真・東方夜伽話

Pain

2017/10/06 21:26:37
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Pain

野咲

めーさくがシリアスしたりしなかったりする話

*自己設定が多いので苦手な方はおやめください
*ねちょはほぼ最後ですとばしてどうぞ

















回路が焼き切れたみたい、と彼女は自分でそう評した。
ベッドに転がった彼女はぴくりとも動かない。動けない。
偶になっていたのよね、と軽い口調で彼女は言った。その度に回復するまで時間を止めていたのだけれど、今日は無理だった。失敗ね、なんてくしゃりと笑った。
廊下に崩れ込んだ彼女を見つけたのは美鈴自身だった。虫の知らせと言うには弱い予感でふらりと休憩に入り、めいりん、と舌足らずに呼ばれた。
動けなくなっちゃった、と彼女は今と同じ笑顔でそう言った。

「話はできるのに、不思議ね。身体に全然力が入らない」

すぐに運んだベッドの上で、退屈そうに咲夜は言う。美鈴は彼女の年齢を数えた。いつまでも見た目の変わらなかった彼女と出会ってからの年月を数えた。こういう日が唐突に来るかもしれない、そう考えたこともあった気がする。彼女は人間ではないのではないかと思ったこともあった気がする。
全部全部、過去の一瞬。

「感覚がないわけじゃないんだけど」

そう言って咲夜は指先を震わせた。動かそうとしたのだろう。細い首に力が入るのが見えたが、結局それだけだった。
銀色の髪だけが少し揺れた。館の中でも珍しく日の入る造りの彼女の部屋で、光はほんの微かに蠢いた。綺麗だと、思った。

「お嬢様が起きたら、しばらくお休みを貰いましょう」

そっと髪に手を伸ばす。頭を撫でる間咲夜は目を閉じた。そのまま眠ればいいと思ったけれど、唇は困ったように紡ぐ。

「すぐ、動くようになるから」
「動けるようになったとしても、少し休んだ方がいいですよ」

私が言いますね、と美鈴は微笑んで見せる。自分で言うわ、と咲夜は口にしたが信用はできなかった。
いいから眠って、と囁いて撫でる手をさらに柔らかくする。

「少しだけでいいですから。起きるまで傍にいます」

額に唇を落とす。幼い子どものように咲夜はむずがっていくつか話をしたが、やがて眠るわ、と宣言してから深く息を吐いた。撫でる手は止めず、美鈴はただその顔を見ていた。
硬質に整った顔だった。
出会った頃はもう少し幼かったような気がするが、気の所為なのかもしれなかった。人間の成長は早く、幼かったのなら今はもう少し老いに向かっているはずだった。咲夜はもう何年も、ひとつの傷も追わずひとつの汚れもなく、館中のどんな銀食器よりも綺麗なままだった。
それとも人間とはそういうものだっただろうか。同じ人間と長い間過ごすのは久しぶり過ぎて分からなかった。最後に過ごした人間について思い出すのは皺ぐれた顔ばかりだった。
さらさらの肌に触れようとして触れられなかった。すきです、と言おうとして口にできずに飲み込んだ。起こしてしまうのが怖かった。
すうすうと聞こえる寝息を聞く。
たくさん間違えた気もしたが、何も間違えていない気もした。少なくともこの結末を変え得るような何かを通り過ぎたことはなかった。
もし、終わるのなら。それはただついていなかっただけと沢山の妖怪が言うだろう。
人間に惚れ込んだその時点でついていなかったのだと。
その通りだと考える。美鈴だって他の妖怪にそう考えたことがある。
でも、この感情を抱いたことは絶対に不幸ではないから。感情を交わせたことは幸福だったから。すきです、と何度も伝えた言葉をやはり唇だけで呟いた。



どんな手を使っても休ませろ。部屋から出すな。仕事の話を聞かせるな。仕事着を着せるな。いっそ地下に閉じ込めろ。
起きるなり仕事を再開した咲夜は、やはりというべきか休みを取ろうとはしなかった。
仕方がないと夜に告げ口した美鈴にレミリアは厳命した。咲夜はしばらく休み、破ったらお前も首にする。

「えっひどい」
「酷くない。いいね、咲夜は休み。それでお前、門番はいいからメイド妖精への指示出しを優先しろ。昔やっていたように――やってたっけ」
「やってましたかねえ、多分」

かくんと首を傾げた美鈴にレミリアは頷く。

「じゃあそれでいい。食事は凝らなくていいから食べられるものを。館は普通の大きさに戻させれば掃除は問題ないだろう」
「侵入者も特に心配いらなくなりましたしね」

レミリアはひじ掛けに身体を預けたまま頷いた。やれやれ、とため息を吐いて眉を下げる。

「やっぱり人間は脆弱だったわね。覚悟の上ではあるけれど」

美鈴は何も言えなかった。覚悟、という言葉が気にはなったが反論する気にはならない。
美鈴、とレミリアが呼ぶ。

「明日からはそれで頼む。あと、仕事が回るようならお前はなるべく咲夜の傍にいてやって。動けても動けなくても一人じゃ安静にはしないだろうから」
「分かりました。――ありがとうございます」
「礼をいうところじゃあない」

苛ついているような声だった。不安、と人間は呼ぶのかもしれなかった。
そうだ。不安。
長く長く変わらない妖怪は未来を思うことが少ないから、その感情にはなかなか出会えない。
それだけはもしかしたら失敗だったかもしれないと、そんなことを考える。



外に鍵をつけたことが大層不満だったらしい。
だが咲夜の部屋には水場やその他諸々人間の生活に必要なものは揃っていたし、困ることはないはずだった。
太る、と彼女は言った。そんな心配をするほど食べない癖に。

「じゃあ、調子の良い時には私とお散歩に行きましょう」
「調子は基本的にいいったら。美鈴は心配し過ぎよ。お嬢様にも一体なんて言ったの」
「ありのままですよ。とにかく咲夜さんはお休みです」

ベッドの中にため息が籠る。今日だって動くのは億劫そうな癖に口だけは達者だった。

「車いすでも作りましょうか」
「いらない。分かった、すぐに治してやるから」
「はい。完璧な咲夜さんに戻ったら閉じ込めたりなんかしませんから」

美鈴は微笑む。メイド服にきっちり着替えていた咲夜をむりやり寝間着に変えさせた。しばらくは禁止ですよ、とクロゼットに仕舞う。他に外で着られるような服はなく、何か持ってきた方がいいのだろうかと考えた。
里の人間の服も、咲夜はきっと似合うだろう。そういえばそんな恰好は一度も見たことがなかった。彼女は常にメイドだった。眠る時以外。いや、もしかすれば眠る時でさえ。

「服ならいらないわよ」

美鈴が考えていることが分かったのだろう。咲夜は不貞腐れた顔でそう言った。

「私はメイドなんだから。他のものにはなれない」
「そうですか? 他の服も見てみたいですけど」
「無駄になるから諦めて」

明日には治すわ。そう宣言して咲夜は横になった。眠るのだろう、と美鈴は布団をかけてやりカーテンを閉じる。

「じゃあ、信じますね。咲夜さん」

うん、と咲夜は言った。気弱な声に聞こえた。
あまり聞いたことのない声に何故か泣きそうになって扉を閉じ、鍵をかける。
メイドでない咲夜は、彼女自身の中にはいないのだろう。美鈴の中にもいないような気がする。
十六夜咲夜という名前でさえ、そういえばレミリアがメイドにつけた名称でしかない。メイドになる前の彼女自身の名前を美鈴は知らない。
レミリアは知っているだろうか。いや、恐らく知るまい。
時間を確認して、美鈴は歩き出す。咲夜の力が自分にも使えたなら、もう少し傍にいるのに。
もしかしたら永遠にでも、傍に。



やはりと言うべきか、一週間が経っても咲夜の調子は戻らなかった。
紅魔館に門番もメイド長もいなくなった。いるのはメイド長代理にもならない、昔雑用をしていた名残の自分だけ。庭先から大きな館を見上げてそんなことを考えた。
複雑な買い物は妖精には難しく、品揃えが煩雑で同じものがほとんどない香霖堂へのお遣いは頼めない。なんて、半分はただの言い訳で多分自分は外に出たかったのだろう。
あったら買ってきて、とパチュリーから外の世界の書物を頼まれていた。メモの中に書かれた単語には見慣れないものも多かった。何に使うのか考えても勿論分からない。
咲夜の為にレミリアが頼んだものかもしれなかった。そうならいいという、多分希望だった。
幻想郷を飛ぶのは久しぶりだが特に感慨はなかった。青空の下に出ればもう少し気分が晴れると思ったのは、残念ながら間違いだった。
こんにちは、と開いたままの扉を軽く叩く。
埃の向こうから顔を出す店主の顔はいつもぼんやりしている。あの眼鏡というやつの所為だろう。
昔人間と暮らしていた時にも、それをかけている相手はいなかった。幻想郷では偶にみかけるがそれでも少し慣れなかった。
顔は見えた方がいいなと思う。
顔が一番、記憶に焼き付くから。
メモを見せると店主は見繕ってくるよ、と奥に消えて行った。入り込んだ薄暗い店の中にはごちゃごちゃと雑多にものが並んでいる。いや、積まれているというべきか。
その中にふと懐かしいものを見つけて、美鈴は手を伸ばす。濃い、茶色に近い赤を基調とした民族衣装がそこにあった。
造りは難しくないのに凝った刺繍がいくつも入っている。腰に巻く布にもひっそりと同じ色で糸を巡らせてあるのが美しかった。一つ一つの模様に意味があることを美鈴は知っていた。
指先でなぞって思い返す。希望、健康、未来、輝き、魔除け、繁栄。いくつも教えてもらったものと、何故かその時に飲んでいたお茶の香りを思い出した。
店主がいくつかの本を抱えて戻ってくる。美鈴の見ているものに気が付いて小さく笑った。

「ああそれ、いいだろう。外の世界の、しかも外国のものなんだけどなかなか売れなくて」
「これ――私が買います。ツケで」
「うん、それは買うとは言わないね」

まあいいか、と店主は言った。

「本代はきちんと払ってくれるなら、そっちは今度でもいいよ。なんなら面白いものと交換でも」

困ったような笑顔で彼は言う。拾ったものを売っているからか、彼はこういうところで誰にでも寛容らしい。
預かっていた本の代金だけ支払って、美鈴はできる限りの笑顔で礼を言った。



ノックをしても返事はなかった。断りを入れて鍵を開けると咲夜は眠っていた。
ベッドの端に腰かけてみる。目は開かなかった。元は眠りの浅い彼女が、深く眠るようになっていた。
少しだけの不安と共に口元に指を滑らせる。呼吸を感じる。胸に耳を寄せると心臓の音が微かに聞こえた。
一定のリズムを刻む、人間の音。生きている音。血が巡り、気が巡る。その循環を教えてくれた人を思い出した。目尻の皺のはっきりした老婆だった。
本を渡した後、やけに大きな荷物ねと言われた紙袋から彼女が着ていたものに似た衣装を取り出す。布団の上で広げてみたが、咲夜にはあまり似合わなかった。彼女に似合うのはやはりメイドの衣装なのだろう。
他に似合う服が想像もつかないのは少しだけ悲しい。

「……めいりん?」
「おはようございます、咲夜さん」

微笑んで見せると、咲夜は掛け布団の上のものに気が付いて不思議そうな顔をした。ふく、と呟く喉は掠れていて美鈴は水差しを取る。
身体を起こす彼女の動きは鈍い。コップを取ろうとする右手が震えて、左手も出す咲夜を見つめる。寒いわね、とその唇が呟いた。

「温かい紅茶でも淹れてきましょうか」

水を少しだけ口に含んで、咲夜はしばらく何か考えるような顔をした。それから言った。珈琲がいいわ。

「美鈴の、珈琲が飲みたい」

見つめられて、目を反らした。笑みだけ浮かべてみる。珈琲を淹れるのは昔からの美鈴の趣味だった。だが咲夜にねだられることは稀だった。

「珍しい。苦手でしょう」
「それなら一緒に飲めるでしょう? 貴女こそ紅茶、苦手だから」

ばれていたのかと美鈴は目を瞬かせた。咲夜はくすりと笑った。

「そうですね。味は嫌いじゃないんですけど」
「そうなの?」
「珈琲、淹れてきます。咲夜さんにはミルクもたっぷり」

咲夜が頷くのが見えた。危なっかしくてコップを受け取り、傍の机に置いた。外に出てまた鍵をかける。
まるで咲夜の命を閉じ込めるように思える。
――紅茶が苦手なのは本当だった。昔似たようなものをたくさん飲んだから。
一緒に暮らした人間がいつも飲んでいて、それを思い出すから。
珈琲の方が好きなのも本当だから、誰にも言ったことがなかった。紅茶党ばかりの紅魔館の中では珈琲を淹れる趣味は重宝がられていて、深く追求されたことはなかった。
今一緒に珈琲を飲んだら、今度はこれも苦手になるだろうかと考えた。そういうこともあるかもしれなかった。それを言い出せば咲夜と過ごした時間のすべてがいつか苦痛に変わるのかもしれないと気が付いた。それは嫌だなと思った。
咲夜が悪い思い出になるなんて、そんなことはあってはいけない気がした。
部屋に戻り、お湯を沸かす。
とっておきの珈琲豆を時間をかけて挽いた。じんわりと砕けた豆がお湯で蒸される間、ぼうっとこれを覚えた頃を考えた。咲夜に出会う前の自分のこと。咲夜を好きになる前の自分のこと。
あまり覚えていないのは不思議なことだろうか。それとも当たり前だろうか。
出会わなければどうなっていただろうと思った。
出会う前に戻れたなら。
ああ、けれど、多分。同じ道を選んだ。この先どれだけ後悔するとしても。
何度でも、同じ道を選んでしまう。



深い赤の衣装は着せることもなく、ただなんとなく咲夜のクロゼットに仕舞った。咲夜はそれを見ていたが何も言わなかった。
外に出たい、と彼女が言い出した日にはいつも通りのメイド服を着るのを手伝った。上からカーディガンだけ羽織らせて、手を繋いで庭を歩いた。草木の色が褪せ始める季節だった。

「手、離しても逃げないわよ」

咲夜はそんなことを言った。美鈴はくしゃりと笑って握る手を強くした。

「繋いでいたいんです」
「そう」

そういえば仕事着は着せるなとお嬢様が言っていたなと美鈴はふと思い出した。咲夜に他に服がないことを主は知っていただろうか。
考えても答えの出ないことに頭を回しながら静かに庭を回る。弱まった日差しはそれでも温かかったが、咲夜はやがて寒そうに身を縮めた。
帰りましょうか、と美鈴が言った。
もう少し、と咲夜が見上げてくる。黙って従ったが見たいものがあるようには思えなかった。
繋いだ手が温かかった。
時折力が抜けるのかよろける咲夜を支えた。触れた身体も温かかった。
黙って歩きながら、初めて咲夜を抱いた日のことを思い出した。
壊してしまうような気がして、あの時の美鈴は自分でも驚くくらいに困惑した。咲夜はそれを笑った。人間は柔らかいことをあの夜に知った。人間は柔らかく温かいものでできていて、漏れだす声が耳に触れるだけで自分にも熱いものが入り込むのが分かった。
美鈴にとって、咲夜は特別だった。
この特別が壊れた時、自分がどうなるのか想像がつかない。

「……咲夜さん」

軟らかい手。ひび割れが治った。その代わりに少しだけ細くなった。いつも通りか弱かった。今までと違って気弱だった。

「そろそろ、戻りましょう。それで温かい――珈琲でも」
「一緒に?」
「はい、一緒に」

その手を離せなくなりそうで、二人で元来た道を辿る。
せめてこれが初めてでなかったら、と美鈴は考えた。初めて好きになった人間でなかったら。
でも、そんなことはあり得ない。



メイド長の不在に館中が慣れ始めた頃、部屋に入るとメイド服を着た咲夜がいた。
ベッドに腰かけ、足をぶらつかせている。顔色はあまりよくなかったが悪い方ではなさそうだった。
美鈴はなんと声をかけていいのか分からず、閉じたままだったカーテンを開けに近づいた。その手を咲夜が引いた。
開けて欲しくないのかと見下ろすと、彼女の目は少し腫れていた。泣いていたんですか、と問いかけようとしてさらに引かれた。下から首を伸ばす彼女の欲しているものが分かって口付ける。
咲夜の望むままにベッドに倒れ込んだ。押し倒したわけでもないのにそういう形で、頬に手を添えられてまた唇を当てた。
体調が悪い相手にそういうことをするような美鈴ではなかったから、深いキスさえ久しぶりだった。
呼吸が荒くなるほど求めて、どうしたんですか、と切れ切れに問いかける。
めいりん、とか細い声で咲夜は呼んだ。美鈴。繰り返す声は悲しかった。

「仕事がしたい」
「――まだ、だめですよ」
「働きたいの」
「もう少し休みましょう」

目の前の唇に優しくキスを落とす。咲夜の腕に力が籠る。

「じゃあ、抱いて。このまま……したい」

内腿を擦って脚が絡まる。美鈴、と咲夜がまた名前を呼んだ。

「でも、身体が」
「大丈夫だから。ねえ、美鈴、お願い」

甘い懇願の声。この声を教えたのは紛れもなく自分だった。背中が震えるのを抑えて咲夜を観察する。
本当に大丈夫なのか、判断がつかない。自分からなんてただでさえなかった咲夜が急に求める理由も。

「不安なの、美鈴。私は、十六夜咲夜のままでまだいられているのか」

胸に顔を埋めて咲夜は言った。押しつぶされそうな声だった。たすけて、と言っているように聞こえた。

「咲夜さん……」
「だって、私はメイドでしかなかったもの。お嬢様が名前をくださったのはメイドの私だもの」

泣きじゃくるように咲夜が言う。背中を抱き、あやすように撫でてみる。
いつもの服。太腿のホルスターを外してやり机に置いた。ナイフまで持たなくたっていいのにと心の中で少し笑った。
咲夜さん、と呼びかけスカートに手をかける。
脱がせてほしくなかったのだろう、身じろぎする彼女を抑えて口づけた。深く深く、呼吸を奪いながら全部剥いでいく。リボンも、ブラウスも、彼女の身を固めているものすべてをなくして裸にする。
キスだけで涙さえ零しそうな咲夜も、赤く染まった顔も、久しぶりだからだといいがと少し心配になる。焦点の霞みかけた瞳に唇を落とした。最後に下着も落として見下ろす。
綺麗です、と呟く。

「咲夜さんは、綺麗です。何も着ていなくても――何もできなくても」

手近なリボンを取るのを、咲夜は恐らくぼうっとして見ていなかった。後ろ手に括られて初めて抵抗を示した彼女に今度は目隠しを被せる。銀の髪。三つ編みを解いて紐を放り捨てた。
暴れようとする彼女に微笑んで適当な布を口に詰める。んん、とくぐもった声が漏れた。

「ね、綺麗です」

耳元で囁く。びくんと細い肩が跳ねた。

「咲夜さんは、咲夜さんですよ」

ふと、思いついて両手で耳を覆ってみた。聴覚を奪いながら届く範囲のすべてに口づける。額に、頬に、首に。彼女は今美鈴の腕から伝わる音だけを聞いているのだろう。
ただただそれを繰り返していると、やがてもどかしそうに動きながら咲夜が何かを言おうとした。むぐ、と薄暗い部屋にこもる音。

「何言ってるのか分かりませんよ」

笑いながら耳を塞いでいた手を離す。目隠しに唇を当てた。咲夜は少し震えた。

「ぐ、む」

口の中の布が湿り気を帯びて薄い唇が濡れていた。美鈴は目を細めてそこにも口付けた。咲夜の唾液の匂いがする。
見下ろせば細い首。仰向けではあまり目立たない胸のライン、そこから続く腰の括れと、中に詰まるやわらかいものを想起させるなだらかな腹部。
恥丘を隠そうとするかのように動く脚の曲線。
腰をなぞると、見えていないからだろう、いつもより激しく体が跳ねた。怯えるように何かを探すように、見えていないはずの目と一緒に顔が動く。そのままくびれを往復させて腋に触れた。二の腕を撫でて、唇で愛撫する。

「例えば、咲夜さんの目が見えなくなったら」

呟いた声は自分が思うよりもうっとりとして聞こえた。美鈴は心の中で自嘲する。

「耳が聞こえなくなったら。手が使えなくなったら。足がなくなったら。話せなくなったら。何もできなくなったら」

舌を伸ばす。震える体に考えた。
例えばもし、この体が時を止めたら。

「――咲夜さんを愛すのは私だけになるでしょうか」

止めても。
自分は彼女を愛すだろう。でも、その時も多分自分だけではないと美鈴は眉を下げる。咲夜はもう、何を剥ぎ取っても咲夜でしかない。
そんなこと、咲夜が不安に思う必要は本当は一つもない。例えば世界とか存在とか、そんなものを剥ぎ取っても変わりない。
胸の頂に唇を当てた。敏感に反応する身体に頬を添え、もう一方を指先でつまむ。声にならない声を今日は聞いていたくて、苦しそうだと思いながらも口の布は外さなかった。

「ふ、く、」

汗ばんでいく腹部を撫でる。掏り合わされる脚をわざと無視してしばらく胸を弄っていると、んん、と少しだけ大きく悲鳴が上がって身体が大きく波打った。
泣いているかもしれないな、と目隠しの向こうを考える。涙目になるところは愛しいから外してもよかった。だが今日はまだ外さなかった。
何もできない彼女を見ていたかったのかもしれない。

「ぅふぅ……ッ」

我慢できない、とばかりに腰が揺れる。今更に体調のことを思い出す自分を諫めてずっと急いていた頭で手を伸ばした。
湿り気に触れて、濡れた場所を過ぎて、ぐちゃぐちゃの入り口を往復する。

「っっっ、ん――!」

ひくつくそこは撫でるだけではとても治まりそうにない。早く早くと収縮しては急かしている。奥へ誘う蠢きを感じる。
久しぶりだからとまずは一本入れたが、物足りないと言わんばかりに首を振られてすぐに二本に増やした。我慢がきかなくなっている姿が愛しい。

「かわいい、咲夜さん。どうして欲しいですか? 大好きなところ、思いっきり擦って欲しい? それとも奥をこつこつされたい?」

頷き、首を振り、頷く。どうにでもしていいから、と言われているようだった。とにかく早く疼く身体を沈めて欲しいと悶えて、唯一自由になることに気づいたのか足を絡めてくる。
ここまで積極的に求められたことは今までほとんどなかった。身体を寄せ、思い切り奥まで入れながら身体を使って揺さぶる。
揺れる胸に吸い付くと高く鳴く喉が震えて反る。髪が不規則に跳ねて散らばった。

「っ、は……咲夜さん、さくやさん……」

つられるように切れる息。頭は沸騰していた。耳が熱く、こめかみとみぞおちが引きつる。何処にも触らなくとも腹の奥で快感がはじけそうになっているのが分かる。開き放しの咲夜の口元から零れる涎がてらてらと光って、むさぼるように口付けた。
びくっ、びくん、と震える肩。その感覚がだんだん短くなっていく。中の締まりもさらに強くなり時折痙攣するのが分かる。奥へ奥へ、咲夜の快楽も収束していくのを感じる。
目隠しが水を吸っている。涙を流すほど悦楽に溺れているのだと気づいて美鈴の首筋も引きつった。こくん、と喉を鳴らす。

「ふく、ん、ふぁっ……――ぁ、あ!」

縛った腕に力が入ってしなる。やわらかい咲夜。綺麗な咲夜。
達しそうな感覚は分かっていた。思い切り奥を突き上げながら胸の頂に歯を当てる。反りかえる腰を抑えて、搾り取るように何度も脈打つ胎内を感じた。
はあ、と息を吐いて美鈴も軽く震えた。ゆっくりと指を抜き、抱きしめながら口と目の布を取る。
目元にはやはり涙の痕があったが、文句の言葉はなかった。腕のリボンを解くと埋まるように寄り添われた。
薄い瞼に口付ける。
何も見えなくなればいいと、一瞬だけ、願った。



「はい、外れました」
「よろしい」

咲夜の不調はどうやら一過性のものだったらしい。綺麗な顔のままさよなら、なんてことは今のところはなく、今日美鈴は彼女の部屋の外鍵を取り外した。
メイド服をきっちりと着こなした咲夜はようやくすっきりしたという顔で伸びをする。

「閉じ込められるのはもう懲り懲りね。食事にでも気を遣ってみようかしら」
「そうですね」

苦笑しながら美鈴は答える。メイド長の復活のおかげで館の中は何やら活気づいていて、元通り広く長くなった廊下の掃除に精を出す妖精たちの顔も心なしか明るい。

「あ、でもその前に永遠亭にでも行ってみようかしら。昔定期検診に来いって言われてたのに無視しっぱなしだったし」

一緒に廊下を歩きながら、咲夜はふらりとそんなことを言った。美鈴は眉を上げた。

「……いい、ですね。それ」
「? そうよね」

咲夜は嬉しそうに仕事場へ向かう。美鈴は内心動揺した。永遠亭、医者、識者。相談するなんていう考えが何故か頭から飛んでいた。
よくよく考えれば寿命でない可能性は十分にあった。ただの病気の可能性がある以上医者に見せるべきだったのに違いない。
そこに思い至らなかったのは、一体?

「美鈴。美鈴?」

唐突に呼ばれて、美鈴は背筋を伸ばす。はい、と思ったよりも大きな声が出た。咲夜は明るく笑う。

「今日からまた、よろしくね」

さて、それは何故だっただろう。
主が何も言わなかったからか? 医者たちと今一つ交流がなかったからか? 咲夜の未来について心の奥底に諦めがあったからか?
それとも、
――咲夜を閉じ込めたい。あるいは咲夜を取り巻くすべてを奪ってみたいという欲求があったからか?

「美鈴?」

答えない美鈴を咲夜が覗き込む。美鈴は心の中で困惑しながら頷く。

「はい。よろしくお願いします」

下手をすればこの妖怪の欲求が人間に悪影響を与えた可能性がなくはない。
そうだったら申し訳が立たなさすぎると考えながら、美鈴は自分も永遠亭に行ってみるべきかななどと考えた。










勿論、恋の病は医者には治せないのだが。

読んでいただきありがとうございました。今回はちゃんとえろいれるぞ! と思って書いたのですが、……楽しんでいただけていたら嬉しいです。
あと以前の分コメントありがとうございます。返信がうまくできない自己エラー中ですが、本当に嬉しくよませていただいております。また投稿できるようにがんばりますのでよろしくお願い致します。

あとねちょ薄すぎたゆかゆゆなどをこちらに。以前お声がけ下さった方、もしみてらしたらと思います。https://www.pixiv.net/member.php?id=6159903
野咲
コメント




1.SYSTEMA削除
時間が経って落ち着いてきた二人の関係は、
肉欲と言うよりもなんだか深い精神の繋がりがあるように思えてとても素敵でした。
いつもありがとうございます。良い読後感でした
2.性欲を持て余す程度の能力削除
死ネタじゃなくてよかった…
優しそうでたまに暴走するめーりん、いいと思います