真・東方夜伽話

ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑦

2019/03/26 03:36:35
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ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑦

みこう悠長

ホモセ

§ § §



 顔を上げたのはルーミィではなかった、彼女の特徴的に澄んだ金色の髪はセミロングではなくショートヘアになっている。

「元気してた、|穂多留比《ほたるび》?」
「シオリ、なの?」
「その呼ばれ方も久しぶりだ。尤も、お前にはめられてからはその名前でも、元の名で呼ばれることも、無くなったがな。オレを覚えているのは、お前くらいかも知れないな」

 ゆらりと立ち上がり、そう言ってまるで、ディナーのソースを零して胸元を汚してしまった、みたいに僕が汚した|ルーミィ《自分》の体を、見る。肩を立てるように動かしておどけた様子、でもボクにちらりと向いた目だけは、鋭いでいる。赤い髪飾りは全く力なく頭に垂れて落ちていた。

「なんで……」
「扉が緩んでるんだよ、立て付けが悪いんじゃないか?」

 緩んでる? どういうこと?

「会いたかったよ。ずっと側にいたのに、こうして会うのはどれくらい振りだろうな?」
「どれくらい、だろうね。ボクは、あんまり会いたくなかった」
「当たり前だな? だがその割に、彼女をずっと側に置いているじゃないか。何のつもりなんだ。それにお前くらいの力があれば、他の神妖達と群れる必要なんかないんじゃないのか?」
「今のボクは、シオリの知ってるボクじゃない。代も変わっているし、あの頃のボクのように強い存在じゃない」
「随分ニンゲン臭いことを言うようになったじゃないか、お前に〝代〟なんて言葉の概念があるかよ。個にして群、群にして個。それが〝むし〟だろ? 現にお前はオレのことを知ってる、オレもお前のことを知ってる。疑いようもなくお前はオレの知ってる|穂多留比《ほたるび》だ、だがどうしても腑に落ちないのは、そこだ」

 そう言って、シオリは自分のこめかみに右手の人差し指を当てるようにして目を閉じる。なにか小さく独り言でも言うように口を動かしている、恐らくルーミィの記憶と彼自身の隔界認知の積み重ねを突合・統合して差分更新しているようだ。その結果を飲み込んでから改めて口を開いた。

「そうか、〝むし〟は細切れにされたのか、暴れすぎた?」
「ちがうよ。ニンゲンが、強いんだ。シオリが思ってるよりずっとね」
「ニンゲンが? はっ、お前は中身まですっかり変わってしまったのか、ニンゲンに謙るなんてさ」
「彼らをずっと見ていれば、嫌でも変わるよ。|幻想郷《ここ》に来たのなら、もっとね」

 シオリの目がボクを見る。鋭い、睨みつけられただけで、体から魂がもぎ取られそうになる。彼はボクと違って、今でもあの頃からそんなに変わらない力を持っているらしい。ルーミィの大喰らいは、二人分とは言わないも、縮退状態で同居する彼を維持するための影響だ。それに、彼の中には、2人が押し込められている。
 |博麗の巫女《霊夢さん》は八雲太妃と申し合わせてシオリの存在に執拗に蓋をし続けることを選び、|紅魔卿《レミリアさん》にその役目を課していた。それは吸血鬼の持つ強大な力をシオリを閉じ込めることに使わせることで削ぐ意味を持っていただろう。恐らくシオリを何らかの形で封印し続けることは、代々博麗の申し送り事項に含まれている。ボクが見ている限り、ルーミィはずうっとあの赤い髪飾りをしたままだしそれに触ることが出来ないでいた。その間、そこには常にシオリの気配を感じていた。

「なるほど、今のお前は小さく弱い存在なんだ、それで群れてるのか。あの頃オレを弄んだような力は、もうないってことかな。道理で〝会いたくない〟わけだね。オレが復讐しに出てきたら、もうあのときのようには行かないだろうからな!」

 会いたくなかったと、言っても、ことさら彼を遠ざけたりしたりもしていない。今のボクの手でどうにか出来る相手ではないが、今の今まで封印の奥底に閉じ込められていたのを、強く錠をかけて出てこないようにと努めたわけでもない。ボク自身ではないがボクの一部が、彼やルーミィにやらかしたことについて、後ろめたさがあるからだったかもしれない。今のボクと彼の力関係なら、あの頃と逆のことされてしまうだろうけど、それも仕方がないことだと、どこかで思っていたのかも知れない。
 彼女……いや彼はまだわずかに残っていたメイド服の布地の部分を全て脱ぎ去って捨てる。お腹の上にまだ残ったままのボクが吐き出した精液、垂れていくのを追いかけるように指で掬って、舌で舐め取った。

「それにしては、今でも《《こんなこと》》ばっかりしてるのか、こっちは相変わらずだ」
「こ、こんなことばっかりというわけじゃ」

 最後に彼と話をしてから、どれくらい経っただろうか、思い返すのも難しい。それを毎日突き合わせている顔で言われると、感覚がおかしくなりそうだ。声ばかりが異様に鮮明に覚えている、姿は、ルーミィのそれにそっくりだったから覚えている覚えていないという問題ではない。体の大きな男ではない、女の子の声をそのまま縦に潰したような少し低い声、この声を忘れるはずがない。
 さっきまで不自然なはめ込み映像のような動きで声を発していた口元は徐々に馴染んでいき、今は普通の顎と口のように自然な動きを見せている。それは彼の受肉が完了したことを示していた。

「ははあ。あんな非道い仕打ちでも彼女はちゃんと興奮してたみたいだ、お前は好かれているんだね。お前にもう少し甲斐性があればなあ?」

 ボクが乱暴にしたルーミィの体には、あちこちに擦り傷や打ち身が出来ている、その一つ一つ届く場所に口を付けて舐めるように口付ける。ボクもそうだがルーミィだって妖怪だ、治癒能力はニンゲンのそれとは比べ物にならない、そんなことをしなくたってそれくらいの傷はすぐに治ってしまうだろう。それでもそうしてボクが付けた傷を一つ一つ癒やして消していくのは、彼が、ルーミィの体を大事にしているからだろう。

 「まだ中に入ってるせいで《《収まらない》》や」とお腹の下辺りに手を当てている、そこに〝女の子の証〟はなかった。メイド服だった布を捨てた後すっかりと全裸だった彼の下半身には今はボクと同じものが備わっている、それは股間にぶら下がるのではなく上を向いていた。

「後でちゃんとしておけよ、こんな遣る瀬の無い気持ちは、扱いに困る。それはお前だって知ってるだろ」
「だ、だって」
「だってじゃない。それとも、これを処理してくれるのか、お前が?」
「いや……それは……」

 ボクが答えあぐねてまごついていると、期待してねーよ、と苦笑いしながら呟いて、彼は自分の周囲に黒い霧を展開する。真っ黒で濃密すぎるその霧は視線を遮り彼の姿を覆い隠していく。颪や飃に巻き込まれて流れるみたいに集まり重なり固まって、彼の体表へ吸い付くように密度を増す。黒いラバーを着込んだみたいな姿で一瞬停止してから、熱で溶けて急激に形を変える樹脂のように面積を狭めて何かの形が浮き上がってきた。黒、そしてそれと対比するような白の面積が、分離するように生じてそれは、彼の新たな着衣となって、動きを止める。出来上がった輪郭は、元のメイド服の形をしてはいなかった。
 細いピークが立ったラペルの黒いスーツとベストの下には薄黄のシャツ、それと二つ合わせに黒いショートパンツ。黒を基調にしたルーミィと同じ赤い髪飾りと、白のハイソックス。黒の被膜が溶けて現れた彼女の背丈も体型も顔も元のルーミィのものと変わりはなかったが服装は違えている、紅魔館に見るような西洋風の、まるで貴族の少年が外行きの〝お洋服〟を着せられているような姿、彼に相応しい姿とは思わないが、男神がメイド服を着ているよりはマシだろうか。

「ああ? 元の服が何だかへんてこな作りなせいで、再構成してもまともな服にならないぞ。なんだこの服は、おゆうぎ会か?」
「えーと、まあ、うん、仕方ないと思う」
「服を破ったのはお前みたいだが?」
「うう」

 ショートパンツの中でまだ自己主張を続けているものに、シオリがどうにも心地が悪そうに顔をしかめて膝を合わせている。シオリだとしても、ほぼルーミィの体だ。細くて白い脚と腰がもじもじと落ち着きなさげにくねるのは、ボクの方も下半身に悪い。

「ああ、気持ちが悪いな。こいつはよっぽど、お前に熱がある、らしい。……やっぱり、腹の中が落ち着かない、これは、我慢ならないや」

 どうするんだこれ、と表情で語るように、息を深く長く吐いて目を瞑り険しく眉を寄せた。するすると、彼らしい見えているのに気配の薄い様子でボクの近くに歩み寄ってきた。

「し、シオリ?」
「お前のせいで自分を慰める《《手さえない》》。彼女の毒もさっぱり消えていない。この責任はどこにある? もう一度言うぞ、《《お腹の中が落ち着かない》》んだ。」

 手がない、と言ったが今の彼には正しく両手が備わっている、ちゃんと動いているようにも見えるし不自由な素振りは見えない。ちぐはぐな物言い、でもボクにはそれが、当て擦りを言っているのだとすぐにわかってしまう。それに。
 この子の体、なんて言っているけど今の彼の姿はもうルーミィのそれではない、同じ歳頃合い程度に見え同じ髪色同じ背格好同じ瞳の色をしているだけの、今は少年の姿になっている。

「物分りの悪いやつだな」

 そう言って、シオリは急にボクの目の間に距離を詰めるように躙り寄り、顔を近づけてくる。鼻先が当たりそうなくらいの距離の、ルーミィそっくりの、でも少年の姿をしたシオリの顔がある、それは、まるで捕まえて抱きつくみたいな視線でボクの目を通って、心臓に入り込んでくる。あっという間に血に溶けて全身を巡った。

「わからないなら、オレからしようか」
「ま、まっ……」
「お前はオレに会いたくなかったみたいだけど、オレは、会いたかったよ、|穂多留比《ほたるび》。あってどうするのか、恨みを晴らそうか、謝らせようか、一発殴ろうか、ぶち殺してやろうか、その日の気分でお前への気持ちはインクの滲みみたいに不規則に変わったけれど、実際に再会した今でもよくわからない。ただ、お前に焦がれていたよ、それには間違いない」

 一方的に言うだけ言って、シオリはいきなりボクの唇を奪い、そのままボクを地面に押し倒した。

「懐かしいじゃないか、こうやってオレを食ったことが、あったなあ?」
「こ、こういうの、だったっけ?」
「少し違ったかな、だが違うというのならお前はどうだ、あの頃の得体の知れない恐ろしさがこれっぽちもない」
「だから、それはボクの代じゃ、んっ……!」

 個としてのボクのことではない、でも、覚えている。彼を食い、彼女を犯したあのときのこと。

「久しぶりに肉体を得て、昂ってるんだ。ニンゲン風に言えば〝朝勃ち〟みたいなものかも知れないな。今のお前を見ていると、無性に……ああ、これは《《この子》》の性欲か? 区別が付かないな、ごちゃ混ぜだ」

「でも、どっちでもいいや」
「まって、よ、シオリ、その体は男でしょ」
「それも含めて、だ」


(わ……ぁ……)

 思わず見蕩れてしまった。なんて《《逞しい》》んだろう。

「いい肉体だ、これは。お前にミンチにされる前は、もっとショボかったんだがな。怪我の功名か」

 さっきまでボクと同じくらいかそれよりも少し小さいくらいのサイズだったのに、完全に勃起した後はボクのモノなんか比較にならない大きさになっていた。亀頭は握り拳くらいもある、長さもボクの手首から肘と同じくらい。シオリの体はルーミィと同じ、ボクよりも背丈が小さくて可愛らしい姿をしている。彼女の体そのままの整った顔立ち、白い肌、細い腰に丸みを帯びたお尻。だのに、勃起したおちんちんだけ、常識外れに、おっきい……逞しい。

「ふぁ……」

 夏の羽虫が光に集まってふらふらと飛び回るのと同じように、ボクの口はそれに勝手に吸い寄せられていた。

(んごい……匂い、味っ……クラクラするぅ♥)

 躊躇無く口を大きく開けて、その先端を頬張ってしまっていた。

(甘い、甘い匂い♥)

 勿論本当に甘いわけじゃ無い、少し臭くて、生々しい、生物臭。でもその臭さが、鼻の奥の欲情嗅覚をねっとりと濡らしていく。

「んっ、んんっ♥」
「くっ、なんだ、嫌がってるのは口ばかり……いや、口も飢え切ってる、なっ」

 びくん、とボクの口の中で跳ねた、それだけで口の中を蹂躙されているみたい。亀頭のぷにぷにした弾力のある感触が、顎を全然閉じさせてくれない。歯を立てないように大きく口を開けたまま、ほっぺたと舌と唇でそれを包み込む。

(おっきすぎて、おクチで、コスれないようっ♥)

 すんすん、と鼻息を荒くしてしまうのは、一気に高まった興奮で酸素を欲する量が増えているのに口にはこんなに大きなおちんちんが入っていて鼻でしか呼吸できないから、でもあるし、何より、この立派すぎるおちんちん全体から漂ってくる甘ったるい性臭への貪り欲求からだった。

「お、おまえ、そんなに、エロかった、っか?」
「~~~っッ♪」

 可愛らしい体に共存している強烈なオスのシンボルに、ボクの|牡《メス》が我慢できなくなって理性をノックアウトしていた。限界まで顎を開いてシオリのデカチンポを頬張りながら「お前こんなにエロかったか?」の言葉に、ピースサインで応えてしまう。

(ひゅご、ひっ……♥ こんな逞しいおちんぽさんが、勃起してる♥ ボクに勃起してるっ♥)

 愛おしすぎて欲しすぎて、限界まで頬張って、更にそのまんま、喉の奥までぐりぐりぐりって飲み込んじゃう。

「うおっ、そ、それ、すごっ……|穂多留比《ほたるび》っ」
「んぐっ♥ んっぐぅぅうっんっ♥ んんっ♥」

 喉まで飲み込んで、押し広げられた食道を、食べ物を飲み込むときの要領で、きゅっ、きゅって、締める。えづいちゃうのは、なんとか我慢して、ここはおちんぽさんにきもちよくーなってもらうんだ♥
 シオリの巨根様を喉マンコで締めながら、ずりずりと前後に動かしてコスる。

「く、ああっっ! な、なんだ、それっ、すっ、そんなスケベ喉、聞いたことなっ……うっぐぅぅ♥」
(んふふ~~♪ どーお? 大ミミズさんとか、ワームさんにしかしたことない、対クソデカ生殖器用の、とっときだよぉ♪)

 喉の奥で、ぷりぷりのおちんちん肉が跳ねている。ぷくって膨らんだり戻ったりを繰り返して、喉の奥におちんぽ本気汁をとぷとぷっ、て吐き出し続けてきてる。

(シオリ、イきそうなんだ……♥)

 ボクは彼の腰に抱きつくようにして、一層深くおちんぽさんを飲み込んだ。

(ヤバっ……深いっ♥)

 お腹の中にまで届くんじゃないかって思っちゃう超ディープフェラ♪

「はっ、こ、この、ドスケベ|牡《メス》があっっ……!」

 顔を見れないのが残念だけど、彼の上擦った声から、必死に絶頂を堪えてる可愛い顔を想像してしまう。それが余計に、きゅん☆ ってなって、もっといっぱい喉セックスしてあげようって思っちゃう。

「く、ううっ♥ ああ、もう、ダメっ、だ、イくぞ、|穂多留比《ほたるび》、くそっ、クソぉっ♥ 男の喉マンコなんかでこんなに、簡単にイくなんて、不覚だっ!!♥」

 絶頂告白するシオリは、ボクの喉を掴んで絞めるように腰を動かす。

「ぶぐっ♥ ご、ぐっ♥ ぐごごっ♥♥ ッ♥ (っす、すっご、い♥ 喉マンコ無理矢理締められて、オナホにされてっ♥ 息出来ないっ♥ 息出来なくて、イきそおぉっ♥)」
「あー射精るっ、射精るっ、射精る、射精る、射精る射精る射精るっっっっっ!♥♥♥」

 ごぼおっ! どぶっ、ごきゅっ! びゅーーーーっ!

「~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~っっっっっ♥♥♥♥♥♥ (喉から、直接お腹の中に、大量中射精しっ♥♥♥)」
「くっ、あ、ああっ、飲め、全部っ、この、オナホ虫っ!!!♥♥♥」
(のむよおっ、こんなの、一滴残らず飲んじゃうよぉぉっ♥)

 喉の中で射精されて、抵抗すること何て出来ない、するつもりも無いけど♥ シオリのおちんぽさんがボクを愛してくれたお汁は、一滴も余すこと無く胃の中に流し込まれていく♥ 幸せ♥
 びくっ、びくっ、と射精痙攣を何度か繰り返して、最後の一滴までを吐き出した後、シオリはボクの喉を解放して、おちんぽさんを引き摺り出していく。

「お゛……ん゛ぉ゛っ……♥」

 ずるるっ!

「っぷぁ、ぁぁあっ♥」
「はっ、はっ、はあっ……なんて、淫乱虫、だっ」

 ボクは、体中があっつくなってぽかぽかの状態に出来上がっている。ボクの口から出てきた発射後クールダウン中のおちんぽに、ボクはいっぱいいっぱいキスをして、舌でお掃除する。ボクの汚い喉マンコ汁が残ってたら、おちんぽさんに失礼だもんね☆

「えへへ、満足した?♪」
「……まだだな。こんな風にいいようにされて、引き下がれるかっ」

 だって♪ 確かに、まだおちんぽさん半勃ちで、戦闘意欲ムンムンだもんね。 もう一発おクチセックスかな、と思ってたら、シオリがボクを四つん這いにさせて、お尻肉を掴んだ。
 これ、ワンワンセックススタイルだぁ♥

「えっ、ちょっ、ちょっとまって♥ やっぱり、やっぱり、それはダメだよ♥ そんなの。ボク、奥さんいるから。セックス本番は、浮気になっちゃう……♪」
「ダメなもんか、っていうか、誘いまくってケツ振ってるくせに。それに、お前のここは《《出すための穴には見えない》》じゃないか?」

 シオリが、ボクのお尻の穴に指を入れて、つぷつぷ、と入り口の辺りを甘く刺激してくる。

「あんっ♥ で、でもぉ♪」
「縁が膨らみ上がって、メス仕様に発達してるじゃないか。これは女が相手じゃ、満たされない穴じゃないのか?」

 ぞくっ、ぞくっ、って背筋に期待静電気が走る。期待、しちゃうぅ♪

「しかもオスのくせに、メス顔負けなくらいケツ汁漏らして濡れてやがる。これはしっかりメス化仕込みされているな。誰か好い男がいるのか、オスのくせに?」
「そ、そんなんじゃに゛ゃ゛っ……っ♥」

 いきなり奥まで押し込まれて、ごりっ、といいポイントを掠め擦られたせいで、いきなり受け入れOKな声が出てしまった。

「使い込んでるのか、道理で。あの妖虫がそんな女々しい姿をしてる理由は、それか。男を誘うための擬態とはな? 安心しろ、男同士はノーカンだ♥」

 ぐりっ、ぐりっ

「ひぐっ♥ ま、まってよ、そんなんじゃっ……ふっ♥ そんなえっちな理由でこんな姿してるんじゃなひぃ゛っ゛ん゛♥ おっ、ン゛♥ こ、コスっちゃぁっ、そこ、挿入れるとき、そんな強くしたら、コスれっ……、ダメなとこにコスれちゃうんっ♥」
「〝ダメなところ〟? 違うだろ、一発でぶっ飛んだエロ声裏返しやがって、メス蛍が」
「だ、だって、シオリのそれ、おっき、過ぎてっ、入るだけで、全部コスれ、っるのおぉっ♥ ずるいっ、そのおちんぽさんズルいっ♥」
「お前のケツこそ、なんだ、このうねりはっ……♥ 男のくせに、メス慣れ、しすぎだろっ♥ くそっ、このアナぁっ♥」

 ずるずるっ!
 ずぼぉっ!

「ん゛ひ、ぃ゛っ゛♥♥ 当たるっ♥ このおちんぽさん、一発で、ボクの女の子スイッチ、全押ししてくのぉっ♥ こんなおちんぽさんいれられたら、どんな男でも、すぐメス堕ちするにきまってるよぉっ♥」
「違うだろッ! このケツマンコが特別製なんだ、よっ! メスイき用に完全調教されてるだろっ! でなきゃ、なんだこのっ、精子を欲しがる動きはっ♥ メスのマンコと同じくらいじゅぶじゅぶに濡れるケツ汁はっ♥ この、メスがぁっ!!♥♥」

 ずぼっ♥
 ぐりぐりっっ♥

「ヲ゛……んお゛ぉっ……♥ ダメっ♥ すぐイくっ……♥ このおちんぽさん、ボクすぐイくぅぅっ♥ 」
「イけっ♥ 淫乱|雄《メス》虫がっ! 男のくせに精子求めてメス擬態する、ホモ蛍がぁっ!♥♥」
「ホモォォォっ♥ ホモイきするぅっ♥ メス化ケツ穴で、男のくせにメスアクメしゅりゅぅぅっ♥」
「ほら、イくぞ、イくぞ射精すぞ♥ メスなら、メス化してるなら、ケツマンコで孕んでみせろ、オラっ♥ 孕め、孕め、このホモ蛍っ!!♥♥ あっ、射精る、尻膣内に出るっ、くうっぁぁああああっっ♥♥♥っ♥」

 ばちゅっん♥ ずぼぉぉっ、ずるっずるっ♥ ぐちょんっっっ♥ ずろろろろ……ぐぼおぉおっ♥
 どぶっ、どぶんっ♥ びゅーーーっ、ごぼおおっ♥ びゅっ、びゅるっ♥

「んお゛お゛ヒぃ゛っ♥ こわれっ♥ でかすぎおちんぽさんで、ボクの雄マンコこわれっ♥ でも、しゅご、っ♥ しゅごゅひぃっ♥ 感じすぎて、っ♥ ボクのお尻、メス感じしすぎてっメスイきしてっ♥ メス化しちゃったボク、おちんちんがっ卵子つくっちゃう♥ メスアクメで精巣で卵子作っちゃうっ♥ |腸《膣》に射精されて、中出しされてっ、イくっメスイきっ、来ちゃう♥ 上からもしたからもシオリのザーメン注がれてっ♥ 本気で孕んじゃうっ♥ イく、イくイくイくイくイくイくイくっっ~~~~~~~~っっっっっっっ♥♥♥♥」



§ § §



 なんで、こんなことになったのか、よくわかんない。

「何でこんなことになったんだ」
「ぇぇ……? シオリがそれ言うの……?」

 お尻が、少し痛い。幽香さんに鍛えられてなかったら壊れてたかも知れない。

「勘違いするなよ!これは、オレの感情じゃない。この体の持ち主の残滓だ!」
「その割には激しかったようですケドォ。あれで朝勃ちって……逞しい朝が来た♪状態だねえ」
「う……そっ、それは、お前がそんなエロい格好してるからだ」
「へっ?」

 なんてことはない、ただのブラウスにネクタイ、半ズボンとマントだ。それも、それぞれ虫としての部位のメタモルフォーゼで出来たもので、決していやらしいつもりでしている姿じゃ無い。

「何だそのすけすけの衣は。それにわざわざ人型になって、その白い肌、ふともも、やわらかそうな肉。昔のお前はそんな姿形じゃなかっただろう」

 のだけど、あんまり関係ないんだろうか。

「えっと、これは、ホントにそう言うんじゃ……。あ、どの|姿《かたち》してたときのことゆってるの?」
「これくらいの、妖虫。」

 そういってシオリが言ったのは、両手を大きく伸ばして体で示せる一番のサイズ感。確かにそのサイズの甲虫を好んでたこともあった。

「あ、あぁ……な、懐かしいこと言うね」
「穴ん中で会ったときはこんな芋虫だったか」

 それから彼は人差し指の先を示した、岩戸の中にはいるのには小さい方が都合がよかったから。どっちになるのも自由だった。今でもそれなりに自由は利くけど、虫の形になって都合のいいことはあまりない。昔は、その方が保てる威厳もあったんだ、つまり彼が言うのはボクがまだ力の強い妖怪だった頃の話をらしい。
 イキりたかった若い頃の黒歴史の話をされるニンゲンの気分というのはこういうものなのだろうか。穴があったら今度はボクが入りたいような気分になってしまう。苦い笑いしか浮かんで来ずに頭を抱えているシオリも、ボクを見てにやにやと笑っている。

「この子の中からぼんやり見ていたがな、なるほどその姿はお前にとっては戦略だったのか、オレも久々にヒトの姿になってわかったわ。確かに捕食者に食われて卵を拡散させる虫もいるからな、全く思いも及ばなかったぞ、虫の戦略とは実に幅が広く、興味深く、そして汚らわしい」

 ナナフシさんのこと言ってるのかも知れないけど、ボク、ホタルなんですよね。やってできないことはないと思うけど……。

「|穂多留比《ほたるび》、いやここではお前は」

 シオリは、仰向けのまままだ動く気力の回復しないボクに横から覆い被さるように、口付けてきた。柔らかい舌が、またボクをさらう。軽く舌同士が触れ合うと、脱力して半開きになった股の間に手を運び、お尻の間を指でなぞってくる。攻める感じでも、いじめる感じでもいやらしい感じでもない、彼の指は緩んだお尻の穴をそっと触って開いた口に軽く指先を宛てるとそのまま撫でるように掌でお尻を拭った。

「……リグル、だよ。リグル・ナイトバグ。ふぁ……」
「変な名前だな。|穂多留比《ほたるび》の方が、ずっといい」

 彼の手に、精液がべったり付いて代わりにボクのお尻から漏れ出す精液は拭い取られる。彼に解放された唇に、代わりにすぐに被せられたのは、精液を拭った指先だ。

「この世界にいる人は、誰もがシオリと同じ、昔とは別の|呪《名前》を宛てられて、みんな元気に半生半死してる。」

 ボクがそれに舌を伸ばして見せると、彼は精液のついた指先を頬に、鼻に、唇に撫でつけて、そして最後にボクの舌に奉仕させる。「お前のために出したんだぞ」意地悪そうに笑っているつもりかも知れないけど、ちょっとその表情が可愛くてつい。精液を嘗め取り終えると、今度はボクのお尻にルーミィの可愛い顔を押し付けて、穴を舐める。

「シオリ、そこまでおそうじしなくても……」

 ぞわぞわと、また感じ始めてしまうけど、彼は付近の精液を舐め取っただけで終えた。顔を上げるシオリ。

「同じなものか」

 そう言って、またボクの上に馬乗りになり、唇を押し付けてくる。精液と彼の唾液が混じった液体が、口の中に流れ込んできた。くらくらする匂いと味、彼の舌。ボクに《《それ》》の処理を強いながら、彼自身もまだ整っていない息遣いがすぐそばに聞こえてくる。思わず彼の背中に腕を回してしまうと、シオリもボクの頭を抱いて背中に手を潜り込ませてきた。

「同じじゃない。オレのこの姿を見ろ。オレとキクリは概念を混ぜこぜにされて別の存在に塗り替えられた、オレ達のために乗っ取られたルーミアとか言う奴は、ただの容れ物なのか。こうしてキクリの体とオレの中身になっている間、この体の主は、オレが|封印《あなぐら》の中に押し込まれているときと違って、すっかり断絶してしまう。キクリの中身はどこにもなくて、オレには体がない。セオリツヒメなんて馬鹿げた存在にされて、こんな状態が、同じなものか。」

 おまけに性嗜好まで変わってしまったらどうするんだ、と頬を膨らませている。その仕草はルーミィそのものだ。知っていてやっているのか、染みだしてしまっているのかは分からないけれど。

「随分長いこと押し込められてた。キクリにも、何より《《この子》》にも随分悪いことをした、オレのために身代わりになったようなものだからな。それに……お前の犠牲者でもある。|こんな仕打ち《レイプなんて》、あの時と同じじゃないか?」
「あのときやったのは……ボクじゃない」
「でもお前だ。お前には個別も全体も、関係がない。そうだろう。今更そんな言葉で言い逃れ出来ると思うなよ」

 ボクが強く掴んだ手首、少し痣になっているところを彼は、ペロリと舐めて見せる。この痣はお前が付けたものだ、そう視線だけで言っている。

「だが勘違いはしないで欲しいのは、だ」

 彼は演技が過ぎる様子で綾を付けた仕草でボクの胸を指先で弄ぶようになぞりながら言う。

「これでも、お前には感謝してるんだ、|穂多留比《ほたるび》、いやリグル・ナイトバグ、だっけ」
「感謝?」
「どんな形であっても、お前はオレを、あの暗い穴から出してくれた。オモトと違って、こうして再び受肉するのには随分直かかってしまったけれど。それにはお前が必要だったから。まともな形ではないにせよ、こうして再び受肉できたのも、オレとキクリが別れずにいられるのも、お前のおかげだ」

 キクリ。あの、巫女の事だ。恋心みたいな色をしていたけれどそれよりももっと緑色で、もっと濁ったあの感情を、ボクは今でも忘れられない。有り体に言えば後悔していたし、今でもぎりぎりと心臓が締め付けられる思いだ。あんな爆発的な感情に、意味を与えることは出来そうに無い。意味を持たないあんな行為に、言い訳なんか出来るわけも無い。

「そればかりは、礼を言わないとな。お前がいなければオレは概念さえ失って真の死を迎えていたろうし、キクリは別の何者かと融合させられていただろう。〝神〟とは、脆い存在だ。お前達妖怪が羨ましいよ」
「そんなんじゃない。ボクは……嫉妬していたんだ。あんな美しい女性が、シオリに、今や何をも失って残されていないシオリに、それでも無償の愛を抱いていたことに」

 ボクがそう言うとシオリは一瞬、きょとんと目を丸くして、数度瞬きをした。そして次の瞬間、お腹を抱えるようにして笑い出す。

「っはは、ははははははっ! はあっ? おまえ、くひひひひひっ! ははははは、わらかすわ! そうか、そうだったのか!? 無理もない、|キクリ《あれ》は極上だった、昔から他の女から嫉妬の刃でハリネズミになっていた奴だ。女としても巫女としても、ああ、無理もないだろう! ははっ、そうだったのか! こりゃ救いようのない傑作だ!」

 笑い出すなんて、正直予想外すぎてボクの方も戸惑ってしまう。てっきり縊り殺されるかも知れないなとまで思っていたのに。でも。

「……怒らないの?」
「怒るものか、結局オレはこうして復活することができたし、お前には何も残らなかった。お前に向ける怒りなんて、何もない。―オレとキクリをを犯し殺したことを除けばな」

 最後に、ちらりとボクを見た目は、凍り付くようだった。

「……お前は自覚が無いのだな、死ねばいい。むしという群体が一度の死で途絶えないのなら、何回でも何万回でも死ねばいい、クソッタレ。妖怪が羨ましいと言ったが、撤回する。そういえばお前も、神だったな、その昔には。お前こそ勝ち組じゃないか。力が弱くなっても、お前はいつまでもお前だ、オレのような負け組の神とは比べるべくもない。」
「そんなことないよ」

 ふん、と鼻で笑って蔑むような視線を送ってくる。そんな風に言われても、今のボクには、生きているだけで楽しいと思える以外には何もない。生きているだけで楽しいのは幸せなことだけれど、それって幸せなことなのかも分からない。わからない。昔はもっと、夢があったし、色んな事を望んでいた。不可能だと思いながらもそれを求めていて、バカみたいでも生き生きしていた気がする。それを諦めたときに、ボクは、山を下りて、妖怪に成り下がったんだ。

「そんなこと、ない」

 巧く言葉に出来ないまま黙るしか無くなってしまったボクを見て、シオリは溜息を吐く。この話題は不毛だと、思ったのだろう、違うことを切り出した。
 でも、今のボクには、そっちの方が、問題だった。

「戸が弱まってたのは随分前からだ、お前にどうこうされて出てきたわけじゃない。でも、ヒビが急に広がったんだ、出てこいって誰かに呼ばれた。ヒビの入った扉のその隙間向こうから、呼ばれたんだよ。」
「えっ?」

 呼ばれた? そもそもあの封印は博麗の念入りの|呪《シュ》だったし、維持している|紅魔卿《TheKarmazyn》だってそれを保つのに十分な力を持っている。立て付けが悪いとかヒビが入っているとかその方がおかしい。

「誰かって」
「牢獄の中で、オレが《《この子》》の体ごと一緒にどこか知らない場所に飛ばされていたことは、察していた。でもここは随分楽しそうだ、オレはもう出てく必要なんかないと思ってたんだ。キクリはここにいるし《《この子》》もオレ達の為に辛い思いなんかしなくても済むだろうってね。お前もいたし。でも」

 急に、シオリの声色が変わる。

「でも、ヒメが来たんだろう」
「ひめ?」
「ミコ? オモト? どの名前が伝わりやすい? あいつも、そしてオレも、もう中身がぐちゃぐちゃで整理なんかつかないんだ」
「えっ、うそ」

 つい頓狂な声を上げてしまった。

「間違いない。つい最近からだ、《《この子》》の中にいてもびんびん感じる。ここがどこなのかオレはよく知らないが、きっとオレを追ってきたんだろう、こんなところまで。閉じ込めるだけじゃ飽き足らず、今度はきっとオレを、《《きちんと》》殺すつもりに違いない。」

 そんな大きな存在がここに来たのなら、弱小妖怪でしかないボクにだって流石にわかるはずだ。最近来た大きな存在、として思い当たる節は、でも、確かにあった。
 もしそうだとしたら、シオリの気分はいかばかりだろうか。あの女神は、シオリにとっては自分自身の仇と言っても過言じゃない、それこそ、ボクのことと同じくらいか、それ以上には。

「絶対に忘れるものか、この子と、それにオレを騙したことを。オレやキクリ、それにたった今《《この子》》がお前にされたこともそうだが、そんなことは大した問題じゃない。オモトの奴にハメられたことに比べれば、お前にされたことなんておまけで派生で枝葉でしかない。……オモトに騙されあの牢獄に閉じこめられたことは、絶対に忘れない。その前から、オレとあいつは、敵同士だったんだから」

 あの三人組だ、と思った。その予想が適当かどうかはともかくとして、シオリがびんびんに感じるという雰囲気を、ボクは今目の前から感じている。シオリもまた、隠そうともしない剃刀のような殺気を、だだ漏れにしていたからだ。

「だったら、今度こそだ」
「え?」
「今度こそ、どちらかが二度と復活出来ぬまでだ。赤い太陽と黒い太陽、同時にアマテラスであるわけには、いかない。オレのためだけじゃ無い、キクリの名誉の為にも、これは、白黒付けなきゃいけない決着だ。」

 決着。あの日、ボクが見たキクリの捧げる祈りは、オモトとかモトヒメとか呼ばれる別の女神によって封じられたシオリへのものだった。その生き埋めの張本人への、恨みと殺意。
 実際の肉体的には結局ただのニンゲンでしかなかったその二人が、こうして全く異なる世界で、気の遠くなるような時間を経てまで、殺意を抱き合っている。
 幻想郷は、忘れられた者達を優しく受け入れ、妖怪とニンゲンのバランスによって持続可能性が保たれた、レムナント達の楽園だと言われることもある。でも、本当はそんな綺麗なものじゃない。妖怪はニンゲンはを虐げ続けるし、ニンゲンは妖怪を恐れ恨み続けている。ニンゲン同士でも、妖怪同士でも、まともじゃ無い感情がいくらでも渦巻いている。そしてそれを収拾するシステムは、存在していない。博麗でさえその機能を持っていないのだから。

「これは|黒い太陽《つき》の日の出だ、天岩戸を今度は俺が出ていって、代わりにあいつを同じ目に遭わせてやる。暗くて寒くて狭くて痛い、あの檻の中に。」

 ぞくっ、と背筋が凍った。またここで、誰かが死ぬのだろうか、恨みの果てに。そうして、また連鎖するのだろうか。
 ボクはそれを連鎖させるのが怖い。ボクには誰かを憎んで連鎖の起爆点になる勇気は無いし、誰かからの恨みに倒れて誰かに仇を願う強さも無い。ボクという感情とその容れ物である肉体は、それぞれボクで終わってしまうべきだと思っている。完結して、誰かと関わりを持つことに、本質的に恐怖を感じている。むしという集合体の持つ宿命的なものかも知れない。だから、そうではなく、それを隠そうとしない者達の、刃のような、槌のような、炎のような、雷のような、呪のような、激しい感情が眩しくて、恐ろしかった。

「……時間が経ちすぎたようだ」
「え?」
「そろそろ、《《この子》》が、騒がしい。」

 この子、とはルーミィのことだろうか。えっ、いきなり?

「オレは《《色々と準備がある》》、修羅場からおさらばさせてもらうよ。彼女によろしく言っといてくれ」
「修羅場って」
「おいおい、忘れてるんじゃ無いだろうな。お前は、この子をレイプした後だぞ。しかもホモ浮気の余罪まである」
「う、浮気って、ボクは……」

 半分呆れ、半分面白がるような表情で、彼は中指を立ててくる。そしてそのシオリの体がドロドロと溶けるように崩れ始めた。熱したコールタールが流れて落ちるように、シオリの体は地面に落ちて広がっていく。その代わりに彼の影だった場所に膨らみが生じ、黒い絹の布を引き裂いてその内側から押し出されるように膨れ上がってくる白い塊は、みるみるルーミィの肌、そして彼女の姿になっていった。それはあっという間の出来事で、見ているのがちょっと気持ちの悪い位に見事な交代。シオリはルーミィの影に潜り、恐らくあの赤いリボンのノブを引いて扉を閉めたのだ。代わりに出てきたのはルーミィ。
 彼女の閉じられた瞼が開いたとき、そこに映っているボクの姿は。

「よー、サイテーおとこ」

 違いなかった。



§ § §



 流石にこのまま成り行きに任せっぱなしと言うのも、男として最低な気がしてしまう。僕は今更気取る〝男〟も持ち合わせていないけれど。

「じゃあ次はどこを案内しようかな」

 表情の浮き沈みが激しい、と思ってみていた。嬉々として案内してくれる割には、それぞれの場所では必ずどこか暗そうだったり、嫌そうな表情を見せている。それに触れるべきなのかどうか判断できなくて、黙っていたけれど、そもそもここが何なのか、聞くべきなのだ。

「じゃあ、次はねえ」
「瀬織」

 再び僕の手を引いて歩き出そうとして瀬織さんの手を、僕は逆に立ち止まったまま引き返した。

「なに?」
「いい加減教えてほしいんだけど」
「な、なにを?」

 なんだか急に狼狽えた様な表情を見せる瀬織さん。僕の方を見る目は、僕を引っ張っているときの足取りの軽い彼女と同一人物とは少し考えにくい位だ。

「瀬織って何者なの。なんでみんな、様、を付けて話すの? 僕も付けたほうがいい?」

 彼女は少し考えるようにしてから、溜息と一緒に吐き出すように答えた。

「|国立《くにたち》はそのまんまでいいよ。もし変える気があるなら、さっきみたいに、観月、がいいな。」
「わ、わかったよ。それよりも、瀬織は一体何者なの。偉い人?」
「みつき」

 ここだけ切り取るのならまるで恋人か何かのやり取りに見えなくも無い、でもなんだかそう言う空気では無いような気がした。

「み、みつきは」
「私は……村の共有資産、かな」
「資産?」
「見ての通り、ここは高齢化が進んでる。若い人なんかほとんどいなくて、私が一番若いし同年代はいない。40代後半の人が一人いるくらいかな。だから、私を色んな目で見るの」

 表情が、沈んでいく。こっちが辛くなるくらいに、みるみると、瀬織さんという人の彩度が落ちていくような。

「色んな目?」
「ここの次世代を担う、的な?」
「ふうん。このへんの大地主の娘か何かだと思ってた」
「惣領娘だって? やだ、そういうんじゃないよ。でも、みんな表向きは私に良くしてくれているけれど、内心では、そういう風にしたい人としたくない人がいるんだ。……男を連れてきちゃったから、なおのこと極端になってるかも」
「男って、僕?」
「|国立《くにたち》が女のつもりじゃなかったら、そう」
「アッハイ」

 言っていることはわかる。でもなんだか今ひとつ腑に落ちない。幾ら次世代を担う希望の若手だといっても「様」をつけたりするだろうか、一緒にいる僕にまでだ。それに、その割にさっきのおじさんはタメ語、というかかなり印象が悪かった。極端過ぎる。

(やっぱり詮索はすべきではないのかもなあ)

 早くも弱腰である。やっぱり解消がなさ過ぎだろうか。
 もし自分なら、と考えてしまう。
 自分なら、触れて欲しくない部分については、相手がどんなに慈愛に満ちていて自分を理解してくれる歳暮のような人であっても、触って欲しくないと思ってしまうだろう、と。理解して貰おうなんて思っていないし、理解されて相手に負担を強いるのも嫌だ。負担を苦に思わない人に、挙げ句、この幼稚にこんがらがった内情を解いて欲しいなんてワガママを、言うのも気が引ける。そうさせてしまったところでそれに報いる解消も無い。だからほっといてくれ。そんな風に。

(でももう、そういうわけにもいかないのかも知れない)

 僕は彼女を汚した。死体処理をさせて手を汚したのもあるし、体も……汚しただろう。僕の多くを聞くこと無く、結果的に一部話はしたが後から知ったことだ、事情なんて知らないままに僕の犯罪行為に手を貸した。だったら、僕は彼女の多くを聞くべきではないのだろう、僕がそうした様に、瀬織さんが自分から聞かせてくれるまでは。それでなくても僕は、彼女の領域に居候させてもらいっぱなしになるのだ。今後僕はどうしていけばいいだろう。この村の住人と同じ様に農作業にでも勤しめばいいだろうか。

「ねえ瀬織、み、観月」
「っふふ、どっちでもいいよもう。なに?」
「ここって……もしかして、僕みたいな人間の逃げ場になってる村、とか?」
「そうね。私に媚びへつらう人間と、その本心では私を嫌う人間がいて、差し詰め私は看守」
「ほんとにそうなの?」

 僕が目を向いて聞き返すと、それに喰い気味に彼女は、ぷっ、と噴き出している。ハズレを示すあからさまなジェスチャーであることはわかった。

「ははっ、違うよ。今どきそんなヤバイ村ある訳無いじゃん、あったらおまわりさんがとっくに飛んできてるよ」
「この村は殆どが瀬織の家の私有地だから入ってこれないとか」
「地主みたいな? 違うよ。ここはね、私達は翡翠園って呼んでる。コミューンみたいなものだけど、自給自足じゃない。さっきも言った通り、作物を売って外から貨幣も得るし、それを使って外のものを買って来ることもある。」
「ふうん。」
「110番してみる? ここに死体遺棄をやらかした高校生が二人いるけどどうせ入れないだろばーか、って」
「意地が悪いね」
「あっ、怒った? そういうつもりだったけど、そういうつもりじゃなかったんだ。風間さんが行ってたとおり、|国立《くにたち》ってなんかからかいたくなるね。ごめんごめん」
「瀬織とこんなことになるなんて、今も絶賛からかわれてるような気がするよ。」
「あー、まあ、ほんとは私が特別目をかけるような素敵な男子じゃないって事くらいは自覚あるんだ?」
「もう少しオブラートをお願いするよ、情けなくなるから。たださ」
「ただ?」
「大した自信だなあって。110番さえしなければ、僕はここにいても平気だって、確信でもありそう」
「ないけど、しばらくは平気だと思うよ」
「なんで?」

 彼女は、んー、と少し考えるようにしてから、言葉を選ぶように答えた。

「この翡翠園は、天岩戸みたいなものだから」
「天岩戸? えっと、日本の神話のあれ?」
「もののたとえだよ」
「たとえないで言うと?」

 瀬織さんは、明らかに目を逸した。何か拙いことでもあるのだろうか。何か言いたくないことでもあるのだろうか。こうして僕を連れ出してあちこちと見せて回った割に、そのその理由も何もわからない、僕にこの村のことを見せたいと思って連れ回してくれたのかも知れないが、そもそもこの村が何なのかを教えてくれない。彼女は僕を助けるようでいて、酷く浅いところで僕に対して秘密主義のままなのは間違いない。その裏表が同時に見えているような奇妙な矛盾が今の小彼女には備わっている、学校にいるときのほうが、被っている《《猫》》の形は正常に思えた、やはりそれとも。僕に見せている顔の方がこそ《《猫》》であり、だからこそいびつな矛盾を孕んでいるのかも知れない。
 彼女は僕に何を隠している?

「瀬織。僕は、いまさら瀬織に何をされたって怒ったり非難したりするつもりなんて無い。恩人って言うのはおかしいけれど、少なくとも借りがあると思ってるそれに……今こうして僕があるのは全部、瀬織のおかげだ。あの時以来、僕に積み重ねられている時間は全てが幸運で、全部、行ってみれば黒字なんだ。瀬織がそうしてくれた。今更この黒字を失ったところでなんにも思わない、元々、瀬織にもらったものだから。……何を、隠しているの? 僕をここに連れてきて、僕を、パートナに仕立てて、何をしようとしているの?」

 僕がそう言うと、彼女はゆっくりと向き直って僕を見る。瀬織さんってこんなに小さかったっけ、そう思うほどに今の彼女にはいつも背負っているようなオーラがない。今はまるで……僕よりも小さく幾つか年下の女の子のようにも見えた。
 その瀬織さんが、少し口ごもるように口の中で転がし気味の歯切れの悪い声で言う。

「ねえ、|国立《くにたち》」
「なに?」
「この間〝手伝う〟って、言ってくれたよね」
「えっ?」

 どくん、と心臓が大きく跳ね上がった。拙いことを言った、という意識ではない。
 むしろ、その逆だった。

「|国立《くにたち》のご両親を、《《処分》》した時」
「言った……言ったよ。」

 落ち着きを取り戻せない、どころか、それで彼女に何かを返せると、そのチャンスが早々にもう来たのだと、絶対にするしかないと、それは武者震いにも近いかも知れない。
 勿体ぶらないで、言ってくれ。僕は、何をすればいい? 僕を古く暗く狭い窖から引き摺り出してくれた瀬織さんに僕は、何をしてあげられるんだ?
 今の僕には、彼女しかいない。彼女なしには自分の足で立って歩けるかどうかもわからない、穴を出ることはできたのに、僕はまるで何にも中身のない空っぽ人間だったことに、そこで初めて気付いたんだ。僕の中に中身を注いでくれるのはもはや、瀬織さんしか、いない。そのために僕は、彼女に報いなければいけないのだ。

「ここで、手伝ってほしいの。」
「何を?」
「私も、そっちに行きたい。|国立《くにたち》に、今、私、すごく憧れてるの。すごく。」
「だから、何を? 何を手伝えばいいのか聞かせてくれないと」

 瀬織さんは切羽詰まった表情を見せた。こんな表情も、僕は初めて見たかも知れない。瀬織さんもこんな顔をするんだ。

「落ち着いて聞いて欲しいのだけど」
「……落ち着いてるよ」

 僕はなるだけ落ち着いているつもりだった、いわば気持ちの上では耐衝撃体勢を取っていたつもりではあったのだけど、彼女の口から告げられた言葉は、それにも拘らず僕の不安を一気に掻き立てるものだった。

「この園の人達はね、私を神様の娘だと思ってるの。」
「は?」
「自分達を救ってくれるんだって、思っている。」
「瀬織が、神様?」
「ちがう、私の、親。まあ、だから私もそうなるのだけど」

 なんだ……神様? 宗教、なのか? 嫌な予感がする、知りたい、けど、知りたくない。聞きたくない。でも聞かないわけには行かない、知らないわけには、いかない。色んな理由をつけたり可能性を考えたり、あるいは彼女への気持ちの現れの一つとして、やっぱり、知りたいと思った。
 僕は黙って彼女の答えを待つ。
 思い切り問いただしたいところだったが、瀬織さんを見ないように下を向いて、言葉よりも呼吸を優先するようにして、自分を必死に落ち着ける。

「この村ね、その宗教団体の、施設なんだ。翡翠園っていうんだけど」

 彼女が今口にしようとしている言葉が、まるで濃霧の向こうからゆっくりとこっちに向かってきている化物の姿のように見えて、恐ろしい。その姿が見えない内は、僕も強がっていられる、何だって来いと思える。でも、その姿が段々と近付いて薄っすらと見えてくると、僕はそれが何なのか、選択肢を絞れてきてしまうのだ。今まさに、彼女が言おうとしていること、彼女の背景にあることが徐々に徐々に、僕の中の選択肢と一致してその数を減らしていっている。そうであって欲しいと願うそうでない可能性はべりべりと剥がれて落ちて消えていく。濃霧は晴れない、この答えは、突如目の前に突きつけられる、ぼんやりとした可能性だけがじりじりとせり上がり、確証が持てないままぼやけた輪郭が僕に近付いて来て、はっきりとした姿は突然現れるのだ、恐ろしい。その選択肢に、確信に近いものを感じていても、確定していないことが。そして恐らく、選択肢は今、1/1になっていた。

「それで、私、所謂、教祖の娘、なの」
「……〝|照道《しょうとう》教〟?」

 彼女は何も言わず、僕から目を背けて小さく頷いた。



§ § §



 元々居づらかったのもある、女子と二人で一つの部屋だなんて。居づらい気持ちに理由が付いたような気がして、僕は部屋を出てアテもなく村の中(翡翠園、と言っていたっけか)をほっつき歩いていた。部屋を出る時、瀬織さんは何か言いたげに僕の背中に視線をくれていた気がするけれど、とうとう何も言わなかった。
 この時間に外に出てみると、街灯なんかほとんど無くて見上げると見える月ってこんなに明るかったんだなと思わされる、満月ではないがわずかに減った月は瞼をわずかに垂らした瞳みたいで、満月よりも余程気味悪く僕を見下ろしている。ぽつりぽつりと光っている街灯は、所謂防犯灯で、電柱の横からにょっと生えるように枝分かれしている。形こそ見慣れたものだが、照らし出されている色が、妙に青い色をしていた。

(青色防犯灯……まだあったんだ、こんなところに)

 勿論何の光もなければ恐怖だろう。だがこうした光の下での恐怖と、本当に真っ暗で何も見えない暗闇への恐怖は、その質において別物のように思えた。見えない恐怖は、純粋に危険に対する忌避感だろう。恐怖というよりは、危機感が近いのかも知れない。でもこうして周囲の光景が薄らぼんやりと見える程度の光量がある場合の恐怖心というのは、不気味さが正しい言い方だろうか。
 青色防犯灯による犯罪発生率の低下はデマとして片付けられ幾つか導入していた自治体からも経済的な理由から別の色に置き換えられたと聞いたことがある、もう随分昔の話だ。こんなところでひっそりと生きていたなんて、ここは忘れられたものが残っている不思議の村だろうか。
 景観が良くないな、というのが素直な印象だ。ミステリアス、と言えばそれも通るだろうが、ロケーション次第だろう。撤去された理由はこっちの理由もある気がした。青白い光は光源近くでは妙に眩しく、光源から離れると急に減衰して、光が差している風ではなくなる。だというのに、その場にある全てのものがぼんやりと青色で染め上がる。

(ホラー映画の演出じゃないか、こんなの)

 青色の光というのは、最近流行りの青色のイルミネーションくらいにやかましく華やかさを主張しない限りは、夜の闇に浮かぶと不気味に映るものなのだろう。そういえば鬼火というのが本当に炎だったとしたらそれは土葬された死体から出たリンに引火したものだという説もある。リンは燃えると淡く青い光を放つとか。理科の実験でリンはやらなかったので実際に見たことはないけれど。
 人間の目は日中光のある場合には赤色に対して、暗闇の中では青色に対して、敏感になるのだという。プルキニエ現象というらしいけれど、これは偶然ではなくって、夜には青色を認識したほうが危険を回避できた生物的な歴史的経緯があるんじゃないかと思う。でも、じゃあ、昔存在した、危険な青い光って、何?
 真っ暗で何も見えないことの恐怖は見えない恐怖そのままであり、夜には薄っすらと見える不気味さと表現される恐怖があるのは、今全く持って体感している。それは見える恐怖なのだ。なにか不都合なものが見えてしまう方の恐怖。夜青色の方に敏感になるという生物的特性となにか関係があるのだろうか。冬の暖かい飲み物が増えて暖色の割合がました自販機は真夜中の寒空にあるとどこかホッとするが、青と白の清涼な寒色が多い自販機は夏の夜中に浮かび上がっていると余り気味が良くない……のは別の相関がありそうだけれど。
 とにかく、夜の闇に青い光というのは、赤に比べてこんなにも不気味なものだろうか。広い間隔でぽん……ぽん……と、しかも真っ直ぐに整備されきっていない道沿いに青い光が浮かんでいるのは、不気味なことこの上ない。
 農村の様な《《てい》》をなしているこの園であっても、人工物が視界に入らないことはない。そうした人工物が青白く浮き上がるのは、自然造形が浮かび上がるのとは段違いに気味が悪い。これは気のせいなんだろうけれど、遠くにある光は動いて飛び回っているようにも見える。
 この翡翠園とかいう村の人も、夜になればほとんど出歩かないらしい。それもそうだ、コンビニがあるわけでもなければ自販機が光っている訳でもないのだから、出る理由がないだろう。外に出る理由があるとしたら……今の僕みたいに帰る場所がないか居づらいか何方かだろう。
 (……帰ろうかな)とも思ったが、なんだかそんな理由で戻ってもバツが悪い上に締まりまで悪い。もう少し僕自身の頭も冷やさないといけない。

「そういえば、ここがどこなんだかもわからないや」

 いや、携帯の地図アプリで調べた限り程度の位置はわかるが、拡大してみても情報が提供されていない様な状態だった。ついこの間、世界規模のマップ提供会社が、日本国内ローカルに強い地図会社と提携を切ったため、日本国内の地図精度が著しく低下しているためだ。経路案内をさせてみても、徒歩で最寄りの駅まで12時間などと馬鹿げたことを言っている。山を越えるような図になっているのは、車でここにやってきたときのことを考えれば合致はしているが。勿論何か緊急があれば徒歩ででもここを出るべきなのだろうが、今の僕にとっては、この山間の地図にない宗教団体の《《私》》村とでもいうべき場所を飛び出したとしても、犯罪者の身分なのだ。安易に外に出るわけにも行かない。

「でも、こんなところに隠れていないで、さっさと自首して刑期を終える方が、マシなのかもしれないなあ」

 児相もどこも認めてくれなかった以上は、僕の家はそれでも〝正常〟ということなのだろう、だとするなら社会通念上はあの日まで感じていた苦しさや辛さは何があっても耐え抜くべきことだった。でもそれを耐えることができなくなってしまった以上は、一刻も早く母親殺しを成し遂げて一日でも早くその罪を禊ぐことが、打算の上では最善だと思っていたはずだ。
 今だって、殺してしまったことは後悔している。後悔しないはずがない、別に僕に人の心がなくて、冷徹で身勝手な思いとその場の激情にかられて発作的に殺したわけではないのだから。だからその反省の念を前に出せばいいだけだった。

 彼女に、出会っていなければ。

 ここが|照道《しょうとう》教の施設だったなんて。……瀬織さんが、教団の関係者だったなんて。関係者どころか、主犯格だったなんて。
 |照道《しょうとう》教は、ニュースでやっていた爆破テロの実行犯でテロリスト、そしてこのコミュニティはそのアジトだということだろうか。警察がうろついていたのももしかしたらそういうことなのかも知れない。
 そうであれば、ここに来てから耳に挟んだ幾つかのことに合点が行く。瀬織さんを妙に丁寧に扱う連中。〝ヒスイ〟〝鏡〟と言う暗号めいた妙な単語と。この場所が、僕が逃げ込んでも生活していられるという瀬織さんの発言もそうだ。
 瀬織さんが、信者の誰かに言っていた内容もだ。もしかして、テロの直接の指示を出したのは、瀬織さんなんじゃないのか。
 今の彼女は実質的にそういう地位にいる。村の住人もほとんどが高齢で、次世代を担う信者も増えていなくて、瀬織さんは実質的に「限界集落で最後の若者」みたいな位置付けになっている。その上、教祖の娘だというのが本当だとすれば、彼女はまさしくお姫様と言ったところだ。|照道《しょうとう》教は3桁程度は信者を持つそこそこ機能した新興宗教で、幾つかの拠点を持っているはずだ。ここ以外にも拠点があって、そこにはもっと若い信者もいるのかも知れないが、ここにいる限りでは、滅びゆく村の頼みの綱のように見られているのかも知れない。

(瀬織さんは、僕を信者の家の子供と知っていて、僕に近付いたんだろう。同類だとか、なんだか色んなことを言っていた気がするけれど、全部嘘で、最初から計算づくだったんだ。)

 僕が信者の子だって、知っていたんだ。だって、確か、|照道《しょうとう》教は、信者同士でないと結婚できない。この翡翠園とか言う場所に、若い男性は見当たらなかった。せいぜいが、畑仕事をしていた四十前後の壮年男性くらいだ。瀬織さんは最初から僕を、ここにいる男よりもマシな結婚相手として、学校にいる間からずっと目星をつけていたんじゃないのか。だから学校で目が会うことがあったり、僕が死体を埋めに言ったときに不自然に目撃したりした。最初から、僕を男漁りの対象としてみていたんじゃないか。
 どうして? 彼女は近寄りがたいオーラを放ってはいたが、最初こそ言い寄る男は幾らでもいた。それに人員を求めての活動の一環ならば、近寄りがたいオーラはそもそも理にかなっていない。理由があるとするなら、選別したかったのかも知れない、人間を。
 何の選別だ?
 協力者が欲しかったんだ。テロ実行の。
 |照道《しょうとう》教は次のテロも計画している。何が目的のテロ行為なのかなんて僕にはわからないけれど、それが一番辻褄のあった話だ。

(僕は、実行犯として、リクルートされていたのか……?)

 ここで生活している人がテロリストのようには、到底見えなかった。
 畑で会ったおばあさんは畑仕事に第二の人生の意義を見出していて、ケバい化粧のおばさんも今昔のキラキラした世界を脱出した今のスナック経営が心地よいと化粧に似合わず穏やかな表情をしていた。ここなら安心して生活できると言っている人もいた。理由は色々だ、このひどく閉塞した共同生活空間に、それでも心地の良さ……もっと言うのなら救いのようなものを見出してここにいる人たちもいるみたいだった。それが|照道《しょうとう》教の教義とはあまり関係のないものであっても、このコミューンを成立させているのがこの宗教なのだとしたら、それは|照道《しょうとう》教が持つ救いの力だと言ってもいいのだろう。
 こんな風に慎ましく生きる人たちと、ビルの1フロアを吹き飛ばしたテロ行為が隣接しているとは、どうにも信じ難いものがある。昼間にあってきたどの人達も、爆弾を仕掛けて無作為に人を殺すことに手を貸すとも、賛成するとも思えないからだ。それとも、教義のためならするのだろうか。リストラされたおじさんは、前の会社の経営陣を復讐爆殺しようと思うものなのだろうか。華やかな水商売を引退したおばさんは、自分の後釜を爆殺しようと思うだろうか。ご主人を亡くしたおばあさんは、今幸せな夫婦生活を営んでる家を爆破しようと思うのだろうか。自分をを苦しめた両親を殺してやろうとかこんな自分の状況を見捨てた社会に復讐してやろうとか、思うのだろうか。

 ……思うに決まっている。だから、僕は、やったんだ。

 僕が壊した小さな扉は、廃墟の一室でしかなかった。その廃墟を飛び出すと、小さな光が飛び交うだけの巨大な闇が待ち構えていた。その闇を掻き分けて走り抜けると四方を山に囲まれた不気味に重苦しい夜が覆い被さって来るだけだった。
 夜の破壊と逃避行に、僕は段々と疲弊を覚えていたのかもしれない。あまりにも急な展開だった。最初に小さな扉(それでも僕にとっては大きく思い扉だった、少なくとも正規の手順で開けるにはお重すぎて破壊するしかないように思えたのだ)を壊してから、一月も経っていないと言うのに、あっという間に幾つもの夜の扉を抜け出してきた。全ての戸は結局もっと大きな闇の中に浮かぶだけの虚しい戸でしかなかった。
 その無謀な逃避に途中で合流した瀬織さん。羨ましい、なんて僕には分不相応な言葉を口にした彼女にも、抜け出したかった闇の帳があったのだろうか。あったとするならば、一体何なのだろうか、ここでは彼女は、まさしくお姫様扱いだというのに。そんなものはなくて、ただ僕はテロ実行役としてリクルートされただけなのだろうか。
 僕が今翡翠園に感じているのは、テロリストだというたった一枚のレッテルで闇の一味にされた、善良にしか見えない人達への同情とも反感ともその一色に塗潰すことの出来ない|凹凸《でこぼこ》とした感覚だ。
 それとも、彼女が抜け出したい宵闇を、僕がまだ見出せていないのだろうか。



§ § §



「下関戦争の連合艦隊のようには行きませんでしたねえ」
「相手はバケモノだからな、当時の日本が姫島で連合艦隊を迎撃しようとしたって同じ結果だったろう」

 冗談を言いながらでもないと危機感と不安感で押し潰されそうだった。冗談のつもりで言ったのに結果が同じと言うことに悲観が増して、言うべきじゃなかったと後悔する阪下。

「あの黒い靄が、〝ギンヌンガの衣〟って奴なのか?」
「順当に考えればそうでしょうね」
「順当に考えて、あれは何なんだ」
「……頓知がしたいんで?」
「そうじゃないがなあ」

 背後に新生火山とそこから流れる溶岩流を、更にその向こうには〝ギンヌンガの衣〟を置いて県道686号を西へ逃げながら、一之瀬達はしかしその小隊について深く考える余裕を失っていた。なんせそれが何なのかはともかくとして、触れてしまえば恐らく死んでしまうだろう事は間違いが無いし、当の〝ギンヌンガの衣〟の方は考えている余裕も無くそれは迫ってきているからだ。

「まあ逃げても死ぬのかもしれんがね」
「それこそ縁起でも無い事言わんで下さい、こっちは割と必死に走ってるですからね」

 遙か向こうに見えていたはずの黒い靄は、明らかに加速してこちらに向かってきてる。明らかに雷雨を引き起こす黒い雲がみるみるこちらに向かってきている、あの感じを更に早送りしているような感じだった。県道686号を移動しながら、まだ見える海面には、不自然な引き波が起こっていることが分かる。海岸線が、海の方向に向かって移動しており、ちょっと前まで浅瀬だったところは湿った砂浜になっていた。

「やっぱブラックホールの亜種なんじゃないですか? 海水が吸い寄せられてるみたいですけど」
「もうなんだっていいっス、30分後に死ぬか生きるかの瀬戸際で3時間後のことを気にする余裕なんか無いっス」
「至言だな、流石刹那的に生きてる仲原の言葉は重さが違う」
「なんか馬鹿にされてる気がするんスけどぉ!?」

 小さな島とは言え、達磨山第二高地は走ってもそこそこ時間のかかる距離がある、自動車が必須という島のサイズではないが、精々自転車は欲しくなるような、そう言うレベル感だ。島民は今島外に退避しているが、島民はどうしても必要な場合にカーシェアをしたりしているらしい。こんなことなら車の鍵も接収しておくべきだったのではないか、と一之瀬はしょうも無いことを考えていた。

「2000フィートって何メートルだっけ、600メートルくらい?」
「アホみたいに島の上まで来なければ、逃げ切れるかも知れないですね」
「そう願ってるよ」

 仮に少々ルートを変更したとしても目的地が依然宇佐なのであれば、この島を全て半径600メートル程度の範囲で塗り潰してから行くことには合理性が無い。島の西側或いは北側にいれば、見逃してくれるような希望は確かに残っている。

「温泉ってあれっスか」
「生憎寄っていく時間は無いな」

 仲原が指さした方に、北側の海を背景に立った、「拍子水温泉」の看板が見える。北上ルートを向かっていた部隊が県道686号に入るために引き返して来ているのも見えた。
 他のメンバーが北側の海と温泉の看板を見ている間、一人後ろを気にしていた山神が、声を上げる。

「な、なんすかあれ」
「えっ」

 振り返り、一之瀬達が想像したのは〝ギンヌンガの衣〟を纏った|闇龗《サンダーインザダーク》がもうそこまで来ていることだったが、そうではなかった。

「あれ、|闇龗《サンダーインザダーク》じゃないっスよね」
「変身と瞬間移動を同時に使うんで無ければ、別物だろうな……」

 見えたのは、浮田に生えた新生火山の中腹に幾つもある火口から未だに流れ出している溶岩流と、その中から這い出してきている、黒い蛇だった。よく見れば極々短い足がありそれは蜥蜴だと言うことが分かるが、一之瀬達の距離からそれを知ることは難しい。脚としての機能は満たしていないらしく蛇と同じように身をくねらせ滑るように動いて、自衛隊員が後退している道なりを這いずって追って来ていた。

「浮田の大蛇って伝説じゃ無かったんっスかあ!?」
「|比売語曽《ひめこそ》様に聞いてくれ」
「ひめぇ?」
「浮田の大蛇を生き埋めにした張本人だよ! うわ、こっち来るぞあれ!」
「あれは……|神妖《かみさま》、なのか?」
「一度に2柱だって?」

 一之瀬はHMDに付属した簡易カメラ機能を使ってその姿を撮影して前站に送る。大した性能は無いが、簡単な分気軽に使えるため、簡易な情報伝達には重宝する機能だった。下手な偵察デバイスよりも使用頻度が高い。

―おい前站、|神妖《かみさま》ふたりたぁ聞いてないぞ!? |送れ《ENQ》
―|こちら第一前站甲3隊担当《ACK》。|闇龗《サンダーインザダーク》の接近によって出現したことから、それは|被造神《ピクチャ》の可能性があります。
―ぴくちゃ?
|創造主《デザイナ》によって出現させられた、別のバケモノです。他の例には、諏訪に現れた|樹四御柱《プラスティックスティックス》と|鳳壊片《アインハンダー》の関係があります。

「佐久コンプレクスは基地であると同時に|樹四御柱《プラスティックスティックス》の封印施設と聞く。送っただけでは配下の被造神が収まらないからだといわれれているな」
「とにかく逃げるしか無いか」

 至近白兵交戦は想定されていなかったが一応全員武装として各々の得意科目な銃を持ってきている、荷物を捨てて逃げるよう指示があったが、銃が荷物に含まれるかどうかの判断はそれぞれになったため周囲の部隊でも持っている部隊と持っていない部隊がいる。一之瀬の分隊は、銃を保持していた。一人は通信機なんかも一緒に持って逃げていたせいで銃を捨てる気にはならなかったということだろう。
 が、通常の兵器があの|神妖《かみさま》に通用するかどうかは、疑わしい。

―こちら第一前站指令。甲全隊へ通達。姫島東部浮田付近に|被造神《ピクチャ》が出現。偵察機からの情報では非常に高い体温を有しており、接近は危険とのこと。

「そりゃあ溶岩から這い出てきましたからねえ。っていうか体温如何に関わらず|神妖《かみさま》に近付くのは危険だと思いますけど」
「通信手は有能なのに指令が毎回ちょっとズレてますね」
「まあ溶岩から這い出てきたのを見ていたのはまだ俺達より東側にいる分隊だけだろうしな、そう責めてやるな」

―本営からの指示。当該不明破壊活動主体を|被造神《ピクチャ》と断定する。当該不明破壊活動主体は、約時速20キロメートルで移動中。甲隊は退避行動を続行、達磨山第二高地を目指して各個後退。|以上《LF》。

「あいつは|闇龗《サンダーインザダーク》の子供みたいなもんなのか?」
「そういうことでしょうねえ」
「〝でしょう〟じゃねーよ、こんな狭い島の中で|神妖《かみさま》と暮らすなんて無理な話だぜ。」

―こちら第一前站甲3隊担当、甲隊へ。|被造神《ピクチャ》が現れた以上、|闇龗《サンダーインザダーク》はその場所へ、少なくとも〝ギンヌンガの衣〟を展開することは無いと思われます。ご安心下さい。
―あんしんするかー!

 走りながら地団駄を踏むとかいう器用な真似を見せる阪下。|闇龗《サンダーインザダーク》がここに来ないだろう事は確かに安心材料だが、今度はあの蛇だかトカゲだかをどうにかしなければならない。

―市街地には観光用の超小型電気自動車が幾つか残されていて、起動することが出来ています。
―|全員乗れるのかよ?《ENQ》
―……|無理でしょうねえ《NAK》

「全滅よりはいいだろう、誰が乗るかは市街地に着いてから考える。単に楽に逃げられるだけで全員なんとかなりました、が理想だがな。」

 情報通り、そんなに移動速度が速いわけでは無さそうだった。徒歩や走行では無理だが、車があれば逃げ切れるだろうか。ただ、限られた何名かが車を使おうにもまずは市街地に行って車を回収しなければならない。前站の誰かにデリバリーさせる訳にもいかない。

「結局すべきことは変わってない。行くぞ……ん?」

 走り出そうとする一之瀬は、何か違和感を感じた。HMDに搭載されたカメラのズーム機能を使って蛇のバケモノを拡大する。大した拡大率は無いが、コンデジ程度の性能があるので若干遠くを見るのには使えないことも無い。そうして無理矢理に拡大した粗く切り取られた蛇のバケモノの画像の中に、妙な影を見る。
 バケモノと影の眉間に切れ目が入り、割れて開いた。その亀裂は溶岩の赤熱が輝く血液のように光っているが、更にその下から浮かび上がるように何か白いものが生えている。蛇の頭部には普通は無い突起だ。突起、と言うにはその形は。

「……人……女?」
「え?」
「あの蛇、眉間に女がくっついてるぞ」
「またまたー。一之瀬さん、私というものがありながら、|神妖《かみさま》に女を錯視するなんて、いくら何でも飢えすぎっスよお?」
「お前というものがあってもなくても関係ないわ」

 他のメンバーにいちいち見せて回る余裕は無い、一之瀬は分隊員から正気を疑われながら走る羽目になる。でも、と切り込んだのは椙山だった。

「|神妖《かみさま》ってのは人間の女を中途半端に使った姿を好んで使う傾向があるようですね。そうでない|神妖《かみさま》の方が記録に少ないみたいです。」

 真っ黒く染まった蛇の眉間から生えるように現れたのは、青白い着物を着た、肌の白い女性の様に見えた。白い人型部分は、大きさも普通の人間と同じ程度に見えるが、トカゲが真っ黒い姿をしているのに対して真っ白いその部分はその姿だけが鮮烈に浮かび上がって見える。見えているのは、一之瀬だけだが。

「ああもう、いい、さっさと逃げるぞ。一応銃は捨てずに持っていけ」
「「「了解」」」
「20キロって逃げ切るの無理なんじゃ」
「それでも逃げるんだよ、神様が助けてくれるかも知れないだろ」
「アレが|神妖《かみさま》っスぅ~!」

 徐々に距離が詰まっていく。蛇の姿は誰でも見えるサイズにまで迫っており、落ち着いて立ち止まれば
 一之瀬のいる一三分隊よりもまだ東側にいる部隊が、蛇のバケモノと不期遭遇戦を行っている。複数の発砲音が聞こえた。

「始めたな、銃が効くのか?」
「どうでしょう。合流して迎撃しますか?」
「いや、退避が……えっ」

 退避命令に従い、交戦を避けようとした一之瀬達が見たのは。発砲していた部隊が地面から生えた灰色の突起物に串刺しになっている姿だった。
 交戦前提ではない配置だったが、装備として防弾アーマーは着込んでいる。だがそんなことは関係無しに、部隊員は次から次に、地面から突然生える鋭い突起物によって貫かれていた。立ち止まっている人間には見事に股の下から、逃げ惑う人間には丁度その進行方向から斜めに突き出すように、その突起は目視では回避できない速度で突出し、防弾アーマーごと貫いていた。

「う、あ、わっ!」
「ひいっ!!」

 銃を構えて応戦していた部隊は、早々に迎撃を諦めて逃走を始める。だがそれを一つ一つ刈り取るように、突起物は正確に人間を貫いていた。
 多くの部隊が残留していたわけでは無いがそのほとんどが一瞬のうちに脚を地面から離し、《《自分の動体で体重を支える》》ハメになっている。ヴラド公がしたという串刺し刑はさもありなん、ただの蛇とは思っていないが蛇がするような攻撃とは少し思いづらい。だが目の前に繰り広げられている血池肉林を見て破壊活動に自然もクソも無いと思い知らされる。
 よく見ると、灰色の突起は、突出と同時に煙を噴いているように見える。それは煙では無く水蒸気で、突出には熱湯を伴っている用だった。

「う……あ……」
「たすけっ ぐげっ」

 灰色の突起物が地面から突き出す前兆として、僅かに熱水が沸き水蒸気が噴き出している。だが、実際に追いかけ回されている人間はそれに気付くことが出来ていない。

「うっわ……温泉のつもりかよ」
「あ、足下を見ろ、直前に湯が! ああ……」
「聞こえてません、声と銃声で届いてないようです」

 人の足下から樹木のように生える突起物は、本当に林のようにその数を増していく。逃げ場を失った隊員は為す術もなく一人また一人と串刺しになって宙に浮き、血を零しながらその木の上に引っかかる形になっている。
 頭や心臓を貫かれず運悪く即死を免れた隊員は、その突起物の上で、死にたくない、助けて、呻き声を上げて、しかしすぐに息絶えた。勇ましくも、あるいは正常な思考を失っているのか、自分の体をどうにかその突起物から抜き取ろうとする者もいたが自分の血で手元が滑り、若干抜けかけた体が落ちて更に深く突き刺さる結果になった。
 運良く照準がズレたのか体を貫通されなかったものも、手足を掠めて機動力が落ちたところを結局貫かれている。片足を突き刺されて転倒した者に向かっては、二、三本の突起が同時に現れて突き刺さり、持ち上がったときには重さに耐えきれずにしたいが千切れ地面で無惨な肉片となった。

「足下だ、湯が噴き出したら注意しろ!!」

 一之瀬の言っている意味を理解した隊員の内何名かは回避を試みるようになった。実際に巧くかわし続ける奴もいれば、見落としによって結局貫かれる者もいる。

「うわ、うわああああっ!!」

 足下の異変から突起物の出現があると気付いたものの中には、パニックに陥ってその熱水噴出に向かって発報している者いる。幸いなことに、そうして銃撃を受けた場所の突起は現れること無く引っ込んでいた。だがそうして地面の一点を注視して銃撃を加えていれば、他の場所を見落としてしまう。足下に発砲している間に別の突起物に貫かれて息絶えていた。

「くそっ、なんだありゃあ……」

 簡易望遠でその姿を覗いていた一之瀬が見たのは、蛇の眉間から生えて現れたような人型部分が手を叩くような動作と共に、突起が現れている事だった。蛇の上の女が手を叩く度に、熱水と共に石の槍が突き出していた。
 手を叩いている間は前進が止まっている、射程の中に入った最後尾の部隊から順に削り取られるように死んでいた。逃げ仰せている者は、いない。蛇は迫ってきているが、その速度は……味方の犠牲によって低下していた。バケモノに近ければ近いほど突起物の突出密度は高くて早く遠い程、拍手のタイミングから遅れている様にも見えた。

「た、確かに人の姿がくっついてますね」
「ほらな? ってそんなことは今もうどうでもいいんだよ!」

 距離が縮まるにつれ、一之瀬以外にも蛇体頭部の眉間に生える人型部分が見えてきたらしい。
 蜷局を巻きがちにうねり動いている黒い蛇の上に、ふらふらと人形のように揺れながら手を叩いて熱水と石の槍を召喚する真っ白い人型がバンドルされたバケモノだということが見えてきた。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ、ってやるのは逃げてるこっちの役目なんですけどね! 手を叩いたら人が死ぬなんて、お手軽すぎますよ!」
「足下に変化があったらジャンプ、ミスると死亡、アクションゲームじゃねえんだよ!」

 県道686号を逃げ続ける自衛隊員。一之瀬の分隊も全力疾走で逃げる。

「ほら、水着ギャルが来ちゃったじゃねーか!」
「あれは水着では無いと思うっス、チェンジしたいっス!」
「お前直接チェンジって言ってこいよ、チェンジしてくれたらお前英雄だぞ!」
「勇気無いっスね……もう二度と来ない覚悟であの子に相手して貰……いやいや逃げるっス!」

―こちら第一前站指令。全甲隊へ。新規で発生した不明破壊活動主体について、報告する。下半身の黒い蛇体は珪素を主成分とした岩石が有機的に稼働しているらしいことが分かった。その頭部にある人型の白い突起物は人間と同じようなタンパク質を主成分としているようだ。
「みりゃわかる!」
「見えない人もいるんっス、堪えてくんさい」
―また、赤外線感知の結果、黒色蛇体部は溶岩由来の高温を保っているが白色人型部は人間の体温と同じ程度の温度とのこと。珪素が可塑性を持って動く理由、白色人型部への断熱の仕組みは不明だが、この二部位が対称の構成要素となる。
「みりゃわかる!!」
「堪えてくんさい~」
―本営の判断により、当該破壊活動主体の名称を|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》とする。|以上《LF》
「そのセンスばっかりはわっかんねえよ!?」
「これは堪えなくていいっス!!」
「災害に対して商標登録に引っかかりそうな名前を付けるなボケェェ!!」

 流石にこの命名には全員苦い顔である。これを愉快なギャグでこの場の緊張感をほぐそうとして付けているのなら、誰もが「お前の脳みそをほぐしてやるよ」と思ったこと請け合いだろう

「人が死んでるのに何て美味しそうな名前を付けやがる、本営ってやっぱクソだな」
「敵を食べて勝つって意味で、食べ物に敵の名前を付けることはままあることですけどね」
「勝てるのかよお!? あいつ殺すより本営のバカ共をぶっ殺す方が簡単なんだぞ、ア゛ア゛!?」

 珍しく取り乱している一之瀬を、全員が宥める。

「い、今はそんなことにこだわってる場合ではありません」
「そうですよ、ほら」
「とりあえず逃げるしか無いっス! これでも飲んで落ち着くっス」

 仲原が一之瀬に渡したのは、私品のドリンク剤。「マムシエキスドリンク 今夜も元気一発」。再び全員ドン引きである。

「……」
「あいつを飲み込んじゃうっス」
「なあ、何でこんなもん持ってんの?」
「こんなこともあろうかと♥」
「ハートは止めろ。ああ、有り難うよ、大分落ち着いたわ……」

 走りますよ、阪下が後ろを見ながら急かす。

「最後尾にいると殺されるってことですか? 他の仲間をより後ろに、あいつにタゲらせるって……」
「ちがう、攻撃範囲に誰も入らなければいいんだ。そのために逃げる、なすりつけ合いとかじゃ、ない」

 しかし実際にはなすりつけ合いに近かった。最後尾の人間から石の槍のターゲットになっている。最後尾の人間が運良く回避し続けている限りは、|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》(馬鹿馬鹿しいネーミングだが)は足を止めて石の槍を生成してそれを殺そうとする。逃げ切れずに死んだとき、次のターゲットを求めて前進を始めるのだ。
 一人死に、新しく最後尾になった人間は必死の形相で一つ手前の仲間を追い抜こうと走る。

「い、いやだ、いやだ!」

 足下に熱水が沸いたのを見計らって大きく跳躍すると、石の槍が空を貫いた、かわした。

「やった! かわした、これで、この調子でいけば」

 足の速さの問題か、最後尾の隊員はその一つ前の隊員を追いかけるも抜くことが出来ない。その間、何度か奇跡的に石の槍の回避を続けている。

「い、いける、このまま、このまっ……」

 だが何度か跳躍を口返している内に、全力疾走と跳躍を組み合わせた疲労から、着地したところでバランスを崩して転んでしまう。

「あ」

 転んで立ち上がりもう一度走り出す、そんな隙を与えてくれるはずも無く。転んで横たわった腹の下から背中に向けて、思い切り槍が貫いた。何度も跳んでかわしていたのが|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》の気に食わなかったのか、貫通確定となったその一度に、3本も4本もの石の槍が突き出し、彼の体はは串刺しと言うより切断されて転がった。体が2つか3つに千切れ息絶える直前に、上半身と頭だけになったからだが「どうして」と漏らし、間もなく動かなくなった。

「なんでかわし続けないんだ愚図がぁぁぁーーーッ!」

 その一つ前にいた男が叫ぶ。彼は今息絶えた男の同じ分隊所属で、上官だったらしい。

「クソ野郎、死ぬ直前まで無能かよ! 最後くらいもっと粘って役に立って見せろよ!!」

 彼の死で自分が最後尾になった男は、自分の直前に死んだ男を罵倒し続ける。足下に熱水が噴いたのを見て、なんとか回避する罵倒男。

「ひ、ひいっ、くそおっ!」

 火事場の馬鹿力とでも言うのだろうか、急速に速度を上げて更に前の男に追いつく。

「うっ」
「お、お前が最後尾だっ!」

 そのまま追い抜こうとしたとき。

「えっ?」

 追いつき抜こうとした男は突然転倒し、再び差が広がった。追いつかれた方の男が、追いついてきた男に脚をかけて転ばせたのだ。

「ふっ、ふざけんな、ふざけんなこの野郎っ!!!! このやっ」

 ぞぶっ

 男の体は、この野郎、を言い終えることなく血をまき散らして宙に浮かび上がった。
 今度はそうして脚をかけた男が、最後尾だった。

「はっ、はっ、はっ!」

 最後尾になった男は、事もあろうに前を走る仲間に銃を向ける。

「ば、馬鹿野郎、何のつもり……」

 そして、発砲した。

 ぱぱっ! と自動小銃特有の軽快な破裂音が一つ二つ響いたところで、男の前を走っていた別の分隊員が、転倒する。男は脚を狙って自分の前の人間を転倒させたのだ。

「あ゛あ゛っ……! お゛おおっ! き、きさま」

 脚に銃弾を受けて転んだ男は、自分が串刺しに合うことを最早覚悟したのだろうか。自らの銃を拾い上げて、自分を撃った男に銃口を向ける。最早、お前も道連れだの仕返しの意味しか無いのだろう。が、その銃を放つ前に、石の槍が体を貫いた。発砲はしたものの銃弾は地面へめちゃくちゃにまき散らされて終わった。

「へ、へへっ!」

 前の人間の脚を撃って時間稼ぎをした男は、更に逃走を続けようとするが、その表情が驚愕の色に染まる。
 前を行く3人の隊員が、男に向けて銃口を向けていた。

「「「止まれえええっ!!!」」」

 止まれと言われて止まるわけにはいかない、だがきっと止まらなければ撃たれる。そう思った男は銃口を向け返し……三人からの銃撃を受けて沈んだ。走りながらの銃撃は二度目はうまくいかなかったのだろう、全く誰にも当たること無く空を撃ち、そして倒れたところを串刺しになった。

「なんてこと」
「試されてんのかよ、この状況」

 浅ましい、だがこの状況を誰に責めることが出来る。全員がそれぞれ生き延びるために精一杯の選択をしている。団結して立ち向かえば倒せるという相手でもない、道徳的な行動を規律を乱さない行動を正義を貫いた行動をすれば、全員で助かるなんて状況でも無い。それならば強い者賢い者が生き残るのが、当然だ。
 それでも、愚かな選択をする正しい人間というのはいるのだろう。

「……俺、無理です、こんなの! 先に行って下さい!」

 山神が足を止めて後ろに向かって発砲を始める。結果的に仲間を犠牲にしながらでないと逃走出来ないという状況を許せなくなったのだろう。破れかぶれで、|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》に向けて発砲していた。

「馬鹿野郎、効果があるか分からないんだぞ!」
「それでも……無理です、こんな中で逃げるのは!」

 山神の決心は、その場の気の迷いに違いは無かったかも知れないが、固いようだった。走りながら振り返って発砲するのでは無く、足を止めて後ろに向いて模範的な射撃体勢を取っている。

「ああもう、お前にそうやってかっこいい面をされると、こっちも引っ込みが付かないだろうが!」
「そういうの抜け駆けって言うんだぜー」

 阪下が、椙山が、それに他の部隊の何名かが、逃げる足を止めて反撃を始めた。

「ああもう、いい子に育っちゃって!」
「一之瀬さんの教育の賜物っスねえ」

 仲原と、一之瀬もそれに加わる。他の部隊の人間も合わせると20名弱が、敢えて殿兵を選んだ。

「勘違いするなよ、クソ共。犠牲精神は美しくない! ゆっくりでも後退を続けろ! 足は止めずに、退却戦を行う! 俺も残ってやるから感謝しろ!」
「二層に分かれろ! 前線は回避を忘れずに目標を攻撃。後列は、前列の足下に生じる熱水孔を撃って突出物を制圧しろ!」

 一之瀬と、もう一名分隊長クラスが残っているようだ。

―前站、こちら一三隊の一之瀬だ、ポイントゴルフの手前で、|被造神《ピクチャ》……ええと、|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》?と遭遇戦に入った。 既に分隊単位の組織的作戦行動が取れていない。この場にいる18名で、遊撃的遭遇退却戦……と言ったら聞こえはいいが、精々の足止めを行い、他の隊員の退避を支援する。|送れ《LF》
―|こちら第一前站甲3隊担当《ACK》。無茶です。敵の能力の把握も出来ていないのに、18名程度で押さえ込める筈がありません。総員全力退避して下さい。
―その退避が無理だから、やってんだよ。お前らだって、未だにそこに残ってるのは、そういうことなんだろう?

 それとこれとは、と通信機の向こうの声が言い淀む。

―こっちではもうキメちまったことだ、覆らんぜ。|ほいじゃあな《CSI》。

 言い捨てて通信を終えた。一之瀬。

「敵勢力不明点多数、白色人型部を暫定〝幹〟と見做す。前列隊は白色人型部を攻撃。後列は常に前列の足下を制圧射撃」
「味方の足下を制圧射撃なんて、訓練じゃやったこと無いぜ」
「そうだ、お前等の腕が試される。失敗すりゃ味方の脚を吹き飛ばすぞ。」
「ヒエッ、でも……腕が鳴るな。武者震いで狙いがブレたら済まんな!」
「それは勘弁しろwww」
「制圧射撃っつっても、撃ち続けるンじゃ無くて、言っちまえばモグラ叩きだろ。大丈夫だって」

 全員に、焦りの表情が浮かぶその隅に、どこか目が据わった不気味な落ち着きも混じっている。覚悟なのか、統制なのか。ここに及んでは分からない。

「作戦開始だ。撃て!」

 前列に立った隊員が発砲する。さっきの統制の取れていない本当の意味での不期遭遇戦とちがい、しっかりと狙った射撃は正確に|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》の頭部に生えた人型部分を打撃する。
 弾丸を受けた白い人型部分は不意に向いた攻撃をもろに食らって弾丸を受ける形となる。

「……効いている!?」

 白い人型部分は、銃弾の雨を受け、命中した箇所からはマグマの様に赤く輝く液体を撒いて悶えた。まるで射撃を受けて出血している様に見える。

「効果あり!! 続行だ!!」
「へっ、ざまあねえぜ! 自衛隊舐めんなよ!!」
「NMB49、案外よく当たるじゃんか」

 一度被弾した|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》の白色人型部は、人の手のような形状部分を更に扇状に拡大し、それを前に出して身を守るようになった。防御姿勢を取っている間は拍手せず、速度を落としてじりじりと前進してくる。

「いいぞ、想像以上の効果だ。あいつが拍手をしたら発砲しろ、石槍は制圧」
「俺か、俺がくたばったら一之瀬の合図で、前列は後列の後ろへ後退する、間隔は50メートル。それを繰り返しながら後ろに下がる。後続が誰もいなくなったら、この殿軍から2名ずつが離脱して全力退避に移る。弾は置いてけ。離脱する奴を選ぶのは一之瀬だ。いいな」
「えっ、俺?」

 了解、の声が立ち上がり、一之瀬も後に引けなくなった。

「私、前行くっス」
「待て」

 前に出ようとした仲原を、一之瀬が制止した。

「仲原はあれを見てこい」
「えっ?」

 一之瀬が指さす方には、民家。そしてその軒先にはスクーターが一台置かれていた。

「こういう田舎じゃ、鍵が差しっぱなしなんてことがあるかもしれん」
「でも、もし動いたとしても……一人で行くのは嫌っス。だったら一之瀬さんが」
「3分前ならそうしてたかも知れんが、殿兵のまとめ役を押しつけられてそういうわけにはいかなくなった。まあ誰が先に行ったって同じだろ、素直にレディファーストを受け入れろよメスゴリラ」
「レディなのかメスゴリラなのかはっきりして欲しいっス……」

 冗談で言ったつもりだったのだろうが誰にとって笑えるのか確かに疑問だった。実際に言われた本人は複雑な表情をしている。

「|黒妖蜥と白玉姫《シロノワール》に新たな動き在り。尾部に、赤光……射出されました!」
「わっ、矢、なのか、これ!?」
「命中精度が低い、構うな!」

 前列から戦況の変化を告げる声が聞こえた。尻尾の部分に赤い光を放つ複数の棘が生え、それが空に向かって放たれる。それは矢のように飛び放物線を描いて地面に突き刺さる。当たれば一溜まりも無いが、野球のフライの様なものだ、見ていればかわせるだろう。注意すべきは矢の方を注意している間に、必殺の拍子槍が飛び出すことだ。それをやられたら……正直運になるだろう。

「|神妖《かみさま》はどんどん変化する、向こうにも知能があるのかも知れないな。今抑えられても、1分後には通用しないかも知れない。」
「私、やっぱり」
「はやくしろ!」

 矢をかわしながらなんとか隊列を保ち、石の槍を抑え付けながらじりじりと後退する、しかもそれは決して封殺したわけじゃ無い、こんなのは、銃弾が持つ間だけだ。部隊のジリ貧な状況を見て、仲原が一人退却することに躊躇を見せる。だが一之瀬はそれを、一喝して弾いた。

「せ、拙者、このご恩は一生忘れません」
「何キャラだよそれ。まだ動くとは決まってないからな」
「そういうのを、業界用語で〝フラグ〟って言うんっス」
「|手榴弾《フラグ》?」
「ちがいますー!」



§ § §



 体育館のような建物は元はこの一帯がリゾート化の計画を持っていた頃には宿泊客向けの複合運動施設として使われる予定だったのだという。だが今ここに観光客はいない。

『主、此く宣らば。
 天津神の高天原より神磐座に依さし奉りし八百万神等在り。
 高山の末、低山の末より佐久那太理に落ち多岐つ三位。』

 広い空間はまさに体育館の様相を示している、特に天井の高さや張り巡らされた梁、それに入り口から向かって正面にある敢えて高く作られた空間は、ステージさながらだ。床は板張りだが、経年により新しさと同時に光沢を失いかけているの事は否めない。ボールの衝突からガラス窓を護るために金網をはめ込まれた窓も、その金網は防具と言うよりは蜘蛛の住まいになっていた。今は灯っていないが高圧水銀灯も今や滅多にお目にかかれないレトロな照明器具だ。
 建造物のと口調を切り出しそれに着目するのならば確かにそれは体育館なのだが、壁やステージの段には、体育館らしからぬ装飾がある。旭光を描いたような放射形の線に中央で抱かれるのは太陽を示す丸ではなく、三日月の形をしていた。それ以外にも細かく入り組んだ細密な模様の垂れ幕が下がっている、その文様はキャラクタライズされ規則的に並んだ植物の蔦や炎の輪郭、波の形、円や点、短い線で形成された縞模様の密集、まるで土器か何かに刻まれたようなティピカルに古代を感じさせる文様だった。月光図と縄文的文様があちこちにレリーフされているせいで、ただの体育館のような空間は一気にいかがわしい雰囲気を漂わせる場所のように見えていた。

『早川の瀬に坐す瀬織津比売と伝ふ神、宣る。』

 そのオカルティックな空間へ改造された体育館に、整然と並んだ人の姿がある。姿こそバラバラで統一感がないが、いずれもそこそこ歳を経た人物ばかりのように見える。無理もない、この園でにはもう、若者と言われる人間はいない。最盛期こそ多様性のある様々な信者がこうした場所に集まりたとい歪んでいようとも活気の元だったが、今はそれさえ望めない。残された者はこの場所から踏み出すことを止め、そのまま年老いているのだ。この場で足踏みをして前進することなく、閉ざされた狭い洞窟の中でその外の広さから目を背け続けている。若者のない社会には閉息した世界が似合いなのだろう、このように。

『種種の罪事、罪と伝ふ罪は在らじと科戸の風の天の八重雲を吹き放つ事の如く
 太祓に祓へ給ひ清め給ふ事を諸々聞食せと宣る。
 磐根樹根立草の片葉を語止めて天津祝詞の太祝詞事を宣れと。』

 体育館に並ぶ人間達は、声を合わせて何か経のような祈りのような声を合わせている。彼等がある種の社会的離脱により、こうした忘れ去られたような村へ肩を寄せ合う様は、ある種で異様なものだ。決して社会生活を送る上で致命的な何らか障害を抱えたわけでもなければ、本質的には社会生活を離脱する程の強い不適合があるわけでは無いにも拘わらず。そうして一心不乱に唱える呪文のような声は、このいかがわしげな空間を充溢していく。彼等は何を祈るのだろうか、もう諦めたからこそ世捨てしてここにいるというのに。彼等は何を望むのだろうか、もう諦めたからこそ厭世してここにいるというのに。その問いに合理性のある答えなど返ってくるはずもない。だってここは、言葉が通じ意思の疎通も可能で理性と知性を残しているだというだけで、確かに狂気の集落に違いないのだから。

「観月様」
「真にて唯なる天照」
「貴き導師」
「神聖正統の王の娘」

 〝人〟というのは不思議なもので、ひとりひとりを個別に評価するならそんなことはない、むしろ好ましい人ばかりでさえあるというのに、それが多く集まりゲシタルトをなし〝人〟ではなく〝人間〟となると、その構成要素個別(つまりひとりひとり)とは似つかない性質を示す事がある。つまり、観月はそうした〝人間〟が嫌いだった。嫌悪感を持ってそれを見ている。一人びとりと相対する時には全くそんなことは感じないのだが、今こうしているときのようにステージの上からこの集団を見下ろし一つのゲシタルトとして見做した場合に、彼女はこれを

(気持ち悪い)

 と思っていた。一人びとりの顔を見て、いっこの人間として会話を成立させた至って日常の光景を思い出して、辛うじて嫌悪感を飲み込み腹の内に封じている。それでもステージの上から眺める全体、集団、塊、その統合されたゲシタルトを人間を見るに、胃の奥に酸いものが湧き上がるのを感じる。
 自分に課せられた檻のようなものを何というか。運命と言うのかも知れない、出生と言うのかも知れない、使命感と言うのかも知れない、同調圧力というのかも知れない、ナルシズムというのかも知れない、全体主義というのかも知れない、空気感というのかも知れない、血というのかも知れない、いずれであっても、そんな呼び名のことなどどうでも良かった。瀬織観月自身にとって、それは言葉によってラベリングされる意味など無い意味なのだのだ、こんな圧迫感に名前を付けたところで誰にだって理解されたりすることは無い、瀬織観月はこの感覚と意味を瀬織観月に向かって理解できる意味として保持できていれば良かったのだから、それを言語化する意味など全くなかったのである。

「聞け。」

 元彼厳粛な空気が漂っていた空間に、一層の静寂が上塗りされた。
 瀬織観月はいつものように猫を被った―それは猫は猫でもライオンの方だろう―様子でステージの上からその下に並ぶ人間達を睥睨して、声を発する。聞け、言葉ひと言で、全ての人間が一瞬の内に、しんと静まりかえった。その目は一つの例外もなく観月の方を一心不乱に見つめており、まばたき一つさえ厭う空気がノリの利いたシャツのように張り詰めている。その中には、和気と呼ばれた人物や風間と名乗った人物も含まれていた。

「日の御子と月の巫女の対立は未だに続いている、戦いは終わっていない。今、この国は日の御子の子孫に牛耳られ、我々月を奉る民は不当に低い立場で虐げられ続けている。我々の神は名ばかりが存在する空虚な存在に貶められている。不当である、この国は、元々は我々月の民のものだ。」

 そうだ、その通りだ、と言った強い同意の声は返ってこない。だが返答のない事は統制が弱いことではない、既に意思が統一されており、強い語調で統合や同一を叫ぶ必要がそもそも無い集団なのだ。規律の整った軍隊の印象に近い。
 それぞれは無駄に声を上げること無く、ただ揺れることのない輝きを湛えた眼差しを、壇上の瀬織観月へ向けていた。

「父は我々の為に、宇佐に残る〝月の民〟のルーツを探っていた。父も、そして私もその〝月の民〟だからだ。|月読尊《つきよみのみこと》という誤謬で上塗りされ封印された我々のルーツを取り戻すことに心血を注いだ父は、しかしいよいよそれを成し遂げることが出来なかった。考古学的観点からの物的保管として物証を押収され、手がかりの残る遺跡は立ち入りを禁じられ、有用な書物は閲覧を禁止され、時には全く関係の無い冤罪容疑で勾留までされ、国家ぐるみの妨害を受けていた。この国は、現天皇の血統を純血化し正統化するためにあらゆる手段を使って、そのほかの血統との関係性を隠蔽し続けているのだ。もはや天皇制には国体を左右する政治的意味は無いとうのに、民族的なルーツの多様性を認めない旧態依然とした体制から変わろうとしない。この世界は、我々にとって閉ざされている。この国の体制こそ、我々月の民が押し込められた天岩戸なのだ」

 それを一身に受け止める瀬織観月は嫌悪感をかみ殺しながら、その視線をはねのけより強い存在であろうと鎧を着込んで、或いは刃を振るっている。虚しいと思いながらも、自分ではそれ以外の価値を自分に見いだせていないからだ。

「我々|照道《しょうとう》教は、|天照大神《アマテラスオオミカミ》を僭称する偽神によって、その代わりに天岩戸へ幽閉されて殺された月神|天照《アマテル》とその巫女|菊理媛《キクリヒメ》の名誉を取り戻し、我々のルーツをこのヤマトに再び布告するための、準備委員会である。」

 瀬織観月は、幼い頃から父によって暗示のように教え込まれた文言を、更に自分のために改変した演説で聴衆に訴えかける。最早その訴えを疑う者などこの場にはいない。
 彼に言ったことはただの比喩では無い、この村は、天岩戸なのだ。
 こんな行為、全く虚しいだけだと言うことは瀬織観月にも分かっている。だが、こんな虚しい行為でもしなければ、この洞窟の如き状況を突き破って外の世界に出ることが出来ないとも、思っていた。それは幼い頃から教え込まれた暗示では無く、幼稚さと未熟さ故にそれ以外に自分を担保するものが自分の中に存在していないという空虚さに支配されているからだと、自覚はあった。

(気持ち悪い)

 だが、その自覚があったからと言ってその|柵《しがらみ》から抜け出せる訳でもない。

(私もその〝人間〟だっていうのにね)

 ギリギリぶら下がり続けながらも「先進国」を維持する日本、その政治体制や治安はそう易々ひっくり返せるものでは無い。この場にいる300人足らずの人間で何が出来るはずも無かった。他日本各地にいる小さな道場の信者を集めても500人程度。新興宗教としても小規模で、革命と言われることを起こせるはずも無い。それも分かっていた。

「月神を尊ぶその心も、我が父の無念を想ってくれるその気持ちも、皆の気持ちは決して無碍にはしない、私はそのために産まれたのだから。私は、月の巫女の再来を体現する。月神|天照《アマテル》と、その巫女である|菊理媛《キクリヒメ》は一つになり、|瀬織津姫《セオリツヒメ》として、ここに再臨する。」

(何が、アマテル、だろう)

 ここにいる300名弱の人間は、かつては瀬織観月の父に、今は瀬織観月に神を見出して救いを求めている。だが、当の瀬織観月には、救いを求めるべき神がいなかった。信徒が人間であり、弱く、気持ちの悪い存在であるのと同じように

(私も、人間であり、弱く、気持ちの悪い人間だってのにね)

 自分を馬鹿にしてその場で大笑いしてしまいたい気分を堪えて、しかし瀬織観月は自覚している「下らない使命感」に従うしか道を見いだせなかった。
 両手を左右に伸ばし、皆の熱情と視線を一身に受け止めるような十字を描く姿勢で皆の前に立って見せる。強い意思を持ったように、見えるだけの意志の弱い女神。それが、今の瀬織観月であった。
 その脆弱な女神が、十字を描く姿で立ち、新たな名乗りを上げた。

「私こそ、皆の望んだ、|瀬織津姫《セオリツヒメ》である!」

 その瞬間、壇下の人間達は、それまでの熱を湛えたような静寂をいよいよ破り、叫び声を上げて腕を振り上げた。体育館のような空間全体を突き揺らすような、熱狂の叫び。人体以外の熱源も無いのに、室温が上昇したような錯覚さえある。それは、この場にいる人間が、心の底から瀬織観月を、|瀬織津姫《セオリツヒメ》という偶像を崇めて熱狂している証拠だった。

(何が、姫、だろう。バカみたい。気持ち悪い。)

 両手を広げ、その熱狂を体全体で受け止めながら、瀬織観月は深い絶望にいっぽいっぽと背を押されているような気分だった。もう後戻りできないとこに来ている、この名乗りも、おそらくは引き返せない階段を一歩上ったことになるのだろうと。
 それでも瀬織観月はそれを上らざるを得なかった、彼女には、そのほかに何も無かったからだ。自分を自分だと担保するための足場は、|瀬織津姫《セオリツヒメ》の依代としての認証しか得ていなかったから。

「父が為し得なかった革命を、私が引き継ぐ。場面は、佳境に入った。もうすぐだ。」
(私には、これしかなかった。これ以外に、私を保つための方法が)

 熱狂の声は、ずっと続いている。恐らく、|瀬織津姫《セオリツヒメ》を名乗った瀬織観月が十字のポーズで信者の前に立ち続けている限りは、ずっと続くだろう。

(そんなことに、何の意味も無いって言うのに。この場にいる全員、外の世界で生きていくのに失敗した負け犬。その穴を埋めるために、神様なんて空虚なものに奉仕する自分の姿を「ああ尊い」なんて慰めてるだけ。気持ち悪い。)

 喉元までこみ上げている酸っぱい感覚を抑え付けながら壇下の者達に演説をする、いっそこの場で吐いてしまって、もう嫌だと駄々を捏ね、あるいは舌でも噛み切ってしまえば楽になるのではと、片隅には思っていた。それをしないのは、弱さなのか強さなのか、瀬織観月は答えを出せていない。弱さに逃げてこの場所を捨てればいい。強くなってこの場所を飛び出せばいい。その逆も、結果は同じだ。一体、どうすればいい。何が答えなのか。

(私も、なんだけどね。人間、気持ち悪い。私、気持ち悪い。)

 瀬織観月は両腕を下ろし、皆を舐めるように睥睨してから、演壇に戻る。そして、皆が望む演説を、続けた。この演説は、いつもと同じ集会では無い、|瀬織津姫《セオリツヒメ》を名乗った事も含めて、大きな発表をする必要があったからだ。

「私は、力を得た。先の奇蹟を見たであろう。僭神|天照《アマテラス》の切り札である|日燧鏡《ひすいのかがみ》も、今は我々の手にある。その試験運用が、巷では隠蔽されて爆破テロということになっている。それは奴らが、コトを公に出来ないからだ。我々の存在を明るみに出すわけにはいかないからだ。」

(ねえ、国立。私、どうすればいいの?)

「そして私は|瀬織津姫《セオリツヒメ》となった、いずれその力も開花し、皆の期待に応えることになるだろう。月はもうじき力を取り戻し、日は月の数える下で隷従することになる。」

 それこそ瀬織観月の父、いやもっと以前から、彼女の血筋が延々と望み続けてきた、|天照大神《アマテラスオオミカミ》への復讐の姿である。信者こそ数百程度しかいないが、この日本には、殊北九州と故郷とルーツを失いそこから離散させられた挙げ句そのルーツを隠蔽された人々が、いわばディアスポラが、沢山いるのだと。その再結成と、ヤマト国体を取り戻すことが、

「これは、新たな世界の革命布告である!」

 〝人間〟が、|瀬織津姫《セオリツヒメ》の革命布告によって再度熱狂する。

(そんなこと、無理なのに。出来るはずが無いのに、この人達は見えていないのか。バカなのか。死にたいのか。……私もか。)

 ステージの袖に出て、そこにある身分の高い者専用(今は瀬織観月専用)の部屋に消える|瀬織津姫《セオリツヒメ》こと、瀬織観月。傍に寄ろうとする信者に、お疲れ様、と声をかけつつ、それを払った。

「しばらく精神統一をします。誰も入らないように。」
「そこで良いのですか?」
「|天照《アマテル》大神と|菊理媛《キクリヒメ》神は、常に|瀬織津姫《私》と共にあります。場所など問題ではありません。ここには、香も、蝋燭も、必要最低限の設備は整えてあります。」

 承知しました、と信者は下がった。その背が視界から消えたのを確認してから、瀬織観月は部屋に入る。そして部屋に入るなり、彼女は全ての部屋に鍵をかけて誰も出入り出来ぬようにして、部屋の灯りを消した。元々は舞台袖の設備室を待機部屋にしただけの部屋だ、窓は無く灯りを消せばまさに真っ暗だ。瀬織観月はその暗闇の中で、その場にしゃがみ込む。小さく膝を抱えて膝に額が付くくらい体を折り畳んで、真っ暗な部屋の中で、もっともっと小さく縮こまりたいと思う様に。

(何が力だろうか。こんな小さな世界を閉じることも、開くことも出来なくて。本当の、私はもっと本当の力が欲しいのに。)

 鍵をかけ暗闇に満たされた小さな部屋の中で、瀬織観月はしゃがみ込んだまま、まるでダムの堰が細い糸一本で吊られていてその糸がぷつりと切れたみたいに、泣き出した。

(助けて)

 顎が割れるくらいに力を入れて声を噛み殺し、そんな声も絶対に漏れはしない。しゃくり上げる吐息は噛みしめた歯の隙間から僅かに漏れ出していて、鼻を啜る音は聞こえなくなった、すぐに詰まってしまったからだ。
 求めるまま呼吸をすれば泣き声が出てしまう、肺を押し潰して、呼吸を圧縮して、声を殺して、瀬織観月は|瀬織津姫《セオリツヒメ》の圧迫を呪う。助けを求める声は、誰にも掬い取ってもらえない。自分で殺しきるしか無いと思っていた。

 彼に、出会うまでは。

 彼に出会って私は弱くなったと、瀬織観月はしばらくは思っていた。でも、それは弱くなったのではなくて、無防備になっただけだとすぐに気付いた。
 自分を助けてくれるかも知れない人。

(助けてよ、国立)

 でも、救いを求めてしまっていいほど彼が神様なんかじゃない事も、知っていた。



§ § §




「さいてーおとこ」どろりと溶けて消えたシオリの代わりに、雪像が溶ける様子を逆回しにしたみたいに生えたルーミィの服は、すっかり元通りの紅魔館メイド服に戻っていた。シオリが直したのだろうか。
 再度現れた彼女は、元からボクよりも小さな体を屈ませてボクの視界の下に入り込み、まるで下から逆様に見下すような冷たい視線を突き刺してくる。

「ルーミィ」
「なるほどねえ」
「ごめん、ボクは……」

 そうしてはいけなかったのだろうと思うけれど、耐えられなくて彼女の視線から顔を背けてしまった。

「なーるーほーどーねー? いきなりあんなことして、リグルらしくないと思ったんだよねえ。まさか、わたしの中のべつのだれかさんのことが、だいすきでわすれられないからだったなんてねー?」

 彼女の怒りは、ボクが全て受け止めるべきなのだろう、また、こんな風にしてしまって。ボクは一体何をしているんだろうか。

「まぁ、リグルって、おとなしいわりにヘンなとこでむちゃなことするよね」

 あはは、と笑ってそう言うルーミィだけれども、その笑顔に表情通りの意味が込められていないことくらいは、いくらバカなボクでも読み取れる。そしてその裏付けは、すぐに突き刺された。

「おやをころしたりね」

 目を細め口の端を上げて笑う表情は、笑顔ではなくボクを蔑んで睨みつける顔。「何か言い返して見ろ弱虫」の代わりだ。彼女は知っているのだ。この世界に《《持ち込んでいる》》のだ、どこまでの記憶を持ち越しているのかは分からないけれど。強い意志か、感情が無ければ、それは濾し取られて消えるというのに。

「……親殺しは虫の世界じゃ珍しくない」
「ふーん?」

 ボクも、何か、強い意志があったから、覚えている筈なんだ。自分のこととそれに、ルーミィの、いや……

「ふーーーーん? だから虫にされちゃったんだ?」
「……そう、かもね」

 そんなことではないと思う、ボクはもっと、もっともっと情けない理由で、この世界に逃げてきた。ボクが虫になったのは、いや、虫じゃない時期があったそっちの方に、宿命的な落ち度があったのだ。

「だいじょうぶだよぉ。わたし、ぜぇんぶわかってるから。リグルがしたこと、ぜぇんぶねぇ?」

 再び、少し、背筋が凍るような笑顔を向けてくるルーミィ。

「ねえ、〝りっくん〟?」

 わざとローリーがボクを呼ぶときの言葉を使うルーミィ。もしかして、本当はルーミィは、ボクを受容しがちなローリーを快く思っていない? ルーミィは本心では、ボクに、過去の清算をさせたいのだろうか。そうであっても、ボクには拒否する権利なんか無いだろう。

「べっつに、そうやってかんがえたらさあ、いまさらリグルにレイプされたからって、なんってことないよねえ。あのときとちがって、レイプのあとでころされちゃうわけじゃなし。それとも、《《ここでころしちゃう? わたしを?》》」

 そのせりふを、こんなときに、言わないで。

「信じてもらえないかも知れないけど、ボクは、償いたいんだ……|瀬織津姫《セオリツヒメ》。ボクは」
「はあ? だれそれ」

 と、ボクの言葉を遮って、ルーミィは言葉を割り込ませて来た。

「ねえ、だれ、それ?」

 だれ、と、ボクに問うているのに、彼女の視線はボクの方に向いていない、俯いたまま立ち上がって、一歩、一歩、と後退る。

「だれ?」
「ルーミィ、それは」
「だれそれって、きいってんだよ! このぐずヤロウ!」

 いきなり、彼女は顔を上げて、半分泣いているみたいな顔で、叫んだ。

「えっ」

 覚えているのなら、その名前で、ボクは彼女に償うべき事がある。シオリにも言われたことだ、キクリとシオリの共生体に、ボクは不名誉な責任がある。彼女もそれを、ボクに求めているからこんな風に言うんだ。そう思っていたのに。
 でも違った。
 ルーミィの足下から伸びる影が、太陽の方向に逆らってボクの足下に届いていた。その影が突然地面から立ち上がって柱のように突出してボクの腹を突き上げる。

「ぐ、げっ」

 お腹の中から、ぶちっ、と何か嫌な音が聞こえた。
 ルーミィの体はほとんど棒立ちのままだが、その足下から伸びた影法師は体の方の姿からは大凡かけ離れて不自然な形に拡大し、その上平面を突き破り立体を成している。その姿を持った影が強烈な殴打を繰り出していた。彼女の影は、彼女の手足同然、いや、ああして人の形をした部分より余程強靱な存在だ、それこそ、どっちが本体か分からない位に。
 不意に腹部を強打され、彼女の影法師に比べて全く脆いボクの体は、その一撃で中身を逆流させそうになり体を折り曲げてしまう。横隔膜が巧く動かず呼吸が出来ずにしゃがみ込んで、体を折ったまま酸性液に鉄の味が混じった液体を、口から吐き出してしまう。

「るー、み」
「そんなやつ、しらない。リグル、いまだれとはなしてるの? いま目のまえにいるの。だれにみえる?」
「る、ミィ、だよ」
「そぉだよ? せおりつひめとか、しらない。だれそれ? わたしにはかんけーない。」
「で、も」
「かんけーねーんだよ!!」
「ごっ、が、あ゛っ゛……! ぐぶっ」

 足下の影が、ずるりと膨らんでボクの足を拘束した。まるで石の中に捕まったみたいに足が動かせない。そうして固定されたところに影法師の黒い突出が左右から二つ飛び出してきて、左右交互に、ボクの体をでたらめに打ち付けてくる。倒れるわけにも行かず、防ごうにも精々両手を動かすくらいしかできない。左右から突き出してくる黒い塊に、ただただされるがままに打たれ続ける。
 痛い。けど、こんなのはきっと、

「づっ、あ゛、うぐっ! 」
「しらない、そんなやつ! リボンのなかにいるやつのことも、わたしがただの……いれもの」

 棒立ちのまま俯いて叫ぶルーミィ、その表情は、サンドバックみたいに殴られ続け、視線を一点に保つことが許されないボクからは、よく見えなかった。

「せおりつひめなんて、そんななまえ、すてた。すてさせられた。ここに来るとき」

 |天照《アマテル》と|菊理媛《キクリヒメ》を統合し一つの存在として認証されるために作り上げられたシオリという擬似人格、|瀬織津姫《セオリツヒメ》という概念。さらにそれが人々に忘れ去られ、幻想郷に入るときにラッピングされたルーミアという小さな入れ物。

「リグルは、そんなこともう、むしかえさないでくれると思ってたのに」

 ボクはそのグロテスクな創出に、関わってしまった。
 責任のつもり、ではなかったけれど、せめて……

(せめて、どうしてあげたかったんだっけ)

「っはは」

 乾いた笑い声が聞こえる。彼女は、笑っているのか。

「おぼえてんだね、ちゃんと」

 思い出せない。時が流れ過ぎた、なんて言い訳が出来るはずも無い。

「……そうやって、あさからばんまで、オナニーしてればいいじゃん。きもちーよね、ひとりのせかいでずっとひたってるのって? ずっとそのうすぐらいせかいのまんなかで、〝|ボク《I》〟をさけんで、ひとりでいきてればぁ?」

 影法師の徹底的な暴行で、瞼が腫れて目が開かない。唇も切れて声が出せない。触角も千切れて上下感覚が薄い。それでも彼女がボクを蔑む声が、その声に満たされた陰鬱な感情が、伝わってくる。
 彼女の言う通り、ボクはここを出る勇気も無いのかもしれない、結局ボクは彼女を救い出すことなんか出来なくて、彼女を殺してしまっただけだ。

「ヒダリムキの、さいてーおとこ」

 恨みの声と共が注がれた後で、唇に、柔らかい感触が、重なった。



§ § §



 色々とあったが、そんなこんなでフジワラとKの2人がのったらのったらと、索道を見上げたり遠くに辛うじて街の光を眺めたりしながら山道を歩き詰めて(歩いていたのは1人だけだが)たどり着いた、鳥居のお陰でようやく神社の体を為す洞窟。フジワラは前に差し出し軽く持ち上げた手を軽く下に垂らすように掌を斜め下へ向けたまま歩いている、そして泡立つような音を立てながら細かく火花を散らし白く眩い光が、掌からぶら下がるように常について回っている。テロ現場で見せた照明火球だが、洞窟の広さと換気を気にして今はその規模を抑えている。

「なあ、K」
―なんだ?
「古今東西しようぜ、しりとりでもいい」
―……なにいってんだ?

 洞窟の中は存外に広い、女性としては比較的長身のフジワラが天井に頭をぶつけること無く普通に歩いているし、人二人程度ならば並んで歩けるだろう幅もあった。真夜中故に光はないが、昼であってもさほど変わりはしないだろう。
 結局そういうことがあって、二人?は宇佐くんだりまでやってきたのだ、自費で。唐島からの交通費支給はなく、依頼の達成の時に払い戻しがあれば幸い、程度の希望しか残されていなかった。まあ頭上の声が言った通りフジワラは「昔」のように貧乏な生活を強いられているわけではない、他に幾つか理由はあるにせよ、あんなボロの事務所から動かないのはあの改竄履歴アーカイブの移転が面倒だからであるし、それに引っ張られて事務所の内装をどうのこうのとする気にならないからだった。
 それにしても、古今東西でもしりとりでも、しようと言い出したのは何もフジワラが狂気に囚われたから、ではない。

「もう歩き飽きたんだよおおお! 外より長い洞窟ってどうなってんだよこれ」

 急に地団駄を踏み始める。やはり狂気かも知れない。

―知らん、器用に折り返してるんだろう
「そんな馬鹿な話があるかよ、もしそうなら国土地理院は何をやってるんだ、これが現実の地下空間なら世紀の大発見だぞ」
―まあ、まともな空間ではないだろうな。来る時にくぐった鳥居だって、どこに通じていたのやら
「おっかないことを言うない」

 炎を手の中に握りながら、たらたらと空洞に沿って歩き続けること既に何十分にもなっている。方向は既にわからない、洞窟は大きく緩やかに曲がり、登ったり下ったりを繰り返している。山体の内部をどのようにか歩き回っているらしい。
 フジワラの掌の中に有るマグネシウム炎然とした閃光は、洞窟を不自由のない明るさに照らし出しているが、それでも見えるのは「向こうで曲がっているな」か「また登りか」かそこいらといったところだった。てんでどこかに辿り着くような気配はない中、暇過ぎて古今東西だのしりとりだのを使用と言い出したわけだ。頭上の声は取り合ってくれなかったが。

「こうして宇佐までわざわざやってきて、観光がてらに久し振りに宇佐神宮も見てきたが、まあ、ずいぶん変わったもんだな。」
―鉄道なんか走っていたな、勅使もあれを見れば驚くだろうよ。

 くっくっ、と笑うフジワラは、一体何年前の神宮の姿を思い出しているのだろうか、一見して十代、行っても二十代にしか見えないこの女性が、そんな歴史や過去を体験として語るのは、いささか腑に落ちないところがある。
 彼女について不思議なことはそれだけではない、まあ疲れた飽きたと言う割には相変わらずの健脚ですてすてと洞窟内を、全くアウトドア向きでもない衣装で歩き続けていることだ、単純に体力があるのかも知れないが。探索がてらにとでも言う様子で、卑弥呼と|日燧鏡《ひすいのかがみ》、それに今回の爆発テロ騒ぎの紐づけを見いだせないかと推論を転がし始めた。

「宇佐とは奇妙な場所だ、パワースポットとか歴史ある土地とかそんな生やさしい場所じゃない。何より宇佐神宮と呼ばれる信仰の坩堝がだ」

 そうだな、頭上の声も同意する。

「元々北九州地方にあった原始八幡信仰の前、つまり八幡様でもなくヤハタ神でもなく更にその前だ、今は便宜的に〝前ヤハタ〟とでも言おうか、そんな神がいたのだろう。」
―卑弥呼よりももっと昔の話か。卑弥呼が問題だったのでは無いのか?
「卑弥呼はいわば〝容疑者〟だ、その正体を解き明かす必要がある」
―卑弥呼と神宮のせいで、宇佐の周囲の神話体系は混乱を極めている。手掛かりが少なくて辿れない他の地域と違って、あまりにも介在するものが多いせいで判然としないなんて、贅沢ではた迷惑な話だ。
「騒音が多すぎる、その上全部が聞き入れなければならない声だ。聖徳太子でも苦労するだろうな」だがフジワラはどこか面白そうに言う。
「前ヤハタは今をして正体は知れない。その後、前ヤハタは、現在金富神社とされている場所にいた矢幡氏、あるいは秦氏の祀る神〝ヤハタ〟として統合を受けて原始八幡信仰となったが、更に時代が下り宇佐のへ移動した。この原始八幡信仰は宗像氏の信奉した宗像三女神に塗り潰されたことで終了する。所謂|天三降《アメノミクダリ》だな。

―その時点で塗り潰された2柱に加えて3つの神体で、5柱の神が犇めいている。お前の言うとおり、中身が多すぎる」

 二人が歩き続ける中、目の粗い火山岩の顔ばかりが並んでいたはずなのに、突然その表情が変化した。ある場所を境目に火砕岩の代わりに姿を表したのは、砂岩を風化させたような輪郭に丸みを帯びた岩ばかりだった。ここは本来、安山岩の火山ドームの真っ只中の筈だと言うのに、砂岩の地質構成など極めて考えづらい。まるで、この穴の中は別の場所なのだと言わんばかりだ。
 これが自然に出来た洞窟ならば、こんなにも地下深くに至る洞穴があれば、少なくとも自然の荒々しさを残しているはずだと言うのに、占める岩質が砂岩様の粒子の細かい岩であるため足元はさっきよりもより平坦で有るきやすくなっている。アーチを描くように開いた天井のラインも滑らかで、これが人の手に寄って掘られたと言われても信じてしまうかも知れない。
 だが二人?はそんなことなど気に留める様子もなく歩き続けている。単に気付いていないだけかも知れないが。

「そして卑弥呼がこの宗像三女神を平らげ、神格の統合を図りながら大和政権の礎を作った。それに従うなら、その卑弥呼の居城は、御許山だ。卑弥呼はここから抵抗勢力を睨み、遂に平らげ、国と神を統合した。だが途中で倒れた。宇佐神宮の祭神に見る通り、体の数と柱の数が不一致の状態で、その統合は完成しないまま今でもアンバランスなままだ。さぞかし無念だったろう。」
―北九州地方は、秦、宗像、辛島、宇佐、大神といった渡来系の氏族が常に勢力争いをしていた、それぞれがそれぞれの祭神を持っていたとすると宗教的にカオスな事この上ない。更に渡来系の人間から道教が伝わっていて、それを取り込んでいたのなら、道半ばで死んだ卑弥呼も尸解して仙人として復活したいとか思ったに違いないな。死後復活して神だなんて、まるでキリスト教のようじゃないか。

 そうだそうだ、と怪しげに口角を上げるフジワラ。

「こいつはマユツバものだが、この間唐島の野郎が聖徳太子がゾロアスター教徒だったなんて変なことを聞いたものだから調べたんだがね、宗像三女神を招いたり宇佐八幡宮を建てた秦氏は一つの氏族ではなく、大陸からやってきた大《《秦》》景教徒、つまりキリスト教ネストリウス派の教徒だったなんていう話もある。|天之御中主神《アメノミナカヌシノカミ》は、ヤハウェが蛮神として日本の神に取り込まれた姿だというんだ。日ユ同祖論に通づるキワモノ説だが、天之御中主神を祭神とする神社の中には由緒書きに景教とのつながりを正式に記している神社もある。そういえば、〝ヤハタ〟という言葉の響きも〝ヤハウェ〟に似てなくもないな。」
―仏教に混じってついでにヒンドゥー教の神も混じってきている、異教のくせに何食わぬ顔で鎮座する栖雲寺の虚空蔵菩薩画の様な例もあるくらいだ、その頃からキリスト教やユダヤ教の神が混じってても不思議はないか。なるほどな、宇佐という場所がどれほど神話の坩堝だったのかという話なら、その通りだろう。その頂点に立とうとした卑弥呼は、真の意味で新たな神になろうとした女王ということになるのか。
「それに……さっきのラジオの話じゃ、|神妖《かみさま》まで、来ているそうじゃないか。ここを目指しているのかどうかわからないが、こいつは愉快だぞ」
―愉快なものか

 フジワラの歩く洞窟の中は壁も天井もずっと一様に同じ顔をした岩石だった。これだけ山体内部を行き来していれば、普通ならば違う地質に当たってもいいはずなのだが、歩き尽くめているその間、見えているのは安山岩のゴツゴツとした荒い岩肌ばかり。だが不思議と足元は比較的平坦で、山登りのハイキングコースを彷彿とさせる程度には、有るきやすい。洞窟が、おかしな話だ。

「暗殺だったのか戦死だったのか老衰だったのか病死だったのかはわからないが、卑弥呼は宗教統合の道半ばで死に、連合は男王を立てたがまとまらず、神としての卑弥呼の復活を謳う巫女としての|臺與《いよ》が女王として立つことで、争いがようやく平定されたとされる話の内訳は、卑弥呼の計画の頓挫とそれでも残り続ける卑弥呼の神威、それを利用するしかなかった邪馬台国>大和神権がそれだと考える。これに鬼界カルデラの噴火が絡み合ったのが、岩戸隠れの伝説だだろう」
―しかし、それだと〝前〟ヤハタは|天照大神《アマテラスオオミカミ》であり、月の神だということになるが。
「そうだ、唐島のヤツ食わせやがった。そこで|月読命《ツキヨミノミコト》が出てくる。」
―どういうことだ?
「そもそも〝前ヤハタ〟は八幡氏か秦氏によって〝新ヤハタ〟をおっ被せられた。それは|月読命《ツキヨミノミコト》の原型となる月神だったんじゃないだろうか。〝新ヤハタ〟こそ一時的な神格で、その後すぐに宗像三女神に《《不完全に》》塗りつぶされたが、そのせいで名前ばかりが残り身はほとんど残らなかった。〝前ヤハタ〟とは即ち|月読命《ツキヨミノミコト》だったと考えている。」
―宇佐神宮で三之宮に祀られた神功皇后は、九州ではあちこちで祀られている。その中で神功皇后の持ち物だったと言われる月延石が祀られている、あるいは祀られていたとされる3つの神社の内2つは、|月読命《ツキヨミノミコト》を祭神にしているな。|八幡《ヤハタ》大神なのか神功皇后なのかは別として、確かに宇佐三柱の裏側に|月読命《ツキヨミノミコト》が隠れているというのは疑ってかかってもいいかも知れない。もっと言うなら、その後は|臺與《いよ》も神格化されたんじゃないか。そこに月は関わるのか?
「秦氏によって神格を塗り潰された後も、神格こそ霧散したが〝ヤハタ〟という言葉や、月信仰が民の中に中途半端に残っていたんだろう。ヤハタはそのまま八幡の文字を宛てられて、神仏習合の機会に応神天皇として再登場した。月は太陽のアンチテーゼとしてわかりやすい構図だし日一日と姿を変える月は農耕カレンダーとして機能してただろうから、民にとって身近な存在だっただろう。後に現れた神仏分離令によって一度は統合された八幡様から月信仰へ戻った寺社があったということも、民衆レベルではとっくに月の神格が意識レベルでは復古していたことを示している。お月見なんかの月待ち行事はそのいい例だろう。臺與もその中に混じっている可能性は十分にあるな」
―そもそも神功皇后は全くの架空の人物だというのが定説になっている、宗像三女神が卑弥呼に塗替えされた後、宇佐三之御殿に祀られていたのは|臺與《いよ》だったんじゃないか?
「なに?」
―神話の登場人物と史実の人物の比定が必ずしも上手くいくわけではないと見られている古代考の中でも特に、神功皇后は、重要な人物であると同時に架空の存在だとする説が有力だ。だが、その架空性は、卑弥呼を|天照大神《アマテラスオオミカミ》として祀った後は自分の立ち位置が全く不要になる|臺與《いよ》という人物によって埋められる気がする。|臺與《いよ》は元々、卑弥呼同様に鏡と鬼道の使い手だったが、その立場は姉の神格化によって不要のものとなってしまった、仮にも女王を名乗った人間がそれで気が済むだろうか。あるいは民の方も、噴火のような巨大な天変地異を経て卑弥呼が神化したことを思い出すなら、|臺與《いよ》も祀らなければ同等の災いが降ると思われたかも知れない。神功皇后という架空の強い女性像が現れる前、宇佐の一角には|臺與《いよ》を神格化した神が鎮座していただろう。
「|臺與《いよ》が男王ではまとまらなかった騒乱を鎮めた、これを神功皇后の三韓討伐に比定する……というのは乱暴か」
―〝三韓〟が朝鮮半島の国々ではなく、日本国内の別の地域だったという説もない事もないらしいがな。そうだとすると、面白い。

 おもしろいもんかよ、とフジワラは面白がっているような顔で言葉を口の中で転がしながら、唐島から受け取った「|日燧鏡《ひすいのかがみ》」のメモ書きを見る。|照道《しょうとう》教の神器といわれているが、同時に|神社本省《お宮》の、ひいては日本国の重要な|祭祀的呪物《フェティシュ》なのだという。卑弥呼の鏡と言うからには、円形の銅鏡なのだろう。|神妖《かみさま》の卵だなどと言っていたが、|神妖《かみさま》として発現していないなら、きっとまだその姿のまま鎮座されているはずだ。
 卑弥呼が|臺與《いよ》を巫女として神格化され(実態は争いに疲弊した各豪族の長が卑弥呼の権威を利用し|臺與《いよ》に負わせたに過ぎないのだろうが)、|天照大神《アマテラスオオミカミ》として神化したなら、その鏡を実際に運用していたのは卑弥呼ではなく|臺與《いよ》かも知れない、だが時代がここまで下っては運用者は誰であっても変わりはしないだろう、鏡そのものに強烈に卑弥呼あるいは|比売《ヒメ》大神の、霊威が宿っているに違いない。
 そう考えながら、フジワラは頭上の声が考えをまとめるのを待った。アタシよりも遥かに頭のいい女だ、とフジワラは頭上の声には全幅の信頼を置いている。それを裏切らない形で、声は自分の考えとフジワラの考えを統合する形で見当を述べた。

―|月読命《ツキヨミノミコト》の原型たる〝旧ヤハタ〟磐座の古代月神は矢幡氏あるいは秦氏によって〝新ヤハタ〟へ塗り潰され、原始八幡信仰が興った。その後宗像氏が宗像三女神をここに立てることで三柱となり、さらに卑弥呼がそれを平らげた。臺與の代になって卑弥呼は神格化され|比売《ヒメ》大神となったが、宗像三女神を祀った宇佐社は後に民によって月神や卑弥呼の信仰の復活を強いられると同時に、大和政権の発足に晒された結果、三柱それぞれを、古代月神と秦氏の神の統合された姿としての|八幡《ヤハタ》大神、卑弥呼と宗像三女神の合祀としての|比売《ヒメ》大神、そして|臺與《いよ》も神として崇められて神格となった。時代が進み神仏習合の場で|八幡《ヤハタ》大神には応神天皇が重ねられ、大和政権の権威として朝鮮半島との決別を行動で示した神功皇后が|臺與《いよ》の神格に被せられて祀られる形に変化した。こんなところか。
「そういうことだと思う。卑弥呼は|天照大神《アマテラスオオミカミ》とも、神功皇后とも同時に比定説があるが、そのへんはもうごっちゃごちゃに伝わっている可能性もあるだろう。これらのカオスな状態を一つに統合しようと、そして実際にしたのは、卑弥呼だったんじゃないかと、アタシは考えてる。」
―卑弥呼は月を信仰する古代神道と各渡来系氏族が奉じる道教、あるいは幾つかの経典の教えも統合しようとした女王、だと言うことか。奇天烈な話だが面白い。その後仏教が現れても、宗教を滅ぼすのではなく飲み込もうとする体質は保たれたが、卑弥呼の理想としていた神話大系と、今の宗教分布の姿は恐らく違っているだろう。神仏習合の流れはあったものの、明治に神仏分離令が発せられ今現在では一部を除き神と仏は別のものとして区別されている。景教はその後消え去り、あるいは隠れキリシタンの存在も仏教とキリスト教をいびつな形で融合させようとしたが失敗している。

 ここが仮に重要文化財や文化遺産なのなら、こんな場所で煙草を吸うなんてもってのほかだろう、だがここでは咎めるものもいない、この場所は今や宗教の混沌でありながら権力の空白だ。フジワラは、携帯灰皿と一緒に取り出したデスに火を付けて、深く息を吐いた。流れのない滞留した空気に、煙は行き場もなく雲のように漂う。余程重要な神器が納められているだろうはずの空間だが、政権は人を送り込めないし、所有組織の誰もいない。それを掠め取ろうとする墓荒らしは、煙を吐き出しながら笑った。

―挙げ句の果てに、聖徳太子か。まさに信仰の総合商社だな
「その点では卑弥呼の理想は失敗続きと言えるな。今も卑弥呼があの世からこの世を覗いているのなら、さぞ悔しがってることだろう。さっきの話ではないが、復活したくて墓の中でウズウズしてるだろうが、残念、その鏡とやらはアタシがどうにかさせてもらうよ。生憎今の日本人はそんなに強烈な宗教を求めてないんだ、もう1000年位は、寝ていてもらうぜ」



§ § §



「太子様」

 物部布都は、光源の知れない赤白い光が曙光の様に眩く差し込む参道のように長く伸びる廟を進んだ先、剣を旭光紋様の中央に抱き納める祭壇の前に跪いていた。霊廟の床は、物部布都の心理状態を反映してか、岩石の荒れ様だ。砂岩で作り込まれた石畳の舗道の様に、丸みを帯びた顔で荒んでいる。
 霊廟の突き当り、祭壇の手前には豊聡耳神子がやはり祭壇を拝する様に立っていた。

「布都、外が騒がしいようだけど」
「日食が始まっています。暦の上ではそんな時期ではないはずですが」

 ここしばらく、豊聡耳神子は外に出ていない。常にこの霊廟にいるわけではないが、この霊廟にいない間は彼のプライベート空間に引き篭もっているだけだ。ついでに言えば、物部布都は最近蘇我屠自古にも会っていない。

「日蝕か」
「皆既日蝕に至る角度で侵蝕が進行しています。」
「神官物部としては、どう見る?」
「我は、星読みの分野では門外漢で……」
「〝中臣〟は、そうは言わないだろうね?」

 豊聡耳神子は振り返り、穏やかだが冷たい目で物部を見る。物部は膝を突き平伏してその顔を見ないように自らの顔を地面に向けた。
 布都に向かって「中臣」と言った豊聡耳神子。彼のパートナの一人である蘇我屠自古は、中臣によって滅ぼされた蘇我一族の末裔である。布都の姓である物部は蘇我によって滅ぼされた一族だが、中臣を滅ぼしたのは、他でもない物部だった。
 中臣の姓は一度途絶え復活している。中臣鎌足に連なり後に藤原氏へとつながる中臣姓は、物部氏が一度滅ぼした|姓《かばね》のみを、天皇の名に於いて復活したもので、もともとの中臣氏は、物部氏との権力争いに破れ消え去った古い姓である。本来の中臣氏の呪の力は、今は物部の内に取り込まれていた。

「〝朔〟が終わり〝大朔〟が始まります。赤い太陽が黒い太陽に蝕まれ、災が降り注ぎます、《《日神子》》の力が、衰えます。」

 平伏し震えた声で答える布都から、すいと視線を横に逸して、わずかに眉をひそめた豊聡耳神子は目を細めて呟いた。

「そんなに早く外に出たかったの。でも、そうはさせないよ。今度も同じようにしてあげる」
「太子様、〝朔〟を放置せよと仰ったのは何か意図があったことなのでしょうか。〝大朔〟に至れば、国は乱れ大きな災が幾つも降り注ぐと伝わっております。……まさか|幻想郷《この地》を平く倒して、我らの居場所を拡げようと」
「私が考えているのは、ただの|再征服《コンティニュー》だ。今度こそ殺し切るためのね。さあ、|黒い太陽《つき》が昇るよ、戦争だ、布都。」
「……はい」
「大丈夫だよ、布都。降り注ぐ災厄は全て払い落とせばいい、そのための鏡だ。もうすっかり元の形になった、布都、それに屠自古の尽力で鏡はかつてのパフォーマンスを取り戻してる。闇を焼き尽くすことなど容易いよ。」

 頭を垂れ、承知しているとのポーズを取る物部、だが、伏して察せないその表情には疑問の色が浮かんでいる。

(そんな方法で、太子様はそれを実現できるのか? この世界は、そんなにも容易い場所なのか? 見ただろう、あの|八雲《バケモノ》を。今、|瀬織津姫《セオリツヒメ》は、あのバケモノの、この世界の庇護を受けている。再生したての体と仿製鏡なんかで、そう巧く行くのだろうか。そもそも、本当に、そんなことをする必要があるのか?)

 実際に唐島の〝朔〟を目にし、晩餐会では他の二人と共に幻想郷の住人の油断ならぬさまを目の当たりにした。主である|豊聡耳神子《比売大神》の霊力を疑うつもりはない、それでもだ。
 物部の疑問に気付いてか気付かずか、豊聡耳神子はもう一人、傍にいる従者の名を呼ぶ。

「屠自古」
「いよいよだね、神子。今度こそ、《《やる》》んだな。」

 すう、と霧が立つように姿を表す足元の見えない人型、これは幽霊、蘇我の末裔だ。左右で豊聡耳神子を挟む形、中央に立つ大神に従い三柱の神をメタファする三位一体。

「|黒い太陽《つき》を平らげて、私は新たな世界の神になる。」

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