真・東方夜伽話

世界をたたく水の音

2017/07/11 20:58:25
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世界をたたく水の音

SYSTEMA
 紫様と幽々子様の側にいる事が好きだった。
歌うように話す紫様とそれを楽しそうに聞く幽々子様の姿は私にとって憧れそのものだった。たとえ話す内容が宴会での霊夢の失態であろうとも、言葉の端々からあふれ出る神秘的な気配に私は夢中だった。
 暗号のようなやりとりでさえ通じる二人は見えない臍の緒で繋がっていたのかもしれない。そんな二人の姿を見るのが好きだった。
 そして付け加えるならば私は幽々子様のことが好きで、胸の内に秘めたる思いもそれなりに膨らんでいた。
 あるとき幽々子様がどこかに行ってしまったときに紫様がやってきたことがあった。紫様は幽々子様が居ないと「なぁんだ」と退屈そうにあくびをして縁側に腰掛けた。紫様にお茶を出して、いつものように紫様が何か話すのかと待っていたけれど、紫様は黙り込んだまま。
「ねぇ妖夢、何かお話ししてよ」
 何が話せるだろう。年中曇りのこの世界で話せる事なんてこれっぽっちも見当たらない。胸の中にある私の中の幽々子様への思いを話すことにした。紫様はふんふんと興味なさげに返事をした後に話を切り出した。

「霧みたいね」
「霧? 」

 慰めでも励ましでもない、それこそ霧のようにつかみ所の無い喩えが返ってきた。

「あなたの幽々子への想い。まるで霧みたい」
「はぁ……霧ですか」
「音もなく漂い、木々の輪郭をあやふやにするように理性を痺れさせるの。
 深い霧に飲み込まれた者は道に惑い、心の不安をひた隠しながら懸命に歩き回るわ。袋小路に迷い込んで疲れちゃうかも」
 
 その言葉自体が霧のようにつかみ所が無くて、言葉に詰まる。胸の中にもやもやが広がるのは霧みたいだと言おうとして怒られそうだからやめた。少しだけ含みのある笑みを浮かべてから紫様は私の頭を撫でてくれた。

「病んで死んでしまうのも霧の中で迷うのと同じかも」

 紫様が言う喩えを当てはめてみると、案外その通りかもしれない。
 私はそれに当てはまる訳だから。でも私はいつか霧の中で幽々子様を見つけ出す。私はまだあきらめない。

「それじゃ、私は幽々子が戻ってきたみたいね。幽々子の所に行くわ」
「はい」

 それから白玉楼の細々とした雑事を終えてから幽々子様にお茶を持って行く。
 障子を開けたとき幽々子様のはだけた服から磁器を思わせる膨らみと、桜色の蕾が見えた。近くの床の間に挿したはずの紫陽花が枕元に散っている。部屋に立ちこめる少し情事の後の香りと僅かに泣いていた紫様。これらが何を意味するのか私にだってわかる。

「ごめんなさい」

 といってから遠くの自室に逃げ込んだ。それから長いあいだ私は畳の上に座っていた。
 そのときカチリと私の中の何かが音を立てて動きはじめたような気がした。機械の歯車のように正確に回るそれは次の歯車を見つけることができず、ただただ宙をもがき続けている。
紫様と幽々子様があれほど親しい事は別に悲しくも何ともなかった。
ただ、身体は雨の中にいるのに身体が砂漠の砂のようにからからに乾いている。
勝てるはずもないのだけれどあの二人が睦み合っているときの事を考えると、自分ひとりだけが霧の中で彷徨っているような気がして、寂しい。
霧の中で見捨てられた子犬ってこんな気分なんだろうか。目の前の景色がにじむ。自分はそんなことで泣くくらい、幽々子様のことが好きだったんだ。
 
 雨が降り始めて庭の木々が緑を濃くし、池の表面は踊るように水滴を跳ね返す。
 瑞々しい空気に反して私の身体の中が乾き始めて幽々子様を求め始める。
たとえば今なら一歩先を歩く幽々子様が振り返って私を抱きしめてくれたら。
 もしそんなことが起きればきっと世界中は光に満ちあふれ物言わぬ花々でさえも私たちを祝福してくれるだろう。でもその先が私には巧く考えることができない。
 それは私が幽々子様にふさわしい何かを一つも持っていないことが原因かもしれない。
所詮白昼夢。無害でお手軽な嗜好品の限界はその程度なのだ。

「梅が咲いているわ」

 はっとして幽々子様の言葉に従って庭先の隅に目をやると、
細い梅の枝にはいくらかの薄紅色の花びらが遠慮がちに開いていた。
光があってこそ花は爛漫と咲くと言っていたのは他ならぬ幽々子様だったこともあったから上手く言葉が紡げずにいて俯いた。
綺麗には違いない、だけど年中曇りのこの冥界の光ではどこか物足りない。
博麗神社でいつだったかお酒を飲んだとき夕日に照らされていた花の事が忘れられない。
次第に深まる夜の闇の中で色づいていく様を見たとき、そのとき花の一輪一輪が放つ目に染みるような色の鮮やかさと香りが目に焼き付いている。
もちろんここでもあの時と同じように花の香りは漂っているけれど、
蛇の腹のような雲が延々と続くこの冥界では馥郁たる香りであろうとも、どこか冷ややかなものに思えてくる。
幽々子様が少しの間梅の前で目をつむる。上向き加減の顔は満足げで、そういうときの幽々子様は私の手の届かない場所にいるように思えてくる。
きっと想像の世界でふわふわと漂っているんだろう。
それは地面に足をつけながらにして三寸だけ世界から浮いているようだと誰かが言っていた。
きっと手が届かない場所。私には天竺よりも遠い場所なのだろう。

「まだ、満開じゃないわ」
「ええ」
「これからね。でもこれはこれで良いわ」

 無邪気な姫君をそっと見る。いつも通り、朝霧のような笑みがそこには残っている。

「それじゃあ、私は部屋に戻るわ、紫が来るから」
「はい」

 幽々子様の友人の紫様だ。二人とも私からはとても遠いところにいる。
紫様には沢山の相手が居るのだろう。でも私には幽々子様しか居ない。
だから幽々子様が私に気がついてくれたら良いなって願いをかける。
願いは下着の形をしている。今日は思い切って黒の下着を着けてきたんだ。
大人からすればどうってこと無いかもしれないし、魔理沙や霊夢に話せばそんなことで何をと笑われるかもしれないけれどこれは今の私にできる精一杯の背伸びなんだ。

 信じられますか? 私はシャツの下の黒の下着が幽々子様の目にとまったら私は大人になれるんだって確信していたことを。
だけど幽々子様には気づかれなかった。
そういうものだと気がついたとき下着を着けたときのあの高揚感が霧散してしまって、後には何も残らなかった。
紫様には親しくする幽々子様。対する私の周りには私が手入れすべき庭木。
綺麗で思慮深く、何事も深い味わいのある二人。対する私は稽古に励むばかり。
女性らしい体つきのお二人。対する私の身体は5尺の案山子と良い勝負。
世界はちょっとだけ、いやずいぶんと不公平にできているし、そんなときに割り切れるほど大人じゃない。
下唇を噛む。
血が出る。やっぱり痛い。


春風で折れた竹垣の修理でずっと麻縄を握り続けていた。
手だけは相変わらず四つ目垣の竹を十字に合わせて、麻縄でくくる動作を繰り返している。
手慣れると竹の高さを合わせるのも楽になる。
おじいさまほどではないけれど、結構上手になったんじゃないかと思う。だけど手のひらには赤い筋が幾つも残っていて、ひりひりとするのはまだ仕事に慣れていない証拠かもしれない。
こんなとき庭仕事の時は手が何本もあればいいのにと思わずにはいられない。
汗がじっとりと背中に張り付いて、一筋の玉汗が背中に流れ落ちる。湿度が高くなってきた証拠だ。
霧が出るだろうと考えていると庭の端の方から薄い霧の陰が忍び寄ってくる。
這うように流れ込んだ霧で森羅万象の輪郭が削り取られる。木々も、空も、指先さえも。
霧の中にいる感じってとても気持ちが良い。何も考えなくすむし、考えた事があやふやになって霧に吸い込まれる気分がするから好きだ。
しばらく誰も居ない庭の中で冷気と生ぬるさの間の熱を味わっていた。
黒い下着が汗で張り付いている。やっぱり私にはまだちょっと早いのかもしれない。

 そろそろ幽々子様にお茶でも淹れよう。きっと夕餉の前に何か召されるだろうから。とくとくとお茶を湯飲みに注いで、こぼさないように廊下を注意深く歩いた。
 いつも居る部屋に向かうとそこはもぬけの殻で、薄暗い部屋の中では漆塗りのお盆が寂しげに光を照り返しているだけだった。
また幽々子様は手の届かない場所に行ってしまった。
また一つ、頭の中の霧が濃くなった気がしてくる。やっぱりなんだか変だ。なんだか、苦しい。
その場にうずくまって目を閉じて耳をふさいで胸のざわめきが収まるまで気持ちを落ち着かせる。
遠くの雷の轟き、肌にまとわりつく霧の冷たさ、それからどくんどくんと脈打つ心音。未だ生きているんだから立ち止まっちゃだめだ。
お茶を届けよう。

「幽々子様」

 縁側に居るのかと見当を付けたのにどこにも見あたらず、湿った空気で蒸す中を縁側の廊下を一回りした。
庭はもう真っ白だ。廊下の角を曲がった辺りで手に冷たい感覚が走って手元を見下ろした。どこかから水が零れた様子は無かった。廊下の板目にぽつり、ぽつりと雨粒が黒いシミを作り、年季の入った板に吸い込まれる。静かに降り始めた雨粒で冷えた空気が身体に纏わり付いて、次第に身体の熱を下げる。
渡り廊下のそばにある坪庭は花崗岩の切り石に囲まれて、四方竹がまばらに生えていた。
 幽々子様の事を考える。唇と歯みたいにいつも一緒にいるのに私はなんてこと無いことで勝手に傷ついたりするのは求める気持ちが強くなりすぎているのかもしれない。
神農の時代から何も知らない子供は勝手に希望を抱いて、勝手に沈んだりするこんな愚かなことは繰り返されてきたのだろうか。
時代も言葉もない昔から、憧れの人に気がついて欲しくて勇気を出して黒い下着を纏ったりしたのだろうか。
頭がぼんやりとして、思考は神代の過去までさかのぼっていた。
現在まで戻ると手元のお茶は冷え始めていた、もう飲んでしまおう。長い軒先で濡れない場所を探してちぢまって座り込んだ。
降る雨は葉をきらきらと光らせていた。地面の苔に水をやる必要はなさそうだ。
 雨が降るときは庭が一番綺麗になるとおじいさまが教えてくれた。反対側を向けば裏の庭が眼前に広がる。
 小雨のせいで見える範囲は限られているのだけれど見えない場所を想像する楽しみがあるのだと幽々子様は教えてくれた。
手前から奥へと流れるいかだ打ちの飛び石の向こうの橋を渡って奥へ行くと地面に伏せたような石とその後ろにある尖った塔のような石が目に入る。高くそびえ立つ石は到ることができない蓬莱への憧れを石の流れに閉じ込めたのだと教えてもらった。池の中に据えられた十尺はある石も蓬莱島らしい。厳めしくて私をじっと睨んでいるようだと昔から思っていた。人間が考える蓬莱の世界はああも近寄りがたい気配を放っているように思う。そういう支離滅裂な石の並びを手がかりにしてそれぞれの胸の内で幻想を膨らませる気持ちが私は未だ分からない。きっと、それはまだ私には分からない大人の楽しみ方なんだと思う。まだ目に見えることですら十分に分からないのに、
 霧雨が遠景を煙らせて池の向こうが見えない。風が少しだけ出てきた。やっぱり捜そう。
庭に沿った板の縁が雨粒で濡れており、板目に沿って歩けば靴下が濡れる、数歩歩いて気持ちが悪くなって靴下を脱いだ。
ぼんやりと考えながら髪をかき上げて空を見上げると雨粒が前髪を濡らす。
 自分の髪だけならまだしも障子が濡れた時のことを考えると雨戸を出した方が良いように思える。みるみる雨脚は強くなってきた。風が出てきたから迷っている暇はなかった。
庭に沿った板の縁はすっかり雨粒で濡れていた。いったいどこに幽々子様は居るのだろう。普段は使わない離れの部屋を通り過ぎようとしたとき、目の前をふっと何かが通り過ぎた。一羽の蝶だった。
羽ばたかせることもなくただ静かに蝶がゆらりと舞い、張り替えたばかりの障子を通り抜け、薄暗がりの中から外へ次々と出て行く。蝶は雨なんか関係ないという風に空を彷徨っていた。
空を見ると遠近も濃淡も無い空に数羽の蝶が舞っている。雨の中で踊る蝶達はお客達に味気ない思いをさせることはないけれどそこに暖かみも生の営みなんてない。あの蝶は子を成すこともない、謂わば欄間の飾りのように景色を装飾するための存在。
今しがた飛び立っていった蝶達は主が出した物で、こういう蝶を出すときに限って主は暇をもてあましているのだ。
幽々子様はさぞ退屈をしているのだろう、咲かない桜と屋敷と幽霊と半端物だけで回っている世界。この冥界に比べたら三途の川のほとりの方が幾らか賑やかに感じられるほどの寂しい場所なのだから。何かが起きればいいのに、と無責任な考えが浮かんでその後片付けをするのが自分だという事が思い浮かんだ。何にせよ楽しい出来事が始まる予感はしない。湿気で少しだけ滑りが悪くなった障子に手を掛ける。

「幽々子様?」

部屋の中に居たのは、探していた主と、隣でつまらなさそうに眉をひそめた幻想郷の管理人の姿だった。紫様はいつだって気ままに自由にこの白玉楼に入ってくる。白玉楼の門をくぐり、傘を閉じ、それから挨拶をして軒先をくぐるこることはない。

「玄関から入って下さい」
「幽々子に止められたことはありませんもの」
「んもう」
「幽々子ったら寝ちゃったからちょっと外に出ましょう。幽々子、お休み」

 眠った幽々子様の額をしばらく撫でるその姿は一種の礼拝の儀式のように厳かな雰囲気を放っている。
ただ、紫様が額を撫でると、私の目から蝶はたちどころに姿を消した。
部屋の行灯は朝方の火星の光のように光を失っていて、菜種油の燃えた香りが炎の残滓を部屋の中に残していた。幽々子様はゆっくりと眠っている。一度眠ると深い井戸の中に落ちたようになかなか起きてこないのはいつもの事だ。それから、一度頬を慈しむように撫でてから紫様は部屋から出てきた。
その一つの仕草でさえもなんだか魔法を見ているような気がして圧倒されるのだった。

 

 庭に面した廊下には草の香りで満ちていた。霧は草木から萌え出る香りも空中に蕩けだしている。
またいろんなものの輪郭が曖昧になってきた。私の思考にも靄がかかった気分になってくる。

「妖夢って雨が好きかしら?」
「はい」
「それじゃあ、雨を見ましょう」

 紫様は綺麗だ。背も高いし、女性らしい体つきをしているし、時折見せる柔和な笑みは緊張した私の身体を骨ごと引き抜いてしまうようにくつろがせてしまう。
紫様の手のひらは上等の絹のように滑らかなはず。一方の私は麻縄を握ってごわごわしている。
紫様がちらと見せるアクセサリーは私の知らないものばかり。でもそれが手袋のように紫様に似合っていることはよくわかる。ああ、なんて素敵なんだろう。「素敵だ」なんていかに私が言葉を知らないのか分かってしまう。いくら時間を掛けたってきっとそれを表す言葉なんてでてこないだろう。
小魚しか見たことが無い人間が鯨を形容しようとするようなもの。
花のように美しく、鳥のようになめらかで、月のように物静かな紫様と私。
その対比にうちひしがれながらも目を背ける気にはならなかった。
 恋敵なのに、私は紫様に魅惑されている。おかしい。
そんな言葉が頭をよぎった途端に景色や温度や雨の音の輪郭さえ削られる霧の中で紫様の姿は鮮やかに映った。

「なんだかね、幽々子は色々と思い出しちゃったみたいなの」
「色々と?」
「昔、遠い昔の誰かさんの思い出」
 
 紫様は廊下の角でこちらを振り返る。雨だれにかき消されそうな細い声。
紫様が幽々子様の事を話す時は、歌うような優しいトーンを帯びる。庭に咲いた青のあじさいを一つ手に摘んで紫様は弄んだ。手元だけが鮮やかな青色に染まる。不思議だ。

「紫様は……幽々子様が好きですか」
「どうして?」
「私には……幽々子様しか居ません。でも紫様には沢山のお相手がいらっしゃいます」
「私はあなたのことも好きよ?」
「そんなこと言わないでください!!」

 怒っているつもりなんて無いのに、口から鋭い言葉が出てきて自分でも驚く。
ただ紫様はいつも通り笑っているのだった。それからおもむろに近づいて来た彼女は私の胸のあたりをそっと撫でた。

「おしゃれしてるのね」
「……はい」
「ねぇ、もっと見せて?」
「そんな……」

 嫌だとか、困るとか幽々子様が居るという風に断る言葉なんて普段の私なら百通りでも言えただろうにこの頭の中にかかった靄のせいで巧く言葉が出てこない。
それどころか下腹部が熱を帯びて、ぴりぴりと身体がしびれていて、身体の欠けた部分を求めるように私は紫様の腕に身を預けていた。
理由なんて分からないけれど、霧のせいで私はおかしくなっているんだ。
 
 柔らかい明かりの中で私は紫様をじっと見つめる。彼女の双眸は私を惑わす光があり、私はすっかりその光に酔っていた。小さな呼吸の音が聞こえる。それからやわらかな花の香りを感じる。体温も。
私は霧の中でどこに行くのだろう。間違った道に入ってしまった? 

「いいの?」

 でもきっと紫様なら大丈夫という安心感に身を任せる。

「……お願いします」

 唇が触れる。かすかに震えていたのは幽々子様の幻影が浮かんだからだろう、だけどそれも舌が絡み合うようになると霧散してしまった。受け入れられた舌と舌が口腔内で蠢き、溢れた唾液がじゅるっ、じゅると淫らな音を立てる。気が遠くなるほどの性的な香りにいろんな思いは蕩けてしまう。
ひとつひとつ外されていくボタンと一緒に外されていく心の中の掛けがねを戻そうとしたけれどそれは
今の私にはできないことで、罪悪感と羞恥心で顔を覆う。ごめんなさいと、誰に謝れば良いんだろうとそんな思いが去来する。
紫様の肌を見たのは初めてだった。なめらかな肌が僅かに汗で湿り、僅かに桜色に染まる紅潮した肌に静かに口づけをする。僅かに困ったような顔をして紫様はいとおしげに頭を撫でてくれた。

「妖夢の事も大事にしているわ、でも私にとっては幽々子も大事なのよ」

綺麗ねと良いながら紫様の手は下半身へと伸びていった。汗ばんだ肌が密着してきて、私は紫様の肩に腕を回して、怖くならないようにしっかりと抱きしめた。
大きく広げられた太腿がなぞられる、黒のショーツの縁を指でなぞりながらクスクスと笑う。
「とってもかわいい」

 それから円を描くようにショーツの上を指が踊り、濡れた肉の筋を丹念になぞっていく。猫でも撫でるように柔らかく扱き、耳や首筋、胸を舌先でちろりともてあそんだ。お腹の下の方から生じた熱が全身に広がってくる。
指が身体のあちらこちらを這いずり回る、腰からお尻へと動いた指が出すはずの穴に触れる。

「あなたの大事な所はとっておくから」

 生暖かい指が深いところへと入る。
深いところへと突き立てられた指がぬちゃり、と音を立てる。鈍い感覚が背中からじんわりと全身へと伝わっていく。
 淫らに唾液の糸を引きながら笑う紫様。ピチャピチャとヌメる音が部屋の中にこだまして、身体が他人の者になったように弓なりに反った。口を開けているのに空気が飲み込めない。
紫様が口づけをしてくれる。
一生懸命に求めてもらえたんだ。私がここにいても良かったんだ。
それから天上に近づいていた意識が夜闇に隠れるように私は気を失っていった。
幸福な墜落だった。

 

「妖夢ちゃん、私の事わかる?」
「ゆ、かり……さまです」
「大丈夫みたいね。ちょっとあなたの中の固いところ、溶かさせてもらったわよ」
「きもちよかった?」
「……はい」

 一人紅潮した。
 外の日の傾き具合から時間にして一刻ほど眠っていたようだった。もうそろそろ。日が暮れる。
白玉楼の棟門まで紫様を見送った。まだ身体のあちこちにふんわりした香りが残っていた。
「スキマを使わないのですか?」
「たまには歩いて帰りたいのよ」
「なんだか頭がすっきりしました」
「そうでしょう。色々とあなたが言ってたから、今日は調整に来てたのよ。あなたの中の硬い部分もすっきりしたかしら。ねぇ妖夢。あなたには素敵なところがたくさんあるのよ?」
「……そんな慰めは……」
「あなたは幽々子に近づけばその身を焦がすほど思い詰めて、離れてしまえば形が見えなくなるほど暗くなる彗星みたい。あなたが天に尾を引くその様は周りのみんなを釘付けにするのよ」

 その笑顔を見てああ、勝てないなと思った。
きっと、苦しいのに、ああして私もろとも大事に想ってくれる言葉に私は勝てそうもない。
愉快げな笑顔で私に返事をすると石段を軽やかに下りていった。
すっかり姿が見えなくなると私は苔むす石段に腰掛けた。向かってくる一陣の風でスカートが翻る。
数分も座っていると先ほどまで感じていた恥ずかしさや、胸の内の言葉にならない思いが薄らいでいくのを感じた。
目の前には一面に羽毛を散らしたように真っ白な雲が、西風に吹かれて緩やかに低山の山稜を滑っていく。時折水の飛沫のようにちぎれた雲が空に浮かんで消えていく。
大河。潮流。色々な言葉が去来する。それがすっかり出尽くしてしまうと私は立ち上がって白玉楼の庭に向かった。妙に頭がはっきりしていた。
 白砂を均そう。足元の砂利が踏みしめられて軽く悲鳴を上げる。白砂の模様の上に海を描く。
波は心の中の霧を次第に飲み込んでいく。
いつの日か私が幽々子様の隣にふさわしい大人になるなんて今の私は想像出来ない。
でも私の想像を超えることは前もって予測なんて出来ないのだ。
気がつけば濃淡の草木が萌えるように、知らず知らず何かが実ることなんて分からないように。
だから、だから。

「待ってて下さい、幽々子様」

 
ここまでお読みいただきありがとうございました
>>1様
本当にありがとうございます。
こういう霧に煙った景色は個人的に見るのが好きで、以前訪れた庭園が見事に雨上がりで煙っていたときの事を
思い出しながら書きました。ここまでお読み頂けるとは本当にありがたいなぁと思います。
SYSTEMA
http://twitter.com/integer_
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
 未熟ながらも霧を払おうとする妖夢さんと、何もかもを見通していそうな紫さんの組み合わせは素敵ですね。今まで気づけなかったです。
 SYSTEMA 氏のお話の、雨雲のなかを遊泳しているようなしっとりとした感じが好きなのですが、今回もその佇まいは健在でした。
 楽しませていただきました。ありがとうございます。