真・東方夜伽話

かわいそうな体温

2017/03/16 22:37:57
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かわいそうな体温

野咲

雰囲気アリマリ。細かいこと気にされない方向け

*アリマリつきあってません。ねちょ薄。
*咲霊はつきあっているそうですが特に要素はありません。












0.

霧雨魔理沙は、普通の白黒。
普通の、魔法使いの、人間。





1.

「貴女、そんなのも読むのね」

意外だわ、とでも言いたげな顔で一瞥したアリスがベッドの脇を通り過ぎていく。
彼女が抱えた本の山は魔理沙が“借りて”いたものだった。当然彼女は返すつもりはなかったのだが、強制的に返却させられるらしい。
どさりと、部屋の隅の山がまた大きくなる。

「おい、別のところから借りたのまで持って行ってないか? アリスのところからそんなに借りた覚えはないぜ」

ちらりと手の中の本から目を離して魔理沙が問う。アリスは呆れた顔で「そうね」と吐き捨てた。

「他の人に貸したはずのものまで根こそぎ貴方の部屋にあったわ」
「ああ、それなら手間が省けたな」

悪びれない声の脇で、アリスが本を数え始める。人形に持たせるにしても苦労しそうな量だった。

「省けてない。まったくもう、通りで最近部屋が広くなったと思った」
「私の部屋は狭くなったぜ」
「知っているわ。偶には返しに行きなさい」

そうだな、といういつもの嘘を乗せて魔理沙が笑った。座るベッドが小さく軋む。
胡坐をかいた彼女の脇にも自分の本があることに気が付いて、アリスは諦めたようにため息を吐いた。もういいや、と表情が語って、魔理沙の隣にすとんと座る。
シーツからは珍しく干したての香りがした。

「物語を読んでいるのは初めて見たわ。それも借り物?」

覗き込めば、ひたすらに文字が並んでいる。いや、私のだ、と魔理沙は薄く笑って答えた。
その目は静かに文字を追っていたが、話しかけられて機嫌を悪くした様子はない。
どんなお話、と小さな声で聞いてみる。
さあ、と普段通りのトーンで魔理沙が答えた。

「男が女に殺される話、かな。何回も読んでるけど細かいとこは忘れちまった」

そういうものだろうか、とアリスが首を捻る。
声は出していなかったのだが、そういうもんだろ、と魔理沙はそう口にした。

「物語なんかさ。そういうもんだ」
「それなのに何回も読むの?」

アリスの言葉は純粋な疑問だった。どうせ忘れるのに、物語など読み込む必要があるのだろうか。
それでも嫌味に聞こえただろうかと顔を覗き込んで見たが、魔理沙は気にする風もなく相変わらず文字を追っている。

「流し流し、な」
「ふうん」

厚い表紙のタイトルはアリスには見えない。
魔理沙がふと気づいたように顔を起こして「何か飲むか」と聞いたが、「もう帰るわ」とだけ返した。





2.

はくれいれいむ、という文字の入った本が紛れ込んでいたことにアリスが気付いたのは、持ち帰った本をあらかた整理し終えた午後のことだった。
くいくい、と袖を引く人形に裏表紙の裏を見せられて、あちゃあ、と肩を落とした。
ぱらぱらと捲って、どうやら児童書のようらしいと首を捻る。ところどころ付箋がついていた所為でつい持って来てしまったのだろうとそのページを開いたが、どこを指定したものなのかは分からなかった。
文字が大きく、平仮名が多くて読みづらい。

「霊夢って付箋なんか貼るのかしら」

疑問を口にしてみたが、魔理沙の本に貼られているのも見たことがなかった。仕方ない、と本を閉じて一応他に混じっていないか確認する。
どうやら一冊だけらしい。

「返しに行かなきゃ。まったく、魔理沙の所為で手間ばっかり」

適当な袋に入れて、後の片づけは人形にお願いする。
とん、と地面を蹴って飛び上がれば、森を抜けて青空が広がった。
博麗神社は空から見ると浮島のようだ。森の中にぽかりと開けて、山とは異なる草木が境界を作る。
降り立って振り返ると石段は長く、参拝者が少ないのも頷けた。
石畳を進めば、箒を握った神社の主が振り返る。
そして、あからさまにがっかりした顔で口を曲げた。

「なんだ、アリスか」
「私じゃなくてもここに来るのはどうせ妖怪よ」

溜め息交じりに出掛けに握ったクッキーをちらつかせれば、やっとまともな対応をしてくれる。
奥でお茶を待ってから、持ってきた本を差し出した。

「これ、魔理沙から回収した本に紛れていたの。貴方に直接返した方がいいかと思って」

早速クッキーに手を伸ばしている霊夢は、本には手を付けないまま首を傾げた。
さくさくと音を立てながらもう一度首を傾げて、私のじゃない、と首で示した。満足そうにお茶を啜り、もうひとつと手を伸ばす。
魔理沙のじゃないの、と幸せそうに小麦色のまんまるに気を取られながらそう言った。

「でも霊夢の名前が書いてあるのよ」
「それなら間違いないわ。私は自分のものに名前を書いたりしないもの」

さらりと言った霊夢に、アリスは目を瞬かせた。

「名前なんて書くのは嫌がらせに決まってるわ」

ぱくんとクッキーを飲み込んで、霊夢は上機嫌に指を振る。

「小さい子の字よ。昔に書かなかった?」
「書いたとしてもってこと。わざわざ書かなくても私のものは私のものだもの」

もうひとつクッキーを咥えて、霊夢の手がようやく本に伸びた。ぱらぱらと捲って、彼女のサインへと辿り着く。
照れくさそうに笑いながら、もう一度「魔理沙のだと思うわ」と繰り返した。

「確かあいつ、昔はお気に入りの本を付箋だらけにする癖があったのよ。だから嫌がらせで落書きしてやったんじゃない?」

アリスは軽く首を傾げて、ぽんと渡された本を捲った。
同じ色の付箋がいくつもついたその本をもう一度開く。平仮名ばかりで中身はあまり頭に入らなかったが、どうやら外の世界の話らしい。可愛らしい挿絵には見慣れない機械が描かれていた。

「魔理沙が付箋してるの、私見たことない」
「ダサいと思い始めたんでしょ。そういうの、別にいいと思うけど」

斜めになった付箋を辿る。黒ずんで、皺になっている。けれど残っている。どこを指しているのか、魔理沙には分かるのだろうか。
――そもそも物語に付箋をすることに意味があるのだろうか? 栞にしては多すぎるが。
そんなことを考えているとふわりと風が降りてきた。

「なんだアリス。霊夢からも取り立てか?」
「私には借りなくてもくれるわよ」

無愛想な霊夢の声。アリスは思わずその本の表紙をさっと手で隠す。
そんなことは当然無駄に相手の気を引くだけだ。魔理沙は「お」と視線を止めて、「懐かしいな」と口の端を上げた。

「神社にあったのか? ここって時々おかしなものが出てくるよな」

近づいてくる魔理沙に、アリスは本を持ち出したことを謝らなければと思った。それでも自然な動作で手を伸ばすからそのまま渡してしまった。
表紙の暗い色使いが魔理沙の手に映る。大きくない手が器用に付箋の頁のひとつを開いた。
真っ直ぐに、その目がひとつの行をなぞるのを見ていた。

「ねえ。その付箋」
「ん? おお、分かりやすいよな」
「どこを指しているの」
「――さあ。私がつけたんじゃないんじゃないか?」

嘘つき、とアリスは言わなかった。魔理沙から笑って「嘘だよ」と言った。

「これ、神社じゃなくて家にあったやつだな。アリスもたまにはそそっかしいことするなあ」

ごめん、と言いかけたが先に頭に手を置かれた。魔理沙の、その偶に見せる眉を下げてくしゃりと笑う顔は嫌いではなかった。お日様の香りがするようで、そこだけやけに眩しい笑顔。
霊夢が微笑しながら付箋の癖について繰り返すと、いーっと歯を剥いて子どもっぽくまた笑う。

「いつまでもそんなこと憶えてるなよな」
「別に、事実だし。ところで何しにきたの?」
「本読んでたら飛びたくなってさ」
「あんた前もそんなこと言ってた気がする」

そうだっけなあ。そう魔理沙の手は次の付箋にたどりついていた。アリスが覗き込むと、少年が空を見上げる様子が描写されていた。魔理沙が視線に気付いてアリスを見る。見返すとまた目を逸らして、結局困ったように本を閉じた。

「霊夢。お茶、いいよ。もうちょっと飛ぶ」
「出す気もなかったわよ」

立ち上がっている霊夢が鼻を鳴らして、魔理沙はまた箒を掴んだ。本をひらひらさせて挨拶に変える。
そうして、思ったよりは緩やかに空に消えた。夕暮れが近づく空は青が段々薄くなる。

「魔理沙ってさあ」

見上げていると何故かお茶を淹れはじめた霊夢が零した。

「昔から、ぼろぼろになるまで何回も同じ本読むし、売らないし捨てないのよね」

理解できない、とは続かなかったがそういうニュアンスだった。アリスと同じ感想なのだろう。自分の分のお茶を啜ると丁度階段に咲夜が見えた。ああ、とアリスは思った。魔理沙も霊夢も知っていたのだ。
そういえば結局謝り損ねたな、とアリスもお茶を置く。
何の話、と最近神社に出没しがちのメイドが聞いた。何でもない、とだけ答えて「私も帰るわ」と霊夢に向けて片目を閉じる。





3.

戻ってきた本たちで研究を進めていたある日、アリスは顔をしかめる事態に遭遇した。
あの本にもいい例があったはず。薄赤い表紙をうろうろと探してから「あ」と気が付いた。フラッシュバックは自分が馬鹿みたいに思えて好きではない。
あの日、魔理沙の脇にあって諦めた本だった。
ああもう、と呟いて、そういえばと前回のお詫びに(正直魔理沙の方が悪いと思いつつ)焼き菓子など手に家を出る。もういいやと思って進めると、後で結局苛々するのだ。
魔理沙の家は遠くはない。
ドアを叩くと、居る時であれば割とすぐに出てくれることが多い。最初に「おお」と必ず言って、いつまで経っても「珍しいな」と笑う。

「この間も来たわ」
「そうだな。本を攫われた」
「ごめんなさい。謝ってなかった」
「んあ? ああ、違うよ。それは別にいいんだって」

手土産を渡すと魔理沙は何故か苦笑した。
アリスは真面目だなあ、と乾いた笑い方をする。

「別に、お詫びじゃなくて手土産よ」
「なんだそうか。なら遠慮なく――ん? じゃあ何か用事か?」
「そう。忘れ物」

魔理沙は眉を上げて、やはり笑った。彼女は人間の中ではよく笑う方だとアリスは思う。霊夢よりも、咲夜よりも、賑やかな早苗よりもバリエーション豊かな笑顔を浮かべる。

「本が足りなかったなら適当に探してくれ。お茶淹れてくるから」

そう言いながら彼女が去る。後ろをついて入ると、テーブルにはまた小説らしい本が伏せられていた。厚みからしてこの間のものとは違う。
魔理沙って意外と読書家なのね、と考える。
目当ての本をまだベッド脇にあった。手に取って埃を払いテーブルに戻る。わざわざ可愛らしく盛られたアリスの菓子を置いて、魔理沙が本を脇に避けた。
奥でお湯を沸かす音がする。

「もう見つかったのか?」
「ええ。一冊だけだし」
「お茶はもうちょっとかかるぜ。飲んでいくだろ?」

アリスは少し迷ったが、準備中のお茶を待たないというのも悪いだろうと結局頷いた。勧められて椅子に座る。

「それも、貴方の本?」

指差すと、ん、と魔理沙は避けたばかりの本を見る。小さく頷いて肯定した。

「小説は大抵私のだぜ」
「外の世界のでしょう? 読書家なのね。知らなかった」
「そうでもないんじゃないか。子どもの頃のはまだしも、最近手に入れたやつなんてほとんどない」

アリスはきょとりと間を置く。
魔理沙も椅子を引いた。向かいではなくて一つ横の角に腰掛ける。

「じゃあ、それも繰り返し読んでいるの?」
「そういうこと。ストーリーとかはそっちのけでさ。だからいいんだ」

よく分からない、とアリスが首を傾げる。魔理沙は本に手を伸ばしぺらぺらと捲った。

「一冊読むほど時間を取る気もないんだ。今はそれどころじゃないし。家にいながらできる休憩方法って感じかな」

捲る手は時々止まり行間をなぞる。長くも短くもない指。まだどこか子どもっぽい手の甲の膨らみ。
柔らかそうな唇は声を出さずに何かを呟いた。多分詩の一節だったのだろうが、アリスには読み取れない。

「こうやって、空を飛んでいるみたいな。お気に入りの文章を見つける遊びをするんだ」

ぱふん、と本が閉じられた。乱暴に近い手つきでそれは放られて、魔理沙がくるりと立ち上がり台所へ向かう。
アリスは折れ曲がり汚れた付箋を思い出す。
多分昔から、魔理沙はそうやってお気に入りのことばを見つけては閉じ込めてきたのだろう。
物語などではなく、彼女はそうやって本を楽しむのだ。それはアリスにとっては新鮮なことだった。
アリスにとって小説は只々ストーリーだった。どんな話か聞けば満足したし、どんな本かを聞かれれば物語の要点だけが浮かんだ。
最初と最後だけ読んで満足した本がたくさんあった。頭の中の書庫にあるのは短くまとめられためでたしめでたしばかりだった。
魔導書や図鑑や、そんなものとは違うと思っていた。
だから、本当に。それは珍しく魔理沙が与えてくれた嬉しい発見だった。

「魔理沙は不思議ね」

紅茶を差し出す彼女に零す。魔理沙が首を傾げた。

「私は普通だぜ」
「さっきの話はちょっと面白かった。感心したわ」
「そんなことでそんなに楽しそうな顔するなんて、お前こそ変なやつだと思うけどなあ」

ぎ、と魔理沙がまた椅子を引く。今度は深く座って、アリスとの距離は短い。紅茶よりも先にお菓子に手を伸ばす彼女は幼い顔をしている。

「でもまあ、悪い気はしないぜ。霊夢の反応なんて最悪だったしな」

齧った焼き菓子が崩れる。おっと、と白い掌が受け止めて口元へ向かった。

「昔の話?」
「昔の話。あいつはまあ、そもそも本とかあんまり興味ないし。いいんだけどさ」

苦笑しながら魔理沙はカップを傾ける。アリスも同じ色の液体に口を付けた。香りが強くほろ苦い。好きとも嫌いともつかないようで、割合好きかもしれない。

「霊夢は確かに、真面目に読書をするイメージはないわね」
「そうだろ。あいつは他人にも自分にも縛られないからさ。本からは多分、ちょっとだけ遠いんだ」

霊夢のことになると魔理沙は時々饒舌だ。アリスは頷いて、先が聞けるなら聞いてみようと思う。
けれど魔理沙の唇は不意にアリスの名前を呼んだ。

「アリスは、本は好きか? 小説はあんまり読まない?」
「それほどは読まないかしら。好きではあるのだけれど、優先度が低いのね」

応えは素直なものだった。魔理沙は頷いて、少し躊躇ったように唇を湿らせる。

「本って、手放せるか?」

珍しく重い口調だったから、アリスは問い返そうとする短い言葉を飲み込んだ。
本、というより小説についてなのだろう。それとも全般的なものだろうか。そういえば彼女は借りたものさえ中々手放さないが、それもその質問の意図に含まれるのだろうか。

「小説も、何でもだよ。私は手放せなくてさ」

応えは先に魔理沙から出た。アリスは小さく頷く。

「ぐっときたものがあると、ひとつでも好きなフレーズがあると、捨てられなくなる。ひとつ好きになっちゃうと手放せなくなる。自分の感じた何かが消えてしまいそうで、そこに置いておきたくなる」
「ああ、それはちょっと分かるかも」

アリスは首を傾げる。小説に関しては分からないが、そういう本ならたくさんあった。
魔理沙はまた複雑に笑う。そっか、と嬉しそうなのか哀しそうなのか分からない声がした。

「そういうの、霊夢にはないんだ。あいつはいいなあ。私もあんな風に全部全部拘らずにいられたら」

なんてな、と魔理沙は続けた。苦しそうな、大人びた笑い方に表情が流れていく。
アリスは、それを寂しいと思う。

「でもそれじゃ、……魔理沙はきっと魔法使いにはなれなかったわ」

だから言った。魔理沙は眉を上げて、またくしゃりと顔を歪めた。
そうだな、と言った気がしたが声は聞こえなかった。代わりに彼女は呼んだ。アリス、という名前が急に他人行儀に聞こえたのは何故だったのか。

「お茶、飲んだら送るよ」
「え?」
「優しいから。手放せなくなりそうだ」

恥かしげもなく彼女は言う。真っ直ぐな目だったから、アリスはそれを切なく思った。逸らされる視線も、机の角が邪魔をする中途半端な距離感も。
迷うばかりのいのちも。
カップを置いたら何もかも無くなってしまったような気がして、だから口付けたのだったような気がする。
やさしいだけのキスだった。魔理沙は少し驚いたような顔をして、それから言った。「ごめん。ちょっと気弱になってた」。

「そうみたいね。似合わないわ」
「アリスの所為だぜ」
「あの本の所為?」
「あの本を霊夢にまた見られた所為、かな」

魔理沙は相変わらず笑っていた。それから「なあ」とアリスを呼んだ。

「霊夢と咲夜が、好きあってるって知ってたか?」

甘い雰囲気でも何でもなかった。魔理沙は霊夢の話しかしなかった。その所為だったのかもしれなかった。
人間らしい感情が、人間の抱えた苦しみや葛藤が、妖怪の自分には多分おいしそうだったとか、理解ができなくて可愛らしかったとか。そんな色気のない理由だったような気がする。少なくともアリスは魔理沙が愛おしいとかそんなことは思わなかった。そういう感情はよく分からなかった。
泣きそうに笑う魔理沙の問いにアリスは答えなかった。
つらつら滑る思考は楽しかった。
ん、と漏れる魔理沙の声を飲み込んでキスをする。魔理沙の椅子に膝をかけて緩く体重を乗せる。彼女は嫌がらなかった。アリスも気が向いた。
深く、唇の角度を変えた。
初めてでもなんでもないのだから。恋仲でもなんでもないのだから。人間同士にはなれないのだから。
慰め合いには、躊躇いなどいらない。





4.

薄い胸よりもあばらを執拗になぞった。その方が感じているのが分かったし、乱暴に捲った服の下でそこが一番魔理沙の中心に近いような気がした。
床が冷たかった。左手を押し込んで背骨をなぞると、思ったよりも皮が薄かった。柔らかい肉を求めて下に滑らせるとその身体がびくんと跳ねた。右手はそのまま骨を感じて、アリスはふっと息を吐いて内臓の上に耳を当てた。
心臓を、肺を想う。
だが肉も皮も服もあり何も聞こえはしなかった。ただ収縮するように蠢く肢体を押さえつけただけだった。
幼い腰。なだらかな丸みに降りて脚まで撫でる。布が邪魔だと思ったし、あってよかったとも思った。脱がせたいとは感じなかった。
少しだけ埃っぽい床で息を吸い込むと魔理沙の匂いがする。
家も、服も。彼女を象っている。彼女を形作っているものは、アリスには理解しづらい。多分それでいいのだろうと思う。理解しなくとも理解しあえなくとも本当は構わないはずなのに、人間はどうしてそれを求めるのだろう。
中心に内臓にその奥に。届かせようと指を動かしている癖にそんなことを思う。

「ぅぁ、ぁっ」

魔理沙の筋肉が軋んでいる。骨が緩くしなる。飽きるまで肌をなぞってそれを確かめてから、気まぐれのように下着の中に指を差し入れた。
ぬるりとなぞる。高い声がした。小さな体が震えている。くるくると撫でて、結局邪魔になって下着だけは脱がせた。
脚を押し開こうとすると、ブーツの皮が頬に当たる。魔理沙は震えていた。視線を逸らそうとする彼女を真上から見下ろして囁く。

「大丈夫よ」

視線は合わなかった。短く深い、噛み殺すような呼吸が聞こえた。唇に歯を立てそうで捲り上げたスカートの裾を咥えさせるとようやく睨む瞳がアリスを見た。
それでも口は従順にフリルごと闇色の布を噛んで、指を動かすと唸るように喉が鳴る。
アリスはくすりと笑って入口とその上をなぞる。水の跳ねる音に呼応するように魔理沙も揺れる。とんとん、と叩くとちゅぷちゅぷと音が変わる。覗いた白い腹部は幼いのに、女の匂いがとろとろと溢れて止まらない。
気持ちがいい、とアリスも思う。頭が融けそうで、する側も悪くない。身体の奥底の疼きが強くなってきて、相手もそうだろうとゆっくりと中へ指を進めた。

「ぅぁっ、く、ぅ」

漏れる声。自分も自慰を始めたいくらいだった。笑ってさらに奥に触れると、冷たい、と声がする。

「冷たい?」
「っぁ、ぅ、」

指を曲げながら動かすとこくこくと頷く。ああ、と気づいて一度抜いた。指輪に愛液が絡んで、後で洗わなきゃと考える。
そもそもこれはスマートではなかった。仕方なく一つ一つ指輪を外してため息交じりに見下ろすと、潤んだ目がアリスを見ていた。

「なぁんだ。おあずけもお好みみたいね?」

笑みを浮かべて、今度は初めから二本の指を揃える。奥へ、躊躇いなく突き入れると高い声は長く掠れる。甘い。耳が痺れ身体が震えるのを感じる。
アリスは温かいと思った。
魔理沙はそれでも冷たいと言った。
零れる涙に苦笑しながら、首を伸ばしてキスを落とした。





5.

熱かった身体が冷えていくのは勿体ないようにも感じる。けれど結局動くのも億劫で二人して床に寝転んだ。
アリスの位置から視線を上げれば、積まれた本の下段にはちらほらと付箋が残る。
こうでもしなければ気づかなかっただろう魔理沙の在り方の最下層にそっと指を滑らせて、アリスは手に残る彼女の骨の感覚を思った。

「もう付箋は貼らないの?」

口に出した言葉は今の空気を壊してしまいそうで、アリスは野暮だったかなと考える。二人して仰向けに、薄暗い空間を見ていた。

「小説は、結局小節だよな」

貼らないよ。答えはふわふわと宙に浮く。魔理沙の顔は見えなかった。

「私は昔から、いつも短いフレーズだけが心に残る」

けれど、にっと笑ったような。そんな気配はした。
ガキの頃は。魔理沙はそう続けた。ガキの頃は、大事な言葉に印をつけるのが自分の証明だった。

「私がどれだけ生きても、残るのはきっと数として見れるくらいの小さなもんだ。でもさ、何にも残さないで終わるのだけは――嫌だった。今でも、嫌だ」

魔理沙の手が宙に伸びる。何かを掴もうとするように、星空も見えない屋根を衝く。アリスはそれを見上げる。
アリスの目には、何も映らない。
きっとそこにはまだ何もないのだ。魔理沙はまだ何も残していない。付箋に宿した心の内も、それを所有していた少女の面影も少しずつ捨てて、彼女はいつか誰かに何かを残すのだろう。
一片の小説にはなれない欠片であったとしても。ストーリーは覚えてもらえなくとも。
普通だろ、と魔理沙がアリスに首を向けた。寝転んだまま視線を合わせると少し近づいたような気持になる。

「普通じゃない霊夢には、分からないかもしれないし」

もっとも。

「長く在り続けるアリスにも、分からないんだろうな」

それは多分、どこまでも思い違いで。人と人とですら分かりあえないのに、人と妖怪が交わせるものはきっと一瞬の情だけ。
寂しい気もしたし、幸せな気もした。この思い違いを人間は愛や恋と呼ぶのだろう。それを刹那であれ味わえるのは嬉しかった。
手を、少しだけ寄せる。ゆっくりと甲と甲が触れて、静かに指先を絡ませる。

「アリスの手は、冷たいなあ」
「魔理沙の手も、冷たいわ」

温もりも届かない。触れ合わせた掌には熱がない。
分け合えもしない。
逃げていく魔理沙の。なんて、かわいそうな体温。
冷たい床に二人、きっと今さらに抱き合っても身体が痛くなるだけ。
冷えていく身体に耐えられず、きっともうすぐにでも起き上がりさよならをするだろう。一瞬きりの愛情をアリスはすぐに忘れるだろう。
魔理沙が生きていた事実を残すのはアリスではなく、思い出やそんなものではないものを彼女は残そうと最後まで足掻くのだろう。

「でもアリスは、柔らかくって、優しい」

いつかなんて言えないくらい短い期間で、この笑顔は消えてしまうから。
ばかね、とだけの睦言が、夜の森に滲んで消えた。
大変ご無沙汰しておりましたので、不手際あったら申し訳ございません。あと色々情報についていけてなくてもごめんなさい。

追記)コメントものすごくうれしいです! ありがとうございました!

>>ななななな様
読んでいただきありがとうございます。自分でも正直アリマリを書く日は一生来ないと思っていました……でもこれもはやアリマリじゃない気もしますね(笑)
>>2様
わあい! そう言っていただけて大変うれしいですありがとうございます!
>>3様
ありがとうございます! 依存とか慰め合いわかりすぎて大変な数うなずきました。

読んでいただいた方ありがとうございましたー!
野咲
コメント




1.ななななな削除
正直野咲さんのアリマリが見れるとは思いませんでした…!噛み合わずとも何と無く寄り添っている距離感が美味しいですありがとうございました!
2.性欲を持て余す程度の能力削除
大変美味しいものでした!
ありがとうございました。
3.性欲を持て余す程度の能力削除
マリアリはだだ甘より少しの苦味とスッキリした甘さが良いんだな、と改めて思いました。…東方キャラは純愛より依存とか慰め合いみたいな方が似合うな。
ご馳走様でした。