真・東方夜伽話

雲わく道に山居の命⑨

2018/06/24 05:56:23
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雲わく道に山居の命⑨

みこう悠長
§ § §



「かえでさま、|選狗奴《えりくな》、|八腕鹿布《やうしけふ》のいち、とくていできません」
「わかった。探査継続。テキトーでいいよ」
「りょうか……てきとうですか?」
「見つかるはずがない、グォダ=ニャマム、おっと今は|八腕鹿布《やうしけふ》とかいうのか、あれのECMは僕や姉の|千里眼《テレグノシス》に抵抗できるんだ、まともな強度じゃない。人員的な偵察が一人も帰ってきていない以上、そんなものにリソースを割くだけ無駄だと思うね」
「しかし、しゅねむからはたんさくをけいぞくしろと」
「いいんだよ、あんな指示、1から10までまともに聞いてたらこっちは何人いたって足りやしないんだから。」
「はい」

 天狗執事は目をぱちくりさせながら、僕の指示を聞いている。彼はまだ小さくて素直で、手の抜き方を知らない。手を抜くのがいいわけではなく、そのリソースをもっと有効なものに回しながら期待された成果は満たすための|効率の稼ぎ方《狡賢さ》のことだ。だが彼は本質的に賢い、きっといい天狗になる。

「|彼《・》はどうしてる」
「おへやで、おくつろぎです。でも」
「うん? 何か異常でも?」
「いえ、ごじぶんがなぜあんなたいぐうをうけているのかと、ふしぎがっています」
「そうか、まあ、当然といえば当然だね」

 作戦の決行まで、まだ半日以上ある。彼に説明しておく方が良いかも知れない。免疫という言葉さえ、知らないだろう。

「じゃあ、ちょっと彼に会ってくるよ。何かあったら呼んで、別に内密な話をしているわけじゃないから。何なら、一緒に聞いておくかい?」

 いっしょに、といった言葉に彼は、耳をぴこんと立てて「はい!」と挙手した。素直な子だ、僕もこれくらい素直に色んなことを身に着けていければ、こんな立場にはならなかったろう。

(この子は、適当なタイミングで、姉に引き渡しておきたいな)

 それはそれで、考えなければいけない。いつまでも僕などのそばに置いておくのは彼にとって不幸だろう。
 僕は不安がっているだろう少年の部屋へ向かおうと席を立つ、と。

「楓」

 タイミング悪く姉が入ってきた。

「どうかした?」
「布陣の見直し要請が来てるけど」

 姉は、本営からの伝令を持ってきていた。
 家の中では、鴉に近づいている姉に対する種族的な反感と、社会的な復権への希望とで、姉の立場は揺れている。担ぎ上げる者の勢いは凄い物があるが、反発する者はその橋渡しが射命丸文であることへの危惧を訴えていた。だが文の振る舞いが、一概に鴉天狗に対する利に働いていないことが表出するにつれて、姉への支持が多くなってきているようだ。長男として僕を押す声も無いわけではないが、可能性はないだろう。父が動けなくなっている今、犬走の家では、姉を跡取りとする声が強くなっている。
 それでも総領が姉に決まったわけじゃない今の段階では、長男である僕が一応の筆頭に立たされている。姉もその立場を認識している様だった。

「これ」

 本陣の中央に配された将の席に、僕は座っている。だが、これは姉が跡取りと決まるまでの、仮の立場だ。僕は座っているだけで、すぐにここから追い出されるだろう。今の所、指揮権は僕が持っている、でも、部下たちが聞いてくれるかどうかは、今や姉が同意するかどうかによっていた。

「無視していい。奴等の魂胆は見え透いてる、僕ら狼を取り込むつもりだ。」
「え? そういう話じゃなくて、兵の配置に隙間が多いからって」
「知ってるよ」

 守矢が急に白狼天狗に向けて、狼全体を有能な将兵として招き入れたいと言ってきたことに、僕は疑いを持っていた。天狗社会の不安要素を煽ろうとしているようにしか見えない。しかも、相当に待遇が良い、今天狗社会の下層で不当に抑圧されている狼達は、こぞって守矢の傭兵になることを選ぶだろう。
 下層の存在として大した権力も与えられていない狼だが、天狗社会の武力の屋台骨を支え続けているのも確かだ。これが守矢に傾けば、明らかに守矢にとって有利だ。だが守矢に加担することを、僕は避けたいと思っていた。仮に天狗の山社会で下層を強いられたとしても、僕はこの土地で天狗として生きる狼でありたいと考えている。こうした形での、この問題の解決は、狼のためにならないと思ったのだ。そのためにこの穴だらけの陣形を敷いた。
 でも、これは僕の想像でしか無い。何の確証もなくて、何の情報を得ているわけでもない。純粋に、守矢がこの|激甚疫病神《SSPZ》の出現を憂慮して出来ることをしているだけの可能性もある。もしそうであるなら、ボクの判断は、処罰に値するだろう。

「それでも、この陣形がいいんだ。これは……りぐ」
「楓が言うんなら、そうなんだろうな。わかった」

 僕の言葉を遮るように、姉が言う。守矢からの伝令状を、火に焚べて燃やしてしまった。

「守矢の伝令があったらしいのだけど、何者かに奪われた。もう、作戦実行まで時間がない、問い合わせし直している時間もないな」
「……ああ」

 僕のコンプレクスとは全く関係なく、姉は僕を優先する。嫡男としての立場を、一応は尊重しているらしい。

(どこかで、誰かに強いられる前にこの立場を姉に譲ったほうがいいんだろうな)

 自分につけられた執事の天狗、それに仮初めのまま置かれている自分の立場。早い内に譲渡に動かなければいけない。
 人望のない長男(だが第二子)より、人望のある長女。早い段階で、自分は後を継ぐ気がないのだと宣言しないと、問題が根深くなって不要な争いを招く。旧態的に長男である僕を担ごうとする者達は、勢力が弱い故に姉を暗殺してまで僕を担ぎ上げようとするかも知れない、しかも、僕の意思とは関係なく。そんなことは、望んでいない。

(この問題が解決したら、|群《むれ》を抜けよう。姉が家督を継げばいい)

 抜けた後どうするのかまでは考えていない。でも、このまま僕がこの席に座り続けているのは、良くないと思っていた。その契機として、彼のことを伝えるのも、よい契機かも知れない。

「彼は、どうするの? あんまり隠し通せるものじゃ」
「わかってる。これから、色々きかせに行こうと思ってたんだ。こいつも一緒に」
「あい!」

 さっきから出ている「彼」とは、|御東《みあずま》の中で生き延びていたあの少年のことだ。今は、犬走の柵の中にかくまっている。彼の体の中にある何かが、きっと病の解決につながるはずだと、僕は感じていた。彼をまた放浪に出して、見つけられなくなることは、大きな損失になる。それに、彼を放っておくことも出来なかった。彼はきっと受動免疫を持っている。|御東《みあずま》の病に対して抗血清を生成できるかも知れない。
 天狗の社会でのそれはまだ副作用が大きく、血清病による事故死が多い。だが|月帝飛地《MoonyBase》の医療技術なら、もっと精度のいい物が作れるはずだ。病の対応全体を丸投げするのでは社会の財政を圧迫する。だが血清の作成と培養だけなら、社会として高い勉強代として許容してもいいだろう、それくらいの痛みは負うべきなのだ。

「楓」
「なに」
「なんか、変なこと考えてないか?」
「へんなこと?」
「その……私に遠慮してない?」
「何いってんの? 最近自意識過剰なんじゃねえの。そういうところが嫌いなんだよ、文に影響されすぎじゃない?」

 鼻で嘲笑ってやる演技がこんなに大変だとは思わなかった、上手く出来たかどうか走らないけれど、姉は黙った。

「そんなことより、椛はちゃんと部下の指揮、とってくれよ? あんまりにもやる気が無いと流石に守矢に文句言われるからな」
「わかってるよ。でも、伐採部隊とのあの距離感じゃ、こっちの配置を見せてるようなものじゃないか」
「……弓兵を前に出すなんてバカか?」

 そうしてるんだよ。

「椛は右翼の指揮を取ってくれればいい。くれぐれも、指揮官自ら戦闘に出ないように。椛は血の気が多いから暴れすぎる。そういうやつが、作戦を台無しにするんだ。」
「……」
「わかったらさっさと持ち場に付いてくれ。言っとくが、この場の責任者は|まだ《・・》僕だ。いいね」

 文にせよ、姉にせよ、察しが良いやつは、嫌いだ。







「|選狗奴《えりくな》、地点乙へ移動。乖離判定距離の超過を確認。|八腕鹿布《やうしけふ》との再合流は15:33想定」
「どうせ刺激すればすぐにくっつくわ、離散集合、気にしなくて結構。伐採部隊は」
「予定通り待機中です」
「よろしい」

 仮設神籬の中で、|戦禰宜《ウォーロック》の報告を受ける東風谷早苗。四角く区切られ聖別された空間は彼女の玉座も同じ、一段高く設けられた三畳ほどの中で彼女は、胡座の膝に頬杖をつくような姿勢で、思惟に耽っている。見ているのは山域とその周囲を記した地図と兵の配置駒。
 考えはしたものの、作戦らしい作戦は思いつかなかった。
 というのも、相手はただの二個体。様相は軍隊同士の激突作戦ではなく暗殺作戦だと言うのに、その二個体(実際は一個体だが)の戦力が中規模以上の戦闘単位に匹敵するという特殊な戦闘において、作戦などという「予想」を前提においた立ち回りは殆ど役に立たないからだ。
 本当にただの暗殺で済むのなら相応のピンポイント攻撃を行えばいいが、相手は山を丸ごと領地としたような軍としての構えを見せる一方で、指揮系統は不要につき存在せず兵は本人のみ、だがどこに潜んでいるかもわからない以上、どこにでもいると前提せざるを得ない。安易に立ち入れば打撃を受ける。
 予想が立たないというのは、これが本当に軍隊であればその規模に応じた機動力の低下が見込まれ、その時点で最適な方法を取ることが逆に想定されるというのに、ただの数個体が構成する戦闘単位ではその戦闘単位は神出鬼没ということによる。更に集団知が機能しないため思い込みや誤解によって、あるいは奇をてらった意図的に最善な戦術を採らないという可能性があり、これを前提にいくら策を講じていようと作戦を練るほど逆に不利を招くという不合理中の合理が生じてしまい兼ねない。つまりゲリラだ。
 山の地形や状況を探るために送り込んだ偵察は、まだ一人も帰ってきていない。東風谷早苗は結局、山をジリジリと全て剥ぎ取って燻り出し、その上で一対多の正面戦闘を強いるという愚策とも取れる方法を選択した。特に|質《タチ》の悪いゲリラの掃滅と、同一とみなしたのだ。一つ違うのは、伐採部隊の背後に大規模な戦闘部隊を配置しているということだ。特に、天狗社会で抑圧的立場にある白狼天狗を、守矢の神官ほどではないが天狗社会での扱いよりも遥かに良い好待遇で抱え込んだ。

「狼部隊は」
「概ね好感触です。どのみち天狗の社会にいてもロクな扱いを受けませんから。進んで守矢の傭兵になった者が多いです。士気も戦闘力も高く、天狗を揺さぶることが出来ます。良い策を考えましたね」
「後は内政の問題です。幸い、|我々《守矢神社》の敷地には、固定的に力を持った種族がいません。河童が少々自治領を持っているくらいですし、彼等は文化さえ犯さなければ友好的ですから。今更別の種族が組み入れられたところで大きな諍いはないでしょう。」
「いかにも」
「彼等には、ここで大きな武功を上げてもらいます。守矢につけば名誉が回復できると、くすぐってやるのです。そもそも、彼等は能力の割に不当な扱いを受けている、守矢では狼移民に対してその能力に応じた立場を与える、それだけのこと。」
「わんこ、かわいいしねぇ。にんげんもきっとそんなにいやがらないよ。きっといいかんじになる」

 東風谷早苗の傍に、唐傘お化けが立ち出る。側で東風谷と会話をしていた高位の|戦禰宜《ウォーロック》は、本来その場にいるべきではない妖怪の姿を見ても、特に動じる様子はなかった。東風谷早苗はこの唐傘を化けをよく侍らせているのを知っているからだ。

「……特定の属を排斥するような動きを、私は好かないわ。社会に害悪さえ与えなければね」
「よーかいのわたしもそばにおいてくれてるしねえ、ふふ」

 特定の属とは狼のことを指し、社会に害悪を与えるものとは蜘蛛を指しているのだろう。東風谷早苗(と二柱の神)の政治思想は、その領地内では概ね好意的に捉えられている。天狗社会とは違い、内部の意思は比較的よく統一されていた。
 今回の狼の取り込みは、守矢中枢内では一つ大きな断面として捉えられている。二柱の神からこの件について完全に任されている東風谷早苗はそのカットオーバーとして、このグォダ=ニャマム事変を好機として重要視していた。

「ただ」
「なにか?」
「北側の部隊に戦慣れしていない狼がいるようで、陣形が好ましくありません。もっと包囲を厳重にするよう伝えているんですが一向に動かす気配もなく」
「捨ておきなさい。間もなく作戦を開始する。準備を」
「……は。」

 伝令はそのまま持ち場へ戻った。

「北……犬走家か」

 東風谷が苦々しく表情を歪めて独りごちる。
 何としてもうまく運びたいと思っていたのに、まさかグォダ=ニャマムとの直接対決であんな敗北を喫するとは。天狗を取り込む一手にも、不安要素が残る。東風谷早苗は太腿を閉じ合わせ、下半身に消えないまままだ残る違和感に屈辱を覚えながら、歯噛みする。

(く、そうっ……)

「まだきにしてんの」
「しない訳がないでしょう、あんな……」
「そ。くすくす」

 自分は全然気にしないのに、そう言いたそうに笑う唐傘お化け。妖怪と人間では、多くの場合価値観が異なる。肉体の純潔など、人間特有の観念でしか無いのだということを、東風谷早苗も理解はしていた。だからといって、拭えるわけではない。

「そろそろじゃなぁい?」
「そうね」

 時間だ。東風谷早苗は立ち上がり、合図を送る。

「では、予定通り作戦を開始します。各隊伐採開始、山を剥ぎ取りなさい」

 伝令が、巫女の言葉を外へ伝搬する。かくして、グォダ=ニャマム掃討作戦が開始された。

「私達も動くわよ」
「ええぇ?」
「動きの怪しい北側の戦線の後方に行く」







 二人共人間じゃない、みたいなことを言っていたけれど、こうやって並んで歩いてみると人間にしか思えない。まあ上手く隠すとか何とか、魔法っぽいアレアレをしているとか言うのなら、私が見ている二人の姿が今人間らしいということにさほどの意味はないのだろうが。そもそも人間じゃないなんて、信用なるものか。じゃあ何だって言うの? ……蛍とかアシダカとか何とか言ってたな、私は鬼か。なんかそうやって並べてしまうとまるで桃太郎なんかの昔話の主人公一行みたいな統一感のない感じもしなくもない。

(いややっぱり人間だろー)

 お前キジの役な、俺桃太郎。お前犬。おめー猿な。みたいな、そんなただの役回りの問題で言ってるんだきっと、そうに違いない。そう考えるほうが自然じゃないか。だって私、鬼だよ? まともな役回りじゃないじゃん。
 なんだか考えていたらお腹が減ってきた。

「そう言えば……お腹すかない?」
「そうですね、ちょっと。飴ちゃんありますよ?」

 飴|ち《・》|ゃ《・》|ん《・》って。と言いつつも私はアミちゃんから受け取った飴を、口に放り込んでいた。ニッキ飴。これ好きなんだよね……ババ臭いって言われるんだけど。周囲に漂っている「これ」の空気を払うには、これくらい香りの強いものがちょうどいいかもしれない。
 それよりも、この状況で空腹を訴える私の腹は一体どうなっているのだろうか。周りは、|辛痕《つらあと》患者の正直見るも無残な姿がズラリと並んだ、スプラッタシーンだというのに。こんなにも精神図太かった記憶が無いっていうか、|道《すすむ》君に「死体なら片付けちゃいました」なんて言われたときにいちいちびくびくしてしまった通り、私はそういうのが苦手だ。こんな趣味をしていれば、おばけや妖怪といった言い伝えと対面することは多いが、実際に対面してみるとそんなに怖いものはない。ホラーというのは、少なくとも日本のホラーというのは、ほんの少しの現実味がなければ怖くないのだろう、あんまりにも昔の情景描写で現実味のない怪談なんかを聞いて感じるのは「可愛い」という筋違いの感情だった。でも、逆にこの場で、例えば突然アミちゃんが

「わっ!」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!!!!!!」

 となるわけだ。

「サユリさん、なんか沈んでますね?」
「沈んでたわけじゃないけど今ので一気に昇天するかと思った……ていうか飴飲み込んじゃったんだけど」
「もいっこどーぞ」

 というかこの状況ではせめて沈ませておいてくれないだろうか。もう一個もらったニッキ飴を今度こそ味わうように舐める。特有の渋みのような辛味のような、ちくちくした不思議な味が口の中を彩っていく、これならしばらくは持ちそうな気がした。
 道行きで、|辛痕《つらあと》の患者とすれ違うことはほとんどなかった。動ける者は既に神社に向かった後だからだろうか、偶に、一人、二人、とすれ違うくらい。話しかけることができそうだったけれど、わざわざ車から降りてそうしようとは思わなかった。
 だが、まっすぐ神社の傍まで来てみれば、その頃には流石に多くの患者が歩いている。まるで、この小さな村の住人全員が集まっているのでは、と思わせられる、この|阿波戸《あわと》にきてからこれほど人が賑わっているのを見たことがない。こんな光景でも賑やかなところを見ると急に|生《せい》を感じる、やっぱりお腹空いたなあ。

(医者に行くより先にここに来るって、余程のことだわね)

 流石にキーは返した。彼女達が私をハメるつもりなのかどうか、私は気にするのもやめた。不安感はある。二人共素性の知れない人物だし、言ってることは正直意味がわからない。寄生虫だの鬼だの神様だの山だの土蜘蛛だの、胡散臭いというレベルを超えている。これは純粋に好奇心のしでかしたことだ、彼女達の身に何かあったとしても、私はとっとと逃げ帰るべきだったと、理性は訴えているのだから。私がこんな趣味の、しかもバカが付くやつでなければ、好奇心があったところで怪しいと引き返すところだったはずだ。私には人を救うなんて大それた思想もない、病気が蔓延したとしたって今日日完全に解明不能な病気であるなんてことはないだろうし、仮にそうだとしても余程バカな対処をしなければ封じ込めなりなんなりは出来るだろう、別にこれが私である必要も、使命感もない。

(まともな医者がいない、なんてことも言ってたな、そういえば)

 有名な神社に比べるとそう呼ぶのにはいくらか無理がありそうな細い参道を、発病した人々が犇めいている。ほぼ全員が、見た目に痛々しいあの腫瘤を抱えている。「竜宮」を出た時のまるでゾンビ系パニック映画みたいな絵面が、そこには再び繰り広げられていた。途中で力尽きたのかという人がその辺に横たわっているのも見えたし、その死体なのか瀕死体なのかわからない人の体は、まるで氷が溶けるように、その接地面から液面を拡げている。
 辺りには血の匂いが漂っている、あの腫瘤が潰れた時のもの、この病に冒された血の匂いに違いない。それに、街の中では感じなかった、妙にじっとりとした空気が木々の間を埋め蒸した苔に絡みついて辺りを淀めかせていた。とにかく、この場にいるだけでも気分が悪くなってしまう、目を開いてこの光景を見れば間違いなく胸の中を掻き回されたような、つまり今私が感じているような不快感にさいなまれることになる、恐怖感と言ってもいい。だのに。

(怖いけど……お腹は減るものなんだなあ)

 これが、感染源の不明な(神様の|祟《タタリ》だなどと言っていたが)病気だとして、こんな風に重症患者が密集してウロウロしている場所に自ら足を運ぶなんて、我ながらアホだ。空腹は続いている。あまりにも急激におかしなことが起こっているから頭がぐるぐると無駄に回っている。そのせいかもしれないし自覚のないストレスで糖分を欲しているのかもしれない。
 端的に言って、自分があの病気に罹らないことが判っている以上、もうリスクを負って関わり合う必要なんてない。この悲惨な光景の中にいても空腹を感じてしまうというのは、おそらくは無意識下でこの状況は私に関係のないことだという落款が働いているからなのだと思う。その楽観もあるのだろう、この二人とこうして行動を共にしてしまっているのは、この|阿波戸《あわと》という地域の不思議な歴史と、何よりその歴史が化石としてではなくナマのまま生きていて、そのナマの姿を見ることが出来るなんて魅力に勝つことが出来なかった。それと。

「アミちゃん?」
「はい」
「なんかすごくくっついてくるなあって」

 アミちゃんが妙に、ベッタリとくっついてくる。外で歩いていて手をつなぐこと自体初めてだが、肩と肩が当たるくらいで、足が絡みそうになる。いっしょに歩くのになれてないカップルみたいで(なれてないんだけどさ)、なんだか、妙な感じ。
 ……つまり、こんな場所にやって来るアホな行動でも、彼女に頼まれたら断れないなあって、我ながらばかみたいな理由だった。
 いや、それよりこの状況だ。

「え、そうですか? 普通ですよ?」
(いやいや、アタック凄いとおもうよ……)

 くっついてくると言うよりも、ガシガシあたって来るようにも思える。やば、また足掛かっちゃた。

「アミ、って名乗ってるのか」
「ええ、いいでしょ」

 アミちゃんもそう言えば本名かどうか、知らないんだよな。ああ言ってるところを聞くと偽名なんだろうけど。「竜宮」の台帳に書いた時以来、お互いの名前はサユリとアミで固定されたままだ。特に不都合なんて感じてない、彼女が指名手配中の凶悪犯罪者だとしても、私は人相書きの名前なんて一つも覚えていないし、そんなことは今更どうでもいいと思うから。過去なんて、特に悪い過去なんて、どこかでまるっと肯定するか、切り捨てて忘れるか、するべきなのだ。いつまでも罪や罰や後ろめたさのまま墓場まで抱え続けるなんて、そんな腐った美談に、私は共感できない。
 だからアミちゃんが、私以外の誰かとの間で何者であっても、私とアミちゃんの間での関係には、何一つ関わりのないことだ。そのせいで、私もついでに悪人にされてしまったとしても、むしろ罪のない私を罪人扱いする誰かがこそ罪人であるべきだ、気にすることなんて何一つない。
 そういう点では|道《すすむ》君とアミちゃんの関係もよくわからない。アミちゃんは|道《すすむ》君にあんまりいい印象を持っていないようにも見える。それって、私が彼のことを〝かわいい〟って言ったからなのだろうか。彼と彼女の事情がどうであろうと知ったことではないが、私の発言が原因だとしたら、流石に少しの申し訳無さがある。

(ああ、そうか)

 そう考えると、何だか納得がいった。
 アミちゃんは、|道《すすむ》君を警戒しているのだ。|道《すすむ》君と私が近くにいるのを嫌がっている。歩いてると必ず間に入ってくるし、がしがしあたってくるのは、そのまま距離を取るように、体を寄せて来ているからだろう。

(うーん、|道《すすむ》君に対してそういうつもりは、ないんだけどな……)

 そうは言っても、それを口にして否定したってきっと納得はしてくれないだろう。

「みんな、発病してるね」

 当たり前のことを口にしてしまう。というのも、眼前に広がる病人の行進はいちいちそれを言葉にする意味なんか無くて、大丈夫ではなさそうな人達ばかりで、それをいちいちこの二人と共有する必要なんてないと思ったからだ。感染が見られない人はその更新の中にも何人かはいるが、だからといって健康体には見えなかった。「あそみさまのタタリだ」とか「ひるこさま、ひるこさま」と症状がある人もない人も口々に呟きながら歩いている。この病気がこんなにも広まるのは神様がお怒りなのだ、とか、伝わっているのだろう。

「ええ」
「なおるの、かな」
「医者に行けば治る道もあるかもしれません。でもこの土地の人間は、皆こうしてここに来ます」
「それは、神様が大切だから?」
「大切とか、そういう〝比較〟ではないんです、〝そういうもの〟なんです。奇妙でしょう?」

 |道《すすむ》君はそれでもいつもの人懐こさで、答えてくれる。途端に、アミちゃんの体が間に入ってきた。鉄壁かよ。

「アミちゃん」
「はい。サユリさんのポイントガードなら任せて下さい」
「いや、そうでなくて。飴、もいっこ頂戴」
「どーぞどーぞ」

 アミちゃんから今度受け取ったのは黒飴だった。アミちゃん飴のチョイス渋すぎない?
 私は大物主命(≒大国主命、大巳貴命)に見出していたが、アミちゃんや|道《すすむ》君の言うには、この病は土蜘蛛の生み出した別の|疫病《タタリ》神の仕業なのだという。それはヒルコの名を冠しているがやはり正体は不明らしい。この先、阿祖神社で|祝主《しゅくしゅ》の花鹿《かじか》ちゃんに聞けばまた何かがわかるのかもしれないしわからないかもしれない。どちらにせよ、この土地にある伝承は古いもの(縄文の神)と新しいもの(大和の神)の間の合わさったような姿をしていて、しかも生きている。この状況自体が確固たる|起源と軸《骨》を持たないヒルコのようにも思えた。この病が土蜘蛛の|祟《タタリ》だとしてもきっと、現代科学でなら病原の解明は出来るだろう。それでもこの土地では、医学ではなく、別の神の奇蹟を望んでいる。それが、この|阿波戸《あわと》という土地とその民俗なのだろうか。

「ほいれさ、あほりんりゃに、なにがあるっれいうの?」
「サユリさん……かわいい♥」
「|甘種《アシダカ》、お前一体どうしてしまったの、馬鹿になったの、それヒルコ骨抜きっていう高等なギャグなの」
「ご、ごべん」

 黒飴を私は、ガリガリと噛んでいた。さっきのニッキ飴と違って刺激がないから、遠慮なく砕き割ってしまう。甘い、美味しい。でも、足りない。やっぱちゃんと御飯食べないとダメだ、お腹すいて気が漫ろになってしまう。

「なんか、お腹、空きすぎてよくわかんない。アミちゃんがよくごちそうしてくれるサワニシ、あれ腹持ちいいって今になって思うよ。こういうお腹がすいたときになんだかすごく食べたくなっちゃう。そっか、それで隠れた名物なんだね。別に特別美味しいワケじゃないのに、スルメみたいなものかな」
「あれが好きっていうのはあな」
「ふふ、そうかも知れません。私もそういう感じでなんかだらだらと食べてしまうんです」

 と、笑いながらさり気なくやっぱり私と|道《すすむ》君を遠ざけるようにガードに入ってくるアミちゃん。

「|甘種《アシダカ》、さっきからなんなの」
「ええ?」
「僕がおねーさんと話をしようとしたら割り込んでくるし、さっきからあるきながらさり気なく蹴っ飛ばされてるし」
「あらー、ホっタルちゃぁん、やきもち? そんなことしてませんよ? 気のせいじゃないですか、ちょっと自意識過剰っていうか? やっぱ嫉妬ですか? 嫉妬とか醜いですよー?」

(……うっざ)
(アミちゃんそれはちょっとウザい)

 なんだか微笑ましいやり取りをしているが、忘れてはいけない、周囲は明らかにそんな微笑ましい状況ではない。周囲の状況から見ればむしろ私達三人の姿のほうが浮いている、人は犇めいているのに、まともな姿の人間なんかほとんどいない、皆酷い病状で生きるか死ぬかを彷徨っているというのに。
 この精神性がここにいる鬼(つまり縄文系の色濃い人間)の持ち物だとでも言うのだろうか、そんな都合のいいもののはずがない、ただ、自分の体はあの病気を受け付けないという楽観が無いでもなかった。
 だが。

「っ?」

 それは鳥居を抜けた辺りで突然に現れた。参道を歩き鳥居を抜けた辺りで、空気が一変したのだ。それまで漂っていた湿っぽい空気は更に濃度と粘度を増して、じっとりぬらついて|妖《なま》めいた空気へと姿を変えている。

「|祝主《しゅくしゅ》様のテリトリです」

 空気の変化に反応した私を察して、アミちゃんが新しい飴を差し出しながら言う。

「|祝主《しゅくしゅ》って、|花鹿《かじか》ちゃんだよね。御朱印もらったよ」
「ええ。そして、|宿主《しゅくしゅ》です、|入《・》|っ《・》|て《・》います」
「|道《すすむ》君が作ったっていう虫?」

 |道《すすむ》君は、何も答えない。勿論イ○テルプロセッサではない。

「でも|花鹿《かじか》ちゃんは、さっきの話でいうと縄文の系譜なわけでしょう? 虫を入れなくっても平気なんじゃないの? 私達みたいに」
「勿論、理屈ではそうです。でも、この土地のヒルコ信仰はそういう理屈からは既に外れてしまっているんです、多分。そうですよね、化蛍さん?」

 つまり効果の有無や実際の意味に関わらず、|祝主《しゅくしゅ》というのは|寄生虫《ヒルコ》を自らに寄生させることそのものが、宗教的行為として独自の意味を持っているということなのだろう。病に罹らず、寄生虫を入れる必要がなかったとしても、その行為自体が信仰心を誘発するカタリストだというのか。もし、寄生虫を体に入れることによって生じる何らかの病変があるのだとすると(あの白い浮腫?)、それがレガリアとなる。つまり三種の神器や祭儀と、寄生虫を体に入れて人前に出ることが、等価なのだ。何という歪なことだろうか。これが、新旧神話体系の間に挟まれて変質を余儀なくされた不遇の神々の生き延びた姿なのだろうか。

「あ、あの」

 ふと、突然アミちゃんが声を上げる。

「ん? どしたの?」
「私、その、御手洗に……」
「アシダカ、こんなときに」
「|道《すすむ》君、だめだよ、女の子はトイレ近い子多いんだから。
ナーバスなの」
「あ、あのですね、お姉さん。この」
「そーだですよ! トイレくらい行かせてよっ!」
「ぇぇー……」

(そーだですよって、アミちゃんさん……)

「まあまあ、トイレくらい、ね、すぐ終わるだろうし。えっと、近くにあったっけ?」

 アミちゃんは頭を横にふる。「なので、ちょっと……そのへんで、してきますから……」と小さい声で言い残して、本当にそのへんの茂みの中に消えてしまった。見えない。いや、見えるところでなんかしないだろうけど。
 それを見た|道《すすむ》君が、大きく溜息をつく。ちょっとした溜息じゃない、凄く疲れたと言うか吐き捨てたい気分がありますよって主張するような、えー、見た目の幼さに見合わない、おっさん臭いやつ。

「はあ゛っ……!」
「えっと」
「なんか、ひどく嫌われているんです、僕は、彼女に」
「まあ、見れば、わかるかな、うん」

 確かにアミちゃんのガード()を見れば、それは一目瞭然だ。

「神職同士でも派閥とかあるんだね」
「神職?」
「あれ、アミちゃんは阿祖神社の神職なんでしょ? |道《すすむ》君も蛍とか言って、そういうもんなんでしょ? あれ、ちがうのか」
「はは、大体似たようなものですね、確かに僕は彼女の、今は言いなりだ」

 彼女、そう言った。|花鹿《かじか》様と呼んでみたり、こうして気の抜けたタイミングでは代名詞で呼びつけてみたり、距離感が特殊でよくわからない。そもそも|花鹿《かじか》ちゃんに対して何か裏っぽい思慮を持っているから、こんな行動をしているわけだ。|花鹿《かじか》様の従僕だ、なんて言っておきながら、きっと単純にそういう関係なのではないのだろうと、思う。

「派閥、といえば確かに派閥かもしれませんね。一人と一人しかいませんけど。僕と、|甘種《アシダカ》じゃ、発端が違うだけで立場は同じ様なものですから。」
「あ、一人ずつなんだ……それじゃ、ただ仲が悪いだけか」
「まあ、ええ、そうです」

 苦笑いしている|道《すすむ》君。と。

「你没有发病吗?」

 突然一人の男が話しかけてきた。私達と同じく罹患しない体なのか、それともまだ発症していないだけなのかはわからない。でもその恨みのこもったような目を見ると、どうやら後者らしいことが想像できる。体の何処かには既に腫瘤が出来ているのかもしれない。

「えっ? あの、すみません、私」
「为什么 为什么我和我的妻子发病!」
「停止它 如果你住在这个村庄 这是不可避免的」
「这样的事情 我不能接受它!」

 どこの言葉だろうか、日本語ではないのは確かだ。でも、何を言っているのかはよくわからない。
 隣にいるのは奥さんなのだろうか、もしかしたらお母さん? 女性のように見えるが既に体の多くの部分に腫瘤が出来ていて年齢は推測もできない、無残な姿になっている。男の方は、よくよく見れば顔や上半身にぶつぶつと出来上がりかけているのがわかる。

「ヒルコ様の加護のおかげです。僕達は、これからお社に向かって|祝主《しゅくしゅ》様と一緒に、皆さんのお手当を」

 |道《すすむ》君は相手の言っていることがわかっているのだろうか。取り敢えず言葉を返しているようだが、相手の気色が良くなる様子はない。それどころか、激高していて、|道《すすむ》君もたじたじになっている。

「Hiruko? Hiruko不是神吗? 为什么Hiruko对人类做这样一件可怕的事情!? Hiruko不是神 Hiruko是一个是瘟疫之神或怪物! 你们也是怪物!」
「这片土地的神对我们生气 这是来自上帝的惩罚……」

 症状の軽い(あるいはまだ本格的に出始めていない)男性が声を荒げて私や|道《すすむ》君に何かを叫んでいるのに対し、症状の酷い女性は、男の方を制止している。なんと行っているのかはわからない。おとなしそうに制止しているように見えるのは、単純に体力が落ちていてそう出来ないだけで、男性と同じ事を言っているのかもしれない。

「ごめんなさい、私、日本語しかわからないので」
「……闭嘴 他妈的屄!」
「えっ、っと、えっ!? ちょっ!!」

 男が突然、何かを振り上げた。バットだ。どう見ても、私に向かって振り上げている。脅しじゃない、すぐにわかった。目が本気で、私めがけて本気で殴りかかってきている。男の腕力で、あんなものを思い切り振り回されて、当たったりしたらただじゃ済まない。
 他の病人も、やめなさい、といった視線と声は送っているが、止めに入るようなことはしてくれない。それだけの活力を失ってしまっているのかもしれないし、心底では病気にかかっていない私達に対して同じような感情を持っているからかもしれない。とにかく一振り目は相手が雑に振ったために少し動いただけで躱すことが出来たが、そう何度も続かないだろう。
 命中したら、骨を持っていかれるか、頭に当たろうものなら死んでしまう。あんなものを振り回しているのだから殺すつもりなのだろう。やばい、本当に殺される。ぞくりと背筋が嫌な電流を流した。

「|道《すすむ》君、逃げよ!」
「はい」

 私は後ろ向きに走り出そうとしたが、男が振り回すバットは想像以上に速い、その先端が二の腕あたりを掠める。

「いっ、たあっ」

 クリーンヒットはしなかったけど手加減する様子はなかった。

(逃げなきゃ、逃げなきゃ)

「杀了你!」
「やめっ、やめて、やめてってば!!」
「该死!倭 死!」

 私は一目散に、|道《すすむ》君の手を引いてその場所から逃げ出す。でも|道《すすむ》君は手を振り払って、別々に逃げることを提案してきた。そっちの方が小回りがきく、当然の選択かもしれない。素直に手を離して別々に逃げることにした。道を引き返して男の振り回すバットから逃げ回りながら、山中を行き来する。足には自身があるが、道が悪いことと、上下起伏の多いこの地形ではどうしても男性に分がある。せめてもう少し症状が酷ければ、なんて酷いことを考えてしまうが、相手がしようとしていることも十分に酷い。

(あ、アミちゃんは、どこに……)

 気にはなったけれど今はそれどころじゃない、せめて|道《すすむ》君の所在だけでも把握しながら男から逃げようと、駆け回る。すっかり道から外れて個々がどこだかわからなくなっている。|道《すすむ》君の姿も見えないが、男がこっちを負ってきているのなら彼は大丈夫ということだろう。アミちゃんと合流して、やっぱり家に帰ってくれたらな、なんて自分の危機的状況を忘れた他人事のように考えてしまう。
「下地狱!」
「うわっ! ちょっと、ほんとに、ねえっ!」

 ぞわぞわと、胸のあたりに嫌な感覚が膨らんできている。なんだかよくわからないけど、きっと人間相手に命の危機を感じるなんてはじめてのことだから、その恐怖感と不快感の入り混じった感情なのだろう。もやもやとしていながら冷や汗をかくような、焦りと恐怖の重畳。
 マズい、殺される。何で? 私に症状が出てないからなの? 逆恨みで殺されなきゃいけないの? 私が死んだってあなたの病は治らないのに、何でそんな不合理なことをするの?
 病人でもいいから人がいる方に逃げればよかったかもしれない、でも、もしかしたら同じ様に症状のない人への逆恨みを誘発してしまうかもしれなかった。

「やめて、やめてっ! 誰か、助けてっ……あっ!」

 相手の位置と振り回される金属バットへの恐怖に、足元への注意が散漫になっていた。木の根の張り出したところに躓いて私は派手に転んでしまう。

(や、やばっ……)

 起き上がるまでのタイムロス、男に、追いつかれてしまう。早く、早く立ち上がらないと。

「っ! やだ、やだよおっ!」

 足を挫いていた。足首の筋が悲鳴を上げている。痛いだけじゃなく足は上手く動かなくて、走る速度がガタ落ち。男に追いつかれてしまった。

「小屄!!」

 背後でバットを振りかぶる男の気配を感じ、思わず体をすくめた。ぶぉん、と鈍く空気を切る音が響いた。空振り、でもすぐに次が来る。距離を取ることなんてできそうにない。もうだめ! 逃げたい一身と足の動きが一致せず、私は滑り込むように地面に転んでしまう。すかさず次の一撃が振りかぶられた。

(〜〜〜〜っ!!)

 がんっ!
 体を転げさせると、バットの先端が地面にめり込む音が聞こえた。二度目の回避。でも、これ以上同しようもないように思える。すぐに持ち上げられ振りかざされるバット、今度こそ、その一撃が命中してしまった。

「いっ……ったぁあっ!!!」

 咄嗟に足を上げた、それに効果があったのかどうかはわからないが、偶然衝撃を滑らせるような角度で太腿にヒットし、痛みは大きいものの骨がやられるなどということは避けられた。

「不要动」
「や、だよっ」

 なんて言っているのかはわからないけど、きっと逃げるなとかおとなしくしろとかしねとかそういう事を言っているんだろう。そんなのするわけない!
 男はバットを上段ではなく横に構える。本当にボールを打つときのように横に振るつもりだろうか。すぐに大きく振り回された。慌ててもう一度倒れ込んで躱すが、今度は私はもう完全に横たわる形になっている。距離も密着状態で、次に狙いを定めて振られたら今度こそ頭蓋を砕かれて死ぬような気がした。

「いや、いやいやだよおおっ!!」

 私は有りもしない腹筋を使って、青受けに倒れるのではなく上半身を起こしてそのまま前屈のように体を折り曲げる。一瞬体を起こしたのは、すんでのところでバットがやって来る直前。振り込まれたバットは前かがみに倒した頭の、丁度後ろ側を通り抜けた。また何とか生き延びた。
 私は上半身の高さを変えないように足を曲げて下半身も起こししゃがむような姿勢を作ってから、男の腹にタックルするように突っ込んだ。アメフトだのラグビーだのを遣ったことはない、それどころか陸上を少しやった程度の女がこんなことしたって一時凌ぎだ。
 男は私の予想外の行動に懐を取られて、タックルはクリーンに入る。バランスを崩し、上体を起こされた男はよろけて、そのまま転んだ。それと。

 からん

 バットが、その手から落ちたのがわかった。相手の凶器、それが、今、相手の手を離れて――

(私の手の届く範囲に、転がっている……)

 それからの視界は、まるでタ○ムブースターを使って時間を圧縮したかのようにコマ送りのゆっくりとしたものに変わる。まるで時間の速さがゆっくりに変わったみたいに。私の頭の中の思考クロックだけが急激に加速したみたいだ。相手が慌てて転がり落ちたバットを拾おうとする表情を目の形から口の開き具合、伸ばした手の指の伸び具合までつぶさに観察してもまだ「余裕がある」と思えた。

 やってしまえ、やらなければ、やられる。
 すべきことはわかっている、そして、それが出来ることも、わかっている。
 やってしまえ。
 やってしまえ、やってしまえ、やってしまえ、やってしまえ、やってしまえ、やってしまえ、やってしまえ、やってしまえ。

 やってもいいんだ、由貴。やってしまえ。

 視界が急に赤く染まった気がした。意識はとんでもなくクリアで、思考クロックは爆上げ、でも焼き切れたりなんかしないこの上なく冷たい。男が必死の形相で手を伸ばしてバットを取ろうとする動きを、私は辺りの静けさと相対的な速度の違いを確認するようにあたりを見回してもなおハッキリと、「遅い」と認識できた。スローモーションで手を伸ばす男の動きに対して、私が割り込んでそのバットを取るために出した手は、通常の再生速度。割り込める、簡単に。

 やってしまえ!

 さっきから私の声を使って私の頭の中で私を語る別の何者かがいちいち私に支持を出してくる。やってしまえ、つまり、この男を。

「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

 べきっ!

 私の手は男がそうするよりも相当早くバットを掠め取り、思い切り振りかざした金属の棒は男の頭部を殴打した。私は横たわったままだ、力が入りづらい。それでも得物を奪われ反撃にあった男の表情と言ったら。

(……愉快だわ!)

 男はよろめいた、私はその隙に立ち上がって、奪い取った金属バットを振りかぶる。

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛お゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛っ!!」

 この声は、私のもの? 獣のような、化物のような、野太い声が。そうか。そうかも、そうなのかも。

 ガッ!!

 私が振り下ろした金属バットは、男の頭頂部からほんの少しだけ右にずれた辺りに、めり込んだ。金属の棒とバットのグリップから掌に伝わってくる、固いものが割れるような感触。金属バットから響く、滑稽なほど澄んだ打撃音。
 男が、ひっくり返って転がった。白目をむいて、泡を吹いている。それでも構わず私は次の打撃を振り下ろした。再び頭だ、頭が弱点だ、人間は頭が壊れれば絶対に壊れる。他の場所よりも確実に。頭だ、頭だ、頭を割れ、頭を砕け、頭を潰せ!

 べぎゅっ、ぎんっ、がりっ

 一撃目で既に男の体はまともに動いていないようだった、脳震盪を起こしたか、それとももっと深刻な障害を招いたか。どちらにせよ関係ない。私は更に、二度、三度、と立て続けに打撃を加えていく。三回目くらいからは狙いなんて適当だった。頭あたりを狙って闇雲にバットを振り下ろす。

 やらなきゃ。ころさなきゃ。

 頭に当たるものもあれば、かすって肩や上半身へ流れるものもある。それでも、構わなかった。とにかく、この男を停止させなければ、私が、壊されるのだ。

 壊さなきゃ、殺さなきゃ、停止させなきゃ。終わらせなきゃ。

 滅多打ち。途中からは私はこの男の一体どこを砕いているのか、自分でもよくわからなくなってきた。振り下ろす度に、骨が砕ける感触と、肉を潰す感触のどちらかが掌に伝わってくる。悲鳴のような呻きのような声も、その度に撚る出されるように聞こえていた。

 がすっ、べきっ

 何度も何度もバットを振り下ろしている内に、男のどこを砕いているのかよくわからなくなっている理由がわかった。
 男の頭部は既に無くなっていたからだ。私はそれでも執拗に打撃を加えていく。逃げるのが目的だった。止めるのが目的だった。殺すのが目的だった。今は?
 探している、探している。
 バットを力いっぱい振り下ろして、骨が砕ける音。内臓が潰れる貫通感。壊れていく体組織の裂けるような感触、失われていく弾力。筋質をほぐされて柔らかい血と肉になったそれを更に打ち込む柔らかい感触。撒き散らされる血の中に潰れた肉の中に裂けた筋の中に破れた皮膚の下に砕けた骨の合間に、それを探している。

 いない。いない、いない!

 最後の一激を振り下ろす頃には、男は人の形を失っていた。柔らかくぐちゃぐちゃとした何かの混合物。振り下ろした最後の一撃は、絶望したように怒りを込めるように言い聞かせるように、投げやりでより強く、振り下ろされた。
 ぶちょっ

 最後の一振りは、地面に埋まった石か何かに方向が都合よく(悪く)あたったららしい。ミンチになったピンク色の飛沫が、私の腕に飛び散ったのを感じた。
 そうしてみれば、私の体にはいつの間にか、無数の返り血と何かの破片が、こびりついている。
 それを自覚したとき、私の頭の中を呼吸も出来ないくらいにギュウギュウに内圧させていた強迫じみた殺人衝動が、雪の結晶が掌の上でしぼんで消えていくみたいに、急に溶けてなくなった。その下から現れる、通常の理性。
 眼の前の光景も、自分がしたことも、直観は取り込まれている。それは記憶として蓄積されていて、今それを解釈する機能が突然切り替わった。

「あ……あっ、こ、これっ……これっ!」

 私、なんてことを。これ、正当防衛じゃ、ない……こんな風に、人を、してしまうなんて。
 バットを放り出して、体に付いた血肉の飛沫を払い捨てる……と、自分では思っていた。でも。
 突然襲い掛かってきたのは、あの空腹感だ。お腹が空いた、というよりは腹部が抉り取られて無くなってしまったんじゃないかという強迫さえ持った、寂寞が湧き出していた。それを満たしたくて堪らなかった。舌の付け根がよじれて、喉の奥がくくっと膨らむような感覚。胃がせり上がったり垂れ下がったりを繰り返して熱くなり、突然に大量の胃液を分泌している。頭の中を、腹部の空虚感のことだけが満たして溢れるほど、その溢れたものは、口の端から涎になって出てしまいそうになる。

「う、ううっ、わ、ああっ」

 キラキラと輝く赤い液体のその色合いに、強烈な魅力を感じる。それは魔力だったかもしれない。もし私が薬物中毒者だったなら、離脱症状の中で見つけてしまった薬物に対する渇望の感覚と表現したかもしれない。中途半端に燃え上がった性欲を最後まで燃え上がらせて終えたいという肉欲だったかもしれない。体を垂れて流れていく感触に、拭い取らなければと言う異物感ではなく、愛おしいものが触れているという理解しがたい感覚が膨らんでいた。それを、私は、内に取り込まなければ!
 がらん、とバットを落とした私は、体についた返り血の飛沫を舐めていた。舌から伝わる、生臭い匂い、鉄の味、病で変質したそれは普通の血の味ではなく、エグみがあって少し腐臭がする、口当たりが悪くて、美味しくはない。

 ……美味しくはない? 美味しいわけがないだろう! 人の血なんて、病変していようがいまいが、美味しいと感じる理由がどこにある!?

 理性の訴えた不適切さを、しかし脳のもっと深い部分にある爬虫の脳が、ばっさりと却下した。
 血液を舐めて、舌先から伝わる味、口の中に広がる風味。それはまるで極上の果実の汁を舐めたときのように、空腹に空腹を重ねたその状態でビーフシチューの雫を口にしたときのように、それに、真夜中に不意に火が付いてしまった性欲を一人で慰めるときのように、私はその味に一瞬で夢中になった。馬鹿みたいに自分の腕に口を当てて、飛び散って付いた他人の血を、舐めてしまう。

 ああ、なんて、なんてなんて、なんて美味しいんだろう、この赤いものは!!

 私はただ、ぼうっと立ち竦んだように、バットでずたずたの肉塊に変わってしまった名前も知らない男の死体を眺めている。両手で抱えきれない程のその赤いもの、が、そこにはある。たっぷり、これなら飴なんかよりもよっぽどこの空腹感に応えてくれるはずだ。
 私はしゃがみこんで、辛うじて人のシルエットだけを残しているその赤く潰れたものに手を伸ばす。まだ体温が残っていて、愛おしい血塗れの感覚が指先から襲い掛かってきた。触ったのは私からなのに、私の意識も感覚も全て、その指先を通じて死体の方に奪われていくような、でも、不快感じゃないこれは。

(たべたい)

 それまで漠然としたままの不定形な欲求でしかなかったそれに対して、私はついに「たべたい」という言葉を、与えてしまった。それは、この異様な欲求が理性の領域を侵食しはじめその特有の能力である言語や思考にはみ出してきていることを意味している。それを、客観するだけの知性は残されているが、その知性は特に何もしない。危機感も抱かないし嫌悪感も持たない、忌避もしない。だってもう、冒されているから。
 これ、食べたいの。もっと。
 そのたった一言を理性の中で明言し具体的な言葉で定義してその姿をはっきりと認識してしまったとき、今度はそれに対して実際にどのような行為をすれば襲いくるこの欲求に応えられるのか、理解してしまった。理解してしまえた。きっと、理解してはいけないものだったと思うのに。
 私は指先に触れている濡れて温かい感覚を残した赤くて柔らかいものを、手に取る。既にずたずたにミンチになっているそれは、少し力を入れただけで容易にちょうどいい断片に千切れて手の中に収まる。理性は抵抗を許されていない。それはいけないと思っていても行けないと思っていない。

 そのまま私は、それを口の中に運んで、咀嚼していた。

 口の中に広がる血と油の味。鼻を抜ける風味。歯を合わせるとしゃくしゃくと破れて、一層その味と香りが口の中でましていく。味覚、嗅覚、それに口の中じゅうの触角、それらが全て、歓喜している。この赤い食物を口に出来たことで、私はとんでもない充足感と、多幸感に包まれて、まるでオーガズムにいたったときのような喜悦と爽快に満たされてそれを否定するものは体中のどこを探しても存在しない。

(おい……しい)

 ひとくち口に入れただけで、この満足感。満たされていく、体の隅々まで。それが、目の前にこんなにたくさんある。いや、目の前だけじゃない、食べたいと思えば、この世には人間なんて沢山いる。なんて素敵なことに、気付いてしまったんだろう、私は……。







「ついに、人を食ったな」
「っ」

 突然、後から声をかけられた。|道《すすむ》君だ。無事に、男は私がこんなふうにしてしまったのだから当然だが無事に、逃げ切った|道《すすむ》君、なに? ついに? ついにってどういうこと? でも、私のしたことの意味の前では、そんな「ついに」の意味なんて、小さな小さな問題だろう。
 私は、一体何を口に入れた? なにか、恐ろしいことを、してしまったんじゃ……!?

「ち、違うの、これは、これはそういうんじゃなくて」

 何も違わない、私は今、確かに人の肉を口にした。こんなおっさんの肉、とか、どこの肉かもわからない、とか、病変した明らかにヤバい肉、とか、そんなことは関係ない。相手が私を殺しにかかってきていたという口実で人を殺し、自らの手で撲殺した人間の血を舐め、肉を口にした。
 そして、その、甘美なことといったら、なかった。
「ここまでだ鬼、これ以上は看過できない。どうやって|甘種《アシダカ》を丸め込んだのかは知らないけど、このまま、あなたを|花鹿《かじか》様の下に行かせる訳にはいかない。自制と説得ができる希望があるかと思ったが、はじめから無理だったんだ、やっぱり血は抑え込めない」
「えっ、|道《すすむ》君、何ゆって……きゃっ!?」

 何か強い衝撃を受けた、まるで蹴り飛ばされたような感じ。私は突然の衝撃に身構えることも出来ずに為す術もなく地面を転げる。

「った……な、何するの!?」

 見回すと、それまでそこにいたはずの|道《すすむ》君の姿が見当たらない。きょろきょろと彼の姿を探すが、やはり見えなかった。だが。

「ぐっ!?」

 まるで突然瞬間移動でそこに現れたように、再び現れた|道《すすむ》君、いや、これは……。

「化け、蛍……」

 蹴り飛ばされて仰向けになった私の上に覆い被さっている|道《すすむ》君の姿は、大まかには人の形をしている。体の大きさも今まで通りの小柄な少年といったもの、でも、私の腕と足を絡め取って押さえつけている手足の力は、まるでその少年の姿には見合わないほどに強靭だ。よく見れば、人間のような肌の色合いをしてはいるが、その表面は妙に光沢を放っている、まるで、甲虫の表面のような。関節をよく見ると球体関節人形のように物理的に分離した表面構造と内部の細い箇所で接合された、虫の外骨格のような形に変化している箇所があった。彼に似合いの可愛いと思っていたパーカーも、何か妙な光沢と硬質感をまとい始めている。
 ハメられた、と改めて思った。その予感は当然あった、だが行動を起こすとしたらアミちゃんの方なんじゃないか、私に警戒されずに近寄れるのは彼女なのだから、と、思っていた。事を起こしたのは、|道《すすむ》君の方だった。

「お姉さん、あなたの勇気は、見上げたものです。普通ならこんな所までついてきたりしないと思いますよ。やっぱりあなたは変な人だ、でも、それが何故なのかボクも、それに|甘種《アシダカ》もよく知っている。」
「……私が、鬼だから?」
「その通りです。自覚がないようで、助かりましたけど。僕をすっかりうまく騙してくれましたね、おかげで意味もなくあなたにペラペラと要らないことを喋ってしまいました。素直に後悔しています」

 苦々しく、憎しいものを見るような目で、動けない私を見ている。

「騙した、つもりじゃ……」
「|甘種《アシダカ》が何を考えてあなたをここに導いたのか、僕には理解できません。でも僕も、|甘種《アシダカ》も、|花鹿《かじか》様の下僕でその意思に従っているということは、共通しています。あなたの存在が|花鹿《かじか》様にとって害悪であるということも。あなたの鬼化によって、説得の希望は潰えた」

 すごい力、子供だと思っていたのに、思い切り暴れようとしても、手も足も微動だにできない。外見の変化に加えてこれが、人間じゃないという証だろうか。まるで両手両足を地面にピンで止められたみたいに、動けない。

「……少しだけ聞かせて。鬼、って何? 鬼っていう言葉には多義性がありすぎるわ。桃太郎の鬼ってわけでは、ないんでしょう?」
「お姉さんが調べて想像していた……というか、|佐久間巴《ザグトミ》の手記にあった通りです。芽殖孤虫の虫体を、宿主ごと食べる存在。」
「私が、人間を食べるっていうの? ばかばかしい、そんなコト、するわけ……」
「では、先程からあなたを苛んでいる、強烈な空腹感は、何だと思いますか? あなたがそれに負けて、今、何をしましたか? 見ていなかったと思っているんですか?」
「……違うわ、今のは、その、気の迷いよ」

 気の迷い、で済まされることでは、とてもない。だって、いま手に残っているこの感触は、頬に付いているこの赤い飛沫は。
 この空腹感は、確かにあまりにも不自然だ。それに、これを前にも感じたことがある。リンさんとクーさん、二人と会ったときだ。あのときも、確かあの二人は死体を運んでいたと言っていた。
 そして今、私はまるで正当防衛とはいい難い状況で、ひとを殺してしまった。掌に残る、骨の砕ける感触、肉が潰れる感触、返り血が跳ねる感触、それら全てを私はキモチガイイと思ってしまった。それは全く自分がよくわかっている、気のせいなんかじゃない。
 ぞわり、と背筋が凍る思いがした。

「僕が芽殖孤虫を|辛痕《つらあと》の感染拡大停止プロトコルに選定してその改造に着手したのは、最終的に鬼という存在が虫を平らげてくれて必要以上に拡大しないものだったからです。|今日《こんにち》、〝虫〟が日本でも、もっと言えば世界でも殆ど見つからないのは、自然の摂理の中に、回収の仕組みが組み込まれているからです。日本では、それが鬼と呼ばれる捕食者の存在でした。でも、鬼は人間と同和して、今見つけ出すことは困難になってしまいました。鬼達にその自覚もないし、血も薄れている。存在そのものも忘れられている。」
「ただ実家が宮崎だって言うだけなら、鬼なんて山ほどいるわ。都合が良すぎる」

 私を押さえつける足はぎちぎちと力強いまま、彼の着ているパーカーのフードがひとりでに彼に被さり、溶けるように変化して触角のように額から垂れ下がる。背中の部分がにょろりと伸びて、甲虫の鞘翅のような二股に別れた曲面をなしている。彼の口は、人間のように上下に開くのをやめたらしい。頬が裂けるように左右に開き、その内側に筒状のもう一つの口が見える。映画のエイリアン、まさにあの口だ。
 私は恐怖に心を砕かれそうになるが、漏れ出しそうになる悲鳴を何とか堪えた。ここで、精神的に負けたら、それは本当にゲームオーバーな気がしたから。
 それ移行の言葉は、口からではなく、彼のお腹の辺りから響く音として伝わってきた。人間のように喉から鳴らす声では、なくなっていた。

「それについては、僕にもわかりません。何故、都合良く|あなた《フィーンド》が、このタイミングにこの土地を訪れたのか。あなたでない別のあなたのような人が同じ様にこの|阿波戸《あわと》で同じような調べ物をしに滞在しただけなら、こんなことにはならなかった。何に導かれてここに現れたのか、これが運命だというのなら僕は、戦わなければならない」
「戦うって、誰と……」
「この自体を招いた、何者かです。神とか、悪魔とか、運命の歯車とか、見えない敵とか、呼び方はなんでもいい、この状況をこの世界に引き込もうとする大きな力、それに抗わなければいけない。|花鹿《かじか》様のために」
 私を|殺すか何か《どうにか》してしまおうとしている|道《すすむ》君……いや、蛍の妖怪は、何か妙に寂しそうな表情をしていた。私に何か不利益な加害をしようとしているというのに、なんだか、凄く同情させられてしまうような、丸い氷のような顔。

「|花鹿《かじか》様はこのトリガを引くのをずっと躊躇っていた、復讐を考えると同時に、あの方は優しい人だから。僕は稀に自然発生的にエンデミックしてきたこの病が、何かの拍子にわずかにそっと知れる形で人間の認知するところになり、ただの奇病として解決されていくことを望んでいた。仮に『虫』の開発が間に合わなかったとしても、人間の科学力がそれを補完してくれるのなら、それでもいいと思っていた。だのに!」

 ぐっ、と私の手足を拘束する力が一層強くなる。これは拘束するために力を加えたんじゃない、何か、感情的になっている。凄く理性的に見えたあの少年が、こんな風に感情に体を支配されてしまうなんて、何かよほどに思いが強いに違いがない。阿祖の|祝主《しゅくしゅ》である|花鹿《かじか》ちゃんに向けた、感情なのだろうか、これは。

「あなたがここに来て、|花鹿《かじか》様はトリガをひいてしまった。虫も完成していないタイミングで、人間の社会にソフトらでィングも出来ない急激な形で。あなたが、|花鹿《かじか》様を食い殺す存在だから。あなたのせいで、事態は余りに性急に動き始めた、もう、止められない!」

 きあああああ、と細い管を鋭く空気が通り抜ける奇妙な音が響いた、それは人間の顔の顎が不自然に左右に開いたその奥から伸びる管の口、その奥から響いていた。まるで、威嚇か、殺意を表現する、それはこの化け蛍の本当の声のようだ。

―あなたが、この災厄の引き金だ、鬼

 私が、このアウトブレイクの発端だと? そんなのあんまりにも理不尽ではないか。私はただ、この地域に歴史の調査に、それもただの個人的なしょぼい調査のために来ただけなのに、何でこんなことに巻き込まれて犯人に仕立てられようとしているのか。
 |道《すすむ》君の腕が、4本に見えた、え、4本? 増えた腕の内2本が、私の首を絞めている。腕が4本で脚が2本ある、6本、これは、昆虫? 節くれだった腕も光沢を持った表面も、確かに蛍と言うとその通りだ。でも、私にはもう一つ思い当たることがあった。
 竜宮にあった欄間だ。人の姿に多腕。土蜘蛛のものとばかり思っていたけれど、蜘蛛に限らない?

「土蜘蛛、|道《すすむ》君も?」
「その通りです、|花鹿《かじか》様も、僕も、この土地で倭の人間に抵抗して亡き者にされた、土蜘蛛です、内情も内訳も無視して十把一絡げにそう呼ばれるのは、心外ですが。僕はその前から蛍で蜘蛛ではありませんでしたが、|花鹿《かじか》様と一緒に行動して土蜘蛛の中に含められた。この土地に旧くからいた、|花鹿《かじか》様よりも旧くからいた者です。正直に言えば、僕も、人間に復讐をしたい、いっそこの病が日本中に蔓延してしまえばいいと思ったことだってあります。」

 土蜘蛛という言葉が鬼と同様に多くの多義性を内包したものだということは知っていた、ただ、鬼の様に子供に読み聞かせる昔話になっていないなどの些末な理由で無名なままであり、その分析はお世辞にも広くしれているとは言えない。
 だけど、まさか|道《すすむ》君……古代の蛍の神までが土蜘蛛に含まれているなんて。

「蛍光と狭蝿の、神?」

 私がそう言っても、彼は何も言わない。否定しないだけでそれは十分な答えだ。だが来るときにも少し会話に出た、それらの不明の神は、この甲斐の話ではないはずだが歴史が歪んで伝わっていることなんてざらといえばざらだ、私の知っている神話体系と合致していないからといって間違いだとするのは早計だろう。でも、もし彼がその神様だとするなら、|私《鬼》をその元凶に持ち出すのは、余りにも横暴ではないか。

「……だったら私が原因だなんて濡れ衣だわ、あんまりにも責任転嫁が酷い。もしこの病気の存在や虫の存在が|阿波戸《あわと》の歴史を歪に過激なものにしているのだとしたら、|私《鬼》の来訪なんか関係なく、その病気の存在や虫を作った|道《すすむ》君や|花鹿《かじか》ちゃん、あなた達の責任でしょう、私に罪を被せないで!」
「うるさい!」
「あぐっ」

「悪いのは病気、虫、その通りです、その通りです、でも! でも僕らはそれを、受け入れる訳にはいかない。だって、僕らはその時、そうするしかなかったんだ! それ以外に方法なんか無くて、なりたくてこうなったわけじゃない、でも、こうなってしまった、こうできてしまった。それを、間違いや過ちや、悪にするほどの覚悟は、ない。だから別の方法で解決しようとした、それだけじゃないか! お前が、台無しにした、僕らはまた、どこかからやり直さなきゃいけない、過去を取り戻すための長い時間を」

 彼らの間に、一体どんな出来事があったのか、私にはわからない。でも、知ろうとも思わない、何が出来るわけじゃないから。例えこの出来事の発端、理由、元凶、不可抗力な何か、があったとして私がそれに同情できるとしても、私はそれに命を擲って代わりに責任を取るなんて、そんな精神性は持ち合わせていない。

「だからって、私が出来ることなんて、なにもないわ」
「いいえ、もう一つだけ、出来ることがある」
「できること?」
「あなたをここで殺すことです。鬼がいなければ、|花鹿《かじか》様は終わらない。」

 なんとなく予想はついていた。やはり、私ははめられてここまで連れてこられたのだ、人気のない場所で、実際に人の肉を食う鬼なのかどうかを試されて、私は見事にその罠にハマったことになる。

「病気はどうなるの。未完成の虫で対応するっていうの?」
「人間がどうなろうと、知ったことではありません。滅ぶというのなら滅べばいい、病気のせいだろうと、虫のせいだろうと。もとより人間へ復讐するのが|花鹿《かじか》様の大願です。僕がソフトランディングを望んでいたのは、僕の内の話です。だから、僕の計画が台無しになったとしても、せめて人間に復讐ができるのなら、それでいい!

……|花鹿《かじか》様お優しいから心を痛めはするでしょうけれど、それが何だというのです?」

 目が、座っている。本気なんだ、この子。この子とか言って、人間の歴史よりも昔から生きているのかもしれない蛍神様に向かって何を言っているのかということだけれど。
 私は、余裕を取り戻していた。|道《すすむ》君がまた色々と教えてくれたせいで出来た心の余裕もそうだ、でも、他にも余裕を取り戻す要素が、出来たのだ、たった今。

「|道《すすむ》君が賢い少年で、蛍の妖怪で人間を超越した別の存在だとしても。一つ、人間から学ぶべきことがあるわ」
「なに?」
「相手にとどめを刺す前にぺちゃくちゃとお喋りを始めるやつは、死亡フラグを立てるって、人間界じゃ相場が決まっているのよ」

 私がそう言った瞬間、|道《すすむ》君……化け蛍の体がめりめりと私の体から引き剥がされる。口の中の長い第二の口が伸びて私の喉元を目指すが、生憎もう届かない。

「な、なに!? お前、|甘種《アシダカ》!?」

 いつの間にか|道《すすむ》君の背後に音もなく現れていたのは、アミちゃんだった。彼女が、|道《すすむ》君の体を私から引き剥がし、地面から持ち上げて羽交い締めに締め上げていた。

「何をする! こいつは|花鹿《かじか》様の敵だ! なんで邪魔をするんだ!!」

 |道《すすむ》君は、自分とアミちゃんは同じ志を持って阿祖神社の|祝主《しゅくしゅ》に仕える別派閥の同僚みたいなものだと言っていた。だが、ここに見えたのは明らかに、足並みが揃っていないというよりも既に別方向を向いているという、決裂した空気。

「尻尾を出したわね、|穂多留比《ほたるび》。|花鹿《かじか》様の心変わりを、あなたが知らないとは思っていない。だったら、サユリさんをここで消そうとするのは明らかにそれに反する」

 離せ、離せ! と手足をばたつかせてアミちゃんの拘束から逃れようとする|道《すすむ》君。でも、それは敵わない。アシダカというのがアシダカグモのことなのだとしたら、蛍にはその捕縛から逃げ出すのは難しいように思える、本当に蛍と蜘蛛の関係なのだとしたら、だが。その姿勢のまま、アミちゃんは声を恭しげに変え、森のある一点へ視線を向けていた。
「|花鹿《かじか》様」
「えっ」
「……っ」

 木立の陰に潜んだ影、葉擦れの音と音の間に挟まれた残響、枝と枝の間に区切られた空間に見える別世界の色、草の根に埋まった土塊の鳴き声、森を流れる空気の渦の中心、それらのまるで希薄で刹那い現象と概念がその場に凝り固まって、何か目に見える塊を作り出している。色のない、光を返さない、音のない、温度をもたない、虚無の塊が、徐々に形を整えて質量を持ち、物理法則に許諾した何者かの形を取り始める。
 現れたのは、阿祖神社で見た|祝主《しゅくしゅ》、|花鹿《かじか》ちゃんの姿だ。

「|穂多留比《ほたるび》として|見《まみ》えるのは、久しぶりね。目と鼻の先に巣を構えていたのにお互いに何百年ぶりかしら。|道《すすむ》とは何度かすれ違ったことはあるけれど、懐かしいわ、その姿」
「|花鹿《かじか》様……」







 えっ、何百年振り? こんなに近いのに?

「まだ、蟲の研究を続けていたなんて、驚きだわ」
「個人的な研究です、|花鹿《かじか》様の気を煩わせる必要などありません。それより、鬼を……」

 |花鹿《かじか》ちゃん、今本当に何もないところから現れたように思う。これが、土蜘蛛の、|祟《神》の力だっていうの? それに、なんだかひどく忌々しい概念ばかりを寄せ集めたよう、今は神社で御朱印をくれた人とはまるで別人のようだ。まるで、それら自体には何の存在もなく、名前も与えられておらず、自ら存在していないことで存在を擬似的に確立している、悪霊や幽霊と、似ていた。顔も出ないような、不定形で分化の無い、依存的な概念の集合。

「あなた、この間参拝に来てくれた方ね」
「はい。その節はお世話に……」
 お世話に、ってなんの会話をしているんだ、この緊迫感が支配する時間に。

「ウチのが、ご迷惑をおかけしたわ。」

 ウチの、とは|道《すすむ》君のことを言っているのだろうかアミちゃんのことを言っているのだろうか、それとも信徒たちのことを言っているのだろうか。

「|それ《・・》とは、随分疎遠だったの。お互い歩いてだって会いに行けるような距離に巣食っているのに、虫というのはテリトリから中々出たがらないものでね」

 まるで空気を読めないような様子で、場違いの言葉を吐き続ける|花鹿《かじか》ちゃん。でもそれは空気が読めなんじゃなくて、何かをもったいぶって、わざと避けているように思えた。その仰々しいほどの余裕な様子は、なにもない平和なときにだって逆に違和感を感じるものだ、逆に緊迫したムードの中でなら、大きな出来事の幕開けなのだと思わせられるという点で、まだ理解が出来るというものだった。

(こ、これ……)

 それに、何か大きな出来事をこの先に控えているだろうという予感は、目の前の|花鹿《かじか》ちゃんの不自然ささえ感じる空気の読めない落ち着きからだけではなく、私自身の体の中、頭の中、それに胸の中からも感じられているものだった。
 それは、さっき感じていた強烈な飢餓感、空虚感、寂寥感、再びその鎌首をもたげて私の中から外の世界を覗いている。それが次に照準に捉えたのは……。
 |花鹿《かじか》ちゃん、阿祖神社の|祝主《しゅくしゅ》は、期に応じて自ら、寄生虫を自身の体に宿す。だとするなら、本当にそれだけのことだとするのなら、今起こっていることは何一つ辻褄が合っていない。
 寄生虫の一部には宿主の体を自分の思う通りに操ってしまうものもいるのだという。だが、体を自由に操られているのは、私の方だ。寄生虫を身に宿した|祝主《しゅくしゅ》である|花鹿《かじか》ちゃんではない。
 |花鹿《かじか》ちゃんを止めるといってこの場にやってきたのは、私の協力を仰いで|花鹿《かじか》ちゃんにバイオテロを思い止まらせる目的があったんじゃないのか。なのに今眼の前で起こっていることは、|花鹿《かじか》ちゃんの説得なんかじゃない。私は凶器を手にして人を殺してしまった。そして次の目標を、私の体はまるで、|花鹿《かじか》ちゃんに据えたようだった。止める、とはこういう形でのことだったのか? そうではないことを|道《すすむ》君が物語っている。

 だが、アミちゃんは違うようだった。

「|花鹿《かじか》様、焦る必要なんかありません。僕達にはまだ、まだ、時間があります。覚醒しきっていないオニなんか退け、エヤミを収めて」

 |道《すすむ》君はアミちゃんによってがっちりと拘束されたままだ。体の大きさもあって、持ち上げられ足が地面から離れてしまった|道《すすむ》君は、じたばたと体を動かすだけでそこから動けない。

「|穂多留比《ほたるび》、忘れてなんかいないでしょう? エヤミは、私の体の一部も同じ。それの意思は、私の意思の範囲を出たりはしないわ。」
「アシダカっ、離せ! オニを討ち取って、|花鹿《かじか》様に思い直してもらうべきだ!」

 |道《すすむ》君は、きっと最初から、ここまで道程あるいはこの場で、|私《鬼》を騙し討にするつもりだったのだ。同じく|花鹿《かじか》ちゃんの生存と病の収束を同時に願っているはずだったアミちゃんは、|道《すすむ》君に対して妨害とも取れる行為に転じていた。とても私を処分しようとする意思が、やはり共通しているようには思えない。アミちゃんは、「心変わり」と表現していた。|花鹿《かじか》ちゃんに、何か変化があったのだろうか。|道《すすむ》君はそれを理解していないか受け入れていない、そういうことだろうか。

「配下の虫を支配する力、お前がくれたものじゃないの、|穂多留比《ほたるび》。それは、お前の配下である前に、私の部下よ。お前の言うことを聞くわけがないわ」
「|花鹿《かじか》、さま、どうして」

 この場で|花鹿《かじか》ちゃんの目的を共有しているのは、アミちゃんだけのようだった。いや、アミちゃんも、その行動を自らの意思で決定しているだろうか? 疑わしさを感じるのは、アミちゃんがさっきから、ただの一言も言葉を発しないことだ。それに、目が、なんだか凍りついたように冷たい。アミちゃんは私の前であんな表情をしたことはない。

「|甘種《アミタンネ》、そいつを決して離してはだめよ」

 |花鹿《かじか》ちゃんは、その凍りついたような仮面のアミちゃんに向かって、説得するような口調で言う。だが、それはまるで命令の様に、鋭く脳髄の中にまで染み込むような、不可思議の音色をしていた。
 |道《すすむ》君から視線を引き剥がすようにして、|花鹿《かじか》ちゃんは、同じく体の自由が利かない私の方へ、体を向けた。

「……待ってたわ」

 石畳を、私の足が一歩一歩と勝手に歩みを進めていく、きっとこれは|花鹿《かじか》ちゃんの方へ向かって歩いているのだ。
 さっき、私に暴力を振るおうとしてた男に対する正当(過剰)防衛のときとは明らかに違う。だってさっきのあれは、少なくとも私の意思が変容したように思えたとは言え、その意思の範囲の中では、私の体は私の意思に従って動いていた。でも、今は違う。|花鹿《かじか》ちゃんを目にした今、私の体は私の意思を離れて勝手に動き出している。
 自分の足が、自分の足ではないように重くて、でもその重さをものともしていないようにも感じる。力強い半面で、私の意思はそこに介入できない。私のものじゃない私の足が、|花鹿《かじか》ちゃんに歩み寄っていく。
 再び現れた血の渇きを御すことも出来ず、氏子の一人の返り血を拭いもしない悍ましいばかりの私の姿を前にして、でも|花鹿《かじか》ちゃんはまるで空気を読めない、いやきっと読み切った上なのかもしれない、懐かしいものでも見るような、悲しさと懐かしさと、そしてそれ以上に、まるでどこか安堵したような静かで穏やかな表情で私を見上げている。

「まだ、聞こえている? 本当はこっちから会いに行こうと思ってたんだけど、まさかこんな辺鄙な村まで来てくれるなんて思ってなかった。ここで初めてあなたと会ったとき、信じられなかったわ」

 一歩、また一歩、ゆっくりと、病によって鬼のような姿になった私から逃げるどころか歩み寄ってくる。
 やめて。逃げて。近寄らないで。今の私は、この渇きを、飢えを、抑えられない!

「|花鹿《かじか》ちゃ……」

 逃げて、と言いたいのに喉は何かに締め上げられたように窮屈で呼吸さえ上手く出来なくなっていた。ただ喉を潤して、腹を満たしたい。ただの人間なんかじゃ、全く足りない。私が、私の中の鬼が食べたいのは、もっと別の何かなのらしい。
 私は、さっきのように金属バットを持っているわけではない、でも今引きずっている(引きずられている)足がそうであるように、私の手はまるでそれだけでも大きな質量を持った狂気になっているような、そんな印象を持っている。この腕なら、金属バットなんかよりもよほど器用に、それ以上に力強く、私の意思通りに振り回せて、そして|ああ《・・》してしまえる。目を瞑っていても自分の手はどこにあるのかわかっている、鏡を見なくても自分の髪の毛を手で払うことが出来るのと同じような認識レベルで、私の腕は何かこの世のものとは思えない強靭さを備えている自覚が生じていた。人間の体なんて簡単に握りつけてしまえるという、常識離れした認識が。
 その自覚を持って、私の体は、何をしてようとしているの? |花鹿《かじか》ちゃんに歩み寄って行くそれは、一体何を意図しているの?
 やめて、やめて! 私の腕なのに、言うことを聞かない。私の腕は、どうして拳を握る手に力を込めているの? これからその腕を、どういう風に振ろうとしているの!?
 さっき男をずたずたに殴り潰したときの記憶は鮮明に残っている。この手に伝わってきた、人体が人の形を失っていく過程の、あらゆる段階の感触が。そのとき響いた音が、立ち込めた匂いが。

 それらがとても愉快で心地よかったことも。
 その破片を口に含んでとても美味しかったことも。
 私の体は、さっき探しても見つからなかった「それ」が目の前の得物の中にはきっとあるのだと確信している。今度こそそれをきっと喰ってやろうと、私の体は狩りに備えている。……それは、何!?
 私の意思に従わずに「何か」をしようとしている私の体、焦燥、恐怖、それと反する期待、愉悦。動機になる、飢餓、枯渇、空腹。それらがお互いの区別の境界無く私の中で渦巻いて、ぐちゃぐちゃの感情の表情を見せている。
 対し、|花鹿《かじか》ちゃんは私の胸の中のことなど全くわからないのだろう落ち着いた表情で私に対峙している。いや、もしかして、わかっている?

「もう、この世界にはいないと思ってたのだもの」
「|花鹿《かじか》様! やめて、やめてください!!」
 私の代わりにその言葉を叫んでくれたのは、|道《すすむ》君だった。アミちゃんに手足を拘束されて壁際から動くことが出来ない。自由の利かない身体で、でもせめてその言葉を投げてくれるだけでも救いがある。もっと、もっと|花鹿《かじか》ちゃんを止めて。逃げろって、言ってあげて!

「|花鹿《かじか》様! 私は、そんなあなたが見たくてあなたに付いてきたわけではありません! お願いですから、そんなことは!」

 アミちゃんは、|道《すすむ》君を羽交い締めにしたままだ。暴れる|道《すすむ》君が小さいというのもあるけれど、アミちゃんの体の動じなさは不自然だ。見た目よりも重い何か、例えば岩に変わってしまったみたいに、暴れ続ける|道《すすむ》君の体重の慣性も全く伝わっていないかのようにぴったりと停止している。アミちゃんの表情にも生気がない、まるでマインド・コントロールを受けて正常な判断ができなくなっているカルト宗教の信者みたいな死んだ目。
 私も体の自由が全く利いていない、考えていることと行動とが不一致で、声も上手く出すことが出来ない。アミちゃん、せめて、アミちゃんが|道《すすむ》君を離してくれれば、何か手立てがあるんじゃないか、そんな風に希望的観測を続けてしまうが、もしかするとアミちゃんも私と同じように……?
 体の自由が利かず声もうまく出せない私、同じ様に体の自由を奪われているのかも知れないアミちゃんに対して、|道《すすむ》君は声をだすことが出来ている。アミちゃんに拘束されていなければ体の自由もあるのだろう。彼は|花鹿《かじか》ちゃんを制止する言葉を投叫び続けている。
 こんな風に返り血に濡れて、口の回り持ちでべっとりと汚して、|小さい女の子《花鹿ちゃん》の前にいる私を見れば、事情を知らなくたって逃げろと言うだろう。それも、|花鹿《かじか》ちゃんには聞き入れられない。どうして逃げないのかも理解が出来ない。

(逃げて、ねえ逃げてよ! 何でそんな風に落ち着いているの? この状況わかってないの?)

 お願い|花鹿《かじか》ちゃん、|道《すすむ》君の言葉を聞いて、ここから逃げて、私から離れて! でないと、私……!

「に……ぐぇ」

 掌に、人ををずたずたにした感触が、想像されてしまう。人間の皮膚に歯を立てて噛み千切り、肉を裂いて飲み込んだあの満足感を、思い出してしまう。流れ出す血を掌にとって身体に塗りたくったときの熱い感触を、再生してしまう。
 それらは恐ろしく悍ましく、グロテスクな記憶と感触だというのに、それら一つ一つを思い出すとき私はどうしようもない歓喜の昂ぶりに震え、飢えと渇きが満たされるのを想像してしまう。バット越しに伝わってきた骨が砕ける感触、顎に感じる人肉の食感、地の舌触り。それら全てを詳細に思い出してしまって、私は、全く抑えられる気がしない! それが、ほしい!

「うあ゛っ、あおお゛おっ!」

 逃げてと言いたいその意思は全くその言葉にならない。まるで知能のない獣のような呻き声になって涎と一緒に口から漏れ出すだけだ。
 鬼のような姿になってしまった私を見上げながら、|花鹿《かじか》ちゃんはもう手の届く距離にいる。恐怖なんか一つも感じていないような表情で、私を、それどころか懐かしいものでも見るみたいに。

「あなたが求めているものは、ここにあるわ。」

 |花鹿《かじか》ちゃんは巫女装束の合わせをはだけてブラを取り去り、胸を露わにした。他の部分の肌が非の打ち所のないほどに綺麗なのに対して、乳房の間の上のあたりにだけ、不自然にぶつぶつとした湿疹のようなものが見えた。
 それを見た瞬間、私の血の渇きが、ぐん、と高まる。理性では、その湿疹のようなものが出来もののようなものの正体はわからない。でも、私の中の何かが、脳みその古く深い部分が、その答えを掴み当てている。私にその答えを教えてはくれないのに、それがまるでずっと探し求めていたものみたいに。
 |花鹿《かじか》ちゃんは、その上胸へ視線を導くように掌を当てて、視線はまっすぐに私を見ている。

「さあ」

 彼女が、まるで女優が誘う演技をしているみたいに、私を呼ぶ。指先でその白いぶつぶつを撫でるようになぞり、視線は私を流し見ている。表皮に現れたその白い腫瘤、普通ならば気味が悪いと不快感を感じるだろうその光景を、今の私はそうは捉えることが出来なかった。

「う゛、あ゛……」
 コノオンナガホシイ

 それが自分の頭の中に自分の言語野を使用して紡ぎ出された言葉だということが信じられなかった。欲しい。欲しい。言葉通り欲求は、言葉ではなく概念と直観として体中を駆け巡っていく。
 胸のぶつぶつと膨らむ、大きめの吹き出物の密集のような箇所。
 これは、|辛痕《つらあと》? 違う、もっと別の……だって、ほら、こんなにも、素敵で

―― 美味しそう

「|花鹿《かじか》様、|花鹿《かじか》様!! 私は、そんなことのために『虫』を作ったんじゃありません! やめて下さい!!」

 美味しそうだ、と、一度思ってしまうと、もう否定できなかった。その感覚を止められない。人を見て、そんな感覚を持つなんて、異常としか言いようがない。でも、その衝動はお腹の底から湧き上がり、脳みそはそれを支持している。この獲物を逃すまいと瞼はまばたきを忘れ、目を見開き乾く目は充血している。
 食欲という言葉で表現するのが不適切とさえ思う強烈な飢餓感と、目の前に「自由に食える食べ物がある」時の感覚。これを食べてたとえ何者かに咎められようと、構わない。

「|穂多留比《ほたるび》、終わりにしましょう、こんなこと。|吾《あ》れはやっぱり|人間《過去》を赦せないし、お前には|吾れ《過去》を救うことなんて出来なかった。このまま続けていても、不毛だわ、もう」
「赦せないというのなら、せめて、せめて」
 アミちゃんの腕の中で暴れまわる|道《すすむ》君。それでも振り払うことが出来ずに、そのまま悲痛な表情で、|花鹿《かじか》ちゃんに向かって叫ぶ。

「終わりにするというのなら、もうやめるというのなら、せめて私を殺してからにして下さい!」

 自分を殺せ、と叫ぶ|道《すすむ》君、|花鹿《かじか》ちゃんはその方へ向き直って、小さく、震えたような声を絞った。

「……出来ると思っているの?」

 赦さない、と言うその言葉には似つかわしくない、|花鹿《かじか》ちゃんが|道《すすむ》君を見る表情は、こっちの胸が苦しくなるほどに悲しそうで切ない、微かな笑み。

「お前のことを赦すことは出来ないけれど。お前がいつか私を責めないと言ったのと同じように、お前が私にしたことを、責めるつもりなんて、これっぽちも無いわ。」

 |花鹿《かじか》ちゃんがどこか宥めるような声色で、もう半狂乱になっている|道《すすむ》くんに向けて語りかける。でも、|道《すすむ》君の状態が変わる様子はない。

「離せ、離せアシダカ! お前が、お前のせいで、鬼がっ! |花鹿《かじか》様、もう少しだけ、もう少しだけ時間を下さい、|花鹿《かじか》様!」

 鬼。私のことなのらしい。今体の自由が全く利かないのは、そいつのせいなのだろうか。私の中にいる鬼とやらが、私の体の制御を奪っていて、人を殺してしまったのもそいつの意思なのだろうか。この、猛烈な血への乾きも、|花鹿《かじか》ちゃんを殺してしまいたいと思うこの衝動も。

「お姉さん、ねえ、聞こえているんでしょう? 自分の体くらい、自分で制御して下さい!」

 |道《すすむ》君の声が私の方に向く。私が|花鹿《かじか》ちゃんを殺さないように自分の体の制御を取り戻せばいい、たしかにその通りだし、普通はそう考える。でも、そんなことは何度だって試した。自分の意志で自分の体を動かせないというのがどんなにもどかしいのか、どんなに無力感のあることなのか、私はこのとき初めて知った。私は、|道《すすむ》君の言うように自分の体を自分の思いどおりに動かそうとすることだけが、やはりできそうになかった。
 私は目の前に無防備に立っている|花鹿ちゃん《餌》を、掴み上げた。その細くて白い喉輪に手を入れて、体を易易と持ち上げてしまう。|花鹿《かじか》ちゃんの体が細くて軽そうなのを差し引いたとしても、私の腕力は彼女を片手で持ち上げるなんてゲイトが出来るものじゃない。やはり、私の腕はなにか別の力が支配している、変質してしまっている。
 これが鬼の力なのだと、まるで誇示するかのように|花鹿《かじか》ちゃんの体を高々持ち上げて、私は牙を剥いてそれを見ている。勝ち誇った、獲物を捉えたその満足感を自分で満喫するかのように。一方の花鹿ちゃんも、少し苦しそうな表情を無理に笑わせながら私を見ていた。

「さあ鬼さん、お食事の時間よ。美味しそうに育っているでしょ?」
「いやだ、いやだ! |花鹿《かじか》様っ! |花鹿《かじか》様ぁぁっ!!」

「今食べないと、食べごろを逃しちゃうわよ。|この子《・・・》は特別製よ、そこの蟲の王様が作り出した、とっておきなんだから。美味しいわ」

 |花鹿《かじか》ちゃんは私の目の前で、胸の吹き出物のようなものを一つ、指で潰す。血と体液と一緒に、何か小さな白いものが幾つも押し出されるように現れた。それは、鈍く、蠢いている。
 堪らなく美味しそうだ。もう我慢出来ない。こんなに強烈な空腹感があって、目の前に美味しそうなごちそうがあって、これを我慢白だなんて言う方が無理に決まっているのだわ。
 |私《鬼》は、|花鹿ちゃん《ご飯》を引き寄せて、胸元に白い寄生虫の病巣を抱えた美味しそうなその肉に向けて口を開く。牙は鋭く尖って、涎が止まらない、ああ、おいしそう、おいしそうだ。

「だから、さあ早く、私を終わらせて頂戴」
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」







 この山を一緒に逃げ出すことを、|花鹿《かじか》様は了承してくれた。
 ボクは、ボク自身の意志で、|花鹿《かじか》様をここから、救い出す……いや、攫っていく。|花鹿《かじか》様が、ボクをそうしてここに連れてきたように。|花鹿《かじか》様が置かれた状況や、過去の出来事なんかとは関係がない。これはボク自身の選択だ。
 昨日一昨日に歩き回って把握した山の様子を想像しながら、どのみちを通るべきか、考える。
 ふと、耳元に風が流れるのを感じた。これは……。

― りっくん
― ローリー?
― やっほう、元気?

 やっほう、て。

― 元気、だけど……ローリー、聞いて。
   これからボクらは、非常にマズい立場になるとおもう
― もうなってるよ
― ……もっとだよ。
   だから、ボクと会話するのは、やめたほうがいい。
   ローリーまで、罪をかぶってしまう

 今でも、ボクらは守矢によって抹殺目標になっている。ボクらがこの山を逃げ出すために刃や火を用いることになれば、叛逆と捉えられもっと深刻な状況になるだろう。ボクに情報を漏らしたなんて言われてしまうと、ローリーの立場はその幇助となる。同罪で一緒に裁かれることになるだろう。そんなことは、望んでいない。

― あのねえ、りっくん。私、りっくんのなんだったっけ?
― 今はそういう問題じゃ
― そういう問題だよ
― でも、だったら尚更だ。
   ローリーをこんなことに巻き込みたくない

 これは、ローリーにとって見れば完全に無関係なことで、こんなことで不当な罪を被る必要なんてこれっぽっちもない。

― ふうん?
― だから、通信は
― あのさ

 やめよう、と言おうとしたところで、彼女はボクの声を遮って割り込んできた。

― なんでりっくんは私を頼ってくれないの?
   私、そんなに役立たずかなあ!?
   いっつもいっつも、りっくんは一人で決めて、はしってって、   ろーりーにめいわくはかけられないからー、って
   なんなのそれ!?
   りっくんなんて一人でなんにも出来ないよわむしさんなんだ   から、少しは自覚してよ!

 ローリーが、耳の側で叫んでいる。怒ってる声だけど、あったかい。こそばゆい。

― ローリー……
― すこしは、頼られたいんだけど
― そう、そうだね
― なんか、似たようなこと、私しょっちゅうゆってる気がする
― うん、ごめん

 ごめんって、ここで言う言葉として適切ではない気がした。もう、口にしてしまった後だから遅いけど。

― で、何?
   隣りにいる元カノとヨリを戻したからお別れってわけ?
― ち、ちがうよ、だから……ボクとはこれ以上通信していると
― あ゛ぁ゛? 私の話、聞いてたかなあ?
― え、えっと……山の包囲が一番手薄なのは、どこかな……

 そう聞くと、小さいため息が聞こえた。それでいいのそれで、と。

― 北側。白狼天狗のどっかの氏族が部隊の中間指揮をしてる、多分、犬走家のおぼっちゃんじゃないかな。弓隊中心、なんて適当なことを言って不自然なほど穴だらけな陣を敷いているよ。守矢の指揮下であんなぐだぐだな布陣してるのバレたら、また天狗と守矢の諍いの種になるのにね

 犬走、って……楓?

― それだけ、言いたかったの。
   あんまりつないでると東風谷様にバレちゃうから、
   また何かあったら、こっちからかけるね
― うん……ローリー
― なに?
― ありがとう
―― はい、どういたしまして。
   通信終わり、じゃあね、お家で待ってるから。

 ローリーとの交信はそこで終了した。横で、そんな槍となんか気にしていませんよと訴えるように、火の面倒と網編みを続けるヤマメ。でも、しっかりと通信内容を傍受しているようだった。

「……お熱い夫婦喧嘩をありがとうよ」
「ご、ごめんなさい」

 愛されてるね。直接ボクと言うより、その辺の草木に向かって吐き捨てるみたいに言う。

「ともかく、彼女への迷惑のことを考えないのなら、重要な情報線が出来たことになる。大きいね」
「はい」
「傍受されてなきゃいいけれど」
「……それでも、彼女の厚意は、受け取らないといけません。そして、無駄にできない」

 そういうことなら、それでいいんじゃない。ヤマメは興味なさそうな声色で、でもきっとそんなこと無いんだろう言葉をくれた。
 北側、ローリーがくれた情報を元に、僕は脱出経路を考える。ある程度計画を立てたら彼女にも聞いても貰おう。あんな風に興味なさそうに他のことをしているけどきっと彼女は彼女で考えている。
 でも、その前にボクにはもう一つ済ませて置かなければならないことがあった。
 きっと、|穂多留比《ほたるび》と|花鹿《かじか》の二人として、あるいはその記憶を前提とした会話ができるのは、この山にいる時間が最後になる。二人共この山を無事に出られたとしても……そうでなかったとしても。
 彼女は自分の意志でこの山を自分のものにするために、過去を誰かのせいにするのではなく自分の選択だったと自分に強制することで、長い時間を費やしてここまでやって来た。ボクも、過去を否定するのではなくて肯定するように思い直し、その上で自分の意志で彼女をこの山から連れ出すことを選択した。
 ボクにもヤマメにも、自分の歴史に対してドラスティックな切り替えを無理矢理に強いた形になっている、その内省的心理的な整理はもう付いたがでも、お互いに認め合うところでは、まだ不足があると思っている。自分に対する「無理矢理」は、自分の意志力で腹落ちさせることが出来るだろうけど、相手のことはそうは行かないものだ、それを不透明なままに歩くことにしてしまえばきっとどこかでまた、躓いてしまう、それは、二度とあってはならないことだ。それに、ここで未来を歩くことが出来なくなるのなら、思い残して死ぬことになる、それだって、嫌だ。綺麗に精算しておきたい。
 また怒鳴られるんだろうな、とちょっと気分を落とし気味にしながらも、声を掛ける。ヤマメ、ではなく。

「|花鹿《かじか》様」
「その名前は、もう捨てたといっているでしょう。お前に、捨てさせられたんだよ」
「それでも、もう少しだけ、この名前で呼ばせて下さい。私にも、|捨てさせて《…》ほしいんです」

 ヤマメは、迷惑そうな顔、深い溜息、腕を組んでボクを一瞥して、黙った。そして顎でボクを指して、話しな、と促してくれた。

「……何?」
「どうすればよかったのか、なんて今更答えが欲しいわけじゃないんです、でも、|花鹿《かじか》様、あなたの求めるところに対して、私は、どこで、何を間違ってしまったのか、わからないんです。教えて、くれませんか」

 |花鹿《かじか》様は目を閉じて、胸の中に記憶の断片を問い合わせて集めているみたいに、少し、沈黙する。突っぱねて答えてもらえないかもしれないと思ったけれど、|花鹿《かじか》様は、こんな私に対応してくれた。

「お前は、何も間違ってなんかない」
「でも」
「いいのよ。私から見たお前の過ちなんて、お前が気にすることじゃないのだわ。そんなことにとらわれて、共通の意識を作り上げられるなんて希望が、きっと繋がれるはずだという夢想が、結局私達の|悲《喜》劇を、作り上げたんじゃないか。最初から、お互いに、個別であることをちゃんと理解していれば、痛みなんてなかった」

 そんな寂しいことで、いいのだろうか。私と|花鹿《かじか》様のあいだにあったことだけを切り取るのなら、確かにそうかも知れないけれど、そんな。

「それでも、つながろうって、思うのは、悪いことなの?」
「悪いことか正しいことかなんて、誰にもわからない。きっとそれは、ただ気持ちのいいこと、というだけ。それを判断基準にしてしまうのも、ありだと思うけど。でも、『そう思うこと』と『そうなること』は、違う」

 努力が報われないって言うこと? お互いに、心地の良い凹凸の噛合が見つけられないっていうこと?

「|穂多留比《ほたるび》。お前は、私とお前の関係の間に起こっただけの出来事を指して、普遍的な答えを私に聞いている。それは、違うと思うわ」
「えっ」
「私とお前の間に書き上がってしまったあのシナリオは、私とお前にとっては確かにあの頃の私とお前の世界の全てだった。それは……私もそう思っていた。お前と一緒に、阿祖を見上げてたあの心地の良い日々が、世界の全てだって思ってたわ。でも違う。あんなのはね、私とお前の間にしか存在しない、本当に些細でくだらない、取るに足らないことでしか無かった。そこからその先長い時間に広がる色々の出来事も、全ては、くだらない小さな出来事でしか無いのよ。私とお前の間にしか通用しない、そこで生まれた何らかの価値なんて、あの頃の私とお前の間にしか通用しない、クソみたいな御伽話よ。」
「……そうなんですか? くだらない、出来事だったんですか?」
「そうさ。だから、私とお前のあいだにあった何かひとつの出来事を元にして、お前と他の誰かの間に起こる他の出来事を判断なんか、すべきじゃない。」
「そんな悲しいものの見方は、辛いだけです。私には……」
「私達は『私|達《・》』である前に、『私』なんだ。私達はみんな、|個別《自分》の意思を持っているのだから。それら『個』、本質的に繋がりなんて無い。その間に起こった出来事は、その二つの間で偶然に形ができあがっただけの時限的な現象よ。他のあらゆる一切のことに対して、何の根拠にだってなりはしない。だから、正しいかどうか、悪いのかどうか、正解だったのか誤りだったのか、そんなのは後から見た結果論だけだ。何の意味もない。」

 |花鹿《かじか》様は……名を変えてこうして山に戻ってきたけれど、本当に立ち直ったのだろうか。他人に祭り上げられて、捨てられて、犯されて、それでも自分の足で立つことをついに成し遂げたと仰っているけれど、これはなんて、自閉的な自立だろうか。
 でも、仰っていることを、私は一つも否定できなかった。そのとおりだと、思ったから。だって私は、彼女がそうした拒絶的な価値観に基づいて自己を確立する経緯の多くを共有してしまった身だから。彼女の言葉に照らして、今の自分がどんなに無思考の恥ずかしい存在かと、思わされる。

「何かが間違っていたんだと思って生きてきたボクは、それ自体が間違っていたんだろうか。どこで間違ったのかな、どうしてボクは|花鹿《かじか》様を不幸にしてしまったのだろう、って。あんなにも、|花鹿《かじか》様のことを思っていたのに、|花鹿《かじか》様に不幸を被せようなんて少しだって考えたことはないのに。……やっぱり、納得がいかないよ。何が、間違っていたの? 教えて、かじ……ヤマメ」
「きっとさ」

 ヤマメが、悲しげな声で、ボクを潤んだ目で見ながら、言う。

「きっと誰も間違っちゃいない。お前も間違っていなかったし、私だって間違ってなかったと思う。その時出来ることを、その時すべきことを、すべきだと思って、出来たから、やっただけ。でも、誰もが全力で自身にとって正しいことをしたからと言って、みんなが仲良く手を取り合えるわけじゃない、そうだろう? 誰も、間違ってないんだよ。誰にだって、誰かの選択が間違っていたなんて言う権利は、ないんだから。」
「|花鹿《かじか》様も、自分の正誤を、自分で決めたの?」
「決めたよ。それは、決めるだけの問題だ、どっちだろう、じゃない。そうだときめるの。決めたの。正しかった誤っていたじゃない、それを『正しい』と呼ぶかどうか、それだけ。『正しい正しさ』なんて、無いんだよ」

 そうじゃなきゃ、やってけないだろう?
 |花鹿《かじか》様は、苦笑いするように言う。私の手を取って、強く握る。その籠もった力は、何の言葉の代わりなの?

「お前への好意を、私は口に出来なかった。弱かっただけだと言われればその通りだけど、言う訳になんかいかなかった。お前だって、そうだったんだろう? だから、出来ることをしただけだ。」
 そう、だけど、そう簡単に掌を返したみたいに、肯定なんか出来ない。すぱっと決めて、生き直すなんて、私には、ボクには。

「だったらボクは、正しかったっていうの? ボクは……」
「そんなことは自分で決めな、私なんかが決めることじゃない。私は私だし、誰がなんと言おうとお前は、お前なんだから。お前を肯定できるのは、私じゃない。私を肯定できるのが、お前じゃなかったのと同じよ」

 |花鹿《かじか》様は、ヤマメは、ボクをぎゅうと、抱き寄せた。ボクを慰めるため? でも、どこか、彼女がそうして欲しいと思っているんじゃないかと感じて、ボクも彼女を抱きしめた。
 口を開いて何か言葉を探す、けど言葉が通じないような、何を言っても言いたいことが伝わらない気がして、そうか、これが「個別」ってことなのかな、と少し思いながら、ボクは何も言えずにただ、抱き合った二人の塊のままでいる時間を揺蕩った。ヤマメもきっと、同じだったのだろう。何も、言わない。
 何か通じる言葉を探し当てて言う代わりに、ヤマメが、耳元で小さく、囁くように言った。

「お前がどんな選択をしても、私はお前のその|選択《弱さ》を、責めたりしないよ。お前が、あの日私の弱さを責めないと言ってくれたのと、同じように」

 それは、断絶を受け入れる優しい言葉だ。
 ボクらには、きっとこれしか、残されていないのだろうと思って、悲しくなってしまう。でも、悲しむ必要なんて、本当はこれっぽっちも、無いのかもしれない。それが、すべきことの全てで、当然の帰結でもあったのなら。

「……ボクの恋は、|花鹿《かじか》様が川辺でいなくなったときに、本当は終わっていたんですよね。それに気づくのが、やっと、今だった。情けないですね」

 ボクがそう言うと、ヤマメは深く長い息を吐いた。それは呆れや嘲りから来る溜息ではないことが伝わってきた、きっとそれは、深い安堵。ヤマメから、欲しかったのはこの言葉だったのかもしれない、欲しくはないのだけど、言ってもらうべきだったのかもしれないこと。きちんと言葉に直して、お互いに認識して、お互いに、締めくくるための言葉。

「お前のことが、好きだったわ、|穂多留比《ほたるび》。でも、|花鹿《かじか》の好きだった|穂多留比《ほたるび》は、|穂多留比《お前》が|花鹿《吾れ》を抱いた日に、もう、いなくなった。そう、思うことにした。」

 レイプされたから、という意味ではないのを、今のボクはやっとわかるようになった。その離別を悲しむ必要なんか、きっとないことも。

「だから、私とお前の間に、|こ《・》|れ《・》|以《・》|上《・》は、無しだ。もう、終わりにしよう。自身に対して正しいことをして交わらずに通り過ぎた|二人《私達》はね、もう二度と交わることなんて無いのよ。」







 焚き火がぱちぱちと弾けて、夜の闇を照らし平坦な静寂に自然の凹凸を刻んでいる。
 明日、山を降りようと、決めた。ローリーが北側が手薄だと教えてくれた、楓がいるということも。力づくで通り抜けるとか、隠れて通り抜けることも考えたけど、真正面から降りようと二人で決めた。誰かに留められて戦うことになったとしても、それは、その形で正しくやり直しの結果なのだ。
 明日の昼には、守矢による何らかの作戦が開始されるのだという。山全体をぐるっと取り囲んでのことだ、きっと大規模なものになる。
 実際の作戦行動が始まって加熱した後では相手も引っ込みがつかなくなってしまうかも知れない。明日の朝早い内に、山を降りようと決めて、今夜はもう寝ることにした。焚き火を小さく熾に変えて、辺りを照らすほどではないが明かりが目を凝らせば見える程度の光にまで殺す。
 ボクが木の股の間で小さくなっているのと、焚き火を挟んで丁度反対側に、ヤマメの簡易巣がある。木と地面の間に三角形を描くように絹のような白い糸を無数に重ね合わせたそれは、ハンモックのようで少し羨ましい。「作ってやろうか?」と言われたこともあるが、なんだか寝床まで世話になってしまうのは気恥ずかしい感じがして遠慮した。僕自身はこうして木の股の間や虚や、岩と地面の隙間に潜り込むように寝ること自体に苦痛はない。けど、ちょっとだけあのフカフカで柔らかそうなベッドを味わってみたいなと思わないでもない。思わないでも、なかった。
 それをぼんやりと暫く見てから、ボクは目を閉じる。
 明日で、お別れかも知れない。せっかく長い長い時間を生き延びてもう一度山を自分のものにした|花鹿《かじか》様も、それを後ろめたく思いながら安穏と行き続けてきた|穂多留比《ボク》も、たった数日顔を合わせただけで、また。山を手放し、別れ、もしかすると……。

(そんなことのために、時間を重ねてきたんじゃないはずなのに)

 いや、ボクらはきっと生き残る。ヤマメは凄く強いし、ボクだって本気を出せばsん女そこらの妖怪よりは戦える自信がある。制限解除した白狼天狗と正面からぶつかりあってしまえば無理だろうけれども、他の狼なら、何とか。

(ローリーに助けを仰げれば、なあ……いや、だめだ。これ以上彼女を巻き込むなんて)

 それはだめだ。これは、ボクの問題だから。もしくは、ボクとヤマメの問題だ。ローリーはああ言ったけれど、本質的な解決は僕らの手でしなければいけない。北側が手薄で楓が守っているという情報提供だけでも、十分すぎる協力なのだから。幽香さんが出てこないでくれているのも。

(ごめん、ローリー)

 でも、ボクたちは、どこか狂っているんだ。その狂ったやつの精神性に合わせろというのは、余りにも残酷なことだ。
 ボクは人とのつながりを欲しておきながら、そこに体重を掛けることが出来ない、かたわな精神。ボクも、ヤマメも、そしてきっと幽香さんも。ローリーはそんなボクにとってギリギリ正常を保っていられる最後の救いの手なのだ。彼女がいなければきっとチーやルーミィにも見放されていて、一人で誰もいない川辺で光るだけの不気味な虫けらだったろう。
 そしてヤマメにとっては今はボクではなくきっとキスメさんで、幽香さんにとっては――

(……ボクなんだろうか)

 ヤマメはボクよりもずっとずっと力が強いけれど、ボクよりも幾らかまだ生が短い。ガキのボクが指摘すれば彼女は怒るかもしれないが、彼女は自身のそうした異常性に気付いてはいるが、まだその「諦め方」がわかっていないんだ。彼女の心が、キスメという釣瓶落としの方に向いて、自分を諦めるその時までは、ボクが、守らなければいけない。
 彼女に人外を強いてこの未知に引きずり込んだのは、やはり他でもないボクなのだから。
 ここ数日の、彼女との生活を振り返ってみる。凄くキラキラしていた。あの頃の、まだ|穂多留比《ほたるび》と|花鹿《かじか》だったころの擦りガラスの向こうにある眩しい記憶が突然目の前に姿を表したみたいな、眩しいと同時に少し照れくさい、そして甘い時間だった。これは、夢のようなものだと、ボクは感じている。余り長く身を浸らせていると、そこから出られなくなって死んでしまう。いつかは覚めなければいけない、そういうもの。
 だからこの数日に見たものは、昔の記憶を偶然に鮮明に思い出せただけのものだと、思うことにしていた。そうでなければ、今日でこれが終わりだなんて、余りにも辛すぎる。

(|花鹿《かじか》様、寝ちゃったかな)

 ボクはふと目を開けて焚き火の向こう側を見る。焚き火はもうすっかり静かな熾火に変わっていて、鈍い光を残すだけになっている。小さくしてすぐにも周りを照らすほどの光はなかったが、今はほとんど明かりとしての用をなしていない。ここから彼女の姿は、シルエットくらいしか見ることが出来なかった。

(お顔が、見たい……)

 彼女の寝顔を、見たいと思ってしまった。何故だろうか。寝顔を見たことは殆ど無い、ボクが彼女を犯したときの悲しそうな顔だけかも知れない。ここに来た数日もこうして別に寝ていたし、その昔なんてボクは夜に彼女に近づくことさえ出来ない身分だったのだから。山から異物として扱われた数日だって、ボクは彼女から離れて眠っていた。だから、もしかしたら一度だって彼女の穏やかな寝顔を見たことはない。こんなに、何度も夜を過ごしているのに。

(夜を一緒に過ごせば、一緒に寝るなんて、そんなのも思い上がりかな。でも、最後にお顔くらい、見てみたいよ)

 寝顔を見るということには、まるで接吻のような神秘性があるような気がする。夫婦にでもなれば、それは余りにも簡単なものだが。ローリーの寝顔を始めてみたとき、何十分も飽きもせず見ていたものだけど、今はそうでもない。今でも可愛いとは思うけれど、まるで壊れやすい硝子細工に対する感覚から、お気に入りのクッションに変わったような、そんな感じ。
 |花鹿《かじか》様のそんな秘められた繊細な芸術品を、見てみたい。
 ボクはするりと寝床を抜け出して、足音を立てぬように|花鹿《かじか》様の巣の方へ近付いてみる。すうすうと寝息を立てているのが聞こえた。それだけでもドキドキしてしまう。円形にくり抜いたように残された出入り口の中を覗いてみると、そこには。

(う、わ……)

 |花鹿《かじか》様の寝顔があった。起きている間、つまりグォダ=ニャマムとして振る舞っている間はつんつんとしていて鋭い目で比較的いつも眉を立てているような印象があったけれど、こうして寝ているときの表情にはそうした刺々しさがない。あの頃の|花鹿《かじか》様の優しさがふわりと滲み出たよう。表情を作らない目元と眉、小さく開かれたお口。言葉を選ばずに言うのなら(かわいい……)だった。ローリーたルーミィのふわふわした可愛さと同じ様な感じがある、起きているときからは全く想像できない。
 つい、じっと眺めてしまう。つるんと丸い輪郭に収まる、少し彫りの深い目鼻立ち。長いまつげ、小さい唇。白いけど、少しだけ、そばかすの浮いた頬。その表情に詰め込まれたあどけない可愛らしさは、グォダ=ニャマムという存在が彼女の体にはまるで不相応に重荷であるように見えてしまう。そこまで頑張って、変化を受け入れながら生きてきたいじらしさ。それを強いたのがボクだという後ろめたさもあって、このあどけなく穏やかな寝顔を、ボクは、平常な感情で眺めていることが出来なかった。
 少し、泣いてしまいそうになる。せっかく今日で最後の機会だというのに、これ以上見ていることができそうにない。ボクが自分の寝床に戻ろうと振り返ったとき。

(っ!?)

 まるで高いところから急に落下するようなGを感じた。勿論落とし穴があったりなどしたわけではない、それは、高速で移動するときの感覚だ。周囲が真っ暗で視界が聞かないからどっちに動いてるのか一瞬よくわからなくなる。でもギリギリ視界の隅の捕らえた熾火の動きから察するに、ボクは。

(ヤマメの方に引っ張られている!?)

 それは一瞬の出来事で、次に気がついたときには。

「寝込みを襲おうっていうの?」
「えっ、いや、そうではなくて……」

 ボクは|花鹿《かじか》様の上にいた。巣の中で横たわっていた彼女の上に乗っかる形で、ボクは引っ張り込まれたのだ。不思議なことに、ヤマメの巣の中は、ぼんやりとした光に満たされていた。巣の内部の糸が幽か光を放っているのだ。そのせいで、彼女の顔が、見える。もう起きてしまったから、いつもの少しツンとした表情……だと思っていたら、違った。
 信じられない、あの頃の、|花鹿《かじか》様のやさしくてふんわりとしたお顔のままだ。勿論体が大きく成長しているから完全にあのままという訳にはいかないけど、今でも忘れない、あの頃のお顔。
 ボクはどきりと大きく音を立てた心臓がそのまま一瞬凍りつき止まってそして思い出したようにまた動き出したのを感じた。
「起きてた、んだ」
「あんまりにも殺気立った視線が突き刺さってたものだから」
「殺気なんて、立ててないよう」
「じゃあ、欲情?」
「ちがうってば……何でそんな極端に」
「私は、お前に見られてて、どきどきしたよ?」

 ヤマメの……|花鹿《かじか》様の顔が、近い。腕が伸びてきて、ボクの頭を掴んだ。ゆっくりと引き寄せられる。

「なに、いってるの」
「本当は、こっちから出向こうと思ってたんだ。でも手間が省けた」
「えっ」

 ヤマメは引き寄せたボクの目をじっと見たまま、言う。

「一度だけ……最後に一度だけでいい。お前に|ま《・》|と《・》|も《・》|に《・》抱かれたい」
「|花鹿《かじか》様」
「今更、いやか……?」

 いやなものか。でも。

「どうせ、最後なんだ。理屈抜きにして考えていたら、ふふっ、やっぱり、お前に抱かれたいんだ」

 ちょっと自嘲を混ぜたように皮肉めいた笑顔を浮かべる|花鹿様《ヤマメ》。でも、ボクの方を見る目はそのまま真っすぐで、ボクはそれに応えなきゃいけないと思った。同情や憐憫はなく、僕自身に正直な答え。
 言葉の代わりに、ボクは|花鹿《かじか》様に、唇を被せた。

「ん……っ」

 唇同士がくっつく、それだけで凄くどきどきする。暫くそうしていた。唇を唇で挟んだり、舌をちょっとだけだしてお互いの唇を舐めたり。まだ躊躇いがちに距離を測っている感じ、でもそれだけでも、ふたりともしたいことは一緒なんだって言うことがわかった。
 唇が離れると、二人で苦笑い。ボクの方からは、ずっとこうしたかったはずなのに、やっとなのか、なんて思っての自分への呆れだったが、彼女も同じだったろうか。

「ありがとう」
「ありがとうは、へんですよ……」

 そうか? と言われて自分の胸に聞いてみたら、ボクの中にもそれがあった。|花鹿《かじか》様が自分と同じ様にせめて最後にはと思っていてくれたこと、感謝のような安堵のような気持ちが、浮かんでいる。

「神様って、いるのかなあって」
「私じゃないね、それ」
「うん、ちがう」

 存在するのかどうかはわからない、ただの偶然というものを擬人化しただけのものかも知れないけど、|花鹿《かじか》様がそうであってくれたことそれ自体に対して、なんとなく感謝の念が浮かんでしまう、それは彼女への感謝というと少し違うものだったから。

「服、脱がせますね」

 ボクがそう言って、ヤマメの特徴的な衣装に手をかける。|猫睛跡《シャトヤンシー》のボタンは今はおとなしくただの意思に収まっている、それを外して前を開くと、シルクのような滑らかな生地の裏当て着、それをめくるとコルセットのような細まりとカップを持った下着が見えた。

「これも、脱がせ……」

 そこまでいったところで、|花鹿《かじか》様がボクの口を手で塞いだ。

「お前、いちいち 断らなくっていいっ」

 顔が真っ赤だ。そうやって一つ一つ手順を確認させられるのは、恥ずかしいのだろうか。そういうのを恥ずかしがっている|花鹿《かじか》様が、堪らなく可愛らしく思えた。
 ボクは黙って彼女の下着を脱がせる。下着は胸元が前で開いて、肩紐を抜いて下から脱がせる必要があったから、そのまま前だけ開く。服を脱がせて腰回りの締め上げを解くと、ヤマメは案外着痩せするタイプなのだと、思った。柔らかい体、肉付きがいいとかむちむちと言うと女の子は怒るものだけど、そういうのだってドキドキする。それも手伝ってか、成長してすっかり大きくなった彼女の胸が、圧倒的なボリューム感を見せつけてくる。身動ぎする度に柔らかそうに揺れていた。触りたい。
 いちいち断らなくていい言われたのだから、と、ボクは思い切ってその大きな胸に手を伸ばして下から持ち上げるように触ろうとした。ところで。
 |花鹿様《ヤマメ》が、口を開いた。

「……あの日、川辺でお前を置き去りにしてから」
「ヤマメ、そのことは、もう」
「きいて」

 そのこと。もう、蒸し返さないつもりじゃなかったのだろうか。それでも、黙って聞いてあげることにした。

「聞いて欲しいの」
「うん。つづけて」

 ボクが続きを促すと、彼女はホッとしたように言葉を続けた。

「お前が、私への贖罪で自分の過去を取り戻そうとしていたのと同じように。私も、お前の罪悪感を消し去ることで、自分の過去を肯定したいと、思ってしまった。わがままを、聞いてくれないか」
「お互い様、ってこと?」
「あんな風に、言ってはしまったけれど、やっぱりお前を許せるのは私だけだし、私を救えるのは、お前だけだ。リグル、私には、お前しかいないんだ」

 今日で最後だろうに、何でそんなことを今言うの? そんなことを言われてしまったら、決心が揺らいでしまうじゃないか。

「そんな事を言ったら、ボク達、離れられなくなる……ヤマメがいないと、ボクはいつまでも王様になれない。自分の弱さを責めることしか出来なくて、弱いまんまだから」
「私だって、お前がいないと、一人で歩けないんだ。他人に認められる気持ちよさから、逃れられないから」

 どっちがそうしたかなんてない、自然と、お互いに唇を寄せてもう一度キスをしていた。お互いの体に腕を回して、体をくっつけて。でも唇同士の接触は、なんだかとても危うい感じの接続。そこに生じる甘い甘い感覚は、そのまま取り込んでしまってもいいのか、ここに来てそんなものに流されてしまっても大丈夫なのかという危機感があった。

「名前も知らない男の子を産むなんて嫌だった。個別の存在に生まれ変わりたいと思っていた矢先のことだったから。お前を、捨てたのもそのためだったのに」
「うん」
「でも、捨てられたのは、私の方だったんだな」
「捨てたなんて、そんなこと! そんなの、逆」
「捨てたんだよ、お前は。でも、それがお前の……愛情だったんだって、思ってる」
「勝手すぎる、そんな解釈」

「私はな、数え切れないくらいの男に犯されて、辛くて、痛くて、苦しくて、屈辱で、悲しくて、でも、犯されながら、いつの間にかお前のことばっかり考えてた。今、私を犯してるのが見知らぬ男じゃなくて、お前だったらって、目を瞑って、お前の顔を瞼の裏に必死に描いてた……なんにも救いにはならなかったけどな」

 自分の言葉がボクを責めるような形になるのを嫌がったのか、それを言い終わる直前に彼女はボクの頭をに手を伸ばして頭をくしゃくしゃと混ぜる。

「だから、ほんとにお前が来てくれたとき、あれは、嘘じゃなかったんだ」
「『あれ』?」
「『|吾《あ》れを、孕ませてくれ』。ほんとだった。見知らぬ男達の子を生むなんて嫌でそれを塗りつぶして欲しいと思った。でも実際にお前に犯されて、」

 そこまで吐き出すように言ってから、|花鹿《かじか》様は少しだけ痛みのある顔で笑いながら言った。

「あのとき、私、感じてたんだ。ちゃんと気持ちよかった。お前に抱かれて、あんな酷い形でも、ちゃんと感じてた。体をお前のものにされていても、ちゃんと抗ったろう。今こうしてお前と対等の立場で向き合ってる。心まではお前に支配されなかった、その証拠に御前の元を飛び出してずっと声も遮ってた。けれど、けれど、あの時私は、体の芯から、心から感じてた」
「|花鹿《かじか》様……」

 |花鹿《かじか》様の脚が、途中からボクの腰に絡んで、体中でボクに抱きついてきていたのを、気付いていなかったわけじゃない。蟲の節くれだった外骨格の足に、まるで愛おしいものを撫でるように、手足を絡ませていたののみ。ほたるび、とボクを呼ぶ声が、恨みの色を帯びたものから熱を孕んだ桃色の声に変わっていたのを、聞いていなかったわけじゃない。
 それは彼女がボクの眷属に取り込まれたからだと思っていた。その、虫たちの雌は、王に抱かれることを最高の幸福だと感じるように出来ているから。でも、彼女はその後すぐにボクの下を去って、|ボク《王》から所在も探れず、『王命』も通用しなかった。最初から、眷属になりきってなんかいなかったんだと思う。
 彼女は本当に自分の意志で、ボクを求めていたのかもしれない。いや、そうだったんだ。いまも、そうだ。

「だったら、ヤマメはその時からもう、自在の存在に、なっていたってことじゃないか。王を否定してね」

 ボクがそう言うと、彼女はきょとんと目を開いて、それから、ぷっ、と噴き出して笑った。

「そう、か。はは、そうだな! 散々求めていたのに、気付けないものね。そうだったんだ……」

 だからな、彼女は言葉を続ける。

「私は、あのときお前に、確かに|レイプされたかった《…》んだ。お前に、愛してほしかった、どんな形でも構わないと思っていた。お前が私の体を求めて、私の体で性的な絶頂に導かれているのが、心の底から、嬉しかった」
「ヤマメ」
 レイプされたかったなんて、そんな言い方はしなくていいのに。でも、彼女は被害者である自分を良しとしていない。彼女をただの被害者と見做してしまうことは、彼女へのどんな愚弄の言葉よりも、侮蔑にあたるだろう。レイプの被害者であることさえ、自分の意志だったのだと丸ごと飲み込もうとして、そしてそれは彼女の小さな口にはきっと大きすぎて中々飲み下せない。

「自然の者になりたいとか、個別の存在になりたいなんて、馬鹿なこと言ってないで、自分に正直に、素直にお前を嫁にしていればよかったのね」

 ん?

「まって、まってまって、ボクはその頃からオスだったんだけど」
「? 知ってるよそんなこと」
「ぇぇ〜……」

 それはこのしんみりとしてしまった空気をリセットしたいと思った彼女なりの上段だったのかも知れない、でももしかしたら本当にそう思ってんじゃないか……?
 ははは、と笑ってから彼女は、改めて言い直す。

「だから、私は被害者じゃない。」
「言いたいことは、わかるよ。ボクも、もう、ヤマメを被害者だなんて、|貶める《…》ことはしない。」
「ありがとう。だから、やり直して欲しいんだ。もう一回、私を|犯して《…》。今度は、ちゃんと。」

 犯して、なんて言い方はしないでほしいな。でも、そんな言い方一つ一つに後ろめたさや加害性を感じるようなことは、彼女の前では全く意味のないこと、それどころか彼女への愚弄に為るのだ。それさえも、彼女の尊厳を保つための自我の形なのだから。

「ちゃんと、セックスして、それで」
「それで……?」

 最後の言葉の想像はなんとなくついていた、余り聞きたい言葉ではないことも想像付いていたけれど、それは僕たちにとって避けて通れないゴールなのだろうと思う。

「それで、終わりにしよう、私|達《・》を。」








 こんな会話を彼女を半裸にしたままで、していたことに、今になって思い至ってしまう。

「ご、ごめんね、ずっとこんなカッコ」
「ばぁか、レイプする相手に気つかってんじゃないよ」

 そう言って、彼女は見せつけるように胸を腕で挟んで谷間を作る。
 ……いや、凄い。

「もー、和姦レイプなんておかしいじゃないか……」
「だったら私に想像できないようなプレイを無断でやってくれよ?」
「ハードルたかいっ!」

 どう考えたって地獄で生き抜いてきたヤマメのほうが経験豊富だ、きっとそういうことも含めて生き抜く手段だったに違いないのだから。それを示すように、途中までボクが脱がせていた服を彼女が改めて脱ぎ直す、その動作自体が既に煽情的だった。体を波打つようにくねらせながら、布地を一枚一枚剥ぎ捨てていく様な動き。視線をたまにこちらに投げてはすぐに取り戻し、まるで羞恥に身を捩っているように見えるが、きっとそれは演出なのだ。
 すっかり裸になる頃、彼女のストリップショーから目を離せないまま、ボクの方は全くそんな表現もなくただ雑に脱ぎ去る動作で、ボクも裸になった。「そんなに慌てて脱がなくたって、逃げないよ。可愛いんだから」と言われて、顔から火が出そうになる。
 お互いに裸になった後、発光糸のぼんやりとした光に照らし出された彼女の豊満な体に目を奪われてしまう。

「こら、タダで見せるつもりなんかないんだからな。それなりの対価を、おくれよ?」
「対価?」
「ちゃんと……褒めるとか、やらしく説明するとか、あるだろ? 黙って見ていられると……逆に照れくさい」

 していることも言っていることもそうした行為に慣れきった女らしいと言うのに、てれくさい、といって顔を背けた仕草が、妙に初くて、可愛らしくて、ドキッとしてしまった。

「えと……えっち、だよ、ヤマメの、はだか」

 たどたどしいボクのヘタレな責め科白を受け止めるようにして彼女は淫らに笑う。

「ありがとう。多分、リグルが想像できないくらい、使ってる穴だからね。体くらい使い倒さないと、生きてこれなかったから。ちょっとした百戦錬磨のヤリマンってやつさ。使いすぎて減価償却し終わってる使用後まんこだよ♥ こんな穴と何発ヤったって価値ゼロ、処分に困ってくらいさ。使い捨て上等のゴミ穴だよ、ほら、このさっきからたゆんたゆん揺れてるずっしりキンタマに溜まってる古いザーメン、このクサレ穴に廃棄処理してよ♥」

 そう言って、股を大きく開いたヤマメ。やりまくっている、なんて言ってたけど、まるでそうは見えないくらい綺麗。少しだけ黒ずみが見えないこともないけど、こんなの普通の女の子でもいる。デブって言うほどでは決して無い、でもむちむちににお肉のついた凄くエッチ映えする太腿、お尻、それにアソコの盛り上がり具合と、襞の厚み。股を開いたその光景はグラマラスな色気に満ちていて、足の間から覗く巨乳と、淫蕩にボクを見る目は、きっと細い女の子が好きな男でも、やられてしまう。安宿の売春婦の気安さと淫乱に、高級娼婦の気品と自信が溢れている。
 何ていうか、|花鹿《かじか》だった頃よりもグォダ=ニャマムとして復活を遂げてすっかり自信を持ったのって、もしかしてセックス慣れしたからなんじゃ……なんて思ってしまう。
 こんな煽られ方をしたのは初めてで、ボクは、すぐに股がガチガチになってしまう。

「タマせり上がってる♥ 私の体にザー汁廃棄する気になった? ほら、この穴だよ、女としてはいいたかないが、4桁くらいは中にぶちまけられてるんだ、今更何の遠慮することもない♥」
「よ、よんけた……」
「軽蔑した? お前が恋して見上げていた山の神は、ただのヤリマンビッチの地獄メス蜘蛛になってたってこと♥ 生き残るためにちと泥と一緒に同じくらいザーメンも啜って生き延びたんだから♥」

 そう言って開いた股の間に両腕を挟み込むように、手を入れる。腕の間で潰れて歪んで乳首を天に向けさせて形を変えている乳房、その下から顔をだすように伸びた腕はむちむちの太腿の間から、肉厚のラヴィアを左右に割って見せている。

「さあ、何の遠慮もいらないよ。こんな穴にちんぽの一本や二本新しくぶちこんだって、今更なんだ。膣内射精された精虫の数なんか天文学的数字ってやつだから。卵管の奥の奥までザーメン慣れしてるから、今更リグルの中古ちんぽ打ち込んで、ザー汁一斉交換作業の道具にされたって、なんにも気にならないし、こんな精液廃棄穴にちんちん入れたって浮気にならないわよ♥ ほら、ほら、ちんぽなら誰のでもだいすきだいすきってくわえ込むド淫乱使い古しマンコ、今はお前専用のザーメンゴミ箱だぞ♥ オナニーティッシュ代わりに使っていいから、この肉穴で好きなだけザーメン扱き捨てていけよ♥」
「ヤマメ、ちょっと、エッチ過ぎるよぉっ♥」

 ヤマメの科白がいちいちボクの股間を直撃してくる。今はもう、少しでも亀頭に触れたら爆発してしまいそう。この状態で、おまんこの中におちんちん入れるなんて出来るのかな、押し込んでる最中に暴発してしまいそう。そんなの恥ずかしすぎる……。

「はやくはやくっ♥ ほらほらあっ、まだ挿入されてもいないのに、 子宮ガン落ちしてぷっくりバルーンしてるぞ♥
 卵管奥まで食いしん坊に膨らんで、精中待受状態だぞっ♥」

 両手の親指を半ば中に入れるような形で、左右に押し割って見せつけてくるヤマメ。奥に見える肉のひだひだに、べちょべちょのお汁が絡みついていて凄くいやらしい。その状態で腰を少し浮かせてくねくねと揺らして誘ってくる。ときたま、異常なほどに滴るえっち汁が、お尻や彼女の手を伝ってとろりとシルキーな蜘蛛糸ベッドに滴って糸を引く。

「はっ、はあっ、ヤマメ、ヤマみえっ♥」

 えっちすぎてくらくらするヤマメの誘いポーズに、挿入の途中で暴発するのが怖かったから、思い切り一気に最後まで突き入れるつもりで勢いよく腰を押し出した。でも。
 にゅるっん!

「ふぁ、ぁああっ! うそぉっ♥
 あっ、あっ、あああっ、〜〜〜〜〜〜っ♥」

 どぴゅっ、どぶっ、びゅっ、びゅううっ♥

「あっ、そ、そんな、こんなつもり、じゃあっ……」

 狙いがずれて、ボクの先端は彼女が丁寧にも開いて待ち受けていてくれた中央をそれ、尿道口を掠め、クリトリスをコスって上に、そしてそこで暴発してしまった。
 しかも一発目だからすごい量が、完全に

「む、無駄撃ちっ、しちゃったぁぁっ……はう、はううぅうっ♥  ごめんっ、ごみぇんなしゃあいっ♥
 ノーコンおちんぽごめんなさいっ♥」
「ああ、一番搾りの美味しいやつを、ふふ、ぶっかけに使うなんて、 ツウじゃないか♥
 溜まってた熟成濃縮ザーメンのきっつい匂いが、体中にぶちまけ られてる♥
 何悲しそうな顔をしてるんだよ、一発目の激臭ザーメンは便器を 汚すためのものだって相場が決まってるんだぞ、
 これで正解だ♥ ああ、すごい匂い……♥」

 そう言ってヤマメは、お腹の上にベチャベチャと無駄撃ちでぶちまけられた精液を左手ですくい取って口元に運び、すんすんと鼻を鳴らして匂いを嗅いで恍惚の表情を浮かべる。そしてそれを、ひょっとこ口で吸い取って飲んでいく。
 |花鹿様《ヤマメ》の綺麗な顔が崩れるの、前にも見た、ヤッパリ、エッチすぎて興奮する……♥
 そして、右手では自分のアソコをぐちゅぐちゅとかき混ぜている。入り口を擦ったりクリトリスを転がしたりするんじゃない、指を奥まで入れて掻き回す好き者のオナニー。それを見ているだけで、また、ボク……。

「あふ、あ……♥」
「何も心配なんかいらないね、ほら、まだギンギンだしそれに……」

 ヤマメは状態を起こしてボクの方に寄って、マン汁で濡れた右手をボクの股間に差し込んでくる。そして掬い取るような手の形で、ボクの陰嚢を掌に載せた。

「まだこんなにズッシリ、入ってるじゃないか♥」

 そのまま、ふたりとも立ち膝の状態で体を寄せる。たまたまの重さをはかった手でそのまま竿をなぞり、股の開き具合で高さを調節した|入り口《…》に、ボクのおちんちんの先を添える。

「お前のザー汁臭で、発情収まりつかなくなっちゃったぞ♥
 見事な催淫射精だ♥ さあ、次は、中出し本番だな♥」

 入り口にはみ出した柔らかい肉ビラに、先端が当たる。中に入れる前に、ボクのおちんちんを上下に動かして、そのあっつい濡れ肉ビラに、絡みつける。ヤマメの淫汁で濡れたヒレ肉がにゅるにゅる先端に被さって舐め回してくるみたい。

「ふあ、ふあああっ、これ、このまま、このまま押したら、入る? はいる?」
「ああ、入るぞ♥ このままリグルが腰を押し出せば、ザーメン扱 き捨て穴にずっぽりだ♥ 入った後はお前の好きなように、中の 肉を蹂躙して味わえ♥ こんなクサレメス穴に気を使う必要なん かないんだ♥ こんなのは、引き取り手のないゴミ箱穴を相手に してるだけ、浮気にもならない、ノーカンセックスマンコだ♥
 ほら、好きなタイミングでちんぽ押し込んで、お前の萌えるゴミ を廃棄していけ♥ 私のここはいつでも受け入れ準備でき……
 ほぁぁああああっ♥」
「は、はい、っちゃ、ったっ♥」

 彼女のエッチ過ぎる言葉に我慢できなくて、言い終える前におちんちんを入れてしまう。うねうねうぞうぞ蠢いてるぬるぬるの肉の間、腰を前に出すだけじゃなくて彼女の腰を捕まえて引き寄せておちんちんの付け根のとこまでずっぷりと埋め込む。

「お……ほおぉっ♥ 不意打ち貫通、ズルいっ ぞおぉっ♥」

 かくっ、かくっ、と頭を震わせて、立ち膝の腰が砕けそうになるのを持ち直して、を細かく何度も繰り返しているヤマメ。

「イッた、の?」
「きく、なあぁっ♥ 好きな男のちんちん、オクのオクまで不意打 ちされたら、イクに、きまっれるらろぉっ……♥」

 彼女の方が体が大きい、結合部の高さがピッタリあっていても、ボクの口は彼女の喉元くらい。絶頂に震えてる彼女の首に、何個も何個もキスマークを刻む。ちゅうっ、ちゅううっ、ってわざと音を立てて、たまには前歯で噛むみたいにして。
 その間も彼女の膣の中で無数の襞の絶頂収縮愛撫に襲われて、おちんちんがどんどん我慢の限界に近付いていく。腰が勝手に揺れちゃって、掴んだ彼女のむちむちの尻タブに指を埋めて引き寄せる揺らして、彼女の中の襞壁を余すところなく味わう。

「いっ、てる ナカをそんな風に、ねっぷり撫で回すの……ねちっこくて、好き……っ♥ 私の、扱き捨て穴が、お前のちんぽの形、思い出してるっ 久しぶりの大好きちんぽに、大量本気汁で歓迎、しちゃってるぅっ♥ シコザルおっさんの薄まった孕ませパワー0ザーメンみたいに白い本気マン汁、溢れすぎちゃってるっ♥」
「ヤマメ、どんだけえっちなの もっと、もっとしたくなっちゃうよお」
「いいぞっ♥ これで最後かもしれないんだ、二度と忘れられない、 他の女に絶対できないようなえげつないプレイでも♥
 今の私なら許すっ♥ 圧倒的許容力で、お前の全てのプレイ内容 を許すからっ、もっと、もっとリグルちんぽでイカせてくれぇ♥」

 弾力のある蜘蛛糸のベッドを使って、挿入したまま体を跳ねさせる。ぱんぱんぱんって、おちんちんの付け根とヤマメのモリマン部分が、当たっていやらしい押し相撲をしてしまう。もう一番奥まで入っているけど、跳ねて暴れるピストンは彼女のなかの色んな場所をランダムに突き上げる。

「ほぐっ♥ ほっおぉぉっ♥ んおっ ほっ んほぁぁあっ♥
 しゅごっ、い、奥のそこっ あっ、そこおっ♥
 っっきゅ 今度はそっち♥ だめ、これっ、ひゃくしぇんれんま オマンコの、熟練値MAXのアヘりポイント、あっちもこっちも ぉっ♥ それに、くっつきすぎて、クリまで擦れてっ♥」
「ヤマメ、ナカ、どこもかしこも弱点だらけ、じゃないかっ♥」
「ば、バレたっ♥ バレちゃったぁっ♥ 私のザーメン処理穴、本 当は欠陥品なんだっ♥ 誰かれ構わず使わせてたら、誰でもイケ ちゃうクサレまんこになっちゃって、もう収集つかないドスケベ 穴になっちゃってるんだっ♥ ゴメン、嘘ついてゴメン♥
 本当はこの肉穴、即アヘの確定のクソマンコなんだ♥
 インスタントオーガズムボトムレスピットなんだぁっ♥
 な? ザーメン吐き捨てに、ちょうどいいクサレ具合だろっ♥  お゛っん ほぁっ また、またくるっ リグルにおちんぽされな がらエロ科白吐いてると、すぐイクっ♥
 いく、いくいくっ、いくぅううぅぅっ♥」

 ヤマメはついに後ろに倒れ込み、大股開きの膝つきブリッジの姿勢のまま、ちんぽが抜けてポッカリと開いた膣穴を晒す。むわっと湿った牝臭が溢れ出して漂った。
 アクメに仰け反っているが、それでもペニスの抜け去った空虚な肉穴の寂しさに耐えかねて、すぐに指を突っ込んでかき回し始めた。左手でクリを擦りながら右手の指をまとめて三本、マン汁を撒き散らしながら、かき混ぜる手の動きに合わせてリズミカルに腰を跳ねさせている。

「だぁめ」
「やっ、やぁっ♥ イキまんこホジるの好きなの、好きなのぉっ♥」
「じゃあボクがするから」

 彼女の手を抜き去って、マン汁まみれの指をしゃぶってやる。

「すごい濃い味」
「やぁあっん♥ リグルのバカ、そんなの、当たり前だろっ♥
 好きな男におまんこしてもらって、特濃マン汁出さない女なんて、 女じゃないだろっ♥」
「じゃあ、もっと、ね?」

 彼女の指の代わりに、ボクの指を入れてあげる。

「ふゅぎゅっ♥ きた、きたぁっ♥
 リグルの指ちんぽ、きたぁっ♥ いいぞ、いいぞぉっ♥
 思い切りかき混ぜてくれっ♥ 肉襞伸びきるぐらい滅茶苦茶に
 ナカ壁擦りまくって、マン汁掻き出してっ♥
 使いすぎて鈍感になったと思ったら大間違いの、ハメ即アクメの 肉穴になったザー捨てゴミ袋、いじめてくれぇっ♥」

 膣の中の肉は柔らかい襞肉をまとった筋肉、ぬたぬたのマン汁の海を柔らかい襞がびっしり詰まっているけどその向こう側ではちんぽを掌で思い切り握るみたいに強力に絞り上げる、貪欲ザーメン搾り器。三本入れた指がめちゃくちゃに舐め回されて締め上げられて、ぬるぬるの白濁本気スープでふやかされていく。

「あっ、ぬ、抜いちゃうのか? 私の穴、いじめ甲斐のないふやけマンコだったか?」
「ううん、また、入れたいの♥」

 そう言うと、ヤマメはぱあああっ、と嬉しそうな顔で飛び跳ねるみたいにボクに抱きついてきて、今度はボクが下になって組み敷かれてしまう。

「はーっ、はーっ、じゃあ、じゃあ入れるぞ♥
 そんなにこのザー汁扱き捨て穴、気に入ったのか?」
「うんっ」
「うれしい♥ うれしいっ♥ リグルちんぽが私の廃棄品マンコ好 きだって言ってくれたぁ♥ そんなのだめだ、ダメだぁっ♥
 そんなこと言われたら私のザーメン廃棄穴、嬉しすぎて涎とまん なくなるだろぉっ♥」

 そう言ってボクの上で腰をくねらせて、白濁本気汁を垂らし続ける淫裂の入り口に、まだ一回しかイケてないおちんちんをあてがう。

「あーがまんできない、がまんできないっ♥ マンコ疼き過ぎっ♥ 腐れマンコ、腐ってもマンコなのっ♥
 好きなオスのちんぽ、どうしてもっ……んう゛っ♥
 ……咥えこんじゃうんだぁっ♥」

 腰を落としてずっぷりと奥まで咥えこんでから、ヤマメはとろとろに蕩けた、上気してヨガり涙と涎でべちゃべちゃに汚れた顔でボクに笑いかけてくる。

「今度こそ、ナカでださせてやるからなっ♥ 私ばっかりイカせて、もう好き勝手させないぞ♥」

 ぶちゅん、ぶちゅっ、じゅぶっ

 音が響くほど空気を巻き込んで肉ビラの絡みつく高速ピストンで、ボクのおちんちんを根本から先っちょまで、咥えこんで扱き上げる。仮首に膣内でぷりっぷりに充血した肉襞が絡みついて引っかかる。一番奥まで入ると、そんなに大きくもないボクのペニスの先端にこりこり固い塊が当たる。

「わかるか? 落ちてるんだ、子宮♥ お前のちんぽで直接注入で きるように、私の体が素直になっちゃっているんだ♥ 
 ここまでの受精待受、さしものちんぽ狂いの私でも、滅多なこと じゃないっ♥ リグル、お前だからだ、お前のちんぽだから、私 の子宮が服従誓っているんだっ♥
 子宮といっても、こんなものはただのザーメン吐き捨て袋だ、赤 ちゃん部屋なんかじゃない、本能の赴くまま無責任にザーメン捨 てていってくれ♥ 奥さんとのセックスのときに新鮮で生きのい い精虫うじゃ出し出来るように、賞味期限切れの精子、ここで出し切っていけ♥」

 ぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんぱんっ!

 リズミカルで深い、貪欲な膣穴扱きが、ボクのペニスを上から下まで肉ブラシで舐め回して締め上げてくる。

「ヤマメ、もう、でるっ、すごいヤマメの精液絞り、無理っ♥ すぐ射精ちゃうっ♥」
「いいぞ♥ 何発でも受け止めてやる♥ これは浮気じゃないぞ♥ 奥さんとの健全な子作りセックスキメるための、ザーメン新陳代 謝促進運動だからなっ♥ お前のキンタマ空っぽになるまで、
 古い精液吐き捨ててってくれて、いいぞっ♥ おほおっん♥ 
 んぉっ♥ 精子求めて淫乱腰振り、止まんないっ♥ 
 誤解するな、誤解するなよっ? これは、妊娠希望の子作りダン スじゃないっ♥ 断じて違う、断じて違うっ♥」
「そうなの? あの日妊娠希望されたの凄く嬉しかったのに……♥」
「っ!? あっ、これ、その、ああっ、ヤッパリ希望するっ♥
 やっぱり孕ませ希望♥ リグルの大量種付けザーメンで卵子串刺 し希望っ♥ たった今、たった今私のお腹の中の精液廃棄袋が、 赤ちゃん部屋に模様替えしましたっ♥ 妊娠可能っ♥ 即日入居 可能の妊娠待受、あっ、タマゴきたっ♥ タマゴ降りてきたっ♥ 今来たら、今来たら妊娠確実の激アツタイミングだぞっ♥
 来い、こいこいこいっ、精虫たっぷり来いっ♥
 絶対受精してやるからなっ♥」
「ヤマメえっちすぎる、えっちすぎるよお……♥
 そんな風に妊娠懇願されたら、無責任中出ししちゃうよ?
 しちゃうよ?」
「当たり前だ、当たり前だあっ♥ 今更外出なんかしたら殺してや るからな! 中出し以外は禁止だっ♥ 奥さん孕ませる新鮮な健 全精子作る前に、キンタマにたっぷりの廃棄精子を有効利用させ てくれえっ♥」
「出すよ、ヤマメっ♥ ナカで、ナカでっ♥」

 どぶっっ♥ どぷんっ♥ どぶびゅぅっ♥ びゅぅっ♥

「うくぁっ、あああっ、ああああっ、あ、すっごい射精る♥」
「あああっ、んおあああっ♥ せーし来た♥ 中にたっぷりっ♥  ばかあっ、赤ちゃん部屋なのに、せーしで満タンになっちゃって るだろおっ♥ こんなの、こんなの孕むっ♥
 受精、受精、受精受精受精受精受精受精受精、受精するうぅ♥」
「っはぁあっ、はあっ♥ ヤマメぇっ♥ すっごかったぁ♥
 思い出セックス、もえちゃったぁ♥」
「ばか、これじゃ、前と変わんないじゃないか、また赤ちゃんはら んじゃうだろっ♥ あ、リグルの精虫卵管で大暴れしてるっ♥  下ってきてるタマゴちゃんが寄ってたかってレイプされてるっ♥ こらっ♥ 受精できるのは一人だけだってば、そんなに大勢でが っついたって、無駄だからなっ♥」
「やまめえ♥ ちゅっ、ちゅっ」
「ちゅっ、りぐるっ……思い出セックス、ありがと……♥」







 姉は持ち場に付いている、僕よりも西翼の指揮を任せてある。姉は勿論この布陣に納得などしていない、このスカスカの布陣が何か考えがあってのものだと飲み込んでいるだけだ。もし|八腕鹿布《やうしけふ》つまりグォダ=ニャマムが姿を見せたらすぐに僕に指揮を渡すように伝えてある。

― 時間だ。

「作戦開始」

 僕は伝令係に作戦開始を伝える。天狗執事が、外で待機する各メンバに作戦開始を伝えた。

「さくせんかいし!」

 元々機動戦なんかじゃない、縦深突撃もしないし、遊撃も素早い陣地転換もしない。そもそも僕の兵隊はほとんどが軽装のままだ。なんたって、じわじわと木を切り倒しながら山を登っていき、ターゲットの|選狗奴《えりくな》、|八腕鹿布《やうしけふ》に遭遇した場合に後方の戦闘部隊と入れ替わり花火で知らせると言うだけだ。目標の検出が知らせればすぐに戦闘部隊が集結する。僕ら伐採部隊は木を切りながら目標を追い詰め、そうやって見つけたときには包囲網から奴等を出さないために防御的戦闘を行うことが任務になっている。
 実際の戦闘部隊は守矢の|戦禰宜《ウォーロック》を筆頭に組織化されているが、樹木の伐採と山から目標を出さないための包囲防衛ラインの中核は僕ら狼に寄って構成されていた。これは、守矢からの傭兵採用という形で急造されたものだ。
 そんな作戦だから別に数分ずれようが対した意味はないのだろうが、守矢はえらく厳密な時間管理を求めてくる。連絡系統にもロスのないようそれなりの伝令係を設けるよう徹底されていた。おそらくは、巫女の几帳面な性格のせいだろう、落ち着いているときは几帳面で理路整然としている、取り乱すとめちゃくちゃになるが。

「挽けー、挽けー!」

 作戦開始の合図とともに、最前線の伐採部隊が一斉に鋸を引き木を切り始める。材木を採取するための伐採ではない、ただ単純に山を裸にするための破壊的な伐採だ、切り方に作法など無く、それ故に林業に携わったことのないただの狼でも務まるというわけだ。重要なのは手っ取り早く山を剥いて目標を炙り出し、包囲を脱出させない戦闘力だった。
 僕の指揮する線以外で、木を切る音が聞こえる。山体を完全に取り巻く様に伐採ラインが繋がっている、同時に伐採活動が行われる範囲は尋常じゃないほど大きく、その音も尋常ではない。これは24時間体制で継続されるのだ、はっきり言って異常だ。

(はっきり言って、作戦なんて作戦じゃないんだよな、こんなの)

 包囲防衛戦線として駆り出された狼の傭兵は、それぞれが伐採と防衛を同時に行うための陣地形成を各々勝手にやっている。こうした集団戦闘に慣れていない者達は守矢に陣地設営の指示を仰いでいる者もあるし、犬走家はそうしたノウハウの蓄積があるので、勝手にやらせてもらっていた。
 もっとも、この陣地形成は、そうしたノウハウを1グラムも生かしていないが。
 本来、半兵半工の部隊として樹木伐採を進める伐採部隊には、しかしウチでは武器をもたせていない。伐採専門だ。その代り、目標を見つけた場合にはさっさと逃げて戻って来るように指示してある。機動性を重視するために武器を持たせなかったという表向きだが、そんなのは方便に過ぎない。戦闘をさせる気が、なかった。
 伐採部隊の後ろには包囲防御戦線である部隊が展開し、伐採前線の前身と共に山を登っていく事になっているが、これにはは少々の長槍兵と弓兵のみを用意していた。刀や斧、鎚といった肉弾戦を前提とする部隊は存在しない。長槍も、突撃用ではなく弓兵を守るためのものだ。伐採部隊から、防御戦線までの距離はかなり長く、その間には大きな空白がある。弓兵部隊は横に並べるのではなく方陣とした塊をいくつかに分けて固めてある。この空白は弓の戦術を有効化するためのものと言ってあるが、これも勿論方便だ、二つの戦線を乖離させて、包囲に隙間を作るためのもの。
 これらの合理性のない布陣は、つまり

(リグル、上手く逃げてくれよ)

 ということだ。
 勿論発見なしに素通りさせるつもりなど無い、そこまで露骨をやると犬走家の存続に関わるからだ。適当に戦闘体制をとらせる必要はある。
 この辺りの防御戦線の指揮は犬走家が担当し、当然僕が将であり、副将を姉が努めている。僕に何かがあればシームレスに指揮系統が移譲される様になっていた。
 木を切り倒しながら徐々に戦線を押し上げる、1時間あたりの進軍距離は、わずか数メートルといったところだ。
 彼は、僕の前に現れる。その確信があった。だって、「抜けられそうな場所」は、ここくらいなのだから。
 そうして、僕の間に現れた彼の、僕はどうするつもりだろうか。聞きたいことはいっぱいある。言いたいこともたくさんある。ただ、本当にリグルを目の前にしたとき、その何れを口にするだろうか、自分自身でも整理がついていない、想像だって出来ない。彼に対して思う僕の感情は、一つの言葉で整然と並べられるものとは少し声質の違うものになっている。
 変な意味ではなく、彼のことが好きだ(いや、やりはしたが)。嫌いなところも含めて、好きだ。そのごちゃごちゃとした不可分で未分化な感情丸ごとを、投げつけても尚彼に対する感情が「概ね好意なのだ」とわかる、そんな奴は僕の周りには他にはいなかった。それは、どうしてなのだろう。
 彼は、僕の欲しいものを持っているのだろう、だから不明で、いけ好かないところがあって、でも好きなのだ。








 リグルを通すための陣を敷いてから、僕は焦っていた。当たり前だ、これは戦闘放棄であり、謀反にも等しい。僕を見破る何者かが派遣されて来ないことを祈り、事が起これば迅速にこの場を去らなければならない。彼を連れて。
 そしてこれは……どこかで予想していたことかも知れない。

「楓」

 やはり、やって来たのは姉だった。どうせ姉か文か、どっちかだろうと言うのは、想像の範疇だった。いつも、いつもいつもだ。僕の邪魔をするのは。邪魔、というと誤解を招くかも知れない。過剰な助力、僕がやりたいことを先に奪い取って、その奪い取ったものを、はいと渡してくる。悪意はない、それも僕にはわかっている。でもそれは、僕を追い詰めて憎悪を増すのだ。優しさに仇で返すことの不道徳を、自覚していても。また、それをしに来たのだ。僕は、唇を噛む。
 姉は元々僕がこの作戦に紛れて何かをしようとしていることを察していてた。僕も、ひた隠すほどの隠蔽をしていなかったせいもある。姉は持ち前の千里眼でさっさと僕の場所を特定して、あっという間に追いついてしまった。僕の方も姉の姿を補足していなかったわけではないが、特に逃げるようなこともしなかった。追いつかれたなら、そこで、ぶつかるしか無いと思っていたから。

「なんのつもり?」
「ちょっとね」

 僕が不真面目に答えると、姉は少しムッとした表情で答える。

「作戦の途中で指揮を放棄するなんてことをしたら、軍法会議モノよ。グォダ=ニャマムをあえて素通りさせるなんてことをしてもね。軍法会議で裁かれるだけじゃないそれは、犬走の家の者として、恥になってしまう」
「犬走の恥。それは、守矢にしっぽをふることなの? 天狗社会で地位が回復できないからって守矢に尻尾を振る? そうやって自分の軸をもたない存在を、守矢だって真に重用するとは思えない。僕なら、しないね」
「尻尾を振るって……。楓はどうしていつもそうやって、疑わしく考えるの?」

 姉がこの事態をどのように考えているのか、少し楽観し過ぎなんじゃないかと思っている。それでも、長男である僕に遠慮して、ずっと抑えてきたものがあるはずだ。きっと、彼女は彼女なりに、僕に不満があるだろう。でも、それももうすぐそれまでだ。

「守矢にとってこの作戦は、疫病の封鎖とグォダ=ニャマムの討伐が目的じゃない。」
「どういうこと?」
「守矢は天狗の社会に内部不安を植え付けることを目的にしている気がする。狼の傭兵の待遇が、良すぎる。守矢が急に狼を傭兵として受け入れ始めたのことに、僕は疑いを持っている。守矢は、下層に位置されながら安全保障の中核を担う狼を自分たちの側に取り込むことで、天狗社会の不安要素を煽ろうとしているようにしか見えない。狼は、今の抑圧された立場を不満に思っている。守矢の待遇は眩しいほどだ、これに飛びつかないわけがない。事実、僕らの群からも、守矢の軍門に移動したものがたくさんいるだろう」
「そうだけど」
「そうやって、天狗社会の弱体化か混乱化どちらかを狙っている、これは狼に対して今更おおっぴらに保護政策を打ち出すことが出来ない天狗社会に対するあからさまな社会工作だ。そう思っている。」

 僕の思いを伝えると、椛は険しい顔で、それを制止しようとした。

「今、楓がそれを言っても事態が荒立つだけよ、これは、もっと大きな立場で」
「今でなければ! 狼の当事者である僕たちがやらなければ! これは、だめだろう。他にいつ、だれだと言うんだ」
「だって、確証がない。そんな憶測を前提に動いても、もし違ったら……」
「だから僕が、やるんだよ。」
「えっ?」

 僕のその答えの意味を、姉は理解できていないようだった。
 僕の傍には彼が控えている。物静かでほとんど喋らない、天狗執事の見習いということになっているが、別に執事の仕事を覚えさせるつもりなんかない。彼は、人間だ、いつか解き放たなければならない。僕の目的に付き合ってもらう。

「彼は……受動免疫の持ち主だ。」

 勿論、それは僕の想像だ。彼の体に免疫が実際に形成されているかどうかなんて、僕にはわからない。でも、きっとそうなのだと信じていた。

「少し探せばこういった者がいるとわかろうものを、政院はろくに調査もせず封じ込めを行った結果、結局被害を拡大している。情報隠蔽は既に社会に漏れ始め、下層の狼や居住域を隣接する河童から不満が出始めている。政院は病気の蔓延より社会不安の蔓延の方が簡単に片が付くと考えているようだが、大きな代償を支払うことになるだろう。そして、守矢に足元を救われている。誰もそのことに、気付いていない。いや気付いているのにことの重大さに気付いてない。気付いていたとしても何もしようとしない。バカなのか? 天狗は皆馬鹿になったのか? 鴉天狗が政権を取ってから、この社会はずっと|こんな《・・・》ふうだ。天狗は、みんなそんなに衆愚に成り下がったのか?」
「その子がもし免疫を持ってるのだとして、楓に、何か出来るの?」
「だったら、椛になら何かできるというの? いや、文か。出来るかも知れないな、でも、自分の手でなさなければ何の意味もない、誰かが引き寄せた気持ちのよさになれてしまって、自分で何もしなくなる。誰かがしてくれる。それが今の天狗社会の停滞じゃないのか? 椛は、いいよ。自分で動いてる。文という疾風が傍にいて、一緒にいるだけで自分の眼の前に次々に選択肢が出てくる。でも、多くの者にとって、そんなに魅力的な選択肢が次々に現れてくるなんてことはないんだよ、僕も含めてね。そして、今、僕の目の前に出てきたんだ、フラグを立てるか、ぶっ倒すか、どっちかだろうっていうスリリングな選択肢がね。その果てに滅んだっていい。これはただのギャンブル志向じゃない、もっと、もっと自意識に根ざす根本的なものだ。自分の手の中にダイスがあるっていうその実感だけでも、行きている意味に色彩が現れる。そうだろう?」

 僕の言うことが、姉には伝わらない。トチ狂った発言のようにさえ聞こえて、真意など伝わらないだろう、僕のこの感覚は、自分でも狂っていると思うに相応しいものだ。狂っている、でも絶対に、欲しいんだ。これは冒険なのか、ギャンブルなのか、どちらでも構わない、周囲がなんと言おうと。でも、僕はその「選択」にこそ自我が宿ると思っている。

「どうするつもり。彼を博麗神社経由で|月帝飛地《MoonyBase》の医療機関の門を叩くとでも?」
「こんな未知の疫病に対する社会的防疫ソリューション全体を丸ごと依頼なんかしたら、天狗の山は財政的に破綻するか、借款まみれになる。」
「外交か経済か、どちらかが足枷にあって|天狗社会《私達》は身動きが取れない。山の中で小さくなって、この疫病が通り過ぎるのを待つしか」
「うまくいくものか。どうせ、僕ら天狗は封鎖施策を変えられず多くの人妖を見殺しにする。」
「……だって、ほかには……」
「それでもこの封鎖網の隙を突いた者がいたり、封鎖が腐敗して形骸化すれば、幾らかの者が外に出てくるだろう。この病がグォダ=ニャマムによるもので、この掃討作戦が成功するならこれ以上超常的な拡大は起こらない。自ら封鎖網を破って出てくるのは、まだ症状が弱く生存の余地があるか、元々一定以上の抵抗力があるかどちらかだ、治療を施す意味のある者が選択的に通過することになる。だから、縮小していく|御東《みあずま》と外に出てきてしまった者に場当たりで対応できる少数だけ、抗血清が作れれればいい。その数は大したものではないはずだ」
「そんな残酷な話、端から助かる見込みのないものは見捨てるなんて。9を救うために1を殺すのではなく、1を救うために9を殺す?」
「グォダ=ニャマムが諦めてくれれば、だね。この作戦が失敗しグォダ=ニャマムが山から疫病を撒き散らし続けるなら、これは成り立たない。選民を進める愚策だ。グォダ=ニャマムがこの作戦できっちり討伐されれば、いい。」
「討伐、あるいは、素直に巣に帰れば?」

 そこまで言ってやって、僕のやりたいことがわかってきたのか、椛の表情は変化していく。険しさに変わりはないが。

「幾らグォダ=ニャマムでも、この|抜け目のない《…》山体包囲網を抜けられると思っているの?」
「だから、こんなすっかすかな陣容……」
「椛までそんなこと言うのか、僕を愚弄するのもいい加減にして欲しい。相手が土の加護を得ている以上、近付いて接近戦なんてのは愚策中の愚策だ。風魔を帯びた矢を射掛けるのが一番いいに決まっている。弓隊の射程と照らし合わせて、あの距離がベストだ」

 伐採部隊と防御部隊の距離は、かなり離れている。弓を射掛けるための空白距離というのが口実だが、こうすることで彼等には包囲の陣容が丸見えに為るだろう。そうして俯瞰して、通りやすい場所を選んで通り抜ければいい。口が裂けてもこのようなことは認めないが。 姉は僕の意図を汲み取ったようだ。

「彼が博麗神社に送り届けられる頃、グォダ=ニャマムが山頂で締め上がげられているのことを、期待してるわ」
「ああ、期待していて構わない。|望《・》|み《・》|通《・》|り《・》|の《・》|結《・》|果《・》になっているさ」
「それが私の望みだなんて、思わないで。……でも、楓が望むなら、私にとっては説得力のあることだし、それなら望みでもある。信じてくれるかは、知らないけど」







 不自然な地鳴りとそれにかき混ぜられるように虫が湧き出してくるという異常の報告を受けてやってきた先で、木の陰から姿を表したのは二つの人影。それは案の定リグルと、並んでいるのがおそらくはグォダ=ニャマムだろう。しかし。

(バカが……なんでそうやって堂々と出てくるんだよ、せめて隠れて通り過ぎるふりをしてくれないと、そんな風に馬鹿みたいに顔を出されたら、対応せざるを得ないだろう!)

「弓隊、構え。放て!」

 やる気のない布陣ではあるが、用意された兵員が無傷のまま全て正しく弓を放てばそれはそれなりに意味のある攻撃力になる。グォダ=ニャマムもリグル・ナイトバグも土属性なのだから、風魔と火術の矢が大量に用意されており、それが百人隊長の号令で一斉に放たれていた。
 少し見ればすぐに分かるほど、目につかぬように通り抜ける道などいくらでもある。もっとも、そうしたところにも見張りを立てるのも当然なのだが、それでも可能性に従うということを普通はするだろうに! 伏兵を配置したところで大したことは出来ない。彼が僕の前に現れるとするなら、それはここの防衛ラインが一番手薄で、それが明らかに抜けさせるためだと承知した上でのことだと、思っていた。いや、現にそうなのだろう。だがせめて、隠れるなりなんなりの|意思表示《…》はして欲しかった。
 矢の雨が降り注ぐ。風と火の魔力を帯びた矢は着弾点でかまいたちを巻き上げ火柱を立てる。弓兵として訓練されたわけでもない狼達の狙いは精度が低く多くが的はずれな場所に着弾している、偶然にもコースが合った残りの矢は、それでも数十本を数えた。グォダ=ニャマムとリグルに向かう、火矢と風魔の矢。
 グォダ=ニャマムにだけは当たりリグルには外れて欲しいと都合のいい希望を持って見る。だが、いよいよ二人に襲いかかった矢は、全て見えない壁のようなものに弾かれる。薄っすらと見えるのは六角形が辺同士を隣接するように並べられた亀甲のような光の壁。かまいたちも火柱も、その壁の前で弾かれ侵襲しない状態で効果を巻き起こして二人にダメージを与えることがない。壁向こうで、グォダ=ニャマムはリグルをやんわり守るように寄せ腕を回していた。

(それはまずい、リグル、だめだよ。グォダ=ニャマムと通じているように、見えるじゃないか)

 きっとでも、そうなのだろう。彼が、拉致される際、彼からの直接の抵抗はなかったと言われている。二人揃って山を降りてきて、二人揃って僕の前に姿を晒し、投稿を呼びかけても一緒に通過することを求めてきた。何か強烈な弱みを握られているのでなければ納得行かない行動だが、グォダ=ニャマムには幻想郷で他に協力者はいない、ここで討伐されてしまうのであれば、握られてなお与しなければならない弱みなどあるはずがない。
 つまり、リグルは、グォダ=ニャマムと、通じていたのだろう。

「撃ち方止め。無駄だ、矢は通じない。」

 そう伝えて、僕は前に出た。兵たちがざわめきを見せる。
 兵隊たちから見れば、将であり白狼たる僕が前に出たということは、交渉か一騎打ちどちらかだと映っただろう。会話をするつもりはあったが、それは交渉と言うにはいささか……私情に過ぎるものだ。一騎打ちなどもするつもりもない、会話の内容が余程のものにでもならない限り。
 僕は単純に、彼の「つもり」を聞きたかっただけだった。

「楓」
「リグル、投降しろ。抵抗せずに投降すれば、キミはグォダ=ニャマムに拉致された被害者として、酌量減軽が想定される。気味の身柄を確保したのが僕でよかった。きっと審問の場で口添えできる」

 さあ、と僕は彼の方へ手を伸ばす。
 グォダ=ニャマムは通す訳にはいかないが、リグルは別だ、彼はまだスプレッダとして認識されているだけで、|御東《みあずま》のことについてそれ以上の疑いは掛かっていない。それを疑っているのは、姉や文、幾らかの実際に|御東《みあずま》の中や穴にまで足を運んで現場を見た者だけだ。それは、彼がこの件から無傷で抜け出すのに、格好の状態と言えた。
 だが。

「楓、ここを通して欲しい」

 彼が口にしたのは、拒否にも近い言葉だった。予想通りだが。

「君一人なら、構わないよ?」

 意地が悪い言い方だったろうか。でも、嘘ではない。この作戦の目標は一人だ。

「お願い、楓。ヤマメは、グォダ=ニャマムは|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》に帰る。もう幻想郷に害はなさないから」
「そんなことは今更聞いていないんだ、リグル。その蜘蛛はもう|激甚疫病神《SSPZ》として認定され、討伐が命じられている。君も理解しているだろう、この山が完全に包囲されていることを。守矢はグォダ=ニャマム討伐のために、山そのものを殺すことまで選択した。そこに僕なんかの一存が通用するわけがないだろう」

 そうだね、とつぶやく代わりみたいに俯くリグル。そういうところだ、全く、こいつは人を舐めている。周りの皆が君のことをまるで無条件に助けてくれると信じている、なんなんだそのお花畑の頭の中は!

「何故もっと隠れて通ろうとしない、バカなのか君は。僕が君の友人だから、頼みを聞くと思ってのことなのか? 残念だけど、それは君と二人きりで個人的に会っているときだけだ。たとえ天狗社会で下層となろうとも、公の場では僕は白狼天狗犬走家の者だ、聞けることと聞けないことがある。」

 せめてあの林の切り残しを通ったり、隊の切れ目の兵が薄いところを突っ切ろうとしたりしてくれれば、容易に抜けさせる準備があったというのに! 普通はそうしないか!?

(バカが……どうして君は、こう……)
 つい舌打ちをしてしまう。

「リグル。君は何故、そいつを逃がそうとする? それは幻想郷に疫病を撒き散らし害をなす邪神だ。」
「ボクは、ずっとずっと昔に、ずっと彼女の味方であり続けるって、決めたんだ。」

 そう言うと、思っていた。その、ばかみたいな素直さが、君の扱いづらいところだよ。でも、そんなバカが付くくらいのバカな君が、僕は好きなのかも知れない。僕もばかなのだろう、でも、なりきれないんだ。羨ましい。

「今でもそれは変わってない。昔、殺される山を、見殺しにしたことがある。今でもそれを後悔していて、ボクの時間はそこで止まっている。それを、取り戻したい。彼女はボクの復讐に付き合ってくれているだけだ。これは、ボクがやっていること」
「相手に変化のせいで自分が変容してしまってもか? 君は、邪神なんかではない。ただの人畜無害な蛍の妖怪だ。君がグォダ=ニャマムの味方であり続けると決めたとき、彼女もまたただの山だったかも知れない。でも彼女は変容してしまった。その変容が君の存在も変えてしまうんだ、君の中身は何も代わっていないのに、君は邪神として扱われることだろう。そんな理不尽を、どうして受け入れられる?」
「何があっても、どんな存在になってしまっても。ヤマメがまだ山だった頃から。神様になってからも、それをやめさせられても。地獄に落ちて邪神になってしまっても。」

 自分がこう変わらなければいけない、ああ変わりたいと思っているのに、世界は自分の意志とは関わりなく自分を置き去りにして変化していく。自分はまっすぐに歩いているつもりなのに、周囲が勝手に変化するせいで、自分の歩みに勝手に歪みを与えられるのだ。そんな理不尽を、僕は受け入れることが出来ずに、いつも歯噛みしている。
 隣人の、環境の、社会の、世界の自分以外の誰かのせいにしてしまいたいのに「お前が間違っている」そう、言外に言われるのだ。僕はまっすぐ歩いているつもりだったのに、いつの間にか歪んでいる。「周りが勝手に変わったせいだ」そう主張したところで嘲笑われて、指を指される。それは、ひとえに歩くのが、遅いからだ。

「君が、そいつの味方であり続けると決めたのに、そいつは君の知っている彼女ではなくなった。そうだろう? もう、君が守ると決めた彼女はいない。0時を過ぎたシンデレラならばまだいい、中身は同じだからね。彼女がかぼちゃの馬車に乗り込む前に捕まえることが出来たなら違ったかも知れない、でもそれが出来ずに、君がはるばる探して後日見つけ出したシンデレラは悪い魔女だった。それでも君は、彼女を愛するのか? 君の愛は本物だったのに、相手は自分を裏切っていたと、知っても」

 文の様に歩みの速い者は、目的地に辿り着くまでに世界の変化はわずかだ、ほとんど自分の思った通りの直進が出来る、目的地にも正しく到着できて、その足跡を見てきっと自分でも納得が出来るだろう。でも僕は違う。歩みが遅く、目的地にまっすぐ向かうことが出来ない。懸命に方向修正を繰り返して曲がりくねった遠回りをしてやっと辿り着く、自分は真っすぐ歩いていても!
 僕はリグルに問うている、だが、この|命題《リドル》はリグルに向けたものじゃない。その後ろにいる、土蜘蛛に向けたものだ。案の定、グォダ=ニャマムは僕の問に苦い表情で俯いている。やましいのだ、リグルに対して。彼の、まっすぐさに対して。

「そいつは、君の真っ直ぐなあり方に、相応しくない。リグル、君がそれと肉体は離れ心を寄り添わせながら生きてきた過去は、まさに不幸だ。裏切られている。グォダ=ニャマム……そうだろう? お前は、自分を変化させながら生き延びたのかも知れないが、その生き方は、リグルへの裏切りだ。その裏切り者が、また彼に守られようとしているのか」

 自分がやっとそこに辿り着く頃には、他の皆はとうに次のスタートを切っていて、やはり真っ直ぐに歩いていく。僕を置き去りにして。僕だけが、莫迦みたいにふらふらふらふらと辿り着けずに置いていかれる、莫迦みたいに、莫迦みたいに。恐らく、莫迦なのだ。そしてそれに気付いてしまうのは、莫迦さではなく、愚かさだ。
 この愚かさを自分の責任にする勇気が、持てない。誰かのせいにしたい、だって、自分はまっすぐに歩いている、世界と、道とが、僕を置いて勝手に変わっていくだけだ。そのせいでまっすぐ歩いていないことにされるのは、僕が悪いのか? 納得が、行かない!

「リグル、君の真っ直ぐさは、敬愛に値する。でも、真っすぐ歩いているつもりでも、誰かのせいで歪められるんだ。守ろうとするものが山であれば君はその守護者で正しき者だ。だが守ろうとするものが勝手に邪神に変わったとき、君は勝手に悪魔の手先に変わってしまう。そんな理不尽を、そこの蜘蛛に強いられているんだ。」
「私は自らの意思で変化を受け入れた。望むように変化し、その変化を使って生き延び続けてきた。そのことを否定するつもりなど無いわ。それがリグルに対する裏切りだというのなら、私はこんなヤツを」
「ヤマメ」

 グォダ=ニャマムの言葉を、リグルは遮った。だが、その後の言葉は続かない、だって、その通りだから。否定出来ない、二人共。
 この土蜘蛛は、変化し続ける「他者」だ。外部が制御することが出来ず、外部を裏切り続け、外部を貶め続ける、世界そのものだ。リグルの愚直な歩みに、彼女の変化は、不幸でしか無い。それを、リグルはわかっているのだろうか、わかっているはずがない、こうして彼女の味方であり続けるだなどと吹聴してしまうのは。

「そうだ、自分の変化を自分の意志だというのなら、お前は他人であるリグルの実直さを裏切っている。違うのか?」
「違わない、私は、リグル・ナイトバグを」
「違う!」

 リグルが、遮った、再び。何を言う? どうやって彼女を肯定する? どうやって僕を否定してくれる!?

「楓は、まっすぐだよね。憧れちゃう、本当だよ」

 リグル、君が言うのかその言葉を。嫌味なのか?

「ボクと違って頭がいいのに、不器用だから。そうだね、ヤマメは、いっつもボクを裏切ってくれたよ。でも、同じくらい、ボクも彼女を裏切った」
「……庇い合っているのか?」
「楓。ボク等は、どっちもまっすぐなんて歩いてない。ボク等は二人共、間違い過ぎてきた。ヤマメが真っ直ぐだったとき、ボクは歪んでいた。ボクがまっすぐ向かっていたとき、彼女はひねくれていた。二人共ねじ曲がっているときもあったし、もしかしたら一瞬くらいは、二人共真っ直ぐだったときもあったかも知れない、でも、ボク等は二人共、いつも間違ってきたと思ってる。どっちかがまっすぐでどっちかがそれを裏切ったかなんて、そんな綺麗なもんじゃない。」
「それこそ、綺麗事じゃないか。君は」

 僕が彼を更に糾弾しようとしたとき、彼は僕を遮った。見たことがない、僕をそんな風に避難するような目で見たリグルを、僕は初めて見たかも知れない。

「楓は、いつも自分が正しいと思っているんだね」
「いつもじゃない、でも」
「皆が間違っていると思ってる。自分が間違っているとしても、周囲はもっと大きく間違っていると思ってる。本当にそうなのかも知れない、楓は頭がいいし、ボクはバカだから、周りと自分とを比べて自分がどれくらい間違ってるのか、よくわからないんだ」

 そんなはずがあるか。周囲を見て自分の歩みを見れば、自分の歪みは否応なくわかるはずだ。気持ちが悪いくらいに自分がひん曲がっていくこの不快感を、感じないはずがあるか!
「よくわからないけど、楓が少しくらい間違ってたって、ボクにはあんまり関係のないことだ。だって、ボクはボクだから、ボクでしか無い、ボクのこと以外はよくわからない。ボクは楓じゃないから、ヤマメじゃないから、楓やヤマメや、もっと周りの色んなことが少しくらい曲がってても、よくわかんないんだ。〝ああ、楓はこうしたんだなあ〟っていう、|点《・》だけがあるの。楓が言うような|線《・》を、ボクは他の人に見いだせるほど頭が良くないんだ」
「その割り切りを、君はどうして出来るんだ。どうやって自分を保っている。僕は、いつだって自分の足元が不安だ。誰かにすくい取られてなくなるんじゃないか。誰もそうしなくっても時間の波や人の波がこそぎとって無くなってしまうんじゃないかって!」

 天狗の社会がどうなるのか。僕はどうやって生きていけばいい? 文が何をしようとしているのか。僕は何をすればいい? 椛がどうなろうとしているのか。僕はどうなればいい? 周囲が、社会が、環境が、世界が、どうやって変わっていく? だってその変化に僕は合わせて変わっていかないといけないんだろう? でもどうすればいいっていうのさ。変化しろなんて言われてそれを敷いられて、でもその手本はどこにもない、上手く生きろといいながらそんなことは一つも思っていない社会は、偶然にでも生き残ったやつだけを指して「変化に適応できた者だ」と取り上げて、振るい落とされて死んだ者を振り返りはしないのだろう? どうやって生き残ったかのメソッドは、後からもっともらしく辻褄合わせで作り上げられる。今を綱渡りする僕達に、その方法を提示なんて一つもせず、渡り終えた大人たちはいつでも見世物でも見ているみたいに……


 いつも僕を見下ろして笑っているんだ!

「真っ直ぐ歩く方法なんて分からない。前を見ていても、ボクの目の前には何にも無いもん。真っ直ぐ歩けるわけなんかない、前を見て歩くなんて、おっかなくてボクには出来ないよ。だから、ずうっと、自分の足跡だけ振り返って見返しながら、”ああ、まっすぐあるけてるな”とか、思うしかない。それなら、自分で”まっすぐ”を作れるから。そうしたら、周りの人とか周りの状況なんか、どうでも良くない?」

 ボクは、彼が何を言っているのかわからなかった。いや、わかるのだけど……信じられなかった。前を見て歩くことを丸ごと否定している? そんなのは、生きること否定じゃないのか。歩き続けるのに前を見ないなんて、振り返った足元と足跡だけを見続けるなんて、狂気の沙汰だ。
 でも、そのやり方が僕には、ひどく眩しく見えた。
 前を見ないだなんて言っても、きっと一瞥もしないわけじゃないのだろう。遥か遠くに見える何か一点に向かって、前に向いた足元じゃない、それより少しだけ向こうでもない、何もないと言ったそのはるか向こうにだけ見える、いや見えさえしないのかも知れない一点だけを指して、そこに向かって据えた「まっすぐ」を、ひたすら積み上げていくだけ。そのために、前ではなく後ろしか見ないというのが、まるで。

「コペルニクス的回転か」
「は? こっぺぱん……? 楓、お腹へってるの?」
 ぶっ、笑ってしまう。そういうところだ、君の。リグル、君のそういうところが僕は好きなのかも知れない。

「気にしないでくれ、独り言だ。うん、独り言。僕だけが、僕を見つめていればいいんだ、そういうことだな。」

 その言葉によって彼のことが理解できたとは思わない、でも、僕は僕が見出すべきもののヒントを一つ、得たような気がしていた。
 僕がそれを言うとリグルが、それはね、と付け足した。

「実はボクは、彼女に教わったんだ」

 といって、後ろに立っているグォダ=ニャマムを指さす。だが当の本人グォダ=ニャマムは、え、と驚きの声を上げる。

「それを私に教えたのは、お前だろう。お前は、そういう人が良すぎるところがあってなぁ……」
「えっ、自在の存在とかなんとか言ってたの、かじ……ヤマメじゃないか」
「あれは、あの時点ではまだ未完成の概念で」

 何か、二人で言い合いを始めた。何だこれは、痴話喧嘩か。

「ヤマメでしょう!? 何でボクのせいにするの?」
「何言ってるんだ、元はと言えばリグルが私に……全く、これだから虫けらは頭が」
「あーあーあー、それ言っちゃう? 言っちゃうんだ? |花鹿《かじか》様だって今は虫けらですからね!」
「え、だれ? カジカサマって、だーれ? 知らない人ー」

 だんだんイラついてきた、なに人の悩みをダシにして喧嘩してるんだよこいつら。

「おい、リグル」
「なに!」
「なに、じゃないだろお? 元々話をしてたのは僕の方だ、勝手に夫婦喧嘩始めて?」
「あっ……」
「うっ」

 リグルと一緒にグォダ=ニャマムまで小さくなってる。邪神じゃなかったのかよ、何だこのナマモノっぷりは。
 とにかく、僕のすべきことはもうわかった。いや、それはもうわかっていたのだけれど、ひょんなことから自分でそれを進んでいけるだけのポジティビティを、見つけることが出来た。リグルのおかげだろう。あとは、動くだけか。失敗しても、まあいいだろう。元々この手の中に大したものなんか入っていないんだ、当たって砕けて死んでも、特に後悔なんて無いさ。
 僕は、自分の後方、つまり山体包囲の戦線の背後に向けて親指を返すように指して、言う。

「もういい、行きなよ。そこの蜘蛛も連れて行け」
「……いいの?」

 僕が言うと、リグルは驚いたような顔で言う。何だその顔、どうせクソあまちゃんの君は、最初から僕がこうして無血で通過させると思って疑わずにやって来たんだ、違うか? その通りだけどね。

「僕じゃ、グォダ=ニャマムを止めることが出来なかった。白狼天狗は守矢の求めに応じる力を、持たなかったのさ。守矢の狼傭兵大量抱え入れによる天狗社会の不安定化工作は、これにて失敗に終わる。守矢は僕を裁くしか無い。狼は使いものにならないと評価するしか無い。僕はこれから敵前逃亡する。ズタボロで穴だらけの陣を敷き、陣容の修正を求める守矢の指示に従わず、グォダ=ニャマムを止めることも出来ずに、逃亡する。病の収束の鍵を握ってね」

 僕が言うと、グォダ=ニャマムが口を開いた。病の収束、それはこの土蜘蛛が握っているキーだ。この土蜘蛛神が100%を制御しているのだと、誰もが思っている。天狗社会のあらゆる試みは今のところ全て頓挫していて病を抑え込むにはいたっていない。封鎖でさえ漏出があるのだから。でも、僕はその鍵を手に入れた。人間の少年を指して「鍵」と物のように扱うのは気が引けないこともないが。

「|御東《みあずま》は、これ以上拡大しない……|虫《父親》と|土蜘蛛《母親》の加護を失った|エヤミ《娘》は、衰えて死ぬ。それが収束の鍵だと?」
「違うよ、もっといいものだ。グォダ=ニャマム、あなたの病には、あなたの出自に起因する弱点があった。それを僕は見つけた。教えるわけには行かないけれどね。あなたはあなたのプライドにかけて、この病を自ら収める必要はない。僕らはそれを自らの手で克服してみせる。大きくたくさん間違った方法と、ほんの少しの小さな正しい方法でね。」
 僕が勝ち誇ったように(それは決してグォダ=ニャマムに対してのものではない、病という、いわば人にではなく状態に対してだ)、言ってやる。土蜘蛛は、小さく笑って、僕のその尊大な態度をスルーした。

「……もう、病をまくことは二度と無い。好きにするといいわ」

 好きにさせてもらう、僕がそう言うと、グォダ=ニャマムは、何故かリグルの手を、握った。クソが、そういうのはもっと見えないようにやれってんだ。
 僕はそれが見えていないフリをして、後ろに見える一本高く頭を突き出したきを指さす。

「僕らの包囲線を抜ければ、|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》まではあと僅かだ。あの木を目指せばすぐに分かるだろう。守矢の追撃があるかもしれない、のんびりすることは勧めないけれどね。僕は、僕のことをしに戻る。ここで暫くお別れだ」

 善は急げというつもりはない、ただ、このままここで彼と空気を共有していても今はなにも建設的なことはないだろう、僕はさっさと戻って、彼を連れ出さなければいけない。その場を後にしようとした僕に、リグルは

「楓、ありがとう」

 と屈託のない表情と声で手を振る。僕にはそれに、相応の様子で答える物を持っていなかった。全部、彼から貰ったものだからだ。この先、出世払いで返せるといいのだけれど、それはなさそうだな、と自嘲してしまった。

「礼を言われるようなことはしていない、僕は、僕が歩くために自分のことをしただけだから。君も、それにお前も、歩き続けろ、後ろ向きにね」

 ボクも、その影を追うだろう。







 彼等を逃してボクも次の行動に移ろうとした時、空気が突然じっとりと湿って重みを増した。息苦しさ差あり、呼吸の度に肺の奥に水が溜まっていくような錯覚。梅雨時の、重く粘って絡みつく不快な空気、それにこれは、単に湿度が高いだけじゃない、実際になにか心身に影響する呪が漂っているようだ。
 明らかに何かが、いる。

(これは、なんだ)

「いけないんだぁ」

 啜り笑う、という表情があるのなら、それはこれがまさにそうだろう。ただ底に転がっているゴミの傘だと思っていたものが突然浮き上がって、人を|吐き出した《…》。
 突然、眼の前に生えるように現れた人型は、まさに啜り笑っていた。左右非対称に色の違う瞳、雨など降っていないのに大雨に打たれたようにずぶ濡れで、体中から水を滴らせている。大きな番傘を抱えた女は足を引きずりながらゆっくりと歩いている。目の下に色濃く刻まれた隈、冷え切ったように青紫の唇、表情はうっすらと笑いながらもどこか息苦しそうだ。

「くもさん、にがしちゃいけないんだよぉ」

 ずるずると笑うまともとは思えない女の姿。声も掠れて言葉を表する音よりも空気が掠れて漏れる音のほうが大きく聞こえる。これが何者であるのかはともかくとして、蜘蛛を逃がしてはいけない、との言葉が現れたことは警戒に値する。

「お前は何者だ」
「かさだよ?」

 付喪神か? 番傘が本体のようにも見えるが、年を経すぎているのか、人型部分の存在があまりにも大きい。
 余り気は進まないが、僕は背に抱えた偃月刀に手をかける。僕が得物に手をかけたのを見て、傘を抱えた女は、その大きな番傘から手を離す。それは不思議と宙に浮き、まるで抱えられていたときと同じ様な位置に空中で固定された。そして、女は、冷たそうに濡れた手を自分の口の中に突っ込む。

「……?」

 顎に関節がないのかと思わせるほど大きく開かれた口の中に突っ込まれた手、再び口の外に出てきたときには、何か棒状のものを掴んでいるではないか。

(なんだ、これは。曲芸なのか?)

 女の喉からズルズルと引きずり出されていく棒状のものは、新たな傘だった。唾液というものはこの人型には存在していないのだろうか、大雨に濡れた後の様にずぶ濡れの体にもかかわらず、喉奥から引き抜かれて現れた傘は、乾いていている。口から出したと言うよりも新たに作り出したかのように真新しい。
 やがて完全に引き抜かれた傘を、それはまるで刀のように腰だめに構えて柄を握り、腰を低く落とす。本体だと思っていた大きな番傘は畳まれて背中に収まっていた。こうしてみると人型の方が本体のように見えなくもない。こうした付喪神では、どちらが|そう《・・》なのかは、実際に殺してみないとわからないものなのだが。

 大きな目玉と口を備えた異様な存在感を誇る傘に言えばいいのか、それともそれを抱える不気味な女に言えばいいのか、どちらへともなく言うと、女の啜り笑いは泡を吹いたような気持ちの悪い音をより大きくしていく。

「さなえがねえ、それがほしいんだってぇ。おいてってよお」
「それ?」
「くもさん」

 グォダ=ニャマムが目的。それに、さなえ、とは東風谷早苗のことだろう。守矢の手の者か? 守矢の門下に、こんな妖怪がいるとは聞いたことがない。

「生憎それは受け入れられない。あれはこれから、家に帰るんだ、引き止めるのも悪いってもんだろう?」
「だぁめぇ」

 掠れたような声、間延びした気の抜ける声、だが呪わしく忌まわしい声。得体の知れない番傘の唐傘お化けは、腰だめに構えた傘を、まるで抜刀するように、引き抜く。すると、柄の辺りから傘から分離し、その先には長く細い刃が備わっている。
「仕込み傘? なんだそのふざけた……」

 なんだって喉から出した傘が仕込み傘だなど、意味がわからない。なんの見世物だ。

「くもさん、もらってく」
「……ふん、白狼天狗相手に、そう簡単に略取がいくと、思っているのか?」

 僕は偃月刀を抜き晒して、切っ先を番傘おばけの方へ向ける。僕だけじゃない、そこの二人だって、通過に力づくが必要とあればそうするだろう、3:1だ。相手の力量はわからないが、こんな有利はない。相手が急いた今のうちかも知れないとそう思っていたとき。

「傘、戦闘はお前の仕事ではないといったでしょう。下がりなさい」

 湿った空気が吹き抜ける風で溌と払われる。だが代わりに立ち込めたのは爽やかな空気ではない、体中を刺して回るような鋭い空気。殺気を隠そうともしないこれは……

「犬走、その行いは謀反に相当しますわ。」
「っ……守矢が、こんなところに?」

 守矢の本陣は山体の南東、ここからほぼ真逆に位置する。今はグォダ=ニャマムのせいで山の上空を通り抜けることが出来ない、わざわざ迂回してまでここまでやって来た、またその時間を考慮に入れると相当早い段階でこちらに向かっていたとわかる。想像よりずっと早い。
 |守矢の巫女《Shunem》はやはり、武闘神官としての資質が半端ではないらしい、本能で嗅ぎ分けるかのように、僕の怪しい陣容を見て即座に後ろから刺しに来たのだ。実際に動き始めた作戦の中で、大将が自陣を空けてまでこんな場所に来るなんて。普通ならば他の誰かに行かせるだろうことを、自分で摘み取りに来る。この行動が東風谷早苗の神らしからぬ身軽さであり、この自主的で積極的な行動が守矢を守矢たらしめている所以かも知れない。今の強い立場が保たれているのは、東風谷のこうした獣のような戦闘嗅覚に支えられているのかも知れなかった。

「さなえ、はやあい」

 唐傘が東風谷を振り返る。その不気味で不健康そうな顔つきが、蝋燭の火が揺れるように笑った。

「犬走。リグル・ナイトバグと個人的な有効関係を持っていることは、承知していました。しかして、このようなこと予想はしていませんでしたが、想像はできました。犬走楓、あなたが|選狗奴《えりくな》とつながり、ひいては|八腕鹿布《やうしけふ》と関係を持っているなんて、狼はやはり信用ならない。これは、天狗社会に害をなし混乱を招いているというのに、何故討ち取らずに逃がそうとするのです」
「殺したって変わらないと思ってるからさ。天狗社会がぐだぐだなのは、そいつがいようがいまいが関係ないでも、天狗が手を拱いていたグォダ=ニャマムの討伐が守矢の指揮の下で成功し、そこに狼の協力があったなんて吹聴されたら、手に負えないわ。幸い、そこの蜘蛛は山の中で一人は寂しいからやっぱりお帰りになるそうだ」
「そんな言い方はしてないが……」

 だまっていろ、と言うと案外素直にグォダ=ニャマムは黙った。リグルの手が、土蜘蛛の手を握っている。そんなもので絆されるような動機なら、はじめからこんな騒擾など起こさなければいいものを。どうしてこう、ばかばかりなのだ。
 莫迦は、自分もか。あんな風にここの通過を許そうとしたのだ、まとも判断ではない、僕もトチ狂っている。

「自ら狼の命運を細めるというのですか?」
「僕が見ているのは狼じゃない、天狗だ」
「まあ、もはや関係ありませんわ。グォダ=ニャマムの討伐は予定通りに行う。姿が捉えられ今目の前にいるというのなら、既に作戦は成功と言えます。土蜘蛛! 雪辱を果たさせて貰うわ。私をあの場で殺さなかったことを後悔させてあげます」

 僕が狼のような些細な点を見ずに天狗全体にしか眼中にないのと同じ様に、今東風谷早苗の眼中に疫病や天狗の取り込みなんてことはないのだろう。ただ、グォダ=ニャマムを打倒したいという、強い妄念だけだろう。

「……やめときな、お嬢ちゃん。何度やったって同じさ」
「そうでしょうか?」

 グォダ=ニャマムが再び返り討ちを仄めかすが、表情は言葉とは裏腹に若干の焦りを見せている。前に東風谷早苗が敗れているのは姉から聞いているが、その戦いぶりがどうであったのかは知らない。聞けば、東風谷早苗が罠にかかったとのことだったが。僕としては、東風谷が敗れるなんて信じられないくらいだ、博霊と双角を成す政治宗教組織で、暴力神社などと呼ばれるほどだ。現にこうした作戦を強行できる腕力も持っているし、巫女である東風谷早苗の力はずば抜けている。
 一度は勝ったグォダ=ニャマムだが、手の内がわかってしまえば次は勝てないかも知れないという事かもしれない。戦い方にはいくつかあるが、戦った相手を必ず殺し続けることで保たれる強さというのは、確かに存在するのだ。だが、グォダ=ニャマムが東風谷早苗を殺さなかった理由については、僕の知るところではない。結局、こうして再度対峙したときに不利を被っているというのに。

「やるのかい?」
「ええ、そのために、そのためだけに、山を殺しにこの作戦を実行したのですから!」
「恨みと殺意、私はそれを否定できる立場にない。受けて立つしかないか」

 リグルの肩を掴んで横にどけるように前に出るグォダ=ニャマム。リグルはその手を引くが、振り払われていた。

「山を殺されて燻り出されたその住人。いつかと同じですわね。あなたは結局、繰り返すしか出来なかったのですよ。きっと、そういう星の下に生まれているのです。受け入れ、変わるべきだった。」
「変わったわよ」
「変わっていませんね。結局同じことを繰り返しているのがその証左です。名を変え体を変え種族も変えても、本質は何も変わっていなかった。そういうことですわ。|諏訪《私達》とは遠く違う。愚かなやり方」
「……諏訪と、認めたね、守矢。だったら、お前が諏訪だと自称するのならだったら、やるしかないじゃないか、もう一度今度は違う結果を貴様らに突きつけるために!」

 まずい、また始まる。この場にいるのが危険なのでは、少なくとも前のときは、文と姉、それに夜雀はその場にいることに危険を感じて退避している。リグルを連れて逃げるべきだろうか?
 僕は刀を背に納めて、グォダ=ニャマムの視界を見る。まだ全体へ注意を均一に払っているようだった。これが東風谷との激突で狭まった瞬間に、リグルを連れて逃げる。そう決めたときだ。

「早苗、これはどういうことだい」

 風が言葉を喋ったと思うほどはっきりと、しかし発生源のはっきりしない辺り全体から声がしているような残響をして、東風谷早苗を呼ぶ声がした。
 東風谷早苗がその名前を呼ぶのと同時に、旋風が巻き極小の竜巻に代わり、その中に徐々に色彩が重なり合うように現れる人の影。東風谷早苗がよくしている、椅子に座り足を組んで座っているような姿勢で宙に浮く、あのシルエット。逆巻き荒れ狂う風の姿に反して周囲にその風圧は撒き散らされること無く見た目通りのようには見えない、奇妙な竜巻。内側に塗り重ねられていく人型がいよいよくっきりと人の形を浮き上がらせたとき、竜巻はピタリと止まって晴れ上がった。

「や、八坂様?」
 周囲の風は彼の者のために高らか唱い、蛇身の如く舞って祝福を表す。空気と風と雲が、自らの頭上にあるべき存在が降臨したことのめでたさを口々に歓び、栄光を讃えている。
 魔法円を展開し、黒谷ヤマメもといグォダ=ニャマムとの二度目の対戦を控えていた東風谷早苗だったが、そうして現れた何者かを認めて魔術のシークエンスを停止する。
 彼女が言うにはその人物こそ八坂神奈子、彼女の神であり、同時に神たらしめる者でもある。
 背中には巨大な注連縄を|後光《ニンバス》の様に背負い、稲妻を象った紙垂を垂らしている。胸元には神鏡が輝いていた。地に足をついて立てば恐らくスラリと高いのであろう脚が組まれた様子は、威圧感よりも崇敬の念を感じさせた。神である、という点ではこの八坂神奈子も東風谷早苗も同じ立場なのだが、神々しさや漂う威厳は全く異なっている、それは東風谷早苗の存在が人間であるという多重性を有しているからでもあるが、それを差し引いても八坂神奈子のもつ神性は、真なるものに感じられた。神としての歴史と器が、まるで違うのだ。それと、その背中にはまるで稚児のような幼い少女もしがみついている。

「諏訪子様も」
「やっほ、暫く戻ってこないと思ったらやっぱりこの件に関わってたんだ」

 前に立つだけでも無意識に平伏したくなるような畏敬立ち居。周囲で彼女の栄光を奏でる風と歓びの空の下で、洩矢諏訪子だけはその背中に無遠慮に乗っかっている。

「早苗、これは言い付けたことと随分違うようだが」
「グォダ=ニャマムは、八坂様の仰る|阿祖見山居比女命《あそみやまいのひめみこと》ではありませんでした。別者だと名乗っています。また、幻想郷に疫病をもたらしこれは、大きな災厄となります。」
「さなえは素直すぎるねえ、いいことなんだけど、悪いとこ。
 ……よっと」

 洩矢諏訪子が、子供のように小さな体を八坂神奈子の肩から放り出して着地する。彼女が踏んだその場所は、直前までは固く乾いていたはずなのに、足をおろした瞬間にまるで肥沃な大地の一掴みの土のように潤い一瞬で苔を蒸して羊歯を生やし枯れたそこから次に草を生やした。そしてその草は彼女が次の一歩を踏み出すために足を持ち上げ土を離れるのと同時に萎れて枯れて、その場には潤い肥えた土だけが残る。彼女が一歩一歩を踏みしめる度に足元にその劇的な再生と再死が回転する。大地が彼女を、礼賛して受け入れている証拠だった。
 東風谷早苗は小さく萎縮しながら二人の方を見ている。その視線を気にしないように八坂神奈子は浮かび漂い、洩矢諏訪子はとことこと土と草と大地の輪廻を撒き散らしながら、黒谷ヤマメの方へ歩いてくる。

「あなた、グォダ=ニャマム?」
「ええ。あなたが、ミシャグジ……? なんだか、違う」
「ちょっとちがうね。この幻想郷にミシャグジはいないからね。でも、大体そういうもんでいいよ」

 何を言っているのか分からない、黒谷ヤマメもリグル・ナイトバグも、戸惑った。何より、わざわざ地に足をつけて歩いて傍までやって来て、何をおっしゃりたいのか。リグルは「本当は平伏すべき場面なのでは……」と自らの対応を危惧しておどおどしている。

「ふうん、私とおんなじか」
「一緒にしないでもらえる? 私は|ミシャグジ神群《お前》のように……上手く生きられなかった。一緒にされたくなんか、ないわ」
「まだ、恨んでるの?」
「そう簡単になくなたり、するものか。土地の支配を奪われただけじゃない、体そのものを壊されたんだ。もう元になんか戻らない、もどらないんだ、ミシャグジ……諏訪……っ!」

 やはり、ミシャグジを前にすると怨恨が呼び戻されてしまうか、リグル・ナイトバグは焦りを顕にしていた。彼は穏やかに、平和に、この山を脱出する手引きをしたのかも知れない。きっと過去の痛みを流すことが出来るかも知れないと、思っていたのだろう。だが、そうは行かなかったようだ。
 リグル・ナイトバグは、黒谷ヤマメの手を取って、引っ張る。注意を自分の方に向けさせて、その負の感情に捕らわれないように問いかけた。

「ヤマメ、ヤマメ、だめだよ。ボクらはもうそれを捨てたじゃないか。そう決めた、ボクがヤマメにさせたのでも、ヤマメがボクにさせたわけでもない、ボクもヤマメも、自分の意志でそうしようって」
「っ、だが、こいつらは、やっぱり……」
「だめです!」
 やはり始まってしまうかと思っていたとき、グォダ=ニャマムと洩矢諏訪子の間に大きな声をあげて割って入ったのは、リグルだった。グォダ=ニャマムを押さえるようにしている。

「ここで拳を振り上げちゃったら、東風谷様の言う通りじゃないか。ヤマメは、変わったんでしょ? ボクなんか放って、生き延びるために、自分の足で立つために。それが結局、他人への恨みで存在しているなんてのじゃ、何も変わらないじゃないか。皆から愛されて存在させられていた|花鹿《かじか》様の方が、よっぽど素敵だったって、なっちゃうよ!」
「|阿祖見《あそみ》山、心中察するよ。諏訪だって恨みがないわけじゃない。|あれ《・・》を、私は随分……恨んでいたよ。一緒になってからもだ。抱かれながら、いつ喉笛に喰らいついてやろうかとも思っていた。けど、この土地にはその恨みを支えるものはなんにもないって、気付いたんだよね。私の中にしかない。自分一人で誰かを恨み続けるのって、簡単そうでけっこう大変なんだ。わかるだろ? わかってるはずだ、隣りにいるのは、その恨みの根源のひとつなはずだもの」

 洩矢諏訪子の言うことは、生の短い自分には全く飲み込めないことだ。死ぬまで恨み続けるなんて簡単なことじゃないか。だからこそ幽霊とかいう概念が出来上がって……あれ、だけど幽霊というのは他者が形成しているものか。死んだ後どうなるのかは、実際には誰もわからない。この幻想郷にいる幽霊の多くは、恨みの記憶は抱えているがそれを果たそうとしているものはほとんどいないように思えた、特に巨大な恨みを抱えて死んだと言われる巨大な幽霊ほど。
 形骸だけは残れど本質が消えてしまうものだとしたら、または死後まで持ち越せない感情だとしたら、抱え続けること自体が無意味だとも言える。虚しいだけだ。それが形骸だと気づけば、自然と晴れるのだろうか。それが、洩矢諏訪子の中にある経験則であり、グォダ=ニャマムにも今起ころうとしているのだろうか。
 僕にも、変化の波が生じているのと同じ様に。

「……リグル」
「はい」
「私は、山だった頃の自分と、蜘蛛になってからの自分と、どっちを私だと言えばいい」

 グォダ=ニャマムはリグルの方を見ないまま、迷いの色を隠さずに言う。リグルはその方をしっかりと見ていて、手を握っていた。

「そんなのは、自分で決めろ。って、ヤマメが言ったんじゃないか。」
「そうだな」
「でも、ボクは、明るくて優しい|花鹿《かじか》様を知ってるから、今のちょっとツンとしたヤマメも、ありだなって、思えるよ」
「……調子のいいことを、そういうのを」
「タマムシもボクの家族だからね。」
「ぬけぬけと」

 そう言いながら、グォダ=ニャマムの表情は少し柔らかい。疫病を撒き散らしてまで人に危害を加えようとして穴を出てきたあれを、リグルがここまで解きほぐしたということだろうか。

「ボクらはそうやって行きてきたから。正しいものを選ぼうとなんかしない、沢山死んで沢山生き残って、過去が正しいんじゃなくて、今生き残ってるって結果だけが、認められるべきもの。死んじゃった過去たちも、生き延びた過去たちも、全部『アリ』なんだよ、『正しい』んじゃなくって。」
「それが、お前の|弱《強》さか」
「こないだ、ヤマメが気づかせてくれたことだよ? なんでそんなことをボクに聞くのさ?」

 そうだな、と苦笑いするグォダ=ニャマムは、姉や文から聞かされていた穴から出てきたときの印象とは大きく違う。やはり、リグルが彼女を落としたといっていいかも知れない。
 そう言えば、グォダ=ニャマムへの呼び方。リグルは前には「カジカサマ」と呼んでいた。「グォダ=ニャマム」や「|八腕鹿布《やうしけふ》」は我々が勝手に呼びつけていたものだが、今は「ヤマメ」になている。グォダ=ニャマムの転訛だとは思うが、急に新しい名呼びになっているしなにより「サマ」が取れている。これは……

(寝たな)
(ああ、寝たのか……)
(寝ちゃったんだろうなあ)
(絶対やってるわこれ)

 この光景を見て、この場にいる皆が大体同じことを思っただろう。
 そのなんだか妙な空気を見た八坂神奈子が、ぱん、と柏手を撃つ。

「そういうわけだ、早苗、ここは収めな。これは、|命《めい》だよ」

 ええっ! と東風谷が信じられないというような声を上げる。実際に信じられないのは彼女だけではない、この場にいる誰もが、八坂神奈子の言葉を疑った。ここに来て、いやこの空気ではあるが、ここに来て? と思う。その方がいいだろうことは明らかなのだが。

「ここで各方面に遺恨を残しても何もいいことはない。それに、これはグォダ=ニャマムとかいう土蜘蛛が私怨のために暴れた事件だったがそれを殺すのではなくこれを元の住処に追い返すことに成功した、って天狗も守矢も含めた大人の対応を表示しておいたほうが、いい。亡くなってしまった人や遺族へのケアは、神様の仕事の一つだろう?」
「|政治色《ぽりてぃくす》ぅ……」

 東風谷早苗が不満の声を上げる。

「じゃ、じゃあ私のコレはどうなるんですかっ!?」

 自分の股間を指差し、八坂神奈子に顔を真赤にして問う東風谷。グォダ=ニャマムに散々犯されて、知りたくもない快感を知らされて、今も少しくらいヒリヒリするそこを指さして。ちなみに次の生理は順調にやって来た。
 彼女の神であり同時に彼女に存在させられている八坂神奈子は彼女を冷ややかに見て、いう。

「……我慢したら?」

 洩矢諏訪子の方は、同情っ気もなく悪びれない顔で笑っていた。

「ええっ、ご無体な!?」
「今やりたがっているの、早苗だけだよ」
「は!? おい土蜘蛛、もっぺんやろうって言いやがりましたよね!?」
「いや、その」

 なんだ「いいやがりました」って。守矢の信者には東風谷早苗へのカルト人気が含まれてるというのは聞いたことがあるが、もしかして|あ《・》|あ《・》|い《・》|う《・》|と《・》|こ《・》|ろ《・》なのか?

「まあまあ早苗、神様になったなら一度くらいは陵辱されてみるものだよ。悪くなかったろう、いい経験になったな?」
「悪いですよ! え、なんですかその|クソ悪徳新興宗教《ブラック企業》!?」
「おう、自分とこの神様に向かってよく言ったよその科白」
「かなちゃんそれパワハラー」
「絶対イヤですからね、あの蜘蛛女に土下座で謝らせるまで絶対にやめませんよ!」
「安っ、そんなおまんこいっそタダでくれてやれよ、一回くらい」
「一回じゃないです、いっぱいされました!!」

 地団駄を踏む東風谷早苗。するとリグルが。

「ヤマメ、土下座」
「申し訳ありませんでした」

 リグル・ナイトバグが言うと、グォダ=ニャマム改め黒谷ヤマメは、その場であっさりと深々土下座をしてみせた。

「……はっ、はあああああああああああああ!?」
 起こってるんだか呆れてるんだかどうすればいいのかわからないという声色で絶叫に近い疑問の声を上げて土下座している黒谷ヤマメを見る東風谷早苗。

「なっ、あ、そ、そんな簡単に謝るくらいだったら最初っから、最初っからああいうことするなって、えええええええええ、なんなんですのそれ? だったら死んで!? 死んでくださる!? ああ、ここであっさり死んだらつまんないですわ、あああああ!」

 癇癪を起こして暴風を撒き散らしまくっている東風谷早苗。

「早苗、やめときなさい。お前じゃこの人には勝てないよ。どうせ前に負けたときだって、短気見せて付け込まれたんだろ?」
「ち、違いますけどね! こいつちょろっちょろちょろっちょろ逃げ回って、虫みたいに」
「虫だがね」
「きいぃいいいいい! あーもう、あああああーーーーもう!!」

 癇癪を起こしている東風谷早苗。辺りにはしっちゃかめっちゃかに旋風が起こり、被害が出ないように抑えているのは八坂神奈子だ。
 八坂神奈子が指摘した通り、東風谷早苗が決定的な捕縛ネットレーザーにひっかかったのは、地上で器用に回避を続けるグォダ=ニャマムの遅いものの機敏な動きに痺れを切らして不用意に接近したことにある。制空し地対空戦術で削り殺せる有利を得ておきながら勝利を焦った短気によるものだ。
 思い切り指摘されて、東風谷早苗はやり場のない怒りと不甲斐なさで地団駄を踏んで転げ回っている。
「ほら早苗、そういうとこだぞー」

 にっこにこ笑いながらからかうように叱るのは洩矢諏訪子。仮にも地の加護を自らの巫女に授けている神だが、全くその耐性を活かすこと無く撃墜された早苗のことを聞いて「あー、こりゃあ躾け直しだね」と笑ってここにやって来た。

「いいえ、私はやります、お二人がなんと言おうとも、私の乙女性を傷つけた償いをさせないと気が済みません!!」
「いいだろって、どうせ処女じゃなかったんだから」
「そういう問題じゃないんです! 土蜘蛛、そっちにその気がなくてもこちらから行きますわ! 展開:もー……ひやああああ!?」

 東風谷早苗がなにかまた特大の魔術を起動しようとしたところで、足元が何かに飲み込まれている。地面がまるで蛇の口のように開いて、東風谷早苗の下半身をあっという間に飲み込んでいた。その蛇頭の上には、洩矢諏訪子が座っている。「いーかげんになさい」。
 極短とはいえ詠唱を中断された東風谷は、きゃーとかわーとか言いながら石蛇の中に飲み込まれて沈んでいく。

「……というわけなんだがね、ええと、グォダ=ニャマム? |阿祖見山居比女命《あそみやまいのひめみこと》?」
「どういうわけなんだか全くわからないが。今は黒谷ヤマメってんだけどね」
 後ろで東風谷早苗の変な声が聞こえる中で、グォダ=ニャマムと八坂神奈子が会話を始めた。これはすごい光景なのでは? 文がいたら絶対無断でぱしゃぱしゃやっているところに違いない。
「また名前を変えたのか。|阿祖見《あそみ》山だったり蜘蛛だったり何だったり、忙しい人だね」
「いろいろあってさ」
「まあ、それはいいよ。ウチのがあんな風に駄々をこねてるんだけど、私と一戦交えてもらえないかね、一応あれの保護者なもんで。|阿祖見《あそみ》の山、あんただって、私が憎いんだろう? 地獄の底から呪詛を送り続けるくらいには」
「八坂様ぁー!? 保護者だなんて、言っておきますけど八坂様だって私がいないとああああああああごめんなさい諏訪子様ごめんなさいカエル丸呑みは、カエル丸呑みはあああ! ヘビもだめ、ヘビ丸呑みもっとだめあああああぁぁぁ……」

 洩矢諏訪子の「お仕置き」に、悶絶しながら泣いている東風谷早苗。その光景だけ切り取ってみると壮絶な光景だが

「その前に、どこまでギャグで言っていてどこから本気で言っているのか教えてもらえない?」
「あー……全部ギャグかも」
「さよか」

 ギャグだ、といった割には、八坂神奈子の頭上にはマイクロ積乱雲が、周囲には超小型極低気圧が配置されており、何より彼女の纏うオーラが全くギャグにならない水準にまで高まっていた。東風谷早苗がよく取っていた、片足を立てた胡座で宙に浮かぶ浮遊を、今は八坂がしている。全く様になると言うか、八坂がそれをすると、見た目だけでも畏怖を誘う荘厳さと威圧感があった。

「やめとくよ、こうやって会ってみて|巫女《娘さん》とは比較にならんってことがわかった。お嬢ちゃんにも、罠を張って迂闊にかかってくれたから勝てたようなものだ。」

 八坂神奈子は「それはよかった」といって、雲と低気圧を晴らす。

「……もし早苗を殺してしまっていたら、そうは行かなかったがね」
「そりゃあ、運が良かった。人間とは思えなかったからね、勢い余ってやってしまわず済んでよかったよ」

 半分ふざけた様に肩をすくめて首を振り、笑った黒谷ヤマメ。そして、傍にいたリグル・ナイトバグの手を引っ張り呼んで自分の体の前に寄せ、後ろから方に手を乗せて、穏やかな表情で笑う。でも、腕を回してくっついたり抱いたりするわけでもない。

「確かにあんたは殺したいほど憎かった。そんなことばっかり考えて生きてきて、実際に……渡り合えるくらいに力を付けて戻ってきたつもりだよ」
「|今の《・・》あんたのとはあんまりやり合いたくないね」
「生きるために何でも口にした。どんな汚い手も使って生き延びた。騙し討も毒殺も演技も嘘も全部やった。そういうことを実際に踏み込む一歩ずつに、見たこともないあんたの顔や、思い出せない人間たちの顔、ほんとにいるのかも分からないオオキミとやらの顔を想像して、憎しみを膨らませて、自分を言い聞かせてきた。それを、今更悪いことだなんて思っていない。本当のことだし、そのおかげで生きてこれたから。私には、お前達を憎しみ抜いて呪う権利がある……リグル、お前も」
「|花鹿様《ヤマメ》……」

 お前も、というのは、リグル・ナイトバグをどちら側に立たせて言っている言葉なのだろうか。リグル・ナイトバグにも世界を恨む立場が相当だというのか、それとも、リグル・ナイトバグも黒谷ヤマメの暗い過去の一端だということだろうか。
 リグル・ナイトバグにはそれを察することは出来なかったが……聞き返すことも出来なかった。続く言葉が、そんなことは不要だと、暗に返答していたからだ。だが、リグル・ナイトバグの気分がそれで晴れるかというと別だ、彼は彼で、自ら精算しなければいけない。それは、山の中でお互いの過去を帳消しにして、一緒にい続けることよりも別れることでで、細々とした未来をお互いに担保しようとした二人の、誓いのようなものだ。

「今はもう、刺し違えてでもお前を殺す、なんて思想はくなった。」
「その子が、そうしてくれた?」
「まさか。自分の選択だ……と、いいたいところだけど、そうかもしれない。長い間見てなかったこいつの顔を、やっとやっと見たら、はは、なんだか急にどうでも良くなってしまったのさ。次に顔を見たら殺してやる、って思って生きてきたはずなのに。ばかみたいだね、だったら必死に生きてきた時間が何だったのかって」
「……同じようなことを、そこのにも言われたよ」

 そう言って、東風谷早苗と遊んでいる洩矢諏訪子を見る。今は……蛇も土も沼も木もなく、ただ洩矢諏訪子の小さな体が、東風谷早苗に肩車されている。肩車をしている方の東風谷早苗はまるでまだお仕置きが継続しているみたいにびーびー泣いているが。何の光景だあれは。
 洩矢諏訪子は、ミシャグジの権現だと言われている。だが、その本質が何なのか、きっと知っているのは八坂神奈子と、東風谷早苗だけなのだろう、ミシャグジとは元々実態のない神なのだ、その化身が明確に力を持って存在しているのには、どこかで大きな転換が必要だったはずだ。それを指して、八坂神奈子は、言うのだろうか。

「かなちゃん、その話は終わったはずだよー?」

 遠くから聞きつけた洩矢諏訪子が、声を遠投してきた。

「わかってるよ、ちょいと与太話をしているだけじゃないか。何ならうまい酒があってもいい」
「人を裸にひんむいた話を肴に酒なんか飲むんじゃないよ」
「……へえ?」
「そ、そんな話ばかりじゃないだろ!」

 くっくっ、と笑ってみている|グォダ=ニャマム《黒谷ヤマメ》。そこに、恨みの色はもう無くなっている。それを消し去ったのは、一体この地上に出てきて出会った誰であり何事だったのだろうか。

「私が言うと怒るかもしれないけれどね、そうやって這いつくばって生き延びてきたことまでなかったことにする必要は、無いんじゃないのかねえ。今のあなたを見ていると、私は負けた気分になるよ。ミシャグジを殺しきれなかったとか土蜘蛛を征伐できなかったとかそういう意味じゃない。自分の安穏とした生と比べてきっとあなたの時間が遥かに濃密だったんだろうと思うと、その雌伏を生き抜いたことも、それを経てこうして目の前にこうして立たれていることも、敗北感がある」
「あんたが一体何に負けた気になる必要があるってんだ」
「あなたが、たった今、飲み込んで認めて肯定したもの全てに対してさ。あなたの辛さはあなたにしかわからないだろう、私には想像しかできない。でも、こうしてあなたに胸を張って生き延びていることを見せつけられた私の悔しささや恥ずかしさや敗北感は、あなたには伝わらないだろう。眼の前に立たれているだけで、常言い返せない罵倒を受けている気分だわ」
「なにその被害妄想」
「お互いにね」
「……私は晴れたわよ?」

 そう言って、目の前においてあったリグル・ナイトバグの体を、後ろからぎゅーと抱きしめ、一回り小さな彼の体へ、自分の体を丸めるようにくっついて肩の上に顎を乗せる。リグル・ナイトバグは、苦く笑って、肩の上に乗っかった黒谷ヤマメの横顔を見ている。お互いに手が握られていて、二人共、見ている方が恥ずかしくなるような顔で笑っている。
 リグル・ナイトバグと黒谷ヤマメのそんな様子を、一瞬きょとんと見た八坂神奈子はそれを指さしたまま、後ろをくるりと振り向く。

「す、すわこ、諏訪子、私にもあれやらせろ、なんか凄くいいぞ、あいたっ!」
「何いってんだよ、ばかなこ」
「ひ、ひどい」

 なんか石が飛んできて綺麗に命中していた。
 八坂神奈子と洩矢諏訪子、それに東風谷早苗の三人は、おそらくは、一緒に山を降りてきたリグル・ナイトバグと|グォダ=ニャマム《黒谷ヤマメ》の二人が、自分たちのようにお互いを認めあってまとまって暮らす関係になったのだと思っているだろう。

「とにかく、恨まれるのが嫌だとかそういうのは違ってだ。|阿祖見《あそみ》山の再興がなかったのは残念だと思うが、|阿祖見山居比女命《あそみやまいのひめみこと》がこうして立ち直ったことは、祝福したい。」
「さっきも言ったがその名前は返上だ、もう山でもない、私はもう、ただの蜘蛛さ。……だがそれも、悪くはないと思っているよ」

 黒谷ヤマメとリグル・ナイトバグが共に自らの足で立ち、こうして再び歩いていることを祝福すると言った、八坂神奈子。他の二人もそうだろう。だが実際には、離別の誓いを立てての道程だった。下ってきた山道が、別れのためのバージンロードだということを、三人は、それどころか他の誰も、知らない。
 ヤマメもリグルも、それをあえてこの場で表現する必要はないと思っていた。

「……それで、お子さんの弔い合戦の戦闘放棄の不戦敗で、私は何か責任を取る必要が?」
「いいや、稽古付けてくれた授業料でチャラってことにしておくよ」

 苦笑いして、まだ洩矢諏訪子に|お仕置きをもらっている《いじられ続けている》東風谷早苗をみている八坂神奈子。
 自分の思惑に反して事態が何事もなく収束しそうなのを知った巫女は、敗北の屈辱を負わせた土蜘蛛に向けて手を伸ばすように

「土蜘蛛、私は死なない、まだ死なないぞ! ああぁぁあぁあぁああぁぁぁぁ……カエルのお腹の中はもういやぁぁぁしぬうううううやっぱしぬううううう」

 しながら大きな蛙の口からその手と頭だけを出している。きぐるみでも着ているような滑稽な状況に見える。実際滑稽なのだ、八坂神奈子も洩矢諏訪子も、げらげら笑っていた。

「……あれとやりあって精一杯だったなんて認めたくないんだが」
「私もあれに存在させられてるなんて、と思うことがあるよ。でもまあ、いい子なんだ、性根は」

 八坂の神が言うのを、黒谷ヤマメは目を閉じて聞いている。

「心根から腐ってるやつなんて、いないよ。そんな風に見えたって、それはそいつにしか分からない事情があるもんだ、そうだろ?」

 そう言って、リグル・ナイトバグを見る黒谷ヤマメ。視線を送られたリグル・ナイトバグは、はい、とだけ小さく返した。







「これは」
「お前達、火車」

 真に事情を知る者は、ここにはたった一人しかいない。ただ、断片的にここで何があったのか、関係者が一体誰なのか、それを知っている者達が、この場に集っていた。
 泣きはらした蛍。胸元の肉がごっそりと抉れて血の池の真ん中に横たわる蜘蛛。蜘蛛の死体にまだ口を寄せている鬼。蜘蛛に残された神官。それに、猫と鴉だ。

「お前は|土蜘蛛の奉仕者《ヨキロル》だね、|それ《・・》を貰いに来たよ」

 リンとクー、火車と呼ばれる死体処理業者だった。

「|グォダ=ニャマムの死体《そいつ》を、回収させてもらう。死体に|する《・・》手間が省けた。何があったのかは知らないけど」
「……サユリさんの邪魔、しないで下さい」

 アミが、死体と鬼、それと鴉と猫の間に立ちはだかるように遮る。

「これは、あんたの仕業? まさか神官に反乱されるなんてねぇ」
「違います。これは……宿命です」

 アミが背後でまだ続いている凄惨極まりない食事風景に目をやる、それはまだ続いていた。鬼は自分よりも強いものがほとんど存在しない山の中で生き延びてきた種だ、その本性が出ている間は、ほとんどの存在を全く気にも留めない。虫が飛んでいるとかそのへんを猫が歩いているとか、その程度にしか思っていないのだろう。アミが視線を送ろうが、それに促された猫と鴉が目を細めようが、全く意に介さない様子で……蜘蛛の肉を食っていた、美味そうに見えるその胸元から。

「まさか、|鬼《フィーンド》!? しかも、これ、デカい……」
「前に会って随分|匂う《・・》子だとは思ってたけど、まさか|鬼《フィーンド》だったなんてね、そりゃ発症しないわけだねぇ」

 焦りと驚きを混ぜた乾いた笑いを浮かべるリン。

「このまま全部食べちゃうかな。希少種サンプルだし、私等のミッション完了条件だから残してほしいんだけど……ちょっと、|鬼《フィーンド》は刺激したくないねえ。いざとなったらクー、頼むよぉ」
「いくら|業火《ヘルファイア》でもこのクラスのはちょっと無理だな、なんかあったら逃げる、っていうかお前達、それがどんだけヤバいやつなのかわかってるの?」

 クーの問いかけに、|道《すすむ》は当然といったように頷き、アミは後ろめたそうに目を逸らす。

「……わかってんならいいさ。まあ、お前達のばらまく病の方が、よほど恐ろしいけどね」
「A兵器ぶっぱ出来るやつがなにいってんだーい?」
「うるさいな」
 火車の二人が、鬼化したサユリの食事はオーディエンスの有無に全く関わりなく続いている。百獣の王が食事をする際に、周囲に横取りを狙うような他の獣がいない限り全く意に介さないのと、同じ雰囲気だ。まるで見えてさえいないかのように、|花鹿《かじか》の体から肉をちぎり取って口元に運んでいる。時折周囲に視線を巡らせることはあるが、憎々しげにその食事の光景を睨みつけている|道《すすむ》の視線すら、関知していないように見えた。
 胸が抉れているのは、一番最初に虫の存在が見えたからだ。取り去ったのではない、鬼は、それを好んでまっさきに食べる。何らかの方法で鬼に自己主張し、進んで肉もろとも自身を喰ってもらうのが、|道《すすむ》……蛍の妖怪にして蟲の王と呼ばれた彼の作り出した、人造寄生虫の特性だった。

「|鬼《あれ》は、どうなる。お前が作り出した寄生虫は、鬼の中で成虫になるんでしょ? 鬼の体を食い破って出てきたりするの?」
「……鬼の体の中で成虫になり、卵だけが排泄物と一緒に外に出ていきます。成虫は数回の産卵を行うと死にます。卵は水に流れ魚に、魚を食べた鳥、その糞を介して植物に付着し陸生貝や爬虫類、貝を食べた人間、再び鬼に辿り着きます。」
「寄生虫ってのはつくづく器用だねぇ……」
「でも、|花鹿《かじか》様に入っている虫は違います」
「なに?」
「あれは、成虫にはなりません、どんな生物の体も好適ではない。あの虫は、僕が、|花鹿《かじか》様を支配するためだけに作った特別な虫ですから。|花鹿《かじか》様の体以外の環境にうつされると、死にます」
「女を支配するために寄生虫を植え付けたって? えげつねえな、最低だよ、お前。卑怯者。死んだ方がいいよ、マジで」
 クーがストレートに|道《すすむ》を罵倒する。彼は何も言わずに泣きはらして赤くなった目を擦り、唇を噛んでいる。彼とて、クーの言うことが分からないほどバカではない。それでもこんなことをしたのだから、クーは何か裏を察してそれ以上の追求はされなかった。
 |道《すすむ》は、悔しそうな表情を浮かべながら、クーと、それにリン、火車の二人を睨み付けるように見る。

「これは、僕と|花鹿《かじか》さまの問題だ。」
「そのカジカサマはもう、いないんだ。そこにあるのはただの、寄生虫に憑かれたただの死体。でもあたしらはその、ただの死体の方に用があるんだ。……そいつは、貰い受けるよ」
「いやだ、といったら?」

 猫耳の女が|道《すすむ》へ、縦に長く割れたような虹彩の、現実味のない目を向ける。

「そいつをくれりゃ、あんたの虫のことは不問にしよう。それでいいだろう?」
「罪の意識なんか端っからな」

 パンッ

「あっ、ぐ」

 |道《すすむ》の肩を、猫耳女の拳銃弾が撃ち抜いていた。一瞬前までは両手とも手ぶらだったのに、いつの間にか白煙を上げる銃を手にしている。黒を貴重にしてリボンや紐、フリルでごちゃごちゃと装飾の多いリンの服には、よく見れば堂々とホルスターが備わっている、その口が、開いていた。

「あんたの答えは聞いてないんだ、|そうしろ《…》って、言っているの。」

 爛と光を宿すが凍えるように冷たい、まる氷った炎みたいな目で|花鹿《かじか》の死体と|道《すすむ》、それに死体を貪り食う鬼を見遣る。銃口は、|道《すすむ》に向けたままだ。

「|鬼《あれ》が満足したら、その残骸をくれるだけでいい、他には何も望んじゃいないよ。葬送したいっていうのなら、待ってやってもいいから」
「あなた達には、人の心がないんですか。私はともかく、彼の……」

 アミが抗議の言葉を投げようとした時、クーが改めて口を開いた。

「元は神だった山は、強過ぎる独立心故に土蜘蛛へ堕ち毒をまいた。蛍はその主であるにも拘らず|土蜘蛛《下僕》の暴走を許し、予期しておきながら毒の除去システムも構築しきれなかった。土蜘蛛の|下僕《ヨキロル》は嫉妬に乱心して|鬼神《ラス・フィーンド》を招き入れた。事態は混乱するばかり、しかして今ここにあるのは、ただの人の子の死体、巣を失った虫けら、嫉妬損ないの蜘蛛、自己コントロールの出来ない鬼。……看過できない、秩序の乱れだ」
「生憎、あたしらもあんた同様、ヒトじゃない。もっと別の都合でここへやって来たってわけでねぇ」

 リンが構えているのとは明らかにサイズの違う、だがクーの体が大きいせいでまるで遠近感が狂っているだけで同じくらいのサイズなんじゃないかと思えるような銃を、構えはせずに手に持っていた。いつでも撃てるんだ、そう言いたげに。
 火車の二人の言葉を聞いて、|道《すすむ》が腫らした目で睨み付けるように、見た。彼にとって、火車の二人はある意味で因縁のある存在だった、特に、クーに対して。一方の二人は、それを知る由も無いが。啜泣と嗚咽の混じったような、でも非難の色の強い口調で、|道《すすむ》は火車の二人へ言葉を、吐き出すように投げつけた。

「僕らは、ただここにいたいだけだった。お前達の勝手な振る舞いに揺さぶられて、その中で僕らは選択を誤った。それは認めるよ、間違いを、きっと犯したんだ。でもお前達は僕らの失敗をまるで世界の敵みたいにあげつらって正義面で断罪して、勝手に悪者にして、勝手に追い出して、勝手に酷い目に合わせて、その間違いがどうしてこんなにも、お前達のしてきたことよりも酷いみたいに非難されなきゃいけないんだ!」

 さっき、リンの撃った銃声にすら反応しなかったサユリが、徒食の手を止めて|道《すすむ》の声に、反応するように顔を上げる。

「っ」
「……っと、勘弁してよ?」

 流石に警戒の色を強くした火車の二人。一方のアミと|道《すすむ》は、全く気にしない。いっそサユリがこの場で暴れてくれればいいのに、とさえ思っている。

「……お前達の過去なんか、私達は知ったこっちゃない、それはお前達で精算することだ、私達が面倒することじゃない、勝手にやって頂戴。私達は私達の仕事をするだけよ。同情は、するけどね」

 サユリの方から目を離さずに、クーは|道《すすむ》に答える。

「死体を、どうする気ですか」
「さあ。これはあるクライアントからの依頼でね、お客様がその死体を所望していると言うだけなんだ、引き渡した後どうなるのか、あたしらも知らない。珍しい仕事だよ、それに、絶対に断れない仕事ってやつさぁ……っ!?」

 リンが、アミに答えていると、肉を食っていたサユリが突然立ち上がって、歩いてくる。リンが身構えて後ずさり、クーが慌てて何か六角柱の棒のようなものを手に取る。

「さ、サユリさん?」
「……アミちゃん、私……」
「サユリさん、意識が」

 口を開いたサユリは、アミの知っている元のサユリに戻っていた。前身を、血塗れに汚している姿以外は。

「リンさん、クーさんも」

 アミを認識したような言葉を口にするものの、どこかまだ心ここにあらずと言ったふらふらとした足取りで、サユリは歩いていく。アミの側を離れて、|道《すすむ》の横を通って、火車の二人の方へ。
 警戒心剥き出して、一定距離以上近付かないように後ずさりながら、サユリに向かって、刺激しないように角を落として丸めたような声で問いかける。

「……サユりん、あんた、元の、サユりん? それとも」

 サユリは何も言わずにあと数歩を近づく。そして。

「|花鹿《かじか》ちゃんはさ、この二人にとって、大切なヒトなんだ。私が、殺しちゃったけど……」

 殺しちゃったけど。殺した。殺しちゃった。譫言のように繰り返しながら、焦点の合わない視線をフラフラとさまよわせて、でもそれは段々と目の前の火車の二人に収束していく。

「サユりん、その死体をあたしたちは欲してる。病気の解明のためでもあるし、そこの少年が作った蟲の解明のためでもある、だから」

 どすん!

 次にもう一歩踏み出したサユリの足は、まるで人間の女性が踏み込んだ質量とパワーがもたらしたものとは思えない、大きな震動を響かせた。ただの山の斜面の土は、サユリの足の形に、大きく穴を抉られている。リンもクーも、この場にいる彼女以外の全員が、いやもしかしたら彼女自身もそうかもしれない、その重量感に目を見張り身を竦むせた。何か、強大な存在と、|入《・》|れ《・》|替《・》|わ《・》|っ《・》|て《・》|い《・》|る《・》。
「だめだよ、彼女はこの二人のだから。食べちゃったけど……」

 食べちゃったけど。食べた。食べちゃった。譫言のように繰り返しながら、焦点の合わない視線をフラフラとさまよわせて、でもそれは段々と目の前の火車の二人に、迫っていく。

「だめだよ。そうでしょ、アミちゃん。|道《すすむ》君。」

 血塗れの姿、虚ろな目、掠れるような声で問いかけてくるサユリに、二人共、はい、と小さく答えるだけだ。得物も持っていない、暴力的な発言もない、威圧するような素振りもない、でも、それは明らかに鬼神のオーラを纏っていて、ただ食事をしていてこちらに無関心なままの肉食獣でればそれで済んだというのに、そうして関わりを持とうとされてしまうと、それは脅威として認めざるを得ない。その場にいる誰もが、凍りついたように、サユリを見ていた。

「わ、わかったよさゆりん。それに、そこの二人も。……|鬼神《ラス・フィーンド》が守護についてるなんて聞いてない、あたしらの手に負える仕事じゃないよ。クー、帰ろ。割に合わない、姫には断りを入れるよ」

 リンはクーに目配せする。一旦この場を去るが、きちんと戦闘態勢を保ってまたここに死体回収に来ようという合図だ。クーの持つ業火は、鬼神に対抗しうる。だが、それは今この場でぶっ放すものではなかった。クー自身が言った通り、それは、彼女にとっては簡単に花てるものであっても、それらを取り巻く包括的な観点では、そうそう簡単に使える炎ではないのだ。
「待って」
 サユリの姿から目を離さないようにその場を離れようとする火車の二人を、|道《すすむ》が制止した。彼の声にリンが、なんだい、と警戒を緩めないまま応答した。

「姫って言ってたのは」

 |道《すすむ》の言葉に、リンは、一瞬回答をためらった。通常、クライアントのことは他人に答えたりしない。でもこの仕事のクライアントは、普通のクライアントとは異なる。業務の使いのみのお客様ではなく、この仕事はつまり、内部業務のようなものだからだ。この状況にあっては、答えてしまっても致し方なしと、リンは判断した。

「『姫』って、|賀眦禮《かびれ》様?」
「……|賀眦禮《かびれ》、キュベレ、カビリ、|呼び《訛り》方は色々だけど、そうさ、きっとあんたも知ってるだろう。そこの土蜘蛛も。だがそれがおまえ達に何か関係あるって言うの? これは、あたいらの問題さ。客は、バックヤードを気にしない。観客は舞台の裏を気にしない。その方がいいってもんさ。……いこ、クー」

 リンに促され、舌打ちをしたクーも振り返って背を向ける。一体何者なのかわからないまま、二人は姿を消した。サユリが鬼と呼ばれたように、あの二人も|何《・》|か《・》|別《・》|の《・》|も《・》|の《・》だったのかもしれない。
 今となっては、この場にいる誰にも、それを知る由はない。







 |保護者の両親《すわかな》が現れて早苗の自尊心がばきばきに折れたとは言え、それでも神様は神様だ。苦い顔をしながらでもすべきことはしようということだろうか。カエルの口からずるずると這い出してきて立ち上がり、御幣の先に力を溜めて森の一点に向けて何かを放つ仕草をする東風谷早苗。ちょっと目が赤いが、立ち上がってしまえばすぐに再び神としての威厳を取り戻す、おめでたくもあり、同時に神様の鏡でもあるような切り替えのはやさだ。

「くっそおおおお、で、そこの二人はこそこそ隠れてなんのつもりです? 出てこないならこちらからぶちかましますけど!?」
「……気丈だな」
「いい子だろう?」
「それはちょっと違うと思う」

 東風谷早苗の気を察した何者かは、木の陰いや影からぬるりと這い出すように現れた。猫と鴉。それは数歩を歩くとすぐに人の形に変化した。片方はゴシックロリータなドレスを身にまとった小柄な女、もう片方は大きな翼を背に備えた大柄な女だ。
 御幣の先端が魔砲の砲口であることを察した二人は、素直に手を上げて止まる。

「……猫と鴉?」

 その姿を見た、ヤマメ、それにリグルは表情を変える。その様子を、東風谷早苗は見逃さなかった。
「お前達はこの作戦の間じゅう、そこで何をしているつもりだった」
「なにもー」

 すっとぼけたように言う猫だが、東風谷早苗は再び御幣の先端を向けて警告の言葉を発した。

「私が、何も知らないと思っているのですか? |賀眦礼《かびれ》が、見ているのでしょう? 真相を隠したまま余り私に深入りさせると、ろくなことになりませんよ。リグル・ナイトバグ、それともグォダ=ニャマム、知り合いでしょう?」
「え、ええ、まあ」

 東風谷早苗に問われてリグルは答えるが、そもそも彼も、彼女たち二人がここに来ていることに驚いているようだった。更に彼に答えてたのは、黒谷だった。

「火車。|八咫烏と火炎猫《それ》は私を焼き殺すために|多眼卜占王《カビリ》が投入した暗殺者よ。地上の山に出ていこうとする私を焼却処分するつもりだったのでしょう。リグル・ナイトバグが出てきたから様子を見てた。これが失敗したらやっぱり焼き払うつもりで見ていたんでしょう、悪趣味。」
「にゃっ……おみとおし……にゃはは、お久しぶりー♪」

 バツが悪そうに笑う猫へ、蜘蛛は気にも留めないように、しかしそれとは別に憎々しげに、言う。

「そこから自慢の|業火《ヘルファイア》で私を山ごと焼き殺すつもりだった」
「隠れるならもっと上手く隠れるべきでしたね、そんな風に巨大なエネルギーの発生源を抱えていると、どこに隠れて立ってピリピリ感じてしまいますわ。出てこいと言わずに、即座に消してしまったほうがよかったでしょうか?」
「……それでも呼ばれて顔を出した時点で、その気がないと察してよ。その気があるなら、とうに撃ってる」

 八咫烏と呼ばれた方の女が、腕にはめた六角柱の奇妙な棒を触りながら、黒谷ヤマメへ、そして東風谷早苗へ視線もよこさずに言う。よほど、「撃つ」ことに自信があるのらしい。

「|火炎猫《ベゼキラ》が|改造八咫烏《ヘルファイアエンジン》と組んでるなんて、驚きだわ。そんな編成、ありえない」
「うちの姫様は、昔の君主と違って寛大なのよー。厳粛で動かぬ旧い秩序より、柔らかくて機能性のある新しい秩序を重んじる」
「|下《・》も変わろうとしてるんだ、ここの連中やあんたとおんなじにさ。」

 煙草を携帯灰皿に押し込みながら、八咫烏が、少し凪いだような穏やかな口調で、グォダ=ニャマムに向かって言う。下、とは|地底《サブタレイニアン》のことだろう。

「|地霊殿《シェンディ》は、博霊との協議は今後も続けるそうだ。友好を前提にするってさ。今後交流も多くなるだろう。だから、遺恨はなしにしたい。だから、やらなかった。そうだろ、鈴」
「まあ、そういうことにしとこ。でもよかったよ、姫が『焼き払え』って実際に命じる前に決着がついて。お空はちょっと素直過ぎる子だから、言われたらやっちゃうからねぇ」
 鴉が、猫に向かってそう言うと、鴉は不服そうに答えた。

「なあ鈴、その頭が残念な子みたいな認識やめてほしいんだけど」
「えっ、ちがうの?」
「あーそう、あーそう、ねえ燐、撃とうか、今ここで撃とうか? だから|火焔猫《ベゼキラ》なんかと組むのは嫌だったんだ」
「やーだなー、そーいうのー、鴉にはまだこういう話は早すぎたかなー?」
「くっそ、コノヤロウ……」
「実際にやろうがやるまいが私から見たらお前らは、邪悪な一族の末裔に変わりはないけどね」

 二人の暗殺者がばかみたいなやり取りをしているのを見るに、ここは確かに、平和な世界のように見える。黒谷ヤマメも、リグル・ナイトバグも、苦笑いをしながら眺めていた。







(おせわになりました)

 胸の中でだけそう言って頭を下げるけど、見送ってくれる人なんか別にいない。刑務官が見送ってくれると思っていたけど、まさかのペッ○ーが手を振っている。この国はそこまで金がないのか。いやあるのか?どっちだかわからないが、少なくともあの中に戻ろうとは思わない。見送るのが人間である必要など無いのかも知れない。刑務所の中で仲良くなった人がいないわけではないけれど、それも塀の中だけの話だろう。

(私なんか絶対再犯しないけどな。……あんなシチュ、二度と出会わないだろうし)

 昔から塀の中の暮らしが、無収入でも三食ついて雨風しのげる生活保護、なんて言っている人もいたが、とんでもない。減らない再犯率と国の財政難に締め上げられて、刑務周りはとにかくきついらしい。食事はやたらと固く人工味の強い固形食と、栄養ドリンク。全てがオートメーション化されていて刑務官よりロボットを多く目にする。精度の悪い音声認識で呼びかけても拒否されることが多く、そうした人工知能によって簡単にマイナス評価がつく減点法で生活を管理される。社会復帰活動の名の下に行われる獄中の労務はきつく、時給10円位で8時半から21時位まで大休憩1回小休憩2回の出張肉体労働が週に6日、残りの1日は所内の清掃や隣の囚人の監視・管理、全休日は無し。自弁と呼ばれる自費購入の食料は驚くほど高く、自由閲覧と呼ばれる制度ではチャンネルを制限されたテレビ、|厳《・》|選《・》|さ《・》|れ《・》|た《・》本、接続先管理と監視が徹底されたネットが1日1時間程度閲覧できるが、驚くほど高い料金を払う。金さえあればいいように思えるが、刑務システムは閲覧物の履歴から囚人の更生度合いをはかっているとの噂があり隙に見るのにも勇気がいる。まあ昔は情報的にも遮断されていたのでマシになったとの声もあるがそれを言うのは、やはり塀の外に資産がある金持ちだけだ。
 刑務所の中は想像以上に金がものを言う。娯楽はほとんどなく囚人同士で特殊な道具を使わず刑務ロボに判断できない手段で博打が流行っており、「ひとり、ふたり」という単位で先〜万単位の金が動いているようだった。所内労務の時給が5円程度であることを考えると凄まじいが、千円で買えるのは管理済みインターネット閲覧2時間程度だ。刑務官という共通の敵視対象が少ないせいか人間関係はより劣悪で、仕切りたい奴等が派閥を作り、派閥に所属しなければ食事の一部を上納せねばならず入浴の権利を譲渡し洗濯の回数を捧げさせられる。所属すれば代りに敵対派閥とのくだらない争いに駆り出されが、勿論喧嘩などご法度だから構想といってもまるで女社会のイビリやイジメに近い陰湿でくだらないことに終止する、いい大人がだ。しかもそれを目的に生活しているような空気さえ形成されている。だのにここにいる囚人はほとんどが「またおまえか」と言い合うくらいに再犯と再入所を繰り返しているようだった。あたりまえだ、こんなところでこんな生活を1年でも2年でも過ごしてみろ、社会に復帰なんか出来るわけがない。
 これは後から知ったことだが、刑務の効率化とシステマナイズを進めた結果、所内での精神疾患の発症率が跳ね上がっているそうだ。あと出所後の再犯率は高止まりしつつ、自殺率が上がっているとか。
 「シャバの空気はうめえなあ」なんていう台詞を、テレビや何かで耳にばかりはしていたが、まさか自分が本当にそう思う日が来るとは思っていなかった。もうこの空気を吸うのが何年ぶりか、なんて考えたくもない。こんな塀の中で無駄に歳を取ったし、社会から隔絶されていた時間を埋め戻すのにも時間がかかるだろう。
 素直に、こんな場所に戻ってなんか来るものか、と思う。
 刑務所の高い壁と、狭い入り口、ひび割れたセメントの無機質な前庭を歩く。この中でだって車椅子で生活していたわけなんかではない、きちんと足で歩いていたというのに、全く何も見えないこの境界線を超えた後の足取りというのは別の足がつけ変わったかのような筆舌にしがたい新鮮味があった。足の裏があたたかくて、ビリビリする感じ。自分の体重が心地よい。
 私は何もしてない無実だなんて思ってはいないが、これはきっとこの塀に入った人ならみんなそうなのだろう、自分のしたことの罪の意識なんてその頃にはしっとりと感情の地層になっていて、忘れたのではなくって、言い方は悪いが存在感のある思い出として自分の一部になってしまっているのだから、こうして出てきたときにそれを取り出してしみじみと罪悪感を噛みしめるなんてことはないのじゃないか、現に今の私がそうで、昔のことよりとにかく、今、と、これからどうしよう、の方が明らかに大きかった。
 自由になった実感の裏側に貼り付いてくる、この不安の感情や社会復帰の困難、未来にかかる暗雲と死ぬまで付きまとう非人的なレッテルまでが、罰に含まれているのだろうか。罪と罰はこの塀の中で禊ぎ終え、こうして刑期を終えた後は0ではなく1から再出発できるのが罪刑法定主義を掲げる法治国家なんじゃないのか。

(はあ。どうしたもんかな。少しなら貯金はあるけれど。確かに首括りたくなるわ……)

 運良く僅かな不労所得があるが生活できるほどではない、生活資金はすぐに底をつくだろう。まずは仕事を探さないといけない。けど、ろくな仕事なんて無いだろうな。

「あーもー、さいてー。私何に巻き込まれたんだ」

 ここ何年もずうっと繰り返してきた、答えの出そうにない問を、また反芻する。やっぱり答えなんかでない。あの事件が何だったのかなんて。報道の通り、ただの地方病の爆発的流行とその中で起こった強盗傷害事件ということになるのだろうか。その報道の中には、関係した人間たちの実像は含まれていない。ただ名前と性別を持った記号たちが関係性を線で繋がれて記されるだけ。語られない事実は存在しないものとして扱われる。結局過去の出来事なんてそうやって消えていくのだ。風化しない過去なんか無く、そうだと喧伝されるのは過去ではなくてその足跡や残骸、墓場や傷跡をまるでそれそのものかのように慰撫しているだけで。そこに実態なんて無い、ただの勘違いなのだ。
 ふと、あてもなく空を見ると、頭の天辺を雲に隠した富士山が見えた。塀の中からも見えたには見えたが、こうして眺めると改めて大きな山だ。5年やそこいらで姿を変えたりはしない。日本一の山なんて世界の中じゃ大したものじゃないけれど、比べても仕方がない、だって、こんなものは誰がどこから見るかによって変わるんだろう、塀の中から見たあの山は、全然気持ちのいい絵ではなかった。けど今は違うのだ、それでいいだろう。
 私の手に残ったままの、|花鹿《かじか》ちゃんを殴り殺したときの、感触。地層化した罪の意識というのは、こうして残るのだろうか。少なくとも、私はあの病気に罹ること無くあの地帯を出ることが出来た。本当かどうかは知らないが人間じゃないと名乗るわけのわからない人物に囲まれて、カルト教団のような得体の知れない寺社で地を見る騒ぎの当事者となっておきながら、少なくともこうして山の端にかかる雲を拝めるのは、幸いだったのだろうと、思うことにしていた。
 一体、私は何に巻き込まれたのだろうか、きっと人智の及ばない何かもっと大きな流れの中に足を滑らせて落ち込んでしまったのだ。生きていただけありがたいが、そうした道の深淵に向かう覚悟や事後処理を、現代の人間社会は用意していない。私はただ狂人と呼ばれ居場所を失い未来に濃霧がかかり、それを払って新たな道筋を立てるには再びあのような未知の深淵を覗き込んで今度は成果を持ち帰ってこなければいけないのではないかと、まるでギャンブル依存症の人間のような発送になってしまう。こういう壊れ方も、あるのだな。
 私の|ネジ《・・》はすっかり飛んでしまっている。私が今出てきた、辛かったとは言え命の危険などこれっぽちもないこの刑務所と、かつて巻き込まれて命の危険すら感じた時間の流れを別にするような空間の中での出来事、どちらに戻るかという二択がそもそも狂気じみているとは思うが、どちらかを選ぶのなら私は迷わずに後者を選ぶだろう。落としたネジも見当たらない。最初から、そうか生まれたときからなかったのかもしれない。

「吉永さんですか」
「違います」

 地上に視線を落とし、エントランスを離れるとすぐに私に近寄って来る人間がいた。新聞だろうか、雑誌だろうか、最近はネット記事を執筆するための取材をしている者もあるというが、何れであっても大差はない、どうせ猟奇殺人犯から一言頂戴したいと、そういうわけなのだろう。塀の中にいる間にも何人もの面会希望があったがいずれも断っていた。弁護士くらいだろうか。他には、せいぜいなんとかカウンセラーみたいな人が、私を精神異常者か何かに仕立てるために来たのと……まあそんなところか、とにかくろくな奴はいなかった。
 私は人違いを装ってさっさとその場を去り取材に来た人間らしい女から離れようとする。だが。

「星野由貴さん」
「……なにか?」

 ちっ、と聞こえるように舌打ちしてやる。本名を呼ばれてはシラを切り通せない。私は溜息を吐いて仕方なく振り返った。

「私、こういう者でして」

 渡された名刺を、私は特に見るつもりもなくポケットにしまいこんだ。烏丸、と書いてあったが、相手が誰だろうがどこの出版社の人間だろうが、関係はない。
 人知れぬ鄙びた集落で、罪のない子供を金属バットで滅多打ちにしてその肉を喰ったというのだから、私の犯した殺人事件は当時一世を風靡し社会に一定の不安を与えたと、塀の内側からでもわずかに聞き及んでいた。だが、私のやったことについて、当然被害者はいたわけだが、遺族というのは存在しなかった。ついでに言えば加害者家族もいない。被害者と言われる人間つまり|花鹿《かじか》ちゃんについて、その身元は全く調査が進んでいないのだという。いつからあの神社の|祝主《しゅくしゅ》という神職を務めていたのかわからないだけではなく、そもそも戸籍上に存在していないというのだ。だから、収監されている間も面会に来たのは全て、ネタに飢えたマスコミだった。ミステリに満ちた猟奇殺人事件、いかにも、マスコミが好きそうなやつだ。

「お勤めご苦労様です、というのも少し変でしょうか。どうです、少し、お茶でも?」
「失礼な人ね。持ち合わせがある人間に見える?」
「勿論、ナンパしてるのは私ですから、任せて下さい」
「どうせ、ナンパじゃないでしょう。仮釈にたった今出てきた女をその場でナンパする女なんてどこにいるのよ」
「ここにいますよ?」

 やりづらいやつだなあ。

「まあまあ、ナンパってことにしておいて、タダでコーヒー一杯、いかがですか? 一杯とは申しませんよ、お好きなだけ」
「紅茶派なの」
「なんなりと」

 人懐っこい女だ、烏丸、なんて名前のくせに、甘えっ気のある時の猫のような奴。どうせこの外面も記者としての仮面なのだろうが。

「本についての話ならしませんよ」
「まあまあ、そのことは、おいおいで」
「おいおいも何も、永続的にノーコメントです。あんな話を真に受ける必要なんかないでしょう」

 |祝主《しゅくしゅ》……本当に現人神だったのかなんて、今の私にはわかることではないただ、神様を打ち殺した感触というのがあんなにも柔らかく生々しいものだとはどうにも考えづらくて、彼女はやはりただの人間だったのだと、私が殺めてしまったのは神様でも、土蜘蛛でも、妖精や妖怪や、あるいは幽霊なんかでもなく、ただの人間だったと、そう思うことにしていた。そう思わないと、|中《・》での暮らしを耐えられそうになかったから。
 ……それにしてもしつこい記者だな。まだついてくる。

「あの小説は法廷で証言された内容と酷似する点が多く、ノンフィクションだとの噂が。それとは別に〝囚人の手記〟と呼ばれる幾つかの断章的な文章群がリークされていますが、小説の内容と幾つかの点で異なります。もしかしてこちらが実際の出来事で……」

 このどこの誰かも知らない記者が言う『小説』とは、私が|阿波戸《あわと》で経験したことを適当に実名を伏せる形で、でも出来事そのものは忠実に、物語に直したものだ。塀の中は暇だから、執筆はいい日課になった。機会があったので、更生と社会復帰の一環としてダメ元で提出してみたら、塀の中から出版が許可されてこんな騒ぎだ。看守代わりのペッ○ー改には誰が何の目的で搭載させたのかわわからない高速ドキュメントスキャナが備わっており、書き上げた文字列は彼に呈していた。塀の向こうの誰かが添削していたらしく、ロボット越しに手直しをして、これでGOとなったらやはり誰かが逆ゴーストライターとして筆者を名乗っていた。
 被害者の身元がわからない殺人事件、犯人が語る荒唐無稽な作り話、裁判が起こっても決定的な証拠が無く、あんな奇妙奇天烈な事件だったというのに、ただ殺人の罪が一つだけ、浮き上がるように存在していて他の罪は立証できていない。本はそれなりに話題になったらしかった。
 刑務所を出てくるときに封緘された私物を戻されたが、その際に本の権利書とそれまでの印税収入が現金で入っていた。数ヶ月程度は空には困らないだろう。非常に奇妙な制度だった。それとも、誰かの差金だろうか。

「おっと、これは、お茶をしながらにしましょう。少し歩いたところに、美味しいコーヒーを出す店があるんですよ、風見鶏っていう喫茶店なんですけど」
「こんなところで待ち伏せする時間があったら、ご自分で確かめたらどうですか、私を取材するより現場を取材する方が確実だと思いますが。あんな荒唐無稽な話がノンフィクションだなんて、日本は平和ですね?」
「行ってきましたよ。風土病の再流行があって大変な状況だったあの場所に、私は足を踏み入れました。鮮度のいい真実はそれなりの覚悟がなければ得られませんから。虎穴に入らずんば何とやら。小説の方も読ませていただきました。それと、実際にこの目で見てきたことと〝断章〟との比較も、私見でではありますがさせていただいて、その上で、星野さん、あなたに取材がしたいのです」

 少しは、マシな記者だろうか。現場を取材もせずにいきなり私のところに「こう答えて下さい」と見え見えの誘導尋問のようなインタビューを放り込んでくる記者、その多くは|阿波戸《あわと》という地に足を運んだことさえない。そんな奴等が一体何を報道するのか。
その点では、この記者は幾らかマシだと言えた。行っただけでは何の意味もないが。

「有り体な感想かもしれませんが、いいところだなと思いました。私ああいう廃村寸前の場所、好きなんです。住むのは嫌ですけどね」
「行かなくたって言えるわ、そんな雑な感想」
「まあまあ、私の紀行自慢も含めて、お茶、どうですか? あなたが中にいる間に、|阿波戸《あわと》がどうなったか、どう|だったか《…》、知りたくありませんか? あの村は今、外国の資本が入り込み日本人が土地を自由にしづらい特殊な場所になりつつあります。温泉のある観光地に変わる一方で、あなたが目にしたような奇妙な出来事を、何か大きな力が隠蔽しているような感じもします。……というの、私が星野さんのお話を伺うのは、サユリさんが私から情報をあらかた引き出した後で、結構です。どうです、悪くないでしょう?」

 謙遜に目と鼻を口をつけたような表情で私に向かうが、見え透いている、これは内心、勝ち誇っている。きっと私がこの申し出に乗ると思っている。

「結構よ……私は、自分の足で、|阿波戸《あわと》を見に行く。どうなったのか、どう|だったか《…》、自分の足でその場所に行って、自分の目で確かめる」

 驚いたように私を見る、新聞記者。

「それは、罪の意識から?」
「まさか。趣味ですよ」
「趣味?」
「あなた、本当に記者ですか? ちゃんと必要なものを調べてからインタビューしに来るべきだわ。民俗学のフィールドワークは、私の趣味よ。」
「それは、承知していますよ。でも、改めてあの場所に行くのに趣味だなんて、普通はここで『被害者の方に……』とか神妙に言うもんですが」
「悪かったわね、未だに、感情移入できないのよ、あの出来事に。それに」
「それに?」

 少し、もったいぶって、言う。

「まだ、くい残しがあるんですよ」

 そう言ってやったときの記者の顔。驚いた顔が愉快だったとか、探る割に引いた表情をして笑止とか、そんなんではない。こいつも、どこかおかしい人間だと、そう思ったのだ。私が「たべのこし」を言うとこの記者は、目を大きく開いて、隠す様子もなく口を笑わせた、だが笑顔ではなくこれは、邪悪な喜悦の表情だ。

「星野さん、私、あなたに俄然興味が湧いてきました。取材とかそういうのを差し置いても、あなたのことがもっと知りたくなってしまいます。あなたは……何者なんですか」
「私?」
「私は、しがないただの、鬼よ」
「オニ……」

 確かに私はあの事件で、頭のネジをどこかに飛ばしてしまったのだろう。この奇妙な感覚に共感を得られるかも知れないこの記者に、どこかで同類の匂いを感じていた。この記者と、何かこの先、ひとイベントあるんじゃないか、せっかく塀の中から出てこらえれたというのに。
 不穏なのにどこか懐かしいような、不快感があるのになんだか落ち着くような、ノイズアンビエントがかけっぱなしになっている部屋で眠りにつくようなそんな感覚。だが、その空気を、溌、と払ったのは、ぱんぱんと手を叩く音だった。
 そして、妙にリバーブがかかった声で、なにか声が聞こえる。

― おにさんおにさん。

 音の方を振り返る。烏丸と対峙して湧き上がった違和感、聞こえた音の残響、でもそれは一瞬で消え去って、そこにいたのは。

「あ、アミちゃん……!」

 8年ぶりに会うのに……なんだ、やっぱり人間じゃないのかな、全然変わってない! まだかわいいまんまずるい!
 いきなり視界がゆらゆらと揺れてしまう、ああ、もう会うことなんて無いと思ってたのに。前に見たときよりずっと可愛く見える、降り積もった土埃の奥底から這い出してきた記憶は、だと言うのに全然輝きを失って無くて未だにキラキラしていて熱い。ディティールまでしっかり残っていて、数年越しの再会で懐かしさと嬉しさがダムの決壊みたいになっている一方で、まるで昨日まで会って「また明日ね」って言って別れたその翌日のように思えてしまう。

「アミちゃん~っ!」

 私はつい走っていって、まるで飛びかかるみたいに抱きついてしまう。倒れそうになるアミちゃん。

「わわっ、サユリさんったら♥」
「ね、ね、ちゅーしていい?」
「……サユリさんってば、相変わらずおっさん」
「うっ、ごめん」

 とか言ってたら、アミちゃんの方から、ちゅって、くれた。もういい年したおばさんなのに、顔があっつくなってしまう。
 アミちゃんは、烏丸記者の方をじっとりと見ている。

「サユリさん、出てきていきなり女の人に手だしてるんですね」
「え、ちょっ……出してないし! 誤解……っ!」
「え、ええっと」
「空気読んでもらえます? ほら、ここって、部外者は帰るシーンですからね」
「アミちゃんも、相変わらずだね……」

 記者の女は、アミちゃんに気圧される形で数歩私から遠ざかる。そうすることで、私とアミちゃんが両方共彼女の視界に入ったのだろうか。改めて見えた光景に、本題を取り戻した様に言う。

「まさか、事件の、関係者?」
「まあ、関係者といいますか」
「しっ」

 真犯人、とでも言いたかったのだろうか。しかしそれを飲み込んで、驚きを隠せない様子でアミちゃんを見ている。

「サユリさんの恋人です、ほらそこ、まだ距離が近いから離れてもらえますか?」
「えっ? あ、ああ、はい。はい?」

 にっこり笑って、私を引っ張るようにして記者の間に空間を強いる。更にもう数歩離れる記者。

「アミちゃん」
「はい」
「私、|阿波戸《あわと》に行きたい」

 思ったことを、もう口にしていた。舌の根も乾かぬうちに、とはこういうことだろうか。
 さっき、そこの記者に言ったことは本当だった。くい残しを、私は|阿波戸《あわと》に残したままだ。お金とか仕事とか明日のご飯とか、現実的な問題は当然あるのだけど、それを除くとしたなら、私はそれを放ったまま、社会へ安穏と戻ることなんて出来ない。
 あの場に自分がいたことは、偶然だったのだろうと、思ってはいる。私でなければあの場所に行かなかったかも知れないし、行ったとしてもあんな風にあれこれと調べまったりはしなかったろうし、私でなければアミちゃんと出会えなかったと思う。
 偶然と必然に意味なんかなくって、偶然みたいな運命なんて口実も全くナンセンス。偶然であったとしても、そうやって出会ってしまった運命性はあるし、でもだからといって最初から決まっていただなんてことはなくてやっぱり偶然なのだと、私は思う。
 だから、偶然巻き込まれて偶然目撃してしまったあの奇妙な出来事を、私は、自分の誠意を以て、幕引きをしなければならない。幕引きって言っても別に誰かにとどめを刺すとかそういうんじゃない、単に、その場所の光景をもう一度見て、同じ土を踏んで同じ空気を吸って、あの寂れた村を眺めて周り、誰も部隊に戻らないカーテンコールの幕を自分の手で引っ張りたいと思っていた。アミちゃんは、一緒に登ってくれるだろうか。
 それは、ある意味で、供養と言ってもいいかも知れない。病気で死んだ人たちや、|花鹿《かじか》ちゃんに対する、というよりは、あの一連の出来事それ自体への、供養。祈念とは、少し違う。

「はあ、出てきた途端にそれなんですから。〝ただいま〟くらい、下さいよ。……待ってたんですからね」

 あっ、と口にしてしまった。そう言って俯いてるアミちゃんが、堪らなく可愛い。もう一回ちゅーしちゃう。
 あの日、私を騙したといって謝ったアミちゃん。もしかしたら、すごく短い間に出来上がったあの関係は、全て演技だったんじゃないかと、私との関係なんてなにかの目的が会ってフリをしていただけで、私一人がただ舞い上がっていただけなんじゃないかと、塀の中では余り考えないようにしていた。でも、こうして迎えに来てくれて、あの頃と変わらない感じで、ただいま、って言えるなんて。

「た、ただいま、ごめん、アミちゃん見たらそれどころじゃなくなっちゃって」
「もう。そういうことにしておきますね」
「だったら面会に……は来ないほうが良かったか。余計に迷惑かけちゃったろうし」

 手をぎゅうって握って、なんだか……泣けてきてしまう。
 ずっとこんな風にふわふわした再会の喜びに揺れていたいのだけど、そうも行かない。

「でも、とりあえず、これから出所者支援施設かな……そこで仕事探しながら」
「サユリさん、おうちは」
「ないよ。中にいる間に、アパートは引き払っちゃったし、そのときに私物はほとんど処分されちゃったから。……身軽なものだよ」
「じゃあ、|阿波戸《あわと》いきますか。車、乗って下さい。」

 うんうん、と頷いているアミちゃん。にっこり笑って車の方へ私を促す。もう流石にあの頃とは違う車に乗ってるみたいだった。

「えっ、い、今から?」
「ウチ、あのまま部屋余ってるんですよね。誰かさんが騒ぎを起こす上に本なんか出しちゃうから、温泉客増えてるんで人手も足りませんし、増築したいし。重労働覚悟してくださいね」
「えっ、その、いいの?」
「好きな人を養うの……楽しみ……」
「うわっ……?」

 アミちゃんだんだんキャラ変わってない?

「で、」

 改めてアミちゃんが、記者を見る。流石に私達がベタベタしているので距離をとってくれていた。視線が向いたのを察して、とことこと近寄ってくる。まさか、|阿波戸《あわと》にこれからついてくるなんて、言い出さないだろうな。

「この綺麗どころはなんなんですか。まさかほんとに手出して……」
「ち、ちがうちがうちがう、ちょっと何とか言って下さいよ!」
「えーっと……『私とは遊びだったの? 地の底までついていくからね』?」
「ちょおおおおお!?」
「サユリさん……一緒に死にましょうか」
「そこで無駄に人をすぐに信じるのは何なのかなアミちゃん!?」







 犬走のキャンプ。急激な自体の収束を見て、一旦関係者の殆どがここに集まっていた。東風谷早苗が本陣ではなくこの北方戦線のキャンプにいると知り、事態を聞きつけた射命丸やミスティア・ローレライ、他のマスコミや、遅れて現場入りした博霊直系の神官も集まって、ここは俄に街のように賑わっている。それにもはや戦の匂いはしない、一部の者は酒を買い込んでおっぱじめようとしていた。
 不本意な結果に終わったというのにそんな事後処理をしている守矢陣営。切り倒された木をどうするのかという協議も始まっている。足元がすっかりと裸になったこの山は、この先長い時間、まともな環境に戻ることはないだろう。今までそうだったのと同じ様に、再び人妖の手の入らないようにして自然の時間に流すコトに決まっていた。ただ、切ってしまった木は、駆り出された兵員の賃金の一部に充てるとして運び出されることになっている。

「しかしリグルにそんな過去があったなんてねえ」
「ゴメン、隠してたわけじゃないんだけど」
「博霊来てるけど楓、あの彼の話しちゃったら? 取り次いでもらえるんじゃない?
「あれは下っ端だよ、話が通じるかどうか」

 当事者だけにみだりに柵屋を出るわけにも行かずに、広く作られているとは言え締め切られた空間で、事態を目にしていたものや実際の当事者達が、最後の意識合わせのために顔を合わせていた。遺恨無く自体を収めるために、腹の中を出してから解散しようという反省会のようなものだった。
「あんたが、ヤマトタケルに手も足も出せなかった山の神様かい?」

 いつの間にか、黒谷の足元に、小柄な少女が一人立っている。どこから入ったのだろうか、一応締め切られているこの柵屋の中に、子供が紛れ込んでいるなんて。有角の存在はこの幻想郷では珍しいものじゃない。でも、突然湧くように現れたそれから感じる大きな霊力に、黒谷も気付いていた。

「……そうよ。」

 訝しみながらも、否定する必要はない。ぶっきらぼうに、いくらか警戒心を解かぬままに答える黒谷。その様子を見た、小さな女は、妖しい笑みを浮かべて、三白眼にも見える上目を向けていた。
しかし、子供にしか見えない容姿には、彼女の周囲にまとわりつく「匂い」はどうにも不釣り合いだ。

「もうあんたが恨みに暴れる必要なんか最初から無かったのさ、お前の仇は、私が取ってしまったからね。お前が恨みを抱いているヤマトタケルは、お前が山を失って間もなく死んだよ。」

 この場では、それぞれの思惑や想像で動いていた内訳なんかを確かに共有しあって幻想郷内に不穏な火種を残さないためのものだ。普通は博霊が取り仕切るが、博霊の派遣が下位の禰宜で話を聞き取りにきただけのようなので、守矢が仕切っている。その中で、こうした話が出ること自体は、いくつかありふれた新事実の一つでしか無い、その向こうにどういう真意があるのか、皆が注意を向ける。

 だが、声の主のその人物に心当たりがある者はいる、その全員が凍りついていた。

「あなた、何者?」
「私も、その昔、山だった者だよ。あんたよりは少しばかり強かったのと、私の中に入ってきたヤマトタケルは調子に乗って油断していたから、やつは私のやった致命傷で下山後に死んだよ。それ以来、あんたの巣の更に下の世界に住んでたんだけど、ちょっと用事があって上にいた」
「その角……鬼?」
「今は鬼、と呼ばれてるね。ときに山、ときに蛇、ときに猪、時に鬼。この次はなんて呼ばれるのかなあ」

 黒谷ヤマメと会話している小さな有角少女を認めて凍りついていた、射命丸文。そして、まるで時間が動き出したように、射命丸は慌てて畏まった。その有角少女は。

「い、伊吹様!? 何でこんなところに」
「天狗それに皆、私、彼女と話があるから。外してもらえるかな?」
「しょ、承知しました」
「リグル・ナイトバグ、あんたは聞いてたければ聞いていてもいい。」
「いえ、話の内容は、彼女から聞きます。話したいことだけ、伝えてくれればいいですから」
「わかったよ」

 射命丸文が驚きの声を上げたのは無理もない、全く何の前触れもなく現れて何気なく黒谷ヤマメと言葉をかわしているのは、他でもない今や天狗が治める山の、本来の支配者である鬼神だったからだ。今は博麗神社に出入りしていると聞いていたが、まさか突然こんなところに現れるとは、神出鬼没の新聞記者でも想像しなかったらしい。席を外すよう命じられて、射命丸はすごすごとその場から姿を消した。リグル・ナイトバグが外すとなれば他の者も総せざるを得ない。
 一方の黒谷ヤマメは皆が去ったのを見て、突然現れた鬼に向かって視線を改める。開口第一声は、その名前を訝しむものだった。

「|伊《・》|吹《・》、だと?」
「まあ、そんな感じの鬼って呼ばれてる。あんたのことは、噂で聞いていたよ、|阿祖見《あそみ》。同じ元山同士、仲良くしようじゃないか?」

 山を名乗る割には、この伊吹という鬼神はあまりにも小柄に見える。黒谷ヤマメは、だがその体の大きさのことは差し置いて「あんたのことは噂で聞いた」の|行《くだり》に反応して表情を険しくする。

「そんな名前、捨てたわ。」
「じゃあただの|山女《ヤマメ》でいい。人間に犯された山、心中察するよ。」
「あなたのように強かった山には、私のことなどわからないでしょう。だが天狗から聞いた、この世界の鬼も、所詮山を捨てた裏切り者だ。何が『仲良く』だ、反吐が出る」
「もう鬼は地獄のものだとか、山が住処だ、なんて時代は終わろうとしている。私はその他の場所の住心地について調査にあちこちいってるだけさ」

 妖怪の山は、元は鬼が支配していた。その山を、鬼が何故破棄したのか理由はわかっていない。鬼神が山に何柱存在していたのかも分からない。その内の一柱である伊吹萃香は、幻想郷で博麗とうまい関係を築いて今は神社に出入りしている。一説には山の中よりも博麗神社の付近の方が、ヒトの鬼に対する崇敬の念が強いからだとも言われているが、目的はやはり、知れていない。
 伊吹が言うにはどうやら、黒谷ヤマメ、というよりはその前身である|阿祖見山居比女命《あそみやまいのひめみこと》について、彼女はどうやらそれを知っているかのような口ぶりだった。知られている事自体に、ヤマメ自身も驚きを示していない、山であるというのなら、ある程度の相互認知は当然のことだったからだ。
 伊吹が|阿祖見《あそみ》を知っていたのと同じく、|花鹿《かじか》もやはり伊吹を、名前ばかりは認知していた。だからこそ、表情が険しい。

「私はさ、昔、強かったからヤマトタケルに勝った、わけじゃないんだよね。私とあんたは、ほんとは大して力の差なんて無い。私がヤツに勝てたのはね、ちょっとした援軍があったからさ」

 ヤツ、とは伊吹がヤマトタケルと称した何者かのことらしい、そしてその名前は、ヤマメも認知している、苦々しい思い出とともに。そのヤマトタケルは、伊吹の山でその山の主によって倒されたと知られている。

「知ったこっちゃないわ、あなたの英雄譚なんて聞きたくない」
「まあまあ、少しだけお聞きよ。その援軍は、あんたの縁者さ」
「なに?」


 お互いの話をある程度は認知しあっている元山同士の二人だが、伊吹が倭健命を打ち破った際の援軍が、自分の縁者だなどという伊吹の発言は、ヤマメにとっては意外なものだった。そしてその発言に続く言葉はしかし、確かに聞き慣れたものでもあった。

「|蛍《・》|火《・》|の《・》|輝《・》|く《・》|神《・》|及《・》|び《・》|狭《・》|蝿《・》|な《・》|す《・》|悪《・》|し《・》|き《・》|神《・》、知ってるだろう?」
「あれが、まさか伊吹山の軍門に行ったなんて、初めて知ったわ」

 それは、|穂多留比《ほたるび》、つまりリグル・ナイトバグのことだ。自分が彼の元を出奔した後、その蛍が伊吹山の住人になっていたとは、彼女も知らなかったからだ。だが、伊吹が言うのはそういうことではないらしかった。

「私のところに来たわけじゃない、私はただ彼が私の中に立ち入るのを許しただけだよ。どうしても、|誰か《・・》の仇を取りたかったみたいだったからさ」

 誰か。それは、つまり。

「……奴を倒したのはあなただと、言っていたじゃない」
「ああ。|狭蝿と螢火の神《彼》はね、やつとやりあって死んだよ。あんたが山として死んだと聞いてから、そう日にちが経ってない頃だね」
「え」

 伊吹の言ったことは、黒谷にとってあまりにも衝撃的だった。言葉が出ないまま、口を半分開けて目を泳がせている黒谷ヤマメ。

「見事な戦いだった、いやそんな生温い表現ではないね、悍ましい戦い方だった。きっと、彼も勝てるなんて思っていなかったんだろう、命を無駄にする戦い方ってやつだ。一つの命を無数の命に分けて、数で押し切る可能性を見出したのかもね。でも、いい所までは行ったけど、結局全部、死んでしまった。あれは戦に向いた奴じゃなかった。ヤマトタケルを殺したのは私の雹が招いた病だと言われているけどね、私は彼との戦いでぼろぼろになった奴にちょいと雹を落として追い払っただけだ。真にとどめを刺したのは、私の雹じゃない、もっと別の病だ。それはきっと、決死の一撃を加えた、彼の死後の攻撃だったろう。」

 話を一通り聞き終えた黒谷は、小さく沈黙を溜めたあと、溜息をついて「ああ聞き終えたわ」というような様子で伊吹に相槌を返す。

「……面白い話をありがとう。知らない昔話を聞かされて、ひとつ賢くなったわ。今更、どうでもいいことだけど」
「あの虫けらは、虫けらなりに、あんたのために命を張ったんだよ。|阿祖見《あそみ》。お前さんが思ってるほど|あ《・》|れ《・》は弱くないし、臆病者でもない。私から見りゃ、今のお前さんのほうがよっぽど小さく見えるね」
「大きなお世話だわ。私はいつでも……小さいのよ」
「私ゃ彼のおかげで山を守ることが出来たがね、やっぱり山を追われた神は他にもいるだろう。例えば|賀眦禮《かびれ》はお前と同じ立場だったが、土蜘蛛にはならなかった。今は地底にいるがね」
「あれと一緒になんて、されたくないわ。きちんと祭を受けて、立ち退いたのだもの。武奈伎と同じ、まったく幸せものだわ。」
「勿論……あんたのされた仕打ちは、比較にならないほど辛いものだったろう。大切な愛する者とも引き裂かれた」
 最後に付け足された一言は、伊吹にとっては皮肉めいた冗談だったが、黒谷にとってはただの皮肉に聞こえたらしい、伊吹にとってはそれがそうなっても構わないと思っていったことだったが。それは、伊吹にとっては黒谷に伝えておきたいことでもあったから。

「勝手に話を修飾しないでくれる?」
「そりゃあすまないね」
「何であんたが、|賀眦禮《かびれ》の話を知っているの」
「伊福部の山も、伊吹の山の兄弟さ。|賀眦禮《かびれ》の出来事も、ご近所物語だよ」
「都合がいいのね。でも、結局その|多眼卜占姫《カビリ》だって、今でも地底から苛立たしげに地上を見渡しているわ。八咫烏も地底に吹き溜められている。私だけが地上で山を取り戻すのが、気に食わなかったのよ」
「……かもしれないね」

 そんな言葉を、深く聞き入れるつもりなど無い、とでも言いたげな様子で会話を打ち切って、黒谷ヤマメはその場を去る。そもそも、彼女には伊吹萃香に用など無いのだ、突然現れた伊吹萃香が何か言いたいこと(つまり|穂多留比《ほたるび》の復讐劇の失敗について)を、言いたいだけ言ったのを聞いたなら、もういいだろうと言う感じだった。

(そんなこと、今更)

 だが、伊吹萃香の話は、黒谷ヤマメにとって全く寝耳に水だった。彼の元を去って、地獄や様々な地底世界を生き延びながら渡り歩いて、そこから盗み見ていた地上は、諏訪の顛末や大和朝廷の推移のことばかりだった、それは、純粋にそれらへの恨みや怒りからだった。その光景の隅で、蛍神が、そんな風に命を落としていたなんて。それに彼女は、全く気づくことが出来なかったのだ。負の感情に支配されて、視野が狭窄していた。そのことを、思い知ってしまった。今更になって。

(そんなこと、一言も、言ってくれなかったじゃない……!)

 自分の仇を取るために、住み慣れた山を離れて他の山の神に頭を下げて立ち入り、そして、結局返り討ちにあった。そんなこと、リグル・ナイトバグは一言も言っていなかった。
 自分は|穂多留比《ほたるび》によって死なずに済み、悲惨な時間を長く過ごしはしたが生き延びた。でも、|穂多留比《ほたるび》は自分のために一度死んでいたのだと、伊吹は言っていた。彼が現世に残らず、自分のように地獄や地底に落ちることも無く、幻想郷という場所にいたのは、現世における病のとばっちりを受けて滅んだからではなく、自分のために命を落としたからなのだと。

「ばか、じゃないの……ばか、だわ、|穂多留比《ほたるび》」

 伊吹萃香からその話を聞かされて、素知らぬ顔でその場を去るように一人になれる場所へ、まるで逃げるようにやって来た黒谷ヤマメは、そこで、誰にも見られぬように、泣いた。
 何を泣いているのか、この湧き上がってくる涙が一体何の感情の結晶なのか、彼女自身よくわからなかったが、ただただ溢れてくるそれを、彼女は止めることが出来なかった。







 ここからは一人で行け、と守矢の巫女に命じられた。結局、「通過は許すが護衛を付けたり支援はしない」という姿勢をとったようだ、流石にあのような形で決着を付けられてしまった巫女としては、プライドが許せないのだろう。面白かったが。
 他の者達も一旦は解散ということになり、皆散り散りと家路についていた。形成された山体を囲む砦の跡。今はまるで、山を崇める神社の境内のようにも見えた。

「いいさ、もともと、一人で歩くつもりだったんだ。ほた……リグルが、助けてくれるだなんて、予想外の幸運でしかないもの」

 自分に言い聞かせるように、人間の二本の足で歩く。|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》まで、すぐという程ではないが、大した距離ではないこともわかっている。
 一人で歩く歩き方さえわからないままぼろぼろになって生き延びたあの日々に比べれば、こんな状況の今だって、随分生ぬるい。
 リグルは事情聴取のために博霊へ任意同行という形になった。お前が恩赦された以上はきっとリグル・ナイトバグもそう酷い裁きにはならないだろう、と吐き捨てるように言った守矢の巫女。あれは、思ったよりも悪いやつではないのかも知れない、それが分かりづらい言動で損をしているが。なんだか自分と似ているような気もしないでもなかった。

「色々あったが……結果的にこれでやっと精算か」
「すんだのかい」
 穴までもう少しかかるかなと思っていたところで、聞き慣れた声。これは、キスメか。

「ああ。おかげさまでね」

 私の顔を見て、キスメは驚いたように目を見張った。

「どうしたんだい」
「いや、ニャマム、〝おかげさまで〟なんて言う言葉、知ってたんだなとおもって」
「へえ、随分な言い草じゃない?」

 ほっぺたでもつまんでやりたかったけれど、ちょっと余裕がない。そうしていると、彼女はすぅっと近寄ってきて私を桶のよこっちょに座らせた。腰掛けた私をみて苦い顔をする。してくれる。

「ああもう、こんなになって」

 こんな、といわれるほどひどい顔をしているつもりはなかったのだけど、やはりそれなりには打ちのめされたのかも知れない。長い時間を生き延びながらゆっくりと変化していたが、ここ数日は激動すぎて、心身のあちこちが変化についていけていないような気がしていた。

(でも、気持ちいいかも)

「……ははっ」
「え、何笑ってんの、キモいよ」
「ごめん、わかってる」
「なんだそれ」

 なんだかな、何も精算なんて出来ていないじゃないか。

「もう少しかかりそう」
「そうかい、いいんじゃない、別にゆっくりで」」

 でも、抜かなければいけない棘は抜いた。後はこの傷跡が癒えれば終わりだろう。この長い旅も。

「もうちょっとここに乗ってていい?」
「ああ。戻る、でいい?」
「いいよ。頼む」
「|桶《おっけ》ー」
「え、なに? よく聞こえなかった。もう一回言ってくれない?」
「そういうのを聞き返すのは、良くないと思うよ」

 私を追加で乗っけたキスメの桶が、重たそうに低空を飛行する。
 キスメは、多くは聞かない。私の見たもの、聞いたもの、感じたものの多くは、私がそうしようと思えばキスメは|神官《ヨキロル》として共有できる、だが今回は、ほとんどそれをしなかった。不信感を抱いても良さそうなものなのに。
 何も聞かないし、何も言わない。でも、今回の件で、私は彼女との関係を見直さなければならないことを自覚していた。私はもう、神ではない、それを目指すのもやめてしまった。これから戻る巣は、私のための神殿などではなく本当にただの巣に為るだろう。

「ぅん?」

 どう切り出そうかと考えていると、突然、寒気が襲ってきた。地の底からみるみる凍りついていくような危機感のある冷たさ。でも本当に気温が低いのではない、生気というか命の活動そのものというか、そういうものが萎縮しているような感じだ。これを私はよく知っていた。あんまりにも力が強すぎる存在の前では、あらゆる生命はこうした萎縮を見せるのを。

「これ、はなに、だれ?」
「なに、これぇぇ……きもっい、ニャマム?」

 まだ目の前に誰かが現れたわけではない、キスメもこの寒気を感じて桶の中に引っ込もうとしているが、目の前に誰かがいるように言葉を吐いた私を怪訝そうに見上げている。私は桶を降りてキスメの前に立った。
 びいっ、と布を裂くような音、その中に肉を裂くような湿り気のある音。その中に極小の悲鳴がびっしりと詰まっていて、その音が広がる度にきっと泡のような何かの存在が顧みられること無く潰されたのだろうと思わされる忌々しい音。圧壊、裂破、冒涜、汚穢の楽器が重奏を響かせる不快な音と共に、目の前の空間がまぶたか口かという形に、切れて、開かれた。

「お初にお目にかかりますわ、グォダ=ニャマム」

 その裂け目が大きく開き、そしてまた半開き程度の大きさに戻るその一瞬の展開で、人型をした何者かが目の前に現れていた。日傘を指している。美しい女性の姿をしているようにも見えるが、悍ましいバケモノの姿と重複している。
 寒気と冷や汗が止まらないが、それを押して、私は言葉を絞り出した。もし敵意を持って現れた何者かなのなら、せめてキスメだけでも逃さなければいけない。

「生憎、先日名前を変えたもんでね」
「それは失礼しましたわ、黒谷ヤマメ。わたくし、八雲紫、と申します、以後お見知りおきを。先日|霊夢《うちのこ》がお世話になったようで」

 八雲紫、こいつが、八博とやらの、幻想郷の首魁。一体私に何の用だ。消しに、来たのか?

「……私あんたのところの、さらにその代役に惨敗してすごすご尻尾を巻いて逃げるところなの。もうすぐそこだから、見逃してくれないかしら」
「何の用、ということもありませんわ。ただ、ご挨拶に。この幻想郷と、旧獄は、隣人となりました。間に位置する不思議な横穴に住まうあなたの界とも、同じです。これから良い関係を築きたいなと思いまして」

 慇懃な奴だ、だが。この寒気の元はこの女の存在感だと言うのに、存在の底が知れない。はかっても探りきれず、無視しても主張してくる。あの口のような目のような裂け目の向こうに見える空間は、気になって仕方がないというのに同時に、見てはならないものが潜んでいると本能が拒否している。
 認識の焦点を合わせようと理性にかけるが、それが長い金髪をなびかせ白い肌をした美しい人型をしているのか、不定形で無数の足と左右非対称の不快さを禁じ得ない不気味な体を持ったバケモノなのか、判断ができなかった。

「お前は……神でも悪魔でも、人でも妖怪でもなんでもない……概念、現象……違う、具現化もされていない、実装体だと? 基底そのものだとでも言うのか」
「呼び方は、人それぞれ、見え方も、関わり方も人それぞれですわ、グォダ=ニャマム。あなたには私がどの様に見えているかしら?」
「ばけもの……お前のような存在、それ以外に呼び方などあるか」
「心外ですわ、私はあなたの一部にもなっていますのに。私をバケモノだなんて、ご自身をバケモノと言っているようなものですよ」
「バケモノにバケモノと言って何が悪い」
「至言ですね」

 博麗とは、こんな得体の知れない存在を奉じて出来ている界だというのか。寒気がとまらない。このゲンソウキョウと呼ばれる界が奇妙なものだと感じていたのは、確定性を持った実在達が、不安定を許容したままそれでも自信に溢れて存在していることだ。それは、この界そのものが、不安定と不確定性に基づいていて、この認知の焦点が合わない奇妙な存在がその基盤となっているからなのかも知れない。
 私は、そんなこの界を、心地が良さそうだな、と、思ってしまった。自分の存在を確定させたくて、それを自分で担保したくて、必死に長い時間を生きてきたというのに、だ。
「私は、『境界』そのものです。実在しない、ただの概念。単一で存在できず、自ら存在できず、他者からの排除によってしか存在できない弱き者。だがこの世界にたったひとつでも主格が存在する時、同時に私は絶対に存在し、何者にも否定できない。自己より強固なタコですわ」
「ダジャレを言ってんじゃないわ、笑えない。その行儀の悪そうな左右非対称の足を収めてもらえるかしら、見ていて吐き気がする」
「あら失礼ですのね。生憎私、誰かに見られていないと生きていけませんの。もっと見て欲しいくらいですわ」
「うるさい、そんな足はお前のところの神官にでも舐めて貰え」

 八雲、と名乗ったバケモノは、綾を付けて曲げた細くてしなやかな指先、それは同時にぬらついて光沢を宿した濡れた触腕にも見えるそれを口元に添えて、ふすり、と気味の悪い音で笑う。だが、存在自体に邪悪さと得体の知れなさ、それを認識したことによる恐怖と忌避はあるものの、これじたいから悪意を感じはしない。奇妙な柱だ。
 その笑っているのか獲物を飲み込もうとしているのか判然としない口元で、言葉を紡いでいる。言葉、いや、意味か。

「ええ。……あなたもそうするのがよいですよ、黒谷ヤマメ。あなたには今は立派な足が備わっている。あなたを理解する者もいる。あなたに第二の|足《生》を授けた者と、あなたの生を理解者が一致していないことには同情しますが、残念ながらそういった不一致は、寝て起きたら朝だったということくらいには、よくあることです。」
「あんたに道徳語られなくたって、それくらいわかっているわ。ただ少し、わかるのに時間がかかっただけ」
「……よい旅だったと、思いますわ。皮肉ではなく心から。」
「ふん、お前に心という機能が備わっているのならな」
「それは、たしかにわかりませんわね」

 キスメが、後ろから、私の服を引っ張っている。

「出でいいかい」
「いいわよ。取って食おうっていうつもりじゃないみたい」
「じゃあニャマムより善良なヤツじゃないか……いたいいふぁいいひゃい」

 今度こそ頬を引っ張ってやった。

「くすくす、この穴の向こうの住人が、あなた達のような人だとわかって、安心しました」
「それは早計じゃないかしら。地底には私よりも」
「大丈夫だよ、これより性格が悪いやつはほとんどいないから……いたあい!」

 蹴っ飛ばしてやった。

「さっきからなんなの!」
「それはこっちのセリフだっつうの、勝手に話進めやがって、私まだ今回のことなあんにも聞かされてないんだからな」
「あ、ええっと……」

 八雲が、あ、これ絶対笑いを噛み殺してる、なんだこの状況……。
「では、挨拶はこれくらいにしておきますわ。あなたの穴のおかげで幻想郷は新たな可能性を得ました、感謝します。長い付き合いになると思いますわ、今後とも、よろしくお願いしますね」
「……よろしく」
「よろしくー?」

 再び、あの不気味な音を響かせて千切れ目を見せた空間の中に、八雲紫は姿を消した。あの凍えるような不安感はさっぱりと払拭されている。
 なんだ、もしかして私は、八雲から見るとただの土木工事業屋だったのか? そんなふうにまで思えてしまった。

「そんなわけで、我慢できずに言ってしまったけれど」
「我慢させてたんなら謝るわ。ちゃんと話すから」
「取り敢えず、帰ろうよ。自分ちが落ち着くってもんさ」
「キスメ、もしかして私の穴を自分の家だと思ってるの? それはちょっと……」
「うそだろおい」







「文さま」
「あ、楓くんは」

 犬走椛は、悲しそうに頭を振る。

「そう、ですか……」

 守矢の指示にあえて反抗するようにグォダ=ニャマムの素通りできる陣を敷いたことは、八博体制への叛逆と捉えられ、指揮官であった犬走楓は軍法会議にかけられた。博霊に断り無くそのような大規模な軍事作戦を実行した守矢も、博霊代執行に対する詮議を受けていたが、大方の予想通りお咎め無しとなった。アウトブレイクの様相を見せた|激甚疫病神《SSPZ》への対応は、天狗社会との共同作業によってそれを積極的に迅速解決したという面を強調され、むしろ高評価を得ている。
 一方、守矢の行動が評価されたのを受けて、当然楓の評価は散々なものだった。犬走家としては、姉である椛が後処理を怠らなかったことと、抗血清の抽出元を提供した成果を鑑みて注意を受けるに留まったが、楓は処罰を受けることになった。抗血清の元となった受動免疫獲得者の少年を発見したは犬走楓によるものだが、それは伝えられていない。

「残念ですが、悲しんでばかりもいられません。彼の死を無駄にしないために」
「まてまてまてまて、勝手に殺すなバカラス!」
「あれ、生きてたんですか」
「うがー!」

 人一倍裏政治的情報の耳が早い射命丸がそんな誤りをするわけがない、どう考えても聞こえるようにおちょくった発言だった。

「ただ公務武官をクビになって、家を追い出されただけだろう、何で勝手に殺すんだよ! 椛も椛だろう、なんだあの”助かりませんでしたしゅん”みたいな仕草は、殺したいのかよ僕を!?」
「楓くんみたいな真面目な子は、群から除名されてお仕事クビになんてなったら自己嫌悪で自殺しちゃうんじゃないかって、お姉さんが心配してて」

 よよよ、と誰がどう見てもうそなきだとわかるうそなきで更に楓を挑発する。

「しかも姉のせいにするのかよ、何もかも他人のせいだな!」
「まあ、あれです。楓くんの言ったとおりに、しておきましたから」
「……わかった。ありがと」
「楓」
「よっ、総領」

 騒動が収まった後、楓と椛が対面するのは初めてのことだった。

「これで名実ともに、犬走家は椛のものだ。僕は気楽な隠居生活。リグルに恩も売ったしね、もしかしたら風見のところから声がかかるかも……ないな」
「気楽って、これからどうするの」
「河童に知り合いがいてさ、そこで暫く世話になるつもり。」
「河童? なんで」
「それは、言えない」
「いやだ!!」

 おわっ? 急にでかい声が響いたので、全員びっくりしてしまう。椛なんか明らかに戦闘態勢だ。でも声の主は可愛らしいものだった。

「かえでさま、いっちゃうの、いやです!」

 僕の天狗執事だ。元々大きな目を、真っ赤に腫らしてちょっと痛々しいくらい。

「お前は元々犬走の家の総領に付いた執事だ。今は僕じゃなくて、姉に仕えるんだよ」
「いやれす! わたしはかえでさまのしつぢです!」

 まいったな、こんな子だと思っていなかったんだけど。

「ちいくん、そういうわけには……いたっ」
「もみじさまは、きらい! かえでさまがいっつもつらいおかおをするの、もみじさまのせい!」

 |櫟《いちい》……僕の執事は、頭を撫でようとした姉の手に噛み付いた。本気で噛み付いたわけではないだろうが、執事が家の者に噛み付くなど、本来なら懲罰ものだ。

「ちい、姉をよろしく頼むよ。僕なんかよりよほど出来た人だ」
「やーだー!」

 |櫟《いちい》は、やだ、と叫んで部屋から出ていってしまった。
 引き渡しが、少し遅すぎただろうか。彼にも、姉にも、手間を掛けさせてしまうことになった。

「僕が言うのも何だが、ちいは優秀な天狗になると思う」
「連れていけば? あんなに楓を慕ってるのに」

 いや、いい。
 本当はもっと毅然と否定すべきだったんだろうけど、小さく頭を振るのが精一杯だった。

「楓くん、本当に、これからどうするの?」
「安心して、家に迷惑はかけないよ、いや、かけるかもなあ。次に僕が現れるときはもしかしたら、天狗の社会をひっくり返すときかも知れない」
「は?」

 河童は、狼ほどではないが、天狗社会の中では余り恵まれた立場ではない。自治を認められてはいるが、それは立場を尊重されてのことではなく遠ざけ隔離する目的の方が強い。
 河童の持つ『科学』という魔術は、まだ天狗やその他多くの者達にとって受け入れられていないからだ。河童の持つそうした特殊な技術や技能の多くは、天狗たちにとっては「穢レ業」として認識されていて、河童にしか出来ないが、河童以外はやりたがらないという特殊なものになっており、河童は穢レをまとう身であると同時に社会に不可欠な技能集団として存在している。『科学』やそうした特殊な技能が強みとなって彼らの立場を高めていくのにも、今暫くの時間がかかると、楓や文は考えていた。

「僕は、ちょっと温室育ちが過ぎたんだ。危機感ばっかり感じて、何かしなきゃいけないなんて思い上がって、何の力もないのに。ちょっと頭を冷やしてから出直す。」

 その河童の社会に転がり込む、ということがどういうことなのか、天狗社会をひっくり返す、という発言がどういうことなのか、二人にはわかっていない。
 だが、楓自身が何か目的を持っているらしいことは、感じ取っているようだった。

「そんなの……私も同じなんだけど」

 犬走椛が、胸の辺りを毟るように掴んで、言う。弟の言うことは、何を隠そう姉こそが日々、思い知っていることだった。だがその思いを秘めたままにし、秘めたまま克己できそうだという予感は、いつも傍にいる鴉天狗によって与えられているものだ。弟には……そうした存在がいなかった、自分がそうなれていなかったという姉としての不甲斐なさを感じると同時に、自らその一歩を踏み出した弟を、羨ましくも思っていた。
 それを察したのか否か、犬走楓は姉に、あえて茶化すように言う。

「そこの鴉に鍛えられてんだろ、いい就職先じゃんか。ちゃんとしごいてもらえよ」

 指された射命丸は、犬走椛の肩を掴んで後ろから顔を出すように笑う。

「大丈夫。椛のことは文さんに任せなさい。就職は就職でも、永久就職ですけどねー、椛? うふふ」

 そう言って、射命丸を指差す楓。指された射命丸はにんまり笑った。でもそこは僕と同じ血を引いた姉だ、ロクな性格をしていない。

「は、そんなこと言いましたっけ?」
「……えっ」

 くっくっ、と笑ってしまう。いつも見せつけられて嫌な気分になっていたこんな二人のやり取りももしかしたら見納めかも知れないと思うと、ちょっとだけ感慨深かった。







 犬走の柵屋のなか、特別に与えられた部屋で二人きりになったとき、想像はしていたけどローリーは

「りっ、くぅぅ〜〜〜〜ん」

 うわあ、この屈託ない太陽みたいな眩しい笑顔、でもしっかり浮いてる青筋。一番危険なやつ……。

「ちょっとお話があるんだけど、いいかなー?」
「は、はい……」

 ローリーに連れられて部屋の真ん中にある、畳と丸ちゃぶ台の前に座らされる。え、なにこれ。お説教ルームってもうすごい、このちゃぶ台ひっくり返されるためにあるやつだよね。予め用意されてたのこれ? 楓? 楓の仕業なの?

「まあ、お茶でも呑んで?」
「う、うん」

 一口、口をつけて湯呑を置いた。雑巾の絞り汁とか入ってるんじゃないか、でもわからなかっただろうっていうくらい味なんてしなかった。それどころじゃないからだ。同じタイミングでローリーも湯呑を置いて、小さく息を吐く、そして口を開いた。

「いくつか聞きたいことがあります」
「う、うん」
「まず、りっくんがおホモさまだって、知りませんでした」
「ち、ちが……ぁあぁぁぁその写真はいったいどこでぇぇぇ……」

 そういえば文さんに見られてたって……ってことはこの写真は文さんと椛さんの愛の共同作業の結果だろうか。

「まーあ、男の子相手におちんちん、びんびんじゃない、まーあ、まーあ!」

 自分が楓を攻めまくってるときのハメ撮り写真なんだけど何でこんなに自分が犯されてる気分になるのだろう……。
 ボクが写真を、なるだけ見ないようにすすすす、と押して返すと、ローリーはそれを「証拠品」と書いたレターボックスのようなものの中に収める。え、それとっとくの……

「有罪でいいかな?」
「いいです……」
「大丈夫だよ、私、ホモに理解あるから」
(りかいがないひとがいうせりふ! っていうかホモじゃないし! ……多分)

 ちゃぶ台はひっくり返っていないけど、ボクは既に死んだ。この後も連続で死体殴りが続くんだろうか……いやボクが悪いんだけど。悪いの? 悪いか。ううう。

「次」
「はひ」
「りっくんが熟女趣味だって、思い知りました。未亡人のお姉さん、美味しかったですか?」
「なんでしってるの……」
「女の勘です」
(いやちがうでしょお……ていうかローリーだって、下級天狗としっぽりヤって丸呑みしてたじゃないか)

 火にガソリンを注ぎそうだったので言うのはやめておいた。
 もうなんか、皆まで言わせるな、というオーラが凄かったので、もう何も言わずにヘコヘコと頭を下げていた。

「次」
「まだあるの」
「グォダ=ニャマムのこと知らないとか嘘ついて、まさかりっくんがバツイチだったなんて知りませんでした。ていうか、何回ヤってんの。しかも子供までいたなんて。詐欺です、結婚詐欺!」
「あ、あれは、その、ちがうんだ」
「あ゛あ゛? 違う? 何が?」
「何も違いません……」
「有罪」
「はひ」

 全面的に悪いです。ていうかボクみんなより無駄に長生きだから、正直過去に色々あるんですけど、その、実年齢的なところは考慮に入れられ……はい、入れなくていいです。

「あと、風見さん」
「えっ、まって、今回この作品に幽香さん出てきてないじゃん」
「メタ発言はやめて下さい」
(ぇー……)
「私の知らないところで風見さんとセックスしたことあるでしょ? ないの?」
「……あります」
「正直に白状したからって情状酌量はないからね」
「おおせのままに……(今回に関係ない件で殴られてる!)」

 浮気審問というよりなんだか、ただいじられているだけのような気がしてきた。後ろから刺されないだけまし……なのかな。
 ローリーは立ち上がって、正座しているボクを見下ろしている。あ、これ、靴なめろって言われて舐めようとすると顔面蹴り上げられるやつじゃ?

「りっくんが黙ってセックスしていいのは私だけ。チルノとルーミアはゴム必須だからね。風見さんとヤマメ?さんは事前に申請すること。私以外の人とシタあとは私にもすること」
(規制の度合いがよくわからない……)
「わかった?!」
「はい」
「ていうかりっくん、ただのヤリチンだよね。やられチンか」
(初めて聞いたその言葉)

 めっちゃ土下座してますボク。流石に顔面蹴りはなかった。

 腰に手を当ててボクを見下ろしながら、大きくて長い溜息をつくローリー。

「……りっくんってなんだかんだでモテるんだよね。幻想郷は男の子少ないからかも知れないけど。色んな人と棒姉妹になるこっちの身にもなってよ」
「ぼ、ぼうしまい……」

 目を閉じて、まるで見ているだけで怒りが込み上げてくるボクの顔を見ないようにしているみたい。わなわなと眉間や奥歯に力が入っているのは、流石にボクでもわかる。

「今回のこと、ちゃんと聞かせてもらえるんだよね?」
「うん」
「かくしっこ、なしだよ?」
「うん。しない」

 溜息を吐いたローリーが、ボクの隣に腰を下ろした。

「はじめから教えてもらっていれば、りっくんの大切な人なら私だってお手伝いしたいんだよ。……りっくんを奪われたりしなければだけど。私の知らないところに、りっくんにとって私よりも大切な人がいて、私が知らない内にいつの間にか、私が一人にになってるとか、考えただけで怖いの。そうならないで、ってのは、人の心なんてわからないから無理かもしれないけど、せめて、そういうときは私にわかるようにしてほしいの。私だって、覚悟を決めたいから」
「それは、ないよ。ぜったい。ローリーは、ボクにって特別なんだ。他のどんな人とも、レイヤが違うっていうか」
「そんなこと言われてもころっと来たりしませーん」

 そうだよね……今のボク何言っても信用できないだろうし。ボクが黙ると、ローリーは今度はボクの首根っこを掴んでずるずると引っ張り始めた。

「わわ、わ、ろーりー?」

 何も答えてくれない、もしかしてこのまま溶鉱炉とかに放り込まれるとかそういうヤツ? 溶鉱炉なんて近くにないけど。
 なんて思っていたら、ぷい、と放り出された。放り出された先は、お布団の上だった。

「じゃあ、一連の浮気セックスをぜーんぶ覆すくらいの、夫婦仲良しセックス、シテくれたら、信用します♥」
「えっ」
「浮気有罪のりっくんへの……賠償精吸だよ♥」







「あ、あの、これっ、て……」
「これはいけない旦那様の再調教プログラムだよ? まさか、りっくんの下半身欲求のままにお嫁さんのオマンコずぼずぼ出来る身勝手セックス、想像していたの?」
「そういうわけじゃないけど(そうでした)、縛られちゃうなんて」

 ミスティアとリグルは同棲を始めてからもう何十回もセックスしている。でも、こういうのは初めてだった。なんだかんだでいつもリグルがリードして、とろとろにになったミスティアに我慢できなくなったリグルが好き勝手している。でも今回は、どうやらミスティアからリグルへのお仕置という|体《てい》らしい。リグルは手錠されて、足鎖を繋がれて、布団の上に放り出されるように横たえられていた。

(こういうの、ローリー、できるのかな)

 優しくてほわほわしたところのあるミスティアに、逆レ系のプレイが出来るのか、リグルには少し疑わしかった。けど、少しどきどきもしていた。もし彼女が「やっぱむり」と言っても、その続きをするしてあげるくらいの甲斐性は、リグルの中にはあるつもりらしい。

「じゃあ、これから、この節操のないセックス中毒の旦那様を、再調教するからね?」
「う、うん……あの」
「なあに? キャンセルは認められません」
「お、おてやわらかに」

 それは|旦那様《りっくん》次第かなあ、なんてにこにこ笑っているミスティア。淫蕩な笑みとか、娼婦笑いっていうのじゃない、純粋に彼女の持つ屈託のないおひさまみたいな笑顔でそんな事を言う。やっぱり途中で「やっぱりむりだよおぉ、こんなの」っていい出すんじゃないだろうかとリグルは苦笑いしている。

「りっくん、今日は、コレだよ……♥」
「えっ」

 布団の上に横たわったリグルを見下ろすように膝立ちになっている彼女の、臙脂色のドレス。彼女はにこにこ笑っているけど、股間のあたりが……膨らんでいる。その膨らみを服の上から撫で回しながら、ミスティアはリグルの足首同士をつないだ鎖の内側に、立った。鎖が彼女の体に通される形になって、それは彼女の体を絡めて逃さないようにも見えるし、同時にリグルが逃げられなくなったことを、察したりグル。

「おちんちん、りっくん好きなんだよね?」
「いや、その、楓としちゃったのは……その」
「問答、無用っ♥」

 しゅる、とドレスのスカートをたくし上げると、想像以上に立派なおちんちんが、彼女の女物のショーツを持ち上げていた。リグルはそれを目の前にして目を見張って見てしまう。

「私も、ちんちん我慢できない男の人の気分を知っておこうと思って♥ でも、これ、わかるよ、まだなんにもしてないのに、あっという間に頭の中がおちんちんのことしか無くなっちゃうの、これがオトコノコの下半身直結脳なんだって♥」
「す、ご……」

 スカートの端を口で咥えて彼女は勃起したふたなりペニスをリグルの目の前で、両手を使ってしごいているミスティア。リグルのそれと違ってズルムケで筋の立った、凶悪ちんぽだ。ふわふわ可愛い系のミスティア・ローレライに全然似合わない、似合わないけど、だから、余計にいやらしく見える。

「あーあ、りっくんやっぱりそっち系なんだ? 私知らなかった、ショック♥ おちんぽから目離せなくなっちゃてるじゃない」
「ち、ちがう、よ!」
「ふうん、その物欲しそうな目でちんぽ顔見してるくせに、説得力無いよ?」

 彼女は一旦はリグルをいつでも逃げられないように出来ると見せつけた後で、再び足鎖の外に体を出しす。スカートを口から離して、裾をリグルの頭の上にかぶせた。かと思うと彼をスカートの中に入れてしまった。
 暗くてなんにも見えないスカートの中は、むあっと鼻から入って喉に絡むような匂いが立ち込めている。ミスティアの女の子の匂いに、おちんちんの匂いが混じってる。

(う、わ……もう、出来上がってるんだ)
「……ね、しゃぶって?」

 とスカートの布地越しにリグルの頭を押さえつけるミスティア、彼の答えなんか聞かずに、おちんちんの先でリグルの顔を叩くようにして、フェラチオを促す。

「はやく。りっくん、得意でしょ?」
「とくいじゃないけど……くんくんっ、すごい、オトコノコの匂い、する……」

 ミスティアからもリグルの口の位置はわからないし、真っ暗なスカートの中ではリグルもミスティアのふたなりペニスの状態がよくわからない。でも、その鈴口から漏れる先走りの匂い、ふたなりペニスの付け根辺りから分泌されるオスフェロモンちっくな汗の匂いに、リグルの頭の中は早くも思考回路を蕩けさせていた。
 スカートの中で物理鳥目を強いられ見えないながら大きく口を開けて舌を伸ばして、ミスティアのおちんちんの先を探ろうとする。方やミスティアも先端をでたらめにリグルの顔に押し付けて擦りつけてくる。両者の息の合わなさが、逆にお互いの性感を焦らしあって高め合う。

「ローリー、おちんちん、うぶ、かお突っつかない、でっ…… 顔のあちこち、ローリーのおとこのこの匂い、ついちゃうっ」

 ミスティア・ローレライのペニスの先端からは既に濃厚な先走りがとろりと滲み出している。リグルの頭をスカートの中に突っ込ませて、自らのペニスの先端に竿に触れる彼の顔の感触で興奮を増していた。リグルの頬に、額に、唇に、鼻に、ミスティアのペニスの先端が当たる度に、ねと、と匂いの強い粘液が付いて糸を引いている。スカートの中で口を開けて舌を伸ばしてそれを求めているリグル・ナイトバグはあっという間に顔中を彼女のカウパーでべとべとに濡らした。スカートの中の密閉空間が、どんどん息苦しく、同時に強烈な性臭で満たされていく。温度も上がって、リグルの脳みそをどんどん蕩けさせていく。

「ろーり、い、おちんぽ、ローリーのおちんぽっ……♥」
「りっくん、出来上がるの、はやーい♥ 私も、りっくんのお顔に先っちょ擦りつけて、おちんちんの管の中をだくだく〜って先走りが流れてくの、わかるよ♥ りっくんが私のおちんちん舌で追っかけてるのもわかる♥ すごい、これ、すごい興奮するね♥」

 舌なめずりしながら、リグルの口を探して腰を振り、でも実際にはもうちんぽに与えられる刺激で口なんかどうでも良くなっているミスティア。リグルの顔にちんぽをあてこすって、オス快感と、それにリグルを跪かせて股ぐらに顔を寄せさせている優越感に、酔いしれている。

(あ、みつけ、たっ……♥)

 散々顔をちんぽで突かれた末に、リグルはようやく目的のメスチンポの先端を口に捕らえた。

(しゅごい……雄臭い……♥ 楓より、匂い、キツイかも……♥)

 唇に触れた亀頭の感触、そこから、リグルがペニスを口に含んで口の中で舌を絡め回すまではあっという間だった。経験済みということもあるが、それ以前に

「あはっ……りっくんのおちんぽ捕縛術、はやい♥
 りっくんやっぱり女の子の才能、ある♥」

 そう言って、ペニスを口に含んだリグルの頭を押さえつけて、その中にペニスを押し込むミスティア。

「んむぐっ!! んごおっ、ふっっぐ♥」
「りっくんの喉まんこきもちー♥
 そっかあ、オトコノコってコレさせたがるの、わかったよぉ♥  これ、おちんぽ気持ちいいのと……モノにしたっていう感じが
 凄く、ぞくぞくするっ♥
 りっくんはわかった? 女の子がそれさせられてるときの感じ」
(わかるっ♥ わかるよおっ♥ 喉の奥までおちんぽきてて、ずぼ ずぼさせられる耽美にあたまんなかバチバチして、
 おちんぽどんどん大好きにさせられてく感じ♥)

 リグルは、ミスティアのイラマチオに喉奥を拡げられる快感に酔いながら、自分のペニスを扱きまくっている。オスなのに、男性器を強制口愛撫させられて、性的興奮を覚えているリグル・ナイトバグ。熱気が籠もり、オスとメスの匂いが濃密に密閉されたスカートの中、口を喉まで封じられているのに興奮で酸素要求が増して、鼻から思い切り深い呼吸を強いられる。その度に、スカートの中に澱んだ性臭がリグルの鼻孔を満たし、嗅覚受容された性的興奮が脳髄に突き刺さる。ペニスを喉で感じながら自分でもペニスオナニーに夢中になっているリグル、その動きはスカートの外からでもリズミカルに小刻みに揺れる動きから容易に想像ができた。

「りっくん、イラマされながらチン扱きしてるの?
 最高っ、りっくん最高に淫乱で、かわいいよおっ♥
 もっと、もっと喉万個したくなっちゃうっ♥」
「ふぐっ、んっっ、ふーっ、んうぐううっ♥」

 そして、ミスティアの足に、何度か液体の飛沫が飛び散るような感触がかかった。リグルが、射精したのだ。足にぶっかけられたのを察したミスティアは、恍惚の表情を浮かべて口を半開きに、そして一方でリグルの頭を掴む手の動きを激しくした。

「りっくん、イッちゃったんだ♥
 イラマされながらチンポオナニーして、りっくんの方が先に射精 しちゃったんだ♥ ああん、もう、もうほんっと|最低《最高》♥
 りっくんが|淫乱《可愛》過ぎて、もう、私も射精る、でるよおっ♥
 うぅっんっっっっっっ♥」

 どぶっ、どぶっっと、リグルの喉元で音が鳴るほどの野性味溢れる放精。リグルはそれを呑み下すしか無い。

(っ♥ すごい……逞しい射精っ……♥
 ローリーにオス、感じちゃうよおっ♥)

 リグルの下腹部、存在しないメスの器官が、きゅん、とときめくような錯覚を覚えて興奮をふくらませるリグル。射精したばかりのペニスが再び起き上がり、ホモセックス用の|女性器《ケツ奥》もぞわっと粟立つように期待してしまう。
 ずるずるずる、と口の中から抜き取られるミスティアのフタナリペニスを、スカートの中のリグルは名残惜しく舌で追い、抜け去った後のそれを本能的にお掃除フェラを継続してしまう。

「ふう、ふうっ♥ りっくんの喉マンコ、堪能しちゃっ、たぁ♥  りっくんもオナイキしたみたいだし、お互い、準備おっけーって ことで……♥」

 ミスティア・ローレライがスカートを両手で捲り上げて、その中で蕩けているだろうリグルの姿を、外気に晒す。

「ふあ……あ……あふ……♥」

 現れたリグルの顔は、完全にメス面になっていた。精液を直接お腹に注ぎ込まれ、相手のペニスに奉仕する快感に溺れて、オスの象徴に愛を示しながら自分の性器を刺激して、アクメをキメていた。大きく開けっ放しの口は、ミスティアのペニスのサイズを保っていて、お掃除フェラで噴き出した余り汁を口の橋から垂らしたまま、ぼうっと放心状態で……その目はまだ、ミスティアの勃起したままのペニスをヨリ目気味に見つめている。
 リグルのペニスも勃起したままで、彼の手はくちくちと精液まみれになっている、ミスティアのそれに比べて少々貧相なものを、未だに弄り続けていた。

「可愛い……りっくんが可愛すぎて生きるのが辛いっ♥
 なんなの、なんなのその女の子状態っ、そんなの本物の女の子で もしない、女の子よりずっとメスだよっ♥」

 イラマチオと酸欠性臭付オナニーで理性をぶっ飛ばされているリグルを見て、ミスティアは目の中を♂マークにしながら、まだふらふらと意識にモヤのかかるリグルを押し倒した。
 そのまま、ミスティアはリグルに口づけて目を見つめ、もう一回口づける。二回目の口づけは唇をなめまわした後、彼の輪郭を這ってから喉、鎖骨、そして胸へと移動する。
 彼女が見つけたのは、つんと男らしからぬ姿で自己主張する、乳輪と乳首だった。ミスティア・ローレライは彼の乳首に口づけ、舐め、もう片方のそれを手で弄る。彼女の想像以上に、リグル・ナイトバグの反応は劇的だった。

「ちくび♥ ちくびだめっ♥ ローリーとおんなじなの、ボクのちくび、ローリーとおんなじで、びりびりアクメきちゃうからぁっ♥」
「しつれいねっ! 私の乳首はこんなにやらしく勃起しないよ! こんなに、わあ、小指の爪くらいおっきくなってるし、乳輪もぷっくりふくらんでる……♥ りっくん、乳首女の子だね♥」
「だめえぇぇ、唾とおちんぽ汁でぬるぬるにしちゃだめぇっ♥
 乳首を自分の甲斐性なし精液でヌルヌルにされるの、よわいんだ からぁっ♥ あっ、あっ、ん♥
 言ってる傍から、おちんぽ残汁扱き取って乳首に塗られちゃっ  てる♥ にゅるにゅるっ、してっ、
 メス化乳首、気持ちよくなっちゃうっ♥」
「ふふ、乳首快感は脳みその女の子の場所に直結してるんだよ?♥ あんまりヤりすぎると頭の中全部女の子になっちゃうんだから♥ もう手遅れかな?」
「ちくび……ちくびぃっ♥
 ちくびしこしこ、ちくびにゅるにゅるしこしこ、きもちひいっ♥」
「顔見せて、りっくん、メスアヘでとろとろになってる可愛い顔、 みせてっ♥」
「ふぁぁ、あふっ♥ あふぅっ♥ はへっ♥」
「乳首弄られるだけで、ヨリ目でベロ出してわけわかんなくなって るりっくんバリかわいい♥ 可愛すぎてる神降臨っ♥
 まってて、もっと可愛くしてあげる、からっ♥ ふっ、ふうっ♥」

 リグルの胸に体重を預け、頬をリグルの胸板に押し付けながら舌を伸ばして乳首愛撫。そのまま上目遣いで言葉責をしながら、残った手は自分のふたなりペニスを扱き立てていた。

「ローリー、おちんぽシコシコしてる♥ 射精? 射精するの?」
「するよ、ふたなりちんぽ、可愛すぎるりっくん見ながら、また射 精しそう♥ 今度はどこに射精そうかな、どこに出したらりっく ん可愛いかなあ♥ お顔だよね、お顔に決まってるよね♥」
「ボクの顔に、ぶっかけるのっ?」
「うん♥ りっくんに顔射するっ♥ まってて、すぐ出すから♥  りっくん、わんわんぽーずして♥
 しゃがんで股開いて、勃起オ スクリをへこへこさせながら
 |やらしい《かわいい》お顔で舌出しおねだりしてっ♥」

 体を起こしたミスティアはペニスを扱くのをやめないままリグルを引っ張り上げて起こす。なんのポーズ
「はひ♥ ろーりー、じゃーめん♥
 ろーりーのめひゅじゃーめん、らひてっ♥
 ボクのみっともないトロケ顔にどばどば、してっ♥」
「あーでるっ♥ りっくんの顔エロすぎてでるっ♥
 でるでるでるっ♥」

 どばっ! どぴゅんっ! べちょっ、べちゃっっ!

「ぷわ、ローリーの立派なおちんぽ様から、真っ白で固めのザーメン、んぶっ、ボクの顔にどばどば出て……でてるっ♥」

 顔を斜め上に向けて、口を開けて舌を出して、恍惚の表情に震えながら嫁の精液を顔で受け止める。

「んっ、んぶっ ぶっ、ふうーっ♥ しゅ、しゅご、おぉぉ♥
 ローリーのせーし、たくさん過ぎて窒息しちゃう♥」
「ふーっ、ふーっ、はああっ♥
 ああっ、りっくんの顔が、私のきたなくてくっさいフタナリ精液 で、完全ザーメンパックされてるっ♥
 それでも女の子みたいなトロ顔のまんまで、ザーメン鼻ちょうち ん膨らませて、可愛い、エロ可愛いっ♥
 あーまた勃起してきた♥ りっくんみてたら勃起射精のループと まんないよおっ♥ ケツ穴、ケツ穴出してっ♥
 こうなったら徹底的にりっくんのオマンコでからっぽになるまで 出し尽くすんだからっ♥
 ほら、乳首アクメと顔射酔いにばっかり夢中になってないで? りっくんが女の子だってもっとしっかり証明する穴、あるでしょ?」
「うんっ♥ うんっ♥ おまんこ忘れてたぁっ♥
 オマンコ、ちゃんとするよぉっ♥
 ローリーのおちんぽに連打されて、バネ壊れて戻らなくなっちゃ ったメス化スイッチ♥
 おしりまんこの中のメス化スイッチ、もっともっとローリーのふ たなりおちんぽでグリ押ししてぇっ♥」

 瞳に♥を浮かべてすっかり牝スイッチしているリグルは、ミスティア・ローレライに言われるがままに恥ずかしげもなく、物欲しそうな顔で|お尻の穴《おまんこ》を広げて見せる。

「挿れるよ? 挿れちゃうよぉ? メス化したりっくんのおすまんこに、めすちんぽ挿れちゃうからね♥」

 縦に割れた柔らかい入口を持つリグルの肛門、ミスティアは先端をそこにあてがい、躊躇なく肉幹を奥へねじ込んでいく。抵抗がない。普通なら固く閉じられており、薄い肉感を持ってぎりぎりと、締め付けるというよりねじ切るくらいの力で異物挿入を拒絶するはずのアヌスは、リグルのものは全然違っていた。柔らかくぷっくり膨れた菊門はペニスに対して優しく、それに締め付けはリング状の線ではなく、筒状の面を持っている。女性器と違って、男の|穴《・》は愛液を分泌しないはずなのだが、リグルのそこは、一旦中に押し入ると、何か得体の知れない液体でぬっとりと湿っていた。無意識の中で、挿入されたミスティアのペニスを、全力奉仕で迎え入れるリグルのケツマンコ。

「お……♥ ほひっ……♥ こ、れえっ♥」
 リグルにお仕置き、といって試しにペニスを生やしてみただけの童貞ミスティアくんには、リグルの貪欲オスマンコは少々早すぎた。無自覚に名器を誇るリグルのケツマンコは、あの風見幽香を虜にしている一級品だということを、犬走楓も、それにミスティア・ローレライも、知らなかった。

「だめ、だめっ♥ おちんちんって、おちんちんって、きもちよし ゅひゆっっ♥ りっくんのおまんこに、私、あっという間にまけ ちゃうよぉっ♥」

 挿入直後から早漏射精を強いられそうになるミスティア・ローレライ。怒り眉で唇を噛み締めてあっという間の射精を堪えるミスティア・ローレライ。一方のリグル・ナイトバグは、自分の嫁の逞しいペニスを根本まで受け入れた直後に、また精を漏らしている。勃起が不完全だ、これは、彼女のふたなりペニスが通過時に彼の前立腺を擦って圧迫していったためだ。押し出されて漏れ吹いたような形の吐精だが、尿道を通過する精の塊の感触はそれでも彼に性感の火花を散らさせる。

「はっ……はへっ♥ ローリーのおちんぽ、これ、すきっ♥
 すきちんぽだぁぁ♥ おしりが勝手にっ、勝手に愛しちゃうっ♥」
「や、ヤバぁっ……おちんぽセックスって、こんな、こんな気持ち いいのっ? これずるいっ、女の子と違って、スイッチ安すぎ♥ 好き好きモード入ってなくても、簡単に射精サルになれちゃう♥ わかっちゃった♥ りっくんバリかわいいから色んな女の子にモ テモテで、迫られたらこんなの、おちんぽ素直になっちゃうの、 判っちゃったよお♥ くやしい、くやしいのに、きもちいっ♥  自分のおちんぽに勝つの、無理ゲーだよおっ♥」

 涙目で切ない顔に唇を噛み締めて射精を堪えるミスティア・ローレライだが、腰の動きを我慢できなくなっていた。リグルの縦割れケツマンコにふたなりペニスをきゅうきゅうふわふわぬるぬると愛撫され、摩擦を求めるオス欲求を堪えられない。

「ローリーっ♥ ローリーのおちんちんが、ボクのイイトコえぐってくるうぅっ♥」
「りっくん可愛いっ♥ おちんちんフルボッキのオトコノコなのに、お尻にちんちん突っ込まれてメスアヘしてるの、りっくんバリか わいいっ♥ ああっ、腰とまんない、とまんないよっ♥ りっくんバリかわいいし、おちんちんきもちーし、こんなのとめ らんないよおぉ♥りっくん、りっくん、りっくんりっくんりっくんりっくんっっ♥ もうダメ、もう私ダメぇっ♥ りっくんのなかにどぶとぶしたいっ♥ りっくんのオスマンンコの中に、ふたなりザーメン中出ししたい よおっ♥ とめられない、とめんないのおっ♥」
「はらませて♥ ローリーのザーメンでボクのこと、孕ませてっ♥」
「りっくん残念っ♥ オトコノコのメス発情って、実りのない無駄発情なんだよ? 妊娠もできない、ただのアクメ欲求なの♥ 完全に無駄発情、残念でした♥ オスなのにメスサカり止められないオトコノコって、ほんと残念可愛い♥ ちんちん勃起させててもそれ使う気がなくって、受精も妊娠もできないケツマンコでアクメ求めちゃう男の人って、そんなりっくん可愛すぎるよおっ♥」
「不公平っ♥ オトコノコは受精できないなんて、そんなの不公平だよぉっ♥ 男女差別だよおっ♥ ボクだって、オトコノコだけど女の子の精子で妊娠したいのにぃっ♥ 男だけど、女の子に孕まされたいのにぃっ♥ 孕みたいよお、ボク、女の子に種付されたいよぉっ♥」
「ふふ、大丈夫だよ、りっくんがどんな変態さんでも、私がちゃあんと貰ってあげるからね? ちゃんとりっくんを女の子として愛してあげるから♥」
「そ、そんなのっ……そんなの、幸せすぎちゃうっ♥ ボクのおしりまんこ、ローリーのお嫁さんにしてもらえるの、しあわせぇっ♥」
「じゃあ、りっくんをお嫁さんにするために、……今日こそ私、妊娠、していーい?♥」
「うん♥ ローリーに、種付したい♥ ボクが妊娠できない分、
 ローリーにたっぷり種付したい♥」
「やった♥ ほら、私のここ、もう出来上がってるから♥
 受精体制カンペキだから、中でソーローしちゃっていいよ♥
 むしろ、すぐに射精、し・て♥
 りっくんそーろーおちんぽで即出しぴゅっぴゅして♥」

 今度はミスティアが仰向けになり、「ひ」の形に開いた股の間から、リグルを見る。瞳の中には♥ではなく、彼女が想像してやまない、卵子とそれに群がる無数の精子の映像が描かれている、受精欲が高まって、リグルのペニスを受け入れたい陰裂はすでに透明なマグマを垂らしてひくついていた。
 いやらしいポーズで誘われたリグルは、這うように彼女の上にのしかかって、濡れそぼった肉穴にペニスをあてがう。

「う、くっ……!」
 びくっ、びくっ!
 入った瞬間、彼女が誘ったとおりそれは即座にローリーのきつきつの狭い膣に絞られて、あっという間にイってしまうリグルのおちんちん。でも。

「あ、あれっ……」
「りっくん、精子、でてないよ」
「ろ、ローリーがお尻から精子押し出しちゃったから……その、もうからっぽ、に、なってる……」
「え、ええーーーーーーーーーーっ!? そんな屁理屈いいから、さっさと中出しして! 子宮口ぱっくり開いて完全に準備万端なんだから、早く射精して!」
「そ、そんなこといっても、……ううっ!」

 びくん、びくんっ
 彼女の膣締め付けに絶頂継続して彼のペニスはアクメに跳ねるが、細々と透明な汁が糸を引いて垂れるだけで。精液は出てくれる気配がない。うっすらと白いほぼ透明の液体が漏れ出すだけだった。

「オンナノコアクメで無駄撃ち、しすぎ、ちゃった……」
「そ、そんなああああっ!」

 ローリー、首、締まってる、首絞めてもでないからぁっ。
 がくがくとボクの体を揺すって涙目で駄々をこねるローリー。

「あっ、あっ、あんなにっ、あんなに恥ずかしいこと、したのに、夫が不妊治療に非協力的です!!」
「ち、ちがいまふ(そもそも不妊ではないのでは)……」
「明日も! 明日もするからね! 一日ぐらいずれても大丈夫、だと思うから! 明日までおちんちん満タンにしといてよ!?」
「そんな、こといわれても……」

 その日のご飯は、なんだか取り合わせが滅茶苦茶で、よく見ると精力増強系の食材ばっかり使ったものだった。そして夜は……ふたりとも疲れて寝てしまった。







 まるで人の手で彫刻したみたいな、正確に巨大な柱状節理の柱が整然と並んだ岩壁。柱状節理の秩序を顕し力強い様を持ちながら、同時に彼女の肌はまさに艶めかしく今も白い花崗岩だ。きらきらと輝く輝石を散りばめて、悠然と、だが優雅にこの竪穴の世界を謳歌している。彼方に慕う光を見上げながら、岩を抱えて闇を抱き子守唄の孤独を描いた光景こそ、彼女なのだ。陽の光こそここは上手く差し入らないけれど、この世のどんな場所だって夜にもなって夜の布団があたりをふわりと包み込めば、全くこんな光景だ。ここは、その夜よりも幾らか、いやかなり、温かい。気温がではなく、空気が。
 柱状節理が切り出され人工物みたいな顔つきの岩壁を眺めながら、ゆっくりと巨大な縦穴を下っていく。下から上に向かって吹き上げる風は、心地よく、爽やいでいる。
 柱状節理の柱と壁に人工的にくり抜かれたガス灯の目が、柔らかい光を揺らしている。地下へ潜る縦穴とは思えない広さと、聳える柱、照らし出す無数の光。まさにここは神殿だ、だが彼女はもう、神ではない。

「思ったより沈んでないね」

 逆さまにぶら下がって振り子のように振れているニャマム、いや、今は黒谷ヤマメか。器用に私の方に顔が向かないように、大きな周期でふわりふわりと揺れ続けている。

「どこに沈む理由があるのよ」
「……そんなだからふられんだろうさ」
「少しはいたわってよ」

 こいつは、一体何を望んでいたのだろう。今私の代わりにここで彼女を見ているのがリグル・ナイトバグであってほしかったのか、それとも、本当にあのまま山を占拠し続けて彼と二人きりの王国を築きたかったのか。それは、彼女が望んでいた、本当に自在の存在とやらへの道だったのだろうか。
 リグル・ナイトバグを殺すつもりだったのなら話はわかるが、極々短い時間だが二人で過ごした後、化蛍は無事に姿を現した。ニャマムに殺すつもりがなかったことの証拠ではないか。だったら、何が、違うというのだろうか。
 ずっと、なんて大それた事を言うつもりはないが、カジカとかいう人間ではなくグォダ=ニャマムとなって地獄で生き抜いてきた姿を私はあの蛍なんかよりも見てきたつもりだ、これが自惚れでないとしたらニャマムは、彼と蜜月を過ごし、得た力で彼を服従させ、彼をニャマムの存在を担保する玉座の代用品にするつもりだったのかというと、それは、違うと思っている。

「いたわれったって」
「こう、あるでしょう、失恋に沈んでる相手に掛ける優しい言葉みたいなの」
「”こいよニャマム、過去なんか捨ててかかってこい”」
「なにそれ?」
「センスが無いんだよ、そういう」

 いたわる必要なんか、ないと思っている。思ったより沈んでないね、なんて同情や慰撫で言ったつもりじゃない。
 ニャマムがくるっとこちらに向いた。ほら、陰鬱と沈んだり

「もう神様なんて懲り懲りだわ」
「いいんじゃないの。元々ニャマムは神様向きじゃないよ」

 そうね、呟くように、私にその言葉が向かっていかないように横を向いて、言った。

「だから、もう|神官《ヨキロル》は、要らないの」
「……ああ、わかってるよ」

 そりゃあ、そうだ。
 私は神としてのグォダ=ニャマムの抽象を実装するためのデバイスだったんだ、そのために取り立てられて、そのために彼女の傍に置いてもらっている。彼女が神であることを辞めたのなら、|神官《ヨキロル》という存在は彼女には不要なものだ。わかってる。

「わかってる、|神官《私》がもう要らないってのは。でも、ひとつ言わせてくれ。ニャマムはさ、本当はもっと素直に、きらきらしてればいいんだ。神様だった過去があるってのはさ、昔はもっと素直で明るくて可愛い性格だったんだろ」
「素直でなくて可愛くなくて明るくない性格で悪かったわね」
「自覚あるんだろ?」
「あるけど」
「神様なんかじゃなくって、そっちに戻りゃいいじゃんか。|地下でお前を崇拝してる奴等《カルトやフリークス》には、お前が神様じゃなくっても関係ない、今回の出来事も関係ないって奴、多そうだろ」
「そういう教義だったからね。キスメだって」
「私は|神官《ヨキロル》だ、奴等とは違う。そういってお前は私をここまで引っ張り上げた。それに、私はお前に助けられたんだ、今更ただのおっかけなんて、できるか」

 ニャマムが糸を切って、くるり、方石の網の上に立つ。吊り紐を引っ張って、私を近くに呼び寄せた。そう、彼女は私をいつでも呼び寄せられる、私はそれを拒否しない。だってニャマムが私を呼び寄せてくれたから、私は動かない足でも自分の足でこうして|歩き《飛び》回り、自分の居場所を確認することが出来た。それは、|ここ《・・》だ。ここ以外になんて、ない。

「私はニャマムの|神官《ヨキロル》だ、|神官《ヨキロル》だった。いつ、この|紐《・》を手放されたって構わない覚悟の上でここまで上ってきたんだ」
「ここから落ちたらキスメは死んでしまうの?」
「釣瓶落としが、そんなことで死なないよ」

 多分死ぬ。ニャマムの糸なしでの落下なんて久しくやってないとかそういうことじゃない、私はいつの間にか、ニャマムに奉仕することで自己肯定するようになっていたから。彼女が私を不要というときは、私が私を不要とするときだと、思っていた。覚悟もある。だから、それでいい。

「これから、妖怪アイドルでもやりゃいいんじゃない? 人を惹き付けて心を絡め取る、蜘蛛巣を張ってさ。そういう|再構築《リストラ》」
「上手いこと言ってドヤ顔」
「センスある?」
「ないわね」
「嘘のない回答ありがと」

 ふふっ、笑うニャマム。いや、こいつはもう、|ニャマム《神》じゃない。
 元々、そんなに改まった関係だと思っていなかった。気が置けないなんて言葉で表現する時点で何だか他人行儀に思えるくらい。でも、それは自然とそうなったんじゃない、ニャマムが神で、私が信徒として、神官として、関係を持ったときに予め契約されていたものだったように思える。荒く切り立った剥き出しの岩壁を、時間をかけて雨風が滑らかにしていくのではなく、巨大な刃で最初から滑らかに切り取ってしまうような、人造な関係。
 でも今、急に、その無機質で予約的だった、お互いの間にある空気が、急に心地よい湿気と匂いを漂わせるなまものになったような、そんな気がした。
 こいつが、|ニャマム《神》でなくなり、この岩場に住まうただの蜘蛛としての存在性を再建築した、そのせいでようやく、彼女は背中からきっと、重たい荷物をようやく下ろすことが出来たのだ。その荷物の名前を、彼女は、認めるだろうか。

「私ね」
「ああ」
「キスメが、必要なの。|神官《ヨキロル》じゃなくて、釣瓶落しじゃなくって、あなたが」
「えっ」

 耳を疑った。言っていることが信じられないのではない、言っているやつが信じられない。こんな風に、柔らかい、信じられない。
 こんな風に、こんなことを、言うやつだったか?
 元からこういうやつだったのに、私には隠されていたのか。それとも、あの蛍との一件で何かが変わったのか。……まあ、どうでもいい、今更その発端を掘り返したって仕方がない。私は、そんな些細なことでニャマムへの視線を変えるつもりもない。ニャマムがまだ、私を必要としてくれるのなら。

「だから、お友達から初めましょう?」
「それな、流れ的には私が言うセリフなんだが」
「ダメ?」

 だめなものか。でも

「……面倒くさいからセフレで」
「もう、少しは風情ってものをむぐ」

 なんだか今になって妙に照れくさくなって、このワガママ蜘蛛の口を塞いでやった。明らかに照れ隠しだったのだけど、舌を突っ込んでやる。こんな風に自分からするのは初めてかも知れない。
 お互いに勝手知ったる体だ、私が舌を出せば彼女はそれを受入れて口を開き、同じ様に舌で迎えてくる。入ってしまえば逆に彼女にされるがままだ、それもいつもと変わらない。唾液が混じり粘膜同士がこすれるだけで、私の意識には簡単に薄く白い膜が張る。体中から力を抜き取られたみたいになって……だ、だめだめ! そういうんじゃ、これは、違うんだから!
 私は、慌てて彼女から離れる。体がお互いに好きあってることが、示せればそれでいいんだから。

「ニャマムは、リグル・ナイトバグを想いながらその欲情を私にぶつけてたん、だろ? だったら、今更、セフレでいいじゃんか」
「グォダ=ニャマムって、誰? 私、黒谷ヤマメっていうのだけど」
「……あー、それずるいわー、クズが使う手だわー」
「過去なんか捨ててかかってこいって、言ったじゃない」
「まあ、言ったな。もう捨ててんだろ、捨てたら、どんな気分だよ」

 ニャマムは、少しだけ、でも、見ているこっちにしてみればまるで初めて見たような、他意の何もない微笑みを浮かべた。

「新しい、世界が。すごく」
「で、その捨てて空いたトコロに私を乗っけるつもりがあるのかって話」

 ちょっと、拗ねたみたいな言い方になってしまった。私も、大概ひねくれものだ。ニャマムは、私の吊り紐をくいくいと手繰り寄せて、いつもそうであるようにあっという間に私のことを傍に寄せて抱き上げた。そして、頭を抱くようにして、私の頭のてっぺんに、すう、と口づけていう。静かに、こいつ、もう神様やめたなんて言っておきながらい、今まで私にしたことの中で一番神様くさい。あったかい。

「にゃま……」


「私はここにいるわ、ずっと。この吊り紐から手を離さない。
 それでいい?」
「私もここにいるよ、ずっと。この土蜘蛛から目を離さない。
 それでいい。」

 ふん、偉そうに私を抱擁して、神様から聖母にでもなったつもり?今でもお前を支えているのは、私なんだぞ。だから、私のことを、この先も抱きかかえていて欲しい。従僕でも神官でも奉仕者じゃなくても、形なんてなんでもいいから。

「ヤマ、メ」
「なあに」
「呼んでみただけだよ、呼んだことなかったから。マイクのテスト」
「そ」

 てれくっさ!! でも、気持ちいい。こっちの名前のほうが、いいよ、お前。神様なんかより、今のほうがいいよ、ヤマメ。

「キスメ」
「ん?」

 にゃま……ヤマメは私をかかえて、穏やかな声で、私を呼ぶ。同じかな、ヤマメとして私を呼んだのは初めてだったかも知れないし。

「……ふとった?」
「おめーなー、こういう雰囲気で言うのかそれを!?」







 空を見上げると、いつも見慣れた山の風景があった。てっぺんには少しだけ白い雪帽子をかぶっていて、もくもくと雲を吐いている。
 誰か、知っているだろうか。あの山を見るもう一つ別の小さな山があって、今ここから見上げているのとおんなじように、あの大きな山と雲を見上げていたことを。
 誰も、忘れてしまっただろうか。その山は、ちっぽけでも山で、ちっぽけでも神様だったことを。ただの歴史上の記号なんかではなく、たしかに命あるものだったことを。
 誰も、知らないだろうか。その山は、誰にも思い出されないまま山ではなくなり、誰にも思い出されず神様ではなくなり、今はちっぽけな蜘蛛として、やっぱり空を見上げていることを。
 この土地に小さな病の歴史があって、ささやかな山居の歴史とともに、忘れられて、消えていく。体が失われ、名が忘れられれば、それは昔からなかったことになる。だからきっと、ここにあった小さな山は、存在なんかしなかったのかも知れない。
 山居を曲がりくねりながら描き、てっぺんへと続いていく道。過去がどうだったのか、もはや誰も知らない。登って進んでいく未来も、全く未知だ。
 誰にも語り継がれず、誰にも思い出されず、この先ずっと誰にも知られることのないまま、かつてこの山の中で精一杯の存在を謳おうとした小さな者達も昔、この道を歩いたのだろうか。この先も誰にも知られること無くこの道を歩いていくのだろうか。
 今、山はそこにある。過去も未来もわからないけれど、今そこにある山居は、それだけは誰にも否定できず確かに、そこにあるものなのだ。
終わりです。

地霊殿でヤマメが登場したときに「蜘蛛?リグルとの関係はどうなのだろう」と色々考えたり、
風神録で諏訪の神々のことをあれこれと調べたりしていたことを
東方蛍光祭というイベントを契機にドボンと鍋の中に突っ込んで無理矢理煮詰めて出来たものが
この作品でした。

東方シリーズももう随分と数を重ねていますが、私はようやく地霊殿、という状態です。
今後もちくちくと「私の中の幻想郷」の1シーンを切り取って行きたいと思います。
生暖かく見守っていただければ幸いです。

ここまで読んでいただいた方、ほんとうにありがとうございました。



①~⑨までをまとめたものを
本として2018/06/24「東方蛍光祭2」で頒布しました。

【参考とか着想元とかパクリ元】
楽曲「エソテリアン・ヒステリア」
ゲーム「二重影」
ゲーム「アトラク=ナクア」
漫画「暗黒神話」
漫画「マッドメン」
漫画「ヤマタイカ」
書籍「寄生虫なき病」
書籍「ヒルコ 棄てられた謎の神」
TRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」
神社「穴切大神社」
施設「杉浦醫院」
神話「日本の古代神話」※未検証
神話「ギリシャ神話」※未検証
アニメ「千と千尋の神隠し」
拙作「筋書き通りのスカイブルー」「Night of Might」

【20180707】コメ返信:本当は最新集からおちてから返信するつもりでいましたがもうどうでもよくなりました
しゅうさ様: いつもコメントありがとうございます。
      「筋書き」ではここへのコメント以外でも多方面から紅魔館エピソードへの批判を多くいただいたモノで
      今回、腰が引けて各エピソードとも割とおとなしい話になったかもしれません。
      当初の予定では早苗は死ぬだろうしサユリは死ぬだろうしリグルは悪役笑いしてるだろうし幽香が蜘蛛をぶち殺してました。
      ただ、書き上がってみると個人的にはおとなしすぎたなあ、と反省しています。
      誰か一人くらい不幸のどん底で話を終わらせたかったかもしれません(すみません

②様:この話は概ね「TRPGの誰にもプレイさせるつもりがないシナリオ」のノリで書いていました。
  そんでサユリさんは、異次元転生モノで言うところの現地主人公ってやつで、かつ、
  ガンダム種運命やらなのはStSのキラやらなのはみたいな結局こいつが主役の座を奪うのかみたいな立ち位置になってしまいました。
  東方観点では「顕世こそ異世界」ということですが。
  戦闘こそしませんでしたが感覚・知能・敏捷ロールにおいては判定に成功しまくってめっちゃ強かったですしね。
  最後意思力判定に失敗して体を乗っ取られ話をまとめるのにまで貢献してくれました。
  実際に私が調べたり現地に行ったり行った記憶をまとめたりしながら書いていたのをそのまま彼女に代弁させていたので、
  GMが運用してる最強のNPCみたいな感じになってしまいました、それはそれで書いていて楽しかったのでよかったんですけど。
  割とお気に入りのキャラです。もしかしたらいわゆる「うちの子」みたいな感じになってるかもしれません。

楔様:いつもおせわになってます(ふかぶか
  こんなエロい野郎は妊娠させるべきだ、私もそう思います(勃喜
  青線の下りは、甲州に昔あった遊郭跡地ではなく
  数年前に友人と徳島に旅行に行ったときの某所の記憶を頼りに勝手に脚色したモノです(私は通って冷やかしただけで買いませんでしたが)。
  余談ですが夜雀という妖怪も高知辺り他にいるとのことで「筋書き」の時にも現地訛り(高知と徳島は訛りが全然違うそうです)を現地の人に見て貰っています。

  いつでもどこからでもなにかをしようとすればなんとかなる、というのはまさしく自分に向けてこのSSで書いたモノです。それを読んだ人が受け取ってくれたのは幸いです。
  幻想と顕世の関係ですが、過去と未来、因果関係については余り深くキメていません。
  いわゆるパラレルワールドであり同時に、相互に因果で干渉あいしながら存在している二つ以上の世界、という感じです。
  時系列によって決まる因果も当然あるのですが、
  「Aの10時に決まった事実が、Bの8時に影響するかといって、Bが過去(時順的に新しい)の世界だというわけではない」という感じです。
  なので、登場人物についても似たような人がいるけどその人ではないかもしれないし、共通する記憶を持っている場合も片方しか持っていない場合もあって…
  今回こんなふうに分岐宇端をまたがって存在してるキャストとしてお燐とお空がいましたし、「筋書き」では永遠亭や紅魔館がそこにいました。
  ミスリードと言えばミスリードでそのために使っていますが、同時に世界観を膨らませるのに一役買ってもらってると思っています。

  まあただのご都合主義です。

  ので我慢して飲み下してください。つ水
  結局、そういうよくわからないものをひっくるめて食べ終わった後に、
  「なんか面白かったな、よくわかんないんだけど。あれ、何が面白かったんだっけ?まあいいや面白かった」というのは私の好きな話の作りで
  (いわゆる90~ゼロ年代ってのはそういう人種かもしれません)、
  それを目指しているモノでもあります。

4様:いつもコメントありがとうございます。あなたのコメントがないと完走できなかった可能性が大きいです。
  コメントを楽しみにするなんて変な話ですが、今回は「しゃぶれ小僧!CV:モロ」で爆笑していました。
  勢いで書き、かつ前の話は修正しないというスタンスで書き続けたものなので、矛盾点は矛盾点できっとあちこちにあるのだろうと思います。
  その点は技量が足らないなと思っているところです。
  拙作「幻想的攻撃的音楽」でも少し書いたのですが、過去の失敗を認めて肯定し、でもそれにとららわれないで今を生き直す、というテーマがありました。
  山を捨てて穴に戻って、でもそこでの生活にも少しは楽しみがあるのかなと言うヤマメと、それを導いたリグルが伝わってよかったです。
  サユアミは勇パルでした。実はサユリは②くらいまでは特定の幻想少女と紐付けるつもりはなく、アミちゃんはヤマメの手下というくらいでした。
  バックグラウンドにダンジョン&ドラゴンズの設定があり、アミや佐久間はその辺の設定を引きずり入れるためのキャラでした。
  書いているウチに楽しくなって、おっしゃるとおり「地底勢全部出しとこう」と思って変更したモノです。
  でも結果的にそうしてよかったと思います。
みこう悠長
http://monostation.x.fc2.com/wriggle2/index.html
コメント




1.しゅうさ削除
どんな展開になるのかと最後もハラハラしながら、読み進めていました。
一番意外だったのは、サユリさんとアミちゃんが生き残った事でした。絶対惨い死に方をすると思っていたのでびっくりしました。
早苗さんも前回酷い目にあったので、ただでは済まない展開になると身構えていましたが、想像とは違う意味で凄い事になって吹き出してしまいました。
全員収まる所に収まった感じで、ほっとしました。
今回の長編は出てくる人物の役割が最後まではっきりしていたように感じました。
前回のスカイブルーは紅魔館、特にパチュリーの役割がよく分からなかったのですが(魔理沙=ティムのミスリードを誘った?)今回途中で話から消えてしまうキャラがいなかったので、途中でモヤモヤする事なく読む事ができました。
とりとめのない感想になってしまいましたが、本当に楽しく読ませていただきました。今回も素晴らしい作品をありがとうございました。
2.性欲を持て余す程度の能力削除
長らく楽しませていただきました
個人的にはサユリ視点が非常に面白く、彼女達の今後を考えてしまいます
現パロというか現実と幻想が混ざり合ったみこうさんの作風には唯一無二の味わいがあります
3.削除
正直言うと、⑧を読んだ時点で「これかなり悲惨なバッドエンドになるのでは?」と思ってました。全部がハッピーエンドとも言い切れないですが、落ち着くところに落ち着いてほっとしています。
ともあれ、素晴らしいものを読ませていただきました。これだけ長尺の物語をしっかり書いて、かつエロシーンが違和感無くてばっちりエロいというのが凄いな……ショタビッチリグルエロエロだな……こんなにエロい野郎は妊娠させるべきだ。

本作は私個人にとってかなり相性の良いものだったと思います。私はグロは元々苦手なんですが、この作品の病気、辛痕に関連したグロはすんなり読めました(グロで興奮するような性癖には辿り着けていませんが)。
また、日本の風土、民俗学に踏み込み、ここまで克明に描写されていることに強く惹きつけられました。②の青線のシーンの臨場感は、本当に自分がその舞台に足を踏み入れたかのようにさえ感じました。
疑問を解明していくサユリの思考、知識の組み立て方にはいつも感心させられっぱなしでした。サユリの聡明さと魅力がかなり好印象で感情移入して読んでいたので、欲を言えばサユリ自身の手で謎を全て解き明かしてほしかったと思います。そういう話ではないと言われればそれまでですが。
サユリのみならず、それぞれの登場人物にも生々しさと魅力を感じました。ほぼ全ての人物(モブは除く)について、その根っこにあるのは「どこからだって何かをしようとする」という活力だったのではないかと思います。

一番疑問として強く残ったのは、幻想郷と現代とがどうリンクしているのかがよくわからなかったことです。
(これ実は前作「筋書き通りのスカイブルー」でも、出たちとリグルたちがどう繋がってるか明かされるのが終盤の記憶を取り戻すシーンのあたりだったので、そこに至るまでもやもやしっぱなしだったんです。本作「雲わく道に山居の命」でも前作ほどではなくとももやもやはあって、それが明かされないまま終わったという印象になっています)
いくつか自分の中で「こういうことだったんじゃないか」という想像はあるのですが……完結した今、言うだけ野暮ということでしょうか。ただ、これはこれで想像するのが楽しかったりもします。
(実はちゃんと書かれてるけど私が読み取れてないだけという可能性もある)

逆に設定が明かされないままだけどそれはそれで良かったと思ったのが幻想郷の設定です。この作品群共通の設定なんだと思うのですが、界という言葉に強く惹きつけられます。最終話の紫の登場シーンはとても象徴的で印象的でした。「幻想郷は全てを受け入れる」というのをみこう悠長さんが表現するとこういうことになる、ということでしょうか。「こういう世界なのだ」と漠然と受け止めておく方がよいのかも、とも思ったり。もっとこの世界の作品を読んでみたいと思いました。

読ませていただいたことに心からの感謝を送りたいと思います。お疲れさまでした、ありがとうございました。
4.性欲を持て余す程度の能力削除
他人が、環境がと、人は往々にして挫けたことの責任をどこかに求めて現実から目を背けてしまうけれど、振り返った自分の足跡は思ったよりもぐちゃぐちゃで、進むどころか足踏みばかりで、気がつけば理想は遠退いて輝かしい未来も失っていて……消したいくらいに苦い過去があったとしても、いまの自分に繋がる道を否定なんてできるわけがなく、結局は、自分も他人も上手くやりきれず「たまたま噛み合わなかっただけなんだな」と納得してみせるしかないのですよね
生きる限り登り続けなくてはいけない山居のように険しいそれぞれの人生は(信念や理想といったほうがいいかもしれませんが)、これからも紆余曲折の果てに他人の想いを巻き込んで、あるいは託されたりして続いていくのでしょう。ひとまずの完結を迎えた彼(彼女)らの舞台はとても共感できることが多く、笑ったり心を打たれる場面が多くありとても楽しめました。なにはともあれシリーズの完成お疲れさまです!(←ここまでがカウパー、ここからが射精↓(真面目な感想を台無しにする奴))
それぞれの思惑が走る前回からの緊張感を引っ張ってくる開幕でしたが、楓と椛のお互いが思いやっているようで言葉に出さない者同士な会話がなんとももどかしく感じでたまりませんでした。布陣の不自然さを任務の体で案じているだろう椛も、そして額面通りにしか受け取ってない楓も、きみらテレグノシス持ってるのに見えなさすぎだろうATフィールドじゃなしにECM心にかかってんのかと思いたくなっちゃうくらいすれ違っててもう!椛もテレグノシスでリグルとのホモセックス覗いてたし、楓の心中は察しているけど表には出せないところがあるのでしょうけど、楓くんも長男とかコンプレックス拗らせすぎな自覚してない強引さ(自分勝手)があって、どっちも不器用だなぁと思いました(まあ楓は後半いじられてるけどw)
和解後のヤマメとリグルの会話でも思うところがあり、他人である認識の境界の難しさと繋がりを求めること、思うこととそうなることの距離や許容の曖昧さを頷いたり思い返させられたりしました(欲しい側からすれば取っ払ってしまいたくなるものですが)。立場さえなければふたりして踏み込めたのでしょうけれど、その立場がなければ出会ってすらなかったかもしれないと考えますと、うーんです。憧れは手が届かないから憧れであり恋であるのか、抱いた(抱かれた)ことで終わってしまうふたりの恋は、あくまで不変を求めていたからそのようになっていたのでしょうか。アレな捉え方をすると「恋してる自分好き」と「ヤッたからもういいや」に思えなくもな…ゲフンッ(頓死)
理屈抜きにして抱かれたいと笑うヤマメが脳内再生余裕で可愛すぎましたねぇ。断りを入れてから脱がされて恥ずかしがる反応もたまりませんでしたが、着痩せしているむっちむちな体つきの描写が不謹慎勃起不可避でした。でも嫁にしていればの発言は吹きましたw(雌にされるリグルを想像して精液も噴きました)キンタマせりあがってるの科白でちんちんがカルデラ噴火になって子宮ガン落ちバルーンとハートラッシュでそびえ立つ私の珍々山に神話よろしく水が通されてしまいました。ノーコン無駄撃ち射精で舌っ足らずになっちゃうリグルも、ツウだと褒めながら精液のにおいに恍惚となっているヤマメが最高にドスケベでシコ符の連発でした。白濁の臭気で興奮する女の子ってえっちですよね……(シココココ!)
ぶっかけられつつも自慰をしているあたり彼女の歴戦さがうかがえますしまだまだ入ってると玉々を手のひらに載せちゃうのツボすぎる。不意打ち貫通でとろけるヤマメの首にキス落としちゃうのたまらん。♂リグルえっちの素敵なところって女の子(おもにSっ気な子)との体格差だと思うのですが、これってトリビアになりませんか?
おちんちんの付け根をモリマン(←エッッッッッッ!)にぶつけまくるの最高に男を謳歌している感じがしてリグルくんずっこいですぞ!!!w特濃マン汁しゃぶしゃぶのあとの手マンもふたりして目にハートマーク浮かべてそうでたまらないのに華奢な子を組み敷いての騎乗位とかちんちんが伸びすぎて阿祖見山を貫いてしまいますよ!?自虐めいたエロ淫語の連発でも股間にクるのに、妊娠希望されて嬉しかったのひと言で赤ちゃん部屋に模様替えしちゃう乗り換えの早さたるやそんなんされたら「孕めオラ!」待ったなし!卵管で移動中の卵子を集団レイプとか絵面がシコすぎてたまりませんよふぅ…精子の入れ替え名目で無責任中出ししちゃってるけどこれで妊娠したら確実にアウトですよね……修羅場待ったなしと言いたいですが私も私も(ローリーや幽香)と妊娠希望者が出てこのリグルくんの場合だと違う意味の修羅場になってしまいそう(とてもいい、シコッ)
両者とも引けない説得の場面では、楓くんの考えが(少しネガティブ寄りですが)共感を得る部分が多かったです(もちろん、リグルのも)。しかしあれです、夫婦喧嘩は犬も食わないってのはこのことだなと笑いましたw(犬だけにヨホホホホ!)現れた小傘との戦闘を合図に早苗が来るのかなとも思いましたが、意外なほど平和的に終わってちょっと安心(小傘の強キャラ感(ダークホース的な)が出ててちょっと見たかったりはしましたが)。というか周りが寝たなって察する空気がもうwww早苗さんの喋り方が崩れるところ好きすぎてカルト人気頷けちゃいますね。やり場のない(ぶつけられたとしてもそれをよしとしないとわかっているからなおさらな)怒りから地団太踏むのもわかるけど、同じ神でも二柱と比べたらやはり彼女は人間でしかないといいますか、子供といいますか、未熟ですわな(陵辱されてみるもんだよには理解はしても承諾できないあれですがw)。股間指しながらコレとか下品ですしね、お仕置きですね、仕方ないですね、丸飲み最高ですね(ゲス)
ヤマメがリグルを後ろから抱きすくめる場面は完結編にふさわしいハイライトでした(鼻血)。それみて羨ましがる神奈子も可愛いwキャンプに現れた萃香はリグルの同席を許したけど、話される内容を察していたのでしょうね。⑧の佐久間医院の地下で話してた内容はここのことだったかぁと伏線の繋がりにアヘ体験でした
家を失うことになった楓くんですが、彼の今後が気になる終わりかたでしたね。天狗社会をひっくり返す出来事がなんなのか、帰路の途中で紫の挨拶のあった彼女たちがまた絡むような出来事なのか、シリーズものか単発ものかという予想もつきませんが、また彼らの活躍が見られるかもしれないと思うととても楽しみであります
そして犬走の領地だというのにひとんちでセックスはじめやがる不謹慎極まりない夫婦がいるんですよねぇ、誰でしょうねぇ???(おもむろにパンツを下ろす)屈託のない笑顔に青筋浮いてる一番やばいやつをはじめとした尋問では笑いすぎてはらわたがねじ切れそうでしたwチルノとルーミアはゴムあればいいのか……最高ですね。ゴムいっぱいに溜まった精液をたぷたぷしながら「こんなの出されたら妊娠しちゃうね~♪」とか「穴開いてたらどうするぅ?」とか言って孕ませ欲煽ってきそうなふたりと許可ありの浮気ックスとかたまりませんよね!?事故だからっ、いま中出しされても事故だからっ、てゴムが破けたのをいいことに孕ませ決めちゃう展開想像たまりませんぞんんんんんんんんっ!?!?!?!?!?ローリーはとんでもないオカズを提供してくれましたね、シコらせていただきます!!!
再調教で縛られてSMプレイか!?とセルフ亀甲縛りのやり方を調べようとした矢先にまさかのふたなり!!!!どうやって生やしたのかはわかりませんが、可愛い女の子が下半身直結脳を体感しているというのがたまらない!スカートを被せられて女の子のにおいにおちんちんのにおいが混ざってるっていうのクッッッッッッッッッッッソツボすぎてシコッッッッッッッッッッッッッッ!!!!(刃牙ふうの叫び)スカートの薄暗がりのなかで牙突零スタイルなちんちんの猛攻を受ける雌気分と男の娘を刺しまくる欲望さがダブルで味わえて精虫工場フル回転でした。喉まんこを犯されながらちん扱きして足下に無駄撃ち射精しちゃうの可愛すぎでしょ……シココ…シコッ……
可愛さに似合わない凶悪ちんぽから力強い射精繰り返す女の子とか大好きなんじゃ~^口内射精されてアヘってるところに女の子おっぱいになったぷっくりパフィーニップルいじりとぶっかけのコンボで汁まみれになっていくリグルくんえっちすぎる。なによりもエロいのはどんな凶悪ちんぽでも飲み込み虜にしてしまうケツマンコ、ですが、がっ!!妊娠できないことの不公平いっちゃう男の娘とかんんんんんもう孕ませたくなりませんか!?やっぱりりっくんはホモだったんだなぁ…跪かせて一日中しゃぶらせたいです(しゃぶれ小僧!CV:モロ)
「ひ」の体勢で誘うみすちーえっちすぎる……おかげで道行く車のナンバーの「ひ」が全部卑猥に見えてしまいました告訴。まあ女の子アクメしすぎてからっぽになってしまったわけですが(これはもう本格的にヤマメが妊娠してしまっている可能性がありますね)。>彼女が想像してやまない、卵子とそれに群がる無数の精子の映像が描かれている。某魔法少女サイトかな?新しい瞳に映る感情表現ですねたまりません(ドスケベ表現好き)
引きずり続けた想いを終わらせて住処に帰ったヤマメの新しいスタートが、また別のお話で読むことができるのかはわかりませんが、彼女たちならきっと上手くやれるだろうと思う終わり方でした。原作と同じくして地下アイドルとしての成功を収めるのだとしたら、ようはアレアレアレ、またもアレな捉え方ですがヤマメちゃんてば元々から承認欲求の塊だったとも……あ、嘘です嘘ですごめんなさい花鹿さまニャマムさm(※スキマ送りにされました)
サユリ編では乗っけから症状の悪化が見られて、不自然ながらも笑いを誘ってくるアミちゃんとのやり取り(おっさんため息の道くんとか)があってどういう結末になるのかなと進めていった矢先に脳みそ浸食ラリパッパから襲われる展開は焦るとサユリ同様に焦りました。足下すらおぼつかない山中を走るのは運動神経がいい成人でも大変なことなので、まして女の身であるサユリの危機感たるや凄まじいものだろうと察しながら読み進めました。「や、だよっ」と恐怖を漏らす彼女の逃げるために抑えているだろう震えが移ってしまいそうでした(でも死の恐怖に息があがったり涙目になったりする女の子はとっても股間にくるので大好物ですはい)
脳内に響いた本能からの声に従うまま武器を振るう彼女の昂揚感や取り憑かれたようにバットを打ち下ろすたびに描写される感触や人格が壊れていくさまは結構怖かったです(特に自我が浸食されていくところ)。サユリと道の会話からは目的であった説得の意味がわからなかったのですが、こっちから会いに行こうと思っていたの発言から生き疲れた(事が成せないと諦めた)のだろうなと感じました。感染者を引き連れて(増やして)いけば、自ずと、道の言うとおり血に抗えないのならば鬼である者に食われて終わることができる……とここまで考えてから同じ血筋(縄文)からの説得と言いつつ鬼を危惧する矛盾があるのではとボブは訝しみました。あくまで私個人の勝手な考察なのですが、倭だけに対する攻撃プログラムとしての病を止めるために作られた虫でしたが、移行したの発言から鬼の血筋のあいだで変質していったのではないか、と(クナド形成の失敗のことを指した発言かもしれませんが)。もういないと思っていたの言葉からはサユリが復讐すべき倭や諏訪などの血筋かもと考えたのですが、それだと辛痕の性質的に矛盾するので、やはり同種族間での血筋の変化があって、それに彼女も気づいていた、と考えるのが筋が通りそうだと思いました。同じ血を持つ者からの制止の声、かつ鬼の衝動を制御できる者からの声ならばどうしようもなく、違う道を探せるだろうというのが道の本心だったのかもしれませんが、じゃあ花鹿は復讐が目的だったのになぜ終わりを見据えていたのか?という疑問が浮かび、なぜ復讐を優先せずにアミを操りサユリを助けに来たのか。倭の子孫に復讐したって報われないから、やはり恨み続けることに疲れたのだろうなと思いますし、もしかしたら、最後まで拾えなかったロリスの化身が体を蝕んでいたのが原因かもしれません
どちらにせよ虫が宿ってさえいれば、リグルが持つ王命の複製に近い力を持つ彼女の自害は止められるはずもなく、穂多留比がそうなったように、一度散って幻想郷へ飲み込まれることが、現代の恨みに縛られる自分から逃れる唯一の方法だったのかもしれませんね
そして出所してきたサユリの本名が星野由貴……!あ゛ぁ~予想完全に外れた!いや、鬼神や嫉妬に乱心したってリンクーのふたりが言った時点で「ん゛っ!!」となったのですがまさか地底組(一部名前のみ)が出揃うとは……おにさんおにさんのくだりがもう、もうっ!!!!ここで最初に出てきたワードが絡むとか最高にハイになりますねぇ!最初にはたたんがタヒんでいたし、フィールドワークとか記者っぽいことしてるから絶対あややともみもみだって思っていましたよ、やられた!
ふたりが助かったこともそうですが、アミの「好きな人を養うの楽しみ」発言がんんんんんんんんんんんもう!んんんですぞ!?!?!?(←シコザルしすぎて語彙力0のミジンコ)勇パルですよね、勇パルですよねぇぇぇぇ!?!?!?シコっていいですかッ!?(シコココココココ)
時系列的に現代編は過去だと思っているのですが、彼女たちが幻想入りするきっかけやしてからの出来事がはじまるかもしれないと思うとめちゃくちゃ楽しみであります
なにはともあれ、筋書きに続く超大作は寝る間も惜しむくらいに楽しめました。重ねて、本当にお疲れさまでした。纏まらない感想ばかりを書き連ねましたが、やはり言葉として思い浮かぶのは読めてよかったのひと言です。素敵な時間をいっぱい過ごせました、素晴らしき本作に出会えたことに、心からの感謝を。ありがとうございました
5.しゅうさ削除
返信コメントありがとうございます。
個人的には、あんまり不幸になりすぎた人物がいなくてほっとしてました。
今回の話は、初めてみこうさんの作品を読まれる方にもオススメかなと勝手に思ってます。(他には、ER東方、ローレライ、ロマ剣、レイマリいちゃいちゃ当たりが初めての方には個人的オススメです)