真・東方夜伽話

存在のアポトーシス/#1

2011/06/23 23:47:03
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存在のアポトーシス/#1


まえがき/ 蓮メリ。続き物になっております。今回はメリー視点です。





 一緒に帰りたかった。
 理系の棟に来た理由なんてそれだけなんだけど、今更後悔しても遅い。物音がしたのでなんとなくその部屋のドアを開けた。誰かの気配。そして私の立てた音に気付いて「彼女」が緩慢な動きで此方を向いた。
 
「はぁ、ぁ……え……め、り?」
「蓮子? 何やって」
「なんっ、で。……きゃ!? まっ……て。動か、ないで!……ぅぁ」

 一瞬、思考停止に陥った。その後は、ただ機械の様に光景を目で追った。
 狭い空間の中蓮子と、“誰か”。見覚えのある――教授か助教授かしら――が、向かい合っている。蓮子は椅子に座るその人物の肩に手を置き、半ば寄り掛かる様にして立っていた。薄らと紫色の夕闇が差す中で、椅子に座る人物の白い腕がゆらり動く。
 押し殺したような声が友人から漏れた。ふるふると震える肩、……そして微かに聞こえた。

 ……にち、ちゅ、くちゅ……

 れん、こ……?
と、此方を向いた人物とばっちり目が合って、私の頬はかぁっと熱くなった。なんで、すぐに逸らさなかったんだろう?

「……ッ、ごめんなさい!」
 
 ドアを閉め急いでその場から逃げた。言おうとした事も今の景色ですっとんでしまった。
 両眼はカメラになってしまったようだ。頭の中で、蓮子の少し苦しそうなけれど上気した顔が、彼女の露わになった太ももが妙に鮮明に再生される。そして彼女と共にいた人物の白い腕。思い出すとずきんと胸が痛んだ。
 ああ、足元が覚束ない。
 ぐにゃぐにゃと波打っているみたいで、全然地面を踏んでいる感じがしない。街灯の点き始めた道路を泳ぎ、帰宅する人波に揉まれながら改札を抜けた。電車の中の記憶は、ほとんど無い。
 何処をどう歩いて帰ったのか、気が付けば家の前だった。扉を乱暴に開けると、靴も揃えないで部屋にあがる。兎に角ぐったり疲れていて、気を抜くと何かの線が切れてしまいそうだった。ベッドに倒れこんだ勢いで帽子が脱げたけど、もう拾う気力もない。
 別にね、良いと思うわ。私達は大学生だし誰と付き合おうが個人の自由。それに私と彼女は友達なだけだし? でも、でもね……学校で何ヤってんのよ。
 
「……ぅ」
 
 見てしまった自分の間抜けさに涙が出る。
 放置した鞄の中では、先刻からしつこく携帯が鳴っている。そういえばずっと鳴りっぱなしな気もする。鞄を引き寄せるのも面倒で、私は枕をかぶって耳を塞いだ。
 ……寝てしまおう。あれは、悪い夢だった。そういう事にしよう。
 涙を拭いもせずに身体を丸めた。






×××××






 それは、ブランコから放り出されるような感覚に似ていた。

「…………リー」
「……ん」
「メリー」

 頭上で名前を呼ばれてぎょっとする。空中から落下する感覚。急に重力を感じた。
 瞬間、数年単位の時が過ぎたような、そして自分がどこか見知らぬ土地で眠っていたような錯覚に襲われる。勿論そんな事は無い筈だし、此処は紛う事無き自分の部屋の自分の布団の中だろう。……じゃあ、名前を呼ばれたのも錯覚?   
 私は何が起きているのか分からなくて、目を瞑ったままで狸根入りを決め込んだ。ところが。

「5秒以内に起きないと、くすぐるわよ。……いーち、にーい……」

 言われて慌てて上半身を起こすと、果たして我が相棒、蓮子が此方を見下ろしていた。

「れ、蓮子?……あら? え? どうやって」
「玄関の鍵。かかってなかったわ」

 全部言う前に指摘される。そういえばかけた覚えはない。
 目の前に立つ蓮子は何時も通りの彼女に見えた。でも、スカートに不自然に皺が寄っているのを見つけてしまって、私は今度こそ目を逸らす。

「……なんで、携帯に出なかったの?」
「ぅ……寝てた」
「ダウト。私、あの後すぐ掛けたもの」

 私の横に腰掛ける彼女。軽く軋むスプリング。一瞬寂しそうな顔をした気がするけれど、気の所為かしら。彼女の腕が触れられそうな位置にある事を意識し、またずきんと胸が痛んだ。
 嗚呼、彼女に付き合っている人がいるなんて思ったことも無かった。それにしてもなんで、フリーだと思ってしまったのか。……可能性を、前提をすっかり見落としてしまった。当たり前の事と盲信して、私は自分で自分の頭の中にある心理表を虫食いにしてしまったのだろう。
 近くにいる所為でついつい忘れてしまうけれど、蓮子はとても可愛らしい外見をしている。日本人特有の黒く艶やかな髪は私には無いものだし、面と向かって話していると目も大きくて吸い込まれそうなる。肌は日を透かした障子のようにきめ細かくて白いし、四肢は健康的に伸びていて、僅かに子供らしさも残していた。まるで谷崎純一郎の世界から抜け出てきたような美少女。……ただし口さえ閉じていればだけど。

「ね、先刻は驚……」
「私ね」

 何か言おうとする彼女の唇に、人差し指でそっと触れた。彼女は呆気なく黙る。
 何でそんな事をするのかって? だってこれ以上変な目で見たくなかったし。うかうかしていると思い出してしまいそう。彼女の身体が酷く生々しい物に思えて悲しい。汚されてしまったようで苦しい。

「あなたの事、好きよ?」

 『親友として』。続きを言う前に蓮子は目を見開いた……そして。

「きゃ!?」

 飛びついて来た。
 押し倒されて内心焦る。慌てて引き剥がそうとしたけれど、二の腕辺りをしっかり押さえられてしまって動けない。逃れようと身を捩る。でも、頬に落ちるたった数滴の雫に驚いて、私は動きを止めざるを得なかった。

「……?」
 
 雫の正体を確認するべく彼女を見上げると、思い掛けず近い距離に顔があり、どきりと大きく心臓が跳ねた。

「れん……んぅ!?」

 彼女の名前を読んだ時に開いた口。油断していた……というか蓮子相手に警戒なんてする訳がない。私だって経験が無い訳では無いけれど、不覚にもくらりとキた。女の子の唇ってこんなにも違うものなのか。皮膚がごく薄くて熱くて、触れたところから溶けてしまいそう。今までしたどんなキスよりも柔らかかった。短い息継ぎの合間に思わず漏れた自分の声。耳朶を打つ甘い音声が確かに自分のモノであると理解したのは、随分遅れてからだ。

「は……ぁ。ん……んんっ!」

 続けて侵入した舌。くちりと水音が耳の奥で鳴る。口腔の中、柔らかく甘い塊りが差し込まれた。最初はごく浅く。段々と深く侵入してくる。絡められなぞられ、酸素を奪い、思考を奪い、モラルを奪っていこうとするけれど、ふと鼻先を掠めた香りに我に返る事が出来た。
 咄嗟に動いたのは、脚。



「……ッ!!!!」
「はぁ、はぁ……は……」



 お腹を押さえてうずくまる蓮子を余所に、私は口を拭った。何かが吹っ切れた。
 OK、話を聞きましょう。







×××××







「で、お相手は何時紹介してくれるのかしら」
「お相手? ……なんの事かし……なにこれ瓶ばっか」

 何か飲み物でもと思ったけれど、生憎冷蔵庫の中にはミネラルウォーターとリキュール類しか入っていない。横から覗き込んだ蓮子が呆れるのも分かる。我ながら可愛げがないけれど、一点言い訳するとすれば、私はこれらを日常的に飲んでいる訳では無い。単にこの可愛い瓶達を捨てられなかっただけだ。お菓子を作ろうと思って買ってみたは良いけれど、こういうものを完全に消費するのは中々大変な事なのだ。
 因みに今蓮子が引っ張り出している瓶だけは、お菓子作りとは別の理由で買った。けれど量を飲めないのは冷蔵庫に眠る他のコ達と同じ。
 
「アブサン……なんでこんなもんがあるのよ」

 彼女は緑色をした瓶のラベルを見つめている。

「幻覚作用があるとかないとか。文献の中で見かけたものだから試しに買ってみたの。其処にあるのは純然たる好奇心の成せる業ね」
「ふーん。ね、メリー。太陽の数はちゃんと数えられる?」
「当たり前じゃない。太陽は何時だって三つだわ」
「……本当にゴッホみたいにならない事を祈るわ。どんな味?」
「薬草臭い。それより、どういう事?」
「……」

 蓮子は口を噤んだ。此方を見る目がしんと静かな事に気が付き、私は動揺する。彼女の次の言葉を聴くまでの間が永遠にも感じられた。
 とろとろとまるで濃いアルコールの様に胸の中で渦を巻く、不安。
 あの時。
 
「よく覚えてない」
 
 あの時、蓮子と一緒にいた人物は確か女性だった。顔を思い出そうとするけれど、出来ない。紫色の世界に穴が開いていた。シュルレアリズムの絵の様に、顔の無い女性と白い腕だけが脳裏に浮かぶ。

「覚えて、ないの?」
「……」
「蓮子。 ね、大丈夫? 蓮子?」
「……ええ」

 ふわりと寂しげな笑みを浮かべた彼女。なんだか、ヘンなものに憑かれてしまったのではないかと不安になる。私が開けた扉は何かの境界だったのだろうか。

「あ、そうだ。メリー、アブサンの飲み方って知ってる?」

 急に聞かれて面喰った。彼女はにっと笑って瓶を軽く振る。内心ほっとしつつ答えた。

「火をつける……のよね」

 角砂糖にかけて火をつける。そしてミネラルウォーターに落として飲む方法があるそうなのだけれど、やったことはない。友人は嬉しそうな顔をした。

「そうそう、スプーンに乗っけてね」
「味が変わるならやってみたい気もするわね」
「気がするんなら、やってみる?」

 当然二つ返事で頷いた。噂があれば行ってみる。面白そうな事はやってみる。それが私達の主義だもの。





 プリンの耐熱カップを用意した。
ガラスで出来ているから見た目もそんなに悪くない。このお酒は70パーセントを軽く超える度数。火を近づけるだけであっという間に燃えるだろう。
 アブサン、absinthe、アブセンス。全く妙な名前。

「グリーンの詩神、聖女のため息、妖精のささやき。成程綺麗な色」

 スプーンの上に角砂糖を置き、蓮子は呟きながらエメラルドの液体を垂らす。準備が整ったのを確認して、私は部屋の明かりのスイッチに手を伸ばした。

「メリー。あなたこそ、覚えてないの?」
「?」

 真っ暗にした部屋の中。火をつける直前、蓮子に問われた。
 何だろう? あの時の事だろうか? 動転していた所為で、何か大事な事を見落としていたのか? 答えに窮していたら彼女はマッチなどという前時代的な代物で、火をつけた。ぽっと手を赤く透かす光。そうして消えたと思ったら、今度は角砂糖から紫の炎が立ちあがった。
 
 瞬間。

 脳裏に、夕闇の映像が浮かぶ。
 細い首。細かく喘いで震える。
 ネクタイは外されて、露わになった鎖骨と綺麗な形のふくらみが見えた。白い肌が紫の中でぼんやりと光っている。
 舌先に感じる微かな塩分と、肌の香り。

 再び真っ暗に戻った。蓮子がスプーンを水の中に落としたのだ。炎の残像が網膜に残ってちかちかする。白昼夢のようなアレは何? なんだろう。まるで、私が蓮子と……。冷たい汗が、滲み出る。
 かちゃかちゃと音がした。角砂糖を溶かしている音だろう。漂う甘い香りの中で、私は彼女に言おうとした事があったのを思い出した。何故、忘れていたんだろう。

「蓮子……あなたどうして」

 ぴたりとスプーンの音が止まった。
 残像も消えて暗闇に慣れた目が、ソファー代わりのベットに座る人物を捉える。表情は見えないけれど、此方を見上げているのは分かる。

「可能性は無数に存在するわ。そして可能性の数だけ世界があるとすれば……」

 落ち着いた彼女の声。どこか面白そうな、それでいて少し寂しそうな響きがある。

「……選択された方が、私たちにとって真実の世界となる。そして選択されなかった世界は、真実となった世界へと収縮される。とすると、選択されるまで無数にあった平行世界はたった一つに収縮されてしまうわけだけど」

 腕を組んで、考えるような仕草。勿論、見慣れた友人の仕草。

「一つになるって考える、これは確かなのかしら……『他世界が存在する可能性』は本当に消えてしまうのかしら?」

 手が、テーブル上のカップを取り上げた。傾けて……どうやら口に含んでいるようだ。私の頭の中にはある記憶が再生されていた。そうだ、あの時も学校から一緒に帰ろうと思ったのだ。あの時、私はちゃんと蓮子と連絡を取って理系の棟へと向かった。
 私達の通う大学は広く、当てずっぽうで彼女に会うのは難しい。一緒に帰ろうと思った理由は単純。秘封倶楽部の活動をしようと思ったからで、行きつけのカフェへと向かう予定だった。
 ところが。

「蓮子、あなたは……本当に蓮子なの?」

 呆気なく、それは起きた。

「ええ。私は宇佐見蓮子、本人よ」

 今の車は殆どセンサーがついていて、人が横切れば止まるように出来ている。しかし、あの時あの場所でセンサーは私達の存在を感知しなかった。

「あ、え……じゃあ私は」

 有体に言えば、多分轢かれたのだ。二人とも。
 宙を舞う蓮子の帽子が暮れる空にやけに映えて、そうだ。そこから記憶が無い。同時に轢かれた蓮子が実在するなら、私は……? 絶句し顔を覆っても答えは出なかった。







+++++







 『Absinthe』
 『不在』

 轢かれたから、私は存在しなくなるはずだった……?
 遠くから蓮子が何か言う声が聞こえたけれど、頭の中に全然入ってこなかった。身体を支えられベッドに寝かされて改めて自分の存在の不安定さを感じる。

 メリー、メリー、マエリベリー・ハーン。でもあなたは存在してる。

 ぎゅうと抱きしめられて耳元で呟かれる。仄かな香水の匂い。先刻彼女を蹴とばした時もした、麝香のような不思議な香り。それに香水の合間を縫って鼻孔に届く、汗の匂い。体験したはずではないのに、自分の記憶にある蓮子の味が思い出される。
 味。
 そうだ、無いなら作ってしまえば良い。

「蓮子」

 近くにある首に舌を這わせてみた。そうする事で、経験していない“体験の記憶”が真実となるのではないかと思った。唇を細い首に繰り返し押し付けた。最初はゆっくり。そして熱い息が漏れたのを聴いてからは、角度を変えて、沢山、沢山。ネクタイを外すのが存外難しい。

「痛ッ」

 鎖骨の辺りを引っ掻いてしまった。一瞬身を引いた蓮子。

「いたぁ……メリー、待って」

 言われても、止めない。ボタンを外し、開いた胸元にキスをすると温かな液体が垂れていた。つぅ、と舌で伝って爪痕を探り当てる。記憶にない味にはっとした。この味は、「私」しか経験していない。

「ッく……!」

 びくんと跳ねた身体。
あの教室にいた人物は、きっとこの世界の私。一方この私は宙に浮いた存在。偶々混線してしまった、『自然死するべきだった世界』の中の存在だ。消えるべきポイントを偶々クリアしてしまったのだろう。学校からの帰り道を覚えていないのも、何年も経った様なあの感覚も、ショックでも眠りからの覚醒でもない。時と場所の境界を掻い潜ってしまった事に寄るのではないか?
 思わず歯を立てた。

「ひっ……うぐ……あぅ」

 では、「私と一緒にいた蓮子」は。
 ぽろぽろと、大粒の雨のように雫が落ちてくる。唇を噛んでいるらしい。細かく喘ぐような声が漏れてきた。耐えている――背中がすうっと冷える。理性が戻ってきた。離しても、生臭い味が口の中に残った。

「ごめんなさ……私」
「う、ううん。ね、あのね、メリー」
「何?」
「……やっぱり、今はいいや」

 頬に手が触れた。ゆっくりと、深いキス。
 男の子のような野性味を感じさせるものではなく、甘く溺れてしまいそうな柔らかな口づけ。嫌……ではなかった。痛みで震える呼吸に、思わず身体の芯が熱くなってしまう。

「んっ……」

 一度唇が離れた時に、躊躇うような視線を感じたけれど、私は腕を回すことで答えた。
 「親友として」好きよ、蓮子。彼女に公然と触れることが出来るこっちの世界の私が憎たらしい程度には。










#2→ 
初めまして!
長くなったので一度切りました。こちらに投稿させていただくのは初めてで緊張気味です。
拙い文ですがもしご指導いただけたら幸いです。
続きは蓮子視点。




返信。

1さま/
ぅぎゃー!!
大変な誤字。直しましたご指摘いただきましてありがとうございます!

2さま/
おお。嬉しい言葉です。期待を裏切らないように頑張ります。

3さま/
やっぱり、こっそりって言うのは燃えますねぃ。実際怖い事だけど。ありがとうございました!
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
なかなか面白いですが
宇佐美×
宇佐見○

マエルベリー×
マエリベリー○

かと
2.名前が無い程度の能力削除
てっきり紫が現れたのかと思ったら、これは予想外の展開。
続きを期待して待っております。
3.名前が無い程度の能力削除
片方に内緒で逢引する秘封は拝読感があってエロいです