真・東方夜伽話

マエリベリー・ハーンの闇

2013/12/08 06:50:16
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マエリベリー・ハーンの闇

しずおか

「蓮子の中だけじゃない。私の中にも、ちゃんとあるのよ」

このSSは、作品集41に投稿した宇佐見蓮子の闇の続編です。





 シャワーの温水は私の身体を上から順に濡らしていく。蓮子に羨ましがられる金髪、幅が広めの肩、適度なふくらみを持った胸、小さなおへそがついたお腹、陰毛で隠されたアソコ、そしてお肉が少し気になる脚。
 私は自分の身体をなぞるように隅々まで見つめた。どこからどう見てもそれは女性の身体であった。
 そう。私は紛れもなく女だ。
 そして蓮子も勿論女だ。
 私は小さな溜息をついた。シャワーの音でかき消されてしまうくらい小さなものだった。

「私がこんな態度じゃいけないわよね、蓮子」

 蓮子は私を鏡だと言った。宇佐見蓮子を映し出す鏡。
 では私にとって蓮子とは何だろうか。

 そんなことをろくに考えもせず、私はただひたすら蓮子の思いを受け入れていた。拒否することができなかった。
 私が拒否してしまっていたら、蓮子は壊れていたかもしれない。蓮子は崩れかける直前の塔のようなものだった。紙一重のところで私が支えてあげたのだ。

 しかし崩れかけた塔を支えたからといって、傾きのない真っ直ぐな状態に戻るわけではない。そのままでは蓮子は私に傾いたまま――もたれかかったままになってしまうのだ。それはきっとよくない。
 蓮子が抱えている闇は、私一人が全て支えられるほど軽いものではないように思える。今日見せてくれたものも、ほんの一部に過ぎないかもしれない。

 私に限界が訪れたとき、私たちは同時に崩れ落ちるのだ。それはだめだ。
 私はとても大きな役割を負うことになってしまったことに、今になって気が付いた。私に課せられた役割は、蓮子を支えながら、蓮子の闇を取り除いていくというものだ。

 私は自分の右手を見つめる。数時間前には蓮子の中に入っていた指がそこにある。
 私たちは交わった。交わってしまったのだ。もはや無関係ではいられないのだ――。

 シャワーを止め、シャンプーで髪を洗う。洗顔をしてから身体のパーツを一つ一つ洗った。まるで禊を行うかのように、身体の汚れを丁寧に落としていった。
 壁に取り付けられた鏡に自分の身体を映してみた。そして胸に手を当てる。

 蓮子の闇は、私が支えるんだ。しっかりとここで受け止めるんだ。
 自己暗示のように、鏡の向こうの自分に言い聞かせた。


 ◆   ◆   ◆  


 私たちが乗っている博多行の山陽新幹線は、乗車率がおよそ六十パーセントほどだそうだ。蓮子がわざわざ駅員に聞いて確かめていた。今は新大阪から鹿児島中央までリニアが通っているから、山陽新幹線の需要はそれくらいが普通らしい。

「前日にでも指定席は取れるものなのね」

 蓮子がこの旅行を思いついたのは前日である。突然、九州に行こうと言い出したのだ。

「今はみんなリニアに乗っちゃうもんね。でも私は新幹線のほうが好きよ。リニアはすっと地下だけど、新幹線は本物の景色が見られるから」

 そう言って蓮子は高速で流れていく景色を楽しんでいる。その横顔を見る限りは、ただの旅行好きの少女である。心に闇を抱えているようには見えない。
 私がその闇を受け取ったのは一昨日のことだ。そして初めて蓮子と交わったのも。そして昨日のうちに旅行プランを立て、今日出発するという無茶苦茶なスケジュールが実行されている。
 あれから蓮子とは闇の話をしていない。私たちの間にはいつも通りの時間が流れている。

 でも、心臓だけは以前と違う鼓動を刻んでいる。
 蓮子の闇は決してなくならない。今も私の心に宿っている。

 窓側に座る蓮子の服装は、いつもとは打って変わって白一色だった。細身の蓮子に白のワンピースはよく似合っている。サンダルもお洒落な装飾がついた白いものだった。
 あれだけ常に身に着けていた帽子を今日は被っていない。とにかく白にこだわっているように見える。あるいは、心の闇を白で塗りつぶそうという意図があるのかもしれない。

「でもどうして九州なの?」

 私の問いに蓮子は窓から目を離し、難しそうな顔をしてこちらに振り返った。

「何となく、人が少なくて静かな田舎に行きたかったのよ」
「遠くのほうがよかったの?」
「うん。遠ければ遠いほどいい」
「それにも理由がありそうね」
「日常から離れるためよ。私たちはどこか遠くへ行かなければならない。そんな気がするの。私たちのことを知っている人が一人もいないような場所。そしてできるだけ非日常的な場所へ」

 義務感に駆られているかのように蓮子は言う。いや、蓮子にとっては義務というよりも強迫観念に近いのかもしれない。そして蓮子を脅迫しているのは蓮子自身なのだ。
 二つの人格があると蓮子は言った。私のことを好きな蓮子と、私のことが嫌いな蓮子。今私の目の前にいるのはどちらの蓮子なのだろうか。勿論、どちらも蓮子自身であることに変わりはないのだけれど。

 山陽新幹線は山がちな中国地方を駆け抜けていく。時速三百キロで、京都から遠ざかっていく。
 私たちはどこに行くのだろうか。行き先は蓮子しか知らない。私は蓮子について行くしかない。
 新幹線はしばしばトンネルに入った。その度に外を見ていた蓮子の顔が窓に映し出された。その目は世界のずっと深いところを見つめているように思えた。


 ◆   ◆   ◆


 九州の玄関口である小倉駅で新幹線を降り、在来線に乗り換える。小倉駅から離れるにつれ、だんだんと景色は田舎に移ろっていった。
 少し大きめの旅行鞄を持って電車に乗っているのは私たち二人だけだった。地元の人たちは不思議なものを見る目で私たちを眺めた。

「こんな田舎にもちゃんと電車が走っていて、ちゃんと人家があるんだね」
「そうね。大学に通う人数のほうが、人口よりも多いんじゃないかしら」

 一度乗り換えた電車の車両には、私たち以外の人は乗っていなかった。電車は欠伸が出るほどゆっくりした速度で山の中や田んぼの中を走った。駅と駅の間がものすごく長く感じる。
 初めは景色を楽しんでいた蓮子も、ひたすら続く田舎の風景に飽きたらしく、今はぼんやりと車内を見ている。

「私たち二人しか乗ってないわね」
「……ええ」

 蓮子は鈍い返事をした。そして車内をおもむろに見渡した。
 唐突に、シートの上に乗せていた私の手に蓮子の手が重なった。蓮子は前を見つめたまま私の手の感触を確かめ、そして指を滑り込ませた。
 先ほどまで氷に触れていたかのように蓮子の手は冷たかった。驚いて蓮子の顔を見てみると、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

「蓮子」と名前を呼ぶ。そして冷たい手を握る。

「大丈夫。私はここにいる」

 黙ったまま蓮子が頷く。視線は相変わらず虚空を見つめている。

「蓮子。私たちはここにいるのよ。宇佐見蓮子とマエリベリー・ハーンは、隣同士で座って手をつないでいる。幻想的な世界でも、非現実的な世界でもない、ちゃんとした現実にいるの。私たちは、ここにいる」

 私は同じ表現を繰り返し使った。存在を確認する言葉だ。
 蓮子は力が抜けたかのように頭をこちらに傾けた。私の左肩に蓮子の頭が乗る。

「確かに、ここには私とメリーがいる」
「そうよ」
「でも私たちだけではない。ここにはメリーと、数えきれない宇佐見蓮子がいる」

 蓮子は独特の言い回しをする。私はそれを理解するのに多少の時間を要した。

「蓮子の中には、たくさんの蓮子がいるのね」
「そう。私の中には、宇佐見蓮子がたくさんいる。ここにいる私。肉体を持つ私……メリーの手を握っている私は、その中の一つでしかない。そんな私を向こう側から冷やかな目で見つめる宇佐見蓮子。その宇佐見蓮子を攻撃しようとする別の宇佐見蓮子。メリーをこんな田舎まで連れ回している私を責める宇佐見蓮子。それに反論するのは私。窓の外にいる宇佐見蓮子は、じっと私のことを見ている。私の心の奥の奥まで見透かしている。そして、その全てを認知しているのは、この私一人だけなんだ」

 肩に置いていた蓮子の頭がずり落ち、私の太ももの上に乗った。
 視線が合った蓮子の目は深い黒色――。虚ろで、儚げで、今にも閉ざされてしまいそうな気がした。

「メリーは、いつだって一人――」
「それは蓮子も同じよ」
「違う。メリーはいつだって同じ人間よ。私といるときも、別の友達といるときも、授業中も、家にいるときも、全部メリーよ。でも私は違う。一昨日テストを受けていた私と、ここにいる私は違う。家にいる私とここにいる私も違う」

 蓮子は自分の中に複数の人格があると思い込んでいる。でもそれは違うのよ蓮子。全て宇佐見蓮子という一人の人間なのよ。蓮子が作り出したモデルに過ぎない。でも今の蓮子は、アイデンティティを獲得していない。自己が自己であるということを証明する力が弱い。だからオリジナルと模倣品の区別が付かないでいる。どれがコピー元……いわゆる今ここに肉体がある蓮子であるかということを、理解していない。

「私はどんな蓮子も受け入れる。どんな蓮子も認め、肯定する。私にとってどの蓮子も宇佐見蓮子という一人の人間でしかないから」

 蓮子は何も言わずに目を閉じた。そして数秒後に笑ったかと思うと、頭を上げて元の姿勢に戻った。
 蓮子の求めていたものは、これで合っていたのだろうか。
 私は蓮子の求めたものをちゃんと提示することができたのだろうか。

 長々と走っていた電車が駅に停まった。今まで見てきた駅より少しだけ大きかった。蓮子は立ち上がり、私の手を引いて電車を降りた。どうやら乗り換えらしい。
 次に乗った電車はついに車両が一つになった。線路も単線だった。五駅ほど進む度に、待ち合わせのために数分停車した。

 最終的に降りた駅には、駅員はいなかった。切符を入れる小さな箱が改札らしき所に置いてあるだけだった。不安は募るばかりだったが、観光案内の看板に『温泉』という文字を見つけ、少しばかり希望を見出した。温泉があるということは旅館があり、そして人がいるはずだ。

「今回の目当てはこの温泉よ」
「温泉に何か言い伝えがあるの?」
「うん。何でも、人がいないときにこっそり妖怪が入りに来ている温泉らしいの」
「胡散臭いわね」
「でも、この目で確かめるまでは本当かどうかは分からないわ」
「そうね。でもよかった。本当に何もない田舎で野宿させられるのかと一瞬不安になったわ」
「そんなわけないでしょ。何もない田舎に駅なんてないよ」

 それもそうだと納得した。久しぶりに蓮子が見せた自然な笑顔に私は心が休まった。
田舎の暑さは京都に比べれば数倍もましだ。身体を撫でていく風の温度が違う。田舎の風は京都よりひんやりしている。
 駅の外は何もなかった。ここが日本ではないと説明されても納得してしまうかもしれないくらいだった。目の前を通り過ぎた車が左車線を走っていたので、イギリスか日本であることは間違いないが。


 ◆   ◆   ◆


 秘境という言葉がぴったりの温泉旅館だった。その建物の周りには、静かに佇む山と、私たちが歩いてきた狭い道路があるだけだった。
 玄関の引き戸を開けると、取り付けられていた鈴が鳴り、中から女将さんが出てきた。四十代くらいの優しそうな女性が笑顔で私たちを交互に見た。
 若い女性客が二人だけで来るのは珍しいようだった。しかも平日であったせいで、私たちは今日初めてのお客だそうだ。

「何だか娘が帰ってきたみたいな気分です」

 女将さんは嬉しそうにそう言って私たちを部屋に案内してくれた。まだチェックインできるような時刻ではないように思えたけど、こういう旅館はあまり時間に厳格ではないのかもしれない。
それにしても、蓮子はいつの間に旅館の予約をしておいたのだろう。
 通された部屋は十二畳の和室だった。窓の外には青空と山だけが広がっていた。部屋の角には扇風機が音を立てて動いている。エアコンも設置されているが、必要性を感じるほど暑いとは思えなかった。
 荷物を畳の上に置くと急に力が抜けてしまい、私たちはずるずると畳に座り込んだ。女将さんがお茶を淹れてくれた。一口飲むと思わず溜息が出てしまうほど、そのお茶は美味しかった。
 女将さんが部屋から出ていくと、私はもう一度長い溜息をついた。
「疲れたわね……」

「そうね。ローカル線は想像以上にゆっくり走るということを学んだわ。きっと風景を楽しみたい人のことも考慮されているのよ」

 先ほど電車の中で泣きそうになっていた蓮子の面影はどこにもない。目の前にいる蓮子は屈託のない笑顔を浮かべている。
 今は隠れている。影を潜めているだけなのだ。闇は決して無くなりはしないのだから。

「蓮子と色んなところを旅してきたけど、今回は今までで一番田舎なんじゃないかしら」
「そうかもね。駅の時刻表をちらっと見たけど、電車は一日十本程度だったわ」
「寝坊したら大変ね」

 そもそも電線がなかったからあれは電車じゃない。発車時の音を聞く限り、ディーゼル車かもしれない。

「人に合わせて電車が来るのが都会、電車に合わせて人が来るのが田舎ということね」
「概ねその通り」

 長旅の疲れのせいか、私たちはその場から動くことなくただただ喋り続けた。蓮子は単線における待ち合わせの概念を知らなかったらしく、たまに長く停車する駅のことを不思議に思っていた。真相を話すと蓮子は両手を挙げて驚いていた。
 いつもと変わらない脈絡のない会話。しかし今回は場所が特別だった。いつもの京都のカフェではなく、日本の田舎のどこかだ。
 私と蓮子の間にはどこか非日常的な空気が漂っていた。マンネリから脱出したときのような解放感と新鮮な感じがあった。

 会話が止まったところで、私は畳の上で横になった。やはり日本の畳はいい。香りも触り心地も好きだ。
 蓮子が私の真似をして大の字になって寝転がった。扇風機の羽音だけが、静かな部屋に響いていた。
 横になると、長旅の疲れが一気に押し寄せてきた。視界の天井が徐々にぼやけ始め、そしていつの間にか私は眠ったのだった。


 ◆   ◆   ◆


 待ち合わせのカフェには既に蓮子が来ていた。嬉しそうにこちらに手を振っている。きっと遅刻しなかったことを褒めてほしいのだろう。

「早いわね」
「うん。今日はメリーに重大なお知らせがあるから、そのことを考えると早く着いちゃったのよ」
「いい話かしら」
「ええ。とっても」

 蓮子はレギュラーコーヒー、私はエスプレッソを注文した。店員が去ってからも、蓮子は話を切り出さずにニヤニヤと笑っていた。

「それで、どんな話なの?」
「ふふふ。言い出す前からにやけちゃうくらいの朗報よ」
「本当に嬉しそうね。それって単に蓮子が嬉しいだけ? それとも私にとっても嬉しいことなのかしら」
「きっと、メリーにとっても嬉しいことよ」

 私たち二人にとって嬉しいこととは何だろうか。このオカルトサークルが大学に認められたなんてことは、私の髪がまっ黒になってもあり得ない。活動報告も何もしていないし、そもそも任意団体ですらない。
 宝くじが当たったなんて話だろうか。数十万円ならあり得ない話ではない。そのお金でちょっと豪華な旅行にでも行こうと言うのだろうか。

「私、彼氏ができたのよ」
「え……」

 それっきり何も言葉が出てこなかった。固まる私の表情を見て蓮子はさらに顔を緩ませる。
 蓮子に彼氏? 恋人――ボーイフレンド? まさかそんな……。

「ちょっと待って蓮子」
「いやあ、そんなに驚かれるとは思ってなかった」
「そうじゃなくて」

 恋人ができたことを友達に報告する。それ自体は楽しいことだし、口元が緩むのも分かる。でも蓮子は私にとっても嬉しいことだと言った。
 蓮子は、彼氏ができたことを私が喜ぶと思っているのか。
 いや、確かに嬉しいことだ。こんな傍若無人な女の子を相手にしてくれる男の子がいるなんて、思ってもみなかったけど。それでもやはり、おめでたいことだ。
 でも何かが引っ掛かる。

「とりあえず、おめでとう」
「ふふ、ありがとうメリー。これでやっとメリーに恩返しができるわ」
「どういう意味?」

 蓮子の言葉の端々が気になって仕方がない。恩返し? 私が今まで蓮子に対して、恩を感じられるようなことをしてきたと言いたいのか。

「私ってずっとメリーにべったりだったでしょ? いつか自立したいといけないと思っていたの」

 まさか。そんな。
 蓮子は残酷な宣言を私に対してしようとしている。直感でそう思った。

「まあ、完全に自立はできてないんだけどさ。ほら、これからは彼氏がいるから、メリーはもう大丈夫だよ」
「大丈夫って何よ」
「私はずっとメリーにもたれかかって生きてきた。だけどそんな日ももうおしまい。私はメリーに負担をかけなくても生きていけるようになったの。私たちはやっと平等な関係になれたのよ」

「こんなに嬉しいことはないわ」と蓮子が明るい表情で言った。
「…………」

 蓮子に自分の気持ちを伝えるだけの言葉を、私は持っていなかった。私自身すら今まで気づいていなかったのだ。

「ずっとこうなりたいと思ってた。友達なのに不平等な状態が、私はたまらなく辛かった。今日から私たちは正真正銘の友達になるのよ。同じ高さに肩を並べて一緒に歩く、美しい友達よ」

 私の戸惑いなんて気にも留めない蓮子は綺麗事を並べる。
 違うわ蓮子。私たちは、不平等なんかじゃなかった。
 だから今更そんな修正は必要ないのよ。
 彼氏なんて――いらないのよ。

 蓮子は重大発表を終えるとすっきりした表情で、いつの間にか運ばれてきていたコーヒーに口をつけた。そこで、蓮子の携帯電話が鳴った。

「ごめんメリー。ちょっと外出てくるね」

 そう言って蓮子は電話を片手に席を立つ。
 待って蓮子。行かないで。
 そう言いたくても言葉が出てこなかった。蓮子を捕まえようと必死に伸ばした右手が、ぐったりとテーブルの上に落とされた。


 ◆   ◆   ◆


 気が付くと、見慣れない天井が広がっていた。首を動かし、自分がどういう状況にあるのかを把握する。

「メリー。大丈夫? うなされていたみたいだけど」

 頭の上から、蓮子の心配する声が聞こえた。その声で先ほどの出来事が夢であることに気付いた。

「メリー?」
「……いやな夢を見たわ」
「どんな夢?」

 言いたくない。蓮子は黙っている私を追及しない。

 蓮子の左手を借りて起き上がり、そのまま彼女の身体を抱きしめた。ワンピースの下の蓮子の身体をはっきりと感じられるくらい、強く密着した。
 蓮子の身体はここにある。私の腕の中に。

「寝ながら泣いてた。そんなに怖い夢だったの?」
「私はどこにも行かないと言ったわね」
「え――ああ、うん。言ってくれた」
「それは蓮子も同じなのかしら」

 蓮子は不思議そうに首を傾げた。私の言葉の意味がうまく伝わっていないようだった。

「私がメリーから離れていくようなことはないと思うけど……」

 本当にそうなのだろうか。いつか彼氏を――私よりもふさわしいパートナーを見つけて、去って行ってしまうことはないだろうか。私じゃない誰か……例えば、男性。

 私は真の意味での蓮子のパートナーにはなれない。理想の男性にはなれないのだ。
 瞼からこぼれた涙が蓮子の肩に落ちる。白いワンピースに染みはつかない。

「もうちょっとだけこのまま……」

 あの時蓮子が言った言葉を、今度は私が口にする。蓮子がここにいることを確かめるように、抱きしめる腕に力を加える。

「蓮子の中だけじゃない。私の中にも、ちゃんとあるのよ」
「何があるの?」

 空白――。からっぽがある。何もない場所が、そこにある。

 それは言葉にはならなかった。うまく言葉にすることができなかった。
 蓮子はやはり追求しなかった。私の中にある何かを探し出そうとしたのか、身体をさらに寄せただけだった。



 食事を済ませた私たちは、入浴道具一式と浴衣を持って温泉に向かった。宿の一階の角にあたる場所に脱衣所があった。途中の廊下では誰ともすれ違わなかった。

「私たち以外にお客さんはいないのかしら」
「恐らくそうね。この時間に脱衣所に誰もいないなんておかしいから」
「何だか不安になってきたわ。この宿の建物全てが実は幻で、別の世界にいるなんてことがあり得るわけでしょ?」
「ふふふ、そのほうがかえって面白いわ」

 蓮子は私の心配なんて全く気にせずにそそくさと服を脱いだ。そして私を待たずに浴室へ向かう。

「待ってよ蓮子」

 私が呼びかけても蓮子は気にせずに足を進める。
 そこで私は強烈な既視感に襲われた。夢の中で蓮子が去っていったときと同じだ。いくら呼んでも、いくら手を伸ばしても、蓮子には届かない。

「蓮子、ちょっと」

 私の声が聞こえていないの……?

 いや、だめ。行かないで。

「待ってってば!」

 必死になって大声を出した。蓮子は浴室の引き戸を開けようと手をかけたところで止まった。私の声に少しうろたえているようだ。

「ごめんメリー、つい先走っちゃって」

 服を脱がずに蓮子のもとへ走った。勢いをつけて抱き付き、蓮子が少しよろめく。

「バカ。待ってって言ったのに」
「ごめん。そんなに怒るとは思ってなかった」
「怒ってないわ。怒ってなんか」
「どうしたのメリー。さっきから変よ」

 身体を離して顔を合わせる。少し怯えるような表情で蓮子は私を見つめた。

「蓮子が、どこかに行ってしまうような気がしたの。私の元から離れて、この世界から消えてしまうように思えた」
「見えるの? どこか違う世界が」

 目を閉じて首を振った。そんなものは見えていない。もう一度目を開けても、やっぱり見えていない。
 服を乱暴に脱ぎ捨て、蓮子と手を繋いで浴室に入った。中はどうということはない、ただの洗い場と浴槽、それに露天風呂に通じるドアがあるだけだった。

 隣り合わせに座って身体を洗い、髪を洗った。私の長い髪を洗う間も、蓮子は待ってくれた。
 自分の指を、蓮子の指の間に滑り込ませる。決して離れないように、強く手を握る。
 浴槽に浸かっている間も、ずっとその手は離さなかった。蓮子は心配そうな目で時々こちらを見てくる。その度に私は繋いだ手を強く握った。私にすら分からない、身体の奥から湧き上がってくる感情。それが蓮子に伝わればいいのにと願いながら。

「メリー。本当にどうしたの? まるでメリーじゃないみたい」
「いいえ。私はマエリベリー・ハーン。こんな私もまた私なのよ」

 二日前に蓮子の中に入った私も、今の私と同じなのよ。
今、蓮子が握っているその右手。その手は紛れもなくあのとき蓮子を果てさせた右手だ。
 私は空いていた左手を使い、蓮子の足先に触れる。

「メリー?」

 湯の中にある蓮子の足を、下から順に撫でていく。ふくらはぎを、膝を、太ももを。

「ちょっ、メリーってば、んんっ」

 下腹を円を描くようにさする。そのまま上っていき、柔らかい双丘に到達する。

「メリー、ちょ、そういうのはあとで……ここじゃだめ……」

 胸の形をなぞるように数回撫でる。蓮子は吐息を吐きながら恥ずかしそうに顔を逸らす。

「そういうのじゃないの」
「え?」
「これは、儀式のようなものだから」

 細い首を過ぎると、紅潮した頬に到達した。つるつると触り心地のいい肌だった。唇に触れ、額に触れ、そして最後に蓮子の黒髪を撫でた。

「終わったわ」
「一体何がどうなってるの」
「左手が手持ち無沙汰だったのよ」

 お湯に濡れた自分の左手には、蓮子の全身の生々しい感触が残っていた。その感触を逃がさないように手を握り締め、繋いだ右手で蓮子を引っ張って浴槽を出た。



 浴衣に着替えて部屋に戻ったときには夜九時になっていた。私たちは既に敷かれていた布団にばさっと倒れこむ。ひんやりとした掛布団が心地よい。
 外からは虫の鳴き声が届いていた。扇風機の羽音に張り合っているのだろうか。
 右手は既に離れていた。蓮子がいなくなるような予感は既に消えていたから。

「ごめんなさい蓮子。露天風呂に行けなくて」
「いいよいいよ。明日また朝にでも行こう」
「……そうね。でも行くならちゃんと私も誘ってね。早起きして一足先に朝風呂なんてしないでね」
「そんなことしないよ」

 蓮子の不思議にかける思いが、或いはそうさせるかもしれない。そう思って釘を刺しておく。人間はいつどんな行動を取るか分からない。

「それにしても静かねここは」
「田舎だから」
「うん。私田舎に住みたくなった」
「都会人はみんなそう言うのよ。一か月くらいして不便さに気が付いて都会に戻りたいって言うのが目に見えているわ」
「私なら十日で音を上げるでしょうね」
「蓮子ならもっと早いわ」
「なにをー。まあでも、田舎はやっぱりいいよ。人が少ないし、時間はゆっくり流れるし」
「本当はそれが目当てだったんじゃないの?」

 蓮子はキョトンとした顔で首を傾げる。やがて悪戯っぽく笑って言った。

「いつ気付いたの?」
「新幹線の中」
「ずいぶん前じゃない」
「まるで何かに操られているかのように、蓮子は遠いところに行きたがっていたでしょう。あの時に気付いたのよ。蓮子は行かなければいけないって言ったけど、実際は蓮子の行きたいって願望に過ぎないって気付いたの」
「確かに、あれは半ば自己暗示みたいなものだった」
「京都の喧騒は、疲れるものね」
「うん。疲れる。人がたくさんいる大学も、駅の構内も、電車の中も、渋滞する道も、自分の部屋でさえね」

 蓮子が旅行を計画したのは、不思議を探すためじゃなく、そういった現実から逃げるためだった。

「逃避が必要な時もあるわ。人間はそこまで頑丈ではない。特に、精神的なことに関してはね。だから蓮子の意図が分かったからと言って、それを咎めるようなことはしない。私は蓮子について行く。蓮子が必要とする限り、どこまでも行くわ」
「ありがとう」と蓮子は笑顔で言った。今日見た笑顔の中で、一番綺麗で、澱みのないものだった。

 浴衣の胸元や足の部分が開いているおかげで、火照った身体が徐々に冷やされていった。夏のお風呂上りには浴衣は絶妙だ。

「ねえメリー。一つ聞きたいことがあるの」
「なあに?」
「ちょっと言いにくいんだけどさ……。私はメリーのことが好きだけど、メリーは、私のこと……どう思ってるのかな」
「私、言わなかったっけ。蓮子と行為に及んだ時に」
「違うの。あの時のあれは違うの。私のこと、恋愛対象としてどう思うのかってこと」

 突きつけられた質問に対して、私はひどく困惑した。
 恋愛対象として? 一般的に、異性に向ける感情のこと?
 自問自答してみる。私は恋愛対象として蓮子が好き?

 蓮子は、恋人として、恋愛対象として好きかどうかを聞いている。でも私の中にある答えは、そこまではっきりと見えていない。そこにあるのは、漠然とした好きという感情だった。
 その思いはどこまで特別なのか、私には分からない。

 答えたくない、というのが本音だった。でもそれは、蓮子の期待を裏切ることになる。そんなことはしたくない。
 私は蓮子の期待に応えたい。応えなければならない。
 これは願望であり、また強迫観念でもある。
 蓮子は唇を噛みながら私の答えを待っている。焦らすのはよくない。遅れれば遅れるだけ、蓮子を不安にさせてしまう。

「ごめんなさいメリー」

 突然、蓮子が謝る。

「こんなこと聞くのは、ずるいわよね。メリーが絶対に嫌いって言えない状況で聞いてるんだもの」
「…………」
「ごめんなさい。さっきのは忘れてちょうだい」
「私は……」

 震える唇を必死に動かす。言わなければいけない。そう自分に暗示をかける。

「私は、強い人間じゃない。私だって、蓮子と同じ。自分の中の闇に勝てるだけの力を持っていない。私も、誰かがいないと生きていけない。その相手が蓮子なら、私は嬉しい」

 私だってずるいことをしているわ。蓮子が追及しないことを分かって、敢えて曖昧な答えを出している。
 私の言葉を聞いて蓮子は蒲団の上を移動してすり寄ってきた。そして黒い瞳で私を見つめ、やがて目を閉じた。
 あの時と同じ、キスを求めるポーズだった。
 蓮子は私のキスを求めている。私は、蓮子に求められている。

 能動と受動だ。

 心臓が高鳴る。私の手は無意識に蓮子の顔に伸びた。両頬を押さえた私は、蓮子の唇に自らの唇を押し当てた。
 温かい、そしてとろけてしまいそうなほど柔らかい感触。脳内に直接麻薬を流し込まれているような感覚に陥る。
 やがて唇が離れ、近づいていた顔も離れた。

「メリーは私が求めればキスをしてくれる」
「うん」
「満たしてほしいと言ったら満たしてくれる」
「うん……」
「どうして?」

 蓮子の漆黒の視線が、私の目を捉えて離さなかった。

「ねえどうして?」と、普段追求しない蓮子が、私から答えを引き出そうとする。

 もう、言い逃れはできない。
 これ以上は隠し通せない。

「私は、求められると断ることができないのよ」

 もちろん、本当に嫌なときは拒否する。でもそんなときは滅多に訪れない。大抵私は求められた通りのことを実行する。

「私だって、完璧な人間ではないのよ」

 そんな人間は、この世に存在しない。
 私だって、闇を持っている。

「私の闇は、誰かに求められないと生きていけないという部分よ。だから私は蓮子と一緒にいる。蓮子は私を求めてくれるから。これは、蓮子の闇を見つけるずっと前からそうだった。断ることができないというのは、押しに弱いとかそういう意味じゃなく、求められることが私自身を守ることに繋がるからよ」

 蓮子が自分の闇を暴いたときの気持ちがよく分かる。それはとても疲れる作業なのだ。頭はおもりを乗せているかのように重く、胸は締め付けられているかのように苦しい。

「さっき怖い夢を見たって言ったでしょう。あれはね、蓮子が新しいパートナーを見つけて私のもとから去っていく夢よ。蓮子はもう私を求めることはない。そう悟った私は必死に蓮子を引き留めようとした。でも蓮子は行ってしまった。私はこれが正夢になることが何よりも怖い。私は、蓮子に求められなくなることが……」
「今、私にって言ったよね」

 鋭い声が部屋に響く。蓮子の指摘が突然すぎて私はその意味をすぐに理解できなかった。

「メリーは、求められれば相手は誰でもいいの?」
「あっ……」

 何かを思い出したような声が漏れた。その声を聞いて蓮子は柔らかい笑顔を作る。

「ほら」

 言いたかった言葉を発する前に蓮子に唇を塞がれた。強く、深く、押し当てるだけの口づけだった。息が苦しくなるまで、蓮子は唇を離そうとしなかった。

「んはっ、はぁ、はあ……蓮子、わたし……」

 今なら言えるわ――。

「蓮子のことが好きよ。恋人として」
「あっ、うぅ……。ん――」

 蓮子は目を押さえて泣き始めてしまった。私は蓮子の頭を胸元に抱く。寂しさを感じさせないように、小さく震えるその身体を優しく包み込む。

「ずっとその言葉を聞きたかった。ずっと前から夢見てた。メリーが私に好きって言ってくれるのを。だから、嬉しくて……涙が……」

 時おり蓮子は顔を胸に押し付ける。私はそんな蓮子の頭を撫でてあげる。

「夢の中にいるみたい」
「或いはそうかもしれないわ。どの世界が夢で、どの世界が現実かなんて、誰にも分らないもの」


 ◆   ◆   ◆


「いっぱい愛して欲しい。メリーに愛されるのが夢だったから」

 蓮子と唇を重ねる。先ほどのような味気ないキスではない。もっと情熱的なキスをしてあげる。

「蓮子、舌出して」
「ん――。ひゃあっ、や、あぁ……」

 蓮子の舌を舌先でいじる。それから唇で挟み込み、舌の裏を舐める。舐め終ったら今度は舌にしゃぶりつく。
 ぶちゅ、ぷちゅ、ちゅく、くちゅ
 液体のいやらしい音が耳に響く。舌を離すと、蓮子の舌先から銀糸がつぅっと伸びた。

「きもひいいよ、めりぃ」

 今度は蓮子の口内に自分の舌を入れる。唇の裏や歯茎を舌でなぞると、蓮子は甘い声を出した。

「ふあぁ、めひぃ、あふぇ……」

 以前と変わらず敏感な蓮子はもう既に目がとろんとしている。

「口開けて」
「ひゃい……」

 ねっとりとした唾液を舌の上に乗せ、蓮子の口へ送り込む。

「ん……あぅ、めひいの、おいひよぉ」
「今日はこぼさなかったわね。ご褒美にいいものあげる」

 赤く染まった耳たぶを甘噛みする。蓮子は小さな肩をさらに縮めて反応した。

「らめぇ、みみ、弱いからぁ……あぅうっ」

 耳の穴にほど近い溝を舌先で舐めてみた。舌先でつつくだけで、蓮子は肩を跳ねさせて反応する。

「次はどこがいい?」

 切なそうな視線を送ってくる蓮子。

「もっと、身体触って」
「自分で脱ぐ?」

 意地悪に尋ねてみると、蓮子は声を震わせた。

「……脱がせて」

 その言葉を聞いて浴衣の帯に手を伸ばす。

「待って!」
「どうしたの?」
「恥ずかしいから、電気……消して」
「既に十分恥ずかしい恰好をしていると思うけど」

 胸元ははだけているし、下のほうは太ももが露わになっている。

「いいから」

 布団から立ち上がって部屋の電気を消す。外に明かりが無いせいでほとんど真っ暗になった。

「蓮子?」
「ここよ、メリー」

 蓮子の声を頼りに暗闇を進む。お互いの名前を呼び合い、徐々に距離が近づいていく。
 蓮子の身体に触れ、手探りで帯を外す。暗くてよく見えないけど、蓮子の身体は全て晒されたはずだ。
 私の手は蓮子のすべすべの肌の上を滑る。途中で突起のようなものにぶつかった。

「ここが乳首かしら」

 指先でぴんと弾くと、蓮子が短く声を上げる。
 胸全体をゆっくりと揉みながら時折乳首をきゅうっとつまむ。

「あんっ、そこ、ふあぁ、んんっ――」

 今度は左手で乳首をいじりながら、右の乳首に吸い付いてみる。

「ひゃあ、そんなっ、やっ、だめ……」

 乳首にそっと歯を立ててみると、蓮子は声にならない吐息を漏らす。

「かわいいわよ蓮子」

 蓮子の耳元で囁く。徐々に目が暗闇に慣れてきた。蓮子の頬の色までは分からないが、だらしない表情になっているのは間違いない。
 胸を手放し今度は下半身に向かう。子どもをあやすような手つきで太ももを優しく撫でる。
 指先で太ももをなぞりながら下着へと近づく。蓮子の身体が一瞬強張ったような気がした私は、その指を再び膝のほうへ戻す。

 蓮子は期待している。でも私は焦らすことで蓮子をもどかしくさせたい。
 下腹も温めるようにじんわりと撫でる。しかしその手は下着の手前で止める。太ももでも同様だった。

「メリー、もう、いいから、そろそろ……」
「え? なあに?」
「その……触ってよ」
「どこを?」
「分かってるでしょ」
「私は蓮子に求められれば何だってするけど、ちゃんと言ってくれないと分からないわ」

 思わずにやけてしまう。蓮子に私のにやけ顔が見えていなければいいけど。

「……私のこと、もっと愛して」
「やけに抽象的ね。もっと具体的に言って」
「下着のところ……」
「ここね?」

 下着の上から蓮子の陰部を指で押さえる。

「んあっ、そこ……」

 下着の上から全体をまんべんなく撫でてみる。すると触って間もないのに下着に湿り気を感じた。

「もう濡れてるの?」
「言わないで……はぁ、ん――」

 暗闇の中で蓮子の下着を脱がせた。蓮子は再び身体に力を入れる。リラックスさせるために蓮子の隣に横になり、ついばむようなキスをした。唇が離れる度に蓮子は苦しそうに呼吸をした。
 手をおへそ辺りからゆっくりとスライドさせ、陰毛の上を越え、そして既に濡れている蓮子の秘部に触れた。その瞬間、蓮子は一際大きな声を出し、肩を揺らした。

「んあぁ、あんっ、はぁ……」

 切なそうな声が耳に届く。生温かい吐息が頬をくすぐった。

 くちゅ、くちゃ、ぷちゅ……

 蓮子が感じる度に私の指を濡らしていき、いやらしい音が室内に響いた。
 まだ入り口の近くと周りをいじっているだけなのに、これでクリトリスをいじったらどうなるのだろうか。いや、もしかしたらクリトリスへの刺激すら、今の蓮子には必要ないかもしれない。

「入れていい?」
「うん……」
「何本?」
「何本でもいい……」
「本当に?」

 蓮子の耳元でささやくように話す。その間にも秘部をいじり続けることを忘れない。

「ちょ、あっ……手、止めて……」

 びちゃびちゃに濡れた手が一度はがされる。切なげに私を見る連子が愛らしい。

「はぁ……あ、あのね、メリーに気持ちよくしてもらうのは……すごく嬉しい。でも、私が本当に求めているものはそれじゃないって気付いたの」

 蓮子は強い確信を得たような目をしていた。呼吸は乱れていて表情も緩んでいるけど、その目だけ、他の顔のパーツと違って見えた。
 私はてっきり、蓮子は言葉責めをされるのが好きなんだと思い込んでいた。だから今回も遊びのつもりで楽しんでいた。しかし、どうやら蓮子はもっと別の、それも真剣なことを考えていたらしい。

「私が最も幸せを感じる瞬間はね……」

 私の背中に腕を回すと、身体を寄せて抱き付いてきた。体温を分け合っているような心地よい温かさに包まれる。

「メリーの中に、私がいると確信する時なの」
「私の中に?」

 どういう意味だろう。私の中に蓮子がいる? 

 それは、どこかファンタジックで、文学的な言葉だった。

「今は、まさにその瞬間よ」
「抱きしめあっているから?」
「ううん。こうやって身体を寄せているとね、私はメリーの中に入っていくの。それで、『ああ、この人の中にちゃんと私がいる』って思える時が、一番幸せなの」
「……つまり、物理的な意味ではないのね」
「そう。肉体的なことでもない。もっと高次元なレベルで、私はメリーの中に入っていくの」
「でも、それには接触が必要なのかしら?」

 蓮子の言葉は非科学的で、どちらかといえば心理的なもののように思えた。言葉では説明しきれない、心の中の現象を必死に伝えようとしている。

「そうかもしれない」
「だから蓮子は私を求めるのね」
「……メリーの指が私の中に入るとき、同時に私はメリーの中に入るの。意味が分からないかもしれないけど、こういう表現しかできない。きっと体験しないと分からないことだから」
「じゃあ、やってみればいいじゃない」

 蓮子はきょとんとした顔をする。
 体験しないと分からないというのなら、やるしかない。私は蓮子の心の内に存在する、その不思議な感覚をちゃんと知りたい。

「私も、蓮子の中に入っていきたい」

 乱れてほとんどの部分が露わになっていた浴衣を脱ぎ捨てる。蓮子の手をつかみ、自らの下腹部に当てた。
「蓮子も触って。私みたいに。私が蓮子みたいに乱れるくらい、強く感じさせて」

「メリー……」

 その気持ちを分かち合うために。

 蓮子の闇を、理解するために。


 ◆   ◆   ◆


 互いの秘部をいじり合う行為は、どこか背徳的な気分にさせられる。

「あんっ、蓮子……そこ――」
「ああ、やあぁ、だめぇ……」

 くちゅ、くちゅ、ちゅぷ、ぷちゅ……
 二人の甘い声といやらしい水音だけが部屋に響いている。

「はううぅ」

 一瞬、全身に電気が走った。何かと思えば、蓮子が私のクリトリスを強くつまんだのだ。

「ちょっ、蓮子、不意打ちはだめ……んああっ」
「メリーも、んっ、気持ちよくなって……」

 蓮子の口から漏れる荒い息や喘ぎ声が、頭をとろけさせる。
 このままじゃ先にいかされる……。
 先に蓮子がいくと思って手加減をしていたけれど、もうその必要はない。
 蓮子の弱いところ責めてあげよう。

「ああんっ、ひゃあ、そこ……だめぇ、弱いのぉ……」
「知ってるわ……ほら、きもちいいでしょ」

 そんなことを言っている私も、徐々に何かが迫ってくるのを感じる。
 身体の奥から、何かが湧き上がってくるような、切ない感覚が。

「ひゃあ、らめえ、メリー、はげしいよぉ……」

 出し入れしながらポイントを指でなぞると、蓮子は一際大きな声で喘ぐ。
 それに負けじと蓮子も、私が感じると分かっているクリトリスをいじってくる。
 絶頂の波が見えてきた。

「はへぇ、めりぃ……わらし、もう……」

 蓮子は感じすぎて呂律が回っていない。

「うんっ、私も……そろそろ、ああっ」

 蓮子の指が私の中と外を往復する。腰がぴくぴくと小さく波打ちだした。
 ――頭の中は気持ちいいことしか考えられない。

「あああっ、れんこぉ」
「めりぃ、もう、らめぇ」

「一緒にっ、いっしょにいこうっ」

 二人の指の動きが激しくなる。快感の波が一気に押し寄せてくる。

 いっちゃう――。

 いく――っ!


「んああぁ、はあああぁ!」
「いっ、ひゃあああっ……!」

 身体の中で膨らんだ快感が一気に弾けた。下腹部から溢れ出した快感が全身を駆け巡った。
 視界がチカチカと白く点滅する。蓮子も私も、背中を反らせて腰を浮かせた。その状態が数秒続いて、やがてすとんと腰が落ちた。
 腰が波打つように何度も痙攣する。下腹部には長い間快感の余韻が残っていた。

「はあ、はあっ、んん……」

 二人分の荒い呼吸音だけが聞こえる。

「はあぁ、めりい、ほら……」

 蓮子は腕を広げて目で訴えてくる。抱きしめてということか。
 快感と痙攣が残っている状態で蓮子と抱き合った。二日前、蓮子の中に入った後と同じように。
 蓮子の身体を全身で感じる。頭のてっぺんから足の先まで。強く鼓動する心臓も、まだ収まらない腰の痙攣も、びちゃびちゃになった下半身も。

「はあ、はあぁ、ねえ、わかる……? メリーの中には私がいる。そして、んっ……私の中にも、メリーがいるの」

 何となく、分かる気がする。
 それは指が入っているとかそういうことではなく。もっと感覚的なもの――。
 取り込んだ、という言葉が一番しっくりくる。空気を吸い込むように、すうっと、私の内側に入っていったのだ。

「わかる……。私の中に、ちゃんと蓮子がいる……」
「よかった……。私の中にも、ちゃんとメリーがいるの。二日前、私をいかせてくれたあの時から、ずっと……」

 蓮子はあの時、私を取り込んだのだろうか。呼吸するように私を取り込み、自らの心に留めたのだろうか。
 私の闇は、蓮子を取り込むことによって綺麗に解消された。私を求めてくれる存在が、私の中にちゃんといる。そう確信できるだけで、私は救われるのだ。

 掛布団を一枚持ってきて二人でかぶった。布団の中で私たちは抱き合い、身を寄せた。

「大好き……」
「私もよ……」

 難しい言葉は何もいらなかった。私たちが欲したのは、互いに愛されているということを実感するための言葉だけだった。そんな言葉を掛け合っているうちに、いつしか意識が沈んでいった。


 ◆   ◆   ◆


 新大阪駅を発車した新幹線は徐々に加速していく。時速三百キロで京都に近づいていくのだ。人が多くて、騒がしくて、渋滞が多くて、喧噪にあふれた土地だ。
 窓の外の風景をセンチメンタルな表情で蓮子は眺めている。蓮子もやはり、京都が苦手なのだ。

「帰ってきたわね」
「ええ……。憂鬱だわ」
「仕方ないわよ。旅行というもの自体が幻想のようなものなのだから。旅行から帰るというのは、現実に帰るに等しいのよ」
「旅の恥は掻き捨てか……」
「思い出だけは大事に取っておいてね」

 蓮子の胸のふくらみに私は手を当てる。

「大丈夫。ちゃんとここに私がいるんでしょう?」

 蓮子は自らの手を重ねると、柔らかく微笑んだ。

「ここにもいるし、ここにもいるわ」

 胸の中にもいるし、蓮子の隣にもいる。そういう意味だろう。

「これからもよろしく」
「こちらこそ」

 指先で蓮子の心臓の鼓動を感じる。非常にゆっくりした速度で、一定のリズムを刻んでいる。
 新幹線が減速を始めた。アナウンスが京都駅の名を告げる。
 夢のようだった旅行が終わり、現実世界へと戻っていく。今ここはその二つの境界辺りだ。
 京都の喧騒の中には、きっと私たちのことを悪く言う奴もいるだろう。そう思うと、急に旅館の女将さんの優しい笑顔が蘇ってきた。

 でもだめだ。あの人は旅行の間に会った人――言わば幻想の人なのだ。現実世界では頼ることはできない。
 またしても覚悟が甘い。蓮子と運命を共にすると決めたあの日の夜も、私はこうやって悩んでいた。

「人の目を気にしすぎるって言ったのはメリーじゃない。言いだしっぺがくよくよしててどうするのよ」
「……そうね。もっと堂々としないといけないわね」

 荷物を左肩に預け、右手で蓮子の手を握った。戸惑いながらも蓮子はぎゅっと握り返してくれた。
 新幹線を降りれば、そこは現実世界だ。幻想世界に取り残されないように、しっかりと足を踏み出すんだ。


 例えそこが地獄だろうと何だろうと、私たちは二人で支えあって生きていくと決めたのだから。
二作目です。しずおかと申します。
やはり蓮メリには幸せになってほしい。

エロい描写が不慣れなので難儀しております。
次回はもっとシンプルな話を書こうと思います。甘い霖霊なんていかがでしょうか。

twitter始めました→ https://twitter.com/touhounijiss
ぜひフォローしてください。

追記 みなさんコメントありがとうございます。
>1コメさん
今次のSSを書いているんですが、甘いの書こうとしたら失敗しました。

>2コメさん
秘封なら、あるいは甘いのが書けるかもしれません。

>3コメさん
秘封は東方の中でも、私たちの世界に一番近いですからね。

>4コメさん
私も好きですよ。その先が地獄かどうかは二人が決めることですから。

>5コメさん
ありがとうございます。甘い霖霊は今筆が止まっていますが、いつか書きたいと思います。
しずおか
コメント




1.甘々を好きにならせる程度の能力削除
良いですね~!だが断る!あなたには是非シリアスを書いて欲しいです!
2.名前を忘れた程度の能力削除
むしろもっと甘い秘封という選択肢を提示してみる
3.名前が無い程度の能力削除
 楽しく読ませて頂きました。秘封は好いものです。
4.性欲を持て余す程度の能力削除
いいねぇ、仄暗い共依存関係とかあたしゃ大好きよ。
幸せという名のその実地獄に落ちた二人を祝福したい(何
5.性欲を持て余す程度の能力削除
とても読みやすくて良かったです。甘い霖霊、是非に読みたいです。
楽しい一時を頂きました、次回も楽しみにしています。
6.Yuya削除
2人のそれぞれの心理描写がとても良かったです