真・東方夜伽話

あまえたがり

2018/11/01 07:54:17
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あまえたがり

空賀青

※誰てめえ
※ネチョが遠くて薄い
※原作との矛盾・オリ設定・自己解釈・若干のオリキャラ要素あり
※拙作「はしひめさま、はしひめさま」(作品集50)のおまけ的な話ですが「パルスィがさとりに根負けした」だけ分かってれば問題ないと思います
以上、ご注意ください

 落ち着かない。岩壁に背中を預け、縦穴を見上げながらパルスィはため息をつく。
 体の端々がむずついている。腹の奥がじんわり熱っぽい。心臓がとくりと脈打つたび、全身が宙に浮かぶような、そのまま地底の空を飛び回りたくなるような衝動がこみ上げてくる。やらないけれど。橋姫の名にかけて断じてやらないけども。
 努めて厳しい表情を作り、少しでもこのもどかしさを体外に出そうとため息をついた。その呼気すらも熱を孕んでいる。ぶんぶんと顔をふった。
(初夜を終えた生娘じゃないんだから)
 言い聞かせてみるものの、正真正銘の初夜を越えた翌日とて、こうまで心疎かにならなかったことを思い出しもう一度ため息をついた。当時は、精神的にはとてつもない幸福感や充足感があったが、身体的には行為に耐えた痛みと疲労とが勝っていて、くたびれていた。これがあと二日続くのかと、あまりのしんどさに逢瀬すら気が重く感じたものだ。とはいえ、その痛みや苦痛も、彼の人とつながれた証だと思うと嬉しかった。
 平穏な気持ちのままかつてを思い起こしている自分に気づいて口元を綻ばせる。一時は、彼の人や彼女に思いを馳せすらもできなかったのに。行き倒れていたところを閻魔王に拾われ、地獄の縦穴の番人になった頃の自分は、気狂いという呼称が生ぬるいほどのありさまだった。
 それが、いつのまにか、かつて同じ時を過ごした大切な存在として思いを馳せている。心臓を貫くような後悔や痛みはあれど、悲しいだけではなかったと、陽だまりのようなぬくもりとともに心の中に抱いていられる。
 いつからかは分からない。でも、誰のせいかと言えば、それはおそらく。
(……さとり)
 胸中で呼んでみる。彼女を想うだけで鼓動が早くなった。頬が赤らんでゆくのが分かる。驚くほど熱かった手のひらが脳裏に浮かんできて、パルスィを散々なぶった細い指先を呼び起こす。思考が浮かぶ。今まで見たことも、向けられたこともなかった必死なまなざしが鮮やかに蘇る。ポーッとなる。あんな風に抱かれたのは初めてだった。
(いけない)
 辛うじて残っていた冷静な自分が記憶を必死で追い払おうとする。
 彼女に世話を焼かれるペットたちが妬ましい。
 彼女に気を向けられ管理される怨霊共が妬ましい。
 彼女に支配され導かれている旧都の連中が妬ましい。
(……よし)
 どうにか調子が出てきた。
 まったく、嫉妬狂いの橋姫をこうまで骨抜きにするなんて、大した度量である。妬ましい。
「おーい、パルスィ!」
 明るく呼びかけられハッとなった。視線を向けると、大量の資材を担いだ勇儀とヤマメがこちらに向けて手をふっている。その後ろでは、建築を得意とする面々が、やはり資材や道具片手に本部兼借宿となるテントの組み立てを始めていた。
 先の異変による地上との誓約緩和に関連して、旧都全体の景観を整える拡張工事。その一環で、パルスィが暮らす縦穴近くの荒れ地も手が入れられることになった。河川工事と整地に大橋設置。橋についての意見を色々と言ったのは一週間ほど前のことだ。いくつかの資材を受け取ったのはおぼえているけれど、もう全てが揃ったのか。
 歩み寄ると、資材を置いた勇儀がニカリと笑う。
「待たせたね。立派な橋を建てようじゃないか。二週間ほどは喧しくなるが、まあ勘弁しておくれよ」
「もう準備できたの。ぜんぶ揃うにはひと月くらいかかるって話じゃなかったっけ?」
「古明地姉が方々に手を尽くしてね。いやぁ、愛されてるじゃない、パルちゃん」
 喉が変な具合に引きつった。反論しようと口を開いたもののうまい返しが思いつかない。
 諦めて口を閉じ、赤く染まったであろう目元を手のひらで押さえてため息をついた。そんなパルスィの様子に、ヤマメは口笛を吹き勇儀は呵々と笑う。
「あなたたちね、」
 いい加減にしなさいよ他が待ってるでしょ私をからかいに来たのか工事をしに来たのかどっち、とふたりの背を押す。
 パルスィにぐいぐいと押されながら、おもちゃを見つけた子どものような目でこちらを見やった勇儀とヤマメは、にっこり笑って声をそろえる。
「そりゃあ、」
「もちろん、」
「両方!」
 こいつら、と頬が引きつった。


 態度こそおどけているが、ふたりが率いる建築班の働きは目覚ましかった。
 二日で周辺一帯の整地を終え、一日で河川工事を完了させ、残りの十日で橋の造設と旧都へ続く石畳の道を整える。結果、二週間経たぬうちに荷物を引き上げて、残りは明日の渡り初めの儀式を待つだけになった。毎晩の晩酌は欠かさなかったのにこの速度。おまけに、仕上がりも上々だ。さすが。その一言に集約される。
 ほぼ完成した橋を歩き、中央に立つ。高欄にそっと触れる。手のひらを滑らせたら、素晴らしくなめらかな手触りが返ってきた。つい頬が緩む。
 長さ一五〇間(約二七〇メートル)、幅六間(約十メートル)。本で見た外の世界の橋に比べたら、決して巨大な橋ではない。パルスィの希望で、削り出した白木に傷み除けの加工と防護の呪を施しただけなので、朴訥な印象が強い。大きさで目を引く橋でも、豪華絢爛で艶やかな橋でもない。
 けれど、一目で分かるほど丁寧に造られた橋だった。よくよく見ると、高欄には、トラス橋になぞらえた模様と花の柄とが彫りこまれている。芸が細かい。口元が綻んだ。
 橋とは、場所と場所をつなぐものだ。川や渓谷にかけられた建造物だけが橋ではない。幻想郷と地底をつなぐ縦穴は、パルスィにとって、慣れ親しんだ大切な橋だった。
 それでも、こんな風に、概念としての橋だけではなく、名と実がともにある橋の橋姫にもなれるならば、やれることもまた増える。なによりも、丁重に造られた橋を見て、触れていられるだけで気持ちが浮つく。妖怪としての性だろうが嬉しいものは嬉しい。
 ととん、とん、ととん、と踊るように跳ねる。スカートの裾がふわりと浮かび、結わいた髪が宙に揺れる。ふふっと笑い声がこぼれ出る。普段のパルスィならば、ひとの目が無くともこんなに浮かれた真似は断じてしないが、体の奥底から沸きたつ喜びは抑えきれなかった。

 橋を渡り終えようとしていた時に、ひとの気配が近づいてくるのを感じた。以前よりも感度が上がったようだ。渡り初めは済ませていないが、橋姫が触れ、渡ったことで、双方の力が混ざり合ったのだろうか。
 心を澄ませ、意識を集中させる。距離はまだある。数は複数。ということはさとりではなかろう。
 少しだけ、いや、かなりしょげこんだ内心を振り払い、気配を探る。一団の緑目の魔物の形を捉えた。瞬間、ぐぐ、と肩に力が入る。嫌な汗が背中を流れた。
「……ふぅ」
 ひとつ呼気をはき奥歯を噛む。視線を上げて地面を蹴る。これ以上、橋に近づけたくなかった。
 一団はすぐに見つかった。緑目の魔物を軽く弄ってこちらに気づかせる。地面に降り、腕を組む。斜眼を向けると妖怪の一団は嘲るような目を向けてきた。
「これはこれは橋姫様。ご機嫌麗しゅう」
 妖怪たちの中心である、若い鬼が芝居がかった仕草で腰を折る。総毛立つような嫌悪がこみ上げてきた。
「なんの用」感情を抑え、冷めた声で問うと「相変わらず勝ち気な方ですね」と首をふった。こちらを取り囲むように動きながら、妖怪たちがご機嫌伺のように肩をふるわせる。癇に障る笑いかただ。同じ地底の妖怪でも、勇儀たちのように晴れやかな響きは微塵も無い。
 この鬼も、周りを囲む妖怪たちも、見知っている。勇儀と萃香、彼女たちに付き従った者たちが降りてくるよりも前に地底に降りてきた集団の中に混じっていた。若い鬼は、種族鬼としては力が弱い代わりに、浅知恵が働く。指導者のいない混沌とした世界でも要領よく立ち回っていたようだ。
 というだけならなんの興味も抱かなくて済むのだが。パルスィは一度、この鬼率いる一団に襲われかけたことがある。
 他者から離れた場所にひとりきりで暮らし、鬼である自身に傅こうともしない生意気な妖怪。おまけに、橋らしくない橋に拘り、中途半端な力と妖力しか持っていない橋姫だ。地底に追いやられたことで傷ついた、心や、プライドを癒やすにはちょうど良い相手。そう認識されたのだろう。
 対処自体は難しいことでは無かった。一時は、地獄の鬼を相手に大立ち回りを演じたこともあるパルスィである。適当に嫉妬を煽り、操り、音を上げたところで回収して、精根尽きた鬼たちに嫉妬狂いの言葉を投げつけてやれば、這々の体で逃げていった。
 どちらかというと、欲にまみれた視線や興奮した口ぶりを向けられたことで、過去が想起されるのが辛かった。当時のパルスィにとって、そうした行為を(たとえそこに愛情が皆無でも)意識するのは耐えがたい苦痛だった。鬼たちの前では堪えたが、その後、しばらくのあいだ悪夢にうなされほとほと弱った。
 その記憶があるので、鬼たちと距離が近くなると否応にも緊張してしまう。あれから年月を重ねたのだから、以前のように赤子の手をひねるようにはいかないだろう。
 パルスィの様子に自分たちの優位を見て取ったらしい。若い鬼はこちらの背後に目を向ける。見るな、と言いたかった。
「星熊様から話は聞いていますよ。ずいぶんすてきな橋を架けてもらったようで。こぢんまりとして地味ですが、あなたにはあれくらいがちょうどよいんでしょう。よくお似合いです」
「無駄話をしに来たなら帰ってくれる?」
「勝ち気な方ですね」
 鬼が下卑た笑みを浮かべる。
「そういう跳ねっ返りを、強引にねじ伏せ屈服させるときの快感はたまりません」
 全身をなめ回すような無数の視線に、生理的な忌避感が耐えきれなくなった。腕を組んだまま左手をゆるく開いて、緑目の魔物たちを掌握する。これだけの数を同時に操るのは少々骨が折れるが──

「多勢に無勢。穏やかではありませんね」
 静かな声が降ってきた。互いに気をとられすぎていたのだろう。予想外の乱入者を見上げ、鬼たちは顔を引きつらせ、パルスィは肩の力を抜く。
 すとん、と目の前に降り立ったさとりは、紫水晶のような目をパルスィに向けわずかに緩めた。それだけで、冷えきっていた心が奥底から温められ、全身を虫が這いずり回るような嫌悪感がはらわれていった。さとり、と胸中で名を呼ぶと、赤い眼がゆるりと頷く。
 流れるような動きで、ついと三つの目を向けられて、鬼たちは滑稽なほどにたじろいだ。恐怖と嫌悪に顔を歪め、赤い眼から逃れようと視線を逸らす。そうしてもなんの意味も無いと知っているはずなのに。
「愛しいひとに逢いに来てみたら、一発触発の修羅場に遭遇するとは」
 やれやれ、とため息をつくさとりに若い鬼が目を剥いた。この時ばかりは鬼に賛同した。いったい何を言い始めるのか、この覚妖怪は。
「ちょっと、さとり」
「事実を言ったまでですが」
「いや、そうだけど」
 第三の眼がそーっと寄ってきて、唇にちょんと触れた。黙っていろということか。
「そうですね、あなた」
 若い鬼を手で示し、さとりが問いかける。独壇場の始まりだった。
「あなた、訳を説明してくださいますか? ……ああ、なるほど。差し出がましいですが、ふたつほどご忠告を。まず、今のあなた方が一斉に飛びかかっても、この子には及びませんよ。妖神と言えど神は神。勇儀や萃香ならともかくも、あなた方とは格が違います。まして、明瞭な橋を得た橋姫が、わずかでも後れをとるとお思いで?」
「そ、」
 さとりのペースから抜け出したかったのだろう。強引に口を開いた鬼をさとりはため息で黙らせる。
「やらずともわかります。あなたは認識が甘い。何事もね。勇儀のことをきちんと見て、話をして、学びなさい。それができれば、今よりは幾分マシになれるでしょう。もっとも、どんなに身を正して成長したとしても、パルスィは攫わせませんけれど」
 妙なところで名を出されて口を挟みたくなる。すかさず、赤い眼がふよふよと寄ってきて、甘える子猫のように手の甲に触れた。
(わかったわよ、黙ってるから)
 念じると、満足した様子で離れてゆく。
「そして、いまひとつの忠告ですが」
 さとりの声が一段と冷えた。
「独占欲は強いほうなのですよ。あまり、つれあいにちょっかいを出されると、心穏やかではいられません。……手を出さない。ふむ? ……もう二度と、決して、誰にも、ね。それは重畳。その言葉が口先だけのものでないことを願いましょう」
 よくもまあぬけぬけと。
 呆れ果てたパルスィには何も言わずに、さとりが一歩前に出る。妖怪たちが一気に後ずさった。それほどあからさまではないものの、若い鬼もじりりと足を下げる。
「さて。必要な話は終わりました。あとどのくらい、こんなに無防備に、私の前に立っていられますかね。皆々様方そろいもそろって、興味深い過去をお持ちのようですが」
 その言葉がきっかけだった。妖怪たちが我先にと逃げ出していく。一拍おいて、若い鬼も。
 大したものだ、と見やる横顔は、一瞬だけ苦々しげに口を引き結んだ。けれどすぐに表情を消して、脱兎のごとき背中に声を放る。
「お金が足りないのなら日雇いなどで工夫しなさい。使いかたと、糧となる技術も学びなさい。困りごとや悩みごとは、勇儀に相談してみることです。彼女は、あなたたちの弱さを知った程度で接し方を変えるような、小物ではありませんよ。地霊殿の主からの命令です、無視はしないように」
 なんともまあ親切なことで。
 今度こそため息をついたパルスィに、詫びるように第三の眼が近づいてきた。不安そうなそれをくりくりなでて、ついでにさとりの手に指先を寄せる。
 背中が見えなくなり気配も消えたところでさとりが大きなため息をついた。軽く手を引くとこちらを見て、弱ったような微笑を浮かべる。
「誰がつれあいだって?」
「手順を飛ばしたのは許してください。ああいう輩には、所有権の示威も効果がありますから。……それにしても」
 一団が去って行った道を睨み、さとりが口元を引き結ぶ。
「こういうとき、心が読めるのは面倒ですね。あんな碌でなし共、孤立しようが飢えようが、どうでもいいのに」
「言葉を慎みなさい。地霊殿の主でしょう」
 宥めてみたら鋭く息をつく。横顔が研ぎ澄まされた刃のように冷然となる。
「あなたに、狼藉を働こうとしたのよ。二度も。私は仏ではありません」
 やはり読まれたか、と思った。彼女がこんなに怒りを露わにするのは初めて見るな、とも思った。
 表現が淡いから分かりづらいが、さとりはかなり気が長い。どんな時でも、のんびりおっとりほわわんとしているので、見ていられなくて口や手を出してしまうこともままある。こいしでさえ「本気で怒ってるお姉ちゃんは珍しいよー」と評する彼女が、ここまで激しい怒気を表に出すとは。
 その原因が自分だと思うとなんともこそばゆい心地である。性分たる猜疑心や嫉妬心が満たされて、安心もできる。けれど、いくら珍しいとはいえ、こんな彼女を見ていたいわけではない。
「さとり」
「…………ごめんなさい」
 理性では分かっているのだろうが気持ちが落ちつかないのだろう。眦を決し、両手をきつく握りしめたままのさとりに息が落ちる。
 嫌悪、怒り、憎しみ。嫉妬と重なることもあるが、それらはパルスィの領分ではない。
「まったく」
 僅々たる嫉妬心をふわりと煽る。眠りこんでいた緑目の魔物をつついてやり、目を開いたところで火種を与える。
「あの、パルスィ、」
 妬心を操ったと気づいたのだろう。不満げにこちらを見たさとりの頬に手を添えてやわく口付ける。いっぱいに見開かれた紫色の目に、パルスィだけが映りこむ様に充足感が湧いてきた。
 ちゅ、と軽く音を立てて唇を離す。ついでに魔物をあやして嫉妬心を食べる。感情の波にふりまわされ、きょときょとと目を瞬かせるさとりに向けて、にっこりと笑いかけてみた。
「私といるのに、いつまで他人に気を向けているつもり? 妬ましいわね」
「……あなたには敵いませんよ」
 ふっと頬が綻んだ。紫水晶の瞳が、いつものように眠たそうに細められる。すとんと落ちるような微笑が好ましい。
 普段通りの緩やかな静けさを纏った彼女に「ねえ」と声をかける。
「橋、ほとんど完成してるの。だからその、……」
「いっしょに? ええ、喜んで。案内をしてくれますか、パルスィ?」
「ん」
 はしゃいでいるのが伝わるのは気恥ずかしいが、期待を宿した瞳に喜びが勝った。そっと差し出された手を取って「こっち」とさとりを先導する。

 橋の元まで連れてくるとさとりは両目を輝かせた。「すてきな橋ができましたね」との言葉にこくりと頷く。
 それからのさとりの動きは忙しなかった。
 橋けたをなで、強度を確かめるために手の甲で優しく叩く。ふよんと浮かび、川の上を行き来しながら橋台の具合を確認する。橋の上から動きを追っていたら、少し目を離した隙に姿を見失って視線をさまよわせたパルスィに「こちらですよ」と橋けたの下から顔を出す。
「変なところに潜りこむんじゃないわよ」
「強度確認のためですもの」
 すまし顔でとなりに戻り、高欄をなでたさとりは「あら」とまなじりを下げた。
「この模様ならば、あなたの橋だと一目瞭然ですね。ヤマメの発案かしら」
 愛おしげに彫られた模様をなで、パルスィを見、さとりは穏やかに笑んだ。
「当初は、もっと大きな橋にとか、もっと絢爛な橋にとか、思いましたけれど。野暮でしたね」
 三度高欄をなで、さとりは満足げに橋を見渡す。
「重い荷の運搬にも耐えられる頑健な造り。無駄を省いて丁寧に組まれた上で、洒落っ気も忘れない心づくし。勇儀たちに頼んで正解でした。良い橋です」
 よくお似合いですよとほほえまれる。パルスィは口元をむずつかせた。先ほど若い鬼から言われた台詞と大差ないのに、さとりから言われるとなんとも幸せな心地になる。
 橋をもらって喜ぶなど、一般的な感覚ではないと理解していた。こちらの気持ちを汲んでくれるだけでも十分なのに、面持ちや声音からさとりが本心から喜んでいることが伝わってきて、くすぐったいような、気恥ずかしいような。
 得がたいひとだ。そう思う。
「……そこまで直裁に言われると、照れてしまいますね」
「勝手に読んだくせに照れないでくれる?」
 もじもじと俯かれた。カッと熱を持った頬は無視をして視線を逸らす。すみません、と柔らかく頰笑んださとりが身を寄せてくる。
「視察、という名目を立てたので、今日はゆっくりできるんです」
 お邪魔してもいいですか、と添えられた手を拒む理由はひとつもなかった。


 手早く煎茶を煎れ、さとりが持参した苺大福に舌鼓を打つ。上等な砂糖を用いているのだろう。あっさりした舌触りの餡が苺の甘酸っぱさをよく引き立てている。苺は、日光の恩恵が受けられない旧都において、数少ない安定して穫れる果物である。餡なしから餡多めまで、手軽な甘味として様々な形態の苺大福が流通しているが、こんなに上品な味のものは珍しい。
 惜しむように漆の和菓子切りを動かしながら、無言でまなじりを緩ませるパルスィに、さとりはくすりと笑う。
「ここへ来ると言ったら、お燐が持たせてくれたのですよ。作りたてじゃなくって、と謝っていましたが」
「おいしかった、って伝えといて」
 言うと、さとりは笑みを深めた。
「実は、あなたの仕事を増やそうと画策していまして」
 前後のない宣言に片眉を上げる。
 パルスィの問いかけに応えることはせず、風呂敷をガサゴソやったさとりは、薄手の帳面を手渡してきた。片手ほどの大きさのそれを適当にめくると、罫線のない真っ白な紙が目に映る。
「なに、これ?」
「帳面です」
「いや見ればわかるけど」
 概略を言いますと、とさとりは人差し指を立てた。
「橋を行き来する人妖を記録してほしいのです。誓約を緩めたことで、地上へ赴く者は増えたでしょう? 地底に降りてくる者は、巫女か魔法使いか、あとは小町さんや映姫さん程度ですけれど、今後増える可能性もあります。今は、あなたの記憶頼りですが、正確なものを残しておいたほうが後の憂いを減らせますから」
「……つまり、その日の行き来をこれにまとめればいいのね?」
 仕事を増やすというが、そのくらい大した手間でもない。橋の行き来が今よりも盛んになるとは考えづらいので記録零の日が多そうだけども、さとりの心配事を減らせるのならば真面目に勤めよう。自他ともに認める嫌われ者の上なにかと優秀な、すなわち、遠慮せずに厄介事を押しつけられる相手である彼女は、なかなか忙しいのだ。
 というこちらの思考を読んだのか、それ以外の理由か。さとりは「どちらかというと、こちらが本題ですが」とパルスィを見る。
「地霊殿としては、正確な往来を把握しておきたいのです。ご足労をかけますが、週に一度、その帳面を見せに来てくれませんか?」
 思わず沈黙してしまった。マジマジと見やったらにこにこほほえまれる。本題、の単語が脳裏を巡った。
「……権限乱用って言葉、知ってる?」
「勇儀には賛成されました」
「こら地底のまとめ役ふたり」
 即答され頭を抱えた。「鬼は嘘を嫌うでしょうに」とぼやいたら、さとりはふふんと取り澄ましてみせる。
「正確な往来を把握しておきたいのだってほんとうです。それに、ちゃんと言いましたよ。"忙しいときでも、パルスィと、合法的に、定期的に会える機会を作りたい"と」
 いいじゃないかと二つ返事で、むしろ薦められたと言う。
 なんと言えばいいのか分からない。馬鹿じゃなかろうかと思う。もしくは阿呆かとも。そう思っていないとだらしなくにやけてしまいそうだった。
「決まった日時でも、そうでなくともかまいません。あなたに都合のよいようしてくだされば。ただ、頻度は週に一度ほどで。お燐には、あなたから直接、言ってあげてくださいな。喜びますから。……ああ、もちろん、私も、これまで通りお邪魔するつもりですよ」
 一方的に話を進めるさとりに反論はできない。反発心も湧いてこない。
 やむを得まい。おずおず頷いたらさとりはにこりと破顔した。


 当然のように泊まると言うさとりに寝具の用意を任せ、浴室の蛇口をひねり、川から引いた水で体を清める。「そのままでもいいのですけど」と惜しそうに言われたが、さすがに気が引けた。
(……気持ちいい)
 頭から水を被ると思考が冴える気がした。心身の火照りを冷水がおさめてくれるようだ。自宅に天然温泉があるさとりからはあまりいい顔をされないが、もとより橋姫は水への親和性が高い。体調を崩したことなど一度もなかった。
 泡立てた石鹸で丹念に体を洗いながら、なんだかな、と己をふり返る。
 実態はどうあれ、仮にも姫の名を冠する妖怪。昔から清潔さを保つよう気をつけていたが、今のパルスィの行動はその感覚に基づくものではない。さとりがいつやって来ても良いよう、どんな時に求められてもきれいな身を差し出せるよう、毎日心を砕いていた。日にちが空こうが関係なかった。
 そんな自身の行動は、さとりとの逢瀬への期待の裏返しでもある。今だって、体の隅々まで洗いながら、腹の奥は既に熱を孕んでいる。そろそろと手を寄せた割れ目はとろんと潤んでいて、羞恥心でおかしくなりそうだった。
 ざばざばと幾度も水を掛け流し、顔に張りつく短い髪をふり払う。駄目だ、時間をかければかけるほど状況が悪くなる。
 ひと息に浴室を出て体を拭う。髪の水を乾布に吸わせながら浴衣を見てふと考えた。下着を脱がす浪漫云々と言われた記憶が蘇る。大分迷ったが、浴衣の下に置いておいた肌着に手を伸ばす。
 パルスィのこういう心の動きを、さとりはどのくらい読んでいるのだろうと時たま思う。長い付き合いになるが、彼女の能力の効果範囲がどの程度なのか、どこまで深くを読めるのかは未だによく分からない。第三の眼の開き具合で力の増減が変わる、くらいは承知しているが、それ以外は割と謎だ。読心は、彼女の立場や安全を守る盾と同義なのだから、隠すのももっともだと思うけど。
 息を潜めて物音を立てずにいると、パルスィにも、戸を隔てたさとりの気配が伝わってくる。覚妖怪のプライバシーに関する感覚は、自身のものと大分異なるから、この程度の距離だと全て筒抜けという可能性も考えられる。内心も逡巡も、全て。
 考えに至った途端、子宮のあたりがきゅんと疼いた。せっかく身につけた肌着が湿り気を帯びたのを感じる。壁に頭を打ちつけたくなった。こんなに淫奔なありさまでさとりに幻滅されないだろうか。誰に対してもではなく、彼女だからなのだけれども。
 しばらく迷って、結局そのまま浴室を出た。部屋の戸を開けてさとりはと探すと、きちんと用意された寝具の横に真新しいシーツをたたんでいた。少し考えてからもう一枚。どれだけするつもりだ、と思うのと同時に、皺ひとつないシーツを駄目にしてしまうほど愛されるのかと想像してしまった。割れ目がじゅんと濡れる。たまらず顔を覆ってしゃがみこんだ。
 駄目だ。この距離では駄目だ。確実に読まれてしまった。その証拠にほら、パルスィ、とこちらに寄ってくる彼女の声が笑いを含んでいる。
「そんなに恥ずかしがらずとも。うれしいかぎりです」
「ちょっと、まって。ほんとうにまって。穴があったら入りたいの」
「許可しません。……ねえ、パルスィ。怒ってなどいませんよ。幻滅なんてありえません。こんなに一途に恋人に求められて、喜ばない愚か者がどこにいます?」
 もの柔らかに語りかけられていっそう顔を上げられなくなる。顔を覆ったまま小さく唸ったら「パルスィ」と優しく呼びかけられた。そんな声で名前を呼ばないでほしいと思う。
「お顔を見せてくれませんか」
 かなり、大分、相当迷ったが、こんな風に恥ずかしがってさとりに手間をかけさせるのも情けない話だ。生娘じゃないんだから、と自分に言い聞かせてゆるゆると頤を上げる。こちらの真似のように、膝を抱えてしゃがんでいるさとりと目が合った。眠たげな瞳がいっそう細くなる。外見は年若い人間の少女にしか見えない彼女がそんな仕草をすると、とてつもないほど可憐に映って、本性を知っていてもときめいてしまう。いや、知っているからこそ、か。
「そう思ってくれるのはあなたくらいですよ」
「鈍感も過ぎると罪よ」
 少し調子が戻ってきた。第三の眼がふよりとすり寄ってくる。「ペットたち、ですか」とさとりは唇に手を当てたが、
「たしかに、あの子たちも慕ってくれますが、……ええ、とても強く慕ってくれていますが、パルスィほどでは。……ああ、すみません、妬かせたいと思ったわけじゃないんです」
 さとりにとってのペットは家族と同じ。承知しているが、自分以外にも彼女を慕い、尽くし、さとりの愛情を向けられている相手がいると意識するのは面白くない。まして、今はふたりだけの時間なのに。
 緑目をぎらつかせるとさとりは苦笑した。けれど、すぐに締まりのない顔つきになる。
「でも、そうね。この場にいなくとも望むものを見せてくれるなんて、孝行なペットを持ちました」
 より強い嫉妬が湧いてくる。そんなパルスィのまなじりをなでて、さとりはほのぼのと頰笑んだ。
「ほんとうにきれいな目。この輝きを知ったら、どんな宝石もかすんでしまうわ」うっとりした声音に気勢がそがれる。いつものことではあるのだが、嫉妬狂いの妬心を向けられてこの反応とは。
「……変なやつ」
「そうでしょうか?」
「そうよ」
 さわさわと目元を探る指先がこそばゆい。その手を取って、引き寄せて、抱きすくめたまま背中から板の間に倒れこむ。おっと、と体勢を整えたさとりが気遣わしげな目を向けてきた。
「ここでは痛いでしょう」
「そんなにヤワじゃないから」
 橋姫をなんだと思っているのだ。呆れる一方で、馬鹿馬鹿しいほどの気遣いに心が温められる。息をするように何気なく、自然な思いやりを向けられるのが、こんなに安心できるとは。
 甘えるようにくっついてきた赤い眼に口付けてみる。くすぐったそうに笑ったさとりは、何も言わずに顔を寄せてきた。薄い唇がなぞるように肌をかすめ、口を食み、首筋に、耳の先にとキスを落とす。それだけの刺激で身体の奥の情炎が一気に再燃した。ささやかな感覚にも身が震え、腹の奥がじんと疼き、太ももをすり合わせてしまう。
 さとりが「ふむ」と顔を上げた。第三の眼がじっと見つめてくる。まん丸の虹彩が全て見えるほどに眼を開き、パルスィの様子をつぶさにうかがう。
 読まれている、と意識した途端に腹の奥がひりついた。愛液が割れ目から漏れる。ほとんど触られていないのにしとどに潤う秘所に顔が灼けそうになる。
「そうですね。この前は、ずいぶん我慢させてしまいましたし」
 こちらの様子をどう読んだのか、ぽつんと呟く。見上げると、さとりは満面の笑みを湛えていた。こんな状況でなければ見惚れてしまいそうなそれに、しかして嫌な予感と隠しきれない期待とがこみ上げる。
 ついばむように唇が寄せられる。弱い感覚にもぴくりと反応してしまう腕をそっとなでられる。帯が解かれ、体を覆う布地が大きく開かれた。汗ばんだ肌にひやりとした空気が触れる。さとりが頬を綻ばせた。
「おぼえていてくれたのですね」
「そ、いうわけじゃ、ぁ」
「ありがとうございます、パルスィ」
「ぅん……」
 かみ合っていないようでかみ合っているやりとりが気恥ずかしい。下着越しに秘裂をなでられ腰が揺れた。些細な、本当に微細な刺激なのに、電流のような快感が背中を駆け抜けていく。
「とはいえ、こんなに濡れていては肌着の意味がなさそうですが……私のため? ああ、なるほど、……」
 言葉を途切れさせたさとりに不安がこみ上げる。腕の隙間からおそるおそる覗き見ると、耳まで赤く染め上げ、口元を手で押さえていた。かわいい、と思う。思った瞬間、第三の眼がぴくりと震えた。
「その、すみません。うれしいもの、ですね」
 しみじみと言われて体中が熱くなる。ばか、と辛うじて絞り出したら柔らかくはにかんだ。
「そうですねぇ」言いながら、肌着をずらし、生じた隙間から人差し指をねじこんでくる。いきなりの刺激に腰が逃げるように泳いだが、愛液がしたたる秘裂は歓喜に震えて指を咥えこんだ。
「すみません、痛かったですか。……ああ、よかった。いえその、性急で申し訳ないのですが、こんなにも待ち望まれていると知ってしまうと、どうも」
 くに、と浅いところにあるざらざらした箇所を押しこまれて痺れるような快感が身体を走り抜けた。あられのない悲鳴が喉を裂き、背中が反り、目の端から涙が落ちる。自分の反応が信じられない。軽く達してしまった。
「っあ、ゃ」
 入り口のあたりをやわやわとなでられて、敏感になりすぎた身が鎮められる。弱い官能に身を包まれて、体の端々からとけてしまいそうだ。
「ふぁぁ、ぅ、ぁぁ」
 堪えようとしても漏れてしまう甘やかな声が恥ずかしい。震える両腕で目元を覆ったら赤い眼にぐいと押しのけられた。滲んだ視界に三つの目が映る。パルスィの痴態を逃すまいと爛々と光っていた。こぷり、と愛液が溢れる。
「さとりぃ、んっ、ひぅ、あ」
「きもちいいですか?」
 分かっているくせに。辛うじて残っている反発心の切れ端がわめくものの、体は何度も頷いていた。今までの自分が壊れてしまうほどに愛された記憶に囚われ、思い返し、再びの逢瀬を心待ちにしていた心身は、理性の言うことなどこれっぽっちも聞く気がないようだ。
 さとりがすまなそうに眉を下げ、何も言わずに唇を寄せる。同時に、ぐぐ、と先ほどよりも強く膣壁を押し上げる。また、達した。
「せっかくの心遣いですけれど、少々……パルスィ、おしりを上げてもらえます?」
「っ、ま、まって……いま、むり」
 かくかくと震える体は脱力してしまい、言うことを聞こうにも動けなかった。はふ、と荒い呼吸を落ちつかせようと努めても、浅いところばかりを弄られているせいで快感は煽られる一方だ。腕や足に力を入れ、どうにか言葉に添おうとしてみたが、脱力した四肢は滑るばかりで床に倒れこんでしまう。
「ごめんなさい、無理をさせましたね」
 額にキスを落とされた。同時に、思いがけず強い力で腰が抱えられ、肌着が取り払われる。愛液をたっぷり吸いこんだそれは、床に落とされると湿った音を立てた。
 太ももを大きく割り開かれる。ぐち、と子宮口に届くほど指を突き入れられ、目の奥でいくつもの火花が散った。ひいっ、と喉が引きつり、次いで、ため息のような喘ぎ声が漏れる。自分のものとは思えないほど蕩け、甘えた声つきに、わき起こる羞恥心も快感に替えられていく。
 こわい、と思う。どうにかなってしまいそうだった。
「大丈夫ですよ、パルスィ」
「ぁう、さと、り、さとりっ……だめ、も……きもちい、はぁぅっ」
「ここですね?」
「ぃ、ぁあああっ」
 待ち望んでいた奥深くを抉られて背筋がしなる。意思とは関係なく腰が浮く。
 さとりは熱を帯びたまなざしを楽しげに細め、奥の奥、とんでしまうところを執拗に責めてきた。細い指の腹でなでられるたび、全身を揺さぶるような悦楽が身を貫く。あられのない悲鳴を上げながら、まって、まって、と懸命に乞うのに、聞こえているはずの彼女は好き勝手にパルスィを弄する。
 それが、いい。優しくて強引な愛撫に身も心も全部ねじ伏せられるのが、たまらなく心地いい。
「ゃはあぁっ」
 指の数が増やされた。ぐちゃぐちゃの秘所から派手な水音が鳴る。口からは止めどなく淫らな悲鳴が上がっていて、何を言っているのか自分でもよく分からない。二本の指がバラバラに動かされるたび視界がかすむ。強すぎる享楽から逃れようと、心に反して距離を取ろうとした体を、第三の眼から伸びる導線で巻き取られた。
「はなれちゃ、嫌ですよ」
 拗ねたような姿に心の底から愛おしさが染み出してきた。
 それまで放っておかれた胸をきゅっとつかまれる。乳房をもみ、乳首を指先でこそげる。異なる刺激に責めたてられまた頂に押し上げられた。もう何度イかされたのか。おぼえる余裕も、数えるゆとりもない。
 腹の奥を揺らされて意識が朦朧とする。性感の波に呑みこまれるのが恐ろしくて手を伸ばしたら、しっかりと握りしめられた。うれしい、と思う。
「しゃ、うぁっ、しゃとぃ、あ、しゃとりぃっ……」
「はい、パルスィ。……ぎゅってして、ですか。甘えたさんですね」
 かわいい、と囁かれ、手のひらを背中に回される。力が入らない腕で懸命に縋りついたら、それ以上の力で抱きしめられた。膣を埋める指で奥をこすられ、叩きつけるような快楽に翻弄される。ぎゅう、と痛いくらいにかき抱かれて深い法悦が一気に弾けた。
「あ──っ!」
 がくがくと身を震わせる。耳朶をなでるさとりの吐息が、何かに耐えるかのように熱く、鋭くはき出された。余裕のない彼女の様子にまた膣奥が震え、真っ白な快感の波に何度も何度も身がさらわれる。

 瞬く間とも、永劫ともつかない感覚が徐々におさまり、潤んだ視界に世界が戻ってくる。そっと横たえられ、まなじりを拭われた。明瞭さを取り戻した目が満ち足りた表情のさとりを映す。先日は気をやってしまったせいで見られなかった姿だ。こんな顔をしていたのか、と思った。
「大丈夫ですか?」
「……ん……」
 情事の後特有の、幸福な倦怠感に身を任せながら頷く。さとりは安堵したように頬を緩め、一言断って慎重に指を抜いた。中を充たしてくれていたぬくもりが離れ、言葉に表しづらい切なさが滲む。
「そんなことを言わないでください。抑えが効かなくなります。……ですから、言わないで。明日は渡り初めでしょう。無理をさせたくないのですよ」
「……ん」
 渋々頷いたらさとりはまなじりを和らげた。
 なにか拭くものを、と立ち上がろうとした彼女を引き止め、手首までびしょ濡れの手に舌を這わせる。ところどころ白いものが混じった粘度のある愛液はどことなくしょっぱい。自分のものと思うと複雑だが、それよりも、目を見開いて硬直するさとりの反応が愉快だった。それに、この前も思ったけれど、細いくせにしなやかな筋肉がついている彼女の手に奉仕していると、なんとも表現しづらい興奮や充足をおぼえる。うっすらと筋が浮く甲をなめ、手のひらを唇で吸い、指の一本一本を口に含む。中指を舌で探ると年季の入ったペン胼胝を見つけた。普段の労りもこめてより丹念にねぶっておく。
「パルスィ」
 震える声で呼ばれた。目だけ向けると首まで真っ赤にしたさとりが視線を泳がせている。第三の眼はと思うよりも早く、頬にすりすりと甘えてきた。正直なのは良いことである。
「堪忍してください。無理をしてほしくないんですってば。……かまいますよ、あなたのハレの日なんですよ。じゃあなんで今日来たって、視察をねじ込めるのが今日しかなかったんです。会いたかったんです。我慢するつもりだったのに、……あなたにあんなにかわいい顔をされて、求められて、耐えられるわけがないでしょう」
 情けない弱音に頬が緩む。ちゅ、と音を立てて手を解放してやると、紫水晶の瞳が欲に濡れた。ふらふらの腕を首に回すと、しっかりと抱き寄せられた。理性と淫欲とに揺れる瞳を覗きこむ。
 ぐらんぐらんと揺れ惑う目を見ているのは楽しかった。振り子の揺れが理性で止まったのは少し残念だったが、さとりらしいと言えばらしい答えだ。
「……寝ましょう、パルスィ」
 立てますか、と問われたので首をふった。では捕まっていてください、と言われたので疑問に思うと、背と膝の裏に腕を入れられ抱き上げられた。予想だにしなかった行為にきょとんとしてしまう。さとりがほろりと笑った。
「いちおう、これでも妖怪ですよ。あなたひとりくらいなら問題ありません。……意外すぎる、ですか。まあ、反論はできませんが」
「……あなた、もしかして、けっこう甲斐性あるんじゃない?」
 頭が切れる上に財力もある。戦いは弱いが最低限の自衛はできる。今まで考えてもみなかった事実に目を丸くしたら、慎重に抱え直された。
「これでも地霊殿の大黒柱ですよ。他と比べると胸は張れませんが、それなりには」
 いつでも養います、とほほえまれ、橋から遠いと即答した。
 ですよねぇ、と苦笑しつつ、布団に横たえられる。真新しいシーツとふっくらとした掛け布団にくるまれ、頬が緩む。さとりはと見ると、何故か顔を押さえて俯いていた。「どうしたのよ」と問うと、意外なほど熱を持ったまなざしが返される。なにが琴線に触れたのかは不明だが、パルスィはにこやかに言い放つ。
「撤回するなら、今のうちよ」
「…………。いえ。……いえ、撤回などしません。無理をさせたくないのだって本音ですもの。……こら、嫉妬を煽らないで。撤回しないですってば」
「つまらないの」
「つまらなくて結構」
 数度息を整えて、さとりも布団に潜りこんでくる。高めの体温が心地よい。覗きこんだ目は小憎たらしいほどの冷静さを取り戻していた。パルスィはふふっと笑う。
「つまらないの」
「そういうところも好き、ですか」
「勝手に読まないでよ」
「性分です」
 鼻先同士をすり寄せたらちょいと口付けられた。おやすみなさい、と前髪をなでられる。もう一度ふふっと笑い、パルスィもそっと頷く。

 ***

 橋の渡り初めは、通常、親・子・孫の三世代がそろった家族が担うのが一般的だ。だが、妖怪の楽園である地底にもそれを適用させねばならないわけではない。三世代どころか五世代ほどそろっている一族もいるにはいるが、渡り初めの話を持って行った勇儀に「あんなに強力で美しい橋姫様の橋の渡り初めなど恐れ多すぎます!!」と懇願したと言う。
 というわけで、渡り初めの儀式は勇儀とヤマメとキスメに託された。それぞれ、地底のまとめ役の片割れ兼鬼の頭領、土木や織物を中心に手腕を発揮する土蜘蛛、旧都の基盤たる農作に必要な鬼火を最初期から管理している釣瓶落としだ。誰一人として異論を述べる者はいなかった。
 儀式はつつがなく(少々賑やかであったが)終えられ、パルスィの舞踊も済ませると、当然の如く宴会に雪崩れこんだ。旧都の住人が橋を中心に集まって、飲み、食い、話し、笑い、大変に騒がしい。長年暮らしてきたこの一角がこれほどの喧騒に包まれるのは初めてだ。
 宴の初めは、まだ、殊勝にもパルスィを引き止め言祝ぐ輩もいたが、時が経つごとに常の宴会とさして変わらぬ様相となってゆく。予想はしていた。なんだかんだと理由をつけ、結局は騒ぎたいのだ、旧都の連中は。妬もうと思えばいくらでも理由は見つけられるが、そこまで餓えているわけではないのでやめておいた。変に気を遣う必要がないのはむしろ楽だ。大勢が集まると嫉妬の回収がしやすくなるなど、利も多い。
 そこで、喧騒の外れ、不自然なほどに誰もいない箇所で悠々と茶を飲んでいたさとりのとなりに腰を下ろし、杯を傾ける。上等な清酒だ。
 キリッとした辛味に舌鼓を打ち、時折漂ってくる嫉妬をつまみながら、四方山話をさとりと交わす。良い気分だった。
「そういえばさ」
 地霊殿で開かれる宴は別にすると、さとりがこのような場に顔を出すのは珍しい。彼女なりに気を遣っているのだろうと推察もできるが、もしかしたら、能力の影響もあるのではないか。尋ねると、さとりはあっさり首をふる。
「たしかに、人数が多いと伝わる心も多いですが、気を向けなければいいだけですからね。辛くはありませんよ、ご心配なさらず」
 いまいちよく分からない。首を傾げたパルスィに、さとりは「たとえば」と指を立てた。
「喧騒のただ中にいても、話をしている相手の声は聞こえるものでしょう? この目も、耳も、多くの情報を伝えてきますが、そのすべてに意識を向けるのは誰もできません。映姫さんが言っていた御阿礼の子とやらも、精々記憶をするだけです。それだけでも十分にすさまじい能力だと思いますけどね。第三の眼から伝わってくる情報も同じ。無視しようと思えば、できるのですよ」
 分かるような、分からないような。
 無視できると言われても、パルスィの内心はさとりに筒抜けだと彼女の言動から推察できる。それに、無視できるならば、こいしが目を閉じる必要もなかったのではないだろうか。
 疑問を受け、さとりはどこか困ったように笑う。
「そこが読心の妙、と言いますか。相手がこちらをどれだけ意識しているかで、伝わってくるものの情報量も変わるのです。私と関係のないことならば、雑音と同じ。読むこともできますが、無視をすることも難しくありません」
 ですが、と唇を茶で湿らせて、さとりは続ける。
「こちらに向けられた心は──なにかを語るにしろ、恐怖に怯えるにしろ、見下し嘲るにしろ──鮮明に読めます。声に乗った言葉と同じように、克明に伝わるんです。目の前で話しかけてきた相手や、遠くからでも、大声で呼びかけてきた相手は無視できないでしょう? その感覚と近いかと」
 分かるような、分からないような。
 いっそう首を傾げたパルスィに、さとりはからかうような微笑を浮かべた。
「加えますと、心は万華鏡のようですからね。目の前の相手と笑いあいながら、心のどこかでは過去を思って沈んでいたりもします。どちらに意識を向けるかによって、読める部分も異なりますから、こちらの求めるものが得られるよう、誘導尋問をすることもままありますよ」
 分かるような、分からないような?
 若干混乱し出したパルスィの、それこそ心を読んだのだろう。さとりはおかしそうに笑って、ごめんなさい、と湯呑みを置いた。
「わかりやすく申し上げましょう。パルスィを抱いたときに、あなたが欲することは読めます。どこを触ってほしいのか、どんな風に感じているのかはかなり正確に把握できているかと。あなたが私に向けてくれる声も、同様です。ですが、そこまで上がってこない部分、たとえば布団の感触なんかは読めません。総じて、把握できているのは七割ほどではないでしょうか」
「さとりっ!!」
 真っ赤になって叫んだ声も喧騒にかき消された。ころころと、楽しげな笑い声を漏らす姿に何かを言わねばと思うものの、思考が上手くまわらない。
 ああだこうだと頭をひねってみたが、無駄だった。自棄になって杯を一気に傾ける。すかさずとばかりに注がれた。悪態をついて再度あおる。
「自分の能力をよくもまあべらべらと。ずいぶん余裕ですこと。私が漏らしたらどうする気かしら」
「要するに、気合いを入れればほとんど読めます、ですからね。とくに困りません」
「汎用性が高いってことね。妬ましいわ」
「あなたも相当な芸達者でしょうに」
 ふん、と鼻を鳴らす。否定はしなかった。
 ついと視線を逸らしたパルスィの手から杯を奪い、酒を注いださとりは、透明な水面を見つめて穏やかに破顔する。
「はしひめさまに見限られるような私は、地霊殿の主にも、あなたの恋人にも、相応しくないでしょう。心残りがないと言うと嘘になりますが、こいしは知り合いが増えてきましたし、お燐やお空たちも成長しました。その時が来ることがあれば、どうぞお気の召すままに」
 軽やかな口調でそう結ばれ、たまらない気持ちになる。酒に口をつけようとしていたさとりから杯を奪い、空いた手をきつく握りしめる。三杯目もひと息で飲み干すと、さすがにわずかばかりクラリときた。もう酒は止めにしよう。
「馬鹿」
「……すみません」
「ばか」
「はい。……あの、パルスィ、さすがにちょっと痛、」
「ばーか」
「い、たたたたっ! ごめんなさいすみません、いまのは全面的に私が悪かったです。愛想を尽かされないようがんばりますからどうかご慈悲を、あの、っ、ねえ、パルスィ!?」
 なんでもないような顔で別れる可能性の話をする恋人の手など、砕いてしまっても良かったのだけれども、あまりにも必死に懇願されたので勘弁してやることにする。「二度目はないわよ」と釘を刺したら、「よくよく胸に刻んでおきます」と青い顔で頷かれた。

 ふと、喧騒がより激しくなる。やんややんや、と囃したてる声も聞こえてきた。
「また喧嘩?」
「でしょうか。なにも壊れないとありがたいんですけども」
「仲裁はいいわけ?」
「いつものことです。小競り合いでストレスを発散してくれたほうが、いろいろと楽ですし」
「あくどいまとめ役ねぇ」
「仁君はひとりいれば充分でしょう」
 顔を見合わせのんびりと言葉を交わしていたら、「おねえちゃーん!」とこいしが飛んできた。こいし、とだらしない顔になったさとりを素通りしてパルスィの背中にへばりつき、くっ、とうちひしがれる彼女に「たいへんだよ」と橋を指し示す。
「勇儀さんと、お空と、お燐と、他多数がパルスィさんの橋の上で喧嘩始めちゃった」
「ちょっと行ってきます」
 一瞬で顔つきが変わった。言い終わらないうちにさとりが地面を蹴る。あっという間に遠くなった背中を並んで見送った。「はっやーい」と朗らかに笑ったこいしを両手で捕まえ、猫よろしくぶら下げる。
「なにがあったのよ」
「んーっとねぇ。ほら、あの、長い髪をくるくるーってしてる女の鬼、いるでしょう?」
 昨日絡んできた若い鬼か。
「名前で呼んでやりなさいよ」
「パルスィさんにひどいことしようとするひとなんて、名無しの権兵衛でも甘すぎるわ」
「んん、と」
 表情はにこやかなままだが、声音は鋭く辛辣だった。何も言えなかったので続きを促す。こいしが「それがねー」とぷらぷら揺れた。
「権兵衛が、勇儀さんとお話ししてたの。そしたら、勇儀さんが"よし、なら、まずは相撲だ"って言い出して」
「なんで?」
「さあ……? 権兵衛は無理無理って言ってたんだけど、他の取り巻きが乗り気になっちゃったみたいでね。それで、勇儀さんが"まとめてかかっておいで"って言ったのを聞きつけたヤマメさんが、お空をけしかけて、止めようとしたお燐は巻きこまれて」
 どぉん、と橋のほうで爆発音が轟いた。眉間に皺が寄る。いずれはこんなことも起こり得るだろうと、頑丈な建材を使い、防護の呪文を幾重にもかけたが、あまりにも面子が悪い。勇儀はまだ、他に配慮できる技量と余裕があるからなんとかなるとしても、空が良くない。加減をするための場数も、技術も、空は身につけている最中なのに。
 難しい顔になったパルスィを見て、こいしがにっこり笑う。「大丈夫だよ」と揺れたと思うと姿を消し、いつの間にかパルスィの背中にくっつき直していた。
「そのためにお姉ちゃんが行ったんだもん。というわけで、パルスィさん、しゅっぱーつ」
「どこによ」
 ちらと見やると、こいしは橋を指し示した。訝しげな表情になったであろうパルスィに笑いかけ、大きく頷く。
「妹が言うのもなんだけどさ。お仕事モードのお姉ちゃんって、すてきでしょう?」
「…………まあ」
 仕方がない、と背負ったまま立ち上がる。ご丁寧にもふわりと浮いたこいしは楽しげな笑声をこぼした。揺れる両足をしっかり抱え、飛ばなくていいから、と声をかける。
「代わりに、しっかり掴まってなさい。落ちるんじゃないわよ」
「はぁーい」
「返事はのばさない」
「はいっ」
 小さく笑って地面を蹴る。久しぶりにふたり分の重さを感じたが、不快な類のものではない。むしろ、心を温める健康的な重みだった。
 きゃあっ、と歓声を上げるこいしに頬が緩む。完全に妖力を分かち合った橋に意識を集中させると、あちらの様子が伝わってくる。乱闘の衝撃にもどうにか耐えているようだ。
 橋の様子が確認できるあたりで宙にとどまると、ちょうど、さとりが到着したところだったらしい。彼女に気づき、熱気を奪われた代わりに怖じ気づく見物人の中から「いよっ、待ってました! 大本命!」とヤジが飛ぶ。ヤマメか。さとりが浮かべたであろう微苦笑がありありと目に浮かんだ。
 さとりが左手を掲げる。青と赤の炎を纏った純白の妖弾が手のひらに集積する。
 こいしが両の腕に力をこめた。「お姉ちゃん、がんばれ」
 小さな声援を心に置いて、パルスィも胸中で声をかける。(がんばりなさい、さとり)
 ふと、と第三の眼がこちらを見る。視線が交わったのは一瞬だった。加減してあるのだろう妖弾を乱闘者たちの目の前で弾けさせ、驚愕に固まった彼女らの元にさとりはふよふよと降りてゆく。
初めまして、もしくはお久しぶりです。空賀青と申します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。お疲れさまでした。

書く前
今度こそ最初っから最後までいちゃいちゃしてるさとパルほしいぞ!
現在
三度目の正直にかけるしか

少しでも暇つぶしになりましたら幸いです
空賀青
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