真・東方夜伽話

雲わく道に山居の命⑧

2018/05/13 23:57:56
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雲わく道に山居の命⑧

みこう悠長
§ § §

「キスメ」
「あん?」
「これ、持ってて」

 グォダ=ニャマムが、糸でぐるぐる巻きになって気を失ったままのリグル・ナイトバグをキスメの方に投げる。彼女はそれを危なっかしくキャッチして、糸の端を桶の底に括り付けた。

「ったく、なんだかんだでこいつが」
「キスメ?」
「あんでもねーよ、穴ん中いるから、あんま暴れすぎないでよ?」
「……抑えて勝てる相手ならね」

 釣瓶落としは穴の中に潜り込み、それと別れるように、グォダ=ニャマムは地上に降り立った。
 それに対峙している守矢の巫女。まるで儀仗兵が整列しているときのように、直立に姿勢を正し御幣を正面に構えて立っている。視線はまっすぐにグォダ=ニャマムを見据えたままだ。

「天狗の領地を不当に侵し、疫病を撒き散らして幻想郷に不安をもたらしたその狼藉、幻想郷と八雲の寛大な目にさえ余ります。天と地と人の三位一体の栄光を以て、|守矢神社の名の下に《博麗代執行》、邪神グォダ=ニャマムを成敗いたします。覚悟!」

 東風谷早苗が、命名決闘法ではなく博麗代執行を宣言して、空に飛び上がる。自らが風神としてのキャパシティを備えながら、本来相克にある乾坤の加護を同士に受け、人間としての柔軟で敏捷性の高い存在性を保つ。守矢の巫女の持つ特性は、他の神妖や超越者の枠を一つ抜きん出ている。幻想郷における歴史の浅さ故に、慣習的な立場を重要視される面では一歩甘んじているが、守矢は今や博麗と双角をなす教体として幻想郷に君臨していた。同時期に八博に組み入れられた天狗の山が危機感を抱くのは、この守矢の反則的な巫女の存在に寄るところが大きい。
 その基底である諏訪の神々の力のことを、対峙するグォダ=ニャマムはよく知っていた。ある意味では、東風谷早苗よりも、よく。東風谷早苗が風の力を行使して飛翔したのに対し、グォダ=ニャマムはあえて地面に足をおろしたまま。人間の足を蜘蛛の腹の内側に飲み込むように格納して、8本の付属肢で地面を捕まえている。
 高く飛び上がって雲を見下ろす東風谷早苗、腕を組んで風|人《神》を見上げるグォダ=ニャマムだが、高所の利を奪われたとは微塵も思っていないようだ。

「土蜘蛛は地べたを這いずるのが似合いですわね、木を洗いざらい剥ぎ取ったら逃げ場がなくなるんじゃないですか?」
「人を謳う神様がえらいことを言うものね。何とかは高いところが好き、というから、見ものだわ」
「その生意気な口を、あなた自身の糸で縫い付けてあげますわ……來!」

 東風谷早苗が天に向けて大きく御幣を振り上げると、その頭上に大きな光の魔法円が回転しながら浮き上がる。円に内接する左右非対称で辺の長さも不均等な七芒星、円の周囲と芒星の辺には幻想郷では用いられていない文字らしき線がびっしりと書き込まれており、芒星の中央には無作為に筆を走らせ線を何重にも重ねられるようにぐちゃぐちゃと引き回した奇妙な筆跡が見える。

「|読解具象《エンコード》:『|神々の不正確さと不浄さについて《Disintegrate MShyCh-358》』」

 魔法円と言うよりは子供の落書きのような歪なものだが、それを囲う円だけが正確無比に正円で、東風谷早苗の立つ軸を正確に中心に置いている。何より、それが空に浮き上がったときに周囲を支配した不穏な空気の対流が、全員の危機感を煽る。理由のない、本能的に訴えかけてくる原始的な危機感。
 身の毛のよだつ、不明瞭な不快感を覚えた犬走椛が耳を倒して肩を竦める。射命丸とミスティアは逆立って乱れようとする羽をつい押さえてしまう。

「あ、あれ、|外《・》の魔術ですよ! |守矢《シュネム》本気だヤバっ! 椛、ああ、あとミスティアさん、ここを離れましょう、マズいです。椛、掴まって。ミスティアさんも、離脱を!」
「は、はい!」

 その場を飛び立ち、頑丈そうな岩の生えた見晴らしのよい小山に向かって飛び立った。飛翔しながら、状況の監視を続けようとする犬走椛だが

「”|視界接続先が見つかりません《Visionize Erroe》”……えっ、なにこれ……」
「音声も、聞こえません……」
「一大事だと言うのに、監視出来ないのか」
「命あっての物種、ですよ。くわばらくわばらー。椛の目でも見えないんですか?」
「まああの化物二人相手の戦場だもんなあ。部外者の観戦というよりは相手のセンサー殺しの意味合いが強いんでしょうけど」

 状況の観察に身の危険を感じた3人は、その場を離脱した。残ったのは、空対地で何か異様な魔法円を展開している|守矢の巫女《シュネム》と、それを不敵に見上げる土蜘蛛神。

/* 早苗攻勢 */

「Swords of 358」

 東風谷早苗が命じると、歪な線を交えた魔法円から無数の剣が突き出すように現れて、グォダ=ニャマムの頭上めがけて降り注ぐ。その数は、召喚の聲をそのまま受け取るのなら、358本。14本は直接グォダ=ニャマムを狙って降り注いでいるが、残りはその移動を束縛するように広範囲に撒き散らされている。

「|予備儀式《プリオーダー》なしにそれとは、恐れ入るわ……!」

 笑って入るが油断のないよう、グォダ=ニャマムは降剣の範囲を複数回の跳躍で切り抜ける。目標の場所まで高さに移動距離のロスを最低限に抑えた低空の跳躍、着地は8本の足の内4本を使い、驚異的なバネを利用したサスペンションでその衝撃を完全に殺している。更に鑑賞しきった直後に残りの4本の足でタイムロス無く次の跳躍へ移行する。その繰り返しは東風谷早苗の想像を裏切ったもので、8本の足を使って走行するものだと踏んでいた彼女は、ほう、と目を見張った。
 自機狙いの剣を跳躍でやり過ごし、その回避先に降り注ぐランダム剣を小刻みの移動で器用に回避するグォダ=ニャマム。跳躍しないときの移動は東風谷早苗の想像通り脚を波打つ様に動かす走行でお世辞にも速いとは言えないが、複数の足を細かな急制動に活用する動きは、速さ以上の機敏さを持っている。ずば抜けた高速というわけではないが恐らくトップスピードなのだろう直線移動から、驚異的に短い制動距離で停止または方向転換を繰り返す。8本の脚には前後左右という概念も薄いらしい、人型ならば自然と前方を優先しがちな移動を、その観念の通用しない縦横無尽の移動で切り抜けていく。直線の安全線を見出した場合には、低空跳躍で移動し、細やかな移動とを使い分けながら剣を器用に|掠り回避《グレイズ》していく。

「……気持ち悪い動きですね。でも」

 憎まれ口ではあるが、グォダ=ニャマムの力量を認める東風谷早苗。御幣を一振り横へ薙ぐと、まだ地面に突き刺さっていないランダム剣が、くん、と方向転換して一斉に降り注ぐ方向を変える、しかも偏向角はまちまちで予測が難しい。追尾を続ける14本の剣もただ追い続けるのではなく、速度が不均一に変化して回避を難しくする。速度の遅い剣はグォダ=ニャマムの方向転換に対して後出しのようにショートカットして迫ってくる。地を這うような追尾弾が、グォダ=ニャマムの焦りを誘う。降り注ぐ、あるいはグォダ=ニャマムを置い続ける剣は、地面や木、岩に突き刺さって終わりではない。358本がそうして全て費やされて終了するスペルであれば大したことはないのだが、外れて行き場を失った剣はぼろぼろと形を失って崩れて消え、その分新たに魔法円から追加されていく。その場を常に358本の剣が満たし、いくら移動を続けてもその範囲内にグォダ=ニャマムを捕らえている。

「くっ……」

 回避に徹していたグォダ=ニャマムだが、エンドレススペルであることを察して対策を変更した。ある地点で急停止し方向転換するのではなく、二本の脚で地面を踏み抜くように突く。突如として地面から岩が突き出て障害物を形成し、剣の射線を遮った。その一瞬の隙に、指を大きく拡げた掌で空気を掻く様に空を手で薙ぐ。数本、これはレーザーだろうか、輝く太い糸が、空気を切り裂くような音を立てて空に向けて放たれた。
 だがそれは東風谷早苗の幾ばくか横を抜けただけだ。

「どこを狙っているのかし……っ!?」

 自分を狙ってさえいないレーザーに、戦慣れした巫女は回避動作さえ取らない。だが、そのレーザーがまだ残っている内に、その逆側から、東風谷早苗の頭のサイズほどもある巨大な石礫が飛来した。流石に回避行動を取る東風谷早苗。だが、逃げようと思った先には先に設置された蜘蛛糸のレーザーがまだ残っている。触れるとどうなるのか想像はできないが、ヒット前提で通り抜けるなどもっての外だ。守矢の巫女はかなり大きな移動での回避を強いられてしまう。

「小賢しいっ」

 蜘蛛糸の設置レーザーと大地の飛礫を大回りで回避し終えて地上の剣の制御を続けようと地上を見下ろすと、土蜘蛛の姿はその一瞬目を離した隙にかなり位置を変化させていた。高い位置から地上を見下ろす視界は、自分と同じ高さの弾幕と地上の敵機の位置を同時に把握することを困難にする。そのことは、グォダ=ニャマムの移動がさほど高速ではないことを補って余りある時間的ギャップを生み出すものだった。

「イラつく戦い方ですね……! 飛剣、|自動追尾《オートキャスト》。招来:武御雷」

 雷神の名を呼ぶと急に頭上に雷雲が現れる。同時に、地面に突き立った剣はすぐの形を失うのではなく暫くの間残り、導雷針となって雷を誘う。産まれた雲から剣に向けて雷が走り抜ける、直接攻撃と設置の両方の性質を持ったスペルに変化した。

「これは……面倒くさいねえ」

 地面に突き立ち終了した剣を安易に飛び越えられない。かなりの行動制限だ。
 更に東風谷早苗は、空中機動を加速させる。地上での行動制限を課せられたグォダ=ニャマムに向けて、追加の術を使用する。

「|堕ちよ、巨星《アマツミカボシ》」

 御幣を頭上から下へ振り下ろす様に振ると、魔法円から、東風谷早苗の体を飲み込んで尚余りあるほどのサイズの、巨大な輝きが地上に向けて放たれる。地上で移動を制限されながら回避を続けるグォダ=ニャマムに向けて、高速飛翔で常に頭上を取りながら、輝星弾を落とし続ける。外れて地面に触れたそれは、地面を大きく抉って小規模なクレーターを刻んでいく、その威力を物語っていた。

「なんちゅう乱暴な神さまだい……! こりゃ私なんかより簡単に人間を滅ぼせるやつじゃないか」

 さっきから東風谷早苗が行使している術の内いくつかは、神として人の信仰をパワーソースに持たないものだ。人にかかわらず輝き続ける凶星、実在性の悪魔雷、物理的な剣。神であると同時に自らが信仰を担保する強固なパワーソースは、今グォダ=ニャマムが手にした自在の力に勝るとも劣らない。

「ははは、逃げ回れ逃げ回れ、土蜘蛛!」

 高速で飛翔し飛び交いながら、星を落として回る東風谷早苗。更に空中から地上に向けて弧を描いて飛ぶ風の刃を放ち、攻撃と同時に木を切り倒して、グォダ=ニャマムが隠れる場所を奪っていく。

「空ばっかり飛んで、そこには隠れる場所がない、私から見ればどこにいたって常にロックオン状態だよ」

 グォダ=ニャマムのその科白は、さっき目を離した隙に場所の補正に一瞬の時間を費やしたその焦りを、東風谷早苗に突きつける。
 東風谷早苗自身は乾坤、つまり天の力も、地の加護も、両方身に受けている。勿論地上に降りて戦う選択肢も、無くはない。だがグォダ=ニャマムが地属性一択であることを考えると、相手の力量も正確に把握できていない状態で単純な力比べにもつれ込ませるのは得策ではないと考えていた、当然の選択だ。
 それに、グォダ=ニャマムは想像以上に器用に回避を続けているが、通常ならば高所の利は常に敵に身を晒している以上のメリットがあるものだ。射線が通るということは、常に、相互なのだ。見上げて攻撃が通るときには、見下ろして攻撃も通る。グォダ=ニャマムが挑発した不利は、存在しない。
 東風谷早苗が乾坤に訴えるよりも、特殊な実在性神力に訴えた攻撃を空中から多用しているのには、そうした明確な理由がある。殆どの場合、地対空攻撃は全て空振り、空対地の攻撃は地べたを這いずる敵を削りきるものだ。
 地上で堅実な回避を続けるグォダ=ニャマムに対して、東風谷早苗は、その頭上を高速で飛び回りながら、雨のように弾丸を降り注がせ続けている。それに頭上を抑え込まれる形で、グォダ=ニャマムは常に苦しい行動範囲で、稀に決定打にも奈良なさそうな射撃を続けているだけだ。圧倒的に、東風谷早苗の有利に見える。
 だが、グォダ=ニャマムはどこか余裕そうに頭上を飛び回る東風谷早苗を、複数種類の重複弾幕を落ち着いて回避し、時折飛礫や固めた糸の弾を飛ばして牽制を加えながら窺っていた。

「ちょこまかと、地虫がいつまでも!」

 いい加減に業を煮やした東風谷早苗は、それまで比べて少し高度を落として空対地弾幕の到達時間を縮めて攻めの手を密にしようとする。

「|解読具象《エンコード》:『失われた第八の断章』。|実装《ビルド》:ソロモン秘ペンタクル。実行!」

 既に展開されている不気味な魔法円の円周上に更に4つの小さな魔法円が追加される。内側に芒星はなく、意味有りげに何か曲線を描いたラインに丸がついていたり、やはり解読不能な文字の羅列が含められている。文様は4つとも異なっていた。

「立て、|バアルのようなものの妻《旧き女神の御柱》」

 東風谷早苗が命じると、4つの小円から、地上に向けて霊的な光柱が突き降ろされた。その柱と柱の間には結界のような面が展開されている。グォダ=ニャマムはその四方を区切る面の内側に、閉じ込められる。強烈な霊力を有したこの面に触れるのは、グォダ=ニャマムでも無理なのか、それに触れるのを裂けている。そうしている限りのこの狭い空間では、守矢の巫女が落とし続ける星弾の回避の余地は殆ど無い。その上から見下ろすように、蜘蛛を見下す東風谷早苗。

「これは……」
「逃げ場はなくてよ。喰らいなさい! |凶星落とし《アマツミカボシ》!」

 直撃を確信しながら、東風谷早苗は御幣を振り上げ、そして、思い切り振り下ろす。
 魔法円から顔を出した輝く巨星が、逃げ場を失ったグォダ=ニャマムへ向けて落とされる。グォダ=ニャマムは、それを真っ直ぐに見据えながら、回避を諦めたかのように足を止めている。そして、それは直撃したように見えた。
 さっきまでの星がそうだったのと同じ様に、エネルギー拡散が起こり土煙を上げてクレーターが抉られる。堕ちた古代の神に向けて当てつけるようにぶち当てられた、古代の邪神の力を再現した魔術。この直撃を受ければ、いかにグォダ=ニャマムが地底で力を蓄えた蜘蛛神であっても、生きてはいまい。土煙の上がる御柱封鎖結界の内側を、勝ち誇った表情で見下ろす東風谷早苗。だが、その表情は次の瞬間、凍りついた。

「えっ」

 巻き上がる土煙の中から、天に向かって伸びた左右から挟み込むような10本の光の筋。そのうちの一本が、東風谷早苗の太腿を貫いた。
 土煙が徐々に晴れ、その向こうから現れたのは、アマツミカボシの落下弾の直撃を受けながらもまだしっかりと立っている、グォダ=ニャマムの姿だった。

「な、に……」
「罠だよ、お嬢ちゃん。そんなに高度をとして、手が届きそうじゃないか」

 流石に無傷という訳にはいかない、だがあの巨星弾を真正面から食らっておきながら、多少額を割って血を流して衣服を砂埃で汚して焦がしてボロを出している程度で済んでいるのは、驚異的なタフネスとしか表現できないだろう。地上戦を強いられる重量級の最大の特徴とも言えた。
 仕留めたと過信した東風谷早苗の左太腿には、まだ光の筋が突き刺さったままだ。完全に貫通し、蜘蛛糸の光筋はそのまま空の彼方に消えている。痛みはない。出血もダメージも感じられない。だが。

「く、こ、これ……

 手足は自由に動く、だが、設置糸が貫いた左脚だけが、まるで空間自体に磔にされたように、その場所から動かない。まるで蜘蛛の巣のように、東風谷早苗の体を空中に固定していた。地道に堅実に回避を続け、根気よく放ち続けた牽制、しびれを切らして無理をして一撃を入れようとした東風谷早苗に対して、虎視眈々と狙い続けたネットレーザーが、その体をついに捕らえたのだ。
 だが、本体の行動を阻害されたとしても、358本の剣はなおもグォダ=ニャマムを追い続けている。風も吹き荒れている。高い位置からそれを回避し続けるグォダ=ニャマムを、東風谷早苗は動かない足に焦りを感じながら、祈るように見る。
 そのグォダ=ニャマムは、に、と笑って蜘蛛腹から人型の足を吐き出してその足で立ち、その場で、くるり、と綾をつけるように一回転スピンしてみせ、そして、手を地面に突いた。
 同時に、どん、と轟音を立て、蜘蛛神の周囲を完全に取り囲むように堆い岩の壁が形成される。剣の射線が遮られた。

「っ、くそぉっ!」

 突き上げた岩に激突した剣は雷を呼ぶが何も起こらない、そのまま形を失って新たな剣は射線を通し直すが、それはグォダ=ニャマムが反攻に転じるに十分な時間を確保してしまう。しかも、東風谷早苗の体は、移動ができない。

「こんなものっ! こんなっ……!」

 一時的に安全を確保されたその土壁の砦の中、空中に貼り付けになった東風谷早苗を見上げる形でグォダ=ニャマムは、ゆっくりと背から伸びた8本の脚を体の前に向けて曲げる。遮るものが無く射線がクリアに通った|東風谷早苗《獲物》に向けて、8本の足の先端が輝き始める。その光は8本の筋を描いてグォダ=ニャマムの体の前で一点に交わり、そしてその場で大きな光球を膨らませていく。高エネルギー塊が、チャージされていた。何か、特大の砲撃の前兆行動にしか見えない。

「や、やめ……」

 そんな緩慢な予備動作を必要とする魔砲など、守矢の巫女が食らうものではない。だが、蜘蛛糸に掛かり回避ができない東風谷早苗には、どうすることも出来なかった。

「お、|アマツミカボシ《堕ちよ》っ!」

 射線が通っているのは、お互いのことだ。東風谷早苗の方から、先手を打つように大型の弾が放たれる。グォダ=ニャマムの体を飲み込むことが出来るほどのサイズの星弾は、しかしグォダ=ニャマムの体の前に膨らみ続けるエネルギー球に触れるとまるで吸い込まれるようにその中に取り込まれてしまう。

「あ……っ」
「ははっ、そこまでかい? |吾《あ》れの凱旋の前祝い……さあ、カーニバルだよ!」

 その巨大な星を飲み込んで収束レーザーのチャージは加速し、一層大きな光となって発射を待つばかりとなった。東風谷早苗を磔にしたネットレーザーは、まだ消えない。ピンで留められたように動かない脚を、手で引っ張るようにしながら虚しく飛翔ブーストをふかす。だが下へ横へとデタラメにジェット気流が巻き起こるばかりで一向に動く気配はない。

「ひ、はっ、こんな、こんなのっ……嘘よ、わるい、夢、こんなの……っ」

 信じられない、嘘だ、そんなふうに呟きながら、悲痛な表情。下から自分を狙い続ける光を見る目は大きく見開かれていていつの間にか涙を流している。

「いや、いや、いや……っ!」

 見ているところでその光の収束を止められるわけではない、でもそれが放たれる瞬間を、見たくなくても万が一にもない回避の可能性に縋って見てしまう。もう御幣も打ち捨てて、しゃくりあげながら必死に固定された脚を引っ張り続ける東風谷早苗。

「たすけ、たすけて……たすけてっ!」

 冷たい笑みを浮かべる表情で、光球の向こうに見える東風谷早苗に特殊なセンサー眼を向けて照準を合わせる。それはもう少しもブレること無く、ぴったりと東風谷早苗を捉えていた。

「終わりよ、諏訪の小娘。自分の無力を呪なさい。」

 グォダ=ニャマムが、照準を合わせてある獲物に向かって人差し指と親指を立て、銃を撃つようなポーズを構える。そして。

「bang」

 弾くような動作と同時に、光球の径と同じ太さを持った極太のレーザーが放たれた。遮るもののない空中、間違いなく直撃。放たれ店に向かって一閃を刻んだレーザーに焼かれて、東風谷早苗の体は焼き切れると、グォダ=ニャマムは想像していた。だが。
 まばゆい光が天に向けて消え去った後、東風谷早苗の体は形を残しており、ネットレーザーがまだ残っているというのにその体が落下を始める。

「……なに?」

 形を失うこと無く保ったまま、落ちていく東風谷早苗。その落下軌道には、赤い雫を引いている。そして、片足がなかった。東風谷早苗は、レーザーが放たれた瞬間に、左足を、もぎ捨てていた。

「ひっ、あ、ああっ……! あああああ!」

 人間の太股には太い血管が走っている、仮にこうしてグォダ=ニャマムの極太レーザーを回避し得たとしても、大量の出血は致命傷になる。東風谷早苗は、激痛に絶叫し飛翔する力を失ったまま地面へ落下し続けている。
 グォダ=ニャマムは、一瞬だけ逡巡し、小さく舌打ちをして落下地点へと低空跳躍した。真下でそれを待ち構え、両腕を左右に広げるポーズをとる。蜘蛛の糸が大きく水平に開かれて、落下する東風谷早苗の体を減速させる。何層かの蜘蛛巣を突き破りながら減速するそれを、最終的にグォダ=ニャマム自身が受け止めた。

「自分で脚を切るなんて……見上げた根性だ、賞賛に値するわ」

 油断なく喉元に鋭い爪をあてがいながらも、レーザーネットが消えて遅れて落ちてきた脚を拾い上げる。

(私にもあのとき、これくらいの根性があったなら、なにかが変わっていたのかしら)

「はっ、はっ、はっ」

 既に大量の出血で血圧と体温が低下しかかっている守矢の巫女。もはや抵抗など出来まい。
 東風谷早苗が自らもぎ取った脚を、グォダ=ニャマムは付属肢を使って器用に使って断面を合わせ、適度に薄めた毒で麻痺させる。そして糸を吐いてその脚を縫い付けた。何か念じるように口の中で言葉を転がすと、赤い光が東風谷早苗の太股の縫い目を包むように走り、そして消える。出血が止まっていた。

「ふん、殺したいわけじゃないのさ。私のことを、語り継いでもらわないといけないからね」

 本来それだけで人間の足がくっつくなんてことはないはずなのだが、痛々しい傷口と縫い目を残しはしたものの、東風谷早苗の脚はつい止められた。

「……私もまだ神力が使えるものなのね。はっ、もし切れたのが脚じゃなかったら、放って置いたかも。運のいい女だわ」



§ § §



「何故、助けた……」

 縫い合わせられ神力で再接合を果たしたとは言え、まだ痛みと違和感を残した足で、東風谷早苗はグォダ=ニャマムの腕の中から、自分の体を突き落とすように離れた。そして転がり落ち、立ち上がるが、足は上手く動かない。

「聞こえてなかった? お前は私の力を他の者に語り継ぐのよ。あの山に住まう土蜘蛛神は強大で、決して触れてはならぬと」

 悔しそうに表情を歪める東風谷早苗を、気にも留めずに後ろから現れた気配に振り返るグォダ=ニャマム。

「はでにやったねー」
「キスメ、一応まだ中に居なさい。あの小娘が万一カミカゼでもやってきたら巻き込まれかねないわよ」
「そうは言っても、こいつがさ」
「か、|花鹿《かじか》様、これは……東風谷様!?」

 キスメが困ったように示すのは、リグル・ナイトバグだった。既に目を覚ましているが、状況は飲み込めていないようだ。まだ拘束する蜘蛛糸は切れていない、キスメの桶の下に蓑虫のようにぶら下がっている、見た目ばかりは噴き出しそうに滑稽だが、彼にとって見ればそれどころではないだろう。自身の状況もさることながら、彼の目の前で展開している状況も含めて。

「目を覚ましたの、予想より早かったわね。毒が足りなかったかしら。山まで寝ててもらうつもりだったのに」

 リグル・ナイトバグが目を覚ますと、目の前では何があったのか、守矢の巫女神さまがぼろぼろの状態で辛うじて立っているような状態だ、素直に見るのなら例え目を覚ましたばかりの彼であっても、グォダ=ニャマムと東風谷早苗が戦闘を経て、そして東風谷早苗が負けたのだろうことくらいすぐに分かる。

「|花鹿《かじか》様、守矢の巫女様に……?」
「おのれ、土蜘蛛ぉっ!」

 御幣のない東風谷早苗は、代わりに握りしめた拳で無理に、風を呼ぼうとする。だが、グォダ=ニャマムが払うように手を振ったその先から伸びる糸の単分子ワイヤカッターが、その前髪を散らし、鬢を切り落とし、服を切り、そしてその中の皮膚も浅く、裂いた。警告のような斬撃。グォダ=ニャマムは、東風谷早苗へつかつかと歩み寄る。近付かれる彼女は、あえて攻撃の射程内にはいってくる敵に対して、しかしもう攻撃を繰り出す意志が残されていないようだった。
 グォダ=ニャマムは東風谷早苗の顎を掴み上げ、冷たい目でその眼に視線を注ぎ入れる。

「っ」
「お前は負けたのよ、潔くなさい、なっ!」

 前触れもなく東風谷早苗の腹へ、拳を突き入れるグォダ=ニャマム。防御できない東風谷早苗の腹部に、拳は深々と沈み込み内臓を激烈に圧迫する。

「あ゛っ……オ゛ォっ」

 ごぼおおっ
 一撃で胃の中のものを口から撒き散らして膝を折り、崩れ落ちる東風谷早苗。もともとインファイト向きではない、更に霊力も失っている彼女は今、幾許かの体の頑丈さを持っただけの、ただの女に等しい。

「|花鹿《かじか》様、だめです、だめですそんなことを!」
「お前が言うのか、その言葉を!」

 リグル・ナイトバグが、グォダ=ニャマムによる守矢の巫女への暴行を、静止しようと声を上げる。だが、彼を振り返ったグォダ=ニャマムの表情は、東風谷早苗を見るそれよりも幾段も、憎らしさのこもった鋭いものだった。

「ころ、せ……」
「はっ、殺すつもりなんて無いわ、殺すにさえ値しない。落ちたわね、諏訪。それとも、巫女ではなく本人が来ればそうではなかったか? 現人神を名乗っていながら、この程度か、笑止」

 もはや立ち上がることも困難な東風谷早苗を鼻で笑い飛ばし、目を覚ましたリグル・ナイトバグへ向き直る。

「この巫女、いつかの誰かと、同じ状況だと思わない?」

 身動きの取れないリグル・ナイトバグを横目に、再度東風谷早苗の方を見る。ガクガクと足を震わせて立っていることさえ精一杯の彼女の足元に、夥しい数の白い筋が、地面を這う蛇のように集まっていく。一本一本が自分の意志を持ったかのように動く、それは蜘蛛糸だった。あっという間に彼女の足を絡め取って身動きを封じて転ばせる。そのまま糸を引き、ずるずるとその体を傍に引きずり寄せる。蜘蛛糸に囚われた東風谷早苗はあっという間にグォダ=ニャマムの足元に転がる形になった。だが彼女はそれに視線を送ることもなく、それではなく、リグル・ナイトバグへ問いかけている。

「ねえリグル。あのとき、お前は抵抗できない私を組み敷いて、犯して、気持ちよかった? 怒っているわけじゃないのよ、今更、ただ気になるの、”私の体は、|好《よ》かった”?」

 答えられるはずのない、リグル・ナイトバグ。
 比較的事情を知っている守矢の巫女だったが、グォダ=ニャマムの口からたった今聞こえた言葉に、流石に反応を示す。それは、守矢の巫女が当初リグル・ナイトバグに抱いていた疑いに、近いものだった。つまり、この二人は疫病を万円させるために手を組んでいると言うことだ。

「お前、蛍……まさか本当にグォダ=ニャマムとそういう関係だったのね。やはり、|御東《みあずま》は、ぐがぉああっ!」
「黙っていろ、私とこいつの関係に口を挟むな、雑魚が」

 鋭く地面を突いて重量感のある蜘蛛の体を支えている硬い外骨格の足が、横たわり身動きの取れない東風谷早苗の体を容赦なく踏みつけた。

「ねえ、リグル。答えられないの?」
「|花鹿《かじか》様、やっぱり、私のことをまだ恨んで」
「きいて! いるのだけど?」

 やはり答えられないリグル・ナイトバグ。ふん、と吐き捨てるようにいい、グォダ=ニャマムは足元に転がる敗者に視線を送る。

「リグル・ナイトバグ。そこで、見ているがいいわ。お前が私にしたこと、倭の奴等が私にしたことを、今度は私が、私を見殺しにした諏訪にしてやるのよ」

 グォダ=ニャマムが一歩、二歩、と歩みを下げて身動きの取れない東風谷早苗から離れる。すると、東風谷早苗の周囲の地面がぼこぼこと膨らみ、そして土を掻き分けて無数の蜘蛛が現れた。全て、人間の半身ほどもある巨大な地蜘蛛だ。それらは地面に現れると一斉に身動きの取れない東風谷早苗に向かっていく。

「ひ……」
「か、|花鹿《かじか》様、何を! まさか、巫女様を食べるんじゃ」
「い、いや、いや!! やだ、食べないで、食べないで!! 助けて、助けて、八坂様、やさかさまああっ!!」

 リグルの言葉を聞いた守矢の巫女が、半狂乱になって身悶え、逃げようとする。が、芋虫のように這いずるだけで全く緩慢な動き、蜘蛛はあっという間に追いついて、まるでさっき東風谷早苗と戦闘を繰り広げたグォダ=ニャマムがそうした様な低空跳躍で、東風谷早苗の体に飛びかかっていく。

「食わないってば。だから、お前を殺すつもりなんて無いわよ。ただ、恐怖と屈辱は、深刻に味わってもらうけれどね」
「いや、いやああああああああっ! 蜘蛛、気持ち悪い、気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い!!!」

 蜘蛛とは言え人の体と顔を持つグォダ=ニャマムとは異なり、今東風谷早苗の上にびっしりと取り憑いているのは、大きなだけで紛れもなく蜘蛛だ。

「聞いたところによると、|蛇《タケミナカタ》と|蛙《ソソウ》と一緒に暮らしているみたいじゃないのさ。蜘蛛くらい何だって言うのよ」
「いや、ぎもぢわるい、蜘蛛、きもちわるいいっ!」

 泣き叫ぶ東風谷をよそに、グォダ=ニャマムは、涼しげに残酷な笑顔を向けている。

「リグルも、見ておいてね」



§ § §



 東風谷早苗の体にまとわりつく蜘蛛たちは、彼女を拘束する糸を残したまま、鋭い顎で彼女の衣服を噛みちぎっていく。入れるべき穴を探しているのだ。

「いや、いや……たすけて、たすけて、たすけて……」

 服を噛み破られながら震える声で、助けを求める東風谷早苗。だが蜘蛛も、当然グォダ=ニャマムも、それを聞き入れる様子はない。
 蜘蛛が何をしようとしているのか、東風谷早苗には分かっていない。グォダ=ニャマムが「食わないわよ」と言いはしたものの、あるいはただ噛み殺す、毒で殺す、といった選択肢は否定されていない。東風谷早苗の頭の中を、ありとあらゆる悲惨な行為が浮かんでは消え駆け巡り、それらは全て否定されずに頭の中にこびりついていく。

「その子達、お前のこと、気に入ったみたいよ。気に入らない相手は、私の言うことなんか聞かずに、さっさと食い殺してしまうから。ふふふっ」
「ひっ……」

 巫女装束が、どんどんぼろぼろに刻まれていく。そして、彼らの顎がいよいよスカートを噛みちぎり、その奥の下着を破った。あらわになる陰部。そこまで来て、東風谷早苗は、この大蜘蛛達が一体何をしようとしているのか悟った。

「や、やだ、やだ、やだやだやだやだああああああああああ! 蜘蛛、蜘蛛が、蜘蛛があっ!!!」

 声を上げても何も変わらない。ついに入れるべき穴を見つけ出した蜘蛛達は、東風谷早苗の陰部に我先にと群がり始める。一匹一匹が半身ほどもある巨大な蜘蛛が何十匹も、互いに押しのけ競い合うように東風谷早苗の陰裂を目指して蠢く。股の間を腹の下を膝の上を、毛の生えたごつい足が這い回っている。この女がそれにどういった感情を抱いているのかなどお構いなしに、地面に服に、あるいは肌に鋭い爪を立てて、頭を突っ込んでくる。

「ひ、ひあ……ふっ、ふーっ、いや、あ、あ、ああ、ぐ、ごぼっ、ごっげほっ、げごぉぉっ! げほっ、げほっ!!」

 恐怖と気持ち悪さに、仰向けのまま嘔吐してしまう東風谷早苗。意識を失っているわけじゃない、吐瀉物で詰まりかける気道は咳き込んで確保するが、顔に自分の嘔吐物がぶちまけられたように汚れている。鼻水垂らし涙を流し、目を瞑って蜘蛛の姿を見ないようにしながら、だけどそうすることで股の間を蠢く蜘蛛の足の動きが余計に鮮明に伝わってくる。顔がぐちゃぐちゃに汚れてしまうことなんて、今の彼女には大した問題ではなかった。

「……ちょっとそこまで気持ち悪がられると傷つくんだけど」

 これっぽっちも傷ついていないという表情で、東風谷早苗の惨状を見下ろすグォダ=ニャマム。

「|花鹿《かじか》様、やめてあげてください、こんなこと、何の意味が」
「あるわよ。彼女には、私のことを吹聴してもらわないといけないもの。強大な神が、これから向かう山に住んでいるってね。私を恐れるものから力を得ようなんて、もう考えていないわ。この間までは、生き延びるために必要だったけれどね、もう、不要。後は、山でのんびりと暮らすのよ。ね、リグル・ナイトバグ。それが私の望みだって、知っているでしょう?」

 言葉を失い口を閉ざしてしまうリグル・ナイトバグ。今目の前で蜘蛛に蹂躙されている東風谷早苗同様、彼には、グォダ=ニャマムの何一つ、止めることなど出来ない。

「さあ、穴を見つけたわよ。後は、可愛がってもらいなさいね、諏訪の娘。私もこの子達に感覚を共有させてもらうわ、私が操作するわけじゃあないけれど、この子達がどうやってお前の体を楽しんでいるのか、分けてもらうわ、楽しみ」

 グォダ=ニャマムが言うと程なくして、東風谷早苗の股間に群がる蜘蛛に変化が現れる。腹の先端についた三叉の形をしたものが、ひくひくと蠢きはじめた。蜘蛛達の腹が、荒い呼吸音を立てて忙しなく収縮している。これが何なのか、東風谷早苗には、想像がついてしまった。
 蜘蛛は、興奮しているのだ。東風谷早苗の体に、交尾の可能性を見出して、色めき立っている。巨大な腹部の先端が分離するように割れ、管のように伸び上がる。何十匹もいる蜘蛛が一斉にだ。何か奇妙な匂いがあたりを包んでいる、本来なら小さすぎて嗅ぎ分けることなど出来ないが、これはもしかすると、蜘蛛の性臭なのではないか。想像して、東風谷早苗は悍ましさに体をちぢこめて硬直させてしまう。それでも、蜘蛛は容赦なく股間に潜り込んできた。
 ふしゅ、ふしゅ、と空気を吐出す音を立てながら、ついに一匹の蜘蛛が、東風谷早苗の腰の左右両方に爪をかけ、太腿と下腹部に体重をかけている。丁度、蜘蛛の腹部が東風谷の陰部の上に位置していた。

「や、やめて、蜘蛛、虫、虫なんて、虫なんていや、いやああああああああっ!!」

 太腿を閉じて抵抗を試みるが、蜘蛛の力は想像を絶する強さだった、まるで巨大なペンチや楔で押さえつけられ抉じ開けられるような感覚、東風谷早苗の股はあっけなくガニ股に拡げられてしまう。陰毛に包まれた割れ目に、蜘蛛の腹の先から伸びた管状のものの先端が宛てがわれる。

「いや、いやあああっ……やさかしゃま、すわこさま、たすけて、たすけてえっ、ぐすっ、だずげでええっ! ずずっ、ぐずっ、いやら、虫に犯されるなんて、いやらよおぉぉっ」

 ついに子供のように泣きじゃくり始める東風谷早苗。だがそれも、蜘蛛にとっては関係のないことだ。

「あらあら、まだ一匹目さえ受け入れてないのにその調子で、どうするのかしら」
「|花鹿《かじか》様、お願いです、本当に、こんなことはむぐっ」

 グォダ=ニャマムは、事もあろうにリグル・ナイトバグに口づけをする。この状況で、何を考えているのか。リグル・ナイトバグには全く理解できない。

「ふふ、今の私、|あの子《…》達と感覚を繋げているから……すごく興奮しているの、あんまりごちゃごちゃうるさいと、同じようにしてしまうかも知れないわよ?」

 言っていることが、滅茶苦茶だ。だが、この蜘蛛神なら、ありえると、思わせるなにかがあった。

「さあ、入っていくわよ、諏訪女。大丈夫よ、きっとすぐに良くなるから」

 グォダ=ニャマムが、リグル・ナイトバグに向けたままの顔を薄紅に染めながら、言う。そして。

「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 劈くような絶叫が、辺りに響いた。
 東風谷早苗の陰裂に、ついに蜘蛛のペニスが分け入ったのだ。

「ふぐっ、ひぐっ、ひ……」

 引きつるような呼吸で、目を閉じ嗚咽を漏らしている東風谷早苗の膣には、柔らかい蜘蛛の雄性生殖器がねじ込まれていた。どく、どく、と脈打ち何かを探し回るように自在に内部を掻き分けて進んでいく。

「そんなに嫌かしら。私は、こんなに嫌がらなかったわよね? ……嫌がったっけ?」

 挑発するようにリグルに問いかけるグォダ=ニャマム。とろんと目尻を垂らし赤い顔、興奮の色合いを隠す様子もない。

「ぬいて、ぬいてえっ……えぐっ、ぐずっ、ううっ、たすけて、たすけてえぇ……」

 東風谷早苗の膣内に挿入された蜘蛛のペニスは、奥まで収まる道を見つけ出すと、そのまままるで単調なピストンを繰り返す。簡単に抜け去らないように返しのように逆立った毛が膣内をぞりぞりと掻き上げる。嫌悪感と、痛みと、それに屈辱。東風谷早苗は身も心もぼろぼろに汚し傷つけられていく。
 ずるっ、ずるっ、ぞるっ、と抜き差しを繰り返される蜘蛛のペニス。快感なんかない、ただオス大蜘蛛が吐精に向かうためだけの動き。意思の交流もない交尾、東風谷早苗にはオス蜘蛛の絶頂を予見することなど出来ない。唐突に、膣内に液体が注ぎ込まれる感覚が、襲いかかった。蜘蛛が射精したのだ。

「ぁ……ぁぁ……ぁぐ……」

 我慢し堪えるためにきつく閉められていた目は、今は力なく開かれている。光を失って絶望の色に沈んで、何も見ていないようにゆらゆらと視線を揺蕩わせ、端からただ涙をぼろぼろと零していた。
 放精を終えた一匹目の蜘蛛が、ペニスをズルリと抜き取ると、相当の量が注ぎ込まれていたらしい、東風谷の割れ目からはまるで噴き出すように白い液体が漏れ出した。

「いや……いやぁぁ……っ」

 悲痛な、恐怖をまるで隠そうともしない泣き顔で寝返りを打って、東風谷早苗は両手を一つにまとめあげられて四つん這いにも慣れない状態で、這って逃げようとする。だがそうやって逃げる尻たぶに、蜘蛛は跳ね付いてまとわり付き、腰に取り憑いた一匹が無理矢理のようにペニスを陰裂に押し込んでくる。再び無理やり股を割られ無防備になったヴァギナへ、蜘蛛の生殖器が押し込まれた。

「やめて、やめて、おねがい、おねがいよぉ……もう、蜘蛛なんか、虫なんかの、いれないでぇっ!」

 腰を振って、まとわりついてくる蜘蛛を振り落とそうとしているのかも知れないが、どう見てもいやらしく誘っている動きにしか見えない。尤も、蜘蛛にとってそんな仕草は少しもセックスアピールにはならないが。それに、振り払うことだって出来ていない。
 腰にがっちりとしがみついた蜘蛛は、ずぼずぼと激しく生殖器を出し入れする。正常位よりも、蜘蛛にとってはやりやすいのらしい。

「おっ、ぐ、うぐぅぅっ……」
「あら、激しいっ、この子、相当お前のこと、気に入ってるみたい、よっ」

 ぶしゃっ、ぶしゃっ、と音が聞こえるほどの勢いで、膣内に放精した。蜘蛛にとっては、この穴を喜ばせるなんてつもりはまったくない、ただ、この中に精子を注ぎ込んで受精させ、子を孕ませることだけが目的なのだ。いや、目的でさえ無いかも知れない、ただの本能的な行為、その目的だって理解はしていないかも知れない。
 種付を終えた蜘蛛が東風谷早苗の体を離れると、下半身で常にせめぎ合うように場所の取り合いを繰り返している無数の蜘蛛の内一匹が、すぐさま交尾に都合のいい場所を占拠して、挿入してくる。再び無機質な出し入れが繰り返される。その度にかき回され、快感ではなくただの防衛機能として陰裂を濡らし続ける東風谷早苗。

「うっ、うぐっ、い、いた、いいっ」
「あの娘、つらそうね。その点、お前は優しかったわね、私を快楽漬けにしてくれたから。嫌ではあったけど……気持ちは、よかったわ」

 もう一度、リグルの唇に、唇を重ねるグォダ=ニャマム。東風谷早苗に種付を繰り返す蜘蛛達の快感を共有して得ている彼女は、眼の前の蛍に、少なからぬ欲情を覚えていた。

「|花鹿《かじか》様、やめて、下さい」
「……ふふ、それは、お前次第よ、リグル・ナイトバグ」

 リグル・ナイトバグが彼女を「|花鹿《かじか》」と呼ぶのに対して、彼女はかつての名で呼び返すことはない。

「うぐ、げえっ、げほっ、げほっ」

 また嘔吐する東風谷早苗。蜘蛛は構わずに、次から次へと彼女の尻に取り憑いて、子宮めがけて、精液を注ぎ続ける。
 後何匹の蜘蛛に注ぎ込まればいいのか、東風谷早苗には、もうそんな事を考える余裕すらなかった。

「たす、たすけ……たすけ……たす……」



§ § §



 全ての蜘蛛が満足げに土の中に帰って行った後、グォダ=ニャマムは横たわったままの巫女の傍に歩み寄る。

「……お前の脚は、残してやった。同時に、女としての尊厳をぶち壊してやったわ。|どうするのか《…》自分で決めるのね」

 凍えるような冷たい声と視線で、ぼろぼろに犯され汁まみれになって横たわったままの東風谷早苗に吐き捨てた蜘蛛神は、再びふわりと浮き上がって見下ろした。

 星のような火球が堕ちたり、光線が天を貫いたり、大荒の戦闘の様子が見えなくなってしばらくしてから、それを恐らく戦闘が終わったのだと想像した天狗と、それにミスティア・ローレライが、|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の付近まで戻ってきた。
 グォダ=ニャマムは、それが近づいてくるのを認識していながら、阻止しようとしない。|この女《…》を、無事に回収してもらうことは、彼女にとってもそれなりに意味のあることだったからだ。
 勿論、幻想郷にとっての驚異として周知されることは、彼女の目的を阻害しかねないものではあったが、それでも、山を一つ奪いそこを不可侵の場所として確立するには、恐れられアンタッチャブルとされるための手段として避けて通れぬものだ。

「……彼女、戻ってきたわよ、リグル」

 中に混じっているミスティア・ローレライを見て、グォダ=ニャマムはリグル・ナイトバグへ言葉を投げる。彼は、何も答えなかった。答えられようはずも、ない。
 そして、戻ってきた3人は、東風谷早苗の状況を、目にしてしまう。

「み、巫女様っ! これ、は……」

 横たわって震えている東風谷早苗を、ミスティア・ローレライが抱き上げた。すぐに、彼女の身に何が起こったのか、そしてきっと東風谷早苗はグォダ=ニャマムに敗北を喫したのだと、悟った。

「さ、わるなっ、雀の情けなど」
「そんなこと言っている場合では」

 それ振り払ってその手から自ら落ち再び横たわる。もう一度抱きかかえようとしたミスティア・ローレライだが、東風谷早苗から掛けられた消え入るような声が、それを止めてしまう。

「|蜘蛛神《疫病神》に、何か、|伝染《うつ》されているかも、知れないわよ……」
「ぁっ」

 手を離してしまうミスティア・ローレライ。だが思い直してやはり支えようとするのを、守矢の巫女は、改めて払い除けた。自尊心の高さもそうだが、言ったことも本心だ。
 フラフラと力なく立ち上がって、ボロボロの着衣を、言い訳程度に整える。まだ残っているボタンを止めたところで腫れた胸元を隠す布地は殆ど残っていない、破り取られたスカートは吐き直したところで、体液でベトベトに濡れた股を顕にしたままだ。ヘビとカエルの髪留めを震える手で拾い上げて、暴れまわった髪に付け直す。手先が上手く動かないのか、収まりが悪くぶら下がるような恰好で髪の毛にへばりついた。最後に、折れた御幣を、拾い上げる。

「ゆるさ、ない……土蜘蛛……」
「立ち上がれるのね、凄いわ。こっちは、子蜘蛛越しに精力吸い尽くされて余裕がなかったっていうのに。想像以上によかったわ、あなたのカラダ」

 息が上がり赤く染まった顔で笑うグォダ=ニャマム。淫蕩な表情は、しかし裏を返せば彼女も|燃え上がっていた《…》ことを現している。余裕がなかったという言が嘘ではあるにせよ、東風谷早苗に吐き捨てたセリフが、全て嫌味の挑発では無いことが窺えた。

「私よりよかったのかよー」
「想像に任せるわ。でも、キスメをレイプなんてしたことあった?」
「多分無いよ、多分ね。ねえ、蹴ったり殴ったりレイプしたり、ニャマムはそういう性癖だったのか?」
「違うわよ」
「じゃあいいや」

 傍にいる釣瓶落とし、|神官《ヨキロル》キスメへ向ける言葉は、その他のものに向ける声色に比べていつも唐突に穏やかだ、その釣瓶落としは最初からグォダ=ニャマムの配下で味方なのだ、当然だろうが、それを差し引いたとしてもその穏やかな声色は、想像のつかない者に思える。そのギャップが、その意味を知るキスメを複雑な気分にさせ、リグル・ナイトバグの胸中を掻き乱し、東風谷早苗の自尊心をオーバーキルし、他の者には余計に恐怖を煽る。

「ころして、やる、ぜったい……」
「私は殺さないって言っているのに、不公平ね」
「だったら、今殺しなさい、こんな屈辱」
「負けて犯されて、生かされて、堕ちて。それでも、生きるのよ。ね、リグル・ナイトバグ?」

 グォダ=ニャマムに問われたリグル・ナイトバグはしかし、何も答えない。東風谷早苗は、おぼつかない足取りで歩き始める。飛ぶ力も残っていないのだろうか。方向は、守矢神社の方とは、逆だ。グォダ=ニャマムはそれを、引き止める様子もない、好きに帰すつもりらし方。

「おぼえてなさい、土蜘蛛、貴様は、私が……絶対、私がっ」
「いい捨て台詞。守矢神社はそっちじゃないわよ、巫女東風谷。……|タケミナカタ《パパ》と|モレヤ《ママ》に、よろしくね」



§ § §



 森の中に、逃げるように体を引きずって消える東風谷を、冷たい目線で見送るように眺めながら、その場にいる他の面々に向けて声を投げるグォダ=ニャマム。対象は、天狗達だった。

「サルタヒコの、それに、白狗」
「……はい」
「はよう、あの山を|案内《あない》せい」
「しょ、承知、しました」

 守矢の巫女が手も足も出ずにあんなざまになったのを見せられて、射命丸に抵抗するつもりなど消えてしまっている。天狗社会の暴力担当と言われる白狼天狗も、同じだった。グォダ=ニャマムの指示通り、射命丸が先導に立ち道案内を引き受けた。

「お前もよ」

 グォダ=ニャマムが視線をくれると、リグル・ナイトバグを拘束していた蜘蛛糸は、突然時間の流れを思い出して駆け出したように、急に劣化し褪せてはらりと形を失って消え去った。解放されたリグル・ナイトバグには、その意図を汲み取りきれない。手足と羽が自由になったのを、少しそれを動かして確認している。

「リグル・ナイトバグ。そこの夜雀と積もる話もあるだろうが、お前がこの劇の主賓なの、もうしばらく付き合ってもらうわよ。」

 残酷さを隠そうとしない鋭い笑みを、リグル・ナイトバグへ向ける蜘蛛神。彼はまるでやましいことでもあるようにグォダ=ニャマムへ向ける視線を曇らせながら、しかし視線を辛うじて逸らすこと無く、言う。

「せめて、疫病を収めてくれませんか」
「知らないわ」
「このままでは、|御東《みあずま》は無秩序に広がって、罪のない人を」
「罪のない? 人を勝手に神に祭り上げて、かと思えば勝手に捨てて、犯して……忘れ去って! 私はどうであっても構わないというの!」
「それでも!」

 さっき守矢の巫女を完膚なきまでに叩きのめした圧倒的な力を前に、こんな風に声を荒げるグォダ=ニャマムに対して抵抗するような口調で反論するのは、今彼以外には恐らく出来ないだろう。彼にそれが出来た理由も、当人達以外のこの場にいる誰にも、わからない。
 舌打ちを返して、グォダ=ニャマムは、鬱陶しそうにリグル・ナイトバグの言葉を待つ。

「このまま|御東《みあずま》が暴れまわるなら、あなたは山の神ではなく邪神として恨まれるばかりの存在になってしまう。そんなことは、あなたの望むところでもないはずです」
「人間共に邪神と恐れられようが善神として崇められようが関係ない、私がそこにあるという事実だけを撒き散らせるのなら、それに方法など問わないわ、私の知ったことではない」

 でも、でも、と口籠るリグル・ナイトバグはしかし、次の明確な反論を持てずに俯いてしまう、彼はグォダ=ニャマムのその余りにも無茶な存在性の確保の理由を、知っているから。
 彼のその様子を見たからなのかそうではないのか、グォダ=ニャマムは声のトーンを落として言葉をつないだ。

「……安心なさい、病有域は勝手に私の方に寄ってくる。私が山に住まえば、山から動かなくなる。あの子だって、母が恋しいでしょう。それとも、|父が《・・》?」
「あのこ? |御東《みあずま》の中には、あなたとは別の神様……疫病神がいるということですか?」
「どうかしら、見てきたら? 天狗」
「見てきました。|御東《みあずま》の中に、あんな巨大な病域をもたらす巨大な神妖はいませんでした」
「ほんとうかしら? ちゃんと探した? ドブを浚って、土を返して、死体を切り開いて血を啜って糞尿を掻き分けて、ちゃあんと探したのかしら? 私はそうしたわよ。生き延び|あの子《・・・》を育てるのに、何だってしたわ。この復讐のためにね」

 口を出した射命丸は、だが、黙ってしまった。きっと中心部に強大な神妖がいて、|御東《みあずま》はその移動を追随しているのだと想像していた。それがザグトミというものだったが、その存在は否定された。そんな者はいない、いるのは目の前にいる強大な土蜘蛛神で、それは|御東《みあずま》とは独立して移動している。
 そこで絞り出すように声を上げたのは、リグル・ナイトバグだった。

「病を拡めているのは、虫です」
「りっくん?」

 それは、|御東《みあずま》の黒幕が自分であることの告白でもある。それを聞いたミスティア・ローレライは、みるみる顔を蒼白にして膝をついた、信じられないものを見るような目で、パートナーの方を見る。

「り、りっくん、ねえ何言ってるの? その子のこと、しっているの? 疫病の犯人は、りっくんだったの? 調査に行くって言ったの、嘘だったの?」
「嘘じゃない、でも……ごめん、ローリー、ボクは」
「彼が誰かに責を負うとするなら、雀ちゃん、あなたじゃないわ、私よ。でも今更こいつに土下座させたところで何も変わらないのだもの、私も彼の行為を責めるつもりなんか無いわ、私は目的のために次の一歩を、自分の脚で、進むだけ。」

 背中から伸びる自らの付属肢を、頼もしそうに眺めて手を当て撫でていた。その足をくれてやったのが、ましてこのグォダ=ニャマムが元は人間で、この姿に変えてやったのがリグル・ナイトバグだということも、この場にいる誰も、知らない。

「あの中にいる虫は、ボクの言うことを聞いてくれないんだ、|脳《意思》が無いの。もっと大きな、何かの目的に向かって、本能的と言うか無機質に行動しているだけ。その目的は」
「そうね、私かも知れないわね」

 ヒントをくれてやる、とでも言いたげに付け足したグォダ=ニャマムに、射命丸は「母を求めて彷徨い続ける、幼い疫病神?」と推して言う。

「幼くはないわ、でも」
「『蛭子』なんだ。目も鼻も口も耳も手も足も体もあるが、自分の脚で立つことも出来ない骨も脳もない、|疫病神《エヤミ》は、不具の子だった。本来なら、すぐに死んでしまう子だったのに」
「私が、生きながらえさせた。あの子は必要だったの、この舞台の、主役だから。そしてそこの蛍は、助演者。私は、そうね、演出かしら」
「違う。主役を、|花鹿《かじか》様、あなたが他の者に譲るはずがない。あなたはエヤミを、ただの道具にしている。そんな冒涜的な」
「冒涜! くっはは!! それを咎められる立場なの、私が? 笑わせないで欲しいわ!」

 笑う、だがそこに相応の感情はない、グォダ=ニャマムを支配しているのは怨恨と、非難、それに、恐らくほんの少しの寂寞。

「|花鹿《かじか》様」
「いい加減その名で呼ぶのをやめてもらえる? その名前はもう捨てた、捨てさせられたわ」
「グォダ=ニャマム、あなたは、何をしたいんですか」
「知れたことだわそんなことは、リグル・ナイトバグ、分かっているでしょう?」

 リグル・ナイトバグは、押し黙った。
 何も言わなくなった彼から視線を剥ぎ、山の方を見るグォダ=ニャマム。
 その場にいる者はそう多くない。姿は消えれどまだ遠くへは行けていない東風谷早苗含めれば、射命丸文、犬走椛、ミスティア・ローレライ、リグル・ナイトバグ、キスメの6人と、グォダ=ニャマム。本来の主を圧倒し、守矢の巫女の抵抗を押し返し、白狼天狗の戦意を殺いだ土蜘蛛は、勝ち誇ったような表情で彼らを見下ろして、高らか宣言する。

「これは貴様ら全てへの復讐である。抵抗しないのなら、血は求めない。貴様らが槍玉に挙げ裏切り追い出した旧神がただ、そこにある、事実を以て全て私が塗り返す、それが復讐だ! ……貴様らが蔑んで捨てた、山女の東征だ、祝ってくれよ?」



§ § §



 途中他にも何人かの|辛痕《つらあと》の患者とすれ違いながら車を流して、|旧役場庁舎《杉浦醫院》に着いた。
 降り際、アミちゃんに車の中で突然謝られたその意味を聞いても、何も答えてくれなかった。何だというのだろうか、|道《すすむ》君を殺して私も死ぬとかそういうんじゃなきゃいいんだけど。
 門柱を抜けてアプローチを抜ける。低木が茂り草の覆う岩が苔むしていた、真夏というわけでもないというのにじっとりとした空気が肌に絡みついてくる。

「アミちゃん?」

 アミちゃんが視線もよこさず声も呉れずに私の手を握ってきた、私は何も答えずにその手を握り返す。何かに怯えているのかと思ったがどうやら違うようだった。彼女の手は温かくてそして力強く私の手を握っている、まるで、私の想像とは真逆に私を導こうとしているように。
 アプローチの踏み石をひとつ、またひとつと渡っていく内に襲ってきたのは忘れもしない、何かが背を這い回っている感覚、耳の裏をかさかさと細い無数の足音がうろつく不快感と、そしてすぐに襲い掛かってくる、遥か高みからの巨視と地を這うような微視の重複、主観が薄まる代わりに無数の客観が天井を埋め尽くして自己認識が内側からではなく外側から埋め尽くされる感じ、それら全てが一度に全部自分のものになったという理由のない万能感。それら、全部。

「サユリさん」
「っ」

 アミちゃんに名前を呼ばれて、はつ、と風船のように飛んでいきそうになっていた意識を捕まえ直した。気が付いたときには、その不思議な感覚は消え去っていて、目の前にはただの寂れた、廃墟と言うには幾ばくか手入れされた草が生い茂り苔むした、さっきまで見ていたのと全く同じ顔をしたアプローチが口を開けてその向こうに、古めかしい木製の扉がぽつねんと佇んでいるばかりの光景が目に飛び込んできた。

「あれ」
「気をしっかり保って下さい」
「……今もしかして私、寝てた?」
「ちゃんと|い《お》きていてくれてよかったです」
「えっ?」

 なんか怖いことを言われたような気がするけど……空耳だよね?
 アミちゃんは私の手を引いて、すたすたとアプローチを抜けて扉に手をかける、それは鍵がかかっておらずアミちゃんの手ですんなりと開かれた。明かりは灯っておらず人の気配もない、|道《すすむ》君はいないのだろうか。

「アミちゃん、あのね、私別に|道《すすむ》君とそういう関係じゃ……ねえってば、聞いている? こんな、町の人達が大変なんだからそんなコトしてる場合じゃ」

 アミちゃんは私の言葉など聞こえないかのように、迷いなく資料館のエントランスを抜けて行く。当然誰もいない受付には、相応に目もくれず、でも誰に何も断らずに入って誰に何も断らずに奥へ進んでいくのは、いくら近所さんはみんな顔の知れている人ばかりだからと家に鍵をかけずにでかけていく田舎のノリから考えてもちょっと、|ない《・・》。

「アミちゃん?」

 彼女の手はまだ私の手を握ったままだ。妙に温かいのを感じて入るが、それは焦りや恐怖によって汗を書いているわけでも、緊張で血の気を引いて冷たくなっているようにも感じられない。私は彼女に引かれるままに資料館……旧役場庁舎を歩き回る。いや、有るきまわるという表現は正しくないかも知れない、というのはアミちゃんは一直線にどこかを目指しているようだったからだ。

「え、ここって」

 まっしぐらに目指していた場所は、階段、それも佐久間醫院の祈念保存施設としての二階、三階に向かう上り階段ではなく、関係者以外立ち入り禁止となっている、地下への階段だった。

「ちょっとちょっとちょっと、アミちゃん、ここはまずいって、遺族以外は……」

 構わずにそのままかつんかつんと階段を降りていくアミちゃん、手を引かれるまま私もそれについていく。
 別にホラーだのおばけだのを感じているわけではないし、この下には今も人体実験でなくなった人の霊が漂っているとかそんなことは全く思っていないただ、それ以上になんだか嫌な予感がしていた。気になっていたのは確かだが、前に上からこの下り階段の入口を見たときに感じたまるで異世界への道が大きな化物の口のみたいにぽっかりと開かれているみたいな感じ、気にはなっても正直ここを降りようだなんてことは全然思わなかった。
 元々古めかしく少々痛みの見える階段、明かりが無く暗いからかも知れないが、地上階で感じた干からびて冷たくなった時間の体温は、地下では一層強く冷たく乾いて、でも重苦しく喉元に押し込まれるように感じられる。大した長さの階段でもないのに、一歩一歩降りていく内に上からの光は途絶えて闇に沈んでいくみたいな感覚が、まるで長い洞窟を歩いているように錯覚されてしまった。普通1フロアを下るのに踊り場は一箇所だろうに、一つくるりと回ってもまだ階段が続いていた。もうすっかり足元は見えない一歩ずつが重く感じられて、それを意識するとまるで重力まで少しずつ増しているかのように、足が、体が、重ったるく感じられてくる。
 その間、アミちゃんは一言も何も発さない、ただ私の手を離さないまま引き続けている。私をそこに、どこかに、連れて行くまるで使命を負っているかのように、強く握ったまま。

「アミちゃん、ここに、来たことあるの? 学校の現地学習とか」
「あります。でも、サユリさんが想像しているような理由ででは、ないです。」
「じゃあ、なんで」

 私が問いかけたところで、下り階段が終わった。踊り場は全部で3つあって、階段の終わりに不自然な空間、踊り場の半分程度の空間だけがポッカリと残されているその先に、金属製の扉が冷たい顔を見せている。私が最後の一段を降り切るのを待ってから、アミちゃんはその扉の重量感を感じさせるようにゆっくりと、でも力のかけ方自体からは乱暴ささえ感じる様子で、それを開けた。何の躊躇いもない、まるでそこに何があるのかを知っていて、来ることにも慣れているかのよう。
 扉を開いた先には想像以上に広い空間が広がっていた、これはきっと庁舎の敷地全体を区切り無く柱のみを点々と立てただけの空間だ、見渡せるくらいの面積を感じる。下ってくる階段の道中で感じた暗闇や重苦しさを引きずったような陰鬱とした空気が沈殿したように満たされている、ひんやりと冷たく、そして重い。壁はコンクリート打ちっぱなしの壁特有の冷たく荒々しい無表情をしている。灯された光は電灯ではなくガス灯だろう、珍しい、一定の間隔で壁と天井に灯っていて、明るさ自体は眩しいくらいだが、電灯よりもほんの少しだけ揺らめきを持っていた。
 その奥、柱の陰から、声が、聞こえた。

「来ると、思ってた。お姉さん」
「|道《すすむ》君」

 声の主は、|道《すすむ》君だった。想像通りだが、意外でもある。彼以外にここにいるとは思えなかったが、彼がこんな場所で何をしているのかというのは想像もつかない。彼はいつもと同じ様な様子でちょこんとそこに立っているような印象で、でもその様子が逆にこの空間にマッチしているかのように、それが必然性を持った画であるような収まりを見せている。
 地下は、過去に佐久間医師によって人体実験台にされた人の慰霊の祭壇を設けてあると聞いていた、そうであるならばもう少し清澄で改まった優しくて温かみのある空間であるはずが、広がっていた光景にそんな空気もそれらしいオブジェクトも認められない、目に入ってくるのは祭壇というよりは、むしろ……

「ここは、何?」
「見ての通り。佐久間巴……ザグトミの切れ端が人体実験を繰り返していた場所です。今は、僕がそれを引き継いでいます、目的は真逆ですけどね。」

 さっき外で道を歩いていた|辛痕《つらあと》に苦しみながらどこかを(きっと神社を)目指していた人と同じ様に、皮膚が葡萄状の腫瘤で埋め尽くされた人間が、まるでガラスの棺桶のような場所に閉じ込められたその内側で苦しげな呼吸に腹を弱々しく上下させている、人と言うよりも巨大な昆虫標本のように、狭いガラスケースの内側に横たわっていた。
 その向こうには、それとは異なって透明の箱の内側で暴れていたらしい、内側に血や体液が擦り付けられ汚れ散らした跡が著しいものが見えるしかし、その中の様子とは裏腹に主は今はすっかりと緩慢に沈んでいた。中に押し込められているのは、ひび割れ肉色を覗かせる全身の肌のその割れ目から無数の白い糸のようなものが這い出して蠢いている、それは見た目には疑わしく思えるが人間だった。
 狭い透明な四角い箱の中に収められた体の、腹部ばかりが異様に膨れ上がってその内側から押し付けられる一方で、割り箸の夜に細った四肢に皮膚が垂れている人間、生きているのだろうか。
 |辛痕《つらあと》らしい病気が進行していたり、寄生虫に全身が冒されているように見えたりする、明らかに異状を来した人間が、整然と並べられた透明な棺桶のようなケージの中に封じられている。
 地下に広がっていたのは慰霊の祭壇、墓所、納骨堂、というよりはむしろ、火葬場、あるいは病院の集団霊安室、そうした場所がこの世にあるのなら人間処分工場のようにも見える、全ての匣は透明で中が見えており、しかも中の人はすべて生きたままだ。工場のように人間を病態へ押し込みそれを標本のように並べてある光景は、余りにも異様であり、しかもその病態はどう見ても一様ではない。

「|甘種《アシダカ》、こんなところに鬼を連れてきて、何のつもり?」

 |道《すすむ》君は、アミちゃんに向かって何か非難がましい視線と言葉を向けている。「彼女」とは私のことだろう、だが「アシダカ」とは何だろうか。

「拡大停止プロトコルは」
「……未完成だよ」
「結局、間に合わせられなかったということ? それとも、そんなのはただのポーズで、本当はあなたもこの復讐劇に参加したかったんじゃ」
「違う、僕は違う!」
「だったら何だというの、この結果は!? 始まった感染拡大、あなたの思惑は水泡だわ。私のもね」

 この二人、知り合いなんだろうか。アミちゃんは|道《すすむ》君のことを、得体の知れない子供のように言っていたけれど、まるでそんなことはないように、何かの会話をしている。

「あの」
「あ、サユリさん、その」
「これって、さっきアミちゃんが私に突然脈絡もなく謝ったことと、関係してるんだよね?」

 沈黙、それは肯定のものだ。

「別に謝られるような怒るような要素もきっとないと思う、だって私には今の状況がこれっぽっちもわからないもん。だから、少し説明してくれないかな、|道《すすむ》君も」

 わからないことだらけだ、この|阿波戸《あわと》に残された|阿祖神社と蛭子神《得体の知れない信仰》、突然爆発的劇症的に拡大している|辛痕《つらあと》、この寄生虫博物館の由緒と謂れ、土蜘蛛や湖水伝説とのつながり。私の頭の中にばらまかれたボタンはまだボタン同士が繋がり始めたばかりで、その全体像を少しも示してくれていない。
 私が説明を求めると答えたのは|道《すすむ》君だった。一歩歩み出て無数に並んだガラスケージのひとつに手をつき、何を考えているのかまるでカーテンで遮ったように見通しが利かない視線を投げたまま、驚くべきことを口にした。

「僕はここで、あなた方が”芽殖孤虫”と呼ぶ虫の、完成を目指していました」
「えっ」

 完成? どういうこと?

「蛭子はまだ未完成なんです、人を、殺してしまう。こういう風に」

 |道《すすむ》君が、整然と並ぶ透明な匣の1つを指差す。その中には、体中に白インゲンを半分埋め込んだような腫瘤を浮かべた人が横たわっている。動かず死んでいるように見えるが、よく見れば呼吸をしているのがわかった。
 豆腫の内、背中にあり自重で圧迫されるものは潰れ、破れた内側からは白い糸くずのようなものの塊がはみ出している。

「うっ……」

 眼の前で体中が寄生虫だらけになって死に行く人を見て、強烈な嫌悪感に苛まれる。湧き上がってくる嘔吐感、吐きそうだ、だけど、この感覚は、何、なんかもっと別な……。

「蛭子、というのは、芽殖孤虫のことだというの?」

 その正体不明の嫌悪感と不快感を抑え込みながら(だって今はそれどころの状況じゃない!)、|道《すすむ》君の話を引き出そうとしてみる。アミちゃんが彼と知り合いで、そのアミちゃんが私をここへ連れてきたということは、きっと私も巻き込まれようとしているのだ、知る権利くらいあるでしょ?

「日本で見つかった芽殖孤虫は全部、蛭子の未完成実験体です。同じものはいない。だから、生活環も不明で『孤虫』と呼ばれているんです。今後、芽殖孤虫、と呼ばれる虫体が他に見つかったとしてもそれは、過去に見つかったものと厳密には異なるものです。”芽殖孤虫”なんて名前の虫は、存在しません。」
「呼び方なんて、どうでもいいけど、|道《すすむ》君は、ここで芽殖孤虫の人体実験を繰り返していたってこと?」
「そうです」
「じゃあ、外で起きてる|辛痕《つらあと》の大流行は」

 この地に伝わる寄生虫症が、オオクニヌシにまつわる疫病のことだとするのなら、|辛痕《つらあと》というのは芽殖孤虫に関係しているってことじゃ……?

「それは別です、逆なんです。その虫はそこの妖蛍が、|辛痕《つらあと》の感染拡大停止プロトコルとして作成しているものなんです、でも結局間に合わなかった」
「最終的には、一定期間人体に潜伏してその間|辛痕《つらあと》に対する免疫を形成し、糞便と一緒に排泄されて次の宿主に移動する想定でした。こんな風に、移行症を発症するなんて……」
「言い訳はいい、蛍、お前が|花鹿《かじか》様をなんとかすると言うから、おとなしく待っていたというのに……!」
「え? 蛍って? |道《すすむ》君? それに、|花鹿《かじか》「様」って……」

 話が飲み込めない、いや、断片的に咀嚼は出来ているけど、余りにも荒唐無稽で飲み込むことはやはり出来ない。未知の病に、人造寄生虫で免疫を得て抵抗する? そんなファンタジックな話、ありえない。
 だいたい、ふたりとも私に対して全く「そんなことはしらない」みたいな態度で接していたじゃない。それが、アミちゃんの「ごめんなさい」だったってこと?
 可能性として一番飲み込みやすいのは、アミちゃんと阿祖神社の|花鹿《かじか》ちゃんは、本当は面識、分家だ本家だという上で繋がりを維持しているということだ。
 でも、アミちゃんと|道《すすむ》君は? 一体何の繋がりがあって、それに、アシダカだのオニだのって……。
 |阿波戸《あわと》で色々と調べながら大雑把に胡散臭い想像を膨らませていた、でもそれが、嫌な形で姿を現し始めている、そんな気がしていた。

「まって、話がぜんぜん見えないの。私が、鬼?」
「……ごめんなさい」

 アミちゃんが俯いて答えた。とは言え、その昏く沈んだ様子をどう捉えればいいのか、今の私には何の判断材料もない。一体何が起こっているのかさっぱりわからないのだ。この二人の間では、あるいは阿祖神社の|花鹿《かじか》ちゃんの間には、何か統一的な文法と語彙があるのだろうけれど、あいにく今の私にはそれが無い、この先もきっと無いままだろうと思うが。

「謝られても困るんだ、いや責めてるわけじゃなくってさ、私なんにもわかんないし。私が鬼だったら、鬼の身分でここに来てしまうとどうなるのか、私にはわからない。でも、それを知る権利がある、って認識でいいのかな?」

 |道《すすむ》君が、ええ、と小さく答えた。

「事態が全然飲み込めないし整理できないんだ。もし、今こんなところで油売ってる暇がないっていうのなら後回しでも構わないのだけど、私は『何で』を聞かせてもらえるんだよね? 『何で』ってのは、私が鬼だということではなくって、それよりもっと目先の問題として、何でここに連れてこられたのか。アミちゃん」

 私が言うと、アミちゃんは|道《すすむ》君に一瞥を送った。|道《すすむ》君は何も言わずにただその視線から目を逸らす。それは当然肯定的な意味を持つものではないが、同時に否定や制止を意味するものでもない、それを見たアミちゃんは口を開いた。

「サユリさんが、鬼だ、というのは……サユリさんはすぐに理解してしまうと思います、だってもう、途中までサユリさん自身の手で答えを導きかけてますから」
「え?」
「鬼、っていうのが、古代の日本人だって言うことです」
「私が? 縄文人かそのへんだっていうの?」
「私もです。もっというと、この場にいる全員に、|花鹿《かじか》様もです」

 最初は冗談で言っているだけかと思ったが、冗談を言うときの顔ではない、いつも穏やかで……正直少しふわふわゆるい感じのアミちゃんだったけれど、あれはきっと演技だったのだろうと、今になって思う。素直に見たとおりの、すこし鋭い印象とキツい雰囲気というのが、本来の彼女のオーラだったのだろう。何らかの理由があって私の前では、それを装っていたのだ。
 そうした鋭利で冷ややかな雰囲気を昏く沈ませて、アミちゃんは私と、それに|道《すすむ》君に|花鹿《かじか》ちゃんもそうだと、いう。真面目な表情と声色に、恐らく嘘はないだろう。

「縄文人って、どの縄文人? この日本列島に澄んでいる日本国籍の人間には多かれ少なかれほとんどの人にはその遺伝子が混じっているわ。日本人は全員縄文人であるし、縄文人からは遠くかけ離れた人とも言える。多義性が酷いわ」

 私が少し意地悪いように言ってやると、アミちゃんは、言い方を変えます、と言った。

「系譜を、ニニギではなくニギハヤヒに持つ人達、と言い換えてもいいかも知れません。その人達は、九州から橿原へつながる道のどこかで身を寄せ合って生きていく中で、遺伝子的に濃縮されました。サユリさんの言う、マンモスを追いかけて古代に日本に入ってきていた人たちでも、ニギハヤヒに遅れて日本に入ったニニギの子孫でもなく、それらからは隔絶される形でひっそりと生き延びた人たちです。サユリさんや、私、それに、そこの蛍と、|花鹿《かじか》様」
「トンデモ説過ぎて受け入れ難いのだけど、今はそれを否定するだけの材料を持っていないわ。続けて」
「|花鹿《かじか》様は、神様です。土蜘蛛と呼ばれてしまっていますが。サユリさんのご想像の通り、大和朝廷がこの辺一体に治水事業を施したときに、追放され、殺され、邪神に仕立てられたのが、|花鹿《かじか》様です。」
「えーと、え? 今、縄文時代じゃないし、流石に聖書に出てくる人でも数百歳程度だよ。いま2000年代なのだけど」
「神も悪魔も妖怪も、人間ではありませんから。」

 頭が痛くなってきた。何を言っているのか、理解出来るが理解出来ない。言葉と意味は通じているのに、常識と照らし合わせるとエラーが発生して認識を却下される感じ。あんまりにも、発想が幻想的すぎる。今どきこんな小説はやらないだろう。

「この辺に、鰍沢という地域があります。」
「知ってるよ、有名な場所じゃん。」

 美しい景観故に、中国の仙人である嫦娥がここから月へ昇った、なんて比喩で名付けられた、昇仙峡という峡谷で有名な場所だ。ローカル線が通っててちゃんと駅もある。富士川水系に所属しているはずだけど。

「鰍沢は元々沢ではなく、山でした。富士川は細々とそこを流れる小さな河川でしか無く、その山は|富士山《阿祖》を望む小さな山という意味で|阿祖見《あそみ》の山と呼ばれていました。阿祖神社の由来は、|阿祖見《あそみ》です。そして|花鹿《かじか》様は、その山の神様です。湖水伝説に残るように、この辺り一帯の盆地は湖で、|阿祖見《あそみ》の山は|蹴裂《けさき》権現など、つまり大和朝廷の人々によってくり抜かれて峡谷になり、鰍沢という沢になった。それは、山を失い神から妖怪に突き落とされた|花鹿《かじか》様の名前から供養の意味で付けられたものです。その由来は、忘れ去られていますが。」

 だから、縄文系だというのか?それは|花鹿《かじか》ちゃん一人の問題で、私もアミちゃんも、|道《すすむ》君も関係のないことではないのか。

「私のご先祖様が九州だったってのが、それに直結するとは思えないのだけど。九州だって今は色んな人がいるわ。2000年以上も前の人の血がそのまま保存されているだなんて、流石に都合が良すぎる」
「勿論、みんながそうだなんて思っていません。でも、現にサユリさんは、|辛痕《つらあと》に対して劇症を示さない」
「え?」

 |辛痕《つらあと》の話が突然出てきたところで、アミちゃんが視線を横にずらした。前に出てきたのは、|道《すすむ》君だ。

「|花鹿《かじか》様は、神様から引きずり降ろされて妖怪……土蜘蛛に貶められた方です。神としての名前が残されていたのなら、|阿祖見山居比女命《あそみやまいのひめみこと》、とでも呼ばれたかも知れません。今は、土蜘蛛として妖怪に貶められ、その正体さえ隠して人間として隠れて住んでいます。」
「彼女はずっと、人間への復習に向けて計画を練っていました。それが、|辛痕《つらあと》の爆発的な感染、まさに今起こっていることです。」

 土蜘蛛は元々人間だ。だが妖怪としての|言霊《呪》を被せられているのも事実だろう。それは確かに、大和政権という一つの巨大な言論がそれを事実として作り上げてしまったものだ。そのヴェールが剥がれて見直しが入ったのは、2000年近く経過した最近になってからだ。その経緯を鑑みるなら、元は神様だっだという話も、合点がいかないわけではない。

「|道《すすむ》君は、何者なの。様、なんて使って、神様の使い?」

 だんだん、自分が狐狗狸に騙されている途中のような気がしてきた。疑わしすぎて素直に受け入れる気になれないだけマシかも知れない。この二人の言っていることは、あんまりにも浮き世離れしている。何千年も生きている(もし、古事記の記載が正しいのなら、ニギハヤヒからニニギのギャップは更に1桁多いことになるが)だなんて。面白くない小説でも読み聞かせされていると思って聞いたほうがいいのだろうか。

「僕は、滅ぼされた蛍です」
「滅ぼされた蛍っていうと、日本住血吸虫の話?」
「はい。仕方がなかったんだと思います、だって日本住血吸虫症は、明らかに人間に多大な危害を与えていましたから。蛍の美しさなんて、生きるか死ぬかの問題の前ではどうでもいいことです。それに、この土地の蛍は特殊だったんです」
「特殊?」
「普通、カワニナの成貝を食べられるほど成長していない蛍の幼虫は、同じく体の小さい稚貝のカワニナを食べます。でもこの辺の蛍はそれをやめて、成貝でも小さいままのミヤイリガイを食べるように変化しているんです。この地域ではミヤイリガイの方が数が豊富なものですから、自然なことです」

 たしかにこの辺は蛍の名勝として有名だが、彼の言う通り、この辺の蛍は一度壊滅的な状況に落ちいいっている。他の地域からの蛍をわざわざ人の手で持ってきているという話だ。

「ミヤイリガイという貝は、生命力が強い割に何故か限られた場所にしか生息していません。ミヤイリガイがいる地域の蛍は多くの場合、幼虫はミヤイリガイを食べるよう変化を遂げています。だから、日本住血吸虫症の撲滅の為にミヤイリガイを根絶したことは、この地域のホタルの食料を根絶やしにした。そして蛍はこの地域からいなくなった」
「この建物を除いて、ですね」

 アミちゃんが口を挟んだのをみて、|道《すすむ》君くんが更に応える。

「この郷土資料館には、蛍を育むためのビオトープが設けられていました。元々は、生態系の維持なんか考えられていない、お粗末なものでしたが。蛍の生態系は微妙で、調整が難しいんです。この地域特有の生態に変化した蛍は、なおさらです。しかも考えなしに蛍を運搬、養殖することで他の地域の蛍が交じる、所謂『遺伝子汚染』が進んでいました」
「あなたが、それを調整した。その極めて難しい環境整備も、特殊な生態に由来する飼育の困難も、蛍自身の手でなら、要件が明解ですから」
「|花鹿《かじか》ちゃんが山神様で、|道《すすむ》君は蛍の妖精ってこと?」
「妖怪ですね、妖精なんてそんな素敵で可愛らしいものじゃない」
「|道《すすむ》君は可愛いと思うけど」
「……サユリさん?」
「おっと、今はそういう空気じゃなかったっけ。少し場を和ませようとしただけじゃないのー」

 アミちゃんの緑色の目が笑ってなさすぎて怖いのでやめることにした。
 妖怪としての土蜘蛛は、大江山の酒呑童子討伐で有名な源頼光によって、退治されるエピソードが有名だ。その中で頼光は、病にかかって臥せっていたという記述がある。マラリアだとの解釈が有力だが、土蜘蛛と疫病の関連は、この頃から見ることが出来る。|花鹿《かじか》ちゃんが土蜘蛛の代表だと言うつもりはないけれど、そうした|祟《タタリ》の主であることは、想像に難くない。
 鬼と土蜘蛛の関係を縄文で括った上で、それを平安時代の作品に見出すのは適切ではないと思うが、その頃の時代の人間はまだそうした古代のことに思いを馳せてどこか水面下や無意識下にそうした|信仰《畏怖》があったのかも知れない。
 土蜘蛛にせよ、鬼にせよ、人間以外の化物は、人間によって退治されるのが相場と決まっている。それは、蛍もそうだ。日本住血吸虫症の対策として副次的に発生してしまったこの土地の蛍の喪失は、もし蛍というものが妖怪であったのなら、それは紛れもなく退治出会ったことだろう。美化されれば神様、あるいは風流としての言霊を課された今は美しい存在だが、あんなふうに光って飛び回る虫なんて、もし何か奇っ怪な出来事と結びついてしまえばあっという間に鬼火や妖怪の類にされてしまっていただろう。光の大群をなす虫なんて、むしろそうなっていないほうが不思議、と言っても過言ではない。

「山と土蜘蛛、それに記紀神話を絡めるなら、蛍に関係しそうな神様もいるね。」
「”螢火の輝く神”と”狭蝿なす悪しき神”」
「アラハバキやアマツミカボシと同じく、正体のわからない神様だわ。まさかと思うけれど|道《すすむ》君はそれを名乗っているの?」
「名乗っていると言うか、勝手にそうされただけで」
「oh」

 うーん、言っていることだけを聞くと明らかに頭が沸いている子だ。

「その神様は、ヤマトタケルに退治されてるよ。それに、伊吹山はここじゃない。」
「……そうですね」

 何の苦笑いなんだろうか、その|道《すすむ》君のその表情は。

「この地域にはまだミヤイリガイがいる、貝自体は根絶されていない。ここしかもう、生き延びる場所がなかったそれに、やらなきゃいけないこともあった、そうでしょう?」
「この土地で日本住血吸虫症が真の意味で根絶されていないのは、ミヤイリガイが生存しているからなんです。そこの蛍がこの地に執着するのは、そのせいです。|花鹿《かじか》様がこの土地に執着する理由とは違うけれど、重なってしまったわね。」
「|花鹿《かじか》様は地獄から舞い戻りこの土地に潜伏するために、この土地でひっそり力を蓄えようとしていたザグトミという別の悪魔の切れ端を、平らげてしまいました。ザグトミとはご想像の通り、佐久間巴と名乗ってこの建物に住んでいた人です。ザグトミがばらまく疫病は元々この土地で|小さく流行《エンデミック》を繰り返す弱い病気でしたが、|花鹿《かじか》様がザグトミを喰ってその力を手にしてしまったために非常に危険な病になりました。以来、何度か流行を見せた以外は形を潜めています。その度に、未完成の虫を使って苦肉の策で対処してきましたが。」
「それが阿祖神社?」
「元々の意義を失って、阿祖神社の役目は途中からそうしたものに変わってしまいました。|祝主《しゅくしゅ》という人達がそこで世襲制の地位を築いたのも事実です。|花鹿《かじか》様はそれをしばらく好きにさせていたのですが、最近になって、自らそこに立つことを選んだようです。今にして思えば、この感染拡大を実行するための前段階だったのかも知れません。現状、この虫による免疫形成以外に、助かる手段は血と運だけです。それを摘み取っておきたかったのかも」

 これは夢か何かか? 信じられないというよりも、ああ、やっぱり信じられない、としか言えない。|アメイジング《超スゲー!》、というよりも、|アセンション《神w昇天不可避www》、という感じ。誰がこんな話を信じるというのか。騙されている、というかだま好きだって無いだろうこんな話。
 でも眼の前で起こっていた|辛痕《つらあと》の病人の交信は紛れもない本物だった。だとすると嘘で隠したいものはその発端ということになる……全く隠す気なんかないし、これじゃ「ここ宝物を隠しています、掘らないで下さい」という立て札を立てているようなものじゃないか。だから、逆に信じるしか無いのかなって、思わなくもない。あれ、どうなってんだっけ?

「|辛痕《つらあと》って日本住血吸虫症ではないと思っていたのだけど、本当に、|祟《タタリ》だったってこと? ジョークにしては笑えないわ」
「|辛痕《つらあと》は、|私達《・・》以外を殺すように設計されたウィルス症です。古代のB兵器と言ってもいいです。」

 突然変異しやすいレトロウィルスを使ったバイオテロやパンデミックは現代でも潜在的な危機として認識されている。だが予防策は殆ど無い、なんせ未知なのだから対策の立て様など無いのだ。それに比べれば、細菌類は突然変異の確率が低く、対応しやすい。それでも、菌が、見つかっていれば、の話である。

「私達、ってのは、縄文人ってこと? 俄に、というよりは、ずっと信じられないと思うけど」
「はい。倭の人間を苦しめてやるんだ、と。|辛痕《つらあと》は日本住血吸虫症の背後に隠れて存在を知られぬように蔓延するようプログラムされています。だから、サユリさんの推理の通り、日本住血吸虫症と病有地域が一致するんです。」
「でも今は日本住血吸虫は拡がってない。|辛痕《つらあと》の急拡大と一致しないよ」
「|花鹿《かじか》様が、感染拡大に踏み切ったからです。疫病神は、|花鹿《かじか》様の産み落とした子ですから、|花鹿《かじか》様の言うことを聞きくのです。日本住血吸虫症の背後に隠れていたのは発覚を隠すためでしたが、日本住血吸虫症は日本の中では既に終息していて隠れる場所が残っていない状況です。森や山の中で保虫し続けるのも、人間の開発によって限界が来ています。」

 鬼、とは私のことだとすると、私がここに来たことが、何か大きな契機だったというのだろうか。佐久間医師あ手記の中で挙げていた、芽殖孤虫に感染した人間を食べる何らかの存在としての、獣、妖怪、鬼。それが、この場にいる全員だというのだろうか。この二人は自らを人間ではないと言っている。私は生粋の人間であるつもりだ、私もその内だというのは勘弁して欲しいところだが。

「佐久間医師、えっと、ざぐとみ? とかいう奴は、芽殖孤虫に感染した人間を食べる存在として、妖怪や鬼を想定していたみたいだけど、食べるっていうのは」
「恐らく、病の拡大を止めることの比喩でしょう」
「なるほど」

 |道《すすむ》君が答える。なるほど、古典やら神話みたいな、詩やら唄のような比喩に満ちた言葉を現代語で解釈するなら、そういう言葉を使う可能性も無きにしもあらずだろうか。あの虫が、病原体を食いに現れる、ということだろうか。

「何故今なの? というのは、今踏み切った理由じゃない。人間の科学力がここまで発展するまで、何故|花鹿《かじか》ちゃんは暴走のスイッチを押さなかったの?」
「それは……」

 私が問うと、アミちゃんは口ごもった。|道《すすむ》君を見ても同じだ。ふたりとも何か言いづらい事実を抱えているのか。私にだけ、言えない何か?

「何を隠しているのか知らないけれど、私は今すぐここから逃げ出したい。二人が渡しに何かを課そうとしているのが見え見えで、その内容を明かさないというのなら。もし私にできることで多少の負担で済むことなら強力は吝かではないにしろ、こんな状態では、無理だわ。」

 私は、ポケットの中にあるものを、指先で確かめる。確かに、頂いた。

「もし私に何かをさせたくて、私でなければダメなのなら、黙っているのは得策じゃないと思うけど。私、足速いんだよ。正直、ここで二人から逃げ切るのなんて、余裕だと思ってる。」

 私は階段前の扉を開けてみせる。ハッタリだけど、ハッタリじゃない。
 足には自身がある。背後の扉が突然閉まる、なんて漫画のようなことは怒らないで欲しい。現に起こっていないからこういう事を言っているのだけれど。背後の扉が開くことは今確認できた。ここに来るまでに他にある扉はこの建物のエントランスだけだ、外側から鍵をかけられるようなものじゃないと、願ってのことだけれど。
 アミちゃんはポケットに手を入れて、何かを確かめようとしている。右、左。それに他の場所。見つからないだろう、当たり前だ、それは今、私が持っているから。
 山の中をコソコソ隠れるのじゃ、地の利があるかも知れない二人に対して私はブはないけど、鋪道を走っていけるなら、純粋に脚で勝負できる。
 二人が何かをしようとするなら、私は猛ダッシュでこの場からトンズラこくつもりだった。
 私が二人の様子を見ていると、|道《すすむ》君が口を開いた。

「ザグトミと呼ばれる悪魔が|花鹿《かじか》様に殺されて、この建物は空き家となりました。僕はここに住み着いて、|辛痕《つらあと》の感染を停止させる手段として、既にある程度その効果を見せていた、ある寄生虫を用いることにしたのです。」
「さっき言ってたことね。芽殖孤虫が、拡大停止プロトコルだって」
「芽殖孤虫は僕が既存の寄生虫から作り出した人工の寄生虫です。元々この土地にいて、人間の社会とは交わるところのない場所で生活環を築いていた虫です。人間が勝手に立ち入ってきた現代では稀に接触することもありますが。芽殖孤虫、と呼ばれる限りは、未完成の実験体ということになるでしょうか、因果が逆転しているようにも聞こえますが。完成すれば、勝手に生活環を築いて|辛痕《つらあと》を防ぐための、クナドを形成します。……形成するはずでした」
「間に合わなかった」

 硝子の棺桶がズラリと並んだこの光景は、|辛痕《つらあと》に対する免疫を産むための寄生虫を作り出すための実験室だったというのか。だから、外で|辛痕《つらあと》にやられた人と似たような症状を見せている人がいたり、別の幼虫移行症を引き起こしていたり、見た目がまちまちなのにも合点がいく。

「この|阿波戸《あわと》という地域は、そうした縄文からの良い伝承も悪い伝説も全て受け継いで残っている貴重な集落だということはわかったわ。話してくれた部分については、納得こそ出来ないし、今まで聞いた不明の単語も多々残っているけれど、言っている事自体はわかったわ。でも、あなた達が人間じゃないとかそういう主張は眉唾だと思っているし、それよりもまず知りたい問題が残ってる。」
「はい」
「私がここに連れてこられた理由がまだ全然語られていないわ」

 私がそう言うと、|道《すすむ》君も視線をアミちゃんの方へ向けていた。

「サユリさんには、このことを知ってもらいたかった。端的に言えば、それ以外の意味はありません。ここでサユリさんに何かをしてもらうことは、ありませんから。|辛痕《つらあと》がああして拡大をはじめた以上、口止めももう不要ですし。」
「……口止めするつもりだったんだw」

 体で、なんてエロ漫画みたいなことじゃなけりゃいいんだけど。流石にそういうのはない、と思う。思うよ、うん。

「それ以前に、この事実を伝えるつもりはありませんでした。……サユリさんは、自分でたどり着いてしまいそうでしたけれど。きっと、血がそうさせるのでしょう」

 血、というのは、縄文が云々とか九州がかんぬんとか、ニギハヤヒがあれあれとか、そういうことだろうか。
 私は、アミちゃんではなく|道《すすむ》君を見た。今のアミちゃんの発言をそのまま鵜呑みにする訳にはいかないと思ったからだ。案の定、|道《すすむ》君の表情は、疑いの一切をはねのける自信のあるような晴れたそれではなかった。尤も、この場において、どんな状況になってもそんな表情になるとは思えないけれど。

「|道《すすむ》君が蛍だってのは……納得は出来ないけど主張はわかった。アミちゃんは、何だって言うの? |祝主《しゅくしゅ》の家系の分家筋って言っていたけど」
「私は、|花鹿《かじか》様、というか|祝主《しゅくしゅ》の下の階級の神職です。もはや大きな階級体系を維持する大きな組織ではないので機能はしていませんし、だからこの土地以外に散ってしまっています。」
「|祝主《しゅくしゅ》の|花鹿《かじか》ちゃんが祭主で、アミちゃんは禰宜とかそういう感じ?」
「だいたいそんな感じです、私の立場はもっと下っ端ですけど。もう組織は階級の体をなしていませんから、他に奉仕者はいません。そこの蛍も、特殊な立場です。」

 |道《すすむ》君がアミちゃんのことを、アシダカアシダカって呼んでるの、アシダカ軍曹のことなのかな。

「ふうん。まあその階級の話は今はどうでもいいや、私には関係のない話」

 新手の新興宗教とか、カルト教団かも知れない組織構成なんか、知ってもしょうがない。今は、私が何をすべきなのかを明確にする必要がある。逃げて消えてしまうのは簡単なことだけれど、なんだかそれは余りにも誠意に欠くような気がするし……いや、正直に言えば、知的好奇心が勝っている。それに、胸の奥底で、何かが私を引っ張っている。誘っている。これを、導かれている、と表現する場合もあるかも知れない。

「最初の話に戻るよ。二人が|花鹿《かじか》ちゃんの配下でありながら、芽殖孤虫を作ってたり、その活動を隠していたり、彼女の行動に対して全く同行していないことについても、一旦はどうでもいい。私には関係ないことだから。で、私は、何を求められているの? やっぱり口止めに消そうとしている?」
「しません。そんなことは、絶対」

 それまで、どこか沈んだ様子で俯き気味だったアミちゃんが、しっかりした口調で顔を上げて、まっすぐに私を見て言う。演技かな。ポケットに入っている筈の車のキーがなくなっているのに気付いていれば、一旦は引き留めようと思っても仕方がないだろう。
 信じる材料は残念だけど、無い。でも、事実と状況からの信用というよりは、単にアミちゃんへの好意に導かれる信頼感にしたがって、彼女を信じたいと、思ってしまっている。あれ、これって体で口封じされているってのとおんなじじゃ……? でも。

(……まあ悪くないかな、それも)

「|花鹿《かじか》様を止める。今の人間の科学力を前にして、芽殖孤虫を用いて終息させても意味がない。もはや人間はほとんどの病に対処する技術と、知識を持っています。治療が難しければ、封じ込めて、あるいはそこで全て殺してしまうような方法も、取れるでしょう。蛍をそうしたのと同じ様に。今僕らがしたいことは、その回避です。虫が完成せず、|花鹿《かじか》様はボタンを押してしまった。これから僕らが出来ることは、|花鹿《かじか》様自身に、止めてもらうことだけです。」
「説得に行くってこと?」
「僕らではなく、第三者として、同じ血筋の者からの声が必要なんです。|花鹿《かじか》様の山居にも辿ってきた道にも関わりなく、|花鹿《かじか》様の病に罹らない、でも|花鹿《かじか》様を蜘蛛と呼んだ里の者である、あなたの声が。」

 |道《すすむ》君はそう言って、私の方ではなくちらりと、アミちゃんの方へ視線を投げた。アミちゃんはそれに気付いていないように、また俯いているばかりだった。

「よもや、それは嫌だ、とは言わないよね|甘種《アシダカ》。……君が鬼を連れてくるから事態が崖を転がり始めたんだ」



§ § §



 |花鹿《かじか》様がサルタヒコと言い指した射命丸さん、白狗と呼名した犬走さん、それにローリーに周囲を囲われ護送されるようにボクと|花鹿《かじか》様はこの山にやってきた。既に数日が経過している。
 地上に現れて他の人達に取っていたような高圧的な態度から一転して、この山に入ってからの|花鹿《かじか》様は穏やかだった。こんな場所に来て何をするのか、|花鹿《かじか》様に聞いてもここに住むと仰るだけだ。ボクをこの山に縛り付けるのは、贖罪を強いているのかも知れないが、その中でボクにさせているのは、生活や身の回りの世話だった。それはまるで共同生活みたいで奇妙なものだった。

「えへへ、大漁ですよ」
「ごくろうさん」
「|花鹿《かじか》様の網、なんでもがっちり捕まえちゃいますね」

 ボクが山の中で獲ってきた魚や蛙、鳥や虫を平らそうな岩の上に並べていると、|花鹿《かじか》様……グォダ=ニャマムは8本の足を器用に使って、火の面倒を見ながら栃の灰汁を取り、魚を捌き、鳥を毟り、胡桃を割って、糸から網を編んでいる。

「ワア、すごい、器用」
「まったく誰かのせいでね」
「ぁぅ」

 |花鹿《かじか》様……グォダ=ニャマムの機嫌が、この山に入ってからは、気味が悪いほど良い、山を手に入れられたことがそれほどに嬉しいのだろう。なんせ、長い長い間望んできたことなのだから、仕方がないだろうか。
 ボクには想像できることではないが、彼女は向こう側や地底でひどく苦労してきたのだろう。その間、ボクはいっぺん死んだくらいで特に何もしていない。彼女の苦労も、ここに来て天狗に山の割譲を迫って恐らくそれが通るだろう今の状況を考えると、きっとそれだけの達成感につながることなのだろう。
 この山に入って、他の者を排除して蜘蛛巣の結界を展開してからは、ボクが「|花鹿《かじか》様」と呼んでもそれを止めなかった。二人でいる間は、いいということだろうか。理由は、想像がつく。他人の目というのは、他者からの認識に直結することだ。外部からどう呼ばれるかというのが今いちばん重要なことで、そこで「|花鹿《かじか》」という名前が定着することは避けたいのだろう。一方で、こうした閉鎖空間で旧知のボクからそれを呼ばれるのは余り気にしない。
 |花鹿《かじか》様らしい非常に合理的な対応だが、勘違いを、してしまいそうになる。本当なら、ボクも「グォダ=ニャマム」と呼ぶ方がいいのかも知れないけど、昔の名前で呼び続けることが、彼女に対する一つの抵抗と、何かの抑止になるような気がしていた。だめ、と言われたらそのときに、考えよう。

「蜘蛛に向かってダニってのはちょっと頂けないわね」
「えっ?」
「クロダニヤマメってさ」

 それは、|花鹿《かじか》様がボクをぶら下げて、天狗の射命丸さんと東風谷の巫女様に先導させる形でこの山まで歩いてくるときに、道中の妖怪や人間から|花鹿《かじか》様に向けられていた言葉だった。

「『グォダ=ニャマム』って、文字で見たことがない人だと想像つきませんしね。発音も難しいですし」

 博麗は例祭で重役などの関係者には書面を介して「グォダ=ニャマム」と伝えていたけれど、その場で書面を受け取らなかった者にとっては、字面を読み直した音を再度なぞり直しただけの謎の文字列だものなあ。それに|花鹿《かじか》様や、ネイティブだろうあの釣瓶落しの言う音には、確かに「ォ」の前には少し舌を巻いているような音が混じっているし、「ム」の後には「へ」の様な促音が混じっている。クロダニヤマメ、と早口に言っているようにも聞こえるし、訛っても仕方がないと言えば仕方がない音かもしれない。

「ふぅん、まあ、いいか」

 クロダニヤマメ、クロダニヤマメと、何度かその言葉を口の中で転がしてみている|花鹿《かじか》様。

「山を名乗らないんですか? ああ、この山、名前、無いんでしたっけ」
「名前がない山っていうのは、都合が良かったわ。山の方が私の名で呼ばれるようになってもらわないといけないのだから。いつ頃かしら、私に名前がついて、山がそう呼ばれるのは。黒谷山とでも言われるのかしら。楽しみね、リグル」

 どくん、と心臓が体から飛び出すかと思った。その名前を皮肉や他人称ではなく、呼ぶように自然に呼ばれたのは、|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》に会いに行ってから初めてだった。当時|穂多留比《ほたるび》とただ呼ばれるだけでもぞくりと甘い電気が走っていた。それは、今でも、この名前でも、変わっていないみたい。

「か、|花鹿《かじか》様は、なんでグォダ=ニャマムなんて名前になったんですか」
「さあ。」
「さあ。って」
「知らないわよ、|巣《・》を作ってたら勝手にそう呼ばれていたんだもの」
「そんなんでいいんですか……」
「いいのよ名前なんてどうでも」
「えっ」

 名前が、重要だって、言っていなかったっけ。

「それとも、お前が名前を付けてくれるの? 新しい私の名前を」
「そんなこと……」

 ふん、いくじなし。と鼻で笑ってボクを見る|グォダ=ニャマム《花鹿様》。

「だったらどうでもいいわ。いずれこの山の名前が私のものになるのなら、それで十分だから」

 口角を上げて、どこかボクを嘲るように見る|グォダ=ニャマム《花鹿様》。「だったら」。そう言った。そうじゃなかったら、どうだったというのだろうか。もしボクが|花鹿《かじか》様に新しい名前をつけるなんてことをしたのなら、|花鹿《かじか》様は……ボクを殺してしまうかも知れない。だってそうすることは、ボクが|花鹿《かじか》様の|存在《名前》を担保してしまうことになるのだから。それは、|花鹿《かじか》様が一番、嫌がっていることだ。
 |花鹿《かじか》様は火の面倒を見ながら、ボクが獲ってきた鳥や魚をひょいひょいと捌いて火に焚べていく。
 なんで、|花鹿《かじか》様はわざわざボクをここに拉致してきたのだろうか。大昔に、自在の存在となりたいと仰っていたのを実現させるつもりなら、僕なんかがここにいることは不都合なのではないのか。
 それとも、どこか適当なタイミングで、僕に恨みを晴らすつもりだろうか。今のグォダ=ニャマムなら、僕のことなんかそれこそ蜘蛛の巣にかかった蛍のように容易く仕留めてしまえるだろう。今やこの山は彼女の巣のようなものだ。

「懐かしいわね、こんなの」
「え?」
「お前と二人で夜を過ごすなんて、何年ぶりかしら。日のある内はよく遊んでいたけれど」

 |あの頃《…》、夜はお傍に寄ることを許されなかった。ボクは蛍という立場上、大人数の夜虫の一匹として、厳重に警備された|花鹿《かじか》様に舞をご覧頂くことが無くはなかったけれど、二人きりでお話をすることはなかった。月明かりに照らされながら阿祖様のいらっしゃる空を見上げる|花鹿《かじか》様を、こっそりと盗み見ていた。それだけで、恋をした。

「|花鹿《かじか》様、いつも皆に囲まれてて、私なんか近寄れませんでしたし」
「一晩だけあったろう、ふたりきりで過ごした夜が」
「あっ……と、でも、こんな風にご飯を作ったりお話をしたりなんかしなかったじゃありませんか。あのとき、ボクは……」

 それは、ボクが、|花鹿《かじか》様を、犯した夜のことを言っているのだろう。
 |花鹿《かじか》様が、その独特のスカートを摘み、裾を持ち上げて見せる。

「あの日みたいに、|する《・・》か?」
「えっ、いや、や、しないよ、しません!」

 あの日のことを忘れたことなんて無い、それどころか今でも鮮明に覚えていていて思い出しては罪悪感と興奮を再生さえしてしまう、|花鹿《かじか》様のそれは別にぱんつが見えてしまうような捲り具合ではなく精々太腿が覗く程度のだったにも拘らずボクは、股間が熱くなるのを感じてしまう。
 ボクが前屈みになって顔を真赤にして否定していると、|花鹿《かじか》様が呆れたような顔でボクを見た。

「ハァ、変わらないわね、お前」
「そ、そんなこと言ったって、こんなときに……。だっ、大体、ボクにはもう、お嫁さんがいますからね! て、ていそうかんねんはつつつつよいほうですから、ぼく!」
「誰の貞操観念が強いって? よく言うわ、流されショタビッチが。一度貞操観念の神様に貞操帯で締め上げ殺されなさいよ。ていうか、何の話してるのよ。変わんないって、これよ」
「はっ?」

 |花鹿《かじか》様が「これ」と言って指したのは、ごはんのために獲ってきた|まいまい《…》だった。

「まだこれ好きなの」
「えっと……はい」

 楓にも同じことを言われたなそう言えば。自分の勘違いに、顔から火が出る。っていうか会話の流れ、そうだったと思ったのだけど。|花鹿《かじか》様は逃げられないように捕らえてあるまいまいを摘み上げて眼前に持ち、険しい顔で見ている。

「私は嫌いだけど」
「そう、ですよね」

 まいまいは、ボクが|花鹿《かじか》様に無理やり食べさせた。そしてそのせいで|花鹿《かじか》様は二度目のレイプに遭い、虫になり、きっと地上で生きることをやめた。|花鹿《かじか》様の不幸は、きっとそこから始まっている。そのせいで嫌いになったのだろう。

「おいしくない。食感とかね。あと土臭い」
「や、焼けば結構」
「結構よ」

 |花鹿《かじか》様は肩をすくめる様にして首を振り舌を出して「ごめんだわ」のポーズを見せてから、ぽい、とまいまいをボクの方に投げ捨てた。ボクはそれを危うくキャッチして、貝の部分を掴んだまま頭を口に食み、そのままちゅるりと吸い取るように飲み込む。

(やっぱすきだなー……)

 ボクが美味しそうにそれを食べているのを|花鹿《かじか》様は怪訝そうな顔で見ている。

「あ、ご、ごめんなさい。その、いや、でしたよね」
「話聞いてた? まずくて嫌いだっつってんの。お前に嫌いにさせられたなんて、一言でも言った?」
「いえ……」

 ボクと関係性を持つのをとことんまで嫌がる、|花鹿《かじか》様はその点では変わっていないように感じられたが、それでもやはり、あの頃の|花鹿《かじか》様とは決定的に別人のように思えるところもあった、むしろその方が大きい。記憶と執念と面影だけが残って別の存在に生まれ変わった、それ自体はボクがやらかしたことだが、性格までまるで変わって発言も行動も違っていて。

「|花鹿《かじか》様は……ちょっと、変わりましたね」
「そう?」
「なんていうか……大人っぽくなりました」
「あー、なんかお前に言われるとすごく腹が立つわねその科白。どうせ私は年を取ったわよ、こんなに体でかくなって、せっかく昔のように山を取り返しても私自身が別人ですなんて、お笑い草だわ、ははー。どうせ『ボクの方が年取ってるけど、自分見た目若いしー』とか上から目線で優越感気取ってんでしょう? なんで全然変わってないのよお前、腹立つわね。女性に歳を聞いちゃいけないのよ?」
「ななななんですかそれえええぇぇ、ていうか聞いてませんし!」

 こんな事を言うと怒られるので言わないけれど、ボクは幻想郷にいる大概の人達より長くは生きている。長寿が力の大きさに直結していないのだから馬鹿にされるばかりだけれど。ボクから見ると博麗神社だってずいぶん新しいもので、昔何もなかったこの辺も今じゃずいぶん賑やかになったなという印象だ。

「……単純に成長が遅いんですよ、とまってんじゃないかな。若いんじゃなくて、幼いんです、いいことなんてありません。皆に舐められっぱなしですし」
「ふん、そういうことにしておいてあげるわ」

 「するか?」だなんて|花鹿《かじか》様が言うとは思えない、言ったかもしれないけど本当にその気なんかなくって、仮にセックスしたとしても肉の交合でしかないそれに終止するだろう。男として、それでさえ求めてしまいそうになるのも含めてボクは変わっていなくて、でも今の彼女はその真意を汲み取るのが難しい、まるで脱皮をして成長して過去の彼女を脱ぎ捨てた後だとでも言うように、彼女は、おとなになっていて、ボクはあの頃のままガキだ。まるであのとき川辺で見つけた脱皮の抜け殻を今でも大事に抱いているみたいに、昔の花鹿様の姿を、今のグォダ=ニャマムに重ねてしまう。

(変わっちゃったのかな……もう、あの頃の|花鹿《かじか》様じゃないのかな)

 挑発的なのに一線を越えさせるつもりがなかった|花鹿《かじか》様、でもそれはボクとの関係性を深めたくなかったというのとは少し違っていて、その結果ボクが|花鹿《かじか》様の「鏡」になってしまうのを嫌がっていたのだと、思う。今は、どうなのだろうか。
 ただ射精したいだけという欲求がいつでもつきまとい、それを果たして終わりたいとさえ思う。|花鹿《かじか》様の立場と感情を鑑みればそれが、いかにも短絡的でガキっぽいと、恥ずかしく思えてしまう。

「あの、キスメさんは」
「一旦、穴に戻るってさ、気を利かせたつもりなんだろ」
「そ、そうですか」

 何の、気を利かせたのだろうか。

「|花鹿《かじか》様」
「あのね、さっきから黙って聞いていれば、その|花鹿《かじか》って誰よ、ねえ、|リグル・ナイトバグ《…》」
「あぅ……ぐ、グォダ=ニャマム」

 何ていうか、名前を変えて呼ぶというただの変化ではなくって、まるで芸名とかペンネームとか役名で呼ぶような、恥ずかしさがある。

「なに」
「こんな生活、いつまで続けるんですか?」
「ずっとよ」
「そんなの、無理ですよ」
「二人分の食料くらい、山一つあれば持て余すわよ、何言っているの。それくらい今でも覚えているわ。どの草がどの虫がどの実がどの茸が食べられて、どれが食べられないのか。食べ物がどこにあるのか。」
「そうではなくて……」

 そういう意味じゃない、こんな風に山を一つ占拠したままで、ずっといられるはずがない。天狗か、守矢か、あるいは下手をすると博麗がやって来る。今の|グォダ=ニャマム《花鹿様》がどんなに強くたって、八雲と博麗には敵わない。あれは、|別物《・・》だ。

「日の当たる山は、今でもあの頃と何も変わっていない。いいわね、殺さなくても奪わなくても、ご飯にありつける山は。素敵だわ」
「っ」

 すてきだわ、と山を想って口にするグォダ=ニャマムは、思わずはっとしてしまうほどに、|花鹿《かじか》様のままだった。蜘蛛になっても、邪神になっても、生き残るために変化を受け入れたとしても、今でもまだ。ずるい、そんなの。こんな穏やかな表情で笑うのを、射命丸さんや、守矢の巫女様や、それにローリーにも、見て欲しい。あんなふうに、酷いことばかり言う人ではないのだと、ただ、怒り故に素直になれないのだと、わかって欲しい。

「明日は、何をしようか。あの頃と違って、私は自由だぞ。倭の侵攻も気にしなくていい、阿祖なんてもう見上げる必要もない、お前は誰かに嫉妬する必要もないし、今の私は自分の体も自分の思想も自分自身全部を、誰に気兼ねもなく使えるんだ。地底で生き延びることに精一杯だったあの頃と違ってここなら穏やかに過ごせる。掘っても掘っても何も出ない横穴をそれでも掘り続けて巣を拡げていた虚しさもここにはない。やっぱり、いいものだな、山っていうのは」
「そうですね……素敵です」

 今日は特に何をしたわけでもない、昨日も、一昨日も、ただこの山の中を探索して、川に沿って歩いて、湧き水の場所を探して、目印になるような木を見つけて、寛げそうななだらかな場所を探して、雨を凌げそうな洞窟に潜って、食べられそうな実をつける木の位置を覚えて……思ったより色んなことをしていた。それを思い出しながら、|グォダ=ニャマム《花鹿様》は、嬉しそうに言ったのだろうか。
 本当に、戻ってきたかったんだ。それも、きっとボクに支配されているという立場を脱却して、本当に自分の意思と自分の足で。
 山にこうやっているだけで、山居を感じているだけで、こんなにも幸せそうにしている|花鹿《かじか》様。彼女に、思い切り、遠回りをさせたのは、他でもないボクだった。

「お前、リグル」
「えっ」
「また、『ボクのせいで|花鹿《かじか》様が』とか、考えていただろう」
「えっ、いや……はい」
「この、クソウジ虫が」
「うじむし! うぎゅ」

 左右から現れた蜘蛛の手で、頬を左右に思い切り引っ張られた、その上で、人の形の手で、頭にちょん、とチョップを貰う。いたい。

「昔のことなんて、どうでもいいのよ。私はそのためにこんな体になって、こうやって山を取り戻した。お前も、あんな昔のことなんて早く忘れてしまえ」

 こんな体、とは、何を言っているのだろうか。蜘蛛になってしまったことだろうか、それとも、大きく成長したことだろうか。どれにしても、その変化を受け入れて過去の痛みを切り捨てたいという思いに、変わりはないのかも知れない。

「……ひと月後くらいには、お前達が|御東《みあずま》と呼んでいる|有病域《エヤミ》も、この山の一角に収まるわ。そして、この山に立ち入るものを遮る、威力になる。そうしたら、もう何も心配なんて無いでしょう」
「ええ……そうですね」
「何も、心配なんて無い、何も」

 ずき、と胸が痛む。心配ない、という言葉をこんなにも滲みる様子で口にするのを、ボクは見ているのが辛かった。ずっと、常に何かを心配して何かに追われて何かを迫られるような、そんな生き方をずうっと続けていたのだろう。気ままに、何も考えずにだらだらと安穏と生き続けていたボクとは、正反対だ。言葉と行動の重みが違っていて、たとえボクから見て反社会的な行動であったとしても、なんだかそれに対してボクなんかが意見してはいけないような、そんな気がしてしまう。

「|吾《あ》れは、やっと、|私《・》になれる。やっと」
「|花鹿《かじか》様」

(やっぱ、すきだな……)

 たとえ不本意で残酷な方法だったとしても変化を受け入れて、そして望みのものを手に入れた|グォダ=ニャマム《花鹿様》。ボクは、変わらなければいけないのだろう。彼女に変化を求めたのはボクで、でもそのボクは全く停滞したままだ。こんなの、不誠実極まりない。彼女は大きく変わってここに戻ってきた、だのにボクは全然変わってない、それは彼女を愚弄することになったのかも知れない。
 |花鹿《かじか》様は、今のボクを見てどう思っているだろうか。きっと、情けないと、嘲笑っているだろう。

 名前を取りもどす、と言ったグォダ=ニャマム。
 名前に意味はない、と言ったグォダ=ニャマム。

 名前を失って大きく姿を変えて戻ってきた彼女の中に、変わらないものもある。彼女はどうやって折り合いをつけて変化を受け入れたのだろう。ボクも、変化を受け入れないといけないのに、それを強いたボクはそれが出来ていない。
 悔しさ、というのをボクは余り感じたことがないでも、今は、すごく、悔しいと思った。



§ § §



「かじ……グォダ=ニャマム、あなたは、本当に、山に戻ってきたかっただけ、なんですね」
「何度もそう言っているじゃない。もっと言うなら、私の名前で呼ばれるようになる山。私のものになる山。私になる山。」
「そのために、悪者になってしまっても」
「関係ないわ、誰かの基準の善悪なんて、私をはかるには何の役にも立たない。私の頭からつま先まで、目盛りを刻んで数えたところで、誰かの|神話《筋書き》の中に登場して役名をもらったところで、私の何がわかるというの。私にだって、他の誰のこともわかりはしないわ。例え、体を重ねたってね、リグル。」
「ボクは……それでわかるものも、あるんじゃないかと思います。それは分かっているんじゃなくて、わかったつもりになっているだけかも知れませんけど、そうやって、誰かのことをわかろうとしたり、その仮初の理解の上ででもその人のために喜んでもらえる何か、もしくはいたわってあげられる何かを、差し出して、そして失敗しながらやり直して、結局また失敗して、そんなのだっていいと思うんです」

 口から出任せで言ったのではない、本当にそう思っている。|花鹿《かじか》様のことを、もっと知りたいって思った。今でも、ローリーと肌を重ねて、互いの呼吸を聞く度に、なんだか彼女の一部になって彼女の思っていることを共有できているような気がする。それに、もっと昔には……。

「それでお前は、私の何がわかった?」
「それは……」

 答えられない。ボクは、あんな形でめちゃくちゃに|花鹿《かじか》様を抱いたというのに、あの肉の摩擦の中で、思いの吐露の中で、ボクの下で体を操られて肉欲に溺れている彼女をボクのものにしたと思ったその渦の中に沈んだとしても、その後彼女の何ひとつだって、腕の中には残っていなかった。その証拠に翌日にはまた、一人に戻っていたのだから。
 ただ、彼女はただ、自我を、自己を、自分という存在を、守りたかったのだとは、思う。彼女を抱いたからわかるなんて、口が裂けても言えないけれど、あんな嫌な目に遭ってでも生き延びることを選んで、自分が生んだ不具の子供であってもそれを抱えて姿をくらました彼女は、きっと自分という輪郭を、何者からも侵されない確かなものにしたかっただけなんだと、思う。
 でもそれを、理解できただなんて思えはしない、だって、それはボクだってわからないことだから。ボクにはまだ、他の人の胸を張ってこれがボクだと言えるものを何も持っていない。だから、何も、言い返せない。

「そういうことでしょう、それが答えなのだわ」
「でも、でも」
「安心なさい。今更それをどうのこうのと蒸し返すつもりは、無いから」
「どうして」

 そう、どうして。

「……なに?」
「どうして|花鹿《かじか》様は」
「何度言わせるの、その名前は」
「|花鹿《かじか》様は!」

 ボクがそれでも押し通そうとしたことに、|グォダ=ニャマム《花鹿様》も口を閉ざした。

「どうして|花鹿《かじか》様は、ボクをもっと責めないんですか!?」
「……はあ?」
「だって、|花鹿《かじか》様が、ボクには想像できないけど|花鹿《かじか》様はずっと辛い生活をして生き延びて、やっとこうして山を手にするまで、不必要に遠回りをしました、ボクのせいです、|花鹿《かじか》様がそうではないって言っても、ボクのせいなんですから!」
「お前のせいかも知れないけど、お前のせいだなんて思っていない。そう整理をつけたの、余り蒸し返さないで。これでも、まだ感情の地層は沈殿したばかりで落ち着いていないのよ」

 |花鹿《かじか》様が、目を伏せる。やっぱり、|花鹿《かじか》様はボクへの恨みがまだ残っていて、それを伏せようと、埋めようと、抑え込んでいるんだ。だから、ボクをここに連れてきた。明確に恨みを晴らそうという目的を意識して連れてきたのではないかも知れないけれど、無意識下で、そう思ったから。眼の前で巣にかかった|ボク《恨み》をずるずるとひきずって。

「もし、お前が悪いとその根源を引っ張り出そうとするのなら、それなら私の負い目だわ。覚えているでしょう、何も考えずにただ、山で横になって空と阿祖を見上げて馬鹿みたいに過ごしていたのを」
「それは、だって、みんなそうです。いつでも、いつか襲い掛かってくる不幸を想像してそれに備えながら笑わずに生きるなんてこと、出来るはずがない」
「だったら、ほうっておいて! あの夜、私はレイプされたなんて思ってない。私は、自分の意志でお前に抱かれたの。お前にあの蝸牛と、その中にいた寄生虫とともに、全ての過去を腹に収めた。私の意思よ。誰か悪役がいるのだとしたら、それは」
「|花鹿《かじか》様は悪くない、悪いのは私ですだって、」

 |花鹿《かじか》様の手を握って、彼女の気持ちを、そう出来るだなんてこれっぽちも思っていないけれど、せめてと握って。

「だって、|花鹿《かじか》様は、被害者なんですから」

 |花鹿《かじか》様は、なりたくて神様になったんじゃない。人間達に勝手に祭り上げられただけだ。そして倭の奴等が国を乗っ取りに来て、|不合《あえず》の奴等は非協力的で、山を失いたくて失ったんじゃない。レイプされて、生みたくもない子供を産んだ。……そして、ボクにも犯された。
 |花鹿《かじか》様は、何一つ悪くない。むしろ、悪役がいるとすれば、ボクの方だ。

「|花鹿《かじか》様は、被害者なんです。ボクの、それだけじゃない、他の色んなものに翻弄されて、上手く身動きが取れなかっただけです。ですから」
「|穂多留比《ほたるび》……」

 その名前で、呼ばれたかった。あの頃の呼び名で。

「|花鹿《かじか》様。|花鹿《かじか》様は、何にも、気に病む必要なんて無いんです。もっと、|加害者《まわり》を、責めてもいいんです、|花鹿《かじか》様は、優しいから……」

 ボクが|花鹿《かじか》様の手をぎゅっと、力を入れて握り直そうとしたとき。
 その手は、振り払われてしまった。

 えっ

 ボクは|花鹿《かじか》様のお顔を見る。
 |花鹿《かじか》様は、悲しみに暮れたような顔で、ボクを見ている。何かを言いたそうに、でも言葉が選びきれないみたいに口を少しだけ開いて、唇は震えていて。涙まで、湛えて。

「おま、えは」

 |花鹿《かじか》様が、震えている。目を伏せて、肩を落として、俯いて。

「お前にだけは……そう言って、欲しくなかった」

 |花鹿《かじか》様を強姦したボクがそれを言うなと、言うことだろう。無理もないことだ。

「|花鹿《かじか》様……」
「お前は、お前は、勘違いをしている」

 堰を切ったように涙をボロボロと流して、しゃくりあげる呼吸を必死にこらえている。涙に濡れた視線はまっすぐにボクを見据えていて……まるで、怒っているかのように。でも、それ以上に、悲しそうだ。

「|吾《あ》れは、被害者などでは、ない」

 ボクをまっすぐに、赤い目で言う。
 あの日の出来事を、自分に力が無いがために倭の軍勢に負けたからと、未だに自責しているのかも知れない。ボクにあんなことをさせてしまったのも自分が拒否しなかったからだと……。

「いいえ、|花鹿《かじか》様。悪いのは私です。あんな暴力を、私は……。|花鹿《かじか》様は、何も悪くなんて」
「違う!!」

 すっくと、|花鹿《かじか》様は立ち上がった。涙を湛えて赤くなった目で鋭くボクを睨みつけながら、強く拳を握って。そして、刺すような視線をボクに送って、言う。

「リグル・ナイトバグ。お前は、私を救うつもりでいるみたいだけど」

 救うなんて、思ってない。でも、ボクに向けて晴らしたい感情を、もっとぶつけて欲しい。少しでも気が晴れるのなら。

「償いなんて、私がいつ求めた? お前に、謝れなんて、私は一言だって言ったか!?」

 震えた声で、怒鳴りつけられてしまう。
 どうして? 確かに|花鹿《かじか》様は、あの日のことを皮肉って嘲笑ったりはするが、謝罪を求めたりしていない。どうして? それがわからない。もっと、悔しさとか、口惜しさとか、怒りをむき出しにして、いいのに。
 |花鹿《かじか》様は、ぼろぼろと涙をこぼしながらボクを睨みつけて、怒りよりも悲しみが前に出た切ない表情で言う。

「お前は私を救って、救った気になって、自分の昔の時間を取り返したいだけ。」
「えっ」
「お前は私に自分の過去を重ねてそれを掬い上げたいだけ。私のことなんて、本当はどうでもいいのよ。自分の過去を帳消しにしたくて、私に会いに来た。私を『可哀想な被害者』に仕立ててね」
「そんな、そんなんじゃ、ないです、ボクは」
「私を『可哀想な存在』にして、マッチポンプで哀れんで、『過去を受け入れる優しいボク』で、オナりたいだけでしょ。ヘドが出るわ!」
「そんな、言い方って……」
「私は、自分で自分の過去を肯定して、今を作ろうとしているだけ。未来に続く道を見出そうとしているだけ、過去に潰されて死ぬなんてバカな自分になりたくないってね! なのにリグル・ナイトバグ、お前は、それもせずに私に過去を丸投げしに来た。その可愛い顔《正義づら》をぶら下げて。」

 |花鹿《かじか》様が、ボクの胸ぐらをつかんで、睨み付ける。思い切り憎らしさを込めてボクを見ているのだろう、でも、底に見えるのは怒りよりも悲しみだった。ボクは、思い違いを、していたのだろうか。
 彼女の言うことは、筋は通っている。でも、そんな風に思って生きていける人なんて、いるんだろうか。正しいのかも知れないけど、共感できるものではなかった。

 それは、単にボクが、否定されたみたいだから?

「ムカつくのよ、お前は私の存在を毀損している。私の選択から私の意思を除去して、私の過去から私の存在を除去して、可哀想だという気持ちのいい外面で私を覆い隠して、自分のものにしようとしている。私のことを引っ張り出しておきながら、そこに私なんていない。ふざけないで。」
「そんなつもりは、ないです! ただ、ただボクは……」
「リグル・ナイトバグ、自覚しなさい。私の過去は、私のものよ。お前の過去と重なり合ったりしない。どんなにお前が私に優しくしようとも、私の過去はお前の過去の代わりにならない。」

 ボクは、|花鹿《かじか》様に、何を求めていたのだろうか。何かを、求めてしまっていたのだろうか、しかも、そのつもりもなく、|花鹿《かじか》様の気持ちも考えることもせず。
 彼女の過去をどうにか晴らしてあげたいと願ってしまうボクの感情そのものが、彼女の過去を蒸し返して苦しい思い出を穿り出し、そして被害者だったと事実に照らすことが彼女の自尊心を逆に傷つけてしまうのだろうか。

(そんなの、どうすれば、いいの、|花鹿《かじか》様……)

「負け犬。敗者。忘れられた神。堕落した死者。他の誰に、そんな風に愚弄されても気にならなかった。でも」

 消え入るような、か細く悲しい震えた声。いいたくないことを、絞り出すときのような。
 |花鹿《かじか》様は、ボクを掴んでいた手を離し、放り出すようにして、言う。

「でも、お前にだけは、|許しを乞われ《否定され》たくなかった……|穂多留比《ほたるび》」
「|花鹿《かじか》様……」

 何も掛ける言葉が見つからない。彼女は、ボクから何か言われることをきっと、望んでいなかったのだろう。今も、そうだ。

(ごめんなさい)

 心の中でだけ、謝る。きっとこれを口に出しても、|花鹿《かじか》様は嫌がるのだ。負うのも、負われるのも、きっと嫌なのだから。それは、そこまで推し量って考えを改められるのは、これは自惚れだとは思いたくないけれどきっと自惚れだろう、彼女と体を重ねて温もりと鼓動を感じたことがあるという、思い込みからだった。この自惚れがなければ、彼女を推し量ることなんて出来ないだろう。

「帰って、いいわよ。言いたいこと、言ったから。もう引き止めないから。お前には、帰る場所があるんでしょう? ……ここから、出てって。もうお前の顔も見たくない」

 |花鹿《かじか》様は、ボクに背を向けてしまった。まるであの日のようだ、腕の中にいるのに、遥か彼方みたいな距離を感じる。でもあの日とは決定的に違うことがある。それはこの自惚れが導いてくれた、ひとつの答え。

「いやです。ボクは、ここに残ります。|花鹿《かじか》様が、ボクを嫌いだと言っても。それがボクの意思だから」

 その背中から目を離さないまま、しっかりとその背中に言葉を投げる。背中から生える蜘蛛の足。|花鹿《かじか》様がグォダ=ニャマムとなったその責は、誰がなんと言おうと、|花鹿《かじか》様自身がなんと言おうと、ボクにある。彼女が自分の意志で決定したことを損なうつもりはない、でもその半分だけでも、ボクが持っていく。
 ボクの声を聞いて、彼女は小さく答えた。本意だったか、不本意だったか、怒りを飲み込んでいるか失望を抱えているのか、それはわからない。けれどたしかに言った。

「……好きにしたら」

 そう言って、|花鹿《かじか》様は山の暗がりに消えてしまった。でも、この山を出ていったりは、もうしないだろう。これも、自惚れだけれど、そう思う。
 |花鹿《かじか》様の姿が見えない、でも気配を感じられる距離を保ってボクは、腰を下ろした。
 今日はもう眠ろう。明日、日が昇ったら、もう一回お話しよう。ボクがここに残る意志が、変わらないこと。その根底だけが変わったこと。ボクだって、変わらなきゃいけないのだ。
 木の股に体を預けるように丸くなったところで、ぴん、と触角が反応した。

―― りっくん、りっくん

 ローリーだ。なんで? 通信が、生きてるなんて。

―― もしもし、ローリー、聞こえるの?



§ § §



 文がここにいると聞いてやって来たのだが、想像とは少し違う状況に驚いてしまった。天狗や守矢の氏子、戦闘妖精や馴化妖怪までが慌ただしく行き来している、いずれも武装した物騒な姿を隠そうともせずその場にいる限りはそれが当然なのだと言外に主張していた。全員が守矢の指揮下にあるらしい、Y字状の柱に絡みつく蛇を模した「|入眠猿《いるみんざる》」という印が装備品の何処かに現されていた。
 ぴりぴりと物々しい雰囲気が辺りを支配している。天狗、人間、妖精、妖怪といった異種族の混成であることが、余計に緊迫感を生み出しているようだったが、そもそも、これら全てが守矢の指揮下にあるということが考えにくい状況だった。

(何が起こっているんだ?)

「おい、止まれ」

 文を探しにその中に入ろうとした僕を呼び止めたのは人間、近寄っただけでわかるほど高い霊力(勿論、博麗や守矢の巫女だとか綾椿の娘に比べれば微々たるものだが)を感じる。神職らしい装いではあるが同時に、鉢金と胸当て、手甲と脛当てを備えて帯刀している。霊的な荒事を専門にした|戦禰宜《ウォーロック》だ。

「その面を取れ」

 これをしている時点で天狗だということは明白だと思っていたが、それも疑うような状況なのだろうか。特につけっぱなしにしている理由はなかったので素直に外した。
 鴉面を取って出てきた僕の耳を見て、守矢の禰宜は一瞬狼狽え眉をしかめる。

「は、白狼天狗か、通っていい」

 狼が天狗社会の暴力担当だということはよく知られている、それも外では「感情的で喧嘩っ早い」「ろくでもない乱暴者」「理屈が通じず暴力的に解決したがる」と散々に歪められて伝わっていて、つまりこの有様ということだ。しかし、人間や他の世間知らずな部外民からのある種理不尽な認識は、この場に限って言えば好都合だった。なにせそのせいで、僕の後ろにいる彼へチェックの目が及ぶことなく素通りできたからだ。
 後ろの彼についても天狗を名乗らせるつもりだったが、その必要もなさそうだ。その場を素通りして、僕は物々しく慌ただしい動きを見せる、キャンプのような場所を適当に歩き回った。
 文を探してここに来たのだが、こうも人が多いとは思わなかった。見つけられるか自信がなく、だが誰かに聞くこともなんだか余計な波を立ててしまいそうで避けたかった。文を快く思っていない鴉は多い。文は鴉天狗なのだから、狼天狗からも印象は良くない。彼女の話題になど触れたくもないというやつだって少なからずいる。ある意味では、社会的に最下層を強いられている黒い毛並みの狼天狗よりも、低い立場に落とされているような気もする。まあ、立場だけの話だ、あの真っ黒い羽で、平然と天魔宮に入れるのだから、規格外と捉える以外にないのだが。

(守矢の僧兵なら天狗の立場にかかわらず答えてくれるだろうか。うーん、文がいなければ姉を探すか。狼天狗なら、犬走家の奴のことくらいは知ってれば答えてくれるだろう)

 |遠見《テレグノシス》で片っ端から見て回るのは、ちょっと頭痛を覚える行為だ、普段はそういうつかれることはしたくない。。
 こんなことなら、予め姉に文の動きを聞いておくべきだった。聞いたところで、このキャンプのどこにいるかまではわからないだろうが。まあ、一緒に行動している可能性が高いか、姉は、文にべったりだし。
 だけど、それは杞憂で済んだ。

「おっ、楓くん?」

 文の声だ、助かった、とこいつにこの言葉を使うのは癪だが。

「文、ちょっと」
「なんですか」

 文の手を引いて、適当に人の少なそうな辺りに連れ出す。どうせ、こうやって|ことが動き出した後は《…》、暇になる奴だ、問題ないだろう。

「この騒ぎは何? 博麗はグォダ=ニャマム排除を決定したのか? 疫病への防疫臨時措置としては無能なほど遅いが、正式な排除決定の手続きを踏んだにしては迅速過ぎる」

 どう見ても、戦闘配備だ。だが、多種族で混成されたこのキャンプを、天狗が単独で組織できるとは思えない。博麗か、あるいは守矢でも博麗の直系支持寺社であることを振りかざせば、その後のことを考えないのであれば、出来るかも知れないが。

「正式決定ではありません。今、あの山域に、グォダ=ニャマムが潜んでいます。|御東《みあずま》をそうしているように、あの山も包囲、封鎖してしまおうということでしょう。あの山は、|来な処《クナド》となります。」
「大掛かりな……山のぐるりを結界と兵で囲うなんて」
「|守矢の巫女姫《シュネム》の主導ですね。守矢は博麗に、妙に顔が立つ。|激甚疫病神《SSPZ》という口実もありますし、事後報告で押し通すつもりでしょうか。でも、この代償はきっと高くつきますよ、なんせ天狗の社会の状況も考えずに白狼天狗を動員させて、人間の|戦禰宜《ウォーロック》との混成部隊を作らせるなんて。しかも、白狼天狗よりも、人間の雑コ……|戦禰宜《ウォーロック》の方が指揮系上、上位にある。これは外構に尾を引きますよ。天狗としては都合がいいですが。」

 状況は大体飲み込めた。道理であの山は、いくら|遠見《み》ようとしても見えないわけだ。内側からも抵抗があるだろうし、恐らく外部からはられている結界もそうした外部からの干渉を弾くようにしているのだろう。僕の、あるいは姉もそうだが、|千里眼《テレグノシス》を拒絶するのは、そうそう簡単なことじゃない、ただ「見る」だけという単純な操作は、そのメソッドの原子性故に困難なのに。想像するに、外部からの遮断結界よりも、山にこもっているグォダ=ニャマムの力の大きさ故だろう。

(好きに見てばかり生きてきたからな……いざ見えないとなるとイライラが抑えられない……ガキか、僕は)

「そんな|政治の《くだらない》話はいい。リグルは」
「この作戦上、|選狗奴《えりくな》って呼ばれてますね。なんでもコードネームで呼べばカッコイイと思ってるんでしょうか」
「そんなことを聞いてるんじゃない。なんで、彼は」
「|グォダ=ニャマム《八腕鹿布》に拉致られたんですが、何故かずっと行動をともにしています。脅迫されているのか、それとも」
「共犯?」
「今の所それに矛盾する点はありませんね」
「彼はどうなる。共犯者か否かの詮議なしに」
「グォダ=ニャマムを討ちとる作戦にリグル・ナイトバグが巻き込まれてもやむなし、との判断だそうです。彼は既にスプレッダとして扱われていますし」
「彼自身ではないだろう、媒介している虫は」
「大した問題ではありませんね」

 恐れていることが現実になっていた。虫が原因だという短絡が、さらにリグルを犯人にするという短絡を呼んでいる。そうじゃない、この病はきっと、虫を根絶したところで収まらない。その点では、グォダ=ニャマムを討伐するという観点は正しいのかも知れないが、虫が巻き込まれるのは正しいことなのか?

「それは、守矢が判断したのか」
「巫女の一存だと思いますけど」
「|やられた《…》ことで、我を忘れてんじゃないだろうね」
「あら、ご存知で」
「姉から聞いたよ」

 守矢の巫女は自尊心が強い、それは持っている力の大きさからすれば当然のことだが、それ以上に性格の問題だ、巫女になる前に余り恵まれた境遇ではなかったと聞く。力を以てその自尊心が暴走に拍車をかけることが多いのは、確かだった。彼女のその歪な人間性を上手く扱えるのは、博麗の巫女と、彼女の主神である二柱の存在くらいだろう。

「……余り褒められたことじゃないかも知れませんが、負の感情も、方向さえ合っていれば立派な推進力ですよ」
「結果論だね」
「それに、あんな|もの《力》を向けられたら、私達じゃ一溜まりもないでしょう」
「最終的に、力が物を言うってこと? 結局……」
「そういう側面もあります。楓くんも白狼天狗なら」
「うるさい、そういう話は沢山だ」

 白狼天狗に始まる狼が今の下層に追いやられているのは、情報・組織戦で鴉に敗北を喫した歴史的背景に、狼自身が呑まれている体というのが、文の主張だった。使い方を間違ったその持ち物の、持っている事自体までを否定するべきじゃない、と。単に使い方を間違ったか上手く使えなかっただけなのだから、自分が手に持っているものを自分で蔑むのはやめろと、言う。そんな簡単なことか。
 僕自身がそうした思想を何かで読んだり教育されたりしたことはない、長い歴史の中で、まるで遺伝子に刻まれたみたいに、狼はそうした敗北感と萎縮の中で生きているのは確かだ。それは、仮にそういう物があるとすればだが、|個や種《ミクロ》ではなく|歴史や社会《マクロ》に刻みつけられた記憶、なのかも知れない。

「グォダ=ニャマムを討伐するのは、簡単じゃないだろう。簡単じゃないけど、それを果たしたところで、天狗の社会や守矢との関係に何が残る。白狼天狗を越権的に徴用した引け目から得る、ただの守矢への優位性? 臭いものに蓋をして、事実の検証を後送りにして都合よく幕引きを引いたという実績を作ってまでそれをして、天狗の社会は良くなるのか? 河童や他の種族との軋轢もまだ残っている、それなのに、こんな方法で。」

 僕が言うと、文は子供を見るような目で、ああ腹が立つ、|子供《ガキ》を見るような、嘲りと優しさを混同させた腹の立つ、僕が文が嫌いな一番の理由のその顔で、僕を見る。彼女が僕のことを本当に蔑んで笑っているなんて思っていない、むしろ逆できっと何か先を期待しているからの苦い言葉と態度なのだと言うことくらいは分かっていても、ああ、腹が立つんだ、その顔で見られるのは!

「誰も、社会のことなんて考えてないんですよ。自分と、極狭い限られた関係性の中で、自分が痛くないように生きること、それ以外に考えられない。生き物ですから、当たり前です。本当に社会のことを考えて動ける者なんて、ほとんどいません。社会のことを考えて自分を粉にして生きられる奴なんて、生き物としてどうかしています、異常者ですよそんなの。でも、本当はそういう者に政治をやらせるべきで、自分のこととか狭い社会のことしか考えないやつは、参政すべきじゃないんです。政治っていうのは、人生のことじゃなくて、構造のことですから。生存のことではなくて、運営のことですから。」
「それを考える必要があるんじゃないか!」

 焦っている、僕は。文がやろうとしていることも、姉がやろうとしていることも、きっと立派なことで、僕は何も出来ていない。僕はもっと考えなきゃいけなくて、考えたことを実践しなきゃいけない。いつか狼が復権する日が来たときに恥じることのない身として。
 文と、姉が、遠い存在になっていく。

「そうだと思います。だから、それを考えてる楓くんは、立派だと思います。でも、勘違いしているみたいですね」
「……何をだよ、僕はそんな大志を抱くような器じゃないって?」

 小さく溜息をつく文。いちいち腹が立つなあ。きっとこれに腹を立ててしまうのは、僕自身が僕に腹を立てているからだ、わかってる、でも整理なんかつかつくものか。

「私だって、社会のことなんて一つも考えてませんよ。椛や、私に何か幻想をいだいているみたいですが」
「じゃあ、文は何で売れない新聞を出版してまで諷刺を続けて、権力者を笑うようなバックドアを自由に行き来して、高いものを低いところに持っていこうとするんだ。姉だって、それを手伝っているんだろう?」
「ただの趣味ですよ。社会がどうなるかなんて、私は考えてませんから。ただハゲが悔しそうな目で私を見て、でも逆らえないで歯軋りしてるっていうのが、滑稽で最高に楽しいんです。新聞が売れないのは少し辛いですけどw」
「姉はなんなんだよ、文の行動に何かを見出してるからくっついてるんだろ」
「えっと……それって、ここで話したほうがいいですか? 結構、濡れ場が多い話ですよ?」
「ハァっ?」

 何でそこで濡れ場になるんだよ、意味がわからない。

「ところで、後ろの子は?」

 話を切り替えられた、こちらの意識が折れかけたのを瞬時に察されたのだろう、文のこの攻撃的な対人能力は、驚異的なものだ。どうやってもペースを奪われる。

「この子のことで、文に相談がある。だから来た。」
「楓くん、私のこと嫌いなのに、必要なときにはちゃんと出向いてこれるんだから、立派だと思うんですけどね」
「もういい、その話は。……急に馬鹿らしくなった。」

 後ろについてきている、彼のこと促す。彼の背中を押して、一歩前に出るよう促した。そこで鴉面をとってやればよかったのに、周囲を気にする余りそれをしなかったのが、失敗だった。

「そうですか、で、その子が、どうかしたんですか? もしかして、お姉さんに会わせたい人がいるって?」
「何言ってんだよ、彼は男だ。」
「……あらあら♥」
「おいクソレズ鴉!? 変な勘違いをするな!」



§ § §



「山体の包囲、完了しました。混成部隊の指揮連絡系統に問題はありません。いつでも行動を開始できます。」
「伐採部隊は」
「天狗を中心に予定部隊数、組織されています。問題だった鋸の数も手配が済み、今は全体にいき渡っています。」
「重畳ですわ。|残念だわ《よかった》、火を掛けずに、済みそう」

 そういう東風谷早苗の表情は、邪悪そのものだ。火をかける、そう言ったのを、伝令の|戦禰宜《ウォーロック》は背筋を凍らせて聞いていた。山を一つまるごと火攻めにする予定があるとは、噂にだけは流れていたのだ。そんな恐ろしいこと、いくら東風谷早苗が神とは言え。

「安心なさいな。グォダ=ニャマムの力量は分かっているわ、これは、勝てる戦です」

 伝令の|戦禰宜《ウォーロック》の報告を受けた東風谷早苗が、満足気に笑う。見ていて気持ちのいい笑顔ではない。
 彼女は、|野柵《キャンプ》内の中央に設けられた、本営の仮設離宮の中で、急ごしらえの神籬の中にいる。こうした仮設的な城柵の中に神籬を備えた宮を備えるのは異例だが、守矢の「人であり神である」東風谷早苗を抱く組織では、常態化していた。普通、儀式を伴いここに来て下さいと請われてやっと移動するかあるいは分身するかなのに、強大な力を持つ神でありながら、自分の足で歩き回るなど、他の神教ではめったに見ないものだ。博麗と密接にあり、新参にも拘らず多くを認められた特殊な寺社という立場は、この身軽な立場に向けて、博麗の巫女と同様の機動性への期待とともに与えられたものだった。尤も、この自ら歩く神という特性は、東風谷早苗はむら気が過ぎるだけ、との指摘もあるが。

「下がっていいです。監視と提示報告を忘れぬよう」
「は。失礼します」

 連絡係を下げ、杉の直棒と榊の葉で作られた仮設の神籬の中で東風谷早苗は、爪をかみ始めた。苦いものを無理やり口に放り込まれたときのような険しい顔のまま、人差し指の爪を噛み、噛みち千切って短くなれば隣の指、それも短くなれば更に隣、5本を渡りきればまた初めから、と何度も繰り返して、その爪はぼろぼろになっている。元は綺麗に整えられ爪化粧まで施し、指先自体は綺麗なままだと言うのに、爪だけが、噛みしめられて無残にぼろぼろになっていた。

「グォダ=ニャマム……殺す、絶対に、殺してやりますわ」

 東風谷早苗は自分の胸を、その肉に指を食い込ませるように掴む。そうされたことを自分の体に思い出させるかのように。唇を噛んで、人前で辱めにあった悔しさを噛み締めグォダ=ニャマムへの恨みを積み重ねていく。
 四方に人が立てるよう方向性をもたない正方形のテーブルの上に、件の山を象った図と、四角い小さな駒が置かれている。駒は山を囲むように点々と配置されていて、これがあの山と兵の配置図だということは一見してすぐにわかる。
 東風谷早苗はまた爪を噛み、噛み、噛み千切ったその破片をその辺に吐き捨てて、テーブルの前に立った。この|城柵《キャンプ》が手前に来る位置に立ち、山の中に放り込まれるように無造作に置かれた、赤色に塗られた駒が二つ。
 山中におけるグォダ=ニャマムの位置は判明していない。火をかけるのをやめたとは言え、東風谷早苗が立てた作戦は、常軌を逸していた。山の根本から、木を全て切り倒しながら、標高を上げて行くというのだ。半工半兵の伐採部隊が編成され、呪的武装した兵が山の領域を削りながら領地を拡大していく。たった二つの目標を討伐するのに、山一つを殺す狂気的な作戦だった。

「傘」
「はぃ」

 東風谷早苗が言うと、突然室内が梅雨時の雨上がりのようなじっとりとした湿っぽい空気で満たされた。東風谷早苗の髪の毛が湿気で少し跳ね、同時に衣は重さを増す。そして、どこからともなく番傘が転がり込んできた。つん、つん、と地面を突くように跳ねながら巫女の傍までやって来る。そして一つ大きく跳ねて、傘を開いた。開かれた内側から、ぬるり、と滑り出すように人影が現れる。
 人間ではない、神に属する神聖な存在でもない、これは付喪神だった。傘、と呼ばれたのと現れたのが番傘だったのを見るに、恐らく傘の付喪神だろう。現れた人型の部分は、人とコミュニケーションするためのインターフェイスに過ぎない、本体は傘の方だ。傘には巨大な1つ目が備わり、口が裂け長い舌が飛び出している。避けた口の中身がどこにつながっているのかは恐らく知らないほうがいいというやつだ。
 付喪|神《・》とはいっても妖怪である。仮設とは言え神聖な離宮の中に、妖怪が出入りするなど、普通は考えられない。これは、東風谷早苗の個人的な持ち物として携帯される傘だった。人型の部分は青いセミロングの女性の形をしている。左右別色の瞳は奇妙ではあるが、それ以上に、外はからりと晴れているのに、この人型はまるで土砂降りの雨の中を歩いてきたかのように、水滴を滴らせていることだった。どれほど時間が経っても頭から滴る水は尽きること無く、垂れ続けている。俯き気味で、窪んだ眼窩に隈の沈着した暗い表情で、しかし薄ら寒ささえ感じる笑顔で東風谷早苗に向き合っていた。

「準備は整っているみたい」
「うん、聞いてたぁ」

 掠れ入り、末尾が透けて消えてしまうような声色、唐傘を持った少女の口から漏れる声は、声自体は綺麗で澄んだものだと言うのに空気の漏れるような生気の抜けた声色をしていて、どこか憐れを誘う。その声も手伝って、見た目の雰囲気はおどろおどろしいものがあるが、二にこりと笑うその表情と言葉に悪意はないようだった。まるで病人が精一杯笑っているような痛々しさのある表情。東風谷早苗もその不気味さに反して悪意がないことを承知しているのか、ずぶ濡れで悲壮感さえあるその付喪神の少女に対して憐れみや悼みの思慮を向けたりはしていないようだ、そもそも、人型の部分はただの人形なのだから気に留めるだけ無駄なのかも知れない。
 ただ、東風谷早苗が、その唐傘お化けの付喪神に対して信頼をおいているらしいということは、わかった。

「伐採の指揮は任せるわ」
「わかったよぉ」
「目標があぶり出されたら、すぐに兵を充てる。あなたが戦闘することはないわ」
「うん、まかせてぇ。あんなのとじゃ、わたしあいてにならないしぃ、すぐにげるよぉ」

 安心したかのように、少し表情を和らげる東風谷早苗。唐傘お化けは、お世辞にも俊敏とは言えない足取りでそれに近付く。ずぶ濡れで冷たい手が、東風谷早苗の手を取った。

「だめだよぉ、こんなふうにしちゃぁ」

 噛み千切られてぎざぎざになった爪先を見て、唐傘お化けが言う。そのずぶ濡れで昏い表情が、他人を気遣うという光景そのものがどうにも滑稽ではあるが、二人の間にある雰囲気はその滑稽さを追い出すのに十分な温度を持っている。

「わかってるわよ」
「わたしは、さなえがいっぺんやそこらおかされたからって、きにしないよぉ? からだがどんなにケガレていても、どんなにきたなくても、たとえいきていなくたってねぇ」
「私が、許せないの」
「ふうん、せっかくきれいな手なんだからぁ」
「わかってるってば」
「そのわかってる、って、じぶんのてがきれいだって、ゆってるぅ?」
「そ、そうじゃないわ、意地が悪いなあ」
「くすくす……」

 小さく消え入るような声だったと言うのに、その声は部屋中に残響を残して消えた。
 宙に浮いたままの傘がもう一度大きく開き直すと、人型の部分はその内側に吸い込まれる。パタンと閉じた後にはまた、ただの変哲のない番傘が転がっており、それは浮き上がって、ひょうと飛び去った。部屋の中を満たしていた湿った空気はそこで即座に晴れ失せる、だが地面に残った水溜りが、あの唐傘お化けがここに確かにいた事を物語っていた。

「72時間後、山に動きがなければ作戦を実行します」



§ § §



 日が昇って、目を開けると、|花鹿《かじか》様はまだそこにいた。

「かじ」
「名前」
「はひ……」

 秒殺で訂正された。

(もう、|怒って《悲しんで》、ないのかな)

 彼女は、昨日の火の後をもう一度積み直して、朝ごはんの用意をしている。焼いた魚を杉の木の灰で〆て山葵と一緒に笹の葉で包んだもの。それに、もう片側では昨日焼いていて冷めた土器から灰を払っていた。

「ほら、いい感じに〆ってるよ。今日から少しは食器が使えるから、明日はもう少しマシなご飯が食べれる、と、思う。なんせずうっと、ろくでもない場所で一人暮らしだったからさ、その前は神様だなんてふんぞり返って人にやらせてばかりだったし、ご飯なんて自分が食えるものしか作んなかったから。その後はキスメがやってくれたろ、人に食わせるものなんて、作ったことがないのよね」
「えっ……と……?」
「食べないの?」
「い、いいいえ、いただきます!」

 正直、味なんてわかんなかった。昨日のことがまだ尾を引いている。|花鹿《かじか》様は、どうなんだろう。全然そんな素振りを見せないけれど、まさか忘れたなんてことは無いだろう。だとすると、こうして平然としているのは「もう思い出させるな、蒸し返すな」という言外の主張なのかも知れない。

「今日は、湧き水出てる処ひとつ使って、風呂を作ろう。任せて、そういう作業は結構得意なのよ。土蜘蛛の面目躍如ってところ?」
「は、はい」

 

「昨日、言い過ぎたよ。お前の気持ちを、少しは考えるべきだった」
「い、いえ! ボクの方こそ、考えを改めさせられました。|花鹿《かじか》様は」
「名前」
「うぐっ」

 もう、なんか別のゲームみたいだぞ。

「にゃ、まむ」

 そう言えばキスメさんが、下の名前だけで、そう呼んでいた。恐る恐るそう呼んでみると、特に何の反応も示さないで、早く話を続けなさいと言わんばかりの視線を投げてきている。

「にゃ、ニャマム……様」
「様は要らない」
「にゃまむにゅ……」
「なにそれ」

 でもやっぱりなんだか落ち着かない。カジカサマって呼ぶのが、あんまりにも染み付きすぎていて。

「あっ」
「なに」
「ヤマメ!」
「……ああ、それ」

 この呼び方なら、何ていうか、新しすぎて何も感じない。

「ヤマメ……様」
「お前は、|リグル《…》、本当に皆まで言わないとわからないのかしら?」
「ふえ、や、ヤマメ……」
「ふん」

 慣れるしか無いか……。
 ううん、そんなことよりも、伝えないといけないことがある。でも、どうやって切り出したものだろう。

「ヤマメ」
「なに」
「その、昨日の夜」
「過去の蒸し返しなら、もう御免だよ。」
「それは、もういいです。ヤマメの過去も、ボクにはもう関係ないですから。ボクは、ボクの意志でここに残っています」
「……そ。で?」

 伝えなければいけないのは、昨日ローリーから通信をもらったこと、それに、その内容だ。

「昨日、ローリー……ボクのパートナーの夜雀から、通信がありました。それで、彼女が言うには……」
「知ってるよ。」
「えっ」
「この山はもう、私の糸があらゆる場所に張り巡らせてある。侵入者があればすぐに気づくし、内側に何かが蠢いても把握できる。雀ちゃんがあんたを心配して送って来た通信の内容も、悪いけど傍受してるわ」

 やっぱり、通信が通ったのは、|花鹿《かじか》様があえて|枝《・》を付けて通していたから。でも、だとしたら……。

「この山があと72時間……もう残り64時間程度の命だってことも、承知してる」

 この山の命、それは即ち、|花鹿《かじか》様の命を指している。激昂した諏訪は、やはり|花鹿《かじか》様へ二度目の死を強いようとしている。ローリーが密かに(筒抜けだったけれども)伝えてくれたのは、72時間後には、守矢による蜘蛛狩りが始まるということだった。ボクが巻き込まれてしまうことを案じて、もしかしたら傍受されることも、漏洩を責められることも、承知の上で伝えてくれたのかも知れない。

「そんな」

 守矢はきちんと組織化された軍団を用い、徹底して土属性対策をしてくるだろう。幾ら今の|花鹿《かじか》様……クロダニヤマメが強力な神、グォダ=ニャマムだといっても、本気で殺しにかかってくる守矢の軍団には敵わない。それに、もし守矢を退けたとしても、その事実が博麗を動かすことになる。

「じゃあ、なんでこんな……ご飯なんか作って、山に名前がつくなんて、待っていられないのに」
「その前に、大暴れすればいいのでしょう? この土地で、それ以上に衝撃的な出来事が二度と起こらないほどの。そうすれば、この山にはきっとその名前がつく。私が消えた後でも」
「そんなやり方、だめです! そんな」
「どの道! お前に選択権などないがな」

 ボクの言葉を遮るように、|花鹿《かじか》様は、腕の一本でボクの胸ぐらを掴んだ。「山神|阿祖見山居比女命《あそみやまいのひめみこと》」のでも、土蜘蛛「クロダニヤマメ」の顔でもない。「邪神グォダ=ニャマム」の、顔をしていた。

「あと3日だけ、付き合ってもらうよ、リグル」

 後3日だけ、その言葉の意味をボクは考えたくなかった。山そのものになるという本懐を遂げるために、未来を閉ざすというの?
 |花鹿《かじか》様は、すごく長い間、ずっと人の手によってではなく自分の手で、山に戻ることを願っていた。そのためにボクなんかには想像できない酷い時間を過ごしてきた。ボクに犯されて正体を失ってしまった事も含めて。でも、そこまでして何とか手にする結果が、たった3日だけだなんて、余りにも悲しすぎやしないか。
 もう一度呼ばれた「リグル」の名前に、さっきのような甘い電流はなかった。その代わりに、体中を流れたものがある。
 |花鹿《かじか》様が言った「選択肢」。それが一体、何と何を選べるものだったというのか、僕にはわからない。ボクはそもそも選ぶつもりなんかなかったし、仮に示された選択肢があったとしてもその中から選ぶつもりなんかなかった。

「嘘つき」
「は?」
「|花鹿様《…》は、嘘つきです」

 目を細めて、ボクを睨み付ける。その心を言ってみろと、促している。

「昨日、|花鹿《かじか》様の本心を、聞けました。ボクはそれに改心させられた。過去を埋め戻して、未来へ続く道を切り拓きたいって、そう言っていた。なのに、あと64時間? こんな風に未来を自分で閉ざすなんて、嘘つきじゃないですか!」
「言っていることは、もっともだわ。でも、他にどうしようもない。もとより、人の土地を奪って自分のものにして、そこで永遠に暗そうだなんて、思っていなかったわ。だってそれは、奴等がやったことと同じだもの。」
「最初から、そのつもりだったんですか?」
「こんなに早いなんて、思ってなかったけれど」

 そんな結果、認めない。痛みに慣れてしまうなんて悲しい努力をしてまで過去を肯定して、未来への道を拓こうとしていたのに、それがあと3日?

「そんなの、認めません」
「認めるとかそういう話じゃないわ。もう、自体は動き始めている。止められないわ」

 ボクはヤマメの手を握った。|花鹿《かじか》様じゃない。グォダ=ニャマムじゃない。他でもない、ヤマメの手を。強く。

「逃げましょう。|今度こそ《…》、この山を抜け出して、生き延びるんです。」
「昨日の話を忘れたの? 私は、お前の過去を補完するための道具じゃない。 お前の過去はお前が」
「|花鹿《かじか》様を救いたいんじゃない、もう、ボクにもそんな過去を振り返るつもりなんてありません」
「だったら、何だというの?」

 ヤマメの手を引いて、ボクよりも頭いくつ分も背の高いヤマメをぐいと引き寄せて、言う。

「ボクは、クロダニヤマメと一緒に、ここから逃げたい。これはボクの意志です。ボクは、ボクの意志で、ボクの過去を肯定する。あなたの過去なんて、もう知らない。考えるつもりもない。ヤマメ、一緒に、逃げよう。……これで、いいですよね?」

 ボクは、まっすぐにヤマメの目を、見つめる。
 ボクの問いかけに彼女は、小さく頷いた。あの頃の、|花鹿《かじか》様の、少女の純粋な弱さを浮かべて。
--------------------------------
⑧で終われませんでした。
⑨で終わります……

⑨までをまとめたものを
本として2018/06/24「東方蛍光祭2」で頒布します。
また、⑨は2018/06/24に東方夜伽話に当話と同様の形式で公開します。
でも間に合わなさそうです。

①~⑦に頂いている誤字は、
物理本にする際、あるいは⑨を投稿するまでに訂正します。
ご指摘いただいているのに着手できず申し訳ありません。

①~⑦までの後書き内容をここに転記し、①~⑥までの後書きの該当箇所を削除しました。
また、⑨が投稿された再、さらにこの内容を⑨へ転記します。



【参考とか着想元とかパクリ元】
ゲーム「二重影」
ゲーム「アトラク=ナクア」
漫画「暗黒神話」
漫画「ヤマタイカ」
書籍「寄生虫なき病」
書籍「ヒルコ 棄てられた謎の神」
TRPG「ダンジョンズ&ドラゴンズ」
神社「穴切大神社」
施設「杉浦醫院」
神話「日本の古代神話」※未検証
神話「ギリシャ神話」※未検証
アニメ「千と千尋の神隠し」
拙作「筋書き通りのスカイブルー」「Night of Might」
みこう悠長
http://monostation.blog112.fc2.com/
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1.性欲を持て余す程度の能力削除
グォダニャマム、グォダニャマム、グロォダニャマムへ、グロォダニヤマムヘ、グロダニヤマメェ、クロダニヤマメ…!しゅごいぃぃいいいぃぃ!ボク英語しゃべってるみたいで興奮しちゃうぅぅ!早口音読すると本当にそう聞こえて作中の空気がより近く感じられますね!(グロォダニャマムヘグロォダニャマムヘ(←琴線に触れた))
ついにはじめられてしまったガチバトル、のっけから全開でいく早苗の攻撃は激しくてまさに神を称するにふさわしいもので、自機組の貫禄を見せつけてくれました。広範囲での殺傷能力なら霊夢より火力ありそうですが、それを危なげなく避け続けたグォダ=ニャマムの能力がことさら際立った感じでしたね
次々に凄まじさが伝わる術を行使する早苗さんでしたが、なんだか科白が小物じみていて、流れ的にはヤマメが優勢に動くかなぁ程度の予想が「あれ、早苗さん追いつめられんじゃね?」と思いはじめていたら……噛ませじゃないですかやだー!リアルに「えっw早苗雑っ魚www」と口にしちゃいそうなくらいに焦ってて、ああぁ死んじゃうぅぅな不安と、さあ盛りあがってまいりましたぁああ!な期待感が入り交じり、スクロールする手が止まりませんでした。さっきまで自信に満ちていた子が追いつめられて恐怖に染まっていくのはなんといいますか、その、ええ、ンフフ……勃起しちゃいますね(早苗さんがはまり役すぎるずるい)。脚だったからよかったものの(まあ彼女的にはよろしくはないのですけど)、これ貫かれたのが胴体だったら爆発四散か蒸発でしたよねぇ……ニャマムもまだ余力を残している感じがしましたし、山あらため神の名はやはり伊達じゃなかったと頷けます。二柱の加護を受けているであろう早苗の力が諏訪子と神奈子と比べてどの程度近しいのかは量りかねますが、存在が肉体依存でない分有利な気もしますがさてはて、もしかすると神である彼女たちですら危ないかもしれませんね
しかし今回の早苗さんは悲劇枠というか、過去の状況に重ねられたあたりで陵辱展開とわかり、ニャマムの凶悪チンポくるのかなぁと考えていたらまさかの蟲姦!不快害虫に迫られて泣きわめく姿は、東方キャラでいえば金髪の子可愛でお馴染みな子と同じくらい個人的にぐっときますね!(ゲス笑い)触肢でなくおちんちんらしい性器だからよかったじゃないと囁いてあげたくなりますが、ささくれみたいな体毛を纏う蜘蛛チンポは痛そうで、容赦もなくて、唯一の救いが射精までの時間が短いということだけど、次々にそそがれる蟲の精液はきっと忌避感たっぷりで、それがお腹のなかを満たしていくさまが最高にエロく、なによりもその絶望感を伝えてくれる彼女の反応が心にも股間にもたまりません!奇跡で妊娠しちゃったりしたらどうしましょうねぇ、早苗さん?うひょー!
早苗が酷い目に遭ったというのにりっくんたらさらわれてなにかされるわけでもなくやってることが夫婦生活だこれぇぇー!?ローリーという本妻があり幽香という存在もいるというのに、クソウジ虫呼ばわり〝してくれる〟(←重要)第三のワイフまで手に入れようとしている……なんという世界系ハーレム主人公。後日談でゆかパイとやま(山、きっとでかい)パイにサンドイッチされて女の火花を散らす刺々しい空気に胃を痛くしながらダブルで罵られてしまえばいいのに
いまだ恨みは抱えてはいても自他の過去を割り切った彼女からすれば、穂多留比としての清算を引きずるリグルは未練がましく映るしそんな彼は見たくはないのでしょうね。前に進むための呼称を気づけないリグルの鈍感さがんもう、んもう!まあ実際に負い目を持つ人からすれば彼の感情は普通であり共感が持てるのですけれど、私個人としてはやはり彼女寄りな感覚ですねぇ、わかってよもう!ってなっちゃいます(自分が楽になりたいために謝るなバーヤバーヤ!とか思っちゃう偏屈)
こらえていた涙が言葉となって出てきた意味は、対等でいたかった、だから私になるということなのでしょうか。名前を重要視しててもどうでもいいと言ったりするあたり、リグルの読み通り死を求めている感じがしちゃいます。だからこそ、山でも、花鹿でもないクロダニヤマメとして接せられたことで、ようやく彼女の心が拾われたのではないかと感じました。ふたりの逃避行がどうなるのか、行き止まりのような気がするのがなんとも不安です。だって早苗ったらめっちゃぶちぎれてますもん……(ていうかこがさな!ゆるふわな喋り方の子可愛い…あぁ……)誰も傷つかない結末であることを祈るばかりです
サユリパートで明かされていく思惑や事実は彼女からすればぶっ飛んでいて、けれど現実に事態は重たくて緊迫しているはずなのに、ちょっとした合間に挟まれるサユリの(色)ボケや思考が相変わらず楽しい。辛痕に耐性を持つと判明しましたが、彼女に起こりつつある異変を考慮すればやはり完全ではないのでしょうね、以前にあった俯瞰状態はステージが繰り上がった際の発作なのか、さらに適応したからなのかは不確かですが、食人に目覚めたと察せられる感覚が(というより寄生虫を排除するためのプログラムみたいなものかもしれませんが)残っていますし、生きていてくれての発言的にもなかなか安心できそうにないのがなんとも。アシダカと呼ばれているアミちゃんはやはり花鹿の部下なのでしょうか。道に対する口調からは部下という感じではないように思えますが、スパイをやっているというよりは花鹿のやり方に納得いかないか嫌気がさした協力者という印象でした。計画を早めた花鹿を止めるために必要な声がサユリなのはなぜなのか……想像がつきません。思いつかない分いまからどうなるのかがドキドキです
幻想郷内で文のクソレズ扱いで(楓くんワロタw)アミちゃん(アシダカ)が私のなかで椛説濃厚となりました
リンとクーの活躍も残る⑨、果たしてどのような結末が待っているのかいまから楽しみで仕方がありません。今回もとても楽しめました、ありがとうございました。原稿が間に合うように祈っております(別のゲームみたいだぞのメタにめっちゃ笑いましたw)
誤字脱字報告にて終わりたいと思います↓

この守矢の反則的な巫女の存在に寄るところが大きい。→よる・由る・因る
笑って入るが油断のないよう、→笑ってはいるが?
更に鑑賞しきった直後に残りの4本の足でタイムロス無く次の跳躍へ移行する。→緩衝
あるいはグォダ=ニャマムを置い続ける剣は、→追い
地面に突き立った剣はすぐの形を失うのではなく暫くの間残り、→すぐに
産まれた雲から剣に向けて雷が走り抜ける、→生まれ
稀に決定打にも奈良なさそうな射撃を続けているだけだ。→ならなさそう
それまで比べて少し高度を落として→それまで(と)に?
それに触れるのを裂けている→避けて
「罠だよ、お嬢ちゃん。そんなに高度をとして、手が届きそうじゃないか」→高度を落として?
「く、こ、これ……→鉤括弧の抜け
高エネルギー塊が、→エネルギーの塊?
放たれ店に向かって一閃を刻んだレーザーに焼かれて→点に?
鼻水垂らし涙を流し、→鼻水を?
もし切れたのが脚じゃなかったら、放って置いたかも。→放っておいた
東風谷早苗は両手を一つにまとめあげられて四つん這いにも慣れない状態で、→なれない
それ振り払ってその手から自ら落ち再び横たわる→それを?
破り取られたスカートは吐き直したところで、→穿き・履き直し
想像のつかない者に思える。→ものに?
|旧役場庁舎《杉浦醫院》に着いた。→佐久間醫院
妙に温かいのを感じて入るが、それは焦りや恐怖によって汗を書いているわけでも、→温かいものを感じて(は)いるが、汗をかいて
有るきまわるという表現は正しくないかも知れない、→歩きまわる
割り箸の夜に細った四肢に皮膚が垂れている人間、→箸のように
この日本列島に澄んでいる日本国籍の人間には多かれ少なかれほとんどの人にはその遺伝子が混じっているわ。→住んで
「彼女はずっと、人間への復習に向けて計画を練っていました。それが、|辛痕《つらあと》の爆発的な感染、まさに今起こっていることです。」→復讐
元は神様だっだという話も、→だった
この辺の蛍は一度壊滅的な状況に落ちいいっている。→陥って
それは紛れもなく退治出会ったことだろう。→退治であった
何度か流行を見せた以外は形を潜めています。→なり・鳴り
というかだま好きだって無いだろうこんな話。→騙す気
辛痕《つらあと》の病人の交信は紛れもない本物だった。→行進
佐久間医師あ手記の中で挙げていた、→医師が?
二人が渡しに何かを課そうとしているのが見え見えで、→私に
なんて漫画のようなことは怒らないで欲しい。→起こらないで
それどころか今でも鮮明に覚えていていて思い出しては罪悪感と興奮を再生さえしてしまう、→覚えていて
精々太腿が覗く程度のだったにも拘らずボクは、→程度だった?」
他の人の胸を張ってこれがボクだと言えるものを何も持っていない。→他の人に?
普段はそういうつかれることはしたくない。。→句点の衍字
これは外構に尾を引きますよ。→外交?
むしろ逆できっと何か先を期待しているからの苦い言葉と態度なのだと言うことくらいは分かっていても、→期待しているからこその?
でも整理なんかつかつくものか。→つくものか
二にこりと笑うその表情と言葉に悪意はないようだった。→にこりと
そこで永遠に暗そうだなんて、思っていなかったわ。→暮らそう
「昨日の話を忘れたの? 私は、お前の過去を補完するための道具じゃない。 お前の過去はお前が」→句点後の空白
もう、自体は動き始めている。→事態

そしてここからが少し自信がない部分で……↓

大荒の戦闘の様子が見えなくなってしばらくしてから、→大荒れ?
東風谷早苗の脚はつい止められた。→縫い止め?(方言や私の知識不足だったらごめんなさい汗)
ボクが獲ってきた鳥や魚をひょいひょいと捌いて火に焚べていく→焼いて・当て・炙る?(火のなかに入れて燃やすという認識からですが、意図しての表現や私の知識不足でしたらごめんなさい汗)
「|甘種《アシダカ》、こんなところに鬼を連れてきて、何のつもり?」
 |道《すすむ》君は、アミちゃんに向かって何か非難がましい視線と言葉を向けている。「彼女」とは私のことだろう、だが「アシダカ」とは何だろうか。→「鬼」とは?もしくはるびなどの脱字?