真・東方夜伽話

A certain disturbance

2018/09/16 08:28:13
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A certain disturbance

空賀青

※誰てめえ
※ネチョまで遠い上に薄い
※原作との矛盾・自己設定・自己解釈あり
※環境要因としてのオリキャラが出張る
※他に書いたものと世界観を共有してますが単体でも読めると思います
※マジで誰てめえ
以上、ご注意ください

 ここ数日の降雪により里は雪化粧を施されていた。主立った通りこそ雪かきがされているものの、除いても除いても降りしきる雪に人力が追いつかなかった模様で、裏道や小道では、放置された積雪が結構な高さになっている。
 吹きすさぶ北風に肩を竦めながら、阿求は湿った地面を慎重に歩いていた。一見、普段通り冷静で穏やかな面持ちだが、よく見ると、目元には僅かな疲労が滲んでいる。
 ひそかな定番になりつつある鈴奈庵が巻き起こした占い騒ぎも沈静化し、落ちついて執筆と編纂に打ちこめるはずの今日この頃。しかし、最近の阿求は、やや面倒な問題事を抱えていた。

 事の発端はお梅だった。
 一年ほど前、長らく空いていた阿求の付き人の座に就いた彼女は、少々気弱だがなかなか優秀だ。そんな彼女の友人が、勤め先を飛び出したものの行く当てもなく途方に暮れていると言う。
 経緯を聞いてみると、勤め先の若旦那から一方的に言い寄られたそうだ。言葉のみならず立場を傘にちょっかいも出され、かなり強めに拒否をしても引き下がらないどころかいよいよ関係を迫られそうになったので、ほうほうの体で逃げ出した。
 そのような事件は頻繁ではないが、残念ながら希少な話でもない。また、若旦那に横恋慕した奉公人が相手にされず、逆恨みして仕返しにほらを吹き、という場合もある。かといって、家人が悩んでいるのを放置するのは稗田家当主の在り方ではない。
 そこで、稗田邸で友人を預かり事情を聞きつつ、松爺たちに詳細を探らせた。真実は各々にあるだろうが、今回掴むべきはなるべく客観的な事実だ。集めた話を統合して判断するに、正当性はお梅の友人のほうにあった。
 ならばと友人──美菜と名乗った彼女の呼び名をおみなと変え、事態が落ちつくまでは稗田邸で雇うことにした。つまり稗田が彼女を保護したのだ。相手がどれほど有力な立場であっても(事実、そこそこ名が通った砂糖卸売り店のぼんぼんだった。阿求も何度か挨拶を交わしたことがある)手を引かざるをえないだろう。まして、今の稗田家には御阿礼の子たる当主がいるのだから。
 権力をちらつかせ相手を言いなりにさせるのはおみなに言い寄った青二才と同じやり口だ。好みではない。しかし、現状で求められているのは、きれい事や理想論ではなく早急かつ今後に響かない対応策だ。力を笠に着る相手ほど自分よりも大きな力には従順になるものである。
 そも、件の若旦那は、以前から艶事にだらしないとの噂がちらほら聞こえていた。手出しできぬところへ行ったおみなに執着する性質でもなかろうし、稗田が絡んだことで、彼の両親への気付け薬にもなっただろう。事態は遠からず収束する。そうすれば、おみなにも働き口を紹介してやれる。彼女は良い意味で勝ち気な人物だし、膂力があり仕事の覚えも早い。真っ当な場所に行けば十二分に身を立てていけるはずだ。
 ──と、予想していたのだが。

 若旦那はしつこかった。秀麗な顔に貴公子然とした微笑を浮かべ、おみなと会わせてほしいと雪の中を通い詰める。
 彼女は稗田で雇ったと言うと「彼女と初めて会ったのは庭に出ているときで云々」。働いているから会えないと言うと「気持ちを伝えたら普段の勝ち気な姿からは想像もできないほど淑やかなかんぬん」。こめかみに青筋を浮かべた松爺が、阿求も忙しい身なのでお引き取りください、と遠回しに言うと「彼女がすげない態度を取るのは僕にも原因が以下略」。
「馬の耳に念仏。いや、あれと比べては馬に失礼ですな」
「これ以上無駄なことを覚えて頂きたくないのですが」
「そろそろ出入り禁止してもいい気がしますねぇ」
「落ちつきなさい。こちらの品位を下げるような真似をしては駄目よ」
 いきり立つ松爺らを宥めるものの、阿求もほとほと閉口していた。どうやら、若旦那が思う真実は、
「彼とあなたは初めて出会った頃から惹かれあい、数々の苦難を手に手を取って乗り越えてきたけれど、彼があまりにも縁組を口にしないからあなたが焦れて、困らせてやろうと家出した。──らしいわよ、おみな?」
「なんっですか、その与太話は!!」
 念のため報告をしたら、おみなは吠えた。
 心底から立腹した彼女がまくし立てる文句交じりの弁解に、妥当な反応だろうと相づちを打つ。「稗田家当主」という立場の阿求にすらあの厚かましさなのだ。おみなが耐えてきた諸々は相当のものだったろう。今までよく忍耐したと褒めてやりたい気分である。
 一方で、あの若旦那はどうも妙だ、と引っかかりも覚える。自分の真実が唯一のものだと思いこみ、暴走する例は珍しくない。しかし、稗田阿求の庇護下という人里においてはかなり強固な壁を作ったのに、平気な顔で堂々と乗り越えてくるあの態度には違和感が拭えない。
 それこそが恋の狂気だ、と説明はできる。阿求とて小鈴に焦がれる身だ。もしも、彼女が何も言わずに己の前からいなくなったら、持てる全ての知恵と力を動員して探し出そうとするだろう。場合によっては、天狗など情報通の妖怪に協力を請う可能性だってある。小鈴がいない世界で、それでも「稗田阿求」として生きていけるか。今の自分に迷いなく肯ける強さはない。
 しかし、彼の若旦那の目は、鏡に映る自身の目と異なる。浮かされたように言葉を並べ立てるまなざしの奥に滑稽なほど一途で静かな狂気はない。
 いったいなにが──
「だいたいだよ、阿求様!」
 つい考えこんでいた阿求だが、おみなの怒号に引き戻された。「みなちゃん、みなちゃん」と半泣きのお梅が宥めようとしている。気にしていないと手をふって「だいたい?」と続きを促した。憤然やるかたなしと、おみなは目尻をつり上げる。
「あの馬鹿ぼん、あたしと会ったのは庭だ、とか抜かしやがったでしょう。そんなんちがうんですよ、あるわけないんですよ。あたしら奉公人は、勤め先に到着したら、まず真っ先に主筋にあいさつに行くんだ。旦那さんとおかみさんと、若旦那にだってあいさつしたんだ。それをけろっと忘れてお美しい出会いとやらを勝手に作って。お世話になった旦那さん方には申し訳ないですけどね、あんな"馬鹿様"の嫁なんて、どんだけ大枚積まれたって願い下げですよ!」
 おみなの怒りはもっともだ。そうね、と深く頷きつつも、ふと引っかかりを覚えた。口元に手を当て考えながら、「そういえば」とおみなに目を向ける。
「彼、ずいぶんと庭での出会いにこだわっていたけれど、ほんとうにそんなことがあったの?」
「庭、ですか」
 記憶を探るためだろう。おみなの怒気が和らぎ、代わりに記憶を探るように目を細めた。彼女のとなりに控えていたお梅が、ほっとした様子で肩を落とし、三人分の茶を煎れなおす。
「……ああ、うん、あったあった。たしかにありましたよ。よく考えてみたら、あンときから妙にしつこく言い寄ってくるようになったんだっけか」
「なにがあったの?」
 それは結構重要なことではないか、と思ったが、表に出さずに先を促す。皆が皆、阿求のように整理された克明な記憶を持っているわけではないのだ。
「若旦那、本を片手に突っ立っていたんですよ」
「本?」
「はい。ちらっと見えただけですけど、けっこうきれいだったかな? ここの書庫にあるようなのじゃなくって、里の大店で売ってるような」
「最近の本だったのね。でも、気分によっては、庭で本を読むこともあるんじゃないかしら」
 阿求も、春や秋など、快い気候の時は縁側に書物を持ち出すことはある。爽やかな風が紙をくすぐるのがなんとも心地よいのだ。
 阿求の指摘におみなは首をふった。「雨だったんです」
「雨?」
「はい。それもけっこうな量の。なのに傘も差さないで。よくない噂は聞いてたから、あまり関わりたくなかったんですけど、雨に打たれて風邪でも引かれちゃ困るでしょ? だから、お屋敷に入りましょうって力づくで引っ張ったら、びっくりした顔でこっち見て」
 ──君、名前は?
「覚えてないのかこんこんちき野郎、と思ったんですが、まー、立派な屋敷に住むお人なんざそんなもんです」
「阿求様はちがうよ!」
「わかってるよ。わかったよ、こんだけお世話になってるんだから。ええと、それで、しかたないんで改めて自己紹介したら、妙ちくりんに笑ってきて、"そうか、美菜か。二度と忘れないよ"って」
 正直気持ち悪かった、とおみなはげんなり首をふる。
 そう、と頷きながらも、阿求は思考が晴れていく気がしていた。若旦那の妙な厚かましさ、庭での出会い、普通ではない行動と手に持っていた本。これらのピースがカチリとかみ合い、ひとつの可能性を阿求に示す。それを踏まえ、可能性から原因を逆算し、考え得るものを頭の中から探していく。

 相づちを打ったきり額に指を当て黙りこくった阿求に、おみなは怪訝そうな顔をした。「あのー?」と覗きこもうとして「だめっ!」とお梅に止められる。彼女らしからぬ強い語調に驚いて見やり、おみなは更に訝しげな顔をした。わくわくと阿求を見守るお梅の両手に、いつの間に取り出したのか扇子が握られている。何故。
 ふ、と阿求が息をついた。
「おみな」と名を呼ばれ、反射的に姿勢を正す。
 静かで穏やかな口調はそのまま、先ほどまでとは一変した雰囲気に、おみなは知らずのうちに生唾を飲みこんでいた。
「今日と明日、あるいはもうしばらくのあいだ。私がいいと言うまでは、ここから出ないようにしなさい」
 提案ではなく、依頼でもなく、命令だった。
 頭ごなしな言いぐさは常のおみななら反発を抱くところだ。だが、凜としたまなざしでこちらを見据える阿求に反感は少しも湧いてこず、代わりに言いようのない安心感が身を包んだ。阿求の指示を守ればもう大丈夫。そう思った。
「わかりました、阿求様」
 軽く頭を下げる。うん、と頷いて「それから、お梅」と阿求は目をやる。扇子を握りしめた友人は「はい!」と元気よく返事をした。
「鈴奈庵に行ってくるわ。供はいらない。その代わり、松爺に"手紙を出す可能性がある"と伝えて。その後は、おみなといっしょにお竹の指示を仰ぎなさい」
「"手紙を出す可能性がある"ですね、わかりました」
 おねがいね、と笑んだ阿求は立ち上がる。そうして、なんとなく姿勢を正したままのおみなに、申し訳なさそうに、けれども確かな自信を覗かせて微笑した。
「気詰まりな思いをさせてごめんなさい。でも、必ず解決してあなたがのびのび暮らせるようにするから。もうしばらく辛抱して頂戴」
「は、はい!」
 きびすを返して歩いて行く背中はしゃんとのびている。不意に巴御前の名が脳裏をよぎった。自身より年若い少女の華奢な背中に、彼の英傑の名は不思議としっくり馴染む。
 ぼーっと見惚れかけるおみなの脳裏に突然閃く記憶があった。「あ、阿求様っ」と膝に手を置きにじり寄る。
「そういえば、あのとき、若旦那が持っていた本が光っていたように見えました。粉、みたいなものがまとわりついていたような。気のせいかもしれないですけど」
「光る粉ね、わかったわ」
 力強く頷いて、阿求は今度こそ部屋を出て行った。
 いやはや、とおみなは頬をかく。頭と口が達者なだけのひ弱なお嬢さんとばかり思っていたが、なかなかどうして。
「阿求様は……なんていうか、かっこいいねぇ。あんたやお竹さんたちが忠誠を誓うのもわかる気がするよ。あんなお人に仕えられたら、そりゃー奉公人冥利に尽きるってもんだ」
「でしょう」
 深々と頷いたお梅の目は、感動故か若干潤んでいる。その気持ちは少し分かる、とおみなは笑い、次いで、やれやれとため息をついた。
「でも、その扇子はわからない」
「え?」
 阿求の背に向かって「きゃー阿求様素敵ー! 阿礼乙女ー! 幻想郷の書記ー!」とばかりにパタパタふられていた一対の扇子には立派な日の丸が描かれていた。阿求様も大変だ、とおみなは友人を軽くなでる。お梅は扇子を見下ろした。
「駄目かなぁ」
「駄目でしょ」


 付き人らとの会話を思い返し、歩を進めながら阿求は小さく頷く。
 おそらく、此度の事件には妖怪が絡んでいる。それも、稗田が関わったのに手を引かないような、幻想郷のルールをよく分かっていない妖怪が。若旦那の言動から察するに、色欲か、あるいは、当人が強く関心を持っている事柄への興味を増幅させる類の能力だろう。比べては失礼かもしれないが、旧地獄に住む橋姫と方向性は似ているはずだ。
 そこまでは予想できた。対処法として、もちろん博麗の巫女に退治を依頼するのが良い。ただし、今の段階だと情報があまりに少ない。阿求のほうでもう少し調査を進め、分かっていること、分かっていないことを明確にする必要がある。
 おみなは本についても言及していた。残念ながら、妖怪と本が並んだならば向かう先は鈴奈庵だ。もしかしたら手がかりがつかめるかもしれない。
 心情としては手がかりなど無いほうが嬉しいけれど、と鈴奈庵へ通じる道を曲がろうとしたところで「こら、待て!」と鋭い声が耳に届いた。魔理沙だ。嫌な予感がする。
 慌てて通りに出ると、いびつな蝶のような形をした黒い影が鈴奈庵の暖簾から飛び出して行くところだった。手がかりどころか大正解か、と地面を蹴る。
 影を捕まえようと魔理沙が駆け出してくる。八卦炉を構えた彼女に、蝶のような影はふわりと舞い、キラキラ輝く粉をふりまいた。
「っ、吸っちゃダメ!」
「うわ、なんだ!?」
 慌てて叫ぶも間に合わなかった。まとわりつく鱗粉に魔理沙がたじろいだ隙に、影は空高くへ逃げ去っていく。
「あ、この!」阿求が止めるよりも早く、魔理沙も箒に乗って地面を蹴る。駄目だ、ああなると追いつけない。
 しかし、魔理沙が普通に飛んでいったとなると、あの光る鱗粉はすぐに害を成すものではないらしい。いったいどんな類のものなのか。
 念のためにハンカチで口と鼻を被ってから鈴奈庵の暖簾をくぐる。瞬間、目に飛びこんできた光景に阿求の心臓が鷲掴みにされた。床に倒れた小鈴のとなりに霊夢が膝をついている。脇には本が放られていた。
「──小鈴!」
 ハンカチで押さえるのも忘れて傍に駆け寄る。こちらに気づいた霊夢が「ちょうど良いところにちょうど良いヤツが来た」と軽く笑んだ。
「霊夢さん、小鈴は」
「気絶してるだけよ。だいたいいつもの通り。これ御札ね。普通に貼っても半刻(約一時間)は持つわ。正式な手順を踏んだら一日は持つ。あんたなら使えるでしょう。私は魔理沙を追うから、この本と小鈴ちゃんをおねがい」
 抱き起こした小鈴は間抜けな顔で寝息を立てていて、凍りついた心臓が熱を取り戻した。ほ、と息をついた阿求に、手早く現状説明と指示を出した霊夢は、護符を渡して本を視線で示す。
 こくりと頷いた阿求だったが、伝えなければならないことを思い出す。
「霊夢さん、光る粉に注意してください。魔理沙さんがかけられました。即効性はないようですが、おそらく、人になにがしかの悪影響を与えるものだと思います」
「光る粉?」
 地面を蹴ろうとしていた霊夢が小鈴を見下ろす。眉間に皺を寄せる。「小鈴ちゃんもかけられたんだけども」
 血の気が失せていくのを感じた。脱力しそうになる四肢を胆力で支え「わかりました、できるだけ調べておきます」と頷く。霊夢が「あー」と頭をふる。
「なんだか、面倒なことになる気がするわね」
「やめてください。あなたが言うと洒落にならない」
「とにかく、任せたから」
 言って、阿求の返事も聞かずに地面を蹴る。強弓から放たれた矢のように飛び出していく霊夢を見送り、阿求は腕の中の小鈴を見る。
「……おねがいだから、あまり心配させないでよ」
 すやすやと気の抜けた顔で寝こけている彼女をきつく抱きしめる。息を大きく吸って、はいて、阿求はキッと顔を上げた。


 アメノウズメに祈りを捧げ、護符で本を封印する。本居夫人に声をかけて未だ意識が戻らない小鈴を製本に使う印刷室に移す。寄合に行かねばならぬという夫人から後を任され、封印した本を開く。
 そこまでは順調だったのに、本を読み進める険しい横顔が、真っ赤になったり真っ青になったりをくりかえす。
 臨時休業の張り紙が貼られた戸を開けて、霊夢が戻ってきたのはそんな時だった。
 出迎えた阿求に、背に負っている魔理沙を示し「面倒なことになった」と苦虫をかみつぶしたような顔で言う。魔理沙の意識はないようだが、その寝顔は安らかとはほど遠い。あの光る鱗粉を全身にかけられたのが良くなかったのだろう。
 ため息をついて、なるべく冷静な表情を保ったまま、阿求は口を開く。
「この本、中を改めてみたのですが」
「ん、けっこうちゃんと封印されてるわね。やるじゃない」
「ありがとうございます、けど今大事なのはそこではありません。この本は、どうやら、ある妖怪を封印したものだったようです。ここに走り書きがありますよね。この走り書きだけを通して読むと、封印が解かれる仕組みになっていたようで」
「……ただの線にしか見えないんだけど。なに、これ、文章になっているの」
「非常に小さい文字で書かれています。かなり上等な拡大鏡を使わなければ読めないでしょうが、小鈴は、ほら」
「あー……」
 霊夢が霊夢が宙を仰ぐ。
「それ、返却された本の中に混じってたらしいのよ。なにかが隠されているみたいで、ってうれしそうに探っていたわ。そしたら、いきなりボカン」
「知らずのうちに条件を満たしてしまった、と」
「冷静に言ってるけど、ほんとう、どうにかしないと危険よ」
「いちおう、言い聞かせてはいるのですが……」
 魔理沙をソファに寝かせた霊夢と顔を見合わせ、はぁ、と深いため息をつく。
 だが、それどころではないとすぐに首をふり「霊夢さん」と声をかける。
「妖怪はどうなりました?」
「退治した。やたらめったら粉をかけてこようとしたけど、あんたの忠告があったからね。どっちかっていうと……」
 言い辛そうに魔理沙を見やった霊夢に頷き、言葉を受け取る。
「魔理沙さんのほうに手間取った、と。気絶させたのですね?」
「だって聞いてよ、急に体が熱いとか言い出して、服脱ごうとするし目がウルウルしてるしなんかボーッとしてるし」
 気まずいのだろう、勢いこんで弁解を図ろうとする霊夢を「わかります、わかっています」と押しとどめる。こんな会話を霊夢としなければならないのも気が重いが。
「封じられていた妖怪の起源は、色情霊です」
 ずばり言いきった。聞き覚えがなかったのだろう。霊夢は首を傾げる。
「しきじょうれい?」
「色欲に情けと書いて、色情霊です。読んで字のごとく、亡くなる際に性的な執着を残していたり、色情に関する因縁を抱えた者が成仏できずに化した不浄霊の一種ですね。悪意はありませんが、人に憑いて生前の未練を果たそうとするので」
 魔理沙の様子を思い出したのだろう。赤らんだ顔をぐしぐしとこすり、霊夢は頷いた。
「つまり、祓えばいいのね」
「ちがいます」
「えっ」
 阿求はため息をついた。頬が熱を持ちそうになるのを必死で堪え、努めて淡々と説明を続ける。
「色情霊はあくまで霊体です。妖怪ではありません。ですが、この本の作者は色情霊を集めて、……そう、おそらく合体かなにかをさせ、一個の妖怪を生み出しました。それが、霊夢さんが退治した妖怪です。光る鱗粉は、色情霊が取り憑いた際に陥る状態を、強引に引き起こす作用があるのかと」
「…………」
 霊夢は難しい顔で沈黙したままだ。なんとなく、阿求が言わんとしている内容を悟ったのだろう。「退治はしたけど」とこちらを見やる。
「普通、退治したら、解決するものよね?」
「それを期待していました」
「けど、魔理沙は今もうなされている」
「あくまで予想ですが、即効性が無かったぶん、後を引くのかもしれません。当の妖怪が退治されているのですからずっとこのままではないでしょうけれど、どのくらいで抜けるのかは正直わかりません」
「あー」
「そして、厄介なのが、色欲という点です。かなり……憔悴しますし、消耗します。本人の正気や良識を壊します」
「あー……」
「加えると、意識が無いと霊への効力が落ちますから、意識がある状態で欲を満たしてやるのが、いちばん手っ取り早い解決法かと」
「あー……!」
 霊夢は頭を抱えた。その気持ちは痛いほどによく分かる。阿求とて、この後のことを考えたくない。切実に現実逃避をしていたい。
 だが、
「……必要であれば、」
「冗談。小鈴ちゃんがいるでしょう」
 稗田家当主としての義務感から絞り出した言葉はきっぱりと遮られた。いくつもの意味がこめられた言葉に苦笑する。
 手間かけさせて、と悪態をついた霊夢は、それでも、慎重な手つきで、大切そうに魔理沙を背負う。
 差し出された手に件の本を渡し、阿求は「それでは」と何かを言おうとする。言おうとして、何も言えなかった。霊夢も同じだったのだろう。ふたりしてこっくりと頷き合う。
「はい」
「うん」
 ふよふよと、心なしか力なく飛んでいく霊夢たちを見送って、阿求もひとつ息をつく。「臨時休業」の張り紙をきちんと貼り直し、入り口の戸を隙間無く閉じた。


 印刷室に戻ると小鈴は僅かに眉を顰めて眠っていた。細い体をもどかしげに丸め、荒い呼気を漏らしている。淫夢でも見させられているのかもしれない。
 予想した途端湧き上がってきた黒々とした嫉妬の情炎に、阿求は我がことながらたじろいだ。首をふってまとわりつく情念を振り払い、小鈴の肩に手を添える。
「小鈴。小鈴、起きなさい」
「ぅ……ん……っ、ちょっとまってあきゅいまは! ……あれ?」
「おはよう」
「……おはよう?」
 存外するりと起きた彼女に笑いかけてみる。小鈴は不思議そうに目を瞬いていたが、頬は桜色に染まり、瞳はとろんと緩んでいた。無防備な様相に思考のどこかが変に引きつるのを感じる。できるだけ無視をして頬に触れた。とにかく、まずは現状を説明してやらなくては。
「やっ!」
「え」
 パシリ、と手がはたかれる。じんと痛む手のひらよりも、その仕草に心を刺され、阿求は硬直してしまった。よもや小鈴から拒絶されるとは。
 ハッと目を見開いた小鈴が弾かれたように距離を取る。
「ご、ごめん! ちがうの、なんかいま、体が変で、……嫌ってわけじゃないんだけど、あんたに触られるとなんか、こう……と、とにかくちがうの!」
「ああ、うん」
 狼狽える様に、安堵と共に冷静さも戻ってきた。熱が点いた体に触られるのは辛いものだ。今のは阿求が不用意だった。
「ごめん、私も悪かったわ。あのね、小鈴、落ちついて聞いてくれる?」

 なるべく手早く、分かりやすくこれまでの経緯を説明すると、小鈴は上気した頬を更に染め、もじもじと視線を落とした。心底から恥ずかしげな仕草はなんとも言えない色気を漂わせる。喉が変な風に鳴りそうになるのを理性で堪え、つまり、と小鈴を覗きこむ。
「その。き、……今日は、わたしがす、するから。いい?」
 駄目だ声がひっくり返ってしまった。
 内心頭を抱えて転げ回る阿求だったが、こくりと頷く小鈴がどうも落ちこんで見えるので千々に乱れる思考を張り倒す。もしや、触るのはいいけど触られるのは嫌、とでも言い出すのか。それはそれでそこそこ、それなりに、本音を言うならかなり堪えるけれども。
「嫌ならそう言いなさい。時間さえかけたら収まるはずだから。無理をさせたいわけじゃないのよ」
「い、嫌じゃないよ! 嫌じゃないんだけど……」
 小鈴は抱えた膝に顔を埋める。
「阿求がしてくれるの初めてなのに、解決のためかぁって」
 うー、と力の抜けた声を漏らす様を見ていられなくて目を覆う。どうしても振り払えない罪悪感や、自分の情けなさ具合や、小鈴への思慕や、目の前で拗ねる彼女の愛らしさがごちゃごちゃに入り混じり、限界ギリギリで真っ当に働かせていた思考回路を焼き切っていく。
 なんと言うか。
 可愛いは罪である。
「小鈴、ほら」
 顔を上げた彼女に両手を開いてみせる。
「おいで」言うと、意外と素直に腕の中に収まった。抱きすくめたら、それだけで刺激になるらしく、小鈴は鼻にかかった声をこぼす。緩みきった甘い声と、冷涼な鈴の音とが鼓膜にじんと染みるようだ。
「考えかたを変えればいいのよ。私は、ほら、慣れていないから。あんたに痛い思いさせるよりは、ね?」
「変に弱気なのね。らしくない」
「たまにはね」
 それ以上余計なことを言われる前に口をふさぐ。明るい色の目がそっと伏せられる。

 ちりん、ちりりん、と軽やかな音が鳴る。小鈴が身をよじるたびに音を立てるのがどうにも気まずい。彼女に抱かれる時とは異なる緩んだ痴態に、蕩けるような声音に灼かれる思考が、鈴の音が届くたび冷や水をかけられる。鈴には魔除けの働きもある。己が"魔"であることを否応なしに突き付けられるからだろうか。暴走しそうになる己の欲動を、鈴の音が引き留め、引き戻す。
「あ、きゅ、っあ、もっと、……もっとぉ」
 もどかしそうに抱き寄せられ距離が取れなくなる。ふにふにと柔らかい乳房を手でつつみ、時たまツンと尖った乳首を指先で掠めるだけで、小鈴は余裕なく喘いだ。快活な響きを持つ声が聞いたこともないほど淫蕩にほどけている。熱っぽいまなざしを向けられ、媚びるような声が耳朶をくすぐるたび、体の芯が熱を持つ。少しも触っていないのに己の秘所が潤いを帯びていく。
 片方の胸を手で弄りながら、反対側の乳房に口付ける。彼女にこうされると、阿求はすぐに昇りつめてしまうのだが、はたして小鈴は切羽詰まった声をあげた。ぎゅう、と肩を掴む手が少し痛いけれど、今の阿求には痛みすらも興奮を煽る材料にしかならない。気にせず乳首を口に含む。舌先でころころと転がして、反対のほうも指先でそっとこすると、抱きすくめる体がくっと反った。
 りん、と鈴が鳴る。
「ぁ、あ……ふぁ」
「大丈夫?」
 朧気な目を覗きこむ。ん、と頷いた彼女はすぐに口づけを求めてきた。応えてやると舌先が潜りこんでくる。ちゅくちゅくと音を立てて、口内を熱い舌でえぐられるような刺激に頭の芯が痺れそうになった。
「ちょっと、まって」
 慌てて引き離すと小鈴はもどかしそうにまなじりを下げる。
「ごめんって」言いながらも頬に唇を落とすに止め、代わりに深緑色の帯に手をかけた。彼女がキスを好んでいるのは知っているし、阿求だって嫌いでないが、あんまり口づけを交わしてはせっかく持てている主導権が奪われてしまいそうだ。
 帯を解いて袴を引き下ろす。籠もっていた熱気から解放された太ももが、外気にさらされ頼りなさそうにすりあわされた。「ぁ」と蕩けた声音に僅かな緊張が混じる。
 敢えて気にせず、格子柄の着物と肌襦袢とを開いて細い腹に口付けた。薄い皮膚の下で筋肉がひくりと揺れる。唇を当てるのみならず、舌先でくすぐるようにちろちろなめてみたら小鈴は甘やかな声を上げた。
「あきゅ、ぅ」
 くたくたになっている身を起こし、阿求の手をぎゅうと掴む。
「いじわる、しないでぇ」
 燃えるように熱を持った手のひらに連れられ、いつぞやの情事が脳裏をよぎった。あの時とは違い、小鈴の手は彼女自身の秘所に阿求を導く。まだ何も受け入れたことのない無垢な割れ目から粘度のある愛液がとろりとまとわりついてくる。目の奥がカアッと赤くなった。耳まで染めているくせに淫らに涙をこぼし、小鈴が阿求の名をくりかえす。
「ここ、ずっと熱いの。さわってよ、阿求」
 ちりんと鈴が鳴る。阿求は息をついた。吐息が大きく響いて、己が息を止めていたことに気がついた。
 ──ああ、もう、うるさい。
 熟れた唇にかみついて黙らせる。嬉しそうにしがみついてくる彼女の頭に手をやって、探り探り髪飾りを解く。ひとつ。畳でよじれた髪に引っかかった。少し手間取ったが、ふたつ。
 畳に横たわらせると飴色の髪が揺蕩うように広がった。きれいだと目を細める阿求の手を、しびれを切らした様子でぐいっと引っ張る。覆い被さる体勢になったのをいいことに、こちらの首にしがみついて、小鈴は何度もキスをねだった。
「こら、んぅ、小鈴って、ぅん、わか、む、わかったからはなれなさいっ」
「だって、阿求、」
「わかってるから」
 唇にかかる銀の橋をぬぐい取り、改めて秘所に手をやる。
 馴染まさなければとか、先にもういちど達させたほうがとか、僅かな気遣いが脳裏をよぎるが、とろとろにほどけて物欲しそうにひくついているそこに触れると、何もかもが飛んでいってしまった。
「こんなに濡らして」
「っぁ、うれし、だもん」
「……あまり、そういうこと、言わないの」
「んぅ、ふあぁっ」
 中指をあてがうとそれだけで誘いこまれた。薄桃色に上気する胸を反らし、肉付きの良くない腰をかくりと震わせる。指を咥えただけで達した中は、きゅうきゅうと伸縮をくりかえし、止めどなく愛液を溢れさせる。火傷しそうなほどに熱い。
「あ……きゅ……」
「大丈夫?」
「ん……」
 若干焦点が怪しい瞳を覗きこむ。ふ、はふ、と浅い呼気を漏らす小鈴は、けれども、阿求を認めるとふにゃりと頬を緩ませた。阿求の頬に両手をやって、なんとも嬉しそうに身を寄せてくる。
 すりすりと頬ずりをされ、痛いくらいに強烈な衝動がこみ上げてくる。私だけの、と喚く己を宥める理性は、つい先ほど放り投げてしまった。
「……小鈴」
 好きよ、と口づけをひとつ。中が痛いくらいに締めつけられる。とろんとした目に映る自分はずいぶんと切羽詰まった、どことなく泣き出しそうな顔をしていた。
 指を曲げ、浅いところをえぐる。小鈴が跳ねた。構わずぐりぐりと刺激すると甲高い悲鳴を上げて身をよじる。なだらかな胸元も、線の細い腰も、いわゆる女性らしさとはほど遠いのに、阿求を見つめる瞳も、必死に伸ばされる指先も、なんとも言えない色っぽさを漂わせている。未成熟な体と妖艶な色気のアンバランスさにくらくらする。
 ひときわ甘やかな声を上げて、小鈴は阿求にしがみついた。

「……だいじょう、ぶ?」
 ふやけた指を抜いて小鈴を窺う。連続で達した彼女は陶然と浅い呼吸をくりかえしていたが、ふっと阿求を見、頬を綻ばせる。
「だいじょーぶ」
「ひゃっ」
 ぎゅうっと抱きつかれたと思ったら視界が反転した。目を白黒させる阿求の前で、してやったりと楽しそうな笑い声を漏らす。
「もう」と頬をふくらませてみるものの、嬉しそうに笑う彼女を見ていると胸のあたりがほわりと暖かくなるので何も言わずに飴色の髪をなでる。しっとりと水分を含んだ感触は上質な絹のようだ。
「どうなの、すこしは落ちついたの?」
「んー、実はあんまり」
「え」
 あっけらかんと言われて身を起こす。
 達せないほど下手ではなかったと思うが阿求の勘違いだったのだろうか。こうなったら、どこをどうすれば気持ちが良いのか根掘り葉掘り問いただすか──と思考を巡らせる阿求に、小鈴はにっこりと満面の笑みを見せる。何故だろう、嫌な予感がした。
「勘違いしないでよ? 気持ちよかったし、うれしかったわ。熱いのとか苦しいのとか、大分楽になったもの」
「ああ、そう。ならよかったけど……えっと、小鈴?」
「でもねぇ、やっぱり、こっちのほうが好きみたいでね」
 よっこいしょ、と阿求の上に馬乗りになった小鈴は、それはもう意気揚々と目を細める。
「……いや、わたし、妖怪の影響受けてないから」
「まだ妖怪を引き合いに出すの? 乙女心がわかってないわー」
「あ、ごめ……じゃなくて! ほんとに、あの、今日はいいから。あんたも疲れてるでしょ。……物足りないなら好きなだけやってあげるから、こすずちょっと、話聞きなさ、んぅっ」
 口づけで黙らされた。押し返そうとした手を畳に縫いつけられ、優しく、丁寧に唇を食まれる。
 ただでさえ小鈴の痴態に燃えていた情欲の火は、その僅かな刺激だけで一気に勢いを増した。腹の奥がひくつく。秘所がとろりと緩む。心臓が痛いくらいに跳ね回って、小鈴にも届いてしまうのではないかと不安になった。
 阿求の内心を知ってか知らずか、よしよしと頭をなでられる。こちらを覗きこむ彼女は完全に捕食者の目になっていて、本当に一寸前まで自分の下で淫らに喘いでいた少女と同一人物なのだろうか、と混乱しそうになった。
 小鈴が目を細める。「阿求、」前言撤回。名を呼ぶ声が、声に乗った熱量が同じだ。気づいてしまった、気づきたくなかった、ああもう小鈴の馬鹿。
 阿求、阿求、と請いながら、慣れた手つきで服を脱がされる。耳たぶをそっと噛まれて思考が千切れる。着物を寛がせて外気に晒された胸の頂は既に固く尖っている。愉快そうに笑った彼女の息が肌をなでるたび、痺れるような快感が背筋を走る。
「やっぱりあんたも触ってほしかったんじゃない」
「うるさい、ばか」
「涙目で凄んでも怖くないわよ」
 いたずらっ子めいた剽げた笑みを見せるくせに、阿求に触れるぬくもりは優しい。柔らかい唇や華奢な手のひらを受け入れながら、阿求はふと、心の底で決意する。
 ──永く生きよう。できる限り、持てる知識を総動員して。
「阿求?」
 どうかしたの、と小鈴が頬に手を当ててくる。その手にそっとすり寄って「なんでもない」と阿求は笑った。
 ねえ、と両手を伸ばす。仄かに笑んだ小鈴は「うん?」と無防備なほど素直に阿求に身を寄せた。きゅう、と心が揺らされる。
「もっと」
 ねだる声は、言い終わるよりも早く口づけに溶かされた。

 ***

 その後のことは、いくつかに分けて説明をせねばなるまい。


 まず、若旦那が稗田に来なくなった。
 事実とは少々異なるだろうが「若旦那が妖怪に取り憑かれていた、最近の奇行はそのせいだ」と関係者各位に説明したところ、平和な落としどころが見つかったのをこれ幸いと、先方がこの理由に飛びついた。
「不可抗力とはいえ、妖怪に取り憑かれたのは愚息の不徳。改めて厳しく鍛え直します故、稗田様には今後ともどうぞご贔屓のほどを……」
 と、両親が恭しく差し出した手土産を突き返すこともできず、表面上は鷹揚に受け取った阿求である。まあ、上質な砂糖に罪はないのだから、ありがたく使わせてもらおう。
 ただし、これをきっかけに彼の若旦那が心を入れ替えるかと問われると、甚だ疑問でもある。
 若旦那が妖怪に取り憑かれていたのは確かだが、同じようにおかしくされた小鈴は、自分を見失わなかった。いつも以上に欲求に正直だったけれども、阿求が嫌がることは少しもしなかった。
 真相は分からない。妖怪の影響を受けていた期間も異なるだろうから、小鈴と彼とを一緒くたにすることもできない。
 だが、阿求は、おみなに若旦那からは距離を取るよう忠告した。屋敷の近くに行くことはなるべく避ける、行かざるを得ないなら人と一緒に行く。心配が過ぎる言葉にも、おみなは几帳面に口を結び「二度と顔を見たくないってのが本音ですからね。そのようにします、阿求様」と頷いた。


 おみなは結局、稗田邸で雇うことになった。お梅と同じ、阿求の付き人だ。既に、彼女の人柄は他の家人も承知していたので、反対どころか大喜びで迎え入れられた。お竹ですら「鍛え甲斐があります」と評したのだ。今後も活躍してくれることだろう。
 おみなにこの話を切り出した時、本人以上にお梅が喜色を前面に押し出していた。「ほんとうですか、阿求様!」と普段の慎ましげな様子はどこへやら、万歳と両手を挙げる。
「ったく大げさな。阿求様も、ほんとにいいんですか? そりゃ、お給金頂く以上はきっちり仕事しますけども、このとおり、育ち悪いですよ、あたし」
「優秀なひとはいくらいても困らないもの。行儀作法なら、最低限必要なものを身につけてくれればいいわ。あなたの性根のまっすぐさと、気働きの良さを気に入ったの。他に理由が必要かしら」
「……ひとつだけお尋ねしても?」
「どうぞ」
「今まで何回人たらしって呼ばれました?」
「いちども無いけれど」
「うそだ」
「嘘ついてどうするの」
「みなちゃん、わかるよその気持ち」
「お梅?」
「うん、あんたたちの気持ちはつくづくわかった。実感した。でも前も言ったけどその扇子はわからない。押しつけようとするな、握らせようとするな、いらないから。……では、阿求様。これからどうぞ、よろしくおねがいします」
「ええ、と、そうね。……よろしく、おみな」


 そうそう、霊夢と魔理沙だが、こちらが拍子抜けするほどに変わりがなかった。鈴奈庵で鉢合わせた際も、普段通り、緊迫感があるんだか気が抜けるんだか、仲が良いんだか悪いんだか分からない丁々発止を交わしていた。
 もっとも、それとなく探りを入れてみたら、珍しく満面の笑みを浮かべた霊夢に御札を口に貼られそうになったので、何もなかったわけでもなさそうだが。
「変に探ろうとしたら稗田(あんた)でも怒るわよ」
「しませんよ、そんな趣味の悪い。協力できることがあったら言ってください。なにも聞きませんから」
「ずいぶん親切ですこと。気味悪いわね」
「……霊夢さんには感謝していますから。いろいろと。これに関しては裏などありません」
「お賽銭に反映させてほしいわ」
「してます、それなりに」
「えっ?」
「えっ」


 阿求はと言うと、健康に気を遣うようになった。
 松爺たちがいたので今までもそこそこ気をつけていたが、もう少し身を入れるようになった。とはいえ、やっていることは今までとあまり変わらないし、健康のために無理をしては本末転倒なので、気晴らしも欠かさないが。
「阿求様がようやく、ようやくご自身を顧みてくださるようになって、爺はうれしゅうございます」
「わかったわよ、悪かったって。まぁ……身勝手でわがままな理由なんだけども」
「わがままのなにがいけないのですか。身勝手上等、阿求様のわがままが我ら奉公人の喜びです」
「ほんとうに忠実な部下は、主人が欲にまみれて道を踏み外そうとしたら、刃向かってでも止めるらしいけれど」
「阿求様は道を踏み外したりなさらないでしょう」
「…………重いわねぇ」
「おお、言葉にできるようになりましたか。阿求お嬢様も大人になられた」
「爺にはいつまで経っても追いつけない気がするわ」
「なぁに、あっという間ですよ」


 そして、小鈴は。
「……小鈴?」
「うん?」
「なに、その……帯?」
 例によって本居宅の屋根裏部屋。布団に招き入れられ当然のごとくひん剥かれた阿求の前で、小鈴が紐帯を取り出した。
 キスの雨で乱れた呼吸を整えて、嫌な予感からは努めて目をそらし問いかけた阿求に、小鈴は朗らかな笑顔を見せる。
「外の本で読んだんだけどさ、目隠しすると感度が上がるそうなのよ!」
「却下」
「えー」
「却下!」
 力の限り声を首をふる。思いきり頬をふくらませたが構うものか。阿求にだって選ぶ権利はある。
 今回の騒動を受けても、小鈴は変わらなかった。懲りなかった。
 妖魔本に心惹かれ、奇妙なことは解明しようとし、阿求は大概巻きこまれる。
 閨事においても、時たま阿求に抱くようせがむこともあるが、こちらが期待したほどの頻度ではなかった。具体的に言うと、阿求の希望としては三回に一回くらいは逆転したいのだが、なんだかんだと押し倒されて、八回に一回ひっくり返せれば良いほうだった。
 その不満を伝えてみても、「だってあんた見てるの楽しいし。嫌いじゃないでしょ?」と当然のように言われたので、手近にあった枕を投げつけておいたが。否定できないのが腹立たしい。
 そうしてあれよあれよと流されているうちに、小鈴は(主に本から)妙な知識を仕入れてきて、阿求と共に試そうとする。本当にやめてほしい。いい加減身が持たない。
 本の付録だったという(外の世界の出版事情はどうなっているのか割と本気で困惑した)いわゆる玩具を持ってきた時なんかは、我慢できずに泣いてしまったほどだ。小鈴だから、彼女に触れられるから嬉しいし幸せなのに、どうしてわざわざそんなものを使わねばならないのかと。もっとも、泣きじゃくる阿求を見てさすがに反省したのか、小鈴はそれを使わなかったし、以降、玩具を持ってくることも無いのだが。
 そう、だから、学習ができないわけではないと思う。旺盛な好奇心が走りすぎるだけで、地の性分は優しいのだし。阿求がなんだかんだと受け入れてしまうから、線引きが曖昧になってより分かりづらいのだろう。そこは反省点でもある。
 しかしながら──
「本から妙なことをおぼえるのは大概にしなさいって……!」
「そんなに嫌?」
「い・や!」
「目を隠すだけよ?」
「嫌なもんは嫌なの!」
 だいたい、目隠しなんてしたら小鈴が見られないじゃないか。
 とは言わずに口を結んで睨みつける。
 小鈴は未練がましく細帯と阿求とを交互に見ていたが、観念したのかしょんぼり肩を落とした。捨てられた子犬のような仕草に胸のあたりがきゅうっと掴まれるも、ここで甘やかすから調子づくのだ。心を鬼にして無言を貫くと「わかったわよぅ」と小鈴は肩を落とす。
「嫌ならしかたない、目隠しはやめとくわ」
「ぜひそうしてちょうだい」
「うん。じゃあ、阿求、手の甲をくっつけてみてくれる?」
「ん? こう?」
 言われたとおりに手の甲を合わせて軽く示すと、ちょうど交差する形になっていた手首が紐帯で括られた。もしかして己は小鈴が絡むとかなり駄目になるのではなかろうか、と不穏な考えが脳裏をよぎる。
「えっ、なに」
「目隠しはやだって言うから。大丈夫? キツすぎたり、痛かったりしない?」
「そ、……れは、平気だけど。なんでこんなに手慣れているの」
「ほら、本まとめるときは紐つかうから。それじゃあ改めて」
「いや待ちなさ、っひゃん!」
 括られた両手を腹のあたりに押さえられ、乳房をぺろりとなめられる。あらぬ声が出てしまった。視線を逃したら、まるで両腕で胸を寄せているような体勢であることに気がついて、いっそう頬が熱くなる。小鈴が得意気な笑みを浮かべた。
「ふふ。いい格好よ、阿求」
「変態染みたこと言うんじゃな、ぁっ、まってこすず、やだっ、んぅ……ほどいて」
「だーめ」
「っていうか、なんで結んで……やっ」
 小鈴をどかそうにも両手が封じられているのでうまくいかない。やわやわと胸をなでる緩やかな快感がもどかしくても、彼女に縋って刺激を誤魔化すこともできないのだ。焦れる感触に腰が揺れ、秘裂がひくつく。分かっているのかいないのか、小鈴は満足げに頷いた。
「手を縛ると感度上がるってのも、ほんとうみたいね」
「だからっ、っ……変な知識を、仕入れてくるのはやめ、ぅ、ん……やめなさいって」
「だって、せっかくなんだし、阿求のかわいいとこいっぱい見たいじゃない」
 ねぇ? と同意を求められ、一応は感じていた反発心やプライドがしゅるしゅると消えていく。代わりとばかりに、何気なく言われた「かわいい」の一言が思考をクルクルとまわりだし、彼女を受け入れる準備がいっそう整ってしまっていた。
 耳が熱い。こめかみのあたりがじんじんする。むずつきそうになった唇を引き締めたつもりだったのに、小鈴の手のひらでなでられると甘い声が漏れてしまって、阿求は顔を上げていられなかった。
「……ふつうが、いちばんだと思う」
「また今度ね」
 ちゅ、と柔らかく口付けられる。チリチリと炎が揺らめくまなざしに射貫かれて、阿求は抗いようのない快感の渦に呑みこまれていく。
初めまして、もしくはお久しぶりです。空賀青と申します
ここまでお読みいただきありがとうございました。お疲れさまでした。

書く前
いい加減そろそろひっくり返す阿求様ほしいぞ!!!!
現在
どうしてもこうなった……

少しでも暇つぶしになりましたら幸いです

(9.26追記)
>>1様
ご丁寧且つ指摘が的確なコメントを頂き、本当にありがとうございます。ガッツポーズをしております。カッコいい阿求様大好き(だけど小鈴の前ではダメでヘタレな姿も見せてください頼む)欲に流された結果、こうなりました。レイマリについては、霊夢さん超がんばったとだけ
空賀青
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
最高でした。以下好きなポイントです
里の事件に対しキリっと対応する阿求様カッコいい→好き
阿求様応援団の扇子を持った女中さんという鈴奈庵の好きキャラが出ている→良さ
レイマリの絡みについて→詳しく
里を守る立場だから仕方なく事に及んでおきながら、結局自分の欲望でノリノリで小鈴を責めていることがまさしく「魔」であると鈴の音に咎められた阿求が小鈴の髪留めを外す行為→小鈴の鈴とあきゅすずの情事を考えた際に導き出される必然的な回答が此処にあり、余りにもあきゅすず概念が強く、背徳的な尊さ
2.性欲を持て余す程度の能力削除
刷り込み効果で粉振りかけたら発情するあきゅすず?(里の大通りで金粉入り袋を手に待ちかまえる)
鈴奈庵の本を借りてしまったばかりに本性露わになったばかりかこじらせちゃった若旦那可哀想(棒読み)。小鈴ちゃんてばほんとトラブルメーカーというか、この場合阿求なんでしょうがよく巻き込まれちゃいますねぇ。今回はなかなか踏み切れない阿求からしたら結構思いがけないきっかけというか、進展のためのいい経験になったのではないでしょうか。もっと異変以外でもアクティブに動いてクンニさせろオラァン!てすればいいのにと焦れてきますねぇ(といっても小鈴が関わると冷静になれない感じビンビンで突っ走る印象ですけど)
引き取ったおみなが少女たちの恋慕に関わってくるのか、楽しみであります。というのもお梅ちゃんの扇子シーン(鈴奈庵4巻25話)が拾われてきて「ああ、あの場面w」と、浮かんできた情景と作中の女中ふたりのやりとりにくつくつとさせられまして、私のなかのお梅ちゃんの印象がおちゃめな美人さんになってしまいました。告訴。26話のお花見の儀式に並んでいた女中は彼女たちなのかとか妄想とまらんちですね!
粉を被った魔理沙に内心あーあと思ってら色情霊(妖怪)とかもう「ああああああああ!(シコココココ)」ですぞ!?約束されたレイマリ不可抗力っくすとか世界平和間違いないやん……やんっ(喘ぎ声)。しかしあれです、自分の娘が妖怪の被害にあってるというのに、阿求がいるからといって任せっきりにするのはどうなのよ。考えた末にボブは親公認で「イチャコラしてていいよ」という言外のポーズなのではと訝しんだが怪訝に思う時間が無駄だと気づいた果てにシコりまくった。心配する阿求の手を「やっ!」と拒む小鈴ちゃん可愛い。その反応にショックを受けてる阿求もやはり可愛い。誤解されたと察して取り繕いつつ本音こぼしてるの最高に尊いのでスケベ霊の鱗粉追加してもいいですか?何回もしてるくせに説明時に声裏返るのほんとへたれすぎてんもぅ!解決のためという予防線みたいな建前に残念がる言葉漏らす小鈴ほんと可愛い……罪ですね、有罪ですね、断罪ですねぇ、判決百合百合ちゅっちゅの刑ですねぇえええ!?シコッッッッッッ!!(←百合に白濁混ぜるクズ)
鈴の音に抑制させられる自身が持つ性欲への観念がなんとも彼女らしいなと思いました(どうせそのうち鈴の音聞くたびに興奮するようになる(おもにM=受け身側として))。自分がいつもされていたようにと欲望を孕ませた手で胸愛撫する阿求の内心に余裕がないだろうことと、それに感じながら唇を求める小鈴の熱がたまりませんねぇ!このまま舌を受け入れ続けたらもっていかれると頬に移すのへたれですが、これはこれでたまりません。体の火照りに脳まであてられたみたいにとろけてる小鈴くそかわですねぇ、少女らしい細い指でされる側にまわった愛らしい反応はいかほどか、いかほどか(私のティッシュはイカ(臭)ほどだ)。結局逆転されちゃったけど、甘えるように求めてくる小鈴の愛がわかったし結果オーライになってそうですね(あんな求められ方されたら誰だって落ちる)
霊夢たちも穏やかには終わらなかった感じだけど、彼女たちよりも進展しているのか慣れているのか、それともただ精神的に大人びているからなのか、彼女の反応だけでは程度が推し量れずやはり気になります。(こりゃあ魔理沙に突撃するしかないですよ、阿求さま!)あとお賽銭の中身も気になりますね(「えっ」のくだりは大変笑わせていただきましたw)
手紙の件については少し拾えなかった部分もあるのですが、あれはおみなに関しての(引き取り)指示だったのでしょうか。いやお泊まりの可能性を示唆した隠語かもしれない、ボブは興奮してちんちんを苛立たせた。受け身ばかりだった関係も少しだけ変わり、どっちが先にプロポーズを済ませるのかとかとても気になる危うい関係(寿命だったりかたや依存してるのに無意識だったり)が今後どのように傾いていくのか、儚い最後にならぬことを祈るばかりです。とはいえ目隠しプレイだったり緊縛プレイに興じたいとか全然反省していない感じですし、当面のあいだは小鈴に振り回されそうですねw
今回もとてもよいあきゅすずで楽しめました、ありがとうございました
誤字脱字報告にて終わりたいと思います↓

言葉のみならず立場を傘にちょっかいも出され→笠
「ごめんって」言いながらも頬に唇を落とすに止め→落とすのを?