真・東方夜伽話

雲わく道に山居の命⑤

2018/03/29 01:44:18
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雲わく道に山居の命⑤

みこう悠長

読まないでください

§§§



 葉の傘の向こうには燦然と降り注ぐ日光を感じるのに、ここは鬱蒼と茂った木々に陽の光を遮られがち、まるで結界の内と外、そんな隔絶感。平地の少ないこの地域では、斜面を登っていると思えばそれはいつの間にか、下り坂に変わっているだろう。張り出した木の根に遮られる凹凸の多い道は起伏に富んで入り込んだ兵の足並みは揃わない、たとい道がわかっているとしても慣れぬ者が歩けばそれだけでも消耗につながる。
 木立の合間に出現する比較的なだらかな、小さな空間。湿地がちで湖沼を抱く小さな平坦地をやはり斜面にはみ出すように、人影が犇めいていた。幾つか焚き火が熾されている。
 多くは槍、あるいは手斧を手にしている。大柄とは言えないが筋骨隆々と逞しい肉体をしている。露出の多い肌には、全身に及ぶような広い面積に赤や茶、黒、白で彩られた化粧を施し、いずれも木や波、風、炎を模式化した幾何学的な文様だとわかる。肩で息をするように揺れて動いており、何か尋常ならざる様子を感じる。笑っている。奇声を上げている。飛び跳ねて暴れだす寸前のエネルギーを溜め込んでいる。地面を打ち鳴らしている。これらは戦士だ。
 槍や斧を持たない者には、そうした武器を手に持つ者のように化粧を施し、草木、石、それに貝による装飾品を身に着けた者達がいた。装飾品のいずれにも炎や波のような文様を描かれている。大きな樽のような形のものを抱えており、獣の皮で作った蓋を閉じられている。
 その周囲には数名の、装飾を施した者達と同じ様な化粧を施した女が立っている。全裸だが全身に化粧を施した姿は人間の裸体と言うよりはもっと別の、荒々しさと神々しさを兼ね備えた別の存在のように見える。
 そしてその中央に、彼女が立っている。一際小さい身体は、この場にいる誰よりも幼いことを示している。化粧、あるいは服装、装飾品も含めて、他の者よりもより圧倒的に鮮やかな色合を見せている。|マンガン《黒》は他の者よりもより深く、燃えるような|ベンガラ《赤》は畏怖さえ誘う、浮き上がるような|黄蘗《黄》、目の覚める|翡翠の粉末《緑》、凍りつく|雲母粉《青》の極彩色はまるでこの世のものではないように映り、輝く|藤の絞汁《紫》と冴える|カオリナイト《白》が、彼女を崇高な存在に高めていた。まるで彼女だけが同じ空間にいながら異世界のものであるかのように、鮮やいでいた。狐か、犬か、あるいはもっと獣性かつ神聖な存在を感じさせるラインを流して顔に引かれた、赤と白の化粧。全身に施された赤と黒の文様は他のものの炎や波の形ではなく、三角や四角を多く用いた幾何学模様。それに黄色や青でアクセントが加えられている。纏う衣服にもふんだんに色彩が用いられており、鮮やかな、だが荒々しい色合いが見るものを興奮に誘う。首飾りは神の証。腰飾りは王の証。彼女はその両方を身に着けている。鉱石と貝の装飾品は他の者達が身につける自然体なものではなく、球や方形、円柱や勾に形が整えられている。そして赤い鉄製の装飾品は彼女の身体にしか施されていない、それは、極めて神聖なもので、|彼女《女王》にしか許されていないものだった。
 周囲にはその空間だけを別に区切るように配置された青銅の鐸が配置され、結界の中は封ぜられた神性の空間のようだ。その領域には異様な香りが漂っている。きのこの粉末、ヒキガエルの油、それに大麻の子房の汁を混ぜ合わせた、神薬を焚いているのだ。
 中央におわす巫女が、何か声を上げる。尋常ではない。人の声かどうかさえ怪しい、叫び声とうめき声、だのに歌声に聞こえるそれは、周囲の草木を震わせた。彼女を取り巻く裸女が、炎のゆらめきに合わせて激しく舞い始める。戦士が結界の中の彼女に向けて並び、何かを施されている。神の薬の滓沫を受け取り吸い込んで、更にその側の封された樽の中に梱された液体を口にする。樽の中の液体は、山葡萄から作った|アルコール《神の水》だ。すべての戦士が神薬と神酒を受け取ったところで、樽は再度封を施される。そばにいる男が、獣の皮の封を叩いて鳴らし始めた。
 辺り一帯に、夥しい数の黄緑色の光の粒が浮き上がる。白昼の星、その海に沈んだような現実感のない光景。
 炎のゆらめき、太鼓の音、舞い女、|アルコール《神の水》と|シロシビン《神の薬》。戦士の興奮が高まる。
 |彼女《巫女》が、濃厚な神の薬を燻煙だけではなく、神の酒とともに直接口に含むと、神と一体化が始まった。
 獣の皮のドラムが激しく打ち鳴らされる。

きけ
ゆらゆら
 おと
  まわる
おどれ
ゆれる
 ひかり
 ふわふわ
   ほのお
  おお
 ゆらゆら おと
 まう うたえ
かぜ きけ
 ほのお うたえ
  ゆれる おお
ゆれる おお
  ほのお
 ゆれる まえ
  ゆられる
 とける かぜ
ふわふわ
  ひとつになる まわる
おお  のぼる
 おお くも
ほのお  ゆれる
 きけ おと おと
みず  まわる おりる
 ゆれる くも おと
ゆらゆら ほのお おと
  ひかり おお  ひびく
め  きらきら おお たたかう
 すべて  とけあう
おお つながる ゆれる おお
  きえる あらわれる  おと うたえ
ふわふわ  ゆらゆら きらきら
  ゆれる わたし  ゆれる まわる
ふわふわ かぜ おお たたかう
 ゆれる  ゆれる ゆれる みえる おと
おお からだ みみ  こえ おお たたかう
うで  ゆれて まわる こころ おお おお
 ふわゆわ ゆらゆら ゆれる きおく きけ まえ
あかるい くらい おお やま かぜ ゆれる
 たたかう ゆれる  ながれる まわる たたく
かんじる きこえる おお わたし そら ゆれる
 ほのお ほのお ゆれる ほのお ゆれる
  わたし ゆれる まわる たたかう
しずむ まわる うきあがる ふわふわ ゆれる
 ころす ながれる さかさま ながれる  ただよう
たたかう わたし ただよう ゆれる ゆれる
 ほのお たたかう ほのお ゆれる まわる まわる
ゆれる  うで といき ほのお  ほし うたえ
 やま ころす かぜ ふわふわ ゆれる ふわふわ
ほのお たたかう みえる たたかう しずむ たかまる
たたかう ころす  ほのお ゆらゆら  わたし たたかう
 たたかう たたかう ころす ほのお たたかう
たたかう ころす たたかう たたかう ころす
  ころす ころす たたかう たたかう ころす
ふわふわ きらきら ころす しずむ ころす うきあがる
 たたかう たたかう たたかう ころす ころす ころす
たたかう ころす たたかう ころす たたかう ころす
ころす ころす ころす ころす ころす ころす
 ころす ころす  ころす ころす ころす ころす ころす
ころすころすころす ころすころす ころすころすころす
ころすころすころすころすころすころす ころす
ころす  ころすころすころすころす ころすころすころす
ころすころすころす ころすころすころす
ころす ころすころす ころすころすころす
ころすころすころすころすころすころすころすころすころす
ころすころすころすころす
ころすころすころすころすころす
ころすころすころすころすころすころすころす
ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす
ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすこわすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす

 |彼女《神》が完全に|脱魂意識遷移《エクスタシー》にははいった。
 銅鐸に区切られた異世界の中で、身を揺らしながら声を上げ、神の歌い、異形を舞い、|神を感じて一体化《トランス》する。
 ドラムのビートはより早く激しく強く響き、周囲の舞女は炎と神の間で豊満な裸体を激しくくねらせて踊り、汗を散らす。
 巫女が神となったのを感じた戦士たちは、興奮を高めていく。神の雫を授かり|巫女《神》の|一体化《エクスタシー》につられ、その息吹を身体に受け入れる。目の前の神を自らの体に取り入れて、意識は最高潮に高まる。戦士たちは|憑霊意識遷移《ポゼッション》に至った。
 森の木々の合間から、別の戦士たちが現れる。西の軍勢だ。銅剣と槍、簡易な鎧を身に着けた、整備された兵士。100を超えるその数が、シャーマンの率いる軍勢と対峙する。

 たたかえ!

 それが声だったのか、音だったのか、誰かがいったのか、誰も言わないのに伝わったのか。もはやわからない。
 何十人もの魂と精神が神を通じて一体となり、一つの目標に向かって意識を統合する。
 ドラムが戦いのビートを打ち鳴らす。神と一体になった戦士が、唸り声を挙げて飛び出した。
 武具の整備され統率のとれた兵士と、粗雑な石槍と斧、防具もない勢いだけの戦士。数においても西の兵士のほうが倍程度に多い。一見して勝敗は明らかだ。
 だが、様子は違っていた。西の兵士とて神の加護を受けた戦士であることに変わりはない。だが、神化の度合いが全く異なるように見受けられた。
 山の戦士が地の利と速さに任せて西の兵士の胸に深々と槍を刺し込んで葬ると、西の兵士がその隙を見て山の民を背中から斬りつける。
 だが切られた戦士は自分の損傷を全く意に介さないように振り返って、自分を切りつけた兵士に飛びかかった。
 一人目の胸から槍が抜けないので素手だが、にもかかわらず銅剣を振るう兵士に、切りつけられながらも飛び込み寄り、押し倒す。兵士の剣が山男の腹を貫いたが、神と一体化して忘我の果てにある狂戦士は全く動じない。腹から血を流し内臓まで漏らしながらも、兵士の顔を素手で殴りつけ、手の骨が砕けるほどに殴りつけ、殴りつけ、殴りつけ、兵士の顔の骨が砕けて形がなくなるほどに殴りつけてそれを殺してしまう。
 そして満身創痍の男は兵士の剣を手にとって立ち上がり、血まみれの身体で次の獲物を探す。
 流石にまともに戦える身体ではないのだが、動きはともかく異常ささえ感じる戦意は他の戦士達にも伝播し、同時に敵の戦意を削ぐ。
 まるでその魂を嘲笑い葬るように飛び交う蛍の光は昼間だと言うのに不気味なほど明るい。揺れる炎、背に聳える阿祖の勇姿。神憑りの戦士たちの雄叫びと、戦いの音色を刻むドラムの音、戦士のトランスを保つシャーマンの声。
 先に切りつけられ致命傷に思える傷を負った戦士も、まるで命などここにはなくこの体はただ敵を倒すために動いているだけのゾンビであるように反撃に出る。
 目がやられても耳だけで敵を探し、足が潰されても這いずって敵を捉える。
 腕が不能になれば逆に腕で槍を持ち、両腕がやられれば噛み付いてでも敵を打ち倒そうとする。
 停止するまでは死んでいない。死んでいないうちは戦士であり、戦士は敵を倒すために戦い続ける。
 神の戦士は、死なない。止まるだけだ。
 西の兵は良く言えば勇猛な、率直に言えば人間性を失った気狂いのような敵の戦い方に、敵ながら神を見出してしまう。それも、自分よりも強力な神。
 戦意は削がれ、剣を振るう腕に力が抜け、あるものは戦いを放棄して逃げ出してしまう。
 約半数の兵士で、山の民は西の軍勢と互角かそれ以上に戦っている。
 この戦いは、間もなく終わるだろう。|不合《あえず》の山の民の勝利だ。
 この戦況は、西の想像を絶しているに違いない。
 神と一体になり、忘我の果にある巫女。戦士たちの女神となり、精神的な支柱になり、それらを一つの集合体として統べる|花鹿様《女王》。|阿祖見《あそみ》の|山《神》、|阿祖見山居比女《あそみやまいのひめ》。
 私自身も、彼女の背後で興奮を高め続け、蛍を舞わせ自身も舞いながら、彼女の姿を見ながら何度も絶頂に達している。意識が白く爆ぜ、無になり、その真っ白の平原が、神で塗り潰される。

 もうなんにもこわくない、万能感。
 なにもかもがここにある、万有感。
 すべてひとつにつながる、統一感。
 しあわせでみたされてる、多幸感。
 それをもたらしてくれる、神。

 神の目が、チラリ、と私を見た。|脱魂意識遷移《エクスタシー》の最中の、紅潮し汗にまみれた顔、焦点の定まらない目、神の声を叫ぶ口、激しいゆらめきにはだけた衣服、その下に見える神の文様を塗り込められた肌。意識ここに在らずの筈が、|彼女《・・》はそこにいた。確かにそこにいて、そして
 私を見て、笑った。

 ぞくん
 ぶつっ

 それを認識しただけで私は、意識の綱のようなものが引き千切られて失神し、その場で倒れ込んでしまう。
 遠のく意識の中で胸を埋め尽くしているのは、圧倒的な幸福感だった。



§§§



「えへへー、ほたりゅびー、かったろー」
「か、かじかさま……?」

 私が神の水を頂くことは、めったにない。戦のときか、余程大きな神事を行うときくらいだ。そういうときには私は決まって、意識を失ってしまう。お役目を果たすまでは持ちこたえるのだけど、それを達成したと認識した瞬間に脆くなってしまう。何かの拍子に心拍数が上がるとカクンと、まあこの通り、終わって随分経ってから気がつくのだけど……。

「ほたるび、おきた、おきたっ」
「かっ、|花鹿《かじか》様っ!?」
「ねー、かったよ、いくさ、かったおーっ んへへー」

 神の水と神の薬を用いた儀式の後、|脱魂意識遷移《エクスタシー》の余韻を残した|花鹿《かじか》様を見るのは、初めてだった。私が目を覚ますときにはいつも、|花鹿《かじか》様は既にしっかりした意識を取り戻していて、大声を出したり、体を揺すったり、頬を抓ったり、水をぶっかけたり、蹴ったり殴ったりに起こされてばかりだったから。
 でも、今は違う。額と額がくっついて、|花鹿《かじか》様のくりくりと大きくて翡翠を嵌め込んだような透き通る綺麗な瞳が、近い。私の顔を全画面投影している。額同士がくっついて、私の|額《触角》から伝わってくる|花鹿《かじか》様の体温。柔らかい肌の感触は、|意識遷移《トランス》の興奮を残したまままだ汗ばんでしっとりしている。

「ほたりゅび、きゃははっ、のう、みておったか、|吾《あ》れがかみになったところー」
「え、ええ、見ていました。」
「どーだったー? んー? どきどきしたか? なあ、どきどき、したかの?」
「えっ、あ、は、はい……」
「そーかそーかぁ くふふっ」
(こ、こんなに近くで、くっついているのは、初めて、かも)

 |花鹿《かじか》様が、まるで人懐っこい芋虫のように私の懐に入り込んでくる。
 緊張して、身動きが取れない。芋虫が怖いわけではないぞ。というか|花鹿《かじか》様は芋虫じゃないし。ああ、でもそうやってもぞもぞしながら体くっつけられるとですね、ちょっと、タマラナクナルといいますか……!

「か、|花鹿《かじか》様、まだ神様との分離が終わってないのでは」
「あにぉー、|吾《あ》れがかみじゃ、ほらりゅび、ほんらこともわからぬにょか?」
「わわわ、わかってますよお! ああっ、|花鹿《かじか》様、離れて下さいっ、私の穢がうつってしまいますっ」
「あんら、ほらるぴ、おまえはきたないのか?」
「ちょっと神薬が多かったのでは……あーっ、っちょっ、いけませんって、か、かじかさまっ!」

 更に|密着《・・》しようとしてくる|花鹿《かじか》様を、私は強靭(当社比)な精神力でブロックして引き剥がす。だって、|花鹿《かじか》様ったら、露出の多い儀式礼装のままでくっついてくるのだもの、目のやり場もそうだし勿論、触る場所にだって困る。肩以外に触れてしまわないように最新の注意をはらいながら乱暴に押し返した。

「……ほあるび、おまえ、|吾《あ》れがきらいあのあ〜?」
「め、めめっそうもございませんっ、しかし、私は、蟲……」
「|吾《あ》れは、おまえに、いわってほしいのら せっかく、にしのやるらをおいはらっらのら……ほらるぃ」
「か、かじかさま……」

 |花鹿《かじか》様が、もう一度私の上に伸し掛かるようにくっついてくる。細い腕が私の腕を撫でてそのまま肩、首、顎、頬へ。体温が下がっていない、熱い体。汗も引いていない。しっとりとした肌が私の上に。「どきどきしたか」と聞く|花鹿《かじか》様の体の方からも、とくとくと脈打つ音が響いてくる。きっと、私の音も、聞かれている。

「ほらるひ」
「かじか、さま」

 お顔が、また近い。鼻がくっつきそう。
 それに、唇が。目を見て、瞳に見とれていると、近寄ってきている。
 くっつきそう。かじかさまの、ベンガラを引いた真っ赤な唇。
 このまま、あと3秒待っていたら、くっつく、私の唇と。
 |花鹿《かじか》様の吐息、熱い。
 あと、2秒。
 目が、閉じられた。吸い込まれるみたいに私にかぶさってくる。
 私も目を閉じたら、あと1秒。
 もう、重なる。

 ぺち

 だめだ!
 私なんかが、私なんかが、|花鹿《かじか》様の大切なものに触れては。
 私は蟲だ、|花鹿《かじか》様は、|山《神》だ。そこには、埋められない溝がある。
 私はいい、でも、蟲に穢をうつされた|花鹿《かじか》様はどうなる?
 私は|花鹿《かじか》様の額に手を当てて、接近を阻んだ。

「あ、阿祖様が、見ておられますっ」

 私は、木々の合間から除く阿祖の山を指さして|花鹿《かじか》様を説得する。|花鹿《かじか》様は、|阿祖見《あそみ》様。阿祖様を臨み、その山々の系譜に名を連ねる、気高い神様だ。私などが、触れていいはずがない。

「……ほたるび」
「はい」
「おまえなんか……しっ、んで、しまえ!!」

 どごぉっ!

「ぐ……えぇっ!」

 暫く呼吸が上手く出来ずに悶絶する私。
 正確無比な狙いで私の鳩尾に拳を落としてた|花鹿《かじか》様はそのまま立ち上がり、そのまま山の中に走っていってしまった。

「うう……」

 息苦しい中で、|花鹿《かじか》様の綺麗なお顔が近かったのを、思い出す。透き通った瞳に魅入られただけで、私は体中の血液が沸騰しそうになっていた。あの赤い唇、許されるのなら、触れたかった。唇で、とは言わずともせめて、指先で少し触るだけでも。

(でも、これでよかったんだ)

 蟲ケラが、多くを望むべきじゃない。私は、私としてできることを、|花鹿《かじか》様にして差し上げるだけだ。
 |花鹿《かじか》様が、本当にお慕いしているのは、あの大阿祖様なのだ。私のことなど遊び相手か、|神化状態《トランス》の間の、気の迷いに過ぎないのだから。
 これで、よかったんだ。



§§§



(……温泉が肌に合わなかったのは惜しいけど、こっちの大浴場も普通に広くて気持ちいいな)

 横目に温泉の湯がザバザバ掛け流されている。しかし驚いたことに、他の客が居るではないか。
 どうやら日帰りの入浴客だという。神社から車で戻ったところで、丁度あの「どう見てもただの民家」な軒先を見た男女混合の三人がやっぱり「ここじゃねーんじゃねえの? どう見ても普通の家だろ……」って戸惑いながらうろうろしていたのを目の中を¥マークにしたアミちゃんが飛んでいって捕まえたのだ。

「こんなDIY感漂う温泉もなかなか」
「元はタダの民宿だったのに、急に温泉湧いたんだって。まだどこにも発表してなくて店の前で看板出してるだけだって」
「へー!」

 くそう、こっちのほうが広いとは言っても、せっかくの温泉なのに私はただの水道水沸かしただけの風呂ってのは、なんだか悔しい。肌に合わないとなれば仕方がないのだけど、あっちの三人組(まだ設備がないので混浴、しかもそれでも入ってくるとかどういうことよ、どういう関係よ)が羨ましいといえば羨ましい。

(あれ、水道水?)

 はた、ときになった。ここ、温泉ではないとはいえ、水道水だっただろうか。
 注ぎ口に目をやるが、とくに何かが分かる形はしていない。流石にISDNには驚いたが、ライフラインが寸断されているわけではなかったこの|阿波戸《あわと》で、別に水道が引かれていないだなどとは思っていない。でも、あちこちに井戸があるのが目についていた。
 「この水は飲めません」の表示、田舎ではよくある光景だ。井戸水か、あるいは川の水か、どちらかがまだ生活の中に多く残っている。富士山の麓ともなればそういう一帯があってもおかしくない。地熱で熱せられていない温泉、という見方ができるかも知れない。勿論水系が地下でどうなっているのかはわからないが。
 結局こっちの風呂に入っても肌に合わないなんてことがあるかと思ったが、温泉が出るような熱源が近くにない地下構造の地下水なら、成分も違うだろう。

(でも、あの三人が来たおかげで私はもっと良い目に遭ってるもんね!)

 一気に三人も宿泊客が来たせいで、私は客室を追い出された。なんと、旅館部分ではなく母屋、つまりアミちゃんの居住スペースに泊めてもらうことになったのだ。これでまさしく同棲状態だぞムフフ。
 さて、今夜はアミちゃんとの|激しい戦闘状態《…》が予測されるのだから、その前に少し考えをまとめておきたい。

 この辺には、一風変わった伝説が残っている。|阿波戸《あわと》の周辺だけじゃない、もっと広い地域性で語られている伝説だ。
 湖水伝説、あるいは|蹴裂《けさき》伝承と呼ばれるものだ。

 日本各地に幾つか残っていて、大まかに言って「今盆地になっているここは昔湖だったけど、神様が山の端をズバンと蹴り飛ばして水を抜いたものだ」という伝説の総称だ。
 有名なものは大分の由布院盆地だが、他にも甲府盆地、それに京都の亀岡盆地に、そうした伝承が残っている。由布院盆地についてはよく知られていて、温泉とペアでよく語られる。後者二つはさほどでもない。甲府盆地も有名なはずなのだが、観光地としてのパワーが足りない感じか。
 それぞれ土地の権現様なんかと結びついて寺社があったりして、その多くの場合|大国主命《オオクニノヌシノミコト》が関係している。もっと無名なものはきっと各地にまだたくさんあるのだろう。|大国主命《オオクニノヌシノミコト》(≒|大巳貴命《オオナムチノミコト》、|大物主命《オオモノヌシノミコト》)が関わっているという点に興味深さを感じる。国津神つまり天神系なのだが、『国譲り』のエピソードに見る通り、かなり早い段階で天孫系の神々に国を明け渡している。

 日本の記紀神話が「世界各地の血みどろ神話と違う」なんて都合よく言われる理由に、「国譲り」というエピソードに始まり神武と各地豪族の関係に見る「おまえ実は同じ神様の子だろう」と言って握手したり、そんなに酷い殺し合いをすること無く合議やトップ同士の決闘だけで終わり、以降は親戚同士になってしまうという不思議な流れがある。これはその通り、日本という国が、ただ戦争での征服・非征服という関係でだけ出来上がっていったのではなく、征服側の技術の啓蒙によって非征服側も実利を取ってその下に入っていったという合理的な合併があった証ではないかと思っている。
 日本の古代には、農耕による富の形成につながる米と土器、武力と社会的権威を示す鉄、実際の血の繋がりを保つ民族、が絶妙なタイミングで侵入してきている。これらが少しでも史実と異なるタイミングで入ってこればこんな平和な国造りにはならなかったかも知れない。血みどろの征服戦争がもっと大規模に行われていたならば、遺跡からはもっとそれらしい発掘があるだろうことを考えると、文化がもたらした奇跡の平和国家と言っても確かに頷いてしまう。勿論、血なまぐさい出来事がなかったわけではあるまいが。

 私は、この各地に残る湖水伝説と日本の国造りは、関係があるのではないかと思っている。神武東征や、国譲り、あるいは|倭健命《ヤマトタケルノミコト》の東征には、ただの武力による制圧ではなく、こうした日本各地の開拓事業が含まれているのではないかということだ。神様が山の端を蹴っ飛ばして水路を作ったというのは、天孫降臨以降西から東へと移動を続ける邪馬台国ー大和政権が各地に残した、治水工事が口伝されたものではないか。国津神の代表的な|大国主命《オオクニヌシノミコト》は出雲族であり、その系統の出雲氏、あるいは秦氏は、こうした土地で治水事業を行っていたのかも知れない。天孫系の神族はこれを親戚として正当に取り込んで、大和政権は自らの功績として伝えているのだろう。事実そういう説を提唱する学者もいるが、最近はもう遺跡発掘によるエビデンス優先の考古学になりつつあって、物証のない学説というのは微妙に見向きもされない。
 各地の豪族は、武力だけではなく親和的な方法で影響力を広げてくる大和政権に対して、ただ力で抵抗して既得権益を守ろうとしたのではなく実利を取って従ったのではないかということだ。大和政権は武力でねじ伏せる以外に、現地の豪族に対して既得権益を保証したのかも知れないが、それは大和政権のやり方が優れていた点と言い換えることが出来る。勿論、抵抗した勢力もあるだろう。それが熊襲と呼ばれたり蝦夷とよばれたり、土蜘蛛と呼ばれたりしたのだろう。
 諏訪(ミシャグジで有名)や飛騨(|両面宿儺《リョウメンスクナ》などに伝わる)の例は特殊かもしれない、大和政権と土着の神の間に、出雲系が挟まっていることによって、戦争があっただろう経緯がソフトにあるいは混乱して伝わっているのがわかる。大和政権と争った記載が残る少しの地方の伝承は、日本の歴史における国造りと征服の歴史におけるミッシングリンクを埋めるものとして見ることが出来ると、私は思っている。

 もう一つ、阿祖神社で話を聞いてピンときたのは、|大国主命《オオクニヌシノミコト》≒|大巳貴命《オオナムチノミコト》≒|大物主命《オオモノヌシノミコト》に見る、国造り神話と疫病の関係だ。
 病が流行した崇神天皇の時世、天皇の枕元に立ち自分を祀れば疫病が収まるだろうという神託をした|大物主命《オオモノヌシノミコト》、その別名(まあ恐らく実際には別人だろうとは思うが……)である|大巳貴命《オオナムチノミコト》が、阿祖神社に祀られていたのは、あの場では関係がないだろうと片付けたが、やはり何か因果を感じる。
 これは、阿祖神社の伝承がなければ紐づくものではなかった、|阿波戸《あわと》に残る何か重大な接続ではないか?

 |祝主《しゅくしゅ》の|花鹿《かじか》ちゃんは、寄生虫症を神格化した独自の「蛭子神」を祀っていると言っていた。奉らねば|祟《たた》る神といえば、荒御魂の類として祀っているということになる。|大物主命《オオモノヌシノミコト》自体が荒御魂だということではないが、そうした側面もあるということだし、そこを切り取って疫病神としたのかも知れない。

(オオクニヌシの国作り事業の副産物として、疫病が発生した? この地で行った国作り事業の最たる例は、どう考えても湖水伝説に見る、治山治水の工事だろうなあ。そのせいで疫病が流行ったってこと? じゃあ、荒御魂となりうる『祟の元』は、一体、なんだろうか)

 もし地方の豪族がそうした治水工事によって得られる農耕的な利得を喜んだのであれば、神様として祀ることは不思議ではない。「富」→「神」の因果は説明できる。だが、「○」→「|祟《たたり》」のセンが見当たらない。

「しかし、安いなあ」
「まあ特に観光らしいものは無いしね」
「でも、晴れれば富士山もよく見えるし、いいとこだねえ。静かだし私は好き」

 向こうの温泉組がしている会話。
 そうだよ、ここは富士山がよく見えるからね。
 富士山以外にも色んな山があるし、車があるなら少し移動すれば別の温泉郷にだって行ける。

「……山?」

 ふと、思い当たったのは、その言葉だった。
 神様にぶっ飛ばされた山は、一体どこに行ったのだろうか。
 例えば由布院盆地の湖水伝説では、|宇奈岐日女《うなぐひめ》神社という神社があり|宇奈岐日女命《ウナグヒメノミコト》が祭神だったと言われている。湖の水を抜く前にこの地にいた女神であり、その際に「流石に全部抜かれると困るのでちょっと残してよ、そこに住むから」と言い、湖の水が抜けた後に少しだけ残った金鱗湖(この湖は今でもある)でのんびり過ごすことにしたという。今日、宇奈岐日女神社の正式な祭神には|神倭磐余彦命《カムヤマトイワレヒコノミコト》つまり神武天皇や、|彦波瀲武鸕鷀草葺不合命《ヒコナギサタケウガヤフキアエズノミコト》といった六柱の神が奉られているだけで、|宇奈岐日女命《ウナグヒメノミコト》は名を連ねていない。後の考察によって書き足されているだけだ。
 それでも今日まで名前が残っていたり、住処を残してもらったりしただけマシだろうか。

 余談だが、広島県には|宇那木《うなき》神社という神社がある。神社の周囲には、かなり初期の時代の古墳と見られる弥生時代の貴重な史跡が幾つもある。鎮守の杜は国の指定する特定植物群落となっていて有名だ。
 由布院の|宇奈岐日女《うなぐひめ》神社と名前がそっくりであり、関連が想像される。が、正式な由緒に|宇奈岐日女《うなぐひめ》神社のことは記されていないし、やはり|宇奈岐日女命《ウナグヒメノミコト》を祀っていると伝わってはいない。
 祭神には|誉田別命《ホムダワケノミコト》 (つまり応神天皇)他二柱がある。ここに奉られている三柱の神はいずれも『古代の日本の神様』というよりも、日本に天皇制が敷かれて以降神様に併合された『天皇の血統』を祀っているようで、古墳がたくさんあることと、この祭神の構成は余り関係がないように見える。この古墳群が神聖な場所と見られていたのは、過去にはもっと別の由来があったのではないだろうか。
 祀られている|誉田別命《ホムダワケノミコト》つまり応神天皇は、古事記の中でもかなり記述が多く色々な伝承がある。だがこの広島県の|宇那木《うなき》神社では|誉田別命《ホムダワケノミコト》を特に、「山や川を納める神」と記して祀っている。勿論そうしたご利益も或るのだが、特別それを前に出すのには、やはり治水治山の無事と成功を願う「必要性」があったからではないか。
 山がちな地形の広島県の中でも屈指の大きさを誇る西条盆地も、地質調査の結果かつて湖だったと言われている。可能性、というのはつまり、西条盆地もしかすると湖水伝説を語りうる湖だったのではないかということだ。
 神社自体は甲斐の国から富士浅間神社(これはもろに浅間系ということで、少々辻褄が合わないが)からの勧請と言われている。同じ、元湖の盆地からの、似たような名前の神社だ。この神社も元は|宇奈岐日女命《ウナグヒメノミコト》のように湖水伝説の系統を持つのではないか。湖水「伝説」として伝わっていないだけで、史実には同じような事が起こっていた可能性がある。灌漑事業が合ったのか、あるいは土砂崩れなどで湖が海へ決壊した出来事を刺すのかは定かではないが、今日、国造りとして伝わっている一連の出来事だ。
 ちなみに「うなぎ」だの「うなき」だの「うなぐ」というのは魚の鰻ではない。水神→龍→鰻や鯰というラインはよく見るものだが、この場合の「ウナキ」とは、古代日本で高貴な出の女性が身につける首飾りを指すと言われる。つまり、地震や水のことでも地名や地理的なものでもなく、宗教的指導者あるいは政治的指導者の女性をさして祀った由来(|宇奈岐日女命《ウナグヒメノミコト》というのも、その土地のシャーマンの女性であった可能性が高い)を彷彿とさせるものだ。神社の名前自体は固有の神を指す言葉と考えないセンも、十分に残すべきだろう。
 国造りとしての、湖の肥沃な盆地化(灌漑事業)の中で、国譲りに際してその場所に古来からいた神(豪族)を祀ったムーブメントがあり、その名残との見方もできる。
 そして、もう一つ奇妙に符合するものがある。
 広島県といえばかつて片山病と言われた地方病の病有地域で、片山病の正体はまさしく甲州の地方病と同じ、日本住血吸虫症だ。その片山地区はずばり、|宇那木《うなき》神社とともに、西条盆地に臨む。

「|大物主命《オオモノヌシノミコト》が崇神天皇におさめる方法を神託した『|疫病《エヤミ》』というのは、もしかすると本当に寄生虫症だったんじゃ……? それは、元々人里にはなくて人を含まない生活環を形成していたのに、山を削って池沼を盆地に変えて人が住むようになったから、人の世に現れたってこと?」

 これは結構面白い話なのでは。
 日本の国造りは、湖水伝説と一緒に寄生虫症も並べて考えるべきことなのではないか?
 日本住血吸虫症は、文書の残留の点であまり時代を遡ることが出来ない。けど存在していなかったと考えるのは難しい。
 医学の発展していなかった古代、でも病自体は昔から存在してた。人間はその正体を解明できずに未分化な名前を与えたり神様の仕業にしたりして伝承を残しているけれど、古文書や伝承、伝説、神話に登場する病名を今判明している病気と比定するのは、難しい。
 崇神天皇のときに現れた疫病も、正体がわかっていない。その後天然痘やら何やらが色々と現れたけれど、天然痘の正体がわかったのは最近の話だし、日本史に登場する病気が天然痘だと断じたのは更にそのもっと後だ。しかもしれも正確かどうかはわからない。
 古事記に登場するこの疫病は、今の主流は天然痘としている。というか古代の疫病は大体天然痘と相場が決まっている、不思議なことに。九州四国に多いとされる|成人T細胞性白血病《ATL》に比定しようとする話も聞いたことがあるが、支持はされていない。支持されていないという点では、私が今こうして妄想している寄生虫症のセンも同じだろうが。
 それでも、こういう胡散臭い古代史考というのが、私は好きだ、だからこうしてフィールドワークなどしてしまうのだ。

 そして、|阿波戸《ここ》だ。
 湖水伝説は明確に伝わっている。パワーこそ無いが観光資源にしたいように見えるし、それを伝える神社も盆地を囲むように残っている。だが、その元の山や水を司る神を祀る神社も、そういう話もない。あるのは、山をふっとばしたという神様の由緒だけ。

「いや、ある。それを祀るのが、阿祖神社だ」

 阿祖神社は、元々はそこにあった湖沼か河川の水神か、あるいはそこに聳えていた山か岩の神性を密かに祀り続けた神社ではないのか?
 記紀神話にも地域の民話にも残らないその神様は、何らかの理由で大和政権から、習合も伝承も許されずに疎んじられた別の神様だったのではないか? まるで隠れキリシタンや|魔女《ドルイド》の集会のように、その姿を隠しあるいはエビス神の隠れ蓑をかぶりながらひっそりと続いていたのが、この地のヒルコ神なのでは?
 だとすると、寄生虫症を神様として祀っているということも、その蹴り飛ばされて死んでしまった神様の|祟《タタリ》を鎮めるためと考えれば、筋は通る。
 恐らく、神様と言っても元々は土地の豪族だった人間だろう。

「来たあ!!」

 阿祖神社の由来について面白い考察がつながったのが嬉しくて、私は付い、ざばあ!とお風呂を立ち上がってしまう。

 三人組が奇異の目を私に向けてきた。

「あ」

 流石に、おかしい人だ、否定できない。

「あ、ちょっと尿意が、きちゃったなぁあって……」

 私はそそくさと風呂を上がって部屋に戻ることにした。恥ずかしさはあったが、それ以上にたどり着いた考察は胸が弾んで仕方がない。
 お風呂を上がったらすぐにノートにまとめなくっちゃ。忘れてしまったらコトだ。
 私は跳ねるような小走りで、母屋の方へ戻った。



§§§



 「現代に残る昭和テイスト」。一言でキャッチフレーズを付けるならそんなところだろうか。あるいは「おばあちゃんち」。こっちのほうが伝わるかも知れない、余りいい意味にはならないが。
 もともとアミちゃんに食事を一緒にしてもらうわがままを聞いてもらった時点で、ダイニングには通してもらっていた。客に見せる宿泊施設部分をとっても、綺麗に手入れこそされているが|古臭《レトロ》さを感じる内装だ、生活空間でしか無い母屋の方は、更に、悪く言えば、ボロ。
 ダイニング、とはいっても……アミちゃんには悪いけれど、とてもその言葉から連想するような小綺麗な空間ではない。L字になった台所、と聞けば使いやすそうではあるが、半分は食器乾燥機に占められていてLに活用することは難しそうに見える。電気式の食器乾燥機は最近良く見るようなスタイリッシュなものではなく、こんな時代から存在していたのかと感心するほど年季の入ったもの。黄ばんだ白と樹脂の劣化でヒビの入った緑で古めかしい姿をした食器乾燥機は、久しく電源を入れられた形跡がない。
 シンクに蛇口は一つ、水が出るだけだ。お湯はシンクに備え付けの蛇口を持たず、壁に無理矢理感ある様子でくくりつけられた給湯器から蛇腹の金属ホースで供給される、ハイブリッド仕様。古すぎて逆にクール。
 シンクを振り返ればすぐに木製の食卓テーブルがあり、椅子の一つはは水仕事を全てやっつけた後でなければ出せない家事修験者向けのようなまるで茶室のような誂え(ちなみにもう一つは私が常に座っている……)。シンクの側に限らず、このダイニングでは人間の善性を試される。人が交差できる道幅を持たないため、善意の交通整理を求められるのだ。挙げ句、食器棚の戸が開けば迂回を強いられ、冷蔵庫の扉が開けばその裏側にへばりついた牛乳パックと卵、沢山の調味料に寄って通行止めを喰らう。
 家事に必要なもの炊事に必要なもの、その他お母さんが直ぐ側にあってほしいと思う色々なものを一堂にに押し込んだ、お母さん戦闘機地。汚いというわけではない、雑然と物の多いごちゃごちゃとした印象を抱くと言うだけだ。
 古い冷蔵庫は常に低い音で唸り続けていて、でもその唸り声のおかげで無音よりもなんだか気が休まる。
 無数の静物の雑踏を感じるこの部屋は、個人的に落ち着く空間だ。
 勿論この台所で客の料理を作っているわけではない、それなりの広さを持つ厨房が民宿の方の建物に別にあって、今は先の日帰り客に出す軽食を作るために片隅が機能を取り戻している。だが片隅だけだ、他の部分は眠ったままになっている。何年眠ったままになっているのだろうか。
 母屋に移動したことでこのダイニングに居座る口実も出来たし、この部屋以外にも、アミちゃんの生活空間を少し垣間見ることが出来ていた。
 勝手口があるようだが、なんだか使われていないようだ。アミちゃん自身も民宿の出入り口を使っている。母屋にはトイレはあるがお風呂はない。シャワーだけがあり、お湯に浸かりたければ客室の方のを使えということらしい。私はいいのだが、従業員と言うか家族は不便だったろう。温泉がかけ流しになってからはいつでも入れるのだから、時間以外の問題はなかろうけれど。ダイニング以外には二つ部屋があり、一つはアミちゃんが使っている。まだ中を見たことはない。もう一つの部屋を、私が使うことになっていた。

「いいおゆでしたー」

 興奮気味なエクストリームお風呂上がりを果たした私は、自室に戻って風呂上がり後の「メンテナンス」を施した後、ダイニングに出てきてお風呂場で思いついたことをノートに書きつける。

「お部屋、準備できてますよ。こんな部屋でお仕事しなくても」
「部屋にこもっちゃったらアミちゃんのエプロン姿が見れないじゃん。それに、これは仕事じゃないから」

 元々は、何も出版するつもりなんてなかった。けれど、ちょっと気が変わってきている。|大物主命《オオモノヌシノミコト》と|大国主命《オオクニヌシノミコト》の関係、疫病が寄生虫症だったんじゃないかという仮説。この|阿波戸《あわと》に来て線でつながったことだ。書店に並べるようなことはなくとも、電子書籍なんかで気安く作って数百円で並べてみるのもいいかも知れない。物好きには結構受けそうな内容だと思う。
 ノートPCとかタブレットとか、電子ペーパーも色々試したけど、やっぱり物理ノートが一番いい。自由度、じゃないんだよなあ、自分の手で書いたことがきっちり頭の中にもインデクスされる感じ。脳の記憶っていハイソなアーカイブでなくって、脳味噌っていう肉体を使って体で覚える感じ? よくわかんないけど、物理紙に物理ペンで書いてる方がよく頭の中に入ってきて、バシバシひらめく。

「これってやっぱり人間が生きてきた証拠だって思うのよねえ、ロートルと言われようと体にあった道具使って気持ちいいもん勝ちでしょ、ねえアミちゃんー」
「な、なんかテンション高いですね」
「だからね、テクノロジは進む、それはいいことなんだけど、人間の体はそんなに過激に変わんないってことよ。個人毎で非遺伝的な学習と習得は出来ても、そんなことに学習コストかけるより人類ウン万年の蓄積を使って済ます方が利益率が高いものだってあるのよ」
「おかねのはなし?」
「人間という種がまだ、テクノロジに追いついてないってことでさあ。電子化についていけないやつを無能扱いして無駄な学習コスト費やしてまでテクノロジへの盲信晒しちゃうなんて、ハイソサエティ根性論ってやつよお」
「なにいってんだかよくわかりません、いえ内容でなく。」

 部屋に戻るなり訳のわかんないことを言っている私に苦笑いでビール出してくれるアミちゃん、もう完全にいい奥さんじゃないー。私ダメな夫かよ。なあんてー。

「えへへー」
「あの? 正直ちょっと引くんですがぁ」
「えっ、じ、じちょうします……」

 はいはい、なんて笑って、向かい側に座って自分の分のビールを開ける。身を乗り出すようにして、私のノートを覗き込んできた。

「字ぃあんまり綺麗じゃないから、恥かしいよ」
「あら、そうですか? 可愛らしい字じゃないですか。人は見かけによらないってことですね」
「えっ、それ傷つくぅ」
「サユリさん、可愛いっていうよりカッコいい、だと思いますよ? 自覚ないんですか?」
「ないねー。私は精一杯可愛いを頑張ってるつもりだよう。フリフリリボン満載の服を着て、積極的にピンクを取り入れる事ができるよに、掌に『かわいいはつくれる』って書いて、毎日食べて寝てるんだからあ」
「あらあら、それでこんな丸文字に。訂正します、かわいいかわいい」
「むー、なんかばかにしてないー?」
「してませんよ?」
「絶対してる。じぶんがかわいーからってさー」

 きゃあきゃあ笑いながら、ビールを煽って、一段落。ごめんなさい、お邪魔しちゃいましたね、なんて。全然邪魔じゃないよって。
 会話が途切れさせたくなくて、私は何か話題を探してしまう。

「あ、あの欄間のこと、話してなかったね。」
「縄文人、とか」
「うん。多分だけどね。あの欄間に彫ってあるのは、土蜘蛛だよ。」
「つちぐも? 人に見えますけど……」
「土蜘蛛は、人だよ。」
「はあ」

 そうだ、このことを伝えるつもりだったのだ。
 土蜘蛛という言葉が蜘蛛のような姿の怪物として広まってしまったのは、そうして描かれた創作が原因だ。本来、土蜘蛛という言葉は別の意味を持つ。

「土蜘蛛ってのは、大昔、天皇が日本を治めようとして国を作ったときに、それに抵抗した人たちのことをいうんだ」
「悪者さんですか」
「悪者、って言っちゃうと語弊があるのだけど、天皇が作った大和朝廷から見ると、悪者だったんだろうね。だから、本当の蜘蛛の化物みたいな姿として伝えて、自分たちは化物をやっつけて人間を助けたんだ、って広めたかったんだと思う。元々は、この辺に家があって大和朝廷とかとは関係なく過ごしてた人達じゃないかな。実は別に大和朝廷と戦争しなかった人に対しても土蜘蛛、と表記している例もある」
「それが縄文人ですか?」
「あくまで、大和朝廷は弥生人の一部が作ったもの、って意味でいっただけで、厳密な意味じゃないけどね。私の細々とした古代日本史の知識と、阿祖神社で聞いてきた話を組み合わせると、その可能性が高いと思う」
「ふえええ、あの欄間、縄文時代からあったんですね」
「いや、流石にそれはないと思うけど……。」

 アミちゃんって時々スゲえ信じられない天然っぷりを発揮するので油断ならない。

「でも、古いものには違いない。きっと、そのことを知ってる人が作ったんじゃないかな。この辺には土蜘蛛って呼ばれた人達がいて、今では蜘蛛にされちゃってて、でも悪い人じゃないって、知ってる人。そうじゃないと、こんな風に建築物の中に紛れ込ませたりしないもんね」

「『悪』って言う字とか『醜』って言う字が、元々は『すごく強い』って意味だったっていうのは知ってる?」
「あー、何かで見たことがある気がします。テレビかな。悪太郎っていういい人がいたとか。そういうのありますよね『をかし』とか『はづかし』とか、学校で習いましたね」
「うんうん。そういうのと同じ時の変遷による言葉や文化の認識のブレがあったんだと思うけど、世界的に、腕が沢山有るっていうのは素直に、『力が強くて有能』って人の象徴に使われていた時代があるんだ。インドの神様とか、哪吒とかね。きっと日本でもそうだったんだと思う。多分、土蜘蛛っていうのもそういう風に元々はただ、この辺にすごくて強くて偉い人がいたっていう伝承と、虫の蜘蛛と、あと大和政権の敵っていう意味とがゴッチャゴチャに混じったものだと思う。」
「あの欄間が縄文人作じゃないとしても、この辺には縄文の人がいたんですか」
「多分ね」

 土蜘蛛に対する大和朝廷から見た記述は大まかに言って、ずんぐりした体系に浅黒い肌、手足が長くて土の中に住む、というようなものだ。手足が長い、というのが特に蜘蛛という言葉にマッチするように思える。九州には実際に各国の風土記に土蜘蛛と記載された人物が多く登場し、以降の日本の歴史では考えられないことだが、土蜘蛛即ちその地域のトップとして普通に女性が記されている。これはシャーマンが土地の首領でもあった、つまりやはり土蜘蛛が縄文文化の人々だったことが窺える記述だ。
 ただ、かつて日本に先んじて渡ってきた人間、縄文人、つまりハプロタイプD1bグループの人達は、そもそも日本で多いが、特にアイヌと沖縄に多い。今その人達の姿を見ても、別に手足が長いとか肌が黒いとかいうことはない。精々少し毛深くて彫りが深い印象があるというものだ。その辺は歴史の中で「蜘蛛」という虫への蔑称から付与された部分かもしれない。
 私自身の考えの中で、「縄文人」という言葉が広範な意味を持ち始めこんがらがってきた。というのは

「さっき言った大和政権に関係のないこの辺の豪族、ってのは、元々九州から流れてきた人だろうっていうのが、神社に行ってわかったんだ。土蜘蛛ってのは、昔の古文書では、殆どが九州にいる。後は少しだけ、近畿と北関東。これは、九州から人が流れてった経緯だと思うんだけど、西から東に移動していって、近畿と北関東が有るのに、間の甲信越地方だけ無いのは不思議だと思う。いなかったんじゃなくて、諏訪の土着の神々とかに吸収されたり、あの欄間にあったみたいにひっそり暮らしていたんじゃないかな。」

 まず取り沙汰したいのは、|長脛彦《ナガスネヒコ》。もろに足が長い男という意味で土蜘蛛外土蜘蛛候補だ。しかもドストレートに大和朝廷というか神武天皇に抵抗している。哀れなのは、自分が神様だと崇めていたその神様に殺されたことだが、これは|饒速日命《ニギハヤヒノミコト》=天神系と、|瓊々杵命《ニニギノミコト》=天孫系の融和政策に寄与したことだろう。もしかしたら普通に神武にぶっ殺されただけかも知れない。
 次に|両面宿儺《リョウメンスクナ》。飛騨地方にも大和政権とは別の文化があったと言われている。おそらくは出雲族、つまり天神系が大和政権に先立ってこの地につくった文化だろう。|両面宿儺《
リョウメンスクナ》も、多腕の強者で、大和政権に従わなかった化物として伝えられている。
 更に、諏訪地方に伝わる、手長あるいは足長。手長・足長の伝承自体は、先に上げた飛騨から、東北の広い地域にまで存在するが、諏訪地方では特にミシャグジ、モレヤなどの神と並んで諏訪地方を治めていた神とされ、|建御名方命《タケミナカタノミコト》に抵抗したと言われている。
 これらの神性も、土蜘蛛、とは銘打たれていないが、根底に存在したのは同じ性質の人種なのではないかと思う。何故か手足が長い、あるいはたくさんあるという者は、必ず大和朝廷の敵として描かれる。しかもこれがただの化物で退治されるだけならば「手足が長いなんて化物だから」と片付けてしまえるのだが、その土地々々ではなぜか愛着を持って伝えられていたりする。化物というよりもこの土地に昔いた英雄、の様な扱いだ。例えば九州の鬼八もそうで、悪者なのに何故か民衆から愛されていたりする辺り、不在で空想上の凶悪な化物、というものではどうやらなさそうだ。
 富士山麓や諏訪、飛騨といった地方は、恐らく天神系、天孫系、そして今回阿祖神社を訪問して仄めかされた天神系亜流、あるいはそれ以前にシベリア経由で日本列島に入ってきた人達など、もっとたくさんの存在が濁流になって伝承を作り上げた奇妙な姿をしているのだ。他の地域では大和政権vs土着豪族で済む話が、ここではその二極で見ることが出来ず非常にごちゃごちゃしている。
 甲信越地方では上記の理由からか一旦途絶える土蜘蛛の記述は、関東・北関東で再び見られるようになる。南では熊襲、そして北では蝦夷として完全に分化されるその手前に、地理的にも、時代的にも、クッションとして存在しているように見える。

「それでね、阿祖神社についてなんだけど。やっぱり、九州由来っぽいよ。アミちゃんの実家が九州ってことも、本家分家はともかくとしてなんか関係してるのかもっ! 私のおばあちゃんも甲斐って名字だし、関係あるかなあ。私達縄文人の家系、だなんてちょっと太古のロマン、あるじゃん?」
「ふふ、そうですね」

 アミちゃんが、軽く相槌を打ってビールを口に運びながら、可愛らしく笑っている。
 普通の女の子はこんな、日本がどうのとか神様がどうのとか、そんなことに興味なんか持たない。私がそれを好きな理由はそれなりに色々あるのだけど、いずれにしても少し特殊だと思うし。

「あ、ごめん、こんな所まで、興味ないよね」
「正直、難しくってよくわからないですが、サユリさん楽しそうだなあって」
「うん。すっごく楽しい。この|阿波戸《あわと》って土地がすごく興味深いし、何よりちゃんと腰を据えて安心して調べ物が出来る場所が見つかったからね」
「歴史のお話をしているときのサユリさん、一番いい顔してると思います。」
「おー、アミちゃんも言うようになったねえ」
「本当ですよ」

 そんな風に言われると、無闇に肯定されている気がして気持ちいい反面むず痒い。

「一番いい顔ってことはないでしょー。一番は、アミちゃんとイイコトしてるときだとおもってるんだけどなあ〜」
「うーん、あのときのサユリさん、おっかない顔してるし」
「えっ」

 まじ?
 がっつきすぎてる? いや、がっついてる自覚はあるけど、怖いって言われちゃうとちょっと……。

「そ、そう、なの?」
「そうですよ、サユリさんってば、おっかない鬼さんの顔で私を襲うんですよ。でも、すぐに困ったような顔になって、食べられちゃうって覚悟を決めてた私の方が戸惑ってしまうんですから……結局、食べられちゃいますけど」
「困った顔って」
「やさしいかおです」

 アミちゃんは席を立って、テーブルを廻り、私の後ろに立って腕を回してかぶりついてくる。背中から覆い被さって、私の側頭部に額を押し付けて、小さく呟く。

「おしごとおわったら、私のことも、かまってくださいね」

 耳元でそんな科白を囁かれて、『食わない』ヤツのほうがどうかしている。抗える気がしない。

「いったじゃん、これ、仕事じゃないって。今の私の仕事は、アミちゃんを食べること、かな」

 私は振り返って腕を伸ばし、彼女の顎と頬に触れて、言外に唇を出しだすように促す。彼女は、あまりにも従順に唇を出し、唇同士が触れると今度はすぐに舌を出して来た。攻めるようではない、でも私を受け入れると言うよりも、迎えに来たっていう感じ。

「お部屋、準備できてます。」
「なあにそれ、すごく、えっち」
「サユリさんが言ったんですよ、今夜覚悟しろ、って。女は鬼さんに食われに来たんです。おにさんこちら」

 ペチペチと小さく手を叩いて見せるアミちゃん。青線を歩きながら聞いた、あの拍手。目隠し鬼。
 もう、足を洗っているのだろうがアミちゃんは昔は、娼婦をしていたのだと言っていた。この歳で「昔」なんて言うのだ、恐らく相当若い頃の話だろう。それでも、そうやって手を叩いている姿が、青線でみた現役の子たちの姿と重なってしまう。
 法律の話は別として、私はべつに売春を悪いものとか汚れた商売だとか思ってない、でも、アミちゃんの体が顔も名前も知らない複数の男に抱かれた後なのだと思うと、胸の奥にくつくつと黒い炎が熾きてしまう。

「生憎、アミちゃんの姿は、よく見えているよ。目を瞑ったりするもんか。絶対逃さないから。他のやつにももう、渡さないよ」

 深く口を吸った。



§§§



「やっぱり、明かりは……」
「やーだ。あのときのアミちゃんすっごい可愛い顔するんだもん、絶対消さなーい」

 枕元のベッドライトのスイッチに手を伸ばそうとするアミちゃんの手を捕まえる。まだ何か反論しそうだったので、口を塞いで枕に頭を押し付けた、私の口で。スイッチに伸びようとした手を捕まえたまま、それを布団の中に取り込む時間だって惜しい、早く繋がりたいの左腕をアミちゃんの右腕に絡め、右腕はTシャツの上から彼女の胸を撫でる。

「んっ」
「にがさないから」

 ベッドライトの朱い間接照明が照らす彼女の顔。照らし込む光の角度のせいで陰影が強くて、でも柔らかな光は彼女の貌をじんわりと浮かび上がらせている。銀幕の中のベッドシーン、女優がアップに映っているときみたいな、妖艶なのに美麗。
 逃さない、と言われて、傍目に見てもすぐに分かるくらい照れているアミちゃんの頭を抱いて、まっすぐにこっちを見させる。視線に、視線を絡めて、何も言わずに見つめる。
 枕に追い詰めた彼女の唇をもう一度食べた。舌でそれを促したり、唇で唇を割ったりなんか、私達にはもう必要ない。お互いの視線が言葉無くつながって、唇の先と先が触れただけでもう合図。私が顔を少し傾けるとアミちゃんも同じように傾いて、二人ともほとんど同時に口を開く。その中心にお互いが吸い込まれてしまうみたいに、口から溶け合っていく。熱く、熱く……激しく。
 唇同士のキスなんかじゃ全然足りない。もっと深く、もっとたくさん、もっと近く、もっと、もっと欲しい。
 二人の口の中を躊躇いなく行き来する、二匹の|舌《蛇》。アミちゃんの熱い粘膜に、私の唾液をもっと塗り込めたい。私を求めて入り込んでくる彼女の舌に、一番無防備に口の中を明け渡す。唾液が止まらない、異物への反応じゃない、これ、愛液。アミちゃんの口もびしょびしょになっている、お互いに、口の中が濡れれば濡れるほど、興奮する。溢れて溢れるほど求めれられてるようで嬉しくて、べちゃべちゃになった舌と唇で粘膜同士を擦りつけ合う。吸い合って、求め合って、与え合って、溶け合う。

「ぁ……む、んっ、んんっ、ふーっ、ふぅーっ」
「くんっ、くふっ、んっ、んっ、んっ」

 お互いの口を求めるままに封じ込め合う、息継ぎに口を離してもそんな時間は惜しくってまた早くくっつきたい。私が酸素を求めていても、まるでそんな浮気は許さないなんて彼女の唇は私を奪い去っていく。でもそれと同じことを私もしていた。息がしたいからだなんて分かっているのに、そうやって私から口を離すのが悔しくて、もっと私を求めて欲しいのに離れていく彼女を唇で捕まえて舌でつなぎとめる。お互い、みっともないくらいに鼻で息をしながら、でもお互いの顔にかかる加熱した鼻息や勝手に漏れる寝言みたいな声の下品さに、否応なく興奮が高まってしまう。鼻息を全く隠すこと無く鳴らして、唸り声みたいに鼻からお互いの名前を呼ぶ。だって今、お互いの手はお見合い中で、二人の口はセックスしているから。
 唾液で口元をべちょべちょにした二つの赤ビラが離れ、奥でお互いを慰め合っていた肉蛇が名残惜しく離れる。ねっとり粘り気の増した糸を引きながら、私もアミちゃんもそれが途切れてしまうのを惜しむみたいに舌を突き出したまま、目線同士で愛を囁き合う。いよいよ唾液の銀橋が落ちるのを目を細めて見つめ、離れてしまったのを見届ける。

「はあ、はぁっ」
「はっ、はあっ、はあっ」

 言葉が、出てこない。照れくささと激情、純真と肉欲、支配欲ともっと奪って欲しい。そんな者を表現する便利な言葉なんて二人共持っていないから。それを表現できるのは、言葉じゃなくて。
 私は体を引いて彼女の脚を持ち上げる。肉付きのいい尻から太腿、脹脛。挨拶するように撫でて上げると、彼女は朱い光の中で恥ずかしそうに顔を背けながら、ゆっくり脚を開いた。端にレースをあしらった可愛らしいショーツ。ピンク色でリボンのついた少女趣味なこれを、こうなることを期待して選んだのだと思うと、腹の底から爆発性の欲情が湧き上がってくる。その中央は、もうシミが出来ている。劣情をそそる薄い生地は、濡れたて透けた向こうに薄っすらと私を待ち切れなくなって泣き出している割れ目のシルエットが浮いている。

「アミちゃん、濡れすぎ」
「だ、だって……」

 言い訳なんか聞くつもりはない。言い訳できないように、してあげるだけ。
 シミの浮いたショーツの布地に顔を寄せて、布の上から口つける。舌に感じる味に酸味なんかなくって、ねっとり鼻の奥から喉に絡むような匂い。知ってる、最高に、|欲しく《…》なってるときの匂い。
 ショーツの生地の端、肌との境目をなぞるように指を這わせて、太腿全体を掌で撫でる。火照ってしっとりとした肌。もっと、熱くしたい。生地の上から唇を立てて吸い、舌をしこらせて縦筋をなぞり上げるように舐める。唇で柔らかい盛り肉を食む。
 前歯を立てるみたいに、ショーツの生地の上からクリトリスの辺りをこそぐと、太ももが、びくっ、と震えるのが伝わって来た。唇で挟むようにしたり、舌で上から押し付けるみたいにしたりを混ぜながら、ショーツの上からクリトリスを重点的に攻める。

「んっ、ふっぅんっ! ああっ、んっ! サユリさっ、そればっ、くふっ! あっ、あっ、あああっ!」
(アミちゃんって、声おっきい……かわいい……)

 大きく開いたままの股は、折った膝の先でつま先立ちになっている。腰が浮いて、私が持ち上げていなくてもお尻に触れちゃう。後から後から湧き出してくるヌメリが、布地越しにでも舌先に感じる。手ではおしりから太ももを、ねっとりと撫で回す。意図的に気持ち悪く、しつこい触り方。

「はっ、はっ、はあっ! さ、サユリ、さんっっ! サユリさんっ! アアっ、ああっ!! もうだめ、だめですっ!!」

 ちらりと上目で彼女の顔を見ると、眉を垂らして口を半開きにして今にも泣き出しそうな真っ赤な顔をしている。股に顔を突っ込んだままの私を、すごくだらしない顔つきで、見ている。ヤバい、エロ過ぎるよその顔。

「……脱がせるね」

 そのままでも良かったんだけど、腰が浮いてる今は脱がせるのに都合がいい。それに、ぱんつを脱がせられると、アミちゃん、完全にスイッチはいるの。私が左右から親指を差し込んでショーツを下ろそうとすると、彼女は腰を浮かせたまま太ももを寄せてそれを手伝ってくれた。素直に下着を脱がされている女の子って、最高にえっち。
 べちょべちょに濡れたぱんつをするりと脚から抜いた。アミちゃんの愛液と私の唾液で濡れそぼったショーツ。すごい匂い、アミちゃんの、くらくらするくらいキツい、メスの匂い。こんな可愛い子でも、こんなに汚らしくメス汁まみれになるなんて、何度見ても子宮にクる。牝の淫臭匂い立つ、濡れショーツ。鼻先に近づける。胸いっぱいに匂いを吸い込むと、ヤコブソン器官が復活するような気さえする。鼻の奥から後頭部を殴りつけて、そのまま子宮の両サイドに蓄積していくみたい。

「さ、さゆりさ、っ、そんなふうにっ……」
「いい匂い、すっごい、えっちな匂いがするよ?」
「やめてくださいっ」

 顔を背けてしまうアミちゃんのその仕草が可愛くって、余計に虐めたくなってしまう。この反応がもっと見たくて。
 私はアミちゃんの濡れたぱんつを、彼女自身に見せつけるように敢えて上から下ろすような角度から、口に含んで見せる。全部を口に入れたわけじゃない、それにさっきから何度も口付けてるものだ、今更その行為をどうとも思わないのだけど……アミちゃんはきっと違う。

「や、やっ……サユリさん、そんなこっ……っとっ……!」

 まるで私が口に入れているものが、自分の体かあるいは娘か何かでもあるかのように、泣き出しそうな顔で私を見ている。でも、|目を背けていない《…》。私はもう少し、唇で食むようにしながらその臭うぱんつを更に口の中に含む。

「や、だ、だめ、だめっ、ですそんっ、そん……んっ、んっぅっ、んんっぅ!!!」

 急に、太ももを強く合わせてカクンと一段落ち、まるで居眠りに落ちたときみたいに瞳を揺らして、唇を噛みシーツを掴む手に力を込めるアミちゃん。

「……アミちゃん、もしかして、今ので ぶふっぉっ!」

 枕が飛んできた。私の顔面にクリーンヒットした枕をキャッチして、自分の顔を隠しているアミちゃん。その枕の向こうから、ひねり出すような声が聞こえた。

「ヘンタイっ」

 枕をずらすようにして、彼女の目だけが、私を見ていた。流石にもうパンツは食べてない。視線が合うと、もう一回、へんたい、と言われた。

「で、でもアミちゃんだって、見ながらイっ ぶごっ!」

 もう一度枕アタックを食らった。

「ご、ごめん」
「あんなので、いっちゃうなんて、私っ……」

 枕を顔に押し当てて隠れているアミちゃん。

「あー、もー、辛抱たまらん! かわいすぎなんじゃああああ!」

 枕を奪い取って顕になった彼女の顔に、もう一度キスをする。ちょっと驚いた顔をされたけど、もう色々どうでも良くなって、きっと押し切れるって勢いだけ、だってもう可愛すぎる好き過ぎるなんなのこのこ

「好き、好き、すきっ、ちゅっ、すき、アミちゃん、好き ちゅぅっ」
「サユリ、さっ、んっっ! そんなので、ごまかされっ……ふぅっ、んっ、っん♥」

 口付けたままアミちゃんのTシャツをたくし上げて、乳房に手を伸ばす。特別に大きいというわけではないけどしっかり膨らんでいる、すこし掌から溢れる、揉み甲斐のある乳房。全体を指を伸ばした掌に納めるように包んで、入り切らない部分を救ったり押したり、揉んだり。唇が完全に癒着してて、どんな風になっているのか視線を送ることが出来ない。口を離そうと思ったら下が伸びてきて名残惜しさを見せて引き止めるのだもの、二度と離したくなくなる。ほんとに皮膚が邪魔。粘膜でさえ分厚すぎる。肉同士になって、細胞同士でくっつきたい。精一杯舌を伸ばして舌を受け入れて、ひとつになりたい気持ちをぶつけ合う。
 右手はアミちゃんのサラサラの髪をに指を通して頭ごと抱いたり、手をつないで指同士を絡めたり、忙しない。どうやればお互いの感触が一番感じられるか、体が勝手に試行錯誤を続けている。
 胸を弄り続ける左手の、親指の腹で乳房をせり上げるみたいに掴む。自分につもついてるのに全然別の甘味、柔らかくて熱を持ってしっとりとした肌が私の手を迎え入れてくれる。乳房を優しく揉み上げるたび、私の口の中のアミちゃんが、甘ったるい鼻息を漏らして舌のおねだりを激しくする。

「ちゅっ、んちゅっ、ちゅうぅっ ふっ、んふうーっ」

 柔らかいのは9合目まで、そこから先は、くりくりとシコっている。意地悪くそれを強く摘むと、彼女の体がぴくんと跳ねた。何回も執拗に、イジメるように乳首を摘み潰して爪先で弾くと、跳ね回りながら背筋が反って行く。

「アァッッ! それっ、そんなにィっ!」
「かわい」

 声を抑えきれなくなって、唾液の糸を口の端から垂らすのも厭わず、口を離すアミちゃん。くっついていたかったけど、息苦しさに押された喘ぎの方が、強く出てきたみたい。えっちで声がおっきくなるアミちゃんを、更に引きずり込みたくなる。彼女の口は暴れっぱなしでキスは暫くお預けだろうか。でも、すぐ横に顔を置いて、悶乱れる彼女の顔を見ている。
 私の手一つで、|アミちゃん《好きな子》がこんなにぐでんぐでんにえっちになる、こんな優越感、ない。
 私はいよいよ、さっき攻めあぐねてしまった彼女の中心部へ、手を潜らせた。

 にゅるっん

(うっわっ……)

 形が無いのかと、思った。
 さっきぱんつの上から舐めていたときのまま、陰毛の生え際から既にべっちょり濡れていた。太ももも全部がまるでローションをまかしたみたい、全体がヌルヌルになっている。ラヴィアのホグれ方は尋常ではなく、熱を持ったメレンゲがあるならこうかもしれないと思えるくらいに、ふわふわ。それに、ぬるぬるで、熱い。指を押し込むと、沈むというよりも飲み込まれていくよう。そのまま陰裂を弄っていた私の手に触れたのは、彼女の手だった。

(オナってたんだ……すっごい、えっちすぎ……)

 その事実を知っただけで、何も入っていない私のあそこが、ぐじゅ、と締め上がってしまった。
 私はその手を掴んで、言葉も視線もなくただ手をその場所に戻し、上から少し押さえて続きをするように促す。躊躇はなかった。彼女は顔を動かして、じっ、っと私を見つめたまま、すごい勢いで手を動かし始める。私を見ている目、必死だ。瞬きも惜しんで、性欲剥き出しで、オカズをガン見してるときの、目。そんな目で見られたら、私、燃えちゃうよ……♥
 彼女のオナり方は半端じゃなかった。手の動きは激しくて、たまに指も奥に入っている。陰裂全体を指と掌で容赦なく擦る。えげつないオナニー。でも、そのオカズが、私。

「はっ、っ、んっ、ハッハッハッはひっんっ! サユリさん、サユリさん、サユリさんっ!」

 ぐちゅぐちゅと音が聞こえてきた。アミちゃんの目が、寝落ち寸前みたいに、寄って上がり始める。イキそうなんだ。

「アミちゃん、やっぱ、こっちっ!」

 私は激しく動く手首を捕まえて、止める。

「あっ!? あっ、や、やあっ……!」
「おねがい、私にも、シテ、そんなの、ナマゴロシだよおっ」

 彼女の手を自分の股間へ押し付ける。濡れてる自覚はある、それも、すごく。
 そのかわり、こっちは私がきっちり、とどめを刺してあげるから。そう言う代わりに指をふわふわのラヴィアを掻き分けた奥に潜り込ませる。

「あっ、あ、ああっ! サユリさんのっ、さゆりさんの、ゆび、っ、サユリさんのおちんちんっ!」
「そうだよ、私のペニスだと思って? その代わり、アミちゃんのペニスも、頂戴」

 体半分だけを私が彼女の上に乗っけるような状態で、二人共片足を持ち上げて股間を晒し合う。さらけ出したお互いの弱点めがけて|指《ペニス》を差し込む。

「く……ふぅっ♥」
「んんっ♥ ……んあぁっ! ふ、ふかっい♥ はあっ♥」

 アミちゃんの指、いきなり深い所まで来た。私を見つめ続ける彼女の目は、必死そのもの。表現は良くないのかも知れないけど、初めてセックスする中学生の男子みたいな、余裕のない顔をしている。私の深くに入ってる指は激しくて、奥の方をめちゃくちゃにかき回される。これ、たぶん、アミちゃんがして欲しいことだ。別に私のことを感じさせたくてやってるんじゃないんだろうけど、その余裕がなくて必死なアミちゃんが、たまんなく可愛くて、きゅんって、締めちゃう。

「さゆりさっ、ん、さゆりさんっ! はっ、はっ、はっ」
「いいよ♥ アミちゃんのちんちん、激しくって、凄い♥ こういうふうに、してほしいんだ?」

 答えを聞く間もなく、私も、彼女の浅いところを行き来していた指を、一気に奥まで尽き入れた。

「アッっ! あ、あああああああっっっ!!!」

 入り口はふわふわで柔らかかった彼女の中は、でも中程から先でガチガチに固い締め付けが襲ってきた。まるで手で握りつぶされているか、口で噛まれているのか、というくらい強烈な締め付けが、ヌルヌルの愛液の向こうから襲ってくる。そんなに締め付けたら逆に痛いんじゃないかと思ってしまうけど、目の前で喘ぎまくるアミちゃんを見ると、そんな心配はただの杞憂だとわかる。口をあけっぱなしにして、涎を垂らしたまま、私が奥で指を動かす度に激しい喘ぎ声を上げて、寄り目のトロけ顔を見せてくれる。

「アミちゃん、私にも、ちゃんとして」

 アミちゃんの耳を食べながら、あんまり自信ないけど、なるだけ低い声でそう言ってあげる。私の中で動く指が、また激しくなった。

「いいよ、してほしいコト、私にして?」

 耳たぶから、耳の後ろ、首の横辺りに口付けしながら言う。彼女の指は、ひたすら奥の深い場所を押し込むようにうごめいた。

「奥が好きなの? えっちだね♥」

 言った通り、私も彼女の奥まで指を入れる。これが多分、|底《・》。窄まりを感じる中央を指で押したりその回りをかき混ぜたり。日本の指をバタ足するように動かしながら、奥の方をこじる。

「ふーーーっ! ふーーーーーっ! あっふ、んっっ! あああっ、あああああああああっ! あっ、あっ、ああああっ!!」
「いい、っよ、アミちゃん、アミちゃんの指も、きもち……奥まで、私の奥まで、きてっ!」

 体を重ねて向かい合わせながら、股を開いてお互いのあそこを弄らせ合う、掻き回してもらい合う。獣みたいな乱暴な声を抑えもせず、お互いの名前を絶叫しながら、指ちんぽでお互いを犯し合う。

 くちゅくちゅちゅくちゅくちゅっ
  くちゅくちゅちゅくちゅくちゅっ

 下品なマン音が二重に輪唱する。飛び散る愛液と、漂う空気に触れたマン汁のエグい匂い。お互いの体をオカズにして自動オナニーマシンで励んでるみたいな、最低に下品なレズセックス。最ッ高に気持ちいい。

「アミちゃん、もっと、もっとちんぽっ、もっと私の中にちんぽ入れてっ、ちんぽっ、ちんぽだよぉっ」
「サユリさんの指も、素敵ですぅっ♥ こんなの知ったら、男とか要らないっ♥」
「アミちゃんの指ちんぽ、太くて長くて、えっぐい責め方で、好き♥ すきぃっ♥」
「もっと、もっとおまんこしてっ♥ もっと私のクソ淫乱まんこ、ホジリ倒してくださいぃっ♥ サユリさん専用の肉穴ですからぁっ」

 ぐぼっ! ぶぼぐぼ! ぐぢょ! ぶぶぼっ! ぐっちゅ!
  ぶちゅっ! ぶっちゅっ! ぐちゅ、ぐちゅっ! くちくちくちくちっ……ぶちゅっ!

「イって、ますっ♥ 私のオマンコ、サユリさんの指ちんぽで、さっきから、いっぱいっ♥」
「わかるよ、アミちゃんのナカ、さっきからぎゅうぎゅう食いついてくるし、ビクビク震えてるもん♥」
「とまんないですっ♥ アクメおわんないっ♥ 好きっ、好きですっ、サユリさん好き、好きすきすきすきぃっ♥」
「まだ終わんないからね、アミちゃんのここが、男のザーメンより私の指のほうが好きになっちゃうまで、ホジイキさせまくるからっ♥ イッても止めないよ♥」
「なってますっ♥ もうっ♥ もうなってますぅっ♥ サユリさんの指おちんちんでないと、心からイケないからだにっ♥」
「だったらっ、だったら同じように私のこともイカせてっ♥」

 好きな人が自分のアソコを、めちゃくちゃに気持ちよくしてくれる。お互いの肉穴から聞こえるいやらしい水音と、目の前にある愛しい人がヨガりイキまくってるだらしない顔。
 何も考えられなさそうなベロ出しヨリ目で、かっくんかっくんふるふる揺れてるのに、でも私のイイところをめちゃくちゃにホジる手だけは別の生き物みたいに激しく動いてる。きっと、私もおんなじになってる♥

「ほーーっ♥  ふほっ、ほっへ、ああっああ〜〜〜〜〜あっ♥ ああああああああっ!!♥」
「んふうっ♥ ふっ、ふっ、フヒッ♥ んっほおおぉっ♥ おっ、をっん♥ ン゛ヲぉぉっ♥」

 ぐちゅっ!ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅっ!ぶびちゅっ!
ぶちゅ、ぶちゅっぶちゅっ!ちゅぐちゅちゅっぐちょぐちょっぐちょぐちょっぐちょぐちょ!

「ゆび、指っ4本っ♥ ふっぎぃぃぃっ♥ 4本指で膣内ウェーブっ♥ オマンコいいっ♥ レズセックス用のイキ穴っ、もっと、もっどおぉ♥」
「んんんっぅうううっ! アミちゃん、それ、レイプっ♥ マヂで、そんなのレイプだからぁっ♥ いいの? こんな乱暴なのがいいの?」
「はいっ♥ はいいイィっ♥ それっ、それいいですっ♥ オマンコ壊して、っ♥ もっとぐちゃぐっちゃにかき混ぜてくださいっ♥ 私も、ご奉仕、しますからぁぁっ♥」
「ふひっ、お、おおぉっ♥ すっご、ホジリ方、えっぐい♥ いいよっ、これ、これしちゃうから、仕返ししちゃうよっ♥」
「ふぎひぃぃ♥ っォ、ぉぉんッ♥ おまんこ、おまんご、サユリさんにこさわれちゃうっ♥ めちゃくちゃにされちゃってますうぅっ♥」
「そら、そらっ、そらあっ♥ こうやって欲しかったんでしょ? 子宮口のとこ指でグリグリして、回りのマン肉えぐり回すから♥ もっといっぱいイキまくって、可愛い顔見せてっ♥ 可愛い声聞かせてッ♥」
「私もう、サユリさんのものですからっ♥ 二度と妊娠なんか望まないレズアナですからぁっ、ほぉッ!? おお゛っ゛っ♥」

 シーツに飛び散ってる愛液、枕に垂れてる涎とヨガり涙。そんなのもう気にならない。
 そんなことよりアミちゃんが私のでぐちゃぐちゃに乱れてることと、アミちゃんの手で私が何もかもどうでも良くなるくらい気持ちよくなってることが、幸せで、他のことなんか何も考えられない。
 アミちゃんをヨガらせると、その分自分もイかせまくってくれる。イカせてあげることとヨガりイクこととどっちが目的かよくわかんない、もうどっちもなってるし、考える意味なんて無い。
 イッててイッてて、イキまくっててもう意識ぶっ飛んでるるのに、手だけめちゃくちゃにアミちゃんを責めるために動き続ける。アミちゃんもおんなじ。

「きひゅ、きひゅぃれ、あみひゃんっっ……んっひ、ほぁへ♥」
「ふぁぃ……さゆいひゃ……んっちゅぅうっ、ちゅっつ、くちゅぅっ♥」
「ちゅっ、くちゅちゅっ、ちゅっるるるっ♥ ぶぁ、ん、じゅるるっ、くちゅっちゅうううっ♥ ぁむ、ひゃ、んっ♥」
「〜〜〜〜っ♥ ん〜〜〜〜っ♥ ぶぶっ、ぐじゅっ、じゅばっ♥」
「ぶっ、くちゅぅうぅっ♥ ちゅっ、ちゅっ、ちゅっちゅっちゅっぅぅっぅぅっ♥」

 甘さなんかない、汚らしいキスを繰り返して、お互いの恋とか愛じゃなくて、欲情と性感を捧げ合う。
 好きだって一つ言うくらいなら喘ぎ声を聞かせる。
 優しくキスするくらいならベロを出して唾液を啜る。
 愛してるって抱くくらいだったら股間をほじる。
 結婚しての代わりにアクメ顔を見せる。
 そんなんでいい、そんなのがいい。好きすぎて気持ちよすぎて、そんな風になっちゃう。

「しゃゆり、ひゃ、わらひ、もうぅっ……もうぅっ」
「は、はは、わたしももう、だめみ、たいっ♥ 素でキメセクみたいんなっちゃってる、ねっ」
「はっ、はっ、はひっ……」
「さいごに、一緒に、キツいの、キメよ? いっせーので、おもいっきり、おまんこするから、アミちゃんも」
「は、はいっ」

 息も絶え絶えなアミちゃん、ちょっとだけ気が引けたけど、そんなことより、ブッ飛びたい♥

「じゃあ、いっ、っせー、のー、でっ」
「……でっ」

 それを合図に、最後の力?を振り絞って、アミちゃんのオマンコを責める。

「ふっぐゅぅうっ!?」

 もうあんまり力が残ってないかも知れないと思っていたアミちゃんだったけど、その責め方、はんぱないっ♥
 子宮が、直に掴まれて揺らされてる感じ。膣じゅうの神経が一斉にアクメ信号を送ってくる。子宮が呼応して絶頂痙攣を始めて、幸せホルモンをどばどば吐き出す。子宮と神像と脳みそが全部「キモチイイ」で埋まって、呼吸に触れて「しあわせ」に変わる。
 絶頂に絶頂が重なって、どっちが通常の状態だかわからなくなる、このままセックスが終わって落ち着いた後、アクメ状態が普通になっちゃってればいいのに♥

「ぉぉおおオ゛ほぉっっ!♥ しゅっご、おぐっ、おぐ、ごわれっ……しきゅ、もまれひゃっ……♥ おごごぉぉヲオ゛ぉぉぉっ、ひいっ、んひぃぃいっ!♥」
「〜〜〜〜〜〜〜っ♥ かひゅっっ♥ ほ、あぁへああっ♥ こわ、れ……さゆぃひゃ、おまんごぉぉっ♥ ほひっほっひぃっぃぃっ!!♥ とぶっ♥ とんぢゃいますぅぅぅっ♥ あっ、あっ、あああっああああああああああああああああ〜〜〜〜〜〜っっ!!!♥♥♥」
「アミちゃん、あみちゃんっ♥ いくっいくいくいくっ♥ オォお゛オォ゛おッおぉあああああっ、あああああああ♥ イク、 イク、いくいくいくいくいくいくっ♥ あああいっくうぅぅうううううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜〜っ♥♥♥」



「おあよぉ」
「おはようございます、もうお昼ですけどね」

 目が覚めたらお昼だなんて、ありきたりすぎるのに全然解決できないのは、実際に目が覚めないのそうだし、仮に覚めても隣に寝てる可愛い寝顔が愛しくて二度寝をしてしまうからだろう。もしかしたらおんなじように私も寝顔を見られているのかも知れないし、そうやってアミちゃんの寝顔を何回見直したかわからない。つけっぱなしのベッドライトに照らされている顔も可愛いけど、朝の薄明かりに薄っすらと見える顔も、すっかり日が昇ってくっきり見える顔も、全部好きで、だから、結局何度寝したのかわからない。
 どっちが先に、おはよう、っていうのか、チキンレースしてたかも知れない。絶対先に起きてやらない、みたいな。
 でも結局アミちゃんが先に起きてご飯の用意をし始めた。それなら私も起きる、と上半身を起こしたところで、まだ寝てていいですよ、なんてほっぺにちゅってされたら、本当はもう一回布団に引きずり込んで再戦したかったのだけど、何とかこらえて……アミちゃんがご飯の用意をしているっていうのに、昨日のことを思い出しながら布団の中で一人でもう一回しちゃった。今更、そんなのが気になるような布団の汚れ方ではなかったから。
 初めてしたときと違って、台所が隣の部屋だっていうのがものすごく生々しい。炊事の音を横に聞きながら、昨日の夜のことを思い出すのって、背徳感と言うか、現実と夢がそのふすま一枚で仕切られているようなすごく幻想的な感じがする。
 しばらくして、「おねぼうさんはご飯抜きにしちゃいますよぉ」って言われたので慌てて起きた。ずっと起きてたんだよ、なんて言い訳をしてもハイハイ、って流されてしまう。起きて何してたのか聞かれるとまずいので反論はしなかった。



§§§



 お昼ご飯だけど、朝ごはんみたいな品揃え。お味噌汁がすごく美味しそうに見えるのは、きっと昨日トバし過ぎたからだろう。

「いただきまーす」
「いただきます」

 やっぱり、お味噌汁が美味しかった。ごはんとたまごやきとおみそしる。それに今日も出てきたサワニシの、これは佃煮。あときんぴらごぼう。性格はおしとやかと言うか、努めてそうしているようにさえ見えるほど、控えめ。でも、見た目自体はそんなに夫理系には見えないし、化粧と服装さえ揃えればヤンママ風にも化けてしまいそうな感じなのが……でも、逆に可愛い。そういう見た目で、こんな家庭的な料理を出されると、子宮だけじゃなくて胃袋まで支配されてしまうなあ。
 それにしてもこの凄まじく雑多なダイニング、彼女のおばあちゃんの遺産だと思いたい、彼女が一人暮らしでこんな戦闘ママみたいな部屋に仕立てたというのは、余り考えたくないことだ。

「この部屋って……その、おばあちゃんの時代から、もしかして、変わってない?」
「はい。よくそんなことわかりましたね、さすがはミステリーハンター」
「この部屋で不思議は余り発見したくないのだけど……まあ、アミちゃんがこの部屋をしつらえたってなら、百戦錬磨風でちょっと怖かったなって」
「はあ。あ、そういえばおばあちゃんといえば」
「うん?」

 サワニシの佃煮を口に放り込んでぎゅむぎゅむと噛んでいるところで何かアミちゃんが口にした。

「阿祖神社のことで、祖母が変なこと言ってたんですよ」
「へんなこと?」
「阿祖神社の|祝主《しゅくしゅ》は、昔は子供の内に職に付き、一定期間で交代していたとかって。祖母からそんな話を聞きました。昔話として聞かされてたので、いつの時代までそうだったのかは知りませんけれど」
「もしかして、一年神主?」
「そういう名前かどうかは知りませんけど……。|祝主《しゅくしゅ》は、次の|祝主《しゅくしゅ》に交代した後は神様のもとに行くとされていたみたいです。多分、死んじゃってたんじゃないかと。人身御供、でしょうか」
「死んでた……? いやいや、毎年殺してたら血が持たないよね」
「一年だったかどうかしらないですけどね」

 おばあちゃんの昔話となると、時代はかなり遡るだろう。そこまで遡ると史実ではなくただの創作かも知れないが。でもこんな閉塞した田舎じゃ、そういう風習があっても不思議ではないかも。
 一年神主の制度自体は、諏訪の伝承だ。幼い子供を一人選び神主にして、一年間だけ務めさせるというもの。一年神主以外に神事を司る通常の神主や宮司がいる場合がほとんどで、一年神主は象徴的な神職として飾られるだけのものだと言われている。
 役目を終えると生贄に捧げられたのではないか、とか色々なことが囁かれてはいるが、そんな根拠はどこにもなく、ただの交代制の神職だったというのが一般的な理解となっている。神職におけるの徴兵制のようなものか、町内会の会長とかそういうレベルのものだったのだろう。期間を設ける点と一人しか選ばない点を除けば、幼い子供は神様の所有物で神様に近い存在だという七五三の思想の源流かも知れない。

「本家筋では必ず男女を設け、女子は|祝主《しゅくしゅ》になり、男子は|祝主《しゅくしゅ》の裏でその神事を助けたそうです。」
「まるで邪馬台国の卑弥呼とその兄みたいだね。お兄さんがヒミコと民衆の取次をしていたって」
「そうですね」

 巫女と首長の分離は、邪馬台国の終わりくらいから見られる流れだ。政治と宗教が、密接な関係を続けながらも別になっていくその発端だが、阿祖神社の|祝主《しゅくしゅ》の風習もその系譜だろうか。

「でも、|祝主《しゅくしゅ》がひょいひょい殺されていたら血が続くわけないし、その後は普通に生活してたんじゃないかな。」
「そうですよねえ。昔話ですし……」
|花鹿《かじか》ちゃんの兄弟も、どこかにいるのか」
「そもそも、もうその風習はなくなっているのかも知れませんしね」
「まあ、そうか。昔話だものねえ」



§§§



 柱状節理の柱と壁に人工的にくり抜かれたガス灯の目が、一斉に光を強くした。地下へ潜る縦穴とは思えない広さと、聳える柱、照らし出す無数の光。まるでここは神殿だ、彼女を、神とした。
 上も下も右も左もない。本来の重力は確かにある方向に向いているのだろうが、それは彼女の法則に迎え入れられていない者にとっての話だ。この増築中の|中継界《PATH》が一つの次元界となる頃には、この界では上下という概念を失うことだろう。今彼女がボクの前に倒立状態で正しく佇んでいるように。

「わざわざこんな地のそこまで、私に会いに来てくれたの?」
「ロマンチックなやつで申し訳ないけどね」
「ははっ。お前が来なかったら、すぐに私から出向いていたさ。どうだい、情熱的だろう? 契りを結んだ女が、地の底から這い上がって会いに来るなんてさ。角髪や桃を投げないでおくれよ?」

 冗談にしては、笑えない。

「グォダ=ニャマム、と名乗っているの?」
「ああ、そう呼ばれているよ、名乗ったわけじゃないけどね。いいものだね、名前があるというのは。お前もそう思うだろう、『リグル・ナイトバグ』」

 かじ……グォダ=ニャマムが言っているのは、ボクにも「リグル」という名前が付いた、ということだろう。
 なら、あなたがボクを呼んでいたあの単語は、何だというのだろう。ボクのことなど、ボクだなんて思っていなかったということだろうか。ボクは、あなたの名前を知っている。あの日から今まで、1日だって1分だって、1秒だって1万分の1秒のその更に100万分の1秒だって、忘れたことはない。今はその名前を、捨ててしまったのかも知れないけれど。

「どうしていなくなってしまったの? 今までずっとどこにいたの?」
「ずっとここにいたよ。お前の前からいなくなった理由は、想像くらい出来ているんだろう?」
「……ボクじゃ、ダメだったってことだね」
「半分はそうさ、でも半分は違う。あのときお前が戻ってこなければ、それがお前でなければ、今こうして私が存在することも出来なかったろう。その点については感謝しているよ」

 グォダ=ニャマムは左手を腰に当て、胸の高さに上げた手をひらひらと上に向ける。そこには何も見えないが、きらきらとガス灯の光を散らす細い何かが幾筋かあるらしいことがわかる。蜘蛛糸だろう。ボクも扱うことは出来るが、それだけをするなら、|グォダ=ニャマム《今の彼女》の方が上手く使うかもしれない。

「お前のおかげで私は、一つを失い、二つを得た。上々だよ。そして失った一つも、もうじき取り戻す。」
「名前を?」
「ええ、|身体《なまえ》を」

 両腕を左右に広げて、自分の今の体を見せつけるようなポーズ。邪ささえ感じる笑みでボクを見る、グォダ=ニャマム。
 彼女は今は、『土蜘蛛』として生きている。
 確かに元は人間だった。そして人間の都合で山の神になった。その後再び人間の都合でただの女の子供に放り捨てられ、そしてそれをボクが拾った。|蟲入り《InSecta》として人間から分岐させて手下に組み入れたのだ。
 暫くは彼女は自らのアイデンティティを得ず人の姿のまま存在していたが、いつからか人間から土蜘蛛と呼ばれるようになり、実際に蜘蛛の特性を得ることになった。その経緯はわからないが、彼女の人間だった頃の縁があるようだ。
 彼女が土蜘蛛と呼ばれるようになった頃、彼女はボクの前から姿を消した。
 彼女が姿を消してからこの方、彼女はボクの呼びかけに応えることずっと交信を断ったままだった。どこに居るかもわからなかった。が、別に、それでも構わないと思っていた。彼女が姿を消してしまった理由には思い当たるフシもあったし、ボクは彼女が無事で生きてさえいればいいと、思っていたから。
 そして先の間欠泉騒動で、土蜘蛛を名乗る妖怪が現れたと聞いた。だからこうしてやって来たのだ。博霊から別の用事を授かってのことだったけれど、それを放っておいては彼女はまた、良くない立場を得てしまうだろう。そんなことは、ボクの目の届く範囲では、もう十分だった。

「……何を考えているのかしらないけど、おとなしく|上《・》の病気を止めて。あなたの仕業でしょう?」
「久しぶりの再会だってのに、ツレないね。」
「久しぶりすぎて他人にしか見えない、そういうことだってあるよ」
「それがツレない、ってのさ」

 楽観が過ぎた自分を、今は少し責めている。
 あんな風に裏切ったボクを、彼女がよく思っているわけがないというのに。今会ったらそんな昔のことは水に流してくれているなんて、どうして少しでも考えてしまったのだろうか。それどころか、生き延びるために悪食の過ぎた彼女は、すっかり悪性変異している。食って取り込んだつもりがきっと、少しずつ内側から冒されているのだ。彼女の内側にある負の感情が、彼女の食ったものに反応してしまっているのだろう。そうしてしまったのは、ボクにも一因があるかも知れない。

「……とにかく、ボクがここに来たのは」
「防疫任務、聞いているよ。地底の虫を素通りさせているのは、たしかにこの私だ。察しの通り、地底の虫が好んで媒介している|ツァラト《疫病》は、私の力よ。でも、|お前の力でもある《…》。ああ、忘れたりなんかしないさ。疫病を、まあ|祟《タタリ》、と言ってくれた方がいいのだけれど、どうやら人間共はそれがわからぬようだから、それを宣下しに行かなければいけないわね」
「|花鹿様《…》っ! そんなことは、もう、やめて」

 不遜な笑みを浮かべて、|主《ボク》を見るグォダ=ニャマム。その視線を威圧的なものにしたいのか、彼女は方石の網道を再構成して、ボクの前に正立した。ボクを、見下している。

「病気も虫も、引っ込めるのを嫌だ、と言ったら?」
「……言わせないよ。だって、ボクはそれを言わせない存在として、博霊に送り込まれたんだ」
「偉くなったものね、|化蛍《狭蝿の》。強いから王になれるのでは無いと言ったのは、お前自身だったわよ。王になったからって、強くなったつもりかしら?」
「身の程を弁えろ『土蜘蛛』。あなたはもうボクの下僕に組み入れられている。それを受け入れたのは、ボクにそれを請うたのは、|花鹿《かじか》様、あなた自身だ。よもや忘れたとは言わせない」
「ええ、忘れないわ、あの夜のこと。お前があんなに|激しい《…》なんて、思っていなかったわ。あんな日でなければ、素敵な一夜だったかも知れないわね?」

 ボクがそれをいい終えるか否かというところで、喉元に向かって彼女の蜘蛛糸が放たれていた。一本一本が見事に意思を持ったかのように、瞬く間にボクの首を締め上げる。
 だけど、動じる必要なんかない。彼女は山であることを殺され、|花鹿《かじか》という名の少女は、あの日を境にボクの下僕となった。何百年顔を合わせていなかろうと、どんなに長い距離を離れようとも、それは変わらない。

 王命と命ずれば、蜘蛛糸はすぐに緩んでボクを解放するだろう。それで思い知ってくれれば、地上で広がる病気もおさめてくれるだろうか。

―― はなせ

 だが、蜘蛛糸は緩む気配を見せない。それどころか追加で何本も糸が巻き付きボクの喉を締め上げてくる。

「つっ……!?」
「く、はははっ! いい気味ね。わざわざ会いに来てくれて申し訳ないのだけど、元々私はお前へこれを返しに行こうと思っていたところなのよ、手間が省けたわ。お前への隷従は、今この時を以て返上する。いっそ『蟲の王』は私が貰おうかしら?」

 『王命』が、到達エラーを生じていた。対象が蟲であることはパスしていて、接続層までは到達している。なのその後で物理層に到達する前に弾かれるなんて、こんなことは初めてだった。

「そん、な」

 飛翔翅を展開して脱出をはかる。だが、この糸は引っ張っても切れる様子はない。
 手を|蟷螂の斧《ハルモニクス》に変化させて切断を試みるが、一本や二本をぷつぷつと切るのに数秒を要している。対して、彼女の指先からはあっという間に何十本もの蜘蛛糸が吐き出されていて、到底効果が見込めない。

「っ、|喰刀《くわがた》!」

 鞘翅を大型の鋏に変形させ、左右から挟んで力任せに切断を試みた。
 挟み込んだ瞬間、そのエネルギーがもろに首に伝播され頭が激しく揺さぶられる。首も一時的に締まりが強くなって呼吸が出来ないどころか括り落とされそう。

 ばつんっ!

「っ、ぐ」

 なんとか蜘蛛糸は断ち切られた。ボクの首に絡んでいた糸は力を失い、まるでただのか弱い生糸の一本でしか無いという顔をして、はらはらと落ちていく。
 息苦しさと痛みの向こうで、彼女の姿を見る。ただ蜘蛛糸を吐いていただけの彼女は、涼しい顔をしてボクを見下していた。

「お前が幻想郷とやらで安穏と過ごしている間、私は岩の狭間に身を隠して、奴等に殺され犯され散っていった|不合《あえず》の神達の腐った死体と骨の破片を食って生き延びたのよ。諏訪旧神の残滓も、難民の残党の死体も食った。|穂多留比《ほたるび》、|お前の兄弟《狭蝿の切れ端》も、飽きるほど食ったわ。糞便のような匂いに、泥のような舌触り。ざらつくのにぬめって、ひと噛みするごとに堕落した魂が精神を蝕んでくる。食えるようなものではなかったが、食わねば生き延びられなかった。死ぬには口惜しく、生きるには弱り果てていた。食っては吐き、吐いては啜り、啜っては下し、それを食ってまた吐いて……生き延びた」
「あ、なたは、もう」

 もう、蜘蛛糸一本ほども、|花鹿《かじか》様じゃない。グォダ=ニャマム、それが、本当の意味で今の彼女の名前なのだろう。もうボクの知っている|花鹿《かじか》様は、いなくなってしまっているのかもしれない。

「そうして数千年も生き延びて少しずつ力を蓄えた。ロリスの手下達を盗み食い、その|化身《アスペクト》と同化できたのよ。バカなザグトミの残滓も飲み込んで、ロリスと同等にまで成長したわ。私はもう一度『神』に返り咲いた。|化蛍《お前》への従僕は、これにて返上だ。虫けらに、もう、用はない!」

 目の前にはただの、ザグトミとかいう|悪魔《タナリ》の力を取り込んだ、ロリスとかいう邪神の|分身《アスペクト》が、いるだけだ。これはボクの知っている存在じゃない。正体の全くわからない、得体の知れない、化け物。

「ねえ、|穂多留比《ほたるび》。|吾《あ》れはただ、もう一度空を見たいだけなのよ」
「急に|そんな顔《…》をするな! この世界には、もう、阿祖様はいない。あなたの想いを果たす事ももうできない。現実を見て」
「|阿祖様なんて《そんなもの》、今更何の意味も持たないわ、些末なこと」

 今の|花鹿《かじか》様は完全に自己目的化して、悪魔化しているように見える。阿祖様のことを『意味を持たない』だなんて、|花鹿《かじか》様は絶対に言わない筈だ。ロリスの|化身《アスペクト》を取り込んだと言ったけれど、きっと、実態は取り込まれ内側から蝕まれているのだ。

「博霊とか言ったかしら、あの神官は」
「ええ」

「変わらないのね、人間は。変わらない。何食わぬ顔でやって来て、また私達の居場所を侵す。今の|廃獄《シェンディ》は、あらゆるものから排斥されたあらゆる者が逃げ込んでくる、聖域よ。元の土地を追い出された旧神も、山を退かされた鬼神も、物心つかない内に人の世から捨てられた河童も、人の負の感情故に世を指弾された姫鬼も、ひとに恭順した八咫烏も結局は追い出されて、皆、この奥にいる。それを、お前達はまた、切り取って喰らい尽くそうというのよ。変わらないのね。人は、いつまでもそうして何かを貶めながらしか生きることが出来ない、愚かな生き物だわ。それに|穂多留比《ほたるび》、今はお前も、その征軍側だなんて」
「|幻想郷《上》は、そういう人間とは、違う。地底と同じ、|レムナント《そういう存在》の味方で」
「奴等はいつでもそう嘯く! 出雲の奴等も倭の奴等も、皆同じだったでしょう。特に諏訪の輩の卑怯さを、忘れたの?」

 彼女は、|蟲入り《In−Sect》となりボクの配下に取り込まれた後も、ずっと、『西』あるいは先んじてそれに恭順した人達を、裏切り者として怨み続けていたのだろう。皮肉にも、その怨みが彼女を生きながらえさせ、ボクはこうして再び彼女を会うことが出来た。でも、ボクも彼女も、本当はあそこで、死んでしまったほうが幸せだったのかも知れない。こんな風に過去への遺恨を抱きながら負の感情を食べて生き続けるなんて、不毛過ぎる。

「あなたは……そんな人ではなかった」
「|それ《・・》が何を指して言っているのか、もうわからないけど、それはもうきっと消えてしまったわ。|虫にでも《…》食われたのね。これは、人間共と偽神への復讐よ。あのときお前に孕まされ産んだ娘は、そのための存在なのだから。ザグトミの切片を取り込むのにも、ようく役に立ってくれた」
「|花鹿《かじか》様……」
「違う。私はもう、|それ《・・》ではないわ。さっき、返上したでしょう? もうお前には、それを突っ返す力もない。弱い王」

 ボクが思わずその名前を口にしたとき、彼女はそれを静かに、しかし強く否定した。ボクが、否定させたのかも知れない。もしかしたら、彼女は、ボクにもう一度こうして会うまではまだ、|花鹿《かじか》様のかけらを残していたのかもしれない。ボクと会って、もしかしたら、たった今、それを捨てる決心をしてしまったのか?

「今の私はあの頃のような何の力もない|小娘《かじか》ではない。お前に組み敷かれ虫けらに落ち、人間に蔑まれ土蜘蛛となり、それでも生き延びて、生き延びて、生き延びて生き延びて生き延びて、私は正真正銘、神へと蘇った。……それは、お前が死にかけていた私に虫としての命を与えてくれたからよ、それに免じて見逃してあげるわ。」
「それは」
「ちょうどいい、私はあのとき奴等の道行きを手引きした八咫烏、あるいは猿田彦と同じように、その意趣返しをしたい。そこまで、私を連れて行ってもらおうか」

 グォダ=ニャマムは、ボクの顎を掴んで上を向かせ同時にボクの手足を蜘蛛糸で縛り上げた。|喰刀《くわがた》で抵抗しようとしたのを察されて、すぐさまグォダ=ニャマムはボクの|鞘翅《マント》を掴み、そのまま力任せにちぎり剥かれてしまう。

 ばり、ばりばりっ、べりっ! ぶつっ、ぶちっ!

「あ゛、あ゛ア゛ああ゛っ!!!!!」

 焼くような痛み。少しでも裂け目が広がる度に、人間で言うところのアキレス腱が断裂するような音が、背中から響く。絹を裂くようなそんな軽快な音じゃない。湿り気を帯びた悲鳴を何十にも折り重ねたような音、そこには何万もの虫達の命が縮絨した状態で押し込められているのだから。
 傍目から見れば、ただ布を破る程度の行為に見えるだろう、もしかしたら彼女もそのつもりだったのかも知れない。その通り、自分で脱ごうと思えばそんなことはない、ただの|衣服《皮膚》として脱ぎ捨てる事はできる。でも無理やり剥き取られるとき、それはボクの羽なのだ、手足をもぐ取られるのと同じ程度には痛みを伴う。途中で意図的に剥離できればよかったのだけれど、機を逸してしまった。

 ぶつんっ、ばりっ、べりべりっ……ぶちっ!

「があ、ぎあ゛あ゛ぁあア゛あ゛アア゛あっ!!!」

 表面から見て青紫のマントの引き千切られた断面からは、その裏地の赤と同じ色合いの液体がだくだくと流れていく。
 いっそ普通の虫達の鞘翅であれば、ただの外骨格で痛みなどなかったかも知れない。でもボクの鞘翅は様々の機能を詰め込んだ精密組織で、それを実現するために何百何千何万もの虫たちの体と命で編み上げられた感覚結合した生体鎧。満足に状態遷移を行えない状態で引き千切られれば、生きた肉だ。
 背中から溢れ出す赤い群。途中まではボクの組織として血液になっていたが、身体を離れてボクの体の一部であることを失うと大量の赤い虫になって石の道の上に撒き散らされる。石の表面を染める鮮やかに赤い飛沫は、目を凝らせばタカラダニの密集したものだ。
 ごめん、こんな場所で放り出してしまっては、君たちは生きていけないのに。

「……」

 グォダ=ニャマムはその赤い群を、汚らわしいものでも避けるように一歩引いて躱す。行き場を失い、ボクの身体に戻ることも出来ないダニの群がざわざわと蠢くのを、蔑むような目で見てから唾液を吐きかける。ただの唾液ではない、それはタカラダニの群の真ん中に落ちた瞬間無数の小さな蜘蛛に变化して、ダニを瞬く間に食い尽くしていく。
 今の彼女にとって、ボクの身体全体は、ただの捕食対象でしか無いのかも知れない。

(脱皮を、だっ……)

 そう思っても、鞘翅切り離しの極々短い術式編織が完了できない。既に身体を引き千切られている激痛も有るし、何より、彼女のテリトリであるこの拡張中継界は、一部の虫の動きが鈍ってしまうらしい。全てではないが、術編織の駆動が酷く緩慢で進まないものがある。その間にも、|鞘翅《マント》は破り裂かれ、もぎ取られていく。もう、つながっている部分は殆ど無い。
 能動切り離しが完了すれば、必要な組織はすべて体内に取り込み終えているから元の形に再生成するのは容易だ。でも、それが終わる前に断裂し切ってしまうと再生には膨大なエネルギーと時間を要する。ほんの少しずつ時間をかけて体を強化してきたその蓄積が、バッサリと切り捨てられてしまう。

「あ゛……ひ、あっ……や、やめ……て」
「痛い? でもあのとき、私は同じくらい、いいや、もっと痛かったわ。あれは、私の存在そのものを引き裂く行為だったのだから。そして、お前も私にそれを強いたのよ。結局、出来はしなかったけれど」

 ぶつんっ!

「ひ……あ゛……っ゛、あ゛っ……」

 とうとう|鞘翅《マント》が全てちぎり取られてしまった。背中から激痛が走りづけている。赤い虫達が溢れて出て、どうすればいいのかボクの側でざわざわと戸惑いうごめいている。それをもう一度ボクの体に入れるには、少し、この痛みが引くまで待つ必要がある。グォダ=ニャマムが、待ってくれるのなら、だが。
 飛ぶ力を失って石の道に為す術無く堕ちるボクを、グォダ=ニャマムは憎しみのこもった目で見下ろしてくる。

「抵抗するな。今の私とお前の間には、懐かしいあの頃と同じくらいの差があるのよ、無駄に足掻かないことだわ。それとも、忘れられない? 奴隷にし抵抗できない私を、毎日でも好きなだけ抱くことが出来た、短い時間のことが。こんなはずじゃないって?」
「そんなこと、した、記憶、はっ……」
「そうね、なかったかしら? 憶えていないわ、昔のことよね」

 肩を竦めて嗤うグォダ=ニャマム。記憶はない。でも、もしかしたら、していたのかも知れない。彼女の中では、それくらいに屈辱的な日々だったのだろう。

 グォダ=ニャマムは再び糸をけしかけてきた。翅を毟り取られてバランスが取れずに上手く回避できないボクはあっという間に捕らえられ、腕を体にくくりつけられ、両足の足首を絡げられて、再び身動きを封じられてしまう。

(にげなきゃ……)

 そう思っても、ボクと彼女の間には圧倒的な力の差がある。『王命』も届かない。身動きは出来ず脱出することも出来そうになかった。グォダ=ニャマムは釣り上げたボクを近くに寄せて、顔を覗き込んでくる。
 顔は……あの頃のままだ。美しく整っていながら、内面の強さを滲ませたた凛然とした雰囲気は、変わっていない。ただ、輪郭の端から顔の中央に向けて進もうとするように幾筋か、痛々しい疱瘡の痕がある。端の方では今も、肌が冒されているのがわかる。きっと、ロリスかザグトミどちらかの、精神侵蝕の形跡だろう。
 グォダ=ニャマムはそれらを「食った」と言っていたが、そんなはずがない。一度は神であったかも知れないがただの人間の娘に落とされ、死を前に虫として些細な命を吹き込まれただけの者が、そんな強大な存在を取り込んだりしてまともでいられるはずがない。

(やっぱり、きれい)

 それでも、彼女自我を保っている。侵蝕に抵抗しながら、それら二者の力を使役している。歪んでしまっているかも知れないが自身の目的を保ち続け、過去の記憶もしっかりしている。姿も「人間として」順当な成長を続けているような形を保っている。それは、ひとえに彼女の強靭な精神力のなし得る抵抗力なのだろう。
 今や|花鹿《かじか》様と言うには程遠い存在だと言うのに、やっぱり|私《・》は彼女に心酔しているようだった。

「融和によって連合し王命によって最低限の権威を持つだけで、自らは全く力を持たないひ弱な王。そのやり方が間違いだったというのに、何故そのままなのか。力によって侵入されれば抗うすべがなかった、お前はそれを知っていたはずなのに。お前はお前で、過去に何かあったらしいことは承知しているが、それでも強さを得なかったのか。愚か者。」
「あなたとは、ちがう、から」

 ボクが毒づいてやると、彼女の表情が歪んだ、怒りに満ちた醜い顔。こんな顔だけは、あの頃には一度も見たことがない。|花鹿《かじか》様はなさらなかったのか、それとも、|私《・》には一度も向けなかったのか。
 向ける必要なんか、なかったのだろう。|私《・》は、|花鹿《かじか》様にとって、剥き出しの感情をぶつけるような存在ではなかったのだから。無数にいる手下の内、蛍光を成す虫たちの、一人でしかなかった。

「その目よ」
「えっ」
「いつもその目で私を見ていただろう、いやらしい目」
「それは……」

 その通りだ。何も、言い訳なんか出来ない。ボクが黙っていると、ふん、と吐き捨てるように言う。

「|呉れてやろう《…》か?」
「なにを……んっ!?」

 糸で巻き取られ釣り上げられ、引き寄せられると、昔の面影を一つ一つ紐解けるくらいに近く寄っていた顔同士が、更に引き寄せられて、そのまま口付けられた。



§§§



(な……な……っ!?)

 かじ……グォダ=ニャマムの冷たい唇が、ボクの唇に重なっていた。迷いなく差し込まれてくる舌。ボクの口はあっさり割られて、その舌を迎え入れている。抵抗する意思なんか一つも出てこなかった。まるでそう命令されているみたいに口を開き、舌を出して彼女の舌を受け入れて、唾液出してそれを喜ぶように媚びて見せている。

「ふふ、素直でいいわよ。それは、弱さの証だろうけれどね」
「かじか、さ、m……んっ」

 ボクに言葉を許すつもりがないのだろう、何か言おうとするとすぐさま唇で唇を塞がれてしまう。舌が暴れてボクの口の中を動き回り、そうして触れられる口の中の粘膜は、まるで性器の表面粘膜のようにびりびりと快感を生じている。

「んっ、んっっ……んぐっ」

 抵抗できない。手足が封じられているから、という言葉では言い訳ができない、口が彼女の口吻に全く抵抗する意思を示せていない。それはボクがずっと待ち望んでいた感触だったからかも知れない。何百年、この感触を望んでいた。夢見ていた。妄想して、それだけで何度も自分を慰めた。それが、こんな形で与えられるなんて、気持ちの上では悲しいのに、体はあまりにも従順に喜んで屈服している。ただの、口付けだと言うのに。
 グォダ=ニャマムの舌が、ボクの口の中を愛撫する度に、腰がガクガクと揺れてしまう。いくらなんでも、口の中だけでこんなに感じるなんて、おかしい。でも、まるで口の中から直接おちんちんを舐められているみたいに、気持ちがいい。

「性懲りもなく|吾《あ》れを好いてくれているのね。神経がやわらかくて、おかしやすいわ」
「っ、ん、なに、そ」

 彼女の言葉がその通りであるのなら、ボクの体を巡る神経は彼女の毒か何かで犯されていっているのだろうか。恣意的に神経経路を繋がれて、口の中とおちんちんを接続されてしまっているような。
 糸でく括られて動けない体に、彼女の腕が回る。抱き寄せられているみたいだが、捕らえられているようでもある。背丈の違うボクの口が彼女の口と重なっていると、ボクの股間は彼女のおへそ辺りに当たっていた。抱き寄せられて、口付けられて、口の中からペニスをねぶられるような感覚に、みるみる抵抗の意思を奪われていく。

 意志力が、削がれた。
 快感が膨らむ。

(きもち、いい)

 口から与えられる不思議な、でも圧倒的な快感に、ボクはあっという間に虜になってしまう。
 彼女の舌を受け入れて快感を高めるように自分でも舌を動かしてしまう。
 舌がおちんちんで、頬や顎の裏、喉の入り口はおしりのなかみたい。

 抵抗の意志が、更に削れた。
 快感が膨らむ。
 快感が膨らむ。

(ああ……ああっ)

 大きな快感が襲ってきた。抵抗を試みる。絶頂を回避した。
 抵抗の意志が、更に削れた。
 快感が膨らむ。
 快感が膨らむ。

(こんなの、こんなのぉ)

 口の中を暴れまわる彼女の舌に、自分のおちんちんを擦り付けるような錯覚を覚えながら自分の下を擦り付ける。彼女の口の中に入ることが許されるなら、なんて幸せだろうか。

「ぁむっ……ん、くぅっ ふぅっ♥」

 口の中を吸い上げられる。音を鳴らして唾液が吸い取られて、吸い上げられる快感は口の中じゅうから爆発するみたいになって、体中を巡ってからおちんちんを直撃する。

(むりっ、むりぃっ♥)

 快感が膨らむ。
 快感が膨らむ。
 抵抗の意志が、更に削れた。
 快感が膨らむ。
 抵抗の意志が、更に削れた。
 抵抗の意志が、更に削れた。
 抵抗の意志が、更に削れた。
 抵抗の意志が、更に削れた。
 抵抗の意志が、なくなった。
 気持ちが、服従してしまった。

 もうこのままでいい、この状態から逃げ出す必要なんて無いじゃないか。元々、すきなひとだった。少し変わってしまったとしても、本質は変わっていないのだから、もしこのまま食われるのだとしても……。

「ん〜〜〜っ♥ んっ♥ ん〜〜っ♥」

 快感が膨らむ。服従状態で、快感は割増を受けている。
 快感が膨らむ。服従状態で、快感は割増を受けている。
 快感が膨らむ。服従状態で、快感は割増を受けている。
 大きな快感が襲ってきた。抵抗できない。服従状態で、快感は割増を受けている。

(きもちいい……きもちいいっ)

 吸い上げられる度に唾液だけでなく、精神力を口から吸い取られていく。気持ちがいい。
 快感に溶けたボクの中身が、グォダ=ニャマムに飲み物のように飲まれていく。頬を掴まれて乱暴に接吻を浴びせられると、
 快感に抵抗できない。絶頂がすぐそこに見える。
 大きな快感が襲ってきた。抵抗できない。服従状態で、快感は割増を受けている。
 快感に抵抗できない。絶頂がすぐそこに見える。
 大きな快感が襲ってきた。抵抗できない。服従状態で、快感は割増を受けている。
 大きな快感が襲ってきた。抵抗できない。服従状態で、快感は割増を受けている。

(イク……イク、イクっ、口だけで、おクチだけで、イかされちゃうっ♥)

 びくん、びくん、と四肢拘束されたままの体が、芋虫のように悶えて跳ねた。

 絶頂に至った。精神抵抗が全くなくなってしまった。
 絶頂が続いている。
 絶頂が続いている。
 絶頂が続いている。

 ペニスへの摩擦で達するときと比べると、おしりでイってしまうときの方が近い。激しい放出快感というより、溶けてしまうような快感でふわふわと達したその結果として、噴き出してしまった、みたいな。
 ぱんつの中に大量に精液を漏らしてしまう。おちんちん触られていないのに、口の中を舌で愛撫されて、吸い出されただけなのに、途方もなく気持ちがいい。ぱんつの中に射精しちゃうなんて情けないのに、止まらない。どぶどぶと、ぱんつの布地が精液を吸って重たくなっていく。吸いきれないぶんがぱんつから溢れて、勃起で膨らみ上がりっぱなしの半ズボンを濡らしていく。

 絶頂が続いている。
 口が渇く。早く、潤して欲しい。

「はへ……へっ、ああっ♥」

 絶頂が続いている。
 口が渇く。早く、潤して欲しい。
 絶頂が収まったが、絶頂耐性がなくなった。
 口が渇く。早く、潤して欲しい。
 口が渇く。早く、潤して欲しい。

「かじか、しゃまぁ♥」
「……雑魚が」

 もう一度、口吸を受ける。抵抗なんかしない。全部、吸い出して欲しい。体中の、肉も、心も、命も、魂も、全部吸い出して、|花鹿《かじか》様のものになりたい。

(たべて、たべてくださいっ……♥ ボクを、もっと、もっとぉっ♥)

 口を満たされる、吸い出される。ボクが吸い出されて、代わりに幸福感が満たされる。
 生命力を吸い出された。
 幸せになった。
 快感が増していく。
 口を満たされる、吸い出される。ボクが吸い出されて、代わりに幸福感が満たされる。
 生命力を吸い出された。
 生命力を吸い出された。
 とても幸せになった。
 快感が増していく。

 くちゅ、くちゅっ、ちゅううっ

 口を満たされる、吸い出される。ボクが吸い出されて、代わりに幸福感が満たされる。
 生命力を吸い出された。
 生命力を吸い出された。
 生命力を吸い出された。
 幸せになった。
 幸せになった。

(〜〜〜っ♥ 〜〜〜っ♥ 〜〜〜っ♥)

 また、イキそうだ。
 快感が増していく。絶頂耐性がない。絶頂が目の前に迫っている。
 幸せになった。
 幸せになった。
 幸せになった。
 快感が増していく。絶頂耐性がない。絶頂が目の前に迫っている。

 また、イキそうだ。
 幸せになった。
 快感が増していく。
 絶頂。

「んぅうぅうぅっ!」

 びくんっ、びくんびくんっ

(きもひぃいぃ……おクチせっくす、きもひぃっ♥ しあわひぇぇぇ♥)

 ぐちょぐちょになっているぱんつの中に、更に精液を吐き出してしまう。全身とこにも触っていない鬼、口の中から生命力を吸い出されて代わりに注ぎ込まれる快感で、イクことしか考えられなくなる。いや、あらゆる全身感覚の入力は、射精に直結してしまう。

 気持ちいい。きもちいいっ♥

 幸せになった。
 絶頂。

「ふきゅぅぅうっ♥」
(イキっ、ぱなしっ♥ かじかさまに、すいとられて、きもちぃいっ♥ もっと、もっとイキたいっ♥)

 ぱんつの中は精液で飽和している。膨らんだ半ズボンがべっちょりと濡れている。それでも射精が止まらない。口から生命力と精神力を吸い出されながら、快感が膨らんで膨らんて止まらない。
 おしりの奥のスイッチがきゅんきゅんヒクついて、絶頂で締まり上がる自分のお尻の筋肉が、おしりの気持ちいいボタンを自分で押してしまう。

 幸せになった。
 幸せになった。
 幸せになった。
 幸福度が最大になった。
 死への恐怖がなくなった。今死んでも全く後悔しない。
 快感が高まっていく。服従、幸福が快感を増幅する。
 快感が高まっていく。服従、幸福が快感を増幅する。
 快感が高まっていく。服従、幸福が快感を増幅する。
 生命力が残りわずかだが、幸せすぎて今死んでも後悔しない。

(またっ、またクるぅっ……とまんにゃいっ♥)

 絶頂、射精。
 精液が残っていない。生命力を精液に変換して射精してしまう。
 幸せになった。幸福度は既に最大だ。服従状態が延長される。
 絶頂、射精。
 精液が残っていない。生命力を精液に変換して射精してしまう。
 幸せになった。幸福度は既に最大だ。服従状態が延長される。
 絶頂、射精。
 精液が残っていない。生命力を精液に変換して射精してしまう。
 幸せになった。幸福度は既に最大だ。服従状態が延長される。
 絶頂、射精。
 精液が残っていない。生命力を精液に変換して射精してしまう。
 幸せになった。幸福度は既に最大だ。服従状態が延長される。
 絶頂、射精。
 絶頂、射精。
 絶頂、射精。
 絶頂、射精。
 絶頂、射精。
 絶頂、射精。

「は……へ……♥ ぇぁ……♥ はひ♥」

 絶頂。
 精液が残っていない。
 精液に置き換えるだけの精神力がない。
 精液に置き換えるだけの生命力がない。
 射精できなかった。
 絶頂。
 精液が残っていない。
 精液に置き換えるだけの精神力がない。
 精液に置き換えるだけの生命力がない。
 射精できなかった。
 絶頂。
 精液が残っていない。
 精液に置き換えるだけの精神力がない。
 精液に置き換えるだけの生命力がない。
 射精できなかった。
 絶頂。
 精液が残っていない。
 精液に置き換えるだけの精神力がない。
 精液に置き換えるだけの生命力がない。
 射精できなかった。
 絶頂。
 精液が残っていない。
 精液に置き換えるだけの精神力がない。
 精液に置き換えるだけの生命力がない。
 射精できなかった。

「もっろ……しゃせぇっ……しゃせぇしらいのにぃっ……!」

 絶頂。射精できない。
 絶頂。射精できない。
 絶頂。射精できない。
 絶頂。射精できない。
 絶頂。射精できない。
 絶頂。射精できない。
 絶頂。射精できない。
 絶頂。射精できない。
 絶頂する意識レベルを満たしていない。
 絶頂できない。

 ボクは気絶してしまった。



§§§



 気が付いたら、ボクの体はまるで糸巻きのように蜘蛛糸でぐるぐる巻きにされて吊るされていた。絶頂の余韻が抜けない。股間に感じるずぶ濡れの感触が、情けなくて悲しくなる。

「起きたの。どうだった? ずうっと望み続けた、私のキスは」
「さいあく、だよ。あのときだって……」
「それは良かったわ」

 冷たい目でボクを見る、グォダ=ニャマム。

「そういえば、上に想い人が居るのだったかしら? 蜘蛛糸の蓋は外したっていうのにお喋りを全然しなかったじゃない。当然か、こんな姿、見られるわけにも聞かれるわけにも行かないものね」
「……」

 全くその通りだ。本当は、『王命』を聞かせてそれで終わりだと思っていたのだから。

―― ローリー、ローリー
―― りっくん、無事!?
―― うん。ボクは平気。

 平気ではない。身動きも取れない状態だ。

「ふふ、気丈なことね、頑張れオトコノコ」
「……うるさい」

―― ローリーは?
―― えっと、多分、平気。空から降ってきたカエルさんが、身を挺して助けてくれた
―― かえる?

 グォダ=ニャマムが遣わすと言っていた、あの釣瓶落としではないのか。空からカエルが降ってくるって、どういうことだろうか。怪訝に思っていると、すぐにローリーから回答があった。

―― これ多分、守矢の巫女様のだと思う
―― 守矢が? なんでこんなところに
―― さあ……

 守矢の巫女、何故こんなところに現れたのだろう。頭の中に最悪のケース描かれる。守矢、諏訪がボクらの関係に感づいて……まだ過去にとらわれているのなら。

「諏訪の巫女が、来たよ」
「諏訪。ふふ、いいわ、全員私の|巣《罠》に掛かりに来た。一網打尽よ。ねえ、お前だって、諏訪は憎いでしょう?」
「今は、もう忘れたよ。忘れたことにしてる」
「……そう。でも、諏訪は今|どっち《…》かしら? もし、倭の旗を掲げているのなら、上のお嬢ちゃんは危ないかもねえ?」

―― ローリー。諏訪は、守矢は敵か味方かわからない。あまり信用しないで
―― え、どういうこと?

「キスメを遣った。いざとなったらキスメに私のリソースを使わせる、お前の伴侶の命くらいは助けてあげる」

 グォダ=ニャマムはそう言うが、今の彼女のどこを信用すればいいのかなんて、全くわからない。|さっき《…》、やろうと思えばそのままボクを、本当に喰ってしまえたはずだし、あれはしようと思えばそう出来るという意思表示に違いないのだ。

―― ローリー。まずくなったら、すぐに逃げて。……幽香さんなら、助けてくれるから
「ローリー? ローリー?」

 また通信が切れた。グォダ=ニャマムを見る。

「私は何もしてない。上の連中じゃないの? キスメとの感覚結合は切れてない、|何か《・・》があったら、きちんと教えてあげるよ」

 何か。なんてあって欲しくない。

「上に、戻る。お前の対策もしなければいけない。それとも、ここでボクを処分する?」
「焦るんじゃないよ、私も上に行こうと思ってるんだ。少しくらいおめかしする時間をおくれよ。同伴してもらうからね」

 彼女は、上に登る気なのか。何を考えているのだろうか。……取り戻したいのだろうか。

「そんなに、名前が、大切なの? そんな風になってしまってまで、取り戻したいものなの?」
「いいえ、大事なのは身体よ。でも、名は体を表すとも言う、特に神にはね。ことばは、ただの音声でも記号でもない。それ自体が存在を定義する魔術なのよ。お前だって知っているでしょう?」
「|私《・》のこと、ほたるび、としか、呼ばなかった、くせに」

 |穂多留比《ほたるび》、とは蛍光する虫妖の総称でしか無い。彼女の目の前に居ることが多かったのは自分である自覚は遭ったが、それでも固有名詞ではなくただの一括りの一旦としてしか呼ばれたことがないのは、ずっとずっと引っかかっていて、そして最後の最後までその寂しさは報われなかった。

「……ふうん?」

 彼女がもう一つ目配せをすると、ボクを完全に包んでしまって団子状になっているいる蜘蛛糸が、内側で動き始めた。

「ひああっ!?」

 ボクの体に接する内側の細い蜘蛛糸だけが、その一本一本が断裂して断面をボクの体に当ててくる。まるでブラシのようになったそれが、死ぬほどに絶頂させられて神経のおかしくなったボクの肌を更に擦り上げてくる。特に、股間を。
 自分の精液でぐじゅぐじゅになったおちんちんに、ヌルヌルに濡れた細い無数の糸が絡みついてくる。ただ細い断面が絡みつくなら痛いだけなのに、死ぬほど的確な力加減。先端だけじゃなく糸の側面も使って、おちんちんに無数の摩擦点を生じて、再び扱き上げてくる。

「ふぎっ……もう、もうやめっ、てえっ……!」
「あっははははははは! 不様ねえ! 強がっているけど、情けないアクメ顔。あの頃から変わってないわね」
「うぅっ」

 グォダ=ニャマムは、不満をぶつける代わりに笑い付けてやる、といった様子でボクを見て声を上げている。だが、それもすぐにやんだ。本当は、全く面白くないからだろう。

「私に名前を呼んでもらえなかったなんて、まるで悲劇のヒロインぶっているけれどね、|穂多留比《ほたるび》、リグル・ナイトバグ。お前はさっき、私がお前を大勢の|穂多留比《ほたるび》の一人としてしか呼んでいないと言ったけれどね、それは……お前が言えたことなの?」
「う、え?」
「お前は、私のことを何だと思っていた?」

 なんだと、って、それは、神様だ。山の神様で、そして|私《・》の神様だった。

「|阿祖見《あそみ》の、神様。だって、そうだったじゃないか。あなたはみんなにとって神様であり続けた。私が見た一番最後のとまで、神様でいようとした」
「そう、神だと、思っていた。大勢いる神の一人で、他の神と一括りにして、私を一人の女としてなんか見ていなかった。所詮、十把一絡げの|山《神》の一把でしかなかった。違う?」
「そんなことは」
「だったら何故、触れてはいけないと思ったの? 私は散々、何度も、何度も何度も言ってきたはずだわ。お前はそんなに自分を低く見る立場ではないと。一度だって受け入れることはなかったけれどね。私を神だと山だと言って、一度だって私を『私』だと思ったことはなかったくせに。所詮、神とか山とかいう一括りの中の一部としてしか私を見ていなかったお前が、どの口で『私を認めていなかった』だなどと、言うの!? お前こそ、私のこと何一つ見ていなかった張本人じゃない!」

 生命力を根こそぎ奪いつくされて身動きができないボクの胸ぐらを掴んで、声を荒げている。グォダ=ニャマムの怒りの形相と、|花鹿《かじか》様……|阿祖見《あそみ》様の悲しみの表情とが、重なって色合いを滲ませている用に見えて、ボクは言葉を失った。
 やっぱり、ボクが……。
 暫くボクをに睨み付けるように覗き込んだ後、グォダ=ニャマムはボクを地面に放り投げた。動けないボクは石の道に倒れる。

「昔話が過ぎたわ。そう、昔話、もう済んだことよ。犯され、殺され、名を奪われ、|無名祭祀神属《ネイムレスカルツ》として疎んじられてきた|吾《あ》れは、その忌まわしい歴史を返上する。お前に貰った蟲としての生と、この|ロリス《土蜘蛛》の身体には似合いだわ。お前の『蟲の王』の名も頂いて、|吾《あ》れは、名を得、|山《神》として復活する。行きましょうか、リグル・ナイトバグ。あの頃と同じように、|吾《あ》れはお前を」



§§§



 ミスティア・ローレライの前に立つ守矢の巫女は、どこか不穏な雰囲気を漂わせ御幣を手に持ったまま、言う。

「霊夢さんから|地底《サブタレイニアン》に向かえって、言われちゃいまして。奥には都市があって隔離進化で独自の存在になった|覚《サトリ》とみられる妖怪が支配しているのはご存知と思いますけど。どうも、余り友好的ではないみたいで」
「はあ」

 とりあえず|この恰好《…》はまずかろうと、空を指さして高周波を鳴くミスティア。間もなく羽虫の群が彼女の下に舞い出、彼女の体にまとわり付く。それは蛹に姿を逆再生するように彼女の体に糸を張って取り付き、溶けるように形を失い、隣接する個体との境界を失ってつながり、そのまま彼女の元の衣装の形へと変容していく。やがて着衣の動作もなく、ミスティア・ローレライは元の服装に戻った。
 目の前の雀が着衣を整えるのをどこか冷ややかな目で見ながら、守矢の巫女神は言葉を続ける。

「地底の輩が地上に向けて病をばらまいていると、天狗の長から連絡がありました。今は周囲だけで済んでいるようですが、だから、ちょっと|妖怪退治《…》に、といったところですね」
「そのことでしたら既に私達が。それにりっく……防疫特使の見解では地底棲の虫の侵入と、正体不明の疫病の拡大は、地底の意思ではなく特定の不穏分子の仕業だと」
「その不穏分子、とやらはどこにいるのでしょうか」
「えっ? この奥じゃないんですか」

 ミスティア・ローレライの立場として、その反応は当然のものだ。幻想郷と異世界の辺境にある虫類の騒擾を収めに行く、彼女がパートナーから聞かされていたのは、そういうことだったのだから。その根拠が|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の中にいる存在だということも、聞かされているが、それはそのとおりにだけ言われていた。裏があるだなどとは聞かされていない。
 だが、東風谷早苗にとっては、そうではないようだ。彼女の口からミスティア・ローレライに向けられた言葉は、想像だにしないものだった。

「|あなた方も《…》ですよ、『|狭蝿なす神《羽虫の王》』それに『|蛍光する神《蛍の妖怪》』。|草木悉くと話す邪神《風見 幽香》。お話を、お伺いしたい」

 |守矢《Shunem》の巫女が言っているフレーズを、ミスティア・ローレライも知らないわけではない。だが、それは余りにも突飛な発言に思えた。確かにその伝承をリグルに紐付けるケースは彼女もよく耳にする。だが、自分や風見にまで拡大解釈を進めたケースは初めてだ。

「ま、待って下さい、そんなのは、言いがかりです。」
「言いがかり。では、何故、リグル・ナイトバグは防疫特権なんかを引っさげて、穴の中へ潜っていったのですか? 博霊にはただ『|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》周囲の虫の対応をしろ』と言われているだけなのに、あたかもその奥に何があるのか既に知っているような様子で真っ先に中へ降りていった。穴の周囲に虫の対策の、まあ例えば網や罠などを仕掛けるわけでもなく。天狗も天狗です、何故安易に部外者をこの穴にアクセスさせるのか。何かを知っているんじゃないんですか? この奥にある何かを新たな生物兵器への転用を、リグル・ナイトバグとともに企んでいるのはないですか?」
「ちょっと想像力が豊かすぎます、|守矢《Shunem》の巫女様。守矢と関係が余り芳しくない天狗社会にその動機があっても、|辺境の花畑《私達》はそんな争いに介入する動機はありません。」
「そうでしょうか?」

 一歩、一歩とゆっくりミスティア・ローレライへ歩み寄っていく東風谷早苗。それににじり押されて後ろへ下がるミスティア・ローレライ。さっきの狼天狗たちと違って、この巫女が空を飛ぶことが出来るのを、ミスティア・ローレライはよく知っている。

「あなたも、リグル・ナイトバグからその能力の一端を任されている以上、今『蟲』が置かれている抑圧的な状況を知らないわけではないでしょう? それに、彼が過去に人間から受けたの卑劣な扱いも。」
「それは、承知していますが」
「|守矢《我々》はかねてより不思議に思っているのです。何故、|四則同盟《カルテット》はおとなしく風見の配下に収まっているのか。ついでに言えば、博霊の下に収まっているのか。安全に力を蓄えるためではないのですか? |博霊《霊夢さん》がどう見ているのかは知りませんが守矢は、|風見幽香《SleepingDandeLion》そのものよりも、直接の礼賛義務の薄い|四則同盟《カルテット》こそが|眠れる獅子《SleepingLion》の実体だと考えています。いくら強大な力を持つ風見幽香も所詮は単機。半分の力しか持たない者でも二人がかりでなら五分に戦えるでしょう。辺境伯として中央から離れた場所に収まっているからいいものの、安全保障上、監視も束縛も薄く、意志の統一も図られていない|四則同盟《あなたがた》の方が余程、八博体制上の不安定要素です。」
「そんな」

―― りっくん、なんか、疑われちゃってる……。どういうコト? 守矢が味方かわからないって……りっくん?

 再びミスティア・ローレライの通信が届かなくなっている。こんなに頻繁に通信障害が起こることを、彼女は経験したことがなかった。それこそ、異変のときくらいだ。
 少なくともさっき一瞬でも通信が戻ったのだ、問題があるのは本当に通信の方だけだと思いたい。何より、守矢に気をつけろという彼の言葉が、気にかかっていた。
 ミスティア・ローレライは、東風谷早苗そして射命丸文の言うことを全面的に否定するほどの材料を持っていない。彼女は、リグル・ナイトバグに「手伝って欲しい」と言われるがままにここに来て、彼のサポートをしていたに過ぎない。ブリーフィングで聞かされていたのは、既にこの穴の奥に病の主体である虫が居るから、というところまで要約されたもので、その内容を疑うつもりなどなかったからだ。
 その真意を彼に問うべきだ、そう思ったのに、再び通信が途切れてしまう。

「本人に、聞いてみようと思ったんですが……」
「私が、遮断させてもらいました。さっきから申している通り、私はあなた方を疑っています。口裏を合わせられては堪らない」

 |斜めに構える挑発するような《ゆるされざる》角度、|守矢《Shunem》の巫女は見るものを苛立たせるような嘲笑を浮かべて、ミスティア・ローレライを見る。

「我々は、天狗の山の叛意を危惧しています。それにリグル・ナイトバグが関与しているとも。しかしミスティア・ローレライ、あなたについては、それを問う必要はないかとも、考えています。あなたは、リグル・ナイトバグに利用されているだけなのですから。もし、積極的に彼に与しているのだと主張するのなら、そうは行かなくなりますが。」
「彼には、勿論私にも、私達にも、そんな大それた考えなんかありません。私達の任務は天狗の山からの依頼である以前に、博霊から受けたものです。もしこれを阻害するというのでしたら、守矢神社こそ叛意を疑われてしまうのでは?」
「我々には、八博体制の安定以外に望むことはありません。……二人同時を想定したのですが、バラバラだというのなら好都合ですわ」

 聞く耳もたない、そう言外に伝えるように、手に持ったままの御幣をミスティア・ローレライの前に向ける東風谷早苗。右手で御幣を構えながら、左手の指先で魔法円を描く。
 神社の神職が使っているというのに、どこか紅魔館や綾椿の魔術師が使う魔術と通じるマナ活性配列。守矢が行使する奇妙な法術は、守矢の血筋にのみ伝わる正体の知れない|一子相伝の旧き禁呪《グレイソーマタージ》。
 何か攻撃が仕掛けられる。そう察したミスティア・ローレライは慌てて飛び上がり、迎撃姿勢を取る。しかし、更に上空背後から、ふいに声が聞こえた。

「リグル・ナイトバグが地底のことを知っているのを怪しいというのなら、それはあなたもです、風祝」

 既にミスティア・ローレライへの射線上にそれを認めていた東風谷早苗は、詠唱は完了させるが発動を抑制していた。
 振り返ったミスティア。そこにいたのは、さっきの白い狼達ではなく、黒い翼の鴉天狗だった。黒い鴉天狗は数多くいても、これほど光を返さない真っ黒い毛並みの天狗はそういない。これほどに黒ければ恐らくは、鴉天狗の社会でも下層に位置するのだろうが、その細かいところをミスティア・ローレライは詳しく知らない。

「あなたは?」
「毎度お騒がせしております、清く正しくない方の射命丸です」
「文さま、流石にそれはバカすぎます。守矢の巫女神の前ですよ」
「いいのよ。諏訪に払う経緯なんて、口先程度でいい。っていうか何で守矢が居るのよ、テロリストは気持ちよさそうに死んでるし一人足りない」

 今度は守矢の巫女の背後地上の森の木陰から気だるそうに出てきたのは白い狼だった。だが、さっき相手にした毛並みの薄汚れた狼天狗とは全く違う、仕立て直後の絹のような真っ白い毛並みは高貴な白狼天狗を物語っている。
 種族の異なる天狗二人は、守矢の巫女と夜雀と、三角形を描くようにして双方に警戒心を隠さない距離で合流する。
 黒鴉天狗も白狼天狗も、略式礼装を纏っている。明らかに単に通りすがった訳ではない。鴉は真紅の頭襟を付け、装飾のついた羽扇を携えている。鈴懸代わりのブラウスは、大地の祝福を織り込む金襴を左右アシンメトリに施してあり、高速移動の阻害にならぬよう結袈裟も縫い付ける形で兼ねている。引敷ではなく燕尾を切ったスカートにはブラウスと共通の元素祝福を編み込んだ金襴が施され上下の統一感を出していた。白衣の代わりに下に着込んだ防刃性のスキニースーツは、装甲脚袢と手甲を縫い込んであった。赤い鼻緒の一本下駄には彼女の纏う装具の中で一点だけ火属性を得ており、不自然だがこれは空中戦に自身のある射命丸特有の『乱暴な加速』のためのものだ。
 ミスティアへのアプローチに水を差す形で現れた白黒の天狗に対して不服な表情を見せる守矢の巫女。

「天狗が、何のご用? 随分と、畏まった恰好のようですけど。こちらは些か普段着で申し訳ないわ。」
「ここは|天狗《われわれ》のテリトリですよ。何の用か問うのは、私どもの方です。ウチの領域で勝手に|風見幽香《花妖》お気に入りの配下の死体なんか作られたら、堪ったものじゃない。風祝、あなたは先程、地底から噴き出す疫病風のことを、我々の長が博霊に伝えた、とおっしゃいましたが。」
「話を聞いていたのですか、天狗らしく悪趣味ですね。それが何か?」
「|御東《みあずま》の存在を博霊に伝えぬよう情報を統制しているのが他でもない、天魔でございます。些か、話が噛み合わぬようですが。それに、そのことを何故あなたが知っているのか。我々|妖怪の山《天狗》と|あなた達《守矢》は近くて遠い存在、そのことは博霊の知るところ。この一帯のパワーバランスを崩しかねないことを、容易に伝えるはずがありません。むしろ風祝、あなたこそ、この|疫病風《御東》のことを、何かご存知なのではないですか?」

 射命丸が守矢の巫女へ言葉を発する間、その右前方向に一歩進んだ形で立っている犬走。彼女も略式礼装で武装している。二人で揃いの頭襟、スカートは射命丸のような軽妙な燕尾ではなく、一定の長さ毎に蛇腹を施した円形の部分鎧を備えた重量感のあるロングスカートになっている。射命丸の左右アシンメトリデザインのブラウスに対応するように、左右を逆に配置した金襴を縫い込めた鈴懸を羽織り、脚絆と手甲の装甲は射命丸のものよりも厚い。それ以上に目を引くのは、身の丈ほどの巨大な青龍刀と、紅葉で赤備えたカイトシールド。それに、天狗の作法の下駄を捨ててまで安定性を確保した装甲靴を履いていた。射命丸の右手に立っているのは、左手に構えるシールドをすぐに射命丸の前に出せるからだろう。
 略式とはいえ重装の礼服白狼天狗は、天狗社会では戦争の象徴となっている(社会的地位が低く強力な駒として使い潰される事も含めて)位に荒事向きの存在で、それは守矢でも他の地域にでも知れていることだ。
 間に暴力のイコンを挟む形で挑発的な科白を投げつけてくる黒鴉天狗に、東風谷は不快感を剥き出しにしながら一層苛烈な口撃を浴びせる。

「憶測に憶測を重ねたところで真実に逃げられるのがオチですよ、新聞屋さん。それは、八博が、山と森の支配を守矢に任せるという意思表示ではないですか? |鬼《トップ》を失い文字通り烏合の衆となった山の妖怪では、安全保障に問題があると。|野良神妖《ノラガミ》の掌握が全く進んでいないようですが、どうなっているのですか? いっそ正式に守矢がその役目を請け負ったほうが、良いのではないですか? 今回の穴のようなものが見つかってもすぐに対処できないのは、森林域の統治能力に問題があるからではないですか?」
「そのようなことをこの新聞屋風情に仰られても、判断しかねますねぇ」
「マスコミとはいつもそのような二枚舌で、都合よく攻撃し、責任を負わず逃げる。確かにカラスには相応しい立場かもしれませんね」

 目を合わせるのさえ億劫だ、そう言うように小さく溜息を付き横を向く東風谷早苗。

「質問に答えてください。守矢神社は何故、地下と病の関係を知っているのですか?」
「くどい」
「それに防疫使節も、動きがあまりにも怪しい。風祝の言うことにも一理あります、リグル・ナイトバグはどうして迷いなく穴の中に入った? 何故、あなたを連れて行かなかった? 一人で行動したい何か理由でもあるんじゃないですか。もしくは、こうして穴の上から襲撃されることが、予見されていたとか。」
「私は、|リグル・ナイトバグ《主たる調査者》の補佐をしていただけです。彼が一人で行動することに理由はありません、私がここに残りここからフォローアップすることに理由があった、それだけです」

「我々天狗の中でも、あの疫病のことを博霊に上奏するか否かで意見が割れています。が、恐らく政院は天魔の意向を退け、|天魔−八雲《首脳級》級ではなく、|天狗政院−博霊祭事《高級議会級》ルートでこのことを上奏することになります。その際に、|四則同盟《カルテット》、あるいは守矢の不可解な動きを上奏内容に附しても構わないんです」
「|上《・》を蔑ろにするとは、秩序というものが天狗社会にはないのですか」
「コントローラが多く意思決定が複雑な代わりに、危機管理フォローが充実しているんですよ。天魔が黙っているからと言って天狗全体が黙っていると思ったら、とんだ見込み違い。」
「それで。|守矢《我々》を強請るつもり?」
「いいえ、やましいことがなければ問題はないはずです。ミスティア・ローレライ、あなたは?」
「私は……構いません。潔白ですから」

 実際に潔白だから、そう言い切る事はできない。彼女達に言われてから振り返ってみれば、リグル・ナイトバグは自身に何かを意図的に伏せていたのではないか。そう思えてしまう。彼女は単に、パートナーの潔白を「信じていた」だけだ。それを物語るように、潔白だ、という彼女の表情には少々の迷いがあり、それを振り払っているように見える。

「では、風祝も、よろしいか。いかにも奇遇ですが、全く偶然にも幸いに、何故か、とある新聞屋は、この件について天狗の政院へ口出しするツテを持っているらしいので。天魔の口を封じ込んでも、我々の意思決定機構の中では、議会は勝手に踊り続けます。そうして吐き出され博霊へ伝搬される情報に、その新聞屋のツバが付くのも、致し方ないかと」

 射命丸文が挑発的な言葉を東風谷早苗に投げかける。同時に犬走は盾を持つ方の腕に力を込め油断なく東風谷を見ていた。
 射命丸の疑いは、リグル・ナイトバグと同様に守矢に向き始めている。元々こんなところで、下っ端の使者などではなくいきなり|風祝《高級神官》と鉢合わせるだなどとは、この二人も思っていなかった。だがそれがあまりにも怪しい。ミスティア・ローレライを積極的に断罪しようとする言動も。そもそもここは、統治が杜撰な地域とはいえ仮にも天狗のテリトリだ、守矢が武力を講師するようなことがあれば外交問題になる。それをおしてまで、ミスティア・ローレライを処分し穴の中のリグル・ナイトバグを追及しようとするのは、余程思うところがあるか、何かを企んでいるか。
 もし射命丸の言うことが図星であり、東風谷に手段を選ばぬ意志があれば、この場で即座に戦闘に突入するかも知れない。射命丸が犬走を連れているのはこのためであったが、しかしそれが十分な武装だとは思えない。東風谷早苗は一刹の寺社勢力の主力を担う神官だ。一介の天狗が戦時礼装を着込んだところで、敵うだなどと普通は考えない。

「風祝、何を急いてらっしゃる。こんなわかり易い場所で……勿論天狗の統治が杜撰で、テロリストまでうろついているような場所では何を言われても否定しきれませんけれど、こんな場所で更に第三国の使節に障害を与えるようなことは、正当な理由があっても考えづらい。何かを企んでいるのは、守矢、あなた達にしか見えない。この中にいて病を撒いているという|佐久都美《ざぐとみ》とやらは、守矢とつながっているのですか?」

 天狗の追及を、目を閉じて黙って聞いている。東風谷早苗。頷いたり、首を傾げたり、それぞれの言葉に思わせぶりな反応を見せつつも、その一連の言葉が終わると、目を開いて、小さく溜息を吐く。その表情には明らかな苛立ちが含まれている。

「煩わしい、天狗風情に介入などされたくなかったのですが……あぁ、ああああああ、狭蝿よりも五月蝿い天狗だな! 小雀風情も、身の程を弁えろ!!」
「っ!」
「きゃあっ!?」

 平静さは最初だけだった。そこから、既に表情に出ていた苛立ちを口の中で噛み潰してしたみたいに、シームレスに激高へ遷移する東風谷早苗。
 彼女が怒鳴った瞬間、周囲の木々に向けて凄まじい突風が吹いた。風、というよりは四方へ向けて一気に放たれる衝撃波に近い。若い木々がべきべきと音を立てて倒れ、根ごとこそぎとるように飛ぶ。上空の雲が少し、円を残して放射状に逃げた。滞空していた射命丸が為す術無く吹き飛ばされそうになるのを、犬走が狼に变化し跳躍して口に咥えて地面に引きずり下ろした。大きな体躯の白狼に化けた犬走は足を踏ん張り風を耐え、その影で何とか風をやり過ごす射命丸。ミスティア・ローレライは、射命丸同様吹き飛ばされたが、途中で怪鳥へ变化してそれを耐える。

「これでも、風耐性装備なんですけどねっ……」
「ちゃんと掴まってて下さいよ。やっぱり神性直属の神官をこういう形で刺激するのは拙かったんじゃないんですか?」

 鈍く光る射命丸の羽扇は持ち前の風属性の|増幅器《タリスマン》、だが風祝がぶっぱなした無制御な風でさえ防ぐには足らなかった。こちらも故あって風属性防御を全身に纏う犬走も、元々風の祝福を受けている筈のミスティアも、同様だった。
 ただストレスを感じたその発散の一喝だけで天変の如き風が吹く、|守矢《Shunem》の力の大きさを物語っていた。同時に、それがただの|癇癪《ヒス》であることを三人とも感じていた。癇癪ごときでこの神がかった風。三人共油断なく身構えるが、それは戦闘態勢ではない、ただもう一度風が吹いたら、という身構えに過ぎない。それがただの|癇癪《ヒス》故に戦闘開始の合図でないことも、分かっていたからだ。

「……取り乱しましたわ」
「お、落ち着いていただけたのなら、幸いですけど」

 元の人型に戻ったミスティアが、舌打ちを残して荒ぶる風祝に頭を下げながら問う。

「すべての天神地祇に誓って、私どもは守矢に、それに博霊にも叛意などありません。できれば、守矢の巫女神のご存知を、教示願えませんか。恐らく、今穴を降りているリグル・ナイトバグも、そこまで詳しいことを」
「いいえ、あれは知っている。間違いなく。私は、今穴の中にいる二人が、一番|黒い《・・》と思っています」

 それを聞いた射命丸も、怪訝な表情で割って入ってきた。

「やはり、疫病をばらまいている虫は、リグル・ナイトバグの仕業だと」
「そんなこと……! だって、りっくんは」
「黙って。可能性の話をしているのです」

 不服な表情を口の中に噛んで飲み込むミスティア・ローレライ。抑えた彼女を認めた後で、射命丸は改めて風祝に発言を促す。
 天狗二人も、夜雀も、既に戦闘に突入する可能性を危惧していない。風祝が、既に御幣を収めているからだ。恐らく、対話に応じるつもりなのだろう。あくまでも希望的観測だが。
 東風谷早苗は、ふわり、と低く浮き上がる。まるでそこに背もたれの高い椅子でもあるかのように、少し後ろへ背を倒しその場で足を組んで頬杖をつく姿勢で浮遊を始めた。頭の高さで見ると、天狗たちやミスティアよりも若干高い。彼女の主神である八坂を思わせる尊大さだ。まるで下々に話を聞かせてやっている、という風に、彼女は話を始める。

「まず。穴の中の、あなたが|佐久都美《ざぐとみ》、と呼ぶのは、土蜘蛛ですわ。」
「土蜘蛛? 河童が『川を汚す』と嫌がっている?」
「川を汚すのは土蜘蛛ではありません。本当に何も知らないのですね」
「知らないから調べています、智慧とはもとよりそうしたものでしょう。そこに最初からある自然ではない、自ら取材し、まとめ、体系化して汎化する能動の結果です。そのように煽られても特に何も感じませんね。それとも、自然でしか生きられなかった諏訪独自の煽り方でしたでしょうか? そうと知らずにご無礼を」
「……減らず口を。知りたくなければここから去れ。守矢には博霊に疑われようとも先に果たさなければならないことがあるのです、小賢しく告げ口をするというのなら、どうぞ。私達の行動は、変わりません。天狗が河童の水質汚染の訴えを少しでも調査していれば、この話は若干早く説明がつくというのに」

 射命丸にも、思うところがないではなかった。山を切り崩して生半可な知識で治山治水を試みるようになった人間に、警鐘を鳴らそうと新聞を発行した経緯があるからだ。河童の訴えは、それに何か関係あるのではないかとは、今彼女が実際に調査中のことだった。このことに関係あるだなんて、思ってはいなかったが。

「土蜘蛛が川を汚すと言われているのは、あの土蜘蛛が生まれるときに大量の土砂が川を下ったからです。その土砂を生じたのはあの土蜘蛛ではありません、人間です。いわば、川を汚したのは人間に殺された|あれ《・・》の死体です。死んだ無念故に土蜘蛛に転生し、|疫病《祟》を撒き散らしている。」
「話が全然見えません」

 要素をつなげて説明するようでいながら、全くつながってこない。射命丸の不満の様子はミスティアにも理解できているようだが、当の東風谷は意に介す様子もない。

「そして、その土蜘蛛に与するのが、穴を降りている化蛍。そこの夜雀は、化蛍からその力の一端を受け取っている。」
「力を受け取っているのは……その通りです。でも、ざぐとみ、とか土蜘蛛とかいうのは、私は」
「どうだか?」
「本当です! 疫病を撒き散らすなんて……私達そんなこと」

 かかる疑いを払いたいミスティア・ローレライ。それも真偽がわからない以上はあまり大きく捉えるつもりがない射命丸。視線を守矢の巫女に移す。

「土蜘蛛とリグル・ナイトバグをセットに考えるのは、土蜘蛛が蟲の眷属に入るとお考えだからですか?」
「一般的には、入りません。『土蜘蛛』は本来、人間を指す言葉ですから。ですが、その穴の中にいる土蜘蛛に限っては別です。」
「そのこころは?」
「理由は……実は我々もわからないのです。」
「は?」

 何かを知っているはずの守矢から出てくる情報も、肝心なところで途切れる。あるいは、途切れさせているのか。射命丸の不信感は募る。

「確証もなく動いている? 大口を叩いた割には」
「黙れ。……理由はどうあれ、そこにいる土蜘蛛が『虫』らしいということに、異論があると思いませんけど?」

 風祝に一喝されて、口を噤む天狗。

「疫病とは別に、幻想郷に侵入してくる虫達のことを|天狗《あなた達》も承知しているでしょう? 元々は、博霊がリグル・ナイトバグに与えた防疫任務は、地底性の虫類侵入の防止です。それが疫病関連になったのは、何故でしょう? リグル・ナイトバグには最初からその意図があったのでは? それと、疫病を封鎖したかった天狗の利害が一致したために、与えられている防疫特権の権限が拡大し、事態が混乱を来している。天狗に負い目がないとは言わせません。違いますか? 守矢は天魔に、病について箝口を強いたりなどしていない」
「それは……その通りです。封鎖しようとした我々に、非がございます」
「かの土蜘蛛は|人間をやめた《…》のです。理由は知りません、経緯も我々には知ったことではない。ただ、その手引きをしたのはリグル・ナイトバグである可能性が高く、その結果として土蜘蛛は虫と病を撒き散らしている。本来、『防疫任務』として行うべきことを、守矢がやろうとしている。それだけです。それはリグル・ナイトバグがそれを果たすのか、疑わしいからです。」
「りっくんは、多分今、頑張ってるもん……」

 ミスティア・ローレライは、言葉を失う。守矢の巫女の言うことが本当ならば、かなり根底の部分で関わっていることになる。リグルは自分に何か事実を伏せているのかも知れない、それを感じてもなお、彼女はパートナーへの信頼を捨てるつもりはないようだ。通信が途絶えて確認を取ることが出来なくても、彼を庇う発言を取り続ける。

「|リグル・ナイトバグ《蛍光する虫たち》と|ミスティア・ローレライ《狭蝿なす羽虫》、放逐された諏訪の旧き神々、それにその穴の中にいるとかいう土蜘蛛。あなた達は一体、何を企んでいる。同盟しようとしているようにも見えないし、かといってその火種に持ち寄る薪は、全く同じ色をしている。|御東《みあずま》、この疫病は誰の仕業で誰が黒幕なの?」
「守矢は、『一般的な土蜘蛛』についてはその経緯を、身近なものとしています。ヒトを捨てる程の動機も想像はできなくない、同情もできなくはない、だがそれ故に、救いがたいことを知っています。」
「……救いがたい?」
「|我々《守矢》には、土蜘蛛の立場を|両側面《…》から捉えるための、蓄積があります。救済の道があればそれも吝かではありませんが、抹殺する必要があるならば、そのようにするまでですわ。……これについては、|博霊《霊夢さん》にも、断じて口を挟む余地を認めない。疫病の問題も、副次的に解決するでしょう。」

 一旦は強硬な体勢を引き対話を認めた東風谷だが、どこかに絶対譲らないラインが存在するのだろう、たった今見せた態度がそれを物語っている。相手が博霊でも、というのは余程の覚悟な筈だ。

「結局、守矢のスタンスを聞かされただけ、という印象なのですが……」
「それで十分ですわ。土蜘蛛のことも忘れてくださっても構いません、天狗には無用な情報でしたでしょう? ……だから邪魔をするなと言ったのです」

 天狗二人にせよ、ミスティア・ローレライにせよ、|守矢《諏訪》との対話で得るものがなかったわけではないが、何か解答を得るものでもなかった。ミスティア・ローレライは、リグル・ナイトバグが答えてさえくれるのなら、何か問いただすことも出来るかも知れない。だが本当に置いてけぼりにされているのは、天狗の二人だった。

「えー、わりと危機感を持って問題に対処していると自負しているんですが、完全に蚊帳の外ですねえ。文さま、頭抱えてないで問題に対処して下さい? 私はただ護衛に来ただけなのでそこんとこヨロシクお願いしますよ」
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
存亡を懸けた戦いのおどろおどろさは(シャーマンによるトランス伝播とかが)発展途上の知性と野性が残る当時の感じが伝わってきて、実際の戦いの、文字通り必死さがあって、戦い向きでない神様が多い日本の神話の裏とも呼ぶべきところが補完されている気分でした。残る神、消える神がいるなかで、花鹿が落ちていく経緯が今後語られていくのかが注目ですね(前コメでタイトルと蜘蛛かけてかと書いていましたが命=ミコトって読むの忘れてて恥ずかしい///)
気になった点とかは割と読み直すことも多いのですけど、サユリの考察パートで補完、補足されるので花鹿たちの過去や因縁のことがとても飲み込みやすかったです。急に叫んで立ちあがっちゃうところは笑いましたがw(ちゃんとタオル巻いてたんですかね)ていうか日帰りで来たこの三人大丈夫だろうか…なんだかホラー映画に出てくる最初の発症役みたいな雰囲気がぷんぷんするぜぇ!(それはそれで楽しみ)
好きなことを話してる人の顔っていいですよねぇ、それが好きな人ならなおさらで。それを眺めてる子の微笑みとかもう最高ですよねぇ、しかも女の子同士ですからねぇ、尊くないわけがないですよねぇ?セックスに発展するのもやむなしです。口という第二の性器(というか第一???ボブは訝しみながらシコりまくった)でベロチュー唾液交換しながら唇や鼻から息をこもらせてるのえっろすぎません!?!?勝負パンツに可愛らしいものを選ぶアミちゃんの乙女心が可愛くてたまらない、クンカクンカして食べてしまうサユリ氏の気持ちもわかるってもんですよ(力説)、ついで言うとそれで達してしまうアミちゃんの気持ちもわかるしくそ可愛い。興奮が最高潮になっちゃうと腹の底からこう込みあがるものがありますよねたまらん
レズックスでふたりとも柔らかいのにお互いが女の(好きだからこそというのもあるけれど)体を求める熱のあがりようがいい……胸責められてて昂ぶり抑えきれずに自慰しちゃってる女の子とかほんと好き、指おちんちん入れあうだけでもエロいのに大人しそうなアミちゃんが「クソ淫乱まんこ」とか科白吐いちゃうのもっとエロい。最近ほんともう淫語が脳内再生余裕になりすぎて彼女たちの息遣いがうつってしまいそうなほどですよふぅ…激しい戦いのあとの微睡んだ嫌じゃない倦怠感は最高ですよねぇ、ていうかもうこのふたり夫婦ですよね???日帰り客たちに聞こえていないのかがとても心配です(いや寧ろ聞かれててほしい)
幻想郷編は不穏さ全開からのバトルとなりましたが、まさかこうまで一方的になるとは……先のキスメとの戦いでリグルのポテンシャルを見せつけられていただけにグォダ=ニャマムとしての強さと残酷さが際立ちましたね。口吸いだけで絶頂までもっていかれちゃうりっくんチョロい…いや媚毒らしきもののせいでもあるのですけど射精マシーンになり果てちゃうさまが(おもに下半身が)情けなくて、くぅ、幽香になって罵倒しながら責め立ててやりたくなっちゃいますねぇ、思考エラー起こしたアヘ顔が目に浮かぶようです
花鹿として祭られたことは仕方なかったとしても、心はどうしようもなくひとりの少女で、それに気づいてやれなかった、踏み出せなかったことの結果や後悔は筋書きでそうだった関係を壊すのが不安ないずるを思い起こさせて、多分リグルもそれを痛感しているのがうかがえて、ああもうこいつ無自覚たらしだなぁ!感がもうっ、んもう!前回のコメントでサユリがアドベンチャーゲームの主人公みたいっていったけどりっくんもこれそうだー!?ってなってます
守矢との場面は一触即発な空気が漂ってやべぇよやべぇよでしたが早苗さんと戦闘したらガチでやばそう……伝承なのかそれともちゃんと伝え聞かされているのかわかりませんが、因縁深い過去があるだけにどうにも穏やかには済みそうにはない感じがしますね。ひょっとしたら、土蜘蛛にさせてしまった罪悪感から動いているのかもしれないと感じました。もしくは身内の不始末的な。心中穏やかでない彼女たちが、グォダ=ニャマムとして這い出てきた彼女とどのように対応するのか、とても楽しみです(ああでもどうか被害者出ませんように(ドキドキ))
おっぱじめたら激戦が予想されますが、椛の故あって風耐性は「Night of Might」を読み終わってからなるほどと燃えました。設定が引っ張られていれば文ともどもその戦闘力は期待ですし彼女たちに傷ついてほしくはないのですがやっぱりわくわくしちゃいます。そういえばヤマメが「物心つかない内に人の世から捨てられた河童」は「かわにとりのこされて」の子でしょうか。あの作品の催眠ちっくなエロが印象深くて好きだったので、また読んでみたいところです
一連の事件がどのように決着を迎えるのか、現実世界での終わりはどうなるのか、楽しみで仕方ありません。今回もとても面白かったです、ありがとうございました
誤字脱字報告にて終わります↓

彼女《神》が完全に|脱魂意識遷移《エクスタシー》にははいった。→はの衍字
正確無比な狙いで私の鳩尾に拳を落としてた|花鹿《かじか》様はそのまま立ち上がり、そのまま山の中に走っていってしまった→落とした?
あるいは土砂崩れなどで湖が海へ決壊した出来事を刺すのかは定かではないが→指す
しかもしれも正確かどうかはわからない→これも?(自信ない)
椅子の一つはは水仕事を全てやっつけた後でなければ(略)→はの衍字
その他お母さんが直ぐ側にあってほしいと思う色々なものを一堂にに押し込んだ→にの衍字
脳の記憶っていハイソなアーカイブでなくって、脳味噌っていう肉体を使って体で覚える感じ→記憶っていう
そんな者を表現する便利な言葉なんて二人共持っていないから→もの
劣情をそそる薄い生地は、濡れたて透けた向こうに薄っすらと私を待ち切れなくなって泣き出している割れ目のシルエットが浮いている→濡れて?(連用形?だったらごめんなさい汗)
入り切らない部分を救ったり押したり、→掬ったり
口を離そうと思ったら下が伸びてきて名残惜しさを見せて引き止めるのだもの→舌
自分につもついてるのに全然別の甘味、→自分にもついている?太ももも全部がまるでローションをまかしたみたい、→まぶした?
答えを聞く間もなく、私も、彼女の浅いところを行き来していた指を、一気に奥まで尽き入れた→突き
日本の指をバタ足するように動かしながら、奥の方をこじる。→二本
イッててイッてて、イキまくっててもう意識ぶっ飛んでるるのに、→衍字
子宮と神像と脳みそが全部「キモチイイ」で埋まって、呼吸に触れて「しあわせ」に変わる→心臓
実際に目が覚めないのそうだし→覚めないのも
見た目自体はそんなに夫理系には見えないし→おっとり
彼女はボクの呼びかけに応えることずっと交信を断ったままだった→脱字?
それでも、彼女自我を保っている→彼女は?
糸でく括られて動けない体に→くの衍字
自分のおちんちんを擦り付けるような錯覚を覚えながら自分の下を擦り付ける→舌?
全身とこにも触っていない鬼→どこにも・いないのに?
彼女の目の前に居ることが多かったのは自分である自覚は遭ったが→あったが
私が見た一番最後のとまで、神様でいようとした→ときまで?
暫くボクをに睨み付けるように覗き込んだ後→接続詞の揺れ?
守矢が武力を講師するようなことがあれば外交問題になる→行使その影で何とか風をやり過ごす射命丸→陰

「かじか、さ、m……んっ」→「かじか、さ、ま……んっ」意図的な演出でしたらごめんなさい汗
早く繋がりたいの左腕をアミちゃんの右腕に絡め→脱字?もしくは句読点の抜け?(どちらも違ったらごめんなさい汗)