真・東方夜伽話

この体が腐り落ちてもあなたのことを愛してる

2011/03/28 17:07:02
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この体が腐り落ちてもあなたのことを愛してる

kiki

※果てしなくメリー×蓮子です
※若干のヤンデレ要素を含むかもしれません















停滞は堕落だと、誰が決めつけたのか。
価値観の刷り込み、現実と言う固定概念。

死ねば、不幸になれば、それが現実。
生きれば、奇跡が起きれば、それが幻想。

「私たち、このままじゃ駄目になる」
「今のままで居たって、お互いに幸せになれないわ」

今が最も幸せだと知っていても、人は歩き続ける。
幸せになるために前に進むんじゃないの?
貴方の望む未来って何?
就職して、結婚して、子供を産んで、例え幸せじゃなくてもそれを続けるのが正しいことなの?
正しいから、幸せを捨てるの?

「だから……私たちは、卒業しなくちゃいけないんだよ。
 前に、進むために」

届かない。
何も彼女には届かない。
私と彼女の間には、どうしようもない心の距離がある。
私が信じていた永遠をあざ笑うかのように、いとも簡単に私たちを引き裂いてしまった。
月並みな言葉で言うのなら、『彼女は大人になった』。
果たしてそれを進歩と呼んでいいのか、私にはわからない。
だが、世間一般の価値観を借りて判断するのなら、それこそが大人になるということなのだろう。
現実を知る、自分の程度を知る、限界を知る。
ハイリスクでベストな幸せを掴むことより、ローリスクでベターな幸せを求める。

「きっと、それが私たちのためになるはずだから」

私たちは女同士だ。
この先、数多の困難が待ち受けている事だろう。
異性との交遊に比べれば、ハイリスクであることに間違いはない。
それでも、それでも私は――

「ちょっと、時間を貰えないかしら。
 色々……考えたい事もあるから」
「……うん、わかった」

私を見つめるその視線は、何かを諦めたかのような力の無い物だった。
付き合い始めた頃と比べれば、差は歴然だ。
実感する。痛感する。
比較は私に容赦なく現実を叩き付ける。
ああ、私たちの恋は……終わったんだ。





……………





絡めた指にすら甘い快楽を感じてしまうほど、私の体は蕩けていた。
体は汗ばみ、火照り、鬼灯のように赤く染まっている。
今の状態こそが正常であると錯覚してしまうほど、長い時間私の体は火照ったままだ。
とっくに正気なんて無くしてる。
今の私は、ただ彼女と愛を確かめ合う行為を繰り返す装置に過ぎない。
できるなら、このまま朽ち果てるまで体を重ねていたい。
そう望んでしまうほど、今の私は幸せで満たされていた。

幾度唇を重ねただろう、幾度舌を絡めただろう。
数えることすら億劫になるほど交わした接吻を、それでも私たちは繰り返す。
舌を躍らせ唾液を絡め、時折短い喘ぎ声を漏らしながら、息が続かなくなるまで唇を重ね続ける。
その喘ぎ声は全て、声にならない愛の言葉だ。
声にならないとわかっていても、感極まって思考回路からオーバーフローする言葉を止めることは出来ない。
好き、大好き、愛してる、あいしてる。

「蓮子、好き、すきっ……」
「メリーっ……ん、ふむぅっ……んちゅ…」

汗がローション代わりになって、密着した体をぬるりと滑らせる。
乳房と乳房がこすれ合い、ぴくりと私は体を震わせた。
部屋に響く音は、私たちの荒い息遣いと湿った音だけ。
私の五感は全て蓮子に支配されて、蓮子の五感も全て支配して。
欲望の全てを満たす背徳のサバト。
二人で、永遠を手にする儀式の贄になろう。
そして私たちは一つになる。
蓮子の何もかもは、その細胞の一つ一つさえ私の物。
舌から滴り落ちる唾液も、流れ落ちる汗も、肌に張り付く髪さえも、全ては私の物。
私の何もかも、余すことなく蓮子の物。
この身を流れる血液も、脈動を続ける心臓も、この体温すら、全ては蓮子の物。

「んあぁっ…すき、あいしてるっ……」
「私も、ずっと……永遠に、メリーのことっ……」

そう。
私たちの誓いは果たされた。
あとは結果を甘受するだけ。
甘い未来を、ふしだらな明日を、この世界で永遠に。
永遠に。
この体が、腐り落ちても。





……………





現実は非情だ。
力無き者は、理不尽を仕方ないと諦める。
力を持つ者は、個人的な感情で理不尽を押し付けることができる。
誰もがそれを、仕方のないことだと諦める。
誰もがそれを、当たり前のことだと受け入れる。
間違っている、と彼を咎める者は居ない。
だって、彼には力があったから。

理不尽は時を選ばず、人を選ばず、不平等に降り注ぐ。
時には権力となり、暴力となり、法となり、そして時には常識となって。

それでも私は諦めない、諦めたくない。
感情は、そんなに簡単に揺らぐ物ではないはずだから。
私は確かに、あの時永遠を確信したのだ。
初めて手を繋いだ時のこと。
恋人になったあの瞬間のこと。
ファーストキスを交わした日のこと。
二人で愛し合った夜のこと。
お互いに初めてを捧げあった儀式のこと。
その積み重ねの中で、私は確かに永遠に続くであろう感情を見つけた。
そして二人で誓ったはずだ、この指輪に。
そう高い指輪じゃない、永遠を誓うには陳腐かもしれない。
でも、値段が誓いの強さを決めるわけではない。
あの日、私たちが左手の薬指に誓った永遠は、何よりも強固だったはずなのだから。

「諦めない、私は絶対に諦めない……!」

両手を硬く握り、自分に言い聞かせるようにして呟く。
蓮子はきっと私を嫌いになったわけじゃない、世界に充満するモラルと言う毒に冒されてしまっただけだ。
ふとしたきっかけで、また思い出してくれるはず。
別れの言葉も、無かったことにできるはず。
永遠を誓ったのは、決して私だけではないのだから。
きっとこれは、神様が私たちに与えた試練なのだ。
試練を乗り越えれば、今以上に強く結ばれた私たちになれる。
永遠の誓いを交わした私たちは、例え神であろうと引き裂くことは出来ない。

だから――私は諦めない。
何があっても、どんな理不尽が私たちを襲おうとも。





……………





他人が今の私たちを見たら、きっと時間の無駄使いだと笑い飛ばすだろう。
経験値が溜まるわけでもなく、ステータスが上がるわけでもない。
ただ、肩を寄せ合い触れ合うだけの時間。
かれこれ三時間はこうして過ごしている。
互いに無言で、何も望まず、何も欲さず。
私たちを繋ぐ接点は、触れ合った肩だけだ。
あるいは、その唯一の接点すら私たちには必要ないのかもしれない。

この無意味に思える静かな時間。
それは、魂の結合を確認する儀式のような物だった。

抱き合い口づけ、じゃれあうのも良い。
時には情熱的に愛し合うのも良いだろう。
私たちの器に幸せを満たす、という一点において違いは無い。
ニアリーイコールで繋いでしまってもいい。
行為の内容は違っていても、全ての目的は同じなのだ。
私たちが幸せか否か、判断基準はそこにある。

――ちょうど四時間ほど経過した頃、蓮子がふと思い出したように言葉を紡いだ。

「大学通ってた頃はさ、こうやってまったりする時間も滅多に無かったよね」

昔のことを懐かしむように、どこか遠くの場所を見ながら。
表情に若干の陰りが見られるのは、たぶん、気のせいだ。

「何かと忙しかったものね」
「休日だってほとんど秘封倶楽部の活動に費やしてたから、そりゃ忙しいはずだよ」

ここに来てから、秘封倶楽部としての活動は全く行っていない。
飽きたわけではないのだが、今ではそれよりも優先するべきことが出来てしまった。
いつかこの時間に退屈するようなことがあれば、秘封倶楽部としての活動を再開する日が来るかもしれない。
でも今の所、この心地よさに飽きる日が来るとも思えないし、万が一来たとしても、途方もなく遠い未来のことになるだろう。

「実は、今でも半信半疑だったりするんだ」
「何が?」
「全部。
 この世界の、全部が」
「ふふ、蓮子ってば結構そういう所あるわよね」
「む、どういう所があるって言うのよ?」
「心配やさんな所があるって言ってるの。
 蓮子は頭が良いから、色々考えちゃうんだろうけど、そんなに未来を悲観しなくたっていいのよ。
 大丈夫、私たちの未来には幸せ以外は何にも無いんだから」
「逆に聞くけど、どうしてメリーはそんなに未来を楽観できるの?」
「だって、面倒じゃない。いちいち不安になったり、怖がってみたり、ただ疲れるだけだもの。
 それよりも、盲目に幸せな未来を信じた方が、ずぅっと楽だと思わない?」

私はずっと前から、このスタンスを崩したことは無い。
蓮子と恋人になる前だってそうだった。
まだ蓮子に恋をしていない時だって、愛すべき親友との時間が終わる時が来るなんて、考えもしなかった。
卒業してもなんだかんだで一緒に行動して、秘封倶楽部も続けてさ。
どんな道を私たちが選んだとしても、共に歩むという事実は歪まない。

「準備しておいた方が、辛い出来事が起きた時のダメージも少ないと思うんだけど」
「準備に費やす体力の方が大きいんじゃ、本末転倒じゃない。
 不幸なんていつ来るかわからないわ、ひょっとすると死ぬまで来ないかもしれない。
 そんな不確定な未来に怯えて日々を過ごすより、頭を空っぽにして能天気に今を楽しんだ方が幸せなはずよ」
「まあ、そりゃそうだけどさ……」
「万が一、この世界が嘘だったとしても。
 私が蓮子の傍に居るのは、紛れもない事実よ。
 それだけで十分じゃない」
「実は、私の脳みそが勝手に生み出した幻覚かもしれない」

そんな馬鹿なことがあってたまるものか。
私は蓮子の耳元に唇を寄せて、甘えるような声で囁く。

「愛してるわ」
「ひゃんっ!?
 ちょ、ちょっといきなり何をっ!」
「幻覚なら、声は聞こえないはずよ?」
「そ、それは……幻聴、そう、幻聴なのよっ」

顔を真っ赤にして、しどろもどろになりながら蓮子はそう反論した。
思わずにやける顔を隠しもせず、私は蓮子の暴論を潰すために、次の手段に出る。
そっと頬に手を当てて、顔を近づける。
蓮子も心なしか顔を上げ、唇を私の方へ向ける。
一見して、その鋭いまなざしは睨んでいるようにも見えるが、私にはそうは思えない。
その潤んだ瞳は、私にキスをねだっているようにしか見えないのだ。

「っ……ふ…んむ……」

柔らかい唇の感触は、間違いなく真実。
この世界が嘘で、例えばヴァーチャルリアリティだったとしても、この感触だけは嘘なんかじゃない。
ここがどこだろうと、私の隣には蓮子が居て、蓮子の隣には私が居る。

「これも、幻なの?」
「……う、うぅ」
「もういいじゃない。
 頭を空っぽにして楽しみましょうよ、この世界を」
「わ、私は、その……」

蓮子にそれが出来ないことを、私は知っている。
今より状況が良くなることはあっても、それが完治することはない。
どんなに頭を空っぽにしようとしても、隅には腫瘍が脈を打ちながらこびり付いている。

「……蓮子」
「私は、私はっ……」
「ごめんね、蓮子」
「メリーは、謝らないで」
「……うん、ごめんね」
「メリー……」

嫌なことは忘れてしまおう。
全て。
あれは嘘だったのだ。
忘れる方法はいくらでもある。
体を重ねよう。愛し合おう。
痛みは、快楽で消してしまえるはずだから。





それは、罪悪感という腫瘍。
私の中にも、全く無いというわけではない。
だけど、蓮子と違って、私に後悔なんて無いから。
時間はいくらでもある、それこそ永遠に。
少しずつ、治療していけばいい。
大丈夫。
私は、いつまでも蓮子の傍に居るから。





……………





蓮子が傍に居なくなった途端、私の日常は空虚な物に変わった。
何もせずぼーっとしている時間が増えたし、勉強にも身が入らない。
教授にも怒られっぱなし、でもどうして怒られたのかも覚えていない。
無意味な記号、数式のωやεと何も変わりやしない。
何と戦えばいいのか、私にはまだわからない。
蓮子を説得しようにも、直接何かを言いに行く勇気もないし、言葉も思い浮かんでこない。
”私は普通になりたい”と言われて、私は何と言い返せばいいのだろう。
”それでも愛してる”なんて言ったって、何の解決にもなっていない。
いっそ犯してしまおうか、なんて馬鹿げた発想をしてしまうほどに、私は追い詰められていた。
気分転換に公園にでも行こうと思い立ち、コートを羽織って外へ。
疎らに配置された街灯が寂しげに道を照らす。
羽虫が街灯に群がるのをじっと見つめながら、私は公園へ向かって歩き続けた。

「……あ」
「メリー……」

何てことだ。
気分転換のつもりだったのに、途中で蓮子と出会うなんて。
想像すらしていなかった展開に、私の思考は停止する。
一方で蓮子は、そこまで驚いた様子も無く、

「こんばんは」

と、極めて他人行儀で冷たい言葉を発した。
教授の怒号に似ている。
私には、その蓮子の言葉が、特に意味のない無味無臭な記号と同じように感じられたのだ。
それが、ただただ虚しかった。
つい先日までは恋人として甘い時間を過ごしてきた相手なのに、どうしてここまで他人になりきれるのだろう、と。





「どうぞ」
「……ありがとう」

普段はあまり飲まないブラックコーヒーを、蓮子から受け取る。
かじかんだ手に、コーヒーの暖かさがじんわりと広がっていく。
うらはらに、心にはただただ冷たい雪が降り積もる。
同じベンチに座っているにも関わらず、私たちの間には微妙な距離が空いていた。
いつもなら、肩をひっつけて二人で座っていたのに。
コーヒーだって、蓮子のと交換して半分ずつ飲んだり。
ふざけて口移ししたこともあったっけな、ははは。
は、はは。

「……」
「……」

一体、何を話せばいいのかさっぱりわからない。
あれだけ愛し合った蓮子が、まるで初対面の他人のように感じられた。
あれほど諦めないと決意したのに、誓ったはずなのに。
何も、出来ない。
言葉の一つも、浮かんでこない。

「……答えは、出た?」
「出ると思う?」
「出してくれないと、困るんだけど」

恋愛なんて普通、一方的に別れを告げられて終わりだ。
どちらかが愛想を尽かしてしまえば、それまで。
だけど、蓮子は私の答えを待ってくれた。
そこが蓮子の優しい所でもあり、残酷な所でもある。

「嫌だ、って言えば……蓮子は聞き入れてくれるの?」
「……無理ね、もう決めたことだから」
「私は、蓮子のことを愛してるわ」
「知ってる」
「蓮子は、私のことを……」
「愛してたわ」

だけど、今は愛していない。
蓮子のその言葉は、遠回しにそう言っているようにしか聞こえなかった。

「ずっと……ずっと一緒に居ようって言ってくれたじゃない……」
「……ごめん」
「なんで、謝るのよ……」
「……」

申し訳ないと思うのなら、最初から別れなんて切り出さなければいいのに。
全部、無かったことにしてしまえばいいのに。
今ならまだ忘れられる、一時の気の迷いだったんだって笑い話に出来る。

「それでも……私は、別れなきゃダメだって思ったの」
「何で? どうして?」
「未来が、見えないの。
 私とメリーが今のまま好きあって、愛し合う未来が、私には想像出来ないのよ」
「未来なんて想像しなくたって!」
「そんなの無理に決まってるじゃないっ!
 大学を卒業したらどうするのよ? 両親にはどう説明するの? 友達には何て言えばいいの?」
「私には蓮子さえ居てくれればそれで十分なのっ!
 蓮子は……違うの? 私が居るだけじゃ、足りないの?」
「……っ」

確かに、いつかは友達や両親に説明しなければならない日が来るかもしれない。
誰しもが受け入れてくれるとは思わない、むしろ受け入れてくれない人が大多数だろう。
二度と友達は顔を合わせてくれなくなるかもしれない、二度と家に帰れなくなるかもしれない。
それでも、それでも私は、蓮子と一緒に生きていこうと誓った。
他の全てを無くしても、蓮子さえ居てくれればそれだけで幸せだから。
きっと、蓮子も同じように考えていると思っていた。
ずっと、信じていたのに。
全部思い込みだったって言うの?
今日まで重ねてきた日々も、思い出も、全部私の勘違いで――何もかもが、私の見た、幻だったって。

「無理なのよ、二人だけで生きていくなんて。
 友達や両親に支えられて、私たちはここに生きてるんだから。
 私は……みんなを安心させなきゃいけない。
 就職して、結婚して、子供を産んでさ。
 そうやって、お互いに応えあって、私たちは生きてるんだよ」
「他人なんてどうでもいいじゃないっ!
 それで、蓮子は幸せなの? 他人に気を使って、望まない人生を送って、それで幸せになれるのっ!?」
「それなりに、幸せだろうね」
「私と一緒に過ごした時間よりも、そんなくだらない人生の方が幸せだって、言い切れるの?」
「……うん」

心臓が握りつぶされるようだった。
心の痛みが、この身さえも焦がしてしまう。
体中をかきむしって、のた打ち回りたい気分だ。
わかってる。
全部嘘だって、わかってるのに。
その言葉が本気なら、蓮子はそんな辛そうな顔をしない、はず、だから。
でも、その言葉だけで、記号の羅列程度の意味しか持たないその言葉だけで、私はこんなにも傷ついている。
嘘だって理解しても、痛い。

「いつか、メリーにもわかる日が来るわ」
「は、はは……っ。
 何よそれ、自分の方が大人だとでも言いたそうな口ぶりね」
「現実を知ったのよ」
「現実って何よ? ばっかじゃないの!?
 偉そうな口利いて、本当は逃げたいだけなんでしょう?
 一人で私を置いて、自分勝手な理屈ぶちまけて、両親だの友達だの他人の所為にしてっ!」
「……だから、何だって言うのよっ!
 いいじゃない別に、それで誰が困るって言うのよ?
 両親だって安心してくれるわ、友達とだって気兼ねなく付き合っていける。
 何も隠し事しなくたっていい!
 誰も不幸にならないんだから、これでいいじゃないっ!」
「何で、何でわかってくれないのよ……っ。
 私は、蓮子無しじゃ生きていけないのっ!
 誰も不幸にならないなんてありえない、蓮子の一番傍に居る私が誰よりも何よりも不幸になるのに、どうしてそんな事を言えるの?」
「メリーだって、きっと幸せになれるはずだからっ!」
「結婚して、子供を産んで、私が幸せになれるって?
 嘘よ、ありえないわ、私の幸せは蓮子と一緒に居ることだけなの、それ以外に何も望まないし何も必要ないっ!」

紛れもない、事実。
この先何があろうと、私が蓮子以外の誰かを愛することなんて無い。
今だけじゃない、私はずっと、蓮子と恋人になってからずっとそう思ってきた。
今以上なんて、蓮子以上の誰かなんて、この世界のどこにも――いいえ、この世界の外にだって居やしない、いるわけがない。

「きっと、頭を冷やせばわかるはずだから」
「今の私は正気じゃないとでも?」
「ええ、正気じゃないのよ、狂ってるわ」
「狂ってる……?」
「私がそうしたの、ごめんなさい」
「は……?
 待ってよ、何よそれ、何で、何で謝るの?」
「私が、メリーをそんな風にしちゃったから」
「まるで、私が蓮子を愛したのが、間違いだったみたいに……っ」
「間違いだったのよ」
「違うわ」
「違わない」
「違う、違うっ」
「何も、違わないわ。
 こんなことになるぐらいなら、最初から愛さなければよかった」
「やめて」
「最初から、恋人になんてならなければよかった」
「やめてよ……」
「早く、目を覚まさないと」
「もう、やめてよぉ……」
「全部無かったことにして、そして……」
「――っ!」

気付いた時には、もう手遅れだった。
私の手は勝手に動いていて、衝動的に手のひらを蓮子の頬に叩き付けて。
パチリと、寒空に乾いた音だけが響く。
手のひらには、ひりひりとした感触だけが残っている。
頭の中がミキサーにでもかけられたみたいにぐちゃぐちゃになった。
曖昧で、有耶無耶で、ある意味イノセンスな、だけど混沌としていて。
意味のある言葉を紡げない。
喉から絞り出されたうめき声だけが、後悔と共に生れ落ちるだけ。

「ぁ……あぁ……」

対して、蓮子は全く冷静さを欠いた様子もなく、叩かれた頬に触れながら、じっと私を見つめている。
まるで、最初からこうすることが目的だったかのように。

「……ごめんね」
「ぅあ……あ、わた、し……」
「さよなら」

きっぱりと、そう言い放つ。
今生の別れとでも言わんばかりに。
まともに機能していない脳でも、かろうじて理解できることが一つだけある。
ここで引き留めなければ、終わる。
諦めるとか諦めないとか、私の意志も関係なしに、終わってしまう。
後先のことは考えない。
この先どうしたらいいのかなんてわからない。
何を話して、どう言い訳して、如何に蓮子を説得したら元に戻れるのか想像もつかない。
でも、だけど、ここで終わることだけは許されない。

「ま、待って……」
「……」
「待って、蓮子っ!」
「……何?」

可愛さの欠片も無い、掠れきった叫び声。
必死で薄汚い私の声で、蓮子は足を止めた。
体裁なんてどうだっていい、今はただ、今日で全てを終わらせないために。

「その……あの……っ」
「用が無いなら、帰るわ」
「待って、待ってよぉっ!」

何を言えばいい?
何を聞けばいい?
どんな言葉なら、蓮子に届く?
月並みな愛の言葉を叫んでも、届くわけが無い。
希望をつなぐ? あるいは絶望を確定させる?
分からない。何も考えられない。
でも今何もしなければ、全てが終わってしまう。
比喩でも何でもない、私の全てが終わってしまうのだ。

「……あ……ゆ、指輪……」
「……」
「指輪、どうしたの……?
 薬指に、まだ……付けて……」
「……捨てたわ」
「……ぁ」
「別れた恋人のプレゼントなんて、ずっと残しておいても仕方ないでしょ?
 だから、捨てたわ」
「……あ、ぁ……」

去っていく。
全てが、消え去って行く。
ひらりひらりと空から舞い散る雪に、あらゆる記憶が埋もれていく。
目を瞑れば思い出せた、いくつもの思いでさえ、セピア色になって腐り落ちていく。
白雪。
あるいは、アルバムの残骸。
燃えつきた、写真の灰。
辛うじて形を保っていた写真も、手に取ればいとも簡単に崩れ落ちてしまう。
必死になってかき集めても、ただの灰。
撒いても花は咲かないし、集めてもパズルのように組み立てることは出来ない。
壊れたものは戻らない、それこそ魔法でもない限りは。

「ぅ……ぐ……」

ただただ嗚咽を繰り返す。

「ぐ、ううぅぅぅぅぅっ……」

すっかり冷えてしまったコーヒーに額を擦り付けて、歯を食いしばり、喉を震わせる。
嗚咽は吐気にも似ている。
何もかもを吐き出せたらいいのに。
呪詛も、記憶も、不要な感情も、ああ、内臓なんて吐き出せたらそこで死ねて楽かもしれない。
痛みがある。
苦しみがある。
それが何よりも現実を証明している。
全てが夢だったら、なんて夢物語はもう許されない。
戻らない。
時が戻る事は無い。
どこへ行こうと、何をしようと、蓮子の居ないこの世界はただの監獄でしかない。

少しは、理解しているつもり。
蓮子はきっと、自分だけのことを考えて別れを切り出したわけじゃない。
私に不幸になって欲しくなかったのだろう。
不安しかない未来に、私を付きあわせたくなかったのだろう。
愛想が尽きたなんて嘘。
指輪を捨てたのも嘘。
蓮子は今も、私の事を愛していて、好きで好きで仕方ないから、別れを切り出した。
そうだ、そうに決まってる。
蓮子は昔から頑固な所があったから、意気地になっちゃって、なかなか前言撤回できないで困っているだけ。
だから、まだ。
まだ、手遅れなんかじゃなくって。

「ううぅ……あ、ああぁぁっ……」

明日になればまた愛し合えるかもしれない。
明後日になれば、あるいは1週間ぐらいかかるかもね。
それで、元に戻って。
また、会える。
きっと、また、会える。
だから、諦めるな私。
まだ、終わってなんか、終わってなんか――





……………





「はい、これでおしまいっ」
「えー」
「えー、じゃないわよ。
 結構これ疲れるんだからね」
「あと五分ー」
「……仕方ないわね、じゃああと五分よ」
「ありがとメリー、愛してるよっ」
「もう、調子が良いんだから……」

蓮子が私に膝枕をせがんでくるのは、今に始まったことではない。
別に嫌いなわけではないのだが、一度膝枕を始めると、今みたいに蓮子が何度も延長をねだってくるのだ。
蓮子の甘えるような表情を見ると、どうしても断りきれずに、結局は私の足がしびれるまで続いてしまう。
断れない私が悪いと言われればそれまでだが、この無邪気な蓮子の表情を見て断りきれる生物がこの世に存在するのだろうか?
いや、居ない。断じて居ない。

「んー、メリーの膝枕はやっぱり気持ちいいなあ」
「私の膝枕を独占できる蓮子は幸せ者よね」
「うむ、世界一の幸せ者に違いない」

そろそろ足が痺れてきたのだけれど、蓮子がそこまで言うのなら、出来る限り続けてやろうじゃないか。
何、後でしばらく立てなくなるだけだ。
大した問題じゃない。

「私、こんな幸せを捨てようとしてたんだよね……」
「蓮子、あの時の話はもうしないって約束したじゃない」
「うん、わかってる、わかってはいるんだけど……さ。
 どうしても思い出しちゃって」
「一時の気の迷いだったのよ、気にすることは無いわ」
「メリーがそう言ってくれるなら、助かるよ」

事が終わった今でさえ、蓮子は時折あの時のことを思い出しては、私に謝罪の言葉を告げる。
それこそが、彼女の胸を蝕む腫瘍の正体、後悔と言う名の癌。
確かに、あの時の私は、蓮子に酷く傷つけられた。
今だって思い出すたびに胸が締め付けられ、涙が流れそうになる。
だからこそ、出来るだけお互いに思い出さないようにしよう、と随分前に約束したのだけれど。

「完全に忘れるのは無理だってわかってるわ。
 でもせめて……自分を責めるのだけは、止めてほしいの」
「……ん」
「私は後悔なんてしてないわ。
 過程がどうであれ、結果的に今こうして蓮子と一緒に居られるのは、あの出来事があったからこそなんだから」

確かに辛かった。
でも、その結果として、永遠と大きな幸せが得られたのだ。
痛みの対価としては申し分ない、むしろ多すぎるぐらい。

「メリーはすごいや」
「そんなことないわ」
「ううん、すごいよ。私なんかよりも、ずっと、ずっと。
 私もメリーぐらい強かったなら……きっと……」

”もう一つの幸せな結末”があるがゆえに、蓮子の迷いは消えない。
今となっては手にすることの出来ないその結末は、場合によっては今よりも幸福な結末である可能性があった。

「メリーは、本当にこれで良かったって……」

そこまで言いかけて、蓮子は言葉を切った。

「いや、ごめん、聞かなかったことにして。
 私がこんなことを聞く資格なんて無いよね」
「何度も言うけどね、私には後悔なんて無いわ。
 この選択がベストだったって思ってる」
「……本当に?」
「本当よ。
 だって私たちは、本物の永遠を手に入れたのよ。
 他の誰にも手に入れることの出来ない、私たちだけの永遠を。
 これを超える幸せが、この世に存在するのかしら?」
「無い、と思う」
「だったら、蓮子だってわかるはずよね。
 これがベストだったの、今以上に幸せな結末なんてありえなかった」
「うん……そうだよね」
「ええ、そうなのよ」

不安そうに私を見つめる蓮子の額を、私はそっと撫で上げた。
柔らかな髪が、私の指に絡みつく。
暖かな体温が、私の掌にじわりと広がる。
その幸せ。
些細なこの幸せ。
これこそが、私たちの得た永遠だ。
後悔慚愧今是昨非、ありとあらゆる負の感情はあの場所に置いてきた。

「ところで蓮子」
「ん?」
「とっくに五分は過ぎてると思うんだけれど」
「あ、あと五分……」
「はぁ……仕方ないわね」
「愛してるよ、メリー」
「ほんと、調子が良いんだから」
「えへへー」
「調子に乗らないの」
「あいたっ」
「あとで、私も膝枕してもらうからね」
「お安い御用だよ」

手にするのは幸運だけでいい。
そのために私たちは、ここに来たのだから。



私だって、そんな未来を想像しないわけじゃない。
蓮子が別れを切り出さなかったら。
あのまま私たちが、普通の恋人のまま暮らしていたら。
大学を卒業しても、就職しても、おばあちゃんになっても、一緒に暮らしていく未来があったかもしれない。
想像しないわけじゃない、でも渇望したりはしない。
いつか、死が二人を分かつ。
永遠なんてありえない。
だけど、今の私たちにはそれがある。
死も二人を分かつことは出来ない。
この体が朽ち果てようと、腐り落ちようと、私たちは愛し合っていける。





……………





「どうぞ」
「お邪魔します」

こうして蓮子の部屋に入るのは、何週間ぶりだろう。
懐かしい匂いに、胸が締め付けられる。
居間へ向かう途中、ちらっと見えた洗面所には――もう、私の歯ブラシは置いていなかった。
それもそうだ、もう来るはずのない人間の為に、用意しておく必要などない。
いちいちこんなちっぽけなことで心を痛めていては、最後まで保ちそうにない。
おそらく蓮子の部屋からは、可能な限り私の痕跡が消えているだろう。
出来るだけ部屋の違和感に気づかないように、あまりキョロキョロと周りを見渡さないことにしておく。

「コーヒー淹れるから、そこに座っておいて」
「わかったわ」

言われるがままに、よく二人でじゃれ合っていたソファーに座る。
しばらく見ないうちに、カバーが変わっていた。
ちりりと心が痛む。
以後このことに関しては、考えないことにする。



今日私がこの部屋を訪れたのは、決して蓮子に誘われたからではない。
数日前、私の方から蓮子の携帯に連絡をしたのだ。
繋がらなかったらどうしようと思ったが、幸いなことに蓮子の番号は電話帳に登録された物から変わっていなかった。
要件は一つ。
『落ち着いて話したい事がある、数日後蓮子の部屋に行きたい』
正直な話、二つ返事で断られるのではないかと思っていた。
蓮子は一刻も早く私との関係を断ちたい様子だし、別れた相手と自分の部屋で二人きりというのもなかなかに気まずい。
だが、私の予想とはうらはらに、蓮子は二つ返事で承諾した。
自ら日程まで指定して。
携帯を切った後、私は唇を噛みしめた。
血が流れるぐらい、強く。



しばらく待っていると、蓮子がキッチンから戻ってきた。
手には二つのコーヒーカップ。
以前、旅行先の雑貨屋で買ったペアカップだ。
見慣れたそのカップを見た瞬間、自分の心が安堵に包まれるのを感じた。
まだ、蓮子の中から消えてなくなったわけじゃない。
少しでも、私への想いは彼女の中に残っているのだ。

「それで、今日は何の用なの?」

蓮子は定位置だった私の隣ではなく、ちょうどソファーの真正面においてある椅子に腰を降ろし、事務的にそう尋ねた。
いきなりそう切り出されても、困る。
何を話すかなんて決めてなかったから。

「……何か用があったから来たんじゃないの?」
「う、うん。まあね」
「じゃあ、早くしてよ。
 私だって暇じゃないの」

さて、何から話そうか。

「きょ、今日は天気が良いわね」
「は?」
「ほら、太陽だってこんなに綺麗に――」
「そんなことを話すために、わざわざ連絡してきたの?」
「……」
「ふざけないでよ、いつまで恋人気分なの?」
「……いつまで?」
「私たち別れたのよ? もう恋人なんかじゃないの!」
「……そう、なの?」
「はっきりと言ったはずじゃない、もう別れるって」
「でも、そのカップ……まだ使ってるわ」
「っ……じゃあ、これで満足なの!?」

蓮子は震える手でカップを掴むと、そのまま床に叩き付ける。
気持ちの良い音と共に、カップはコーヒーをぶちまけながら砕け散った。
破片が、私の足元まで飛んでくる。
思い出が一つ、消えた。
泣きたい位悲しかった。
でも涙はとっくに枯れてしまっている、私の感情は、悲しみのずっと向こう側にある。
これも、ある種の悟りのような物なのかもしれない。
諦めはついた。
でも、蓮子を諦めるつもりは、一片も無かった。

「指輪も捨てたわ、ソファーだって変えた!
 それでも足りないって言うなら、写真だって燃やしてあげるわ、ベッドだって捨ててやるっ!
 だから……もう――んぐっ!?」

感情的に呪詛をまき散らす蓮子の口を、塞ぐ。
分かってくれないなら、教えるまでのこと。
幸せを、おすそ分けしてあげないと。

「んぐっ、ん、んんーっ!!
 んっ、んふぅっ……ふ、ぷはっ……!
 な、何を……今、何を飲ませたのよ……!?」
「幸せになれるお薬よ」
「……し、幸せ?」
「最期に、蓮子を抱きたいと思って」
「媚薬……なの?」
「だから、幸せになれるお薬って言ったじゃない」

狼狽える蓮子の体を抱きしめ、そのまま押し倒した。
本来ならベッドまで連れて行きたい所だが、そこまで連れて行く余裕はなさそうだ。
素直に蓮子が従ってくれるとも思えない。
背中が痛くなりそうだが、仕方ない。
どうせこれが最期なのだから。

「本当に、最後なのね?」
「ええ、最期よ」
「本当の本当に、これで……最後、なのね?」
「何度言えばいいのかしら。
 神に誓うわ、これが最期の一回」
「……わかった。
 じゃあ、ちょっと待ってくれる? 私にも、色々と準備があるから」
「嫌よ」
「お願い、逃げたりしないからっ」
「嫌、今ここで抱くわ」
「ま、待ってよ、ちょっと……きゃっ!?」

抱くというより、犯すと言った方が正しいのかもしれない。
私は力づくで蓮子から服をはぎ取って行く。

「嫌っ、嫌ぁっ! 止めてよ、メリー!
 わかった、わかったわ、ここで脱ぐからちょっと離してっ!」
「……逃げたりしない?」
「に、逃げないわ……ちゃんと、ここで脱ぐから……。
 だから、あっち向いてて……」
「嫌よ、見てるわ」
「恥ずかしいのよっ!」
「最期なんだもの、目に焼き付けさせてよ」
「くっ……最低ね……」
「どうとでも言えばいいわ」

蓮子は私に背中を向けて、上着を脱いでいく。
こっちを向いてくれないのは不安だけれど――いや、やっぱり駄目だ。
最期なんだから、こっちを見てくれないと。
蓮子の恥ずかしがる表情が見たい。
蓮子の何もかもを見たい。

「ねえ蓮子」
「な、何よ……」
「こっちを向いてくれる?」
「っ……どこまで、私を辱める気?」
「いつもは平気で脱いでるくせに」
「いつもとは状況が違うでしょっ!
 お願いだから、それだけは勘弁してよ……」
「嫌に決まってるじゃない。
 だって最期なんだもの、心残りがあったら死んでも死にきれないじゃない」
「……死ぬとか冗談でも止めてよね」
「じゃあ、例え話ってことにしておくわ」
「どうしても、どうしても、前を向いてほしいの?」
「ええ、どうしても」
「くっ……う、うぅ……」

蓮子の声は震え、涙でも流しているかのようだ。
顔が見えない私には判断しようがないが――あるいは、本当に泣いているのかもしれない。
それは私に犯される悲しみからか、もしくは涙を流すほどに見せたくない何かがそこにあるのか。

「こんなの……こんなのが、最後なんて……っ」
「こっちを向いて、蓮子」
「ぐ、うううぅぅぅぅっ!
 そんなに見たいなら見ればいいじゃないっ、もう勝手にしなさいよ馬鹿メリーっ!」

蓮子はやけくそになりながら、勢いよく体をこちらに向けた。
顔を歪ませ、瞳からはボロボロと涙を流している。
せっかくの可愛い顔が台無しだ。
出来れば笑っていてほしいというのは、無理な願いだろう。
これから蓮子を慰めて、笑わせる猶予なんて残っていない。
それどころか、ちゃんと蓮子を抱く時間が残っているのかも怪しい。
そもそも、なんで蓮子がこんなに泣いているのかも私にはわからないわけで――

「これって、まさか……」
「うぅ……ひっく……う、うううぅぅっ……」
「そっか……捨てて、なかったんだ」

二人で交換した、あの指輪。
今も私の薬指で輝いている、安物の指輪。
それが、蓮子の胸元にネックレスとしてぶら下がっている。

「捨てられるわけが……無いでしょ……」
「……蓮子、私たち……やり直せなかったのかな……」
「もう、無理よ……。
 今別れなくたって、どうせいつか離れる時が来るわ。
 例えずっと一緒に居られたとしても、次から次へと辛い出来事ばっかりがやってくる。
 今まで通り幸せに生きてくことなんて、出来っこないのよ……」
「蓮子と一緒なら、どんなに辛くたって耐えられたのに」
「メリーは強いからそういう風に言えるのよ。
 私は、無理。
 自分自身が傷つくのにも耐えられないし、メリーが傷つくのを見るのも嫌なの。
 傷つくぐらいなら、離れた方が良いのよ……」
「永遠を誓ったのは、嘘だったの?」
「嘘なんかじゃないっ!
 好きよ、今だって……メリーのこと、大好きなの……。
 でも、この世に永遠なんて物はないのよ。
 どんなに誓ったって、願ったって、いつか……いつか、終わりがやってくる……」
「……死んでも、終わらないわ。
 死んでも、この体が消えても、私は蓮子のことをずっと愛し続ける」
「うらやましいよ、メリーのそういう所。
 私もメリーと同じぐらい強かったら、そんな風に言えたんだろうけど……。
 ごめんね、私には無理だった。メリーみたいに、強くはなれないよ……」

もう、戻れない。
それは覚悟の上だ。
どんなに説得したって蓮子は折れないだろうし、どんなに努力したって世界は曲がらない。
摂理は摂理、常識は常識。
同性愛はインモラルに部類されてしまうし、どう足掻いても死は私たちを引き裂く。
それが、この世界の仕組み。
なら、それなら私は――

「……わかったわ、もう蓮子を説得するのは諦める」
「メリー……」
「だから、最期に……せめて、笑って最期を迎えられるように、愛し合いましょう?」
「……うん」

もはや蓮子に抵抗の意志は無い。
私は彼女の顔を引き寄せると、優しく唇を重ねた。
互いに拒絶することなく、舌を口内に受け入れる。
うねる舌と舌を絡ませ、長い長いディープキスを交わす。
最期の、キス。
蓮子の瞳からは止めどなく涙が流れ、つられるように私も涙を流す。
哀しい。悲しい。
かなしいけど……幸せで、幸せで、どうしようもなくって。

「蓮子……もうぐちょぐちょじゃない」
「久しぶりに、こんなキスしたから……」
「気持ちよかった?」
「うん、すごく。
 気持ちよくて……幸せだった」

気持ちを共有するということ。
恋人が出来ると、不幸は半分になって幸せは二倍になるなんて言うけど――あれは嘘だ。
不幸も倍になって、幸せも倍になる。
だって、触れ合うだけでこんなに悲しくて、こんなに幸せなのだから。
胸が溢れる、心が張り裂ける。
とっくに壊れた心なのに、それでもこんなに締め付けられて、痛い。

「い、いきなりそっち……なの?」
「こんなに濡れてるんだもの、準備も要らないわよね」

溢れんばかりの蜜が湧き出る秘所に、私は直接口付ける。
ぷちゅりと、粘度の高い、生ぬるい愛液の感触を唇に感じた。
最期と言われると、この感触がたまらなく愛しくなってしまう。
淫裂に舌を挿れると、さらにこぷりと愛液が溢れ出てくる。
私はその感触を楽しみながら、さらに奥へ奥へと舌を挿入する。

「は、ふ……んうぅ……っ」

私が舌を蠢かせるたび、蓮子は小さく喘ぎ声をあげる。
思えば……って、こんな所で感慨にふけるのもおかしな話だけれど、最初に体を重ねたときは、今ほど蓮子が感じることは無かった。
意識したことは無かったけれど、こういうのを開発って言うのだろうか。

「あ、んあぁっ……メリーっ、そこ、そこきもち……ぃっ」

そうこうしているうちに、舌が蓮子の弱点にたどり着く。
先端を硬くして、膣壁のその部分を擦る様にして愛撫してあげると、

「んひぃっ、ぁ、んあぁっ!」

といった具合に、蓮子は素晴らしい反応を見せてくれる。
こんな蓮子の姿を見て、興奮しないわけがない。
私の体も愛撫されたように熱くなり、秘所から愛液が垂れているのがわかる。
それこそ、あの”幸せになれるお薬”が、本当に媚薬だったんじゃないかと思えるぐらいに。

「はっ、あ、頭、ぼーっとしてっ……ん、あぁぁっ!」

舌を包む粘膜が、ぐねりとうねる。
分泌される愛液もだんだんと多くなって、息を吸い込むたびにじゅるりと淫猥な音を立てるようになった。
絶頂が近い証拠だ。

「あっ、あっ、んあぁっ」

うまく言葉にすることもできずに、蓮子はただただ快楽に翻弄される。
顔を動かし、舌をうねらせ、クリトリスに吸い付くたびに大きな喘ぎ声が上がる。

「ひぅっ、ん、あぁ、わ、わらひっ…んっ、くぅっ……ん、ひうぅぅっ!」

太ももで私の顔を強く挟み、背中をのけ反らせながら、蓮子は絶頂に達する。
ぷしりと迸った愛液は私の顔を万遍なく汚していく。

「はっ……ん、はぁ……ぁ……」
「顔がべとべとになっちゃったじゃない」
「あ……うぅ……ご、ごめん……」
「んむ……蓮子の味がするわ……」
「や、やめてよぉ……恥ずかしいんだから……」
「あれだけ恥ずかしい声を上げておいて、何をいまさら」
「そ、それとこれとは……別の、問題よ……ふぅ……」

まだ絶頂の余韻から抜け切れないのか、蓮子の表情はどこか虚ろだ。

「蓮子、キス……していい?」
「わざわざ……聞かなくたって……」
「顔中蓮子のいやらしいお汁でべとべとなんだもの、一応許可は取っておかないとね」
「う、うぅ……そういう言い方しなくたって…さ……。
 確かに、ちょっと…汚いかなとは思うけど……メリーなら、いいよ……。
 っていうか、いつもやってるくせに、なんで今更……」

蓮子は抱っこをねだる子供のように、両手を広げて私を受け入れる。
私は背中に両手を回し、愛液塗れの顔で蓮子とキスを交わした。

「ん、ちゅ……ちゅるっ……」
「ふ…ん、んぅっ……んちゅ……」
「ちゅぱっ……ん、やっぱり……変な味……」
「私は結構好きよ」
「そ、そうなんだ……」

これを味わうのも最期だと思うと、なおさら美味しいと思えてしまう。

「……もっかい、キスしようか?」
「変な味がするんじゃなかったの?」
「だって……最後、だし……」
「名残惜しんでくれるんだ」
「当たり前じゃない……」
「ねえ蓮子、もし……」
「もしもトークは……無しの方向でお願いしたいかな。
 悲しくなる、だけだし」
「……そうね。
 ごめんなさい、諦めが悪くって」
「いいよ、メリーのそういう所……私、好きだったから」

過去形。
何もかも、過去形。
でも、私はもう悲しまない。
決着はついたのだ、答えも出した。
これで、終わり。
これで、最期。

「もし……本当に永遠があったなら……」
「もしもトークは無しじゃなかったの?」
「……ごめん。
 でも、どうしても……気になっちゃってさ。
 メリーなら、ひょっとすると見えてたんじゃないかって……」
「……何を?」
「永遠を。
 結界の向こう側に、永遠があったからこそ……メリーは、そんなに強く信じられたんじゃないかって……。
 ……あれ、私……何言ってるんだろ。
 わけわかんないよね、ごめん……」
「ふ、ふふ……やっぱり蓮子はすごいわね」
「……え?」
「そうよ、その通りよ。
 私は結界の向こう側に永遠を見つけたの」

蓮子が、もっと早くこのことに気づいてくれていれば、こんなことには成らなかったのかもしれない。
永遠は、確かにそこにあったのだ。
手を伸ばせば届くところに。
手をかければ届く場所に。

「世界の仕組みを理解した貴方なら、いつか気づくんじゃないかって思ってたんだけどね。
 ちょっと……遅かったかな」
「な、何を……」
「永遠は、確かにそこにあるの。
 手を伸ばせば届く、だけど……私たちには触れることさえ許されない」
「……あ、れ?」
「大丈夫、心配することは何もないわ。
 必ず、誓いは果たされるんだから……」
「え……う、そ……」

何かに気付いたのか、蓮子は必死になって立ち上がろうとする。
だけど、生まれたての仔羊のように、うまく立ち上がることが出来ない。
自分一人の力では立ち上がれないことを悟ったのか、蓮子は壁に体を寄せて、何とか立ち上がる。

「はっ……ぁ……」

今頃、彼女の世界はカレイドスコープに支配されていることだろう。
光は視神経を通り越して、脳内で乱反射を繰り返す。
撹拌された脳細胞は秩序を失い、現実を壊していく。
さようなら現実。
こんにちは幻。
ついに壁にもたれかかっても姿勢を保つことのできなくなった蓮子の体を、私はそっと抱きしめた。

「愛してる、愛してるわ……蓮子」
「どう、して……」
「蓮子の居ない世界に、意味なんて無いわ」
「……ぁ……わ、わた、し……」
「そこには永遠が待っているはずよ。
 苦難も、不幸も、誰も追いかけてこない。
 私たちを縛るしがらみなんて何も無い。
 ただ、二人で愛し合う幸せだけを感じていれば良い」
「め…り、ぃ……」
「私も、すぐに逝くから……ちょっと待っててね」

そう言いながら、微笑む蓮子とキスを交わす。
蓮子から舌を絡めてくる様子は無い、もうそんな力さえも残っていないようだ。
それでも私はキスを続ける。
だらりと伸びた蓮子の舌に吸い付き、舌を絡め。
最後ではなく――最期のキスを、長い長いキスを、交わす。





……………





確かに、永遠はそこにあった。
停滞を堕落だと咎める者も居ない。
同性愛をインモラルだと責め立てる者も居ない。
死は私たちを縛らない。

確かに永遠を手にして、誓いを果たした。
この体が腐り落ちても、私は蓮子を愛してる。蓮子は私を愛してる。

彼は言った。
彼女たちは不幸な結末を迎えたのだと。
彼は言った。
これこそが間違った愛の結末なのだと。
彼は言った。
彼女はおそらく、狂っていたのだと。

文面から読みとれる情報だけで、事件のすべてを理解できるだろうか?
ニュースで与えられた情報だけで、被害者の感情を理解できるだろうか?
加害者は何を感じて犯行を犯したの? 自殺者は何を思って身を投げたの?
誰もわからない。
何もわからない。
得意げに語るコメンテーターも、自慢げに語る専門家も、全ては推測でしかない。
果たして彼女たちは、本当に不幸だったのだろうか。
果たして彼女は、本当に狂っていたのだろうか。
私は、私たちは、本当に――幸せじゃなかったのだろうか。





……………





――マンションの一室から腐敗臭、自殺した大学生二名の遺体が見つかる
 x日午後、京都――にあるマンションで、二週間以上前に死亡したと見られる女子大学生二名の遺体が発見された。

 住人の女性から、「隣室から腐敗臭がする」とxx署に通報があり、駆け付けた同署員が部屋の中を確認したところ、この部屋に住む女子大学生(x)と同じ大学に通う女子大学生(x)の遺体を見つけたという。遺体は死後2週間以上経っているとみられ――









 
美少女が俺に惚れるぐらいなら美少女に惚れて百合ん百合んな姿を見せてほしいと願って止まないkikiです。
こんな暗い作品をここまで読んでいただき、ありがとうございます。

最近、あんまり文章を書いてなかったのでリハビリついでに書いてみました。
女の子同士がきゃっきゃうふふすると言うコンセプトで書き始めましたが、珍しくコンセプトに沿った作品が書けたのではないかと思い、非常に満足しています。
次はマリにとパチェアリとか書きたいと思ってます。
……書ければいいなあ。

※追記
誤字修正しました、ご指摘ありがとうございます。
kiki
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
実に秘封らしい。

いいぞもっとやれ
2.名前が無い程度の能力削除
ちょい分かりにくい部分があったりしたけど、全体的にすごく好み。

何でメリーは病んでるのが似合うんだろうww
3.名前が無い程度の能力削除
死という名の解脱に至る過程が秘封らしくて、すばらしいせかいでした。
その先に何が有るのか、私たちには分かりませんが、メリーは幸せを見いだした。しかし、幻想の中でも永遠に追い掛ける存在になってしまったようで、本当に幸せはそこに有るのかと考えてしまいます。幻想と現実の構図がありありと描かれたような、そんな感想を抱きました。

何が言いたいかって、いいぞもっとやれ。


ところで、私の勘違いで無ければ、
「未来が、見えないの。
 私と蓮子が今のまま好きあって、愛し合う未来が、私には想像出来ないのよ」
のセリフは蓮子のものでしょうか。そうだとしたら×蓮子→○メリーでしょうか。
4.名前の無いままで削除
最初は監禁ストーカーものかなと思っていたのですが、なかなかどうして。
おばあちゃんになっても一緒に暮らしていく未来と、メリーの見出した結界の先の永遠と、蓮子の死後メリーの感ずる停滞した永遠
(たびたび挿入される二人の世界になぜだかネクロマンシー的なものを連想してしまい勝手にゾワゾワしているのですが)、
この三つは別個のものでしょうか。比較してどれを選択するか葛藤する余裕すらなかったのだろうとしても、
「結界の先の永遠」に対して情報がないのが少し惜しく感じられました。二人の世界に後悔の色が混ざり物語の終末に落とし込む
流れを加速している、だからこそ後悔の元のもう選べない選択肢について情報がほしい。それくらい引き込まれました。
重箱の隅ですがkikiさんが気になさるのでしたらどうぞ。 私が蓮子「を」以外の誰かを愛することなんて無い
5.名前が無い程度の能力削除
愛し合っていても、愛だけでは不安は埋まらない。
現実と向き合いたくても、愛が無ければ生きていけない。
二人のすれ違いが生んだ悲劇。堪能しました。
6.名前が無い程度の能力削除
病んでるな・・・しかしこれもまた愛か
7.性欲を持て余す程度の能力削除
それでも2人は「向こう」で幸せに暮らしているんだと思いたい…
病み秘封はいいものですねえ。