真・東方夜伽話

予期せぬ来訪者(1)

2011/07/10 01:44:33
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予期せぬ来訪者(1)

あか

==まえがき==
過去に投稿した作品の書き直しです。ご了承ください。
尚、かなりお話も変わったとは思います。前の方が好きだった方、ごめんなさい。
あと、今はもうプールも開かれよう夏ですが、このお話の舞台は冬です。
季節感が無くて、ごめんなさい。
==以上まえがき==


[クリスマス、あなたは誰と過ごしますか。]
問いかけるようなそんな言葉が里の軒先に絵と共に飾られる、そんな季節になった。
家族と団欒する様子を描いた絵。仲の良さげな男女の絵。
どこぞの誰かがこの幻想郷に持ち込んだ外のお祭り[クリスマス]は、
師走という忙しい季節の中のとりわけ忙しいであろう部分にあるにも関わらず、
里を巡ってみると良くもまぁ受け入れられたものだと私は思った。
少し前に新しく妖怪の山へと引っ越してきたあの神様達と早苗から聞く分には、
本来の趣旨とはまた違う行事らしいけれど……幻想郷の住人にとっては
本来の趣旨というものはどうでも良い事なのかもしれない。
とりあえず祭りっぽければ楽しむ。それだけなのだろう。
クリスマスって言葉自体に、祭りって言葉が含まれてるとは思わないけれど。

私だって祭りは好きだ。だから、このクリスマスというものだって勿論受け入れている……つもり。
去年はまぁ、楽しんだわ。こんな季節なのに盛り上がっていた里を見るだけでも愉快だったし、
私の周りに居る色んな奴らの盛り上がりに便乗したりして。しっかりと楽しんだ。
そう。去年は、だ。……今年は去年と違ってた。

用事がある時は人が湯浴みをしていようが、着替えをしていようが。
お裁縫中だろうがお掃除中だろうが掃除炊事どんな時だろうと構わずに押しかけてくる紫は、
今年は自分の式やその式の式とクリスマスパーティだかをするからって事らしく、来ない。
年末だから飲んでも良いだろうと理由をつけてやってきては手持ちの酒だけじゃなく
神社の酒にまで手を出して行く萃香も紫のそれに便乗するらしくて、
その話を聞いた時からずっと私は見ていない。
文は文で、年末の忙しさを噛みしめているのだろう。師走に入った辺りからまるで姿を見せやしない。
暇じゃない時に限っていつもいつも来るのに、ねぇ?
いつもこの時期にお酒なんかを片手にやってきて、やれ朝食をくれ昼食をくれと言う魔理沙は、
最近はアリスやパチュリーと一緒に図書館に籠って何かやってるみたいだし。

……そう。つまるところ、誰も誘ってくれなかったのだ。今年は。
誘われたかったのか?と言われれば、そういうわけじゃ……無いわけでも無くて。
4つも入る所があるのに、その内の一か所しか使われてない炬燵の中で
一人そんな事を考え呟きながら、一つしか用意されてない湯のみに入ってたお茶をぐっと喉の奥に流し込んだ。
ふと眺めた時計は……もう遅い時間を指していた。

「……はぁ。」

ひょっとしたら誰か来るんじゃないかと思ってずっと待っていたけれど、
本当に一人で過ごす事になるとは思ってもみなかったから。今のは何回目の溜息なんだろう。
ここ数日はしんしんと雪が降って、里や神社だけでなく幻想郷のあちこちが雪化粧をしてたから、
きっと里なんかじゃホワイトクリスマスだとかなんとか言って、今頃皆楽しんで……
いや、楽しんでいたんだろうなぁ。
……あぁ、何と言うか。妬ましいというか。こんな事を考えると、
地下に潜った時に会った奴らの内の一人を思い出すけれど、きっとあの娘も今頃は私と同じような境遇なんだろうなぁ。
そう思うとどこかほっとする所でもあり、……虚しくなってくる所でもあり。
また、溜息が出た。

外で強い風でも吹いたのか、部屋の襖ががたがたと震えて音を立てる。
建てつけが悪い訳じゃないが、まったく隙間なく作られた訳でも無いからか、
こうして炬燵の中にじっとして居ても何となく外の様子というものは分かる。

「誰も、来ないわねぇ。外は凄く寒そうだし。」

誰も来ないから、楽しむような話題も無い。
話題が無いから、片手で楽しむお酒も無い。
お酒が無いから、一緒につまむモノも無い。
寂しさばかり、胸の中に溜まって。代わりに胃にはお茶ばかり溜まってる。
手持ち無沙汰だったから、凄く凄くそれはもう丁寧に剥いてしまった蜜柑も、
少し前に最後の一つを食べてしまったし。
……もう一杯、飲もうかしら。そう思って急須を傾けてみたけれど、
そこから出てきたのは私の肩も落ちそうな程の小さな小さな水の塊、
それがほんの2滴程垂れただけだった。

「する事を済ませて、もう寝てしまおうかしら。」

溜息を吐いた後でそう呟いてみても、そんな言葉に返してくれる者は誰ひとり此処には居ない。
でも、そう呟いた。なんとなく部屋の中に反響さえしてしまえば、どこか紛れるような気がしたけれど、
そんな期待に応えてくれたのは風に震える襖くらいなもので……悲しさが増しただけだった。
寒いけど、お茶飲んだんだし厠に行ってこよう。そう思って、唯一私に寄り添って温め続けてくれた
炬燵さんに別れを告げて立ち上がってみれば、今はまるで歓迎しない方の隙間からやってきた風が
すっと足を撫でて行った。

厠からの帰り道。ふと縁側から空を眺めてみれば、月がもう寝ますと言いたげに山に隠れようとしてた。
もう、朝が来るんだなぁ。……それだけ待ってたのか、私は。
そう改めて思い知らされて、がっくりと頭が落ちて。視線も一緒に落ちた所でふと違和感が私の中を走って行った。
すぐ眼の前の雪で覆われた庭の中、こんもりと盛り上がっている場所がそこにはあって。
あそこに何か置いてたかと思ったけれど私には覚えが無かったから、
一度縁側の板を強く踏むと私はそれの近くまで飛んで行ったのだった。

白い雪の中にあったのは、白い素足に……恐らく場所で言えばお尻のあたりであろう白い布地。
そしてその先には以前にどこかで見た事のある白い帽子。確かこの帽子の持ち主は……
こんな季節にこんな場所に居る様な娘だとは思えないのだけど。
でも何度思い出してみても、それ以外に該当する輩なんて私は知らなかった。

「貴女、リリーよね?」

彼女自身を覆っていた雪を袖で払いつつ尋ねてみるが、……少し待ってみても返答が無い。
それどころか、置物のようにピクリとも動かなくて。
急いで雪に足を突っ込んで体の下に手を挿し引き抜いてみれば、
思った通りのその妖精がぐったりした様子で出てきたのだった。
凍ったようなとんでもない冷たさ。果たしてどれ程の時間をそこで過ごしていたのか
私には分からないけれど……積もった雪の量からすれば結構な時間ここに居たのだろう。
ひと声かけてくれれば良かったのに。……襖が五月蠅くて気付かなかっただろうが。
引き抜いた彼女の首元にそっと手を当ててみればまだ脈はあった。
無いととてもとても困るのだけれど、とりあえずそれにほっとしたところでそっと口元に手を当てた。
僅かにこっちも、あったかい息がある。私のそれに比べればずっとずっと冷たいけれど。
そこまで確認した所で引き抜いた彼女を背負い素足で一度雪を踏みしめると、
急いで彼女と帽子を居間へと引き上げたのだった。

「ねえ、ちょっと。大丈夫?」

背負った体を揺すってみても、やっぱり反応は無い。
心音こそ背中を通して伝わってくるけれど、それ以外が何も無い。
そのまま居間を抜け、既に布団を敷いていた寝室へと彼女を運び込んで。
まるで氷の衣のようになっていた衣服を悪いとは思いつつも脱がせて行った。
可愛い白い下着が見えてしまったけれど……下着と肌の色が同化して見えてしまう程、
服の下の彼女は冷たい色をしてて。だから私は彼女を寝かせた後すぐに台所へと向かったのだった。

幸いお茶を何度も何度も何度も飲もうとしていた関係でお湯を大量に用意はしていたから、
多少冷えはじめていたそれを温め直して湯たんぽに詰め直して。
それを胸へと抱えて彼女のもとへと持って帰った。
何をすれば良いのかというのが分からなかったから、
湯たんぽの蓋を締める手はどこか、震えてた。

薄目の布地に湯たんぽを包んで、布団の中のリリーにそれをそっと抱かせた。
私の手には大丈夫だったけれど、冷えたこの子には相当熱かったのだろう。
僅かに眉が動いて、固まったようになっていた口から呻き声が小さく漏れて。
少しだけ開いた目が、僅かな間天井を見てた。……私が息を吸って吐きだすまでの
ほんの短い間の乏しい反応だったけれど、それを見た私も少し安心してほっと息を吐いて。
とりあえず夢見の悪そうな事が起こらずには済んだのかな、とそう思えば
急に体の中から力が抜けてった。

しばらくは傍に座って、脱がした服を畳みながら様子をじっと窺っていたけれど、
どうやら目覚める様子は無くて、障子越しに届いていた外の光が白くなりはじめた頃には、
細かった息は落ちついた寝息に変わって行っていた。
そろそろ私も寝ようかと露わになっていた首まで布団をかけ直して、私も布団へとお邪魔した。
元より私の布団ではあったのだけど、枕は二つ持ってるから……ね。

冷たい彼女の体のせいか、布団の中でも少し寒さはあった。
けれど、何だか疲れていた私が寝入るのにはさほど時間はかからなかった。



――



朝と呼んで良さそうな時間が終わり、障子越しに届いてた眩しい光が少し弱い物になった頃、
私は目が覚めた。ふと寝返りを打って様子を見てみれば穏やかな顔つきの彼女がそこに居た。
顔にも赤みが戻って、ほっと一息。朝から嫌な意味で目が覚める思いをしなくて済んだのは
素直に嬉しかった。……うん?朝じゃないな、昼だ。もう。
どうにも空腹を訴えるお腹に手を当ててそんな事を思いながら出たお布団。
この調子からすれば、まだもう少し彼女は寝ているだろうな。

一足先に入った居間で最初にやるのは炬燵の準備だ。これをしておかないとやる気がまるで起きない。
やっぱり温かい所があるというのは良い。もとい、そんなのが無いとどこかこの季節は落ちつかない。
いや、落ちつけないという言葉の方が正しいだろう。お洗濯の後やお掃除の後、料理の後なんかもそうだ。
何をしても体や手が冷えるのだから、その為にやはり欲しい。

「……良し、と。」

長い間使っていれば目を閉じていても何だか出来そうな気がするが、
流石に万が一があっては困るからと目こそ開けているけれど、
まるで意識しなくても準備なんてもう、体が勝手に動いていつの間にか終わってるもので。
意図せず漏れる欠伸と一緒に一度ぐっと伸びをすると、私はそのままの足で台所へと向かったのだった。
お湯を沸かさないと。やっぱり朝一番はお茶だ。というかこの神社にはお茶以外に飲む物と言ったら
もうお酒位しか残ってないけれどね。
……そういえばリリーに渡した湯たんぽの様子を確認してくるのを忘れたなぁ。
もしも冷えていたのなら代えを用意した方が良いんだろうし。
んー、でも一度にお湯を沢山作ろうとすると時間がかかって面倒なんだよなぁ。
何より必要無さそうだったらお湯が勿体無いし、湯たんぽをそもそも奪うのもなんだし。
良いって事にしておこう。……さっさとお茶を飲みたい。寒い。



沸かしたお湯で作ったお茶。一応湯のみだけは二つ目も用意して居間へと戻った。
まだ快適と言うには遠いけれど、炬燵の中も少しずつ温まってきてる。
冷たくなってた手を中へと突っ込んでみれば、じんわりとした温かさが手の中へと染み込んで、
思わずぶるぶると体が震えた。この感覚は好きだ。というか、炬燵が好きだ。
家の中にもう一つ家があるような、そんな気にさせてくれる。

一杯飲んでから様子を見に行こう。そう思い湯のみへと急須を傾ければ、
ふっと気配を感じて。急須を置いた所で顔を向けてみれば、膝立ちになった彼女が僅かに襖を開けて
こちらを窺っていた。……うん。ちゃんと畳んでいた服には気づいていたようだ。
私と目が合ったのが気まずかったのか、さっと襖の奥に隠れてしまったけれど、
また少しするとちょっとだけ顔を覗かせてまたこちらを見た。

「おはよう。」

私の声にびくりとして彼女の体が震える。覗いていた目が右へ左へ下へ上へと行ったり来たりして。
少しして意を決したようにじっと私を見つめ返すと、

「……おはようございます。」

小さい声ながらもそう返してくれたのだった。

「炬燵、入る?」

自分のすぐ横の面の炬燵の裾を持ち上げてそう尋ねた。
服自体は着ていたものでなく部屋に放置してたものだから、きっと寒いだろうと思って。
……第一襖越しにそんなじっと見られていてもお茶が飲みにくいし、落ちつかない。
私の問いには返事は無かった。けれど、少しして襖を開けると、そのまま膝立ちでせっせと歩いてきて、
開けた襖を閉じると先程私が持ち上げた裾から炬燵の中へと入って正座した。
緊張してるんだろう。昨日はまるで存在すら忘れるほど動かなかった彼女の羽が
今はどこかそわそわしている。遠くから見る機会は何度かあったけれど、
こうして近くで集中して見た事が無かったからあんまり感じては居なかったが、
改めて見るとやはり妖精ということもあってか背丈はまるで子供だった。
お世辞にも私は背が高いとは言えないが、それでもちょっと身長差を感じてしまう。

……さて、何を聞いたものだろう。そもそも何でこんな冬の真っただ中に彼女が居るんだろう。
出てくるとしたらもうちょっと暖かくなってからだろう。雪の日に見る様な娘じゃない。
だからあれやこれやと考えながら、

「体は大丈夫かしら?」

とりあえずそう尋ねてみれば、

「……ありがとう。」

と返事があった。口元だけで言えばその後にございますと付けたようではあったが、
本人が恥ずかしかったからなのか、続く言葉は声になりきってはいなかった。
まぁ恥ずかしさだけじゃなく本調子じゃないこともあるのだろう。

「色々聞きたい事あるんだけど……えーっと、何があったの?」

続けてそう尋ねてみれば彼女が戸惑うような顔をしたので、
用意していた湯のみにお茶を注いで出してみれば、彼女が小さな両手でそれを握って一度深呼吸をした後、
ゆっくりと静かに話し始めた。

「お家、雪で突然壊れちゃって。それで、住む所が無くなってしまって。大妖精さんの所に行ってみたんだけど、留守で。
……頼れる人が居なくて、彷徨ってたんです。」
「あの雪で?……そういえば靴履いてなかったけれど、まさかあの格好のままでずっと?」
「靴はその、お家が壊れちゃった時に一緒に埋もれちゃって。だから、外に居て凄い寒かった。
それで灯りが見えたから、せめてそこで凌がせてもらおうと思ったんですけど……。」

籠に入れていた蜜柑を一つ、手に取り剥きながら聞いていたけれど、そこで彼女が黙ってしまって。

「着く前に力尽きちゃって、あそこに墜落したってところかしら。」

付け足すようにそう聞けば、彼女がかくりと頭を下げた。

「住む所、どうするの?」
「……どうしたら良いんでしょう。」

まぁ壊れた家には住む事は出来ないだろう。少なくとも玄関は埋まっているのだろうし。
こっちも地震で一度崩壊しているけれど、今じゃこうやって建て直しさせたからなぁ。
あの時はどうなる事やらと確かに思ったものだ。
……うぅん、炬燵の裾から覗く白い足は寒そう。

「台所から何か取ってくるわ。」

剥き終えた蜜柑から一粒だけ実をとって、残りをリリーの前に差し出して部屋を出た。
とりあえず蜜柑だけではどこかお腹が減るし、台所に行けばもしもの時のために取っておいたおつまみ位はある。
結局昨晩は誰も……いや、リリーが一応来たといえば来た事になるのか。
とりあえずとばかりにあたりめを手にとって居間へと戻ってみれば、
剥き終えた蜜柑の実を手に持ったままこっくりこっくりと寝入り始めた彼女がそこに居て。
……ひょっとしたら思っていた以上に疲れているのかもしれない。
とりあえず手の中の蜜柑をうっかり握りつぶして炬燵を汚される前にと、
彼女の手の中にあったその一粒は彼女の開きかけの口の中へと放り込んでおいた。
流石にあの大きさで喉に詰まったりはしないだろう。
一瞬指先が唇に触れたが……お餅より柔らかい感触であるという事は一瞬ながらも良く分かってしまった。

ここ数日まともに人づき合いどころか妖怪とも付き合いが無いからか、
どうにもこう無防備な姿を見ていると弄りたくなる。
けれど話を聞いた後ではあるし、疲れているのだとしたらそんな事をするのは可哀そうか。
頭の中でそう呟いて、部屋の隅にあった座布団を彼女の枕にさせて横にならせると、
私は一人残っていた蜜柑を一つずつ口に放り込んで行った。

「住む所が無い、か。」

物珍しいし一人で居るよりかはよっぽど気が紛れそうだし……。
この子が良いと言うならば少しここに住まわせてみようかしら。
生憎……今は聞けそうにないけれど。

しばらく寝顔を眺めていたけれど、どうやら起きる様子は無さそうで。
私も同じように座布団を枕にすると、炬燵に体を埋めて昼寝をすることにした。
……たぶん寝ている間にどこかに行ってしまうという事は、しないだろう。
そんな確信に近い勘が私にはあった。



ぱたん、ぱたんという音。それが耳に届いて目を覚ました。
既に障子越しに届いていた光は僅かな物となり、最後に見た時の部屋に比べれば随分と薄暗い。
ふと体を起こして彼女が居たはずの方向に視線を向けてみれば、
座布団のみがそこにはあって。彼女は姿を消していた。
ぱたん、という音がまた部屋に響く。どうやら隣の寝室からのようで、
立ち上がって襖を開けてみれば、彼女が布団を折り畳んでいたようだった。

「た、畳んではいけなかったですか。」

こっちに気づいた彼女がおどおどしながらそう聞いてきた。
今までは片づけには無縁と言えそうな輩ばかり相手にしてきたからか、
その行動と言葉は妙に新鮮だった。

「い、いや。そういう訳じゃないわ。……ありがとう。」

慌てて私はそう返すと一人先に炬燵へと戻って。
少しして、彼女もそこに加わった。
ぐっと足を彼女が伸ばした所で私の足にそれがつんと触れて。
少し冷たくなっていたその足を彼女が引っ込めて、頭をぺこぺこと下げて。
うぅむ、あまり警戒こそされていないものの何だか距離は置かれてるようだ。
いやまぁ、これが本来の反応なのかもしれない。皆が皆初対面から我が物顔というのは……恐らく普通じゃない。
でも貴重な話相手なのだから、もっとこう話しやすくしたいものだけれど。
さて、どうしたものだろう。そう考えた所でふと近所に湧いていた温泉の事を思い出した。
地底での一件で地上に湧いた温泉。神社の近くのあれにはたぶん、私の他に誰も来ないだろう。

「お風呂、入る?」

短く、そう尋ねた。
考えてもいないことを尋ねられた、というような顔だった。少しして

「え、あ、あの……。」

そんな困ったような声を部屋の中に響かせた。
じっと見てみれば、視線を外して俯いて何だかもじもじとして。
一緒に入る事でも考えたんだろうか?勿論温泉なのだからそのつもりなのだが。

「少し離れた所に温泉があるからね、そこに行こうかと考えてるんだけど。」
「お、温泉ですか……?!あるんですか!」

続けて私がそう補足すれば彼女が食い付いた。
ちょっと勢いが強くて、炬燵の上の板がずるりとずれた。
思わず私の方が戸惑ってしまって、とりあえず首を縦に下ろせば
彼女が私の手をぎゅっと握りしめたて、

「行きます!」

元気よくそう言った。……温泉が好きなのかもしれない。そう思った矢先、
急に彼女が何故か服を脱ぎだそうとして。流石にそれはまだ早いと慌てて手で止めれば、
彼女もハッとした顔になって一気にその色を真っ赤にしていった。

「あぁぁいやその、えっと。……つい、興奮してしまって。」

頬に手を当てて彼女が慌てて弁明する。
逸らした顔が何だか妙に子供っぽくて、……久しぶりにこんな顔を見たかもしれない。

私の靴を彼女に貸して、二人揃って家を出た。
幸い今は雪も風も止んでいる。これなら思ったよりゆっくりと温泉を楽しめそうだ。
私の靴ということもあってか、彼女は歩きにくそうではあったが、
余程楽しみだったのか気が付けば彼女は雪を踏みならしながらスキップしてて、
雪の上で危ないとは思いつつも、どこか和むその様子に私はとりあえず口を閉じておいた。

道の先に目的の温泉の湯気が見えた所で、彼女が嬉しそうな声と一緒に駆けだした。
よっぽど温泉が好きなのか、両手を前に突き出したまま走って行ったけれど、
慣れない靴でそんな事をすると危ないんじゃないかなぁ……と、そう思いはじめた頃にはもう
案の定雪の中にべしゃりと突っ込んでしまっていた。
片足の靴がすっぽ抜けて、空中をくるくると舞って。雪の中に刺さって行って。
その横には彼女の寒そうな素足が見えたけれど……でもまだ元気そうだった。

「そんなに急がなくても温泉は逃げないわよ?」

そう声をかけてみれば、突っ込んだ雪の中から彼女が顔を引き抜いてこっちを見ると、
なんとも言えない笑みを浮かべてまた走って行った。よっぽど嬉しいのだろう。
歩いてその後を付いていけば、温泉のすぐ脇にまで辿りついた時にはもう彼女は全部服を脱いでしまってた。
まぁ脱いだというよりは脱ぎ散らかした、という方が正しいのかもしれない。でも、なんだかんだ私が貸した靴は
ちゃんと律儀に揃えて置いてあった。そういう所はちゃんと理解しているようで。
やれやれと体の中に溜まってた溜息を吐きだしながら服を回収して私も衣服を脱ぐと、温泉へと体を沈めたのだった。



「綺麗ですね。」

温泉に浸かってしばらく。冷えていた体がもうほかほかと言っても差支え無さそうな位に気持ち良くなったころ、
ぼーっと空に浮かんでいる月を眺めていた彼女がふと私の方を見てそう言った。

「そう?」

聞き返してみたが、彼女はただ空をじっと見上げたままで。
果たして私の事を指して言ったのか、それともただの景色に対する感想だったのか。
それは、分からなかった。腰を下ろした温泉の端の方から私も空を見上げてみれば、
群青色の空に薄い黄色の月が光ってて。
雲が無いわけではなかったけれど……確かに綺麗な月だった。

「はーるよ来い♪」

彼女が歌いだしたのは、それから少ししてのことだ。
まだ年すら明けていないのに春なんて来てしまったらそれは異変と人は言うのだ。
その時は彼女を退治……しなきゃならないんだろうか。
まぁ、その時が来たらきっとやるしかないのだけれど。
でもまぁ、これはただ来いって言ってるだけだし、大丈夫よね?うん。

「はーやく来い♪」

……にしても、通る声だ。春になった時にその嬉しそうな声を聞く事があるが、
どれだけ遠くに居たとしてもあぁこの娘の声だなって分かる程に通る声をしてる。
春の足音と言っても良いのかもしれない。ただ、元気に駆け抜けて行く時のあの声とは違って、
どこか待ちわびているような声。……実際そうなんだろうけれど、そんな風に私には聞こえていた。



「ねぇ。」
「はい。」
「お楽しみの所悪いんだけど。そろそろ出ない?風が出てくる前に。」
「そ、そうですね。」

歌う事に夢中になっていた彼女を止めてそう切り出してみれば、
ハッとなってばしゃばしゃと彼女が温泉の中をこちらに向かって走ってきた。
やっぱりお湯の中でこけそうになって、慌てて手を出してその体を受け止めて。
そのまま再び立ち上がらせると、二人揃ってお湯の外へと出たのだった。

風こそないけれど、外気に晒されっぱなしの状態は寒いからとせっせと体を拭きながら彼女の方へと視線を向けてみれば、
私と違って結構のんびりと体を拭いていた。もう下着なんかは身に着けてしまっていた私とは違って、
未だ裸であるその姿は私が後ろから見ている分にはとても寒くて。自分の体を拭き終えて急いで衣服に袖を通すと、
まだ露わなままで水滴のついた彼女の背、羽の根元へとタオルを下ろしたのだった。けれど、

「ひゃあああっ!」

何も声をかけずにそんな事をしたからなのか、彼女がそんな悲鳴をあげてしまって。
案外、とても弱い所だったのかもしれない。きゅっと涙目になりながら私の方を見上げた彼女に
とりあえず笑い返してみれば、顔を真っ赤にしていそいそと彼女が服を着て行った。
そんな声をあげてしまった事自体も相当恥ずかしかったようで。
少なくとも慌てているのは非常に良く分かった。……彼女の着ている服、どう見ても前と後ろが逆だ。
袖を通しかけた所でそう指摘すれば、赤かった顔をまた更に赤くして彼女が直して行った。



湯冷めするのが嫌で、帰りは飛んで帰った。急いで帰ろうとすればするほど、髪の間を通ろうとする風が寒かったけれど、
それでもやっぱりこっちの方が足も取られない分早い。それにもし行きと同じように転んだりしたら、せっかく浴びた意味も無い。
程なくして首元を冷やしながら家に帰りついて色々と見て回ったけれど、やっぱり誰かが来た様子はない。
まぁ来ていたのだとしても、私は留守だった訳だが。

二人して家の中へと入った所で、横に並んでいた彼女のお腹が小さくなった。
そういえば蜜柑を口に押し込んだっきりこの娘は何も口にしてないのだ。そっとお腹に手を当てて
寂しそうな顔をした彼女にはとりあえず居間で待つように伝えて、
私は一人台所へと向かうと、エプロンを身に付けたのだった。

さっと作れて二人分の用意があるもの……。
思えば年越し用に用意してた蕎麦がある。それを使ってしまおうか。
まだ大みそかまでに時間はあるから、必要ならまた、揃えてしまえば良い話。
思えば催促されている訳でもないのに誰かの分まで食事を作るというのは珍しいものだ。
よっぽど、寂しいのか?私は。



蕎麦を作り終えて、二つのどんぶりをお盆に載せて居間への廊下を引き返して。
障子を開けてみれば少しばかりしょんぼりとした顔の彼女が炬燵へと入っていた。
炬燵が冷えているというのもあるんだろうが、どうやらそれだけでは無さそうで。
まぁ、なんでそうなっているのかという理由には、おおよその見当が私にはついていた。

「住む所が無いなら、しばらく泊まって行かない?」

彼女の前に箸とどんぶりを差し出してそう尋ねる。
俯き気味の彼女の顔が持ちあがって、私を見つめた。

「私は構わないから。」

あまり飲み込めていない様子だったから、そう付け加えてみれば、
ぱっと彼女の顔が明るくなって。……でもすぐにまじめな顔に戻った。
炬燵から足を引き抜いて、改めてこっちに向かい直して。それからぐっと彼女が頭を下げて、
ほとんど乾いた彼女の髪がふわりと揺れた。

「あの、どうかよろしく……お願いします。」

聞いたりもせずに勝手に泊まって行く輩とは違ってやっぱり新鮮だ。
これがきっと普通なのだろうとは思うけれど。どうにも感覚がずれているのだと改めて私は思った。

「うん。じゃ、ほら。冷めちゃわない内に。」

落ちていた肩をぽんと手で叩いてみれば、答えるように彼女のお腹がまた鳴って。
どんぶりの方へと向き直って私が手を合わせれば、彼女も炬燵に入りなおして同じように手を合わせたのだった。

……年末までを一人で過ごす事にならずに済んで、実はちょっと安心したりしてた。



お蕎麦を食べ終えてしばらく。ぬるいとも言い難い炬燵の中で二人で休んでいたけれど、
彼女がすっと背を伸ばすとこちらに向き直った。

「なぁに?」
「あ、あの。どうお礼をすれば良いのか……分からなくて。」

俯き気味の彼女が私の問いにそう小さな声で返した。
思わず溜息が出る。皆にこの娘の爪の垢を飲ませただけでどれ程私が過ごしやすくなるだろう。
特に酒を飲みに来る連中には飲ませたい。あいつらまともに後片付けしないんだもの。
……しかし、どうしたものか。
いっそ一昨日から昨日にかけて募ってた寂しさでもぶつけてやろうかとも、ちょっと思った。
でもこんな純粋な娘を……いやだからこそ……あぁ、うーん。
……うん。とりあえず、からかってみてから様子を見よう。うん。

「ん~じゃあね、とりあえずお布団を敷いておいてくれないかしら。」

彼女が朝……私もだが、寝ていた寝室を指さしてそう伝えた。
こくこくと頷いて、そのまま寝室へと入って行った彼女の背中を歩いて追って、
そっと開けたままの襖から様子を窺う。畳む時に見ていたとは思うのだけれど、
やっぱり敷く時になって枕が二つあった事には気づいたようで、
どうやら私の意図を半分位は理解したのか、敷き終えた後赤くなった顔を伏せがちに私の方を見て、

「……あの。つ、次は?」

そう尋ねてきたのだった。言い切らない内に背をこちらに向けてしまったのだけれど、
そのまま彼女の後ろに立って肩に手をかけて、

「そうねぇ。……食べちゃおうかしら。」

そう返してみれば、

「お、美味しくないですよ?」

裏返った声で彼女がそう返したのだった。
かなり、肩に力が入っている。でも怖がっているというよりはどこか混乱しているといった所か。

「そんな意味で言ったんじゃない事位は、本当は分かってるんじゃない?」
「う、えと……その。」
「まぁ、嫌ならどうしてもとは言わないわよ。無理にしようとは思ってないから。」
「だ、だって経験した事無いです……から。」

段々と喋る彼女の背中と声が小さくなっていく。
そんな背中を一押しとばかりにそっと後ろから軽く抱きしめてみた。
……腕から抜けだそうという様子は、無い。
歩いて一歩踏み出せば外れる程に、弱いのに。



「止めとこうか。」

少しして、そう言って彼女からそっと手を離した。
ぺたん、と彼女の体が敷かれた布団の上に落ちる。
何だか、この娘には……嫌われたくない。
純粋過ぎる。このまま無理をさせてしまったら、消えないようなとんでもない傷を作ってしまいそうで。
私はそんな事をしたいんじゃない。

「ただ、とりあえず準備をしてる布団はそれしかないから、せめて隣には寝かせてくれないかしら。」
「……あの。」
「うん?」
「だ、大丈夫……ですから。」

流石に家主なのに炬燵に寝るのは嫌だからとそう付け加えてみれば、
そんな事を言いながら彼女が足へと抱きついてきた。
けど、その手はやはり少し震えていて。

「そんな所で無理するもんじゃないわよ。」
「だ、だってお礼……しないと。」

自分自身に言い聞かせるように彼女が呟いた。……ちょっとだけこの娘の性格を見誤った気がする。
頑固とまでは言わないけれど……。

「ただ、寂しかっただけだから、横に居てくれればそれで良かったのよ。」

そう言って頭を撫で下ろし後ろ手に居間との間の襖を閉めながら、
手をゆっくりと私の体から離したリリーに先だって布団の中へと入る。
……炬燵の方がまだマシだと思える程に冷えていた。
しばらくペタンと座り込んでいた彼女だったけれど、少ししてきゅっと手を握ると、私と同じ布団に入ったのだった。



「お姉さんは、寂しいのですか?」

昨晩はあれだけ遅く寝て、昼にも怠惰な生活をしていた私にはとてもこの時間には眠れない事は分かっていた。
だから、目を閉じていてもずっと起きていて。それはどうやら彼女にとっても同じようだった。
あれから少し、風が出て来てて。襖がカタカタと音を立てていた。
それを耳で聞きながら、ただただぼーっとしていた所で、
ふと、彼女がそう言ったのだった。

「そうね。この季節はただでさえ寒くて出不精になるから。
普段よりもぐっと、誰にも会わなくなる。雪が酷いとする事も無いから、じっとしてるしか無くてね。
それを何日も何日もやってると……寂しいわよ。」

そして昨晩はクリスマス。せめて一人くらいは誰か来てくれるんじゃないかなって。そう思っていたけれど、
そこでも一人だったから改めて孤独なんだなって事を認識させられて。
……だから余計に寂しいと感じるのかもしれないわね。

「……そうですか。」
「貴女にはそういう時ってあるのかしら。貴女が他の妖精と一緒に居るの、見た事が無いんだけど。」
「私も、……大抵いつも独りですから。」
「そう。」

目を開けて映った天井から彼女の方へと体を向けてみれば、
彼女も気づいてか私の方へと体を向けた。

伏せた目。その先にいつの思い出を振り返っていたのだろう。それは分からない。
けれど、少なくとも楽しそうな思い出を振り返っているようには私には見えなくて。
じっとその目を眺め続けて、開いた目の視線が私とぶつかるまで待つと、

「寂しい時、貴女はどうしてるの?」

私はそんな事を聞いてみたのだった。
彼女がまた、目を伏せた。同じ布団を使ってるから、
きゅっと布団のシーツを握った音が隙間風に揺れる襖の音に混じって私には聞こえた。

「あんまり、考えないようにしてます。」
「何故?」
「……つらい、から。」
「……うん。そうね……それは私だって同じ。だから、考えない為に庭を掃いたり、
ただひたすらにお茶を飲んでみたり。そうやって過ごしてきた。でも、それでもどうしようもない時間があって。
私はそれがあんまり、得意じゃ無かった。」
「それは?」
「こうして、寝る時よ。……寝る時一人ってことは、起きた時も一人じゃない。
明日もまた一人なのかなって、そう考えちゃってね。……そうすると不思議と眠れなくなったりしてね。
確かに本当に誰も来ないのかと言えばそれは嘘になるんだけど、それがたまたま続いたりなんかすると……ね。
こういう冬の寒い日なんかは、特にそんな事を考えさせられるのよ。」

そうしてずっと一人になっていると、段々私は本当に生きているんだろうかと不安になる。
心臓は鳴ってる。体温もある。お茶の味だってするし、炬燵はあったかい。
でも何だか忘れられてるんじゃないかと考え始めると、
そこから今ある感覚が何だか信用ならなくなったりし始める。
そして、不安と寂しさが重なって行く。
でも、だからこそ

「貴女は誰かと一緒に寝た事はある?」
「……いえ。」

だからこそ、誰かと一緒に居る時は楽しいと感じている。
寂しさを知ったからなんだろうと思う。
楽しい話は胸が踊って心臓は高鳴るし、何かを一緒にすれば体温があがってるんだなってのが自分でも分かる。
一緒に飲むお茶が美味しくなって、一緒に入る炬燵は普段よりもあたたかくて。

「誰かと一緒に居るっていうのは、なんていうか。安心出来るのよ。
明日もこの人と一緒なのかなぁ、一人で過ごさずに済むのかなぁって。そう考えたりして。」

いつしか彼女はじっと私を見つめていて。
私が笑いかければ、ハッとした顔をしてすっと視線を外して赤い顔を私に見せた。

「まぁ、それはあくまでも私の場合。……最初から抱かせてなんて酷い事を言ってしまって、ごめんなさいね。」
「い、いえ……。」



「あの。」
「うん?」
「私は、抱きあうというのはその。好きな人同士がするものだと思ってたんですけど、違うのでしょうか?」
「ううん……。それは合ってると思う。でも、それだけでも無いと思う。
それこそ、お互いが寂しさをもっと紛らわせたい時、お互いをもっと知りたい時。
何か理由がそこにあれば、そんな事に限らないんじゃないかしら。それに……」
「それに?」
「そういう事を通じてお互いが少しでも好きになれたら、何かを共有できるようになったら。
それはきっと、素敵な事なんじゃないかなって、そう思うわ。」
「……ですか。」

私の言葉にそう返した彼女が体をまた天井へと向けて。
どうやら何かを考え始めた様だったので、私はそっと彼女に背を向けて。
ただじっと、眠れない目を閉じていた。

風で障子や襖が揺れる音以外、まるで音の無かった寝室に小さく衣擦れの音が響く。
彼女が動いて、引っ張られるかけ布団の感触。
振り返ってみれば、丁度彼女が私の胸に飛び込んで。
……飛び込んできた頭の向こうに、彼女の服が見えた。
やはり湯たんぽよりもこっちの方が何倍も心地が良いって私は思う。

「約束できるかしら。」
「な、何でしょう。」
「無理はしないで。……言いたい事があったら、ちゃんと教えて。」

そう言って私が小指を出せば、彼女もそっと小指を重ねた。
相変わらず震えていた指だったけれど、重ねている内にそれも収まって行った。

「ちょっと、待っててね。私も脱ぐから。」
「はい。……その、宜しくお願いします。」
「そんなカチカチにならなくても良いのよ。」

離れた彼女の頭をそっと撫でて。
恥ずかしそうに顔を逸らせた彼女の横で、一つずつ着ていた服を脱いで行った。
どうやら彼女は下着までは脱いで居なかったらしく、
私がそれすらも脱ぐのを見てか、同じように布団の中で脱いだようだった。

「……うん。」

やっぱり季節柄、裸は寒い。
だから脱いだ服を布団の脇に重ねた後、すぐに布団に戻った私はそっと彼女に手招きして。
寄って来た彼女を胸元まで引き寄せたのだった。

経験が無いと言っていた。だから正面から抱かれるのは抵抗があるんじゃないかと思って。
そっと彼女の体の下に手を差し込んで、こちらに背を向けさせるように体をひっくり返すと、
きゅっとその背中を私は抱きしめた。

「はふ……。」

分かってはいたのだろうけれど、それでも緊張していたのだろう。
強張っていた肩ごとぎゅっと抱きしめてやれば、そんな声が彼女から漏れて。
慌てて彼女が口元を手で覆ったけれど、後ろから見えている無防備なままの耳は
段々とその赤さを増して行っていた。
彼女のあたたかい背中を通して伝わってくる鼓動。大きくて、とても早くて。
私は彼女の肩口が冷えないように一度布団を引きあがると、そっと首の付け根へと頭をくっつけたのだった。

「こうすると、あったかいでしょう?」
「は、はい。……でも、あの。」
「うん?」
「あの、背中に、その。当たってるんですけど。」

そりゃまぁ、抱きついているのだから仕方ない事だとは思うのだけど。
まぁ慣れていないのだろう。こういう事に。

「ごめんね。薄い胸で。」
「い、いえ!そんな事は……えと、柔らかいですし。」
「……そっか。」

まだ何とかして褒めようと言葉を探している彼女をもっと強く抱きしめれば、
そんな彼女の息がきゅっと詰まって、また心臓が高鳴って。
真剣というか、いっぱいいっぱいな彼女には申し訳なかったけれど、
それがどこか私には楽しくて、思わず笑ってしまった。



私の腕の中でどぎまぎしていた彼女が落ち着くのをのんびりと待って、
彼女が深く深呼吸したところで、そっと抱きしめていた腕を解いた。
そのまま彼女の肩から腕を辿って、手を握る。
恥ずかしさであったまった首元と違って、緊張しているからかその小さな手はどこか冷たかった。
……少しして、弱かったけれど彼女も握り返してくれて。ただ何となしに、

「ありがとう。」

そう呟けば、

「え、あの。ただ……こうしたいなって、思ったから。」

少しだけ困った様な声で彼女が答えた。

「そっか。してみたい事他にもあったら、もっとして良いのよ?」
「じゃ、じゃあ。その……失礼します!」

それに対して返した私の提案には少しだけ悩んだ様だったけれど、
決心したように彼女が小声ながらに叫ぶと、ぐるりと体の向きを反転させて今度は私に抱きついた。
私の胸元に顔を埋めて。……したいからそうしたのだろうけれど、上から見つめる彼女の顔はみるみる赤くなって行って。
ぎゅっと閉じた目がもっとぎゅっとなって。それでも必死に抱きついてる。
……何だか見ていて朗らかな気にすらなってくる。まるで林檎みたいな顔にしちゃってて。
私も彼女の後ろ頭に手を当てると、口を塞がない程度に抱きしめて返したのだった。

彼女のあたたかさをもっと感じたくて、抱きついたままそっと体を持ち上げて、私の体をすっとその下へ差し込んだ。
まるで押し倒されたかのような姿勢になって、彼女は

「お、重くはないのですか?」

そんな事を腕の中で呟いたりはしてたけれど、正直ちっとも重いとは感じない。
裸で畳一枚の上で同じ事をやったらそう思うのかもしれないけれど、ここは布団の上だもの。
だから私を上目遣いで見ていた彼女にそう首を振って返してみれば、
どこかいっぱいいっぱいな感じもする笑顔を彼女も見せてくれた。
そんな彼女を他所に、そっと彼女の足の間に自分の足を割り込ませて膝を立てる。
彼女はどうやらその事をまるで気にして居なかったけれど、
果たしてもう足を閉じる事が出来ないというのを、彼女は認識してるんだろうか。
……してなさそうだな。未だにこんな顔してるんだもの。よっぽど心地いいのかな。
頭を撫でれば嬉しそうに唇の端を持ち上げるし。ひょっとしたら誰かに甘えたいという気持ちが
私が思っていた以上にあったのかもしれないな。
それならそれで、私が相手で良いのなら応えてみたい。

「そういえば、貴女はここを触れられるのが苦手なの?」

ふと、温泉から上がった時の事を思いだして、後ろ頭に添えていた手を下ろし羽の付け根をそっと撫でた。
ぴくっと彼女の背筋が反るのと同時に抱きついていた彼女の手、その爪がぐっと肌に食い込んだ。
体も体で、この娘は正直なようだ。

「あ、えと……うぅ。そこは、その。」
「気持ちよくは無い?ここを触れられるのが嫌いなら……。」
「き、嫌いじゃない!……んですけど、あの。恥ずかしくて。」
「そっか。でも。」

そう言って彼女の顎にそっと手を這わせてこちらを向かせる。
じっと合う目。ほんの少しだけ、口元が震えてるのを私は知ってる。

「此処に触れてる時の貴女の顔、可愛いなって。」

そう囁いてみれば、私を見つめていた目が大きく見開いて、
少しの間固まっていたけれど、顎を支えていた私の手からぱっと逃げると、
ぽすっとまた胸の中に顔を埋めてしまって。……さっきよりもよっぽど、
胸に飛び込んできた彼女の顔が熱かった。

私に見せまいとしたのか、しばらく彼女の背中が少しでも冷えないようにと撫でていたのだけれど、
彼女は顔をあげてくれなくて。拗ねた訳じゃないのは分かっていたけれど、
何だか顔が見えないと言うのはちょっと、惜しい。

「ねえ。」
「……はい。」
「貴女は一人でした経験、ある?」

びくっと、彼女の体が震える。即答はしなかったけれど、
胸の中にあった顔が一段とまた熱くなってきた。
真っ赤になった耳を思わず撫でたくなって触れてみたけれど、うぅん。
ふにふにと柔らかくてとてもあたたかい。

「私は、あるわよ。」
「う、あの……あります。」
「そっか。ありがとう。」
「ただ、自分でした時はちょっと怖くなって……その一度をしたっきりで。」
「怖かった?」
「得体が知れなくて。」
「なるほど。……今日は私が居るんだし、怖かったらぎゅっとでもして頂戴な。」
「……はい。」

さば折りされるのは勘弁だけど、他の妖怪とは違ってこの娘にはそんな力は無さそうだし。
……さっきくらいの力でぎゅっとしてくれるのなら、私にとってそれは役得だ。



撫でていた手をそっと下ろして行く。
小振りのお尻を通り越して、太股へと手を伸ばした。
少しずつ冷え始めているお尻とは違って、ここは胸程ではないにしろ結構あったかい。
何より私の太股よりもスベスベしてて、うっかり爪で傷つけてしまうかもしれないのがちょっと怖い。

「も、揉まないでください。」
「だってとっても柔らかいんだもの。」

すらりとした足なのに、押せばかえってくる確かな弾力。
肌の上を滑らせるたびに熱くなる彼女の顔。
あぁ、恥ずかしいんだろうなぁ。もっと恥ずかしい事がまだ先に残っているのに。
でもまぁ、それくらい熱くなってくれた方が私も寒くないのは事実だ。たぶんそれは、彼女も一緒。
ここに第三者が居たならばきっと彼女だって逃げ出してしまうけれど、
そんな事は全く無い。幾ら恥ずかしい思いをしても、それを知ってるのは私と貴女だけだから。
……案外信用してくれているんだろう。まだ昨日今日の付き合いなのに。

すっと、撫でていた手を足の間へと伸ばす。
きゅっと彼女の足が閉じかけたが、閉じようとしてもそこにあるのは私の膝だ。
捻って逃げようとする体をもう片方の手でぎゅっと抱きしめて。
胸の中で慌てふためく彼女の頭にそっと頬を載せた。

「誰にも言わないし、誰も見てないわ。……だから、落ちついて。」
「れ、霊夢さんが見てるじゃないですか。」
「それは、ほら。お互い様。」

そう返して薄い胸を頑張ってぎゅっと押し付けてみれば、それっきり彼女は反論してこなかった。
それを了承とみなして、止めていた手を足の間に進めて行く。
無意識でもあるんだろうけれど、きゅうきゅうと締めつけてくる彼女の足は
太ももで受けていて妙に心地が良い。
ぷるぷると、頑張って閉じようとする様子がそこから伝わってくるから。

ぴとり、と指先が彼女の大事な所に触れる。
太股なんかに比べたら少ししっとりとした肌の感触。
そして、熱い。きっと彼女からしたら私の指はかなり冷たいんだろうなって思う。
もうちょっと太股から体温を分けて貰っておけば良かっただろうか。

すっと指を押しつけて、撫でてみれば彼女の体がもぞりと持ちあがった。
……濡れてない分擦れて痛いだろうか。そう思って代わりに周りの柔らかなふにっとしたお肉を
揉もうとしたけれど、どこか手が動かしづらい。体勢があんまり良くないか。

「ねえ、リリー。もう少し上にあがって来てくれないかしら。そろそろ貴女の顔も見たいし。」
「それは恥ずかしいから嫌です。」
「本当に、駄目?」
「……霊夢さんの方、見なきゃだめですか。」
「出来たらそうしてくれないかなーって思うんだけど。……ちょっと、手が動かしづらくてね。誤って爪で掻いたりしたくないから。」

うぅ、と彼女が唸る。押しには弱いのか彼女が少しだけむっとした様子で体を引きあげて、
とん、と私の顔の横に両方の手をつくとそのまま私を見下ろした。
真っ赤な顔で、部屋に僅かに入ってくる光が、目じりの涙に反射して少し光ってた。

「……少し、寒いです。」
「じゃあ、私が上になろうかしら。……よいしょ。」

ぶるりと体を震わせた彼女の体に手をかけて、布団の上にぐいっと引き倒した。
私がさっきまで寝ていた所だから、少しは……

「……あったかい。」

うん。あったかいはず。緊張していた顔が溶けるように緩んで、安心したように彼女が体を一度ぐっと伸ばして。
溜めこんでいたらしい溜息を吐いた所で、私は彼女の直ぐ横に体を横たえたのだった。
ちらりと私を見上げる彼女を見つめ返してみれば、さっきの言葉を思い出したのだろう。
ハッとしたような顔をしたかと思えば、急にそっぽを向いてしまって。
顔の近くに置いてあった枕を手に取ると、さっと顔を隠してしまった。

「どうすれば顔を見せてくれるのかしら。」
「や、やっぱり駄目ですか?」
「それを少し期待して、あったかい場所あげたんだけどなぁ。」
「……じゃ、じゃあ。えっと。」

彼女が顔を隠していた枕をゆっくりと放した所で、私はそれをそっと手にとって布団の隅へと追いやって。
どこか名残惜しそうな目を彼女は枕に向けていたが、ぐっと深呼吸すると私を見上げて小さく口を開いた。

「……を。」
「うん?」
「キ、キスを教えてはくれませんか。」
「……貴女は、私の事好き?」
「嫌いじゃ、ないです。……その、ま、まだ少しだけど……好きです。」

抱く事には最初抵抗を示したのに。キスは良いんだろうか?
私だったらじゃれ合いで抱きつかれる分にはまだしも、
じゃれ合いでなんとも思っていない相手にキスされるのは……なぁ。
お酒が入った勢いなら、分かるけれど。
でもまぁ、一応私の事を好きとは言う事が出来るようではあるし。
私にも、それはたぶん言える事である。

「その、前にしてるのを見たことがあって。し、幸せそうで興味がありまして。……駄目、ですか?」
「貴女がそうしたいなら、良いわよ。でも、貴女初めてでしょう?それでも良いのね?」

私が、初めてになっても。
後悔を……いつかしてしまわないかな。
今は良くてもいつか傷にしてしまわないか。
……なんで怖くなるんだろう。

私の問いに彼女が首を縦に下ろした。
目は凄く真剣で。何だか主導権を握っていたはずなのに今度はこっちが深呼吸する番だった。

「目、閉じて。」
「……はい。」
「……うん。貴女が言ってくれたから、私も言っておく。私は貴女みたいな娘、好きよ。」

純粋で。真っ直ぐで。表情豊かで。……抑えては居ても少し甘えたがりで。
きゅっと閉じた瞼。少し震えていた肩に手を添えて、そっと顔を落とした。

触れる唇。僅かながら漏れた息が、一瞬私の口先を撫でた。
今日私が触れた他のものよりも、柔らかい。重ねただけで、そう思った。

キスすら初めてだと彼女は答えた。そもそも裸で抱き合うの自体、彼女にとっては初めての事。
だったら、私も真剣に応えなきゃいけない。でも、どうすれば真っ直ぐに応えられるだろう。
いざ唇に触れた後で、私はそんな事を考えてた。



寂しいから。
それを理由にして、私は彼女をここに誘ってる。
……それを、後悔した。

触れている唇。あったかくて、柔らかくて。重ねた私のそれも嫌がる事なく受け入れてくれてる。
どんなに恥ずかしがっては居ても、その恥ずかしさの下に居る彼女が真剣なのは、分かってるのに。
分かっていたのに。それは、分かっていたのに何故……そんな理由にしてしまったんだろう。
嘘をついたわけではないけれど、釈然としないというか。

私が、納得できない。



唇を離した。
僅かにちゅっと、音が響いた。
私が目を開ければ、ゆっくりと彼女も目を開けた。

「あ、ありがとうございました。……その、頭がいっぱいで。ちょっと良く分からないんですけど、
頭の中真っ白で、それでえっと、なんていうか。……凄くドキドキしますね。」

彼女がはにかんで笑う。赤い顔で、視線が私と部屋の中を行ったり来たり。
嬉しそうだなっていうのは、分かる。でも。

「ごめん、リリー。ちょっと、体起こして貰って良い?」
「え?あ、はい。」

納得できない。

「もう一度、させて。……お願い。」
「キスを、ですか?」
「……お願い。」

上半身を起こした彼女がもう一度目を閉じて。
私はその体を包んで。唇をまた、重ねた。
さっきみたいな、優しい重ね方じゃない。抱いた手も、唇も。強く……ただ強く。

真っ直ぐにしたかった。自分の気持ちを。
真っ直ぐにしてみたかった。それで、伝えたかった。
……私が真剣になりたかった。
驚いているんだろう。彼女が手をばたつかせる。でも、離せない。放さない。
ぎゅっと強く抱きしめて。彼女の心臓の音がトクトクと伝わってくるのを体で聞いた。
きっと私のそれだって、伝わってる。……一緒に、伝わってはくれないかな。
ちゃんと、伝えられるようになれないと。いや、伝えないと。

柔らかくてあたたかい手が背中に触れた。
起こしていた体のせいで、布団なんてとっくに剥がれ落ちていた。
……ごめんね、寒いよね。でも、もう少しだけこのままで居させて。……その手が嬉しいから。

唇を放した時、震えた熱い息が私の唇を撫でた。
少しばかり固まったような彼女の体を、そっと布団の上に倒して。
私は彼女の体に跨ると、その顔の両脇に手をついた。

「もう一度、言わせて頂戴。」
「ぁ……ぅ。」

彼女が真っ赤な顔で、私を真っ直ぐに見つめている。
真っ直ぐ、見てくれている。

「好き。私は、貴女が好き。」
「う、……その。私ももっと……好きになっても、良いですか。」
「そう思ってもらえるように、応えてみたい。」

答えた所でぎゅっと彼女が私の体に抱きついた。
肩に手がかかったおかげで、支え切れなくて。彼女の上に完全に体が落ちた。
私の方が体おっきいし、重いだろうに。それでも彼女は手を緩めようとはしなかった。
むしろ、さっきより強く、ぎゅっとしてくれた。

「あの、これ。……凄く、ドキドキします。何だか良く分からないっていうか……もう。何も考えられないですけど。」
「……さっきと一緒だった?」
「一緒だけど、一緒じゃない。何だか凄く耳が熱いです。顔が熱いです。
でも何よりここが、胸の中があったかくて。気持ち良くて。……幸せです。頼んで、良かった。」
「……ありがとう。」
「お礼を言うのは、私の方です。」
「そんな事無いのよ。……私は言わなきゃいけない。私も、嬉しいから。」

そう。とても……嬉しかった。
真っ直ぐ見てくれる事が。



ぎゅっと、お互いの体を抱きしめてしばらく。
お互いでお互いをずっとずっと、見つめていた。
魔法や呪いにでもかかったみたいに目を離す事が出来なかった。
まるで吸いこまれたような感覚。瞳の奥に何が見える訳でも無い位部屋だけど。
それでも……じっと見ていたくなる。
それにどこか、笑いもこみ上げてくる。
おかしいんじゃない。嬉しいんだ。
彼女が笑ってくれるから。だからか、とても。……安心してるんだ。
私まで笑ってしまう。自分でも正直良く分かっちゃいない。でも、それで良いやって思った。

ぴったりと、彼女の足が私に張り付いた。
私よりも小さな体。とてもあたたかい体。
一方で私の体温も受け取って欲しくて、私も彼女の足に自分の足を絡めた。

抱きつかれている背中。撫でられている背中。私の足を撫でる、彼女の足。
全部が全部、優しい感触だ。だから、私もそうした。
抱きついて、撫でて。彼女の足を自分の足で、取り込んだ。

じゅん、とした感触がふと足に触れた。
私を見ていた彼女の顔が、かっと赤く染まる。
お互いさっきから赤い顔ともっと赤い顔を行ったり来たりだ。

「そ、そういえば。……教えて貰えるんでしたっけ。その、私が出来なかった……続きを。」
「そうね。何だか順番が逆に……いや、これで順番通りかしらね。普通なら。」
「あの、お願いしても良いですか?」
「分かった。……背中、預けてもらっていい?」
「背中ですか?」
「うん。その方が手を伸ばしやすいし、それに……」

そこまで伝えて、彼女の返答よりも先に彼女の体を返して背中にぎゅっと抱きついた。

「この方がぴったり貴女にくっつけるから。」
「確かに、背中に感じます。さっきからですけど、お互いドキドキしてますね。」
「そうね。でも、貴女はもっとそうなるかもね。」
「私怖いのは……あんまり得意じゃないです。」
「私は、ここに居るわよ。」
「……はい。」

後ろから顔を伸ばしてそっと頬を重ねた。
思っていたより自分の頬も熱かったのだと気付いた。
彼女の肌、大抵どこを触れてもあったかいと感じてたはずなのに。
今の頬だけはそんな事を感じさせなかった。案外、人の事を言えないんだろう。
小さいけれど、長い息。頬を通して伝わってくる彼女の呼吸の音。
何かを伝えたげにたまに声も混じるけれど、言葉にはなってない。

伸ばした手がまた大事な所に触れる。
最初に触れた時の感触じゃない。さっき太股で覚えたその感触。
少しじっとりとした、そんな感触が指の表面を走って。
抱いていた手で頭を撫でれば、きゅっと彼女の体が少し丸まった。
そんな彼女の背を追って、またぴったりとくっつきなおして、
頬から首の後ろへと頭の置き場を移して抱きなおすと、そっと伸ばしていた指を動かしたのだった。

「ぅ……ん!」

半分ほど、どこかくすぐったさを残した小さな甘い声が背中越しに届く。
穏やかで、元気な印象を与えてくれる昼に聞いた声とは違って、
どこか声の出所まで惹きつけるような、そんな声。決して子守唄ではないのに、
静かな部屋でずっと、聞いて居たくなるような。……そんな可愛い声。

……小さなお豆さん。
意識を移していた指先がそれを捕えた。
途端に、彼女の息が詰まった。この反応なら直に触れるなんて事はしなくても良いだろう。
上から軽くちょっと、押しつぶす位でも十分気持ち良いだろう。
怖いと思われたくないし、擦れる感触を覚えてほしい訳でも無い。
私の手が十分に滑らかに触れられる程濡れている訳でもないし。
そう思って、載せていた指の腹をちょっとだけ押し込んで、くりくりと皮の上から撫でてみれば、
そこが押し込まれる度にきゅ、きゅと彼女の体がどんどん丸まって行った。
……だんご虫と比べるのはちょっとかわいそうだが、それを思い出してしまうようなそんな反応を彼女が
返してくれるのが楽しくて。彼女の息の具合を確かめながら、少しずつ指の動きを強くしていった。



「あ、あの!」

緩い呼吸だった彼女が少し早い大きな呼吸をするようになってから少しして、急にそんな声をあげた。

「うん?」
「ぎゅって!……して貰っても良いですか。」
「こっち?」
「ひゃぁっ……ぅ、えっと、そっちじゃなくて、背中を。」
「……んっと、これ位?」
「もっと、強く。さっきしてもらった位に……。」
「片手だからちょっと限度があるけど、……これで良いかしら。」

弄っていない空いていた手をそっと胸元に伸ばして、ぐっと私の方へと引きつける。
ずっと刺激を与えて続けているからか、引きつけるにも彼女の体が反発してあまり上手く抱けてるとは思えなかったけれど、
それでもどこか彼女は満足してくれたようで。私が抱いていたその手を包むように手を重ねると、そのままぎゅっと握ってくれたのだった。

「何だか、ちょっと怖かったですから。」
「……来そう?」
「……はい。」
「そっか。我慢も遠慮も、良いから。素直に……受け止めてみて。」
「が、頑張ります。」
「力は抜いてね。それと、私はここに居る。」

きゅ……ぎゅっ……。
私が指を動かせば、合わせて彼女がそんな感じに私の手を握ってくる。
我慢はしなくて良いとは伝えたけれど、やっぱり不安があるのか、ちょっと我慢してるようだというか。
そっと覗きこんでみた顔も9割くらいは気持ちよさげだなぁと思うのに、
残りのどこか、1割にも満たないだろうけれど苦悩のような物がちょっと見える顔だった。
焦らしているつもりは、無いんだけど。……どこか不憫に見えた。

もうちょっと指を強めた方が良い、のかな?
そう思って、ちょっと指に力を込めた。
触れて撫でるだけだったそれを、捏ねるように。
一瞬彼女の口から悲鳴のような声が漏れて、私の手を強く強く握られた。

ぐっ、ぐっと。さっきまで丸まってた体が今度は私の胸を押してくる。
柔らかい背中。肌の下に確かな骨の感触こそあれ、あったかい肌をこうして遠慮なしに押しつけられると
どこか妙な心地よさが抱いている胸から伝わってくる。
彼女からもぎゅっとされているような感じというか、言いかえるならばさっきも言った……

「私もね。」

小刻みながらに震える彼女の体。
自分がいつもしている時のそれと重ね合わせて……もう限界だなって察して。
彼女の耳元に顔を近づけると、その耳元に

「幸せ。」

そう、囁いたのだった。

息が詰まりっぱなしだった彼女。一段と強く捏ねてから押しつぶせば、その体が大きく反りかえった。
声になりきれない音と詰まった息が、彼女の体から漏れて。
私は胸元に伸ばしていた手で頑張って、その体を受け止めた。



彼女の体から力が抜けて、一度長い息を吐いた所でそっと顔を覗きこんだ。
狭い部屋の中でどこか遠い一点を見つめているような感じの表情だったけれど、
ふと私の方に顔を向けると、目じりを下ろしてゆっくりと笑った。

「怖かった?」
「大丈夫だった……とは、思うんですけど。」
「けど?」
「気持ちが良いので、もう少しだけ。このままで居ても良いですか。」
「……うん。」

ふっと腕の力を抜けば、彼女がくるりと体を返して私の体に抱きついて。
私は差し出された彼女の頭に一度口づけすると、その体を全身で包んだ。

「好きなだけ、居て頂戴。」

それだけを告げて。目を閉じて夢の世界に歩き始めた彼女の体、
その肌蹴た肩口まで布団をそっとかけ直すと、私も目を閉じて後を追ったのだった。



――



あぁ、失敗した。
そんな言葉が頭の中に走ったのはその翌朝だ。
いくら布団の中であるとはいえ、素っ裸でいることがどれだけこの季節においては馬鹿げた行為であるのか。
それは正月の宴会の後に酔い潰れてここを利用した事のある輩ならば皆、例え裸じゃなかったにしても
分かっている事である。背中を襲う刺すような痛み。障子越しに届く冬の太陽の光こそあれ、
とても、とても寒いのだ。まさかここに住んでいる私自身がそんな経験をしなければいけないとは思っても無かった。

未だ眠たい目を擦り、眩しさの中でゆっくりと目を開ける。
静かな朝だ。騒々しい朝なんて滅多にこんな所じゃお目にかかれないが。
ふと視線を下ろしてみれば、暖かな色を返す彼女の髪がそこにはあった。
気持ち良く寝ているのかな。……と、最初は思ったが、私の背中にがっしりと絡まった腕と
私の足にびっちりと張り付いた彼女の足。やっぱりこの寒さが堪えているようで。
まぁ私も人の事を言えたものではないのだけど……。

「おはよう。」

小さな声でそう声をかけてみるが……反応は無い。
凄く寒そうにしている割にはしっかり夢の中のようだ。
どんな夢を見ているんだろう……楽しい夢、ではなさそうだな。こんな寒いんだもん。
私の胸にぐっと押しつけてる彼女の顔だってちょっと冷たい。

「少し、我慢しててね。」

返事を期待した訳じゃないけれど、そう伝えてゆっくりと手を引き剥がした。
私の体で暖をとっていたからか、未だに夢の中の彼女がどこかおろおろしたような表情になっていたけれど、
そればかりはちょっと我慢してもらうしかない。
部屋の中を見渡して、彼女が昨日脱いだ服を手にとって。
私は新しい自分の衣服に袖を通すと、彼女の服を持ったまま静かに寝室を抜けて
居間へと入ったのだった。

「やっぱりこれが無いとねぇ。」

そう呟きながら炬燵を準備して、畳んだ彼女の服をそっと炬燵の端に入れておいた。
まだ起きてくるには時間があるだろうし、せめてその時まで。
私が無理して脱がせたようなものだし……着る時位はあたたかくして欲しい。
手遅れだとも、言えなくは無いんだけどね。

炬燵が少しずつ温まってきたのを突っ込んだ足で確認して、台所へと向かった。
板の廊下。歩いたりはしない。この冷たさは人を殺そうとしている。
明らかな殺意がある。まぁ、目は覚めるのだが……良いものじゃない。
これくらいの冷たさなら、悪さをした奴らをふんじばって正座させるにはもってこいの場所だとも
思えてしまう位で。……いや、自分の足を考えればふんじばる気も起きないか。

「さてと。」

かまどに火を入れて水を入れた鍋と薬缶をそれぞれ火にかけた。
床もそうだが水もそうだ。こいつら、冬になると恨みがあるかのように牙を剥いて襲ってくる。
もはや冷たさがどこぞの氷精に会った時の比じゃない。あれも本気を出させればとても
寒いのかもしれないが、わざわざこんな季節にそんな事をするメリットはない。
夏にはちょっと、欲しいかもしれないが。……ちょっとだけ。

水を張っていた鍋の湯が溢れないように静かに湯たんぽを沈める。
薬缶のお湯を移しても良いのだが湯たんぽに移すと薬缶の中身がほとんど無くなっちゃうから、
二度手間だとか考えるとまるでやる気にはならない。
薬缶のお湯は私の一杯のためにあるんだもの。

先に薬缶のお湯が湧いた所で、そっと鍋を火から下ろした。
薬缶と違って湧いては居ないが、むしろこっちは沸かれたら困る。
薬缶がことこと音を立てているのをよそに、取り出した湯たんぽに蓋をしてから
いそいそとお茶の準備。まだ寝ているけれど彼女の分の湯のみも持っていっておこうかな。
洗い物が昨晩の分まだ残ってるから、私がいつも使ってるのを彼女に使ってもらうしかないけども。



鍋をそのままにしてお茶に薬缶、湯たんぽをひっさげて居間への廊下を戻る。
薬缶からお湯を零すと後が大変だから仕方なく床を歩いたけれども別に戻りなら心配はない。
そろそろ炬燵が良い具合になっているはずだからだ。
……そう考えないとやってられないのだ。冷たいのは嫌だが、その後の楽しみが増えるなら。
そう考えれば差し引いて零くらいにはなる。

お茶の道具だけを炬燵の上に置いて寝室へと入って、薄い布を巻いた湯たんぽを彼女の胸にそっと抱かせた。
……ちっちゃい胸がちらりと見えた。私より小さいが、無いわけではない。
綺麗な白い肌に桜の花弁を浮かべたような……てあぁ、布団めくったままだと寒いわよね。ごめんね。
急いで肩口までしっかりと布団をかけ直して。寒そうな顔が段々と緩んで行くのを確認すると、
一度頭を撫でてから居間へと戻った。

「ふぅ。」

足を突っ込んだ炬燵。そして私が用意してくれたお茶。
上からも下からも広がってくるこの熱の感触。
春の味覚夏の味覚、秋の味覚に冬の味覚と、季節季節にそれぞれの味覚があるが、
冬に至ってはこの熱さそのものも、一つの味のようなものだ。
火傷は困るがあればあるだけ、寒い思いをしなくてすむ。
冬でのぽかぽか気分が幸せでない事など、まず無いのだから。

薬缶の中身を半分ほど使った所でそっと居間を後にして再び戻った台所。
また今度居間に戻る頃にはもうお湯が白湯だか水だかになってしまうだろうが、それは仕方が無い。
だって洗い物はしなきゃならないのだ。昨晩の食器の。……洗濯もだな。
私の分だけじゃなく彼女の服もだな。代えは私の物を使ってもらうしかないか。
そういえば靴は回収出来なかったと言うが……服はどうなんだろう。
その辺は後で確かめておかないといけないかな。
しかしこの季節に家を失うとは、ね。改めて考えるとやっぱり、可哀そうだ。



お釜で御飯を炊き、別の鍋でみそ汁を拵える一方で、
食器ついでに自分の衣服を余っていたお湯を使って洗い終えて、洗った服を台所の隅で干した。
流石にこのまま外に干すと、風も相まって乾く前に服の形の板になってしまう。
まぁ結局最後は外に干す……とは思うが。少なくとも朝ならここで良い。
というか、外に出たくない。寒いから。

朝食の準備が整うまでの間に居間から運んできた薬缶のお湯を温め直し、
お茶を作りながらゆっくりと過ごして。出来あがった所で全部を盆へと載せると、
ゆっくりと居間へと戻った。

寝室からは寝返りの音が聞こえていた。若干眠りが浅くなってきたのかもしれない。
もしかしたら幸せな事が夢の中にあって、それでごろんごろんしてるのかもしれないが。
配膳を二人分済ませて、炬燵の中の彼女の服を取り出した。
……うん、これなら着る分に震える事は無いだろう。あったかくてもぶるぶるとなることはあるけど。
そんな事を考えながら彼女の衣服を引っ提げて寝室へと入り、
彼女の枕元に膝を下ろすと私はその肩にゆっくりと手をかけたのだった。

「リリー。起きて頂戴。」

ずっと見て居たい程どこか幸せそうな寝顔だったが、ずっと見ていては御飯が冷める。
味噌汁や衣服だってそうだ。だからそう声をかけてみたものの……

「おはよぅ……ござぃーます。」

反応が乏しい。一応目は覚めたようなのだが。
その言葉を発したっきりぴくりと動く事も無く。
また何だか幸せそうな寝顔に戻り始めたので私は一度深呼吸をすると、
そっと彼女の唇の上に自分のそれを重ねたのだった。

……少しの間は、やっぱり反応がなかった。
けれど、途中からふわりと彼女の顔が熱くなった。
彼女の手がわたわたと布団の中で暴れる。

「起きた?」

唇を離して真っ直ぐにそう尋ねてみれば、
真っ赤な顔に見開いた目でこちらを見ていた彼女が恥ずかしそうに枕で顔を隠した。

「ふ、普通に……起こしていただければ。」
「普通に、起こしたのよ。」

……さっきのは、寝言か。

「あ……。」
「うん?」
「ちょっぴり、お味噌汁の味がしました。」
「あぁ、うん。朝ごはんの用意、してたから。ほら、貴女の服。着替えたら出て来て頂戴な。冷める前に食べてしまいたいから。」

そう言って彼女の服を渡してやれば、あたたかかったからか、喜んでくれて。
さっきのキスが原因だろうが、わたわたしながら急いで着替え始めた彼女に背を向けると、
私は一人先に居間の炬燵へと戻ったのだった。



「貴女、また前と後ろが逆よ?」

炬燵で足をあたため、二人分のお茶を用意して待つ事少し。
彼女が赤い顔のまま部屋から出てきたが……また前と後ろを逆に着てて。
私がそう指摘すればハッとなって自分の服を見て、
袖だけ引き抜くと服を着たままぐるりと服を回してた。……器用というか、横着というか。
よっぽどさっきのが効いたんだろうか。
ふと寝顔を見ていたらしたくなって、それでしただけではあるんだけど。

「おはよう。」
「あ。おはよう、ございます。」
「さ、食べましょう。……質素で悪いけど。」
「あの。」
「うん?」
「ありがとう、ございます。」
「良いわよ、これ位。居候はさせるけど御飯は出さないから自分で採ってこい!なんて事は、言わないわよ。」



二人で食べはじめた朝ごはん。
彼女が気にしない程度にその食べる様子を静かに窺って見たが、
若干私よりも食べ進めるスピードが早い。昨日のお蕎麦がちょっと少なくてお腹が減ってたのかしら。
育ち盛りの食べ盛りであるのかは……見た目で判断しちゃいけないのだろうけれど、
ちゃんと食べたいのなら用意はしてやらないといけない気がしてくる。
ただ、限度というものはある。私のお財布事情には特に。
まぁ、なんとかしよう。幸せそうに頬張って食べてくれるのだもの。
その程度……どうにかしよう。

「貴女。」
「はい。」
「何かこう、好きな食べ物はあるの?」
「……えっと。今はその、霊夢さんと……一緒に食べられるなら。」

そう答えた彼女の言葉に、炬燵の布地に新しい味噌汁模様を作りそうになってしまったけれど、
なんとかそれを堪える事は出来た。……よくもまぁ、そんな恥ずかしそうな台詞を言えるものだと思ったけれど、
よくよく見てみれば言った本人も顔は真っ赤で、視線が重なると慌ててすっと逸らして。
何だかんだ、言った本人の方がやっぱり恥ずかしそうだった。

しばらく、何だかお互いに箸を勧める事が出来なかった。
彼女が用意してあった湯のみを手にとって話を一度濁して。
私もそれに倣って、湯のみの中のお茶を喉へと通した。



先に食べ終えたのはやっぱり彼女で、私はといえば丁度半分程食べた位だった。
何だか食事の味が良く分からない。味見した時の、あぁこれで大丈夫だと心の中で呟いてたその記憶は確かにあるのだけれど、
こうして食べていると本当にそうだったかどうかが怪しくなってくる。

「御馳走様でした。」

箸を置いた彼女がにっこりと笑って手を合わせた。

「お粗末様……貴女、結構食べるの早いのね。」
「美味しかったですから。」
「……以前大妖精さんとお食事をすることはあったのですけど、
でも昨日やその時よりもなんていうか、胸がドキドキするというか。楽しいというよりは、嬉しいというか。」
「そ、そう。」

……一段と、御飯の味が分からなくなってきた気がする。



「貴女、確か靴は埋もれちゃったっていう話をしていたけれど、服はどうだったの?」

なんとか最後の一口を食べ終えた後、箸を置いてお茶を飲んだ所で彼女にそう尋ねた。
彼女はあれっきりただ、にこにことしていたけれど私の言葉を聞いて少し眉を寄せた。

「た、たぶん大丈夫だと思います。お家壊れてすぐ飛び出したから確認してないんです。」
「そっか。……危ないもんね。」
「あ、あの。着る服はやっぱり必要ですよね。」
「うん。私の服を貸そうかなって考えてたんだけど……たぶん風邪引いちゃうって思ってね。
家の中なら私の半纏でも貸せば良いんだろうけれど。
家、壊れてて大変だとは思うんだけど、もし確認できそうなら今度見て来てもらえると嬉しいかな。」
「はい。……分かりました。」

……とりあえず、一安心か。問題は服や上着は貸せても下着を貸せない……訳じゃないけど、
それが困る所なのよね。裸で寝た仲って言っても、ねぇ。
それにあれだ。そう。風邪を引く。元々薄着な奴ら、例えば萃香が私の服を着る分には問題無いだろう。
でも彼女はすっぽり全身を包んでいるのがいつもの服装だ。彼女の服を畳んだ時に肌に触れたけれど、
あれはあれで結構生地が厚い。たぶん着ていると相当あったかいんじゃないだろうか。
一方の私の服と言えば、風通しが良いというか。……だからきっと、良い物では無い。うん。

しかし靴が無い、か。昨日は私のものを貸したけれど、やっぱりこけてしまったからなぁ。
一回り彼女の足が小さいから、仕方ないのは仕方ないんだが。
埋まっているとなると中々出せる物ではないだろうし、恐らく危険だろうし。
こっちは私がどうにかしないといけない所、か。



「さて、ちょっと買い物に行ってくるわ。」

洗い物を終えて、二人揃って炬燵であたたまってしばらく。
お腹が落ち着いてきた所で、私はそう言って立ち上がった。

「あ、じゃあ私も服を取りに行ってみます。」
「うん。……ちょっと遅くなりそうだから、貴女の方が帰ってくるのが早いと思う。
もしお腹が空いたらあそこの籠の蜜柑食べてても良いから。その後はお留守番してて頂戴。」
「分かりました。」



彼女と一緒に神社を出て、途中の道で彼女と別れた。
彼女の家の位置なんて知らないけれど、向かって行った先の方角はどこを見ても雪に覆われてた。
これなら成程被害を食らっていたりもしてそうだと、正直思ってしまって。
彼女が無事に返ってくるよう手を合わせそうになったけれど、
ちょっと縁起でもない気がして来て、その手は引っ込めた。

一方の私が着いた里は、所々雪の無い部分もある。
まぁ、除けただけであって所々雪の塊のような物があり、子供たちが群がって遊んでいる様だ。
綺麗になった道の方はと言えば、年越しに備えての事なのだろうが人通りがとても多く、
ぼーっとしていると誰かにぶつかってしまいそうな程で、
私は出来る限り端の方を歩くようにしながら、二人で年を越せるだけの食事を改めて買い足していったのだった。
いつも一人分しか買わないからか、一通り買いそろえた時には既に両手に荷物という状況で、
肩も凝るからあまり寄り道はしたくなかったのだけれど、
まだ必要な物が有ったからと寄ったのは霖之助さんのところだ。
里の中に無いからかちょっと遠出になってしまったけれど、必要なのだから仕方ない。
まぁ、有ればいいなあ程度の気持ちだ。無かったら里で改めて仕入れるしかない。
高くつきそうであまり気が乗らないのだけど。



「……という訳なんだけど。」

時期が時期だからか、霖之助さんは大掃除をしていたようで、
私が呼ぶ声を聞くと奥の方から嫌々といった声で応対しながら出てきた。
事情を話してみれば、

「あぁ、それならどこかにあったと思うがね。……どこかにね。」

少しだけ埃で汚れた手で顎を撫でながら、そう呟いた。
非常に気だるそうで、今にも面倒だと言いだしそうなほどで。
恐らくはあのガラクタ、もとい商品の山を崩して探すのが面倒なのだろうが、
私は客だしそもそも探す事は霖之助さんの都合だから私には関係がない。

「じゃあ、探しておいて。明日取りに来るから。」
「あ、明日ってねえ……。僕の都合も考えて欲しいんだけど。せめて1日置くとか。」
「じゃあ、明後日。」
「……はぁ。」

こちらにも聞こえる程の露骨な溜息を吐かれてしまったけれど、
そんなに面倒ならそもそも最初からもっと整理しておけばいいのにと思う。
まぁ来る度来る度に物が入れ替わっている気もしないではないから、
恐らく棚の物くらいは弄ってるのだろうが……。
まぁ、何にせよそれは私の都合じゃない。
とりあえず伝える事だけを伝えて、お店の中にあった時計に一度だけ目を走らせると、
私も溜息を吐きながらお店を後にした。
……着く頃にはお昼過ぎ、か。



「ただいま。」
「あ、おかえりなさい。」

帰ってきて居間の方へ声をかけてみれば、障子越しに彼女の声が響いた。
どうやら先に帰って来ていたようで声も元気だ。
この様子だと服は無事だったのかな。少なくとも家で危険な目には合わなかった事は確かだろう。
急いで飛んで戻ってきた体をあたためるために、台所に入って買って来た荷物を片づけた後、
居間へと入ってみれば彼女の背中が私を迎えた。

「……何をしてるの?」

何かに夢中になっているのか、部屋に入っても振り返る様子を見せない彼女の背中からそっと覗きこんでみれば
彼女は取り出した籠の中の蜜柑を積み上げて遊んでいた。
今正に4段目を積もうという所である。……恐らく帰ってくるまで暇だったんだろうし、
こういうものがあればこういう事をしてしまうのもなんとなく分かる気はするが、

「食べ物で遊ぶもんじゃないわ。」

その一言と共につんと後ろ頭をつついてみれば、
彼女と蜜柑の塔が一緒にべしゃりと炬燵の上に倒れた。
私のかけた声に返すように彼女のお腹が鳴って。
よくよく見てみれば1つも蜜柑の皮が炬燵の上には無くて、どうやらずっとずっと我慢してたようだった。

「……食べないならその蜜柑、籠に戻しておいてね。待たせたけど今からお昼ご飯ちゃんと作るから。」

彼女にそう声をかければ嬉しそうに私を見上げて微笑んで。
私は背中でお礼の言葉を聞きながら急いで台所へと向かったのだった。



昼の分をと見越して作っておいた御飯の残りに、手早くできる野菜の炒め物。
汁物も用意しようかと思ったけれど、いっそ御飯が冷たいのだからお茶漬けにしてしまおうと思って。
食べ終わったらちょっとしたい事もあるからと、少し多めに作ってから居間へと持っていけば、
匂いに釣られるようにして炬燵に突っ伏していた彼女の体がふわりと持ちあがった。

「お待たせしたみたいね。ごめんね。」

彼女の前に料理と箸を置いてそう言えば、ハッとなって彼女が気まずそうな顔をした。
急かしてしまったとでも感じているのだろうか。私自身だってお腹が減ってるんだしそこは気にしてないんだけど。

「……食べ終わったらちょっと手伝ってほしいんだけど。良いかしら。」
「あ、はい!頑張ります!」



手伝ってもらうのは……お掃除だ。
いっつも一人でやるけれど、本当はあまりやる気にならない。
出来る事なら無視して年を越してしまいたいものだが、誰かがやっているのを見ると
私もやらないといけないなぁとそわそわしてきて仕方が無いのだ。
やりたくない理由は簡単だ。寒いし、疲れるし、寒いし、何よりそう。寒い。
倉庫の空中にどんな時にも入れる炬燵でも浮かんでいれば話は別なんだけど、
そんなものはこの世の中には無い……はず。大体やる事というのは宴会で使う道具の整理が中心だ。
つまりそれは、水仕事ばっかりって訳で。……余計に嫌な訳だ。

「……はぁ。」

思わず出てしまった溜息に、ご飯を頬張ったままの彼女が首をかしげた。

「悩み事ですか?」
「……何でもないわ。」
「私で良ければ何でも相談に乗りますよ!」
「そ、そこまで大したことじゃないの。」

ここぞとばかりに身を乗り出した彼女を慌てて手で制止する。
あまり炬燵の端の方に体重をかけるもんじゃない。悲惨な事になり得るから。
それこそ水仕事がもう一件増えてしまう。

「お掃除を手伝ってもらおうと思ったんだけど、水仕事が多くて嫌だなって、思っただけだから。」
「そ、それなら私がそれをやります!」
「……良いの?冷たいのよ?お水。」
「大丈夫です!お任せ下さい。」

……案外、言ってみるものかもしれない。



「す……凄いですね。」

お昼ごはんの後片付けを終えた所で、二人揃って倉庫へと足を踏み入れた。
彼女が見ているのはお皿だ。この神社で宴会を度々やっている事や、
どのような輩が集まっているのか。それらはこの娘も分かっていたようだけれど、
改めてお皿の山を見上げてそんな感想を漏らした。

「そう。凄いのよ。」

ここにあるのはいわゆる取り皿。
料理を盛大に盛り付ける為の物では無い。だから手のひらを二つ並べた程の小さなお皿だけど、
その代わりと言わんばかりに量があるのだ。
宴会において料理の世話をする必要が無いというのは、私にとって金銭的な事情でとても助かるし、
美味しい料理を食べられるのだからこれ程舌にとって嬉しい事は無いのだが、
そのしっぺ返しのように存在しているのがこれなのだ。

例えば私が日頃食べるもの。例えば紅魔館で日頃食べるもの。
はたまた、白玉楼で食べるもの。永遠亭で食べるもの。
全部が全部、違うのだ。材料が被る事は多々あれど、出てくる形はまるで違う。
炒め物に揚げ物、煮物に蒸し物。和え物に漬物と、それはもうありとあらゆるものが並ぶのだ。
それを一つの取り皿に載せようというのは無理な話だ。味が移る事も考えるとそれは尚の事で。
だから沢山の取り皿が必要になって、……場所の都合が良いから私がその管理をする羽目になったのだ。
ちなみに彼女が驚いているこのお皿、その後ろには箸や杯が隠れて積み上がってもいる。

「こ、これ全部ですか?」
「……そうよ。」

彼女も溜息を吐いた。うんざりしたというよりも、驚いたという方の溜息だったようだが。
積み重なったお皿を二人で両手に抱えながら戻る時、ちょっとだけ蒼い顔に見えたのは
恐らくさっき自分自身が言った言葉の影響もあるんだろうな……。



「……大丈夫?」
「大丈夫です。」

彼女が洗って、私が拭いて片づけに行く。
とてもとても単純な作業だけれど、お互いの役割にはあまりにも差があった。
初めの内こそ平気そうだった彼女の顔も、次第にそんな穏やかなものではなくなっていた。
……冷たいのだ。水が。私にとっては分かりきった事だったのだけど、
彼女にとっては予想外だったんだろうな。あの量は。
……だから、何度か台所と倉庫を往復する度に彼女にそう声はかけているのだけれど、
彼女は頑なにそう返すのみで。手を抜かずにちゃんと洗ってくれるのは嬉しいけれど、
見る度に赤さと冷たさを感じさせるその手はどこか、見ている私の手まで痛いと感じる程だった。

「代わろっか?」
「……大丈夫です。」

最初喜んでいた私にとっても、段々と申し訳無い気持ちが積みに積み重なってきて。
見かねてそう言葉を変えてみても、彼女はただ首を振ってそう答える。
恐らくあの言葉は、私がやるという彼女の言葉は自然に出た善意だったんだろうと思う。
元となる部分には軽い気持ちもあったのかもしれないけれど、それにしても
何だかそれを良いように使ってしまっている様な気がして。
……手以上に胸も痛かった。

お皿が終わって、箸も終わって。さぁ最後だと彼女が杯やグラスを洗おうという頃になって、
ついに居た堪れなくなって私は彼女の手を止めた。
でも、あぁ遅かったなと手のひらが教えてくれた。
凄く、冷たかった。雪の中に手を突っ込んだ時の、
真冬のガラスに触れた時のような感触が手のひらを走ってくる。
彼女が驚いたようにこちらを見上げて、

「まだ大丈夫ですし、これが終われば最後ですから。」

頑張って笑顔を作ってそんな事を言っていたけれど、私は首を横に振った。
そっと、手を握ってみた。彼女も握り返してくれたけれど、指先に力が無い。
関節の辺りだけがかろうじて動いているといった具合だった。

「うん。最後だから、私がやるわ。」
「……ありがとうございます。」
「……休んでて、良いから。」

まさか私が言うより先にお礼を言われるとは思わなかった。
……思わず言葉に詰まっちゃって。ぎゅっと体温を持っていってもらった所で、
私はそう言って彼女と場所を変わったのだった。



「居間に居ても良いのよ?」

3分の1程を洗い終えた頃。ふと後ろを振り返ってみれば台所の隅の小さな椅子に
彼女は腰を下ろしていた。冷えていた手は袖の中に仕舞って、
胸の前でぎゅっと腕を組んでいて。私がそうやって声をかけてみても
ただ彼女は笑うだけで、そこから動こうとはしなかった。

「最後ですから。」

そう言われたけれど、いくら最後と言ったって時間がかかる事には変わりない。
二つに分けていた仕事を一人でやらないといけないこともある。
……だから結局終わった頃には、太陽が先に寝ますとばかりに沈もうとしてた。

「冷えるでしょ。」
「それはお互い様です。」

結局彼女は居間に戻る事なくずっと後ろから私の方を見てて。
最後の食器を片づけて戻ってきた私がそう言えば、そんな事を答えながら私の眼の前に立ちあがって、
ちょんと踵を持ち上げて背伸びをすると私の体に抱きついたのだった。

「あったかいですか。」

私を見上げてどこか楽しそうな爛々とした目の彼女。
ひょっとして貴女はこうしたいが為にずっと待っていてくれたの?
心の中でそう尋ねてみれば、彼女が私の肩口にぽんと頭を置いて。
背中に回っていた彼女の手がきゅっと、締まった。

「……あったかいわ。」

……本当は、頭を撫でたかった。
でも今の自分の手のひらがどれだけ冷たいものかは分かっているつもりだったから。
同じように一度ぎゅっと抱きしめて。あったかさを貰った所で彼女を解放すると、
私はかまどに火を入れたのだった。

何だか満足そうな顔で居間の方へと戻ろうとした彼女を、
今度は私が引きとめて。少しご飯の準備を進めた所で彼女を呼び寄せると、
二人並んでかまどの前にしゃがんだ。

「炬燵よりはこっちの方があったかいから。……少しだけあたって行くと良いわ。」

ただ、寄り添って。
ただ、お互いに体を預けて。
彼女が包んでくれた私の手は、今はもうとてもあたたかかった。
きゅっと握り返せば、彼女もそれに合わせて握ってくれる。

……とても、優しい手だった。

あたたまったのが原因か、途中でうつらうつらと頭を垂れ始めた彼女を一旦居間の炬燵へと戻して
料理の続き。きっと慣れない事をして疲れてしまったのだろう。あの分だと食べた後
すぐ寝てしまいそうだな。せめてお腹に障らないものを……汁物にしようか。
明日の朝温め直して、二人で食べたら温泉に行って。……うん。そうしよう。



「……豚汁ってやっぱり重いのかしら。」

作り終えた後で今更そんな言葉を呟いても仕方ないのだが、
出来あがったご飯と豚汁を盆に載せて居間へと帰る道、
あまりにも静かすぎる居間の様子に思わずそう呟いた。

そーっと部屋に入ってみれば、炬燵に入ったままの姿勢のまま体がふらりふらりと前後に揺れていて。
しばらくして匂いに釣られて目を冷ました彼女にとりあえず食べられるかどうか尋ねてみれば、
彼女は大丈夫だと首を縦に下ろした。



「……あちち。」
「……ゆっくり食べれば良いのに。」
「だって、美味しいですから。」
「……そう言ってもらえるなら、何よりだわ。」

にしても、本当に美味しそうに食べてくれる。
舌や唇を火傷してもおかしくない程に勢いが良い。
まるで御馳走を前にした子供のような……見た目は実際に子供だけれど、
喜んでもらえるなら本当に作った甲斐というものを感じてしまう。

「……日頃、一人でしたから。」
「うん?」
「誰かと食べるのは、楽しいなって。そう思います。」
「……そっか。」

私も、首を縦に下ろした。



「疲れているなら、もう寝てても良いのよ?」

二人での食事を終えて、洗い物から帰って来てみれば、
炬燵の中の彼女が薄ぼんやりとした目を開けたまま、頑張って起きていた。
まあ食事の後という事もあってか、目こそ僅かに開いていても心はここに在らずといった様で、
私が肩をゆすってそう声をかけるまで、どうやらすぐ横に居た事さえ気付いていなかったようだった。

「え……あぁ、えっと。はい。」
「私も少しやる事を済ませたら、行くから。」
「じゃあ終わるまで待ってます。」
「……うん。お布団の中で待ってて。温めておいて頂戴。」
「……はい。」



全ての部屋の灯りを落として、静かに障子を開けて寝室へと入った時には、
そこにはただ小さな寝息が一人分聞こえるだけの部屋になっていた。
昨日に比べればずっとずっと早い時間だけれど、やっぱり疲れていたのだろう。
でもその一方で起こさないように布団に入ってみれば、
彼女が遠慮していたのか、とてもとても端の方に寄って寝ていた事に気づいて。
いつも真ん中で大の字で寝てしまう論外な輩は別として……もっと真ん中の方に寄っていても良かったのに。

好きだって言ってもらえて、嬉しかった。
好きだと言えた事も、嬉しかった。
色んなところで遠慮してくれるのも嬉しいし、
夕方の様にお返しとばかりに何かをしてくれるのも嬉しい。

でも……でも何なんだろう。
ちょっとだけ不安に思う所が心の中にある。
手を握っていると、たまにふって襲ってくる。
抱きつかれた時にも、たまに襲ってくる。……ちょっと違う。
まるで掃除して居た時に頭にふわりと落ちてくる綿ぼこりのような感覚だ。
……あんまり考えたくない。でもいつかは考えないといけないんだろう。

彼女の体に手を添えて、ずるずると布団の中央へと引っ張って。
その背中にぎゅっと抱きついて目を閉じる。
あったかい背中。呼吸に合わせて上下する肩。
時折漏れる嬉しそうな、寝言交じりの息。

確かに、普段に比べればずっとずっと寂しくない。
でもこんなに近い距離に居るのに。
まだ私の中で寂しさがどこかを歩いてた。



――



ごくり。

そんな音がなんで聞こえたのか。
しばらく私の頭はそんな事を考えていた。
それが、どれ程の時間の出来事だったのか。それは分からない。
ただ、私に意識が戻り目を覚ました時。
ほんの僅かに目を開けた私の目の前にあったのは天井ではなく彼女の顔だった。
……なんだか、凄く見つめられている。
というか、近い。顔が。

彼女の瞼がそっと閉じて、ゆっくりと顔が降りてくる。
彼女が何をするつもりでいたのか。
それをようやく察知して私も気取られないようにもう一度目を閉じるとほんの少しだけ、
唇を突き出したのだった。

ぴとり、と柔らかい感触が口先に触れた。
もう一度、ごくりという音が響いた。……彼女の喉の音か。
緊張しているんだろうな。ちょっと、震えちゃってて。
それでも、唇は離すまいと押しつけてくる。
少しだけ目を開けてみれば、とても真剣な顔がそこにはあった。
頬は……真っ赤だったが。

目はとっくに覚めていた。
だから本当はそれのお陰で目覚めたように振る舞うべきだったのかもしれない。
でもそれは嫌だった。何だかちょっと……嬉しくて、そんな事は先延ばしにして
今を楽しんで居たかった。柔らかい唇。あったかい頬。緊張した目元。
全部含めて、そんな彼女が好きだから。……好きになってしまったから。
そっと、唇で彼女の上唇を挟んだ。
驚いたように彼女が唇を震わせたが、……唇越しに伝わってくる感覚としては逃げるような様子は全く、ない。
恐らく私の顔の横に体を支える為に手でもついていたのだろう。
きゅっと、布団を掴む音が耳の傍で響いた。

私の唇で挟んだ彼女のそれを、そっと吸ってみた。
ほとんどくっついていた彼女の頬がふわっと、熱を持った。
どうやら流石に気づいたらしく、逃げ出そうと頭を持ち上げた彼女の後ろ頭に手を添えてそれを阻止して。
しばらくの間、あったかいその塊を楽しんだ。



「……起きてたんですか。」

私が手を緩めて解放した時、彼女が小声でそう言った。

「起こしたくないなら、もうちょっと平静でないと。
……目の前でごくりって喉鳴ったから、それに気づいちゃってね。」
「……次から気をつけます。」
「あら、じゃあ次に期待してるわ。……ありがとうね。」

余程恥ずかしいのか、ぷいとそっぽを向いた彼女の頬にもう一度口づけして。

「目、覚めるのは覚めたしね。ただ、ちょっと寒いからもうちょっと。……このまま。」

布団の中で彼女の体を抱きしめると、その胸元に顔を埋めた。
こっちも、あったかい。ちっちゃいからだの奥でトクトクと響いてくる音が私なんかより
ずっと早くて、落ちつきがない。でも何だかそれを聞いてるのが心地よくて。
ずっと、こうしていたくなる。もう聞き慣れている音でもあるのに。……不思議なものだ。

『ぐぅ』

私の吐息。彼女の吐息。
彼女の心臓の音。私の心臓の音。
布団が擦れる音。外で鳴く雀の声。
そのどれにも属さない音が不意に響いて、閉じていた目を開ける。
とても近くから聞こえたそれを辿って、ふと視線を胸から彼女の顔へと上げてみれば、
しまったとでも言いたげな申し訳なさそうな顔が私を見下ろしてた。

「朝ごはん、昨日の豚汁の残りをあたためてくるわ。」
「……すいません。」
「良いのよ。だから、少し待っててね。」
「あの。」
「うん?」
「何か、手伝える事は無いですか。」
「……無いわね。今は。ただ、昨日程じゃないにしろ今日も手伝ってもらうから、その時になったら言うわ。」
「分かりました。」
「うん。じゃあ、行ってくるから。」

背中をとんとんと叩いて、くっつけていた胸から顔を離せば
ふっと冷たい空気が代わりにとばかり肌を撫でて行った。
のそのそと布団を抜けだして、彼女の肩口まで布団をかけ直して。
居間で炬燵の準備だけを済ませると、急いで台所へと向かったのだった。



「リリー?」

温め直した豚汁にご飯。そしてまた申し訳程度の漬物。
何だか献立がやたら被るけれど、贅沢出来る程の余裕は無い。
……正確にはそうでもないのだけど、贅沢をするためには皺をよせておく必要があるわけで。
そういう意味では宴会シーズンがどこか待ち遠しい。
ある意味お酒だろうが食べ物だろうが食べ放題みたいなものだからなぁ。
片づけさえ気にしなければ、だが。
うん……?お酒、か。彼女はお酒が飲めるのだろうか。

「はい。」
「朝ごはん出来たから、おいで。」

そんな事をふと考えながら彼女を居間へと呼びつつ配膳して。
二人炬燵に揃った所で、そっと手を合わせた。

「いただきます。」
「いただきます。」

まぁ、飲む時が来たらその時にでも聞いてみれば良いだろう。
ただ、仮に飲めたとしても私より飲むという事は無さそうだ。ちっちゃいし。
……いや、ちっちゃくてもお酒飲む奴は居るな。でもまぁ、あれは鬼だから。
うん、きっと大丈夫だろう。……たぶん。



「何だか、贅沢な気分です。」
「うん?」
「誰かにこう、料理を作ってもらえるというのは。……今まで自分が作っては食べてたのですが、
こうして霊夢さんに作ってもらえると、贅沢だなぁって。」
「……昔の私も、いつまでだったかは覚えてないけれど、作って貰ってたわ。
あの頃は貴女みたいな事を思ったりしなかったわね。でも、こうして一人で自分のものを作るようになってから。
……なんとなくそんな気持ちが分かるようにはなってきたわね。」
「ありがとうございます。」
「……どういたしまして。」

言葉としては嬉しいのだけど、何だか2日続いたこれでそれを言われると、
ちょっと胸が痛い。どうせ年明けには宴会やるんだろうし、それを踏まえて浮いた食費を何とか当てて……。
どこかでもうちょっと良い物を食べて貰わないと。
……何だか悪い気がしてくる。



トタタタタ……。

「……あと、もうちょっと。」

トタタタタ……。廊下から聞こえるのは、大きくなったり小さくなったりするそんな足音と、
ちょっと疲れたような彼女の声。縁側の廊下に雑巾がけをしてもらってる。
本当は私が今いるこの暖かい居間や寝室の畳を拭いて貰おうと思ってたんだけど。
掃除する場所と何をするか聞いたら、指示する前にそっちを選んじゃって。
やっぱり、なんというか上手く扱う事が出来ないというか。
悪い意味で思った通りの結果ばかりを引き当てている様な気がしないではない。

何だか、彼女の善意に対する嬉しさが一周してもはや申し訳なさばかりがでてくる。
何と言うべきか。もうちょっとワガママというか、もうちょっと正直というか。
素直にしてくれても良いんじゃないだろうか。
本心でこうしてくれるのなら、それはもう文句を言えない所なんだけど。
……本心だったら、本当に頭を下げなきゃいけなくなる。
紫相手にも下げる事の無い頭なんだけどな……。

「終わりましたー!」

恐らく廊下の端から叫んだのだろう。ちょっと遠くからそんな声が響いて。
私の最後の一枚の畳を拭き終えると道具を手に廊下に出たのだった。

ふわっと肌に触れる冷たい外の風。とりわけ、指先は濡れていたから刺すような冷たさを感じる。
私が返事をしなかったがためか、彼女は私が廊下に出た時には既にすぐ傍まで来ていて、
私の顔を見上げると、

「次はどこでしょう。」

そんな言葉を笑顔でくれるのだった。

「人目につくところだけでいいのよ。だから、掃除はもうおしまい。」
「えっと……ではお昼ごはんでしょうか。」
「そうね。ご飯が余ってるから、おにぎりでも作りましょう。」
「あ、あの!」
「うん?」
「だったらその、お外で……食べませんか?」
「良いけど、どこで?」
「お、温泉に入りたいなって……思うんですけど。」
「あぁ……うん。分かった。じゃあ、手を洗ったら着替えを準備して置いて。」
「はい!」

……好きなんだなぁ。

掃除道具を片づけて、早速戻った台所。
温泉の中で食べるのかな?そこまで聞いておけば良かったと思う所であるが、
まぁそうなっても良い様な入れ物にしておかないと。
こういう時に宴会の片づけで取っておいた箱が役立つというか。
……永遠亭とか白玉楼とか。あの辺は宴会の時に持ってくる箱自体が凄いからなぁ。
よっぽどの事が無い限り、新調しようとかいう気すら起こさせてくれない。
毎度毎度の宴会で持ってくるけど、一体こんなのがあの屋敷の中にはあとどれ程眠っているのやら。

「おかか……。」

にぎにぎ。

「梅……。」

にぎにぎ。

「昆布に……あぁ、鶏そぼろ零れた……!」

一つ一つを握っては並べて行く。
何だか背中にちょっと視線を感じるのだけれど、そっちに気を向けるとそんな視線がふっと消えてしまうから、
さっきからそっとしている。じっとりした視線じゃなくて、
何だかこれから山に花見にでも行かんとした時の子供のような、そんな妙に温い視線。
……興奮している鼻息すら何だか聞こえてきそうな。
お腹も減っているんだろうな。早く終わらせよう。



私がおにぎりを作り終えて、水筒の準備を終えようとした頃。
背中をじっと眺めていた視線はふっと、居間の方へと戻って行っていた。
小さなお弁当箱に小さな水筒。それを少し大きめの手提げ袋に入れて戻ってみれば、
彼女が緩んだ笑顔で着替えを抱いたまま炬燵に入っていて。
私が寝室から着替えをとってそう声をかければ、

「よし。じゃあ、行きましょ。」
「はい!」

そんな元気な声と一緒に彼女が立ちあがったのだった。

今日も私の靴を貸して、二人で温泉へ。
この前行った時とは違って、太陽が真上にあるからか気持ちどこかあたたかい。
まだ遠い春は……もっとあったかいんだろうな。

「先に入る?それとも、食べる?」
「……両方はやっぱり、無理でしょうか。」
「やってみないと、分からないわね。」

温泉の中に落ちてしまわないように気をつけなければならない。
瓶ならいっそ、温泉につけてもひっくり返さない限りは大丈夫であるが、
どう考えても弁当箱はひっくり返っちゃ困る。
怖いから私が手でもっていようかな。

二人で脱いだ衣服。この前のように嬉々とした様子でばしゃばしゃとお湯の中に突っ込んで行く彼女の一方で、
私は恐る恐るお弁当箱を持ったままお湯へと入った。いつもの何倍も滑るのが怖い。
下手をしたらお昼ご飯が台無しであるから。
……うん。座れた。膝を立てれば片手で支えられるな。お弁当箱は。
水筒は……必要になったら取って貰おう。
温泉の中を走り回って、一周して戻ってきた彼女が私の横に座る。
恐らくはお腹が減っているからなのもあるだろうけれど、妙にうきうきとしていた。

「手は……洗いようが無いけど、我慢して頂戴。」
「はい。……あ、ありがとうございます。」

弁当箱の蓋をとって彼女に向かって差し出して。
おにぎりをとった彼女がまず、一口頬張った。

「美味しいです。」
「なら、良いわ。」

彼女が喉を鳴らす音に安心して、私も手にとって一つ頬張る。
お湯の中に居るからか、どこか妙に冷たいけれど……うん。普通に食べられる。
ただ、海苔は巻かなくて正解だった。湯気が思ったよりも凄くて、
これだとすぐにあのパリッとした感触はなくなってしまっていただろう。
あぁでも、……そういう海苔も嫌いじゃない。どっちでも案外美味しかったりする。
第一あれだ。どっちも楽しめないと、勿体無いというか。

「こんなの初めてです。」
「私だってそりゃぁ、初めてよ。こういうの。お酒なら経験あるけど。」
「そ、そうですよね。……あの、無理を言ってごめんなさい。」
「気にしなくていいわよ。問題無く食べられてるんだし。とりあえず今日はやる事もやったし、
ゆっくり食べてゆっくり温まって。それから、帰りましょうか。」
「はい。」

彼女がまた一つ手にとって、私もまた手にとって。
一つ、ひとつお互いに口に運んで行った。



最後、二つのおにぎりが残った。
色んな具のおにぎりをばらばらに入れた割には、残ったお握りは二つとも梅だった。
彼女は知らないだろうが。梅干しの種の関係でまだ食べられていない事は分かってる。

「そういえば……貴女は梅、大丈夫かしら?」
「えっ。」

あら……。

「あぁ、えっと……だ、大丈夫ですよ?」

どうしよう。顔が少し蒼い。

「む、無理しなくて良いのよ?」
「だ、大丈夫ですって!」

そう言って彼女がおにぎりをすっと手にとって、頬張る。
……手が震えてる。ちゃんと、止めれば良かった。

「……!」

見開いた彼女の眼からぼろりと涙が落ちる。
私の漬けてたその梅干し……結構酸っぱいのだ。
私は慣れているけれど、苦手なのであれば随分とキツいだろう……。

「む、無理しなくて出しても良いのよ?」

とりあえず最後の一個だったお握りを手に載せて、
そっとお弁当箱を差し出すけれどそれは彼女が手を伸ばして首を振って。
……振る度に涙がぼろっぼろお湯の上に落ちて行った。

少しして、彼女がそっと種を吐きだして、飲みこんで。
にこっと笑ってくれたけれど、私はただ苦笑いを返してやる位しか出来なかった。

「だ、大丈夫ですよ?」
「……苦手だったら、ちゃんと言って良いんだからね?」
「で、でも。せっかく作って貰えたんだし……。」
「そういう意味でなら嬉しいけど。」

でも、次からは外しておこう。
彼女がそっと私の手のひらの上に残った最後の一つを見たので、
私は急いでそれを頬張ると、そっと残った種と一緒に弁当箱を片づけた。

「お茶、あるけど飲む?」
「……はい。」

涙が湧くように出るのは止まったけれど、やっぱり相当堪えたのだろう。
水筒のお茶を差し出せば、そっと目をつぶって涙を落して。
ゆっくりと飲みこんで行った。



「……はふ。」

気の抜けるような声を彼女があげて、私もほっと息を吐いた。
彼女が返してくれたコップで、私も一口お茶を飲む。
温泉の中にいるからか、あったかいものを入れてきたはずなのにどこか温く感じてしまう。
冬だからというのもあるんだろうけど。……いっそこれだったら冷たい物を入れてくるのもありだったかもしれない。
惚けそうな感覚を取り戻す分には使えたかもしれない。おっかなびっくり飲まないといけないだろうが。

しばらく私の横で、食後の休憩とばかりにじーっと顎先までお湯に浸けていた彼女が、
ふと顔を上げてのそのそと温泉の真ん中に四つん這いのまま歩いて行った。
……何だか色々と見えてしまうが、恐らく無意識なんだろう。
まぁ、他に誰も居ないから構わないと言えば構わない。彼女の事情だし。

「歌うの?」
「え?あぁ、えっと……そうしたいなって。」
「あぁ、ごめん止めてる訳じゃないの。ただ、歌うの好きなのかなって。」
「楽しいですよ?」
「うん。宴会で色んな奴が歌ってるの見てるし、聞いてるから分かる。」
「一緒に、歌います?」
「いや、ここで聞いておくわ。」

今は、ここで聞いておく方が私にとっては落ちつけるから。

耳を閉じていて聞こえるのは風の音、風に揺られる草木の音。
肌を通して感じるのは、冷たい流れる空気の感触と、どこか暖かくも緩く流れるお湯の感触。
そんな感覚に混じり融けるように響く、彼女の声。
宴会なんかで聞くような、楽しさをただ歌ったようなそれとは違う、
寂しさも少しだけ混じったようなそんな声。

「はーるよ来い♪」

愉快に歌ってはいる。
一小節歌う度に首がちょん、ちょん、と左右に揺れるし、顔だって笑顔。
昔から歌っていたのだとして。
この歌を歌っている時の彼女は……一体どんな気持ちを抱えていたんだろう。
いつも……一人だった時は。
今よりももっと寂しそうな声で歌っていたんだろうか。



「今日の御夕飯、何にしようかなぁ。」

ぼーっと空を眺めながら、ふとそう呟けば彼女の声が止んだ。
視線を空から彼女へと戻してみれば、また四つん這いのままこちらに向かってくる彼女が居て。
何か特別食べたいものが出来たのかと期待してみれば、
私の横に肩を並べて座った彼女がじっと私を見つめあげて

「霊夢さんの作るものなら、なんでも。」

そう言ってくれた。
……気持ちは嬉しいのだが、もっと具体的にこういうのが食べたいっていうのを教えてくれた方が
結構あれこれと考えながら帰る事が出来るからもっと嬉しいんだけどな。

「うーん。じゃあ、帰りながらゆっくり考えましょうか。……そろそろ出ないと、貴女の顔も赤いしね。」
「えぇ?!あぁ、いや、その。これは……。」
「どの道のぼせる前に出ないと。御飯だって腹八分、お風呂だってその位でいいのよ。」
「そうですね。」

立ちあがり、着替えを置いていた所までお湯を蹴って歩く。
温泉に来て、一番嫌な瞬間というのはここかもしれない。
春や夏なら良い。……秋もなんとかなる。冬はどうしても、この時間が寒い。
脱衣所とかを整備してあるなら別だけど、誰かが手を加えた訳ではないからなぁ。
まぁお陰で利用しているところは、あるのだけども。

水を散らし、片足をやっとお湯から出した所で、後ろから大きな音が響く。
振り返ってみれば、こけてしまったのか私のすぐ後ろで彼女がしゃがみこんでいた。

「もう、のぼせてた?」
「……みたいです。」
「まぁこの前より長かったからね。仕方ないっちゃ仕方ないか……。歩けそう?」
「大丈夫です。……うん。」

立ちあがりながら彼女が答え、ふらふらと私の横を通ってお湯からあがって。
タオルで体を拭き始めた彼女に一度溜息をつくと、私もお湯からあがって同じように体を拭いて行ったのだった。



「……本当に大丈夫?」

着替えを済ませ、荷物を片づけ。いざ彼女の方を見てみれば、真っ赤なままの彼女の顔がそこにあった。
にっこりと笑ってくれたけど、その姿はどこかふらふらとしていて、
時たま足を後ろに下げてはこけまいと踏ん張っているようで。
やれやれ、である。

彼女の前に腰を下ろして、そっと合図する。

「な、なんでしょう?」
「おんぶ。」
「歩けますよ?」
「貴女が言うならそうなんだろうけど、もう座っちゃったし。ほら。」

もう一度手で合図して。おずおずと私の背に体を預けた彼女に手提げ袋を預けると、
お尻の下に手を差し込んでぐっと立ち上がった。
……思ったより軽い。そう思ってちらりと振り返ってみたら、どうやら羽を動かしているようで。
そこまでしなくても、大丈夫なんだけどなぁ。

いやはやしかし。背中がとてもあったかい。
重みのせいで雪に足をとられたくないからと飛んで帰る事にしたけれど、
彼女の体が湯たんぽのように冷えようとする体をあったかく保ってくれて。
いっそ帰る時はずっとこれでも良いんじゃないかとすら思う程だった。

彼女はと言えば、顔が冷えるのが少し心地良かったらしく、
私の肩口に頬を載せたまま気持ちよさそうな息を漏らしていた。
顔を曲げられなくなったから確認できないけれど……ひょっとしたら寝ているんじゃないかとも思う程で。
たまにきゅーっと私の腰を体を挟んでいる足が閉まるのがどこか、私にはくすぐったかった。



そっと玄関の前に着地したところで、ふと肩に掛っていた小さなおもりがふっと消えて。
彼女が私の背から降りた。流石に寝ては無かったようで。
振り返ってみれば彼女が私を見上げてまた笑った。

「あったかかったです。」
「そうね。……まだ顔赤いけど大丈夫?ひょっとして熱出してたりしない?」
「こ、これはたぶん……その、恥ずかしかったからつい。」
「そっか。」

なら、良いか。



居間へとあがって、二人でお茶の時間。流石に夕食を作るには早過ぎて、
一緒に揃って冷えた炬燵に足を突っ込んだ。
流石にもう足先は冷えてしまったようで、つんと触れた足はちょっと冷たかった。

「後、4日ねぇ。」
「年を越すまで、ですか。」
「そう。御餅、食べたいわ。」
「料理に混ぜても美味しいですよね。」
「ええ。大変だけど一度作ってしまえば、使い回し出来ちゃうのが嬉しい所よね。」
「私はその。搗いた事が無いのでそこは分からないです……。」
「そっか。じゃあ今度やらせてあげるわ。」

その方が私の腰の負担も減るしね。
あれは……つらい。正直私はただ食べる側に回って居たい所でもある。

「頑張ります。」
「ええ。頑張ってもらうわ。」

炬燵から手を伸ばし、手に取った蜜柑。
それを二つに割って、二人で食べながらぼーっと眺める天井。
やっぱり一人じゃないというのは、悪くない。
どこか落ちつく。五月蠅くないから、というのも大きいが。



水っぱらになってしまっては困るけれど、お互いに温泉の後で水分を結構出しているだろうからと、
汁物に決めたは良い。が、一方でどこで誤ったのか炊きあがったお米は妙に硬かった。
……今度はこっちの水分が足りて無い。食えない訳じゃないが……むぅ。

すまし汁の汁を使ってお茶漬けを作るか。
と、そんな事をしていたら、今度は何だか妙に具沢山なすまし汁と
お茶漬けが出来あがって。それらを並べた時彼女は何だか喜んでくれたけど、
私はというとちょっと複雑な気分だったりもした。
とりあえずは良しって事にはしたけれど……。



「いつも、美味しいです。」
「うん?あぁ、ありがとう。どうしたの?急に。」
「何となく悩んでるような顔に見えたので。」
「……そう?」

顔に、出ていたのかな。

「私は、好きですよ。」
「……そう。なんていうのかな。いつも質素な食事になってばかりだから、本当は豪勢な料理でも出してあげたいものなんだけど。」
「そ、そんな……私はただ居候してる身ですよ?」
「そうだけど。……だけど、そう思うの。」
「何だか、複雑です。確かにその……そういう料理も食べたい所はあります。けど、食べていて嬉しいのは豪勢かどうかじゃなくて……えっと。
私は、霊夢さんの料理を食べられるのが嬉しいので。だから、一緒にこうして食べられるなら。私はそれで嬉しいです。」
「……そっか。」
「それにその、正直な話いつも食べていた食事よりは十分豪勢だったり……してるので。」

うん?

「日頃、ちゃんと食事してないの?」
「い、いやそういうわけじゃないんですけど。そこまで私は、その。器用ではないので。」

……気遣いは上手なのにね。私が下手なのかな。

「まあ、喜んで食べてもらえるなら、良いわ。ちょっと安心した。」
「はい。だからその、気にしないで大丈夫です。」
「……ありがとう。」
「お礼を言いたいのは、いつもこっちなので。」

そういう言葉を素直に言える所がちょっと羨ましい。
本当、ありがとうね。



食べ終わった食器を片づけて、居間へと戻ってみればうとうとと彼女が頭を垂れていて。
その体をそっと抱きあげて寝室へと運んだ。
何だかんだ朝に体を動かしたから疲れていたのだろう。
寝かせた時まで結局再び目を開ける様子は無く。
私も一緒に布団に入って目を閉じれば楽しい夢でも見ている最中なのか、
嬉しそうな声が一度だけ、部屋に響いた。

「……おやすみ。」

後ろから湯たんぽ代わりにと抱きしめて。
それだけ伝えると、私も後を追った。



――



急に唇に広がるあたたかな感触。
驚いて目を開けてみれば、彼女の顔が目の前にある。
あぁ、昨日出来なかったからかとどこか安心しつつじっと彼女の顔を眺めてみれば、
どこか余裕無さげなように私には見える。
というか、少しばかり舞いあがってるようだ。
ふと目を開けた彼女と目が合う。どこか嬉しそうな目を彼女が返してくれた。

すっとまた目を閉じて、重ねるだけに留まっていた彼女の唇の感触がちょっとだけ、重くなった。
気が付けば後ろ頭に手が添えられていたようで。ぎゅっとされる手が妙にあったかくて。
とても、積極的で。
嬉しかったのかと言われれば、勿論そうなのだが。
何だか私以上に彼女の方が嬉しそうに見えて、どこか悪戯して返してやりたい気持ちがちょっと、湧いた。

私がした時のそれを真似ての事なのだろう。
私の唇をその唇で挟んでもぐもぐとしているその姿にはまだどこか、恥じらいがある。
でも、私が何も返さないから安心しきっているのだろう。
ちらり、と緩みきった頬を確認すると私はそっと唇を開いて一気に舌で彼女の唇を割って返した。
……噛まれるのが怖かったから、歯先で留めはしたが。

案の定彼女がまた目を見開いた。
でも、何だか今日は強気なようで、また目を閉じるとおそるおそるではあったが、
私の舌先を彼女の小さな舌が突いた。
ちょっとふるえた舌先。
今度はそれを私の唇に引っ張りこんで、もぐもぐし返してやって。
私も目を閉じるとそっと彼女の後ろ頭に手を添えた。



しばらくはそれでも仕返しとばかりにもぐもぐと返していた彼女だったけど、
ふとそんな彼女の動きがぴたりと止んで、そっと後ろ頭に添えられていた手がはなれた。
私も、彼女の頭を解放して。
ふと目を開けてみれば、真っ赤な顔の彼女がもぞりと私の胸元に顔を埋めた。

「恥ずかしかった?」

分かりきった事ではあったが、そんな質問を彼女に投げかければ
小さくではあるが彼女が頷いた。
ふと手を引っ張られて、ふにっとあたたかい感触が手のひらに触れる。
とってもあたたかくて、強く脈打っていた。これは、彼女の胸か。

顔だけをあげた彼女がじっと、私の顔を見つめる。
少しだけ涙を目元に溜めたような、そんな目で。
なんだか、水を汲んで来た薬缶を顔に押し当てたら朝の一杯分くらいのお茶を作るだけのお湯が湧いてしまいそう。

じーっと見つめられる。
なんとなく、言いたい事は分かっているつもりである。
でもそれを素直に応える必要も無いわけで。
私もただただ、じーっと見つめ返してやった。
彼女がそのままの目でちょっと頬を膨らませる、その時まで。



ぎゅっと、抱きしめてやった。
少しうっとりとした顔を、彼女が浮かべた。
すりすりと、私の体に寄せられる頬。
脈打っていた彼女の体の奥のそれが、少しずつ早くなっていく。

「……する?」
「ま、まだ朝ですし。その……今はただもう少しこのまま。」
「そうね。かなり積極的だったから、てっきり。」
「よ、喜んでもらえたらなって思って。」
「……もしかして、まだ昨日の夜の事を気にしてる?」
「ちょ、ちょっとだけ。」

彼女が私の体に頬を載せたまま顔を見上げ、目を閉じてにこりと笑って。
私が首を傾げれば私の体に抱きついていた彼女の手が少しだけ、きゅっとなった。

「最初に、言ってくれたじゃないですか。」
「うん?」
「一緒に寝ると、明日もこの人と一緒なのかなって、そう思えるって。」
「あぁ、言ったわね。」
「……こんな気持ちなんだなって、何となく分かるようになって。それがとっても心地が良いんです。」

さっきからくっつきっぱなしの彼女の体。
小さな体の奥で、少しだけ早鐘を打ってトクトクと私の体を押してくる鼓動。
私が頭を撫でれば満足げな溜息が、彼女から洩れた。



どれ程経ったのだろう。
何度も何度も彼女の髪の毛を梳かし、撫でていて。
彼女の胸の鼓動が少し落ち着いたあたりで声をかけようと、
見上げていた天井からふと彼女の方へと視線を下ろしてみれば
私をああやって起こしたのに何時の間にやら眠っていた様子で。
緩んでいた腕の拘束からゆっくりと抜けだすと、
その腕の中に私が使っていた枕を抱かせてそっと寝室を出たのだった。

部屋の暗さに不思議に思い、静かに外に出てみれば意外にも太陽はまだその姿を全部は見せていなかった。
……というより、まだ半分も出てきていない。何時も起きる時間に比べたら本当に早く起こされたようだ。

「……寒い。」

風が強いという訳ではないが、凄くひんやりした空気に思わずそう呟いた。
呟くために吸った息のせいで、目は少し覚めたものの……どうしよう。する事がそこまで無い。
朝食を作るにはあまりにも早い時間だ。正直、もう少し寝たい。
……あたたまるのに時間がかかる炬燵よりも、出来ればまだ十分に温かいであろうあそこで。
……うん。そうだ。それで良いだろう。起こして貰って悪いけれど、
私は適当に一人頷きながら寝室へと戻ったのだった。

寝ようとして、ふと枕が無い事に気づいて。
あぁそうだとリリーの胸元を見てみれば、やっぱりまだ抱いていた。
そっと引き抜いてみたら妙にほかほかの枕で。抱きしめてみたら冷えた胸元がじわりとした。
……一方の彼女はといえば、何だかご不満な様子で。
大事な物をとられたと言わんばかりの表情を浮かべたままべたりと布団の中で手を伸ばしていた。

ちょっとだけ、返そうかとも考えた。
けれどこのあたたかい枕に頭を預けると何だか気持ちよさそうだと、その時私は既に考えていて。
……でも、結局私がとったのは、そのどちらでもなくて。

私はそっと、彼女の胸元に頭を重ねたのだった。
ふわり、と彼女の手が私の後ろ頭を包んで。
トクトクと私の頬を叩くあたたかな体と、冷えた耳ごと包んでくれるその柔らかな布の感触。
妙に思ってしまう程の安心感がそこにはあって。
気が付いたら、見ていたはずの部屋の中の景色もぼんやりとしか見えなくなっていた。




「あれをするために、早起きしようとしたのは良いんですけど……早く起きすぎちゃって。」

お昼前になって、ふと目が覚めた時。私の髪の毛は彼女の手の中で梳かされていた。
胸の上に寝ていたはずが、今は彼女の顔が私よりもずっと高い位置にある。
その後ろには天井が見えて。私が急いで体を起こせば、布団がばさりと床に落ちた。

「満足したら、つい。寝ちゃって。」

どうやら膝の上で寝ていたらしい。……急いで起きたせいか、どんな感触だったか覚えていない。
でも、彼女の言葉にどこか安心して撫でた自分の後ろ髪は、どこか温かかった。

「もう、お昼前ってところかしら。」
「はい。……ごめんなさい。」
「ん?あぁ、怒ってなんかないわよ。」

まだ少しだけ、眠い。



「お腹の音がしたら悪いかと思いまして。」

急いで作ったお昼ご飯。やっぱりお腹が空いていたのだろう。少しがっついた調子で彼女が箸を動かしている。
少し多めに炊いておいたが、この分だと丁度よさそうで。どこかほっとした。
そんな時、急にそんな事を言いだした彼女に最初は何の事かと思ったが、
それが起きた時に膝枕されていた理由だとやっと気付いた時には、
彼女は何だか恥ずかしそうに顔を赤くしてた。

「気付かなかったわ。」
「はい?」
「寝てたのはお腹の上じゃなくて、胸の上だった気がするんだけど。」
「あ、えと。最初はそうだったんですが……寝返りしてる内に、お腹の上に。
でも、そう思ってあたふたしてたらお股のところにすっぽり霊夢さんの頭が落ちちゃって。」

適当に会話を繋げようと、ふと振った話題。
丁度彼女が答えようとした時、みそ汁を飲もうとしていた手を止めておいたが……正解だったかもしれない。
聞いた所で飲み込みかけの御飯が、あらぬ所に入りかけて。
思わず咳こんだ。
……彼女もちょっとだけ、咳をしてた。

「あの、おかわり……良いでしょうか。」
「あぁ、うん。まだあるから。お味噌汁もお代り、まだ1杯分あるから持ってこようか。」
「あ、えっと。……じゃあ、どうかお願いします。」



一足先に食後のお茶を飲み始めた頃に彼女が箸を置いた。
流石に満足したというか……ちょっと食べすぎたのだろう。笑顔でこそあったが、
手は後ろについて少しぼーっとした様子で天井と壁との間あたりを見つめていた。
あの様子を見るとどこかお茶が美味しい。

「後片付けしたら、ちょっと出かけるわね。」
「代わりにやりましょうか?」
「良いわ。水冷たいし。」
「でしたら尚更……。」
「だから、よ。あったかい食事を楽しんでもらった直後じゃない。」
「それは霊夢さんも一緒です。」
「私は良いのよ。その後外に出る用事があるんだもの。大して変わらないわ。」

……にしても、よく食後のその気分の時にそんな返しが出来るものだ。
嬉しいけれど……だからこそ断っておいた。
用事というのは、他でもない。そろそろ探しだしてるだろうというあれを受け取りに行く、
ただそれだけのこと。……そうか。今日はお金を持っていかないとな。
後で揉めるような事になって欲しくは無いから。



食器を洗い、財布を握り締めて。空を翔けて飛んできたのは霖之助さんのお店。
ふと外から見ただけでも店主が在宅だということは良く分かる。……雪の上があまりにも綺麗過ぎる。
外にも出ずにずっと居るのだろう。恐らくは私が頼んだ事が原因でもあるのだが。
そんな雪を踏みしめお店に入り、一層何が並んでいるのか分からなくなった店内を進み、
いつも店主が座っている所にやってきたが、目的の物はあるものの誰の姿も無く。
ただ店のずっとずっと奥の方でガタゴトと物音だけが響いていた。

「霖之助さん?」

返事が無い。

「居ないなら持っていっちゃうわよ?」
「値段を書いてあるだろう!」
「居るじゃない。」
「今それどころじゃない。」

その言葉にふとお店の奥を覗こうとして、ふわりと足元に転がってきた大きい綿埃を前に思わず後ずさって。
私は袖口から財布を取り出し二重に縛っていた紐を緩めると、恐らくこれだけ払えという事であろう
何とも怨念を感じる筆跡の値札に書かれたお金をそっと台の上に重ねていったのだった。

「こっちで手伝ってはくれないかね。」
「用事があるから。」
「……そうか。」
「良いお年を。」
「ああ。良いお年を。」

まあ、この靴を彼女に届けてしまえばもう用事なんてものは無いのだけどね。
恐らく手伝った所で何かあるわけでもなさそうだし。……あったとしても靴を探しだした苦労の対価が、と言われそうだったから
重ね終えたお金をもう一度確認して、お財布のひもを締め直すと、胸に靴を抱いてお店を後にして。
出た所でふと空を見上げてみれば、少しずつ空模様が怪しくなり始めていた。
帰りつく前に降る事はまず無さそうだが……夜は出歩きたく無くなりそう。
まあそういう用事は、作らなければ良いだけだけど。



「ただいま。」

玄関に自分の靴と彼女の靴をそこに並べて家の中を進む。
手を洗うのも、廊下を歩くのも。やっぱり寒い。冷たい。
まぁ、お留守番を頼んでいるからきっと炬燵はあたたまっているはず。
早く、あたたまりたい。手を突っ込みたい。

思えば返事が無いな。出かけた様子は無さそうだが……というか頼んだ約束を放ってどこかに行きそうではなさそうだが、
不思議に思いつつも居間へと入ってみれば、炬燵から頭だけを生やして彼女がそこに居た。
……気持ちよさそうにたまに唇がもごもごと動いている。けれど起きている様子は無さそうで。
顔の横に膝をついてしばらくじっと眺めていたが、起きる様子はまるでなかった。

彼女の入っている側とは違う面の炬燵の布地をそっとめくって、蹴らずに入れそうな所を探して足を差し込んだ。
これが魔理沙ならあったまっているであろう足先に思いっきり私の足を当ててやるものだが、
流石に寝ている彼女に驚かれて火傷をされたくはなくて。
起こさないように起こさないようにと体を入れた所で、彼女ではなく炬燵の足に体をぶつけてしまったのだった。
ガンッという少し嫌な音が響き、もそもそと彼女が体を持ち上げて。
そして小さなゴンという音を今度は彼女が体をぶつけて立てて。眠たそうな彼女の目がゆっくりと開いたのだった。

「……おかえりなさい。」
「……ただいま。……あぁ、まだ寝てて良いわよ。」

ずるずると炬燵に埋めていた体を引き抜く彼女にそう言ったけれど、結局体は体どころか足まで出してしまって。
そのままのそのそと眠たそうな表情で私の横に座ると、ぎゅっと私の体を抱きしめたのだった。
風晒しだった肩口ごと、背中から包まれて。一瞬火傷するんじゃないかと思う程の熱さが体の中を走って、思わず体が震えた。

「やっぱり冷えますね。」
「……ありがとう。」
「これ位なら出来るかなって、思ったので。……あたためてる間に気持ち良かったのでそのまま寝ちゃったのですが。」
「気持ちは分からないでも無いわ。私も何だかこの分だと眠れそう。」
「ここで寝ると風邪を引いちゃいますよ?」
「貴女だって寝てたじゃない。……布団に行く?貴女も何だか少しまだ眠そうだし。」
「もう今日は用事が無いのですか?」
「うん。ちゃんと済ませてきたから。」

後ろから抱きついたままの彼女のお尻の下にそっと手を差し込んで。
炬燵から足を引き抜いてぐっと立ち上がると、私は彼女を背中で抱えたままそのまま寝室へと歩いた。
ぺたんと彼女の頭が、私の肩口に落ちる。

「凄く。」
「うん?」
「落ちつくんです。こうしていると。」
「……うん。」

その気持ちも、分からないでもなかった。

布団の上に彼女を下ろし、自分も腰を下ろして。
もぞもぞと掛け布団をめくり潜った彼女を追って私も布団へと入った。
少し冷たいな、と思ったけれど、そんな意識に割り込んでくるように彼女が抱きついてきて。
私はそんな彼女の肩口まで布団をかけ直すと、同じように抱き返したのだった。
……まだまだ私の体にとってはとてもあったかくて。
冷えた服も布団もじんわりとあたたかくなっていく感触が心地よかった。

「寂しい時の事は考えないようにって、前は思ってたんですが。」
「言ってたわね。」
「霊夢さんとこうして話すようになる前より、ずっと考えるようになったかもしれません。」
「そうなの?」
「胸にこう、湧いてふわふわと舞うこの気持ちを理解したくて。」
「……貴女自身の?」
「はい。……でも、とっても難しいです。いっぱい言葉は湧いてくるんです。」

彼女が私の顔を見上げて笑う。

「嬉しい。楽しい。色んな言葉が次から次に湧いてくるんです。気持ちいい。心地いい。他にもいっぱい。
まだ少ししか一緒に過ごしてないのに、まだ春にもなってないのに。こんな気持ちになれるんだって。」
「初めて一緒に布団に入った夜も言ったけれど、良いものでしょう。」
「はい。」

彼女が私の片方の肩をつたい、手を探してそっと触れて。
まだ冷えていた事に気づいたのか、まるで大事な宝物のように包んでくれた。
広がる熱と一緒に、彼女の鼓動がその指先からすら伝わってくる。
時折、きゅぅと握られる感触が優しくて。

「だから、まだ。」
「うん。」
「ここに居させて、欲しいです。」
「……うん。」

私もそんな気持ちで居たいなって。そう、一緒に考えてて。
彼女の顔を胸へと抱くと、

「ここを貴女の場所にしたいなら。……ここでいいのなら。心配は、しなくていいから。……ね?」

そう、囁いたのだった。



お互いに抱きしめて、布団の中でぬくもる事しばらく。
寝入る……という事はとうとうなく、たまに不意にお互いの顔を見つめ合っては、ただ笑って。
手を握られたり、握り返したり。飽きずにずーっと、続けていた。

「一人で居て不安だったり、つらい時って胸がドキドキするんです。」
「……そうね。」
「霊夢さんにじっと見つめられてる時も、同じようにドキドキします。」
「……なら、止めた方が良い?」

私の返しに、彼女がぎゅっと手を握る。

「冗談よ。」

ぷっくりと膨らませた頬を指でゆっくりと押せば、
もう片方の頬が余計に膨らんで。そんな彼女の頬ごと胸の中へと抱きこんでしまえば、
恥ずかしそうに漏れる息の音が私の胸元から聞こえた。

「私だって、一緒。……たぶん、こうやっていると落ちついてくるのも、一緒。」

私の言葉に彼女が小さく頷く。

「伝わってくるし、伝わってるんだろうなって、思う事もあるし。
貴女が素直だからというのが大きいんだろうけど。そこはとても嬉しいの。」

ふわりと、胸元に抱いていた彼女の顔が熱くなって。
そっと彼女が顔をあげたところで、彼女のお腹が鳴って。
……赤かった顔が、一層赤くなった。

「そういう所も、含めてね。……夕食、作ってくるわ。」
「……はい。」



夕食を食べ終えた後、そわそわしていた彼女。
洗い物から戻ってきて何事かと考えていたが、ふと思い付きで尋ねた。

「温泉行きたいの?」
「……はい。」
「そうは言っても、ねぇ。」

彼女はずっと今日は居間と寝室に居たから知らないのか。
私は夕食を作る関係で台所にも足を運んだけれど、既にその時も、洗い物をしに戻った時も
外で雪が降ってた事を知っている。まぁ、舞う程度ではあるのだけど。
風こそまだ出てないけど、出られるとちょっと困った事になりそうで。

「外、こうなってるけど?」

縁側の障子を開けて、その様子を見せたら彼女が少し苦い顔をして。
でも目は依然として私に行きたさを訴えていて。
じっと見つめ合っていたのは僅か5秒にも満たない時間であったろう。
私は障子を元の位置まで閉じると、首を振ったのだった。

「今日は家のお風呂で我慢してちょうだい。」
「……あったのですか!」
「あるわよ。……ずっと最近温泉ばっかりだっただけで。」

……掃除はしてあるから、すぐ使えるはず。ちょっと時間はかかるが。
その点温泉は本当に楽だ。こっちは春夏秋冬どの季節でも薪をくべなきゃいけないし、
夏は虫が、冬は寒さが薪をくべている間中嫌になる。
嬉しい点を挙げるとすれば……挙げるとすれば。
うーん。残り湯を使った洗濯が冬だととても助かる事、位か。
いつも独りで使ってたから、好きな温度に完全に出来る訳じゃないってのが、どこか歯がゆい所だなって思う。

「あのぅ。」
「ん?」
「一緒に、入れますか?」
「あぁ、うん。キツいけど。」

私の肩が落ちる一方で、彼女はといえばなんだか嬉しそうで。
私は寒い日用の防寒具を着こむと、お風呂に水を張って外へと出たのだった。



「どう?」
「良い感じになってきました!」
「そう。じゃあもう少し薪いれて、そっち行くわ。」
「はーい!」

薪の予備の少なさ。そろそろまた鉈を片手に作業をしないといけないと思うと、やっぱり肩が落ちる。
料理にも使うから、サボるわけにもいかず。毎日コツコツやっておけばと思うところでもあるけど、
冬でも汗をかくから、正直やるなら一度にやりたい。……あぁでもそれは面倒。
本当、誰か代わりに……いやリリーにやらせて怪我でもしたら大変だし。
……やっぱり肩が落ちる。



「脱ぐの、早いわね。」

私が家へとあがって、お風呂場に着いた時には、既に彼女は脱いでいた。
湯気をあげているお風呂の横で、片腕を差し込んでぐるぐると回しながら楽しそうに鼻歌を歌っていて。

「この方が後で楽かなって思って。」
「……ん?最初から脱いでたの?」
「はい。」
「風邪引くわよ?!」
「大丈夫ですよ。ほら、もうあったかいですし。」

……注意しても彼女としてはそれどころじゃないようで。
何というか、もう入りたいという視線を強く感じる。
そんな視線に溜息を吐いて、着ていた服を彼女の服の横に重ねると、私も浴室へと入ったのだった。

「てっきり、いつも温泉に入ってるのかと思ってたんです。」
「あれは最近出来たばかりよ。……日頃はここを使ってるわ。」

使っていた、とも言えるか。……彼女が来てからは本当に、温泉ばかりだったから。
ひょっとしたらこの先使う事は少しずつ減るのかもしれない。
だとすると……薪の消費が少なくなって助かるといえば、助かるか。うん。

「霊夢さん!」
「うん?」
「一緒!一緒に入りましょう!」
「……洗ってから、ね。」



お世辞にも広い浴室ではない。我が家のそれは。
だから、洗うにも狭い空間に二人並んでわしゃわしゃとやるしかなくて。
お互いちっちゃく座って、背中を洗ってあげたりしていたのだけど、
彼女はといえば何だか妙に嬉しそうで。ずっと楽しそうな息を漏らしてた。

ひょっとしたら、こういう事の経験が無いんじゃないか。
ふと思いついた言葉を、言ってしまいそうになったけれど、
今がこれで楽しいのならわざわざ言う必要は無いのだと
背中の羽が揺れる度に思わされる事になって。

何か都合のいい言葉は無いかと、後ろに居て焦ってたりした。

「今度は私がやりますよ!」
「じゃあお願いするわ。」

くるりと振り返る彼女。きゅっと顔に力を入れて、そんな考え込んだ顔は消して。
私は彼女に背を向けるとそっと頭を下げたのだった。



「痛くないですか。」
「大丈夫よ。」

優しく丁寧に擦ってくれるから、そんなことない。

「かゆいところとか、無いですか。」
「うん。無いわ。」

むしろ、ちょっとくすぐったい位。
……出来るならずっとこうしていたい。でもそれが許される訳がない。

「ふぇ……くしゅっ。」
「……そこまででいいから、後は自分のを洗って先に入っちゃいなさいな。」

夏だったなら、もう少しこうして居られただろうが、
今は冬だから。仕方ないのだ。

「まだ、終わってないです。」
「後は自分でも出来るわ。」
「……まだやりたいです。」
「駄目。先にやって早くお入り。……貴女の方が、ずっと裸で冷えてたんだから。ね?」

嬉しいけれど、元も子もないことになっては欲しくないから。
私は彼女の言葉を遮ると、体をひねって向き直ったのだった。
ぽん、と肩へと手をおけば、優しさを感じる手のひらの温かさとは違って、
かなり冷えた感触が手のひらを伝わってくる。

「ほら。こんなに冷えてるんだから。」
「……はい。」



洗い終えた彼女が浴槽へと入り、腰を下ろした所でなみなみに張っていた湯が流れ落ちて
もうと湯気があがる。……お陰でちょっとあたたかくて、彼女の方をちらりと見てみれば、
心地よさげに上を向いたまま口を開けていた。

そんな彼女から受け取った泡だらけの塊で私もいそいそと体を洗い、
足を洗おうと立ちあがった所でふと気付く。……伸ばそうと思えば一人で入る分には足くらい伸ばせるのに
いつもの温泉の時のように彼女はずっと膝を抱えて座っていた。ただ、いつもと違って、
真ん中では無く凄く端っこだったけれど。

「私が入る時はそれだと有難いけど、今くらいは足伸ばしてても良いんじゃない?」
「こ、この方が落ちつくので。」
「……そっか。」



私が体を洗い終えた頃には流石に私の体も冷えていた。
だから、桶のお湯が凄く熱く感じて思わず声をあげたら彼女が心配そうな目でこちらを見て慌てて立ち上がって。
私はそんな彼女を手でおしとどめ、残りの泡を洗い終えると、彼女の横に入って腰を下ろしたのだった。

「……ふぅ。」
「お疲れ様です。」
「ん……うん。お疲れ様。」

ざばざばと溢れるお湯の音が止まり、少しして。
私も最初彼女がしていたように天井をただ見つめていたけれど、
ふと彼女の方へと視線を向ければじっとこちらを見る彼女と視線がぶつかった。

「何かついてる?」
「いえ。」

……うん?あぁ、ひょっとして歌いたいのかな。

「歌っても良いわよ?」
「それは、嬉しいですけど……そうじゃないです。」
「じゃあ、どうしたの?」
「あの。」
「うん。」
「……私が立ち上がれば、霊夢さんは足を伸ばして座る事が出来るのですか。」
「良いわよ。わざわざそんな事しなくても。貴女が冷えちゃうじゃない。」
「いえ、その……その上に座れたらなって。」

そういうことか。

彼女の言葉に、私が手で立つように示せば嬉しそうに彼女の顔がほころんで。
一旦立ちあがった彼女の下で私は足を伸ばし直すと、彼女の体を自分の元へと抱きこんだのだった。

「こういうことで良いのかしら。」
「重く無いですか?」
「お湯の中だし、大丈夫よ。」
「……良かった。」

てっきり、足を伸ばすだろうと思ってた。
でも、それが目的ではなかったらしく。
彼女は私の方へと向き直ると、昼よりも強く私の体に抱きついたのだった。

「好きです。」

ちっちゃな、ちっちゃな声。揺れる水の音で消えてしまいそうなほどの。
それでも、確かに聞こえた。

「……うん。」

ただ、何だか少し悲しそうな声でもあって。
私は背中に回していた手をきゅっと締めると、そっと口づけしたのだった。
短く、ただ一度だけ。

「ありがとう……。」
「お礼を言うのは、私の方……そうでしょ?」

彼女の言葉にそんな言葉を返しつつも、
私は同じ言葉を、自分自身に問いかけてた。



彼女にどんな事をしてあげられるか。
ああすれば、こうすれば喜んでもらえるというのはなんとなく分かっている。
でも、気兼ねなく喜んで欲しい。やっぱり。
まだ、距離を感じられてるのかな。

うぅん。

そんな事を考えていたお風呂上がりの居間。
彼女はといえば、のほほんとした顔で今は炬燵に入っている。
結局悲しそうだと感じたのはお風呂場ではあの時のあの一瞬っきりだったけれど、
感じたのは、事実だ。そしてその感覚……この前も感じた違和感と似てる。私の中で整理がついてないから?
だからこんなに不安になってしまうんだろうか。

……やっぱり、浮かんでこない。

「そろそろ、寝ましょうか。」
「お疲れですか?」
「……うん。お風呂の準備もあったからかしらね。少し……いや、結構早いけど大丈夫?
というか、顔ちょっと赤いけど。ひょっとしてさっきので風邪引いたりしてない?」
「大丈夫ですよ?……赤いですか?」
「うん。いつもより。」
「私、ほら。顔熱くなりやすいですから。」

……何だか、納得してしまった。

私があんな事言ったからか、いそいそと彼女が布団を代わりに敷いてくれて。
私が布団へと潜ると、彼女も追って布団に入った。

「ありがとう。お先に、おやすみ。」
「おやすみなさい。」

勝手に降りてくる瞼。そのままの勢いに任せて、布団を肩口まで引っ張って。
瞼が降り切った所で、私はさっさと意識を手放したのだった。



――



ふと気付いた時には、天井は既に明るい色に染まってた。
身を起こして外へと出てみれば、御日様がもう昇ってた。
視線を下ろせば、桜の花びらが風になびかれ踊って舞っている。
……満開だ。あの木の下に陣取ってお酒を楽しみたい。あの娘と。

ああそうだ。あの娘を、起こさないと。
そう思って、振り返って……でもそこには誰もいなくて。
枕も一つしかない、私が寝ていた布団がそこにはあった。

どこに、居るの?
そう思って彼女の名前を叫んだつもりだった。
でも、何の音もしなかった。思えば風の音もしない。
葉が擦れる音も、障子が揺れる音も。何も、しない。
もう一度叫んだが、やっぱり聞こえない。喉が震えた気すら起きない。

神社の中を走って。片っ端から部屋を覗いても、誰もいない。
倉庫にも。お風呂場にも。どこにも、居ない。
寝室へと戻っても、やっぱり居ない。
かけ布団をひっくり返しても……。

どこに、行っちゃったの?
なんで、行っちゃったんだろう。
そう思って、また外に出て。
見上げた桜が、凄く寂しいものに思えて。
気がついた内に握っていた枕を胸元に抱きしめたら、目の前が歪んで行った。

座りこんで。
ぎゅっと目をつぶって。
背中を預けた桜の木はとてもあったかかったけれど、
余計に寂しさがこみあげてくるだけで。
袖で、顔を覆った。



「……さん。」

彼女の声が響く。

「どこに、居るの。」
「ここに居ます。」

頭上から響く彼女の声。
見上げた空間が、歪んで。
気がつくと、そこには少しだけ暗い見慣れた部屋が映ってた。

「大丈夫ですか?」
「え?」

見慣れた部屋の景色を遮って、彼女の顔がすっと割り込んで。
何だか、少しぼやけて見える。

「私の名前を、ずっと繰り返してました。」
「……ここは?」
「変な夢でも、見たんですか?」
「……そっか。」

彼女の顔の前に割り込んで、布地が顔に降りてくる。
ちょん、と目元を拭われて。……彼女の顔がハッキリ見えるようになった。

「私は、ここに居ますよ?」
「うん。……うん。」

そっか、夢か。
夢なのか。

……夢なのか。そっか。

「リリー。」
「はい。」
「……胸を貸してほしいんだけど。」
「わ、私胸には自信が無いですけど。」
「お願い。少し、少しだけで良い。」

そう頼めば、彼女がそっと胸に抱いてくれた。
驚かせてしまったのか、あったかい肌の奥で鳴る彼女の鼓動はとても早かった。

「大丈夫、ですか?」
「……少し、このままで居させて。」

春が来て。雪がとけて。
その時になったら、この子は一体どこに居るのだろう。
きっと、ここではないのだろう。
私が不安なのは、きっとそれなんだ。
また一人になってしまうのが、怖いんだ。
寂しさを理解してくれる誰かが、傍から消えてしまうのが怖いんだ。

撫でられる頭。
また少しだけ、涙が出て。
……でもそれは、彼女の服の中にとけていった。



雀の声が聞こえるまで、結局そうしてて。
私が顔を上げた時には、どこか彼女は眠そうだった。

「ごめんね。」
「ふぇ?……あぁ、いえ。大丈夫ですよ?」

そっと眠たげな頬に手を当てれば、何だか少し熱い。
……うん?少しどころじゃない。いつも以上に熱い。

「貴女、今頭がぼーっとしてるとかは?」
「ちょっと、眠いです……。」
「痛いとかは?」
「……大丈夫ですよ?」

返す言葉に欠伸が割り込んで、彼女が口元に手を当てる。
本当に眠そうだ。そうか。私が起こしてしまったから、寝足りないんだ。

「ごめん。寝てて、大丈夫だから。朝ごはん作ったら、起こしに来るわ。」
「ふぁい。……あの、霊夢さん。」
「うん?」
「大丈夫、ですか?」
「……うん。大丈夫。ありがとう。」

本当は、そこまで大丈夫なんかじゃなかった。
でもそれを言う勇気は、私にはまだ無かった。
まだ、言わなくてもなんとかなるって思ってる所もあった。
だって、まだ……冬だから。
少なくとも年も超えていない今心配する必要は無いって、頭の中で分かってたから。
自分の中で揺れてた感覚の正体が分かって、少しだけ落ちついたのもあって。
私は彼女にお礼を言って部屋を後にすると、一度頬を叩いて台所へと向かったのだった。



「今日は行けるでしょうか。」

私の作った漬物を美味しそうに食べながら、彼女が呟く。
昨日降っていた雪は止んで、積もってはいたけれどあの分なら大丈夫だろう。

「ええ。今夜はあっちを使いましょう?」
「はい!……御馳走様でした。」
「お粗末さま。」

……あら、お代りはしないのか。ちょっとだけ御飯余っちゃった。
まぁ、後でおにぎりにでもしよう。お昼ご飯の時に出しても良いし……小腹が空いたらでも良いし。
一応、梅は避けておこう。うん。



お昼を前に盛大なお洗濯。昨日のお風呂の残り湯を少しだけ温め直して、
それを大きな桶に汲み替えて。まだ年を越すまでに日はあれど、
やっぱり大仕事は早い方が良い。宴会用の食器然り、衣服しかり。
欲を言えばお布団とかもやってしまいたいが……お布団はまた今度でいいや。
彼女の服もあるから、干す場所が減るのは分かってるもの。

「私のも、良いですか?」
「うん。一気に洗ってしまいましょ。今日は一応天気なんだし。凍る……ことはないでしょう。」

まぁいざとなったら室内に干そう。とりあえず天気が良いうちに。

「あの。」
「うん?」
「ずっと思ってたのですが、寒く無いのですか?」

一緒に桶を囲んでいた彼女が、私の方を見て呟く。
恐らく、私の服の事を言っているのだろう。

「少し、寒いわよ。昔に比べたら結構慣れたけど。」
「脇は冷やしちゃだめだって、言いますよ?」
「そうね。でも大丈夫よ。そんなに外に出ないし……。」

そもそも外に出ないし、出たとしたらそれは大抵体を動かす時だから。
その大小の差こそあれ、体があったまる。

「私には、難しそうです。」
「ん?」
「その格好をしたらきっと風邪を引いちゃうんじゃないかなって、そう思いますから。」

……確かにあったかそうな格好をしている貴女なら、
こんな格好させた日にはきっと、大変な事になるでしょうね。
そんな事言う割には昨日はお風呂でずっとお湯が出来るまであんな格好で待ってたけど。

ふと桶の中から洗濯物から彼女の方へと視線を向ける。
袖まくりをした彼女の白い素肌が、泡の中で光に反射してちょっと眩しい。
顔を見上げてみれば、ちょっと赤くて。視線に気づいたのか、こちらを見るとにこりと笑った。

「あったかいお湯でするお洗濯も良いですね。」
「冷めるまでが勝負でもあるけど、ね。」



洗濯が終わった頃、彼女のお腹が小さく鳴って。
彼女は何事もなかったかのように振る舞っていたけれど、私がじっと見つめると苦笑いを返した。

「私はお昼の準備するから、貴女は干してきて貰っていいかしら。」
「はい。乾くと良いですね。」
「そうね。それが終わったら、小さいおにぎりがあるからお昼ごはんが出来るまでそれを食べて待ってて頂戴な。」
「良いのですか?」
「うん。手伝ってもらったからね。……お昼食べて、落ちついたら温泉に行きましょうか。」
「……はい!」

笑顔眩しい彼女に随分と重たくなってしまった洗濯物を任せ、
よたよたと外の方へと向かう彼女に背を向けて台所へと向かう。
まだ台所に置いたままだったおにぎりを居間へと移して御飯炊き。
……うーん。いつも通りとりあえず炊いておくか。
また少し余りそうな気がするけど、そうなったら今度は夕飯のおにぎりにすれば……良いだろう。たぶん。
延々と御飯が余ってはおにぎりのループになることは、無さそうだしね。



「良い匂いですね。」
「そうね。味噌も良いけど、こっちもね。」

私が料理を作り終えて居間へと戻った時、彼女は最後の一つのお握りを頬張っていた所だった。
洗濯物の量が多くて苦労したのか、それとも私を待っていたのか。それは分からないけど。
こっちも、というのは今日作った汁物……すまし汁の事だ。
味噌汁も美味しいが、こちらは色んな物と組み合わせやすい。
ただ単純に野菜を組み合わせるなら、味噌汁がとても美味しくて良いのだけど、
例えばお魚とか使おうかなって考えると、こっちの方が良いなって思える。
……生憎今日のすまし汁に魚は用いてないけど。

「いただきます。」
「うん。いただきます。」

じゃあなんで味噌汁じゃないかっていうと、
ただ少しでも献立を変えたかっただけで。
ただ、かえ過ぎても彼女が意識するのはなんとなく想像がついたから、
少しだけ変える事にしたのだった。
どうやら、それでも十分な効果はあげてくれているようで。

「……はぁ。」

のんびりした様子で喉がひょこひょこと上へ下へと行ったり来たりする様子を見るのは、
傍目で眺めていて楽しかった。



「そろそろ、行きませんか?」

さっき私が話題に出したからだろう。お昼ご飯を食べて後片付けをした後。
二人揃って炬燵であたたまっているところで彼女がそわそわした様にそう言った。
本当を言うと、洗い物の後だからもうちょっとだけ腕から先があたたまってからが良いなって思ったけど、
向こうに辿りつけば炬燵以上に温まれるのは知ってたから、私は頷いた。
顔を明るくして嬉しそうに炬燵から出た彼女、その足を見てふと思い出す。

「あぁそうだ。玄関にあるんだけど、靴を用意しておいたの。
後で、その。履いてみて。大きさが合うかどうか、ちょっと分からないけど。」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。……あぁ、今履いてみる?」

そわそわした目が、彼女自身の着替えのある寝室と玄関の方面を行ったり来たりして。
私がそう提案すると、彼女が顔を凄い勢いで上下に振って玄関へと駆けて行った。
……喜んでくれているのが嬉しい一方で、サイズが合わなかったら申し訳ないな、これは。

ゆっくり彼女の後を追って玄関へと辿りついてみれば、彼女が丁度履き終わった所のようで
すっくと立ち上がるとくるりくるりと回って見せた。

「ぴったりです!」

思わずそれに溜息が洩れる。……無駄な買い物にならずに済んで良かった。

「ありがとうございます!」
「うん。少なくともこれで転ぶ事は無さそうね。」

こくこくと頷きながら、どこか興奮しているのか鼻歌が耳に届いて。
暫くは狭い玄関の中をステップしていたが、少しして外に飛び出して行った。
あぁ、相当喜んでくれたんだなって思ったけれど……
何だか、凄い勢いで神社から離れて行ってる気がする。

……気が付いたら、もう見えなくなっていて。
まぁすぐ戻ってくるだろうと、さっきとは違う溜息を吐きなおすと、
私は一人寝室に戻って温泉へ行く用意を始めたのだった。



……でも、私の目論見は外れていて。
彼女が帰ってきたのはその日の夕方だった。
途中で誰かに襲われたのかとも思いながら、一応夕飯の軽い準備だけ済ませてじっと居間の炬燵で待っていて。
玄関からじゃなくて、居間と縁側を繋ぐ方面の障子が開いた時はかなり驚いた。

「す、すいません。」
「お、おかえり。」
「……つい。……ふぅ。浮かれちゃって。」

かなり息が荒い。一体どこまで行ってたのやら。

「大丈夫?」
「お……。」
「お?……あぁ、温泉?」
「行って、良いですか。」
「うん。貴女の服も準備しておいたから、行けるわよ。」

少し汗をかいていたけれど、私がそう伝えれば彼女は嬉しそうに笑って。
ちょっとの間、靴を履いたまま縁側の上でくたりとしていたけれど、
私が荷物の準備を終えて靴を履き終え玄関側から迎えに行けば
ぐっと体を起こして私の横に並んだのだった。

「もう少しくらい休んでても良いわよ?」
「大丈夫です。」
「そっか。……はい、貴女の服。」

彼女に衣服を預けると、二人揃って地面を蹴って。
赤色に染まった空を二人で翔けてった。
彼女の靴には、色んな雪を踏みしめた後が残ってた。



「はーるよ来い♪」

相変わらずで彼女が歌う、温泉。昨日歌わなかっただけなのに、
何だか妙な懐かしさを感じたりもする。私はといえばいつも通り温泉の隅の方に腰を下ろして
彼女の歌う背中をただ眺めていたのだけれど、
しばらくして彼女の歌声が段々と小さくなるのを感じて、彼女の傍へと位置を移したのだった。

そっと横顔を覗きこんでみれば……真っ赤になっていた。
いつもより浸かっていた時間は短いし、お湯の温度がここだけ熱いとは思えないのだが。

「大丈夫?」
「だ、大丈夫です。」

返す言葉はしっかりしてるけれど、どこか顔は苦しそうで。
私は急いで肩の下に自分の肩を差し込むと彼女をお湯の中から引っ張り出した。

「ま、まだ霊夢さんがあったまってないのでは?」

肩に彼女を担いで気付く。息が上がったままだ。

「良いから、ちょっと今日は出ましょ。……立てる?」
「た、立てます。」

彼女を着替えの傍まで連れて行って、タオルでくるんで。
駄目だ。やっぱりふらふらしてる。

「れ、霊夢さんが風邪引きますよ?」

自分の体を拭くより先に彼女の体を拭いて行った。
顔だけじゃない。そこまで浸かっていた覚えはないが、いくらなんでも体が熱い。
タオル越しにすら、分かる。
拭き終えた後で急いで服を被せて、袖を通させて。
その体を無理矢理一旦座らせると、私も急いで着替えて行った。

「ごめんなさい。」
「良いから。ほら、乗って。」

さっさと荷物を纏めなおして、彼女の前でしゃがむ。
また彼女をおんぶしたいとは頭の中で願いはしたが、こんな形なのはちょっと不本意だ。
……あったかいのは、あったかいけど。



ろくすっぽ拭かなかった頭が、空を翔けて行く中でとても冷えた。
一方で、私の体にのせたままの彼女の体は、そんなのを忘れるほどに熱くて。
結局家に着いて寝室で布団の上へと下ろした時でさえ、妙な寒気を感じるほどだった。

「風邪引いてたのね。」

しゃがみこんだままの彼女の額にそっと手を重ねる。
ずっと彼女を支えていた手でもあったから、そこまで温度差は感じなかったけれど、
逆にそれが問題で。
私は彼女を布団の中へと押し込むと、休んでおくように伝えたのだった。

「……ごめんなさい。」
「それは、良いから。それより何か他に言う事はない?」
「……ありがとう。」

……そういう意味じゃない。
私が聞きたいのは、寒かったりしないかとか、お腹の調子だとか。
貴女自身の、ことなんだけど。

「こんな、はずじゃ。」
「……少し、やすみなさいな。起きてから食べられそうなら何か作ってあげるから。」

布団の中で、申し訳なさそうに彼女が見上げたけれど、
すぐにそんな目も閉じて。少し苦しげな横顔を枕へと埋めると、
小さな息を立てはじめたのだった。



「……。」

台所でおかゆを作りながら色んな言葉が出てきそうになる。
ああすれば良かったのに。こうすれば良かったのに。
色んな言葉が湧いてくる。……でも、全部遅い。
結局口から言葉より先に溜息が洩れて、頭ががくりと落ちる。

何て表せば良いかよく分からない気持ち。
そんなのはここ数日で何度も何度も色んなところで湧いては来てたけど、
今沸いてるのは……悔しい。そんな気持ちだ。
でも何に悔しいのかが、もわもわとしてる。私自身に向いてるのは分かるけれど。

「……しょっぱい。」

味を確かめる為にとった、小さなスプーン。
塩をそんなに加えた覚えは無いけれど、少しだけしょっぱかった。

ただ、溜息が出た。


作り終えたおかゆをそのままに、水を張った洗面器と小さな手ぬぐいを元に寝室へと戻る。
……少し穏やかな顔になってた。でもまだ頬も額もちょっと熱い。
鼻の頭に浮かんでいた小さな汗の粒を濡らした手拭いでそっと拭って、
そのまま汗ばんだ額にその手ぬぐいを載せて。

「ごめんね。」

せっかく、温泉を浴びに行ったのにね。
また、汗をかいてしまってる。
……でもちょっと手ぬぐいが気持ちよさそうで。
起きたら、ちょっとだけ拭いてあげようかな。
あぁ、そうだ。薬も用意しておかないとね。
……そう。うん。私がちゃんとしないと。うろたえてる暇なんて、無い。



彼女の目がぱちりと開いたのは、
私のお腹が部屋に響いたその時だった。
そのままバッと起きた勢いで、額に載せていた濡れ手ぬぐいが飛んで行って、
彼女の膝もとくらいの布団の上にばさりと落ちた。

「おはよう。……少しは元気戻ったみたいだけど、食べられる?」

彼女が手ぬぐいに気づいて、慌てて拾ってそっと両手で包んだ。
私がかけた言葉に少しだけ止まっていたけれど、
こちらを見て微笑むと、すっと首を縦に振ったのだった。

「すっかり寝てしまって。」
「良いのよ。……ちょっと待っててね。ここに持ってくるから。あぁでも温め直すから、もう少し横になってて。」

彼女の手の内の手ぬぐいを奪って、洗面器の水で洗い直して。
指で額をつついてもう一度寝かせた彼女の額にそれを置いて。
私はただそれだけ告げると、立ちあがって台所へと戻った。



「なんとかなると、思ってたんですけど。」
「うん。」
「……ちょっと、無理してました。」
「……うん。」
「迷惑かけて、ごめんなさい。」

おかゆをかきこむスピードは相変わらず早い。
唇の横あたりが、まるで牛乳でも飲んだかのような痕を残してる。

「迷惑だとは思ってないわ。」

私の言葉に、彼女が慎重に太股の上にお椀を置いて、首を振る。
彼女がじっと私を見て、顔に手を伸ばして。
頬を撫でた彼女の手が、少し私には熱かった。

「涙の痕、残ってますから。」
「寝ずに看病してたら、欠伸くらい出るわよ。」
「ですか。」
「……ええ。」

「靴、嬉しいです。」
「つま先とか、きつくない?」
「大丈夫です。ぴったりです。……ちょっと、はしゃぎすぎちゃいましたが。」

そう言って彼女が布団をめくって、そっと膝を折って。
彼女が撫でた自分自身の足先。その後を追ってみれば、
かかとの後ろに小さな赤い広がりがあった。

「雪の中をあれだけ走ったの、久しぶりです。」
「……そっか。」
「楽しかったです。これはちょっと、痛いですけど。……あの。」
「うん?」
「治ったら、いっぱいいっぱいお礼しないとですね。」
「……そう思うんだったら、今日くらいはもうちょっとゆっくり食べて頂戴な。おかゆでも、お腹に響くわ。」
「そう、でしたね。」

彼女が驚いたように肩をすくめて。
でも笑って返すと、小さく首を横に振った。

「ちゃんと、噛んでますよ。……ただ。」

最後の一口を彼女が食べ終えて、そっとお盆に食器を戻して。
私がスプーンを口から引き抜いて彼女の方へと視線を向けてみれば、
ぎゅっと横から彼女が抱きついてきたのだった。

「少しだけでも早く、こうしたかったので。何度も言うようなんですけど、
私はこの生活とても、楽しいです。……迷惑はかけたくないですけど、こうしていて心地いいです。」
「それは、なんとなく私もそうなんだけど。もうちょっと、良い所見せたいものね。」

食べ途中だという事はちゃんと分かってくれているらしく、
スプーンを動かそうとして見ればすっと彼女の腕が解けて。
代わりとばかりにぴたりと私の横にくっつくと、赤い顔をこちらに向けた。

「いつも、そうだと思ってますよ?」
「私の心の問題よ。」
「ですか。」
「……ありがとう。」
「お礼を言うのは、私の方ですから。」

お決まりの言葉のように彼女が返して。
私も食べ終えた食器をお盆の上へと片づけると、
そんな彼女の体に体重を預けたのだった。

「あとで、お薬。……それと、ちょっと汗拭こうか。」
「霊夢さんも、顔ちょっと拭きませんか。」
「……そうね。」



私の目元と、彼女の体。
一つの小さな手ぬぐいでゆっくり拭って行ったその後で、
淹れたお茶を片手にあまり慣れていないらしい薬を飲んで貰っているその下で、
私は彼女の足を手に取ると、靴ずれを消毒していたのだった。

「にがいです。」
「美味しかったら薬じゃないわ。」

ちっちゃい足。先の方を手に持つとくすぐったいらしいから足首を支え、
消毒液で濡らした小さなガーゼで赤くなったところを拭って行った。
少しだけ痛いらしいけど、これ位は我慢してもらわないとどうしようもない。
最後に包帯を取り出して傷口を包みきると、彼女の足を解放して。

「包帯がちょっと勿体無い気がします。」

そんな事を呟いた彼女に

「これなら靴を履く分に関していくらか楽になるでしょ。」

そう返せば、嬉しそうにまたぎゅっとされた。

「じゃ、寝ましょ。」
「……はい。」
「その薬はちゃんと効くから、明日には元気になってるはず。私は試した事無いけど。」
「それなら移す事が無さそうで、安心です。」
「大丈夫よ。……おやすみ。」
「おやすみなさい。」


――


雀の声が少し遠くに聞こえながらも、どこかまだ夢の中との境を行ったり来たりしていたその日の朝。
どこかすっきりとしてて居心地の良い温かさを体いっぱいで楽しんでて。
そんな所に冷えたべちょりとした感触が急に額に落ちてきたものだから、私は驚いた。
それはもう驚いて。叫び声をあげたもんだから、彼女も叫び声をあげた。
ぼすんと顔の横に落ちたもの、濡れ手ぬぐいを見てあぁこれかと思いつつ、
顔を上へと向けてみれば、ちょっとだけ気まずそうに彼女がこちらを見下ろしていた。

「ご、ごめんなさい。……昨日のせてもらって気持ち良かったから、どうなのかなって。」
「とりあえず……ふぅ。驚いたわ。おはよう。」
「おはようございます。」

ちょっとだけ絞り方が足りないと思う。
……あと1回くらい捻りたい所だった。あれは。

「……多少は元気になったかしら。」
「ええ!ばっちりです。……ただ。」
「ただ?」

気まずそうに続けた彼女の言葉。聞き返してみれば代わりにとばかりに
彼女のお腹が鳴って。昨日の夕食の事を思い返しながら体を起こしきると、
私は軽く伸びをして手ぬぐいを洗面器の中へと戻したのだった。

「作ってくるから、炬燵にでも入ってて頂戴な。」


~~


洗面器を手にそのまま出て行ってしまった霊夢さん。その後を追う前に、
めくれてしまった布団を直して。いそいそと居間へと入った。
私が霊夢さんの代わりに炬燵の準備もする事が出来たなら、
もう少しお役に立てるのかもしれないなって思ってはいるけれど、
何か失敗してしまったとき、とんでもない事になりそうでそれはちょっと怖くて。
だから、いつも霊夢さんが準備してくれるその背中を、
申し訳ない気持ちで眺めてる。……今日も、それは同じ。

霊夢さんが、行ってしまった後で炬燵へと足をさしこんだ。
昨日はちょっと痛かったかかとの痛みも、包帯越しだから擦れなくてどこか落ちつく。
包帯に触れると、何だか胸の内に湧いてくるものがある。
解けてしまったら結び直すしかないけれど、出来るなら解けないでずっとこのまま在ってくれればと思う。
……何だか、あったかい。

ここはあったかい。
炬燵の中だからじゃない。……段々とあたたまってきてるのは、嘘じゃないんだけど。
いつも迎えていた冬よりもずっとずっと寒い冬な気がするのに、
こうしているとそんなことを忘れてしまいそうになる。
自分の心まできゅっと冷えるのがいつもの冬だった。
でも、今年の冬は。
……とても、あったかいんだ。

お家が壊れた時は、本当にどうなるかと思った。
必死で逃げて、大妖精さんを頼って。でも居なかったから、ここに辿りついて。
それから少しの間の記憶はないけれど、覚えている所までさかのぼってみれば、
目を覚ました時にはもう何だかあったかかった気がする。

本当は一日宿を借りさせてもらったら、それで終わろうと思ってた。
でも、そんな言葉が言えなくなった。……いや、言いたくなくなった。
好きな温泉の話が出て、二人で一緒に入った。
あの時が、初めてだった。誰かと一緒にお風呂に入るのが。
いつも寂しさからは目を逸らしてきたけれど、その時はそれを思い出してしまって。
でも一人じゃないんだって思ってみれば、……今度はなんだか恥ずかしくなって。
良くも悪くも、私の頭の中は何だか一杯一杯だった。
ただ、頬が勝手に緩んで行くのはちょっと恥ずかしくて、
だから私は真ん中へと逃げると歌って気を紛らわせたんだった。
……それが気持ち良かったから、あれからずっと歌ってるけれど。

「お待たせ。」
「美味しそうですね。」
「といっても、いつも通りの朝食だけど。……さ、食べましょうか。」

御飯も、そうだ。
大妖精さんと食べる事は前にもあったけれど、
その時とは違うものが胸の中をふわふわしてた。
霊夢さんを見ていると、この人も私の寂しさを理解してくれるんじゃないかと
そんなことをふと思ったりして。……あったかくて美味しい料理を一緒に食べながら、
そんな事を考えてしまう自分にどこか驚いてた。
もっと驚いたのは、その後に言われた事だったけれど。

あの言葉があったから、私は一歩を踏みこんだんだ……。

「一応病み上がりだから、いっぱい食べるのは夜にして頂戴な。」
「だ、大丈夫ですよ?」
「大丈夫なのは、伝わってくるわよ。」

そう。実際に伝わった。ちょっと凄い事をされそうになったけれど……いや。したんだ。……うん。
こんな私に、真剣な目をしてくれた。だから、初めてのキスもしたし、その。恥ずかしい事もしたんだ。
霊夢さんが望んだようにも思えた事だったし、
……私自身も何か伝わってくるものと伝えたいものがあったから。
……うん。今思い出してもちょっと恥ずかしい。

「熱かった?」
「え?」
「顔、赤いけど。」
「だ、大丈夫です。美味しいなって、思って。」

そんな事を通じて、知って貰えたその時から。
出してもらえる食事がもっともっと美味しくなって行った。
こんなに美味しかっただろうかと、思ってしまう程だった。
……霊夢さんは、同じ料理を出す事に何だか心に思う所があるみたいだけれど、
私からすれば毎日毎日新しい食事を出してもらえているような気持ち。

霊夢さんを知れば知る程。私の事を知ってもらえば知ってもらえる程。
その気持ちはとても強くなってた。



だから、私も頑張ってお返ししなくちゃって思った。

「今日はゆっくりしましょ。……明日はちょっとしたいことあるけど。それをして、終わり。今年は終わり。」
「明日は、手伝えますか?」
「手伝ってもらうわ。一人でするととても大変だから。」

返せる所から少しでも恩を返したいと。そう思ったから。
でもそう思って行動してみても、こんなんじゃ足りない!って思う気持ちはずっと心に残り続けた。
もっともっと、お返ししないと。

私が貰った気持ちは、小さなお手伝いで払いきれる程じゃなかったから。
というか、払い切れても困るなぁ。……喜んでくれる顔を見ると、
凄く良い気持ちになる。こんな気持ちをこんな季節に抱くなんて
私思っても無かった。
……それが凄く嬉しいから。だから、もっともっと頑張ろうって思って。
出来るなら迷惑をかけずに、いっぱいいっぱい喜んだ顔を見せて貰いたい。

ただ、自分の気持ちや体の管理くらいは出来るようにならなくちゃ。
……舞いあがると周りが見えなくなるのは、どうにかしないと。とっても、とっても迷惑をかけてしまった。
目がさめて目に映ったあの表情を私が作ってしまっていたと思うと、
心をきゅっとされるどころか突き刺されたような気持ちになったから。
だから、もうちょっと今度からは気を付けよう。

「あぁ!」
「どうしたんですか?」
「……洗濯物とりこんでくる。すっかり忘れてた。」

……こんな事にもなってしまうのだから。



霊夢さんが気まずそうな顔で私の服を持って居間へと返ってきたのは、
私が貰っていたお茶を丁度後一口程を湯のみに残してお腹の中へと送っていた頃。

「私の服はマシだったんだけどねぇ……貴女の服がちょっとカチカチになっちゃてるから。」

そう言って、お家の中に霊夢さんが洗濯物を吊って行く。
乾いてはいるのだけど、確かに袖が変な方向へとなびいた様子のまま固まっていた。

「雪が降って無かったのが救いかしら。また洗濯しなきゃって事にはならないし。……とりあえず。」

吊り終えた霊夢さんが体を軽く震わせてもぞもぞと炬燵へと入る。
そのまま座るのかと思えば、体までもぞもぞと炬燵の中に埋めてしまって、
気持ちよさげな溜息が聞こえた。

「足伸ばせなくなるでしょうけど、ちょっとこうさせておいて。」
「大丈夫です。」
「寝るつもりは無いんだけど、……もし寝てたらお昼御飯食べたくなった頃に起こしてちょうだいな。」
「あまり寝てないのでしたら、お休みになった方が良いんじゃないですか?」
「今夜ちゃんと寝るわよ。今日ちゃんと寝ないと、明日したい事にも響くから。」

それだけ言って、霊夢さんが欠伸と一緒にまた少し潜って。
それっきり口を開かなかったので、私も口を閉じると同じように炬燵に潜ったのだった。
霊夢さんのごとく体すっぽりは難しかったけど、自分の服が厚いから寒くは無くて、
何だかんだそのまま静かな息を立てはじめた霊夢さんの横顔を眺めながら、
私も目を閉じたのだった。もぞりと動いた霊夢さんの手が私の腕に触れて。
その手をそっと包んで。……少し、冷たかった。



ふわっとおでこを包んだあたたかな感触。
響いてくる小さな、少し長い溜息。

「ゆっくり、ゆっくり起きて頂戴。」

ふとおでこを離れたと思ったら揺すられる肩。撫でられる背中。
さっきおでこで感じたよりもずっとずっと、熱い。
どうやら寝ていたらしい。
目を開けてみれば霊夢さんがそこに居て。
深呼吸してみれば美味しそうな匂いがお腹の中に入ってきた。

「ちょっとお昼回っちゃったけど……作ったから、食べましょ?」
「ちゃんと、寝れましたか?」
「……お陰様でね。夜寝られなくなるかもしれない事がちょっと心配だけど。」
「……すみません。」
「良いわよ。貴女が手伝ってくれるみたいだし、少し遅れても問題は無いわ。」

体を起こしてみれば、炬燵の上には少し深めのお皿の……。

「紅魔館で見たものを……ちょっと真似てみたは良いんだけど。思ったよりパラパラならないものね。」

チャーハンだった。でも、私が知っているそれよりもずっとずっと、具沢山で。
……というより野菜沢山で。少しだけ野菜炒めに偏っていると言っても良い気がしてきそうだった。
でも、良い匂い。立ち上る湯気と一緒に舞うそれが、お腹の中をくすぐってくるようで。
起きぬけなのに、じわりと手のひらに汗をかいたような感覚があった。

「美味しそうです。」
「だと、良いんだけど。……食べましょうか。」

霊夢さんも炬燵に入って。
ぱちりと音を立てながら二人揃って手を合わせた。



口の中に運んで一口運んで、思わずスプーンが止まる。

「ちょっと、胡椒入れすぎたかもしれない……わね。」

少し、からい。ふわーっと顔から汗が出てくるのが今度ははっきりと分かる。
でも、食べられない訳じゃない。ただ、凄い勢いで目が覚めてくる。

「お水持ってくるから、お腹に障らない程度にゆっくり食べてて頂戴。」

そう言っていそいそと用意してあったお茶ではなく、
台所へと走って行った霊夢さんを目で追いつつも、
私はと言えば……次の一口を食べていた。
最初の一口はびっくりしてしまったものの、一度舌が慣れてしまえば食べやすそうで。
……きっと、頑張って作ってくれたんだろうなぁ。
そう思うと、胸の中まで熱くなった。



ゆっくり食べてと言われたのに、食べ終わったのは私が先。
霊夢さんがお水を私の分も持ってきてくれたりしたこともあるけど、
……思ったよりスプーンが進んで。
今はただ、お水を口に含んだままじっとしてる。
……舌が熱い。顔も熱い。寝汗の分もあったのか、背中とお腹はもっと熱い。
だから、冷たいお水が今はとても気持ちが良い。

にしても、汗が止まらない。
霊夢さんも同じようで、もうそろそろ食べ終わりという所であったけれど、
鼻の頭にちっちゃな水滴がいくつも付いてた。
霊夢さん、顔が真っ赤だから、きっと私の顔も赤いのだろう。

お水を喉の奥へと追いやって、ぺたりと頬を炬燵の上に乗せる。
ひんやりとした板の感触が凄く気持ちいい。
ちょっと頬が痛くなるけれど、どこかふわーっと意識が飛んで行きそうな感覚があるから
どこかこう、止めたくない。



「起きてる?」

それからしばらくして。ふとかかった声に現実へと意識を戻されて、
顔を僅かにあげてみれば霊夢さんが吊っていた私の衣服を下ろしていた。
少しは、柔らかくなったようだ。丁寧に畳んでくれて。ポンと私の顔の横に置いて貰ったそれ。
何だか少し、今日食べたお昼ご飯の匂いがする……。

「起きて……ます。」
「後で温泉行きましょ。明るいうちに。」
「良いんですか?」

てっきり今日は外出出来ないかと思っていた。
でも本音を言えば、私も浴びにいけたらなって思ってた。
……思ったより汗が、凄くて。冬なのに。

「貴女は寝汗もあるし、……お昼ご飯もあれだったし。行ける元気があるならそっちの方が夜も寝やすいでしょう?」
「嬉しいです。」
「……じゃあ、私は準備してくるから、貴女は此処でもう少し待ってて頂戴な。」



入る前からへろへろだった昨日と違って、今日はまだ元気。何もしてないから、というのが大きいけれど。
本当は夜に入る温泉が好きだ。お昼のそれが悪いとは思わないけけれど、お月さまを見上げている方が、好き。
太陽は、ずっと見てると目が何だか変な感じになってくるから。
……でも、朝日と夕日は好き。
月も、朝日も、そして夕日も。全部時間の流れを感じる事が出来るから。
もうすぐ春が来るんだなって、感じる事が出来るから。

でもお昼はお昼で、良い事が無い訳じゃない。
お昼は、太陽の下だからこそ、色んな景色が見える。
木々の色に広がる空の色、空を飛ぶ鳥に……。夜は月明かりしか無くて、見るものが思うより減ってしまって。
だから霊夢さんの事ばっかり頭の中に浮かんで、いっぱいいっぱいになる。

本当はまだ裸を見せるのも裸を見るのも慣れてない。
お昼だとハッキリ見えてしまうから、見てても見られてても顔が熱くなる。
夜だとハッキリは見えないけど……私は一度、凄く近くで霊夢さんの裸を見てるから。
だから、記憶と相まって、良く見えない分を全部思い出してしまう……そしてやっぱり顔が熱くなる。

「顔、赤いわよ?やっぱりまだお家でお風呂用意した方が良かったかしら。」

温泉に入ってまだすぐの事。そんな事を考えていたら、ふと近くで声がして。
振り返ってみれば、いつも隅の方に座っていた霊夢さんがすぐ後ろに居た。
おかげでどきりと心臓が跳ねて。
……意識するつもりは無いんだけど、やっぱり体を見てしまう。

「だ、大丈夫ですよ!」

霊夢さんは隠そうとしない。まるでそんな事を気にしてない。
私はといえば、こういう時尚更膝を立てて丸くなってないと恥ずかしくて、恥ずかしくて。
これがあったかいからというのもあるけど、凄いなって思う。
勿論、そういう意識の持ち方が出来るってだけじゃなくて……綺麗だから。

「お昼だと、やっぱり恥ずかしい?」
「……少し。」

本当は、かなり……だけど。

「じゃあ、明日は夜に。」
「れ、霊夢さんが昼の方が良ければお昼でも!」
「私は……貴女に楽しんで貰える方で良い。……って格好良く言いたい所だけど、やっぱり夜が良いわ。
この後帰ったら御夕飯の準備。そうすると、また少しだけ汗かいちゃうからね。それに……」
「それに?」
「月明かりの下の貴女はとても綺麗よ。歌声も。」

また、顔が熱くなったのが分かった。



「さて。早いけどあがりましょう。」

その後もずっと傍に居た霊夢さんがそう言って立ち上がって。
いつの間にやら握られていた手を引っ張られて、私も立ちあがった。

「歩ける?」
「はい。大丈夫ですよ?」
「うん。じゃ、ぱぱっと拭いてさっと帰りましょ。」

そ、そうだ。

「あの。」
「うん?」
「お願いがあるんですが。」

お互い自分の体を拭きながら、霊夢さんに尋ねた。

「お、おんぶお願いして良いですか。」
「……ええ。良いわよ。」

この前してもらったあれ。凄く気持ち良かったから。
凄く安心出来て、凄く良い匂いがして。……凄く嬉しくて。
いつかあの気持ちをそのまま受け取ってもらえたらな。

「ありがとうございます。」
「疲れてる時は遠慮なく言ってちょうだいな。……私の体調が良ければ、やってあげるから。」

本当は疲れてる訳じゃないからそれを聞いて少しだけ胸が痛かったけれど、
それならそれで、その分お手伝いで返そう。頑張ろう。……うん。

「じゃあ、その。着替え終わったらお願いします。」
「うん。」



「明日で、終わりね。」
「大みそかですね。」

目をつぶったまま。気持ちいい風の中で。
確認するように呟いた霊夢さんに、私も同じように呟いて返した。
そうか、もう一週間になるのか。
何故だろう。もっと長い間お世話になってるような気もするんだけどな。
まるで、当たり前の事のように。

本当は、そんなわけ無いのに。
不思議な事なのに……でも、それで良いやって今はただ、思う。

「貴女がそこにいると、凄くあったかいわ。」
「私も、ここがあたたかいです。」
「運動してるのは私なのに、貴女の方がドキドキしてるわね。」
「……すみません。」
「夕食は何が良いって希望はある?」
「霊夢さんの作るものなら……えっと、ゆっくり食べられるものが良いなって思います。」
「そういえばお昼はあれだったのよね。そうね。考えておくわ。」

一緒に食べる事の出来る時間はとても幸せ。
霊夢さんは勿論だし、大妖精さんと食べる時だってそうだ。
一緒の時間を共有出来るって、良いな。
思えば、今のこれは……一緒の体温を共有してる、のかな。
もっともっと、色んな物を共有してみたいな。
一番してみたいのは……気持ち。なんとなく、気持ちはお互い分かってるような気がするんだ。
でもなんていうか。……こう、雪が肌に触れて融ける時みたいに、
お互いの気持ちが融けたらなって。そうなったら、それはきっと素敵で、
あったかくて、いっぱいいっぱいになるだろう。

「楽しそうね。」
「楽しいです。」

不思議なくらいに真っ直ぐにそう答えられるのも、
今はとっても嬉しいなって。



神社に帰ってからしばらく。……いや、かなり経った。
もう日は沈んでるし、お腹も霊夢さんの前でこそなんとか静かだけど、
一人の時だと寂しそうな声を出す位にはなった。

「もう少し。もう少し待っててね。」

たまにふらりと居間に戻ってくる霊夢さんがそう何度か伝えに来てくれる。
確かこれで4度目だろうか。でもさっき見た顔はとても笑顔だったし、
凄く美味しそうな匂いがしたから、きっとたぶんあれが最後だなって。
……そう思うと、炬燵に入れていた手と足に力がきゅっと入った。



「お待たせ。」

そう言って霊夢さんが持ち込んできたのは、おっきなおっきなお鍋。
台所にあったのは知ってるけれど、まさかそのまま持ってくるとは思わなくて、
驚いて手伝おうとすると、

「危ないから!……座ってて。」

そう言葉で止められて。だから私はその大きなお鍋が炬燵の上にどんと置かれるまで、ただじっと座ってた。

「……良し。」
「これは?」
「おでん。明日は忙しいから、明日の夕飯分まで全部作ったの。これがまた……時間かかるし重かったわ。」
「良い匂い、ですね。」
「お腹すいている貴女には丁度よさそうね。」

すっと指さされてそこを見てみれば、
何時の間にやら私はお腹に手を当てていたようで。
慌てて手をどけてみれば……隠していたお腹の音が一度小さく鳴った。

「食べましょ。私もお腹減ったし。……ってあぁ、御飯とお皿運んでこなくちゃ。」
「手伝いましょうか?」
「いや、良いわ。食べたい具でも見積ってて頂戴。」

ふうと小さな溜息を残し、そのまままた居間を出て行った霊夢さん。
大きいお鍋だから、座ったままだと私には中身がほとんど見えなくて。
炬燵の中に伸ばしていた足を引き寄せ、ちょっとだけ立ちあがってみれば、
ほっくほくに湧きあがる湯気の中で、お汁の色に染まった大根がぷかりと浮かんでた。

「はい。」
「あ、ありがとうございます。」

何時の間にか戻ってきていた霊夢さんが箸を渡し終えた後、じっと私を見つめた。

「そっか。座ったままじゃ……見えないか。」
「だ、大丈夫ですよ?こうすればちゃんと。」
「落ちついて食べられるならそれが一番かなって思って。」

そう言って霊夢さんもすっと炬燵に入った。
私も座りなおして、ぐっと背を伸ばしてみるが……やはり頭1個くらい
霊夢さんの方が背が高い。

「座布団じゃ限界あるしね。欲しいものがあったら言ってちょうだい。」
「な、何が入ってるのかまだあんまり知らなくて。」
「そりゃそうだわ。じゃあ、1つずつ取って行こうか。」
「……お願いします。」



「「いただきます。」」

霊夢さんのと同じ具の載ったお皿を前に、二人で手を合わせる。
この時くらい静かにしてても良いと思うんだけど、お腹が早くとせがんでくる。

「熱いから、気をつけてね。特に……いや全部ね。明日はあれがたぶん入るけど……。」

大根を箸で割っている所で霊夢さんがそう付け足した。
……確かに、割った所からさっきよりもすごい湯気がふわってあがってる。
きっと凄く熱いんだろう。……でもとても良い匂いだ。

割った大根を口へと運ぶ。いつも大根を食べる時に感じてたぴりりとした辛さとは違って、
噛む度に甘い味が口の中に広がってく。でも、お菓子みたいな甘さじゃなくて……。

「ちゃんと味が滲みてるみたいね。……お陰で時間がかかっちゃったけど。」
「甘いです。」
「野菜ってそんなものよ。焼いたり煮たりで。昔は私もそんな事不思議に思ってたわ。
でもまぁ、野菜だけじゃないのよね。こういうのは。最初持ってた印象と実際がずっと違う事が多いのは色んな事に言える事ね。」
「そう、ですね。」
「おでんの大根も。大根おろしやもみじおろし。沢庵に千枚漬けに。昔の人は良く考えたものね。」
「きのことか、最初に食べた方は凄いなって思いますね。」
「そうね。余程きのこに魅せられてたんじゃないかしら。」
「毒が有るのと無いの、私には良く分からないです。」
「私も、そうね。よっぽど毒々しい色してたら別だけど、紛らわしいのがいっぱいあるから。
だから信頼できる所から貰ったものじゃないと、安心して食べられないわね。一人暮らしだし。」



最初に盛って貰った一皿分を食べ終えた後霊夢さんにお皿を渡せば、
にっと笑って次の分をよそってくれた。
すっと返してくれたお皿には、あぁこれ美味しいなって思ったものが盛ってあって。
思えばずっとなんだか見られていたような気もしないでもない。

「まぁ、明日動けなくなっちゃうまでは食べさせられないけど。」
「霊夢さんが好きな具は、なんなのですか?」
「……私が好きな具しか、入れてないわ。このお鍋。だから気にせず食べて頂戴。」

お皿に盛られた具の種類が、どこか対照的な霊夢さんのお皿。
ひょっとしたら、私のため何だろうかと思うと、
嬉しくも有り、複雑な気持ちでもあるけど……もし本当にそうなのなら、
有難く貰おう。……美味しいんだもん。



「御馳走様でした。」
「の、前に。ちょっと。」

私が最後の一口を飲みこんで、手を合わせた時。霊夢さんがこちらに身を乗り出しながら
すっと手を伸ばしてきて。私の顎をそっと支えた。顔がふっと近づいてきたから、
ひょっとしたらあれなのかなって思って。目を閉じたら霊夢さんが笑った。

「いや、そうじゃなくてね。」

ふと私の顎を支えていた手が撫でるように動く。
ぺたっとした何かの感触が一瞬走って、そのまま霊夢さんの手が離れた。
霊夢さんの指先には一粒の御飯粒がそこにはあって。

「何時の間に……。」
「一皿目くらいの時からかしらね。……案外気付かないものなのね。」

は、早く教えてくれれば良かったのに。

「こういうのって二人居れば気づくんだけどね。……私も何時だったか、お尻で御飯粒踏んづけてた事があったみたいで。
あの時は魔理沙が気付いた後必死に帽子で隠してくれてやっと気付いたっけ。いつの宴会だったかしら。」
「それは流石に……気付くのでは?」
「お酒が沢山入ると、感覚鈍くなっちゃうから……。仕方ないのよ。あの時は本当恥ずかしかった。」
「お酒、ですか。」
「飲んだ事は……無さそうね。今度試してみる?」
「二日酔いが怖い、という話を聞いてるのですが。」
「そうね。でも、その為に私が居るから。」

そう言って、ふと霊夢さんが手を合わせて。
私も改めて、手を合わせ直した。



――



食後のお茶を楽しんだ後で、二人揃って寝室に入ったのはとても遅かった。
あの時は日付はまだ変わってなかったらしいのだけど、お腹に広がるあったかさと満腹感があったから、
私にはとても、とても眠くて。最初は食後だからもう少し起きていようって話になったんだけど……。
布団の上で霊夢さんとごろんとしてたら、やっぱり眠気が勝ってしまって。
気が着いた時には布団の中に入れられてたみたいだ。

最初つけていたはずの部屋の灯り。とても小さな灯りだったけれど、今はそれも消えていた。
真っ暗といえば真っ暗なんだけど、どこからか光は入ってるのか、
そっと横を見れば霊夢さんの顔がそこにはあった。
既に寝てから結構経つのだろう。息も穏やかで。
布団の中、手を伸ばして霊夢さんの手を探して、そっと包む。
手のひらはあったかいけれど、指先はちょっと冷たくて。そんな手を全部、全部包んできゅっと握る。
こうすると霊夢さんも、たまにだけどきゅっと握り返してくれる。

……それが何だか妙に嬉しくて。あんまりやりすぎると霊夢さんの眉が
動いてしまうから、少しだけ。ほんの、少しだけ。
もそもそと近づいて、霊夢さんの肩口に頭を預けて。

「おやすみなさい。」

きっと言い忘れていたであろうその言葉をそっと呟けば、
また、きゅっと握って貰えた。



~~



目がさめた時には既に部屋は明るかった。
結構長く寝た気はするがまだ少し頭がぼーっとする。
きっとまだ夜明けから時間が経ってないのだろう。
彼女は……ぐっすりみたいね。私の手を握ってる。
そんな手をそっと引き抜いて、眠たい目を擦る。
いつも冷えていた指先と違って、今日はとてもあたたかい。
……いや。今日もとてもあたたかい、か。

そっと体を引き寄せれば、彼女の口からどこかくすぐったそうな寝息が漏れる。
まだしっかり夢の中のようで、どうやら起きる気配は無いものの
緩んだ口元が時折その形を変えていた。
そんな笑顔に顔を近づけ、おでこをゆっくりと彼女のそれに重ねる。
冷えていたおでこにじわりとした熱が走る。……あったかいな。
でも、熱がぶり返した訳ではなさそうだ。
これなら予定通りあれをする事が出来る。
まぁ準備してしまった事だから、彼女が出来なかったら私がするしかないんだが。


今日は忙しくなるからそろそろ布団を出ないとと考えては居たが、
おでこのあたたかさとゆっくりと顔にかかる息が気持ち良かったから、
結局彼女から離れられたのはそれからかなり経った頃で。
その頃にはもう雀が外で井戸端会議を始めていた。



炬燵の準備。お茶のためのお湯の準備。そしておでんの温め直し。
何にせよ冬はあたたかいものの準備がまず一番だ。
でも、そんな準備が終わった後で私は一人倉庫に入っていた。
保存に適した場所として作られたから、ここはどうにも寒い。
前にも、そして昨日も今日の準備のために一人で入ったが……朝方なら尚のことだ。
そんな倉庫の中のずっと奥で

「相変わらず……重いわね。」

そう言いながら運んでいるのは、小さな臼と小さな杵である。
小振りではあるが、私が扱う分にはこれ位で良い。
御餅をいっぱい作ろうと思ったら少しこれでは足りないけれど、
そんなに必要だって時は宴会に来るような連中にでもやらせれば良い。
その方が苦労無く私も食べる事が出来る。

ただ、洗い物は避けられない。それは勿論、この臼や杵についても同じ事。
……洗って片づけてはいても、1年も使わなきゃやはり洗い直しだ。
だから昨日の夜はちょっと、大変ではあった。
寝る時になって思い出して、彼女が寝てからやった事もある。

「……はぁ。」

でもまぁ、これも全て御餅のため。
そして何より、おでんのために。



「おはようございます……。」

眠たげな声が背中に聞こえたのは、台所でしていた慌ただしい準備がやっとひと段落ついた頃。
ハッと振り返ってみれば、彼女が廊下の陰から私の方を見てた。

「あぁ、おはよう。早いのね。」
「水の音がずっとしてたので、大変な事をしてるんじゃないかと思って。」

まだ眠いのだろう。言葉や目こそ私を見てはいるが、
瞼がもう少し寝ていたいと言わんばかりに降りようとしてるのが見える。
洗う音がそんなにうるさく響いてしまっていたのだろうか。
いつもこれをやるのは自分だから、一体寝室にどこまで響いていたのかは私には分からない。

「そこまでじゃないわ。朝ごはんまでもうちょっとあるから、炬燵で少し休んで待ってて。」
「……お手伝いは?」
「後でいっぱいやって貰うわよ。だから、その時までゆっくり休んでて。」
「分かりました。」

いまだうとうととしたまま小さく頷く彼女。
やる事が片付ききっていれば一緒に炬燵にでも入りたいものだけど。
それはまだ、後でいい。



昨晩のおでんの温め直しが終わり、軽い量を予めお皿にとって御飯と一緒に居間へと戻ってみれば、
彼女が炬燵に頬をのせて半開きの口をこちらに見せたまま目を閉じていた。
匂いにつられたのか、そういう姿を見せていたのは目を覚ますまでの僅かな間だけだったけれど、
素直に寝ていてくれた事が分かって少しほっとした。……結局料理が出来るまでかなりかかってしまっていたからだ。
目を擦る彼女と、料理を並べる私。
いつも通りではあるけれど。

……いつも、通りか。

「「いただきます。」」

二人声を揃えて。
彼女が一口目の大根を頬張った所で、私は今日の予定を切り出したのだった。

「私が準備してたもの、見た?」
「……よく覚えてないです。」
「臼と杵を出してきててね。お餅を搗こうかなって。それで、貴女に手伝ってほしいの。」

ぱっと顔が明るくなる。

「つ、搗いても良いんですか!」
「良いわよ。というか一人じゃなかなか出来ないもの。」

喜んでくれなかったらどうしようかとも思ったけれど、これなら大丈夫そうだ。
むしろ……

「楽しみです!」

ぶんぶん腕振っちゃって。今にもしたそうな風にも見えるけど。
……握ってるお箸から御飯粒がどっか飛んでったな。

「何にせよ、食後少し休んでからね。大変なんだから。」
「はい!」



割と疲れる事だからと、いつもより軽めにした朝食であったが、
結局その後は彼女が急いで平らげてしまって。……お腹に障らないと良いのだが、
今にも搗きたいとばかりの視線をちらちらと感じてはいたから私は少しの間だけお茶の休憩をはさんだ後、
庭に道具を運んで準備に取り掛かったのだった。

運ぶ事自体は彼女に手伝わせても良かったのだが、どうせ彼女はこの後あの杵を使うのだ。
何度も何度もやっているとたぶん腕を上げたり下げたり出来無い体になってしまうだろう。
だったら今の内から疲れさせる必要は無いと思って。
……足の上に落として貰っても困るから。

「ワクワクしますね!」
「私の手は叩かないでね。」

熱く湯気をあげるもち米を運び終え、水を汲んだ桶を傍に置いて。
簡単な捏ねの作業が終わりいざ彼女が杵を手にしたのは、恐らく食後からまだ半刻と少し程しか経ってない頃だった。

「叩かないですよ。……たぶん。」
「手からすっぽ抜けたりしない限りは貴女なら大丈夫だろうけど。……あぁ、疲れたら言ってちょうだい。」

きゅっと、彼女の手に力が入ったのを感じた。
きっと……言わないだろうな。それは何となくわかってはいる事。

「あとはー、そうね。お餅を搗くのを見た事はあるのよね?」
「ええ。ぺったんぺったんしているのを、傍目に。」
「……そうね。ぺったんぺったん。その音を意識して頂戴。叩くのはお餅だから。」
「……はい。」

一度彼女に目配せして、彼女がそれに頷いて。
私は臼の中の捏ねた御餅をひっくり返すと、そっと手を引いた。

緊張した彼女の手がすっと降りて、御餅の上に杵の先端が落ちる。
水っぽいものを叩くような音とコンという小さな音が小さく聞こえた。
……若干捏ねが足りないのか、もち米だか水だかが私の顔に散ったけれど
今更気にしても仕方が無いか。



彼女が杵をよいしょと持ち上げた所で、そっと手を差し込んで返して。
それから少しの間は、何回かに一度はコンという音を立ててはいたが、
次第にそんな音はしなくなっていった。
上手くなったのではない。……私にとって都合の良い杵でこそあれ、
彼女にとっては若干大きいようで。だんだん力が抜けて行っているだけのようであった。
大丈夫かと思い彼女を見上げると、それからしばらくの間は何だか力が籠っていたのだけど。
それはそれで私の手の上に杵が落ちて来そうで。

「疲れたでしょ。」
「ま、まだ大丈夫です。」
「重い?それ。」
「思ったより、重かったです。」
「うん。……だから、振りおろすんじゃなくて、落とすくらいの感覚で良いわよ。」

たぶんその方が随分と楽だろうし。
……何より休憩を挟んで御餅を冷やすよりはずっと良い。

「……こっちの方が、楽ですね。」
「もっと早く言えば良かったかしらね。」
「肩が、少しぷるぷるします。」
「もうちょっとだから、頑張って。」
「はい!」



へろへろになりながらも搗き終えた彼女を一旦縁側で休ませて、
先に搗き終えの御餅を抱えて台所へと戻る。既に粉をしいた台の上に御餅を移し、
冷える前にとせっせと千切って行く。もう少し早めに切り上げて、彼女にこちらをやらせた方が
本当は楽しかったのかもしれないが……。彼女に返し役をさせるのはちょっと怖かった。
程なくして彼女もやってきたが、その頃には既に3分の1程はもう千切り終えていて。
私はと言えば鏡餅用の御餅を整えている最中だった。

「や、柔らかい!」
「そういうものよ。……遊ぶのもいいけど、粉つけすぎるとまとめられなくなるわよ。」
「だ、大妖精さんのほっぺたみたい。」
「……羨ましいものね。」
「……霊夢さんも柔らかいと思うのですが。」

……自分で自分の頬を弄っても、楽しいとは思わないのだけど。
第一私のそれは餅肌じゃない。でも、私にもあったんだろうか。
餅肌みたいな感触の肌だった時期が。
全く、記憶にないけれど。

全てを千切り終えて、御餅が出来あがって。
一息ついたところで彼女の頬をそっと押してみた。
やっぱり、私よりもずっとずっとこの子の方がそれに近いと思う。
思えば赤ちゃんのお尻の感触であるとか良く言われるけれど、
この娘みたいな妖精を含めてちっちゃい子は皆こんな感じなのだろうか。

「霊夢さん?」
「ん?……あぁ、ごめん。」
「いえ、その。……なんだか、お腹減ってきたなって、ちょっと……思いまして。」
「あぁ、うん。そうね。せっかくだから、御餅を食べましょうか。」

私が指を離してそう言えば彼女が押していた頬を緩ませて。
頬についていた白い粉がぽろりと落ちた。



「つつきたいです。」
「火傷するからそれはやめて。」

お昼ご飯の準備。予め朝に軽くは済ませておいたから、
今はお餅が焼き上がるのをただ待っている。
金網の上に置かれたちょっと厚めに千切っていた御餅。
膨らむその様子を真似するかのように、彼女も頬を膨らませたりしていた。
私としてはまだ金網の上の御餅よりはこっちの御餅を指で押したい気分である。
……でもそんな余裕はない。今私の手はふさがっている。
一つ一つおでんの具を作っているからだ。そう。巾着を。
巾着は良い。何が良いって作って入れておけば勝手に味が染み込んでくれる。
そしてお腹持ちが良いのだ。だから、とりあえず作って入れておきさえすれば
いざとなれば御飯代わりにしてしまえる。
こうすることで炬燵に居る時間が……あぁ、ちょっと底が破けた。まぁ、大丈夫でしょう。

「霊夢さん。」
「うん?」
「楽しいですね。」
「……そうね。」

ちらりと手元の揚げから彼女に視線を移せば、
赤くした頬を両手で押さえながらも未だ御餅を見つめる彼女が
満足げな顔で笑ってた。



「いただきます。」
「熱いから、そこは気をつけて。本当に熱いから。」

焼けた御餅に砂糖と醤油で味付けをして、
そのまま台所で食べはじめたのはそれからすぐの事。
この後臼や杵の片づけがあるからと、居間ではなくそのままここで食べる事になったのだ。
まぁ、あまりにも熱くなりすぎた御餅が冷めるまでに少しでも片付けようとした結果でもあるのだけど。
どうやら彼女は手伝ってくれるようだけど……肩に力がもう入りそうにないのは分かってるから、
今使ってる食器のお片づけをお願いしようかな。
あぁでも、御餅が張り付いた後の食器を洗うのもなかなか大変なんだよなぁ。
……とりあえず水につけておいて、今じゃなくて夜にやればいいか。

「もちもちおもちがーもっちもち~。」

ご機嫌に歌いつつ食べている彼女。箸と唇の間で伸びるお餅。
醤油の色のお陰で茶色に染まったお餅が
引っ張られて真っ白な肌を晒して。もぐもぐと彼女の口の中に入ってく。

今度食べる時は磯辺焼きにでもしようか。紫から貰った海苔はどれだけ余っていただろうか。
あぁ、お雑煮もあるな。やはりお餅は便利だ。

「霊夢さん?」
「うん?」
「食べないと硬くなっちゃいますよ?」
「そ、そうね。」

ぼーっと彼女の方を見ていたからか、箸で引っ張っていたお餅を口に運び忘れていて。
改めて運ぼうとしたら、もうかなり箸にくっついてしまっていた。



「本当に良いのですか?」
「良いのよ。その代わり、温泉に行く準備は済ませてて頂戴。私の服もお願い。」
「それが終わったら……?」
「風邪引かないように炬燵で温まってて頂戴。」

二人で焼いたお餅を食べ終わった後。
片づけは一人でやろうと、そう彼女に伝えればいつもの様な顔をしたけれど、
今日はすんなりと頷いて彼女が言う事を聞いた。余程、疲れてるんだろう。
とすれば……今日は少し夕食を早めにするか。

「あの。」
「どうしたの?」
「ちょ、ちょっとだけ、休んでて良いですか。」
「……そんな許可は要らないわよ。」

……相当キてるな。



臼や杵の手入れは日にちさえ置かなければ結構楽なものである。
まぁ使い終わりを水にちゃんとつけて置くかどうかが一番大きいだろうが。
基本的にはこびりついたものをちゃんと洗い流してしまえば良いだけでもある。
無論たわしであるが……一人で搗くとたわしに力が入らないのがつらい。
でも今日はそんな事が無いから、とてもすんなり洗える訳で。

搗く時コンコン音をたててた割には杵も臼もそこまで痛んでないな。
痛んでたら少しは修復してから片付けたい所だけど、これならそんな必要もなさそう。
初めてなりに丁寧にやってくれたってことなのかな。
まぁ、単純に力が弱かっただけかもしれないけど。
……どっちでも、良いや。後で労わらないといけない事には全くかわりがない。



水を吸いに吸って随分と重たくなってしまった杵と臼を、
せっせと倉庫に運び直して。曲げていた腰を伸ばし一息ついて居間へと戻ってみれば、
炬燵に頬を載せたまま目を閉じて肩を上下させる彼女が居た。

横に私が座っても眉がぴくりとも動かない。
念のためにそっと額に触れてみたが、やっぱりぶり返した様子も無い。

「お疲れ様。」

そしてやっぱり返事も、無い。
思えば代えの服の準備を頼んでいたはずだけれど、見当たらない。
炬燵の上にはさっきまできっと転がしていたのであろう横向きに置かれた蜜柑しか無くて。
ふと彼女の方を改めて見てみれば、胸元に抱きこまれた彼女の服がそこにはあった。
大きさからして……内側に私の服があるのだろう。
なんだかくしゃくしゃになっていそうな気もしないではない。

「うぅん。」

炬燵の台が硬いからなのだろう。彼女が少し居心地悪そうな声を漏らして。
程なくして彼女が目を開けた。

「おはよう。」
「ご、ごめんなさい!」
「悪い事でもしてたの?」
「い、いやその。気付かなかったから。」
「それ位で怒ったりしないわよ。……さ、少し目覚ましにでも温泉行きましょ?」

急いで顔を炬燵から持ち上げる彼女。
やっぱりというか、つけていた頬がとても赤くなっている。
髪の毛を巻き込んだりはしてなかったのか、網目模様みたいなものはついてないけれど。
……とても柔らかそうな頬だと思う。



彼女と一緒に歩く道。
今日は雪も無ければ風も無い。寒い事には違いないが。
いつもはうきうき気分と言わんばかりの彼女は流石に今日は飛び跳ねる様子は無く、
衣服を両手に持って私の横を一緒に歩いてた。

「ああぁ!」

そんな彼女が急に変な声をあげたのは、いつもの温泉へと辿りついて、
服を脱ぎ始めた頃。下着の代えでも忘れたのかと思い彼女の方へと視線を向ければ
彼女が脱いだ服を眺めながらじっと立っていた。
衣服に染みか……それとも穴でも開いていたのだろうか。

「どうしたの?」
「……御飯粒ついてました。」

……あぁ、そう。



「はーるよ♪」

疲れた今日は流石に歌わないのかな。そんな事を湯に浸かってからも依然として静かだった彼女を見て考えてた。
背にある羽も今日は心なしかあまり元気の無いように見えて。
恐らく疲れているであろう肩でも揉もうかと思いお湯の中近付けば、

「こい♪」

それに合わせるように歌いだして。
私は彼女の後ろへと腰を下ろすと、その肩に手をかけたのだった。
びくりと彼女の体が震え、驚いたように彼女が振り返る。

「お疲れ様。」
「……お疲れ様です。」
「大変だったでしょう。」
「それ以上においし……楽しかったです。」
「帰ったら、今日は早めにお夕食にでもしましょう。」
「何かあるのですか?」
「何も無いわ。強いて言えば、お蕎麦を食べようかなってくらいで。」
「そういえば。……もう一週間ですね。」
「ええ。」



「明日は晴れそうです。」

ふと彼女が空を見て呟く。

「初日の出でも見る?」
「……いつも寝過ごしてしまいます。」
「起こせたら、起こすわ。」
「……実は、お正月からお布団でじーっとしてるのは結構好きです。」
「……気持ちは分かるけど、そうね。だったら、顔色見て考えるわ。」

そう言えば、小さな笑い声が響いた。



お湯からあがって用意していた服に袖を通す。
案の定、着てみれば私の服は少しくしゃくしゃだった。
その事については彼女が謝っていたが……まぁ誰にも会う訳でもないし、
会ったとしても餅つきをしていたとでも言えば誤魔化せてしまえそうだ。
胸の中に抱かれていたのだから少しはあったかいかとも思ったけれど、
流石に野ざらしにしたまま温泉に入っていたのだから着た時は当たり前のようにちょっと冷たかった。

彼女はと言えば少しは元気になったのか、来る時とは違って私の前を歩いてる。
背中に見える羽もどこか元気を取り戻した様に、上向きに揺らめいて。
とても先程までぐったりしていたとは思えないような足取りだ。

今日はこれからお蕎麦の準備。……でもお蕎麦だけだと元気な彼女ならすぐにお腹が減りそうね。
あぁ、お酒を出してそれと何か肴があれば良いか。でも、初めてだったわね。お酒を飲むのは。
だったら二日酔いは避けさせたい。正月早々二日酔いは……いくらなんでもねぇ。
第一、それを世話するのは私になるわけだし。
正月の1日目くらいはのんびり行きたいものよね。
まぁお酒の怖さを知るのも重要な事ではあるけれど。
……とりあえずは酔い止めでも準備していようかしら。



お家に帰った時にやっと日が沈みはじめ、
お蕎麦が茹であがるまでの僅かな時間の間、
二人揃って私達は寝室に居た。
部屋の隅の小さな床の間に、私がお昼に搗いたお餅から作った鏡餅を置いて。
後ろをついてきていた彼女が、その上にそっと蜜柑を置いた。

「本当は沢山作るんだけどね。」
「食べきれなくなりそうですね。」
「本当にそうなのよね。」

一人暮らし……二人暮らしでも、
いっぱい作るも食べるもなかなか苦労なのよね。

「お蕎麦の方は良いのですか?」
「今から戻るわよ。……居間の炬燵の上、片付けておいて。」
「はい。」



「あふいれふ。」
「ゆっくり食べなさいよ。お蕎麦は逃げないわよ。」
「……んぐ。」
「それとも、あれが気になってるの?」

あれというのは、お蕎麦と一緒に部屋に持って来たお酒のこと。
と言っても、私が普段飲む物をいきなり飲ませるのはすぐ酔い潰れそうだし、
癖がありそうだからともう一本、宴会の時に余っていた小振りの赤ワインの瓶を一本横に持ってきてはいる。

「ちょ、ちょっとですよ!」

どうやら図星のようで。……横に座っている彼女からの目線がさっきからちらちらと来るから分かってはいたのだけど。
さて。興味を持って貰えたのは良いけれど、ひょっとしてお酒が入ると荒れる方だったとしたらどうしよう。
そこはちゃんと様子を見ながら飲ませないといけないけれど……まさかこの娘に限って、
絡み酒ってことは万が一にも無さそう。
……どっちかっていうと、凄く愉快になるか、泣きそうかのどっちかな気がする。

「お酒も逃げないから、ね?」
「で、でも!」
「でも?」
「お、お酒は大人の飲み物だって言いますから!」
「から?」
「……の、飲んだら早く大人に近づけるのかなって。」
「あぁー……それはね、無いわ。むしろ飲んでると子供っぽくなるわよ。」

だから大人の飲み物って表現するんだろうと思う。
宴会に来る輩が酔う姿を見ればたぶん分かるんだろうが……そうか、この娘はあの宴会に来た事がないんだ。

「んっ。ぐ。……御馳走様でした。」
「……もう。」



「うぅー。赤い。」

この前の大掃除で洗っていたグラスを一つ持ってきてそれに注いだ赤ワイン。
彼女としては匂い以上にとっても色が気になる様子で。
炬燵の上に置かれたそのグラスをじっと見つめてそんな言葉を漏らした。
私も最初にこれを見た時同じ言葉を漏らした気がするな。

「大丈夫よ。」

お先にと一口だけ貰って、そっと彼女に返す。
別に毒見をしたわけではないが、どこか安心はしたのか、少しして彼女もぐっと唇を引き締めた後、
グラスを口につけた。
ゴクリ、という音が二度ほど聞こえ彼女の小さな喉が少し上下した。
……って待て。グラスの中身今ので全部飲んだのか?

「はふ……うぅ。」

コンッと乾いた音を立てながらグラスを炬燵の上に置いて、
きゅっと拳を握りながらぶるぶると顔と上半身を揺する彼女。そんな量は一口で飲むものじゃない。
いやまぁ余興だなんだという理由でそんなことをすることは確かにあるが……。

「貴女はじめてなんだから、無茶しないの。」
「だ、だって葡萄ジュースみたいだったから。」

確かに見た目はそうなんだが。

「でも、あの。……美味しいですね。鼻と頭にふあーって来ますけど、葡萄ジュースよりもまったりしてて甘いです。」
「美味しいなら良かったわ。他にオススメ出来そうなお酒がこの家には無いんだもの。」

だからまぁゆっくり飲んでと、そう言おうとしてふと口に運んだ自分のお酒を飲んでから彼女を見れば、
既に彼女は2杯目を注いで既に飲み始めていて。……流石に一口じゃ飲まなくなったみたいではあるけれど、
よくもまぁ初めてでそう飲めるものだ。私だって最初はそんな飲み方出来なかった。
癖が強いお酒から入ってしまったとかそういうのはあるのかもしれないが、
よっぽど相性でも良かっただろうか。それとも単に、……飲める口なのか。

両手で瓶を持ってはよいしょと注いで、グラスに持ちかえては飲んで行く彼女。
私は片手にお酒片手にあたりめでその様子をちらりと眺めながら飲んでいたけれど、
やはり少しずつ顔は赤くなっている。耳はとっくに真っ赤になってはいるが、
段々と表情がゆるゆるとしたものになって行っているのも恐らく見間違いではない。
御飯を満足するまで食べた後の彼女にどこかそっくりでもある。
どうやらかなり楽しんでもらえている様だ。

「もっと、うぇーってなるものかと思ってました。」
「その認識で正しいとは思うわよ。」

……普通はね。



「何で私の方が先に酔うんだろ……。」

それから程経った頃だろう。そのままの勢いで次から次へと飲んでしまう彼女に何時の間に引き込まれていたのか、
気が付いたら私も変な早さで飲んでいたようで、段々と視界がふわふわして来ていた。

「私は景色がふわんふわんしてます。」
「大丈夫?」
「でも霊夢さんははっきり見えてます。」

にっこりと笑った彼女が、傾けていた瓶を戻しながらこっちを見た。
そのまま置かれた瓶が乾いた音をまた立て……いや違う。さっきから聞いてたのはグラスの音だ。
また、じゃない。じゃあこの乾いた音は……ぜ、全部飲んでる。

「あの。」
「うん?……流石に2本目は止めておきなさいな。」
「いえ、それ貰っても良いですか?」

じっと私の口元を見ながら言っている。あぁ、あたりめか。

「あー、うん。良いわよ?」

まだいっぱいあるんだし。そう言おうとした所で、すっと身を乗り出した彼女が
私が咥えていたあたりめの反対側を咥えた。
てっきり炬燵の上に残っていた物の方だと思ってて。びっくりして口を離せば、
彼女が私の咥えていた部分ごと全部口の中に入れてしまった。

「……れーむさんの味。」

もぐもぐとゆっくり噛んでいた彼女が、それを飲みこんだ後で小さくそう言った。
私の味はあたりめの味なんだろうか……。次のあたりめを私が炬燵の上から手にとって口へと運べば、
炬燵の横の面に座っていた彼女がよいしょと私の入っている側まで回りこんできて。
私と同じように足を伸ばして座りなおした。

「ま、まだ炬燵の上にあるわよ?」

私がそう言えば、じっと私の方を見上げながらただただ頬を緩ませて笑って。
しょうがなしに咥えたままの顔を少し彼女へと向ければ、
また彼女がぱくりとそれを取って行った。



何度繰り返した事だろう。
もともと一人分しか用意してはいなかったものだけれど、そんなあたりめも最後の1本になってしまって。
最後くらいはからかってやろうと、彼女に向けたそのあたりめを
奪われそうな所で全部口の中に入れて隠した。そうすれば緩んだ顔が戸惑った顔になると思ってたから。
でもそんな目論見は見事に外れて。迫ってきた彼女の唇がただ、重なってきた。
一瞬、そこまで口の中のあたりめが欲しいのかとも思ってしまったけれど、
その割にはただ軽く重ねてくるのみで。少しして私の体に彼女の手が回った。
余程お酒が体の中を巡っているのだろう。温泉の中で触れた時よりも随分と熱くて、
私の腕にそっと手を添えた彼女の手は少し、汗ばんでいた。

「……。」

口を塞がれてるから何とも言えない。
少し離そうとして見ても彼女の顔が追いかけて来て、結局離れない。
だから、たぶんそうしてほしいんだろうと察して、同じように彼女の体に手をまわしてみれば、
少しだけ開いた視界のその端で彼女の羽が嬉しそうに羽ばたいていた。
彼女の顎先に手を添えて、それからゆっくりと唇を離して。

「あっち、行こうか。」

小さく寝室の方を指させば、とろんとした目の彼女が唇の端を嬉しそうに持ちあげて笑った。



どうやら足にはキているようで、寝室に行くにも彼女は私の体によりかかったままだった。
甘えるように背中に引っかかったままの彼女を連れて入った寝室。
部屋の灯りをつけようとしてみれば、彼女がぎゅっと私の腕を掴んだ。

「眠い?」
「いえ。」

そのままちょいちょいと袖を引っ張られて、二人して布団の上へと腰を下ろして。
私が落ちつけた足を折り曲げて正座したところで、彼女が膝立ちで居間との間の襖を閉じに行った。

「……大丈夫?」

閉めた後、同じように膝立ちで戻ってきた彼女が私の横に正座する。
襖を閉じたとはいえ、僅かながらに漏れて部屋に入る灯りのお陰で彼女の顔はまだハッキリ見えていた。
少ない光を集めて光る彼女の眼がゆらゆらとしてて、じっと私を見ていた。

「だいじょーぶ……ですよー。なんていうか、気分が良いです。」
「酔うってそんなものよ。頭が痛いとか、吐き気がするとかは無いの?」

私の言葉に彼女が首を振った。

「すこし、霊夢さんがまわってみえるくらいです。……ずっと見て居たいのに、
なんだかまっすぐ見えないです。だから、そのー。あの。……いいですか?」
「何が、よ。」
「あ、甘えたりとか、この前の……続きとか。」

そう言って彼女の顔が私の肩に落ちた。
……うん。やっぱり熱い。
さっきのおつまみの時から分かってはいたが、お酒が入った方が
よっぽど正直というか、素直というか。……だから余計に笑顔の奥が寂しそうに見えるともいうか。
正座していた足を伸ばして肩に乗っていた顔をそのまま胸元へと受け入れれば、
嬉しそうな溜息が彼女から漏れた。

布団の上に二人でそのまま倒れて、しばらく。
胸に顔を置いたまま、ぼーっと私の方を見上げる彼女の髪の毛を撫でれば、
お酒の影響かおでこあたりもやっぱり汗ばんでたのが分かった。

「ここでこうしてると、眼が回っててもここに居るんだって、分かります。
眼を閉じて居たって、そう思います。それがなんだか、……気分がいいというか。」
「言いたい事は分かるわよ。」

それは私が前に言った事でもある。

「言葉がうまく出ないです。でも気持ちはこう、わぁーって湧いてくるんです。」
「それも、顔を見てたら良く分かるわ。貴女の顔は凄く正直だから。」
「湧いてくる気持ちが、好きっていう気持ちだって気づけたからそれが嬉しくて。
……でも、なんだか不思議だなって思う事もあって。」
「うん?」
「……初めてキスしてもらったときも、その次の日も、また次の日も。……昨日に今日も。
好きだって気持ちはずっとあるのに、今日の好きって気持ちとこの前の好きって気持ちも、その前のも。
全部、違うんだなって感じてるんです。」

彼女の手が私の手に触れて、ふわりと彼女の手が私の手を包む。

「きっと明日のそれも、明後日のそれも違うんだろうなって。
どこがどういう風に変わったのかは良く分からないですけど、何だか変わってる事は分かるんです。」
「私にもそれはあると思う。」
「……ですか。」

私の指に彼女の指が絡んで、冷えていた指があったかくなって。

「難しい事を考えるのは、得意じゃないです。」
「私もよ。単純に考えられる事の方がよっぽど好きだわ。」
「明日のご飯は美味しいかな~とか、そういう事を考えてる方が私も楽しいです。
この答えはもう、分かってるからあんまり考えてないですけど。」

お礼にと軽めに握り返してやれば、また更にお返しとばかりに彼女もぎゅっと握った。
明日のご飯、か。まだ全然考えてないけど、おでんは良い具合にはなってるだろう。
追加した巾着にも味が滲みてるだろうし、二人でそれを食べて。
二人で炬燵に入って。……あったまっていたい。

「ねえ。リリー。」
「はい。」
「もうちょっと上あがってきて。……うん、ありがと。」

脇の下に腕を差し込んで、ぎゅっと抱きしめて。
冷えはじめた肩口が一気にあたたまってく。
その心地の良さが分かってるからなのだろう。彼女が腕の中で笑った。

「服脱いで、お布団入りますか?」
「そうしましょ。……貴女暑くない?」
「暑いです。」
「私は少し寒いから、分けて頂戴な。」

私がそう言えば、彼女が嬉しそうに頬を持ち上げて。
私の体からぐっと体を起こすと、服に手をかけてゆっくりと脱いで行った。
……でもやっぱり酔っているようで、どこかたどたどしくて。
私も自分の服を脱ぎ終えると、彼女の袖を少しずつ引っ張って、
脱ぎ切らない彼女のそれを剥がして行った。

……凄い匂いがする。汗の匂いやお酒の匂いだけじゃない。
いつもの、傍に居て安心する彼女の優しい匂いがただただ真っ直ぐに強くなって、
まるで別物のように私の中にまで広がって行く。
剥がした彼女の服を畳んで私の服の横へと置けば、その間にと彼女がひょいと布団にもぐって。
少しして私も後を追って、その布団に入った。

「……よっぽど暑かったでしょ。」

そこまで広くない布団の中で私の体が彼女の体に当たって。
服の上から感じていたよりもずっと熱い彼女の体に触れて思わずそう言った。
まるでさっきまで炬燵にでも入っていたんだろうと思う程の……
いやそれは確かに正しいんだけれども。

「その分、おすそわけ出来ると思えば。」

布団から顔だけを出していた彼女が、私の肩へと手を添えて。
掛け布団のように覆いかぶさってくる彼女を、私は受け止めた。
肩も、胸も、それに足も。こうしてみると思っていたよりもずっと冷えてたんだなと思う。
お腹だけが私も彼女も同じくらいのあったかさで。
……夕飯の後だからなんだろうな。

「霊夢さんの体ひんやりしてて気持ちが良いです。」
「そっか。私はあったかいけど、貴女からしたらそうなんでしょうね。……でも、頂戴。」

そういう風に言いさえすれば、彼女が優しく包んでくれる事を知ってるから。
私はそれだけを返すと、緩ませて笑っている頬に一度口づけして、その体を抱きしめたのだった。

「欲しいだけ、持って行って下さい。」
「そんな事言うと全部貰って行っちゃうわよ。」
「それでもいいです。いつも、頂いてますから。それに……」
「それに?」
「こうしてぎゅっとしてもらえると、少なくとも心の中はずっとずっとあったかいです。」
「ありがとうね。」
「……お礼を言うのは、」
「私の方も、よ。」
「……はい。」



「あのぅ。」
「うん?」
「霊夢さんは、ドキドキすることは無いんですか?」
「どうしたの。急に。」
「だっていつも霊夢さんのここ、いつも落ち着いてるんだもん。」

お互いにほっぺをくっつけて。
私の枕に顔をのせていた彼女の髪を指で梳かしながら天井を見上げて居ると、
そんな事を彼女に尋ねられて。そのままに返してみれば、
彼女が抱きしめていた腕を締めた。
私よりは薄い胸がぎゅっと押し付けられて、
さっきから感じていた小さな鼓動が少し大きく聞こえて。
……別に私だってドキドキしない事が無い訳じゃない。
現にこれでも少しはドキドキしてる方だ。

「お酒入ってる貴女が普段以上にドキドキしてるだけよ。」
「ですか。」
「そうよ。」
「うー。うーん。どうしたらもっとドキドキしてくれます?」
「んー。そうね。……秘密ね。」

そもそも、ドキドキする以上に何だか安心するからなんだろうと思う。

「……今日は、甘えて良いんですよね?」
「それは良いけど、甘えても良い事と答えを最初から教えるのはまた別よ。」
「そうじゃないです。教えて貰えないなら頑張って探してみようと思って。」

そう言ってふと顔を持ちあげた彼女。私の指の間から彼女の髪の毛が離れ、
私の顔の横に垂れた。じっと眼がこちらを見つめて。
私がそのまま頭を持って少し揺すってやっただけで眼を回してしまいそうな、そんなお酒の入ったままの眼だけれど、
さっきよりも何だか楽しそうで。

「積極的ね。」
「なんだか何でも出来てしまいそうな気がします。」
「……酔ってるわね。」
「たぶん、そうなんですけど。でも、こういう気持ちが舞う感覚はいつも、
……いつも霊夢さんの傍にいると、感じてますから。」

それだけ言って彼女が一瞬私の唇を奪って。
よいしょという声とともに体を起こすと、纏っていた布団が彼女の背中からずるりと落ちた。
そのお陰で、今までぴったりくっついていたお腹や胸あたりが凄く寂しくなる。

「あ、あの!」
「なぁに?」
「も、もしも嫌だったら……教えてくださいね?」
「嫌よ。……あぁ、そういう意味じゃないからそんな顔しないでよ。その。……したいように、してみてよ。」
「も、勿論ですとも!れ、霊夢さんの唇も、いちごさんも、おまめさんも容赦しないです!」
「野苺?」

なんで食べ物の話題かと思って、ふと尋ね返せば、
彼女が顔を真っ赤にして私の胸の先をつんと押した。

「……そこは噛まないでくれると嬉しいかな。」

そう返せば彼女も赤い顔のまま首を何度か縦にふって頷いて。
自分で落とした毛布をもう一度肩口まで被ると、そのまま私に覆いかぶさってきたのだった。
落ちる毛布に押されて、彼女の匂いがまた舞いあがって。
やっぱり普段よりも濃いそれにどこか気押されながらも、私は彼女の背中を抱きしめたのだった。

降りてくる顔に私が眼を閉じれば、そっと頬を両手で包まれて。
それから少しして、鼻先を一度キスされた。さっきと同じ、ほんの一瞬で。
でも少しだけ、さっきのあたりめの匂いがしたりして。
私が笑うと、恐らく原因を分かっていないであろう彼女も少し恥ずかしげに笑った。
そしてそのまま唇を奪われて。
私の頬を包んでいた手が少しだけ強くなった。

切りそろえた桃を口に運んだ時のような、柔らかく濡れた感触。
違う所があるとすれば、ちょっとだけ唇の先が震えてて、
かかる鼻息がくすぐったくて。けれど、どこか楽しそうで。
私が唇を少し突き出せば、彼女もお返しとばかりに一度唇をつんと突いて、
そっと私の唇を吸っていって。離れ際に水っぽい音がちっちゃく響いた。

「はふ……。」

そんな声と一緒に頬を包んでくれていた手がそっと離れて、私の肩口を撫でて。
私が抱いていた背中への手を緩めれば、今度は鎖骨にキスされた。
別にそこが弱い訳ではないけれど、眼を閉じてた事もあってちょっとだけ体が反応して動いてしまって。
……それがお気に召したのか満足げな息を彼女は洩らすと、唇より熱く濡れた感触に代えてそのまま鎖骨から胸へと走らせていった。

そのまま彼女が胸の先端をぱくりと包んだ。
ゆっくりと、じっとり濡れた感触が胸の先を撫でる度、体の中をどこかそわそわともぞくぞくともとれる感触が走っていく。
ふと目を開けて彼女を見たが、……すぐに眼を閉じた。
どことなく予想はしていたけれど、どこか赤子のようで。
見ているだけでぎゅっと抱きしめて離したくなくなるような、そんな顔してたから。

「少し、赤くなったような気がします。」

少しして唇を離した彼女が、嬉しそうに呟く。

「それは、その。私だって少しは恥ずかしいし。」
「ふぇ?ああ、えと。その、こっちの話です。」

彼女がまたつん、と今度は唇の先でつついた。
……てっきり顔の事かと思った。

「……霊夢さんの顔も赤いです。」
「あぁ、もう。」
「……うわぁ、あぅー。」
「うん?」
「もっと赤くなってきました。」
「い、言わなくて良い!」
「だって、だって!あの、凄く……可愛い、です。」

小さくていつも私を見上げて笑いかけてくれるような貴女がそんな事を言うか。
頭の中でそんな言葉が流れた途端私の手が掴まれて、その先が柔らかい感触に触れた。
……彼女の胸、か。とても高鳴ってる。

「見てるだけで胸の中がきゅうきゅうして来ます。」

そう言ってまた彼女の唇が胸の先を包む。
触れると痛かった時期なんてずっと昔に過ぎてしまったけれど、
それを労わるかのような、優しい感触。
口の中に入れた飴玉を音もたてずに静かに舐めているような、そんなゆっくりとした感触。
遊んでいるようで、甘えているようで。
時折吸う音と共に強くすれる唇の感触と、彼女の息と。
一緒の時間を共有出来ている事が私には嬉しくて、
彼女の体に当てていた自らの手を引き寄せると、私はそっと口を塞いだのだった。

彼女が口で転がしていたのは片方の胸だったけれど、
もう片方の少し寒い方も体が期待してしまってるのか、少しだけ主張し始めて。
溜まってるのかな、って思うとどこかそれが恥ずかしくて。
彼女に気取られないように胸の中に溜まっていたもどかしい息を吐いたつもりではあったけれど、
彼女はそれを聞いてか顔を離すと、もう片方の胸を手で包んだ。
……冬だから、たったちょっとの間なのにもう随分と冷えてしまってたようで。
とても熱い彼女の手の、その熱がじわりと胸の中に落ちていく感触がたまらなくて。
身震いしたら彼女が嬉しそうな声をまたあげた。

彼女の体がすっと私から離れたのはそれからすぐの事だ。
はじめは姿勢を整えるだけだと思っていたけれど、いつまで経ってもまた降りてくる様子は無くて。
私の足の上に座る彼女がどこかもじもじとしているのは伝わってきてたが、
眼を開けて改めて確認してみれば、真っ赤な顔で足以上に体をもじもじとさせた彼女がそこに居た。

「どうしたの?」
「我慢出来ないです。」
「……する必要、無いんじゃないの?」
「そうじゃなくて、あの……。私も気持ち良くなりたいっていうか。その。霊夢さんを見てるだけで、私の胸の中身がどこか飛んで行ってしまいそうで。



そこまで言って両手で顔を隠して。……でも指の隙間から彼女は確かに私を見てた。

「……そうならそうと、言ってくれれば良いわよ。」

そんな姿を体の上にのっけている私だって、どこか我慢ならない。
というか正直な話、我慢していたくない。ぶつけてしまいたくなる。
それ位に、彼女が今の私には魅力的……というか、可愛らしくて。
どこぞの便利なメイドのような力がもしもあったならば、
一々止めてはその時その時の彼女をぎゅっと抱きしめてただろう。
……いや、違うか。私が好きなのは彼女のそんな反応なんだ。
素直で、愉快で、正直な。そんな。
だからきっと止めるとしたら、掃除や炊事の時間なんだろうな。
そしたら、一緒に居る時間が増えるから。こうしてみるとあの能力は羨ましいものだ。

「よいしょ。」

その一言で私が上半身を起こせば、反動で彼女の体が布団の上に落ちた。
……私が寝ていた所じゃないから、そこはきっと冷たいだろうと彼女の体に手を差し込んで移動させて。
私の体の下でもぞもぞしている彼女の股の間へと手を滑らせてみれば、
きゅっと熱くなった太股が私の手を挟んだ。と言っても、やっぱり酔ってるんだろう。
いつだかよりもずっと力が弱くて。汗ばんだ太股を指でくすぐれば、
口元を手で押さえながら、ぱたぱたと顔を横に振りつつも少しして諦めたように力を抜いたのだった。

「気持ち良くなりたいって言ってたじゃない。」
「だってぇ……。」

お酒で緩みきった顔をよくよく見てみれば、
目元には何時の間にか涙が溜まってて。
ぽたぽたと布団の上にそれを落としながらも彼女が小さく呟いた。

「はしたないって思われたく……ない。」

最後の方は消え入りそうな程小さな声で。
その後すっと口を閉じると、居たたまれないかのように体を起こして私の頭を掴んだのだった。
……すごい勢いで飛んできたから、鼻だけじゃなく歯まで唇ごしにぶつかっちゃって。
でも彼女はぎゅっと押し付けてきて。

「そんな事思ってないわよ。……私だって人の事そこまで言えないし。」

落ち着いてきた辺りで額で重なってた彼女のおでこを押して唇を離してそう囁けば、
納得しきれては無い様子ではあるが、頭を離してくれた。
その代わりとばかりにぎゅっと抱きつかれたけれど。

「甘えるのも甘えられるのも、どっちも。拒まないわよ。
第一貴女が拒まないもの。……してもほんのちょっとしかね。その、結局受け入れてくれるし。
そんな表情しなくても……可愛いけど、恥ずかしいのも分かってるけど、
そこまで思い詰めなくても良いから。ね?」

どうしたものかねぇ。
そう思っていた所で彼女が私の足の付け根に手を這わせて。そっと身を離した彼女の方を見てみれば、
どこを見ていれば分からないという眼を部屋の中と私との間で行ったり来たりさせていて。
震えていたその手をゆっくりと引きこんで私にとって一番弱い所へと触れさせれば、
彼女の顔が火を灯したように赤くなったのが分かった。

「……ここをちゃんと自分で見た事、ある?」
「ま、まじまじとは。」
「そう。」

つん、と彼女の額を押し布団の上へと倒して。
驚く彼女の体をそのままに自分の体をくるりと回転させると
私は彼女の方にお尻を向けた。

「……暗いだろうけど、見える?」
「凄く……えっと、その。ひくひくしてます。」
「そんな報告は良いのよ。恥ずかしいから。えっとねぇ……ちょっと我慢してね。」
「ひゃんっ」

そう言って彼女の閉じていた割れ目に指を押しあててちょっと開く。
熱っぽくて柔い肉が汗に濡れてて少し滑る。……汗だけじゃないものも本当は混じっているのかもしれないが、
まだそれを感じ取るには足りないな。

「えっとね。……人間なら、ここが赤ちゃんを産む所。」

一旦咥えて濡らした自分の指の腹で、そっとつついて教えて。
……指を差し込むにはまだ、慣れさせないといけないだろうな。
というか、指を差し込んで大事な物を破ってしまうのが怖い。
痛いって思われたくない。のんびりとそんな事は考えず楽しみたいから。

「で、それとは違う穴が、おしっこの穴ね……。で、その上。この前は私が貴女のここを触れてたんだけど、
ここがまぁなんていうか。女の人が感じ……」

ゆっくりと説明しながら、じっと見つめてた彼女のおまめさん。
前に触れた時に指で感じてどのくらいのものかは分かっていたつもりだったけれど、
こうしてみると、ほんとちっちゃいというか。そんな事をぼーっと考えている所で
自分のそこにちゅっと熱い感触が走って。変な声をあげそうになった口をぎゅっと閉じて
驚いて視線を下げて彼女の顔の方を見てみれば、
彼女が顔をあげて私のそこに口づけしてた。

「こら。」
「き、気持ち良くなかったですか。」
「舌噛んじゃうところだったわ。」
「ごめんなさい。」
「噛んで無いから別に良いわよ。……でも、お返し。」

そう言って私もそこに口づける。
案の定跳ねる足を両手で抑えつけて、唇で撫でて。
負けじと私の足をすぐ掴んだ彼女だったけれど、結局は恥ずかしさが勝ったのか
その手はすぐに彼女の口元に飛んでった。

「とまぁ、弱いから。で、一緒に気持ち良くなりたいんでしょ?……って大丈夫?」
「……噛みまひた。」
「……ごめん。」

彼女の方に体の向きを直して、そっと頭を撫でれば
彼女がちょんと舌を突き出したけれど……どこを見ても真っ赤でどこを噛んだのかすら分からない。
しかし見れば見る程小さくて、綺麗な色をしてて。そこにキスしようと唇を近づければ
驚いた彼女が舌を引っ込めて。でも結局、奪った。
押しあけた唇。その先の彼女の歯をつつけば、噛むと痛かったのを分かったからだろう。
頬を少し熱くして、彼女が開いて。
お迎えだと言わんばかりに彼女の舌がつん、と私のそれを突いた。

とろとろしてて、柔らかくて。それでいてお酒の味が少しする。
まだ少し痛がったから乱暴な事はとても出来なかったけれど、
肌にかかる息と緩んだ表情は楽しげで。
飴玉のような彼女の舌をしばらく唇と舌先で楽しませてもらうと、
私はゆっくりと顔を離した。

「顔、真っ赤ね。」
「霊夢さんだって。」
「……うん。」

何だか今日は私も顔が熱いなって。
凄く久しぶりに、そう思った。

彼女の足の間に自分の体を割り込ませて。
とろんとしたままの顔を横に傾けた彼女にそっと枕を手渡して抱かせて。
何か尋ねたそうな顔をした彼女だったけれど、私が笑いかければ
察したようにそれを抱いた。
私が彼女の片足を持ち上げて、割り入れた自分の体の一番弱い所を彼女のそれに重ねれば、
彼女が口元に枕を持ち上げて。きゅっと顎を引いてこちらを見上げた。

「良い?……舌、噛まないようにね?」

そう言えば、彼女がゆっくりと頷いて。
私は一度深呼吸すると、重ねていたそれをゆっくりと押しつけた。
水っぽい感触がじわりと広がって。彼女が枕をきゅっと抱いて、
私も彼女の細い足を抱いて。
お互いのちっちゃな突起が、私と彼女との間で押しつぶされる感覚。
背中の内側を指で撫でられているようなぞくぞくした感覚。
彼女がじっと私を見つめているからか、なんだか腰を動かしている私は妙に恥ずかしくて。
やっぱりはしたないのは私じゃないかとも思ってたけれど……でも、
それ以上に彼女の悶える姿を見れるのはとても愉快で。
私が耐えられる範囲で、それでいて彼女には少しつらいだろう範囲で。
ゆっくりと、腰の動きを強めて行った。

「んっ……ぅんっ!」

声こそ我慢しきれず漏れていても、意地らしくじっと私を見つめ耐えている彼女。
サディスティックな趣味こそ持ち合わせていないけれど、やっぱりそそるというか嬉しいというか。
でもそれも長くは続かなくて、胸に持っていた枕を強く抱きしめると、
きゅっと唇を閉じたまま首を短く横に振った。

「限界?……我慢しなくていいから、ほら。」

どことなく、どういう動きに弱いのかは動かして察しがついてたから。
ぴったりと体をくっつけてちっちゃなおまめさんをぐっと押しつぶすと、
彼女が開いていた眼をぎゅっと閉じて体を震わせた。
抱いていた私の足がぴんと張って。……思わず撫でたりして。

「私も、もう少しなんだけど。」

びくびくと体を震わせる彼女には悪いけれど、腰の動きは止めなかった。
ぎゅっと枕を抱きしめていた内の片手をぐっと私の腰に押し当てて
いやいやと顔を振りながら抗議しはじめた彼女。

「お願い、もうちょっとだけ。」

囁けば、なんとかぐっと手をひっこめてくれて。
既に汗以外のもので塗れてしまったそこを強く押し当てて、強く腰を突き動かして。
昇ってくる感覚にぐっと足を抱きしめると、私も眼を閉じたのだった。
強い波が体の中を跳ねまわって、怖い位心臓が鳴る。
強張ってた力が抜けてゆっくりと目を開けば、彼女が私をじっと見上げてて。
私はそんな彼女の胸の中に、倒れこむようにして落ちた。

「……ありがと。」

そう言えば彼女があたたかい手を背中に回してくれて。

「今日、ここで寝て良い?重くなかったら。」

続けて尋ねれば、弱弱しくもぎゅっとしてくれて。
私は襲ってきた心地いい眠気にそのまま身を任せると、
彼女の体の上でゆっくりと目を閉じたのだった。
読んでいただきまして、有難うございます。

現在の段階で過去の作品は削除済みとなっています。
そもそも何で書き直しをしたかという事についてですが、
続きを書きたくなったのに今の書き方と当時の作品との間に
強いギャップ(当時抱いていた印象と今持っている印象等も含めて)
を感じてたので、書きなおしたくなったのです。かなり迷いはしたのですが。
とりあえず書き直しが終わったら続きに取り掛かる予定です。

--7月12日01:22追記--
誤字と重複表現の指摘、有難うございます。
何と言うか、ちょっと情けなくてどう申せばよいのやら。
1度くらいはちゃんと誤字や脱字等の無い作品あげてみたいものです。

削除の事等に関しましては、それこそもう本当に謝る事しか出来ないのです。
既にもう決めて、消してしまったものです。ごめんなさい。
--7月12日01:22追記ここまで--
あか
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
おおー以前全部読みましたよ
まさかのリメイク
初めの展開から既に描写がより細かくなってて驚きました
最後まで期待しております
2.名前が無い程度の能力削除
おお、リメイクとは。
あなたの作品は「日常感」がいいですね。
3.喉飴削除
まさかあの作品のリメイクが来るとは思ってませんでした……っ!
あのときよりも濃い、けれどもしつこくない描写で、やはり読んでいて心地良いものがありました。相変わらず日常を書くのがお上手で。その何気ない日常の書き方に魅かれます。
過去のやつを削除されてしまったのは、非常に残念ですがっ。とても残念ですがっ。完結楽しみにしていますね!

最後に誤字などの報告を。
>>あの時が、はじめただった。誰かと一緒にお風呂に入るのが。
初めて、でしょうかね。

>>急に冷えたべちょりとした感触が急にしたのだから、私は驚いた。
『急に』が二度続いていてちょっとおかしな感じが。
4.名前が無い程度の能力削除
ちょっと長いような気がしますけど なんだか少し乙女心がゆさぶられますねぇ(♂)
続きも楽しみにまってますね
5.名前が無い程度の能力削除
なくなってるなーと思ったらリメイクでしたか。
続編楽しみにしてます
6.名前が無い程度の能力削除
ほのぼのとしていながら、じわじわとくるエロさがたまりません!!
7.名前が無い程度の能力削除
この穏やかな中にエロスがある感じが堪りません。
続きを全裸でお待ちしております。
8.名前が無い程度の能力削除
ヒャッフー!大好きな作品がリメイクされてるー!!

こういう喩えはいいのかわからないけど、
エヴ○新劇場版を見て、待ちわびているときに近い物を感じています。
残りの部分と、その続き楽しみにしています!
9.性欲を持て余す程度の能力削除
んー!貴方の作品が好きです