真・東方夜伽話

スク水橙・完成版

2015/05/04 23:47:40
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スク水橙・完成版

H2O

再録。作品集38『はじめてどうしの夏』の完全版。




 結局あの日以降は、家の手伝いや日が合わず里の外に釣りに行く事は出来なかった。
 仕方なく里の中のいつもの池で釣りを行っていたが、釣れる獲物にあの時程の大物はいなく、楽しさはあまり感じなかった。彼は、あの日見たあの大きな魚影に、ずっと心を惹かれていた。
 でも、それ以上に橙に心を惹かれていた。今までは釣りをしていれば、釣り以外の余計な事は考えなかったはずなのに、橙の事が頭から離れなかった。
 大好きなはずの釣りをしていても、頭の片隅では『また橙に会いたい』と、日々思いは強まるばかりだった。
 だが、それはきっと当分叶わない望みだろうと、少年は理解していた。
 前回が上手く行き過ぎていただけで、本来なら誰の力も借りずに子供一人で里の外に出ると言うのは、それほどまでに難しい事だからだ。
 実際、前回少年が里の外に出るのを誰かが見ていたらしく(幸い、里の外に出たのが誰か、まではバレなかったが)、大人たちの監視の目は今まで以上に強くなっていた。
 自業自得とは言え、少年は歯がゆい思いをしていた。
 何時になったらあの魚を釣りに行けるだろうか? 何時になれば橙にまた会えるのだろうか? そうして思いは募るばかりだった。
 ただ、橙との再会だけで言えば、その願いは思いのほか早く実現した。
 以前話をした時に、彼女が彼女の主人にお使いを頼まれて、人間の里に来る事があるとは聞き知っていた。それまで里の中で橙に会う事はなかったのだが、その日はたまたま橙に会う事が出来た。
「あ、橙久しぶり……」
 それは本当に偶然で、本当はもっと何かを言いたかったはずなのに、話をしたかったはずなのに、言葉が出てこなかった。彼女の顔を目の前にするとどうしても、あの日の出来事を思い出してしまい、気恥ずかしくなってしまった。
 そしてそれは、橙も同じなようで。
「う、うん、久しぶり。その、元気にしてた?」
 なんて当たり障りのない挨拶を口にするだけだった。
 たまに親の目を盗んでは、橙に渡された符を使って話をする事はあった。それこそ他愛のない話だ。少年は寺子屋での出来事や釣りの話、橙は覚えた術の話など、お互いの近況を報告するような話ばかりだった。
 その時に、なんとなくでも『そういう話』はしなかった。無意識か、それとも意図的にか、二人ともその話題には触れないでいた。
 もしも、その事に理由を付けるのならそれは、二人にとっての共通の秘密であり、特別な行為だったからだろう。少年は橙の言葉を守っていたし、橙もまた一人でする事はなかった。それは二人一緒の時でなければ駄目だった。
 そしてそんな二人が今、顔を合わせているのなら……。
「ねぇ、こっち来て」
「え? うわ!?」
 優しく誘うような言葉に反して、橙は少年の手を掴むとそのまま足早に人気のない路地裏の奥へと歩を進める。
 突然の事に少年は驚いたが、橙が見た目に反して力が強いのを知っているため、そのまま大きな抵抗をする事もなく、黙って引かれるがままに橙の後についていった。
 そのまま人気のない路地裏まで来ると橙が突然足を止めた。
「ち、橙?」
 薄暗い路地裏で、無言のまま立ち尽くす橙に不安を感じて少年は声をかける。
「……ごめん」
 返って来た答えは謝罪の言葉だった。いきなり強引に手をひっぱり路地裏に連れてきた事を誤っているのか? そう思ったが、謝罪の言葉とともに振り向いた橙の様子がおかしい事に少年は気がついた。
「ずっと我慢してたけど、君を見たら我慢できなくなっちゃって」
 言われてよく見れば、薄暗い中でも橙の頬が紅潮しているのが見て取れた。
 息も少し荒くなっているのは、決して足早に少年の手を引いて歩いたからだけではないだろう。何故ならその橙の顔には見覚えがあった。
 暑い、夏の日差しの下で見た。あの時の川原で見た時と同じような表情を橙はしていた。
 そんな橙の顔を見て、あの時の事を思い出してしまったら我慢出来ないのは少年も一緒だった。体が覚えている。忘れられるわけがない。
 ただ、なるべく考えないようにしていただけだ。
 それでも、少年の理性が直前でブレーキをかける。
「駄目だよ、ここじゃ誰かに見つかっちゃうよ」
 雰囲気に流されそうになるのを何とか我慢して、言葉を絞り出した。人気のない路地裏とは言え、ここは人間の里の中だ。いつ誰が来るかなんて解らない。
 しかもこの場所に来るまでに、橙に手を引かれて歩いている姿をきっと見られている。それをおかしいと思う人だっているだろう。
 もしもそんな人がいて、妖怪に手を引かれて路地裏に消えた少年を心配して様子を見に来たりしたら、きっとまずい事になるのは目に見えている。
 もしかしたら、二度と橙に会えなくなる可能性だってある。そんな事を少年は望まない。
 しかし、そんな少年の心配は必要なかった。
「大丈夫だよ、アレ見える?」
 言いながら橙が、今来た路地の曲がり角辺りを指差す。その方向、少し離れているため見え難いが、角に何か紙が貼り付けてあるのが見えた。
 疑問に思う少年の顔から察したのか、橙は簡単な説明を行う。
「アレも最近覚えたの『人払いの術』って言って誰もここに近づけなくするの」
 力の弱い、里の普通の人間程度なら多少不自然でも、しばらく路地裏には興味を持たなくなるらしく『つまり、簡単な結界だね』と橙は付け足した。
 誰も来ないとなれば、もう心配する事は残っていない。橙は照れくさそうに笑うと、そのまま少年に口付けをする。浅く、軽く何度も二人は唇を合わせ、そしてどちらともなく、川原でした事を始めた。
 その行為に夢中になるあまり二人は気がつかなかった。確かに橙の術は発動していて、人の目は近くにはなかったが、人じゃない者の目が二人の事をジッと見ていた事に……。




 その日は寺子屋での授業が終わった後、特に忙しい用事もなかったので、少年はいつも通り釣りをするために池に向かっていた。
 本当なら橙と出会ったあの川まで行きたかったのだが、まだまだ大人達の目が厳しかった事と、何よりも橙と連絡が取れなかったため、おとなしく里の池に行く事にした。
 池に向かうその途中で、少年は奇妙な光景を目撃した。道の端っこに毛の塊(正確には尻尾の塊)があった。その尻尾はだらんと項垂れていて、今にも地面に触れそうになっていた。
 そして、その尻尾が付いている女性もまた、尻尾同様に項垂れていた。
 その女性の目の前には豆腐屋が一軒。里の中でも評判の店なのだが、今日は店が閉まっているようだった。よほど何かを楽しみにしていたのか、落胆する彼女の姿を道行く人々が無遠慮に一瞥して通り過ぎていく。本当に遠慮なく視線を向けられているのだが、それでも彼女は微動だにせずに項垂れたままだった。
 その女性をよく見れば、無遠慮な視線を向けられていた理由がよく解る。綺麗な毛並みの金色の尻尾と髪、チラリと見える横顔は、眉尻を垂らして残念そうにしているが美人だった。これだけ美しい女性がいたのなら誰だって気になるし、十人中十人が声をかけてもおかしくはない。
 おかしくはないが、ただそれは、彼女が人間であればの話だ。いかに美しい容姿でも、いかに人間に慣れていても妖怪は妖怪だ。だから皆気になっても一瞥するだけで誰も『何かあったのですか?』と声をかけたりはしない。
 人間にとって妖怪は恐怖の対象でしかないのだから、普通ならそうだ。
 だが、その普通の人間とこの少年には一つだけ大きな違いがあった。それは橙という妖怪と仲が良いという事だ。里の中に入ってこれる妖怪と言うのは、ある程度の良識のある者達だ。下手に怒らせる事をしなければ危険はないとされている。
 それは橙との出会いで知っていたし、何よりも少年はその女性が気になっていた。
 それは、その美しい容姿に思わず一目惚れ、とかそんな感情ではなく、もっと純粋に『何があったのだろう?』と言う好奇心からだった。橙と仲良くなっていたため、少年の妖怪に対しての警戒心は薄れていた。
「あの、どうかしたんですか?」
「ん?」
 だから、ついつい声をかけてしまった。



 

 気がつくと、少年の目の前のテーブルには団子が所狭しと並んでいた。
 みたらし、あんこ、ずんだもあればゴマだんごもあった。
「どうしたんだボーッとして、食べないのか?」
 訳も解らずにいると、突然声をかけられた。その声の方に視線を向けると先ほど声をかけた女性がテーブルを挟んで向かい側に座っていた。
 被っていた帽子も脱ぎ去り、ピンと突き立つ耳が、解っていたが、彼女が人間ではないのだと、再認識させる。
 向かい側に座る彼女は、お茶を片手にとてもくつろいでいるように見えた。
 何がどうなって、このような状況になったのか本当に訳が解らなかった。
「え? えっと、これ……?」
 思わず疑問の言葉を発すると、
「最初うどん屋に案内された時は驚いたが、先ほど君には美味しい油揚げを売ってくれるお店を紹介してもらったからな、これは心ばかりのお礼だ」
 カラカラと愉快そうに、鈴のように笑いながら説明してくれた。
 彼女の『油揚げを売ってくれるお店』の言葉にぼんやりと少年は思い出す。
 確かに、あの豆腐屋の弟が営んでいて、毎日豆腐や油揚げを卸しているうどん屋を紹介した。そんな記憶がぼんやりとだが残っていた。
 だが、それでもまだ訳が解らなかった。席を一緒にしている妖怪の女性に声をかけた後からの記憶がぼんやりとしていて定かではなかったからだ。全てが曖昧で突然過ぎて、少年の頭は未だに目の前の光景を理解できずにいた。
「あの……、藍、さん?」
 彼女の名前を少年は聞いた覚えはない。だが、口から自然とその名前は出てきた。そして意識するとやはりぼんやりとだが、名前を聞いた記憶が残っていた。
 そう、彼女の名前は『八雲藍』。幻想郷を覆う博麗大結界を管理する大妖怪、八雲紫の右腕とも言える妖怪。最強の妖獣と、確かそんな通り名のある妖怪のはずだ。どうして九本の尻尾を見た時に思い出さなかったのか? 藍の事を意識した途端、今までなんとも感じなかったはずなのに、突然恐怖が湧き上がってきた。
「どうした? 団子は嫌いだったか?」
 『さっきは好きだ、と教えてくれたじゃないか』と、少年の目の前で藍は優しく笑顔を浮かべて言ってくるが、今はその優しい言葉ですら少年にとっては恐怖の対象でしかなかった。
 人間の里の中に入ってこれる妖怪は怒らせさえしなければ危険はない、と教えられていたが、本来少年にとって里の中にいようが外にいようが妖怪は妖怪で、大人達の言う違いは理解していない。きっと大人達だってはっきりとは理解していないだろう。だから先ほども、一瞥するだけで誰も藍に話しかける者はいなかった。
 彼も橙と接していなければきっと声をかける事はなかっただろう。
 橙との出会いで薄れていた妖怪への恐怖心は『もしかしたら記憶がないのは何かをされたからではないだろうか?』と言う疑いの気持ちから再び大きく、濃くなっていった。
「ああ、そんなに怯える必要はない。私だってむやみやたらに人間を襲う事はない、安心してくれ」
 少年の雰囲気から察したのだろう。藍が慌てて言葉を紡いだ。そして不思議な事に、藍のその言葉を聞いたら、たった一言『安心してくれ』と言われただけなのに、その言葉通り安心して、恐怖心が薄れていった。
「これで大丈夫だろう? もう何も気にする事もない。遠慮せずに食べてくれ」
 笑顔で言われた言葉に少年は違和感を感じたが、何故かそれ以上気になる事はなくなり、促されるまま団子に手を伸ばした。
 思い切って一口口に入れた団子の味は、
「美味しい」
 思わず、そんな感想を漏らすほど美味しかった。
「ふふ、気に入ってもらえたかな?」
「うん、凄く美味しい!」
 お世辞や機嫌取りの言葉などではなく、本心から出た言葉だった。ずっとこの里で生活してきたが、こんなに美味しい団子屋があったのを知らなかった。
「そうかそうか、ならどんどん注文するからな、好きなだけ食べるといい」
 次々と団子を口にする少年を見て藍がまた、カラカラと鈴のように笑う。その姿は不思議な魅力があった。橙のようなお日様のようなこちらまで元気になる笑顔とも違う。思わず見惚れるような、そんな美しさがあった。
 というよりも実際、少年は見惚れてしまっていた。そのせいで視野の狭くなっていた少年は気が付かなかった。店内に他のお客も店員すらも、自分達以外他には誰もいない事に。

「そうだ、せっかくだから君の話を聞かせてくれないか?」
 夢中で団子を食べている少年に藍はそう切り出した。
「僕の?」
「ああ、私のところにも君くらいの可愛い子がいてね。人間と妖怪とで違いはあるだろうが、君くらいの子達が何をして普段遊んでいるのか興味があるんだ」
 藍からの突然の申し出。『いいかな?』と続けられた言葉に特に否定する理由もなかったので少年は頷いた。その様子を見て藍は『ありがとう』とまた優しく微笑んだ。





 違和感に気付いたのは暫くしてからだった。何かがおかしかった。少年は彼女から出される全ての質問に、何故か正直に答えてしまっていた。
「ふむ、それで興味があってつい里の外へ?」
「うん、どうしても気になっちゃって」
 誰かに知れたらいけないと思い、言わないようにしていた事さえもスラスラと口から出て行った。まるで彼女の言葉に絶対に逆らえないようだった。
 今、藍からの質問はあの日の、あの時の事に近づいてきていた。あの日、里の決まりを破って、人間の里の外まで魚釣りに出かけた日、川原で橙にあった時の事に近づいていた。
 内心で少年は焦っていた。あの時の事は二人の秘密にしようと、橙と約束していた。その約束を守って今まであの日の事は誰にも話してはいない。
 それなのに、このままではあの時の事さえも口にしてしまいそうな、そんな気がして不安になった。
 もしも、あの約束を破ってしまったら橙にはもう二度と会えないんじゃないか、とそんな気がしてならなかった。
「……まったく、里の外は危険だと言う事は知っているのだろう?」
「うん、慧音先生も、お父もお母もいつも言ってるから知ってる」
「それでも気になって行動してしまうのは子供の好奇心と、男の子のヤンチャさのせいかな? まぁ、好奇心は大切だ。だがな『好奇心は猫をも殺す』という諺だってあるのだから気をつけないといけないぞ?」
 軽く、それでも強めた言葉で藍は注意する。しかし反面、子供の持つ好奇心ではどうしようもないな、という感じに呆れたような声で藍は笑っていた。
 その様子を見て少年は安堵した。雰囲気的にもこれで話が終わりそうだ、とそう思ったからだ。しかし少年のその予想を裏切り、どこか惚けた感じで藍の言葉は続けられた。
「ああ、そうそう猫と言えば、もう一つ聞いていいかな?」
「……なに?」
 猫と言う単語に内心ドキリとした。あの時の事を思い出す事で、橙との会話の内容も思い出してきていた。そして引っかかる。
 あの時、橙との会話に確か『藍様』と言う単語が出てこなかっただろうか? 橙は藍に頼まれてあの場所に来たのではなかっただろうか?
「ずっと気になっていたんだがな、なんでお前から橙の匂いがするんだ?」
 もう少し早く、思い出すべきだった。少年は後悔する。
 藍の声色は変わっていない。さっきと同じままだ。他愛のない話をしていたときと変わっていない、変わっていないはずなのに妙な威圧感を確かに感じた。
「……あ、ぅ?」
 まるで金縛りにあったかのように体が震え、上手く動かなかった。その少年の様子を見て『……少し、強かったか』と藍は呟く。
 自由の利かない体と声も出せない息苦しさから、先ほど消えたはずの恐怖心がまた鎌首をもたげる。
 それまで見惚れるほど美しいと感じていた藍の顔が、もはや恐怖の象徴としか思えなくなって、誰かに助けを求めようと少年はどうにか店内を見回す。
 そこで初めて、自分達以外は店内に人の姿は無い事に気が付いた。
 元々客の少なかった店内であったが、まばら程度に人はいた。それに店員までいなくなっているのは明らかに異常だ。店外からは道行くであろう人々の変わらぬ喧騒だけが聞こえてくる。
 それなのに、この店の中だけはまるで切り取られたかのように静かで、誰もいなかった。この光景を少年は目にした事がある。橙の用意した『人払いの術』の時とよく似ていた。
 橙は自分の力は弱いから小さい範囲でしかお札の力を使う事は出来ないと言っていたが、彼女の主人である藍なら建物一つに異界を作る事など容易いのだろう。
「落ち着いて、話してもらおうか。お前が橙に何をしたのか、を」
 変わらず優しい声色の、その言葉に逆らえなかった。





 夏を謳歌するような力強い蝉の鳴き声。川辺から聞こえる魚が跳んだ様な水滴の音。そしてそれに混ざる、二人の荒い息遣い。
 夏の強い日差しに身をあぶられて、身体中に玉の様な汗を浮かべながら、行為に没頭する。
 一心に腰を動かし、体を絡めあう。互いに快楽を貪るように腰を動かしあう姿には、技術とか格好とかそんなものは何も感じない。
 言うならば、本能的で、野生的な行為。交尾と言う表現の方が似合いそうな荒らしい性行為。汗を撒き散らしながら、ジュプジュプと卑猥な水音をたてながらそれは続けられた。
 ずっと続きそうなその行為にも唐突に終わりが来る。
 一番奥にペニスが達したと同時に少年は射精した。橙も膣内に入り込んでくる熱い液体の感触を感じながら達していた。



 

 その少年の趣味は釣りだった。寺子屋が終わってから、家の仕事がない暇な時は、竿を持って里の中の溜池でよく釣りを楽しんでいた。
 毎日、毎日時間を見つけては飽きもせずに水面に糸を垂らした。
 しかし、最近彼は珍しく退屈していた。
 里にはこの溜め池くらいにしか大きな魚はいない。
 そのため少年以外にも魚を釣りに来る者も少なくはない。
 下手な人間がいると魚は身を隠してしまうし、大きな魚を他の誰かに釣られてしまう事もある。それにずっとこの場所でしか釣りをしていなかったから、本音を言えば少し飽きていた。
 もっと他の場所でも魚を釣ってみたい。見た事もない大物に出会いたい。そんな純粋な欲が少年の中で燻っていた。

 だからこの少年が、子供一人で出歩く事は禁止されている里の外へ出たきっかけは、本当に些細な事だった。
 売り言葉に買い言葉、なんて事はない。発端は寺子屋での出来事で、友人と口論になった事が原因だった。

 釣り仲間の友人が見た事もない大物を釣り上げたと自慢してきた。それが本当か嘘かは解らないが、先を越されたようで悔しくて、つい『僕はもっと大きな魚を釣った事がある!』と口から出任せが出てしまった。大好きな釣りに関してだけは、少年はプライドが高かった。友達にも、誰にも負けたくはなかった。
 だから『なら、証拠を見せてみろ』とからかうように言ってきた言葉にもまた『解った、釣ってきてみせてやる!』と言ってしまった。友達の大物を釣りあげたと言う言葉は嘘かもしれない。実際、里の溜池で少年はずっと釣りをしているが、一度もそんな大物を見た事はない。
 だが、子供は思うより単純である。特に頭に血が上っていれば尚更だ。
 少年も、相手に証拠を見せてみろ、とでも言えばよかったのだが、つい負けたくなくて嘘を言ってしまった事で、引くに引けない状況を自ら作り出してしまっていた。
 大人達から見たら、両方とも見栄っ張りの嘘で、本当に些細な事でしかない。
 だが当人達にとっては、一歩も引けない程重要な事だった。





 その日釣りをしている少年の姿はいつもの溜池にはなく、妖怪の山のふもとより少し下流に位置する川にあった。
 今日は寺子屋の授業は休みで、家の手伝いもなかった。また、前日に降っていた雨が嘘のように天気は快晴で、絶好の釣り日和だった。
 だから、思いついた日が吉日。もう、どうしても我慢が出来なかった。 
 一応、怪しまれないように、両親にはいつもの溜池で釣りをしてくると言ってある。そうすると、両親も夕方まで少年が帰ってこない事を理解してくれているので、よほどの事がない限り探しにもこない。
 つまり、夕方までに戻ればバレる事はないと言うことだ。
 お昼用のおにぎりを二つ持って、一応里の外に出るので用心のために神棚にあった博麗のお札も持ってきていた。
 もし妖怪に出会しても、このお札があれば退治する事は出来なくても逃げる事くらいは出来るはずだ。
 そして、他にも愛用の釣竿と魚を入れる籠に網、餌……。必要な物を準備して、少年はいつもの溜池に行くふりをしてこっそりと里の外へ出たのだった。
 
 里の外に出る事は妖怪に襲われる危険があると言う事だが、それ以上に――誰からその話を聞いたのかもう思い出せないが――この場所で大物を釣り上げたという話を以前聞いてからずっと気になっていた。
 友人との口論は少年の『もっと大きな魚を釣りたい』『他の場所でも釣りをしたい』と言う好奇心を満たすには、十分な効力と口実となった。
 常日頃から、里の大人達や慧音に『里の外は危険だから子供一人で出てはいけない!』と強く言われていたから、里の外の川に興味があっても、ずっと大人しく里の中の溜池で我慢しているしかなかった。
 別に大人達と一緒なら外に出れるのだが、どうせ大人を誘った所で『危ないから』と言われて、反対される事は目に見えていた。
 だからこっそりと、ばれないように里を抜け出して、以前聞いた話を頼りに目的の場所まで少年は一人で向かったのだった。
「ここ、かな?」
 妖怪の山の麓にある川、以前聞いた話と立地的には一致している。
 目的地と思われる場所について、少年は一息ついた。
 道中警戒しながら目的地を目指してここまで来たが、妖怪にばったりと出くわしたり等はなく、特に何も問題はなかった。
 危険と言われているが、妖怪にさえ出会わなければ里の外の道も何の変哲もないただの道でしかなかった。
 ジリジリと身を焼くように日差しは強かったが、前日に雨が降っている事から川の水量は増していて、釣果に期待ができた。
 わくわくとした期待感。まだ見ぬ大物にすぐにでも釣りを始めたい、と逸る心を必死に抑えて釣りをする場所を探した。
 
 魚は人間が思っている以上に用心深く賢い。騒がしくても人の姿が見えても警戒されてしまう。だから、場所を決めるのは重要な事だ。
 少しして、草が茂って、魚に自分の姿が見えにくく、さらに妖怪にも見つかり難いようなちょうどいい場所を見つけた。
 少年は日差し除けの麦わら帽子を被りなおし、持って来た道具で川辺に魚を溜めておく囲いや、生い茂る草を少し刈り取り、慣れた手つきでちゃっちゃと自分のスペースを確保するとさっそく釣りを開始した。





 調子は良かった。いや、調子がいいなんてものじゃない。入れ食い状態だった。前日に雨が降ったおかげで湿度は高かったものの、魚は面白いように釣れた。他にも理由があるとしたら、他に魚をとる者がいなかったのだろう。釣り上げた多くが、いつもの溜め池にいるものより丸々とした大物だった。
 日がすっかり高い位置に移動しても少年は釣りを続けていた。
 これならば、『もしかしたら』があるかもしれない、と。初めて見るような大物ばかりで、持って来たおにぎりを食べるのも忘れ、つい熱中しすぎてしまっていた。
 
 それにより少年は自分のすぐ近くまで来ていた存在に気が付かなかった。

 木の陰になっている少し奥の方で、ユラっと動く大きな魚影が確認できた。
 遠くだし、はっきりとは解らなかったが、見間違いでなければ今までの魚の比ではない大きさだった。嘘で言った『もしかしたら』が本当に少年の目の前に現れた。
 ゴクリ、と緊張から唾を飲み込んだ音が、やけに大きく聞こえた。
 逸る気持ちを抑えるために、深呼吸をして気持ちを落ち着ける。
 そしていざ、慎重に針を飛ばそうとした時だった。
「わぁ、凄く沢山釣れてるね」
 横から、そんな無邪気な声を突然かけられた。
「え?」
 その声に目の前の大物に集中していた少年は思わず声の方を向く。
 そこには、川辺に作った魚を確保している囲いの中をじっと眺めている、見た事のない紺色の服を着た自分と同い年くらいの女の子がいた。
 それだけなら『珍しい服を着ているな』くらいなのだが、それは里の中での話だ。
 ここは里の外で、その少女には人間とは違う特徴があった。
 猫の様な耳が頭に付いてた。
 身体の後ろ、お尻の辺りから二本の黒い尻尾が伸びていた。
 それだけで十分解る。その少女が間違いなく人間ではなく妖怪だという事が。
 釣りに夢中になりすぎていて油断していた。こんな近い距離まで近付かれているのに全然気が付かなかった。
 相手は妖怪だ。もしも捕まったら多分、殺される。
 一瞬で少年の思考が『釣り』から『命の危機』へと変化する。
 少年は慌てて持ってきていたお札を出そうとするが焦っているからか上手く取り出せない。焦れば焦るほど上手く取り出せなくてバランスを崩し、そして、少女の『あ』と言う声の後でバランスを崩した少年は川に落ちた。





 ずぶ濡れになった服を少年は焚き火に当てていた。
 水位が上がっていたからか、落ちた位置は思ったよりも深く、全身ずぶ濡れになってしまった。川の水は冷たかったが、幸い、今日は日差しが強いため、濡れた服はすぐにでも乾きそうだった。
 そんな服を乾かす少年の目の前には、本当におかしな事に先ほどの少女――橙と名乗った――が罰の悪そうに座っていた。
 少年が川に落ちてすぐに、橙は少年の事をひっぱり上げてくれた。
 引き上げられた後で確認したお札は、水に濡れて字が滲み駄目になってしまっていた。
 少年はまだ幼いながら死を覚悟したのだが『ごめん、驚かす気はなかったの!』と言って目の前で謝る彼女の姿に拍子抜けした。
「あの……、ごめんね。私のせいで川に落ちちゃって……」
「……いや、いいよ、濡れただけだし今日ならすぐ乾くし」
「そ、そっか……」
「うん……」
 短い会話の後に長い沈黙。先ほどから会話しても終始こんな感じだった。
 少年は妖怪である橙を警戒し、橙は橙で自分のせいで少年が川に落ちた事を気にしていた。気まずい空気だった。
 妖怪は危険な存在だと大人達から聞いていた。稀に里にくる妖怪もいるが、それらは何もしなければ安全な妖怪だと大人達は言っていた。
 里に来る妖怪と来ない妖怪とで何がどう違うのか、少年には違いがよく解らなかった。
 ただ冷静になってみると、橙と名乗った目の前の少女は、何度か里で見かけた覚えがあった。
 なら彼女は、妖怪の中でも大人達の言う『安全』な部類の妖怪なのかもしれない。実際、先ほど川に落ちた自分を助けてくれたのだし、下手に手を出さなければ大丈夫なのかもしれない。そう考えると少しだけ緊張が解けた。
「あ、あのさ……」
「あ、あの……」
 二人の言葉は、ほぼ同時だった。
「あ、先にいいよ」
「あ、ありがとう……、あの、さっきは本当にごめんね」
 これで少年が橙に謝られるのは何度目だろうか? 猫は水に濡れる事を嫌うと言うから、そのため本当に悪い事をしたと思っているのだろう。
「こんな場所に人間がいるのなんて珍しいし、その、お魚釣るの凄く上手だったから気になっちゃって……」
「そうだったんだ……」
 橙の言葉を聞いて少年は、やはり猫っぽい妖怪だから魚の事が気になったのだろうか? と、ぼんやりとそんな事を考えていた。
「それで、君は何て言おうとしてたの?」
「え? 僕はその……、橙、ちゃんは人を襲わない妖怪なのかな? って」
 本来なら聞きにくい質問だろう。
 違った場合失礼であり、そうであった場合は非常に気まずくなる。
 彼がもう少し大人ならオブラートに包んでいたであろう質問に、橙は特に気にせず答えた。
「私? 私はお肉とか好きだけど……。あ、で、でも人間は襲わないよ! 藍様にも紫様にも幻想郷の人間は食べちゃ駄目って言われてるから」
「そ、そう、なんだ……」
 橙のその言葉に少し安心した。嘘かもしれなかったが今までの行動や言動から橙の言葉を少年は素直に信じる事にした。怒らせるようなマネをしなければ、多分大丈夫だろう。そうやって安心したら、お腹の鳴く音が聞こえた。
 ただしそれは少年のものではなく、目の前にいる橙から聞こえてきた音だった。
「……あ、あの、よければ、お魚少しだけ、わけてもらってもいい?」
 『お昼持ってきてないの』と彼女は顔を赤らめて照れたように笑って言った。
 ちょうど自分も釣りに熱中していて何も食べていなかったから、せっかくだから一緒に食べる事にした。
 釣り上げた魚は沢山あるし、何より人を襲わないのと言うのなら彼女に少し興味があった。





 魚が焼きあがるまで暇だったため、どちらともなく話しかけていた。
 人を襲わないと解り、少年にも少しだけ余裕が出ていたのだろう。魚が焼ける頃には二人は大分仲良くなっていた。
 今は、少年が何のために里の外に出てまで魚を釣りに来たか? など、お互いが何をしにこの川に来たのか話をしていた。
「じゃあその、藍様に言われて、橙ちゃんも魚を取りに来てたんだ?」
 橙はその問いに『橙でいいよ』と言ってから答える。
「うん、新しい術の効果の確認もかねて、式が簡単にはがれないようにしてもらってね。それにはこのすくーる水着って服が良いって藍様が言ってたの」
 橙はそう言って今身に付けている服を引っ張ったりする。
 幻想郷では見た事のない服だった。
「それも外の服なの?」
「そうみたい、外の世界で泳ぐ時は女の子は皆コレを着てるんだって」
「ふーん?」
 二人は向かい合い、持って来たおにぎりを一個ずつと、釣った魚を数匹焼いて食べながら話していた。少年の『相手が妖怪だから』という最初の頃の警戒心はもうなくなっていた。
 こうして話をしてみると、自分と同い年の女の子と一緒にごはんを食べているという感じだった。
 尻尾と耳がある以外、自分達とそんなに変わりはないと感じていた。
 ただ違う点があるとすれば、何と言うか彼女は無防備だった。この位の年の子になれば、そろそろ男女の体付きの変化が気になる頃だ。
 実際同い年の女の子達は見られる事に、男の子からの視線に凄く敏感になっているように感じる。それは逆だってそうだ。
 それなのに、目の前にいる彼女は見られる事を何とも思っていないようだった。
 猫又。動物の妖怪だからだろうか? 橙は少年の目の前で無防備に足を広げながら座って、豪快に魚に齧り付いている。
 いくら『すくーる水着』とかいう服を着ているからと言って、隠す事もせずにそうやって座っていられると目のやり場に困った。
 先ほどからずっと、一心に魚を食べている橙の少し膨らみの始めている胸や、そのずっと下、男の子だったらアレが付いている部分。見ては駄目だと思いながらも目が離せなかった。
 それは自分とは違う、妖怪という種族はどういう感じなのか? という純粋な好奇心が半分と、もう半分は……。
 
 少年が今身に付けているのは、服はまだ乾いていないから汗を拭くために持ってきていた大きめのタオルだけだった。
 そのタオルを腰に巻いてあとは手で押さえるようにしていたのだが、タオルの下で自分のがどんどん大きくなっていく事に少年は気が付いた。脈を打ち、血が下半身に集まっていくのを確かに感じていた。
 先ほどまでは、警戒心と恐怖から橙の事を異性として意識していなかったが、警戒心が薄くなった事で思考に余裕が出来た事から起こった生理現象だった。
 実際橙は可愛くて魅力的だった。もしも彼女の事を見てこうなったと知られたら怒るだろうか? それとも軽蔑されるだろうか?
 ついさっき出合ったばかりではあるのだが、それはどちらも何だか嫌な気がした。
「こっち、ジッと見てどうしたの?」
 橙の声にハッと我に返った。いつの間にか彼女は魚を食べ終えていた。ずっと胸から下を見ていたから気が付かなかった。  
「え!? あ、いやいい食べっぷりだったから、その、そうだ! もう一匹くらい焼こうか? まだまだ魚はいるし」
 橙の体に見とれていた何て気付かれたくなくて、少年は慌てて思いついた言葉を口にして身を捻り籠から魚をとろうとした。
 ただ、それがいけなかった。
「あ……」
 少し驚いたような橙の声に、すぐに座った状態で身を捻ったため、腕で隠していた部分が彼女に見られた事を少年は悟った。
 タオルを押し上げて、まるでテントをはったようになっている自分の股間。
 一瞬時間が止まったように感じた。ミーンミーンと蝉の鳴き声だけが響いた。
「あ……っ! その、コレ、は……」
 慌てて隠したが、一瞬で頭の中が真っ白になっていた。何て言えばいいのか言葉が出てこなかった。いい言葉が思いつかず思わず顔を伏せた。こんな状態になっているのを見られて、顔を合わせるのすら恥ずかしかった。
「……あの、さ」
「……………」
「ソレって、私を見てそうなったの?」
 そんな質問をされたが、橙がどんな顔をしているのか解らなかった。怒っているだろうか? それとも軽蔑しているだろうか? 声色からは解らない。
 気になったが、顔を上げる勇気がなかった。
「あの、ご、ごめ……」
「気付いてた、よ」
 謝ろうとした言葉は橙の声に遮られた。
 そして彼女の口から出た言葉に思わず『え?』と顔を上げた。目に映った橙の顔は少し頬を染めて照れているようだった。
「その、藍様から男の子はそういうもんだ、って聞いてたから……。でも、私の身体は藍様とか紫様と違っておっぱいも大きくないし、気のせいかなって、自惚れてるのかな? って思って、気付かないフリしただけなんだけど……」
 まさか最初から気付かれているなんて思わなかった。驚き、やはり恥ずかしさから言葉を失っている少年に気することはなく橙は続ける。
「だから、もしも、私何かでそんな風になっちゃったんなら、ちょっと嬉しいかな、って……」
 少し照れたような顔で、自信なさそうに橙は言った。
 その言葉に少年はなんと言うべきか悩んだ。少しの沈黙の後、正直に橙の事を見てこうなったのだと言った。何となくだが、変にごまかさない方が彼女を傷付けないと思った。
「え? あ、そうなんだ……」
 『そうなんだ』と、もう一度嬉しそうに、噛み締めるように照れ笑いを浮かべて橙は口にした。
 そして、
「……あの、藍様から聞いてるんだけど、男の子ってそうなると大変なんだよね?」
「え? ……まぁ、そう、かも」
 実際こうなってる状態を見られ続けているのは、非常に恥ずかしい。
「じゃ、じゃあさ!」
 意を決した様などこか上ずった橙の声に少し驚いた。
 そしてそんな驚く少年の目の前で彼女は、少し迷ってから口にした。
「藍様から! 話、聞いてて、わ、私そういう事に少しだけきょ、興味あって……その……っ」
 顔を照れてではなく、今度は羞恥に赤らめてだろう。何度も言葉を切りながらそれでも橙は最後まで口にする。
「私の身体、もっと見たい……?」
 『私のせいでそうなったんだから、私がしてあげる?』と、続けられた言葉に少年は迷った。
 ただでさえ女の子に見られる今でも凄く恥ずかしいのに、そんな事頼んでいいのだろうか? 
 そもそもこの少年は、普段は釣りの事で頭がいっぱいで性知識には疎い方だった。もちろん経験なんてない。
 むしろ、恥ずかしさから嫌悪感に近い感情を感じて、自慰もした事がない程で、たまに友達とそういう話になった時は適当に話をあわせていただけだった。
 だから友人から聞いている話で処理の方法や知識はあったが、興味はあっても嫌悪感が勝ってしまい、実際に行った事は一度もなかった。
 普段なら断るはずだったが、こんな魅力的な、可愛い子がしてくれるというシチュエーションと、今までしてこなかったため、話に聞く気持ちのいい事への好奇心がとうとう嫌悪感と羞恥心を上回った。

 気付けば、少年も顔を真っ赤にしながら静かに首を縦に振っていた。





 物陰に隠れるという事は、この時の二人の頭の中にはなかった。
 近くに自分達以外誰もいないだろう、と言う事で特に気にしなかったし、それ以上に両方ともはじめて同士で好奇心が細かな事に勝ってしまっていた。

 肌をじりじりと焦がすような日差しの下、少年は川原の中で比較的平らになっている大きめの岩を選び、その上に腰に巻いていたタオルを敷き何も身に付けていない格好で橙の目の前に座った。
 その正面ではお尻を少し上げた状態で、頭を少年の股間に埋めるようにして橙が収まっていた。
「……っ」
 先ほどから、吐息が当たるほど間近な位置でジッと見られている。恐る恐るといった手つきで突かれたり握られたりを繰り返されていた。
 動きを見るように指先で突かれ、形を確認する様になぞられ、硬さを確かめるように何度も軽く握られた。
 マジマジと見られている事や、彼女の手に触れられているという事が、今まで感じた事のない何とも言えない妙な刺激となっていた。指が触れる度に、握られる度に、息がかかる度にピクピクと、大きくなったペニスは自分の意思に反して動いていた。
「あの……、そんなに見られると恥ずかしい、んだけど」
「あ、ご、ごめん。本物の、人間のおちんちんを見たのは初めてだから……」
 まるで初めて見るおもちゃで遊んでいるかのような動きに、羞恥心から耐えられなくなって搾り出した言葉に、橙は慌てたように答えた。
 言われて、自分が何をしていたのか意識したのだろう、上げられた橙の顔は真っ赤になっていた。
「でも、ど、どうすればいいのかは、藍様に教えてもらってるから」
 恥ずかしさを誤魔化すように早口気味に橙はそう言うと、また股間に顔を持っていく。そのまま今度は、二度三度と大きく深呼吸をしているのが見て取れた。
 そして意を決したように、橙が皮の被ったままのペニスに舌を這わせる。
「え? ち、橙!?」
 驚いたのは少年だ。まさかそんな場所を舐められるとは思わなかった。少年の驚いた声に動じる事なく、優しく数回、形を確かめるように舌は動いた。
 そして橙は一度舐めるのを止めると、また数回深呼吸し、皮を被ったままのペニスに手を添えると優しく皮を剥いた。普段は皮の下に隠れている敏感な部分が外気に触れる。それだけでビクっとペニスは意思に反して動いた。
 血が溜まりパンパンになっている亀頭、そこは普段は皮の下に隠れている部分であり、普段自分ではあまり剥かないのだろうカリ首の所には恥垢が溜まっていた。皮を剥いた事でその恥垢のむわっとした匂いが広がる。間近にいた橙はその匂いを嗅ぎ『……凄い匂い』と、どこかうっとりとするような声色で呟いた。
「う……」
 少年の方は、ただでさえ見られて恥ずかしいのに、舐められて、匂いまで嗅がれる何て思ってもなく恥ずかしくて、思わず橙から顔を逸らした。
「き、綺麗にしてあげるネ?」
 それに気付いてか気付かずか、橙から発せられた言葉。それは気まずくなった空気を消すようなどこか上擦った声だった。
 『綺麗にしてあげる』と言う言葉から、ペニスをタオルか何かで拭かれるのかと思っていた少年を、想像していなかった刺激が襲う。
 腰が引けそうになる刺激に、思わず逸らしていた目で確認すると、橙の小さな舌がまだぎこちなく恐々とした動きで、露出された亀頭を舐めていた。
 猫特有のザラザラとした舌の感触が亀頭の周りのカリ首の部分、皮との境を入念に、恥垢を削ぎ取るような動きで何度も往復する。
「……ぅっ、ふあ、ぁ」
 皮の上から舐められた時とはまるで違う刺激、舌が亀頭を撫でる度に口から情けない声が漏れた。その声を聞いて何故か橙が微笑んだ気がした。
 そして、数回そのまま舐められた後でパクッと口の中に咥えられた。夏の気温よりもずっと熱い橙の口内に咥え込まれて、このまま溶けてしまうんではないか? と思えた。
「ん、ひもひいいほ?」
「う、く、咥えながら、喋んないで……」
 情けないが、少年はそう答えるのがやっとだった。
 何せ普段は隠れている一番敏感な場所が、ザラザラの舌で舐められるのは暴力的とも言える程に刺激が強かった。熱い口内に咥えこまれた後も、口内で舌は蠢き、亀頭を刺激し続けていた。
 その様子を見て、橙の笑みがさらに濃くなった気がした。まるで面白いおもちゃを見つけた子供の様に嬉しそうにしている気がした。現にお尻から伸びているニ本の尻尾が楽しげに少年の目の前でゆらゆらと揺れていた。
 そのまま、遊ぶような橙の口での奉仕はしばらく続けられた。どこを舐めると気持ちいいのか確かめるように、亀頭や竿の部分を何度も舌が往復する。思わず腰が引けそうになる刺激に体が逃げようとすると、腰に手を回されて逃げられないように固定された。
 まだ拙い橙の攻めだが、経験の全くない少年には効果が大きかったようで、1分も経たない内に少年に限界が訪れた。
 それは少年にとって、生まれて初めての感覚だった。尿意はなかったはずなのに何かが出そうな感覚――射精の感覚なのだが――を感じた。
 少年はそんな自分の知らない初めての感覚に戸惑い、思わず声を上げる。
「ち、橙もうやめて、おしっこ、でちゃいそう……」
 生まれて初めての感覚に戸惑いながらも、勘違いから橙におしっこをかけてはいけないと少年は歯を食いしばり我慢する。
 しかしその声を無視して、橙は亀頭をまたパクリと咥え込んだ。
 予想外の橙の行動に少年は思わず『ふぇ?』と間抜けな声を出す。橙はそれを上目遣いで見上げながら『ひひほ、はひて』と、ペニスを咥え込んだままで言葉を発した。
 その咥えながら喋られた刺激が止めになった。
 少年の人生で初めての射精で出た精液は濃く、量も多かった。
 口の中で何度も跳ね回りながら吐き出される精液を、橙は口内で全て受け止めた。数回、もしくは十数回程も自分の口の中で跳ねて、全てを出し切った頃合いを見計らい、口に入った精液をこぼさぬように口をすぼめて、チュポンと音をたてて口からペニスを抜いた。
 そして、しばらく口の中で味わう様にしてからゴクリと音をたてて口の中にあるモノを全て飲み込むと、
「……うえぇ~、美味しいって聞いてたのに全然美味しくない、喉に張り付く感じだし苦じょっぱい」
 顔をしかめながら『藍様の嘘吐き』と毒づいた。





 口の中に残る味に耐えられず、橙が川で口の中をすすいでる間、初めての射精の余韻に少年はずっと浸っていた。
 話に聞くだけで今までやった事のない射精という行為が、ここまで気持ちいいものだとは思わなかった。
 ずっと煩かった蝉の鳴き声さえも今は耳に入っていなくて、
「えっと、気持ちよかった?」
 うがいを終えて戻ってきた橙の問いにも答えられなかった。体がボンヤリとしていて、頭がずっとボーっとしていた。
「……上手に、出来てたかな?」
「…………え!? あ、う、うん!」
 橙からの、不安そうな二度目の問いかけにやっと反応が出来た。それ程ボーっとしていた。橙の問いに気が付かないほど、それ程までに味わった事のない快感だった。
 少年からの返答に橙は嬉しそうにはにかむと、今度はその橙が、少年の目の前に座る。
「じゃあ、約束どおり次は君の番だね……、コレ脱いだ方がいい?」
 言って、橙はスクール水着を引っ張る。自分は裸であったが、それでも気恥ずかしくて、橙の裸をいきなり見る気にはまだなれず、着たままでいいと返した。
「そ、そっか……、えっと、じゃあ触って、みる?」
 橙の言葉に無言で頷くと、静かに手を伸ばす。橙の着ている紺色のその服は不思議な手触りだった。
 綿や絹とも違うサラサラとしたその手触りを楽しむように、服をなぞるように体に手を這わせる。滑らせるように全身に手を触れていくと『んっ』と、時折くすぐったがるような橙の声が漏れたりした。
 そうやって反応も見るようにして触っていると、触感が変わった部分があった。そこだけ他とは違い色が濃くなっていた。
 おそらく、先ほどうがいをした時にでも水がかかったのだろう。変色した胸の部分に手が触れるとビクっと橙は身を震わせた。
「…………………」
「…………………」
 思わず二人は黙った。触れている胸の部分から伝わる心臓の音がやけに早く、大きく感じた。
「ねぇ橙?」
「な、なに?」
「胸、見せてもらってもいい?」
「……、うん」
 短い沈黙の後の了承を得て、スクール水着の肩紐の部分に手をかけて開くようにして脱がせて胸を露出させた。
 少しも抵抗をしない橙の、少し膨らみかけた小さな胸があらわになる。恥ずかしかったのだろう橙は赤面して顔を逸らした。
「綺麗……」
 ポツリと漏れた少年の言葉に、橙は驚いたような顔で少年の方を見た。純粋に嬉しかったのだろう。
 橙は自分の身体を恥じていた。主人の藍やその主人の紫と比べてるとどうしても貧相な身体だからだ。まだ幼い橙が、あの二人と身体の成長を比べるのが間違っているかもしれないが、背伸びをしたい時期だったのだろう。だからこそ、少年が自分の身体を褒めてくれた事が嬉しかったようだ。
 向かい合ったままで、今度は逆に少年の方が恐る恐るといった感じで、あらわになった橙の身体に、胸に直に手を触れる。染みや皺何て少しもない、すべすべとした肌、指先に少し力を込めて感じる弾力を少し楽しむ。
 次にピンと突き出しているピンク色の乳首、それをクリクリと指の腹で刺激し、摘んでみる。摘むと『ひぅっ』と橙が声を漏らし、身体を震わせた。自分にも付いているが、女の子の方が敏感な部分なのだと理解した。
 少年も先ほど橙が自分のペニスをいじったように。手や、舌を使って、一つ一つ確認するように橙の体に触れていった。
 橙が着ていた服を腰元まで下げて、少し汗ばんでいるお腹から徐々に上に、おへそをなぞり、脇に触れて、また乳首を弄る。触れる場所で反応の違う橙。
 そのまま冗談で、猫が好きな顎の下をぽりぽりと軽く掻いてみると、ごろごろと喉から猫が喜んだ時のような気持ちのよさそうな声が聞こえた。
 少年は橙の見せる様々な反応が、少し楽しくなってきていた。
 それは少女の体に触れる事よりも、もっと純粋に、人の姿なのに猫のような反応を示す彼女が面白いという感じだった。
 好奇心。そう言った感情が少年の中で大きくなっていた。そんな拙い、愛撫とは言いがたい、手探りの動物を可愛がるような愛撫でも、橙から漏れる吐息はだんだんと熱を含んでいった。
 先ほどの口での行為や、初めて異性に触れられると言う事が、少なからず橙の身体をその気にさせていた。
 それに気付かずに順当に耳を弄っている少年はふと、橙の様子がおかしい事に気が付いた。赤くなった顔を気持ちばかり伏せて、足を堅く閉じてもじもじと落ち付かない様子だった。それが気になって思わず堅く閉じているソコに手を伸ばした。
「あ! まって……!」
 橙の抑止の声を無視して、閉じた足の間に手を滑り込ませると『クチュッ』と湿った音がした。蝉が煩い程鳴いているというのに、その音はやけに大きく響いた気がした。
 橙が思わず恥ずかしそうにさらに赤面する。恥かしさがピークに達したのか目には少しだけ涙が滲んでいた気がした。
 猫を可愛がる気持ちで橙の体を触っていたが、橙のその姿を見て、触れた感触を確認して、遊ぶようにしていた少年も自分達が何をしていたのかを思い出した。自分達が何をしているのかを強く、強く思い出す。そうすると現金なもので、先ほどまでそうでなかったペニスがまた痛い程に勃起し始めた。
「橙、足開いて……」
 少し緊張した少年の言葉に、無言で橙は閉じていた足を左右に開く。開かれた足の間、股間の部分の布地の色が他の部分よりも濃い色に変わっていた。
 水なんかどこにもない。橙が自分で濡らしたその場所は、縦に線が引かれた様に、少し楕円状に濃く変色していた。そこにもう一度指で触れてみる。
 さきほどと変わらない『クチュッ』という湿った音。そして指と服との間に細い糸を引く水やおしっことは違う体液。もう一度指で触れてみる。ただ今度は少しだけ強く、押し込むように指を当てる。
 するとまるで、飲み込むようにすっかり濡れているそこは、布越しの指を受け入れた。指が入ると『んっ』と、切なげな声が橙の口から漏れた。
 両者とも心臓の音が頭の中で煩い程聞こえていた。
 自然と息遣いが荒くなっていた。口で呼吸しなければならないほどに、心臓が脈を打ち、血を一箇所に集めていたからだ。勃起しても少し皮を被っているペニスは、口で奉仕されていた時よりも僅かであるが、それでも明らかに大きくなっていた。
 思わず喉の渇きから唾を飲み込んだ音がやけに大きく響いた感じがした。
「……橙?」
「……何?」
「もっと、よく見せて」
「………………っ」
 少年の言葉に、真っ赤な顔をしながら無言で頷くと、橙は水着を脱ぐのではなく股間の布をずらす、少年の目の前に閉じてはいるがびしょ濡れになっている橙の一番大切な部分が露になった。
「は、恥ずかしいからそんなに見ないでよ……」
 思わず屈んで初めて見るその部分を注視していると、頭上から少し泣きそうな震えた橙の声が聞こえてきた。先ほどとは立場が完全に入れ替わっていた。
 橙はこの後自分に何をした? そう思い顔を上げてみると、彼女は真っ赤な顔で目に少しだけ涙を溜めて顔を逸らしていた。これから何をされるのかを、先ほど自分が少年にした事と同じ事をされるのを理解しているのだろう。

 ただ、口では見ないでと言って顔は逸らしたままだが、拒絶するほど嫌がってはいない気がした。だから少年は、濡れたソコに自分がやられた時と同じように舌を当てる。舌先に少しだけピリっとした、酸っぱい味を感じた。初めて味わう味だが、特に不快に思わず気にせずに舐め続ける。スジに沿うように舌を当てる。他にも中に少しだけ入り込むように指を入れて、動かす。
 触れられる度に、舌が当たる度に、指を動かされる度に、ビクッと目を瞑り橙は身体を震わせる。
 橙が少年の反応を楽しんだように、少年もまた橙の反応を楽しんだ。どこが気持ちいいのか? どこを触れてほしいのか? それらを見つけるように弄り続けた。

 その部分を見つけたのは偶然だった。閉じていた割れ目が、刺激から少しだけ開いた時に上の方、割れ目の始まりの場所辺りに突起を見つけた。皮を被っている部分、何となくそこに触れた時だった。
「や、ぁっ!」
 今まで弄ってきた中で一番の反応を橙は見せた。
 橙自身も自分の口から出た声に驚き思わず両手で口を塞いだ程で、少年はその反応を見て意地悪な笑みを浮かべた。
「ふっ……あぁああ! そ、こ、そんなに、弄っちゃだめ!」
 声を押し殺すようにして堪えていた橙が、声を上げ一番反応を見せた場所を中心に少年は弄りだす。逃げようとする橙の腰を自分がされた時と同じように手を回して抑え、気にせずに攻め続ける。引き離すように頭を掴まれたが、力はさほど入ってはいなく少年は止まらなかった。
「あ、っあ、あ、あぁ………っ」
 短くて連続する悲鳴。頭を掴む手に力が込められているのを感じたが少年は気にしないで攻め続ける。
 その部分を舌先で舐めて、指で弄り、そして、甘噛みした瞬間『はぁ、んっ!』と短い悲鳴をあげて橙は大きく体を震わせた。
 それと同時に性器からは愛液が溢れ、掴まれていた頭にかかる力が一気に緩まった。そのままゆっくりと橙は身体を力なく倒した。息は荒く、表情は蕩けたような惚けた表情をしていた。
 それと同時に、先ほどまで閉じていた女性器は何かを待つように、少しだけ開いていて、愛液に濡れ、テラテラと薄く光って見えるその部分から少年は目が離せなかった。
 その視線に気付いて、橙が優しく微笑んだ。
「…………いいよ?」
 橙からの一言。たった一言だけだったが、特に会話は必要なかった。この後どうするべきかは、お互いに知識として何となく解っていた。
 だから、橙の身体を弄っていた時から、痛い程に勃起したペニスをソコに当てる。すぐにでも中に入れたかったのだが、滑って上手くいかなかった。入りそうになりながら何度も滑り、外れてしまい上手くいかない。早く入りたいのに、焦れば焦るほどに上手くいかなかった。
「ふふ……、ここだよ」
 見かねてか、橙が少年のペニスを掴み、入れる場所に持っていってくれた。
「このまま、押し込んで」
 力が抜けた、優しい声に言われるまま、そのまま腰をゆっくりと押し込む。
 触れた時に聞こえたクチュという水音、その直後に亀頭が口に含まれた時のように包まれた感覚があった。先っぽが入るとあとは楽だった。
 ゆっくりと橙の中にペニスが入っていく。橙の膣内は柔らかいのにとても狭く締め付けてきて、まるでお湯に入れたように熱かった。徐々に入っていく度に狭い膣内にペニスが擦れて、気を抜けばそのまま出してしまいそうになる程気持ちが良かった。
 中に全部入ると、少し恥ずかしそうな、でも嬉しそうに笑う橙と目があった。
「ね、私は大丈夫だから、動いていいよ」
 初めては痛いとか、血が出るとか聞いていたが、橙にその様子はなかった。
 だから少年は橙の言葉に遠慮する事なく動き始める。
 始めはゆっくりと刺激を楽しむように引いて、抜けそうな所まで来たら一気に突き入れた。腰を動かして、出し入れする度に橙の口からは甘い息が漏れ、それがまた少年を興奮させ、腰の動きが徐々に激しくなっていった。
 蝉の鳴き声に混じって、湿った大きな水音を何度もたてて、ペニスが何度も何度も橙の膣内を往復する。





 夏を謳歌するような力強い蝉の鳴き声。川辺から聞こえる魚が跳んだ様な水滴の音。そしてそれに混ざる、二人の荒い息遣い。
 夏の強い日差しに身をあぶられて、身体中に玉の様な汗を浮かべながら、行為に没頭する。
 一心に腰を動かし、身体を絡めあう。互いに快楽を貪るように腰を動かしあう姿には、技術とか格好とかそんなものは何も感じない。
 言うならば、本能的で、野生的な行為。交尾と言う表現の方が似合いそうな荒らしい性行為。汗を撒き散らしながら、ジュプジュプと卑猥な水音をたてながらそれは続けられた。
 ずっと続きそうなその行為にも唐突に終わりが来る。
「橙、僕、もう出そう……」
「……うん、いいよ、このまま膣内に」
 その言葉を聞き、一番奥にペニスが達したと同時に少年は射精した。橙も膣内に入り込んでくる熱い液体の感触を感じながら達していた。
 少年は全てを出し終えると、荒く息を吐き出しながら力なく、倒れるように橙に身を重ねた。
「うわ!? ちょ、ちょっと重いよ」
「……ごめん、力、入らないや」
 荒く途切れ途切れな少年の返答に『もぉ』と橙は少し呆れた声をだした。
 だが、何もかもが初めてだったのだ、しばらく動けなくなるのも仕方ない。緊張と興奮と、それに夏の茹だるような暑さの中での行為だ、想像以上に疲労しているはずだ。
 二人はそのまましばらく、重なり合ったままで蝉の声を聞き続けていた。ミーンミーンと絶え間なく鳴く蝉の鳴き声と、時折吹く風がどこか幻想的に感じられた。何故だかこの場に、というよりも世界に二人しかいないんじゃないか? と錯覚する。
 唐突に沈黙を破ったのは橙だった。
「ねぇ……?」
「ん?」
「私の膣内、気持ちよかった?」
 抱き合うように重なっているため、耳元で囁かれるような声、その声には少しの不安を含んだ様な響きが込められていた。
 まだ自分に自信が持てないのか、上手く出来ていたか? 気持ちよかったのか?と聞いてきた橙の不安を取り除くために少年は素直な気持ちを言葉にした。
「……うん、凄く気持ちよかった」
 きっと両方とも赤面していただろう。しかし互いに恥ずかしさから顔を合わせることはなかったから確認は出来ない。
 ただ橙はその言葉に、やはり『へへ、そっかぁ』と、照れたように、嬉しそうに笑った。褒められた嬉しさからか、意思に関係なく橙の膣内は今だ入ったままの少年のペニスをキュッと刺激していた。
 そしてその刺激は確かに少年に伝わっていた。短時間にニ回射精したというのにしっかりと反応を示した。
「……まだ、大きくなるんだね」
「…………」
 恥ずかしくて何も言い返せなかった。
「藍様に聞いた話とまた違う……」
 どこか訝しむ声が橙の口から聞こえた。そう何度も出来ないとでも聞いていたのだろう。
 普通ならそうなのだろうが、少年は若く、どうやら体力も有り余っていたらしい。『もう一回スる?』との問いかけは覚えたての少年には少し魅力的に聞こえた。
 しかし、
「で、でも……、しばらく動けないかも」
 真夏の太陽の下で、初めての行為で、しかもすでに二回も射精している。下半身と違い少年自身はへとへとになっていた。
 それは橙も感じていたのだろう。だから、続けてこんな提案をした。
「ん、大丈夫、私が今度は動くから」
 その言葉に『え?』と少年が疑問の言葉を上げるより早く橙は動いていた。
 見た目は同い年くらいでも流石に妖怪。力には差があった。少年の重さなど感じさせない勢いで起き上がり、そのまま少年を逆に押し倒した。
「痛っ!?」
 倒された拍子に背中に石が当たった。『あ、ごめん!』と橙が思わず謝ると、少年は『大丈夫』と短く返した。一応橙も気を使っていたようで勢いは凄かったが上体が入れ替わる瞬間は優しく支えられていたのを感じた。痛かったのは、背中の部分にたまたま尖った石が当たったからだ。これがもし布団やベッドの上なら痛みなど微塵も感じなかっただろう。
 先ほどまでとは逆に、少年の上になった橙が繋がったままの状態でゆっくり身を起す。そして見下ろすように少年を見つめて一言。
「ん~、でも何だろう、私こっちの方が好きかも……」
 もう裸を見られる事は慣れたのか、恥ずかしそうにはにかむような笑みではなく、今度はどこか嬉しそうに橙は笑う。
 もしかしたら橙は元々がそういう性質の娘なのもかもしれない。猫の妖怪だからだろうか、少年の目には興味のある獲物を見つけて遊ぶように追い詰める猫の姿と、今の橙の姿とが何だか重なって見えた。
 ただ、そんな勝ち誇ったような顔をしているのを見ると少しだけ、虐めてみたい衝動にかられた。
 ちょっとだけ困った顔が見たくなった。
「じゃあ、動くね?」
 そう言って、笑みを浮かべて上になっている橙のお尻の方にこっそり手を伸ばす。先ほど顎の下を撫でた時、橙は普通の猫のように気持ちよさそうにしていた。
 それならもう一箇所、気になっている場所があった。
 以前話に聞いた事のある部分。そこは猫が気持ちいいと感じると聞いていた場所。お尻の少し上の部分、尻尾の付け根の位置辺りをグリッと指で刺激してみた。
「ふにゃ!?」
 反応はすぐだった。予期していない突然の刺激に、橙がそんな声をあげた。もしかしたらクリトリスに触れた時よりもこちらに触れた時の方が反応が大きいかもしれなかった。
「だ、だめ、しっぽのとこは、びんかんだか、らっ!?」
 少年は下になりながら、橙の声を無視してぐりぐりと押したり撫でたりして反応を楽しんでいた。
 橙の勝ち誇った顔を困らせたいのと、先ほど大丈夫とは言ったが打った背中への仕返しのつもりだったのだが、思いの他いい反応を橙は見せた。
 力の抜けた『やめて』と『許して』と懇願する橙の声を無視して刺激を続ける。先ほどまで勝ち誇っていた表情をしていた彼女の顔は、目はぼんやりとして口はだらしなく開き、トロンと蕩けたような表情になっていた。
「うぁ、あぁぁぁ……」
 ずっと刺激を続けていると、短い悲鳴のような声の直後。ただでさえ狭い膣内がギュっと締まり、腰元に生ぬるい熱を感じた。
 確認すると、刺激が強すぎたのだろう。橙は達したと同時におもらしをしていた。普段ならおしっこをかけられるなど嫌悪する状況なのだが、今は不思議とそういう感じはしなかった。むしろその光景に興奮したのか、より一層ペニスが勃起したように感じた。
 短い痙攣を終えて力なく少年の上に橙が倒れ込んできた。相当疲労したのだろう。息は荒く目の焦点が少しずれていてへとへとになっていた。思わず橙の反応を楽しんでいた少年が『やりすぎたかも』と後悔する程度に橙は疲労しているようだった。
「だ、大丈夫?」
 長い息を吐きながら、いつまでも自分の胸の上で顔を横にしてぐったりとしている橙が心配になり声をかけると、橙が顔を少年に向けた。
 視線が合った時ドキっとした。雰囲気がおかしかった。目の焦点が戻っていたのだが目つきがさっきまでとまるで違っていた。焦点はハッキリとしているのに、どこかトロンとした蕩けたような熱を持った視線。
「……君が悪いんだよ?」
「え?」
 発せられた声も変わらないはずなのに、どこか熱を帯びている気がした。
「止めてって言ったのに止めてくれないんだもん」
「……え?」
 言い終えると、まだ繋がった状態のままで橙が体を起した。
 ただ、先ほどまでのどこか無邪気な感じではまるでしない。突然別人のような妖艶さを纏う雰囲気に少年は恐怖を覚え、
「ん……? 軟らかくなっちゃってきてるね」
 してはいけない事をしたのではないかという本能的な恐怖から思わず縮んでいた。
「うーん、じゃあ藍様に教えてもらった方法試してみよう」
 先ほどまでと同じ声色で、変わらない無邪気な雰囲気で発せれらた言葉なのに、やはりどこか違うと感じた。
 そして行われた事は無邪気と言うにはかけ離れた行為だった。
「え!? ちょ、橙!? そこお尻!!」
 いきなりお尻に、何度もつんつんと場所を確かめるように当たる橙の尻尾の感触を感じて慌てて大声を出す。
 これから何がされるのかまるで見当が付かなかったが、がらりと変わった橙の雰囲気から嫌な予感だけはしていた。
「うん? 間違ってないよ。ん、力抜いてよ入らないじゃない」
 入らない? 何が? どこに? 彼女が一体何を言っているのか意味が理解出来なかった。言いながらも尻尾はお尻の穴に当てられていた。
 これから一体何が始まるというのか? 混乱する頭で、それでも逃げようと体は動くのだが、
「逃げちゃだめ」
 逃げるために暴れようとした両手を、右手一本で簡単に押さえ込まれてしまった。頭の上で掴まれた状態の両の腕は、まるでビクともしなかった。
 自分よりも細い腕だというのに、渾身の力を込めても橙の腕を振り払う事は少年には出来なかった。
 その事を確認してか、ふふ、と橙は薄く笑いながら怯える少年の顔を見下ろす。
「君が止めてって言ったのに何度も尻尾のところ触るから、発情しちゃったみたい……」
 熱い息でどこか妖艶さを秘めた目で見つめられながら言われた言葉。
 『ちゃんと責任とってね』の言葉の直後、突然脇をくすぐられた。予期しない刺激に一瞬だけだが、思わず体の力が抜ける。その瞬間を橙は逃さない。ほんの一瞬緩んだ隙に少年の後ろの穴に尻尾を滑り込ませる。
「……ひぅっ!?」
 出る事にしか使わないはずの場所に尻尾が入り込んだ事で、短い悲鳴が少年の口から漏れた。その様子すら橙はどこか楽しそうに見つめていた。
「う……ぁ、ちぇんっ、お願い、抜いて、よ……」
 生まれて始める箇所に感じる異物感と、軽い痛みから少年はそう懇願するが、それすらも橙は嬉しそうに眺めて止めることはなかった。
 一度入り込んだ尻尾は、特に苦もなく、奥に入り込み続けた。音など出ていなかっただろうが、少年の頭の中では確かにズブズブと尻尾が入り込む音が響いていた。
 そして、ある場所で止まり、腸内を擦る様に尻尾が動く。
「前立腺って言うらしんだけどね、ここを刺激されるとね雄は……」
 自分の中で尻尾が動くのを感じで異物感を気持ち悪く思ったが、そんな感覚に反してペニスがまた大きくなってきていた。
「え? 何で……」
「ふふ、今度は本当だった……。また大きくなってきたよ?」
 驚く少年とは対象に、橙はうっとりとした表情で自分の中で大きくなっていくペニスの感触を楽しんでいた。
「ん、中で大きくなる感覚私好きかも……」
 橙は自分の身体の中でペニスが大きくなる感触に快感を感じているようだった。少年のが完全に勃起し終えると、
「すっかり大きくなったね? だから……」
 一度切り、耳元で『私が満足するまで付き合ってもらうからね?』と優しく囁かれた言葉の直後、ペニスの入っている膣内が蠢く。さっきまでの、ただ締め付けるような握るような感覚とはまるで違う。
 ペニスにネットリ絡みつくような刺激、膣内が早く精液を飲みたいと言うようにペニスに絡みつき蠢く。
 敏感な亀頭や竿の部分に感じる、まるで膣内だけが別の生き物なのではないだろうか? と錯覚するような刺激。しかも、グリグリと前立腺を刺激してた尻尾も激しく動き出し、そのあまりの快感にすぐに果ててしまった。
「んんっ、は、あぁ……」
 膣内に感じる射精の感触に、橙は吸い込んだ息をゆっくりと吐き出して、しばらくの間膣内に吐き出された精液の感覚、熱さの余韻を楽しむような表情でうっとりとしていた。
 ろくに休憩もせずに連続して三度の射精は、もはや少年に反抗する気力さえ残さない。完全に脱力した状態で息を荒くして下になる少年に、もう逃げようとする意思を感じない事を確認してか、橙は尻尾を引き抜き自分の中から力なく項垂れたペニスを引き抜いた。いかに若かろうと、体力的に限界だった。
 だからペニスを膣内から引き抜かれて、少年は少しだけ安堵していた。
 やっと終わった。そう思っていた。
 しかし、まだ終わりではなかった。橙は腰に引っかかるように身に着けていたスクール水着を完全に脱ぎさる。
「ふふ、これも藍様に教えてもらったの。気に入った雄がいたら他の雌が近付かないようにちゃんと匂いを付けておきなさいって」
 橙は頬を少し紅潮させ、自分の指で女陰を開きながら『ん、』と短く息を吐き、下腹部に力込めた。変化はすぐに起こる。
 開いた女陰。今まで入っていた膣穴の少し上の部分から最初は少しづつ、徐々に勢いを増しながらちょろちょろと黄色い液体が出てきた。
 そこから出るものを少年は一つしか知らない。
「うわ……? 橙、止めてよ……」
 休みなく続けられた行為のせいで気だるく体に力が入らなかった。何とか避けようとしたがそれすら億劫で、ただ橙にされるがままに匂い付け(マーキング)されていった。
 最初は足元から徐々に上の方に登って首の下、胸くらいまでかけられたところでその行為は終了した。
 満足そうな橙の顔を見た時、本当ならおしっこをかけられるという嫌なはずの行為が何だか嫌じゃなかった。
 自分以外の子に取られたくないから、橙がやった行いだと考えるとほんの少し嬉しいとさえ思っていた。そのせいもあるのだろうが、初めて見る女の子の放尿という行為は少年の一部をまた興奮させていた。
「ん? ふーん。ふふ、おしっこかけられても大きくしちゃうんだねぇ?」
 橙は少年のモノが徐々に大きくなり、堅さを取り戻していく所を見逃さない。
 信じられなかった、もうしばらく勃起しないと思っていたのに徐々にまた堅さを取り戻している。
 すっかり大きなったペニスを見て橙がニヤニヤとしながら言う。
「私知ってるよ、こういう人間が何て呼ばれてるのか」
 ニヤニヤと笑みを浮かべたままで橙は耳元に近付くと『変態』と囁いた。
 言われたその言葉を否定したかったが、まるで肯定するようにペニスがビクンと反応した。
「ふふ……、おしっこかけられて大きくしちゃうような変態さんにはおしおきしないとだね」
 身を起こすと少年から一度離れて、橙は足元からゆっくりと、猫が獲物を追い詰めるように、弱った獲物を嬲るように四つん這いになって橙は近付く。
 まるで舐めるように足元から腰、胸を通過して最後に頬を舐められた。ザラっとした舌の触感、その感触で最初に舐められていた亀頭が思い出したようにビクンと跳ねた。
「舐められてたの思い出しちゃった?」
 言葉と共にペニスを握られる。完全に橙が主導権を握っていた。
「…………っ!」
 少年は顔を赤らめて答えない。
「……また、舐めてほしい?」
 意地悪な笑みを浮かべての意地の悪い質問。その問いに少年は幾度か迷いながらも最終的に無言で頷いた。
 しかし、
「駄目」
 やはり意地の悪い笑みを浮かべて、橙が拒否する。
「そんな勿体無い事はダーメ、全部こっちに出してもらうから、ね?」
 そう言って立ち上がり、横になる少年を跨いで、見せ付けるような格好で両手を使い女性器を広げて見せた。
 広げられたソコはぐっしょりと濡れていて、中からは精液と愛液が混ざったものが出てきてツーッと糸を引いている。
「じゃあ、入れるね」
 橙は人は食べないと言った。
 でも、自分は今食べられているんだ。と少年はそう錯覚した。目にする光景はそう見えた。
 熱く濡れた橙のソコは、ペニスを飲み込むように受け入れて、咀嚼するようにモゴモゴと動き刺激してくる。
 確かに、言葉通り噛み付いたりして肉は食べないだろう。だがその部分はかわりに精を食べたいと言うように蠢いていた。

 発情した橙との行為は何度も行われた。勃たなければまた前立腺を弄られ、動く事が出来なければ橙が腰の上で何度も何度も止まる事なく跳ねた。
 何回行われただろうか? 回数なんて覚えていない。それほど長く、多く、行為は続けられ、少年は何回目かの絶頂と同時に意識を失った。





 少年が気が付いた頃にはもう、日が傾き始めている時間だった。誰かにおぶわれている感じがして、誰かの暖かい体温を感じていた。
 自分は何をしていたのだろう? 起きたばかりでボンヤリとした頭で考えていると『あ、起きた?』という声が聞こえた。
 その声は聞き覚えのある声で、その声を切欠に段々意識がはっきりしていくのを感じた。
「あの、ご、ごめんね。その、酷い事して……」
 本当に申し訳なさそうな声がまた聞こえてきた。どうやら初めて出合った時の橙に戻っているようで少し安心した。
 自分達は、先ほどまで川原にいた。その川原でやった事は決して夢でも何でもない事は体に纏わり付く気だるさが何よりの証明だろう。
 今日やった事、最後の方はあまり記憶にないが、何をしたのかはっきりと思い出せた。
「あ、ううん……、大丈夫だよ、僕が調子にのったのが悪いから……」
 今日の事を思い出すと相当恥ずかしい事をしていたな、と顔が赤くなるのを感じた。荷物を持ってきていない事に途中気がついたが、少年をおぶった橙の横をトコトコと多くの猫達が少年の釣り道具を背に乗せて歩いるのが見えた。猫達は橙の式と呼ばれる使い魔だという事をおぶわれながら聞いた。
 そのまま自分の力で歩くのが困難なため里の近くに付くまでおんぶされ続けた。その間いろいろ話を聞けた。普段は使い魔の猫達が言う事を聞いてくれないという愚痴や、彼女の大好きな主人の事。
 そして、発情すると性的欲求が強まり、理性を上手く制御出来なくなるという事も聞かされた。
 普段はその周期にあわせて貼り付けられた式で抑えているらしいのだが、今日は突然発情してしまったため抑制が効かなかったのだと橙は謝ってきた。
 ただ話を聞いてみると、全ての原因は自分にある事を理解したため、少年はむしろ自分の軽率な行為を恥じた。
 里が見える位置までくると、歩ける程度に少年は回復していた。
「大丈夫? よかったら里の中までおんぶしていくよ?」
「だ、大丈夫だよ、ありがとう橙」
 橙の申し出は正直ありがたかったが、里の中で橙におぶわれている所を友達にでも見られたら何を言われるか解ったものではない。
 それに、もしもそんな事になったら、両親に秘密で里の外に出た事もばれてしまうかもしれない。
「橙におぶわれたままだと、外に出た事ばれちゃうから……」
「あ、そっか……」
 そういえば自分は、ここまで橙にずっとおんぶして来てもらって来ていた。釣竿とかの道具も猫達がすべて運んできてくれている。そう考えると、お礼の一つでもするべきだろうと少年は考えた。
 少し考えて、橙がちゃんと釣った魚を籠に入れて持ってきてくれている事を確認すると、魚を籠ごと橙に渡した。
 戸惑う橙にお礼と言って手渡すと橙は喜んでくれた。
「いいの!? こんなに沢山いるのに……」
 釣れた魚は10匹以上いるが、元々橙も魚を捕りにあの川原にいたのだ。それが自分が調子にのって、変な事をしたせいで捕れなかったのだから、これくらいはしてもいいだろう。
「うん、僕の事里まで送ってくれた皆にお礼」
 道具を運んだ猫達は嬉しそうに足元で『にゃーっ』と鳴いた。
 釣りは好きだし魚を食べるのも好きだ。でも今日は、その魚を手放しても惜しくない情報が手に入った。
「それに魚だったら、またあの場所に行けば釣れるって解ったから」
「またあそこに釣りにいくの?」
 橙の問いに『うん!』と少年は力強く返した。
 あの時見た大きな魚影の事を少年は忘れていない。
 いつか必ずあの魚を釣り上げてみたい、という気持ちが少年の中に強く残っていた。今回はたまたま橙のような安全な妖怪に出会えただけで、里の外で釣りをするのは危険だと頭で解っていても、どうしても諦めたくなかった。
「じゃあね橙、今日はありがとう」
 別れの言葉を言って里の中に入ろうとした少年を橙は呼び止めた。
「待って! それならコレあげる」
 橙から何か手渡された。
「何コレ?」
 手渡されたのは人の形に切り取られた紙だった。少し何かの文字が書いてあるようだが、それ以外は特に不思議な所は見当たらなかった。
「これはね、本当は離れた式に命令する時に使う物なんだけど……」
 そこまで言ってから、実際に使った方が早いか、と言って人型の紙を額に当てるように少年に言う。少年が大人しく橙の言葉に従うと橙も同じように額に紙を当てた。そして、
『聞こえる?』
 それは不思議な感覚だった。
 橙は言葉を発していないのに紙を通して直接橙の声が頭の中に響いた。
 驚いた顔をしている少年を見て橙は満足そうだった。
「ふふ、凄いでしょ? これなら遠く離れていても何時でもお話できるんだよ」
 嬉しそうに、自慢げに橙は言う。
「だからね、もしもまた里の外で釣りをするならコレを使って私に教えてね? 私と一緒なら里の外でも平気でしょ?」
 確かに妖怪である橙が、もし護衛をしてくれるというのならこれ程心強い事はない。
 パッと笑顔になった少年に『それに』と言って橙は近付いて耳元で続ける。





「なんだ、やっぱり嘘だったんじゃないか!」
 次の日の寺子屋で、少年はまた友達と口論になった。魚を釣った証拠を持ってくる事が出来なかったため、馬鹿にするようにそう言われた。
 しかし、釣れなかっただけで見た事もない程の大物は確かに、あの時に見つけていた。
「嘘じゃない! 今回は調子が悪かっただけで次は……」
 そこまで言って少年の言葉は止まった。『次は』という単語で橙に別れ際言われた言葉を思い出す。
 
 『また、お魚釣って一緒に食べてその後は、その、また一緒にシよ? 今日みたくいっぱい、だからそれまで一人でシちゃ駄目だからね?』
 
 それに、の後に橙に耳元で甘く囁かれた言葉を少年は思い出し顔を赤らめた。
「な、何だよ? どうしたんだ?」
 突然顔を赤らめて黙ってしまった少年をどこか心配するような声に
「な、何でもない! 次は、次は必ず釣ってきてみせるさ!!」
 少年はぶっきらぼうに叫んだ。
「ほら、静かにしろ、そろそろ授業を始めるぞ?」
 そのタイミングで慧音が教室に現れ、授業が始まった。
 しかし、少年は授業中もボーっとして昨日の事を思い出してまったく授業に集中出来なかった。
 次に里の外に釣りに出るのは何時になるだろうか? あの大物を釣り上げるのはいつになるだろうか? 何時もの様に少年の思考は昨日見た魚影の事でいっぱいだった。
 ただ、チラッと別な事も考える。次に彼女に出会えるのは何時だろうか? それは今まで経験した事のない気持ちだった。
 橙の顔が頭から離れない。この逸る気持ちは、あの大物を釣りたいという気持ちよりもむしろ、また橙に会いたいという気持ちの方が強いかもしれない。
 また、橙に早く会いたいな、と少年は思った。
 別に昨日のような行為をしたいわけではない。
 ただ、もっと橙と話をしたい。一緒にいたい、という気持ちが強くあった。
 この感情の正体を少年は知らない。今まで感じた事のない感情だった。ソワソワと落ち着かなくて、橙の顔が頭から離れない。
 橙と次は一体いつ会えるだろう? ボーッとその事ばかり考える少年の頭が軽く叩かれた。
「ボーッとしてないで、ちゃんと授業に集中しろ」
 慧音のその声とともに、教室に笑い声が響いた。





「…………はぁ」
 話を聞き終えて、少年の目の前で藍は大きな溜息をついて頭を抱えていた。
「そうか、そんな事があったか……」
 話を聞いて、少年の目の前で『橙に教えるには少し早すぎたかもしれないな……』と藍はブツブツと独り言を言う。
 そんな藍を尻目に少年は罪悪感を感じていた。橙との二人だけの秘密のはずだったのに、自分はソレを破ってしまった。それを橙に申し訳なく感じていた。
 その様子に気が付いてか藍がフォローをいれる。
「ん? ああ、お前がそんな気に病む事はないぞ? 橙との約束だったのだろうが、仕方ない事だ。少々言霊を使わせてもらったからな、ただの人間程度ではよほどの事がない限り私の言葉に逆らえないさ」
「言霊?」
 『言霊』聞きなれない単語だった。
 藍の説明によれば、言霊は本来なら使役している式や、動物に命令を出す時に使う術らしいが、使役していない者にもそれなりに効果を発揮するらしい。
 勿論強すぎたりする妖怪や人間には効力は弱い術だそうだが、ただの人間程度なら問題なく術にかかるとの事だった。
 だから橙との約束を破って、全てを話してしまった事に少年は引け目を感じる事はない、と藍は言う。
「まぁ、それにだ、本当はな少し前から気が付いていたんだ。橙の様子がおかしかったし、男の匂いもさせていたからな、それでも『何もない』の一点張りでな」
 どうしても埒が明かなかったんだ、と藍は軽く笑って一度会話を切った。
 そして頬を掻きながら言葉を続ける。
「それで人払いの術を教えた後で橙にお使いを頼んだら、思惑通り人払いの術の符を持ち出したからこっそり後をつけていたんだ」
 偶然出会ったように思えた先日の事は、実は偶然じゃなく橙が少年に会えるタイミングを狙ってやっていたのだと説明された。
 さらにその時の事を終始見ていたという事も聞かされた。
「辛そうにしているのではなく、嬉しそうだったからな。それでどんな人間か興味があって話してみたくなったんだ。橙に酷い事をするような人間じゃなくてひとまず安心した……」
 言葉通り、藍は本当に安堵したような表情を見せた。
「本当にお前には非はないよ。勿論橙にもな。悪いのは軽率に余計なことを教えてしまった方にこそある。子供の好奇心の大きさを考えもしなかった大人の責任だ」
 『すまない』と謝まり。藍は席を立つと少年の目の前で膝を付いた。
「?」
 突然何故謝られたのか? 何故自分の前で膝を付いたのか? 意味がまるで解らないまま、少年はキョトンとしたが、疑問の言葉を発する前に藍が言葉を紡いだ。
「だからこれは、そのお詫びだ。君に橙との約束を破らせてしまったし、何より……」
 そこまで言ってから藍は少し考えるそぶりを見せると『いや、』とそのまま台詞を切って、それ以上は言わなかった。
「これはお詫びだからお前が動く必要はない。されるがままに身を任せてほしい。大丈夫だ慣れているから」
 一方的にそう言って、少年からの返答を待たずにおもむろに藍が少年の股間に手を伸ばす。
「ふ、ぇ!?」
 躊躇いなく行われた藍のその行動に驚いて、思わず変な声をあげてしまった。
 突然の出来事に慌てて逃げようとしたが、身体はまだ上手く動かなかった。
「む、嫌だったか? 橙とはもうヤっているのだろう? それに大概男というやつはこういうのを喜ぶものだと思っていたのだが……」
「い、嫌ってわけじゃ、ちょっと、驚いて、それにこういうのは橙だけとって、その……」
 驚いた事は嘘ではないし、他の人とこういう事をするのは橙に対して後ろめたかった。それは少年の本心だ。本当なら橙以外とこんな事をしたくはないと少年は思っている。
 それなのに、藍へ返す言葉が行為を拒否する言葉ではなく、さらに尻すぼみになっていったのは、それは勿論。
「ん? ……ふふ、そうは言うがちゃんと反応してるな」
 『ふふ』と薄く笑う藍の言葉の通り、布越しに当てられた藍の手の中で少年のペニスは大きくなっていて思わず少年は顔を逸らした。
 橙以外とするのは嫌だと思っているはずなのに、体は勝手に反応するし、何故か藍の誘いを断ることができない。
 おそらくはさっき聞いた言霊の効力なのだろうが、それでも、これほど橙を思っているのに断れない自分が情けなかった。
 そんな空気を察してか、藍が優しく言葉を発する。
「お前は何も悪くはない」
 また、言霊を使ったのだろう。『何も悪くない』と、たった一言だけだったが、その一言で気持ちが一気に楽になるのを感じていた。
「お前がそこまで橙の事を思ってくれているのは嬉しい事だ。でも、今は橙の事を思うなら、橙の事は考えるな……」
 一瞬だけ悲しそうな顔を藍が見せた気がした。が、
「それに、ここがこんなになっていては今更止めても辛いだけだろ?」
 まるで一瞬見えた表情が勘違いに思える程、軽いニュアンスでそう言われた。
 布越しに摩られながら、言われた言葉。橙との初めて時は両方とも余裕なんてなかったし、最近では橙からの言葉なら特に気にならなくなっていた。
 だが、こうして改めて別な人に、大きくなっている事を指摘されると、どうしても恥ずかしかった。
「何だか余計なとこまで硬くなってないか? 橙にだってしてもらってるんだから経験がないはずはないだろう? 緊張しなくていいぞ? 橙に教えたのは私だし、橙より下手と言う事はない」
 恥ずかしくても、まだ体が上手く動かなくて逃げる事も出来ず、顔を逸らす事しか出来ない少年に藍は優しくそう言った。
 だが、少年が緊張している原因は藍の言葉による羞恥心からであるのだが、藍はそれに気がついていなかった。
「……いや、でも、ちょっと恥ずかしくて」
「うん? それなら少し趣向を変えてみるか」
 その言葉に突然少年の視界が暗く閉ざされた。
 少年が『え?』と反応するよりも早く藍が動いて目元に何かを貼り付けられたようだった。
 視界が閉ざされた分、体が外からの情報を得ようと耳に意識が集中しているのか、店の外から聞こえる喧騒が先ほどよりも大きく感じて、すぐそこに知らない人が大勢いるのだと嫌でも理解してしまう。
 それだと言うのに、
「見られて恥ずかしいなら少しだけそうしてみるか、そうすれば視線なんか気にならないしこっちに集中できるだろう? それにどうやら気に入ってくれたようだしな?」
 言って藍にまた股間を撫でられた。服越しに撫でられた手の下で、すぐ近くに人の気配を強く感じているというのにペニスが先ほどよりも大きくなっている気がした。そして真っ暗な中、服の衣擦れの音だけが聞こえてくる。
 藍が服を全部を脱がすのではなく、腰から下の部分の着物をずらして下布だけを脱がされるのを少年は感じた。
 その下には、皮を被ったペニスがそれでもしっかり自己主張している。
「……ちゃんと洗っているのか? 少し匂うぞ?」
 少し咎めるように、藍は橙に指摘された事と同じ事を言う。
 少年もあの時の指摘以来意識して洗ってはいたが、それでも流石に一日の終わりとなるとどうしても鼻につくようだ。
「まぁいい、サービスだ。綺麗にしてやろう」
 そう告げると藍は、橙のように先に完全に包皮を剥くのではなく、包皮を少しだけ剥いて、亀頭を少しだけ露出させるとそこに舌を這わせる。視界が閉ざされているせいか、橙の舌との違いが強く感じられた。
 ザラザラとした橙の舌と比べるとそれほど強い刺激ではないのだが柔らかな舌が這う感覚は腰が抜けそうになった。
 そのまま焦らすように少しずつ言葉通り、綺麗に掃除するように露出させる範囲を広げながら丹念に亀頭を嘗め回される
「うっ……、ふ、くっ」
 一番敏感な場所に少年が声を漏らして震える。
 我慢しているのだろう、藍の目に力強く握っている拳が映った。藍はそれを純粋に可愛く思いながら行為を続ける。じっくり、ねっとりと舌を這わせ続け、カリ首付近までくると藍はやり方を変えた。今までのように少しずつ包皮を剥いて露出した部分を舐めるのではなく、包皮を引っ張って、空いたスペースの中に舌を挿しこみ、そのままカリ首全体をなぞるように舌を動かす。
 今までの焦らすような弱い刺激ではなく、予想外の強い刺激にとうとう少年は耐えられなくなり、声をあげる間もなく呆気なくそのまま達してしまった。
「ん!?」
 突然の射精に一瞬驚いた声が聞こえたが、一瞬だけで勢いよく精を吐き出すペニスを咥え込み藍は対応する。
 二度、三度と口の中で大きく震えた後、出し切ったタイミングを見計らい、尿道に残っているものすら吸出すと、
「ん、くっ」
 少年の耳にはただ、ゴクリと藍が音をたてて何かを飲み込んだ音が聞こえていた。そうなるとついつい思い出すのは橙の事だ。橙もあの時口に含んでいたが橙は『不味い』と言ってすぐに口から出していたが、今回は小さな囁く様な声で『美味しい』と聞こえてきた。
 視界が封じられている事で音に敏感になっていて一度射精したのに、その藍の言葉で少年の興奮は高まっていた。
「ん、立派になったな」
 すっかり露出した亀頭を見てだろう、藍の満足そうな言葉が聞こえてきた。
「それにしても、橙とあれだけしていたのに濃いものだな」
 言葉と共に視界が戻った少年の視線の先で、お札を片手に持ち、何とも外見とは不相応なまるで子供のような笑みで『若いっていいなー』と言いながら笑っている藍の姿が映った。
 本当によく笑う人だな、と射精の脱力感からボンヤリとその様子に、笑顔に見惚れていると、
「ん、まだまだ物足りないって顔をしているな? いいぞもう少し時間もあるから遊んでやろう」
 何か勘違いをされた。
 ただ、藍の言葉通りまだ収まりそうもなかったのも事実なので、余計な事は言わずそのままされるがままにする事にした。
「流石に最後まで相手してやるのは橙に申し訳ないからな、だから橙じゃまだ出来ない事をしてやろう」
 言いながら、藍は胸の部分だけ服をずらして露出させる。
 橙とは違う、発展途上の胸じゃなく、大きな、白い豊満な胸が露になって思わず少年の目はそこに釘付けになった。
「ふむ……、やはり男の子だな」
 その様子に気付いて藍は優しく笑った。それが少年には恥ずかしかったが、それでも目を離す事が出来なかった。藍が白くて大きな、柔らかそうな双丘を手で押さえて、谷間に唾液を垂らす姿は淫靡で目を離せなかった、の方が正しいのかもしれない。
 おそらく突然視界を戻したのはこの光景を見せるためだったのだろう。
 そうだとしたら藍の思惑通り、少年はずっと目を逸らす事なく、唾液でぐちゅぐちゅと音を立てている藍の胸に釘付けになっている。
「ん、もういいな」
 藍の言葉に少年はハッとする。そしてそれを藍は見逃さない。
「ん? どうした?」
「な、なんでもない、です……」
 胸にずっと見惚れていたのを知られるのが恥ずかしいと思ったのか、そう言って顔を赤らめながらまた目を逸らした少年を藍は可愛く思う。
 だから少しだけ虐めたくなった。
「橙にはまだないものなコレは、ずっとさっきから見てるし、もしかして、橙よりも好きになっちゃったかな?」
 藍はわざと挑発するように、意地悪くニヤニヤと笑いながら言葉を口にした。
 だが、それまで恥ずかしさからか、はっきりと答えられていなかった少年が、その藍の言葉にだけは間をおかずに反応する。
「そ、そんな事ない! 橙を嫌いになんてなるはずないよ!」
 別に嫌いになったかまでは言ってなかったのだが、おそらく勢いで少年の口から出た言葉だったのだろう。
 その言葉に、橙が好きになった人間が良い人間で安心したのと同時に少しだけ胸の奥が痛んだのを藍は感じた。
「んー、ふふ。……そこまで想われているのなら橙は本当に幸せだな」
 本当に嬉しそうに藍はその想いを言葉にし、『でも、』と言葉を続ける。
「まぁ、ひとまず落ち着いて。さっきも言った通り、橙の事を思っているのなら、今だけは橙の事は忘れて楽しんでもらおうかね」
 少年を落ち着けるためにまた言霊を使ってから、藍は自分の胸を両方から支えたまま、胸と胸のスキマに少年の勃起したペニスを沈めていく。
「ふぅっ、わ……」
 すっぽりと胸の間にペニスが収まった。胸と胸の間はきつくて、膣内とは違った感触で思わずそんな声を出してしまった。藍はそれを見てゆっくり胸を上下させながらまた意地悪な笑みを浮かべる。
「気持ちいい、かな?」
「……う、うん」
 言霊を使ったとは言え、先ほど橙の事で力強い声を上げていたのに、行為が始まると、おとなしくされるがままなのだから可愛いものだ、と藍は思った。
「そうか良かった。それじゃあどう気持ちいいか教えてくれるか?」
「え? そ、それは……」
 思わず少年が口ごもる。ただでさえ、いろいろ恥ずかしいのに、どう気持ち良いかなんか言えなかった。だが、そんな口ごもる少年に藍は追い討ちをかける。
「……言わないならここで終わりだな」
 無論、藍も今更途中で止めるとかそんな気はない、ただちょっと意地悪をしたいだけだった。
 だが、その言葉は効果があった。
「……そ、その肌がすべすべで気持ちよくて」
 本当に途中で止められると思い困ったのか、それとも動きが止まってしまってもどかしかったのか、はたまたその両方か、少年が顔を赤らめながらぼそぼそと少しずつ言葉を口にする。
「おっぱいと、おっぱいの、間が狭いのに柔らかくて……」
「うん」
「それで、暖かくて気持ちよくて」
「うんうん、それで? どうされたい?」
 ぼそぼそとこちらと目が合わないように視線を下にしながら言葉にする少年が可愛くて藍は自然と口角が上がっていくのが解った。
「それで、さ、最初みたく……、その、動かしてもらえると気持ち良い、です……」
「はい、よく言えました」
 少年の言葉が終わると間を置かずにそう言って、さっきよりも早めにまた胸を動かし始める。
「あ、あ、待って! そんなにされたらもう出ちゃう、から」
 藍はその少年の言葉を無視して、動かすのを止めない。元々限界が近かった少年はその動きに耐えられるはずもなくそのまま胸の中で射精してしまった。
「ん、凄いな。お前のおちんちんがおっぱいの中でビクビクしてるぞ?」
 別にそんな報告は必要ないのだが、少年が恥ずかしがる顔が可愛いので藍はわざと羞恥を煽るように教える。
「…………っ」
 藍の想像した通り、少年が顔を赤らめて視線を逸らす。
 本当に思い通りに、解りやすい反応を先ほどから見せてくれていた。
「……お前は本当に解りやすい、素直な奴だな。気に入ったよ」
 胸の中に、全部出し終えた頃合を見て藍はそう言うと、そのまま胸の中で萎んでしまったペニスにまた舌を這わせる。
 萎んでしまったため、胸の中で埋まっているペニスを掘り起こすように、舌を胸の間に差し入れ、刺激する。出したばかりで敏感なのに、休むことなく刺激されて少年は腰が浮きそうになった。
 しかも今度は、柔らかい胸や舌だけでの刺激だけではなく、乳首まで使って、コリコリとペニスを刺激してきている。
「ら、らんさん!? もう無理です、出ないですよ……っ」
「いやいや、若いんだから大丈夫だろ?」
 藍は少年の言葉を聞かずに、すっかり萎んでしまったままの少年のペニスを、今度は咥え込み口内で舐め回し刺激する。が、
「ん……、なんだ情けない」
 言葉通り、限界だったのだろう。数度精を吐き出したペニスは、舌を這わせても、咥えても、大きくはなからなかった。
「だ、だから、もう無理って……」
「もう少し必要なんだがな……」
 ポツリと、藍が呟いた。何が必要なのか解らず『何が?』と少年が聞こうとした瞬間、尻に違和感を感じた。指が当てられていたからだ。
 少年には覚えがあった。あの時、橙にされた事を思わず思い出し、そして、まさにその通りの事を藍にされた。
「ひぅっ!?」
 思わず短い悲鳴が口から漏れる。無理もない、突然尻の穴に指を突っ込まれては誰だってそうなるだろう。
「思いの他すんなり入ったな、橙にもされたのか?」
 少年の反応と、思いの他すんなりと指を受け入れた事に、何故か藍は少し楽しげだった。
「橙にされたんだったら、これからどうなるか解っているよな?」
 少し怯える顔を見せる少年に、藍は笑みで返した。
「ま、待って」
 少年は橙にされた事を思い出す。勃たないのならここを刺激されて強制的に勃起させられ搾り取られる。
 限界を超えて、強制的に行われる行為はもはや拷問近い。
「う、ぁ、あ!」
 腸内で指が動いてその場所を刺激してくる快感に思わず声が出る。
「んー、ほら立派になったな、また可愛がってやるから遠慮することはないぞ?」
 グリグリと指を動かし、こちらの反応を楽しそうな顔で見てくる藍を見て、発情した橙の姿を思い出した。
 なら、これから藍に何をされるのかも、安易に想像できた。元々橙にこういった行為を教えたのは藍なのだから、その時点でこうなることに気づくべきだった。

 少年はまた、橙の時と同じように、勃たなければ前立腺を刺激されて、強制的に勃起させられ、藍にとことん搾り取られた。





「流石にもう出ないか」
 もう、何度目かの射精。勃たなければ前立腺を刺激されて強制的に勃起させられての絶頂を繰り返されていたが、少年のペニスからは、もう本当に何も出なくなった。その事を確認すると、それまで楽しそうにしていた藍が笑みを消す。
 そしてそのまま、荒く深い息を吐きながら、過度の射精の脱力感からボーっとしている少年に藍は告げる。
「このまま全部忘れろ、今日の事も橙との今までの事もだ、いいな!」
 優しいが語尾を強めて言霊をのせた命令は、脱力感から呆けている少年の頭に確かに刻み込まれた。
 『疲れただろう? 寝てしまえ』と続けられた言葉に逆らう事なく少年の意識はそのまま闇に落ちていった。
 藍は本当ならもう少し遊んでやろうかとも考えていたが、日も暮れたし、なにより、少し前から外に知った気配を感じたため早々に切り上げることにした。





 藍は、少年と自分の身支度を整えると、少年を長椅子に寝かせたままにして店を出た。
「まだまだ子供のあの子に、あのような事をする必要があったのですか?」
 店を出るとすぐに、棘のある言葉をなげかけられた。声の主が誰なのかを藍は解っていた。というよりも藍が事前に呼んでいた人物だった。
 だから特に焦ることもなく、腕を組み睨みつけるような視線を向ける慧音に言葉を返す。
「なに、橙を手篭めにした奴のモノがどんなモノか気になってな、それに今日の事は何一つ覚えちゃいないから大丈夫だ」
「……藍殿」
 おどけるような藍の言葉に、慧音は強めの口調で彼女の名を呼ぶ。
 里の守護者として、里の者に、それも子供に手を出すのは許せなかった。
「冗談だ。そんなに怖い顔をしないでくれ、言霊を強く効かせるためにはいろいろと無防備になるあの瞬間が一番効果的なんだ」
「だとしても、何故このような事を? 一体何があったのかそろそろ説明してください、あれほど邪魔をするなと言った以上正当な納得の出来る理由があるのでしょうね?」
 今にも襲いかかりそうになるのを、なんとか堪えて慧音は言葉を搾り出す。
 呼ばれただけの慧音はどうして藍がこんな事を行ったのかを知らなかった。
 もしも事前に『何があっても邪魔はしないでくれ』と頭を下げられていなかったら、先ほども思わず店の中に飛び込んでいただろう。
「……理由はどうあれ、このように記憶の改竄を行うのは心苦しいが」
 一度言葉を切り、慧音の姿を一瞥する。
「この方が、橙と彼のためだ。それに、生まれてくる命が人の輪にも妖の輪にも入れなくなるなんて可愛そうだろう……」
 『生まれてくる命』という藍の言葉に慧音はただ俯いた。
「生まれてくる命というのは、まさか?」
「…………」
 藍も何も言わず、ただ俯いた。そのまま、いくら待っても藍からの返答はなかった。だから、一つの仮説を慧音はたてる。
 藍の言動から、店の中で眠る少年と橙という存在から、考えうる可能性を一つ導き出す。
 ハッキリとした言葉は藍の口から聞いてはいない。
 だがそれでも、確証は持てなくとも、雰囲気からおおよそを理解した。
 こういった事に対する意見は人によって様々だが、たまたま少年と橙の二人はその事を知るよりも早くに、男女の交わりを覚えてしまった。
 それが結果として何を生み出したのか、その事を藍は口にしていないが、そういう事なのだろう、と慧音は理解する。

 そして、彼女の言った台詞の意味が解ったからこそ何も言えなくなった。
 半妖怪という種族は確かにいる。少ないが、人と共に歩んだり、妖怪と共に歩む者も存在する。
 しかし基本的に半妖怪はよほどの事がない限り、人の輪にも妖怪の輪にも加わる事は出来ない。蔑まれ、化け物と忌み子と嫌われる事が多いからだ。
 だから、こういった問題は扱いが難しい。しかも、もしそれが、お互いに望んだ結果だとしても、子供同士となればもっと多くの問題が発生する。
 長い沈黙の後、やっと藍がポツリと切り出す。
「紫様にお願いして、橙の中からすでに別な場所に移してもらっている。だから、一応死にはしない。保留状態だ。だが、いかに紫様の能力でも、何時までもそうしてもいられない。何時かどこかで決着をつけなくてはいけない」
 芽生えたばかりのものをどうするのかは、二人が大人になってから判断させるべきと藍は決断したのだろう。と慧音はそう判断したが、
「貴女が何を私に頼もうとしているのかは解りました。ですがいいのですか? このような事をしてしまっては、もしかしたら、二人はもう二度と出会う事はないかもしれませんよ?」
「本来ならそうあるべきだった。人間は人間と、妖怪は妖怪と結ばれるのが正しい形なんだ。だからむしろ、そのまま二人が出会う事なく、ある程度時間が経過したのなら、そのまま何も明かさず橙の式として渡すつもりでいる」
 藍の考えは慧音が思っている以上に厳しい考えだった。
 てっきり慧音は二人が責任を取れるようになる年までこの事を隠すのだと思っていた。
 だが、藍は場合によっては、本当にこのまま全てをなかった事にしようとしている。
「しかし、それではッ! ……そう、ですか」
 何かを言いかけて慧音は言葉を止めた。藍の悲しそうな顔を見たら、何も言えなかった。一目見て、藍が相当悩んだであろう事を察した。
「二人がもしも大人になって思い出す事が出来たのなら、私はきっと二人から怨まれるだろうな。……貴女も私を軽蔑して構わない」
 仮にこれが、最良の答えだとしても、当人達を無視している行いはきっと、その当人達に非難されるだろうし、むしろ、今ここで慧音にだって非難されるかもしれない。藍はその覚悟もしていた。が、
「……もしも、二人から責められる日が来たのなら、その時は、私が貴女の味方をします」
「……ありがとう。恩に着ます」
 非難される事を覚悟していた藍は、迷いの感じない慧音の一言に驚いた。
 そしてそれ以上に、自分の悩みを、思いを汲んでくれた事で気持ちが大分軽くなったのを感じた。
「なに、私もこれから共犯になるのですから、当然ですよ」
「……すまない」
 様々な思いを込めて、藍は深々と頭を下げた。
「ですが一つだけ、私の力も万能というわけではありません。万に一つ程度の確率でしょうが思い出す可能性もあります。もしも、そうなった場合は?」
 普通に考えて、言霊による『忘れろ』と言う命令に、慧音の歴史改竄の力を合わせて使えば、思い出す事はほぼありえないだろうが、可能性はゼロではない。
 思い出さないようであれば、何も知らせる事はなく、式の式の式として彼女の元に行く事になるのなら、もしも思い出したのならどうするのか?
「考えてある、とは言えない。そうなったら完全な想定外だ。まだまだ未熟な式に、たかだか普通の人間がそんな事できるはずがない。だから何も思いつかない」
 式として、八雲紫の右腕である程優秀な藍に限って、想定していないという事はありえないはずだ。もしかすると、頭のどこかでは二人の事を認めたがっているのかもしれない。慧音はそう感じていた。
「ただ、」
 藍が一度言葉を切る。
「ただ?」
「もしそうなったのなら、言霊の命令も退けて、貴女の能力で消した歴史さえも思い出す程二人が思い合っているのなら、何があっても、どんな困難があっても、私は全力で二人を助けるつもりです」
 多分これは、藍の素直な気持ちなのだろう。今回の事に対しての罪悪感もあるのだろうが、それでも、純粋な思いからの言葉だったのだろう。
 それ程強く、互に思い合っているのなら、と言う事だろうが。
「そうなればきっと、あの二人だけではなく、貴女にも辛い道になりますよ?」
「覚悟しています」
 短い藍の言葉に『そうですか』と慧音も短く返した。
 藍の言葉は短いが力強かった。本当に様々な事を覚悟しての言葉なのだろう。
 だからその言葉を聞いて、慧音はもうこれ以上何かを言うのを止めた。
「では、始めます」
 空には煌々とした銀色に輝く月が浮かんでいる。
 今宵は満月。里の守護者、上白沢慧音が白沢としての姿を取り戻す時、それは全ての歴史を操り、あらゆる物事をなかった事に出来る時。
 例えば、人間と妖怪の出会いも、早すぎる性経験も、人間と妖怪との間に出来た子供の記録さえも、都合の悪い事だけを選び、消しされる時。
 
 そして、今日の事も、橙と少年の事も、全てがなかった事ととなった。





 その少年の趣味は釣りだった。寺子屋が終わってから、家の仕事がない暇な時は、竿を持って里の中の溜池でよく釣りを楽しんでいた。
 毎日、毎日時間を見つけては飽きもせずに水面に糸を垂らした。
 しかし、最近は何故だか大好きな釣りに集中出来ないでいた。
 釣りをしていると、何故だか知らない誰かと一緒に釣りをしていた気がして、そちらが気になり、集中出来ないでいた。
 ぼんやりとなら、思い返せるのに、詳しく思い出そうとするとキリキリと頭が痛み、モヤがかかったようになって、どうしても思い出す事が出来なかった。
 それなのに、その誰かの事をとても良く知っている気がした。その誰かと、とても仲が良かった気がした。
 でも、それ以上は何も解らなかった。顔も名前も何もかも。
 そんな曖昧な存在に、ずっと頭を悩ませていた。
 両親にその事を話すと『子供の頃にそういうのを経験する事はある』と言われた。子供の頃の時だけに見える友達と言うのがいるらしい。
 『もう少し大人になったらきっと気にならなくなる』と言われたが、どうしても、その誰かの事だけは忘れてはいけない気がしていた。
 ずっと忘れずにいれば、いつの日か本当に会える気がしていたから。





































































 橙と深い関係となった少年は、妖怪からすれば短い間で、人間からすればそこそこに長い時間を経て、一つの事を抜けば何事もなく無事に青年へと成長しました。

 これは、そんな成長した彼と彼女のその後のお話。


◇『君を忘れない』


 蝉時雨のうるさい。夏特有のむせ返りそうな程緑の香りの強い、ねっとりと絡みつくような空気。前日に降った雨が嘘のように、ジリジリと陽光が照りつける溶けそうになるほど暑い日だった。
 雨のせいで湿度も高く、何もしていなくとも服が体に張り付き、不快な気分になる。こんな日は風通しのいい木陰や、日の当たらない冷たい川辺で涼を取るのが一番いい。
 だと言うのに、一人の青年が、太陽の照りつける川原で釣りをしていた。
しかも、場所は人間の里の中ではなく、妖怪の山の麓にある川だ。
 魚と、妖怪から見つかりにくいようにだろう、背の高い草が生い茂る中に身を隠し、頭には麦わら帽子を被り、額に浮かぶ汗を気に留める事なく釣り糸の伸びる先をジッと睨んでいた。
 正午をまわり、その日一番のジリジリと身を焼くような日差しが降りそそいでいる。そんな中で青年は水面に浮かぶ浮きの動きを見落とさぬように、ミーンミーン、とうるさく鳴く蝉も、溶けてしまいそうになる日差しの事も忘れ集中していた。
 彼の目的とする獲物は視線の先、雨のせいで少し濁った川の中。彼とは違い生い茂る緑の葉で出来た日陰の中にいる。
 魚も逃げる日差し。その中で青年は置物のように動かない。
 否、よく見れば手が僅かばかりであるが動いている。クン、クン、と、竿の先を揺らし、魚を誘っているのだ。

 生き物を相手にする釣りは駆け引きの勝負だ。
 普通は川釣りとなるとそれほど水深が深くはないため人間からは魚の、魚からは人間の姿が見えていたりする。
 魚は人間が想像する以上に目がいいうえに注意深く、そして賢い。
 魚釣りは、餌の付け方、姿の隠し方、獲物を誘う動きの他にも水の温度や気温、気候にも釣果は左右される。
 特に川の濁り、濁りすぎては駄目だが、軽く濁る程度だとちょうどいい。
 濁っている事で魚からこちらの姿は見えにくくなるし、釣り糸も見えにくい。そうなると魚の警戒心も薄れ、普段よりも餌への食いつきが良くなる。
 そう言った知識と何より、長年続けてきた経験値がその青年の武器であった。
 狙っている獲物の事もよく知っている。いつも姿を見せるが釣れた事のない獲物だ。子供の頃からずっとコイツを狙っていた。
 クン、クン、と。規則的に竿を上下に揺らし誘いをかける。餌が慌てて逃げているように見せて魚を誘う。
 焦らず、一定に、何度でも。クン、クン、と、規則的に動かしていた竿が突然グン、と引っ張られ、その感触に合わせて、もはや無意識に近い条件反射で竿を引いて当りに合わせていた。
 水の中に浮きが沈み、そして釣り糸がピン、と張り詰める。
 ――魚が食いついた。
 視線の先、バシャバシャと、水面付近で水しぶきが上がり、慌ただしくなる。
 想像以上の力に、前のめりになりながらも、青年は足に力を込めて踏ん張る。
 食いついた針はしっかりとかかっているのだろう。これだけの力で引っ張られているのに外れる気配はない。こうなるとあとは根気の勝負だ。
 焦ってはいけない。これまで大物を相手に、すぐにでも釣り上げようと、焦って糸を切られた経験は何度もある。
 まして、今まで経験した事のない程の引きの強さから考えても、無理をする訳にはいかない。せっかくのチャンスを逃すつもりもない。
 暴れる内は逆らわず泳がさせて、相手が疲れてきたタイミングを見計らって徐々にこちらに引き寄せる。ソレの繰り返しだ。
 決して逃さない。青年は強い意思を持って竿を握りしめる。

 どれほどの時間そうしていただろう、ジリジリと身を焼くような日差しの下で続いていた勝負に終わりが見え始めた。
 額に浮かぶ大量の玉のような汗や、歯を食いしばる必死な表情からそろそろ青年自身の体力や集中力にも限界が訪れ始めているのを感じさせる。
 しかし、それは魚の方も一緒である。もう大分竿を引く力は弱まっている。水面近くまで引き上げても最初の頃のように激しい水しぶきが上がらなくなっていた。
「(もう少し、あと少しで……)」
 もう、暴れる力も尽きたのだろう。引く力はほぼ感じない。後は引き上げるだけだった。
 そして、その時はやってきた。
 水の中から引き上げられて、どこにそんな力が残っていたのか最後の最後の抵抗を魚は魅せる。生きるために暴れる。水しぶきを散らし暴れる。生き物のもつ生への執着を、力強さを魅せた。
 陽光に照らされて輝く水しぶきは、達成感と相まって見惚れそうになるほど美しいと感じた。
 ただそれも一瞬の事で、すぐに正気に戻り、針が外れたり、糸が切られてしまう前に持ってきた網でしっかりと魚を逃がさぬようにする。
 釣り上げた魚は今も激しく網の中で暴れている。油断すれば網が壊されるか逃げられてしまいそうなほど必死に暴れている。
 こうして長い戦いが終わった。
 子供の頃に目をつけてからずっと狙っていた魚だった。平均的な川魚の寿命を考えれば、もしかしたら子供の時に見たのとは違う魚かもしれないが、年々見える魚影の大きさが大きくなって行くように感じたのでおそらくは同じ魚だと青年は思っている。

 この川は妖怪の山の麓にある。
 鉄が磁石にあてられてやがてその身に磁力を帯びるように、沢山の妖怪達が近くで暮らしているのだから、その妖気にあてられてこの魚も半ば妖怪化していたのかもしれない。
「お見事」
 そんな青年に声がかけられた。ここは里の外、しかも妖怪の山の麓にある川だ。まず普通の人間は近づかない。十中八九妖怪である、が、青年はその声に動じる事なくゆっくりと振り向いた。
 近付いて来る気配などまったく感じさせずに、すぐそばで響いた声に聞き覚えがあり、そういう事をする知り合いに心当たりがあったからだ。
「相変わらず突然現れますね、賢者様」
 振り向いた視線の先、いつの間にか陽除けの傘をさした、こんな川原には場違いな、紫を基調にしたドレスを着た一人の女性が立っていた。
 音もなくいきなり背後に立たれる。普段なら驚くところなのだろうが、昔からこうなので、もう慣れてしまって驚くこともなくなった。
「貴方も相変わらずですわね、釣り仲間なんですからそのような堅苦しい呼び名ではなく愛着を込めて『ゆかりん』と呼んでくださって結構ですのよ?」
 『前からそう言っているじゃありませんか』と、クスクス笑いながら言うその姿に、その言葉に青年は苦笑する。
 こうしておどけて、冗談めかして喋る目の前の女性。クスクスと可笑しそうに笑う女性。人並み外れて美しい外見の、見た目は人間とどこと変わらない女性。
 その正体が妖怪の賢者と名高い『八雲紫』だと言うのだから本当に笑えてくる。
 本来なら妖怪と言うと、恐れ怯えるべきはずの対象なのに、こうしてつかみどころなく冗談交じりに話しかけてくるのだから緊張感が無いと言うか、どうにも感覚が麻痺してしまったらしく、彼女に対しては恐怖を感じなかった。
 もうすっかり顔なじみなのも間違いなく理由の一つだろうが……。
「それで、今日はどうしたんですか、紫さん」
 紫は自分の事を『ゆかりん』と愛称で呼ぶように言ってきたが、仮にも妖怪の賢者。幻想郷を覆う博麗大結界を管理する存在だ。いくら青年が紫と顔なじみで親しい関係だとしても、恐れ多くてそんな風にはもう呼べない。
「ふむ、まったく子供の頃はもっと素直でしたのに、大人になるってとても詰まらないものですわね……」
 紫は呼ばれ方が気に入らなかったのか、ブツブツと文句を言いながら、それでもそれ以上は何も言わない。言った所で変わらない事をよく理解しているからだ。
 一連のやり取りはもはや、紫と青年との挨拶のようなものだった。
「まぁ、仕方ないじゃないですか、いつまでも礼儀知らずの子供ってわけにはいきませんから」
 子供の頃は皆総じて、どこか怖いもの知らずと言う部分がある。彼もまたそうで、紫の事を本当にしばらくの間はゆかりんと呼んでいたりした。
 それでも寺子屋に行かなくなってから、いろいろと知識を付けて大人達の仲間入りをしてからは呼べなくなった。
 紫はその事を気にする事はない、と文句を言っているが、親しき仲にも礼儀有り。それが大人の対応と言うものだ。
 何時までも子供のままではいられない。
「えーと、それで今日はどうしました? 紫さんも魚釣りですか?」
返答がいつまでも返ってこないので青年はもう一度質問をする。
 先に紫が『釣り仲間』と述べたように紫も釣りを嗜む。青年と顔なじみなのはそのためである。
 と、言うよりも……。
「あら、特に用事なんてありませんわ。強いて言うなら貴方方の決着がつきそうでしたのでいの一番で観戦させていただいてただけですわ」
 紫の視線の先にあるのは魚を捕まえた網。そしてその網の中に収まって今もまだ暴れ続けている、大きな鯉と見間違えるほどの岩魚だ。
「つまり、それだけのためにまた抜け出してきたんですか?」
青年の呆れた声がどこか虚しく響いた。
 紫の言葉に青年は力が抜けるのを感じた。そんな理由だけで『妖怪の賢者・八雲紫』が姿を現すのだからなんとも緊張感がない。
 『ちょっとそこまで』の散歩感覚で幻想郷の重鎮とも言える存在が動くのだから多分、以前話で聞いた彼女の下で働いている式は苦労している事だろう。
「良いではありませんか、お偉いさんがいない方が下の者は働きやすいものですよ?」
「……そういうものですか? そんな気軽に抜け出すようでは余計に仕事とか増えてませんか? 俺なら頭は頭らしくどっしりとして、指示をくれた方がいいと思いますけど?」
 自分の考えを、素直な意見を青年は口にするが、
「まぁまぁ、そう邪険にしないでくださいな。貴方は私の釣りの先生なのですから、教え子が先生の活躍を見たいと思うのは仕方ないじゃありませんか」
「だからって、こっそり抜け出していい理由にはなりませんよね?」
 青年にそう言われても、クスクスと戯るように紫は笑うばかりだ。きっと、青年の言葉など微塵も気に留めていないだろう。
 紫はだいたいずっとこんな調子のため、青年もそれ以上何かを言う事はない、
 二人は、まだ彼が寺子屋に通っている頃に出会った。人間の里の池で釣りをしている時に今日のように突然声をかけられた。
 何でも『まったく魚が釣れなくて困っているからコツを教えてほしい』と、そう言って師事を仰ぎに来たのだ。紫が先生と口にしたのはそのためだ。
 紫と青年の付き合いはそれからだ、もう十年以上も一緒に釣りをしたり、話をしていれば、嫌でも顔なじみになると言うものだ。
 
「あー、それにしても懐かしいですね。確か釣りを教えて欲しいと言ってきた理由が『式が自分の式鍛えたいからって私に魚取ってこいと命じるんですの! 勝ち誇ったように『紫様には難しいかもしれませんので、素直に能力使って捕まえてきてくださいね』とか言われたから絶対見返してやりたいのよ!!』でしたね」
「うっ……、い、嫌な事を覚えいますわね貴方」
その言葉に初めて、ほんの少しだけだが、今まで掴み所のない笑みを浮かべていた紫の顔が少しだけ歪に歪んだ。
「記憶力には自信があるので。でも、感謝していますよ紫さんには、こいつのいる釣り場に好きな時に来れるようにしてくれたんですから」
 言って、青年はようやく大人しくなり始めた岩魚の入った網を軽く上げてみせる。そしてそのまま魚が死んでしまわないように、誰が作ったのか知らないが川辺にちょうど良い囲いがあるのでそこに岩魚を放す。
 やっと水の中に戻れてか、それとも疲れたのか、暴れる事なく岩魚はその中に大人しく収まった。
「まぁ、教えてもらうお礼と何より、私が人里にいると軽い騒ぎになりますからね」
 言葉通り、紫が人間の里に現れると危害は加えらないと解っていても騒ぎになる。実際騒ぎになって、博麗の巫女が飛んできた程だった。
 その時の会話も覚えている。





「アンタみたいなのは、いるだけで問題になるんだからなるべく人目に付かないようにしなさいよ!」
 開口一番、容赦のない言葉だった。
「酷いわ、私はただ釣りを教えてもらっていただけなのに……」
 よよよ、と。子供の目から見ても嘘泣きと解る仕草で紫が顔を覆って泣き真似をするが、博麗の巫女はそんな事では動じない。
「別にアンタなら能力でもなんでも使えば魚なんて簡単に集められるでしょ? それに藍がいるじゃないの藍が!」
「『魚取り』ではなく、『魚釣り』だからこそ風情と面白みがあるんじゃない、それが解っていないなんて無粋ですわね、そんなんだから浮ついた話の一つもこないのよ貴女には」
 どこか勝ち誇るような響きを含んだ言葉に一瞬場が冷たくなった。
「あん?」
「あ、ごめんなさい。……えと、藍は今忙しいのよ」
 『ごめんなさい』の時だけ、それまで薄い笑みを浮かべていた紫の顔が真顔だったのを少年は見逃さなかった。
「忙しい? また何か仕事押し付けてるの?」
「逆ですわ、私が押し付けられているんです、藍に」
「……とうとう主人としての威厳もなくしたのかしら?」
 紫を見る霊夢の目に宿っていた感情は解りやすく、同情と哀れみの篭った目だった。
「それも違いますわ、あの子に『八雲』の性を与える準備を始めたの、このまま名を継がないままでは、どこか格好が付きませんもの」
 霊夢の言葉をやんわりと否定して、続けられたその言葉に突然霊夢の表情が引き締まった。
「……八雲、の? じゃあ以前話していた子はこの子なの?」
「ええ、聞いてた外見だけじゃなく、二人の匂いが付いてるもの、その子で間違いないわ」
「そう……、でも、アンタ本気なの? それがこの子に対してどういう事になるのかとか考えてるの? だから今こうなっているのじゃないの?」
 ピリっと、緊張感のある、少し咎めるような雰囲気の霊夢の声に、紫は静かに答える。
「藍は、そう判断したのでしょうね。あの子らしい、あの時考えられる正しい答えと、私も思いますわ」
 『なら、』と言葉を続けようとする霊夢を、紫は言葉で制す。
「でも私は、二人のことを幻想郷の新しい可能性、とも見ていますの」
「可能性、ね……。正直、私は藍のした事を非難するつもりはないわ、普通に考えて彼女の考えのとおりだもの、あのままいけばきっとこの子達は不こ」
 霊夢の台詞は途中で途切れた。紫に人差し指を口に当てられて止められてしまったからだ。
「それを決めるのは部外者ではありませんわ、だからこその可能性なのよ。こういう事はきっと、そんなに多くは発生しない。それでも幸か不幸かは、私たちが口出しすることではないわ……、安心なさい、それを見極めるためにも彼に師事を仰ぐのですから」
 その言葉を聞いて、それ以上霊夢は特に何も言う事はなかった。





 あの時の会話をこうして覚えているが、何故自分が紫に選ばれたか、青年となった今でも彼には解らない。何か特別な理由があるのは言葉から察する事はできるが、要所要所が欠けてしまっていて、理由が何なのかが解らない。
 だからずっと疑問だった。あの場所で釣りをしていた者は他にもいたし、子供からよりも、大人からコツを聞いた方が、説明も解りやかっただろう。
 それなのに自分が何故か選ばれた。
 あの時の事がやけに印象に残っていて、たまに青年はこうしてあの時のことを思い出すが、結局未だに解らないままだ。
 その後、少年から釣りを教わりたいと言う紫の言葉に霊夢は条件を付けた。
 『何があっても必ず守り通す』と言う条件で、里の外へ連れ出すことを渋々とだが、許可した。
 妖怪が里の子供を外に連れ出す事を許可する。それは異例中の異例であった。
 妖怪の賢者と呼ばれてこそいるが、八雲紫のもう一つの二つ名が『神隠しの主犯』である。
 だからこそ、いくら博麗の巫女のお墨付きでも、最後のお願い先である青年の両親は安心も納得も出来なかった。
 当然のごとく門前払いをされても、それでも紫は根気強く説得を続けた。
 頭を下げて頼み続けた。
 スキマで移動するではなく、自分の足で趣き。何度も門前払いされながらもずっと。人間よりも強く、長く生きていて、しかも幻想郷を統べる存在である八雲紫が人間に頭を下げて願いをこう。
 そんな姿は、なかなかに見れるものではない。
 ずっと根気強く続けられるその行為に、やがて慧音が加わり、霊夢もたまに顔を出すようになって、とうとう青年の両親が折れた。
 『必ず無事に』と言う念を押されて、まだまだ少年だった彼は、特別に紫と一緒の時だけと言う条件付きで里の外に出る許可を貰えた。
 そして今に至る。

 よく解らないが、あの時紫に渡された文字の書かれた通行手形のような物を身につけていれば、妖怪に襲われる事はない。という事で、今でもそれにはお世話になっている。
 なんでも、境界を曖昧にして認識をずらし、妖怪からは見え難くする効果があるらしい。
 だからこうして、今日も青年は無事に一人で、この釣り場に来ることが出来た。
 いつからだったか、最初の『紫と一緒の時以外一人で里の外には出ない』と言う約束は曖昧になってしまっていた。
 もっともその頃には、誰もその事を気にするような年齢ではなくなっていた。
 両親からはそろそろ、釣りばかりではなく、色恋沙汰の一つでもないのか? と愚痴を言われるような年齢に、いつの間にかなっていた。
 青年自身も、いつまでも釣り馬鹿でいるつもりもなく、そういう事に興味がないわけでもなかったが、そういう話はどうしても、なかった。
 出来なかった。


             ◇


「ねぇ、貴方もそれなりの年頃でしょう?」
 目当ての大物を釣り上げたが、時間はまだあったし、何より紫も釣りをすると言うので二人で並んで釣りを続けていた。
 そうしたらふと、紫がそう話を切り出してきた。ふと、とは言ったが、最近はよくこういう話になる。
「ええ、まぁ、そうですね……」
 まるで、両親と同じような事を言ってくるな、と思いながら。青年は短く生返事を返す。
「いつまでもこうしているんじゃなくて、そろそろいい人を見つけたりしないの?」
「また、ですか?」
 紫は釣りが一段落するといつもこの手の話題を話してくる。好きな女はいないのか? とか、モテないのか? とか、釣りばっかりで寂しくないのか? とか。
 そういう話が好きなのか、よく聞いてくるようになった。
 その度に青年は『一人が気楽ですから』と返し、かわしている。
 普段から両親にもしつこく聞かれている事で、正直うんざりしていた。
「いつまでも釣りバカでは、貴方のご両親も不安になるのではなくて?」
 実際よく言われている。だから、青年の顔が少し引きつっている。
 普段ならここで大体空気を読んで紫はそれ以上言及しない。
 だが、今日は少しだけ違った。
「何か大きな理由があるのかしら?」
 何かあったのか、普段よりも一歩踏み込んできた。
 顔に笑みが貼り付けられたまま、言葉が続けられる。まるで見透かすようにジッと、青年を見ながら、言葉が続けられる。
「女を知らないだけで、手が出せないヘタレ? それともソッチに自信がない? はたまた……」
 紫は一度言葉を切り、間を明けてから言葉を発する。
「女には興味がないとかかしら?」
「そんなんじゃありませんよ!!」
 紫の言葉に、思わず大きな声を出してしまった。内容が内容なのと、紫の笑みが嘲笑するような笑みに見えて思わず苛立ってしまった。
 『自分の事を何も知らない癖に、勝手な事を言うな』と。
「あらあら、怖い怖い」
 しかしそんな青年の怒気に謝るではなく、どこ吹く風で紫は受け流すものだから、余計に青年は腹が立ってくる。
 たまに紫はこういう感じになるが、何故か今日はそれが酷く気に障った。
 せっかく子供の頃から狙っていた獲物を釣り上げる事ができていい気分だったのに、台無しだった。
「……っ!!」
 イライラしてて、思わず勢いからこのまま帰ろうとして、立ちがろうとした青年の手を紫が絶妙なタイミングで掴む。
 あまりのタイミングの良さに、立ち上がった青年は思わず動きを止めてしまった。
 見ると、紫がドレスの胸元を緩めているのが見えた。
「ねぇ……、もし相手がいないのなら、私が相手ではお嫌かしら?」
 それは紫の口から初めて聞く声色の声だった。
 何時もの飄々とした軽い感じの声ではない。ネットリと絡みつくような艶かしい声だった。
「ふふ、私のせいで嫌な思いをさせてしまったようですし、お詫びと、ここの主を釣り上げた先生へのお祝いとしましょうか?」
 言うが早いか、紫の顔が近づいてきて、口が青年の口に当てられた。
 気のせいかもしれないが、その時ピシっと、ひびが入るような音が聞こえた。
「ん、む!?」
 突然の事に驚き、暴れようとする青年を紫は抑えて、口内で舌を絡める。
 慣れてないからか、それとも驚いたままだからか、動けないでいる青年の事を気にする事なく、紫は舌で口内を刺激し続ける。
 舌同士を絡めたり、唇や、頬肉の内側や歯茎も舌で触れながら、最後は少しだけ吸い付きながら、唇を離した。
「はぁ……。あら、ふふ。これだけでこうなってしまうのですね?」
 キスをしただけで反応をしてしまった体の一部に手を添えられ『可愛らしい……』と青年の耳元で囁く。
 青年は青年で、たったそれだけの事で、腰が抜けそうになるほどゾクゾクとした刺激を感じた。
「これなら別に自信がないわけではありませんわよね? 立派ですもの」
 世辞か本音かは解らなかったが、紫は愉快そうにククッ、と喉を鳴らしながら服の上から摩り始める。
 だが、しばらくしてすぐに異変に気が付く。
「……あ、あら?」
 短い、紫のその言葉に、キスの余韻でボーッとしていた青年がハッとして、慌てて紫を押しのけていた。
「や、やめてください、俺は他のやつとこういう事しないって約束したんです」
 気付かれないように強い口調で短くそう言ったが、紫は気づいていた。
「貴方もしかして……」
 紫が皆まで言う前に、青年は顔を赤らめて伏せてしまった。
 それで大体の事を紫は察した。
 別に、青年自身興味がなかったわけではなかったのだろうが、色恋沙汰の一つも出てこなかったのは、つまりそういう事が原因だったのだろう。
「ずっと釣りばっかりだったのはそれでだったのね……、薬とか何か試したりは?」
「……全部駄目だった、一人の時でもたまに駄目で、だから怖くて、その」
 バレた事で観念したのか、青年の恥ずかしがり、絞り出すような声を聞いた紫は『ふむ』と一言発して、一つ質問をした。
「貴方はさっき約束と言ったわよね? いったい誰と?」
 その突然の質問の意図が解らなかったが、『誰と?』という言葉が青年には引っかかった。確かに自分はそう口にしていたが、一体『誰』との約束だろう?
「それは……」
 出てこない。口に出したはずなのに、その約束をした相手の姿も、その約束自体も思い出せなかった。
 押し黙る青年を見て紫がポツリと言葉を漏らす。
「やはり忘れられないのかしら? 無意識下で貴方はあの子の事を覚えているのね」
 その言葉にツキン、と頭の奥が鈍く傷んだ。いつもの痛みだが、少しだけ違った。頭の中で見知らぬ誰かの姿が思い描かれる。
 何を覚えている? 誰を知っている? 頭の中に浮かぶ誰か。
 朧げで、輪郭さえハッキリとしない。本当にいるかどうかも解らない誰かの顔がぼんやりと曖昧にだが、思い浮ぶ。
 その誰かが言っている。『駄目だよ』と『約束だよ』と。鈍く頭が痛む。
 何故か思い出されるのは今日のように暑い日。どこで? この川原で。誰に? 誰に自分は会った? 紫? 違う。もっと幼い少女だ。
 記憶の中の誰かの輪郭が徐々にハッキリとしていくように感じたが、それに比例して頭の痛みも増していった。
 ツキンと頭の痛みが増していく、痛みから青年が顔をしかめたタイミングで、
「それくらいにしておきなさい」
 紫の静止の声が聞こえた。
「……はっ!」
 紫のその声に青年は考えるのを止めて顔を上げる。
 暑さからではないであろう汗を額に浮かべながら、荒い息で紫を見つめる。
「ごめんなさい。簡単なきっかけを与えるだけのつもりが、正直やりすぎたわ」
 紫は一度言葉を切り、『でも、』と続ける。
「きっかけを与えたとはいえ、無意識でしょうけどまさか一篇に外そうとするとはね……。藍と慧音の術を一緒にでは、下手すると廃人になってしまうわよ」
 『それにしても、二人の力であの子の弱い言霊なんて封じられていたでしょうに、でも多分勃たないのはあの子の言葉を覚えていたからでしょうし……』とブツブツ独り言を続ける紫のすぐ横で、青年は頭をかかえて、考えていた。
 一瞬だけだが今、確かに思い出せそうだった。グルグルと頭の中で沢山の情報が渦巻いていた。
 誰と、誰と約束をしたのだろう? そこだけに集中したのが良かったのか、朧げな輪郭が少しずつハッキリとしていく。
 そして、
「……橙?」
 その名前が出てきた。
「…………っ」
 紫の息を呑む気配を感じた。
 全てを思い出したわけではないが、その名前は青年にとって、とても大切な存在の名前だった気がした。絶対に忘れてはいけない名前の気がしていた。
 そしてそれは、確信として青年の中に残った。約束を交わした相手は『橙』という名前だった、と。
 青年が『橙』と言う名に確信を感じるその様子を見て、紫の笑みが濃くなった。
「……全てを思い出したわけでもないし、大分辛口ですが、いいでしょう藍? 彼はちゃんと大切な娘の言葉忘れずに覚えていたし、思い出したわ。理由があったとは言え私の言葉に誑かされる事もなく、たった一人の言葉をその身に深く刻んでいた。貴女の言霊と里の守護者の力で封じ込まれていたのに、最も大切な娘の事を、言葉をずっと胸に秘めて忘れずにいたわ」
 そして、『それに、これ以上このままでは流石に不憫ですわ』と最後にどこか茶化すような言葉を虚空に投げかける。
 その台詞から一拍間を置いて、紫の眼前に異変が起きる。ピシっと何もない空間に亀裂が走ったのだ。そのまま亀裂は広がり続け、十秒とかからずに何もなかった空間にポッカリと穴が空いた。
 その穴の奥の先に続くのは障子の扉。見えるその先は薄暗く、火が灯されているのだろう、ユラユラと炎が揺れているのが見て取れた。

「まず、ごめんなさい。きっかけを与えるためとはいえ、貴方方の事を知っていながら、あのような事をしてしまって……」
 紫に突然目の前で深々と頭を下げられた。
 その姿に青年は、一瞬何の事か解らなかったが、キスの事だろう、と理解する。
 確かにいきなりで驚いたが、嫌というわけではなかったし、それのおかげで橙と言う名を思い出せたのなら、と思っていると、紫が顔を上げる。その顔は穏やかに微笑んでいた。
「さて、まだあの子の事を思い出しきれずにいるのでしょうが、選びなさい」
「?」
 青年が何の事か解らないまま、気にせず紫は言葉を続ける。
「この先には、貴方が無意識にずっと想っていた娘がいるわ。行く行かないは貴方の自由、どちらを選ぼうと誰も貴方を咎める事はしない……」
 ひと呼吸間を置いて『ただし』と言葉が続けられる。
「これだけは覚悟をして、この先に進んだのならきっと貴方は元の、今までの生活は出来なくなる。もしも先に進むのならその事を覚悟しなさい」
 脅しとかではない、穏やかではあるが妙な迫力のある声だった。普段飄々としている紫の口からなかなか聞く事のできない声色の、強い意思の篭った声だった。
「それは、どういう事ですか?」
 青年の純粋な疑問。
「それは、最後まで行けば解りますわ。ただ、それを望まないのなら、改めて私が全ての記憶を消します。橙との事も綺麗さっぱり忘れて、今まで通り人の中で生きていけるように、貴方のその機能不全もなくなるように全てをなかったことにしてさしあげます」
 青年は機能不全と言う言葉に、少し何か言いたくなったが、止めておいた。
 そして、答えも決まっていた。
「行きます」
 全てを思い出したわけではなかったが、迷いはなかった。
 それが正しいと感じた。
「そう、それでいいのね?」
「……はい」
 その言葉を聞いて、紫は青年の頭に触れる。
 リン、と鈴の音のような、何かが壊れるような音が二度頭の中に響いた。
「これで、貴方は奥に進む度に少しずつ思い出していくわ」
 そう言われた後、トン、と背中を押された。
「行ってらっしゃい、あの子が待っているわ」
 その言葉に促されて、青年は最初の障子戸を開けた。





 最初に思い出したのは橙との出会いだった。
 突然背後から声をかけられて川に落ちた事や、釣った魚を一緒に食べながら談笑した事を思い出した。

 次に思い出したのは、その場の流れで橙とそういう行為をした事だった。
 子供同士で、好奇心で大分むちゃくちゃな事をした。物陰に隠れるという事も考えずに炎天下の中で行為を続けた事を思い出した。

 三つ目の障子戸を開けて思い出したのは、橙をその気にしてしまった事だ。
 猫の妖怪だからと調子にのって、橙を発情させてしまった。その結果、橙の意外な一面というものを見れた。マーキングとか前立腺とか、最後まで搾り取られたりとか、その日だけで凄い経験をした事を思い出した。

 四つ目の戸を開けて思い出したのは夕暮れ時の約束。
 『また、お魚釣って一緒に食べてその後は、その、また一緒にシよ? 今日みたくいっぱい、だからそれまで一人でシちゃ駄目だからね?』と言う、橙との約束。
 きっとこの時のこの言葉が頭の中で残っていて、橙以外とは駄目と感じ、一人でも駄目だったのだろう。

 五つ目の障子戸を抜けると、橙と里の中で出会った事を思い出した。
 それまで橙から貰った御札で話はしていたが、いざ本人と出会うとどちらとも上手く言いたい事は言えなかったり、結局、路地裏で橙が『人払いの術』を使ってそういう事をしたりと、
「本当、後先考えてなかったなぁ……」
 流石に思い出して照れて、青年は一人で笑う。
 どれも懐かしい思い出だった。大切な思い出だった。

 六つ目の戸を開けて思い出したのは、記憶を消された時の事だった。
 そしてその場には見知った顔があった。
ピリっとした。緊張感のある空気を漂わせて、鋭い視線を向けながら九本の尻尾を持つ女性が障子ではなく襖の前に立っていた。
 その女性の事を青年は知っている、思い出した。
「藍、さん……」
 名を呼ばれて、藍が少し罰の悪そうに顔を歪めたのが解った。
「私の事も無事に思い出したか……、あの時は望まないのに強引にあんな真似をしてすまなかったな」
 一度深々と頭を下げられ、そしてそのままで藍の言葉は続いた。
「それに、私は自分の考えだけでお前達の事を無視して、勝手な事をした。恨まれても仕方ないと思っている。私を恨むか? 私はお前達に恨まれ、罵られても仕方ない事をした」
 深々と頭を下げ、謝罪をする藍。青年はその姿になんと声をかけていいか迷った。確かに彼女の言う通り、望まない事をされた。
 ただそれは、彼女が本当に自分たちの事を思ってした事だと今解った、思い出した。
 ぼんやりとした意識の中で慧音と藍が話していた話の内容も今、思い出していた。
 子供の隠し事なんて単純で、きっといつかバレていただろう。だとすれば、大人となった今なら彼女の判断が正しかった事が解る。
「頭を上げてください、俺は別に恨んでなんかいないですから」
 だから青年の口から、自然とこの言葉は出てきた。何より今更彼女を責めたり恨んだりした事で今更何かが変わるわけでもない。
「しかし、私が変な事をしたせいで、君は今まで女性と関係を持てなかったのだろう? 橙の言葉が言霊として君に残ったのは多分私のミスだ……、そのせいで君が普通に生きていれば存在した出会いなんかも潰してしまったんだぞ?」
 それを言われると、そうなのだろうが、なら逆に言えばそれは、
「おかげで橙の事を忘れずにいられました」
 こういう事でもある。確かに好きになった人はいた。でもやはり体の事で臆病になって諦めたりした。
 だから、人生をめちゃくちゃにされた、と言えばされた事になる。
 でも全部を思い出した今なら、そんな事はもうどうでもよかった。
 ずっと心の中に残っていた大切な女の子を忘れずにいられたのだから。
「ありがとう……、私は君達に恨まれると思っていたのだが、二人とも優しいのだな」
 藍の顔から、体から緊張感が抜けた気がした。
「……この先にいる」
 青年の言葉を聞いて、スッと、藍が道を開けるように横にずれる。
「向こうにはお前の姿は見えないようにしてある。本当にいいと思うのなら彼女の名前を呼べ。そうすればお前の事を認識できるようになる。それで、もし、もしも……」
 そこで『いや、』と藍は一度言葉を切る。
「多分、君ならどんな結果でも受け入れる、そんな気がするよ。さぁ、行ってくれ、彼女が待っているはずだ」
 口早に促され、最後の襖を開ける。





 襖の先、部屋の奥に少女が一人。見覚えがあった。記憶の中にある姿から比べれば成長しているが、彼女の面影がしっかりと残っている。
 懐かしい姿だ。人間とは違う猫のようにピンとしている耳、腰の後ろの方から二本の尻尾が伸びている。
 どう見ても人間ではない。いつか見た記憶の中にいる少女だ。
「……橙!」
 藍の言葉通り、気付いていないようだったので、名前を呼ぶとその声にピクン、と橙の耳が動く。
 そして伏せていた顔を上げて……、目が合った。
 久しぶりに見た少女は、記憶の中の姿よりも成長していて綺麗になっていた。
「あ……、その、久しぶり」
 記憶の中と違い少し小さな声だった。青年の知る橙は活発で元気いっぱいの娘だった。照れているのだろうか? それとも彼女もまた大人になったと言う事なのだろうか?
 そんな青年の疑問はすぐに解消された。答えは橙の腕の中にいた。
「赤ちゃん?」
 青年は思い出す。藍に記憶を消されと時、ボーッとする頭で確かに二人の会話を聞いていた。
「今寝たとこなの……」
 言葉通り、橙の腕の中でその赤ん坊はすーすー、と静かな寝息をたてていた。
 顔つきや姿は人間の姿だが、橙と同じような耳が頭についていた。
 思えばこの結果は当り前だ、避妊もせずにあれだけやる事をやっていればこうなる事は必然だった。
「えっとさ、びっくりだよね? 私も思い出したのはこの間なんだけど……、私達いつの間にかお父さんとお母さんになってたみたいだよ」
 嬉しそうに、照れたように若干早口に言って橙が笑う。
 その笑みを見て青年は紫の言葉を理解する。『貴方はきっと元の、今までの生活は出来なくなる』と言われた言葉だが、これでは全くのその通りだろう。
 何も言わずにいると、橙がどこか不安そうな顔をしているのに気づいた。
 もしかすると自分達を受け入れてもらえないと思っているのかもしれない。
 不要な心配だ。答えなんて、橙と再会できた時に決まっていた。
「そうだね、びっくりだね」
 その言葉にビクッと橙の体が震えた。だからすぐに言葉を続ける。
「でも、なんだか嬉しいね」
「……う、うん!」
 橙が笑った。いつか見た事のある、こちらまで元気にしてくれるような、太陽みたいな笑顔で綺麗に笑った。
 その笑顔を見て、懐かしい気持ちになって、嬉しくなったのだが、声が大きかったのだろう。それまで静かな寝息をたてていた赤ん坊がぐずりだした。
「あ、お、起きちゃった。ごめんね、うるさかったね」
 慌てながら赤ん坊をあやし始める橙、これから自分達はどうなるのだろう? 橙と赤ん坊を見て青年は考える。
 妖怪との結婚、半妖怪の子供、両親にどう話したものか、頭を抱える事は多そうだが、それでも、橙と一緒なら辛くても、苦しくても大丈夫な気がしていた。





「妖怪を奥さんにした人間の青年。妖怪と人間のひと組の夫婦。この後、二人にどんな事が待ち受けるか、どんな苦労が存在するかなぞは誰にも解りません。と」
 スキマから様子を見ていた紫がポツリと呟く。
「紫様、なんですかそれ?」
「まぁ、ナレーションですわ、ナレーション。さて、そろそろ私達も出歯亀はやめておきましょうか」
 そう言って紫は、二人を見るために目の前に広げていたスキマを閉じる。
「そうですね……。しかし、紫様?」
 少しピリッとした雰囲気をこめて藍は紫の名を呼ぶ。
「ん? 何かしら」
「何だか、あの人間に肩入れしすぎではありませんか?」
「そうねぇ……、確かにちょっと気に入ってたかもしれないわ」
「紫様、本気でおっしゃってるのですか?」
 紫の言葉に、また鋭い雰囲気をこめて藍が言葉を発するが、
「でも、私は泥棒猫のような真似は嫌いですから」
 当の紫はそういって本心を見せようとしない。
 どこまで本気の言葉か解らないが、実際どんな人間かの様子を見るためだけだったのを『式に馬鹿にされた』と、嘘までついて釣りを習っていたのだから、少なくとも気に入っていたのは本当だろう。
「まったく、ちゃんと自力で思い出せれば、と決めていたのに思い出すきっかけを与えたりして、これではそうしようと決めた意味がないではありませんか」
 先ほど自分も青年の事を認めて背中を押しただろうに、藍が小言を言い始めた。多分橙を取られて寂しいのだろう。
「あら、別にそんな事はないと思うわよ? 貴女の方こそ少し過保護すぎるんじゃない? せっかく両者とも好きあっているのよ? 幸せじゃない。いい加減貴女も式離れしなさい」
「式離れは貴女に言われたくありませんが、好きあっているから、と言うたてまえ抜きにしてもやはり人間と妖怪とでは……」
「幸せになれないと、そう思う? 前例はあるわよ?」
 妖怪と人間が結ばれる。と言う話しは、ないわけではない。伝承、伝説に割と残っていたりする。ただ、その多くが悲しい別れであったりする。
 それでも、幸せになれなかった例がないわけでもない。
「それに貴女確か、思い出せたら支える、とか言ってなかったかしら?」
「だからそれは自力で思い出せたらです! いくら二人が想い人同士だとしても、今回は少し反則じゃないですか!」
 『紫様は橙に対して少し甘すぎます』と藍は続ける。まさか藍にそんな事言われる日が来るとは思ってもいなく、紫は苦笑を一つ。そして言葉を紡ぐ。
「それは仕方ないじゃない藍」
「え?」
 クスクスと可笑しそうに笑う紫の姿に藍は首を傾げる。
「だって貴女は私の娘のようなもの、あの子はそんな貴女の娘のようなものでしょう?」
「まぁ、そう言えなくもないですかね……?」
 式を娘と例えるのなら、式の式は孫にはなるのだろう。
 だが、それがどうしたと言うのか? 藍は首を傾げる。
「なら、お婆ちゃんが孫に甘いのなんて当たり前じゃない」
「っ、……まったく、本当に貴女と言う方は」
 紫の言葉に理由なんて特に何もなかった。可愛い孫のために、と。それをさも当然のように、あっけらかんと言うのだから藍も何も言えなくなる。
 紫はきっと楽しんでいる。彼女ら二人の事をこれからの幻想郷の可能性として見ていると霊夢に言った言葉に偽りはないのだろう。
 そしてこうなると紫は面倒くさい。意地でも二人をくっつかせて幸せにさせることだろう。
「……絶対苦労しますよ?」
 紫が青年に釣りを教えてもらうというだけでも、だいぶ時間がかかったのだ、妖怪と結婚ともなればもっと大変になるだろう。
「それを助けるのが私達の役目でしょう? 可愛い可愛い娘の幸せですもの、それほど大切な娘を私達の元から見事に釣り上げていったのだから、二人には幸せになってもらわなくちゃ許せないわ」
 クスクスと嬉しそうに紫は笑う。冗談めいた雰囲気で話しているがこの言葉は本気だ。本気で橙と青年の幸せを願っている、と言うよりもするのだろう。
 ふと、その紫が何かを持っているのに藍は気がついた。
「紫様? その手に持っている布はなんですか? 紺色の」
「ん? これ?」
 指摘され紫は持っている布を広げて藍に見せた。それには見覚えがあった。
 以前藍も橙に渡した外の服だ。
 名を『スクール水着』と言う。
「何故そのような物を紫様が持っているんですか……?」 
 しばしの沈黙。そして藍はハッとする。
「ま、まさかソレ来て紫様まで婚活始めるとかじゃないですよね?」
 若干引き気味の藍の言葉に紫は慌てて言葉を返す。
「いくら私でもそんな事しないわよ!! ってか何でそんな必死になってるみたいなイメージなの!? そりゃあ私達は二人とも橙に先を越されたわけだし、一番私が年上だけど、流石にそんな事しないわよ!!」
「で、ですよね、安心しました」
 本気で安堵する藍を見て、いつかあの尻尾にガムテープをベタベタに貼り付けてやろうと紫は心に決める。
 それを知ってか知らずか、藍は『コホン』と咳払いを一つしてから改めて尋ねる。
「では、何故それを?」
「ええ、せっかくだしここも賑やかな方がいいかな、と。そこで、これを二人に渡したらいろいろ思い出してさっそく二人目作るかな? と思ったの」
 無邪気な声だった。多分本音なのだろう。
 その言葉に藍はため息を一つ吐き出し、紫に告げる。
「最後の最後で最悪ですね貴女」
お久しぶりとなりますH2Oです。ここで、初めて投稿してから二年以上経過しました。
実は初投稿の約一年後、『はじめてどうしの夏』は『スク水橙』という本になっていました。
その後、無事に庫もなくなり、一年以上の期間が経過したので、文章だけになりますが、しっかりとこちらでも完結させておこうと思い、今回の投稿となりました。
その内また、何か作品をあげられたらと思うので、その時は読んでいただけると嬉しいです。

『君を忘れない』は紫パートでしたが、エロではなかったですね……。
では、最後まで読んでいただきありがとうございました。楽しんでいただけたのなら幸いです。


1様。
はじめてどうしの夏の方も読んでくださっていたのですね。ありがとうございます!
完全体はこういう話になっていました!紫様のスク水は……、他の方に期待しましょう!!(

2様
実はこっそりと続編がありました!
楽しんでいただけたようで幸いです。
お粗末さまでした!!

コメントありがとうございました。
H2O
コメント




1.性欲を持て余す程度の能力削除
スク水から始まる幻想郷の新しい可能性!

あのお話の続きに、こんな素敵な物語があっただなんて思いませんでした。最高でした。

橙パートはやっぱり再読しても物凄いエロいし可愛いし、橙たちをフォローする藍様と紫様も格好良かったです。
でも、ゆかりんのスク水姿もちょっと見てみたいかも
2.性欲を持て余す程度の能力削除
お気に入りの作品にまさか続編が出来るとは

とにかく面白かったです。ごちそうさまでした