真・東方夜伽話

ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑤

2019/02/10 22:41:42
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ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)⑤

みこう悠長
 おお、おおお、お、あおお、あお

 声が聞こえる、それは歌か。伸びやかで広がり、何か、無理やり引き伸ばしたような音をたなびかせて波打つ高低、周囲には反響するものもないのに響くような不思議な色合いは、二色が一箇所から放出されて互いに絡み合って自ら弾ける光だった。神々しい、と言うには少し野性を感じるし、かと言って荒々しい、と表現するには均整のある編織。複雑な色合いはまるで暖色の縦糸と寒色の横糸を用いた麻の織物だ、絹のようないやらしい艶はないし、綿のような軽薄さもない、わずかに荒さを含んだ繊維の織りなすこの麻布をよくよく柔らかく殺したしっとりとして生々しい質感、その広大な布を風になびかせて広げて流すような声。
 穴から顔を出して覗いてみれば、どうやら人目を避けて夜に歌うニンゲンの声らしかった。これがニンゲンの声とはつゆと思わずつい顔を出してしまったのだ。それはおよそニンゲンが発する声とは思えない、まるで森羅万象に直接語りかけるような不思議な波長を持つ音だったから。顔を出した瞬間をもろに見られてしまった、慌てて頭を引っ込めたが声が止まることはなかった、ボクのことなどまるで気にしていないのだ、ニンゲンにとってボクらは恐ろしいものであったり邪魔なものであったり、少なくとも障りになるような存在に違いないのだが、そのニンゲンはボクのことを気にしないまま、その声を続けている。詠み上げる歌なのか、それとも語りかける言葉なのか、ボクにはわからないが。
 その様子を感じてもう一度、恐る恐る顔を出してみた。ニンゲンはちらりと視線をボクの方へ向けたが、やはり気にしない。それよりも、その意識は何の変哲もない岩山に向いているように思えた。
 積み上がった礫山は自然に積み上がったものではないようだ、かと言って土砂崩れなんかで堆積したものでもない、これはニンゲンの手で積み上げられたものだ、そうでなければこんなに均一な大きさの岩ばかりが都合のいい角度で隙間無く積み上がるはずがない、こんなことを出来るのは神妖を除けばニンゲンしかいないのだから。

 何を言っているのかは、ボクにはさっぱりわからなかった。ニンゲンの言葉はほとんど理解できるけれど、これはニンゲン同士が会話する言葉とはかなり違うようだった。その声を発しているのはニンゲンの女のようだ。ニンゲンの女の中には、大きな集団の中に一人か二人、こうしたニンゲン同士の用いる言葉とは異なるもう一つの言葉を喋るものがいる。解読しようと思ったことがあるが、サンプル数が少なすぎて知っている意味と接続出来ず、意味を抜き出すことがまだ出来ていない。それが言葉なのかどうかさえ、怪しい。それは多くの場合、コミュニケーションになっていないのだ、今目の前の女が、美しく力強い声で織り上げる連綿としたひと続きの声があっても、それに返す声があるわけではない、つまり法則性が見いだせないのだ。ニンゲン同士で用いている言葉と比べてわかる部分もあるが、恐らく核となっているだろう部分についてはまるでポッカリと空洞になっているように意味がつかめない。固有名詞のようなものも多くその対象さえわからない。

 おお、おおお、お、あおお、あお

 女の声は毎夜聞こえてくる祝詞めいた祈りにも聞こえる、ただ岩山に向いて投げつけられていた。山を頌える詞にしては、その山は随分と粗暴な姿をしている、祀られている形跡が何もないのだ。こうしてヒトの手で岩が積み上げられている作為はあるのに、祭壇も、供物も、何もない。この女が宣っている声が捧げものだとしても、余りにも質素だ。それに、この女は何者なのだろうか。美しい姿をしている。ニンゲンそのものとしても整った形をしているが、貝や宝石、骨角でつくったアンクレットやネックレスで飾られている、何よりも特徴的なのが、翡翠の装飾と、巨大な鏡を携えていることだ。
 翡翠はニンゲンが、特に力が強いニンゲンに集める習性がある。それを身に着けているニンゲンには、他のニンゲンは従うようなのだ。鏡も同じで、銅を作ることを覚えたニンゲンは、それを固めて平たい鏡と呼ばれる道具にして、やはり力の強いニンゲンに持たせている。かつては筒状の、がらがらと音がなる鐸と呼ばれる器を作っていたが、今は鏡と呼ばれる平たい道具がニンゲンの間で幅を利かせていた。この女も、鏡を持っている。ということは翡翠の装身具と加えて、かなり力があり多くのニンゲンを従える「なんとかヒメ」とか「なんとかミコ」とかと呼ばれるニンゲンの女なのだろうが、奇妙なことにこの女の周囲には他の誰も従っていない。女は一人でここにいて、ずっと一人でこの声を詠んでいる。

(それにしても、きれい)

 ニンゲンに向かって美しいと思うなんて、ボクは変わっているのだろうか。ボクは、むしなのに。飾り立てる装飾具が美しい。まとう衣が美しい。装飾的なそれだけなら他のニンゲンでも再現できることだが、この女は声が美しい。姿が美しい。こればかりは誰でもというわけにはいかない。この女に誰も従っていないことが不思議だった。ボクがニンゲンのオスなら確実にこの女に従うだろう、一人になんてさせないと思う。
 頌歌が続く中、女は鏡の平たい面を岩壁に立てかけるようにして空に向ける。浩然と天に浮かぶ月が、鏡の中に分身して飛びこんだ。淡くふんわりと浮かぶ2つ目の月を、女はその岩壁に招き入れたのだ。

「ヤハタさま、ヤハタさま」

 ヤハタ、という固有名詞が、鍵になっているようだった。サマ、が敬称であることはわかっている。女はこの場所で、ヤハタと呼ばれる神を祀っているのだろうか。

 おお、おおお、お、あおお、あお

 その声は、嗚咽の様でもある。未分化な欲求を誰かに掬い上げて欲しいと訴え続けている声にも聞こえた。つまり泣き声。それは、理性を手放して何者かに救済を求める、努力無しに世界を変えようと無謀する姿、感情、欲求と緩慢な諦観に違いないと、思えていた。
 祈りとはそうした性質のものだっただろうか。それとも、侵攻とは。

(はて、ヤハタ神はもっと力のある神だったのでは……)

 記憶が確かならば、この土地にヤハタと呼ばれる神が招かれたのは確かだ。そのときには元々いたオモトと呼ばれる神が排斥された、だが排斥とは下層のニンゲン一般の間だけの話であって、支配者達つまり今目の前で詠っている女やそれに直属する男といった限られた者の間では名前を変えて生き続けていたと記憶している。ヤハタと呼ばれる神は、それだけ力のある神で、力のあるニンゲンを従えている大きな存在だったはず。だとするとこの女の言うヤハタとは別のものなのだろうか。ニンゲンの詞にはよくわからないところがあるし、言葉を読み取ったところで意味が通じないところや意味同士の辻褄が合わないことも多々ある。

「ここに月をお持ちしました。どうか、月の言葉を読み、その心をお映し下さいませ。ヤハタさま……ヤハタさま」

 そうだ、ニンゲンは月を神様の象徴として信仰しているのだ。〝あまてる〟〝あまてらす〟と象徴して、天に浮かび日一日と姿を変え、生まれては消え、消えては再び生まれる月に神秘を見出している。このニンゲンは月の神性を賛える巫女なのかも知れない。ニンゲンは、むしの仲間である蛇も信仰している。ボクにとっては重要なパワーソースなわけだが。
 はてそういえば、ヤハタとは月を司る神だったろうか。それともやっぱり別のヤハタなのだろうか。
 女は月が分身して入り込んだ鏡と、それが立てかけられた岩壁に向かって平伏す。そこに神がいるかのような振る舞いだが、神がここにいるのだとしたら、逆にニンゲン一人しか従えていない神というのはどうに奇妙なものだ。神とはニンゲン一人従えた程度では存在出来ない筈なのだから。神というのはボクのような妖よりも存在コスパが悪い、その代わりに強くて、そして綺麗だ。
 ここにいる(いないのかも知れないが)神が仮に月を読む神ならば、なおさらニンゲンの信望を集めそうなものだけれど。こんな風に一人しか従えていないのでは……もうこの神は死んでいるのかもしれない。神は死んでも信者が死ぬわけではない。つまり、ここでは何らかの神権の交代があったのだろう。ここはもう、つまりあの岩壁は、神の墓場なのかもしれなかった。
 ヒトが積み上げたらしい岩の山は、神を葬った穴を埋めるものかもしれない。この女はその死を認めたくない、哀れな信者なのだろうか。

(墓を暴いてはいけない。闇に光を当ててはいけない。そうは言うけれど)

 この中に死んでいる、ヤハタ神(巷で力を奮っていたと噂に聞くヤハタ神とは、別物かもしれないが)とは、どんなやつなのか。……こんな美しいニンゲンを従え、死後もなお離さないなんて。
 この感情が何なのか、ボク自身よくわからなかった。ただ、もう死んでるくせにこの女をこんな風に今でも繋ぎ止めるなんて、どんなやつなのかという興味もあったし同時に、そんな不公平を強いるなんてなんだか許せない気分もあった。こんな複雑で胸焼けのするような感情は、今まで感じたことがない。その正体も、その死体を拝めばわかるのかもしれないと、思ったから。



§ § § § § §



 死体なんて拝んでも仕方がない、というほどの無神論者でもない。でも、だからといってこんなことは……正直気が引けるといえば気が引ける。殺したのは僕自身だと言われてしまえば仕方がないのだけど。

「よく取れるでしょ」
「う、うん」

 酷い匂いがした。これは何の匂いだろうかと思い出せば、糞臭とアンモニア臭、それになんだか生臭さが混じった不快な匂いの中に、豚骨ラーメン屋の裏手の匂いが潜んでいる。とてもじゃないが長い間嗅いでいられる匂いではないのだが、既に2時間ほど嗅いでいる、正直もう麻痺して来た。
 ここまで煮詰めてしまうとこれが自分の肉親だなんて思えなくなった、なんせ記憶の中の両親の面影なんか一つも残っていなくて、代わりにこれを見て思い出すはのホラーゲームのおばけやゾンビの方だったからだ。
 その辺に沢山転がっている石の内、都合が良さそうな形をしたものを拾って来て、それを使って今のところ延々と2時間もこれと格闘している。よく煮詰めたそれは、もはや姿が全くニンゲンに見えなくなっていてアンデッドモンスターか何かにしか思えない、それは余りにも冒涜的だし倫理的にはSAN値がすっからかんな感覚とも言えるが、今ばかりはそんなふうにフィクションの産物に置換して認識できることに有り難みさ抱いていた。
 筋に沿って石でこそぐと、瀬織さんが言うとおりに《《よく取れる》》。タンパク質が変質し脂肪分の大半を失って、水分の抜けた肉は質量が減っている何より、そう例えるなら鶏肉のようにすぱすぱと解体できる。それとは対象的にしっかりと形が残っているものもある、骨と髪、それに爪だ。他の部分が形を失って細り崩れているのに対して、これらはしっかり形が残っているせいで、ゾンビのような様相を色濃くする。それでも、皮膚の組織が失われているせいで髪の毛は容易に抜けてしまうし、脛や頭部といった肉付きの悪い部分は骨が剥き出しになっている。目玉は小さく萎んでいる。関節は脆くなっていて、逆に曲げれば僅かな抵抗を残してすぐに取れてしまう。肉自体は固くなっているけれど、それぞれの組織の結合が緩んでいる感じ。鶏肉と表現はしたけれど、魚肉でも、豚肉でもなんでもいい、つまりよく似て火を通したそれということだ。

「こんなことどこで覚えるの?」
「まあ、色々あってね」

 こういうときに限ってはなにか理由が一つある方がマシに思える、色々あった中でこんなことを覚えたなんてことになると、想像が膨らみすぎて恐ろしくなってくる。いや、やってることは既に恐ろしいんだけど。

「顎と歯は全部取ってこの中に入れて。あと、ご両親は大きな骨折とかしたことある? あと、ペースメーカー入れてるとか」
「ないと思う。歯、どうやって抜くの?」
「どうだっていいよ、顎外して取ってもいいしペンチがあるなら歯医者みたいに器用に抜いてもいい」
「うぇぇ」
「何ビビってんのよ、やったのは|国立《くにたち》なんだからね」
「そうだけど」

 曰く、歯の治療痕は死体の身元特定の有力な手掛かりとなるらしい。後はインプラントを残すような骨折の治療痕も同じだとか。ペースメーカーは言わずもがな、つまり証拠隠滅を図ろうというのだ。
 そこまで考えてるなんて、と言うと彼女は「そんなことも考えずに人を殺すなんて浅はかすぎる」と邪悪な方向にまっとうな科白を返してきた。
 そうして隣で僕の両親の解体を手伝っている瀬織さん、彼女も異常者なのだろう、こんなことに加担しているのだから。でも、彼女にだって命と自我と体と感覚とが備わっている。それとも、僕らの持っているこれらは、全く普通の人たちのそれとは異なるものなのだろうか。自我だと思っているものは悪魔が作り出した|呪《のろい》の回路で動いていて、僕らの血肉は泥水や毒物で出来ているのだろうか。僕にはそう思えない、百歩譲って僕の体が汚物で構成されていたとしても、瀬織さんはきっとそうじゃない。そうじゃないと、思いたい。なんでだろう。

「なに?」
「え?」
「じっと私の作業見て」
「いや、なんでも」
「なに? 惚れちゃった? しょうがないよねえ、こんなドキドキすること二人きりでやってりゃ、吊橋効果みたいな?」
「ドキドキの原因がこんなことじゃなきゃ、少しは可能性もあったかもね」
「お化け屋敷もリアルお化けも変わんないでしょ」
「変わるんじゃないかなあ……」

 本当に化けて出てくるのなら、誰か知らない人に与えられた恨みを抱いているんじゃなくて、自分に向かって恨みを持っているはずだ、惚れた晴れたをこんな場所でやっている場合ではない。たしかにフィクションのモンスターか何かにしか見えないのとはいえ実際にはリアル死体を家内製手工業でバラバラにしているんだ、考えた瞬間に浪漫は駆逐されて跡形もない。

「おばけが私に向かってきたら、〝先生この人です!〟って|国立《くにたち》のこと指差すから、よろしくね」
「……瀬織って、学校じゃ猫被ってたんだね」
「おー、言ってくれるじゃないの、そのとーりだけどさ。目立ちたくないの、色々あってね」

 ケラケラと笑っている瀬織さんに学校内での近寄りがたいミステリアスさはない、でもカリスマ性というか人を引きつける何かはそのまま残っているような気がした。学校で見る彼女は月の様な神秘と美を持っているのだとすると今の彼女は太陽のような感じ、なんていうか、ずっと魅力的だ。

「学校でも今の性格出してけばいいのに、モテそう」
「はっ!? も、モテるとかないし! ななな何言ってんの|国立《くにたち》!」
「うわっ、ちょっ、肉っ、コトコトじっくり煮込んだ人肉投げないでっ! 人の親の肉っ! 口に入った、入ったっ、ぺっ、ぺっ」

 何ならついでにバラした指の骨まで飛んできた。一瞬でもその方に意識を向けると、自分のしたことに陰惨な行為への後ろめたさに脚を掴まれて引きずり込まれてしまう。後悔しているわけではないけどこれ以外に方法は幾らでもあったのだろうと思うと、行為と言うよりも自分の無能さに辟易とするのと、今後どうするのかという見通しの先暗さに対する不安だ。自分の口に入った親の指の骨を、ただ口で吹くように出せばいいのに、なんだか手を突っ込んでしっかり捕まえて放り出してしまう。
 ほらね、ちょっといい雰囲気になりそうなところでも、こんなシチュエーションじゃ台無しってもんだ、いやいやそんなつもりがあるわけじゃないけれど。

「|国立《くにたち》は強いね」
「わかってるよ、僕は異常者だ。強いなんて言葉でオブラートコーティングしなくてもいいよ」

 自分の親の死体に向かって鶏肉みたいだなど我ながら異常な表現だったと思うだけど、それは僕が両親に対して感じていた距離と一般的な親子のそれとの乖離した意識の姿なのだと思う。
 自分のことを正常だなんて言うつもりも、これを自己弁護するつもりも正当化するつもりもない。僕は異常者だでも、異常者だからって自我がないわけでも命がないわけでもない。異常者は異常者なりに生きているのだ。煮詰めた死体を解体しながら濡れている自分の手を見て、そこにきちんと手があること、手で手を触れること、それに体温があって、血も流れることを知っている。誰かが僕を裁くならその罰を素直に受け入れるだろう、でもこうした異常な思考と感情を抑止するつもりにも慣れなかった、だってこれが、僕の自我の求めるところつまり僕なのだから。
 手を握ったり広げたりしてみる、異常者にも普通に体があるなんて、正常な人からすると何ていう不公平なことだろう。

「そういう意味じゃないの。その、ソンゾク的?な観点は脇に置いといて。」
「じゃあどういう観点なのさ。親殺しなんて、〝殺人〟と〝尊属〟にしか分離できない。尊属の部分を除いたって殺人は殺人だ、僕は」

 目の前の煮込み死体は、もう人の形を保っていない。それぞれの肉の塊とその中にある骨、それと毛や爪のケラチンが形を残しているだけだ。肉は小さく縮んでいて、すっかり白く変色している。これを細かくちぎってあちこちに撒けば、人の死体がここにあるなんてことは余程注意深く調べない限りは出てこないだろう、それでも人の死体として見つかった場合の対策さえ考えて、こんなことをしている。骨は細かく砕き、体毛は燃やし、歯は砕いて沢に流すのだという。
 これが親の死体でなかったとしても、何も褒められるような行為ではない、殺人と死体遺棄は別にこれが親遺体して行ったことでなくても、きっちり罪だ。尊属殺人というものは今はもうない、尊属殺重罰規定は違憲だと既に判例がある。ただ、これはあくまで刑法と憲法の関係性に因る見解でしかない、やはり親を殺すという行為自体に普通殺人に対する道徳的な超過があると考えるべきだろうし、その点でやはり僕は僕自身の異常さを認めなければならないだろう。

「〝僕は〟? なに?」

 言いかけた言葉、有耶無耶に掻き消すつもりだったのに、瀬織さんは拾い上げて突っ込んできた。

「なんでもないよ。殺し、なんて、まっとうな方法で解決する力のない雑魚が短絡的な達成を目指して失敗する最悪の臆病だよ。強さなんてない。」
「そっちの強さのことじゃない」
「は?」

 淡々と死体を切り分けながら、視線もよこさずに言う。ぽん、と放り投げた骨の破片がボウルに入った。

「私が言ったのはね、心の防御力じゃないのよね。何ていうか、攻撃力?」
「比喩が全然わかんない」
「ごめん。でも人間ってさ、何かをこうしたいっていう内圧があって、それをするにはどうすべきだとかそれでもすべきではないとかって抑圧があって、その差し引きの末に行動が出力されるわけじゃない? 今|国立《くにたち》が言った強さってのは、抑圧する方の力。理性っていうかさ。でも私が言ってるのは、内圧の方。欲求とか、願望とか、内側からぶーわって出てくる方の力。それが強い人、ヒダリムキ。」
「〝左向き〟って何?」

 オナニーしまくってると左に向くって言うけど……。

「うーん、キチガイってことかな。ヒダリは、人に空腹感を与えて、最終的に餓死させちゃう虫の妖怪だよ。腹の虫とか、虫の居所がとか、虫の報せ、とかいうタイプの虫。ツツガムシって聞いたことない?」
「ダニの一種じゃないの?」
「その語源になったのは、〝|恙《つつが》〟即ち、病気とか災難とかの、悪い障り一般を指す言葉で、それをもたらす虫が〝恙ノ虫〟。ダニのツツガムシはその代表的な引用として、リケッチアをもたらす病原体を媒介するダニとして俗称されたってわけ。ツツガムシで伝染するタイプのリケッチアは、オリエンティア・ツツガムシっていう細菌が原因だから、本当の恙虫としてはこのオリエンティア・ツツガムシを指すべきなのかもね。」
「はあ」

 なんでそんなことに詳しいんだろうか。

「まあ、ヒダリってのも、その|恙虫《つつがむし》とかと同じ。ヒダリがお腹の中にいると、いくら食ってもお腹が満たされないんだって。そんな妖怪の方に自分から向かってっちゃうの。だから、キチガイとか、癲狂とか、狐憑きとか、そういう感じを、ヒダリムキって言うの」
「ふーん……? 餓鬼みたいなもんかな。」

「どんな字書くの?」
「|火垂《ヒダリ》」
「ホタルじゃん」
「字はホタルなんだけどね、妖怪の性質と言葉的には、ヒダル神ってのが別にいて、そっちが近いんだ。もしかすると、私の地域特有の合併があったのかもね。リケッチアの中に、罹患すると発熱意外に無用な空腹感を覚える症状が出るのが流行ったことがあるとか、まあそんなところかも。」
「そ、そうなの」

 元々の話から完全に脱線しているので許は何を話していたのかわからなくなっている。なんだっけ。そうだ、僕がヒダリムキで、それは内圧が云々とかなんとかで……レトリックが多すぎて意味がわからない。

「えっと、なんだっけ」
「|国立《くにたち》が|火垂向《ヒダリムキ》だって話。それを、私は好ましいと思ってる。」
「ガキだのキチガイだのムシだのオナニーしすぎだの、かっこいいのかって言うとかっこよくはないと思うけど」
「え、おな、え?」
「えっ」
「な、何の話してるの|国立《くにたち》」
「だって左向きって」

 もしかして左に曲がるとかそんな話、女の子は知らないか。

「なんでもない、忘れて……」

 また余計なことを言ったらしい、肩を落としてうなだれる、さっきから爆死しっぱなしじゃないか。

「褒めてるつもりなんだけどなあ、そういう、普通の人とは感覚が違う感じ」
「異常ってことでしょ、褒め言葉になんないよ」
「うーん……うまくつたわんないな」

 そういえば瀬織さんは、死体を煮る前にも似たようなことを言っていた。「私には出来ていなくて、|国立《くにたち》には出来た。羨ましい」と。|自分が生きる希望《親を殺す異常》を出力結果と見做すなら、彼女の言葉を借りて、僕の抑圧が弱かったのではなく内圧が強かったのだと言い換えることも出来るのだろう。
 それが、いいことなのかは結局差し引きの出力結果でしかはかることができない、計算前のマントルのサイズを誰が正当に評価できるものかと。僕はどこかで、そんなものは自分だけが評価していればいいと諦めのような境地で考えていた、これを肯定的に捉えることが出来るのは僕だけで、だからそれを評価できるのも僕だけだと。

「私が剥いてあげるよ」

 ちょうど、肉の多い部分に差し掛かっていて、ちょっと苦戦していたのは事実だ。骨盤の辺りは内蔵を受け止める様に受け口な形をしているけど、その分端の方にくっついた肉なんかがちょっと取りにくい。石の端の方を使ってざりざりと弧そぎ取っていたのを、彼女は死体遺棄の先輩としてやってくれようと言っているらしい。

「大丈夫だよ。そんなに固くないし。ほら、この見付けて来た石、ほんとにいい形なんだよ。こっち側を使うと鋭く切っ掛けを淹れれて、こっち側だと広く削ぐのに適してて。打つのにはちょっと使えないけどね。……石器時代ってこういう風に石器の良い悪いを比べたりしてたのかな」
「……どうかな」

 断った僕に、瀬織さんは少し複雑な表情を見せている。小首を傾げるようにして、目線を横に流した。もう一つ、骨を放る。大きめのだから地面に、とさ、とおちた。大腿骨とかいうやつだろうか、太腿のだ。それとは逆の方向に白い肉の塊を投げる。

「|国立《くにたち》の過去の話が聞きたい。なんでこんなことしたのか、すごく興味があるの。」
「面白い話じゃないよ。それに、わかってもらえるとも思えないし。わかってほしいわけでもない。」
「私は、わかりたいの。知られたくない、まで言うなら無理には聞かないけど。なんで、|国立《くにたち》は」
「じゃあ先に聞かせて」
「え?」
「まず、僕の疑問に答えて欲しい。僕に言わせれば、何はなくとも瀬織はそれに答える義務がある。」
「私の話?」
「瀬織はなんで僕が防風林で死体を埋めようとしているときに、あそこにいたの? 偶然とは思えないんだけど」

 瀬織さんは、少しバツの悪そうな表情をしてから、ぽつんと、言う。こういう表情の彼女はあまり僕の記憶にはいない、どきりと、してしまった。

「見てたんだ、|国立《くにたち》のこと。学校でも。偶に目が合ってたと思ってたんだけど、自惚れかな」
「いや……」

 確かに、瀬織さんはよく僕の方を見ていた気がする、でもそれは僕を本当に見ていたなんて思わなかった。でも、なんで。

「同類だって、思ったの。こういうことする」
「同類? 殺人ってこと? 瀬織はやったことがないって言ってたけど」
「ちょっと違うかな。さっきの、内圧の話。」
「同じことじゃないか」
「違うわ。実際に実行に移しちゃうこと。|火垂向《ヒダリムキ》。人間の理性ってね、そんなに弱くないのよ、それこそ大概の内圧を長期的に抑え込んでしまえるくらいに。でもその内側でぐつぐつ煮えてるものの大きさは、人によって全然違う、煮えてるものの種類も違う。外に出たい、出したい、突き破りたいっていう方の意志の力。|火垂向《ヒダリムキ》の力。我慢する方の力じゃなくって。|国立《くにたち》は、私と同じくらい、その内圧が強いって。」
「そして、抑圧が弱かった。」
「違う、全然違うよ。そんなのは、どうでもいいの。むしろ破りたいのはその先なんだから。違う?」

 その先、って何だろう。僕を取り巻いていた障害は、もうこれで取り除いた。勿論これは行き止まりだ、もう普通の人生は歩めない。

「出力なんか関係ないの。|国立《くにたち》の中にあるものが、すごく綺麗に見えたから。」

 彼女の言うことは観念的過ぎてよくわからない。それが何だというのだろうか、彼女は僕の中身のことを評価(プラスだろうがマイナスだろうが)しようとしているが、そんなものに何の意味がある。人間は人「間」だ、出力された事物を他の人が見たその関係性によってだけ、人間は人間でいられる。人としていることは、どんなに望んでも無理なことだ。

「仮に、瀬織が僕のその内圧?を見抜いたのだとしたって、そんなのは瀬織が望んだある一点についてだけでしょ。親が云々とか、そういうのを言ってるんだろうけど。じゃあ僕に〝親殺しの|国立《くにたち》〟って二つ名でも付けるの? 親を殺した僕以外の僕のことを、どう評価するつもり? そんなの無理な話だろ。綺麗に見えたとか、同類っぽいとか、そんな風に僕を見られてもきっと、僕は瀬織にとってそんなに望ましい人間ではないと思う。わかんないでしょ、僕の他のことなんか」

 なんだか僕の方もしっちゃかめっちゃかなことを言っているような気がする、でも、瀬織さんは僕に何か僕の得体のしれない偶像を被せて来ているように思えたのだ、そうした理想化をされても僕には重荷でしかない。それこそが、人《《間》》というやつだ。まっとうだけど、僕にはそのまっとうさは重い。

「それと瀬織、答えになってない。なんであのとき僕の行動の先回りが出来たの? もしかして僕のことをずっと尾行けていたの?」
「あの日はね、正直、ストーカーしてた。でも、あの日は|国立《くにたち》が何かやらかすって思ってた、あの日はSyzygyだったから」
「しじ……なに?」
「ちょっとだけ珍しい特殊な満月ってこと」
「非科学的だ」
「でも、結果として私は|国立《くにたち》の決定的瞬間をモノにしたってわけ」

 確かにあの日は綺麗な満月だった。大輪という言葉は太陽に使う言葉かもしれないけど、あの夜見た瀬織さんが背負っていた月は、まさに大輪の月と表現するに相応しかったと思う。それが僕を狂わせたと、彼女は言いたいのかもしれないが、月影に浮かぶ瀬織さんの姿の方が余程に人を狂わせる何かを持っていた気がする。喩えて言うなら、魔女のような。

「さ、次は|国立《くにたち》の番だよ。聞かせて、なんで親を殺そうと思ったのか……違うなあ、何が|国立《くにたち》をそうさせたのか、かな。私は|国立《くにたち》の中にある、ぐつぐつ気持ちの悪いモノ、が知りたいの。こうやって話しててなおさらよくわかった、|国立《くにたち》の《《それ》》は、抑圧が弱いからじゃないって、やっぱり中にあるやつが強いのよ。出力されたものだけを見ると、やっぱり|火垂向《ヒダリムキ》なの。強いから、キチガイ。君のキチガイを、知りたい」
「褒められてるんだか貶されてるんだかわかんないんだけど」
「褒めてるんだよ、多分ね」
「多分って」
「キチガイに説法説いたってダメでしょ。学者先生にキチガイの幸せを論じさせてもきっと的外れを言うわ。だったらキチガイにはキチガイって言ってあげるのが、存在の肯定なの。それを嫌がったら、その人はキチガイじゃないわ。普通人間には普通人間の対応をすればいいだけ。」

 瀬織さんは、今削いでいる肉を一気に剥がして骨を放って、ずっ、と顔を近づけてくる。

「私に中身を知られるのが怖い? 蛾の蛹の中みたいに、ぐちゃぐちゃのどろどろに溶けた肉の中身を、私に見られるのが」

 ちょっと圧倒されてしまう、その瞳の中にはまるで満月の様な仄かな引力と惑わす光が宿っているように見えてしまって。

「そういうことじゃないよ、どうせ|この《僕の》中を瀬織が理解するなんて無理って話。」
「|国立《くにたち》は、《《どっちなの》》?」
「僕は……」

 僕は一体何を問われているのだろう。

「僕は、僕のEntheosに従っただけだ」
「ふぅん」

 何かの本の中で見たような、自分でも理解できているとは言えない薄っぺらな言葉が口をついた。上っ面の誤魔化しだったろう、難しい言葉を使えばわかった気になれて、わかった気になってその言葉を使えば相手にわかっている人間と思われる気がして。そんなことはこれっぽちもないのに。そんなことは、片端人間のすることだ。キチガイ……彼女の言葉を借りるなら|火垂向《ヒダリムキ》以下の、白痴な芋虫の。
 言葉の上では言い切ったものの、自分でもその言葉に共感できない歯痒さがある。だったら、僕はキチガイ、|火垂向《ヒダリムキ》だったのか、それとも常識に従おうとして失敗しただけの落伍者なのか。
 今でも掌に思い出せる、良心を手にかけたときの感触。まだ残っている柔らかい肉と体温の記憶。今は目の前でただの肉の破片と骨の山になっているのが、その成れの果てだなんて信じられないでいる。これは、本当に僕の中の神が囁いた、僕の中の正解だったのだろうか。それともいっときの狂気に踊らされたものだったのだろうか。それを見つめている今の僕は、どこからそれを見ている?
 その僕を見ている瀬織さんの、一体その目はどんな色をしているか。月のように輝く澄んだ色を、きっと今はしていまい。まるで豚でも見るような蔑みの色を湛えて、僕に落胆しているだろう。でも、その落胆は元々彼女が持っていたいわれのない僕への偶像化の剥げ落ちというだけなのだ、その落胆に僕が気後れする理由なんてものも、これもまたこれっぽちもないというものだ。
 なのに、僕はそれを恐れていた。理性では気に止めるものではないとわかっているのに、それは僕の中の|火垂《ヒダリ》が、異常性が、幼児性が、そうさせるのだろうか。
 そろり、と視線を彼女の方へ向けると、案の定暗い様子の視線が僕の方に向いていた。細めた瞼の下で、色の覗えない沈んだ瞳が僕を見ている。そのまま彼女は、小さく言葉を吐いた。

「脱いで」
「えっと、今度はどういう意味? 散々バカにされて懲りたからね。でも今回よくわかんないや、どういう意味?」
「そのまんまの意味」

 ひどく冷たい印象の声、やはり僕を嘲笑しえているか? だってそんなのは僕には関係のないことだ、瀬織さんが勝手に、思っていただけじゃないか。

「いやいや、濡れた服着てたら風邪ひくよとか、なんか別の意図があるんでしょ、今服は濡れてないけど。」
「脱げって言葉の意味?」
「うん」
「えっちしよってこと」

 うん? やっぱりちょっとよくわかんないな。そう言って首を傾げると、彼女の手が僕を捕まえた。



§ § § § § §



「えっ……と?」

 僕は自分の両親の死体が頭の上にある状態で横たわっていて、校内で一番か二番に可愛い(美的感覚には個人差があります)女子が僕の上に乗っかっている。唇同士がくっついていて、そのままするすると腕が僕の体に絡みついて来ている。僕はどうすればいいのかよくわからなくって、馬鹿みたいに腕を浮かせてどこに収めるべきなのか散々に迷った末に、彼女の背中の上に着地した。
 僕を押し倒したついでに気軽にスタンプでも押すみたいにくっつけられた唇は、でも全然気軽なものじゃなかった。熱くて、柔らかくて、自分が知っている唯一の他人の唇とは全然違っている。触れているだけなのに溶けそうで、溶けてくれないことにもどかしささえ感じてしまう。身動きをすると離れていってしまうような気がして身動き一つ出来ない。でも、こういうときにどうすればいいのか少なくともその選択肢の一つを、僕の体は、悲しいことに知ってしまっていた。突然訪れた想定外の出来事に取り乱したのが落ち着いてくると、熱を持った冷静さがやってきた。彼女の背中に着地している手に力を入れて、細くて薄い瀬織さんの体を、包む。唇が離れたけど、それは僕が身じろぎをしたからとか彼女の背中に手を回したからだとか、そういうことではない自信が、本当にくだらない、腐って落ちるべきような自信が、あった。
 唇が離れ僕は彼女の目を見る、彼女は恥ずかしそうに目を逸らしていた。少し紅の乗った頬が見える。

「|国立《くにたち》は、えっち、したことある?」
「えーと……まあ」
「えっ!? へえ、い、意外」
「悪かったね、彼女もいそうにない感じで」
「わわわ悪くないよ。……でも、私は初めてだから、リードしてほしいなって。お手柔らかにね」

 なんだと?

「初めて? 誘っといて?」
「初めての女が誘っちゃダメな理由でもあるの?」
「ないけど……どうしていきなりこんなこと」
「〝好きになるのに理由なんて必要?〟なんて、くだらない理由が必要?」
「必要なときもあるよ、実際に身に降り掛かってこれば……疑ってしまう」
「疑う? 私が悪い恩なのは今に始まったことじゃないよ?」
「そりゃあよくわかったよ」

 ひどい、そこは否定するところでしょ? なんて、悪戯な微笑を浮かべて、もう一度僕の懐に顔を埋めてくる。耳と肩の間に、彼女の声と息遣いが響いてきて、触れた感触はきっと唇のものだ。それと一緒に、体の壁越しに妙に強く響いてくるのは彼女の心音だった。正直死ぬほど照れくさい。ていうか、何のつもりだろう。なんで彼女が今僕の腕の中にいるのか、妥当な答を一向に見つけることが出来ない。好きだから、と言うニュアンスの答えは帰ってきたが、一体その言葉のどこを信用すればいいだろうか。
 彼女とこのまま好意に及んだとして、僕の身に危険が降りかかりやしないか。相手が瀬織さんでなければ、もしかしたら何も感じなかったのかも知れないでも僕にとっては……この言葉が適切かどうかはわからないが、身分差があるような感覚だ。彼女は学校内で群れずに孤高を「演じていた」、猫をかぶっているという言を否定しなかったところを言えばそうなるわけだが、それでも瀬織さんへの皆からの評価は総じて高かった、何よりもこの顔面偏差値がだ。僕自身については、今更考えたくもない。
 そんな逆シンデレラストーリーを信じられるほど僕の頭は悲しいかなそんなに都合良くもポジティブにもなれない。

「要求を聞こう」

 僕は何らかの小説に出てきた(引用可能な元が多すぎる)科白を、その気分になって口にしてみる。自分が創作の中の交渉人のように上手く相手の本省を引き出せるとはつゆも思ってはしないが、疑い続けていることと本性を知りたがっているポーズとしては、意味は通じるだろう。だが彼女時は交渉に応じるかどうかという駆け引きそのものをしようともせずに、いやこれが駆け引きの結果なら相当に頭の回る犯人で僕はお手上げということになるのだが、即答。

「セックス。」
「いや、だからね……」

 たぶん、お手上げの方だ。初めての女の子の対応とは少し信じがたい。ならばどんな風に男に行為をせがむのが正解なのか、僕はその答を持っていない、少なくとも今こうして僕の興奮を引き出せているのだから、その対応は正解の一つなんだろうと思わされた。

「|国立《くにたち》って、|火垂向《ヒダリムキ》のくせに、そんなつまんない皮かぶってるの、もったいないよ。剥いちゃおうよ」
「か、皮ってなに」

 えっ……なんで、バレたんだろう……トイレに隠しカメラでもあったんだろうか……。
 僕が青くなっていると彼女の口角が伸びるように上がる。まるで「つかまえた」とでも言いたげな、悪い笑顔だこれ。

「ねえ、細かいことはどうでもいいから、シよ?」
「女の子は、細かいこと、気にして!?」
「男だったらそんな細かいこと気にしないでよー」
「平行線っ!」

 拒否するならばもっとちゃんと拒否すればよかったのかも知れないけど……まあ、その、なんですかね、こんなところに二人で来たときから、期待がなかったかと言うと、なかったわけでもないわけで。瀬織さんとそういうことになれるのなら願ったり叶ったりとか思ってなかったというわけでもないのでそこは一つ……。

「気にしなくてもいいのなら……」
「じゃあ、いいよね、|国立《くにたち》?」
「やっぱ、まってまって」
「もう! ここまで来て女に恥かかせないでよ!」
「違うってば。瀬織」

 僕が瀬織さんの体を押し返して離すと、瀬織さんは少し寂しそうな顔を見せる、きっと拒否されたと思っているんだろう、でもそうじゃない。押し返して彼女の状態を立たせ、そのまま彼女を後に倒した。その上に僕が、被さる。

「く、くに……」
「瀬織、いいんだよね?」

 横たわった彼女の上半身にかぶさり、体重をかけないように腕を立てる。膝で立つ僕の脚の間で、瀬織さんの体は小さく縮こまっている、自分で誘ってきたというのに、まるで臆病な小動物みたいに。でも顔はまっすぐ僕のことを見ていて、目はしっかり見開かれている。僕の目の中に、目から飛び込んでやろうとしてるくらいの圧を感じる。そして。

「い、いいよ!」

 ぴーん
 さあ殺せ!のポーズみたいに急に全身を突っ張って体を棒みたいにする瀬織さん。

「……ぷっ」
「ハア!? ちょっと、何笑ってんの!? 女の子の必死をさあ!?」
「ご、ごめん……遂に死を覚悟したエビフライにしか見えなくて」
「さっ、最低っ! これでもわた―」

 腕を折って、肘で立ち、彼女の首筋に顔を潜り込ませた。首から肩にかけてのなだらかな曲線を唇で、ひとつ、ふたつ、啄んでから耳に口を寄せて言う。

「力、抜いて、瀬織」
「っ」

 誇れる経験はない。経験ありとしても多くはない性知識に、その裏付けは母親相手の忌むべき行為だけだ。こんな風に気取った対応で女の子が逆に嫌がらないかとも思ったけれど……瀬織さんには悪くなかったみたい。さっきの全身をピンと硬直させた棒状はやめてくれた。そのまま首筋に幾つかキスを落とすと、彼女の体は僕が望んでいるとおりに柔らかくなってくれる。僕の下で彼女の体がゆったりと力を抜いていくのがわかった。
 「背中、浮かせて」って彼女の服に手をかけて、ボタンを一つずつ外していく。

「じっ、自分で脱ぐよ、そんなことまで……」

 拒否しようとしたが、僕はお構いなしに彼女のブラウスのボタンを外していく。僕が上から外そうとすると、彼女は律儀に下から外していた。ボタンを全部外して、現れたシャツをたくし上げる、彼女は背を浮かせてそれを助けてくれたし、そのついでにブラも外してしまう。
 ブラを外した下から現れた瀬織さんの胸は、案外小さかった。口が避けても言えないことだけど。凄く大人っぽい印象を受ける人なのに、胸のサイズは……幼さまで感じる。

「ち、小さいとか言わないでよ!」
「い、言ってないよ……まだ」

 でも、大きさなんて大した問題じゃなかった。僕にとっては、こんな風にハリのある若い乳房は、初めて目にするものだった。見ているだけで、凄く、興奮した。膨らみは控えめだけれど、先端に見える桃色の蕾は想像以上に、えっちなものに見える。それにそれが瀬織さんのものだと思うと、余計に。

「きゃふ……っ」

 掌全体で包むように、でもさり気なく指の腹が乳首に当たるように、胸に触って回すような動きで揉むと、瀬織さんは切なさそう……ではなくて単に怖がるような表情で声を上げた。

「まだ緊張してる?」
「だ、大丈夫」
「僕は、緊張してる」
「えぇっ」
「だって、あの瀬織が、僕の下にいるんだよ? 緊張しないはずないよ」
「あのって、どの瀬織?」
「……この瀬織だよ」

 そういってキスをする、あんまりにもキザだった気がするけど、瀬織さんは手を伸ばして僕の上半身に抱きついてきた。

「私の気持ちのことは信じてくれなくてもいいけどさ、私のカラダのことだけは、信じてほしいな」
「うん?」

 瀬織さんは僕の手を握って、胸の辺りに当てる。ドキドキしているのが凄く伝わってきた。

「クサい科白にはクサい返しをってね」

 でも彼女が僕の手を連れ回す先は、胸の辺りでは、むしろ本当はそっちに連れて行きたかったと言いたげに、胸元からは早々に引き剥がされて僕の手は、下半身に、そして。

「どうなってるか、言ってみてよ」

 僕の手は彼女の股の間で、ぬかるんだ沼地に触れた。

「濡れてる」
「……自分でする時も、こんなになったこと無いよ。こっちは、信じられない?」
「信じる」
「あー、男ってゲンキンだね」
「ごめんw」
「まあ、私も? これじゃ人のこと言えないんだけどね?」

 だから、ね。と耳元で囁いてくる瀬織さん。僕の肌をさらさらと撫でていく髪の毛の感触は、くすぐったいばかりではなくて、強烈に劣情を煽ってくる。それに、女の子の香りって、どうしてこんなにもドキドキさせられるんだろうか。
 若い肉体も、そうしたフェロモンじみた空気も、それに何より彼女の強がってはいるが実際には全くたどたどしい態度も、今まで僕が経験してきた経験のどれよりも興奮する。

「瀬織……その、いれたい」
「さっきからそう言ってんだけどねえ」
「うぐ」

 たしかにそのとおりなので何も言えない。でも、もう迷うことも無くなってしまった。彼女の言葉には嘘はないのだろう、結局僕の覚悟だけの問題だったということだ。
 僕は彼女のカラダの上に……あたっているものを少しずつずらして、ぬかるんだ柔らかい肉の中央へ、狙いを定める様に。熱くぬめりを持った柔襞がに先端で触れると、何本もの舌で舐められているような錯覚を覚える。包み込むように絡みついてきて滑り感で舐ってくる柔らかな襞はしかし、僕の知っているそれよりもハリがあって瑞々しいような気がした。

「そ、そのまま」

 彼女がそう言うのなら僕には止める理由がない。僕はその秘密の肉部屋へ、少しずつ押し入っていく。柔らかい襞襞に包まれた狭い道を掻き分けこじ開けながら進んだ。襞の一枚がペニスの亀頭に触れたなら、それは弾けるような感触を発し、その直後に滑り液をなすってくる、新たな襞一枚と共に。それを全方向、少しでも彼女の女性を貫くその都度に、キツく締め上げながら無数の柔らかい襞を備えた肉筒が僕を握りしめてくるのだ。一気に奥まで突き込んで、そのまま引き、また突いて、つまりその粘襞存分に味わって射精に直行したくて堪らなかった。
 もう少し、もう少し、と思いながら僕は分身を彼女の中心へ挿入していく、そして、何かが切れるような感触が、伝わってきた。同時に。

「いっ、った、あぁっ……」

 彼女が遂に声を上げた。予想はしていたけれど、僕は落胆してしまう。彼女にではない、単に、このまま射精に突っ走れない、焦りの隣接としての落胆だ。

「ごめん、ちょっとだけ、我慢して」
「っ、気、遣わなくって、いいからっ。ああっ!」

 とはいえ、そんなに痛がられると気を遣うなという方が無理だ。ボクは動くのを止めて一旦息をつく。

「な、何? もうイキそうだったの? そーろー」

 イキそうで止めたわけじゃないけれど、こんなところで言い返しても仕方がない。

「悪かったね、健気に痛いの我慢してる誰かが可愛くってさ」
「ばっ……! そんな歯が宇宙まで飛んでく様な科白、よく言えるねっ!」
「瀬織こそそんな高レベルな冗談が言えるなら平気かな」

 少しだけ動かしてみる、が、彼女はすぐに辛そうな声を取り戻してしまう。

「うっぐ、ああっ」
「力入ってる」
「入れてないっ!」
「もう、いじっぱりっ」

 ボクは胸をほんの撫でるようにだけ触り、彼女の耳たぶを食んだ。
 動かずに、このまま別の場所で触れ合っていよう。
 元々、彼女の動機がわからない、何かに気が急いて好きでもない相手から「セックスの経験」という言葉を得るためだけに押し倒したのかもしれない、ボク相手に感じようとなんかする必要もない、痛みを増さないようにやり過ごす方がいいのかも知れない。こんなことも、これきりだろう。

「んっ」
「無理しなくていいから」
「|国立《くにたち》こそ、痩せ我慢なんかしなくても」
「いきなりそんなに締め付けられたら、そりゃ我慢もするよ」

 そんなんじゃないくせに、と言っている口を、塞いであげた。しばらくそのまま、ただ肌と肌がくっついている感触だけを、お互いに確かめるみたいに小さく体をくっつけて、たまには掌でお互いの体を撫でたり少しだけ強く抱きついたり。
 夜の空気は少しだけ冷たい、ここには潜り込む布団もない。でもお互いの肌がくっついているところは暖かくて、瀬織さんもきっとその温度を感じている。だからなんだか離れる気にならなくって、こうやってただくっついているだけでも心地がいいんだ。
 少しだけ《《欲しく》》なって、胸に触れている手にちょっとだけ力を入れて柔らかい肉感を味わってしまう。乳首の周辺が固くなってるのは、単に人に触れられる経験がなくて緊張しているからか、少し冷たい外気に張り詰めているのだろう。興奮でそうなっているなんて、経験豊富な子じゃないのは、よくわかってるつもりだ。こうして考えると、自分がもう数え切れないほど性行為を繰り返していることは、酷く情けないことに思えた。相手は、自分の母親だなんて。
 頭の中からその嫌な気分を追い払おうとして、目の前の瀬織さんの顔を入力して脳内映像をかき消そうとする。それを、ボクが彼女を見つめているのだと思ったのだろうか、瀬織さんは真っ赤になって横を向いてしまった。

(前は近づき辛い人だと思っていたけれど、可愛らしいな)

 クラスメイトに「かわいらしい」なんて上から目線の感想はなんだか不誠実な感じがするけれど、それでも正直な感想だ。経験が多そうだし、精神的にも僕よりも成長していそうな、つまり大人っぽい子なのに、こうしてみるとまるで年下みたいだ。
 恐る恐る、彼女の頭に手を乗せてみる。嫌がる人もいるらしいけれど、触れてみたくなった。
 瀬織さんの髪の毛は、思った以上にさらさらで、自分の髪の毛とおんなじ成分で出来てるなんて信じられない。自分の髪の毛が100均でセット販売してる筆の毛だとすると、瀬織さんの髪の毛は、ブラシ一つで目が飛び出るほどの値段がする化粧用の筆だ、しなやかで柔らかいのに存在感がある。手櫛を通してその房を掌に取るだけで、その感触が心地よくて何度も撫でてしまいたくなる。僕は頭の上からさらさらと手を滑らせる。

「嫌?」

 瀬織さんは頭を振る。

「指が髪の毛の中入って頭に触る感じ、むしろ好きかも」

 彼女が言う通り、頭を手に乗せて髪の毛の表面を滑らせるのではなくて、手櫛を入れるときに指先で彼女の頭皮を撫でる様に撫でる。すると、まるで猫が飼い主に毛繕いをさせている時のように、目を細めて少しこそばゆそうに笑う。

「あ、すきー。そういうのされたこと無い」
「お気に召したようで、お姫様」

 もうしばらく黙ってそうしていると、彼女の方から顔が寄ってきて、僕はそれを迎えるように唇を差し出す、お互いに唇を突っつきあって、体を寄せてくっつけあった。

「なんかおかしいね、こんなの」
「まあ、いいんじゃない?」
「|国立《くにたち》に手玉に取られるなんて思わなかった、慣れてるなんて」
「ちょっとお、そんなつもりじゃないんだけど」

 クスクスと笑いあってしまう。こうしてる間も、一応、つながったままだ。僕は勃起したままだし、彼女の中は潤っている(見えているわけじゃないから血かも知れないけど)。こんなセックスもあるんだな。
 それから何回か寝返りをうってお互いの体勢を変えたりしながら、ずっとくっついたまま。彼女の体に触れて、撫でて、逆に触られて撫でられて。キスしたり、どうでもいい話をしたり、またキスしたりして、随分長い時間そうやっていた気がする。

「|国立《くにたち》」
「うん?」
「お待たせしましたっ」
「……なに」
「私も遂に、大人になろうと思います」
「はあ?」

 もう、すっかりくっつき慣れていて、下半身の一箇所が接合している以外に、そんな感じは一切無くなっていた。いや、むしろもっと、解けた感じだろうか。冗談を言い合って、軽口を叩きあって。

「もう、平気。動いていいよ」
「すっかりその気が無くなったんだけど」
「へーえ、私の中でまだガッチガチなんですけど、体は正直だな、って言えばいい?」
「〝くっ、ちんぽにはかてなかったよ〟」
「よろしー」

 僕は苦笑いしながら彼女の上に被さり直す。
 今更、いやだったらいいよ、なんて言葉は要らなくなっていた。くっついてる間に、そういうのが全部吹っ飛んでいっていて、互いの第一声を素直に受け止められるようになっている。

「じゃあ、あらためて」
「もう初めてじゃないからね!」
「ハイハイ」

 そんな簡単に痛みがなくなるわけがない、流石に僕でもわかる。挿入を深めていくと、案の定彼女は再び痛そうな表情を見せる。ゆっくりと少し腰を引く動きでも、彼女は八の字を寄せた。

「あっ、に、二回目でも変わんないわ……」
「だろうねw」
「でも、もう初心者講習は無し」
「大丈夫?」

 こくん、と頷いた瀬織さんの額に一つキスをして「ごめんね」って言って。一気にではない、でもゆっくりでもない感じに、最後まで、押し入った。
 やっぱり辛そうな表情を見せたけど、僕はそれを見ない振りをして無視し、そして前後運動を始める。ああ、やっぱりこれが、欲しかった、これがしたかった。瀬織さんの膣で、こんな風に、射精欲に素直になってみたかった。女の子に迫られたりしたら誰だってこうだ、僕が殊更カルいってわけじゃない。自分に言い訳しながら、腰を動かして、ペニスを包み込んでくる瀬織さんの膣に夢中になる。

「く、せ、瀬織っ」
「あうっ、んっ……くっう……っ」

 彼女がくぐもった声を噛み殺しているのはすぐ耳元でわかった、でも今の僕にはそうしたいじらしい行為は全部性欲に直結してしまう。下半身に力が籠もってしまうしその先端は余計に固くなってしまう、腰を動かしたい欲望はみるみる膨らんで、そして今はそれを止める意志が薄い。
 僕はあっという間に身勝手に腰を振る最低男のプレイに身を任せてしまっていた。さっきまで我慢していたのなんてもうノーカンだ、女の子を無視した自分本位のダメ男、射精欲に……何より瀬織とセックスしたいっていう欲望に、もう、抗えない。

 ずっ、ぶぷっ、ずっ、ぐっちゅっ、にゅっ、ずっ、ぐちゅっ

「っ、〜っ、ぅっ」
「瀬織、の、中、すごい、きもちい」
「ほ、んと?」
「んっ」

 ぐりっ、ぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、ばんっ、にゅぶっ、ぐっちゅっ
 ほんとにきもちいい、の返事の代わりに、僕は一層強く性肉摩擦に没入していく。

「せお、り、っく、んっ! あっ、ふ、ぅっ、瀬織っ」
「……|国立《くにたち》……なんか、可愛い」
「かわいいって、そんなの」

 瀬織さんが、急に僕の背中に回した腕を強く締めて抱きついてくる。大きいわけではない瀬織さんの胸がでも、押し付けられるとしっかり柔らかさを持っていて、ドキリとさせられる。

「お、女とセックスしてるときの男って、可愛いんだね。……、っ」
「しっ、らないよ、そんなことっ」

 可愛いと言われて、普通の男ならばプライドを傷つけられたと怒ったり、あるいはそんな女を黙らせるために乱暴なセックスをしたり、あるいは有無を言わせないテクニカルなプレイで籠絡したり、するんだろうか。僕は……可愛いと言われて、瀬織さんにならいいなって、嬉しくなってしまった。
 その嬉しさがそのまま下半身に突き刺さる、付け根から鈴口へ一直線に太く通った快感の伝道がびりびりして、その感覚にお尻の穴をきゅっと締めてしまう。おちんちんが彼女の中で跳ねて、亀頭がにゅるっと擦れて快感を生んだ。

「ふぁっ」
「ほら、かわいっ♥」
「瀬織、痛くないの?」
「いたいけど、|国立《くにたち》可愛くてそれどころじゃないかも」
「なんだよそれえっ」

 背中に回っていた手の片方が僕の後頭部を捕まえてキスを強制してくる、抵抗するつもりなんか無くて、彼女に唇を座れるままに唇を開いて、舌を吸い出されて絡め取られるままに伸ばした。口から注ぎ込まれる快感が、鼻から情けない媚声になって漏れてしまう。

「んっんううっん」
「ちゅっ、ちゅうっ、ふうっ、ん♥」

 あんまりにもされるがままに変わったことに、残り僅かなプライドが男の威信をかけて腰を動かした。

「んっ、ぷ、あっ、あ、ク|国立《くにたち》、はげしっ……いきなりっ」
「瀬織っ、もう慣れてきたの? 初めてなのにもうっ、ふううっ」
「まだ、なれてない、けどっ、あ、痛いけどっ、それ以上に」
「気持ちいいの? えっちだ、瀬織」

 したり顔で行ってやったが彼女は首を振った。

「それ以上に、|国立《くにたち》のこと、好きになっちゃったかも」
「はっ?」

 瀬織さんは僕の首っ玉を引き寄せて、もう一度口づけしてから、そのまま視線が絡まないようにお互いの方にお互いの首が当たるまで抱き寄せてきた。「好きなように、して」それ以上何も言わない。

「瀬織」

 僕の声は今、凄く近い距離で瀬織さんの耳に入ってる。僕が名前を口にする度に、彼女の中がひくっ、と動くのがわかる。瀬織さんが何も言わないなら、僕もそうすべきなんだ。

 くちっ……くちっ……ぐちっ、くちっくちゅっくちっっ

「ふっ……あ」
「せお、りっ、我慢して、ね」

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ

 射精まで一直線。リズミカルに腰を動かして、肉と肉の摩擦、粘膜同士のぬめり合いに、集中して、絶頂を求めて腰を動かす。
 竿を舐め回す膣道、亀頭を舐り回す襞筒。溶けるように熱い粘液が絡みついて、僕のおちんちんは彼女の中により奥に、より深く、入りたがって奥で口を閉じた肉門をほじってしまう。その摩擦刺激にさえ快感を感じて……違う、この奥が子を宿す部屋だということなんて、僕にはどうでもいいことだった。今ほじっているのが狭い膣なのか、それとも子宮口なのかも、どうでもいい。ただ、ただただ、瀬織さんに体を求められて彼女にくっついて、彼女の中で絶頂するために、いまペニス粘膜に与えられている快感刺激に集中してそれを享受し続けようと動いている。それ以外は……どうでもいい。

 ぱんっ、ぱんっ、ぐっちゅ、ぱんっ、ぱんっ、ぐっちゅ、ぐちょ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ

 二人の肉同士が衝突する音が響き、その度に内側でも強烈な快感が生まれる。彼女の中に潤い溢れてくる愛液の量も、なんだかねっとりと粘り気を増して量も増えているような気がする。僕のペニスの内側にはペニスを跳ねさせる度にとく、とくと液体が通り抜ける感触がある、本気汁が亀頭を染み出していた。

「せおりっ、あっ、いいよ、瀬織の中、すごく、気持ちいいっ もうすぐだから、もうすぐ終わるから、もうちょっとだけ我慢してっ」
「|国立《くにたち》ぃっ、ねえ、っ、わ、私変っ、もう痛くないの、中がにゅるにゅるするのが、気持ちいい、一人でスルときみたいに、すごくっ、あ、私、初めてなのに、感じれてる、かもっ」
「ほんと? っっ!」
「ちょ、ちょっとだけ、だからっ、そんな、すごくじゃなくって……あっ! ん、つ」

 ぐちゅっ、にゅるっ、にゅっ、ずっ、ぱんぱんぱんぱんっ、にゅ、ぬるぬるっ

 下腹部同士を押し付けて深く挿入した状態で腰を回すように動かす……母が好きなやつだ。
 僕は腕立てて、彼女の口に、首に、胸元に口をけたり、頬同士を合わせたりしながら、腰を動かした。ぬるみをました膣肉との摩擦が、もうブレーキを失って、勝手に加速していく。気持ちいい、もっと、気持ちいい、こすって、きもちいい、射精、きもちいい、イきたいっ!

「あっ! んあ、そ、それ、ちょっと、いいかもっ……! あ、うっ、あ、だめ、やっぱ痛い……」
「ごめん、もうとまんない、わ」
「あくっ! あ、あ、ああっ! ああああっ、く、|国立《くにたち》っ、|国立《くにたち》っ、私、平気だから、そのまま、っあ、ああっ!!」
「ふっ、う、あっ、ふうっ、ふっ、瀬織、でそう、っ」
「いいよ、今日は平気だから、っ、いいよっ」
「せおりっ、あ、あああっ、あーっ、イく、イく、イくイくっ、ああああーーーーっ!」
「っ!? こ、っこれっ、が、っ……ナカっ!? 」
「せおり……せおっ」
「うっわあ、くにたち、かわいいカオ、してるっ……」
「や、だってば、せお……い、いって、僕射精てるから、しめっ……くあ、あ、あ、あっ……」
「|国立《くにたち》、イってる時、声裏返ってて、すごい可愛いよ……はあっ、中出しされたったんだ、私、中に感じるくらい、いっぱい、出されて……っ、あ、クる、私、中出しされて、イ、いっく、うっっ♥」

 僕が瀬織さんの中に散々精液を吐き出してぐったりしている最中に、彼女は、中に出された精液の感触と、男に中出しされたという事実確認で、高まり昇っている。瀬織さんはその間僕の目を、怪しい瞳で見つめ続けながら、射精し終わってただ空撃ち痙攣を繰り返す僕のペニスに更に追い打ちをかけてきた。膣が締め上がって蠢いている、それどころか、奥に飲み込むような複雑な動きで、これは、彼女も……?

「|国立《くにたち》、私、案外いけたわ」
「う、うん……」

 絶頂後の身動きの取れない弱よわペニスを、貪欲な口に化けた膣でいいだけ舐め回した後、彼女はようやく僕を解放してくれた。僕は尻を引いてペニスを抜く。もう絶頂後刺激が過ぎて、抜くときの刺激でさえ快感、なんて思えなかった。その摩擦だけで、悲鳴のような声が漏れて、情けなくて彼女から目を逸らしてしまう。

「くゅ」

 僕が情けない声を上げて彼女の横に転げ込んだ。疲労感がすごいというか、運動量が思った以上で、息が上がっている。それは彼女の方もだ、と思って横を見た……が、全然そんなことなかった。少々行きが上がっているようには見えるけど、彼女の視線はまっすぐに上に放り出されたままで、両手を大の字にして(つまり彼女の右腕は今僕の頭の下にある)、脚も僕の体を挟む幅に開かれたまま床に放り出されている。

「えっ、と……」

 大の字になって横たわっている瀬織さん。まるで死体みたいに動かないけれど、快感で呆然としているという感じではなく。
 彼女の口が、開いた。何を言うのかと思えばそれは僕の想像を遥かに超えたことだった。

「あー、なーんでこんなことしちゃったんだろ」

 そう、それだ。その呆然が、よくわかる感じで横たわってる。

「はあ!?」

 中に出した精液が、瀬織さんの割れ目の間から、少し垂れ出している。AVとかエロ漫画みたいに大量に射精るわけがない、それでも瀬織さんの中に出した量は、《《それまでのどの経験》》よりも沢山だったように思えた。股の間に残るぬめりを全く気にもしない様子で、ただ大の字を崩さないままの瀬織さん、その科白がなければまるでレイプに自失状態にある女の子のように見える。
 〝ナーンデコンナコトシチャッタンダロ〟どこか滑稽に聞こえるのは、その体勢なのに出てきてる声がどこかバカにしてるような声色だったからだ。早弁して、昼休みに食べるものが無くなった、そんなレベルの低い自業自得を、自らギャグに貶めて教室の外をぽかんと眺めているみたいな、そんな言い方だ。彼女にとって、初めてだったはずなのに。それとも初めてのそれは彼女にとってその程度のものだったのか。
 僕はティッシュペーパーで彼女のそこを拭いてあげようかと思いって荷物を漁り、それを見つけ出して戻ってきてみれば彼女はもうすっかり上半身を起こしてあっけらかんと、あぐらで腕を組んで僕を見ている。腕を組む姿勢は僕を責める何らかの意思ではなく、こんなはずじゃなかった、と原因を思い巡らす思惟のポーズだった。ていうか、全裸であぐらはどうなんですかね瀬織さん。

「セックスって、あんまし気持ちよくないね」

 ぇぇ……?

「ごめんって、下手で。」

 っていうか、その、初めてって気持ちいいもんじゃないって聞いたことあるけど……。

「ちがう、多分。なんか、最後のパコパコしてるときより、ただ黙ってくっついてた間のほうが気持ちよかったよ。その時のこと思い出して、|国立《くにたち》の必死なカオ見てたら、パコパコもすこし気持ちよくなれた、かな。でも、おかげで初めてもイけたんだから|国立《くにたち》はよくやったよ、うん。えらいえらい」
「そりゃどうも……」

 何を説教されているのかよくわからない。
 ティッシュを取ってみたが、彼女の股を拭いてあげるべきかどう良くわからない、彼女はもう起き上がって何やら考え事をしたり僕に不満を言ったりたりしてる、その彼女のまたの間に手を突っ込むってなんだか変じゃないか? というか、そんな勇気がない。

「ありがと」
「あっ」

 案の定、彼女はさっと僕の手からティッシュを奪い取って自分で拭き始めた。その行為もなんだか……卑猥な感じがしてしまって僕は目を逸らす。

「でも、違うんだ。そうじゃないの」
「なにがさ」
「多分、セックスより気持ちいいことがある。私、それをずっと探してる感じがする」
「はあ?」
「セックスはそこまで気持ちよくなかったけど、わかったことがあるの」
「なに」
「それをくれるのは、絶対|国立《くにたち》だってこと」
「〝もっと気持ちのいい何か〟を? 瀬織は僕に何かを期待し過ぎなんじゃないのかな。僕は何の取り柄もない、ただの」
「そう、ただの|火垂向《ヒダリムキ》ニンゲン。だから、期待しちゃうんだ」
「……わけがわからないよ」



§ § § § § §



 どう答えるのが正解なのか全く検討も付かず、狼狽えることも出来ずに立ち尽くして(すわってるけど)いると、瀬織さんは急に僕の肩を掴んで、真面目な顔を向けてくる。何なんだよさっきからコロコロ表情変わってギャグなのか。

「ここ、出よ」
「まあ、処理が終わったら長居は無用だからね。この先どうしようかな、深く考えないでやっちゃったし……瀬織を巻き込んじゃった」
「私が巻き込まれに来たのよ、自惚れないで」
「これは自惚れなのかなー……」

 なんだかよくわからない絡み方をしてくる瀬織さんの声を聞きながら、脱ぎ捨てた(脱がされたような気がするけれど)服に手を伸ばす。それを引き寄せながら、なんとなく心変わりをしてしまった自分を自覚しながら、少し絞り出すようなつもりで声を出した。

「僕の両親は、ある宗教の信者で」

 僕は隣に寝ている彼女の方へ視線を投げもせず服を着ながら言うのを、彼女は耳を峙てて聞いているのがわかる。彼女も服を脱いでいるはずなのに、着付ける音が聞こえない。ただ、うん、と小さな相槌が聞こえてくるだけだからだ。そんなに聞きたいことなのだろうか。

「結構敬虔な信者だったんだ。物心着いた頃から、僕もその教えの通りに生活させられてた。肉を食べちゃダメとか。日本の学制学校は間違った教育をするから、本当は行くべきではないとか。女は家にいて神様に祈りを捧げながら生きていくとか。あとは、信者同士でなければ結婚できないとかあるみたい。」
「それだけ?」
「え、うん、その生活が嫌になって」
「違わない? そんなありきたりな理由で親を殺すなんて思えない。|国立《くにたち》、抑圧の力の方も凄く強いのに、そんな理由で内圧が爆発するなんて思えないな」

 見ると、瀬織さんはやっぱり服を着ないでいた。まだ全裸のまま、背を丸め抱えた膝の上に顎を乗っけて顔だけをこっちに向けるように見ている。その表情は、僕の言葉を疑っていると言うよりは「本当に理解できない」と言いたげな不思議なものでも見るような顔だ。

「思えないって言われても、そうなんだから仕方ない。その内圧が抑圧がってのも、瀬織が勝手に考えたことだろ。僕に何の理想を被せようとしてるのさ。僕はちょっと特殊な家に生まれたかもしれないけど、普通の人間だよ。何の取り柄もない、何の特殊さもない、普通中の普通の人間。僕もそうありたいと思ってる、だから変な宗教にハマってる親も嫌だったし。」
「ご両親も信者なんだ?」
「うん。父親は結婚を期に入信したみたいだけど。信者の母とどうやって知り合ったのかね、あんまり知りたいとは思わないし……もうどうでもいいことだけどね。」
「殺さないと、状況を抜け出せない状況だった? そんなふうには思えないのだけど」
「思える。実際にそうなってみれば、そうする以外に何もないって。僕の抑圧力?が低いなんて、そんなのどうやって決めたんだよ。僕は耐えられなかったんだ、あと何年かして独立すればこんな家にいる必要なんてないのに、その何年かも我慢できなかった。その先に、独立したって追いかけてくるのかもしれない親と宗教の影に怯えながら過ごす未来を想像しただけで絶望で頭の中が真っ黒になる。人生100年時代とか言われていて、僕は親が28歳の……まあ30でいいや、30歳の時に生まれた子供だ。もし親を殺さずに親が死ぬまで待つというのなら、僕が親から解放されるのは70歳になってからだ、あと50年以上ある。そんな人生が来ることも、そんなに長い時間怯えながら暮らすことも、僕は耐えられない。」
「だからって、殺しちゃったら長い間塀の中じゃない」
「無期懲役以上にさえならなければ、50年も収監されることはない、最長20年だ。今の内にこなせば……少年Aで済む。少年法の適用を外れても、特殊な状況だからきっと執行猶予が望める。10年の収監だって、50年に比べれば微々たるものだ。」
「特殊な状況って?」

 しまった。この先まで言うつもりはない。僕がどうして「経験済」だったのかなんて、瀬織さんに知られたいことじゃない。僕は、それはどうでもいいと言葉を濁す。

「宗教が絡んでるってことだよ、それも今話題のね。とにかく、耐えれば耐えるほど無用に損害する、その上長く耐えていたからって何の意味もない、誰かが〝よくこんな家庭でまともに生きてきたね〟って表彰しれくれる訳でもない、正直者がバカを見るってやつ。少ないけどご飯がもらえていないわけではないし、学校にも行かされている、表面上はまともだから児童相談所も対応してくれなかったしね。……だから、早くやらなきゃいけないんじゃないか、そう思ったら耐えることができなくなったんだ。」
「でもそれには、殺して埋めようとするのは失敗だったね。自首すればよかったのに、こんな風に手の込んだ死体遺棄までやって。手伝っておいて言うことじゃないけどさ。特殊な状況って何? まだ何か原因があるんじゃないの?」

 勘の鋭いひとだなあ。そこは触って欲しくないんだ。

「そうだね。瀬織の言葉を借りるなら、満月の魔力に惑わされたのかも。でも、それも結局は、自分の責任だ」
「で、特殊な状況って何? 殺人刑で執行猶予なんて滅多につかないよ。自分で手を下したことはないけど、死体の処理をしたこともあるし、私だって少しくらいは調べた。それでも」
「耐えるべきだったんだろうね、本当は。人間という社会で生きるのには、100−28−16、こんな単純な引き算で出てくる答えさえ、見てはいけないんだ。僕のEntheosは、僕の宗教は、僕の理性は、その短絡的な答えを目にしてしまって、引き算の答えにアホみたいに誑かされて、道を誤った。僕が馬鹿だっただけだ、そこに肯定するよう育って褒める要素だって、一つもない。」
「ねえ、聞いてる? 特殊な状況って」
「うるさいなあ!」

 ああ、泥沼だ。僕の意志というのは、ほら、こんなにも軽薄で、脆い、見てわかるじゃないか。なんでこんなこともわからないんだ、瀬織さんは。目の前で意志力判定に失敗しまくって転んでいるバカを、ちゃんと認識して欲しい。

「言ったとおり、その宗教では女はずっと家にいるってことになっていて、でもうちの母親はそれを更に曲解して実行してる。母らしいこともせず、ずうっと何かを祈ってる。一日中、ずっと狐憑きみたいに変な声を上げながら、それは祈りの声みたいなんだけど、聞いているだけで頭がおかしくなりそうだ。そんな状態で一歩も出てこようとしない、引き篭もりと同じ状態なんだ。父親もそれをどうにかしようとしない。教えを受け入れようとしない僕は家の中では腫瘍みたいに扱われてた、出来れば消えて欲しいって、切除したいって、治そうとされたけど僕は拒否したから。学校に行っていたのも、親にしてみれば気に食わないことだったんだろうね。耐えられなかったんだ、母が憎くて、父も疎ましくて、とにかくこの家が壊れて欲しかった。壊したかった、ガキ臭い発想だけれどね。他にどうすればいいかなんて僕にはわからない。いや、他にすべきだったのは、やっぱりそれでも耐えるべきことだったんだろう。」

 僕は感情の漏れ出すままに家の状況への憎悪を吐露する、特に母親への。口汚く憎しみの籠もった声に、なっていたはずなのに。瀬織さんの口から出てきた言葉は信じがたい誤読の結果にしか思えなかった。

「お母さんのことが大好きなのか」
「好きなものか!! 好きだったら殺すわけがないじゃないか! 好きだったら、求められて応じることにも苦痛なんてないはずじゃないか! 適当なこと言わないでよ!!」
「〝求められて〟?」
「……」

 やってしまった。一旦吐き出し始めると止まらない、本当に嘔吐のようなものだ。ある程度出ていってしまうと喉元から胃の底まで全部が芋づる式にぞろぞろと引っ張り出されていく。止めようと思っても止まらない、こんなもの人に見せられるものじゃないのに。そこまで言う必要なんてなかったのに、口から漏れるままに言ってしまった。ついかっとなって、とはまさにこのことだろう。

「それが、ホントの理由」
「気持ち、悪いでしょ、実の母親となんて。さっき初めてじゃないって言ったけど、さっき瀬織とした以外は、母親としかしたことがない」

 ああくそ、なんでこんなことを、言わなきゃいけないんだ。
 流石に瀬織さんにとっても予想外の答えだったのか、言葉に詰まっているようだ。

「……そんなの、性的虐待じゃない。望んでした行為じゃないんだし」
「でも僕は、イッたんだ、イッてたんだ、何度も、何度も何度も何度求められても、僕は母との行為で、勃起して、感じて、射精してた! 頭では大嫌いだと思っていても、体は母を孕ませるために機能していた! 認められるか、こんなの!! それこそ僕は口では嫌と言いながらも結局母に欲情していたキチガイじゃないか!! 母が生きている限り、それを知っている父親が生きている限り、この事実は否定できない、僕はずっと、母を殺さない限りずっと、その事実に怯えて生きていかなければいけない、そんなの、耐えられないだろう!?」
「|国立《くにたち》は被害者なんだから、悪いなんて必要―」
「悪いなんて思ってない、この事実について僕が悪いなんてことはこれっぽっちも微塵も一欠片も一滴たりとも一ミリも、ない、あってたまるか! でも僕は、被害者ヅラしたいんじゃないんだ。誰が悪いかなんて関係がない、事実は消えない。それを誰かのせいにしたって何の意味もない、救いにもならない。むしろそうやって〝被害者〟って言葉で片付けられる方が腹が立つ、勘違いも甚だしい! このことを母のせいにして母が悪かったから僕は悪くないよと世界中の人間が口を揃えて言ったって、僕は誰かに向かって愛情を覚えて愛欲を持ち、勃起してセックスして射精する度に思い出すんだ、僕の欲情は母にさえ向くように作られた色キチガイの欠陥品なんだと。だったら誰が加害者で誰が被害者かなんてそんなの、どうして意味がある? その事実に近い人間を、世界から消し去る以外に、どんな解決法があるっていうの? さっき瀬織とセックスしていても、僕は瀬織に……っ!」

 いきなり、瀬織さんが僕の肩を掴んで引き寄せてきた、そのまま、ぎゅ、と抱きしめられる。背中をぱたぱたと叩かれて、肩に乗っかった首、耳元に囁く声はゆっくりで少しだけ低いトーン。

「ごめん、変なこと聞いて。でも、よく出来ました」
「はっ?」

 よく出来ました、って何? よくわからない、いやわかるけれどそんなことは認めたくない、苦い気持ちに埋め尽くされて、それ以上何も言えなくなってしまう。ああ、しまったなあ、本当に。こんなことは墓場まで持っていくつもりだったのに、何が悲しくてクラスメイトに話す必要があっただろう。逃げ出したくなるほどの恥ずかしさで顔が熱い、こんなことを知られて気まずいと言うか、この場にいるのだって、辛い。なんで抱かれてるんだ、ガキか。ガキなんだろう。
 でも、そうやって抱かれていて、なんだか妙に気分は落ち着いた。さっきセックスしてたときとは随分違う暖かさが、彼女の体から伝わってきているような気がした。

「だいじょうぶ? おちついた? 《《もっかいする》》?」
「しないよ。できるわけないでしょ」
「そう?」

 瀬織さんは何か、妙にキラキラした顔で僕の方を見ている。慈しみ、とかそういうんじゃない、口元がほんの少し歪んでて……笑っているのかこれは、弱みを掴まれたって感じだ、口は災の元、ってやつに違いない。はあ。

(でも、なんだか体が軽くなった様な気がする)

 不思議なものだ、母とあんなに体を重ねていたのに、その時伝わってきていた体温はこんなにも気持ちの悪いもの、と思っていた。人肌の温度というのはこんなにも不気味で嫌悪感のある温度かと、思っていた。でも、さっき瀬織さんから感じていた温度はなんだか嫌な気がしなかったし、更に今伝わってくる温度は……不思議と心地が良いものに思えていた。
 ずっと、こうしていたい、とさえ思ってしまう。でも、そうは行かないものだ。
 瀬織さんは僕の気を知ってか知らずか立ち上がる、僕らの存在しない遠くの世界に乱れ飛ぶ蛍の群みたいなヘッドライトを受けて、彼女の顔には不規則に交差する光の筋が映し出されている。SFに出てくるアンドロイドのプリントパターンみたいでもあるし、古代人の化粧のようでもある。それに、その光が目の中に入り込んでキラキラと光る様は彼女の持つどこか女神然とした雰囲気にマッチしていて、僕はつい目を見張ってしまった。
 その目が、こちらを向く。光の方向から外れてしまったためにその目に舞う光の粒はなくなってしまったが、肌に投影される文様じみた光の筋は少し残ったままだ。片側の頬にだけ投影された文様は、全体に残ってたときよりもタトゥの様に見えて、ああ、この人はもしかすると〝こっちの世界〟では本当に《《そう》》何じゃないかと思ってしまう、それくらいに、違和感がないしむしろ似合っていた。

「え、どしたの」
「い、や、なんでもない。」
「やっぱ惚れちゃったんじゃないのー?」
「……かもね」

 なんて冗談半分、でももしかすると残り半分は本気だったかもしれない科白を向けると、瀬織さんの方こそ顔を真っ赤にして。「じょ、冗談よ、変な受け取り方しないでよ」と背中を向けた。「ごめんごめん」笑いながら言うと、ふん、と突っ返されるのが聞こえたが、それをどんな表情で言っているのかはわからなかった。
 彼女はまだ、服を着ていない。光の文様が背中にまで及んで、闇の中でそこだけが発行しているように浮き上がっていると、本当に、神か……それとも悪魔かに、見えてしまう。
 さすがにようやく、服を手にとって、着始めた。素っ裸で立っていられるよりも、そうやって着替えの仕草を見せられる方がよっぽど扇情的だ。服を着て背中をこっちに向けながら、彼女は、その闇の中に放り投げるように、言う。

「―こないだ、ここで|国立《くにたち》と暮らすなんてまっぴら、って言ったけどさ。―初めてエッチした人って、ちょっと印象変わるんだね、えっちな漫画の中の話だと思ってた。今の話聞かされたからかも。同情とかじゃないよ、やっぱり、内側から発出しようとする力っていうか、業火マントルの渦巻き?がすごいの。やっぱ好きなタイプの|火垂向《ヒダリムキ》だ。」
「それは漫画の中のものってことにしといていいんじゃないかなぁ。ちょっと考え直した方が、って、ヤっといてなんだけど」
「もう、素直に受け取れっつーの。印象変わったって言ってるだけじゃん。別に責任取って結婚しろなんて言ってないし、たかだかセックスの一回くらいで。|国立《くにたち》のせいでこうなったなんて、思い上がり」
「あ、そーっすか」

 彼女にとって初めてだったことは、間違いないと思う。ただ、初めての行為をそんな風に言う女の子がいるものだなと、少し驚いてしまう。僕が初めてじゃない理由もまあ、ほとんどの人が聞けば驚くだろうことなんだけれど。
 服を着て僕を振り返った彼女は、すっかりと元のクラスメイトの姿に戻っている。外の光を少々受けたところで、あの神秘的な文様の輝きは生まれなくなっていた。

「ここ、出よ、|国立《くにたち》。大丈夫、|国立《くにたち》の皮は私が剥いたげるから。」
「皮のことはいいです……」
「えー、剥こうよう、その方が絶対気持ちーよ。ここを出たら、いっぱいするんでしょ?」
「えっ」
「いやなの?」
「いやじゃないけど」
「じゃあ剥こ。私がちゃんと責任持って剥いてあげる」
「クラスメイトに言われるのかなり辛い科白!」

 えーいーじゃんーって、座ったままの僕の背中から覆い被さってきて、伸びた手が股間に伸びて来たので、立ち上がって襲撃を免れる。口をとんがらせて、彼女は一体何のつもりだったのだ。

「ここ出て、どこに行くの?」
「一応ね、アテはあるんだ。二人っきりじゃないけど、いいよね? どうせどの道、行き場なんてないんでしょ?」
「お互いにね」
「|国立《くにたち》のせい」
「やっぱ僕のせいって、なるんじゃないか」
「あ」

 目を逸らして口を抑える瀬織さん。確かに、ちょっと印象が変わって見えてしまっていた。



§ § § § § §



 印象と随分違うやつがいた、というのが正直な感想だった。
 死んでいると思っていたけど、まだ生きていた。生きている内に墓に放り込まれるなんて、どういう状況だろうか。
 でも、もう長く持たないだろう。気も触れていたし、自傷も浅くないようだ。放っておけば間もなく死んでしまうだろう。あれは神なのか? ニンゲンにしか見えなかった。いや、ニンゲンは、ニンゲンを神に祭り上げる傾向が確かにあった。神に近いとされるカリスマ的な存在であるはずの巫女も、実際にはただのニンゲンだ。その血筋が世襲しているに過ぎない。

(それでもあれは、ボクの声を聞くことが出来ていた。ボクの声は一つではない、ボクが一人ではないのと同じ様に。何十、何百というボクの同時の声を、あれは聞き分けその核を切り取り正しく理解していた)

 ニンゲンの素養とは思えないが、あの死にかけている姿はニンゲンにしか見えない。何者なのだろうか。それに、あの女。
 土から顔を出してかの女の様子を見ようと思っていたら、あっちの方からニンゲンがやってきた、ずっとあっちに行くと、ムラと呼ばれるニンゲンの定住場所がある、そこからやってきたのだろう。

「いるか?」
「うーん、いないな。」
「そう遠くに言っているはずはないんだ、よく探せよ」

 ニンゲンの男は二人、草の間に顔を突っ込んだり、木の幹の根本で枝を見上げたり、何かを探しているような仕草だ。
 ここはもう一通り見たと思うんだけどな、ニンゲンの男の一人がぼやいたが、もう一人年長そうな方はそれを嗜める。死体や石じゃないんだ、昨日いないところにいるかも知れないだろう。言われた小さい方の男は、理解は出来るが腑には落ちんと言う表情。

「この辺あんまり来たくねえんだよお、ヤハタ様のタタリが出そうで……そこで、死んでるんだろ?」
「おい、ヤハタ様が死んだなんて、オモト様に近いやつの前で一言でも言ってみろ、どうなるかわかったもんじゃないぞ。」
「うっ……」

 男たちは草を掻き分け石を返し、捜し物を続けながら世間話のようなことを口にしている。

(やっぱり、神の交代劇があったんだ)

 ニンゲンたちの会話は、ヤハタと呼ばれる神とオモトと呼ばれる神の間で、主権の交代があったことをほのめかしていた。なるほどそういうことなら、《《あれ》》が閉じ込められて死にかけているのも頷けるということだ。恐らく権力争いに負けて始末されるところなのだろう。
 ここで見ている限り、ニンゲンの社会では古い神は大概の場合、新しい神に飲み込まれる。遥か遠い土地では皆殺しにして完膚無き迄に貶めると言うが、ここではそうではなく、古い神の基盤そのものを飲み込んでそのまま利用する。古い神は消え去るが、消え去ったことは民には知らされない。「お前たちの愛した神は今は我とある。共に歩もう」と民を欺いて民も信仰も文化も全てを浚って飲み込んで我がものとする。汚いやり方だが、効率的だ。軍隊蟻のやり方ではなく、寸白のやり方だ。
 今ここでも同じことが、起こっているようだった。

「ヤハタ様はオモト様と一つになられたのだ。ヤハタ様は……こんなところにはいない、今はオモト様とともにある。」
「日として、か」
「あの鏡を見ただろう、日の力はすごい」
「しかし、日では季節もひにちもわからんのに……」
「月では米も育たないってことだ。陰に植えた稲を見ただろう。」
「陰にあるってことは月も当たらないってことだ。日の光が偉いとは限らんじゃないか?」
「くどいなあ、お前がなんと言おうと、これから天を照らすのは、月ではなくて日なんだよ」

(ニンゲンは月信仰を、辞めるのかぁ)

 それにばかりは驚いた。
 ボクの知る限り、ニンゲンは社会らしい社会をつくる前、言葉らしい言葉を持つその前から、月を畏れ崇め、信仰してきていた。もう、それこそ月が元の形に戻る周期を、何前回も繰り返すその間、ずっとだ。それをやめて、太陽を崇めるなんて。
 あの眩しくて居心地の悪い、痛くて熱くてかなわないあの太陽を?
 ボクらむしも人間社会が大きくなるにつれてみるみる扱いがかわっている。昔はそれこそ神と同じくらいに畏れられ崇められていたというのに。それと同じ様に、月も悪者にされてしまうのだろうか。何だか不憫を感じる。あの瀕死の神にも、それを未だに信じ続けている巫女の方にも。

「月を平らげ、新たなはアマテラスは月ではなく日を戴き、オモト様は、新たな神になられる。そのためには、ヤハタ様は死んだことになっては困るし、同時にその巫女には消えてもらわなければならない。わかるか?」
「わかってるよお。だから、こうして俺達が泥まみれになって探してるんじゃないか。キクリ様は、オモト様にとって邪魔者ってことだろ?」
「そういうことだ」

―っ

 ここから顔を出せば女のすぐ側だ、土の上で、女が息を呑む様子が窺えた。女の名をなんと言うのか、さっき男達の会話の中に出てきていたと思ったが聞き漏らしてしまった。女は恐らくあの男たちに捕まってはまずいことになるのだろう。「邪魔だ」と言わしめていたのだ。息を呑んだ様子も、見つかることを恐れての反応に違いない。

(少し、遊んでみようかな)

 女がいる方にニンゲンが足を踏み入れようとした時、土を割り、岩を押しのけ、草を剥ぎ、木を傾けて、現れた巨大な脚に男たちは驚き慄いた。群体の方が戦う力は強いけど、驚かすには余り役に立たないだろう。ボクは大きな脚の姿を結んで地上に出したのだ。

「うっわわわわわわわ、な、なんだこれ……むしの、脚……!?」
「この辺にそんなのが済んでるなんて聞いていないぞ。大丈夫だ、姿はでかいが温厚らしい、敵意を見せずに下がればなんとも無い筈だ。《《ここにはいなかった》》、帰るぞ」
「お、おう……ッ!」

 男たちは血相を変えて逃げていく。あんまりこういうことをすると、討伐体を組まれてしまうのでやりづらくなるのだけど……まあこの島にはまだ住む場所がいっぱいあるし、大丈夫だろう。

(女の方は……?)

 出した脚の側から顔を一緒に覗かせると、女の方は案外にしっかりとこちらを見据えていた。

「お、おまえは」

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「あぐっッ!」

 言葉を返してみたが、女は耳をふさいで顔をしかめてしまった。やっぱりニンゲンにはボクらの声は聞き取れない、いや、分離できないらしい。やはりあの死にかけのニンゲンは、ニンゲンではなく神と呼ばれるにふさわしい存在なのかも知れない、まあ、もう死ぬだろうし、死んでしまえばただのニンゲンだが。
 女はボクらの声に耳を塞いでいたが、やがてその手を離し、手でボクの脚に触れる。

「たすけて、くれたのか?」

 バカなのか、そんなわけがないだろう。ひとのいい女だな。
 でも、そうして触れられた手の感触は、初めて感じるものだった。ニンゲンの手で、こんなにも心地のいい感触は……知らなかった。

(これは……)

 ちょっと気まぐれでニンゲンの女に構ってみたが、初めて感じた不思議な感触に、ボクは戸惑ってしまう。何だろう、これが、人間たちが言う、暖かさなのだろうか。火や太陽の熱とは違う、不思議な心地よさだ。

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「うううっっっ……!」

 ボクの方も混乱してしまった、長く行きていたけれど、こんなのは初めてだ。恒温動物の体温を知らないわけではないでも、敵意を持って攻撃されて触れるのとは全く違っていたから。

(変な勘違いは、やめて。でも、でも)

 それは、この女に向かって伝えたかった言葉なのか、それとも自分自身を説得するための言葉だったのか、自分でもわからなくなっていた。
 そして、その暖かさと女への戸惑いを覚えたことで、もう一つはっきりしたことがある。ニンゲンが月信仰をやめ太陽に転向することも、初めて知った女の手の体温よりも、もっとそれを知ってしまった自分に驚いたのは。

(彼が、羨ましいな、ボクには、無い。……ボクは、彼が、憎いのか?)

 この女と岩の中の神ニンゲンが同じ言葉で通じているという羨望。自分はこの女とは会話が出来ないのだろうという絶望。女の信仰が自分へではなく岩の中で死にかけているあのニンゲンに向いていることへの落胆。あのぬくもりが自分のものではないという反感。それに、放っておけばもうすぐ死ぬだろう彼へ今すぐとどめを刺すべきだと思い始める憎しみ。

(これは、なんだ……)

 その感情が「嫉妬」というものだと知ったのは、随分後になってからだった。



§ § § § § §



 女の子と二人きりの逃避行、なんていう言葉に一種羨ましさを思っていた時代もある、それこそ変な本ばかり読んでいてそんなおかしな感覚を惹起する様な作品ばかりを固めて読んでいた時期のことだ。でも実際にこの状況になってみれば、なんでこんなものを羨ましいとなんて思っていたのかと後悔の念まで今は、あった。
 随分山奥まで車を流しているような気がする。僕は車の運転をしないし、家族と車ででかけた記憶もほとんどない、速度メータと経過時間を比較する限りは、延べで160キロ程度は移動していることになる。街の明かりはとうに見えないくなっている、高速道路にも乗らず、延々と下道だけを走っていた。彼女曰く、単に足がつく可能性を低くするため、だとか。当然といえば当然か。
 ここで「帰りたいならご自由に」などと言われても、人里に歩いて出る自身はない。携帯電話があるからマップ機能を使えばそれ自体は不可能ではないだろうが、やりたいとは思えなかった。

「どこまで行くんだ、って顔してるね」

 視線自体はまっすぐに前を見たまま、意識と言葉だけをこちらに向けてくる。

「顔だけじゃないよ、実際にそう思ってる」
「ははっ。私の家みたいなもんかな。学校にはもっと近くに下宿してるからそっから通ってるけど。」
「下宿なんかしてたんだ」
「住んでるの私だけの下宿だけどね」
「一人暮らしとかいうやつじゃないの」
「そうとも言うかな」

 そうとも言うと言うかその通りじゃないか。まあそれはいいのだけど、つまり実家ということか。外泊して死体遺棄の帰りにクラスメイトの異性の実家に行くってのは、一体どういうシチュエーションだろうか。
 そうして更に何時間も車を流してきた。ここはもう随分と山奥に入った山間だ、イメージ幾つかの山を貫いて作った高速道路を走っている最中トンネルを抜けて谷間に出たときに見える、四方全てが切り立った山に囲まれているようなそんな光景。

「あそこよ」

 と、顎をしゃくるみたいに動かして進行方向の随分向こう側に民家のようなものが点々と幾つかあるのを示す。急勾配の斜面に貼り付いたように点在する住居、近づいてきてみればわかるのはそこそこの規模がある集落らしいことだ。立っている建物は殆どが田舎にありそうな古臭い一軒家だが、その内の一つだけは周囲の風景には全く浮いた威容を示している、その1軒(軒、と言うべきだろうか)だけが、近代的なコンクリート作りに白い塗装を施した壁を高々と聳えさせた、マンションのような姿をしているからだ。山森の緑が遠目にふわふわ柔らかい綿にさえ見えるような遠景に、宇宙人でも基地を構えているかのような奇妙な佇まいだ。

「あの白い建物?」
「うん。っていうかあの辺の建物全部。白いやつが中心なのは間違いないけどね。」
「全部? ……なんか、変わった集落だね」
「着いたらちょっと、驚くかもしれないけど。気にしないでね。ここでも、猫被ってるの、私」
「そ、そうなんだ」

 彼女の実家だと思っていたのだけど、あれ全部っていうのはどういうことだろうか。田舎にはご近所さんの皆大体血縁って場所もあるらしいし、そういうことだろうか。あの白い建物は、普通にマンションのように見えるけれど、あんな場所に開発計画でもあるんあろうか。それが進んでるわけではないから1棟しかないのかもしれないけれど。
 そもそも僕はここがどこなのかよくわからない。いよいよ一人でここから帰ることは難しいだろうか。とはいても、この道路も全く車の通りがないわけではない、人目につかない秘密の村、とかそういうわけでもないのだろう。ワイヤドで調べればきっと住所くらいは割り当てられているのだろう。

「バブルの産物だってさ。一応温泉が出るんだよ。それで昔にどっかの観光会社がホテルを建てて、周辺も温泉郷にするつもりだったらしいんだけど、泡が弾けておじゃん。こんな交通の便が悪いトコ誰も住宅になんて使わないから、寂しいゴーストタウンってとこ」
「え、誰も住んでないの?」
「あはは、住んでるよ。リゾート感ゼロだけどね。建物はただ同然、土地も二束三文で売ってたから買い取ったんだってさ。私にはよくわかんないけど。こっからは見えないけど、でっかい集会場もあるんだよ。学校の体育館みたいなの。」
「へえ」

 なんだかおかしな感じに思えるのは、彼女の家の話を聞かされている筈なのに、彼女からの応えは家ではなく集落の事を指すような様な言い草だからだ。
 そんな事をしている内に、集落は目の前になった。普通の村って感じだ。細くなった道をたらたらと流していくと民家の前には偶には人もいる。畑もあった、こんな切り立った山を器用に段々にしたり斜面をそのまま使ったりして、農作物を作っているようだ。低木が並んでいるのは、なんだか果樹園のようにも見える。ここは農村なのだろうか。畑には男性の姿も見える。

「昔はリゾート開発地で、今は農村なのかな」
「うーん、まあそうだね。アボカドって育てやすいのに付加価値が高いから、今はアボカドの栽培がんばってるみたい。あとパッションフルーツ、この辺の気温で作れるような品種が出来たからってそれも作ってるみたい。あとはあまあ食べるための普通の野菜とかも作ってるけど、今は果物を卸したお金で買うことの方が多いんじゃないかな。そういう点では農村だね。あとは陸作で有色素米を作ってるらしいわ」
「ゆうしき……?」
「古代米。色が着いてるから、有色素米、っていうんだってさ。食べるためって言うよりお酒を作るためみたい、古代米で作るお酒ってピンク色してて可愛いの」
「もしかして、飲んだことあるんだ」
「え? あるけど?」

 まあ車の運転してるくらいだから、それくらいの経験は普通かもしれない、別にお酒なら子供の頃に飲んだことある、なんて人もいっぱいいるしなあ。
 瀬織さんの運転する車は、まっすぐに白い建物の方へ向かっていた。近づいていくとその建物はたしかにホテルを改装したもののようでロータリなんかが前に備わっている。車はそのままロータリへ入っていった。なかなかの規模がある、都心部にあるセコセコした土地を必死に高級に設えたロータリではない、本当に空間を贅沢に使ったタイプの、ロータリなのに2台くらいが通過できそうなサイズ、正面玄関の前には大型バスが横付けできそうなサイズだ。でも彼女が「ゴーストタウン」って言った意味がわかる、その大きさは今は全く高級感を出せていなかった。
 白く塗られた壁はひび割れていて補修の跡が見える。アスファルトは、所々に陥没を補うために石が詰め込まれていて、質の異なるアスファルトで何度もあちこち継ぎ接ぎするように修繕した跡が残っている。ロータリはピロティの下に潜り込み、庇が迫り出したようなファサードになっている、でも支える柱がなんだか心許なく欠けていたりする。大きな正面玄関は、本来ガラス張りの自動スライドドアなのだろうが、ガラス運搬用の強力な吸盤工具が着いていて、取っ手の代わりになっている。きっと今は自動では動かないのだろう。

「なんか、すごいね」
「でしょ、違う意味で。さ、降りて。」
「え、ここなの?」
「ここじゃないのにわざわざ来ないわよ」

 瀬織さんに促されて、横付けした先のエントランスに出る。車はどうするんだろう、と思っていたらエンジンをかけたまま瀬織さんも降りてきた。
 ふとエントランスの自動……手動ドアのガラスの向こうから、人が走ってくるのが見えた。え、僕、なに? 2,3人の人物がこちらに向かってくる。ドアを開けて、ばたばたと。

「えっ、なに、せお……」
「黙っててね」

 瀬織さんはそれを特に気にしないように車の後を回ってこちらにやってくる、さり気なく僕の一歩前に出る形で出てくる人を迎えた。

「観月様! 連絡がないから何事かと心配しましたよ!」
「申し訳ありません。車をお願いします」
「はい、観月様」

 瀬織さんが鍵を差し出すと、出てきた人の内中年の男がそれを受け取ってさっきまで乗っていた車をどこかに持って行った。この光景見たことあるぞ、そうだ、外国の映画とかで、ホテルのボーイに向かって車を駐車場に入れさせる金持ちのやるやつだ。ていうか、観月〝様〟って。
 このおばさん、見たところ別に瀬織さんには似ても似つかない、別にこのおばさんが瀬織さんのお母さんだということでもないようだ。

(瀬織さんも両親がなんたらとか、言っていたけれど)

 詳しく聞いてはいない、僕ばかりがペラペラと身の上を話してしまったように思う、僕の死体遺棄が発端の小旅行ということなのだから、説明責任は僕の方にこそあれ彼女には一言だってないのは確かだ。

「また公道を走られたんですか? 捕まったら大変なんですからお辞めください」
「事情があったのです、大事ありません」
「連絡の一本でもいただけないと、我々も心配で心配で……。一体どこに言ってらしたんですか? 何をなさってたのですか。その方はどなたですか。観月様、」
「私がいちいちあなたの質問に答える必要が?」
「も、申し訳ありません、観月様」

 瀬織さんに質問したおばさんが、小さくなって|頭《こうべ》を垂れている。
 出てきた人への態度が、確かに丁寧な言葉遣いではあるけど、言葉の内容自体は割と慇懃で横柄だ、まるで偉い人みたい。心配してたって言ってるのに、「いちいち答える必要が?」とはまた随分だ。ここでも猫被ってるって言ってたけど、被ってる猫はライオンか何かだ。

「観月様、あの方は、どのように」

 おばさんが僕の方を指さしている。そりゃそうだろう、何日も連絡していなかったというのに帰ってきてみれば見知らぬ同年代の男(いや一応クラスメイトではあるのだけど)と一緒だったなんて、普通の感覚ならば疑問に思うところで正解だろう。

「|日《のぼる》さんは私の部屋に通してください。生活用品一式も私の部屋へ。」
「ええ、観月様のお部屋に? 観月様もお年頃です、それはまずいかと……」
「相談しているように聞こえたのですか? 言葉がわかるのなら早くそうしてください」
「し、しかし、その様な大事なこと、皆に相談もなしに」
「私がそうしろと言っているのです。それとも、私の言葉に不満が?」
「め、滅相も御座いません。畏まりました、観月様。」

 表面的な言葉遣いはともかくとして、今の彼女はまるで学校にいるときのようだ。人を寄せ付けず、有無を言わさない物言い。偉そうな振る舞いと、それを当然だと思っているような横柄さ。猫をかぶっていると言っていたが、学校でも家でもこうなのなら、そっちの方が素なのではと思ってしまう。でも、数日一緒にいた彼女からは今見ている、そして学校で見ていた瀬織さんにある嫌な感じはすっかり無かった。信じたい方を信じればよいだろうか。
 それにしても状況はわからない。彼女は何故そんなに偉そうにしていて、しかも周囲の人間は彼女のその振る舞いにおとなしく従っている。学校でのそれとは明らかに違う、ここでは瀬織さんは本当に地位の高い人間のように見えた。

「|日《のぼる》さん」
「えっ、はい」

 |日《のぼる》さん、なんて、そんな呼び方をされたのはもしかすると生まれて初めてかもしれない、瀬織さんの口から飛び出した呼び方に僕は一瞬反応が遅れる。

「住まいは心配いりません。しばらく帰っていなかったのですが、掃除は行き届いているはずです。元々私が一人で使っている部屋を二人で使うことなってしまうので、少々窮屈な思いをさせてしまうかもしれませんが。」
「え、それって、」

 僕が何かを言おうとすると、彼女は僕にだけわかるような小さな動きで首を横に振った。瞳は僕の方をじっと見ていて、黙ってろと言ってるの、と伝えてきている。僕はおとなしく口を閉じた。この場で聞きたいことは山ほどあった、今の短いシーンの中に突然疑問が積み上がった理科員の及ばない状況を、一つ一つ全て説明してもらいたい。

「園の皆には追って連絡します。今は取り敢えず、|日《のぼる》さんにはここが安心できる場所だというを知ってもらわないといけません。彼は、〝道士〟と同等の扱いとします。」
「お待ちください、いきなり道士とは皆の反発を買います。せめて皆に説明をしてから改めて」
「正式な叙任が必要なら、近い内に私の名の下に授けます。」
「しかし」
「大丈夫です。|日《のぼる》さんは、道士かそれ以上に相応しく、また皆の〝たびだち〟に資する存在、〝鏡〟を受け継ぐ力を持っています。だから、連れてきたのです。お父様には、これから説明に行きます」
「か、鏡を?!」

 瀬織さんがそう言うと、おばさんは鏡とかいう言葉に驚きを見せてからはそれ以上何も言わなかった。ドウシとかなんとかって、何だろうか。鏡ってのもだ。僕は瀬織さんに勝手に立場を偽られてやしないだろうか。おばさんは、ではすぐに、と言ってスタスタと行ってしまう。僕の知らないところで、僕は一体何にされてしまったのだろうか。
 僕がうろたえていると、瀬織さんが寄って来て、小さく耳打ちする。でも、どこかしたり顔のようにも見える、口角が僅かに上がってかすかな笑みが浮かんでいた。

「ごめんね、《《責任取ってもらう》》ことになっちゃった」
「……は?」
「まあ形だけだから、我慢してね」
「え、待って待って、どういうこと、責任!? 責任って、瀬織とセッっむぐ」

 突然口を塞がれた。訳のわからないことを言われて動揺し、声が大きくなった僕の方を、さっきのおばさんが見ている。
 あはははなんでもありませんよいやだわ|日《のぼる》さんったらー、と引きつっった笑い顔でおばさんの視線を誤魔化してから、そのままそそくさと僕の手を引いて歩き出す。

(ばかじゃないのっ、婚前交渉したなんて聞かれたら大変なんだから)
(ぁぅ)

 スタスタと早歩きでどこかに向かう瀬織さん、僕は引っ張られるままに連れて行かれているが。外から見ても大きい建物だったがその廊下をしばらく行くとすぐに誰もいない空間に出る。いい加減、手を振り切った。

「ねえ、じゃあどういうこと、さっきの〝責任〟って」
「そういうことよ、多分想像してる通りの」
「じょ、冗談じゃないよ、そんなのないって、言ってたじゃないか」
「だから、形だけだってば。そうするのが、ここにいるのに一番楽な方法なの」

 楽、だからって。お父さんに説明に行くだとか、二人で一部屋だとか、責任だとか。これなんかほんとに《《そういうこと》》にされているのでは。

「瀬織、怒ってる?」
「え、なんで? 怒ってなんかないよ?」
「僕とあんなことになって、ホントは後悔してて、だからこんな風に怒ってるっていうか、|自棄《やけ》になってるっていうか……」
「違うよ。まあ、確かにちょっと説明がまだ出来てないけど……|国立《くにたち》行くところないでしょ?」
「ないけど、瀬織にそんなとこまで世話してもらうなんて」
「形だけだから。別にそれ以上何かしろってことじゃないし」
「でも」

 これが仮に本当に瀬織の家で、ああやって瀬織に様を従けて従っている人がいるような、社長令嬢だとか、村長の娘だとか、そんなところだったとして、だからって彼女に住まいまで世話してもらうなんて、完全にヒモじゃないか。僕は別に彼女に惚れられているわけでもないだろうに、ヒモというのも理解がし難い。

「そんなに、嫌? どうしてもってなら、園には空き家くらいあるだろうから、そっちでもいいけど」
「嫌ってわけじゃないけれど、納得は行かないよ。瀬織にそんなに良くしてもらう理由が、僕にはない。」
「嫌なんじゃん。|火垂向《ヒダリムキ》だって、同類だって思ったのに」
「嫌なんて言ってないだろ、納得がいかないっていうか、道理がないって言ってるだけ。ていうかキチガイって言われてもさ」
「道理なんて、元々|国立《くにたち》がやったこと1ミリだってないでしょ、何よ、頭いいフリしちゃって。キチガイじゃん、親殺しなんてキチガイじゃん!|火垂向《ヒダリムキ》のくせに!」
「い、いいふりなんてしてないじゃないか!」
「あー、ほんとにいいつもりなのか、ごめんね、私バカだからよくわかんなくって!」

 なんでこんなにムキになるのだろうか。女の子ってよくわからない。だって普通そうじゃないか、いきなり家に厄介になるなんて、気が引けてできない。でも、彼女の中ではそれを追い打つ何らかの要素があるのだろう、僕には全くわからないが。

「ちょっと待ってよ、やっぱ怒ってるじゃないか」
「怒ってない!」
「怒ってるよ!」

 やべ。語気を荒げた瀬織さんに対して、つい僕の方も強く言ってしまう。はっ、と後悔したのは僕だけではなかったらしい、彼女の方も慌てて口を閉じた。そして殊更抑えた口調、僕から目を逸して、言う。

「だって、|国立《くにたち》、言ったじゃん」
「何を?」
「……惚れたかも、って」
「いや、あれは」
「だったら、いいかなって、思ったの。きっと、|火垂向《ヒダリムキ》仲間だって思ったから」

 仲間。そんな関係性は初めて提示された気がする。でも、彼女はもしかするとそうした何かが僕から引き出せると思ったから、教室では僕の方へ視線を送り続け、何かを予感して僕の後をつけ、そして僕の決定的な弱みを掴んだ。その関係性を、仲間、と呼ぶことには違和感を感じるけれど。

「でも、嘘だったんだ」

 彼女が関係性をそう呼ぶのにも違和感を感じていたけれど、彼女の言葉を借りて僕が仮に|火垂向《ヒダリムキ》と呼ばれる精神異常者だったのなら、僕は関係性をもう少し踏み込んだ形で表現したい、と、思っていた。それは、少々行き過ぎた感情だったかと思うし、そもそも僕の中ではまだ、命名出来ていない、言葉にするのは尚早かと思っていた。言うべきかどうかは、わからない。

「……あれは、口が滑ったっていうか、勢い余っただけだよ」
「そっか。まあ冷静に考えればそうだよね。はっ、なんか勘違いすごいな、私」

 急にあっけらかんと笑い始める瀬織さん。でも、そうじゃないんだ。

「……帰る? 駅までは、送るよ。車じゃないと行ける距離じゃないから」
「あの廃墟の真っ暗い中は、まるで僕の世界そのものだった。」

 いきなり変な話を始めた僕に、彼女は不思議そうな表情を向ける。聞いて欲しい、話を。確かに成り行きでセックスはしたけれど、惚れたとかそんなことはどうでもいいと思える、もっと現実感のないお伽話みたいな、でも現実だった、話。

「真っ暗で、小さな光を灯すしか出来なくて、廃屋を出たところで結局真っ暗、道路を通り抜ける車のライトは沢山で人も乗っているのに、まるで僕には関心がなくて、世界から取り残されているみたいだった。あれは僕の世界とそっくりだ。傍らには、僕の世界を真っ黒に塗りつぶしていた人間の死体が二つあって、これを処分しようていうんだ、こんなおかしな話はないよ。」

 それが、あの国道沿いの廃屋で二人で死体処理をした話だと、気付いたらしい。瀬織さんは不思議なものでも見る様に僕に視線を送ってきた。よかった、聞いてくれそうだ。
 真っ直ぐに彼女の方を見て言うことが出来ない、あんまりにも……照れくさくて。
 あんな犯罪行為に、何の契約も大きな利害関係もない中で、ただ教室の遠く同士で視線を交わしているだけだったのに、僕は彼女のことが注視せざるを得ない存在(恐らくは僕以外の誰でもそうだ)だったし、彼女は僕の何か説明し難いモノを見出していたのだという。

「でも、それを手伝ってくれるっていう人がいた。理由も動機も企みもわからない。でも、僕よりも遥かに上手な処世術を持っていて、廃屋の中の真っ黒な世界を自身たっぷりに歩いていく、僕の手を取って。それに、その暗闇を払うことを教えてくれた。彼女はまるで死神だ、僕の、古い世界に死を告げる死神。」

 やっぱり、ちょっと気が急いているかもしれない、こんなときに言うことではなかったのかもしれないけれど、ここで喧嘩別れなんかしたらもう言う機会はないだろうと思ったから。
 瀬織さんは、僕を真っ直ぐに見て言葉を漏らさないようにと耳を傾けてくれている。

「その死神は、真っ暗な世界で僕の手の届く隣にいて、触ることが出来て、触れると僕を切り開いて中身を取り出そうとするんだ。僕でさえ見たことのない僕の中身を、取り出して手にとって、これは何だって聞くの。傍では死んだ父母が笑ってそれを見ているんだけど、僕が自分の内臓を一つ一つ数えている間、死体は僕に手出しできずに恨めしそうに転がってる。死神は、その死体に、ざまあみろ、この男はもはやお前たちのものではないって笑っている。笑うのは、僕も一緒だった。」

 笑ってなんかないよ、彼女は小さく、笑った。

「僕はもうすっかり死神の持ち物になっていた。月の光に照らされた|死神《瀬織》が、僕には救いだったから。だから、惚れたって言葉は、あんまり、適当じゃなかった。適当な表現じゃなかったけれど、この感じを上位1桁目で雑に四捨五入をしちゃうなら」

 あんな出来事の結果として、僕は彼女に僕の人生さえ左右する弱みを掴まれたし、同時に……救いも感じていた、これはあまりにも倒錯的な感覚は、キチガイじみている。彼女の言葉を使うのならば、|火垂向《ヒダリムキ》なのだろう。
 そしてそんな状況で、つまり、精神異常者か何かと括られてなお彼女に惹かれている、その感情か、あるいは感情をもたらしている状況を指してもいい、その状況に至る因果を取り除いた今この状態自体を、でもいい、それに何らかの名前を従けて呼ぼうとするのなら。

「〝好き〟だと思う」

 適切な表現ではないだろう、でも、該当する適切な表現が存在しない。好きという言葉は、少々美化がすぎると、僕には思えている。そんな綺麗なものでもないし望ましい状況でもないし好ましい状態でもない。でも他に表現の仕方を知らない。
 僕がそう言うと瀬織さんは、いきなり、がば、と飛び込むように抱きついてきた。勢い余って倒されてしまう。

「うわっ!」
「ご、ごめん、つい」

 と、謝罪の言葉なのらしい声を発したと思うと、でも退くどころか僕の上に乗っかったまま、そしてそのまま、口付けられた。軽い、重なるだけのキス。「ごめん」「う、うん」固さの残る言葉を交わしてから離れた後は、「あー、いきおいあまっちゃった、ごめんごめん」と変に元気な様子で僕を引っ張り上げて立ち上がらせる。
 それから少しだけ、照れくさそうに言った。

「……やっぱ、|火垂向《ヒダリムキ》じゃん、|国立《くにたち》」
「そうかもね」

 あんな経験を一緒に通り過ぎてきたからって、こんな感覚は、たしかにキチガイの類に違いないだろう。



§ § § § § §



 そう、こんな感覚は、おかしなものだ。自分でも自分のことがわからない。気でも触れたのかと、思ってしまう。
 仮にニンゲンが討伐隊を編成してきたとしても、別に応じる必要はない。ニンゲンはボクらのことを知能のない、縄張りに入ってこれば誰彼構わず噛み付く化物か何かだと思っているみたいだけど、そんなことはない。こうして土の中に潜んでいればニンゲンの目に触れずにいることだって特に苦もない、わざわざ争う必要もない。
 問題はあの女だ。

(そんなに、あの男が、大切なのか)

 疑問と言うよりは、感心の方が近かった。あの男たちに限らず、ムラにいるニンゲンの恐らく全員が、この女のことを殺すかなにかするために探しているだろう。岩戸の中に閉じ込められているあの神ニンゲン(ヤハタと言っていたが……)の様に、この女もされてしまう筈だ。この岩戸の中に、一緒に閉じ込められて死ぬのかも知れない、男たちが言っていたことには彼が死んで消えてしまうことが人に知られるのは望ましくないのだという、だとするとあの月の神に仕えていた巫女であるこの女も同じだろう。
 二人共死ぬ。だが、もしこの女も同じ様にあの岩戸の中に幽閉されて死ぬのなら、それは即ち、同じ墓に放り込まれるということになるのか?
 そう考えると、あの正体の知れない感情が、ゆらゆらと陽炎を揺らすように湧き上がってくるのを感じた。

(一緒に死ぬなんて、ボクはゴメンだ。でも……)

 何故そんなことを羨ましいと思ってしまうのだろうか。自分でも理解が出来ない。無数にいるむしたちの中に、思考回路のバグったやつが混じっているのかも知れない。「社会性による自浄機能」を回してみたが、異常個体は検出できなかった。
 だとすると、これはボクの中に生まれて正常判定される、確かな感情の姿だということになる。今までになかったものだ。ニンゲンという異的存在と触れ合っているのだ、新たな機能の目覚めを促されることは考えられる、ニンゲン相手でなくともそうしたことは今まで何度もあった、そうした新機能や変化によってボクらは生き延びてきた、進化と呼ぶ向きもあるが、ボクにとっては常に前に向かって変化している訳ではないのだから「進」という字を宛てること自体に違和感がある。
 今回のこの感情も、持っていなくても全く問題なんかなかった、むしろいちいち理論的な思考を遮られる点では、マイナスだ。この新たな感情の発芽を、進化と呼ぶ気にはなれない。
 ボクは鬱々と内に揺らめく正体不明の、月神に対する嫌悪感と、女への好意を、混ぜ合わせて掻き混ぜた感情に揺れていた。彼に嫌悪感を抱く理由なんて無いのに。女に好意を持つ意味なんて無いのに。その二つが常にでかい顔をしてボクの中に居座る、しかも混じり合って。

(ああ、なんなんだこれは、変なウィルスに冒されているんじゃないだろうな)

 むしだってウィルスに犯されることもある、むしだって虫に犯されることもある。でも大概それらの殆ども、ボクは概ね全部、体験したことがあった、ひとつやふたつ死んだところでボク死にはしないのだ、死ぬ程の痛みどころか実際に死ぬ苦しみだって。でもこの感覚は、はじめてのものだ。苦しいわけじゃないし痛くもない、当然心地よいものでもない。他人に向かった敵意の中で、これほどに気持ちの悪い色をしたものも初めてだ。
 ボクが土の中で呆けていると、件の女が現れた。この女はまだここに留まっている。危険だとわかっているはずなのに、岩戸の中のヤハタと呼ぶ男を岩壁越しに未だに信仰し続けている。
 この女、中の彼は何者だかと考えたことはないのだろうか。人間に過ぎない、お前と同じ。そうして月を煽って称えたところで、中の彼は飲まず食わずの内にようよう死ぬことだろう、無論この岩叢をこの女一人でどうにか出来ると言うはずもないのだ、そうして前で月影を追いかけて祈りを捧げ続けている。ちょうど今日のような月の明るい日は、女が祈りを捧げるのに(即ち、あの中に死にかけている男のためには)向いているということになるのだろう。

「蜘蛛、蜘蛛〜」

 何だこいつは。ボクを呼びつけるのか。

「いるんでしょう、隠れても無駄よ」

 ボクがまだここにいると思っているのもおめでたいが、呼び出せると思っているのも片腹痛い。それに、呼び出したところでボクがお前をどうするのかなんてわからないのに、その呆れるほどの人の良さはどこから来るのだ。
 あとボクは蜘蛛じゃない。

「ヤハタさまには及ばないとはいえ、おまえも大いなる存在なのでしょう? 心ばかりのものだけど、受け取ってちょうだい」

 そう言って女は両手いっぱいに抱えてきた……虫の死骸をその辺に放る。

(……ぇぇ……)

 蜘蛛でも死んだ獲物は食べないよ、この女、もしかして凄まじい世間知らずなんじゃ。
 仮にあの岩との中にいるヤハタと呼ばれる神がたったこの間までこの辺を治める神で、この女がそれに使える巫女だったのなら、世間知らずも無理からぬことかも知れない。抱えた鏡も、身を飾る宝玉の数々も、戴く神も、この女を高貴な身分と示すには十分なことだし、ニンゲンというのは偉くなればえらくなるほど世間知らずになる生き物らしいのだ。
 ゴキブリの死骸、同じく蜘蛛の死体、羽のもげた蜻蛉、羽がちぎれた蝶、半分潰れた芋虫、ヘビの抜け殻。悪食の自覚があるボクでもわざわざ食べるようなものでもない、喰えないとは言っていないけれど。それより、こうしたものは、ニンゲンの女は嫌がって近づかないものだけれど、世間知らずもここまで来るともっと別の性質なんじゃないかとも思わされる。

(これ、食べないとだめなん……?)

 女は供え物だと言っていたが、本当にそのつもりなら余程の天然じゃあないだろうか。
 声を聞かせてもこの女には言葉として通じないことはわかっている、放っておいたところで何がどうなるというわけでもないのだが、何だか誤解をこのままにしておくのも癪に感じられた。ボクは、月の浮く空に向けて、ふう、と息を吹いた。ボクの吐息は月にまで届いたりはしないでも、月の従える星くらいに光ることくらいなら出来る。土の中から、低木の隙間から、草の根本から、木の葉の裏から、陸生蛍はここにも沢山いる、だからこそボクの意識塊がここに出来上がっているのだけど。
 吹き上げた吐息に流れて、僕らは光る。空に散りながら、あるいは地面を歩く者達も、草の上を辿り、木の枝を登る者達も、ボクの全てがボクの意思の一端だ。ボクらは一斉に明滅し、辺りをにわかに光で埋め尽くして見せた。

「こ、これは。ほたるか、ほたるだったのね、おまえ。 すごい、すごいわ!」

 無作為に散らした|蛍光《ボク》の欠片を、両手を上げててぴょんぴょんと跳ねはしゃぎながら見て、女が笑っている、楽しそうに。そういえばこの女をここで見付けてから、この女が笑った顔を一度だって見たことがなかった、見たのは、今が初めてだ。

(なんて可愛らしい顔で、笑うのだろう)

 大きな口を、隠すこともなく開けて笑うのは、なんだか酷く懐かしいものを見ているような気になってしまう、そんなことはない、この女に会うのもここで会ったのが初めてだし、彼女に似た何者かに会ったこともない、単純にこの女の純朴で屈託のない顔に、ある種の安らぎのようなものを感じていたのだ、ニンゲンに、ニンゲンにだ。ボクは彼女の言うとおりホタルの化物だと言うのに。
 女の足元にある磨き上げられた鏡にはボクらの姿、それに空に悠然と浮かぶ月の姿が映し出されていた。ボクらの光も、あの月には届かない。

 届かないのか。



§ § § § § §



 空には赤みを帯びた満月が悠然と浮いている。紅魔館の空には、赤く膨らんだ月がまるで枕詞と受けの月の様に《《つきもの》》だ。その熟した鬼灯の様な月を望む紅魔の館に、まるで風流ではない声が、響いていた。

「ちょっと、きいてよレミリアちゃん!!」
「おい、ルーミア、お前が聞け。お前は私が誰なのかよくわかってないようだ、改めて言っておくが、私はこの土地の王だぞ。そんな風に断りもなく突然私の前に現れて、しかも全く礼を欠い……」
「そう、れいをかいたこうい! リグルったらひどいの! あんなのレイプだよ!! DVだよ!!」

 広大な領域と権力を与えられた辺境伯|紅魔卿《TheKarmazyn》ことレミリア・スカーレット、つまり相応に仕事も多い。定形化された業務は妖精メイドに任せ、御用魔術師に委任し、万能メイドに渡し、それでもなお残る彼女でなければ出来ない機密性の高い業務は、それだけでも日によっては山積みな程に多い。
 今日は運悪くそんな日であり、珍しく日の高いうちから|棺桶《ベッド》を這い出して仕事をやっつけていた。というのに、突然部屋に入ってきては、その王に絡みつくように腕を回して、大声で囃し立てた。その内容は、彼女の仕事場に似合わない随分とゴシップな内容だった。

「ドメスティック・バイオレンスは配偶者間での継続的な暴力行為でだな。あれの|番《つがい》は夜雀だと聞いているが」
「ちがうよ、〝どさくさにまぎれてバイオレンス〟だよ」
「……初めて知ったな、勉強になるぞ」
「でしょー?」

 何を得意げなのかわからないが胸を張っているルーミアに、レミリアはげんなりだと言った様子でため息を付く。 
 
「ああそうではない、自分の立場を弁えぬかルーミア。お前は紅魔館では下位のメイドだ、私にこうして対等に口を聞くなど」
「それはあと!! きいてよレミリアちゃん!!」
「〝ごり押しなのかー〟?」

 匙を投げる、ではなく彼女は書類にサインを走らせるためのペンを投げ捨てた。

「なんだというのだまったく、レイプだ? しょっちゅうニンゲンを食っている様な妖怪が気にする単語とは思えないな」
「ニンゲンさんたべるのはたまにだよ?」
「頻度はどうでもいい」
「そんなことより! リグルひどいの!! オトメゴコロがわかってない! 私そんなつもりじゃなかったのにさ、なんなのあれ!? ひとがおつかれさまって、ここでおぼえたおしごとでイローしてあげようとおもっただけなのにさ!」
「やっぱりその話なのか、私はそういうのはあまり得意ではなくてだな、いつも給湯室やトイレでサボってる妖精メイドの連中とか、|紅ノ衛《このえ》の方が余程マシだろう」
「なあに、レミリアちゃんもわたしのことじゃまだーつかれてるんだーほっといてくれーっていうワケ?」
「あー、あのな、私は仕事帰りの蛍と違って、これから」
「ひっどーーーーーーーーーーーい!!」
「×」

 思わず閉口するレミリア。耳を塞いで抵抗するも、ルーミアの口撃はとどまるところを知らない。珍しく機嫌が悪かったリグルに、勘違いから酷い仕打ちを受けたとしてレミリアにそのことをぺらぺらと話しまくっていた。彼女としては「そうだな、あいつは酷い男だな」と同意を得たかっただけなのかもしれないが、レミリア自身が言うとおり、彼女は女性ではあるがそうした話題への機微に疎いらしい、ルーミアの想像以上の「ダメ女子トーク」の対応に困っているようだ。

「だいたいさあ、リグルっていくじがないっていうか、ふだんナヨナヨーってしてて、まあ、そこが守ってあげたいっていうか? かわいいところっていうか? そう思ってたのに、あーんなことされたらさ。かんじるもんもかんじねーってのー、ちょーしノリすぎだよねー?」
「しらぬわー、どうでもいいわー、お前話すだけ話して私の対応とかどうでもいいんだろー、なー、ていうかお前もっとおとなしかったろう、あの虫のことになると人が変わるのか初めて知ったわ」

 身がない上に話の長いルーミアを前にして、無視して仕事の続きをしようと一度はペンを取り直したレミリア・スカーレットだったが、気が散って気が散って仕方がなく、やはり諦め直した。仕事はできそうにない。
 まだ背中に乗っかるように、リグルへの愚痴をマシンガンしているルーミアに、そうだ、と閃いたような表情で割り込んだ。

「ああー、そうだ、そうだルーミア、一つ頼まれろ」
「なぁに? めーどのおしごと?」
「そうだ、紅魔館のメイドの仕事は、ただのお茶汲みなどで済むものではない。紅魔館で働くということはそのまま軍属と同じなのだから」
「ぐんぞく?」
「兵隊ということだ。ルーミア、お前も紅魔館のメイドの仕事を臨時とはいえ担っているのなら、例外ではない」

 レミリアの目が鋭く尖り声も少々の威圧感を含んだものに変わる、空気がぴりと張り、つまりこの地域の最高権力者としてのオーラを発していた。

「《《あれ》》を、守りたいのだろう。それとも、さっきのでもう嫌気が差したか?」

 小さく跳ねるようにして、それからルーミアは何かを振り払うように首を降った。

「よろしい、でなければお前がここで働いている意味はないというものだからな。」

 レミリア・スカーレットはつかつかと靴底を鳴らすように歩きながら言う。

「先日、給仕をしてもらった晩餐会があったろう。あのときに主賓だった三人を覚えているか」
「さいきん《《こっち》》にきたっていうひとたち」
「そうだ。あの霊廟とそこにいる奴らは、リグル・ナイトバグに重大な障害をもたらす。それに、お前にもだ」
「わたしに?」
「そうだ。と言っても、そのエビデンスをお前に示すことは出来ないがな。これを担保するのは、博麗だ。疑わしいと思うなら博麗に問い合わせてもらっても構わない、まあ博麗も明確に答えることはないだろうが……あれは猜疑を受ければ世界から痛手を被るシステムだ、余程重要な場合にしか偽りは言わんだろう。」
「たまにはウソつくの?」
「……博麗は決して清廉潔白な存在ではない。深層では重大な欺瞞を秘め、その上から白い平面を敷き詰めているに過ぎん。尤も、多くの存在にとってはその白い平面さえ純白に見えればいいのだ、大した問題ではない。私を疑うなら、神社に行って聞いてこれば良い」
「レミリアちゃんがウソついてるとはおもってないよ。ちょっとびっくりしただけ」
「ハ、お人好しめ」

 そうは言いながら、レミリアちゃん、とまで平呼びされてもなお、彼女の表情は穏やかだ。その一方で、ルーミアに対して言いつけようという内容はシビアなものらしい、その緊張感は失っていない。

「咲夜にやらせようとも思ったが、あれは《《基本的には》》ニンゲン側のものだ、神妖同士の問題ごとに巻き込むのは窮まったときにのみすべきだろう。それにリグル・ナイトバグの件もある、お前が適任だろう」

 レミリア・スカーレットは、ルーミアへ鋭くしかしどこか暗く陰った目を向ける。

「任務は、暗殺だ。」

 聞かされた言葉の意味をルーミアとて知らないわけではない、そんな言葉が飛んでくるとは思っていなかった彼女は……何か、マズイ、といった苦い表情を浮かべている。

「もし可能なら、豊聡耳神子。だがあれは難しかろう、コソコソと嗅ぎ回っているあのアホ面の餓鬼道士だ。お前の能力は、そうした作戦にもってこいだろう。これは紅魔の国益でもあるし、恐らくは|四則同盟《カルテット》を飼う風見の利益にもなる、あれの立地は好ましいとは言い難いからな。そして何より、奴らが覗こうとしている壺の中には、お前とリグル・ナイトバグにとって良くないものが入っている。博麗にとってもだ。奴らがパンドラの箱を開けぬように、その手を刈り取って来い。」

 レミリア・スカーレットが、恐らくカリスマを纏いながら一気に言い切ってルーミアの方を見る、が。

「えっとね……わたし、みえないの。」

 レミリアの目に入ったのは、バツが悪そうに、えへへへ、と苦笑いするルーミア。見えない、と言っている。

「は? 見えぬだと?」
「うん。まっくらなとこだと、なんもみえないの。だから、おひるねのときによく〝まっくろベッド〟つくってるの。だから、わたしのちからって、そういうのにつかえないんだよね」

 それを聞いたレミリア・スカーレットは、言っている意味がわからんな、と訝しむ表情でルーミアを見る。

「お前、闇を操るとか言っていただろう」
「それはできるけど、みえないものはみえないよ」
「自分の言っていることがわかっているのか? お前は〝吸血鬼だが血が嫌い〟と言ってるようなものだぞ、おかしいとは思わないのか」
「レミリアちゃんだって血すうのへたじゃん、きゅーけつきのクセに」

 ギリギリギリ

「あ゛ー、ぎぶ、ぎぶあっぷー、ごめんなさいってばー」
「それだけ無礼で殺されないだけ有り難いと思え」
「ありがとー?」
「そうではないだろう……ああ、お前には本当に調子を狂わされるな。ああ、そうなのか、お前が|四則同盟《カルテット》の中に溶け込んでいる理由がわかったぞ。その力を一人で有効活用できないのか」
「うんっ。リグルとか、ミスティアとか、チルノがいないと、わたしなーんにもできないの!」

 何故か得意げに胸を張るルーミア。対して頭を抑え、まるで降参とでも言いたげに払うように手を振るレミリア・スカーレット。なんてことだ、と天井を仰ぐ。

「やはり、ピンポイント爆撃なんて都合のいいことにはいかんのだな、浅慮だったか。もう少しまともに考えることにしよ―ん?」

 ふと、なにかに気付いたように顔を上げた。ちょっと来い、とルーミアを側に呼び寄せた。

「どうしたのレミリアちゃん? すききらいしないでニンニクも食べなさいってメイド長に言われてるときみたいなかお……いたいいたいたい、ぐりぐりはだーめー!」

 人差し指の第二関節を立てるように曲げてこめかみを左右から圧迫するレミリアは、そのままルーみさの髪飾りを触る。ルーミア自身では触ることの出来ないものだ。そのシワを伸ばして広げるようにしながら、よく目を凝らすと描かれている細かな文様に目を凝らす。それは赤い地に、それよりももうわずかに明るい赤で描かれている、近付いて見なければわからないものだ。そして更に僅かに明るい色合いの点が幾つも、その文様をなぞり香時計の火種のようにゆっくりと走っている。

「漏れている」
「え?」
「縫い目が綻んでいる。何故だ、急に。まだこの前塞ぎ目を補強してからさほど経っていないはずだぞ」
「ぅん? なに?」
「暗殺の件はもういい、それは私が博麗から明確に受けた命ではないからな。博麗から直接明確に言われているのは、そっちだ」

 レミリア・スカーレットは珍しく険しい表情を浮かべて立ち上がる。

「ルーミア、付いてこい、急拵えだが臨時で補強する。おい咲夜、パチェを呼べ、《《蓋の補強》》だ。予定にないが、急いでくれ。それと、フランドールにも伝えよ」
「かしこまりました」

 ルーミアは、レミリアに導かれるまま素直にその後をついていく。レミリア・スカーレットは、一見してどこにも誰もいないように見える空間へ、背後にルーミアを連れて歩きながら「咲夜」と呼びかける。誰もいなかった空間にまるで瞬間移動で現れたように突如として傅いた人の姿が現れる、それは紅魔館のメイド長のものだった。一瞬足を止めたレミリア・スカーレットに、十六夜咲夜は傅いた状態から更に一弾頭を下げる。「パチェを呼べ」の|行《くだり》も聞き届けていたのを見ると、呼ばれて慌てて現れたというのも少々無理があった、ならば最初からここにいたのだろうか? この十六夜咲夜という従者の存在は|幼い吸血姫《強大な王》のカリスマ性よりも、失われた魔術が生き続けている紅魔の社会よりも、ニンゲン1匹の入れ物に収まった高密な謎だ。いや、これはニンゲンなのだろうか。十六夜咲夜は王に命じられたとおりに、食客の魔術師を呼びに行く、行ったのだろう。まるで現れたときの映像をリバースするように再び姿が掻き消えた。
 レミリア・スカーレットはルーミアを連れたまま歩き、幾つかの廊下を渡り、幾つかの高い天井を見上げることもなく潜り抜け、幾つかの階段を降り、幾つかのマナ燭台が自動点灯するのを横目に通り過ぎ、一つの小さな部屋を通り抜ける。

「おねえさま」
「頼むぞ」

 そこにはレミリア・スカーレットの妹であるフランドール・スカーレットが立っていた。既に十六夜咲夜の伝令を受けていたのだろうか、フランドール・スカーレットはレミリア・スカーレットの横に付くように歩きながら、しかし徐々に速度を落として後のルーミアに並ぶ。声を出すこともなく、にこー、と砕けた笑いを浮かべてルーミアに向かって小さく手を振ると、ルーミアもそれに返すように手を振る。二人は並んで歩いた。
 そのままもう少しだけ進むと巨大な広間に出る、地上階の謁見大広間と全く同じ構造をしていて、一段高まったところには玉座の代わりに祭壇が設けられている。光のない大部屋だが、レミリア・スカーレットが指を鳴らすと中央辺りに発光体が現れて辺りを薄く照らした。高出力のマナ塊を出現させそれを振動発光させた、効率の悪い簡易照明術だ。彼女くらいに力が余っている者でなければ使おうとも思わないだろう。
 光に薄っすらと照らし出された中に、部屋の姿が浮かび上がる。謁見大広間では大きく開いた窓やきらびやかな装飾などがあるが、ここにはそれらは全く姿を違えている。地下だから当然窓はなく、装飾的な彫刻のみだ。偉人の絵画やレミリア・スカーレットの肖像画などがある代わりに、ここには角をはやした牛や、鳥の羽を背負ったヤギ、全身を体毛で覆われた女や、頭だけが狼の男の彫刻や彫像が拵えられている。ガス灯やマナ燭台はなく、古典的な蝋燭燭台と松明、それに地上階ではふわりと香るのが香木の燻れた香りや芳香系のものだったのに、ここではもっと青臭さと甘さを混ぜた鼻の奥に絡みつくような匂いだ。ここは、地下に設けられた大規模な魔術的施設のようだった。ミサ場だろうか。
 祭壇にも多くの蝋燭が立っているが今は火は灯っていない。祭壇の手前には台が置かれていて盆状になっている、今は何も乗せられていないが、いろいろな色にくすんで褪せた色合いがシミになって残っている、長い歴史の中で様々なものを備えた供物台らしい。
 床にも大きな円が書かれては消されを繰り返した様な後が残っている。供物台と同じ様に、いろいろなシミがこびりついて跡色を残していた。

「パチュリー様は準備中です、少々お待ちください」

 三人の後で、まるで地下の闇を凝り固めて生えた様に現れたのは|小悪魔《ミニデーモン》と呼ばれる魔術師の手先、|使い魔《ファミリア》と|召喚獣《サモンドシング》の中間的な存在だ。「無名のカルス」の無限分の一滴から相当に薄めて作り出された疑似生命で「悪魔」を模倣したもの、それでもなお大概の妖怪よりも強力で本物の悪魔に引けを取らない。十六夜咲夜に呼びつけられた魔術師は、今度はこの|小悪魔《ミニデーモン》を使って伝令を返してきた。彼女(疑似生命に性別はないが、取り敢えず女性の姿をしている)の言葉を聞いて、レミリア・スカーレットは頷いた。「待とう」彼女がそう言うなら、他の二人もそうするしかない。

「レミリアちゃん、ぎしきは、もっと先じゃなかったっけ?」
「そのつもりだったがな、さっきも言ったろう、〝漏れている〟のだ。水漏れを生じたバケツはすぐさま直さなければならない」
「あたらしいの買えばいいよ」
「新しいお前がいるのか?」
「さー?」

 他人事と言うか、意味がわかっていないような返答をするルーミアに、フランドールがその手を掴んでブンブン振るようにしながら言う。

「ルーミアの代わりなんていないよお」
「いるよ。リグルとか。どうせわたしなんて、もともとかわりだもん。だれでもいいのに」
「だれのかわり?」
「……なんだろ」
「なにゆってるのルーミア?」

 やはり他人事の様な反応、自分の代わり、という意味を性格に理解できていないまるで子供みたいな反応だ。フランドールも首を傾げている。そして二人の様子を苦く笑いながら見ているレミリア・スカーレット。肩を竦めるようにして視線を部屋の戸の方に向けると、程なくして人影が生えてきた。

「レミィ、急に言われても魔術は何よりも準備が大事なのよ。施術は一瞬だけどそれはただスイッチを押す動作に全ての回路と準備が集約されているからで」

 ヴワル魔法図書館の司書兼紅魔館の顧問魔術師パチュリー・ノーレッジだった。無理を言われているとはいえ、彼女の姿はその準備としてはほぼ正装といえた。裸足で、眉を剃り落とし髪を上げ、素肌に黒装束だけを纏って逆十字の銀製ネックレスを下げている。出で立ちは全くサバトに備えた魔女のそれだが、魚の肝を焦がした炭で顔を含む全身の肌に肌に忌まわしい紋様を描き、両手の薬指だけを鳥の血で染め上げているのは、彼女の特殊な施術におけるアレンジだろう。だがこの姿が彼女の真実の姿ではないことは言うまでも無い。

「無理を言っているのはわかっている。正式な儀式は後日でもいい、今は出来る範囲で施せることをして欲しい」

 「して欲しい」と言う形式の言葉をこの尊大な吸血姫から引き出すことが出来る存在は、多くない。それを出来るのがこの魔術師であるし、彼女の口調を見ても血縁でもないのに(血縁であるフランドール・スカーレットでさえ姉には敬語を用いる)、レミリア・スカーレットのをレミィと呼び常体口調で話している、それが許されるのは他に博麗の巫女かその周囲の特別な人物群、あるいは八博体制下で同等の地位を持つ者くらいだ。故に、ルーミアの今の扱いは、特例というよりも異例と言える。

「妹の血を使っていい。短時間でできるだけのことをしてくれ」
「フランの血を? 随分大盤振る舞いね」
「方法は任せる、手段を選んでられる事ではない。こいつが漏れるのは、拙い」

 普段はそっくりかえって偉そうに、無理もまるで道理の様に言い放つレミリア・スカーレットから、幾許かの焦りが見える。だがパチュリー・ノーレッジはどこか藪を睨むような目でレミリア・スカーレットを見る。

「《《拙い》》? 本当にそう思っている? こんな|リボン《封印》、破けてしまった方がレミィにとっては都合がいいんじゃないの?」
「皆まで言うな。私は|幻想郷《この世界》が、気に入っている。」
「巫女に絆されただけじゃ」
「《《パチュリー・ノーレッジ》》、その辺にしておけ。」

 強い口調で、レミリア・スカーレットは魔術師の言葉を遮った。

「私だってそれなりに折り合いをつけて生きている、私は傲慢で横柄な王の自覚はあるが、だからといって何もかもが好きな通りになるとは思っていない」
「……変わったって、ことね」
「気に入らないか」
「いいえ、ますます、我が王、それに我が友」

 ふう、と息を吐いたがこれが溜息ではないことはその表情から明らかだ、気を取り直して行こう、の前向きな吐息。

「フランの血が供物としてこの上なく強力なことは間違いないわでも、手順を欠いた儀式には限度がある。それに、定例儀式の本番に彼女の血が薄まってしまっていては元も子もないわ。しばらくはしっかりご飯をあげてね、|儀式供血《サクリファイス》は疲れるのだし。ね、フラン?」
「わかって―」
「ごはん! おなかいっぱいごはん!?」

 姉の返答に被るくらいに大きく、はしゃいだ声を上げるフランドール・スカーレット。姉は、わかった、わかったから、と弱り目で妹を宥めている。

「はあ、仕方がない。腹一杯などと、フランドールのご飯は私の何倍も高いのだぞ? それがわかったのなら、パチェの言うことをよく聞いて、つとめよ。失敗は許さんからな」
「うん!」
「だったら、始めるわ。どうせ万端の準備が出来ないなら、さっさとするに限る。微妙に闇が漏出してるのは確かみたいだし」
「次の施術まで、塞ぐことは出来るか?」

 パチュリー・ノーレッジは、レミリアに連れてこられてからおとなしく小さくなっているルーミアを見る、いや、その頭部に揺れる赤い髪飾りの方か。数歩進んで、彼女の髪飾りのひれを実際に掌の上に取り、その様子をまじまじ眺めた。

「亀裂が綺麗だから、塞ぐのも応急でも綺麗に出来ると思う……でも、随分綺麗に割れたものね、なんだか、綺麗すぎて不自然」

 掌のリボンの表面を親指で撫でながらも、それを訝しげに見つめている。傍目に見ればそれは別に破れているわけでも切れているわけでもないのだが、パチュリー・ノーレッジはそれをみて「割れている」という。レミリア・スカーレットも「漏れている」と表していた。

「レミィ、台を真ん中に移動して。フランはお洋服脱いで、供物台の上。ルーミアは祭壇の前に立って、あなたはいつもと同じよ」
「はーい」
「はい」

 魔術師の指示する通りに、レミリア・スカーレットは祭壇の前にある供物台を持ち上げる。確かに石造りでどっしりととても一人で持ち上げられるようには見えなかったが、彼女は軽々とそれを、よっこらせ、と部屋の真ん中に移動させる。その位置は部屋の丁度中央、何度も書いては消えた形跡のある円形の跡の、中心辺りだ。
 レミリアが供物台を移動している間に、パチュリーがどこかから持ってきた祭儀用の剣に精油壺を添え、その剣で床に傷を付けるようにしながら精油で魔法円を描いている。

「わー、フランちゃんのはだ、きれいー、かわいー」
「えへへ、ありがと」

 フランドールはその場でばさりと服を脱ぎ捨てて部屋の真ん中に進み、ルーミアにピースサインを送って笑いながら、姉が移動させた供物台の上によじよじと登って横たわった。
 |幼い月《姉》よりも一層に幼児然とした体つきに、真っ白い肌、爪、瞳、唇や胸の先端に見える赤は全体の白に対して異様なほどに赤い。裸体を示したフランドール・スカーレットの姿は、絵本の中の登場人物のように現実味がないほどコントラストの強い色合いを見せていた、畸形から来る細い骨格、薄らと猫を思わせる輪郭と目付き、肉体として成体に近付いているというのに幼体特有の低い頭身に、頭の形にも幼さを物語る妖しさがある。産毛やしっとりとした柔らかさを保ったままのボディライン、それでいながら冷ややかで上質な陶器のような白さと肌理。だのに主張してくる赤さの生気は生々しく、艶めかしい。ニンフェットという以外に形容する言葉が見付からない体。
 祭壇の前まで進んだルーミアは少し俯き気味に立っている、髪飾りを術のターゲットとして定めやすくするためで、これは定例の儀式の時も同じだった。違うのは、今は背後に巨大な即席魔法円があり、フランドール・スカーレットが供物台の上に横たわっていることだ。
 更にルーミアとフランドール・スカーレットの間には、レミリア・スカーレットが立っている。この位置は、この儀式の宰相が立つ位置である。
 供物台の上は盆状に曲面を描いており、様々な供物を乗せるために作られていることが覗える。だがそれ以上に目を引くのは、中央部分から旭光図を描くように引かれた放射状に広がる溝である。それぞれの溝は盆状の上面に沿ってその中央へ向かった傾斜を持つが、内1本のみが盆状に窪んだ上面とは傾きを逆に刻まれている。また中央には太陽の様に円形をした深い窪みがあるが、今はその窪みの中央には窪みの容積を埋め底上げするように同じ形の石が嵌め込まれていた。

「出でよ」

 一つ咳払いをした後パチュリーが、供物台の上に横たわるフランドールの前に立ち静かに唱えると、魔法円に内接する多芒星のそれぞれの接点上に、小さな光が灯る。光の中央には、目隠しに鎖で後ろ手に封じられ、両足にも足枷が嵌められた、妖精の姿があった。魔術師が召喚を唱えたのは、この妖精らしい。精霊魔術を本来の専攻とするパチュリー・ノーレッジにとって妖精召喚は言葉を発するのと同じ程度の術だが、呼び出された妖精の姿は精霊魔術で使役する|召喚獣《サモンドシング》としての姿には似つかわしくない様に見える。
 それぞれの妖精は身動き一つ取れない姿、だが唯一自由な口で何かを叫んでいる。助けを求める懇願の叫びの言葉も混じっているが、それ以上に目立つのは、神や自然、世界やその他の理を口汚く罵る聞くに耐えない言葉の群れだ。ここに召喚される前にこの妖精達がどういった扱いを受けていたのかはわからないが、妖精とて知能を持つ生命体であるし自然の分身としての現象的存在である、ああして万物を罵り続けるに至るには想像し難い状況に置かれ続けただろうことが覗える。

―ヘイカーズ、ヘイカーズ、エステルビイ、ベロイ
 我は、捧げ、求める。供儀の貨幣は汎ゆる肉即ちパン、汎ゆる血即ち葡萄酒を鬻ぐ也

 次いで、パチュリー・ノーレッジは、拘束された妖精達が世界を罵る声で儀場を満たし続ける中、何か呪言を唱えながら魔法円を描くのに使用した剣を手に持ちそれを高く掲げる。召喚された妖精の側に、その体に切っ先が向く形で、宙に浮いた剣が現れた。

―ヘイカーズ、ヘイカーズ、エステルビイ、ベロイ
 汝、授け、与える。供儀の荷車は汎ゆる肉即ちパン、汎ゆる血即ち葡萄酒を運ぶ也

 そして魔女は、手に持った剣を逆手に持ち替えて、切っ先を地面に向けて突き降ろす様に動かした。魔女の持つ剣は、何も突き刺してはいない。が。
 ざく

―ヘイカーズ、ヘイカーズ、エステルビイ、ベローイィー

 魔女の剣は空を刺したが、全ての現れていた剣の切っ先が、全ての召喚された妖精の胸に、吸い込まれるように突き刺さった。剣は妖精の胸を貫通して、その背中から剣の先端が現れる。妖精は全てが同時に甲高い断末魔を上げ、部屋中にその叫び声が木霊した。苦悶の声、命乞いの声、なお神を罵る声を撒き散らしながら、妖精は生贄として絶命する。
 串刺された妖精は魔法円を取り囲むように並んで、魔法円の芒星内接点上に落ちた。串刺しされ噴き出すように流れ出した能源純度の高い血液が、まるで粘菌のように形を描いて広がる、それは青い光を浮かべながら精油を使って描いた魔法円を正確になぞっていた。
 妖精の血液で、青い炎が走る魔法円が出来上がった。
 こうして贄に捧げられた妖精は、絞り出されたエネルギーを全て別の魔術の資源として使用されてしまうため、通常に死ぬのとは異なり、妖精特有の再発生を招かない。半化体の能源的生命体である妖精は、肉体としての死体は搾り滓程度しか残らない、大半はエネルギーとして世界に放出され、それが再凝固して妖精は再発生する。そのエネルギーが浪費されることは、妖精としての能源循環の輪からはじき出されることを意味していた。何より、ああして神や自然を口汚く罵る様になってしまった妖精は、そうされなくとももとの存在に戻ることは出来ないだろう。
 世界を呪う妖精の叫びと断末魔は儀場の空気中マナに強制的に強い振動を与える、それによって緩んだモナド配列の隙間に任意の|魔術回路《コード》をインジェクションしそれを実行することで、本来必要とされる時間のかかる場の聖別を、一瞬でインスタントに仕上げる。血液で描かれた魔法円も、ニンゲンの赤子や子羊、或いは鶏の首を刈って描いたものよりもよっぽど強力だ。媒体が断末魔と血である、聖的な魔術を満たすための空間聖別や魔法円描画には使うことが出来ないが、これから使う魔術には適用できるのらしい。
 魔法円の本質とは、その円の内側で生じたアストラルを空間的に封じ込めるものだ。それに付随する呪文や呪図は、封じ込めたエネルギーに変化を与えたり増幅したりするエンジンで、本来は付随的な機能に過ぎない。だが、魔術の技術的な発展に伴いエネルギーを大量に消費するようになると、増幅能や変換能に重きが置かれるようになった。パチュリー・ノーレッジがこうして描いた魔法円は、正当な方法で得られるそれらの性能を遙かに凌駕する。この|暗黒の儀式《ダーク・リチュアル》はチート行為そのものだ、悪堕ちした魔術師しか踏み入れない領域である。
 なんと邪悪な魔術だろうか。精霊魔術が得意だった魔術師は、|吸血鬼《友人》と共に悪の道に堕ちたのだ。その際、彼女は精霊魔術をバインドした強力な悪魔魔術と、この幻想郷特有の理論を汲み解いた同じく妖精を《《使い潰す》》七曜精霊術を会得している。いや、会得したという表現は正確ではない、精霊魔術師は悪堕ちせずとも知識としてはこうした邪悪な術を使うメカニズムは知っている、単にそれを倫理道徳の抑止によって使わないだけだ。だが、パチュリー・ノーレッジにはそれがない、幻想郷に来た時点で、無くなっていた。
 だがその堕落した魔術師も、目の前の吸血鬼には優しい言葉をかけている。

「フラン、我慢してね」
「うん」

 これからされる仕打ちを知りながら聞き分けよく頷く奇形吸血鬼嬰児に魔術師は、妖精達に課した残虐からは想像もつかない優しい表情を見せた。供物台の上に仰向けに横たわるフランドール・スカーレットに向けてパチュリーは次に、聖別された短刀を翳す。金瑠璃玫瑰の施された装飾的な柄と、真っ直ぐに伸びた飾りのない銀の直刃。それをゆっくりと下ろして、先端をフランドール・スカーレットの下腹部辺りに押し貫していく。

「っ」

 しく、と刀身が埋まり、やがて赤い血液が、女陰の隙間から溢れ出した。その血液は旭光状の溝を伝い中央の盆状に集まり溜まり、傾きを逆にした1本の溝を伝って台の脇に流れ出す。短刀が引き抜かれた傷口に、魔女は手早く治癒の軟膏を塗り、すぐに流れ出す血を銀製の碗器で受け止める。供物に捧げられた吸血鬼の血が碗を満たしている、魔術師は幼い畸形吸血鬼の血液が注がれた碗を高く掲げ、更に呪言を唱える。

―ヘイカーズ、ヘイカーズ、エステルビイ

 そしてそれを一気に飲み干した。

―ベローイィー

 吸血鬼が血を飲むのとは異なる、こうした|供血魔術《サクリファイス》にも様々な目的があるが、これは、吸血鬼の血液に含まれる膨大な量のアストラルライトを、魔法円によって空間に閉じ込め、更にそれを術者自身の体に取り込んで内部で別の能源へ変換するための追加儀式だった。
 アストラルあるいはアストラルライトは、エネルギーでありながら有機物であると言われる。だが、アストラルとアストラルライトは厳密には別の概念であることに留意する必要がある。
 アストラルはありとあらゆる有情の存在に宿る機能の化体である。肉体が生命活動を停止する、あるいは肉体から一部の組織が切り離されると、アストラルの有機性は肉体から遊離して徐々に還元され漸減し、有機性が完全に失われれば純粋な大気中マナとなって霧散する。この有機性を生命エネルギーと呼ぶ場合もあるが、同一のものと見做しても問題ない。アストラルの有機性はモナドの結合状態に封じられた精神的情報によって計量される。また生命体に宿るアストラルはモナド同士の高次結合によって説明されるが、それはマナをモナドへ、モナド同士をモナド高次結合体へ保つために、ある種の結合エネルギーが働いているためである。この結合エネルギーがアストラルライトと呼ばれるものである。
 つまり、アストラルは肉体に備わり有機性を示す魂や記憶といった機能の化体の方を指す一方で、アストラルライトとはそれを機能させるための能源である。生命エネルギーとは、アストラルライトと呼ばれる能源によって有機的な働きを持つようになったモナド高次結合体の持つ運動のことである。
 この様にアストラルとアストラルライトは全く別の概念である。アストラル体と呼ばれる、能源としての側面と化体としての側面を混同した概念は、便宜的な形而でしかない。
 このアストラルが機能を停止した生命体から遊離し、徐々にマナへと還元される際には、アストラルライトは大気中に放出される。これが生命エネルギーの放出と言われる現象である。生命体を殺す、あるいは切り離すと瞬時にアストラルは物体から剥離するがアストラルライトの還元は緩慢なもので、広く薄く伸ばされるように霧散する。ニンゲンを含む精神的水準の高い生命体が絶命あるいは肉体から切り離された際に放出されるアストラルライトの絶対量は相当なものであるが、そうした性質故に、何も対策を打たなければエネルギーはほとんど回収することが出来ない。
 こうした性質を鑑み、「生命体の生命活動停止あるいは体組織の分離」「アストラルの還元促進」「霧散するアストラルライトの封じ込め」「アストラルライトの回収」を効率的に行うのが、魔法円と呼ばれる魔術的な施設である。
 魔法円に始まる回収施設によって集められたアストラルライトは、何らか別の儀式に用いるためのエネルギーとして使用される。大きな効果を得ようとする現代魔術では、実質的にこのアストラル還元法によるエネルギーが必須となるため、それを確保するところからが魔術の準備となる(要求の低い原始的な魔術や、要求効果が小さい魔術では必要能源量も少ないため、大気中のマナ(モナド)から非効率にエネルギーを得る方法でも問題がないことが多い)。
 この魔術師が行おうとしている暗黒の儀式は、魔法円の内側で絞った高生命エネルギー物体を得、そこからアストラルを切り離し、含まれる大量のアストラルライトを回収するものだが、更には能源変換回路を用いてアストラルライトを別のエネルギーへ変換しようとするものである。ここで用いる高生命エネルギーは言わずもがな、フランドール・スカーレットつまり吸血鬼(それもかなり稀有な)の血液である。それを何に変換するつもりなのかがわからないが、儀式の構成員配置に手掛かりを見出そうとするのなら、そのエネルギーを使うのはパチュリー・ノーレッジではなく、レミリア・スカーレットだ。
 今、妖精の呪の声によって邪悪に聖別された空間で、描かれた魔法円の中には吸血鬼の血液に含まれる大量のアストラルが急激に還元され、アストラルライトが放出されている。それはパチュリー・ノーレッジの体に一旦取り込まれるが、魔術師の体内ではこの能源を利用しやすい別の能源へ変換する回路が稼働している。それを通り抜けて出力されるエネルギーは、この儀式の宰相であるレミリア・スカーレットの求めるところであり、彼女はそれを資源として祭壇の前に軽く俯いたままのルーミア乃至その髪飾りへ、何らかの術を行使しようというのである。
 体内で能源変換回路を稼働させながら、パチュリー・ノーレッジはレミリアの方へ歩いていく。それに引っ張られるようにこの魔法円の中の何か気配のようなものが奔流して彼女の体に向かっているのが、目に見えないが、ただ凄まじい気配として感じられている。

「即席だけど、そこそこの量が精製できたわね。すぐ渡すわ、私そんなにキャパがないからアンプされた分全部溜め込んでいたら破裂してしまうわ。」
「素晴らしい、さすがパチぇだ。即席でこれほどのエネルギーを確保するとは」
「フランのおかげよ、めいっぱいご褒美をあげてね。」
「わかっている、これが済んだら、ふぐっ?」

 突然、パチュリー・ノーレッジはレミリア・スカーレットの両肩を掴んで引き寄せて、口づけた。

「えっ、おいパチェ、何して……」
「ほら、封印施術するんでしょ」
「いや、そうだが、これは一体何のマネ……」

 パチュリー・ノーレッジは友人の唇を撫でてから、肩を掴んでその体をルーミアの方へ向き直させる。そして、背後から腕を回して抱くように絡みついた。その右手は、レミリア・スカーレットのスカートを掻き分けて股の間に入り込んでいる。左手は、自らの陰部へ。

「お、おいっ!?」

 魔術師の右手の指がするりと、幼さを残し続ける陰裂に入り込んだ。同時に、自らの陰唇へ左手の指を潜り込ませる。右手と左手の指はほぼ同じ動きで、ゆっくりとその中を撫で、そして進んでいく。

「お、いっ……ん、っ」
「これが一番効率がいいの。」
「ほ、本当だろうな? っく、ぁ」
「《《入ってく》》でしょ?」

 パチュリー・ノーレッジの指が、レミリア・スカーレットの膣奥へゆっくりと入っていく。
 ただ、それはただの淫行ではない。仮にそうであれば吸血姫はさっさと魔術師をはねのけているに違いないからだ。魔術師が言う通り、増幅され大量に結界の中に立ち込めるアストラルライトは、魔術師の体で別のエネルギーに変換されて、通過し、レミリア・スカーレットへ流れ込んでいた。魔術師の体内で機能している能源変換回路は、純粋なアストラルライトをレミリア・スカーレットが使うの使うのに適した魔力へ変換し、そして《《接続された部分》》を通ってレミリア・スカーレットへ注入されていた。

「ほら、始めて?」
「そんなところまで舐める必要、あるのかっ……んぁっ」

 パチュリー・ノーレッジは友人を後から抱きすくめるように腕を回し、膣をかき回しながら、唇を幼い首筋に這わせてそれを吸う。まるで吸血鬼が血を吸うときのように、魔術師は吸血鬼の肌を吸っていた。

「羨ましいわ、レミィの肌。ほんとに真っ白ですべすべで、食べてしまいたい」
「余計なことはせんでいいっ、おい、パチェっ、くひっ!?」

 パチュリー・ノーレッジの指は、レミリア・スカーレットの内側の弱いところを的確に押し、擦ってくる。単にそんなことをされて単純に感じるように、女の体というものは出来ていないだが、流れ込んでくる変換後能源の奔流はレミリアの体内へ吸収される際に神経を撫で回すのだ、快感を送り込む神経信号を。
 急激なエネルギー吸収というのは往々にして、中毒性を持つ。中毒性は、拒否か依存かを見せるが、人間に次から次に都合よく与えられ続けた弱点を全て克服しながら生き延びてきた常識外れの適応能力は、間違いなくこの毒性の強い能源注入に適応し……快感を以てそれを覚えるだろう、吸血鬼の持つ規格外の力の前には、それは僅かな時間になるだろうが、短時間ならばまさに今友人に籠絡されそうに身をくねらせ、淫裂をほじられて蜜涎を垂らしまくるこの通りに、狂う。

「ぱ、パチェ、や、やめっ、ソコほじるのっ、やめろぉっ♥」
「さすがレミィ、適応が早いわ。さあ、このエネルギーを使って、彼女の封印を早く済ませなさいな」
「ん、くぅうううっっ♥」

 レミリア・スカーレットは、友人が指を滑り込ませている股間から雫を落としながら、目の前で言われたとおりおとなしくしているルーミア、その髪飾りに向けて、施術を行おうとする。
 両手の薬指の爪先を、それぞれ逆の手の掌の中央に当て他の指を全て真っ直ぐに伸ばす。そのまま肘より上だけ、肘より下は固定したままの動きでその爪で掌の皮膚を裂いて左右の掌に同時に五芒星を描く。爪で裂けた掌の皮膚から溢れ出した血はただの血の赤ではなく、暗紫色から明紅色へ脈打つように明滅する、血中組織の鉄で微小に編織した魔術回路が血液に溶け込んだ液体となっている。

「い、一応デリケートな術なんだ、パチェを永遠の血牢に閉じ込めるのもわけないやつだ、あんまり変な刺激をするな、よっ」
「善処するわ」

 レミリア・スカーレットの言っていることは本当なのだろう、だが魔術師はその術が決して自分に向かないことを知っている、誤って共通の玩具を壊してしまっても「ああ、こわれちゃったね」で済むような、この二人はそんな|邪悪《甘美》な間柄なのだ。
 レミリア・スカーレットは、赤く複雑な方向に光の筋を幾つも走らせる髪飾りを手にとって、掌から滴る血を、その髪飾りに押し付けるように染み込ませる。レミリアの掌から溢れていた明滅する|魔名溶血《MindeadBlood》は、髪飾りに行き交っていた微細の|回路《パタン》に毛細管現象で染み渡る様に満ちていく。

「れ、レッドマジック・|AT《アフタータッチ》」

 新しい〝赤〟を染み渡された髪飾りは、その新しい赤に沿って強力な妖気を放ち始める。この妖気を放つ|赤化《ルベド》繊維が全体に広がれば、彼女の施術は完了となる。一見簡単な処置に見えるが、費す魔力は繊維の頑丈さに従う、この髪飾りの奥に潜んでいるモノを押さえつけるだけの頑丈さを求められるなら、その檻の中にいる存在の力が強ければ強いほど、使用するリソースは大きくなる。ルーミアの髪飾りの奥には、なにかそれ相応の何かが押し込まれているということだった。

「さすが、〝魔法〟は気味が悪いわね。強烈な効果を発揮するのに、その仕組みがさっぱりわからない。どうせ本人も仕組みなんてわかってないんでしょうしね」
「わからんというのなら、お前のそのっ、魔力供与の方法も、ひつぜんせいがわから……くふっ、なんでそんなに擦る必要がっ?」

 魔術師は以前レミリア・スカーレットを後か抱きすくめ、首筋にキスの嵐を振らせながら、陰部をほじくり回している。蜜の量はおびただしく、床のパタパタと落ちて濡れ跡を染めているが、この状況でまだしっかりと自我を持ち魔法を行使できるのは、さすがの吸血鬼の姫というところだろう。パチュリーは素直に感心しているし、それこそが彼女が友人に全幅の信頼を置く理由の一つでもある。

「応急処置だから、我慢してね? 今はこれしか方法がないの」
「ほ、本当なんだろうなあっ!? あっ、んっ、あ、そ、ソコばっかり、おいっ……んぅぅっ♥」
「もっと力を抜いて。脚を広げて。私を受け入れて……♥」
「んおっ、お、おぉっっ♥ こ、こすれっ、ぱ、ぱちぇっ、ぱっ、くはあっ♥」
「もっとよ、まだ太く出来る。消費に足りてないでしょ」

 そう言って、魔導司書は、友人の淫裂に突き入れる指の数を、1本から3本に増やす。それぞれの指で別々のタイミングをもって中をほじり、押し、擦る。

「お、オ゛っッほ♥ ぱ、ぱちぇっ♥ さ、さんぼんもいれっ……♥」
「レミィ、感じてないでちゃんと流量確保して」
「そ、そんなこと、いわれてもっ♥」

 確かに生殖器官の持つ万能性を通じて、後の|能源変換器《コンバータ》から送られてくる、おびただしい量のエネルギーは本物だ。羞恥さえ気にしなければ、理に適っている……ように見えた。

「レミィ、食いつきが全然悪いわ。流入量が、細過ぎる」
「そ、そんなことを言われてもっ、くあぁぁ♥」

パチュリー・ノーレッジの背後には、フランドール・スカーレットの血液を元に大量に増幅されたアストラルライトが漂っている、しかしそれを使用者の体に適切な形で送り込むことが出来なければそれは単に高温の水蒸気で部屋が満ちているだけのようなものだ、その高温スチームから熱を奪って利用しない限りは、冷めて失われる無駄な熱量でしか無い。

「全然入っていかないわ、術の構成も止まっているじゃない」
「ううっ、まずい」

 パチュリー・ノーレッジの送り込むパフォーマンスを、レミリア・スカーレット自身が活かしきれていない。術に必要な消費量を供給できず、レミリア・スカーレットの術の進行が停まってしまった。
 魔法であっても魔術であっても、その本質は小さな効果の有機的な関係と綿密なシーケンス、それらの滞りのない編織に依る。進行が停止してあまり長い時間そのままになると、術全体が失敗作になってしまう。パチュリー・ノーレッジの言うことには、彼女の体でアストラルライトから変換された使用可能能源の、実際の術者つまりレミリア・スカーレットへの充填速度が、術の構成に必要な消費量を満たしてないということらしかった。

「やっぱり手じゃ埒が明かないわね、転送効率が悪すぎるわ。《《直接行くわね》》。」
「は?」

 背後で術行使の支援を行う魔術師の言葉、その真意が汲み取れないレミリア・スカーレットは切羽詰まった声でそれを魔術師に問うが、意味はすぐに知れることになる。

「えっ」
「これで注ぐわ。ちゃんと受け取るのよ、レミィ」

 レミリア・スカーレットの幼さを残す小さな体、太腿と言うには華奢なその白い素肌の間からカオを出して伸び上がっていたのは、凶悪な青筋を浮かべた、ペニスだった。股の間から伸びているのに、反り返った亀頭はレミリアのヘソを覆い隠そうとしている。既にとろとろと匂い立つカウパーを垂らしていて、浮いた青筋はどくんどくんと脈打っている。雁首はまるでキノコの傘の様にエラを張っている。
 パチュリー・ノーレッジは、魔術的に疑似男根を生成したのだ。この男根の管の中を通るのは、卵を求める精子ではない、魔力だが。

「ま、まてパチェ、こんなもので」
「これならレミィの一番深いところに直接注ぎ込めるわ。レミィがその気じゃなくても必要なエネルギーを体内に注ぎ込んであげる」
「おい、パチェ、お前自分の言ってることがおかしいと思わ……フグゥっ!?」

 案外に誠実さのあるレミリア・スカーレットが、背後の友人へきちんと視線を送って真意を確認しようとしている間に、不誠実な友人は彼女の小さなワレメに、桁外れのサイズの男根を、突き刺していた。

「オ゛オ゛ッ……♥ おぐぅっ……♥ ぱ、ぱへ、こりぇ、はっ……♥」
「《《届いた》》わね。注ぐわよ、レッドマジックを継続して」

 魔術を継続しているレミリア・スカーレット、こんな状況でも手順を間違うことはないのはさすがかも知れないが、同時にどこか滑稽だ。正しく術の編織を続けているが、そのエネルギー源は紛うことなくパチュリーのペニスから送り込まれてくる変換後能源、だがそれは白く溶けたゴムの様に粘り糸をひく熱い液体にしか見えない。

「あ、あたっへ♥ ぱちぇ、おくに、このデカイの、あたっ……♥」
「ええ、直接注入する必要があるから」

 パチュリー・ノーレッジの疑似男根は、レミリア・スカーレットの下腹部をぼっこりと膨らみあげている。細い幼児体型のへその下が、まるで赤子を孕んでいると見間違えるくらいにぷっくりと丸く膨らんでいた、その膨らみは、パチュリー・ノーレッジが魔力注入のためにと形成した疑似男根の、亀頭の形が浮き出たものだ。しっかりと傘の張ったエラの具合までが、白い下腹部を押し上げ膨らませている形からも、わかる。

「ハッ、ハッっ……! ぱちぇ、で、でかすぎ、お腹が、私のおなかっ……♥」

 どぷんっ!

「ふキゅうっッ!?♥♥♥」

 目の前でその姿を見ているのは、術の完成を待たされているルーミアだ。彼女の目には、後からえげつない巨根で小さな女陰をこじ開けられ、未発達な子宮をぼっこりと膨らせられ、その刺突の度に下品なヨガり叫びを漏らしながら、必死に術を編織しているレミリア・スカーレットの姿が至近に広がっている。目の前のコウモリ娘が必死なのは、術の編織ではなく、魔力に快感神経をズリ回されアクメを耐える方にだということも、ルーミアの目には明らかだ、勿論、そんなことはレミリア自身も、彼女の淫裂を残酷に掘削しながら|白濁熱粘液《エネルギー》を注ぎ混んでいるパチュリーにも、明らかだ。
 レミリア・スカーレットは、ルーミアの目の前でがに股を開いてその間から溶けたゴムほどに粘って糸をひく淫猥なエネルギー液を子宮に直接注ぎ込まれて、だらしないトロけ顔を晒している。

 どくんっ、どぶっ、どくどくっ

「ほげ……ぁ ぁあぁっ♥ アツっい、ぱひぇ、ちょっとまっれくれっ♥ そんあにたいりょうに、そそがえはらっ♥」
「こんなに拡げているのに、まだ道が狭いのかしら。もう少し広げるわよ」
「っ!? まっ、まて、それはっっ、ちがっ……」

 ゴリュぅっ!

「く、ぴっ…………♥」

「し」の字を描いて股の間から伸びて天を衝く無慈悲な淫棒が、一層に太さを増した。もともとギチギチに開かれていたレミリアの牝口が、引き伸ばされたゴム手袋みたいに張り詰めながら拡がって、その怒張の形を下腹部に浮かび上がらせる、下腹部だけではない既に元々可愛らしく凹み窄まっていたヘソまでが内側から押し出される形でだらしない形をさらけ出していた。
 度を超えた陰茎に串刺しにされた膣口の上で押しつぶされた尿道口の端からは、液体がぶしゃぶしゃと噴き出している。内側から押し出された小便が、押しつぶされた出口で勢いを増して飛沫を撒き散らし……ルーミアを汚している。

「わあ……♥ レミリアちゃん、エッチで、下品だぁ……♥」
「み、みるな、ルーミア、お前は目を瞑って……ふごぉぉっ♥ やめっ、パチェ、ルーミアが見ている前で、こんなっ」

 どちゅっ、ごりゅっ、がつんっ、ごん、ごんっ、ごリッ!

「ふゲッ……♥ おっ、オ゛オ゛オ゛ッ!!!♥♥♥♥ ぱちぇ、やめっ、たのむっこんな、こんなにされたら、私っ、ぐげぇぇっ♥」
「〝やめて〟? ちゃんと術を完成させてからおっしゃいな。封印が溶けてしまうわよ? それに、こんなにされて、喜んでいるんじゃなくて、レミィ?♥」
「よ、よろこんで、なろっ♥ ほぐっ、おごっ♥ よろこんれなろっ♥ オ゛っ、オ゛ごぉぉっ♥ あそこがっっ、私のアソコがこわれっ……♥」
「〝マンコ〟よ、レミィ?」

 ごりっっ!

「やめへっ……!♥ ぱひぇ、やめりょおぉぉおっ♥」
「やめて? 何を? どこを」
「膣がっ、わたしのちつぐげべぇぇっ♥」

 ごりゅっ、ごんっ、ごっごっ、ずるずるずる……どずんっっ!
 びゅるるるっ、どぶっ、どぶっんっ ごぼっ、ぼごおおっ

「え? 《《どこ》》?」
「マンコっ♥ わたしのマンコ、こわれっっっ……♥ やめりょっぉぉっ♥ おなかがっ、おなかっ、はれつっ、すっ♥」
「だめよ。ちゃんと術を終えるまでは。そうでしょ?」

 ずんっ、ずがむ゛っ ごりごりごりっ!
 びゅうううううっ! どぶっ!!
 ぼこぉっ、ぶちゅっ、ぼごおおっ!

「オ゛っ……♥ はぐげ……っ♥ しきゅ、わたしのしきゅ、う、風船みたいにっ♥」
「ほら、早く、その魔力使って」
「わ、わかっへ……、ほごぉぉっ♥ だ、ダメだ、ダメだ、っ♥ このままではっ♥ このままでは私、わたしはあっ♥」
「あら、レミィ。吸血鬼の女王ともあろうものが、術のために供給されるエネルギー奔流ごときで、気を遣ってしまうの?」
「しょ、しょんなわけが、ありゅかっ……♥ ありゅっ……んほぉおっっ♥ ゆるされないっ、わたしが、こんなことで、わたひが、気を遣る、なろおおっ♥」

 ぼこおおっ、ぶくっ、ぶぼおぉおっ!
 ぶしゅっ、ぶしゅううっ!

「ふういんを……ふうっ、いんぉぉっ♥」
「そうよ、特大のをくれてやるから、ちゃんと完成させてね」
「はっ!? ま、まてパチェ、そんなことをしたら、私……っ♥」

 ぐりぃぃぃぃ!!!
 どびゅううううううううっっ!!!

「っ!? おあ、っ!? ぐっ、っっっげ、ああああっ♥ あついっ、あついいぃい♥ おなかtがっ♥ わらしのしきゅうがっ」
「マンコ」
「わらしのまんごがあっ♥ う、うらがえっ♥ ふくらんれっ♥ うらがえっ♥ ふくらんっ……♥ おぐ、っ♥ っ♥ ふげっ♥ ア゛っ♥ オ゛っ♥ オ゛っ♥ オ゛っ♥ オ゛オ゛オ゛っ♥♥♥」
「ほら、封印は?」
「わ、わかっれゆ、れもっ♥ れもぉぉっ♥」

 レミリアの腹部はフグの様に膨らみ上がっている、破裂しないのが不思議なくらいだが。その膨らみはぼよんぼよんと跳ね、内側に年度の高い液体が満ちているのを物語っていた。パチュリーはその膨らみに左右から手をメリ込ませて、肉風船の内側で何事か手を動かしている。

「やめお、それ、しょれっ、らんそ、っ、わらひの、ロリータ卵巣っ♥ こりこりっ♥ ザーメン風船でドキドキ発情してるところれ、らんそうコリコリ、らめらっ♥ ぱひぇ♥ ぱひぇええっ♥ これ、ほんろに、ひつようなんらろおな、こんな、こんなきもひいいころ、エネルギー変換に、ほんろに」
「ええ、必要よ」

 涼しい顔でレミリアの子宮に精液()を注ぎ込みながら、パチュリーは未熟な卵巣刺激でレミリアを狂わせ続ける。風船のように膨らんだレミリアの腹部の内側がどうなっているのか、パチュリーがそのブヨついた肉段の下で何を握っているのか見ることは出来ないが、白目を剥いてよだれと鼻水を垂らしながらも濃縮快楽漬けに狂い貌を晒すレミリアを見るに、レミリアの内側は度を超えた牝快感の発生源に化けているようだった。

「さあ、早く。でないとレミィ、流石にあなたでも破裂するわよ」
「さ、させるかよぉっ♥ そんなこと、このわらしが、させれらまるがあっ♥」

 呂律の回らない口で涎にまみれた言葉を漏らしながら、レミリアは両掌に刻んだ印に、注ぎ込まれたエネルギーを導引する。赤い光が一層強くなり、ルーミアの髪飾りに注ぎ込まれる魔力が煌々と赤い光を放つ。

「れ、れっどまじっくの強化さいこうせいを、かっ♥ くふっ♥ かんりょー、すりゅううっ♥」

 レミリア・スカーレットがレッドマジックATの完了宣言を述べると、大量に|白濁粘液《エネルギー流》を溜め込んだ腹部が、するすると縮んでいく。皮や肉が余った様子もなく、まるで逆再生しているように元の形に戻りながら、しかしその元に戻る変化に連れて、レミリアの快感トロケ顔具合がひどくなっていく。子宮に無理やり封入された魔力が体内を通って掌へ遷移する度に、体中の快感を惹起しているからだった。

「ふあ、あああっ♥ い、イく、イくっっ♥ イッてしまうっ♥♥♥ ぱひぇえっ♥ ぱひぇのざーめんれ、イくっ♥ ルーミア、見るなっ♥ みるなあっ♥ わらひのとぶところ、みるにゃあああっ♥ おっ、んほぉぉおっ♥ クる、くるっ、っ、♥ おっきいの、特大のアクメ、クるっ♥ あああ゛あ゛ああ゛ああ゛あああ゛ああ゛あーーーー〜〜〜〜〜っ!!!!!♥♥♥♥♥」

 レミリア・スカーレットがひときわ大きな嬌叫を上げ、処置の終わったルーミアの赤い首飾りから手を離し、役目を終えて自由になった体を反り返してパチュリー・ノーレッジに体重を投げ出してビクンッ、ビクンッと大きく断続的な痙攣を繰り返した。白濁粘液に姿を変えた変換後能源は今は空になりレミリアの無様だった腹部は元のいたいけなロリヘソに戻っている。そして、最後に盛大に、黄金色の液体を一吹きしてから、痙攣を止めた。

「完了したみたいね。ご苦労さまだわ」
「はっ、はへっ♥ はあっ♥ く、そおぉっ……♥」

 痙攣するレミリアの体重を全て受け止めていたパチュリー・ノーレッジが、その頭をいいこいいことするように撫でる。レミリアは、まだ意識の明滅が終わらない中で、それを嫌な虫でも払うように、頭を振って避けた。くそっ、またお前に好き放題……と顔を真っ赤にしながら目を閉じ、悔しそうに歯噛む。
 よろよろと体を起こして、ルーミアの前に寄り、髪飾りを確認する、すっかりカリスマを打ち砕かれた吸血女王。

「はあっ、はあっ、穴は塞がった、な。くそっ……る、ルーミア、今見たことは忘れ―」

 色んな液体でぐちゃぐちゃに崩れた顔を自覚し、恐る恐ると視線をルーミアの方へ向け直すレミリア・スカーレット。その先で見たものは、頬を紅に上気させて目をキラキラと輝かせているルーミアだった。

「わぁぁぁ、レミリアちゃん、えっちぃ……♥ レミリアちゃんって、イくときあんなかわいい声だすんだぁ♥」
「あ゛ーーーーーもーーーーーーぜっっっっっっっったいに忘れるんだぞ、いいな? いいな!?

「あんなのそうかんたんにわすれられないよぉ……♥」
「わ す れ ろ !! パチェもパチぇだ、あんな方法……」
「手段は選ばない、って言ったじゃない」
「言ったがなあ! 確かに言ったがなあ!!」
「レミリアちゃん、さっきの、わたしもレミリアちゃんにしたい♥」
「いーーーやーーーーだーーーーー!!」

 ほぼマジ泣きしながら地団駄を踏むレミリアを横目に、魔術師はルーミアの髪飾りを手にとって険しい顔をしている。

「ねえ、やっぱり怪しいわ。あんな綺麗な亀裂。それに、やっぱりもう、少し漏れた跡があるわ」

 レミリアが取り乱している今、どこまでもマイペースに話を進めるのはこの魔術師だった。引っ張られるように、主導権を失った吸血姫が、パチュリーの手にある髪飾りを目にする。上目にその様子を見ているルーミアには、そのことが……わかっていないのか、あるいは全て、自覚があるのか。今はもう、何も言わずに黙っている。

「まずいぞ、もし漏出分に自我を再構成できるような部分が混じっていたら、奴らに嗅ぎつけられる。これに気付いたら、奴らは動き出すかも知れない。面倒はごめんだぞ」
「折角、あんなに可愛いことになったのにね」
「なあ、パチェ、本当にあんなこと必要だったのか、なあ!?」
「……たぶんね?」

 肩を上げて、舌を出して目を逸らす魔術師。

「た、たぶんだと!?!?!」

 しばらくこの吸血鬼にプライドが戻ってこないのは明らかだった。
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
瀬織さんは色々アンバランスな子だなぁ。グロいのは得意だけど恋愛事はうぶなのか。
あと個人的に、日少年の嘔吐のような言葉が刺さりました。