真・東方夜伽話

式の役割

2014/12/12 18:16:40
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式の役割

極楽わんこ
・藍と橙のお話で、十五作目「誇れる私のご主人様」の設定を引き継いでいます。
・藍にアレが一時的に生えます。
・内容は藍視点の、発情期の橙と向かい合う主従愛ものです。


























自慢ではないが弾幕の使い手が刻一刻と増えていく幻想郷において、
式を務めていると同時に式の使い手でもあるのは今も尚自分一人である。
それだけに使役者と式の間で契約を果たすには一筋縄では行かないのを熟知している。
主人側に相応の実力が要求されるのは勿論の事、何よりも大事なのは式の信頼を勝ち取らなければならない。
意思を持つ者に服従を誓わせるのが並大抵の難易度でないのは容易に想像出来るだろう、
中途半端な力の持ち主が迂闊に契約を結んだ場合には寝首を掻かれるという最悪の結末も想定されるのだ。
一方式側についてもかなりの覚悟が必要で、主人に対して絶対服従の心構えが必須となる。
たとえ黒と判断しようとも主が白だと言えば間違いなく白であり、
万が一使役者の身に危険が迫ったならば命を挺してでも助けなければならない。
これが一般的な見解であり、主である紫様とは式の心得を忠実に守り主従の関係を保っているのだが、
逆に自分が主の立場になるとその見識からは大きく異なったものに変貌する。

「それじゃあ橙、よろしく頼むよ。もし身の危険を感じたらすぐ私を呼ぶんだ、いいね?」

異変が起こらなければ平和な幻想郷とは言え、何気ない日常にも危険は身を潜めている。
橙ほどの愛らしさを持つ少女が狙われないとは限らないと心配してしまうのは過保護なのであろうか。
それはともかく、幸いにして彼女は自身が式であるという事実をすんなりと受け入れてくれているようであった。
式になるというのは相応の拘束を施す事になる、自分はもう自由を求めて駆け回りたいなどと願う年頃ではないから
構わないが橙のような幼い子は色んな事象に興味を示すし探究心を満たしたいと願う状況も多いだろう。
だからこそ束縛は本当に最小限に留めて後はその成長を遠くから見守るのに徹している。
重い宿命とも言える式の役割を、出来る事ならこの娘には背負わせたくはないものだ。

「はい、藍さま!行ってきますね!」

身を挺してでも守らなくてはならない存在が二人もいるというのは大変ではあるが、
これ程遣り甲斐のある立場というのもそうそう見つかりはしないだろう。
こちらの心配を気にする様子もなくただ好奇心に身を任せ無邪気に買い物へと人里に躍り出る姿は今日も眩しい。
何一つ陰りを感じさせない天真爛漫な振る舞いを目にするのは最早癒しとも言える安息の瞬間であり、
それだけ普段は気疲れを強いられる状況下に置かれているのだと痛感せざるを得なかった。
大きな要因の一つは人遣いの荒い主様であったりはするのだが、無論嫌々でこの役割を務めている訳ではない。
結界を司る大賢者の側近を任されているのにはやはり誇りを感じているし、
何よりも掴み所のなく誰よりも傍にいる時間が長い自分を以ってして不可解な部分の多い人柄に強く惹かれている。
数千という年を過ごしながらも尚色々な事象に興味を示す様は少女と呼ぶに相応しく、
自己表現を上手く行えず様々な鎖に縛られている視点からすれば羨望の眼差しを向ける他なかった。
その一方で身を委ねてしまいたいと願望を抱かせる包容力も持ち合わせており、
女性としてのあらゆる魅力を兼ね備えた人物であるようにすら感じられてしまう。
強過ぎる思慕が恋心へと様相を変えていたのに気付いた時は愕然とし、身分違いの想いだと諦めかけてもいたが
そんな苦悩をも主人はしっかりと見抜き、身体を張って聞き入れてくれたのだった。
けれども一つ解決されれば新たに浮き上がってくるのが悩みというものであり、今回もやはり例外ではなかった。

「そろそろ橙にも、教えてあげるべき時ではないのかしら?」

情を交わし終えた際に囁かれた一言が、発情期を迎えて自我を大きく揺るがせている橙の姿を思い起こさせる。
いずれは来るであろうと分かってこそはいたが予想以上に時期の到来は早く訪れたようで、
純真な少女に夜の手解きをする覚悟を迫られていた。
だが腹を括らなくてはならない、同じ獣の立場にいるからこそ発情期に訪れる苦しみ、
そして切なさが如何に辛いものであるかは痛い位に理解しているからだ。
今までは虚ろな瞳で月を見詰める姿を目撃してもすぐさま立ち去ってしまっていたが、
手解きをするとなれば現状をしっかりと見据えなくてはならないだろう。

こちらの心境とは対照的に、陽の光は今日も穏やかで洗濯物も良く乾いてくれそうだ。
敬愛する主人と可愛らしい式の衣服を庭に干しながら、家事と同じ位簡単に今回の悩みも片付いてくれれば
ここまで頭を抱えなくても済むのになと獣の特性を恨み、無力な己に嫌悪を感じるばかりだった。

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月の浮かぶ夜は無性に気が大きく左右に振れてしまうものだ。
暗闇を唯一照らす淡い光は道しるべとなって迷いからの解放を示すとも言うが、
実は更なる深みに誘い込む危険な罠となる側面も持ち合わせている。
穏やかである筈の心境さえもが一転しいつの間にか強い衝動を抱かされてしまう、
そうと分かっていながら視線を夜空に持ち上げてしまうのは抗えない魅力が存在するからなのだろう。
奥底に隠された、あるいは意図的にしまい込んだ筈の内面を浮き彫りにする月光を背に
理性という名の衣を脱ぎ捨てて自ら主人に迫ったならばきっと言葉にし尽くせない解放を味わえるに違いない。
あるいは逆に狂気に冒された主に滅茶苦茶にされるというのも有り得るならば大歓迎だ。
だが、自身を後に回してでも解放の手引きをしなければならない者が目の前にいるのも紛れもない事実であった。

「橙、今から外の見回りに行ってくるよ」
「こんな時間にですか、藍さま?」

秘密裏に仕込みが始まっているのを、橙は気付く様子もなく夜遅くに出掛けようとしているのをただ不思議がっている。
本当ならば純粋な彼女を騙したくはなかったが真相を探るには一人だけの状況を作り出し、
一切の束縛を無くして見守るのが最良であるとの判断を覆す事は叶わなかった。

「長くなるかもしれない、私の事は気にせず先に眠ってておくれ」

目的を覆い隠し何食わぬ顔で接するのも良心が痛む、ましてや相手が自分を心底慕ってくれている式ならば尚更だ。
他人を騙す事に生き甲斐を感じているとも思えてしまう主人の性格を少しでも模倣出来ていたならば、
締め付けられるような罪悪感も緩和されていたのに残念でならない。
けれどもこんな生真面目な性分でも主は好いてくれているらしく、その事実がせめてもの救いとなってはくれた。
思慕を寄せている対象から自身を認めてもらえるほど有り難くて幸せな事はそうそう見つかりはしない、
だからこそ橙がどのような姿を見せようとも受け入れて導く決心は固めている。

「分かりました。それでは先に寝ておきますね」

心なしか寂しそうに見える笑顔から、何かを企てている思惑は全く感じ取れなかった。
我慢をしている仕草も見受けられない辺り本当に突発的に切なさに襲われてしまうのかもしれない。
これ以上の詮索は疑心を抱かせてしまうと笑いかけてみせながら僅かな光だけが夜道を照らす外へと足を進めていく。

太陽の恩恵を受ける昼間も悪くはないがやはり闇に包まれた空間が
一番馴染むと感じられるのは妖怪であり、同時に獣でもあるが故なのだろう。
一切の陽光が存在しない世界だって主の力ならば作り出す事も不可能ではなかったに違いない、
だが大賢者が選んだのは妖の者だけが蔓延る地ではなく、あらゆる生命が共存を果たす理想郷であった。
同一種族でさえもが異なる思想を持ち時に互いを激しく消耗させる不毛な争いを繰り広げるのだから妖精や悪魔、
果ては神までもが一緒の大地を踏み締めている状況とならば何かと厄介事が起こるのは想像に容易い。
単純に支配者を目指すならばそんな面倒な手段は決して採る筈がないだろう。
境界の監視者様は何よりも退屈を嫌っていると分かっているからこそ、
時に回りくどかったり敢えて不利益となる選択を見せるのも理解は出来る。
けれども、もし人間なんてこの地に招き入れなければ……相も変わらず恋慕は横槍を入れてくる。
弾幕勝負という平等な舞台を用意した上で悠然と力を示す様は、普段のぐうたらな姿からはおよそ想像も付かない
高貴な雰囲気を漂わせており、優雅で威厳に満ちた一面にも強い魅了を受けてしまったのだと自覚する他なかった。
誰も絶対に勝てはしない、勝てる筈がない。
何故ならあのお方にとっては勝敗でさえも所詮は戯れでしかなく、暇を潰せたかにこそ価値を見出しているのだから。
勝つ事への執念は確かに力となるが、時に手元を狂わせ思わぬ敗北を招く諸刃の剣でもある。
弾幕勝負においても本気が感じられないとの苦言を良く耳にするがそれも主なりの精神統一法であり、
邪魔となる一切の感覚を排除しているからこそ神々しいまでの強さを見せ付けられているのだ。
唯一の天敵が退屈とあらば最も実力が伯仲している博麗の巫女と言えども敵いはしない。
また霊夢か、と胸の奥まで手掴みにされるかの様な不快感に襲われる。
今回の代に対しての執心が一際強く感じられるのも強固な防壁が故であろうか、
崩し辛ければ辛い程に気が燃えるのは主様であろうとも変わらないようだ。

「霊夢さえいなければ……」

苦い想いを感じていたのは事実であるし、もしかすると思わず唇を動かしてそう漏らしてしまったのかもしれない。
だが自身が発する筈の声色とは明らかに違う音程であるのに、とっさに他人の呟きであるのを感知する。
こんなに近くに誰かが接近しているのに全く気付かないなんて気を奪われ過ぎているにも程がある、
しかし周囲がまるで見えなくなる程の憎悪に囚われていた訳でも断じてない。
唐突に現れた気配に視線を落とすとそこには橙とそう年頃の変わらない一人の少女が立っていた。
あたかも抱いている感情を代弁してくれるかの様に眉を顰めて険しい表情を浮かべたまま正面をじっと見据えていたが、
程なくしてこちらを見上げると一転して愛らしい笑顔を見せてくれた。

「こんばんは、狐のお姉さん」

そうそうない呼ばれ方に苦笑しつつも、もしかしてこの娘はと思い当たる節があった。
全ての行動については無意識の内に取っているようで、その真意は悟りの能力を持つ姉を持ってしても読めないという。
意図しない動向であるからこそ彼女自身も何の疑問も持つ事はなく、
自然と霊夢への憎しみを呟いた直前の行為でさえも既に忘却の彼方に飛ばされているに違いない。
予測不能の弾幕は計算され尽くしたそれよりも恐ろしい、幸いにして相手に敵意は無さそうではあるが。
マヨヒガに戻るにしても相応の間は置いておきたいしここは一つ無意識とやらに構ってみるのも悪くはなさそうだ。

「地霊殿の主の妹か……こんな時間に出掛けては心配をかけるのではないか?」

こんな時間とは言ったものの妖の立場にいる者達にとってはむしろ今からが活動の時間であり、
もともと地底に住処を構えているとならば暗闇を出歩くなどほとんど抵抗も違和感もないのだろう。
見た目こそ橙やその遊び仲間達とあまり違いはないが、時折受け止められる鋭い妖気は
霊夢でさえも苦戦を強いられたとかつて主から受けた伝達を確信へと導くに充分であった。

「大丈夫だよ、放浪癖があるのはお姉ちゃんも知っているし。それに、心配なんてしてないよ」

精神で訴えかけてくるのであれば視覚は正直当てにならないが、
相手の考えを的確に読み取る器用な能力を持ち合わせていない以上はそこに頼るしかない。
屈託のない笑顔に、少しばかりの寂しさが浮かんだ様に見えたのは気のせいだろうか。
言葉の上でこそ姉との関係が円滑ではない事を何とも感じていない風に取り繕ってはいるものの、
実際の望みは現状とは異なっている印象が感じられる。

「そうかな?家族が行方不明となってしまっては、たとえ表には出さずとも必ず気に留めるものだよ」

方向性は全く違うし厳密には家族ではないが、こちらは二人分の心配を毎日のようにしているのだから間違いはない。
自在な振る舞いが許されるこの地において大人か子供かの判断基準となるのは
重ねた年でもなければ妖力の大小でもなく、如何に己へ抑制を利かせられているかにあるだろう。
自ら進んで束縛を選んだ結果窮屈を感じる時も決して少なくはないが、代わりに理知的な佇まいを手に入れる事は出来た。
そこに優越感を見出しているつもりはないけれどもどうやら世話を焼くのは好きなようで、
目の前で大好きな姉に構ってもらえずにむくれている少女にも気が付けばお節介を見せてしまっていた。
紫の紐で繋がれた、閉ざされた恋の瞳が微かに痙攣したかの様に感じられたのは気のせいであろうか。

「そんなの、心の中で心配してもらっても分からないよ」

両手を腰の後ろに持って行き身を揺らす動作も照れ隠しなのか、
あるいは気持ちが伝わらないもどかしさなのか、抑制とは無縁の純真な性格が受け取れる仕草だった。
どれ程の紆余曲折が存在したのかは定かではないが複雑な家庭事情を抱えているらしく、
紅魔館の吸血鬼といい幻想郷の姉妹仲はどうやら一筋縄では行かないようだ。
屈み込んで少女と同じ位の高さに目線を合わせ、こういうのも悪くないと笑顔を浮かべながら意見を聞かせてみせる。

「ならば直接気持ちを打ち明けてみるのも手ではないかな。本当はもっと相手をして欲しいと、ね」

放浪も構ってもらえないが故の寂しさを紛らわす為の手段として受け取れた。
姉の方もまた本当は家族らしい振る舞いを見せたいのだが心を読めないが為に戸惑いを感じている、
だからこそ距離を詰める第一歩を踏み込めない、あながちそんな所ではなかろうか。
真に不仲ならば厳しいがそうでないのならばお互いが望む関係にも持ち込めるだろう。

そうして適切な助言をしてみせるも自らがとてつもなく大きな隙を作り出している事にまだ気付いてはいなかった。
地面に落としていた視線が持ち上がりこちらと重なり合う。
やはり敵意はなかったが瞳孔の奥に潜む鈍い光は心の隅まで
見透かそうとしているのか、言葉では言い表せない独特の威圧が感じられる。
そしてゆっくりと開かれた唇が紡いだ一言に初めて虚を突かれた事を認識させられたのだった。

「私も、もう少し素直になった方がいいのかな……」

少女の純真な独白が、今ばかりは意識すらしておらず深層に沈み込んでいた淡い願いを寸分の狂いもなく言い当てる。
大人になったが故に失ってしまったものもある、素直に心の内を伝える技能もその一つに他ならない。
愛されたいと強い願望を抱き続けながらも頑強な抑制の鎖がそれを幾度となく阻み、
ようやく想いを開けた時だって散々主の手を焼いた揚句の結果だった。
勿論ただ開放的になれば解決するという単純な問題ではなく、恋愛模様の成就は困難を極めており
主人の命へ忠実に走るならば本来はこの想いは退けなければならない。
けれども心中を正直に伝えた時に見せたあの満足そうで慈愛にも満ちた微笑みは今も忘れられなかった。
率直に思慕を伝え切れない、けれども諦め切れない、こんな中途半端な状態でよく説教なんて出来たものだ……。

すっかり離れてしまった注意を正面に向けるも既に少女の姿はなく、ただ一人でその場で屈んでいるだけであった。
こちらの心の隙を突いて満足したのか、姉へ心配をかけたくない本心で帰ったのか、それは定かではない。
どんなに身構えていようとも無意識にまで防壁を張るのは不可能であり、
一度ならず二度までも深層を探り当てた彼女自身も意図しなかったであろう能力には呆然とするしかなかった。
そして橙を心配してこんな行動に出たというのに、
いつの間にか紫様への想いを募らせている事実に気付かされてしまう。
月の光が織り成した戯れなのであろうか、ちょっとした時間潰しのつもりが
こうも神経を擦り減らしてくるとはと大きく溜め息をつきながら静かな夜道を見回してみる。
どうやら今宵も妖怪が無意味に人間を襲っているといった問題はなさそうだ。
昨今では逆に人間側が札を始めとした道具を手にこちらへ牙を向ける事象も度々見受けられ、
そのような話が存在している以上尚更橙に対して保護の視線を強めなくてはと神経を尖らされてしまう。
我が身を捨ててでも守わなくてはならない愛らしい式の身に、今何かが起きているのだろうか。

心配に突き動かされながらも焦りを何とか押し殺し、マヨヒガの近くまで戻った所で気配を沈めて茂みへと身体を隠す。
こういう時は誇りの尻尾も邪魔になるものだと恨めしく感じながらしばしの間、
主の誘いを受け情事の始まりの場所となった縁側を懐かしい思いを込めて見詰めていた。
またあの甘美な夜を味わいたい、無論こちらから欲求を口に出す事は決してないしそもそも許されない。
次に愛情を受けられるのは何時の日であろうか、待ち遠しさが増していくのに従い胸がきつく締め付けられていく。
切ない感情が臨界点に達する寸前まで待望の瞬間は訪れない、生殺しの時間が長ければ長い程に
互いが素敵な時間を過ごせると主人は判断しているだろうしそれについて異論は全くなかった。
ただ欲が叶うならば……濁りかけていた意識は視界に変化が見られた事で鮮明に戻る。
就寝の為に浴衣姿に着替えた橙が縁側に吸い寄せられる様に現れたのは身を潜めて数分が経過してからであろうか、
遠間なせいで明確な表情こそ捉えられはしなかったものの明らかに挙動がおかしく感じられた。
ゆっくりと夜空を見上げる仕草までもがまるで外部から操られているかにも思え、
意思とは無関係に小さな身体が動いているかのように見受けられる。
そして目のみならず、耳もまた異変を感知する事となった。

「みゃあ……」

まるで人肌寂しい本心を打ち明けるかのように漏らされた鳴き声が鼓膜に染み付く。
まだ幼いとはいえ彼女もれっきとした妖獣であり、切実な想いを乗せた声色は背筋を震わせる独特の感触を抱かせた。
人の姿を借りながらも雌猫の本性を抑え切れないとばかりに紡がれた甘い鳴き声からは魅了さえも感じられる。
それが謀った事ではなくただ純粋な本能がさせているとならば尚更だ。
本当ならば今すぐ駆け付けて救いの手を差し伸べたかったがここで飛び出してしまっては
完全なる現状を把握出来ず、かと言って目を伏せる訳にもいかない。
辛い時間が続くなと唇を噛み締めながら引き続き様子を窺っていると今度は唐突に橙が背を向けた。
続いて静かな夜に響くは、木材が削られるかの様な音。
気持ちが浮付いた時に見せる式の行動は何度か目撃しており、出来る限り止めるんだよと注意はしているが
恋の季節と綺麗な月が姿を見せる夜が重なったとならば、今の行動を強く否定する気にもなれない。
だが、次の瞬間衝撃を覚えざるを得ない光景を目撃する事となった。
爪研ぎを終えて小さな肩を上下させていた橙は何を思ったのか、柱を斜めに構えた位置で両手を添える。
そして腰を前へと突き出してすがる様にその身を擦り付け始めたのだった。

「な……!?あぁっ……」

年頃であれば発情期でもあるのだから自慰に走るという事態を予測出来なかった訳ではない。
けれども身構えなんて本当に気休め程度のもので、胸を抉られる深さはほとんど緩和出来なかった。
掠れた声を漏らして見守る中でも行為は次第に加熱していき、衣服から覗く二本の尻尾が感度に合わせてくねっていく。

「ふっ、みゃああぁんっ!」

蕩けそうな声色からは僅かな背徳感も窺えたが、性欲の浄化へ突き進む工程を心地良く受け入れているに違いない。
震える唇に合わせて腰は上下を繰り返し、時に踵が浮くまでの伸びをも見せた。
汚らわしい行為なんかではない、でも直視するのは辛い、保護者の立場だからこそそう思ってしまうのであろうか。
感情の整理も付けられぬままただ見守る以外の行動を取れない苦しさにまたしても身が引き裂かれそうになる。
やがて細い脚は力を完全に失ってしまったのか、崩れる様に橙は身体を床へと横たわらせてしまった。
呼吸も、心臓もほんの一瞬とは言え停止していたかもしれない。
今すぐ駆け付けなければと強い衝動に突き動かされる筈なのに足の裏一つ地から離せなかったのは、
ここで手出しをしてはならないという保護者の愛情がそうさせたのかもしれない。
程なくして四つん這いの状態にまで体勢を立て直した橙は、
自らが犯した罪から逃れる様に膝を這わせて部屋の奥へと姿を消した。
視界に動体が存在しなくなった後もその場から動けず、現実を目の当たりにして喉奥を締め付けられそうになってしまう。
こちらの前ではそれらしい仕草も見せなければ悩みも打ち明けてはこなかった彼女も、やはり苦しんでいたのだ。
主の言葉通りそろそろ頃合であるのかもしれない、本当はまだ早い気もするがこればかりは
直の使役者である自分よりも紫様の方が状況を冷静に分析出来ているに違いない。
もうしばらくは純潔を保っていて欲しいなんて願いは、きっと身勝手な押し付けなのだろう。

屈めていた身を持ち上げ、大きく深呼吸して帰るべき所へ一歩一歩踏み出していく。
縁側を通り抜ける際に橙が使っていた柱に気を奪われそうになったが、
そこに生々しい跡が残っているのだと思うとやはり直視出来る心境にはなれなかった。
汚らわしいとは微塵も感じてはいないのに行動が伴わないのは、現実を見る踏ん切りがまだ付いていないからであろうか。
複雑な心境で居間、そして寝室へと息を殺して足を踏み入れると布団に寝そべっている我が式の姿があった。
身を横たわらせて眠る姿は先程の淫行を微塵も感じさせない程に穏やかで
束の間の性欲からの解放も叶ったからであろうか、見せている寝顔も安らかだ。
胸を撫で下ろすも、無防備な彼女から醸し出される雰囲気が妙に艶やかである事に気付きどきっとしてしまう。
自慰の残り香なのかはどうかは定かではないが野良の雄猫が群がりそうな色気が漂い、
特に軽く乱れた浴衣の裾からすらりと伸びている両脚が思いの外艶めかしく映ったのには動揺せざるを得なかった。
健康的でありながらも何処か見る者を誘っているかにも映る脚線に、目を離す事も叶わない。
まだ月夜の戯れから抜け出せていないのか、それとも着々と女性となりつつある成長を見逃していたのか。
再び呆然と立ち尽くしている所にあまりにも馴染みの深い声が耳に入る。

「あらぁ、随分と可愛いらしい寝姿だこと」

まだまだ死ぬつもりはないが今日だけで少しばかり寿命が縮まってしまったのは間違いない。
主人が神出鬼没なのはもう百も承知ではあるのだが、隙を突かれた際の衝撃は未だに緩和出来ないものがある。

「紫様、もうお眠りになっていたのでは……」
「ふふ、私だって夜更かしする時はあるのよ。お肌には良くないのだけれども」

隙間から身を乗り出して畳へと軽やかに足を着地させる仕草は、また楽しい事はないのだろうかと窺っているかにも見える。
相変わらず霊夢の鉄壁は崩せていないようで色恋沙汰とも疎遠になってしまっているのも一因だろう、
相手を惚れさせるのは簡単でも惚れた相手を振り向かせるのは大賢者と言えども困難であるのに違いはなかった。
そんな主様は式の寝姿を見詰めていたが、やがて悪戯を思い付いたかのように呟く。

「羨ましい位に綺麗な脚ねぇ。柔らかくて味見したくなってしまうわ」

すっと掌が伸びてしなやかな指が橙の素肌を撫でていく様に言葉が凍り付いてしまう。
突然の状況は何度も立ち会ってきたが今回は最上位とも言える驚愕に加え、
健やかに眠っている少女を起こしてはならないという気遣いに、やっと出せた声もすっかり掠れてしまっていた。

「ゆっ……紫様っ……!」
「少し悪ふざけが過ぎたようね。大丈夫よ、いくら私でも式の式に手を出すなんて真似はしないわ」

彼女が望むのならば無論歓迎するのだけれども、と付け加えてこちらを完全に安心はさせないのが実に主人らしい。
最近は退屈気味だと倦怠感を漂わせてはいるものの自分としてはその安らぎを羨ましく感じてしまう。
ちょっとばかりのからかいを終えて満足気な表情を浮かべた所で、おそらく本題であろう質問を主が切り出してきた。

「あれから橙には、色々と教えてあげているのかしら?」

性への教育を強制しているのでもなければ急かしている訳でもなく、
あくまで経過を問い掛ける穏やかな口調であったのに少しばかりは気が楽になる。
それでも問題を解決しなくてはならない現実は何ら変わらず、視線を畳へと落とさざるを得ない心境であった。

「いえ、今日は様子を見ておりました……」
「慌てなくてよくてよ。橙にとっても、貴女にとっても、繊細な事であるのは理解しているつもりだから」

こうして理解を貰えると逆により強い罪悪感に苛まれてしまう。
苦しんでいる彼女に一刻も早く救いの手を差し伸べなければならないとの強い思いは勿論あるが、
それを実行した時に今までの関係が大きく崩れてしまうのではないかと恐れが歯止めを掛け続けていた。
もし紫様からそのような教育を受けられるというならばこの上なく喜んで受け入れるだろう。
だが自分が主に抱く思慕と橙が自分に抱いている思慕は根本が異なっている、絶対的に違うのだ。
性欲解放の伝授を申し出たとしたならば彼女はどんな表情をこちらに向ける事だろうか。
不安を隠せずに俯いていると思わぬ感触が頭を包み込んだ。

「大丈夫、普段通りの愛情を注いであげれば問題ないわ」

腕のみならず語り掛けてくる言葉までもが疲弊した精神を癒し、優しく抱き締めてくれる。
こんな素敵な安息の地が存在するのだろうかと、疑ってしまう位の心地良さに身を委ねる以外の選択などなかった。
意識を手放してしまいそうな抱擁をもし独り占め出来るのならばとの願望は、
目の前の本人に語れる訳もなければ自身の式にも当然打ち明けられはしない。
身分を弁えなければと戒めていると、今度は式符の貼られた帽子が取り外されて狐の大耳に掌が滑っていく。
普段から外気に触れている尻尾とは異なって滅多に露出しない耳は敏感であり、
他人に触られる機会ともなると皆無に等しい体部である。
それだけに接触を受けると身震いを隠すのは至難の業で、少なからず痙攣は伝わってしまっている事だろう。
無論不慣れなのだけが原因ではない、人に有らざる異形の部分まで
こうして受け入れてもらえているのだと意識すると涙腺が緩んでしまいそうになる。

「橙は……理解、してくれるでしょうか……?」

甘えられる機会はそう多くないに違わないと、胸元に顔を埋めながら拭えぬ心配を吐露してみせる。
普段ならば内に抱え込んでいただろうが今回ばかりは自身の問題に留まらないが故に不安も大きいのだろう。
あるいは、夜道で会った薄緑色の髪をした少女の影響もあるのかもしれない。
頭を抱き寄せる腕と耳を撫でる掌はまるで我が子をあやすかの様で、
紫様の前では自分なんてまだまだ子供に過ぎないと痛感させられるばかりであった。

「あの子は貴女の事を慕っているのだし、きっと解ってくれるわ。自信を持ちなさいな」

式を気に掛けている度合いは貴女と何ら変わらないのよとばかりの激励に嘆息が漏れてしまう。
私は本当にこのお方に必要とされているのだろうかと従者に過ぎない身分でありながら、
存在意義に疑問を持ってしまう事も少なくなかった。
だからこそ、こうして形として把握出来る愛情を注がれるのは感極まってしまう程に嬉しいのだ。

「藍、この一件に区切りが付いたら……また相手をしてくれるかしら」

橙には決して見せられない甘え姿を曝しながら、耳に入ってきた一言にまた驚愕するしかなかった。
思わず顔を持ち上げて言葉に偽りがないか、確かめてしまう仕草は可笑しく映っていたかもしれない。
向けられている和やかな笑顔はほんの僅かな疑心を持った事さえ懺悔せずにはいられない位に慈愛に満ちており、
夜伽の相手を受け持つという状況さえも関係なしに浄化される心地であった。

「喜んで……楽しみにしております……」

また胸元へと顔を伏せて温もりに全神経を委ねてしまう。
主の期待に何としても応えなくてはならない、そして今度は私が安堵を与える立場に回らなければならない、
でも今はもう少しだけ……決意を新たにしながらも許された退行の瞬間をこの上なく幸せに感じるしか叶わないのだった。

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布団に身を包み、じっと動きが見受けられるその時まで一定の感覚で呼吸を繰り返しながらひたすら待ち続ける。
これも一種の抑制であり、性欲を抑え込むほどではないにしても大変だと心の中でそっと呟く。
誰もいない荒野に一人立ち、大きく首を反らせて喉奥を振るわせれば
こんなにも悩んだり恋い焦がれたりする事もなかった昔を懐かしんでしまうかもしれない、
けれども心の底から慕う主と溺愛している式に囲まれる忙しい生活の方がずっと素敵であるのは言うまでもなかった。
寝床にいても聞こえてくる雌が雄を誘う獣の甘い声色は、橙の様子を窺った時に耳にした鳴き声を思い出させる。
それが一転してけたたましい声へと変わったのは雄同士の命を懸けた激闘が繰り広げられ始めた証拠に他ならない。
恋の季節の到来を切なく思いながらも感傷に浸っている暇がないのは充分に理解していた。
真夜中に繰り広げられる喧騒に操られるかの様に橙が被っていた布団をどけて身を起こし始めたからだ。
こちらを一瞥してから音を立てぬよう襖を開けてよろよろと外へ出ていく姿を、気配を殺して静かに見送った。
また縁側で自慰に耽るのであろうか、おぼつかない足取りを見ても出て行った目的がそうであると察するのが妥当だろう。

今宵は、見過ごす訳にはいかない。

不規則に早くなる鼓動は絶頂期ではないにしろ自身も盛りの影響を感じているからに違いなく、
緊張を煽られてじっと身を潜めているのもいよいよ厳しい状況となってきていた。
それに行為に及ぶ前に話を持ち込んだ方が橙にとってもまだ衝撃が緩いのではないだろうかと、意を決して身を起こす。
寝間を後にして縁側へ向かおうと居間に足を踏み入れた瞬間、両脚を大きく開いて座っている橙の姿が視界に飛び込んできた。

「あ……!?」

どちらからともなく驚愕の声が漏れる。
居間というのは予想しておらず不意を突かれたのは間違いないが狼狽の具合から言えばまだ自分は軽い方だと言わざるを得ない。
あの時と同じ浴衣に身を包んだ橙はこちらを一目見た瞬間射竦められたかの様に身体を硬直させ、
脚の付け根に伸ばしつつあった手を太腿に当てたまま引き戻すのさえも叶わない状況だった。
髪の隙間から顔を覗かせている猫耳はぴくぴくと痙攣し、尻から伸びる二本の尻尾も小刻みに震えている。
悪事が見つかってしまった時の反応と全く一緒である辺り、背徳感に見舞われながらも行為に及ぼうとしていたに違いない。

「ら……藍さま……」
「んっ、橙……その、いきなり現れて済まなかった。べ、別に怒ってなどいないからな……」

声色までも怯えの色を濃く出していたのでまずは非難の感情は一切持っていない事を示してみせる。
静かに膝を突き、正座して姿勢も低くすると幾分安心したのか強張っていた表情が少しばかり柔らかになってはくれた。
本当ならば今すぐにでも抱き締めてやりたい、だが唐突に距離を縮めようとしては警戒を強めてしまうに違いない。
結界の解れを探る時以上に慎重に、そして嘘偽りのない本心を打ち明ける。

「余計な世話かもしれないが、もし苦しんでいるというのであれば……私はお前を助けたいんだ……」

半開きの唇が震え、見開かれた瞳が大きく揺れた。
罪悪感に苛まれている様は眩しい位に純粋で、彼女に十字架を背負わせる必要などないとしか思えない。
少しでもその重りを軽くしてやりたいとの願いが通じたかの様に、橙はゆっくりと口を開いてくれた。

「いけない事だって……分かってました。けれども、どうしても切なくて……身体の奥が疼いて……」
「ん、いいんだ橙。いけない事なんかじゃない。気に病む必要はないんだよ……」

同じく正座をして膝の上で作った拳を震わせているのは懺悔の表れであろうか、
そんな姿を見ているとますます彼女を解放してやらなければという気持ちに駆られてしまう。
急な接近は禁物と戒めながらもすっと手を伸ばし、少女の髪や耳を撫でてやる。

「そういう時期を私も何回となく経験してきた。だから橙が辛いのは、凄く良く分かる」
「藍さまも、ですか……?」

信じられないといった様相を浮かべている辺り橙にとって自分は模範すべき存在に映っているようであった。
だが実態は思慕を優先して主の命も遂行出来ない情けない式なのだ、
その過去が心に深く突き刺さり胸の内をきつく締め付けられてしまう。
彼女には真実を知られたくないと思いを抱くのも、卑怯であるが故から来る願望なのだろう。

「私だって、人肌が恋しくて切なさに押し潰されそうになったよ……」

解決法を伏せてしまうのもやはりずるいとしか言えなかったが、
主人である紫様の事を想い秘裂に指を這わせていたなど到底伝えられる事実ではなかった。
あの方とは主従の関係に過ぎない、一線を踏み外すのはそれこそほんの一時だけ……。
主と夜を共にする一瞬を夢見、命を賭す程に待ち侘びている心境では割り切ろうとするだけ無意味でしかないだろう。

複雑な感情を共にしながらも橙の毛並みの手触りが、思いの外良い事に気が付く。
弱っていた猫叉を見つけ、式を貼ったのも随分と昔の話にはなるがその頃からなかなか見事な体毛だったと記憶している。
漆黒の毛は艶やかでともすれば病み付きになりかねない触り心地を有し、将来はより美しさを増すに違いないと確信した程だ。
自身の気付かぬ所で成長を果たしているのだろうか、見逃していただなんて保護者失格も甚だしい。
しかし、不意を突かれたのは手触りだけには留まらなかった。

「やっぱり、藍さまも好きな人の事を考えると切なくなるのですか……?」

唐突ではあるが核心を鋭く突く質問には、視線を泳がせて橙の純真な眼差しから逃れるしか叶わなかった。
言っている事に何一つ間違いはないが好きな人の部分が紫様に即座に変換されたとなれば流石に動揺は隠せない。
嘘を吐いてはならないと散々彼女には教えているし、出来る限り自身を曝け出してはいるつもりだ。
だが、主人に恋慕を抱いているという不埒な事実だけは知られたくはなかった。

「そっ……それはだな……」

どう応じれば幻滅されずに済むのだろうかと茶を濁しながらも、橙の様子が予想外のものである事に気付く。
何故そんな辛そうな面持ちを浮かべているのであろうか。

「最初は、身体の奥が苦しかっただけだったんです。だから、自分で何とかして……沈めてました……」

一度こちらを見上げるも、また視線を畳へと落として俯いたまま、一つ一つ思い出していくかの様に橙が続ける。

「ある時、紫さまが相談に乗ってくれたんです。そしたらこう言われました。橙にも好きな人が出来たのかしらねって」

後頭部を強打されたかの様な感触に見舞われたのも決して幻覚なんかではないだろう。
橙に対しても仕込みはきっちり済ませていたようで、全く紫様ときたら……と頭を抱えたくなるばかりだった。
好きという極めて曖昧な定義を、純粋な橙に望んでいる意味を持たせるのは実に容易であったに違いない。
頑張れば主人なりの有り難い準備とも捉えられなくはないが、流石に今回は難しいようであった。

「好きな人や大切な人の事を考えると切なくなるものなの、私だってそうよって言っていました……」

橙を通じての主の独白に、またしても心が大きくぐらりと揺れる。
大切な人というのがもし自分であるならば恐れ多くもこれ以上ない程に光栄であるし、
博麗の巫女を指しているとなれば嫉妬と憎悪の炎を燃え上がらせずにはいられない。
二極へと揺さぶられて焦燥を感じながらも、いよいよ橙が泣き出しそうな表情を見せ始めたのに慌てて注意をそちらに戻す。

「だから……それからは藍さまの事を思い出しながら……いけないって分かっていたのに、もっと気持ち良くなって……」

自発的か誘導されてかの違いはあれども使役者に想いを馳せて自慰に及び、
そこに後ろめたさを感じているのはお互いに全く同じであった。
小さな小さな身体の奥でずっと罪を抱え込み続けていたのだろう。
自身では悪いと判断しながらも行為に及んでしまった事実を消え入りそうな声で懺悔する様に、
少しずつ距離を縮めようとしていた筈の心掛けがここに来て一瞬にして吹き飛ばされてしまう。
瞳に涙を溜めながらも健気に耐える佇まいは言ってしまえば反則的なまでの可愛らしさだ。
この娘が苦悩を背負う必要なんて何一つない、もし誰かが背負わなければならないというならば自分が担ってみせる。

「いけない事なんてないよ橙、それだけ私を慕ってくれているのだろう?」

肌の触れ合いは多い方だがここまで密接に行ったのはもしかすると初めてかもしれない。
柔らかな身体と程良い体温、幼いながらも発情期で他者を惹き付ける色香も一緒に感じられる。
これだけ愛らしければ魅了されてしまうのも無理はない、主である自分でさえも気が高揚しつつあるのだから。

「は……わわ……」

抱擁の体勢のまま体重を掛けて橙を畳に組み伏せると言葉にならない声が微かに漏れた。
揺れる瞳や閉じられない唇、ぴくぴくと震える猫耳もまた緊張の度合いを如実に物語っている。
今回も自分が題材にされたかどうかは定かではないが、何にせよ一度でも慰めの手助けとして
思い浮かべた事のある本人が唐突に現れたとならば動揺しない方が難しい。

「嫌ならば、嫌と言ってくれればいい。橙が嫌がる事はしたくないからね」

この体勢に持ち込まれては嫌などとはとても言えたものではないだろう、
いかなる時も卑怯な真似をしてはならないと教えておきながらこれでは説得力など皆無だ。
狐ならではの狡さなのか、責任を逃れるとすればご主人様に似てしまったと言い訳するべきであろうか。

「わ、私は……どうすればいいんですか……?」
「ただ身を委ねてくれればそれで大丈夫だよ」

視線を泳がせながらの質問に前髪をかき分けて額を撫でて答えてみせる。
柔らかな肌触りを指だけで味わうのは勿体無いと、気が付けば唇まで触れさせていた。

「あ……っ……」

少しばかり驚いたかの様に声を小さく漏らした橙であったが、
その後は静かに息を吐くのが聞こえるのみで心地良さに身を委ねてくれているかの様に感じられた。
緩やかな快感を与えるという導入は成功したと見て間違いはなさそうだ。
だが次の目標が甘い息が漏れる唇であると意識をすると安堵出来る間もそう長くはなかった。
今の段階ならばまだ家族の触れ合いで済ませられるが本格的な接吻とならば話は違ってくる。
そこに正義が存在しないならば自らが掲げるしかない、たとえ道徳から大きく踏み外していようとも。

「次はここに、いいかい?」

頭を持ち上げて指の腹でそっと唇を撫でながら橙に尋ねると、表情こそ虚ろながら小さく頷いてくれた。
こちらをぼんやりと見つめている瞳は、既に道徳の判断を行えていない状況を示しているようにも感じられる。
今ばかりはこの方が有り難いなと思っていると細い両腕が遠慮気味に伸ばされたのに気付く。

「藍さま、その……ぎゅっとしても、いいですか……?」
「ん、勿論構わないよ」

初めての本格的な接吻に緊張を当然感じているのだろう、脳髄を蕩けさせるまでの愛らしさには
要求の内容を飲み込む以前にただ反射的に頷くしか出来なかった。
肩にそっと宛がわれた掌には強張りこそ感じられたものの橙も意は決した様だ。
まずは額同士を重ね合い、そこから鼻先を触れさせて徐々に口元の高度も落としていく。
緊迫、期待、あるいは切なさも含まれているのかもしれない、
様々な感情が混じった吐息が漏れる唇へと狙いを定めて同時に意識を集中させる。
築き上げてきた親子の様な関係もここで破棄されてしまったと思うと寂しさも感じられたが、
今までに以上に親密な絆を結ぶ為の契約を交わしていると考えれば多少なりとも緩和はされた。
薄い唇が接触を受けて間もなく空間を作ろうと引き気味になってしまうのも不慣れであるが故に違いない。
細いながらも柔らかさに加えてしっとりとした潤いもあり、顎や頬に微かに触れる吐息が心地良さを深めてくれる。
しばらくはその感触の中に佇みながらも次の段階にと舌を差し出して唇と歯の間に滑り込ませていく。

「橙、私と舌を絡めさせてみるんだ……」
「んっふ……ん、ぅ……」

出された指令に対してたどたどしいながらも橙は舌を動かしより深い接吻を試みようとしてくれた。
絡めるというよりは出された舌を舐めると表現した方が正確な動作ではあるが、
背後に回された腕にも力を込めながら健気に要求をこなそうとする姿は本当に愛らしい。
唾液の絡む音を耳にしながら猫特有の少しざらっとした舌触りも新鮮だと感じていると、
橙も次第に行為に没頭してきたらしく呼吸の間隔を狭めながら咥内で幾度も接触を繰り返してきた。
舌や唇だけでは物足りないのかもどかしげに脚まで擦り付けてくる仕草までもが窺え、
幼いなりに欲望を示す様には喉を鳴らさずにはいられない独特の色香が漂う。
天真爛漫に振る舞っているその裏で、本人も知らない内に相手を魅了する術を身に付けつつあるというのだろうか。

「つふ……どうだ橙、気分は……」
「あふっ、はぁ……凄く、どきどきしています……」

問い掛けに対して息を弾ませ、頬を紅潮させながら橙が自らを取り巻く心情を素直に呟いた。
行為が深まるのに従い戸惑いも薄れつつある様で、深層では次の愛撫を求めているかにも感じられる。
彼女のみならず自身もまた同様で、勿論躊躇の全てが払拭された訳ではないが、
計画を立てていた時と比べれば明らかに罪悪感は希薄なものへと変貌していた。
以前早苗を抱いた際に橙には絶対に真似出来ない行為だと思っていたあの頃の自分は何処に行ってしまったのだろう。
苦しみを少しでも和らげる為と掲げた目的を本当に正義と呼べるのか、
罪悪とはまた別の不安に襲われていると、橙が唇をゆっくりと動かし始めた。

「藍さま……私、もっと……気持ち良くなりたいです……」

とろんとした瞳をこちらに向けている辺りから判断しても正気であるとは言い難く、
むしろまたたびの香に酔っている状態に近いと見た方が合致しているに違いない。
それでも操られている訳でもなければ嫌々愛撫を受けている訳でもなく、
一応は自身の意思で心地良さそうに口元を緩めながら今の状況を受け入れているのがせめてもの救いとなってはくれた。
同じ行うならば楽しみながらの方が得でしょうと主ならばきっと諭すであろう。
俄かには賛同出来なかった意見にも、今ばかりは頼らざるを得ないように思えてきてしまう。

「分かった……正直で良い娘だな、橙は」

快感に流されていようとも柔軟に状況を受け入れていようともどちらでも構わなかった、苦しんでいないのならば。
純真に次の段階を求めている姿がただ有り難くて、彼女を褒めたのかもしれない。
首筋に軽く歯を立て吸い付きながら、浴衣の裾を拡げて胸元を肌蹴させる行動に移ったのに
そう時間を必要としなかったのは腹を括った証拠であろうか。

「ふっ……あ、はぁぁ……」

橙もまたしがみ付く様な体勢を見せるも羞恥に抵抗する気配はなく、甘噛みに対しても心地良さそうな声を漏らした。
既に浴衣の覆いは存在せず顔を持ち上げれば視界に瑞々しい身体が飛び込んでくる状況だ。
じっくりと窺える初めての機会に気が急いてしまうのも仕方がないだろう。

「見せて、もらうよ……」

唇を首から離し、耳元で囁くと言葉こそなかったものの小さな頷きが返ってきて背に回されていた腕も解かれた。
見せてくれた覚悟を讃えたくてふさふさと豊かな黒毛の生えた猫耳を幾度も撫で、
そして我が式の身体を拝まんが為にゆっくりと上体を起こす。
露わになった胸元が視界に収まった時、背徳を通り越して感動している自分がそこにいた。
まだ控え目な膨らみではあるものの着実に女としての身体つきを手に入れつつある彼女の成長を、
ずっと見守り続けてきた立場としてただ喜ばしく思えたに違いない。

「藍さま……」
「楽にしていていいからな、橙……」

か細い声でこちらの名を囁く橙の不安を取り除こうと頷いてみせながら小さな背中に手を回す。
この純粋無垢で華奢な肉体をいつか他の誰かが抱く時が来るのかと想像すると複雑な想いに駆られてはしまうが、
それは育ての立場にいるが故の身勝手な願いであるとも自覚は持ち合わせてはいた。
今は目的に集中しなくてはと僅かな盛り上がりを少しでも強調させる為に反らせるような体勢にさせ、
頂点に存在するほんのりと小さく実った桃色の突起を口に含んでみせる。

「ふにゃっ!?ふみゃああぁぁぁっっ!!」

細い身体で受けるにはあまりにも大きい衝撃であったのだろう、
上体を大きく反らせて発した橙の嬌声は耳の奥に響く程に鋭いものであった。
未知の快感にただ打ち震えるしか叶わないとばかりに耳や尻尾の毛を逆立たせて悶える姿もまた愛らしい。
細心の注意を払いながら先端に歯を立てて刺激したり、
対照的に舌を遣う際には幾度も往復を繰り返し執拗に責めて官能を次第に高めていく。
少しずつ追い込みを掛けていくのは獣の時の名残りなのであろうか、逃れる事も叶わずただ快感に振り回されて
甘い悲鳴を上げるしか出来ない橙の姿に、全身の血が煮えてくるかの様な錯覚すら感じてしまう。
勿論我を忘れてしまう程に興奮をしている訳ではないが、火照りを伴っているのは自身でもはっきりと分かっていた。
軽々しく性行へと走るのは決して良い事ではないとの自論は持っているが、
こうも高揚した心地になってしまうのでは病み付きになるのも致し方が無いとも思わざるを得ない。
当然、相思相愛の間柄で交わる事こそが真の幸せを得られる条件であるとの考えも譲れない所ではあるのだが……。

なだらかな丘に舌を這わせ、乳首を吸ったりそっと噛んだりしているその間にも痙攣は収まる事無く、
時に細い脚が宙に浮かんでは畳にばたんと落ちたりと我が式の悶えは続く。
小刻みに打つ脈動を感じながらも何とか理性を効かせてこの辺りで一旦と唇を胸から離してみせた。

「はみゃっ、はぁ……ふあぁぁぁ……」

声色と共に顎までもが小刻みに震え、抑え切れない快楽を示すかの様に唾液が口元から垂れ落ちていく。
こちらを見上げる瞳も虚ろではあるが瞳孔の奥に見える光は今の状況を喜んでいるかに受け取れる。
順応能力の高さ故なのか、あるいは潜在していた素質であるのか、
幼さとは不釣り合いな色香を漂わせている橙には驚かされるばかりであった。
乱れた浴衣を整える素振りもなく、ただ呼吸を繰り返している少女は一種の解放に酔い痴れているのかもしれない。
唯一身に付けたままと言っていい下着は自分ではなく主が薦めた、
洋風の形式であるが白い生地の面積も程良く、子供の持つ純真さを何一つ損なってはいない。
この娘の下着は私が工面するわと楽しそうに言い出した時は果たしてどうなるかと心配したが、
流石に年端も行かない少女には自身が着用している様な際どいものは選択しなかったらしくほっとしたものだ。
これを隔てた奥で、雌の部分は今か今かと愛撫を待ち望んでいるのであろうか。

「ひゃ、あぁ……藍、しゃまぁ……」

臍の下へと掌を置き、少しばかり滑らせた所で橙が声を震わせてこちらの名を紡ぐ。
緊張と期待の入り混じった声色ではあったが、少なくとも拒否の意味合いは皆無であるように感じられた。
しきりにくねる二本の尻尾もおそらくは後者の度合いを色濃く示しているのであろう。

「怖かったら目を瞑っていてもいいし、抱き付いてくれてもいい。もう少しで、楽になれるからな……」

楽になれるという一言を余程待ち望んでいたのだろうか、素直な笑みを見せる橙に自分も思わず綻んでしまう。
だが指先への注意が反れた隙は決して逃さず、掌を柔らかな身体に這わせてすかさず下着の中へと侵入させる。

「ひゃっっ!?あああぁぁっっ!!!」

指の腹が芽との摩擦を起こした瞬間、今まで以上に甲高い嬌声が耳を打った。
到達前からずっと潤っていたに違いない割れ目は予想以上につるりとしており、
軽く力を入れれば簡単に指を奥まで受け入れてくれそうな程に蕩けている。
中指と人差し指を密接させ、雌の入り口へと潜り込ませると蜜が絡む音が静かな部屋に生々しく響く。

「ふにゃあっ!ふみゃあああぁぁぁっっ!!」

こんな快楽に満ちた鳴き声を聞かされては雄猫達も全神経を張り詰めさせてしまうに違いない、
自分でさえも迂闊に気を抜いてしまっては魅了を受けかねない妖しさを伴っているのだから。
そう思いながらも密かに正気を削がれているのであろうか、
指先に愛液の絡まる音が鼓膜を刺激し、伝わる粘性と温もりが愛撫を執拗に繰り返させる。
一方で最初は内股を閉じようと脚を擦らせていた橙も官能の渦に引き込まれるのにそう時間はかからず、
遂には股を突き出して自らより指を深く誘おうと身をくねらせる動きまで見せ始めた。
小さな身を痙攣させて涙を流しながらも悦楽を煽りたいという本能に従って腰を振る姿さえもが美しく映り、
その願いを叶えてやりたい一心で指の動きを激しくして内壁を小突き、肉芽を幾度も擦り上げる。

「あっっ!!みゃっ!!みゃはああぁぁぁっっっ!!!」

絶叫と共に一際大きな痙攣を起こし、喉笛を反らせて舌を突き出した橙は
程なくして全身の力を失ったかのようにぐったりと身体を畳に預けていた。
焦点の合わない視線を天井に向けたまま荒い呼吸だけをひたすら繰り返す様は一見苦しそうではあるが、
緩まった口元は自身以外での絶頂を迎えられた至福の瞬間を喜んでいるかのようにも見える。
一応の目的は、これで果たせたと言っても間違いではない。
この段階で引いたとしても愛しい式は納得してくれるだろうし、倦怠感に身を委ね眠りに落ちていくに違いない。

……だが、今度は自身の欲望に収まりが付かなくなりつつあっていた。
いずれは他の誰かに抱かれるのは間違いないし、阻止する権利も持ち合わせていないのは痛い程良く分かっている。
けれども彼女の初めてだけはどうしても譲る気にはなれなかったのだ。
膨らみつつある胸に掴めば折れてしまいそうな細い腰、しゃぶり付きたくなる同じく細くも健康的な脚、
見れば見る程に幼き猫又の持つ魅了性に惹かれゆくばかりだった。

「橙……」

ぐらりと脳髄が揺れる感覚に捉われながらひくひく痙攣している猫耳の傍でそっと囁く。
身体の触れ合いを最近は主としか交わしておらず、頻度も決して高いとは言えない辛い状況において
橙をその相手に引き込める絶好の機会を逃してしまうのは余りにも勿体無いとの結論しか導き出せなかった。
自己の欲望だけで動いているのではない、しかし自己の欲望が一切絡んでいない訳でも決してない。
久々に、悪い狐の面が顔を覗かせてしまったようだ。

「私と……この先に、進んでみないか……」

あまりにも曖昧な表現も幼少の相手にとっては卑怯同然とも言えるだろう。
虚ろな面持ちとなっていた橙が耳と尻尾をぴくりと震わせ、そこに含まれた意味を理解しようとしていた。
程なくして、落ち着きを取り戻してきた呼吸を繰り返す唇が言葉を紡ぐ。

「はぁ、はぁ……はい、藍さまと一緒なら……」

今をも上回る快楽を得られると弾き出したのであろうか、あるいは純粋に自分とならば
何処までも進んでみせると式の役割を果たさんとの決意を見せてくれたのかもしれない。
ほのかに淫靡な雰囲気を漂わせる微笑みの中にも、普段の彼女が持つ純真さは確かに損なわれてはいなかった。
そんな対極性に触発され、最後の覆いとなる下着に指を引っ掛けるとゆっくり脚先へとずらしていく。
脱がされて最も恥ずかしい箇所を曝していくにも関わらず橙はただされるがままの状態であり、
秘裂から付着した粘液が糸を引いて伸びる様をじっと見届けていた。
留まる事無く蜜を溢れさせる雌の部分はしっとりと潤いを見せており、
真に受け入れる肉塊の到着を今か今かと待ち焦がれてさえいるかにも思えてしまう。
肉体も精神も準備を整えた我が式を見届け、こちらも浴衣を取り払い掌を下腹部に宛がって妖力を集中させる。

「藍さま……これを……」
「そう……橙のここに……」

具現化した陰茎を目の当たりにした橙に対し、遠回しながらもその使い道を教えてみせる。
指よりも明らかに太い物体に緊張や少なからず恐怖も感じているに違いない、
それでも受け入れる根本に変わりがないのは体勢や表情から察すれば明らかであった。

「最初だけ、我慢して欲しい……直に良くなるから……」
「分かりました……」

普段の彼女とは違う、命に従う式ならではの凛とした声色に聞こえたのも幻聴なんかではないだろう。
小さく頷く橙の健気さには胸を打たれるばかりであった。
膝を突いて覆い被さり、狙いを定めた所で再び額と鼻先を重ねて間近で視線も絡ませ合う。
見上げる瞳の奥で絶対の信用と敬愛を秘めてくれているのだろうか、
これから味わう痛みを少しでも背負う事が出来るならと己の無力さを痛感してしまう。
伸ばされた腕に背を差し出すのが今出来る精一杯の事であったが、橙は微かに口元を緩ませてくれた。

「では、行くよ……」

軽く口付けを交わし、最後の確認を終えてゆっくり腰を落としていく。
疑似とは言え感度の伝わり具合は非常に強く、先端が柔肉をくぐっただけでもかなりの快感が腰へと走った。
罪悪を感じる以前に官能を覚えてしまう自分に、橙を狙う輩を下衆だと呼べる資格なんて何処にもないだろう。
欲望を優先させたが故の行動だと迫られれば否定する事さえも叶わない。
それなのに組み伏せられている式は味わった経験もない圧迫を必死に耐えようとしているのだ。

「はっっ……んっ、みゃうぅんっ……!」

途中までは愛液の潤滑で狭いにも関わらず比較的すんなりと進んでいた肉棒も
程なくして純潔の証明へと引っ掛かり、橙が苦しそうに声をくぐもらせた。
背中に置かれた掌もわなわなと震えて苦悶を表現していたが、その口から中断を訴える気配は感じられない。

「あっ……ちぇ、橙っ……!」
「はぁっ……大丈夫です、藍さま……最後まで、お願いします……」

今頃になって、彼女の中で当初とは目的が変わっている事実に気付かされたのだった。
性欲の昇華なんて単純なものではなく別の意図を秘めて今の状況に臨んでいるに違いない、
そうでもなければここまで覚悟を決めた表情を見せたりなんかはしないだろう。
だが、混濁へと沈みつつある意識の中でそれが何であるのかを推し量る事は叶わなかった。

「分かった……少しだけ、辛抱してくれ……」

当惑こそかき消す事は出来なかったが幸いにして肉体は思い通りに動いてはくれるようだ。
膝に力を込めて急激な降下を行わないよう細心の注意を払いながら、時間を掛けて身体を沈めていく。
引っ張られているのではと危惧する位に猫耳を張り詰め、ぎゅっと瞳を瞑って激痛に耐えている橙は
それでもこちらに心配を掛けはしまいとばかりに必死に声を押し殺していた。
せめてもの労わりにと小さな身体を抱き締め、零れる涙を丁寧に舐め取ってやる。
薄い膜とは異なる肉質を先端で受けるまでにかかった時間はそう長くは感じられなかったが、
初めての挿入を受けていた側からすればその何十倍も長く思えた事であろう。

「みゃっっ!?はぁっ、あうぅっ……!!あぁぁっ……!!」

見せる仕草よりも遥かに強烈な苦痛を味わっているであろう橙に罪悪感を抱きながらも、
これで彼女の初めてを他人に汚されずに済むと何処かで安堵している自分がいるのに愕然とするしかなかった。
今の心境だけは一生誰にも打ち明ける事は出来ない、主人にも、勿論目の前の式にも。
愛し過ぎているが故にこんな行動に出たのだと開き直って、果たして何人が納得をしてくれるだろうか。

呆然自失の状況を打ち破ってくれたのは、微かな囁きであった。

「はっ、ふうっ……藍、さま……さっきは痛かったけど……今は、気持ち良いです……」

額に汗を浮かべながらも見せてくれた笑顔が良心に深く突き刺さってしまう。
ぎゅっと肉体を寄せて今尚自分に思慕を寄せている仕草だけが、救いであるように感じられた。

「橙……わ、私は……」
「まだ、緊張してますけど……藍さまに相手をしてもらえて、凄く嬉しいです……」

欲望に巻き込まれた身でありながら何一つ非難を見せず、
それどころか感謝の気持ちを示す我が式を抱き止め、髪や耳を丹念に撫でてやる。
半ば錯乱している状態で他にしてやれる事を思い付けず、ただ愛撫を繰り返すのが精一杯だった。
重ねられた指よりも格段に太い陰茎を幼い性器に収めながら、橙が少しずつ心の中を打ち明けていく。

「藍さまと関係を深めたかったですし……それに私、もっと強くなりたいんです」

今まで以上に密接な関係を結ぶ為の契約であり、そこに妖力の強化を見出せたのかもしれない。
だが強くなりたいという彼女にはおよそ縁のなさそうな願いには、不意を突かれるばかりだった。
日頃から面倒を見ているし、何らかの危険が及んだならばすぐさま駆け付ける準備だって常にしていた。
橙もまた頼っている部分はあったが、そのままではいけないと感じ始めたのであろうか。

「あふっ……んっ……藍さま、さっきみたいに……気持ち良くしてくれませんか……」

しがみ付く身体が腰を引いたかと思うとまた前に押し出し自力で快感を煽ろうとしている辺り、
肉体的な欲求を満たそうとしている部分については流石に制御が効いていないのかもしれない。
挿入を果たしてから動く事すら忘れており、まだ躊躇いも拭えはしなかったが
切実な願いを見せる橙の望みを叶えるのが今出来る唯一の事だろう。

「わ、分かった……でも、どうして強くなりたいと……」

橙の動きに合わせたゆったりとした動作で出し入れを繰り返すと、
見開かれた瞳が大きく揺れて快感に満ちた鳴き声が漏らされた。
未だに起こした行動に疑問を抱き続けている自分とは反対に、彼女は現状を一つの迷いも無く受け止めている。
式の姿をここまで眩しいと感じたのは初めてだった。

「強くなって……ふあっっ……霊夢を、倒したいからですっ……」

今度はこちらが目を見開き耳や尻尾の毛先を逆立たせてしまう番であった。
まさか橙の口から博麗の巫女の名前が出され、その対象を打倒したいとの意思を見せるとは想像も出来なかったからだ。

「詳しい事は、分かりません……けど霊夢の事になると藍さま、いつも厳しい顔をしてましたから……」
「んっ……!でも……橙にとっては、あまりにも強過ぎる相手だ……」

主と会話を交わしている最中の反応など、幼いながらも何かを感じ取っていたのであろうか。
的確な指摘に対して誤魔化そうとするのも忘れ、目標があまりにも高過ぎる事をまずは教えなければと本能が訴える。
悔しいが自分でさえも霊夢と弾幕勝負で勝てるかと迫られれば苦い表情を浮かべるしかない、
それ程までに強大な力を秘める相手に立ち向かうなど無茶苦茶も同然だ。
橙自身も一度は対峙した相手なのだから実力差は充分に理解しているだろう。
だが、そう諭しても小さな胸に秘められた決心に変わりは見られなかった。

「難しいと分かっていても、諦めないです……やられてばかりではいられないですし、それに……」

少しずつ腰の動作を大きくしていきながら反撃を固く誓う式の、何と美しい事であろうか。
彼女にとっての発情期は溜まった性欲を解消する為だけのものではなく、
確かな成長を感じさせるとても大事な時期であったのだ。

「あぁっ……んっ……!藍さまを悲しませる奴は、誰であろうと絶対に許しませんっ……!」

気迫に満ちた声が以前の自分を思い起こさせる。
恋路を邪魔する早苗を始末して欲しいと、暗に主が命じてきた時の心境を。
苦しい中練り出した策がそう上手く進んだりはしない事など、最初から分かり切っていた。
それでも自ら名乗りを上げたのは紫様の役に立ちたいという切実な願望を持っていたからに他ならなかった。
無謀だと分かっていても立ち向かわなくてはならない、主人の為とあるならば。
幼くとも、まだ未熟であろうとも、橙は式としての役割をしっかりと自覚して受け入れようとしていたのだ。
ただ、腕の中の存在が愛しくて堪らなかった。

「橙っ……!お前は、私の誇りだっ……!!」

まだその資格が残っているならば、彼女を至上の瞬間へと導きたい。
腰の前後に従い幾度も出し入れされる肉棒に、橙が喉を大きく反らせて悶絶する。
本人の意思とは無関係に収縮する膣壁も本来の目的を果たそうとしているのであろう、
幼き性器が精を健気に受け取ろうとしている収縮には眩暈を感じずにいられなかった。

「あんっっ!!ああぁっっ!!藍さまぁっっ!!私っ、凄く幸せですっっ!!」

過去に橙が犯した失敗や間違いを許してきたが、今ばかりは逆に彼女に許してもらう立場であった。
犯してしまった罪を浄化してくれる少女の純粋さに救われると思ったのも決して大袈裟なんかではない。

「私もだよっ、橙っっ!!」

至福を口にしながら溢れ出る愛液をかき混ぜ、胎奥へと自身の精を放つ為に肉体を打ち付けていく。
ようやく得られた安堵が本来味わうべきであった官能を感じさせると同時に一気に増大させ、
二人一緒に真の解放へと向かいつつあるのを強く実感させた。
橙にとっては受け止めきれない程の強い快感であろう、息を荒げて頬を紅潮させている様を見れば明らかだ。
それでも見せてくれたいじらしいまでの笑顔が、最高の昇華を迎えさせてくれたのだった。

「ふやっっ!!んにゃあああぁぁぁっっっ!!!」
「んんっっ……!!」

凶兆だなんてとんでもない、幸福の象徴である我が式を精一杯の力で抱き止めながら
狭い膣を側面で押し上げるように陰茎を脈動させ、加減も忘れて最奥へと盛大に白濁を放つ。
子宮に精を打ち込まれる感触を少女がどう捉えているかは分からないが、
少なくともその肉体が現状を歓迎してくれているのは確かであった。
既に収まらない量の精液を受け止めながら尚も収縮を繰り返して肉竿を締め付けてくるのも、
心の底から自分を慕ってくれている気持ちの表れなのだろう。
射精が一向に止まらず数分に及んだのは、強い幸せを感じたからに他ならない。

「ふあっ……!はぁっ……はあぁ……」

鋭く響いていた絶叫も時間の経過につれ次第に惚けたものへと変貌していき、
小さな身体で程良く受け入れられる位に快楽が緩まってきたのだと感じられた。
短い間隔で上下していた胸も落ち着きを取り戻し、今は穏やかな呼吸を繰り返している。

「藍、さま……お腹、あったかくて、溶けてしまいそうです……」
「私もだ……橙の中、本当に気持ち良いよ……」

表情にも声にも疲労は浮かんでいたが、それでも心地良さそうに身を微かに揺する橙を今度は優しく抱き止める。
主人に恵まれていると信じて疑っていないし、ずっと支えていると思っていた式にもこうして支えられている、
私は本当に素晴らしい居場所を持っているのだと二人にただただ感謝するばかりだった。

「眠るのが、勿体無いです……」

襲い来る睡魔に対する精一杯の抵抗とばかりに、小さな掌が自分のそれをきゅっと握ってくる。
絶頂を迎えて解放された至極の時間を味わえるのはそう長くないだけに、余計に惜しく感じてしまうのだろう。
自身も久々の解放を迎えて余韻に浸りながら静かに思う、この娘はきっと強く美しい妖獣になるに違いないと。
まだまだ行動の面や妖力的にも未熟ではあるが同時に大いなる成長の可能性を秘めている、
だからこそ今のような場でありながら役割をしっかりと見据え、向かい合う事が出来たのではないだろうか。
八雲の名を受け、やがては彼女が式を従える時が来るに違いないと未来を描くと嬉しくて仕方がなかった。

「ゆっくり休むといい……ずっと見ているからね……」
「はい……藍さま……」

またいずれ、試練の時は来るだろう。
強さを求める途中で大きな壁に阻まれるのは間違いないし、はたまた面倒な恋沙汰に巻き込まれるかもしれない。
けれども今は安らかなる一時に身を委ねて欲しいと自分よりも小さな獣の耳をそっと撫でてやる。
瞳が閉じられ心地良さそうな寝息が聞こえたその後も、愛しい存在を見守り続けたのだった。

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幻想の地を照らす太陽は今日も眩しく、この調子ならば洗濯物もしっかりと乾いてくれそうだ。
あれからというもの、橙は相変わらず無邪気で見せる立ち振る舞いこそ以前とはほとんど変わりがなかった。
気が付けばいなくなっていてこちらを心配させるのも同様ではあったが、
時折見せる表情からは以前にはなかったほのかな大人の雰囲気が漂っている。
獣の体部を覆っている黒い毛もより艶やかに映り、確かな成長を感じさせてくれた。
喜びの中にほんの少しの寂しさを覚えてしまったのは一人立ちの予兆を
察知したからであろうか、これも親身になって接してきたが故の心境なのだろう。

気を取り直して洗濯物の皺を取り除き、物干し竿へと引っ掛けたその時だった。
体毛が一斉に逆立ったのに続いて全身を悪寒が走る、あまりにも歓迎したくない感触に襲われる。
そう時間を必要とはしなかった、あの存在がマヨヒガに近づきつつあるのを。
予感はやがて確信へと変わり視界に一人の人影を捉える事が出来た。
鮮やかな紅白の衣装とは対照的に落ち着いた色調の黒い髪、大和美人と称するに相応しい顔立ちには
幼さも残ってはいるが一緒に持ち合わせている威圧感は容易な接近を許す気配がない。
今日は幣や札ではなく桐製の箱を手にしている辺り、弾幕勝負云々を仕掛けにきた訳ではないようだ。

「こんにちは。紫はいる?」
「紫様ならば今お休み中だ、博麗の巫女」

抑揚のない声で主人が顔を出せるかと聞いてきたのに対し、こちらも事務的に返してみせる。
私怨を挟むのが大人の対応ではないのは充分に承知しているが、それを何とか隠すのがやっとだったようだ。
叶うならば手荷物だけ受け取って早急にお引き取り願いたい所であったが、
主の不在を伝えれば身を引いてくれるだろうという期待は見事に裏切られる結果になった。

「そう……少し話があるのだけれど、いいかしら」
「この私にか?」
「ええ、あんたと話したい事があるの」

私はお前と話す事など何もないのだがなとの思いを表情に浮かべる前に辛うじて心の奥に引き摺り落とす。
過去を掘り返しても彼女と一対一で話をした事など一度あるかないかの頻度だろう。
言ってしまえば全く乗り気にはなれなかったが、
流石に手土産を持ってきてくれた相手を個人的な感情で突っ返す訳にもいかなかった。

「分かった。こちらで聞こう」

仕方なしに霊夢を縁側に迎え、茶と菓子を用意した所で腰を降ろす。
同様に腰を降ろした結界を司る少女とは適度な距離を置いてはいるが、
それでも近寄りがたい張り詰めた空気は鮮烈に伝わってくる。
その強さに多くの者が魅了されて彼女に好意を寄せているというが、
自分にとっては恋敵でしかなく周囲が何故そこまで慕うのか理解が難しいのが正直な所であった。

「あんたでしょ。私に早苗を差し向けてきたのは」

桐の箱を傍らに置き、緑茶の入った椀に一つ口を付けた所で霊夢が早速話を切り出してきた。
非難の視線を向けているというよりは単純に疑問を投げ掛けているように思えるが、
直接的ではないにしてもきっかけを作ったと言えば確かであり、居心地の悪さは否めなかった。
何故それが表面上に浮き彫りになったのかは何となく想像は付くのだが。

「さあ、差し向けたつもりなどはないのだがな。ただ少し、元気付けただけの事だ」

実際に元気付けられたのは紛れも無く自分の方であるが、そこはそっと伏せて何食わぬ顔でとぼけてみせる。

「少しねぇ。それにしては呆れる位にしつこく私に勝負を挑んでくるのだけど」

大きく溜め息を吐く霊夢は早苗の事を良くは思っていないのだろうか。
他人と深く関わるのを好まない彼女にとってはまた付き纏ってくる相手が増えて
面倒事が増えてしまったに違いないが、ともあれ今代の巫女は例を見ない程に頑なだ。
揺らがない性格は結界の監視者としては非常に適しているとは言えるが。

「それにあいつ、もし私が勝ったら抱いてくれませんかなんてとんでもない事を言い出してるのよ」
「抱いてやればいいのではないか。彼女はお前の事を心底慕っていたぞ」

最近は顔を合わせていないがその奔放な振る舞いは相変わらずなようで一安心だ。
直球的な所も実に早苗らしいなと微笑ましく感じながら冗談交じりにそう言ってやると、
気を紛らわせる為か霊夢はまた茶碗を口元に運んで喉を潤した。
同業でありながら性格がかなり異なる守矢の巫女を、どうにも苦手に感じているらしい。

「まあ、負けるつもりは更々ないけど。でも……私には分からないわ。人をどうやって愛するかなんて」

ほとんど変化の見られなかった表情に、微かな困惑が浮かんだかのように感じられる。
孤高であるが故に他人に好きになられた時にどうすればいいのか、対処を見出せないのかもしれない。
ただひたすらに博麗の巫女としての宿命を果たす為に己を律しているが故の結果なのだろうか、
強大な力を持つ一面で年相応の反応を見せる彼女に初めて少しばかりの同情を感じてしまう。
重大な役割を持つ立場にいるが故に抑制を受けているのは自分も同じだったからだ。
それはともかく、恋愛の指導を受けたいのならばと真っ先にあのお方が思い浮かんだのは言うまでもない。

「……なら、紫様の好意をいい加減に受け取ったらどうだ?紫様ならば恋沙汰にも詳しいし色々学べるだろう」

本心を押し殺して霊夢に助言してみせる。
たとえ何度抱かれようとも、愛されようとも、本命が博麗であるのは変えられない事実だ。
ならば主が望む方向へと事を運ばなければならない、それが式の役割なのだから。
しかし、隣の少女は即座に拒絶の意思を示したのだった。

「紫は私の事なんて博麗の一代としか見てないでしょ。暇潰しの為だっていうのなら御免だわ」

相変わらず主に対する防壁の堅さは半端ではないが、ここで意外な一言が出たものだ。
自身を自身として見てもらえない葛藤を漏らすのは至極正論ではあるが、
結界の守護者も自己を認められたいと願っているのであろうか。
今まで関係を持った先代までの博麗の巫女達を、主人は例外なく愛していた印象は持っている。
静かに息を引き取り、生を終える瞬間まで数多の命を見守り、その度に涙を零していた事だって知っている。
それでも、霊夢にとっては納得が行かないのかもしれない。

恋が思い通り行かない面倒なものであるのは当事者でもあるから理解はしているのだがなと
何とも言えない心境に駆られた刹那、驚天動地と称するに相応しい一言が放たれたのだった。

「私はもしそういう手解きを受けるのなら紫よりも藍、あんたの方がいいわ」

しばらくの間、何を言われたのか分からず硬直するしか叶わなかった。
一時期は殺しても足りない程に憎悪を募らせていた相手から、こんな発言を受けては戸惑うのも当然だ。
それまでほとんど合わせなかった視線をこの時ばかりはと互いに重ね合う。
別の感情を重ねる事で相手に本心を読み取らせようとしない主人に対し、
博麗の巫女は最初から感情を一切露出させない事によって思考を読まれないようにしているようだ。
真っ直ぐにこちらを捉える瞳から顔付きまで、嘘を吐いているとの判断は下せなかったが
やはり何を真意としているのかを掴むのは到底不可能であった。

「……笑えない冗談だな、霊夢」
「冗談なんかで言ったつもりはないけれど?それに早苗から良く聞かされてるわ。
藍さんはとても丁寧に私の事を愛してくれましたってね」

敢えて一つの解答を出すとすれば興味、なのであろうか。
いい加減処世術として色恋にも手を出さなければと彼女なりの変革も中で起こっているのかもしれない。
隠すつもりはなかったとは言え遠慮無しに公表する早苗といい、恋愛模様で安泰を得られるのは当分先のようだ。

「ま、仮にあんたが承諾したとしてもそこの黒猫が許してくれなさそうだけど」

ぼそりと呟いた霊夢に少し遅れて視線を送ると、背後にいたのは険しい表情を浮かべた橙であった。
おまけに四足立ちで姿勢を低くし、すぐさま飛び掛かれるように身構えているではないか。
臨戦態勢を見せているのも博麗の巫女が自分に対して危害を加えようとしていると判断したからなのだろう。
見せてくれた意気込みは嬉しかったが今は事を起こす状況ではないと彼女を制してみせる。

「橙、客人に見せる態度ではないな」
「でも、藍さま……」

私は大丈夫だからと視線を送ると渋々ながらも納得して敵意を抑え込んでくれたようだ。
一方の霊夢もそろそろ退散時と感じたのか、腰を持ち上げて博麗神社の方を見据える。

「その箱は紫に渡しといて。月見のお供にでもするといいわ。それじゃ」

言葉から察するに以前自分が主人と共に口にした上物の酒が入っているのであろう。
結局意図は掴めぬまま、マヨヒガを去る少女の背中を見送るしか出来なかった。
あくまで主との二者択一ならばという前提ではあろうが、どの道面倒であるのに変わりはない。
先程の霊夢の発言を耳にしたら紫様はどう思われる事だろうか。
だがますます上手くいかない恋路でさえも喜んで受け入れる、決して的外れな予想ではないような気がした。
ふぅと大きく溜め息を吐いた所で駆け寄ってきたのは勇敢な姿を見せてくれた橙だ。

「藍さま、霊夢に酷い事されませんでしたか?」
「ああ、私なら大丈夫だよ。有り難う、橙」

きゅっと腰にしがみ付いてこちらの心配をしてくれる我が式の頭を何度も撫でてやる。
八雲の結界の補佐を行う以上、そうそう安らぎを得られないのは覚悟していた上での事だ。
それでもこの娘の存在はささやかな安息をもたらしてくれる。
一心に思慕を見せてくれる可愛らしい少女を慈しんでいたその時だった。

「あのぅ、藍さま……」

呼び掛けてきた声が妙に甘ったるく感じられたのに、もしやと一つの考えが過ぎる。
小刻みに震える耳や対照的にゆったりとした動きでくねる尻尾はいずれも高まる期待の表れであろう。
立てた仮説が確信へと変わるのに、そう時間は必要としなかった。

「今日も……いいですか……?」

恥じらいを見せながらも、相手をして欲しいと橙が抑え切れない欲を口にした。
また身体の疼きを感じているのであろうか、小さく腰を振る姿は幼いなりにも扇情的で
頬を赤らめこちらを見上げる仕草にも独特の色香が漂っている。
喉を鳴らさざるを得ない愛らしさに、断るという選択肢など最早残されてはいなかった。

「仕方がないな……夜までは、我慢するんだよ?」

少しばかり弱みを握られてしまったかもしれないなと苦笑してみせる。
もしかするとこの立場において落ち着ける時間というものは、手の届かない贅沢品であるのかもしれない。
無論、そうであったとしても今の状況が素敵だと思っているのに何ら変わりはない。

色恋沙汰多き幻想郷、意外にも自分はその中心付近にいるのではなかろうか。
お世辞にもそちらの方面に向いているとは言えない性格なのに何とも皮肉なものだと、
複雑な想いを抱きながら橙の背を撫でて急く心をあやしてやったのだった。
 今回は藍×橙で、発情期の橙に夜の手解きを教える藍様の話となりました。
今までは式としての立場での話ばかりでしたが今回は使役者側の立場としての話となり、そして晴れて橙を本番に引き出す事が出来ました。
最初はこんな小さいいたいけな娘を……と思いましたが猫耳尻尾とか自分にとっては
ご褒美も同然でしたので後半になるほど勢いに乗れてしまった気がしますね。
他にもやりたい事は色々と盛り込めましたので楽しく書けた次第です。
次回の八雲家は紫様視点で藍様を可愛がるといった内容にしたいなと考えております。
ではでは、ここまで読んで下さって本当に有り難うございました。

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(2014.12.31 追記)
コメントを下さった方、どうも有り難うございます。

>1様
執筆が遅くて結局今年は三作しか出せませんでしたが、こんな速度にも関わらず待って頂けたのは有り難い限りです。
橙については色々試行錯誤があり行為が進むにつれて藍様も驚く位に淫乱化していくという方向も考えていましたが、
やっぱり彼女の純真さはあった方がいいかなとなって今回の形に落ち着きました。
幼少キャラは書くのが難しいと敬遠していましたがその分楽しかったので、
次回の八雲家でも可能ならば是非とも橙も出したいですね。
極楽わんこ
コメント




1. 削除
あなたの作品を待っていた!
橙受けもいいですね