真・東方夜伽話

雲わく道に山居の命④

2018/03/16 02:48:35
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雲わく道に山居の命④

みこう悠長

読まないでください

§§§



 標高の高い場所に僅かに広がるなだらかな斜面には、高山植物の草原が広がる。初夏、そうした草原は小さく可憐な花を一気に咲かせ、山間の一面を鮮やかな色彩で塗り上げる。多くの高山植物は斜面に張り付くように、岩と岩の間からそろりと漏れ出すように生きているのに対して、こうした花畑地帯の草花はふかふかと豊かで柔らかい。|花鹿《かじか》様はこうした場所でごろごろと転がって空を見、その空に見切れる阿祖様に思いを馳せるのがお好きなようだった。

「|穂多留比《ほたるび》ー、この虫なにー?」

 どこから捕まえてきたのだろうか、あるいはこの虫の方が迷い込んできたのだろうか。|花鹿《かじか》様の手は膨らませるように両方の掌が合わせられており、手の中には一匹の虫が収められていた。

「ガですね。」
「トンボみたいに空中に止まっていたのだけど、花の蜜を吸っていたから変わったチョウなのかと思ったら、まさかのガとは……」
「チョウとガに区別はありませんよ。」
「そうか……チョウとガを同じに扱うとは、お前は優しいのだなあ」
「いえ、平等とかそういうことではなくてですね」

 とはいえ、蝶と蛾を区別しないというのは、いささか感覚的ではなさ過ぎるかもしれない。明確に区別するには両者の関係はお互いの特徴を侵蝕し合い過ぎているし、同じに並べるには直観的に姿が違い過ぎる。それに話してみれば全然区別もできない。

「この子は、スズメガっていうガですよ。仰る通り、その子のホバリング能力は空を飛ぶ虫達の中でも群を抜きます。可愛いでしょう?」
「スズメガ……雀なのか蛾なのかはっきりせい」
「シジミと同じ仲間ですよ」
「|吾《あ》れを混乱させて楽しいのか、なあ、なあ?」

 |花鹿《かじか》様が笑いながら私の頭をぐしゃぐしゃと掻き撫でる。その度に|花鹿《かじか》様の細い指が私の額から伸びる触角に触れた。そのままわしわしと混ぜられると、敏感な触角へ強い触覚が容赦なく突き刺さってくる。

「うああ、触角は、触角はダメですー」

 私にとってそれは目のようであって花のようであって舌のようであって剥き出しの肌のようでもある、敏感であまり他人に触られたいものではないのだが、|花鹿《かじか》様に触れていると思うと不思議と心地よい。でも、そんなことを知られるわけにも行かなかった。

「まったく、お前は隙を見せるとすぐに調子に乗る」
「も、もうひわけごらいまへん……」

 私は涙目で伏して謝罪する。直接触られてまだヒリヒリする触角がひくひくと動いてしまった。

「だから、なあ、お前は、もう少し王子としての自覚を持たぬか。対等とは言わせぬが、そこまで謙るような立場ではないと言っているだろうに。ほら、ほら顔を上げい」
「ギャー!! 直接、直接そんな風に握ったら、イタイ、イタイですってばあああ!」

 まるで|初《う》い|男子《おのこ》のアレのようじゃな、|花鹿《かじか》様はにやにやとイタズラっぽい顔で私を見る。だが触られている私の方はそれどころではない、実際に|花鹿《かじか》様の仰る通りの鋭敏な感覚受容を示しているのは確かなのだ。ココは単に触覚への敏感さに過ぎないけれど、私の|触角《こで》は、もっと多くの何角を受け入れる受容器なのだから。痛いしヒリヒリするのには間違いないのだが、それが|花鹿《かじか》様によって与えられている感覚だと思うと、胸中奥底ではなんだか一抹の心地よさも否定できない。

「王子って言ったって私には兄弟が何百もいるんです。もしかしたら千くらいかもしれません。その中で運良く生き延びた個体だけが支配階級について、その中のたった一人だけが王様になるんです。私の上にはもっと力が強くて相応しい兄や姉がたくさんいますから、私にはあんまりそのつもりがありません」
「生き延びた、ってのは、なあに、兄弟で|王位争奪戦《バトルロワイヤル》とかするの?」
「しませんけど、私達は個々では小さくて弱いですから、勝手に数が減っていきます。食われたり、事故で死んだり。確かに兄弟で殺し合うケースも無いわけではありませんが」

 ふうん、となんだか釈然としない表情の|花鹿《かじか》様。それもそうだろう、だって|花鹿《かじか》様は元々人間でそうした種の本能的な保存法則には理解がなく、年をとって社会の構造に気付いてしまう前に神様の代理人にされてしまったのだ。

「山にも兄弟はいっぱいいるけれど、奪い合いはしないから。大変なのね」
「大変と思ったことはないですけどね。人間の王様と違って、『何らかの方法で選び出す』のではなくて『誰かが勝手になる』だけですから。勿論その結果優れた個体がなるわけですけど、王子という負い目をは誰も持っていないないと思います。だからまあ、私もそれなりに死ぬまで生きていくだけです。王様になろうなんて思ってませんし、なるような個体だとも思ってませんから。王が蛍から出るとも限らないですからね。私達蛍だって、明日にはその辺でせっせと土を運んでいるだけの下級虫になるかもしれないんです。」
「そうならぬために努力はせぬのか」
「うーん、自然が勝手に選ぶものですから」

 |花鹿《かじか》様が私を呼ぶときの『|穂多留比《ほたるび》』という言葉は確かに私を指す言葉ではあるが、私だけを指す言葉というわけではない。
 今、虫の世界では何故かホタルが強い力を持っていて、その中で王位を継ぐ可能性のある代の者全てを対象とし、その個体それぞれに対して指す言葉だ。|花鹿《かじか》様にとって|穂多留比《ほたるび》が私しかいないと言うだけで、私と同じ立場で|花鹿《かじか》様に仕える誰か蛍がいたのなら、きっと別の呼び方を考えてらっしゃったろう。
 例えば「おい犬」とか「そこの男、これを持て」とか、「道化、お前はどう思う」とかそういうレベルの言葉なのだ。|花鹿《かじか》様もそのつもりで使ってらっしゃる。

「そろそろその子を離してやってくれませんか。その子は一日中ご飯を食べてないと餓死してしまうのです」
「なに!? なんじゃその難儀な生き方は…… ほれ、とっとと次の花の蜜を吸いに行け」

 |花鹿《かじか》様が手を離すと、スズメガは花蜜を吸いに飛び去っていった。

「可愛いですよね。スズメガは見目が綺麗な子も多いしあの飛び方が優雅で皆から人気があります。お気に召したのなら、特別に誂えた子を侍らせますか?」
「一日中飯を食いっぱなしの家臣は困る……」
「流石にそれはなんとかしますけれど」

 私も、|花鹿《かじか》様に求められて、ただの蛍からこうして|花鹿《かじか》様の側に仕えるための姿になった。私自身の意志力もあるけれど、|花鹿《かじか》様から与えられた力もそれを手伝っていて、ずっとこの姿でいられるのは|花鹿《かじか》様の慈悲あってのものだ。それ故に、今の私には他の虫をそうする力だってある。

「いいえ、いいわ。|穂多留比《ほたるび》がいれば十分だもの」
「か、|花鹿《かじか》様……」

 にっこり笑う|花鹿《かじか》様。太陽のような眩しいお顔。その|花鹿《かじか》様が、滴る水を受け止めるような形に左右の掌を前に出して、私に言う。

「|穂多留比《ほたるび》。手が鱗粉だらけになってしまったわ」
「ああ、羽の小さい子ですが、流石にああして捕まえてらっしゃれば……」
「|綺麗にしてくれ《…》?」

 笑っているが少しだけ、威圧感がある。命令だ、これは。ぞくり、と胸元がざわめいた。それは心臓から全身に伝わって、一瞬で体中が熱くなる。

「わかりました」

 断れるはずがない、命令だから。それだけじゃなくて、私の感情は|花鹿《かじか》様に触れる機会を一つだって逃す事ができない、これは|恋《依存症》なのだから。
 私は一歩前に出て跪き、前に向けて開かれた|花鹿《かじか》様の掌に触れる。柔らかい肉の感触。少しだけひんやりとした肌、私よりも小さい手は、可愛らしいというのを通り越して、庇護欲のようなものを感じさせられてしまう。守ってもらっているのは、私の方だと言うのに傲慢なことだが、|花鹿《かじか》様の外見はそれだけ幼いままなのだ。幼い人間のままこの立場にされてしまったのだから。
 撫でるように|花鹿《かじか》様の掌に指を這わせる、掌の皺をなぞり、指の股を撫で、爪先に爪先で触れる。

「|花鹿《かじか》様」
「遊んでないで、|穂多留比《ほたるび》。綺麗にして」

 遊ぶな、と叱るような言葉尻だが、|花鹿《かじか》様の目に怒りも責めの色はない。ただ優しく私を見て、私の動きや表情、息遣いや、まるで胸の中までを見透かされているみたい。

「失礼、します」

 私は|花鹿《かじか》様の左手首を両手で包み、その柔らかくて可憐な、鱗粉のついた|花鹿《かじか》様の掌に口を寄せる。
 掌の中央に唇で触れる。唇を離して、もう少し離れたところに、また口づける。そうやって何度も何度も|花鹿《かじか》様の掌に口付けて、水を受けるような形に開かれた|花鹿《かじか》様の掌に俯いて口付けている私は、まるで|花鹿《かじか》様に餌付けされているみたいで。事実、今の私にとって、|花鹿《かじか》様に触れるということはどんな上等なご飯を食べることよりもずっとずっと大切なことだった。
 |花鹿《かじか》様の掌に何度も何度も啄むみたいなキスをしているあいだ、|花鹿《かじか》様は私のことをどんな目で見下ろしているのだろうか。顔を上げてお顔を見たい気がしたけれど、見たくない気もしていた。だって、|花鹿《かじか》様は私とはとても釣り合うような相手ではない。私はただの虫ケラで、|花鹿《かじか》様は|山《神》なのだ。とてもではないがこの恋心は許されるものではない。|花鹿《かじか》様もそれを前提に、私を侍らせて遊んでいるようなものなのだ。精々が気を許した従者であって、何か個人的な秘密を共有することはあっても、きっと心や身体を交えることはない。私にこんなことをさせるのも、|山《神》としての余裕と戯れでしか無いのだ。
 それでも、私にはこれを拒否することが出来ない。これがないと、生きていけない。
 私はもう、|花鹿《かじか》様のものなのだから。

「|穂多留比《ほたるび》」

 頭の上から浴びせられる、私を呼ぶ|花鹿《かじか》様の声。私は唇で啄んでいた掌へ、今度は口を開いて舌を出す。|花鹿《かじか》様の手についた鱗粉を、舐め取っていく。

「ふふ、可愛いわよ。それに、|光って《…》しまっているわよ」

 それを自分で見て確認することはなかったが、自分の体のことだ、わかっている。|花鹿《かじか》様の手を舐めながら、私の身体は何事か反応して、昼間だと言うのにちかちかと腰のあたりの発光器を光らせてしまっている。腰が勝手に揺れて、明らかに私の身体は発情していた。
 掌のあちこちに舌を這わせ、手のシワをなぞるように舌先を滑らせてふっくらと柔らかい拇指球を撫でると、|花鹿《かじか》様の吐息が少し大きくなったような気がする。

「いいわよ、もっともっと|綺麗にして《…》」

 私の唾液でべたべたになった状態を『綺麗』というはずがないのに、|花鹿《かじか》様はもっとと私の舌舐めを命じてくる。私は舌を大きく出して首を動かし、|花鹿《かじか》様の掌を全体的に舐め回した。

 ぁむ……れろ……ぴちゅ

(かじかさま……かじかさま……)

 舌先に鱗粉を感じるけれど、それを全て舐め取った後に伝わってくる|花鹿《かじか》様の掌の感触。掌の皺の間に舌先を押し付けるとそこに刻まれた小さな溝を感じる。柔らかいお肉に包まれた綺麗な手。私にだけ許された、ご奉仕。
 口を開いて、指先を口に含んだ。|花鹿《かじか》様は深くそれを促すように、手の形を変えてくださる。人差し指を突き出して他の指を折り、口の奥まで指を差し込んでくる。かと思えば引いて抜けるすれすれのところまで引く。私はその指の腹、関節の皺、爪の間を舌先で舐め、奥まで入ってくる|花鹿《かじか》様の指を喉の奥を締めて感じる。

「ふーっ、んっ、くふっ、んっ」
「ふふ、可愛いわ。|吾《あ》れの手はそんなに美味かえ?」

 いつもお優しい|花鹿《かじか》様の声に嗜虐的な色、どこか艶がかかっている。私が小さくうなずくと、そう、と小さく答えた。満足そうな声色で、|花鹿《かじか》様は私の口の中の指を少し大きく動かす。指を折って、私の口の中の粘膜をこすり、つつき、舌を押したり撫でたり。

「んっ、んっ、んくっ、はふっ、んんんっ」
「他の指にもついているわよ、ほら」

 そう言って中指も一緒に口の中に押し込んできた。くらくらする。指を日本とも口の中に押し込められて、口の中獣の粘膜が|花鹿《かじか》様の指を求めて発熱している。のどちんこや舌の付け根までが、ぞくぞく刺激を求めて、|花鹿《かじか》様の舌への愛撫を必死に続けていた。
 そして、急にその指がズルリと抜き取られてしまう。私は唇と舌先を延ばすように浅ましい姿でそれを追いかけてしまう。

「光って、腰が動いて、やらしいのね」
「申し訳、ございま、せんっ、あふっ、んっ、はーっ、はあーっ」

 目を寄せて舌を出して、目の前で揺れる|花鹿《かじか》様の指を求める。
 |花鹿《かじか》様はもう片方の手を差し出して、同じ様に愛撫するように行動でお命じになる。かぶりつくようにそれを迎えて、たっぷりの唾液をまぶし、口の端から涎まで垂らしてそれを舐め回す私。
 想像するだけでも酷い姿だ。発情して発行して、指をなめているだけなのにまるで交尾してるみたいに腰を揺らして。

「ふっ、んっ! ふーっ、ふーっ」

 |花鹿《かじか》様は私の口から抜き取った私の唾液まみれの指で、私の触角を撫でた。

「ふきゅぅぅう!?」

 そのまま前後に上下に、私自信の唾液でヌルヌルになった|花鹿《かじか》様の指が私の触角をしごいている。

「ほあ、つ! んっ、ふあああっ、かじかしゃま、かじか、ひゃまっ♥」
「喘いでいないでちゃんと鱗粉を取って頂戴。あなたの手下の粗相でしょう?」
「も、もうひわけ、ごじゃいまへ……んぶぅぅうっ!?」

 喉の奥まで一気に指を突き入れられた。口の中の粘膜が、狂喜して涎を大量に分泌する。|花鹿《かじか》様の手を舐め回しながら、とめどなく溢れる唾液をぼたぼたとこぼしながら、私は指フェラを続ける。
 頭の上では触角手コキを続けられていて、すごく脳みそに近いところから強烈な快感が流されてきている。しゅっしゅっ、と手を上下されると、頭をガツンと殴られたみたいに一気に意識が遠のいた。

「ふーっ♥ ふーっ♥ かひか、ひゃま……♥」

 きゅっ、きゅっ、と触角を扱かれ抓られて、私の発情がいよいよピークに達してしまう。腰を揺らしながら、服の下では下着の布地に股間の大事な部分を擦りつけてしまっていた。

「ほぉっ、んっ♥ んっ♥」
「あらあら、|穂多留比《ほたるび》、もしかして、達してしまいそうなの? |吾《あ》れの手を舐めながら、触角を手コキされただけで?」

 うまく力が入らずかくかくと震えるような動きで頷いて、肯定する。でも、決まりがあった。私は、|花鹿《かじか》様の許しなしに木を遣ることが許されていない。「よし」をもらうまでは気が狂ってでも我慢しなければならない。今まで、一度も我慢できたことはなかったが。

「我慢するのよ、|吾《あ》れがいいと言うまで気を遣ってはならん。いつも言っているでしょう?」
(むり、むりれすっ……♥ もう、ぞくぞくびくびくキテるのにっ♥ 触角シコシコされて、我慢なんてできまひぇんっ♥)

 |花鹿《かじか》様の触角いじりは全く弱まらない、それどころか扱く速度が早くなり、先端の弱いところばかりを重点的に虐めてくる。

(むり、むりむりむりっ♥ |花鹿《かじか》様の指食べながら、触角こきこきされたら、私無理っ♥♥)

「無理そうね」

 こくこくと頷く私は、もはや命乞いをしているかのような気分。だって、本当にそれくらい辛いのだもの。

「仕方ないわね。いいわ、気を遣りなさい」
「〜〜〜〜っ♥ っ♥ ♥♥♥ っぁ、んっ♥」

 |花鹿《かじか》様に口の中を犯されたままで、恥ずかしい声を撒き散らすことはせずに済んだが、より眩しく腰が光ったのもわかる。そして、またの中にべったりと液体が吐き出されたのを感じた。
 絶頂で意識が断続し、花畑の中に崩れて倒れた私を|花鹿《かじか》様が覗き込んでいる。
 手を綺麗にするように命じられてから、初めて|花鹿《かじか》様のお顔を見た。|花鹿《かじか》様のお顔も赤く染まっていて、私と同じ様にとろんと可愛らしいお顔をしている。荒く刻まれたい気が私の顔にかかっている。

「可愛かったわよ、|穂多留比《ほたるび》」

 答える余裕なんかなかった。捕まる場所のない自分の背丈よりも何倍も深い水溜りの中に放り出されたみたいな感じで、私はまだ法悦の沼に沈んでいる。
 しかたがないのだから、と声が聞こえたけれど、それを仰る|花鹿《かじか》様の表情は既に私の視界の中には描画されていなかった。意識が視覚情報を解読できていなくて、程なくして私は眠りに落ちてしまった。







 目が覚めたとき、私は|花鹿《かじか》様に膝枕された状態だった。|花鹿《かじか》様に膝枕されるなんて畏れ多いこと、ひい! と声を上げて起き上がろうとしたが、むんずと肩を掴まれて再び膝に頭を押し付けられてしまった。

「そんな化物の顔見たみたいな反応、失礼だと思わないの?」
「あ、いえ、そういうことでは、なくてですね」

 あったかい。私達虫には体温がない。てんとう虫なんかは寒い時期は身を寄せ合って過ごすが、それはそうすることで温かいからではない、寒くない場所に集まっているだけだ。だからこうやってくっついているだけで温かいというのは、本当に神様の所業のように思える。

「あの、手慰みみたいに触角をイジるのはですね、いたた、いたた」

 膝枕をした状態で、|花鹿《かじか》様は特に意味もなく私の触角を引っ張ったり曲げたり。敏感な器官ではあるのだけど、別に発情スイッチというわけではない、こうやってされてまた興奮してしまうということはないのだけれど、|花鹿《かじか》様の体温が触角から伝わってくるのはまた、催してしまいそうになって必死に気を逸らす。
 |花鹿《かじか》様のお顔を見ないように顔を横に向けると|花鹿《かじか》様は、なによそれ傷つくわ、と不服そうな声を上げた。

「あの、ですね、ですからしょっかくを」

 と、弁解なのか講義なのか判然としない声を上げると、|花鹿《かじか》様が割り込んできた。

「|穂多留比《ほたるび》、お前、生き延びられなかったら王になれないと言ってたわよね」
「えと、はい」
「……よわむし。まあ、虫だから仕方ないのかしら」

 そう言われてしまうと、返す言葉もなかった。
 努力をしている王侯や支配階級はいる。だが、努力をしたからその立場になれたという証はなにもない。自然が勝手に選ぶ王位だとはいえ、その中で努力する個体はいるのに私は、最初からそんなに恵まれた身体をしているわけではない力もない、人望があるわけでもない、だから諦めてしまっているだけだ。
 きっと、相応の年令になったなら、私は淘汰されるだろう。|花鹿《かじか》様から飽きられてもう一度野に放たれたなら、程なく私は生存競争に負けて死んでしまう。そんな事はわかっているけれど、虫の社会は努力よりも生得の才能の方が大きな意味を持つ。私には、それがないのだから、もう、諦めていた。死ぬことが怖いわけではない。虫の多くには危機回避の本能はあるが真の意味で生存本能なんて無いのだ。ただ、自分の弱さをさめざめ客観視して、残念な個体だな、とは思っていた。
 |花鹿《かじか》様は、相手もなく服の中で|無駄打ち《…》してしまった私を見下ろして、言う。

「……王になれないくらい弱いなら、王位の競争になんか関わらずに、いっそずっとここにいなさいな。」
「えっ」
「|吾《あ》れが、ずっと飼っていてあげるわ。安心なさいな、|吾《あ》れは、|山《神》ぞ?」

 でも私は知っている。私だけではなく多くの住人も知っている。|花鹿《かじか》様の、阿祖見山様の本当の想い人は、あの大阿祖山様であることを。それを知っている私は、|花鹿《かじか》様のその言葉を素直にその通りに受け取ることなんか出来ないでいた。




§§§



「りっくん? りっくん?」

 突然リグルとの|交信が途絶え《NAK》、ミスティアに少なからぬ動揺が生まれる。局所空振音声通信が阻害されるのは、いつも決まって彼女自身に問題があって上手く通信を行えていないか、あるいは相当大きな存在に邪魔をされたときだった。

(なにか、あったんじゃ)

 セルフメンテナンスを実行するが、交信機能自体に問題はなさそうだった。だとするとジャマーが入ったか、ここからでは見えないが、彼との間に交信を遮る特殊な何かが差し込まれたか。いずれにせよ何かあまり良くない状況のように思えた。

「……カウントダウン、開始します。開始は300秒です。」

 |交信遮断《NAK》を確認後、彼女は周囲に誰がいるわけでも、彼女の通信を誰が受信しているわけでもないのに定型化された文言を声に出して、手順を踏み始める。リグルの触角へのテザリング試行を打ち切り、|接続応答試行《PING打ち》のみに限定する。既定の方針に従い、彼女は自分の周囲へ防御的な探査網を展開してリソースの殆どを予備防御行動へ割くよう切り替えた。
 彼女は常に後衛として立ち回り、しかもかなり特殊な配置で他のメンバーをサポートする。それ故に、今はこうした通信遮断も、想定ケースに含まれていた。ケースにあるからと言って想定内というわけではないが、対応策は決まっている。聞く者のいない定形発声確認は、その一環だった。
 彼女を含む|四則同盟《カルテット》四人は、小さな個の力をチームプレイで増幅させて地位を維持している。それにはこうしたルーチンとシークエンスの申し合わせが大きく貢献していたし、その発案は戦場を俯瞰する機会が多いミスティアであることがほとんどだ。

「カウントダウン中、通信の回復を優先度高で待機。乱数基底100の返却値で小規模の陣地転換を繰り返しつつ防衛戦術を取ります……次回陣地転換まで53秒。累計600秒の後に交信の回復しない場合、退却し……うん?」

 広域反響定位を展開して視覚情報へ追加の情報を付与すると、異常事態が少なくとも自分に発生していることがわかった。自分を半円の範囲で取り囲むように、何か動体が存在している。野生動物や組織化されていない人の往来とは異なり、一目(耳?)でわかるほどに不自然に間隔を維持して移動している。

(これ、兵隊?)

 組織的に狩りをする狼のそれよりも遥かに人為的な距離感。隠密が維持されているのなら乱れのないその動きは賞賛に値するのだろうが、それらの動きを察知しえる彼女の前では、脅威であることを自ら申告しているようなものだ。

「不明動体を16個、確認。リグル・ナイトバグと|の交信未だ回復せず《PING応答なし》。陣地転換カウントを停止、防御行動を開始します。」

 ミスティア・ローレライは、自分の立っている場所を中心に、空中を幾つか指さしてスポットする。それとは別に彼女の視界には反響定位による不明動体の位置情報がオーバーライドされていた。彼女の空間認識には、光学視野に重ねて音響定位による森の中の地形と、スポッティングした動体の大まかな位置がリアルタイムに表現されている。
 彼女の周囲には、背後に大穴、周囲には幾つかの未整備の温沼、その周囲に温泉の高温と硫黄によって植物が遠ざけられる形で岩と砂の平地が拡がり、それらを遠巻きに見るように低木と草のみの草原が薄く存在する。そこから先にはそれら一帯を抱くように高木の森林が残っている。目視は出来ないが、彼女のソナーはその中を動くものを捉えている。明らかに穴を目指して移動しており、それが森から顔を出す前に、手を打たなければならない。そのまま上空に逃げ去ってもいいのだが、出来ることなら、もし穴からリグルが這い出してきたときに、いきなり包囲済みという状況は避けたい。

「下級の天狗……まだ人間と大差ない」

 この付近の森の中で、いやに統率の取れた動きを続けることから判断するに、天狗に間違いない。白狼天狗であればもっと素早く移動するだろう。今は昼間だから飛翔能力のある鴉天狗も隠密が前提であれば地上で行動するのがセオリーだが、天狗社会を牛耳っている鴉天狗がわざわざ隠密行動をする必要など薄い。地上戦は不得意だし、必要があれば大部隊を形成する事もできその方が遥かに理に適っている。
 彼女は相手が『下級の狼系天狗』であると判断したのはこのためだが、何らかの理由で鴉天狗が混じっていたり、未分化な初期天狗が混じっている可能性を考えれば飛翔能力が皆無と断定することも出来ない。
 また相手が人間と大差ない下級天狗であったとしても、天狗と直接的に力比べになるような戦闘に突入すれば、一対多数ではミスティア・ローレライに勝算はない。幸運に1:1で対応できたとしても重荷であることに変わりはない。ソロ環境で迎撃するには、彼女には搦め手しか打つ手が無い。それでも彼女はそちらを選択した。

「りっくん、おともだち、少し貸してもらうね。」

 彼女は背に生える特徴的な翼から羽を一枚ずつ切り離して飛ばし、何らかの奇跡を描いて並ぶよう地面に突き立てていく。すぐに、その羽の周りへ、森のあらゆる場所から現れた何か小さな粒が無数に群がり始めた。

「|招集・組織化・営巣・戦闘配備《リトルバタリオン》」

 何らかの軌跡を描いて並べられる羽に誘引されて集まった小さなものをよく見れば、ミスティア・ローレライを取り囲み、|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》への経路を最小限に確保する形で幾つもの方形を組み合わせた形に群をなしている。地面に突き立った羽の軌跡はそれをひと筆書きしたものだった。最終的に出来上がった小さなものの群は、方形に隊列を組んだように整然と固まっており、方形の各角には飛び出した様にもう一塊が突き出した一単位が、幾つも連なるものだった。その方陣は高所から俯瞰すればわかるものだが、水平方向に見ればただの小さな黒い影の群れが、無秩序に辺りを満たしているようにしか見えないだろう。
 小刻みに空気を叩く音が無数に飛び交って、辺りを埋め尽くしている。耳障りなその音の正体は、人間あるいは同等の知能レベルを持った者なら、すぐに分かるものだ。
 ミスティア・ローレライを取り囲む無数の浮遊体がすっかりと方形を組み合わせた陣を形成したところで、穴を完全に取り囲むように不明動体が森の中から姿を現した。

「何かいる。防疫使節の片割れか」
「想定内だ。それは鴉の手の者だ、逃がさず始末しろ」

 |深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の周囲を遠く取り囲むように茂った森を抜けて出てきたのは、獣耳と尻尾を具した人型の妖怪。中には小さな翼を持つ者も混じっているようだが、大別するなら、ミスティアの想定通り低級の天狗たちだった。

「硫黄が臭うな。鼻が潰れそうだ」
「それにしても虫が多い。この臭いに誘われているのか」

 現れた天狗の数も観測と一致している。穴を中心にした扇状に配置された各天狗は、刀、大剣、槍、斧、と明らかに敵意を持っていなければ持たないだろう道具を構えている。装備品はバラバラだが、あの統制の取れた動きを見るに、ただの野盗や破戒天狗という感じではない。穴の付近にいたミスティア・ローレライは、背後の大穴以外の方向を全て包囲されていた。
 戦闘になったとしても空を飛べる彼女は最悪上空に逃げれば幾人かいる有翼の天狗以外の追跡を振り切ることが出来るだろし、未熟な鴉天狗なんかよりも飛翔能力については彼女には自身があった。相手との分析の上で、逃げ切れないとはつゆも考えていないようだ。が、彼女は何故かここで迎撃することにした。

「|私達《・・》は天魔宮の許可を得てこの穴を調査に来た博霊の防疫使節の者です。主たる調査者は今この穴を下っている最中です。あなた達は」
「我々は『愛国者』である。即刻その調査を中止し、引き返せ。」
「|深道洞穴《ここ》には許可のある方しか入れない筈ですけれど、天狗様方、ここへはいかようなご用件で? もし許可なく立ち入ったなら、罰せられてしまいますよ」
「鴉に請う許可など無い。博麗は地底と結んだが、国境付近の安全保障リスクを天狗に被せ、利益は天狗を飛び越えて博霊に届く。腑抜けの鴉共は博霊から都合のいいように扱われている。|愛国者《われわれ》はそれを拒否し、天狗が独自に地底の王国と同盟を結ぶ道を選ぶ。」

 リーダーらしい天狗は刀を構えミスティアを見据えたまま、言う。

「……私は博麗神社からそんなに近い位置にいるわけじゃないですけど、それってあんまり良い選択じゃないと思います」
「小娘には何もわかるまい。貴様は、夜雀か。我々は正しき道に行使される力を持っており、それを振るうことを厭わない。痛い目を見ない内に引き返せ。さもなくば」
「私の任務は、現在降下中の調査者のサポートとそsの後方守備です。勝機のない状況に陥るか時限を迎えない限りは、それを遂行します。」
「この16対1を『勝算がない状況』ではないと言うか? 博霊の使者は余程の猛者と見える。後悔することになるぞ」
「16対1だなんて、とんでもないです。もう少し周りを見るようにした方がいいですよ、特に、リーダー格の方は」

 ミスティア・ローレライが特殊な周波数へ変声した歌声で浮遊体の一団へ指示すると、彼女を取り囲む無数の浮遊体は一斉に巨大化・変形し、妖怪羽虫へ変成をはじめる。

「へんせい:|ポストテルシオ《SONAE》」

 それぞれの方形の前辺は強射撃タイプの攻撃的な妖蝶、その後ろには長い針を前へ構え前列の蝶への接敵を防ぐ形で配置された攻性防御的な虻蚊、針虫の隊列の更に後は高機動で白兵戦を特異とする蜂蜻蛉、その後方と側面を高連射射撃タイプの毒蛾が囲い、これらの塊が|中隊《カンパニー》として編成される。方形の四隅に突き出した塊はその|中隊《カンパニー》自身の編成から虻蚊と蜂蜻蛉を除いて射撃のみの構成で縮小された|小隊《プラウトゥーン》が外部に配置されたもので防御時の支援砲火を強力に補佐する特殊班である。各|中隊《カンパニー》には中央で指揮を執る大型の蛾がいて、|ミスティア・ローレライ《大隊長》の支持を直接受け取っているのはこの蛾だった。
 これらの|羽虫中隊《バッドカンパニー》を一括りにする上位戦術単位が、『|狭蝿大隊《リトルバタリオン》』である。『|ポストテルシオ《SONAE》』は陣形の名称らしい。
 |彼女《大隊長》の周囲には数匹の大型の蜂がいるだけで、特に専用の近衛部隊がいるわけではない。この『リトルバタリオン』の敷く軍制と陣形が通用しなければ、直近を防御しようとも意味がないという思想だろうか。余計に余裕を感じさせる佇まいに言えた。

「羽虫の群だと? リグル・ナイトバグは穴の中じゃ」
「あー。りっくんは、私の旦那様だから♪」

 妖羽虫の|大隊《バタリオン》がへんせいされたのを見て、天狗達は一旦接近を躊躇う。なんせ『虫』という割にそのサイズは驚異的で、構成する妖怪羽虫は平均して小鳥と同じサイズ、中隊中央で指揮を執る蛾は中型の鳥と同程度の図体をしている。
 大きさそのものでは驚異とは感じないが、夥しい数の|使い魔《ファミリア》は群体として大きな戦力であることを、天狗たちも察して後ずさる。

「ふん、蟲の分際が何だというのだ。切り崩せ!」
「では、戦闘開始です」

 天狗が、小さな夜雀を刈り取ろうと得物を構えて距離を詰めようと前に出る。ミスティア・ローレライはそれに向かてまるで余裕を見せつけるようにカーテシーで応える。まるで交戦状態へ突入することを気に留めていないような態度に、天狗達はいきり立って突進してきた。

「小娘を討ち取って一気にかたをつける!」
「応」

―― 縦深防御。毒蛾だけは被害を軽減するように回避優先。陣形を離れた後は敵を遠巻きに包囲するように遊撃化すること。戦闘開始。

 彼女が人間の、狼の、可聴域を超えた音波で|ポストテルシオ《SONAE》の陣形を組み上げた羽虫へ指示を飛ばすと、穴への退路あるいは漫然と横列に展開していた各中隊方陣が素早く移動する。天狗それぞれとミスティア・ローレライの間を結ぶ線のように直列に並んだ。
 天狗は虫ごときと侮り、それぞれが直線的な弾幕を放ちながらミスティア・ローレライへ最短距離で接近してくる。単調な直接弾を最小の動作で回避し、迫る本体を|狭蝿大隊《リトルバタリオン》で迎撃する。

「邪魔だ!」
「虫けらごときに恐れるに足らん」

 羽虫は脆弱だ。天狗の得物が刀だろうが剣だろうが槌だろうが斧だろうが、振り回され当たれば一撃で無力化されて堕ちると踏んでいた天狗だが、その楽観は裏切られる。
 方陣の最前列に並ぶ妖蝶が火弾を放ち、周囲の毒蛾も麻痺性の鱗粉を指向性をもたせて撒く。羽虫一匹一匹のサイズでは取るに足らないが、まとまった一団として行われる射撃は十分な威力を持つ。16人の天狗の内気の短いものはそれでも前に切り込み、幾つかの方陣を踏み散らして進もうとする。射撃の被弾を無視して突っ切るため弾で被害を受ける上、蝶と蛾の内側に潜む長い針を持った蚊と虻が待ち構えている。射撃命中を見ながらも接近され連射が効かない蝶はあっさり蹴散らされるが、それが障壁となり陣内部の虻と蚊の刺突攻撃は効率よく加えられる。それが終わると後ろから飛び出す蜻蛉と蜂による格闘白兵が展開され、天狗は強靭な顎や毒針での攻撃にさらされる。

「羽虫のくせに、小賢しいわ!」

 所詮はムシケラの軍団だ、狼相手に束になってもその進行を止められるわけではない。
 だが|狭蝿大隊《リトルバタリオン》は、射撃隊が外側に配置され消耗を強いた後で格闘戦を仕掛ける極端な防御陣形を取っているにも拘らず、羽を備えた虫たちが組み上げるその陣は高い機動性を持っている。加えてとにかく夥しい数に物を言わせて、同様の方陣を進行方向直列に、若干太く何重にも重ねるよう陣地移動し、構えていた。一つ一つの中隊は端から崩される前提、大量の犠牲も前提、だがそれらの前提の上に相手に消耗を強いる、多層防御の極めつけのような戦術。数の上での被害は圧倒的に羽虫の軍団の方が大きいが、戦力の割合の上ではそうとは限らなかった。
 一つ二つ三つ四つと次々に突破される|羽虫中隊《バッドカンパニー》だが、天狗は、幾つかの中隊方陣を潰していく内に進行速度が徐々に遅くなっていく。徐々に蓄積するダメージ、想像を絶する数を前に浮かぶ「このまま前進したらまずいのではないか」という疑心。消耗を強いられ、突入後の防御が雑になっていく。

「この、羽虫が、五月蝿いっ!」
「おい、固まっ ほ が良く い ?」
「あ? 何 っ ん ? よ   え  !」

 悍ましいほどの数の羽ばたきの音に、それ以外の音の殆どはかき消されている。幾つかの陣を突き崩して前進した辺りから、天狗の視界からはほとんど光が失われていた。
 羽虫の群れが日光を遮るほどの密度で飛び交っており、その群れの中は白昼にもかかわらず朝ぼらけ程の光しか無い。ミスティア・ローレライの持つ|固有領域《ワーディング》は本来闇夜でなければ意味を持たないが、羽虫の群によって明かりを削り取られている中では天狗の視界を削ぐ効果を持ち始めている。

「何なんだ、これはっ。そっちの戦況はどうだ!? おい! 聞こえているのか!?」

 返事はない。聞こえないのか。聞こえないのは自分の声なのか、相手の声なのか。あるいは、答えられないのか。
 分断され連携の取れない天狗に、焦りが生じる。いくら切り潰しても際限なく湧くように現れる虫の軍団。保たれた隊列を刺激すると蜂の巣をつついたように、しかししっかりと役割分担された攻撃が降り注ぐ。それを切り落とし振り払いその中隊に勝利を収めても、後ろにはまた全く同じ陣形の群れが待っている。蹴散らした群れの残党は未だに自分の周囲を飛び回りながら攻撃を加えてくるし、目の前の方陣からは射撃が注ぐ。
 天狗の深い突入に対して側面攻撃の可能性を保持した幅を確保した直列で重なり続ける虫の群れ。それを見て軸をずらして迂回して進行しようとする天狗に対し、虫の群れは素早く軸を合わせ直してくる。迂回の叶わぬ天狗は結局、陣内消耗を前提とした|ポストテルシオ《SONAE》を組んだ|羽虫中隊《バッドカンパニー》に向かって、無闇に突入するしかなくなっていた。
 本来ある程度横に広く兵力を広げて配置する必要がある縦深防御を、更に本来機動性が劣悪な|ポストテルシオ《SONAE》によって実装するその致命的な弱点を、羽虫という構成員は全て解消していた。構成員の高機動を以て防御型陣形を臨機に動かし、並列リソースを応変して最小限にすることで、縦深防御の防御火力を増している。

「あのアマ…… 全員、毛羽化しろ! 虫の攻撃には有効だ!!」

 まとわりついて攻撃を繰り返してくる蚊と虻の針、蜻蛉と顎。その中でも蜂は最もタチが悪い。速度もあり顎の力も強く針は毒を持つ。また針の毒液は弾として飛ばすことも出来た。
 何人かの天狗は特に蜂の攻撃から逃れようと狼の姿を晒して体毛を纏った。体中を固い毛で覆うことで針や顎の攻撃はある程度軽減できるが、それでも防ぎきれるものではない。
 天狗の中には完全に狼の姿になって虫からの攻撃を避けようとするものもいたが、それこそ最悪の選択だった。毛で全身を覆おうとも防げない攻撃はある上、四足の姿では得物を捨てることになる。もはや逃げ出すしか無い。

「くそっ、羽虫の分際で! 夜雀なんぞがこんな力を持っているのか!?」

 しかし突然、天狗たちの耳からそれまで喧しいくらいに響いていた羽虫の羽ばたき音が、一切消えて静けさを取り戻す。

「?」

 周囲を取り巻く羽虫の群は依然として噎せ返るほど飛び交い攻撃も加えてくる。それに応戦しながら、天狗は自らの耳に訪れた違和感を思い知る。

「どうした」

「なにがあったんだ、これは」

 刀を振り虫を切り捨てながら、天狗は辺りの様子を窺う。羽音が静かになった以外に、何の変化もない。

「ぐっ!」

 後方から襲い掛かってきた蜂の顎が、天狗の項辺りに噛み付いた。毛を生じていたせいで深手には至らなかったが、明らかに今までとは違う迂闊な被弾だった。それ以降も天狗の防御は急激に甘くなり、被弾が加速していく。ただ疲労が顔を出したのとは、違っていた。

「なんだ?」

 羽音が聞こえない。だが聞こえないのはそれだけではない、外界の音がほとんど聞こえなくなっていた。聞こえるのは自分の体内の音だけ。自分の体の組織の振動を音として知覚できる極めて限られたものだけだった。音は周囲を察知するのに大きな手がかりで、全周を相手に戦闘を強いられている今の天狗にとっては戦術上重要な情報だ。それが遮断され、目視による対応を強いられている。見えない方雨からの攻撃を察知する手段が急激に限定され、被弾が跳ね上がっていた。

「耳が、きこえない、だとっ!?」

 大隊の中央で、まさに戦闘中であるというのにこの隊の指揮官であるミスティア・ローレライは、事もあろうに歌を歌っていた。胸に手を当て目を瞑り背中に生える翼を広げながら、小さく牙の出た口を大きく開けて、舞台の上にあるように、歌う。だがその歌声を天狗たちは聞き取ることが出来ない。その歌こそが、天狗たちの耳から音を奪っているのだ。この『静歌』は周囲の敵性存在から音声情報を奪う攻撃補助歌器だ。対象の周囲に、到来する音波に対する逆波長の空振を自動的に生じて消音する特殊な空間を展開する。
 感覚を1つ封じられ防御が疎かになる。それにそうしたストレスは戦闘継続の意思を消沈させる。日光を遮り暗がりを作るほどの虫の群れも嫌悪感と共に視界からストレスを加えていた。
 音が聞こえず、噛みつかれ刺され、毒に触れて火を点けられ、痺れ毒の効果のある鱗粉を少しずつ吸わされる。

「女の子だと思って油断しましたか? ……羽虫の王を嘗めないでもらえるかな。」

 中央の中隊長の大蛾を切り捨てるまでに受ける種々のダメージは、天狗自身が想像していたものよりも遥かに大きい。それが、この先どれほど続くのかも、よく見えないのだ。目の前に、さっきまで苛立たしいほどに余裕ぶっていた|夜雀《小娘》の姿も、今は全く見えない。勿論、仲間の姿も。
 何人かの天狗は、既にアナフィラキシーによって戦闘不能に陥っている。そうでない者も、狼の持つ鋭い方向感覚さえ狂わされている。狼の姿に変化した者も含め、逃走すべき方向も喪失して五里霧|虫《・》を彷徨い、完全に戦闘前の余裕を失っていた。

(敵性個体16中、戦闘継続中7、戦意喪失3、逃走4、戦闘不能2。形勢:圧倒。リグル・ナイトバグからの|接続確認《PING》応答、未。)

 |狭蝿大隊《リトリバタリオン》の分厚い|多重防御方陣《ポストテルシオ》の向こうで、ミスティア・ローレライはこれだけの羽音の中でも正確に天狗達の状況を補足していた。そしてこの戦闘が想定どおりに運んでいることも、しっかり|見《聞こ》えている。

「|兵科:羽虫のみ《私一人》にこのザマじゃ、りっくんの足元にも及ばない。」

 濃密な羽虫の群れの向こうで、ミスティア・ローレライはゾッとするほど冷たい表情で言う。
 お腹が空いてたら、食べちゃってもいいよ。
 夜雀の歌姫にして羽虫の王ミスティア・ローレライは、氷製のグラスを爪先で弾いたような声で、ちん、ちん、と羽虫達に許可を出す。程なくして、浮遊する真っ黒い塊にしか見えない虫の群れの塊の幾つかの奥から、微かに天狗の悲鳴のような音が聞こえたような気がした。気のせいかもしれない、なんせ、音なんか殆ど聞こえないのだ。この大隊の司令官である彼女以外には。

 へんせいした部隊に全力を注ぎ、それゆえに絶対の信頼を置いているためか、言い訳程度に数匹だけ彼女に侍っている近衛の大型妖蜂。ミスティア・ローレライはその一匹を撫でながら、妖毬(小さな妖怪が餌に群がることで出来上がる、球状の塊)になっている羽虫の群れを見ている。今の所、|そうなっている《…》のは5人くらい。すぐに、ここには、逃走を試みなかった7つの妖毬が追加されることだろう。

 と、思っていたが。

 幾つかの隊列が、未だに整ったままだ。つまり戦闘が継続されているということである。時折弾が飛び出したりしながら、戦域が徐々にミスティアへ迫ってくるのがわかる。縦深防御に徹している|狭蝿大隊《リトルバタリオン》だが、消耗させきれていない天狗が、いよいよ防御陣形を全て突破して司令官の前へ飛び出した。

(5人……思ったより多いかな)

 表情を崩さないまま、迫ってくる5方向を見やる。程なくして、1人目、2人目、3人目4人目、そして5人目と、縦深防御の陣形を侵撃し抜いた天狗が、姿を表した。ほとんど、タイミングも同じ。
 自分が虫の群の層を拔けきったそのタイミングで、仲間も同じ様に現れたことに安堵し、してやったりと|大隊司令官《ミスティア》へ得物を向けた。

「狼だと思って油断したか? 天狗をあまり嘗めないことだな、?、……?」

 先のミスティア・ローレライの言葉をそのまま意趣返しするような科白を口にする天狗。

「あら。よくここまでいらっしゃいました。羽を持ち機動性を高めた|テルシオ《塞様方陣》は、いかがでしたか?」
「貴様を切り捨てて、それの答えとしてやる。ハ、無防備じゃないか、近衛も蜂3匹程度か。こちらは5人到達したぞ、どうする?」
「この布陣はそれで終わりではないですよ。敵陣深く突入した少数の騎は、敵将を討つ前に、自分が包囲することを考えるべきです」

 放たれる射撃を防ぎ、飛び回り刺す長針を折り、毒針と顎で白兵戦を仕掛けてくる羽虫を切り潰して追い散らしてそれぞれの中隊を潰し、無防備な|ミスティア《大隊長》の元へ辿り着いた天狗だが、生存して回避し包み込むように遊撃する毒蛾に包囲されている。彼女の作戦通り、いままで潰して通り抜けてきた幾つもの方陣の生き残った毒蛾は、全て遊軍と化し包囲に参加して毒鱗粉の空間を作り上げていた。さっきまでの麻痺性の毒鱗粉とは別のもの、それも、さっきまでよりも濃密に辺りの空気を冒している。

「毒蛾の鱗粉です、もうたっぷり召し上がった後のようですが」

 毒蛾の鱗粉地帯のど真ん中に入り込んだ天狗たちは、次々にその場に膝をついて呼吸を荒くしている。
 毒鱗粉にヤられた天狗達は、胸を押さえ、脂汗を垂らし血走った目を見開いて、深く荒い呼吸を繰り返しながらもまだ酸素が足りないと窒息の様相を呈して、開けた口から舌を出して涎をこぼしながら必死に呼吸を続ける。喉粘膜の湿り気を確保する余裕さえ無く激しい喘鳴を伴いながら呼吸を繰り返す天狗は、息苦しさに次々と倒れ込んで地面に爪を立てたり身悶えたりしている。

「ふーっ、が、ひゅぅっーっ、ひゅーっ」

 5人共、地面に倒れ込み身悶え呼吸に苦しんでいるように見える、もはや戦闘などできようもない。

「まだ人間から変容して間もないのですから、無理しない方が良かったですね。」

 にっこりとわらうミスティア・ローレライ。彼女に迫った天狗全員が膝を折り荒い呼吸に方を上下し始めたのを見て、彼女は|リトリバタリオン《羽虫の全て》を解散させる。「おつかれさま、ありがとう」と手を降って羽虫達を労う彼女は、目の前の天狗を毒で冒した魔女には到底見えない。
 だが羽虫たちを見送り次に天狗を見やったとき、その表情が川劇の役者のように豹変する。その顔は、まさに魔女のそれだ。恐怖を禁じ得ぬ禍々しさを貼り付けながら、しかし同時に、目を逸らすことが出来ないほど淫美。魔女は、千切られ知らずの雀の舌を舐めずって、毒蛾の鱗粉に苛まれる天狗たちを見下ろし、赤い唇を釣って嗤う。

「さあ。そろそろ我慢できませんよね、|楽しみましょう《…》?」



§§§



 荒い呼吸に滝のような汗をかき震える狼天狗。その一人にひた、ひた、と歩み寄っていくミスティアは、足を一歩踏み出し天狗に接近する度に、はらり、と足元に布地を落としていく。彼女の、衣服だ。彼女は毒鱗粉に悶絶する天狗を見下ろしながら、一枚ずつ脱衣していた。表情は寒気を覚えるほど冷淡なのに、強烈な色香と淫らさを振りまいている。
 帽子が捨てられ、次に左右の靴。光を吸収するなめし革の臙脂色のワンピースドレスを脱ぎ捨てると、薄い下着に数箇所が包まれただけの未熟な女体が露わになる。白い肌、未成熟な女児の柔らかい肉体曲線。だが幼い肉体にも拘わらず、膨らんだ乳房とボリューム感のある臀部の肉付きの挟まれ、幼さ故にくびれきっていない腰回りのふっくらした曲線は、逆に淫らだ。
 白い下着の布地は柔肌に食い込み貼り付いており、これから繰り広げられる行為に期待をしているのか、膨らんだ乳房の中央には二点、くっきりと突起が見える。股間のクロッチ部分にははっきりと濡れた染みが浮かんでいた。

「きいてきましたね♪」

 問われる天狗たちに答える余裕など無い。対して、ミスティアの方は、完全に|無防備《…》な余裕を見せている。背中に手を回してブラジャーのホックを外し、ストンとそれも捨てる。大きいとは言えないが、幼さを色濃く残す体付きに合わせてみれば、その膨らみは刺激的なサイズをしているように見える。
 毒鱗粉にやられて余裕なく悶ていた天狗だが、なにか様子がおかしい。ミスティアにそこまで近寄られてその姿に気づいて顔を上げたときには、血走った目に涎を垂らす顔がミスティアの体を舐め回すように見つめている。股間には勃起した男性器のシルエットが浮かんでいた。

「お兄さん方、オオカミさんなら、女の子くらい|食べた《・・・》ことありますよね?♥」

 |毒鱗粉の効果《…》を確認し終えた|羽虫の王《ミスティア》は、いよいよ最後の布地を脱ぎ捨てた。クロッチの内側が既にじっとりと濡れたショーツは、匂い立つ牝の色香を撒き散らしている。それを地面に放り投げ全裸になったミスティアは、息苦しそうに発情悶絶する天狗を見下ろしながら濡れた股間を指で弄っている。
 気が付けば、さっきまで地面にうずくまったり倒れ込んだりしていた天狗たちは、皆一様に勃起した股間を晒しながらミスティアを取り囲んでいた。

「わあ、5人も……♪ こんなに沢山のオオカミさんにレイプされちゃうなんて、私耐えれるかな?」

 値踏みするように5人のペニスに視線を運び、唇に指を当てて見比べる。

「じゃあ、あなたに決めた☆」

 ミスティア・ローレライは天狗の一人の前にしゃがみ込み、勃起してびくびくと跳ね上がっているペニスを手に取る。躊躇いなく肉棒の先端に口付け、ちゅっ、ちゅっ、と先走りが噴き出す鈴口に吸い付いて、亀頭と裏筋をちろちろ舌先で舐める。

「くさぁい……でも、立派だから、期待してるね♪」

 彼女は天狗の腰回りに抱きついて、体全体を擦り付けるように揺らしながら、腰を下ろすように促す。ペニスの先端が白い柔肌の慎ましい胸に触れて、焦り汁がぬらぬら塗り広げられる。促されるまま腰を下ろし座り込むと、ペニスの先端から彼女の身体へ、粘り糸が端を引いていた。

「オオカミさんも、期待に胸いっぱいって感じですね♪ いっぱいなのは、タマタマかな? もう、前戯とか要らないですよね、私は、要りませんよ?」

 舌なめずりして、天狗の股ぐらを更に跨ぐように立つミスティア。股間に手を伸ばして、人差し指と中指で薄く幼いラヴィアを左右にぱくぱくと開いたり閉じたりして、それを天狗の眼前に置いて見せつける。

「……ね、ぬれてるでしょ?」

 指が陰唇を開くと、にち、と小さな音が聞こえる。十分に潤い充血して熱を持っているのがひと目でわかった。そのまま、腰を下ろしていく。先端がくつろげられた媚粘膜に触れ、かと思うとそのまま止まること無く奥へ、ずぶずぶと埋まっていった。

「んくぅっ……♥」

 ゾクゾク気持ちよさそうな表情で、幼い身体で大股を開きオス狼の股ぐらに腰を下ろしていく。入ってくる肉棒の体積に押し出されるように甘い吐息を漏らすミスティア。
 天狗が、結合部を抜かないまま彼女の身体を押し倒し、覆い被さるように組み敷いた。喘鳴を伴う乱暴な呼吸は興奮のためか毒のためか。どちらにせよ、それを仕掛けた夜雀には関わりのないことらしい。覆い被さってきた狼天狗に抱きつくように腕を回して、足を絡める。

「やんっ、これ、種付け体位っ♥」

 理性を煮崩されて生殖本能だけを徒にコントラスト強調された狼は、雀へ乱暴な生殖行動をぶつける。相手のことなど考えない、ただ牝の穴の中に性欲の本能を注ぎ込むだけ。牝がそれを嫌がろうが拒否しようが関係ない、いい反応を探ることも喜ばせようともしない、ただの、射精欲求に突き動かされた|強制交尾《レイプ》。
 だが、その強姦も今のミスティア・ローレライが、望んだものだ。誘い受、でさえない。狼は、雀から、レイプを強制されているのだから。舌なめずりしながら強姦強要し、優越と悦楽に歪む不遜な笑顔で天狗を受け止めている。

「あっ、もっと、もっともっともっとっ! もっと激しくっ! もっと入り口擦って、たまに奥エグッて、もっとめちゃくちゃに中かき混ぜてっ!」

 牡を上に乗せて操り暴れさせる牝。キツいハードな性交を、させている。だがそれでも不満足なのか、ミスティア・ローレライの声は浮かない。乱暴に、命じるような口調で、自分を犯す牡に大してより乱暴な行為をねだる。

「もっとぉっ♥ 目の前にか弱いメスがいるんですよ? 種付OK出してる牝が、股開いて、男の人に媚び媚びモードなんですから、もっとがっつんがっつん、オマンコ耕してくださいよおっ♥」
「ぐうううっ! が、ぎひぃいいっ!!」

 ぱんっ、ぱんっぱんっぱんっ!
 ぐちゅ、ぐちゅっぐちゅぐちゅっ、ぶぼっ、ずぶっっ!

 腕の下にいる牝に全体重を放り出し、ペニスを深く挿入し肌の密着度も高い体位で、深い部分めがけてオス天狗の生殖行動は激しさを増していく。その打ち付けに腕を絡めて抱きついて、体を揺らしリズムを合わせて上下に跳ねさせているメス雀。二人の結合初からはそれが本来は愛情の沸点として行われる行為だとは到底思えないような、下品な音が響いている。
 図太い肉棒が小さなメス穴を抉じ開けて奥まで貫いている。誘い、行為を矯正しているのが女の方だとはいえ、その女の体は幼く小さい。穴も相応に小さく、しかし打ち込まれている肉棒は残酷なほどに太い。出入りする度に中身が巻き込まれてはみ出てくるのではないかと心配になるほど、その凹凸のサイズはアンバランスだ。
 だが、それを受け止めるメスが、主導権を握っている。自分を抱き犯す牡に、哀れみさえ感じるような淫蕩な笑顔で語りかけている。

「もう|射精《で》そうなんですか? おちんちんが中でびっくんびっくんして、根本できゅうってリキんでるの、わかりますよ? 我慢なんかしないで、びゅびゅぅーって、出してくれていいんですからね? 真っ白い命の材料汁、たぁくさん、私の中にぶちまけてくださいね♥」

 ミスティアが、子供の頭を撫でるように天狗の頭をなでると、うぐうううっ、と苦しげな嗚咽を漏らしながら天狗が女の中で射精した。口からはまるで首を絞められているような苦悶の声と、肉棒からは大量の精液を吐き出している。尋常じゃない量の精液が、ミスティアの小さな膣内に容赦なく注ぎ込まれていく。

 ぶしゅううっ、ぶちゃっ、ぶしゅっ!

 噴き出す音が、聞こえる。小便よりも勢いがあり、当然精液は粘度が高い。肉棒の中をそんな勢いで固い液体が通り抜けるのに、痛みを伴わないはずがない。これは明らかに天狗本来の射精ではなかった。

「が、ぎひっ……お゛お゛っ やめ、もう、ぐふぅうううっっ!」

 ミスティアに|抱かれ《…》ながら、上に乗った雄の体が陸に打ち上げられた魚のように跳ね回っていた。結合部だけは決して抜かないように腰は押し付けたまま、前身を跳ね回らせている。その結合部からは到底入り切らない白濁粘液が、漏れて噴き出している。注がれ中にとどまる量よりも、溢れて外に噴き出す無駄撃ち精液のほうが圧倒的に多い。
 それでも、天狗の腰振りと射精はまだ止まらない、止められない。

「いーっぱい、でてますね♥ もっと、もっとがんばってくださいね♥ 苦しいですか? 過剰射精でおちんちんのナカ痛いですよね? 空っぽのキンタマが強制精子製造、よじれて苦しいですよね? でも、苦しくて痛いより、ずうっと気持ちいい方が大きくて止められないでしょう? 私に種付したい欲求のほうが大きくて、パコパコ止められないんですよね? うふふっ、いいんですよ、好きなだけ、気が済むまで、私の中に射精してくださって♥ あなたの逞しい生死の果て、ちゃあんとうけとめますからね♥」

 ぶしゅーーーーっ! ぶばっ、ぶしゅっ、ぶしゅっ!!

 苦悶に涙さえ流し、だがそれ以上に巨大な悦楽と極端に増幅された性欲を与えられて腰振りを止めることも出来ないままミスティアに向かって精液水鉄砲を放ち続ける憐れな天狗。
 夜雀を打ち取るという当初の目的は既に忘れ去り、もう精神力を使い果たし失っている。交尾強制され抵抗の意思も失っていた。苦痛を伴う地獄の快感を前に、快感以外の感覚をシャットアウトし、ただ射精快感に身を委ねてしまっている。

「うふふ、素直になりましたね♪ そうそう、そうやって、たぁだ気持ちいい以外のことを忘れて、ぱこぱこ動物になっちゃえばいいんですよ♥」

 天狗の目は既に何も見ていない。目の前にある女体が、異性の種付対象だとも思っていないかも知れない。ただ、今入っている穴の中にペニスを突っ込んでいれば快感がもらえると、まともな思考を止めてしまっているようだった。射精を求めて延々と壊れた玩具のように腰を動かし、苦痛をシャットダウンして苛烈な射精負荷で壊れていく身体を無視し、ただ絶頂を繰り返して精液を吐き出すこと以外の目的を失っている精液製造機能付きの肉の塊。

「……かーわいい♥」

 ずるっ……ぶしゅっ、ぶしゅうっ!

「でも、ぜんぜんだめ。おっきくて長いから期待したんだけど、このおちんちんじゃ全っ然足りない。りっくんのおクチの方がずうっと気持ちいいよお」

 頬を膨らませ、不満を口にするミスティア。彼女は、小さな体にまるで不釣り合いな様子で、男の体を持ち上げて立ち上がる。結合部はつながったままだ。男の体がそれにつられて起き上がり、立ち上がるくらいの高さに、そして、浮き上がる。
 持ち上げているミスティア・ローレライの身体は、この天狗よりもかなり小さいはずなのに、これはどうしたことだろうか。飛んでいるのか、と思えばそうではなかった。

「だから、もう、いいです」

 顔は元のままの幼さを残す面影、だが鳥と人間を混ぜ合わせた様な上半身に、魚と蛇を足した下半身を縫い付けたような、グロテスクな姿。男に性交を強いながら、ミスティア・ローレライは本性の姿を現していた。
 天狗は自分がペニスを突っ込んでいる相手が今や不気味な姿の化物になっていることに気付いているのか気付いていないのか、それもわからない。明らかに巨大化したその姿、元は人間の女陰のようだったはずの穴が今は魚や蛇のような腹に開いた穴になっているのにも関わりなく、その穴に肉棒を押し込んで天狗は射精を続けていた。きっと、もう自分の意志でそれを止めることが出来ないのだろう。
 本性を示したミスティア・ローレライが鱗の下半身で地面を這いずる度、その跡には捲れて取れた鱗が剥げ落ちる。剥がれた側から表皮が厚みを増して鱗を再生していくのが見えた。鱗をまといのたうつ尾は長く、そして粘液に包まれていて先には尾びれのようなものが付いている。蛇か魚かといった下半身に辛うじて支えられた上半身はもたげるように立つにはバランスが悪いのか、立位を保つために翼になった腕を常に羽ばたかせており、そうしている限り腕の自由はないようだ。
 元の幼気だが不自然に色香の漂う少女の面影はそのままで、その声は風の誘う歌声のように周囲のあらゆるものとその隙間に忍び込んで来る。

「わんわん、かわいい、ね♥ でもオオカミさん、もう、セックスは、いいよ。あとはご飯になってね♪」

 人型を保っていたときの声と全く違う。鼓膜というよりは脳髄そのものを震わせるような振動。言葉として紡がれる意味と関わりなく、聞く者の理性を砕き、精神をかき乱して、性欲だけを残して浮き彫りにする音波。それは声というよりも空気の振動で描かれるフェロモン、まるで催眠音声のようだ。
 斜陽に薄らぎ赤みを増す光の中に、羽ばたきのたうつグロテスクな化性のシルエットが浮き上がっている。
 その有翼の蛇人間のような歪な姿の妖怪が、自分の腹に抱きついて必死に精子を注いでいる天狗に改めて目を向け、そして一言。

「いただきまあす♪」

 信じられないほど大きく開いた口。頬どころか喉元まで裂けているように見える。開かれた口、喉の内側には、人や獣の歯と違い列をなすのではなく、返しのついた棘のような歯が、おろし金のように一面びっしりと敷き詰められている。噛んだりちぎったりすると言うよりも、一度口に入れた獲物を逃さないためのものに見える。

 ばくんっ

 顎の概念を失い喉元まで裂けて大口径をみせるミスティア・ローレライの口が、その体にしがみついて壊れた自動玩具のように腰を振って交尾行動を続ける狼を、上から挟み込むように飲み込む。ひと口で天狗の胸元までが、おろし金の歯に挟まれる。
 上半身に異変を感じていないはずがないにも拘わらず、天狗は依然、魚の下半身にしがみついて雌性生殖穴へ自らのペニスを挿入して腰を動かし続けていた。結合部からは溢れた白濁液が溢れている。尋常ではない量の射精を強制され続けているようだった。もはや吹き出しているのは精液ではないかも知れない。

 ばたっ ばたっ

 天狗の体を挟み込んだ怪鳥の顎は、そのままその体を首と上半身の力で持ち上げる。粘液でヌメる魚体はしがみつくことは出来ても引き剥がす力に抵抗するのは難しいらしい、ミスティア・ローレライの口は天狗の体を易易と引き剥がし、それは口の中にびっしりと生え揃った歯に引っかかって滑り落ちること無く逆さまに持ち上げられた。

 ずるずるっ、ずっ

 そのまま口と首を真上に伸ばすような姿勢をとったミスティア・ローレライに、天狗の体は上半身を口の中に突っ込んだまま真っ逆さまになる。手で支えるようなことはせず、翼をばさばさと打って逆立ちに喉へ送り込んだ獲物と自身のバランスを取っている。彼のペニスが抜け去った雌性生殖穴が精液残滓を垂らしながらヒクついている魚蛇の下半身は、とぐろを巻いて安定を期している。
 怪鳥の膣から抜け出た後も、天狗の射精が継続している。何らかの体組織を精液に変換されてまで絶頂を強制され、白い液体をびゅるびゅると撒き散らし痙攣し続ける天狗の体。まさに鳥が魚を丸呑みにするときのように、逆さまに喉奥へ取り込まれていく。

 ぐぼっ、ずるっ
 びくびくっ、びくんっ

 天狗の体の動きに抵抗の意志は見えなかった。進んで丸呑みされるのを待っているかのように大人しい。言葉を発することはもう出来ないが、温かな粘膜、ぬるぬるの潤滑液に全身隈なく締め付けられ愛撫され、絶頂導引の毒を注がれた性感は地獄の快感を生じているに違いない。
 口と喉の境界を失った摂食器官は、入口付近では逆進を防ぐおろし金様の歯、その奥では生暖かい粘膜がぎゅうぎゅうと獲物を締め付ける。乱暴な嚥下を助けるための潤滑液は豊富に分泌され、獲物の体をぴっちり真空パックのように閉じ込める喉粘膜との隙間に流れ込んでヌメリ、怪鳥の口の端から余り溢れて糸を引いて滴っている。
 人の姿を保った上半身の白い胸や柔らかいお腹に粘液が滴って、てらてらと光を照り返していた。っ子だけ切り取った光景ならば、幼さの色濃い少女の裸体がローションに濡れる図には違いない。
 これを見るのは残り4人の下級天狗。今はすっかり化け物の姿にも拘わらず粘液に濡れる|女体《ミスティア》に対して欲情血走る目を向けていた。その様子を、獲物を飲み下し上を向くまま、目玉だけをぎょろりと向けて舐めるように見る怪鳥。

 ずずずずっ、ずるっ
 ぐちゅっ

 太い管で粘度の高い液体を吸うような、共鳴を伴う撹拌音、吸引音を響かせながら、天狗の体はミスティア・ローレライの喉を通り腹の中へ少しずつ取り込まれていく。一切咀嚼せず、吸い込み流して落とし込むように、粗暴な嚥下。口の外に出ている部分はもう脚だけだ。
 その頃になると、怪鳥はとぐろを巻いた魚蛇の下半身に抱かれるように姿勢を安定させ、羽ばたきも止めている。飲み込み終えるための最終段階のようだ。

 ずっ、ずっ……ずぼっ!
 きゅっ、ちゅるんっ

「ふはぁっ☆」

 化鳥の体の外に残されたのが脛から先だけになったところでにゅるんと一気に、滑り落ちるように腹の中に収まってしまった。喉に残った脚を飲み下すような動きをして、それが完全に終わると、怪鳥の腹が、たぷん、と膨れているのがわかった。
 口が自由になったミスティア・ローレライは、上半身を人型形態に戻した。天狗の体をすっかり丸呑みにした彼女は満足そうに淫蕩な笑みを浮かべながら、天狗を取り込みぽっこりと膨らんだお腹を、翼の生えた手で優しく撫でる。まるでお腹の中の赤ちゃんを慈しむように。
 よく見ればうっすらと人の形の姿が浮かんでいる。咀嚼もせずにただ丸呑みにした証拠だ。彼女の腹の中で、飲まれた天狗がびくん、びくん、と痙攣しているのがわかった。

「ふふっ、お腹の中でまだ射精てる……お腹の中でそんなにいっぱい出されたら、ニンシンしちゃうよぉ♥」

 膨らんだお腹の中の天狗はまだ生きていて、絶頂継続と強制射精に震えている。お腹の膨らみにうっすら見える顔位胎勢の様な状態の天狗のシルエット。だがそれは、みるみる形を失って薄れていく。

「全身キモチイイまんまでトロトロにしてあげるね♥」

 羽毛をまとった手でお腹の膨らみ撫でるたび、氷が溶けていくようにその中の形がなだらかに、小さく、なっていく。形を失った代わりに、下半分の膨らみは水を湛えた風船のように丸くなっていく。
 彼女の腹の中で、天狗の体は急速に消化されているのらしい。胃、なのかどうかはわからない消化器官の内粘膜が獲物の体を柔らかく、しかしぴっちりと抱き締めて蠕動する度に、獲物の体はみるみる小さくなっていく。
 彼女の言葉のどこまでが本当なのかはわからないが、そうして消化されていく間も獲物の天狗は絶頂の快感の中にあるらしい。消化による痛覚を失わせ、暴れる面倒を省くためだろうか。

「はあっ、セックスは全然だめだったけど、ごはんとしてはすっごくおいしいよ♪ いーこいーこ♥」

 なで、なで。手でお腹にのの字を書いて撫でる内にあっという間に人型のシルエットは消えてしまった。恐らく消化された液状の天狗が、今彼女の下っ腹をぽっこりと豊満に膨らませているものだ。

「りっくんのサポして、あなた達のためにりっくんのお友達もいっぱい使っちゃったから、私、もうお腹ペコペコなの。さ、私の栄養になってね♥ ……よいしょっと☆」

 再び、羽を備えた普段の人型の状態に戻るミスティア・ローレライ。膨らんだお腹に、完全に溶解した天狗だった液体に向けて、女神のような笑顔で語りかける。
 彼女が両手で抱きかかえるようにお腹を撫でるような動きをすると、ほのかな光がお腹と手の間の空間から洩れる。肉食の神妖の多くがそうであるように、彼女の消化器官は生体アストラル封入結界となっている。消化された天狗の肉体は、彼女の消化器官の中で、物質から生命エネルギーへ変換されていた。
 そしてわずかにその光が強くなったかと思うと、ふっ、と光と同時にお腹の膨らみが消える。天狗を飲み込む前の少女然とした丸みを帯びた身体にすっかりと戻っていた。お腹の膨らみは、幼い人間の少女に多く見られる柔らかい健康的な膨らみだけだ。

「そういえば、りっくんだって結構パワー使ってるはずなのに、羽生やすのだってロハじゃないのにさ、おなかへってないのかな? ん、……ぅぅん、人間さんより少し、クドくなってる……偏ってるなあ」

 そして次の瞬間。

 ぼゆんっ☆

 上半身は人間の形を保ったミスティア・ローレライの、幼い印象の強いささやかで可愛らしい膨らみだった筈の乳房が、突然跳ね上がって、巨乳化した。幼児体型とまでは行かないが大人びたからだとは言い難い柔らかな曲線で描かれるボディラインに突然現れる暴力的な巨乳が、程よく弾力を持った柔らかな肉鞠となって跳ねた。

「わあ、偏りすぎだよう♪ ぜんぶおっぱいに来ちゃったぁ♥」

 アンバランスに巨乳化した胸を抱きかかえるようにしながらミスティアは、ぽう、と頬を赤らめる。

「おっぱい好き好きなオオカミさんだったのカナ? ふふ、大好きなおっぱい肉になれて、よかったですねえ♥」

 自分の頭ほどの大きさにまで膨れ上がった巨乳をふにふにと揉んだあと、小さい子供の頭をよしよしとするように撫でる。
 と、乳頭の先端からとろり、と白い液体が流れ出た。母乳のように見えるが、乳輪からは出ず、乳首から一直線にだけ垂れている。まるで精液を漏らしたペニスのようだ。

「んもう、おっぱいになっても射精しちゃうんですか? いけないオオカミさんでちゅね♥」

 自らの乳房全体をまるで他人のものみたいにぐにぐに揉みしだくと、両方の乳頭から白濁液がどぷん、どぷん、と湧き出した。その様子を見て、淫蕩に笑う夜雀。

「さあて、と」

 周りを見回す。まだ4匹の、毒鱗粉に寄って理性中枢を破壊された発情狼が残っている。全員が、ロリ巨乳ボディに育った淫乱夜雀を取り囲みペニスを勃起させたままにじり寄ってきている。

「ふふっ、オオカミさんたち、目の前で仲間が食べられちゃったのに、すっかりセックスゾンビさんですねえ♪ いいですよぉ、じゃあ今度は、このいやらしい射精おっぱいも使って、4人いっぺんに相手しちゃいますね♥」

 ミスティアが自らの爆乳を抱き上げるようなポーズで舌を出して狼達に目配せをすると、性欲の隷従に堕した天狗が彼女の身体に飛びかかった。押し倒され、もみくちゃに触られ、いきり立った肉棒を擦りつけられ、悦んだような表情を浮かべているミスティア・ローレライ。

「いーですよお、みんないっぺんにどうぞ♥ 先に10回射精しちゃった人から順番に、食べていきますからね♪」



§§§



 4人から同時に肉棒を向けられ、ヴァギナ、アヌス、口、それと手で同時に相手している怪鳥。だが、ペニスを向けている天狗は例外なく快感と苦痛の両方の表情を浮かべており、大してミスティア・ローレライは笑顔さえ浮かべて4本の肉棒を、攻め立てていた。
 体中、肌という肌に狼天狗の匂い立つ精液が降り掛かって、全身ザーメンパック状態。

「あなたもう9回目ですね。そんなに私のおっぱい気持ちいいですかあ?♥ 次々イっちゃいま…… うん?」

 まだまだ愉しむつもりだったのかも知れないミスティアだったが、突然、耳に入ってきた不穏な音を認識して自分を輪姦する天狗達を振り払い、弾丸スピードでその場を飛び離れる。次の瞬間、何かが落ちてくるような風切音、そして。

 ぐしゃ、ばきっ、ばんっ、ばんっ……ぐちゃ

 水気を含んだ破砕音を響かせて、天狗たちがバタバタと倒れていく。赤い飛沫が飛び散って、倒れた後の天狗の頭が形を失っているのが見えた。空から降ってきた何かが、天狗の頭を砕いたのだ。

―― ……りー、ろ、……ろーりー、

 彼女を輪姦していた天狗が全部倒れきったところで、受信待機状態だった通信能を通じて、リグルらしい声が耳に入ってきた。

―― りっくん!? 無事?

 途絶えていたリグルとの交信が回復したのだ。天狗が何故倒れたのか大体予想がついていた彼女は、その状況を放り出し立ち上がって、穴の方へ駆け寄る。彼の姿はまだ見えないが、無事だとわかっただけでも安心したようだった。

―― うん。ボクは平気。ローリーは?
―― えっと、多分、平気。空から降ってきたカエルさんが、身を挺して助けてくれた

 ミスティアを輪姦していた(させられていた)天狗達は、|空から降り注いだ氷漬けのカエル《ファフロッキーズ》に頭を強打され、カエルごと頭の中身をぶちまけて死んだのだ。
 さっき釣瓶落としの自由落下を回避し、当たってたら死んでたと言ったリグルの言葉を思い出すミスティア。間違ってこの氷ガエルが自分の頭にも当たっていたら?

(凍ったカエル、こわ……)

―― かえる?
―― これ多分、守矢の巫女様のだと思う
―― 守矢が? なんでこんなところに
―― さあ……

 リグルの声をもっと聞いていたかったミスティアだが、彼女を助けてくれた人影が彼女に歩み寄ってきた。彼女は膝を折って頭を垂れる。まだ名乗ってもいないが、この人物が守矢の巫女であることはほぼ間違いない。そうであれば、博麗の巫女のいっこ下くらいの存在だ。ミスティアにとっては遥かに格上の人物である。
 通常のそれと異なり青と白を基調にした巫女装束は、涼し気で朱色よりも落ち着いたを与えながらも、通常とは一線を画す威厳をまとっている。だが純粋な見た目だけで言えば、年端もいかない少女の姿、薄く明るい髪の色やどこかふわふわした顔つきも手伝って、気安さを感じないこともない。これが博霊と守矢の|信仰集団《カルト》の間にある若干の差を生んでいるようだった。守矢神社は博麗神社の末社を抱き監視を受ける下部組織として機能しているが、実質は等格扱いされている。広い意味で幻想郷の住人は全て博麗神社の氏子ではあるが、八博体制下という意味では、博霊の下か守矢の下かは、意味合いが違う。

「ありがとうございます、助かりました。お手を煩わせてしまったようで、申し訳ありません」
「あまり|助けが必要そうには見えなかった《…》ですけど」
「いいえ、私一人ではあんなにたくさん食べきれませんでしたし。……ああ、あんなに食べたら太っちゃうかなあ。おっぱいにおにくがついちゃった」
「……健啖ですね」

 ミスティアの答えに苦笑いしながら、脳漿ぶちまけている幾つかの死体に目をやる。

「見た所|これ《・・》はもう人間ではないようなので、霊夢さんも……まあ文句は言わないでしょう。あなたは、風見さんのとこの?」
「はい。ミスティア・ローレライと申します。こんな姿で失礼ですが、守矢の巫女様でいらっしゃいますか?」
「いかにも、守矢の代表取締まられ役をしてます、東風谷早苗です。はじめまして。てっきり女の子がレイプされているのかと思ったんですが、|逆《・》だったなんて、とんだ邪魔をしちゃいましたね」
「そ、そんなことはぁ」

 妖怪が人間を殺すことは、博霊は表向きには禁止している。だが実態としてはバランス調整の一環として妖怪側の主張を飲む形で、暗黙している部分があった。勿論ただの暗黙でしか無い、告発があり人間に非がない限り裁きは妖怪へ下るし、個別の事案について問い合わせるようなことがあれば禁止の原則に基づいて扱われることだろう。
 だが、妖怪同士となれば殺しが全面禁止されているわけではない。通常の抗争や騒擾と同じく個別に判断される。今回の場合は、彼女に襲いかかった天狗はテロリストであり、ミスティアはその破壊活動に巻き込まれる形だったのだから、(途中以降は彼女が強姦していたようなものだが)恐らくは裁かれまい。但し、食った事実は正当防衛から外れるため、あまり目に余るようなら博霊も放ってはおかないだろう。東風谷早苗が言っているのはそういうことだ。

「守矢の巫女様が、こんな場所に何の御用ですか? そこの天狗さん達にも言いましたけど、|御東《みあずま》内は基本的に立入禁止となっているはずですが」
「それは、少々込み入った理由がありまして」

 ミスティアがそう言うと、守矢は小さく口角を上げて、少々不穏な笑顔を向けてきた。何よりも気になるのは、もしミスティアを強姦していた下級天狗達を脅威と見做していただけなのなら、今も|戦闘《お祓い》用の御幣を油断なく握ったままになっているのは、何故だろうか。
 ミスティアと東風谷早苗が接触したのを察したリグルが、ミスティアに対して耳打ち通信を送ってきた。

―― ローリー。諏訪は、守矢は敵か味方かわからない。あまり信用しないで
―― え、どういうこと?

 リグルが送ってきた言葉は、意外なもので、しかも剣呑だ。守矢を信用するなだなんて。|守矢《Shinem》の風祝は現に今ミスティア・ローレライを助けたのだ、助けられた本人にとってはにわかに信じがたい言葉だ。博霊と同盟関係にある守矢を信じるなというのも、彼女にとってはその理由を想像もできないことだった。



§§§


「|諏訪の勢《あなた達》は黙っていて!」
「いいえ、そうは行きません。我々は民の味方です。この地の人間は、山の斜面にしがみついて苦しい生活を強いられています。それは、田畑を設ける平らな土地が無いからにほかなりません。」
「我々の本国でも、平地の存在が大きな役割を果たしています。この湖がその妨げになっているのは明白。山を切り水を落としてこの土地を巨大な平野とすることは、人間達にとって不可欠と進言しますわ」

 |不合《あえず》国は一枚岩ではない。それどころかお世辞にも結束が固いとは言えない多民族国家だ。|花鹿《かじか》様に連れられてやって来たのは|不合《あえず》国でも西側に位置し、今『西』との境界に接することとなった地域の長、つまり神かその使者の合議の場だった。
 半地下を掘った上に柱を立て葺いた屋根を設けて上に土を盛り強度と同時に保温保湿性能を確保した作りは、西から海を経て流れてきた|花鹿《かじか》様が伝えた建築。同時に、材木の杉や、石を特徴的に誂えた調度は北東からの民が持ち込んだものだ。ここではそれらのものが混在し、調和し、そして同時に半目もしている。
 こうして西から陸伝いに進行してくる新たな軍事的な驚異に直面しながら、それを共通の敵とみなして合同できないのはそうした根深い確執が質の悪い形でタイミング悪く表面化しているといえる。

「誇り高い山の民の言葉とはとても思えぬな。人はそこまで堕ちたのね」
「堕ちたのか進歩したのか、決めるのは歴史ですわ。そして歴史は人が作る、もはや神ではございません。そのことを、そろそろお認めになった方が」
「裏切るの?」
「|花鹿《かじか》様、裏切るなんてとんでもございません。我々は、この地の繁栄を願って、申しているのですわ」

 諏訪外社の宮司が滔々と『西』の軍勢に同調する意見を述べる。佐久出宮の巫女も同じだった。ミシャグジ・ソソウ・チカトなどの神威を退けられ、大枠で『西』と同根の出雲と協調を進める諏訪の者達は、やはり裏で『西』とつながっているらしい。『西』からの進言を受け入れる姿勢を示していた。
 今は、彼ら諏訪の神職もミシャグジの名を口にすることはない。建御名方や八坂刀売を祀るのみで、柱や石、蛙や蛇、鹿といったかつての化身はそれに同化されるかただの『奇妙な風習』として姿を変えている。諏訪の神は出雲の神に飲み込まれたのだ。

「|建御名方《出雲のはぐれ》に追われた者達を受け入れた恩を、仇で返すなんて……」

 |不合《あえず》国の内この地域は、北東の山間で起こった騒乱の難民を受け入れていた。出雲を追い出された|建御名方《たけみなかた》が諏訪の地に居座り古来より諏訪におわしたまつろわぬ神と衝突、まつろわぬ神は敗れた。民は|建御名方《たけみなかた》や出雲と同化するか、逃げ出すか、あるいはまつろわぬ神を奉って討って出て死ぬかのいずれかを選ばされたのだ。出雲を追い出されたとはいえ、|建御名方《たけみなかた》も所詮は西側の者、諏訪にはそれと協同出来ないものも多かったのだとか。逃げ出した者の多くは、ここに来ている。西から来た人間は彼らと融和し、西から持ち込んだ|不合《あえず》国の再建で共同している。だが長い月日が経って、この大きな湖を諏訪湖に見立てるように諏訪出社や佐久外宮が建立され、今では出雲と同化した後の諏訪の者達が入り込んでいる。彼らが、この湖の水を落としてここを平地とすれば、この湖を諏訪湖に見立てて建立されたそれらの社がどういった扱いを受けるのかは定かではないが、恐らく根回しは済んでいるのだろう。
 |花鹿《かじか》様は憎らしいものを睨み付けるように、諏訪系の神官を見る。

「そなたらは諏訪の湖を捨てろと言われて、捨てられるのか?」
「無論じゃ」
「ふん、身に降りかからぬなら幾らでも嘯けるか。諏訪も実際は西と組みたいのでしょう? 鉄の恐ろしさをよく知っているから、怖気づいているのね」
「鉄は我々がもたらしたものですわ、恐れるなど」
「そう、白い鉄は出雲の旗印だものね。|不合《あえず》国が受け入れたのはその白い鉄に破れた者達だった筈なのに、すっかり変わってしまったものね? それとも、諏訪は元から西と通じているのか」
「|花鹿《かじか》様、流石に口が過ぎますわよ。旧諏訪の強固な地盤なしに|不合《あえず》国が成立するとでも? 南海向こうから来た民が、こんな場所で国を再興しているのは諏訪の民の力あってのもの。それに、赤い鉄は時代遅れの旧器、新たな白い鉄が取って代わるのは当然です。それを以てイズモだウガヤだと騒ぐのは、時代に即していませんことよ」
「白い鉄をもたらすのは、同じ火神でも荒魂よ。あんな炎、みだりに用いれば自ら滅びの道を行くことになる。それをわかっているの!?」
「そうしなければ、斃れるのです。熊野や、そしてこの地のように」
「……腐ったわね」

 西の軍勢は、『|倭健《やまとたける》』を号した将軍に率いられ、みるみる東征を進めている。西の軍事力は強大で、恐らく|不合《あえず》国が一丸となっても敵うかどうか疑わしい。加えて|不合《あえず》国の内的な不一致はその抵抗力を更に低下させていた。
 西が提示してきたのは、『湖の切り落とし』だった。
 |不合《あえず》国が割れているのは、元々多くの豪族が連合しているだけの烏合であることも勿論だが、西が提示する条件や改革案が民衆にとって魅力的だからだ。『湖の切り落とし』もその一つで、端的に言ってしまえば山を一つ切り崩して、阿祖様が抱く大きな湖の水を抜いてしまうというものだ。水を抜いたあとに残った盆地は民に都合の良い平地で、そこで西から持ち込んだ食用の作物を作って民を潤すのだと、|大和武《やまとたける》とやらは喧伝している。
 |大和武《やまとたける》と呼ばれる将軍は、この地以外にも各地を征服して周り、征服地には新しい農耕技術を伝えることで民衆の心を掴み支持を盤石にしているのらしい。特に得意なのが、ここに述べているような、治水・灌漑を基本にした農地改革なのらしい。

「湖の水を抜き捨てるだなんて、正気とは思えぬ!」
「遥か西の地では既に成功しているそうですよ。由布の祖神は勇敢にもそれを受け入れて麓の湖の水を抜き、今は肥沃な土地となって民を豊かにしていると聞き及んでいます。『池の水全部抜く』は今や実績もあるトレンドです。|花鹿《かじか》様も、見習ったらよろしい」
「湖には水神もいたのではないか」
「その地の水神様にはきちんと安住の小池を用意したそうです。もっとも、そこから出ることは叶わなくなったようですが」
「愚かな……水神を何だと思っている、ばかばかしい、そのような愚かなこと、受け入れることは出来ぬ!」

 |花鹿《かじか》様は、声を大きくしてこの場にいる全員を順ににらみつける。諏訪の神官二名、|不合《あえず》国でも大阿祖の北や東に本拠地を持つ豪族、祖神。誰もが西に恐れをなし、今その驚異に直接さらされている|花鹿《かじか》様の|阿祖見《あそみ》の山を、見殺しにし、生贄としようと胸中を隠しながらこの席に立ち会っている。いわば、全員が|花鹿《かじか》様の敵だ。|不合《あえず》国の多くの豪族、神、神官の意識は、既に『西』との終戦工作に向いている。同情をよこす者はあろうが、ここで|花鹿《かじか》様に味方をすることはないだろう。出雲族と思しき西からの軍勢に対して抵抗したという事実は、併合後に汚点となる。

「この山を護り、湖を据え置くことは、今や|花鹿様《あなた》の保身でしか無い。|阿祖見《あそみ》の山の小さな一族で抵抗するも良いが、利があるとは思えませんが?」
「おとなしく下りませ。恭順の意を示せば、『西』は寛大です」

 下る、という言葉を使っている。確かに降伏であり、恭順を示して配下に加わることである。だがそれは、|花鹿《かじか》様以外にしか通用しない見解であったし、この場にいる誰もがそれを理解していた。|花鹿《かじか》様は、まさに生贄に捧げられようとしている。仮に降伏の意を示したとしても、湖の切り落としは決行されるだろう。それは、|花鹿《かじか》様が自らの山を失うことを意味しているのだから。
 これがただ敗軍の将として吊るされその|山《身》を戦利品として略取されるのならば、きっと|花鹿《かじか》様は甘んじてそれを受けるだろう。|花鹿《かじか》様が許せないのは、大阿祖の山に背く形でこの争乱に幕を引こうとしていることだ。私も同じ気持ちでいるし、こう言うと|花鹿《かじか》様はお怒りになるだろうが、おそらくはこの会議に参加している全員が同じだと思う。だけど、|花鹿《かじか》様はその思いが人一倍強いのだ。
 |花鹿《かじか》様は、唇を噛み締め、席を立つ。

「|穂多留比《ほたるび》、行くわよ」
「しかし、|花鹿《かじか》様」
「こんな恥知らずと一緒に行動はできぬ。山の民の誇りを失った奴等など。今に阿祖様の怒りが下る。邪悪な火を使って打ち出された白い鉄で狼藉を働きつづければ、いずれ、阿祖の火津波に焼かれよう!」

 |花鹿《かじか》様の言う通り、西への帰順は大阿祖へ背を向ける行為だ。阿祖様に焦がれてずっと生きてきた|花鹿《かじか》様にとって、それは許しがたい背信であり、自分が今まで生きてきた歴史の否定であり、尊厳の愚弄である。
 同時に、それを信じて西を否定するのが、現実を見ない愚かな選択であるのも、明白だった。

「残りたいなら、お前は、ここに残ってもいい」

 この|合議《茶番》の場を後にする|花鹿《かじか》様は、私に背中を向けたまま、小さく言った。きっと|花鹿《かじか》様もこの地の行く末を承知しているだろう。ここで西に恭順の意を示すことが残された最善なのだということくらいわからない人ではない。でも、その大きなものよりも自分の中にあるちっぽけで小さなものを守ろうとしている。
 一介の虫でしか無い私には、それをとやかく言う権利など無い。でも、その実際には齢十六そこそこでしか無い少女らしい、いじらしい決定を、支えたいと思った。
 この場を去る|花鹿《かじか》様の後を、私は無言で付いていく。残ってもいい、と言った言葉なんて聞こえなかった振りをして。



§§§



 佐久間医師と芽殖孤虫、あるいは日本住血吸虫について気になる点をノートにまとめた上で、付箋を付けて重要箇所の目印にした。ノートを閉じて鞄にしまうと、別に何も増えていない、増えているのはただ情報量だけだと言うのに、妙にずっしりと重みを感じる。疲れたのだろうか。確かに予想外の展開が折り重なってきて、処理能力が上に貼り付きかけている。
 エントランスロビーにあるホコリを被って薄く白く膜の張ったように見える赤紫の布張りソファを払って、深呼吸を一つして腰を下ろす。

「ごめんなさい、掃除が」
「いーのいーの。こんな趣味だもんで、普段からもっと汚い生活しているから。ため息が出たのは、ここで見たことが想像以上にヘヴィだったなってこと。勘違いさせたなら私の方がごめんね」

 いえ、と慌てるように手を振る|道《すすむ》君。

「|道《すすむ》君、おりこうさんでびっくりしちゃった。優しそうだし、将来いいお嫁さんになるね」
「僕、男なんですけど」
「気にしない気にしない」

 流石にむっすりと不機嫌そうな顔をしている|道《すすむ》君。
 それにしても今日明日はそろそろ気の抜けた生活をして、情報を穏やかに整理しなければいけない気がした。何事も詰め込んでは整理がつかない、整理がつかないと重要な情報も易易見落としてしまうものだ。なんて、探偵みたいなことを言ってるけど、一から十まで趣味の調べ物なのだから、幸せ者かも知れない。

「ねえねえ、この町の見どころとか、名物、教えて欲しいんだけど」
「そうですねえ、メジャーどころは果物なんですけど、最近は大手の酒造メーカーがウィスキーの工場を作ったんでそこもいいと思います。あとは……月から降りてきた仙人が再び天に昇った場所のようだ、なんて言われている渓谷と滝がありますよ。」
「そう言えば滝が有名なんだっけ」

 月に昇ったというのは、嫦娥という中国の伝説上の人物だ。その故事から命名された渓谷と滝がある、確かに全国的な名勝だ。

「他にも、渓谷の登山道を昇っていくと八雲神社とか天狗岩とか、有名ですね。ちっちゃいですけど、縁結びのご利益があるとか。パワースポットがお好きでしたら。」
「縁もここに来て成就しちゃったし」
「はあ」
「でも蒸留所も渓谷も、|阿波戸《あわと》の、じゃないでしょ、ここからじゃ遠いよ。私が聞きたいのは|阿波戸《あわと》の見どころ。」
「うーん、やっぱ果樹園とかですかね、この辺ろくなものありませんから」

 |道《すすむ》君、一応住人なのに随分と身もふたもないことを仰る。

「果物はもう堪能したよ。ついでにいうと珍味『サワニシ』も頂いたよ」
「さわにし?」
「あれ、知らない? この辺の隠れメニューだって聞いたんだけど」
「ええ、それはその通りですけど、どこでそんなもの食べたんですか? まさか山の中で野生のを」
「ちがうちがう、寄生虫の話聞かされた後にそれはキツイよ。ちゃんと店売り品だって言ってたし、きっちり火が通ってた」
「それならよかったです。あんなのはもう一部の人しか食べないですから」
「|道《すすむ》君は食べないんだ?」
「僕は好きですよ。この地域でも年いった人には食べる人もいます、ってくらいですね。随分珍しいお知り合いがいるんですね」
「まあ、なんていうか、運命?」
「……さようでしたか」

 私がアミちゃんのことを思い出しながらニヤニヤしているのをじっとりとした目で見る|道《すすむ》君。その後で付け足した。

「そうだ、この辺り、本当は蛍も有名なんですよ、今は時期じゃないですけど」
「へえ、蛍が」
「蛍にも地域性があるのをご存知ですか?」
「関東と関西で光る周期が違うってやつ?」
「はい。日本のゲンジボタルは遺伝子解析によって大まかに6種類のグループに分かれているそうです。ゲンジボタルは1500万年前から500万年前に日本に現れて、分布地域を分けていきました。ヘイケボタル以下他の蛍は100万年程度前の新しい種で、まだ分布ははっきりと別れていません。ゲンジボタルだけ頭一つ抜けて古い種類なんです」
「虫かあ、なるほど人間なんかよりよっぽど歴史が長いね。で、境界ってのは?」
「ゲンジボタルには、さっきおっしゃった西東に加えて、九州の3系統が認められています。またミトコンドリアDNAに対するハプロタイプグループによって6種類に分類されますが、それらは、東北、関東、中部、関西、北九州、南九州に概ね棲み分けて境界線を引いています。」
「最近はDNA解析で色んな事がわかるなあ。」
「どんな生き物もそうですが、ゲンジボタルも例に漏れず、その土地々々の地質学的な特徴によって地域性が出ているんです。棲み分けは、くっきりと糸魚川静岡構造線、柏崎千葉構造線、中央構造線によって区切られているそうです」

 ハプロタイプグループなんて言葉を持ち出したり構造線をすらすらと言えてしまうなんて、やはり|道《すすむ》君は只者ではない気がする。やっぱり妙に落ち着き払って、まるで大人のような振る舞いだ。

「火山や地質プレートの分布とホタルのハプロタイプグループが一致するっていうのは、ロマンがあるね。でも蛍がそんなにたくさんいるのなら、観光客なんてそれなりに呼べるんじゃないの? こんな過疎過疎する必要なんかなかったんじゃ」
「はい。実はそれには、蛍に徒に接触しないという|阿波戸《あわと》の方針があります。」
「蛍の放流が逆に蛍の生態系を壊すとかっていうアレ?」
「そうです。この辺は、ハプロタイプグループ分類で中部地方型に属する蛍の生息地ですが、|阿波戸《あわと》はその中でも希少な遺伝子型なんです。」

 近年、徒なホタルの他地域移植によって地域のホタルの遺伝子特性が攪乱され、所謂『ホタルの放流』というのが種の保存の意味では全く害悪でしか無いことが指摘されていると聞く。それを防ぐためにこの地域は、他の地域とのホタルの輸出入を禁止しているのだろう。蛍だけではない、自然を観光資源にすることはいつも悩ましい問題と隣合わせなのだ

「それに、日本住血吸虫症の話もあって、蛍を観光資源にすることに対して少し複雑な感情があるんです。この辺の蛍の特有性を保持しようとすると、結局ミヤイリガイが必要なんじゃないかという見方があります」
「あ、それネットで見たことある」

 日本住血吸虫症の有病地域は、多くの場合ホタルの名勝となっている。かつては日本住血吸虫症は小作人だけが罹り地主などの富裕層は罹患しないと言われた他、蛍狩りをすると罹ると言われたこともあったそうだ。
 それは日本住血吸虫の中間宿主であるミヤイリガイと、水辺にいてミヤイリガイと生息域が重なるカワニナとが、ホタルの幼虫の餌となるからだ。そしてその各地域ともミヤイリガイを撲滅することでその病を克服している。歴史的経緯で、ミヤイリガイとカワニナは一緒くたに根絶されがちで、その地域から蛍は消えてしまったのだ。
 時代が進んで、日本住血吸虫はミヤイリガイにのみ感染しカワニナには感染しないことがわかった。病を克服するにはカワニナは残しておいてもいいのだということになり、ミヤイリガイだけを撲滅すれば病を克服し蛍は生存できるのだと思われた。
 だが、ミヤイリガイの生息域にいる蛍は、幼虫が小さい頃はカワニナではなくどうやらミヤイリガイを食べるらしいことも、近年わかっている。ミヤイリガイは成貝でもカワニナの稚貝程度の大きさにしかならない。どうも、ある地域の蛍の幼虫は幼齢の頃はカワニナの稚貝を食べるよりミヤイリガイを食べるようになってしまったらしい。
 もしかするとミヤイリガイのように小さい幼虫でも捕食できる小型の貝が生息していたことが、ホタルの名勝を支えていた根本かも知れないのだ。
 ミヤイリガイ、ひいては日本住血吸虫と蛍は、その土地では特異に奇妙な関係にあったことが窺える。
 ミヤイリガイは日本の固有種であり、しかも限られた地域にしか生存しない貝であった。そう聞けば生命力が弱く繁殖力に乏しいのかと思いそうだが、実はその逆で、旺盛な繁殖力と、水辺以外にまでやってくる活動性を有していて、この地域で日本住血吸虫の根絶が進まなかった一因にはミヤイリガイの環境適応力と活動性があるとも言われている。そんな活発な貝がどうして限られた地域にしか生息せず、まるで蛍の幼虫に食べられホタルの名勝を支えるためだけに生きている様な局所性を持つのかは、地形の問題が影響しているとも言われているが、現代でも確証は得られていないのだとか。

「そういうわけですから、もし時期に|阿波戸《あわと》に来たら、是非蛍を見ていってほしいなとは思います。蛍を見るために|阿波戸《あわと》に来てもらうわけでには行かないんですけど。難しいですね。」
「そうだねえ」

 人為にしろ、自然選択にしろ、空間的な局所性を破ることは種の存続について良くも悪くも『イベント』となりうる。古代日本史なんかを見ていると、日本という隔絶された島に色んな人間が入ってきて、その結果として日本人という少々変わった種族が出来上がっている事がよく分かる。自然の保存を不要と言うつもりはないが、種の伝播や選択、交雑について余り否定的な考えをすることは、日本人の民族性そのものを否定することになるような気ももしないでもないのだ。例えばホタルの研究をしている専門家が、よもや、日本人が単一民族だなんて思っているわけではなかろう。
 人間は自然の範疇を外れてしまった存在なのだろうか。人間とは神なのだろうか。そんなおこがましいことを。ならば人間とは自然の一環なのだろうか。自然とは、流転し続けるものではないのだろうか。人間が神ではないのなら自然の一環であり、その手によってもたらされる変化は自然の一環ではないのだろうか。それとも自然とは、膠着するべきものなのだろうか。自然保護と自然破壊の、どちらが自然なのだろうか。その境界線はどこにあるのだろうか。|大洪水《流転》と|ノアの方舟《膠着》、どちらが自然の意思に沿ったものだったのだろうか。それは文化でも国家でも、同じことが言える。
 きっと正解なんかない。過去に様々な生き物たちが人間たちが、それに対してどの様に回答したのか、その結果が歴史であって、今の興亡渾然とした文化の流れ、人間の歩みなのだろう。人生そのものに意味など無いように、生命の存続それ自体にもきっと意味なんて無いのだ。
 だからこそ、歴史はやめられない。自己の肯定と否定と、その弁証法的なループの中で、私は欲しいものだけをかいつまんで食べて、自分の|活力《意味》にしている。でも私には自然の意思の大きさなど知る由もない。ある程度は、流されるままが正しいと思っている。
 もし、佐久間医師の妄想の通り、人間を捕食する何者かが昔存在していたのなら、人間は自らも自然の中にあることを自覚し続けられたのかも知れない。そうなったとき、自分たちよりも食物連鎖ピラミッドの下層にいる者達を、わざわざ保存しようと思っただろうか。それは知能と農耕牧畜文化のもたらした方向性に過ぎないのでは?
 何もわからないし、やはり正解など無いように思える。自分で色を塗っていくしか無いのだ。私がこんな趣味になったのは、色鉛筆の数が手持ちでは不足だと、不遜にも思ってしまったからだ。それがいいことだなんて、思ってはいない。やっぱりこれは『悪趣味』なのだ。

「さて、私はそろそろおいとましようかな。今日はありがとう、|道《すすむ》君にガイドを頼んで良かったよ、貰った情報量で私潰れちゃいそう」
「良かったです、ボランティアし甲斐がありました。」
「私の本が全国でベストセラーになったら、絶対|道《すすむ》君の名前を書くからね。『現地在住の美少年が教えてくれた驚愕の事実』! 有名人になっちゃって、全国の大きなお姉さんがほっとかないよ」
「きたいしてませーん」

 一つ笑ってから、私はじゃあねと手を振ってエントランスを出る。
 入ってきたときに遭った妙な感覚は、出るときには感じられなかった。やはり、気のせいだったのだろうか。



§§§



「は? バス運休?」

 アミちゃんの言葉に変な声で返してしまう。都会住まいの私は公共交通機関が運休となると、それなりに大きな異変の影響だと思ってしまう。大雨とか。降雪とか。地震とか道路の陥没とか。テロとか。ストとか。ストは大きな異変ではないか。
 でもアミちゃんの反応は、なれたものだった。この辺ではよくあることなのだろうか。

「あのボロバス、よく壊れるんですよ。代替の車両もないし、パーツ交換でだましだましやってるみたいですけど、あのバスがとうとうだめになったら、路線廃止だそうです。もともと私バスですし、収益は見込めないし、新しく車両購入する費用もないらしいです。ワゴン車ででも良いからやってくれれば良いんですけどね」
「そうなんだ、まあ、まだしばらく帰る予定はないしいいけれど、帰るときには復旧しててくれないと困るなあ」

 そう、私のフィールドワークはまだ全然進んでいない。予想外で面白いネタはどんどん入ってくるのに、それらをリンクさせる何か重要なファクターが欠けている。あらゆる情報が、面白そうな顔をしているのに、全く接続されずに独立して漂っている。芽殖孤虫なんてアレな言葉にぶち当たるなんて思っていなかったけれど。
 でも、なんだか阿祖神社がやっぱりキィな気がしていた。何としても見に行きたい。というか、これから行く。

「サユリさん、また女の子に会いに行くんですね」
「えっ」

 玄関口で靴を履いていると、猛烈に冷たいオーラと一緒に気配相応に刺々しさを感じる言葉が、背中から襲ってきた。というかその言葉はどの文脈を拾えば出てくるのか。ぎぎぎぎと、後ろを向くとアミちゃんが冷たい笑顔で私を見ていた。え、なに?

「阿祖神社に行かれるんですよね?」
「そ、そうだけど」

 阿祖神社は元々私が|阿波戸《あわと》にやって来た第一の理由だ。でも、女の子に会いに来たわけではない。まるで阿祖神社なんて名前の風俗店でもあるみたいな言い草だし、アミちゃんの表情は本当にそうとでも言いたげなものだ。いや、風俗街に行った前科があるので、なんとも身が縮んでしまう。

「女の子、ってどういうこと……」
「言ったじゃありませんか、阿祖神社の|祝主《しゅくしゅ》は、女性と決まっているんです」
「いやいやいや、そのために行くんじゃないよ」
「どーでしょう? サユリさん手早いみたいですしー、そんなつもり無い、なんて言いながら女の子転がしちゃったり、するんじゃーないですかー?」
「ち、ちがうよ、ちがうよう」

 アミちゃんって結構嫉妬深いんだろうか、この間『青線』を探検に行ったときも痛みを感じるほどの視線を感じた。そのV字に笑う口元に対して、目がぜんっぜん笑ってないんですけど!

「ふうん……で、神社の場所、ご存知なんですか?」
「一応地図は或るんだけど、この地図、わかりにくいんだよね。ここ、この道をこっちに折れろって書いてあるんだけど、ランドマークなさすぎて地図と実地形を紐づけらんないんだよお。……え、えっと、アミちゃん、阿祖神社のことは……知ってる、かなあ」

 一瞬、目の色を変えるようにじっとりとした瞳で私を見たアミちゃんは、小さく溜息を吐いた。その顔、普通に浮気を疑ってる妻の顔だよお!
 青線探索のときもそうだが、嫌がってるアミちゃんに所在を聞くというまさに鬼畜の所業を、もう一度繰り返している。いや、いや私は無実だ!

「サユリさんバスで来たって仰ってましたよね?」
「う、うん」
「この道、そのバスのルートです。この辺に、廃止になったバス停があって、そこを曲がってからしばらく行くと神社ですよ」
「あ、『淡』いって字書くバス停?」
「はい。『あはむ』って読むんですが、バスは言わないと止まらないです。」

 なんだかんだ言っても結局場所を教えてくれる、女神なのかアミちゃん。

「私、元からこの神社に調べ物に来たんだからね。女の子漁りに来たわけじゃないんだから、信用してほしいな」
「じゃあこの旅館には、女の子漁りに来たんですね」
「ぐえ」

 アミちゃんの言葉のナイフがイタイ。
 あれ、あの道がバスルートだと?

「あ、ちょっとまって、えっ、あそこにあるの? あのバス停、歩いてったら」
「徒歩で行くのはちょっと、大変ですよ。車ならまあいけますけど、歩いたらけっこうかかると思いますよ」
「だ、ダイジョーブ、私こう見えても足腰はしっかりしてるんだ……」

 大丈夫と言いながらちょっと厳しいかなあ、と肩を落としていると、アミちゃんは小さく溜息を吐いて。

「車、出しましょうか?」
「い、いいの?」
「バス停まででよければ」

 この流れではとても「ありがとう!」と素直に言うわけには行かないのだけど、断るのはもっとデリカシーがない気がする。

「い、いっしょに、いこう、よお〜。バス停までとは言わずにさ。神社デートとか、わ、私は好きだけど……」
「分家の私は本家筋の人間と顔を合わせるわけにいかないんです。まして、神職についていないような女は」
「……厳しいんだ」
「分家のしきたりですからね、本家はどうとも思ってないのかもしれませんけど。私も、あんまり好きじゃないんです、本家の人。みんな綺麗だし、良い暮らししてるし。」
「でも、温泉のオーナーと、忘れ去られそうな神社の宮司じゃ、立場は逆転じゃない? アミちゃんのほうが将来性あるし、それに……アミちゃん十分綺麗だよ。」
「ほんと、口がお上手なんですね」
「それとも、私の目が節穴だっていうのぉ? 私の美少女スカウターはアミちゃんを見たときに測定不能で壊れたよ。もう阿祖神社の本家の人を見ることも出来なーい」

 小さい頃あんまりいい思いをしなかったのかな、アミちゃんには少し卑屈っぽいところがある。でもそれを自覚もしてるのか、出過ぎたときにはそれを巻き取る度量もある。今も私の言葉を素直に受け取ってくれたとは思えないけれど、それ以上を言うのをやめて飲み込んだ。代わりに「サユリさんが言うならそうなのかな」とぼやかすように笑う。

「私が今夜、その勘違いした思い込みを叩き直して、アミちゃんがちゃあんと可愛いってことを、体に教え込んであげるね」

 と、ドヤ顔で振り返ると、アミちゃんは車のキーを取りに部屋の中に消えていた。







 彼女の車は二人乗りの軽だった。小型車なのに社内広々、とCMでよく見るやつ。車内は簡素であまり者は乗っていなくて、芳香剤の1つもない。買ったまま使っているという感じ。自分の車というよりも仕事用の車という感じかもしれない。
 車はすいと出発して、運転自体は静かで大人しい感じ。急発車も急発進もない、まるで吸い込まれるように加速していって元から加速なんかしてなかったかのように止まる。ロケットスタートと急ブレーキ、遠心力を楽しむようなカーブをする私とはそもそも育ちまで違うかのようだ。

「アミちゃんの実家、九州って言ってたじゃない?」
「はい」
「私の実家が九州だなんて聞いたことはないんだけど、母方の祖母の家が甲斐って名字なんだよね。だからってに九州に行ったことは一度もないんだけどさ。」

 実際にはどうでもいい話だ。でもなんだか、ちょっとでもなんでもいいから、アミちゃんと共通の何かを持っておきたいなと思ってしまうのだ。せっかくこんな場所で良い仲になれたのだし、私がこのフィールドワークを終えてこの土地を後にするタイミングで二人の関係は終わり、なんて今までのツマミ食いみたいな関係にしたくないなと思う。

「甲斐は九州に多い名前ですよね」
「甲斐って言ったらほら、富士山が見えるこの辺ってイメージが有るのにさあ。実際に名前が多いのは阿蘇山の周りだなんてね」

 自分の家系というか苗字のことは、人なら一度くらいは気になるものだ、私も調べたことはある。
 甲斐氏には二つの流れがあり、佐野氏系と菊池氏系があるみたい。佐野氏系は始祖もよくわからないし応仁の乱を境に戦国時代を待たずに勢力を失うが、菊池氏系は元々九州の人で南北朝時代に足利尊氏に従って北朝側についた際に甲斐国が本拠地だったからか甲斐を名乗ったもので、今でも九州に多く残っている甲斐姓はこの菊池氏系の甲斐姓なのだとか。そもそも九州の『菊池』の名前自体が|狗古知日子《クコチヒコ》という豪族の発祥だとかいう話もある。
 母方の実家は九州なんだろうか。祖父母は普通に東京にいたのだけど、割と早い頃になくなってしまったので家系のことなんかを話すことはなかった。

「もしかしたらアミちゃんと親戚だったりして。今の苗字の読みもおんなじだしね」
「あっちに行ったら甲斐なんて名前、石を投げたら当たるほどいますよ。どこまで遡れば繋がるでしょうか」

 うーん、なんて何かを思い出すようにしているアミちゃん。

「大丈夫、いとこ同士以上離れていれば結婚はできるから」
「なにゆってるんですか、女同士ですよ?」
「そこは笑って欲しいかな」

 とほほ、なんて言ってたらアミちゃんが速度を落として、止めた。ひび割れた舗道と錆びついたガードレールがあるだけで、ここに停車する理由は全く見当たらない。

「ん? どうかしたの?」

 がりがりがり、サイドブレーキを引く小気味良い音とがシート下から響き上がってきたと思うと、エンジンが止まる。山と山の交わる峡に貼り付くようにぽっかりと人の里がある|阿波戸《あわと》。都市部と|阿波戸《あわと》を繋ぐこのボロボロの道路は、まるで別の世界同士をつなぐ道のようにも思える。他に行き交う車も人もなく、偶に通り抜けるのは風か鳥か虫くらい。光は指し山々の色は鮮やかだというのに、音だけは、しん、と雌伏している。
 物音一つしない光だけの喧騒の中にぽつんと置いてけぼりになったような感覚に放り出される。二人の息遣い、心臓の音までかすかに聞こえてきそう。
 車を止めたアミちゃんが、それでもフロントガラス越しに緑色に埋め尽くされた山道へ視線を向けたまま、私の方を見ること無く、口を開いた。

「……女同士で結婚出来ない分、帰っちゃう前に、いっぱい甘えちゃおうかな」

 きっと、消え入るような小さな声だったはずなのに、耳元に囁かれたみたいな、ゲインが合わず、ミドルが抜けて、スカスカで音圧だけが無闇に高く入ってくる掠れた声。
 すぐ隣りにいるみたい、すぐ隣りにいる。手を伸ばして掴もうとしたら、射程が間違っていた。触れ合う距離はとっくに通り過ぎていて、私の手は彼女の肩に触れるのではなくて彼女の体は私の胸の中に滑り込む。聞こえていた声はこれくらい近い。いや

「もっと」

 もっと近く。もっと。思い切り助手席のシートを倒して、彼女を運転席から引きずり出した。すぐに彼女の上に乗る。まるでケダモノだ。でも、彼女だってこれを望んだから、車を止めたんだろう?
 彼女の体を引き寄せ抱きしめて、締め上げられた魚みたいに喉を反らせて開いた口に、私はありったけの性欲を注ぎ込む。舌を出して口の中をかき混ぜると、声と唾液が溢れてくる。まるごと飲み込んだ。

 欲しい。

 強烈な性欲と所有欲が湧き上がる。そのままフォールするみたいにキスを貪る。胸同士が重なって柔らかい圧迫感がかかった。これ、好き。

「アミちゃんにここまでさせちゃうなんて、私、責任感じちゃうナ」
「どうやって、責任とってくれるんですか?」

 ちょっと挑発的な科白。言葉遣いはいつも丁寧だけど本当は少し鋭い目をしていて、それくらい強気な口を利いていたほうが可愛いと思う。ちょうど今みたいに、ほんの少しのキツさを宿した顔つきが少し照れたような表情で挑発的な言葉を口にしている、こんな可愛い子が、私の上で。これだけでもビアンにとっては、のぼせ上がるほど興奮するシチュ。現に私は今のぼせそうだ。

「どうしようかな。どうしてほしいか、ゆってみてよ」

 アミちゃんなら躊躇するかな、なんて思っていたけど、思った以上に即答された。それも、子宮にざくりとひと刺しするような、単刀直入な科白で。

「抱いてください。いっぱい」

 私の腕の下でそう言いながら、彼女の手は私の二の腕から肩、それに頬へ撫でるように上ってきて左右から挟んだ。そのまま引き寄せられる。キスを求められている。でも無理やりじゃない、私が唇を吸うのを促すような動き、私には抵抗する理由なんかなくって、そのまま口づけた。
 彼女を組み敷いて見つめ合い、唇を寄せるまでの動きはどこか夢見るような緩やかな動きだった。お互いの出方を察し合ってるみたいに。でも、一回口を付けてしまうと、もう、夢も何もない、私は飢えた獣みたいに彼女を貪り、彼女も蜘蛛のように罠にかかった女を喰らおうと絡みついてくる。
 肌同士の接触が欲しい。唇だけでは物足りない。服の布越しにアミちゃんの体に自分の体をこすりつける。アミちゃんも腰を揺らしながら私の体にすり寄ってくる。肌同士の接触じゃないのがもどかしくて、体を擦り付け唇を吸いお互いの服の舌に滑り込んで肌を撫でる手の動きは、加速していく。
 彼女の開いた股の間に自分の体を差し込んで、私も彼女の太腿を足で挟む。お互いの股をお互いの太腿で刺激しながら唇では唾液の洪水をぬるぬると蠢き絡む舌で分け合っていた。

「アミちゃん」
「サユリ、さんっっ、んっ」

 真っ赤な顔に、小さな口で荒く刻む息遣い。甘い声。発情して潤う、股間。彼女の濡れた割れ目を……。

「だ、だめっ、」

 すんでのところで、拒否られてしまった。幾ら好きものの私でも、ここで勢いのまま押し通すようなオニではない。

「やっぱり、私」
「ごめん……こんなとこで、いやだった?」
「いえ、さ、さそったのは、私でしたから……。でも、やっぱり」

 アミちゃんの身体に触れていた私の手を、彼女の両手が掴んで押し返してきている。素直に手を引くと、彼女は、ごめんなさい、ともう一度謝る。謝る必要なんて無いよ、と言うと彼女は私の方を真っ直ぐに見詰めてくる。嘘を言ったり、私を心から拒絶しているわけじゃないことは、十分に伝わってきた。

「あの、今夜、|身体に教え込んでください《…》。私の勘違い、サユリさんに、正してほしいです」
「え、あれ、聞こえてたんだ」

 苦笑いして、俯くアミちゃん。
 なんか、アミちゃんってたまに、変だよなあ。こう、精神的に不安定っぽい所あるっていうか。でも、そういうとこも含めて、可愛い。と思う、問題なんて無い。

「車でするのが、ちゃんと、ではないとは、思ってないですけど……その、やっぱり、おふとんで」
「うん。そうしよ。でも」
「……はい?」

 心配そうに私の方を見るアミちゃん。私は、出来うる限り明るく笑って見せる。

「もう一回だけ、ちゅーだけ、させてほしいなっ」

 あんまりにもハスッパに言ってあげたからか、アミちゃんの表情も綻んでくれた。くすっと笑って、どーぞ、なんて顔を少し寄せてくれた。
 ほっぺたに、ちゅっ、って小さく口をつけて。今夜覚悟してね、なんて付け足したら、彼女は頬を赤くして、ハイと小さく俯いた。







 車は『淡』と書かれたバス停の前で止まった。
 途中で|お楽しみ《…》を始めてしまったけれど、時間にすれば30分位で到着しただろうか。運転自体が優しかったから実感しなかったけれど、ちらりと覗いたスピードメーター上では体感よりもスピードが出ていた。歩いたらかなりかかってしまうだろうか。
 車を出してもらってよかった。早く着いたのもそうだし、何より、さっきみたいなドキドキイベントに出会えた。今思い出しても、年甲斐もなく顔が緩んでしまう。

「じゃあこの辺で待ってますね」
「うん。いってきます」

 私はカバンを取って、必要なものが入っているか改めて確認する。ノートやペンは上の方に移動して、他にも神社に行くのだから御朱印帳なんかを手に取りやすい場所へ引っ張り出した。

「ちゃんと、帰ってきてくださいね」
「え、やだなあ、そんな危ない神社なの?」
「他の女の人に、気持ちを持っていかれさえしなければ、生きてるか死んでるかなんて関係ないですけどね」
「はっ?」

 笑ってる、けど、ぜんぜん笑い返せる感じの笑顔じゃない。シェイクスピア風に言って、目が緑色に光ってる。

「なんて、怖かったですか?」
「そ、そりゃあ」
「よかった」
「よかったって……」

 素直に、なるだけ早く戻ってこようと、思った。



§§§



 鎮守の杜と言うに些か野性味に過ぎる感のある杉の森は、高木だと認識して見上げてさえ葉が遠く、木漏れ日の切り口が水中から遠い水面の輝きを見上げたときように思えてしまう。茂る葉のドームの内側は日光を遮られた薄明かりが細くたどり着く深海のようだ。気味が悪いほど垂直に立ち、枝のない赤い幹は太ささえ均一で、この森に抱かれれば人工的な建造物を感じずにはいられない。呼吸をすれば土と草木の湿った匂いが肺を満たし、ひんやりと小さく体温を奪った。陽の光のあまり届かない杉の足元は、低木やシダが這うように茂り、森の中にもう一層小さな森を作っている。
 苔と朽ちた枝や落ち葉の積層、スポンジのようにふわりと足を受け止める地面を踏みしめて歩くと、赤い鳥居が見えてきた。緑色に染まった湿る薄明かりの中を無数に聳える赤茶色の柱の群に混じって威容を示す明朱色の佇まい。その内側も外側も同じように森の中に含まれているが一歩結界の中へ踏み入れると清廉とした空気が……ということはない、鳥居の中も外もどちらかと言えば正しく森の中と言った空気が満たしていた。私にはオーラ的な何かを感じる感受性はない。どちらかといえば、鳥居の有無にかかわらずこの森の中は全てに清廉な空気が満ちていた。

「思ったより歴史感あるなあ」

 正直、期待いていなかった。
 こうした歴史的にキィになりそうな『○○神社』とは、いざ足を運んでみたらショボい鳥居と社が1つ、宮司もいなくてただの廃墟、苦労する割には写真を数枚撮って終わりみたいなケースがザラで、今回もその可能性は十分にあると思っていたから。
 でも来てみたら結構いい感じの森に抱かれていて、鳥居が森に飲まれるか飲まれないかで維持されていたり、舗装も石畳もない参道はしかしそれでも柔らかい土の中に道らしい形を保っている。ここから見える社は小さく建築としての規模は無いようだが、佇まいは背後の山そのものを神体とするタイプの神社に通ずるものがある、その通り、鳥居はさしづめ山と平地の境目の結界に鳥居が立っているような感じだ。
 数段だけ何度かに分けて登る、木の板を立てる形の土の階段が時折あるだけで、後は坂道でなだらかに登る参道。えっちらおっちらと上っていくと、拝殿の姿がはっきりと見えてきた。案の定大きくはないが、廃墟と見違えるような社ではないし、参拝者に無理に応えようとして合わない素材のスロープや風情のないステンレスの手すりを無粋に設置したようでもない。拝殿の背後にはどうやら山の傾斜について超常を感じる大きな凹面を持っている。切り立った巨大な|ほぞ《・・》のような岩肌には、ちょろちょろと小さな滝とも言えない水の筋が落ちていた。本殿は見当たらない。本殿と拝殿が一体のものなのか、あるいは拝殿の裏側にある岩の|ほぞ《・・》あるいはこの山がもしかするとこの神社の神体なのかも知れない。どちらにせよその姿をここからではこれ以上窺い知ることは出来なかった。もう少し近づいて見ようとしたところで、私は何かを忘れていることに気付く。

(あ、手水舎が見当たらない……)

 鳥居から参道を通って拝殿まで、門は見当たらない。神門や随神門は無い神社も多い、門がないとなれば門をくぐらずに入ってもなんとも仕方のないことだとは思うが、手水舎がないと言うのは身を清めずに近づいてしまっていいのかという疑問を感じずにはいられない。あちこちを見回してみるが一向にそれは見つからない。拝殿を中心に円の範囲に入らないようなまるで滑稽な動きでちょこまかと歩き回ってみるが、結局見つからなかった。
 ついでに言えば、社記もない。「ここは阿祖神社ではありません」と言われてしまうと心配になってしまう。そもそもこの神社の祭神に蛭子神が含まれていることに興味をいだいてやって来たのに、それが記されていないとなるとちょっとがっかりになってしまう。神社の佇まいが予想よりも神々しいのを考えるとそんな疵は得ずに済ませたいのだけれど。

「手洗わなくていいのかなあ、まあ私は別に神道な人って訳でもないし……」

 などと罰当たりなことをぼやいていると、向こうの建物の付近に人影が見えた。神社の関係者だろうか、これはしめた。きっと社務所なのだろう建物に、神職らしい衣装の人がいる。

「すいませえん」
「はい。 あら、参拝者さんですか、珍しい」

 振り返ったのは、アミちゃんと同じくらいの歳かなという感じの女の子だ。おおう、可愛い……いや、だめだってば。
 肩上ショートに切った黒髪、大きな目は勝ち気な印象を受ける。巫女装束のような紅白の衣装を着ていて、ほうきを持っているところを見ると掃除中だったのだろうか。印象的なのは、靴が……

(え、靴……バンズ?)

 巫女服にあわせて履いている靴が、草履や下駄ではなくVansのハイカットスニーカー、少し底が厚くてボリューミなストリート系だった。何故。

「お参りご苦労様です。どうかなさいましたか?」
「えっと、手水舎って、無いんですか?」
「ああー、ウチにはないですよ。そのままどうぞ。と言っても、そこでお参りしたら終わりですけどね。」
「ああ、そうなんですか。変わってますね」

 にっこり笑って拝殿の方へ促してくれる巫女さん。少し彫り深い印象を受ける顔の作りに、靴のせいでやたらと活発に見える。巫女装束と手に持った箒が全く似合っていない……と思いそうだがこれが案外マッチしている。勿論、神社にと言うよりは、新手のファッションとしての話。
 私は拝殿に向かう。賽銭箱に心ばかりのお賽銭を静かに放って、向き直る。
 鈴がない。

(へえ)

 鈴がないのは古い神社の証拠だ。由緒が古くても参拝者が無いことを不思議に思うので付けることもあるようだが、拝殿にある鈴は戦後になってから広まったものだ。
 拝殿の吹き抜けの向こうには極短い幣殿が見えるが、その向こうに本殿のようなものはやはり見えない。見えるのは縦に筋の入った岩と、それを張って流れる細い水の筋、茂った草だけだ。普通はあるだろう鏡や神体、祭壇は見えない。やはり、山を神体に見立てた変わった形式の神社のようだ。
 私は礼をして柏手を打つ。音が妙によく通って、反響していた。水の滴る音に混じって聞こえる自分の柏手の音。本来は神様に呼びかけるための柏手が、自分を奮い起こすためのように聞こえた。最後に一礼してお参りを終える。特にお願い事はしなかった、よそ者がお邪魔します、という報告をしたような感じ。
 私は振り返って拝殿を離れ、内側から参道を眺めてみる。なだらかに少しだけ上ったつもりだったが、案外高い。こんな山奥にあるお社なのに、参道はすっと真っ直ぐだ。わざわざ切り通したのでなければ、かなり貴重な土地を使ったのだろう。

(せっかく来たんだし、少し関係者の方に話をですね……)

「御守は水子供養と病気平癒しかないです。」
「おわっ!?」

 振り返ったところに、急にさっきの巫女さんがいた。にっこり笑っているけど、なんか言ってることがおかしい。え、いきなり御守って。

「そ、そうですか」
「おみくじならありますけど」
「あ、ああー、じゃあ、一つ、お願いします」

 え、押し売りなのこれ?

「水子ですか? 病気?」
(えっ、おみくじのつもりだったんだけど……)

「じゃあ、病気平癒の方を……」

 もう用意してきていたのか、すぐに紫色の御守を差し出してくる。それを受け取るとき、彼女が私のことをまじまじと値踏みするよう目で見ているのを感じた。
 決して嫌な感じはないのだけど、なんとなく、警戒と好奇心の両方を感じる。さっきいきなり後ろにいた、人懐こさのような踏み込もうとする距離感と、私の一挙手一投足を逃すこと無く見ようとする目。

「おいくらですか」
「参拝くださった方には差し上げてます。ちゃんとお祓い済みですから、ご利益ありますよ。」
「えっ、いいんですか」
「ええ。ただより高いものはないって、申しますでしょう?」
「ぅぇ?」

 なんだか変な用法……いや、もしかして何かを|負わされて《…》いるのっ?

「というのは冗談でして。氏子さんじゃないですよね、初めてこちらに参拝にいらっしゃった」
「ええ、はい」
「お土産にお持ちくださいな。きっと効果はありますよ」
「あ、ありがとうございます(病気は特にしてないんだけど……)」

 言葉遣い自体は丁寧だが、見た目通り、垢抜けた感じですきっとした印象を受ける。受け答えもハキハキしていて、運動部的な好感がある。こんな過疎地域の神社にこんな巫女さんがいるとは思っていなかったなあ。|祝主《しゅくしゅ》といったっけ、この神社の宮司さんのような人も女性だとアミちゃんが言っていた。もしかしてビアンの楽園なんじゃ……

「はっ、いかん!」
「えっ?」

 目の前の美少女……かはともかく可愛らしい巫女さんを目の前に、本命への愛を蔑ろにするところだった。変な声を上げて巫女さんに変な目で見られて変人だと思われても、今は甘んじてそれを受け入れよう、誘惑に打ち勝ったことを評価して欲しい。

「うん」
「え、ええっと? 氏子さんじゃない方がいらっしゃるのは珍しくて、ですね、水子供養と病気平癒以外がお願い事でしたら、他をあたっていただいたほうが……」
「ああああ、そういうんじゃないです。ちなみに病気もしてないつもりです」
「はあ。わざわざこんな無名の神社にまで、ご苦労様です?」

 明らかに不審者に思われてる。ここはズバッと本題に入ったほうがいいかも知れない。

「実は私がここにお参りに来たのは、神様にお願いに来たんじゃないんです」
「観光、ですか? この県の観光名所でしたら乗るバスか電車を間違えていますけれど」
「いや、私、趣味で各地の神社なんかを回っていてですね。あ、御朱印っていただけますか?」
「ああ、はい。朱印帳があればお預かりしますよ。300円お納めください」
(あ、こっちはかかるんだ)

 私は鞄の中をガサゴソやって、愛用?の御朱印帳を手渡し、300円を納める。少々お待ちください、といって巫女さんは社務所のようなところに入っていった。
 ぽつん、と山深い神社の境内で一人取り残される。こういう小さくて人のいない神社で御朱印を待っている時間は、なんとも手持ち無沙汰だ。場を離れてあちこち見に行ってしまうわけにも行かないし、かといって、大きな神社のようにその場で目をやるようなものもない。そこから見える景色をぼうっと眺めたり、社務所の入り口にある神域らしからぬ人の生活感をみてニヤニヤしたり、夏の暑い盛りなら飲み物を飲んで一息ついたりして時間を殺すしか無い。大きな神社なら、何かのパンフレットが置いてあったり観光案内マップがあったり、他に御守があって別の巫女さんが対応してくれたりしてその間の過ごし方に困ることはあまりないのだけど、そういう大きな神社というのはそうそうない。こうして御朱印をもらえるだけまだマシな方だ。廃墟じみた神社だと巫女さんどころか係の人さえいなくて、無人のところもある。
 今は秋口、暑くもなく寒くもなく、こうしてただ待たされているのも特に苦にならない丁度いい季節だったのが、救いだ。
 完全に暇を持て余している私は、この神社を訪れた理由を改めて振り返ることにした。巫女さんが御朱印を持って帰ってきたら、少し話を聞こうと思っていたから、そのリハーサルも兼ねている。
 この神社は|阿祖《アソ》と銘打たれているのに、蛭子神を祀っているというのが変わっているなと思って来たのが発端だ。入ってくるときに社記もなく実際には祭神はまだわからない。話を聞いてみたら「エビス様なんてお祀りしていませんよ?」と返される可能性もなくはない。
 カバンからメモ用のノートとペンを取り出して巫女さんが出てくるのを待ち構える。なんだか取材みたいな感じになっている、まあ取材といえば取材だ、何か出版するつもりがあるわけでもないのだけど。
 と、巫女さんが御朱印帳を持って出てきた。

「おまたせしました。色んな神社にお参りされてるんですね。お参りご苦労様です」
「ありがとうございます」

 手渡された御朱印帳を開いてみる。
 普通御朱印帳に御朱印を頂いたときは、頂いた印が逆側の面に移らないように押さえ紙を挟んでくれるものだが、なんだか普通の押さえ紙よりも大きい気がする。普通は万年筆のインク吸引紙のような固くて鬆のある紙が挟まっているものだけど、触って見ると柔らかい。って、これティッシュペーパーじゃん。
 確かに押さえ紙なんてなんかご利益をもらうものでもないしただ裏写りを防ぐ機能だけを期待したものだから、ティッシュで十分といえば十分だ。

(な、なんか色々自由だなあ)

 でも、朱印自体を見て驚いた。「奉拝 甲斐国」と右上から流した上で、中央に荒々しささえ感じる勢いのある大きな字で「阿祖」と記され、左手には年月が書かれていた。印は角型で『阿祖神社』。角印の上には何かもう一つ朱書されている。なんだろうか、蛇……龍? 何か細長いものがうねった形を象っているように見えた。字では、きっと無い。中央の力強い文字があって、紙面全体を大きく埋める立派な御朱印だ。
 私はほくほくした気分で御朱印帳を鞄にしまう。

「あの、もしよかったらこの神社のことについて少しお話を聞きたいんですが」
「はい、いいですよ。今は私しかいないので、私でよければ」
「お願いします。」

 私はノートにペンを宛てがって、メモを取れる姿勢で巫女さんに話を聞くことにした。

「この神社、アソ神社ってことは、浅間系……富士山信仰のお社、なんですか? 実はこの神社の由来が気になって、お参りに来たんです。」
「ああ、なるほど。それで変わった匂い」
「え、匂い?」
「ああ、いえ、こっちの話です。じゃあ、この神社の由緒の説明をさせていただきますね」
「はい、お願いします」

 匂い、と言われて、私だって一応女だ、気にならないはずがない。私が自分の腕とかワキとかをくんくんしていると、巫女さんは「そうじゃないですよ」と苦笑いする。じゃあどういうことなのだろうか。
 匂いを気にしている私をよそに何か納得するように小さく頷きながら、巫女さんは唇に指を当てる仕草で何事か思いを巡らせてから、もう一度私を見た。さっきの、目だ。わかったこの目、猫みたいなんだ。ちょっと笑ったように、でも警戒心と好奇心を隠そうとしない、少し不敵だけど人懐っこさもある妙な雰囲気。

「ちょっと変わったお話になりますよ」
「へえ。それは楽しみです。」

 私がそう答えると、巫女さんは話を続けた。

「『鬼界カルデラ』をご存知ですか?」
「えっ、ええ、まあ、メディアが取り上げて騒いでいる程度のことは」

 神社の神職から随分珍しい言葉が出てきた。ここから随分遠い場所の話だ。何で神社の由来の話をしたら火山の話が出てくるんだろうか。
 鬼界カルデラは、鹿児島県の更に南の海、大隅海峡の海底にあるとされるカルデラ、あるいは今はそこに見られる世界最大規模の溶岩ドームを指すこともある。元々太古の時代から噴火を繰り返している場所であり、溶岩ドームが確認されている通り今でも火山活動は続いているとされる。鬼界カルデラは、日本史上最悪規模の噴火の可能性を秘めるものと想定されていて、インターネットを始めとするコンシューマメディアの上では、「日本を滅ぼす大噴火が明日にも起こるかもしれない」という強烈な語られ方をしている。

「おや、もしかして火山マニアの方ですか? 最近、高沢秀之が火口アタックしてるのが話題になってますからね」

 高沢秀之は有名男性アイドルの名前で、あるテレビ特番で溶岩接近が趣味ということが広く知れ渡って話題になっていた。その契機で火山女子が増えてる……なんて話は聞いたことがない。そもそも私は……

「いえ、火山マニアとかじゃないですけど」

 寄生虫マニアに次いで、今度は火山マニアですか。まあ古代日本史なんかかじってると火山は避けて通れないテーマだ。実際に火口アタックなんかしようとは思わないけれど、一般人よりは多少詳しいかも知れない。
 それは置いておくとしても、鬼界カルデラは最近一気に有名になった海底火山のことだ。

「7300年ほど前の鬼界カルデラの噴火によって生じた火砕流が、九州の縄文文化を滅ぼしたという説があります。」
「なんかそんな話も聞いたことがありますね。それが一体」

 このところ地震の頻発や火山活動が活発になっているのを受けて、プルームテクトニクス観点や最新技術を用いた地質学調査にが進んだり、また「破局噴火」という造語を使用してその壊滅的な活動とその予言を有名にする小説が出版・評価されたりなどして、俄に活気づいている分野だ。
 数千年単位とかいう人間からはどうにも想像できない周期で噴火を繰り返している鬼界カルデラが破局的に噴火した例が、7300年前にあった言われている。
 当時九州には大きな規模の縄文〜弥生文明が花開いていて、それらはこの鬼界カルデラのウルトラプリニー式噴火によって生じた噴煙柱崩壊型火砕流とその後の火山降灰、寒冷化によって滅んだのではないかという説がある。海底火山による火砕流は、比重や温度、速度の関係から海上を滑るように渡ることが知られている。これによって九州南部は大きな被害を受けただろうというのが最近の研究だ。

「この阿祖神社の開祖は、阿蘇山を奉じていた人達、あるいは神様と言われています。といっても我が家の伝承でしかなく、史実として認められているものではありませんが。元々富士山の麓には、かつてその鬼界カルデラの噴火から逃げるように海を渡って九州からこの地にやって来た縄文人がいたのだとか」
「また随分突飛な話が出てきたなあ……。ということは、阿蘇山を奉じていた縄文人がここまで逃げてきたということですかね。邪馬台国北九州説が好きな私にとっては、その縄文人を|狗奴《くな》国に紐づけたいところですが」

 突飛な話だ。だが、私が元々この阿祖神社を訪問しそのルーツを探りたいと思っていたのは、その通り、この神社が、富士山の麓にあるにも拘らず富士山信仰とルーツを異としているかもしれないと思ったからだ。それを感じたきっかけは、鬼界カルデラの話なんかではなく、祀神が「蛭子神」となっていることだったが、もしかするとルーツが違うということ自体はビンゴだったかもしれない。
 |狗奴《くな》国の人かどうかは別として(そもそも狗奴国、邪馬台国は比定地が定まっていないのだから)鬼界カルデラの巨大噴火によって九州から北東方向へ移動した人間は東北地方にまで及ぶとの見方がある。
 縄文人と弥生人を人種的に区別しようとする向きもある。縄文人を日本の固有の人種、弥生人を大陸系からの渡来人と分けるものだ。そういう点で、今はその由来を語るものではないので、一旦は全て時代依存の呼称で考える。私は『日本固有』をどこに置くかの定義の問題よりも、縄文という言葉を個々では人間の流れを幾つかに分ける上での便宜的なものと捉えて考えることにした。縄文の起源だの弥生の由来だのを考えると国外に視野を向けねばならず話が複雑化するからだ。今は日本の話をしている。
 そもそも古代日本には幾つかの人種の渡来があり、混血によって組成されているという見方が強い。中でもY染色体ハプログループという系統分類方法では、D系b1グループは世界規模での所謂レア(絶滅危惧)血統で、日本人の30%程度、沖縄とアイヌに飛び抜けて多いとされていて、これを日本人の原形と謳う人もいる。卑俗に言い分けるなら、これが所謂弥生人か縄文人か。縄文人を蝦夷や熊襲、隼人、アイヌに寄せる人もいる。
 日本人の祖を突き詰めたり日本人とは何かというナショナリズムに傾倒するつもりは私にはないが、人の流れとそれが運ぶ文化の流れを考慮するときにはどうしても避けて通れない観点だ。だけどこれを語り始めると今度は右だ左だと言う話に持っていかれるので非常に不愉快でそうならないように神経を使って会話しなければならない。

「その伝承によれば、阿蘇山を見捨てる形で逃げてきたことを悔い、この地で見つけた大きな山、つまり富士山を阿蘇山の形代として祀ったことで生まれたのが、このお社だと伝わっています。まあ、ちょっと信じ難いお話ですよね。」

 想像だけで言って縄文人が火山に神性を見出していたと仮定するなら、阿蘇山はなにか別の脅威から自分たちを守ってくれてたと感じ逃げた先でも富士にもそれを重ね感謝し続けた、と考える事もできる。そもそも神火論的に、火山そのものを奉らねば怒り狂う神とするのであれば、逃げた先にももう一つ巨大な山があれば『もうあんな被害は懲り懲りです』と祭り立てることも理由には入る。そうであれば、縄文人が逃げてきた脅威として有力なのは鬼界カルデラのウルトラプリニー式噴火のことだったとすることには、一定の説得力があるように思えた。

「鬼界カルデラの噴火の火山灰で太陽が隠れたことを、『岩戸隠れ』と想像する説があります。その場に残って祭を行いアマテラスが出てくるのを待った者と、逃げた者がいたってことかもしれませんね」
「うちにもそこまでのことは伝わってないですが、そういう話もありかなって思ってます」
「まあ現代科学の分析が信仰の根底に挟まる辺り、これはちょっと新興宗教っぽい説ですね。でも、私はこの神社が浅間系ではないんじゃないかと思って、お参りに来たんです。だから、そういう話はある意味で願ったり叶ったり」
「あら、そうだったんですね。変わった参拝者さんだと思ったら。氏子さんでもないみたいだし、どうしてこんな神社に、なんて思ったんですよ」

 アミちゃん情報によれば昔は氏子も多い神社だったと聞く。それもあって、仮にもその神社の責任者であったりそのお社を守る立場の人間が「この神社の由来怪しくね?」と嗅ぎ回る人を煙たがらないのは珍しいと思った。「うちの」といっていたからきっとバイトの巫女とかではなく、ちゃんと家の人なんだろうし。

「カルトやサブカルの目的であれこれ調べるのを嫌がる神職さんも多いんですが、その、結構おおらかなんですね」
「まあ、私もそんな話、信じてはいませんからね」
「ふえ」

 いきなりセンセーショナルな言葉を投げつけられて仰け反ってしまう。

「神話は神話ですよ、昔話の強いやつ、位にしか思っていません。私、こう見えても結構若いんですよ?」
「いや、どう見ても若々しさ溢れる若者だと思うよ」

 高校生くらいにしか見ない、少なくとも|見た目は《…》。

「理由なんてどうあれ、参拝に来てくださる方を大事にするのが、現代の神社ですから。カミサマガーユライガーなんて、知識として持っておけばいいんですよ、必要な信仰心はあとから付いてきますから。」
「へえ。なんか魔術みたいな思想ですね」
「えっ?」
「信仰から学問を分離する。魔術は信心ではなく体系化された知識によって実現される。でも学ぶ内に芽生える信仰もあるかも知れない。西洋魔術にはそういう学派もありますよ、錬金術寄りかな」
「はあ。まあ今のところ私には信仰心は1ミリもありませんけどね」
「フォローの意味なしッ!」

 なんて言う割には、きちんとした恰好をしているし、正直誰も参拝に来ていなさそうなのにちゃんと巫女さんやってそうな辺り、根は真面目なのかも知れない。この人、アミちゃんの言っていた本家筋の人なんだろうか。

「鬼界カルデラを含む火山前線は、霧島連山、阿蘇山を通って中国地方にまで通じています。九州の火山いずれかが噴火したとなれば、山陰を通って関西へ出るのはもっともかも知れません。」
「たしかに最近急に話題になって、九州の縄文文化が鬼界カルデラの噴火で滅んだ、という話は聞きますけど、私はそうではないと思うんですよね。やっぱり生き残りはいたと思う。だって鬼界カルデラの噴火の被害が到達したのは、精々鹿児島県くらいまでで、それ以北はアカホヤ降灰の影響くらいで済んでるんですよね。それが『岩戸隠れ』なわけで。勿論気候の変化など含めて大被害ではあったでしょうが、九州の縄文人が一瞬で全滅、なんてことはないと思う。一部は生き残っていて、やがて大和朝廷によって別の場所へ追いやられていった人々と合流したんじゃないかと思います」
「熊襲や隼人と呼ばれる人達ですね」
「はい。それに、歴史研究家の間では、天孫降臨とは別に、それより前に九州に祖神が渡ってこられて、神武天皇より先に大和地方や出雲地方に移り住んだという別の神系の話が知られています。大陸から九州へ、また九州から瀬戸内を通って畿内への移住がそれぞれ複数回にあった、別れていたという話自体は、説としては珍しいとは思ってません。残ったり、近畿へ移住したり、といった動きはあったんじゃないかと思ってます。諸説、ありますが」

 |饒速日命《ニギハヤヒノミコト》が|天磐船《アマノイワフネ》に乗って九州のいずれかの地に降臨された。
 現在主となる記紀神話では、その後を追うように|天鳥船《アマノトリフネ》で九州にやって来た|瓊瓊杵命《ニニギノミコト》の『天孫降臨』にフォーカスが移っており、その後所謂『神武東征』の際に|饒速日命《ニギハヤヒノミコト》を祀る|長脛彦《ナガスネヒコ》対、|瓊瓊杵命《ニニギノミコト》の子孫である|磐余彦命《イワレビコノミコト》(後の神武天皇)のバトルに痕跡を見るのみになっている。
 きっと同じく大陸か半島かを祖に持つ者同士なので、民族としては(|饒速日命《ニギハヤヒノミコト》と|瓊瓊杵命《ニニギノミコト》の間では)とりあえず同和はしたのだけど、トップ同士(|磐余彦命《イワレビコノミコト》と|長脛彦《ナガスネヒコ》の間)は折り合いがつかなかった、みたいなところだろう。神話では|長脛彦《ナガスネヒコ》のみが狂人のように書かれているが実際には一般的な征服支配が敷かれていたかもしれない。
 この|長脛彦《ナガスネヒコ》、ひいては|饒速日命《ニギハヤヒノミコト》は、有名な物部氏の祖先と言われている。だが物部氏と長脛彦は同系統ではなく、|饒速日命《ニギハヤヒノミコト》によって産み分けられた別系だ、との見方もある。この|長脛彦《ナガスネヒコ》は割と謎が多い人物だ。他の神様は自然との関わりや、宇宙、賑やかさ、輝かしさ、美しさ、などを示す言葉が名前になっているのに、この神様は「あしながおじさん」くらいの意味の名前なのだ。地名が由来しているとも聞くが、その土地の支配者にも拘わらず習合後にも神様にされていないあたり、どうも大和朝廷としてはあまり歴史として触れたくない人物だったのではないかと疑ってしまう。個人的には天神系のスサノオポジなんだけどな。
 鬼界カルデラの噴火を縄文史に組み入れて個人的な妄想を膨らませるならば、噴火が狗奴国率いる南九州連合を混乱に陥れ、それによって最大の敵対勢力が消えた邪馬台国率いる連合が台頭したのだと言う話を支持したい。これによって東に逃げ、そのまま東に居着いた者が|饒速日命《ニギハヤヒ》の一族であり、|長脛彦《ナガスネヒコ》へ系譜が続くものだろう。逃げなかった者は熊襲と呼ばれる一族になったかもしれない。
 もしかすると、もう少し時代をスライドして、鬼界カルデラの噴火と日本神話の記述レイヤを移動させて一致点を探るなら、そもそも神武東征自体が鬼界カルデラからの逃亡を指しているのかもしれない。古代日本史はひたすらに東遷の歴史だ、どの神話エピソードとどの歴史的事実を比定するか今でも確定できないものだらけだ。|饒速日命《ニギハヤヒノミコト》と|瓊々杵命《ニニギノミコト》それぞれ九州から畿内へ移動したらしいことを考えると、この神社の性質は大きく変わってくる気がするが、それは邪馬台国や大和朝廷の起因がどこにあるのかという問題と同じで、ある程度の不確定と揺れを許容しなければ先に進めないものに思えた。

「ニギハヤヒの降臨は、7300年前の鬼界カルデラの噴火より前。鬼界カルデラ噴火によるアカホヤ噴出物の雲が『岩戸隠れ』ということになるとして、ニニギの天孫降臨の後に、神武東征とナガスネヒコに始まる抵抗勢力の討伐と大和朝廷の出現はその後。とすると、なんとなく整合性はあるような気もしないでもないです、スケールがでかすぎてなんだかよくわかりませんが」
「私も家ではそんな感じのことを聞かされていました。」

 記紀神話に従うならば、天孫降臨自体は神武天皇が神武東征を始める更に179万2470年ほど前ということになる。流石にバカバカしいので、個人的な見解でケツの2470年だけ見ることにしている。案外整合が取れるので、雑に時系列を考えるときにはそうすることが多い。
 雑、なのだが、そもそも正直この時代の固有名詞や一意性はアテにならない。複数の人間が一人の英雄に集約されていたり、そもそも居もしない人が存在していたり、特にその逆、重要な人物が消されたりもしていることは非常に厄介だ。そうしたブレが歴史のロマンであり、個人的には、確たる証拠は求めつつも、それなしに一つの説に断じてしまうのは、なんとも面白みのないことだと思っている。ほら、私は学術研究家ではないから。エンタメとしての歴史が好きなのだ。

「なるほど。もしかするとこの阿祖神社は、阿蘇山系よりももっと古い神様を祀ってるとか。今となっては名前のない忘れられた神様、ってのも、ありえますね」

 歴史のロマン。名の知れた日本の神様なんて、実際は割と新しいもので弥生以降のものだ、縄文の神様は全く謎に包まれている。有名なところではミシャグチとかの諏訪の神々がそうなるけれど、同系列に|天津甕星《アマツミカボシ》やらがいるわけだし、出雲系の神様も発端は発端は異なるとされていて(天孫系/天神系あるいは天津神/国津神)、国津神は縄文の神の変形だともいわれている。蘇我に滅ぼされた物部はそちらの系譜だったというのは先の|長脛彦《ナガスネヒコ》の話もあって有名なことだけれど、それは神道か仏教かという日本史の教科書に見える話とは少し違う。
 そうした神様を丸ごと飲み込んでその殆どが神様として組み入れられた上で所謂記紀神話としてまとまったのは、各地の土着の神様がキリスト教化の経緯では片っ端から悪魔の系譜に連ねられたのと同じだ。敵ではなく親戚に組み入れられがちなのは、日本のおおらかなところだと私は思いたい。
 と、思っていたのに、当の巫女さんの口から出たのは以外な言葉だった。

「いいえ、ウチは普通に、オオナムチ、スクナビコナ、スサノオですよ。ウチの蛭子様はスクナビコナに習合されちゃってます」
「ええっ」

 それってさっきまでの話と少し違う。だって、それじゃあ普通に大和朝廷の教化(皇化といってもいい)の後の姿じゃあないか。期待していたのは、阿蘇十二明神の前身である何らかの神様とかだったのに。

「元々は、浅間系の名前なのに|蛭子《ヒルコ》神祀ってるのが変わってるなと思って来たんですが……。そもそも祭神に浅間大神もコノハナサクヤもいないのはさっきのお話でわかりましたけど、それどころか阿蘇十二明神のいずれでもないんですか? 阿蘇系だってお話は」

 |大巳貴命《オオナムチノミコト》は国津神の偉い人、|少彦名命《スクナビコナノミコト》は|大巳貴命《オオナムチノミコト》とBL仲の小人の神様、|素盞嗚命《スサノオノミコト》は|大巳貴命《オオナムチノミコト》の義理のお父さん。いずれも阿蘇の大明神や富士山にはあまり関係ない。精々|木花咲耶姫命《コノハナサクヤヒメノミコト》が|素盞嗚命《スサノオノミコト》と近縁だ、くらいか。阿蘇にせよ富士にせよ、蛭子神には余りつながりを感じられない。何故この阿祖神社は、その三柱を祀っているのだろうか。もしかすると名前の方に齟齬がある?
 私がその点を訝しんでいると、巫女さんは、こほん、と小さく咳払いして続きを話し始めた。

「ではもう一つ新興宗教っぽい怪しげなお話を、お話ししましょうか」
「そりゃあもう、私そういうの大好物なんで。聞きたいです」

 私が食いつくと、彼女は少し得意げな表情を浮かべる。信じていないなんていいながら、心の底では自分の神社の由来が大好きなのではないか、そう思うとなんとなくいじらしくもあり、同時に興味はより強くなる。

「イザナギとイザナミのお話は、恐らくご存知だと思いますが」
「女性から男性に声をかけたら畸形児が生まれて海に流したっていう、現代的には人権問題ふっかけられそうなお話ですよね」
「ふふっ、そのとおりです。その奇形児が、海を渡ってくる神様と習合されて恵比寿神になったというのも」
「まあ有名な話ですね……うちの業界(?)では、ですが」

 |伊邪那岐命《イザナギノミコト》と|伊邪那美命《イザナミノミコト》の二人は、アダムとイブみたいなもの(日本では他の様々な神様の親であると同時に、その後人間の『寿命』の発端とされているが)と言われている神様だ。だがこの二人、初っ端から畸形児を産んでしまい水子に流している。|伊邪那岐命《イザナギノミコト》から|伊邪那美命《イザナミノミコト》へ、つまり女性から男性へ逆ナン形式で声をかけたことが原因で、二人の子供は実に二度も水子を出している、妊娠の二度とも畸形児とか現代なら挫けそうな境遇なのに、夜となったらセックスしかやることなかったのかよというくらい強い心でその後の神様を生み続けたわけだ。
 その一人が|蛭子《ヒルコ》であり、|今日《こんにち》ではエビス様に習合されている。もう一人が|淡嶋《アハシマ》で、こちらが実は余りはっきりとしていない。今はなんとなく|少彦名命《スクナビコナノミコト》に集合されているらしいけれど、本当のところは記述も何も残っていなくて、ヒルコ神よりももっと謎の神様だ。|蛭子《ヒルコ》と同じく葦の舟で流されて、それきりということになっている。歴史から消された神として、その手の話が好きな人にとっては有名だ。
 余談だが、古墳や遺跡から発掘される土偶の多くが砕かれ欠損した状態で見つかっているのは、元々は死体や人糞を肥料として使っていたなんて話から肥沃な土地には生贄を捧げて人の死体を肥料としていたのではないかという名残がある。土偶はその人身御供を代用する共感魔術だっただという話もあり、ヒルコやアハシマを流したのはこの生贄のルーツを語っているだなんて言う説もある。誰かが日本神話は西洋の神話と違い神様同士の殺し合いが少なくて平和、と言っていたが多かれ少なかれこういう事はあるものだ。
 そういえば、ここに来るときにアミちゃんに下ろしてもらった辺り、|阿波戸《あわと》に来る時のバス停には「淡」って消されていたけど、もしかしてそれは「|淡嶋《アハシマ》」のこと? 『アワト』の音もそこから来ているのかしら。
 アハシマ神は今日では確かに|少彦名命《スクナビコナノミコト》と同一視されがちだ。さっき巫女さんが言っていた、祭神の中には|少彦名命《スクナビコナノミコト》が入っていた。

「この阿祖神社で祀っている蛭子神は、エビス様ではありません。文字通り『ヒルコ』と読みます。」
「蛭子神社自体は日本のあちこちにあるけれど、でもヒルコ神って結局水属性ですよね。阿祖神社が浅間系ではないことはいいとしても、仮に阿蘇系だとしても、山系です。あんまり接点があるように見えないんですが。もしかして鹿児島からこっちに来た自分達を神様にしたってことですか? ヒルコにせよスクナビコナにせよ、火山のイメージではないですが」

 七福神の恵比寿様には、大きく分けて3系統ある。1つは|蛭子《ヒルコ》系。もう1つは|少彦名命《スクナビコナノミコト》系。もう1つが|事代主命《コトシロヌシノミコト》系。七福神の中で唯一日本ルーツの神様ではあるものの、いずれにしても天孫系・天津神ではなく、捨てられた子か、天神系・国津神ということになる。それに中国から遅れて入ってきた神様が習合されたものだ。更にそこまで視野を広げても、鯛を抱えているだけあってやはり海に近い神様で、今日山の要素はすっかりない。元々ないと、私は、思っている。

「あるいは、ヒルコやアハシマがアマテラスからの正当な系統として残っていないことと、火山活動のせいでこっちに逃げてきた人、例えば|狗奴《くな》国系の人間とかが、関係しているのかな。大和王朝から見ると『アマテラスの再臨を待たずに逃げた』非正統系だってことで、流された神として卑下されたみたいな」

「もしかしたら、それもあるかもしれません。でも主たる理由はそうではありません。」
「と、いうと?」
「この神社の元々の由来は先ほどお話したとおりですが、歴史を経て集合された弊社の『蛭子神』は、海ではなく、山からおいでになるからです。」
「えっ?」

 実は、海を渡ってくる来訪神・招来神の類型はあちこちに見られる。沖縄のニライカナイ信仰にも見られるし、海外の島国でもカーゴ・カルトといった言葉で呼ばれて(否定されがちではあるが)類型化されている。そもそも日本神話の天孫降臨もその一端だと言われている。だから、『蛭子神』として鹿児島の方から渡ってきた自分達を示すように奉らせたのではないか、と一瞬考えていたのが……山から来るのだといきなりへし折られた。

「この地域には、山から降りてくる恐ろしい祟り神がいました。」
「祟り神? 浅間系の地域には諏訪との不完全な習合があるようですが……それとも飛騨系の」
「いいえ、ミシャグジ神などの山の神とは別です。その祟はもっとわかり易い言葉で、現代の人間に説明することが出来ます。」
「わかり易い言葉?」

 彼女の目を見ているとぞくっ、と背筋が凍る思いがした。告げられた言葉は神話の話に付け加えるにはあまりにも突拍子もない言葉だというのに、酷く現実味を感じる。その点と点が突然つながるだなんて、思っていなかった。寒くもないのに全身に鳥肌が浮き上がって、身震いを強いられた。恐怖とも少し違う、だけど、気分のいい感覚ではない。

「『寄生虫』です」
「き、寄生虫……」

 想像だにしていなかった言葉が飛び出してきた。神話の解釈と神社の起源の話の中に寄生虫症だって?

「驚かれたでしょう。」
「いえ、いや、はい。つい先日、郷土資料館に行ってきたもので」
「ああ、佐久間醫院ですね。あそこは本当に恐ろしい場所です。病院の皮を被って寄生虫の人体実験をしていたなんて……」
「そう、ですね」

 いや、考えてみれば不思議はないのかもしれない。日本住血吸虫症は今でこそ流行終息しているものの、この土地では大昔から知られた風土病だ。それを山の神様の祟と見做すような小さなカルトが存在しても不自然ということはない。むしろ、神頼みしなかったという方が、不自然だ。
 アミちゃんの話によれば、阿祖神社は昔はそこそこの数の氏子を抱えた神社だったとか。日本住血吸虫症のことだとするなら、この辺一帯にしか居ないという不思議な固有種貝を中間宿主としているものだし、その奇妙な症状(腹に水が溜まって巨大に膨れる)を考えれば、患者の姿を見せて「これは神様の怒りだ」とでも言えばビジュアル的に信仰心を集めやすかっただろう。それは、火山に見る山の怒りとは、明らかに異質で陰惨なものだ。

「こちらでお祀りしている『蛭子様』は、寄生虫のことです。蛭子様をお祀りして寄生虫症の予防と、平癒を祈願するものです。馬鹿げた風習と思われるかも知れませんが、つい最近まで参拝者はいらっしゃったんですよ。今でもチラホラと、いらっしゃいます。」
「地方病の……」
「この神社に手水舎がないのは、その神様の祟が水を仲介して生じると考えられていたからです」
「なるほどそれで」

 日本住血吸虫症の『最終的な終息宣言』は実は|今日《こんにち》まだ出されていない。今発表されているのは『流行の終息宣言』だ。中間宿主であるミヤイリガイの根絶がなされていないからである。だが実地調査を重ね、日本住血吸虫(の幼生)に感染したミヤイリガイが新たに発見されなくなり、患者の発生も途絶えて20年が過ぎたので、もう「新たな流行は発生しない」としているとしたのだという。現実的な判断だと思う。風土記にさえ記されるほど古くからそれくらい最近まで根強く人間を苦しめてきたというのに、これを抑えたり治す神威を語る神仏がこの土地に根付いていない語られていないのは、逆に不思議である。
 世界のいろいろな神話には、疫病を神格化したものが比較的頻繁に存在する。それらの多くは、風疹、天然痘、インフルエンザ、コレラ、ペスト、チフス、マラリアなどの伝染病の神格化で、それを遠ざける儀式も確かに多く残る。

「日本住血吸虫症とは限りませんけれどね、なんせ、神様にすがろうとしたんです、当時は正体も原因もわからない、祟だったのですから。」
「疫病ネタで言えばオオモノヌシでしょうけど、オオクニヌシとの同一視は日本書紀に限られますしコトシロヌシ=エビス、オオモノヌシ=オオクニヌシ、コトシロヌシはオオクニヌシの子供、という線は無理があるか」

 恵比寿神と疫病神が何らか関係があるのかと言えば……どうだろうか。疫病神というのが多くの場合来訪神とされるのは伝染病の性質故でしかないだろうし、古代日本の神系で親子だから強い関わりがあるかというのは、親子と言うほどの信頼感がない。両者に特別な関係性はない印象だった。

「そういえば、まだ名乗っていませんでしたね、ごめんなさい。」

 名乗るタイミングを、まるで待ち構えていたかのように自己紹介をするの阿祖神社の主(|祝主《しゅくしゅ》と言っている。アミちゃんの言っていたとおりだ)。少女にしか見えない、口ぶりも軽妙で今の若い子風、なのに、今改めて見ると妙に大人びて見える気がした。
 表情や言葉遣いなんかを見る限りは人懐っこさも感じそうだと言うのに、それだけに留まらない、一歩踏み込むことを気圧されるような感じを漂わせている。

「私、この阿祖神社の|祝主《しゅくしゅ》を務めている者です」

 私にはこれっぽっちもスピリチュアルなアレが無いにも拘わらず、まるで外部から押し付けられるみたいな、この感じ。思い出した、この前感じたばかりじゃないか。まるでその時の縮小版で、そのときの嫌悪感だけを切り出したみたい。これ、|道《すすむ》君から感じたあの感じだ。別に二人が似ているというわけではない。なんていうか、ふたりとも見た目と雰囲気が一致していないのだ。
 ただ、こうして比較してみると、|道《すすむ》君から感じる空気と彼女から感じる空気は、なんとなく真逆で、詰まり、この巫女さんの持つ神職的な雰囲気には、口調や振る舞いに関わりなく、人を最後の一歩に寄せ付けない威厳がある感じがした。
 ころころと可愛らしく笑う口元を覆う手の指の、細長くて白く綺麗な様が妙に目に焼き付いてきた。

「|興梠《こうろぎ》 |花鹿《かじか》、と申します。」



§§§



(あれ)

 廃バス停の所まで戻ってきた。車はあるが、当然エンジンは掛かっていない。でも、中にアミちゃんの姿がなかった。

「アミちゃーん?」

 あたりを見回してみても、姿は見えない。
 ただ、木々に冷やされた涼しげな風が運ぶ葉擦れの音だけが、ざ、ざ、ざ、と飛び交っているだけで、他一切に物音さえない。道は来た方からもそのまま通り過ぎる方へも、蛇行していて見通しは悪い。木に塞がれ、参道は緩やかだが上り坂。改めて見れば、外だと言うのに開放感に欠く空間だった。なんだか、じわじわと締め上げられるような閉塞を感じる。

「どこいっちゃったの?」

 ざ、ざ、ざ、ざ

 風が吹く度に舞い散る葉擦れの音が、何か残酷な結果を告げているように思えてきた。当然言葉ではない、ただの音で、法則性のない自然音だ。だが、他に一切何の音もしない中に響く、ぽつんと放り出された開けた閉塞空間の中で聞くそれは、理解できない言葉で何かを語りかけられているように感じられてしまう。
 何を言っているの? 私のことを笑っているのか? アミちゃんの行方をこの風は知っているのではないか。葉擦れの音の中に彼女の姿が溶けて消える想像をしてしまう。何だというのだ。

「トイレかな、きっとそう、きっと」

 車は施錠されていて、入ることが出来ない。中の様子は見えるが、元々アミちゃんはハンドバッグだけを持って出てきた。そのバッグは、残されていた。口は開いているみたいで、中に何が入っているのかはここからは見えないけれど、携帯電話を鳴らしてみたらカバンの中に光が見えた。電話は置いていったみたいだ。

(持っていく余裕がなかったんじゃ?)

 余裕がない? どんなシチュエーションだというのだ。自分に問いかけてみる。
 人さらい? それとも熊か何かが出たとか。
 ふっと、郷土資料館で見た佐久間巴医師の手記を思い出す。

『人間を食べることを常とする生物など、この世にいる、あるいはいたのだろうか? もしいるとすればそれは、従来の生物学の枠から大きく外れた並外れた存在ではないか。地球外生物? 神? 妖怪? 鬼? 馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいのだが、この考えにはなんだか妙に、惹かれるものがある。まるでこの謎を解き明かすことを、何者かに導かれているような。』

「さ、流石にいきなりお山の天狗様に遭遇、なんてことはないでしょー……」

 ぞくっと、背筋に悪寒が走った。
 誰かに見られているような。葉擦れの音は風? 誰かが木々の間を歩いているのでは?
 私はキョロキョロと周囲を見回すが、それらしい影は見えない、見えてたまるか。
 なんとなく背後が怖くなった私は、背中を車に預けるように後ずさって視野を広く確保するように焦点を遠くの消失点へ投げ捨てた。

(!?)

 視界の隅で、何かが動いた。風や枝の揺れではない。不自然な動き、見えてほしくなかったものが、こんなにもあっさりと視界の中に入り込んできた。心臓が跳ね上がる。見たくない、でも、見ない訳にはいかない。
 私は恐る恐る視線をそちらの方に向ける。何が見える? 何も見えないで欲しい。でも、確かに人型のオブジェクトがこちらに向かって近づいてきていた。

「おかえりなさーい」

 見えた人影は、間違いないアミちゃんだった。
 私は駆け出してしまう。

「アミちゃあん!」
「えっ、あわわ、わわっ!?」

 つい、アミちゃんの胸の中にダイビングしてしまう。

「いなくなったかと思ってびっくりしたよお」
「ごめんなさい、ちょっと、その用を足してました」
「そうだったんだ、よかった。人通りのないところだから、本気で心配しちゃった」

 心底、ほんとうにほんとうに、ホッとした。
 私こんなに怖がりだったっけ? というかさ、こんな日も高いうちから一体何を怖がってるのかって、いい年した大人がさ。
 アミちゃんの手をとって握る。にぎにぎ、そのすべすべ柔らかい手に、安心感をもらう。

「すみません。もう、お帰りですか?」
「うん」
「じゃ、もどりましょっか」

 車のキーを取り出して、彼女は車に乗り込んだ。私も応用に助手席に潜り込む。

「おまたせしちゃいましたね」
「待ってない待ってない。むしろ私が待たせてた、ごめんね」

 よかった。車だけ残して行方不明なんて、C級ホラーだわよ。よく考えれば1時間以上待たせてしまったのだから、トイレくらい行きたくなるよね。この辺には公衆トイレもなさそうだし、外でさせてしまっただろうか。
 私はもう一度、アミちゃんに頭を下げる。

「ごめんね。ありがとう」
「や、やですよ、こんなことでそんなに改まってお礼を言われるなんて」
「そうだね、フラグ立っちゃうね」
「……そういうの、なおさらやめてください」
「ごめん。でも、アミちゃんいなくて、おんなじくらいドキッとしたんだから。おかえし」

 と、ひょいっと身を乗り出してほっぺたに、ちゅっ。口を離すと、口がついた場所をそっと押さえるアミちゃん。頬を少し赤くして、その後で、心配そうな表情で私の顔を覗き込んだ。

「サユリさん、肌荒れ、一昨日より酷くなってませんか? 唇、ひび割れちゃってますし」
「うーん、ちょっと温泉、合わなかったのかな。」

 一瞥してから、私の手を取る。アミちゃんが見た部分には確かに、肌荒れと言うか、湿疹みたいなものが腕にできてきていた。痒みがあって、少し熱を持っている気がした。
 風俗街探索をしているときに出会った不思議な二人組、小さい方の人の名前はなんて言ったっけか、リンちゃんか。彼女に言われた言葉を思い出した。ちゃんと病院にいけと。この街のではない病院、と付け足したのが気になったが。流石に目立ってきた。|阿波戸《あわと》フィールドワークが終わったら行くことにしよう。

「あの温泉、たしかに少し、泉質がキツイかもしれませんね。加水して追い焚きする施設があればいいんですが。ここにいる間は、温泉じゃなくて普通の浴場を使ってください」
「うん。ありがとう。」
「かえりましょっか。ご飯の用意しなくちゃ」

 そう言ってエンジンをかけ、ハンドルを切る。

「ご飯、私が作るよ」
「いえ大丈夫です」
「昨日のリベンジさせて!」
「結構です」

 お代カウントは付いているとはいえ、わがままを言って食卓侵食させてもらっているのだ、なんとなく客人面も大概かなと思って昨日の晩御飯は私が作った。結果は惨憺たる物で、アミちゃんが作り直した。まって、私は料理ができないわけじゃない、昨日はちょっと失敗しただけで、普段はちゃんと作ってるんだから。

「お願い、このままでは汚名の流し場所がないのっ!」
「だーめーでーすー。病人は黙って介護されててください」
「病人って、少し肌がかぶれてるくらいで大げさなー」
「理由なんてなんでもいいんですけどね、一応お客様なの、忘れないでください。お客様は黙ってご奉仕されてればいいんです。抵抗は無意味ですよ」
「な、なんだかなあ。私そろそろ、お客様扱いを卒業したいなあって思ってるんだけどぉ……?」

 私がそう言うと、ちょんっ、と目を開いて、それからすぐに眉を垂らしたのが、運転中の横顔からでもわかった。いたずらじゃないよ、本気だもの。

「まだ、はやい、です」
「青線では一夜で終わる恋もあるみたいだし、ひと目で最高潮まで燃え上がっちゃう恋だって、あるんだよ? 私は」
「それでもっ」

 アミちゃんは急ブレーキで車を止めた。意外だ、あんなに優しい運転しかしないのに。

「さっきみたいなこと、されると、私、勘違いしちゃいそうで」

 そう言って、膝同士を強く寄せた太腿の間に手を押し込むみたいにして俯く。

「勘違いなんかじゃ」
「サユリさんのことじゃないんです、私のこと。まるで、私が女優か何かにでもなったような気分になってしまって、いっつもはなんにも自信持てないのに、急に、サユリさんが持ち上げてくるから」
「……そっか」
「サユリさんを、早とちり、したくないんです。……めんどくさい女で、ごめんなさい」
「ううん。それどころか、ますます好きになっちゃったかも。のんびり、いこ」

 アミちゃんのほっぺたを撫でると、彼女は目を潤ませて笑う。こんなことで大袈裟すぎる気がするけれど、それくらい私も好いてもらえてると思うと、満更でもない。
 運転代わろっか、と言うと、彼女は目尻に海を湛えたまま少し笑って「保険がきかないのでだめですー」と答えてそのまま車を出した。私は何もいわないで、視線を車の外に放ることにした。
 自己評価が低いのだろうか、でも、そんな風に片付けるのも良くないと思う。私も昔はそうで、こんな趣味に入れ込んでしまったのは学生時代にあんまり人とうまくやっていけなかったからだ。何もかもが下手くそだったというわけではない、むしろほとんど人並み程度には人並みだったと思う。でも何も突出したものがなくて、誇れるものがないということは無価値と同じに思えて。稀に褒められようものなら何か二心があるのだと思い込んで素直に受け入れられなかった。
 それはそういう考え方しかできないって言うわけじゃない、ただ、人より処理に時間がかかるだけなんだ。少しずつ整理していけば、自分が人並み程度には普通の人だとか、少しくらいは胸を張れるところがあるとか、そういうことに気付いて飲み下していける。単純に、時間がかかるだけ。「女の子に会いに行くんですね」と、嫉妬心を剥き出しにしたのも、多分、そういうことだ。

(支えていきたいなあ)

 外に木々の風景が流れる窓ガラスに薄く映る彼女の横顔を目でなぞりながら、思う。

「どうでしたか?」
「えっ?」

 運転して視線を前に向けたまま(当たり前だが)、アミちゃんが問いかけてきた。

「神社、お目当てのことは見つかりましたか?」
「うん、正直、驚いちゃった。まだうまく整理が出来ないんだ」
「|祝主《しゅくしゅ》さん、可愛かったでしょう」

 あれ、そういえばなんとなく、アミちゃんと|花鹿《かじか》ちゃんは、見た目が似ている気がする。似てるってほどではないんだけど、顔の作りかなあ。鼻筋がすっと通ってて、目の位置とか、そんなところだろうか。

「まあ、アミちゃんを100とすると、98.8くらいかな」
「わあ、ギリギリー」
「うそうそ。アミちゃんのほうが圧倒的に可愛い、500くらい」
「とってつけたみたいなのはけっこーです」

 そういって、くすくすわらう。

「ほんとなのにい」
「はいはい」
「ちくしょー、今夜かくごしとけよー」

 もー、なんて頬を膨らませて、でも膨らんだ頬は赤い。そんな反応をされると私の方まで顔があっつくなってしまう。
 私は照れ隠しに視線をもぎ取って、再び窓の外を眺めた。
 そうして流れる森の深い緑に思考を洗い流されるように、情報がころころと頭の中で転がり始める。流石に整理なしにどかどか情報を突っ込んでいくのはそろそろ限界だ。一旦整理しないと、何も見えてこない気がする。
 私はノートとペンをカバンから取り出して、飲み込み続けてきた情報を吐き出すように書き出して線を引いたり注釈をさらに書き込んだりして列挙していく。整理する前段階、記憶の洗い出しだ。
 単語を一つ一つ、特に順序立てもなく書き出しながら、私はそれに纏わる思考をとりとめもなく巡らせ、それをさらに書き足していく。

 |阿波戸《あわと》に来てから知ったことは、正直衝撃的を通り越して、まるで小説の中に放り込まれたか、夢を見ているかどちらかのような気分だった。時代に取り残されたかのような集落、青線の残留、寄生虫、奇妙な神社。それぞれ細々とした線でつながるが、どれも確たる証拠を持って連結できるような要素でもない。

 これは個人的な考えだが、古代の日本を考えるときに基底とすべき『流れ』が、幾つかある。

『人(人種)の流れ』
『米(農耕)の流れ』
『神(宗教)の流れ』
『鉄(製鉄)の流れ』

 だ。
 熊本、京都、東京、茨城は、郷土資料館で|道《すすむ》君から聞いた芽殖孤虫の発見地域。
 この『流れ』の観点で言って、熊本、京都、東京、茨城、という芽殖孤虫の発生を示す線は、非常に|蠱惑的《・・・》に思える。
 日本住血吸虫が多く見られたのは、福岡と佐賀、広島、静岡と山梨、千葉と埼玉と茨城だ。それぞれ河川の水系が関係しているが、これも先の『流れ』と類似を見る。必然的に同時に芽殖孤虫の発見箇所とも近い。
 佐久間巴医師が日本住血吸虫から芽殖孤虫に研究対象をスイッチしたことの『必然性』は全く不明だが、そうした類似性の観点ではその『妥当性』はわからなくもない。日本住血吸虫症の地域ごとの有病率と、芽殖孤虫の発生地域は類似を見るからだ。
 |花鹿《かじか》ちゃんの言う通り、阿蘇を眺めながらも火砕流の被害が少なかったいずれかの地域から、富士山を臨むいずれかの地域へ移動していった阿蘇系縄文人の流れがあったとして、そうした史実−記紀神話−人−寄生虫の流れは、なんだか関連があるように見える。
 重要なのは、人の移動が一時にではなく、断続的に何回かに分けてなされたことで、同じ人の流れの中でも文化的な断絶があったかも知れないことだ。膨大な時間の尺度を見るに、むしろその断絶の方が自然に思える。その断絶が追跡不能な謎を散在させ、しかしその足跡は確かに何かを物語っている。

「サユリさん、そうやって何か考えてるとき、楽しそう」
「ほんとにね、|阿波戸《あわと》は面白いところだと思う。こんな場所が今まで歴史家のメスを受け付けずに残されてきたことが軌跡だと思う。正直、ゾクゾクするくらい、楽しんでる。」

 先に上げたいずれの『流れ』にも、そもそも、地形的な根底が存在する。
 人間が暮らしやすい低地かつ平地、作物のよく育つ肥沃な大地は往々にして水害にあいやすく、長い目での衛生にとって不利を持つ。
 火山の付近は火を神として人間は宗教的な統一を導きやすく古代都市の形成に理由が付くと同時に、火山のない地域には無い特殊な成分の土壌であることが多く、何らかの蓄積や生体濃縮をもたらす可能性がある。蛍の分布がテクトニクスに従っているというのも然り。
 日本の地理的に、外来の何か入ってくるのは西以外にありえず、必然的に西から東への移動を強いられるのだから、当然といえば当然だが、そのいずれも、概ね似たような線を描く。
 その中に現れる微弱なブレが、古代日本史をロマン溢れたものにしているのだ。

「そうそう、あの欄間のこと、少し想像がついたよ」
「えっ?」

 あの欄間にみる多腕の何者か、アレについても一つ仮説が立った。もしその仮説が正しいとするのなら、あの温泉は酷く旧い歴史を持つことになる。欄間自体が旧いとは思わないが、旧い話を知った人が作ったに違いない。あの地域には伏せられたもう一つの歴史があるような気がした。

「あれは、縄文人だ」
「じょうもん……あの教科書に出てくるやつですか?」
「たぶん」

 天孫降臨以前に存在したかも知れない九州縄文王国。未だ定かにならない邪馬台国、狗の所在問題。渡来人文明が日本を移動するに従って縄文人が南北に追いやられたという説。世界にも共通する製鉄技術による旧勢力の淘汰。
 この地に流れ着いた九州の縄文人はここで阿蘇を奉じる国家を立ち上げたが、やがてその祭神に何らかの寄生虫が習合され、この土地の蛭子神には疫病神の側面が備わった。

「もう一回、郷土資料館に復習に行かないとだめかな。こんなちっちゃい子がガイドしてくれたんだけど」
「ああ、あの子、有名なんですよ。ホタル博士。資料館によく出入りしてるんですけど、正直……」
「ん?」
「誰も彼の詳しいことを知らないんです。私が|阿波戸《あわと》に戻ってきたときにはもうああして資料館に我が物顔で出入りしてて、話を聞けば確かに良い子だし、ホタルのことに詳しいのでホタル博士なんて綽名してますけど。彼、私が|阿波戸《あわと》に来た5年前から、全然背が伸びてないんですよね。ごはん食べてるのかな」
「なにそれネグレクト……?」

 寄生虫のことを、もう一度攫う必要があった。それに、蛍に限った話ではなく、人間よりも昔から日本に存在している生き物が、地理的土壌的、ひいては火山活動や造山運動、テクトニクス的な理由によって生息分布をなしていることがあるのは既に知れている。まるでそうした生息分布への追従を強いられたように数千年前に移動・分断そして封印される縄文人と旧い神々。
 その一時的な分布再編成を更に塗り変えるように生じた縄文国家→邪馬台国→大和朝廷の再編成と度重なる中心地の東遷、版図の塗替え。これも気になる。

「あっ、見学には2日前に連絡しないといけないんだった、連絡先知らないよう」
「ああ、そうなんですね……私は行ったことがないんでなんとも」
「うーん、ダメ元で前で待っててみようかな。運命があれば、また会えるだろうし」
「サユリさん、ショタコン属性もあるんですか……?」
「えっ、ちがうし、そういうんじゃないよ」
「度し難い」
「ごかいだよおおお」

 火山と神と人と蛍と寄生虫。|理由《こじつけ》を述べれば枚挙にいとまがないが、この|阿波戸《あわと》には、そうしたものの足跡が幾つも残っているのかもしれない。
 どうしても恣意的なキーワードでくくりたくなってしまう。単なる恣意的な短絡、であってほしい。こんな趣味であればきっと誰もが思う、その過程が正しければいいと期待することと、そんな気味の悪い結果は見たくないと思うこととが混在する感覚。
 今までに調べまとめた情報を前提に見えてきた、阿蘇・富士を線でつなぐファクターが、他にもある。先に述べた地形的な共通点に由来するものだが、地形的な共通点と、神話的な共通点を、それは新たに線で繋ぐ。

 湖水伝説と、土蜘蛛の存在だ。
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※当作品は日本の神話や歴史を検証・考察・調査したものでも、それらを題材にしたものでもありません。

【20180316】一部誤字を修正
みこう悠長
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コメント




1.しゅうさ削除
サユリさんとアミちゃんには幸せになって欲しいですが、どうなるでしょうか。
天狗達はどうなるかと思ったら、あっさりミスティアに食べられてしまい、ちょっとビックリしました。死ぬのならあんな絶頂の中で死にたいなー、と本気で思ってしまいました。
早苗さんの登場に、外の世界でも謎が一つに繋がりそうで今からどんな展開になっていくのかとても楽しみです。
今回も一気に読み進めてしまいました。本当に面白かったです! お疲れ様でした!
2.性欲を持て余す程度の能力削除
徐々に紐解かれていく花鹿と穂多留比の過去や日本史の絡み方が楽しい回でしたねぇ、今回もめっちゃ考察捗りましたぐふふw(変態)
スズメガって調べてみたら結構おっきいですねぇ、昔は羽の模様や気持ち悪さが苦手でしたが最近カイコガなるものを知りまして、あれの成虫が結構可愛くて(まんまモスラ)蛾にも優しくなりはじめました。部屋に入ってきたらたたき落としますけれど(鱗粉被害がすごい)。そんな鱗粉だらけの手を舐めさせる花鹿の口振りは少女然としているのに、命令しているいたずらな目はあでっぽさをたたえているように感じて、幼さが残るヤマメの姿で再生されていますからその、興奮、しちゃいましてね……お尻を発光させちゃう穂多留比くんの姿も含めて(ショタ!ショタ!)とてもツボりましたたまりません
汚れたから舐めて綺麗にしてっていうシチュ大好物すぎますよふぅ……そこにおちんちん神経走らせた触角コキなんですから滾らないわけがない。指を咥えながら快感で思考ショートしたとわかる呂律の絡まり具合がえっちぃくて好き。発情スイッチ強制ONにされて無駄打ちしちゃうショタっ子最高ですよね!?私が花鹿だったらこそぎ取った体液を見せつけて汚れたからまた舐めてって意地悪しちゃいそうですよていうかしますうへへのへw
不安に思っていたローリーのバトルはやはり筋書きの色が汲まれていて、借り物の力とはいえおびただしい蟲たちを使役するさまは圧巻でした。(冒頭のスズメガがここで繋がるとかほんと燃えますね!)ローリーのポテンシャルの高さをあらためて実感する結果でしたが、肉体的にも彼女のエロチックさはクるものがありますねぇ、たまりません。リグルもそうでしたが食事前の性交はやはり必須なのでしょうか(浮気とかの観念は薄い?素晴らしいですね!)。あれほどの戦いのあとならば天狗たちの本能が遺伝子を残そうと濃いのが出るに違いなく、毒鱗粉で理性破壊されているのも含めて野獣じみたピストンは彼女の体には絶対不釣り合いなほど激しいはずなのに、突かれまくって感じながらも余裕が見受けられるのがとても最高でした。幼女が主導権握っているのってエロいですよね……丸飲み、ではなくも本性を露わにして食べられてしまうところは同情しつつも脊髄反射みたいに射精し続けている姿はなぜかエロく映りました。狼天狗の思考は描写されていなくても筋書きで串刺しにされながらも感じていた子みたいにたぶんアヘアヘで、食道のなかであ゛ーあ゛ー呻いていたに違いないと想像しちゃいますね
ぼゆんっ☆と飛び跳ねてしまうロケットおっぱいと化した胸肉は幼さとのアンバランスさが最高に股間にきました。生まれ変われるなら女の子の体の一部になりたいなりくらいですからね、羨ましいですね、きっとあのあとおっぱいで挟みまくったのでしょうねけしからん!ぜひとも巨乳を維持したままりっくんをメロメロにしてほしいものです(もう経験してそうな気もしますしそも幽香のゆかぱいの虜になっていそうですけれども)。不穏な登場の仕方をした早苗との邂逅が物語にどう食い込んでいくのかがとても気になりましたが、これは次回のお楽しみになりそうですね
現代パートも濃厚で楽しめました。サユリの性格ほんとすこです、アドベンチャーゲームの主人公みたいで楽しませてくれるし彼女の考察は読んでいて飽きない。そして道くんがリグル(穂多留比)だと確定しちゃいましたねぇ(いやまぁ疑ってはいましたがw)、時系列的には筋書きの前なのではと個人的に考察しました(この辺組み立てていくの楽しいです)。アミちゃんとのコミュニケーションは見ていて和みますしあたふたするサユリがとても可愛いです。>胸同士が重なって柔らかい圧迫感がかかった。これ、好き。ほんこれわかりすぎますよ!?結婚しろっ!!!!
今回の目玉である日本史の歴史の深さはとてもそそられるものが多く、調べながら読もうとしたのですが日本の神様(に限らないのでしょうけれど)系譜多すぎぃ!と逆に混乱したのでWikipediaさん放り投げました。が、サユリと現代の花鹿とのやり取りのなかで拾える知識は読んでいて楽しく、知識よりも信仰がまだまだ根深かった頃であればこそ寄生虫が祟りとして畏れられるのも納得させられました。人とともに流れていく神話のミステリさをサユリを介して繋げられていくのが気持ちいい。納得して唸らされる考察が多いだけに、疾患したであろうサユリの症状が気になりますね……料理惨敗してしまう味覚異常がどの程度の進行具合なのかが心配です。このままいけばどうやることやら、不安で、楽しみです
花鹿の過去があきらかになっていく一方で、現代の花鹿は道くんの確定で少し存在が疑わしくなった気がしました。アミちゃんが分家ならこの子は(幻想郷キャラポジ的に)誰に当たるのか、椛だと思っていただけにどのように繋がりがあるのか、どちらかが嘯いているのではと考えていたのですが、神としてあてられた経緯と、文末に語られた湖水伝説や土蜘蛛のワードが鍵になっているのでしょうか。ミシャグジが祭神から降ろされたように、都合の悪い神として祭られた結果がそうならば繋がってきそうな気がしますね
物語も中盤に入ったか終盤に近づきつつある感じですが、リンやクーなどのキーパーソンが残っているので現代の彼女たちが今後どうなっていくのか、幻想郷の病が(あ、いま気づきましたが山居ですね、雲わくと)どう解決されていくのか、とても楽しみです
今回も濃厚でとても楽しめました、ありがとうございました
誤字脱字報告にて終わります↓

・発情して発行して、→発光
・王子という負い目をは誰も持っていないないと思います→接続詞の揺れ
・そのまま前後に上下に、私自信の唾液でヌルヌルになった→自身
・花鹿《かじか》様の許しなしに木を遣ることが許されていない→気を遣る
・荒く刻まれたい気が私の顔にかかっている→刻まれた息が?
・戦闘になったとしても空を飛べる彼女は最悪上空に逃げれば幾人かいる有翼の天狗以外の追跡を振り切ることが出来るだろし、→だろうし?
・未熟な鴉天狗なんかよりも飛翔能力については彼女には自身があった→自信
・「私の任務は、現在降下中の調査者のサポートとそsの後方守備です→その
・縦深防御の陣形を侵撃し抜いた天狗が、姿を表した→現した
・彼女に迫った天狗全員が膝を折り荒い呼吸に方を上下し始めたのを見て、→肩を
・もっと多くの何角を受け入れる受容器なのだから。→?自信ないもはや吹き出しているのは精液ではないかも知れない→噴き出して(表記揺れ?)
・っ子だけ切り取った光景ならば、幼さの色濃い少女の裸体がローションに濡れる図には違いない→ここ・そこだけ?
・羽毛をまとった手でお腹の膨らみ撫でるたび→膨らみを?
・涼し気で朱色よりも落ち着いたを与えながらも→落ち着いた印象?(脱字?)
・脳漿ぶちまけている幾つかの死体に目をやる→脳漿を?
・日本人の民族性そのものを否定することになるような気ももしないでもないのだ→「も」の衍字
・車内は簡素であまり者は乗っていなくて→物
・急発車も急発進もない→急停止?
・サイドブレーキを引く小気味良い音とがシート下から響き上がってきたと思うと→音が?(脱字?)
・体を擦り付け唇を吸いお互いの服の舌に滑り込んで肌を撫でる手の動きは→服の下に
・プルームテクトニクス観点や最新技術を用いた地質学調査にが進んだり→脱字?
・7300年前にあった言われている→あったと?
・出雲系の神様も発端は発端は異なるとされていて→発端の衍字?
・二人の結合初からはそれが本来は愛情の沸点として行われる行為だとは到底思えないような→結合部?または結合所?(自信ない)富士山を臨むいずれかの地域へ移動していった阿蘇系縄文人の流れがあったとして→望む?
・こんな場所が今まで歴史家のメスを受け付けずに残されてきたことが軌跡だと思う→奇跡?

ここからが自信がない部分で↓

・毒蛾の鱗粉に苛まれる天狗たちを見下ろし、赤い唇を釣って嗤う→吊って・つって?
・見えない方雨からの攻撃を察知する手段が急激に限定され、→方位?
・余計に余裕を感じさせる佇まいに言えた→見えた?またはといえた?
・口の中獣の粘膜が→中じゅう・なか中?
・寄生虫のことを、もう一度攫う必要があった→浚う?
・意図や私の知識不足だったらごめんなさい汗