真・東方夜伽話

ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)②

2018/12/02 20:33:47
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ルミナス世界と日出ずる国の革命布告(ニューワールドオーダー)②

みこう悠長
§§§



 壊れているのかもな、素直にそう思う、長く生きていれば。人が死んでいるというのに、その氏をただのイベントの一つとしてしか捉えられなくなっている自分は、もはやまともではないのだろう。
 ここは近いかも、とそのがらんどうを眺めながら、何もないその空間にまるで何か巨大な者でもいるかのように見上げてみる、とうぜん何もない、ただ無駄に高い天井がここに昔あった施設の名残をぶら下げているだけだ。私は携帯電話を見た、保存してあるログを眺める。今更そんなものを眺めても何の手がかりにだってなりはしないのだが。
 その人個人を示すアイコンと呼ばれる小さな画像、日本ではほとんどの人が本名ではなくハンドルネームという偽名を使う、アカウント表示名、それにそのアカウント論理名。全世界の誰が見てもほとんどの人間は「そんなこと聞いてねーよ」な罹患病名を楽しそうに謳う自己紹介文。自らをどんな人間なのかステレオタイプに示すためのタグと呼ばれる短い文字列。他のアカウントからどう思われているのかの評価数。フレンドと呼ばれるそのシステムの中でだけ機能するアカウント対アカウントのリンケージ、その保有数。更にその下にぶら下がっているのは、該当のアカウントがワイヤド上で発信した短い文字列の断続的な集合だ。

(饒舌な事だな、これから死ぬとも知らずに)

 ぼうっと眺めているのは、Flitterというワイヤド上のサービスの画面。日々の些細な出来事をごく短い文字数で投稿することが出来る、独り言を投げ捨てるのに使われる以外にも、フレンド機能を使って擬似的なチャットを行ったり、タグを辿ることで似たようなフレンドを沢山見つけてつながりを強化していくコミュニケーションツールとなっている。
 表示していたのは「はたをどり」という表示名のアカウントの、Flit(投稿された文字列のこと)一覧だ。アイコンはダルマのようだが、何かを意図しているわけでも何でもなさそう。何でもないただの日常アカウントで、何らかの商売用だったりというわけでもないようだ。
 『これすげーw どういう現象?w』という文字列と共に写真が一枚添付されている。写真は建物の中で撮影されたもののようだが、何の変哲もないように見える。だが、なんだかその写真が、現実離れして制作中の絵か何かに見えてしまうのは、なんだか不自然でのっぺりとした印象を受けるのは、写真の中の手に注視しなければならない。それは携帯電話で撮影した写真の、撮り手はこのアカウントの人物自身なのだろう、その横からひょいと伸びた手は指を立てていて、建物内の照明に向いている。そしてその照明の傍には幾つかのオブジェクトがあり、その一つが撮影者の手だ。その手が示しているのは、照明の周囲に一つも、影が出来ていないことだった。
 件のテロで死んだ人間の内、幾人かは直前にこうしてメッセージを残している。勿論これからテロで爆死するなんて予言をしている者はなく、ただ友人とやり取りをしていたり、何でもない内容を投稿しているだけだ。その中に、更に僅かな数、こうした者が見受けられる。
 こうした者とは、「何故か影が出来ない」を口にしていた者だ。

(投稿が、テロ発生の5分前。危険を感じて逃げていれば間に合ったかも知れないものを)

 と言ってもそれは無理な話だ、そこには予言者なんていなかったし、影の消失がテロに関係しているかどうかもわかりはしない。そしてそれを眺めている間に死んだわけだが。
 この世界は光に満たされている。影が発生しないという現象自体ほとんどの人間は体験したことがない。光は少なくとも人間が生存できる程度の重力圏内では直進しかせず光源から真っ直ぐにしか進まないから、必ず物体によって遮られ、そこには影を映やす。光源から完全に隔てられた領域はそれ全体が影と言うだけのことであって、影が映えないという現象は大凡あり得ないことだ。赤道付近では地表から立つ長いものに影がほとんど伸びないようなことはあるが、それでも手を伸ばせば自分の影は出来る。全ての影を打ち消すように全方向から光で満たそうとも、僅かにでも凹凸があれば影は生じるし、わざわざ発光体を透かしたた凹凸のない球面の内側を用意すれば影は生じていないかも知れないが、それを観測するためのセンサには影が生じてしまうだろう。影がないことを観測するのは困難だ。
 光に満たされたこの世界では影は必ず存在する。むしろ光よりも余程に強固な存在だ。だからこそ人間は光を保護し闇を隅に追いやりながら、生きてきたのだ。闇は、未知を呼び込み恐怖の源となり死の印象と直結し、そして光よりも、強い。
 このFlitter投稿者が何故影が生じないことに気付いたのかは分からないが、少なくともテロの被害者でありながら、直前に誰かと連絡を取り、そのときに無影に気付いた人間は私の調べではほとんどいない。影の生じない現象に遭遇したのは、この人間だけなのだろうか。男の投稿写真を見ると、その映像の中には影らしい者が一つも映っていない。遠近感が失われていて凹凸も分からない気味の悪い映像になっている。切り取られた写真の一枚にさえこれだけの違和感があるのだ、その場にいた人間が誰も気付いていないと言うことは不自然だ、きっと気付いていた人間、あるいは不自然さ感じていた人間は少なからずいるだろう。
 Flitterに限らずこうした情報を遺言した被害者は他に一人だけだ。この二人が特別な人間なのではないかと疑ったこともあるが、それは余りにも希望的観測に満ちた見解だった、単純に全く偶然で、この二人だけがこれをSNSに投稿していたとそれだけのことだと考える方が自然だった。二人に接点は見いだせず、共通点も皆無だ。人間であり、その時点では生きていて、日本在住、というのを共通点というのなら、共通点だけなら山のようにあるが意味があるようには思えない。

(この二人が気付いたのは偶然だとして、テロで吹っ飛んだ建物の中では恐らく誰の目にも分かる形で〝無影〟が起こっていた。それは偶然?)

 テロが起こったビルへ駅から繋がるガード下歩道。この歩道は現場となったビルにも繋がっていたが、今は該当のビルへは当然立ち入り禁止になっている。入り組んだ密集都市の、歩道だけが貫通した特殊な地形、自動車を入れることも出来ず遠い停車場からはるばる歩いてきたマスコミのクルーが何人か中継をしている。
 ここは更にそこから先へ進み別のビルへの連絡通路となっている径を途中で折れた空間だ。昔はここに個別のビルが建っていてその連絡に使われていたのだろうが、接続されていた今はビルは取り壊され別の商業施設と面積を共有する形になり個別の建造物ではなくなった。その商業施設はこの通路を別の入り口に活用することなく塞いだことで、ここは何の機能も持たない袋小路になっている。かといって都市機能はこの凹空間を浮浪者の溜まり場にすることも許さず、ここは潔癖なトマソンと化していた。テロの起こったビルの入り口とは違い、ここは立ち入り禁止にもなっていない。入る分には自由だが、人気が無く他の場所に比べれば落書きやゴミは目立つ、何より、何もない。治安の悪さを招く程でもない中途半端な荒廃の雰囲気を滞留させているが、照明だけが律儀にこの空間を照らし出しているのが余計に荒涼とした印象を強くしていた。雨も雪も降らないが、それ以上に頻繁に天から降り響く電車の走行音を聞けば、ここに居を構えたいとは確かに思わないかも知れない。だがここに照明がなく暗闇がここにぽつねんと居座っているのなら、この場所はより嫌悪感のある場所に変わっていただろうし、周囲にその雰囲気をまき散らしているだろう。人は、ここに闇があることをおそれて、照明だけを生存させているのだ。

(〝人は闇を恐れ、闇を削って生きてきた〟なんて台詞もあるねえ。その通りなんだろうが、それを観念的なものと捉えている以上は、こうやって生殺しで磔になるのが関の山か)

 地面のアスファルトは目の荒い質の悪いものだ。雨が降れば水が溜まることもあるのだろう、乾いている今でも等高線のように行く筋もの線が水溜まりの記憶を描き、一度濡れたゴミが干からびて改めて死体を晒していた。特に強い圧を受けたわけでもないのにぺちゃんこに潰れて干からびているゴミの死体は、まるで中身だけを吸い取るように食べられた後にも見える。それが死体に見えたものだから、私はなんとなく、それを足蹴にすることに抵抗を覚えてかわして歩いてしまう。
 所々からコンクリート打ちっぱなしの塊に根元を補強される形で、鉄筋剥き出しの柱が、何本も生えて天上のガードを支えている。柱と柱の間の幾つかは、かつてそこに何かがあったのだろうことを彷彿とさせる機能不全の壁が残していたり、まるで意味の無い扉の枠だけを抱きしめていたり。機能も無い、人気も無い、社会の吹きだまりにもなっていない、何も生きていない、だがここがないと上のガードが崩れ去る、奇妙な空間だ。

「おい、ここは禁煙だぞ」

 やれやれ、面倒な声が聞こえてきたぞ。振り返ると、お巡りがいた。ここで会ったことはなかったんだがなあ。ちっ、と舌打ちしそうになるのを堪える。何もこんな場所まで律儀に見回りしなくたっていいじゃないか。私はどこそこ構わず放火したりしないぞ。

「おっとそりゃあ気付かなかった、悪い悪い。すぐに消すぜ」

 と思ったが、灰皿がない。携帯灰皿はいつでも持ち歩いてるつもりだったのに、気付かずに火を付けちまうなんてとんだ落ち度だ

「お巡りさん、灰皿持ってるかい」
「あるわけないだろう」
「まあそうだろうな。だがこれじゃ消せないぜ」
「しるか。飲み込んだらどうだ、どうせ喫煙者なんて煙草を食べたっていいと思ってるキチガイなんだろう?」
「おおう、おっかないねえ。流石のあたしでも食べるなんて御免だぜ」

 私は咥えていた煙草を手で、ピン、と宙に弾き飛ばす。

「おい! ……?」

 宙に舞った吸い殻(まだ半分以上残ってるがな!)はアーチを描き、それを見たお巡りはポイ捨てしたのかと声を上げる。だが、その吸い殻がアーチを上昇するに従い、煙草に点いていた火種が急激に膨らみ炎を上げる。幾ら風に煽られても煙草の炎がこれほどになることはない。

「っ!?」

 そして吸い殻は痔面に落ちるのを待たずに焼失した。灰は残ったのかも知れないが、風に消えている。

「て、手品を見せられても変わらんぞ。健康維持準法と迷惑行為防止条例違反だ。身分証を見せろ」
「へいへい」

 私は運転免許証を見せる。お巡りはICチップ読取装置をかざしてそれを読み取っている。私は欠伸をしながらお巡りの減点処理を待つ。しばらく何か操作した後、紙に何かを書いている。その一番上を、まるで宅配便の伝票のように一枚だけ破って私に寄越した。

「喫煙は最近始めたのか。何の前科も減点もなかったのに残念だったな、こんなところで見付からなければ優秀市民のままだったろうに」
「当然だよ、あたしは人畜無害な優良市民だったんだ、その息の根をあんたが止めた」
「黙ってろよ、そもそも喫煙申告せずに減点逃れしてる喫煙者なんてこの場で射殺してやりたい位だ、減点ぐらいで済んだことをありがたく思えよ。無許可地域での喫煙減点と、非喫煙健康体から喫煙健康体へ脱落。文句ないな?」
「へーい、さーせんっしたー。ああ、まだ半分以上あったのに、もったいねーことしたぜ。」

 口の悪いお巡りは私に減点をくれ、その分の得点を獲得してほくほくとしながらいなくなった。
 今日貰った減点も、体況区分も、そのうち戻しておこう。

「あたしの経歴に×ついてないなんて当然なんだよ」

 私は、〝焚書屋〟だからな。
 煙草のソフトパッケージを、私はくしゃくしゃ握り潰すようにして放り捨てた。今の一本で空になった。新しく買わなければいけないか、今度こそ舌打ちが出た。これもさっきのお巡りに見付かればまた減点対象だ、でもなんとなく、ここにいる何かが欲しがるだろうか、なんて思えて。干からびているゴミが食べかすのように見えてしまったからだろう。

「……こんなもんでも、食うのかね」



§§§



「たべもの……なにか……」

 ニンゲンは岩をぺちぺちと叩いている。叩いているという表現をするとなんともふざけたような印象だが、対象の岩が大きすぎるだけで、十分な力がかけられている事は想像できる。恐らくボクは簡単に潰れてしまうような力だ。ニンゲンの体は大きいから、ボク一人なんかよりもよっぽど力がある。本人にだってふざけているつもりはないだろう。でも大きいけど、弱い。

「ここから出して、出して」

 もう何日になるだろうか、ニンゲンがこの中に放り込まれてきた。オスなのかメスなのかよく分からないが、こんな所に閉じ込められたニンゲンがどうなるのか、いくらボクでも知っている。
 哀れなものだ、と思う。こんな大きな図体をしているからこの程度のスカスカの岩壁で仕切られた空洞に閉じ込められただけで出ることが出来ずに死んでしまうのだ。こんな大きな図体のくせに力が弱くて、この程度のスカスカの岩壁で仕切られた洞窟を掘って出ることが出来ずに死んでしまうのだ。あんなに賢い頭をしているのに、この広い岩窟にあるどんなものも食料にすることが出来ずに飢えて死んでしまうのだ。哀れなものだ。このニンゲンがどうしてここに放り込まれたのかなんて、ボクの知ったことではない。

「だしてよう、オレが、何をしたって言うの?」

 岩壁を叩く腕の力は見る見ると弱まっていく。だがニンゲン程度の力でこの岩を幾ら叩いてみたところで、逆に優しく手を乗せてみるのとさして変わりはしない。このニンゲンがここに放り込まれて何日経っただろうか。日の光が一筋でも届かないここでは、〝いちにち〟の概念など存在しないも同然だけれど。
 人間の声は外へ届くことはなく、いや届いていて無視されているのかも知れないが、少なくとも返事をするのは反響したこの人間の声自体だけだ。かなり広い、もし口が正しく開いているのなら、ここは居住に十分使える洞穴だったろう。だが、こうして牢獄のように使われているだけだった。

「だれか、そこにいるんでしょ? 開けて! ヒメ、ヒメいないの?」

 岩を叩くのを止めたニンゲンは、隙間に指を押し込んでいる。通り抜けられる体積ではないが、掘り進むつもりだろうか。ニンゲンの様な弱い生き物でなければ当然意味のある行動かも知れないが。これには無理だろう。
 そもそもこのニンゲンにはもう何も見えていないのだ。視覚に外界認識のほとんどを頼り、光がなければその視覚を失う脆弱な生き物。この洞窟の中には光はない、一切。人間の目には、何も映っていないことだろう。勿論、ボクの姿も。

「ここ、出ないと……こんなとこで、死にたくない……」

 岩の間に指を押し込んで引っ張ったり押したりしているが当然びくともしない。このニンゲンは、ボクが知っている多くの人間と比較しても特別にひ弱に見える。到底ここを力尽くで出るなんて事は叶わないだろう。
 死にたくない、死にたくない、とブツブツと呟いている。この洞窟の中で生き延びるなんて、ボクには容易いことだがニンゲンにはおそらくは不可能なことだろう、光のないこの中では、あらゆる視覚は機能せず、岩の形も天井の高さも方向も見えないが、このニンゲンが感じているとおり、死の姿だけははっきりと見えてくるようになるだろう。



§§§



 脚、と言えば蘇我だ。あれには脚というものがない、幽霊だからだ。|幻想郷《この世界》には幽霊は幾人かいるようだが、ああいう脚がなくて浮きっぱなしの幽霊というティピカルな姿をしている奴は珍しいらしい。蘇我は常にホバリング出来るから便利なのだ、とか言っていたけれど、本当にそう思っているのだろうか。確かに空を飛ぼうと思えば私達は飛ぶことが出来る、様々の術や力を使ってだ。幽霊だと全く意識せずに浮いていられるのだという。博麗の巫女もそんなものだと聞いたがあれは|飛翔《ふらいんぐ》で、蘇我のは|浮遊《れびてーしょん》なのだとか、何が違うのだかよく分からんが。というか横文字はよく分からん。
 今は、その脚、ではない脚、を見ていたわけだが。

「唐島と申します。こんな所ではなんですからどうぞ。いやあ、こんなガk……若い方が物部の道士様とは思いませんでしたよ。」

 もう一発今度は正確に頭に皿を喰らった男が、聞き捨てならない言い間違いを訂正しながら私を屋敷に迎え入れる。胸のことを言ったらただではおかぬ。生憎もう手持ちの皿がなかった。まあかくいう私も、足下を見るまではこの男を主人ではなく下男か何かだと思っていたのでおあいこだ。おあいこだが、皿を投げつけたことも火を点けようと思ったことも反省する気はない。胸のことを言ったらただではおかぬ。

「法力に年齢は関係ないぞ、勿論若いよりは鍛練を積める分有利ではあるがの。我はこう見えてもそなたなどとは比べものにならんくらい長―」
「こちらです、ささ、お入り下さい。」
「……(極自然に失礼をされている気がする)」

 青々とした畳と柱や梁の磨かれた木目、渡ってきた廊下と障子を引かれて通されたのは、人間の里の設えにしては上等な客間だった。床の間には何やら掛け軸まであり、小綺麗に贅沢さを表現している。脇目に通ってきた別の部屋も上品にまとまっており、置いてあった座卓は足まで彫刻が施され全体にきちんと油磨がかけられているのが見えた。人里ではかなり贅沢な品だ。下男に見えた若い主は、身なりは整っているが服装自体は豪勢と言うほどではない。むしろその若さでこれだけの贅を得られるのは、余程の稼業を営んでいるのか、あるいは地主の糞息子か、どちらかだろうか。

(個人的には糞息子であって欲しいがな、なんかいちいちムカつく)

「わざわざご足労頂いて申し訳ありません。こちらから参ろうと思っていたのですが」
「よいよい。これは太子様に仰せつかった、我の修行でもあるのじゃからな、気負うでない。なに、心配は要らんぞ、《《それ》》は我で十分解決出来ることじゃ、安心せい」

 私を上座に通してから、男も敷居を跨ぐ。私が座ったのを見てから主人も下座に正座で腰を下ろした。勿論私は胡座だ、ふふん、こんな風に上から目線でものを言えるのは久しぶりだ、気分がいいな。太子様がいるとこうはいかない。
 普通自分より目上の者がここに上がり込むことがないのだろう事を考えると、一段高くなったここは本来彼の居場所なのだろう。今は私が座っているが、まあ、当然よの。
 脇に出されている茶に口を付ける、ほどよい温度、よく出来ているではないか。

「うむ……ああ、待て、待て。ちょっと立ってみよ。もっと日のよく当たるところで《《それ》》を見せて貰おうか」

 そうだ、思い出した、いい気分に浸ってつい忘れるところだった。私はすぐに立ち上がり、主人にも起立を求める。|彼《か》の足下を、よく確認せねばならん。

(〝我で十分解決出来る〟なんて言ってしまったが、正直……よく分からんのだよなあ……)

 太子様から任されていると言ったが、あれは嘘だ。蘇我は知っていることだが、この相談と対応は私の独断だった。太子様はこの男のことを捨て置けと仰った。主人に言ったように、単純に腕試しの意図も確かにある。だがこの噂は余りにも的確に比喩じみている、放置するには少々興味を引かれ過ぎた……のだが、太子様は鼻をほじりながら「ほっとけ」と。その態度が、私には逆に引っかかったのだ。
 〝|道《タオ》〟については私はまだまだ勉強中なのだ、が、この事件が本当に方術で解決出来ることなのかどうにも疑わしいと思えていた。これは《《目が覚める前の出来事》》じゃないのかと、聞いたときには耳を疑った。それは蘇我も同じだったようだ、だが奴は私が動くことを知って自身はバックアップに回ることにしたらしかった。

「どうでしょうか?」

 私は日向に立ち直した主人の足下を眺める。聞いていた話がその通りであることは、よく分かった。だがそれ以外のことは何も分からない。ぺたぺたと足や足許を触って確かめる、気にはならなかった。それくらいで分かるのなら里の低級寺社でなんとかなっているだろう。

「……まあ、なんだ、完全に理解したぞ」
「本当ですか!? 流石物部の道士様!」
「うむ。手間を取らせたな、改めて話を聞こうか」

 私は元通された部屋の上座にそそくさと戻る。そそくさと戻っているこの背中に、全幅に信頼を置いている主人の視線が痛い。記録にある疫病だ、本人の思い込みという名の霊験だ、我田引水問題の意趣返し返し返しだ、などとなれば幾らでも解決出来る気がするが、こんな何が原因かさっぱりわからんものをどう扱ったものか。深入りしなければ何も見えないような気がした。

(もとよりその|心算《つもり》じゃ、これは何かの因縁かも知れぬのじゃからな。だが、太子様が動かぬのは、腑に落ちぬ。もう対処されていると言うことだろうか)

 私に次いで主人も下座にに座り直す。立っていなくとも、ずっとその通りなのらしい。そうかこの男に妙に存在感がないのは、まるで未完成の絵に描いたようだからだ。存在感はないのだが実際にそうした姿で目の前にいられると不気味に思える、不気味に見えるのなら悪い意味で存在感がありそうなものだが。

「そなた」
「はい」
「もう少しこの辺の名主らしく偉そうにしたらどうじゃ。やっぱり下働きの男にしか見えんぞ。なんというか、《《存在感がない》》。そのせいではないか?」
「は?」



§§§



「かえったぞよ」
「おうおうお帰りさん」

 蘇我の足許を見てみるが、そりゃあそうだよなと言う結果にしかならなかった。そもそも地に足の付いていない幽霊なのだから。出迎えを受け、差し出された手に鞄を渡して沓を脱ぐ。蘇我は鞄を……勝手に開けている。

「何故勝手に鞄を開けておるのじゃ」
「え、お土産じゃねえの?」
「ちゃうわ。」
「へえへえ分かってますよ、冗談言っただけだ。人が世話するとすぐ調子に乗んだ、少しはありがたがれ」

 鞄を漁るのを止めた蘇我、その背中の向こう側からは何やら美味しそうな香りがしている。夕餉が用意されているようだ。

「食事の用意くらい我も自分で出来るぞ、恩着せがましく」
「ほんとかよー? いつも皿ばっかり投げて、その上に乗っけるものが作れるなんて、聞いたことねーぞー? ああー?」

 割烹着姿の悪霊なんてこんな頓狂なものがあろうかと思うが、蘇我は今まさにそんな珍妙をやっている、それも今夜だけじゃない、これは専ら彼女の仕事になっていた。私は目が覚める前から今でも食事の準備など、まあ、そんなものだから、ええと、あれだ。

「ああ、もう、わかっておるわ、主のお陰で上等な食事が出来ることくらい」
「そーだぞー、私は死にっぱなしだからお腹なんかへらねーんだ、それなのにこんな風に甲斐甲斐しく、砂糖と塩の区別も付かない子供と、玉葱の皮剥きしてたら得意顔で半分くらいの大きさにするような主人に、せっせと食事の用意をしてやってるんだよ、ありがたく思え」
「……なんだか腹が立つのう」
「悔しかったら自分でしてみろってんだ。ま、私も楽しんでやってるけどな。」
「ならよいではないか。恩着せがましい奴じゃの」
「感謝はして欲しいんだよ、当然だろ」

 悪戯な表情で舌を出してみせる

「ありがとう」
「……はっ!? な、きゅ、きゅうになにいってんだよ」
「なんじゃ。感謝しろと言うから」
「あ、ああ。うん、うん……ああ、神子は出かけてる、どっかの女とイチャついてるんじゃね。」

 そう言って蘇我はくるりと背を向け、小走りするように奥に戻ってしまう。おい鞄。よく分からん奴だな。私もその後を追って廊下を抜け部屋に入るといい香りがする、準備された夕餉のものだ。
 並んでいたのは質素だが決して手抜きではない食事。赤米、山菜のおひたし、里芋の煮転がし、メインは鯉濃だ。一緒に週はじめに顔を出した沢庵と炒り豆も置いてある。

「昨日貰った鯉か、相変わらず旨そうに料理するのう」
「だろー? もっと褒めとけー?」

 にっこにこと満足そうに笑っている蘇我。口だけは悪いんだが、性格自体は激甘なんだよな、こいつ。
 手を洗って早速に食卓に着く。風呂も太子様もナシでご飯一択のようだった。席に着くと座卓の上に並んだ夕餉の薫が鼻をくすぐり胃を焦らす。手を合わせて頂きます、鯉濃の汁で箸と唇を濡らして米、そして鯉を口に運ぶ。濃いめの赤味噌の強い風味、鯉の少し土臭くもふんわりとした白身は柔らかく煮えていて、それに葱の香りがなんとも食欲を増してくる。これに里芋の煮転がし。米が進む進む。

「れあひら、おえはひふにうはいほ」
「お前は本当に旨そうに食うな。ほら、そんなに頬張って食わなくても逃げねーよ」
「はっへうまひからひょおららいらろお」
「あーもう、口にものを入れて喋るな」

 私が食べているのを、蘇我は頬杖を突いたままみている。私が一通りの品目に箸を運んだのを確認してから、蘇我も食べ始める。

「んぐっん。太子様は、どっかの女って、あの仏教女か」
「さあ」

 太子様はここで、建物には同居しているが空間的には少し離れた聖廟に住んでいる。たまにはこっちの屋敷で趣味の能面彫りをしているようだが、基本的にいつも聖廟にこもって何かされている。時には仏教女か、邪仙か、と一緒になにやら難しい話をしているようだった。食事もいつもは一緒にする、普段太子様のおわす上座側(といっても部屋の位置取りと相対的にみて、同じ座卓の辺のどこを使うかという程度のものだが)には、でも今日は何もない。出かけているのは本当らしい。

「仏門の管理が行き届いておらんのではないか?」
「私は仏教との管理者じゃあない、何度言えば分かんだよ」
「それを言うなら我も神道人間じゃないぞ」
「聞いてねえし。そもそも人間じゃないだろ、《《尸》》解仙サマ?」
「あ、ああ、うん、そうじゃな。済まない」
「は? 何謝ってんの? そう言う意味じゃねーし」

 そう言って、私の里芋をひょいとひとつ奪い去って口に放った。

「あっ」
「でも、神子がいなくて好都合だったんじゃねえの? 見てきたんだろ、例の、唐島?だかって奴」

 芋の減った皿をつい覗き込んでしまうが、蘇我が切り出した話を無視するわけにも行かず、視線だけを皿と蘇我の膨らんだ頬との間で往復させながら……ああこのやろう、と同じように里芋の皿に箸を向かわせるがひょいとかわされてしまう。

「好都合とは言わぬが、まあ、《《あれ》》は本当だったぞ。芋……」
「ふうん、ちゃんと話聞けたんだ? どうせ童だと思われて顔真っ赤にして泣きながら帰ってくると思ってたんだけどな」
「蘇我よ、|主《ヌシ》は本当に我を怒らせるのが得意じゃの? 芋、おい」
「褒めても何も出ねーぞう♪」
「褒めとらんわ! ふん。影が薄いとか、幽霊に言われたくないわい。ていうか芋」

 不意をついてみたり、視線を送らずに襲撃したり、どんなに鋭く箸を向かわせても、右に左に後ろに上に、蘇我はことごとく私の箸をかわす。波打ち暴れる煮汁の飛沫に関わらず一滴たりとも零さずに涼しい顔で元の位置に戻り零しもしない、器用な奴め……。

「体調的には全く問題なさそうじゃった、唐島が直々に我の対応していたし」
「それは、まあそんなもんなんじゃないの。私だって《《こう》》だ」
「|主《ヌシ》はそれでよいが、修行もしてない人間はそうはいくまいよ。普通は」

 と、蘇我は自分で食べるのだと思っていた芋を、私の皿の上にのせられる。

「「死ぬ」なぁ」

 私の声に重ねるように同じ言葉を載せて肩を竦めた蘇我が、箸を置いて真っ直ぐに私をみる。

「〝朔〟な。神子はほっとけって言ってたじゃないか?」
「そうじゃが、主は気にならんのか。〝朔〟は我と蘇我との因縁でもあるのじゃぞ。むしろ……太子様は関係ない」

 私がそう言うと私を眇め見、幾許かの非難がましさを含めた口調で言う。

「ちげーな、布都。まあその件で神子はただラストにしゃしゃって来ただけってのは同意だけどさ。そもそもあんなことはな、何度も言っているが神子にだけじゃない、私達にだって関係ねえんだ。私達は神子に従う事に決めた、そこでもう祖先だの血だのを捨てただろう、違うのか?」
「そんなことは、分かっている。太子様を疑うつもりも蔑ろにするつもりもない、だが」

 蘇我の、太子様への忠誠は大したものだと思う。私も心から慕っている自信はあるが、蘇我のそれは、何か大きく違うのだ。性格の問題かも知れないが、全く自己を振り返らない、かといってどこまでも挺身というわけでもない。強いて言うのなら、信頼と共同。私の尊敬や恭順と言う方向とは思考の経路が異なる。最終的に出す答えが同じであっても、その間私と蘇我の間にはいつも見えない大きな隔たりが埋まっているように思えた。その差が、私と蘇我の、脚に現れている。
 言葉に詰まってしまう。元は唐島の〝朔〟について話をしていた筈なのに、なんだか変な方に意識が向いてしまっている。

「……|主《ヌシ》は、本当に太子様のことを信用しているのだな」
「は? 何言ってんだよ、布都だってそーだろ、何を今更」

 今の蘇我には脚がない。不完全な丹を用いて尸解を試み失敗したのが蘇我の今の姿だ、死体を置き去りに成仙した《《屍》》解仙は、つまりこうして幽霊のように脚がない。いわば、人間が仙人になったのではなく、幽霊が仙人になったような存在なのだ。妖怪仙人というカテゴリも存在し、こうした不完全な尸解仙や人間以外から成仙した者は、もっと別の存在だという者もいる。
 対して、私はその失敗を目の当たりにし、せめて丹が完成してからにしてくれと太子様に頼んだ。蘇我が尸解に失敗して随分経ってからのことだ、結果として私は屍解に成功し、生前の肉体を引き継いで(死体を残すことなく)成仙に至り、《《尸》》解仙として今生を続けている。太子様は私の尸解を確認してから同じように尸解仙となった。それとは別の要因で復活には時間を要したが、つまり今こうして三人が一緒に居るのは、蘇我の犠牲あっての事なのだ。当初は太子様も蘇我の完全な屍解を再試行しようと色々と手を考えていたが、蘇我はそれを拒んだ。もしかすると、屍解仙ではなく尸解仙として欠損した姿を見せつけることで、彼女なりの復讐を、私達に続けているのかもしれない。
 蘇我は、試作品の丹を、神子が言うならと躊躇なく使用したのだ。その信頼が、私には、眩しく思える。

「|主《ヌシ》には、頭が上がらんよ」
「そーだろー? 旨い飯食わせてやってんだから、少しは感謝しろよー?」

 かかかと笑って、今度は最後に残しておいた鯉濃の一切れを、ひょいと奪われた。

「アぁっ!?」
「貰った鯉はこれが最後だ、食い納め」
「最後の一口に取っておいたんじゃぞぉ」
「今後も旨い飯が食いたきゃ、もっと私を敬いたまえよ?」
「うぐぅ……」

 鯉濃の残してあった皿に虚しく波打つ汁に箸を差し込んで、代わりに葱を摘まんで食べる。これでも十分に旨いのだが、ふわふわの白身を期待して残してあったのに、しゃきしゃきとしんなりの食感では満たされない。

「頭があがらんのは飯のことでは……」
「そーおかい、じゃあ、今後はもっと手を抜いてつくるとするか。明日からご飯は蒸かしたした猫じゃらしな」
「それは逆に手がかかるのでは」

 それもそうか、とは言うが特に改めるつもりもないらしい、そんなことはどうでもいいのだろう。蘇我はとんとんと話を続ける。

「いつもは阿呆なのに利かせるべきじゃないところばっかり気を利かせるその間抜けは、要らないってんだよ。今更|物理的な両足《そんなもの》に、何の未練もねーよ。それに、神子は布都のことだって十分信用してる、なんなら私よりな。私は憎まれ口ばっかり叩くからな、ははは」
「阿呆は余計じゃ」

 脚のない幽霊仙人が、腰に手を当てて笑ってみせる。だがわざとらしい繕った笑い方だ、伊達に付き合い長くないぞ。

「やはり朔は放っておいた方がいいと、蘇我も思うのか?」
「私がどう思うかなんて、私には関係ねーんだよ。神子が思うなら、そうなんだ。」
「そう、か」
「でも、布都は違うんだろう。お前はいつもそうだ、神子の言葉に最終的に従いはするが、必ず疑問を持って腹の底で澱んでる。でも、疑いがあっても、反駁があっても、強烈な自我でねじ伏せて、神子に従ってる。何もかも神子に任せきりの私より、何倍だって素敵だ。《《脚がない》》のが、私でよかったと思う。神子に入れ込んで、地に足が付いてないなんて、いい諷刺じゃないか」
「それは逆じゃろ、だって、我は」

 蘇我は話を切りたがっていた。もう終わりだと、箸を置いて立ち上がりあらかた空になった食器を片付け始める。

「布都が朔を追うのを止めるつもりはねえよ。神子が言うなら止めるべきだし私の心もそれに従ってる、でも、布都にとっては布都のそれはいつだって正しい。私より、神子よりもな。私も、神子も、もしかしたら、単に過去という時間の棺を開ける覚悟がないだけなのかも知れない。朔が、仮に昔の事と何のつながりがなかったとしても、何かの凶兆なのならそれは、扉をこじ開けてでも中を確認するのが正解なんだろう。その扉が、たとえ岩で出来ていようとだ」
「蘇我、我は」
「|お前の心《やはた》は、どう言っている? それを聞けるのは、今はお前だけだろ。血も過去も捨てたと言ったが、それでもお前の心を問うのは|神子《新たな神》でもない、|蘇我《仏の教え》でもない、|藤原《中臣騙り》にも無理だ、出来るのはお前自身だろう。」
「やはたはもう死んだ」
「なら、どう説明するんだよ」

 そう、それが一番の気がかりなのだ。太子様が捨て置けと仰るのも解せないが、それ以上に、私の気持ちが。



§§§



「太子様は、まだ帰らんのか」
「今日は帰ってこないだろ」

 私や蘇我が日々鍛錬したりサボったりしながらここで生活しているのだ、当然この道場には寝所が備わっている、普通のニンゲンとさして変わらない生活リズム、夜にもなれば普通に寝たりもする。太子様はまだお帰りにならない、これは確実にあの|仏教女《おっぱいおばけ》としっぽりヤってくるのだろう。

「神子がいないの久しぶりだな」
「そうかの? 昔はよく二人だけだった気がするが、|主《ヌシ》が太子様にべったりなのではないか?」
「そうかも。」

 蘇我は何かと太子様の横にいる、それは私の立ち位置な筈なのに。昔を思い出してしまう、まだ蘇我に脚があった頃の話だ。

「昔から、蘇我ばかりが太子様を独り占めしていた」
「はあ? 逆だろ。布都が毎日毎日四六時中、神子……皇子につきまとったんじゃねーか。その分今楽しませて貰ってんだよ、もう色々気兼ねする必要もねーしな」
「我がいつ太子様につきまとっていたと申すか!?」
「だから四六時中だっつってんだろ! 忘れねーぞ、〝ついに今日は皇子を攻め倒せる〟と思ったら、寝床の布団の中にに布都がいて台無しだぞ、台無し! 布団の中に布都じゃぞー、っておめー笑うと思ったのか!?」
「大笑いしとった」
「神子だけな! こっちはそれどころじゃないっつうの! あれ以来雷を落とせるようになったんだよ!! やんのかオラ、やってやんよ!?」
(あの雷、壺事件のせいで怨霊になったパワーじゃないのか。道理でまだどかどか落とせるわけじゃ)

 どこまで本当なのか分からない蘇我の怒りのお気持ちを、わかったわかった我が悪かった、と宥める、怨霊はおっかないからの。

「だが安心しろ、さっきも言ったがもう布都に恨みなど無いぞ、むしろ」
「は?」

 電光石火、なんて言葉がこうした行為に当てはまるのかどうかは分からないが、一瞬の間に後ろに回り込まれて、私を羽交い締めにするような恰好で……顎を私の肩に落とす、首筋に吐息が当たっているのを感じた。湿った感触は、きっと唇だろう。首から肩にかけての斜面、こんな場所は自分以外に触れる者はほとんどいない、それ故に他人から触られたときには、否応なく……。

「ば、ばかも、のっ」
「布都の弱いとこなんて全部知ってんだよ、何年経っても変わんねえな?」
「こういうことを、おい、したかったのか ぁむっ」
「そうだよ、ここんとこ神子と3Pばっかだったろ。」

 首筋から耳の裏側を舐められてそのまま耳朶を口に含まれる、舌先が耳をなぞりながら時折耳に流れ込んでくる蘇我の吐息がとんでもない色香を孕んでいた。耳を舐められ吸われ、体中の力がそこから吸い取られるように抜けていく。

 きょうのふとはわたしひとりのもんだ

 そう耳から流し込まれるように呟かれると、はい、と答えるしかないような甘くて熱い強制力があるように思えた。たったそれだけなのに膝が笑って腰が砕ける、布団に崩れ落ちようとすると、その全部を蘇我が奪い去っていく、ズルい。
 浮遊している体をいいことに私の体重を全て奪い去った蘇我は、そのまま私の寝間着を解いていく、まるでただ右手で左の手の指を解いて握るくらいに、驚くほど手際よく。私はあっという間に前をはだけ、ひんやりとした夜の空気を体に感じる、それほどに、自分の体が熱を帯びているという自覚と共に。
 結び目なんかまるで自ら溶けるみたいにほどけてしまい、蘇我の手が触れた場所からはらはらと寝間着が下着が、脱げて床に落ちていった。

「久しぶりに、布都を独り占めしたくてな。いいだろ?」
「い、いいもわるいも、もう逃がすつもりなんてないのじゃろ、こんな風に、我を剥きよって」
「ごめーさつー。恨みなんてもう無いどころか、分かってんだろー。そもそも、恨みのある相手と神子を挟んで3Pなんて……まあ、恨みのある相手とのセックスってのも燃えるか?」
「知るか、この変態っ! おい、ばかっ! んっ」

 あっという間に唇を奪われた。正直、蘇我のキス、好き。
 吸われるままに吸い返し、入ってくる舌に舌を絡める、唾液が粘り気を増して口腔粘膜全てがあっという間に媚粘膜へ塗り変わっていった。舌でも唇でも、触れる場所全てからぞわぞわした快感が、口は性器なんかじゃないのに、すっかり性感帯。
 口からの攻めに翻弄されていると、いつの間にか蘇我の手は私の薄い胸を撫で、そのまま下へ下へと降りていく。ちりちりと細く鋭い感触がついて回るのは、蘇我の愛撫には電気がつきものだからだ。強い奴は私は好きじゃない、それは蘇我も知っているけれど、これくらいなら……。

「ふっ、く、んっ」

 ゆっくりと、指でワレメをなぞり上下に撫でて柔らかい愛撫を繰り返してくる。むずむずと膨らんでいく快感、背中越しに感じる蘇我の体温がそれを更にここちのいいものに変えていく。指先と掌で優しく撫でるような感触、僅かに遅れて、鋭く奥まで刺さる電流の刺激。

「あっ、く! んあ」
「布都、かわい」

 指先を立てて、すっかり濡れてしまったあそこを、責め立てられた。一溜まりも無い、腰が浮いて蘇我の愛撫にどんどん丸め込まれていってしまう。もっと、もっと撫でてと涎を増やして、股を大きく開いて蘇我に腕を絡めて、完全に媚びていた。

「ふうっ、ン、はふっ、そ、がっ、それ、強くするなよっ」
「わかってるって、でも、これくらいなら好きだろ?」

 否定しようかと思ったが黙ってしまった、肯定を察されてしまっただろう。「神子はバリバリきついのが好きなんだけどなー」と笑いながら、蘇我は私を横たえて、後ろから抱くみたいに腕を前に回してきた。片手は胸を触りもう片方の手は、股の間に潜り込んできている。両方の手とも、電気愛撫をまとっていた。

「太子様にしてるようなのは、絶対に勘弁じゃぞ、あれは」
「わかってるって、優しくするからさ」

 私を背後から抱き、顔を後ろ側に向かせるようにして、キスされる。私の股間に潜り込んだままの蘇我の手は、アソコに弱電流を流し込みながら、縦筋ゆ指を置いて、すり、すり、とでくる。時折強く指を押し込まれ、つぷ、と膣内に入り込んでくる、すっかり愛液でぬめったその中をゆっくりした動きで撫でられては、ちりっ、と小さな電流を残してまた出て行く。愛液を掬いだした指で、外側を焦らすように撫でてくる。

「はっ、はっ、そ、蘇我、主は、ほんとに……くンっ!」

 薄っぺらな胸でも、悲しいかな、《《スイッチ》》が入れば受容が増す。それを知っている蘇我はもう片方の手で慎ましく自己主張する私の胸先を、刺激してきた。ゆっくりと乳輪の輪郭をなぞって回る様に撫でる、むずむずしたこそばゆい感覚は、蘇我の本気なのかも分からない愛のささやきに絆されて、あっという間に甘い疼きに変わってしまう。芯が立ち痼ったそれを見逃さない蘇我は、すかさず指で挟み、優しく摘まみ上げて、やんわりと紙縒るように撫でる。ちりっ、と本の小さな電流が、乳核の奥に生まれた快感溜りを的確に打ち抜いてくる。

「んあっ、は、はううっっ♥」

 たったそれだけなのに、私の上半身は弛緩して崩れ、最早蘇我のやりたい放題になってしまう。背後から脚の間に幽体脚が挟まって、片方の太股を天に向けて持ち上げられる。大きく股を開いたような姿勢、そこでは蘇我の手がすっかり猛威を振るっている。
 優しく焦らすような接触と、時折混ぜてくる強い摩擦、それに極希に差し込まれる電流。その強い刺激に慣れないように、また優しく撫で回して愛液を肌にまぶす様な愛撫を続ける。

「布都の腿って、すべすべまっしろで、えっちだよな。こんないやらしい脚を出して街中歩き回ってるんだ、さぞかし色んな男から汚い目で視姦されて、夜の妄想おかずになってんだろうなあ。」
「し、しらぬっ、そんな、そんなことっ♥」
「ふふ、もしかしたら神子だって、夜伽を命じない夜は布都のことを思い出してシコってるかも知れないぞ、こんな、やらしー脚、当然だって。」

 私の脚が、えっち、だと? 男共が、これをみて、ヌいてる? 太子様も?
 ぞくん、と体の芯が震えた。どろどろと、愛液が止まらなくなってしまう、蘇我のひと言で、発情度が急に高まってしまっていた。熱い。男が、私の脚で。私の体で? 胸が薄っぺらくて体も小さくて、女としての魅力に欠いていると思っていた自分の体が、性的に見られている?

「まあ、その辺の男になんか、やらねーけどな。神子は特別だが、布都は私のものだ誰にもやんねえ。」

 そう言って、指を二本まとめて、私の膣内に差し込んできた。

「ふ、きゅっ!」

 すっかりホグれていたソコは素直にそれを受け入れて、ぷちゅ、と愛液を漏らす。その指をゆっくり抜き差しして浅いところに心地よさを撒き、くん、くん、と膣内で動かしてぞくぞくする奥のポイントを押し込んでくる。慣れている、私の体の扱いに。

「はっ、っはっ、ん、クぅっ……」

 快感の種が、蘇我の手で次々に膨らみ咲いていく。体中が一気に興奮で上気して汗ばみ、上昇した体温のせいで股間のメス匂いがつんときつくなって自分でも分かるくらいに漂い始める。発情した自分の体の恥ずかしさを否応なく自覚させられ、それがより深い快感を掘り起こしていく。蘇我の手で、ゆっくりと性欲沼に沈められていく、少しの悔しさと、満足感。

「蘇我あ……んっ♥ もっ、と、強くっ」
「ごめんな、私には、神子みたいに《《あれ》》がないから」

 言葉尻ばかりは謝って、だがそのどこを探し回っても悪びれた様子なんか一つも見付からない声色で、蘇我はすっかり出来上がった私に二本の脚を絡ませてくる。

「神子もこれ、すきなんだぞー?」
「ふあ……?」

 私が砕けてへなへなになっていると、蘇我の幽体短肢の脚が、ひょろひょろと少し長さを伸ばした。それが、私の脚に絡みついて、太股をぐるぐると巻き付いてくる。その先端が、私の淫裂を擦っていた。実体とアストラルの狭間のような蘇我の脚は、自由自在なのだ、濡れた私のワレメに擦りつけられるそれはシリコンの表面のような感触になっている、それに柔らかい。その先端が、膣に侵入してきた。

「その脚、そう言う使い道……」
「有効活用はしねーとな?」

 もう興奮して濡れそぼった肉穴にとって、それが脚だろうが本物のペニスだろうが余り関係ない、ただ、奥の《《待ち侘びている場所》》に望ましい刺激を与えてくれるのなら、何だって歓迎して銜え込んでしまうだろう。じじつ、私のアソコは、素直すぎる様子で蘇我の脚を銜え込み、剰え涎を垂らして続々と快感信号をまき散らし始めていた。

「ん、っ」
「すげえひだひだ、それにぐちょぐちょだ。中の方までマン汁まみれ……おっと、そんなに締め付けたって、私のこれは脚だからな、いくら締め付けても私はイかねえぞ?」

 悪い笑みを浮かべた蘇我は、脚と言うにはいささか器用さが過ぎる動きで、私の中をゆっくりとかき混ぜてくる。天井のざらついた壺内を、的確に見つけて押し擦ってくる。ぞわぞわ沸き上がる快感、ヴァギナ全体で一つじゃない、肉ヒダの一枚一枚までが、それぞれ個別の敏感な性器に化けている。蘇我の脚が中をかき混ぜ膣の内襞をかき分けて進む度に、まるで眠りに落ちる寸前のように意識が遠のくのを感じる、気持ち、いい。

「を゛っ、あ゛んんっ……はーっ、はぁぁっ♥ 蘇我の脚ちんぽぉっ♥」
「ふふ、セックスでチョロい布都、好きだぞ♥」
「ちょ、ちょろくなど、我は」

 こりこりこりっ

「ふぐぅうっ♥ おっ、んおぉあおほぉぉっ♥ こんな、こんなので、簡単に」

 ぐりぐりぐり、ぞりゅん!

「んほぉぉぉ……お、お゛っ、ん゛ぉ♥」
「ちょろいなー♥ でも可愛いから許す♥」

 自分で太股を持ち上げ大股を開くポーズで、蘇我に向かって降参の意思を見せた。いや、これはおかわりのポーズだろうか、そのように伝わったのらしい。今私の膣を責め立てているのは片足だと言うことを思い知らされた、もう一方の脚が。

「ふあっ!? そ、そっちは不浄……」
「だいじょーぶだいじょーぶ」

 つぷん、ともう一方の脚の先端はお尻の穴の方に入り込んできた。先細った蘇我の幽霊脚は、本物の男茎よりも穴に入り込みやすい、私の肛門は抵抗する間もなく蘇我の脚の侵入を許してしまう。

「わ、我はそっちは、あまり得意では……」
「じゃあ、今日から好物になるな♥」
「ふぐっ!」

 まるでミミズの前進のように、外皮の摩擦を最小限にして内側の内容物だけが先端に移動するみたいに進んでくる蘇我の脚。肛門の付近、すぐにその奥、お腹の深い部分にずっしりと存在感を受け入れてしまう。その頃にはお尻の穴も大口を開けてしまっている。蘇我の脚は私の腹の中でゆっくりと蠢いて、くねり、時たま前後に出入りする。

「はっ、はっ」
「力を抜いて。ふふ、でも凄いぞ、布都のケツ膣、私の脚チンポを美味しそうに銜え込んでる♥」
「お、おいしいもの、かっ……」
「大丈夫、すぐによくなるから。いったろ、神子も、これ、大好きなんだ。神子は前の穴が、ちょっと違うけどな♥」
「んぐぅ! は、はっ!? こ、れっ」

 お腹の奥の方まで入り込んだ蘇我の幽霊脚が、腹の奥の壁を蹴っている。壁の向こうにあるのは。

「お、おいっ……蹴り破ったりするつもりでは、なかろうなっ、ぐぐぐ」
「ふふ、もっといいこと」

 膣に入った方の脚もまた奥へ進み続けていた。こっちは……その、好きなんだ。奥の方の、ソコをされると。

 こりっ こりっ

「っふぅぅっ♥ ぐ、きゅぅうぅ♥」

 膣の方の脚が今蹴っているのは、子宮の入り口だ。私は妊娠などしたことはないが、太子様と、蘇我と、何度もセックスしている間にすっかりここを開発されていた。太子様の、もので。この場所に蘇我を感じるのは、初めてだ。正直、凄く、いい。

「蘇我、そこばっかりすると、んうぅうっ♥ あひ、おっ、おおっ♥」

 私の未熟ポルチオを責めまくる蘇我の脚。ソコばかりされると、私は、本当に、あっという間に果ててしまう。ただでさえ前戯とキスでメロってる、子宮降り気味で弱点晒しまくってるのに、蘇我は容赦なくそそこばかり突き崩すくらいの勢いで蹴り回してくる。

「はっ、はあっ、そこ、そこそこそこぉぉっ♥」

 ぐりっ、ごりごりごりっ、つんっ、とんとんとん、くりっ!

「ふーーーーっ、ふーーーーーっ! あ゛あ゛あああああっ!!♥ お゛っ、んオを゛っ♥ 奥、奥だめぇっ♥ そこコツコツ、奥のとこノックするの、だめだぁっ♥ ふっ、ふうううっ……んクぉぉっ♥」

 お腹の深い部分から、湧水のように快感が噴き出してくる。お腹で生まれているはずなのに心臓の辺りを甘苦しく締め上げて、後頭部をじんじん痺れさせてくる。まとも思考の範囲がじわじわ焦げるように狭くなっていって、快感が支配を広げていく。蘇我が脚で中を責め立てる度に、意識がグニャグニャと折れ曲がっていく。震える息が浅く細かくなって、いくら呼吸をしても苦しい、不足した酸素は全て下半身に送られて快感燃焼に使われているみたい。

「イく、イくっ、もっとごりごり、蘇我っ♥ イく、イきたいっ♥ 後生じゃ、このまま、このまま我を、トばして、くれっ♥」
「このままイかせるのも凄くいいんだけど、ちょっとまってな」

 蘇我はケツ穴に入れた方の脚もぐにぐにと動かして刺激を加えてくる。そっちはあんまり、感じないんだってば、そっちされると、盛り上がって絶頂直前まで来てる女陰の方の興奮が殺がれてしまう。

「ふーっ、そっちは、そっちはいいからっ」
「このへんかなあ」

 蘇我は私のお腹の中を脚でかき混ぜて何かを探しているように動く。そして。

「ふぐっ!? な、なんじゃ」

 さっきから肉壁一枚隔ててすぐ隣にいる様な感じがする蘇我の脚が、息を合わせて動き始める。同じ速度で動いて、同じ場所を刺激してくる。お尻の穴の奥の感覚が、だんだんと、子宮を責められているときの感覚と区別が付かなくなっていく。

「これ、おい、そがっ、これは、ダメじゃ、だめなやつっ……」

 私が言っても脚の動きは止まらない。膣壁と腸壁の同時足コキで、錯覚快感が大きく膨らんでいく。膣で、子宮口でイく筈なのに、肛門から繋がる腸壁が、気持ちよくなっているような、錯覚が迫り上がってくる。

「そが、止めてくれ、これ、怖いっ……どっちで気持ちいいのかわからぬっ、こんなのは、はっ、んんっ……んっああっ! こつこつされてる、ケツ穴の奥がっ、お腹の奥が、ぐりぐりされ……あれ、これは、膣の方の刺激? おまんこで感じているのか? いやお尻の穴……どっち、じゃ、これはどっちのふあ、あ、っん♥ ああっ♥ イヤなのに、こんなの、いやじゃのに、気持ちよくっ♥ 蘇我、ズルい、そがっ、こ、こんなことでお尻を覚えたら、|主《ヌシ》、どうするのじゃ、我は、お、お前とのアナルセックスでしかイケない体になってしまうんじゃぞ、そんなの、そんなのどうするのじゃっ♥」
「! ば、ばか、そんなこと言われたら、ますますこのままイかせたくなるだろっ♥ 責任とって、布都のアナルは私が飼ってやるよ、神子も面倒見れない布都のケツマンコ、私のものにするっ♥」

 にゅるんっ、にゅっ、ずっ、ずっ! くりっ、こりこりっ、にゅぷっ、こつんっ、こつんっ!

「ヲ゛っん♥ ん♥ だ、だめ、んっふうぅぅっ♥ あ、あ、あ、あ、あぁあぁっ! ダメじゃ、ダメじゃ、ダメじゃ、イってしまう♥ 蘇我の足で、膣イキかケツイキか分からないまま、イってしまう、イく、イくイくイくイくイくイくぅぅぅぅぅぅ~~~~~~~っっっっっっっ!!♥♥」

 びくっ、びくっ、がくっ!

 結局、絶頂してしまった。きっと、きっとポルチオでイったに違いない、違いないのだけど、お尻の奥に感じている熱と、じんわりと滲む快感は、何だろう。膣側から漏れ出た快感が、腸側に伝染しているにだろうと思いたい、けれど、妙な満足感がお尻の方にも漂っていた。

「はーっ、はーっ、おにょれ、そがああっ……こんな事を我に覚え込ませてっ……♥」
「布都ってエッチなこと覚えるの本当に早くて、好き♥」
「うううううううるさいわ、おぼえるものかこんなもの!」
「でも、まーだ、なんだ♥」
「え?」

 刹那、私は体を跳ねさせてのたうった。最初何が起こったのか分からなかった、自分の体が魚のように跳ねた事に気付いたのは、そうなって一瞬間を置いて自分の視界が横たわっていたからだ。そうなっても蘇我の足は私の穴から抜け去っていない。じんわりと残っているのは、その穴の中から感じる強烈な快感の残滓、イかされたときのとは鮮度が違う、いま、いっしゅんで、イかされた?
 ぞくり、と背筋を凍らせた次の瞬間。

 ぞわっ、ぞく、ぞくぞくぞくっ、びりびりびり、ぞくんっ!!

「ほへいあうふへおおおんいぐゆぅああぁひぁぁぁはあああっ!?♥♥」

 叫び声が上がったが、その声もなんだかデタラメになっている。体中の力が言うことを聞かない、何かが内側から乱暴に私の体の筋肉を操作している。操作? 操作なんてもんじゃないもっと単純、これは、暴走しているだけだ。

「ぐげっ、ご、あ゛っ、んうぐぃぉぉおっぉっ♥! へっ、へあっ、へあっ、ぁぁっ♥ おっん♥ いぐっ、いかさ、れっ、イくうううっ!!!!!♥♥♥」

 少し身を捩るだけで、怒濤に大暴れする凄まじい快感が噴き出してくる。なぜ? どこから?その発生源を伝うと、それは。

「し、しり、が、なぜっ」
「お尻だけじゃないぞ、布都の大好きなポルチオもしっかり一緒に感電させてるから♥」
「感……? ふぐうううっ♥ お、お゛お゛お゛お゛お゛っ♥♥♥ これ、これはあっ、蘇我、そがよせっ! これ、私はあんまり、ふぎゅううううううっ♥ んぉをおっ♥ またいく、またイくっっ♥ か、感電って、電気は我はあんまり……うぐゆううううぁぁ゛ぁあ゛あああ゛ああっっ♥」

 電流としては肌や淫核を愛撫していたときに使っていた程度の極弱いものに違いないのだろうが、それで、膣の最奥と直腸内を感電させるなんて、そんなの、怖い。怖いが、それ以上に。

「ほら、気に入ったろう?」
「あがあああああっ、あっあっあっあっあっあっっああああああ゛あ ゛あああ゛あ゛あっ!!!!!♥ イく、強制的に、イかされっ……んぐぅぅ゛うぅ゛っぁぁぁ゛あ゛あ゛ああっ!!」

 愛撫も何もなく、連続で絶頂に追いやられる。これは、蘇我の足二本を電極に見立てた指向性を持った放電で私のお腹の中の任意の場所に深い電流刺激を与えてきているからだ。

「幸せそうな顔しちゃって♥」
「られが、ひあわへらぁぁっ♥ こんにゃのれ、いっれも、きもひよくらんあ……んほおぉおおあぁあぐぎぎぎぎぎっぎぎあ゛あ゛ああっ!♥♥♥」

 またイかされる。もう何回絶頂にブチ上げられたかわからない。でも、蘇我がそうしようと思えば、私の下半身は蘇我に忠実にアクメを決めてしまうのだろう。電流ファックで、完全に絶頂管理されてしまう。そんなの、そんなの……。

(それは、それで……♥)
「今の布都の顔、やばい可愛い……♥ もっと、イく?」
「イ゛っ、イ゛っておるっ♥ 膣内でビリビリ、されて、もう、イってる、からあぁっ!!♥ お゛オ゛オ゛オ゛オ゛っ、ぐ、ひい゛ぃい゛っっっっ♥ おろし、て、おろしてくりぇっ、もう、もうイっ……んほぁお゛ぉ゛ぉ゛っ♥」

 絶頂を終わらせてくれない、膣と子宮の入り口が、快楽電流で直腸と無理矢理繋げられてしまったような、強烈な快楽責め苦。絶頂で首の後ろ辺りから昇ってくる快感火花が、頭の中で弾け回る。側頭部から額の上の辺りの、焼けるような心地よさが流し込まれて完全にオーバーフロー、涙と鼻水と涎になってだらだらと顔面から漏れ出してくる。

「布都、可愛い、イってる布都可愛すぎる♥ ちゅっ、ぺろっ」

 がくんっ、がくんっ、と脱力してついに彼女の上に崩れ落ちると、待ってましたとでも言いたげに抱きついてきて、めちゃくちゃになった私の顔をキスで嘗め回す蘇我。その間も霊体脚は私の膣と直腸に突き刺さって蠢きながら、放電を続けている。強烈すぎる快感はまるで暴力的な衝撃、容赦なく絶頂を迎える度に砕かれる腰と膝。

「お゛オ゛、オ゛っ♥ ン゛っ゛ぅ゛ぅ゛っ♥ ぐ、ぎっっ……ひ、ハぁっ、ンンっ!♥ ほぁえぇ、ひょが、もお、もおゆるひ……ほぉおぉア゛ア゛アっ♥ げっ、ふぐぅぅ、んぉ、ぉぉっ……ア゜っ♥」

 下半身が感覚を失って、ただ性感だけが人の下半身の形を持っているみたいな感覚に陥っていく。ただ気持ちがいいだけの、ただ言ってるだけの、肉。とんでもない、とてつもない、とほうもない、無限絶頂の発生源、溶けて、消える、熱くて浮かされる、イきすぎて苦しい、でも気持ちよくて幸せ。

「脚だから私は感じない筈、なんだけど、そんなによがってる布都を見ると、それ見てると、見てるだけで、キュンって、下半身、やば……」
「ハッ、ハッ、ハッ、ふっ、ふーっ、ひふっ、は、はっへ、げほっ、ぐ、ごあ゛っ♥」

 呼吸が激しすぎて喉が痛い、下半身の快感のために他のあらゆる部分を犠牲にしても構わないと、思ってしまう。ぷつんぷつんと、頭の中で何か途切れるような音を錯覚する。視界の至る所でチカチカ光の粒が明滅し、死後の世界に片足を突っ込んだような、激烈な恍惚と苛烈な快感、幸福感はメーター振り切れて測定不能、このまま全てが終わってしまえば何もかもがハッピーエンドだ。
 そして、《《緩んだ》》。

 ぷしゃああああっ!

「あっ、あっ……」

 びくっ、びくっ、体は強ばって痙攣するのに、ソコは急に弛緩した。絶頂が頭の中をぐちゃぐちゃにかき混ぜて、弛緩と緊張がめちゃくちゃになっているせいだ。
 私は蘇我の上に、思い切り失禁してしまった。 尿道を通る小水の感覚、下腹部が緊張の必要を失い解放される、浮遊感。失われていく体温を、小便をかけている相手から求めてしまう。

「おー、布都のおしっことは、ふふ、こりゃご褒美だ♥」

 そう言って、蘇我は私の穴二つに突き刺さったままの脚をずるり、と抜き去る。

「ふぁ、ぁあぁあっ♥」

 小便を漏らす弛緩と、今まで体の内側で強烈な存在感を示していたものが急にいなくなって空洞になった二つの穴。寂しさ、だが、それ以上の、開放感は、幸せな恍惚に直結されてしまって、脳みそにトドメを加えてきた。
 かくんっ、といよいよ全身の力が抜け……いや、小さく失神した。
 瞬断した意識、ブラックアウトしていたのはごく短い時間だったろうが、慌てて巧く動かない体を持ち上げて蘇我の顔を見る。

「へへ、よかったか?」
「す、すまぬ、こんな……だけど、電……」
「よかったかってきいてんの」

 頷くしかなかった。
 でもそれ以上に今は、いい年して失禁してしまうなんて、恥ずかしい。蘇我もきっと馬鹿にするだろう。と思ったら、蘇我は体を起こそうとした私をぐん、と引っ張り寄せて、抱きしめた。キスされる。

「んっ」
「すげー可愛かった……惚れ直したわ」
「な、なんじゃ、それ」

 散々めちゃくちゃに絶頂して乱れて、失禁までした自分を振り返ってやはりばつが悪い。蘇我の体を小便で汚してしまったことも申し訳ないし、せめて拭くものをと思ったのに、蘇我は私を離してくれない。

「いーから、しばらくこうしてよーぜ」

 少しアンモニア臭が漂う中、それでも余韻を味わいたがる蘇我。でも、私はそういうわけにはいかない。私は蘇我の腕を振り切って体を起こして、仕切り直しのくちづけしてから、蘇我の股に手を潜り込ませた。

「我ばかり、こんなザマで、終われぬわっ」

 心臓の辺りと後頭部、それに一番やられているのはお腹の下の方だ、熱を持ったみたいに溶けていたり、クラクラと痺れていたり、つまり蘇我に散々イかされまくって体中の延焼がまだ止まらない。内側からじりじりと燃やされて、この炎の言いなりになれば私はあっという間に蘇我から与えられる快楽に狂って、心身共に蘇我のものになってしまうだろう。唇越しに意志力を吸い取られ、触れる肌から体温と欲情を注ぎ込まれ、二つの穴から与えられる快楽に私は蘇我に抱きついて噎び泣くように喘ぎ散らすだけだったが、そんなザマを見せたままこの夜を終えるわけにはいかない、同じような目を蘇我にも遇わせなければアンフェアじゃないか。
 私のイき顔を見て精神的に激昂を迎えたまま未だにその熱が冷めていない様子の蘇我に、私は自分の体に鞭を打って追撃を試みる、彼女の唇に吸い付いて、人を責めるだけ攻め抜いておいて自分のそこは実接触のままな、《《ソコ》》に、指を潜り込ませた。体をよじって形ばかりの棒業を試みる蘇我だったが、そんなものは大した意味を持たない、なんせ蘇我自身もソコへの刺激を体の底では願っているのだから。

「ふあっ、布都、まだするのかよ?」
「ぬ、主のここは〝まだ〟ではないじゃろう? 一度も、達しておらんではないか。遠慮、するなっ」

 さっきまで散々私を狂わせていた二股の間に指を潜り込ませると、想像以上の蜜が指を伝ってきた。鬱蒼と繁茂したそこはじっとりと濡れ熟れた湿地帯に変化していたが、何よりその中央での湧水が、驚くほどだ。触れた瞬間に、思わず私の方が指を引いてしまう。私をいいだけ弄んでおきながら、蘇我の方も、こんな風だったなんて。

「そ、蘇我、お前こそ、濡れすぎではないか」
「仕方ないだろ、お前と二人きりでスルの久しぶりなんだ。好きな女のイキ顔を目の前で見て、それを独り占めできて、興奮するなって方が、無理だろ」
「すっ、すすすすすすすすす!?」

 不意に飛んできた言葉に、無防備すぎた私は足許に苦手な虫でも見つけたみたいに跳ね上がって立ち上がってしまう。

「ふふふふ、ふざけたことをぬかすでない」
「な、なに狼狽えてんだよ、今更だろ! こっちが……照れるっての」

 そう言って、蘇我は目を逸らしながら立ち上がった私の手を改めて引いて腰を下ろさせてくる。

「そら布都、交代、なんだろ?」

 してくれよ。視線を逸らしたまま、手を引いて同じ高さになった私に向かってそう言うと、羞恥を貼り付けたような表情にも拘わらず蘇我は半分エクトプラズム化したつるりと可愛らしい脚を、淫らに開いて見せてきた。
 開かれた蘇我の股の間で花開くそれは、ぱっくりと割れて濡れて脈打つようにヒダを私に晒して見せている。目が離せない。誘う蜜の量は半端なものではなくて、その愛液から漂う匂いは私を虜にした。吸い込まれるように改めてしゃがみこみ、蘇我の股に向かって口を寄せて啜ってしまう、まるでご飯を貰った子供みたい。でも、どうすれば蘇我にとって気持ちがいいのかも昔取った某、私には知れていることだった。

「く、ふぅっ」
「散々よくして貰った、お返しじゃ。覚悟せい」

 照れ隠しに悪ぶっていってやった言葉、だがそれに蘇我は余りにも素直に小さく頷いて見せた、そんな様子を見ていると、心臓が鷲掴みにされたみたいに蘇我から目が離せない、蜜を垂らす割れ目へしつこい程に舌を這わせた。吸い、啄み、撫でて食む。そのたびに、短肢な蘇我の下半身が強く跳ね上がる。

「ンぁっっ♥ 布都、そ、それっ♥ っくぅぅっ♥ ン゛ぅぅぅぅぉぉっ♥」

 つんと立った淫核が自らの淫液で濡れて淫猥な肉芽に化けている、それを唇で啄むと蘇我は背を仰け反らせて白喉を晒して獣じみた喘ぎを漏らす。その声は仰け反った口では私にの方ではなく頭上の壁に向けられ、反響して部屋中を満たし、揺れてさえ感じた。そうして私の口一つで乱れ尽くす蘇我の様子が臍の下にずきずきと突き刺さってくる。女同士なのに、私の体は蘇我に欲情しきっていた。蘇我も、同じだ、この愛液の量。

「ど、どうじゃ、蘇我」
「どう、って、きゃふっ、んんっ♥ お、あ、ああっ♥」

 下腹部の膨らみに手を当てて宿った熱を感じながら、唇ではみ出した蘇我のヒダ端をつま食みながら、敢えていやらしくて恥ずかしい質問を投げかける。下腹部の盛り上がりに感じる熱はそのまま充血と発情の熱だ、私の腹の下が蘇我に発情しているのと同じように蘇我も私に熱情しているのだ。同じ快感と欲求を抱き合って分け合って、溶け合っているという自覚が、愛おしさをかき立ててくる。一緒なんだ、同じな--んだ、私も蘇我で、蘇我も私で、私が欲しくて、蘇我が欲しい。女同士だけど、一つになりたくて。

「んっ、ク、ぅうっ……アァっ、いい、いいっ、布都っ♥ んををおっ♥ クリ、クリばっかり、そんなにしたら、トぶっ……♥ クリイキ、させられるっ♥ がっちり捕まって、にげられないっ♥ クリが攻め落とされるっ♥」

 腰を半浮きにしたままガクガクゆらし、それと同じくらいに震えた声でクンニ快感を認める蘇我。心臓の拍動と近いのかも知れない、とくんとくんと、脈打つように愛液が噴き湧いて、私の口の中に注ぎ込まれていく。柔らかくほぐれた膣口肉は、その愛液にべっとりと濡れそぼって物欲しそうに蠢いていた。私が唾液をまぶさなくても、湧き出す愛液が淫らさの演出を止めようとしない。

「これが、いいのかっ?」
「そ、そうっ、ああっ、ンっ♥ はあっ、はあっ♥ んきゅうっ♥ 布都、っ、布都の舌ぁっ♥ あ、アアあぁっん!! クリだめだっ、そればっかりはずるいっ♥ クリイジメはっっっ♥」
「その割に、悦び水が溢れすぎではないか?♥ んっ、ちゅっ、ちゅうっ」
「だっ、て、これっ♥ んぅぅううっ!♥ あっ、あああっっ、クぅぅんんっ! そればっか、そればっかぁあっ♥ 剥きクリ、舐めるの、ダメっ♥ 直舐め続けるの、らめえっ♥ しびれるっ♥ イく、我慢できない、こらえられないっ♥ んお、おぉおほぉっ♥ イ゛っあ゛、ん♥ イグ、イグっっ♥」
「我の、我の舌で、こんなになっているのか」

 答えの言葉はない、ただ、荒い息と喘ぎ声が絶対的な肯定を示していた、その様子が堪らなく興奮を誘う。沸き上がる出水は鼻をつくほどの愛臭、そうして淫核を舌で磨きクレヴァスの浅いところを指で撫でていると、蘇我は一層深く歪な声を上げ……

「……う、ン゛っ゛ぁ゛っん!!!!!♥♥♥」

 それは悲鳴のようだった、同時に淫核の舌で窄まっていた小さな穴から飛沫を噴いて、蘇我の体が反って強ばる。果てたのだろう。蘇我のそんな無様な声を、太子様の行為ではなく私の行為によって聞いたのは、もう思い出せないくらいに久しぶりだった。

「ふふ、イった、か?」
「み、みれぁわかるらろおっ♥」

 さっきされたのの仕返しに、何時間でもクリイキさせてやろうと思ったが、腕で顔を隠した蘇我が、舌が中にきちんと収まらないだらしない口元で言のを見ると。
 ごくっ
 蘇我のこんな弱々しくて可愛らしい姿を、自分の手で作り出せるなんて。蘇我にまだ脚があった頃は、確かにお互いにこんな風にしあっていたけれど、太子様と三人で行動するようになってからは、蘇我をこういう風にするのは太子様のお役目だった。まだ、私も、蘇我をこんな風に、出来る。蘇我にだってこんな弱点があるの、私はよく知ってるのだから。
 もっと、したい。してあげたい。蘇我を、さっき私がされたみたいにめちゃくちゃに、イかせて、イかせて、イかせてイかせてイかせてイかせて……。
 潮吹き絶頂でぐったりしたままの蘇我の太股を抱え直そうとしたとき。

「ふ、布都、いっしょが、いい、っ、こんどは、一緒に」

 羞恥に焼かれながら切なそうに私を求めてくる蘇我、口(だけ)が悪くていつも私をいじって笑う蘇我がそんな風に私を求めてくる、太子様がおらず久しぶりの二人きり、まるでずっとずっと昔にいつも手を繋いで、白昼でも目が合えば、ちょっとだけ恥ずかしがりながらいつでもキスをしていたときの、あの感じ。

「そ、がぁっ……!」

 脚がエクトプラズム化して伸ばそうと思わない限りは膝上辺りで急に細って途絶えている分蘇我の身長は低い、経っていれば高さを維持するから差があるが、こうして寝ているとちびの私よりも短い。だから、上から被さってしまえば、私でも―

「ンっ、ぁむっ、ちゅっ」
「蘇我、そがっ! んるっ、ふーっ、ふうっっ!」

 フォールさえしてしまえば、蘇我の体は私の下に収まってしまう、胸が邪魔だが。逃がすつもりなんて無い、逃げるつもりもないのかも知れないけれど、私は蘇我の腕を掴んで布団に押さえつけた。私の太股の辺りで、幽体短肢が跳ねるが最早手遅れだ、私は激情に任せたまま蘇我の口を吸い尽くして、さっきにも増して肌同士を擦り合わせて摩擦する。蘇我の太股を割って自分の太股を間に滑り込ませると、べっとりと彼女の愛液で濡れた。その湿った感触を自覚すると、私自身も興奮が高まって止まらない、下半身、お腹の下がまた捩れるように熱を生じて余熱の滴を吐き出す、きっと蘇我の太股にも私の涎が伝わっているのだろう、想像すると一層濡れてしまった。
 貪り付くみたいに、獣みたいに、蘇我の口を犯して、犯される。二人の呼吸が曖昧に境界線を溶かして混じり合った。唾液はどちらのものか分からず、だけど体温はどちらから感じても火傷しそうな程に熱い。唾液にそんな機能があったとは思わないのだけれど、興奮して相手を求めれば求めるほど粘度を増して量が増えていく、、相手を唾液で汚く汚せば汚すほどに自分のものに出来るみたいな根拠のない勘違いが、でもお互いにあるみたい。キスと唾液の交換は、呼吸する時間さえ惜しむみたいに激しくて、熱烈。

「布都、んっ♥」
「蘇我ぁ♥」

 開いた股の一番奥同士を、脚を交差させて密着させる。お互いの陰部はもう蜜まみれ、触れ合った瞬間に溶けてくっつき輪郭を失うほどに肉感。いっそ本当に皮膚が消えて肉が溶けて神経が繋がるほどにくっついてしまえたらいいのに、そう思うほど。
 私も、蘇我も、ぷっくり充血した肉ヒダは細やかな波打ちの隙間に愛液を湛えている。淫核は……私の方が大きいだろうか、正面同士で向き合った肉芽の額同士を当てて動かすと、火花が飛び散る程の快感を生み出す。
 ぐちゅ、ぐっちゅっ、股を開いたV字を交差させるように最奥の秘部同士を密着させて腰を動かす、心地よく接合する場所を探しながら角度を変える。私だけじゃない、蘇我も、とろんと溶けた目元、半開きで涎を垂らす口元から荒々しい呼吸をまきながら、腰を振っている。ワレメの入り口が分かれて蜜を絡めた肉ヒダが覗き、お互いに相手の肉ヒダを舐めるように滑り動いた。吸い付き合う淫裂、蜜を吐き出し二人の陰部同士に匂い立つ粘液の橋を幾筋も架けて離れる名残惜しさを肉欲に表現する。

「うごい、てっ♥ 蘇我ぁっ、もっと、やらしく腰っ♥」
「布都とくっつい、て、メスセックス、してるっ♥ おまんこ同士の、メス交尾っ♥」
「んオ゛っっん♥ すっごい、ぐちょついてるっ♥ 蘇我と我のおまんこキッス、涎こぼしすぎて汚い♥ 汚いけど、きもちいぃつ♥ 蘇我、そがぁあ♥ 止まらぬ、腰、とまらぬっ♥」
「くっついて離れない、おまんこセックス、吸い付き合ってぐちょぐちょいいながら離れないっ♥ 布都、ふとぉっ、もっと激しく動けよっ♥ もっと細かくっ♥ こうだ、これ、くらいっ、んんんぉぉぉぉおおおおっっっっ♥」
「ふひ、ほぉおっんっ♥ 激し、いっ♥ まて、まって、くれ蘇我っ♥ 我は、まだ、まだ蘇我としていたいっ、め、メスセックス? もっとしたい、終わりたくないっ♥ ああ、でも、でもとめられないっ、気持ちよくて、蘇我とおまんこぐちゅぐちゅ気持ちよくて、とめれないっ♥ ふーっ、んっ、ふぐぅうっン♥ お゛っっ♥ ンおぉぉっ♥」
「布都と、メス同士で、パコ付くのとまんねえっ♥ すっげきもちいぃっ♥ 布都っ、布都もっとっ♥」

 濡れて潤った膣口と陰唇をお互いに押しつけ合うと、吸盤のように吸い付き合って強い刺激を生じる。押しつけ合って擦る摩擦と同時に、淫液まみれの肉穴を吸い付かせて刺激し合う、メス同士の特別セックス。蘇我は腰を振ってそのメス交尾を堪能しながら、その接合部に手を伸ばす。触れる先は、私の淫核。陰唇から膣口、そして膣内には、吸い付いてバキュームしあう刺激、でもそうして下の口でキスをしていると、お互い一番の弱点であるクリトリスには余り触れないままだ。蘇我はそれを不満に思ったのらしい、伸ばした手の指先でで私の淫核を、いいこいいこと撫で回す。その指先には、電流が走り回っている。触れられる感触だけではなく、奥の方の神経までをくまなく刺激してくる。正体不明の感覚が肉芽の中に浮かび上がり、全体を包み込み縛り上げると同時に内側で爆ぜるような、めちゃくちゃな刺激。

「ふグっっ!♥ お、おいっ、蘇我、それは、それはダメじゃ、ダメな奴じゃっ! わかるじゃろ、それ、それっふひ、ひぃっ! おっん、んおお゛ぉぉお゛おおお゛っを゛っっン♥ 電気は、電気はらめらっ! ん、っんんんんんんんんんんぁあぁぁっ!」

 吸盤愛撫で肉ヒダだけでなく腹の中まで電気刺激を受けて吹き飛びそうなほどの快感に翻弄されていたというのに、蘇我は更に淫核刺激のトドメを投入してきた。ボルテージを上げてくる、こんなの、耐えられるわけがっ♥
 私は負けじと淫裂接合部へ手を伸ばし、蘇我のクリを摘まんでやる。二人でお互いのマン汁まみれの陰唇キスを押し付け合い、充血してそそり立った淫核を摘まみ合う。少し無理があるがそれでもお互いの顔を見てキスをする欲求は止められそうにない。体を折って蘇我の顔を追い、捕まえて上の唇も吸い合った。

「んぶっ♥ んっ♥ んぐっ♥ っ、んーーっ♥ ふーっ、んふーっ♥ 布都のアソコ通って、私にも電気きてるっ♥ 布都と、電気で繋がってるぞっ♥」
「しょがっ、んぅぅっ♥ しょがぁぁぁっ♥ もう、もう電気は、っ電気はっ! んぶっ、ちゅっ♥ んく……ちゅぅぅ♥」

 ぐちょっ、ぶちゅ、くっちゅ、くちゅう
 ぱりっ、びりびりっ、ぱり

 股の間でも淫臭匂い立つ下品なキスが繰り広げられている。ラヴィアが絡み合って、その上ではお互いのクリトリスを責め合う。快感神経の経路をを蘇我の電気が縦横無尽に駆け回り、内部から直接沸き上がってくる快感に、私は翻弄されてしまう。だって、止まれるわけない、こんなの、お互いに快楽を求めて止まることが出来ない! 蘇我にこんなことされて、少し悔しいけど、でも蘇我とのレズセックス、さいこう♥

「イいっ♥ イく、布都、私、これ、イく、絶対イく、がまんできねえっ♥」
「我もじゃ、もうすぐっ♥ んおぉおっ♥ 豆は、我も豆に電気責めはっ、ダメなんじゃ、止まれなくなっ……んほぉぉおっ♥ びりびりっ、電気で強制的に、おしあげ、られっ!♥」

 蘇我の腰を少し持ち上げて、あそこ同士をくっつけ合ったところから私は貪るように腰を振る。激しく動かしてまるでペニスがあるみたいなつもりで腰を叩き付けるみたいに動かしてしまう。ぐちゅぐちゅぐちゅ淫らな音が響くがお構いなし、もう、絶島へまっしぐらすることしか頭になかった。
 蘇我の短肢な下半身を抱えて、彼女の体をまるでオナホールに使っているみたい。私にはペニスはないけれど、ふれて心地のよい場所を当てて擦りつけているのなら、それは同じようなものだ。
 蘇我の体を性具のように扱い、同時に私も自動淫具として扱われている。電流は私だではなく、蘇我自身も責めている。二人の間で興奮のシナジーとサイクルが爆速していた。

「イく、布都とセックス、せっくしゅぅう♥ イく、イくイくイくイくイくっ゛ぅっ゛ぅうぅ゛ぅううっ♥」
「蘇我っ、しょがあっ♥ しょがのまんこ、いいっ、しょがとせっくしゅ、しゃいこおおっ♥ もうイく、我ももうイく、トぶっっ♥」

 私も、蘇我も、腰の動きが自然にラストスパートじみてくる。くっついてる陰唇がここぞとばかりに絡み合って、愛液は怒濤に溢れて糸を引く。その滑りの中で、お互いの一番大事な部分がくっついているような感覚。
 久しぶりの屠自古との二人っきりラブラブセックスが、あんまりにも気持ちよくって、もう、我慢が。
 上り詰めていく、下半身の深いところがじゅくじゅくと熱を吐き出しながら、絶頂に向けて体を支配して操っている。蘇我の切なそうに感じまくって和えいている表情も、見ているだけでイきそう、それに銜えてオナニー以上の快感をくれる貝合。腰を動かしてエロい水音が響く度に、背筋を貫いていく絶頂信号。それが、いよいよ脳髄に突き刺さろうとしている。不可避、でもソコに向かっているのは紛れもなく自分達の意志で、だって私は蘇我の事が大好きで、今その蘇我と、嫌らしくて気持ちのいいところを全力で刺激し合ってて……それでもう、イきそう。なんて、そんなの、幸せ♥

「布都、も、らめ、わらし、ふとと、せっくしゅれ、いっ、イきすぎ、れっ♥」
「我も、イくっ♥ 蘇我と、イくっ♥ もうイく、レズアクメするぞっ♥ とめられぬっ、もう、イく、イくイくっ♥」

 そして、最後に思い切り、今までで一番強く、お互いの淫裂を押しつけ合って擦りつけ、腰を振る。絶頂、イくことしか、今は考えられなくて。とどめの一撃を、私は蘇我から、蘇我は私から貰うことに期待と幸せを感じている。
 好き、気持ちいい、気持ちいい、気持ちいい、好き、好き。蘇我を求める言葉が頭だけじゃない、新憎悪、灰の中と、脊髄と、それに子宮を満たしていく。溜まって、溜まって、溜まって、そして、爆ぜた。

 ぐぐっ、ぐちゅっ、んっ!

「「あああ゛あああああアあああああ゛あ゛ああああアあああア゛あああぁぁぁっっ♥♥♥」」



§§§



「部外者といえば、我とてそうなのだろう」

 放っておくと蘇我が全部毛布を持っていくので対抗措置としてき枕の実効支配を進めていると、蘇我の奴は頭を私の胸の上にのっけてきた。もうちょっと高い枕がいいな、なんて、言いよったので突き落としてやったらその隙に枕を奪い返された。

「部外者?」
「太子様ばかりが部外者な訳ではない。〝朔〟は、|呪《シュ》じゃ。現象そのものは既に何ら発端を反映したものでは無い、少なくとも無影なんて出来事は、当時起こっていない。そう言う意味では、この出来事については全員が部外者なのかも知れぬ」
「そうだな。だが、今はそんな風には思われていない、〝朔〟は無影そのものとして僅かな人間にだけ伝わっているし、今起ころうとしているのか、あるいは神子の無関心が示す通り何も起こらないのかも知れないが、それは全く無影だ、布都も見てきたんだろ? 元の出来事がどうであったかなんて最早問われてねーんだ、これは神話伝承の持つハイパーリアリティってやつだろ。だったら、自分で踏み込んで関わりを持つか、そうでなきゃやっぱりご先祖様と昔話を一緒くたにしてあのとき捨てたゴミの一つでしかない。」
「根源を違えては、ナンセンスだ、なんて、言っても仕方が無いのか。元はと言えば―」

 毛布は……全部私の上にかかっている、但し私の体と布団の間には蘇我の肌が触れていた。もう払い除ける気にもならない、お互いの体を布団にして、お互いの体を枕にして、お互いの体温を毛布にして、情事の後の浮ついて絡みつく空気の中で、先を案じてしまう理性だけが偽善者ぶって、過去と今を比較してみせる。

「わかりきったことだろ。いかんせん有識者も関係者も少なすぎる、その上関係者でこの世界に来ている奴はほとんどいない、声の大きな嘘は声の小さな真実に打ち勝つんだ。」
「無影だと伝わることが、事実よりも重要だということか?」
「その〝事実〟は事実じゃない、真実だ。だが伝達され共有され、リアルとハイパーリアルが境界を失う頃には、真実は虚構に丸呑みされていて、虚構は事実という化け物に変身するんだろう、それを誰も見破れない。真実なんて何にもならない、その核には何の力も無い。」

 蘇我の手が私の顎を掴んで喉を反らさせる、上目に向いて見た方に蘇我の顔が近くて、何か反応を示す前に接吻の奇襲を受けてあっけなく討ち取られた。セックスの前の|儀式《愛撫》のように《《深入り》》はしない、唇が触れて食み、離れる代わりに私のを舌先で撫でるようになぞり、甘さを残して離れた。頭の中がさっきまでの獣のような交尾の記憶で溢れかえって、必死にそれを追い出さないとまともな会話が出来ない。
 なんだか悔しいので幽霊のくせに(?)無駄にボリューミィな胸を乱暴に掴んで「だったらこれを枕にすればいいじゃろ」と言い返すと問頭を抱き寄せられてその通りにされた。枕にしたいのは私じゃない、のだけど心地がいいからこれでいいや。

「真実は無力だが、事実には力がある、否、力を持った虚構にこそ与えられるのが事実という|呪《シュ》だ。違うか?」
「違わぬだろうな、蘇我が言うんなら、そうなんだろう。」
「|藤原《中臣騙り》の縁者もいるようだが、代が離れ過ぎていてそれを問うには酷だし、土蜘蛛はリアタイ世代だが、知るわけではない。真実など既に私達の独り善がり、事実が一人歩きしている。」
「我には難しいことは……分からぬ」
「ほーん、腹黒策士がなにゆってんだか」
「だれがはらぐろじゃ、きゃっふ!」

 腹を撫でられて変な声が出た。まだ熾火が残ってるんだから、そういうのは止めてくれえ。恥ずかしいような恨めしいような気持ちで蘇我の方を見ると、
 蘇我のこういう所が狡いと思う、こいつは私に尸解を阻害され屍解仙どまりを強いられている、恨みを持った亡霊だというのに、何でそんな風に……。

「もう一人、当時を知ってる奴がいる」
「ああ、そいつが本命だろ」
「あれがここに来ていたなんて驚きじゃ。一度目にしたことがあるだけで話したこともないが……目を疑った、一瞬目が合ったが、生きた気がせなんだ」
「私達がここにいる、神子もここにいて、ここでは朔も起こってる。だったら、自然と考えるべきだったな。だが、動機がない。ウラミハラサデオクベキカの代行執行があるなら私がとっとと使っている、それともここではそんなにサービス精神旺盛なのか?」
「吸血鬼とかいうかつて強大だった妖怪も、ここでは単独で権威を保てずにニンゲンと友好しようとしてるらしい。あれも本当にサービス業に転身したのかもしれんぞ、一度顔を出してきたらどうじゃ?」
「余裕じゃねえか布都よぉう。でも私の方は心配ご無用だ、会ってくるべきはお前だろう、布都」
「まあ、そうなんじゃがな」
「もう少し胸がなんとかならないか、お願いしてくればいい」
「……」

 こいつは話をどこまで真面目に聞いてくれているのだろうか。なんだか足りない頭を振るに回してくたびれてしまった私は、めんどくさいのう、と蘇我自慢の胸の中に崩れて沈んでやった。



§§§



 ずるずる、と力なく崩れる。一度そうしてしまえば、音や温度や磁場で外界を見ることが出来ないニンゲンには、恐らくもう方向も分かるまい。

「いやだ、こんなところで」

 ふやけた声で再び岩壁を叩くが、やはりもう閉じられた岩牢の入り口とは違う方を向いている。全く無関係な方向の岩壁を力なく手で叩き続けるニンゲン。

「……オレそんなにひどいことしてない、人間がかってに争いはじめただけじゃないか。できるだけヒメが自由になれるように、してたつもりなのに、こんなの、ひどいよ」

 何か妙なことを言い始めている、まるで自分はニンゲンではないような物言い、おかしなものだ。もうこの完全な暗闇の中に閉じ込められて何日も経っている、ニンゲンには正気を失うのに十分な暗黒だろう。音さえ、人間自身が発したもの以外何も聞こえない、自分の声にばかりいちいち強烈なエコーがかかる音響は、ニンゲンには正気に障るに違いない。

「おなかすいた」

 ないよ、少なくとも君に食べられるようなものはね。
 ここには蝙蝠も鳥もいない。封ぜられた岩の隙間は、自分には悠々と通れる大きさだが鳥や蝙蝠には狭すぎるから。ましてやニンゲンなんて。

「のどかわいた」

 ないよ、少なくとも君を潤せるような量はね。
 食料も水も、ここには沢山ある。だが、それはニンゲンにとってのものではないし、その大きな体躯を維持するような量でもない。何より、本人がそれを口にする気を持たないのではどうしようもない。
 ボクの知っている限りもうこのニンゲンがこの洞窟に放り込まれてから一週間弱が経っている。ニンゲンの体が飲まず食わずで平気でいられる限界は超えているはずだった。

「死にたくない……死んで、たまるか……。人間、なんかの、ために」

 ボクにはニンゲンに何かしてやるつもりなんて無いけれど、このニンゲンはあくまでも自分がニンゲンではない事を信じているらしい。ボクから見れば紛れもないニンゲンなのだけど。

「だして、ここから」

 全く見えないだろう中で体勢を崩しながら四つん這いで動き回り、落ち着けそうな場所を探している。やっと大きめの岩のなだらかな面を見つけ出して、その上で動きを止めた。おぼつかない様子で手足を動かし徐々に広げるように体を倒し、斜めながらも体を横たえることに成功した。
 瞼を見開いて、何も見えるはずがないというのに瞳をぎろぎろと動かしている。普通の人間はこうした真っ暗闇に放り込まれると目を閉じてしまうものだが、この人間は少し違うようだった。見ることを諦めていないのか、それとも何か理由があるのか。だが、見えているわけではないことは明らかだった。それと、呼吸が浅くて細かい。指を銜えて、いや噛んでいる。心拍数も高くて、高ストレス状態にあるように見える。このニンゲンが普通のニンゲンでない可能性を除けば、目の動きも含めてこれはトランス状態特有のバイタルにも見えた。
 あるいはもう正気を失っているのか。

「たすけて、たすけてよお」



§§§



「現場にいて助かった人はいたの?」
「まあいたでしょ。死傷者、っていってたんだし、《《傷の方》》もいたんじゃない?」
「死傷の間にあるのはandじゃなくてorだぞ」
「そりゃわかってるけどよお、どんな爆発だって、1ミリ向こうは全滅で1ミリ手前はピンピンしてるなんて、そんなの魔法じゃないか。私達がいるこの教室はボグワーツか?」

 巷はこの話題で持ちきりだ、と言うのも先週末、東京都内の某ビルで大規模な爆発があり死傷者がでた。猫も杓子もこの話。誰も彼も、自分が殺されたって何の意味もないような人間まで「オレもテロで殺されるんじゃないか」なんて自意識過剰なことを言い出している。かくいう僕もその一人だった。テロに巻き込まれて死ぬなんて御免だが、きっとこれっぽちも重要性のない僕などテロリストにとっても殺す価値もない、単に誰か価値のある人間の巻き添えになって死ぬだけだ。もしくは最近のテロはソフトターゲット、殺しやすい無作為な大量の人間を対象にすることも多いという。どちらにしても価値のない人間だと思われてのこと、死ぬときまで出来のいい人間の添え物か身代わりとして無価値な者と判じられて死ぬなんて、まっぴらだと思う。

「あれ照道教の仕業かもだってよ」
「凶暴罪とかってのでつかまえてくれよ、そういうもののための法律なんだろ?」
「そのキョウボウ罪とかってのは存在しないと思うな、君は魔法より先にそっちをなんとかすべきだ」

 そしてそのテロが、カルト宗教が起こしたという噂が絶えないのだ。
 |照道《しょうとう》教という新興宗教は、全く聞き覚えのある宗教だった。酷く身近に存在していて、その存在を意識しない日などない。そして、個人的な感覚だけで言うのなら、そうしたテロ行為を起こしても不思議ではないような気がしている。
 ただ、そうした身近な感覚を抱いているのは、僕くらいのものだろう。現代の日本では、新興宗教というのは滅多に触れる機会のない特殊な集団だ、海外ではどうなのかは知らないけれど多くの人間にとって、そもそも宗教が特殊なものだ、献身的な態度で教義に接し人生と価値観を捧げて、でも何の利ももたらさない、精々幸福感という奴をもらうだけ。しかもその価値観が現実離れしていたり、その思想を他人にも広めようと過激な活動をしようとする、迷惑な集団だと考えられている。宗教=怖い、という見解があり、乱暴な言い方をすれば、暴力団や暴走族と同列になっている。その中でも歴史的な背景の薄い新興宗教についての理解は薄く、同時に、誰もが、「危険な思想の持ち主の集団で」しかし「自分の身の回りに存在しない」と考えている傾向が強い。

(身の回りにないなんて、おめでたい奴らだなあ)

 僕から見れば、爆弾テロに端を発する宗教団体への危機的視線の、にわかじみた浮上について滑稽さを感じていた。同時に、宗教=怖い、という酷く曖昧なレッテル貼りでそれを判じようというのにも、少々馬鹿馬鹿しさを感じる。

「照道教って、山奥に村作って自給自足生活しているんだろ? 焼き払えばいいじゃんか。汚物は消毒だー!」
「汚物はお前だ法条。凶暴じゃない共謀だ、君は本当に馬鹿だな」
「まあまあ名津、誰でも名津みたいに頭の出来がいいわけじゃないんだから。でも照道教って、3Dプリンタでえすあーるびーえむとかいうミサイルつくったとか言う噂があるんでしょ?」
「佐村まで大概馬鹿か。んなわけあるか、そんなモン3Dプリンタでつくれるかっての。3Dプリンタ万能説もいい加減にしろ。そもそもSRBMってのは―」

 クラスの一角ではそんなやり取りが起こっている。あれはいつもたむろしている一団だが、彼等以外にも誰も彼もが件のテロの話をしている。内容は若干づつ変わっているものの大差なく、こんなやり取りがもう何日も続いていた。そうした噂話はいつでもおひれはひれがついて話が巨大化していくものだ、今回もこれの例に漏れないらしい。

「あっ、照道教って新興宗教が邪神の召喚に成功したってあれ、あっちが本当?」
「はあ?」

 兵器ネタの面倒くさい蘊蓄が始まりそうなのを遮った法条の言葉に、名津は呆れ顔で応じる。

「元々照道教が目論んでいたのはその邪神の復活で、今回の爆発は中途半端な邪神の復活……寝返りみたいなもんだって、ワイヤドに書いてあった」
「法条、邪神って、お前」
「あの日、ゲリラ豪雨で雷鳴ってたじゃん。それに関係してるとか。あの爆発も爆薬じゃなくて|地上発生雷球《ボールライトニング》のせいでビルの発電設備が爆発したのが原因で、その|地上発生雷球《ボールライトニング》は、ゲリラ豪雨の落雷から照道教が召喚した雷獣っていうカミサマの仕業だって」
「法条までそんなこと言うようになるとは、末法末法。大体なんだよカミサマって。法条が信仰を持った人物だとは思ってなかった」
「カミサマは神様じゃないよ、|神妖《かみさま》っていう化け物なんだって」
「自分で言ってることがおかしいと思わんのか君は」

 だが、僕にとってこれはゴシップな噂話として消費して楽しめるものでは無かった。その照道教とは、父母が傾倒している宗教に他ならないのだ。
 そんなバケモノの仕業であってくれれば、どんなに楽なことだろうか。まあどちらにしても僕にとってはバケモノのようなものかも知れない、逃げることも出来ないし、制御することも出来ない、ただ嵐のように頭を押さえて過ぎ去るのを待つ以外にないのだから。

「|国立《くにたち》」

 クラスメイトの一人に呼ばれた、彼は……保志、だったかな。余り口を利いたことがない、こう言うと彼が無口でクラスで浮いた存在、だとかのように聞こえるかも知れないが、それは逆だ。

「……うん?」
「明日、日直だから。日誌」
「ああ、うん。ありがと」

 日直やら日誌の記入なんて、全員がやっつけ仕事でやっているだけで何の意味も成していないような気がしたが、もはやそんなことに疑問を持っても仕方がない。僕は大人しく差し出された日誌を受け取った。中を見てみたが、案の定、みんなの記入は雑なもので、教師からの返事のひと言は記入されているが、それはすぐに翌日の担当に回るのだから書い日直自身が見ることはない。それでも教師は律儀に返事を記入し、生徒は定型業務として日誌を翌日の人間に渡す。完全なルーティン、なんとも無駄なシステムだと思った。

「それ、なに?」
「? これ?」

 彼は僕が読んでいる本のことを言っているらしかった。今は、カントを読んでいる。図書館で借りて来たのだが、正直さっぱり意味が分からない。借りてしまった以上はと読んではいるが、少し後悔していた。

「まあ……哲学の本、かな」
「すげー」
「保志、茶化す暇があれば君も見習え」
「えー」

 すげー、の声色に尊敬の念なんかなくて、きもちわるい、の色だけが強く滲んでいる。それを察した名津君が保志君をいさめるが、それは純粋に勉学云々について言っているわけではなく、そんなのに関わってないで、という意味合いが強いだろう。名津君はかなり成績がよくて、僕では到底追いつける人ではない。保志君はへいへい、と仕方なさそうに返していた。こうして僕が読書をしていることは一層僕を道化た滑稽な存在に仕立てている。
 僕が日誌を受け取ると、彼はそのまま踵を返す。彼の去る向こう側には件の仲間達がいる、佐村、法条、名津、それに今の保志。保志君はその仲間の輪に戻る間に肩を竦めるように動した。きっと表情もそれに相応な物になっているだろう。彼等以外にも、クラスメイトは沢山居るが、僕への意識は大差がない。強く悪意を向けられているわけではない、ただきっと、扱いづらくよく分からない奴だと、思われているに違いなかった。
 彼等の意識が僕から離れたのを感じて、僕は再び本に戻った。やっぱりこんな難しい本、意味が分からない。いつもこんな難しい本を読んでいるわけではない、むしろ哲学系の本なんて今回が初めてだ。これの前はファーブル昆虫記を読んでいた、どうせ「何を読んでいるのか」と問われるのならばファーブルを読んでいるときにして欲しかった、あっちなら少しは語れる位には意味が分かった。
 ページをめくっても全く頭に入ってこない、直観とやらも得られないまして悟性の天秤の皿からも全くはみ出すように載せることしか出来ず理性で判断できるのは「理解不能だ」という事実だけ。まともな形で入ってこない、そんな風に文字列を表層の意味でだけ汲み取るしか出来ない。全く辛い、まるで自宅での食事のようだ。美味しくないし味わうべき部分も分からないので、ただ口に掻き込んでいる、咀嚼しても味わいは分からず、栄養も足りない、満足感もない、全くそんな感じだ。この本が分かるようになるのにはもう少し深い知識か、長い人生経験が必要なのだろう。だとすると、今の親の教育方針も僕が大人になると成る程こういうことだったのかと合点がいくようになるものなのだろうか。
 本というものに対して酷く冒涜な行為だろうとは分かっているが、薄っぺらな意味だけをそぎ取るようにその本を目だけで|読み《舐め》ながら、もはや僕の意識はまるで違うことを考えていた。

 いっそあのテロも、本当に得体の知れないバケモノの仕業であってくれれば。

 噂の|照道《しょうとう》教。僕の家は、その教徒の家だ。特に母が厳格に敬虔で、昔はライトな教徒だった父も今は母に影響されて相当なものだ。ヴィーガンな食生活も、毎夜毎夜欠かさない|祈祷《呪詛》も、そのためだ。きちんと聞かされたことはないけれど、恐らく父と母は教団内部の結婚だったのだろうと思う。僕も教徒としての活動に参加させられることがある。父も母も余り教団に同化しない僕を煙たがって必要なとき以外は連れて行くことはなくなったが、まだ疑いも何も持たない小さい頃は、全く自然に参加していて、教団の中に顔見知りもいる。まるで親戚みたいな付き合いをしていた。父母は今でもそうなのかも知れない。教徒の間では僕は引きこもりで中々外に出てこない問題児になっているらしいし、母も病気がち出席がままならないことになっているらしい。今は教団とのパイプは父だけが持ち、だが信仰の強度は母は狂信的なくらいだ。父が世間体を守るためにつくった嘘の壁も状況はあながち間違っているわけではないし、教団内の話なんて今は、僕はどうでもよくなっていた。出来れば、近づきたくない。でも、父母の居るこの家から出るわけにも行かなかった。

(せめて大学を出るまでの、我慢だ)

 母はあんなだが、父は世間体をかなり気にする人物らしい。僕が引きこもりとして仕立てられ、母も病床に伏せり気味という嘘の壁を作り上げた父のその動機を、僕は利用するしかない。このまま高卒で社会に出ても僕は使い物にならない、せめて大学までは出てまともな就職を決めてから家を出る。それまでの我慢だと小さく小さくちぢこもって我慢するしかないと、嵐が過ぎ去るのを待つ気分でいる。

「あ、家宅捜索だってさ、照道教の東京支部」
「遅すぎるだろ、どうせ証拠なんて全部抹消してるさ。〝日本国内にはテロは存在しない〟。対外的に治安の良さを発表をそうするのも結構だが、そのせいで初動対応が遅れるようじゃ片手落ちだな。日本国民自身の目から見ても、テロが存在するのは明白だってのに。そもそも神部総理になってから、国防費が跳ね上がっているがそれが間違いなんだよ。どのみち大陸からの侵略があったときに耐えられるような膨大な兵力は、日本ではどんなに金を積んでも未来永劫揃わない、だったら国内を整える方が先決だ。そうでないといずれこの国は内外両方から美味しく蚕食されるってわけだ、なぜそんな愚策を」
「名津ぅ、その話は他の誰も付いてけないからやめてよ」
「君たちは本当に……だからこの国は」

 仮にこの家が照道教の家だとしても、僕は家の中では孤立状態で実質的にネグられている様なものだし、そうで無かったとしても今回のテロのことなど知らされてなどいない、母に比べれば幾らか会話が成立する父に聞いてみたところ、ほとんど会話にはならなかったが、どうやら知らされているわけではないようだった。ウチは照道教の組織でも下っ端の家なのだ、もしそうした計画があったとしたら、実行役になり得る立場でさえない。実行役になったとしてもそうだと知らされずに者を運ばされるとかその程度だろう。そうでも無いのなら、知らされるはずもない。だから、噂が本当なのかどうかも、実際に教徒の家の子の僕でも知らない。照道教を擁護するつもりは全くないけれど、僕の生活に余計な火種を持ち込んで欲しくないという意味で、出来れば件のテロは照道教の仕業であって欲しくないと思っていた。
 化け物を召喚するという話は、流石に苦笑いするしかないが。悪魔召喚とかそういうことをしようとする教義は聞いたことがない、僕が避けているここ数年で急に変わったとか教団内に急進派が居るとか、そんなことなら知らないが。ただ、そんなに規模の大きい教団ではないし、仮にも同じ志を持って集まっている集団だ、おそらくはこの学校なんて社会よりは余程派閥の構造は小さいだろうと思う。もし急進派だ保守派だなんて分離があるなら、遅かれ早かれあの教団は自然消滅するだろうし、ああ、そうか、そうであれば、解放の望みがあるのかも知れないな。

(……この先僕は、どうなるのだろう)

 巷間「巷に蔓延する漠然とした不安」という文字が踊っている。名津君が言っていたように、隣国が徐々に圧力を大きくして来ていることも、国民の平均年齢が一向に下がらず年齢ピラミッドが改善しないのも、景気がよくなったと言われてもそれは経済格差が拡大しているだけだという事実も、100年近くも信用していた同盟国が突然信用ならない政権に変わってしまったり。この国と国民を取り巻く不安は巨大で、解決し得ないように思えている。人間の持つ社会性というのは酷く欠陥的で、僕にとっては蟻や蜂のような社会性を持つ方が幸せなんじゃないかと思えていた。これは、でも反社会的な思想というものらしい。この件で授業のディベートで名津君にコテンパンにされたのは苦い思い出だ。蟻だ蜂だと言っても、所詮は、構造の責任になすりつけたいだけなのかも知れない。

(考えるのが、面倒くさいんだ)

 大学を出るまでは我慢する、と決めたがその先のことを考えているわけではない。考えても分からない。分からないのに、考えなきゃならない。毎日が凄いストレスだ。抜け出せるわけでもないのに。
 僕の中にある不安は、世間で言う「漠然とした」ものでは無い、明確な姿をした不安と言うよりも恐怖。家、親、自身の将来、未来に向けてろくでもない方向に向かうだろう今までの人生のあらゆる要素、これを人生に加点できるように転換できるとはとても思えなかった。大学を出るまで我慢、といっても最低あと6年、大学受験にうまくいく過度かもこの状況では疑わしい。勉強はしているし、学内でもかなり成績もいい方だ。だが、それがクラスでの悪目立ちを促進しているのも確かだった。確かにクラスでほとんど口を利かない浮いた人間で学校の成績だけは優秀、なんてのは、昨今流行の凶悪犯罪者に対して巷が抱いている理想像だ、世間が望んでいる犯人像は、こうした人間かもしれない。

(まっぴらだ! そんなつもりで生きてるわけじゃない、嫌われたくて、犯罪を犯したくて生きてるわけでも、勉強してるわけでも、ないのに!!)

 もしこの状況で僕の家が照道教の家だと噂が学校に広がれば、どうなってしまうだろうか。僕もキチガイだと思われるだろう間違いなく。これが、クラスの中でちゃんとコミュニケーションを取れて友達の多い人間なら、「そんなことない家とお前は別」とかあるいは「照道教徒にもまともな奴がいる」と言ってもらえる可能性は僅かながらあったかも知れない、でも残念ながら僕にはこの学校で友達と呼べる相手を持っていなかった。家がどうやら面倒くさい状況なのだ、という上っ面なところは伝わっていて、それ故に周囲からはどこか忌避を受けている。
 あと6年も、耐えきる自信が僕にはなかった。どこかで、簡単な切っ掛けで、なんとかしがみついているこの細い線が切れてしまうのではないか。僕にとって「漠然とした不安」というのがあるとしたら、ワイヤドや街に渦巻く社会不安よりも、そっちの方だった。
 それに僕ら学生にとって、「家が面倒なことになっているその理由」や、「既に児童相談所にかかっているがパスされてしまっている」、「学校としては僕のような人間でもまともな大学に入ってくれることがステータスに加算になる」とかいう大人社会の都合は、大した問題ではない。ボクらの社会では、大人達の思考回路はポンコツで役に立たないことになっている、それは子供達の理論にほとんど合致しないからだ。僕も父母とうまくいっていないのだから、そこに異を唱えるつもりはない。子供の社会では、もっと別の姿の、子供の間で通用するプロトコルが存在し、そこで伝達される情報が重要になる。
 照道教徒の家の子という情報は、この状況では何にも勝る重要さを持つだろう。それに引っ張られ「友達の居ないよく分からない奴」ということも一緒に処理される。さっきの保志の動きも、それを見る名津や佐村、法条の少しにやついた表情も、それを示していた。

「そんなことより佐村、こないだ言ってた新しい水族館行ってみようよ。深海水没体験できるって言ってたとこ」
「え、何それ。法条と名津は最近抜け駆けが激しいな?」
「そりゃー、私達はラブラブですから」
「おーそうかい。じゃあこっちはこっちでラブラブしようか名津ぅー」
「うるさい離れろタラシ! 俺はノンケだ」
「ノリが悪いなあ、オレだってホモじゃねーよう」
「じゃあダブルデートにしよ! いい、佐村?」
「いいも何も、このメンツで遊んでたらいつもダブルデートみたいなもんでしょ」
「おい、自然に俺と保志をくっつけるな! そんなんじゃねえからな! こいつこそあちこちに彼女作ってるくせに」
「あー……、妬いてんだ。でもホモにとって女の彼女はノーカンでしょ?」
「だー! ちーげーえー!」

 僕が誰かと仲良くなることは、既に難しい。誰もがもうそれぞれの輪を作っていて、その輪を中心とした社会が出来上がっている。この学校という社会は、派閥社会だ。小さな閉塞した社会なのに更に小さな派閥が幾つも存在して、この学校という社会は個人と言うよりはそれらの派閥の関係で運営される。何人かそれらに所属しないフリーな奴がいるが、それはそれなりの能力を持っているからだ。どこの派閥にも所属せず取り込まれずににゆらゆらと潰されずに生き残っていくのは、実際、この学校という社会では少数派だ。要衝要所でどこかからの派閥から必要とされ、短い期間その中で過ごし、派閥間の関係性に余り縛られない形で存在できる。その期間が終わってしばらく一人で居ても別の機会にはまたどこかに所属したり、それらを取り持ったりしている特殊な人材だ。黒谷、風見、なんかがそんな人物に見える。僕のように、どこからもやんわりと遠ざけられているのと違って彼等はそれでも巧く社会を生き抜くサバイバル術を持っている。
 それでも僕は、今のところは「ただよく分からない奴」で済んでいる。そうするように、努力しているのだ。弱みや酷い失敗を見せ揚げ足を奪われないように必死で、彼等の輪のいずれかに必要とされるような能力も何も持っていない。
 だから、ずっとこうやって小さく岩の下で小さく縮こまるように、嵐が過ぎ去るのを待つように、生きるしかないのだ。



§§§



 彼等に聞こえないように大きく息を吐く。彼等に呆れたとかそういうわけではない、純粋にこの心境を落ち着けたくて深呼吸しただけだ。でも、呆れたような溜息と取られてしまえば無用な反感を買ってしまう、それは避けたかった。
 深呼吸すると、新鮮でもない空気が胸の奥へ入り込んでくるのが分かる、普段こうして考え事をしながらしている呼吸というのがいかに胸の浅い部分にしか入ってきていないのかを、こうしてストレスに駆られて思考を切り替えようとする度に痛感する。だからといって常にこんな深い息をするように呼吸法を改めようとかそんなことは思わないのだけど。
 幾らか落ち着いたところで、再び参考書に目を落として集中し直そうとする。が、その前にチラリと目に入った者があった。瀬織さん、なんといったか。下の名前は知らない。
 廊下側の前から中程の席に座っている女子だ。不思議な雰囲気を持った奴だ。先に挙げた、黒谷や風見みたいに一匹狼で立ち回っているのとは違うが、派閥に所属してもいない。人のことをこう言っていいのかどうかは分からないが……僕と似たような、〝狭間〟の立場に居る女子だった。僕でも誰かから話しかけられることはある、さっきのように用事があればそのついでに日常会話を交わすことだってないことはないのだが、彼女の場合は徹底していた。だが瀬織さんが誰か友達と話しているところを、少なくとも僕は見たことがない。女子というのは男子よりもグループ形成に於いてシビアな社会のようだ、彼女のようにグループに所属しない奴に対しては余程強い何かを持っていない限りは、ただ無視されるのに留まらずいっそ攻撃対象になりがちで、そうなっている奴も何人か見ている。瀬織さんの「徹底している」というのはつまり、そうした攻撃にも晒されていないことだった。
 まるで、本当に存在していないかの如く、彼女の存在に触れる者が居ない……といっても、無視というわけではない、用事があれば最低限の言葉を交わすこともあるようだし、さっきのように日直代わり当たれば前の席から飛ばされると言うこともないが、会話らしいことをしているのを見たことがないのだ。まるでパソコンのダイアログのように、一問一答以上を受け付けず、彼女自身もそれ以上を拒んでいるようでさえあった。外部とは最低限のインターフェイスだけを残して遮断し、一人の世界で生きているような、そんな印象を受ける。
 長いストレートの黒い髪、普通なら綺麗な黒髪というのは艶を返し輝いて見えるものだが、彼女の黒い髪はまるで鞣した革の様に真っ黒で艶消しだ、それでも髪質が荒れて艶を失っているとかそういうことでもないらしく、歩いて靡いている流れは酷く滑らかで、奇妙な髪質だと思う。黒染めの絹、なんてのではなく、練り墨で出来た髪の毛、といった印象。顔立ちは綺麗な造りをしているのだけどどこか日本人っぽくない、少し堀が深くて端正、日本人にしては白さが目立つ肌。きちんと覗いたことなどないけれど、集合写真などで並ぶと目立つのは件の沈むような黒髪と、瞳の色の薄いことだ。それに妙に背が高い、バレーでもやっててもおかしくないくらい。ロシア人が日本人の黒い髪を生やしているような奇妙なアンバランスさがある。それがどこか神秘的な印象をつくっているのだろうし、もしかすると彼女の特殊な立ち位置はそうしたある種異様な外見が手伝っているのかも知れなかった。有り体に言えば、浮いている。よく言うなら、孤高。
 余り聞くことはないけど、彼女の声には妙に凜とした説得力がある。「やめて」と言われたら止めなければいけないような、逆に「やれ」と言われたらやらなければならないような、不思議な雰囲気だ。彼女に向きかけた女子グループの攻撃は、実際過去にその一言でやんでいた。それに体育には一度も参加しているのを見たことがない。「気分が悪いので見学します」と彼女が言うと、教師もそれ以上追求できない様だった、それも何回でもだ。下手な男性教師よりも背が高い、それにあの声で言われると確かに反抗出来ないかも知れない。いつも隅に座りっぱなしでいるせいで発揮されないだけの妙なカリスマが、瀬織さんにはあるように思えた。一匹狼という寄りは0匹狼だ、自分の存在を消す方向に、その目立ちすぎる存在感を利用している。
 僕も彼女くらい特殊な外見をしていれば、もしかしたらあんな家の中にあってもこんな不安と恐怖を感じながらの学校生活を送らなくてもよかったのかも知れないなと、少し羨ましく感じるところもある。彼女にとってそれが望ましく思えているとは、限らないけれど。

(なんだろ……考え事しているとき、目が向いちゃってたかな。見てたつもりはないんだけど)

 何故今、瀬織さんに視線が取られたのかというと……彼女がこちらを見ていたから。僕が視線をひっかけるように止めると、彼女はその色の薄い瞳を少しだけ細めてから目を逸らした。何か言いたげに僕を見ていたようにも見えるし、こっちみてんじゃねえよ、と睨み付けられたようにも見える。

(誰かに似てるんだよなあ、有名人に似てるのかなあ、よくわかんないけど)

 彼女の特殊な外見は、どうにも意識に引っかかる。僕は芸能ネタに疎いのでよく分からないけど、女優とかアイドルとかに、顔立ちが似ている人が居るのかも知れない。そうした有名人の顔を見る度に名前と顔を一致させようとしてみない僕には、それが誰なのかさっぱり分からないで居た。きっとテレビで流れているとか、ワイヤドで写真付きで記事がよく上がってたり、書店で見かけたりする誰かに似ているのだろう。全く思い出せないが、きっとそうなのだろう。彼女の顔をまじまじと見ることはないのだけど、チラリと視界に入る度に、道行く見知らぬ人や全く交友のないクラスメイトが視界に入ってくるのとは違う、カクテルパーティ効果の視覚版の様なものを感じてしまう。妙に、意識に引っかかってくるのだ、クラスメイトというステータスを除いた上でも知っている人間のように。



§§§



 中学までは給食(中学まであるのは珍しいらしいけど)があったので助かったが、高校になると昼飯に困った
。弁当など当然作ってくれるわけがないし、昼食代は貰っているが月に1000円程度では何にもならない。朝も夜もろくなご飯がない。いつの間にか、万引きでお腹を満たすことが多くなった。
 中学時代に自分の状態を教師などに相談したことはある。教師達は皆いい人で、取り巻く大人達がみんな糞、みたいなフィクションのような環境ではない、現実的に渡る世間に鬼はないということだ。相談したならあれとあれよという間に、聞いたことのない公的機関が入ってきたり、警察だって一度やってきたりした。断じて社会全てが怠惰で役立たずだなんて思えない。だが、それでも、それきりだった。学校にも通わせて貰っている、小遣いは家庭の教育の問題で与えていないがご飯は貰っている。子供の成長の早さを侮っていて《《ご飯の量が少しばかり昔のままだった》》という事になって、その改善を指示されて終了だ。その後も何度か助けを求めたが、そのたびにすぐにエスカレーションはされるし大事にもなるのだが、最終的には家庭の問題だとか、プライバシーだとか、僕の体に傷などがなく暴力も見られないとか、給食費はきっちり支払っていて昼食は食べられているし学校的にも問題がない(なんせ給食費の支払いを拒否する親もいるんのだから、学校組織から見ればそれだけでも優等だ)、あるいは「改善します」という父の言葉だとかを前にして、それ以上踏み込めないのらしい。結局親子の仲が悪いという程度にそのうちに何度も何度もことある毎に声を上げている僕の方がまるでクレーマーの様な気がしてしまい、あるいはただ反抗期にあるとか見られる気がして、だんだんヘルプを上げるのも億劫になってしまった。
 結局、僕の所属する社会では、僕の家は少し面倒くさい事になっている、という認識はあるものの、虐待やネグレクトやらがあるわけでは無いという事で落ち着いていた。そうなってしまえば、一気に「問題なし」とされるのが世の常だ。あの状況が「問題なし」だと言われることには悔しさというか無力感というか、絶望感しかないのだが、確かにニュースに見る、体中にタバコの火を押しつけられた火傷痕があるとか、子供が勝手に転んだと言って不自然な場所が骨折しているとか言う児童虐待のそれに比べれば僕などたいしたことはないのだろう。
 世の中には理想的な悪事というものがある。それは多くの場合ドラマ仕立てでストーリージェニックな悪事(、惨事、悲劇)でなければそれと見做されないのだろう。
 人は見たいものしか見えない、という言葉があるし、僕もその通りだと思う。僕は僕の見ている世界でフィルタしないと世界を見ることが出来ていない。僕には、首を絞めるのではなくてもっと大きな虫籠の中に閉じ込められているような、緩い窒息感を前提にしないと世界を理解することが出来ない、僕ではなく例えば名津君には開かれた世界があるのかも知れないし、佐村さんには楽しい世界が見えているのかも知れない、でも僕のいる世界と彼等の世界は、本質は同じものだとしても意味と姿が異なる、それは、僕がきっとこの閉塞した世界を、憎みながらも望んでいるからだ、「そうであって欲しい」のではない「そうであるに違いない」という、理解。
 僕はこの身の回りにある中途半端な痛い世界に落ちていて、僕の周りのみんなはもっと理想的な悲劇しか見ようとしていない。
 だったらいっそ、もっと理想的で完璧な悲劇が|僕《こ》の世界を満たしていればいいのにと思う。どうせ僕以外の世界は僕の世界とは異なるのだから彼等彼女等にとっては僕の世界がどんなに完全に理想的な悲劇で出来上がっていても関係ないのなら、いっそそうであった方がいい。だって、背中から熱湯をかけられて火傷したり階段から突き落とされて瀕死を負い、それが世間に伏されて見付からなかった、いよいよ見付かったときには手遅れで、同情の余地の全くない両親に同情を禁じ得ない子供、救えなかった地域社会と公的機関、なんて土堤変でドラスティックな事件ならば、いっそ認識してもらえるのだ。僕の置かれているような中途半端な窒息世界は、全く顧みられない。
 虐待と言うにはたいしたことがない、それでも僕にとっては、空を見上げるとまるで巨大な虫籠の中に囚われているような、そんな幻の格子が見える。
 だって、みたいと望まれていないものは見えないし、見えないものは存在しないことと々なのだから。

―だったら、瀬織さんの世界はどうなっているのだろう

(え?)

 何故か自分の中に浮かんだ疑問をもう一人の僕は訝しく疑う、その疑いの方が余程自然だと思えた。何故、突然瀬織さんの事が浮かぶのだろうか。彼女の世界がどうなっているかなんて僕には関係がない。不意に浮かんだもやもやとした居心地の悪い気分を、僕は持て余してしまう。
 何より、何故瀬織さんなのだろうか。気にはなるのだが、気になる理由が、自分でも分からない。

―何故……?



§§§



 もう一週間を過ぎた。体力のないニンゲンなら既に死んでいるところだが、このニンゲンはしぶとくまだ生きている。真っ暗闇の中、気温の上下こそ少ないが、飢えと渇きと強烈なストレスに日々苛まれていることだろう。ボクにこのニンゲンを褒める謂われはないが、それでもよく生き延びている方だと思う。
 だが、いい加減壊れ始めているのかも知れない。
 飲まず食わずでも最初の数日は排泄があった。最初は見えないながらも離れた場所にして戻ってきていたが、最早何も気にしていない、流石にそのままそこでと言うほどではないが、少しだけいい訳程度に移動してはすぐそこで用を足すようになっていた。そもそももう、体を大きく動かす体力が無くなっているのかも知れない。

「ひめ……」

 掠れるような力ない声を、洞窟の中に弱々しく響かせる。「ひめ」とはどうやら人物なのらしい。ここから呼びかけて声が届くような相手ではないだろう、ニンゲンにそんな力は無いのだから。
 何日も前から現れている、恐らくストレスによる異常行動。指を噛んで、まるで赤子の指しゃぶりのような仕草を、今は頻繁に見せるようになっていた。見えることのない瞳は今なお開かれたままで、もしかするとその瞼の裏側には「ひめ」と呼ばれた何者かが描き出されているのかも知れない。

「おなかすいたよう」

 嗚咽交じりにも聞こえる声は、最早切実なものだ。ストレスに晒されたニンゲンは往々にしておかしな行動をとる。ひめという誰かにここから話しかけていたのもそうだし、もうひとつは、自分の指を口に入れる行為だった。ニンゲンの赤子がよくやっているような仕草だが、それよりも幾分か力強く見えるのは、しゃぶっているのではなく歯を立てて噛んでいるからだった。
 不安と苛立ちと、それにもう感じ始めている絶望を、坩堝で混ぜて顔に塗りたくったような、そんな表情で指を銜えている。だが、異常行動、と断じはしたがもしかするとこれは、喉の渇きに追い立てられて唾液を分泌しようとする無意識の行動なのかも知れない。耐えがたい空腹を独り言つニンゲンは、刻一刻と弱っていくのが分かる。

 どうして、どうして、と掠れいるような声で呟きながら、小さく丸まって泣き崩れているニンゲン。このニンゲンばかりが哀れとはボクには思えない、ニンゲンの中にもこうして無慈悲に理不尽に死んでいく者は大勢いるし、ニンゲンでなくボクらの身近にも、そうして無様に命を終わらせていくものは、沢山いるのだ。なにも、ニンゲンばかりが特別に可哀想な存在ではない、むしろ、ニンゲンは強い。ここ最近で急に強くなってきた、群の機能は高度化し、社会性に似たチームワークを築き上げている。その代わりに、こうして同族を死に追いやる不可解な行動も見られるようになってきた。もともと、ニンゲンは同族思いで互助が強く身内をあやめたり見捨てたりと言うことが少ない動物だったように思う。それなのにここ最近は、そんな慈悲深さなど老いてきてしまったのだと言わんばかりの生き物に変化していた。
 どうして、こんなことに?
 このニンゲンの代わりにメッセージングする気はないし、このニンゲンが思っている「何故」とボクが考える「何故」には大きな隔たりがあるだろう事は分かる。それでも、このニンゲンが呟く言葉に、ボクはなんだか自分の疑問さえ重ねてしまいそうになるのだ。

「どうして、ねえ……ひめ……」



§§§



「どうしてって、そりゃあ……え、どうして、レミィ? いや、どうしてというよりは、どうして今?」

 魔術師が、その〝どうして〟の方こそもっともだな、と言う表情を崩して主人に問うた。

「そろそろ人間達に向けても友好を見せておかんと、ということだ。風見の領有とは少々方針が違うのだと、知らしめねば。今である理由は、わかっていよう?」
「それは、まあ」

 レミリア・スカーレットはレッドアイに口を付けてグラスを置いた。紅魔の首魁の目の前には魔術師、その後ろに少し下がるように控えてやや顔を下げ気味にいるのはメイド長。姉に絡みつくように寄り添う妹と、彼女が口を付けたグラスを傍で銀のトレイに受けるのは、小柄で金髪の新入りメイドだ。その新入りメイドも傍に跪いたまま顔を上げることは許されていないらしい、メイド長が首を傾ける程度に顔を伏せているのに対して、グラスを受けたメイドはがっくりと真下を見るように首を折り、受けるトレイよりも頭を高くすることが禁じられていた、それでもグラスの中身を波立たせることは許されない。新人、といってもそれなりの時間をここで過ごしてはいるのだが。

「まあ確かに。あの辺はまだ風見の領有の頃の風土が強いみたいだからね。領土内の人間から血液を収集することにどうにも抵抗がある中間層が多い。彼等の理解は、必要かも」
「そいうことだ。締め付けるつもりはない、だが納めるものは納めてもらわぬとな。放任な風見とは違うと言うことを、《《理解》》して貰う必要がある。あくまでも友好的にな。」

 レミリア・スカーレットの発案で、博麗もとい、風見から紅魔が貰い受けた地域の有力者を集めての、饗宴が催されようとしている。紅魔の土地の一部は、レミリア・スカーレットが幻想郷に入場した際に風見幽香に与えられていた土地の一部から割譲されたものだ。
 風見幽香は従来、該当の地域に支配を敷きながらもほとんど税や労役を課すことはなかった、ただ「逆らうな」と強烈な威圧感をまき散らすだけで実際には極めて緩い支配だったと言える。彼女は持ち前の個としての妖怪の強大さを用いて、怠惰で無関心な恐怖政治を行っていた。実務自体は公館たる夢幻館に控える魔族達に任せて(本来プライドの高い魔族が、魔族でもない者に従順に従っているのは珍しい)いたが、館の悪魔は主に対して何も課されていないし、悪魔にも拘わらず下界から何かを取り立てたり契約をしたりもしない。それ故に最低限の徴収以外に大きな負担を与えることもなかったのだ。
 だが、紅魔は違う。紅魔の首魁のレミリア・スカーレットは、人間の血液を定期的に一定量納めることを課していた。それまで何の縛りもなく生きてきた、元風見の領地だった場所に棲まう中間管理的な有力者達にとって、それは余り慣れたことではなく、理解もないのが現状だ。旧風見領には、献血未納者の数が突出して高くなっていた。地下に人間牧場があるにせよ、紅魔の姉妹にとって血液は、金銭と食料を足したものにも等しい。それに加えて、そうした未納を見逃すことは統治そのものに影を落としかねない。

「パーティを開いて新たな主人への理解を求めようと、そういうことだ。さて、どんな仕掛けがあれば、《《友好的に理解が得られる》》と思うかね?」
「殺しちゃえばぁ?」
「こらこら、フランドール、そうした短絡は最後に取っておくものだ、何時でも使えるように爪を研いでな。我々紅魔は紳士的な組織だ、寄進されるそれらを受け取りはするが奪ったり搾り取ったりするのは本意ではない、あくまでも、寄進されたものだ。そうして|尊敬《畏怖》される支配者に、我々はならなければならない。」
「はーい」
「博麗には恩を売らねばならん。そのために、幾らか多くの血が必要なのだ」
「それが」

 そう言って妹の目が、傅いたままトレイよりも頭を上げることが許されない新人メイドをチラリと見る。トレイを支える腕の合間に垂れた|頭《こうべ》、ただの金髪にしては妙に寒気のするような金色が揺れている、その髪を留めている真っ赤な髪留めは、生きたままの鮮血の血染めがそのまままだ生きているかのように赤い。

「恩を売るのではなく、恩返し、じゃないんですか?」
「ふ、言ってくれるなよ、フランドール」

 そう言いながら、レミリア・スカーレットは、彼女にしては珍しく苦そうな笑みを浮かべて妹の頭を撫でた。

「まあ、その通りだ、あまり責めてくれるな」
「責めるなんて、とんでもないです!」
「恩返しだろうが恩着せだろうが、その行動が紅魔のためになることも間違いない。借りにしっかりペイバックすることは、独立的立場を守るためには何よりも重要よ」

 魔術師は、そう言いながら何やらさらさらと紙にメモを取っている。どうやら|主《友》の言うパーティの原案を既に立て始めているようだった。

「幸い、血液以外の蓄えは潤沢にある、この地は前にいた場所に比べてとても肥沃だわ。人口増加との収支を巧く回せば、必要な献血量は十分に確保可能だと思う。確かに、その点では旧風見領の未納は痛手があるわ。是非、パーティは成功させましょう。メイド長も協力を」
「……御意に」

 背後に控えたままのメイド長へまるで目もくれずに声だけで、協力を、と言いながらも実質的に指示となる言葉を投げる魔術師。メイド長の表情は、軽く下げたままの頭の角度で察することが出来ない。もとより常に冷徹に業務に徹するメイド長が、些細なことで表情を変えるとは思えないが。

「そう頻繁に人間の血を飲むわけにも行かなくなって、トマトジュースに頼ることも多くなった。最初はこんな不味い飲み物で誤魔化されるか、と思っていたが、慣れてみるとそれも悪くはないものだ」
「人間牧場も機能しているし、幾らかなら博麗も黙認してくれている。今も人間の文化水準では、誰かが突然いなくなっても神隠しだの何だのと都合よく解釈してくれるしね、都合がいいわ。でも、《《他にも消費する口がある》》となると、話は別ね。トマトジュースに慣れてくれたのは、食物性血液の消費量が抑えられて非常に助かっている。」
「そうさな、ニンゲン代わりのトマトならば、幾ら刈り取っても誰も文句は言わぬ、理に適ったものよ。この赤さも、仄かにに感じる瑞々しい香も、このトマトはよくよくニンゲンの代わりとしてはたらいてくれている、下手な中間妖怪共より余程有能かも知れぬな。ニンゲンも、佳い友を持ったものだ」

 紅の女王は再びレッドアイを摘まみ上げて口を付ける。それを小さく口に含んでから、傍にいる妹の顎を掴み寄せてその唇に流し込んだ。目を閉じてうっとりとその口移しを味わう妹。姉の背にある蝙蝠の様な翼とは似ても似つかぬ異形の骨翼を持つ以外に、口移しを受ける妹の口には姉のように尖った犬歯がない。まるで全部の歯が子供の乳歯のように平たかった。それが、姉妹女王揃って幼い印象を与えながらも妹をより幼い顔立ちに見せている理由だった。だが、口移しを受けて唇の端に少しだけ漏れたカクテルの赤さを舐め取る舌は紛れもない吸血鬼のそれである。その舌を追うように姉の指が妹の唇を撫で、その指を妹の舌が愛おしそうになぞる。その戯れを楽しむように表情を緩めながらレミリア・スカーレットは、妹に口を寄せたまま視線だけを魔術師とメイド長に向けて、口を開いた。

「だがトマトは……実を結ぶまでに水を与え過ぎてはならないと聞く。枯れぬ程度に渇かせば渇かすほど、甘い実を付けるそうだ。実に、的を得ているとは思わんか、何かと、同じではないか?」
「いかにも」

 魔術師も、それを|主《友》の意志と汲み取って、小さく頭を垂れる。
 女王の頭の中で、何かが動き出そうとしている。その場に居る全員が、その空気を感じていた。絡みつくように寄り添う妹だけは空気を読まない様子でに甘い声を上げているが、その表情はいつもより何倍も|愉快《邪悪》に笑っているだ。厳粛、というよりは畏怖に近い、この空間に詰め込まれている張り詰めた空気は、王座に腰掛けた紅の女王の持ち物だ。彼女は、ふ、とひとつ笑って改めて声を発する。

「ト|的《マト》の実だけに、実に的を得ている。どうだ? どうだ?」
「レミィさ、それわざわざ付け足さなければかっこよかったよ」



§§§



「お前はどうなのだ」

 魔術師をさげ、メイド長は既定の業務に戻る、妹は午睡の時間だ。カクテルパーティの算段を魔術師に任せること、その実務的な部分はメイド長が執ることを聞き届けると、それぞれが広間から退出した。残ったのは新人メイド、何の立場も持たず本来広間にさえ立ち入ることがかなわない筈の彼女が、この場に残されていた。

「……いい加減いいぞそれはもう」

 レミリアがそういうのは、未だに傅き銀のトレイとレッドアイカクテルを頭上に頂いた姿勢のことだ。

「とってくれないと、こぼす」
「間抜けが」

 そう言ってグラスを持ち上げてから、ほれ、というとメイドがトレイを下げて顔を上げる。

「かた、いたい……」
「ご苦労だな。だがルーミア、お前は特例で私付になっているが本来あり得んことだ。それくらいで音を上げていてはうちのメイド長の扱きには耐えられんぞ」
「うええ」
「お前から言い出したことだ、音を上げたところで今更引っ込むと思わぬことだ」
「がんばる」

 ぴしっ、と自分の口で言いながら直立の姿勢を取るお仕着せ姿のルーミア。

「で、どうなのか聞いている」
「えっ? さっきのレミリアちゃん? か、かっこよかったよ、うん、ぅん」

 トレイを肘で前に抱えて、指をくりくりと慰めるように動かしながら目を逸らすルーミア、表情は少しばかり引き攣っているだろうか。

「そうではない。私の妹は、持って生まれた異形と異能に苛まれながら生き存えていた。友の力がなければ、今頃どうだったことか、私が手を下さなければならなかったかも知れない。幾らかの犠牲を要しはしたが、幸いああして健やかに生きている。《《それでお前はどうなのか》》、と聞いている。」
「どうって、いわれても」

 ルーミアは頭に上で、髪を結んだ赤いリボンを遠巻きに掴むように、頭の上に手をやる。注意深く静止していなければ気付かないことだが、そのリボンは風もないのに呼吸しているかのように小さく上下し、時折ふるりと揺れる。まるで体の一部のごとくに親和性を感じるそのリボンに、しかし彼女は触れることが出来ない。左に寄った位置に結ばれた頭上のそれを、見えるはずもないのに上目に視線を送りながら口をへの字に曲げて手を伸ばす、触れられずに手は見えない圧力に押し返されていた。

「なんにも答えてくれるわけじゃないし、そもそもおはなしできるあいてなのかな、これ」
「……さあな」

 レミリアは彼女を手招きした。ととと、と駆け寄る女給姿のルーミアは、そのまま滑り込むようにレミリアの膝に手を添えて頭を差し出す。懐っこさとくれば女王の妹にも並ぶ様子。

「まったく、猫のようだな」
「なーぉ」
「ふん」

 膝に添えた手の上に頬を乗せて、ルーミアが差し出した頭にレミリア・スカーレットは手を伸ばす。不吉さを宿すほどに金色輝きするその髪に指を通して手櫛し、赤い髪飾りのリボン結びの根元に指を入れる。レミリアが、膝元にすり寄るメイドの、髪飾りの根元に近い頭皮を爪先で撫でるように掻くと、それをされるルーミアは鼻の舌を伸ばして頬を緩め、愉悦の表情を溶かす。

「はうぅ~♪」
「いい気なものだな、姫様のつもりか」
「おひめさまだったらレミリアちゃんにひざまずいたりしませーん」
「私は王だぞ、姫より偉い。」
「そっかぁ。リグルより偉い?」
「あれも王か。なら同じやもな」
「じゃーたいしたことないねー」
「ほぉう、言うではないか?」

 撫でている指先に少し力を入れてその頭皮をぐりぐりと押すと、ルーミアは「ふぁぁぁあぁ♥」と奇妙な声を上げて全身を弛緩させレミリアの膝に溶けるようにへばりつく。その様子は、レミリアがそう評したように、気が向いて甘えてきているときの猫の顎の下、あるいはひっくり返って撫でるように求める猫の腹を、そうしてえやったときの様、陶酔したような心地よさげな表情で、悩ましげな声を漏らして目を細めている。

「こうさん、こうさんんん♥ レミリアちゃんにそれされたら逆らえないよお」
「性悪猫が、思い知ったか」
「ふぁい……」
「どうせ30分後にはまた生意気を言っているのだろう、本当に猫のような奴だ」

 レミリア・スカーレットが何か特殊な魔術をルーミアに行使したわけではない、本当に頭を掻いているだけだ。だが、頭を自分で触ることの出来ないルーミアにとって、頭を、特にリボンの根元に近い場所を触られることは、ほとんど未知の感触、こうしてぐだぐだに溶けてしまう様な快感を伴うものなのらしい。

「この姿を彼に見せてやればよかろうに。オス相手ならイチコロだろう」
「や、やだよお、リグルはそういうんじゃないのー」
「そうか、要らん世話だったな。で」
「リグルは、うーんとね、なんていうのかな、もっとあったかくて、でも、ちょっとだけ怒ってる、昔のこと。このあいだ、婦長さんにかりた制服にへんな魔法かかってて、イヤじゃなかったんだよ? イヤじゃなかったんだけど、ちゃんと決めてからって思ってたのに、」
「……もう聞いておらんぞ」
「ぅぇっ゛!?」

 慌てて両手で口を押さえるルーミアに呆れ苦笑いでそれを見るレミリア・スカーレット。ルーミア自身が触ることが出来ずにいる不自然に揺れる赤いリボンに、だがレミリア・スカーレットは触れている。まるで本当に何事もないように指先で弄ぶように、フリルの一端を揺らしている。

「あの虫が、ヒーローか」
「それは、多分、無理。だから、レミリアちゃんに」
「……まあ、そうだろうな」

 目を伏せるルーミアに、レミリア・スカーレットはわざとらしく嘲り声をかける。

「そんなことで恩を被ったつもりか。そう思うのならもう少しメイドとして働いて貰わんとな」
「うん」

 こくこくと頷くルーミアに、レミリア・スカーレットはいよいよ仄暗い表情で言う。

「おまえは、大層隠密行動が得意なようじゃないか。誰かの寝首を掻くというのは容易いのだろう?」



§§§



 容易いことではない、慣れた事ではあるけれど、いつだって緊張はつきまとう。それでも、止めるわけには行かなかった。止めてしまえるとは思えない。緊張感の抜けないままに、それでも一息をついて足を止めることは必要だと思う。

(ここでしばらく様子見しようかな……)

 ぐう、とお腹が鳴った。チョコレート程度で腹が満たされるとは思っていないが、チョコレートの甘さと、あとはきっと脂肪分が、今はそれでも無性に恋しかった。
 ここで食べるわけにはいかないな、なんとなくもうしばらく経ってからにしようと思ってそれを鞄に秘めたまま、公園のベンチに座って周囲を警戒する。背後には隣接して立つ家の壁があるだけで背後から近づかれることはない。こうして公園全体を俯瞰できる場所で、何時でも立ち上がって逃げられるように。
 何人か居る悪い友人の経験から鑑みて、真っ先に遠くに逃げ去るのは逆に怪しまれるらしい。実際にはそんなことはなくて、1秒でも遠くに離れる方が有効に決まっている。おそらくは、気持ちの余裕が影響するのだろう。
 公園は閑散としていた。昨今、公園で遊んでいる子供なんて滅多に見ない。土日になればたまには見かけるが気付けばもういなくなっている、三方向を家に囲まれ開放感も何もない、これ自身も一件分程度の敷地しかないこんな住宅地の谷間、まるでここだけが禁忌の場所か何かみたいにぽっかりと空いた穴のような不自然な公園、こんな場所で子供は遊ばないと言われても全く不思議はないように思えた。芝生があるわけでも無くて地面は全部砂利、植え込みが幾許かの視覚的安らぎ要素だが、衛生の問題でブルーシートが被され立ち入り禁止になったまま随分長いこと放置されている砂場、危険視されて本体を外され謎の四つ足骨格に貶められた四人乗りブランコ、それに僕が今座っている塗装が残っている面積の方が少ない木製のボロいベンチ。それに、ここに座っていると顔と正対する、犬なのかパンダなのか熊なのかさえわからない、動物をキャラクタライズした遊具の、満面の笑顔。上に座って体重を使って揺らして遊ぶ遊具らしいが、根本のスプリングがすっかり錆び付いてまともに揺れるのか怪しい。オレンジの塗装は至る所で剥げ、その下から干からびた肉のような赤茶の錆が噴き出している。見捨てられ公園と呼べぬ寂れの蔓延ったこの場にあって、皮膚が禿げ肉を覗かせたまま眩しい笑みを貼り付かせて固まっている。この空間のどこを見たってそんな笑顔になれる要素はない、まるでまだ公園然としていた賑やかな過去を眺めたまま凍り付いたように固定さえた笑顔は今眺めると気持ちが悪くて、これと視線を交わすと精神がやられてしまいそうに思えて、ここに座るといつも視線を低く落として足元を見ずに入られない、そうしてなんだか、無性に後ろめたい気分に襲われるのだ。
 これらが視界に入ってこれば植え込みに見る僅かな安らぎなんか何の足しにもならない、全く廃墟じみた寂寥感に満たされている。公園という言葉の持つイメージも、変わろうとしているのだろうか。豊かで暖かい空間ではなく、それらの死体の持つ荒涼とした寂しいイメージこそがぴったりに思えた。なんせ、この公園の外のアスファルトで固められた真っ黒い地面の世界の方が、まだ人の流れがあるからだ。公園という空間の方が人から避けられているような、あんな場所に居る人の方がどこか怪しい、そんな矛盾した感覚が漂っている。開発によって住宅地になったが旧来ここにあったせいで不自然に住宅街に埋もれた形になっている小さな寺とその墓地、そんな感じがする。公園という憩いの場所の名付けにも拘わらず。
 ベンチに座ってその足下を見ると、削れた地面には砂利もなく冷たく踏み固められ不毛と化した土が晒されている。ベンチの左右の足下には、埋まったコンクリートの土台の頭が見えていてまるで暴かれた墓所の死体が顔を覗かせて居るみたい。だったら僕が今座っているのは、死体から生えた何かもの悲しい亡霊だろうか。落書きの一つでもあればまだ人の気配を感じられて救いになろうものの、それ絵さえない。ただ雨風と時間に風化するように朽ちた剥げた木の表面と錆びた骨組みだけが、置き去りにされた地縛霊のように思える。
 なんとなく、座面に掌を置いてさすってみた。こんな姿になってカラカラに乾ききっても、木の造形というのは不思議な温もりを持っている。死者の温もりとは皮肉なものだけど、まったくこの空間は生きていて、今は死んだこの屍に残る温もりのように思えた。
 ざりざり地面を足裏で擦るようにして、手持ち無沙汰を解消しようとしてしまう、周囲への警戒心は解かないまま。ただどうして周囲を見回したところで、人の気配もなければ、まるで空間の死臭のようなものが感じられるだけだったから。

(チョコかあ)

 このチョコは店から万引きしてきたものだ、家に帰っても全くろくな食事にありつけないから。出来ればもう少しご飯ぽいものにすればよかった。でもパンは大きすぎる。かしゃかしゃ鳴る包装のものは危険だ、カロリーフレンドやバランスプッシュみたいな固形で箱入りのものなら幾らかやりやすいのだけど、今日行った店ちょっと配置が変わってて難しかった。
 じっくり安全を確認してから懐に入れて、長居の割に何も買わずに出て行くのは不自然だし精神的にもよくない。入店してさらっと見て目的のものがなかったという体でさっさと出て行くのが理想で、その間店にはアルバイトだけが居て、品出しや検品の作業をやっているのが望ましい。店に品物が入荷し検品のためにカウンターの外に作業がある時間を、店毎に大まかに覚えている。そこに当てて行って、それでも作業をしてなければ何もせずに出ることにしていた。でも今日はお腹が空きすぎていて、店員はきちんとカウンターで店の出入りを視界に入れている。カウンターから見える場所にあったカロリーフレンドは無理だった。基本的に店の端っこにあるお酒のおつまみコーナーは監視カメラが向いていることが多いが、その対策も形骸化することがある、端っこにあるのにカメラの視覚になっているようなおつまみコーナーは非常に助かる、ビーフジャーキーやカルパスなんかは神の恵みくらいに価値があった。でも、今日の店はダメなところだからそれも避けた。ウィダーインコンニャクみたいな栄養ドリンク系もカウンター前で厳しい。仕方なく、カウンターからは視覚になっていて、監視カメラの配置からも写りが甘そうな角度にあるチョコにしたというわけだ。

(ボレボンふたつぽっちじゃ、すぐお腹空いちゃうなあ。家で食べれそうなのは今日も草ばっかりだし)

 せめて大豆から何かお腹の膨れるものでもつくってくれるなら、例えヴィーガンな食事制限があってもなんとかなるような気がするが、そもそも家では僕に向けてまともな食事が用意されることはない。
 あんまり繰り返して店側の警戒心が上がりすぎると困るので、20以上候補に入れている店から一軒だけを二日にいっぺん一度だけ、と決めていた。でも今日ばかりはもう一店回ってみようか、と考えてしまう。

(あっちのセブントゥウェルブなら和菓子棚が死角だし、おまんじゅうとかいけるかなあ)

 コンビニのPBの奴じゃなくてメーカー流通系の羊羹や饅頭といった和菓子は、あんこなどで甘くてカロリーが高くて、サイズが小さい上に梱包が質素、それにいつも売れ残っているので、死角さえ確保できれば、恰好の対象だ。
 羊羹の味を思い出して、顎の付け根が締め上がるように痛くなってしまう。それに追従してお腹がも一つ、鳴った。行こう。お饅頭でも羊羹でもいい。

(?)

 よし、と小さく呟いてベンチを立ち上がろうとしたとき、公園の入り口に人影が見えた。その向こうの|アスファルト《現実世界》を往来するのではない、その足は明らかに公園内に向いていて、この切り取られて凍り付いた空間の死体のような場所に、その人の姿は入ってくる。



§§§



 女性のようだ、子供ならばまだ幾らか遊びに来たのかと理解も出来るが、僕よりも年上っぽい、大学生かそれよりも少し年長らしい姿をしている。
 長い髪の毛は束ねられていないし切りそろえられた感じでもないが、だらしがない感じも受けない。スカートではなくジーンズをはき、ざっくりとした生成りのリネンっぽいブラウスから伸びるすらりとした腕をジーンズのポケットに突っ込んでいる。咥えタバコと口元から流れて風に引き千切られて消える煙が、その長い髪の毛と絡み合って溶けているように見えるのは、逆光になっている光の具合だろうか。
 妙に、視線を引き付ける。

(Gメン、って訳ではなさそうだけど)

 万引きGメンなら、もう少しそれっぽい男か、あるいはその真逆の主婦っぽくそれらしさの欠片もない女性だ。こんな若くて目を引く女性がそうであるとは思いにくい。それに、こうして僕の視線に対して堂々と入ってくることも避けるだろう。
 それでも警戒するに越したことはない。あの人が公園に入ってきたからと行って慌ててここから去るようでは怪しい、もともと外の往来では、人とすれ違うことの方が自然なのだ。外ですれ違う人なんて、99%以上は僕に関係のない人間で、Gメンなんかではない。その前提でただ警戒だけは解かないように、その人影を見るわけではなく視界の隅におくように、別の方向へ視線を投げる。
 なんだか妙に、存在感を感じる。全く僕に無関係の人間なら、こんなにも存在感を感じることはない、その理由は、その人物が真っ直ぐにこちらに向かってきていて、隠すこともなく視線を僕に向けてきているからだ。ここまであからさま後Gメンっぽさはないのだけど、なんだか怖い。もしかするとそうしたタイプのGメンなのかも知れないし。
 本来なら怪しまれないようにもう少し間を置いてから自然にここを出ていくべきなのだけど、それには少し逆にリスクがあるような気がする、明らかに、あの人影はボクの方を見ているのだ。だがすぐに逃げ出しても、出口と僕とかの人と距離感的に、逃れるのは難しい、僕の動きを容易に捉えられてしまう。勿論植え込みを飛び越えて逃げれば出入り口なんて概念は不要なのだが、それよりはもう少し引きつけたところで迂回して出口を出た方がいいように思えた。引き付けすぎると迂回しきれないし、早すぎると迂回を読まれる。
 僕は、相手に察されないように鞄の中をごそごそと見るような仕草を見せながら、その人物の動きを常に視界の端に捉え続ける。相手が急に走って僕を捕まえに来る可能性だってないわけじゃない。

(もう少し引き付けてから)

 相手がこちらに歩み寄る速度に対して具合がよくなるようにゆっくりと鞄を閉める。あと数歩を寄ったら、一気に駆け出す、その準備だ。最初に蹴り出す右足を、最低限の迂回をする方向に向ける、体の重心も少し捻って飛び出す準備をする、それを察されないように。
 もう少し、もう少し……。

(今っ!)

 跳ねるように飛び出す。砂利を蹴り、大回りにならないように、だが女の人の腕の範囲に入らないように、鞄の重さを利用し直線を僅かに歪ませた僅かな弧を描いて、公園の出入り口へ進む。

「あっ、ちょ、ちょっと!?」

 その声の様子から、僕が飛び出すと言うことは予想外だったらしいことが分かる。と言うことは本当にGメンではなかったのかも知れないが、だとすると尚更僕に何の用があるというのだ、あんな知り合いは僕にはいない、捕まると言う危険性はなくなったが怪しさ自体は飛躍的に増した、足を止めよう何て思わずそのまま駆け抜けようとした。
 距離感はバッチリだ、手を伸ばしても捕まらず、かといって大回り過ぎて走り負けるような距離でもない、絶妙なタイミングで僕はその人物の横を通り抜け、公園の出口に一目散に向かう。

(いける。こんな頑張って振り切っといて、実は何の関わりもない人だったかも知れないけど、大事を取って、だ。もうこのまま家に帰ってしまおう)

 息が上がってしまうけど、速度を落とさないまま駆け抜けて公園の出口に向かう。追いかけてくる様子はない、でも、確かにあの女の人は、手を伸ばした。僕を捕まえると言うほどのつもりがあったかどうかは分からないけれど、かわす動作をするのではなくて僕に近付こうとしていた証拠だ。
 何のつもりだったのかなんて知ったことではない、本当に必要な事ならもっと正式な、学校なり家なりを通じたルートでくるはずだ、そうではないということは……無用な変化をもたらす存在に違いない。あるいは―
 その本当であって欲しくなかった方の予想を肯定するような声が、背中から投げ付けられる。

「ちょっと、|日《のぼる》クン!」
(名前)

 それは確かに僕の名前だったが、それでも止まる気にはならなかった、いや、《《だからこそ》》、だ。僕の名前を知っていて関わりがあるのかも知れない人であると言うことよりも、何故僕の名前を知っているのかの疑心とそれに由来する気味の悪さの方が大きかった。学校の関係者でなければ、後考えられるのは……

(|照道《しょうとう》の人)

 その事実を噛みしめた瞬間に胸の中に苦い味の液体が満たされていくのを感じた。



§§§



 苦虫を噛み潰したような、という表現はこの場合にはまったく滑稽な部類になってしまうだろう。今、このニンゲンが置かれている状況は、苦渋や苦難と言った生温いものでは無いからだ。
 ニンゲンは、岩をぺちぺちと叩いている。叩いているという表現をするとなんともふざけたような印象だが、対象の岩が大きすぎるだけで、十分な力がかけられている事は想像できる。本人にだってふざけているつもりはないだろう。既に衰弱の進んでいる中で、これだけの力を出せるというのは、このニンゲンももう後がないと言うことを自覚しているからだろう。だがその自覚があったとしても、事実は何も覆らない。

「おねがい……ここから、だして……もう、げんかい」

 叩いてみても殴ってみても、相手の岩が大きすぎて音も衝撃も外側に伝わるわけもないし、何よりそっちは、放り込まれるときに空いた方向とは逆だ。仕方が無いだろう、ニンゲンはこの暗闇の中では方向が分からないのだから。
 ニンゲンがここに放り込まれてからもう何日になるだろうか。もう何日になるだろうか、と感想を持ってからもう何日になるだろうか。むしろこのニンゲンは生きているだけでも大したものだと思う。僕は外に這い出して外の様子を窺ってみたりもしたが、外にはもう誰もいなかった、ここはまるで土砂崩れの生き埋め現場のようなものでしか無くなっている。ただ一本の麻を編んだ縄の様な何かが、閉ざされた岩の扉の上に掲げられて、ここを封じた時よりもより大きな岩が折り重なっていた。あれはニンゲンの祭祀の痕跡だ、前にこの中にいたニンゲンを引き摺り出した名残かも知れないし、もしかしたら今ここにいるニンゲンを封印するつもりのも野かも知れない。ニンゲンがどちらのつもりで祀をしたのかなんて興味は無いが、もはや腕力自慢の神様が現れでもしない限りはこの場所を暴くことは出来ないだろう。
 望みは潰えている、このニンゲンはここで死ぬしかないだろう、哀れなものだ。それを知ってか知らずか、偶然にも方向が合致したのだろうか、放り込まれた入り口の岩壁に向かって這いずっていく。切り立った岩壁の隅に手を突いて爪を突き立てるように、その手には明らかに怨恨の力がこもっている、しかしそしてずるずると落ちていった。
 手を伸ばすように崩れ落ちて突っ伏したニンゲンはゆっくりと力の無い様子で体を捻り、死んだ魚がゆっくり浮かび上がるような様子で上半身を持ち上げた。

「だし……て」

 震える声を絞り出すように、虚しく誰にも届かない言葉を漏らす。生憎ボクは人間を助けようなんて、思っていない。ここで野垂れ死ぬ(ニンゲン同士の馬鹿な殺し合いだが)ようなニンゲンを目にしたところで、何にも感じはしない、勝手にやっていろと言う感想しか浮かばない。少なくとも、今は。
 がっくりと折れるように首を垂らして座った姿勢で、ニンゲンはここ何日かの間にすっかり癖になった、自分の指を囓るような動作をまた繰り返している。だが、ここ1,2日の様子とはどうも異なるようだった。
 明らかに衰弱の進んだ様子で、ニンゲンは力なく呼吸を上下させている。よく知っているのは、飢えたニンゲンがこのまま溶けるように死ぬ経緯だ。飢餓は肉体を停止させる前に、頭脳と精神を先に損耗させる。いよいよ肉体の生命維持活動がままならなくなる頃には、それに先んじて心が死んでいるのだ。恐らく、そこに横たわっているニンゲンも、そうだろう。
 今でも既に緩慢な動きをこのまま更に縮めて、等に焼き切れていかれた精神を追いかけるように、肉体を、そして命をそのまま停止するのだ。そう思って眺めていたのだが。

 ぞぶ

 いつの頃からか癖になっていた自分の指を噛む異常行動が、今ばかりは少々度が過ぎる。死に際に一瞬強く燃え上がる生命力の炎、それを思わせるほどに強く噛み付いている。まるで、飢えに飢えた獣が肉にありついた瞬間のような、獰猛さと貪欲さとを混ぜ合わせた激しさ。それが、ニンゲン自らの指に向いていた。
 皮膚が裂けて血が滲む。それは無意識で強くしたのではないらしい、わざと、皮膚を裂いて肉を噛むように強く、齧り付いているようだった。血を滲ませた傷口を自ら噛み千切って広げるように、そしてそれに従って流れ出す値は量を増していく。

「おなか」

 切り口に唇を被せて、流れ出す血液を一滴も逃すまいとちゅうちゅうと音を立てて吸っているのが分かる。余りに渇いて耐えきれずに自分の血液で喉を満たそうとしているのだろうか。しばらくそうして自ら傷つけた自分の指をしゃぶるようにしていたが、それだけでは留まらなかった。

「おなかすいたよお」

 血を流す指先の囓り口に向かって更に歯を立てて、執拗に噛みついている。噛み千切った傷口に前歯の先を押し入れて、入らなければ更に囓ってそれを抉るように広げていく。前歯と犬歯で傷口を穿ち、裂いて広げていた。このニンゲン自身の目には目には見えないだろうが舌先唇ではしっかりと感じているだろう、大量の血液が漏れ出、足許にまで血溜まりを広げている。血を啜る音は洞穴の岩壁に反響して鳴り渡っている。この光景をこのニンゲン自身は最早何も感じていないだろうか。
 既に喉は潤ったのだろうか、さっきまであんなにも惜しそうに吸いついて舐め啜っていたというのに今は零れるのを気にしていないようだ、単純に出血という名の供給が十分になったからかも知れない。今はその代わりに自分の指に突き立てる前歯それに犬歯をより強くして、指の肉に齧り付いていた。
 自分の手を咥えながら、呼吸が浅く速く小刻みに昂っていく。暗闇を彷徨う視線は忙しなく震えて瞳孔を全開に血走らせている。明らかに正気を失っている、《《これが神憑りでないのなら》》。
 かなりの時間飲まず食わずで衰弱していたはずの体に、まだこれほどの熱量が残っていたのかと思うほど荒々しい様子で、ニンゲンは激しく身震いしながら自分の手に齧り付いている、その姿は明らかに精神に異常を来した姿だ。

 ふーっ、ふーっ

 常軌を逸した様子で荒く熱い吐息を吐きながら、いよいよ大きく開けた口、鋭いだ歯を渾身の力で噛み合わせた、勿論その歯の間には自身の手の肉が挟まれている。

「ぐ、ぎ」

 噛み合わせた歯と歯の間からうめき声のようなものが響き、それを追いかけるように大量の血が零れ出る。だがそれを厭わない様子で、肉を強く挟んだ顎をと肉の挟まれた腕を、思い切り引き剥がした。

「ん゛ぅっ!」

 印象に反してそれはとても静かだ、裂けたり千切れたりする音はほとんど無い、しりしりと静かな様子で、狂ってしまったニンゲンは自らの手の肉を口に収めて、食んでいる。血が溢れ、肉がこそげたその向こうには巧く肉が剥がれ切らずまだ赤い繊維質の絡みついたままの骨が覗いている。それにさえ歯を突き立てて、こりこりと前歯で擦りつけるようにしながら、舌で肉と血に啜り付いていた。

「あ゛、あああ、」

 表情は、それを美味とも不味いとも感じていないようだ、そんなことはどうでもいいと急かされ衝動に駆り立てられるように、自分の手を、食べている。激しく上下する呼吸、何も映さないのにぱっくりと割れて開いた瞼と瞳孔、痙攣する瞳。少しだけ、不気味な薄ら笑いを浮かべている。

「おい しい……よぉ ふふっ」

 自分の手から肉を囓り取り、血を啜りながら、まるで幸福感を強迫されているみたいな歪な表情を浮かべながら、おなかすいた、おなかがすいたんだ、と繰り返し、一口、また一口と自分を食べていくニンゲン。
 正気を失いこのまま死んでいくだろうか。だがこうした末路を往くニンゲンを見るのは初めてだ、多くのニンゲンは飢えや渇きに瀕すると動かなくなってそのまま消えるように死ぬと言うのに。これはこのニンゲンの強烈な生に対する執着、そもそもの生きる力の強さの表れなのかも知れない。他のニンゲンには全く見られない、それを鑑みれば、先に自らをニンゲンではないように言っていたあの言葉も多少は合点がいくというものだ。
 素直に、もったいないな、と、思った。これほどの意識と思いを、ただここでぷつんと終わらせるというのは。それは同情とか慈悲とか哀れみとか、そう言うものでは無かった、ただの興味。

 ボクは言ってあげたんだ。

『なあ。もう手を両方とも食べちゃったら、他の部分を食べたくなったとき、どうするんだい?』


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みこう悠長
y_mikou@hotmail.com
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