真・東方夜伽話

ゆきてかへらぬ

2017/12/10 13:08:28
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ゆきてかへらぬ

ミルーシュカ

再録

 数えている夜の数をあてにしてもいいのなら、今は丁度秋の半ばといったところだろう。からからに乾いて肌寒い空気に身を震わせていると、座敷牢の向こう側からぺたぺたと何者かが近づいてくる音がした。

 何者か、なんてわかりきったことだ。私をここに閉じ込めている張本人。

 木の格子の向こう側に、菫色の小さな頭が現れる。梅色の、柄こそ華美ではないものの上質な生地で作られた着物がその矮躯をくるんでいた。

「正邪、夕餉だよ」

 こいつの名前は針妙丸という。元々は私と共に下剋上を志した存在だ。小人であるために元々の身の丈は私の膝頭よりすこし足りない程度の大きさであったが、秘宝の力で今は普通の娘より少しばかり小柄というほどにまで成長している。

 夕餉、と聞いて空腹を思い出した私の鼻には、ぷんと炊けた米の好い匂いが届いた。

「早く寄越せ」

「はいはい、わかりましたよ」

 慣れた裾捌きで近くに座り、手足を縛られている私に代わって箸で食べ物を運ぶ。

「どう、美味しい?」

「まずい」

 言うと思った、ところころ笑われる。最近は私の言葉もあまり響いていないようだった。最初のころは散々罵倒もしたし、奴もそれなりに落ち込んでいるようだったが、今ではすっかり慣れてしまったらしく笑みが返ってくるだけだ。自分のほうが圧倒的に有利だと知っている、私の嫌いな強者の顔だ。反吐が出る。

 奴の作る食事が本当にまずいというわけではないが、例え天邪鬼でなくとも、手足を縛られた状態で、雛鳥のように飯を食わされていればいくら上等なものでも決して美味くは感じないだろう。

「ねえ、でも美味しいんでしょ?」

「……っ」

「だって正邪、今日は美味しい時の顔してるんだもの」

 ごまかせると思ったでしょう、とけらけら笑われる。胃の中がひっくり返るような不快感。つい先ほど口にした食べ物ひとつずつに、すべて奴の意思が宿り、それらが同じようにけらけら笑っているような気がした。

「吐いたらそれも食べさせるからね」

 私の表情から何かを読み取ったのか、針妙丸はにこやかなまま恐ろしいことを告げる。

 それが単なる脅しでないことくらいは、もう十分に理解できていた。

 美しい着物にくるまれた、力なき存在。


 そいつが今、私の生殺与奪を握っている。




 一年ほど前のことだ。私はこの地で異変を企て、その計画の一つとして小人族の持つ秘宝と、その姫(といっても男だった)である針妙丸を利用した。

 鬼の世界に幽閉されていた小人族の中から彼を選んだ理由というものがあったかどうかは覚えていない。ただ、愚直で騙されやすそうな相手だったら誰でもよかったような気がする。

 結局その異変は失敗に終わり、彼は神社に保護され、私は追われる身となった。

 その、八日目のことである。

 今まで姿を見せてもいなかった針妙丸が、かつての根城に逃げ込んできた私に、あの時と変わらぬ声音でこら正邪や、と声をかけてきた。

 何も変わらない、声のかけかたも、服装も、すべてがあの時のままで。

 正直安堵していた。ここでまた彼を唆し、再び下剋上をするのも悪くはない。

 また上手く丸め込んでしまえばいいのだ。あの時と同じように。彼の中を流れる英雄の血をほんの少し、舌先でくすぐってやればいいのだから。

 そんなことは朝飯前だと思っていたのだ。

さて、と口を開いた私に彼が信じられない言葉を投げかけるまでは。

「そろそろ返してくれないかい?残りの小槌の魔力を」

 何を言っているのか、一瞬理解ができなかった。この力がなければ、今ここに立っていることすら不可能であろう私に、彼は本当に気安くそう言って手を差し伸べてくる。

「一緒に降伏しよう」

 その時の彼の表情は、異変の前と同じ屈託のない笑顔で――そしてどこまでも他人を信用していない笑顔だった。

 本性、とでもいうのだろうか。異変の前には全く見せなかったそれをちらつかせ、小さな怪物が私に降伏を持ち掛けている。

 いや、それよりも。

(裏切った、だと……?)

 もちろん針妙丸が敵に回っていない保証などなかったが、心のどこかでは期待していたのかもしれない。

 こいつは私を裏切らない、と。

「ちなみに反対するならば~」

 呆然としている私に聞かせる気などないかのように、彼はもしも反対した場合どうするか、なんてことを語り続ける。どこまでも天邪鬼を煽るような言葉だけを繋ぎ合わせたその台詞に、誰が降伏などするものか。

 湧いてきた感情は憎悪だけではない。それに余計に苛立ち、私は声を荒げた。

 我が名は正邪。

 生まれ持ってのアマノジャクだ。


 決死の咆哮を聴いた怪物はつまらなさそうに目を細めて。

 まるで最初からすべて知っていたとでも言いたげに鼻を鳴らしてから、左手の小槌を振り上げた。




 気が付けば見知らぬ場所に転がされていた。起き上がろうとしたところで、両手足を拘束されていることに気が付く。

 負けた、ということだろう。そういえば反逆者を捕らえたなら褒美を出すとお琴の付喪神が言っていた。彼もまた、私の首を差し出して褒美をもらうつもりなのだろう。

「あ、気が付いた?」

 ころころと、少女のような高い声が聞こえた。声のした方向に首を動かすと、小さな跣の爪先が見える。先ほど私を打ち負かした相手のものだった。

「ここは何処だ」

「輝針城だよ。もっともあんたは、座敷牢の場所なんて知らないだろうけど」

「座敷牢……へえ、そんなもん在ったのか」

 異変の時に根城として使っていたが、そんなものがあったとは初耳だ。広大な空間、住んでいるものもこいつと私だけ。使う空間だけを掃除してあとはそのままにしていたはずだ。

 だが、この座敷牢はどうも様子がおかしい。

 いやに綺麗すぎるのだ。まるで、予め使うために誰かが片づけたように・・・・・・・・・・・・・・・・・。

 誰か、といっても一人しかいないだろう。今私の近くにいるこいつの仕業だ。

「ずいぶん、お優しいことですね」

「ん?どうしたの、急にかしこまって。もう数刻前にぼろが出たっていうのに」

「どうせ、私の首を差し出して褒美をもらうのでしょう?わざわざ一時的な拘留のためだけに、使ってもいない座敷牢を掃除するだなんて」

「褒美――ああ、アレのことか。皆には褒美を出すって言ってたもんね」

「は、」

「もしも捕らえて持ってきてくれたなら、一回くらいは小槌を振ってやろうって思ったの。それが褒美」

 針妙丸は裾をさばいて膝を折り、私の顔を覗き込んできた。その顔はつい先ほど見たばかりの怪物のそれだ。

「お前が仕組んだのか」

「仕組んだなんていやらしいこと言わないでよ。私はあくまでも提案しただけ。妖怪の賢者さんも、博麗の巫女も、異変に利用された可哀想な私にどこまでも甘くて優しかったわ。ねえ正邪、私のご先祖様の話を知ってる?」

 怪物は笑う。笑いながら、小さな舌がお伽話を紡ぐ。

「私のご先祖様はね、好きになったお姫様を娶るためにその家のお父上を騙して、お姫様に無実の罪を着せたのよ。ね、小人ってそういう種族なの。欲しいもののためならうんと頭を使って何がなんでも手に入れて、誰にどう思われたって関係ないの」

 柔らかな掌が私の頬を撫でる。針をつまむ親指と人差し指の腹だけが妙に硬かった。

 それよりも、その掌から染み出してきた感情に虫唾が走る。

「お前、男だろ」

「そうよ」

「気でも狂ったのか」

 からかってやったつもりが、針妙丸の笑顔はどんどん深度を増す。

「好きになったのがたまたま、男だっただけよ。もしも正邪が女の子だったなら、もっと楽だったのかもしれないけどね。犯して、孕ませて、それだけで十分縛っておけそうだもの」

 すりすりと頬を撫でまわしながら、恐ろしいことを言う怪物。

「だからね、正邪。私は私なりの方法で、あんたを縛っておくことにしたの。体も、心も全部私のものにしなくちゃ、満足できなくてねえ」

 舌なめずりを二、三度してから、針妙丸はゆっくりと自らの帯を解いた。

 結論から言えば、私はこの男を「無理やり抱かされた」のだ。もしも私が女だったなら、先ほど彼の言ったように犯され孕まされていたのだろうが、人間大に大きくなっていたところで私の方がずっと大きい。抱くのには骨が折れるのだろう。およそ煽情的とは言えない痩せぎすの体は着物に幾重にも包まれているからか日に焼けておらず青白い肋の影が妙に目に焼き付いて離れない。

 胸板と呼べるほど筋肉もない胸に、女のような丸みのない下腹部――そして、申し訳程度に付いている針のような性器が、彼の性別を物語っていた。

 仰向けに転がされた私の上に乗り上げて、好き勝手に動かれる。こちらの意見など聞く気はないらしい。そして、私が射精を終えると萎えたそれをきちんと舐めてから、それじゃあね、と朗らかに座敷牢を去っていく。




 そんなことが、もう何度あっただろうか。

 彼が求めてくるのは毎日ではない。そして時間帯も決まってはいないようで、昼餉を持ってきたと思えばそのあとすぐに、ということもあった。多くは身体を拭きに来たついでに行われることが多い。もともと身にまとっていた服は「脱がすのも着せるのも難しい」という理由で彼の持つ剣で破かれ、代わりに手縫いの脱がしやすく着せやすいもの(一見するとただの布切れにしか見えないが)を与えられた。抵抗することもできないのでそのまま着せられている。

 小さな得体の知れない怪物は、今のところは私の心までは奪えていない。このままずっと根競べをしていくのかと思うと正直自信がないのだが、こんなやつに屈服するとなったら、私が種族として死ぬようなものだ。何としても耐えなければいけない。

 終わりのない拷問も、自分のアマノジャクとしてのプライドがあれば耐えられる。そう信じて。




「耐えるねえ」

 湯を張った桶と手拭いを運んできた針妙丸が、楽しげにそう言った。体を拭きに来たよ、と続けて。

「当たり前だろ。こんな仕打ちを受けて、誰がお前のことなんか好きになるか」

「そう?生き残るためには、適応するっていうことも大事な事だとおもうけど」

「適応?莫迦言え、諦めるってことだろう」

「ふうん。まあどっちでもいいわ」

 ちゃぷ、と手拭いを湯に浸けて絞ってから、針妙丸は私の体を拭き始める。湯にはいつも何かよく判らない、嗅いだことのない独特な甘い香りが付けられていた。これが彼の肌の香りに近いことに気付いたのは、つい先日のことだ。

 甘ったるくて、腐る前の水菓子くだもののようにぐずぐずとして柔らかい、そんな香りだ。

 この猛毒のような香りが鼻を撫でつけていくたび、頭がじんと重たくなるのだ。

 温かい手拭いが、身体を這いまわる。

 汗をかきやすい腋窩や膝裏を特に念入りに拭かれ、手拭いが冷えたら再び湯に浸して、を繰り返す。

「そろそろ御髪おぐしも洗ってあげなくちゃねえ。脂でべたべただもの」

「ついでに切ってくれよ。煩わしくて堪らん」

「このまま伸ばしたって素敵だと思うわ。珍しい三毛色の髪なんだし」

 そうしたら私が毎日丁寧に梳いて、お手入れしてあげるからね。と悪魔のような提案をされる。提案どころか、ひょっとしたらもう既に決まっていることなのかもしれなかった。ぞっとしない。

「お姫様をやっていた・・・・・時に使ってた手入れの道具、持ってきてあるから心配しないでいいのよ」

「そういう心配をしているんじゃない」

「うん、知ってる」

今更になって気付いたことがある。こいつは決して騙されやすくもなければ、頭も悪くはない。

 しかし、他人に騙されることはなくても目の前の欲に目が眩めば手を出さずにはいられない性分ではあるらしく、それがこの結果だ。

――小人ってそういう種族なの。

 頭の中でかつて彼の言った言葉が響き続けている。

――欲しいもののためならうんと頭を使って何がなんでも手に入れて、誰にどう思われたって関係ないの。

 欲しいもの。

 つまるところ、彼にとって私は恋人である必要がないのだ。彼が「好き」であるならば、それを対象である私が受け入れなくても、対等な関係を築いていかなくとも構わないのだろう。彼の欲する私の心とは、恋に溺れさせるというものではなく、挫くもの。

 あくまでも自分の所有物として欲しているのだ。

――狂っていやがる。

「う、っ」

 ふいに手拭いが、胸の先を擽った。

「なーに、考え事?」

 暢気だねぇ、と笑われる。菫色の瞳には、欲情の色が見てとれた。吐き気を催すほど透明なのに、どこまでも底がない。深く見つめてしまえば気が狂いそうになる目だ。

「当たり前だろ。こんな居心地の悪いところにいれば、娑婆の空気だって恋しくなるもんさ」

「へえ、そう。表にはあんたの命を狙う人妖がうろちょろしているのに?」

「ここにいるくらいなら、命を危険に晒してでも外をうろついていた方がいくらかマシだ」

 口元を笑みの形に歪ませて、私は言う。針妙丸は然程気にしてはいないようだった。彼にとって今の私は無毒な芋虫と同じなのだ。餌の葉すら彼の手で与えられなければありつけず、また踏みつぶすことだって気分次第で容易に出来る。それゆえの余裕だった。


「でも正邪、勃起してるよ」


 命を危険に晒してでも外をうろついていた方がいいって言ったのにねぇ、と心底楽しそうに針妙丸は続ける。

「てめえが変な触り方するからだろ!」

「そーお?別に普通に拭いているつもりなんだけどな」

 そう言いつつも指はくりくり、ぐにぐにと容赦なく胸の先をいじり続けている。

「そういえばしばらくシてなかったもんねぇ。どれくらい経つかな……五日ぶりくらいかしら。あんた自分じゃ慰められもしないもんねぇ、溜まって辛いでしょう?」

「そう思ってるなら、縄解けよっ」

 ぎっちりと縛られた腕はどれほどもがいたところで緩む気配を見せない。むしろ粗い縄が擦れて痛んでくる始末だ。縛るならもう少し滑らかで柔らかいものを用意してもらいたい。

 いや、縛られることなど御免だが。

「縄を解いたら逃げちゃうじゃない」

「当たり前だ!こんなところに一秒だって居たいもんか!」

「ふふふ、だからだーめ」

 機嫌を取ったところで解く気がないのは既に確認済みだ。だからこうして反発し続けている。もちろん、本心からだ。

「それに、縄を解かなくたって発散はできるじゃない」

「お前にされるのが嫌なんだよ!」

「ひっどーい」

 さして傷ついてもいない口ぶりで顔だけを悲痛そうに歪められる。態とらしいその態度にむしゃくしゃした。

「わかったらとっとと解け」

「やーだ」

 手拭いを抛り投げて、針妙丸はがばりと私の上に乗り上げる。

「私がシてあげるって言ってるじゃない」

「い、やだ……!」

「こんなに硬くしてるのに?」

 柔らかく小さな手が急所を握る。そのまま上下に手を動かされて、否応なしに高められた。

「う……っ、ぐ」

「ほら、気持ちいいでしょ?先っぽからお汁溢して――私の中に入れたい入れたいって言ってるのに」

「莫迦言え……誰がてめえみたいな、っ気狂いの変態なんかにっ」

「正邪は嘘つきね。それは天邪鬼だから?」

「本心だっ、てぇの!」

 震える喉を宥めながら、必死に奴を否定する言葉を並べ立てる。

「私男でよかったなって思ったことがあるの。女じゃあ、男の気持ちいいところなんて指示されないと判らないでしょ?」

 かぱりと大きく口を開けたかと思うと、そのまま一気に銜えこまれた。頬を膨らませ弱いところを懸命に舐(ねぶ)っている様は栗鼠のようだ。怪物の眼光をうっとりと細め、恍惚の表情を浮かべていること以外は。

「んっ、んんぅ……やめ、やだって言ってんだろこの変態っ」

 両手を縛られているために声を堪えるには唇を引き結ぶしかない。柔らかく熱い口内は女のものと全く変わらず、むしろ女より性を知っている分たちの悪い責め方をしてくる。

「ひっ、く……くそっ、こんな奴にぃっ」

 せりあがる理不尽な快感に思わず動ける限り腰を進める。あわよくば喉に刺さって苦しめばいい、そんな小さな野望を抱えて、小さな口に欲の塊を押し込んだ。

「んぐぅ!」

 ひくり、と喉が先端を押し出そうと震えるのが判った。それがいい刺激になる。

「ぷぁっ。げほっ……」

 辛抱できなくなったのか針妙丸が口を離した。萎えていないそれがずろりと歯に引っかかってから抜けていく。

「おいおい、私がシてあげるんじゃなかったのかぁ?お姫さんよ」

「はぁ、あぅ……」

「ほら、しゃぶれよ。満足させてくれるん……だ……ろ」

 針妙丸は笑っていた。先ほど押し込まれた苦しさに滲んだ涙を着物の袖で拭いながら(妙にしっくりきている。女でもないくせに)にっこりと。

 裏のない笑みだった。むしろ表がない。まるで取り繕う気がない、心からの笑みだった。

「少し興がそがれちゃった。やめちゃっていいでしょ?だって正邪、私みたいな気狂いの変態にされるの嫌なんだもんね」

 何かろくでもないことを思いついたらしかった。ぞく、と背筋を冷たいものが走る。

「私も男だもん。勃起を鎮める方法は何も抜いてあげたり、セックスしてあげたりするだけじゃないことくらいわかるわ――そうね、しばらーく放っておけば、いずれ萎えるでしょ。よかったわね、正邪」

 涎と先走りに塗れたそれを先ほど抛り投げた手拭いで無造作に拭きとり、元のように服を着せられる。

「あーあ、残念。私はシたかったのになあ」

 桶と手拭いを部屋の端に寄せてから、私の目の前に座り込む。しばらく酩酊したような面で私の顔を覗き込んでいたが、やがてゆっくりと着物の前を寛げた。

 下に着ているのは着物用のそれではなく、無地の洋服だ。胸元と裾に飾り襞のついたそれを、こいつは何故だか襦袢の代わりに身に着けている。

 本来着物の下に纏うものではないために、襟から飾り襞がはみ出ているが、本人はこっちのほうが可愛いでしょう、などと言って直すつもりはないらしい。

 そもそも何故男なのに姫とされていたのか、そしてその役柄から逃れてなお女の装いを崩さないのか、今になっても理解ができない。

 そもそも私は、この少名針妙丸という男をどれほど理解できているのだろうか。他人の心を読み、その裏をかくことに長じた天邪鬼にすら判らない内面を持っている。それが恐ろしくてたまらない。

 理解できないことへの恐怖。人間どもが私達妖怪に名前を与え、曰くと箔を付けてその恐怖心を慰めたように、私もまた彼を怪物として扱うことで少し安堵しているのかもしれない。そう思った。

 金糸の縫い取りの美しい帯が形を失い床に寝そべる。品のいい柄の着物も同じようにばさりと投げ出された。洋服のみを身にまとった針妙丸かいぶつが依然として不快な笑みを湛えている。

「正邪がシたくなくても、私はシたいの。だから、正邪はそこで見ててくれるだけでいい」

「は、」

「悪くない話よね?」

 ここが地獄か。

(地獄のほうが余程住み心地がいいかもしれないな)

 いずれは行くであろう場所だ。もっとも、休日を返上して説教して回っているらしい幻想郷の閻魔には会ったこともないが。こいつよりはずっとまともな相手だろう。

 そういえば、同性愛の類も地獄に堕ちるのだったか。だとしたら不本意にも男を抱いた私と、無理やり我が身を抱かせた針妙丸は、同じ場所に堕ちるのだろうか――冗談じゃない。

「……勘弁してくれよ」

 ずきりずきり、頭が痛む。諦めるように目を閉じ、どうか早く終わってくれますように、と誰にともなく祈った。

 はしゃぐ幼子のように甲高い笑い声が、痛みを増幅させる。




「なあんだ、目を閉じちゃってるの?つまんないなあ……ねえ、こっちを向いてよ正邪」

 甘ったるい声で媚びるように針妙丸は私の名前を呼ぶ。せいじゃ、せいじゃったら。しばらく呼び続けていたが、そのうち私の意思の固さを思い知ったのか呼ぶのをやめた。

 小さなため息の後に、しゅるりと衣擦れの音がした。

「ふ……ぅ」

 くぐもった声がすぐそばで聞こえる。一人でするのなら、何も私の前でなくてもいいはずなのに。

 いや、こいつはそういう奴だ。

「んっ、ねえ……正邪、見て。触られてもいないし、見られてもいないのに……っあ、おっぱい、硬くなっちゃって――つん、って起き上がって……」

「……黙ってしろよ」

「こりこり、するとねっ、あ、あう、う……おまたが、きゅうって」

「黙れったら!」

 瞼を閉じたまま、吠える。それで臆する相手ではないのは判っているが、そうせずにはいられなかった。

 身体が反応してしまっているのだ。教え込まれてきたこの怪物の痴態、その内部の熱を求めて、内側から滲みだすように高まっていく。

 自分の体に満ちていたのは彼に対する憎悪だけではなかったということが信じられない。

 耳を塞ぎたくとも、両腕は縛られていてぴくりともしない。

 瞼の裏では、頼んでもいないのに彼の痴態が勝手に再生されていた。頭かぶりを振ったところで止まらないそれはひどく鮮明で、恍惚の表情も、針のように細い性器も、そこからぷくりと滲みだした蜜までもが現実と寸分違わぬ精度で――いや。

「……あは、やっと見てくれたあ」

「――――っ!」

 瞼の裏でなど再生されていなかった。その痴態はまさに目の前に晒されていて、私はそれを見ていたらしい。

 悪戯が成功した時の子供のような表情で、針妙丸は嬉しそうに笑っていた。

「天邪鬼は身体だけは正直者ね」

 ぺらぺらとよく回る、素直な二枚舌。

 まるで天邪鬼のようだ。私よりもずっとそれらしい振る舞いをするのだから。

「粗末なものおっ立てて、暢気なもんだな……ううっ!」

「あんたは少し、焦りすぎているように見えるけどね」

 すっと伸ばされた脚。爪先が、布越しに性器を撫でてゆく。そのまま足の裏でぐっと押し込まれ、腰がびくんと跳ねた。

「あら、足でも気持ちいいんだ。ふふ、こんなに硬くして……ひょっとしてさっきからずっと萎えていないのかしら」

「は、っ」

 すりすりと足の裏で慰められるのは屈辱だった。

 そして肉欲に抗えない己が何よりも憎い、自分を憎み続けたところでどうにもならないことは判っているのに。

「ほら、こんなにびちょびちょに濡らして――射精したい、って言ってるよ」

「……っあ、ぁ」

「そんな女の子みたいな声を漏らして、私おとこの足で扱かれて……どっちが変態なんだろうね?」

 くくく、と喉の奥だけで笑われる。誰のせいだと思ってやがるんだ。

「変態は、ぁっ……てめえ、だけだろ……っ!」

 腰の奥でずっと蟠っている熱が徐々に頭を蝕んでいく。

「そう」

 何の前触れもなくぎゅむ、と力を込められた。びくん、と腰が跳ね上がり、下腹部で滞留していた熱が一気に溢れ出す。

 待ちわびていたその解放感に強く目を閉じる。布に染み込んで、じわりと生ぬるい精液の感触が広がった。

長い長い射精の間、針妙丸はぬめついた布越しにそれが終わるまで丁寧に足を動かす。慈しむような不快な視線を私の一物に向けながら。




「あーあ、射精ちゃった」

 くすくすと笑いながら針妙丸はゆっくりと足をどかす。ぬちゃ、と湿った音がした。裸足で歩き回るせいで皮膚の固くなった小さな足の裏は指の股まで精液に塗れて光っている。

「いっぱい射精したねぇ」

 どこか満足そうに針妙丸は言った。汚れた足をずいっと私の顔面に差し出す。

「舐めてみる?」

「そんな汚えもん誰が舐めるか」

 近づけられると青臭い、特有の臭いが鼻を突きさした。

「汚い? あんたが出したもんなのに」

 べた、と小さな足が頬に付けられる。不快感に眉を顰めると針妙丸はいっそう楽しそうに足を擦り付けて付着していた精液を延ばして遊び始めた。まったく気色の悪いことばかりする奴だ。

 頬に己の出したものを塗り付けられながら、その匂いに体が震える。

 男同士の性交では欠くことのない精臭。

 無理やりに引き出される過去の行為の記憶を孕んだ香りにぞくりと寒気がした。

「あは、正邪の顔べとべと」

「……っ」

「ねえ、シたくなってきたでしょ? 正邪、精液の臭い嗅ぐといつだってそんな顔するもんね」

 一人で吐露していた時、異性を相手にしていた時は微塵も興奮を覚えなかったはずのその特有の臭気を、私はいつの間にか欲情の引き金として認識してしまうようになっていた。

 全部こいつのせいだ。こいつさえいなければ。

「シたい?」

「シ……たくない」

 己の無力さを呪う。底のない菫色の瞳に移る私の表情は、誇り高きアマノジャクとは程遠い。

 そこにあるのは、ただの熱に浮かされた妖怪おすの顔。

「そ。じゃあ見ててね」

 ちろりと舌を出した針妙丸が、再び自慰を再開しはじめる。細い指を小さな舌で絡めとり、時折吸い付いて音を立て――まるで陰茎を愛撫するときのそれのように銜え、よく湿らせたそれを開いた脚の間にそっと滑らせた。

 小柄な体躯相応の、小さな尻と排泄口。

 初めてこの座敷牢でこいつを抱かされた時と比べると、幾分か色がくすんだように思える。

 濡れた指を沿わせ、何度か往復したり、軽く押し付けるような動作をしてから、針妙丸はゆっくりと息を吐いた。ぬく、とその場所に指が埋まっていった。

「ん……っ」

 額に脂汗を滲ませながら、ゆっくりと指で性器ではない場所を拓いて、解す。潜り込んだ指によって時折晒される内壁の赤色が目に痛い。

 幾分か馴染んできたのかゆっくりと速度をあげて中を犯し始めた。そのすぐ上でぴくぴくと小さな性器が揺れている。

 ごくり、と唾を飲んだのはまったくの無意識だった。それを聞き届けた針妙丸がにいっ、と口を歪める。その姿は天邪鬼の私よりもずっと様になっていた。

「あぁっ、んぅうっ……ふ、う」

 腹側の「いいところ」を掠めるように動かしているらしい。わざとらしさを感じるほどに煽情的な声を上げ、かくりと小さな腰が震えるのが判った。

 先ほどのしたり顔から判断するに、奴のすべての行動には裏がある。私をその気にさせようとして、わざと煽情的に振る舞っているのだと容易に理解できる。

――それなのに。

 反応している自分が情けない、自分が誇り高きアマノジャクである以前に一匹の雄だということを否応なしに理解させられてしまう。

 それも、相手は男だ。女の装いをして、雄であることも捨てて男色に溺れることもいとわないほど恥知らずの小人だ。妖怪でも人間でもない、下等生物だ。そんな奴に私はこんなにも欲情している。

 下等生物の痴態から、目を離せずにいる。

「その顔は自己嫌悪だね」

 手を止めて、針妙丸が言う。

 喘いでこそいないものの、唇と睫毛はそれらしく濡れて、まるで女のようだ。

 私が欲情するのは、こいつに「女」を見ているからなのだろうか。

 こいつの性器も、後ろの穴も、女というには違和感がある。

 認めたくなかった。

 私が私でなくなるようで。

「ずうっと一緒に暮らしているからね。嘘つきの正邪のことが判るようになってきたの。我ながらこの欲深さには辟易するわ」

 生まれて初めて、理解される恐ろしさというものを知った気がした。人間は天邪鬼わたしに、常にこういう気持ちを抱いていたのかもしれない。

 針妙丸は私から目をそらさずに、両手の人差し指を穴に引っ掛け、開いてみせた。もうすっかり解れているらしいそこは、ぱかりと大きく口を開け、震えている。

 女の性器とは似ても似つかぬ形をしてはいるが、

その内側――粘膜は使い込まれている割には綺麗な色をしていた。

 いつも入らされていた場所だ。

 私の表情を見て、針妙丸が少しだけ貼り付けた笑みをはがす。そこに若干の照れや媚びの色を混ぜて。

 ずい、と私の腹の上に乗り上げ、尻たぶの間で器用に私の一物を扱き始めた。少しだけ肉の付いた双丘の間でぬるりと性器が擦りあげられる。

「ね……早く挿入れないと、乾いちゃうよ?」

 ぼそり、と溢したその言葉に、私の心の中で何か大切なものが音を立てて落ちてしまったように思えた。

 理性の箍か、それとも誇りか、もしくは他の何かなのか――どうでもいい。

「あっ、」

 満足に動くことのできない体を懸命に動かしてぐい、と腰を進める。

 最初から予測されていたのだろう。後孔は丁度よく切っ先の真上にあったらしく、そのままぐぶりと音を立てて飲み込んだ。

「ふ……っぐ」

 本来排出しかしない場所に異物を挿入されているというのはどんな気持ちなのだろうか。仕掛けてきたのは向こうの方ではあるが、お世辞にも気持ち良さそうには見えなかった。眉根を寄せ、歯を食いしばり――まるでこちらが悪いとでも言いたげな苦悶をその幼気な顔に貼り付けている。

「きっつぅ……」

 そして私も、気持ちいいとは言い難い。求めていた性感よりも、急所の根元を引き絞られている苦痛の方が勝るのだ。

 ひく、と喉を震わせ浅い呼吸を繰り返しながら、針妙丸は自分の性器に手を伸ばした。小さな手で未成熟なそれを握りこみ、ゆっくりと扱き始める。

「ん、んく、ぅあ、ああ……はあ」

 それに一体どんな仕組みがあるのかは不明だが、異物を食いちぎらんばかりに込められていた力がゆっくりと抜けていく。苦痛の貼り付いた表情も徐々に蕩けていった。

 程よく緩んだそこを何度か確かめるように意図的にきゅうきゅうと締め付けてから、針妙丸は深く息を吐いた。

「よさそう、だね……?」

「……うるせぇ」

 底のない菫色が私を見つめて笑む。今まで見てきた怪物の笑顔ではない。

 出会ったばかりの、私が憎悪を抱く前の彼のそれだった。

 直感的に悟ったのは、彼は最初から怪物などではなかったことだった。古来人間が私達妖怪に名前を与えたのは「得体の知れない恐ろしいものを知ろうとした」結果であり、それによって妖怪には箔と退治方法が付与された。

――もう、彼のことを恐ろしく感じない。

私のアマノジャク部分を侵し尽くして、くしゃくしゃに丸めて、その硬い足の裏で完膚なきまでに破壊してしまったからだ。蹂躙されたプライド。どんなに手を尽くしたところで救済できないそれを、もう守る必要はない。

彼を恐ろしいと思っていたのは「アマノジャクの私」だ。「鬼人正邪という妖怪」は、彼を恐れる必要などないのだ。

 もう逃げられないし、逃げる必要もない――そう思った。

「そろそろ、動くね」

 私の腹に手をついた小人が、ゆっくりと腰を持ち上げた。




 いつの間にか眠り込んでしまっていたらしい。目覚めたときにはすでに汗と体液まみれの体は拭かれていて、元通りに服を着せられていた。

 珍しくぐっすり眠ったな、と思った。体を縛られていると、どうにも窮屈でいつも眠りが浅かったせいか、疲労がなかなか回復しなかったものだが。

 起き上がって、ぐっと体を延ばす。ぼき、と骨や筋が音を立てて伸びていった。

 そこで違和感に気付く。体を伸ばすことなど、ここしばらくはなかったことだ。手足を縛られていたために手足の可動には制限がかけられ、寝返りをうつにも一苦労だった私が思い切り伸びをすることなど出来るはずもない。

 丁寧に磨かれた床に散らばる縄、半開きの牢の扉――どうぞお逃げなさい、とでも言いたげな舞台だ。

「丁寧に反則アイテムまで風呂敷に包んでやがる」

 一つとしてそれらに欠けはない。むしろデコイ人形などは彼の手縫いらしい着物に着替えさせられているし、他の道具たちも綺麗に磨かれ、薄暗い座敷牢の中で光り輝いているようにすら見える。

 廊下の向こうからぺたぺたと針妙丸が歩いてきた。手には竹皮に包んだ握り飯と竹筒の水筒を持って。

「あら、もうてっきり逃げちゃってるかと思ったのに」

 全てが計算通りという顔だった。

「どの口が……」

「あらー、やっぱりばれちゃうね。丁度起きるころだと思って」

 ぽりぽりと頭を掻きながら嬉しそうに小人は笑う。私はそれにただ肩を竦めて返事をした。

「最中にね、」

「あ?」

「最中にあんた、すてちゃったでしょ。私の思い通りにはならないぞって今まで守ってきた大切な何かをさ」

「ああ、それでか」

「うん。それで、もう逃げることもやめちゃったのが判ったの。だからもう縄も牢も必要ないなって。道具とおむすびとお茶はただの嫌がらせだけど」

 針妙丸はよいしょ、と年寄り臭くこぼしながら私の横に腰を下ろして小さな頭をこちらに寄せてくる。それを押し返さず、かといって抱き寄せもせずそのままにしていると、べたべたと手や足を何かを確かめるように撫で始めた。

「縄の痕、もうないね。ほんの数刻前のことだったのに」

「腐っても妖怪だからな」

「ふうん、なんだか寂しい」

 とはいえ、筋肉はすっかり衰えてしまっていた。

 両の手足はすっかり痩せてしまっている。自分で見ていても気味が悪くなるほどに。

「ねえ、正邪」

「なんだクソ小人」

「逃げないの?」

 その声音は意地の悪そうなものではなかった。純粋な疑問を孕み、ただ訊ねただけというような印象を受ける。

「今すぐにはな。この先一生、とは言わん」

「へえ、そう」

 どうやらその答えも想定済みだったらしい。どうでもよさそうな返事をしてから、針妙丸は包みを解いて握り飯をこちらへ差し出す。

 弱った手では、こんなちっぽけな握り飯すら酷く重く感じた。震える手を叱咤しながら握り飯を口元まで寄せてかぶりつくと、中には何も入っていなかった。ただの塩味がするだけの米を咀嚼し、飲み込む。

「やっぱり、自分の手で食った方が美味いな」

「私が握ったからじゃないの?」

「塩結びなんて誰が握ったって変わらん」

 むう、とむくれる小人の頬を突きまわしながらけらけらと笑ってやる。

「アマノジャクやめたんじゃなかったの? 性格全然変わってないじゃない!」

「生憎この性格は成長によるものでね。アマノジャクがどうとか関係ないのさ」

 物心つく前から持っていたアマノジャクな性分とは切り離されているもの。

 唯一残された「鬼人正邪」という妖怪の、たった一つの芯だ。

「お前こそいいのか? 私が欲しかったんだろ」

 その言葉にむぐむぐと握り飯を頬張っていた(中身はたくあんだった。私の方には何も入れていなかった癖に)針妙丸は怪訝そうに首を傾げてみせた。

「正邪が正邪なら、それでいいの。たとえなます切りの死体でもね」

 怪物でなくなった小人の答えは、相変わらず最悪に趣味が悪いということを除いてちっとも理解ができない。

 けれど――そういうもんか、と思ってしまう。

「お前以外の小人にしとけば下剋上も上手くいったのかもなぁ」

 私は結果的に、こいつに絆されてしまったようなものだ。恋愛感情などはちっとも抱いてやしないが、根本的なところは絆されたこととなにも変わらないのだから。

「莫迦ね正邪、言ったでしょ。小人はみんなこんな感じなの」

「ああ――そうだったな」

「ともかく、アマノジャクをやめてくれてよかったわ。根城(ここ)にいる限りは、守ってあげるからね」

なるほど――それが狙いか。


「お前に守ってもらうくらいなら舌噛んで死ぬ」

「ひどい!」

「酷いのはどっちだ、この悪党が」

 ぎゅう、と両の頬をつまんで引き延ばした。意外と伸びるな、などと感心する。

「むぎょもご、ま、むぎぃいい」

「ああ? なんだって?」

 もはやこいつは脅威でもなんでもない。

 私はぐいぐいと針妙丸の頬を伸ばしながら、巣があるのも悪くはないな、と感じていた。

 捨ててしまったアマノジャクも、いつかひょっこり戻ってくるかもしれない。


 そう思った。
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