真・東方夜伽話

消えた欠片、あるいは虚言の春のこと(結)

2013/02/23 23:47:28
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消えた欠片、あるいは虚言の春のこと(結)

野咲


*起承転から、よろしければどうぞ。
*最初からかっこいい紫はいなかったが3Pにする気はなかった(
*勝手な設定がたくさんありました。







↓よろしければ












――――/0


――――例えるのなら雪だった。
紫も幽々子も。
その心象風景も。


「ん……」

布越しに胸の先端をなぞりながら白い寝衣の裾にそろそろと手を伸ばした。
足りない。もどかしい。じりじりと焼け付く。
紫と二人優しい眠りについたはずだと言うのに、一人残された朝にそんな感情がくすぶる。とてもではないが気持ちのいい目覚めとは言えない。彼女がいつでも帰っているのを幸いに、熱の籠った身体に指で触れる。
うつ伏せにシーツに伏して、頬を冷たい布の香りに沈めて。女の部分に指を触れるとうっすらとぬかるんでいるだけだった。
敏感なことは確かな核を擦っても、足りないという感情が増すだけ。
我慢のできない身体が恨めしかった。半ば無理やりに中指を押し入れて、は、と短い息をつく。
犬のようだと思った。頭がちりりと痛んだ。
押し分けるように壁を辿って奥へと進む。自分で入れられる精一杯の場所で指を曲げながら少しずつ尖ってくる胸の先を爪で掻いた。
濡らさないと。そう思う。早く動かしたい。そうも思う。

「ぅく、ぅ」

関節の動きだけでは我慢できなくなる頃には少しは中も潤っている。待っていたかのようにいやらしい音を立てて激しさを求める中指は、それだけでは飽き足らずに次を求めた。
軽い痛みさえ愛しい。欲しい。欲しい。
二本の指が身体の内を通って、くじゅ、と耳にいやらしい音がした。

「ぁっ」

小さく漏れる声をシーツに押し付ける。誰に強要されるでもなく脚を開いて、女の匂いを掻き出すように指を動かした。
もっと。
もっと。
忘れそうになる右手を動かして胸も責める。息が荒れるくらいに、自分で自分を乱そうとする。
こんな風な激しい動かし方を紫はしない。それなのに今自分は。自慰というのは好きな相手を想って好きな相手の動きをなぞるようにするのがよいのだとどこかで読んだのに。
一度も受けたことのない乱暴さを求めて、いつでも物足りなくてこうして一人慰める。

「ふ……ぅ、は」

出来る限りの奥を、入口が痛むくらいに求めて突き上げる。

私は本当に紫にしか抱かれたことがないのか?
もっともっと、激しいものをこの身体が求めているのは淫乱なだけか?

はあはあと疑問をかき消すようにさらに動きを強めながら幽々子はそれでも考えてしまう。そうしてまた速さを増す。ぐしゅぐしゅと布団の中で音が立っている。
胸の先端を強く摘んで、わざと声を上げた。
ぞくりと、中が微かに引き攣ったような気がする。
虚しいような疲れとほんの少しの満足を抱えて力を抜いた。指をそっと拭う。

「恥ずかしい」

冷たいシーツに頬をつけて、小さくそう呟いた。


――――例えば、そんなこと。
雪は、空気の中の小さな塵を中心にしてできるのだという。それにくるくると結晶が纏わって、ふわふわしたあのおいしそうな白い綿状になるのだろう。
始まりは小さな疑問。それに少しずつ少しずつ形の悪い疑問が纏わりついて、大きくなって降り注いで。
段々と、本当に少しずつ、心の土台を白く埋めていく。
それは風が吹けばさらさらと動くような軽いものだった。地面に縛り付けるものは何もなく、けれど溶けもしない。積もりきる気配もなく、ひたすらに心の中で白い塵として在りつづける。
その景色はとても綺麗だ。
屋敷に閉じこもって眺めるには。

始まりの雪の中心は、ほんの小さな違和感。
紫は、幽々子が生前自分の恋人だったのだと、懇願するような目でそう言った。
幽々子はそれを初めから嘘だと気付いていながら、それでも。
嬉しいと、そう答えた。

『そうだよ、それは嘘だ』

自分の問いを、小町の言葉を思い出す。

『お前さんの恋人は八雲紫じゃあなかったし、お前さんの恋人は今でもお前さんにご執心で偶に会いにきているし』
『記憶に違和感があるのは片っ端からその記憶を消されてる所為だし、あの賢者さんの躊躇いやなんかは、きっとその辺の事情にあるし。例えば――――お前さんの能力が冥界の管理に使えると彼岸にリークしたのはあのお人だとかね』

嬉しい。その言葉に嘘はなかった。それでいいと思っていた。紫が何を隠していようと構わなかった。
これからもそれでいいかもしれなかった。

『あの人はお前さん欲しさにいろいろやらかしたってことだね。ずっと薄々は分かっていたんだろう。お前さんをその歳で死なせたのは誰か、とか』
『そう、自害なのは本当だよ。でもそう動かせたのはあのお人さ。それにその細腕じゃあ上手く死にきれなくてね、目も当てられなくて結局……おっとこれは言わなくてもいいことだった』
『直接聞くのかい?』
『そんなことしたって、きっと無駄だよ』

だって紫はそれで傍にいてくれるだろう。傍にいるためには何も知らずに笑っているのがいいのだろう。
何もかもが勘違いで、何もかもが誤魔化しの。それはまるで一夜限りのお祭りのようだ。
それが千夜続くとしても、幽々子は幸せだと言うだろう。


“ただ少しだけ。ひとつだけ。我慢できないくらいに、欲しいものができてしまっただけ。”


なんだろうか。眠い。夢との狭間のように現実が混濁する。――――千年に届くほどの記憶を、まるで喉に残った粉薬をじわじわと溶かし込むような気分で呑み込んでいた。

「記憶を戻すと混乱する死者が偶にいるのですが、大丈夫でしょうか」

まるで空間が話しているようだった。眠りかけたような表情で見回す幽々子に、「ああ」と面倒そうな声が届いた。
暗い空間が揺らいで、浮かび上がるというよりは闇を削り取るように彼女が姿を現した。

「仮の姿ですが、やはり相手がいた方が話しやすいでしょうか?」

幽々子はやはりぼんやりとしていたが、何度か瞬いた後にほうっと微笑んで頭を下げた。

「お心遣い感謝致します、閻魔様」
「割合しっかりしているようですね。まだ少しぼうっとしますか」

水晶玉の中身を連想させる、光と影が奇妙なバランスを取る空間だった。
一度切り離した魂が溶けきるには時間がかかるのでしょうね。どこか色彩の薄い映姫は言った。

「彼岸では手続きの列の待ち時間で馴染む場合がほとんどなのですが」

幽々子は表情が浮かばないまま瞬きをする。それをじとりと見て言葉が続いた。

「……ある程度の記憶を奪うのは一種の罰扱いになるので地獄の回転率を上げるのに用いられている、というのは聞いているでしょうか。身に覚えのない罪を見せられたり償わされることは、罪に感じていることを償うよりもずっと辛いのです」
「そういう、ものでしょうか?」
「無理に考えようとしなくて結構ですよ。私が間を持たせたいだけですから」

幽々子が口を開くのに、映姫はあまり機嫌がいいとは言えない表情で言葉を被せた。
幽々子もそれは有難かった。先ほどまで紫の腕の中で悩んでいたことが急激に夢に変わって、寂しいような自嘲したくなるような、そんな気分の中で現実を整頓するのには少し時間がかかりそうだった。
そう、先ほどまで幽々子は紫と共にあったと思い出す。記憶もなく、混乱して泣いていた。
ゆるゆると頭を回している幽々子に淡々とした映姫の声が続く。

「そういうものだとは思いますね。だって自分の罪を償うことには理由と結果があるでしょう? 知らない罪を償うことには理由がなく、結果も曖昧です。疑問だらけで理屈が通らない。そう、効果的な拷問に『穴を掘らせ、それから掘った穴を埋めさせる』というものがあるそうです。シーシュポスの神話もありますか。人間は理由や結果、報酬の伴わない行為に強いストレスを感じるのです」

シーシュポスの神話とやらを幽々子は知らなかった。もしくはまだ思い出せていなかった。
ただ、映姫がこういう話し方をする理由については紐解かれるようにじわりと納得し始めていた。
今に限ったことではなく、彼女は幽々子に対しては時にあまり模範的ではない態度を垣間見せていた。恐らく小町へ向く心がそうさせるのだろう。

「ボクシングでも空振りが一番疲れると、今幻想郷で回っている漫画の主人公が言っていましたね。霊夢のところで読みました。これはまあ、肉体的な側面が大きいのでしょうが」

それは幽々子も読んでいた。それを伝えると映姫は深く頷く。

「結構です。日常的な事も思い出していますね。貴方の従者の好物は?」
「草団子です」
「いいですね。頭痛はありませんか?」
「削られるよりも足される方がいいみたい」

重い頭はゆっくりとだが回り始めているようだった。記憶を回答するのに容量を使い過ぎてはいるが、それでも思考が追いつきかけている。
理由を理解している分疲れないのかもしれないなと、映姫の言葉の含みをふと捉えた。
視覚情報にまで気が回らないのか幽々子の瞳は動きを止めている。それを映姫が覗き込み、また頷いた。

「では、八雲の方は任せてそろそろ戻りなさい。今この鏡は私の手を離れている。余り長居されると疲れます」

闇から放り出されるのは早すぎたようでもあり、それ以上必要なくもあった。
記憶を失くすことで拾ったすべての鍵がどこに嵌るのかの知識はもう、しっかりと持っていたのだから。







消えた欠片、あるいは虚言の春のこと







■ 結の片 西行寺幽々子 ■







1/


机の上で銅鏡が何も言わずに月明かりを反射していた。
それに視線をやったのは幽香がすべて分かっている故だろう。

「記憶は預けていただけだったのね」

口にされた言葉もまたそれを裏付けていた。
幽香の声はあくまで静かだった。冥界の無音がその声を包んで、その響きを余計に優しくする。

「紫に消された振りをして、浄玻璃の鏡に記憶の一部を取り込ませる。紫は貴方に誰、なんて言われたらそれは混乱するわね。誰かの手が入ったなんて分かる前に逃げ出すし、間違いなく自分の所為だと思い込むでしょう。
私もまさか閻魔がそんなことに協力するとは思わないからすっかり騙されたわ。私がここに来ることになったのも貴方が先に蝶を放っていた所為ね? 先んじて噂を流させた」

幽々子はくすっと笑みを零した。そこまで全部分かられているとは思わなかった。
そう、幽香の言ったことは全て正しい。
降り積もった紫への疑問をぶつけることで小町から何もかもを教えてもらった後。幽々子は映姫に頼んで今回のことを企てた。

「閻魔様に聞いたの?」
「あの閻魔は信用ならないし気に入らないわ。勘違いを意図的に招かせることを嘘だと思わないことにするのは罪悪よ」
「誤魔化すことまでしてくださったのね。苦しませてしまったかしら」

あなたはそれでも分かってしまったのね、と幽々子は考えるような素振りで首を傾げた。分かるわよ、と幽香は言う。

「言わなかったかしら。貴方のことは何でも分かる」

幽々子は困ったように微笑んだ。抱きしめたまま離れようとしない幽香の腕は温かい。
顔を埋めた胸は温かく、乾き始めた生臭さに埋もれるように甘い肌の匂いがした。

「それともこれは今回言ったんじゃなかったのかしらね。貴方はいつも忘れてしまうから、何を知っていて何を知らないのか分からなくなる」

空気は冷たかったが離れる気はしなかった。幽香の手が布団を引いて二人を包む。

「……昔の貴方の記憶は、やっぱりないの。ごめんなさい」
「そうでしょうね。でもそれは貴方が謝ることじゃないわ」

そう、思い出せるのは所詮『預けていた』記憶だけ。幽香の記憶はそもそも幽々子の中になかった。
幽々子の中にある幽香は今回知った彼女のこと。
残りは小町に教えてもらったいくらかの過去のこと。消えてしまった欠片の、欠片。

「ねえ、どうしてこんなことをしたのか聞いてもいいかしら。大体分かるけれど、貴方の口から聞きたいわ」

静かな声に問いかけられて幽々子は瞼を伏せた。
もう記憶は落ち着いている。幽々子は確かに自分の意志で記憶を預け、そして取り戻した。

「ちゃんと、身を持って知りたかったの。本当のことを」

聞くだけじゃあまりに実感が湧かないんだもの。幽々子は言った。

「紫から、聞きたかった。でも聞いた話が本当なら紫は絶対に私の記憶を消すだろうと思った。だから先に消してもらうようにした。幽香にも、会ってみたかったから呼んだの」

そこまで言って幽々子は唇を噛んだ。ごめんなさい、そう口にした声にはそれまでの言葉に含んでいた軽さが消えている。

「どうせなら貴方のことも知りたかった。でも我が儘が過ぎたみたい。貴方には本当に酷いことをしてしまった。……ごめんなさい。私も自分がこんなに我が儘に振る舞えるなんて思わなかった」

幽々子は笑おうとしたようだった。だがそれは上手く言ってはいなかった。
自分の行動は自分にとってよかったのだという自信と、他にかけた負担の大きさに対する後悔がバランスを取れずに傾いている。
ばかね、と。幽香が代わりのように微笑んだ。
夜気にさらされて冷えきってしまった幽々子の頭を撫でる。

「普段から我が儘を言わないからそうなるのよ。もっと、言って欲しかったのに」
「……あなたは私のことを本当に大事に思ってくれるのね」

撫で続ける手は優しかった。触れるか触れないかの感触が髪からその温かさを伝えているかのようで、それは少し残酷でさえある。

「それがとっても伝わるの。あなたはきっと、私が大事にするべき人なんでしょうね。全部知った今の私から――――客観的に見たらきっと、私は貴方をこそ愛さないといけない」

でも、だから、ごめんなさい。幽々子の唇はその言葉を途中で切った。強く抱きしめられて胸に埋もれて、最後まで言わせてもらえなかった。
幽香は眠るように微笑んでいた。
私は。幽々子は苦しそうに俯いた。幽香が腕を離さない所為で触れる、温かな柔らかさがさらに彼女を責め立てているのかもしれなかった。
あのまま記憶がなかったなら、この数日が全てホントウでできていたのなら、きっと幽々子は幽香にこの言葉を言えなかっただろう。
生きていたゆゆ子がそうであったように。幽香が自分を大事にしてくれるが故に。

「私は……紫が、好きなの」

言葉を紡いだ途端、幽香の腕の力が強くなるのが分かった。ぎゅっと抱きしめられて、けれど骨ではなく胸が軋んだ。
身体が震えるのは保身の気持ち。自分可愛さに震えるのが幽々子は嫌だと思った。だが止まらなかった。
幽香を裏切るのが、冷たい言葉を浴びせられるのが、嫌いになられるのが怖かった。
だが。

「やっと聞けたわ。千年も間が開いたけれど――――私よりも紫を選ぶその言葉を、本当はちゃんと言って欲しかった」

ゆっくりと幽々子が顔を上げる。
そこには優しい表情がある。
微塵も自分を責めていない、ひたすらに優しいだけのかおに幽々子は戸惑った。思うよりもずっと幽香は幽々子に優しかった。
よかったわね、紫。そんな言葉が続くまで幽々子は泣いてしまいそうなくらいに優しい顔を見ていた。
ゆっくりと、振り返る。
スキマがそこに開いて、無数の目が二人を覗いていた。





「もう抜けた。流石賢者様は頭の回転が速い」

結界式の呪符が燃え尽きて灰に消える。ぶらぶらと手を振って小町はため息ついた。

「四季様。あの結界の中は何か説明でも入れていたんですか?」
「鏡と繋いでおきました。傍に置いてくれていればよく声が聞こえるでしょう」

湯呑を傾ける映姫に、は、と小町は呆れと焦りの混じったような顔をする。

「そりゃあちょっと、もしほら、夜中ですし」
「大丈夫でしょう。それに私から説明する義理もない。精一杯の親切ですよ」

つんと答えた彼女に小町は頭を掻いた。痛みが走って、ああしまったと手を止める。つい確かめるように頬に手を触れるとガーゼがしっかりと傷を覆っていた。

「無様ですね」

映姫は小町を見もせずに言う。

「馬鹿な小町。彼女の為にそこまでするのね」
「そりゃあしますよ。四季様だってしたんじゃないですか。言ってくださればよかったのに」

ふ、と映姫の息が白い湯気を揺らした。ふたりを隔てる彼女の執務机は片付いていて、互いに顔だけはよく見える。

「やっぱり言わなければよかったわ。でも小町も動かないと妖怪大戦争になりそうだったし」
「冥界の管理人が記憶喪失のなのに上に言ってないってのは、ちょっとした違和感でしたけど。でもまさか映姫様が関わってるなんて」

ねえ、と空元気に笑いながらそこまで言って、小町はとうとう困ったように眉を下げた。
何か怒ってます? とできるだけ軽く首を傾ける。
いいえ、と口にした映姫の空気はとてもその答えと一致しているとは思えなかったが、唇を尖らせた彼女に小町は困り顔は崩さないままくすりと微笑んだ。

「……怒っているとしたら貴方にではなく私自身の心の醜さにでしょう。いつでも閻魔でいたいものだけれど、難しいわね。どうしても私の中の女が顔を出す」
「いつでも閻魔だなんてやめてくださいよ」
「そうあった方が楽だわ。ねえ、小町は西行寺幽々子のことをどう思っているの」

率直な言葉と共に映姫の視線も真っ直ぐに向く。不器用な眼差しに小町は愛しいに似た笑みを浮かべて、そうしてふらりと笑いながら視線を下げた。「同情ですよ」、とかさついた唇が紡ぐ。

「冥界の管理権が正式にお嬢さんに移った時、あのお嬢さんは彼岸から文字通り切られたんじゃないかと思うんです。彼岸に依存しながらも彼岸のものではないもの。ある種は彼岸にも操れないほどの強大な力と結界を操るアレの弱みを握る生贄だ。彼女は真実を知る八雲紫の手の中にしかいなくて、掌の上でオルゴールのお人形みたいに踊ってる。
あたいはそれを知ってた。可哀想だった。どうにかしてやりたかった。でも幸せそうだったから壊すこともできずに、スノードームみたいに何度もひっくり返されてはまた同じ景色を繰り返す滑稽で幸せな冥界をずっと見てた」

それは恋じゃないの。映姫の言葉に小町は自嘲するように笑う。
あっさりと首を振って言った。

「同情ってのは下に見るってことですよ。一度カワイソウを持ってしまうと、それはね、まっとうな恋ってやつにはならないとあたいは思うんですよ。そいつは自己満足の勘違いだ」

ゴメンナサイも似てるんじゃあないですかね。じっと見つめている映姫に小町は続けた。

「この場合は複雑ですけどね、傍にいるために傍にいるための罪を償い続けてたのがあの妖怪様だった。頭が良すぎて前提が狂ってて、どうしようもなく歪でしたよ」

柱に預けていた体重を両足に戻して小町が映姫を見た。
変わらずに真っ直ぐに見つめていた映姫と視線を交わす。

「歪だからこそ噛みあったのがいけなかったんでしょうかね。お嬢さんはそんな在り方を分かってた。お嬢さんはお嬢さんで罪を償ってもらう間傍に縛り付けてもらえる幸せから踏み出せなかった。でもそれは対等じゃない以上にねじれすぎててさ、真っ直ぐになんかとてもじゃないけど向き合えないでしょう」
「そうですね。あの二人はいつも手を繋いだまま背中合わせにいるみたい」

硬い下駄の音が大理石の床に響いて、かつん、と机の前で止まった。
そして言う。今回踏み出したのは何故でしょうかね。

「でもよかったよ。傍にいたって背中合わせじゃ寂しいもの」
「……真っ直ぐに対等に、向き合うのでしょうか。でもそうではない恋愛の方がきっと楽でしょうね」
「どうでしょう。続けるのは楽なのかもしれないけど、愛や恋のままでいられるには結構狂ってないといけないんじゃないですかね」

傷だらけの顔で小町がにっと笑う。映姫がカップを置いて立ち上がると急にその距離が縮まった。
覗き込むお互いの目の中に探すのは一体何か、それは互いにしか分からない。

「四季様が難しく考えなければ、私たちもきっと対等に愛を交わせると思うんですけど」

小町の言葉に映姫は片眉を上げる。
謝らずに済ませるなんて、本当に詭弁が過ぎる扱いの難しい部下だとため息をついて赤い頬を隠すようにもう一度椅子に座り込んだ。

「後はあの怖い妖怪さんがどうするかですかねえ」

くつくつと笑いながら言われたその言葉にもまたため息が出るのは仕方がなかったが、一先ずは今日の仕事は終わりにしましょうかとカップの残りを口の中へと流し込んだ。





幽々子は咄嗟に幽香の腕を抜けようとした。
だが所詮亡霊は妖怪ほどの力がない。蔦のように絡むその身体は少しも剥がれそうになかった。

「この状況を見せつけられてよかったって言えると思う? この変態妖怪」
「変態? 別にどこか作り変えたつもりはないけれど」

それにしてもいいタイミングね。まるで聞いていたみたい。嗤う幽香の言葉に紫は視線を鋭くした。
幽々子の頬がかっと赤く染まる。幽香はくすくすと笑って「ああ、」と言葉を引き継いだ。

「変態って、ひょっとしてこれのことを言っているのかしら」

ぱさりと布団が捲られて幽々子が慌てた声を出した。最後の砦が剥がれて、絡み合う二人が闇に白い肌を晒す。
抱きしめる腕は離さないまま、幽香は下を示すように軽く顎を動かした。
固まりかけた二人分の体液が残るその場所に紫は強く眉を顰める。

「これは最初からこうなのだけれど、私の性の認識の所為か今一つ自分から外れるのよねえ。幽々子が受け入れてくれなかった所為で身体がドロドロだわ。紫、綺麗にしてくれる?」
「殺すわよ」
「そんなことしたら幽々子が悲しむわよ?」

ねえ、と目を細めて、幽香は幽々子を離さない。

「聞いていたんでしょう? 幽々子は貴方を選んだわ。嘘吐きだろうが身勝手だろうがヘタレだろうが貴方を選ぶのね。最低だわ、今度は私の物になるかと思ったのに」
「……。」
「最後のサービスのつもりか抜いてはくれたけど挿入れさせてはくれないし、キスは駄目だって言うし、だいたい私より紫がいいのってどういうつもりなのかしら。私が貴方に負けるところがひとつでもあって? セックスだって私の方が上手よ。どんな年だって抱く度に、不満を持て余した身体がきゅんきゅん私を求めて来るもの」

一閃、何かが走ったのが幽々子には見えた。だがその瞬間に視界を巨大な多肉植物が埋めて水気の多い音を立てる。
びくりと肩が震えて、その奇妙な植物が消えていくのを見た。

「あら怒った? うふふ怒ったの?」

幽香は何事もなかったように紫をからかう言葉を投げる。
紫の殺気が強くなったが、声の調子は変わらない。

「ああそうだ紫、幽々子が欲しいならこっちに入りなさいな。抱き方を教えてあげる」

ぞくりと幽々子の肌が泡立ったのは幽香の言葉の所為ではなかった。
急に息が苦しくなりひゅっと喉が鳴る。紫の昏い重圧が空気を押し潰していた。
幽香が頭を撫でて口付けるとそれが急に軽くなって、涙の浮いた瞳で幽々子がそれを見上げた。
赤い目だけが鋭く紫を睨む。

「威嚇なんて無意味なことで幽々子を怯えさせないの。自分が可愛いだけの甘ったれの癖に幽々子を守っている気になるんじゃないわ」

「身体くらい満足させられるようにしてあげるって言っているんじゃない」。冷めた声で幽香が言った。
髪に触れていた手が首筋から背中へ滑り落ちる。後頭部の優しい感覚から急に引き攣る様に快感を引きずり出されて、幽々子は驚いたように声を上げた。
冷たい指先がそのまま尾てい骨をぐりぐりと押し付ける。

「っん……ゃぁらっ」

舌の回らない声が口から出て、幽々子はかっと頭を熱くした。
上がったり下がったりの激しい体温と心拍に疲れさえ感じる。そこに叩き込まれる快楽は抵抗する気力を刹那奪った。その一瞬だけで掌握されてしまうくらいには、幽々子の身体は幽香の与えてくれる的確な快感に支配されたがっていた。
ただでさえ先程までの行為があったのだ。幽香を気持ち良くすることだけ考えて自分の身体は放置していたのだから、意志に反して身体がくすぶっていたのは当然だった。

「んは、ゃ、ゃにゅ、ぁ」

逆の手が胸の先端を強く捏ねだし、臀部は相変わらず骨の感触を楽しむようにこりこりと刺激され続けている。
咄嗟に口元に当てた手はどんどん力を失って、すぐに用を為さなくなった。

「ほら、こんな声聞いたことある? 演技でもされていたんじゃないの? ん?」
「ふゃぁ……は、ひぁ」

幽香の手が尾てい骨から割れ目へと降りていく。きゅんと締まった間をさらさらと撫でて、後ろの穴を優しくつついた。
びくん、と幽々子の身体が揺れる。
腰がふるふると震えて、柔らかいラインの太腿が擦り合されるような動きを始めて。止まらない。

「どうする? 取りあえず私をどうにかしてみる? こんな幽々子を放っておいて後で記憶を消す? 抱いてあげもせずに都合よくまた恋人に収まるの?」
「……もう、消さないわ。消さない」

ふうん、と幽香は上機嫌そうに笑った。腕の中で幽々子が喘ぎ声を上げる。

「じゃあどうするかしら? ふふ、流石幽々子ね。貴方たちのために踊らされたのは癪だけれど、幽々子の為になったのならよかったと思いましょう」

後ろの入り口だけを執拗に弄られて、本来の性交の場所から愛液が溢れてくる。
ぁ、ぁ、と背筋の震えに引き出されるように漏れる声が引き攣って、素直な反応に幽香の指の動きもますます乗せられて激しくなった。
すごいすごい、と嬉しそうに声が上がる。

「紫に見られているからこんなに反応しているのかしら? 見られるのも好きなのよね、幽々子は。恥ずかしいのが好きなんだものね?」
「ちが、ちがぅの、ゆかり、ゃだぁ」
「やじゃないの。紫にしてって言いなさいな。私は本当にイイところは触ってあげないわよ?」

あ、それとも私にして欲しい? 幽香はにやにやと幽々子の顔を上げさせた。無理やり自分を見せて、自分だけを瞳に映させて、自分だけを世界にするかのように声を流し込む。

「昨日もたくさん気持ち良くなったわね。こうやってお尻のあたりを撫でられるとぞくぞくするのよね。こうしながら一緒に前も刺激したらどうだった? 胸も吸ったら貴方、やだやだって泣きじゃくってとっても可愛かった。……ぁは、今びくってしたわね。思い出したら気持ち良くなっちゃった?」

ひく、ひく、と幽々子の肢体が何かを求めるように震えている。
幽香は嗤っている。ひたすらに強すぎない快感を押し付けて、身体に求めるように促している。
紫をに視線をやれば拳が震えていた。彼女は今にも爪を、牙をむき出しにして幽香に襲い掛かるだろう。
そんな瞬間に、ぐるりと幽々子の視界が開けた。
紫が目を見開く。幽々子もまた驚きと焦りで吐きそうなほどだった。弄ばれている本人が恐らく一番混乱しているだろう。
突然叩き込まれた羞恥と快感の挙句に、いつの間にか上半身を起こした幽香に背中からしっかりと抱きしめられて紫の方を向いている。

「ゃっ……」

白い身体が闇に浮かび上がるようにその柔らかい肌を晒していた。
女らしいなだらかな曲線にはひとつの尖りもない。抱きしめるためにあるかのような稜線が匂いさえ放って誘いをかける。
開かされた脚を閉じようとすると植物が絡みついていた。どうにもならなくて、力も入らなくて泣きそうになる。
最奥の泉はその存在を強調するかのようにてらてらと光ってひくつきさえしてしまっていた。

「いいじゃない、紫。子どもじゃないんだから拗ねないの」

その姿に目を奪われていた紫が幽香の言葉にぴくりと動いた。怒りを帯びた瞳が睨んでも幽香の表情が変わらないのは同じだった。
幽香の手が動けば幽々子の高い声が上がって、くねる身体が艶めかしく月光を反射した。

「ぁ、ゃ……ゆかり、はず、かしぃ……」

じわ、と愛液がさらに滲む。ほら、と幽香の促す声がした。

「いつも満足させてあげていないでしょうって言ってるのよ。こんなに貪欲な身体なのに浮気させたいの? させたくないの? そのまま見ているの?」

う、と紫が唸った。もごりと目を逸らして、それから言う。私がする。

「わ、私がするから貴方は帰りなさいよ」
「嫌よヘタクソ」
「へ……っあ、あんたに言われたくないわよ!」

紫が幽々子の前に膝をつく。下まぶたに溜まった涙が綺麗で紫はとくりと心臓を鳴らした。
潤んだ瞳で幽々子が見つめている。

「ほら早く。もう随分焦らしちゃったし舐めるところくらいから始めましょうか」

そんな紫に幽香が容赦なく言い放った。ぴくんと幽々子が震える。涙が零れて、もう訳が分からないとでも言うように顔を隠した。

「な、なめ……」
「あら幽々子、してもらったことないの? 可哀想に。あら、ひょっとして幽々子がいつもしてあげているの?」
「わ、私がするわよ! 舐めるのも、するんだから」

そうしていても紫と幽香のやりとりは続く。紫の手が脚に触れて幽々子の身体が大きく跳ねた。
それに期待も混じっているのが恥ずかしくてますますその場所が溶けていく。
温かい吐息と、濡れた場所の冷たさと。近づいてくる紫の感覚に閉じようとする膝が軋んだ。
ぬるりと、舌が、触れる。

「っぅ……!」

びくん、と喉を逸らして幽々子がその快感を受け入れる。紫の舌はただ温かくて、それだけを強く感じて、恥ずかしさがひどく強かった。

「そこは舌を固くしてつついてあげるのが好きよ。入口から少し入ったところが幽々子は感じるから強く舐めてあげるの」

幽香の言葉に見開いた目から涙が零れる。幽々子は咄嗟に口元を押さえた。
紫の舌がぐっと押し付けられる。

「~~!?」

水音が響いて鼻が敏感な部分を掠めるのが分かった。溺れるような吐息が脚の間から聞こえて恥ずかしくて仕方がない。耳まで真っ赤に染めて、幽々子はひたすらに口元を押さえた。そうしていなければ狂ってしまいそうな気さえした。

「一緒に上を弄ってあげれば完璧だけど、ちょっとやりにくいし上を舐めるのがいいかしら。まず優しく舐めて、焦らしながら時々吸って。大きくなってきたら優しく噛むの。優しくよ」
「っっ、だめ、まっ……ぁ!」

ちゅ、と一度離れた紫の口は幽々子の声を聞き入れなかった。ただ幽香の声にだけ従順に、あるいは幽々子の反応に喜ぶように既に膨らんでしまっている秘芽へと吸い付いた。
舌の上で転がされ吸われて、歯が立てられる。

「っっっ――――ぁ、っ、ゃっゆか、ぃぁっ」

ちゅ、じゅ。幽々子の耳を犯すその音は紫の脳髄を焦がしていく。
埋もれるように聞く幽々子の音に、遠い嬌声に紫の理性はすぐに溶けた。
この異常ささえ当たり前に重ねられていく。今まではどこか後ろめたかった行為が許されているようにでも感じているのだろうか。
しっかりと抱え込んだ脚が汗ばんで吸い付いてくるのが心地よくて、ますます舌の動きを強くする。独特の女の匂いには頭を痺れさせる成分でも入っているのかもしれないと思った。まるで危ない薬のように、視界も思考も狭くなる。

「ゆ、ふぁぅ、ぁ、あ! ぃっ、だめ、だめなの、ぁ、ぁ、そっちはいや、いやっ、つよぃ、のっ」

ん、と唇を舐めて息を吸う。見上げると蕩けきった表情の幽々子が息を荒くして紫を見ていた。
幽香が後ろから両胸の先端を摘んでびくんと背中が反ると、愛液の量がどっと増える。きらきらと涙が零れて、ゃぁ、という弱気な声に身体中が痺れる気がした。

「ふぁ、ぅぅ……ぅ、やら、やだぁ……」
「幽々子、どうして欲しいの? 貴方もちゃんとして欲しいことを言わないといけないわ。恥ずかしがっていてはこの鈍馬鹿は何百年でもそのままよ」

幽々子が弱々しく首を振る。紫が指を這わせるとそこは今までにないほどに濡れていた。
遠慮の消えた征服感が這い上がってくる。
ちゅ、ともう一度尖りに口をつけると幽々子が切ないような声を上げて、震えながら手を伸ばしてきた。
小さな声が名前を呼んで視線を上げると、ぽろぽろと涙を零す幽々子が愛しかった。

「なかに、なかにちょうだい、なかが、いいの。なかが……さびしいの、ゆかりぃ……っ」

それは今までに見たことのない幽々子の表情だった。我慢できなくてたまらないその顔に紫は何も答えられずにただ指を動かす。
ちゅくりと入口をなぞって、ゆっくりと中指を差し込んだ。
押し殺すような嬌声が、まだ切ないと言っている。
掻き回すほどに、足りないと。引き出したことのない新鮮な反応に乱暴な気分になる。

「ほらね、幽々子。言ってあげなきゃ。激しい方が好きです、もっと一杯くださいって」

耳に囁かれる幽香の声の方に反応しているようでそれが少し悔しかった。頭が熱くて幽々子を見つめる。蕩けた幽々子の目が見つめ返してくる。

「ほら、幽々子」

強く二つの蕾を摘みあげる指先に幽々子が高い声を上げると、きゅんと指が締め付けられた。
ひくつくその場所に吸い付くとますますその力が強くなる。

「あ、ァぅ、ゆか、ゆかり、ゆかぁ……!」
「どっちを呼んでいるのか分からないわよ。ほら、紫を呼んであげなさいな」
「ゆ、ゆ、かりっ、ゆかりぃっ、おねが、おねがい、もっといじめてっ、きもちよく、してぇ……!」

その声を紫が聞いていたのか幽々子にはもはや分からなかった。
一度抜けた指が数を増やして戻ってくる。先ほどよりもずっと激しく、じゅぷりと音を立てて水が跳ねた。被さるように響いた幽々子の声には満足の色があるのに、もっともっとと貪欲に中が蠢く。

「や、ぁぁっ、紫、ゆかり、きもちいいの、ふぁぁっ」

胸を弄られ、耳には息がかかり、背中は温かな柔らかさに包まれて腰を熱いものが擦りつける。
秘芽を吸われて中は掻き回されて、どこから快楽を得ているのかさえ分からないまま頭が痺れていく。ぞくぞくと走るものが気持ち良くて気持ち良くて、耳が熱くて血の巡りさえ快感で。
それが熱になって下腹部に集まっていくのが怖くさえある。

「ゆか、ゆ、ぁっ、……ふぁ、ぁ、ぁ、ぁ、あ!」

耳にも温かい舌が入ってくるのが分かった。
響く水音が大きくなる。全部紫にされているのだろうかと幽々子は錯覚した。その方が気持ちがよくて、もうそれでいい気もした。何も考えられなくて、考えられなくて、考えたくなくて。
ただ、気持ちがいい。

「はぁっ、あ、ぁ、ゆかり……ゆかりぃっ! すき、すき、いっちゃぅ、いっちゃうのっ」

じゅる、と水音が大きく響く。
吐息が熱い。
体中に走る震えがどんどん身体の一番奥へと集まってくる。子宮が一線を越えるのを待っている。
紫の指が、引き抜かれて切なくて、戻ってきて幸福で、離すまいと締め付けて摩擦が高まっていく。
高い声が、まだ高く弾ける。

「ぁ……ぁっ、ぁ、も、だめ、だめぇ……っ! ゆか、んぁ、ゆかり……ぃっ」

喉の奥まで快感が貫いた気がして息が詰まった。
咳き込みそうなほどの何かが込み上げて頭が白くなる。がくがくと震える身体は受け止めてくれる優しさでさらに気持ちがよくて、長く続くその快感で痙攣が止まらなかった。
ゆゆこ、と声がする。
抜けて行こうとする指を引き留めたくてきゅっと締め付けると目の前の誰かが微笑んで、口付けはそのまま交わして。
その唇の温かさがまるで夢のようで、そのまま意識が白むのを感じた。
抱きしめる幽香がおやすみを告げたのは、幽々子にはもう聞こえていなかった。





「あーあ、こんなに激しく飛んじゃって。好きな人にされると違うっていうのは本当よね」

頭を撫でる幽香が笑みを零して、紫は息をつきながらも不機嫌そうに自分も幽々子の髪に手を伸ばした。
ふわふわとやわらかい毛の中で指を遊ばせる。
二人で一人の髪を撫でながら、幽香は紫からすると彼女には似合わない優しい笑みを浮かべている。
「幽香がそんなにこだわると思わなかったわ」。紫は渋々と言う様子でもごりと喉の奥で言葉を作った。

「あら、私ともお話ししてくれる気になったの?」
「……うるさい。どうしてそんなに幽々子にこだわるのか聞いておこうと思っただけよ」

拗ねたような紫の表情を幽香が笑って、ますますむっとした表情になる。

「幽々子は家族だもの。きっとずっと好きよ。人間のことだからよく分からないけれど、どれだけ時間が経っても家族の縁は変わらないものなんでしょう?」

紫は同意するだろうか。幽香は散歩をしながら人間の生活を垣間見るのが好きだった。
人間が血を、ものを、歴史を、何もかもを継いで行くのが幽香は面白いと思っていた。
そして、少しだけ羨ましかった。
深く関わる人間ができてからは特に。

「どうやって残ったのか知らないけれどね。ゆゆ子が――――幽々子という名前を、私の漢字を受け入れて喜んでくれた時。私も初めて家族ができた気がしたわ。それは短い間だったけど悪くはなかった」

短い間、という言葉に紫はぴくりと眉を動かした。幽香は笑みを浮かべたまま瞼を落とす。

「私にとっての幽々子は多分、子どもみたいなものなのよ。幽々子にとっての関係もきっと同じ。親がどれだけ愛したって、子どもはどこかへ行ってしまう物なんだって今はもう理解してるわ。納得するかは別だし、取り返せるものなら取り返すけれど」

何でこんなのに魅かれちゃうかしら。幽香はため息をついた。
どこか寂しそうな笑顔に微かな光が影を落とす。

「幽香」
「紫に同情される覚えはないわ」
「しないわよ」

それはどうも。そう言って立ち上がった幽香は早々に服を身に着け始めた。紫は幽々子と共に布団に残されてそれを見ていた。
スカーフを巻いて障子を開けば、春の夜を甘い香りが舞っている。
月光の中で「ああそうだ」と振り返って、最後に幽香は言った。

「貴方が話してくれないから言えなかったけど、幽々子が今も在ることにだけは感謝しているのよ?」
「……。」
「今回で少し成長してくれたかしら? こんな感謝くらい素直に受け入れられる程度には少し大人になるのね、賢者サマ」

また遊びましょう、と楽しげな唇が紡いで、紫が牙を剥く前にその身体は星空へと飛んでいた。
舌打ちした紫の表情は聞き分けのない子どものようで、そんな顔をしていることに気が付いてさらにそんな表情が深くなる。
その頬に、ふと手が触れた。

「幽々子、起きていたの」
「今、おきた。月が明るいのね」

ああ、と幽香の出て行った縁側を見た。外は確かにやけに明るい。こんな日の月明かりの散歩でも幽香は楽しげな表情を浮かべられるのだろうか。
紫には幽香のような愛情はまだ理解できそうにない。何度忘れられても幽々子から離れていかなかった彼女には勝てないという気さえする。
幽々子に忘れられた今回は、本当は壊れてしまうかと思ったから。

「幽香は行ってしまったの?」
「ええ」
「もう来てくれないのかしら」
「来なくていいわよ」

むくれた紫を幽々子がくすくすと笑う。こら、と紫が抱きしめてますます笑い声が響いた。
それが不意に途切れたのは、幽々子のあのね、という声と同時だった。どこか哀しいその声には「ごめんなさい」という音が続く。

「私、紫に嘘をついたわ」
「幽香との話なら聞いていたわ。それに、記憶が戻ったのなら謝らないといけないのは私の方だって言うべきなのではない?」
「言わないわ」
「言ったら記憶を消されるから?」

幽々子は首を振った。

「ねえ、妖夢の記憶を消してあげてくれる?」

唐突な言葉に紫は眉を上げた。それからどこか不安に似た表情になり、そのまま幽々子の言葉が続くのを待つ。

「幽香とのこと、ほら――――見られちゃって。ちょっと妖夢には刺激的過ぎたしこのままじゃ顔も合わせ辛いし」

幽々子の頬がじわじわと染まっていく。何を見られたのか紫は知らないが察しはつくだろう。

「それにね、私は覚えていなかったから答えられなかったのだけれど、昔聞かれたことがあるの。幽香の特徴を挙げてね、誰なのかって」
「あの庭師が?」

幽香と接触した気配はなかったのに、と紫は意外そうな顔をする。幽々子はただ微笑んで続けた。

「あの子の初恋は多分幽香だわ。再会がこんなにどさくさじゃああんまりだと思わない?」
「初恋ですって?」
「そうよ。だから憶えているんだもの。あの時の妖夢はとっても熱っぽい目をしていて気になったの」

ねえ、消して? 幽々子の指先が不意に紫の喉に触れる。手が絡んで、ひんやりと冷たい感触が気道を押した。

「やらないと殺しちゃおうかしら」
「幽々子?」
「ううん、殺しちゃうわ。だから消しなさい」

凍える瞳が紫を射抜く。死を司る彼女の能力は紫の命も容易く奪うだろう。
勿論、そんなことをする気など本当は微塵もないのも分かってはいるのだけれど。
瞳の奥の灯った色を紫は見ていた。それはとても貪欲でやけに苦しそうにもがいている、今まで見たことのなかった幽々子の亡霊らしくもない強い感情だった。

「ねえ、妖怪さん」

幽々子が囁く。

「貴方と同じ罪が、私も欲しいわ」





3/


映姫の執務室を訪れることはあまりない。そもそも理由がないし、映姫もいい顔をしないからだ。
とは言え今回の映姫は今までよりもずっと柔らかい表情で幽々子を迎え入れた。まだ少し名残の様な棘は感じたが、小町と何かいいことでもあったのだろうと幽々子は思う。

「冥界は落ち着きましたか?」

そんなことを考えられているとは気づいていないだろう。映姫は接待用の小さなテーブルに幽々子の分のカップを差し出した。
白いコーヒーカップには少々不釣り合いな緑茶が心遣いを感じさせる。幽々子はそれに軽く頭を下げて、向かいに座った映姫を見つめた。

「この間はきちんと礼を言えずにごめんなさい。お礼では足りないくらいにご迷惑をおかけしたみたいで困ってしまうのだけれど」
「構いません、私にできる善行だと思ったまで。罪悪感で心が鈍るのを私は好みません」

返答に困る優しさではあった。幽々子が何とも言えない笑みを浮かべると、映姫はカップを手にして視線を落とした。「少し、迷いました」。

「貴方は記憶を返さない方が幸せなのではないかって」

客観的にはやはりそうなのだろうな、と幽々子は思った。ついふふっと笑みが零れて、少しどころではなく悩んでいた節のある映姫に睨まれる。
それでも、浮かんだ幸せそうな笑みは崩れない。

「紫以外に記憶を奪われるなんてもう遠慮したいわ」

紫のいない私は私ではないの。幽々子は根拠もなく思ったままに口にした。
多分理由など付けなくともその通りだったし覆す気もなかった。映姫のため息が聞こえる。
かちゃりとカップの音がした。

「……貴方は彼岸を恨んでいるでしょうね」
「何故? 恨んでなんかいないわ?」

だって記憶があれば済んだ話でしょう。映姫は言った。

「浄土に長らく住むには色々なものが不要になる。人間はそもそもそんなに長く停滞することを受け入れるのに時間がかかるのよ。手っ取り早く人間であることから離脱させるには、人間だった記憶を失くすのが楽だったのでしょう。でもそれは、人間にするには――――」

善と言える立場は高過ぎる。言葉に迷った挙句に映姫は言った。
多分人道的ではないとかそういうことを言いたかったのだろう。だが閻魔が否定していいことでもなかった。苦しそうな彼女に幽々子はやはりただ微笑む。

「いいんですよ。ひょっとしたらね、その頃の閻魔様が気を利かせてくれたのではないかとも思うくらい。だって記憶があるままだったら、ひょっとすれば紫が消してしまったかもしれない。そうしたら身体の記憶もなくなるのではなかった?」
「その通りです」

映姫は苦しそうに肯定して、まだ申し訳なさそうに見ていた。幽々子は笑いながら首を振る。

「私ね、この幽々子という名前が気に入っているの。紫が変な顔をしたことがあったし多分昔は違う字だったんじゃないかと思うのだけれど。でも私が書類に名前を書くとき、不思議とするりと手が動いてこれが出てきた。……これ、幽香の幽なのよね。やっと分かったわ」

閻魔が新たにくれたのかと幽々子は思っていた。だが今回やっと気づいた。
本当はこれまでにも気が付いたことがあったかもしれないけれど、今度はもう忘れずに済むだろう。

「私は忘れてばかりだったけど、一つだけ憶えていられてよかったと思います。幽香には悪いことをしてしまったのに、こんなのよくないとは思うのだけれど……でも、夢の中でも幽香のくれたものを持っていられたからこそ、私は目覚める決心ができたのかもしれない」

夢の中ですか。映姫は呟く。

「そういうことだったのでしょうかね。貴方がたは不思議な恋愛をする、もう少し実直に互いをぶつければいいのにといつもそう思っていた」
「私たちは雪の一片なのよ。ふわふわの衣を着ていれば傷つけあわずに済むでしょう?」
「そんなの、寒いでしょう」
「寒い?」

幽々子は目を瞬かせた。それからころころと笑う。

「そうですね。本当にそうだわ。雪の衣なんて冷たくて凍えてしまう」

でもね。悪戯っぽく笑う少女からは色々な欠片が消えていた。それでも彼女は笑っていた。

「相手が傷つけるのではなくて、纏った衣が傷つけるのよ」
「傷つくことを知っていれば同罪です」
「それでも、自分も傷つけないし相手にも傷つけられない恋愛はとても楽で幸福だわ。終わってしまうのが怖いくらいに」

例えいつまでも誰かのお人形だとしてもはっきりとした意志を持った彼女は、これからは失うことはあっても失わされることは少なくなるだろう。
自分の意志で失うことは苦しいかもしれないけれど。

「でもきっと温かいですよ」

そう言った映姫に返された笑顔は今までよりもずっと自由で、底も空も知れない広さがあった。
映姫はその表情にどきりとする。

「貴方は本当に特別な亡霊ね。まるで生きているみたい」
「あら。なんです、突然」

幽々子はくすくすと笑って答えた。

「だって私は死んだ記憶がないんだもの。死んでいない亡霊は、生きているかもしれないわ?」

おどけた台詞に映姫もまた笑みを零す。
お菓子がありますよ、と彼女が腰を浮かせて、幽々子はぱっと幼い子どものように表情を明るくした。





朝の日差しが急に温かくなった気がする。妖夢は今は何月だったかな、と考えながら首を回した。
白玉楼にはカレンダーの類が一切ない。日付の感覚は焦りを生む。永遠を泳ぐ死者の国には不要なものだ。
まあ、彼女が起きているくらいだからとっくに冬は終わったのだろう。今年もまたこれから暑くなるのだろうが、主が幸福そうなのでそれも仕方がないだろう。冬はやはり、少し寂しい。
これからの冬はまた変わるということも知らずに妖夢はそんなことを考えた。

「ねえ。紫の告白、憶えている?」

忘れたことも忘れた従者の背中を見送って、幽々子は澄んだ空にそんな言葉を浮かべた。のんびりとした声に紫は瞬く。
妖夢の淹れてくれたお茶は少し苦い。

「私が貴方の恋人だった、って言ったわ。私は嬉しいって答えた。本当に嬉しかったの」
「……うん?」
「でもね、それって本当に告白だったかしら? 過去の私の恋を私に繋ぐだけ、私ではない誰かの恋の延長線に置いてくれると言われただけ、それだけではないかっていつからか思っていたの」

また唐突だな、と紫苦笑しそうになるのを堪えた。それはおそらく紫が欲しかった最後の答えだ。
短い春をやけにを鮮明なものにした、一つの区切りの物語の、始まりのはなし。

「私は私の恋が欲しかったの。私自身が紫を欲しかったの。誰かの亡霊じゃなくて、誰かの虚像じゃなくて。私自身の恋が、欲しくなった」

ねえ紫。幽々子が眉を下げる。目を細めて、口元に笑みを乗せる。

「すきって、言って?」

小首を傾げたその言葉に紫の頬がかっと赤くなる。手の中でお茶が揺れていた。
見開いた目はやがて泳ぎだして、それからまた幽々子を見て、まっすぐなまま変わらないその視線にまた泳いで。
それから、きっ、と。真剣な目をして。こくんと喉を鳴らす。

「あ、あのね! ゆ、ゆゆこが――――好き、よ。貴方が、あなた自身が、幽々子が、好き」
「うふふ、私も」

裏返るほどの紫の言葉に、ふわりと浮かぶような声で幽々子は答えた。ぽふりと頬を紫に預けて、その言葉はこう続く。

「あなたが好きよ、紫。あなたが私を大事にしてくれていると信じていなければ壊れてしまうくらい、消えてしまうくらい、好き」

「これからも好きでいさせてね」。胸の中に囁いた幽々子に紫は湯呑を置いた。
しばらく迷って、そろりと彼女の背中に手を回す。
照れたように逸らす視線の先の影に気づいた時には、彼女はそれはそれはにこやかな表情を浮かべていた。

「あらぁ、お熱い。熟年夫婦の癖にまたイチから恋愛開始なんて羨ましいこと」
「な、わ、ゃ」

わたつく紫から頬を離して、「あら幽香」と幽々子がゆったり微笑む。
「こんにちは、幽々子」と彼女が傘を閉じて、紫は慌てて幽々子の身体を引き離した。何もしないのに、と幽香はそれを笑う。

「また来てくれたのね」
「あれからどうなったかなと思ってね。上手くやったみたい、流石私の幽々子ね」

うふふ、と幽々子が笑う。睨みつけている紫を見下ろして幽香も「そんな顔しなくてもいいじゃない」と微笑む。

「何しに来たのよ」
「今言ったわ」
「これからも来るつもりなの」
「だって誰かさんが幽々子を傷つける心配もなくなったし、これからはいつでも来られるじゃない」

紫が噛みつかんばかりに視線を軋ませる。幽香は高く笑った。

「幽々子は私を捨てて貴方を取ったのよ。今度は貴方を捨てて私を取る番でしょう?」
「な……っ」
「ね、幽々子。こんなヘタレはやめて私にしなさいな。気持ちいいことしてあげる」
「やぁよぅ。でも幽香が来てくれるのは嬉しいわ?」
「あらあら」

敵わないわね、と言った声が青空に抜けて行く。
妖夢が聞き慣れない声を訝しんで戻ってくる。幽霊達は主の上機嫌につられて愉しげに空を遊んでいる。
木々の青く茂る冥界にはもう、初夏の匂いがし始めていた。










お読みいただいた方々には心からの感謝を。ありがとうございました。

ゆかゆゆがちゃんとくっつく話……と以前お声かけていただいていた、ような? ゆかゆゆゆうか書きたかったし、この辺のことはがっつり考えて見たいというのもあって今回はこうなりました。長々とやって申し訳なかったです。
記憶力がアレでしたが俺は楽しかったです。読んでくださった方々が少しでも楽しんでいただけたことを願って。





終了しましたし今回はコメント返信させていただいておきますね。
前回までのコメントも本当にありがとうございました。おかげさまで書ききることができました。

>>1様
読めてよかったといただいてものすごくほっとしました……本当にありがとうございます。ゆゆ様に踊らされたい!
紫幽々子幽香、と、ほぼ序の前提だけで勝手に動いてもらったのですが、幽香様はまじで素敵な女性でした素敵。
映姫様はかわいい(全面同意)
ゆかゆゆゆうか万歳ですし、こまえーきも書いてて楽しかったですし、本当に俺得を読んでいただいてコメントいただけてありがとうござました!

>>2様
読んでいただけていたのかと嬉しく思っております。ありがとうございます。リクエストいただいたときも嬉しかったです。
(盛大に物語の核をぶっちゃけますと)あの話の場合も実は同じようなことかなと思って書きました。紫ではなく(紫が好きでがんじがらめの現在を少々心よく思ってしまっている)ゆゆ様が離脱しようとするかがカギではないかと。
あれの続きだとその、物語に自分ができないもんでいろんな前提ぶちこんで最初から組み上げてしまいました。
ゆゆ様が大事だけど色々やらかしてて真っ直ぐ向き合えない紫の目を覚まさせる気がゆゆ様に起きる。それがもう少し早く、もしくは何か周囲からの働きであの話にもあって互いをぶつけあうと「こちらにできあがったゆかゆゆが――」かな? と(分かりにくくてすいません)
長い間互いに傷つけあわずに済む距離を選んでしまう二人な気がしていたので、私としてもゆかゆゆがちゃんとくっつく話が書いてみたかったのかもしれません。
きっかけをくださったあなた様にはとても感謝しております。ありがとうございました。

>>3様
読んだと言っていただけるだけで本当に、お時間割かせて申し訳なくなりつつ嬉しいです。
ゆゆ様幸せになれと思って書きました(笑)ちゃんと終わらせられてよかったです。
ありがとうございました!
野咲
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
ゆゆ様の得体の知れなさを垣間見た気がします。
しかしゆゆ様になら踊らされてもいい、むしろバッチこいです。
紫は肝を冷やし、かつ肝を握られちゃった感じでしょうか。
幽香の立ち位置は難しいですね。難しいからこそ幽香にふさわしいのかもしれませんが。
小町男前。えいきっき可愛い。えいきっきは可愛い。ゆえに男前になるのもやむなし。

楽しい時間を過ごせました。読めて良かったです。ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
2.名前が無い程度の能力削除
リクエストしたものです。
もっとがっつり読み込んでから感想書きたいですが
まずは感謝を。ゆかゆゆ完結してくれてありがとうございます。

もともとは「紫が求めているのは生前の幽々子」だと
いうすれ違いがあの時の問題だったと思うのですが、
今作の2人ならもうそんなことには捕らわれないですみそうですね。
へたゆかりんが自縄自縛して動けなかったのを、誰かが変えてやらなきゃならなかった。

幸せなゆかゆゆが見られて満足です。本当にありがとう。
3.名前が無い程度の能力削除
なんかほっとした。幸せエンドでよかった。 
いい感想は思いつかないけど、とにかく長文お疲れ様でした。
4.名前が無い程度の能力削除
なんというゆうかりんの動き方。
もっとゆかりんとゆうかりんが険悪になるかと思ったらそんなこともなかった。
ガチ喧嘩すると幻想郷が崩壊しそうで怖かった。
ゆゆこさま幸せやなーいいなーいいなー。