真・東方夜伽話

Je te veux

2018/06/16 18:39:04
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Je te veux

空賀青

※誰てめえ
※ネチョまで遠い上に薄い
※原作との矛盾・自己解釈・自分設定あり
※本筋とは関係ないオリキャラ?要素あり
以上、ご注意ください

「今日はくもりかぁ」
 鈴奈庵の玄関口から顔を出した小鈴は、空一面を覆っているくすんだ灰色の雲を見上げて独りごちた。龍神の像は確認していないけれど、分厚く折り重なった雲からは、いつ雨粒が落ちてきてもおかしくない。雨が降るまでは混むかも、と少しだけ気合いを入れて、鈴奈庵の暖簾を揚げる。

 予想通り、午前中は盛況だった。アガサクリスQの新刊が出た時のように大勢が押し寄せてくる、まではいかないが、常に店内に客がいて、借りていく本を見繕っていた。なかには、梅雨時だからと借りた本が予想以上に面白くて全て読みきってしまったと、返却をした上で新たに借りていく客もいた。あの人は今後、常連になってくれるかもしれない。期待大である。
 妖魔本を扱いはじめ、他の貸本屋とは異なる客層が広がったとはいえ、売り上げの大半を占めるのは人間の客だ。繁盛するのはありがたいことである。
 けれど、入れ替わり立ち替わりやって来る客の相手をしていたから、湿気払いをするのが精一杯で、ずいぶんと忙しなかった。客足はギリギリひとりで捌ける程度だったので、支援を求めることもなかった小鈴である。母と交代して昼食を終え、店番に戻った店内に、ほとんど客がいないのを認めると、ついついホッとしてしまった。
 最後の客の貸し出しの手続きを終え、帳面を確認する。少し気になった箇所があったが、今すぐ対処せねばならない類のものではない。ほーっと安堵の息をつく。表に出ると、雲行きはいよいよ怪しくなっていた。この空模様では、もう、客はほとんど来るまい。
 店内に戻り、大分前に止まっていた蓄音機のレコード盤を取り替える。エリック・サティのジムノペディ第一番。ゆっくりとした、明るいようでいてどことなく影のある旋律が、気忙しかった心に染みこんでくる。
 阿求からは懐古趣味だとからかわれるが、小鈴は、クラシックやジャズと呼ばれる音楽が好きだった。特にサティは良い。安定しているようで不安定な、爽やかなようでどこか切ない、二面性のある曲調がたまらない。
 ピアノの音に耳を傾けながら、本を整える。雑に扱われた形跡はないが、順番が入れ違いになっている棚がいくつかあった。途中で曲が終わったので、第二番と取り替える。第一番と同じリズムを刻んだ後、はりつめた高音がアサガオに似た形のホーンから流れ出た。自然と緩んだ頬はそのままに、棚の整理を続けていく。
 更に取り替えたジムノペディ第三番も半ばを過ぎたあたりで、妖魔本を含めた棚整理が一息ついた。ようやくお楽しみの時間である。
 目に入った何冊かを手に取り、椅子に腰かける。知らずの内に口元が緩んだ。接客が嫌いというわけではないが、お気に入りの音楽を流しながら読書に浸る至福に勝るものは、そうそうない。
 だが、いそいそとメガネをかけ、最初の冊子を手に取ったあたりで、暖簾をくぐる者がいた。なんというタイミングの悪さか。
「いらっしゃいませー……って、なんだ阿求(あんた)かい」
「なんだとはなによ」
 若干引きつった愛想笑いを浮かべた小鈴だったが、客の顔を認め、すぐに気の抜けた顔になる。それを受ける阿求も慣れたものだ。憮然とした風を装いながらも本気で怒ってはいない。彼女が本気で怒った時はこんなもんじゃない。小鈴はそれを知っている。
「今週の返却分」
「あいよ、確認するわ」
「まにあったわよね」
「ギリギリね。珍しいじゃない。いつもなら、遅くても三日前には返しに来るのに」
「まぁ、たまにはそんなこともあるのよ」
 やれやれ、とでも言うように首をふりながら、定位置のソファに腰をおろした阿求に目をやる。背もたれに体を預け、ふぅ、とため息をこぼすその顔には、隠しきれない疲労の色が浮かんでいた。どうせ良好な状態で帰ってきたのだろうし、と返却分の確認は後にすることにして立ち上がる。「このあいだ、新茶をもらったんだけど、それでいい?」
「久しぶりに来た友人には好きなものを出そう、くらいの心配りをしてくれたって罰は当たらないと思うわ」
「お茶うけ、わらび餅だけど」
「……新茶で」
「はいはい」
 母屋に引っこんで茶の用意を済ませ、母に断ってわらび餅も拝借して店に戻る。丸い小机をソファに寄せて盆も載せる。茶葉を湯にくぐらせながら、適温まで冷まし、湯呑みに注ぐ。
 一連の動作をぼんやり見つめている阿求を見て、小鈴は内心苦笑した。ずいぶん疲れているらしい。間近で見て初めて気づいたが、大きな目の下には薄墨を刷いたような隈ができていた。
 考えてみたら、阿求が訪ねてくるのは十日ぶりだ。幻想郷縁起の大規模な編纂中は、資料を長く借りていくことも珍しくないが、それでも、返却期限間近に返しに来るのは滅多にないことである。
「忙しかったみたいね?」
 持ってきた椅子に腰かけながら問うと、湯呑みに口をつけた阿求はこくりと頷いた。ほう、と先ほどのため息とは異なる息をつき、口を開く。
「まとめはあらかた終わってたんだけど、どう書いたものか困っちゃってね。加えて、ほら、人外のフォークロアを出したもんだから」
「マミゾウさんの? あれが、どうかしたの?」
「他にもこんな話がある、って、持ちこんでくる輩がちらほらと。妖怪狸だけにいい目は見させるか、って思ったみたいなのよ」
「ああ、そういえば、文さんもそんなこと言ってたなぁ。自己完結してたけど」
「貴重な記録が増えるのは、ありがたいことなんだけどねぇ」
 妖怪から直に聞ける話なんて珍しいし、とぼやく阿求に曖昧に頷く。身近に妖魔本がある小鈴にはいまひとつ共感できない感覚だ。もちろん、特殊な例だと自覚しているけれども。
 わらび餅に黒蜜をかけると、さっそく阿求がひとつ持っていった。こいつ、と思いつつ小鈴も楊枝を手に取る。もちもちした食感と濃厚な蜜の甘みがよく合っている。黒蜜の香ばしさが残る口で新茶を啜ると、清々しい芳香が鼻を抜けていった。
 静かなるわらび餅の奪い合いをしながら、取りとめもない雑談をしていたところで、蓄音機が止まっていることに気がついた。
「幺樂団かける?」と問うと、意外なことに「今はいいかな」と返された。遠慮なくサティの続きをかけることにする。「幺樂団の音はちゃんと集中して聞きたいもの。今は、頭使わない単純なののほうがいいわ」
「そうよねぇ。……ん?」
 含みのある言葉がなんとなく腑に落ちない。だが、阿求を見ても、しれっと最後のわらび餅を咀嚼しているだけだ。こいつ。
 レコードを取り替えて針を落とす。少し間を置いて、とろりとしたワルツが聞こえてきた。ジュ・トゥ・ヴ。お気に入りの一曲である。
「で、妖魔本のほうは、大丈夫なの?」
「順調よ。けっこう需要あるみたいで、安定してるし。なにより、妖魔本の持ちこみが増えたからねぇ。コレクションが充実してくれてうれしいわー」
「いや、そうじゃなくて」
 呆れたようにこめかみを押さえられ、小鈴は首を傾げる。
「危ないことはしていないでしょうね。また勝手に封印といたり、おもしろそうだからって首つっこんだり、変な妖怪に憑依されたり」
「だ、大丈夫だって!」
 慌てて両手をふるも、阿求の目から疑念は消えない。完全なる自業自得の産物だ。
 けれど、"神隠し"に遭ってから、小鈴だっていろいろと考えたのだ。霊夢や魔理沙に相談して、護符や御札を常備しているし、いざという時の対処法も教わっている。少なくとも、好奇心の赴くまま手当たり次第に妖魔本を漁っていた時よりは、安全に接しているはずである。
 ということを説明して、実際に御札を見せても、阿求は難しい顔を崩さなかった。神社での宴会の翌日、珍しく非常識な時間帯に乗りこんできた時の剣幕を思えば、それも当然なのかもしれないが。
 ふっと、阿求が肩の力を抜く。
「……まぁ、あんただって一応成長しているんだし、信じましょうか」
「一応ってなによ、一応って」
 引っかかりを覚えながらも口の端が緩むのを止められない。
 最近の阿求はこういう物言いをするようになった。相変わらず小娘扱いしてくるし、上から目線だし、遠慮も容赦もへったくれもない態度を取るけれど、時折、小鈴を認めてくれる。昔から、優秀すぎる幼なじみの背中を、こちらをふり返って仕方がないと浮かべるかすかな苦笑ばかりを見てきた小鈴である。対等な友人とはまたちがう、ともに並び立つ者への信頼を示されると、胸の奥底がそっとくすぐられるようなこそばゆさがあった。
「なにニヤニヤしてるのよ。気持ちわるい」
「きもっ……」
 それにしたって、この毒舌はもう少しどうにかならないかと思うのだが。

 普段通りを装っていたとはいえ、やはり疲れていたのだろう。ざっくばらんな言葉のキャッチボールの返球がなくなったと思ったら、いつの間にか、阿求は静かな寝息を立てていた。
 彼女は眠りが深いたちだ。夢も数えるほどしか見たことがないと言う。当分は起きないだろうと踏んで、カウンターに置いておいた返却分に目を通す。予想通り、良好。帳面に二重丸を書いて本を棚に戻す。
 表に出ると、道を挟んで流れる小川や土から濃い水のにおいが漂ってきた。草木に雨粒が落ちる。みるみるうちに激しくなっていく雨脚を見て、今日はもう客は来ないだろうと踏んだ小鈴は、表札を「臨時休業」に変える。
 止まっていたレコード盤にもういちど針を落としてから、麻のひざ掛けを阿求にかける。そのまましゃがんで見上げていても、穏やかに眠る彼女は身じろぎひとつしない。
 空気にとけてしまいそうなほど白く透きとおった肌。肩口で揺れる那須紺色の髪。あどけない寝顔は健やか以外の形容をできそうにないのに、袖口から覗く手首は小鈴よりも細い。
 そう、阿求は細い。きちんとそろえられた指先も、重ねた衣を支える肩も、袴の布地にうっすらと浮いている膝も、どこもかも。小鈴はそれを知っている。おそらく他の誰よりも、もしかしたら、本人よりも。
 とろりとした三拍子、明るいのに不思議と切ないワルツ。レコード盤が止まり、雨音だけが店内を満たしても、小鈴は眠る阿求を見つめていた。

 ***

「──いま何時!?」
 そんな悲鳴とともに阿求が飛び起きたのは、外が暗くなってからだった。時刻を告げてやると、妙なうめき声を発して手のひらで目を覆う。不審な言動はさておいて「泊まってくでしょ」と確認したら、どことなく情けない顔をして頷いた。
「心配しなくても、おとうさんが言いに行ったから」
「えっ……おじさま、もう行っちゃったの?」
「うん。なに、なんか都合悪かった?」
 重ねて問うと、なにやら、阿求は「あー」とか「うー」とかうなっていたが、観念したように肩を落とす。お竹がね、と長年阿求に仕えている女中頭の名を出して、阿求はため息をついた。
「鈴奈庵に行ってくるって言ったら、お竹に、言われたのよ」
「無断外泊したらおしり百たたきの刑ですよ?」
「あんたがお竹をどう見ているのかよくわかったわ。そうじゃなくて、"夕刻になっても帰らなかったら、鈴奈庵にご厄介になってると判断しますよ"って」
「えっ」
「"夕餉と朝餉の準備はしませんからね"って」
「えっ」
 動きを止めた小鈴から目をそらし、阿求はもういちどため息をついた。その頬がわずかに赤らんでいたように見えるのは、灯りのせいだけではあるまい。
「……おじさまに、無駄足を踏ませてしまったわね」
 なんと返せば良いのか分からず、小鈴はもじもじと頷いた。


 阿求が本居家に泊まる頻度はわりと高い。今回のようになんとなくなし崩しで泊まることもあるし、出版する本の関係で、小鈴や、父も含めた三人での話を詰めるために泊まることもある。
 小鈴が阿求宅に宿泊することもそれなりにあるが、阿求の自室は別としても全体的に仰々しい屋敷や、何人もの使用人に気が引けてしまうので、なし崩しということはほとんどなく、必要に迫られてが多かった。
 さて、阿求が宿泊するとなると、はりきるのが母である。阿求が(殊勝にも!)遠慮するので、普段と大きく異なるわけではないけれど、ちょっとした贅沢が増える。
 具体例を挙げると、一汁一菜の食事が一汁二菜になり、味噌汁に使う味噌の量が多くなり、雑穀ご飯に占める米の比率が高くなる。普段は湯屋で済ませる風呂を「阿求さまが湯冷めしては大変!」と自宅で沸かすことになり、常備してある阿求の寝間着はきちんと畳まれて籠に置かれる。そもそも、阿求がこうも気軽に本居家に泊まれるのは、母が常に"四人分"の布団を手入れしているからである。
 そんな母を、父は穏やかに見守っている。なんなら一緒に手伝いをするだけで、苦言を呈したことはいちどもない。敬意こそ示していれど万事そんな具合なので、阿求をふたりめの娘扱いしているのではなかろうかこの親たち、とたまに思う小鈴である。人に言ったら、崇高な御阿礼の子を、幻想郷の書記たる九代目阿礼乙女を、娘扱いだなんてとんでもない! と大目玉を食らうだろうから、誰にも言ったことはないけれど。

 店を閉めて阿求を引き連れ母屋に戻ると、恵比寿顔の母がすっ飛んできた。(神妙にも!)手伝いを申し出た阿求と、逃げようとして襟首を掴まれた小鈴に指示を出し、夕餉の支度を進めていく。
 それにしても、黙っていれば深窓の令嬢然とした阿求が、髪をひとつに束ね、たすきを掛けた上から割烹着を着て、意外なほど危なげない手つきで野菜の皮をむいている様は、いつ見ても奇妙な心持ちになる。ソファに座ってざっくばらんなやりとりを交わす友人と、母の指示を受けテキパキとおさんどんをこなす少女が、うまくつながってくれないのだ。食事を作る場という、生活の中心だからだろうか。むずがゆいような、眩しいような、なんとも落ち着かない心地である。
 茄子を等分に切り、皮に切れこみを入れる阿求をぽーっと眺めていると、いつの間にやら背後に立っていた母にぺしっと頭をはたかれた。
「見惚れてないで手を動かしなさい」
「いやべつにみとれてなんか」
「阿求さま、茄子ができたらこちらへくださいな。焼きますけど、せっかくだし生姜も削りましょうか」
「あら、いいですね」
「小鈴、生姜をちょうだい」
「聞いてないしー……」
 父が帰ってきたタイミングで、ちょうど夕餉も完成した。ちゃぶ台の上に所狭しと並べられた料理に、母は胸を張り、父は目を細める。雑穀ごはんにお麩とタマネギのすまし汁、アマゴの甘露煮におろし生姜が添えられた焼き茄子。誰のものとも知れぬ腹が鳴る音がした。
 いつも不思議に思うのだが、阿求ひとりが増えるだけで、食卓がパッと明るくなるこの現象はなんだろう。食事が少しだけ豪華になった、というだけが原因ではない気がする。
 母は饒舌になるし、父は静かに笑っている。小鈴の隣には阿求がいて、味付けが上手だの切り方が巧みになっただの、向けられる賛辞に恥ずかしそうにしている。普段ならば、小鈴だったら緊張で恐縮してしまうくらいきらびやかな賞賛の声ですら、悠然とした微笑で受け止める彼女なのに。目の前で頬をかいている姿は、お得意の猫かぶりともちがって、年相応の小娘にしか見えない。そうであってほしいと思う願望が見せる、ただの錯覚かもしれないけれど。
「でも、ほんとうに、どれもおいしいです。この甘露煮なんて骨までやわらかくて」
「ありがとうございます。阿求さまったら、なにを出しても喜んでくれるから作り甲斐があるわー。この人たちときたら、味はどう? って聞いても、うん、とか、おいしいよ、くらいしか言ってくれなくてねぇ。食事中も本の話しかしないんだから」
 こういう時は誤魔化すに限る。阿求の苦笑と、母の鋭い眼光を受け、小鈴と父はそろって目をそらした。

 しまい湯を済ますついでにお湯を洗濯機に移し、風呂掃除も終える。
 けっこうな時間を費やしたというのに、小鈴の前に上がったはずの阿求が、レース地の肌襦袢姿のまま、未だに母に髪を拭かれているところに遭遇しては、呆れ眼になっても仕方あるまい。阿求も若干困っているらしく、視線で助けを求めてきたが、ここが常日頃呑まされている煮え湯の返し時だろう。父と話している今度出す本の話は気になるが、巻きこまれたくはない。
 にっこり笑って手をふり、屋根裏部屋の自室へと続く階段を上がろうとした小鈴だが「小鈴ー、ちょっと」母の声が追いすがってきた。「阿求さまの布団、出しといたから。持って行きなさい」
「ええー? なんで私が」
「お父さんはお仕事のお話で忙しいのよ」
「じゃあ、阿求が上がるときでいいじゃない」
「なに言ってるの、重いでしょう」
「阿求なら運べると思うんだけどなー」
 いつだったか、酒壺を小脇に抱えて駆けこんできた時の勇姿を思い出す。
 とはいえ、たしかに、傾斜がキツい階段から足を滑らせたら事だ。押し入れ前に畳まれていた布団を何度かに分けて移動させる。その間、阿求も、さり気なく母の手から逃れようと画策していたが、全て失敗に終わっていた。普段やり込められることが多い友人が、おたおたしている様を見るのは、どことなく愉快なものだ。

 雨音を聞きながら布団に寝転び、行灯の光で本を読んでいると、ようやくお開きになったらしい。きちんと薄桃色の長襦袢まで着た阿求が階段を上がってきた。
「よくも見捨ててくれたわね」と不服そうな顔は、どことなくやつれて見える。対照的に、茄子紺色の髪はつやつやと輝いていて、どうやら髪を乾かすだけでは飽きたらず、丁寧すぎるほど丁寧に櫛を入れられたらしいと窺えた。小鈴は笑う。
「はいはい、お疲れさま。まぁ、一夜の宿代と思って」
「宿代じゃないわよ、宿代じゃ」
「うちは全員くせっ毛だからねぇ。楽しいのよ、おかあさんも」
「人の髪で遊ばないでほしいわ、まったく」
 やれやれとため息をつき、阿求は枕元に腰を下ろす。
「なにを読んでいるの」
「よだかの星。宮沢賢治の」
「また夢見が悪くなりそうな……」
「そうかなぁ。けっこう好きなんだけど、これ」
 よだかが追い詰められていく様は切ないが、終盤の、とくに星に向かって羽ばたいて逝く姿には、いっそ爽やかさすら感じられる。自ら死に向かっているというのに、諦観の先にある歓喜の声が聞こえるようだ。
 ふと顔を上げて、こちらを覗きこんでいる阿求を見る。問いかけるまなざしには応えずに、手を伸ばして髪に触れた。すみずみまで櫛が入れられた髪はとろけるようで、上質な絹糸を思わせた。「なぁによ」阿求がくすぐったそうに笑う。
 阿求とよだかは似ていると言ったら、さすがに怒るだろうか。小鈴は思う。
 決して醜いと言いたいわけではない。阿求はきれいだ。彼女以上にきれいなものを小鈴はまだ知らない。これから先、知ることがあるのかも分からない。本気でそう思う程度には。
 それでも、似ていると思うのだ。宵闇の中を、星に向かって一心に駆けていく様が。体の悲鳴に頓着しない様が。ひん曲がってしまった口を、それでも、笑みの形にゆがめている様が。ああ、それに、よだかはハチドリやカワセミの仲間だという。ハチドリは写真でしか見たことがないが、あんなに鮮やかな鳥たちの仲間だなんて、阿求らしいじゃないか。
 ぼんやり思ったことを口に出す代わりに「おとうさんとなんの話をしてたの?」と聞いてみる。髪に遊ばせている手を振り払うことはせず、阿求は答える。
「あんたにも言おうと思ってたけど、近いうちに製本をいくつか頼みたいのよ」
「縁起の更新?」
「それもあるけど、ほら、妖怪の。前のと併せて、いっそシリーズものにしちゃおうかと思ってね。二冊分くらいあるから」
「なるほどねぇ。そういえば、おとうさん、フォークロア気に入ったみたいよ。妖怪のことをきちんと学べるのはありがたいって」
「私も言われたわ。ああいう本が増えるのは大歓迎だって」
 少し誇らしげに頰笑んだ阿求だが、でもねぇ、とすぐに眉を下げる。「妖怪の本は扱いが難しいからね。参考にできる文献自体すくないし。どういう形の本にするかは、考えないと」
 ふぅん、と頷いた小鈴だが、あることを閃いて飛び起きる。
「そうだ。私が訳してあげようか」
「なにを」
「うちにある妖魔本を」
「どういうこと?」
 訝しげに眉をひそめる阿求に顔を寄せる。
 参考にできる文献が少ないと言うが、鈴奈庵には、ずばり妖魔本の蓄蔵があるのだ。これらは今後もっと増えるだろう。そして、小鈴はどんな本だろうと(鏡文字などの特殊な例でなければ)読むことができる。その内容を、人間の言葉で書き起こして、資料として扱えばどうだろうか。
 妖怪の手記や手紙は、その妖怪の性質を推察する資料になるだろうし、存在そのものを記録したものは、辞典のような働きをしてくれるかもしれない。書き写す作業は大変だろうけれど、妖怪の文字で書く必要はないのだから、狐の時ほど手間暇かけなくとも良いはずだ。
 意気込んだ小鈴を片手で制し、阿求は「たしかに」と呟いた。「一理あるかもしれないわねぇ。聞いた話だけだと信憑性が欠けるし、判断材料が増えるのは助かるわ。ものによっては、縁起の内容にも反映できるかもしれない」
「でしょう! だったら──」
「でも、駄目」
「ええー? なんでよ」
 不満の声を上げた小鈴に、阿求は三本の指を示した。
「まず、あんた自身が危ない。何度だって言うけど、妖魔本を読んでたらぽっくりいっちゃいました、じゃ遅いのよ。そんな浮ついた気持ちで妖魔本を扱って、なにかあったら目も当てられないわ」
「だから最近は気をつけてるって」
「次、二つ目」
「はい」
 渋々と姿勢を正す。
「人里自体が危なくなる。あんたは単純だから、妖魔本っていう珍しい本が読めるだけで満足してるけれど、そうじゃない人間だっているわ。欲のために妖怪を復活させようとするかもしれない。易者の例もあるしね。鈴奈庵が悪用されたら困るでしょ」
「そ、それはそうだけど……だったら、あんたのとこでだけ使うのは? 稗田家なら、使いかたを間違えたりしないでしょう?」
 阿求は、ふぅ、と息をついて小鈴を見た。「じゃあ、いちばん現実的な問題を言うね。書き写すだけ、って言ったけど、物を書くのにどれだけの時間がかかると思ってるの。あんたは、長くて数年って思ってるかもしれないけれど、あの量だと、少なく見積もってもその三倍はかかるわよ」
 阿求の言葉には経験者としての重みと実感が詰まっていた。これには参った。小鈴とて貸本屋を生業にしているのだ。文字を読むことには自信があるし、書くほうだって、同年代の人間の中では達者なほうだろう。しかし、誰よりも物を書いている阿求にこう言われては、納得しないわけにもいかない。
 ぐうの音も出ない小鈴に、阿求は幾分か声音を和らげた。「小鈴、」と俯いた頬をなで、尖らせた唇を優しくつつく。
「そんな顔しないの。思いつきにしてはいい考えだったわよ。……私のこと考えてくれたんでしょう? 気持ちはうれしいわ」
「べつに、あんたのためってわけじゃないわよ」
 これは本当だ。阿求のためというより、小鈴の欲が強かった。妖魔本が資料として役に立てば、幻想郷縁起編纂の手助けができるかもしれない。阿求に喜んでもらえるかもしれない。今よりもっと頼ってもらえるかもしれない。そんな、ただの欲だ。
 けれど、阿求は、小鈴の言葉をむくれと取ったらしい。穏やかな微苦笑を浮かべて、小鈴の頭をそっとなでる。
「今までの御阿礼と比べたら、資料も、環境も、阿求(わたし)は恵まれすぎているわ。これ以上を望んだら罰当たりよ。いい、小鈴」
 まなじりを仄柔らかく緩めて、幼子に言い聞かせるように、阿求は続ける。
「どうしても妖魔本を頼りたくなったら、そのときは、あんたに読んでもらうわ。私にはそれで十分。だから、あんたは、あんたのやりたいことをやりなさい」
 こうも優しく諫められてしまっては、反発するほうが子どものようだ。もとより、彼女を困らせるつもりはない。阿求はずるい、と心の中だけで呟いて「わかったわよ」と肩の力を抜く。
「私にできるのは読むことだけだからね。ご利用は計画的に」
「ええ、そうさせてもらうわ」


 行灯に戸を立てて、並んで布団に潜りこむと、雨粒が屋根をたたく音が耳に響いた。晴れた夜は月明かりが差しこんでくる窓も、今は宵闇を伝えてくるばかりで、部屋は淡い暗闇につつまれる。
 自室に阿求がいる時は、ささやかな秘密を信頼の置ける誰かと共有しているような、心の底を筆でくすぐられているようなむずがゆさがある。
 幼い頃は、そのむずがゆさを受け止めてソワソワしているだけで満足していた。けれど、今の小鈴にとっての阿求は、友人のくくりだけで収められる相手ではない。きっかけこそ、九分九厘が事故といって差し支えなかったけれど、残りの一厘を捨て去るには、お互いの心のまんなかにある柔らかい部分に、致命的な傷を負わせる必要があった。痛い思いはしたくない。阿求に痛い思いをさせるのも嫌だ。進む道は選ぶまでもなかった。
「……阿求、起きてる?」
 両親には聞こえないと分かっていても、自然と声を潜めてしまう。あるいは、伺いを立てているからだろうか。怖がらせないように、驚かせないように、そっと手を伸ばさなければと思っているからか。
「起きてるわよ」
「雨、やまないわね」
「そうね」
「明日は晴れてくれるといいけど」
「難しいんじゃない。梅雨なんだもの」
「それもそうか」
「そうよ」
「……もうねむい?」
 阿求が口を結んだ気配がした。視線を向けると、まぶたこそつむっているものの、思い悩んでいる様が目に映る。
 応じてくれるだろうか、と大人しく答えを待つ自分がいる一方で、掛け布団と髪のすきまからのぞく首筋に浮かぶ色気に、スイッチが切り替わってしまった自分もいた。じくりとした熱を抱えた己が、理性の制止も聞かず、もういちど彼女の名前を呼ぶ。物欲しそうな声で。
 阿求が額にこぶしを当てた。
「……まだ眠くないわ。昼寝しちゃったからね。起こしてくれてよかったのに」
「まぁ、期待もあったよね」
「ちょっと」
 驚いたようにこちらを見る阿求に、にこりと笑いかけて片手で掛け布団を持ち上げる。わずかな灯りでも白い頬がうすく色づいたのが分かった。
 阿求はなおも迷っていたが「はーやーく」と掛け布団をパタパタ揺らすと、観念したように潜りこんでくる。もう片方の腕も使って、細い体を掛け布団ごと抱きすくめたら、言葉にできない充足感が胸に満ちた。首のあたりに鼻を埋めると、同じ石鹸の芳香とその奥に潜む阿求自身の匂いが漂ってくる。
「こら、苦しい」
「あ、ごめん」
 どうやら、思っていた以上に餓えていたらしい。腕にこめる力を緩めると、ほっと息をついた阿求は、かすかな苦笑を浮かべた。顔にかかっていた飴色の髪をよけて、小鈴の頬を両手ではさむ。阿求の手は冷たいのに、彼女に触れられた箇所から弾けるような熱が生まれる。
 どちらからともなく口づけた。唇の感触だけを頼りに、何度もついばんでまぶたを開くと、紫水晶の目が小鈴を捉える。さすがに気恥ずかしくて笑ってしまった。
「キスのときくらい目を閉じてって、言ってるじゃない」
「そうだったかしら。忘れちゃった」
「もー」
 そんなことを言うのはこの口か。もういちど唇を寄せる。ギリギリまで目を開けてみたものの、阿求の目に映りこんでいる自分を見るのが気恥ずかしくて、やっぱり閉じてしまった。
 代わりに舌先で薄い唇をなでると、頬に触れている手がぴくりと震える。おずおずと開かれた合間から舌を差しこんだら甘えるような声がもれた。その反応に気をよくして口内を探る。抱きすくめている体がじわりと熱を持った。
 もっと、と逸る気持ちを堪え、息を整えるために口を離す。指摘するとむくれるから言わないが、阿求は息継ぎが下手なのだ。おおかた、変に色々と気にしすぎているのだろう。思慮深いというのも一長一短である。
 ふっ、ふっ、と浅い呼吸をくりかえす阿求をなでながら、長襦袢を止めている紐帯に手をかける。感触で分かったのだろう。わずかに潤む目を向ける彼女が何かを言う前に、再三口づけた。今度は最初から激しいものを。びくつく舌に自分のものを絡め、歯列を丁寧になぞり、舌先で上あごをくすぐる。「ちょっ、んぅ」少し慌てた甘い声が耳に届くたび、背筋を電気のような刺激が走った。熱を交換するたびに頭の芯がぼやけていき、目の前の彼女だけにとらわれていく。
 口づけをやめないまま、取り払った帯を脇に放り、レース地の肌襦袢のボタンに手をかける。完全に手探りだから、ちょくちょく関係ないところに触れてしまうが、それが程好い刺激になっているらしい。頬をなでていた両手は縋るように首に回され、こぼれる甘い呼気が小鈴の思考を痺れさせる。
 夢中になって口内をむさぼっていた小鈴だが、苦しそうな気配を感じたので解放する。恨みがましげに向けられた、とろりと潤んだまなざしに焼けつくような欲がこみ上げてきたけれど、どうにか堪えることに成功した。互いの唇をつなぐ銀の糸を指先でぬぐう。
「ごめんって」頬をなでてから肌襦袢のボタンを全て取り払うと、すきまからひやりとした夜気が忍びこんだのだろう、阿求は身をよじった。
「がっつきすぎよ」
「しかたないじゃない、久しぶりなんだもん」
「だからって、……ねえ、ちょっと、ほんとうにまって」
「濡れたら気持ちわるいでしょ。明日も着るんだから」
 長襦袢、肌襦袢と手早く脱がせ、下着に手をかけたところで、あれ、と思う。手をやると、秘所はすでに湿り気を帯びていた。自分を抑えている理性がまた一本千切れるのを感じながら、小鈴は阿求を覗きこむ。憮然とした風を装っていても、耳まで赤いと怖くもなんともない。否応なく口元がほころんだ。
「誰ががっつきすぎだって?」
「……しかたないでしょう、久しぶりなんだから」
 返事代わりに鼻の頭にキスをひとつ。そのまま頬に、あごに、首筋にと唇を寄せたら、阿求はこそばゆそうに鼻を鳴らした。
 いい加減にこちらも肌襦袢を脱がないと明日に響くので、体勢を入れ替える前に阿求にねだる。が、まごつく彼女を待っていることができなくて、最初の数個を外してもらった後は自分で脱いだ。
 今度こそ組み伏せる。素肌同士がぴたりと吸いつく感触が心地良い。薄明かりに浮かび上がる華奢な体の、透きとおるような肌の白さにくらくらした。けれど、阿求の体は以前よりもいっそう細くなっているようで、ちりちりとした興奮を覚えると同時にため息もつきたくなった。
「これ以上やせてどうすんのよ」
「失礼な、ちゃんと食べているわ。ただ、ほら、栄養がぜんぶ脳にいっちゃうから」
「はいはい、阿礼乙女すごい」
「なにその言いぐさは、っんん」
 鎖骨をなめると四肢が軽く震えた。敏感なのは相変わらずだ。鎖骨のくぼみ、肩、胸元、と目に付いたところに唇を寄せながら、控えめな乳房に左手を寄せる。やわやわと指を埋めるとしっかりした弾力が返ってきた。かわいい、とぼんやり思う。
「っ、小鈴、ぁ」
「うん、もうちょっとまってね」
 より強い刺激を求めて充血している頂には触れずに、うっすらと浮いているあばらをなぞり、薄い腹に唇を寄せる。小鈴が触れるたび、緊張と期待とでぴくぴく動くのがいじらしい。
 快感の中心には触れず、周縁をたどる愛撫を続けながら、そっと阿求を見やる。もどかしい刺激に濡れた瞳は、それでもしっかりと小鈴を見据えていた。こうも一生懸命見つめられるといかな小鈴とて羞恥心がこみ上げてくるのだが、果たして阿求は分かっているのか。おそらく、こちら以上に恥ずかしい思いをしているのだと、表情から伝わってくるけれども。
 下腹から薄い茂みをなぞり、その下にはいかずに内ももに舌を這わせる。「っもぉ、」非難めいた声があんまり甘いので、柔らかい肉に軽く歯を当ててみたら、阿求はひっと喉を引きつらせた。万に一つも痕が残らないよう気をつけながら、ぴくりと緊張する筋をなめ、歯を立てる。目の端に映った秘所は蜜でてらてらと光っていて、凶暴な興奮が腹の底を焦がすのを感じた。
「小鈴、も、つらいから」
 もどかしい、との懇願に知らずのうちに口角を上げていた。
「つらいから、なに?」阿求が泣きそうな顔になる。ばか、と投げつけられた言葉には頓着しないでふくらはぎに指を這わせる。しっとり汗ばんでいるなめらかな肌は、陶磁器のように優美な曲線を描いていた。腹の奥にたまり続けて溢れてしまった凶暴な興奮が、喉をひりつかせるのを感じる。
 意地が悪い自覚はある。阿求にとって、耐えがたい辱めを与えているのだろうとも思う。けれど、いつも理知的で大人びている友人が、あられもない姿に恥じらいながらも小鈴を求める様を見てしまうと、もっとほしくなってしまうのだ。
「っもぉ……さわって。ちゃんと、きもちよく、してよ」
 もっともっと、彼女の心に自身を刻みつけたくなってしまうのだ。
「ん、わかったわ」
 言うが早いか、しなやかな太ももを大きく割り開き、刺激を求めてひくつく秘部に口をつけた。慌てた制止の声は聞かずにぷっくりふくらんだ陰核をぺろりとなめる。色に染まった悲鳴が上がった。赤く充血した陰核を口に含み、舌先でくすぐるように愛撫すると、手で押さえる太ももがびくりと震える。
「ゃ、あっ、そんなっ、急に……ひっ──」
 たっぷりと唾液をからめて軽く吸っただけで、押さえつけている腰ががくりと震えた。秘裂から透明な液が溢れてくる。ぴちゃぴちゃと音を立ててなめとると、弱々しい非難の声が耳に届いたが、ひりつく喉には途方もなく甘く感じられてやめる気になれない。もっとほしくて、秘裂に舌を差しこんで内壁をこそげる。いっそう甘露が溢れてきた。一滴もこぼさないよう両手で腰を固定してしゃぶりつく。ひときわ高い声が響き、腰が浮くと、トロンとした愛液が小鈴に与えられる。おいしい。
「やっ……あんた、ほん、ふぁ……い、かげんに、ぃうっ……しなさい!」
「あいたっ」
 ぺしりとはたかれた。「もう、なにすんのよ」と顔を上げたら息も絶え絶えな阿求に睨まれる。苦しげな様子にようやく理性の切れ端が戻ってくるも、顔どころか胸元まで鮮やかに色づかせ、蕩けきった瞳を潤ませる姿を見てしまうと、腹の奥がずくりと疼く。
「えっと……ごめんなさい?」
「ばか」
 端的な罵声に頬をかく。力なく布団に倒れこんだ阿求は、肩を大きく上下させ、不規則な呼吸を整えようとしていた。時折咳きこみもする。
 さすがに申し訳なくなって覗きこむと、目元に乗せていた腕をずらし、小鈴を軽くねめつけてきた。
「気持ちよくしてって言うから」
「やりようってのがあるでしょ」
「ぐ……でも、たたくことないじゃない」
「完全に正気を失ってたのはどこのどなた」
「……ごめんなさい」
 弁解のしようがない。しゅんと肩を落とす。
 そんな小鈴をどう見たのか、阿求はふっと頬笑んで、背中に手を回すとしっかと抱きしめてきた。いくらなんでも、と離れようとする小鈴を押しとどめ、ついばむようなキスをひとつ。「……きもちよかったから。もうちょっと、ゆっくり」
 阿求の目に映る自分が満面の笑みになる。小鈴は大きく頷いた。

 呼吸が落ち着いたのを見計らって、昂ぶらせておきながら放置してしまっていた胸に口づける。阿求はぴくりと震えたけれど、大人しく愛撫を受け入れている。浅い谷間に顔を埋める小鈴をなで、顔にかかりそうになる飴色の髪を耳にかけた。汗の混じった甘酸っぱい匂いが鼻腔を満たす。少し早い心臓の音が聞こえる。小鈴は目を細めた。
「……寝ないでよ?」
「寝ないわよ。こうしてると落ちつくのよねー」
「うん、だから、寝ないでよ?」
 不安げな声にちらりと笑みがこぼれる。返事代わりにつんと立っている乳首を指先でこすると、可愛らしい声がもれた。眉をひそめた阿求が何かを言うよりも早く、上半身を浮かして唇を重ねる。
 唇を食みながら手のひらで乳房をもむ。そうしながら、指と指で乳首をはさみ、こねるように擦るのが阿求は好きだった。甘えるように喉を鳴らし、小鈴の背中をそっとなでる。遠慮している、もっと言えば脅えているかのように抑制された動きに、もどかしさがこみ上げてくるが、こればかりは仕方がない。これでも、最初の頃よりは触ってくれるようになったのだ。遅々たる歩みでも前進しているのだから。
 口づけはやめないまま、空いているほうの手で脇腹をなで、太ももに触れる。目を開けると、とろんと細められた紫色の目に、隠しようもない期待が浮かんでいた。
「阿求」少し乱れている髪を手で梳きながら求める。「足、ひらいて」
「……ん」
 いつもこのくらい素直だったら可愛いのに! との感想は堪えて陰核をなぞり、しとどに濡れそぼる秘裂に中指を沈ませる。すでに二度ほど達して発情しきっているそこは、軽く押し当てただけで容易に小鈴を迎え入れた。
 火傷しそうな熱とふやけきった柔らかさが指をつつみこむ。それだけで、まるで自分が触られているかのように、痺れるような快感が背筋を走った。くらつく思考をどうにか保ち、収縮をくりかえして早く奥へと誘おうとする膣壁をなだめながら、ゆっくりゆっくり指を進める。
「は、……ふぁ、あ」
「辛くない?」
 尋ねたら、阿求はこくりと頷いた。その答えに安心して、腹の上側、ざらついた部分を優しく刺激する。身を強張らせ、艶めいた声をもらした。きっと、じんじんする耳まで真っ赤になって情けない顔をしているだろうに、小鈴を見つめる阿求の目はうっとりと緩んでいる。
 こんなまなざしを向けられてしまっては。吸い寄せられるように阿求に口づける。
「んっ」
「ここ?」
 根元まで埋めこんだ指を動かす。指先に当たる、丸いこりこりした箇所を押しこむと、阿求は腕の力を強くした。肯定と判断して刺激を続ける。あえかに喘ぐ声が鼓膜を打つたびゾクリとした快感が背中を駆け抜けた。
 中を味わうのに夢中ですっかり止まっていた手で乳首をつまむと、驚いたように肩が跳ねる。小鈴の些細な動きにも従順に反応する姿に、いとおしさや独占欲といった、様々な感情が満たされていく。
 阿求、と名を呼ぶ己の声は、ともすれば彼女以上に切羽詰まった響きを持っている。
「ね、阿求、きもちいい?」
「ひっぁ、ぅ、きもち、いい……あっ」
「よかった。ねえ、もっと名前呼んで」
「っ……小鈴、こすずっ……わたし、も、」
 もうむり、とこぼれる涙をそっと拭う。
「うん、いいよ」頬をなで、優しくなでるだけだった指先を強く押しこんだら、阿求は息を詰まらせた。刺激を緩めずにぐりぐり押しこむと、淫蕩な悲鳴をあげ、小鈴にしがみついて全身を震わせる。背中に鋭い痛みが走る。初めての痛みがどうしてだか嬉しくて、小鈴もぎゅうと抱き返す。
 大きな快楽の波を受け止め何度も身を震わせた阿求だったが、不意に糸が切れた人形のようにかくりと崩れ落ちた。慌てて身を離し覗きこむと、強情なまでにこちらを見つめていた目を静かに閉じて、穏やかな寝息を立てている。なんのことはない、気をやってしまっただけだ。
 安堵の息をついた小鈴は、その寝顔を見てくすぐったそうに頬を緩める。静穏な寝息を立てる阿求は、まるで幼子のような、安心しきった微笑を浮かべていた。

 ***

 小鈴の一日は、ぐっすりと寝入る阿求をたたき起こすところから始まった。
 寝ぼけ眼の阿求をひざ掛けでくるみ、肌襦袢と長襦袢を押しつけてから、昨晩の情事の名残を染みつかせた諸々をまとめて洗濯機に放りこむ。更にその上から普通に使っただけのシーツ類を覆い被せる。未だ陽光は出ていなかったが、雨は止んでいるし、分厚い雲は風で流れているので、洗濯物が多くても問題ないだろう。もとより、阿求が使った寝具はすぐに洗うのだ。不審に思われることはあるまい。
 台所に下りて、朝餉の支度をする両親とあいさつをしてから水を拝借、自室に戻る。阿求は座ったまま舟を漕いでいた。
「ちょっ、阿求!」慌てて肩を揺らすとぼんやり目を開ける。その目がまた閉じそうになったので、かなり手加減してぺしぺし頬をたたきながら何度も呼びかけたら、ようやく意識が覚めてきたらしい。「……こすず?」と舌足らずに呟いた。
「よし、起きたわね。とりあえずお水持ってきたから、ほら、のんで」
「んー……」
「のど乾いてるでしょ。手だして……ってあぶなっ!? もー、しかたないなぁ」
 自力で飲ませることは諦めて、薄い唇にコップの端を当てる。様子を見ながら慎重に水を注ぎこむと、細い喉がこくりと動いた。ホッと息をつく。
 未だ眠気が飛ばないのだろう、ひざ掛けを肩にかけたまま、グラグラと頭を揺らす九代目阿礼乙女に肌襦袢を手渡す。のろのろとではあるが、袖に腕を通したのを確認したので、自分の身支度に取りかかった。まっすぐな髪質の阿求とは違い、小鈴の髪はけっこうな跳ねっ返りなのだ。姿見の前に膝をつき、自由自在にぴんぴこ跳ねている髪を櫛でなでつける。
 大分苦戦したが、どうにかこうにか格好がついた。髪飾りをつけるのは朝食を済ませ着替え終わった後で良かろう。
「阿求、そっちは──」とふり返り、小鈴は瞑目した。肌襦袢のボタンがご丁寧にひとつずつ掛け違えて留められている。かけるべきボタンがひとつあまり、不思議そうに首を傾げているこの少女があの稗田阿求だと言ったら、いったい、どのくらいの里の人間が信じるだろうか。
「もういいよ、私やるから。いったん外すからねー……動かないでって。変なことはしないからさ」
 小鈴のものとは異なるデザインの、首元がゆったり開いている襟をあわせ、上からひとつずつ留めていく。階下から父が呼びかけてきた。
「小鈴、阿求さまは起きたかい?」
「今着替えてるー」
「わかった。もうすぐご飯だからな」
「はーい、ただいまー」
 ごはん、の言葉に反応したのか、阿求の腹がくぅと鳴いた。一瞬かたまり、こみ上げてくる笑いと戦いながらボタンを留めていくと、
「……お腹すいた」
 阿求がぽつりと呟く。
「いいことじゃない」
 今度こそ顔面が緩むのを止められなかったが、幸いにして、阿求の眠気はまだ晴れないらしい。小鈴の手元を見つめながら、「ほんとうはね」と小さくこぼす。
「ほんとうは、あまり、食べていなかったの。たまにあるのよ。筆が乗ってくると、食事に時間を割くのが面倒で」
「うん」
「お竹たちが心配するから、おかゆと漬け物はいただいてたけれど、……そんなことしていたら、食欲自体も薄くなっちゃってねぇ」
 夢見心地でか細かった阿求の声が、言葉を続けるにつれ、だんだんと常の張りを取り戻していく。覚醒は近いぞ、と長襦袢を手渡そうとしたら、ねだるように両手を広げられた。柔らかいため息をついた小鈴は、長襦袢を羽織らせて、紐帯を結びにかかる。一度交差させて軽く締め、わっかを作って蝶結びに。
「ちゃんと食べなさいよ。せっかく、おいしいごはん作ってくれるんだから」
 はい完成、とポンとたたいて立ち上がると、阿求は「そうね」と頷いた。そうして、小鈴の頭に手をやって、澄んだ目元を柔らかく細める。さあ、いつも通りの稗田阿求だ。
「寝癖、なおってないわよ」
「げっ。やっぱり水使おうかしら。あんたはいいよねぇ、手櫛でなおせてさ」
「ゆるく結んだまま寝ると、髪も傷まないし寝癖もつかないって聞いたけれど」
「……なんでもっと早く教えてくれなかったの?」
 階下から再度呼ばれる。慌てて階段を降りようとして、そういえば、と小鈴はふり返った。不思議そうな阿求に笑いかける。
「おはよう、阿求」
「ん。おはよう、小鈴」
はじめまして、もしくは大変お久しぶりです。空賀青と申します。
ここまでお読みいただきありがとうございました。お疲れさまでした。

書く前
色々考え出すと切なさ止まらないけど、それはそれとして淡々とイチャイチャするあきゅすずがほしいぞ!!!!
現在
趣味に走りすぎてしまった……

少しでも暇つぶしになりましたら光栄の至りです、はい

(6.18追記)
山茶花様>>
初めまして!お読み頂いた上にコメントまでありがとうございます!
導入部、もといネチョまではだいっっぶ趣味に走ってしまいましたが、少しでも楽しく読んで頂けましたなら幸いです!ありがとうございます!
(6.24追記)
>>2様
お読み頂いた上に丁重なコメントまでいただき、ありがとうございます!
あきゅすずについて考えだすと色々思うことがあって、バサッと切ることができず反省していましたが、そうした箇所も触れて頂けて本当に嬉しいです。あきゅすずは最高です。コメントありがとうございました!
(7.16追記)
>>3様
有り難きお言葉ありがとうございます!!小鈴しか知らない阿求の顔、どんどん増えていってほしいです。
作者が意見を言うと回答じみて無粋ですが、本居夫妻には阿求を可愛い可愛いしてほしい欲があります、はい。コメントありがとうございます!
空賀青
コメント




1.山茶花削除
初めまして!
濃厚なあきゅすずでした、この2人の導入部分が丁寧な作品は余りお見掛けしないので
とても楽しく読ませていただきました
2.性欲を持て余す程度の能力削除
お泊まり百合えっちいい……いい…
稗田の人間として敬われているであろう阿求の打ち解け具合がいいですねぇ、口では敬意を払っていてもふたり目の娘扱いという距離感がとても和みますし、ガチガチに畏まられていない環境は多分彼女にとっても落ち着ける場所なのでしょうね。意外なほどに料理の手際がいいあっきゅんが素敵でした
ふた親相手に阿求として繕われた顔があるだけに、小鈴とふたりっきりのときに見せる彼女の素が映えますねぇ、遠慮のない関係というか、なに気ないやり取りのなかでお互いが「あ、このやろ」みたいなことを思っていそうというか(わらび餅に食いつく阿求可愛い)。短命ゆえに多忙な彼女ですが割と鈴奈庵には足を運んでいるイメージだけども、体を重ねるきっかけとなった出来事が気になりますねぇ。ンフフ……想像しただけで鼻血が魔人ブゥ(の戦闘力分)しちゃいそうです
雨音が包んでくれているなかでも屋根裏での行いはふた親たちに聞こえてはいないのかと不安になりますが、若いふたりからすればそういったリスクも情欲を高めるスパイスなのかもしれませんね。というかそうなってて欲しい(人通りの少ない小径でキスからペッティングになって、でもやめられなくてとかたまらない展開とか。絶対やってる(確信))
転生を繰り返している阿求のほうが精神面では大人なのに、床では小鈴が主導権を握っているの素晴らしすぎません!?「はーやーくー」って自分の布団に誘うところなんかツボすぎて悶え死にかけました。キスだけでとろとろにさえちゃってちゃんと触ってと言わせちゃう小鈴ちゃんの責め方がSっ気があって好き。身体的には阿求のほうが未成熟な印象なのに、しっかりと女の悦びを刻み込まれてしまっていますねぇ。互いに乱れあうのもいいですが、一方的に快感を与えている百合も素敵。〝Je te veux〟のタイトルが小鈴の想いとすれば、ふたりの関係はさながら蓄音機とレコードで、短命ゆえにいつかは触れられなくなってしまうけれど、そこにあるうちは禁断ともいえる形の熱情を密かに奏で続けて……ああだめだ、どうしてもこのふたりの寿命差が死に別ればかりをちらつかせておちんちんよりも胸にダメージが蓄積してしまう(いやまあだからこそ日常が映えるのですけど)。そんな悲恋な考えを消し去るくらいに倦怠感の抜けきらない阿求の身なりを整えてあげる場面が最高に百合百合してて、尊さゲージが満たされました。やっぱりあきゅすずは最高ですね(勃起)
とても読みやすく楽しめました、ありがとうございました
3.性欲を持て余す程度の能力削除
すごく良かった
大人びて澄ましている阿求のこういう顔は小鈴しか知らないんでしょうね
というか、これ両親も公認なのでは?(あきゅすず脳)