真・東方夜伽話

頽廃秘封倶楽部:弐

2011/04/30 01:48:20
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頽廃秘封倶楽部:弐

かづき

※「頽廃秘封倶楽部:壱」からの続きとなっております
 オリジナル設定とか事前にいろいろとご注意くだされば幸いです






















気が付くと、そこにはいつの間にか父親の姿が無くなっていた。
食卓を囲むように用意された3人分の椅子が全て埋まったのを私が最後に眼にしたのは、一体どれほど昔のことだったろうか。










私の父親は、世間一般で言うところの超常現象と呼ばれる類の事象を研究する機関の、著名な研究者だった。
霊魂や死後の世界の存在、地球外生命体や妖怪の存在、私達の住む世界の裏側にある異世界の存在……そうした、ほんの一昔前なら『オカルト』という非科学的なジャンルとして一蹴されていたであろう、人智を超えた様々な事物。
それらのメカニズムを、最新の科学的技法を以って解明する。比較的歴史の浅いその研究分野をリードする、世界でも指折りと言われる程の権威が、私の父親だった。



父親のことが好きだったか、と問われれば……一時期までは、好きと言えば好きだったし嫌いと言えば嫌いだった、というのが正直なところだ。

著名な研究者というものは、その研究の為に身を粉にして働き、他の様々なものを犠牲にするというのが世の常である。あるいは知人友人との関わり、あるいは己が健全な精神や命の灯……そして私の父親の場合、犠牲になったのはその家族、つまり私と母親だった。
私がまだ自分で記憶を掘り起こせないくらいに幼かった頃は、3人揃って食事をしたり、同じベッドで眠ったこともあったそうだが……少なくとも私が鮮明に覚えている記憶の中に、そのような場面は一片たりとて存在していない。
家族を蔑ろにしてまで研究に没頭する父親に対して、私が幼いながらに恨みや憎しみにも似た類の感情を抱いていたということは、言うまでもない。

だが、しかし。
中学校に進級し、自分の好み、興味のある世界などが徐々に明確になるにつれて……私の中にあった父親への印象に、徐々に変化が現われ始める。私は、一家の長としての父親に好ましくない印象を抱きつつも……その一方でいつからか、1人の研究者としての父親に尊敬の念を抱き、その存在を誇らしくすら思うようになっていった。
私達母子を省みない父親の背中を見つめながら……私はいつしか、父親と同じ研究の道に興味を抱くようになった。未だかつて誰も説明出来たことの無い、この世界の裏側にひっそりと存在する不可思議な事象の謎を解き明かす……そのことに、一種の浪漫を感じるようになっていった。
中学校生活の半ば辺りから私は自分の将来を明確にイメージするようになり、猛勉強の末、国内でもトップレベルと言われる大学の付属高等学校への入学を果たした。その道に進みたい、と思っていることを相談したとき、母親は大きな衝撃を受けた様子だったが……決して私の望みを否定することは無く、背中を押してくれた。
そうして私は、かつて父親も在籍していたその学園で……大学での研究生活を思い描き、そして更なる未来、娘ではなく1人の研究員として父親の元で同じ研究に臨む未来に想いを馳せながら、ひたすら勉学に没頭した。










己を殺し、ただひたすらに論理的な思考を続ける頭脳としての働きに専念し。持ち得る限りの全てを研究の道に捧げ、滅私奉公の極みを体現する。
そんな姿を見て、私は……まるで研究の為に産み出された機械であるようだな、と、そんな印象を抱いた。
それは、娘としては軽蔑と怨嗟の念を、科学の道を志す1人の若人としては心からの尊敬の念を表す、父親への評価であった。










だが。
それから数年の後、私は、思い知ることになる。
私が知っている姿が父親の全てというわけではない、ということを。

まるでそうプログラミングされているかのように、ひたすら研究のみにあらん限りの時間と体力を費やす研究者の鑑。
それが私の見てきた、父親の全てだったが……無論、私の父親は機械ではない。

あれも、1人の人間であり。
そして……1匹の、雄なのだ。

思えばその事実は、それまで気付かなかったのが愚かだったと言わざるを得ないくらいに、至極当たり前のことだった。
もしも、そうでなければ……父親と母親の間に、私など、産まれているはずもないのだから。










勉学に励むその傍らで、もう1つ大切なものを見つけ、充実した日々を送る中。
私はおそらく、大変な油断をしていたのだと思う。

もしも私が、父親の……あの男の機械のような仮面の下に隠れた本性を、予め知り得ていたとしたら。
例えどんな手段を使ってでも、メリーが研究室であの男と2人きりになることを、許しはしなかっただろう。










/////////////////////










目指す店は、朽ち果てかけた安アパートの姿を借りた私達の愛の巣から、入り組んだ裏路地を歩いて10分程の近場にある。
廃都東京からほど近い、かつてのささやかな繁栄の残滓に縋る寂れた地方都市の、中心部からは少し離れた場所に位置する歓楽街。昼も夜も、都会の明るく華やかな喧騒とは無縁の薄暗い雰囲気を醸すこの街には、しかしその分いろいろな監視の眼も届きにくいらしく、眼に悪そうな毒々しいネオンの光に紛れて各種非合法な店があちこちに点在している。
銃刀類や盗品を密売する店に、非合法の薬物を使用する中毒者の溜まり場になっている酒場、脅迫や殺人などの犯罪行為の代行を請け負う業者、正式な医療機関で診療を受けられない人間の為の闇病院。
そして、私達が働く店のような……少女達に違法な売春行為をさせる、風俗店などだ。



そう。
私達は今、日々の糧を得るために……この身体を売って、金を稼いでいる。



もちろん、私達とて好き好んでこの職場を選んだというわけではない。
しかし……現代社会の果ての果てのようなこの街に、財産らしいものを何ひとつとして持ち合わせないまま流れ着いた私達が生きてゆく為には、その他に選択肢など存在しなかった。

頼る宛ても無く、出来る限り人目を避けて一般大衆が暮らす真っ当な社会から身を隠し、その裏側の世界に息を潜めてひっそりと生きてゆかざるを得ない。
かと言って、私達は当然そういった日陰の社会において何ら特別な影響力を持っているわけでもなければ、その世界の人間を意のままに操れるような財力や才覚、あるいはそれらを上から抑え付けるだけの力を有しているわけでもない。
あるものといえば、おそらく他人にとっては何の価値も無いであろう薄気味の悪い異常な能力と……この、若い肢体だけ。
そんな状況で、私達のようなか弱い少女が日々の糧を得ようと思えば、必然的にその方法は限定されてしまう。その中でも……私が最もメリーを命の危険に晒すリスクが少ないと判断したのが、この仕事だった。



こういった、言わば社会の死角に潜まざるを得ない店達は、しかしそれと同時に複雑な事情のある人間の隠れ蓑として機能することも珍しくない。
しかも、この身体自体を商売道具として提供するということは……店側が、それを奪おうとしたり勝手に利用しようとしたり、あるいはその価値を減じようとする連中から、私達を護る構図が出来上がるということだ。
どこまでも不健全で不安定な、光り輝く希望に満ちた世界から腐り落ちてきたものの掃き溜めのような街ではあるが……その暗く濁った頽廃的な空気は、私達を含む様々なものを無差別に呑み込み、覆い隠し、秘匿してくれるのである。
それを、懐の深さ、などと表現してしまうのは美化が過ぎるかも知れないが……今の私達にとって、これほど有難い環境は他に無い。ある意味でこの街は……私達が存在することの許される、この世界に残された最後の楽園だった。










店の前に辿り着くと、背の高い見知った顔の男がサングラス越しに私を一瞥する。射るようなこの視線は、いつになっても慣れない。

「……今日は非番よ」

ちら、と見上げるように視線を送りながら私が小さくそう告げると、男はわざと眼を逸らしながら一言、無愛想に接客マニュアル通りの台詞を言い捨てる。
その態度からは、邪険に、あるいはぞんざいに扱われているというよりも……理解出来ない、関わり合いになりたくないと、気味悪がって忌避されているような印象を受けた。
まぁ、それ自体はこの眼が持つ異常な能力のお陰である程度は慣れたものだし、私がここに来た目的を考えれば仕方の無いことだろう。この先、男が護るその背後に広がっているのは……社会の裏側に暮らす人間を含めて、大半の人間には理解されないであろう、異端の世界だ。

「………」

それ以上言葉を交わすこともなく、ガラン、と錆の浮いた小さな鐘を鳴らしながらドアを潜る。
すぐにさっきのとは別の浅黒い肌の男と無言ですれ違い、そのまま、ネオンにも増して毒々しい色彩の照明に照らされた細い廊下を辿る。程無く正面に、互いに相手の顔が見えないよう、およそ首から胸の高さまで壁をくり抜くようにして設えられたカウンターが現われた。

「いつも通りで」
「……13番、どうぞ」

これもいつも通り、互いに愛想の欠片も無い冷え切った言葉を交わして、私は放るようにして寄越された鍵を受け取って店の奥に足を進める。そういえば、もうそれなりに長い間ここで働いているはずだが、あの受付の女のことで知っていることといえば、その酒焼けしたような声だけだな……などと、何の意味も無い無駄な思考を巡らせる。
まぁ、それはそれで構わない。こちらとて今更、誰かと新しい人間関係を築きたいとも思わないし、誰かに自分のことを知って欲しいなどと世迷言を吐くつもりも無い。
私が生きていくのに必要なのは……愛する、彼女1人だけだ。










13番、と言われたそこは、この店で提供されているサービスの中でも最もランクの低い種類を選ぶ客が通される部屋の1つだ。本来ならば客の相手をする女が、営業スマイルを浮かべて世間話でもしながら客を部屋までの案内をするのだが、身内の私にはそのサービスも割愛される。まぁ、特に文句を言うつもりも無いので構わないのだが。
室内はピンクや紫を基調とした派手な証明に照らされた異様な雰囲気に満たされてはいるが、しかし、よく見てみればその造りは安いビジネスホテルの一室と大差無い。軋んだ音を立てるドアを潜ってすぐ右手には浴室に繋がる別のドアが据えられ、それを通り過ぎた先の狭い空間にあるのは、少女趣味な意匠の安っぽいベッドが1つ、壁に板を打ち付けただけのような机に椅子が1脚、他には何もありはしない。
最低限、店の設備としての機能しか有さない、ただ内側に薄っぺらな壁紙を貼り付けただけの鉄筋コンクリートの箱。その中に踏み込み、鉄の蓋を後ろ手に閉じて、私は身体が沈み過ぎて寝心地の良くないベッドに身を投げ出す。申し訳程度にぶら下がった安物のミラーボールは、殺風景な部屋の景色を賑やかすどころか、逆に妙に空虚で侘しい雰囲気を演出していた。

「……っ……」

だが。
どれだけ舞台が粗末だろうが、部屋を満たす空気が暗く濁っていようが、今の私にとってそんなことは些細な問題でしかない。
例えここがどんなに劣悪な環境であったとしても……これから私達が及ぼうとしている行為には、何の影響も無い。
いや、むしろ……環境に問題があればこそ。そこで行われる儀式が持つ意味は、その重みを増すのかも知れない。










それから、時計の無い部屋で音も無く流れる時に任せ、益体も無いことをあれやこれやと考えながらどれくらい待った頃だろうか。
不意に、ごん、ごんと曇った金属音が部屋に響く。

「っ!」

冷たい鉄のドアが外側からノックされるその音に、暇に任せてつらつらと意味も無く流れていた思考が、不意に塞き止められる。あちらこちらに散らばっていた意識のベクトルが、急激にその音が聞こえた方向へと偏り始める。
私は、半分靴を脱いでいた足を少しだけもつれさせながら立ち上がり、再びドアに歩み寄ってノブを握り……そして。

「あ、っ」

その手首に力が込められるよりも早く、見た目よりも軽い鉄の扉は、部屋の外側へと向けて勝手に開いた。
そして、隔てるものの無くなった、眼の前の廊下には……この毒々しい照明の下でも決して穢されることなく、場違いなまでに美しく清楚な姿を保ったままの、白い長袖のワンピース姿のメリーが佇んでいた。

「お待たせ、蓮子」
「……待ってたわよ」

アタッシュケースと薄い鞄のようなものを携えた彼女は、まるでデートの待ち合わせにほんの数分だけ遅れてやって来たような気軽さで、胸の前でひらひらと手を振りながら微笑む。その笑顔は、この暗いくせにやたらと五月蝿い色彩の景色に慣れた私の眼には、少し眩しかった。
地獄に仏とか、掃き溜めに鶴とか……まぁ厳密には意味が違う言葉だけれど、とにかく淀んだ世界の中にたった1つだけ美しいものが存在しているような、そんなイメージの言葉が脳裏にぽつり、ぽつりと浮かんだ。

「ふう……」

彼女は私に先導されて狭い部屋に踏み込み、私と肩を並べるようにして趣味の悪いベッドに腰掛ける。安物のベッドがスプリングを軋ませながらあげる悲鳴を聞きながらしばし沈黙し……ほどなく、こてん、とメリーの頭が私の肩に預けられた。
彼女の肩を優しく抱き、空いた手で互いに指を絡み合わせながら、しばしそっと身を寄せ合い……触れ合う部分がじんわりと温かくなった頃、彼女が、小さな声でぽつりと告げる。

「……ずっと、こうしてたいけど……そろそろ、始めなきゃ」

いつしか、現実から逃避するかのようにメリーと触れ合う感触に耽溺していた意識が、その言葉で現実に引き戻される。
そうだ。この場所に限っては、私達2人がこうして共に過ごせる時間は、厳しく制限されている。

「……そう、ね」

何故なら。
私は今、この店で……1人の客として、対価を支払い、メリーを買っているのだから。



この街に違法な風俗店は他にもいくつか存在するが……女が女に肉体を供する、という店は、少なくとも私は他に聞いたことはない。男同士のそれは、少し離れた別の歓楽街にあるとか無いとか、噂には聞いたことがあるが。
そう。この店の正体は……同性愛という特殊な事情を持つ女を相手に、女が、奉仕をする風俗店なのである。



店に出入りする人間は、ガードマンと、一部の経営陣を除く従業員はもちろん、客も全て女。入口で顔を合わせたあの男の私を忌避するような態度も、この店の性質故というわけだ。金の為に雇われているだけに過ぎない彼等に、そういった性癖を持つ人間への理解などあるはずもないし、ある必要も無い。
厳密に言えばここで客に奉仕している少女達にも様々な事情があり、全員が全員同性愛者かと言えばそういうわけでもないのだが……まぁ少なくとも私達は、他にもあった選択肢を捨てて敢えてこの道を選んだ人間だ。その程度の冷たい視線は甘んじて受け止める覚悟はある……というよりも、そんなものは元より意識の外だと言った方が正しいか。
それにしても、このような店が成り立つということは、その程度には女対女の風俗店というものも需要があるということなのか、あるいは単純に提供される量と場所が至極限られているというだけの話なのか。
まぁ、私は別に性癖的な意味で女しか愛せないというわけではなく、たまたま心から愛し合ったのが自分と同じ少女だったというだけの話なので、店を訪れる客の心中を想像することは出来ないが……やはりこの街には、そういう点でワケありの人間も流れて来るのだろう。

「それじゃ、早速……これ、蓮子に頼まれてた方ね」
「ん……」

そんな他愛も無い物思いに耽る私にそう告げて、彼女はベッドの上で薄い鞄の方を広げてみせる。それは実際には鞄ではなく、ハンガーに掛けられ、その上からすっぽりとカバーを被せて2つ折りにされた衣服だ。
しなやかな指がメッキの剥げたジッパーを引き上げる。開かれたその中に入っていたのは……上下一揃いの、男物のスーツだった。
カバーを取り去り、肩幅でサイズを確かめる。若干大きい気もするが、そこは単なる既製品でしかも個人の持ち物というわけでもない、多少の寸法のズレは仕方が無かろう。
まぁ、私の荷物のことはともかく。それよりも私が気になるのは……メリーの、準備の方だ。

「メリーの方は……?」

私は早くも自分の上着のボタンを外しに掛かりながら、何気ない調子で……しかし内心、少なからず緊張しながらメリーに問う。
果たして……彼女は一体、その鞄の中にどんな準備をして、この場所へやって来たのだろう。

「え、っと……」

ちらり、と伺ったその顔に浮かぶ躊躇いの色に、ざわ、と心の中で何かがさざめくような錯覚に襲われる。
額に、薄っすらと汗が滲む。その、漠然とした嫌な予感は……残念ながら程無くして、的中してしまうことになった。

「……これ」

ほんの少し言い淀んでから、メリーはアタッシュケースの蓋を開け、恐る恐るといった調子でその中身を取り出す。
その手の中にあったのは……鈍い銀色に光る手錠に。それに次いで、赤い革の首輪に、長い棒の付いた足枷、人間の口を閉じられないようにするいわゆるギャグボールという器具、そして、女の身体を性的に責め苛む為の道具が取り出されてベッドの上に並ぶ。

「……っ……」

それらを眼にして、私は、いろいろな意味でごくりと唾を飲んだ。見れば確かに、緩やかに開いた袖口から覗く手首には、淡くはあるが暗赤色の痛々しい痣があった。
これらの道具を使い、この場所で、彼女が誰に何をされたのか。想像するだけで、頭と胸の中がぐちゃぐちゃに掻き回されるような錯覚に陥る。一体、どこの誰が、私の愛しいメリーに……。

「あ、それから……これは、蓮子の方ね」
「っ!」

メリーの声が、暗い妄想に走りかけていた私の意識を引き戻す。遠慮がちに取り出され、彼女にはどこまでも似合わない道具達の最後尾に並べられたのは……男性器を模した張子の取り付けられた、黒い革の下着だった。
嫌な記憶が、蘇る。見知らぬ女の耳障りな嬌声が、汗ばんでべたつく肌の不快な感触が、生々しく思い出され……軽い眩暈と頭痛と、吐き気を催した。










ごく初期のことはともかく……私はこの店で働き始めてそれほど経たないうちから、身体を売って金を稼ぐことに対して、さして抵抗を感じることが無くなっていった。

見知らぬ人間と身体を重ねる、という行為自体に、金を稼ぐ手段以上の意味は無い。そこに確かな愛情が、通じ合う心が存在していない限り、それはどこまで行っても、単に肉体的な欲求を発散させるだけの行為に過ぎない……そのことを、当たり前のように悟った所為だろうと思う。
私にとって、真に意味のある相手とは……この世界にただ1人、愛するメリーだけだ。いくら愛の無い性行為を重ね、身体は穢れようとも……この心は、メリーへの愛は、ほんの僅かにだって傷付くことも、歪むことも、揺らぐことすらも無い。
愛する彼女以外には他の誰も、どんな手段を用いようが私の心の奥にある聖域を侵すことは出来ない。私には、その確信がある。さればこそ私は、この身体をただのモノ、代価を受け取るために差し出す商品と割り切って、見ず知らずの女共に明け渡すことが出来るのだ。

……だが、しかし。
それは飽くまでも、抵抗無く身体を穢せる、というだけの話であって……穢れることに不快感が無い、という意味ではない。
汚いものに躊躇無く触れられることと、それを汚いと思わないこととは、また別の問題だということだ。

抵抗は無くとも、穢れたという事実が無かったことになるわけではない。愛する人以外の誰かと、愛の無い交わりを交わす度、私達の身体は醜い欲望の残滓に穢されてゆく。少なくとも私自身には、そういう自覚があった。
自分と同じ仕事をするメリーに対してその感覚があったかと聞かれれば、彼女が穢れているなどとは露ほども考えたことなどないのだが……しかし、やはり自分の身体のこととなれば話は別なのである。理には適わないが、心象の問題だから仕方が無い。
兎も角。だからこそ、私達は……その感覚を拭う為に、いつからか定期的にこうして、互いの心身を清める儀式を行うようになったのである。

ここ数日の間で、最も忌まわしいと感じた、嫌悪すべき交わり。出来ることなら未来永劫、綺麗さっぱりと闇に葬ってしまいたい、唾棄すべき記憶。
それを……愛する人と交わった、というこれ以上無いくらい幸せな記憶で、上書きする。自分が穢れたのと同じ場所で、忌むべき記憶と同じ行為を、心から愛する彼女と共に実行することで……心身の、記憶の穢れを祓い、互いを清め合う。
この掃き溜めのような街に蔓延する汚れた空気に、心の支柱まで毒されてしまわないように。そうしていつまでも愛する人と2人、心折れることなく、強く、生きてゆく為に……それは私達が辿り着いた、1つの抵抗手段だった。










指先で無機質な鎖を弄びながら、メリーはどこか遠くを見るような眼で、遠い過去のことを語るような口調で、胸の底に沈んだ暗い感情を吐き出し始める。

「鎖と縄で拘束されて、言葉を奪われて……身体中、玩具で好き放題にされたわ」

その声はまるで錆びた釘のように、私の心の表皮を貫き、傷口を広げながらその奥へと沈んでゆく。彼女の言葉から想起される、彼女が見ず知らずの女に嬲られるイメージに苛まれ、胃が、胸が、頭が鈍く痛む。それで彼女の芯が揺らぐことは無いと確信してはいても、どうしようもなく気分が悪くなるのは、仕方の無いことだろうと思う。

「……痛くて、苦しくて、怖くて……吐き気がするくらい、気持ち悪かった」

だが。この痛みもまた、彼女が自分自身に感じている穢れを祓うための、重要なファクターなのだ。
彼女が吐き出し垂れ流す、暗い呪詛のような言葉。それは……彼女の胸の内で最悪の記憶と共に渦巻く、忌まわしい感情の具現である。彼女は紡ぐ言葉の1つ1つに乗せて、その感情を、そして穢れそのものをも、少しでも早く自分の外側に追い出そうとしているのだ。
ならば……それを受け止めてやるのが、彼女の言葉に耳を傾けている、私の役目だ。

「……私も、最悪の気分だったわ。こんな格好で、男の演技までさせられて、見ず知らずの女を抱かなきゃいけないなんて……反吐が出る」

そして……それは無論、私達の間で相互に成り立つことである。
私も彼女の声に答えるようにして、心の中にある暗く淀んだ思いを、包み隠さずにぶちまける。身体に染み込んだ穢れを、言葉通り反吐の如く吐き出していく。

「本当に……早く、一刻も早く、忘れてしまいたい」

そうしている間、私達は互いに、相手を労わる言葉を口にはしない。辛かったわね、だとか、よく我慢したわね、だとかそんな台詞は、私達の間で今更交わされるべくもないものだ。
それがどんなにか辛く苦しいことなのか、それに耐えるためにはどれほどの我慢が必要なのか、私達はもうとっくの昔に、身を以って理解しているのだ。

「そうね……」

必要なのは、行動だけ。愛しい、という感情の赴くままに動き、触れ合って、互いの存在を確かめ求め合うことだけだ。
私はごく短い言葉で彼女の呟きに同意しながら、ワイシャツの袖に腕を通し、慣れた手付きでネクタイを締めて、きっちりとスーツを着込む。ところどころ皺は寄っているが、出来る範囲で完璧な身なりにしようと気を配ってしまう辺り、我ながら几帳面な性格だと思う……なんてことをメリーに言ったら、きっと笑われるだろうけど。

「うん……だから」

ともかく。私はそうして、手早く身支度を整えて。
そして、そんな私の姿を、じ、と見つめてから……メリーは不意に口元を綻ばせ、手にしたそれを私に差し出す。

「……任せるわ、蓮子の、好きにして」

しばし逡巡して、私は冷たくぼやけた光を放つそれを、指先で摘むようにして受け取る。

「ええ……任されたわ」

禊ぎの儀式が、始まる。










やはりこの店の雰囲気には余りに似合わない、白い清楚な下着姿になった彼女の身体には……手首の痣を見たときからなんとなく予感はしていたが、他にもやはり生々しい拘束の痕が残されていた。
太股には、脚を閉じられなくする為の足枷を固定した太いベルトの痕。首には、引っ張られて首輪が擦れでもしたのか、小さな擦り傷のようなものが残っている……まさか本気で首を絞めたわけではないだろうが、万が一のことを想像すると、酷く寒気がした。

「……あんまり、見られたくないわね、こういうの」

白い肌の上に残された痕跡に、あらぬ想像を喚起されていると……私の視線から身を庇うように自分の肩を抱きながら、不意に、彼女がそんなことを呟く。

「どうして?」
「だって、こんな……綺麗じゃ、ないもの」

綺麗じゃない、だから見られたくない。
ある種の拒絶を表しているであろうその言葉は、しかし……私の耳には、叶うならばもっと綺麗な姿の自分を見て欲しかった、という彼女のいじらしい想いの現われのように届いて。堪らなく愛おしい気持ちが、既にそれと同じもので飽和状態の胸の中に、これでもかという程込み上げてくる。

「……馬鹿言わないで、メリーが綺麗じゃないなんて、そんなことあり得るわけがないでしょう」

おそらく他人が口にしているのを聞いたら怖気が走るであろう歯の浮くような台詞も、今はそんな風に淀みなく紡ぐことが出来る。それは、その言葉が虚言の類ではなく、偽りの無い真意に根ざしたものだからだろうか。

「でも……」
「もし、どうしてもメリーが綺麗じゃないと思うなら……私が、綺麗にしてあげる」

涸れることなく溢れる想いを愛の言葉へと変換して、彼女に向けて放ちながら。私は……赤黒く変色したそこに、キスをし、舌を這わせる。
まずは、手首に環状に残る痕をなぞるように。次に、1度二の腕と肩口にキスをしてから……首筋に残る小さな擦り傷を、それを癒そうとするかのように優しく啄ばむ。ちり、と、柔らかな肌とはまた別の、ごく小さなかさぶたの乾いた感触を舌の先に感じた。

「ん、んっ……」
「あ……ごめん、痛い?」

彼女の身体が震え、細い喉からか細い声が漏れ出す。反射的に唇を離して彼女の表情を伺うが、そこ浮かんでいたのは苦痛の色ではなく……羞恥心の気配を薄っすらと孕んだ、悩ましげな表情だった。

「ううん、そうじゃなくて……」

彼女は、少しの間私の視線から逃げるように眼を逸らした後。再び私の姿を見て、ほんの少し遠慮がちというか……こんな関係になって久しいというのに、どこか気恥ずかしそうな様子で、告げる。

「なんか……こう、いつもより、ドキドキしてるのかも」
「いつもより……って、どうして?」

問い掛ける私の眼から、ほんの少し視線を外して。

「……蓮子が、かっこいいから」

頬を朱に染め、再び少しだけ潤んだ眼で私を見つめながら、彼女はそんなことを言った。

「……ッ」

かっこいい。
おそらく、女性に対しては一概に褒め言葉とは言い切れないであろうその形容が……鼓動を早め、言いようの無い多幸感を胸の内に喚起する。
何故か男装で客の相手をさせられることが多い私にとって、こういった男物の服は嫌な記憶を掘り起こすものでしかないと思っていたのだが……メリーにそんなことを言われると、この格好もまぁ悪くはないかな、などという気の迷いが生じてしまう。

「あ……ごめん、かっこいい、だなんて女の子に言うことじゃないわね……」
「え?いや、そんな、そうじゃなくて、その……こっちも、なんか、ドキッとしちゃって」
「……嫌、じゃない?」
「全然。メリーがそんなこと言ってくれてるのに、嫌なわけがないでしょう?」
「なら……いいんだけど」

機会があれば、男物の服の1つでも買ってみようか……などとくだらないことを考えながら、私は再び、メリーの首筋に口付けを落とし、治りかけの小さな傷跡を慈しむように舌で撫でる。また、消え入るような細い声が彼女の喉から漏れた。
今度はその反応に躊躇することなく、わざと小さな傷を覆うような赤い痕を残そうとその白い肌に吸い付き、甘く啄ばんで唾液を塗す。ほんの一瞬彼女から顔を離し、2度3度瞬きをする程度の間見つめ合った後、私達はそのまま流れるようにして唇を重ねた。

「ん、っ……ちゅ……」
「ふぅ、んくっ……あ、む……」

舌を絡め、吸い上げ、互いの口内を熱く激しく貪り合う。もはやどちらのものかも判然としないくらいに混合した唾液が、粘度のある雫となって胸元に降り注ぐ。
脳髄が溶け出すような甘い痺れに冒されながら、私達はたっぷりと時間を掛けて熱い粘液と吐息を交わし、唇を離す。濡れた口元を手の甲で拭うと……眼の前の彼女の視線が、つ、と傍らへ落ちるのが見えた。
釣られて落とした視線の先にあったのは……彼女の体の自由を奪う手枷と足枷、それと、言葉の自由を奪うギャグボール。アタッシュケースから取り出されたままベッドの上に転がっていたそれを見つめ、思わず喉を鳴らす。恐る恐る目配せをすると……彼女はじっと私の眼を見据えながら、こくり、と小さく1度だけ頷いた。

「……解かった」

こうなれば……こちらも、覚悟を決めねばなるまい。
私はまず、刑事ドラマや何かで見る手錠とは違う、もっと太く無骨で、それこそ奴隷や囚人が嵌められるような黒い手枷を手に取る。鎖とも呼べない金属の輪1つだけで繋がれた1対のそれは、留め金が外れたままだったのか、持ち上げた拍子に揃って口を開き、メリーの手首に噛み付く準備を整える。

「はい」
「……うん」

差し出された細い手首、そこに残る痕に被せるようにして、手枷を嵌める。彼女にこれを身に着けることを強要した女は、こんなことで己の征服欲を満たしてでもいたのだろうか、などと暗い想像を巡らせると、思わず気が滅入りそうになった。
彼女には決して似合わないアクセサリーは、拍子抜けするくらい至極あっさりと装着され、彼女の両手を拘束する。鍵はアタッシュケースの中にあるから、と彼女に教えられながら、私は次の道具、足枷に指を掛けた。
こちらも、輪の部分はその直径意外に手首に嵌めたそれと対して変わりは無い。が、大きく違うのは……それを連結しているパーツだ。さっきは手首が決して離れないようほとんど密着したような状態だったが、こちらは逆に、わざと足首同士の距離が開くように黒い金属の棒で繋がれている。相手が脚を閉じて隠したり、抵抗したり出来ないようにする為だ。これも、滞りなく装着を終える。

「……っ……」

硬質な金属音を響かせながら、私は彼女に1つずつ枷を嵌める作業を続けていく。
が……彼女の自由を1つずつ奪ってゆく度に、ふつふつと心の中に罪悪感が湧き上がり。ここまでやっておきながら、つい、弱気の虫が首をもたげてしまう。

「……メリー、本当にこれ、全部……」
「うん、全部、蓮子にして欲しい……蓮子に、何もかも、忘れさせて欲しいから」

だが、メリーはそんな私の情けない台詞を、優しい声で遮って……静かに瞑目し、まるで餌を待ち受ける雛鳥のように、私に向かって口を開けた。
……そうだ、彼女はここに来たときから、いやもしかするともっと早いうちに、既に覚悟を決めている。それなのに。私だけが怖気づいてはいられない。
私は1度大きく息を呑んで……何かを待ち受けるように開かれた口に、呼吸の為の穴がいくつも開いた玉を軽く押し込る。しっかりと彼女がそれを咥えたのを確かめてから、頭の後ろでベルトを留める。彼女が言葉で私に何かを訴えることは、これで不可能になった。

「む、ぐ……ふ、ぅ……っ」

四肢を繋がれ、首輪を嵌められ。無機質な球体に言葉を奪われながら、彼女は自らその身をシーツの上に横たえる。その様がなんだか……例えとしてもこんな言葉は使いたくはないが、捕えられた捕虜とか奴隷とか、そんなイメージを喚起して、酷く気分が悪くなる。

「……苦しい?」
「んー、ん……」

その顔を覗き込みながら、我ながら情けない声でそう訪ねる。彼女が、その痛々しい見た目とは裏腹に存外平気そうな顔で、ふるふると首を横に振ってくれたのが救いだった。小さな穴を通じた呼吸音がどこか息苦しさのようなものを感じさせるが……まぁ曲がりなりにも人の口に入れる為に設計されている道具だ、間違っても窒息などはしないように出来ているのだろう。
さて、こうして準備は整ってしまった。いつまでも躊躇っている暇は無いし……あとは、事に及ぶしかない。

「……触る、わね」

手を伸ばす前に、やはり情けない声でいつもはしないはずの確認をしてから、私の掌が下着の上から彼女の胸を覆い。
そして……すぐに、その変化に気が付いた。

「ん、くっ……ぅ」
「っ……?」

こんな店に身を置いている割には飾り気の無い白の下着越しに伝わる、ふるふると揺れる乳房の柔らかさとは違う、抵抗感。小さな、存在感。

「ん、んんぅっ……!」

勘違いかと思い、その場所を探ってみると……案の定彼女は、鼻に掛かったような甘い吐息を漏らす。
それは明らかに……彼女の身体の昂ぶりを示す、変化だ。

「……っ……」

ゆっくりと、下腹部に手を伸ばす。指先で触れた下着のクロッチの部分に、しっとりと湿り気を含んだ布の感触があった。

「……もう、こんなになってる……」
「……~っ……」

覚悟を決めている、と、そう感じたが。彼女はもしかして、こんな格好にされながらも……期待を、していたのだろうか。
……いや。

「……メリー……」

違う。何を今更、馬鹿なことを。そんなのは、考えるまでもなく解かりきっていたことではないか。
それがどれだけ吐き気のする記憶の再現であろうと、どれだけ背徳的な交わりであろうと……相手がこの世の誰よりも愛する人であるなら、そこに生まれるのは嫌悪を伴わない純粋な快楽であり、愛し愛される喜びであり、舞い上がるほどの充足感と多幸感である。だからこそ私達はこの方法で、抹消したい記憶を、上書きしてしまえるのだ。
もちろん、それは決して彼女だけの問題ではなく。躊躇いながら、戸惑いながら……それでも私とて同じように、彼女との異常な交わりに、淡からぬ期待を抱いてしまっているのだ。
そう自覚するとにわかに……精神の歯止めが、劣化し始める。

「ん、んんんっ……!?」

その期待を、期待しているという自覚を、反映するかのように。私の指は白い下着と彼女の肌の隙間に潜り込み、すぐそこにあった彼女の入口に、直に触れる。それまでの、1つ動くごとにいちいち様子を伺うような臆病な動きから一転、彼女を求める本能の赴くままに素直に動き始めた私の手付きに、彼女の身体がぴくりと震えた。
柔らかな肉のスリットに、指先を宛がう。指の関節を軽く曲げるように微かに力を加えてやると……くぷ、と、人差指の爪の半分ほどが、熱く濡れたものに包まれる感触があった。指の背を、熱い粘液が伝う。

「……ろくに触ってもいないのに、こんなにトロトロになって……嬉しいの、メリー?」

気分は後ろめたさを振り切ってにわかに高揚し、舌の回る速さが増していく。私は、両脚を繋ぐ棒に手を掛け、それで彼女の膝を持ち上げる。言葉を封じられ何も言えず、ただ眼を剥くしかない彼女を尻目に……私はその下着を太股の辺りまで引き摺り下ろし、しとどに濡れた秘部を、天井のミラーボールにでも見せ付けるかのようにして曝け出した。
明らかに明度に欠ける照明に照らされて、彼女の姿がようやく、淫靡で不健全な部屋の雰囲気に相応しいものに近づいてくる。

「ほら、ひくん、ひくんって震えてるの、丸見えになってる……」
「ん、んんぅっ……ッ!」

頬を赤らめ苦しそうに呻きながら首を振る彼女に、自分自身の痴態を見せ付けるように、私は人差指と中指を揃えて、再度彼女の中に侵入する。くちゅ、といやらしい水音が聞こえたと同時に、心地良い圧力が指全体を覆った。
最初は、そのまま真っ直ぐに進入と後退を繰り返すように。徐々に角度を付け、指の関節にも動きを加えながら、私は粘つく愛液を掻き出すように彼女の中を丹念に愛撫する。凹凸のある壁を、爪を立てぬように指先で甘く引っ掻いてやると、きゅう、と彼女の足の指が小さく丸まった。

「ん、ふぶ、っっ……んぐ、う”ぅぅ……っ!」
「……は、ぁ……っ……」

両の眼に涙を浮かべながら無言で何事かを訴える、いや、請い求める彼女のその姿に、嗜虐心を刺激される。
もっと、もっと、彼女が激しく乱れる様を見てみたい。こんな姿にされてもなお、私に与えられる快楽を浅ましく求め続ける彼女の身体を、更に浅ましい欲望で滅茶苦茶に蹂躙してやりたい。そうして、疲れ果てるまでイキ狂った彼女と、同じくらい何度も果て続けた身体を重ねて、身も心もどろどろに溶けて混ざり合ってしまうくらいに抱き合いたい。

「メリー……良い、匂い……」

異常なシチュエーションは、私の思考を普段ならば容易には至らないような領域にまで暴走させ……この身を、突き動かす。
私はほとんど無意識の内に……眩暈がするほど濃密な雌の匂いを発するその場所に、顔を近付けていた。

「ん、ぐっ……っ、ッッッ!?」

私が何をしようとしているのか、それに気付いて彼女が息を呑むのが解かった。
その、彼女の動揺を理解した上で……私は遠慮も躊躇も無く、唇で彼女の秘裂を覆って。

「ん、じゅ……ちゅぐっ……」
「ん、んんんんんんッッッ!!?」

そして……攣りそうなくらい力を込めた舌先を、その奥に捻じ込んだ。
舌の肉が、同じような感触を持つ彼女の内壁に締め付けられる。少し塩気を帯びた彼女の味が、口内から鼻腔までを抜けていく。
本当にもう1つの口とキスでもしているかのように、陰唇と唇を重ねる。音を立て、まだ薄い鞘の内側に収まっている彼女の快楽の芯を吸い出すようにして、深く、深くその蜜を啜る。

「んぐ、んぶうぅぅっ!?ひぐ、ひううぅぅ、ッッ!」

彼女は自由にならない身体を弓なりに逸らせ、ひたすら四肢を引き攣らせながらいとも容易く絶頂に達する。決して美しくはない、しかし頭の中に反響して脳髄を蕩かすような甘美な悲鳴を上げる彼女が、太股を閉じようとしてガチャガチャと激しく鎖を鳴らす音を聞きながら……それでも私はしばし、彼女を味わうことを止めようとはしなかった。いや、出来なかった、と言った方が正確だろう。

「……っぷ、ぁっ……」

じっくりと丹念に、挿し込んだ舌の届く範囲全てを舐め尽して。私はようやく、呼吸すら蔑ろにした濃厚な口付けを終える。ぬと、と粘液と粘液の混ぜ物に塗れた舌を引き抜くと、彼女の蜜壷が収縮し、愛液とは違う温かい飛沫が上がって頬を濡らした。

「は、あぁぁぁ……けほっ」
「ふ、ぅ、ふぶっっ……ひぅ、んんっ……ぅ……」

愛液に塗れた口元を拭い、1度咳払いをする。しばし呼吸を整えてから視線を持ち上げるとそこには、まだ前戯に過ぎないというのに既に息も絶え絶えといった様子で、涙と唾液を零しながら痙攣する身体を横たえる彼女の姿があった。
私は這うように彼女の身体に覆い被さり、愛液の味と香りで口の中が満たされたまま、唾液に滑る球を挟んで、今度は本当の口付けを交わす。いくつも空いた穴を通じて彼女の口内へ唾液を流し込んでやると、彼女はこく、こくと喉を鳴らして、自分の身体の奥から滲んだ快楽の証が溶け合ったそれを飲み下した。

「ん、んくっ……ぅ、ぇ……」
「っ、は、あぁぁ……」

唾液と吐息を交わして、しばし息をつく。メリーは潤んだ眼で私を見つめながら……こうして激しく乱れた直後にも関わらず、視線で更なる欲求を私に訴えかける。
そうだ……メリーの記憶ばかりを、こうして上書きしているわけにはいかない。今度は私が、記憶を再現する番だ。

「……っ、ッッ」

私はベルトを緩めてズボンを降ろし、下着も脱いで……メリーが持ってきたそれを身に着けようと試みる。
革で出来た下着のようなそれに脚を通すと、その内側にある突起物が、内腿に触れる。不自然に曲がって下着を貫き外側まで繋がっている、男性器のようなそれは……完全にこれを履こうとすれば必然的に、私の中に深く沈められることになる。
女同士が、男女の物理的な交わりを疑似体験する為の小道具。私にそれを使わせた相手の顔と声が脳裏に蘇り、吐き気を催しそうになるが……今回は違う、ということを強く意識し、どうにか堪える。

「……ん、っっ……!」

私は、えいっ、と心の中で掛け声を掛けながら、自分で自分の中にその異物を受け入る。恥ずかしながら、メリーを責め立てている最中からじんわりと蜜を滲ませていた私のそれは、存外あっさりとそれを呑み込んで咥え込んだ。
思ったよりも圧迫感のあるそれを少しでも馴染ませるように、2度、3度とその位置を修正して。小さな快楽の波が引くのを待ってから、私は、改めてメリーに向き直り……そして。

「……『メリー』」

彼女の名前を、呼ぶ。
いつも通りの口調ではなく……強引に求められたその役を、演じるかのように。

「っ……?」

先日、私にこの格好をさせた女は……私に対して、男になって自分を抱け、と要求してきた。
この店に足を運ぶ客達も、女同士の性行為を望んでいるという点だけは共通しているが、それ以外の性的嗜好については千差万別だ。中にはそんな風に、だったら最初から男に抱かれた方が早いのではなかろうか、という妙な注文をしてくる客も居る。何かしらの事情があるのか、あるいは単なる趣味の問題なのか……まぁ、そんなのは至極どうでもいいことだ。
ともかく私は、自分がその女にさせられたことを、思い返すだけで寒気がして背中が痒くなるような醜悪な記憶を、出来る限り忠実に再現するため……今一度、男を演じる役者になる。

「『綺麗だよ、メリー……今日の君はいつにも増して、凄く、魅力的だ』」
「……~~~っ!!」

意識的に、ほんの少しだけ声のトーンを落として、使い慣れた二人称や語尾を男言葉のそれに挿げ替える。自由を奪われた身体をそっと抱き寄せ、耳元でそう囁いた瞬間……ざわざわと、彼女の全身が震えるのが解かった。
私はふと、遠い昔、まだ私がメリー以外の人間からも宇佐見蓮子と呼ばれていた頃にアルバイトの1つとして経験した、男装喫茶のことを思い出した。給金が良いという理由で働いていたあそこは、こんな掃き溜めの風俗店とは違う、平和で温い場所だったが……どうも私は、何かとその方面に縁があるらしい。

「『ほら、もっと……その可愛らしい顔を、見せておくれよ』」

迷惑極まりない難儀な性質だ、と、言いたい所だが。私は彼女が、その言動をどう思ってくれたのかをすぐに理解する。
どうやらこれからは……こうしてやりたくもない男の役を演じることも、それで愛する人が悦んでくれるのだと思えば少しは気が紛れそうだ。

「ふ、ぅぅっ……ん、んぅっ、ッッ!!」

くい、と顎を持ち上げるようにして、蕩けきった彼女の顔と正面から向き合う。じ、とその潤んだ眼を真っ直ぐに見つめてやると、流石にこんなに乱れた姿を凝視されるのは恥ずかしいのだろう、彼女は堪らず視線を外して、小さな子供のようにイヤイヤと首を左右に振った。
しかし、もう既に、その程度のことで躊躇して立ち止まれるほどの冷静さなど保持できてはいない。私は彼女の態度に歯止めを掛けられるどころか、更に劣情を刺激されて……そのまま彼女の身体を犯し尽くすのではなく、更に別の方法で追い詰める方向に動き出す。

「『……そうか、嫌、なんだね?』」
「……ん、ぐ……っ?」

私は敢えて彼女から視線を外す。その両脚を持ち上げていた金属の棒を手放し、拘束されたままの彼女の身体を独りベッドの上に取り残す。

「『なら仕方がないな……これ以上は、止めておこう』」
「っ、ッッ……!?」
「『せっかく持ってきて貰った玩具も、勿体無いけれど……まぁ、またの機会にでも』」

そう告げて、私は彼女とベッドに背を向ける。壁を向いて、軋んだ音を立てる背の低い椅子に腰掛け、背もたれに右腕を乗せて肘から先をぐったりとぶら下げ、疲れきった様を演じるようにわざとらしく深い溜息を吐いてみせる。

「『……そうだ、これも外してあげないと』」
「ん、んんっ……!」

冷めた声でそう言いながら、私は彼女の体の自由を奪う拘束具に手を掛ける。
その鍵を外すか外さないか、というところで……不意に、つ、と彼女に視線を送る。さっきまでは羞恥心から視線を逸らしていたはずの彼女が、今は縋るようにこちらを見つめながら、出ない声の代わりに視線で私に何事かを訴えかけていた。

「『……どうしたんだい?』」
「ん、う”ぅっ……ふ、ふぐっ、ん、むぅっ……!!」

答えの解かりきったことを、訪ねる。穴だらけの球体に封じられた口からは、言葉の体を為さない、しかし必死さだけは伝わる呻き声が垂れ流されるばかりだ。

「ふ、ふふっ……ッ」

思わず……男としての演技を忘れて、素の笑い声が漏れる。
私は、細い手足を縛りつけるその鎖から彼女を解き放つ代わりに……彼女の頭の後ろに手を回し、どろどろに滑った球体を彼女の口から取り外して床に放る。ところどころ擦り切れた絨毯に、唾液の染みで暗い色の軌跡が描かれた。

「ぷ、ぁっ……えほっ……」
「『ほら……これで、喋れるだろう』」

単純な息苦しさからか、あるいは精神的な要因からか。泣きそうな、というよりも既に涙を流して泣いているような顔で、彼女は乱れた髪の隙間から私の顔を見上げる。
頬を伝う涙と垂れ落ちる唾液の雫、それに、顔を中心に全体的に赤みを帯びている柔肌。それを眼にした瞬間、サディスティックな快感に背筋がざわざわと震えた。

「……蓮子の、意地悪……」
「意地悪で結構」

苦しげに吐き捨てられたその言葉にだけは、演技ではなく本音で返事をする。メリーのこんな愛らしい姿を見られるのだから、それくらいの批判を甘んじて受け入れるくらいの代償は安いものだ。
こほん、と1度咳払いをして、再び役の中へ身を投じる。

「『さぁ、言ってごらん……本当は、どこを、何で、どうして欲しいのかを』」

私は、まだ唾液と愛液の混ぜ物で濡れたままの彼女の下腹部に手を伸ばし、そのほんの入口のごく浅い部分を指でくすぐりながら、その口から淫らな台詞を引き出そうとする。さすがにもう、私が何をさせたがっているのかくらいは察しがついているのだろう、メリーは恨めしげに私の眼を見つめながら、しばし無言で荒い呼吸を繰り返す。

「……そ、の……」

そして……その細い喉が、舌が、唇が、私が望む言葉を紡ぎ始める。

「れ、蓮子の、その、お、お……大きい、ので……」
「『……どこで、何を、どうして欲しいのか……もっと、はっきりと、ね?』」
「……ぁ、うっ……」

曖昧に言葉を濁そうとする彼女の声を遮って、私は句読点ごとにわざとらしく言葉を区切り、強調するようにそう繰り返す。
そうだ、私が聞きたいのは、そんなオブラートに包んで誤魔化されたような台詞ではない。もっと素直で、あからさまで、直接的な欲求の具現。そういった、包み隠すことなく曝け出された、浅ましい本能。それを、この愛らしい少女の唇から、引き摺り出したいのだ。
……我ながら、考えれば考えるほどサディスト染みた思考だと思う。これもまた、愛する人の前で本能を曝け出した結果なのだとすれば、私は根の部分でそういう人間だということになってしまうだろう。まぁ、それが彼女を愛するが故の評価なら、もちろん受け入れる覚悟くらいはあるが。

「わ、私の……私の、中、を……」

彼女はしばし逡巡するように視線をあちこちに泳がせていたが……やがて腹を括ったのか、あるいは諦めただけなのか、若干の震えを帯びた声で、再びゆっくりとその台詞を語り始める。

「蓮子の、大きい、お、おち……おちん、ちんで……」

その、どこか子供染みた言い回しでありながら、それが逆に卑猥さを盛り上げる言葉が、彼女の口から紡がれる。メリーの熱い視線が注がれているこれがもしも本物の男性器だったら、それだけでビクリと1つ大きく律動していたかも知れない。嗚呼、もしもそんなものが本当に私の身体から生えていたなら、さぞかし彼女を悦ばしてやれることだろうが……まぁ、そんな妄想は後回しだ。

「……ぐちゃぐちゃに、か、掻き回して……くだ、さい……」

最後は消え入るように、それでも私には確実に伝わるだけの声で、彼女は私を求める言葉を口にした。
真っ赤な顔が、逃げるように下を向く。その声が、所作が、言動の全てが愛おしくて堪らなくなり……私は思わず、彼女の柔らかな髪に手を伸ばした。

「『……よく言えたね、偉いよ、メリー』」

指で髪を梳きながら、慈しむように頭を撫でる。彼女が、くすぐったそうに小さな鳴き声を上げる。
そして……そんな、平穏で健全な愛情表現も束の間。

「ねぇ……い、言った、からぁ……」
「『解かってるよ……ご褒美が、欲しいんだろう?』」

私は、我ながら切羽詰った様子がありありと感じられる声色で、必死に余裕の態度を取り繕うような台詞を吐く。本当はこのまま、彼女だけが知る宇佐美蓮子の姿に戻って、彼女を思う様に貪ってしまいたい衝動に駆られているのだが……まだ、儀式は途中だ。今は、我慢しなければ。

「『ほら……すぐに、望み通りにしてあげるから……!』」

私は未だ彼女を縛り付けたままの拘束具で再び彼女の脚を持ち上げ、どろどろになったその秘所を曝す。彼女に覆い被さるようにして身体を重ね……股の間から生えたそれを、ひくん、ひくんと震えながら私を待ち侘びるそこへ宛がう。背中に回された彼女の手が、上着越しに浅く背中を引っ掻いた。

「ひ、ぁっ……」

歓喜の声とも驚きの声とも判然としない、短く小さな悲鳴を上げ、彼女はたったそれだけの接触で昂ぶりきったその身体を大きく震わせる。盛った犬のようにだらしなく舌を伸ばしながら荒い呼吸を繰り返す彼女を焦らしながら、しばしその痴態を間近で鑑賞して……そして。

「『……いくよ、メリーっ……ッッッ!!』」
「あ”、ッッ……っ、――――――ッ!!?」

私の激しい劣情を反映しているかのように、逞しく猛ったモノを模したそれを……深く、深く、最奥まで捻じ込むようにしてメリーの中に沈めた。
彼女は、まるで引き裂こうとしているかのようにがむしゃらに私の上着を掻き掴んで……襲い来る快楽の第一波に耐える。硬質な嫌な音を立てながら、必死で歯を食い縛る彼女の細い身体を抱き寄せると、結合は更に深くなり、襲う震えも大きくなった。
しばし間を置いて、2度、3度ゆっくりと腰を打ち付けるように動かすと、彼女の中を硬く反り返った怒張の模型が抉って水音を立てる。同時に、私の中に埋め込まれた部分もまた、私の腹を内側から刺激して快楽の波を送り込んできた。

「……は、ぁ……『どうだい、メリー、っ……?』」
「あ、ひ、っっ……す、すご、っ……蓮子、蓮子ので、私の、な、中あ、あぁぁっ……!」

待ちに待ったその快感にすっかり意識まで犯されて、彼女は私の顔を見るでもなくぼんやりとどこかへ視線を彷徨わせながら、うわ言のようにそう呟いた。

「っ、ふふ……『凄いよメリー、こんなに、っ、深く咥え込んで……シーツまで、どろどろに汚れてる……!!』」

その劇的な反応にまたも浅ましい欲望を刺激され、私は無機質な玩具で、更に激しく濡れそぼった蜜壷をかき回す。じゅぐ、じゅぐと濃い水の気配を感じさせる音が、まるで頭の中から聞こえてくるような……そんな錯覚に陥るくらいに、私は彼女の痴態に、彼女との交わりだけに意識の大部分を支配されていた。

「ひ、ぃっ……ぁ、れ、蓮子の、入ってる……私の中、全部、触られてる、ぅ、ぁああっ……!」

両脚で私の腰にしがみ付こうとして、しかし拘束具の所為でそれも叶わず、彼女は喘ぎ混じりの上擦った声で己が身の内で太い張子の暴れる様を言葉にする。結合が解けてしまう直前まで引き抜かれ、かと思った次の瞬間にはまた最奥までを一気に嬲られる、その悦楽の繰り返しが、彼女の理性をぐずぐずに融けさせてゆく。

「『引き抜く度に、捲れ、上がって……そんなに、離れたくない、のかい……っ?』」

もはや、私の演技も意味を為しているのかどうか解からないような有様だが……それでも儀式の一環として、私は敢えて男を演じ続ける。
彼女を腰から折り畳んだ上に覆いかぶさり、はしたなく開かれ涎を垂らすその入口に、真上から叩きつけるようなつもりで股間のモノを突き立て続ける。
身体の底から湧き上がる、焼けるような熱を帯びた衝動……私が今まで経験したことのなかった類のそれは、きっと紛れも無く、猛り狂う雄のそれであった。

「ん、ひゃっっ……おっ、んああぁっ!は、あぁっ……きゃ、ふぅっ!?」

私が、もはや触れ合う部分全てが快楽を喚起するスイッチになってしまったかのような蜜壷を、リズミカルに蹂躙するのに合わせて……彼女もまた、腰を振って快楽を引き出そうとする。その、ガクガクと壊れたように震える不規則な動きが、結合部を通じて私にも波となって届き、だんだんとこちらも余裕が無くなってくる。
彼女の膣内を滅茶苦茶に引っ掻き回しながら、繋がった部分で自分の内側を刺激される。玩具で犯しながら、玩具に犯されている。
気持ち良い、と、徐々にその感覚に意識が犯され始めたのを自覚してからは……早かった。

「蓮子の、お、おちんちんっ……ひぁッ、お、お腹の中、擦って、引っ掻いて、る、ぅ、あ、あぁぁっ!!」

淫らな言葉を吐くのを躊躇う余裕すら無くして、身も心も、私の分身と化した玩具に犯されて。彼女の細い喉から湧き上がる愉悦の悲鳴が、毒のように脳髄に染み込んでいく。

「は、あぁっ……『ど、どうだいメリー、気持ち良いかい?お腹の中が、どう、なってるって……!?』」
「ひや、ぁぁっ……わ、わかんな、ぃ、ひぃっ……わかんないよぉ、ぁ、ふわぁっっ!!」

急激に口の中が乾いていくような興奮と、存在しないはずの射精の気配すら錯覚してしまう、倒錯的な快楽の中。
私は、急激に腰から背中を掛け上げるような痺れを覚えて……そして。



「メリ、ィっ……ぁッ……―――――――――ッッ!!」
「蓮、子、ひ、ゃあ、あっ、ッッッ……―――――――――!!」



男を演じる余裕すら無くなった私と、蜜壷に叩き込まれる快楽のことしか考えられなくなった彼女の、声にならない悲鳴が交差して。
私達は、縋るように、あるいは逃がすまいと捕らえるように……はたまた、そのまま触れた部分から溶けて混ざって1つになってしまおうとするかのように。強く、きつく身を寄せ合いながら……想像を遥かに凌駕する、激しい絶頂を超えた。
腹の底で、筋肉が急激に収縮する。膣全体が、強く握り締めるようにして、挿し込まれた異物を締め上げ、その圧迫がもたらす刺激がまた、余波のような軽い絶頂を幾つも生み出して私達の心身を苛んだ。
引き攣り、限界まで緊張した身体は……やがて、空中からそれを吊っていた糸が途切れたかのようにがくりと支えを失い、安物のスプリングの上で微かにバウンドしながら折り重なる。

「は、ぁ……ぁ……」
「……れ、ん……っ、ッ……」

グズグズに融けかけ混濁した意識の中、色とりどりの混沌とした光が明滅するような錯覚を覚えながら。
私達は、痺れる指と舌を浅く絡めながら……暗い、無意識の沼の底へと沈んでいった。





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ややあって。徐々に再起動した意識が、甘く暖かい泥に満たされた沼の中から、どうにか這い出す。

「……は、ぁ……」

私は、シーツに焼け焦げた跡を作ってしまわぬよう気を遣いながら、ベッドに腰掛けて紫煙をくゆらせる。最初は不味い煙の塊としか思えなかった煙草も、この街に来てからどれくらい経った頃からだろうか、こうして当たり前のように嗜むようになってしまった。
全く以って、この身も心も、酷く毒されてしまったものだ思う。自分でやっておいて何だが、メリーには間違ってもこんな中毒性の劇薬には手を出して欲しくないものだ。

「……ねぇ、蓮子、聞いてもいい?」

と。咥え煙草で、堅苦しいスーツと革の下着の締め付けから解放された身体を解そうと、大きく伸びをしたそのとき……メリーが不意に、
なんでもない調子で問い掛ける。

「んー……?」

はて、と心の中で小さく首を傾げながら。私もまた、非日常から日常への狭間に漂う、心地良くも悪くもある気だるさ中で、同じようになんでもない調子で生返事を返し……。



「蓮子は……何があっても、私の言うことを、信用してくれる?」



直後に投げ掛けられたその問いに、ほんの一瞬だけ思考を停止させた。
今……彼女は、何と言った?

「……何て?」

男の仮面を脱ぎ去った顔に、自分でもそれと解かるくらい怪訝な表情を浮かべながら、私は突然不可解なことを口走り始めた親友を、恋人を、ごく短い戸惑いの台詞と共に見下ろす。
信じる、とは。彼女は何か、私に信じて貰えそうもないことを、言おうとしているのか。



「……逃げましょう、蓮子」
「……っ……は?」



まだ思考速度の回復しきっていない頭で、つらつらと考えを巡らせているうちに続いたのは……やはり今の私の頭では理解の追いつかない、不可解な言葉だった。

「こんな場所より、もっと、もっと遠くへ……」

逃げる。
逃げる、とは?

「ち、ちょっと……待って」

更に私に何らかの決意を伝えようとする彼女の言葉を、私は慌てて制止する。

「逃げる、って……」
「………」

愛する者以外、それまで持っていた全てを置き去りにして。あらゆるものから逃げて、逃げて、この掃き溜めのような街に流れ着いた。
そんな、八方塞がりの行き止まりで超えられない壁にもたれ、縋るように身を寄せ合うだけの私達が……この期に及んで一体、何からどこへ逃げると、逃げられると、彼女は言うのだろうのか。

「……メリー、貴女、一体……?」
「だから……言葉通り、逃げるのよ」

そんな、私の当然の疑問に、答えるように。

「こことは、違う……他の誰の手も届かない、世界へ」
「……え、っ……」

彼女は、強い意志の感じられる視線を私にぶつけながら、告げる。



「……あの、世界へ」
「……ッ、ッッ!!?」

その言葉で……察しの悪い私はようやく、彼女の言わんとすることを、理解した。



あの世界。
私の知らない……メリーが夢の中だけでその存在を知っている、私達の住む世界とは何もかもが違う、神秘の世界。
メリーは詳しいことは何も言わなかったが、私には、彼女のその抽象的な言葉が一体何を示しているのかが解かった。



しばし、視覚的には五月蝿いくらいに賑やかな部屋に、呼吸することも忘れてしまうような重く長い沈黙が立ち込めて。

「……っ……」

停止した思考から回復し、ようやく口を動かすことを思い出した私が、思わず呟いたのは。

「……行ける、のね?」
「!!」

自分でも驚くくらいあっさりとした、言葉の足りない肯定の返事だった。
微かに不安の色を写していたメリーの瞳に、ぱっ、と光が差したのが、見えた気がした。



「……っ……!」

メリーは私の眼を見て、無言で力強く首肯する。
私にもまた、それに応える為の言葉など、要らなかった。










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逃げよう。
彼女と私、それ以外のこの世界の全てに倦み、腐って頽廃したこの日々から。
愛する人と2人きり、手に手を取り合って……真の意味で新たな一歩を踏み出せる、楽園へと。
迷う必要など、どこにも、ありはしないのだから。



果たしてそれが本当に可能なのかどうか。
そんな疑問は、そのときの私にとって……取るに足らない、至極瑣末な問題だった。










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気が付くと、そこには










  
気が付いたら半年経ちそうになってました。
失踪しないように頑張ります。頑張ります。

5/3追記:誤字修正しました、ご指摘有難うございました。
かづき
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
おお。
続きが読めるとは!
是非無理のないように書いていただきたいです。

誤字報告をば。

ほんの一瞬だけ嗜好を停止させた。→『思考』かと。
2.名前が無い程度の能力削除
この秘封好きだ!
いつまででも待ちますから、作者さんのペースを大事にして下さい。
3.名無し魂削除
ほんのちょっとずつしか進んでない分余計に期待してしまう。
違う世界でも変わらない連メリの愛を感じる。
4.名前が無い程度の能力削除
蓮メリちゅっちゅ
良いですね!
5.名前が無い程度の能力削除
凄い!
良い良い。