真・東方夜伽話

筋書き通りのスカイブルー④

2017/03/07 03:37:17
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筋書き通りのスカイブルー④

みこう悠長

よまないでください




私、好きな人にもう一度会うため歩いただけ。
私、好きな人の肌に触れるため歩いただけ。
でも許されないのなら、どうぞ私をメチャクチャにして下さい。
だって私は、好きな人が血まみれだって抱いてあげるから。
だって私の好きな人は、血まみれだって抱いてくれるから。
髪の毛も 指も 思い出 も骨も







 九龍はどでかい都市なんだけど、清潔さに欠く、と人は云う。まあ私は昔が昔だもんで、これだけ人工物で埋め尽くされてりゃ衛生なんてそれなりに整ってるんでしょって気がしてしまうのだけど、このごみごみして陰と陽のコントラストがやかましいくらい強い猥雑な街の作りは、好きになれない人は好きになれないらしい。
 とにかく中央密集が酷くて、平面座標上で一点に集まりさえすれば満足なのらしい、都市は上と下に広がり続けるが地上面積はさほどでもない。しかも、たとえばマンハッタンなんかは中心部から勾配を以て郊外に行くにつれて街が鄙びて行くのに対し、ここは中心部から少しでも離れれば突然保安検査場で文明というモノを没収されたかのように風景が変わる。
 外側はスラムになっており、元から小綺麗さからは縁の無い街なのにわをかけて、ゴミダメとドブ川と死体遺棄所を一緒くたにしたみたいな汚穢た風景。細く入り組んだ道は舗装のメンテナンスがなくぼろぼろ、柱が腐食して落ちてきそうな看板は顔面を割られたまま電飾を忘れて寂しく色褪せ、中に溜まった雨水のシミで泣いている。羊の頭を掲げて肉を売っているあの肉は、犬の肉ならまだマシかもしれない。肉の正体を知れば一生肉と言うものを食べたくなくなるようなもので出来ているかもしれないが、これがやたらと口に旨いのでなお恐怖心を煽る。浮浪者が路傍に溢れ、その匂いもかなり鼻に突く。ところが蠅がいないのは、蠅も蛆もすべて飢えた浮浪者の餌食になるからだと都市伝説まであった。人間だけではなく、人格プログラムの抹消が済んでいないままの不法投棄アンドロイドや、下級妖魔もうようよしているが、治安は悪いもののそうした種族の坩堝が形成されてそれなりの安定を見せているのは、ここが完全な吹き溜まりであり、ここにいる者は多かれ少なかれ似通った長吏ン坊なのだという暗黙の了解が紐帯しているからにほかならなかった。買うのを憚られるような怪しげな商品、話しかけるのも遠慮したい怪しげな住人、あまり長く滞在したくはない怪しげな街並み。それも、慣れてしまえばそれなりに魅力的なものだ。
 更にそれを外側に出ると、突然竹林に放り出される。人の寄り付かなさそうな雰囲気だが、これが案外そうでもない。この竹林は方向感覚を全く狂わされ望み通りの方向にさえ進めない不気味な竹林だが、水先案内人に出会うことさえ出来れば、病院への道行きなのだ。スラムに住まいその日暮らしの貧しい生活を強いられる貧民も見境なく治療する変わり者の医師が、この竹林を抜けた向こう側、スラム街の一部にも拘らずスラム街を通っては辿り着くことの出来ない不可思議な立地に、診療所を構えて門扉を開いているのだ。
 貧民たちは、その診療所に大いに世話になっていた。軽傷で行けば謎の変死を迎え、重篤であればあるほどけろりと助かるという胡散臭いその診療所は、代金をとらないのだという。現代の悲田院のようなものかもしれないが、同じ妖同士なればそれがただの戯れなのだということは察し得るところ。だが、それをしても尚、その診療所を取り巻く人物は奇人変人ばかりだと、私は思っていた。嫌いではない、むしろ、好きなくらい。
 私はとりあえず目的の水先案内人≪藤原さん≫を探す。彼女はすぐに見つかった、これは運がいい。見つからないときは三日三晩歩き回っても会えないのだ。幸運に胸を撫で下ろしたのは疲労からではなく、抱えてきた「死体」と長い付き合いにならずに済みそうだったからだ。ちなみに最長で一週間くらいうろつけば藤原さんには会えるが、パンダに遭った事は無かった。竹林ならどこにでもいると思っていた。

「あ、藤原さん~」
「お前は……紅魔館の衛兵か」

 藤原さんはいつも通りの赤紋平に白のブラウス、呪符を全身にまとった奇妙な出で立ち。紋平以外にもあちこちに赤をちりばめたアクセサリ、うちの主人を思い出さなくもないが、うちの主人≪吸血鬼姉妹≫の赤は血の赤で、藤原さんのは炎の緋色、ヒーロー色。
 このスラムじゃ公然の秘密だけど、藤原さんは、各地を飛び回って弱きを助け強き挫く、かっこいい正義の変身ヒーローなのだ。みんなには内緒だよ?

「兵じゃないですけどね、先生のところに案内いただけませんか、ちょっと用事が」
「ああいいよ。私も今帰るところだ」

 藤原さんに会う事が困難なだけで、会えさえすれば藤原さんは診療所への案内を断る事は無い。余程見た目から危害のありそうな人でもない限り、最短ルートで連れて行ってくれる。藤原さんの案内なしにこの竹林を行くと、散々さまよった挙句元の場所に戻されることもざらな迷いの森なのだ、頼るに限る。
 藤原さんは、私が抱えている頭陀袋に目をやった。こういうことは初めてではないから、藤原さんも察してくれたようだ。

「用事ってのは、そいつかい」
「ええ、納品です。永琳先生が喜ぶだろうって」
「返品希望≪・・・・≫か」
「そこまではわかりかねます。うちの主人の指示なので。お任せって言ってましたけど」

 返品≪・・≫となるか、納品完了となるかは、八意先生次第だと、うちの主人は言っていた。実際その通りで、この手の死体を持って行って「まだ使いたいので生き返してください」と言ってみたら数時間後に見事に肉オブジェとして廊下に飾られていたし、もうきっと脳死してるんだろう新鮮な奴を「献体です」と言ってみたら翌日元気に畑仕事をしていたり、もう本当に気紛れなのだ。八意先生には八意先生なりの線引きがあるのらしいけれど、うちの館のひとは主人を含めて誰もそれを理解できていない。
 藤原さんに案内してもらえれば、そこから八意先生の診療所までは十分足らず。だって、ちゃんとたどりつけさえするのなら、少し迂回してスラム街に戻るだけなのだ。本当は物凄く近い筈なのに藤原さんの案内が無いと着けないというのは、魔術で空間そのものに何か仕掛けをしているからに違いなかった。うちの家政婦長がする奴だ。ほどなく、木造平屋建ての家が見えてきた。こうしてみれば診療所に見えないのもそうなのだが、スラム街の町並みにも浮いていて、奇妙な門構えだ。

「ほい、適当にお入りよ。勝手は、知ってるだろう?」
「はい、有難うございますー」

 私を門前に迎えると、藤原さんはとっとと奥に消えていった。きっと悪の怪人をやっつけた後で疲れてるんだろう。私は診療所の方の入り口を開け、中に入る。

「お邪魔します」
「こんにちは。今日はいかがなさ……ああ、献体ですか。少々お待ちください。今、師匠が」

 きゃあ゛ああ゛ああああああ゛ああああああ゛ああああぁ、ぁぁぁ、ぁ、ぁ、……ぁ……

 待合室に入って受付に顔を出すと、突然ショッキングな悲鳴が診察室から響いて来た。勿論、八意先生の声ではなく、患者のものらしい。こうした悲鳴が響くのはこの診療所では日常茶飯事ではあるのだが、何度来ても何度聞いても慣れない。この悲鳴って、人間が普通に死ぬときの声じゃないのよね、なんていうか、やばい奴。死んだまま何歩か歩いちゃうような、そういう奴。うちの主人二人の食事も血まみれの光景になるのだが、その方がよほど大人しい。この悲鳴が食事という生活音の一部なのかどうかは、知りたくもない。でも、たまになんだけど、あんな耳を劈く悲鳴が聞こえるのに、元気ハツラツぅみたいな患者さんが診察室から出てくることがあるのよね。ほんとこの診療所怖い。

「はい、次の患者さんどうぞ。」

 聞こえてきた悲鳴とは対照的に、あっけらかんとした声が次の患者≪霧雨さん≫を呼んでいた。私は頭陀袋を抱えて診察室に入る。ちなみに診察室に入るとき、誰ともすれ違わなかった。

「いらっしゃい。九龍では扱う店のないものはない、ここでは見境のない医療行為を提供しているわ。黒十字診療所へようこそ。今日はどんな未知の病気を持ってきてくれたのかしら?……って、あなた」

 くるりと振り返ったのは八意先生。いつも通り、ピシッと糊の利いた白衣を着て(でもその下に着ているものがどう見ても医療従事者の服ではない)、さっぱりと上げた前髪に、銀縁の丸眼鏡。知的な雰囲気を感じさせると同時に、口調は穏やかだし纏う空気も柔らかく優しい印象を受けるが、その実、この診療所を取り巻く人物群の中で一番理解できない人物だ。上級妖魔のくせにほとんど配下も持たずこのスラムに診療所を構え、主である蓬莱山輝夜と玉兎、それに竹林の兎妖と一緒に生活している変わり者が、この八意先生だった。

「これ、うちで出来た死人で、行き場に困ってるので献体します。馬車に轢かれちゃって」
「馬車事故、これで何度目?あなたの屋敷に馬車なんてないでしょうに。それに、馬車に轢かれた死体が、こんなにも趣味が良いものですか」

 躊躇なく頭陀袋の口を開けて中を覗き、その死体を見てほのかに笑顔を浮かべる八意先生。マジ?私正直正視できなかったんだけど……。

「酷いことをするものね。妖魔の道徳心は小指の先程も無いけれど、これはいささか趣味が良過ぎるわ。あなたのところの魔女とはぜひ仲良くしたいところだわ、うふふふ」

 これなのだ、目を覆うような病人、死人であるほど、この医者は機嫌をよくする。下手に誰でも治せるような人が来れば、ああ、さっき出てこなかった人はそういうことなのだろう。
 死体の扱いについて、私は一枚噛むことは遠慮したいと思っていた。この死体をどう扱うかについては主人と先生との間でやってくれればよくて、私はただの遣いっ走りでありたいと願っている。
 まず、正直パチュリー様が何かをしでかすだろうことは、家のものは誰もが薄々感じていたことだ。家の中には女しかいない、色恋がこじれれば何かが起こるだろうことも含めて。パチュリー様の本望がどこにあったかはともかくとして、家の中の人間が壊れるよりかは家の外の人間が壊れる方が望ましいとも、思っていた、当たり前のことだが。それは、妹様が棺を開けて地上に出て来たときも同じことで(その時は博麗と大喧嘩をして館は酷い有様になったが)、結果的には何もかもが元通りとなり丸く収まったのだし、だから今回の「これ」も、ある意味では楽で望ましい帳尻だと誰もが考えている。私は古参の構成員≪ファミリー≫ではあるけれどその『帳尻』に同意で、主人もそれを知っている。だから私に死体運びをやらせたのだろう。

(まあ八意先生が霧雨さんの死体をどう扱うかは知らないけれど……)

 霧雨さんは妹御のお気に入りであると同時に、当代博麗の気に入りでもあるらしい、出来ればそれなりにハッピーな扱いをしてもらいたいものでもある。八紅事変(八雲vs紅魔に発展した事件性異変≪うちの主人と当代博麗の殴り合いデート≫。一般的には赤い霧の異変と認識されている)のような諍いはもう懲り懲りだ。
 私は、そういえば、と主人から預かってきた赤い円盤状の塊を手渡す。真っ赤な塊だけど、手触りはごわごわした綿というか、間違ってしちゃったウールのセーターを濯ぎをせず洗剤のついたそのまま潰して乾燥させたみたいな感じ。これが絵具……?いや、絵具だったとしてもたかが絵具で喜ぶの?

「あら、これ臙脂綿じゃない!?」
「黒十字診療所はお代を取らないと聞いたのですが、死体を押し付けてそれも居住まいが悪いから代わりにと、うちの主人が。(私にとっては本当に)つまらないものですが、お受け取りください」

 それを見た八意先生は、ぱああと効果音がなりそうな笑顔でそれを見て喜んだ。何、これいいものなの?

「なによう、こんなもの渡されたら贔屓にしてしまうわね、ずるいわ」

 ほくほく顔に体をくねくねさせながら、臙脂綿をじっと見つめている。文化人という人種の価値観は私にはよくわからない。

「だめね、こんなの献体されでも、ボロボロすぎて使い物にならないわ。返品処理をするから、中で待っていて。うどんげ」

 はい、と受付嬢兼研修医の玉兎が返事した。こちらへどうぞ、と私を、一般の立ち入りが禁止された領域へ招き入れる。この診療所は大部分が立ち入り制限区域となっている。その理由は。

「多分結構かかると思うんで、お寛ぎ下さい。てゐ、今日はもう外来おしまい。閉めてきて。」
「はーい」
「お、さっきの。茶でも入れるから待ってな。その羊羹食っていいぞ。」

 診療所はほんの一角で、ほとんどが居住スペースなのだ。通されたのは客間、藤原さんと、小さな妖兎がいた。客間はほぼ藤原さんの部屋と化していて、兎のてゐちゃんは藤原さんと遊んでただけらしい。助手さんに指示されてカンバンを下げに行った。あとそれと、いつもこの客間にいるはずの……

「犬っころは?」
「私は犬じゃない!」

 抗議するようにひょいとちゃぶ台の下から現れたのは、もふもふの大型犬。特にしっぽがやばい、マジ癒し。

「いた!いぬっころ~♥しっぽ、しっぽかぁいい♥」
「ええい、離れろ!これでも私は神族なのだぞ!」
「へえ、慧音と仲がいいのか。粗茶だがどうぞ」
「ありがとうございます。ね、なかよしだよねー?」
「違うけどな!?」

 がぶがぶ私の手を噛む犬っころ。全然痛くない甘嚙み。頭を抱えるみたいにだきしめる。あ~かぁいいなあかぁいいなあ。

「あ、そうそう、来る途中で指輪拾ったの。首輪の飾りにしたらきっと可愛いよ、つけたげる♥」
「うーがー!なあ、もう少し霊獣を敬え、な?」

 白澤である。一応神獣なのだが、こうして現世に顕現している間は、むっちゃ愛らしい犬っころの姿をしている。たまに綺麗な女性の姿をしているときがあるが、どうせ変な歴史でも食っておなか壊してる時よね、だってこの犬っころモードの方が可愛いもの。

 ぼむん!

 からかいすぎて、慧音さんがその人型に化けた。ちょっと得意げ顔。

「だめですよ、作画崩壊。ほらはやく元の姿に戻ってください?」
「だからなあ!ああ、月は!月は出ているか!」
「ひるだよ?」
「むっがー!」
「おて!」

 ぺち

「おかわり!」

 ぺち

「ちんちん!」

 ///

「か→わ⤴い→い↝♥ でも今人型だから!人型だから!」
「何させるんじゃああああ」
「かかか、慧音、また面白いのに好かれたなぁ。首輪の飾り、人型でも似合ってるじゃないか」

 膝をバンバン叩いておなかを抱えて笑う藤原さん。

「まったくなんて日だ、なかったことにしてやる……パリティまで食い尽くしてやる……(泣」

 まさか人型のときに「おて」をしてしまうなんて自分でも思ってなかったのだろう、やる瀬無い表情でいじけてしまった。これでも八意先生の彼氏(♀)で、寺子屋で授業をすれば皆から尊敬される先生なのだけど、大半の時間はこの診療所のマスコット判定だ。文系マジ不憫。

「文系関係ないだろォ!?」

 すんすん、啜り泣く声が聞こえてきた。かわいいなあもう。

 そんなこんなで、随分と寛がせてもらって、半日くらいだろうか。昼過ぎ位に来て、もう日もとっぷり暮れている。晩御飯まで頂いてしまった。この診療所が妖魔の営む曰く付の病院だということは殆ど知られていないが、ここが月人が地上人侵略を企てる秘密結社の中核施設だということはそれ以上に知られていない。でもそんなこと、人間じゃない私達には関係ないし、こうして良い関係を築かせてもらっている。

「見た目が綺麗な料理は出来なくってな」
「いいええ、これはこれで、むぐむぐ、すごくおいしいです。」

 と客間を自室のように使う藤原さんが、台所まで我が物顔で使って筍の煮物と山菜のお浸しとごはんを出してくれたのだ。いつもは受付嬢兼研修医のあの玉兎ちゃんがお料理担当なのらしいけど、今日は、私が持ってきた献体を処理するのに八意先生とかかりっきり。

「そういえば、かぐや姫は」
「今は帰省中だよ。こっちに亡命中だが勝手知ったる月と、比較的自由なこっち≪地球≫と、どっちが治めやすいかなんて鈴仙もつけずに視察だと。月にはまだ協力者がいるらしくて、そいつらに有り難い演説もしてくるんだとさ。」

 もぐもぐ。そういえばかぐや姫って姫さまだった。もぐもぐ。元、姫か。もぐもぐ。

「本来あいつは、この地球に投獄刑期百万年だからな。脱獄して向こうで取っ捕まったら酷いんだろうが、まあ死なない奴だからそのうち帰ってくるだろ」

 パートナーが長いこと帰って来なくなるかもしれないというのに、藤原さんときたら暢気なものだが、藤原さんにせよかぐや姫にせよ、加えて言えば八意先生もそうだが、とにかく時間を持て余しているのだ。永遠に生き続ける体なのらしいから、時間なんてどうでもいいのだろう。

「ほーらー、犬っころ、ご飯食べる?」
「自分で食べるわ!」

 とかなんとかやっていると。

「あらあら、慧音と仲がいいのね?」
「なかよしだよねー?」
「違うけどな!?さっきもやったぞこれ」

 八意先生が帰ってきた。後ろから玉兎のうどんげちゃん。二人ともちょっとお疲れの様子。

「はい、出来たわよ。面白い玩具に仕上がったわ。そういうわけだから、この献体は返品よ。持って帰りなさいな」

 さらに玉兎ちゃんの後ろから現れたのは、仮面をつけた霧雨さん(らしき人物)。自分で皮を引っぺがしたり捥いだ部分が、浅黒い色の肌に置き換えられて、形ばかりは元に戻っている。元の白い素肌も残っていて、まるで白黒のモザイク抽象人物画の様な有様だが、仮面とのせいでミステリアスに仕上がっている……ような気もしないでもない。

「彼女自身ののミニ八卦炉が動力だから、まあキューブ≪『点』≫の同位体でしょう、それ、ちょっとやそっとじゃ止まったりしないから、十分に長持ちするはずよ。代謝系も含めて生前と同等の機能を維持しているわ。キューブ≪『点』≫のエネルギーを人体に流入させて死人を強制的に起動継続させるなんて、貴重な経験が出来た。死なないのもいいけど、死んでも動いてるってのもなかなかいいものね?楽しかったわ、うふふふ……」

 満足そうに笑う八意先生は、私に鍵を手渡す。このモザイク霧雨さんのAdminを決めるためのマジックアイテムなのだという。こうして妖魔の医者のマッドネスでこの世に留まった霧雨さんを、うちの主人は一体どう扱おうというつもりなのか、私はわからないし、知ろうとも思わない。この鍵は主人に渡しておこう。あのお嬢様なら、この鍵の管理を咲夜さんに任せるとかいう精神残虐をやってくれそうだが……それはちょっと見たい光景ではなかった。咲夜さんはパチュリー様の呪≪サークル≫で霧雨さんのことを忘れているようだから、何も感じはしないのかもしれないけれど。この魔法生物≪霧雨さん≫は、見た目だけではなく中身も、全く元の霧雨さんではないのだ。こんな形で残留させることを、うちの主人は望んだのだろうか。よくわからないが、八意先生に任せるつもりで献体したのだ、これはこれでお嬢様の想定範囲なのかもしれない。

「殭屍の真似っこよ。紅魔館≪おうち≫に帰るまでは、おでこにこのお符を付けておいてね。管理者権限が無くても離猛魂≪リモコン≫操作できるから。殭屍と同じように手足は硬直して不自由だけど、自分で歩いてくれるなら幾らかは持ち帰りも楽でしょう?これはサービスしておくわ」
「あ、ありがとうございます」

 ぴょんぴょんと跳ねながら私の後を付いてくる、元霧雨さん。ていうかこれなんて呼べばいいの。

「じゃあ……帰ります。お世話になりました。」
「ええ、気を付けてね。またこんな楽しい死体があったら持ってきて頂戴な」
「は、はひ」

 またこんな楽しい返品を受けたらどうしようか。私は後ろから孑孑の様にちょん、ちょん、と後ろをついてくるそれに幾らか不気味さを感じながら、帰途についた。







 瓦礫をひょいひょいと跳ねるように一足先に現地に入ったジルが、周囲を見回して、ひゅう、と小さく唇を鳴らした。次いでのんびりと瑠美がどこに視線を合わせるでもなく、最後にパウラが足元の覚束なげに降りて来る。

「自衛隊もやるね、これはしばらく群体攻撃≪ミニオンストライク≫は無力化出来たんじゃない?」
「忘れ物傘の数は関西圏だけで万単位だよ、そう甘くはないんじゃないかなあ」
「あーあ、秋来宮の本屋さん地下街に移転したって聞いたんだけどなー。だいじょうぶかなー。」

 熱で大きく変質した地下街の状況を見て、おーおー派手にやるね、と言いながら先行するジルの足元には、死屍累々と戦闘を経た自衛隊員らしきものが倒れている。いずれも、高温で焼かれたように真っ黒く炭化しており、処々に入ったひびの溝から赤い湿り気が見えた。いくらか耐熱性能のあるボディアーマーの内側だけが形を残していたが、中の肉体の方は散々だった。皮膚に血色を残した部分は一つだってなく、溶けた肉はボディアーマーやヘルメットにくっついている。肉の薄い瞼は焼失し、内側に収まっていた眼球も蒸発してそこはただの窪みになっている。鼻や耳、指といった末梢は、高温の爆風によって崩れたのだろう、それも形を失っている。だが、熱に苦しんだ様子はない、恐らく生きて焼かれたのではなく亡くなって間もなく乱暴に焼かれた亡骸なのだ。床や壁、瓦礫に黒く焼き付いたシミのようなものは、恐らく火器で焼けた自衛隊員自身のヒトカタだ。ジルはそれをさも見慣れたもののように気にも留めずに、避け、越えて、進んでいく。ただ、踏んだり蹴ったりはしない。瑠美、そしてパウラも同じだ。死体を路傍の石とは思ってはいないが、それに強く囚われる訳でもない。言うなれば、生きている他人一人一人とすれ違うのと、そのすれ違い方は似ていた。

「沢山亡くなったね」
「神妖≪かみさま≫相手じゃ仕方ないよ。でも、よくやったほうじゃない?他のリージョンじゃ、学生まで駆り出されているっていうし」
「私達、ガクセイよりちいさいけどねー」
「ここまでお膳立てされたら、後はあたいらがきっちり仕上げてやらないとね。3分で片付けよ」
「またジルはそーゆーアニメみたいなこと言ってー」
「ばんごはんまでにやっつければいいかなあ」
「瑠美は気が長すーぎー!まだお昼前なんだから」
「パウラだって早く帰って出クンに褒めてもらいたいんでしょー?」
「それは、そうだけど……って、だから出さんに、クン、は失礼でしょ!」

 ジル、と呼ばれた子供は特徴的に青い外見をしている。インディゴ、ネイビー、ターコイズ、スカイ、複数の青色を組み合わせた服とアクセサリ、散切りにした黒髪、肌は子供らしくやわらかそうな色白。半島系の様な鋭さを持った印象だが、目だけが、爛と赤い。
 瑠美と呼ばれた子はジルとは対照的に真っ黒の服装。黒に種類はないなどと言わんばかりの一色に、ところどころワンポイントでチタニウムホワイトと僅かなアクセサリにスカーレットがざっくりと織り込まれていてコントラストが高い。髪の毛は金髪でコーカソイドの様な印象を受けるが、目だけが、爛と赤い。
 パウラと呼ばれた少女は臙脂色の服を好んできているのだろうか、少しふわふわとした装飾を好むらしい。臙脂の合間にベビーピンクが挟まる服装せいで全体的に赤味寄りに統一されている。日本人の様なペールオレンジの肌に茶髪だが、目だけが、爛と赤い。
 これが戦闘を前提とした分隊であるのなら、三人が三人ともこんな風にバラバラの服装をしているのは余りにも常識外れである。もっと言うとお世辞にも戦闘向きの服装ではない、まるで、ただの子供服だ。服装に共通点を求めようとするならば、爛と赤い目と、胸部にある不自然な形のプロテクタだろう。胸の中央部あたりにぽこんと膨らんだように乗る椀状のプロテクタ。内側には花がしまわれている。
 三人が歩くその先は、コンコースの突き当り。一旦折れて再度奥へ進む曲がり角だった。爆風で焼け、溶け、崩れ、元の姿の片鱗さえ残してない光景にあっては、それが逆に異様である。つまり、円形に写真を切って貼ったようなその一角だけが、熱効果を浴びていないように、壁材や床の色が元のまま保たれていたのである。くっきりと壁材の質感、色、脆弱な蛍光管の形や、壁に飛んだ血の赤が、円形に刳り貫かれたように残った「そこだけの現状」。中心には、傘をさした人型が一つ、無表情のまま立っている。即製廃墟の真ん中に、そうして人が立っていること自体も、異様さに拍車をかけていた。床にはおびただしい数の雨傘が転がっていて、同じくらいの数の傘が、宙に浮いていた。
 三人≪クローバーズ≫の背丈は小中学生程度しかない。対して、傘を差した不明人型≪リメンバアンブレラ≫は、大凡女子高校生くらいの背格好はある。それを少しばかり間合いを取った距離から見上げて、ジルは言った。

「あんたが、『りめんばあんぶれら』?あたいらは別にあんたに恨みなんてないんだけどサ。出がやっ――ひえ!」

 ビょシっ! ガンっ!!

 ジルが悠長にリメンバアンブレラへ声をかけていると、それを聞く気などないと言わんばかりに、傘矢が飛んだ。慌てて身を翻しそれを躱したジル。遅れて飛翔音、破砕音が響く。
 傘矢は石突から軸以外は途中で切り離されて落ちているが、その侵徹体は背後のコンクリートに巨大なクレータを抉り、今は姿を失っていた。矢をかすめられたジルは、その小さな入射口の様に不釣り合いなほど大きく吹き飛んでおり、弾道上を描くように瓦礫が吹き飛ばされ軌跡を残している。

「うひょー、挨拶代わりに先制攻撃……」
「いきなりかー」
「さ、散開!威力が報告と違います!」

 パウラの声で三人は跳躍し、等間隔になる様に配置。互いの距離を確認もせず、迷いなく一瞬でフォーメーションを組む動きは、戦闘配置と言うよりはダンスやチアリーディングの様だ。着地した三人の立ち位置は正三角形、前衛がジル、パウラと瑠美が後ろになっている。
 三人がそれぞれの武装を取り出し傘楯の奥の目標へ銃口を向けたその時。

【うらめしや】

 空気漏れの多い掠れた声が、酷く古典的なセリフを紡いだ。

「えー!なんか普通の幽霊みたいなこと言ってる!」
「そんなんじゃあたいらは驚かないよ、地獄で勉強しなおしてきな」
「わああああ、こーわーいーよー;;」
「瑠美ぃ!?」

 神妖≪かみさま≫が、人間に対して積極的にコミュニケーションを持ち掛けてきたことは記録にない。記録にないことは本当にないということではないし、リメンバアンブレラにとってこの「うらめしや」がコミュニケーションなのかどうかも不明だが。

「パウラ通信士ー」
「私通信士じゃないんだけど!何?」
「Admin≪出氏≫に報告したほうがいいんじゃないー?」
「あ、そ、そうだね。局所空振音声通信、開きます。出さん、聞こえますか?」

―― 音声クリア。パウラ、こちら出。

 ジルが目の前の対象に警戒を解かないまま、現状を報告する。

「リメンバアンブレラ≪目標≫と会敵。攻撃を受けました」

―― 了解。

「目標の武装は本当に傘だけなんですか」

―― ああ、傘だよ。人類の叡知の結晶といったところかな。

「でも自衛隊の報告と随分違うようです。あの傘の矢、複合装甲なんかじゃ多分止まらないですね」
「それに、ゾンビみたいなナリとか言ってたけど、綺麗におめかししたみたいだよ。あれ、この辺の女子高生の体なんじゃない?」

―― 自衛隊の生存者から、戦闘中に人型部分が『生え変わった』と報告があるね。それでも歩く死体だったと書いてあるけれど

「嘘だね。出、アレに言い寄られたらコロッと行っちゃうよ。生身の人間≪女子高生≫と何も変わんないように見える。ついでに言うと、かなり可愛い。映像、送ろうか」

―― いや、結構。

「ジルはまた余計なことをぉ。あ、あと、言葉を発しました。『うらめしや』って、まるで幽霊ですね」

―― 秋来宮はあちこち古墳だらけだからなあ、地下開発はもしかしたら気付かないうちに墓荒らしになっていたのかも。地名もただの当て字だとの説もあるし。そういえば、串刺しにするっていう殺し方は、百舌鳥と通じているかもしれないな。

「じゃあ古墳時代の偉い人?」
「死体じゃんー」
「幽霊!」

―― 当時まだこうもり傘はないから、地元高校の生徒の姿をしているのも含めて、投影融合しているかもしれない。

「"人型・等身大"、"鈍足"、"傘"以外に情報はないんですか」

―― 目標は地下で発現してそのまま自衛隊と交戦していたせいで、戦闘力と外見以外の情報が少ないんだ。亀裂≪GATE≫の所在地は……まあ"落とし物コーナー"ってところかな。

「幹≪かん≫もわかってないの?」

―― わかっていない。人型であることを考えると、頭部か胸部と言ったところなんだろうけど、憶測の域を出ない。体がすげ変わったって報告を考えると、人型であること自体がフェイクかもしれない。頭部胸部に銃弾が当たっても再生を促しただけという報告もある。

「八つ裂きしかないか」
「ジルっ」

―― そこまで見つからないなら、そうするしかないかもしれない。できればスマートにやってほしいけどね。

「第一目標・頭部の破壊、第二目標・胸部の破壊。作戦に変更はありません。それが幹じゃなかったときのことは、考えてあるんですよね?」

―― ……八つ裂き、かな

「出さんんん!?」

―― 情報がないんだ。直接人工の構造物の内部に出現した例なんて今回が初めてで、地下街のカメラじゃ正直何も情報収集にならない。自衛隊からもらった情報が唯一の手掛かりだけど、あくまでも通常戦闘としての分析に限られてる。それに、その報告とも現状は随分違うみたいだし。

「ほら、とりあえずぶっ潰すしかない」
「またジルはそういうこと言うんだから」
「でもどーするのー?カンがわかんないんじゃ本当にそうするしかないよー」
「まずは頭と胸、不確定情報を探るのはその後。」

 三人≪クローバーズ≫の中で一番マトモなのは、パウラ。ジルはせっかちで、逆に瑠美はマイペースが過ぎる。

「ミニオン≪お仲間≫は、しばらく来ないぜ。今ある分だけであたいらの相手、してみせな」

 ジルの挑発は、二人にとっては少々苦笑ものだった。というのも、傘は既に「今ある分」だけでも十二分な本数なのだ。それに自衛隊の兵器の爆発で天井が崩れ新たな供給はそれまでと比べて減ってはいたが、断絶には至っていない、流入は続いている。
 ジルの言葉をわかってかわからずか、リメンバアンブレラはジルに向けて傘矢を一発放つ。亜音速のそれはジルの頭部を狙ったようだが、彼女は首をくいと捻ってそれを躱した。本当に当てるつもりならばもっと躱しづらい部位を狙うはずだ、挑発には挑発と言う事だろう。ならば、あんな動いているだけの死体の様なナリでも、知能は高いのだろうか。現にその射出の後。

「ぅえ、怒ってない?」
「き、気の短い奴だな」

 人型にも拘らず余りにも人間味のない佇まいと、べっとりと貼り付く前髪に表情が隠れて、ジルの言う通りに怒っているかどうかはわからないが、垣間見える左右で色の違う目を左右別々に動かして、手前にいるジルと瑠美へ視線を送った。空中に何かを払い上げる様に両手を小さく動かすと、十本程度の傘矢がふわりと浮き上がり、それぞれが自律して石突を二人の方へ向ける。その手首に、報告にあった傷口はもう見られない。

「散って!」

 パウラの指示と行動を合図にジルと瑠美も、再度散開する。目標の傘は全方位/自律照準射撃を常としているのだから散開にどれほどの意味があるのかはわからない。だが、これは訓練通りでもあるし、Adminの指示でもある。それに従い沿った上で作戦を実行することが、三人にとって最優先事項だった。

―― ブリーフィングの通り。任意に交戦を開始して構わない。火器は無制限、花卉は三級限定で、使用を許可する。君たちの力を見せてくれ。

「はン、あまりの成長ぶりにチビんなよ」
「ご期待に沿えられるように」
「がんばりまーす」

 三人の武装は、三人の趣味に任せられていた。彼女達に武器を自主的に選ばせるということは、すなわち彼女達を武器としてみなさないということだと、彼≪Admin≫は考えていた。武装のメンテナンスは真矢という人物に任せてあるが、それも含め自主性(と、何よりあの真矢)に任せるのは失敗だったとも、彼≪Admin≫は思っていた。

 パンっ!

 ひと際大きい乾いた破裂音が合図だった。火蓋を切ったのはジルのM392LCの銃声、狙撃が得意なわけでもないのに、中遠距離狙撃向きのマークスマンライフル≪M392≫に、その銃と用途を反するバヨネットが装備されていて、しかも無駄に刀身が長い≪Longsworded Custom≫。ジルの短絡的な思考と照らすならば、近くでも遠くでもというバカスタムも言わんとすることは解らなくもないが、有効かどうかは話が別だ。
 それでも好きなモノこそ云々とでもいうのだろうか、持ち前のすばしっこさもあってか「中距離」をすっ飛ばすのが得意なようで、それなりにうまく使いこなし、これまでも「人間相手の作戦は」うまくやっていた。

「所詮傘でしょ、加速を受けなきゃ所詮傘だ」
「あたりまえのことゆってる」
「ジル、よく見て。傘は長いから、撃つ方向を予測できるよ」
「わぁってる、当たるもんか」

 傘矢が地面に突き立ち不気味なクレータを抉作させる中、それを回避しながらライフルで応戦するジル。だが傘楯を展開しテストゥドを思わせる佇まいにも拘わらず砲撃もする、移動砲台さながらの構えに、効果が見られない。

「ああ、もうっ!」

 ただの傘、そう言ったジルは俊敏なステップで傘矢の射線をかわしながら傘楯に肉薄し、それを銃剣で薙ぐ。長い刀身はこれを突くだけではなく切る払うにも使うためらしい、銃剣道の技術とは一線を画す動きは彼女の我流だった。だが刃を受けた傘は、弾を止めるほどにbuff≪強化≫を受けているだけあってびくともしない。触れた傘楯は、すぐさま盾から矢へ転換されジルへ飛ぶ。ホウセンカの種のよう。傘楯の攻性反応装甲の撃ち返し矢を更に回避し、守りの空いた隙を突いて銃撃を加えようとするジル。だが新たな傘楯が追加は想像以上に早く、巧く攻撃は通らない。

「だあ、なんだよこれ、きかねえ!きたねえ!弾込め!」
「ちょっとジル、考えなしに撃たないでよ!フォローします!」

 装弾数の21を早々に撃ち切ったジルは柱の陰に隠れてリロード。その間を、パウラがカバーしていた。ジルを狙う傘矢を丁寧に撃ち落としていく。パウラはいつもサポート役で一人で作戦にあたる事もなく、アグレッシブな火器を持たない。こうしてサポートするときや護身用に、現代化改修を施しただけの警察用PDWを持つに留まっていた。まあ、人格同様、彼女が一番まともなチョイスかもしれない。パウラは左利きで腕力も高くないので、左右対称なユニバーサルデザインで樹脂パーツが多く軽量なのが気に入っているようだったし、装弾数80と多くフル/3点の切り替えが出来る継戦能力の高いこの銃はサポート役の彼女にマッチしていた。

「瑠美、そっち開いてる!」

 パウラがジルのリロードをサポートしながら合図するには、傘楯の正面がジルに向いているのに合わせて、瑠美の方へ少し出来た隙。既にそれを見ていた瑠美は「んー」と言いながら、銃を構えて発砲する。硬く響く発砲音は二発、彼女の二挺拳銃のものだ。エクステンションバレルの上部に刃が付いたセミオートの拳銃に、銃底から下に向かって短い刃の出たリボルバー。こっちも目を覆うような趣味だ。ジルのバヨネットが長剣なら、瑠美の拳銃についているのはナイフの様に短い。彼女は敵中浸透が得意で射程をあまり必要としないから、コンパクト(には思えないが)なこの武器を好んでいた。機械化されていない人間の部隊相手の隠密作戦なら3人の中で一番器用にこなすのは瑠美で、射撃さえしないで刃物だけで片を付けてくることがある。
 そのパウラの弾丸は、しかし一瞬の差で、傘楯に阻まれた。やはり傘の回転率は高い。

「むー」

 じりじりと、人が歩く速度よりも更に遅い歩みで、しかし不破の防御と乾坤一擲の攻撃で、地上への道を抉じ開け進む唐傘お化け≪リメンバアンブレラ≫。まるでエクストラの攻撃など意に介さぬように、攻防を傘に任せ、人型の部分はひたひたと瓦礫の上に白い裸足をさして、歩いている。多くの神妖≪かみさま≫は、こうだ。比較的直線的な動きで、人間の敵意や攻撃などお構いなしに進む。それは人間など取るに足らない存在だと行動で物語っているかのようだ。

「地上に上がってどうするんだろう」
「そりゃあ当然、京都を目指すんじゃん。今までの神妖≪かみさま≫はみんなそうだったろ。っと」
「きょうとに何があるの?おおさかじゃだめなの?」
「知るかよ。それが、あたいらに関係あるか?装填、済み」

 ジルはライフルを構えて柱の陰からちらり目標を視認し、翻るように再び戦線に踊り出た。

―― こちら出。敵の足は、止まりそうにない?

「止めるさ」
「バラバラに仕掛けてもだめだよ。自衛隊の戦車処理用の爆弾に耐えたんだから、傘楯を何とかしないと。って、傘が!」

 傘の隙を探してライフルを放つ。やはりなかなか通らずに、舌打ち交じりだ。射線が正対しない形でジルと瑠美での挟撃に持ち込むが、傘の防御陣形にはなかなか隙がない。ただの傘なのに、楯であり槍であり矢であるなど、ただひたすらに苛立たしい。

「中に入った方が早いよー」
「ああ、くっそ、ほんとうだ。突っ込むか……?」

 手を拱いている内に、一部の傘がリメンバアンブレラの元を離れて浮遊し、そこから自在の射撃を仕掛けてきた。本体から斜線を遮れば安全、とはいかなくなってしまう。低い弾道で足元を狙われる一方で、適当な瓦礫の障害物では防げない天井付近からも狙いすましてくる。

「げっ、自動運転ってずるい、わわ、っ!」
「装弾僅少!私のリロード時は回遊傘≪ファンネル≫の脅威を排除できません、交叉火線になります!各自で防御をお願いします!」

 大きく後ろに回り込んで一人十字砲火を実行しようとしている傘群をパウラが必死に撃ち落としていたが、パウラがリロードに入ればその間に傘は後方へ浸透してくる。そこから狙われれば完全に全方位からの狙われることになる。
 そんな、攻めあぐね防戦一方に陥り気味の状況を早々に危険視したジルが、声を上げた。

「ああ、やっぱ通常戦闘じゃまどろっこしい。出、花卉、いいんだよな?」

―― 許可は出てる。

「だとよ、瑠美。たったら、お互い、得意じゃんか」
「ジルはあんま得意じゃない」
「そんなことないって、瑠美には負けねえから!パウラはそこで出と一緒に見てな」
「ひぇっ?ジル?」
「射線が通ってなくっても、下段≪ロー≫がガラ空きなんだよ!――五級指定花卉使用承認済≪省略≫!」

 バネを作る前動作なし、暴力的な勢いで突然に前方へ飛び出すジル。低空前方への跳躍は前へ出した足からの着地と慣性移動つまりスライディングだが、跳躍からの着地の直前、ジルはぱちんと左手の指を鳴らした。瓦礫で凹凸が多くガタガタの地面ではスライディングなど不可能なのだが、指の音に呼応するように突然ジルの足元へ、板ガラスのような透明な表面が現れる。それは磨き上げられた氷の板だった。ジルはそのまま氷の平滑面へ着地し、ごく低い姿勢でスライディング。侵入を阻もうと放たれた傘矢は間一髪でジルの上を抜ける。そうして見事ジルはリメンバアンブレラの傘テストゥドの下の隙間をすり抜けてその内側へ入り込んだ。
 自衛隊の戦闘で元々光源が減り元より薄暗いコンコース、わずかな光からさえ遮られた傘楯密集陣形の内側は、より一層暗い。だが、見上げたリメンバアンブレラ≪目標≫の目は集光率が高いらしい、それ自体が発光しているようにさえ見える奇怪な輝きでジルを見下ろしている。それを見返しながら、ジルは立ち上がり銃剣を構えた。

「会いたかったぜ、中二病野郎≪オッドアイ≫」

 その左右色の違う目で傘楯の内側に敵性存在が侵入したことを認識したリメンバアンブレラは、強固な防御陣形を維持してきていたこれまでの体制をここで転換する。
 突如連続して響いた空気を多く含んだ低く緩めの衝突音は、傘を開閉する音だ。傘楯が全て閉じ矢となって、内側へ浸透したジルに対し一斉に先端を向けた。

【忘れ去られたモノの無念、晴らさでおくべきか】
「ええっ、そう来るかよ!?」
「ジル!」

 ジルに向けて内側に向くのだ、当然リメンバアンブレラ自身へも射線が通っている。それを厭わないのは、それでも自分へは当たらないという確信があるのだろう。

「ちくしょ、先に頭に当て≪HSす≫りゃあたいの勝ちだろ!?」
「頭部は幹≪かん≫じゃないよ!頸部か胸部か、えっと、や、八つ裂き!」
「げっ、そうだった……人間じゃないくせに人間の形してんじゃねえよ、ああもう!!」
「装填、済!サポート再開します!」

 ジルを中心にして放射状に配置された傘が一斉に放たれる。四方八方左右上下から同時に中心のジルに向かう矢に隙間はないように見えるが、当のジルは動じない。

「はン、そんなものでェッ!済≪略≫!」

 ジルが先程地面に氷の板を形成したときのように指を鳴らすと、無数にある傘一本一歩の射線上に、六角形をした透明な、それは再び間違いなく氷の、板が一定間隔で何枚も重なるように現れる。数十本もある傘の一本ごとに数枚、総計すると3桁にもなるだろう氷の板。それぞれの矢に向かって垂直軸を持って配置されているが、最後の一枚だけは斜めになっている。先の氷床のタイミングも合わせて見れば、これは明らかにジルが操作して形成しているものだった。

「っ、やっぱ、数、多い、か?」

 発射される傘矢。全方位からの射撃に隙は見当たらない。弾道上の氷の板はあっさりと貫かれ、ジルへ向かう。だが、放たれ、1枚、2枚、3枚目と氷の板を貫く内に、傘矢の弾速は段階的に低下し、そして角度のついた最後の1枚で弾道が偏向する。
 それぞれの矢はジルを逸れて地面に壁に突き刺さり、結果リメンバアンブレラ自身へ向かったものは、命中の寸前で停止した。

「すごーい!そんなとめかた、どこでならったのー?」
「へへ、ちょっと、古い知り合いからな。でもこのやり方、あたいには、まだ早かったかも……」

 すんでの機転で、傘の完全包囲から抜け出したジル。だが一気に多数の氷の板を制御したせいか、短距離走でもした後のように苦しそうだ。
 斉射によって一瞬だけ空中にある傘の数が減る。だがそれもすぐに元に戻ることはわかっていた。

「ジル、転換早いから、離脱して!」
「また守りに入られたらフリダシじゃんか!このまま畳みかけないとじり貧だろっ!」

 ジルの銃のひときわ派手な発砲音が響いた。一発、二発、傘の守りがない状態で射撃を通すのは、確かにジルの言う通りようやくのことだ。狙撃にも使われる十分な抑止力を持った弾頭が薬莢を脱ぎ捨て目標に向けて放たれ、目標の上半身を貫いた。

「やった!」

 しっかりコントロールしなければ一発ごとに大きく暴れるリコイルの銃、傘矢を警戒し急ぐあまり、訓練通りの制動で射撃できていなかったためか、一発は右胸もう一発は肩へ当たっていた。それでも確かに貫通した弾丸が体の裏側に大きな貫通痕を抉じ開け、背後の床に大量の血飛沫をまく。

「とどめだ唐傘野郎!」

 ジルは更に追撃を試みる。二発の弾丸を受けながら、しかしその効果の有無が確認できないリメンバアンブレラの懐へ、より深く潜り込むジル。銃剣を構え、低い体勢から首元を狙う。今まで特に機敏な動きは見せておらず傘の防御も途切れているリメンバアンブレラ。ジルの剣劇は何にも遮られることなく届き、銃撃に加えて斬撃も成功すると思われた。が。

 光に音はない。だが、空気にひびが走る音が確かに感じられる、そんな眩い閃光が薄暗いコンコースを強烈なコントラストで塗りつぶした。

「あれ」

 銃剣の切っ先がリメンバアンブレラの喉元に向きそれが届く寸前、何故か突きの手を止め、攻撃対象のすぐ横で棒立ちになるジル。まるで痴呆徘徊のようにきょろきょろと周りを見回すが、隣にいる目標を見ても全く動じる様子はない。
 ジルが攻撃の手を止めた一瞬で、傘矢の一斉装填は完了し、再びジルを完全に包囲する。それでもジルは防御行動を取ろうとしないままだ。

「あたい、なにしてたんだっけ?」

 リメンバアンブレラの胸に空いた銃創からは、銃弾がヒットしたとき以降の継続的な出血は見られない。出血が止まっている。肩からも同様。傘のリロードを済ませた唐傘お化けは、被弾はしたものの(致命傷に見えるというのに)まだ戦闘状態にあった。
 一方のジルは、さっきまであんなにも戦意高揚状態だったというのに、今は目の前の目標すらうまく認識できていないみたいに棒立ち、銃の構えなどない。いや、目標そのものが見えていないかのような素振りだ。

「ジル、なにしてるの!離れて!」

 今の閃光を、パウラは疑った。分析している暇はないが、あれはリメンバアンブレラの攻撃なのではないかと。あの光に、ジルが何かされたのに違いない。ジルのあの様子では、先のように全方位射撃を自力で回避できそうにない。

「瑠美!お願い!」
「はーい。五級指定花卉使用の権限確認≪たしか承認されてるはずー≫。」

 パウラが指示を出すか否か、瑠美は既に前に飛び出していた。のんびりした口調と、非常にゆったりとした身振りにも拘わらず、移動速度は驚異的に速い。だが、速い、というのには幾許か語弊があった。線で結合できる移動には見えなかったからだ。点と点の間を瞬間移動しているようにさえ見えた。よく見ると瑠美が一瞬だけ姿を止めて現れるのは飛来する傘矢から地面に生まれる影の上に足を乗せるときだ。傘矢は無数に飛んでいるのだ影も無数にある、瑠美の足取りが影の上だなどと言ってもそれはただの偶然かもしれないが。合間合間で彼女自身の脚による走行や跳躍もあるが、それはあくまでも補助に見えた。
 子供が川面から顔を出す石の上をひょいひょいと跳ぶように影の上を移動して、瑠美はジルの傍へあっという間に到達した。

「おーい、ジル、しっかりしてー」

 リメンバアンブレラの傍に無防備に佇んでいたジルを、瑠美が脇に抱える。そのままその場を離脱しようとする。が、二人纏めてのぐるりを完全に取り囲むように、再び傘矢の先端が向いていた。射線は完全に空間を塗り潰しており、回避地はない。

「あちゃ、回避不能の弾幕ははんそくだよー。ジルはこれだし、一緒じゃ『影踏み』出来ないし……」

 相変わらずのんびりした口調ではあるが、表情が固まっている。あの傘APFSDSを受けて無事でいられる筈がなかった。

「天井、崩れませんようにっ!三級指定花卉使用権限有無を取得。RETURN TRUE≪権限有≫を確認。三級指定花卉『LRAD≪エルラッド≫』の使用を宣言。局所空振音声通信、停止します。羽翼展開一対・制動モード。呼吸器・聴覚器を保護限定閉塞、気道をHSS経路へ切替」

 傘矢包囲網の外側にいるパウラが、祈る様に呟いてから、大きく息を吸い込んだ。
 大きく、子供の肺活量のそれではない、体を後ろに反らせて胸を張って、大きく、もっと大きく、驚異的な吸引。服の背中部分が破けて鳥の翼を大きく広げたような何かが現れた。そして反らせた体が、バネの反発のように跳ね戻る。パウラの口が顎が外れるかという位大きく開かれ、喉の奥には気管でも食道でもない別の穴が覗いて、それが真っ直ぐにリメンバアンブレラの方へ向いた。瞬間。

 ドン!

 巨大な衝突音が地下に響いた。パウラの体が、口の向いた方向とは逆に押し返されるようにずれる。背中に展開した翼がその反動を抑えて低減してるようだった。
 地震を思わせる巨大な衝撃が地下空間に走り、局所急激に気圧が高まる。衝撃とは別に地下に不自然な風が吹いて地下空間を支える柱の内パウラの体から近いものが何本かが粉の様に砕けてその真上の階が崩落するが、それより離れた柱には余り影響が見られない。代わりに、瑠美とジルを取り囲む傘の群れの一辺が、ごっそりと抉り取られていた。傘矢は空中にいながらまるで無造作にプレス機にでも放り込まれて潰れたようにひしゃげ、折れ、潰れた上で、パウラの口が向く射線上の向こうへ吹き飛ばされている。弾丸のようなものが飛翔したり、熱が生じた形跡もない。ただ突然に、圧搾され、折れ、砕けていた。傘矢の群れの射線上にある壁や瓦礫の山にも同じような破砕が起こっていた。パウラの動作と照らし合わせるなら、彼女の口から「圧力そのもの」が放出されたように見える。

「パウラないすー」

 その間隙を縫って、瑠美はジルを抱えて脱出していた。

「ジル、大丈夫?私誤射してない?ていうか、私がわかる?」
「さんきゅー、助かったぜコウイチ。誤射してたらあたいら今死んでるよ」
「コウイチって誰?」

 ジルはリメンバアンブレラから視線をはぐことなく、声だけをパウラに向ける。パウラも、一時の危機を脱した安堵から少し緊張感の解けた声を上げていた。今放った音響兵器の疲労もあるのだパウラはメンバアンブレラからは大きく距離を取りながら、自分で壊した瓦礫で足元が不安定になってしまったのを気にしているようだった。

「まだ指向性制御が巧くで出来ないなあ。標的はともかく、周囲に漏れちゃってる」
「鳩胸砲つよい」
「鳩胸は止めてよう、気にしてるんだから!ちゃんとLRAD≪エルラッド≫(Loud Radiate Acoustic Destruction)っていう正式名称があるの!」
「いやいや助かったよ。やっぱパウラのあだ名、ワギャンにしようよ。」
「ううう、活躍したのにこの仕打ち」

 異なる周波数を持つ複数の音波を同方向へ指向的に照射し、周波数の山が一致する一定の距離地点に爆発的な音圧破砕をもたらす音響兵器が、先ほどパウラが傘矢を一掃した「LRAD」である。
 リメンバアンブレラも流石にそれを目の当たりにして警戒しているのだろうか、身の回りに備える傘の数を増やして様子を窺うように停滞している。傘矢の先端は油断なく三人娘の方へ向き、化け傘の目もまたいつでも解放できるように閉じられたまま備えられている。

「さっき、どうしたの?いきなり棒立ちになっていたけど」
「あの化け傘の目の光浴びた瞬間、頭の中がすっぽり真っ白になって」
「ふだんからまっしろ」
「ちがうし!あたいバカじゃないし!」
「報告にあった、『忘却効果』?」
「それ!物忘れとか記憶喪失とかそういうものだと思ってたけど、自失状態≪スタン≫にも使えるのか、こええ」

 神妖≪カミサマ≫の癖に人工物での物理攻撃ばっかりってのはおかしいと思ってたんだよね、とジルは強がって見せる。

「まだ幹≪かん≫も見つけられてない。3分とっくに過ぎてるよ」
「わかってるよ、そいつはもう諦めた。失点もあるし、慎重に行く。パウラはサポート頼む。さっきの大技で疲れてんだろ」
「へいき」
「無理すんな。それに、こっからはほんとにサポートだけだぜ」

 インファイトしかない、というのが三人の暗黙の了解となった。もとより接近戦はジルがやりたがるものだったし、瑠美もどちらかと言えば肉迫が常の立ち回りをする。一方パウラは近接戦闘があまり得意ではない、というか戦闘よりも支援がメインだ。

「了解。背後は引き受けます。閃光に気をつけて」
「あんなもん、一度見りゃ二度と通用しねえよ。なんせこっちには光の天敵がいるからな」
「……ぅん?」
「おい、頼むぜ」

 そう言って、ジルは懐からペットボトルを取り出した。「東アルプスの自然桃」と見慣れたラベルがついているが、正真正銘何の変哲もない、コンビニで売っている飲料水のペットボトル。キャップは既に開けた形跡があり新品ではなく、単にこのペットボトルは内容物の運搬に用いられているだけのものらしいことがわかる。中に入っているのは無色透明の液体、ただの、水道水だった。ただ、ペットボトルにはそれなりのこだわりがあるらしい。と言うのも使っている「東アルプスの自然桃」は廉価化のために素材が薄く柔らかいのに加え、キャップが浅くスクリュー回数が少ない、水を呼び出すための時間を若干でも短縮できるためらしい。だったら専用の水チューブでも用意しようかと話をしたが、「ばっか、こういうことは、こういうのがいいんだよ」と何だかよくわからない理由で断られた。
 ジルはペットボトルの蓋を開け、中の水をM392LCへだぼだぼとかける。かけながら、何事か、呪文か、あるいはただの業務連絡のような、無機質さを感じさせる声を発している。やっぱりそれか。僕はジルが何をしているのか察して、横のコンソールへ命令文を入力する。彼女が宣言を完了する前に、僕がコマンドを完成させなければならない、ああもう、後でお仕置きだ。

「五級指定花卉の使用を要求。権限確認済、自動認証。四級指定花卉の使用を宣言。」

 ジルの銃に注がれるペットボトルの水は一滴たりとも地面に落ちることなく、それどころかペットボトルの中から出てきた水はペットボトルの容量を大きく上回るように膨れ上がり、銃に吸い込まれるように吸い付いて銃身をすっかりと包み込む。送料数リットルにもなっただろう不自然に増量したその水が自ら蠢くように形作ったのはジルの上半身ほどの長さを持つ剣。それは剣の形に至った瞬間に過冷却から凍結に変わるときの様に凍て進み、やがて氷の剣となった。

「四級指定花卉、アイスナインソード」
「新技だぁ」
「ああ、アイスナインのソードだ」
「また当たり前のことゆってる」
「氷Ⅸ?それ何、何度なの何気圧なの何でできてるの!?」
「一体どんな素材でできているのか調べればわかるんだろうけど…ごめん、あんまり興味ないや」
「持って!?興味!せめて『水に決まってんだろ』くらい言って!?氷Ⅸとかその辺にちんちん存在しちゃダメな奴だから!」
「何も怖くないよ。普通よりちょっと冷たくて圧力が……なんぼだっけ?」

―― 水であることに間違いはないよ。マイナス二五度以下で、三〇〇メガパスカル。

「ほらな?マイナス二五度なんて大したことないよ」
「そっちじゃないし!十分おっかないよ!殺して奪い取ろうとも思わない!それほんとに四級なの!?」
「いや四級宣言で出たし。あたいの記憶ではよん……」

―― 二級だよ。必要そうだからこっちでSUDOをインタラプトした。ジル後でお仕置ね。

「はあ!?」

――氷Ⅸなんて代物を扱うのが四級なんて訳ないじゃないか。

「氷Ⅸってなんだよ、氷だろ?」
「」
「」
――
「な、なんだよ、急に黙りがやって」

 勿論、実在の氷第九相かどうかはわからない。ジルが作り出している「氷」というものが何なのかについて、花のもたらす力の御多分に漏れず、正体がよくわかっていないのだ、怖いといえば、怖い。本当に局所的地上に存在する氷第九相なのかもしれない。

「行くぜ、瑠美」
「ほーい」

 ジルが先陣を切るのはいつものことだ。瑠美はチーム行動の場合は、前衛の補佐、パウラは一歩引いて支援。これもいつものことだった。訓練通りやるのが一番ポテンシャルを発揮できるはずなのだし、それ以外に特にこれ以上に有効な作戦があるわけでもない。出≪admin≫は黙って、彼女たちのやりたいようにやらせることにした。

「瑠美、回り込め」
「りょーかい」

 ジルの主導で、ジルは右から、瑠美が左からリメンバアンブレラを火線交差しないよう挟撃する。発砲。傘の防御は織り込み済みなのだろう。二人は傘矢の撃ち返しを浴びないように蛇行走行しながらの≪スラローム≫射撃を継続する。二体の敵に貼り付かれたリメンバアンブレラは自律回遊≪ファンネル≫傘の運用をやめ、目の前の敵の排除に切り替えた様だ。それをすぐに察し自律回遊≪ファンネル≫傘の掃討を中止して後方でバーストに切り替えたPDWを構えるパウラは、一瞬でも開いた傘楯の隙を突いて中を狙おうとスコープのキャップを上げ、覗いている。

(傘の数が減っているのか?妙に隙間が多い気がするな)

 最初、ジルが氷結スライディングをしてまで接近した時は、傘のドームは重なり合う位に密集していた。銃弾も勿論通りそうになかった。だが、今は若干様子が違う。傘のドームの縁と隣接するそれとの間には常に尖卵型の隙間が開いていて、中がちらちらと見えている。傘の密度が下がっているということは、傘の全体量が減っているという事かもしれない。ジルは直感的に希望を持った。
 現に、隙間を見て射撃を滑り込ませようとしているパウラは、慎重な性分にも拘らず比較的頻繁に射撃をしている。これは傘の隙間が徐々に広がっているのをジル以外も感じていることを示していた。
 ジルも瑠美も、突入すべきかどうかを決めあぐねている。先のスライディングでの接近は相手の不意を突き成功したかもしれないが、もうそれは通用しないだろう。傘楯の密度が低下しているとはいえ、再度この内側へ突入するのに、この程度の密度であれば潜り込むことが出来るのか、それとも反撃を食らうのか、判断が付かない。

「らちがあかないよ、私、入っちゃおうか。ジルじゃむずかしいもんね」
「くそ、今は言い返せないな。でも、入ってどうする。私は3発は当てたけど、効果が無い」
「もう少し傘楯の数を減らせば、二人同時に……ザザ、サー」

「ん?」
「あれ、パウラ?」

 通信機が、音を通さなくなった。全員同時らしい、三人ともが訝し気に首をかしげている。ジルが、全員に通る声量で、声を上げた。それと同時に瑠美も声を出す。

「通信機が壊れた。ったく、装備班もっとましなヤツを貸せってんだ」
「きこえないよー?」

 だが、パウラだけは状況を把握していた。

「無線機は妨害されています。不可聴域の音波が出ているみたい。これ、前站が行ってた、『聖歌』じゃないかな」

 パウラの声が、ジル、瑠美の耳元に直接届いた。パウラが、みて、といって二人が見たリメンバアンブレラは、口を開けて何か声を出しているように見える。ただ、二人の耳には何も聞こえなかった。パウラには、聞こえているらしい。

「局所空振音声通信、開きます。出さん、『聖歌』って」
「三人の無線機の反応はこちらからも消えているし、目標から何等かの放射があるのは確かだから、『聖歌』かどうか、と言われると、そうだということになる。よくわかっていない放射行為がすべて含まれてしまうけれど。……帯域を変えても通信機はだめみたいだ。パウラの通信が頼り」
「わかりました。通信はあけっぱなしにしておきます。」
「了解」

 突然通信機を妨害し始めた理由はわからないが、ともかく、パウラが通信ハブとなれば問題はなさそうだと満場が一致した。

「パウラ」

 ジルはすぐに、ごく小さな声でパウラを呼んだ。この声量の通信はパウラを中継した耳付近にしか届かない。受け取ったパウラも、暗号通信程ではないが機密性の高いメッセージであることを認知しており、それは三人が共同で作戦を行う時の申し合わせ事項でもあった。

「聞こえてます」
「中に入る。瑠美はどうやっても浸透できるからいいとして、あたいは正直反撃にあいたくない。援護を頼めるか」
「いけます。瑠美とタイミングを取って、一気に。ただ、内側に入ってからどうするの?」
「氷漬けか、闇送りか、とにかく傘楯の中でぶっ放せる奴をやる」
「あいかわらずのむけいかく」
「じゃあどうすんだよ、このままチクチク傘の数減らしてりゃいつかあいつはヌードになるのかよ?日が暮れるぜ」

 ジルの言うことも一理あるか、とパウラと、そして瑠美も渋々同意を見せる。映像がない以上現場の判断に任せるしかないと、出も許可を出した。

「蛇行移動射撃≪スラ射≫を継続しながら、てきとうに隙を見てあたいが入る。パウラ、頼むぜ。」
「了解」
「瑠美はあたいが入った後で、あたいの影でも踏んで出てこればいいんだろ?」
「うん。別にジルがいなくても入れるけど」

 意を決して、というパウラとは対照的に、簡単だからどうにでもという風な瑠美。

「ちっ、敵中浸透だけなら瑠美には敵わねえや」
「やっとみとめたー」
「中に入ったら違うからな、見とけよ」
「まあ、そこは、ゆずっとく。」
「はあ?少しはこう、闘争心と言うものをなあ」
「たんぱつパワーはジルがいちばん。しょうがないじゃんー」
「うう、なんだこのあたいだけ空回ってる感じ」
「三人とも、実戦だよ。緊張感持って」

 出の言葉を受けて、ジルと瑠美は、はい、と返した。

「行動開始」

 ジルの宣言を合図に、ジルと瑠美は移動蛇行を繰り返し、傘楯と傘楯の間にマンドルラ形の隙間を見つけながら射撃を通そうとするフェイクを繰り返す。パウラはジルがいつどこから突入してもサポートできるように、スコープを俯瞰性を重視して少し低めの倍率に落しながらその様子を見ている。

「自律回遊≪ファンネル≫傘はいなくなってる。後ろを取られる事が無くなりました」
「やっぱ傘の数が足りてないのか?」
「後続の流入自体は止まってないけど……どうやらホームに入った辺りで多くが制御を失ったように落下しています。目標の付近まで到達してるのは、子供用やビニール傘などの比較的軽量のものばっかり」
「ジルのがきいてるんじゃ?」
「そらみろ、やった甲斐があったろう?」

 この状態で内側に入れば一気に畳みかけられる、そう言ってジルはフェイク動作を多く細かくして潜り込める隙間を誘い出そうとする。二人で揺さぶりをかけるにつれて、隙間が現れる頻度は上り、その隙間もどんどん大きくなっていった。傘矢の射撃も今は緩慢で、リメンバアンブレラは防戦一方と言う印象を受ける。

「いける。奴を押さえ込めてるぞ」
「そうみたいね。このまま大人しく二人にやられてくれればいいんですが」
「入ってみてからのおたのしみ」

 ジルがライフルを放ち、盾が寄ってできた逆方向の隙間へ、瑠美が「目くばせをしてから」二挺の拳銃で殊更たくさんの発砲を繰り返した。左右で4発ずつ。全装弾数の八分の一にもあたる大放出だが、これは瑠美の仕掛けたフェイントだ。勿論隙間を狙っているのだから、防御動作を取らなければ銃弾は中のリメンバアンブレラに当たる。だが本当の目的は。

(開いたッ!)

 目立つ射撃をして傘楯を瑠美自身の方へ引き寄せることだった。そしてそれはその通りとなり、逆のジルの方には、大きな隙間が生まれる。ジルがするりと通り抜けられる程度の大きさの、隙間。
 目くばせを受けていたパウラは、ジルの突入をフォローするためにそちらをスコープで覗いていたし、ジル自身も跳躍のために後方に氷の蹴り板を張る準備をしていた。隙間が空いた瞬間に、三人の行動は、一致した。
 仮にジルの方へ傘楯の多くが移動し再び隙間が目の前に現れるようなら瑠美は再度弾をぶち込むためにその様子を伺いつつ、ジルが内側に入ったのであれば即座に『影踏み』で内側へ浸透する。
 パウラは傘矢がジルを迎撃するようならそれを撃ち落とすためにトリガに指をかける。
 そしてジルは、目の前に十分な隙間が生じたのを認識した刹那、背後に地面と垂直の氷の板を形成し、跳躍からそれを蹴飛ばして、一気に傘と傘の隙間へ飛び込む。着地地点に板を置く余裕はない、この際着地での負傷は些末事と割り切っていた。
 そしてそれは、見事成功する。

「っしゃあ!」
「せいこー」

 傘テストゥドの内側に飛び込んだジルがガッツポーズを決めたその背後から、瑠美がにょっきりと生える様に現れた。

「また会ったな、今日は友達も連れてきたぜ」

 ジルは、あいさつ代わりにと即座に発砲する。瑠美もそれに倣った。ジルがさっき入り込んだ時は銃撃は無防備にリメンバアンブレラの肉体を貫いたが、今回はそうはいかない様だった。小さめの傘が、テストゥドの内側で何枚か、防御用に稼働していた。同じく、傘矢としても子供用の傘が、浮遊している。全天を傘ドームで囲まれた内側に、もう一つの矢・楯構成が成立していた。

「ちっちゃい傘だけ選んでたのは、このためかよ。見た目より頭いいんだな」
「まあジルに比べれば」
「だからあたいは馬鹿じゃねえってんだろ!でも、まだ数が足りてねえな、早く行動して正解だったぜ。この数であいつとやり合うなんて、余裕じゃんか。ひん剥ける」
「だねー」

 射撃でもそうだが、この距離なら近接攻撃も使える。戦域がコンパクトに収まったせいで、傘矢の回頭性能が追い付かず、射撃の脅威度も減っている。

「畳みかけるぞ」
「おっけー」

 ジルはアイスナインソードを構え、瑠美は『影踏み』をスタンバイして、傘のドームに外界から遮られた内側で、リメンバアンブレラと対峙した。リメンバアンブレラは、変わらない様子でべったりと貼り付く髪の毛の隙間から、赤と青の左右色違いの目を、光らせて二人を見下ろしていた。
 小型の傘楯は、射線さえ塞げば射撃を防ぐのには十分な効果がある。だが、アイスナインソードの斬撃を防いでも行動を継続できる程ではない。それを知っていればこそ、ジルは剣を呼び出したのであるし、内側に入って戦闘が継続できると判断したのもそれ故だった。
 だが傘テストゥドの内側で交戦してみると、剣を振るう機会はそれほど多くなかった。

「ちくしょ、振らせてくれねえな。守りがねちっこいぜ」

 小回りの利く短い傘だけが取捨された内側の傘矢は、再利用を徹底され一発で使い捨てられる事は無かった。その傘矢は、徹底的にジルの剣撃を阻害するために使われ、射撃は傘楯で正確に防がれている。瑠美の銃剣銃の白兵攻撃も、大きく振りかぶられた強攻撃は同じく傘で防がれる。だがダメージの低そうな牽制レベルの攻撃は、何と防御もせずそのまま体に受けていた。リメンバアンブレラは見た目に似合わない高い知能で、まさかの割り切り作戦を講じているようだった。

「いたくないのかな……」

 ゆっくりとはいえ、定期的に内側で稼働できる短めの傘は流入してきており、二人の焦りは募る一方だ。
 小さなダメージは甘んじて受けてでも耐久する作戦の選択は、ゆっくりでも傘の流入が続く以上、傘の数が二人が防ぎ切れないない程の数を満たしたところで総反撃に出るという作戦の可能性を示唆している。

「防御型、砲台型のユニットが考えそうな戦術だな」

 ゲームで培った(役に立つのか立たないのかわからない)知識で、リメンバアンブレラの作戦を判断しようとするジルだが、焦りの色は否めない。

「くずしきれるかな」

 瑠美の心配を聞きながら、しかしジルは何か不穏な気分を感じていた。

「変だ。なんで、内側に向いている傘が、こんなに少ないんだ?」
「外にはパウラがいるし、かさのかずが、へってるからじゃないの?ちっさいかさばっかり使ってるんでしょ、このなか」
「パウラの援護射撃は、こんなにたくさん盾を展開してまで防ぐ必要があるのか?それに、さっきこいつ、あたいが中に入った瞬間、前部内側に向けやがったんだぜ。こんな生ぬるい持久戦しなかった。」

 ジルの言う通り、ジルと瑠美を内側に囲んだ傘楯は、外側に向けてドームを展開したまま全天を封鎖している。内側でジルと瑠美の二人を迎撃する傘矢と盾は、全数に対してやたらと少ない。短い傘ばかりを選択するのは傘楯の内側でやり合うためではあろうが、そもそもなぜ内側でやり合う必要があるか。
 リメンバアンブレラの注意は内側のジル達が引いているはずなのに、内側の脅威を全力を排除しようとしていないようにも見える。瑠美はそれはパウラからの射撃を防ぐためだろうと言ったが、そもそも傘楯の機動防御力は高い。隙を突かれるような場合でなければ、傘楯は二、三枚も展開していれば十分なのではないか。ジルはそれに気付いて、瑠美へ問う。瑠美も、何か逡巡するようにしてから、眉を顰めた。

「おとが、きこえない」

 瑠美が気付いたのは、外部の音が聞こえないことだった。傘楯の内側に音が籠っているのはまだしも、その外の音が何一つ聞こえない。何より、パウラからの通信が途絶えていることに、二人は全く気付かなかった。パウラはさっき『聖歌』で破壊された通信機に依らない局所空振音声通信を使って、三人と、それに前站との通信ハブの役割を担っている。それが聞こえないということは、この傘楯の内側にはパウラの能力を遮断する何かがあるのか、それとも。

「ジル、出よ。やなよかんがする」
「同感だ、くそ、目の前に手薄な目標がいるってのによ」

 最初、リメンバアンブレラは近寄るジルに対し多数の傘矢と傘楯を以て抵抗したというのに、離脱はほぼ無抵抗で許した。やはり、距離を撮るための作戦だったのか?外では何も起こっていなくて、ただ音が遮断されていただけで、自分たちはただまんまと罠にかかってしまったんじゃないか?そう思い始めたところで、外に出た二人が目にしたものは、想像を絶するものだった。







 ジルと瑠美が、傘の内側に入った。私は外側で、距離を取ってその様子を見ている。

(中の様子は、全然見えないなあ)

 中で発砲も聞こえない。二人の影が動くのは、ちらちらと隙間から見えていたが、やがてその隙間は縮まって見えなくなった。

(見えなくなった?)

 小さめの傘以外は制御できずにホーム辺りで落ちているんじゃなかったっけ?そのせいで傘の総量が減って、楯も、矢も、減っているんじゃ?なんで今、楯の密度が上がるの?

「ジル、パウラ、中の様子はどう?」

 局所空振音声通信を使って問いかける。が、返事が無い。返事が無いだけじゃない、内側の環境音も何も届いていない。どういうこと?

「出さん、聞こえますか?出さん?」

 こっちも、返事がない。

(うそ)

 電波を使って通信する通常の通信と異なり、私の局所空振音声通信は、通信グループ所属者の口元と耳に、花卉の能力を使って直接空気の振動、つまり音を作り出すことで通信をする、魔法のアナクロ通信だ。それが遮断されるということは。

(『聖歌』……!)

 傘楯の内側とだけ通信が遮られているのなら、傘のバリア能力の一部と考えることも出来るが、前站とも通信ができないとなると、私の花卉と同じく魔法的な力で音声に直接干渉する広域ジャマーの可能性がある。今のところ思いつくのは、神妖≪かみさま≫の力としての『聖歌』だけだった。
 そしてもう一つの悪い事態に、私は気付いてしまった。
 ホーム辺りにぼとぼと落ちて停止していると思っていた中型以上のサイズを持つ傘が、一斉に浮いて活動を再開していた。制御を失っていたんじゃない、使っていなかっただけだったのだ。
 いや、使えないフリをしていた……?
 まずい。これは、私が、分断されたのだ。通信機だけの音声を邪魔したのも、傘を使えないふりをしたのも、楯に隙を作ったのも、この状況を作る、罠だったというの?
 寒気がした。相手は、私たちの想像以上に強かな作戦で罠を張ってきたのだ。
 流入する先からホーム辺りで落下していた傘は、その場で停止していたため夥しい数がチャージされている。それが浮き上がり、ゆっくりと、こちらへ向かってきた。群体行動を常とする中型肉食獣が、獲物を取り囲んでいくように。

「ジル!瑠美!傘が!!」

 大声を出してみるが、傘の中の動向は変わらない。内側では内側で、なにやら別の戦闘が繰り広げられているようだ。
 傘は、私の右から左から、上からも下からも、どんどん空間を満たしていく。長距離射程を持つ傘矢なのに、発射されることなく距離を詰めるまで浮遊を続けるのは、きっと、私にもう逃げ場がないことが、明らかだからだろう。

「いずる、さん、わたし」

 だめだ、完全に、孤立した。通信が途絶えた前站からも、大した距離を離れていないジルと瑠美からさえも。ひとりで、この傘の数を相手しなきゃいけないの……?

 数本や数十本であっても苦しいのに、一斉に活動を再開し始めた傘は、すべてが自律回遊≪ファンネル≫傘となって、私の視界全て、ここから見える地下の空間全てを射線で埋め尽くそうとしていた。

(こんなの……むり……)

 足がすくんで動けない。だめ、戦わないと。数が多すぎる。でも、こんなの、私の手持ちの弾の数よりも多いのに、どうやって!?

「わ、わわわ、わわわわわああああああ!!」

 指切り、指切りしないといけないのに、出来ない、よ、だって、こんなにいっぱい、バーストなんかしてたら間に合わない!
 暴れる銃口、濃密に埋め尽くす傘のいずれかには当たるが、全く焼け石に水だ。水。そう、水。まるでこの空間をじわじわと満たして私を窒息させようとする、水の様。傘が、どんどんふえる、どんどん、どんどんふえる。

 かち、かち。

 弾切れ。リロードなんか、してる暇ない、80、はちじゅっぱつなんて、ぜんぜんたりない、たりないよ!!

「さ、三級指定花卉使用権限有無を取得。RETURN TRUE≪権限有≫を確認。三級指定花卉『LRAD≪エルラッド≫』の使用を宣言。局所空振音声通信、停止。FALSE、既に停止しています。エラー中断。ああ、あ、まちがっ、まちがっちゃった、えへへ、まちが、さんき、三級指定花卉使用権限有無を取得。RETURN TRUE≪権限有≫を確認。三級指定花卉『LRAD≪エルラッド≫』の使用を宣言。羽翼展開一対・制ど」

 どす。







 危機感を感じて再度傘楯の外側に出たジルと、瑠美。それは二人の想像通り、内側に入った危機を遠ざけ距離を離すための、罠には違いなかった。だが、それはあんまりにも酷い『餌』を使ったもの。二人の想像を超えていた。まさか、パウラの救助信号が、出ていなかったのではなくて、届いていなかったのだなんて思っていなかったのだ。傘が、実は全量稼働可能だったなんてことも、想像していなかった。
 内側から見れば外に引きずり出すための餌、外側から見れば各個撃破のために分断するための戦術。この神妖≪かみさま≫を、小型と見くびっていた三人の誤算だった。

「パウ」
「ら?」

 外に出てきた二人が目にしたのは、まるで聖者の某がそうされたと伝わる様に、手首と足首を壁に傘でピン止めされている、パウラの姿だった。いや、手首足首だけでは人体は壁に貼り付いたりしない。もう一か所、絶望的に串刺しになっている場所があった。右手に一本、左手に一本、右足に一本、左足に一本、それぞれ傘が貫いているのに対して、そこには、余りにも執拗に、大量の傘が、一方向からだけではなく四方八方から突き刺されている。手足に咥えてその箇所での貫通で、パウラの体は壁に貼りつけになっていた。
 それは、股の間。へその下の辺りの、もとは柔らかい肉の辺り。元は女性器と排泄器官が備わっていた空間を、今は、傘の石突だけが、埋め尽くしている。
 誰が見ても危機的な出血量。ぐちゃぐちゃにちぎれた肉が、傘と傘の間から垂れている。その残酷な無数の傘の上に、形を失った股間で跨るようにして、パウラの体は壁に貼りつけられていた。
 息をのみ、どう対応していいのかわからず慌てる瑠美。ジルは目を見開いて言葉を失っていた。

「パウラぁ、しっかりして!ごめん、ごめんね!わたしたちが、なかにはいっちゃったから……」
「も、う、なんで出て来ちゃったの。ちゃんとやっつけてくれないと、意味ないじゃない」

 あれだけの傘矢が備えられていて、なぜ自分はミンチにならずにすんでいるのか、パウラは自分の存命を疑問視した。だが、自衛隊の報告にあった「対象を取り込んで依り代にする」という行動を思い出す。

(そっか、もしかしたら私、リメンバアンブレラ≪あれ≫になっていたのかも)

 下半身、というか「おんなのこのぶぶん」があった筈のそこ、股の間から血が止まらず、痛みは増すばかり。痛みと失血で意識が遠のいていく。

(あー、やだな、これ、アレみたい……)

 最近知った、痛み。真矢さんからそれの正体を知って、すこしだけ、嬉しかったのに。それはすぐに憂鬱なものに変わった。大人になる意味なんて、私にはなくて、ただただ痛くて気持ち悪くて怠いだけ。今はもう、単に呪わしいだけだった。それでもパウラは、少しだけ希望を持っていたのは、確かだったのだ。
 それも、今ので、無くなったかもしれない。

(せっかく大人になったのに、出さんに、貰ってもらえなくなっちゃった)

 あれだけの傘矢がパウラの体に一斉に降り注いでいれば、体は形を残してなどいないだろう。だが、残っている。体の形は残っていたが『そこ』はすっかり、潰れ、裂け、穴が開いて、ただの赤いボロ雑巾の様になって、形を失っていた。

(でも、アレは、こんなに、いたく、ないよ、ね。いっそ、取り込まれたほうが、よかった、かな)

「こン、のォ、やろおッッッ!!!!!!!」

 パウラの惨状を見たジルが、跳ね上がる様にリメンバアンブレラへと突進する。ジルの体には大き目なアイスナインソードは、切っ先を地面に引きずる様に下段で構えられていた。そのまま、持ち前の速度で一気に距離を詰め、再び内側に入ろうとするジル。
 パウラの痛々しい姿を見て激昂し、防御のことを考慮に入れていないジルの突進めがけて、獲物だと言わんばかりに傘矢が雨の様に降り注いだ。弾速はおそらく弾幕密度上昇のために敢えて下げているのだろうAPFSDS傘程ではないが、とにかく数が多い。ジルはそこに、回避と再突入の目≪・≫を見出して突撃を決めたのだった。

 ド、ドドドッ、ドドッ!ドドドドッ!ドドドドドドッドドドド!

 リメンバアンブレラもその無防備な突進を好機と見たのだろう、もはや傘テストゥドを展開していない。元より距離をとるための餌、分断のためにはった罠は、こうした目的があったに違いない。個別撃破のうち一部を達成したリメンバアンブレラは、残りを一気に刈り取るべく想像を絶する数の傘矢を降らせた。単一方向からの射撃だというのに、まるで逃げ場がない塗り潰す様な弾幕。大量に飛来する傘の一本が、回避しきれなかったジルの体を抉る。激痛によろめくジルだが、ノックバックで隙を作れば瞬く間にハチの巣どころかミンチになることは、パウラの股の間を見てしまったジルにはよくわかっている。

「痛く、ねーよ、こんなの、パウラに比べりゃあ!」

 ジルは自身を一喝して、スピードを殺すことなく前進を続ける。傘の線形で光景が塗り潰される圧倒的な弾量を、元より小柄な体を生かし、僅かな退避可能空間を見出して潜り込みながら進む彼女の運動能力は、疑う余地なく驚異的なものだが、それでも十分な威力を持った大ペイロードの弾丸は、かすめただけでジルの体に大きな損傷を与える。その度、さっきジルがリメンバアンブレラへ銃弾を浴びせたときの様に、赤い飛沫が地面に散った。それでも、止まらない。

「どうした、当たってねえぞ!狙うならここ≪あたま≫だろ、クソエイムかよ!?」

 ジルが進む背後には、地面に突き立った無数の傘が剣山のように形成されていく。まるでジルが自分の背後に針の絨毯を敷きながら前に進んでるようにも見えるが、ジルの動きは傘矢の回避可能地帯を求めて大きく左右にブレ、かつ、その軌跡には赤い斑が落ちる。
 防御をおざなりにした無理な侵攻でダメージを負いながらも、わずかずつ目標≪リメンバアンブレラ≫への距離を縮めていくジル。

「的当てユニットってのはなあ」

 傘を回避し、回避し、剣で斬り落とし、回避し、掠めて肉を抉られながらも回避し、少しずつ目標≪唐傘お化け≫へ距離を詰める。

「遠距離では滅法強くても」

 もろに食らえば絶命する雨降りしきるその中、無限の長さにさえ見えるわずか十数メートルを、傘を回避し、回避し、氷の盾で逸らし、回避し、回避し、露先が頬の肉を裂いても、その中を進んで行み……そして傘の嵐が遮る視界が、さっと晴れた。
 目の前にはリメンバアンブレラと、その後方を固める少数の殿傘≪後詰≫だけ。リメンバアンブレラの目前へ、ジルは到達した。

「接近攻撃で、一撃って相場が決まってんだよ。さっきはうまいこと防がれてたが、次はきっちり、そいつを教えてやるぜ」







「うう、パウラがこれじゃ通信もできないし、パウラ守んないとヤバいし、でもジルひとりでむちゃするしー」

 一方で重傷のパウラを守備する瑠美だが、当然その方へも傘矢は向いていた。流れ弾がパウラに当たっては元も子もない、単身のジルと違って瑠美は一人で回避するわけにはいかなかった。

「やば……わたし、さっきからこんなんばっかりじゃ……」

 笑っているのか引き攣っているのかよく区別のつかない表情で、自身に向く傘矢に対峙する瑠美。

「さ、四級指定花卉の使用を要求。権限確認済≪はやく≫、自動認証≪はやく≫。四級指定花卉の使用を宣言≪はやくはやく≫!四級指定花卉≪あーん、はーやーくー!≫、しゃ、幻体戦士術≪シャドウサーバント≫!」

 宣言の完了と共に、粘着式の曳光弾を天井に向かって投げつける。衝撃で発光しつつ天井に付着した曳光弾によって、薄暗かった瓦礫だらけの地下道のコントラストが急に強くなった。これほどのコントラストを生み出す光源は一つ、留まったままのはずだが瑠美の影だけがまるで早回しの太陽の影の様に足元から細く長く伸び、瑠美と同じくらいのサイズになったところで、その影の足と瑠美の足が、離れた。影は地面から盛り上がる様に膨らみ、地面に描かれた瑠美の陰から黒い塊で出来た瑠美の分身へ変化する。

「まにあったぁ!」
「まにあったぁ!」
「バラバラの動きさせるれんしゅう、ちゃんとできてないのにー」
「バラバラの動きさせるれんしゅう、ちゃんとできてないのにー」

 主から剥がれ取れて立ち上がった瑠美の立体影像は、1キャラ(?)分横にずれて瑠美と全く同じ身振りをし、全く同じ声を出す。何か唸る様にしかめっ面で頬を膨らませ、顔をほおずきみたいに真っ赤にすると、瑠美は右に、影は左に、動いた。そのまま瑠美と幻影は、動けないパウラと飛来する傘矢の間に立つ。瑠美が二挺拳銃剣の刃のを立てて構え、影は拳銃を構えるような動きを取った。

「指示:どくりつガンスリング……判定……せいこう!やった!!」

 喜び跳ねて拳銃剣を振り回す瑠美。幻影は仁王立ちで両手の拳銃を矢群の方へ向ける。
 ぱぱぱっ、ぱっ。
 ジルのL392に比べれば心許ない発砲音だが、十分に引き付けた後の迎撃であることと、幻影術の強化≪Buff≫は、銃弾のように見える黒い塊が飛翔体へ十分なストッピングパワーを与えているようだった。命中した傘矢は落下するか、あるいは偏向して明後日の方向に突き刺さる。

「パウラ、しんじゃだめだよう」
「パウラ、しんじゃだめだよう」

 幻体戦士術≪シャドウサーバント≫で手数を一挙倍に増やした瑠美だが、ガンスリング指示の幻影はその場から動かないタレットモード。弾数制限のない黒弾で正確な迎撃は出来るが、幾らでも受けられるほどの発射速度を持つものではない。幻影銃の迎撃が間に合わなかった傘を深追いもしてくれない。それをできるのは本体だけで、撃ち漏らした傘の内パウラが射線に被っているものは、無理な動きをしてでも瑠美が自身の銃剣銃で落すしかなかった。対する傘矢の数はまるで無尽蔵の様に多く、迎撃の手は常に苦しい。ジルの様に前に出ない分防御率は高いものの、瑠美自身も傘矢の射撃をいなしきれずに負傷を重ねていく。

「痛ったぁ、かずがおおいよう」
「痛ったぁ、かずがおおいよう」

 クリーンヒットはしなくても、このまま削り殺される可能性もある。肉体的に強靭なエクストラだが、ダメージが重なり出血が続けば当然動きは鈍り、いずれは命中を免れない。
 一本の傘矢が、タレット幻影の迎撃をすり抜けた。射線上にパウラがいる。何としても止めないと、パウラのトドメになってしまう。瑠美は、手持ちの銃がリロード待ちであることを自覚していた。もう銃剣部分で叩き落とす以外にない。が、直前に自身へ向いた矢を払った後の左右に振られた対極への射撃に、跳躍ではリーチが足りない。瑠美の刃は傘矢の柄の部分を斬り落としはしたが、問題の傘矢のスピア部分は依然直進を続ける。

(もらした……!か、『影踏み』っ)

 咄嗟に、自身が斬り落とした傘の柄に生じた影へ跳躍し、そのまま、傘に手を伸ばした。無我夢中の行為に、後先の考えなどない。止めなければいけない一心の瑠美の手は高速の飛翔体に触れ、痛々しい水音を立てるとともに、赤い霧を撒いて消え去った。
 それによってかよらずかもはや確認する手段はないが、弾道を逸らした傘矢がパウラへ突き刺さることは免れた。
 それを確認した瑠美は『影踏み』から着地し、激痛にうずくまりたいのをしかし我慢する。傘矢の雨はまだ止んでいないのだ。

「……手がなくなっちゃった……」
「……手がなくなっちゃった……」

 残った左手の銃剣銃と、本体と同時に同じく右手が消滅した幻影だけで、パウラを守り切るのは限界がある。痛みに動きも鈍っているし、左の銃の残弾もない。

「ジ、ル、早くやっつけるか、こっち手伝ってよぉ……」
「ジ、ル、早くやっつけるか、こっち手伝ってよぉ……」







「的当てタイプのユニットは、接近で一撃って相場が決まってんだよ。これからそれを、教えてやるぜ」

 傘矢による負傷を左肩、右脇腹、右足に受けて、満足に動ける状態ではなかった。アイスナインソードを構えてはいるが、明らかに動きが鈍っている。対するリメンバアンブレラはジルから受けた射撃の影響はほとんど無いように見えた。殿傘≪後詰≫が展開し、先端をジルへ向ける。

「上等だ、あたいが全部、たたっきって、やる」

 殿傘≪後詰≫がジルめがけて放たれた。ジルはさっきと同じように氷の壁を形成して偏向してそれを防ぐが、それはジルがもう運動による回避でそれを回避しきる余力を持ち合わせていない証拠だった。

(あー、一気に、決めたいな。あんな大口叩いたけど、もう体があんま言うこときかないや)

「二級指定花卉の使用を宣言≪どうせ出が見てないんだからいいだろ≫。権限有効を確認≪この状況でとやかく言うな≫。我は命ず:螺旋回転する雹弾、敵を貫け≪ヘイズストーム≫!」

 空中の何もないところに氷の礫が現れる。リメンバアンブレラが撒いた傘矢の雨のように、無数の雹弾となって螺旋回転≪ライフリング≫しながら降り注ぐ。地面に刺さる雹礫はその威力を物語る痕跡を無数に刻んでいるが、当の目標は傘を開いてそれを防いでいる。

「馬鹿め!」

 傘楯の展開により難なく防がれてしまう氷の礫だが、その防御行動がジルの狙い通りだった。リメンバアンブレラがあのなりで目からの映像情報を使用してることはジルも把握している。全て目からの情報によって活動しているとは限らないが、そうして一部でも遮断できれば隙になると、踏んだのだ。

「銃で死なないなら傘の中に籠ったままで真っ二つにしてやるよ、中二病≪ヒキコモリ≫!」

 そうして視線を遮った瞬間、ジルは持ち前のすばしっこさで、アイスナインソードを下に構えリメンバアンブレラへさらに肉薄した。下段に構えたアイスナインソードを、下から上へ掬い上げる様に切り払う。踏み込みは十分、リメンバアンブレラの胴は全て剣翻の内に収まっている。

 がきっ!

 剣閃が舞い上がりその体を捕えようという時、リメンバアンブレラが手元に一本持っていた傘の柄と胴を引いた。本来ただ傘の軸が通っているだけの部分が、すらりと抜けてその中央に青白い刀身が現れる。

「げ、なんだよ、その刀」

 リメンバアンブレラが手元に持っていた傘は、軸の部分に刀身を隠した仕込み傘だった。その刃を伸ばして、ジルのアイスナインソードを受け止め≪ブロッキングし≫たのだ。弾かれたジルは一瞬だけバランスを崩し、足元をふらつかせる。
 リメンバアンブレラは刀を抜き切って、ジルへ振りかざす。

【草薙剣≪スニークアタック≫】
「くっそ……!」

 何とか受け止めたジル。そのまま氷銃剣の刃≪アイスナインソード≫と仕込み傘の刃≪草薙剣≫が、競り合うことになった。
 見た目に似合わない怪力を見せるリメンバアンブレラの受け性能は高く、その力押しをいなすほどの力は今のジルにはない。花卉の増幅≪buff≫を受けたアイスナインソードをあわよくば突き崩そうというその仕込み傘の刃部分は、ただの人工物ではなくリメンバアンブレラの何らかの影響を受けて強化されているかららしかった。

「誰だよ仕込み傘なんか忘れ物した馬鹿ぁ!お前のせいで日本がヤバい、クソッタレ!!」

 得物同士の耐久に差が無く両方が砕けない以上、鍔迫り合いに入ってしまえば単純に腕力が差を言う。細い腕に見えるリメンバアンブレラの腕力は、しかし出鱈目に強かった。人間の体を使っているはずなのに、人間のそれとはとても思えない。負傷して全力ではないとは言え、仮にも各種肉体能力を強化されているエクストラだ、人間並みの体力相手に競り負けることなどない。

(剣技はないな、ただ、馬鹿力なだけだ……でもっ)

 徐々に押し込まれていくジル。そこに。

 どす

【馬鹿め、はお返しする】

 まだ生きている傘矢が、さほどの加速はないものの十分に殺傷能力のある威力で、ジルの腹に突き刺さった。

「あ゛あ゛ああっ!!」

 二本。三本。このままではパウラの二の舞だ。
 だまし討ち、の本領は、このセルフ支援による攻撃のことだったらしい。

「ちく、しょ、ずるいっ、ぞ……」
【すぐに忘れて、捨てるなんて、許せない。思い出せ。思い出させて、やる。それとも死ぬまでわからないか】
「何を、だ、あたいは、馬鹿じゃ……ねえっ……」

 鍔迫り合いのさなか、リメンバアンブレラの目が一旦閉じる。視界に依っている部分もある相手だ、こんな時に目を閉じれば隙が生まれる。そう思ったジルだがそれは一瞬で取り下げた。

(不明閃光攻撃≪あの光≫……っ!直視したら、マズイっ)

 目を逸らしたり目を瞑ったりすれば、自分にも隙が生まれる。むしろ、相手は他にも感覚器官を使っているかもしれない中で、ほぼすべてを視界に頼っているジルがそれを放棄するのは、自殺行為だ。だが目を開いていれば奴の目から発せられる閃光を喰らい、また自失状態≪スタン≫を強いられる。絶体絶命。

(これまで、か?)

 ジルが覚悟を決めかけたその時。
 白い閃光。だが、ジルは自我を失っていない。光も、その空間を満たすというよりは、すぐそばを発光体が駆け抜けたようなものだ。閃光を追って、きぃん、と高周波音がジルとリメンバアンブレラの傍を通り抜けた。光ったのは、リメンバアンブレラの目ではなかった。そのすぐ横を、光線が突き通ったのだ。

「え」

 リメンバアンブレラが刀を押し込む力が、ふっと緩んだ。何が起こったかわからないジルは、咄嗟に仕込み傘≪草薙剣≫を押し返す。改めて見ると、リメンバアンブレラの首から上が、消えてなくなっていた。防御に展開したのだろう傘は、全く用をなさないように穴が開き貫通されている。
 目標は死んだ訳ではなくまだ活動を続けているようだが、頭部を失ったことで一瞬混乱を生じているらしい、刀を持つ力が弱まってジルはそれを弾き返すことに成功した。
 通り抜けた光の筋は高出力のレーザーか何かか、どこから放たれたのか。瑠美にも、ましてパウラにもそんな花卉はバリエーションにない。だがジルはその光の筋に見覚えがあった。

「今のは破壊光線銃≪マスタースパーク≫の軌跡……!?」

 ジルが視線をやった方には、特徴的に白黒の出で立ちをして棒状の搭乗用ドローンに魔法使いのように跨った、人影。鍔広の三角帽が、なおさら魔法使いのような印象を与える。先の光線はそこから放ったのだろう、八角形柱を短く断った様な物体を、リメンバアンブレラの方へ向けていた。

「よう、弱い奴は嫌いだぜ、ジル。」
「ティムの姉貴!!」
「こいつは最初で最後のチャンスだ、決めどきだぜ?」
「ああ、ここでやんなきゃ、終わりだ」

 ティム、と呼ばれた闖入者が放った光線で、決定的な距離で致命的な隙を生じたリメンバアンブレラ。
 ジルはアイスナインソードを上段に構え、とっておきの一撃を、宣言する。

「宣言、一級花卉の制限解除:確認不要。目標以外への物的干渉を自動回避。その他の設定をスキップ≪他は何でもいいから威力全振り≫!」

 剣が降り上がった瞬間、アイスナインソードが、地下空間を支える柱丸々一本かそれ以上の太さに膨れ上がる。一応形は剣のそれで刃のように鋭利にはなっている、確かに氷でできているように見えるが、その巨大さ故にそれが何で出来ているのかなど興味がないというジルの言が正しいようにさえ思えた。ジルは両手上段、背後にまで届くくらいに構えた巨大な氷の塊を、小さく跳躍して、一気に振り下ろす。

「一級花卉使用実行≪くらえ≫、冷凍剣≪グレートクラッシャー≫!!」

 巨大化したアイスナインソードは、その軌道を阻害する地下空間の構造物一切を透けるように通過し、真っ直ぐにリメンバアンブレラの頭上へ振り下ろされる。大きさ相応の対象へ撃つならば『斬る』も適切な表現かもしれないが、刃の方が一方的に大きいせいで、それは切るというよりも押し潰す形にしかならない。
 振り下ろされるまでに遭遇したコンクリートや鉄骨はすり抜けてきたにも拘らず、頭がなくなり上半身にその巨大な氷の剣を受けたリメンバアンブレラの体は、一気に、圧縮≪プレス≫された。透明な巨大剣に潰されるのだから、動体視力をもってすれば人体が徐々につぶれていく様を見ることが出来たろう、ティムも、そして当事者のジルも、それをしっかりと見ていた。だからこそ、仕留めたのだと、確信していた。
 傘を現代兵器レベルに強化し操る不明な力と、本体の生命状態に依らない活動で稼働していたリメンバアンブレラが使っていたのは、しかしそもそもは生身の人間の体だ。氷の塊に押し潰されると、ゴミ収集車に放り込まれプレスされた猫の死体のように、辺り一面に赤い飛沫を飛び散らせ、潰れていた。氷の巨剣が消え去った後、そこにはただ赤い水溜りに、粉々に砕けた白い破片、黄色と白の脂肪が落ちているだけの光景だけが残っている。

「おー、でたなあ、冷気属性持ってない氷技≪物理で即死≫。やっぱ最後にモノを言うのは、パワーだぜ」

 糸の切れた人形のようにその場に崩れ落ちるジル。同じタイミングで、全ての傘がとさとさと地面に落ちてその稼働を停止した。膝立のまま荒い息を吐きながら、まだ傘が体に突き刺さったまま、赤い水溜りの方へ視線を投げている。だが別にそこに何かを見ようとしているわけではないだろう、ただ、呆然と疲労と達成感と、無事を実感している、だけに違いない。

「い、ってえ……パウラ、こいつは、いたいな……すまん」

 ティムが搭乗用ドローン≪箒≫を降り、リメンバアンブレラの体があった辺りの赤い中を、視線を落としながら歩いている。が、それも溜息を吐くように笑って、途中でやめてしまった。最悪八つ裂きという無茶な達成目標が提示されていたが、結局それに似たような状況になっている。

「幹≪かん≫……も何も関係ないな、こりゃ」

 赤い水溜りの中に何かを踏みつぶすように靴先を擦り付けたあと、ティムは搭乗用ドローン≪箒≫に備え付けられた、小さな黒い岡持の様なものを手に取る。ドローン自体と螺旋状に形状記憶され伸縮するケーブルで有線結線≪ワイヤード≫されたそれを、その両端を耳と口当たりに添えて何かを喋り始めた。どうやらあれは、通信機の様だ。

「優花、こちらティム。今?勿論、唐傘ちゃんのところに決まってるだろ。もう三人娘≪クローバーズ≫が『送った』後だけどな。幹≪かん≫も見当たらない。みんな満身創痍、内一機に甚大な損傷有。帰投するぜ、回収してくれ。あ?オレは一発撃っただけで何もしてないぜ。まー、見たところ、『剣』以外は三級以内に収めてるんじゃないの?オレにはそう見える、ということにしておくぜ。ともかく、かわいこちゃんたち≪クローバーズ≫の手柄だ。こいつらと雲月を、祝ってやれよ」







「りっくんりっくん、はい、あーん♥」
「あ、あーん」
「どーお?おいし?おいし?」

 今日はいつものサンドイッチしか入ってないランチバスケットとは、一味違う。たけのことまいたけ、鶏肉の小間を入れて甘醤油を効かせた炊き込みご飯を高菜で巻いたオリジナルめはりずしと、りっくんの好きなお砂糖で甘くしてちょっと半熟気味の卵焼きに、クレソンで香りづけした鮭のアルミホイル焼き。もうそろそろ秋で涼しめだから、あったかい烏龍茶。後でお仕事中に飲むために、卵白とバターほんのちょっと落としてバニラエッセンスを垂らして濃い目に作ったココアを入れた魔法瓶も手渡してある。

「うん。ちょっと組み合わせがすごいけど、おいしいよ。卵焼き、甘くってすき」
「うふ、昨日晩ご飯作りすぎちゃって。」

 うそ。りっくんのために作ったんだよ。チーとルーミィから死守するの大変だったんだから。
 りっくんと交尾≪エッチ≫してから、なんか絆が深まった気がする。そりゃ、あんな風に肌を密着させて、な、中にも入れちゃうなんて、普通の距離感じゃないんだから、当たり前かもしれないけど。りっくんのために、苦労なんていくらでもしていいと思えるようになったし、たぶん、りっくんも。あーん、なんて、絶対にできなかったし、こうやってお昼お食べている間、私の右手とりっくんの左手はずっとつなぎっぱなし。指同士をきゅってしたり、手の甲を撫であったり、でも恥ずかしいっていうのはなくって、ぽわってあったかい感じ。しあわせ。

「もう秋だもんねえ。外ではお仕事するのは辛くない?」
「へーき。寒いのも我慢できるようになってきたし」
「ふうん」

 元々、りっくんは寒いのが苦手なのだ。そろそろ夕刻には寒さで動きが鈍くなってきて、家に帰りたい帰りたいとぼやくようになってくる頃。でも、確かに風見さんのところでお仕事をするようになってからは、チーとひっついてるのもあんまり嫌がらなくなった。

「辛かったら、お仕事なんて、やめていいんだからね。働くことが目的じゃないんだから。私達は、生きてくことが目的なんだから。四人で、ずっとそうやってきたじゃない。辛いと思ったら、やめちゃいなね?」
「うん。大丈夫。」

 大丈夫。そう言うりっくんの元気づけるような笑顔は、私に向いたものだったんだろうか。
 内心、寒さの方について「辛かったら」を言ったつもりではなかった。風見さんに無茶なことを言われて、大変なお仕事を一人で抱え込んだりしていないか、そっちの方が心配だった。私達は、贅沢さえしなければ、でも十分な満足を得ながら、生きていくことは出来る。四人で生活を始めてすぐは、生きてくことが目的だった。それでも、そうして背中を預け合えるパートナーが三人もいるなら、それで本当に充分だった。仕事なんて、しなくたって、生きていける。
 それでもお仕事をするのは、どうしてなんだろう。風見さんと一緒にいるため、なのだとは思いたくなかった。ひょっとして、私達がお金で食べ物を買うようにして人間を食べるのを完全にやめて、すっかり社会に馴染むため?もしかして、りっくんはそれを一人で背負込もうとしている?私達と一緒にいる方が、大変なお仕事なの?

 私たちの輪を離れて、風見さんといる方が

 ぎゅう、と胸が締め付けられる思いだった。比喩じゃない、胸の内側が急に強く収縮して、呼吸が辛くなるような。うまく動かない心臓が細かく脈打っている。
 そんなの、だめ。私の方が、重荷だなんて。
 握る手に、力を込めてしまう。びっくりして私を見るりっくん。その方へ、視線を返すことが出来ない。もし、私、邪魔だって思われていたら。本当は一緒にいるのが煩わしいと思われていたら。

「時間よ。仕事」

 風見さんが、そこにいた。もうお昼休みも終わりらしい。

「はい、いま」
「ちょっとくらいいいじゃないですか。ね、どうせりっくんばっかり働いてるんでしょ?」

 りっくんの返答に割り込むみたいに、りっくんに敢えてそう聞いてみる。りっくんは苦笑いするばかりで答えないが、風見さんが鋭くはないが鈍器のような視線を送ってきた。けど、気にしない。私は、この人と戦わないといけないんだ。チーがやたらと風見さんに敵愾心を持って(そしていつも軽くあしらわれて)いるのも、もしかして、この感覚があるから?チーはものを言葉に直すのがあんまり得意ではないけど、妖精らしく心のアンテナの感度は人一倍高い。もしかしたらチーも、そういう色んなことをひっくるめた未整理の状態で、風見さんを敵視しているのかもしれない。

「私達、いつも一緒にいて、本当はお仕事なんかしなくても生きていけるんです。風見さんだって、そうなんですよね?」
「これは趣味よ。そいつにはそれに付き合ってもらってる。辞めたければ辞めればいいけど。それが何か?」
「りっくん、寒いの苦手で、秋になるとほとんど動けなかった時期もあるんです。だから」
「だったらあなたが代わりに手伝ってもいいのよ。そいつに積まれたノウハウが、あなたに一朝一夕でカバーできるとは思わないけれど」
「それって、りっくんが働いてくれないと困る、って言ってるんですか?だったら素直にそうおっしゃればいいのに」
「そういっているのだけど」
「乱暴なんですね、ってことです。そんなに悪ぶらなくってもいいのに。りっくんのこと買ってるなら、もっとそれを伝えてあげたらどうですか?」

 私がちょっと当て擦ってしまうと、はあ、と溜息を吐くように返す風見さん。

「余計なお世話よ。それに」

 うん?言葉を繋げながらほんの少し、表情が和らいでる気がした。ほんの少しだ、じっと見ていないとわからないような、微妙な差は、唇のごくわずかな曲線と、上瞼と眉の距離。そして風見さんの目は、私ではなくって隣の、りっくんに向いていた。

「そいつはそれをわかってるわ」

 ぞわ。
 胸の辺りを、寒気に似た不快感が、貫いた。槍か何かで貫かれたような鈍い衝撃を追って、嫌いな食べ物を鼻先にあてられているような、身の毛の逆立つ不快感。それに、焦りに似た落ち着かなさ。
 わかってる、と言った。これだ。風見さんの、こういうところが、堪らなく嫌なのだ。りっくんに対して、全く了承のない自信。例えるなら、無償の愛の様なものを未開封のまま贈ることなくプライドで包んで腐らせたような。逆ならば、あなたのくれたものなら何だって嬉しいわ、と言う「何だって」を極言して、そのプレゼントを包装紙から解きもしないまま大切にしているような。そんな、歪みきった歪みのなさ。気味が悪い、だが、勝てる気が、しない。

「また、そういうの、ですか」

 それ以上、返すことができなかった。それの何が悪いのかと言われると、一言さえ返せないことが、わかってしまったから。
 りっくんはもう、私と交尾≪セックス≫したのだ。私は彼のことが好きだし、彼は私のことを好きなんだ。だのにそんなのお構いなしに「リグルは私のことを好いているから」と完全に信じ切っている、気持ち悪さ。でもただの勘違い恋愛と違うのは、この人は、自分が好かれている自覚を他のいっさいにフィードバックしないことだ。こうやって偽悪的な態度を続けてまで「私のことを好きなら」の様な態度を遠ざける。過信に間違いないのに、正否を問う場面を究極避けることでその過信を正答であり続けさせる。その不動過ぎて気味の悪い信用は、何なのだ。その内向過ぎて不変の信用は、何なのだ。

 それが、この人の強さだというの?

 そんなの、間違ってる。だって、好きっていう感情は相手がいるから抱くもので、相手に向かって想うもので、伝わらないことはともかく伝えることを積極的に拒否するなんて、彼岸の果てまで棄損じゃないか。
 りっくんの手を、ぎゅ、と握る。握り返して欲しかったけど、弱弱しい力で指が絡むまでだった。

「そろそろ恋人ごっこは、お預けでいいかしら」

 その一言だけを置くと、風見さんはりっくんを待ったりしないで、すたすたと仕事場へ向かう。りっくんが付いて来るのを、毛先ほども疑っていないのだ。ここで私がりっくんを攫ったら、どうなるだろう。いや、それでも変わらないような、そんな気がした。
 りっくんは少し気まずい顔を、私に向けている。もういっていい?目だけで、そう言っている。いっちゃだめ、あの人の傍は……言葉が選定できないけど、ありていに言えば「あぶない」。行かないで。私の傍にいて。
 でも、私は、手を離して立ち上がった。
 いつもどおり、いつも通りじゃないか。お昼休みが終わったら、私はいつも空っぽのランチボックスを持って引き上げる。それと同じ。今日もちゃんと、お仕事が終わったら帰ってくるのだから、りっくんのおうちで、蜂蜜酒≪ミード≫とおつまみ用意して、待っていればいい。自信を持て、あんな風にではなくても。だって私は、りっくんと、セックスしたんだ。自信の度合いで負けたりしたら、あの人の思うつぼだもの!

「お仕事、頑張ってね」
「うん」

 でも、わかっているはずなのに、今日だけはあの手を離すべきじゃなかったんじゃないかと、不安を伴う後悔が払拭できないでいた。本当は、お仕事だって、頑張ってなんか欲しくない。

 究極のサディスト、という言葉が浮かんだ。
 サディズムとは暴力で相手を屈服させることではない。暴力など、サディズムを満たすためのほんの一つの道具でしかないのだ、そんなものは、本質ではない。サディズムの本質とは「相手が自分の望むとおりにある」その「状態を維持する嗜好」である。「相手を自分の望むとおりにする」ための「行動での満足」ではない。これは手段に過ぎず、暴力はこれに含まれる。暴力は単に、非常に軽薄で安易で短絡なサディスト気取りが陥りがちなティピカルなメソッドだから、サディズム=暴力と勘違いされやすいだけだ。
 風見さんは、その点で究極なのかもしれない。普段、子供たちに優しい顔をするのも含めて、だからこその。りっくんに対して、抵抗できない暴力で、逃れられない環境で、回避できない状況で、強制することだってしない。ただ黙って、自分の中に重力崩壊した(おそらく)好意(だろう感情)を抱き続けるだけで、りっくんは望んだ通りに動くのだ。それが、あの人の筋書き。

 なんて、おぞましいのだろう。







「暴走車の制御コンソールの横にあるピンチコックを、外で暴走に気付いた誰かがどうして引くことが出来ますか?エクストラの内部に危機管理機能を持たせるなら、それはアクティブなスイッチだけではなく、パッシブな抑止ストレッサも併用するべきです」
「常時行動可否の判断処理が走るせいで指示実行のレスポンスに悪影響を生じているのは問題だわ。一秒近いラグは、adminを危険にさらしかねない。それに、心的抑止ストレッサによる致命的行動の抑止は確率論でしかない。パフォーマンスが悪過ぎる。」

 昼食と言うのはもっとこう、仕事の合間に現れる心のオアシスの様なもので、救われていなければならない。だのにこれは、もろに仕事の話である。昼食を食べに食堂に行ったら、同僚に呼び止められ、同僚に同席すると営業が顔を出し、営業の顔をみつけた梨来主任がやってきて、技術的な話にのめりこんだら営業が去り、他の所員が去り、二人きりが残ってしまった。場にいるのはカウンター向こうですでに食器の洗い物を始めている食堂のおばちゃん位だ。なにこのトラップという感じ。
 だが、職位のことを抜きにしてもいいのならば、主任とエクストラ案件のことについて話すのは嫌いではなかった。むしろ好きだった。意気投合するのではなく、議論が盛り上がるという意味で。
 食堂には既に僕ら以外には誰もいなっていた。食堂のおばちゃん方が後片付けをする音と声だけが遠くに聞こえている。梨来主任と議論を始めて間もなく昼休みは終わり、だが主任は解放してくれなかった。これも業務のうちだよ出クン、と主任研究員に言われれば、それはその通りなのだし業務指示でもある。何より、言葉尻の通りではない表情が、僕を見ていた。ここで逃げるのかい?と。癪だ。

「内在ブレーキなら『条件付け』でもいいじゃないか」
「恐怖や不快感を感情芽とした負の条件付けは検体の寿命を劇的に短縮します。これ以上条件を増やすのは、メンテナンス上の問題に発展しかねません。対する正の条件付けが、僕の主張するストレッサとほぼ同意です 。勿論、外部からの強制停止機能は搭載すべきですが、異常行動であれ病であれ、対症よりも未然防止が、現在では主流ですし効果もコストも上です。」
「それは対象が人間だからだね。エクストラは」
「エクストラは生物的に紛れもない人間です。」
「この場合のリスクマネジメントは生物学の話じゃない、法と経済の話だ。エクストラには人権はない。私達が守るべきはエクストラではなく、人間よ、法律上のね。」
「……主任はエクストラをただの兵器としいてしか見ていないのではないですか?」
「いいえ。でも多くの面において、同義であることも確かだね。『条件付け』なら、恐怖芽以外はレスポンスもモチベーションも、低くて使い物にならない。それに、エクストラが扱う武器は通常武器だけではないのだから。」

 倫理の話はここでは水掛け論にしかならない。これ以上やりとりするのは不毛だろう、僕は反駁をやめた。主任は明らかにエクストラを兵器として扱っている、そのことに反論せずにはいられなかったが、主任に楯突くのはソコソコにしておかなければ。と、思っていても、どうしても反発してしまうのだ。

「フロラシャニダールの命名の元となったのは、ネアンデルタール人の献花ですよね。知性と道徳観の芽生えに、花を添えて。象徴的なネーミングだとは思いますが、そのネアンデルタール人は、絶滅しました。交雑も認められていますが。体格にも恵まれ道具を使う程の知性と、死者を弔う宗教観を持っていたにも拘らず彼らは絶滅した。人間の一種が、そこで確実に絶滅したのです。花を愛し、生死観を得、恐らく高い知能と自己認識、何より他界観念を先駆けた彼等は、でも生き延びることが出来なかった。」
「ロマンチストだね、嫌いじゃないけど。ネアンデルタール人は現生人類の祖先よりも肉体的には優性だったと言われている。現代人と比較しても脳の容積が大きかったとも。でも、滅んだ。言語能力の差に原因を見出そうとした仮説を裏付ける様に、今はFOXP2遺伝子はネアンデルタール人にも備わっていた可能性が高いとされている。だから、コミュニケーション能力の高低についてはさほどの問題ではないと言われているけどね」
「言語・コミュニケーションの獲得は遺伝子構造によってのみではありません、その発達には社会集団の形成が重要な鍵となります。」
「確かに、彼らが滅んだのは、彼らが現生人類の祖先と違って核家族的な小規模の社会構成であり、狩猟のみを食料獲得手段として採集活動を行っていなかったために気候などの地球環境の変動に対応できなかったと見る向きもある。幾ら学のない私でも知っていることだ。――で、それが何の関係があると?」

 主任の口から学がない、などとこの上ない皮肉で笑えない。

「愛し方を間違えては、命取りということです。内に向くエモーションと外に向くコミュニケーション、そのバランスがなければ、自律はすぐに終わりを迎えます。エクストラは力と言語、コミュニケーション能力は既に備え得る可能性を持っていますが、周囲の環境の整え方ひとつで生きも死にもするでしょう。主任のやり方は、彼女達を死に導いているように見えます。エクストラは、主任の悲願だったのではないですか?」
「ふふ、やっぱ出クンは、ロマンチストだね」
「種そのものの前例として、ロマンではなく事実を引用しているつもりです。」

「現生人類が繁栄したのは、フィクションを信じる力があったからという見方もある。現実だけではなく、ありもしないことを、本当のように感じる力。それによってネアンデルタール人のような核家族生活ではなしえない、巨大な団結を可能にした。そしてフィクションを語り信じる力は、ある種の植物の力を知る人物、つまりシャーマンだとか呪医だとかの登場で、大いに加速したのではないかな。」
「麻薬と条件付けを、都合よく捉えすぎですね」
「でも、ロマンティック」
「ダークロマンですね、あまり支持したくありません」

 様々な人類が誕生し、現生人類へ続く幾つかの種へと収斂した理由は、いずれもこれが正しいという確定的な一つに限られない。提唱され否定されていない全ての説が同時に要素として含まれている可能性が高いのは 確かだ。大昔には、人類はすべて一人の母親につながるという説が唱えられ話題になったが、現代では否定されている。絶滅した、とされる人類は便宜上絶滅と表現されているがその多くは他の人類との混血をなしており、正確な意味で絶滅しているというわけではないとも語られている。所長の言う、麻薬成分を含んだ植物の認知と原始宗教を関連付けた寓話も、「幻想する人間」を基底にしてのことだろう。

「勿論、ネアンデルタール人に死者へ花を手向ける習慣があったかについては、実際は議論がある」

 シャニダール遺跡で検出された花粉は手向けられた花のものではなく、植物運搬の習性があるスナネズミの一種が運んだに過ぎないという説もある。シャニダール遺跡に発見された十分完全な4組の骨格の内、花粉の痕跡が残っているのは4号と呼ばれる1個体に対してのみである。他にも焚火を伴う石積みの痕跡がありそれを葬儀の証拠とする説もあるが、もはや手掛かりが少なすぎて今もって確定的な見解は得られていない。

「シャニダール4号の付近に見つかったものが献花の痕跡ではないとするのなら、今は逆に他の何の可能性だってあり得る。スナネズミの収集癖についても、ならば何故4号の付近にのみ集まっていたかの説明は付かないだろう。私が考えているのは、つまり、私が今ここでやっている『フロラシャニダール』のあり方だ。」
「花が葬送を示すものではなく薬だった、という意味ですよね?4号が呪医だったという説。まさか、当時人体に根を下ろす自然種の植物がいて、4号はそれに侵されて死んだ、なんて言うんじゃないですよね?」
「勿論そんなことを『学説としては』言わないさ。でも、そのどっちだって構いやしないと思っているよ。それに、その方が面白いだろう、今私達が行っているのは、そっち≪・・・≫なんだから」

 ジル、瑠美、パウラの三人≪クローバーズ≫、それにティムも、彼女達を含むエクストラには、皆『花が咲いている』。所長の言うことは、確かに正しく、その通りだった。
 この研究所「古今」は、植物に関する研究を行う小さな研究施設(ある製薬会社の赤字部門だった)だったが、敷地内で新種の花が見つかったことで急激にその存在を変化させた。親会社から独立したこの研究所の表向きの姿は、この花から得られる新薬開発の薬科研究だが、実態はこの通りエクストラという兵器の研究を主としている。日本国政府系組織で神妖≪カミサマ≫との戦いの前線に立つ日本国政府組織的「CIPHER」を筆頭に、月面都市発祥だが現在は九龍に拠点を置くNPO法人「見境なき医師団」、先日プレゼンを行った「トリニティ・インダストリ」などがファウンダーとなっているが、いずれも金払いがいいため実態として研究所のほとんどはエクストラの研究に関わっている。研究所には複数のセクションがあり、確かに新薬開発に勤しむ部門だってあるのだが。

「出クン。君は、私がエクストラを殺そうとしているといったけれど」
「……はい。エクストラというか、あの花がもたらす力、かもしれませんが。」
「出クンが愛しているあの白詰草≪n倍枚葉のクローバー≫は、私のフロラシャニダールと、同じなのかもしれないよ。このままギネス≪64≫に挑戦するだけが、君の目的なのか?」

 主任にそう言われたとき、「パズルのピースがぴたりと合った」という感じとは違うが、形容するなればそう、遠景と近景のピントの整合性が取れたような気分だった。つまり自分の見ているものと梨来主任の見ているもののフォーカスの一致と不一致について、酷く合点がいったのだった。
 僕は彼女≪n倍枚葉のクローバー≫を、枯らせようとして育てているわけではない。でも、救ったりもっとよくしてやろうと思って栽培しているわけでもない。かといって、完全におもちゃだと思っているわけでもない。愛着だって感じているが、彼女の幸せを考えているかと言われればそうではない。その整理は自分でもついていないのだ。
 このふわふわと不定形で自信のない感情を『愛情』と一言で形容するのならば、これはなんとグロテスクなものだろうか。ジル、パウラ、瑠美に向けられたこの陰鬱とした感情は、望ましくないものなのかもしれない。







「ぉぉぃ、出クン」

 何者かが肩をさすり、僕は目を覚ました。

「あ、主任……」
「そんなとこで寝たって風邪はひかないと思うけど、疲れはとれないよ」

 そうか、僕は、眠って。
 目をこすってから、水栽鉢に目をやる。特に変わった様子はない。まだ、枯れてはいないようだった。
 僕が安堵の溜息をつくと、横にマグカップが現れる。

「あの、一応鍵かかってたと思うんですが」 
「開いていたよ?」

 んなはずはない。どうせマスターキーで入ってきたのだろう。まあ、この奔放な人に、今更そんなことをとやかく言う気もしなかった。

「ほい、コーヒー。あんま根詰めても駄目だぞ?」
「ありがとうございます」
「つかれてるのか?」
「いえ、そういうわけではないんですが」

 嘘をついているわけではなかった。確かに疲れてなどいないのだが、今日に限った話でもなく、この遺伝子操作した白詰草≪n倍枚葉のクローバー≫を見ていると、僕はどうにも強烈に眠気を感じることがある。いつまでも見ていられるような、川の風景や街の人交いのようなものをずっと見ている内に、意識が風景からぐにゃりとまがって自分の内側に入り込んでくるあの感覚。そうして自分の中で思考を弄んでいると、いつの間にか眠っているのだ。その喪神の直前には、一般的な常識や既存の理論の柵を取っ払ったような飛躍的な発想を繰り返して荒唐無稽な世界に生きている夢を見る。この白詰草が、何事か僕に訴えかけてきているかのようにも、今では思えてしまっていた。
 僕は主任のくれたコーヒーに、口をつける。舌が捻じ曲がる程苦い、好きなコーヒーだ。

「余計な世話かも知れんけどな、疲れているならプロジェクトの兼任を解除してもいいんだ。キミが参加するようなものじゃない案件だって、あるだろう。」
「平気です。疲れてるわけじゃないんです、ただ、こいつを見てると、引っ張られるっていうか」
「ほぅ。これが、魔性の女と言うわけか。うちの花とどっちが強いかな」
「この子は、弱いですよ。僕が管理を怠ったら、すぐに枯れます」
「……そうだったね。弱さに、美しさを見るか?」
「美しいからこれを育てているわけではありませんから。こう言うと売日本人≪ひこくみん≫と言われそうですが、ボクは桜が好きではないですし。これほどに弱い白詰草なんて、むしろ、醜い。」

 僕が、みにくい、と言った時、主任の表情が和らいでる気がした。ほんの少しだ、じっと見ていないとわからないような、微妙な差は、唇のごくわずかな曲線と、上瞼と眉の距離。そして主任の目は、僕ではなくって隣の、白詰草≪n倍枚葉のクローバー≫に向いていた。

「人を食ってでも丈夫に育つ、フロラシャニダールの方がよほど美しいと思いますよ。ボクがここにいる理由はそれですから。それでも、こんな草を育て続けてしまうのは、何か、現実とのバランスを取ろうとしてるのかもしれません」
「バランス?」
「この研究所に生えている植物は、片っ端から、丈夫過ぎます。フロラシャニダールもそうです、カミナリ種水稲も、帰化クレロデンドルム・カラミトスムも、ここで取り沙汰される植物たちは余りにも強靭で、元々は病気に弱かったり気候変動に弱かったりする植物たちの本性を、忘れてしまいそうになるのです。それに、エクストラをはじめとした生体プランティングなんて、この研究所の外で普通に生活していれば、僕自身狂気の研究だと思ったに違いありません。僕もまた、狂い始めている気がして。」
「だから、弱さと正気を、傍に置くと?その白詰草≪n倍枚葉のクローバー≫が正気の象徴とは、とても思えないけど」
「これは、まさに狂気でしょうね。でも、脆弱さと狂気が共存しているって、ただひ弱な正常がそこに在るよりも、余程戒めになると思いませんか?」
「時折、君の感覚がよくわからなくなるね。」

 口から出まかせに適当なことを並べてみたが、古今で生み出される植物や、マンプラント技術が、狂気じみているということは確かだった。職員は誰もがそれを自覚している。だが何故か、狂気と技術はバンドルされて然るべきなのだと、本能に蓋をしている。自然を理解しその謎を説き明かすのが我々の使命だと信じている。かくいう僕もその一人だ。少女の体に植物を植えて兵器に育てるなど、理性に問えば、正気の沙汰ではない。

「フロラシャニダールは、どこから来たんですか?自然界で確認されていないというのは」
「人工の環境下で突然変異体として現れた新種生物は、フロラシャニダールだけが特別じゃない。ずいぶん昔の話になるが、日本の水族館で自然界に未確認のクラゲが見つかった。恐らくフロラシャニダールも同じようなものだ。遺伝子的にヒマワリの近縁だということ以外、よくわかっていない」
「僕がああしているように、主任が作ったものだと思っていました」
「はは、まさか。もしそうなら私は億万長者だな。私には好きに花を咲かせるような力はないさ。」

 笑い飛ばす主任だが、発生が主任の能力でなかったとしても、発見してこうして事業に乗っけてるこの人は、恐らく億万長者の基盤を持っている。この事業ごとトリニティにでも、見境なき医師団にでも、うっぱらえば一生喰うに困る事は無い金額にはなるだろう。

「でも、君のこの白詰草≪n倍枚葉のクローバー≫がそうではないように、私のあの花も金のためと言うわけではないからね。まだ目的半ばだ。だいぶ、近付いて来たけれど。」
「エクストラの商品化ですか?」
「まあ、彼女達は副産物に過ぎないのだけど、多分、完成は同じタイミングだろうな」

 あんまり経営ビジョンについて一介の研究員がとやかく言う事でもないだろう。それ以上深く突っ込むのはやめておいた。僕がこの会話を打ち切ろうとしているのを察した主任は、それを引っ張る様に言葉を繋いだ。

「でも、君を今関るプロジェクトいくつかから引き揚げてもらう事には、なると思う」
「というと」
「この花と、今の君の言葉を聞いて、決めたよ。ぜひ君に、新しく関ってほしいことがある。今は私が一人でコッソリやってることなんだけどな」







「シアナイズ、ですか」
「昔はバラが一般的だったんだけどね、もうバラは流行らないし。」

 青いバラの開発は、昔はある意味で生命科学の古典的なテーマであったが、そのターニングポイントは21世紀時点で既に通過している。バイオテクノロジーの急速な発展の中でロザシアニン色素が発見されたことで、このロザシアニンがより多く現れるように交配を続ければ人為的な遺伝子操作を行わずともいずれは青いバラを咲かせられる可能性が科学的に肯定されている。今でも遺伝子操作によって青色を与えたバラには到底鮮やかさでは到達していないが、その差はほんのわずかずつ縮んでいた。
 バラだけではなく、自然界に青色をバリエーションとして持たない(あるいは極めて少ない)ものに青色を与える研究がブームとなった時代があり、そうした取り組みが「シアナイズ」と総称されていた。それは花に限らない。広義では、人の目の錐体細胞について短波長反応の青錐体を遺伝子レベルで調整して増やすことで色覚異常の発生を防ぐ技術も含まれたりと、シアナイズは研究分野で広くブームとなっていた。既にシアナイズのブームはとうに過ぎ去っていたが、今日でも古典的な研究題材として取り上げられることは少なくはなかった。既に、標本的な題材なのだ。
 今更シアナイズ、ましてシロツメクサでだなんて商品的価値も見いだせないだろう、この研究所で今更行うテーマだろうか。そのことを主任が踏まえていない筈がない。それを言えば、僕のクローバーの葉増やしだってそうなのだが。

「君のはどうかなって。何か相乗効果が生まれるような気がするんだ」
「僕の?シロツメクサでシアナイズですか?」
「うん、まずは。でも、最終目的は、違う」

 主任の口から出たのは、僕の斜め上の言葉だった。

「あの子たちの、花だよ。青のエクストラ≪アズレド≫」
「あず、れど」

 主任は僕の端末をログアウトして、自身のユーザに切り替えた。彼女しかアクセスできない領域に潜って、画像を一つ開く。ビューワに映し出されていたのは、ティムだ。

「この子をどう思う?」
「どう思うと言われても」
「この、二色だよ。」

 かねてから、灰、と思っていた。
 灰色なのではない。黒髪と白皙のコントラストが、木炭と白灰の隣接を想起させる。衣服もそれに倣っている。真っ黒の瞳の、しかし虹彩部分が真っ白だった。髪は黒だが体毛ならば黒という区分になってはいない、頭髪も概ね黒なのに対しざっくりと大きく白髪になっている部分があり、豊富なロングヘアは二色の流れを持っていた。同じく長い睫は白で、よく見れば肌にも統一感がない。白斑の逆だ、コーカソイドの様な真っ白い肌に、よく見るとところどころにだけモンゴロイドにありふれたペールオレンジの斑がある。それも極めて色が薄い。このエクストラには、全体的に白と黒以外に色というものが無いようにさえ見える。大凡人間味を感じない。もしこれがディスプレイの中であるなら、肌以外彩色前の絵なのだと思わされるに違いない。ただ、灰色に次いで目だけは、爛と、赤かった。

「ティムは、白化≪アルベド≫と黒化≪ニグレド≫の重複状態≪バイカラー≫の個体なんだ」
「えっ」

 二毛猫のようなものだ。そういってしまえばふざけたようにも聞こえるが、フロラシャニダールに関わる件においては、白黒の混在は驚くべき現象なのだ。

「ヒガンバナを知っているだろう。あれは、花と葉が同時に存在しないという性質を持っている。赤化≪ルベド≫フロラシャニダールは、他の個体と違って葉が生じない。花が満開になった時点で、宿主が死ぬ。そしてそのまま種子をなす。まるでヒガンバナのようじゃないか。」
「誰がロマンチストでしたっけね」

 ははっ、確かにそうだ。と笑う主任。

「赤化個体≪ルベド≫の種子からは95%の赤化個体≪ルベド≫と、2%程度の白化個体≪アルベド≫、2%程度の黒化個体≪ニグレド≫が生じるのは出クンも知っての通りだ。白化個体≪アルベド≫と黒化個体≪ニグレド≫を遺伝子交雑してできた胚でも、白黒の形質はほとんど片方しか発現しないが、極稀に、こういう子が生まれることがわかった。しかも、生き延びている」

 白化≪アルベド≫、黒化≪ニグレド≫、共に、今までの認識では、失敗作を指す言葉だった。変色変異については、赤化≪ルベド≫が唯一にして最大限に望ましいものとされていた。白化≪アルベド≫は宿主生物に根を下しても宿主が死んだあとに種が不実となる個体、あるいはその現象。黒化≪ニグレド≫は寄生後すぐに花の方が枯れてしまい宿主も死んでしまう個体、あるいはその現象を指す。共に、その名にある通りの花弁の色をしておりすぐにそれとわかる。だが、それをわかった上で、この人はそれを試したのだ。「極稀に」が実現するまで、「極稀だ」とわかるだけの数。
 僕の倫理観はそれを「ぞっとする事実」と認識はしたが、感情というか心理的生理というか、理性よりももっと深いところにある本能的な部分は、「なるほどそれは興味深い」それを酷く冷静に捉えていた。僕が、この研究所の狂気に、呑まれ始めているからだろう。

「実験自体は那須花鼠と、生のマルタで何度も行った。被験者に植えた数も、数十になるかもしれない。どうも花を満開させると宿主の生存率が悪いらしいんだ。このティムは、満開直前で停止するように蛋白質阻害酵素を生産する大腸菌を共生させて、八分咲きで成長を止めている。」
「なるほど開花をとめる、とは」
「赤化個体≪ルベド≫を寄生させたエクストラの能力値は、飛躍的だった。赤の≪ルベド≫八級ー〇〇六號は、全く素晴らしい個体だったけど、この白黒のティムはもっと凄い。見たろう、リメンバアンブレラ戦の成果」

 神妖≪かみさま≫との戦いへのエクストラの初投入、そこで僕の管理する三人組≪クローバーズ≫は大きな戦果を挙げたし、小型とはいえ神妖≪かみさま≫に有効打を与えて撃退したティムの力は疑うべくもない。フロラシャニダールが神妖≪かみさま≫と同じ力を宿主に与える妖花であるとの仮説が正しいのなら、その力の源泉である花のポテンシャルが、すべてを司っていると考えて然るべきだ。
 所長は、今までは決してエクストラに人称的な名前をつけることはなかった。でも、ティムは人名だ。余程、この子の出来が気に入ったのだろう。ティムのadminは事故で亡くなっている。本来、adminを失ったエクストラは新しいadminを据えられるか、エクストラも一緒に処分される。エクストラの個体の方のみが単独で稼働している例はティムの他にはない。

「主任がadminを引き継いだらどうですか?今回の様な想定外の行動をされても困りますし、主任がそんなに気に入っているのならその方がいいのでは」
「野良犬には野良犬の良いところがあるだろう、自由意志というか、自身に決定権を持たせたらどうなるのか、興味がある。出クンの三人≪クローバーズ≫だって似たようなものだろう?」
「まあ。でも、その青化個体≪アズレド≫というのが出来たとして、それがより強いかどうかは」
「わからないね。でも、強いかもしれない。」

 色とは、ただ、色であるというだけの単純な特徴ではない。色が違うというのは光の反射が異なるということで、光の反射が異なるということは内部の組成が異なるということだ。全く性質の異なるフロラシャニダールを作り出すことが出来れば、赤化個体≪ルベド≫や、二色≪バイカラー≫ティムの様に突然変異的に強力に変化することもあるかもしれない。あるいは、白化個体≪アルベド≫や黒化個体≪ニグレド≫の様に、失敗作かも知れない。

「だが、私は、どこかで確信しているんだ。科学者の本能的な勘といってもいい。シアナイズに成功し生まれる青化フロラシャニダール≪アズレド≫個体は、より素晴らしい領域に達すると。青化個体≪アズレド≫は、フロラシャニダールを人工進化の鍵として確固たるものにしてくれるだろう。青色フロラシャニダール≪アズレド≫は、進化の秘法になり得るんだ」

 主任が、そんな立場にないのに一人でいまだに何かを求めて実験を繰り返しているのは、一応の完成を見た白黒≪バイカラー≫や、いまだ実現していない青化≪アズレド≫のためだったのだろう。それに至るには、恐らく何十、下手をすると何百もの人体実験を行い、そのほとんどを殺してしまうことになる。でも、僕もきっと、この古今の狂気に呑まれ始めている、その新たな発見への道が悪魔の誘惑のように僕を、手招きしていた。いや、科学は決して、悪魔の学問ではないはずだ。

「同じなのさ」
「え?」

 梨来所長は、急に変なことを言い出した。同じ?何と?僕が話を掴めないとクエスチョンマークを連打していると、説明を加えてくれた。インスピレーションでものを言い所員の多くを混乱させる梨来主任をすれば、これは日常茶飯事ではある。

「最強の兵器≪エクストラ≫を作りたいと思うのも、蓬莱の秘薬≪エリクシル≫を欲しいと望むのも、私にとってはね」

 ティムの画像を閉じ、青化≪アズレド≫に向けての現状をまとめたレポートを表示しながら、主任はその正当性の様なものを、口にした。

「最強のエクストラを作った所長は、最強になれるのですか?」
「私があと何歳か若ければ、間違いなく進んであの花を自分に寄生させていただろうね。」
「何歳か」
「うるさいなあ、歳のことはつっこまないでくれよ!ああ、20年は若くないとダメだろうな!」
「すみませんって」
「偶に本当にデリカシーのないヤツだなあ、キミは。」

 口を尖がらせる主任。そうはいっても僕より二つほど年は若いらしいが。

「まあそこで、なんだ。昇華と知性化ってやつだよ」
「ええと、防衛機制の?」
「そ。私は別に強くはないし、なれないからね。でも、それを願ったっていいだろう?私には神妖≪カミサマ≫をブン殴るような腕っぷしはない。どう転んだってそんなことはできないさ。でも、やりたいんだよ。どうしてもやりたい。私は、あいつらを跪かせて、私の方が強いと認めさせたい。だから、代わりにやってもらうのさ。」

 握り拳を作って、えいえいと殴るみたいな仕草をするが、てんで様になっていない。

「あの子たちを、道具として使うんですか」
「ああ、そうだ。兵器は、使い道を限定した道具だ。だからこそ、私は感情的な深入りをしない。愛情を感じたりはしないし人権も認めようとは思わない。だって、エクストラは、私の『作品』なんだ。エクストラが私の防衛機制によって生み出された作品であるならば、それは私が義務として取るべきスタンスだと考えている。出クンみたいに愛着を得る付き合いの方が、私にとっては、望ましくない関係なんだよ。」

 僕が彼女達≪クローバーズ≫に妙に肩入れするのに対して、主任のスタンスはかなり違う。その理由は、主任には主任の理念があるという事らしい。確かに、最終的には望むと望まざるとに関らず彼女達は兵器として扱われる。もしそれが所長の自己実現の歪んだ形の出力で、作品で、あるなら、子供のように扱うのは更に冒涜的な扱いであるともいえた。わからなくはないが、それは僕とは立場を異とする故の相違を孕んでいる。この点については、どうしても合意に至ることは出来ないだろう理由が、わかった。落としどころは、どちらが経営的に利があるか、や、性能が上か、あるいは法適合性が高いか、二人の理念とは別の物差しで強制的に蹴りをつける以外には、無いと納得せざるを得なかった。その上で僕との議論を、この人は楽しんでいるようで、ますます理解が出来ない人だ。それ以上に、強くて魅力的な人でもある。腕力は兎も角として、思想が、強いのだ。何者に何事を言われてもこれほども曲がらない信念の強さは、並大抵のことではないだろう。こうして一つの企業を運営して世界を相手に汚い商売もやってのける人だ、それくらいの豪胆さは持ち合わせていても当たり前かもしれないけど。

「所長は」
「ん?」
「なんでそんなに強くなりたいんですか?神妖≪カミサマ≫に、大切な人でも殺されたんですか?」

 僕がそれを聞くと、梨来所長は、ふっ、と小さく笑ってから、答えた。

「単純なことだと思うけどな。誰だって、弱くありたいとは思わんだろう?出クンは、生れてから死ぬまで病室から出られないような、そんな人生を送りたいと思うか?」

 病室から出られない、というワードには少し引っかかるものがあった。でもそれは、所長の話運びの筋書の通りだったらしい。乗ったと見た所長は、すぐに次の話を振ってきた。

「悪いけれど、キミがここに来た時、少しキミについて調べさせてもらったんだ。大きい声では言えないが厳密には法に触れることもある組織だ、それくらいは覚悟できていただろう?」
「ええ、まあ」

 昔のことはいざ知らず、今日の「古今」は、フィクション上でのありていに表現するなれば『国の中枢に巣食った悪の秘密結社』のような体質の組織である。法的に厳重に守られていながら自身は法を平気で犯す。内部の情報を漏らせば躊躇なく抹殺される。10の成果のために1の犠牲を厭わないのではなく、1の成果のために10の犠牲をも厭わない。国民の血税は出し惜しみなくそのために使われる。そんな組織(れっきとした企業ではあるが)に入社したのには、それなりの思いがあってのことだし、それなりの覚悟もあってのことだ。
 この流れで昔のことと言われれば。

「あまり深刻にならなくってもいいよ、性癖だとか、女履歴だとか、選挙の投票歴だとか、血縁の信仰だとか、snsの投稿内容なんてそんなものは調べていない」
「調べたんですね」
「少なくとも調査結果を私は見ていない」
「主任からの信頼の重さに、身が潰されそうな思いです。これから利き手を毎日変えないと。あとSubetterは垢消しますね。ああー、上司にプライベートの面倒まで見てもらって僕は幸せな従業員ですよー」
「みてないよ!ほんとだって!!」
「冗談に対して急にムキにならないで下さいよ」

 普段からそうだが、本当に沸点のわからない人だ。

「ぐう」
「主任が振ってきたんでしょうに。」

 少しはかまってくれたっていいじゃないかと口をとんがらせるが、どうせこんな冗談の応酬もこの人にとっては大した意味のないやり取りなのだ。

「で、なんだっていうんですか」

 僕が答えを急くと梨来主任は、怒ってくれるなよ、と言いおいてから、調査結果とやらを口にする。おおむね予測はついている。「はい」と答えるだけになるだろうことも。所長の手元にはデバイスも紙資料もない、暗記しているのだろうか、それとも調べたのは本当に大した内容ではないのかも知れない。

「キミは小さい頃、小児がんで長いこと入院していたらしいね。『見境なき医師団』のところ」
「ええ、JMMLで。九龍の本社サナトリウムにいました」

 やはりそのことか。今更、僕はそれを隠すつもりもないのだからどうでもいいことだけれど。

「思ったよりあっけらかんとしているんだね。見境なき医師団は、入院患者からは評判がいい。マスコミ報道とは逆だ。」
「確かに僕の境遇は悪くなかったですから。単に施術への適正値が高かったからかもしれませんけどね。」

 「見境なき医師団」は、今では「古今」の大手スポンサーで、多大な医学的成果と倫理面での黒い噂の両方が付きまとうNGOだ。僕は表に出るような役職ではないからそれが何かに関係することでもないが、紛争地域や疫病蔓延地域でさえ(むしろそっちの方が多く)多く活動するのらしい。実際そうしたところから、エクストラに「なるしかないような」検体を回してくれている。

「だから、あまり不自由はしませんでしたよ。小児がん専門のサナトリウムで中に学校もありましたし、友達にも困りませんでしたよ。幸い、僕はTDK先進技術の実施対象で、運よく成功したおかげでこうしてぴんぴんしているわけですが。」
「なるほど、TDKね。キミがわざわざベクター無しでやる動機は、そこから来ているのかな。既にクリスパーⅢプロトコルが安定しているのに、冒険者だなと思っていたのだけど」
「まあそれもありますけど、単にトランスフェクション後もcRVベクター造影が生じるのが邪魔臭いのと、どうも僕の環境下では逆転写バグが多発するので、避けているだけです。この程度のことなら身辺調査がなくても聞かれれば答えますよ。病気もおさまってますし」

 なるほどね。梨来所長はそう言って、話に小段落をつける。

「じゃあ、聞かせてもらうけれど。友達にも困らなかったというのは、間違いだね?院内学級でのキミの交友関係は、広くはなかった」
「困っていませんよ」
「調査の結果では、キミは、一人の友人を除いて……」
「困っていません。その『一人』がいれば、僕には十分でしたから。それ以上は、誰も要りませんでした」

 そこまで細かなところまで調べているとは。だが、嘘はない。はっきりとそれを伝えると、主任は肩をすくませて、驚いた、というジェスチャーを見せた。

「わかった、悪かったよ。あまり、業務上にも関わりのないことだった」
「構いませんよ」
「そんなに≪・・・・≫いうなら、相手も悪い気はしないだろうな」
「わかりません。僕よりも先に、いなくなりましたから」
「いなくなった?」
「彼女について僕が知っているのは、ベッドの上の姿だけです。僕よりも後に来て、僕よりも先に病院から姿を消したということは『そういうこと』なんだと思います。詳しいことは、親族でもない僕には、わかりかねますけど」
「そっか、そういえば、そうだったね。ああいや、そんなことが調査資料に書かれていたよ、失念してた」

 今になって振り返るとGBMだったのだと思う。彼女は大人の言葉を真似て自分の病気を「ぐりお、ぐりお」と言っていた。大量化学療法だったに違いない、副作用で辛そうな姿ばかりが記憶に残っている。

「僕が、彼女達≪クローバーズ≫をどうしても兵器として扱えないのは、多分その頃のことが記憶から抜けないからです。……と、言わせたかったのでしょう?」
「いや、そういう訳ではないんだ。でも、そうなのか、違うのかは、聞きたかった。好まない業務を強いて優秀な職員を失いたくないからね」
「僕の代わりなんて幾らでもいるでしょうに」
「いやいや、キミを失うのは当研究所としては痛手極まりない。今時TDKの使い手なんてレアだからねえ。ベクター式はライセンス料が馬鹿にならないし、一部でもTDKにできるおかげでかなりコストが抑えられてるよ。その院内学級の経験のせいか、エクストラに気に入られているしね。アズレドの件もアテにしているし、ユーグレナの方も結構期待してるんだからね。あっちは宝くじみたいなもんだけれど。」

 真正面からそうまで肯定されると、逆に鼻白んでしまう。それは光栄なことです、と適当にお茶を濁した。

「君はまだその友達のことを、大切に思っているみたいだけど」

 まだその話を続けたいのか。別に僕の方にそれを忌避するつもりはないのだから構わないが、所長がそんなにその話にこだわる理由はよくわからなかった。大切に、という言葉には若干の違和感があったが、言葉に直すと結局それになってしまうことはなんとなく感じた。そのまま肯定することにする。

「……死人って、最強ですからね。」

 ある日、久しぶり(といってもボクも院内にいたから二、三日ぶり程度だったと思うが)に顔を出そうと思ったら、突然その子の病室はなくなっていた。院内ではそういうことはよくあった。ほぼ毎日、誰かがいなくなる。そう言う人間ばかりが集まった病院だったから。年齢が大きく違ったり入学の希望があったりなかったりで院内学級で交わりがない同士だと、入ってきても顔も知らないままいなくなっていく人もいたと思う。彼女も、その一人だった。彼女の場合は、院内学級に所属するとかしないとか以前に、ベッドの上からほとんど動けないような状態だったからだ。
 僕は彼女と小さな約束をしていたもので、僕は果たすべき相手を失ってなおその約束をよすがに生きる希望をつなぎ、先進遺伝子治療を受け、不再発性を含めた根治を見て今に至る。弱かった体も歳と共に普通になっていき、まあ今では少々常用薬品がある程度で他には不自由のない生活を送れるまでになっている。
 だから僕は、彼女の命を、貰ったものだと、思っている。
 もう誰も彼女のことを悪く言うことは出来ない。彼女を汚すこともできない。
 二度と会えないからこそ、彼女は僕の中で至高の存在になっているのかもしれない。
 古今は病院ではないが、エクストラ三人娘≪クローバーズ≫はきっと任務以外で古今の敷地を出ることは出来ない。そのことが、彼女達を、あの子に、重ねて見てしまうのかもしれなかった。エクストラ三人娘≪クローバーズ≫をそう呼んでいるのは、僕のあのn倍枚葉のクローバーに由来してのことではあるが、そう考えると、あの三人と、n倍枚葉のクローバーと、病室にいたあの子は、僕にとっては一つの線でつながった存在かも知れない。作品、と強固に表現した主任の気分も、否応なくわかってしまいそうだ。

「はは、それにしても羨ましいな、その子が」
「はあ」
「今でも、その子に一途なのかい?」
「いえ、別にそういうつもりではないですけど、忘れられないのも事実ですね。そうやって考えてみると初恋の相手みたいなもんですし」

 ふうん、と笑う主任。

「いや、私は正直、もうあの三人の内誰かに気が行っていると思っていたんだ。暗示と条件付け≪教育≫を弱めたがっているみたいだし。でもそうじゃないようだから、純情が過ぎてその死人にとらわれているのかと思ってね。そうでもないのかな?」
「どうでしょうね、僕にもよくわかりません。」

 正直に、よくわからなかった。パウラに迫られたときに、ぐらついたのは確かだけれど、何か、違った。親としての感情に近いのかもしれない。僕が順当に結婚して子供がいればあれくらいの子かもしれない、余りにも幼い子だ。やはり、エクストラの発育というか、経過については、気になるのらしい。主任の方が余程親らしいのではないか。

「まあ、私がマスターキーを使ってまでここに来たのは、実はそっちが本題でね。来てみれば君は怪しい花の前で寝腐っているし、話してみるといつも通り話に花が咲いてしまって仕事のことに逸れてしまったけれど」
「やっぱ鍵開いてなかったんですね」
「それはもういいじゃないか」
「ぅゎすっごい強引」

 梨来所長は、突然仁王立ちになって腰に手を当て、やっぱり無断で鍵開けて侵入したのかこの人とげんなりしている僕に向かって、更にとんでもない言葉を言い放った。







「出クン、君の性処理に来たぞ」
「?」

 言っている意味がよくわからない。多分、何か、聞き間違ったんだと思う。

「 はい
 ☞いいえ」
「出クン、君の性処理に来たぞ」

「 はい
 ☞いいえ」
「出クン、君の性処理に来たぞ」

「 はい
 ☞いいえ」
「出クン、君の性処理に来たぞ」

「すみません、言っている意味が分かりません」

 根負けした僕は、諦めて問い直した。だが主任の答えは同じもので、まるで手で棒状の何かを握って擦るみたいに、動かしている。

「まだ若いカラダだ、溜まってるんだろ?」
「いきなりにあけすけですね……。歳のことだけ言えば僕の方が二つほど上ですけど」
「そこだよ!出クンはずるい、私より若く見える。こっちは一生懸命若作りしているのに」
「そんな切実な告白は要りませんけど」

 デスクの端に腰をひっかけてよっかかって脚を交叉し、腕を組んで僕を見る。椅子に腰かけたままの僕より視線は高くて、僕を見下ろすような形。
 主任としては実務トップで所長として経営のトップも兼ねているこの人は、自分ではきっと手を動かす必要のない立場なのに、青やら赤やら二色やらと実験を繰り返している、いつも何か赤い液体汚れが色褪せた後の様な褐色染みが付き、薬品で端々が焦げて破れた襤褸の白衣を着ていた。今は、白衣の下はノースリーブのサマーニットにスカンツ、白のワントーン。白衣の下の服は清潔感があるのに、白衣が汚いものだから白衣を着るとワントーンに見えないザマだが、その作業感が汚らしくならないのは主任の見目のせいだろう。

「うちの三人≪クローバーズ≫のことを聞きに来たんじゃないんですか?本題って」
「本題は、本題だよ。君の恋愛経験と女性既往歴のことだ。いったろ、身辺調査の結果は見てないって。そう言うのは本人の口から、同意の下で」
「そういう話ではなくてですね。さっき話した子とは、何でもありませんから。その時僕にはそれが初恋だなんて意識もありませんでしたし、それ以外に女性とそれらしい関係になったこともありませんっ」
「だから、それ≪ない≫が聞きたかったんだよ。……よかった、少し安心したぞ」

 白衣を脱いで脇に置くと、白い腕が柔らかい曲線を描いているのが露わになる。机の端にその手が置かれている事実だけでも、僕の気は大いに散った。
 すう、とシリアスな空気に切り替わった所長が、静かな口調で、言う。

「ああ、だめだな。ごめん。こういう話のうまい切り出しが、私にはわからないんだ。」

 苦笑いしながら腰だけを折って、前屈みになるように僕の方へ、顔を寄せた。細い指が、僕の肩、二の腕、に触れる。

「だから単刀直入。私は、君を買っているんだ。出クン」
「そいつは、どうも」

 タイト目のサマーニットは、スタイルのいい主任の、その、胸を強調している。スカンツで隠すのがもったいない脚は細い腰回りからすっと伸び踝に編み上げサンダルの紐が絡みついていた。バレッタで無造作にまとめた髪はワントーンの簡潔なイメージにマッチしていたし、化粧っ気もなく意思の強そうな目鼻立ちは、それにマッチしているように思える。ありていに言って、綺麗だ。
 その主任が、夜中に僕の部屋を訪れ「コーヒーを差し入れに来た」という。途中で話はだいぶ逸れたが、もともとの意味のわからない要件は、あからさまに、本当の要件は別にあるというメッセージだ。
 その本当の要件が、これなのだとは、それはそれで耳を疑うものだが。

「職員としてもそうだが、今は、男として、だ。どういう意味か、頭のいい君なら、わかるだろ?」
「い、いえ」

 言っていることがわからないはずが、ない。だが、その理由は皆目見当が付かなかった。

「もう。カマトトぶってないでさ。私に恥を、かかせないでくれよ。いっそ君が風呂にでも入っていてくれれば、『お背中お流しします♥』と突入できたんだがな、私も運がない」

 それは運の良し悪しなのか?と突っ込む気にもなれなかったが、そうしているうちに主任が、僕の目の前でサマーニットの裾を持ち上げた。その下には何もレイヤードしていない。淡い色の下着だけが、圧倒的な肉圧の胸を辛うじて抑えつけていた。ニットをするりと脱ぎ捨て、そのままスカンツも脱ぎ落とす。ブラと揃いで淡いピンクのぱんつも露になった。そうして僕の前に立つ半裸の主任の姿に、僕は釘付けられて動けない。はち切れそうな肉感、太いのではなく、太腿や尻、胸の淫肉が特盛、他の部分は引き締まっている。肉付くべきところは官能的にグラマラス、グラビアモデル顔負けのスタイルだった。正直エクストラの三人とずっと一緒にいて、でも僕は親ではないのだ、不適切な感情を抱いたこともないわけではない。特にアプローチを隠そうとしないジルや、控えめに見えて一番アタックの強いパウラを前にして、陥落しかけたこともある。だが、それはもうないかもしれない。目の前にある肉感を目の当たりにしてしまうと、あの子たちの体つきなどやはり子供の貧相さが否めない、いや、単に主任の体がエロすぎるのかもしれない。

「恥、って」
「こんなことして、もう十分、恥ずかしいけどな……」

 困ったように眉を垂らすが、目と口は笑っている。頬は赤く染まって、視線は僕を見ている。チート級の熟れ切った肉体、男でこれに抗うのは無理と言うものだ。

「お互いに、後腐れのないストレス発散をしようっていうんだ、それ以上のこっちゃないよ。出クンは可愛らしい三人娘≪クローバーズ≫に慕われながらも手を出すことを自制して、溜まってる。毎晩手淫で我慢している。私は、君のことをいつもそれなりにいやらしい目で見ている。性欲も高い方だと思ってる。周囲は経営者の私をそういう面では倦厭してて、だから私は性処理に困っている。winーwinの関係だ」
「主任のことは知りませんが、僕のことを勝手に決めるのはやめてください。我慢なんてしてませんよ」
「えっ……じゃああの子たち、もう出クンの毒牙に」
「そーじゃないですけどねー!」

 条件付けの解除もしていないのに、まともにできる訳がないでしょうに。そう言うと主任は、まあそうだけれど、愛があればなんちゃらっていうじゃない?とかとぼけたことを返す。そして、もう一歩僕の方に近付いて、体を寄せて、つまり誘惑するように、寄り添ってくる。耳元にそっと淫靡な言葉を添えて、細い指で僕の体に触って。主任の様な女性にそうされてしまうと、僕のスイッチは簡単に入ってしまうじゃないか。

「持て余してる君の性欲をさ、私にも、分けてくれよ。いい年して、さみしい女なんだ、私はさ」
「それを言うなら、僕もですけれどね。あと、後腐れのないwinーwinの関係に必要な、大切な要素が提示されていませんが」
「ん、なんだい?」

 僕は正直、あんなエロい体を見せられてもう、その気なのだ。後は体に火をつけるだけ。ここでがっついて大口で齧り付いても格好がつきやしない。一言、同意を示す言葉を返すべきと思った。

「僕が主任を悪く思ってない、ってことです」

 ぐい、と主任の腰を抱き寄せ、距離が縮まったところでその唇を捕まえた。既に水面下ではお互いの同意を感じあっていたのだ、触れた唇はすぐ様に割れて奥に潜む舌で互いの唇を舐め、食み、甘噛みしてから舌同士を絡め合った。主任の熱を帯びた柔肌が僕に重なり、体重を預けた熟れ肉が僕の体に絡んで包み込んだ。
 主任の舌は、僕がするよりもかなり強く、僕の舌を求めて蠢いている。僕より若干体温が高いのだろう、主任の口の中は熱く感じられた。絡みついてくる舌も、交わる唾液も、かかる吐息も、全て熱い。偶に離れて息をつき、細めた目で僕を見てもう一度口付けてくる。キスをしながら、主任の手は僕のシャツの前ボタンを一つ一つ外していった。
 上の四つか五つが外れたところで、手を胸に差し入れて肌着の上から僕の胸を撫でてきた。私の胸も触ってくれよ、と訴えているのだろうと思い、僕はその肉感を押さえるには余りにも心許ないブラを、辛い任務から解放してやった。抑えを失い解放された主任の乳房は奔放そのもの。弾力を持って僕の目の前で踊り自己主張を始めたが、先端のピンク色は乳房の有様に反して可愛らしくウブそうな佇まいだった。僕はそれを撫でるように触る。

「んっ」

 眉を顰めて、切ない顔で短く喘ぐ主任。女の人が胸を触られて本当に気持ちがいいのかどうかはわからないが、僕が彼女を求めているのだということを正直に見せてやることも一つの交わりだろう。現にこの圧倒的な乳房を、僕はめちゃくちゃに揉み潰したかった。少し触れただけでもありありと伝わってくる柔らかさは、男の体のどの部分にも備わっていないもっちりとした芯のない驚くべき柔らかさだ。これに指を押し埋めるようにして、胸全体をぐにゅぐにゅと揉みしだいてみたい。
 その欲求は抑制されることなく実行に移された。主任も、それを促していたのだ、そうしないのは逆に失礼だろう。

「は、ンっ……」

 可愛らしい乳輪と乳首が掌に触れるように巨乳全体を撫でるように触り、たまに乳首に指先を立てる。そうして柔らかく立つ乳首に指が当たるたびに、主任は息をついて顰め眉をもっと切なくゆがめた。辛そうな表情に見えなくもないが、それが苦痛ではないことは漏れる吐息と声が物語っていた。
 重厚な乳房を下から持ち上げるように触り、優しく指を埋める。そうしてまた全体を撫でて、乳輪を指でなぞる。乳房の愛撫と、先端を触るのを繰り返して、その間に揉み込みを織り交ぜ、だんだんと、強くしていく。指と指の間から柔らかい肉がこぼれだしそうにはみ出ている光景は、余りにもエロティックだ。それにこの柔肉の感触も、手からの刺激にも拘らず下半身に響く。

「な、なんだよ、こんないやらしい触り方……慣れているのか?」
「いえ、全然。流石に初めてではないですけどね、元々経験が多いわけでもないですし、女性とこういうことになるなんて、何年ぶりだか」

 ほんとに?主任は鼻にかかった甘い声で疑いながら、その間も、暇さえあればキスを求めてきた。

「は、んむ……」
「主任、可愛いですよ」

 可愛い、と言われた主任はより一層強くキスを求めてきた。
 上司で仕事のこと以外では付き合い辛いのに加えて、とにかく変人なのだと評判の梨来主任が、こんな風に女の面を剥きだしにしているなんて、それだけでも煽情的だというのに、こうやって直接に肉体を迫ってくるのも、その癖にやたらと情熱的にキスを求めてくるのも、何より、キスと胸を触るだけでこんなにも欲情を抑えられれないという風な切ない声を出しているなんて、なんだか急に可愛らしく見えてくる。元々、どこかで主任をそういう目で見ていたのかもしれない。仕事の関係だからとか、いまは三人娘≪クローバーズ≫ のことで手一杯だからとか、気に留めないようにしていた向きはある。ただ、主任の方が、こんな冴えない(まあ仕事のほうではそこそこ実績を出しているが)一職員にやたらと意見を求めてくる理由は、そうした情動でも働かない限りは不自然だとも、説明はつく。説明がついたところで納得はいかないのだが

「シたいんだ、君と」

 なんて言い寄られては、僕の理性の方がもたない。

 僕は膝で主任の股を割り、膝の上に跨らせる。主任は素直に僕の右太腿を挟み込んで、腰をくねらせて股間と太腿の摩擦を促した。僕の胸元から手を抜き去って、主任の手は今は肩に乗っている。ある程度体重をそちらに預け、そのまま前後に揺すって見せてくる。女の腰には骨が入っていないんじゃないか、そんな風に思う程ぬるぬるとくねる腰、その中心でショーツの下に隠れたままの割れ目へ、僕の手は吸い込まれるように伸びていった。
 巨乳揉みは左手に任せ、右手で最後の花園の門を叩く。太腿に強く当てられていたなだらかな盛り上がりは僕の手を招き入れるように持ち上がる。滑り込むぼくの指。目に見えて布地は透けていたが、触ってみるとその濡れ方は想像を超えていた。僕の太腿にもシミが移っていて、実際に触ればぱんつは既に役に立たない程ぐちょぐちょになっている。指を触れると粘る愛液が指へ、意思を持ったスライムの様にくっついてくるみたいに糸を引いた。そのまま、布地の向こう側に柔らかく濡れた割れ目がある前提で指を押し込むと、難なく沈み込んでいった。ショーツの抵抗がなければ、一番最後まで入り込んでしまっただろう、それくらい、主任の入り口はほぐれて緩んでいた。

「濡れてる」
「出クンのキスと愛撫が、ナマイキなんだよ」
「いやらしい人ですね」

 そういうと、主任はいつもの少しすました様な綺麗な顔を、朱に染めた。でも、恥ずかしさに顔を背けるとか、そういう可愛らしい仕草で女をひけらかすような人でもない。羞恥はあるのだろうが、まっすぐに僕の方を見たまま、そうだよ、と呟いて椅子に座った僕の股の間の床に立ち膝になり、僕の膝を割って間に入り込んできた。

「私はもう万端≪・・≫なんだ。あとは、君」

 僕ももう臨戦態勢ではあるのだけど、主任がしようとしていることの予想が付いたのと、それはぜひ味わってみたいから、そのままさせることにした。普段からフランクに接してもらっているとはいえ、上司である人がこうやって跪いて僕の股座に顔を埋める光景など、見ているだけでも背徳的でゾクゾクしてしまう。ましてこんな、綺麗な人だ。きっとそのまま口淫に至るだろうことは容易に想像が付く。キスした時に味わったの柔らかく熱い口の中に、僕の性器が収まるなんて考えただけで、気が急いてしまう。

「ぱんぱんじゃないか」

 ズボンの中で思い切り勃起しているその膨らみに、布の上から、鼻先ごと口付けて上目遣いで僕を見る。少し自信家で勝気な目が、潤んで、紅潮した肌に具されて僕の方を見ている。女の人を屈服させるという欲求は僕にはあまりない方だと思っていたが、実際にそうしたシチュエーションになれば、興奮するものだった。股間に鼻先を当てたままスンスンと細かく息をする主任。髪を指で絡めて弄んだり頭を撫でたりしていると、甘えたような声で「そんな風に私を見下して、あとで覚えていろよ❤」と小さく笑う。そのまま、ベルトを外してボタンを外し、ジッパーを下げて出てきた下着に再びキスをする。そのまま、パンツの布地の上から舌を伸ばしてそれを舐め始める。ぱんつの布の上からだというのにお構いなく(いや、敢えてだろうが)積極的に唾液を垂らしてべとべとに濡らしてく。濡れた布地は敏感に勃起したペニスに吸い付いて、布越しに与えられる舌と唇の愛撫を、甘く鈍いものに変えて伝えてきた。

「うわっ、主任、それエロ過ぎますって」
「好きか?こういうの」

 特に答えを聞くでもなく行為を続ける。思い切り舌を出して広い範囲をべろりと舐め、堅くとがらせた唇で雁首と亀頭の境目を摘まんだり。偶に歯を立てて鋭い刺激を送ってくるのも、布を挟んでいるせいで強くもむずがゆい刺激になっていた。
 主任の熱心な口愛撫が堪らず、愛おしくなって頭を何度も撫でたり耳を触ってみたりすると、それはご褒美みたいだと、口愛撫はより熱を帯びていく。

「そろそろ、直に味わわせてくれ」

 桃色吐息交じりの甘ったるい声で上目遣いに言う所長。言葉尻はお願いになっているが、特に許しを乞うているわけでもない、主任の口はもう僕のぱんつのゴムを咥えていて、そのまま引っ張り下ろすように勃起ペニスを取り出していた。

「おっ、わ……思ってたより、り、立派な、んだな」

 一瞬目を丸くして全体を見回してから、僕のペニスを手で押さえて自分の顔に擦り付ける。主任の綺麗な顔の鼻や頬に、僕の汚らしいものが擦り付けられるのは想像以上に刺激的だったし、興奮で赤くなった頬に浮かんでいるのは、空腹で餌を目の前に今まさに喰らい付こうとする肉食獣の様な獰猛な表情と恋人イメージプレイのお店の女の子みたいに媚びた表情が同居した淫乱な妖女の貌。その視線をずっと僕の方へ投げながら、手を動かしてぼくの先端を撫で、顔を動かして鼻や頬、額にサオを擦り付けている。所長の綺麗なさらさら前髪がかかって撫でていくのももどかしい刺激を与えてくる。

「たのしみに、なってきた」
「僕もですよ、所長がこんなに淫乱なオンナだったなんて」
「淑女ぶってたつもりはないんだけどな。私は、こういうメスだよ。花に囲まれたイメージが強すぎるか?」
「どちらかっていうと、科学が恋人のカタブツ」
「キミにだけは、言われたくないな」

 ふふっ、と笑って、主任はいよいよぼくの全部をぱんつの外に取り出した。ふぐりを手に取り、片方の玉を指で転がしながら、もう片方の玉を口に含む。口の中で舌を回すように動かす。

「うわ、それっ」

 上目で挑発的に見ながら、玉袋を舐め続ける。しばらく口の中で転がされて、やっと解放されたと思ったら、唾液塗れのふぐりは手でふんわりと包まれて軽く握られ、もう片方の玉もべろべろ舐めてから口に含む。遠く離れた場所への愛撫だというのに、先端にチリチリ刺激が遠隔されているみたい、付け根に溜まり始めているわだかまりがイライラを募らせ始めていた。射精、したい。この綺麗な人に向けて、精液を。

「ぷあっ。そろそろ、出したいだろ。キンタマは溜まりに溜まってずっしりだし、ちんぽがびくびく震えてるからな、丸わかりだ❤」
「ええ、そろそろ」
「ふふ、仕方ないヤツだな、素直過ぎて可愛いぞ。可愛い所員の頼みを、聞いてやる」

 主任はねっとりと笑って、口を開いてボクのものを飲み込んだ。一気に全部、根元の陰毛ごと口に含む。先端が柔らかい肉に包まれているのは、舌ではなく、きっと喉の中にまで入っているからだ。

「うっわ、すご」
「んふ」

 完全に顔を股間に押し付ける形になっている。主任の綺麗な顔にはぼくの陰毛がわっさわさかかっていて、主任が鼻でしか息を出来ていないのもそれに触れる息遣いで分かる。左腕は僕の腰あたりに、僕にしがみつく≪僕を逃がさない≫ように添えられていた。だが、右腕は、彼女自身の下半身に向かっていて、自分の陰部をいじっているのがわかる。
 ぐっぐっと先端が締め付けられるのは、飲み込んだ奥の喉を動かしているからだろう。えづいているのかも知れないが、主任自らそんなディープフェラをかましてきたのだ、気遣う必要はない。チン毛を食うのも気にせず大きく口を開いて、喉の奥も開けて深く飲み込む。唇を窄めて、喉を締めた状態でずるりと吐き出す。舌が常に裏筋と雁首を縦横無尽に撫で回していく。まるで、女性器に挿入しているよう、いや、女性が意のままに緩急をつけて男を攻め立てることができる分、質が悪い≪いい≫かもしれない。
 彼女が頭を上下にグラインドしてペニスへの刺激を与えてくるたび、それと連動するようにここから見える彼女の尻も揺れていた。右手でしているオナニーも、どんどん熱を帯びて激しさを増しているようだ。

「うあ、それ、やっばい、です。あっという間に」

 溜まっていた上に、散々焦らされて射精欲求を高められた上でこんなディープフェラをされては、ひとたまりもない。射精欲求と共に、腰が浮く。

「んぐっ❤」

 意図しないタイミングで喉奥を突かれて、涙目で甘い悲鳴を上げる主任。もしこの光景を見ている誰かがいたとして、主任の外見を指して言うのなら、この人はどちらかと言えば綺麗タイプの人だ、可愛いという言葉はあまり適切には聞こえないかもしれないが、こうして自分のものを奥深く銜え込んで、乱暴に喉の奥を突いたときにこんな甘い声を出されては、可愛いという以外に適切な日本語が見つからない。
 そんな「可愛くなってしまっている」主任を見ていると、愛おしさが込み上げてくる。単に性の対象として本能が認識したせいだけだとは思えない、そんな強い愛着。主任が僕のものを求めているというその状況は、主任が綺麗な女性で、元々悪く思っていなかったというはいなかったという背景も含め、見せつけられた豊満な肉体と淫乱な態度を鑑みても、なお不足があるように思えた。
 僕が古今に来てから確かにもう随分経っているし、梨来主任と色々と接点を持つようになってからも結構な日が経つのは確かだけど、なんかもっと前からこうして性交渉に及ぶことを望んでいたかのように、長い渇望を満たす安心感と充溢感が重なった感覚。そんなに前から主任のことを女性として認識していたのか、と今初めて自覚したのだろうか。主任が僕を求めて、「そう言う対象」にしかしないような行為を積極的に持ち掛けてきた事実が、まるでこの世が全部僕のものになったみたいな幸福感を作りだしていた。何て浅はかなんだろう、こんな性交渉、始まってからまだ一時間だって経っていないっていうのに、安っぽい。

「んぶ、っ、んっ❤」
「主任、このまま、出しますね」

 もう根元に蟠った射精感は我慢の限界だ。飛び出そうとしている精液塊が先端までのぼってきているような錯覚を覚える。その先端は今主任の喉を責めていて、主任の喉粘膜は僕の限界を察しているようにずっと締まりっぱなし、押しても引いても強い摩擦が生まれて、精液がのぼりつめる筋道をこじ開けようとしてくる。おまけに一番奥まで飲み込んだタイミングで大きく開けた口の端から舌を出して、竿と袋の境目位をチロチロと舐めてくる。先端に強烈な摩擦快感が生まれる一方で、根元の方には甘くくすぐるような刺激を送られて、射精のことしか考えられなくなる。
 僕は主任の頭を無理やり股間に抑え付ける。その状態で何度か自分で腰を振る。射精に向かって自分の望むままの刺激をペニスに与え、いよいよ射精までのスパートを走り抜ける。主任は裏返った鼻嗚咽を漏らしながら僕の体にしがみついている。凄まじい征服感、愛着、それになんだか懐かしいような、これは、愛情?

「っく、うっ!」
「んぐぶ、んんんっ❤」

 一番奥に突き入れ、食道の入り口をこじ開けた状態で、ペニスの根元がいよいよ収縮して跳ねた。堰を切った精液が管を通って直接、僕の股座で口を大きく開けた女性の中へ注ぎ込まれていく。射精ポンプが脈打つのに合わせて、女の喉が蠢く。まるで絶頂に至った雌の膣道が精液を奥へ送り込む貪欲な性愛反応が、ここでも起こっているみたい。喉奥に流し込む精液を、彼女は躊躇なく飲み下してく。前髪を上げて彼女の表情を見ると、高熱で意識を朦朧とさせている人の様に真っ赤に染まって汗ばんだ、辛そうなに目を閉じた表情で僕のペニスを加え続ける主任の表情が見えた。鼻でしかできない呼吸が、鼻孔の奥から喘鳴さえ聞こえるほど荒い。でもこれは、苦痛じゃない、最上級に感じている顔だ。最高にエロティック。僕は、主任の鼻を摘まんで呼吸を阻害する。

「っ!」

 喉の奥が、締め上がった。痙攣するみたいに跳ね、きつく収縮する。最初の数発を押し出して勢いが緩み始めていた射精が、再び息を意を取り戻して更に精液を注入する。喉奥に直接流し入れられる精液を彼女は抵抗できずに飲み下し続ける。呼吸ができず長くなれば窒息しかねない乱暴な喉射精、だが彼女は僕が何度か精液を吐き出したところで、かくん、かくんと壊れたおもちゃの様に体を震わせた。

「主任、イってるんですか?」

 摘まんだ鼻の奥で何事か音にならない声が震えた。律儀にそうだと答えているのらしい。涙を流して薄く開いた瞼が、切なそうに僕を見ている。その表情にぞくぞくとした満足感を得ながら、僕は後なんかいかのペニス痙攣を通過して射精を終えた。鼻を摘まんでいた手を離すと、だが主任はまだペニスを口から離さない。鼻から大きな吐息が噴き出して、その途中で再び喉が震える。咳込んでいるような強い動き。何度か跳ね上がった後、主任の喉からは息の代わりに透明な鼻水が垂れ、そしてその後白い液体が零れ出してきた。喉奥でずるりとペニスの先端が擦れる感触があり、口からペニス全体が抜け去った。

「はっ、あ、げほっ、げほっ!おま、っぐ、ごほっ!」

 主任は責めるような視線を僕に向けながら、しかし上半身を僕の胸の中に投げ出した。弱弱しい拳がとすとすと僕の胸に叩きつけられ、言葉がうまく出てこない非難を表現している。呼吸は依然荒く、鼻から漏れた精液を拭う余裕もない。興奮と酸欠で真っ赤になった表情が涙でぐしゃぐしゃになっている。この人がこんな顔をするなんて。さっきから続きっぱなしの愛しさが、汚く濡れている主任の顔を可愛らしいものに見せる。その頭を抱いて撫でてやると、呼吸で切れ切れの声で、ん、と小さく鳴いた。

「すごかったです、主任」

 くしゃくしゃの美貌に向かってにっこり笑うと、主任は目を閉じてわなわな震えている。あ、これ、怒ってる時の……。

「なにが、けほっ、すごかった、だ!それは、」

 そこまで言ってから、急に声が小さくなる。上げていた顔が俯いて僕の胸の中に落ちた。

「すごかったのは、お前の方だ。ばかやろ」

 また、胸をとすとすと叩く。言い年した(僕の方が上だが)女性がするにはあんまりにも可愛らしい仕草だが、今はそれも似合いに見えた。
 そんな様子の彼女の頭をまた撫でようとすると、それを払いのけるみたいに立ち上がって、再び僕の膝の上に跨った。

「こんなことをして、ただじゃおかないからな」

 えっと、と僕が何かを言おうとした瞬間に、いきなり、またキスされた。唇が開いた状態、最初からディープキス前提の吸い付き方。僕もそれに応えると、驚くほど情熱的に舌を絡めてくる。唾液を流し込んで、僕のと混じったそれを吸い、舌で攪拌して再び送り込んで来る。二人の唾液を混ぜ合わせた唾愛液を二人で分け合って飲み込んで、彼女の口が離れる。

「どうだ、君の精液の味だぞ」
「主任の鼻水と混じってると思うと、悪い気はしませんね」

 ほんとうに君は、と言って、主任は腰かける位置をより深くする。一回射精が終わったとはいえ、こんな魅力的な女性がこんな可愛らしい様子で目の前にいるのだから、収まる気配がまるでない。その先端に、主任のヘソあたりが、触れた。

「覚悟、しろよ。こっちでヒイヒイいわせて、やる」

 何を強がっているのかわからないけど、もともとそういう性分の人だと言われればそうかも知れない。でもなんだか子供が意地を張っているみたいで、微笑ましい。親戚のお兄さんに、いいところ見せようとして失敗する女の子の態度にさえ見える。この年で。そう思うと吹き出しそうになるが、割と必死にこらえた。ここでそんな理由で笑い出したと知られたら、本気で怒りそうだ。
 更に腰を奥に進めて、ワレメの入り口に先端を添える。こっちも想像に反して、色が沈着していない綺麗な色だった。形も崩れていなくて、自分で自分を使い古している自分にはどうにも勿体ない相手のように思えてしまう。そのまま、ぬるっと飲み込まれた。結構、きつい。切なそうな表情でふー、と息を吐く。彼女が、恥ずかしさとこそばゆさと少し痛そうなのが混じった表情で、僕を見る。腰を落としたところだけど、まだお尻が僕の太腿の上に体重を残していた。

「はいった、ぞ」
「ええ」

 積極的にかかってくる割にはもうひと押しが緩い。緩いというか可愛い。この人、少女だ。

「うごっ、動くからな」
「僕も、一緒に」
「君はいい、私がするから、君はっ、んあっ!いい、っ、って、ばあっ!」
「主任も、動いてっ、くださいよっ。すっごい、キモチイイですから、主任のナカ」
「きもち、いいか?私の中、きもちいいか?」
「いいですよ、きつくって、すぐイっちゃいそうです」

 中が気持ちいいと伝えると、切なそうな表情をより一層赤く染めて、動きを大きくする。嘘ではなく、とても気持ちいい。あまり使ってる感じがない、ぎこちのない、少し硬い感触の残るきつい膣も、プロ童貞のボクにはちょうどいいシゴきだった。顔に半端ないサイズのおっぱいが押し付けられていて、それを口に含んだり手で触ったり、そっちでもかなり興奮する。一度彼女の喉中にぶちまけるというキツいのを済ませていても、まだ行けそう。

「じゃあ、このまま、ヌいてやる」

 大きく股を開いて僕に跨り、後ろ手に僕の膝の上に手を突いて、腰を前に押し出す。深く入り込んで、よりきつい締め付けが竿の広い部分を包み込んでくる。そのまま腰を揺すると、にち、にち、といやらしい音が聞こえてきた。

「つ、繋がってるトコ、丸見え、だな、これっ……ぅんっ!あ、だから、うごかなくって、もぉっ」

 体勢的に結構つらい、これが隣にあるキャスター付きの椅子ならするすると後ろに流れてしまうだろうけど、偶然四つ足の椅子を使っていたところで、助かった。一応安定している足元を信用して、椅子の端に手を置いて腰を上に跳ねさせて突き上げる動きを加えると、彼女の反応は覿面だった。

「お、おいっ!だから、動くのは、私が、んひっ!いいって、勝手に動かれたら、私っ、だ、だめっ!」

 彼女の反応がエロ可愛くて、ついつい突き上げを激しくしてしまう。彼女自身の動きはもうすっかり止まっていて、僕の動きに合わせようとしてタイミングが合わずロデオマシンに乗って翻弄されているみたいになっている。手を後ろに突いた状態で背中を逸らせて揺すられているせいで、彼女の巨乳がばるんばるんと跳ねまわる。この絵だけでも抜けそう。浅くなったり深くなったりする結合部では、離れたときににちゃにちゃ白い糸を引く。深く刺さったときにはぱちゅんと肉同士が当たる音が響いて、同時に、主任のむちむちの尻肉が揺れて当たる感触が追撃してくる。僕が突き上げるままに跳ね上がって、落ちるときに合わせて落ちる、されるがままに突き放題にされる彼女は、その度に加熱した吐息と、押し出されるような喘ぎを漏らす。

「い、出クンっ、ほんと、ちょっと、とまっ……ひんっ!」
「ヒイヒイ言わせてくれるんじゃ、なかったんです、かっ?」
「あ、あたりまえ、だっ、まってろ、すぐにその余裕を消し去って、あっ、ソコっ!天井、だめ、だっ♥おっ、んあぁっ、はあっ、はああっ、後悔、後悔させてやるからっ!そんな偉そうなクチきいたの、んひぁぁっ♥こうかいさ、せっ……!ぉ、ぁあ、はあっ、ばっか、ばかぁっ!そ、そうだ、そうやって浅いところだけ、こすっ、~~~~っ!い、いきなり中に入れっ♥おまっ、そんななあぁっ、女の子のこれは、おもちゃじゃなっ、ひぃっんっっ♥膣壁、抉りすぎだっ、点く方向が、あっ、あっ、合って、なっ……んっ!そんなめちゃくちゃな角度で、いれっ、てもぉっ、ダメ、だめだめだめだめえっ❤そんなので、女が悦ぶと思ったら、おおぉヲぉっまち、がひぃっらかららぁあああん♥」

 苦痛交じりみたいな表情があるタイミングでふっと力みが消えたように緩み、今度はとろんとした目で鼻の下が伸び、口が半開きになっただらしのない顔に変わる。きっと僕は随分早い段階で鼻の下は伸び切っているのだろうけど、主任のトロけ方はエロすぎる。セリフと顔だけでアダルトビデオになりそう。もはや顔面ポルノだ。
 このままではいいようにされると判じた主任は、一旦腰を引いて降りようとする。ので、僕はその腰を捕まえて、一気に引き寄せた。

「だーめ、ですー」
「☆☆っんっぉ❤」

 不意打ちで突然深い挿入を食らった主任が、裏返った声で言葉にならない言葉で喘ぎ悲鳴を上げた。

「ば、ばかぁぁっ♥深い、深いってっ❤」
「深く、してるんですよっ」

 そのまま手を腰から尻に移動する。ふかふかでムチムチの尻肉に指を埋めて、ぐいぐい引き寄せながら腰を打ち上げると、体勢を崩しかけた主任は慌てて前に倒れて僕にしがみつく。結合も深くなったけど、肌同士の密着が増えて互いの体温が交わり、接合以外の快感がさらに追い打ちをかけた。

「~~~~っ♥おΦっ♥ξ♀〆〆〆る〆〆っ♥fいっ、しょんなのffしゅぎっっ♥❤」

 抱き着いた形で深く咥えこんでしまった彼女は、淫獣っぽい変な声を上げたと思うと、ぶるぶるっ、と震えてかくんと首を前に落とした。

「イっちゃいました?」
「い、いっへ、にゃ……」

 否定しようとする彼女の返答を待たずに、さらに追い打ちをかけた。早く屈服させないと、こっちが持ちそうにない。って別にセックスバトルしているわけではないのだけど、なんだかこんな主任を見ていると堕としてしまいたくなる。腰を前後だけではなくてわずかに左右にも揺すって乱暴に跳ねさせると、僕の上でロデオガールになっている主任が半開きの口から涎の筋を落した。呼吸が荒く、喘ぎが収まらず、顔の筋肉が弛緩して、唾液を口の中に収めて飲み込む余裕がなくなっているみたい。

「あっ、んっっ! はひっ……! はあっ、ふぅっ♥ ちくしょ、こんな、こんなつもりじゃなかったのにっ。 奥手そうな出クンなんか、搾り取って骨抜きにしようと思って来たのにっ、これじゃ、私が、骨ヌキっ……❤」
「そうやってエロい顔どろどろに濡らしてるの見せられたら、ちゃんと骨抜きになりますって」
「そうゆうんじゃないっ、ちがうのっ、そういうんじゃなくって、私が、ちゃんとぉっ、ひっ、あ、ああっ❤」

 涙と鼻水でべちゃべちゃになった欲情≪トロ≫顔で、僕の上で踊る主任のエロボディ。主任は敗北快感でぐでんぐでんになっているみたいだけど、僕だって別に平気で一度もイっていないとかそう言うわけではない、彼女に向かってしっかりと堪え切れずに射精しているのだから。現に、僕の方も限界が近い。一度思い切り射精してペニスの中に快感通路が通ってしまった僕も、精液自体が意思を持ってそこを通り抜けたがっているような、僕の体自体が精子に制御されているみたいな錯覚に襲われる。

「主任、そろそろ、射精≪だ≫したいんですけどっ」
「な、生で、中で、だすつもりかっ?」
「許可を、頂けるなら……」

 そう言って、主任のムチムチの尻肉に指を食いこませて掴んで押し込むように、同時に腰を揺すって振動をもっと強くする。もっと、もっと強く、早く。だめ、止まらない。この女の中に、入り込んで内側からずぶずぶに犯し倒したい。精子たちの欲求が僕の思考を奪う。

「ほぐっ❤許可って、これ、完全に出すつもりの、うごきだろぉっ❤オクっ、奥がっつんがっつん突いて、出さないつもりなんかこれっぽっちも無いくせにっ❤」
「いい、えっ、主任が許可をくれないなら、我慢します、よっ!」

 正直もう我慢効かない。でも、最後の一言を引き出すのに、僕は彼女の胸の感触を貪るふりをして、その肉の間で唇を噛んで我慢する。そのままピストンを続けて、彼女の内部を攻め立てる。ダメかも、こんなこと言っといて、もう我慢できずに中に射精してしまうかも。僕の前で涎を垂らして白目が裏返りそうな半目を揺らしてヨガリ狂う主任の蕩け顔とみているだけでも堪らないのに、膣内は強烈に締まって僕の精液を飲み込む準備が出来ていることをアピールしている。

「どうですっ?抜いたほうが、いいですかっ?」
「ダメ、ダメだぁっ、このまま、このまま、イきたいっ、私っ!」
「でも、僕ももう射精≪で≫そうで。許可してもらえるなら」

 ピストンを緩めて彼女の腰を取り、押し上げて抜き去ろうとしたところで、主任は抱き付くように腕を回して抜けていく結合再度深くまで飲み込んだ。そして、悲痛なほど切ない、欲情というよりも懇願するみたいな声で。

「許可っ、許可するッ❤きょかするからっ!膣内射精し許可ッ❤全面的に膣内射精し許可するからっ❤膣内射精しきょ、ンほぉぉおおおぉぉおおっほ、ひょヲオ゛おをぉお゛おをっ❤キら、きたぁあぁあっ❤膣内にっ❤ナカにせーしキタぁっ❤すっごい、さっきあんなにいっぱい私のお腹に直接注ぎまくったのに、またこんなにっ❤とぷとぷっ❤とぷとぷぅ~~って❤」
「あっしゅ、しゅにんっ!射精中っ、は、しごかれるとっ!くああ、あっ」
「動く、動くにキまってるっ❤出クンのナマ射精し喰らって、一緒にアクメしたいんらからっ❤どちゅどちゅしちゃうに、きまってるらろおぉっ❤フンっ❤ふんふんふんッ❤射精中チンポをぐちゅぐちゅピストンして、ザー汁吐き出し中のチン先、いっちばんおくの赤ちゃん部屋にキスさせるに、きまってるらろぉぉっ❤んほ、ほおぉっ❤出していいぞ、もっと出していいぞ❤許可したからなっ❤膣内射精し許可してるから、もう好きなだけ私のマンコにだしていいからなっ❤」
「っく、あ、この、恥竜めっ!なんて淫乱……っ!」
「ふぎゅうっ!?それっ、しょれぇっ❤ちんぽキッス、すっごぉぃっ❤奥に、がつがつ、どころじゃないっ❤ちんぽと子宮のちゅーどころじゃないっ❤このままじゃ、ディープキスしちゃいそうだよぉっ❤すごいっ、つよいっ❤ゴリゴリ押し上げてこじ開けてきてるっ❤そんなおだめ、だめっ❤そこ赤ちゃんの部屋だからっ❤君の部屋じゃないんだからぁっ❤でも、でも生まれるなら、君の部屋にしてもいいかもっ❤それまでは君の部屋にしていいよっ❤赤ちゃん生れるまでは、ソコ、君の部屋だよぉっ❤好きに、すきにつかってぇっ❤イク、いグゥっ❤子宮、月ギメレンタルしてイくぅっ❤赤ちゃん部屋、君にチン貸しちゃって、イくぅっ❤膣内射精し許可からのチン貸契約で、アクメくるぅぅぅうぅっ❤イク、イクイクイクイク、いくぅぅぅ~~~~~~~~~~っ❤❤❤❤❤」

 主任が僕の上で、壮絶に気を遣った。ぐっと僕の肩に回した腕を強く締めて、痙攣しながら、抱き着く。耳にかかる、主任のアクメ後の甘い吐息と、嬌声喘ぎの残滓。抱き付いたまま石になったみたいに、しばらくは声も出さずにただ肩で息をして、お互いの荒い呼吸音だけが混じり合ってお互いの耳に届く、少し気まずい時間が続く。あんなすごいセックスになるなんて、僕も主任も思っていなかったのだろうから、絶頂後にゆらゆらする余韻の後、更に事後の気まずさに整理をつけるまで、しばらくかかってしまった。
 ようやくよろよろ顔を上げた主任が、僕にもう一度軽く口付けをして、アッパー系の薬でも決めたような顔にウルウル瞳で僕を見つめ。

「出クン、よかっ……わわ、わ!」

 がしゃん!







 がしゃん!

 突然、バランスを崩して椅子が倒れた。セックスしている間は接合部に都合がいいように二人とも重心を動かしていたのだけど、それが終わってこうやって主任が抱き着いてトップヘビーになったところで、いよいよ倒れたのだ。普通の椅子の上であんなにセックスして、今まで倒れなかった方が不思議だ。

「ったた……だ、大丈夫?」
「ええ。主任は」
「平気」

 二人でさっきまでケダモノセックスに耽っていた恰好のまま立ち上がって、椅子を直して、僕はその椅子に座り、主任は……きょろきょろして傍にあるもう一個の椅子を引きずってきて座った。ただ座って、二人で、お互いを見る。勢いに流されてセックスして、あんな風にすごく燃え上がってしまって、ちょっと他の人には言えないくらい、溜まっていた性欲を互いにぶつけ合ってしまって、その締めが、転倒。こうやって無言で向かい合って座ってる今も、下半身裸で、さっきまでの行為の名残がずるずる残ってるのに、全然平気ですなんて涼しい顔を繕って。

「ぷっ」
「くすっ」
「あっははははっ」
「はははははははは」

 ついに、自分たちが今いるシュールな状態に耐え切れず、笑い出してしまった。

「あそこはさあ、ちゃんと抱きかかえておいてくれないと。男子として」
「へっ?いや、勝手に転んだの、主任でしょう。あんなにめちゃくちゃ乱れて」
「よくいうよ、出クンだってあんなにドバドバ中学生男子みたいに射精して」
「それは言いっこなしでしょうよ、だしてくれって頼まれたから」
「頼んでないぞ、断じて頼んでないぞ!……だして、ほしかったけど」

 じゃあ、いいじゃないですか。うん。なんて、ゆって。汚れちゃったからと二人でシャワーを浴びる。自然に二人で一緒に入って、熱いシャワーを浴びながら、何度もキスした。







 シャワーを出たあと、流石に元の服に戻らせるの気が引けるので、こんなんしかないですけど、と忙しくて洗濯できなかった時のために買い置きしてあるシャツを手渡した。

「おー、これが噂に聞く、事後のカレシャツか」
「そう言うことを言うと新品じゃないのを渡しますよ」
「私は、それでもいいぞ。ていうかむしろそれが……」
「言っただけです。さっさとそれ着て下さい」

 あっそ、と小さく膨れながら、シャツの封を解き、襟保持やボタン保護のプラ板を外してテーブルに置いて、着ようとしながら、着付けに苦戦しているようだ。

「でかいと着づらいもんですか」
「いや、あわせが逆だからな、ボタンが」
「ああ、そう言えばそうでしたっけ」

 最近はシャツの合わせにまで「男女差別だ」と統一が図られていて、全て同じになっているメーカー・ブランドも多い。別に選んでいるつもりではなかったが、僕の普段使いは男あわせのもので、彼女も普段女性あわせのものを着ているらしかった。

「ぶかぶかというか、すとんとしている」
「男は寸胴なんですよ。女の人みたいにそこ、括れてないでしょう」
「ふとってるだけだと思ってた」
「……かなりdisってますね」

 そんなことないよ。なんて悪戯な表情で口を尖がらせて言う。そのまま、天井を見上げて口からタバコの煙でも吐き出すみたいに、つづけた。

「この部屋は、真っ白だな。壁も、天井も。みんな真っ白のまま」

 何かを思い出しているみたい。でも、ただ思い付きを言っているみたい。職場ではいつも思いつきで発言し、その思い付きが新しい発見やビジネスアイディアになるのを繰り返しているこの人のことだから、こんな光景は珍しいものじゃない。でも、なんだか本当に目を開けながら夢を見ているみたいな、そんな口調だ。

「一応借家みたいなもんですからね、あんまり汚さないようにしていますよ。人によりますけどね」
「あと、何でも部屋の真ん中に寄せるって、変な奴だな。普通は壁伝いにものが増えていくもんじゃないのかね」
「そうですね、そこは、自分でも変わってると思います」

 他にも個別に研究室を与えられている職員≪おへやさま≫はいる。その中で寝泊まりできるようにしているのは物好きの類で、僕はそれに含まれていた。僕は独り身だし、プライベートに特に強いこだわりもない、外に家を持ったり借りたりせずにもうここで暮らしているのだが、そういう奴は他には誰も知らない。だからあまり変に汚して追い出されたりすると面倒があるなと気にしているところがある(といっても、ブザーを改造したり色々と好き勝手はしてしまっているが)。そうした状態が「かりもの意識」を強くしているのかもしれない。当初借りたときから白一色だった壁は、全く手を入れることなく今でも真っ白で、壁沿いに物を置くこともあまりしていない。
 ついでに、僕は壁に向かって作業するよりも、壁に背を向けて作業する方が好きで、研究資材や機材は全て部屋の中央に寄せられている。壁際には、窓と、幾らかの装飾、それにこうしたベッドなどが寄せられている以外は、基本的に壁がそのまま剥き出しに見える状態になっていた。それが、この部屋の壁の白さを残し、白い部屋を強調しているらしかった。
 主任はそんな白い壁をじっとみている。当然白い壁は白いだけで何もない。まあ何かをぶつけて傷がついてしまっていたり、幾らか写真や絵でも飾っていたりはするが、白に対するワンポイントの様にしかなっていない。主任はその中でもただ白い辺りへぼんやりと視線を投げている。やはり、本質的には何を考えているのかよくわからない人だ。女の人ってのは、僕にとっては大概何を考えているのかわかりかねるところが多いものだが。

「なあ」

 思いついたように、口を開いた。視線はこちらを見ているわけではない。夢遊病で独り言を言っているようにさえ見えた。

「日の出くらいまでは、この部屋にいていいだろ?」

 何を言い出すかと思えば。こんな時間に、しかも情事の後に、ぽいと追い出すつもりはないけれど。

「構いませんが、若い子みたいにパコパコ連戦ってのは」
「……まあ、明日平日だしね。出クンは忙しいしね。あの三人≪クローバーズ≫の面倒もあるしね。もうこんな時間だしね。」
「あからさまにがっかりした顔でフォローするの勘弁してください」

 期待していたんだろうか。

「疲れちゃいましたか?」
「いや、実は、ちょっと昔を思い出してしまって。この部屋、なんか懐かしいんだよな」
「はあ」
「真っ白い感じ」
「昔は主任も平の研究者だったのでしたっけ。こんな部屋で、研究してたんですか?」
「ああ、ここのじゃないけどね。でも、それとは別に、ちょっと、ね」

 やはり、何かを思い出していたのだろうか。こんな研究機材や材料が並んだ横にちょこんとある小さな生活空間で、一体何を思い出すというのだろう。
 ひらり、と振り返って僕を見る主任。僕も彼女も、シャワーを浴びてもう自制を取り戻している。さっきまでのえっちな表情は、流石にもうない。でも、なんだかふわりとした雰囲気をまとって、柔らかい口調で、問いかけてきた。

「今日、隣で寝ても、いい?」
「生憎、ベッドは一つなので」

 シングルベッドで、こんな魅力的な体がまだ傍にあるというのに、でも、それよりもただくっついて体温を感じて吐息を感じて隣の女性の存在を感じている方が、なんだか妙に、落ち着く。僕の胸の中に鼻先を突っ込んできた彼女の頭を抱いて、そのてっぺんにキスをした。
 花の香りが、した。







 風見果花店は実際のところ、品質の高い野菜果物花造園を除いては、ひとえに店先に立つ店員の人あたりによって支えられていた。虫と会話出来るという変わった少年の、接客は殊更に上等と言うわけではなかったが、店主の方はと言うといつも店の奥でレジカウターに突っ伏していて、商品の購入を希望する客が来たとしても、下手をすると一言も口を利かずに会計を済ませ客が怖気付くような視線をよこすのだ、店先の店員の接客が可もなく不可もない普通のものだったとしてもそれでさえ十分に見えてしまう。接客担当の彼が店のオーナーだと思っている人間も多い。それくらい、店主は『人間の』客の相手をしなかった。繁忙時間を過ぎてしまえば、そんな店主でも構わないという奇特な人間と、そういう奴だからと割り切っている妖怪以外には客は現れない。今も現に、妖怪が一人、切り花を眺めているだけだった。

「冷やかしだったら帰ってくれるかしら」

 こうして店主の方から客に声を掛けることがあれば、明日の天気は槍予報だ。店主はいつも通りカウンターに突っ伏したまま、店内の生花コーナーをくるくると歩き回るばかりで全く品を決めない小柄な客相手に退店を促した。

「おうちにお花を飾ろうと思うんですけど、迷っちゃって。いつもだったらりっくんが選んでくれるんですけど、お留守みたいだから。風見さん、見繕っていただけませんか」
「好きなの買いなさいよ」
「みんな好きで」
「全部嫌いってことね。やっぱ帰って頂戴」

 にべもない。

「あれもこれも好きっていう奴は、あれもこれも好きではないのよ。『嫌い』でしかものを評価できないタイプ。そうでしょう、八方美人の雀ちゃん」
「うぐ」

 彼女に嫌いか嫌いでないかでものを判断しているつもりはなかったが、単純に『八方美人』のワードだけが彼女の図星を突いていた。ストレートにその言葉を用いられることはないが、いい子ちゃん過ぎるだとか外面がいいだとかみんなと広く浅く付き合っていると(いうのをいい意味で)は、他の三人からもよく言われることだった。

「そ、そーいう風見さんはどうなんですか?あれも嫌いこれも嫌いって、実は嫌いなモノなんてないんじゃないですか?偽悪趣味って、損ばっかりしてそうですね。あ、こないだのかぼちゃ、美味しかったです。」
「そういうおめでたい考えが、って言っているのよ『いい子ちゃん』、鶏がらスープになりたくなかったらその程度にしておきなさい。一輪挿しがあるなら置き場所の背景の補色の花を一本か二本。花瓶があるなら好きな色の花を一掴み取って、隣にその色に映える花を添えて中間色か白を適当に埋めて束にする。さっきから馬鹿みたいに花の名前のプレートばかり見て、花の名前なんて大した意味はないわ、色と大きさを見なさい、自分の目で。名前なんて誰かが付けたものだわ、意味がない。」
「いつもそうやってお客さんの相手すればいいのに」
「あの馬鹿もよくそう言うわ、まっぴら御免よ」

 舌打ちを一つ、混ぜて返事をする店主。あの馬鹿、とは昆虫と会話できるという不思議少年の店員のことだ。今は何用かで店を空けている。勿論真性には彼は不思議少年などではなく、むしろその不思議の存在の方、つまり妖怪だ。この店主もそうだし、今花を選り好みしている少女もそうだ。人間がいなければこの花屋(同時に八百屋でもあるし園芸店でもある)は、妖怪の巣窟だった。他には紅魔館のメイドが妖精だが人間のふりをして(稀に人間のメイドも)買い出しに来きたり、日糧の胡瓜を買いに来る河童までいる。
 今いる夜雀も、羽を隠して人に化けている。青龍を手に取って「珍しいものがあるんですね」と呟きながらその周りに、マンチキン、クローバーを添えて束にし、妖怪店主の方へ差し出す。差し出された束を見て、風見幽香は眉を顰める。

「人の忠告を、聞いていた?」
「はい。鶏がらスープはいやですから」

 客は、店主の非難をこれっぽっちも気に留めない様子で注文する。ズレた返答は、敢えてということらしい。

「この組み合わせで、花束にしてください。これくらいのサイズ」
「……センス無さ過ぎね、憐れんでしまうわ」

 まるで子供がてきとうに手に付いたものを束ねただけの様な、色合いの組み合わせも、形も、大きさも、どれ一つ取ってもミスマッチ極まりない組み合わせ。仮に店主が「そういう意味での」フラワーマスターだったとしても、これを見た目に美しい花束にすることは出来ないだろう。
 受け取った店主は眉を顰めながら、青龍だけでなく青龍一本に対してアプローズを二本の割合へ変更した。青みに幅を出して色合いのギャップを埋める。

「嫌じゃなければ、ケミカル混ぜるけれど。ナチュラルだけだとまあ、こんな青が限界ね。」
「うーん、それもいいですね、構いません」

 ケミカル、とは化学薬品を使ったもろもろを、そうしていない自然由来のものをさすナチュラルに対して使う言葉だが、この場合は広義に、遺伝子操作や色水を吸わせる、外部から彩色しているなどの花を指す。ナチュラルとはその通り、生えてそのままの品種だ。客の合意を得て、ノーブランドの青薔薇(白い薔薇に青い染料を吸わせて青い花を咲かせたもの)1に対して青龍2、アプローズ2程度の割合にして青のグラデーションを作った。同様に、差し出されたマンチキンにはバイカラーミックスを同程度混ぜる。もっとも色のやかましい向日葵はいっそメインにするしかなく中央に多めに配した。ケミカルを混ぜて青を強くした薔薇は散らすようにポイント。バイカラーミックスの赤みとアプローズの紫がかった青と、シロツメクサの白をブリッジするために、ムラサキツメクサを混ぜて、間を埋めるように束ねる。
 彼女は、店主つくるその花束を、じつ、とみていた。
 じっと見ているその目は真剣そのもの、の様にも見えるが、どこか冷ややかさえある。さっきまでにこにこと会話していた小さな少女という印象は、目元一つで全て瓦解していた。それに気付いてか気付かずか花束作りの手を止めない店主。
 複数の鮮黄橙色の束、複数の青、赤紫、無数の薄紅白の束。茎の中よりも少々上を摘まみ、逆の手では茎を下側から上下してそれぞれの花の高さを整える。花弁の面が綺麗に四方を向いてドームを描く絶妙なポイントで止め、下側をぴん、ぴんと鋏で裁ち落す。形作った束の頂点を崩さぬよう、今度は柔らかく手触りの鋭くない太めのアルミ針金を使って束を固定する。針金でくくるのは単に束ねるだけではなく、持ち手を維持しつつも綺麗な形を維持するための骨組みの意味もあるようだった。そうして各色の束をいくつか作った。そうして針金で丁度良く形成された束を部材として、それらを組み合わせて更に大きな花束を形作っていく。少し変わった花束の作り方だ。ブーケとリースと生け花の中間と言ったところだろう。
 メインは中央の向日葵色、白赤紫に包まれた青薔薇が、黄色を引き立てるという、苦肉の花束だ。色がけばけばしくなりがちな素人の花壇の様な、どちらかというと手巻き寿司の断面の様な色合いになった。
 彼女は、店主つくるその花束を、じつ、とみていた。
 無言、ぶっきらぼうな様子のままだが手慣れた様子でその花束をつくっていく店主の姿を、客もまた声も出さすに見ている。さっきまではただ陳列用の花瓶に無造作に刺されていたというのに、こうして整えられ作り上げられていく内に、まるで最初からその形に収まっていたのではないかと思わされる。出来上がりの整った様がまさに素人とプロの違いだと、言葉を用いず行動で示すような「説得力」の様なものが出来上がっていくにつれて強まっていく。
 彼女は、店主つくるその花束を、じつ、とみていた。
 選んだ花々は、互いにことごとくマッチしないのだ、色と言い、形と言い、大きさと言い、何一つ。子供でももう少しアレンジに気を利かせるものだ、店主は幾つかを入れ替え善処を見せたが、それでも大きく変わる事は無かった。
 彼女は、店主つくるその花束を、じつ、とみていた。

「悪いわね、綺麗な花束には出来そうにないわ。こんなひどい組み合わせのでよければ、どうぞ」
「そうですよね、こんな、とってつけみたいな歪な組み合わせ。綺麗に仕上がる訳がないですよね≪・・・・・・・・・・・・・・・≫」

 目も当てられない酷い組み合わせを提示したことへの厭味を言ったつもりだった店主へ、それを丸呑みにして返すような言葉を被せる客。カウンターで怠そうに花束を作ってそれを手渡した店主は、一瞬目の端を動かした。

「不可能を描く儚さの具現、力強さとまぶしい太陽の化身、過去に縋る弱弱しい甘い蜜草。お粗末すぎますよね、こんな組み合わせ。安っぽい、嗚呼、安っぽいです。くすんだ青、ちゃちな橙、あせた白。ごめんなさい、こんな無様な、酷く無様な花束を作らせてしまって」

 客は、驚くほど長い爪(そう部分的に変化を解除している)で、受け取った花束を、それを作った当人の目の前で、刻んだ。左手で受け取ったそれを、柄部分を握ったまま、右手で引き裂き千切り、毟って潰し、姿を失ったそれを床にはらりと捨てた。

「……買った以上どう扱っても自由だし、どんな商品でも注文を受けて作ったのだからお代は頂くけど」
「あなた自身のメタファだと、言っても?だってあな」

 ずるっ……!

 客がその言葉を言い終える否か、その体はカウンター向こうの壁に押し付けられていた。いつものんびりとした動きを揶揄される妖怪店主だが、動かないのと動けないのは違うということだ。足が地面を捕えない形で首を締めあげられる様に壁に押し付けられた小鳥。無論その早贄をしているのは、店主の腕である。視認できぬ速度で、カウンターの逆側の壁へ相手を叩き付けていた。そのまま腕一本で軽々と体を持ち上げられ首を締め上げられている夜雀。この両者、そもそもの妖怪としての力量差は比較するだけ哀れなくらいだ、この種族名の存在し無い妖怪を挑発などすれば、ありふれた夜雀など一瞬で根源存在ごと擂り潰されても不思議はない。だが、締め上げられている客は、腕を下におろしたまま自分の首を締め上げる狂靭な右手から逃れようともしていない。それどころか、その表情は自分を縊り上げる妖怪を見下して嘲笑うように、口の端を吊り上げ目を細めている。

「ずっと、こうやって、きたのですよね」
「それが私と言うことは、私をそうするという事かしら」
「いいえ、風見さん、あなたはもう、こうなっている。歪で不揃いで、色合いもめちゃくちゃで、壊れている」

 彼女は、店主つくるその花束を、じつ、とみていた。

「何をどこまで知っているのか知らないけど、余り深入りすると、鶏ガラどころでは済まないわよ」
「『何を』『どこまで』。そんなこと。私が知っているわけがないじゃないですか。何もかも、これはあなたの思うがままの筋書き通りだというのに」
「人を神様か何かだと思っているのなら、勘違いも甚だしいわ。思うがまま、なんてことはこれっぽっちも無いの。そんな力があったらもっと楽に生きているわ。」

 小鳥の首を締め上げる手に込められる力は、万力のハンドルをひと回しひと回しと締めていくように、徐々に、だが確実に強まっていく。







 首を締め上げられながらミスティア・ローレライは、高さばかりは見下す形で、風見幽香へ反撃を試みる。物理手段でもなければ魔術でも、まして彼女特有の音響攻撃でもない。でもそれは、彼女が研ぎ澄ましてここへ持ってきたナイフだ。彼女では、この大妖怪相手に腕力妖力勝負を仕掛けたところで相手にならないことだろう。だがこれをこの恋敵≪化け物≫に突き立てれば、勝機があると踏んでの事だった。

「私、りっくんと、交尾≪セックス≫しちゃいました」

 ミスティア・ローレライのナイフに効果があったのかそれとも別の何かか、風見幽香は獣が口に咥えた獲物を、やはりこれは食い物ではないと捨てるかのように、ぺっと右手の拘束を解いてその中にいた小鳥を払い捨てた。飛ばされた雀妖怪が激突して幾つかの花瓶が倒れ、割れ、水が零れ音が響く。床に転がった雀はけほけほと咳き込んでいるが、やはりこのナイフが有効だったのだと、首を抑えながら力で敵うべくもない相手に向けて視線を送る。その表情にはわずかに不敵な色が乗っていた。
 水に濡れ潰れた草花に汚れた服をぱたぱたと払いながら立ち上がり、体全体で「いたくもかゆくもないですね」を表現するような大仰な身振りを店主に見せながら、ミスティア・ローレライは不気味なほど明るく黄色い声で言う。

「意外ですか?私がそんな行動に出たこと。私、もう子供じゃないんです。女≪・≫です。りっくんを、男として見ています。ちっちゃいときからみんなずっと一緒に暮らしてましたけれど、ある朝、急に、私だけ女になって。血が出てたからびっくりしましたけど、その日に全てが、変わったんです。」
「それで?」

 どこか優越感を感じさせる声、表情は夢見るようにうっとりとしてどこか恍惚さえ滲ませたミスティア・ローレライの様子は、ただ恋する乙女のそれとは違うものだった。

「それから気持ち悪くて、ずっともやもやしてて、不安で怖くて不気味で不快で煩わしくて仕方なかったんですけど、私が女になれば全部解決するんだってわかったんです。そしたらほら、すべきことも全部分かったし、結果として……うふふっ。小さい頃は一緒にお風呂場なんてよく入ってたんですよ。でも最近はとんと久しくって、思い切って入ったんです、背中流すよって。そしたら、ふふっ♪」

 自身の幸せな出来事を思い出して、堪り兼ねたように頬を赤くして笑う。惚気たような仕草だが、本人がいない上に目の前には代わりに恋敵(と思われる)相手がいるのだ、余程無神経であるか、あるいはその逆≪・・・≫に違いない。恐らくは後者だった。

「りっくんってば、ちゃんと男の子だったんです。当たり前なんですけどね。私を、女を見る目で、ちゃんと見てくれたんです。大人の風見さんなら、わかりますよね?男に……『そういう目』で見られてるときの、あの感じ。むずむずして、ぞくぞくして、身の毛がよだつような……心地よさ。私のカラダが、使えるんだよ、って内側から訴えかけてくるんですよね。」

 全能感、そういうものだろうか。彼女を浮かせているのは熱病の末期かもしれない。恋の熱狂と性欲の淵と、女の闘争心が複合した症候群。頬を赤く染めているのは、想い人への感情故のみではない。雄争奪の本能と勝算の無い闘争を前に、強烈な自己肯定で装甲し恐怖を抹消しているのだ。狂信の主な症状に宗教的恍惚が、宗教的恍惚の果てには排他的な殺意さえ芽生えるのと同じように、彼女が今昂っている興奮は、性情と同時に戦意でもあった。狂信者が信仰の鎧で死の恐怖を焼殺するように、ミスティア・ローレライもまた恣意的に引きずり出した自己肯定と全能感で武装していた。

「彼、私から慌てて目を逸らすんですよ、顔を真っ赤にして。私を女として見てるの、意識してるの、興奮しちゃってるのすぐわかるから、私、触ったんです、彼に。本で見様見真似で心配でしたけど、つんと澄ましていつまでもしない≪・・・・・・・・・・・・・・・≫よりは、全然いいと思いませんか?」

 風見幽香は答えない。そも、ミスティア・ローレライも疑問形の言葉を投げてはいるが返答を求めての事ではない、ただの当て擦りだった。だがそれは確かにそうなのだ、互いに好意を抱いているかもしれない、風見幽香とリグル・ナイトバグは、しかしそれ以上の関係になる気配を見せていない。それは風見幽香の対応の方に問題がある。風見幽香からミスティア・ローレライの想い人への対応は、花屋での接客と変わりないのだ、これが好意を背後に置いた対応だと言っても、どんな自惚れ屋でも勘違いはしないだろう。だがもしこれが自分自身もしばらく悶々としていた恋心故の臆病心の末の態度であるなら、先に行動した者が勝つのだと、ミスティア・ローレライは先手を打ち見事に戦果を挙げたのだ。その戦果が勝利を捥ぎ取る程の大きさかは、わからないが。

「りっくんの体温、胸のドキドキ、今でも『体中で』思い出せます。りっくんの、男の子の部分も、すごかった。私も本物は初めてだったから、きつきつで、おなかがいっぱいになっちゃったんですけど、そのいっぱいの感じが、りっくん気に入ってくれたみたいで。その、いっぱいいっぱい、女にしてもらいました」
「で?」
「私の初めてと、りっくんの初めて、すごく一体感あって……幸せ、感じちゃいました。えへへ。私、りっくんのお嫁さんにしてもらえるんだなあって、思ったら、頬っぺたの筋肉融けすぎちゃって。今日もまた、してもらおうかなって♥」
「うん。よかったわね」

 感情を固めるために言葉を重ねるミスティア・ローレライに対して、一方の風見幽香の沈黙は不気味なものがあった。ミスティア・ローレライが恋人との情事の報告を続ける中、粛々とまかした花瓶を片付け商品の花を整えている。いつもなら店員、つまりこの場にいないこの話題の主格がやっていることで、彼女はほんの少しだってやらない。それを今やっているというのは、自分が散らかしたという自覚があるのか、それともミスティア・ローレライのナイフに、効果があったのか。花瓶を片付けているその背に向けて夜雀は追い打ちとばかりに問いかける。

「風見さん、りっくんのこと、好きなんでしょう?」
「ええ」

 一瞬の逡巡はあったものの、風見幽香ははそれを肯定した。ミスティア・ローレライは、彼女がそれを否定するか答えないものだと思っていたが予想に反した答えが返ってきて、より敵愾心を強くした。風見幽香がそれをわかっていたのか否かは判断できないが、正面から肯定することは夜雀への強い挑発になっていた。

「でも、先にセックスしたの、私ですから。りっくんも初めてだったから我慢できなかったみたいで、いっぱい、いっぱいしました。もしかしたら赤ちゃん出来たかも知れません。風見さんは、『まだ』だったんですよね、りっくんとのセックス?私の方が先に、りっくんとしたんですから」

 結果的に挑発になった風見幽香の返答に、ミスティア・ローレライは乗せられるように強い口調で、自らの優位を証そうとする。風見幽香は、割れた花瓶をわきによけながら、言いたいことを言い終え言葉を切って自分の出方をうかがうだろう無言を待った。ただ、無表情で、ちいちいちいちい叫ぶ雀を、ただ喧しいだけの小物としか見ていないと、そういう視線を放ちながら。

「りっくんも本当はあなたのことが好きなのだと思います。風見さんがりっくんのことを好きなのでしたら、それで話はめでたしめでたし、あなたの『筋書き』も、しゃんしゃん、です。でも残念ですが、りっくんは私がもらいます。彼、優しいから、あんな風にいっぱいセックスしたら、私のことを捨ててあなたのところに行くなんて、きっとできない。」

 ね、そうでしょう?という、勝ち誇った視線を改めて風見幽香に向けたところで言葉を切ったミスティア・ローレライ。だが風見幽香はそれを一歩離れたところから追いかけるように、口を開いた。

「さっきからセックスセックスって。だから何って訊いているの。ねえ。だから、何?」
「……それ、負け惜しみですか?」

 相手の言葉を意に介さずその意図を疑問視する返答、言葉尻では強がりにしか聞こえないが、これが何か含みのある問いだとすると、と考えるとミスティア・ローレライも警戒心を持つ。何を言いたいのか、という言葉は、何を言いたいのか。

「先に、強引にでもりっくんを抱いておけばよかったって、思ってますよね。風見さんならそれが出来たかもしれませんしね。でももう遅いですよ」

 ふふふっ、と笑うミスティア・ローレライを、更に鼻で嗤う風見幽香。

「女は何度も妊娠できるし、男は何度も射精できるのよ。まして、好きでもない相手とだってセックスは出来るの。あなたのこと、本当に好きなのかしら」
「何ですか、それがおとなのひとの感覚なんですか?汚らしい」
「男の甲斐性に幻想を持ち過ぎね、恋に恋する仔猫ちゃん。初めてだの、先にしただの、なんか意味あるのかしら?へこへこ腰を振る彼から、射精と同時に愛の言葉をもらってその気になった?でもセックスって別に何の儀式でもないのよ、しようと思えば何百回でもできる。夢見過ぎだわ。パパとママがベッドで吠えまくってるのを見て勉強し直してきなさいな」
「んな、なにょん……!」

 自身も大人の女として目覚め、それ相応の行動をし、男の争奪で優位を得ていると思っていたミスティア・ローレライだったが、それをバッサリ無意味と切り捨てられて言葉を失いかける。だが一度積み上げた幼い信念は柔軟性を持たず、不意打ちを仕掛けたつもりの相手に素手で殴り合いを申し込んでしまう形になった。

「今更、幾ら負け惜しみを言われたって、りっくんは私のところに来ます。あなたの元には戻りませんから。明日から、りっくんはここには来させません。このお店もおひとりでどうぞ!」
「あれがもう来ないってならそれでもいいけどね。でもなんであなたが決めるの?さっきからあいつのことを、もう自分の所有物みたいに扱っていること、気付いている?セックスしたくらいで所有者気取り?」
「だって、私が先にセックスして貰ったんですから!私が先に女として認めてもらったんですから!風見さんより、先に、私がりっくんの女になったんですから!りっくんはもう私の物って思って、何か悪いんですか?!」
「別に何も悪くないわ。ただ、子供が自分のおもちゃを独り占めするみたいで、かわいいなとおもって」

 かわいいなとおもって、の辺りはもう溜息交じりに吐き捨てるような、言葉尻とは逆様の呆れたような口調。半ば無視される形で蔑ろにされ、階段を上るように徐々に確実に語気を荒げていくミスティア・ローレライをよそに、風見幽香は、もうあいつが来ないならしょうがないわね、と手ずから店先の掃除を始めていた。

「独り占めするなって、いうんですか!?分け合うべきだって?ばかばかしい!」
「そうじゃないわよ。とったりしないから、好きになさいな」

 ミスティア・ローレライにとって最優先で確保すべきだったものにもだ、好きにしろといわれたのなら本来はしめたものなのだが、にも拘らず、相手から舐め切った譲渡をされて、激昂してしまう。

「ええ、好きにさせてもらいますね!思ってるだけで何にもしないで、大人のくせに『黙ってるだけで、想いは伝わる』なんて思ってるの、ほんとカッコ悪いですね!何もかも、ぜーんぶ、ぜーんぶ私が負けてるのに、女としては風見さんの方が絶対魅力的ですけど、それでも私の勝ちですから!りっくんは私といっぱいセックスしたんです!!いっぱい触ってもらったし、いっぱいチューしたし、いっぱい出してもらったし、いっぱい、いっぱい好きしたし、私の方が……!」

 顔を真っ赤にしてムキになっている雀に向けて、風見幽香は一区切りついた掃除道具を脇にかいて、ミスティア・ローレライへ向き直る。

「あなた、売春婦の素質あるわよ。セックスが関係の終着地点って発想。セックスで勝ち負けを語ろうとすること。彼の初めてがそんなに大切だった?男の処女信仰みたいなものね。哀れすぎて、ふふ、嗤ってしまうわ。もしか、酷く幼稚な発想、こどもね。彼は私を好いてるのだもの、彼、あなたが思ってるよりも大人なのかも?あなたは彼のことを性的に未熟な子供だと思ってそういう行為に押し切ったんでしょうけど。」
「私、りっくんを子供だと思ったことなんて」
「そう?あなた、リグルの事見下してるでしょう?何も知らない子供だって、童貞の不能者だって、奥手で意気地のない弱虫だってそこに付け込んだのでしょう?清楚そうなナリしてるけど、そう、あなた隠れビッチってやつね。」
「そんなこと……!」
「まあ私はそう思ってるけどね」

 びっち、という言葉をミスティア・ローレライは知らない。だが、褒め言葉ではないことくらいは彼女にも分かる。否定しようとして、ミスティア・ローレライはしかし言い淀んだ、そう思ってなかったと言い切れないからだ。想い人が性的に知識が少なかったり、性格的に奥手であったりするのを利用して、セックスに『追い詰めた』ことは、そもそも彼女自身が選択した戦術だった。

「ああそれとも、本当に繁殖の相手としてしか考えていないか、ね。あなたが彼をセックスの相手と考えているなら、彼もあなたをそう見ているでしょう。セックスの相手なんて、あなたでなくてもよかったのかもしれないわよ。それこそ、里に出て目についた人間の娘でも化かして苗床にすればいいのだから。そういうのと同じように、使われたんじゃない?」
「うち、そんなふうに、彼を見て、ない」

 そんなふうに、が、彼を幼く無知な子供と見做しているということと、彼を雄性配偶子の製造元としか考えていないということと、どちらかということは、彼女自身にももうわからなくなっていた。ただ、否定したくて、否定という姿勢を風見幽香に見せつけたくて感情が反射的に答えただけだった。

「す、好いよる気持ちは、欲しいゆうことでしょう!?触れ合いたくて、同時にそう思われたいってことでしょう!?それを否定して、あなたの『それ』は、何なん?あなたにはりっくんを好いよる権利なんかない!」

 ミスティア・ローレライは、思い出した。目の前の妖女は、想い人の生死さえ問わないキチガイなのだ。自身が独善的な恋心に踊っていることをある程度自覚しているミスティアだが、この女のそれは、度を越えている。自分さえ好いていれば相手の感情などどうでもいいと、それを「好き」の感情と認めることさえ憚られる、そういう獣を内側に飼い慣らして『決して檻から出さない』のがこの妖怪なのだということを、思い知った。

「あなたみたいなおとな」
「あなたみたいな子供≪ガキ≫じゃ物足りないって、彼は暗にそう思っているかも知れないわね。ティッシュかオナホの代わりに使われたのがそんなに嬉しい?そんなもの指して『私の勝ちです』なんて、こどもが考えそうなこと。ほら、それで満足?」

 ぱんっ

 乾いた小さな破裂音が響いた。
 ミスティア・ローレライが、風見幽香に平手を張った音だった。風見幽香は張られた頬を抑えることもなく、その行動に動じる様子も全くなく、だがほんの少し顔を傾けて目を細めて果敢にも自らに戦いを挑んだ小さな恋敵を見やる。だが、勝負はあったようだ。
 平手を打ったのが、逆なのではないかと思う。打たれた方の風見幽香は毅然と立っているのに対して、ミスティア・ローレライはその音と共に、ぼろぼろぼろと大粒の涙をこぼし始め、鼻をすすり、頬を真っ赤にして声を上げたのだ。

「ほんなん、うちがやっきょんくらい、しっとぅけん!りっくんがおまはんのことえらいすっきょんもよーわかっとぅ!おまはんみたいにしりおーきぃてえらいかいらしむすめは、いやらしわ!」

 何も言わない、風見幽香。ワンサイドゲームは知れたことだったが、複雑怪奇な感情回路の末に出来上がった戦争地図は、その後にどうしようとも、それを正当化はおろか説明も分析も、出来やしないのだ。若い妖怪はそうとは限らないが、この幻想郷に故あって流入してきた者の多くは、そうした不条理をよく知っていた。

「うちどぉせたっすいおんなやけん。りっくんもほぉみよん、みんなしっとぅ……」

 夜雀は急に溢れてくる液体に化けた感情を手で拭い捨てる。みじめだ、こんなの。と、わがままを聞き入れられなかった子供の様に。
 彼女自身も想像していなかったほど、あとからあとから溢れてくるのだろう液体感情を、もはや人差し指や親指だけでは拭いきれないのか、目元で受け止めきれず頬や口元まで流れたそれを掌や手の甲まで使って拭くと、はなみずまで感情色に染まって垂れてきている。そのわがままが本当は聞き入れてもらえるわけがないことを知っていて、やり場のない怒りを抑えている内に目や口からしか出すことが出来なくなった子供の様。

「言葉に変えても行為に表しても、外に出せばこの感情は死ぬ。名前を与えれば腐る。私はそれを知っているから、あなたの様に、たかが一夜≪一生≫の使い捨てにしない。彼にそれが伝わるも伝わらないも、そんなことは些末事よ。あなたはそれを急いて伝え、そして、腐らせた。あなたの手元には、残らない。ザマ、ないわね。」

 この人の「すき」は異常なのだ。同じ土俵に上がることもできないのだ。彼女は自分の中でさえ「すき」の言葉≪名前≫にしていないのだろう。ミスティア・ローレライは、指先さえ一つ動かさないまま放たれ鳩尾に喰らった風見幽香の言霊で沈み、その化け物の姿を薄い視線で捉えながら、自らの弱さと、それゆえの惨めさを呪った。

「体≪リグル≫なんて、くれてやるわ」

 欲しいものの譲渡の言質を取り付けたのに、ミスティア・ローレライは敗北感に包まれたまま、動けない。涙が枯れるなんてことはない、涙が枯れるというのは感情が尽きたということだ、そんなことは忘れたということだ、傷はかさぶたになり乾いているということだ、癒えかけているということだ、溢れたまま留まることを知らない涙を、ミスティア・ローレライは止めようと思ってもいない様だった。この悔しさに、慣れるわけにはいかない。
 風見幽香もそれを知ってか知らずか、泣き止むことのない小娘に向かって慈悲など向けない。そうして世界に潜んでいる冷酷な不条理のすべてを見せつけることの方が、無用な慈悲より余程マシだと、彼女自身が知っていたからだ。小出しされて息吐く暇もなく許容量の少しだけ上の刃を向けられ泣き続けるとき、目の前にある刃の冷たさに泣くこと以外に、それ以前の鈍い刃に泣いていた自分の矮小ささえ惨めになってもっともっと泣くのだ。だったら、全部を今知った方が、諦めがつく。諦めは、次の一歩の気力になる大切な着地点なのだと、風見幽香は身をもって知っていた。

「一晩で世界が変わるなんて、思わないことね」

 振り下ろされた残酷≪慈愛≫の刃はミスティア・ローレライの心の臓に届いていた。だがその真意を知るには、彼女はまだ幼過ぎた。だって、変わったのだ。世界は一晩で確かに、濡れた女の中心を撫でて乾いた幸福感を貪ることを覚えた夜を境に、ミスティア・ローレライは世界が変わったのだと嘆いていたのだ。世界は確かに性臭にまみれた汚いものに変わってしまったと。その変化は欲しいものを手に入れる成熟なのだと。でもそれは間違ってたというのだろうか。あの女が正しくて勝者なら、本当に変わってしまった世界に放り出されて、すっかり翻弄されて馬鹿を見た私は、なんなのだろうと、小さな雀は泣いた。

「ほんなふぅにいがって、ウチ、ぞうつけない……あほぉ」







 小鳥に向かって、一晩で世界が変わるわけないと啖呵を切ったけれど、可笑しい、あれは正に私が来た道なのだった。ただただ強さを希い、私は紆余曲折を経てそれを手にした。彼を迎えるために、私は早くここに来なければならなかったのだ。強さを願い、想い、求め、でもそれを来世に委ねたり、他人から奪おうとしたり、同じように「朝が来たらすべてが変わっていればいいのに」と思ったことは、数えきれないほどだ。
 彼女を笑う事なんて出来ない。でも、だからと言ってあれを甘やかしたってそれも嘘だ。何より彼女が宣戦布告してきたのだから、全力で応戦するのが女の戦いと言うものだろう。彼女はまだ、小さくて弱くて相手にならなかったが、それは幸運にすぎない。普通は、同じくらいの子、近くにいる子の方を選ぶものだ。彼がそうしなかったのは、ひたすらに幸運だったとしか言えない。もし、夜雀の方を選んだとしたら、私はまた最初からやり直さなければならない。まずは自分が強くなって彼を迎える準備をするという筋書きは捨てなければならないのだ。

――あなたはそれを急いて伝え、そして、腐らせた。あなたの手元には、残らない。

 だが、変革には、そうした一歩が必要なこともわかっていた。「繰り返す」度に外に向かって強く当たるように変化していったが、性根は引っ込み思案の内向的な性格なことは、変わっていないらしい。今はそれが勝利を得て正しさを得たかもしれないが、「この思いは私の物だ。この感情が姿を変えてしまうなら、出力しない方がいい」などという内に向いた窮まった独善的な安定志向は、彼女に奪われてしまった後では評価が変わっていただろう。手元に残せなかったのは、私の方かも知れなかったのだ。

 私は未だ、あの白い部屋から出られないでいるのか。小さくて無菌状態の、守られた狭い世界から。体中管まみれで薬漬けの、弱弱しいままなのか。

 現に「繰り返し」ながらも依然変わらないのは性根以外にも、肝要な肉体部分にも残っている。臓腑が、肉体の外側に比べて、あまり丈夫ではなかった。力を振るえば山でも地でも割れるだろう、この世界を彫り上げた創造主ともいうべき化け物とも渡り合える桁外れの妖怪となった今でも、人並み程度の事で腹の調子を悪くする。呼吸器をやられて咳き込む。貧血で動けなくなる。……色恋に心を乱される。

(何も、変わっていない。それでも、進まなきゃいけないの)

 彼が完全に忘れていようとも、変わらず待ち続けるために、変わりながら進まなければいけないのだ。

「は……んっ……」

 今迄、自分を慰めた事が無いわけではなかった。自分だって、性欲もある女だ、それくらいのことはする。でも。

(なんで、こんな。なんで、いまなの)

 あの雀のことを考えると、無性に胸の辺りにもやもやとしたストレスが生じて、気が付いたらへその下あたりにもったりとしたものが溜まっているのだ。ミスティア・ローレライによってもたらされた、変化。これっぽっちも気にしないつもりだったのに、あれの攻撃は、確かに効いていたのかもしれない。

(無性に……アイツを……っ)

 欲しくなっている。口にするのも、胸の中で言葉にするのも抑えたが、それは偽ることのできない欲望だった。
 焦りかもしれない。
 彼の好意は確かに自分に向いているという絶対の自信がある。彼女が言うように、伴侶として選ぶのはミスティア・ローレライの方かもしれないが、それでもリグルは絶対に私のことを忘れないまま生きていくだろうし私と彼女を比較しながら生きていく。私と言う存在は、アレが死ぬまでアレの中に残り続け、あれに影響を与えながら、つまり私はもう彼の魂の傍らにいるようなものなのだ。セックスの時に、あの雀の面影に私を重ねて射精するだろう。それこそが望みだったし、そうであれば日がな一日自分の隣に彼がいる必要なんてないと思っていた。
 でも、今の私はきっと、焦っている。彼を傍に置いておきたいと願ってしまうし、彼の体を触りたいと、彼に触って欲しいと願ってしまっている。そんな短絡的な愛情表現、私が求めているものではないのだ、それを叫んで得意顔をする小雀のことなど気にする必要は何もないはずだったのに、私は無性に乱されていた。その混乱が、不意に欲情に火をつけてしまって。

(こんな、の、こんなの、おかしい)

 自分で否定しながら、しかし自分の体がその「おかしな」状態にあることは指先に触れるヌメった感触でよわかっていた。彼に体を触れられたり安っぽい愛の言葉をかけられたりしたわけでも、それどころか隣に彼がいるわけでもないというのに、下腹部のいらいらした感じが拭い去れない。溢れ出てきたそれを指で掬い取って、入り口を撫で、そうして沸き上がる甘痒感に抗えない。こんな、日も高いうちから、仕事中に。

「あ、いらっしゃいませ。今日は白菜とプチトマトが朝採れですよ。クレソンもなんですけど、これはなかなか使い道が難しいですからね。えっ、ありがとうございますー。じゃあ一束おまけしちゃいますね。またご贔屓に~」

 店先では愛しいクソガキが客相手をしている。人のいいあれは私なんかの百万倍も接客に向いていた、というかこうして店をやるというのもあれの人辺りを見越してのことだ。そうでなければやる筈もない。いつもならこうして後ろから眺めているだけの時間なのだけど、今ばかりは、客の一人一人に向けられる愛想の一端一端が、憎らしい。そんな風に笑って、そんな風に気軽な声をかけて、本当はそれを、私にして欲しいのに。

「ちがう、ちがうわ」

 いや、そんな風に、しないで。そんな風に気安く安っぽい愛情を振りまかれたりしたら、私の感情の方がきっと、壊れてしまう。安易に溶け合い求め合い与えあうただ使い果たすまでの消耗戦に入るのは、嫌だ。

 私の居るレジカウンターは花屋コーナーのもので、夕方繁忙時間の八百屋の会計はこんな奥にあるレジをいちいち使わない。人間の里スタイルで、リグルはその辺に置いてあるザルに小銭を入れて、そこから釣銭を返して素早く的確に会計をこなしている。私の方など忙しくて見ることもない。こんな時間に花屋に来る奴もいない、みんな用事があるのは八百屋で全てリグルが相手している。つまり私の方へはほとんど人目がなく、私の方からは諸々の草花の向こうに八百屋の光景が垣間見える程度に留まっている。
 ぼうっと、彼の背中を見みながらカウンターに突っ伏す。バカみたいに背を曲げて顎をカウンターの上に放り出してだらだらとして、視線ばかりをそっちへ放り投げる。そして手は……カウンターの下に下ろしている。

(なにやってるの、わたし)

 リグルの後ろ姿が、眩しい。逆光になっているからというのは視覚的に情緒訴求があるかもしれないが、それだけではなかった。
 仕事中はデニムのワイドパンツに白一色でざっくり生成りの綿シャツ、触角を邪魔しないようにずらして被ったハンチングに濃い紺色のリネンロングエプロンを腰あたりで折り返している。活動的だが洒落っ気のある恰好は彼の独断だが、中性的な容姿のリグルには腹が立つくらいに似合っている。容姿のかわいらしさと厭味のない謙虚な人あたりに小ざっぱりとした服装で店先に立つ彼は接客が上等上手と言うわけではないが、もう店の看板だった。畑仕事をさせているせいで程よく太くなった手足、少しだけ色付いた肌。今や元気に外を走り回る彼は、私の理想だ。
 私もばかではないし、私も女なのだ、この感情の正体を勿論知ってはいるが、明らかに命名してそれに紐づくアクションを絞るつもりなんて、さらさらなかった。意図的に回避していた。安易な名前を与えれば、使用可能なメソッドは安易なものに限定される。あの夜雀がそうしたように。誰に知られることもないだけではなく自分でもそれをただの心地の良い心情としてふわふわと不定形に保っておくそのことの方に尽力してきた。だというのに。
 光の中に輪郭を霞める彼の姿を見ながら、私はカウンターの下で手淫を始めてしまう。こんなところでスイッチが入ってしまったことをいちいち気にする質ではもはやなかったが、仕事中の彼の姿で『見抜き』することには流石に引け目を感じる。

(こんな、濡れる、普通……っ?)

 このまま、この行為を継続してはいけない。それは衆人環視すれすれの環境で彼の同意もないままに、全く性的でもない状態の彼の姿をオカズにするという変質的な好意についてのことではない。このまま彼の姿で手淫を継続して、絶頂してしまったりしたら、その先に見えているのは。

(ほんとうに、好きに、なっちゃう)

 感情に名前を与えないまま敢えて持て余すことで共存してきた不実故に理想の恋心に、終末を約束された変調が訪れる。それは私が全力で避けていたことなのに、今この状態で、あの夜雀のナイフの傷を受けた後の消えないままの状態で、達してしまったりしたら、その感情を同定してしまうかもしれない。

(だめ、なのに……どうして、どうしてこんなにっ)

 理性では手の届かないところに、その感情は飛び立ってしまった。その感情がどうしようもなく私を狂わせて、私はあの夜雀と同じところに行こうとしていた。口惜しい、でも、体が燃え盛ってどうしても鎮火できない。

 自分でもわかるくらい、女の匂いが、カウンター下の空間から漂ってきていた。悪臭の部類に入るのだろうが、体調にもよるが、私はその匂いが嫌いではなかった。芳香性の匂いや香辛料の香り、焦げを伴う香ばしい匂いとは違って、湿度が高くてどろりと引っかかるような生物由来の匂いだとわかる生々しい丸い匂い。悪臭なのだから嫌悪感を招かないわけではないが、語弊を恐れずに言えばどこか懐かしく愛着がわく匂い。いい香りではないのに妙に命を感じる嫌いになれない匂いというのには、雨上がりの土の匂いや草いきれの匂いにも通じるものがある。この性臭を嗅いでいるとむらむらと興奮が高まってしまうのは、私だけかもしれないが。
 普段から手淫を全くしないわけではないが、こんなにもぐずぐずに濡れたのは初めて。彼を見ながらするのも初めてだったから、もしかしたらそういうことなのかもしれない。ぱんつの中に手を入れてみたら、着替えないといけないくらい濡れていた。匂うわけだ。

(とめ、られない)

 視線はずっと、向こうに小さく見えるリグルの背中を追い続けている。偶に見える客向けの愛想を伴った笑顔、野菜を掴んで客に渡す腕、小さい体がひょこひょこと動き回る仕草、何もかもが私の性欲を高めていく。こんな日常的な姿には今まで欲情したことなど、一度もなかったのに。
 陰唇の周りは既にじゅっとり濡れている、その湿り気を指で掬っては撫でまわす場所に塗りたくり、ぬめりを使って愛撫する。陰核の周囲を円を描くように撫でまわし、しこりが強くなって来たら少しだけ、隠れたままの状態で触る。

「~っ」

 いつも通りの手順なのに、いちいち触れたときに走る感覚がいつもよりも鋭い、そして甘い。お腹の中が、少しずつ蠢き始めているのが分かった。

(はやい……いつもよりっ)

 彼を見ていたいのに、目を開けているのが煩わしい。目を閉じていてもリグルの姿だけが視界に入ってこればいいのにと思いながら、陰裂を撫でる指の動きが早く細かくなっていく。一番外側にある襞がすっかりふやけて愛液と絡み、撫で混ぜる度ににちにちといやらしい音を響かせている。もっと奥に欲しい段階に入った証拠だ。陰核を引っ張り出してその先端に愛液を塗ると、想像していなかったほどの快感が通り抜けて、椅子を倒してしまいそうになった。お腹の下の輪郭が溶けてなくなっていくような感じ、ぼんやりふんわりどろどろの感じだが手で触ると形が残っている不思議な感覚、こうなってはもう、止まることなんてできない。
 指を少しだけ入れる。狭まった肉の入り口は、それでも柔らかくほぐれていてねっとり濡れている。そのすぼまりに指の先を入れて抜いて、その周囲を撫でて、また差し込んで、抜く時にちょっとだけ角度を付けて。膣の内側が外に引っ張られる感覚に、嫌悪感と恐怖感と、そしてそれを飲み込んで大きくなった快感を同時に覚える。愛液をまぶしたクリトリスを押し込んだり左右に細かく撫でたりする。恍惚的な浮遊感と同時に、強迫感さえ伴う切迫した焦りが混ざって、こんなに小さな穴をただ触るというだけの好意に、信じられない程の執着が現れる。

「(はあっ、はあっ)」

 細かく息の上がる音。声になったら拙いのだが、それをいざという時にどうやって制止するだろうかという管理は出来ていない。ただ何も考えずにオーガズムに向かって走り抜けたい衝動を、どうどうと抑えながらじりじり自分の股間を焦らす。いや増す愛液の量を持て余しながら股間の濡れは快感と共に酷くなる一方だ。
 指に絡む愛液が、さらさら感触からねっとりしたものに変わってきたのは、体温が上昇しているからと同時に、分泌される液体が変化したからだろう。私の指を愛しい人のそれだと勘違いしている体が、本来そこから吐き出される液体を期待して締め上げ吸い取る動きを見せている。その体の勘違いを受容して、私は指を大きく奥へ押し込んだ。指を中で曲げて肉の壁を擦ったり押しのけたりすると、スポンジから水が染みだすみたいに気持ちのいい感覚が溢れる。

(ほんと、きもちいい、っ、リグル見ながら、手マン、やば、いっ)

 マン汁は留まることを知らずにどばどば溢れてくる。それを掬ってクリに塗り付けて、いよいよ我慢していたそれを直接強く摘まむと、簡単に軽イキ出来た。

「ぅっ……んっ(ふーっ、ふぅーっ)❤」

 陰部全体がひくひく蠢く、まだ、まだ足りない、こんな軽アクメじゃ、途中でやめたら余計にイライラしてしまう。
 幸いリグルはまだ向こうで接客し続けていて客足が途絶える様子はない。私は寄った目のまま、両手でアソコを刺激し続けた。陰核を摘まみ押し込み引っ張って、指で左右に細かく揺する様に、自分に容赦しない動きで刺激する。

「ん、ひっ……(こえ、声出ちゃうっ、でも、キモチイイっ)」

 陰核を触っていない手は指を伸ばして、二本まとめて膣の中に埋め込んで、曲げては膣壁を擦って掻き出すみたいに刺激する。膣コスリの快感と一緒にマン汁がどばどば搔き出されて、ぐちょぐちょに濡れて熱を帯びたまんこがペニスと精子を求めて蠢いている。
 二本束ねた指チンポで、欲しがりになっているマン穴を塞いで描き回したら、ぐちょ、ぐちょっ、と汚い音と、むずついた快感が一気に膨れ上がる。
 目を開いてしっかり見ているはずのリグルの姿を、脳内が勝手に裸に変換していた。少し筋肉が付いたとはいえまだ細い手足。腰回り。男らしいシュッとしたお尻のライン。でも撫で肩でなよなよし差も残している。堪らない。リグルの体は私に取ってそれだけでも官能図だった。彼の姿を勝手にエロ絵に変換してそれでオナるのを止められない。股間には可愛いちんちんが付いていて、彼もまた今の私の様に手淫に耽ることもあるのだろう。彼の細い手が、自身の可愛らしいペニスを、身の丈に合わない快感に翻弄されながら扱いている姿を想像すると、私のマンコ指ピストンが奥までストロークすると同時に速度も上がる。

(こんなはずじゃ、こんなになるはずじゃ、ないのに)

 自分でも想像できなかった興奮。リグルの生映像でマンコをオナホジするのが、クリ扱きするのが、止められない。

(へん、へんよ、こんなの)

 制御して飼いならしているつもりだった感情が自分を食いつくしているのが分かった。巨大な顎で私を頭から飲み込んでいる。上半身が喉まで至り、下半身だけが顎の外に出ているような中途半端な状態、下半身を含めて完全に感情の怪物に丸飲まれたとき、私はもしかしたらこのまま飛び出して彼をその場で押し倒し、公衆の面前にも拘らずずそのまま道端で彼に跨ってペニスを銜え込んで腰を振りながら獣と化してしまうかもしれない。それを想像しただけで強烈な誘惑があった、人間なんかの目を気にする必要はないのだ、本当にそうしてしまうのが私の愛欲を満たす唯一で即座の方法だろうと。そうしてしまいたい、そうして彼と。

(たまらないわ。セックス、したい。奥までずっぽり、あいつのペニスを突っ込みたい❤)

 結局あの夜雀と同じことになってしまった。彼を求めるどうしようもない飢餓感。これに負けたら、もう、終わりだ。同じように彼の精液に喜びながら咽び、キスの雨を降らせて、体温に即席の幸福感を得るだろう。そんなのは、本当に、終わりだ。
 手淫に耽っているのはその獣を何とか手懐ける方法なのだと言い訳で肯定し、椅子に座って大股を開く浅ましい体勢でその中央を掘り回し続ける。

「んっ、ふっ、ぅぅっ❤」

 目は、彼の姿を凝視し続ける。両手を使ってめちゃくちゃにまんこをいじってしまう。指で肉トンネルを広げて、奥の方まで空気を導いてひんやりした感触を晒す。淫裂を掌で前後に大きく撫でるように動かしながら、もう片方の手で、コリコリに凝った欲情雌蕊を細かく擦り上げる。
 甘すぎる快楽電流が、カウンターの下で大股開きのエロポーズをする全身をくすぐり回していく。声を出すわけにいかないから、その快感は何物にもごまかすことが出来ず、全身を巡ってから再びへその下の女器官に舞い戻ってくる。

(ああ、ナカが、きゅんきゅんしすぎ……❤ふ、ふふ、これ、堪らないわね♥)

 熱い体温で熱せられた空気が、メス匂をふわりと持ち上げて私の鼻に届ける。勘違いマンコが愛液をアルカリの本気汁に変えた。汁の粘り気が増して、アソコを擦る感触がより甘く変化する。

「っ!っっ☆ぁ、っく、(声、でてしまいそうよ、いけない、声)」

 声を抑える代わりみたいに、指の動きがどんどん苛烈になっていく。ふやけて蠢く雌穴に二本突き刺さった指チンポは、奥の奥まで思い切り掘り進んでいて、こりこりの子宮口と、ざらざらのGスポットを探り当てている。ヒダ壁は、指をくの字に曲げたまま出し入れして無遠慮に引っ掻き回しているのに対して、トドメになり得るポルチオとG天井は自分を焦らすみたいにちょん、ちょんと、偶に触れるばかり。

(あっ、だめ、もう☆もうイく……♪早過ぎ、リグル姿で見抜きすると、私、本当に早漏すぎるわね☆ダメなのに、こんなことしたら、彼のこと好きになってしまうわ、ほんとうに好きになってしまう❤)

 腰ががくがくふるえて椅子の上に座っているというよりはもう椅子の上からオチなように必死にカウンターに縋り付いているような状態。本当にえっちな光景はカウンターの下に隠れてはいるのだが、オナニー溶けした今の私の顔を彼が見たら、私が何をしているかきっとわかってしまう。

「ダメ、だめえっ❤オナバレだめえっ❤」

 メス悦が、強烈に高まる。ぐっちょんぐっちょんにマン汁糸を引くアソコ。曲げた指で、くくっとザラついた表面を撫でる。Gオナを我慢できなくなって、もう制止をやめてコスリまくった。

「っく!ひ……ん♪」

 降りてきて口を開け、精子の注入を待ちわびる子袋の口をぐにぐにと押し込む。勃起しまくったクリチンポを捻り潰して引っ張る。

(もうだ、め、だめ、我慢できない♪イクの我慢できないっ❤ほんとに、イクわ!)

 異物が欲しい。指は自分の感覚があるから、どうしても挿入フィードバックがある。そうじゃなくって、自分ではないペニスがマンコを犯しているって感覚が欲しい。私のじゃなくて、彼の――

(つっこむもの、なにか、なにか突っ込むもので、トドメ❤)

 カウンターの上にそれを求めると、花束を作って包装紙で包む時に使うボトル糊があった。緩やかな円錐で先端が切り落とされた形。角が立っていない、けど先端はスクリュー蓋で開ける滑り止めのために、ぎざぎざになっていて。

「~~~~っ☆(ぎざぎざっ❤ぎざぎざっ❤)」

 手を伸ばしてそれを取る。股間にそれを宛がって、もう過剰な程溢れてる本気汁を塗り付けた。蓋の周囲についたぎざぎざが、はみ出てビラビラした軟肉に触れる。

「くぅ、んっ❤」

 鋭い刺激、でも爪や指先と違って自分への感覚返却がない。「されている」感が強くて堪らない。しばらく濡らし行為にかまけてキャップのギザギザで入り口のハミ肉をひっかく快感を楽しんでしまう。くるくる回して滑り止めのギザ山にマン汁を塗ったくりながら、先端を徐々に徐々に押し込んでいくと、詰めたくひんやりとしたプラスチックの堅い感触が、挿入を求めてアツアツに加熱した濡れ肉穴に押し入っていく。

(コレ、いいっ❤いいっ❤ねえ、リグル、私あんたのこと見ながら、ボトル糊でオナってるわ♪いつも偉ぶってるのに、最低のエロメスになってるの、ねえ、わかるかしら?☆あんたがそうさせてるのよ❤)

 錘形の糊の容器は、奥に押し込むほど入口が広げられていく。ぎちぎちに広げられた陰唇だが、締め付ける膣圧はそれを外に押し出してしまう。本気汁でぬらぬらテカるボトルが外に押し出されるのを、また奥へ押し込んで、ネジ出されて、突っ込んで。半自動のピストン。

(出たり入ったりしながらニセモノチンポが、私のコリコリ子宮に迫ってる♪リグル、ねえ、見なさい、リグル、私、あんたでオナニーしてるのよっ❤)

 本当に見られてはまずいのに、心の中で、彼に見られたいと叫んでいた。恐れていたことだ、自分の感情に気付いて欲しいと願ってしまうのは。絶対にあってはならないと思っていたのに、見抜きが止まらなくなってアクメまっしぐらに走り出した私は、禁忌を犯したいと願ってしまっている。

 キャップ先端の平たさが一番奥に鋭い刺激をくれないものだから、私はより一層力を込めて奥に押し込む。押し込んだついでに捩じりを加える。

「ぅきゅぅぅっ☆」

 キャップの縁の鋭角が熟れ濡れた肉ヒダをひっかくと同時に、周囲のギザギザが別確度の刺激を奥にばらまく。もう堪らなくなって、糊のボトルの底を掌底で思い切り押し込むと、ボトルは完全に淫裂の中に飲み込まれて、ぷちゅ、と汁を噴いた。

「ぉ、っヒ☆(オクまで、こんなもの、奥までぶち込んでしまったわ♪たまらないじゃない♥女として最低よ☆こんなもの奥まで押し込んでアヘ顔してるなんて、リグル、見ているリグル?♥)ンぅっん♥」

 キモチよ過ぎて焦点が合わない。目が寄って、荒い息と一緒に口の端からよだれが垂れる。カウンターの上に涎の水たまりが出来てしまっている。ボトルは再び押し出されてマン汁まみれの底縁が顔を出した。今度はそれを掴んで、思い切り自分で出し入れした。

「っ☆あ、かひっ……♥(これっ♪これすっごいわ♥あんたが何も知らないで仕事してる間、私はあんたの仕事姿見ながら、マジイキしてるのよ、あんたがメスに突っ込みたいチンポ、私が空想しながらニセモノでオナってんのよ♪わかってるの?わかってるのクソムシぃっ♥)」

 本当に声が出そうになって反射的にぐっと瞼を閉じた。でもまるで瞼にステンドグラスで嵌め込まれたみたいに、目を閉じてもリグルの姿が焼き付いて消えない。むしろ、実際に見てるよりも自由に、私が望むままの彼の映像が、次々再生される。畑仕事をしてるリグル。土いじりをして頬っぺたを泥で汚してるリグル。私をちょっと怖がっているリグル。謝ってるリグル。いじけてるリグル。呼ぶとぴょんと跳ねたように振り返るリグル。私がちょっとすごむとすぐちっちゃくなって涙目になるリグル。屈託のない満面の笑顔で私の名前を呼ぶ

「リグルっ♥」

 聞こえてしまうかもしれない大きさの声で、彼の名を口にした。その瞬間にピンク色の爆風で頭の中が吹っ飛んだ。

「こんな、に、なるわけっ、ないのに、っ、ふひぃっ♥消えて、消えてよぉっ、目の裏から、きえてっ♥妄想消えないっ、リグルのこと、どうしても思い出しちゃって、思い出したら、オナニー、とまんなくなっちゃうっ!♥こんなはずない、私が、こんなになる、はずっ♥」

 すっかり降りてきてアクメ待機状態の子宮の入り口へ向けてもう一度糊のキャップをごりっ押し込んだ瞬間、即座にガツンと後頭部を殴られるようなアクメに落下する。

「~~~――――~~~っっ☆っ……っっっっ☆く、ぁ、~~~~っ……♥、♥、♥、♥♥♥っ☆(止まらない、止まれないっ☆もうイってるのに、もう、イったのに、収まらないわっ!もっとよ、もっとよリグル❤)」

 自制できているはずだった。雀に「ガキ」と言い放ったくらいには、制御できているつもりだった。でも、今は、全然できていない。燃え上がった性欲を御せずに、ぐちゃぐちゃになっているのは股間だけじゃなくって、胸の中のもやもやとした感情もだった。渾沌を矛で混ぜたら凝固して大地になったなんて逸話の通り、不定形だったはずのただ心地の良い感覚は、彼の名前を呼びながら本気の手淫でオーガズムを得たその直後からじわじわと名前を持った感情へ固まり始めている。私は後悔の念と共にそれを眺めていた。







「ゆ、幽香さん?」

 この間もこんな感じで、デコピンされたんだった。
 いつものようにマカナイを作って、いただきますとごちそうさまをして、ボクが食器を洗っている間に幽香さんはごろごろしていて、リビングに戻ってきたら、横になっている幽香さんに手招きされて、マッサージでもさせられるのかと思ったら、ぐいっと腕を引っ張られて倒れ込んで、体の半分を幽香さんの上に乗っけた形で、ボクと幽香さんはベッドの上で横になっている状態。
 前の時の、からかわれて慌てている間に手痛いデコピンをもらってこれでもかと言う位混乱させられたのを思い出して、ボクは警戒しながら、もうそうは行かないぞとすぐに立ち上がろうとする。が、腕を掴まれたままで、ちょっとでも体を起こそうとしたらもう一度引っ張られて、その、仰向けの幽香さんの上に半キャラずらしで俯せのボクが重なってる状態。

(幽香さんの、いい香り)

 これはきっとバラと、少しラベンダーが混じってるだろうか。幽香さんのボディソープはこんな香りのなんだろうか、なんてヘンタイ染みたことをすぐに振り払って顔を上げると、幽香さんの手がボクの頬っぺたを撫でた。細くてしなやかな指が頬と耳の横を通り抜けてうなじ辺りに添えられる。その間、幽香さんの目は、冷ややかというか無表情というか、ただ瞬きだけはするピクリとも動かない人形のそれの様に、ボクの方を見ていて、やっぱり恥ずかしくなったボクは顔を逸らした。

「あ、あの、昨日の今日で背は伸びませんけど……」

 目を合わせることが出来ず、恥ずかしくて顔から火が出るくらい頬と耳がジンジンして、声が上ずる。

「夜雀の子」
「へっ?ああ、ローリ……ミスティアのことですか?」
「あの娘と、したんですってね」
「えっ、あ、して、って、何をです、か?」

 幽香さんが、ぐい、とボクの腕を引いた。ボクの顔は体もろとも、幽香さんに寄せられる。近い、顔が近い。額がごっつんこするくらい近い。鼻の先同士が触れるくらい近い。このまま、唇同士が重なってしまいそうな、ほど。幽香さんの、いつもは三白眼だけど普通にしてるときはくりくりで大きい綺麗な目が、ボクを吸い込んだ。それが瞬きするたびに、そこに映るボクの顔が動揺に塗れていく。

「セックス。」

 酷く端的に、粗暴ささえ感じる投げっぱなしの一言。身動きできないのは、腕を掴まれたままだからではないボクを見る幽香さんの目が一ミリも揺らぐことなくじっと、ボクを縛り上げているからだった。示されたのは想像通りの言葉だったし、それはボクも自覚をしている。この間、ローリーにお風呂で迫られて、彼女に流されるまま、行為に及んでしまった。

「気持ちよかった?」

 なんで、そんなことを知っているのだろう。鴉天狗のひとみたいに盗み見する人ではないし、魔理沙さんみたいに人の家に無断で上がり込んでくる人でもない。そんな話ボクがうっかり口にするわけもない。一番、知られたくない人に。

「な、なんで、しってるんですか」
「本人から聞かされたから」
「えっ?」

 本人?ボク?いやいやいや、言ってないし。寝言?お昼休みのお昼寝の時に寝言いった?

「あの子、わざわざ私に言いに来たの」
「ローリーが?なんで」
「……さあ。」

 一瞬含むように言葉を溜めた。何か、思い当たる節があるのか。

「気持ちよかったか、聞いてるんだけど」
「え、その」

 気持ちよかったのか正直よくわからない。ただ、夢中だったと思う。そうしなければならないような焦りみたいな、そうしたくてしたくてたまらない、理由のわからない衝動。えっちな性欲ってやつなのはボクにもわかったけれど、それが「気持ちよかったのか」と言われても、よくわからない。おちんちんの摩擦が、とにかく欲しかった。それをしている間は、ただただそれをやめたくないと没入していて、快感だったのはわかるけど、気持ちのいいものだったかどうかは疑問があった。

「わかんないです」
「わかんない?」
「その、なんか、必死で……半分眠っていたみたいな記憶しか残ってませんし」
「なによそれ」

 なにって言われても、ボクにもよくわからない、初めてのことだったし。それに、なによそれ、はボクの方だ。そんなこと、どうするのだろう。幽香さんなら、あんなこと誰かとしたことあるんだろう。気持ちよかったかを聞くなんて、やっぱりボクをからかっているのだ。

「あの、そういうことだから、もう、いいですか?」

 幽香さんはまだボクの腕を掴んだままだ。確かに若干力は弱まったし、顔と顔が近かったのも力が緩んで少し離れた。「気持ちよかったのか」が訊きたかったのなら、答えにはなってないかもしれないけど、もう答えたのだ。もう解放されても……。

 ばさっ

「わ、わわっ!?」

 腕を離してくれたので距離を置こうとした瞬間、今度は、幽香さんとボクの上下が逆になる。幽香さんが、ひっくり返したのだ。幽香さんの香りがするベッドのふかふかに沈んで、上から覆いかぶさるように幽香さん。

「あ、あの!」

 なんなんですか、と言いかけたところで、仰向けにされたボクの視界に現れたのは、ブラウスのボタンを開けてその下にあるおっきな胸を包み込んで押し上げるブラジャーを曝けた幽香さんがボクの上に馬乗りになっている姿だった。

「ぇっ」

 さっきまでと同じく無表情、いや、少しボクを威圧するような視線をくれている。ボクはと言えば、目の前にあるおっきな二つの膨らみが恥ずかしくって、目を逸らしてしまった。
 ピンク色の生地に紺色のラインで縁取りされて、地の色と同じピンクのフリルが派手すぎないように飾り付けられている、可愛らしくもふわふわ過ぎない、ブラジャー。一瞬視野に入っただけなのに、強烈に印象的だったのは、それが幽香さんのものだからだ。

「見なさい」
「え」
「見なさい、こっちを」

 こっち≪・・・≫って、その、上半身下着姿になってる幽香さんをってことですか?そんな、こと、出来ないよう。
 ボクが無言のままでいたら、幽香さんはボクの触覚を二本ともまとめて握るようにして引っ張って、無理やり顔を向けさせる。再び、視界に入ってくるそれ。

「目瞑るんじゃないわよ」

 威圧する視線は、ボクに禁則事項を課した。そんな、こと、なんで。
 幽香さんはボクの視線を自分へ固定させながら、手を胸の前へ。ぱか、とブラジャーのフロントが外れて、おっきなおっぱいが飛び出した。

「えっ、あ、うあ」

 ローリーも、ルーミィもチーもブラジャーはしているけれど、ホックは後ろにあるものと思っていたから、幽香さんのそれが前部分で外れたことに驚いたのが一つ。でもそれよりも。

(おっき、い)

 この年になってからは三人の胸を目にする機会はなくなって、このあいだローリーの裸を見たのは久しぶりのことだった。記憶にあるどの胸とも比較にならないくらい、幽香さんの胸は、大きかった。いや、普段服を着ているときの姿からでもおっきいことはわかっていたけど、こうしてブラジャーを弾くように零れ出したおっぱいのボリューム感は、半端ではなかった。柔らかそうな白い、膨らみと言うよりは袋が、ふたっつ、たわたわと揺れている。その先のピンク色の丸も大きくて、尖がった先っちょはローリーのよりも少し長い。

「ぅく」

 馬乗りになられている状態で、幽香さんのおっぱいをみちゃったから、むくむくおちんちんが立ってしまう。

(だめ、だめだめだめ、幽香さんの前で、おっきくなっちゃだめぇぇ)

 目を逸らすなと言われたけど、いよいよボクは幽香さんから視線を外してしまう。それでももう興奮を始めてしまったおちんちんは立ち上がるのをやめない。見るのをやめたものの、結局おちんちんは完全に勃起してしまった。

「幽香、さん、なに、して……どうして」
「そうよね。セックスなんて、気持ちよくなくったって、できるものね」
「えっ」

 言いながら、幽香さんはボクの体を跨ぐ様に脚を開いて膝立になり、スカートをたくし上げた。ブラジャーと揃いのデザインのぱんつ。跨った幽香さんの股は、ボクのおちんちんの傍にあって……ローリーの時も、こうだった。ローリーとするまでは、本で読んだことはあるけど本物は初めてだったセックス。そして、毎晩のように想像はしたけど本物は初めての、幽香さんの、おっぱいと、ぱんつ。恥ずかしくて顔が真っ赤になっている。それと同じくらい、おちんちんにも血が行っていて、もうガッチガチに勃起しちゃってる。いやだ、幽香さんに、こんな簡単に勃起しちゃう安っぽい奴だと思われるなんて。
 幽香さんはそのまま、開いた股の間に手をやり、人差し指でぱんつの下の部分を脇にどける。布地が横に寄せられて、その下から顔を出したのは、ローリーの時と同じ(あたりまえだけれど)女の子の性器。でも幽香さんのは、その、毛がたくさん生えている。なんだかもさもさと茂っているその様子が、酷くいやらしいものに見えてしまって、ますますドキドキ興奮してしまう。

「簡単なものよね。男のものを、ただ、ここに入れればいいんだから。」

 あっという間だった。躊躇もなければ、遠慮もない、情緒も感情も、まして快感なんかこれっぽっちもなさそうな様子で、冷ややかな目で僕を見降ろしながら、女の子の穴の中にボクのおちんちんをぬるりと押し込んでしまった。まだ先のくびれのところまでだけど、ローリーのきちきち締まるのと違う、ふわふわなのにきゅぅぅってなる、感触。

「うっ、くうっ、ん、っくん」
「はい、これでおしまい。簡単なモノでしょう、セックスなんて?」

 幽香さん、なにが言いたいのだろう。ボクがローリーとしたのは、簡単なことだっていったって、なんだかよくわからない。よくわからない、けど。
 ボクの両の二の腕を両手で上から押さえ付ける様にして、蹲踞の姿勢でボクのおちんちんを先っぽまで飲み込んじゃった幽香さん。ボクの目の前におっきいおっぱいが揺れていて、その向こうに先端が入ったボクのが見える。幽香さんはゆっくりと腰を、上下に動かし始めた。

「うあ、あ……んっ!」
「ついでだから、膣内射精もしておく?」

 くくっ、と中の締まりが強くなって、そしてまたゆったり戻って。そしてまた強く。収縮しながら上下の動きが加わって、剥けたおちんちんの先が、幽香さんのお肉に舐め上げられているみたい。ぬるぬるの柔らかいお肉に舐めて撫でられて、擦れて締められて、これが、キモチイイ、なのかな。

「あああぅ、っ☆ゆう、か、さんっ、これえっ!おちんちん、おちんちん、とけっ……☆」

 股を開いてえっちな四股ポーズになってる幽香さんが腰だけを小刻みに上下させて、女の子の穴でボクのおちんちんの先っちょを前後に細かく揺すって擦る。おちんちんの先端が、幽香さんの中でひりひり熱い。それと同時にむずむずして、変な声が出ちゃう。皮の向けた鋭敏な先端が、容赦なくぬるぬるお肉で撫で回されると、痺れるみたいな、でも気が遠くなるような刺激が下半身で走り回る。ローリーに何回もされたけど、幽香さんとは、また別っ、全然、ちがうっ……。
 腰を引いて強い刺激から逃げようとしてしまうけど、ボクの後ろはベッドで、引くことも出来ない。幽香さんは、まるでボクを食べる猛獣みたいにボクの上で、腰を揺すっている。

「あふ、っ!あっ、だめ、だめですぅっ!くあ、あっ、おちんちん、あっつ、い、びりびりっ☆」
「……痛い?」

 一瞬動きを止めてボクの顔を覗き込む。あれっ、なんか……?

「いた、くは、でもっ」
「じゃあいいわね」

 痛くはないことを告げると、また動きが早くなった。先端のくびれまでの膨らみを、くぽくぽと飲み込んだり吐き出したり、中に含んだまま上下に動いたり。その度に火が点いて電気が走るような、でも甘ったるくてずっと感じていたい刺激が襲ってくる。目の前に、おっきい柔らかそうな……すごくえっちなおっぱいが揺れてる。それに、相手が、幽香さん。

「はっ、はひっ、はぁあぁっ♥だめ、ゆうかさん、ぼく❤」
「我慢してるの?意味ないのに。それとも、あの子のため?」
「く、ふぅゅぅっ!ぁっ」

 ぐちゅ……

 幽香さんが腰を上げると、なんかすごくエッチな音が聞こえた。女の子の方から出てくるエッチな汁と、ボクの方から出るエッチな汁で、接合部は水気を増している。ボクのおちんちんが抜けた後、にちゃぁぁ、と幽香さんの内側のお肉の襞がボクのおちんちんの先端に貼り付いて、そして離れる。幽香さんの、女の子の穴がボクのおちんちんの形より小さな穴になって、開きっぱなしになっている。すごく粘っこい液体が、何本も糸を引いて、ボクと幽香さんを繋いでいた。

 ごくっ

 ローリーとしたときは、何もわからなくて夢中になって腰を振っていたし、ローリーもこの幽香さんみたいに余裕があった感じじゃなくて、めちゃくちゃにボクのおちんちんにくっついていて、二人ともよくわからないまんまトんだり出したりしてるうちに朝になっちゃったけど、こうやって、おちんちんで女の子と繋がってるトコロの画って……すごく、すごくえっちだ。
 考えてみれば当たり前っていうか主述が逆転してるんだけど、幽香さんとこんな風に体重ねて、おちんちん中に入れて、なんかねばねばした液体で股の辺りがべちゃべちゃになって。おちんちんで繋がるって、こんなに。

(もっと、したい……♥)

 おちんちんが幽香さんの中から抜け去って、急に感じたのは愛しさと切なさと、刺激欲求、おちんちんへの。

「なに気分よさそうな顔してんのよ、気持ち悪い」

 いつの間にか鼻の下が伸び切って口が半開きになって、目がどこ見てるのかわからなくなって、息が上がってドキドキが酷くなってた。幽香さんに言われてはっとなったけれど、だって、だって

「きもち、よかった、です……」
「あっそ」

 気持ちよかったのか聞かれていたはずなのに、答えるとそっけない。冷ややかな視線をくれたまま、幽香さんはボクに跨る方向を変えて、お尻を僕の方に向けた。そして、背中越しに見える横顔でボクを見下す。後ろ向きのエッチ蹲踞で後ろ手にスカートをたくし上げて、その中に見えたのは勃起したままのボクのおちんちんの上にある、幽香さんの股。股の間から手が見えて、指が、幽香さんのパンツのクロッチを再び横に寄せた。布地の下から、再び濡れた肉ワレメが見えて、おちんちんの先がぞわっと期待してしまう。幽香さんはもうボクの方を見ていない。ボクから見えるのは、肉厚な幽香さんのお尻と、二人の性器の距離。

「朝まではしないけどね。最後まで入れてあげるから、無様に射精すればいいわ」

 そういって、腰を下ろす幽香さん。ぱんつの布地を押さえる手で、今はボクのおちんちんを導いていく。先端が、さっきの濡れた柔らかな感触に出会ったと思った瞬間。

「ふぁぁああっ☆」

 また変な声が出てしまった。一気に奥まで、飲み込まれてしまった。ボクのおちんちんは、完全に幽香さんの中に納まっている。でもまだまだもっと奥まで入れるような不思議な感覚。どんどん奥まで飲み込まれてしまうような動き。それにおちんちん全体が包み込まれるみたいに圧迫される刺激。

「間抜け声、キモ」
「だっ、だってへぁぁあっ♥それっ、しょれぇええっ☆おちんちんこしゅれるっ♥幽香さんの中でボクのおちんちん、溶けちゃうっ♥」

 だって、の後に繋がる言葉はわかっていなかったけれど、幽香さんが突然腰を前後左右上下に動かしまくるものだから、言葉なんかフッ飛んでしまってどちらでも関係なかった。ベッドのスプリングを使うような激しい上下運動に、緩急をつける様に円運動や前後運動が混じる。おちんちんのいろんなところが、幽香さんのぬるぬるきゅんきゅんの穴の壁に当たってこすれて、キモチイイと言うのを通り越してボクは、あっという間に。

「~~~っっ♥」

 びくっ、びくびくっ、どくどくんっ

「っ」

 管を通り抜けるどろどろが、おちんちんを伝って聞こえる。すごいいっぱい、出てしまう。きもちいいからと、それと、幽香さんに、だから?ローリーが嫌いなわけではないけど、でも、やっぱり全然、違う……持って、いかれる。おちんちんが勝手に根元からびくびく震えて、中にあるものを全部吐き出そうとしてしまう。
 ボクが射精していると、幽香さんはそれを受け止めるみたいに穴の中をさらにきゅっと締めて排出を促してきた。ごくごく飲み込むみたいな動きで奥におちんちんが取り込まれちゃいそう。その刺激がまた気持ちよくて、射精に、射精を重ねて、やっと、収まった。

「はっ。ガキのくせに、随分……」

 幽香さんはそのまま腰を持ち上げる。亀頭の膨らみ、端っこに、幽香さんのお肉が引っ掛かって伸びて、それがにゅるりと剥がれると、今迄ボクのおちんちんを包み込んでいた柔肉が、どれだけいやらしくてえっちなものだったのか、思い知った。奥の方までひだひだが続いていて、全体に白みがかったねばねばの液体がたっぷりかかっている。これ、ボクが出したやつ、かな。抜いた後の穴は、ひくつきながら収縮を繰り返していて、まるで別の生き物みたい。こんなところにおちんちんをいれたら、キモチイイに決まっている。
 おちんちんが抜けて、その柔らかい穴が閉じた。縦の肉のワレメの継ぎ目から、押し出すようにどろりと、白い液体が溢れ出てきた。すごい沢山。

「拭きなさいよ」
「っ、えっ?」

 まだ射精後のぼうっとした感覚から帰ってこれていないのだけど、幽香さんが、お尻を突き出してボクの精液を膣から押し出してたらしている状態で、それをふき取る様に命じる。

「あんたが出したんでしょ、ちゃんと拭いて綺麗にしなさい」
「は、はい、えっ、と、えっと」

 ティッシュを持ってきて、ボクの精液だけじゃなくて、幽香さんのお汁でもべとべとになっている幽香さんの股の間を拭う。何枚か使って大まかに拭き取ったところで、もういいわ、と言われたのでやめると、幽香さんは立ち上がった。拭き取った筈だけど、立ち上がった後で幽香さんのそこはまた濡れを取り戻していた。まだ倦怠感が強くて体を動かすのが辛いボクを、ベッドから降りて立ち上がった幽香さんはさっきと変わらない冷ややかな目で見下ろしている。

「どうだった?」
「へ?」
「気持ちよかった?セックス」

 雰囲気も何もない。突然覆いかぶさって、挿入させられて、射精して。その間幽香さんはずっと冷たい目でボクを見ていて、ローリーみたいにボクを求めて抱き付いたり、そういえばキスだってしてない。幽香さんは、本当はこんなことしたくなかったんじゃないのだろうか。理由はわからないけど、仕方なくこんなことになって。

「きもち、よかったです。でも」
「ん」
「ボクが、男だからって、無理してこんなこと、してくれなくってもいいんです。ボクは、幽ぶご」

 幽香さんは枕を掴んでボクの方に投げつけてきた。顔面にそれを食らった僕は言葉を途切れさせてしまう。何?また何!?またそういうなんかわからない奴なの?!
 幽香さんの方を見ると、もうボクに背中を向けている。

「シャワー浴びる。明日も仕事だから、帰っていいわよ」

 と一言置いて、更衣室に入ってしまった。

「え……」

 ぽつん、と置いてけぼりを食らったボク。帰っていい、って……この状況、どうすればいいの。本当に帰るべきなのだろうか。更衣室からは脱衣籠をがたがたと動かす音と扉の音が聞こえた後、シャワーの水音が聞こえてきた。本当にシャワーを浴び始めてしまった。ボクは手持無沙汰を通り越して居場所を失ってしまう。

(え、と)

 どうしたものかときょろきょろしていると、シーツにシミがついてるのが目に入った。水の痕跡、さっき零れた、ボクのだ。ティッシュを取って拭き取ろうとするけど、もう染み込んでしまっている。ボクの精液が、幽香さんのお布団に。さっきまで、確かに、幽香さんとセックスしていたのだ。今一人でぽつねんと放り出されているけれど、そのしみがさっきまでの時間が本当だと証明している。
 その実感を認識したところで、また、おちんちんがおっきくなってしまった。またむらむらが、沸き起こる。

(えぅ、これ、だめなのに)

 幽香さんの部屋。さっきまでセックスしてた。シャワーを浴びてる幽香さん。布団に染みついている幽香さんの残り香。精液の残滓。

「幽香さん……はっ、はっ、ゆうか、さんっ……はぁっはあっ」

 その場で、オナニーを始めてしまう。だって、我慢できない。さっきまで本当のをしてたのに、それでもまだと、ボクの下半身は自己主張をしていて。仰向けに倒れて天に向かって立ったおちんちんを触る。枕を手に取って鼻先に当てて、幽香さんの匂い、いい匂い。いい匂い❤いい匂いっ❤

「うっ、あく、ん~~~っ♥」

 幽香さんの枕とお布団から香る、幽香さんの香りに包まれながら、何度か手でおちんちんをしごいたところで、すぐに射精してしまった。そんなにたくさん出なかったのは、さっきまで沢山したからだろうか。それとも、もう一人だとあんなふうにいっぱい気持ちよくはなれないのだろうか。

(やば、幽香さんがシャワーから出てくる前に、後始末しないと)

 ボクはティッシュを追加で何枚か貰い、手と、おなか辺りに飛んだのと、おちんちんにこびりついて残っている精液を噴きながら、明日からローリーにどんな顔をすればいいのか、心配になっていた。

(間抜けな絵だなあ。こんな風におちんちん拭きながら、他の女の人の事心配するって。なんか、落ちぶれた感じ)







 射精後の、もっというとこんなシチュエーションでの射精後の虚無感に襲われながら、自分の吐き出した汚濁の後始末をして……でもこのまま帰るのはなんだか気が引けたので、幽香さんがシャワーを出るのを、ぼんやりと待っていた。案外本が沢山ある幽香さんの部屋。この間図鑑を見た本棚には、人間語の本が何冊も刺さっている他にも、魔法図書館≪ヴワル≫の奥にありそうな古い本や、手書きしてそうなノートも立っている。よく見れば一緒にペン立てなども置いてあり、万年筆やシーリングワックス、便箋一式も納まっていた。使っているイメージはあまり無い。
 ぶっちゃけてしまえば、幽香さんは本が好きそうな人には見えないのだ。でも、揃っている本にも、並んでいる文具にも、使い込んだ愛着の匂いが漂っている。

(ボク、本当に幽香さんのこと何も知らない)

 あんな、襲われるみたいな、勢いだけのえっちだったけど、仮にも、してしまったのだ。眉一つ動かさなかった(ように見えた)し、ローリーみたいに気持ちよさそうにも嬉しそうにもしてなくて、でも、僕が嫌がることとか痛いこともしなかった。
 ボクは幽香さんのことを、これっぽっちも知らない。ローリーのことはよくよく知っているけれど、それでも、やっぱりなんであんな風に急にえっちしようなんてことになるのか、わからなかった。
 いや、推測はできるのだけど、そんな自惚れた結論を出すことは、ボクにはとても出来なかった。
 ボクは、裏切ってしまったのかもしれない。
 だれを?
 二人を?
 だって、二人とも、勝手に。
 本当に好きな人とだけして、そうでなければ断るべきなのに?
 でも、あんなの不可抗力。
 もんもんとぐるぐると、言い訳思考が反復する。
 どうする?どうするって何を?
 何もわからない、不安感があるだけで、問題意識がない。

「あら。まだいたの」

 本棚を覗き込みながら、でも視界にあるものは頭の中に入ってきていない、ふわふわ呆けた背中に、幽香さんの声。寝るときにはナイトキャップ藻つくいつものパジャマに着替えた幽香さんが、立っていた。お風呂上がりの、湯気を含んだいい香り。湿った髪の毛をバスタオルでわさわさと拭きながら、お風呂の方を指さす。

「匂うわよ。あんたも浴びたら?」
「え゛っ」

 もしかして幽香さんがお風呂に入ってる間にもう一回一人エッチしたの、匂いでわかっちゃったのかな。ばれて……ない、よね?匂いって、二人でしたときの、だよね?

(ふたり、で)

 また、おっきくなっちゃいそうなのをごまかすように、腕のにおい、肩の匂い、と嗅いで勘違いの振りをする。が。

「そこじゃないわよ。体。股の間。汗と精液の臭い。わかってるくせにカマトトぶってんじゃないわよ」
「は、はひ」

 あんまりにも明け透けで否定も出来ない。

「タオル、出てるから。」

 畑仕事なんかで汚れることが多いものだから、今となっては幽香さんの家でお風呂を借りることに既に気恥ずかしさも抵抗もなくない。タオルだって、いつもボクが勝手に使って勝手に洗って勝手に元に戻すのが普通になっていた。でも今日は珍しい、ここに出ている、と指示があるのは最初以来だったかもしれない。
 少し熱めのシャワー。もう乾燥していたけど、股の間がお湯で濡れるとぬるぬるが復活する。

(幽香さんと、した後の)

 勿論ボクのものも混じっているのだけど、幽香さんとえっちした残滓だと思うと、ただ洗い流すのが勿体なく思えてしまって、その、ヌルみを指の先で弄んで、口に運び……舐めた。でも、別に、何の味もしなかった。もうシャワーのお湯で薄まっている。ただ、そうやって口に含んでみたという行動を、ボクは認識してしまって、そんな変態みたいな行為に自己嫌悪と、興奮を覚えてしまう。

(だめ、だめ、こんなこと)

 ボクはそんな、いつまでもずるずると引きずる事後の余韻をそこで全部洗い流すように、念入りに体を洗ってから、お風呂を出た。





「ぼさぼさじゃない、こっち来なさい」
「えっ」

 お風呂上りにミルクをもらってマグカップで飲みながらぼうっとしていたら、ソファに座った幽香さんにこっちへ来いと手招きされた。若干、また何か変なことをされるんじゃないかとも思わなくもなかったが、その、えっちした後で気が緩んでたというのもある。ふらふらと誘われるようにそちらへ。傍に立つと、ぐいっと引っ張られて、膝頭の上に座らされた。くるりとひっくり返されて、膝の上にボクを乗っけたまま、ちょっと離れたところにある手鏡をボクに持たせる。

「持ってなさい。もうちょっと上。はい、そのまま」

 幽香さんはブラシを手にとって、濡れて生乾きになるにつれてつんつん跳ね始めている髪の毛に当てる。ぼさぼさ、と言ったのは、髪の毛のことらしかった。

「あんたも少しくせっ毛ね。ちゃんとしなさいよ。」

 そういえば幽香さんも、跳ねっ返りのくせっ毛だ。ボクのは細くて弱いからすぐ重力に負けて下に落ちるから余り気にしないけれど、幽香さんの髪は結構ばっちり天然パーマ。普段のウェービーなバルーンボブが似合っているからすっかり忘れていた。
 と、鏡越しに幽香さんの髪の毛を見ている内に、幽香さんはボクの髪をブラッシングしてくれている。

「わ、わ」
「うるさい。犬でも黙ってるわよ」

 いぬ……。ボク飼い犬かなんかと同じ扱いなのかな。

「ほら。こことか。ぼさぼさのまんまじゃない。みったくない」

 そういって、びんから頬に向けて垂れている髪の毛を摘まんで、くいくい引っ張られる。髪の毛の手入れなんてしないから、長い部分ほど傷んで反り返っている。元々後ろ髪は寝ぐせみたいに外に跳ね気味なんだけど、傷んで顔の内側にかかる髪まで外側に向いてしまうと、確かに貧相だ。

「乾燥してるのね、男のくせに」

 幽香さんは、側頭部からのその部分を指包むように流して、それを追ってブラシを差す。何度か梳く内に、ぼさぼさ具合が収まって落ち着いた流れに変わった。ブラッシングを頭全体に施してから、もう一度手を伸ばして何か小瓶の様なものを取る。中の液体を掌に取って、指で髪の毛全体に刷り込むように髪の毛の流れに沿って塗ってくれた。いい香りがする、これは、薔薇の香り?そっか、これ、幽香さんの香りって、これだ。
 何も言わないまま、薔薇の香りがするオイルの様なものを髪に塗ってくれた。べとべとしなくて、液体を塗った後なのに逆にサラサラになってる。傷んで外に曲がってた髪も、それだけで随分マシになった。なにこれ。女のひとってこんなマジックアイテム使ってるんだ。
 その間、手鏡越しに幽香さんの顔が目の前にあった。実際の距離にしても近い。だって幽香さんの息遣いが、すぐ耳元においてあるの、わかるくらいなんだもの。鏡の中と肩の上の幽香さんは、床屋さんや美容師さんみたいにボクの髪の毛の方を気にしていたけど、ボクはずっと、幽香さんの綺麗な顔を見てしまっていた。髪や、時折頬や顔に触れる幽香さんの手に、いちいちあったかさを感じてきゅんとなってしまう。
 オイルを塗り終えて、髪の毛全体を指でぱぱぱぱって散らすみたいにして空気を含めてからもう一回軽くブラシを入れて、それから幽香さんは手鏡を取ってボクを膝の上から下ろした。手鏡をボクの手から取る瞬間、幽香さんの視線が、ちらり、と鏡越しに僕の目を見たような気がした。気のせいかもしれないけど。

「男にヘアオイル買えとかトリートメントしろとか言うつもりはないけど……その方が、いいわよ」
「え、あ、はい」

 流石に普段から使う気にはなれないけれど……風に吹かれたり頭を振ったりして空気に多く触れたときに、ふわって幽香さんの香りがするの、すごいドキドキする。呼吸をするたびに少し嬉しくなってしまう。
 なんだか幽香さん、優しい。なんて、バスタオル出してもらって、髪梳いてもらったくらいで、何勘違いしてるんだろう。えっちしたからなんかが変わるなんて、そんな都合のいいこと。幽香さんだって言っていた、「簡単なこと」「ついで」って。幽香さんというか、大人の女性にとっては、その程度のことなのかもしれない。それでも、えっちなんて息をするように簡単にすることでもないのだということは感じている。ローリーにせよ優香さんにせよ、目の前に食べ物があったから食べるなんて感じで、したわけではないんだろう。ボクはそれを、ただ受け取っていればいいわけではない筈だった。
 そんな風にソファに腰かけて悶々と考えている間、幽香さんはお茶をすすりながらダイニングセットの椅子から、一言も何も言わずにどこかを眺めている。ていうかボクの分のお茶ないんですね。
 そんな感じで、しばらくなんだか妙に空白じみた時間に流され漂っているところで、そういえば、と幽香さんは思い出したように、でもすっかりいつも通り怠そうに、言った。

「あんた、あんまり長居をしたら、雀が怒るんじゃない?」

 確かに、仕事帰りにご飯を食べて……えっち、して、お風呂に入ってしばらくこんな風に、居心地のいい時間を過ごして。もう日が変わりそうだ。ローリー、待ってるかな。ずん、と気が重くなった。だって、彼女は、ボクが今日幽香さんとしたことを知らないで、きっと「おかえり」ってゆってくれるのだ。こんな後ろめたいことがあるだろうか。
 ボクは、どうすべきなんだろう。ボクが悪いことなんか何もないのだから、このまま黙って流されていても、という甘い考えも胸の底に横たわっている。でも、きっとどうにかしないと、マズイ。まずいのだけど、どうすればいいのかもわからない。

「あの」
「もう浮気すんじゃないわよ」
「はぇ?」

 今日、ボクを抱いた事、どういうつもりなのかと聞こうと思ったところで、あんまりにも突拍子もないセリフが飛んできたので変な声が出た。

「ほら、さっさと帰りなさい。明日遅刻したらマカナイなしよ」
「わ、わわ」

 マカナイはいつも僕がつくってるんですけどね!いやいやいや、そこじゃなくって。
 ぽん、と放り出されるように家を追い出された。パタンと閉じた幽香さんのおうちの扉。とっぷり日が暮れて濃藍の天井のど真ん中に真ん丸の赤い月がぶら下がっている中。外ってこんなにも広いのに、この夜の帳はやたらと重っ苦しくて締め付けるみたいに窮屈。このくらいものがこのまま天から降りてきて、空とか雲とかふわふわしたものだと思っていた夜が実は鉛みたいに重くて固くて、気が付いたらボクはぷちって潰れてしまうんじゃないかって、そんな風にさえ感じる。

 浮気、って、ボクは、どっちにしたのだろう。

 夜が、重い。
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【20170307】没にしたつもりが残っていた一部描写を削除。
【20170323】指摘いただいた45件の誤字を修正。内2件(長吏ン坊、恥竜)は意図的でしたので残しました。いつも有難うございます…。

【20170417】最新集から落ちたタイミングでコメ返しようと思ってたんですが最近流速が遅いのでてきとうに返すことにしました。
1様:じつは、当初は余裕で勝利させるつもりでした。人間じゃ勝てない→エクストラつえー、のコントラストにするつもりが……こういう路線変更するから文章が太るのですが。
   ミスティア好きの人には申し訳ないんですが、うちのみすちーはどうしても不幸担当になってしまいますね。
   魔理沙が怪我(致命傷含む)担当なのはどこかの界隈ではそれなりに市民権があると思っていますが。
   「ゆとん」は使おうかな……(
3様:信じられますか?本当は幽リグなんですよこのシリーズ!幽香さんが完全に嫌な奴として動いてしまってますが…この話だけはちょっといい人。

【20170604】
⑦の投稿に伴い、冒頭に小節を追加。
みこう悠長
http://monostation.blog112.fc2.com/
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
リメンバアンブレラ戦ついに決着、前回で覚悟していましたがパウラおおう……割と余裕なのかとも思っていたら苦戦していて緊張感がすごかったです
こがさ苗ちゃん強すぎ。返品されちゃった魔理沙や新エクストラ「ティム」の登場など、物語の点と線を結ぶピースが出揃いつつあり楽しく読み進められました
ワギャン扱いやパロディが所々にあってほどよい息抜き加減。梨来主任可愛い。というかこのふたりが向こうのふたりにしか見えなく…(げふん)顔面ポルノがツボでした。あの一文のせいで全部映像化させてくるパワーずっこい!月ギメもずるいっす。とにかく濃いくて素晴らしかったです。
しかしみすちー、嫌なくらいに(骨の髄まで)おんなになっちゃって、どろっとした印象で終わっただけに次が気になりました。リグルはどっちに傾くのやら…次回も楽しみにしていますね

では誤字脱字報告にて終わります↓
長吏ン坊→ちょうりんぼう?
晩御飯まで頂いてしまったた。衍字?
咥えて言えば八意先生もそうだが、→加えて
亜音速のそれはジルに頭部を狙ったようだが、→ジルの頭部?
結果リメンバアンブレラ自身をへ向かったものは、→自身へ向かったものは?
今放った音響兵器の疲労もあるのだパウラメンバアンブレラからは大きく距離を取りながら、→パウラはリメンバアンブレラ(ry?
訓練道理やるのが→通り・どおり
留まったったままのはずだが瑠美の影だけが→留まった?
或いは変更して明後日の方向に突き刺さる→偏向
そっりの方が心配だった。→そっちの方が
四人で生活を始めた直ぐは、→始めて直ぐは?
人類はすべて一人の母親につ上がる→繋がる?
川の風景や待ちの人交いのような→街の人交い?
うっぱらえば一生空に困る事は無い金額に→食うに困る?
一回の研究員がとやかく言う事でもないだろう。→一介の研究員
僕がこの会話を撃ち切ろうと→打ち切ろうと
単独で稼働している例はティム他にはない→ティムの他には?
それくらいの業探査は→剛胆・豪胆さ?
所長がそんなにその話に子だある理由は→こだわる?
机の端にその手置かれている事実だけでも、→その手が置かれて?
胸全体をぐにゅぐにゅと揉みしだいていみたい。→揉みしだいていたい?
ショーツの抵抗oがなければ、→小文字の「o」
鼻先事口付けて上目遣いで僕を見る。→鼻先ごと?
主任ん外見を指して言うのなら、→主任の外見?
(すみません続きます汗)
2.性欲を持て余す程度の能力削除
続きです

この人がこんな課をするなんて。→顔を
口が半開きになったたらしのない顔に変わる。→だらしのない?
ふかふかでムチムチの知り肉に指を埋めて、→尻肉?
それに気付いて勝気付かずか花束作りの手を止めない店主。→気付いてか気付かずか
互いに好意を偉大ているかもしれない、→抱いているかもしれない
「おかしな」状態にあることは指先に振れる滑った感触でよわかっていた。→指先に触れる
そしてそれを飲み音で大きくなった快感を同時に覚える。→飲む音(事?)で?
曲げては膣壁を擦って書きだすみたいに刺激する。→掻き出す?
欲しがりにになっているマン穴を塞いで→欲しがりになって
少し集めのシャワー。→少し熱めの
液体を縫った後なのに逆にサラサラになってる。→液体を塗った

ここからは少し自信がない部分で↓
そうして自分の中で思考を弄んで遊んでいると、→衍字?
かかると息も、→吐息
その度に加熱したと息と、→吐息(部分的意図してだったらごめんなさい汗)
ふぎりを手に取り、→ふぐり?(方言みすちーなどがありましたので(書き忘れましたがあれ可愛かったです))
急き込んでいるような強い動き。→咳き込んで?
っく、あ、この、恥竜めっ!→笞撻?(該当しそうな言葉が見つけられず、私の日本語不足の可能性のほうが高いです汗)
否定しようとしてしかしミスティア・ローレライはしかし言い淀んだ、→「しかし」の校正漏れ?(意味を強めるためだったらごめんなさい汗)
彼に体を触れられたり安っぽい愛の言葉をかけられてアリしたわけでも、→(省略)~愛の言葉をかけられたりしたわけでも?
本当に変えるべきなのだろうか。→帰るべき?
ゆトンに染みついている幽香さんの残り香。→布団?(幽香の布団だから「ゆトン」なのはアリかも……げふん)
以上です、長々と(&※数かさばらせてしまって)失礼しました
違ったらごめんなさい汗
3.性欲を持て余す程度の能力削除
幽香さんがすごく魅力的でやられました