真・東方夜伽話

Hallo, hallo

2011/12/26 04:30:03
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Hallo, hallo

臼田索子

年内最後の担当ゼミの準備にまる二晩ほどかかずらって、ようやくそれを片付けたのがきっかり12時間と3分前。

教授と先輩諸氏のありがたいお言葉を、さもメモを取るようなポーズをして、えぇ、はい、などと頂戴し、
そのまま忘年会という名の乱痴気騒ぎになだれ込んだのが、確か6時間ほど前。

泥のような身体を引きずって玄関を開け、いつまで経っても温まらない給湯ボイラーに思いつく限りの悪態をついて、
化粧を落とし、シャワーを潜ってベッドに潜り込んだのが4分前。
時刻は午前0時18分40秒と少し。いつの間にか、日付を跨いでいたらしい。

床にほうったシャツは明日までにはくしゃくしゃになっているだろうな、壁から妖怪服つるしとか出てきて掛けておいてくれたらいいのに、
益体もない空想に身を任せていたところで、枕元に放り出した端末がやかましい音を発し始めたので、
宇佐見蓮子は手放しかけていた意識をかろうじて現世に復帰させた。はぁ、とひとつ息をつく。

見知ったメロディと振動のコールサイン。蓮子はディスプレイを見ることなく、手探り端末を操作して通話に応答した。

「もしもし? 宇佐見蓮子さん?」
「あー? 何よ急に改まって、気持ち悪いわね、メリー」
「ひどい」
「ごめんごめん」

応えるのは我が相棒にして、大切な伴侶。
このところは学業やら何やらにかかりっきりで、こうして話をするのもご無沙汰だ。
量子化され、高域と低域が削られた回線越しのものであっても、こうして声を聞ける事が蓮子は嬉しかった。

「クリスマスおめでとう、蓮子」
「そうね、メリー・クリスマス、メリーさん?」
「もう、そんな化石的な洒落、今日一日誰にも言われなかったわよ?」

少し呆れたような笑い声と、少しだけ暖かくなった空気が受話器から聞こえてくる。
それはそうだろう。メリーの方の学部の誰それだとか、顔を見れば挨拶を交わす何某だとか、
まぁその程度の知り合いにとっては、彼女はマエリベリー・ハーンであってメリーさんではない。
こんな下らないやり取りも、言い換えれば自分だけに許された特権なのだろう。たぶん。
自惚れも甚だしいなと思いながらも、蓮子は少しだけ心が踊るのを感じた。安いもんだ、まったく。

「でもね蓮子、こっちに来るまでは私、冬をこんな風に過ごしたことってなかったから」
「そうなの?」
「ええ。メリーメリーなんてそうそう言わないし。少なくともクリスマスに関しては、本場よりもよっぽど熱心かもね」
「本場出身に言われると説得力があるわね」

恋人という恋人がこぞって浮き足立つ……という空気はこの国だけのものでで、
海外ではどちらかと言えば家族で過ごす日である、と聞いたことがあるような、ないような。
そもそもが宗教行事であるのだし、何かにつけて寛容かつ奔放なこちらとは、事情も色々と違ってくるのだろう。
まして彼女のお郷は英語圏ではない訳で。そりゃあ、メリーにクリスマスなんて言葉遊びは出てこない。

「だから今年はこの国の流儀に則って、蓮子と遊ぼうかなーって、楽しみにしてたのになー?」
「うぐ……ごめん、ごめんって、ごめんなさい」

ぐうの音も出ない、ので、三段活用で無条件降伏の意思表示。
もちろん蓮子だって、愛しのメリーと過ごす甘々ゆるふわホットな一日を期待していなかった訳ではない。
むしろ希求していたというか、心の底から切望していた部類であったのだが、悲しいかな宇佐見蓮子は研究室所属の理系女子であった。
真理探究の道程表にはキラキラ輝く異国の記念日など始めから書き込まれておらず、
まぁそれだけであれば彼女もまだ、密かに抵抗の牙を研いでいたかもしれないが、
トドメとばかりに鉄錆色のゼミ日程(しかも担当回)が24日にぴったり重なった時点で、蓮子は全てを諦めた。神に祈ることを含めて、だ。

「ふふふっ、冗談冗談。いいのよ、こればっかりは仕方ないものね。
 でもまぁ……まったくお咎め無しっていうのも何だしね、少しだけ埋め合わせをしてもらおうかしら」
「ん、いいわよ、何なりと」
「昨日、いや、一昨日だったかしら? 夢を見たの。その話を聞いて欲しいの」
「今から?」
「今から。寝ちゃってもいいわよ。感想とか、判じ物の結果は明日聞かせてくれれば」
「わかった」

今回の夢がどんなものかは分からないが、メリーが話したいと言う以上、彼女なりに何かしらを感じた、という事だろう。
そうなれば、ここから先は秘封倶楽部の領分だ。メリーが見、私が観る。つついた藪からは蛇が出るか、はたまた鬼が出るか。
ひょっとしたら何か、有意義な活動ができるかもしれない。

それに。
(私にも見られるかな……)
寝てしまっても構わないとのお達しである。
メリーが、メリーだけがその瞳に写している世界を、私も夢の中に見ることができるだろうか。
いつも羨ましいなと、自分も覗いてみたいと思っていた。奇しくも降って湧いたチャンスに、蓮子は少しだけ、胸が高鳴るのを感じた。

「いいかしら? じゃあ話すわ。そんなに大したものでもないし、リラックスして聞いてくれれば」
「ん」

端末の音声収受をハンズフリーにして枕元に立てかけ、蓮子は目を閉じた。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


「最初に見たのは、鳥……? 違うかな、何か空を飛ぶ生き物の夢よ。
 その生き物には刃物のような奇妙な羽根があって、それがうっすら光りながら暗闇を飛んでいるの」
「うん」
「始めは鳥かな、と思ったんだけど、うまく飛べないみたいでだんだん高度が下がってしまってね、
 何とかしようとして、それは魚になったり、四つ足のけものになったり、蔦になったりするんだけど、やっぱりうまく飛べないの。
 そうして山の梢をかすめて、あぁもうダメかな、スピードもなくなっちゃったなって思ったところで、夢が終わるの」
「……思った、っていうのは?」
「あっ、うん。私ははじめ地上からその生き物を見上げていたと思ったんだけど、何か蛇のような物? が身体に入ってきてね。
 何か周りには小さな、虫のようなものも居た気がする。
 そうしたらいつの間にか、私はその生き物になっていて、私は姿をいろいろに変えながら、ごうごうと風を切って空を飛ぶのよ」
「ふむ……」

空を飛ぶというモチーフと、これに失敗するという展開は、夢においてはそれなりにコモンな題材であったはずだ。
曰く、空とは幼少期の自分が彼方に見上げていた、大人たちの間に飛び交う言語であり、
即ち空を飛ぶことは言語の獲得という、生涯最大の成功体験を追想しているのだという。
しかし夢の中ではやがてこれに失敗し、そうして人は夢から覚め、現実に戻っていく。

「……って、私が知ってるような事、改めてメリーに話しても仕方ないわね」
「んー、まぁ蓮子がこれ、と感じたことを話してくれれば構わないけど」

どこで聞いた話だったかと思っていたが、喋っているうちに気付いた。
空を飛ぶ云々の話は一回生の頃メリーについて行って受けた、古典的な精神学を扱う講義で聞いたのではなかったか。
そもそも通り一遍の夢診断だの精神分析だのについては、これを専門に学ぶメリーの方が通じているに決まっている。
門外漢の自分が今更聞かせる事でもないだろう。自分の迂闊さに気付いて、蓮子は少し気恥ずかしくなった。

「そういう普通の分析や診断ではない部分……そうね、客体と主体が混在してる夢って、いかにもメリーらしいと思うわ。
 夢って目が覚めたらすぐ忘れちゃうけど、主観で見る夢は最後まで主観のままのような気がするし、
 第三者視点で見る夢もやっぱり、ずっと第三者視点のままだったように思う」
「ふーむ、普段の夢はどんなだったかしらねぇ……確かに忘れちゃうわよね、夢って」

加えて、空を飛んでいたという生き物。
姿かたちはまったく想像の網にかかってくれないが、確かに、いや十二分に『幻想的』ではある。
今日の夢占いの目的は、メリーの世界を解き明かすことではない。
ゆくゆくはそこを目指すとしても、今はその世界を覗くこと。メリーの眼になること。

(……そんな騙し絵があった気がするな、魚が木の葉か何かになるやつ)

凝り固まった頭を揉み解すように空想の海を泳ぎながら、蓮子は先を促した。

「続けて、メリー」
「うん。次の夢はね……んー、白いわね」
「白」
「そう。真っ白……というか、乳白色? って言うのかしら? そういう場所に私は居てね。
 辺りには何もなくて、見渡す限りずーっと白い空間が広がっているの。
 霧の中か、あるいはもうちょっと液体っぽいかもしれないけど、あまり感触はなかったように思うわ。
 最初、ここはどこだろうって周りを見るんだけど、前後左右だけじゃなくて足元もやっぱり同じように白いだけ。
 ここには空や地面は無いのかしらって思って目を凝らしたら、その白い霧の粒子が耳の後ろから前の方へ流れていることに気付いたの。
 とてもゆっくりだったけどね。それで、あぁ私はこの空間に立ってるんじゃなくて、背中の方へ沈んでるんだなぁって分かったわ」
「仰向けで、下の方に沈んでいく」
「うん。どっちが上でどっちが下なのか、あまりよく分からなかったけど。高い塔の中を降りていく感じかな」

先ほどの夢とは対照的に、こちらの世界は何とも茫漠としていて、掴みどころがない。
今のところの登場人物はメリー自身と、あとは何か白いもので満たされた空間だけだ。
巡らせようもない想像は早々に放棄して、蓮子はメリーの言葉を忠実にイメージすることに努めた。
ちょうどベッドに横になっていて良かった。瞼の裏に真っ白な景色を広げて、ゆっくりと、ゆっくりと沈んでいく。

「何か、音とか温度とか、匂いとか、味とか……?」
「温度は暑くもなく寒くもなく、本当に人肌ね。自分の熱と区別が付かなくて、どこからが自分の身体か分からなくなるくらい。
 匂いや味は感じなかったわ。少し喉が渇いたかな、って思ったくらいかしら。
 ただ、そうやって沈みながら、やっぱり呼吸をするでしょう?
 そうすると、当然周りの粒子も一緒に吸い込んで、それが少しずつ、私の身体の内側に溜まっていくの」
「それは……息苦しい?」
「ううん、苦しいとか息が詰まるとか、そういう感覚はないわ。
 ただ……そうね、身体の中に入った粒子はひとつひとつがエネルギーを持っていてね……こういうのは、蓮子の方が詳しいでしょう?
 それが例えば右腕に溜まって、白く凝ってくると、そこがほんのり温かくなるというか……あぁ、右腕がここにあるんだな、って分かるの」

そこに物質があるならば、それらは遍くエネルギーを保持し、振動する。
いや、エネルギーの在り方の一つとして物質が存在するのか? 物質のタマゴと熱量のニワトリ、本当はどちらが先だったのだろう。
ほんの少し挟まった沈黙に逸れかけた思考は、ザザッという通話のノイズに遮られた。

「メリー?」
「ん、続けるわね。そうして少しずつ沈んでいくとね、あるところに一筋の切れ目があるの。
 それは粘土にへらを立てて滑らせたような……穴というか、隙間というか……うん、やっぱり切れ目ね。
 場所はどっちだったかしら、背中の方だったか、脚の方だったか、よく分からなかったけど、
 とにかく切れ目はそこにあって、それで私はあぁ、ここが底なんだなって思って、降りてきた方を見上げるの。
 上の方は白い空間が少し黄色がかって広がっていて、厚い雲と霧の中から太陽を見上げたら、きっとあんな感じじゃないかしら。
 それでね、蓮子、私は鍵なの」
「うん……」
「鍵よ。切れ目は鍵穴」

(鍵穴ときたか……)

鍵と錠、そして先ほどの蛇、塔。魚や、毛皮を持つけもの。虫もそうだったか?
いずれも男根やファルス、ないし性的なものの象徴であったように思う。
もちろん蓮子とて、夢にまつわる理論がそうそう単純で、直接的なものではない事くらいは承知している。
しかし問題は今電話の向こうで語るメリーが、精神学を学ぶ生徒の一人であるという事だ。
古典的な夢分析における象徴や事象の意味など、聞いたことぐらいはあるだろう。
メリーはそれらの意味を知った上で、それを自分に話している。

メリーは今どんな顔をして、電話の向こうにいるのだろう。
性愛の象徴たる夢のモチーフを口にするとき、何を考えているのだろう。私ことを、考えてくれているのだろうか。

迷って迷って、さんざ回り道を重ねた挙句に、やっと思いを通じ合うことができた。
身体を重ねたこともある。何度も。何度も。
でもそういう安心感を積み重ねた分だけ、もっともっとメリーの言葉が欲しくなる。
心も、身体も、そういう一番の対象として蓮子がいいと、言って欲しい。求めて欲しい。
そうしてメリーのことを考えると、いつも手足のように使役している言葉が途端に何もかも役者不足に思えて、ただ叫びたくなる。

「メリー」
「うん、続きを話すわね」

霞がかったような思考で悶々としているこちらの気も知らず、メリーは言葉を続けた。
眠気と温もりが心地良い。蓮子は一度だけ身震いをして、シーツに身体を落ち着けた。

「私は鍵なんだけど、ちゃんとした鍵になるためには時間が必要なの。
 そのために白い空気を……水かもしれないけど、それを吸い込んで……。
 息は鼻と口から吸い込むから、粒子ははじめ頭とか、顔の内側に溜まっていくでしょう?
 そうして頭いっぱいに白い粒子が溜まると、内側と外側は同じ真っ白な状態になって、皮膚を挟んで溶け出すわ。
 マエリベリー・ハーンの身体に引かれた境界線は無くなって、白い世界とひとつになったように広がるの」
「ん……」
「次は首、そして肩、腕、掌ね。胸、おなかも満ちて、腰から太股へと降りていく……ような感じかしら。蓮子、分かる?」
「うん……」

語り聞かせるように穏やかな声に言われる通りに、蓮子は身体の感覚をひとつひとつ確かめていった。
首元からうなじを辿って肩、そのまま腕から手の裏表と、爪の先まで。
普段ほったらかしになっている神経線維にまで興奮を伝えて感覚の糸を這わせていく作業は思いのほか楽しくて、気持ちいい。
胸から腹へと下り、背中側の意識が合流して、腰からは二手に分かれて内股へ。
ちょっとくすぐったくなって、少しだけ衣服をくつろげた。

端末から流れ出るホワイトノイズ。鼓膜を揺らして心地良い。

「足の先まで真っ白になって溶け出すと、今まで聞こえなかった音が聞こえるようになるの。
 コォン、コォンって、ほら、湿った場所とか……潜水艦? の出すソナーだっけ、ああいった感じかしら。
 海生の哺乳類が出す音も近いかもしれないわね。ネイチャリングの資料映像とか、見たことあるでしょう?」
「分かるわ……なんとなく、だけど」
「それと、ごうごうっていう低い唸りが少しだけ。
 これはここまで沈んできた空間の中でずっと響いていた音で、今はその溶媒とひとつになったからそれが聞こえるんだ、
 だからやっぱり、白く満たされていたものは気体じゃなくて液体だったんだって、思ったわ」
「……海の中にいるみたいね」
「そうね。きっと、そんな感覚なんじゃないかしら。
 それで、コォンって音は私の……蓮子の脳幹からパルスを発して、それが身体の隅々にまで行き渡る。
 反射した音のパルスはまた戻ってきて、蓮子の中心で共鳴するの。波は少しずつ重なり合って、大きくなっていくわ」

先ほどは上から下へ、順番に手繰っていった刺激と応答の感覚が、今度は同心円を描いて放射状に広がっていく。
小石を投げ入れられた水面に生まれた波紋は、寄せて、返し、応答と反射のリズムを作る。
磁気共鳴の走査ってこんな感じなのかしら。ふと、博物館で見た大仰な医療機械のことを思い出した。

往く波と返る波が出合うたびに、ぴりり、ぴりりと神経にパルスが走るような気がする。
それが心地良くて、でももどかしくて、もっと大きな波に身を任せたくなる。

「これで鍵は完成。最後に鍵を、鍵穴に入れるわね。
 切れ目は乾いた土のひび割れのようで、でも滑らかなようで、あまりよく分からなかったわ。
 中は薄暗くて、でも光が届かないだけじゃなくて、何か暗い色だったような気がする。
 黒か、藍色か、青か……そんな色が少しだけ滲んで広がっていたの」
「ん……」
「蓮子、私の夢、分かる?」
「うん、たぶん……」
「どんな感じ?」
「……なんだか温かくて、気持ちいい……素敵……」

どうしてメリーは、そんな事を聞くのだろう。
どうしてメリーは、私がメリーの夢をなぞっていることを知っているのだろう。
瑣末な疑問は言葉の形を作るより先に、ノイズの音にならされて消えていった。
今はただ、この先の風景を知りたい。メリーが感じていたものと、同じものを感じたい。
それはきっととても心地良くて、幸せなことだろう。白いまどろみの中で、蓮子は多幸感にゆるゆると揺られていた。

「ね、蓮子」
「なに……?」
「もっと、私のこと知りたい?」
「ん……」
「もっと、私の世界を見ていたい?」
「ん……」
「もっと、私とひとつになりたい? 気持ちよくなりたい?」
「……うん……」
「蓮子、私だけを見てね。私の声だけを聞いていてね。怖くないから、ね?」
「ん……メリー、メリー、好き……好きよ……」
「うん、いい子ね、蓮子」

まるで全てを見られているような、すぐそばで頭を撫でられているような、そんな感覚があった。
どうしてだろう。繋がっているのは声だけなのに。声だけ、声だけだから?
不意に熱を帯び始めた頭はぼぉっとして、なぜ、とか、どうして、とか、そういうものが全部、隙間からこぼれ落ちていく。

「蓮子、今はベッドにいるの?」
「うん、いる……」
「着てるのは?」
「いつもの寝間着よ……シャツと、その…………下着……」
「ふふ、恥ずかしい? 蓮子かわいい」
「やめてよ、もう……」
「ん、ごめんね。じゃあ、服の上から胸、触ってごらんなさい。目は開けちゃダメよ?」
「……ん」

右の手も、左の手も、うまく力が入らない。
コォン、コォンと響く反射音が本来の命令をかき消しているようで、普段どうやって両腕を操っていたのか、なんだかあやふやだ。
やっと持ち上がった手はどこかぐんにゃりしていて、まるで自分の一部という心地はしなかった。

「……っ……っふ……」
「……気持ちいい?」
「……これ……ぁ……なんか、ヘン……っ……」

鎖骨から、慎ましやかな胸のを経て、脇腹、肋骨のラインまで。
イメージの中でずっと感覚を膨張させていた身体は、布越しの微かな刺激にも過敏に反応を返す。
一人遊びの経験がないかと言えば嘘になるが、それはもっと乾いた何かで、じっと高めてやらなければならないものだった。
それがどうだろう。ほんの少し触れただけで引き攣ったような刺激が走り、思わず肩が強張った。

「ずっと意識だけを送ってたんだものね。大丈夫よ、ほら、触ってあげなさい?」
「……ふっ……ん……んぅ…………ぁ……あっ、はぁっ……んっ……!」

おぼつかない手の動きはまるで他人のもののようで、その違和感ともどかしさが、さらに感覚を追い立てる。
先端の蕾を爪が引っ掻いて、思わず声が漏れた。

「聞こえるよ……すごく気持ち良さそう」
「んっ……ゃ……ふっ……うぅ……」
「ダメよ、声押さえちゃ。今は声しか聞こえないんだから、蓮子の声もちゃんと聞かせて……?」
「…んー……ふぅぅ……はぁ……ぁ……んっ……」
「そう、いい子ね……かわいい。直接、触ってみて?」

不如意な筈の掌も、そうやって指示を受けた途端にぴくりと跳ね、着衣の裾へ蛇のように潜り込んだ。
右手は乳房を掌に収め、弾力を確かめるように包んでたわませる。左手は、

「んっ…ふぁ……はぁっ、あっ、んぅ……ふぅっ、んっ」
「あら……蓮子、下も触っちゃったの? 駄目じゃない、私の言うこと、ちゃんと聞くんでしょう?」
「……あっ、ち、ちがっ……ん、はぁ、んっうぅぅ……」
「ふふ、蓮子、気持ちいい?」
「うっ、ふぅぅ、ん……ぁ、っきもちぃ……きもちいぃよ……メリー、んふっ……んぅぅぅ……」

もっと、やだ、もっと、駄目、
頭の中はひっくり返ってしまいそうなのに、股間に伸びた左手は止まることなく、薄い布地の上から秘芯を弄っている。
少し気持ち良くなっただけで、あまりにも簡単に快楽を求めてしまったことと、それを簡単にメリーに指摘されたこと。
全て見透かされているような気分になって、顔が真っ赤になるのが分かった。
それでも、掌は乳房を転がして先端の蕾を摘み、あるいは秘所をもどかしそうに引っ掻いている。

「淡白な方だと思ってたけど、存外えっちなのね、蓮子ったら」
「んんっ……はっ、ふぁっ…はぁ……あっ、やだぁ……きもちぃ……やっ、ん」
「一度出来上がっちゃったら止まらないのかしら? いいわ、かわいい声ちゃんと聞いて、見ててあげるからね」
「あっ、はぁ、うううっ……んっ、はぁっ、んやぁ、メリー…ごめんなさぃ……んぅぅっ………」

仰向けのままでは居られなくなって、横向きに脚を丸めて小さくなった。喉を擦るシーツの感触が心地いい。
天井から身体を隠したかったけれど、体勢を変えても恥ずかしさは同じだった。
むしろ大きく突き出された腰と尻のラインを、後ろから見られているような気さえする。
当たり前だ、私はメリーの世界にいるのだから。聞かれている、メリーに、ぜんぶ。

「蓮子、とってもいやらしい……息も、声も、汗で張り付く音も、みんな聞こえてくるわ」
「…んんっ、やっ、やだっ……恥ずかしっ、から……」
「恥ずかしい? そうよねぇ、恥ずかしいわよね。でも、もっと気持ちよくなりたいんでしょう?」
「……んっ、うぅぅ……はぁ、あっ、ん……や……」
「ちゃんと言わないと、ずぅっとこのままよ? ほら、ちゃんと教えて? 蓮子、どうしたいのかな?」
「ふっ……う、ん……はぁ……ん、やぁ……」

感じているのも、触っているのも、どちらも自分自信の筈なのに、それらはもうとっくに自分の制御を離れていた。
両手はメリーに言われた通りにだけ動いて、身体はもどかしい疼きだけを脳髄に送り込んでくる。
みんな奪われているのだ。声だけの、メリーに。たぶん、直に、心も。
恥ずかしい、見ないで、嫌だ。そうやって居ない筈の視線から逃げ回って、でも、ゾクゾクした。

「んっ……もっと……」
「駄目よ、ほら、もう一回」
「…ふぅ、はっ、きもちよくなりたい…メリー、もっとぉ、もっと見て…もっとさわって、おねがっ…おねがい……!」
「ん、いい子ね、蓮子。ほら脱いで。いっぱい気持ち良くしてあげる。」

べちょべちょになったショーツを脱ぎ捨てて、両手をあてがう。
指が秘芯に触れると、待ち望んでいた快感の信号が、脳髄にけたたましく送られてくる。

「ふぁっ…あっ、はぁっ……ふっ、うううっ、んっ、んーっ、あっ…!」
「そう、そうやって、弄ってみて……もう一方の指があるでしょう、ほら、広げて、直接触れてみて?」
「……んっ、はっ、はぁっ……んっ! あっ! ふあぁ……んううっ……」
「蓮子……ふふ、とってもかわいい」
「んっ、やっ……メリー、きもちっ…きもちぃよぉ……メリー…すき、んっ、ふぁぁ!」
「はぁっ……蓮子、ほら、前も、入れなさい」
「はっ、ひんっ……んっ、あっ……ふぅ……はっ、んんっ……、ふぁ……あぁっ…」

言われるままに秘所に触れる。命令されたような感じがして、背筋がゾクリと粟立った。
沈めた中指と薬指にはやや狭かったが、すぐに愛液が絡んで潤滑剤の役目を果たす。

「入ったのね?」
「んっ……はいっ、った…ふぅっ、はっ…んっ……はっ、はぁっ、ひっ…ふうぅぅっ…」
「そう、動かして、気持ちいいところ探してみて? えっちな声、もっと聞かせて?」

始めは浅く、ゆっくりと。徐々に深さを増して、指の腹で内壁をこすり上げる。
繰り返す抽挿に半ばしゃくり上げながら、じわりと広がる痺れのような快感を必死で追いかけた。
前の波が引かないうちに、次の波。幾重にも幾重にも連なって、もう降りて来られない。
残った左手は秘芯を捏ね回しているけれど、何をどうやって手を動かしているのか分からない。
そっか、これはメリーの手と、メリーの指なのかな。そう思ったら、蓮子は幸福感で胸が詰ってしまいそうだった。

「ふううっ、はぁっ……ああっ、やっ、きもち、きもちぃ、メリー、きもちぃよぉ…!」
「ふふっ、蓮子、蓮子、いいわ、とっても素敵……」
「んんっ、ふぁっ、あっ、はぁっ…んあっ、あっ、やっ、もっ、やだっ、いっちゃ、ふぁっ」
「駄目よ、蓮子。まだイっちゃダメ。ほら、もっと気持ちよくなりましょう?」
「ふぁっ? やっ、もっ、むりっ……んっ! ひゃっ!? あっ、あああああっ」

頂上へ向かってただただ快楽を貪っていた蓮子は、メリーの言葉に思わず全身を強張らせた。
なぜ? どうして? もう頭の中は真っ白なのに。 腰はこんなに震えて、膣内の指を締め付けているのに。
私はこんなにも、メリーでいっぱいなのに。

「やっ、あっ、やだっ、んっ、んぅぅぅ……ふぁっ、んんっ、んぅぅぅぅぅ!」

それでも、絶頂に達することはできない。手も止まらない。
メリーが『イっちゃダメ』って言ったから。メリーが『もっと』って言ったから。
呼吸が荒くなる。歯を食いしばって崩壊の予感に耐える。もうだめ。メリー、助けて。メリー。

「もう耐えられない? 落ちちゃいたいの?」
「あっ、んあぁっ、もっ……むりっ、やっ、メリー、やだ、やだぁ、いっちゃう…っからっ…!」
「つらそう……すごく扇情的よ。いいわ、お願いしてごらん、蓮子」
「はっ、はぁっ、おねがっ、おねがいメリー……ひかせてっ、メリーいかせてよぉ……!」
「うん、よくできました。ほらっ蓮子、イくとこ見せて…!」
「メリー、メリーっ、あっ、やっ、ふぁっ、あっ、んあああああぁっ……!!」

ひくん、と、身体のどこかが引っ張られて、あとは雪崩のように、ただただもみくちゃにされた。
何か出て行ってはいけないものまで、全てが自分の中から洗い流されていくのを感じながら、蓮子は小刻みな痙攣に身を任せる。
そうして、目の前が真っ白になって。

「蓮子……とっても良かったわ……かわいい、食べちゃいたいくらい……」
「んっ、ふぅ……ぁ……はぁ…メリー…すき……メリー…」

何もかも、メリーの中に溶け出して、ひとつになって。
イメージの空間と、じんわりと熱を孕んで戻ってきた自分の身体の感覚に戸惑いながら、蓮子はぐったりとシーツの海に沈んだ。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


もう二度と起き上がれないんじゃないか、と思いながらベッドに突っ伏して、しばし。
回線越しの微かなノイズを咀嚼しているうちに、真冬の空気に汗ばんだ肌が冷えて、急に羞恥心が込み上げてきた。
はだけた布団や着衣をそれなりに整えて、せめて幾分か冷静さを取り戻そうと、思考の断片を繋ぎ合わせる。
そういえば、メリーの夢の話は途中だった。

「そうだったわね。でもね、この夢はここでおしまいなの」
「え……?」
「貴女もさっき話していたでしょう。夢は成功体験を追想するけれど、最後は何かが立ち行かなくなって目が覚めるのよ。
 空を飛ぶのも、異世界の鍵を開くのも同じこと。
 だってそうでしょう? 夢で遍く全てが叶うのなら、人は現実を見る必要はなくなる。
 それは夢を見なくなることと同義よ。人は夢から覚めて、現実に返らなければならないの。
 そうでなければ、夢と現実が融和してしまえば、やっぱり困ってしまう者もいるのよね」

メリーは何を言っているのだろう。
頭は熱の余韻を引いて、まだうまく働かない。真綿に包まれたように思考の焦点が定まらない。
メリー

「……メリー?」
「その答えはまた、覗いた夢の中で探すといいわ。今日はそろそろお開きにしましょう。
 貴女の純朴で一途な感じ、嫌いじゃないわ。こっち側に対しても、彼女に対してもね。嫉妬しちゃいそうなくらい。
 大事にしてあげなさいな。今夜はごちそうさま、宇佐見蓮子さん? またね」
(っち
「ょっと待……ッ!」

時刻は午前4時23分。見慣れた天井、見慣れた六畳一間。
声を上げて目を覚ましたはいいものの、住み慣れた部屋には何の気配も、余韻もなかった。
端末は通話や通信の痕跡すらなく、いつも通りベッドの脇にほうり出されていた。
あるのはじっとりと湿った自分の身体と、うっかりすれば視界が反転しそうなほどの眩暈のみ。

「…………はぁ……」

明確なものから、そうそう言葉になりそうにないものまで、
さまざまな感情が腹の底から込み上げてきたが、それらは溜息一つで済ませることにした。すごく疲れていたから。
そうして蓮子は今度こそ身の回りを整えて床に入り、ほどなく眠りに落ちた。夢は見なかった。


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


「昨日面白い夢を見たの」

翌日落ち合ったメリー――正真正銘、間違いなくマエリベリー・ハーンだった――が開口一番、
楽しそうにそう言うので、こうなればもう矢でも鉄砲でも、の心地でまんじりともせず座っていた蓮子は毒気を抜かれてしまった。

「……ふうん、どんな夢?」
「あれー? 今日は珍しく喰い付き良くないわね。
 聞き覚えのない女の人の声で電話がかかってきてね、白がどうのって夢の話をされたわ。
 夢の中で夢の話を聞くのよ。入れ子構造の夢ね」
「…………はぁ……」

二人が二人とも、標的にされていたらしい。
考えてみればそれはそうだ。たまたまどちらかがもう一方に連絡を取ったりすれば、下手人の思惑は外れてしまう。
しかしメリーの方は話を聞く限り、ただ夢境の異邦人と会話を楽しんだだけ、という体で、それが何とも納得がいかない。

「蓮子、お疲れ? そういえば昨日まで忙しかったんだっけ」
「ううん、大丈夫よ。ところでメリー、自分の声を録音して聞いてみたこと、ある?」
「うーん、あまりないわねぇ。骨伝導と空気伝導、だったかしら?」
「そうそう。今度試してみるといいわ。夢の中で聞いた声と似ているだろうから」
「……いいけど、なんで分かるの?」
「なんとなくよ」

この私が聞き間違える位なのだから。くそう、悔しい。

「さて、それじゃあ新たな手がかりも見つかったことだし、この冬もバリバリ活動していくわよ」
「あら、やっぱりちゃんと喰い付いてたのね」
「当ったり前よ。どこの誰だか知らないけど、秘封倶楽部にちょっかい出したらどうなるかって分からせてあげないと…!」
「わー」


 ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 


「あれ、どうしたんですか電話機なんか持ち出して。ここじゃ使えないでしょう?」
「んー、ちょっとねー。いやぁ良かったわぁ……久しぶりにお肌ツヤツヤよ。あんまり良かったんで、ちょっと胸焼け気味だけど……」
「……また何かしたんですか」
「また、って何よもう。いいじゃないのよう」
「ハイハイ、構いませんけど、ほどほどにしておいてくださいよ。あとそれ、使い終わったらちゃんと仕舞っておいてくださいね。蔵に」
「ぐえぇ」
「なんて声出してるんですか……」

 
初めまして。
お目汚しの点も多いかと思いますが、ご容赦頂ければ幸いです。
少しでも楽しんで頂けたのなら光栄でございます。お読み頂きありがとうございました。


[2012.10.30]

>>1様

おさとうたっぷり胸焼け秘封くらいがたいへんおいしいです。


>>2様

ば、ばれた……


>>3様

かわいいなぁ
臼田索子
hida.miring@gmail.com
コメント




1.名前が正体不明である程度の能力・夜削除
甘くていいよー!
2.名前が無い程度の能力削除
エロ催眠音声じゃんw グッジョブb
3.名前が無い程度の能力削除
蓮子ちゃんのオナニーかわいいなあ