真・東方夜伽話

雲わく道に山居の命③

2018/02/27 02:07:25
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雲わく道に山居の命③

みこう悠長

読まないでください

§§§



 郷土資料館というのはどこにでもあるものだ、たとえこうした過疎極まりない(失礼)場所であっても、必ずと言っていいほど存在する。それは、その地に住まう「人々という個としての集団」が、いつの時代であっても自分たちの風土や風俗と言った、土地に根付いた文化というものを大切にしたいという意識を持ち続けているという表れでもある。そしてそれが「どこにでもある」というのが面白い。恵まれた地域では恵まれたなりの誇りを、恵まれなかった土地では恵まれなかった辛苦を、残そうとする。結局人間というのは幸にも不幸にも時間を紐付けて残しておきたい生き物なのだろう。歴史というものは学術として認められるだけのものではなく、それ自体が感情として認められても良いのではないのか、とさえ思う。そうした切り口でも、「民俗」という言葉には奥深さを感じる。
 さてそうした薀蓄じみた感傷は良しとして、やっぱり郷土資料館というものはこの|阿波戸《あわと》にもあるわけだ。それを目にしたときに襲ってきた強烈な違和感の正体を、まあ、認識していなかったわけではない。
 例えば廃校を再利用した多目的施設を目の前にしたときのあの違和感だ。
 それが商業施設だと言われたときに、例えばライブハウスとして機能していると説明されたとき、面白いな、と思ったり、変だなと思ったり、似合わないと思ったり、第一印象は色々だろうがそれらの正体はこの違和感と同じものだと思う。
 私には人に伝えるほどの絵心がない。瞬間の情緒を切り取る写真の腕もないし、含蓄たっぷりの文章を書く能力もない。学校というものを描いてみろと言われて、例えば絵を、その特徴を的確に捉えて描くことはきっとできないだろう。でも、学校らしい建物というのはなんとなくわかってしまう。目に映っている建物のどの部分を学校らしい建物の特徴として認識し、最終的にその画像を学校だと判断するのか、目の仕組みも脳の中身もよくわからない、わからないのだが、なんとなくその建物を、学校臭いな、と思うだろう。
 今目の前にある郷土資料館を見ていて感じる違和感とは全くこれと同種のものだった。

「たしかにそうかもねえ」

 アミちゃん情報によれば、この郷土資料館は、この|阿波戸《あわと》が自治体のいち単位として機能していた頃の、役場庁舎を改装したものなのらしい。彼女はそれが役場として機能していた頃を知らないので、それも又聞きの情報なのだというが、こうして目の前にみたときには、それは確かにそうなのだろうと思わされた。ただの3階建てのコンクリート製だが、古さに押されて殊更な丈夫さは感じない。勿論古そうな佇まいにも拘らずこうして残っているのを見ると丈夫なのだろうが、郷土資料館っぽい作りだな、とは思えなかった。同時にこれが役場庁舎だと言われれば何となくそう思えてしまう、つまりそういうことだ。
 更に付け足すのならば周りに漂う雰囲気の特異性もある。
 こんな趣味をしているのだ、あちこちで郷土資料館や博物館みたいな施設に足を運ぶことは少なくない。得てして、こうした昔別の建物だったものを再利用するのに、郷土資料館というのは行き先に選ばれ易い気がする。きっと「再利用することは決まったものの、使いみちに困ってしまい、集客や経済性を求められない当たり障りなく済むコンテンツ」として挙げられがちなのだろう。だから正直言って、|阿波戸《あわと》の郷土資料館は元々役場庁舎だった、と聞かされても別に驚きはなかった。実際に目の前にして感じる違和感についても、まあ知った類のものだ。
 でもこの、漂う雰囲気についてはなかなか味わったことがない。住宅地のど真ん中で違和感を放つ、一体誰がここを訪れるのか全く見当がつかない、民家と一体になって古ぼけた感じの医院の看板。普通ならクリアで清潔感を優先して設置されるエントランスもなく、全く民家と変わらない佇まいに、駐車場の奥の方にこれは勝手口ではないのかという光も差し込まず仄暗いところに入り口が見える、あの医院に感じる雰囲気だ。元から知り合いであるか、一般には知られていない何らかの事情を共有する者か、あるいはこの地域に密教じみて伝わる不可侵の施設であるのか、まあ実際にそんなわけではないのだろうとは思うが、それでも一体誰がこの医院の門扉を叩くのだろうかと心配に、あるいは若干の恐怖感さえ感じてしまう、強烈に部外者を拒絶する空気感。|阿波戸《あわと》の郷土資料館の門にはそれに似た空気が漂っていた。それがこうした一般公開されている(のだと思うけど)施設に漂っているなど、初めての経験かもしれない。入り辛いオーラはプンプンでも見た目だけはようこそいらっしゃいという態度をしているのがこうした施設なのに、佇まいも空気も、完全に部外者お断りのような雰囲気だ。
 元々私には霊感というようなアレは、欠片もない。こうして民俗学の真似事のようなフィールドワークをしていても、霊的だのスピリチュアルだのと言う目に遭ったことは一度もなかった。だから、きっとこの建物の作りとか、日差しの関係とか、今の気温とか湿度とか、そうしたものの偶然が重なり合った結果として、私はそう感じているだけなのだろう。だからといって、この建物にドカドカと土足で入り込める様な覚悟が決まるわけでもない。

「はいれるん、だよね」

 世話になっている竜宮もそうだったように、まあなんとも入り辛い。前庭の少し向こう側に本命の入り口があり今は門の前に立っているわけだが、この門を抜けた前庭の僅かな距離でさえ、ひどく遠いものに感じられる。あの扉が地平の向こうにあるようにさえ感じられる。これは完全に「うっへり」という言葉で表現してしまってもいい精神的なものであるのだが。
 前庭を歩くと、点々と敷かれた石畳を左右から挟み込むように植え込みが並ぶ。ぼうぼうと伸び放題、というわけではないが草が不揃いな感じに伸びていて、少なくとも毎日誰かが手入れしているという感じはしない。芝生は芝生というより原っぱのようだ。苔や黴は、お世辞にも癒やしの空間と言うには程遠い、ただ汚れているとしか形容できない感じで点在している。役場庁舎として機能してた頃は、それなりの威厳を保っていたのだろう何らかの石碑か何かは、苔むして読むことができない。だが、手放された廃屋という感じでもないのだ。全くだれも手をかけていないのなら、こんなものでは済まないほど鬱蒼とした茂みが彩度を重ね、向こうに見える扉はあれよりも余程にみすぼらしくあるだろう。そもそもさっき通った門の格子は固く閉ざされているに違いない。だとするとやはり開館はしているのだろう。もう少し明るい佇まいにすれば誰かが来るかもしれないというのに。
 実際、郷土資料館というのは地元の小中学校の社会科の教材や現地学習先として扱われることが多いのだが、ここに小学生がわいわいとやってくる光景は正直想像できそうにない。それが中学生であっても高校生であっても。仮に訪れるものがあるとすれば……まあ私のような偏屈な変わり者くらいだろう。
 石畳をとんとんと踏み歩き扉の前まで到達する。過ぎてしまえば、あたり前のことだが、あっという間の時間だ。入り口らしい扉は、きちんと表面塗装された木の観音開きの扉だが、簡素な装飾は傷ついたり凹んだりしている。扉の押し手は樹脂らしい黒い四角だが、こっちも傷ついて綺麗さはどこかに失っている。押し手の黒を縁取る金属質には錆が目立ち、古さを物語っていた。「竜宮」が50年前の民宿だとするともしかするとこの建物もそれくらいの歴史を重ねているのかもしれない。
 押し手の周りがぐるぐると鎖で封鎖されている、ということもなかった。開いているだろうか。扉の傍には黄ばんだ樹脂板に古めかしい字体の黒文字で「いりぐちはこちらです」と書かれている。やはりここが一応の入り口なのらしい。私は意を決して扉を開くべく、観音開きの押し手を押し手みる。

「ん?」

 押しても開く気配がない。引いてもだ。逆側の扉も同じように押しても引いても、開く気配はない。鍵がかかっているような感じだった。やっぱやってないのかな、なんて周囲を見回すと、さっきの樹脂板の入り口標識の下の方に、消えかけた文字が見える。

「えっと、『※当館には職員は常駐しておりません。見学をご希望の方は見学日の3日前までに下記までご連絡下さい』……マジかー」

 そういう郷土資料館は、特に過疎地では割と普通だ。普通なのだが、実際に足を運ぶ前に何らかの形でわかることが多い。しかも「下記まで」と書かれている下の電話番号は、明らかに桁数が少ない。絶対に今はもう通じないやつだ。

「んー、出直しかあ。しかし、どこに連絡しろと」

 他の場所をキョロキョロと見回しても、手がかりは何もない。今は|牛音《うしおん》市のいち区画なのだ、もしかすると実際の問い合わせ先は市に聞かないとわからないかもしれない。アミちゃんに電話を借りて、市に問い合わせてみよう。だが、突然3日のロスだ。このまま何もしない訳にはいかないので、神社周辺の散策なんかを前倒しにして、なんとか被害を最小化したいものだ。

「こんにちは?」

 ふと、突然背後から声をかけられた。
 その声が耳を撫でたのは、ぞわり、と背筋を何かが駆け抜けるような感触と一緒のタイミングだった。

 私には霊感的なものは何もない。だが明らかに、何かを感じた。
 背中に何かが居ると思ったのは、背筋を右にずれながら這い上がり、左にくねりと曲がって肩甲骨の辺りをなぞり、今度は首の方へと折れて登ってくる、一連に続いた点の感触のせい、それと、点と一緒に移動するひやりと細長いものを感じたからだ。これはまるで子供の頃にシャツの背中の中に虫が落ち込んだときのあの感覚。でも実際には背には隙間はないし、よくその感触を切り開いてみれば、背中の皮膚の上を登ってくるというよりは、背中を|内側から《・・・・》、触ってくるように感じられる。シャツの中に虫がいるというのではない、これは、なんだ。だが、これが仮に虫だとしても、私の内側に入り込んだ何者かだったとしても、それほどに嫌悪感を感じていないのは不思議な事だった。
 背中を這いずり上がる何らかの感覚の次に襲ってきたのは、もっと変な感覚だった。
 昔、東北地方の何処ぞの地域にお邪魔して、その地域で昔からシャーマン的な役職を担っていた家の、末裔という人とお話をしたときに勧められた、得体の知れない香に燻されたときの感覚だった。
 視界が急に遠ざかり、まるで目だけが自分よりもずっと後方に飛んでいったかのように、目の前にある扉が遥か遠くに感じられる。かと思うと、その光景の何処かを、例えば扉の表面についた傷を注視すればまるで虫眼鏡で覗いたかのように異様に大きく見えるような感じ。自分を見ているもうひとりの自分が空の上にいるように、自分の視界とは別の視野が存在している様な妄想。
 それとともに、私の肌は周囲の空気に腕を、いやこれは、神経を、伸ばしているような感覚だ。自分の体ではない石や草、木にまで、自分の神経が通ったかのように、その触感を得ているような錯覚。自分の外側に感覚が拡大して、あらゆるものの表面が自分の肌に重なったように思える。更にその感触が、砂粒が転がる感触さえわかるほどに鋭敏化している。
 ごくごく小さな物音の一つ一つまで聞き分けることができて、かと思えばすべての音が轟々と頭を割るほどに大きく聞こえる。聞こえる音は、目に見えるように形と色を持っていて、それが自分に迫ってくる様さえわかるようだった。
 妙に魚眼な巨視と、拡大鏡じみた顕微眼で目の前の光景を見ると、草の上に、石と石の間に、土の蓋の下に、流れる風の間に、石畳の上に、そうしたありとあらゆるものの傍で蠢く何かを感じる。私の目は今、そうしたミクロの場所に潜んだ何者かの視野を窃視しているのだ。視野だけではない、きっと聴覚も触覚も、嗅覚も全て、私を取り囲んで外側から私を見るおぞましい数の意識や感覚と接続されて縮重しているのだ。
 まるで今自分が立っている周囲すべての情報が、一気に頭のなかに流れ込んでくるような感覚と情報の奔流。同時に、周囲が自分と同化したような感覚の拡大。世界と自分を見下ろすような、自意識の客観化。それに、そうして同一化した周囲の環境を、自分の思い通りにできてしま得るような、万能感。
 あの香の体験では、そうして与えられる強制的な感覚の変化が、自分の従来の感覚と強烈に齟齬を起こしてついていけなくなり、吐き気を催してぐったりとしてしまった。酩酊と言ってもいいかもしれないが、瞬間に感じた感覚の拡大や万能感についてはアルコールのそれとは全く異なる。例えて言うなら、ハーブやキノコみたいな|その手のやつ《・・・・・・》をキメたときのようだ。

「ここに、何かご用ですか?」

 もう一声が、浴びせられた。体の感覚が捻じ曲がり浮遊感を得、拡大して薄まるようで幾重にも重なって濃くなるサイケデリックな感覚の中で、もう一つかけられたその声だけは、極めて聞き慣れた、色も形もなく耳にだけ入り込んできて従来通りの意味解析の中で余すことなく分析できる、至って普通な声。その声を認識した瞬間に、私が陥っていたサイケ妄想は、まるでテレビのチャンネルをぷつりと切り替えたみたいに消え去って、目の前に広がっている視界は全く普通のものに戻った。

「っえ、」

 あのおじいさんに嗅がせてもらった香は、抜けるのに半日くらいかかって、暫くは悪感と虚脱感、半端ないほどの悲観に襲われたのだが、今は全くさっぱりと切り替わって、それは嘘のように消えた。本当に嘘だったんじゃないか。今、寝てたとかそういう風に言われてもちょっと信じてしまいそうだ。

「おねえさん?」

 追い打ちをかけてくる声に、私はようやく振り返ることができた。もう何の感覚も残っていない。門を潜ったときと全く同じだ。声の方には、中学生か、ヘタをすると小学生かもしれない小さい男の子が立っている。サマーパーカーに、半ズボン。黒い帽子をかぶっている。白い肌を見るに、アミちゃんと同じように件の肌荒れはしていないようだ。

「えっ、と、あれ、こ、こんにちは」

 声の出し方を忘れているような予感が一瞬よぎったせいで返事を返すのがちょっと不安だったが、思いの外普通に言葉を喋ることができた。心底、安心する。

「あの、ここに何か」
「あ、ああ^〜、あはは、見学に来たんだけど、予約が必要だったの知らなくって。出直さなきゃなあっておもってたとこ。いやー、この電話番号、どう見たって通じないでしょ。君、予約の仕方、知らない?」

 さっき小学生や中学生がここを訪れる光景は想像できない、と思っていたけれど、訂正。この少年はなんだかここにしっくり来ているようなきがする。ただ、学生の絵面の絵面としてここにハマっているという感じではない。なんていうか、単純にこの場所に慣れているっていうか。

「見学の方ですか。いいですよ、どうぞ」
「は?」

 少年は私の横をするりと通り抜けて扉の前へ躍り出る。何が、「いいですよ」なのだろうかと見ていると、彼はポケットから鍵を一本取り出して、扉の押し手のそばにある鍵穴と、その足元の穴へそれぞれ鍵を差し込み、回した。そうしてから彼が扉を押すと、扉は見事に開いたではないか。

「えっ、あれ?」
「ちょうど草むしりに来てたところなんですよ。丁度よかったですね。どうぞ、ご案内しますよ」

 にっこり笑って扉を開け放ったまま、私を中へ促す少年。全く子供のそれにしか思えない邪気のない表情だ。
 どう見ても小学生かせいぜい中学生と言った子供にしか見えない……のだが、確かに扉を開けた。ついでにいうと、案内するとまで言っている。子供のボランティアか何かだろうか。ボーイスカウトとか。草むしりに来たとか言っていたけど、当番制で管理をしているのだろうか。高校生や大学生ならともかく、こんな子供に鍵を預けてしまうとは、中々おおらかな文化だなあ。

「えっと、いいの、かな」
「どーぞどーぞ。久しぶりのお客さま」

 なんせ扉の押し手には手が届いていないのだ。その下辺りを、体重を載せるように押して開けている、それくらいに小柄な子供が管理人気取りで私を迎えて案内するなんて、よく教育されているなあ。片田舎の学校でそんなちゃんとした文化活動が行われていることに、少々驚いてしまった。

「おじゃましまーす?」



§§§



 外の光を十分に取り入れられる構造にはなっていないらしい、中は薄暗くひんやりと乾いた空気が満ちて肌をさらりと撫でていく。鑑賞予約をしていなかったのだから、何の準備もされていないことは仕方がない。薄暗い中にも、エントランスの向こうにはデザイン感も何もない事務的に上へ続く階段がある。カウンターで区切られた空間は確かに役所然としているが、それらしいオブジェクトは何も残っていなかった。仮にここが役場で、事務手続きなど行うためのカウンターがあったのだとすると、住民が待つための椅子は取り払われており、代わりに何かの展示物が置いてある。暗くてよく見えないが、農具か何かだろうか。カウンターはただのルート仕切りになっていて、その奥にまで展示品が並んでいように見えた。

「電気つけますから、ちょっとまっててください」

 少年は小動物のようにしなやかなすばしっこさで中へ入っていく。少年は確かのこの施設の関係者なのらしい、迷いなくスタスタと入っていき、テキパキと電灯のスイッチを入れて回っていた。すっかりと電灯が灯った後見回すと、この施設が思っていたよりも大きなものだということがわかる。役場の庁舎を再利用したものなのだからそれはある意味では当然なのだが。展示物がどれくらいまで詰まっていて、観覧可能なのがどの程度なのかは、分からない。もしかすると1階のこの付近以外は関係者以外立入禁止、なのかもしれないのだから。

「おまたせしましたー」

 電気を点けて回っていた少年は半ば駆け足で戻ってきた。エントランスに横付けするような形で、小窓をはめた受付のような場所が見える。そこで入館料でも払いそうな感じに見えたのだが、少年がそこに向かう気配はない。私の側に戻ってきて、どうぞ、と中へ促す。

「入館料とか」
「頂いてません。来客者数が少なすぎて、頂いても頂かなくても、状態は変わりませんから」
「そ、そうなんだ」

 なんだか世知辛い話をサラリと聞かされてしまった。でも、さっき門から扉までの中庭を見た見た感じもそうだが、特別手入れが綺麗に行き届いているというわけではないが、経営難で管理が全くできていないというわけでもないようだ。だとしたら一体どこからその管理費が出ているのかというのも気になる、まあほそぼそと|牛音《うしおん》市から出ているのかもしれない。

「よかったら、僕が中をご案内しましょうか。これでも中のことは一通りわかってますし、ご説明もできますよ」

 見た目の幼さに反して、『おりこうさん』な子供だなあ。それに、やっぱりオリエンテーションを受けたボランティアでもあるのだろうか。

「へえ! じゃあお願いしようかな。キミすごいねえ、学校でそういうの教わるの?」
「いいえ、そういうわけじゃないですよ。ここは僕の遊び場ですから」
「郷土資料館が遊び場だなんて、ちょっと贅沢だね。ところで、キミは名前、何ていうの? 私はサユリ。」
「|道《すすむ》です。よろしくお願いします」
「よろしく。じゃあ、早速案内をお願いしようかな」
「はい。ではこちらへー」

 |道《すすむ》と名乗った少年は、手を上げて引率の先生のまねっこをするように私を導く。子供のこういうところは素直に可愛いと思う、私の歩みよりも少し遅い彼の歩調に合わせて、私は彼の後ろをついて歩いた。

「ここって、役場だったんでしょう? 全部資料館になってるの?」
「仰る通り、ここは昔は役場庁舎でした。でも、役場の庁舎としての役割を終えた後すぐにこの資料館になったわけではありません。資料館になる前に、一旦病院として使用されていました。」
「病院?」

 それは初耳だ。アミちゃんも言ってなかった。

「はい。太平洋戦争末期、アメリカ軍が本土空襲を可能にしてから、日本の軍属要所が空爆済となった後、人口がそれなりに多くそれなりに攻撃価値があるとみなされた|牛音《うしおん》市街地は、なんとなくに大空襲を受けたそうです。よく伝わっているとおり当時の空襲には焼夷弾が用いられたそうで、火災で多くの人が死傷したと伝わっています。でも都市部から少し離れた|阿波戸《あわと》はそれほど大きな被害を受けることなく第二疎開を受け入れた他、当時病院だったこの建物は負傷者の救助に大いに尽力したとのことです。この資料館の一階は、気候風土や産業なんかの展示物になっていますが、二階と三階はここがその佐久間醫院として用いられていた頃の資料が展示されています。」
「へえ、こんなところで戦争展示物が」

 子供のくせに随分と滔々と難しい解説をするのだなあ。感心してしまう。それも、まる覚えの原稿を棒読みしているというのではなく、要所をきちんと捉えて話している。大人でも難しいはずなのに。
 戦争展示物の設置が意外だったのもあるが、どちらかと言うと|道《すすむ》君の卒のない説明の方が意外だった。出会ったときから『お利口さん』とは思っていたけれど。

「と、あんな前置きをしておきながらなんですが、確かに佐久間醫院は空襲負傷者の救助に尽力したことで言い伝えられています。しかし、ここに収蔵されているのは、それとは関係のない佐久間醫院の別の側面にまつわる資料です。余り気味のいいものではありませんが」
「別の?」
「まあそれは、ご案内の中で、順を追って説明します。まずは退屈な、この辺の農業について」
「いや、案内人が退屈とか言っちゃだめじゃないかな……」

 まあ、あんまり深く考えないことにして、素直に優秀なガイドの後をついて歩くことにした。



§§§



 |道《すすむ》君には悪いけど、彼の言う通り一階は退屈だった。
 覚えているのは、この辺は農地が少なくて大変だったとか、少し雨が降れば洪水になるのにすぐに干上がる困った地形だとか、そういうことくらい。後は日本のどこでも見るような農具が置いてあったり、空襲にあったことのある地域の博物館ならどこでも見られるような戦争展示品には期待を裏切られたり。これは、二階と三階も大したことは無いのだろうな、と少し落胆していた。せめて阿祖神社に纏わる話のほんの少しでもあればよかったのに。

「役場としての役目を終えたこの建物で病院を営んでいたのは、|佐久間 巴《さくま ともえ》という女性医師です。病院に向いているとは言い難いこの建物をわざわざ病院として使ったのは、建物の頑丈さに着眼したからだと言われています。病院なのに頑丈さを重視した理由はわかっていませんが、結果として太平洋戦争を経て残存する数少ない建物に数えられています。二階は病院だった頃の資料展示、三階は当時院長室や資料室などがあったのをそのまま残してあります。だからこの資料館は、郷土資料館というよりは佐久間醫院の記念館としての色の方が強いんです。」
「病院ねえ、『気味のいいものじゃない』ってのは、ホルマリン漬けの云々とかが置いてあるって感じかなあ」
「ちょっと、ご想像とは違うかも……。確かにそういう展示品もありますけど、浸かっているものは違いますよきっと。さ、どうぞ二階はこっちの階段からです」
「はーい」

 二階への階段は、役所らしい冷たい印象の階段だった。中途半端に広く、中途半端に温もりを残した、中途半端に公的建造物チックな階段は、古めかしい白熱球の赤みがかった光に照らし出されると、それだけでレトロスペクティブに映える。まるで樹脂レンズで緩く切り取られた写真のように暖かであると同時にどこか疎遠さを感じ、幻想的というよりは頽廃を覚える。
 どうやら地下に降りる階段もあるようだが、そちらは関係者以外立ち入り禁止との表示があった。博物館にもなっているのだから、展示されていない資料や、それにさえならない全く関係のない物置にでもなっているのだろう。そういえば空襲を生き延びた建物だと聞いている、だとするともしかしたら地下シェルターのようなものがあったのかも、なんてロマンも感じる。だけど、地下に向かって明かりも点けられず、ぼんやりと闇をまとい開いたその通路は、まるで巨大な獣が口を開けて獲物の侵入を待っているかのような空寒い雰囲気を漂わせている。
 地下には用事がないのでそれは見なかったことにして階段を登る。この建物全体がそうだが、床は今ではあまり見ない45センチ角のタイル張りだ。昔はこうした役所や学校に多く用いられていた。階段に来るとその独特の空気感が実感できる。階段付近ではカットされサイズは小さくなっているが、特有の硬さと冷たさが、段差のあらゆる面から放たれている。上り踏みしめる度に、踵だろうがつま先だろうが問答無用にカツカツと音を立てる。
 冷たく固く事務的な印象が倦厭され徐々に姿を消していったこのタイルが、階段では古さのせいでひび割れているのがよく目についた。ビニル材の破れや木目タイルの損傷と違って、硬い材質のタイルがひび割れて奥のコンクリートを露出させている様子は、他の材質よりも酷く痛々しく見える。なんだかまるで内臓が見えているような、そんな痛みさえ伝わってくる気がした。段差の縁にある滑り止めのラバーは三段中二段で剥げて失われており、アルミがステンレスかといった銀光りが艶を失って、等間隔で目のように並んだネジがじったりと淋しげな視線を送ってくる。
 順路、と書かれた白地に赤の矢印黒の文字の標識が、何の意匠もなく無理やり斜めに釘打ちされて、階段の上へと促してきている。こんな過疎地域の郷土資料館なり病院記念館なりに、誰が来るだろうか。この矢印がその矢印らしい働きを果たしたことは、一体どれくらいの回数あったのだろうか。この矢印はどれくらいの月日を、存在意義のない一人の時間として過ごしただろうか。
 人に何かを教える存在でありながら人がほとんど訪れない構造物の、なんとも冷え冷えとする存在感から目を逸らして、私はカツカツと音のなる階段をさっさと登りきることにした。
 何もない殺風景な踊り場を折り返して登りきると、まず目に飛び込んできたのは説明文を書いたパネルと佐久間巴医師の写真だった。

「ここからは、病院の展示品ばかりになります」

 |道《すすむ》君が二階の順路を指しながら、先を促す。それに素直に従う形で、佐久間医師の写真と説明パネルを眺めた。
 よく教科書なんかで紹介されるときのような面白みのないバストアップの写真だが、それを見る限りは当時としては結構美形にはいったのではないかと思う。私の美的感覚は残念ながら現代だし、それでもなお人とずれていたりするので満足にわかるわけではないが。この可愛げのある外見に野暮ったい丸メガネのギャップは人好きしそうな感じもある。これで医師なら才色兼備だったろう。寄生虫大好き女子ともなればその才色兼備具合は役に立たなくなってしまったかも知れないが。

「『寄生虫学のアウトサイダー 佐久間巴』……この病院は寄生虫を扱ってたの?」
「佐久間医師は内科医師だったようですが、地域医療に根ざした総合診療病院として開かれていたようです。寄生虫研究は、この佐久間醫院の研究部門という形で存在していたようですが、そもそもこの病院、佐久間医師以外に非常勤の医者が二、三人入れ替わり立ち替わりに勤めていただけで、ほとんど佐久間医師一人だったようです。特に、寄生虫研究は佐久間医師しか関わっていなかったと記録されています」

 説明パネルには生年月日が書かれている。出身は|阿波戸《あわと》ではないが県内のようだ。なんだかよくわからない学校名が書いてあったり、台湾に行っていた時期があったりするようだが、それが医学を志す人にとってどういう意味のあるキャリアなのか私にはよくわからない。|阿波戸《あわと》が自治体として廃止されたこと、太平洋戦争が勃発したこと、そこに来てこの建物が佐久間醫院になったこと、それに空襲の被害者の避難を受入れたこと、などが書かれている。
 そして、その末尾を見た私は、ぎょっと自分の目を疑った。

「は? 失踪?」

 そうした個人年表の締めは「享年○○歳」と決まっているものだというのに、「当院から失踪」と締められている。理由は書かれておらず、戻ってきたという記載もない。亡くなったとの|行《くだり》もない。年表の後にはまだ余白が残されており、何かを書き足すことができそうに見えるのが一層の奇妙さを醸し出す。

「佐久間医師はこの病院を残して忽然と姿を消しました。芽殖孤虫の研究をしていた形跡だけが置き去りにされ、今日まで保存されています。二階は研究の成果らしいものが展示されています。」
「ふうん。失踪とはまた妙な」

 |道《すすむ》君がサラリと口にした言葉を、私は危うく聞き逃すところだった。だってその文脈で登場するなんて、つゆとも思っていなかったから。

「え、ガショクコチュウ? あの芽殖孤虫のこと?」

 思わず声に出してしまう。
 その言葉について、オカルトやグロ、ネタに敏感なネット民が大好きなネタだと、ブラウザを『そっ閉じ』した経験がある。かく言う私も前述のような経緯でその名前を知ってブラウザの検索ボックスに入力したことは否定しない。

「えっ、『あの』?」

 芽殖孤虫というのは、世界でも数例しか見つかっていない人体寄生虫のことだ。大きさは5ミリから10ミリ程度と小さく、虫というより糸くずのような姿をしている。『孤虫』というのは、『成虫が見つかっていない』という意味を持った言葉で、つまりこの寄生虫は幼虫の状態で人体に寄生している姿しか見つかっていないからだという。一体どうした経緯で人体に感染するのかもよくわかっておらず、そもそも生活環(どういった宿主を介して成長し、どこで成虫になり、どこで卵を産み、どうやって次の宿主へ入り込むのか、といった世代交代の環のこと)も不明のままなのだとか。
 寄生虫は、自分の生活環のステップを進めるのに相応しくない宿主に入り込んでしまった場合、不適切な方法で成長や増殖を行い、宿主の身体に危害を与える。これを『幼虫移行症』と呼ぶが、芽殖孤虫にとって人間は実際には相応しい宿主ではないらしく、寄生された人間はこの幼虫移行症を発症する。ギョウチュウでもカンテツでもアニサキスでもエキノコックスでもマラリアでもフィラリアでもこれは同じだ。但し、芽殖孤虫が人体で起こす幼虫移行症の症状が、余りにも奇妙で恐ろしいため、芽殖孤虫は一部で大人気?なのだ。
 この幼虫は、人体のあらゆる場所で『発芽して増殖』し続ける。これが『芽殖』の名を関している由来だが、人体は生活環に好適しないなので成虫になって外に出ていくこともなく、この寄生虫はただ人体を蝕み殖え続ける。組織内を移動し脳や骨にまで入り込んで発芽を繰り返し、宿主である人間は臓器不全などを来して死ぬ。特筆すべきは、この幼虫移行症を発症した場合、記録の上では致死率が90%を超えているという点だ。なんせ生活環が不明でサンプルを入手できず虫下しは作れていないし、外科的方法で摘出しても癌細胞と同じで1匹でも残っていれば再び増殖し全身に転移していく。現実的に治療は不可能とされている。
 公的な記録には生存例は無く、一部生死不明のまま記録が途絶えている患者が存在するだけだ。それもきっと亡くなっているだろう。もしかすると致死率は100%かもしれない。しかし近年はぱったりと姿が掴めない。そういう、未知で、恐ろしく、興味深い寄生虫なのだ。
 医療が発展し尽くしそろそろメスを入れるのは『命』という概念自体しか残っていないのではないかというこの現代に致死率90%以上を維持する病というのは、そう多くない。天然痘のように根絶宣言したわけでもないのに近年はその姿がほとんど見えておらず、少なくとも日本では正体も掴めないまま消え去ろうとしている。オカルトと結びつけたくなるダークなロマンに満ちている、というだけのことで、実際には完全に医療の分野の話だったと落胆したのだ。

「有名なんですか?」
「え、ああ、まあ、一部マニア?の間で、ちょっと。こんなところで名前を耳にすると思ってなかったからつい」
「いつの間にそんな有名になったんだろ」
「ネットが普及してからかなあ……知ったときは逆にこんな昔からいたのに正体不明なんて、って驚いたけど」
「お姉さん、寄生虫マニアなんですね。」
「断じて違うけど」

 |阿波戸《あわと》に来てから図書館の司書に間違えられたり寄生虫マニアにされたり散々だ。まあ民俗学なんてかじってると、それを職業にしない限りの行く末は精々雑学王くらいのものである、そうなっても仕方がないかもしれない。事実今まで間違えられた職業の数を、自分でももう憶えていない。だが今回は随分と毛色の違うものにありつけているなあと、胸中で苦笑いするしかなかった。|道《すすむ》君に間違えられた『寄生虫マニア』はもはや職業でもなんでもない。
 それにしても|道《すすむ》君は、博学な子だ。ここが郷土資料館ではなく病院の記念館であるなら、農具や暮らしについて知っているのではなくある程度医学の単語を判別できる必要があるはずだ。あのくらいの子供なら若さに任せて丸覚えする可能性もあるけど。確かに、こちらからあまり聞いてもいないのにあれこれと教えてくれるのは、子供らしい知識のひけらかしと捉えることも出来なくはない。ただ、あの妙に大人びた物腰と和やかな雰囲気は、そんないやらしさをこれっぽっちも感じさせない。

「佐久間巴医師は、この地域で寄生虫の研究を行っていたようです。この辺りにはもう一つ有名な寄生虫がいたんですが、ご存知ですか?」
「日本住血吸虫?」
「ご明答。やっぱり寄生虫マニアの人ですか?」
「だ、断じて違うけど」

 当てずっぽう、というわけでもない。一応地域を考慮してのことだが、単に芽殖孤虫のことを調べていて知っただけだ。名前こそ知っていても、その他余り詳しいことは知らない。

「佐久間医師は元は日本住血吸虫を研究していた、のだと考えられています。寄生虫研究史というのは日本では比較的記録がしっかりしていて残っているものらしいですが、この病院の医師だった佐久間氏はその中に名前を連ねていないそうです。でも、この地域にいて日本住血吸虫を無視して別の寄生虫を研究するなんてのも、不自然です。きっと佐久間医師は日本住血吸虫の研究からドロップ・アウトしてアウトサイダーとして芽殖孤虫の研究をしていたのではないかと」
「ふーん、どうして日本住血吸虫の研究をやめたの?」
「それはわかっていません。単に、研究史に名前がないことと、この病院から日本住血吸虫や風土病に関わるものがほとんど出てこないことからの憶測です、本当はそれをメインにしていたのかも知れません。身近に芽殖孤虫に感染した人がいてそっちに切り替えたなんて想像も、ちょっとドラマティックですね。当時珍しい女性医師だったってのもあるかも知れません。当時の日本はまだ男尊女卑の傾向が強かったですから」
「いずれにせよアウトサイダーなのね、ちょっとそういうの、好きかも」
「一応、人物像はわかっている範囲で、展示がありますよ。写真も何点か残っています。」

 |道《すすむ》君に促されるまま順路を進んでいく。展示品が劣化しないためにそうしたのだろうか、窓はほとんどが木の板で嵌め殺されていて、日光を通していない。ほんのりと橙がかる薄暗いというほどではないが決して明るくはない光に照らし出された廊下の壁際にはびっしりとホルマリンに漬けられた寄生虫の標本が並んでおり、それら全てには、几帳面に整った、しかもゴマ粒のように小さい字でそれらの学名、学名がない場合には宿主の生物名と何の仲間であるのか、採取された年月日が書かれたタグが、付与されている。

「『北海道 羆の肝臓の線虫』 うええ…… こっちはアニサキスか、わあ、見てるだけでなんだかイタタタ」

 試しに注目してみた一つには、ホルマリンで満たされたガラス瓶の中に白っぽい塊(これはきっとヒグマの肝臓なのだろう)が入っており、これと全く同じくらいの質量を占めまるで草が生い茂るようにびっしりと緩く弧を描いたチューブ状のものが大量に生えているのが見えた。このうじゃうじゃと肝臓の肉質から生えている筒状のものが、線虫なのだろう。
 その生え方は尋常ではない。肝臓というものがきちんとお腹に収まるサイズで出来ているのならば、こんなにも線虫に蝕まれた肝臓はおよそ元のお腹の中に絶対に収まるようには見えない。というかこれだけ虫に巣食われた内臓が自分のお腹の中にあると思うと、それだけでも卒倒してしまいそうだ。このヒグマには冥福を祈りたい。
 私は寄生虫に詳しいわけではないのだから、これらがずらりと並んでいてもこれが医学的にすごいものなのか否かは知る由もないのだがそんな風にして、魚、鳥、獣、稀には人から集めたのだろう様々な寄生虫を封じたガラス瓶がずらりと並んでいる光景は、壮観でさえある。

(日本住血吸虫のサンプルもあるなあ。確かに、比率的には日本住血吸虫のものが多いように見えるけど)

 展示は雑多な寄生虫のサンプルから、佐久間医師の研究ノートなどの展示が日本住血吸虫のものに収束していく様を表していく。日本住血吸虫のスケッチや、患者が腹水に苦しんでいる状況のメモ、歴史的な観点を集めた記述や、感染経路を洗い出した資料、中間宿主であるミヤイリガイの標本もたくさん現れるようになる。

 だが、おかしい。

 サンプルがこれほど大量に採取できるということは、生活環が既に判明しているということじゃないのか。全てが日本住血吸虫症に苦しむ末期の患者から採取したようには書かれていない。展示品には噂?のミヤイリガイの標本もあり、つまり佐久間医師が研究していた時期は、既に日本住血吸虫はその正体が知られていたということになるのではないか。

「日本住血吸虫の研究史自体は、世の中でよく知られた通りです。長きに渡って苦しめられてきた民衆や、何人もの研究者の手によって生活環が明らかとなり、その後この地方出身の有力政治家の働きもあって、官民一体となった対策が急速に進んでやがて終息を見ます。」
「待って。だったらこの佐久間医師は、日本住血吸虫の『何を』研究していたの? もう正体も中間宿主も発見されていて、まさか政治に戦場を移した地方病との戦いにおいて戦果を上げるための政治的な戦い方を研究していた、なんてことはないでしょう」
「そうなんです。」

 私が言った言葉に、|道《すすむ》君は改めて足を止めて私に向き直って言う。

「佐久間巴医師が日本住血吸虫を研究していた時期、既にこの日本住血吸虫には研究する価値はなかった。勿論、安価な駆虫薬を見つけるという余地は大いに残されていたのですが、既に同定を目指す領域から化学・製薬・衛生・インフラの分野へバトンタッチが済んでいました。だのに、佐久間医師はここに残って、日本住血吸虫の『生態』を執拗に観察し続けたように見えるのです。だから、佐久間医師の研究対象が日本住血吸虫だったというのは、確証が得られていないんです。そしてそれと同じくらいのサンプルと、研究メモが残されている寄生虫が、日本の疫学上まだまだ重要な寄生虫症がいくらでもあるというのに、ほとんど発見例のない芽殖孤虫なんです。」

 そして|道《すすむ》君が指し示す更に奥では、芽殖孤虫にばかり拘泥して執拗なまでにそれを研究していたのらしい資料が展示されていた。サンプル、写真、拡大スケッチ。先程日本住血吸虫について収集されていたのと同じような、詳細で緻密で、執念さえ感じられる研究記録の数々。患者の写真と症状のメモ、症状進行のメモ。

「え?」

 症状進行のメモ? 患者の写真? サンプル?

「ねえ。何でこんなに、研究内容が充実しているの? そもそも研究ができるほどの環境なんて整っていないから、この寄生虫は謎だらけのはずじゃあ? ほとんど数もないし、生活環が不明だからサンプルの採取なんて患者の身体から治療の際に摘出したものくらいなんじゃ……」

 と、口に出して、はっとする。

「え、っと、確か第二次大戦中に空襲の被害者を受け入れたっていう話が」
「はい」
「芽殖孤虫って、公的な記録では全然見つかってないって話じゃ」
「そうですね」
「でも、ここには妙に沢山の研究の形跡があって、研究の進展はともかく、サンプルには困っていないように見えるのだけど」
「これだけ沢山の虫体サンプルもありますし、犬や猫、ネズミに鴉に経口摂取させた記録もありますからね。そこに困っていた様子は見受けられません。豊富に、入手できたのだと思います」

 急に、|道《すすむ》君が、なにか邪悪なものに見えてきた。彼が佐久間医師だというわけではない、ただの説明ボランティアだ。でもこのことを知っていて、それを滔々と説明しているのは、おかしいのではないか。
 私がそれを察したのを見て|道《すすむ》君は、さすが寄生虫マニアのお姉さん察しが良いですね!と不気味なくらいきらきらな笑顔、にっこり微笑んで私に言う。

「佐久間医師が失踪したのは、つまりその行為の足がつきそうになったから、と考えられています。二階に上ってくるときに、地下に降りる階段があったのをご覧になりましたか?」
「あった。うん」
「元々は役場の資料室や金庫などが地下にあったのですが、佐久間醫院になってからは入院病室に作り変えられています。カルテ上は色々な別の病名での入院になっていましたが、どんな病名での入院であれ、その病室に入院した患者さんは皆、亡くなっていたようです。今は、慰霊の祭壇なんかがあるので、お参り目的以外での立ち入りはご遠慮いただいています。」
「うわ……」

 つまり、この病院の患者に感染させて、人体実験を行っていたということだ。丈夫な建物を選んだ理由は、もしかしたらそうした目的が最初からあったからかもしれない。っていうか地下完全に心霊スポットじゃん。
 芽殖孤虫の研究レポートやその展示品に混じって、患者の写真や、そのへんの野生動物を捕獲して経口摂取させた経過の写真や、皮下に直接移植したものなど、やたらとたくさん出てくる。佐久間巴医師が行った非人道的な医療活動についてはともかくとして、この写真自体は結構医学的な価値があるのではないか。なんせほとんど数が見つかっていないのだ、資料としては貴重なのではないだろうか。

「記念館だっていうから、素敵な医学への貢献の記録なんかがあるのかと思っていたら」
「はい。余り気味のいいものでは、ありませんでしたね」

 気味のいいものではない、それは確かに彼が最初に言ったことだ。ホルマリン漬けの某もたくさんあった。だけど本質はそこではなくて、それより余程気味の悪い話だったというわけだ。

「そ、そういうことかー。結局マッドサイエンティストがいたっていうだけで、特に何の成果も上がっていないのね。医学的な記念館と言うよりは、負の歴史の記録館って感じだったのか……」
「何の成果も上がっていない、というのは、公式にはそのとおりです。佐久間医師は何も発表しないまま失踪してしまいました。でも、どうも何かを発見していたような記録もあるんです。」

 |道《すすむ》君は、更に順路を進みながら、説明を続ける。

「ここからは手書きのノートや、論文にするつもりだったのか原稿の展示品ばかりになります。多くは、日本住血吸虫症というか、この地域の風土病と芽殖孤虫を新たな観点で結びつけようとするものです。写真や臨床的な資料が急に乏しくなるのは、彼女の『説』が急に妄想じみてくるからです。このノートの内容をご覧ください」
「うん……? 『この蛭に巣食われた人体では、リンパに侵入を見る場合、或る特定の成分が生成される。これは或る種の病原体に対して抗体として機能する以外に、この成分を旨味と感じる何らかの生き物がこの世に存在する』なにこれ? 旨味……?」
「芽殖孤虫は『孤虫』と命名されている通り、成虫が同定されていません。人間は不適合宿主であると考えられています。ですが佐久間医師は人間は適合した中間宿主だと考えていたようです。それは芽殖孤虫が、人体で『殖えていること』と、患者がほとんど『見つかっていない』ことに着目した考えです。一部の寄生虫では、中間宿主を次の宿主に捕食されやすいように、あるいは好適な環境へ導くようコントロールすることが知られています。最近では捕食寄生という呼び方に含まれているようですが」
「鳥に食べられやすいように芋虫っぽい目立つ色をしてカタツムリの体の中を動き回るとかいうあれ?」
「ロイコクロリディウムですね、そうです。あとはギニアワームなんかは痛みを利用して人間を水辺へ導きます。ハリガネムシも有名ですね。佐久間医師は、芽殖孤虫は人間ごと自身が誰かに食べられるのを待っている、という思想を持ち始めたのだと思います。他のノートもありますよ」

『もし捕食を待つタイプの寄生であるのなら、この奇妙な小さな蛭のような寄生虫が人間を中間宿主とした上で生物として存在してきた歴史を鑑みる限り、人間を捕食する何らかの存在がいることを示している。そうでなければ、この寄生虫は存在すら出来ていないはずなのだから。人間を食べる何らかの存在の中で、彼等は成虫になることが出来るのだろう。』
『芽殖孤虫に感染していると、ある種の皮膚病に耐性が出来るらしい。日本住血吸虫と一緒に分布する別の風土的な皮膚疾患は芽殖孤虫と共存しないことがわかる』
『試しに狼に、蛭様虫体を混ぜた餌を与えてみたが特に感染した様子はない。糞を調べたところ、虫体は死滅して排泄されていた。狼ではないのだろうか。熊? 人間の肉を食べる可能性がある生物は、他になにかいるだろうか。』
『吸虫は関係なかった。やはりこの蛭虫の有無に左右されている? もう少し実験が必要』
『人間を食べることを常とする生物など、この世にいる、あるいはいたのだろうか? もしいるとすればそれは、従来の生物学の枠から大きく外れた並外れた存在ではないか。地球外生物? 神? 妖怪? 鬼? 馬鹿馬鹿しい。馬鹿馬鹿しいのだが、この考えにはなんだか妙に、惹かれるものがある。まるでこの謎を解き明かすことを、何者かに導かれているような。』
『もし何者かに捕食されることを前提としているなら、この寄生虫は宿主をコントロールしてどこか捕食されやすい場所へ移動させようとするだろう。患者に共通した、移動欲求があればそれは重要な手がかりかもしれない』
『この蛭に侵された肉というのは、誰にとって美味なのか。今の私を突き動かす興味はもはやその一点だけである。』

 佐久間医師の手記は、この頃になるとなんだか気味が悪いものになっている。医学的見地を捨てているかのような、どちらかと言うとオカルトに走っているように見える。鬼だとか妖怪だとか宇宙人だとか、流石に|アレ《・・》だ。
 月刊ム○とかが好きそうなやつ(私がやってる趣味の民俗学なんてそっち方面剥き出しなのだが)で、そもそもネット民が芽殖孤虫を面白半分に取り上げるのと同じだというところに結局立ち返っているような気がする。宇宙人の存在を出しちゃう辺り、完全にソッチの方のサブカルだ。個人的には好きだけど、医療分野でマジで取り組んでしまったとなれば確かにアウトサイダーと言われても仕方がないかもしれない。

「ちょっと、怖いね……」
「寄生虫研究界で異端だったのは、明らかですよね。虫体の入手方法が違法なものですから、研究自体も誰かに知らせること無く一人で黙々と行っていたようです。一体何でそこまでして追い求めたのかはわかりませんね。」
「この手記にある『移動欲求』ってのは」
「ハリガネムシとかギニアワームとかのあれでしょうね、何らかの方法で宿主を寄生虫にとって望ましい場所へ導くという。人間はその欲求を言葉にできたのでしょうから、どこどこに行きたい、というのがわかれば、何らか手がかりなると思ったのでしょう。その情報収集がどうなったのかは、研究ノートには無いようですが」
「ふうん……なんか、変わった人だったんだね」

 私は展示品のガラスケースを台にして、二階で見たものの感想なんかをつらつらとノートにメモすることにした。佐久間医師という変な女医、日本住血吸虫、芽殖孤虫、風土病、人間を捕食するなにか? 二階三階は期待できないなんて思ったけれども、大当たりだった。ただ、欲しい情報があったわけではない、また新しいネタが増えただけで、調査に進展が見られたわけではないのが、苦笑いするしか無いところだけれど。
 メモを取っているときに目に入ってきた、佐久間巴医師の手書きのメモの一文が、妙に鮮やかに目の中に入り込んできた。力強い筆跡で書かれたそれは、他のメモが長い文章になっているのに対して妙に完結に短い。そして、何より奇妙な言葉だった。それは。

『たべにきた』



§§§



「で、三階には虫を植え付けられた患者の死体が冷凍保存されていると」
「流石にそれはないですよ」
「そっかそれは地下かあ」
「ないですってばー」

 丁度建物内を一周する形で階段に戻ってきた。三階に向かう階段が二階に登る階段と表情を変えるということは特になく、さっき上ってきたのと同じ様につかつかと妙に響く足音を引きずって三階へと上った。そこは二階の展示ブースチックな内装とは異なり、確かに病院の施設をそのまま保存したというのに納得の行く、悪く言えばバックヤード臭の強い空間が広がっていた。廊下は細く、左右に扉がいくつかあるが、誰かを招き入れるような設えではない、ひたすらに事務的だ。本当に、事務所か何かの倉庫手前空間といった感じで、幾らか配線や配管が剥き出しになって寒そうにしている。

「三階に残っているのは、医院長室、資料室、倉庫、管理薬品庫です。倉庫と管理薬品庫は今はすっからかんになっていて、医院長室と資料室だけが一部鑑賞できるようになっています。」

 |道《すすむ》君に連れられていくと、途中倉庫らしい扉がある。木製で白い塗装の古い扉は、そうした設えに特徴的な不規則に緩やかな凹凸による柔らかく、同時に古臭い色合いを返している。上部には磨りガラスがはめ込まれ、下にはガラリがある。密閉性を敢えて捨てた扉は、確かにただの物置くらいにしかならないだろう。ハンズとかで売ってそうなプレートに律儀に『物置』と書かれているが、黒い文字は少し剥げて欠けていた。ノブはありふれた金属製丸型のもので、古さ相応に|鈍《にび》いた光沢を返している。

「ご覧になりたければどうぞ、なんにもないですけど」

 なんだか|道《すすむ》君に『見てみろ』と言われているような気がして、私はノブを回してみる。抵抗はない。|道《すすむ》君がわざわざ言うのだ、本当は何かがあるのではないか。少し正気を欠いていたような佐久間医師の手記、虫だらけの展示品、人体実験を施されて死んでいった患者。薄気味悪さは否定できない。

 がちゃ

 扉を開けて中を覗いてみる。

「ほんとになんもないね」

 廊下同様に部屋の隅の方に設計ミスか、あるいは家具などがあって隠れる前提なのだろう配管が、末端に何もつけられずに口を開けている。不使用の部屋らしく電気もなく、窓から差し込んでいる光以外にはなにもない。窓も普通の引き戸で変哲はなく、床も廊下同様タイル張りのまま。言ってしまえば至って普通の空き部屋だ。

「そこにあった死体はもう片付けちゃいましたから」
「はっ!?」
「冗談です」
「冗談だよね?」
「冗談です。」
「やめてよもう」

 自分でも驚くくらいに驚いてしまったことに少し呆れを感じながら、私は扉を閉じる。女性の金切り声の様な音を立てて閉まっていき、ラッチが嵌まるときにはガラスやガラリが振動する複雑な音を立てた。ほんと古臭い感じ。

「管理薬品庫も同じ感じです。ご覧になりますか?」
「何を見ればいいかな」
「なにもない、を見るってのは」
「てっつがくー」

 さっさと次を案内してくれと言外に促すと、では院長室ですねー、と扉をパスした。基本的におなじに見えるが、『薬品庫』と書かれたプレートが止められた扉は倉庫のそれよりも幾らか丈夫そうな扉でノブに鍵穴があり、ガラリが付いていなかった。

「では院長室です」

 |道《すすむ》君が扉を開けて中へ促す。来賓を座らせる正面向きのソファとテーブルのセットは布張りで高級感がない。奥にある机は事務所用のスチール机で、椅子も灰色で軋み音を立てるあのキャスター付き椅子だ。左右には引き戸付きの本棚があり、本が残っている。バインダーに閉じられた以外にも、束のまま平置きされている紙も目についた。いずれも思ったよりも簡素なものだった。院長室というからもっと仰々しく重ったるい趣味の悪い机があって人を殺せる様な重いガラス製の灰皿がおいてあるとか勝手に思っていた。
 中へ入っていくと、机にはビニルの下敷きが敷かれていて、電話、ブックスタンドと何かの本、筆立て文鎮とインク壺、使い古しの吸い紙、ブロッタ、メモパッドなどがすぐにでも使える感じで置いてある。

「三階は展示というより保管の意味が強いです。ここは院長が失踪した時そのままの現状を保存していると聞いています。いつ戻って来てもいいように」
「またそういう……どうせそのペンのインクだってちゃんと抜いてあるんでしょう?」

 えへへ、と笑う|道《すすむ》君。

「佐久間医師は結局独身のままで、休診日も個人的な研究に取り組むか、ここで一人で過ごしていたらしいです。研究が恋人、みたいな人生だったようですね。あと本棚に残っている書籍や書類には、医療関係のものと並んで、この地域の風土や歴史を記したものが多いようです。この後書庫も観覧しますが、その蔵書には顕著です。」

 豪華さの欠片もなくただ冷たく事務的な執務スペースで、机を挟むように左右の壁に張り付いた本棚の中に残された本は寄生虫症や内科だけでなく外科や歯科の臨床例や薬品の辞典のようなもの、狭い病名にフォーカスした専門書などだ。私にはさっぱりわからない。対し、バインダーの背表紙に尖った筆跡で書かれたタイトルにはいくつかわかりそうなものが混じっている。地名や年代、動物の名前だ。勿論背表紙に書かれた文字列の意味がわかるだけで、その内容がわかるとは到底思えない。もう1カテゴリある。こっちはもしかしたらわかるんじゃないかと思う。それは古典の類にまつわる書籍と、それらしい文字が書かれたバインダーだ。

「『国記』って、どう考えても病院に関係なくない……?」

 まず目についたのは、『国記』にまつわる研究論文をまとめた何らかの書籍だ。一応市販の本らしい装丁をしている。『国記』は聖徳太子と蘇我馬子が編纂したとされる書物で、現存していない。古事記、日本書紀、と並ぶかそれ以前の太古の書物だ。残っていれば並ぶ二つとともに重要な文書だったのだろうが、今後発掘でもされない限りは幻想の中にあることになる。天皇ひいては大和朝廷の主権が天賦のものであると(王権神授説的なものとは異なり、そもそも神様であるという)主張するために編纂された幾つかの書物の一端で、改革派の聖徳太子と既得権益の化物だった蘇我氏がともに編纂にあたっているという点でこの時期の書物にはロマンが多い。しかも内容が失われているものだからロマンの塊だ。
 ロマンの塊なのだが、どう考えても内科にも寄生虫にも関係がない。寄生虫症の歴史的記述を遡ろうとするにはいささか遠大すぎる。

「書庫は、どうなさいますか? ご覧になりますか?」
「うん、見たい。ちょっと気になる」
「おや。ではこちらへどうぞ」

 仕方がない、だってそっちは私の好きな分野なのだ。他にもこんな本を読んでるとなれば同族の可能性がある。そんなのなんだか、気持ちいいじゃない?

「私寄生虫マニアっていうより、こういうののマニアなんだ。でも、寄生虫と関係あるとは思えないんだけど」
「『こういうの』?」
「ここにある日本史の本とか」
「ああ、そうなんですよねえ。その辺については佐久間氏の趣味……と片付けたいんですが、よくわかってないんです。妄想じみたメモを残し始める頃から日本の歴史に傾倒し出したみたいですが、少なくとも芽殖孤虫での研究結果やまとめられた手記には、そうした記載は明確には見つかりません。」
「ふうん。ただの趣味にしては、ちょっとマニアックすぎる気もするけど、人のことは言えないか」

 資料室の扉は薬品庫よりも厳重な感じがする。少なくとも安い合板か何かで出来ていそうだったそれまでのとは異なり、木目を残した重厚な一枚板の扉だ。鍵も二箇所でかかるようになっていた。優先順位がおかしい気がするが、趣味の方が大切という人間もこの世にはいるのだから、それを言っても仕方がない。それにしても本業が内科医で、趣味が寄生虫の研究と日本史とは、変人にも程がある。鍵穴があったにも拘らず|道《すすむ》君がそのまま開いたのを見ると、今はもう施錠はされていないらしい。部屋に入ったときに空気の香りが変わったのを感じた。ほんの少しのカビ臭さ、古い本がたくさん積まれた古書店と同じ。

「ほんとにただの書庫です。蔵書は医学系よりもさっきみたいな本が多いですね。あとは佐久間氏自身の手記のようなものも保管されています。」

 確かに、ただ簡素な書架が壁際に一列、入り口から直進方向に伸びるよう部屋の中ほどに一列の三列並んでいるだけだ。それらにはあまり整理されていない様子でどかどかと書籍と紙束が放り込まれており、棚の中で平積みのままになっているものも多分にある。
 期待に応えてくれたかのように、そうした棚の中の本は殆どが古代日本の歴史に関わる書物で、幾つかはISBNが発行されていなさそうなものもある。背表紙を見ても何を書いてあるのかわからないような本や、ボロボロで触ることさえ(そうでなくても触ってはいないけど)憚られるような本もある。天皇記やら帝紀やら何やら、勿論記紀神話にまつわるものがたくさんあり、どこかから取り寄せたのか奇妙な形の土器も置いてあった。新し目の本では風土記辺り。このくらいなら確かに寄生虫の調査の一環だとすればまあわからなくはないが、やはりぱっと見は接点を感じない。『浮かび上がるヤマタイの秘密』の隣に『吸虫症の臨床』が並んでいるのは、奇妙な光景でしか無い。これは、本当にただの趣味?
 実は得心いかない部分もあるが、いった部分もある。ただの趣味として妥当、という意味ではない。前にちらりと調べた限り、芽殖孤虫の発見地域は、そもそもの数が少ない上に更に絞られていたはずだ。

「ねえ、話が戻るのだけど」
「はい」
「芽殖孤虫って、どこで発見されているのだっけ」
「東京、茨城、京都、熊本です。あとは海外にもいくつか。でも日本での発見がダントツで多いです。やっぱり気になりますよね、日本ばっかり。やっぱりお姉さん、寄生虫マニアの」
「断じて違う、けど、ちょっと調べたくなったかも」

 気になったのは、日本の外でのケースではなく、日本国内での発見地域だ。そしてそれは、私の想像以上の一致を見せている。そんなのオカルトだ、やっぱり。そう思ってもやっぱり気になってしまう。こんなところでまた妙な情報に引っ掛かってしまうなんて。

「調べたくなった? 何をですか?」
「佐久間医師がただの寄生虫研究者の枠で収まらない人物だ、ってトンデモ説に、俄然興味湧いてきたわ」



§§§



 |深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の奥に博霊が結んできたという地底の国があるということは射命丸にも伝わっていたが、その詳細までは知らされていなかった。まだ協議が続いているから、というのが理由だったが、それにしては不自然な時間的空白があることと、暫定的に発した筈(らしい)の不可侵声明がほとんど守られていない実態もある。何より、射命丸は|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の周辺で見られる正体不明の疫病の実情を目にしてしまったこともあり、腹の虫は収まっていないようだった。
 自分の姿が足元に映り込む程に磨かれた潔癖に白い床に、射命丸の黒い髪に黒い翼の姿は他の白い鴉鴉天狗たちに比べて奇妙と見えるほど色濃く映し出されている。その白床を踏み鳴らしながら、射命丸はもう一つの影を足早に追いかけていた。白い鴉天狗はこの天魔宮にいる、白い髪さえなくなりかけている他の老いた白鴉の天狗に比べれば多分に若そうに見えた。壮齢からもう一歩足を踏み出したかというくらいのその白い鴉天狗は、射命丸にくるくると付きまとわれ鬱陶しそうにしながら歩き続けている。

「で、それは|佐久都美《ざぐとみ》と呼ばれているようです」
「ああ射命丸、それがどうしたというのだ。疫病に名前をつけたところで魔法のように収まったりはしない」
「病名ではありません、その根源の名前です。いえ正確には疫病の根源の、本体と言った方が」
「射命丸、お前はまた、どうしてこんなところにいる。お前のような|汚羽《黒いの》が|天魔宮《ここ》に居ると、目立って仕方がない。」
「一緒にいるあなたも、余計な目を向けられる。だったら、さっさと私の話を聞いてくださった方が賢明では?」
「本当に鬱陶しい女だな、お前は」
「ありがとうございます☆」
「ほめてねーよ。」

 普通、鴉天狗は色の濃い者を蔑む。
 その対称は鴉天狗のみではない。種族の垣根を超えない範囲で、狼天狗や鼻高天狗などもそれに含め、同じ尺度で相手を判断する傾向にある。白よりは灰、灰よりは青紫、青紫よりは濃紺、濃紺よりは、黒、をより低い血統とみなす。色のこさの問題であって、色合いは前後するが、つまりは色の明度の問題らしい。
 今射命丸のいる天魔宮は『山』で最大権力を有する白い鴉天狗の居城であり、行政機関として機能している。本来白い鴉天狗か、その関係者しか入ることが出来ない機密性の高い施設だ。
 天狗社会の中でも鴉天狗の社会では、射命丸のような真っ黒い鴉天狗を最下層の(同時に最も数が多い)鴉天狗とみなしており、それよりは幾らかマシなのが青や紫、紺といった者。射命丸と同じく新聞出版を生業としている(と自称している)姫海棠家などがそれにあたる。対し、射命丸がいつも連れて回している白狼天狗の犬走の血は、色合いとしては高貴にあたるのだが、種族として鴉天狗から貶められているため色が白くても同じような扱いを受けることはなく、鴉天狗全体の下位として扱われる。種族間分断は山から鬼が姿を消し鴉天狗が政権を握ってから成文法として法に組み入れられてしまっているが、色による階級付は全くの慣習であって不文法として機能しているものだ。特に鴉天狗と狼天狗の確執は根深いものがあり、常に冷戦状態にある。
 その色の真っ黒い射命丸がこの天魔宮に出入りできることは異例中の異例であり、それもまた不文法のように暗黙の内に認められていた。それが認められる本当の理由を知る者は多くないが、この天魔宮に出入りできる者の皆が認めているので、認められているのである。
 本来、こうした真っ黒い天狗に、これほどに真っ白な天狗がまともに口を利くことはない。聞いたとしても『適正に』不遜な態度で扱われるのが筋なのだが、この会話を見るとその前提は認められるものの、印象は随分と薄まるようだ。

「『あすぺくと』だか何だか知らんが、それが一体何の関係がある」
「そう、その|化身《アスペクト》は人称を有し、言葉を解……あれ、|化身《アスペクト》のことをご存知で?」
「一応我々も仕事をしているのだ、お前はどうも|政院《我々》が何も仕事をしていないと思っているようだが」
「意外ですね、椅子を温める意外の仕事があるなんて」
「少しは言葉を選べよ……俺も一応は執権の一人だぞ。自分の手を汚さずにお前の首を撥ねることなんて造作も無いんだ。」
「あなたが執権、だから言っているんです。」

 心底鬱陶しいと顔に書いてある白鴉天狗に、それでもつきまとう射命丸。手にはノートが収められており、その中を相手に見せたり自身で読んだりして、白い天狗に食い下がっている。恐らくは彼女が|独自の《・・・》方法で収集した情報がまとめられたものなのだろう。

「この件に、山を出て博麗神社に出入りしている鬼が関わっているという……」
「取材なら記者クラブを通してにしろ。そうでないなら、令状を出して然るべき手順を踏め。今のお前は、|どれ《・・》だ」

 いい加減に足を止めた白い鴉天狗は、目の前の黒い鴉天狗の小娘を指さし非難がましい目で問う。どれ、の意味を理解するのは、彼女自身と、そうした『射命丸文』という名前の持つ社会的多義性について理解し、更に多くの場合、それによって利害関係に組み入れられてしまった者だ。
 彼女に付きまとわれている執権の白鴉天狗も、そうした一人のようだった。そうでなければ本来、射命丸のような色の真っ黒い鴉天狗の言葉など意に介す必要もない。

「|どれ《・・》かも何も、どれも射命丸文ですから。それに、どれか一つなら|天魔宮《こんなところ》に入ることなんて出来ませんからね。ここにいる私はどれか一つではなくてまさに全部ってことですよ。それとも、臥所の中の私の顔にご興味が?」
「詭弁を弄するのなら取り合わん、とっとと帰れ」

 しっしっ、と払うような手の動きで射命丸を追い払う白い天狗に彼女はなおも食い下がり、ノートのある一見開きを開いて見せつける。見開きには写真が一枚スクラップされており、それには目を背けたくなるような、病に冒され死を待つ無残な人間の姿が映し出されている。皮膚という皮膚に小指の先程の大きさに膨れた豆疱がびっしりと生え覆われた、人間の姿からは凡そかけ離れた患者の記録写真だ。彼女自身が隔離網に侵入し現場を撮影した言わばスクープではある。

「……馬鹿野郎、そんなモノを|天魔宮の中《こんなところ》で出すな。見せる相手によっては汚辱罪でとっ捕まるぞ」

 写真は純粋な意味で天狗の文化に入り込んでいない、天狗社会に流れている『キカイ』と呼ばれている魔術は基本的に河童のものであり天狗自身にはこれらを造る技術はないからだ。携帯電話、カメラ、ひいては写真も同じで、歳経た天狗の多くはまだ写真は精密に描かれた絵で、カメラはみせかけ、暗室でせっせと描かれていると思っている者も少なくない。写真は現物ではなく絵という前提であれば、それが社会不安を招くような内容の場合には反社会思想とその送出として取り締まられることにもなりかねなかった。
 射命丸に引き止められて嫌々そうに写真を見せつけられている天狗が写真を知っているかどうかはわからないが、少なくともその精密な描写を前にして小さく目を背けていた。

「目を背けないでください。これは絵空事ではなく|現実《・・》ですよ。どうせ天魔宮の天狗は人間がどうなろうと知ったことではないんでしょうけど。そもそもあんなザルみたいな隔離網で封じ込めが出来ると思ってるんですか、私が通り抜けられたんですよ? 虫も、小動物も、鳥も、素通りです。私の|取材《調査》では、伝染病というのは虫や動物を仲介して広がります、人間や大型の獣だけを検問しても何の意味もない!」

 声を荒くする射命丸に対して、白い鴉天狗は逆に声のトーンを落としてそれを窘めるように言う。その『汚辱罪』とやらに問うつもりは、この白狼天狗にはないのらしい、それはこの鴉天狗が射命丸に対して持っている理解の一つであるか、あるいは持たれている利害の一つの形なのだろう。

「だったらどうするというのだ。|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の奥に入ってその『あすぺくと』とやらと話し合いをするというのか? その写真が現実なのかどうかは知ったことではないが、対処法もわからずに|御東《みあずま》に立ち入ってれば二次災害を招きかねん。お前が|そういうふうに《…》なりたいのなら、とめはせんがな」
「立ち入っただけで感染するようなことはないと、自ら確かめました。私が侵入したときには、鴉面をつけて蝋羽衣を着ていましたが、これが|御東《みあずま》に対して清浄な空気が効果的だという裏付けではありません。患者自身の発言では、血液か体液での感染が確認されていますが、それだけでは逆に規模に妥当性が出ません。恐らく病を中間媒介する存在がいます」
「そういう問題ではない。」
「ですから、博霊に病のことをエスカレーションするよう議案を提出してください。人と大型の獣の封鎖だけではこの病の封じ込めは出来ません、恐らく|御東《みあずま》は流動し病はすぐに明るみに出ます。情報統制も無駄に終わるでしょう。河童や天狗に感染が拡大してからでは遅いですよ、病の拡大についてもそうですが、それを許した政院への信用の問題です。」

 鴉天狗は、射命丸へ訝しむような視線を送る。

「今お前のそれに、何人の執権が賛同している。過半数が確実になるように根回しが済んでいなければ意味がない」
「まだ、2人です」
「俺で3人目か。どうせ2人は狼のだろう、鴉天狗のやることにとにかく反対するだけの野票など集まって当然だ、話にならん。8人集めてから来い」
「9人目になってくださると?」
「9人目にはなってやる。だが、3人目も4人目も5人目も6人目も7人目も8人目も、だめだ。」
「ちなみにあなたと同じ『9人目』は、既に他に5人います」
「……なに?」
「みんな、|あのとき《・・・・》の顔が可愛い人達ばっかりですよ」

 ジャーナリストの顔から娼婦の顔にくるりと入れ替わる。白い烏天狗に対して、今度は耳打ちで一言付け足してやったのだ。

「執権には女も混じっているのだが」
「? それが何か関係が?」

 白狼天狗の反応自体には、さっきの写真を目にしたときと大した違いはなかった、持った意味は少し違っただろう。

「あなたは執権の内、唯一私を抱いたことがない」
「だから、そういう話もここではするな」
「あなたのことは、損得抜きで信用していますから」
「なんだ、抱いといた方が面倒事に巻き込まれないというのなら、すぐに買ってやるぞ売女」
「どちらが面倒かは、人それぞれと思いますけど……買っていただければ|たぁんと《・・・・》サービスしますよ?」
「いらん、いらん。ロクな目に遭わん気がする」
「|いい《・・》目に遭わせて差し上げますってばー♪」
「いらんわ〜」

 耳を塞いで頭を振るようにする鴉天狗に、射命丸はもう一度ノートの見開きを見せる。今度は少し政治色の強い記述が見えた。一意に特定ができないように伏せられた執権の名前らしいリストやそれらにまつわる何らかの単語の羅列。最終的な回答のように○、✕、などの記号が記されている。これが、射命丸が先に言った『9人目』獲得のロビー活動にまつわるメモだということは、当人ならばすぐに分かる。

「私は、天狗の社会が本当に腐っているなんて思っていないんです。あなたと同じ断り方をした執権が、既に5人、合わせて6人いる。あと1人転がして足並みを揃えれば、博霊へのエスカレーションは議会を通過します。博霊を通じて体制内の医療機関を動員すれば、あの疫病はすぐにコントロール下に収まり、終息を見るでしょう。『9人目』が既に何人もいらっしゃるのは、本当はあんな方法ではまずいと、あの状況を放置するのはいけないと、わかっているからです。それは天狗社会にとって、『山』にとって、救いだと思っていま、あっ!」

 白鴉天狗は、射命丸が突きつけてきているノートの見開きを、上にするりと摘み取るように奪い取った。

「……そのノートは複製です、それを処分しても何も情報規制になりませんよ。下手に公表してもあなた方に利など無い」
「これと全く同じものが手元にあるのか?」
「手元とは限りません。信用が置けるジャーナリスト仲間の手の中かもしれませんし、山奥の隠し場所に埋めてあるかもしれません。ただ、そこに書いてあることは、私はそうしようと思えば、全く同じ内容を復元することが出来ます。」
「なら好都合だ」
「どういうことですか」
「こいつは証拠として預からせてもらう。記述に落ち度があるようでは資料にならん」
「証拠ですか、資料ですか」
「それは、これが再びお前の手元に返されるかどうか、それと返却の方法によって、明確になる」

 ふうん、と何かを理解したように小さく何度か頷くような動作を見せながら、射命丸は引き下がる。

「では、それを待つことにします。どうぞ、よろしくおねがいします。それと、もう一つお話があるんですけど。この件に関わります」
「まだあるのか」
「その辺で、腰でも落ち着けて、いかがですか」
「会議室スペースを」
「いいえ、そうした部屋には盗聴器がありますから。その辺の噴水の脇などどうですか、恋人同士みたいに」

 噴水の傍は頻繁に清掃が入るため録音水晶の長期設置が難しく、騒音も大きいため可能性が低い。
 射命丸は鴉天狗の腕を取って絡めようとする、が、鴉天狗はにべもなく振り払った。だが、そこに足を運んで話をするということ自体には同意のようだ。
 一応形ばかりは上司を立てる形で、射命丸は鴉天狗の後ろをしずしずとついていくように歩く。何かに見せかけて隣に並んで歩くという手もあるが、今のところ有効ではないと思ったのでしていないようだ。噴水の縁石に腰を下ろした鴉天狗。縁石は高さがまちまちで、射命丸は鴉天狗が腰掛けたものよりも低いものを選んで腰を下ろした。

「お前がなにか|事《・》を起こしたいというのなら、お前のその捜特権が使えるだろう。心底邪魔くさいのだが、そいつは本当に強力だ。使え、とは口が裂けても言わんがな」
「わかってます、だから使ってるんですよ、こんなろくでもないロビー活動に」

 いやー、売春が儲かって仕方ない仕方ない、と人差し指と親指で輪を作る。お金を指すジェスチャー、と見せかけて更にそれを、斜に構えて見せ小さく舌を出した口を開けたあたりで前後にスライドするような仕草をしてみせる射命丸。
 この真っ黒な鴉天狗が本当に売っているのが、純粋に男好きのする身体なのか、貴重な情報なのか、あるいはもっと別な政治的な保安なのか、実際に彼女と取引をしている者にしかわからないことだろう。それが出来るのは、白い鴉天狗だけだし、白い鴉天狗がそうした買い物ができるのはこの真っ黒な鴉天狗からだけなのだ。
 目の前で話をしている鴉天狗は、射命丸の身体を買わずにいることで彼女とそうした汚い取引の最後のラインを超えずに踏みとどまっているつもりなのかもしれないが、射命丸自身から見るならば、手がける複数の商売(あるいは活動、つまり射命丸文という名前の多義性)のいずれかを既に踏み越えてしまっているのだろう。
 人は自分のポジションでしか話をしない、考えない。身体を買わないことで自分の何かを守れると思う者もいれば、誰かを裏切らないことで自分の何かを守れると考える者もいる。殺さないことで守られるなにかがあると信じる者もいる。射命丸文の黒い翼はそれを容易に飛び越えて心の中の柔らかい部分を啄んで食い、他の者にそのおこぼれを与えることで間を渡り歩いている。その結果が、この奇妙な強い立場だ。地位はないが権力はある。そんな強かさを彼女に教えたのは、かつてこの天魔宮に出入りしていた白狼天狗だ。

「|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》とこの疫病に関してのみの範囲で捜特権とほぼ同じ権限を持つ妙な特権で|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》を下ろうとしている者がいる。」
「リグル・ナイトバグ」

 射命丸が即座にその名前を出すと、白鴉天狗は小さく溜息を吐いてから頷く。やれやれ、そこまで知っているのか。と。

「あれが何者なのか|政院《我々》ではよく掴めていない。八博体制では辺境伯の下部組織の更に一端として名前が上がっているだけで、情報が殆ど無いのが実態だ。お前は虫の隔離が済んでいないと言ったが、ヤツはそのために博霊側から招き入れられた外部スタッフだ。防疫特権をくれてやったのは天魔様直々のことで、我々も経緯をよく知らされていないが」
「あれは蟲を司る妖怪です、それには適任かと思います。彼の一族は古代には大きな力を持っていたそうですが、今の代の王では蟲の立場の後退により小さな力に縮小しています。リグル・ナイトバグの所属している通称『|四則同盟《カルテット》』は|風見辺境伯《SleepingDandeLion》配下の独立性の高い私的な機関であり、同時に暗黙された領域でもあります。ばらばらの四種族によって維持運営されていて、その多様性によって『風見』と同じ辺境である『紅魔』との間のパイプになっているようです。」
「詳しいな」
「こんな山に引きこもっていればわからないでしょうけど、外に出れば『蟲の眷魁』についてこの程度のことは、常識ですからね。風見や紅魔が、八博体制上、我々天狗の六天氏族を一絡げにした組織と対等であることを考えると、本来は無碍に扱える存在ではありません、知らないだなんてありえない話ですよ。」
「それこそ疑わしい情報だな、そんな都合のいいヤツらが何故もっと権力を持たない?」
「バカだからです」
「は?」
「良くも悪くも、素直なんですよ。我々天狗と違って、思考回路が。短絡的な欲求に直進しがちな事があると思えば、酷く無欲に見えたりもします。その単純さは、彼等の作る社会を単純でわかりやすく、問題が生じても解決しやすくしている。結果として平和に貢献していると思います。嗤うも自由ですが、取り入れるべきものもあるってことです、考え方の違いですね」

 射命丸は今日の天狗社会に明らかな不信を抱いている。だがそれを爆発的に吐き出すのではなく、ジャーナリストらしい現実に基づいた情報と方法で考え、一定のポリシーを保って主張し、実現が困難と思われるステップでは『汚い』手を使用してそれをなそうとしているようだった。
 鴉天狗と白狼天狗という社会二分で混迷するこの状況で、リベラルかつ、実務的な見解を持って動こうとする者が、政治中枢にいないことは天狗社会の深刻な問題となっている。それを恐らくは、各々皆が認識していながら旧態依然とした組織を改革できないのは、高度複雑に構築された社会機能故の障害だろう。
 かつてこの界隈をテリトリにしていた強大な力である|鬼神《オニ》は既にこの地を捨てて離散している。天狗のトップである天魔は天狗社会のことしか考えていない。山の麓に広がる森のなかには天狗も把握していない野良妖怪が存在しているがその治安は誰も担保しない、今回の|穴《・》の件がそうであるように。

「『守矢』に流されるように体制下に入っただけといって、いつまでも|博麗神社《中央》から距離をおいていると、情報に取り残されます。我々にはもう|鬼神《オニ》のような強大なリーダーはいないのですから、組織と情報でコトに当たらなければ早晩立場を失いますよ」

 射命丸のその言葉は、今の彼女の立場を最も表現したものかもしれない。それは執権と呼ばれる政治の中枢にいる天狗にもわかっていることかもしれない。だがそれを動かせずにいるのは、その枠に収まるしか無いからだ。
 きっと誰もがもう、破壊以外にこのシステムをメンテナンスなど出来ないのではないかと、そう思っている。射命丸自身もそうだ。だから、彼女が今賭けているのは、博霊という外圧からトップダウンが下ることだった。博霊神社には山からは姿を消した|鬼神《オニ》の出入りがあるという情報も、それを後押ししている。

「お前は、白ければ優秀な政治家だったかもしれないのだがな」
「生憎と、黒いから出来ることをやっているだけです。白ければ、あなたと同じようだったと思いますね。あなたも黒ければ私と同じ様になったかもしれませんよ、|見た目は悪くないですからね《…》」
「お前のように|汚れ《・・》をやれと? 御免被る。」
「私も願い下げですよ、あなた方みたいに汚いことから目を背けて綺麗に生きていくだけなんて。」

 白い鴉天狗は吐き捨てるように鼻で笑い、射命丸は肩を竦めてやれやれポーズをキメる。万人が、こうして|ポジション《配役》に紐付いた|役割《シナリオ》を演じているだけ。こんな唾棄すべき社会でも、明確な悪者なんて誰もいやしないのだ。

「ですから、私は汚いことを続けるだけです、私は、あなたを利用します。
「なんだ」
「あなたと親交の深い執権が一人いますね、誰とは申しませんが。同期で長い間ライバルなのだとお聞きします。」
「親交が深いは間違いだ、長いだけで」
「どちらでも構いませんけれど。その方を説得してくだされば、私は議長に何か口添えできるかもしれません。」
「『なにか』?」

 勿体ぶる様に、射命丸は言葉を溜めて、目を細め口角を上げて言う。

「例えば、この件によく協力し貢献てくれたのは、彼ではなくあなたの方である、とか」
「議長に利く口など、お前が持っているのか」
「喉が生きていて唇が縫われていなければ、あるいは議長の耳が潰れていなければ。」
「明日にお前が失語症になり、議長が突発性難聴になるなんて都合のいい話もあるわけだな」
「それは、ご想像におまかせしますわ。でももしあなたが協力してくださらないなら、私がこの話をその方の元に持っていく可能性は、否定できませんね。」

 見え透いた取引を持ちかけられて、鴉天狗の方は流石に不愉快な表情を隠そうとしない。そんな簡単なことでリードを得られるのなら、長年の政敵でなどあるはずはない。だが、そうしてでもリードを奪われる可能性を選択することも出来るはずがない。これは、鴉天狗の中の『9人目』が6人目から7人目になるときにだけ使えるチェック。つっぱねる手段は幾らでもあるが、その可能性が低いことも含めて、射命丸はこの手を打った。

「射命丸、お前いつか後ろから刺されるぞ」
「私の速さについて来れるなら、後ろからでも前からでも、どなたでも刺しに来てくださって構いませんよ」

 射命丸には相棒の犬走のような便利な目はない。速さだけが取り柄で、実際に不意を突かれれば前からでも横からでも刃は突き立つだろう。それでも、一旦攻めに転じたなら攻め続けるのが彼女の流儀なのだろう、ブラフだと見え見えの科白でも、サラリと吐いてしまう。勿論それは一定の効果を持って相手に受け止められるのだが。
 ただの蛮勇、と取られないために、射命丸はもうひと押しの論を提示する。最後の『おねがい』は利害の一致による取引材料の提示ではなく、情緒で攻めるというのがセオリーだ。ここでは目の前の天狗も潜ませているだろう、天狗社会への義憤をくすぐってやる。

「これは私の憶測ですが、リグル・ナイトバグがその立場をよしとしていない可能性があります。防疫特権を使って|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》へ入ろうとするのと、|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》へ入ることが出来るから防疫特権を授かったのと、どちらなのか、はっきりさせても損はないかと。疫病を蔓延させ、それが蟲の力だと知らしめれば、蟲の復権が狙える。博霊の直轄地や風見の領内で事を起こせば叛乱と取られかねませんが、我々の領域で、しかも混乱の続く|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の周辺を起点にすれば、隠れ蓑に出来る。蟲の王としてはこの上ない好条件です。天狗がこの情報を秘匿し、対応を遅らせれば遅らせるほど、彼の思惑通りになる恐れがあります」

 鴉天狗は少しの間沈黙し、射命丸から奪ったノートをぱらぱらと捲り射命丸自身から視界を逸らす口実としながら、一言返答した。

「この件は検討しておく」

 おねがいします、そう一言言って、鴉天狗の手を取る射命丸。白鴉天狗はその手を振り払いはしなかった。

「だが、今は隔離網の維持に多くの人員を割いている。今すぐにこれ以上のことを何かしようにも、現場に出せる人員はいない。これは天狗の総意、ひいては山の総意だ、それは憶えておけ。さっきも言ったが、政院は仕事をサボっているわけではない。リグル・ナイトバグの派遣も含めて、対応中だ。お前はおとなしくしていろ。」
「それは、状況によりますね。捜査の名目で穴を下りるかもしれません。そのときには誰か、腕の立つ武人を」
「無理だ、人手がないと言っただろう。それとも、お前が一人で穴を下りてその『あすぺくと』とやらと話をつけてくるというのなら、止める理由はないが。確かに捜特権を使えば出入りは自由だろう。」

 もしも行くなら一人でいって死ぬか、あるいはやはり黙っていろと、言っているのだ。ロビー活動は概ねうまくいき、博霊へのエスカレーションは恐らく実現するだろう。だが急を要する暫定対応も必要な局面だ。

「それでは全く意味がない! これは天狗の体制に対する提言であるよりも先に、この流行病への対応でなければいけないんですよ!?」
「鴉面が有効で、体液に触れなければ感染しない、それがわかったところでどうするつもりだ。精々出来るのは|御東《みあずま》の範囲とその中の生物一切を焼き払うことくらいだ。」
「人間社会の医療水準は低く、衛生観念も希薄です。症状が初期の者に施せる手はあるはずです。それに、やはり|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の奥に使者を送って|佐久都美《ざぐとみ》の|化身《アスペクト》と交渉する必要があります。リグル・ナイトバグは、現状、信用なりません。」
「だから」

 人手がない、と付け足そうとしたところで、それは鴉天狗の声ではなく別の声によって続けられた。彼と、それに射命丸が視線を遣った先には、|天魔宮《この場》に相応しく真っ白な、しかし|天魔宮《この場》に相応しくない白狼天狗が、立っていた。

「人手がない、それは奇妙なことですね。私は隔離に動員されておらず、手が空いているようでして。狼は|天狗の総意《…》から外されているようですが」

 犬走椛だった。

「椛、何してるのこんなところで」
「文さまが遅いから様子を見に来たんです」
「道理で臭うと思ったら、狼が入り込んでいたのか。なぜ白狼天狗が天魔宮にいる。」
「あら、鴉のくせに鼻が効くんですね」
「こいつ。おい、狼が入り込んでいるぞ。つまみ出せ」

 鴉天狗は、執権の一人だと言っていた。つまり権力者だ。彼が一声かければ、ガードマンでもなんでもすっ飛んできて本当につまみ出すだろう。射命丸はそれを制止させる。

「お待ち下さい。これは私の下僕です。私のバンドルとして入場許可を得ています」
「げぼ……」
「ああ、そうか。そういえばお前は部下に狼を使っているのだったな。鴉天狗のくせに物好きなやつだ。それも狼にも通用する根回しの道具のひとつとして見れば都合のいいものだな。確か白狼天狗の天狗長……」
「私は、私の正義で動いている。反社会的で、混乱ばかり招き、誰のためにも利益にもならないような、ただ私の自己満足のための、クソみたいな正義のため。誰かの遺志など、関係ない」

 それまで態度はともかくとして、言葉尻だけは丁寧にしていた射命丸が、急に毅然と、しかしどこか苛立たしげな態度で言葉遣いを乱す。それを見た鴉天狗の方は、半ば呆れ顔の半笑いで対応する。

「そうか。ならその白狼天狗を連れているのは、個人的な自己満足と感情故にということだな」
「いかにも?」
「ふん、愛情表現なら他所でやれ」
「えっ?」

 自分の発言が逆手に取られて、しかし論を覆すためにではなく茶化すために使われるとは射命丸は想像していなかったのだろう、反応が遅れ、気付いたときには反論の言葉を選ぶ余裕がなく顔を真赤にしている。

「あっ、え、っと、しまっ」
「文さまってディベート弱そう」
「ちょっ、椛がフォローしてくれないと私立つ瀬がないじゃないー!?」
「人を下僕とか言うからです」

 むっすー、と音が聞こえてきそうに頬を膨らませている椛。

「お二人で話してるの、随分と楽しそうでしたね」
「え、そう? まあ、ちょっと力説しちゃったからかもしれないけど」
「そうですか」

 まだ顔面から不満な様子を撒き散らす犬走椛に対して射命丸文は、おおなるほど、と閃いた様な表情で相棒の白狼天狗の肩を抱いて言う。そういえば彼女は先に『遅いから様子を見に来た』と言ったが、犬走椛の目はそんなことをする必要がこれっぽっちもないものの筈だ。

「そっかー、椛、妬いてたのね、悪かった悪かったわよ気付かなくっ、いっっっっったあああい!?」

 突然射命丸は飛び上がり、犬走はつかつかと歩いていく。白狼天狗の踵が、鴉天狗の足の甲に思い切り突き立ったのだった。

「……仲いいなお前等」
「そ、そうみえるならいいんですけど」
「確かに、お前に賭けてみたくなる奴等の気も、わからんでもない」

 そりゃどーも、射命丸は涙目で笑いながら、この白い鴉天狗の協力を取り付けられたことを確信する。
 と、天魔宮の入口の方から一人の若い白鴉天狗が飛んでくる。天魔級の中では基本的に飛翔は避けるよう暗黙の了解があるが、それを無視してさえ飛んでいるというのは何か急ぎの用事があってのことだろう。

「おいお前、飛ぶな」
「あ、それどころではありませんよ、一大事です!」

 と、言った後、若い天狗は色の黒い射命丸と、狼天狗の犬走を、明らかに嫌悪感を持って睨みつける。

「これは気にするな。事情あってのことだ。それより一大事とは何だ」
「まさに『これ』のことですよ。狼の奴等がやってくれました」
「なに」
「えっ?」

 射命丸も、犬走も、何より執権の白鴉天狗も、その言葉に反応する。狼の奴等が?
 若い天狗は執権に対して耳打ちする。射命丸にも犬走にも聞こえない。聞かされた執権の鴉天狗は表情を苦く変化させ、天魔様に伝えろ、と言いやる。若い天狗はそのまま天魔宮の奥へと飛んでいった。

「なにか面倒事が?」
「まあいい、お前達には言っておこう。どのみちすぐに知れることだろうしな」
「はあ」

 白鴉天狗は犬走の方をちらりと見て、溜息を吐き、続けた。

「隔離網を敷いていた鴉天狗が多数、殺傷された。鴉天狗の政策に反対し|地底《サブタレイニアン》との繋がりを急進しようとする白狼天狗の過激派が、テロの犯行声明を出しているそうだ。お前達の関係は悪くはなさそうだが……水を差されたな」



§§§



「こっちは済んだ」
「鴉など、恐れるに足らん」

 獣のような耳と尻尾を備えた人型の妖怪が、数名ぞろぞろと一箇所に集まってきた。それぞれが、各々の仕事を終えて集合したというところだろう。毛並みと体毛は灰色、茶色、黒、それぞれ白からは程遠い色合いをしている。それぞれがバラバラの毛色を纏うなか、共通しているのは全員の身体を赤い飛沫が汚しているという点だった。

「鴉の奴等は手緩い。この|旧獄《サブタレイニアン》とはもっと密に接し、我々の国益に叶う形で関係性を築かねばならんと言うのに、このような封鎖など」
「地下には空がない。鴉の奴等は行動し辛く、我々狼党が力をつける。奴等はそれを恐れているのだ。」

 集まっていたのは、狼天狗達。色の白い者は混じっていない。社会に不満を持ち鴉天狗の政治に敵意を抱くのは、より立場の低い者達、つまりこうした狼の中でも更に色が濃く権利の小さい虐げられる者達だ。彼等は種族の誇りを傷つけられたままそれを回復することが出来ないまま、鴉が自らの頭上を飛び糞を落とすことにさえ耐え忍んで生きなければならない。狼天狗は持てる力の強さに拘わらず、いやむしろその強さが故に、天狗最下層を押し付けられその低い待遇によって誇りと権利を傷つけられたままなのだ。
 社会的地位を最下層に貶められたとはいえ、狼天狗は暴力では圧倒的に鴉天狗を凌ぐ。謀略と社会性で鴉天狗に低い立場を強いられているに過ぎず、かつては確かに鴉よりも立場は上だったのだ。だが時代が変わり、組織と智謀がより重要になるにつれてその立場は入れ替わった。今は白狼天狗を含む狼達はその武力故に徹底的に弾圧されている。文化的で知的、高尚で高潔な存在として妖怪の中でも特別な価値を保つために天狗の汚れ部分として社会から吐き出された『暴力』『野性』の悪意のイコンとして存在し続けている。
 だから社会に不満を持ち、暴力に訴えて革命を夢見るのはいつでも色付きの狼達だ。ときには色が白いだけで立場的に同じであり、鴉天狗の政敵でもある白狼天狗も、その片棒を担ぐ。

「次の連絡係が来るまで、3時間ある。穴を下るには十分だ。」
「|旧獄《サブタレイニアン》の頭領と話をしたところで、協力を得られるのか……。博霊と結んだばかりと聞くが」
「無論、そう上手くは行かないだろう。だが、やらねばならぬ。博霊も、守矢も、我々の窮状をなんとも考えていない。我々は自ら立たねばならんのだ。|旧獄《サブタレイニアン》と独自に関係を築き、鴉にもの申すだけの立場を勝ち取る。社会的に対等になれば、後は奴等を追い落とすことなど、力に訴えれば、容易い。」

 狼達は、それぞれに得物を抱えている。青龍刀、長槍、手斧、鉈、統一性はない。返り血に汚れた身体を見れば、それは暴力によって鴉を殺害したことは明らかだ。狼達は、|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》の周囲の疫病蔓延地域である『|御東《みあずま》』を隔離する鴉達を殺害し、その領域へ侵入しようとしていた。正確には、|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》を下ってその奥へ行こうとしている。鴉天狗が厳禁した、穴への接近。鴉天狗は政策として今は地底との距離の確保を探っている。だが、狼達は違うのだ。反体制的な自己目的化した行動によって、彼等は独自に穴を下って別枠の関係を築いて地位の回復を目論んでいる。それは勿論、こうして仮にも同胞である天狗を殺してまで行うのだ、テロリズムに相違ない。

「行くぞ。|御東《みあずま》だかなんだか知らないが、我々の崇高な目的は遂行されねばならない。」

 先頭に立ち刀を携えた色の濃い狼天狗が言うと、率いられた男達も『おう』と答える。士気は高く実際に鴉による隔離網に穴を穿ったのだから戦闘力も高いのだろう。彼等は穴めがけて行進を始めた。

「現在、蟲が博霊から指示された何事かをなそうと穴を下っている最中のようだ。穴の付近にはその支援をする夜雀がいると報告を受けている。邪魔をするようなら、消す」



§§§



 子も授からぬ内に夫を亡くし、身体を持て余して熾火の燻るように日々を過ごしていた女にとって、祭の夜の熱気は毒の瘴気にも等しかったのかもしれない。

(あなた、どうしてこんなに早く……。私だけ残して一人で逝ってしまうなんて)

 女と夫の出会いの夜も、こんな祭の夜だった。少し暑くて、でも祭の賑わいにはちょうどいい位に蒸していた。祭にやって来た女達の肌には薄っすらと汗が浮き、男を求めがちな若い気持ちがほんの少しだけ衣服を乱して男を誘う。囃子と神輿担ぎ、屋台や出店の熱気で、男達は女好きのする焼けた肌を出し、汗の流れる逞しい肉体を魅せる。男と女が出会うには、絶好の夜だ。なんせ祭の賑やいだ通りを少し外れ、祭の主体でありその里を見守る社が囲う鎮守の森に入れば明かりは遠ざかり闇の帳が数歩より先を塞いでしまうのだから。気に入りの伴侶を見つければそこで恋心を燃やして互いを求め合うなんてことは、暗黙の了解になっている。もとより恋仲の二人などさも当然だ、気分が高まりどちらからともなく目配せをすると、祭の熱気と興奮を引きずったまま愛を求め合う。鎮守の森は祭期間の夜、抑えがちな、あるいは抑える気もないオスとメスの声が飛び交う。
 女とその夫が結ばれたのも、祭の音頭の中で互いを見初めあって、この闇の中でまぐわったのがきっかけだった。初めこそ肉体からのきっかけではあったが、一緒になって夫は彼女を大切にしたし彼女はそれに応えて尽くした。幸せで、後悔なんてひとつもなかった。
 だがその夫は突然に死に別れてしまった。流れの速い瀬に落ちての水死だったという。事故の線以外に他殺や誘拐の可能性も疑われたが、結局容疑者が浮上することもなく、漁をしていて溺死したという結論に至った。女は納得行かなかったが、淵で引き揚げられた遺品らしきものは確かに夫のもので、それを彼女が見間違うわけもない。遺品だけが見つかり死体は、上がらなかった。

 そうしてもう、十年以上の月日が流れてしまった。

 未亡人が再婚など望めるわけもない、他の男の食べ捺しを好んで選ぶ男なんていないのだから。女の方にもそんな気があって祭を見に来た訳ではない。ただ、毎年のようにこの祭の場に来て一人であの夜を思い出しては、涙し、祭の後の寂しい空気を眺めては涙する。夜な夜な、亡き夫の姿を瞼の裏に描きながら行き場のない疼きを自ら慰め、枕と女陰を濡らし、欲求不満の晴れきらない日々を過ごしていた。

 遠くに、神輿を担ぐ掛け声が聞こえる。蒸し暑い空気はその声を伝えるだけで熱気を増し、人混みはその空気を吸って更に興奮を高める。褻枯を満たし穢を祓うために、晴の祭でエネルギーを充電する、なんていう口実はほとんどの人間にとってどうでもいいことだ。でも、そうやって祭を楽しんで爆ぜて発することは結果的に褻枯を祓う理に適っているのだ。祭が祀である必要も、既にない。
 高まり続ける熱気と、渦巻くエネルギー。未亡人となりもう若くもない肉体を持て余す女にも、その熱い空気は入り込んでくるのだ。あの若く力強い男に、もう一度抱かれ、求められ、腕の中で幸せを感じたい。だがそれもかなわない。
 今年もこの後、寂しさに咽び泣くのだろうと思っていた女は、しかし、それを裏切られた。

「あの」
「? はい、なにか」

 女が振り返ると、童子と言うには大きく、大人と言うにはいささか幼気の残る、少年と呼ぶに相応しい齢位の男が立っていた。背格好は、女より相当小さい。年を取りすっかり熟れた女から見れば、子供と見られてもおかしくない程の差がある。

「おひとり、ですか?」
「え、ええ。そうよ」

 どきり、とした。少年の目は幼気を残したままに若い輝きと活力に満ちていたから。まさに褻枯れていた女にとってその若々しい瞳は、蠱惑的な魅力を湛えて見える。息子ほども年が離れているのかもしれないその少年に、女の視線は釘付けになった。

「よかったら、僕といっしょに、回りませんか?」
「えっ?」

 祭の夜のナンパなど特に珍しいものではない。それが目的で祭の出た参道を夜歩きする男も女も、当然に多いのだから。だが、女のような歳を食った女にとっては、それは難しいことであるし、ましてこんな風に若い男が声を掛けるだなんてことは、期待出来るものではない。だのに、今、女の目の前には、若々しい少年が一人立っていて、祭りを一緒に回ろうというのだ。
 当然、出店を回って、その夜の空気でなければ美味しいとも思えないようなジャンクな食べ物を買ったり、大して欲しくもないようなものしか当たらない籤引きをしたりして、それじゃあさようなら、というわけがない。祭の夜のナンパには、最後の|締め《・・》があると相場が決まっている。女の、錆び付きかけていた牝としての思考回路が、急速に軋んだ音を上げて、しかし高速で回転し始める。身体の求めに従順な、寂しい女の回路だ。

「か、からかってるの? あなた、もっと若い子が目当てなんでしょう? 私本当に一人よ、娘と来たりしているわけじゃないの」
「からかってなんていません。僕は、あなたと|この夜《・・・》を楽しみたいんです」
「私は、手垢付きよ。もう夫を亡くしているの。」
「だったら、問題ないですね」

 声をかけてきた少年は、十代半ばといった印象だ。これくらいの子は、こういう場所で神様にやんわりと見守られながら、同年代の女と初体験を済ませるものなのだ。一方の女は、既に三十路を過ぎており、女としての旬を逃していた。

「あんまり大人をからかうものじゃないわ。あなたもどうせこんなおばさん相手に、|その気《・・・》になんてならないでしょう? 友達同士で賭けにでも負けて、罰ゲームでもしているの? 悪いけどそンっ……」

 少年の手が急に女の両手首を捕らまえて、抱き寄せ、そして女の唇は少年の唇に食まれていた。

「っん……ぁむっ ちゅっ、ちゅっ」

 あっという間に彼の舌が女の歯を割り、中へ入り込んで、女の口中を舐り回す。驚くほど柔軟な舌は、女が経験したことのないほど奥の方までをねっとりと舐め回し、粘膜同士のぬめった触れ合いを思い知らせていく。未踏破の奥地を他人の粘膜が荒らし回っている。女の被虐が長く燻り続けていた肉欲を燃え上がらせていく。

「あなたは、綺麗です」
「年増相手にそんなお世辞、通用すると思っているの? 悪ふざけなら、ほんとうに」

 自分にこんな若い男が寄り付くはずがない、そんな理性がまだ働いて女は少年に拒絶を示す。だが、彼の唇がもう一度女の口を吸い、ディープキスで防御を突き崩した後で、もう一言『あなたがほしい』と呟いた頃には、女の身体は彼を求め始めて熱を帯び、汗ばんだ肌からは熟れた肉の甘い香りを漂わせて、股から涎を垂らして少年に体重を預けていた。

「お世辞かどうか、確かめてもらえますか?」
「……見せて、もらうわ」

 今度は女の方から青年の唇に吸い付いた。自分よりも一回りも若くて小さい少年の背中に腕を絡めて、性欲剥き出しで身体を擦り付けている。少年の中心で膨らむものが、女の太股辺りに存在を主張している。それを認めた瞬間、女の理性は瓦解した。

(こんな若い男の子に、私、求められてる。若い男の子が私に欲情して、勃起してる)

 行き場を失って熟れ放題のまま放置された女の|果実《性欲》が10以上も、下手をすると20も年下かもしれない男に、媚び始めている。若くてまだ可愛らしさを残す少年が自分を求めてくれるそのことが嬉しくて、|奉仕《おかえし》をしてあげたい気持ちで一杯になる。女の裡に眠っていた牝の本能が目の前の若い牡を求め始めているのを、女は感じ始めていた。

「いきましょ」

 女は、自分よりもかなり背の低い少年と手をつなぎ、それを引いて鎮守の森の方へ向かおうとする。まるで母と息子のようなギャップ、だが女の身体はその若い少年に牡を見出して、誘っていた。彼の方も引かれるままに森の中へ入っていく。



 祭り囃子の音と明かりが遠のいて、光景から遠影に推移したところで、少年は女を手近な木に押し付けた。そのまま口を吸い、幼い太ももを女の熟れきった股の間に差し込んで開かせる。女の股はポーズだけの恥じらいを見せてすぐに大きく開かれた。闇の中に、むわっと立ち上る、濃厚な蒸れた雌の匂い。
 少年が衣の合わせを解くと、力強さとは程遠い華奢な肩幅と胸板が現れた。女が求めていた筋骨隆々とした逞しい男の肉体には全く程遠い。だが、女の牝本能は既にそれとは別の欲望に切り替えて彼を求めているようだった。とうの立った過熟な牝の本能は、自らを孕ませる牡への性欲と、幼い少年への愛欲との垣根を失っていた。それに、目の前の幼ささえ残る少年だって、その気なのらしいのだ。女の下腹部の内側はもうぐずぐずになっている。ほじくられればすぐに汁を撒いて

「名前、聞いてもいい?」
「いずる、っていいます」
「いずるくん……変わった名前ね」
「出身が、ちょっと遠いところなんです」
「そうなの。私は」

 いずる、と名乗った少年は、女が名乗ろうとする唇を人差し指の先で抑えて遮った。

「この夜が明けて、それでも僕のことを気に入ってくれたら、お名前を教えてください。」
「でも」

 不服そうな熟女に対して、少年が「ね、」と可愛らしい笑顔でそれを押し込むと女は渋々名前を引っ込めた。その代わりに少年に向けて、誘い文句にも等しい質問を、口にする。

「こんなおばさん相手でもいいの? あなた可愛いから、周りの子がほっとかないでしょう」
「そんな、いるかもわからない|女の人《誰か》なんて、興味ないです。僕は今目の前にいる|お姉さん《・・・・》に|お稽古《・・・》つけてほしいんです」

 そう言って、少年は女の手を引いて、自らの反り返って立つモノへ導く。女の手は迷いなくそれを包むように握った。

「|お稽古《・・・》? おばさん、あなたみたいな可愛い子には、少し厳しくしてしまうかも」

 女が少年に向けてそう言うと、彼の男茎は、ぴくん、と跳ね上がった。その様子を掌で受けて、女は満足そうに眉を垂らして笑う。

「見た目より、やんちゃなのね」
「はい。だから、厳しい方が、好みです」

 少年がそう言い切るのを待たずに、女は彼の頭を抱き寄せた。まるでちょうどそのためにあるかのように、少年の顔は女の胸の高さ。抱き寄せると過熟に柔らかくなった乳房の中に少年の顔が埋もれる。
 彼の口が熟れきった肉果実の芯の部分に重なった。
 女の乳首は少年の唇の瑞々しさを感じると、浴衣の上からでもわかるくらいに膨らみシコリ立って、牡からの刺激を待ちわびて震える。
 ぷっくりとハリを持って膨れた乳輪と勃起した乳首の感触が少年の唇へ返されると、彼は布地の上からその淫茱萸を前歯で甘く噛み潰した。

「ぅンっ!」

 堪えるかどうかの踏ん張りさえ聞かなかった、乳首に淫らな喘ぎを矯正するスイッチが備わっているみたいに、女は嬌声を上げた。熟れ過ぎて形が崩れかけ垂れ気味の巨乳が、少年の顔を飲み込むように凹む。
 その乳肉の奥では、少年の口愛撫が女を乳首快感の坩堝へ引きずり込もうとしていた。

(母乳ッ、おっぱい飲ませているみたい……♥ こんな若い男の子に私の使い道なくなったおっぱい、あげたいッ♥ 飲んでほしいっ♥)

 息子ほども年の差がある男に乳首を立たせて甘噛み奉仕させる倒錯感。勃起乳首を、はみ、はみ、と少年の前歯が責める度にその先端からシビれるほどの快感が走り抜ける。乳首から背筋を通って、こめかみの辺りに溜まっていく快感電流。
 女自身信じられないほど、その電流は強烈だった。こめかみから後頭部をめぐり続ける快感電流は思考回路を焼き切り、顔面神経の制御をあっという間に手放させる。
 ただ胸に顔を押し付けさせて、片方の乳首を甘噛されているだけだと言うのに、熟れ上がった未亡人の上品だったはずの|顔《かんばせ》は即座にトロ顔に染まり上がって、鼻にかかった誘い声を撒き散らしていずると呼ばれる少年を求めていた。

「イイわ、ああっ、キミのおクチ、イイっ♥ 今までずっと自分でイジメるしかなかった寂しい淫乱ウシ乳が、悦んでるっ♥ ふうっ、ふぅっっ♥ おっぱい美味しい? ねえ、おばさんの垂れたおっぱい、美味しいの?」

 少年の顔は巨乳肉の柔海に沈んでいて女の悦楽尋問に答えられそうにない。だがその代わりに、敏感な赤い性器に化けた乳輪とイキり乳首をより激しい緩急をつけて前歯で噛み潰し、舌でなめ舐め上げて、唇で摘み延ばす。
 ついに子を授からぬままこの年になってしまったイキ遅れ牝は、幼い少年から与えられる想像以上の乳虐快感に咽び、喉を反らしてまるで歴戦の牝のような下品でエロい声を撒き散らしている。

「オ゛オ゛オッっ♥ おっぱい、おっぱいぎもぢぃっ゛♥ オナニーじゃ全然こんなにならないっ♥ おっぱいだけで、こんなに、なるなんへぇぇっ♥」

 いかにこの鎮守の森が祭の期間中は集合青姦会場になるとはいえ、これほど浅ましく淫乱声を喚き散らす女は周囲にいない。こんなに小さい少年に授乳口愛されるだけで周りのどの牝よりも下品な声で鳴く女は、今は自らの淫声さえ快感の呼び水になっているようだった。
 触られること無く、快感に身を捩る度にぶるんぶるんと揺れるもう片方の乳へ少年の手が伸びた。
 掌になんか到底収まらない巨乳。それどころか、少年の小さい手は拳のまま乳肉に押し込めば完全に埋まってしまうかもしれない。彼は手を広げ、乳肉を掴み取りするように伸ばした指を、踊り狂う肉鞠に沈めこんでいく。五本の指は全てまるで刺さるように熟れすぎて柔らかくたるんだ乳肉の奥へ埋まり、更にそれを揉み潰すように動く。

「んオヲ゛ヲオッ♥ 垂れたおっぱい、握りつぶされちゃってるっ♥ だめよぉっ、おっぱい幾ら好きだからって、おばさんの垂れ乳をそんなに乱暴にしたら、もう戻らなくなっちゃうわあっ♥ おっ、ン、うぅっん♥ ちくびっ、乳首噛んで誤魔化さないでっ♥ おばさんのおっぱい、もう若くないからっ、キミのイジった通りの形に伸びてっ、ふぅっ♥ キミの形になっちゃうのおぉっ♥」

 木の幹に背をもたれたまま、垂れつつもその大きさに任せてまだ天を衝く形を保ち続けている巨乳を、少年に向けて不様に変態乳逆を誘い受ける女。少年の細い太腿に割られた肉付きのいい股は今は自ら大きく開かれて、浴衣の合わせを下品にめくり上げてその奥にある露を載せた茂みを顕にしている。
 浴衣の裾を捲り上げた股を広げたまま、女は乳弄りを続ける少年に向けて腰を揺らして擦りつけている。サカった犬が性器を擦り付けるのさえ彷彿とさせる品性下劣なクネりで、女は少年に牝媚び陰裂を広げて誘っていた。

「ネエっ、ネエっ? ボクぅ、おっぱいだけでいいの? もっとイイこと、おばさんとシに来たんでしょう? あんっ♥ おっぱい弄りほんと好きなのね? でも、これ以上されたらおばさん、おっぱいだけでイッちゃうから、もうおしまい♥ ね、ねえっ、ほら、今度はコッチを食べて、たべてぇっ♥」

 女は少年の体を離す。散々舐り付かれた胸は、浴衣の生地ごと、ぷっくり膨らんだ乳輪とビン勃ちした乳首の形になり、その赤く熟れた肉が、唾液で円形に透けた生地の下から覗いている。
 女はガニ股に開いた太腿に沿って浴衣の裾をたくし上げ、その中央で蜜を垂らしてヒクつく熟れアケビを左右の手で広げてみせる。両手の人差し指と中指で左右から大胆に割り広げられた牝穴、広げた瞬間欲情にヒクつく蠢きが空気を巻き込み、くちゅり、と下品な音を立てた。同時に、蜜が指を伝って小さく滴り、決していい匂いとは言えない、だが性行為のときに限っては芳しい、湿って蒸れて籠もった生っぽい性匂を漂わせている。下品で汚らしい、虫を誘う淫花。
 女はガニ股に開いたその中心を、息子ほど年の離れた少年に見せつけ、ゾクゾクと背筋を震わせていた。真っ赤に染まった頬、潤んだ瞳、桃色に色づいた吐息。欲情に彩られた貌は、幼い少年に牡を見出して媚びきっている。

「ねえ、食べて……♥」

 女は帯をいよいよ帯を解いて、発情しきって牝臭をぷんぷん立ち上らせる身体をさらけ出した。とうが立ってはいるがそれ故に纏うことが出来る、下品で品性に欠く強烈で暴力的な淫靡さが、空気に色を付けるようにさえ見える。
 飛び出した巨乳は重力に逆らうことが出来ないのに乳輪と乳首だけが不様に天に向かって背伸びしている。少年に弄り倒されて赤く腫れ上がり唾液で濡れたそこは、巨大なクリトリスにも見えた。事実、感度はそれに勝るとも劣らないところにまで加熱していて、少年に向けて肉体をさらけ出した女は両手で自らの左右の乳首を転がしながら、幼い牡を誘っている。
 夜の黒に映える白い肌に反して、女が露出させた女陰は、未亡の寂しさに任せて毎夜ホジり続けたせいで色素が沈着して陰唇の両サイドとも黒く変色している。陰毛は手入れされておらず生え放題で、陰液に濡れて汚らしく照っている。
 皮の上から慰めるのが日課だった陰核は包皮が余ってぶよぶよと揺れている。余り皮はマン汁を湛える役割を果たし、濡れたあそこをより下劣に見せていた。
 浴衣を着ている間は上品な淑女のていを保っていた女だったが少年に蕩けさせられて乱れ、今や幼い牡に廃棄品の性を押し付けようとする零落れた牝として品性の欠片もない本性を晒していた。
 それを目の当たりにした少年は、女の変貌ぶりに幻滅する……どころか、より一層ペニスを固く反り返らせて、臭い牝の姿を欲情の目線で舐めるように見つめている。

「ああ、そんな、ドギツイ蔑むような目線で見られたら、おばさん、たまらなくなっちゃうわ……♥」
「厳しくお稽古してくれるんじゃなかったんですか? クソババア」
「はぁんっ♥ ごめんね、おばさんやっぱり、ただの淫乱ババアだったわ♥ キミのそのそそり立ってる若くて固いちんぽが欲しくてほしくて|子宮《おなか》の底から欲情してる、エロババアだった♥ でも、こんなおばさんを、キミは欲しかったんでしょう? 垂れて弛んで締まりのなくなった旬を逃した売れ残りのお肉を、食べに来たんでしょう?」
「ええ、そうです。そんなお姉さんを、ボクは欲してました。綺麗ですよ。その不様な垂れ乳、着痩せしてるだけで本当は余ってはみ出てる腹肉、自慰のし過ぎで他人に見せられない形になったまんこ。最低のクソババアです。最低に綺麗で、最悪にエロいですよ」

 少年は女を木の幹に押し付けるように覆い被さった。握り潰すように乳房を揉みしだき、顎を掴んで自分の顔の高さまで淫欲に溶け切った牝面を引き寄せ口づける。ねっとり発情した牝の唾液の味がする。少年は女の舌を吸い出して歯で甘噛し、逆に舌を奥の方まで押し込んで口の中をレイプする。
 女はその間全く身じろぎできなかった。その小さな体でそんな力強さがどこに秘められているのか、だが、今の女にはそのギャップに、男と牡とを如実に感じて、より発情を色濃くする。息子がいればそれくらいだろうという若い男に、母性にも似た可愛らしさへの愛情と、同時に逞しい牡に対する被支配欲、そのふたつを混合した欲情が女を更に高めていく。

「たべ、てっ♥」

 腰を前に押し出して、蜜濡れしたまんこを少年の身体に擦り付ける。彼はそれに答えて太腿を上げ、欲求不満に咽び泣き涎を垂らす陰裂を押しつぶすように擦る。ぬるぬると凄まじい量の愛液が少年の太腿を濡らし、同時に女の性感を刺激する。
 女は足をガニ股に開いて、牝の弱点を無防備に晒してみせる。少年の乱暴な愛撫が、ぐちょぐちょとマン汁と空気の交じる音を響かせ、そのリズムに合わせるように女の腰が動き、だらしない乳房がつられて揺れていた。

「じゃあ、食べますよ」
「キて、きてえっ♥」

 少年がペニスを女の緩んだまんこに宛がい、そのまま腰を押し出していく。お世辞にも立派とは言えないペニスだが、女は歓喜に湧いた。マン汁の量を一層増やし、侵入してくる肉の塊が奥へ進む度にぶるぶると震えて白濁した粘液を大量に溢れさせた。
 少年がゆっくりと腰を押し込み、ペニスがまるで女の膣の襞一枚一枚を数えながら進んでいるのではないかと思うほどゆっくりと侵入してくるその度に、女の蕩け顔がみるみるアホ面に変わっていく。ペニスが奥へ進むに連れて女の顔の鼻の下が伸びていき、半開きの唇が更に開いていく。少年の腰が押し出されるのに連動するように、口から舌がはみ出して、膣を割られていくのに従って女の目が徐々に寄って白目を剥いていく。
 そして、最後のほんの少しの距離を、少年が一気に突き上げた瞬間、女の背が反り返り喉が伸びてがに股の太腿が無遠慮に開いてその中心から勢いよく小便が迸った。少年は自分の体にかかる小便を気に留める様子もなく、ピストンを始める。

「んオ゛ォヲ゛ォッ♥ すっ、オホォォッ♥ すごしゅ、ぎひぃいいっ♥ こんな、きもちいなんてっ♥ 生ちんぽイイっ、本物の男ちんぽ最高っ♥ オナニーじゃこんなの、ないっ♥ ほぁああっ、ンほをぉおォォッ♥ イク、いくぅっ♥ イキまくってる♥ 子宮が悦んでる、ちんぽ悦んで嬉ションしちゃってるぅっ♥ おばさんまんこ、年甲斐もなく妊娠したがってるのおっ♥」

 大木にペニスのピストンで打ち付けられるように、女の体が揺れる。突き上げの余波だけではなく、絶頂痙攣の反復仰け反り手伝って、女の動きは跳ね回る魚のよう。少し離れればもはや獣憑きの呻きにしか聞こえない嬌声を叫びながら、女は連続絶頂に翻弄され精神を削り取られていく。

「どぼぢでぇ゛っ゛?! かんぢすぎるぅっ♥ こんなの゛、ごんなお、ぢらないっ♥ まんご燃えるっ♥ まんごろげるっ♥ かんぢすぎて、イキすぎで、あたまぱかににゃる゛ぅっ゛っ♥」

 少年から与えられる牝の本能を過剰に満たす性興奮と絶頂快楽を前にして、女は少年を手放すまいと手足を絡めて抱きついてくる。女よりも身体の小さい少年は女を木の幹からズリ下ろして地面に組み敷いた。
 ピストンしやすい体勢になって、上から突き込む種付プレスの形になる。

「んほぉっ゛ん♥ おっぉほぉ゛ぉっ♥ 種付っ♥ 子宮口ぱっくり開いて精子受け止め準備できてるおばさんまんこに種付してっ♥ おばさんまんこ、羊水腐ってるからなかなか受精しないかもしれないから、たっぷり、たっぷり若い精液注いでくれないと、着床しないわよっ♥ っン゛を゛ヲぉお゛おっ♥ オクっ゛、すっごいオク、きたぁあっ♥ ちんぼすっごい深い゛の゛を゛っ♥♥」

 少年の腕の下で狂ったようにマン汁を撒き散らしながら感じ悶え卑猥な言葉を吐き続ける女の腕を、少年は掴んで取って自分の口元へ持ってくる。そのほっそりとした白い腕に何度もキスをして強く吸い、キスマークを刻みつける。

「今更、キスなんてぇっ♥ エロ行為だけで満足出来ないっていうの? おばさんまんこをこんなにぐじゅぐじゅにして、牝穴にほぐして堕として、そんな風にキスされたら、気持ちまで持ってかれちゃうわぁっ♥」

 キスされ吸いつかれる腕の感触に、セックス性感以外の恍惚を感じながら、女は自らの腕に口づけ続ける少年を見る。その目は完全に愛しい者を見る目で、そうした視線を受ける少年も満更ではないように満足そうな表情をしている。
 だが、少年が満足しているのは、その熟れ崩れた女が心身ともに自分に陥落したこと、へではなかった。

 ぞぶり。

 少年は女のその様を見て、いよいよ口を開き、さっきまでは全く幼さを残す少年のそれでしかなかった筈の、鋭くギザついた犬歯を、女の腕に立てる。

「〜〜〜〜〜〜っ♥」

 腕に突き刺さった少年の犬歯、そこから与えられる正体不明の快感に、女はそれまでで最高の快感を注ぎ込まれる。
 セックス快感に酔いしれていたはずなのに、女は腕に噛みつかれた痛覚で、意識が飛ぶほどの快感を得、白目を剥いて脱力した顎から涎を垂らしながら、がくっ、がくっ、と失神船漕ぎを繰り返す。快感を爆発させているのは、膣でも子宮でも乳房でもない。

「お゛……あ゛ァ゛っ♥ ……〜〜♥」

 強烈過ぎる快感の爆発が薄らいで、吹き飛ばされた意識が薄っすらと戻り、失った言葉が片鱗を取り戻しながら、まだ焦点の合わない目で女が見たのは、まるで肩から長手袋がぶら下がっているかのように皮膚だけが残って萎れて垂れた、自分の腕の姿だった。

「ふぁぇ……?」

 少年が口を離すと、その萎れた腕は力なく地面へぺたりと落ちる。女が力を込めても全く動く気配はない。その姿かたちをあるがままに捉えるなら、骨も筋肉も失われて皮膚だけが半透明に残されただけになっているのだから。

「わ、わたしの、うで……」

 女は状況が理解できない。強烈な快感に意識を吹き飛ばされた直後に見たのが、自分の腕の中身がなくなった光景なのだ。まるで夢の中の出来事のようにしか、思えないだろう。

「気持ちよかったですか?」

 少年は、怪しい声で女の耳元に囁きかける。静かに錯乱した女にはもはや、自分の体に生じている幸福感と快感以外に問いかける先がなく、それは即座に「YES」を返してきた。
 女は夢現な気分、恍惚の表情に、幸せそうな表情を浮かべながら、少年の問いかけに頷く。

「じゃあ、このまま、あなたをぜんぶ、食べますからね」

 少年は残ったもう片方の腕に口付け、尖った犬歯を肌に突き刺した。
 ちゅう、う、う、と吸い出すような音が小さく聞こえ、そうするとみるみる女の腕が萎れていく。少年の犬歯からは、注がれた先の中身を消化する特殊な酵素毒が分泌されているのだろう。女の腕は内部から溶解して液化し、少年の吸い出すままに流れ出ていく。どういうことか、出血はない。

「とけちゃってる……私の身体、溶けて吸い取られてく……気持ちいいっ、肉吸われるの、からだ、チュウチュウ吸い取られていくの、きもちぃいぃ゛っ♥」

 再び少年が口を離すと、女の両腕は紐のように肩からぶら下がるだけのなにかに変貌してしまった。皮膚だけになり力なく地面に落ちて、二度と動くことのなくなった腕。だが女はそんな恐ろしい状況を前にして、与えられる快感に脳髄を焼き切られ正気を失っている。
 神経が焼き溶かされるとき、その毒は強烈な痛覚を送る。だがどういうわけかその激痛信号は脳で処理されるときには同量の快感として処理される。腕全体の神経が溶解液に直接突っ込まれるような死ぬほどの激痛が、性的快感として処理される、地獄のような恍惚。人間の耐えられるものではなかった。
 次に太腿の内側の敏感な部分に口をつけ、同じように肉を吸い出していく。足先から脹脛、太腿までがみるみる萎れて容積を失い、干物のようになって潰れた。脚を吸い取られる間、女は何度も絶頂して潮を吹き、太腿に口付けしていた少年の顔を何度も濡らす。
 両方の脚を吸い出し終えた後、横たわったまま肉吸い快楽に正気を吹き飛ばされた女は、身動きできない自分の体を自覚しながらも、もっと♥ もっと♥ とそれを少年にねだり続けている。気狂えた笑みと涙を流しながら。
 少年は少し下って、散々に感じさせられもう何十回も絶頂に至り、ぱっくりと割れて肉襞をはみ出し、マン汁でべとべとに濡れた、汚らしくも淫らな陰裂へ口を運び、性的興奮で充血してぷっくりと熱を持って膨れた膣肉へ犬歯を押し付けて、差し込んだ。

「ん゛〜〜〜〜っ♥♥ しょれ、しょれぎもぢいぃっ♥♥♥ おまんこ、ちゅうちゅうされるの、イイっ♥♥♥ いままででいちばんぎもぢいぃイ゛ぃ♥♥♥ もっと♥ もっどぉ゛おぉっっ♥♥ もっろ゛吸ってっ、すってえぇっ♥♥♥♥」

 四肢が失われだるま状になった女が、人面ツチノコのようになってなおも快感に身を捩り悶狂う。その臀部と腰骨に腕を絡めてしっかり抱きついた状態で、少年は陰部から肉溶かしの毒を注ぎ込み、溶けて液化した肉を吸い続ける。少年の口には溶けた血肉骨と、未だに性絶頂を繰り返し無事な組織で精一杯に吹き出され続ける潮が、注ぎ込まれていく。

「ぁ゛〜っ……♥ んぃ゛ぃひぁえぇ゛♥ わらしのなか、とけれ、れれっひゃう……♥」

 あれだけ豊満で肉肉しかった女の胸がしぼみ、腹部がぷっくりと膨らむ。溶けた体内組織が液体になって形を失い、重力に逆らうことができなくなった腹腔が萎れることで、その液体の体積が膨らんだように見えているのだ。女の内臓はほとんど溶け切っていた。後はそれを飲みきるだけ、だが、少年はすっかり隠すのをやめた額の触角をひくひくと動かして、女のあそこに口をつけたまま少し苦い顔をする。そして口を離した。

 どばっ!

 少年が口を離した瞬間、堰を切ったように溶けた女の中身が、赤い液体になって陰裂から噴き出した。
 少年は、大きく深呼吸をしながら残念そうに、腹部から胸部にかけてが萎れたラバー人形のようになった女を見る。股の間に広がる巨大な赤い水溜りから立ち上がって、少年は平たくなった女の上に乗っかる。

「うう、息が持ちませんでした……もったいないことをしちゃいましたね。ごめんなさい」

 苦笑いしながら、でもちょっと失敗しちゃいましたといった程度の悪びれた笑顔混じりの表情で、まだ形を保っている女の頭部へ語りかける。女は既に死んでいた。

「気持ちよさそうで、何よりです。あなたのご主人も、きっとそうして夢見心地で溺死して、丸飲まれてしまったのでしょう。」

 その表情は、地獄の快感によって幸福感以外を禁止された、至福の絶叫のまま固まっている。

「……もう、聞こえてないか」

 少年は最後に残った女の頭部に寄り添って、既に命の吸い尽くされた女の唇へ、もう一度接吻する。長い接吻。
 やがて女の頭部も皮膚と頭皮だけを残した様に萎んだ。
 少年は立ち上がって、五体が萎れた袋のようになった女を見下ろし、どこからともなく飛び、這い、走ってきた蟲達を全身にまといながら呟く。

「ごちそうさまでした」

 彼の身体を覆い尽くした蟲達は、彼の衣服へ変化する。明日のひと仕事に備えた食事に満足した|彼《リグル》は、小さくげっぷを吐いてからその場を飛び去り巣に戻った。




§§§



 この辺は、似てると思った。あの失われた山の光景に。
 あの山は彼方に火山を拝む山で、崖や峡谷がいたる処にあり、こんな風に岩壁が高く切り立っていた。
 まるで人の手で彫刻したみたいな、正確に巨大な柱状節理の柱が整然と並んだ岩壁。柱状節理の秩序を顕し力強い様を持ちながら、同時に彼女の肌はまさに艶めかしく白い花崗岩だった。きらきらと輝く輝石を散りばめて、悠然と、だが優雅に山を謳歌していた。彼方に慕う大火山を見上げ空を衝き、森を抱えて川を抱いた母性さえ秘めた光景こそ、彼女だったのだ。陽の光こそここは上手く差し入らないけれど、あの山も夜にもなって夜の布団があたりをふわりと包み込めば、全くこんな光景だった。ただここは、あの山の夜よりも幾らか、いやかなり、冷たい。気温がではなく、空気が。
 ボクはその柱状節理が切り出され人工物みたいな顔つきの岩壁に手をつきながら、ゆっくりと巨大な縦穴を下っていく。下から上に向かって吹き上げる風は温かく、同時に乾燥している。目を開いたまま下を見ていれば乾いてバシバシしてしまうし、唇だって乾いて貼り付いてしまう。穴が開いた当時、この暖かい風に春を見た人もいるし、温泉の気配を感じた人もいるが、この縦穴はただの穴ではなくて、世界同士を接続する界面なのだ。向こう側には向こう側なりの理屈が通った世界がある。暖かい空気がこの穴の向こう全てが温暖だと物語っていたわけではない。雪だって降るし、今まで見た通り幻想郷では進化しなかった巨大な虫達がいる。別の法則の中で生き続ける|追い出され忘れられた者達《レムナント》もいる。それをなす社会がある。だからこそ魔界を含めて、幻想郷をHUBとして連結された別の世界を故郷とする人達は、進んでここを余り通りたがらない。間欠泉騒動のときに、幻想郷出身の人間が使者として選択されたのは、そのためだ。そうした理由もあって、博麗の巫女には幻想郷を故郷に持つ人間が選ばれているのだろうけれど。
 ボクとローリーは、人間ではないけれど|深道洞穴《フォール・オブ・ウィル》を下るために、ここへやって来た。防疫任務といえばそのとおりだけど、ボクは個人的な要件を1つ抱えている。それは誰にも告げていないが、防疫任務でなすべきことときっと同じ結果を招くだろうと予測していた。
 ボクはこの穴の向こう側の世界が、どうしてそこにあるのかを、なんとなく知っている、博霊にはそれを伝えてはいないがボクに防疫特権を与えたのはそれを察してのことだろうと思う。ボクが用があるのは、この穴を下まで降りきったところにあるという地底魔都やその執政府たる地霊殿ではない。もっと手前で済むはずだ。そこで話が終わるなら、だけれど。

―― 局所空振音声通信、開始します。テスト、テスト。りっくん、聞こえる?
「うん。よく聞こえるよ」

 まるで今朝彼女が耳元で囁いてきたときの声みたい。すぐ耳元に彼女の口があるようなダイレクトな遠隔音声。ローリーの声で通信が届いた。
 彼女はこの穴の中については来ていない、上の方で待機している。天狗の領地内に入るのは、防疫特権を振りかざせば彼女をアシスタントとして言い訳することはできるが、|旧獄《サブタレイニアン》に対してその言い分が通用するかどうか不確かだったからだ。ボクだけならば、何かあったときに博霊も対応しやすいだろうし。

「さすがローリーだね。交信強度、常時バリ10」
―― 交信強度、こちらでも確認。問題ないね。

 この穴が開いてすぐ、人間代表の二人がこの穴を降りて行ったときには、紫太妃が拵えた通信用デバイスを持っていったのらしい。交信強度を維持するには常に何かエネルギーを供給する必要があり、それが満足でないために度々音声での交信やサポートに障害があったみたいだけど、ローリーの|局所空振音声通信《これ》はそんな必要はない。もっと言うなら。

―― あ、そこをそのまま降りてくと出っ張りがあるから気をつけてね
「うん、ありがと」

 彼女には音を使った反響定位ソナーが備わっていて、ボクを中心とした広域の地形がほとんど伝わっている。彼女にとって音、つまり空気の波の反射を捉えることは、目で光の反射を捉えること同等で、すなわち音で見ることができるのと同じなのだ。ボクがほんの少し妖力のテザリングを許可すれば、ボクの触覚は彼女の反響定位ソナーをブリッジできる。それを使って彼女はここにいるかのように彼女の音波探査でこの周囲を察知し、探査結果をボクに伝達してくれている。

―― スキャン更新間隔、0.3SSppsで安定。有事には2.0DSpps移行します。
「了解」

 彼女自身がソナー情報を処理するのなら、更新間隔は秒間120回でも行けるだろうしそれを活かし切れるだろうけど、彼女からその情報をボクにフィードバックするのは再び声なのだ、1秒に1回でも持て余すだろう。それにそんなに近距離ならボクは目で確認出来るはずだ。やはりこういう状況では彼女には中広域探査をお願いしたい。

「その辺は、天狗の山の統治も余り行き届いていなくて、野良妖怪が狼藉をはたらくこともあるみたい。必要に応じてこっちに降りてきて。この真っ暗さなら、ボクらに利がある」
―― わかった

 彼女の通信と探査には完全に空間が遮断されていない限りは空間距離的な制限が少ない、つまり、穴の入口から下を覗き込むように探査する分には音の射線が通っていて際限がないし、折れていても反射を用いて相当に伝達が可能だが、家からでは無理があるということ。だから、こうして出てきてもらわないといけないのに前線と離され気味になることが多い。だから後方に置きっぱなしで前線を離し切ってしまうのが危険だということも重々承知している。でもここなら、落下とローリーの飛翔能力を利用すれば、瞬間移動をする相手でもない限りは、逃げ切れるはずだ。
 四人がかりで相手をやっつけてもいい場面では、ルーミアの『存在する闇』とローリーの『鳥目トリック』で相手の視界を奪いつつ、視界ゼロを厭わず窃取されない通信が可能なローリーがスカウト、最終的にチルノが最前線で相手に打撃を与える役目、ルーミアは攻撃的中衛、ボクは守備的中衛のケースが多い。
 勿論、楓の家系の|千里眼《テレグノシス》が一体何を媒介して情報伝達されるものなのかはわからないけどきっと通用しないだろうし、永遠亭の玉兎さんみたいに空気の波そのものを弄られるとどうしようもなくなる(ルーミアの『存在する闇』は光の波の断絶とは性質が異なるのでブラインドだけはできるかも知れない)ので、これも万能というわけではない。通用しない相手には、チルノが氷術での足止めに回ったり、ローリーが音響魔砲で攻撃に参加したりすることもあるけれど、それを含めて、これらボクら四人の連携は想像以上に色んな相手に有効で、この連携ができるようになったからこそ、ボクら|四則同盟《カルテット》はそれなりの縄張りを維持できている。今では博霊にも幽香さん……|夢幻辺境伯風見卿《SleepingDandeLion》からもそれを認めてもらえている。この四人の連携の中核はローリーのスカウト、彼女の代替は難しい。それだけ、彼女の音は優れていて、重要なのだ。

―― 中、真っ暗なの?
「一応上の方は日光も差し込んでたけど、ここまで来ると全然だね。近ければボク自身で見えなくもないけど、ローリーの手引がないと速度出して降りるのはおっかないや。探査は任せるよ」
―― りょーかい、任された

 ケイ素成分を多く含む花崗岩質の縦穴表面は、煌めきを散らした白から、重みを帯びた黒色へ不規則にゆっくりと変化を繰り返している。縦穴なのだから仮に夏至の正午近くならばより深くまでの視野があったのかもしれないが、生憎今は夏至ではないし正午でもない。入射角のずれた日光は間もなく届かなくなり、岩体では光の反射も多くは見込めず、この|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》は少し潜るともう基本的に殆ど暗闇だ。

(思い出しちゃうな)

 山ではなくなった、山の死体。丁度こんな風に切り立った壁に、花崗岩の白い肌が剥き出しになっていて、ひびの入った体を抱えて悔しそうに佇んでいた。あれは|みぞ《・・》を貫かれて峡谷にされたのだ。彼女を犯し、殺した奴らは今安穏と世を謳歌している。片や追い出されたボク等は、姿を変え性質を変え名を変え散り散り細々と生きている。小さな世界の小さな者達のであっても、王となったボクはまだ、幸いだ。なら、彼女は?
 こんな、思い出してしまうような岩肌に囲まれて真っ暗闇、彼女はここで一体何を抱いて生きてきたのだろうか。他人と更に他人を比べて何の意味があるわけでもないが、彼女と例えば諏訪の神々の、命運を分けたのは一体何なのだろうか。
 深い、でも清い日光を透かす枝葉の重なり。それを抜ける風は静かに囁いて、草、花、動物達にそして虫達も大きくでも一体感のある社会を作っていた。そこには、人もいた。火山を仰ぎ山と共に生きる人間。あのまま平和に過ぎていたなら、今もボクらは穏やかに生きていて、|追放者《レムナント》になどならずに済んでいたかもしれないのに。
 懐かしい、あの森が。あの森を抱く、山が。

(全て、イズモ達の……)

―― 定速降下で30秒後8時の方向、3メートル程度狭窄。95秒で3時の方向に大きめの横穴かな
「あ、うん、了解」

 ローリーに声をかけられて、はたと気を取り戻した。
 真っ暗だから、色濃い静寂が包んでいるから(ローリーにはきっと色んな音が聞こえているのだろうけれど)、つい物思いに耽ってしまった。こんなことは、このままこの|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》を降りていけば間もなくわかることだ。突きつけて思い知らされ、あるいは問うても知り得ぬことだ。今気にしたところで、どうにかなるわけでもない。
 初めて人間の使者がこれを潜ったときには、相手のことなぞ考えずにズカズカ入り込むだけだったのだ、強烈な光源を携えての降下だったのだろうけど、今は違う。ボクはこういう真っ暗なときに一人だといつも|幻視火垂《フェノメノン》を撒くのだけど、|旧獄《サブタレイニアン》との盟約で、みだりに地下で虫を放つこともできない。そもそも|幻視火垂《フェノメノン》はボクの体の一部であって虫というわけではないし、向こうさんは地底の虫の通過を放置しているのだから、いいじゃないか……とも思わなくもないが、表向きは虫の越境を問題視してここに来ているのだから、それは飲み込んでおくべきところだろう。広域地形把握はローリーに任せればいいし、ボクも近距離ならば多少は夜目が利く。今の行動が、妥当な範囲だった。

―― ぅん?
「どしたの」

 ローリーの声色が少し変わった。何かあったのだろうか。

―― クラッタ? 石にしてはおっきいし、出方が不自然だなあ。落石の兆候なんてなかったし。りっくん、丁度頭上くらいに、不明の物体が降下中、いや、この速度は『落下』です、増速しつつ接近。37秒後に|警戒距離に到達《エンゲージ》します。テザリング帯域を拡幅させて。
「許可」
―― 交信帯域を拡幅、パルス間隔を短縮します。……直近2秒の落下軌道より算出、直線軌道、規定降下軸=定義引力ベクトル場に対して傾斜角−0.08。これ、微妙に自由落下じゃないよ。任意の水平方向に5メートル移動すれば退避できます。試行を
「退避試行、完了。」
―― 退避後の対象落下軌道、変化なし。仮に対象落下傾斜に変化があった際に壁面へ追いやられない程度に、退去位置に余裕を確保してください。
「おっけー」

 上から何かが迫ってくるらしいという報告を受けたが、ボクはまだ上を見ていない。どのみち自由落下で30秒以上かかるような距離は見えないし、何より、こういうときにはレーダーやソナーを信用するのが第一なのだ。ボクの|しょぼい目《探知能》は、それが最大限利用できる近距離の注意にリソースを割くべきである。上を見るのは本当に近くなってからでいい。つまり少なくともあと10秒経ってからだ。でも自由落下に近い、落下加速したものなんか、目で見てから反応できるとも思えない。
 頭上に突如現れた何者か。ローリーの定位反響では、確かに縦穴の壁面に、地形に化けた状態でピッタリと停止していればバレることはないだろう。ボクの目だってこの暗さでは端から端まで見渡せるわけじゃない。何者かが壁で待ち構えていれば通過してしまっても不思議はなかった。最初から、頭上から攻撃を仕掛けるつもりでいたのか、それとも、全くそういうのとは関係のない存在であるのか。落石であれば一番、簡単な解だったけれど、きっと違うと予感していた。
 5メートルの移動で|最低回避《グレイズ》となるらしかったが、十分な時間を見て退避できたので余裕を持って10メートル以上移動できた。そうして十分に退避し、かつ急に方向転換があったときに後退できる空間を確保した位置で一旦停止する。

「軌道に変化は」
―― θ変化なし。 そのまま待機を
「Identify優先なら、安全に上昇して通過を促した方がいい?」
―― 規定降下軸に対してそこから同ベクトル場で上昇するなら、肯定です。そこはりっくんにお任せかな、こっちからはあんまりできることはないし、現場を尊重します。
「じゃあ、慎重に、上るね。低低速。」
―― 了解。警戒距離まで5秒、4、3、上からくるよ、気をつけて!

 びょう!

 ええええええええええうそおおおおおおおぉぉぉおぉぉなんでじくずれてんのなんでのぼってきてるのさあああぁぁあぁぁぁぁ

「は?」
―― は?

 何かが落下してきているということはもう重々に認識していた。何かが通過したのもよくわかった、ボクの体と同じかそれよりももう少し小さい程度の何らかの物体だったのも、ある程度は予測通りだ。ボクもローリーも驚き、というか疑問の声を上げたのは、それが妙な、しかも間の抜けた声を上げてボクらを通過して行ったからだ。



§§§



―― 声?
「だった、ね」

 ドップラー効果を効かせた茶目っ気たっぷり(?)の声色が何かを叫んでいたが、うそお、くらいしか聞き取れなかった。ちょっとだけ間を置いてから、それが通過した時の風圧がぶわっとかかってくる。速度が速度だけに結構強い風だけど、わかっていればどうということはない。対して、あの何かは全く止まる気配もなく視界外へ抜けていった。止まる気があったのかなかったのかはわからないけれど、あれほどに速度が出ていれば止まれるはずもないだろう。

―― 対象はそこから約220メートルで停止。なんだろこれ、人型の上半身と、下半身は円筒……ああ、これ釣瓶落としじゃないかな。ちょっと詳細な解像はできてないけど。ラウンドロビン配分を、高周波スキャンに加重します。
「ええっ、釣瓶落としってこんなところにもいるの?」
―― 野良とか
「人里密着型の妖怪だから野良は考え辛いのだけどなあ」
―― 下にも都市があるのなら、亜種とか類似種とか変異種とかがいるのかも。上から来たけどね。
「この穴が全体を井戸として住まう釣瓶落としってところ? 縄張りとしては巨大ってことになるね」
―― 釣瓶落としの親玉? 地底の釣瓶落としは一味違うのかな
「親玉にしてはマヌケな登場シーンだったけれど、そうかも。でも、あの速度でぶち当てられたらやばかった、ローリーがいなかったら肉片になって飛び散って死んでたね」
―― や、やめてよう

 背筋にクる想像をしてしまい、ボクも身震いする。

―― やっぱり形状は釣瓶落としだね。ゆっくり上昇してきます。降下しなくても80秒程度でエンゲージ。|声援《遠隔火力援護》、準備する? こちらは準備を完了しています。
「一応、お願い。名目は防疫だからなあ、あんまり武力行使はしたくないんだけど」

 ボクがお願いすると、ローリーの音珠がひょいひょいと4つ現れて、左右に展開された。ボクは穴の奥方向、つまり釣瓶落としらしきものが登ってくる方向を正面に捉えるように姿勢を変える。

「行動軸を、重力方向前、極北方向上へ回向」
―― 了解、オフセット設定します。|指示回答遅延《ターンアラウンドディレイ》、閾値内です。|警戒距離接触《エンゲージ》まで、60秒を切りました
「目視、まだ」
―― 音珠、|魔名《マナ》充填80%到達。戦闘起動可能です。
「了解。指示あるまでスタンバイ」

 ボクは一定速度で降下、相手は多分一定速度で上昇を続けている。お互いに定速だ。相手の攻撃が、落下加速を用いた運動エネルギーによるものだけであれば、ゆっくりと上昇するはずがない。下から上に向けて攻撃する手段も何らか持ち合わせているからこそ、定速で上昇、つまりこっちに向かってきているのだろう。それとも、戦闘の意思などないのか。

(いやいや、あれ防御無しで当たったらほんとに死んでたし)

―― 前方より対象、|警戒距離接触《エンゲージ》まで、10秒
「……目視、済。確かに釣瓶落としみたいだけれど」

 小さく、そして暗い中にようやく見えてきた姿は、桶の中に入った人型。それを吊るす紐は途中で透けるように消えていて、実体を持たないのだとわかる。ボクの正面にあるのは、その人型の頭の天辺だ。

「あのう」
「お前も私を切り落としに来たの? 生憎私の吊り紐は特製、カンダタを釣り上げそして再び落としたそれとおんなじなの。何をしたって切れやしないが、切れるときには何もしなくても切れる。あなたも私と一緒に、地獄の底まで落ちる?」

 半透明に透けて消える釣瓶の紐は、どうやら概ね引力方向と一致したまま変更できないのらしい。ボクが穴の底方向に回向したその横を、全く釣られるままに登っていく、ゆっくり。

「いえ結構。それよりさっきすごい勢いで落ちてったのは」
「忘れて」
「は?」

 さっきの落下はまさに自由落下一歩手前の暴走加速だったにも関わらず、上りの速度は散歩でもしているかというくらいのんびりだ。
 上ってきた釣瓶落としは、青緑の髪をにとりさんのようなツインテールにまとめた、小柄な女の子だ。釣瓶落としの中身は色々いるけれど、この巨大な|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》を井戸に見立てるような大物かと思って見れば、意外な姿だった。いや、妖怪にとって見た目なんて、ポテンシャルに対して関係はないのだけれど。

「ローリー。回向、デフォルト」
―― 了解。オフセットをリセットします。

「忘れて、って」
「もっかいやるから、今度はそこを動かないでね」

 だいたい同じくらいの高さにまで来た釣瓶落としは、桶の縁を掴むようにしながら顔だけを中からひょいとだしている。それ以上はわからない。元々『釣瓶落としの桶の中身を探ってはいけない』というのが、妖怪の間での常識だった。それを破るとどうなるのか、余り深刻に伝えられているわけではない、人間の言い伝えで言うところの、溜息をつく度に幸運が逃げていくから溜息はつくな、というのと同程度だと思ってくれればいいだろうか。

「いや、断じて動きますけど」
「それじゃ当たらないじゃない」
「当たるわけに行かないですけど!? っていうか何なんで……」

 くん、と下から突然足をひかれるような感覚を覚えた。見ると、何か腕のようなものが1本伸びて、ボクの足首を掴んでいる。その不明の腕は手の大きさから考えると相当に長過ぎる腕をぶら下げて、その先にあるだろう体は闇の中に消えていて見えない。

「えっ」
「まあまあ、さっきのは忘れてよ。もう一回、やり直すから。次はうまく当てるからさ、ほら、もう|うごけないでしょ?《…》」

 上っていく釣瓶落としに追従するように深度を上げていたボクだったが、気がついたらボクの足を引っ張られていて、Z軸移動以外ができなくなっていた。XY軸の移動が全く制限されてしまっていて、左右に体を振ってもその腕はまるでボクの足首を掴む手からは想像できないほどに遥か深部から伸びているように、ほとんど軸を動かさないままボクを拘束し続ける。足を引っ込めるように力を加えて体を縮めて、足首を掴んでいる手に自分の手を伸ばそうとすると、ぐん!と一気に下方向へ引っ張られて上半身を上方向に反動されてしまいそれも上手くできない。何とか腕を伸ばして薄気味悪い手に触れるとそれは凍えるほどに冷たくて、人の手の形をしているのがウソのように思える。同時に、振り払えないほど強く握られていて解けそうにない。
 上昇ならその腕は邪魔をしない。でも全く横に動くことを許してくれないようだった。上昇を続けてこの穴を出る事はできるかもしれないが、つまりそれはここを追い出されたということだ。落下を含めて、思い切り下方向へ向かえばいい? あの落下攻撃がそれでかわせるだろうか、疑問が残る。

―― りっくん?
「……何かに、足を掴まれてる。XY軸の移動が制限されていて、次に|さっきの《ストンプ》が来たら、回避できない」
―― えっ?! |反響定位《ソナー》には何も映ってないよ……!
「やっぱり、これ、普通の腕じゃない」
―― 腕?

 釣瓶落としらしき白装束の人物が、ローリーと会話しているボクを怪訝に見下ろしながら、上昇を続けていく。

「誰と話してるの?」
「独り言」

 ふうん、と、でも興味なさそうな感じで答える釣瓶落とし。
 ここから見上げると、桶の底部分が見える。さっきゆっくりと登っていくのを見ているときは、この桶の木部は比較的きれいな肌理を見せていたように思う。だけど底ときたら、黒く汚れて木目も見えないくらいに汚れている。普通の木製の桶ならば最も底部の縁周りは同様に木製だと思っていたけど、ここから見上げる桶の底の縁は黒鉄ではないか? 最底部に突き出る形で嵌った金輪は不自然で、そして殊更分厚く大きい。それに、底面の汚れを更にべっとりに増していて、生々しい表面腐食さえ見える。ここがまだ|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》の浅層部であるのなら、ここにいる釣瓶落としが普段からこの穴の底に降りて生活しているものではないことは想像がつき、だとするとあの桶の底の汚れは、あのストンプ攻撃が何度も何度も命中してきた証拠であって、縁が金属製であるのもまさにそのためなのだと、こうして見上げていると思い知らされた。

「音珠、戦闘起動」
―― 音珠、戦闘起動します。カウント5、それぞれ|魔名《マナ》充填:100%、交信強度:10が維持されているため|魔名《マナ》供給速度もフルキャパシティです。カウント6までは残り40秒。
「霊撃。ボクの足元、2メートル先。吹き飛ばして。……ボクの脚は吹き飛ばさないでね」
―― 善処します
「そこはしっかり対応して欲しいなー!?」

 冗談だよ、なんてくすくす笑う声が聞こえる、いやあ、ボク結構切迫した状況なんだけど!

「……何? その珠?」
―― りっくん、音漏れ対策。口は空気を抜いて閉じて、耳も塞いでね。カウント =− 2; 歌器.実行(声援.サウンドバースト);

 ローリーの指示に従って気門を閉じて口を閉じ、隙を突いた別の攻撃に備えて上方から視線を逸らさずに、インセクトショットをスタンバイする。
 左右に一つずつ広がって展開した音珠が、それぞれ甲高い高周波音を発しながら鈍く光った。まるで水晶玉が不自然な内圧で崩壊するように破裂して飛び散ると同時に、ボクの足元で一見何もないところから轟音が響く。
 左右に展開した音珠から、指向性と異なる周波数の音を発し丁度ふたつの波が重なり増幅する場所で強烈な音(≒空振)を発生させるコスト2の音響魔砲タイプの霊撃。高い指向性と局所性があって、目標地点以外にはほとんど影響を与えない。響いた轟音は、発生した破壊力の残響でしかない。

―― 歌器実行が完了しました。どお? 一応、礫石くらいなら粉々になってるはずだけれど……
「なんだか妙な力を持っているんだね。でも、『カンダタの追手』は、そう簡単には離してくれないよ。穴を出ていくか、地獄の底まで一緒に落ちるか、それとも|潰れるか《・・・・》」

 嘲笑も交じる声がボクの頭上から、それに足元には依然として掴まれる感触が、伝わってきている。見ると、腕にはかなりの損傷が見えていて、皮膚(なのかな?)には相当の裂傷があり組織がめくれたりちぎれたりして血液のようなものも流れているが、それでも手は離れていない、ボクは依然掴まったままだ。

「効果大、なれど対象、健在」
―― 見えないけど、そんなにごつい腕なの?
「いや、ボクらの腕と大して変わらないよ。でも、頑丈なんだろうね。かなり、ダメージはあるみたいだけど」

 左右に振ったり、同じように足元に手を伸ばすも、やはり効果はなく呪縛を解くことができない。
 加害に成功した腕は目に見えて損傷している。霊撃をもう一発要請するだけのPOWERは残っているし、通常のインセクトショットで削り切ってもいいかもしれない。それでもそうしなかったのは、依然ボクの足首を掴み続ける『カンダタの追手』なる手には大きな損傷が見えているものの、更にそれに重なり合うように何本もの別の腕が上ってきていて、おそらく一本目を剥ぎ取ったり切り落としたりに成功しても新たな腕がすぐにボクの足を捕まえ直す、これはそうした|捕縛術《バインド》系の業なのだとすぐに理解したからだ。

―― 霊撃、敵本体を狙った方が
「いや、ボクが一人でやっつける」
―― カッコつけてる場合じゃないよ

 心配そうなローリーの声は、今は本当に耳元で囁いているように耳を撫でる、優しい声。

「カッコつけてるんじゃないんだ、これは」
―― そんなの無意味だよ、だって

 彼女は、よくよく身に滲みてわかっているのだ、切り離された戦線の一端が、まるで見放されるように助けられずに無残を迎える辛苦を。自身への不幸を相手の立場に反映して心配できる優しさは彼女の宝物で、ボクの誇りでもある。
 でも、そうだけ、じゃないみたい。

―― だって私もう、りっくんがカッコイイこと、しってるもん♥
「やああん、も〜〜、ローリーったらああぁぁ♥」
「なあそこのバカップル惚気は外でやってくれないか」
―― 聞かれてた♥
「聞かれてた♥」
「ああもう、潰す、絶対潰すわ!」

 冗談はそこそこにするとして、ボクはこの釣瓶落としをローリーの|声援《遠隔砲火》なしに倒すつもりだ。当然勝算なしに無鉄砲を言っているのではないが、どうしても引くわけに行かない理由があるのだ。カッコつけと言われるのも仕方がないかもしれないけれど、そういうシーンも有るのだということ。
 ボクの個人的な過去の清算に幽香さんとローリーを巻き込んでしまった、一連の|出来事《筋書き》、それを経てからボクは随分と『らしくないこと』をするようになった。それを幽香さんもローリーも、少なくとも悪い方には捉えていないと思う。後は、結果だ。
 釣瓶落としはみるみる上に上がっていく。釣瓶落としの攻撃が落下による運動エネルギーを的にぶつけることであれば、高いところに上るという行為は運動エネルギーを蓄える、エネルギーチャージにほかならない。チャージは着々と進んでいるようだった。

―― りっくん、どうするつもりなの
「どうするも何も、正々堂々と、ぶつかるよ」
―― えっ、受け止めるの?
「いや、どちらかって言うと、迎撃かな」

 ボクは拳を、力いっぱい握りしめる。その力を腕、肩、と順に込めていって、それを追従させるように意識を移動させていく。膝を折り背を丸めて、背中を少し上に向けて膝を抱え込むような姿勢。その意識が肩を通り過ぎた辺りで、左右に切れて角を立て尾を引いたような形のマントが、左右に広がり大きくめくれ上がった。赤く塗り込められた裏地に、脈打つような濃淡のざわめきが現れる。

「纏翅」

 このマントは、普段はあまり使わないけれど、ボクの体の一部。脱ぐことが出来ないわけではないけれど、たとえ服を脱いだ後でも身に着けているのを自然な程には身近で、下着よりもなお肌に近い。ボクが蛍が变化した姿であるのと同じく、このマントはボクの鞘翅が変化した姿だ。こうして意図すれば広げることが出来る。そして|鞘翅《マント》の下には飛翔翅が、普通の虫の翅のように折りたたまれる代わりに、物質的な存在感を消失して格納されていて、これを使うにはこの|鞘翅《マント》を開く必要があった。力と意識の推移を、肩から肩胛骨、それに背中の中程へ移動すると、シャツの背中側に入っているスリットを通り抜けて、透明な飛翔翅が伸び上がった。それは翅とは言っても翅のような形を持つわけではなく、推進力エネルギーが具象化した『現象を内包した空間的範囲』のことだ。カッコつけて言えばリミッターの解除のようなもの、勿論本来の姿といえば人型の姿でさえないわけだけど、どっちかといえばこっちの方が自然に近い形、本来の飛翔力が出せる。

―― りっくん?
「勝負、だよ」
―― どーせ止めても、きかないんだから。りっくんって、ほんとしょうがないところでガンコ。
「えへへ」
―― えへへじゃないよ、もう

 飛翔翅の出力フォーカスを、高出力域にスライドしてスタンバイ。この状態の飛翔力には、結構自信があった。高速帯での速度は群を抜くが中低出力域が薄いピーキーな飛翔力のローリーには最高速度では全然勝てないけれど、障害物に当たっても押し切ったり(痛いから嫌だけど)、競り合ったりするパワーを確保しながらの範囲では、割といいセンをいっていると思う。

「そこのラブラブ腹話術師さんよ、もう一度聞くけど、おとなしく引き返す気は」
「ない。そこの地獄の釣瓶落としさん、おとなしく通してほしいのだけど、見逃してくれる気は」
「ない。」
「平行線」
「そうね」

 じゃあ潰れて頂戴な、そう言って、釣瓶落としは自らの吊り紐を解き放った。かなり高い。声こそすれど、光の中に見えるその姿は、逆行に霞んで消えがちな、点でしかない。あの高さから正確無比に|落下攻撃《ストンプ》をヒットさせるなど生半可な技ではないのだろうが、それ以上に破壊力は、その原理が単純すぎるが故に純粋に大きいだろう。

―― 対象、落下を開始しました。……、直近1秒の落下軌道より算出、直線軌道、規定降下軸=定義引力ベクトル場に対して傾斜角−0.09。さっきとほとんど変わらないみたい。12秒後に|警戒距離接触《エンゲージ》。
「回向。極点、前へ」
―― オフセット、-引力ベクトル場を前方に設定します。|指示回答遅延《ターンアラウンドディレイ》、閾値内です。

 落下の開始を見て、ボクも上昇飛翔を始める。最初からトップギア、でも速度を求めてではなく、攻撃力だ。お互い|ピュアキネティック《ただのガチンコ》だなんて、以前のボクなら絶対しなかったろう。でも、今はちょっとだけ、わくわくする。
 上昇開始後、あっという間にローリーの声が聞こえ辛くなった。ボクの上昇軌道が安定するまでは、発声地点の照準が定まらないからだ。
 釣瓶落としは自由落下に極めて近い落下で、一気に接近してくる。推力を要さない、しかし最も効率的に致命的な加速を得る落下という方法を攻撃手段に使うのは、こうした特殊な地形であることも一因だが、全く優れた方法だと思う。それを迎撃するボクは、引力という逆の力を常に吸い取られてしまう。それを押し切って縦軸反転環境下でも|おなじような《…》攻撃力を得るには、こうして翅を広げて後方に飛翔推力を増幅させる魔術的空間を展開する必要があった。
 空気の圧に備えるのと、速度に耐えうる動体視力確保のために、複眼的な瞬膜を目にオーバーライドする。触覚を小さな突起のサイズにまで縮小する。そしてボクは飛翔翅を強く『はばたかせ』た。

「軌道安定。|はばたき飛行輝界《オーグメンタ》、展開。|風切《アクセラ》!」

 |鞘翅《マント》からの術式編織を受けて背中の背後に展開された、予約済モナドが高濃度に充満した推進力増幅空間へアクセスすると、スロットル全開の速度に対して更に加速が促される。飛翔推力変換後の残滓モナドへ再度推進力獲得の|魔名《マナ》と術式を放り込む、暴力的な加速だ。速度は漸増ではなく非連続的に跳ね上がり、加速とともにどん、という音が響いて体全体を震わせバランスに悪影響を与える。それを|即席スタビライザ《腕と指とバランス感覚》で無理やり修正して、なんとか軌道を安定させた。
 予約済モナドは役目を終えると|魔名《マナ》を放出し自然モナドへと崩壊還元されるが、その還元反応がエネルギー漏出を起こし、発光現象を見せる。ボクの背後には漏出した薄緑の光が断続的に尾を引くように残っていた。それにさっきの音はローリーにも届いたはずだ、軌道も安定しているし、通信が再開されるだろう。

―― ジ、ザザ……前方に釣瓶落とし以……ザッ……ブジェクト・クラッタはありません、ルートグリーン。エンゲージ後、0.0[算出誤差]秒後に物理接触します。エンゲージまで、2秒、1、エンゲージ

 軸、合ってる!
 XY軸の移動を制限されているが故に、釣瓶落としの落下軸とボクの上昇軸はほぼ一致していた。お互いに、外す筈がない。
 スピードに乗り切ったボクは金剛化させた右足を前に出し、その一点に、融通できる妖力の大半をつぎ込んで貫通力に変換する。いわゆる『妖力を使ったただの飛び蹴り』だ。相手が『妖力をまとったただの落下押し潰し』であるのと対称的で、そして単純明快な対決。
 釣瓶落としが、猛スピードで上昇してくるボクの姿を認めた。明らかに激突コースだ。

「は!? ばかなの!?」
「そうやって、バカっていうほうが、バカなんだ!」

 何故かチーの言葉が口をついた。彼女の思想と言うか言葉は、いつもこういうガッツを要するときに、おっきなパワーをくれる。
 釣瓶落としの落下コースにほぼ一致したボクの上昇コース(ボクの方向感覚は今は意図的に歪曲してあり、ボクにとっては上が落下方向になっているが)。ボクの右足は踵の加重部分から、まっすぐに釣瓶落としの桶の底に吸い込まれるように接触する。釣瓶落としの|落下攻撃《ストンプ》とボクの飛び蹴りの激突、その衝撃が二者の激突点から水平の円状に突き抜けて、|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》の全周壁面の岩を揺らした。
 釣瓶落としの落下のエネルギーに抗うように、|羽ばたき飛行輝界《オーグメンタ》から放たれ続けるボクの上昇推進力。軸が完全に一致していて、横に逸れたり外れたりしないまま、二者の激突点は長い時間にも思える一瞬だけ、拮抗した。

(もっと、ブースト!)

 |鞘翅《マント》の下で飛翔翅が更に渦を巻き、|羽ばたき飛行輝界《オーグメンタ》からは喧しいくらいに眩しくルミネッセンスが光を撒き散らす。
 お互いに巨大な運動エネルギーをぶつけている乾燥した激突だと言うのに、まるで鉄でも溶けたような感触が、脚から伝わってくる。ずるり、とぬめる感触と共に拮抗していた激突点のいちが滑り動く。均衡が崩れた。ボクの押し込みが、僅かに勝って……

「いっけええええええええええ!」

 思い切り、お腹のそこから声を張って力を込めた。瞬間、釣瓶落としの桶の底が割れてボクの足が釣瓶落としの中身を上空へ突き上げる。ぽーん、と砕けた桶の中から放り出された釣瓶落としは白装束の裾をひらつかせながら宙を舞った。

「やっ、た!」
「まじかよこのキチガイ〜!」

 |羽ばたき飛行輝界《オーグメンタ》を停止して、飛翔翅を収拾する。|鞘翅《マント》をたたんで、上昇を停止した。複眼瞬膜を解除して触覚を元のサイズに戻すと、ローリーの声が聞こえてきた。

―― りっくん、揺れたけど、無事?
「うん、おかげさまで」
―― 脚、大丈夫?
「ううん、実はちょっと、痛い……」

 脚全体に痺れるような痛みが走って、それが拔けない。繊維修復は進めているのに、なかなか痛みが引かない。やっぱ無茶だったかなあ。

―― ほら、無茶して
「でもちゃんと貫けたからさほど酷い損傷じゃ、イタタタ。でもちゃんと、勝ったよぉ」

 Vサイン。誰も見てないけど。得意になってしまって、ボクは浮かれるようにローリーに報告してしまう。でも、力づく同士の対決で勝てたのは、ボクにとっては大きな進歩だ。まあ、だからといって幽香さんに大きな顔出来るとか、パワー型を求める博霊の要求に答えるようなことは出来ないだろうが。
 ほっと一安心と大きな達成感を抱いて、降下を再開する。上昇飛び蹴りのせいでだいぶ上に昇ってしまった。

「ちょっと急がないとね」

 と下に降りていこうとしたとき。

「そう急がないで、もう少し付き合ってよ!」
「えっ?」

 上から再び急降下で接近してくる声。見上げると、さっき打ち上げた釣瓶落としの中身、つまり白装束の女の子が、どこに潜ませていたのか巨大な鎌を振り上げて再び落下してくる。コースは、やはり正確にボクを通過する。速い。複眼瞬膜を解除したボクにはその速度を正確に捉える動体視力はなく、飛翔翅をたたんでしまっていて回避も間に合いそうにない。

「しまっ……」

 振りかざされた大鎌が、捉えきれないほどの速度で視界を迫ってくる。まずい。桶を壊して放り出したところで、ボクは勝ったと油断していた。もう一度反撃の余地が合ったなんて、思っていなかったのだ。
 反射的に腕を上げて目をつむり、言い訳程度の防御のような姿勢を取るが到底効果はないだろう。あの速度であの刃渡りの刃物がボクの上を撫でるなら、ボクの体は真っ二つにされてしまうに違いない。
 覚悟なんてものが決まる筈もなく、ただ祈るような一瞬が通り過ぎたとき。

 どん!
 と頭上で轟音が響き、追いかけるように風が吹いた。

「あーそうか、これ2対1だったのね、ずるいわー」

 釣瓶落としの声が、下の方へ遠ざかっていく。
 目を開くと、釣瓶落としの落下コースが逸れて別のルートを落ちていくのが、見えた。

―― ふふん。やっぱりりっくん一人じゃ心許ないね〜 カウント-1、歌器の実行が完了しました。

 さっきボクが調子こいて上げたような得意げな、でもよっぽど綺麗で落ち着いたローリーの声が、耳元で囁いた。
 彼女の音響魔砲が、釣瓶落としの落下コースを偏向させたのだ。

「助かったぁ、ありがとう」
―― ちょーしにのらないよーに
「はい……」

 情けないなあ。ローリーにかっこいいところ見せたかったのに。しょんぼり肩を落としてしまう。
 降下を再開したところで、ローリーが不思議そうな声で疑問を呈した。

―― どうして今回に限って、あんなに|頑張ろう《・・・・》としたの?

 スマートに勝ったあとなら、胸を張って応えられるんだけど、今この状況では素直に答えづらい。

「その、あの|落下攻撃《ストンプ》がさ」
―― うん
「ボクと似たような攻撃だったから、つい」

 あの急降下での奇襲攻撃は、ボクも一人で戦闘を強いられるときにはよく使う手だった。『カンダタの追手』とか言う補助補完技能も含めて、さっきの釣瓶落としのほうが、上手にそれを遣っている感じが、とても悔しくて。

―― そこではりあうんだ? 男って、ちっちゃいね
「えっ……」

 ちっちゃい、流石にその言葉はつらい、でも今のボクには何も言い返せない。
 しょんぼりとしてると、すごく耳元で小さく、耳たぶをくすぐる息遣いまで感じてしまうような囁き声で、ローリーは付け足した。

―― う・そ♥ いっけーって、押し勝ったりっくん、かっこよかったよ
「ほっ」

 それがどこまで嘘なのかは今は考えないようにしておこう。胸を撫で下ろすように自分にい聞かせていたその時。

「なあ、その惚気、いい加減それやめろよ、な?」

 驚いたことに、下に落ちていったと思った釣瓶落としの声が、すぐに下から聞こえてきた。びくりと身をすくませてそちらの方を見ると、ひゅるひゅると、自分で上っているというより、釣瓶らしく上から引き上げられるかのようなスムーズな上昇で、釣瓶落としは再び縦穴を上ってきた……すっかりと元の姿で。

「ああわかったわかった。私の負け。ここを通りたいというのなら通りなよ」
「桶が、戻ってる」
「あんなものすぐ作れるわよ。さっき壊されたやつは随分長い間世話になった桶だけどね。負けは負け、気が変わらないうちにお行きよ」

 ボクはまだ足がズキズキする、もう一回さっきのをやれと言われたら無理そうだ。通してくれるというのなら、それはこの場は有り難い限りだった。



§§§



 もう全くさっきの壊れた桶の形跡など見受けられないように元通り、『カンダタの糸』と称していた半透明で夢幻の長さを持つ釣り糸はも元に戻っている。彼女が通してくれるというのなら、それに甘えて通るべきだろうけど、でもその前に聞いておきたいことがあった。

「あの、あなたは、何者なんですか?」
「釣瓶落としだよ」
「知ってます。その姿で塗壁とか言われても困りますからね。そうではなくて」
「あに?」

 とても鬱陶しそうな目でボクを見ている。まあ、誰でもいきなり自分のテリトリの中にやってきたやつに突然『お前は何者だ』なんて聞かれて気分のいい人はいないだろう。

「釣瓶落としって、人里にしかいないと思ってたんですけど」
「この下は、人里だよ。このまま降りていけば市街地からそう遠くない場所に出る」
「じゃああなたはやっぱり、井戸に住む釣瓶落としなんですね。こんなおっきな|井戸《間欠洞》に住んでいる釣瓶落としなんて、初めてみました」

「私はこの暗黒の井戸で釣瓶落としの真似事をしてる、元釣瓶落とし。本当はね、もっとすごい方がこの辺で門番しているのだけれど、今は私がお留守番をしてるだけなの。」
「はあ。暗黒の井戸ってのは、この縦穴のことを言うんですか?」
「そだよ。」

 やっぱり、|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》の下のことは、幻想郷では余り理解されていないんだろう、初めて聞く単語ばかりだ。それがこう易易と用いられているということは、それらの言葉は全く日用のそれであり、それが理解できないということは情報の乖離があるということだ。博霊はこの下にまで到達してその代表者と交渉を済ませてきたというのだが、確かに楓のいうとおりその内情は余り外に持ち出されていないのらしい。

「この先に、知り合いがいる筈なんです。その人にちょっと用事が」
―― えっ、|旧獄《サブタレイニアン》に知り合いなんかいるの? りっくん結構顔広いね……

 ボクが言うと、当然ローリーが驚いたような声を上げる。それは彼女に告げていなかったからだ。それとは別に、釣瓶落としもきょとんとしていた。大きくくりくり動く目でボクを舐めるように見る。

「知り合い? この先に? あんた、|上《・》の人でしょ? |廃獄《シェンディ》に何の用? 知り合いなんか」
「しぇんでぃ?|旧獄《サブタレイニアン》のこと?」
「さぶた、れにゃーん……? よくわかんないけど、上の人はそう呼んでるのかあ。まあ、ここは他の地獄次元界からは切り離されてるし、もう呼び方なんてどうでもいいんだけど。私も留守番頼まれてから間もないからね。ここは地獄の570丁目73番地、73番地だけが73番地まるごと切り出された不思議の国だよ。暗黒の井戸から逃げられなかった我らが双子の姫君が、暗黒の井戸ごと脱走してやってきた。噂だけどね」
―― 双子の姫君っていうのは、きっと地霊殿にいるっていう『覚』のことね

 幼気に見える釣瓶落としが歌うように滔々と告げる何事かを聞いたローリーが、耳打ちしてきた。
 でも釣瓶落としの言うことは、意味がよくわからないし、もっと言ってしまえばその意味を知ろうとも余り思わない。何故ならボクには関係のないことだからだ。尤も、『彼女』がここにいることはわかっているし、その範囲においては関係があるのだけれど。

「井戸の底の、|廃獄《シェンディ》? には用がないんだ。ボクは、上から野暮用でやってきただけ。この間、人間がここに来たでしょう? その結果、この穴に住まう|悪魔《デヴィル》達はみだりにここを出てこないって約束した。こっちからも。でもそれに従わない|虫《子》達がまだいるから、その調整に来たってわけ。用があるのは、この穴、えっと井戸か、井戸の中ほどに巣を張っている……」
「ひゅい!」

 ボクがそこ迄言ったのを聞くか否かの釣瓶落とし(元、と言っていたが今もそうにしか見えない)は、変な声を上げて顔色を変える。そして、元から上半身しか出していなかった桶の中に、すっぽりと隠れるようにして鼻先とちょっと目だけを出すみたいに潜ってしまった。

「あ、あんた、あれか? ニャマムの知り合い?」
「ニャマム?」
「現世に置き去られたザグトミの本質の破片を平らげて、ロリス自身より強大になったロリスの|化身《アスペクト》、グォダ=ニャマムがここにいるんだよ。しらないってこたぁないでしょー。知らない? ほんとに知らないの? あんた冒されるよぉ? 私のこの吊り紐だって、ニャマムからもらったものよ」
「グォダ=ニャマムって、ローリー知ってる?」
―― まって、グォダ=ニャマム? その名前、こないだの十一月例で博霊が共有してた名前だったと思う。えっと、ああ、ちゃんと憶えてない、あんな会議の報告書いちいちちゃんと憶えてないよ〜

 憶えてない、というローリーは読んでるだけマシだろう。ボクは読んでさえいない。今ちょっとだけ後悔してる。こんなところで大冒険しなくても、会議の議事録だけで問題は済んでいたかもしれないのだ。

「ニャマムの知り合いなら、最初にそう言ってよう。殺しちゃってたら私が酷い目にあうところだったじゃないかあ」
「あんなぶちかまし攻撃で、殺されるより酷い目があるなら、文句は言わないけど……」
「殺されるよりひどい仕打ちなんて、いっぱいあるよう、この|廃獄《シェンディ》にはね」
「まじですか。ローリー、地獄はとんでもないところのようです」
―― え、それ、今なの……?

 ボクは釣瓶落としと別れて、戦々恐々としながら降下を続けることにした。



§§§



 火山性の洞窟らしい地形が薄れてきている。もともと外から見た限りは間欠泉であり、出来上がった要因は火山性の噴出であるにもかかわらず、ここまで下りてくるとこの穴は既に、柱状節理のそれを考慮から外したとしても明らかに人工的な作りを認めざるを得ない。
 穴の幅は急激に広がって今はこれが縦型の穴だということが信じられなくなるほど、XY軸の広がりが大きい。対称性をもって広がり続けるようにくり抜かれた縦穴の形、意図的な装飾。瓦斯を用いた明かりが用意されている。文明を持った何者かが地底の都市を待たずに住み着いている証拠だ。
 巨大な石製の立方体が幾つも数珠に連なって浮遊し、それらは常にくっついたり離れたりを繰り返しながら、きっとずっとずっと長い目で見ていれば、何百年もかけてそれぞれが自律的に最善手の選択で結合しながら、やがて網の目に接続されていくのだろう。この石製の巨大なwebは、彼女がすぐそこにいることを示している。

「来たね」

 岩の影からぬるりと這い出すように出てきたのは、蜘蛛を彷彿とさせる土色の衣に、どこまでも闇とアースカラーしかみえないこの穴の中では嫌というほど目立つ特徴的な金髪の女性の姿。肌は、こんな陽の光も差さないところにずっといるからか病的なほど白く透けていて、目が驚くほど大きいのは見ようによっては幼い容貌にも映る。だがその佇まいには威厳があった。まるでこの、地上でも地底でもない中ほどの領域、石製のwebの自動接続と掘削により常時拡がり続けるこの中継界は自分のものだという自負があるのか。
 ただの中継界を地道に切削して一つの界へ開拓するなど、一体誰が考えるだろう。それをするには膨大なエネルギーが必要で、それがあるなら通常ならば既に大きな領域の支配者であるはずなのだから、わざわざそんなことをする者はいない。彼女を除いて。
 こんなところに突然文明的な者が姿を表し、支配者然とした様子で金髪を引いた女性の姿があるのは、普通ならば驚き警戒するところかもしれない。でも、ボクはそれを想定していたから。元々、彼女に会いに来たようなものなのだから。

「へえ、超高周波振動と超低周波振動のハイブリッドソナーか。お前の力じゃないね、変わったのを連れているじゃないか」

 真っ暗で視界があっという間に途絶える上の方へと、何を見ているのかわからない視線を投げてから彼女がひとつ、指を鳴らす。

「でも、喧しい。」

―― ぶつん
「ん? ローリー?」

 耳元で不快な音が音が聞こえた。そして、ボクの問いかけに対して、応答はない。お互い名前を読んだら必ず返事をするように取り決めてあるはずなのに。

「ローリー? 応答して、ローリー。返事を……」

 突然、ローリーとの通信が途絶えた。声が聞こえない、こちらからの声が届いているのかもわからない。交信強度が0になっていた。
 眼の前の彼女が何かをしたことは明らかだ、だけど今は関係がない。
 どくん、どくん、と心臓が跳ねる。嫌な記憶が、あぶり出しの絵のようにじわじわと、しかし急速に浮き上がってくる。彼女が前線から切り離され、通信の届かない場所に孤立した彼女は……。

 こういうときの手順は決めてある。10分以内に通信が回復しなければ彼女は一旦引き返すはずだ。彼女自身に、何かが起こっていなければ、だが。

(損害スコア参照。損害を得る率:小、損害を受けた場合の規模:大、ボクの損耗による総体の被害:小、ローリーの損耗による総体の被害:大、作戦中断による被害:小。判定:即座にローリーとの合流を最優先に切り替える。交信回復の有無にかかわらず、次のステップは合流か、退却後まで更新しない。)

 交信強度の回復を祈りながら、上昇を開始する。彼女に会いに来たことには違いないが、優先度は異なる。

「安心しなよ。上に、空気の振動を遮断する網を張っただけだから」
「っ」

 睨みつける。だが内心、胸を撫で下ろしていた。頭の中に浮かぶ、彼女がまるで百舌鳥の何とやらのようになった姿を、必死に掻き消そうとする。そうなったというわけではないのらしい。

「尤も、穴の上がどうなってるのか、私も知らないけどね。おっと、変な意味じゃない。本当に知らないってこと。単に、変な刺客やら罠やら、遣った訳じゃない。仮に何か悲劇があったなら、それは私じゃない、穴の外側の奴らを恨むんだね」

 彼女の言葉が耳に入り、言い終える前にもうボクは、上昇を開始していた。彼女が一人で何もできないか弱い存在だなんて思っていないけど、こんな風にされたなら状況を疑って仕方ないだろう? 大丈夫、交信強度が0になったのに異変を感じて彼女は決められた手順で行動しているはずだる筈だ、上っていけば合流できる。
 上昇を続けると間もなく、頭の上を何かに抑えられるような感触とともに、上昇が停止した。何かが、遮っている。これは、蜘蛛の巣か。

「折角、久し振りの再開じゃあないか。積もる話は二人きり水入らずと相場が決まっているだろう、そういう趣向さ」

 垂直にも水平にも斜めにも、一見無秩序に繋がり張り巡らされているような石製のwebの上を(下を? 横を?)、まるで地面の奥底にではなくその石製の方体に引力があるかのように、彼女は二本の足で|立って《・・・》歩いてくる。今の彼女はボクから見れば完全に逆さまに、二本の足でぶら下がっているようにしか見えないが、足はぺったりと立方石の連なりにくっついており掴んだり引っ掛けたりしている様子はない、それどころか彼女の髪の毛も衣服も、彼女にまつわるありとあらゆるものの引力は下方向ではなく常にその石のwebに存在しているようにみえた。
 この工事中の中継界はもはや一部が彼女の敷いた法則で機能しているのらしい。彼女以外にそれに従うものがいるかどうかは、今は彼女の意思一つで決まるだろう。仮にボクがあの石のwebに立とうとしても出来ない、あるいは落ちずにそこに引力を感じられるかもしれないが、強烈な引力に捕まりその場から二度と動くことが出来なくなるだろう。
 この石製の網は彼女にとって領域の拡張であり、自らの法則の標識であり、同時に丁度蜘蛛のように巣と道と罠とを兼ねている。

「久し振りだね。でも、こんなことをされたら水入らずとは行かないよ」

 久し振り、彼女はそう軽い言葉で表現したけれど、前に会ったのは、ボクがまだ|眷魁《ルーラー》の座になく、夥しい数存在する王子の一人でしかなかった頃だ。千年とかそれくらいのスパンの話だ。その頃彼女は|ボク《私》をアクセサリ感覚の面白半分に従えて、従僕に扱っていた。でも、|ボク《私》も、それでいいと思っていた。そうすることが幸せだと思っていたし未来に疑いなんか持ってなかった。こんな関係になってしまうなんて、思ってもいなかった。

「まさかお前が王様に収まったなんてね。あの弱虫で、兄弟の中でも一番|目《・》のなかったお前が」
「話はまた今度。ローリーと合流させて」

 ボクが頭上の柔らかい方の網を指さして言う。久し振りには違いなかったし、ボクは確かに彼女に会いに来たのだけれど、今のボクにとっては、彼女よりもローリーの方が、大切だ。……と、そう、言い切る自信はなかったけれど、それは自分を言い聞かせる意味も含めてのことだ。

「はあ、全く無粋だね。わかったわかった、キスメのやつには雀ちゃんを保護するように伝えておくから。ブラフでもいいから余裕をお見せよ」

 ひゅるひゅると音も立てずに、しかしすばやく再構成接続されてボクのすぐ横にまで伸びてきた石網。かつん、かつん、乾いた音足音を立ててゆっくりとボクの方に、逆さまのまま歩み寄ってくる彼女は、ボクの知る姿とはずいぶんと変わってしまっていた。
 彼女はボクの目の前に逆さまに、立つ。白くて細くて、すぐに折れてしまいそうな腕が伸びて、同じように長細く不気味さと綺麗さの中程を堂々と歩くような指が、ボクの顎を掴んだ。冷たい。視線が、逆さまに交わる。目をそらす訳にはいかない。

「今は狭蝿の王様なんでしょう? ね、|穂多留比《ほたるび》?」
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期間内に書き終わるか不安…

【20180228】建物の作りについての記述に矛盾があったため修正
【20180306】誤字を修正。3様、ご連絡をくださった方、有難うございました。

1様:キャッチされてるとは思いませぬでした…
別に伏せるつもりがあった訳でもないので、公平を期すために記載しておきます。
https://twitter.com/y_mikou/status/969020307250995200
https://twitter.com/y_mikou/status/969020407075373056
>ここ見てるとは思わないけど正直に申しまして「動機もあるしバレることも承知して食ってるけど、それを話の要素にするか考えないで書いてるので今は答えられない」が回答…。回答できないからといって最後まで大した理由は書かれないかも。
>しょせん行き当たりばったりで書いてる話です
みこう悠長
http://monostation.blog112.fc2.com/
コメント




1.しゅうさ削除
今回の話は天狗社会の問題や、餌同然に喰われる人間等幻想郷の暗い面が強く出た話だと思いました。外の世界でも寄生虫の話が出てきたので、これがどう幻想郷の異変と繋がっていくのかがとても楽しみです。
一つだけ気になったのですが、祭りの日に人が多い場所で人を喰うのは博麗に見つかる可能性もあって、とても危険だと感じました。リグルはあまり波風を立てるタイプではないと思っていたので、この行動はとても意外でした。博麗に見つかっても構わないか、人を喰ってもいい契約でもあるのでしょうか?
次回からの展開に差し支えなければお答え頂けると嬉しいです。
2.しゅうさ削除
twitterでの回答ありがとうございます。
忙しい中とても失礼だと思ったのですが、自分の中でとても引っかかる所だったので、質問をしてしまいました。
体に気をつけてお過ごしください。
3.性欲を持て余す程度の能力削除
やっばい!今回(いや毎回楽しめているのですけど)めっちゃ面白い!サユリがやっぱり文に思えてしまうけれど、道くんの声に反応してしまったのはキャリアとなってしまったからなのか、道くんが向こう側の人物なのかと想像が膨らみますねぇ。タイトルに入る同じ字面は彼のことなのか、気になるところです
資料館の外観や内観もそうですがイメージを掴みやすくて、淀みなく解説される阿波戸の歴史は読んでいて楽しく、サユリの科白や道くんとのやり取りも合わせて面白い。佐久間医師や芽殖孤虫などのキーワードを新たにきな臭い雰囲気が増してきて、傍観者として彼女の身を案じる思いはあるけれど、深入りしつつあるサユリがどうなるのか、はらはらとドキドキが止まりません
天狗の縦社会がうかがえる天魔宮でのやり取りもかなりツボでした。ああいう身分が違うのに妙に解り合っている者同士の会話大好きです。現場とお上の受け止め方の温度差は腐った身分制度が浮き彫りになっていて、そんな社会だからこそしたたかに、そしてためらいなく動けるのだと感じました。目的のためにはなんでもやる文の裏の顔について椛はどう思っているのか(そも知っているのかもわからないですが)、やきもち妬いちゃうくらいだから内心快くは思ってないのでしょうけど。椛の身の上をつつかれて熱くなるあやや好き
三十路を過ぎた女は最初だれだろうと思考しましたがただのエネルギー源のようで。しかし自分から羊水腐ってる言っちゃったり寄り目で感じてるおばさん、なかなか興味深いものですねぇ……浴衣を着込んだ年上の女性はその年齢でしか出せない妖しさがありますからねぇ、しかも相手が少年なのだから完全おねショタですよたまりません!(年の差カプ男女ともにほんと好き尊い)
少年性の残る子が男を催して力強く腰を振ってきたり体を貪ってくるのっていいですよね……アホみたいになって淫語連発しちゃうほどに感じすぎな体は、発情効果のあるなにかをリグルが分泌したのでしょうけど、これって幽香やローリーみたいな妖怪組には効かないのかしら(リグルに屈伏させられるゆうかりん好きうへへ)
いずるの名前を出したからやっぱり幻想郷内で狩った感じですか。油断してひとけのない場所に連れて行かれる時点で人間側のミスですよねぇこれ。体外消化(?)で感じちゃってるのさまは吸血気を思わせて、だるまになっても快感優先な異常感は、なんていうか……その…フフ…下品なんですが……興奮、しちゃいましてね……(変態)
みすりぐコンビの通信会話や機械的能力は筋書きの雰囲気を引っ提げていて、読んでいて楽しい(少し違うところは管理者だったいずる現リグルが前線に赴いていることでしょうか)。登場の仕方が間抜け過ぎたキスメですが(だってドップラー効果とか卑怯すぎますもんw)、彼女とのバトルがこれまたやばすぎるくらいに心躍らされました。音珠機能格好良すぎません?原作で使いたいんですけど!ルーミアやチルノも後援システムあるのかしらとかめっちゃ妄想膨らんじゃいます
本来の姿で加速して見舞うキックは格好いいのに、詰めが甘いところが彼らしいなぁとも(そも地底妖怪が基本強力なだけなんですけど)思いましたw(そのあとちゃっかりのろけてるし!)
ついに邂逅を果たしたヤマメの強キャラ感が事を穏やかに済ませてくれない気がして不安ですねぇ…天狗の反乱が起きているのでローリーが心配です(だって彼女ったら幸薄いんですもの!泣)。面識があることとその口振りから花鹿と従者がふたりなのだとあたりがつきましたが、以前のふたりになにが起こったのか、紐解かれはじめる過去に注目ですね
謎の病と彼女は関係があるのか、繋がりがあるのであればなぜそうしたのか、また外界との関連も気なるところです。《ざぐとみ》や化身などの存在もあるのでまだ彼女の犯行と決まったわけではないのですが。佐久間巴かその怨念が化身して《ざぐとみ》となったのでしょうかなどなど疑問が尽きぬ深さですが、この物語の行く末を見守りたいと思います
今回もとても面白くて数日かけて楽しめました(読むの遅い)、ありがとうございました(次回の投稿が待ち遠しい!)
誤字脱字報告にて終わります↓

扉の傍には黄ばんだ樹脂板に古めかしい自体の黒文字で→字体
それ見る限りは当時としては結構美形にはいったのではないかと思う。→それを?
言ってしまえばいあって普通の空き部屋だ。→いたって
趣味の方が大切という人間もこの世に入るのだから、→この世にはいるのだから?
社会的地位を再仮想に貶められたとはいえ、→最下層
士気はは高く実際に鴉による隔離網に穴を穿ったのだから戦闘力も高いのだろう。→「は」の衍字
少年呼ぶに相応しい齢位の男が立っていた。→少年と呼ぶに?
少年は女を手近な気に押し付けた。→木・樹に
ついに妊娠したしないままこの年になってしまったイキ遅れ牝は、→妊娠すら?
かつ急に方向転換が会ったときに後退できる空間を確保した位置で一旦停止する。→あったとき
言い訳程度の防御のような姿勢を取るが到底降下は→効果
その色の真っ黒い射命丸がこの天魔級に出入りできることは→天魔宮

ここからは少し自信がない部分で…↓

「ほんとにただの書庫です。蔵書は医学系によりも→医学系よりも?
急に毅然と、どかしどこか苛立たしげな態度で言葉遣いを乱す。→どこか?(方言だったり私の知識不足だったらごめんなさい汗)
気分が高まりどちらかともなく目配せをすると、→どちらからともなく?(こちらも私の知識不足かもしれませんので違ったごめんなさい汗)
4.性欲を持て余す程度の能力削除
無害っぽいムーブをしていようとリグルは妖怪、人を餌食にすることもある……こんなエロく食べるとも思っていませんでしたが。
まだ災害の真相も、それにリグルが関わっているかどうかもわからない。先が気になります。
文は以前はリグルの怪しさを椛に語っていましたが、白鴉天狗への説明ではリグルたちを素直と言っている。この辺りは文自身も今までのリグルの言動を知っている上で、それでいて「今までがそうだったとして今後どうかはわからない」と怪しんでいる感じでしょうか。根が深そうな今回の話に対して正確な情報をつかめるかどうか、下手をすると文自身も危なそうですね。