真・東方夜伽話

Our Childhood

2018/03/22 00:22:20
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Our Childhood

SYSTEMA
 夏の終わりって、何があるのかわからない。




 夏の終わりになると、博麗神社の宴会はひときわ賑やかになる。
酒の肴の材料は潤沢にあるし、酒を片手に語る話題にも一夏のアバンチュールの体験談が多くて、私は恥ずかしくて顔が赤くなるし、それを誤魔化そうとして飲みすぎる。
みんな、良いなぁ。この夏は哨戒をして、日焼けをして、西瓜を食べて、また哨戒をしてという日々の繰り返しだったから羨ましい。
私は色めいた話題の持ち合わせがなくって近くの早苗さんと山について話していたけれど、いろんな話が盛り上がるにつれて早苗さんは私の事を占って進ぜようと申し出てきた。

「あーあー。コホン。椛さんは間もなく恋に落ちるでしょう」
「えっ?……あっ……あー!」

 語り方は酔っ払いのそれだったけれど、話している内容に驚いて上手く反応が出来ない。早苗さんは私の見合いの事を知っているのだろうか。もしかすると私は明日、見合いの相手を好きになるのだろうか。ぐるぐると頭の中で思考が泳ぎ、顔がやたらと火照ってきた。
宴会の一角には奇妙な光景ができあがっていた。神々しく何かしらの啓示を告げる早苗さんと、呆けた顔で聞くくらいしかできない愚かな私。そしてその場にいる全員が酔っている。

「それから色々とありますが、きっと……」
「知っているか? 早苗の占いはまぁまぁ当たるんだ」

 早苗さんの話を遮るように魔理沙さんがしゃしゃり出てきた。

「魔理沙さん、話の途中です。さてさて椛さんそんな反応をするなんてなにか思い当たる出来事があるのですか」
 興味ありげに覗き込んでくる何人かの視線が恥ずかしくて思わず仰け反った。
「うえ、そんなことありませんよ」
「また隠していますね。私にはお見通しなのですよ」
「それはきっと気のせいです! ちょっと失礼します」
 そそくさと席に戻ってから、早苗さんの占いは当たるはずがないと自分に言い聞かせる。
しかしながら数分後に占いは当たった。



「あれ、椛どこ行くの~~?」
「顔を洗ってくる」

 盛り上がっている一座を通り過ぎようとしたらにとりに呼び止められた。
少しでも酒が入るとにとりは絡み出す。ここにも面倒な奴がいると顔をしかめて、
しかめた顔をうぐぐと無理やり笑顔に戻して振り返る。

「顔を洗いに、ってにとり。相当飲んでる」
「どして?」
「畳がお猪口からこぼれた酒を飲んでるじゃない。誰が掃除するの」
「酔って、酔っちゃって、はは、この椛―!」

 にとりは酔っ払って抱きついてきた。

「ふぁーいい匂い。椛の香りの香水作ろうかな」
「なんでそんなもの作るの。どこに需要があるの」
「私が生産して私が買うの。需給が一致している均衡点だよ」
「そんな市場潰れてしまえってにとりすごい揺れてる。こんな風になってって……あらら」
 にとりに合わせて酔っ払ったふりをして、ゆらゆら左右に身体を揺らそうとしたら思いの外揺れてびっくりする。
目の前に座るにとりもびっくりする。

「椛飲み過ぎだよ」
「久々のお酒だからついつい。顔を洗ってくる」
「待ってる。戻ってきたら二人で飲もう?」

 笑ってごまかして、そそくさと宴の席から出て深呼吸をした。
こんな風に酔うことなんて何年ぶりだっけ。今日の私はお酒に逃げていたのだと気がついてばつの悪い思いをする。
夕べに持ち込まれた天狗との見合いの件がよほど神経に堪えていたみたいだ。
酒の勢いを借りて相談をしたかったけれど小娘じゃないのだから、とみんなに笑われたりしそうで結局言えずじまい。今考えれば馬鹿騒ぎをしている連中が真剣に取り合うとは思えない。そもそも殆どが社会から外れた化物ばかりなのだから相手が欲しいなら文字通り力ずくで攫ってくるだろう。
 もやもやした気分を引きずりながら板張りの廊下を渡る。西の空にはまだ明るく白っぽい光が残っているけれど、反対側を見ればもう星が輝いていた。
宴会は昼間から始まりかなり時間が経ったというのに社務所の南側の縁側の方からまたにぎやかな声が上がる。
北側の縁側に居る私からは何が盛り上がっているのか分からない、だけど博麗神社での宴会はまだまだ続く事は宴会嫌いの私でもはっきりと分かる。どれだけ飲む気なんだか。明日は哨戒任務が無いとはいえ、文やにとりに誘われなければたぶんこんな騒がしい場所まで来なかった。
そもそも白狼天狗は耳が良いから賑やかな場所は苦手なのだ。

「まだ続きそうね」

 廊下ですれ違った文さんがそうつぶやいた。

「もう少し続くようなら宴会の隣の部屋で雑魚寝でもします」
「いい具合に抜け出しなさいな。私は先に帰っているから。それに、またにとりが潰れたら連れて帰ってあげてね。手を出したらだめよ」
「わかってますよ」

 にとりとはただの幼馴染のようなものだ。なんというかいつも振り回されているだけって気がするけれど

「そうそう、見合いの話前向きに考えておいてね。どこかのおぼこさんに似合う人を探すのは割と苦労したんだから」
「ありがとうございます」
「私はまた山の記事を書くわ。また騒ぎを起こしたやつが出たから」
 楽しいことでも見つけた子供のように口角を上げて文さんは飛び去っていった。宴会の席では随分と酔っていた様子なのに今は全くの素面といった様子で飛び去って行った。
きっと宴会の席で聞いたことをネタにするつもりなのだ。私とは違って世渡り上手なのだろう。
自分はああはなれない。にとりにはやたらと絡まれるし、それを振りほどけないし降って湧いたような見合い話には動揺し続けているし振り回されっぱなし。とにかく、今晩は少し飲み過ぎているから水浴びでもして目を醒ましたい気分だし、いっそ水垢離のように井戸の水で身体を洗えばこの心のもやもやも洗い流せるだろう。
問題は裸で宴会の席に戻って見せびらかす事が出来るほど自分の身体は整っていないことだ。
射命丸文さん曰く。

「椛はそう、うん。女性っぽい体つきというよりも……少年の名残を残した女性ね」

 そんな失礼な言葉をかけられたことを思い出した。事実私の身体にはそういうものが不足している。
汲み上げた水に私の顔が映る。筋張っていて、手首の先だけ日焼けしている。華奢で、癖毛だ。
桶の水面が風で揺れて一瞬別人の顔のように見えた。そしてまた見合いの話を思い出した。気が滅入ってきた。


――椛の事を嫁に欲しいという奴が居る――。

 急な見合い話だった。半信半疑で話を聞いて、曖昧に頷いてから数秒で相手の写真も見せられた。
彼は仕事熱心で周りからも信頼されている。男ぶりも良い。そんな言葉は塊となって写真の上のなんてことない白狼天狗を飾っていく。
そんな話を教えてもらって更に頭の中は真っ白になった。
いずれ来る話だと分かっていても、まだまだ自分には関係のない出来事だと思っていた。
いや、そう思っていたかった。一刻一刻と「たいへんなところ」に来てしまった。私にはその先に何があるのか分からない。顔を洗っていると不意に縁側の奥から呼び止められた。

「誰だ?」

 少し警戒するような声。霊夢でも魔理沙でも山の神社の巫女でもない。でも

「私は犬走椛。そういう貴女は?」
「ああ、これは失礼した。上白沢慧音だ。寺子屋の」
「月見の邪魔かな?」
「そんなことはない。ただ騒がしいのが苦手なんだ」
「同じ」

 声の主は光の当たる縁側に腰掛けた。そういえば人里で見かけたことがあった。
いつもの帽子はどこかにしまっているらしく見分けがつかなかったのは仕方がない。近くに寄ると、女性の瑞々しい香りが鼻孔をくすぐって僅かな時間恍惚とした。胸の奥がギュッと締め付けられるような感覚。なんだか不思議だ。
綺麗な目が醸し出す幼さに人懐っこい表情、丁寧な言葉づかいとちょっと低い声。
ぬけるように白い肌と綺麗な銀髪は冬に見れば美しいに違いない。私とは対照的な、大人のおんなのひとだった。

「飲まないの? その犬走さんは」
「椛でいい」
「椛、うん椛。私は慧音と呼んで欲しい」
「うん、慧音」
「そう、その調子、上手だ」

 手元の徳利から酒をつぎながらははは、と笑う。

「椛、そこのきゅうりを取ってくれないか?」

 裏の青菜畑には、きゅうりがいくつか実っていた。おそらく霊夢の物だろうけれどいくつか酒を持ち込んだのだから罰は当たるまい。手頃に実ったきゅうりの棘を手ぬぐいでつぶしてから慧音に渡した。
隣に腰掛けてから、黙々と二人できゅうりを食べた。静かな夏らしい。
 ふと、手水鉢の近くに桶があった。のぞき込むと金魚が数匹泳いでいた。

「金魚だ、霊夢もこんな風に飼うんだな」
「どれどれ、へぇあの巫女が金魚を飼うなんて」
「椛は飼っているの?」
「いや、飼わないね、ちょっと欲しいかなって思っているけれど」
「今水瓶で買っている金魚が増えすぎて、もらって欲しいんだ」
「それは嬉しい! 住まいの広さの都合上、まさか猫を飼うわけにもいかなくって、
犬を飼っても他の天狗にからかわれるだろうから必然的に金魚あたりが欲しかったの」
「良かった。それなら用意をしていく。捨てるんじゃないぞ」

 慧音はそう言ったが一つも暗いところがない言い方だった。

「さぁ、ここで静かに飲もう。なんだか椛といると落ち着く」

 慧音は徳利を突き出してきた。飲めと言うことらしい。先ほどまで喉奥に熱を与えていた酒が、カッと染みこむ。
しばらくの間話は続いた。身体の輪郭が闇に溶けてしまってもお互いの場所は何となく分かった。

「椛は多分髪を綺麗に梳けば誰だって振り返りそうだ」
「その、そんなことない」
「かわいいし、細いし、羨ましい。それに芯があるからそういうところは憧れる」
「本当?」
「うん、本当」

 一言いわれるたびに、耳の温度がぐんぐん上がっていく。
慧音は私が一番自分が気にしていることを知っているのか。知らないのか。
これ以上言葉を続けられていたら恥ずかしくて駆け出していたかもしれない。

「こら!あんた達! 片付けなさい!」

 声の主の霊夢は勝手口から揺るぎ出るように出てきて私たちの前に立ちふさがった。
酒が回って赤くなった顔は鬼そのものだ。実際彼女は鬼よりも強い。ほっとした。
鬼に助けられたり、天子のような慧音に悩まされたりいろいろなことが逆さまになる一日だった。

「はいはい。何から手伝えばいい?」
「酔っ払いをまず片付けないと」
「そりゃそうだろうなぁ、椛、行こう」
「ああ」

 ゆるりと立ち上がってから、襖に手を掛けた時、慧音にもう一度声をかける。

「金魚のこと、楽しみにしてる」
「うん。私も楽しみ」

 金魚なんてどうでも良かった。ただもう一度会いたかった。
どうしてこんなに間が悪いのだろう。見合いの直前にこんなにいい人と会えるなんて。
 家に帰っても慧音の事が頭から離れない。それが恋だと気がつくまでそれほど時間はかからなかった。

 やっぱり夏の終わりは何が起きるかわからない。



「私も楽しみ」

 と昨晩慧音は話した。その言葉を聞いたあと、心が昂ぶって朝まで眠れなかった。
冷えた空気の中で眺める朝焼けが妙に目に染みながらも慧音の事ばかり考えていたんだ。
存外自分はいろんな事に対して神経が弱いのかもしれない。
金魚か。そういえば使っていない火鉢が表に転がっていたからそこで金魚を飼うのも又一つ風流かもしれない。
そんな普段考えない生活の細部まで思考が巡るくらい見合いという物は大変退屈だ。
今見合いの最中に居て、相手の話をきいているふりをしている。相手はわりあい感じの良い天狗だった。
大きな身体と浅黒く焼けた腕とごつごつした指が仕事に対しての真摯さを伺わせたし、
脇腹からちらりと見える入れ墨はちょっとした茶目っ気を伺わせた。
自分よりもいくつか年上らしいがそれ以上に所作の端々から大人を感じ取れた。
不快さよりも、ただただ安心できそうだった。つがいと成るのであればこういう人が頼もしいのかもしれない。世間体だけを見れば。自分の心は違うところにあることに目を瞑れば。
ただ、今一度踏み込めない自分の中の一線を意識した途端、今の自分がおかしいように思えてくる。
山の麓にある料理茶屋の一部屋に、椿模様の着物を着て、知らないおとこの人と座っているなんて。
その人の元に白無垢を着て嫁ぐなんて。

「それじゃああとは二人で」
「お若いからなんとでもなるでしょう」

 人が話を聞いていないうちに付き添いの二人は去ってしまった。襖が閉まる静かな音がいつまでも木霊していると錯覚するくらい、静かだった。
徳利の酒は少しも減っていない。根比べになるかと考えたときに相手が足を崩した。

「いたた、正座は辛くて、ちょっと足がしびれてしまって」
 先程までのしゃちほこばった様子は霧散して、可愛らしい笑みが見えた。存外子供らしさが残っているようだった。
「二回ほど見合いはありましたが、毎度足がしびれて辛くて」
「私もこういう堅苦しいのは苦手で」
「少し歩きましょう」

 縁側から庭に降りて歩く。話をすればするほど、先程まで感じていた大人っぽさが崩れていく。
荒っぽい天狗の中に蔓延するわざと下卑た物言いをして自分を大きく見せようとする事もなかった。
ただ素朴に季節のことを語っていた。

「本当に身を固めようと思うのでしょうか?」
 ずいぶん打ち解けてきたとき、ふと思っていた言葉がそのまま出てしまった。
 しまったと思ったけれど、後の祭りだ。
「実を言うとあまり乗り気じゃないんです。なんだかまだ自分のことでないように思えて」
「私も、私もです。まだ自分には関係ない事だと思っていたのにその……いつの間にか」

 必死になって言い訳をしている私に思わず相手が笑い始めた。
つられて自分の顔が微笑みを蓄えていることに気がついた。日が傾き始めた頃になって部屋に戻る。
ずいぶんといろいろなことを話した気がする。そして教えてもらった気がする。
また会おうと言う話になった。断る理由も特になかった。
店の外で待っていた付き人はやきもきしていたらしく、私以上に疲れ果てていた。
それもおかしくて、相手の天狗と一緒に笑った。なんだか悪い人じゃないんだ、ふと安心してまた一つため息が出てきた。





 帰り道、ふと木にもたれかかっている人影がこちらに歩いてきた。

「椛!」
「文さん」
「うまく行ったみたいじゃない。良かったわね」
「ええ、ありがとうございます」
「これで貴方も落ち着けそうね。相手も今年中にはーって話していたわ。また会うの?」
「ええ、そうです」
「楽しめるのも今のうちだけよ。結納になれば大忙しなんだから」
「はぁ」
「玉虫色の答えばかりしていると、辛い目に遭うわよ? とりあえず次回会うまでにちゃんとしておきなさい」

 文さんが飛び去っていく方向を見ながらふと気がついた。
私には慧音と過ごして慧音の事も考えなければならないし、それに悩む時間すらないのじゃないかと。
私だけがいつまでも取り残されたままで、でもどうして良いのか分からなくて頭を抱えた。
早苗さんが話している恋ってこんなに難しいんだろうか?

3

 慧音の家の古い水桶には、色とりどりの金魚が泳いでいた。子供が祭の夜店で掬ったが、飼えなくなり巡り巡って慧音の家に引き取られていったものらしい。苦労性だと慧音は語っていたが、それを大事にしているとも話していた。寺子屋で先生をしているからそういう日常が何よりもいとおしいのだとも。
同じ暮らしを同じように繰り返す日々は、寒い日の毛布のように私を包み込んでいる。そんなふうに語る。毎日に対しての考えが私とずいぶん似ている。天狗という家族に合わせて暮らしている。そんな大きな家族の中で過ごして喜ばれるべきなのじゃないかと考えている。

「椛の相手はいい人だった?」
「うん、それなりに真面目な人だった」
「良いじゃない」

 慧音の部屋の縁側でひとしきり昨日の見合いの話を聞かせた。おもったよりも怖くなかったこと。
料理の味なんて覚えていないこと。足がしびれたこと。私が感じたことを最大限話した反面、私の中に
肩に掛かるなめらかな髪は、僅かに空の色を吸い込んだ雪の色だ。最小限の化粧でぐんと綺麗になるから慧音はずるい。幼い顔つきでちょっとしかめっ面をしたって何とも言えないかわいさだけが目につく。
やっぱりずるい。

「慧音はきっと、いい人が見つかると思う」
「どうして?」
「雪みたいに白い肌なのに気の強そうなしっかりとした目。そして金魚をくれる」
「金魚は関係ないなぁ」
「ある、多分それが一番かわいい」
「なんだそれは」

 くすくすと笑いながら私たちの間に芽生えた暖かな感情が、
何か不思議で平静さを失わせる何かに変わっていることに気がついて、なんと言葉を続ければいいのか分からず、口ごもってそのまま消えてしまいたくなる。だけど伝えなきゃ。

「……からかうんじゃない」
 
 少し気恥ずかしそうに慧音はうつむく。

「慧音の腕の中に入ったらさぞかし気分が良いだろうし、私の腕の中でそうなってくれたら嬉しい」
「……はずかしい」

 視線が交わり、いったん離れて、又再び絡みついた。

「私は慧音の事が好きになってしまった」
「私だって、そんな……ん」

慧音の手に私の手を重ねると彼女は小さくうなずく。それからそっと唇を重ねる、胸の奥からわき出す官能を抑えられず、両手を慧音の首に回して身体をぴったりとくっつけた。
口づけを何度かわしたか分からないけれど、慧音の香りをかいでいるうちに慧音に触れたい、もっともっと直に体温を感じたいという思いは強くなっていく。こんなに近くに居るのに、もっともっとと求める私がいる。
「椛……その、ちょっと……」
「ん」
「お菓子を取り上げられた子供みたいだ」
「だって……私の事、嫌いになった?」
「嬉しい……とっても。椛みたいなふわふわしたかわいい子が居てくれると元気が出る。椛、私の側に居て欲しい。そのもどかしいかもしれないけれどゆっくり……ね?」

 私には時間がないんだ。そう言いたくても言えない。でも限られた時間に何をすればいいのかもわからない。だから手を繋いだ。それは不器用な私達なりの、ただ一つのお互いを慈しむ方法だった。それなのに慧音はあの後少しだけ泣いた。
「椛の事を悩ませたくない」
「私は、慧音の事を好きだから。本当に好き」

 



 また見合いの相手に会おうということになり珍しいお茶を手に入れたから手土産に持っていこうと思った。
紙袋に入れた茶が濡れないように荷物に包んだとき、彼に何かをしてあげたいという気持ちがあることに気がついて自分で恥ずかしくなった。
大人びた彼を見ていると、自分のすべてを預けてしまうことが楽になってくるんだ。
 見合い相手と約束した日は非番のはずなのに急な仕事をお願いされて、待ち合わせに遅れたらどうしようかと心配したものだった。
西の空から黒い雲が流れ込んでいた。風が強くて頭襟が飛ばされて転がった。天狗の里の中心の広場に転がり込んだ真っ赤な頭襟を拾い上げる人が居た。見合い相手の、天狗だった。
「雨が降りそうですね」
 遅れたことを謝る前に開口一番彼はそう語りだした。
「いえ、こちらこそ遅れてすいません」
「どこか雨宿りができる場所があるといいんですが、あいにくどの店もしまっている。しばらく家で話しましょう」
 遠くの方から湿った空気が流れてくる。待っている暇はなさそうだった。
「ええ、お茶を持ってきたんです」
 
 見合い相手の家は、天狗の詰め所から少し離れた茅葺の家だった。建物は古いが柱はしっかりとしていて長持ちをしそうだった。
玄関に飾られた花が、私が好きだと花だと気がついて、嬉しかった。
不器用なひと。でもその不器用さが可愛らしかった。外の景色を眺めながらしばらく語り合っていた。
ふと、夫婦のようだと気がついた。
なんだかくすぐったいような気持ちになると共に、こうなって然るべしという気持ちになってくる。
きっとこうなるのだろう。
 不思議な満足感だ。これがもしかすると暮らしの中で願い求めていた安寧の日々というやつかもしれない。
今まで求めたい何かが手に入ったかのような、あるいは疑いかけていたなにかに対して再び敬虔な気持ちにさせてくれるなにかが頭の中をめぐる。
求められることもあり得るのだと意識したとき、隣に座る相手が肩に手を回してきた。
 肩に回してきた手を握る、こんな地上に居るはずなのに地面が崩れてしまいそうで何かに捕まっていたかった。
顔が火鉢の炭のように熱くなってきた。

「うん。お願い」

 体裁良く片付けられるのかな、と思った。
 部屋の鏡に映った自分は、緊張と期待と未知との遭遇との恐怖をごちゃ混ぜにしていたせいで耳まで赤くなっていた。少し跳ねた髪に櫛を通してくれば良かったような気がする。仕事の終わりにそのまま来たから汗の香りがしないかしら、痛かったらどうしよう。貧相な身体なのに良いのだろうか。泣いてしまったら相手は怒るだろうか。相手にされなくなるかもしれない。
 雪崩のようにいろんな思いがやってくる。でも相手の身体の肌に触れるとその不安がひとつ、またひとつとはがれて落ちていく。帯を解かれて胸が露わになった。ただ身体を合わせているだけでも、触れてもらうだけでも下腹部に熱を帯びていく。
近くにあった枕で顔を覆った。顔を見せてと言われたけれど何度かぐずっていたらその手も弱まった。これ以上触れないでほしい。でももっと触ってほしい。
そばに居てほしい。でも見ないでほしい。
相反する感情がいくらか頭の中をぐるぐるまわって、結局どうしていいのかわからない。顔はただただ熱を帯びていく。
相手が私の中に入ってきて、呼吸ができなくなって頭が真っ白になった。
恐くもあり、幸せで私の頭は真っ白になった。
外では雨が振り始めていた。たんたんと、トタン屋根を叩く音がいつまでも頭のなかで響き渡っていた。
慧音が雨で濡れていなければいいなと思った。


 しばらくすると雨音が弱まり、軒先の地面を水が流れる僅かな音と私たちの呼吸の音以外聞こえなくなった。

「金魚」
「金魚?」
「その、友達が金魚をくれて、金魚鉢で泳いでいる」
「金魚ねぇ。金魚は食べられない」

 そう、金魚なんて別になんの意味ももたないのだ。普通の人にとっては。どうしてこんな事になったのかしら。私の心の中には温かい何かがあったという記憶が残るばかりだ。





 帰り際、彼は勝手口まで出てきてくれた。部屋が散らかっているからと手をとってくれたのだけれど、大きい手からは頼もしさと同時に逃げ出せそうもないという気持ちにさせてくれる。

「また会える?」
「ごめんなさい、まだ頭の中が整理されてなくて」
「それじゃあ」

 そのまま手を取られて抱き寄せられる。
胸の中で、相手の男の人の香りがした。いけないと分かっているのに気がつけば私の腰に回された手をふりほどけなかった。

「雨、降るから帰るね」
「うん」
 
 そう言ってからやっと離れた。雨が降る前にぐんと気温が下がって雨冷えに身体を濡らす前に足早に家に向かう。駆けだして数歩歩いたとき、見覚えのある姿が木の陰からこちらを見ていた。
一つは文さん、そしてもう一つは。

「慧音!」
 
 駆け寄っていろいろな事を話そうと思った。いろんな事、そう、きっと分かってくれるだろうと言うこと、慧音になら話が出来るだろうと言うこと。
だけど、そんな思いは慧音の泣き顔を見た瞬間に霧散してしまった。
「慧音?」

 何か言わなくちゃと思っていても何一つ言葉が出てこなくて、ただ慧音の手元の籠から転がる果物を眺めていた。

「椛、私は椛の事を応援している。それじゃあ」

 そう話して、妖怪の山にある階段に向かって走り始めた。追いかけようとしたときに文さんは立ちふさがった。

「慧音さんがどうしてもっていうから連れてきてあげたのですけれど。ちょっと間が悪かったでしょうか?」
「追いかけます!!」
「追いかけてその先に何があるのでしょうかねぇ」
「黙っていて下さい!」
 
 夏の雨は遠くの山あいから降りはじめて、もやで下描きの水彩画のように山はあらゆる色を失っていた。
ただ足音だけが木々の間を木霊していた
慧音は程なくして見つかった。

「慧音?」
「ごめん」
「さっきはちょっとした行き違いで、その何というか相手は見合いの人で」

 ほんの僅かだけ持ち直した慧音の顔が再びくしゃりとゆがみはじめた。

「ただ、良くないよ。私は人里だし椛は山が住まいだ。そもそも違う場所に住む者なんだ。
きっと椛は物珍しかっただけじゃないかな。
自分が見たこともない何かに対して期待を抱き過ぎていたのだとおもう。私はそんなに良い奴じゃない」

 そんな言葉なんて関係ない。
ただ、誤解を解いておきたかった。あれは間違いなのだと言いたかったでも、何が違うのだろうか。これからつがいになる相手と親密にしていることの何が間違っているんだろう。慧音にとっても迷惑じゃないのだろうか。

「ごめん、もう会わない方が良いと思う」

 雨は降り続けていた。返す言葉もなかった。

「あらー椛ってば慧音さんを泣かせちゃいましたねー」
「……文さん」
「まぁこうなるでしょう。どっちつかずっていうのは一番気持ちがいいことですから」
「からかいに来たのですか?」
「別に、独り言だから。返事しなくてもいいですよー。あー狼って性欲強いのでしたっけ? お相手さんとも何度も交わっていますよね。その上慧音さんに向かって甘い言葉吐くなんてすごーい面が厚い」
「はぁ!? そんな、そんなこと」
「そういうの、嫌いなのですよ。私。人のことなんて知らないふりをして、仲良くしましょうなんて反吐が出ます」

 返す言葉がないのは、慧音の泣いた顔が頭をよぎったから。

「まぁうまいことなんとかしてくださいね。プレイガールさん。あなたはお姫様じゃいられません。あなたは、天狗なんです」

 




 
 開け放った窓からは夏の香りが流れ込んできて、胸の中が洗われる気がした。
誰かと話したい気分だった。やけにいろいろな事が起きすぎて混乱しているのだ。そう思っていた時ににとりが将棋に誘ってくれた。やっぱり持つべき者は友人だ。金魚に餌をあげてから私は外に向かって歩き始める。夏の日の始まりにふさわしい青空だった。
守矢神社の檜皮葺の社殿を通り過ぎて、細い山道を下る。いくつか石を飛び越えていくうちに滝に差し掛かる。
にとりは私が来ることを知っていたかのように待ってくれていた。
瀑布は心臓に響くような音を轟かせながら滝壺に落ちこみ、滝直下から離れたこの場所にも時折水しぶきを飛ばした。セミのなく声が木霊する川べりであってもこの場所は冷ややかで、目が覚める。

「将棋する? なんだかこんな日は将棋日和だよねぇ。まあ座って座って」

 飄々とした喋り、そしていつものどおりの笑顔にいろんな心配事は霧散する。
にとりの家の近くにある瀑布は心臓に響くような音を轟かせながら滝壺に落ちこみ、滝直下から離れたこの場所にも時折水しぶきを飛ばした。セミのなく声が木霊する川べりであってもこの場所は冷ややかで、目が覚める。

「椛、ちょっと椛」
「はい、何でしたっけ?」
「何でしたっけじゃないよ。どれだけ長考してるの?」
「あ、はい、ではこれを」
「王手」

 にとりが嬉しそうに声を上げても何ひとつ反応ができない。それどころか無性に悲しくなってきて顔を抑えた。

「あの、椛? なんかごめん」
「うん……何か言った?」
「いや、負けたのがそんなに悔しかったのかなって」
「そうじゃなくって……」
「うん、じゃあさ。お茶でも行こうよ」

 先程まで晴れていたのに、空気が淀んだように湿り気を帯び始めて不快な風が樹の葉を揺らした。南の空から暗い雲が迫っていた。どこかに逃げる間もなく雨は降り始めてしまい、木の下で雨が去るのを待った。

「椛は、お見合いの日からちょっと笑顔が減ったね」
「そう?」
「うん、なんだか考え込んでいるみたい。私はそういうの分からないからさみんないい加減に恋をして、いい加減にくっついていくもんだと思ってた。だけどやっぱり違うんだね」
「そう、かな?」

 にとりは何も知らない。私が誰にどんな思いを抱いているのかも知らないだろう。
雨は一段と強く降り始めた。滝の轟音と雨だれの音が混じり合って水中に居るような感覚さえ覚えてくる。にとりはひたすらに空を眺めている。あどけないけれど一生懸命な彼女。
にとりに、口づけもする、肌も交わす。感じてしまう。でもこころはすぐに冷めてしまうなんていってしまえばきっと私の事を軽蔑するかもしれない。

「私、そういうの考えると……あー、上手く言えないや。

 でもさ、椛はいろんな事を考えすぎ何だと思うよ。後悔しないで欲しいなぁ。私は応援しているし、こう言うことを外側から眺めることしかできないけれどでも、その……」

 にとりは一呼吸置いて呟く。

「椛には笑っていて欲しいかな。ほらきゅうり食べる?」

 懐から取り出したきゅうりを二人で並んで食べた。

「こういう難しい話って、何か食べながら話すとちょっと落ち着くね」
「うん」

 ぽりぽりときゅうりを食べながら、時間は過ぎていく。
ふと、にとりが語り始めた。

「川って好きなんだ。誰も居ない川に裸足で入って、ちょっとだけ足元が水にくすぐられる時って歌いたくなるくらい気持ちがいいよね」
「うん」
「私はそういうときに誰かと居られたら一番幸せかなぁ」
「……そうかも、ね。実は迷っているんだ。いろいろと好きな人が居たり私のことを求めている人が居たりそういう人に悲しい思いをさせたくない」
「自分が持っている愛や、名誉や、そういうのを全部あげても良いかなって思えたら後悔しないだろうね。
なんて私が言ってもなにの説得力もないけどさ」

 にとりは持っているきゅうりが無くなったことに悪態をついてから小さく笑った。

「にとり、ありがとう。気持ちがちょっと楽になった」
「うん、そりゃ良かった。きゅうりには私たちの幸せが詰まっているからねぇ」
「またいつか、お礼するね」
「うん、楽しみにしてるよ。きゅうりが良いかも」

 ほんの少し笑ってから、私は慧音に会いに行こうと決めた。

「良い顔してる、頑張ってきて」

 にとりはいつでも私の大切な友達だ。



 夏の終りって何が起きるかわからない。私は見合いのことを断ろうとしている。



 雨は降り続いていた。にとりの家に向かう時に通った道には小川ができていた。
私が向かうのはこの間の見合いの相手の家だった。軒先には雨だれの小さな窪みができていて、そこで跳ね返った水が小さな虹を作っていた。
 男の部屋に行く。縁側で熊みたいに猫背になって何かを読んでいた。
やっぱり大柄で、これから伝える言葉が彼を怒らせなければ良いなと思った。都合が良い考えかもしれないけれどこういう人とは友達で居たい。いろんな事を教えてくれて、頼りになって、楽しい。

「話したいことがあります」
「うん」

 手元の新聞から目を離さずに、彼は呟いた。遠くの方で積乱雲がうねり、時折強い風が私たちの間を駆け抜けた。
 
「私は恋をしたことがないです。いろいろなしがらみの中で這いつくばるようにして今まで過ごして来たんです。だからお見合いの話も私としてはごく自然の成り行きだと思っていた」
「うん、つまりどういうこと?」
「もう少し、時間を下さい。今すぐじゃないんです。時間が来れば私の中の問題は片付くはずなんです。私はあなたの事が人として好きです。一緒に過ごしていて楽しい。
でもそれは今じゃないような気がします。まだ見過ごすには惜しいことがたくさんあるような気がします」
「うん、うん」
「だから、ごめんなさい」

 頭を下げる。彼には恥をかかせてしまったかもしれない。そしてその原因が私が未だ見たことがない初恋が原因だなんて、笑われて当然だとも思う。でも、相手の人は笑ってくれた。

「素直な気持ちを教えてくれてありがとう。もし、また気が変わったらお待ちしています」
「長くなるかもしれませんよ?」
「待つのは得意です。哨戒が仕事ですから」

 二人して笑った。
私達は友達にはなれそうだと思った。



 数時間後、私は文さんの部屋にいた。

「椛はいつから私の顔をつぶすのが趣味になったんですか? 全くもう」
「すいません」

 文さんは藤椅子に深く座り込んでため息をついた。

「惰性で天狗をするのはよくありません。そういう選択肢を選んで、腐った連中は山程見てきましましたからね。川をせき止める。いずれ溢れ出る。我慢をすればするほど崩れたときに脆いんです」

 手元のグラスに入った酒を煽る。

「この間事件を起こした天狗だってそうです。息苦しい組織の中で仕方無く生きている、やっていると言い訳ができなくなって、力がなくなってからバカなことをする。私は貴女にはバカになって欲しくない。だから、好きにしなさい。それで自分で決めて戻ってくれば大丈夫ですよ。さ、さっさと行った行った。勇気あるお姫様」



 昼をすぎると木々の間は少し暗くなってきて、吹き付ける風も少し冷たい。
これからのことなんて何一つわからない。でも慧音に伝えなきゃいけない事がある。



 慧音の部屋をノックする。間もなく出てきた慧音に抱きついた。

「慧音、私は慧音のこと、とっても欲しい」
「そんな、私だって……」

 でも、二人の距離は縮まっていくだけだ、指が絡み、口づけを交わした。それから服に手をかけた。

と思ったら押し倒されていた。
乳首を舐め上げられる。とてもこそばゆい感覚だったけれどそれがだんだんと体の芯に訴えかけるようになる。何か触るものが欲しくて慧音さんの柔らかい髪に手を通す。


「……えっちなからだしてる」
 
 慧音さんの背中は獲物を捉えるときのネコのような曲線はもっと美しい。そして愛おしい。
私はショーツを脱がされた。

「ここ、濡れてる」

 慧音さんに下着を触られる。

「かわいい」

 下着も脱がされてしまった私の秘所に慧音さんの舌が触れる。くぐもった声が喉から響く。その舌の熱が私の心に灯った火を燃え上がらせる。慧音さんも我慢できなくなったのか自分で慰め始めた。

「あっあっぁぁ!!」

 ひときわ大きく声を出すと慧音さんの身体も大きく跳ねて荒い吐息が部屋の中に木霊した。それで満足ができるはずもなく熱っぽい視線をこちらに向けてきた。ベッドの中でもひときわ熱いその場所に指を這わせて期待に答えると身体をよじらせて快感の波に夢中になっている。指先に感じる湿り気を感じる。慧音さんも喜んでいることはショーツの上からでも水音を感じる。顔を赤らめる慧音さんを含めてとても背徳的で、指先に力を込めると少女の身体が反応する。指先に感じるショーツ越しの慧音さんの恥丘の感覚を確かめながら、だんだんとその指をこするペースを早める。
慧音さんの匂い。
荒い吐息。
ふたり分の熱。
慧音さんのショーツはぐっしょり濡れていて、もっともっと感じるのには邪魔で、もっと体温を、感じたくて、一線を超えた。

「すぅすぅする……はずかし……」
「痛くしないようにしますから、力を抜いていてくださいね」

 こくりと頷くのを確認してから、私は指をだんだんと沈みこませる。
ずぶずぶと指が入りこんだ。慧音さんの身体が弓なりに反って、大きく嬌声を上げる。

「あぁぁくぅぅ!!入ってきてるっっ」

 早く慧音さんを感じたい。奥を広げられる感覚が苦しいのか、だんだんと声を荒げる。
それでも私は指を止めない。

「少しの間だけ我慢してください」
「わかっ……た」

 気を抜けば指先がちぎれそうな中で、ゆっくりと指を前後に動かしていく。
慧音さんの痛みを和らげるためにゆっくりとゆっくりと指を沈み込ませる。

「あっいっっ……ふぅ、ふぅ……」

「大丈夫ですか」
「ん……大丈夫……」
まずは慧音さんのいきが整うのを辛抱強く待ちながらやんわりと目の前の慧音さんの頭を撫でる。『大丈夫だよ、私達は大丈夫なんだ』と伝えたかった。
だんだんと指の動きを早めていく。何も考えたくなくて、ただひたすら動かしていく。
ひときわ強く身体が跳ねると慧音さんは達した。

「はぁはぁ……大好きですよ慧音さん」
「わたしも」

 手をもぞもぞと動かして慧音さんを抱きしめた。
鼻先で感じる柔らかな髪の感触がくすぐったい。
慧音さんは狼みたいな髪の毛をしているけれど、そこからはやさしい石鹸の香りがする。

「椛……あったかい……」

 ぎゅっと抱きしめる。心臓のどくどくと脈打つ音が二つ。
背中にそっと手を回して、深く私の胸に頭を押し付ける慧音さん。甘えん坊なところも大好きだ。小動物のようなところも大好きだ。愛しい人とこうしていられるなんてばかみたいに幸せだと思った。これからの長い生をどうするかなんてその時になったら考えればいい。愛する人がここにいるんだ。
今の身体で受け止められる幸せは、もう全部受け止めた気がする。





それからつがいになり、子を産み、家族が増えた。





金魚の話だけれど。


 
「たくさん増えたなぁ」
「うん、水瓶にたくさんいる」

 私たちを繋いでくれた金魚は閉じた世界の中でぐるぐると回っている。
慧音の隣に座る私のように、尾ひれをゆるゆると左右に振りながら。
二匹の金魚は鉢の中で泳いでいく、幸せそうに。
陽光が温かく降り注ぎ、そよ風が優しく顔を撫でる。

「ほんの少しの間だったけれど、慧音を見たときからずっと惹かれていて、気がついたら慧音のことばかり考えるようになった。
こんなの、きっとおかしいし順番が間違っているのかもしれないけれど聞いて欲しい」
「うん」
「私は慧音がすき。本当に誰にも触ってほしくないくらい好き」
「私も」


 慧音は光の中で小さく微笑む。



そして私たちは今から始まる。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
SYSTEMA
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コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
金魚の子だった(笑)
こういうもみじちゃんもかわいいなあ。けーね先生の気持ちももう少し知りたかったです。いつもやわらかいお話をありがとうございます。次回も楽しみにしています。
2.性欲を持て余す程度の能力削除
現実はいつも知らないうちにすぐそこまで来ていて、憧憬や感情ばかりが取り残されるみたいに時間だけが過ぎていって、自分たちをしがらむ世界は、選択する間も自由も与えてはくれなくて。けれど、そんな窮屈な世間体のなかだからこそ心は惹かれ合うし燃えあがるのだと感じました
大人びた雰囲気とセクシーな低い声の慧音は脳内再生余裕でした。同じ長寿でも生活のほとんどが妖怪のコミュニティで育ってきた椛は人格的にはまだまだ幼くて、後天的に半妖となった慧音が醸し出す包容力みたいなのを感じたのかもしれませんね。だから、縁談の彼にも女としての安心感を覚えて(多分周りからの期待感や顔を立てるための重圧がかかっていたのも大きいのでしょうけど)、つい寄りかかってしまったのだと我がことのように彼女の感情が近く感じました
頭では敷かれた絨毯を歩いたほうがいいとわかっているのに、心はきらきらのときめきに吸い寄せられて、体はどっちつかずで……少女の名残みたいな感情と女としての落ち着きどころで揺れている椛のへたれ(?)具合は、「片思いの島、あるいは消失点」や「さよならセックスフレンド」のにとりとどこか被る印象でした。作中では明らかにはなっていないので完全な想像なのですが、慧音が椛に興味を抱いたのは寺子屋で教論という自分のイメージを周りから固められている、またはそう在らねばならないという強迫観念じみたものが無意識化にあって、だから椛の抱えた問題を知っていなくともなんとなく察したように共感したのではないか、と考えてしまいました(※落ち着く発言から)
意識的にはちょっと気になる程度の子に告白されて、「ゆっくりね」とためらいが見られるものの同性愛への違和を感じていないあたり、彼女自身も恋に憧れを持つおぼこさがありますね(とても可愛いですはい(鼻血ブー))。縁談の席を済ませて女の顔になっていたであろう椛を見て泣いちゃうあたり絶対少女だこの慧音。優柔不断というべきか、自分が見えていない、頭のなかの自分を眺めている踏み切れない椛は情けないのに、そんな友人を自然体で励ますにとりがいい子すぎて和む…こういう子がそばにいるのって大きいですよね
ふたりの睦合いは満月になったら色々と激しそうな予感がしますが、慧音が椛や自分の歴史を食べて愛野逃避行に走らないかが心配です(寧ろしてほしい)。そうなるといつか椛が彼に嫁ぐ可能性もあるのだから、いっそ彼の歴史を食べてしまえば解決なのでは?(ヤンデレ感)
金魚鉢のようにふたりだけの世界で心を通わせる時間がいつまでも続けばいいなと思いました。けものカプ尊いですね……
素敵なカプでとても楽しめました、ありがとうございました
誤字脱字報告にて終わりたいと思います↓

・「あれ、椛どこ行くの~~?」
顔を洗ってくる」
盛り上がっている一座を通り過ぎようとしたらにとりに呼び止められた。
少しでも酒が入るとにとりは絡み出す。ここにも面倒な奴がいると顔をしかめて、
しかめた顔をうぐぐと無理やり笑顔に戻して振り返る。
「顔を洗いに、ってにとり。相当飲んでる」→構成漏れ?(前述のどこ行くのがにとりでない場合は私の読み間違いです汗)
・楽しいことでも見つけた子供のように口角を上げて文さんは飛び去っていった。宴会の席では随分と酔っていた様子なのに今は全くの素面といった様子で飛び去って行った。→こちらも構成漏れ?
・天子のような慧音に悩まされたりいろいろなことが逆さまになる一日だった→天使の?
・私が感じたことを最大限話した反面、私の中に
肩に掛かるなめらかな髪は、僅かに空の色を吸い込んだ雪の色だ→背中に?または脱字?
・玄関に飾られた花が、私が好きだと花だと気がついて、嬉しかった。→私が好きだと話した?または私の好きな?
・にとりの家の近くにある瀑布は心臓に響くような音を轟かせながら滝壺に落ちこみ、滝直下から離れたこの場所にも時折水しぶきを飛ばした。セミのなく声が木霊する川べりであってもこの場所は冷ややかで、目が覚める。→ほぼ同じ文面があとに続いているため構成漏れ?
・文さんは藤椅子に深く座り込んでため息をついた→籐椅子?