真・東方夜伽話

雲わく道に山居の命①

2018/01/09 02:54:37
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雲わく道に山居の命①

みこう悠長

読まないでください

§§§

 故に私は、彼女の肉を食べたのだ。あんな風に幼くまだ私の腰辺りまでしか背丈の届かない女の子を私は、頭の形がなくなるまでバットで殴り、殺した上に殺し重ねるように殺し直して、動かなくなった新しい肉を貪るように胃に押し込んだ。特に場所は気にしていなかったと思う。手についた血濡れや肉感を覚えて、その感覚の概念自体を裡に取り込みたいと思うような、そんな強迫めいた「食事」を私は今まで経験したことがない。
 口に運んで飲み下そうとも、咀嚼したって味なんて、わからなかった。その時の私にはまるで正常な感覚が失われていたのだと思う。衝動的なもので、焦燥的なものだった。食べなければいけないという強烈な強迫があり、欲求があった。味覚は不要と判断されて脳はその情報を遮断していたようにも思える。何一つ、味覚について覚えていない。但し、歯で肉を裂き削いで噛んだ口内の感触は今でも鮮明に思い出せる。なにより、その肉を食べたという事実についてはコレ自体がショッキングな出来事であることを差し引いても異様に鮮やかに記憶されている。
 何を馬鹿なと笑うだろうが、目の前で白い手足をはためかせて、桃色の声で笑い、透き通った瞳で私を見た小さな小さな女の子を見て、この肉を食わなければ死んでしまうと、疑いなく思っていたのだ。人間、死と天秤されれば大概のことはやるものでしょう? そのとき、私は何故かそう思い込んでいたのだ。本当に死んでしまうと。信じてほしいとは思わない、今自ら回顧しても信じ難いのだから無理もない。でも、記憶だけがまるで、ドキュメンタリ映像の冷めた客観のように頭に残っている。この記憶が私のものではないと誰かに証明して欲しいくらいだ。
 スピリチュアルだ、内的宇宙だ、というのを私は懐疑的に見ているけれど、それでも誤解を恐れずにことばを選ぶなら、まるであの女の子は私にテレパスで、自分を食うように言っていたように思う。何かに導かれ、誘われ、強要されるように、私は彼女の肉を求め、食べた。重ねるようだが、そうしなければ死んでしまうという強迫があった。理由はわからない。

 これは、当時の理解し難い精神状態をして私自身の責任能力の欠如を訴え減刑を図ろうとするものではない。
 私はこれからそれを、証明する。
 だが、一つ気になることがある。それは、彼女の肉を食った私の、

【囚人の手記はここで途絶えている。何度か何らかの文字を続けようとした形跡はあるが、それらのいずれも追加の意味を成すほど続く前に横線で打消され、そのままとなっている】



§§§

――おはよ、朝だよ?

 耳元で囁く声が聞こえる。この声は知ってる、彼女は別に耳元に口を寄せなくたって、こんなふうに甘い囁きを耳元に置くことが出来る。でも、目を開けると彼女は本当にすぐ傍にいた。声を遠くに送ることはできても、この心地の良い体温を送ることは出来ない。

「ぅん……おはよう」

 眼が覚めた? の代わりに、寄り添う彼女の柔らかい唇が、肩に触れる。ボクの目が開いたのを見て、彼女は頭を潜り込ませるみたいにボクの懐に入り込み、ついばんだり唇を滑らせたりしながら、喉元、顎、ほっぺ、そのまま唇へ。その頃には彼女の体は上半身がボクの上に乗っかっている。朝からすごく切なそうな顔をしてボクを起こすのは、ローリー。一旦離れた唇が小さく「おはよう」と囁いて、もう一度重なってきた。すべすべなのにしっとりした肌の感触、体温、ふわりと漂う爽やかなのに甘い香り。ボクの肌にさらさらと触れる柔らかい髪の毛の感触。
 お互い、本性は夜行性なのに、今はすっかり昼行性のサイクルになってる。こうやって窓から差し込む逆光に輪郭を塗り消されてすごく近くにある、レースがちなキャミソール姿の彼女の姿は、すごく魅力的だ。アイドルのポートレイトのように綺麗でキラキラしてるし、同時にえっちで煽情的な情熱を内に秘めているようにも見える。朝起きるようになって、こんな愛しくて綺麗なものが見られるなんて、思ってもなかった。

「ん……歯、みがいてないよ」
「もうっ、おはよういちばんのキスが歯磨きの後、なんて、いやだよう」

 そう言ってもう一回キスを奪われた。ボクの唇に触れる彼女の唇は、いつでもしっとりぷるんとしてて可愛い。それが重なってるだけでも、どきどきする。

「りっくん」

 人型を取っていると、体内リズムが人間に寄ってしまう。昼に外向的な活動、夜には内向的な活動に向く。でも本性は夜行性のままで、どこかでそこにズレがあるみたい。まあ、なんていうか、言い訳は色々出来るのだけど、つまり。

「ローリーっ」

 起きたばかりなのに、陽の光でキラキラしてる彼女の姿が堪らなく素敵なのに、だのに、あんなふうに甘え仕草を見せられたら、今が夜みたいにオスのスイッチが入ってしまいそうってこと!
 彼女の腕を引いて浮いていた上半身を抱き寄せてもう一回、今度はボクからキスをしてしまう。受けてくれる彼女の口からは、どこか「まってました♥」を感じてしまう。唇はすぐに割れて歯の間にはもう待ち構えてたみたいな舌が、ボクの舌を迎えてくれた。舌を舐めようとすると、彼女の舌もボクの舌を舐めようとしてきて、そうやってどちらからともなくお互いに求め合うキス。鼻から抜ける彼女の吐息が、顔にかかってこそばゆい。鼻と触角には、頭を寄せる彼女の髪の毛からシャンプーの香りに少しの汗のそれが混じった匂いが伝わって来ている。ローリーの、演じてる女の子と生の女の子、両方が混じった香り。自分のものじゃない体温、しっとりしててすべすべの女の子らしい肌の感触。それに、口の粘膜同士で密着してる、煽情。

「りっくんからのキス……すごくドキドキしたよぉ」

 上半身を起こしたローリーが、自分の唇を指先で撫でながらコケティッシュな笑顔で言う。生地の薄いキャミソールとショートパンツの下に潜まった彼女の体が、ボクの上に馬乗りになっている。彼女の背後で、|ボク《・・》はすっかりその気になってしまっていた。

「朝だから、こっちも|おっき《・・・》、しちゃった?」

 手だけを背の後ろに回して、器用にボクのものを撫でてくる。もう、出来上がっていた。あんなふうに甘えられて、あっついキスをして、何より、香り。きっとあの香りをつけてる。男のボクにはあんまり良くわからないけど、すごく、|すごく《・・・》嗅ぎ慣れた香り。
 |鼻あたり《トップ》はリンゴっぽい香りがして、すぐに|爽やかな青臭さの瓜の香り《ミドルのキューカンバー》がなだれ込んでくる。それが胸元まで通るとウッディな|残り香《ラスト》だけがほのかにが漂う。どうやったらこんな香りのものが作れるのかさっぱりだ、女の子のマジックアイテムはすごい。
 ボクが香りに弱いのを知ってからローリーときたら、エッチなことを匂いと一緒にボクに刷り込んでくるようになった(幽香さんの普段使いを避けてか、薔薇やムスクの香りをローリーから嗅いだことはない)。エッチのときは必ずおんなじコロンしてるし、それをすごく薄めた、嗅覚が馬鹿にならないくらいの触角をくすぐるような仄かな香りを、たまに身につけるようになった。その「たまに」に気付いてしまうと、もう、ボクはだめになってしまう。ずるい。
 ぽふん、とボクの胸元に再び上半身を倒れ込ませる。彼女の耳の周りを覆うふわふわの羽毛が胸元を撫で、ふわりと、|その香り《・・・・》が鼻孔と触角をくすぐった。甘さは控えめで色気は抑え気味な香りだけど、元々好きな香り。その上エッチのたびにかがされて、ひどい言い方をすれば嗅覚調教されているものだから、それだけで胸のあたりがきゅんって高鳴って、ローリーにすごく、その、欲情してしまう。
 でも、本当に一番、自制が効かなくなる香りは、これじゃない。それは、絶対に秘密だけど。

「朝勃ち、処理したげよっか」

 したげよっか、じゃないよお。きっとローリーがしたいんだ。だから、香りを身に着けて布団に潜り込んできて。でもボクももう我慢できなくなっているのは確かで。

「しない?」
「……して」

 ちょっとローリーの顔を見られない、男なのに、女の子に「して」なんて。情けないけど、仕方ないじゃないかあ。
 ローリーが体をずらして降りたので、ボクは腰を引いて上半身を起こす。彼女は四つん這いで追いかけるように寄ってきて、股の間に顔を寄せた。もう、この仕草可愛すぎ。

「長くしたらやーよ?」
「しないしない」

 上目遣いで鬢の後れ毛を耳の上に掻き上げる仕草で、少し頬を膨らせる。
 前にしてもらったとき、つい気分が乗りすぎて奥の方まで押し込んでしまったら、思い切り怒られた。でも知ってる、えっちでとろとろになった頃なら、長くしてても喉の奥まで飲んでくれる。すごく苦しそうなのにすごくエッチな顔でしてくれるの、もしかしたらセックスより好きかも。
 それより、お風呂入ってからにしたいような気もする。なんていうと、また野暮を怒られるんだろうか。
 ローリーの舌が、寝起きのおちんちんを皮の上からペロッと舐める。いただきます、って言う合図みたいな感じ。柔らかくしたままの舌でおちんちんを下の方から舐めあげてくる。うらっかわのスジにそって登って、皮の上からなのに亀頭の合せ目を正確に捉えて、そこから雁首の膨らみを舌で撫でるみたいに。そしてまた広げた舌でよこっちょへ。顔を横に回して口を広げて、おちんちんを横から咥えられる。唇と、ちょっとだけ触れる歯の感触、それにその間でせわしなく動いて唾液のヌルヌルをこすりつけてくる舌。
 それだけじゃない。フェラされてるときって、おちんちん自体の感触以外にも、いっぱいきもちいいのがある。太腿に当たる手や髪の毛の感触もすごく興奮する。お腹や腰のあたりを手で撫でられるのだって、すごく気持ちがいいの。横笛咥えで頭を太腿の上に乗っけてる姿勢だから、ローリーのサラサラの髪の毛とふわふわの耳羽毛が太腿に触れてくる。それに、横笛している側とは逆サイドや先端を右手で触りながら、左手がお腹や腰回りをサラサラと撫でてくるの。それだけでほんとに、ゾクゾク気持ちいい。

「♥」

 その状態で、ボクの顔を上目で覗いてくるローリー。ボクが気持ちよがってる恥ずかしい顔を見て、嬉しそうにするの、なおさら恥ずかしくなるよう。
 ボクが恥ずかしくて顔をそらすと、いよいよ体を起こし、大きく開けた小さい口で、全体を包み込んでくれた。少し高めの体温、口の中はあったかくて、ぜんぶがぜんぶあったかい粘膜がおちんちん全体に密着してくる。十分溜めた唾液が、皮の上を行き来する舌との間で粘る。唇をすぼめて亀頭の縁を往復しながら、皮の中に舌を入れてくるくるされると、紐で持ち上げられてるみたいに勝手に腰が浮いて、恥ずかしい声がでちゃった。

「うう、きもち」
「んふふっ」

 満足そうに上目に鼻声で笑ってそのまま、ねっとり唇と舌で上下愛撫される。ローリーの可愛い顔が、唇をすぼめて伸びるちょっと様にならない形になっていて、ちょっとだけ胸が痛む。ボクにはまだ可愛い顔を歪めさせてる支配感、なんてところには程遠いみたい。でもボクを気持ちよくしようとしてくれてるのは、どっちかって言うと幸せ感。そんで、それとは別に、おちんちんきもちい。
 皮の上から、すぼめた唇にくぽくぽと出し入れされて、腰が勝手に揺れてしまう。そのリズムと揺れを上手く乗りこなすみたいに、口淫でボクはすっかり手玉に取られている。皮越しにカリを弄ばれるもどかしさと、先端から入って亀頭を直接、でもちょっとだけ刺激してくる舌。

(もっと奥に入れたい、直接シてほしいっ)

 別に拘束されたりしているわけではないのだから、自分で剥いて彼女の口に押し込めばいいのだけど、なんだかそんな風にも出来ない。

「ふふ、剥いて直接なめて欲しい?」

 情けないかなあ、でも、ローリーはボクをちょっと意地悪に攻めるのが好きみたいだし、ボクもちょっとスイッチが入るのが遅いから、それに任せちゃってるところがある。それをわかってて序盤をリードしてくれるのは、甘えてるようでもあるし、これがベッドの上のコミュニケーションって気も、自惚れでなければある。
 ボクが、小さくなって(そっちがじゃないよ!)頷くとローリーは、ボクのおちんちんに指を這わせながら、意地悪に笑った。

「風見さんと付き合ってる間に、すっかりマゾくんになっちゃって。なぁさけないんだぁ?」
「そ、そんなんじゃ」
「じゃあ。りっくんは元々マゾショタくんなんだ?」
「と、としなんかほとんどかわんないじゃないかあ、ショタとかさあ」
「じゃあマゾ♥」
「うええ」

 正反対かと思ってたのに、幽香さんとローリーって似た者同士だったんじゃないのって、最近思う……。

「りっくんがマゾ豚さんだったなんて、私ちょっと引いちゃうな」

 またボクの上で横たわって、右手だけはおちんちんをシコシコとしごきながら、撫でるような息遣いなのに刺すような声を耳元においてくる。

「そんなんじゃないよう、ただ」
「ただ?」
「ただ、きもちいいから」
「やっぱマゾなんじゃない。もう、キモいよ、りっくん♥ あは、マゾとかキモイとか言われて、おちんちんまた固くしてる♥」
「それもちがううう」

 肩と耳の間に鼻先を突っ込んでくるローリー。でも手だけはしっかりボクのおちんちんを皮越しにシコシコし続けている。気持ちよくて腰が浮いちゃうくらい強く、射精まで導かないくらいに弱く。
 首とか肩とか、頬にいっぱいキスされて、明らかに痕をつけるつもりってわかるくらい強く吸われる。そうしてるローリーも興奮してるみたいで、鼻から抜けてボクの体にかかる息が強くなってきてる。寄り添って肌同士がくっついてる胸のあたりから、早くなった鼓動が伝わってきてる。

「いじわ、るうっ」
「くすっ、うそうそ。キモくなんか無いよ。だって……私だって、こんなんなっちゃってるもん」

 そう言って、ローリーはボクの上半身を押し倒し、立ち膝のままボクの体に跨って、そのまま股をボクの顔に寄せる。そのままキャミソールパジャマのショートパンツをショーツごと下ろすと、ピンクでふわふわの陰毛の下でぐっしょりに濡れた赤肉が蠕いていた。汁の量がすごい。おろしたぱんつの方にも染みができていて、彼女がワレメを更に指で広げるようにすると、熟れた襞の端に雫が生まれていた。彼女の中指はそれを器用に掬い取って、クリに塗りつけている。ぷっくり尖った肉芽は、まるで小さいおちんちんみたいに自己主張してる。

「私も、りっくんとえっちなことしたくて我慢できなくって、寝首を掻きに来ちゃったんだから♥」
「ボク殺されちゃうのぉ?」
「吸い尽くしちゃいたい」
「レミリア卿みたいなことゆってる、やっぱりボク死んじゃうじゃん」
「ええー? 吸血鬼さんに血を吸われたって、私の虜になっちゃうだけだよぉ」

 じゃあ、りっくんが、吸って? とローリーは、クリを人差し指で弄り続けながら膝をずらし、ぐっちょりと濡れたワレメをボクの顔へ一層近づける。「えっちなおひめさまのおおせのままに♪」と笑って、彼女の|腰《ぼんじり》あたりに手を回してそれを寄せる。ちょうどいい位置で下へ引いて腰を下ろすように促すと、彼女の柔らかく熱い濡れ肉が唇に触れる。
 酸っぱいような生っぽいような香りが顔と股の間の空間に充満する。決していい匂いではないはずのそれが、こういうときにはすごくソソる香りになる。たまらずボクは、ぷるっと濡れたそのお肉の端を、唇でついばむように食んだ。

「きゅ、ふっ!」

 声を抑えに口元へ逃げようとした手を、捕まえる。手首を掴んでいたけど、それは自然に指と指が絡む恋人繋ぎに変わった。指の股って自分以外の体温を感じることがないから、粘膜でもない体の末端同士の接触なのに、これってすごくドキドキして好き。
 唇の先を尖らせて押し入れスジを浅く割ると、じゅわ、とローリーのエッチ汁が流れ込んできた。舌ですくうそのままほぐれて濡れたその奥へ侵入すると、ひらひらした柔らかいお肉が迎えてくれた。付け根の方から舌先でなぞるようにすると、そこは熱くて脈打っていた。

「ふ、ぅつん♥ り、りっくん、もっと、オクっ」

 舌を伸ばして、奥の方まで侵入する。引いて、また入れて。それだけじゃなくって頭全体で彼女を股から押し上げるくらい強くくっつけてより深く。すごい量の愛液が口の中に流れ込んでくる。バキュームしてあげると一層量を増し、彼女が腰を引いて少し逃げたので、逃さないよと顔を前に出して吸い付いて責め続ける。舌を引っ込めたときにいっぱいの愛液の味を確かめると酸っぱさはなく、キツイくらいの女の子風味。

「はふ、ん、はふぅっ♥」

 彼女がどんな顔をしているのかわからないのが惜しいけれど、声を聞く限りは|いいかんじ《・・・・・》らしい。ボクはもう一つ悪戯をすることにした。

「えっ、それ、っ、あっ、それ、初めて……ふぅううっんっ!」

 口はクンニをする一方、触角で彼女の陰核を探り出して突っついてあげる。突っつくだけじゃなく左右から挟んだり、こよってあげたり。ボクの触角は柔らかい組織じゃないから少しずつ、でも彼女の反応がいいから、ちょっと強めにしちゃう。

「やっ、やあぁっっん♥ 触角、ザラザラで、固くてっ♥ すごい、それ、それすきっ、りっくんのそれ、ずるい、すきぃっ♥」

 膝が笑って腰が溶けそうになる彼女の腰を捕まえて、ふわふわの尻尾羽毛に手を埋めて温かい感触を楽しみながら、徹底的に虐めてあげる。

「ああっ、あっ、あっ、にがしてくれにゃいっ♥ 捕まっちゃった、りっくんに、さっきのイジワルの仕返しされちゃうっ♥ リバられちゃうっ♥」

 ローリーが手を離してボクの頭を押し離す、見上げるとそこには最高に物欲しそうに目に涙を浮かべ、鼻の下を伸ばして半開きの口のローリーの顔があった。

「もお……ほしいよお」

 でも、だめ。彼女が離して空いちゃった手を股に持っていき、ひくついて内側は締め付け蠕動さえ始めている膣の中に中指と薬指を入れる。入り口はすんなり、でもヒダヒダを通り抜けた奥の方はもう食いしばっている、ざらざらの壁が固く締め付けてきていた。本気モードになって白っぽい愛液で糸を引く膣を押し広げて、奥を細かく激しく動かして虐める。

「はひゃあっ!? らめ、だめもうっ! そんな、しょんなおく、はげひくされ、うきゅうううっん♥ ごめんなしゃい、いじわゆ、ひて、ごめんなひゃ、んオぉっ♥」

 ぐずぐずになっていくローリー、もう片方の手ももう繋いでいる余裕がなくなって離れてしまった。でもそのかわりボクはそっちの手を伸ばして彼女の胸の膨らみを包み、無遠慮に乳輪ごと乳首を摘む。

「ぅぅううっっ! ちくちくっ、びりびりっ、しゅごっ、いっ!」

 ぐちゅぐちゅぐちゅぐちゅ、撹拌機じみた激しく細かい水音が膣の奥から響いて、愛液が飛び散った。二本指で膣内をこすってかき混ぜる一方で、親指も細かくクリを虐めている。もっと早く、激しく、それに、深くまで。
 膣内では、ナカを刺激して回る指と、食いしばって締め上げる膣肉がせめぎ合っている。でもその拮抗が余計に手マン快感を増幅しているみたい。抜く動きには名残惜しくオマンコの肉全体がくっついてくるみたいに伸びる、押し込むと喜んで愛液を押し漏らし膣の肉はぎゅうぎゅう指を締め上げてくる。指をバタ足させて空気を混ぜて、二本揃えておへその下のお肉を内側からこそいで、奥まで押し込んでは腕全体で細かく揺する。

「おっほぉぁっ♥ ナカが、ナカがあわだっひゃってゆ♥ おまんくぐっちょんぐっちょんで、マン汁どばどばしへっ♥ りっく、もうらめ、もうらめっ! とろけマンコにいきなり強烈手マンっ♥ ほぉっ、んほぉおおおっ♥ らめらめらめだれだめりゃめっ♥ いく、いくいくっ、いっちゃうぅっ♥ りっくんだめ、わたしもうだめ、い、イく、イくイくイくイくイくイくっっっっっ、いぐうぅううううぅうぅぅぅっ♥♥♥」

 普段は綺麗で人を魅了する歌声を紡ぐ喉から、信じられないほどのまるで下品で悲鳴じみた淫叫が溢れ出た。細いウエストを反らして、細い喉すじを曝け出して、おへそをひくつかせて尻尾を強張らせながら、絶頂をキメている。間もなくして、彼女の膣をイジメ抜いた掌に鋭い感触が二度、三度と走った。潮を吹いている。

「ヲ……ん、ヒっ……♥」

 尿道から潮を吹きちらしながらびくびく細かく震えているローリー。潮吹きが終わるのと同じくして、ふわりとボクの方に倒れ込んできた。目を閉じたままボクの上で荒い息を刻んでいる、熱いと思うくらい体温が上がっていて、心臓が細かく跳ねているのがわかる一方で、体全体は今は弛緩していた。

(や、やりすぎちゃった、カナ)

 荒い呼吸をなんとか収めようと暫くボクの上で、ボクの肌を触ったり髪を指でいじったりしながら、でも目を合わせてくれないまま横たわっているローリー。やっと顔を上げてくれたと思ったら、ちょっと、不満そう。おこって、る?

「……私がりっくんの朝勃ち解消に来たのにい。私がイカされちゃったよぉ」
「はは、ローリーが可愛すぎて♥」

 そう言って彼女の頭を引き寄せて、真っ白なおでこに一つ口づけする。

「じゃあ、こんどは、ちゃんとするね!」

 すると、がば、と起き上がって元気いっぱいみたいな仕草で言うものだから、まあつまりボクもお預けだったものだから、結局朝日に照らされた明るい部屋でがっつりセックスしてしまった。
 おはよう、ってもう一回お互いに言い合った頃にはお昼ごはんだった。





「ああ……朝から出かけるつもりだったのに、ローリーに溺れてしまった……」
「えっ、お出かけの予定だったの!?」

 実は。別に急ぎの用というわけではないのだけど、理由が理由だけに苦笑いしか出ない。

「ご、ごめんね、ちゃんと私が手際よくヌいてれば」
「いやちがうとおもうなー。」

 二人で一緒に住むようになってから、ローリー、すごくエッチになった気がする。男のボクが気圧されるくらいなんだけど……。

「どこいくの? 今日、仕入れだっけ?」
「んにゃ、ちょっと、気になることがあって。こないだ、地震があったじゃない」
「ああ、地面に大穴空いたやつ?」
「ちょっと気になることがあってさ」

 一応、ボクは虫の|眷魁《おうさま》って立場もあって、幻想入りしてきた新しい虫さんを迎えに行って、幻想郷内の適切な住まいに連れて行ったり、好適な地域がなければ幽香さんにお願いして作ってもらったりする(それを幽香さんが博麗へエスカレーションして、乾坤の神様に依頼することもあるみたいだけど)。幻想入りしてきた者を再度追い出すことは界面法則から許諾されないし、恣意的な理由で根絶されることも許されていない。これは幻想郷に大きな懸念材料を残しているけれど、今のところなんとか運用され続けている。虫の眷属は『今は』生態系的には下位に属すが、それを根底から覆しかねない存在であると認知されていて、きちんと住まいを用意する方針になっているのだ。で、当然ボクがその担当になっている。

「最近、あの穴からこっちに入ってきちゃう子が多くって、一応はみだりに出入りしないことになってるんだけど、虫たちはそうもいかないんだよねえ。なんとかしないとまずいんだけど、あの穴って開いたの天狗の領域だから、出入りが面倒くさくって。なんとかしてくれーって。」
「あの穴って、奥そんなに深いの? なんか館が一つあったって聞いてたけど」
「だいぶ大きい、っていうか、|天道《せれにや》とおんなじだってさ」
「えっ、月とおんなじ大きさあるの?」
「わかんない、通り抜けたら月より大きいのかもしれないけど、その辺は全部おカミが気にすることだから、ボクはわかんないよ。ただ、地底からこっちに入ってくる虫については、ボクがなんとかしなきゃいけないから」
「そっかあ、大変だね」

 天狗には一人だけ、ちょっと良くしてもらえてる知り合いがいる。まずはその人に会いに行って、って感じなんだけど……この時間でも大丈夫かなあ。不定休に勤務時間も不定だって聞いたしなあ。

「どっしよっかな、今から行ってみようかな」
「りっくん」

 ボクがこれから間欠泉か天狗の居場所まで行くとしたらどれくらいかかるだろうかと計算していると、ローリーが真面目な顔で言う。

「ん? 大丈夫だよ、今日は天狗さんと話をするだけだから。そんな深刻なことは」
「……ごはん、冷めちゃった」

 そういえば、朝から放置されていた。



§§§

 彼女がそれを見つけたのは、夜も更けた頃になってのことだった。短時間滞在で客を取っていたはずなのに客が出ていかず、本人も降りてこない内にチェックアウトの時間を過ぎたから、隠し階段を登った二階の宿泊室の様子を覗きに行ったのだ。
『青線』と呼ばれているこの地域は所謂風俗街でこの店はその『青線』にあった。公娼制度が改正されて以来、この店に限らず『青線』では本番は禁止されている、しかし店の言い分はこうだ。『男女間の自由な恋愛沙汰を禁じる事迄は、店では出来ない』と。一夜の内に落ち、夜明けとともに冷める恋も、この街では大いにあるだろう。

「ハコ、ちょっと」

 ハコ、とは今日この店で客を取った女の子の名前だ。もちろん本名ではない。『青線』で春を売る女の素性など、誰も深入りはしない。金を払ってこうした宿を借り、客を取って体を売り、その利ざやで生計を立てる女の事情など、知って面倒事に巻き込まれることこそあれ、ろくなことにはならないのだ。まして『赤線』で制度に則り個人事業主として正式に性を商っているのでも、『青線』の既存の娼家の血縁者でもない娼婦の素性など、誰も知ろうとしなかった。

「ハコ、時間よ」

 様子を見に来たのは、美人なのだろうが濃い化粧で誤った方向に補正している、といった女性。この店は『青線』の黙認売春宿であり、この女性はこの店の主だ。
 彼女自身はもう性で客を取ったりはしない。一階のバーでスナックを経営し、隠し階段を登った二階には売春宿を営んでいる。つまるところ一階は、性サービス店のウェイティングバーのようなものだった。元々公娼制度に基づいた売春宿街であった現『青線』地域は、突然それを取り止められた背景もあって、既存の娼婦とその家族についてはその商売の継続が黙認されており、こういうケースのバーやスナック、クラブでは、こうした隠れ売春宿を営む業態は少なくない。また、こうした『青線』には一般的に背景に暴力団や自治会、政治団体あるいは宗教組織といった組織が存在しており、そうした裏の社会を取り仕切っている。無法地帯とは言え、違法風俗店が潜在化できる程度に一定の秩序を保っているのは、そうした裏の組織が自らに有利な秩序を敷いている為だ。
 この女宿主人も昔は売春婦であって、今はみかじめ料を納めて売春宿を経営している、ということだ。そして、上の階で性を売っているハコと呼ばれるのは、本来ならばその娘ということになる。それでなければ『青線』の慣例にも反し摘発を免れないからだ。

「次の客が入ってるのよ。お客さんも、そろそろ時間だから出てちょうだいな」

 女主人が次の売春婦と客を下のバーに待たせて粗末な立て付けのドアを開けた。ふたりとも寝ているようだった。男性客の上に、女が乗っかって横たわっている。

「お客さん、ハコ、おきなさいな、ちょっ……」

 だが、なんだか様子がおかしい。
 女主人はすぐにハコを男から引き剥がして引っくり返し、顔を覗き込んで頬を叩いて、体を揺すった。この時点で女主人は状態を悟ったようだ。というのも、男は仰向けに倒れ舌を出したまま瞼が開きっぱなしなのだ。声をかけても反応がない。大きく揺すっても反応がない。その辺の家具などを触れたときと同じく気温と同じ程度の温度しか感じない。明らかに。

「……ちっ、やっぱりかい、この娘」

 死んでいた、二人共。
 男は下半身をだらしなく晒したまま仰向けになっている。顔は青く鬱血していて、喉元に強く圧迫されたような後が残っている。男は、ハコに首を絞められたのだろうか。だが大の大人の男が女の子に首を絞められて窒息死するまで引き剥がせないなど考えにくい。何より、首を絞めた方も一緒に死んでいるなど合点の行く状況が想定できない。
 ハコと呼ばれた売春婦の見開かれた目の下には、慢性化した隈が色濃く、肌の色も少々土気を感じる。体の至る所に痣があり、それとは別に、太腿や背中に白い吹き出物のようなものが目立つ。どうみてもまともな体ではなかった。腕には治りきらない内に少しだけ位置をずらして何度も何度も針を刺したような傷跡があり、それは両腕ともだった。
 ハコはいわゆる『養子』と俗称される売春婦で、女の本当の血縁ではない。血縁者を装って売春宿に住み込みで働く法的にも違法で、裏社会の慣例的にもアウトなやつだ。

「まったく、余計な出費。もう少し早くクビにすればよかったわ」

 女主人はかねてよりこのハコという女がまともではないことを察していたのだ。この娼婦がそもそも本名を避けて『養子』での売春行為を、『青線』でなんかしようということもそうだが、見た目から明らかにまともではないことはわかっていた。締まりのない顔は蒼白で、言動から見える躁鬱の差が激しい。典型的な薬物中毒患者の顔つきをしていたのだ。
 顔の作り自体はよく華奢な体(それもクスリのせいだったのだろうか)もあいまってそういう女が好きな男に売れたらしい、稼ぎは良かったが、ヤク中で面倒を起こす前に適当なタイミングでクビにして手切れを図ろうとしていた矢先のことだった。

「やっぱりヤク中女の養子なんて取るもんじゃないわね」

 苦々しい表情でふたつの死体を見下ろす女主人。死因などわからないし、どうでもいいことだ。どういう状況で死んだのかも。ただ、この死体がここにあることだけが、問題だ。女主人はとっととこの死体を処分することを考え始める。下には次の客を待たせているのだ。
 携帯電話を取り出して、女主人はダイヤルしていた。

「お世話様、『ルーシーダイアモンズ』だよ。……火車を出してくれない? ふたりぶん」

 女主人はそんな感じの電話をしてから、ウェイティングバーの客には別の宿を手配した。

 1時間ほどして、店の裏口に車がついた。



§§§

 民俗学は立派な学問だ、という方もあるかとは思うが、私の研究というのはそういった高尚なものではない。研究者の知り合いはいるが私自身は大学に籍を置いて研究しているわけでもない。ただただ、野次馬根性と好奇心、興味本位で見、聞き、集めては悦に至ると、そういうわけであるから、趣味が良いとは言えない趣味だと思うのである。
 運良くさほど待つことなくやってきた路線バスは前乗り前降りの、乗降口が一つしかないマイクロバスだった。これを逃すと明日の朝まで来ないというんだから、乗ることに躊躇はなかった。もとより準備は万端のつもりだ。

「|阿波戸《あわと》行きのバスは、これでいいですか?」
「ええ」

 運転手の男は妙にぎらついた目を私に向けて、ぶっきらぼうにではあるが教えてくれた。

「このバスは|阿波戸《あわと》とここしか止まらないから」
「直行送迎バスというわけですね。ちょっと贅沢」

 研究というものはいずれもそのような側面を持つものであるが、未開の領域にずかずかと足を踏み入れる行為とも言える。領域を侵犯し、別の理を持ち込んで異なる物差しで測りなおす行為である。別の価値観を持ち込んでレッテルを貼る行為である。そう考えると、研究という行為は、いずれであってもあまり趣味のいいものとは言えないのではなかろうか。

「運転手さんは、|阿波戸《あわと》の方ですか?」
「ええ」
「おうまれも?」
「はい」

 発車まで時間があることと、他の乗客が全くいないのをいいことに、私はそのフィールドワークを兼ねて、運転手に会話を持ちかけた。
 だがどうにも返事はぶっきらぼうで、不機嫌な様子が否めない。やはり、歓迎されていないようだ。そうした土足での侵入を快く思わない領域というのは存在するのだろう。民俗フィールドワークというのは頓にそういった傾向が強い。それは単純に、相手が人間であるからそう感じされるだけであって、物言わぬ者たちもおそらくはきっと、そう考えているのに違いがない。
 物言わぬ者たち。例えばそう、虫とか。

「蛭子神を祀る神社があると聞いてきたんですけれど」
「あるよ。」

 ええ、それはわかってるんですけれども……。むしろそれが目的なのだから。取りつく島もなくなってしまい、私は「それを見に来たんですよー」と愛想よく返してから、おとなしく席について待つことにした。相手の愛想が悪いからとこちらも不機嫌になっては、負けも同じである。

 私が運転席と運賃箱の横を通り過ぎて席へ向かおうとするその時、運転手の男が突然、私の手首を掴んだ。

「えっ」

 男の手は、異様なほどに節くれだっている。関節部分とそうでない部分の太さの落差が激しい。痩せこけているというのとも違う、まるで木の枝とこぶのようにさえ見えた。関節の病人の指でもこれほどにはなるまい。だというのにその手にこもった力は想像以上に強く、まるで振り払えそうにない。体温が高いのか、掴まれた手首がちりちりとした感覚を伝えてくる。
 何? 私をどうしようっていうの? 腕に力を入れるが、運転手の力はそれ以上に強く、全く離してくれないようだった。

「な、なにか!?」

 私は運転手の顔を見る。先ほど異様にぎらついている、と感じたその眼の瞳、黒目部分の光沢は、何か普通の輝きではない。水にぬれた柔らかい球体の輝きが、本来瞳にはあるはずなのに、男の目にはそれがなく代わりにあるのは繊維状に格子が行きかう細かい光の粒。薄気味悪い、関節病で変形寸前とさえ思える手と相俟って、私は背筋が凍る思いがした。

 だが男が口にしたのは

「お代」

 男は私の手首を掴むのと逆の手で、フロントガラスの上、前ドアのすぐそばの空間を指さしている。そこには3駅分だけの区間表示が解放されていて、両端にここ「牛音」と目的地の「阿波戸」の文字。それに、340円の表記がされていた。

「先払いだから」
「あっ、はい、すみません」

 私は何を驚いたのだろうか。バス運賃が前払いであることは、バス停の看板にも書いてあったしそれはちゃんと読んでいたのに。
 大体、人を見て薄気味悪いだなどと、私はなんと失礼なことか。自分を責める。

「この手が気になるかい?」

 運転手が投げてきた言葉が意外で、同時に図星でもあり、私は取り乱す。だが、そこで取り繕っても仕方がない。相手が切り出してきたのなら、こちらも正直に答えるのが誠意というものだろう。

「すみません。お気を悪くなさったのなら、謝ります」

 私が頭を下げているのを見て、運転手は一旦息をついてから、言葉をつづけた。

「『らい』でね」
「らい……ハンセン病ですか」
「ウチじゃ|辛痕《つらあと》って呼んでる、あんたの言う病気とは違うかもしれない。」
「はあ」

 もともと「癩病」とは皮膚病広範にわたる総称である。それがハンセン病の認知とともにその呼称へ収束していった訳だが、元来の「らい」という意味で言えば、実態として別の病気を指す場合も現れる。彼が言うに、それが「辛痕《つらあと》」というらしいのだが、そんな病名聞いたことがない。むしろ運転手の手の関節の様は、リューマチにも見えた。

「ハンセン病ではないんですか?」
「さあ。他の土地の医者に見せたことはないからな」

 まあ、彼は医者ではないだろうから詳しいことはわかるまい。私とて、あの場で専門知識を並べられたらやはりわからなかっただろう。愚問であった。

「……発車まであとしばらくあるから、のんびり待ってな。出てからも30分以上ある」
「はい」

 私はおとなしく座席で待つことにした。レンタカーを借りて行こうかとも考えていたが、こうした会話ができることは貴重である。調査の一環としてみなすなら、これも悪くはないだろう。ああしてバスの運転手をして日常生活を送っているということは、少なくとも日常生活に支障をきたすようなものではないということだ。あまり気にしても仕方がないことだろうか。

(さて、|阿波戸《あわと》についたら、阿祖神社、調べ倒すぞー)

 そう今回のフィールドワークは、|阿波戸《あわと》地区にある『阿祖神社』という神社の調査がメインなのだ。|阿波戸《あわと》がアウト・カースト集落だった可能性は、あくまで可能性に過ぎないが、その説に味付けをしてくれるかもしれないのが、阿祖神社の存在だった。蛭子神(≠恵比寿神)を祀っているとのことだが、どうにもそれでは符合しない点が多いので、直接調べに来たというわけだ。
 夏ともなれば、エンジンが止まったままのバスの中というのは暑いものである。私はカバンから扇子を出してぱたぱたと仰ぎながら発車時間を待った。

 バスが通じているというのは、しかし予想外であった。|阿波戸《あわと》は、私の下調べでは、明治以前のアウト・カースト的な流浪民が定住化していく過程の中間的集落で、最悪、インフラが欠如していると考えていた。自治体に属してはいるがライフラインから切り離され、電気や水道が通じておらず日光と井戸水、農牧の自給自足によって生活が保たれている可能性もゼロではないと、キャンプにも近い装備をしてきた。だが、バスなど通っているならこれは全く杞憂であったようだ。私はリュックをどっかと席に下し、自分はその隣に座る。他に乗客がいないのだもの、荷物に一席与えたって、悪くないわよね?
 運転手は自らの手を「らい」と自ら称していた。|阿波戸《あわと》は、当時の政府非公認のハンセン病患者の隔離コロニーだったのかもしれない。所謂被差別部落の中でも部落解放同盟に参画せず隠遁を続けたことによる、取り残された集落という前提で取材に来たのだが、少し様相が違うかもしれなかった。
 とはいえ、この現代において立ち入り規制がされているわけでもないのだから、伝染病が蔓延した地域、というわけでもないはずだ。仮に彼の言った「らい」が想定通りにハンセン病なら、|阿波戸《あわと》は仮にも|牛音《うしおん》市の一部なのだからそのことは伝わっていて、既に治療を受けている筈だ。
 何より、私がここに来たのは、この土地のそうした風土が早晩失われ歴史が発掘不能な闇の中に埋没してしまうかもしれないという焦りのようなもののためだった。使命感と言うと流石に言いすぎかと思うが、当たらずといえども遠からずといったところかもしれない。
 |阿波戸《あわと》には最近、民間資本が入ったと聞いたのだ。それがただの商社や投機目的の不動産購入ならどうでも良いのだが、温泉を掘るというのだ。富士山麓で元々温泉があっても不思議ではない場所だが、|今日《こんにち》もう掘り尽くされた感があった。だが|阿波戸《あわと》を内包する|牛音《うしおん》市は元々財政的に汲々としていたこともあり、企業が誘致されたのではなく、自治体そのものに民間の資本が入ったのだ。かなり異例のことで一部では自治体の民営化の始まりと目して経済新聞で小さく取り上げられたが、不自然に小さい記事になっていたのを覚えている。
 もしここが急に温泉の町になるというのなら、今までとは違う人の流れが起こる。この土地に古くから残る因習は消え去ってしまうことだろう。私はそう思い、やってきたのだ。
 まだ、大きな変化は起こっていないようだ。|牛音《うしおん》市からバスが出ているとは言え、間に何の停留所もないのを見ると、もとの田舎町の色を残していそうに見える。

(予想より調べることが多そう)

 そんな風に、これから数日間のフィールドワークに期待を膨らませていること、ようやくバスは発車した。

「毎度ありがとうございます、このバスは13時41分発|阿波戸《あわと》行きです」

 バスのアナウンスは拍子抜けするほどに、都市部で聞くものと同じだった。もしかして、全く普通の街なのではないか、それも含めて私は|阿波戸《あわと》がどういった性質の群落であるのか、興味に胸を膨らませながらバスの中からの風景を眺めていた。

 しばらくは|牛音《うしおん》市管轄の市道として普通の舗道が続いていた。やがてアスファルトの舗装は白線が消え、ひびが入り、ガードレールも姿を消す。一本道なので信号機はもとより存在せず、やがてはひび割れた路面と縁石だけの道となった。それ以外は終始木々が視界を遮り、他に見えるのは山壁だけ。流れる車窓の中に、最近では滅多に見ない、「その他の注意」を示す「!」の標識がある。黄色と黒のコントラストは注意を引くが、その!マークの下部の円形が妙に気になった。気になっただけで、なんだと言うわけではないのだが。
 だがそれ以上にはしばらく何もない。これは窓の外を見ていても退屈なだけであるなと思いつつも手持無沙汰にぼんやりと窓の外へ視線を放っていると、ふっと、道なりにぽつねんと佇む一本のバス停があった。かなり古いようで、茶色く錆に侵されているのが遠目からでもよくわかる。

(このバスは|阿波戸《あわと》直通だったし、昔は他にもバス停があったのかしら)

停留所には「淡」と書かれていた。なんと読むのかはわからない。そのそれまで一直線だった道路はそこでト字に分岐しており、山深いその向こうへと続いている。木々が日光を遮りその向こうに何があるのかは見えなかったが、かつてはその方にも民家があったのかもしれない(今でもあるのかも知れない)。あるいは、|阿波戸《あわと》の方からであれば別のバス路線が存在するのだろうか。地図にも記されていない集落に、別のバス路線などというインフラが備わっているとは思えなかった。そういえば、バスの料金表、と思い顔を上げる。バスの料金表示には、両端の真ん中に、もう一か所停留所を表示できるようになっていなかったか。
 料金表には、確かに3か所の空間があり、両端は阿波戸と牛音だ。間には、よく目を凝らすと確かに「淡」という文字が消された形跡がある。廃止されたバスターミナルらしかった。

 ふうん、と思いながら、私はそれを手帳にしたため、既に遥か後ろに流れてしまったバス停を私は目で追いかけ、再び|阿波戸《あわと》までの時間を待つことにした。



§§§

「あの辺は里もないし、深山の妖怪達もほとんど立ち入らないからね。|警邏組《僕等》もなんとなしに避けて通る場所だ。当然ヒトのテリトリではないし、でも山の一部だとも、正直言い難い」
「ふうん」

 天狗というのは山の周辺全てを隈なく管理しているものだと思っていた。|夢幻伯《幽香さん》が博麗の敷く封建的体制に組み入って、花畑と夢幻館の周りと、神奈備との辺境を管理しているのと同じように、あの間欠泉の周辺も、天狗社会が目付を置くとかして管理をしているものだと。そういえば幽香さんだってお店のまわりはほとんどボク任せじゃないか、そんなもんか。

「それが、どうかした? キミがあの辺に興味を持つなんて、珍しいね」
「あの日以来、こっちに出て来る子が多くって。ちょっとこっちの子たちとわけが違うから」
「|あそこ《穴》から来る虫?」
「うん。ホントは行き来しない盟約なんだけど、やっぱりそうも行かないみたい。虫って、風みたいに気ままなものだから」
「流石に虫一匹の越境までは、白狼天狗でも見張り切れないからなあ」
「ううん、これはボクの仕事。そのために博麗からお役目もらったわけだし」

 彼は、白狼天狗の犬走楓。天狗の知り合いなんてあんまりいないんだけど、その、幻想郷では少数な男同士ってことで、良くしてもらってる。

「|旧獄《サブタレイニアン》との関係には、天魔宮も難儀してるみたい。管理してなかったとは言え、版図上では山の一部に、いきなり国境が出来たようなものだからね。しかも文化的にかなり相違がある。虫の世界も、そうなんだろね」
「うん。今は小さい子がちょっと入ってくるだけだから、環境に順応できなくて帰ってくか死ぬかするんだけど、山の環境がマッチした少しでも強い子が出てきちゃったら、面倒」

 間欠泉噴出事件以来、単に温泉が出たとか、河童がそこで核炉作るとか、そういう大きな変化以外に、ボクは悩まされていた。
 間欠泉で出来た穴は、物理的な穴というだけではない。|旧獄《サブタレイニアン》と幻想郷をつなぐ、|界面経路《PATH》なのだ。幻想郷と赤化第二月を繋ぐ|天道《せれにや》や、幻想郷と汎用魔術閉塞平原とを繋ぐ|禁惟縦走路《デザイアドライブ》と性質は同じで、間充双極特異点として認めるのが妥当だろうというのが、実際に異変の解決を導いた博麗の見解だった。現在は便宜的に|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》と呼ばれている。
 そもそもこの幻想郷には特異点が多過ぎる。あちこちに別世界との|界面経路《PATH》があり、ボクを含めて色んな「|忘れ去られた者達《レムナント》」が次々にここへやってくる。それが生成されやすいように超統一魔法世界論を用い非可逆変換インターフェイスを持った『博麗大結界』と呼ばれる論理平面で界面法則を塗り直したのは、他でもない紫太妃なのらしいが、その御意志などボクなどには知り及ぶところではない。
 ここで言う特異点とは、世界(宇宙)の法則的平面の完全性を保つためにやむを得ず選択的に除外される計算上の例外的な式またはその解のことで、ここでは歴史のIFを顕在化する分岐宇の叉のことではない。
 そうした特異点を持つ世界を二つ用意してその特異点同士が近しい式によって結ばれる(n個の解の内、非対称な対)場合、結合された特異点同士のペアをひとつの双極特異点、そしてその双極特異点が実際に別の世界同士を結合する現象が発生している場合には、それを間充双極特異点と呼ぶ。……らしいのだけど、それを策定したのは博麗と八雲の合名で、それを支持したのは永遠亭の八意先生だという。ボクには正直なにいってんだかさっぱりだ。
 ともかく、つまりは異世界の虫さんたちが行き来できる道が、特に歯止めもない状態で口を開けっ放しなのだ。今の幻想郷じゃ虫なんてのはほとんどの場合小さくて弱い存在だけど、今回開いた|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》の向こう側ではそんな常識が通用しないらしい。この間追い返した子だって、猛禽サイズの甲虫だった。カタコトでなんとか通じる言葉を聞けば、他の虫に食べられそうになって逃げている内に迷い込んだのだという。翅を広げれば2メートル程もあるその子を食べようとする虫がいる、ということだ。そんな大きな子、説得するのを想像しただけでも疲れる。力づくで言うことを聞かせてしまうのは……ちょっと性に合わないから、できるだけ避けたいし。

「王子様は大変だね。いや、もう王様かあ」
「ううん、まだ、かな」
「そうなの? もうキミの先代がいなくなって久しいらしいじゃないか、よくは知らないけれど」

 元々妖怪の山近辺で大きな力を保ってきた天狗だけど、八博体制に協調を宣言してからまだそんなに日が経っていない。割と早い段階で幻想郷に領地を持っていたボクらの眷属のことは、よく知られていないらしい。だから、きっと|あのこと《・・・・》も知らないだろう。
 そう、まだ。だからボクにはまだ自ら王と名乗るだけの資格がない。それはキモチの強さとか自覚とかそういうものではなくて、乗り越えなければならない試練がまだ、そこにあるから。

「そうだ、いっそ魔界の虫を招き入れてしまってはどう? そして彼等を支配下に入れるんだ。そうしたら|ここ《妖怪の山》の|位階《ヒエラルキ》は様変わりするよ。そう、がらりと、様変わりする。キミもここに強い影響力を持つことになる。名実ともに王様だ。|夢幻伯《SleepingDandeLion》にもう少し強く物を言えるようになるんじゃない?」
「おっかないこと言わないでよう。それ、天魔様に聞かれたらカミナリじゃないの? 幽香さんだってそんなことでどうにかなるタマじゃないよ。」
「うーん、そうかなあ。でも僕は嫌いなんだよ、天狗社会の膠着したカンジがさ。いっそメチャクチャに壊れればいい。」
「……文さんもあんまり、いい顔しないと思うよ、そういうの」

 文さんの名前を出すと、犬走は少し表情を萎縮させた。彼は白狼天狗の中でもかなり|奔放《リベラル》な方だけれど、文さんの行くことはおとなしく聞く。それは文さんが、白狼天狗よりも|位階《ヒエラルキ》的に上位の烏天狗であるから、というわけではないのらしい。あまり、深いことは教えてもらえないけれど。
 せっかく仲良ししているのに教えてもらえないのを、非難するつもりなんて無い。ひとに知られたくないことや、その他のひとへの扱い方とはどうしても別格にするしか無い人の存在について、とやかくと人に言われたくないのもわかるし、それを説明しろと言われても難しいことは、ボクもよくわかっている。

「文のことは出さないでよ。ああ、もう、僕はあの人には逆らえないんだ、わかってるだろう? わかってて言うんだから、キミも人が悪いや」
「ふふっ、ごめんね。ボクだって幽香さんには逆らえないしね」
「キミのそれとはちがうんだよ」
「そうなの?」

 ボクがそう言うと、犬走りは少し逡巡したようにしてから気まずそうに答える。

「そう……いや……しらない。キミと|夢幻伯《SleepingDandeLion》の関係性については、ちょっと、そうだなあ、理解し難いところがある。他には言いようが無い」
「はは、どーも。大した関係じゃないよ、幽香さんはただのお店の雇い主だから」

 幽香さんとの間にはまあそこそこ色々とあるわけだけれど、それを犬走にだって改めて説明する気にはなれない。あまり面白い話ではないし、何より眠くなるほど長い話だから。

「あの花屋だってなんで続けてんだかさっぱりわかんないよ。仮にも八博体制の重鎮で、自治領もある大妖怪なのに人間に化けて商売だなんて。キミはその理由の一端を知っているのかと思うと、なかなか身構えてしまうね。」
「なんにもないよ、そこんとこは」
「ふうん。まあ、聞かないでおくよ、変なことを知ってキミとの関係性に支障をきたすのを望むところではないからね」
「ありがと」

 嘘だけど、そこを言ってもなんにも建設的ではない。それにもう一つ嘘を言っていたことを胸中独白するなら、ボクにはもうひとり、別格に扱わなければならない相手がいて、それはさっき話していた間欠泉にまつわる話になってしまうということだ。そのことについて、犬走が何か知っているかと期待して来たのだ。
 時折こちら側に入ってきちゃう|虫《子》達と話す内に、彼女がそこいるかもしれないという予感は疑いへ、疑いから確信へと変わっていた。幻想郷と|旧獄《サブタレイニアン》との間に出来た竪穴洞窟「|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》」。きっとそこには、彼女がいる。通じてしまった以上、彼女との再会は避けられないことだし、宿命的に向き合わなければならないことだ。

「ま、他でもないキミの頼みなら、断れないね」

 小さく溜息を吐く様に、苦笑いを浮かべて腕を組む犬走。

「え、ボク何もお願いなんか」
「どーせ、|穴《・》に行きたいっていうんだろう? だから僕を訪ねてきた」

 その通りだった。

「わ、わかっちゃうんだ」
「僕の眼は節穴じゃないよ」

 犬走の眼は、確かだ。千里先の針を見つけることができる一方で、きっと目の前の僕の呼吸の動きや一極一投足をといった視覚情報は余さず捉えている。心を読めるような眼ではないけれど、彼曰く、心なんか体にすぐ出てくるからね、とのことだ。すごい能力だと思う。

「久しぶりだって言うのに用事がそんなこととは、悲しいな」
「ご、ごめんね……」
「じょーだんだよ、そんなに弱られるとこっちが悪者みたいじゃないか。予め天魔に許可をとっておくことは難しいだろう、天魔宮としては外向きの体面もある。でもキミには元々、博麗から受けた防疫任務があるんだ、|深道風穴《フォール・オブ・ウィル》への侵入に口実もつけやすい。勝手に入ったとしても、天魔宮から何か訴えが上がったときには防疫任務特権を主張すればいい。それに、キミが穴の中を調査した何らかの情報を提供すれば、天魔宮相手にも十分取引にもなるだろう」
「大丈夫かなあ」

 妖怪の山、つまりは天狗テリトリは最近博麗と関係をもつようになった領域だ。それも天狗の側から対等関係での申し入れがあり博麗がそれを受け入れた形になっている。だから、あんまり勝手なことをするようなら外交的な問題になりかねない。ボクのような弱小な存在がそんな大地雷を踏むのは、御免被りたい。

「天魔宮の内部でも意見は紛糾してる。キミも知っての通り僕ら天狗には、昔、人間の里との関係を巡って大きな内乱があったんだ、今回も似たような構図になってる。過去の教訓から、出来ることならあの穴には触れたくないというのが本音。その上でどう関係をもつのか、決め兼ねてるみたい。だから、代わりに中に入って様子を見てくるとか、奥にいる地底の住人との間を緩衝出来る存在があるのは、今はそれが手っ取り早く縋りたい頓服薬になる。相手が人間ではなく同程度の力を持った妖怪同士だからその時と同じということにはならないだろうけど、旧態依然とした天狗社会では、主体的に地底と外交を持つにはもう少し時間がかかるだろうね。」

 |間欠泉騒動《この件》で、|天狗《僕等》は完全に博麗に借りを作った。|天魔《あの白禿》ももう大きなことを言えないだろうな。
 犬走は天狗社会への不満を口にして苦々しい顔をする。

「とにかくそういうわけだから、僕になんか断らなくたってキミは博麗の防疫任務特権があるんだ、気にせずに行ってこればいいよ。なんかあっても、ま、僕がうまくやるからさ」
「ありがとう。なんか、いっつも助けられてばっかりだね、犬走には」

 特徴的な犬歯を出して笑う犬走。元気活発な正確に反面思慮深さも持っている。一日中山を走り回っているせいで少し焼けた肌に逞しい体、でもきっと本当は高貴の出なんだろう、真っ白い上等な毛並みに整った顔立ち。ボクもどうせ男なら、こういう頼りがいのある男の子になれればよかったのになあ、まあ狼と虫ではそもそもの品位が違うということだろう。幽香さんやローリーと色々なことがあって少しは|らしくない《・・・・・》こともするようになったけれど、結局持って生まれた性格というのはそうそう簡単に変わるものではないのらしい。

「ふふん、感謝の念があるというのならお返しをいただこうかなあ?」
「え」

 彼の笑みの色あいが、変わった。ああそれ、なんか企んでるときの顔、文さんからそういうところは貰わなくってもいいのに!

「地底には大層評判の良い温泉があるっていうじゃないか。今度一緒にどう、キミと裸の付き合い、したいな?」
「もう。犬走には相手がいるでしょ? あんまり浮気なこと言ってると嫌われちゃうよ」
「男同士はノーカンだよ? |夜雀《若妻》さんだって許してくれるよ……」
「カウントして。……や、どこさわってんの、ちょっと、手つきがえっちだよ!?」



§§§

 バスはようやくに阿波戸へ到着した。
 降りたったのはバスの折り返し地点になってはいるが、ロータリーと言うには些か小さ過ぎる道のどん詰まり。少し流し歩いて見える限りにビルは無い。ひびの入ったモルタル造りの精々三階建ての建物が老いさばらえた人間の空いた歯の程度に生えているだけ。閑静、と言うには余りに鄙びていた。
 質の悪いアスファルトの舗道はぼろぼろと崩れるようにひび割れており、それも久しく補修されていないようだ。せめて青々と茂っていればいいものを、萎れ枯れかけの草がその間を割って這い逃げるように腕を伸ばしているものだから、この村の廃れた印象に拍車がかかる。

「おもったよりも普通だわね」

 リュックを背負い直して、よいしょと歩き出す。いっそ何もなければ背中の一式で食事を済ませてしまおうと思ったのだが、一応文化圏の中にいる、そんなことをする勇気はない。
 寂れた様子が色濃いとは言え、バス停以外に全く何もないというファンタジックな地域ではない。普通の民家はあるし店もある。送電線が埋設型じゃないのかまだ電柱が空を区切っているのは珍しいが、郊外といえば別にありえない話ではない。インフラは整っているようだし、都市部でよく見る企業の広告看板もある。ただ、それらが一様に古いというだけだ。この程度なら今まで趣味の民俗研究で見てきた村落なんかとあまり変わりはない。これよりひどいものをいくらでも見たことがある。
 今時、インフラ整備もされていないような村落など極めて稀、むしろこの方が自然だ。いくらこの|阿波戸《あわと》が、かつてアウト・カーストの名残であったとか、これはまだ何の裏付けもないが非公認のハンセン病患者の隔離施設であったとしても、今は普通の自治体なのだ。
 ロータリーを歩けばチラホラと人の姿も見える。山間の地域だが、何か特殊な産業はあるのだろうか。いずれにしても民間企業が自治体の運営に介入し温泉の発掘にまで乗り出したとあれば、表からは見えない内に土地の所有者が変わっていたりひっそりと都市計画が進行していたり不自然に地価が高騰していたりするものだ。こうした寂れた様子も仮初の姿かもしれない。

「ビジネスホテルでもあればいいんだけど、なければやっぱりその辺にテントでも立てるハメになるかなあ」

 どんなに栄えた街であっても、宿泊施設がない場合は部外者はまともな生活を送ることができない。せめてカラオケボックスなりネカフェなり24時間営業の飲食店なりあればいいのだけど、見当たらないようだ。スマホを覗いてみたが、案の定圏外だった。有線回線を借りれれば電話くらいは出来るのだろうけど。ISDNプラグが刺さる懐かしい灰色の公衆電話ボックスが見えるが、生憎そんな骨董なデバイスは持っていない。

「この電話まだ残ってたのか……ISDN接続といい磁気式テレホンカードといい、誰が使うんだろう。うーん、交番か店でなんか聞いてみるかな」

 バスが通ってるのを見つけたので、レンタカーをやめてつい好奇心でバスで来てしまったが、やはり車で来るべきだったかもしれない。お風呂に入れないのは馴れたものだけれど(女としてどうかとは思うが)、調査結果をまとめたり何なりするにはやっぱり何らかのプライベートな空間が必要だ。
 少し歩くと、交番らしきものが見える。いや、2階建てで別の出入り口もあるし、駐在所かな。私は何か手がかりを得るべく、訪ねてみた。

「すみません」
「はい」

 横開きの戸を開けて中に声を放り込むと、予想に反して、いや何か不穏な予想をしていたわけではないけれど、普通のおまわりさんが出てきた。

「あの、趣味で旅をしているものなんですが……この辺に宿泊できる場所なんて、ありますか? 最近温泉が出たなんて話を聞いたもんで」
「また随分なところにまで足を伸ばしたもんだね。温泉ねえ、まだ入れるような施設はできてないと思うけど」

 おまわりさんは、私が知ってる至って普通の交番(か駐在所か派出所か、その辺)で道を訪ねたときと同じように、簡素な机の引き出しから大きく各ページがビニールでカバーされて説明するのに適した特注っぽい地図帳と電話帳を足したような冊子を出して、ビニール同士が剥がれるとき特有のべりべりという音をさせながら何かを探してくれている。
 内部は、これも私が知っているのとほとんど変わらない。正直空調はあまり良くなくて、極めて事務的で簡素、話し声やさっきのべりべり音が小さく反響する程に粗末な作りだ。入ってみてわかったのはこれは駐在所らしく、奥か二階の居住スペースにつながる勝手口が見えていた。流石にこんな粗末な施設にずっといっぱなしというのは不憫だ。

「ああそういえば、民宿が一軒だけ載ってたかな、行ったこと無いけど。そもそもどこにあるのか自分も知らないんだよね」

 でも、それより気になっていたのは、おまわりさんの肌だ。
 アトピーだろう。赤く炎症したような見た目に、皮膚がむけて所々がかさぶたになっている。痛々しい。それに、ページをめくる手だ。アトピーっぽい外見はそのとおりだが、バスの運転手さんと同じように指が細長く節くれだっているような様子が、どうしても目を引いてしまう。アトピー性皮膚炎なのか、それともこの人も「辛痕」なのだろうか。
 痩けた頬に、アトピーっぽい肌、なんだかとても痛々しいのだけれど、ページを捲りながらその民宿とやらを探してくれている姿はとても普通のおまわりさんだ。

「これかな。まだやってるかわかんないから、直接行ってみて」
「まだやってるかっていうのは、営業時間が、ですか?」
「いや、この地図ね、50年前から変わってないんだよね。この辺、ずっと時間が止まったみたいな集落だからろくすっぽ更新されてないんだ。これによると、ほら『民宿 竜宮』ってのがあるんだけど、50年前だからまだ営業してるかわからないんだよね、そういう意味」
「竜宮……ラブホテルじゃないですよね、いやこの際ラブホでもいいですけど。とりあえず行ってみますね、ありがとうございます。」

 うんうんと小さく頷いて、私がその地図をメモし終えたのを確認してから、駐在さんはその歴史モノな地図帳をしまいこんで送り出してくれた。だが、駐在所を後にしながら、私は駐在さんのひとの良さそうな感じとは裏腹に、肌を蝕んでいたアトピーの様子が気になって仕方がなかった。指の節くれだった様子も含めて、バスの運転手さんと同じ症状に思える。バスの運転手さんは「他所の医者には診せたことがないから」と言っていた。特に外の病院にかかることを禁止されている筈もないのだから深い意味はないのだろうけれど、気にならないといえば嘘になる。

(阿祖神社のルーツ調査が終わっても、またここに来ることになるかもなあ。いや、もしかしたら同源を持つ何かもっと興味深いことがあるのかも〜)

 元々は、阿祖神社の調査のために来たのだ。『阿祖』という名前は鹿児島の阿蘇山を彷彿とさせる名前だが、『A-S』の音は実際は火山全般に見受けられる。阿蘇、浅間、朝日、浅津などに名残が見られるが、それは皆元々は火山一般を指す古代語からの転訛だ、との説がある。眉唾モノだが、実際にこの辺で温泉が出たという話も含めて、実際に因果はともかく相関はあるように見える。もっと胡散臭い話を取り上げるなら、『A-S』『U-S』の発音は、A/UとVの互換性からヨーロッパの『V-L』(Volcanoなど)に通ずるという話さえある。日ユ同祖論じみた胡散臭さは拭えないモノの、話のネタ程度には面白い。
 まあ何が言いたいかというと、今回調べに来た阿祖神社は、その位置も含めて、富士山信仰の一端としての神社なのだろうということだ。だのに、祀っている神は火でも雷でも剣でもなく、蛭子神だというのだから不思議だなと思うのである。
 それとは別にこの地域にアトピー性皮膚炎が多いだとかそうした状況はまた学術的な好奇心をそそるではないか(勿論偶然に連続して二人と出会ってしまっただけという可能性はあるが)。人の皮膚病を見て心を躍らせるというのはどうにも不謹慎なことであるが、そうとは思っていてもその良心は知的好奇心の前にはあっさりと屈服する。別にそれを調べるからと言って運転手さんや駐在さんの症状が悪化するわけではないのだ。それに、普通に考えればただのアトピーやリュウマチという結論が可能性としては一番高いのだから。
『民宿 竜宮』を目指して歩きながら、私はこのフィールドワークがきっと面白い結果をもたらすだろうと期待に胸を膨らませていた。





「え、これ……?」

 地図に書かれている場所と、今私がいる場所は、間違いなく一致しているはずだ。私がメモをミスっていなければの話だが。いや、見上げれば小さく看板が出ている。『竜宮』その二文字だけで一体何の店なのかさっぱりわからない。だが間違いなく『竜宮』ではあるらしい、となるとここは、交番(駐在所だったが)で調べてもらった民宿のはずだ。
 だが目の前にあるのは、どう見ても普通の民家だ。この古さなら民泊延長の宿泊所ではないだろう。だとすると本気で民宿としてやる気が無いようにしか見えない。隣の家の門扉までは、確かに言われてみればそこそこ距離がある。だが敷地は大きいのかもしれないが土壁があったりただの植え込みで済まされていたり街路樹だけだったりと、敷地と道路とを遮るものにも統一性がない。思い返せば扉がないだけで、見える風景的には何軒も普通の民家が連なっているように思えていた。今目の前にあるエントランスらしき扉も、表札までかかっていて民家のそれのようにしか見えない。表札には『葦長』とある。名字は少々変わっているが、至って普通の表札だ。せめてここに『竜宮』と書いておいてくれればまだ入りやすいものを……。
 入口の前でキョロキョロとその様子を見ていると、控えめに立て看板が経っているのが目に入った。よくイタメシ屋とかスペインバルとかの店先にある、黒板になっていてチョークで文字や絵を描けるアレだ。何ていうのかは知らない。

「お、看板だ」

 書いてある文字は可愛らしい感じの文字だ、とてもこういう寂れた民宿(というか民家にしか見えない)に掲げてあるような雰囲気ではなく、きっと若い子が書いたのだろうなと言う文字。

「なになに……敷地内に温泉が湧きました、休憩だけでもお立ち寄りください……なるほど、これは民宿っぽいけど、それでもこのどう見ても人んちみたいな佇まいはなんとかなるまいかね。すみませ」

 苦笑いしながら意を決し、私はその扉を開け……

 がちゃん

「をわっ!?」

 ごんっ☆

 開けようとノブに手を伸ばしたら、内側から突然自動的に扉が開いた。……かなり勢いがある!? 咄嗟にに手は引っ込めたが頭が間に合わず額に扉が当たった。
 存外に分厚い扉じゃないか、これは痛い、かなり痛い、相当痛い。責任0:10なのに全損:無傷みたいな状態よ。
 全く予測していなかったのに襲ってきた激痛はかなりのもの、そのギャップに身体的な痛みに加えて精神的なショックもあって、思わずその場にしゃがみこんでしまう。背中のリュックがおもすぎてバランスを崩し、完全に尻餅をついた。その私を、扉を開けた主が覗き込んできた。

「いらっしゃいませ! ホテル竜宮へようこそ! ……って、どうなさいましたか?」
「った……え、え? いや、ちょっと原因不明の頭痛に見舞われただけですお気になさらず。ところでこの辺に最近、打身に効果のある温泉が湧いたって聞いたんで早速泊まりたいんですけど」
「ごっ、ごごごごめんなさい! 大丈夫ですか!? お客様なんて珍しいから、つい」
「温泉に浸かればきっと5分で治ります……って、しまった、温泉は頭を入れられないですね。で、宿泊希望です」
「あ、はい、どうぞ! お荷物お預かりしま……ぐえ、お、重い……こ、こちらでお名前をお願いしま、ぷぎゅ」

 忙しない子だなあ。でも、可愛い、好み。
 言っちゃ悪いがこんな民宿に雇用従業員なんていそうにない。オーナーかその親族といったところか。表の看板は彼女が書いたものかもしれない。私を出迎え額にクリティカルヒットを食らわせ、今は私のリュックに押しつぶされそうになりながらフラフラと数歩歩いて潰れたのは、脱色気味のロングヘアをテールにまとめた若い娘だった。年は、高校生くらいかな。大人っぽい中学生くらいの若々しさがあるし、逆に見た目が若い大学生ならアレくらいかもしれない。どちらにせよ、おとなしくておっとりした感じ、私の好きなタイプだ。

(こんな出会いがあるなんて思ってもいなかったよ)

 旅の恥はなんとやらと言うが、一夜の恋だって同じ。最初に一撃貰ったのは、アドバンテージになる。相手の良心につけ込んで距離を詰めやすくなる。少なくともこのおでこのたんこぶでフラれるということは、無いだろう。

「えっと、吉永さま、ですね。すごいお荷物。何泊なさいますか?」
「取り敢えず5日で。伸ばすかもしれないけどそういうときはどうすればいいですか?」
「じゃあチェックアウトのときに精算で結構ですよ。一泊2300円、朝ごはんはオプション300円、お昼はありません。晩御飯はお代に込みです。お風呂は普通のお風呂と、ご存知の通り温泉がありますので、そっちもどうぞ。温泉は設備が暫定な代わりに男女隔日交代……だけど、お客さんしかいないから毎日正午から14時迄の間以外は時間使えます。普通のお風呂は14時から15時以外、いつでもどうぞ。」
「やっす。朝ごはんは毎日つけてください。あ、あとコインランドリーとかありますか?」
「えっと、あいにく……。この町にもコインランドリーなんて無いですねえ。クリーニング屋さんならありますけど。差し障りなければ家で洗いますが」
「えっと、料金は」
「そんなプランを作ってなかったので……そうですねえ、今回はおでこのお詫びにサービスいたしますよ。どうせ洗うのはうちの洗濯機ですから」

 こういうのを気にする女もいるけど、私はこんな風に外で宿泊することが多いのもあるし、元来の性格で、全く気にならない。こういう旅ではこんな性分でよかったと思う。

「そりゃあいいや、じゃあお願いします。ああ、でもそれでこれがチャラになっちゃうと思うと惜しいなあ」

 これ、と自分の額を指差す。

「ええっ、なにを請求されるつもりだったんですか」
「さあ、何にすべきだったかなあ」

 そう言って笑うと、一緒に笑ってくれた。なかなか気さくで明るい。ますます気に入っちゃったね。
 別に女の子を食べに来たわけじゃあないけれど、神社の調査に加えてハンセン病の隠れコロニーかも知れないことも楽しみだってのに、一番の楽しみがこれになってしまった。彼女はこの宿の、なんの人だろうか。ただの従業員のセンは薄いとしたらやはりオーナーの娘とかだろうか。まさかもう人妻とか。
 まあ、それは追々だ。懇ろになれなくたってこんな可愛い子と毎朝顔を合わせられるなら調査にも身が入るってものだ。

「へー、こんなところに温泉湧いたんだ」

 宿泊者名簿に名前を記載して部屋の鍵を貰ったところで外の道行く人が私と全く同じような感想を口にしている。地元の人でさえそう思うのだから、私がそう思ったって不思議じゃないだろう。これを知っていたのは、件の経済誌の小さな記事を覚えていたからというだけで、それ以外一向に話に出ることもなかったのだ。旅行情報はもとより、温泉の事自体ネットで見かけることもなかった。民間企業が自治体経営を行うということはかなりセンセーショナルなはずなのに、その話はやっぱり見えてこない。

「温泉が沸いただなんて、繁盛しそうじゃないですか。女将さんも、綺麗だし」

 取り敢えず女将さんということで話を進めてみる。

「突然亡くなった祖母から、こんなところ所有してるなんて知らされてもいなかったのにいきなり託されて、私も戸惑ってるんです。こんな若造が温泉なんか、って」
「ここも、その、買収されたとかですか? 自治体に民間企業が入ったって聞きますけど」
「いえ、一応登記上は祖母から私のものになったみたいです。相続税を払ってしまうと現代的な改修なんか出来なくって、この様子なんですが……温泉も湧いたので経営が上向けばいいなあ、って」
「市から買収の動きとか、あったんじゃないですか? 民営資本の入った自治体なんてことになれば、営利に走りそうなものだし」
「ありましたよ。売ってしまったほうがきっと楽なんでしょうけれど、折角先祖から受け継いでる土地なので、出来るなら守りたいです」
「そうなんですね。ここは、一人で切り盛りされてるんですか?」
「ええ、切り盛りって言っても別にお客さんが来るわけじゃないですから、掃除して普通にだらだら過ごしてます」
「へえ……」

 これは驚いた、女将さんどころの話ではなかった。こんな若い娘が民宿のオーナーで、しかも敷地から温泉が湧いただなんて、近付けないような人になる前に|一口頂い《・・・・》とかないと。
 私はちょっと、女将さん?の顔をじっと見つめてみる。熱っぽく、真っ直ぐに。
 こうしてみると、変わった器だ。切れ長の目に、してないわけではないのだけど化粧っ気を感じさせないメイク。背は高いしテールに上げた髪と抜けた髪色からすると、もっと活発な子のようにみえるのだけど、あんなにおっとりした口調に雰囲気は少し違和感がある。それを差し引いてしまえば、かなり可愛い。東京にいれば最低でも地下アイドルくらいは出来るだろう。上手くスカウトにでも引っかかれば今はメディアの人だったかもしれない。それが、温泉宿のオーナーとは、ははあ、天は二物を与えるね、不平等なもんだ。私も、恵まれてないほうだとは思ってはいないけど。
 しばらくそんな風に彼女の顔を見ていると、少し赤くなって俯いて名簿の何かを見ている|フリ《・・》を始めた。

(あら、思ったより好感触)

 視線を逸らさないまま見つめっぱなしにしていると、ますます顔を赤くして初い反応を見せる。これはこれは。

「あ、あの、なにか」
「ああ、ごめんなさい、実は|阿波戸《あわと》にはバスで来たんですが、運転手さんが肌を悪くしてらっしゃったようで。で、ここのお宿のことも交番で調べてもらってたどり着いたんですけど、そこのおまわりさんも肌が悪いらしくって、もしかしたらこの辺の人特有なのかなと思ったんです。でも、女将さんは肌綺麗だし、偶然だったんですね。それでちょっとまじまじ見てしまいました」

 なるだけ愛想よく笑うと、ああ、と両手を叩くようにしてもとの表情を取り戻した様子。

「あ、そうなんですよ。よくお気付きになりましたね。この地域ではある程度年いった人に皮膚炎が多いんですよ。」
「えっ、本当にそうなんですか」
「原因はよくわかってないんですけど、昔の文献とかではもっとみんなかかっていたらしいですよ。祖父母の代くらいでは既にそうでもないみたいですけど。この辺の人の体質だったとかなんとか。今はほとんど出ないって聞いたんですが、少しは残ってるのかもしれませんね。でも、ここ以外にも少し行けば温泉が多いので湯治には不自由しませんよ」

 温泉におこもりするいい口実になるかも、なんて笑っている。
 しかし驚いた。現代では殆ど見られないらしいとはいえ、本当に地域性のものなのか。だとすると、この隔離集落は本当にコロニーだったのかもしれない。|牛音《うしおん》市は富士系山地の盆地のへそだ。その|牛音《うしおん》市までならともかく、そこからさらに山間に奥深く入ったここは、バスで来たとは言え道のわかる人間が車ででなければ来れないような場所にある。夜には自家用車でも通りたくない感じの道だった(勿論バスは日のある時間で終わっている)。患者隔離施設とするには、人里から適度に離れていて場所もよくわからない、確かに立地的には理にかなっている。
 これは本当に楽しみだが、まずは予定通り神社についてだ。|牛音《うしおん》市までは都心からでも電車で容易に来ることが出来るし、一日に三本しか出ていない怪しげなバスであることを除けばそれに合わせて県内に出て来ればいいのだ、便がことさら悪いというわけでもない。むしろこんな秘境が都心近くにまだ残っていたほうが驚きである。ここはしばらくのターゲットになりそう。
 私はそれをメモ帳に|認《したた》めて、改めて女将さん?に問うた。

「あの、そういえば|葦長《あしなが》さん? って読むんですかね? いや、表札が出ていたので」
「ああ、あれ|葦長《よしなが》って読むんです。」
「あらら、これは失礼。おんなじ読みなんですね」
「実は、そうなんです。今まで一発で読んでくれた人、誰も居ないんですよ。読みがおんなじ名字だなんて、ややこしいですね」
「あはは。じゃあ、なんとお呼びすればいいですか? しばらくご厄介になるのですし、すみません、とか、あの、じゃ味気ないじゃないですか。でも、『よしながさん』はちょっと勘弁かなって。女将とかオーナーってのも、なんだか」
「あー、あ、えっと……」

 流石に戸惑ってるけど、これは名前を聞き出すいいチャンス。それに、距離を一気に縮める効果も期待できるし。

「じゃあ、アミ、はどうですか」
「アミさん、っていうんですね」
「本名では、ないですけどね。呼ばれ慣れてるっていうか」
「ハンドルみたいなもんですか。いいですよ、自分の名前で相手を呼ぶのさえ避けられればいいんですから。じゃあ、私のことはサユリで」
「えっ」
「勿論本名じゃないですよ」
「で、ですよねー。あ、吉永小百合だって本名では無いんでしょうけどね」
「はは、まあ確かに」
「じゃあ、サユリさん、お部屋までご案内しますね。お荷物を」
「ああ、それは私が|持つよ《・・・》。こっちをお願い」

 さり気なくタメ口に変えてみる。勿論客なのだからそれで文句を言われることはないだろうけど、その時の表情の変化を見れば嫌がっているかどうかくらいはわかるものだ。私は彼女には少々重いのだろうリュックをさらい取って、警戒心を解くためになるだけ穏やかに笑いかけると、彼女は、はい、と小さく笑った。
――嫌がっては、いないようだ。

「お部屋はこちらです。二部屋しかありませんけど」
「ありがと」

 はにかむ様に笑って案内してくれる。背負うか抱えるかすればいいものを、客の荷物を背負うのは気がひけるのか、なんとか前に持っているアミちゃん。でもそのお陰で私は後姿を品定めする事ができる。おっとりした感じだけれど、背は高めかもしれない。私がかなり高い方なのに、鼻くらいまではあるかもしれない。おとなしそうな雰囲気を出して入るけど、結構、攻撃的なスタイルをしているな。グラマーって言うよりも、鋭利なイメージ。もっちりした腰つきはかなり煽情的。それに背丈に相応しい細いけど鋭い印象を受ける肩周りからは、少し想像できないくらい大きい胸。

(第一印象だけで言うと悪いんだけど、あんまりあのおっとりした性格が合致してるとは思えないんだけどなあ……猫被ってるのかな)

 まあそれはそれで剥いてみるのも醍醐味なんだけど。その結果手を噛まれたって、それこそ旅の恥は掻き捨てってやつだ。
 案内される廊下は、よく磨かれた板張りではあるが、場所によっては踏み込むだけでギシ、と音がなる。流石に、良く言えば歴史がある、悪く言えばボロの民宿だ。掃除手入れ自体はよくされていて、見栄えはとても良いのだが、やっぱり民宿というよりは、少し大きめの民家という感じだ。たしかに火災報知器なんかはちゃんと付いていて避難経路の表示もある。法的にはパスしているみたいだけれど、これで経営する気があるのかと言われると疑問が残る。これが許されるのはスキーロッジなど別の目的がひどく強い場合だけではないか。温泉が出たということだからそれがインセンティブになるのかもしれないけど、以前この宿は一体何をしていたのか、甚だ疑問だ。

(まあ、知ったこっちゃないけどね)
「こちらです、どーぞ」
「わあ、おもったよりいい部屋!」

 通された部屋は、玄関から廊下を抜けるときに感じた民家感に反して、広々としていた。踏入を抜けると温泉宿らしい床の間付きの十畳の和室に、障子で仕切れる広縁も設けられている。障子は真白いし、床の間の輝きといい、装飾された欄間の綺麗さといい、よく手入れされているようだ。畳も真新しいと言うほどではないが、青みを帯びており殊更古さを感じるほどではない。押入とは別にクローゼットもあり、風呂トイレ別に洗面台もきちんと付いていた。ちゃんと洋式だすごい。アメニティは置かれていないがそこまでは望むべくもないか。

「いや、交番で聞いたときは『50年前の宿だからやってるかどうかわかんないよ』なんて言われたし、その、宿の門構えも普通の家っぽくてさ、正直、全然期待してなかったのだけど、このお部屋がこんな値段なんて信じられない」
「何にもない地域ですからね、温泉で潤ったら、値上げしちゃおうかなあ、なんて」

 うん、した方がいい。二部屋しかないんじゃ勿体無いし、部屋数を増やすのも含めてもう少し高くたってだれも文句は言わないだろう。
 それにしても、一つ気になったことがある。部屋の欄間だ。

「あの欄間って、なにを象ってるんですか? 人……に見えるけど、腕が沢山あるみたい。千手観音にしては勢いのある造形だし、阿修羅とか哪吒とか?」

 見える欄間には、腕が四本か六本かに見える人型のなにかと、普通の人が並んでいて、周囲に炎の様な装飾が施されている。欄間としてはかなり特殊な造形だ。一体何を象ったものだろうか。

「さあ、ちょっとそこまではわかんないです。確かに、奇妙な彫刻ですよね。哪吒ってナタクのことですか?」
「うん、ナタクのほうが通りがいいね。腕の沢山ある神格って、メジャーなところだとそんなもんじゃないかなあ。千手観音ってこういう彫刻ではもっと静的に描かれるし、|哪吒《ナタ》とか阿修羅なら、激しさが出ても不思議じゃないかなって。まあ、インドの神様なら多腕は結構いるかな、あとヘカトンケイルとか……いずれにしてもこんなところに登場するわけないし」
「ヘカー、ティン……?」
「ヘカトンケイルはギリシャ神話の怪物。こんな和室には出てこないよ。阿修羅か哪吒ってところかなあ。隣りにいる人が気になるけど、もうさっぱりわからないね」
「はあ……お詳しいんですね。サユリさんってもしかして学者の先生だったりするんですか?」
「ううん、ただのオタク。正職はただの図書館の事務員だよ司書ですらない」
「図書館の先生」
「違いますって」

 私が言うと、それでもやはりピンとこないのか腑に落ちていなさそうに頷いているアミちゃん。まあ私からすれば旅館オーナーの孫娘(現オーナー)なんて職業の方がピンとこないのだけど。

「えっと、おゆはんは何時頃にしますか?」
「今三時かあ。ま、無難に六時くらいで」
「かしこまりました。それでは、ごゆっくりお寛ぎを……」

 と、下がろうとするアミちゃん。いやいや、そうはさせないよ。

「ああ、お客さんって、他にはいないんですよね?」
「ええ」
「じゃあ、晩御飯、一緒にどうです? 私用に特別なんか作んなくていいからさ、アミさんの晩御飯献立を二人分用意してくれればそれで。一緒に食べません? 私も一人だと寂しい晩御飯になっちゃうし〜」
「そういうわけには」
「えー、いいじゃないですか~。コンパニオン呼べるわけでもないんでしょお?」
「あー、え、呼びますか? 大きな声じゃ言えないですけどここ『青線』ですからね。賑やかしの子から、|そういうの《・・・・・》まで、一応は、多分」
「呼べるの? いやいやいや呼ばないよう。アミさんがいいの、そういうんじゃなくってですね、ただ庶民的な晩御飯を、一緒に」

 驚いた。こんな寂れた街なのに、歓楽街としての側面があるのか。昼歩いてきた町並みには全くそういう気配はなかった。夜には表情を変えるのかもしれない。買うつもりなんか全く無いけど、少し興味がある。夜街を歩いてみようかな。

「うーん、わかりました。お値引きとかしませんからね」
「うん、勿論勿論! アミさんの都合が悪くなければ毎晩その方向で」
「ええっ」
「私は突然のお客さんだから、きっと食材だってまだ買ってないんですよね? だったらいつもの晩御飯を、二人分」
「そんなにそれがいいとおっしゃるなら、構いませんが」
「やった! これで心配してた『見知らぬ土地で毎晩寂しいひとり飯』は回避できるっ」

 救いに満ちた孤独のグルメよりも優先されるのは、目の前の美女! でもアミちゃんと近付きになるためではあったけれど、そうでなくても一人の晩御飯なんてゴメンだ。それも、少し離れたところには別口で一人で晩御飯を食べてる人がいるんなら、一緒に食べた方が絶対に美味しいのだもの。



§§§

「族長会議のこと、書かないんですね」

 犬走椛が、せっせと版刷りを繰り返す黒い翼を横目に置きながら、刷り上がったばかりでインクの乾かない紙を、インクに触れぬよう爪先で摘むように持ち上げて見ている。

「別に|天魔様《ハゲ》が怖いからではないけど、今発表することには百害あって一理も無いことだわ。私が伝えるべきじゃないと思ったから、伝えない。それだけ。私の新聞は、情報転売稼業じゃないから」
「メディアってのは正確性と公平性が重要なんじゃないんですか。得た情報をナマのまま転売して利ざやを得ることこそ、|新聞屋《メディア》のあるべき姿では?」
「『文々。新聞』は、『誰かが取材の手間を省くための楽チンツール』じゃないわ、単純にRAWなデータがほしいなら、そんなのは適当に銅線の妖怪にでもして任せてしまえばいいもの」

 だれに向けた棘なのか、その新聞紙を見た白狼天狗には与り知らぬこと、いや知らぬふりをしていることだった。それは、天狗社会に生きていれば彼女以外でも殆どの者が感じながらも無視していることだ。

「銅線の妖怪だの、光ファイバーの妖怪だの、wi−fiの妖怪だの、そんな妖怪は見たことないですけど」
「寺にそんな|わんこ《お仲間》がいるじゃない」
「やまびこは正確性についてはかなり微妙だと思います」

 黒い翼の天狗は、版刷りの手を止めて、白狼天狗に向き合った。腰に手を当てて、少し非難がましい視線を犬走椛に向けるのは、射命丸文だ。白の作務衣の袖を襷で止め、手を版刷りのインクで汚しそれはどういうわけか頬にまで飛んでいる。対して、それを見ている白狼天狗の方は、今日は警邏の非番ということもあってか制服の糊は効いたままの整った恰好をしている。この構図を見る限りはどう見ても上下関係ははっきりしている。

「もう、椛、ごちゃごちゃ言ってないで手伝ってよ」
「いやですよ、墨で毛並みが汚れますから」
「こいつ……」

 涼しい顔でサラリと拒否する白狼天狗。科白の高慢なことを除くなら、白狼天狗の整った服装や、真っ白な様子は確かに、墨に触れるのを、彼女ではなく第三者さえいとう程に真っ白。その白さこそ彼女の『血』の高潔さを示すものに他ならない。もっとも、天狗社会ではもはや『血』は『地位』ではない。見てくれに反し、墨に汚れても平気な真っ黒の髪に翼を持つ黒鴉の天狗である射命丸文の方が、それについては上である。この場でそれが現れているのは、白狼天狗の敬語の言葉尻『のみ』である、口調にさえ敬意は現れていない。それでもこんな態度で接し、こんな態度を許すのは、この二人の特殊な関係性を物語るものだが、それについてはここでは触れぬことにする。

「新聞が『情報伝達』である必要なんて無いのよ、そんなのは読者が勝手に、しかも無自覚に思い込んでいるだけ。私の新聞は『言論』、だって『私』が作っているものなのだもの、私の言論であってなにが悪いというの。私は、食べてもいいものか悪いものか自分で確かめずにただママに出されたご飯を鵜呑みにしてる赤ちゃんを相手にする気はないわ。」

 射命丸文は馬楝を動かす手を止めることなく続ける。

「誤った情報に価値はない。正しくても陳腐化した情報にも価値はない。価値ある情報とは、正しいと同時に希少性のある情報。もしくは、『言論』。それが私の新聞発行者としての哲学だわ」
「そんなもんなんですかね、いや、そう考えてる人は多くないと思いますけど」

 いいのよ、それで、私は。そう付け加える鴉天狗。

「だから広く売れなくったっていい。私の言葉を聞くものだけが聞けばいい。私の哲学に従うなら聞く者がゼロにならない範囲で少ないほど、情報の価値は高くなる。既存のメディアはね、価値の低い情報で薄利多売の形式に依存し過ぎなのよ、いずれ潰れるわ」
「偉そうなことで。カルト宗教でもやるんですか」
「私の言葉を聞くことが、私を支持することと一致するわけではないわ。不支持も一つの結果よ。正当に不支持の意思を自ら持てる読者を、文々。新聞は受け入れるわ。逐一批判してくるひとには『死ね』って思いながら配達するのよ。」
「相変わらず、わかりづらいひとですね」
「それで結構、こちとら遊びでやってんのよ。横流し記事なら、はたての方が得意でしょ。最近はまとめ新聞なんて揶揄されてるじゃない。いい気味だわ」

 |新聞屋《射命丸》が今刷っている新聞は、最近人間社会で行われている治水工事の話がメインだった。天狗はもとより、河童の間では既に普及し洗練された技術だが、人間の里にはまだ登場していない。人間はまだ川と川を満たす雨に龍神を見出し、氾濫をその怒りと捉え、祈りと供物を捧げることで田畑を維持している。現在の治水工事は単純なもので、地質の調査や雨量の計算などは含まれていない。もっと郊外に行けば、そもそも川の形を変えてしまおうだなど龍神の怒りに触れると恐れられて行われていないのだ。今回射命丸が発行しようとしている新聞には、川の形を意図的に変えたり河岸工事をすることによる生態系への影響を表面化させると同時に、失うものと得るものをきちんと調査し天秤せよとの内容だ。
 河童の社会ではこうした考慮はされていたり、あるいはその上で黙殺されていたりするが人間にこうした観点を持つものがどれほどいるだろうか。
 射命丸の発行する『文々。新聞』の発行数が少ないのはこれに加えて、胡散臭い主張が付随するからだ。つまり「地質調査がきちんと行われていない状態で適当に掘り返すと、太古の時代に埋没して休眠状態のレトロウィルスが露出し目覚めて、未知の病が流行する可能性がある」という、荒唐無稽とも言えるもので、誰もこんな記事をまともに読もうとはするまい。
 だが、犬走の言ったことを考慮に含めると話が違う、諷刺のきいた内容となる。

「でも花菓子念報の方が、購読者は多いですからね」
「うるさいなあ。椛は|花菓子念報《あいつの》でも読んでなさいよ。隣人と同じ情報が手に入れば満足なんでしょう?」
「ま、私は……こっちの新聞を取りますけど」

 と、摘んだままの文々。新聞に視線を送ったまま言う犬走椛。

「っ、なによ、ああ、そ、そう。だったらそれ持ってっていいわよ」

 予想してなかった方向での支持を刺されて、射命丸文は一気に顔を赤くして俯く……のは流石に大人げないと判断して版刷り作業に戻ったふりをする。再開一枚目は失敗した。

「なので『死ね』って思いながら配達してください。」
「そっちかよう!?」

 床に打ち付けられた馬楝は乾いた音を立てた。

「不貞腐れないでくださいよ、正直を言っただけじゃないですか」
「フォローなし!」

 むっすー、と音が聞こえてきそうな様子で頬を膨らませながらせこせこと印刷を続ける射命丸だが、ふと思い出したように馬楝を止めて犬走に向かう。

「楓くんは?」
「今日は日勤だったはずですが、終わってから誰かと会ってるみたいですよ」
「お? デート!? フラ○デーしなきゃ!」
「さっきと言ってることが全然違うんですが。 いや、あれです、人里で花屋と八百屋くっついたような店やってる」
「リグルさん?」
「いや、あの店って夢幻の飛び地でしたっけ?」
「えっ、風見さんあの店で見たことないけど……あれはリグルさんの店でしょ?」
「まあ、どっちでもいいです」
「どっちでもよくないわよ! ショタ同士のデート、しかも不倫!」
「ええい、その話から離れろ!」

 カメラを掴んで今にも飛び立とうという射命丸は犬走がちょっと出した足に見事に突っかかってすっ転んだ。

「じょうだんよ」
「信用ゼロですけどね」

 ああライカの角に傷がぁ……と言いながらそれを戻しつつ、しかしカメラを所定の場所に戻したその時から口調に変化を来して、先の話を続ける。

「|穴《・》に?」
「唇の動きを見てた限りは、恐らくは。楓に会ったら聞いてみます。」
「楓くんなら協力はしてくれるだろうけれど、変に警戒されるのも望ましくないわ。|抵抗《レジスト》されれば、椛の|眼《テレグノシス》も遮断されてしまうのでしょう? だったらそれよりも、敢えて楓くんにリグルさんを手引させる方が得るものが多い気がするわ。彼に気は引けるけど」
「そうですね。しかし何故リグルさんが、穴に? 今の地位に不満を持って外に領地を持ちたがっているか、あるいは本当に」
「|四則同盟《カルテット》は、ただの仲良しグループに見えるけど互いに上手く調整し合っていて、結果として牽制し合うことになっている。一人だけが|夢幻伯《SleepingDandeLion》麾下であることに不満を持っていて、何も動きが生じないとは、とても思えないわ。リグルさんが、今、わざわざ天狗にいや、|穴《・》に近づく理由なんて一つしかない」

 こくりと頷く犬走。弟を監視することも厭わないのは、彼女の任務に対する冷徹さがさせることか、それとも目の前の鴉天狗への感情がそうさせるのか。

「第三者の介入は、今は有り難いわ。贅沢を言うなら、ここまで玉兎を引っ張ってきてくれればいいのだけど」
「流石にそれは望み過ぎかと」
「そうね。ああ、なんもかんも政治が悪い。あの|天魔様《ハゲ》、まじでなんとかしたいわ。こんなことしてる間にも事態は悪化しているかもしれないというのに」

 歯噛みし苦い顔をする射命丸のそれは、とてもただの新聞屋が気を揉んでいるだけには見えなかった。



§§§

 一時間ほどでやってきた車は、至って普通の白いワンボックスカーだった。火車、なんて特殊な職能者が使う車なんだから、真っ黒か、あるいはもっと何らかの形で禍々しいか、するだろうと女主人は勝手に想像していたが、そんなことはなかった。考えても見れば裏社会の職能であればあるほど、表社会ではその存在をステルスしなければならないのだ、そんなに目立つことをするはずもないだろう。ただ、ワンボックスカーの後部の窓はすべて黒のマジックミラーになっていて中を窺うことは出来なくなっていた。
 運転席と助手席、それぞれの扉が開いて『火車』が降りてきた。鋸や槌、蚤や大鋏が乱雑に入った大きなバケツを持った一人と、頭陀袋をふたつ抱えた一人。二人とも黒ずくめの姿をしているが、大きい方の身長は驚くほど高く店の裏口を首をすくめてくぐる程。そしてもう一人はまるで子供のように小さい。実際に子供なのかもしれない。どちらも黒尽くめでフェイスマスクをしており外見からでは男か女かもわからない。
 『火車』とは所謂、死体処理業者のことだ。

「あんたらが、火車?」
「へえ、いかにも」

 呑気に間延びした声で答えたのは小さい方だった。声だけ聞けば女、しかも子供のそれに聞こえる。
 幾らこの死体処理業者「火車」が裏社会のいきものだったとしても、子供がまさかそんな仕事を生業にしているわけがない。小さい方とてきっと何らかの低身長をきたしただけの大人の女性なのだろうが、こんな場所に子供と思しき人間がいることは不気味以外の何事でもない。対して、大きい方はバレーやバスケといったスポーツをやっていたような類なのかもしれない、背丈は驚くほど高い。胸元の膨らみ方や、背丈に対する体格を見ればやはり女、のようにも見える。大小の落差の大きいこの二人が並ぶと、親子を通り越して合成写真にさえ見えた。

「死体は上よ。解体の必要はないわ、死体さえ上がらなければ処分の方法は問わない。できる?」
「お代さえ頂ければどんな死体でもお引き取りしますよー、うふふ」
「料金二人分だ、くれぐれも念入りに頼むよ。」

 死体処理、と言った暗闇にまみれたような依頼と業務だが、二人分として手渡された金額は案外現実的な金額だった。ふたり併せて端額をサービス、それで、18万円。体を売ろうが魂を売ろうが、この町では捨て値。そこで生じる廃棄物の処理にしたって同じことなのだ。

「死体はこの後スタッフが美味しく利用させていただきますよー。使えず残った部分も|あれ《・・》が骨も残らないようにきっちり焼却しますから、ご安心、ご安心。あ、クー、死体、バラしちゃって。一旦持って帰ろ」

 小さいほうが大きい方を指差してそう言うと、大きい方はちらりと視線を向け、何も言わずにすぐにバケツの中の工具を使って死体を解体し始めた。まずは男。手慣れた様子は、彼女ら二人が確かに死体処理業者であることを示している。死体だけじゃなく、現場と死体を接続しうる物的証拠もまとめて運び出そうとしていた。服、カバン、アクセサリ、その他もろもろ。部屋に体液が残っていればそれも綺麗に清掃する。
 ハコの持ち物だったらしいカバンを、処分遺品として袋に放り込もうとした時、ぽろりと落ちた手帳のようなもの。小さい方の火車はそれを拾い上げた。遺棄用の荷物にそれを入れ直そうとしたところで、女主人がそれを引き止め、目を通す。

「学生手帳? 甘種高校……どこの学校かしらね。まあ、今更関係ないけれど」

 女がぺらぺらと学生手帳のページをめくると、どうやらその学生手帳は確かにハコと名乗る娼婦のものだとわかった。
 ページを進んだほぼ末尾に学生手帳とは別の、ラミネート加工のカードが挟まれていた。学生証だ。それに貼り付けられている写真は、少し自信なさげに俯き上目気味な表情ではあるものの全く健康そうで見目の良い|この死体《ハコ》のものだ。
 女主人が『養子』として雇ったときのハコは確かにこんな様子で、素人っぽさと見た目の可愛さ、大人しさと儚げを通り越して脆そうな印象は全て相乗的に噛み合っていて、好き者に売れていた。それでもモグリでウリをやって挙句クスリに手を出したりは、決してしなさそうな女子高生に見えたものだったが、実際に体を売ることになりしかも不幸にも何処で踏み外したのか突き落とされたかしたのだろう、結果はつまり、このザマだ。
 公娼制度に基づいた娼館街の『赤線』では勿論高校生は商売を出来ない。『青線』だからこそ、のことだ。本人にどのような事情があったのか、それとも単にバイト感覚だったのかはもはやわからない。死因も状況も含めて、もはやどうでもいいことだ。それらの事実も全てひっくるめて、ここで処分する必要がある。

「もういいよ、こいつも一緒に、お願いするわ」
「あいあい」

 受け取った小さい方の火者は、娼婦の持ち物の中にその学生証と手帳を含め直す。本当にクーと呼ばれた大きい方の火者が骨も残さず綺麗に焼却する手段を有しているなら、それによってハコとはたてとを関連付ける目下のファクターは消えてなくなるはずだ。
 クーと呼ばれた火車は、手慣れた様子で死体を解体している。運ぶために細切れにするのらしい。死体の鮮度を確認して、首、二の腕、太腿を各二箇所ずつ強く縛り上げていた。これはどうやら止血らしい。止血が終わると、それぞれ二箇所ずつ行った止血帯の間に、ノコギリを入れる。さくさくと、まさに作業といった様子。止血のせいで切り落とした後も血で床が汚れることも無い。火車が作業用にと持ってきたシートの上に、幾らかの血痕が出来ただけだ。そうして手足と首を動から切り離し、6つのパーツにコンパクテーションしてから頭陀袋の中に放り込むのだ。
 男の方の処理を終えて、次は女、つまりハコの解体に取り掛かろうと止血帯を巻き始めた。

「リン。こいつはダメだ。使えない。男の方はただの窒息死だけど、粘膜接触していたことを考えると両方共焼却だ」

 ふと、大きい方の火車が声を上げる。やはり女の声だ、背丈に似合わない可愛らしい声をしている。リン、とは小さい方の火車のことらしい。

「うん?」

 リンと呼ばれる方の火車が様子を見にハコの死体の方へ寄る。リンはしゃがんで、シートの上で横たわるハコの死体を覗き込んだ。そして、顔を顰めた。

「こいつは……」
「どうかしたの? 今更死体は引き取れないなんてことは」
「こちらもお仕事ですから、きっちり処理は致しますよぉ。 でも、商売の面でだけ言えば、こいつは損な案件ってやつです。この死体は、|使い物にならない《・・・・・・・・》。多分問題は無いでしょうけれど、この部屋は大事を取って一週間は人に貸さない方がいいと思いますよ」

 リンと呼ばれた火車が女主人を手招きし、ハコの死体へ注視を促す。リンは手袋をはめた指で、死体の太ももあたりにある白い吹き出物のようなところを摘むように強く押す。すると、吹き出物の付近の皮膚がちょうど白ニキビを潰したときのようにぷつりと破けて、内側のものがひねり出された。それだけでもあまり気味のいい光景ではないというのに。

「ひっ……!」

 女主人は、こんな街で産まれてその作法と道義に従って生きてきた、並の男なんかよりもよほど肝が座っている。だと言うのに、それを見て、信じられないという、|女らしい《・・・・》悲鳴を上げた。
 死体の白い吹き出物の内側からひねり出された白い塊は、ニキビのそれとは明らかに異なっていた。ぱっと見では分からないが、よくよく目を凝らしていると、その白い塊がもっとちいさな楕円状の白い粒が集まったものだということがわかる。
 そしてそれは、ゆっくり小さく蠕いていたのだ。
 女主人が後ずさったのを横目に、火車二人は死体を頭陀袋に収めようとする。男の方は放り込むように雑に扱ったものの、今奇妙なものが内側から現れたハコの死体については、解体を諦め慎重になっているようだ。

「クー、そっと運んで。いや、むりかなあ」
「努力はするけど……あっ」

 ぶちゅ、という気持ちの悪い音が室内に響いた。音の発生源は、案の定にハコの死体だった。クーがその死体を持ち上げたとき、まるで死体が水の入った袋で、そこには穴が空いていたのだと言うように、死体の尻の穴から赤黒く粘性のある液体が小さく吹き出した。穴の穴だけではなく、膣からも同様に赤黒いゲル状が零れている。腐臭とも便臭ともつかない酷い匂いが漂い始めた。
 赤黒い粘った液体の中には、さっき皮膚から飛び出した白いつぶつぶが浮いている。同じように、ゆらゆらと小さく蠕いていた。

「お客さん、その血に触れないでくださいね。見たくなけりゃ部屋を出ていてもらっても構いません」

 大きい方の火車に退出を許可されても、出ていかずに様子を見届けている。顔をしかめる女主人。大きな悲鳴を上げないだけでもそうだが、多分に肝が座っていると言えた。

「クー、構うもんか、取り敢えず袋に突っ込もう。きっちり封をして、諸共焼却するよ。そこの布団も処分」
「うん」

 なるだけ死体を動かさず、袋の端を移動させる形でそれを袋に詰める。小さい方が車に戻ってもう一枚袋を持ってきて、逆向きに袋に詰め直し、白い何かがういた血溜まりのついた布団も、一緒に袋につめて口をしっかり結んで封をした。ひょいと抱えた火車クーが、それを車まで運んで放り込む。
 そうしてひと仕事終えた、といった様子の火車二人。いつ聞いていいのかわからず狼狽しているばかりだった女主人は、そこでようやく、恐る恐る口を開いた。

「……あれは、さっきの白いのは、なんなの?」

 リンと呼ばれた方の火車は、狼狽えた様子の女主人に答えることなく、ただ、別のことを告げた。

「あの娘が他の誰と性行為をしたのか、洗い出さないとまずいかもしれませんねー」
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【20180115】
・指摘いただいた誤字を修正。
・間歇/間欠の表記ゆれを修正
・現実の県名で書いていた頃の残骸が残っていたので削除しました。別に問題のある記載ではないですが、憶えている人は忘れてください(
・|間欠泉騒動《この件》で、|天狗《僕等》は完全に博麗に貸しを作った。→|間欠泉騒動《この件》で、|天狗《僕等》は完全に博麗に貸りを作った。
 貸し借りが逆になっていたので修正。

【20170227】誤字をさらに修正
みこう悠長
http://monostation.blog112.fc2.com/
コメント




1.しゅうさ削除
みこうさんの新シリーズというだけで興奮しながら読み進めました。全く先が読めない展開で、続きが知りたくて仕方がないです!ドキドキしながら次回を待ってます!
2.性欲を持て余す程度の能力削除
新作きてるぅぅぅ!
寝起キッスからのフェラ!女の子の柔らかさやお尻の曲線が下半身の上にあったらそんなん、もうおっきしちゃうに決まってる!手マンクンニでの初っぱな淫語ラッシュ、地声や歌声が綺麗だったり可愛い子がひねり出すメスイキ時の濁った喘ぎってイイですよね……
楓くん、ショタだったのか…なのにお返しを求めるとは。これは文さんよろしく期待ですねぐへへw
阿波戸の調査に来た人は文っぽいなぁ、でもスマホ持ってるしはたたんかなぁと読み進めてたらはたて……そうですよね、お嬢さまですもんね…リンとクーの会話から察するに今回もやばげな展開が待ち受けていそう
文の新聞に対する言論は深く頷かされました。続く逐一批判配達も割と実感で笑いましたw文と椛のやりとりが面白くて、文の扱いを慣れてる感じがまた好みでした。馬楝叩きつけちゃう文ちゃん可愛いw
リグルが駆り出て穴に向かうということは……外の土地病や変死も含めてあの子が関係しているのでしょうか。調査に来たのが文だとしたら竜宮の子はやっぱり椛なのかなどなどこれからの展開に想像が膨らみますが、次回のお楽しみということですね
今回もとてもハラハラと面白かったです、ありがとうございました
誤字脱字報告にて終わりたいと思います↓

生地の薄いキャミソールとショートパンツにの下に潜まった彼女の体が、→ショートパンツの下に潜まった彼女の体が
たまに身につけるなった。→脱字?
皮の中に下を入れてくるくるされると、→皮の中に舌をいれて
ローリーが手を話してボクの頭を押し離す、→手を放して
おへそを引くつかせて→ひくつかせて
きちんと住まいを用意する方針担っているのだ。→方針を、または方針も?
「どっしよっかな、今から言ってみようかな」→行って?
この死体が個々にあることだけが、→ここ・此処?
部屋数増やすのも含めてもう少し高く経ってだれも文句は言わないだろう。→高くたって
夜には表情を還るのかもしれない。→変える
射命丸文は新聞を馬楝を動かす手を止めることなく続ける。→新聞に馬楝を動かす?
こんなことしてる間にも自体は悪化しているかもしれないというのに→事態は
いつ聞いていいの変わらず狼狽しているばかりだった女主人は、→いつ聞いていいのかわからず狼狽して?

そしてここからが自信がない部分で…↓

撫でるような息遣いなのに指すような声を耳元においてくる。→刺すような?
天魔《あの白禿》もう大きなことを言えないだろうな。→天魔《あの白禿》はもう?(意図してだったらごめんなさい汗)
辺に警戒されるのも望ましくないわ。→変に?(こちらも違ったらごめんなさい汗)
青々茂つていればいいものを、→青々と茂って?(これも意図してだったらすみません汗)
以上です
3.性欲を持て余す程度の能力削除
おお、筋書通りのスカイブルーに似た雰囲気の新作だ!しかも連作だ!
隔絶された田舎で奇病とかすごくわくわくします。スカイブルーと同じようにそれぞれの舞台がどのように関連してくるのか楽しみに読ませていただきます。
ともあれ今年も蛍光祭に参加する理由ができてよかった。ありがとうございます。
4.性欲を持て余す程度の能力削除
タグに夜伽の内容ぐらい追加してくれてもいいんじゃない?フェラでもキスでも何でもいいからさ
こうやって誰かの目につく場所を借りて投稿しているのに読まないでくださいってのはどうなのよ
こういう読者に対して不親切な作品が増えたら本当に嫌だわ
5.性欲を持て余す程度の能力削除
タグに夜伽の内容ぐらい追加してくれてもいいんじゃない?フェラでもキスでも何でもいいからさ
こうやって誰かの目につく場所を借りて投稿しているのに読まないでくださいってのはどうなのよ
こういう読者に対して不親切な作品が増えたら本当に嫌だわ
6.性欲を持て余す程度の能力削除
つまりお前みたいなやつには読んでほしくないってことだ。察しろ?
7.みこう悠長削除
6様:コメントに対するコメントは規約に抵触します。
目立たない場合は個人的には「それもいいかな」と思っていますが、そうした言葉の強いものは看過しがたいのでお控えください