おっぱいから顔を引き剥がす。アクメでだらしなくなってるボクの顔を、満足そうに、嗜虐の色を交えて、赤く染まった淫蕩な笑みを浮かべて舌なめずりして見ている。欲情ガスが混じった吐息は粗い。

「精虫を正しく使えない金玉なんて、ゴミと間違って潰して捨ててしまうかも」
「ごめんなひゃい、ごめんにゃはひぃっ」
「じゃあちゃんと正しい場所にいれなさい。次に精虫無駄遣いしたら、今度こそ承知しないわよ。」
「ふあ、い……♥ ちゃんと、今度はちゃんと、せっくす、しまひゅ……♥」

 笑う膝と緩んだ腰をなんとか持ち上げて、今度こそおちんちんを幽香さんのおまんこに向ける。

(わ、ぁ)

 幽香さんのそこは、ボクがクンニ奉仕していたときよりも一層濡れていた。クンニしていたときはボクが愛液を啜り取っていたけれど、今は愛液お漏らしし放題なんだ……。
 強烈な牝臭が漂っている。湯気が立っていてもおかしくない程に熱を帯びたおまんこ唇は自らぱっくりと割れて、その奥の襞肉がじゅるじゅると蠢いている。その奥に見える穴は窄まったり開いたりを繰り返して、窄まった瞬間には白濁し洗濯糊の様に粘り気の強いマン汁を、ぷじゅ、と押し出していた。それが何回も繰り返されている、マン汁は幽香さんのむっちりした尻肉の間を濡らして更に滴り、股の間のシーツには、濡れシミが広がっていた。
 それを見ているだけで、おちんちんの先に、触れてもいないのにぬめった肉で包まれる感触が再生されてしまう。何度入れても、何度突っ込んでも、何度この中で射精しても、全然耐えられるように強烈な精液搾り穴。

「はやく、入れなさい」

 幽香さんが、一層股を大きく開いた。ぷっくり膨らんだ陰唇が広がって、ヒクついて蜜涎を垂らす膣口が広がる。幽香さんは指で更にそれを摘まんでくつろげた。一緒に剥き出しになるクリトリス。ぴん、と上向きに勃起している。
 ボクは、また焦れて慌てたみたいにおちんちんを掴んで、先っちょを濡れそぼった膣に押し込んだ。
 もう前戯とかしろと言われても無理。入り口を細かく揺すって感じて貰うなんて事をする余裕もない。一気に一番奥まで入り込んで、お腹の下同士を密着させる。
 にゅる、っと入った瞬間に、でもぬめるばかりじゃない。最後まで入れて先端が奥に触れれば明らかなのは、天井がざらりと凹凸を持っていることだ。ボクはソコに亀頭を擦り付けるのが大好きで、いっつもそれを我慢することが出来ない。

「はい、よくできました。こんどこそやっと、おまんこできたわね」
「は、はぃっ♥」
「次はどうするのかしら?」
「う、うごき、ますっ♥」

 動く、とは言ってもそんなこと出来る気がしない。おちんちんが柔らかい襞ですっかりと包まれていて、ぬるぬるのえっち汁まみれになっちゃってる。なのに、全体は狭く締まってきていて、こんな中で動いたりしたら、あっという間に射精しちゃう。

「ほら、早く動いて」
「は、はいっ」

 ピストンは、出来そうにない。ボクは奥に入れたまま、腰を細かく動かすのが精一杯だった。少し角度を変えると、幽香さんの子宮が降りてきている、その入り口にボクのおちんちんが当たった。そのまま、出し入れではなくて腰を揺するように動かす。

「っ、い、いいわよ、そこ、悪くないっ」
「あっ、ありがとう、ございましゅっ♥」

 ピストンする余裕がない中で偶然した動きを、幽香さんは気に入ったらしい。ボクのおちんちんが深く刺さった状態で、開いていた脚をボクのお尻に引っかけて絡みつかせ抜けないようにロックする。2人のお股の肉がぴったりくっついた。

「く、クリに、チン毛、あたっ……くふっぅっ」
「幽香さんの奥、すごく、うぞうぞしてっ……♥ おちんちん、とけちゃうっ♥」

 2人で腰をくっつけたまま細かく震わせる。ボクのペニスの先端が幽香さんのポルチオに触れたままバイブされる形になっていた。

「あ゛っっ♥ り、リグル、こんなのドコで、っ憶えてきたのよっ♥ いいわ、それ、ああっ、いいわっ!♥」
「幽香さん、幽香さんゆうかさんゆうかさんっっっっっ♥♥」

 おちんちん先端が、まるでフェラチオキスで吸われているみたい、それと同時に、きつい締め付けで竿全体が扱かれて、雁首に引っかかったままのヒダヒダが、うぞうぞうごいて嘗め回してくる。腰を小刻みに震わせると、亀頭全体が細かくヌメリ擦られるみたいに感じられて、堪らなく気持ちよかった。

「おっん♥ いいわよ、はあっ、はあっ、リグル、それいいわ、もっとよ、もっと細かく、激しく動きなさいっ!!!♥♥♥」
「はいっ! もっと、もっとしますっ♥ おちんぽびりびり、しますっ♥♥♥」

 コツン、コツンコツンコツンっ!

「ふっん♥ いいわよ、リグル、ああ、リグル、リグルリグルリグルっ♥♥♥ おお゛ぉぉっっん♥」
「幽香さんが、幽香さんがすごく、えっちに、なってるっ♥ 幽香さんっ幽香さんっ♥」
「だ、っ、だれのっ♥ 誰のせいでこんなエロトロになってると思ってんのよっ♥」
「ボクの、ボクのせいで、幽香さんがっ♥ えちえち女の人になってる♥ もっと、もっとしますっ♥ もっとボクがゆーかさんを、えちえち女にしますっ♥」
「あっ、あんたの短小チンポのために、子宮下ろしてやってんのよ♥ でなきゃこんなの、あんたのチンポじゃ不可能なのよっ、ちょうしにっ……おおっぉぉっ♥ 調子に乗ってんじゃないわっ♥♥♥」

 ふん、ふんふんっふんっ♥♥♥
 幽香さんの鼻息がダメなエロ女になってる。可愛い♥
 ボクも、ただの種付け♂になっちゃって……ううん、ボクは最初から幽香さんの種付けチンポ奴隷だった♥

「幽香さん、幽香さん幽香さん幽香さん幽香さん幽香さんっ♥♥♥ ボク、イきますっ♥ もうダメです♥ 幽香さんマンコで、子宮コツコツしながら、気持ちよくなっちゃいました♥ イきますっ♥ もう、イきますっ♥ ごめんなさいっ♥ まただめ、もうだめ、もうでますっ♥ ごめんなさい、ごめんなさいぃぃっ♥♥♥」

 もっと、幽香さんにもっとセックスご奉仕するつもりだったのに、ボクやっぱりセックス弱すぎるっ♥
 幽香さんの中に入ると、よわよわチンポでしたっ♥

「くっあ゛♥ おオ゛っン♥♥ リグルっ♥ く、くやし、いっ♥ リグルなんかに、こんな♥ こんなに、されるなんてっ♥ リグルチンポ相手に、この私が、対等アクメっ、してしまうっなんてっ♥ あ、お゛んっ♥ ダメ、耐えらんないっ♥ 子宮口、チンポでバイブされるの、ヨ過ぎっ♥ いい、リグル、ちゃんと子宮をザーメン袋にするのよ? でないと、ぶち殺すから♥ イく、オクイき、するっ♥ イく、イくイくイくイくっ♥♥♥ リグル、出すのよ、そのまま、一番奥にゴリ当てたまま、精虫吐き出すのよ、いいわねっ?♥♥♥」

 イってくれる、幽香さんが、ボクのへっぽこセックスで、イってくれる♥
 嬉しい、嬉しい、うれしいっ♥ 幽香さんがボクのオチンポでアクメしてくれるなんて、幸せ過ぎますっ♥

「は、はひぃっ♥ 幽香さんの赤ちゃん部屋に、せーしをおとどけしますっ♥ 幽香さんも、イって下さい、イって、イってっっっっ♥ ああっ、ボク射精るっ♥ せーしでるっ♥ 無様に幽香さんに精液絞られて、言いなりアクメするっ♥ ゆうかさんに、精子捧げますっ♥ 射精るっ♥ 射精る射精る射精るっっっ♥♥♥」

 たぷっっ♥ こぷんっ♥ とっっぷんっ♥

 一番奥に擦りつけたまま、オチンポ先の穴をぱっくり割って精虫をたっぷり安売りする。すごいっ、ずるずる絞り出される、精虫、ボクの金玉から一匹もいなくなっちゃう♥
 幽香さんのおまんこが握りつぶす程に絞め上がる。締まってるだけじゃなくて、奥から手前にウェーブするように締め上げリングが移動して、本気精子搾り。幽香さんもしっかりアクメ顔でハートマーク振りまいて、ボクの体をハエトリグモみたいに抱きしめてきてる。イってくれてる、ボクで、イってくれてる♥

「ふ、あ、はへぇっ♥ きて、る……クソムシ野郎の、種無し精子、私の赤ちゃん部屋、徹底レイプしてるっ♥♥♥ これで、イったなんて、くやしいっ♥♥♥」
「ゆうかさんっ、ゆうかしゃぁぁんっ♥♥♥」

 おちんぽをぎゅうぎゅう搾り取る動きが、徐々に緩まる。ボクの中にはとっくに一匹も精虫が残ってない。今そうやって絞り出されるのは、透明な空っぽザーメンだけ。それも含めてすっかり幽香さんに捧げた。
 ゆっくり、ゆっくりとアクメおまんこチョーカーが緩まって、それが止まったときには、ボクの体をハッグしていた幽香さんの手足も、するりと脱力した。幽香さんが、アクメ堕ちしたのだ。
 そのお顔を見ながら、ボクも、あっという間に幸せとまどろみの淵に沈んだ。







 目が覚めたとき、ボクはベッドの下に突き落とされていた。苔の柔らかさの中で意識を取り戻したのだ。

「おはよう」
「お、おはようございます……」

 おはよう、と言われたが一晩も経っているようではなかった、精々数十分だろうか。幽香さんは新しい下着に……いや、僕を迎えたときはスリップ一枚だったのに、今はTシャツを着ている。もしかして、アレはアレで、恥ずかしがっているのだろうか。

「よかったわよ」
「えっ」
「久しぶりに、マジイキさせられた」
「あっ、え、えっと……」

 ボクは床に放られたままの自分の服を掻き集めて、着直しながら、幽香さんのその言葉に驚く。そんな風に行為を褒められたことなんて今まで一度も無かったからだ。

「でも」
「う」

 まあ、幽香さんがボクのことを手放しで褒めるなんて事はあり得ない。何かダメ出しをするのだろう事は、想定の内と言えば想定の内だ。
 でも、そのダメ出しは、ボクの予想の遙かに外側にあった。

「そんな程度の決意じゃ、あの子を守るなんて、無理ね」
「えっ、は?」

 このタイミングで、そのことについて言われるなんて。何の脈絡もない様に思える。セックスで? え、セックスで助けるなんて思ってないし……?
 幽香さんの意図が全く分からない。

「あの、なんで、そんなこと」
「頭が回らないのね、その様子じゃますますダメだわ」

 幽香さんは服を着直し切れていないまま、ぽかんとしてしまうボクを、さっきまでとは全然違う、憐れむような、同時に蔑むような目で、見る。

「ここには、なんで来たのだっけ」
「幽香さんに、協力を仰ぎに」
「なんで」
「えっ、あの仙人と戦うための、力を蓄えなきゃいけないから……」

 そうよね。シガーケースの中が空になったのを眺めて眉を顰めているが、それは煙草がないから険しい表情をした、かどうかは分からない。

「そんなに力が欲しいのなら、私を喰えば良かったじゃない。目の前に、あんな無防備な状態で力の塊が転がっているというのに、それを貪欲に取り込もうとしないなんて。手段を選んでいる時点で、大した決意ではないわ。彼女を守りたいのなら、私を殺してでも力を奪うべきだった。」
「そんな」

 不意に、部屋を埋め尽くす苔が、一斉にざわついた。朔柄が一層に伸びて、朔を高く掲げ、それが一斉に破裂した。撒かれた胞子が、次の世代を担って漂う。何故、今? 単にタイミングが今だったと言うだけだろうか。

「行動の甘さは、決意の小ささよ。所詮、その程度の想いでしかないって事。」

 苔の開花はともかくとして、幽香さんの言うことは、確かにもっともだ。幽香さんは幻想郷に来る前は魔界にいたのだという。悪魔、死神、魔神、そんな強大な存在がゴロゴロしていて、力だけが力を従えうる、力の世界。しかもお互いに疑心暗鬼に相手を蹴落とそうとしているのだという。それに比べれば幻想郷は遙かに平和だけれど、支配階級は油断がならないらしい。平和に見えるのは、巨大な存在同士が激突すると、勝った陣営も大損害を被り、結局他の誰かに刈り取られるリスクが大きすぎるからだ。一定水準以上の大妖怪は、紳士協定の下にある。八博体制というシステムがこの幻想郷の大物達から支持されているのは、命名決闘法の適用と私設決闘の禁止によりその紳士協定を明文化しているためだ。
 でもそれは、あくまでも平時の思考だ。|紅魔卿《TheKarmazyn》がやってきたときは大きな戦いが起こったし、月都の飛び地が建設されたときにも色々な思惑が錯綜して、ニンゲンの里さえ巻き込んで争乱になりかけた。そして今まさに神仙が乱入してきて強引に実施されようとしている私設決闘は、それと同じ規模の出来事になりかねない。そこに介入しようとするのなら……それは確かに幽香さんの言う通りだった。

「守るだなんて大口を叩くのだもの、寝首を掻いてくるくらいの事は期待してたのに、がっかりだわ」

 肩を竦めるようにして、呆れた表情を作った。
 確かに、ボクは手段を選ばずに自分の力を拡大するべきなのだ。でも、ボクはそのやり方を受け入れられない。絶対に。

「そんな卑怯なこと、しません」
「卑怯? 上等だわ。私はそうやって生き延びてきた。あんたの背後を取り巻くように並んでいる分不相応な守護者達も含めて、|支配者級《ロードクラス》は皆ね」
「みんな、ですか?」
「そうよ、例外なく皆。背を見せた仲間を容赦なく後ろから弓を射かけ、隙を見せた友の喉笛を《《したり》》顔で噛み千切り、油断した兄弟に笑顔で毒を盛り、法悦に脱力した恋人に愛の言葉を囁ながら胸にナイフを突き立てて、そうして必死に、やっとやっとこの立場にまでやってきた。上り詰めたかったわけじゃない、ただ、生きるためにそうした。……あんたは、違うんだっけ?」

 ボクは、幽香さんの過去を、よく知らない。知っているはずが、ない。
 幽香さんが何らか不誠実な手段を用いて今の強さを手にしたというその経緯を知る由もない。

「目的を達成するということは、そういうこと。卑怯は戦術、卑劣は美徳、姑息は立派な賛辞だわ。あんたみたいな甘っちょろい考え方では、あの小闇を守るどころか、一緒に殺されてしまうでしょうね。」

 恐らく幽香さんの言うことは嘘ではないだろう。過去には何か、汚い手段で、嘘に塗れて、誰かを騙すようなことをしてでも、力を手に入れたに違いない。そのことを、非難するつもりはない。ボクだって、卑劣な方法で生き延びてきた過去がある。どうしてもそれが受け入れられない理由も、似たようなことが根因だ。
 ボク程度の存在は、まだまだ〝汚さ〟を忌避するには早いのかも知れない。この下らない道徳観が我が身を滅ぼすのかも知れない。でも、でも。でも。

「尊厳を守るのには力が要る。力を得るには尊厳が邪魔になる。生き延びるにはどうするべきか、自明だわ、憶えておきなさい。……もう、手遅れでしょうけどね」

 ふん、と鼻を鳴らしてボクを横目で嗤う。でも、それでもボクには、幽香さんの言うことを実行なんて出来ない。

「もう、殺さない。」
「随分、意地を張るじゃない。手段を選べる立場なのかしら。いい身分になったものね? 大体―」
「ボクは、ボクはもう、そんなことはしないって、決めたんだ! そんな利己的な理由で誰かを……幽香さんを、殺すなんて、どんな理由があっても、絶対しない!」

 自分でもこんなにムキになって叫んでしまうなんて思っていなかった。きゅうに、自分でも意識していなかった大声を出したせいで、いきなり喉が痛い。幽香さんは、特に目の色を変えたり表情を変えたりもしないまま、ボクを見ている。

「それに、幽香さんをボクが殺すかも知れないなんて、思われたことが、ショックです」
「……世間知らず、おめでたいことね」

 自惚れでなければ、それなりに長い付き合いだ。無表情ではないでもその「表情が変化しないこと」は、幽香さんにとって若干でも精神的に動揺があるときの仕草だ。
 目上に立つ者は目下の者に殺される覚悟をいつでも持つものよ。そう言い捨てる幽香さん。ボクから、目を逸らした。

「リグル」
「はい」
「もう、|青丁役《せいちょうえき》は納めに来なくていいわ」
「……えっ?」

 朝貢が不要だと言うことは、本来のその納税の意味から考える限り、ボクやルーミィ、チルノ、それにローリーの4人が|風見辺境伯《TheSleepingDandeLion》の支配下から外される、と捉えるべきだろう。支配者はその封建制で領有を主張し、実効支配を行使する。

「それは……|四則同盟《カルテット》を」

 ボクの言動は、それほどに幽香さ……|風見辺境伯《TheSleepingDandeLion》の機嫌を損ねた、と言うことだろうか。
 だが、その返答は想像とは違っていた。

「|丁役《ちょうえき》の代わりに、租税を収めなさい。あんたが今年喰う分と同じだけ、毎年よ」
「ええっ!?」

 納税方式を変えろ、と言うことらしい。なんで今? それに、その税務。
 さっきボクが食べた量と言えば、見渡す限りの平原、向こうの山、それに、あっちの林の木々全部だ。幽香さんの力ならあっという間に再生できる規模だし、それを了承されたから食べたつもりだったのに。
 これを普通の方法で、サスティナブルに栽培して収穫しろというと、更にその3、4倍の作付面積が必要だ。土地の領有はともかくとして、ボク等4人で耕作出来るものではない。

「あの、なんで、今、そんな」
「もう、今のあんたを抱いても、感じない」

 僕の方を見ていない、その横顔からはその意図が窺い知れない。やっぱり、機嫌を損ねたこと自体は間違いないようだ。

「えっ、と」
「また気が変わったら、抱いてあげる」
「幽香さんの、気分ですか」
「違うわ」

 すう、と、こちらを見る目が、細ってボクを刺した。

「あんたのよ」

 ボクの?
 どういうことだろう、と思っていると、いつの間にか幽香さんがボクの前に立っていた。真っ直ぐにボクに正対して、ボクのことを見下ろしている。いつものように腕を組んで不機嫌な表情で……ではなかった。
 なんだろう余り見ない表情だと思っていたら、そのまま急にボクの肩を掴んで引き寄せて唇を重ねられた。舌が入ってくる、口の中に唾液を流し込まれて、分かる、この舌の動きは「お前も入ってこい」だ。
 でも、何だかそれに従うのが嫌で、きっとボクはほんの些細な子供じみた強情を張ってしまっていたのだろう、舌は自分の口の中でだけ動かして、僕の口の中に入ってきている幽香さんの舌の動きに、怠惰に応じるだけ。
 こんな対応をすると普段ならすぐに殴り飛ばされる、でも、今は違った。幽香さんの舌はそれでもボクの口の中を行き来して撫でるように動いて、それからやっと奥へ入り込んで来て……ふと目を開くと、幽香さんの目も開いていたが、どこか物憂げに睫は伏されていて何だか見ているのが辛い、ボクはまた、目を閉じてしまった。
 目を閉じても幽香さんがボクの口を吸う表情が、瞼の裏に焼き付いて離れない。目をぐっと強く閉じて、耐える。耐える、何に? ボクは何を我慢して―

「もういいわ」
「えっ」

 いつの間にか、唇は離れていた。

「《《卒業記念》》よ。少しは足しになるでしょう」

 体が、熱い。漲っているというか、力が溢れてきている。気持ちもなんだか前向きで、ポジティブに傾いていた。

「こ、れ……」
「巧く比率配分されるようになっているのね、その姿の状態でこの量を注がれたらきっと内圧で破裂して死ぬだろうと思ったのに、残念。《《それ》》は、あの気持ちの悪い姿に化けたときにでも使えばいいわ」

 さっきのキスで、幽香さんはボクに大量の妖力を譲渡してくれていた。凄い量だ、これが幽香さん由来のものでなければ、幽香さんと互角に戦えるかも知れない、一時的なパンプアップとはいえ。それくらいの大妖量譲渡。受領の合意手続きを強制的にスキップする強引なやり方は、幽香さんらしいといえば、幽香さんらしい。でも、どうして。

「あの……」
「妥当な租税額はエリーに考えさせるわ、連絡を待つように。もう下がりなさい。」

 幾つも疑問があって、それを問い質したかった。ルーミィのことについてどうしてあんなに色んな事を知っているのか、博麗はどこまでこのことを承知しているのか。それに、今のことだ。いきなり納税方式を変えろと言ったり、いきなりこんなに大量の妖力をくれたり。
 それと、さっきの、どこか寂しげな幽香さんの表情。
 でもそれは上手くまとまらなくって、言葉が詰まってしまう、そうしてまごついている間に、ふっ、と足下の地面が消えたと思うと、ボクは幽香さんの部屋の扉の前に移送されていた。

「幽香さん!」

 ボクは扉の向こうにいるはずの幽香さんに呼びかける。多くを語る言葉はなかった、それは今のボクの手の中に無い。仮にあったとしても、今は、違う。
 ボクは、その代わりになるのかならないのかも分からない、ただ気持ちだけが形になった言葉を置おく。

「ありがとうございます! 絶対、ボク、勝ってきます!!」

 そうだ。ボクは、勝たなきゃ行けない。ルーミィを守って、今度こそ、彼女を解放するんだ。







 扉の向こうから、風見幽香に礼を言う少年の声が聞こえた。

「ふん、ほんとう、立派な身分に、なったもだわね、クソムシのくせに。」

 さっきまで、彼と自分が寝ていた、もうすっかり冷えたシーツに触れる、風見幽香。

「次は抱かれにじゃなく、抱きに来なさい」

 その、冷えてもうなくなった体温と、既にそこにはいない体を、思い返すようにその上に体を滑らせた。

「もしくは……殺しに、ね」

 その背後に、苔の平原を押しのけて伸び上がった、巨大な青い詰草が、咲いていた。
 茎を蔦のように風見幽香の体に這わせている、彼女が咲かせている花だろうか。
 枕に顔を埋める風見幽香の表情は、知れない。



§ § §



 そうだ、の残響の後、二人とも何も言わない沈黙の時間が訪れる。僕はその女性を睨み付け、その女性は僕を値踏みするように見ている。
 先に口を開いたのは、現れた女性だった。

「国立|日《のぼる》、クンだね」
「あなたは」

 何で僕の名前を知っているのだろう、と思ったこの感覚に記憶があった。そうだ、依然公園で突然声をかけてきた女の人だ。

「怪しいものじゃない、今は圧倒的に君の方が怪しい人間だ。なんでこんなところにいる。」

 と言ってから僕が何か答えるよりも先に、ああ、と声を出す。

「そうか、いや、当然だな、君が瀬織観月に入れ込んでいるのなら、そうか。しかしアレはまともな女じゃないぞ、止めておけ、アタシの方が100倍マシだ」
「冗談を言うシチュエーションですか?」

 まともに会話をするつもりなんかない、まして笑えない冗談だ。

「いかにもその通りだな。思ったよりもまともな受け答えだ、酷い顔をしているから、君はもうすっかりまともではなくなったかと思ってしまった。で、瀬織観月はどこにいる?」
「ここには、いません」

 女性は、目を細めてふぅん、といった様に何度か頷いている。何が分かっている、この女性は一体何者なんだ。僕の名前を知っているなら、やはり|照道《しょうとう》教関係者だろうか。あるいは、警察なのかも知れない。

「そうか。そうか、そうか。酷い顔をしているのは、そのせいか」
「……どのせいでもありません」
「まあなんでもいい。公園で君に会ったことがあったろう、憶えているか?」
「憶えていませんね」

 まともに答える必要はないだろうし、憶えていると答えると余計な罠に引きずり込まれそうな気がした。実際には憶えていると伝わるのは構わない、憶えていることを否定しておくことの方が、リスクが少ないだろうと思った。何のリスクかは分からないけれど、この人は、僕に利をもたらすような人じゃない、それは公園で見かけたあのときにすぐに感じたことだった。

「あなたは何者なんですか。どうして僕の名前を知っているんですか」
「アタシは、フジワラってんだ。一応……探偵かな。名刺が必要なら渡そうか。いや、持ってきていたかな」
「結構です」
「警戒心の強い子だ、顔はいいのに、それじゃあモテないだろう?」
「余計なお世話です。それが、僕がここにいることと何か関係あるんですか?」
「関係があるとするなら……瀬織観月は案外面食いだったのだなと」
「顔で選ばれたわけではありません」
「選ばれた!」

 ぱんぱん、と女性は手を叩いて僕を見る、思い切り馬鹿にした表情だ。しまった、明らかに失言だ。口を突いて出た言葉が自分でも痛々しいものだとわかる。この人相手に失言をしたところで何も困りはしないがそうでは無く、自分にまだそんな意識があったのだと言うことを自分自身に突き付けられたみたいで、目眩がする程の自己嫌悪を招く。
 
「そうだな、君は瀬織観月に選ばれた、|審神者《さにわ》のようなものか。だったらなおさら、こんなところに一人でいる?」
「〝さにわ〟って、何ですか」
「ものの喩えだ、余り気にするな。だが君は捨てられたんだろう、そんな酷い顔をして、ここに一人で来ているなんて。」

 捨てられたという表現を、僕は否定できそうにない。捨てた、訳では無い、僕は今だって、彼女に惹かれている。その破滅的な思想を、止めることが出来るのならどうにかしたいとさえ。来世ではなくこの世界のやり直しは、出来ると思っていて、その為にはまず瀬織さんとスタートラインに立たないといけないと思っている。
 但し、それが彼女の本意でなかったとしても、今の僕には構わないと思えていた。彼女の望むと望まざるとに関わらず、僕は僕の世界に彼女を巻き込みたいと、今は思っている。同じ世界は共有できないと、分かったから。

「|照道《しょうとう》教がどんな宗教なのか、今更君に説明する必要がないだろう事は承知している。でも幾つか付け足させて欲しい。」

 いきなり教団の話? 僕が黙っていると、フジワラと名乗った女性は話を続けた。

「知っての通り、|照道《しょうとう》教は元はただのカルト教団だ、由来は知れていないが、色素性乾皮症なんかを誇大に捉えた人物が、光の中に有害な光があるとか、特定の人物を傷つけるために悪意を含んだ光が存在すると考えた、まあ、デンパな奴だな。それでもこれは劣勢遺伝子病だ、もし教祖に近い血縁だけで純血を謳って近親婚を続けていれば、続いても仕方がないだろう。」
「しきそせいかん……?」
「日光アレルギーの強烈な奴、とでも捉えて貰って構わない。私は医者じゃないから詳しいことは分からないが……アタシもこんなナリだ、そういうものがあることは身を以て分かってるつもりだ」

 フジワラと名乗る女性が、こんな、と言うのは恐らく、奇妙に白い肌や、全く色のない髪の毛、それにそれとは対照的に赤い粘膜や目を指すのだろう。しきそせいナントカってのは知らないけれど、アルビノ、という言葉と存在くらいは知っていた。

「瀬織は、日光の下でも普通でした。」
「色素性乾皮症は遺伝病だが、恐らく受け継がなかったのだろう。だから、血縁の中で疎まれたのかもな。むしろそれが正常だって言うのに。瀬織観月は、普通に学校に通っていただろう。|照道《しょうとう》教の教祖に近い人間で、一般の高校に進学するものはいなかった。みな、中卒以降は教団に入り外部に出ないのが通例だったようだ。だが瀬織観月はそうでは無かった、一人暮らしまでして、恐らく教団内部に居場所がなかったのだろう。」

 そんな話は初めて聞いた。|照道《しょうとう》教の教義は知っていたけれど、その正体まではよく知らないそれは、信者に向かってそんな話はしないからだ。単に、教祖は日光を一切浴びないと言うことだけ、知っていた。

「まあそれはいい」

 よくない、それが、彼女の、夜だったって事じゃないのか? 彼女は、単にどこかで掛け違えた倫理シャツのボタンを直せずにいるというのではなく、家族という呪の中で致命的に破壊された彼女自身の世界を、夜と表現していたのではないのか。そして絶望していた。
 だから、|神妖《かみさま》を、本当の神様だと喜び、その破壊を祝っていた。
 彼女には、やり直すという選択肢はなくなっていたのだ。それは、最後に別れる前に痛い程に感じた。

「|照道《しょうとう》教は、過度に光に当たらない事を謳い現代は光が多すぎると訴え続けている。光を地上に多くもたらす事は地上のバランスを崩すウンタラカンタラといって……とまあこれは言わなくても知っていることか、それで近年急激に活動が活発になってきていた。思想も過激になってきていて、つまり、共謀の嫌疑アリ、として密かに監視対象だったんだ。|照道《しょうとう》教の教祖は代々人目に触れることはなく露出が極端に少ない。実在するのかさえ怪しかったんだが、この間の爆破テロで、それでも求心力を保っていることが確認された」
「僕も、監視対象だったって事ですか」

 そいつはアタシの仕事じゃない、と答えたがそれは、ほぼ肯定と言うことだろう。

「|照道《しょうとう》教について、君は余りいい印象を抱いていない、ご両親の信仰にも拘わらず。丁度君くらいの年齢なら両親の信仰に疑問を抱き背くのも頷ける、特に男子は。ビッグマザーは殺せたのかい?」

 そんなことまで。監視していたというのなら、当然だろうか。

「《《知りませんよ、僕の親がどうなっているかなんて》》。……強請るんですか?」
「おやおや、〝母親殺し〟は喩えの話だ、乳離れ出来たかいって意味だ。実際に殺しているだなんて、思っていなかったが」
「《《母は、殺されたんですか?》》」
「……さあな」

 食えないガキだな、そう聞こえるような声で呟く女性。

「話を戻そうか、|日《のぼる》少年。君は、その《《鏡》》が何なのか、知っているのか?」
「いいえ」
「そいつはちょっと価値のある遺物でね。ここは、現在宇佐神宮とされている神居の、旧い原型となった山だ。墓ではないが、まあ墓性を除けば古墳と神社を足して割ったようなものだな。そこに立ってる鏡……剣は、国の考古学研究団体が探しているものなんだ。私は探偵としてその調査に雇われてるんだが、私は考古学の造詣なんかない、見つけても触らずに報告して欲しいと言われている。君が、それに触ろうとするなら、私はそれを気持ちよく眺めていることが出来ないんだ。是非、触らないで欲しい。」

 嘘くさい。話の内容がと言うよりも、ここで起こっている出来事全てが嘘くさい。ここは遺跡だと言うが、石室のような構造物は一つもなくて、横にちょこんと立っている剣だけがそれを示している。それを言うフジワラという女性も、明らかにこんな場所には場違いな、ファッション雑誌にでも載っていそうな服装をしている。しかもその剣は、常に光を放っている。瀬織さんが言っていた空想の風景と合致するようだ。

「いいえ」
「ああ?」

 そもそも、ただの学生の僕がこんな場所にいることも胡散臭い。何故僕はこんなところにやってきたのだろうか。何者かに足を引かれるように、導かれた、と言うのが最も相応しいのだが、それが最も胡散臭い。
 でも、今の僕には、正体の知れない確信があった。

「これは、僕が貰います。あなたは関係ない。」

 僕がそう言うと、フジワラと名乗った女性は、余計に表情から苛立ちを隠そうとしなくなった。舌打ちでもしそうな様子で、僕の方に向けて手を差し出した。

「そういうわけにはいかないな、それを、こちらに寄越して貰おう。」
「触らないんじゃないんですか?」
「君に持っていられるよりはマシだ。あまり大人の仕事に首を突っ込むんじゃない」

 元々女性にしては乱暴な言葉遣いだとは思っていたが、それでも抑え気味な口調と声色だった。だがいよいよ、それもなくなる。面倒くさい男を蔑むときのような、少し《《がなる》》くらいの声へ変わっている。短気な、女性なのだろう。
 真っ暗な洞窟で、突然に不穏な空気が巻き起こった。



§ § §



 まっくらだ
 まっくら、まっくら……!
 暗い、何にも見えない。何も、何も!
 私、閉じ込められて、殺されて、あれ? それは私?
 暗い。暗い。暗い、暗い暗い……
 真っ暗な場所に閉じ込められて、身動きが取れなくて。閉じ込めたのは、誰だったか思い出せない。閉じ込められる前のことを思い出せない。私が、私は?
 私、誰? 私は誰だったの? こんな風に目が見えないの、どうして? 何にも何にも見えない!

 ず……ずずず……

「っ?」

 ずるずると、何かが私の中に入ってくる。体の中が、擦られる感じ。押し広げられて、異物が私の中に入り込んでくる。

「うわ、重い、これ、ただ暗いんじゃない」
「ぃ、いた……いっ」
「えっ、声? 誰かいるの?」

 ふわ、と、何かが触れた。真っ暗で何も見えない、冷たくて締め付けるような闇の中で、何かふわりと温かいもの。
 それを、掴む。温かいものが。私以外のものが、この何にもない、何にも見えない中に、ある。いる。

「いっ、いた……」
「えっ、踏んじゃってるのかな。飛んでるつもりなんだけど……痛い?」
「いたい……でも、へいき」

 体の中に、自分以外の体温を感じる。あったかい。凄く圧迫感があって異物感があって、痛いけど、それ以上に、中に入ってきている異物の暖かさが、心地よくて、安心して……痛いのに、もっとここにいて欲しい。もっと奥に入ってきて欲しい。
 声の主が私の中を行ったり来たりあっちに行ったりこっちに行ったりするのを、私は感じていた。体の中を行き来される、体中を引っかき回されるみたいで痛いけど、その痛みがなんだか、安心をくれる。
 私は、体の中を行き来する感触を掴んで、ぐいと引き寄せた。

「わっ!?」
「あったかい」

 怖いから、傍に、いて欲しい。もっと奥に来て、私に感じさせて欲しい。中に入られるの、痛いのより、ずっと、気持ちいい方が大きい。

 ずず、ずずずっ

「いっ……た、い」
「い、一度離して、痛いなら」
「いい、から、もっと、おくまで」

 それが中に入ってくる度に、体の中がヤスリで削られるみたいに痛い。中に入ってくるものの体温が、熱い。痛いのと熱いのが、一緒に私の中を焼いてくる。でも、それが、酷く安心する。そうやって私の中に私じゃないものが存在しているのが。一つにくっついているのが。暖かくて、嬉しい。

 ずずっ、ずずずずっ

 一番奥まで、私の傍まで導くと、声の主の体らしき大きな塊が、私自身に触れた。凄く、熱い。凄く、存在感がある。凄く、安心する。凄く……

「わっ」

 凄く、幸せ。

「これは……これが、君?」

 頷いて見せると、その動きは彼にも伝わったみたい。
 少し低い声。女の人の声じゃない感じだけど、男の人の声にしては高い。子どもの声だろうか。でも何だって構わない。声の主は、何も言わずに、私が抱きついているのをそのままにしてくれた。力を入れて、強く抱きついてしまう。離したくない。

「ね、ねえ、ちょっと、いきなり、抱きつかれたら、困っ」

 多分、胴体があって、手足があって、首が生えてて、頭がある。自分以外の、体温。ほっとしてしまう。他者の存在を実感できるのが、嬉しくて、ほっとする。
 この真っ暗な場所に来てしまう前のことを、私は思い出せない。どうしてこんな所に、どうしてこんな風になっているのか、全然思い出せない。この声の主が知っている人なのか知らない人なのかさえ分からない。
 だから、ずっと、ここにいた。まっくらなまま。

「こわい、こわいの。まっくらは」
「……うん。真っ暗は、嫌だよね」

 声の主が、少し動くだけで、体の中をずるずると何かがかき混ぜられるみたい。どうなってしまったのだろう。何も見えないけれど、私の近くで声の主が近付いたり、身じろぎするだけで、内臓が動き回るみたいな、凄まじい異物感が引かない。それと同時に、体温がじんわりと、暖かく伝わってきた。

「落ち着いた?」

 こくん、と頷いたら、よかった、と何かが頭の上を蠢いた。手だろうか、頭を撫でているみたい。頭を撫でられているのに、同時に体の中をかき混ぜられているみたい。なんだろう、この感じは。温かくて、心地よい、この異物感、私の世界に私以外が、私を押しのけて存在している事への、強い安堵感。

「痛いのは」
「へいき」

 私は手を伸ばして、そばに来てくれた誰かを触る。きっとこの辺に頭があって、顔があって。

「わ、わ、み、見えないの?」
「うん。まっくら」
「この闇は、君の仕業じゃないのか」
「やみって、何?」
「これだよ」

 これ、と言って何を指しているのかわからない。きっと何かを指さしているのだろうけれども、見えない。

「あかり、つけるね」

 耳元で優しく囁いてくれる声、それが〝あかり〟を言うと、突然、目映い光が視界を塗り潰した。それは、ゆっくりと明滅を繰り返しているが、光が止まってもまだ眩しさが残る、そして、またすぐに目も眩むような光を発していた。私は眩しくて目を瞑る。

「うっ……!」
「あっ、ごめんね、眩しかった?」

 この目は光を感じることが出来た、何も見えないのではなくて、光がなかったのだ、真っ暗だったのだ。
 私が眩しさに声を上げて目を瞑ると、私の傍まで入り込んできた声の主は、驚いたような声を上げたそして、光は小さく大人しくなり、幾筋かの筋を伸ばす光球に変化する。

「ごめんね、ずうっと、真っ暗なところにいたんだから、眩しいよね」

 声の主は光を放つ点を、両手の中に閉じ込めたのらしい。光球はその手だった。光の筋は指と指の間から漏れる光。そして、傍にいたのが彼だった。

「これで、どうかな」
「だいじょうぶ……」

 彼がそれを手で包み込んでいる間、私の世界は柔らかい光に照らされた。初めてだったかも知れない。光というのを私は、《《記憶にある限りでは》》、初めて見た。
 どこかに光というものがあるらしいことは知っている。でも、それは私の傍まで届くことはなかった。光って、凄く遠いものだと思ってた。こんなに身近に感じるなんて。

「あかる、い」
「内側から照らせば、照らせるんだね。そっか、ただの闇じゃないんだ。昼間でもずうっと暗いままだし、普通の夜の闇じゃないんだ、重たいのも無理ないや」

 何を言っているのかよく分からない。

「それ、ほたる」
「うん。まだ、眩しい?」
「たぶん、もうだいじょうぶ」

 そう言うと、彼はそっと手を解いて、中にいる蛍を解き放った。ふわふわと飛んで、それは彼の胸元に止まる。やっぱり少し、眩しい。けど、嫌じゃない。
 なんで〝ほたる〟という言葉を知っていたのか、それに脚が生えていて自分で飛んで歩く光なんてものに驚きを感じなかったのか、不思議だった。何か蓋をされた向こう側に、知らない、いや知っている、何かがあるような感じがするのに、それがつかみ取れない。

「わたしは……だれなの?」
「君は、ここにずっといた。君は、僕がここに来るずうっと前からこの世界にいた。ボクが、話しかけたから、自我を持ったんだと思う。その前からずっとここにあった。」
「ずっと? でもわたしには、むかしのきおくがないよ」

 そう言うと、彼は辛そうな表情してい俯いた。

「……この闇の妖質分子は飽和状態で安定的に、この世界に昼に夜に関わらず滞留していた。不用意に入り込むものを飲み込んで、概念を解体して、それを食べてしまう、〝大喰らいの闇〟。」
「おおぐらい?」
「食いしん坊って事」

 そうかなあ。

「君はここで、光を遮る特殊な妖力学的相を持った場を形成していたんだ、その意識はなかっただろうけれど。ボクがここに入り込んで話しかけることで霊的な界面に不均質核生成が促進されて、結晶化が進んだ。それが、君だ」
「なにってるかよくわかんない」

 そうだよね、と苦笑いする。

「こんな風に存在強度の強い闇が幅を利かせていることが、昼と夜がちゃんと存在する均衡の取れた世界を作るのに都合が悪くなったんだって。だからヤクモが〝この闇を切り取ろう〟って言い出したんだ。ボクは、君にその了承を得に来た。無自我状態の|闇《君》が、無断の内に切り取られて、消し去られてしまうのは、ボクはどうしても嫌だった。」
「わたしがきえちゃうってこと?」
「黙ってると、そうなるところだった。でも、自我をもって拒否を示せば、ヤクモでも安易に消し去ることは出来ない。君は、ボクよりももっと旧い存在だ、今まで通りにここにい続ける権利がある。それを主張すれば―」

 なあんだ。
 なんだか、酷く落胆してしまった。そういうことか。

「すきにすればいいよ。私なんか、きええちゃっても。ここにいるけんりなんて、別にいらない、どうでもいい。ぜんぶもってけばいい」
「ダメだよ!」

 びっくりした。いきなりそんな大声。そんなに、ムキになること?

「ダメなんだ。ボク達は、簡単に消えるなんて、言っちゃダメなんだ。闇だからって、この世から消し去られるだけの存在だなんて、ボク達はそんな酷いことを受け入れる必要はない」

 あはは。
 私が笑うと、彼はきょとんとした視線を送ってきた。自分がヘンなことを言ったのに気付いていないらしい。

「〝たち〟だって、へんなの。それ、わたしだけでしょ?」
「あっ……」
「あなたも、やみ、なの?」
「違うよ。でも、近いと思う。暗いところが好きで、嫌われ者で、小さくて弱くて、削られながらやっと生きてる。」
「よくわかんないけど……それって、ともだちってこと?」
「そう、そうだね。うん、友達だ。」
「ともだち」
「うん」

 友達、そう言われて、なんだかとても、幸せだ。さっき、彼の体に抱きついて暖かくて安心してたときと、似てる。

「ともだち」
「ボクの名前は、穂多留b……」
「ほたる?」
「ううん、リグルっていうんだ。リグル・ナイトバグ。」
「ふうん。私、なまえ、ないや」
「あっ、そっか」
「なまえ、ちょうだい」
「ええっ?」

 自分で自分に名前を付けるなんて、なんだか嫌だよ。私が言うと彼は、少し考えるような仕草をしてから、迷いながら口にした。

「じゃあ、ルミって、どうかな。Luminousの、ルミ。闇の中から生まれた光ってことで」
「あんちょく」
「……ボクの名前を見て欲しい」

 おぉ、おかわいそうに。

「るーみーにゃ、す?」
「ルミ……いや、ルーミアもいいね。」
「るーみあ、るーみあ……」

 なんだか、気に入ってしまった。何より、私が、光の名前を冠するなんて。光……光……なんだか、凄く嬉しい。

「ルーミア」
「うん、いいね」
「ルーミア。私のなまえ、ルーミア。ルーミア!」

 嬉しい。名前。私の名前。光だなんて。嬉しくて、嬉しい。あんまりにも跳ね上がってしまいそうになって、どっかに飛んで言ってしまいそうな体をつなぎ止めるみたいに、また、彼に抱きついた。なんだか、そうしたくて。すごく、そうしたくて。私を照らし出してくれた彼に、私は……。

「わっ!?」
「あ、れ?」

 急に、体が重たくなった。
 あ。体。体? 名前を貰って、私には、ちゃんとした、体が出来たらしい。これが彼の言う「結晶化」だろうか。私の体は、彼の存在で出来あがった。
 手がある。私に形のある手が。脚もある。ペタペタ触ってみると、そういえば私にも頭があった。

「あっ!」
「ぅん?」
「き、君って、かわいい、んだね」

 彼の、大きな目が視界に飛び込んできた。目で見えるって、なんて素敵なんだろう。世界が明るい、彼の傍にいれば。

「……ばか。えっち。」








「わたし、なんでもたべちゃう人だったの?」
「人って言うか……まあ、うん。ヤクモっていう領主がいるんだけど、凄く邪魔臭がってる。君は気付いていないかも知れないけど、この闇の領域は、ものすごく大きいんだよ」
「そうなの?」
「最初にこの闇の中に入ってから、君……ルーミアの傍に来るまで随分かかった」

 その間、ずっと私の中を飛び回ってたってことか。それで、ずうっと、異物感があったのかな。

「なんで、私は、あなたをたべなかったんだろうね」
「ボクは……選ばれたからさ」
「だれに?」
「ルーミアにだよ」
「えらんでないよ」
「でも、選んでくれたんだ。だからこうして話が出来ているでしょ?」
「なんかへんー。私、リグル?のこときらいだったんじゃないのかあな。」
「えっ」



§ § §



「君は本当は、それが何なのか知っているのだろう」
「これは、爆弾です」
「はぁ?」

 何かを疑ってそう聞いてきたのだろうが、フジワラと名乗る女性は、僕の回答に対して驚いたように問い返してきた。

「まてまて、話を聞いていたか。それは不発弾なんかじゃない」
「十七条憲法爆弾。先日、大規模な爆破テロを起こした、その時の凶器です」
「十七条憲法がなんで爆弾になるのかはちょっとアタシには分からないが……君はどこまでそれを知っている。それが、聖徳太子縁の遺物だと」
「何も知りませんただ、瀬織が、これを爆弾だと言っていた。これを使ってあのテロを起こしたって。これは、世界を破壊する爆弾だ。瀬織の……それに、僕も求めていた爆弾」

 こいつは驚いた。フジワラと名乗った女性は何もない天井を仰ぐように独りごち、溜息を吐いた。
 それとこの人、さっきから何かブツブツと独り言のような声を挟んでいるのが気になる、この人も、どこかがおかしいのかも知れない。僕や瀬織さんに、ネジが足りていないのと同じようなものか。

「|日《のぼる》君。その鏡は……君には危険すぎる。これは他意なく、本当に君のことを案じて言っているつもりだ。君がそれを持っていてもいいことは一つもない。それはただの発掘物でも、ただの刃物でもないんだ。君の言う爆弾とは少し違うが」
「知っています。これは、闇を払う魔法の鏡、そうですよね?」
「……その通りだ、何故知っている、本当に、どこまで知っている?」
「何も知りませんただ」

「これは、|瀬織津姫《セオリツヒメ》を止める唯一の方法だと思っています」
「|瀬織津姫《セオリツヒメ》の事までしっているのか?」

 〝セオリツヒメ〟は単に、瀬織が言っていた言葉だ、きっと山向こうにいたのだろう|神妖《かみさま》が、それなんだ。その本当の意味は僕は知らない。知らないし、でもそんなことはどうでもいい。

「それが何なのか、僕は知らない。そんな事はどうでもいいんです、|照道《しょうとう》教の事なんて、今更僕にも瀬織にも関係ない。」
「関係あるんだよ、|日《のぼる》君。ここには今、|神妖《かみさま》が向かってきている。」
「|神妖《かみさま》、そうですね」

 瀬織さんが言ったとおりなのか。やっぱり、|神妖《かみさま》が。それに、この|鏡《爆弾》。

「そうだ。その鏡は、その|神妖《かみさま》をやっつけるために必要だと言うことが分かった。アタシがここにいることは……癪なことだが、公安か、神社本省の奴らがずっとつけてきている、すぐに伝わってここは取り囲まれるだろう。万が一にも君の思う通りにはならない。それは、今、人類が必要としているものなんだ。大人しくそれを渡して貰おう。」

 手を伸ばしたまま、フジワラ氏は一歩踏み出した。

「ここで渡さなければ、どうなりますか」
「|神妖《あれ》は、対称性の破れを利用して世界を〝スープ〟に戻そうとするバケモノだ。あのまま双児山を越えて宇佐に入れば、奴の中に|概念固化体《キャニスタ》化されている〝絶対反〟が活性化する。」
「対称性の破れって、あの」
「いいや、君の知っているやつではない。それがなんであろうと今は関係がない。|神妖《かみさま》は猛威を振るい、日本は滅ぶかも知れない。日本だけじゃなくて世界かもしれない。そんな不本意なことで歴史に名を刻みたくはないだろう? 無論、そうはさせないがね。」
「……そうですね。他の誰もがこの出来事を、国立|日《のぼる》と、瀬織観月と、|照道《しょうとう》教の企てた日本滅亡の〝筋書き〟なのだと云うのでしょう。でも、僕らにはそんなことはどうでもいい。どうだっていいんだ。」

 そう、どうだっていい。僕は僕の独善のためだけに僕の世界を生きる。瀬織さんも、そうした。だってそこに至るまでの宵闇を、他の誰も、手を差し伸べてはくれなかった。それはお前の問題だと。だから、自分で問題を解決しようというのだ。

 何が、悪い?

「僕らはただ、自分達を閉じ込めるちっぽけな部屋の扉を破って外に出たかっただけ」
「しっている。悪いが、君や、瀬織観月の家庭環境は少し調べさせて貰っている。」
「だから、なんですか?」
「ご両親は、なんで|日《のぼる》なんて名前を付けたのだろうな」
「立てこもり犯に〝ご両親は悲しんで居るぞ!〟ですか? ちょっと古くさすぎますね。知りません、僕をどんなつもりで産んだのかなんて。憎しみをぶつける対象として命名したんじゃないですか? 僕が生まれた頃はまだそこまで敬虔な信者じゃなかったのかも知れませんし。信者じゃない頃の両親の記憶なんてないけれど。」

 確かに、信仰の上から言えば、付けるはずのない漢字だ。しかも一文字なんて、意図がなければやらないことだろう。だが、その意図が分かるような出来事は、僕の記憶の限りは、一度もない。

「はっ。今更そんなこと。文字なんて、何の意味も持たない。その意味は、捨てたんだ。文字にも名前にも、それが付いた経緯にも、意味なんてない。あったとしても、もう手遅れだ。|日《のぼる》なんて名前で、僕に太陽を見出そうとしていたと? ちゃんちゃらおかしいですね」

 そんな過去のことを引っ張り出して僕を掻き乱すのは止めてくれ。そうした面倒で厄介なこと、でも目的にはそぐわなくてただの邪魔なこと、都合が良い選別と言われようとそれを考慮に入れても何らメリットのないこと。とっくに埋めて見えなくしたのだ。その作業一つ一つだって簡単なことじゃなかった、一つ一つの不条理と疑問に言い訳と分析と回答をつけて、埋めていくのだから、もう一度それをなんて、見たくもない!

「そんなもの、些細で無意味だ、塗り潰されろ」

 恨みの末に殺した、なんてニュースがワイヤドで流れたら、人は皆、殺した人は殺された人に対して純粋無垢な完全の恨みと嫌悪、それの到達点として殺意があると思い込む。だから皆、犯人は、完全に悪人だと、思う。
 でもそんなことはない。犯人は、被害者に対して、好きな部分もあっただろう、楽しい想い出だって幾らかはあったかも知れない、恨みだけじゃなく恨まれるような引け目だってあったかもしれないし、感謝の念を抱く出来事だってあっただろう。でもそれら全てをサマリした結果が、殺意だったと言うだけだ。
 僕だって……母親に、父親に、感謝する部分はある。思い出せば今でも好きだと思うこともある。幼い記憶の中に愉しかったものもある。
 でも、最終的に、辿り着いてしまった。感謝や、尊敬や、好意やが、一欠片でもあれば憎悪に染まらないだなんて、あんまりにも現実味のない独善的な考えだ。僕にはそう思えている。
 だから、僕に〝|日《のぼる》〟という名前が付いていることを指して「ご両親はこの宗教から救うつもりだったのだ」なんていう言い方で、僕の暗く塗り潰された過去全てを許せという物言いが、酷く気に食わなかった。それは、今までもよくあったことだ。そしてそういう物言いをする奴の、誰一人として僕をあの闇の中から出ることを手伝ってはくれなかった。
 結局自分を助けられるのは、自分だけなのだ。だから、過去の一つ一つに、自分でタグをつけて、埋めたり、残したり、自分で選ぶことにした。何が悪い、何もせずにそこから傍観していた、マスゴミと同じ者達に、それをどやかくいう権利なんかないだろう。

 それなら、瀬織さんの方が、1000000倍でも、僕の神様だ。
 結局違えてしまった瀬織さんであっても、むしろそんな彼女の方が、遙かに。

「君達2人はただ、追い詰められていた。親と、宗教と、学校という小さな世界は、ちっぽけだけど君達を確かに取り巻き封じる世界全体だ。その外にある世界へ、逃げ出したかっただけなんだろう?」
「違う。その通りだけど違う、あなたが言葉にしたそれは、例え同じものを指していても、決して違う。僕のことは僕にしか、瀬織のことは瀬織にしか分からない、理解も共有も同情もない、《《あってはならない》》。」
「彼女のことを分かってあげられるのは君だけだと」
「まさか。彼女のことは彼女にしか分かりません、僕になんかこれっぽっちも。世界が共有できる同じ意味、同じ温度の問題意識なんて幻想は、存在しない偽りの宗教です。僕の宗教は僕のものだ、他の神官なんていない。瀬織の信仰は瀬織のものだ、他の信者なんかいない。同じ世界とか言う共通なんて、甘い欺瞞だ。」
「……君が何を言っているのか、確かにアタシにはわからねえよ。ただ、これだけは言える。|日《のぼる》君、君が今持ってるそれをアタシに寄越さないと、君の世界も彼女の世界も、明日の朝日が昇る前にぶち壊されるかも知れない。それが君達の宗教なのだとしたら、それは|照道《しょうとう》教の教義と同じじゃないか」
「彼女はそれを望んでいます。」
「君はそれに協力するのか? その剣を守って、ラスボスの弱点を守るガードのつもりか。彼女の何も理解できないと嘯いておきながら」
「逆ですね」
「なに?」
「瀬織のことは僕には分からない、瀬織がどんな闇の中で生きてきたのかなんて、理解しようとしたって僕には無理だった。だから、理解できないから、止められるのは僕だけだ。理解しようとして彼女から突き放されている僕だけだ。無理解のまま《《したり》》顔して、異世界に放逐して笑うだけで、遠ざかって眺めるばかりのあなた達|他人《世界》には、僕等の扉は動かせない。」

 僕は、その剣の切っ先をフジワラと名乗る女性に向ける。剣道をやったりしていたわけではないけれど、丸腰の女性相手なら、長い道具を持っていれば僕でもどうにか出来るだろう。この女性を傷つけたりする必要なんてない、ただ、この場から追い払えれば。

「どうする気だ。まさかその剣であのバケモノに戦いを挑もうなんて、|英雄症候群《ヒロイズム》に酔ってるわけじゃ無いだろうな」
「それじゃあ、だめですか? 僕は僕の為にヒーローになります、彼女の。そのことで彼女が僕を一生呪うとしても。〝わかりあえる〟なんて幻想を、僕は彼女に持ち込まない。彼女もそれを、飲んだ」
「〝鏡〟の使い方も分からないのに?」
「そんなことは、問題じゃない。やらなきゃいけないんだ。あの|神妖《かみさま》は、瀬織だ。何かを求めて、無性に求めて、求めて、求めて求めて求める、彼女自身。」
「何を求めている。アタシはその|剣《鏡》だと思ってる。でもアタシの気持ちはどこかで、あのバケモノは君を求めている様に思えている。君の宗教とやらに、彼女は縋りたいんじゃないのか。」
「だから、彼女を|守る《壊す》んです。」

 僕が僕が手にしている|剣《鏡》を指さして、女性は僕を説得しようとする。

「その鏡を、適切な形に収容すれば、あるいは破壊すれば、|闇龗《アレ》は目的を失い動きを停止し、どこかへ消える。それでいいだろう。」
「だめですね、全然ダメだ、そんなんじゃ」

 そうだ、誰でも、どんな人間でも、他の誰からでも、どんな人間からでも見たのなら、それはどこかのネジが足りないように見えるんだ。
 正常で正しい人間なんて、いない。そう思わないと、僕は、瀬織さんは、一体何なのだ。理解は出来なくったって、僕は、彼女を認める。彼女の存在を認めるからこそ、僕は。

「あまり駄々を捏ねないでくれ、これは子どもの遊びではない。君達二人の青春の1ページでもない。多くの人間の命の危機なんだ」
「構いませんね、関係ない。だって僕にとっては僕以外の全ては、彼女にとっての彼女以外は、全て自分を危機に陥れて来た外部なんだ、今更それに同情なんてするつもりもない、する道理がない。そんな都合のいい話があるか。彼女も僕も、多くの人間が犠牲になった方が、いい生け贄になると思っている。新たな神への供物として」
「それなら、君にとっては、彼女も加害者だと言うことになる。それとも彼女だけは別だと?」
「いいえ。それはもう、お互いに了承済みです。彼女にとっては僕も辛い世界の一部でしかないし、僕にとっては彼女も結局は部外者でしかないと、二人で認識を交換しました。」
「……理解できないな、教義の破綻した宗教だ」
「僕は彼女を救おうなんて思っていない。彼女がどう思っているか、今の僕には関係ない。彼女の望まぬ形での終焉を、僕にとって都合のいい幕引きを、作ろうとしているだけだ。」

 フジワラと名乗る女性が、憐れむような視線を僕に向けてくる。それだ、その理解のない、無神経な同情のような、拒絶。僕は、動じるわけにはいかない。

「だから、これはあなたには渡せません。」

―説得は無駄だな

 不意に、もう一つ、声が聞こえた。僕は油断しないように視線を巡らせるが、声の主はどこにも見当たらない。背後に不安を感じて僕は、壁を背にするように後退る。それでも、声は消えなかった。声自体は、フジワラと名乗る女性の方から、その帽子の中から聞こえるように錯覚される。
 さっきからブツブツと何か独り言が挟まっていたのは、この声と会話をしていたからだろう。

―こいつはもうだめだ、魔境にいる。
「そいつには同感だがな、中二病と魔境の区別があたしには付かねえや」
―似たようなものだ、現に区別が付かんものが目の前にいるだろう

 フジワラと声が、会話している。魔鏡? この剣のこと?

「君は運が悪かった。国立家の特殊性か。|照道《しょうとう》教か。瀬織観月か。君の人生全てか。いずれにせよ、こんなところに来ることになったその理由全てが君にとっては不運だったということだ。ここで君はゲームオーバーだ、それも、運が悪かったと思って諦めるんだな」
―あまり偽悪趣味を拗らせるなよ、いつか来た道なんだ
「〝運〟のひと言で片付けられて、堪るか……!」
―もう遊んでいる時間はない、こんな問答も無用だ、《《焚書屋》》。
「わあってるよ。あんまり、人間に向けてこれをやるのは好きじゃないんだ」

 そう言ってフジワラと名乗る女性は、もとより鋭い目付きを更に鋭利に尖らせ、赤い瞳で僕を睨み付けてくる。何だ、急に暑く……

 ぼうっ!

「うっ、あ、ああ゛あああ゛ああっ!? な、なん、なに、これっ!」
「こちとら仕事なんだい、ガキのワガママに付き合ってる余裕はねーんだよ」

 視界が明るく飛んだ。眩しいのは目の前に、いや体全体が、炎に包まれていたからだった。

 熱い、全身が焼けるように、いや燃えているのだ本当に焼ける!

「えっ、え、あ、あ゛あ゛あっっ!?」

 熱い、熱い、熱い熱い熱い熱い!!!

 皮膚が捲れ上がって中の肉が脂を滲ませて焦げて縮む。

 体内の水分は破裂し、神経は文字通りに焼けて激痛を発していた。

「あ、あ゛っ!! ああ゛あ゛っっ!!」
「鏡を寄越せ、まだ間に合うだろう」

 僕の体は燃え盛っているというのに、鏡の周辺には不思議と炎が回っていない、なんだ、この炎は。
 ぶつぶつ、と鈍い感覚が全身の表面から伝わってくる。

 熱いという感覚は無い、あるのは突き刺す裂ける捻りちぎる様な、痛み。

 激痛に声を上げた分、息を吸い込むと、炎が鼻と口から入り込んでくる。

 喉がヘンな音を上げて縮れ上がるのが分かった。その奥の胸の中に熱湯を注がれたように熱と痛みの混合液がなだれ込んでくる、胸の中が捩れるような感覚で、溶けた。

(死にたくない、僕はまだ、死にたくない、死にたくない!)

 地面に倒れ込む。転がって炎を消そうとする何かの映像を思い出したからだ。
 ごろごろ転がってみるが、全く消える気配がない。その間も、熱くて、痛くて、体の芯まで突き刺さってくる。

(瀬織さんを、止めなきゃいけないんだ、あんな瀬織は、ダメなんだ。死にたくない、死にたくない、死ねない、死ねないまだ死ねない、死ねないのに、死ねないのに死んじゃダメなのに!!!)

「クソガキが中二病を拗らせるのは勝手だけどな、そいつは公序良俗に反さない限り、って条件付きだ。教科書に書いてある、憶えておくんだな……まあ、もう無駄だろうが」

 ああ、地面って冷たい、冷たい。地面気持ち……熱い、あついっ……!
 諦められない、という言葉ではない、僕の中にある生命という別の思考回路が、その危機を脱そうとして足掻く。なおも地面を転げ回ろうとするが、体が動かなくなっていく。
 手を伸ばして地面に指をつくが、指が真っ黒く変色しているのが見えた。地面にそれを突くが力は篭もらない、引けば、岩の表面にべっとりと赤黒い線が延びた。これが、ぼくのからだ?

「アアア゛ア゛アアア゛アアア゛アア!!! あつい、あつい、あついいいいいいいいっ!! いたい、いたいいたいいたい゛ぃいい゛い゛っ!!」

 全身を焼かれる痛みなど、再生できるイメージを脳内に持ち合わせている筈が無い。体中を痛みが満たし、遅れてようやくやってくるのが熱感だった。

(まだ、死ねない、こんな形で終わるなんて……瀬織さんを、僕が、止めるんだ、僕が、助けるんだ……こんな死に方、するもんか!! 死なないっ、死なないっ、まだ、僕の世界はまだ、まだっ!!)

 だが、熱さなんて取るに足らない、全身の肉が焼けて死んでいく激痛に比べれば、熱というのは痛みの手前の感覚でしか無いと思い知る。
 熱い、痛い、熱い、痛い、痛い、痛い、痛い。
 じゅるじゅる、ぱちぱち、と、自分の体から聞こえる筈のない音が、伝わってくる。耳鳴りが、外の音を既に殺していた。

「あつい、いたい゛ぃいい゛い゛っ……せ、お゛り……っ まだっ……」

 叫び声、また、胸の中が燃える。呼吸が出来なくなる。

 瞼を閉じても赤い色が見えていたが、やがてそれも見えなくなった。真っ暗闇の中で、呼吸も出来ず、激痛が全ての感覚を埋め尽くしていく。

「……ぁ゛、っ゛ 、 、」

 ぱちっ、ぱちっ、じゅ、じゅるっ ぶつっ

「あの世で彼女といちゃついてな、この世にお前等の宗教は生きられない、中二病のクソガキども」

 せ お、り



§ § §



 しばらくして、リグルが慌てた様子で〝私の中〟に入ってきた。また、蛍の光でふわりと見えるようになる。リグルと、私と。

「聞いて。ヤクモがね、シオリをルーミアのタリスマンにするって」
「? ごめんね、私、あたまわるくて」

 ヤクモは知ってる。こないだ聞いた。タリスマンも、言葉だけは知ってる。でもシオリって誰?

「あ、あ、そのね。ルーミアって、この闇の中にぼんやり浮かんでるだけでしょ」
「だってここ、私のおうちだもん。私の体だもん。リグルいないとなんにも見えないけど。」
「それをね、もっと自由に出来るようになる。」
「じゆう?」

 彼の言っている意味が分からない。だって、この闇っていっているもの全体が、私自身なのに。この体だけが、私だと思ってるんだろうか。勘違いしている?

「外の世界を、見てみたくない?」
「えっ?」
「この闇の外にはね、色んな色の付いた、世界があるんだよ。至る所に光があって、こうやって、ルーミアがボクやルーミアの体を見えているように、もっと別のものが、いっぱい存在してるの。ボクの他の友達も紹介したいし、花とか、草とか、山とか、雲とか空とかいっぱいあるよ。あとね、最近ニンゲンってのが現れて、集団生活してる。他の獣とかとはひと味違うよ。面白そうだから、一緒に観に行こうよ」
「外……って、何?」
「この暗い闇の外だよ。この闇の外に、闇で埋まってない世界があるんだ。光の世界、かなあ。あんまり好きな言い方じゃないけど。今は、ルーミアが凄く広い部分を闇で埋めちゃってるけどね、そうじゃ無い場所があるんだ。ヤクモはそれを大きくしようとしてる。ってこれは言ったっけ。そうするとね、この真っ黒でないもっと別のものが、見えるんだ。」
「そうなの?」

 私の外に、別の何かがあるの?
 そうか、私、色んな言葉を何故か知ってる。リグルと会話できてる。外に、何かあるって、本当は知ってるのか。でも、忘れてしまっている? 外のことを全然思い出せない、知らないくらいに。

「私は……このままでいい、リグルとここでふたりっきりでいられるなら、このまんまでいい。別に、ほかのものなんか、いらないもん」
「ルーミア、それじゃあ」
「って、おもってた」
「思ってた?」
「でもね、いまは、みてみたいよ、おそと」

 何か、思い出すのかも。私が、こんな真っ暗なところに、真っ暗な存在になる前の私のことを。リグルのことも、もっと知りたいし。

「よかった……よかった! そう言ってくれて、ボクも嬉しい。髪飾りを、ひとつ付けておけばいいだけだから。そしたら、この闇をおっきくしたり小さくしたり、引っ込めたり、一緒に移動できたり、出来るようになる」
「あたりまえだよ、だって、これは私の体だもん。このてあしがついてる……リグルがかわいいってゆってくれた体だけが、私のからだじゃないよ。それが言うことをきくようになるなら……わっ!?」

 リグルが、いきなり、抱きついてきた。リグルからそんな風にぎゅってしてくるの、初めてだ。
 顔が凄く近い。蛍の光で、見える、リグルの姿。私にとっては、ほとんど、刷り込みみたいなものだったかも。初めて認識した、べっこの、存在。べっこの、体温。

「り、リグル」

 なにこれ、ヤバい、すごく、すごくどきどきする。私の体に、血が流れていたんだって、初めて自覚した。こんなにも体があっつくなるなんて。私、リグルにぎゅってされて、私になってるんだ。

「ルーミア、よかった、ルーミア! 消えてしまわなくっても、いいんだよ、もう!」
「うん、うん」

 私も、リグルに腕を伸ばした。いつの間に私の腕はこんなにちっぽけになってしまったのだろう。なんだか昔はもっと自由だったような気がする、それは私がこの体に結晶化する前の、この闇の塊そのものに自我もなく分散していた頃のおぼろげな感覚からかも知れない。今は、本当に目と鼻の先にしか届かない短い腕、何もつかみ取るにも足りなさそうな短い指。ちっぽけな体。それでも、彼に形作って貰ったこの全身が、今は、愛おしい。
 それに、リグルが傍にいてくれるなら。

「これからはいっしょに、外の世界を、いっぱい見に行こうね」
「うん」

 リグルの腕が、ぎゅう、と強くなって、彼はぽつんとひと言、言った。

「ずっと一緒だ、瀬織」
「セロリ?」
「……何でもない。」

 せろり。なんだろう。すごく、引っかかる。引っかかるけど、嫌な感じじゃない。あんまり気にしないでおこう。

「ヤクモに、伝えてくるね。髪飾りも、きっとルーミアに似合うよ。ルーミアは可愛いから、何でも似合うと思うけど」
「ばーか、えっち」
「〝えっち〟ってそこで使う言葉かなあ」
「リグルはえっち。」
「むー。でも、いいや、えっちで」

 けらけらと、二人で笑う。
 そうして、一人しかいなかった世界が、二人だけの世界になって、あっという間に無限の世界に変わった。
 二人だけの世界ってのも悪くないかなって思ってたけど、今は、違う。
 でも、二人だけの世界でも、四人だけの世界でも、何百、何千、何万の世界でも、変わらない核がある。

 |対自《私だ》。

 誰にも、これだけは誰にも、譲らない。
 「私」が消えてしまえば、私の世界は、消えてしまう。
 リグルのことが大好きな私も、消えてしまう。
 だから、私は、私のことだけは絶対に、守らなきゃいけない。
 でも、その隣に、リグルもきっといて欲しいと、今は思う。

 だから、私は、私を消し去ろうとする全てのものと、戦わなきゃいけない。

 それが、リグルでなくてよかった。

 |弾幕ごっこ《模擬戦》は、あれから何回も繰り返してる。今も、終わったとこだ。私の髪飾りの中にいる人が、色んな事を教えてくれる。「おもいだせ」って言われてよくわかんないことも多いんだけど。
 この湖畔奥の〝化外〟は、ほとんど誰の目にも留まらない。秘密の特訓をするのにはもってこいだ。紅魔館が誰かと、人に知られたくない取引をするのにも、よくこの奥地を使っているのを知っている。よく使っている、と言ってもここは広すぎて、適当にほっつき歩いていてもその場面に偶然に出くわすことはあり得ない。予め場所を申し合わせないと出会えるような土地ではない。皆には内緒だよ。
 湖に浸かったリグルが手招きしてる。はだかんぼ。

(もう……そんなかっこして、目のやりばにこまるじゃん。えっち。)

 訓練で汗だくになった体。流したい気分は山々だ。私も、ぱんつだけ穿いたまま、湖に入った。

 ざぶん。

「ひゃー>< 水、つめたくなってない?」
「日蝕が進んでるからかな、いつもより冷たい気がするね」

 そうなのだ、日蝕は大分進んでいる。今見える太陽は、大半が黒く染まっている。光も大分薄暗くてすっかり夕暮れ時の光量だった。「一両日中に朔が最大化するだろう、そうしたら、奴が来る」と、シオリくんが言っている。
 あれが、私の仕業なんだって言う。わかんないよ。私別に何もしてないのに。もしくは、リボンの中の人。シオリくん。でも、シオリくんだって、なんにも悪いことしてないよね。ずっと私のリボンの中にいただけで。それとも私の気付いてない間に私の体を乗っ取って悪いことしていた?
 でも、今更出てけなんて言える訳でも無いらしい。この髪飾りはもうほとんど私の体と同化していて、取ることが出来ない。レミリアちゃんのところで儀式をして貰ったみたいに、取り替えたり《《ほつれ》》を直したりするだけでも大変なのらしい。

「ルーミィ」

 リグルが、いつも以上にしょぼくれた顔で私の方を見ている。

「うん?」
「ボクのこと、恨んでる、よね」

 はあ? 今更、何言ってんだろ。

「なんで?」
「だって、その髪飾り」

 そっちかよ!
 ちょっとイラッとした。鈍いって言うか、デリカシーがないって言うか、甲斐性がないって言うか。
 こんな髪飾りの事なんて、とっくに運命だって受け入れてる。私が気にして欲しいのはそっちじゃないのに。

「べっつに」

 つい、冷たくあしらってしまう。つい、じゃないか、当然だ。

「やっぱり」
「うらんでとかないってば」
「でも怒ってる」
「おこってないよ」
「でも、ボクがそのリボンのことを提案しなければ、ルーミィはシオリを押しつけられたりしなかったし、こんなことに巻き込まれもしなかったかも知れない。」
「けっきょく、シオリくんは私のなかにいるし、こんなことにももうまきこまれてる。いまさらなにいってんの?」
「今からでも、紫太妃に頼んでこようよ、シオリをここから出して下さいって。それで、あの3人との調停を」
「むりだよ」
「えっ?」
「たぶん、むり。シオリくんは、私のなかにじゃないとはいらなかったんだろうし、シオリくんとあの、ミコってひととのなかなおりももうむりなんだ。だから、こんなことになってるんでしょ?」

 なんでそう言う往生際の悪いことを言うかなあ。でも、そうやって諦めないところが、なんだかんだで今まで長らえてる理由なんだろうし、そこは凄いなって思う。
 リグルのそういう、おーじょーぎわにわるいとこ、ちょっとすき。

「リグルのそういう、おーじょーぎわのわるいとこ、ちょっとキライ」
「ぅぅ、でもさぁ」
「おとこなら、どーんとかまえてよ。あんなにいっぱいれんしゅうあいてになってくれたあとでゆうなんて、ヘンなの」
「どんと、構える……うん」

 握り拳を胸の前で合わせるようにして、口を真一文字に引くリグル。そうやって気張ってるときはかっこいいんだけどねえ、すぐ切れちゃんだよね、それ。

「でー?」
「〝で?〟」
「ほかになにかゆうことはないんですか?」
「えっ? 他にって」

 やっぱり。

 見えてないのかな、見えてないのかなあ!
 私、今ぱんついっちょなんだけどなあ!
 リグルはだかんぼで、わたしはおっぱいもぜんっぶ見せてるのに、ぜんっぜん反応してない。抱くときはあんなに情熱的に抱いてくれるのに。

「リグルのおめめは、ふしあななの? めのまえにおんなのこのはだかがあるのに、なんでなんにもなってないのぉっ?」
「え、あ、あっ」

 今までどこ見てたのこいつぅ。今更《《膨らませて》》さ。

「もう、私なんかどーでもいーんだ?」
「ちっ、違うよっ!」
「ふーん。ちがうんだったら」

 情けないのに真っ直ぐな目線、ずっるいなあ、そういうの。
 浅い湖畔に、リグルを押し倒した。あー、これじゃあ私が、えっちなおんなのこじゃん。まあいっか。
 水飛沫を上げて倒れるリグル。いてっ、って声が聞こえたけど気にしない。ニンゲンの姿の時はいつもこんな風に白くて薄い胸板、細い腕に細い首、柔らかい肌でまん丸なおめめ。これ男? 上半身を立てて水辺に座り込んだリグルの上から四つん這いで覆い被さって、目の前にある口にかぶり付いてやった。なんならこのまま歯を立ててこの柔らかい唇に思い切り噛み付きたい。けど、それは止めといた。代わりに唇で唇をかき分けて、舌を伸ばして歯を撫でる。

「んっ」
「……ルーミィ、やっぱり、仙人立ちと戦うの、怖い?」
「え?」

 唇が離れる。
 むう。ほんとはえっちしたかったけど……リグルがなんか、そんな感じじゃない。
 ああもう、リグルって、こういう所あるよなあ!

「こわくねーですよー! ふーんだ。いつかこうかいさせてやる。」
「こっ、後悔!? なにを!?」

 べーっ。
 あかんべーしてやる。この鈍感男。
 舌を収めてみると、リグルが、なんだか真剣な顔をして私を見ている。

「ルーミィ」
「うん?」
「がんばろうね。」

 そんなシチュエーションじゃ、なかったつもりなのに。なんだか丸め込まれたような。
 リグルが、私の手を取る。何だろう、凄く、凄く頼もしく見える。うん、頷いたら、リグルが私の手を引いた。
 わ。そのまんま、私はリグルに抱かれていた。腕の中に包まれる。

「ぁ……っ」
「絶対、負けないよ。この世は光ばっかりじゃない。ボク達の闇は、ボク達のものだ。」

 リグル。あったかい。体温って言うか、眼差しが。言葉が。彼と一緒にいる時間が。負けないって言ってくれる、きっと無理してるのだろう強がりが。
 リグルの背中に腕を回して、抱きついてしまう。なんか、しがみ付くようになってしまう。離れたくない。私のせいでリグルが死んじゃうなんて絶対ダメ。でも、私一人じゃ、きっと無理。ごめんね。巻き込んでしまって。あの仙人、きっと凄く強くて、紅魔館の晩餐会の時だって、手加減なんかしてこない殺意がびんびんだった。きっと、消されてしまう。
 勝算はない、それでも立ち向かわなければいけない戦い。私が、ちゃんといっこの私になるために、殺されてでも倒さないといけない敵なんだ。シオリくんと協力して、やっつける。それに、リグルが隣にいてくれて、本当に、心強い。本当はリグルが凄く強いのは、模擬戦でよく分かった。さすがは|四則同盟《わたしたち》のリーダだよ。

「ルーミィ」

 リグルのあったかさに揺蕩っていると、リグルは私の体を優しく離した。目が、真っ直ぐ、私を見てる。

「もっと、ボクを頼って。それに応えたいんだ。守るから、なんて、ボクじゃ心許ないかも知れないけど……」

 心許なくなんて無いよ。だからお願い。私を《《手伝って》》。
 頭を横に振りながら、リグルの胸に、頭を埋める。おでこをくっつけて、リグルにしがみ付いて、またぎゅって抱きついてしまう。

「ありがと」
「お礼は、全部、済んでから聞きたいな」

 わかった、とっとく。
 リグルはしばらく、ぎゅうって強く抱いたまんまでいてくれた。安心する。なんで、こんなに安心するんだろう。一緒に戦ってくれるのは心強い、でも、一緒にいれば絶対に勝てるような、巨大な味方じゃない。一緒に戦っても、一緒に消えてしまうかも知れない事に変わりは無い。それでも、こんなにも心が安らぐのは。

(いっしょに、きえてくれるかもしれないから?)

 消えてしまうとしても、一人じゃないから。だから安心するんだろうか。
 死ぬときに一人でなければ、寂しくない? そんな、そんなのは……

(そんなの、いやだ。ぜったい、ダメ)

 もし私が死んでしまうとしても、リグルだけは、助ける。
 そうじゃないと、あのときと同じじゃないか。

「絶対、勝とうね。シオリを、ルーミィを、消させたりなんか、しない」

 強いのは認めるけど、そんな大口叩ける程じゃないのに。
 でも、うれしい。

「おひめさまになるのも、わるいきぶんじゃない、ね」
「ふふ、仰せのままに、姫。」

 ばーか。そういってリグルは顔を上げて、キスをくれた。
 さっきしたときより、なんだか甘く感じた。



§ § §



「わ、すごい」
「今もってるおよーふくで、いちばんがんじょうなの、メイドさんのだったから」
―この時代の魔術は効率的に整理されているのだな、驚いたよ

 シオリが驚くのだから、相当な者なのだろう。それに、ルーミィのその衣装は、紅魔館のメイド服に特別に手を加えたもの……にはとても見えなかった。

「え、それメイド服なの?」
「うん。かいぞうした」

 彼女が着ているのは、メイド服と言うよりは既にドレスのような服だ。確かに、スカートの一部や肩の膨らみ、胸元の造りを見て、そうだと言われればそうだと気付く程度だ。
 肩紐を取り払いチューブトップのようなシルエットを残した黒、首から胸にかけて修道服の広い衿を模したようにも胸元を大きく開いたようにも見える肌にフィットしたハイネックの白いシースルー生地。首元にはチョーカーのように黒地が残されていて、その首元からヘソの辺りまでダブルブレストの黒いラインがおりている。ジゴ袖だったメイド服の肩シルエットを残しているが、白い袖は手の甲まで伸び指先まですらりと伸びフリルを咲かせていて、袖口から肩まで線を引くように黒い呪術紋が縫い付けられていた。
 スカートの基盤となっている黒の生地は確かに紅魔館のメイド服のものだろう、だが大きく張ったボンネット部分から、尾を引くように延びているのは紅魔館のメイド服にはなかったシルエット、もはやドレスだ。その上から大胆に縫い付けられたフリルが、縄文のような文様を描いて這い回っている。フリルの裏地は紫がかったサファイアブルー、自ら淡く燐光を放っている。
 シオリが格納された赤いリボンをオーバーレイするように黒いメッシュ生地が被せられている。まばらに散りばめられた装飾は黒いカスミソウを思わせる。
 生地のボリュームアップやフリルの追加は呪的武装を重装化するためで、至る所に呪文が縫い込められている。随所に装飾されたアボイナイトスピネルは天然コバルトではなくアボイナイト分子を含んだ人工スピネルで、高い魔力吸蔵能を持ち自ら青く発光する。恐らくはタリスマンだろう。他にも名前の判らない光の方向に関わらず不自然に移動を続けるスター効果が禍々しい赤い石のヘッドを二つ並べたネックレス、カット面はいっさい輝かないのに入射した光を全て辺へ集光しカット辺だけが異様に青く輝く石の指輪といった、呪的アクセサリを身につけていた。

「これ、自分でやったの?」
「うん」
「改造っていうか……もはや再利用のリメイク状態。すごいね……そんな特技あったんだ」
「あとで、さくやにおこられちゃうね」
「えっと、うん、そうだね」

 この状況で「怒られる」って発想は、どうなんだろうか。

―リグルは、何も準備をしないのか? 大妖蟲|穂多留比《ほたるび》が、かつては神さえ怖れた存在だと言うことは知ってるけど、今は大したことないと自分で言っていたじゃないか。
「えっ、ううん、まあ、その、実力で頑張るよ」

 幽香さんに力を分けて貰ったとか、その後でせっ……

「ああ、ゆーかねえとエッチしてたの、それか」
―は?
「ぶっ」

 なななななんで知ってるの?

「な、なんのこと?」
「ちんちんが、エッチしてみっかめのあじした」
「そんなことないよ!? 洗ってるよ!? 幽香さんとこでもしっかり洗ったし!」
「あ、ほんとなんだ」
「」

 うーん死んだ。

―お前がニンゲンに力を殺がれていった理由がなんとなく分かった気がする
「べつに何ともおもってないよ。リグルがゆーかねえのことすきすきすっきーなの、みんな知ってるもん。」
「ハイナンカスミマセン」

 なんとも思ってない、と言いながら、薄らルーミィの頬が膨らんで、口がちょんと立っている。じっとりした視線がボクを舐めていた。

「る、ルーミィのそれは、凄いね。お洋服としても凄いけど、凄い重装備。機動性よりも妖力積載を重視したんだね。ルーミィの戦い方なら、そっちの方がいいかも。増幅器も沢山ついてて、要塞みたい。洋裁の要塞、なんちて」
「……」

 あーもーだめ。

「それもあるけど」
「うん?」

 それも? どういうことだろう。ルーミィが、さっきからなんだかまごついているみたいに見える。それも、と言うことは他に何か理由があるのだろう。俯いて、まるで悪いことをした後の子どもみたいに、彼女は言った。

「こういうおようふく、きてみたかったの」
「呪戦用の重装礼装ってこと?」

 ルーミィは首を振る。

「かわいい、おようふく」
「あ……」

 驚いた。
 驚いたってのは、こんな戦闘服に可愛らしさを求めていること、ではない。彼女が、そういうのを気にしていると言うことだった。いつもストンとしたシンプルな服ばかり着ているから、興味が無いのかと思っていたのに。なんだかとてもいじらしく見えてしまう。
 ルーミィは、その堂々とした美麗な衣装の出で立ちに少しミスマッチな風に、もじもじとしながら、俯いて、ボクを上目に覗き込んでくる。過剰な魔装フリルの端を指先で摘まんで手慰みながら、ぽそりと呟いた。

「ねえ。こういうの、私に、へん、かな」
「ううん、変じゃないよ。とっても似合ってる、可愛い。紅魔館のメイド服も可愛いけど、なんて言うか、その服は〝黒いウェディングドレス〟みたい、大人っぽいし、すごく素敵」
「う、うぇでぃんぐ……」

 一瞬驚いたような表情を見せてから、すぐに顔を真っ赤に染めるルーミィ。そして、普段の彼女とはどうにも違う小さく縮こまったような様子で、消え入るような小さな声で、もう一つ、呟く。

「リグル……わ、わたし、にごうさんでいいから、リグルの……」
「っ?!」

 と、そこで突然、山向こうから巨大な気配が迫ってくるのを感じた。ボクだけじゃない、ルーミィも、それにシオリも感じているみたいだった。ボクもルーミィも、顔を上げて山の稜線側を見るが、まだその姿はない。こんな所から気配を感じるなんて。

―雰囲気を壊して申し訳ないけど……・来たね

 豊聡耳神子、それに恐らく、物部布都、蘇我屠自古が、来る。シオリを消しに。ルーミィ諸共。それにボクもだ。
 結局、博麗は助けてくれそうになかった。これは仮にも博麗が禁じている私設決闘だ。それに、シオリの件はもっと特別な意味を持つ。だのに、ボク等はこれに独力で対応しなければいけない。
 いつも、そうだ。誰も助けちゃくれないんだ。ボクも、それに……瀬織さんも、そうだった。
 幽香さんの言う通り、力が無ければ、何の抵抗も出来ずに、殺されてしまうのだろう。でも、だからって、今度はボクは殺さなかった。あのとき幽香さんの寝首を掻いていたら、ボクは、また同じだった。
 過去を間違いだったなんて、思ってない、でも違う方法もあっただろうって、思っている。それを、照明したかった。

「勝たなきゃいけない、ボクは」

 気配がみるみる大きくなっていく。

―本当にわざわざ日蝕が最大の時に来るとは、大した自信だね
「シオリの言ったとおりだった」
―あいつは、いつでもそうだった。でもそれは正々堂々としての意味ではなく、傲りにも近い自信と、破れた相手に一切の弁解を与えない残酷さだ

 シオリが憎々しげな声色で、豊聡耳神子の来訪を告げた。

「ルーミィ、準備」

 準備、といってももう出来ることはしていた。ルーミィはこの通り重武装化しているし、ボクも幽香さんから力受け取っている。これ以上は、ただの心持ちだけだ。
 ボクが言うまでもなくルーミィは、シオリが示した敵の方向に向かって険しい視線を向けている。ルーミィって普段はふわふわつかみ所がない感じなのに、時たま、獣みたいな凄い野性味を出す。今だって、空に向かって雄叫びを上げて気合いを入れようとしていた。まるで狼か、もっと大きな獣みたいな、雄々しさ。眉間を寄せて鋭い視線は火でもつけそうなくらい。歯を剥いて、空に噛みつかん勢いだ。
 ここから見ると、ルーミィは日蝕に潰れた黒い太陽を背中に抱いているように、光背を背負っているようにさえ見た。かっこいい。
 そして、大きな口を開けて叫ぶ。

「ひとがゆうきだしてこくはくしてたのに、じゃましやがって、ぜったいゆるさない!!!!」
「ぇっ」
―お前ら、本当、緊張感ないな
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例大祭行きたかったです
みこう悠長
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