真・東方夜伽話

雨降る夜に寄り添う二人は ~History of Fate~

2011/08/03 23:27:40
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雨降る夜に寄り添う二人は ~History of Fate~

ヤクミンFBB

前書き:ちょっと話長め…かも。エッチなシーンは4のみとなっておりますので、どうかご了承くださいませ。

それじゃあ、ゆっくり見て行ってね!









         1


「あ~あ、もうびしょびしょじゃない……」
 鍵山雛はそう小さく呟くと、しょんぼりと肩を落とした。
「さっきまで晴れてたと思ったのに……まさか夕立に遭うなんて……」
 それは少し前の事だった。日課である厄集めを終えたその帰り道に、雛は突然の豪雨に襲われたのだ。
 たまたま近くに見えた人里に逃げ込んだは良かったが、その時にはもうすでに雛の体は全身ずぶ濡れ状態だった。
「うう、気持ち悪い……」
 少しでも暖を取ろうと両腕で自身の体を抱きしめても、服が完全に水分を吸ってしまっているため、逆にぐっしょりと冷たい感触が返ってくる。
 早く家に帰って着替えたいとは思うが、雨は振り始めた頃の勢いを失う事なく、今も雛の目の前で降り続けていた。
「はぁ……ついてないなぁ……」
 偶然目に付いた建物の下で雨宿りしていたが、一向に降り止む気配のない雨に、思わず嘆かずにはいられない。
 雨ばかり見続けていると気が滅入りそうだったので、雛は後ろを振り向くと、雨宿りさせてもらっている建物を眺める事にした。
「…………」
 こうして見ると、なかなか大きな建物である。民家とは見た感じ造りが違うし、何処となく人を集めるのに適していそうな気がした。
 何か特別な場所なのだろうかと、雛が不思議に思っていると。


 がらがらがら……


 近くにあった玄関の扉が、音を立てて開かれる。すると中から、一人の女性が顔を覗かせた。
「うわっ! ひどい雨だなぁ……今日は寺子屋を休みにして良かった…………ん?」
「あ……」


 その女性と、目があった。


         *


「……それにしても、まさか玄関に誰か居るとは思わなかったよ」
「あはは……お恥ずかしい所をお見せしてすいません」
「いやいや、いきなり降って来たからなぁ……とんだ災難だったな。私は上白沢慧音。いつもはここで寺子屋を開いて、生徒に歴史を教えたりしてるんだ」
 外で待つのは酷だろうと、寺子屋の中へと招待された雛は、慧音の先導を受けて、ゆっくりと通路を歩いていた。
「あ、えっと、鍵山雛です。寺子屋……ですか」
 歩きながらも、お互い軽い自己紹介を交わしていく。
 雛は言いながら、首を動かして辺りの様子を眺めていた。今歩いている通路のすぐ横には襖が立ち並んでいて、おそらくここが教室になっているのだろう。
 寺子屋とは珍しいと思いながらも、雛はそれを聞いて、この建物の造りに納得していた。
「まぁ今では私しかやっていないだろうから珍しいのも当然……っと、着いたな」
 慧音はそう言って足を止めると、目の前の扉を開けた。
 そうして中に入ると、手招きして雛にも来るように促す。
「……失礼しまーす」
 小さく囁きながら、雛もその部屋へと足を踏み入れた。部屋の中は、少し大きめの和室になっていた。中央に横長のテーブルが置いてあり、部屋の隅にはいくつか座布団が重ねてあった。
 慧音はその内の一つを適当に引っ張って来ると、雛に座る様に勧める。
 雛は勧められるまま、ゆっくりと渡された座布団の上に腰を下ろした。
 何故だろうか。初めて訪れた場所なはずなのに、雛はこの場所に不思議な居心地の良さを感じていた。
「しかしまぁ手酷くやられたなぁ……よし、今からお風呂の準備をしてくるから、雛はここで少し休んでいてくれ」
「え!?」
 雛が座って一息吐いたところで、慧音がそう話を切り出した。
「そ、そんな悪いですよ……雨宿りさせてもらっただけじゃなく、その上お風呂まで……」
 予想外の言葉に、雛は戸惑った。
 家の中に入れてもらっただけでも十分だと言うのに、そこまでされてしまっては雛としても申し訳がない。
「遠慮する事はない。その濡れた恰好のままじゃ気持ち悪いだろう? ちゃんと替えの服も用意しておくから、心配しなくても大丈夫だぞ?」
「いや、でも……」
 遠慮がちな雛に、慧音もなかなか譲らない。
 一体この人は、どこまで親切なのだろうか。伊達に教師をやっていないなと、雛は改めて感心する。
 しかしそれと同時に、雛は思い直す。


 …………でも、駄目…………だって、私は……………


「あの、慧音さ────」
 やっぱり、ここは断ろう。雨が止むまで、少し居させてもらう程度にしよう。
 そう思い、雛が口を開いた、その時。
「……もしかして、迷惑かな……?」
 慧音の顔が、不安げに曇った。
「えっ…………」
 不意打ちだった。まさか、慧音からそんな顔をされるとは思っていなかった。
 心なしか悲しそうにも見えるその表情を見ていると、心がチクリと痛んだ。まるで自分が、凄く悪い事をしている様な気さえしてしまう。
 断ろうと口から出かかっていた言葉は、すでに喉の奥で霧散していた。
 ……だから、代わりに雛は応えた。
「……あの……迷惑なんかじゃないです。お風呂……大好きです」
 雛は言った。
 気付いたら、そんな言葉が口から出ていた。
「ほっ……そうか、なら良かった。すぐに準備するからな、少しの間だけ待っててくれ」
「……はい」
 嬉しそうに慧音は微笑むと、そのまま急いで部屋を出て行った。
 足音を残して、慧音の姿はすぐに見えなくなった。
「…………はぁ」
 しん、と静まり返る室内。元々広い室内だが、一人取り残されるとこの場所はさらに広く感じてしまう。


 ────言いだせなかった。


 あんな顔をされては、雛には断る事など出来はしなかった。
 それに、さっきから濡れた服が肌にくっついてきて、不快で仕方がない。だからこのタイミングでお風呂に入れる事は、正直かなり嬉しかった。
「……慧音さん、良い人だなぁ……」
 慧音の出て行った扉を見ながら、雛は小さく呟いた。
 まさか、初対面である自分なんかのためにここまでしてくれるなんて…………


 ────トクン、


「……え?」
 一瞬、心臓の鼓動とは明らかに違う何かを感じた。
 思わず雛は、自分の胸に手を当てる。
 ……特に異常はない。
 何でもない、ただの気のせいだろう。そう思う事にして、雛は静かに慧音の帰りを待ち続けた。


 …………………………………………


         2


 ざあっ────────


 勢いを増しているのではないかと思えるほど、雨はさっきよりも大きな音を立てて、地上へと降り続いていた。
 寺子屋の中ではその音も大分緩和されているとはいえ、雨が止んでない事を伝えるのには十分だった。
「…………」
 そんな雨音に耳を傾けながら、慧音は部屋の窓際で静かに佇んでいた。
 雛がお風呂に入ってる最中なので、今この場所には慧音一人だけしか居なかった。
「大分暗くなってきたな……」
 窓の外が暗くなりつつあるのを見て、慧音は呟いた。雨が降り始めたのがすでに夕方を過ぎた頃だったため、辺りが暗くなるのにそう時間は掛からなかった。
 これでは、雛も帰るに帰れないだろうに。
「…………」
 慧音は思った。
 困ってる者が居ると、見逃せないのは慧音の性分だ。だから家の前で雨宿りをしていた雛を中に入れたのは、普段の慧音からしてみたらごく普通の行動だった。
 しかし、雛を見たときに感じたのは、それだけではなかった。何となく、自分が助けなければいけない気がしたのだ。
 そうしないと、その場で彼女は消えてしまいそうで。
「……何を考えてるんだろうな、私は」
 そんな事、あるはずがないのに。笑って、さっきまでの考えを取り払う。
 今頃雛は、お風呂で温まっている事だろう。
 濡れた服は別の所で乾かしてあるから、あとは替えの服を────
「あ、しまった」
 慧音は、そこでふと思い出した。
 お風呂の準備を終えたのに安心して、すっかり忘れてしまっていた。
 替えの服は、まだ箪笥の中に入ったままであった。
 ……こうしてはいられない。
 それに気付いた慧音は、すぐさま箪笥から着替えを取りだすと、ぱたぱたと脱衣所へと駆けて行った。


         *


「はぁー……」
 湯船に浸かるなり、雛は大きく息を吐いた。
 お風呂の中は熱すぎず冷たすぎず、入りやすい温度でとても心地が良い。
「極楽極楽……」
 さっきまでの嫌な感覚を払拭する様に、声に出してより一層この気分を味わう。
 偶然見つけた雨宿り先でまさかこんな状況になるなんて、まるで夢の様だった。


 ────ぱしゃっ、


 右手でお湯を掬って、左腕に軽く浴びせかける。
 そのまま右の掌で、左腕の二の腕から肘の辺りまでをなぞっていく。
「……誰かの家のお風呂に入るのって、初めてだなぁ」
 そんな何気ない仕草をしながら、雛は呟いた。
 なんだか、不思議な気分だった。妙に心が浮ついているのが分かる。
 普段とは違う形での入浴とは、こうまで印象が違うものなのだろうか。
「変なの……」
 耳を澄ませば、外からはまだ雨の降る音が聞こえてくる。雨が止み次第すぐに帰るつもりだったのに、このままでは帰るのが長引いてしまいそうだった。
 しかし、今はそれを嫌とは感じなかった。
 …………何故?


 ────トクン、


 その理由を考えて、雛の胸が高鳴った。
 まただ。
 気のせいだと思っていたのに、さっきより明確に、それは雛の心をざわつかせる。
 もしかして、これは…………
 そう思った時、雛の脳裏に一人の女性の姿が浮かんだ。


 ────駄目!


 ぎゅっと目を瞑り、雛は心の中で叫んだ。
 違う、違う。
 そんな事、あるはずがない。
 頭の中で、何度もその言葉を反芻する。
 まるで暗示の様に、無理矢理自分に言い聞かせる。
「すぅー、はぁー……」
 気持ちを落ち着かせるため、雛は大きく深呼吸をした。
 ……一回……二回。
 そうしてようやく、頭が冷静さを取り戻しかけた、その時。
「おーい雛ー」
「────!」
 脱衣所から、慧音の呼ぶ声が聞こえた。
 それを聞いて、雛の体が一瞬ビクンと跳ねあがる。
「入浴中にすまないな。湯加減の方は大丈夫か?」
「……はい、丁度良いです」
「それは良かった。あと着替え持ってきたから、ここに置いておくから使ってくれ」
「……あ、ありがとうございます」
「別に急いで上がらなくても大丈夫だからな? それじゃごゆっくりー」
 最後にそう言い残して、慧音の気配は遠ざかって行った。
 すると、また元の静寂が戻って来る。
「…………」
 雛は、そっと胸に手を当てた。
 ドクンドクンと、凄い速さで心臓が脈打っている。
 急に声を掛けられてしまって驚いたのだから、それは当然なのだけれど。


「…………でも、それだけじゃない……」


 雛は呟くと、両腕で膝を抱えた。
 水面が波打ち、碧色の長い髪が静かに揺れる。
 そんな様子をじっと見つめながら、雛は一人物思いに耽っていった。


         3


 かちゃり、かちゃりと小さな音を響かせながら、慧音は雛の居る和室へと戻って来た。
「よいしょっと……」
 お盆に載せて持ってきたお茶菓子と、湯呑を二つテーブルの上に置いて、慧音はそのまま座布団の上に座った。湯呑の一つは自分の近くへと置き、もう一つは隣に座る雛へと勧める。
「先日手に入ったお茶でな、良かったら飲んでくれ。美味しいぞ」
「……はい、ありがとうございます」
 そう言って雛は、おずおずと湯呑に手を伸ばし、そっと口元に持っていった。
「…………」
 雛がお風呂から上がってもまだ、雨が止む事はなかった。
 それどころか、強めの風も吹き始めたらしい。さっきから窓がカタカタと音を立てて鳴っている。
 嵐でも近づいてきているのかも知れない。こんなに天気が荒れるのは珍しかった。
 だから慧音は、雛がお茶を飲んで一息吐いたところで、考えていた一つの提案を口にした。
「なぁ雛。良かったら今日、私の所に泊まって行かないか?」
「え……!?」
 雛は湯呑を持つ手を硬直させ、驚いた様に慧音の方を見る。
 雛のそんな予想通りの反応に、慧音は軽く苦笑いを浮かべた。
 構わず慧音は、あらかじめ考えていた言葉を、雛へと伝える。
「もう日は完全に沈んでしまったし、外もこの荒れようだ。この中を無理に帰るらせるのは、私としても忍びない」
「あ……」
 そこで雛は初めて気付いたかのように、窓の方へと目を向け、再び慧音の方を見て、申し訳なさそうに顔を俯かせた。
 そして僅かな逡巡の後、雛はゆっくりと口を開いた。
「……でも私、さっきから慧音さんに頼りっぱなしです。少しの間雨宿りするだけのつもりが、お風呂も使わせてもらって……それに着替えの服まで……」
 言われて慧音は、雛の着る服へ目を移す。
 雛は今、慧音が着替えに用意していた白の寝巻に身を包んでいた。それは慧音が普段寝る時に着ているのと同じ型の物だが、雛にはあまり使ってない予備の方を渡してあった。
 それでもさすがに、他人の服となると気になるのであろう。雛はどこか居心地が悪そうに、体を縮こまらせていた。
「……困った時はお互いさまって言うだろ? ただのおせっかいさ。私がしたいから、そうしてる。だから雛が気にする事はないんだ。むしろ、もっと私を頼ってくれてもいいんだぞ?」
「…………」
 慧音は一息にそこまで言い終えると、雛の反応を待つ。
 雛は俯いたまま、何も答えない。
 そのまま二人の間に、しばしの沈黙が続いた。


 ────さすがに駄目か。


 慧音がそう思い始めた、その時。
「あの……それじゃあ……お言葉に甘えさせてもらいますね」
 雛は俯かせていた顔をゆっくりと上げてそう呟くと、にっこりと微笑んだ。


 …………………………………………


         *


「……うむ、これでよし」
 最初に雛を案内した和室に、慧音は布団を二人分敷き終える。
 部屋の中央にあったテーブルは、邪魔にならないよう隅の方に寄せておいた。これで、いつでも寝れる状態が確保できたわけである。
 慧音は、部屋の壁に掛けてある時計を見た。
「まだ十時か……」
 寝るには少し早い時間な気もするが、生憎暇潰しに使えるような遊び道具を慧音は持っていなかった。
 あると言えば大量の蔵書くらいのものであり、とても今の状況で使えそうにはなかった。
 とりあえず、雛にもどうするか聞いてみる。
「どうする、雛? 少し早いがもう寝てしまうか?」
「うーん……」
 雛が泊ると決まった後に、すぐに慧音もお風呂に入った。その時に服も寝巻に着替えたため、いつ眠る事になっても別に問題はなかった。
 あとは雛次第と、慧音が返事を待っていると。
「……私、慧音さんの話が聞きたいです」
「私の話?」
 雛から、そう答えが返って来た。
 慧音は軽く首を傾げた。まさか、そんな事を頼まれるとは思っていなかった。
「何でも良いんです。好きな事とか、思い出話とか。慧音さんの事なら、何でも……」
「ふむ……」
 私の話なんか聞いて、果たして面白いのだろうか?
 一瞬悩んだ慧音だったが、雛が聞きたいと言うのなら断る理由もなかった。
「そうだな……それじゃあ、この間竹林に言った時の話でもするかな」
 慧音は目を閉じてその情景を思い出しながら、ゆっくりと雛に向かって語り始めた。


         *


「────それでな、そこで妹紅がいきなり……」
「ふふふっ……」


 語る慧音に、楽しそうな笑顔を返す雛。
 そんな二人の時間は、緩やかに、しかし刻一刻と過ぎて行った。


「…………ふぅー」


 何度目かの話を終えたところで、慧音は大きく息を吐くと、思い出したように時計を確認する。
 時計の針は、丁度十二時を回ったところだった。
「う~む、少し眠くなってきてしまったかな……雛はどうだ、まだ起きてるか?」
「いえ、慧音さんが眠るのなら私もそれに合わせますよ」
「そうか……すまないな。しかし本当に良かったのか? 私の話ばかり聞いてて、退屈じゃなかったか?」
「退屈だなんてとんでもないです! 私から頼んだわけですし、話が聞けてとっても嬉しいです、とっても…………」
「……なら良かった。今度は、雛の話も聞いてみたいな」
「……………………!」
 そう言って、柔らかな笑みを慧音は浮かべた。
 しかしそれを聞いた直後、雛は目を大きく見開いて顔をこわばらせた。
 そして一瞬だけ悲しそうな表情をした後に、何事もなかったかのように「あははっ」と苦笑いを返した。
「それにしても、こうして誰かに思い出話をするのは滅多にない事だからな……ちょっと恥ずかしいな」
 雛から視線を逸らして、頬を僅かに赤く染めると、慧音は恥ずかしそうに頭を掻いた。さっきの雛の表情を、慧音は完全に見逃していた。
 慧音は、最後まで雛のそんな様子に気付くことはなかった………………


 …………………………
 止め処なく溢れる熱い想いは、気付かない内に心の中に蓄積していた暗翳を呼び起こした。
 それは時間が経つにつれ徐々に大きくなり、自身でも抑えきれない程の感情の波となって、心の中で混ざり合い、侵食していった………………


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン────


 苦しい。
 胸の辺りが、まるで締め付けられているかのように苦しくて、切ない。
 こんな事は、今まで一度もなかったはずなのに。
 一体自分はどうしてしまったんだろうか?
 …………いや、理由なら知っている。
 気付いてしまったのだ
 自分の気持ちに、気付いてしまった。
 彼女の存在が、そうさせてしまった。
「………………」
 しかしそれは叶わぬ夢。
 願ってはいけない、欲してはいけない。
 自分に架せられた運命は、それを決して許さない。
 仕方のない事なのだ。
 どうしようもない事だと、自分の中で割り切っていた。
 理解していた、そのはずだったのに………………
「……………………」
 自分の心に、嘘は吐けなかった。
 止め処なく湧き上がるこの想いは、もう抑える事が出来なかった。
 答えは、決まっていた。


 私は──────────
 ………………
 …………………………


 ────────────運命の夜が始まる。


         4


「それじゃ、灯り消すぞー」
 雛が布団の中で寝る体勢になったのを確認して、慧音は言った。そしてそのまま灯りを消すと、自身も布団の中へと潜りこむ。
「それじゃ、おやすみ雛」
「はい、おやすみなさい慧音さん……」
 おやすみの挨拶をし終えると、慧音はゆっくりと目を閉じた。
 当然の事ながら、瞼の裏には真っ暗な闇が広がる。
「…………」
 誰かと一緒に眠るなんて、いつ以来の事だろうか。
 閉じた目でその闇を見つめながら、慧音は思った。
 すぐ隣では、雛が眠っている。
 それだけの事なはずなのに、何故か自分の心は妙に高揚してしまっていた。
 理由もなく、なんだか嬉しかった。
「雛…………」
 隣に居る雛には聞こえないくらいに、慧音は小さく呟いた。
 今日はいつも以上にぐっすりと眠れそうだ。
 そんな事を考えながら、慧音の意識は少しずつ微睡んでいき、ゆっくりと闇の中へと蕩けていった。
 …………………………


 …………どれくらいの時間が立っただろうか。
 慧音はふと、体に違和感を感じて目を覚ました。
 なんだか、ほんのりと背中が温かい。明らかに布団とは違う温かさだった。
 それに、胸の辺りにも違和感が────


 むにゅっ、


「………………っ!?」
 その瞬間、慧音は声にならない悲鳴を上げた。
 あまりにも唐突に来た感覚に、恐怖と混乱が頭の中を駆け巡る。
 それでも、慧音はあくまで冷静に、状況の判断をした。


 むにゅっ、むにゅっ、


「ぅ…………」
 再び、同じ感覚が襲ってくる。
 慧音は必死に、漏れそうになった声を押し留めた。
 ……間違いない。
 確実に、胸を『揉まれた』。
 胸の辺りに感じた違和感は、首元と腰から回された両手が、寝巻の内側に入って直に触れていた感触。
 ほんのりと温かいのは、背中に密着した何者かの体から伝わる体温。
 暗くてよくは見えなかったが、慧音はそれを肌で理解した。
「誰だ……!?」
 この生々しい感覚は夢ではないだろう。
 困惑を交えながらも、慧音は背後に居る何者かに問いかけた。
 右に顔を向けた体勢から、後を振り向こうとしたが、布団の中ではどうにも身動きが取れなかった。
 何とか逃げようと体を捻ってもがく慧音に、後ろからのんびりとした声が返って来た。
「あ、起きちゃいましたか?」
「…………!?」
 その声を聞いて、慧音は愕然とした。


 ────ありえない。


 本気でそう思った。しかし、現実に慧音の耳に聞こえてきたのは、疑いようもない彼女の声だった。
 慧音は信じられない思いで、静かにその名前を呼んだ。
「…………雛、なのか………?」
 驚きと困惑で僅かに震える唇で、慧音は言葉を絞り出す。
 違うと言って欲しかった。
 雛がこんな事をするわけが…………
「当たり前じゃないですか。ここには、私と慧音さんしか居ませんよ?」
「…………!」
 慧音のそんな思いを、雛は一言で一蹴した。
 雛は言って、両手で胸を揉むのを再開する。
「あぁっ…………」
 慧音の豊満な乳房が、雛の手の中でむにゅむにゅと形を変えて揺れ動く。
 まるで遊ぶ様に乳房を揉みしだく手の動きに、慧音は耐え切れず声を漏らした。
 こんな状況にも関わらず、後ろに居るのが雛だと知って安心したせいか、慧音の体はさっきよりも感じやすくなってしまっていた。
 抵抗しようにも寝起きで力が入らず、布団が邪魔で思うように動けないため、慧音は為す術なくその快感を受け入れるしかなかった。
「はぁっ……ぅ……雛……冗談はやめてくれ……寝ぼけているのか? 私はそういう趣味は……」
「冗談なんかじゃないです」
「!」
 せめて言葉で抵抗をしようとした慧音に、雛はピシャリと言い切った。
 直後、雛の左手は乳房を揉む動きを止めると、胸元から離れ、そのまま下へと降りて行った。 そしてそのまま腰の辺りから、寝巻の中へと侵入していき────
「…………っうあぁ!?」
 ゆっくりと、慧音の秘所を指で貫いた。
 いつの間にか雛の両足が、慧音の左足を絡め取っていたため、足を閉じて抵抗する事さえも出来なかった。
「意外ですか、慧音さん? 私がこんな事するなんて」
 慧音の耳元で、雛がいやらしく問いかける。
 雛の左手は秘所で指の抜き差しを繰り返し、右手はずっと乳房を揉みしだいていた。
「あっ……ふあぁ………!」
 上から下からと容赦なく送られてくる快感に、慧音は声を抑える事ができなかった。それでも快感に抗おうと、必死に慧音は耐え続けた。
 そんな慧音を、雛は背後から観察しつつ、言葉を続ける。
「でも慧音さんが知らなかっただけで、私はこうゆう女です。恩人の寝込みを襲って、好き勝手楽しむ様な、そんな卑怯な女」
「う、嘘だ……雛……」
 雛は答える代りに、慧音の秘所に入れた指を動かす速度を上げた。
「や……やめっ……ああぁっ!」
「ほら、分かりますか慧音さん。慧音さんのここ……こんなに熱くなってる」
 くちゅくちゅと音を立てながら、雛の指は軽快なテンポで慧音の秘所を責め立てる。
 胸を揉まれ続けて感じてしまったせいか、慧音の秘所はすでに指の滑りを良くする程に濡れていた。
「あっ、あっ、あっ……!」
 雛の手から絶え間なく送られてくる快感に、慧音はどうしようもなく喘いでしまう。雛にされているという事実が、より快感を大きくしてしまっていた。
 それから程なくして、慧音の体に絶頂の波が訪れる。
 それを察知した雛は、わざと艶っぽい声色を使って、咎めるように慧音の耳元で囁きかけた。
「イキそうなんですか慧音さん? イッちゃいそうなんですかぁ?」
「…………っ」
 淫靡な響きを持った雛の囁きに、慧音は恥辱と悔しさに顔を歪めた。
 しかし、迫り来る絶頂感は、どうする事も出来なかった。
「雛ぁ……ほんとこれ以上は……やめてくれ……イッちゃう……」
 慧音は快感に上擦った声で、雛に小さく懇願した。
 もう、限界だった。
 雛はそれを聞いて、にっこりとその顔に、妖艶な微笑みを浮かべた。
「……やめるわけないじゃないですか……思いっきりイッちゃってください慧音さん! ほら、ほら!」
 雛は動かす手に力を込めて、ラストスパートを掛けた。
 慧音は、ついに我慢の限界を破られ────絶頂に達した。


「やっ……もう駄目……あ、あああああああああ!」


 ビクン、ビクン、


 絶叫が、辺りへと響き渡った。
 それと共に、慧音の体は大きく反り返り、小刻みな震えを起こした。
 しばらくしてそれが収まると、慧音の全身からがくりと力が抜けた。
「はぁ……はぁ……」
 ……雛の手で、無理矢理イカされてしまった。
 絶頂の余韻と共に、慧音はぼんやりとそんな事を思った。
 そのまま、荒い息を吐いて呼吸を整えていると。
「……まだ、終わりじゃないですよ?」
「…………え?」
 雛がそう言って、むくりと起き上がった。
 毛布を退かし、慧音の体を仰向けの状態に動かす。そして、おもむろに慧音の寝巻に手を掛けた。
「…………っ!」
 雛はまず、胸元の部分を引っ張って慧音の豊満な両の乳房を露わにすると、次に下腹部の辺りをずらして、先程散々責められた秘所も、丸見えの状態にした。
 完全に寝巻を開けさせたわけではないが、大事な部分はしっかりと露出してしまっているため、ほとんど全裸に変わりなかった。
「ひ、雛……もう許して……」
 あまりの辱めに、思わず懇願する慧音。
 しかし、雛は止まらない。
「慧音さんは何も悪くないですよ。だから、謝られても困ります」
「そ……そんな……」
 その言葉は、今の慧音にとって死刑宣告のようなものだった。
 構わず雛は、慧音の足元に座り込むと、全身で覆いかぶさった。
 それから丁度顔の正面にある、びしょびしょに濡れた慧音の秘所に、雛はそっと口づけをする。
 そのまま雛は、慧音の秘所を今度は指ではなく…………舌で貫いた。


 にゅるっ────


「…………はあぁ!?」
 その瞬間、今までに感じた事のない衝撃が体中に走り、慧音は驚きと戸惑いの入り混じった声を上げた。
 指とは違い柔らかく、唾液混じりで少し湿り気を帯びた舌の、そのザラザラとした未知の感触による責めに、慧音の頭の中が一瞬真っ白になりかけた。
 それでも飛びかけた意識をなんとか繋いで、行為をやめさせようと、慧音は力の入らない腕を雛に伸ばそうとした。
 …………その時。


 むにゅむにゅっ、


 ────雛の両手が、曝け出された二つの乳房を鷲掴みにした。


「……くぁっ……!」
 それが、とどめとなった。
 両の乳房と、舌による秘所への同時責め。
 絶頂によって敏感になっている体には、その責めは強烈すぎた。
 さっきまでの抵抗する意志は吹き飛び、慧音の頭の中は完全に真っ白になった。
「……あれ、どうしました慧音さん……抵抗しないんですか?」
 秘所を舌で責め立てながら、雛はそのまま、もごもごと話かけた。
「……ぁ……うぁ……」
 雛の言葉に、慧音はまともに答えられなかった。
 抵抗する力は、もう残されていなかった。
 何も考えられず、ただただ喘ぎ、雛の与える快楽に身を委ねることしか出来なかった。
「……ふふっ……それじゃまたすぐにイカせてあげます……」
 言いつつ、雛はレロレロと舌を激しく動かした。
 手の方も、乳首を指で弾きながら、素早く揉みしだいていく。
 慧音はだらしなく口から涎を流しながら、その快感を受け入れ続けた。
「…………あ……イク……イク!」 
 そうして、早くも絶頂の時は訪れた。
「ん……イッていいですよ慧音さん……じゅるるるる」
「ひっ…………っくううううううううう!」
 そう言って雛は、最後に慧音の秘所を思い切り吸い上げた。


 ────ぷしゃあっ、


 二度目の絶頂。
 慧音の秘所から、勢いよく甘美な蜜が吐き出された。
 そうして慧音の体は、激しくビクンビクンと跳ね上がって、すぐに動かなくなった。
「……あはは。さすがに二回もイカされたら、しばらく動けないですよねぇ」
「…………」
 すっと、その場で立ちあがる雛。
 慧音は答える事が出来なかった。
 頭はうまく働かず、体はぐったりと弛緩して思うように動かせなかった。


 …………どうして、自分はこんな事になっているのだろう?


 そんな事をただぼんやりと、慧音は頭の片隅で考えていた。
「ふふ……笑っちゃいますよね。慧音さんってほんとお人好しで、騙されやすくて、エッチで感じやすくて、それに」
「…………」
 雛は一人喋り続ける。
 慧音は何も返せず、ただ雛の声を聞く事しか出来なかった。
「……それに、優しくて、素敵で、あったかくって…………ほんと……」
「…………?」
 その時だった。
 雛の言葉に、なんとなく違和感を覚えた。
 慧音は、イキすぎて焦点の定まらない虚ろな目を、なんとか雛の方へと向けた。


「……ほんと…………ごめんなさい…………」


「…………!」
 震える、雛の声。
 慧音が力を振り絞って、見上げた視線の先。
 雛の目からは、一筋の涙が零れ落ちていた。
「雛…………?」
「あっ……!」
 雛はそれに気付いて、袖で自身の顔を拭う。
 それからくるりと、慌てて慧音に背を向けると、そのまま部屋の出口へと向かって歩き始めた。
「ま、待て……」
 慧音は声を絞り出す。
 これはまずい。
 理由もなく、胸がざわついた。
 しかし、このままでは行ってしまう。
 手の届かない、何処か遠くへと、雛が行ってしまう。
 雛の悲しそうな後ろ姿を見ていると、そう思わずにはいられなかった。
「……嫌だ」
 そんなのは、嫌だ。
 こんな別れ方は、嫌だ。
 嫌だ、嫌だ、嫌だ!


 ────ドクン、


「う……」
 その時、慧音の中で、何かが脈打った。
 体の奥で、何かが目を覚ましたような、そんな感覚。
 さっきまで抜け殻の様だった体に、力が漲って来るのが分かった。
 そして、


「う……がああああああああ!」


 慧音は叫んだ。
 それは最早、獣の咆哮に近い叫びだった。
 その雄叫びと共に、慧音の体は勢いよく跳ね上がると、雛との距離を一瞬で詰めた。
 そして、踏み出そうとしていた雛の足首を、思い切り掴んだ。
「……えっ!?」
 完全に予想外の出来事に、驚きバランスを崩した雛は、そのまま前のめりに倒れ込んだ。幸い下は畳みで、怪我をするような事はなかったが。
 雛は倒れた体勢のまま、恐る恐る後ろを確認した。
「痛たた……う、嘘でしょ……」
 信じられないものを見たと言わんばかりに、雛の目は大きく見開かれた。
 そこには、二本の角を頭に生やして、堂々雛を見下ろす慧音の姿があった。
「慧音さん……その姿は一体……きゃっ!」
 間髪入れず、慧音は雛のお腹の辺りで、馬乗りの姿勢をとった。ついでに両手も、足で床に押さえつけてしまう。
 これで、雛は逃げる事が出来なくなった。
「……ふふっ、なんて事はない。雛が知らなかっただけで、私は元々こういう女なんだ」
 意趣返しと言わんばかりに、慧音はそんな言葉を雛へと突きつける。
 完全に、さっきとは立場が逆だった。
「雛ぁ……さっきはよくも私を二回もイかせてくれたなぁ……たっぷりお返ししてあげないとなぁ……!」
 慧音はそう言って、ペロリと舌舐めずりをする。
 二つの眼が、暗闇の中煌々と紅く輝いていた。
 雛の顔から、さぁっと血の気が引いて行った。
「ま……待って慧音さん、私は……むぐぅっ!?」
 何か言いかけた雛の唇に、慧音は自身の唇を素早く重ねた。
 そのまま、雛の上に覆いかぶさるように、その場に倒れ込んだ。
「……あむ………むぁ……じゅる……」
「……ふぐっ……ぐぅ……んむぅ……!?」
 お互いが、舌を絡ませながら口づけをを交わしていく。
 しかし、責めているのは慧音だった。
 積極的に舌を捻じ込み、強く吸い上げる。
 まるで雛の口内を犯すかの如く、激しく一方的に慧音は責め立てた。
 そして、十分にそれを堪能したところで、慧音はゆっくりと雛から唇を離した。
「……っぷはぁ……なかなか美味しかったぞ、雛」
「……はぁ……はぁ……」
 唇から引く糸を手で拭って、慧音は満足そうに呟いた。
「……でも、まだ終わらないぞ?」
「……!」
 ねちっこいキスで体力を消耗していた雛に、お構いなしに慧音は追撃をかける。
 慧音は、おもむろに雛の胸元の寝巻に手を添えると、無理矢理開けさせた。
 すると、さっきの慧音と同様、雛の両の乳房も見事に露わになる。
 それを見て慧音は目を細めると、これまた雛にやられた時の様に、両手で乳房を鷲掴んだ。
「ああぁっ……!」
 慧音は乳房を掴んですぐに、勢いよく揉みしだき始めた。
 これにはたまらず、雛も声を上げる。
 痛みを感じる一歩手前の、そんな荒々しい手の動き。
 しかしそれは絶妙な力加減により、より強い快感を雛に与えた。
「うっ……ふぅっ……!」
 その暴力的な快感は、雛の意志とは無関係に、肉体の感度を高めていく。
 それを見越して慧音は、左手はそのままに、一旦右手の動きを止める。
「胸だけじゃ足りないだろうから、やっぱりこっちもな……」
 そう言って慧音は、右手を体の後ろに持っていった。
 そこは丁度、雛の下腹部がある辺りだった。
「……そ、そこはっ」
 慧音の体が邪魔して、雛からは慧音の右手は見えなかったが、何をされるかくらいは容易に想像ができた。
 慧音の右手は、寝巻の内側に入り込み、雛の下腹部のラインをなぞる様に這い回って、その場所に触れた。
「あ、あああ…………」
 雛は、次に襲ってくるであろう快感を想像して、絶望にも似た声を漏らした。
「ふふっ……それじゃあ、いくぞ?」
 慧音は、そんな雛を見て小さく笑うと、


 くちゅくちゅくちゅくちゅ!


 雛の秘所を、素早く掻き回した。
「……っああああああ!」
 突如力任せに与えられた快感に、思わず雛は叫んでいた。
 しかも慧音のそれはただの力任せではなく、的確に雛の感じるポイントを責め立てる。
 その圧倒的な快楽に雛は、すぐに絶頂に追い詰められていく。
 すると、慧音はある事に気が付いた。
「……ああ、これでは左胸が寂しいか……よし、吸ってあげれば問題ないな」
 事も無げに、慧音はそう呟いた。
 そうしてゆっくりと、雛の左乳房に向かって、慧音は顔を近づけて行った。
「そ、そんな……無理……もう無理……!」
 右の乳房を激しく揉みしだかれ、秘所を掻き回される快感だけで、すでに雛は我慢の限界だった。
 加えてそんな事をされてしまったら、耐え切れるはずがなかった。
 雛は、嫌々と必死に首を横に振るが、慧音の動きは止まらない。
「なぁ、雛…………」
 あとちょっとで、唇が乳首に触れるという辺りで、慧音は呟く。
 一瞬の間。
 そして────


「……ごめんな?」


 言って、にっこりと、慧音は優しく微笑んだ。
 …………直後。


 ────じゅるるるるっ、


 慧音は、思いっ切り雛の乳房を吸った。


 ───────
 ────────────────
 まるで頭の中で、火花が飛び散ったかと思えるほどの、凄まじい衝撃。
 そんな天にも昇りそうな快感を受けて絶頂を迎えた雛は、そのまま眠るように意識を失っていった。


 …………………………………………


         5


 空が、徐々に白み始めていた。
 あれだけ強かった雨も、今は小雨程度に落ち着いていた。
 ぽつん、ぽつんと聞こえる音が、なんだか耳に心地良い。
 どうやら、穏やかな朝を迎えることが出来そうだった。
 ………………


「う……んん……」
 小さな呻きをあげて、雛は目を覚ました。
「あれ、私……」
 ぼんやりとした頭で、雛は呟く。
 自分はどうしてこんなところに────


「おはよう、雛。目は覚めたか?」


 突然、慧音の声が聞こえた。
「え、慧音……さん……!?」
 そこでようやく、雛は全てを思いだした。
 慌てて、今の状況を確認しようとする。
「あ…………」
 そして気付いた。雛のすぐ目の前に、慧音の姿があるという事を。
 二人はまるで、寄り添い合うような形で、一つの布団の中に収まっていた。


 ────あったかい。


 密着した慧音の体から与えられる温もりに、雛の心は自然と安らいだ。
 あの、快楽に酔いしれるような肌の合わせ方とは、全然違って…………
「…………」
 雛は、自分の体に目を向ける。
 散々乱れていたはずの寝巻は、寝る前と同じくらい綺麗に整っていた。
「……あんなめちゃくちゃな格好じゃあんまりだからな、ちゃんと服は着せ直しておいたぞ。一緒の布団の中に居るのは、そうだな……こっちの方が話しやすいかと思ってな」
「………………」
 返す言葉が見つからず、雛は黙り込んでしまう。
 あれだけの事があったにも関わらず、慧音は初めて会った時と変わらない、穏やかな態度で雛に接してくれていた。
「……雛、聞かせてくれないか? どうしてあんな事を……?」
 慧音は訊ねた。
 弾劾するでもなく、咎めるでもない。
 むしろそれは、雛の事を心から想っての言葉だった。
 それに気付いて、雛はたまらず目を伏せた。
 本当に、どこまでも慧音は優しかった。
「…………怖かったんです」
「……え?」
 ぽつりと、雛は呟いた。
「慧音さんに嫌われる事が、私は怖かった」
「…………?」
 雛の言ってる事は分かるが、その意味が理解できず、慧音は怪訝そうな顔する。
「ずっと、黙ってました。嫌われたくなかったから…………慧音さん、私は…………『厄神』なんです」
「……!」
 突然の雛の告白に、慧音は少しだけ驚いた表情を見せる。
 構わず、雛は言葉を続けていく。
「私は厄神だから、人々の厄を集めます。それが厄神としての使命であり、在り方ですから。私はそれを誇りに思っているし、人々の役に立てて嬉しいとも思っています、けれど」
 雛は、そこで僅かに顔を顰める。
 ごくりと唾を飲み込んで、それからゆっくりと、口を開いた。
「……けれど、そんな私は、いつも孤独でした」
「………………」
 雛は言った。
「厄を集める事で誰かを助けても、例え人々を救ったとしても、感謝されこそすれ、誰も私に歩み寄ろうとはしません。そりゃそうです。誰だって、自ら厄に近づきたいなんて思いませんから。けれど、私は今までそれを気にすることはなかったんです。誰からも好かれなくても、厄を集める事が自分にとって当たり前なんだって。人々を救う事さえ出来れば、それでいいんだって。そう、思ってたんです。でも…………」
 そう言って、雛は悲しそうな目で、慧音の事を見つめた。
「慧音さん。貴方と出会って、私は自分の心に気付いてしまった」
 言葉を、紡ぐ。
「誰からも好かれなくていいなんて嘘。それを気にしてないだなんて嘘。ずっと、私は気付かない振りをしていた、考えないようにしていた。自分のそんな境遇を、厄神として生まれもった運命を。だって、気付いてしまったら……それを認めてしまったら、私は…………」
 雛の表情が苦しそうに歪む。
「寂しくて、悲しくて…………これからもずっと一人ぼっちなんて…………きっと、心が耐えられないから…………」
「…………雛」
 それは、心の叫びだった。
 これまでに受けた心の傷や、想いが、雛の心を蝕み、耐え切れず叫んでいた。
 慧音が何か言おうとして、しかしそれより先に、雛が口を開いた。
「でも、気付いたのはそれだけじゃなかったったんです。慧音さん、私…………貴方の事が好きなんです」
「…………!」
 雛は言った。
「おかしいですよね。昨日会ったばかりなのに好きになるだなんて……でも私、あんな風に優しくされた事ってなかったんです。誰かの家のお風呂に入れてもらったり、楽しくお喋りしたり、一緒に眠ったり…………初めての事ばかりで最初は戸惑っちゃいましたけど、そんな慧音さんの優しさが、私は本当に嬉しかった」
 そこで雛は、ふっと寂しそうに笑う。
「でもそれは、慧音さんが私の事を厄神と知らなかったから。正体を知ってしまったらたとえ慧音さんでも、きっと私の事を嫌いになってしまう。初めて好きになった人にまで、厄神だからという理由で嫌われてしまったら……そう考えたら、私もうどうしていいか分からなくなって……」
 雛は静かに目を伏せて、言った。
「だから、そんな理由で嫌われるよりだったら、いっそ自分から嫌われてしまおうと思ったんです。厄神ではなく、私自身を嫌いになってもらおうって。恩を仇で返すような、ひどい奴として。その後は、二度と慧音さんの前に姿を現さないつもりで────」
 と、雛が言い終える前に、


「……馬鹿っ!」


 慧音の怒声が、部屋中に響き渡った。
「……!?」
 雛は一瞬何が起きたか分からず、目を白黒させる。
「わざと私に嫌われて、そのまま姿を消すなんて……そんな馬鹿な事があってたまるか……!」
 慧音は酷く辛そうに、それだけを言った。
 まるで慧音の方が、雛以上に心が苦しそうだった。
「…………! だって、それ以外に私には……」
 そんな慧音の様子に戸惑いつつも、雛が言い訳をしようとした、その時。
「…………知ってたよ」
「……え?」
「雛が厄神だって事、私は最初から知ってた」
「…………!?」
 慧音は言った。
 それは雛にとって、完全に予想外の言葉だった。
「そんな……知ってたなんて嘘…………」
 雛の声が、思わず震える。
「嘘じゃないさ。これでも、人一倍物知りな方でね。雛を初めて見た時から、なんとなく分かってた」
 戸惑う雛に、慧音はきっぱりと言い切った。
 雛は慧音の顔をまじまじと見るが、嘘を吐いてる様子は欠片もなかった。
「なんで……知ってたならどうして、あんなに優しく……」
 未だに信じられない様子の雛に、ゆっくりと慧音は、言葉を紡いでいく。
「……なぁ雛。雛が今までどんな辛い目や悲しい目に遭って来たか、それは敢えて聞くまい」
「……………」
「だがな、私は私だ。過去の誰でもないんだ。私は、そんな理由で雛を嫌いになったりなんかしない」
 真っ直ぐな言葉だった。
「厄神としての運命がなんだっていうんだ。言ったろ? もっと私を頼っていいんだって。辛いのなら、私が雛を慰めてやる。寂しいのなら、私が雛の心の支えになってやるから……!」
「…………慧音さん…………」
 あまりにも真っ直ぐで、優しい言葉。
 それは思い詰めていた雛の心に、ゆっくりと染み渡っていく。
 いつの間にか、涙が頬を伝っていた。
 雛は、さっきまでの自分を恥じた。
 いくら心が限界だったとはいえ、慧音にとんでもない事をしてしまった。
 後悔の念が、雛の胸に強く押し寄せた。
「慧音さん…………私……私は、なんて事を……」
「……雛……?」
「ぅ…………ひっく……………」
 雛の声に、嗚咽が混じり始める。
 そうしてゆっくりと、雛は慧音の胸に縋りついた。
「ごめんなさい慧音さん…………ごめんなさい…………!」
 ぽろぽろと大粒の涙を流して、雛は謝り続けた。
 慧音はそんな雛の事を、そっと優しく、抱きしめた。
「いいんだ、雛。辛かったのは雛の方だろう? 辛い時は泣いたり、それを誰かに打ち明けたりしてもいいんだ。だから、そんなに自分を責めないでくれ」
「う……うあああああああああああ…………!」
 慧音の胸で、子供の様に雛は泣きじゃくった。
 それをあやす様に、慧音は雛の頭を優しく撫でる。
 そんな慧音の目は穏やかで、慈愛に充ち溢れていた。


「大体、あんなことされたら、嫌いになるどころかむしろ…………」
「…………?」
「……いや、なんでもない」


 慧音はそう言って小さく笑うと、誤魔化すように、もう一度雛の頭を優しく撫でた。


 長く降り続いていた雨の音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
どうも初めましてになります。ここに投稿するのも初めてですが、性的表現ありの話を書いたのもこれが初めてだったりします
そのため色々と至らない点もあるかと思いますが、どうか生温かい目で見守ってくれるとありがたいです

元々ひなけね(それっぽく命名)が大好きだったのですが、その手の話がなかなか見つからない事に業を煮やして、ないなら自分で書けばいいじゃない! って感じで、最近動き始めた次第でありまして……(この話を書く事になったきっかけは、それはまた別にあるのですが……w)

まだ話を見てないという方もいらっしゃると思いますので、ここではあまり多くを語らない事にします
次はどんな内容の物を書くかは分かりませんが、見かけたらその時は、またどうぞよろしくお願いします

それでは最後に、この作品を見てくれた方が、1人でも多くひなけねに興味を抱いてくれた事を祈りつつ……ばいば~いノシ


※以下コメ返

>>1様
ありがとうございます! 満足していただけたならこちらとしても嬉しい限りです。ネチョとは限りませんが、これからもぽつぽつと頑張っていくつもりです。

>>2様
おうふ…そんな夢もキボーもない…w それは置いといて、また見てみたいと思ってくださるだけでも私素直に嬉しいです。ご拝読ありがとうございました!

>>3様
楽しんでいただいて何よりです! こうして見ると、実は意外と相性良さげなこの二人。きっと深い絆で結ばれて、より親密になったその後は…ゴニョゴニョ。

>>4様
はぁう!? コメントの部分の数字が増えてて一瞬目を疑ってしまった…w や~そう言ってくださると作者冥利に尽きますね…嬉しくて感極まりそうです。埋もれつつあったこの作品に目を通してくれた事に、むしろ私がお礼を言いたい。ありがとうございました! 
ヤクミンFBB
http://www.pixiv.net/member.php?id=1444162
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
いいもの見れました。頑張ってください。
2.名前が無い程度の能力削除
面白い組み合わせだった
今後も広まる事は無いだろうが、また見てみたい
3.名前が無い程度の能力削除
意外な組み合わせですが楽しかったです。なんか二人なら仲良くなりそう…
4.名前が無い程度の能力削除
意外な組み合わせだけど面白かったです。
久々にいいもん見れた。ありがとうございます。