真・東方夜伽話

虹を見上げた

2017/04/16 07:00:14
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虹を見上げた

野咲

なんとなく曖昧な咲霊。よろしければ。

*






1.

綺麗だと思うものはあまりない。
宴会中にひとりで見上げた月だとか、紫が食べさせてくれたイカとかいうものの透明な血とか。淹れたてのお茶に沈んだ茶葉の欠片とか。思い出そうとすれば少しくらいはあげられるけれど、別にずっと見ていたいとかそういうことはない。
そういう意味なら、多分あれだけ。

「咲夜ってさあ、泣くの?」

え、とお湯を沸かそうとしていた咲夜が振り返った。思いの外驚いた様子だったから、霊夢はもう一度繰り返す。

「今までに、大泣きしたことある?」

困ったような唸り声はしたが、咲夜は答えないままだった。すっかり慣れたらしい緑茶の支度が続いている。おかしなものも入れなくなって久しい。
茶葉をいつも入れ替えるのには少し不満が残るが、新しいものを持って来てくれているのだから文句は言えない。ことんと置かれた湯呑からは強く清潔な香りがする。沈んだ葉屑が揺らめく様は、やはりなんとなく悪くない。

「急におかしなことを聞くのね」

ちゃぶ台を挟んだ向かいに座って彼女が言った。
正座にも違和感がなくなったな、と霊夢は考える。

「涙って綺麗じゃない。最近見てないなあと思って」
「はあ」
「気の抜けた返事」

霊夢が湯呑に手を伸ばす。じわりと手に熱が伝わり、温かいから熱いに変わり、もう一度置く。猫舌の犬は手すら伸ばさない。

「この間アリスがね。昔私が落書きした本を持って来てて」

咲夜は頷く。話を聞く間手持無沙汰だと思ったのか突然皿を拭き始めた。時間を止めて洗い物をしたのかもしれない。そこまでする意味がよく分からない。

「魔理沙の本だったんだけど」
「酷いわね」
「いいのよあっちだって色々してきたし。でもまあ、あの頃そうやって泣かせてたなあと思って」

もしかしたらじっと話を聞くのは悪いとでも思っているのかしれないと霊夢は思う。神社は狭いからどうしても近い距離になるし、咲夜は多分自分の話を真剣に聞かれるのは苦手だろう。だから、相手も嫌だろうと手を動かして見せる。
そういう癖について考える。

「泣かなくなっちゃったのよねえ」
「今も泣きそうだけど」
「あんなにぽろぽろ泣いてくれないし。誤魔化すし。面白くない」

そう、と咲夜が呟く。そもそも多くない皿がなくなり、仕舞いに立ったあとでようやく湯呑に手を伸ばす。まだ冷まそうと息を吹きかけていて、少し唇を震わせながら口を付ける。
あつい、と呟く。霊夢は笑う。

「咲夜はどう? 熱湯とかぶっかけたら泣く?」
「涙腺が爛れますわ」
「じゃあどうやったら泣くの」
「――さあ。そうね、お嬢様に命令された時の為に練習した方がいいかしら」

真剣に考えているのか咲夜はまた湯呑を置いた。猫舌にも程があると霊夢は思う。
というか、と前置きする口元は薄くて、あまり血の気を感じない。だから熱いものが熱いのだとか、その言葉を聞いたときはそんなことを思っていた。

「霊夢は泣くの?」

れいむは、なくの。そんな言葉。霊夢はかくんと首を傾げる。

「私が? なんで?」
「人に聞いておいて、考えたこともなかったって顔するのね」
「考えたこともなかった」
「まあでも、そういうところが霊夢なのかしら」

咲夜も首を傾げている。

「私が泣いても見られないしね」

霊夢はそう答えて、咲夜が泣いたら、と考える。
それもそうね、と動く彼女の唇を見つめる。
何を勘違いしたのか咲夜はくすりと笑って顔を近づけてくる。こいつはいつも楽しそうだなと口付けを受け入れながら考える。
そんな咲夜が泣くのは、あのどこか無機質で柔らかい癖に脆そうな肌を大粒の涙が零れるのは、きっと昔の記憶なんかよりずっと綺麗だ。





2.

涙はどういう時に出るのだろう。どうやったら咲夜は泣くのだろう。
それともある程度大人になれば、皆もう激しく慟哭したりはしないのだろうか。最近の暇つぶしには専らそんなことを考える。

「やっぱり寂しいとき、じゃないかしら」

ようやく冬眠から起きだしてきた紫の答えは、根が寂しがりやの彼女らしい単純なものだった。
春の夕暮れは随分と遅く感じる。まだ残る昼の欠片に目を細めて、霊夢は紫も泣くのだろうと考える。彼女はいつまでも子どもで、その上情を移せるくらいには他人を理解できる大人だから。

「紫の涙も、綺麗かもね」
「――なんだ。霊夢がこの冬私がいなくて泣けてきたっていう話じゃないの?」

薄く眉を顰めた紫に霊夢は苦笑した。

「私はひとってどんな時に泣くのって聞いたんだけど」
「霊夢だって人でしょうに。ああ、他人と書いてヒトなのね?」

がっかりだわ、と紫は零した。ため息を吐く彼女に霊夢は肩を竦める。

「勝手にがっかりしないでよ」
「まあそうね。霊夢が泣くなんて、私も心から期待してはいないけれど」
「聞き捨てならない」
「嘘ばっかり。自分でもそう思っているんでしょう」

いつまで経っても出さなかったからだろう、紫が珍しく自分で湯呑の準備を始めた。お茶なんか淹れられたのかという気持ちと、この冬は咲夜ばかりがこの寒い神社に訪れていたのかという気づきがないまぜになる。
客にお茶を出すのも忘れるとは、随分と甘やかされたものだった。春になり神社が賑やかになれば、二人きりになる時間はぐんと減るだろう。私も冬眠から覚めなきゃね、と霊夢は思う。

「お茶菓子はある?」
「煎餅なら出す」

頭を掻きながら準備する間、紫は何かを探していた。きょろきょろしてから結局スキマから急須を取り出し、そこには既に熱い緑茶が入っているのだから、やっぱり紫にはお茶など淹れることはできないと言うべきなのだろう。
場所も移すかと出しっぱなしのこたつに皿を置くと、体裁を取り繕って湯呑が置かれた。

「私って昔から泣かなかったっけ」

二人で潜り込むこたつは、火がなく逆に冷たく感じる。それでも肩まですっぽり覆って世間話を続けてみると、紫の体温が滲むのが分かった。

「小さい頃?」
「そう。あんたが毎回忘れた振りする子どもの頃」
「さあねえ。泣かなかったのではないかしら。寂しい時はあったの?」

覚えてない、と霊夢は返した。紫はお茶に手をかける。

「泣く、と表現できるほどの涙は他人の心を乱すから。霊夢はそれを本能的に理解していて、そして拒絶しているのでしょう。博麗は誰しもに平等で、そして誰からも平等に博麗でしかないのだから」

何よそれ、と呟く。さあ、と紫が嘯く。

「霊夢は霊夢だけど、博麗なのが霊夢だものね」

草臥れた湯呑を優雅に傾ける妖怪の賢者は随分と滑稽だったが、霊夢は「笑えないわ」と小さく零した。
煎餅に手をのばしてかきりと割る。香ばしい香りが鼻に抜けると色々なものがどうでもよくなった。ああそう言えばおせんべいの割れる音も綺麗かもしれない。そんなことを考えてちらりと珍しく黒一色で身を包んだ紫を見遣る。

「そういえばどうしてそんな恰好なの」

スキマから出した割に真っ当なお茶をすすりながら問いかけると紫はため息のようにああ、と零した。

「喪服というのよ。近しいひとが死ぬとね、着るの。そういうの気にしそうなひとだったからお葬式の当日くらいはね」
「喪服ぐらい知ってる。私の見たのより派手だけど」

そうかしら、と問いながら紫が下を向く。頷きながらまた煎餅を割った。
紫が神社に来るのは、何か企みがあるときかやっぱり寂しがりやなときなのだろう。
お葬式とやらは外の世界でのものだったのかもしれない。幻想郷には馴染みそうもないドレスのような喪服を見ると思う。
外の世界でも彼女にはたくさんの繋がりがあり、喪失も同じだけあるのに違いない。

「泣いてもいいわよ」

その顔を見ていると口を衝くように言葉が出ていた。霊夢は自分で首を傾げて、取り下げるわけもいかずこたつの中の脚と脚で触れ合う。
顔を上げた紫は既に泣きそうだった。霊夢は少しだけ困った顔をした。

「寂しかったら泣くんでしょう? 証明して見せてよ」
「……そうね。そんなことも知らなかった子には教えてあげなきゃだけど」

逆接の言葉を口にして紫は微笑んだ。思い出の数だけ溢れそうな涙がどこか心の隙間に消えていく。

「こういうのは見ても覚えられないし、好奇の目で見るだけで欲しがってもいない人には与えても無駄ですわ」
「ばれたか」
「そういうわけでお暇するわ。涙は慰めてくれる人の前で流さなきゃ」

そういうものか、と霊夢は頷いた。お茶のお礼を言うと紫は少しだけ驚いた顔をして、それから笑いながらスキマを開いた。

「成長するのはいいことだけれど、本分は忘れないようにね。在り方を受け入れることが楽しく生きる一番冴えたやり方よ」
「知ってるわ。生まれた時から」
「かわいい霊夢。また会いにくるわ」

去って行く紫は嬉しそうだった。
彼女は人が変わるのが寂しいのだ。死へ移行するのも、生きたまま心を覆すのも。
もしかすれば、だからこそ博麗霊夢は全てに平等に、移ろわず何者にも移ろわされずこの神社に在るのかもしれない。
万が一本当にそうであっても別に、悪いことだとは思わない。
悪いこととは思わない、が。

「おなかすいてきた」

せんべいよりも、咲夜の作る馴染みのない料理が何故か無性に食べたくなった。




3.

在り方を受け入れることが楽しく生きる一番冴えたやり方。紫の言ったことは心の底から当たり前のことだ。目標とか努力とか、明日を今日よりよくしたいとか。今現在の自分を受け入れないようなことに時間を費やして何になるというのだろう。霊夢にはそういう『普通の人間』が分からない。
分かりたいと思ったことはあった気がする。遠い昔で、もう手も届かないけれど。

その日は朝から雨が降っていて、お天道様が泣いているわねといつかの幽々子の言葉が再生された。
あの亡霊は泣くのだろうか。あまり想像はつかなかった。泣き虫と一緒にいると泣けなくなるのだと何かで見た気がする。
そんな役に立たない言葉を心に残すのは、多分魔理沙の本だろう。

「魔理沙って余計なものばっかり私にくれるのよね」
「あら。また魔理沙の話?」

リハビリも兼ねてお茶を出すと、咲夜はいつも通りやけに慇懃にお礼を言った。昨晩から降り始めた雨で紅い館の主人がさっさとふて寝を決め込んだとかで、今日は仕事が早々に片付いたのだとメイドは少し嬉しそうだった。
前はひたすら掃除をしたりしたものだけど、今はこうして来るところもあるし楽しいわね。そんなことをいつか言っていた。いつだったかはもう分からなくなった。時間にそれほど拘りはないが感慨ぐらいは霊夢にもある。

「霊夢はいつも魔理沙の話をするわね。少し妬けるかしら?」
「疑問形で言われても対処に困る」
「実はあんまり妬いてない」
「咲夜のそういう素直なところは長所だと思うわ」

軽口を叩きながら隣に座ると、笑みを浮かべて距離を縮めてくる。犬っていうのはそういうものらしい。霊夢も寒がりだから悪い気はしない。
締め切った暗い部屋に春の冷たい雨音が続いている。肩と肩が触れるのはあたたかい。

「ねえ、咲夜って私のこと好きなの?」

尋ねたはいいが、それほど興味がないことに口をついてから思い至った。想像してみたら肯定も否定も悪くない。

「さあ。でも、独占したいとは少しだけなんとなく時々思う」
「曖昧」

想定外の言葉にくつりと霊夢は笑った。咲夜の言葉は強くない。ふらふら柔らかくてまるで今という時間のよう。
未来も過去もない、楽しい今のよう。
何の気なし、を装っていそうな顔が近づいてきて唇が触れる。

「霊夢は、どうして私とだけしてくれるの」

そうしておいて咲夜は聞いた。霊夢は少しだけ考えてみる。

「貞操観念とか?」
「素敵な言葉」

ふふっと咲夜の笑う音がする。

「咲夜もいつも楽しそうよね」

も? と身体を起こした咲夜が首を傾げる。霊夢が黙っていると「そうねえ」と人差し指を頬に当てた。

「楽しいわね。今を楽しむ以外することがないって、いいことだわ」
「することないの?」
「ないのよねえ。素敵だわ、無駄なことばっかりしていられる」

霊夢は咲夜の言葉を嬉しいと思った。理由は上手く掴めなかった。
明るく笑う咲夜は初めて会った時よりも自由そうで、それもまた喜ばしかった。肩を軽く押されてわざと倒れる。手を伸ばすと彼女の目が細められ、首に手を回すと唇が降ってくる。離れて行くのが惜しくて引き留めるように首を伸ばした。
口の端が上がっているのを感じる。ぺろりと舐めてやると擽ったそうな声がした。咲夜の舌も伸びてきて、水音に耳が痺れた。ぞくぞくする首筋を撫でられれば、咲夜の指だ、と妙な感慨のようなものに背中が震える。

「私、咲夜といるとほっとするのよね」
「……余裕のお言葉」

一応息を切らせながら言ったのに、咲夜は軽く唇を尖らせた。瞳の色が濃くなるのを見て霊夢もまずいと首を引く。
追いかけるように噛みつかれて、優しかった手がいささか乱暴に服の裾から入り込んだ。
肌をなぞりながら喉を噛む彼女の悪い癖に思わず声が出る。
次は顎を甘噛み。色々不器用な癖にそこだけ器用な咲夜の手はいつの間にかスカートを肌蹴させていて、頬を噛む間にドロワーズに手が伸びる。
雨の音は結界。閉じた雨戸の所為で余計に狭い部屋の中には身体の逃げ場も心の逃げ場もなく、ただただ咲夜を感じるしかない。
それなのに噛みつくばかりなのは不満が残る。気持ちがいいのは好きだが、歯を当てるのはただの咲夜の趣味だ。
こら、と顔を押そうとするとサラシがはらりと解けた。いつの間に結び目に手を掛けていたのかと一瞬呆気に取られて、そこをまた噛まれる。
指の先に牙を立てた犬が笑っている。

「霊夢、おいしい。もっと食べてもいい?」
「噛み癖のある馬鹿犬にはおあずけよ」

睨んで見せると咲夜は軽く目を見開いて、それからくすくすと笑った。

「噛まれるの、好きな癖に」

一瞬頭が追いつかなかった。その間につきんと脚の間が疼いたのが悔しかった。口を離させてから思い切り頭をひっぱたいてやる。
ムカつくので体勢をひっくり返す。大体、上に乗られて好き放題されるのは癪に障る。
咲夜はまた愉しそうに笑っている。




4.

魔理沙のことが好きだ。だから魔理沙の生き方が嫌いになれない。どんなに普通を見せつけられても拒めない。
紫のことも好きだ。だから紫の言葉は嫌いになれない。どんなに自分を縛る呪いのような言葉でも嫌になれない。
――咲夜のことは。咲夜のことは、曖昧。

中途半端に引っかかったサラシを押しのけて、下から咲夜の指が伸びてくる。一般的な綺麗にはきっと当てはまらない手は、だけどナイフを振るうのに最適化されているようで、機能美に近いものを感じて急に昂ぶった。爪を揃えて伸ばす仕草も、妙に反るその長い指も悪くない。
見下ろす咲夜は大抵笑っている。この顔に段々余裕がなくなって行くのを見るのが好きで、する時はついつい上に乗ってしまう。
下の方が楽だけど、と霊夢は考える。でも、どうせ汗をかくのなら思い切り楽しまなければ損だ。
ぁは、と笑う声と吐息が混ざる。引き攣ったように唇を歪める咲夜の指の力が強くなる。
胸を摘まれて、いつの間にか下にも手が伸びてきて、下着だって知らない間に右足首に絡みついているのに気が付いた。
ぬるぬる行き来する手が気持ちいい。

「っぁ、ん……あ、……そこっ……」

擽るような動きの中で、時々爪がいいところを掠める。こうやって咲夜を見ている余裕がなくなっていくのも嫌じゃない。
快感に集中し始めて顎が上がる。
入口が音を立てる。中にはまだ入って来ない。遊ぶように前へ動いて、わざと一番いいところを外してくるりと円を描く。意地悪な咲夜の指に抗って腰を振ると笑うような声がする。

「貪欲ね、霊夢。どこがいい?」
「ぁ、んっ」
「いっぱい焦らされるのも好き? それとももう中に欲しい?」

そんなことを言いながらちりちりと爪の先が蠢く。水音が頭に響いて視界が白く火照る。気持ちがよくて背中が沿って、ぱちぱち、もう少しで弾けられそうで喉が詰まる。
答えないままなのは気持ちいいからだと分かっているのだろう。咲夜は多分微笑んでいる。

「っぁ、あ、ぁ、……ぁっ……さく、……っはぁ、さくやっ」

胸を摘んでいた指が先を擦りあげる動きに変わる。それも好きだけれどもどかしい。今思い切り引っかかれたら、強い刺激で脳が揺れたら。そうしたら大きな波が攫ってくれそうなのに。
喉を逸らして、膝が震える。この体勢だから上手くいけないのだと気が付いて縋るように抱き付いた。
安定した姿勢なら、と息を吐く。それなのに咲夜の手が離れて、集まりかけていた痺れが拡散する。
もどかしくて狂いそうなくらいだ。顔が近づいた所為かキスをしようとする犬の胸ぐらをつかんで違うと襟を噛んで首を振った。
そう言えばしっかり服を着たままの咲夜が無性に腹立たしい。

「なか、いれてっ……はやく……いま、いきそ、だった、のにぃ」

泣きそうってこういう気分かもしれない。このまま焦らされ続ければ泣くだろうか? いや、怒る。それは怒る。

「……ごめんなさい」

謝り方もむかつく。身体の奥がじんじんと痛いくらいに疼いている。

「よしよし、今いれるわね?」

穏やかな声もたまらなく苛々する。くちゅ、と指が当たって音が響く。頭にも、響く。
また焦らそうと動く指先にいちいち声が漏れて顔が熱い。

「霊夢、ちょっといった? 溢れててすごいことになってる」
「っぁ、あ、ふ……うるさい、黙って、いれ……っっっぁ、あ!」

すごい、と咲夜が呟くのが聞こえた。一本では物足りないような気もしたが、それより早く駆け上がりたくて身体が震える。

「ん、ぁ……さくやぁ……」

思い切り掻き回してほしくて名前を呼ぶ。呼ばれるだけで嬉しそうな間近の顔は悪戯っぽく首を傾げて、首を起こして軽いキスを寄越す。

「本当に欲しかったのね。でもこの体勢はちょっと動かしにくいですわ」

体勢を入れ替えられるのには気づいたが、抗う気分ではもうなかった。こういう時はスマートな咲夜の代わりに畳に転がって、押し入って来る指が二本に増えていることだけを喜ぶ。
気持ちがいいのは好きだ。
大好き。

「ぁ、ぁ、さくやっ、さくやぁっ」
「そうそう。名前を呼ぶと気持ちよくなれるの、覚えたわね。えらいえらい」
「あっ、んっ、は……さくや、……さくや、と、これするの、すき……っ」

顔がふにゃふにゃになっている気がするから、キスで見えなくなるもいいと思う。舌が絡んで、頬が濡れていく。ぐちゅぐちゅ、下からの音もすごい。零れる咲夜の息が上がっていてぞくぞくする。
愉しい。
唇が離れると声が止まらなかった。喉に歯を立てられて背中が跳ねる。

「っは、ぁは、きもちいい、が、ひとからくるのって、すご、……ぃい、ぁっ……っんんんんっ」

浮ついた頭が弾けて弾けて、咲夜が揺らいで吐きそうなくらい。自分の声が部屋の中を埋め尽くして、快感で身体がいっぱいで、もっと続けばいいと思いながらはやくはやくと急いている。心臓の音がする。身体の中身が揺れている。

「ぁ、いきそ……ぁっ、あ……あ!」

咲夜のことだって、こういうときだけはすきと言ってもいい気分になる。思い切りだきついて、ひくひく、咲夜の指を締め付けるのを感じてすごくすごくすっきりする。
生理的に溜まった涙を、満足そうな咲夜の舌が舐めとった。




5.

「霊夢の涙は確かに綺麗ね。思い切り焦らして流れるくらい泣かせてみたいかも?」

背中が痛くなるくらいまで遊んだ頃には、いつの間にか雨の音がしなくなっていた。
暗い部屋には少しだけ名残惜しく湿気が籠る。雨戸を開いて咲夜が振り返った。

「なるほど。咲夜にもそうすればいいわけね」
「やっぱりやめましょう」

笑い合うとまだまだ黒い雲が風に吹かれて流れている。このまま上がるのかまだ降り続くのか、多分前者になるだろう。
お天道様だっていつまでも泣いてばかりではない。

「そうだ、ずっと考えていたのだけれど」

濡れて色の変わった縁側を見ていると咲夜がぽんと手を叩いた。なに、と問いかけると涙の話、と返って来る。

「やっぱり流れるくらい泣いた記憶なんて思い出せなかったんだけれど」

そういえばあの時は回答がなかったのだったか。霊夢が首を傾げる。きちんと考えてくれていたとは咲夜は相変わらず妙なところで真面目だ。
そんなことを思っていると近づいてきた彼女が笑う。

「霊夢が死んだら、泣くわ」
「なにそれ」

思わずそう返した。咲夜は変わらずに笑っている。

「寂しいもの。その時はきっと泣く」
「……そういうもの?」
「そういうもの」

ふうん、と霊夢は頷いた。上手く納得はできなかったが、咲夜が泣くというのならそうなのかもしれない。

「ていうかそれ、私見られないじゃない」
「そうねえ」

はあ、と深く溜め息をついて肩を落とす。咲夜の涙が見たいと言ったのに、相変わらず回答が思い通りにならない。
ああでも、それならば、と思いつく。

「でも、そういうことなら咲夜が死んだら私も泣くかも」

それはとてもいい案に思えた。泣けるというのなら泣いてみるのもいいだろうと霊夢は思う。
人間の最後の最後、きっとずうっと先。
でも、その時には慰めてくれるひとなんていないだろう。泣くなんてことすら想像し辛いけれど、慰められるなんてもっと在り得ない気がする。
きっと一人だけで、少しくらいは大げさに涙を流す。

「その時だけは、私は咲夜のものね」

笑みが零れてくる。咲夜は目を見開いて、それから珍しく照れたように頬を緩めた。
あ、と気が付いて霊夢の視線がそこから離れると、咲夜も外を振り返る。
晴れやかな気分を象徴するように、雲の間から光が差している。降りてきた虹を二人で見上げて、ああこれも、と考える。

「綺麗ね」

代弁するような咲夜のつぶやきが妙に心地よくて、霊夢も小さく肯定を返した。










*
前回書いたアリマリの対的に書き出したものでした。
なんとなーく共感するなんとなーい咲霊のきもち。少しでも楽しんでいただけていたらと思います。
野咲
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
ゆったりとした空気の中の美味しいさくれいむでした!
霊夢さん噛むの好きそうですね。
2.性欲を持て余す程度の能力削除
曖昧だけど綺麗な虹みたいなお話でした
このふたりはこのふわふわした関係のままずっと付き合ってそう
3.名無しの上海人形削除
読んでいてなかなかほんわかしたような感じの作品でした。
このような咲霊もいいですね。
こんどは、霊魔理の話を読んでみたいです。