真・東方夜伽話

酒と我ラの日々

2016/11/18 22:27:32
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酒と我ラの日々

SYSTEMA
0

 私の名は上白沢慧音。
近頃何かがおかしい、その原因はとある知り合いのせいだ。
 その名を藤原妹紅という。彼女とは長らく友人とも居候とも言えない関係が続いていたのに、その関係は変わってしまった。
 例えば。 
近頃では妹紅が近くに居るだけでかぁっと頬が熱くなるし、荷物を運んでくれるその指の綺麗さに心惹かれてしまう。
ため息をつけばいつもよりも深々と吐き出している事に気がつくし、影が妹紅と重なっている事でさえ気になる。
ふわりと風に揺れる髪の間からきらりと光る紅の瞳を見ていると吸い込まれそうだ。そのうえ妹紅が外に出てしまうと、胸がきゅっと寂しくなる。
体の奥が熱く、少しだけ蕩けそうになっている事に気がついてこんなの馬鹿じゃないかなんて心の中で思いながら、
でもその気持ちは否定しようが無いことに気がつく。
 その事実を意識しまいとして妹紅から遠ざかろうと何度も試みるもいつの間にか彼女がそばに居る。
つまり私の体は自由意志に背いて同じことを繰り返しているのだ。
それに気がつくたびに私が彼女を深く求めている事に気がつき愕然とする。
 ある日、その思いがはち切れんばかりに膨らみ上がり、たまらず誰かに相談をしたくって夜にミスティアの屋台に繰り出した。
上空ではすじ雲が緩やかなカーブを描きながら空を渡り、鳥たちも宵闇の中へと消えていった。
白熱球の光のを頼りにのむ人を避けて椅子に腰掛けた。提灯の中で輝く電球の熱を感じいると酒が出てくる。それを呑む。

「今日はどうしたの?」

 彼女はいつもそうして私の話を聞いてくれる。だからしどろもどろにならないよう、言葉を選びながらミスティア・ローレライにひとしきり相談をすると至極簡単な返事が返ってきた。

「それは恋だよ」

 気怠げに答える彼女の醒めた目を私は忘れない。客観的に見ればこんな悩みの答えは数文字に収まってしまうらしい。
これが実ってしまえば私は何も思い悩みもせず、いつも通りの暮らしをしていただろう。
早くそうなることを祈るばかりだ。
 私の名は上白沢慧音。いまのところ恋する乙女だ。


1
 生活は混沌としていた。
 
 西日がまぶしくて目が醒めた。一仕事終えてから畳の上で少しまどろんでいたらしい。
少し肌寒くなって障子を閉め切ると、部屋は薄暗くなり指先が暗闇に溶けて消えそうになった。
 ため息をついて、ほんの少し浮ついた心を静める。なんにせよ最近の私はちょっとばかりおかしい。
日々積もる紙束はうずたかく机の上で積もり、その嵩を増しながら濁流のように流れ出して畳の上にまでその生息域を広げていた。
憎たらしいとキッと睨み付けると、またぞろ音を立てて崩れていく辺り、この山は意地悪な何かが住み着いているのだろう。
これらは私が寺子屋という生業を続けるにあたり必要な紙束だ。燃やしてしまうことは出来ない。
また少しだけ心の中の風船が膨らんでいくような気がした。
涼しい風が流れ込んでくる居間のなかで一人顔を赤らめた。手元の緑茶は程良く冷えていて一気に飲み干すと少し噎せた。
鮮やかに焼き付けたはずの妹紅の表情はぐるぐると渦巻く緑茶の渦に飲み込まれて消えてしまって、襦袢の間から流れ込んでくる初春の空気が心地よい。あたりには木々の枝が芽吹く音が聞こえそうなほどの静けさが残っていた。
どうやら私は難儀な恋心を妹紅に対して抱いているらしい。
だから妹紅のことを考える事が多くて片付けに身が入らない。しかしながら書類は増える。故に散らかる。

「どうなってるんだろう、まったく」

 そんな言葉が出てくるとおり。やはり暮らしは混沌としていた。
妹紅、仕事、言えない気持ちが様々に混ざり、私はため息をついた。
夕陽が沈みかかるなか、行灯に火をともそうとしてそれもまた無駄なように思えて私はそれを辞めた。
解決策はこの部屋の中にはないだろう。たとえ外になくとも、こんな部屋の中にこもっていて何か変わる事を期待する方が駄目だ。
当座の目標は混沌とした一日を乗り越えることに決めた。
 混沌とした生活を乗り切るためには幾らか方法がある。
一つは逃げる。どこまでも逃げて新天地で二度と机の上の紙束を見なくても良い場所を探すのだ。
とはいえ幻想郷は思いの外狭い。逃げたところで連れ戻されてその時は紙束が何倍にもなっているのだろう。
もう一つはただひたすらに仕事に打ち込むこと。だがその生活の先が「うんざり」の四文字に纏められることは身にしみて承知している。
そして第三の方法があり、私はそれを選んだ。
それは人々にとってなじみが深い方法であり、
古の詩仙も年に三百六十日それを嗜み、
更に古くまで遡ればピラミッドの壁画にまで描かれているやり方。
すなわち飲酒であった。

2 

 夜になって風が出てきたようだった。上空ではごうごうと雲が流れていた。
欠けた月が時折明滅していて空は緩やかに朝方に向かって歩き始めていた。
私が歩き始める先には暖色の提灯が灯る息抜きの場、つまり数少ない一息就ける場所がある。
いつものミスティアの屋台に滑り込んだ。

「いらっしゃい、慧音さん。今晩も一人?」
「ああ、そうだ」
「また来たんだ、なにかいやなことがあったのかしら? 深くは追求しないけれど」
 
 いつもの通りの場所、いつも通り提灯を右側に寄せ座る場所を確保して、一つため息をついた。

「これどうぞ」
「うん」

 頼んでも居ないグラスが一つ置かれる。これもいつものことだ。ミスティアはこういうときの心配りには頼りっぱなしだ。

「どうしたの?」
「うんその。やっぱり妹紅の事が気になってる」
「わかった。とりあえずのみなよ」

 こうして何かを聞いてくれるミスティアに私は頼っていたのかもしれない。どうしようもないことを赤の他人に話すことほど気が楽なことはないから。
 そうやって夜は更けていく。私は呑んでいく。意識が遠のいていく。
酒にのまれていく。

3

それからのことを、私は覚えていない。
ここからのことなら覚えている。

4

 世界がぐるぐると回っていた。
息をするのも辛くて、それから何度かうーうー声を出してのたうち回ってから、
自分が居る場所がどこか硬くて冷たい場所だと気がついた。
重たい首を光のする方へと向けると、花びらが散った桜が戸口越しに見えた。
起き上がろうとして、枕元に箒がある事に気がついて自分がどこに居るのかやっと気がついた。
玄関の板の間だった。
すべすべとした栗の板が人の形にぬくもって滑りやすくなっている。
冷たい板の間が自分の形にぬくもっているのは自分が生きている証拠なのだ。
そんな事を起き上がってから汲み置きの水を湯飲みに注ぐまでずっと考えていた。
酒は嗜む程度には飲んでいたけれど、これほど見事に飲まれてしまったのは過去に数度と無い筈だろう。
なんせ、昨晩のみに言ったところから何も覚えいないのだ。思い返そうとしてしばらくかんがえたのに、未だ戻ってこない辺り今回の二日酔いはかなり深刻だった。
立ち上がって敷居をまたごうとしたときに、左足が痛んだ。
服をまくってみると膝をすりむいて赤く腫れていた。どうやら転んだのだろう。
 障子を開いて、姿見の前に立った。膝はすりむいている、そしてどうやら右袖が破れている。
 腰の辺りも痛い、よく見ればスカートが汚れている。帽子も無くしている。

「これはまた、盛大に飲んだんだな」

 感慨深く独りごちて、座り込んだ。
過ぎたことを帰ることは出来ないから、今日一日でどうにかまえむきに過ごそうと気持ちを無理矢理切り替える。
そう、たまにはこんな日もある。
記憶がなくなっていることを除けば飲んだ次の日はやけに体が軽くなるし、掃除でもしようかと言う気分だった。
充実した一日が始まろうとしていた。飲んで飲まれて嫌な事を忘れて、それでおしまい。それでよし。
そう言いたかったがふと枕元に見慣れないものを見つけて、私は固まった。
誰かの髪だった。もぞもぞと布団の下で動くそれは、異変の兆候としてはやけに地味で局所的で現実的だった。
 
「二日酔いか、酒は善くないな」

そう独りごちてから何も見なかったことにしようと決意した。陽気が外に満ちていたから私はふらふらと縁側へと歩み出していた。
こんな春の日には、何か一つや二つ不思議な事があるのだから仕方が無い。幻の一つや二つ今まで見てきたではないか。人里を消したことがある私が居るのだから不思議な事なんて沢山転がっていてもおかしくない。
そうだと言い聞かせたとき、もぞりと布団がすれる音が鼓膜を通して伝わってきて思わず振り返った。現実があった。
白い髪が布団の間から見えた。
それに赤いリボンも。

「も……もこう?」
「うん、うん。眠い」

 妹紅が私の布団の中で眠そうに瞼を擦っていて、いつもの仏頂面は無く恥ずかしそうにこちらを見ている。
たまにはこんな日もあるのだろうか?
あの妹紅に何があったのだろう。夢の続きかと思って自分の頬をつねって痛みがあることを確かめたけれど、鈍い傷みはまごう事なき現実だ。
妹紅はしばらく板戸の外から流れ込む朝の風を心地よさそうに身に受けて、猫のように小さくあくびをした。

「おはよう、慧音。ちゃんと寝られた?」
 眠そうに。だけど上機嫌でこちらを覗き込んでいる。
「その、どうして妹紅はここに?」
「ん、酔っ払った慧音が楽しかったから、昨日ここまで連れてきたんだよ」
「あああ」
 
 飲み過ぎて介抱されてここまで来たのだ。眠そうに布団の中から抜け出して私は又固まった。
サスペンダーの痕が残るシャツだけを身に纏っていて短くて白いショーツだけという姿だった。 
頭の中で考える事が多すぎて一秒が一時間に思えてしまったほどだ。昨晩何があったのだろう。記憶は残念ながら何も残っていない

「妹紅、何かはいた方が良い」
 私はこういうときに限ってしくじるのだ。
「そういうこというんだ」
「……すまん、妹紅が居てびっくりして、つい忘れた」
「はぁ昨日の慧音とても楽しかった」
「そうなの?」
「うん、とっても。でも昨日の夜も慧音も頑張ってたみたいだし、
 私の寛大な心に免じて今日の事は忘れておいてあげる。でも慧音はやっぱり楽しいな」
「うん」
「それじゃ」

 去り際、敷居をまたぐときにまた妹紅は私をじぃっと見つめてきた。
 そのときほんの少しだけうれしそうにしていたことを私は見逃さなかった。
何かを彼女にしてしまったのだろう。きっと良い意味で何かを。惜しむらくはその事を思い出せないことだった。
手元の緑茶は程良く冷えていて一気に飲み干すと少し噎せた。
 
5

 人生は続く。
 空気は暖かくなり日差しは緩やかに机の上の書類を照らしていて、開け広げた窓の外には梅や桃が鮮やかに色付いていた。
休みで、そのうえ自分がやらかしたことが整理がつかなくて何もする気にもならなくて、
ぼんやりとしていた。

「慧音さーん、けいねさーん!」

 甲高い声が扉の方から飛び込んできてそれがミスティア・ローレライの声だと気がつくまでそう時間が掛からなかった。
私の記憶回路が昨晩ミスティア・ローレライの声を沢山聞いたことを覚えているからだ。
曰く「お勘定は?」「寝ないでください」「慧音さん起きてください」
そんな言葉を美しいソプラノの声で伝えてくれていたのだ。記憶が無い私に向かって。
「ミスティア! 戸は開いてる」
 1オクターブ上がった声が静まり、扉の向こうからミスティアが姿を見せた。少し眠そうにしていた。

「慧音さん、忘れ物です」
「うん?」
「慧音さんの帽子です」

 手元には私の帽子が握られていた。

「わざわざすまない」
「昨晩はいろいろと楽しんでおられたみたいで良かった」
「ミスティア、お茶でも飲む?」
「どうして?」
「眠そうにあくびをしているじゃない」
「うん、ちょっと眠くって、いただくわ」

 そうやってぎこちない笑みを浮かべながら誘いかけた。昨晩の出来事を知っているようだから何か手がかりを探したかったのかもしれない。

「昨晩、私はどんなことしてたのだろう?」
「うーん、楽しそうに妹紅さんに抱きついてた」
「うえ、妹紅が?」
「昨日きてたのよ。それに向かって慧音さん大好きだーって」
「え」
「大好き、離さない」とか何とか言って猫みたいに妹紅さんに抱き着いててもう見てらんないわよ。
 慧音さん、妹紅さんの事すきなんでしょう?」
「う…うん、でも私たちは友達で変わってしまうことが恐くて。
お酒で酔っている間くらいが丁度いいのかもしれないなと思うようになってきた。忙しいし」
「難儀ねぇ。今は寺子屋が休みだろう?仕事だけがあなたの全てじゃないように思うけどねぇ。
 気持ちはいつまでも隠し通せる物じゃ無い気がするわ。
 それに蓋をして置いても出て来ちゃうんじゃない?私は知ってる」

 いろんな人々を観てきたのだろう。彼女の言葉は誰かを非難するでもなく、見下すでもなくただ親切に私に接してくれる。

「慧音さん、膝すりむいてる」
「ああ、昨晩転んでしまって。恥ずかしい」
「手当するわ」
「ありがとう」
6

 膝小僧に塗り薬を塗り包帯までまいてくれた。ミスティアの幼い表情の中にある凛とした野生の逞しい表情がすぐ近くに来た。
手を握ってくれて、包み込んでくれるミスティアにどぎまぎしながら言葉が出てこない。
時折瞬く瞳を観ている。暫く黙り込んでいると、ミスティアは少しだけはにかんでからこれ置いとくねといって部屋を出て行った。
「又来てね」という言葉がほんの少し心を温めてくれる。

7

 今日一日は暫く書類の山に向かい合うことにした。肩が痛い、首も痛い。
取り組み続ける事で泰山のような山もすっかり身を潜め大人しくなった。
個人的に成し遂げた気分だったが祝うために私は何も用意していない。

「食べにでも行くか」

 そうしてまた、私は酒に頼りながらミスティアに話をすることにした。
どんな考えで彼女がここに来ているのか知りたかった。

「慧音さん、妹紅さんもあなたのこと待ってるかもしれないわよ?」
「え、うん」
「もう意気地なしなんだから」
「そんなぁ」

 グラスが一つ空く、そして夜が更けていく。

「妹紅さんのことも考えてあげて?」
「うん」

 うん、だなんて何も分かっていない返事をしている、
朝方になって寒い風を浴びないように襟を立てて歩いた。すすきが朝日を浴びて黄金色に輝き始めていた。
そしてまたここからの記憶が無い。

8

 目が醒めると私は布団の中で寝転んでいた。猫が入り込めそうなくらい開いた障子から冷え込んだ空気が流れ込んできた。
頭は冴えきっていなくて、ぼんやりとしていた。肌寒いのに外の空気を吸いたくて縁側の障子を開ける。
雨が降っていたらしく数時間前まで降っていた雨粒が庭木の上で光っていた。
遠くの山の頂上は層雲に飲み込まれていた。肌寒くなって布団を引き寄せてまどろんだ。
また飲んできてしまったのだろう。そして案の定昨晩の事は思い出せない。
障子に朝日がさしかかり少し眩しくなってきた。

「慧音、おはよう」

 振り返ると妹紅が居た。少し恥ずかしそうにしていた。光の中で妹紅はまたはにかんでいた。

「ごめん、昨日の事覚えていない」

 妹紅は少し残念そうに笑った。

「昨日、何があったんだろう?」
「慧音は酔って楽しそうにたくさん話してくれた。
 引っ込み思案の蓋が飛んだみたいにたくさん話してて、私も幸せなやつだなんて思ったよ」
「しあわせ?」
「慧音は好きだって。言ってくれたんだよ?」
「すき?」
「うん、ミスティアの屋台で。好きだよ。大事だよって。沢山言ってくれた」

 何もかもが思い出せない。良い記憶も何もかも。
でも私の記憶が届かない場所では妹紅との関係はもうすでに変わっていて、愛しい人が寂しそうにしている。
近頃、何かがおかしいのだ。
妹紅が近くに居るだけでかぁっと頬が熱くなる。荷物を運んでくれるその指の綺麗さに心惹かれる。
ため息をつけばいつもよりも深々と吐き出している事に気がつくし、影が妹紅と重なっている事でさえ気になってしまう。
ふわりと風に揺れる髪の間からきらりと光る紅の瞳を見ていると吸い込まれそうになる。
 妹紅が外に出てしまうと、胸がきゅっと寂しくなる。
この気持ちを伝えたのだろう。

「慧音。御仕事大変だね」
「うん」
「でも、慧音がしらふで言ってくれたら私は嬉しい。酔ったときだけじゃ無くって静かに言ってくれたら」

9

 だれであれ、記憶をなくすのはとても恐ろしい。
だから翌晩から私は酒を飲まずに一晩起きていることにした。
それに妹紅の様子もおかしかった、彼女も言えなかった事があるのかもしれない。
でも彼女も言いそびれた。
お互い愚かな日々に三度目はない。良き日々の扉は閉じようとしている
これから3日も飲み続ければ自分の名前を忘れるかもしれない。苦しみさえも。
でも、きっとそのあとは1人で寂しい夜を過ごすだろう。
 良いことも悪いことも何一つ覚えていない暮らしというのは誰も居ない山の中で霧に包まれるくらい寂しい。
今頃どこかの山の中では霧が掛かっているかもしれない。
妹紅は、何をしているんだろう。
酒はもう飲むつもりはない。妹紅と輝夜の闘いを見ようと外に踏み出した。
竹林では殺し合いが始まっていた。それを見て一晩中妹紅のことを考えていた。
外では闇が息を潜めていた。鳥が鳴き始めた。そして光が次第に強くなってきた。
上着を持ってこなかったことを後悔して、部屋に戻った。誰も居なかった。
朝の光が縁側の障子を鈍く照らす頃になって妹紅がやって来た。

「慧音、起きてたんだ?」
「うん」
「お酒飲みすぎて眠れなかった?」
「いや、そうじゃないの」
「うん、そう」

 妹紅は視線を泳がせていた。そしていつもよりも肩が震えていた。付け加えるならば声もうわずっていた。

「慧音」

 何か返事をする前になって抱きしめられた。押しつけられた身体からはとくんとくんと心臓が鳴る音がして甘い香りが鼻についた。
「好きだよ」
「も。妹紅?」
「大好き、慧音」

 妹紅の頬には僅かに朱がさしている。

「その、お酒飲んできて、酔って」
「どうして?」
「上手く言えなくて」
「何を?」
「すきって、慧音の事好きだよって」

 妹紅は私の肩に顔を埋めたまま続けた。

「いつも、慧音が酔ったときに言ってくれるそれが嬉しかった。でも私も結局お酒飲まなきゃ言えないこともあったから」

 私は妹紅の気持ちをくみ取るようにしていたらしい。

「慧音。好きって言って」
「妹紅、好きだよ」

 妹紅が赤くなる。

「もっと、言って?」
「すき」
「……もう少し近くで」
「すき」

 なんだか可笑しくなって、思い切り笑った。好きだなんて。恋する乙女
 私たちが近くに寄るのに不必要なのは服で、それからどちらからと言うわけではなく服を脱ぎ始めた。
帽子をどこに置くべきか考えていると、後ろから甘い吐息が掛かってきた。
 また笑って、それからふっと目をつむる。衣擦れがしたかと思うと優しく唇が触れた。

「慧音ぇ。雰囲気があるじゃん」
「わるい、今の私は凄い幸せなんだ」

 今度は妹紅が笑った。

「今日は、慧音に嫌われたくなくて嬉しかった」
「ばかもん、嫌いになんてなるもんか」

 手首を布団の上に押しつけられて、動けなくなったところを猫みたいに鼻先を埋めてくる。
素っ気ない口づけが何度か続いても妹紅が離れることはない。この子は、いやこの子も寂しいのかもしれなかった。
言いたいことが言えない苦しみの中で何かを求めているのかもしれなかった。
服をたくし上げる仕草もどこか遠慮がちでその手つきが戸惑っている様が可愛くて、好きだった。
こんなに求められるのだと思うと、捧げたい気持ちがでてくると同時にまだ心の片隅で怖がっている自分が居る。
蕩けそうな多幸感におぼれて仕舞うんじゃないか。だなんて。
胸の辺りを舌先で愛撫する妹紅の頭を撫でた。甘噛みされて思わず声が出る。

「あっ、ああ」
「ん、ふぇいね、ふぁわいい」
「喋るかどっちかにしてほしい」
「ふれしいんだもん」

 嬉しいんだもん。

「慧音、我慢しないで」
「うん」

 ショーツに手を掛けられて脱がせられた。口腔の中では妹紅の舌に舌を絡ませているから、余裕がだんだん抜け落ちてくる。」
恥ずかしい場所をそっと指先でこねられて、口の中をぴちゃぴちゃと舐め取る音に紛れて水音がきこえるようになった。
じぃんと身体が熱くなって、身体を捩りたいのに動かせないままでその不自由さと快感に板挟みになって、腰が自然と妹紅の指を求めて
「はぁ、ん。はぁ」
二人が吐く息が混じりあう音、ぴちゃぴちゃと猫のように舐められる音。ぬるつき始めた秘所が上げる音。
それらが頭の中で混じり合って、恥ずかしさにも関わらず身体はじっとりと汗ばみ腰は妹紅の手に押しつけられていく。
背筋がピクッとふるえてくる。眠たいような、くすぐったいような快さが全身をおおう。
だんだんと身体を捩ったり逃げたりする余裕が無くなっていく、でもそれは身体の中が妹紅で一杯になり始めたからだろう。
指をぐりぐりと恥ずかしい場所の中で押しつけられていたあと、ひときわ強い感覚が背中を焼いた。
背中が大きく反る、舌を噛みそうになってそれから妹紅を強く抱きしめた。足も妹紅の足に絡ませて身体が少しも離れないようにした。
声なんて出ない。出す気もない。妹紅から受けた愛がどこかに逃げていきそうな気がしたから。

私はとても幸せなんだ。

10

 妹紅は静かに語り始めた。

「踊る慧音を見てた、へたっぴで、隣の席の人の手拍子に合わせて足を出したりしてた。
みんなが手拍子をし始めてスキップしながら私たちは踊ってたんだよ。
月明かりが綺麗で、足元に影が出来ていて時々みんな笑ってた。
腕を引っ張られて、抱きしめられて、笑って。なんていうかとても良かった」

 とても恥ずかしい。
 
「天使みたいに綺麗だった」
「慧音、好きです」 
「私も」

 心の奥がはち切れそうだったのはお互い様で、言いたいことも上手に言えないのもお互い様で。
そんな妹紅と一緒に過ごすこれからの日々のことを考えて、また笑ってしまった。
外で鳴り響く風の音を子守歌に、私たちは一つ布団の中で、しっかりと抱き合った。
もうお酒はやめよう、何も忘れたくないから。言いたいことを言えなくて、それでもきっかけを求めていたのはお互い様で。
酒に振り回されているうちに、すぽんと葡萄酒の栓を抜くように気持ちが溢れ出て素直になっていく。
そんな日々。
その日から私たちは結ばれることになった。

11


夜の風が上空で騒ぐ風はうるさく、地面で巻き上がる砂が静かだった。
月明かりが柔らかく足元に影を映し出した。
客達が去ったミスティアの屋台に私は座っていた。妹紅と。
もちろん屋台のミスティアはカウンターの向こうで何かを片付けている。

「飲み過ぎないでね、って言っても私たち二人が居たら潰れる事なんて無いけどね」
「ミスティア?」
「今行く」

 ぱたぱたとミスティアが走ってきて椅子に腰掛けた。お盆には

「それじゃ、今日は慧音先生と妹紅さんのお祝いと言うことで」
「うん、そうなるのかな」

 私の名は上白沢慧音。恋する乙女だ。
恋に恋をする時代はもう過ぎたからちゃんとその相手が居る。
その名を藤原妹紅という。
近頃では妹紅が近くに居るだけでかぁっと頬が熱くなるし。荷物を運んでくれるその指の綺麗さに心惹かれてしまう。
ため息をつけばいつもよりも深々と吐き出している事に気がつくし、影が妹紅と重なっている事でさえ気になる。
ふわりと風に揺れる髪の間からきらりと光る紅の瞳を見ていると吸い込まれそうだ。
そのうえ妹紅が外に出てしまうと、胸がきゅっと寂しくなる。
体の奥が熱く、少しだけ蕩けそうになっている事に気がついて馬鹿じゃないかなんて心の中で思いながら、
でもその気持ちは否定しようが無いことに気がつく。
打ち消そうとするも私の体は自由意志に背いて同じことを繰り返した。
だが不思議な物で願いが叶った今、これからの事を考える。どんな日々が始まるのだろう。
どんな幸せなことがあるだろう。だから。今はこんな時間がいつまでも続く事を祈るばかりだ。

「それにしてもなんて言えば良いんだろう? 二人の幸せにだと私が余っちゃう」 
 ミスティアは口ごもった。
「うーん、酒に感謝する気持ちもあるし」
「それじゃあ。酒と我らに。ううん。酒と我らの日々に乾杯って」
「うん、それでいいんじゃない? ねぇ慧音先生」
「うん。それじゃ」

 高く掲げた三つのグラスの中では琥珀色の酒が心地よさそうにゆらゆらと揺れた。
 
「酒と我らの日々に」
「酒と我らの日々に!! 乾杯!!」
ここまでお読み頂きありがとうございました!

>>1様
 お読み頂きありがとうございます。ほんとうに楽しかったです。
妙に初々しい二人でしたがなんとなくこういうのも在りかなぁと思います。
お知らせ頂いた箇所修正致しました、重ねて御礼申し上げます。
>>2様
 ありがとうございます!なんかこうしんどい話ばっかり書いていたので
 今回は軽く楽しくをコンセプトにしてみました!
 ありがとうございます!


>>uni様
お読みいただきありがとうございます。
今回のタイトルはJAZZの酒とバラの日々からお借りしました。
https://youtu.be/CPh70nKYWCU
跳ねるピアノの音のように和やかなシーンを描けたら良いなと思いました。会話も楽しそうにしてもらったのでそこを読み取っていただき幸いです。
SYSTEMA
http://twitter.com/integer_
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
>影が妹紅と重なっている事でさえ気になる。
思春期か!
どっちもかなり年を重ねてるくせに妙に奥手で乙女なふたりがよかったです。
脱字報告↓
ぎ始めて、月明かりが柔らかく足元に影を映し出した。(脱字?)
>上着を持ってこなかったことを後悔して
前の行で羽織ってました
2.性欲を持て余す程度の能力削除
 今回も楽しませて頂きました。
 SYSTEMA 氏の妹紅さんは少女らしさが全開でいつも微笑ましいです。今回は慧音さんもそうでした。
 葡萄酒の栓を抜くように気持ちが溢れ出るって、とても素敵な表現ですね。
3.uni削除
会話がいいですね。
静かな温かさを感じました。のんびりした感じが好きです。