真・東方夜伽話

eraudon20

2010/08/19 13:27:28
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eraudon20

紺菜

           ~注意書き~



 本SSはeratohoを基に作成された二次創作物であり、
 作者のオリジナル要素が多分に含まれております。

 また、東方キャラに対する調教を行なう作品である為、
 表現上性描写、暴力描写、残酷描写、著しい俺設定、オリキャラ成分をもっちゃり含んでおります。

 SM行為、虐待に類する行為、強姦、輪姦(またはそれに近い行為)等が当てはまります。

 ここまでの文章で嫌な予感、悪寒、吐き気、頭痛、眩暈等の症状を感じた方は、
 即座にブラウザを閉じて充分な休息を取られることをお勧めします。

 その症状が見られない、もしくは興味を持ってしまわれた方のみ先へお進み下さい。



          ~注意書き終わり~































 早朝、目覚めると俺は永琳の部屋に向かった。

 俺が思っていた通り永琳もすでに目を覚ましており、ついでに言えば身支度も済ませて後ろ髪を結い終えた直後だった。
 まるで俺が来る事を秒単位で予測していたかのようだが、永琳相手に深く考えちゃいけない。
 考えたって惑うばかりで、終いには腹を掻っ捌いて臓物の奥に答えを隠しちゃいないか探しだすハメになるだけだ。

「始めようか」

「ええ。前日から一週間の推移ね」

 短い受け答えに、俺の来訪時間どころか思考のMRI検査結果でも持っているんじゃねぇかと――
 おっと、疑うのはなしだ。

 永琳はとびきりの美人な訳だが、会話を楽しむにはちと不向きなとこがある。
 普段が少しばかり事務的で味気ないのと、興が乗ると俺をいじめにかかるので一身上の都合って奴だわな。
 これで完璧無敵に備わってたら俺の出る幕がないんで、そういう欠点が却って人間味になってていい塩梅だ。

「あら、どうかしたの?」

 観察する俺の視線に、永琳は余裕たっぷりに構えて流し目を返してきた。
 卓には何やら紙束を用意している。

「べっつに」

 まんまとハメられちまったもんだなぁと思っただけ。
 ナニをハメてんのは俺なんだけど。
 よし、今日もそこはかとなく加齢臭を漂わせたギャグが脳内炸裂で、すこぶるよろしくない。
 こちとら二七で歳食うのは止めてんだから、そこら辺は気ぃ遣えよ俺。

 育ちの悪い俺に教育的指導って奴を出しつつ、永琳の向かい側に座った。
 こっからは仕事の一環だ。
 緩んだケツを締めてかかる。

 永琳はどこから取り出したのか眼鏡なんぞかけて、クリップで留めた紙束をめくった。
 表題がチラッと見えた。
 蓬莱山輝夜改造計画だと。
 ま、改造にゃ違いあるめぇが、それにしても永琳まさかそいつは老眼鏡じゃ「いてっ」持ってた紙束でしばかれた。

「真面目に聞きなさい」

「はい」

 フレームに指をかけ、少しばかりずらしながら碧眼で睨まれる。
 そういった仕草が一々ぞくぞくするんだが、うー仕事仕事。
 ケツだけでなく頭も緩んじまってるね、どーも。

 締まりの悪い頭に幾つか掌底をくれてやって、ようやく仕事脳になった。

「オーケー。聞くぜ」

「まずはこの一週間の食事から。和洋中伊、基本的にえり好みはなく出した物に口はつけている。食事量の減少傾向はここ最近に見られる変化で、これは後に説明するわ。まずは日々の体調管理から。結論から言うと栄養面での問題はなし。一食単位の食事量が減少しても、一日をトータルで見れば摂取量は平均よりやや少なめ程度。基本運動量が少なく体力を酷使する状況でもないから、特定の栄養素低下対策として鈴仙に用意させている漢方と幾つか補助剤で充分補えている。問題は今後の運動量だけど、今の所は保留。食事量の推移加減において加味するわ。候補としてはてゐの部屋にあるウォーキングマシンの導入だけど、単調だと本人が飽きるからそこが問題といったところかしら」

「食事量の変化とメニューの関係性は?」

「誤差率は一割から多くとも二割以内ね。和中洋伊の順に」

「手ずから食わせてる?」

「いいえ。一緒に食事をしているだけね」

「洋食とイタ飯の時はナイフとフォークだけでなく箸もつけて出して、変化量を観察。漢方と補助剤は継続。運動量に関しちゃこっちでも飽きっぽいとこは考慮しとく。お姫さまは乗馬好きだったりするのか?」

「いいえ。牛車には乗るけれど馬に乗った経験はないわね」

「あいよ。物珍しいもの見つけたら飛びつくだろうから、後はどうやって意欲を維持するかだな」

「それは六つ目の難題に値するわね」

「こちとら難題が山積みだよ。どれもこれも一つしくじれば即死級だってのに、前振りがねぇ、余裕もねぇ、選択肢もねぇときておまけに制限時間までついていやがる」

「そう」

「今のは愚痴だ」

「ええ。だから流したわ」

「どーも。食事量の減少について永琳の考察を聞かせとくれ」

「過去三週間のデータを元にしたグラフを参照すれば一目瞭然。明らかに減少が始まったのがこの期間。調教に私が助手に入った時期と一致しているわ。同時にこの時期から輝夜の反応に――」

 永琳がまとめたデータは些細なものからお仕事に直接関係している部分まで、一ヶ月未満って時間の中じゃ大した量だ。
 有象無象の細かい情報をよくもここまで集めてまとめたもんだ。
 永琳の腕がいいのか、俺が数値化に慣れ切っているのか、こうして普段とは違ったデータを提供されると新鮮味がある。
 リアルタイムな視点オンオフと違って、バロメーターを別ベクトルでまとめられていつでも閲覧可能になった気分。
 脳内に保持したデータと刷り合わせてきっちり補完。
 確かにこりゃ改造計画だな。

「聞いている?」

「聞いてるよ。以上の点を踏まえて、今後お姫さまをどうするかだが」

 言葉を切って指先をまとめられた資料の上でふらふら。
 開示されてるデータは調教に関する項目で、言うなれば根幹情報。
 この辺りはテンプレートに口出ししてるんで、俺に判り易い文字でしたためられている。
 達筆な文字で書かれたV経験とA経験の間を、俺の指先がふらふら。

「今まで通り、こっちを集中的に進めていこうか」

 指差したのはA経験。
 俺が迷う振りして勿体ぶらして、視点をオンにして永琳の様子を窺っていた訳だが、目立った数値の変化はなかった。
 永琳はまだこっち側だ。

「ええ」

 永琳は否定もなく短く頷いた。
 頭の中じゃ今日の調教からその前後の段取りまでフル回転してるんだろう。
 元々体力的に劣るお姫さまだが、アナルに着手してから体力の目減りは以前と比べて跳ね上がっていた。

「永琳ご自慢の強壮薬が一日二度以上使えりゃいいんだが」

「あの程度を自慢にするのは私の沽券に関わるわね。それはそうと、あれを一日に二度服用すると死因が爆死になるから注意が必要よ」

「マジかよ」

「冗談よ」

「……なあ。永琳の場合洒落に聞こえねぇんだからそういう薬ネタは勘弁してくれ」

「あらそう? 薬学は得意分野なのだけれど、冗談は難しいわね」

 ギャグ一つに考え込む姿は見ようによっちゃ可愛いのかも知れねーけど、マジで爆散した日にゃ目も当てられねぇ。
 というか爆死するようなものは普通薬とは言わねぇ。

 いや言うのか。
 なんせ爆薬って書くぐらいなんだし。
 畜生、時間差で一本取られちまった。

「ま、特に基本方針に違いはねぇ。今まで通り箱入りお姫さまをたっぷりと可愛がるってだけだな」

 お仕事に一区切りついたんで、ぎしりと背もたれを軋ませて楽な格好になる。

「過保護ね」

 永琳がぽつりと呟いた言葉に違和感を持った。

 過保護か。
 過保護だわな。

 言い替えれば、ちんたらしてるとも言える。
 お姫さまを買い取ってこっち、一ヶ月近くかかってまだこの程度か。
 少しばかり体力に難があるとは言ってもだ、都合半日の僅かな調教時間じゃあどうしたって進行は遅れる。
 助手に入った永琳の抜群の相性で水増ししちゃいるが、逆に言えばそれにしたって遅過ぎる。
 付け込む要素は幾らでもあるってのに放置だ。

 難易度Sランク。
 抑鬱を溜め込む為に生まれてきたんじゃねぇかってくらいの天井返しもとい天井知らずだとは言っても、致命的な間違いさえ犯さねぇ限り否定要素なんぞ後で幾らでも取り返せる。
 甘くとろかすってぇ方針にブレはない。
 ブレまくってるのはここ最近の俺、って気がしてならなかった。

 俺は基本的にアホ犬なんで監視の目を絶やしちゃいけない。
 目が届く範囲で自分自身しっかり首輪と鎖を自覚しねぇと、すぐにアホな事を一つ二つ仕出かすに決まってる。
 普段は割りと高に括ってふんぞり返るが、今は何しろあの糞前任と混じり合っちまってるからな。
 前科者ってのは社会的に敬遠される通りで、再犯するものと見て間違いはねぇんだからよ。
 人間ってのはどうやったって全く懲りねぇもんなんである。

「火気厳禁」

 ぼんやりと天井見上げて、思想的に赤っぽく自己批判なんぞしてる俺の耳に永琳の声が届いた。
 口元から何かを取り上げられ、首を戻して永琳の手をまじまじと眺める。

 煙草だ。
 ごく普通の紙巻煙草。
 そいつを永琳の細い指が摘んでいた。

 参った。
 煙草を取り出してくわえるまで完全に無意識だった。
 俺の手にはいつだったか突っ込んだままのセッタのソフトパッケージが握られて、使い古したジッポを手の中で玩んでいた。 

「禁煙中でしょう? 一本でも吸えば禁煙の意味はなくなるわよ」

「……どうしてそいつを知ってるんだい?」

 レイセンと交わした約束。
 鈴仙をレイセンと呼ぶようになるきっかけにもなった約束の日は、永琳を買い取った直後でもある。
 永琳の発言にぞろりと記憶情報が溢れ出した。

 あの日一日の出来事を思い出せる限り詳細に。
 永琳から読み取ったどこかの誰か(当時はすっかり忘れてたんだが前任の糞野郎だった)にたっぷりと開発されきった素質情報に面食らった。
 ある種完成の域に達してたんで鍵は元々なかった。
 知っている=聞いていたという事で、俺の見てない範囲で行動してたって事だ。

 視点をとっくにオンにして、俺は浮かび上がった永琳の情報をつぶさの読み取る。
 数値に何か致命的な上下はないか――

「ひょっとして、忘れてしまったの?」

 全く違和感のない態度と数値で――難癖つけるならそれが怪しいって事くらいしかなく、永琳は眼鏡を外して卓上で畳んだ。

「何が言いてぇ?」

「貴方が、煙草を吸わない理由」

 俺が煙草を吸わない理由だと?
 そんなものは一つに決まってる。

 不信感と敵愾心をさらけ出す俺に、永琳は動じた様子もなくその碧眼と受け止めた。

「煙草の臭い嫌い。パパ嫌い」

 ただ、そんな言葉を唐突にぽつりと口に挙げただけ。

 その瞬間、俺の脳内で記憶の蓋が開いた。



『パパ嫌いー』

 放たれた無邪気な言葉は、俺を瀕死に追い込むのに充分な一撃だった。

 自慢じゃないが俺は子煩悩だった。
 猫っ可愛がりだった。
 世の中の駄目パパの中でも抜きん出ていると自覚があり、尚且つそれが最高の栄誉と胸を張るような救いのなさだ。
 娘への愛に繋がるのなら、人混みの中でアイム・ナンバーワン! と宣言をするのだって余裕だった。
 無敵コマンド入力+最高火力の武器+弾数無制限で、シューティングだろうがFPSだろうがSASだろうが連隊規模でまとめてかかってきやがれだった俺は、娘の一言によって宇宙収縮と同じ理を以って熱的な死を迎えそうになった。

 湯飲みに注いだ熱い茶が冷め切るまでに時間があるように、俺は瀕死を負ったもののまだ猶予が残されていた。

『え、いや。なんで? いきなりそんなパパがき――』

 それ以上、その言葉を口に出来なかった。
 今の俺にとってみりゃ、自分でその言葉を口にしようものなら自殺に近いもんがある。

 娘はその愛らしい頬をぷっくりと膨らませて俺を睨み、ママ(つまり永琳)の足元にぎゅっとしがみついた。
 機嫌を損ねていようと娘は天使そのものだ。
 ああ、天使のお迎えに見えちまうくらい可愛い。
 愛してやまない娘のレアな姿を写真に収めたい欲求と、死に至る言葉に怯える狭間で揺れ動く。
 
 そんな俺に、

『たばこのにおい嫌いー。パパ嫌いー』

 天使は追撃でぽっきり折りにきた。

『だそうよ』

 二度目の死の宣告によって膝から崩れ落ちた俺に、永琳は愉快そうにころころと笑ったもんだ。
 俺の生死を左右する重大事件だってのに、笑い事で済ます永琳は鬼だと思ったが、とにかく天使に嫌われない為には禁煙生活が必要だった。

 禁煙に当たって、俺は自分で言うのもなんだが結構未練がましかった。
 娘が生まれてからも酒と煙草に依存していた。
 依存し、耽溺出来るものを常に探していた俺には、その二つがどうにも断ち難かった。
 勿論娘の前で吸うような真似はしなかったし、部屋で吸う分は脱臭剤も空気清浄機も完備だった。
 なもんでなんとか娘に隠れて吸えやしねぇかと永琳に持ち掛けたが、すげなく却下された。

『臭いの問題なら解決できるわ。けれど、吸っている場所を目にしたら? お願いを聞いた振りだけしていた父親を、あの子はどう思うかしらね?』

 世の中に完全な攻撃はあっても、完璧な防御なんてものは存在しない。
 隠し事などいつかはバレるし、そもそも限定された生活空間で隠し通すなんて無理だ。
 永琳の協力が得られないと判った俺は未練を断つ為、喫煙者にとって最も辛い魔の三日間を乗り切り、それ以降はあれだけ口寂しかったのが嘘のように楽になった。
 禁煙方面では永琳の協力もあったんで、それもあったんだろう。
 まあ一番辛い時は依頼心を断つ為だって、世の禁煙者どもと同様程度の手しか打てずに悶え苦しんだ訳だが。
 とにかく俺は禁煙に成功して、娘の機嫌を損ねる最悪の事態を脱出した。

『たばこのにおいしないー。パパ好きっ』

『俺もかぐやの事が大好きさ。永琳、今日は外食にしようぜ! 家族揃ってとびっきり美味くて贅沢な飯を食おう!』

『単純ね』

 天使の一言によって、晴れて俺は健康志向な駄目パパとしてアッパーチェンジした。



 そんな記憶が頭の中で瞬いたのは、多分数秒の事だ。
 思考は時間に囚われず光の速度を超える。
 圧縮された情報は俺の脳内に隅々まで染み渡り、何故俺が今の今まで忘れていたのか呆れる程俺の一部と化していた。

 俺が煙草を断った理由は二つだった。

 腰を浮かしかけた格好で固まって、永琳と向かい合う。
 席を立って永琳に何をしようとしていたのか。
 俺の事だから禄でもない事なんだろうってのは確かだ。

 上手い台詞の一つも見つけられず、俺はイスに体重を戻して頬杖をついた。
 永琳の言葉を聞くまで完全に忘れていた事が後ろめたくて、俺は視線を合わせていられなかった。

 尻がむずむずとする気まずい沈黙を挟んで、

「気に病む必要はないわ」

 そっと伸ばされた永琳の手が俺の肘に触れた。

 少し体温が低いのか、ひんやりと冷たい手の平を意識しながらちらりと視線をやると、柔らかな微笑が浮かんでいた。
 今にして思えば。
 はしゃぐ娘と俺を、永琳はこの笑みを湛えて見守っていた。

「思い出せば忘れた事にはならない」

「どーかな」

 後悔なんてのは自覚した直後から血肉の一部だ。
 この瑕は忘れ去るまで一生向かい合っていく事になる。
 恨み言の類は石に刻んででも覚えてきた俺だ。
 こいつと死ぬまで向かい合うしかなかった。

 これがブレの源だ。
 過去を思い出した。
 おかげで俺は強みを失っちまった。

「滑稽に見えてるんだろ? 永琳にはよ」

 皮肉っぽいのはただの地だ。
 娘の言葉一つに一喜一憂していた俺。
 思い出して腐る俺。
 どっちも目にした永琳にとっちゃ、さぞかし下手糞なピエロに映ってるんだろうよ。

 やぶ睨みの俺の視線すら、永琳は穏やかな微笑で受け止めた。

「人間らしい人間に見えているわ」

 俺の抱える矛盾まで見通すような一言のあと、くすりと声に出して笑う。

「子煩悩な貴方も捨て難いけれど」

「あれは……なんて言うか駄目な例だ」

「そうかしら?」

「駄目親の代表じゃねぇか。猫っ可愛がりもいーとこだ。あーいうのに限って、子供に嫌な思い出をせっせとこさえておきながら、てめぇの都合のいいように美化するんだ。誰彼構わず自慢話を垂れ流して嫌な顔されるだけさ」

「その猫可愛がりのおかげで禁酒にも成功したのに?」

「子供のおかげだってのに自分の成果みてぇに自分語りするような親が、俺は嫌いなんだよ」

 親になった経緯は偶然と言うか、成り行き上だ。
 産まれるまで興味も実感もなかった。
 親になろうと決めたのは、産声を上げて疲れて眠ったしわくちゃな赤ん坊に触れた瞬間からだ。

 全てを捧げてもいいと思った。
 生まれてきたばかりなのに火がついたように叫び、一人では生きる事もままならない強くも弱々しいまっさらな命に触れて、俺はそう思った。
 冷静に考えれば、当たり前だ。
 赦しを得て生まれてきた俺が、我が子の幸せを望まないはずがなかったのだ。

 俺は失敗していただけに、子に託すしか手段がなかった。
 残念ながら人生はやり直しが利かず、足りなかろうが、誤っていようが、見失っていようが、ぶん投げてくたばるつもりがなきゃ続けていくしか術がない。
 その結果が今だっていうのは皮肉が利いている。
 まったくざまぁみろだよ。
 
 今更どうしようもないなんて事はとっくに判ってたつもりだったが、未練がましくしがみつこうとしている。
 永琳の所為か?
 まさか。
 自分のくだらなさを身内に押し付けたって虚しいだけだ。
 俺だってそれを理解する程度の時間は生きている。
 
「これも愚痴だわな」

「愚痴を溜め込んでいるなら聞くわよ?」

「有難くって泣けてくる。なんか裏がありそうだね」

「あら、良く見抜いているわね」

「見抜くも何も、下心なくストレス発散に付き合う義理はないだろ?」

「ふふ」

「怖いねぇ」

 とまれやせ我慢が男の子の花道だ。
 こうまで用意万端しつらえられて甘えろなんて言われちまうと、却って受け入れ難い。
 立つ瀬がねぇのである。

 永琳が差し出した皺の寄った煙草を受け取って、パッケージの中へ。
 ジッポと一緒にジャケットのポケットへ突っ込んだ。
 吸わない為なら永琳に預けちまうのが一番なんだろうが、これ以上借りを作るのは癪だ。

「飯の支度してくらぁ」

 仕事前のミーティングも終わったんで解散だ。
 思い出しちまった後味の悪さは飯でも作って気を紛らわせるとしよう。

 さて飯の献立は何がいいか――肉が食いてぇな。
 鉄板で焼いた肉汁滴る肉。
 勿論肉ときたら牛で、サーロインかテンダーロインか意見が分かれるとこだが、俺はやたらと分厚いテンダーロインが好みだ。
 ジャガイモ、ニンジン、サヤインゲンの付け合せは誰が選んだのか知らねぇが、ステーキの引き立て役としてしっかり定着している。
 ソースはニンニクで仕立てて、いっそスライスしたのをどっさりと肉の上に乗せてもいい。
 ニンニクはただ炙って味噌をつけるだけでも美味いんだから、匂いなんて気にしたもんか。
 汁物は当然ポタージュ一択。
 ライスかパンかは選べるようにしとけばいいか。
 デザートは何にするかな。
 最近洋食にも慣れてきてる事だし、オレンジ丸ごと一個出してやろうかしらん?
 ナイフとフォークだけでオレンジの皮を剥けって言ったらどんな顔をするか。
 けけけ。 

 下拵えに時間を食うから晩にでもそうするとして、ちと重いだろうから朝はつるっといける冷やし素麺。
 刻んだ胡瓜に錦糸卵にハムと紅生姜。
 忘れちゃいけない椎茸の甘辛煮。
 チェリーのシロップ漬けは邪道って気がしなくもねぇが、その辺りは好みが分かれる所なんで付けとくとしよう。
 ついでだ、モロコシも茹でるか。
 これこそ夏の朝飯だよな。

 ドアノブに手をかけて数秒考え込んでいただけで、俺の肩口から二本の白い手が伸びてくる。
 献立に思いを馳せていたもんで、すっかり後手に回った。

 振り返るのと殆ど同時に、待ち受けていたようなキスに迎えられる。
 ひんやりとした手の平を頬に、しっとりと濡れた温もりを唇に感じた。

「……はぁ」

 吐息が鼻先をくすぐって、ようやく永琳の唇が離れていた事に気がついた。
 長かったのか短かったのかも良く判らないキスを経て、指が俺の顎先を撫でていった。

「少しは気が紛れた?」

「ああ」

 そりゃもう。

 唇を舐めるとほのかな甘み。
 何か塗ってるのか、永琳の唇は瑞々しく輝いて見えた。
 引いていく手を反射的に掴みかけて、風を掴むように俺の指先からすり抜けられた。

「駄目よ」

 ひどく卑しい眼差しを向けているであろう俺に、永琳はくすくす笑って距離を離す。

「この先はまた次回。貴方にその気があるのなら」

 青い眼差しが細められて、からかった調子で誘われた。
 自分でその気にさせておいてそりゃないが、俺は我慢出来る子だ。
 ご褒美をちらつかせられたら、涎を垂らしながらフルマラソンどころか死ぬまで走り抜く自信がある。
 
「ああ。後でな」

 だから今はお預けだ。
 俺は永琳の部屋を出てキッチンに向かう。
 手伝いは求めなかった。
 このまま永琳の隣に立って料理にいそしむなぞ、生殺しもいいとこだ。
 永琳もそれが判っているのか申し出る事もなかった。

 キス一つですっかりその気になっちまったが、永琳相手では致し方ない。
 そういう事にしといてくれ。



 で。
 せっせと朝餉の支度をしてたら、キッチンを覗いたレイセンに口紅の跡が残っている事を指摘された。
 最近頓に勢いをつけてきたレイセンに問い詰められ、しかもてゐとの一件もあったんで追求は中々シビアだった。
 湯がく前のモロコシをばりばり齧って誤魔化しておいた。

 あのキスは俺をその気にさせるんじゃなくて、実はこっちが狙いだったんじゃねーの?
 おっかねぇ。



xxx  xxx



 私が永琳との決別と一人立ちを決めてから、どれほどの時間が過ぎたのか。

「ん、んんっ、ふっ、んんんんん~っ」

 ベッドのシーツを噛んで堪える私には良く思い出せない。

 あの日以前からそうだったように、以降も私はなぶり続けられている。
 口にするのも憚れる場所を。

「きゅうきゅうと締め付けてきて。そんなにアナルが気持ちいいのね、輝夜。可愛いわ」

 不浄の穴を。
 永琳の指がゆっくりと出し入れされるのを、私は耐え忍んでいた。

 あの日移行、私の決意を揺るがすかのように永琳はその場所を触り続けた。
 ローションを塗りたくり、指で、マッサージ機で、時間を掛けて穴の表面だけを撫で回し、刺激し続けた。
 心が休まる暇も与えられず、とうとう指まで入れられてしまっている。
 中で折り曲げられ、内側から擦られる。
 入ってきているのがどの指なのか、這い蹲っている私にはそれすら判らない。

「ふぐ、うっ、ぐううぅぅ~~~!」

 腰から這い上がってくる得体の知れない感覚。
 このおぞましい何かが私の身体を覆い、いつしかとって変わるのではないかという恐怖。
 それに耐える日々が続いていた。

「いい格好になっちゃったわね、姫様」

 永琳以外の声が聞こえる。
 固く閉じていたまぶたを開けると、這いつくばった私の前に因幡が立っていた。

「そうやって我慢してれば耐えれるなんて思ってるの? あはは、バカみたい」

「――っ」

 奥歯を食いしばり睨みあげる私に、因幡はふてぶてしい態度を崩さず笑う。

「ほんとバカみたい。耐えようとして耐えられずに、お尻の穴いじられるのが好きで好きで堪らなくなっちゃう。そうなるだけなのに、姫様はなにもわかってないのね」

「私は…あなたとは違う……!」

「そう? 姫様だっておんなじ。もうお尻をいじめられるのが嬉しくなってきてるんじゃないのぉ?」

「こ、こんな感覚などに、私が…屈するなんて……」

「我慢なんてしなくなったら、楽だよぉ? 指の次は玩具。玩具の次は――んふ。言わなくたって姫様もわかるでしょ?」

 因幡は口元に浮かべる笑みに寒気を覚えるほど蟲惑的な色を滲ませて、揃えた人差し指と中指に舌を這わせた。
 舌を指に絡め、唾液を擦り付け、音を鳴らすその仕草はひどく淫らだった。

「いくら頑張ったってムダだって、姫様にもわからせてあげる」

 睨みつける私の視線を無視して、しゃぶっていた指を抜いて因幡が手招きをする。
 がたがたと硬いものが床を引きずる音が聞こえてくる。
 椅子を手にしたあの男が私の前に回り込んできた。

 相変わらず下品な赤色の外套をまとい、開いた本に視線を向けている。
 それにどういう意味があるのかは判らなかったが、私に対する無関心な態度はいまだ続いていた。

 因幡は椅子に腰掛けた男の脚の上に跨った。
 何をするつもりなのか。
 それを理解した私の肌に鳥肌が浮く。
 私の目の前で、交わるつもりだ。

「まーた江呂黒なんて読んでんの? あんたは今から私だけを見るの」

「江呂川乱歩を馬鹿にするもんじゃありませんよ」

 因幡が開いていた本を閉じると、男はようやく視線を動かして跨った少女に苦笑を浮かべた。
 本を懐の中へ収めると、親しみを込めた手つきで因幡の髪を撫でる。

「私もちょっと読んでみたけど、やっぱりエログロだったじゃない。サーカスの小男が性格の悪い女をばらばらにして口で言えないようなことしてたわよ」

「月夜に首と踊るシーンは最高だと思うんだがね。人間の狂気と復讐の甘さをぞっとするほど艶かしく書き出してる」

 二人は私にはわからない世間話を楽しむ風に言葉を交わしながら、椅子の上、脚の上という不自由な体勢のまま愛撫を始めた。
 衣服の上から身体の線をなぞるだけのその様子が、ひどく淫靡に感じられるのは手付きのせいなのか。
 それとも私が愛撫を行っていると自覚してしまったからなのか。

「……くぅっ」

 視線を背けた私は思わず呻き声を上げていた。
 見ている間動きが止まっていた永琳の指に、私の不浄の穴の奥を軽く引っかかれた。

「余所見はいけないわ。これから何が行われるのか、その目にしっかりと焼きつけておきなさい」

 永琳がくすくすと笑う声が聞こえてくる。
 イナバの時と同じ。
 目を逸らせば、このおぞましい感覚で私を蝕むつもりだ。

「ダメじゃない姫様ー。姫様のためにやってるんだからぁ」

 私の声を聞きつけたか、振り返った因幡が軽口を叩いた。
 悪戯を成功させたような因幡の笑みを攫ったのは、男の無骨な手だった。

「今からセックスしようってのに、余所に気を移されてると寂しいじゃねーの」

「んんっ」

 それは木に生る果実をもぎ取るような接吻。
 因幡の首を回して唇に齧りつく強引な口付けだ。

「んはっ、なぁに。んっ、ちゅむ。嫉妬してるのぉ? んふ」

「その生意気な口を塞いでやる」

 親しげな悪態と時雨にも似た接吻が繰り返し立ち代わり入り乱れる。
 濡れた唇を吸う音は、さながら瑞々しく溢れる果汁を啜っているよう。
 私の目には揺れ動く因幡の後頭部しか見えないけれど、見えないだけに余計想像を掻き立てられてしまう。

 下品で粗野なその音を立てる接吻とは、どれほど貪欲なものなのか。
 こくりと小さく咽喉を鳴らした自分のはしたなさも忘れて、私はうごめく二人の様子から目が離せなくなってしまった。

 男は因幡のスカートの裾を腰までめくり上げ、桃のように色づいた尻を剥き出しにした。
 因幡が何度か尻の位置を直した拍子に、それが姿を見せた。
 肉の棒。
 醜悪なそれはすでにはちきれんばかりに膨張し、因幡の尻の割れ目に収まるように屹立する。
 
『指の次は玩具。玩具の次は――』

 あれが。
 あれが入ってくるというのか。
 指を一本入れられるだけでも全身が強張り腰の力が抜けてしまうというのに。
 そもそも、入れる場所でもないというのに。

 男の手が腰から尻の割れ目へと差し掛かり、何かを摘む。

「なんだ、こっちの準備を済ませといたのか?」

「どうせこっちでするつもりだったんでしょ」

「当たり。いい子だな」

「バーカ。あんたのためだけにしたんじゃないわ――ぅうんっ」

 因幡の悪態の途中で、男は摘んだ何かを引っ張り出した。
 それは因幡の菊座を塞いでいた栓。
 抜き取られた拍子にぴゅるっと透明の粘液が垂れだした。

 汚物ではない。
 透明なところを見るとローションか。
 私の穴を触られるだけでも、いつも大量のローションを塗りつけられていた。
 因幡は塗りつけるどころか腸内に注いで栓までしていたのか。

「てゐの腹の中ですっかり温まってるな」

 男は栓を放り捨てると、不浄の穴から垂れだしたローションを手に浴びても平然としている。
 私が見ている前で指をぬるりと挿し込んで、よく解すように掻き混ぜた。

「はぁう、は、ばぁか。冷たいまま、いれたりしたら、お腹がごろごろ……んぅ…鳴って、恥ずかしい、から。先に温めてる、ぅん、のよ」

「用意がいいね。腹冷やして風邪なんか引くなよ?」

「私を誰だと、あうっ、思ってんのよ……健康第一で、妖怪にまでなった…はぁ、んっ……因幡素兎よ」

「身体を壊すのはな、過信が過ぎるからって相場が決まってんだ」

「はぁ、うっ。よ、良く言うわ……だったら…んっ! あんたが、大事にしてくれるって、の?」

「判り切った事訊くんじゃねーですよ」

 菊門を指で円く掻き混ぜながら、男は因幡の額に口付けした。
 因幡は今まで見たこともない態度で男に甘えている。
 イナバとの交わりで見せた時も、今のような甘い会話を挟んでいた。
 私の知らない閨が、また一つ繰り広げられようとしている。

 男が大股に開き、それに合わせて因幡の脚も広げられる。
 菊門を丹念にこねて解した指が抜かれて、因幡が小さく呻いた。

 いよいよだ。
 私とさほど変わらない小さな因幡の身体に、あれが挿し込まれてしまう。
 その予兆を感じ取りながら、視線はおのずと醜くいきり立った肉の棒に視線を向けて離せない。
 それは因幡の菊門からあふれ出したローションを浴びて、より生々しい照りを帯びていた。

「いくぜ」

 男は尻肉を掴んですっかり解れきった穴を左右に広げる。

「ん」

 因幡は先端をあてがい自ら誘導すると小さく頷いた。

「はっ、あっ」

 腰が沈むに連れて、赤い肉壁が覗いていた因幡の菊門に栓がされる。
 因幡は男の胸元にすがりつき、ゆっくりと自重に任せて腰を降ろしていく。
 くちゅりとローションが跳ねる音を響かせ、一定を越えると後は信じられないくらい滑らかに因幡の菊門に男の肉棒が収まった。

「はぁ…ふううぅぅ……」

 お尻で深々と繋がったあとも、以前見せたような狂乱や私をなじる言葉はなかった。
 感極まったようなため息と、小刻みな身体の震え。
 腸内を埋める感覚に酔っているのか、見ているだけの私には想像する事しか出来ない。
 動きを止めてしまった因幡に、男が呼びかける。

「てゐ?」

「ん。もうちょっとこのまま、ひたらせて……」

「ああ」

 二人の言葉が私の想像を補う。
 愛撫する手に艶かしさよりも慈しみを感じるのは、その穏やかな声音のため。
 イナバの名を呼んだときと同じ響きを帯びていた。

 不浄の穴を用いた穢れた繋がりだというのに、そう感じさせないのはこの慈しみのせい?
 男が野卑た態度を見せず、愛おしそうに因幡の黒髪を撫でているため?
 それとも因幡自らこの繋がりを望んでいるから?
 なんにせよ二人の意志は合致している。
 お互いを求めて愛しあう。
 肛門を使って繋がる理由があるとしたら私が目の前にいるかどうかぐらいで、それさえわざわざ腸内にローションまで注いでまで応えている。

 ああ、閨とは。
 愛とはいったいどのような形を指して言うべきなの?

 そんな私の疑問とは一切関わりなく、二人の交接――アナルセックスは続いた。
 因幡が余韻を楽しんだあとにゆっくり上下に動き始める。
 引くごとに広がった菊門がめくれて赤い花弁を覗かせ、男のグロテスクな蜜弁が姿を現す。
 以前は因幡の広げられた菊門と赤い肉壁を見せ付けられて徒花と形容したが、それは繋がることでより花らしさを醸し出している。
 触れてはならない背徳感を伴った、腐った果実のような甘い匂いを漂わせて。

「はぁ、はああぁ、あうぅぅ、ふうぅぅぅっ」

 徒花を艶やかに彩るのは因幡の声。
 私の視線は甘ったるい声音に誘われた羽虫のように引き寄せられて離せない。
 イナバの時には空想に過ぎなかったものが、ある程度の実感を伴って想像出来る。
 出来てしまう。

「あっ、あっ、あんっ、ひゃぅんっ」

 私の中にも今まさに永琳の指が入り込んでいる。
 指が出し入れされるおぞましい感覚を、私はすでに知ってしまっている。
 腸壁を押し広げられ入り口付近を掻き混ぜられるこの感覚が、指から目の前の蜜弁に取って代わってしまった時。
 因幡のように甘く鳴いてしまうのだろうか。

「はっ、はっ、はっ……お尻広がって…ぅあ、久し振りのアナルセックス、気持ちいい……!」

 因幡の身体の震えと合わせて短い尻尾が激しく左右に揺れている。
 このアナルセックスを徒花と証するなら、掻きだされて溢れるローションは蜜そのものか。
 上下に擦れて生まれる音はひどく粘着質で、それが尚更淫心を煽り立てていた。

 因幡の腰の動きは大きくゆっくりとしたもので、イナバのとき目にしたある種の激しさはなかった。
 一定の速度で、けれどどこかに引っかかるようなぎこちなさは全く感じられない。
 その分動き方は複雑で多彩だった。

 ひねり、抉り、弧を描く。
 尻肉を掴んだ男の両手が腰の動きを誘導している。

「てゐ、俺そろそろイきそう」

 動きが緩やかなためか会話に切羽詰った響きはなく、くつろいだような穏やかさと酔った気だるさと似たものがあった。

「い、いいよ…私ぃ、さっきから、あっあー……いっぱい、イってる。よぅ」

 とろけた因幡の告白に男は優しく微笑むと、耳のつけ根に惜しみない接吻を贈った。
 男が押し殺した呻き声をあげるまでさほどかからなかった。

「あっ……はっ、ああっ」

 滑らかだった上下運動が止まり因幡の身体が痙攣している。
 射精しているのだとわかる。
 白濁とした子種が今、零れ落ちた蜜の代わりに腹の中へと注ぎ込まれている。

「はぁぁぁん……っ」

 他者に弱みを決して見せまいとする因幡にはあるまじき、耳を疑うほどとろけきった撫で声に背筋がぞくりとした。

 そこまで。
 そこまでのものなのか。
 このおぞましさがやがては心を溶かし尽くすほどの快楽に変わるのか。

「……ぁは。いっぱい、出た」

「入り口がきゅっと締め付けてきて、すっかり絞られちまったな」

「でも、まだまだ出し足りないんでしょ?」

「俺が満足するまでやったら、てゐが精液タンクになるまで続くぜ?」

「出来るものなら……やってみなさいよ」

 たっぷりと余韻を満喫したあとも二人のアナルセックスは続いた。

「ま、まだ出てるぅ、あっ、たくさんっ」

「てゐ」

「これ、ひゃっ。お尻で妊娠しちゃいそう……」

「馬鹿言ってんじゃねーの」

 親しげな悪態の応酬と、甘い囁きを交わしながら行われるアナルセックス。
 その一部始終が余すところなく私の脳裏に刻み付けられた。
 出歯亀のようなこの状況において、白状してしまえば私は軽い絶頂に達してしまった。

 肉体の快楽に身を委ねたとき、私はこの男を受け入れてしまうのだろうか。






 ひどく長い時間に感じた。
 実際に長かったのだろう。
 因幡の挑発に乗った男は幾度も射精を繰り返し、とうとう蓋から溢れだすほどの子種を吐き出した。
 男の身体にもたれて自らの脚で立つことすらできなくなっていながら、心なし膨らんだ腹をさすっていた姿が印象的だ。
 穏やかなその笑みは、まるで擬似的な懐妊を喜んでいるようでもあった。

 永琳たちが後片付けも済ませて部屋から去っても、私はベッドから動けなかった。
 消耗しているのが自分でも判る。
 全身に覆いかぶさるものは肉体の疲労ではなく、心に溜まる澱のようなもの。
 日増しに沈殿していくこの重みこそ、穢れなのかもしれない。
 想像を巡らせようとして、すぐにやめた。

 億劫だった。
 疲れているのに眠気がこない。
 食欲も薄い。
 それでも時間を置けばしくしくと惨めな空腹感に襲われる。
 いっそのことなにも口にせずに飢えてやろうかと思ったときもあった。
 そんな投げやりな思惑が脳裏をかすめることも一度や二度ではすまなかった。

 けれど、それでどうなる。
 食を拒めば、間違いなく永琳たちは無理矢理にでも私に食べさせるだろう。
 飢えて体力を失った私など、押さえ込むのは犬猫を相手にするよりも容易かろう。
 仮に餓死を迎えたところでこの状況が変わるわけではない。
 なにごともなかったように続くだけならまだしも、より厳重に生活を管理されてしまう。
 いざというときのためにも体力は落とすべきではない。
 だから極力食事は食べるようにした。

 食欲が湧かないのは、見せ付けられる性交が余りにも生々しいということもあった。
 お寿司なんて持ってこられた日にはひっくり返してやりたい気分になる。
 あれを見たあとで赤身の魚とか赤貝とか無理。

「うぇっぷ」

 思わず想像してしまいおくびを洩らしながらも、私は大の字に転がったままぼんやりと天井を見つめていた。
 ドアの前で足音が止まったのは、ちょうどそんなときだった。

 多分夕食か。
 用もないのに人の出入りはない。
 時折楽しげな声がドアの向こうから聞こえてくるけれど、極力耳を塞いだ。
 囚われの身で聞いていて愉快なものではない。
 ましてやかつて家族と呼んで差し支えなかった者たちが、人を売り買いするような外道と声を上げて笑っているなど。
 虫唾が走るだけだ。

 開錠の音を待たずに、私は慌てて起き上がる。
 疲れていてもみっともない姿は見せない。
 ただの空元気と言ってしまえばそれだけなんだけど、これ以上余分な澱を溜めてしまうわけにもいかなかった。

 自慢の髪に急いで手櫛を入れて撫でつけると、背筋を伸ばして来訪者を待った。

「よぉ」

 部屋に入ってきたのは下郎だった。

「――」

 ぶしつけもいいところな声に、私は反応も出来ずに目を丸くしていた。
 今更礼儀のれの字もない言葉一つ投げかけられた程度で、絶句してしまうなどあり得ない。
 私が驚いたのは、食事を運んできたのが永琳ではなかったことだ。

 初めの頃こそ下郎が運び給仕に務めていたが、ある日を境にぱたりと入れ替わった。
 何らかの意図があってそうしていたことはわかっている。
 勿論テーブルマナーを知らなかった私に教えるためにやっていたわけではなく、偵察するために行っていたのだろう。
 食事係が永琳やイナバに変わったのは、下郎が私からなにがしかの情報を得たことと、怒りの矛先を逸らすためだ。

 実に小ずるい真似だが、相手は平然と食事に一服盛ってくる下郎なのだからその程度はして当然といったところか。
 逆に言えば、今更になって私の目の前に姿を現すことに驚きを少なからず感じていた。

 私はいまだに、全ての原因がこの下郎にあることを見誤ってなどいない。
 私が屈するまで、この小心な下郎は決して一人で姿を見せはしないと思っていた。

「どうした? 飯だぜ」

 部屋に入ってくるとさっさと席に着き(すっかりそこが定位置になっている)、食事を卓上に置いて私を手招いた。
 ベッドに座っている私の耳にもじゅうじゅうと肉の焼ける音が聞こえてくる。

「……」

 今更この下郎と交わす言葉などない。
 話しかけられても黙殺して、かといってここで反抗してもせっかくの食事が冷めてしまうだけだ。

 料理には罪がないものね。

 私は腰を上げて楚々と卓へ向かう。
 勿論下郎が何か企んでいるのかを警戒して、やや大回りに近づいた。
 私の敵意くらい、どうせもうとっくに気がついているだろうけど。

「油が跳ねるぜ。気ぃつけな」

 席についた私に下郎が注意を促した。
 食事は肉だ。
 見ただけで圧巻されてしまう分厚い肉。
 食器そのものが調理器具なのか、鉄板の上で今も音を立てて焼けた油が跳ねている。
 油が飛ばないためなのだろう、丸めた紙の囲いが肉を覆っていたので、服の染みや熱い思いをしなくて済むようになっていた。
 下郎がその肉にたれをかけると、一斉にじゅっと泡立ち湯気と一緒に美味しそうな香りが部屋の中に広がった。

 滴る肉汁とたれが鉄板の上で絡み合い、熱で沸き立つ。
 香ばしい香りと立ち昇る湯気。
 希薄だった食欲が甦り、口の中に唾が溜まるのがわかった。

「ステーキといや餓鬼の時分ご馳走の代名詞だったんだがな」

 油の跳ねが収まってくる頃、紙の囲いを取り除きながら下郎のうんちく語りが始まった。

「今となっちゃあ昔の話だ。もっと小洒落た、見栄えのいい料理の方がいいんだとよ」

 久し振りに訪れていながら、下郎は当然のように下給仕に務める。
 ナイフとフォークを手に取り、分厚い肉に刺し込み切り分け始めた。
 フォークが刺し込まれるだけで肉汁が溢れ、刃に小さなぎざぎざの付いたナイフが肉の塊を食べやすい大きさに切り落としていく。
 良く焼けた表面に、中はわずかに赤身を残している。

 相変わらず皮肉な口調に耳を傾け、赤身から意識を逸らす。
 変に連想するとせっかく湧きあがってきた食欲が失せてしまう。

「俺は日本的なアメリカナイズって奴が好きでね。言葉にしちゃ矛盾してるんだが、なんでもかんでも本場が一番って気にゃあならない。何事にも限度があるし、そもそも風土ってもんがある。舌に慣れた味が一番ってな」

 袖で口元を覆って眉をしかめる私のことなど気にも留めていないのか、肉の塊に視線を落として切り分ける作業に集中している。
 返事すら期待していないのだろう、下郎のうんちくは独り言のようだった。

「本場のステーキなんざもっと大味で、おまけに硬い。そんな肉ばっか食ってやがる。俺もカテゴリィとしちゃあ肉食だが、奴らは純粋まじりっけなしの肉食動物だからな。チョコはくせぇしパンケーキは不味い。なーにが大きい事はいいことだ、だか。でかけりゃいいってもんじゃない事を肝に銘じてくださいよ~、ときたもんだ」

 独り言というよりも、陰口なのか。
 食事の違い一つで大人気ない、とは思ったものの、そんな料理を出されたら私だって発狂するだろう。

「ミクロな視点で見ようが一緒さ。餓鬼の頃から接してきた価値観がそのまま人格の一部になる。新しく受け入れられる物もありゃ受け入れられない物もある。この国の人間は外から入ってきたものを自分好みに加工するのが大の得意でね。そういう意味じゃ俺も日本人って事だわな」

 私の抵抗に対するあてつけなのか。
 いや、大した意味などないだろう。
 ただの雑談だ。

「要するに日本の基準ででかいのが好みだが、だからと言って詫び寂を理解しない訳じゃない。少なくともケチャップを野菜だと言い張る人種とは仲良く出来ねぇ」

 下郎は私がわかっていようがいまいが一方的に喋り続けた。
 言と同じくらい雄弁で多彩な表情にあるのか、諧謔なその口調にあるのかは判らない。
 無礼で下衆で狂気的だが、今はそれにも増して滑稽に見えた。

「冷めねぇ内に食いな」

 肉を切り終えた下郎は、ナイフとフォークをそれぞれ私の側に直した。
 手ずから食べさせるつもりはないのか、良く見れば箸も用意されていた。
 私は手元の食事を眺めてから、視線を上げた。

「貴方は食べないの?」

 永琳たちが食事を届けるときは、そのままこの部屋で一緒に食べた。
 思えばこの下郎と食事を共にしたことはない。
 私の給仕に専念していたからなのかもしれないが、今は違う。
 向かいで頬杖をついていた男は目を丸くしたあと、へらりと軽薄な笑みを浮かべた。

「これはこれは。お情けを頂戴致しますとは恐悦至極。有り難くって涙がちょちょぎれる」

「食事の様子をそんな風に見物されると、食べ物も咽喉を通らなくなるだけよ」

 先に済ませたのか後で済ますのか知らないが、食べていないということはないだろう。
 皮肉な口調に少し苛立ちを覚えたが、以前のようにむきになって叫ぶ返す真似はしない。
 そんな事をしても無駄だろうしこの男の諧謔に付き合ったところで徒労なだけ。
 今口にした以外の理由もなかった。

 下郎は顎を撫でると、ふむともっともらしく唸った。

「そいつはいけません。今のお姫さまは食っちゃ寝するのがある意味仕事みたいなもんだしな。仕事を滞らせるとツケが溜まりに溜まって押し潰されちまいます。先に食べてな」

 あくまでも口調から諧謔は抜けなかったが、席を立ったところを見ると食事を取ってくるつもりなのだろう。
 私に背中を見せて、何の警戒もなくドアへと向かった。

 育ちは歩き方に出るわね。
 ――その背を目で追いながらフォークを握った。

 その歩き方ではまるでごろつきよ。
 ――椅子を降りてそろそろと近づく。

 自覚もないのなら私がこの場で指摘してやらないこともない。
 ――赤い背中はすでに目の前。

「ねえ」

 ドアノブに手をかけたところで声をかけ、私は握り締めたフォークで振り返った男の腹を刺していた。

 ――あれ?

 振り返った男は、驚愕に目を見開いていた。
 私も同じ表情を浮かべていたに違いない。
 だって、腹を刺した今になってもそんなつもりは全くなかったんだから。

 たんに姿勢の悪さが癇に障ったから、それを注意してやるつもりだけでいた。
 言葉に皮肉をたっぷりと塗りつけてやって、意趣返しするつもりだった。
 今の私ならその程度で満足するつもりだったし、どうせ言い返してくるだろうとも思っていた。

 刺し殺してやろうという殺意も憎悪もなかったのに、私が握ったフォークは男の腹に突き刺さっている。
 じわりとシャツに赤い染みが広がっていった。

 永遠にも等しい須臾が終わりを告げる。
 男の身体が傾き、けれどドアを支えにして倒れる事はなかった。
 私は手を引こうとして、思い直してさらに押し込んだ。

 なにが理由でこうなってしまったのか自分でも判らない。
 けれどこうなってしまった以上やることは一つ。

 この場で殺す。
 でないと私が危ない。
 驚きを拭い去ったのは本能的な身の危険。
 この男が自分を殺そうとするものに対して、寛大さを持ち合わせているとはとてもではないが思えなかった。

 さらに押し込もうとする私の手が止まる。
 フォークを握り締めている私の手を掴んで押し返してくる。
 この場に至っても尚、私は腕力で男に劣っている。
 私は考えるよりも先に肩から体当たりをしていた。

 私に押されて男が体勢を崩す。
 膝が崩れ落ちるが、床に片手をついて横倒しは堪えた。
 体勢が下がった分私は体重をかける。
 武器だなどととてもではいえないちゃちな食器に全身全霊を込めて、男の命を奪うべく押し込んでいく。

 男は悲鳴を上げなかった。
 私も声を上げたりはしなかった。
 無言のまま私たちはもつれ合った。

 死ね。
 死ね。
 死ね。
 ――死んでしまえ!

 今やもう瞳の奥で燃え盛るのは憎悪のみ。
 それは容易く殺意と化して、刺し殺そうと身体を衝き動かす。
 黒く濁った瞳に、殺意の権化と化した私の姿が映っていた。

 その姿に怯まなかった。

 男の肩がとうとう床についた。
 けれどそれは力を失ったのではなく、床を支えていた手で私の首を掴んだから。
 腹を刺されているのにどこにこれだけの力が残っているのか、私の細首をねじり切ろうとでもするように締めつけられてくる。
 怯みはなかったが、こうして力押しになってしまうと物を言うのは腕力の強さだった。

 息が吸えない。
 ただでさえ腕力で劣るのに、呼吸を塞がれると時間が経つほどに私が不利だ。
 手の甲を片手でがりがりとかきむしっているが、首を絞める力はわずかばかりも弱まることはなかった。

「ごほっ」

 咳き込んだ拍子に涎が垂れる。
 嗚咽と一緒に舌を出す。
 滲んだ涙と酸欠で視界が霞む。
 これでは私が先に絞め殺されてしまう。
 絞め殺されようが私は幾らでも生き返るが、偶然握り締めたこの機会が二度も三度も巡ってくるはずがない。

 でも苦しい。
 苦しい。

「ぐるじ、いよ」

 ふっと、何の前触れもなく私の咽喉を絞めつけていた圧力が消えた。
 かと思ったら胸を突き飛ばされた。 

 息を吸い込もうとした直前に衝撃が来て、私は成す術もなく床に倒れこんだ。
 私は床にうずくまって何度も咳き込み、ひゅうひゅうと咽喉を鳴らして息を吸い込む。
 酸素。
 とにかく酸素を吸い込みたくて仕方なかった。

 咳と嗚咽に邪魔をされながら深呼吸を何度も繰り返して、ようやく息が整ってきた。
 私が肺に空気を送り込んでいる間に、男の方も体勢を整えていた。

 壁を頼りに立ち上がっている。
 腹にはまだフォークが突き刺さったままで、額に汗を浮かべ肩で息をしていた。
 呼吸は深く、重い。
 命を奪うにはいたらなかったが、決して浅い傷ではない。
 はずだ。

「ナニコレ」

 男は自らの血で濡れた手の平を眺めて、ひどく無機質な声を出した。

「……面白れぇ話だな。ええ?」

 男はゆらりと壁際から離れる。
 口元を撫でて、自らの血で塗りたくるように赤く染めた。

「俺を刺し殺したら、次はどうするつもりだ? お姫さまよ」

 鬼気迫る表情でずいと一歩迫られて、凄みに押されて後ずさってしまう。

「答えろよ。えぇ? 次はどうするんだって聞いてんだよぉ――!」

 放たれる敵意に身体が竦んだ。
 荒げられる声に硬く目を閉じていた。
 身体が目の前の恐怖に敏感に反応していた。

 私が目を閉じていたのは数秒間。
 それは致命的なミスだった。

 耳朶を打つ物音に身体が跳ねる。
 身に降りかかる暴力の予感に、その場で丸く縮こまりその瞬間の訪れを待った。

 幾ら待っても、男は襲い掛かってこなかった。

「……?」

 恐る恐る顔をあげると、そこに男の姿はなかった。
 部屋の中にはいない。
 物音はドアを開け閉めする音――だった?

 それを裏付けるように、かちゃんと鍵のかけられる金属的な音が聞こえた。

「あ」

 逃げた。
 逃げられた。
 ただのはったりだ。
 不利を感じてさっさと逃げてしまった。
 私が見て思ったとおり、男の傷は浅くなかったのだ。

「なに、それ」

 男の逃げっぷりは実にあっさりとしたもので、暴力が吹き荒れることも血みどろの殺し合いが始まることもなく、残された私はぽかんと鍵の掛けられたドアを眺めていた。



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「はい、もういいわよ」

 巻きつけた包帯をしっかりと固定した。
 手当てを施し血糊も綺麗に拭き取った今、出血を思わせる痕跡は残っていない。
 血に勝る薬独特の匂いが部屋の空気を塗り替えて漂っていた。

「……悪いね」

 彼は珍しく悪びれた様子で、傍らに丸めていたジャケットを羽織った。
 立ち上がろうとしたので、胸を押さえて留めた。

「こら。怪我人なのだから少しは自覚を持って大人しく休んでなさい」

 眉根を寄せて怒った表情を作って見せる。
 私の忠告に、彼はがりがりと後頭部をかきむしった。

「いや、腹減ってんだが」

「食欲があるのは良い事ね。私が持ってくるまで、貴方はここで少し横になっていなさい。貧血で倒れたりして、そのまま世界に別れを告げたいの?」

 鼻に人差し指を突きつけて言い聞かせた。
 彼はジャケットを羽織っているだけで、後は何も身につけていない。
 シャツは深手を負って脱げないと判断した彼がすでに切り裂いていたし、デニムのジーンズにしても血を吸っていたので処分しなければならない。
 証拠の隠滅は彼の望みでもあった。

「はっ。あの非力なお姫さまの腕力で大の男を刺し殺せたりするものかよ。永琳のおかげで血も止まったんだ。後は足りねぇ血を飯食って補えば一件落着だってのに」

 尚もぼやく彼の肩をとんと押した。
 何の抵抗もなくよろめくと、彼はそのままベッドの上に倒れ込む。
 ひどく驚いた表情で数度瞬きをした後、起き上がろうと四苦八苦するが思うように身体を動かせない様子だ。

「永琳、一服盛っただろ」

「あら失礼ね。貧血で倒れないようにあらかじめ痺れ薬も塗っておいただけ。下半身が動かないだろうけど、数時間もすれば抜けるわ」

 半眼になって睨んでくる彼に、私はすぐに種を明かした。
 どうせ倒れるのなら、私の目の前で倒れてくれた方が処置も早く済ませられる。
 あらかじめ手順を一つ省いておいただけ。

「何食わぬ顔で痺れ薬か。だから永琳の世話にゃなりたくねーのよ。おっかねぇ」

「薬には違いないわよ? 毒薬も分量を見極めれば妙薬になる。貴方は自らの身体を過信し過ぎているのよ。身体を壊すのは過信が過ぎるからと相場が決まっているわ。誰の言葉だったかしら?」

「判ってて言ってるだろ」

「貴方がしようとしていた治療よりも、よっぽど痛みは少なく済んだと思うのだけれど?」

 私が見つけた時、彼は自室で腹部の傷の手当てを試みようとしていたところだった。
 その方法は原始的で、ライターの火で炙ったナイフを傷口に押し付けようとしていた。
 焼く事で細菌を殺し、尚且つ出血を止める為に傷口を塞ぐ。
 治療手段としてはあながち間違ってはいない。
 人としては大いに間違っている。
 彼にこれ以上誤った道を歩ませない為、そっと私の部屋まで連れ込みこうして手当てを施していた。

「だからって食事中にフォークぶっ刺したまま出て行く訳にもいかねぇだろ。僕の人バラ肉をお食べよ! ってか? 間違いなくトラウマ物だろ」

 そうしようとした理由は彼が口にした通り。
 食事中のウドンゲたちを気遣い、広間の置き薬を取りに行けずにやむを得ずそうしようとしていた。

 けれど、それだけではまだ足りない。

「優しいのね」

「あん?」

「知れば騒ぎになる。当然、貴方を刺した者に目が向けられる。愛情が深ければ、裏返せば強い憎しみにも変わる」

 今のウドンゲたちは彼の側に立つ。
 最も穏便に済ませるには、誰にも知られず傷の痕跡を消してしまうしかない。
 でなければ彼とて自らの傷を焼こうなどとは考えなかっただろう。

「貴方の性格からいけば、輝夜に報復を求めるものと思っていたのだけれど」

 目には死を、歯にも死を、遍く全てに災いあれ。
 それが彼の行動理念であり、それは例え子を持つ立場になっても変わりはしなかった。
 彼が従っている法に特例が設けられただけ。

「何言ってるんだか。俺はこれ以上厄介事を背負い込むのはごめんってだけだ。掻き混ぜたってややこしくなるだけだろ」

 言葉で否定して見せたものの、彼の行動は輝夜を庇っている。
 奴隷に対して決して見せる態度ではない。

「だとしても浅はかね。出血を止めても火傷の跡はどうするつもりだったの? ここでの生活で隠し通せるはずがない事くらい、貴方も判っているでしょうに」

「そりゃあ……後から永琳に頼もうと」

「意味は判らないけれど理由は判るわ。誰かに頼るのは自ら手を尽くしてから。それが貴方の見栄や面子という事ね」

「……おう」

 そして、彼が輝夜に刺された事を最も知らせたくなかった相手は、私なのだろう。
 居心地が悪そうにそっぽを向く彼に、私は言葉にされなかった部分は惚けたまま、彼の意地に呆れる事にしておいた。

「痩せ我慢をするのは勝手だけれど、二人を想うのなら面子など犬にでも食わせてしまいなさい。貴方の愛は口先だけ?」

 視線が戻ると黒い瞳に力が宿る。
 私はその視線を受け止め見つめ返した。

 言葉もなく視線を絡め合ったのは、ほんの数秒の事だ。 

 彼は自由の利く手を持ち上げて、目元を視線ごと覆い隠した。

「大事にしないでくれたのは、感謝してる」

「あの子たちの目につかないようにするのはこれからよ。傷が癒えるまではいい子にしてなさいな」

 彼の中で起きている変化はこれで確定した。
 後は見届けるだけ。
 鼻の頭を掻いていた彼の指がぴたりと止まり、首をひねって私を見上げてきた。

「それで。鈴仙たちに内密で済ませてくれるのは、ベッド代も込みでいかほど?」

「貴方の人生と等価」

 指で輪を作った彼に微笑んで、私は部屋を後にした。



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 動悸がする。
 眩暈を感じる。
 息も切れる。
 けれど私は心臓に病を患っていたりはしない。

 私は足早に廊下を歩く。
 向かう先はご主人様の部屋、ではなく。
 てゐの部屋だった。

 ドアを開けるとすぐにてゐの姿は見つかり、ベッドにうつぶせになって本を読んでいる所だった。

「なーに鈴仙? 今日はあいつ借りてないけど?」

 てゐは手元から視線を上げると、にやにや笑って当てこする言葉を投げかけてくる。
 最近のてゐは、ご主人様をだしに使った皮肉を何かと口にするようになってきた。

「あ、でも今日は姫様にかこつけて楽しんじゃったかも。久々にアナルセックスしたけどもう最高だった。お尻の中にあいつの形を仕込まれちゃった気分。それに抜きもしないでそのまま何度もされちゃってさ。私のこと精液タンクにするだなんて言うのよ? お尻で妊娠しそうな勢いだったんだから」

 うぐ。

 てゐの赤裸々な告白に私は顔を覆い、言葉を失ってしまう。
 私も姫様の前であられもない格好を晒してしまった口だけど、てゐもそうだったんだ。
 ご主人様に何らかの意図があって、姫様に見せつけるような事をしているんだろうけど。
 悪い事に、私はそれをちょっと楽しんでしまった。
 見られてする事に興奮してしまった。

 私はそれがなんだか背徳的で、必要以上に――というか求められる以上にこちらから催促するのははしたないと思って、自分自身で抑制していた。
 けどてゐはそんな体面を気にする事もなくご主人様に甘えて求めたんだろう。
 だから今日は妙に機嫌がいいし、私に当てこすりをしてくるのは機嫌の良し悪しに関わらずしてくるから不思議ではない。
 私もあの場で求めたら、もっとしてもらえてたのだろうか?

「……うぐぐ」

 思い出して照れてしまった。
 何でネクタイとソックスだけ残すなんて格好をしてしまったのか。
 いや、ご主人様がいいって言ったからなんだけど。
 あの人は時々、趣味が悪いと思う。
 ……姫様にセックスをしているところを見せ付けている時点で趣味が悪いんだけど。

 唸り声を上げて黙りこくってしまう私に、てゐはにやにや笑いを消して両手で頬杖をついた。

「鈴仙もさ、アナルセックスしてる?」

「へっ!?」

 いきなりなんて事を訊いてくるのこの子は。

 思わず素っ頓狂な声を上げてしまった私に、てゐの表情にあのにやにや笑いが戻ってきた。

「あれー? まだなんだ。いつだったか、私があいつの誘い方を教えてあげたじゃない。そっちは可愛がってもらってないの?」

 しかも何でそんな事ばかり覚えてるの。
 決まってる、私をからかう為に覚えてるんだ。

 そんな、アナルセックスだなんて……まだしてない。
 してないけれど、いじられる事は良くある。
 指や道具を入れられたりとかじゃなく、ソフトにタッチされたり舐められたりとか。
 セックスというよりもそちらは前戯で留められている感じだ。
 こっそりとご主人様の部屋に忍び込んでとろけるようなセックスの事後、布団の中で悪戯するように指でずっとお尻の入り口を撫でられたりとか。
 たまには背中を流そうと思って一緒に入浴したら、垢は落とせても欲情までは洗い流せずに、お互いの身体を擦り合わせてシャンプーを泡立てたりして。
 何一〇分と、ひょっとしたら一時間以上お尻の穴を舐め続けられたり。
 そういう事くらいしか、してない。

「……」

「思い当たる節はいくつかあるって顔よね?」

 はっ。

「てゐ、そんな事言ってる場合じゃないの」

 そうだ。
 私の性活を振り返って顔を火照らせている場合じゃない。
 さっき目にした光景を思い出すと、熱くなりだしていた頭からざぁっと血の気が引く音がした。
 てゐも不審に思ったのか、相変わらず砕けた姿勢だったけど私に向き直った。

「赤くなったかと思ったら青くなって。一体なによ?」

「いい? 良く聞きなさい」

 私は咽喉をごくりと鳴らして渇いた咽喉を湿らせた。

「師匠が雑誌を読んでいるの」

 私はつい先ほど目にした光景をそのまま言葉にした。
 訝しげだったてゐの表情にじわじわと驚きが――いや、これは呆気に取られてるのか。
 何を世迷言を言ってるの、という顔だ。

「……は?」

「だから、師匠が雑誌を読んでいるの」

 ただ雑誌を読んでいただけなら、私だってここまで取り乱したりはしない。
 あれ、師匠何を読んでいるんですかとか、話しかけながら覗き込んだりくらいはしただろう。
 けど違う、あれは違うのよ。



 姫様の分とご主人様の分を師匠が取りに行って、私はその間残ったおかずを小皿に分けてラップをかけた。
 食事は大体いつも食べ切れる量だけ用意されるけれど、当然余る時もあった。
 冷蔵庫で冷やしておけば夏でも料理は傷まないから、大抵そのまま保存されて翌日の朝食に利用されていた。
 ちょっと小腹が空いた時に摘んだりも出来るのが、手間がかからなくて有難かった。

 冷蔵庫の棚に余った食事を収める頃に師匠が戻ってきて、キッチンに向かう背中を追いかけた。
 勿論、私とてゐの分の汚れた食器を運んで。
 てゐは食べるのが早くて、食べ終えるとすぐにどこかに行ってしまう。
 だからてゐの食器を片付けるのも私の役目になってしまっていた。

「はぁ」

 重ねた食器を流し台に置いた拍子に、思わずため息が出てきた。
 なんだかんだであの子に体よく利用されているのはここでも同じなのかと、ちょっと滅入った。

 食器の後片付けなど、以前はご主人様がしていて、師匠が来てからはお互いに兼任するような形になっていた。
 私も洗ったりはしていたけど、今は殆ど広間の長テーブルから流しまで運んでくるだけ。
 洗った食器を乾いた布巾で拭いたり、元の位置に片付けたりと手伝いばかりだ。
 その事に不満はなくて、むしろ私が率先してやらなきゃいけない事をご主人様や師匠にやらせているみたいで、こうして隣に立つたびにすごく心苦しく思うんだけど。
 だって、師匠は代わってくれないんだもの。
 
「ウドンゲ」

「はい?」

 そんな私を師匠が呼んだ。
 呼ばれて顔を上げる。

「貴方、確か雑誌を何冊か持っていたわね」

 水を溜めた容器にお皿やお椀を沈める師匠から、そんな事を訊ねられた。

「え? あ、はい。幾つか持ってますけど……」

 鵺さんに持ってきてもらった雑誌で、外の世界の女の子がどういう服装を好んでいるかとか、流行になっているものは何かとか。
 殆ど異性との恋愛に関する記事が、綺麗な写真と並んで載っているものだ。
 てゐが持っているのと交換しながら、暇つぶしに読んだりしていた。

「それを私にも貸してくれるかしら」

「えっ」

 私は思わず言葉を詰まらせていた。

 師匠が?
 あの雑誌を読む?

「あら。そんなに驚く事かしら」

「えっ。いえっ。驚くと言いますか、えぇと」

 思わず固まってしまっていた私は、師匠の声で我に返り慌てて否定した。
 否定はしたけど、あの俗っぽさは師匠には似合わないと思った。
 師匠は普段からどこか超然とした雰囲気を持っているし、そもそも月では今も尚慕われる最高の知恵者だ。
 そんな師匠がベッドで横になって雑誌を眺めたりしている姿はまるで想像出来なかった。
 言葉が咽喉に詰まったまま出てこない私に、師匠は切れ長の瞳を流して私を見つめた。

「貴方が口紅を差すようになったのは、その影響なのでしょう?」

「あう、その。はい……」

 女の私でも、師匠が浮かべる流し目はどきりとする。
 ようやく通った咽喉からはどぎまぎとした声しか出て来なくて、化粧っぽさもないのに綺麗な師匠に言われて妙に気恥ずかしく感じた。
 落ち着きを失った私に、師匠はいつも洗い物をしているのに肌の荒れ一つない白い手を顎先に添える。

「女ですもの。美しくありたいと願うのは誰もが多かれ少なかれ抱くものよ。ましてや意中の殿方の為に女を磨くというのはいじらしい話よ」

「い、いじらしい、ですか」

 語感は弄り易いと似ているけど、数文字変わるだけでこんなに照れくさく感じてしまうのだから不思議だ。
 目を伏しがちに縮こまる私に、師匠の言葉が付け加えられる。

「それともそういう事は貴方やてゐのような若い子達に任せて、私は年齢を考えて落ち着いていた方がいいかしら」

「あ……あはははは」

 ひどく答え難い師匠の冗談に、私の頬が引きつった。
 ああ、てゐやご主人様ならこういった状況も難なく切り抜けてしまえるんだろうけど、私は無難に愛想笑いで誤魔化す事くらいしか思いつかない。
 乾いた笑い声を上げる私に、師匠もにっこりと微笑んだ。

「今のは、冗談のつもりではなかっただけれど?」

 今度こそ、私の笑顔は凍りついた。

「そうね。一笑に付す程度の事ですものね、私の年齢など。まだまだ若いウドンゲと違いさぞかし化粧の乗りも悪い事でしょうね。ふふ。ああおかしい」

 笑ってません。
 目が全く笑っていないです、師匠。

 私は命の危機を感じて、かといってここで逃げ出したら間違いなく背中からばっさりといかれる気がして、この場で立ち竦むしかなかった。

「さて、冗談は程々にして。後片付けを済ませましょうか」

 やがて師匠は何もなかったように、洗剤で泡立てたスポンジを片手に水につけていた食器を磨き始める。
 私の方は肌が恐怖で粟立っていたけど、目の前に濡れた食器が並べ始められると身体が反応した。

 どこからどこまでが冗談だったんですか?

 とは訊けずに、乾いた布巾でお皿の水滴を一枚ずつ拭き取っていった。

「雑誌の件、後でお願いね」

 そう付け加えられて、少なくともその辺りは冗談じゃなかったんだと判明した。
 このまま無言でいるのも居心地が悪くて、私はなんとか凍りついていた笑顔をぎこちなく歪めた。

「あ、その。め、珍しいですよね? 師匠が雑誌とかに興味を持たれたりとか」

「そうね」

「何か理由があるんですか? あ、えぇとそういうのじゃなくて、新しい薬のヒントとかそういう意味で」

 馬鹿馬鹿馬鹿、私の馬鹿。
 一言多い。

 機嫌を損ねやしなかったかと内心恐々と窺う私に、

「少し、愛しい背の君を誘惑してみようかと思ったのよ」

 師匠の横顔は上機嫌に笑っていた。



 私がさっき体験してきたばかりの、優しく全身の皮を剥ぎ取られていくような時間をてゐにも説明した。

「お師匠様がそんなこと言ったの?」

「言ったの」

「それで、持ってた雑誌を渡したの?」

「うん。手持ちの分は全部」

「……読んでるの?」

「……読んでるのよ」

 あの師匠があん・あんとかZUNZUとかSEXTEENとかBeNeとかを読んでいるのだ。
 てゐはぽかんと呆気に取られた様子で、それは私もついさっき浮かべていた顔なんだろう。

 師匠は今までそういった態度は見せなかった――だからと言ってご主人様と険悪だったり衝突したりせずに、私と比べて大人の付き合い方といった感じで憧れた。
 仲が良いけれど、どこか一定の距離と節度を保っていた二人。
 もしその距離感を縮めようとするなら、きっとご主人様の方だと思っていたのに。
 それがまさか師匠の方からだったなんて。

「どうしよう。師匠が恋の鞘当てなんて私じゃ敵う訳ない!」

「私が相手ならどうにかなるって思ってる発言ね、それ。まあいいけど」

「良くないわよ! ああ、どうしよう。師匠が本気になったりしたら、ご主人様もエッチだからきっところっと鞍替えしてそのまま私はお払い箱に……い、いやー!」

「落ち着きなさいよ、鈴仙」

「落ち着け? 落ち着いてどうしろって言うの。そうなる前に一服盛って先手を打てって? 無理よ! だって師匠にも効く薬なんて、師匠にしか作れるはずがないじゃない!」

「速攻で息の根を止めにかかるとか。私でも引くわ」

「だって、だって……! 私にはそれくらいしか!」

「いい性格になってきたわねー。よっと」

 てゐはひょいとベッドから飛び降りると、狼狽し慌てふためく私の前までやってくる。

「で。私のとこに来たってことは、師匠があいつに本気になったか確認して欲しいんでしょ? 自分で確認するのが怖いから」

「……うん」

 そうだ。
 雑誌を手にした師匠が自室に戻っていくのに、私がついていくのは幾らなんでも不自然だったし。
 変に嫉妬したりして師匠の気に触ったりしたら、一体どんなお仕置きが待っているか考えたくもない。
 私だと絶対ボロが出るだろうし。
 だからてゐの手を借りたかった。

「高くつくわよ?」

「ある程度なら……」

「あいつ一ヶ月貸して」

「高いわよ!」

「高いって言ったでしょ?」

「それにしたって限度があるわよ。三日」

「じゃあこの話はなしってことで~」

「よ、四日!」

「鈴仙、あんたみみっち過ぎ。せめて半月から始めなさいよ」

「……う~」

「目を潤ませて睨んだりしても無駄。それで騙されるのなんてここじゃ一人くらいのものよ」

 そこからてゐとの熾烈な交渉が始まった。
 始まった、はずだったんだけど。

「毎度ありぃ♪」

「むぐぅ」

 程なくてゐの言うがまま半月で決着していた。
 さすがに半月もの間ずっとご主人様を独り占めにされるのは、私の心がもたないと思った。
 四週で四日ずつに分割にするという主張が通ったから、私だって負けっぱなしだった訳じゃない。
 訳じゃない、はず。

「じゃあちょっと探りを入れてくるから、鈴仙はここでこれでも読んで大人しくしときなさい」

「……うん」

 私、元幹部なのに。
 上司なのに。

 なんとも言えない無残な気持ちで、てゐに渡された一冊の小説をじっと見つめた。

【江呂川乱歩全集】

 地上の物書きは変わったペンネームを使うんだなぁと、けれどご主人様ももうちょっと見習って欲しいかなとも思いつつ、飾り気のない表紙をめくった。



 ………………。

 …………。

 ……。

 

「鈴仙」

「え?」

 名前を呼ばれて私は顔を上げた。
 呼びかけられるまで全く気がつかなかったけど、いつの間にか部屋から出て行ったはずのてゐが私の隣に立っていた。

 師匠の様子を探りに部屋から出て行ったばかりのはずなのに、もう帰ってきたの?

 そんな疑念をすぐに振り払う。
 時間の感覚がおかしい。
 それくらい私は手にした【江呂川乱歩全集】に集中して、艶かしくも妖しい文体に惹きつけられてしまっていた。
 てゐが戻ってきたというのに、今も開いた小説を閉じ難い気持ちのままでいる。
 江呂川乱歩、恐るべし。

 とはいえここでまた読みふけったりしていたら、てゐにいつの間にか色々と条件を付けられるかもしれない。
 こほんと一つ咳払い。
 カバーの折り込みをしおり代わりに挟んでからてゐに向き直った。

「そ、それで。どうだったの……?」

 ようやく気がついた。
 なんだかてゐの様子がおかしい。
 顔色がどこか青ざめていて、身体が強張ったようにぎこちない。
 まるで、師匠がこの場所にいる事に初めて気がついたあの時のような雰囲気だった。

「いたの」

「な、何が――誰が?」

 思わずごくりと生唾を飲み込んだ私に、てゐは目にしてきた事を硬い声で訥々と告げる。

「お師匠様の部屋に、あいつが」

「ご主人様よね? 二人が一緒に?」

「何をしてたと思う?」

「な、何って……」

「ベッドで二人横になってて」

「ひょっとして……ごにょごにょ」

「甘いわね、鈴仙。あいつとお師匠様は何もしてなかったのよ」

「……え?」

「何もエロい真似をしないで、ただ雑誌を読んでいたのよ」

「う、嘘。目の前に餌を置くと絶対に飛びついてくるあのご主人様が?」

「ほんとよ。鈴仙に借りるはずだった予定の雑誌を取りにいく、って私の口実にも二人とも動じずに。はいって普通に渡された」

「……よりにもよってSEXTEENを」

「あれはもう完成の域だったわ」

「か、完成」

「どうしよう、鈴仙」

「どうしようって……どうしよう?」

 本気になった師匠とご主人様の間に、私たちが割り込めるだけの余地なんてあるのだろうか?



xxx  xxx



「なんて。誤解させてしまったかしら」

 と、誤解を広めた当の張本人が、虫も殺さない無邪気な笑顔を浮かべていらっしゃった。

「自分でやっといて良く言うぜほんと」

 唇を尖らせて睨む俺に、永琳は口元を隠して肩を小さく揺すっている。

「けれどおかげで貴方の傷の事には気がつかなかったし、様子を伺いに来たてゐもすぐに部屋を出ていってしまったでしょう?」

 これ絶対確信犯だろ。
 この世の中、女の笑顔ほど怖いもんはねぇ。

「おかげさんで。後になってえらい勢いで皺寄せが来そうな気がするけどな。主に俺に」

「甲斐性の見せ場ね」

「今から気が重ぇ」

 軽快なリズムの会話を楽しみながら、俺と永琳は遊歩道を連れ添って歩く。
 日差しの強い昼下がり、それでも辺りはごみごみとした人の姿で活気に溢れている。
 広い道の左右に様々な店が並び、ご苦労な事に威勢の良い呼び込みなども行われていた。

 死ねばいいのに。

 内心毒づきながら普段よりもかったるい感じで人の群れを威嚇し、次に視線を空に向けた。
 雲一つなく晴れ渡った空で、太陽が燦々と輝いていた。
 じりじりと肌を焼く紫外線と額から吹き出た汗が眉毛に溜まるのを感じながら、俺の憎悪は余計に煽られた。

 夏真っ盛り遠慮なしの糞暑苦しい太陽に怨嗟の声を上げる俺と比べて、左隣を歩く永琳の表情は実に涼やかなものだった。
 あの左右ツートンカラーの服装を改め、普段着っぽい普段着に着替えている。
 ドレープシャツにキュロットパンツ。
 履物はストラップが巻きつくようなデザインのサンダルで、一見どう履けばいいのか迷うデザインだが、踵がファスナー開きになっていた。
 星が繋がった帽子も、今はずっと通気性のよさそうな麦藁帽子に変わってる。
 帽子も含めて普段よりもずっと楽な、普通の格好をしていた。
 一応衣服を選べるカタログは渡していたけども、あの格好しか見た事ないんで(何着か用意して着回してるらしい。帽子含めて)えらく新鮮に見えた。

 衣服こそどこにでもあるような組み合わせだったが、永琳は人通りの中で浮きまくっていた。
 と言うより、永琳の場合はどんな格好をしていようが周囲から浮かざるを得ない。
 だって中身がダンチだもの。
 ただでさえ銀髪に碧眼なんて目を引く容姿に加えて、おまけに絶世の美女。
 ゴーカートが追いつけ追い越せで競り合ってる中、問答無用でフェラーリが参戦してきたって感じか。
 ロゴや機体色が少々変わった所で性能は申し分なく、有象無象は雁首揃えて鼻糞以下だ。
 実際のとこF1世界だろうと不動だってんだから、そもそも比べる方が罪悪ってもんですよ。

「どうかしたかしら?」

 洩らしたため息が聞こえたのか、盗み見ていたのがばれたのか、つばを持ち上げて空を見上げていた永琳の視線が俺に向けられる。
 途端になんだか俺は妙な居心地の悪さとぎこちなさを覚えて、手の平の汗をケツで拭ったりした。

「いや。どんな格好も様になるもんだなぁってな」

 そいつは本音であり建前。
 とっくに見慣れていたはずの永琳を、衣装が変わるなんて他愛のないイベント一つで、改めて美女だって再認識して何やらこっぱずかしかったってのがほんとのとこ。
 元々苦手意識はあったが、そいつが余計に俺をキョドらせていた。

 ちらちらとちら見するなんていう明らかに不審な態度を取ってしまっている俺に、一方永琳は落ち着いたものだ。
 少し驚いてはいたようだが、すぐにあの余裕たっぷりな微笑を口元に浮かべた。

「そう言って貰えるなら、もう少しおめかしをした方が良かったかしら?」

 なんて、着こなすシャツのドレープを摘んで伸ばしている姿は、自分の弟子をあっさりだまして誤解を広めて、あまつさえ俺の望みまで果たしてしまったこわーい女の雰囲気は欠片もない。
 言葉からちょっと所じゃ済まない期待を感じてしまうくらい、無邪気な仕草だった。
 そんな甘っちょろい期待を、奥歯でガッツリと噛み殺した。

「買い物に出るたびにめかし込まれてたら、俺の精神がもたねぇよ」

「あら、どうして?」

 どうしてだって?
 そんな事は決まりきってる。

「何色目使っていやがるんだと、誰彼構わず喧嘩を吹っかけたくなってくる」

 俺は言葉と共にぎろりと尖らせた視線を周囲に巡らせて、アホ面下げる男(女も一部含む)共を険しく威嚇した。
 永琳の美貌たるもの今更言葉にするまでもないだろう。
 で、そんな永琳がどこにでもある遊歩道を歩いている訳だ。
 当然注目の的で、おまけの俺も含めて好奇の視線に晒されまくっていた。

 浮いちゃあいるが、そもそも永琳がそんな俗世の空気なんか気に留めるはずもなく、遠目に、通り過ぎる度に次々と振り向けられる視線なんざ背景の一部程度にしか思ってないだろう。
 けど俺は至って狭量なお兄さんなんで、さっきからぎろぎろと辺りを睨みつけてばかりだ。
 まず永琳にぼけっと間抜け面で見惚れて、それを俺が一睨みしてやるとそそくさと視線を逸らし、人混みに紛れて関係を勘繰るような下世話な視線が向けられる訳だ。

 俺を苛立たせる半分がそれだ。
 後の半分は、単純に暑いからイラついているだけだ。
 こう暑いと、ポストが赤いって理由だけで無差別に殺っちまいたくなる。

「駄目よ。いい子にしてなさい」

「BOW-WOW」 

 餓鬼に言い聞かせるような永琳の声に、俺はすっかりざらついていた神経を毛繕いしていった。
 時折犬のごとく吠え掛かったりしながら、俺と永琳は遊歩道を歩く。
 外に出ようと誘って来たのは永琳の方だが、特に行き先が決まっていた訳じゃない。
 永琳が言ったようにレイセンとてゐからの針のような尖った視線から逃れる為の口実だったんで、それが叶った以上こうしてあてもなく散策してるのが目的みてぇなもんだ。

「あー、くそ。あちぃ」

 逃げた先が真夏の灼熱地獄だったなんてオチは、実にざまぁみろって気になってくる。
 ジャケットを夏用の通気性抜群、ノースリーブタイプにしてきたのがせめてものお情けだわな。

「本当、うだるような暑さね」

 と、左隣の永琳が相変わらず突っ込み甲斐のある事をのたまった。

「俺はむしろ汗一つかかない永琳の方が不安になるよ。熱中症じゃねぇのかって」

「新陳代謝が低いだけよ。その気になれば止める事も出来るけれど」

「それは死んでるって言いそうで嫌だな。こんなに暑いんなら夏らしいイベントの一つも考えるか」

「期待しているわ」

 取り留めのない会話を交わしながら、俺たちは夏の日差しに焼かれながら肩を寄り添わせて歩いた。

 と言いたいとこだが、八割くらい水分で出来てる人間様にこの環境はマジで洒落にならんので、さっさと涼しい場所に逃げ込む事にした。
 文明の利器万歳。
 いずれてめぇの首を絞める事になろうが、エアコンなしの生活を送るくらいなら地球環境の一つや二つの破壊は屁でもねぇですよ。

 遠い先の未来の住民は涙でも飲んでろって事で、やって来ましたのは所謂デパ地下。
 日差しを避けて地下街に逃げ込んで、その先でたまたま入ったってだけなんだけどね。

「デパ地下はご当地の味を何時でも手に入れられるってのが利点だわな。値段は少々お高いが、利便性の対価と考えりゃ我慢出来なくもない」

 一応永琳にも説明しといた方がいいかも知らんかと、薀蓄語りなんぞしてみた。
 仕組みやら構造やらは一目で判ったかも知らんが、俗世フィルターを通した言葉ってのは縁がないだろうし。
 そもそも、俺は永琳と一緒にデパ地下巡ってお買い物なんて事しなかったしな。

 自分でも驚いた。
 そんな極当たり前の事すら俺はした事がなかったし、しようとも考えなかった。
 前任はやっぱり糞だと思った。

「そうなの。甘い香りね」

 軽い衝撃に立ち竦んでいる俺に、永琳は周囲を見回して有り触れた感想を述べた。
 デパ地下の中でも有名店やら専門店が並ぶ区画で、和洋各種のスイーツが縦横無尽に並べられていた。

 向かって右手はふんわりと焼きあがったカステラやどら焼きといった定番の中、メインとなるのは涼しげな羊羹や葛餅。
 たっぷりと黒蜜を塗った上できな粉を振らせたわらび餅なんて、見てるだけで口の中に涎が溜まるほど堪らない。
 片や左手に並びますは、ショーウィンドウ越しに飾られた彩り鮮やかなケーキ。
 果実をふんだんに使ったタルトにティラミス、ひんやりと冷えたジェラート。
 甘ったるい香りが充満した甘党には極楽、それ以外には割りと殺人的な匂いで充満している場所だった。

 それなりに中途半端な時間帯で、休日でもないのに――はて、今日は休日だったか?
 もう曜日感覚なんてものはとっくに削り取られちまったんでどうでもいーや。
 とにかく、予想に反してそれなりの人手で賑わっている。
 と言うかあちこちの店に群がっている客の姿は、蟻の巣の上で蜂蜜を地面に垂らした一時間後を見ているようだった。

 スイーツ一つで血眼になるとか。
 気色わりぃ。

「晩飯のお買い物にゃあちと早いから、ちょいと上を見て回るかい?」

 真っ先に食料品を買おうものなら、この季節じゃ歩き回ってる内に傷めちまうのは目に見えてる。
 というかここは涼しくはあるんだが酸素が薄い気がする。
 大多数の客のせいで。

「そうね。けれどいいのかしら。女の買い物に付き合うのならそれなりに忍耐力が要るわよ?」

 なんて、永琳は口元を小さく吊り上げた。
 天秤に掛けて考えるまでもなく、俺はその挑発に乗った。 

「忍耐力が今試されるって訳だ。良し行こう。俺がどれだけ我慢出来る子なのか見せとかねぇとな」

「その言葉、忘れないようにね」

 俺たちは早速昇りエスカレーターを目指して、食料品売り場からさっさと移動していった。

 俺の忍耐力は、実に粘り強い事に三〇分保った。
 頑張った自分を褒めてやりたい。

「なぁ、別のとこ行こうぜー」

 忍耐力を使い切った俺は、玩具売り場以外を回らされている餓鬼のごとく、摘んだ永琳の袖をくいくいと引いては催促していた。
 生き残る為に不要になる誇りなんてものは真っ先にかなぐり捨てた。

 俺の蚊の鳴くような声に、

「もう少し我慢なさい、僕」

 永琳はにっこりと――それはそれはもう満面の笑みと一緒に無慈悲な言葉を返してきた。

 かくして俺は砂漠で枯れちまった死体のようにげっそりと項垂れるのであった。

 永琳が俺を連れて歩き回っているのは、女性用の下着売り場だ。
 百貨店の名に恥じない規模と品揃えで、下手なハンカチよりも布面積が少ないもんとか、これって絶対下の毛が透けるだろうって薄いもんとか、そういうのが並べられたり飾られたりしている場所に俺はいた。
 当然だが、周りから向けられる俺への視線は変質者一歩手前。
 客だけでなく店員の視線も含まれてるから、ある意味一歩前進。

 永琳とはぐれた時点でアウトだなこりゃ。
 というか今まで良く通報されてないな俺。
 こういうのは堂々としてた方が却って偏見を受けねぇもんだと思ってたんだが、どうやら昨今のフェミニズムって奴を甘く見てたみてぇだ。
 何と言うかいたたまれねぇ。

「いやさ、俺ちゃんとカタログ渡してるだろ? 服とか下着とか鵺経由で調達出来てるだろ?」

「ええ」

「どうして、よりにもよって今ここなんだよ」

「写真で見るのと実物を見るのとでは違うわ。見せない場所だからこそ私自身の目でこうして確かめ、許されるのなら手で触って布質を確認したいというのが女心よ」

「なるほど。そりゃ確かに切実だわな。本音は?」

「貴方を困らせたかったのよ」

 鬼かよ!

 叫び声を上げたりしたら、通路でさりげなく注視している私服警備員が飛んで来かねないのでぐっと飲み込む。

「どう。思惑通り困っているかしら?」

「永琳さん。やり方がちょいと陰険じゃございませんこと?」

「まだ余裕があるようね。ねぇ。どの下着が私に似合うか、貴方のセンスで選んでみて下さらないかしら?」

「やぶさかではないけれど、困った趣味が出ますことよ?」

「だとしても、目にする機会があるのも貴方くらいなのだから私は困らないわね」

「私、泣かないわ。上を向いて強く生きるわ」

「上ではなく、手元の商品を見ないと一向に選べないのではなくて?」

 冷えた視線が全方位からひしひしと突き刺さってくる。
 針の筵のような思いで、それでも俺は永琳の下着を上下一式選んだ。
 俺の精神力を鑑みてか、最低限レジでの受け渡しは代行してくれた。

「次は化粧品を見て回ろうかしら?」

 そんな永琳の一言。
 長い階段を上り終えてようやく一息ついていた俺の目の前に、再び果てしない昇り階段が現れた気分だ。

 永琳の言う通り、ここと化粧品コーナーは隣接している。
 と言うよりフロア全体がレディス売り場なんで、男の俺としてはとても居心地がよろしくない。
 俺のような付き添いや、早々に付き合い切れなくなって休憩所で脱落してる男どもは、どいつもこいつもここにいる意味が理解出来ねぇって面で呆けていた。

 その点俺は判ってる。
 女ってのは気紛れに相手を試す習性があって、そいつに耐えた分だけ男を磨いているつもりになってるって事。
 重要なのは苦行に耐えさえすれば女が満足するって事だ。

 他の付き添い客は不幸だが、俺は幸運だ。
 何しろ俺の隣にいるのは飛び切りのいい女だ。
 いい女ってのは、男の乗せ方もうめぇのである。

「これがまだ続くのか……」

 カードで手早く支払いを済ませた俺は、試しにげんなりと肩を落として呻いて見せた。

「お土産にするなら、食べ物以外もあった方がいいでしょう? どちらにせよ誤解を解く必要はあるのだし、二人とも贈れば喜ぶわよ。今頃貴方が私に取られると思い詰めて、何か手を打っている頃じゃないかしら?」

 土産か。
 土産ね。

 もううんざりだって気になっても、すかさず理由と口実を作って発破を掛けてくれる。
 男を見せる機会を作ってもらってるんだ。
 乗せられ易い俺はあっさりその気になってまだまだ頑張ろうって気合で溢れてきた。

「泣きたくなってきたよ、俺は」

 と言いつつ、まんざらじゃない。
 永琳が広めた誤解ではあるが、こちらとしても焼きもちを妬かれるのも悪くない。
 ただ楽しいだけじゃなく、そういうちょっとした諍いも含めて家族ごっこだ。
 家族が何の問題もなく愛だけに満ち溢れてる、なんてこたぁねぇですよ。
 アクシデントの一つ二つもあれば、ごっこ遊びもリアルに感じられる。
 まやかしのような生活に、自分すら見失ってマネキンにならねぇ為には、痛みを伴った方が生きている実感も湧いた。
 我苦痛するが故に我在りだ。

「お次は化粧品一式だ。さあ行こうやれ行こう」

 レイセンとてゐが俺にどんな意趣返しを企んでいるか、それをどうやってかわすか、永琳が言うよう贈り物を渡した時にどんな顔を見せてくれるのか。
 考えるだけで楽しくなってきた。

 乗り気になった俺に、永琳は微笑むだけで深くは追求しなかった。
 俺たちは肩を並べて目的の場所へと向かう。

「うわぁ。取り扱ってるブランドがシャネルかエビアンくらいしか判らねぇ。というかエビアンまであるのかよ!」

「私には驚く理由が判らないのだけれど、一口に化粧品と言っても色々種類があるのね。使う必要がない物は良く判らないものね」

「……なあ永琳、今の一言でこのフロアにいる結構な人数を敵に回したと思うんだが」

「香水に口紅乳液化粧水パウダーにネイルアート? ……あら、ダイエット用品なんて置いてあるのね。顔の修正にこんな物が必要になるものかしら?」

「やめてくれ、頼む。俺にまで敵意がひしひしと伝わってきてる」

「あら。本当の事だもの」

「フロアが丸ごと敵地になっちまったぞ。帰りてぇ」

 永琳から活かさず殺さず生殺しにされながら、化粧品を選んで回った。
 せっかくこうして二人で外出ってぇ機会を得たんだ。
 この空気を楽しむのも悪くはない。
 奮い立たせた意気が早くも削がれていくのを感じていたが、永琳に隣で笑みと共に見守られてると、不思議と枯渇するこたぁなかった。

 そんな調子で建物の上へ上へと昇りながら一通り買い物を済ませ、俺たちは屋上のオープンテラスで一息入れていた。

「あいよ、お待たせ」

「ええ。ありがとう」

 セルフでグラスを運んできた俺に、席を確保していた永琳が迎えた。
 グラスの中身は鮮やかな青色で、ラッパ型に広がったグラスの口にはカットされた瑞々しい色取り取りの果実が飾られている。
 夏の定番メニューは数あれど、今回はトロピカルスムージーをチョイス。
 ブルーハワイと言っちまったらそれで片がつくんだが、トロピカルだけあって生果物がふんだんに使われててちょいと豪華な気分。
 各卓ごとに開いた大きなパラソルの下、ひんやりと冷たいグラスを手渡した。

「夏の定番といやカキ氷だが、スムージーも悪くねぇ」

「そうなの」

 才媛の鑑みてぇな永琳だが、案外自分の興味のない分野まで知り尽くしてるって訳じゃないようだ。
 ただとぼけてるだけって可能性もなきにしもあらずだが、先っぽに切れ目を入れて広げたストローを摘み、不思議そうにスムージーを掻き混ぜる姿は、裏があったとしても可愛いもんがあった。

「一気に飲むと頭にキーンとくるぜ」

 その辺りはカキ氷と変わらない。
 注意事項に永琳は頷き、みぞれ状のスムージーをちょこちょこと口に運んでは口に含んでいく。
 俺の方はグラスの口に飾られたパインやスイカやオレンジなんかをやっつけにかかる。
 降り注ぐ日差しは相変わらず強かったが、日陰で冷たい飲み物に舌鼓を打っている為か、体感温度はさほど暑く感じられなかった。

「……うん、冷たくて美味しいわ」

「だろ? 暑い時には冷たいもの、寒い時には温かいもの。ささやかな幸せって奴だ」

 俺はスイカにたっぷりとスムージー塗りつけてからぱくりと頬張る。
 レディスフロアでさっぱりと削り取られた俺の気力も回復し、今はいつもの調子取り戻していた。

 とはいえ、空元気を振りまく余りちょいとばかり調子に乗り過ぎたかも知らん。
 本来は四人がけのテーブルの内、イスの半分と足元を占拠している手荷物に視線を移してため息をついた。

「こうなるんだったら車出せば良かったな」

「思いつきで決めるからよ」

「そうは言うけどよぉ。永琳だってさんざ俺の事脅かしてただろ?」

 俺がふとした拍子に口に出した夏らしいイベント。
 夏と言えば、やっぱりあれだ。
 あれを抜きにして夏を語ろうなんざちゃんちゃらおかしいのである。 
 場当たり的に始めたその企画は、買い物をしていく内に具体的な計画を進めていった。
 イベントを盛り上げるにゃ色々なグッズが欠かせない訳だが、あれもこれもと選んでいる内にこうなっちまった。

「貴方のそういうマメな所、好きよ」

「思えばそういう言葉にあっさり乗せられちまってたのが俺なんだよな。いつまでも乗せ易い餓鬼だと思って貰ってちゃ困る」

「そう。それは残念。私が蒔いた種なのだから、誤解を解くのに一肌脱ごうかと思っていたのだけれど」

「確実に種から芽が出て育ってる訳なんだから、そこは自分の手で刈り取るって言うとこじゃねぇの?」

「頼れる男性は魅力的ね」

「そんな見え透いたよいしょにゃ引っかからねーよ」

「可愛げがなくなったわね」

「俺としては僕ちゃん扱いから卒業してぇ訳ですよ」

 前任のアホはてめぇの餓鬼っぽさを最後まで克服出来ずに逝った訳だが、だからって俺まで同じ扱いをされちゃ困る。
 とはいえ永琳にしてみりゃ俺の本音は子供の背伸び程度にしか見えないのか、くすくすと笑われちまった。

「俺の願望は雛鳥の囀りにしか聞こえねぇのか?」

「そうではないわ」

 何がそうじゃないのか、永琳は明言しなかった。
 俺は不服顔で――と言っても会話の流れでそうしてるだけであって、それほど不満は感じちゃいなかった。
 頬杖をついたままばくばくとパインを齧った。

 二人でこれといった目的もなく出かけて、こうして他愛のない会話を楽しむ。
 思えばそういった機会は、以前から数えたって圧倒的に少なかった。
 前任のアホが入れ込んでた時は間を置かずに子供が生まれて、お互いの愛情の大部分は娘に移っていった。
 愛情――というよりもあれは執着の類だが、その中心に据えるべき存在が生まれたからだ。

 だからなのか、俺は永琳との何気ない日常の一幕にひどく新鮮味を感じていた。






 思いの他重労働になった買い物を終えて、俺たちは住み慣れた住居へ戻ってきた。

「貴方の鼻が的中ね。皮一枚の差だったわ」

 自室に戻るなり一足早く汗を流していた永琳は、続いて浴室から出て来た俺をベッドに手招く。
 永琳はゆったりとしたバスローブなんかを纏って、一体いつこんなの用意させたんだか。
 謎は尽きないが、こういう不意打ちは俺としても大歓迎だ。

「雨の匂いがしてから乗り込んでちゃ遅いわな」

 バスタオルで湿った髪を乱雑に拭きながら、俺は湯気を漂わせながらぼやいた。

 帰宅の最中、熱せられたアスファルトが雨に濡れる独特の匂いを嗅ぎ取った。
 雨が降り出す直前の、あのむわっとした青いきれだ。

 速やかにタクシーを捕まえると、大荷物をトランクにまとめた。
 俺たちが乗り込んで数秒と経たず、青空をにわかに立ち込めた黒雲が覆い隠し、雷を伴った激しい豪雨が地上を襲った。
 天上の底が抜けたような土砂降りの雨に、あのまま呑気に歩いていれば間違いなく荷物ごと二人合わせて濡れ鼠になっていただろう。

「ゲリラ雨に見舞われるたぁついてねぇ。ほんと、車を出しときゃ濡れずに済んだんだがなぁ」

 住居につく頃には雨脚も若干弱まっていたものの、それでも荷物を運び出す際に濡れてしまっていた。
 それが大変気に食わない。
 折角の楽しい一時にケチをつけられた気分だ。

「取れる手の内で貴方は最善を選んだと思うのだけれど?」

「そう言ってもらえりゃ、少しは救われた気分になるな」

「欲張りね。レイセンたちの機嫌を直す事に成功して、それ以上を望むと言うの?」

 そうだ。
 永琳が言う通りこっちが目論んでたヤマはばっちりと当たった。
 朝からひじょーに厳しい目を向けていた二人ではあったが、俺の企画説明とプレゼント攻撃で不承不承(顔だけだったのは数値で確認済み)怒りの矛先を沈めてくれた。
 なんか逆さ吊りとか仕込んだ罠とか色々と物騒な単語は聞こえてきたが、二人とも素直にそれぞれの部屋に戻っていった。
 今頃は明日に向けてカタログと睨めっこの真っ最中だろう。
 ノリノリな二人に、お兄さんの愚息は今から期待の余り爆発しそうです。

「俺は欲張りなのさ。知ってるだろ?」

「そうね」

 風呂の余熱がまだ身体に残ってるんで、温められた身体から汗が噴き出てきた。
 そいつも丁寧に拭き取り、特に汚れの溜まりやすい首周りをぐるりと拭ってから本題に入る。

「で。何で俺の着替えだけ用意されてねぇの?」

 そこまでする義理はない、と言われちゃあそれまでなんだが、永琳の部屋に二人きり、素っ裸でいるなんて。
 折角火消ししたってのはまたメラメラと炎上し兼ねない。
 嫉妬されるのは悪くないが、何事にも限度ってものがある。
 本気になられるとこっちの分が悪いんである。

 永琳は俺の質問に白々しくも驚いた表情なんぞ浮かべた。

「あら、そうだったわね。少しも恥ずかしがる様子がなかったから気がつかなかったわ」

 そりゃ皮肉ですか。
 脱いだ服は全部どこかに片付けておきながらバスタオル一枚だけ用意されてたんで、明らかに嫌がらせの類だと確信していた。
 今更見せて恥ずかしがるうぶなねんねでもねーし、バスタオル片手に浴室から首だけ覗かせるなんて真似は、俺がしたって可愛くともなんともねぇ。

「というか、こっちは永琳が俺の身体に興味を覚える方が不思議だよ」

 これでも娘まで作った仲だ。
 お互いに身体の隅々まで知り得て、知らない場所なんてある訳がない。
 露骨な嫌がらせに口元をひん曲げていると、永琳の切れ長の瞳が細まった。

「あら。それは聞き捨てならないわね。私が、貴方の身体に何の興味も抱いていないとでも思っているの?」

 目を細めた。
 たったそれだけで発散していた空気の質が変わる。
 今までは冷たい彫像が持っている美しさだったものが、ひどく生々しい肉感を伴った色気へと。
 身を乗り出して腿に手を乗せると、妖艶な色香を醸し出して俺の顔を下から覗き込んできた。

 片やバスローブにこっちは素っ裸。
 こう密着されると、締まってはいるのに出るとこは出てる身体の柔らかさなんかが否応なく伝わってくる。
 この部屋の空気である薬の匂いが、急に甘酸っぱい香りが俺の身体を取り巻いていくようだった。

「……香水使ってるか?」

 いや、そいつは錯覚じゃなく実際に甘酸っぱい香りがする。
 鼻を擦る俺に、永琳は蟲惑的な笑みを浮かべた。

 俺の手を取ると自らの首に押し付け撫でる。
 それが答えの代わりなんだろう、俺の手からも甘酸っぱい香りが漂いだした。

 俺が風呂に入ってる間に、普段使わない香水を振ったりしてたのか。
 その事実はひどく俺を興奮させた。

 柑橘系の香りに誘われて、もっとこの果実を確かめたい気分になって俺は手を伸ばした。
 豊かな銀髪に触れる。
 指の上に乗せると、重力に沿ってさらりとこぼれる。
 レイセンの髪質は一本一本が細くて柔らかく、てゐは癖の強い巻き毛で指に絡め取り易い。
 永琳の髪は硬めでしっかりとしていた。

 当たり前の事だが全く同じ髪の者ってのは世の中にいない。
 指に絡めようとするとするりと解ける直毛に、男を袖にするすげなさと、乳房を当てて相手の反応を楽しんでいるかのような悩ましさは、男にとって天敵である女の印象そのままだ。

「永琳」

 普段は抑えられている女の姿を見せ付けられ、すっかり当てられちまった俺は自然と顔を近づけていた。
 俺が何をしようとしているのか一目瞭然だろうに、永琳は拒む態度もなくにこりと微笑み俺の顎先に手を伸ばす。

 むにゅっと、立てられた人差し指が俺の唇に当てられた。
 沈黙を要請するようなその仕草と一緒に、俺のわき腹をぐっと鷲掴みにした。

「いって」

 反射的に身体が動いていた。
 折り曲げようとしていた背筋を伸ばして、跳ねるように身体を逃がす。
 実は口にするほど痛みはなかったんだが、感じ取った違和に身体が過敏なほど反応していた。
 
 思わず目を白黒させてまじまじと見入る俺に、永琳はくつくつと咽喉の奥を鳴らして肩を揺すっていた。

「患者の容態に興味を持たないはずがないでしょう?」

 ……。

「ひでぇ。そのからかい方はなしだろ」

 思わず勃起するまで高められた俺の情欲は、一体どこに向かえばいいのよ。

「ごめんなさいね。貴方が可愛くて、ついからかいたくなってしまうの」

 僕ちゃん卒業は未だ成らず。
 同志諸君、努力せよ!

 鎮圧されながらも自己革命を訴えて散華する革命闘士の気分を味わう俺に、永琳は俺の腹部に視線を移した。

「それで、今も痛むかしら」
 
「若干。歩いてると皮膚が突っ張るな。風呂はしみなかったが」

 診察が始まったんで正直に白状する。
 外出中は腰をねじったりすれば勿論、普段通りの歩きでもちくちくと痛みを感じていたんで、自然と身体の左側を庇っていた。
 腰を落として歩く姿は不自然に見えただろうし、歩調も遅くして負担をかけないようにしていた。

 ただ、傷自体は一晩であっさりと消えてなくなり、ここにフォークがぶっ刺さってたなんて当事者と治療した永琳以外誰にも判りゃしない。
 これだけでも充分だが、永琳の方はいたって真面目な顔つきで眉を尖らせていた。

「身体の傷はもう治っているわね。けれど肉体は傷ついた事を覚えている。手足を失った後で失くしたはずの部位が痛む現象があるでしょう? あれは魂が痛みを訴えているのよ」 

「物の例えが物騒だよ」

「大小に関わらず傷は傷よ。油断していると小さな傷でも命を落とすわよ」

「脅かすなよ」

「事実よ。やせ我慢は程ほどにね」

 俺の傷があった箇所を指で押して確認した後、永琳は平手でぴしゃりとやった。
 肉を叩く音に思わず背筋が伸びた。

「痛かったかしら?」

「……叩かれた分だけは」

 悪戯っぽく笑う永琳に、俺はむすっと唇を尖らせた。
 派手な音に驚きはしたものの、感じたものは今言葉にした通りでしかない。
 外出中にあった痛みは、かさぶたが自然と剥がれ落ちちまったみてぇに取れてしまっていた。

 平手でわき腹をぴしゃりとやられて、俺の頭の中で一体何がどう繋がったのかは判らない。
 だが、ふと今まで考えもしなかった事に気がついた。

 外に引っ張り出した事も、そもそも永琳にとっては俺のリハビリでしかなかったんだろう。
 今から考えれば、永琳は常に左側に付き添っていた。
 不意の痛みに体勢を崩すまいかずっと見張ってたって訳だ。
 一方俺はというとそんな事実に気がつきもしねぇで、浮気な気分を楽しんでいたりした訳だ。

 マジでピエロもいいとこだ。

 前任との不具合って奴だ。
 こっちの感情の取り違いが、永琳との距離感を見誤らせている。
 思い出せ。
 俺と永琳は、もっとドライな関係でしかなかった。
 俺が欲情した時には永琳が、永琳が欲情した時には俺が貪り合うってだけの性欲繋がり。
 永琳との間に娘を設けたのは、前任であって俺じゃない。
 かぐやはもうとっくの昔にいねぇんだ。

 だったら、どうして俺は今もここにいるんだ?

「どうしたの?」

 素朴で簡単なはずの疑問にがんじがらめにされちまっていた俺の頬に、柔らかいものが触れた。

「今、とても怖い顔をしているわ」

 柔らかいものは永琳の手の平だった。
 身体は石のように強張ったままだが、触れられた箇所だけが人肌の温もりを取り戻したような気がした。

 俺は答えない。
 答えられない。
 体温の温かみも肉の柔軟さも失って、俺は冷たく硬い石になってしまったいた。

 それなのに、俺はなんて温かくて柔らかいものに触れているんだろう。
 かろうじて頬骨が動いて、ぐりっ奥歯が擦れて軋んだ音をたてた。

 永琳は何も言わなかった。
 黙りこくる俺を、何も言わずにただ抱き締めた。
 温かくて柔らかいものが俺の身体を包む。
 柑橘系の甘酸っぱい香りが――永琳との体臭も混じった為かさらに甘くなった匂いが、俺の鼻先をくすぐる。
 石になっていた俺の身体が、少しずつ人間の身体を取り戻していくようだった。
 
 何故だか判らねぇが涙が一粒こぼれた。
 顎を伝って腿に落ちた一滴を見つめて、まだ枯れてなかったのかと不思議に思った。



 永琳は無言の抱擁を続けて、いつしか俺の手足がぎこちないながらも動くようになった。

 その頃には、永琳を支え切れずにベッドの上で仰向けに寝転がっていた。
 逃れる事も押し退ける事も出来た。
 さっさと部屋に帰って引っ込む事だって。

 だが俺はそれをしなかった。
 永琳がするがままに任せた。

「この病気は、治るのか?」

 俺が病気持ちだってことくらい判ってる。
 とっくの昔におつむを患ってる。
 判らない点といえば不治の病なのか、まだ矯正が可能な程度で済んでいるのか。
 俺にとっては素朴な疑問で、永琳なら正確に答えられるであろうその質問に、形の良い眉を歪めただけだった。

 怒っているのとは違う。
 散々怒らせてきたから良く判ってる。
 こいつは悲しんでいる顔だ。
 
「悲しみに利く薬を、知っているわ」

 悲しみに利く?
 俺は悲しんだりはしちゃいない。
 悲しみなんてものはとっくに削り取られちまって、たまに口にしてるのはただの言葉だけだ。

 悲しい。

 言葉にしたって何の感情も湧いてこない。
 大げさなジェスチャーを加えたって、感情が込みらないとそれはパフォーマンスだ。
 ピエロがおどけて笑いをとってるのと変わりゃしない。

「人肌の温もりよ」

 だから、その薬が必要なのはむしろ永琳だ。
 これほど悲しそうな表情で俺を見つめているのだから、込められた心も本物に違いない。
 永琳が悲しいから――何故悲しんでいるのか俺には良く判らねぇが、とにかく悲しくなったから手近にある人肌の温もりを求めている。
 たまたま隣で素っ裸の男が一人いたから、都合が良いからこうして抱き寄せた訳だ。

 その理由なら理解も出来るし納得だって出来た。

 俺はまだ少しぎこちない腕を伸ばして、永琳のバスローブを留めている帯を解いた。
 三角形になっていた襟口が崩れる。
 薄絹に隔てられていた肌色が露になる。
 同時に、それこそ熟した果実が枝から落ちるように乳房がこぼれ出てきた。

 眩暈がする。
 頭の奥が痺れているのは、バスローブを開いて濃くなった永琳の甘い体臭の所為か。
 香水をつけているからか、元々こうだったのかも判らないほど今や甘い匂いを漂わせている。
 俺は誘われた虫けらのように、二つの果実を交互にしゃぶった。

 さっきまで石になっちまってたのに、口の中にはたっぷりと唾液が溜まってたって言うんだから笑い種だ。
 そんな自虐も果実に夢中になってるうちに忘れた。
 肌に吸い付き、口の中に溢れんばかりの唾液を鳴らして啜る。
 永琳の腕が俺の頭に周り抱き寄せる。
 窮屈な姿勢の葉はちゅばちゅば音を鳴らしてむしゃぶる内に、甘い味が口の中に広がるのが判った。
 ひどく懐かしくなってくる、素朴な甘さだった。

 俺はすぐにその味に夢中になった。
 果実の先端にちょこんと突き出た突起から、その果汁は溢れ出して来る。
 信じられないほど柔らかく、指が沈む果実の奥に筋のようなしこりを見つけた。
 俺はどうすればいいか判っている。
 しこりを前後に扱く。
 そうすれば口の中に広がる甘い果汁がもっと勢い良く出てくると、俺は知っていた。
  
「はぁ」

 永琳のため息にも似た吐息と、震える身体。
 溢れ出てくる甘い汁を吸い上げ、顔に浴びながら、柔らかい果肉を堪能する。
 手に、顔に、胸に、腹に、腿に、足先に、確かな体重を感じる。
 重苦しさはない。
 身体に圧し掛かる重みに安堵を覚える。
 じわりと皮膚の奥まで届いて、擦れ合う石のように軋んでいた間接も人の身体に戻った。

 永琳を身近に感じる事で、俺はようやく人間になれた気がした。

「貴方も好きね」

 くつくつと笑い声が聞こえて、俺は埋めていた胸の谷間から顔を出す。

「ここじゃおっぱい独占条例が施行されてるんだよ」

 ぱふっていたおかげなのか、硬直していた思考も柔らかく解れている。
 自分でも何を口走ってるのか良く判らんのだが、言いたい事はつまりこうだ。
 ちっぱいも美っぱいもたっぷんも、全部まとめておっぱい大好き。

 この柔らかい感触は男だと頬肉を集めたりしないと再現不可能な訳だから、尊ばれてしかるべきなのだ。
 その上で貴重な資源は丸ごと全部独り占め。
 歯噛みするアホどもの顔が目に浮かんで実にいい気分。
 おっぱい貧民は自分の乳でも舐めてろ。
 
 が、いつまでもおっぱいに挟まれてひたってる場合じゃねぇ。
 愉しい事は他にも色々ある訳で、加えて俺だけが愉しむってのはちと違う。
 今は永琳が愉しむ番だ。

 両胸を揉みしだいていた腕を腰に回し、肩を上げた勢いでごろりと上下反転する。
 無性に欲しくなった時、甘ったるい言葉など必要ない。
 口元を母乳で濡らしたまま、永琳の口元を覆った。

 啜る。
 永琳の口を吸い上げる。
 口の中に残っていたほのかな甘さと唾液が混じり、舌で転がしくちゅくちゅと鳴らす。

 触れる。
 陰唇を縁取り形を確認する。
 幾らも経たない内に柔い肌が粘液で滑り始め、濡れた指先に柔毛が絡む。

 戯れる。
 急所をわざと避けて触れ合う。
 締まった腿が俺の棹を擦り、閉じた唇の奥に収まる温い肉の感触を何度も確かめる。

 お互い手馴れたもので、腿で擦られているだけで俺のペニスはすでに爆発しそうに猛り、永琳の割れ目はふやけたようにくっぱり開いて愛液がしみ出ていた。
 準備もそこそこに俺は体勢を整え、永琳の方も腰をひねって自ら誘導した。
 鈴口にぬるつく女の肉を感じる。
 永琳の愛液と俺の先走りを混ぜ合わせているだけでも背筋がぞくぞくしてくる。
 全身の熱が頭の先から腰まで下がって集まっていく錯覚を感じた。

「きて」

 緩やかな愛撫と焦らしにまどろんでいた永琳の声を合図に、俺は腰を進めた。
 ゆっくりと開いていた膣口を押し広げ、みっちりと詰まった肉ひだの中を進んでいく。

「あぁ」

 挿入に永琳は陶酔した吐息を吐き出した。
 俺の方は肉棒に絡んでくる膣内の複雑なうねりに流されないよう、血の気が抜けた頭で反応と数値の変動を見ながら動く。
 ゆっくりとした前後の抽送で、永琳の情欲を掻きたてていく。
 永琳の白い肌が紅色に色づき、甘いため息と一緒に首を左右に振り乱す。
 身体に敷いて窮屈そうだった銀髪を捕まえて、結い合わせられたリボンを解いて抜き取った。

 甘酸っぱい匂いが漂い、汗の浮いた肌に唇をつけると甘しょっぱい味が舌に伝わる。
 何より蜜が溢れるひだの中で、俺のペニスはとろけてしまいそうだ。

「は、はぁ……あっあっ…はっ」

 がつがつとがっつく事無く、反応に合わせて腰の動きに緩急をつけた。
 腰の動きに永琳が上擦った声を上げる。
 自らも下半身をくねらせて、そのたびに膣肉のうねりが変わる。
 吸い付き、締め付け、擦り、柔くもなればざらつきも感じる。
 知性の輝きで満ちていたのが、今は貪欲に男を飲み込む娼婦そのものの姿で乱れた。

 俺だけが知っている永琳の女の顔。
 そのギャップにひどく興奮してしまい、面の皮を引っぺがされて浅ましさを剥き出しに暴かれてしまいそうだ。

「もっと激しく。して、いいわ……」

 胸元に手が添えられ、促すように乳首をくすぐられた。
 言葉に乗せられただけか数値からの判断なのかも判らないまま、動きを大きく早く、時に小刻みにしていった。

 以前は入れた瞬間即昇天しちまった事もあったが、早漏の俺にしてはそこそこもっていた。
 限界は近いが、ケツにえくぼが浮かぶほど力を入れて一秒でも長く先延ばしにする。
 永琳の膣内をもっと味わっていたかったのと、俺の身体の下で快楽に咽ぶ姿を見ていたかった。
 跳ねる俺たちの身体を受け止めて、ベッドがぎしぎしと軋んだ。

 無機質な音に永琳の生々しい喘ぎ声が混じる。
 噴き出る汗と香水の匂い。
 熱を持った体温と、それ以上に熱い膣内。
 唾液と汗と搾る母乳の味。
 打ち合わせるたびに伝わってくる締まった肉づきと、とろけた蜜壷のぬめり具合。
 五感全てに訴えてくるセックスだった。

「うぐっ」

 決壊の始まりを告げる俺の呻きに、横たわる永琳の背中が反り返って小さなアーチを描いた。

「ああ、あっ。出てるわ、沢山。私の中で」

 永琳の膣内で射精する。
 射精しながら、腿の付け根を両手で支えて腰を止めない。
 精液を膣壁のひだ一つ一つに練り込んでいくように、ピストンを止めなかった。

 俺は早漏だったが、永琳の身体だって十分過ぎるほど淫乱に出来ている。
 絶頂までのサイクルは短く、俺が射精するのと合わせて達している。
 強絶頂には及ばないが永琳のイき顔は淫らで、額に浮かんだ汗に髪が張りついている様子はすこぶる付きだ。

 一度射精しても、間を置かずにそのまま二回戦に突入した。
 早撃ちは頂けないが連射が利くのが強みだ。
 膣内の収縮と蠕動のおかげでこちらも萎える暇がない。
 抜くのも惜しんでピストンを継続した。

 要望があった通り、激しく。

「あっ、あっ。そう、あっ。強く、奥まで」

 愛液に濡れた膣内に大量の精液を流し込んで、ぐちゅぐちゅに溢れるまで突いた。
 乳房をむしゃぶり、赤く充血していたクリトリスを摘んでひねる。

「あぁ――っ!」

 強い刺激に永琳の身体が悶える。
 髪を振り乱し、身悶えるたびに質量満載の乳房がぶるんぶるんと揺れている。
 腰をうねらせると膣内の感触も変わる。
 激しく動けば動いた分だけ俺の射精間隔は圧倒的に縮まって、精液を流し込む度に尿道どころか精巣から吸い上げられるほどの絶頂感に搾り取られる。
 絶え間ない射精を繰り返し、酸欠のためか目の前が白くなっていく。
 頭の中はとっくに真っ白だった。

 射精のし過ぎか金玉は縮みっぱなしで、棹の根本から痛みまで感じる。
 それでも精液の量は衰えがなく、とっくに永琳の膣内から溢れ出してどろどろだ。
 こぼれてきた精液は泡立ち、下腹を濡らす体液が乾く暇もなかった。
 
「あがっ」

 これで何度目になるのかも判らない射精に、肺に痛みを感じた。
 射精の方はともかく、息を止めているのはさすがに限界があった。
 射精感にぶるぶると身体を震わせながら、動きを止めた俺は大きく息を吸い込む。
 酸欠に陥りかけていた血と細胞に酸素を送り込み、それでも名残惜しさに数度ピストンをしてから余韻に入った。

 時間をかけて掻き混ぜた後は、セックスを知ったばかりの暴走する童貞のように突きまくった。
 その時の気分次第で軽く摘みたい時もあれば、がっつりと欲張りたい時もある。
 セックスなんてものは欲望のぶつけあいで、今回は激しい方が互いにとって都合が良かった。

 俺が犬のように舌を出してぜぇぜぇと喘いでいるように、永琳の方もすっかり息を切らせていた。
 お互いに汗だくだった。
 永琳はぐったりとベッドに体重を預けて横たわり、その姿から色香が匂い立つ。
 俺は燻ぶる情欲を燃え上がらせない為にペニスを引き抜いた。

 抜いてからも開いたままになっていた膣口が、目の前でゆっくりと収縮していく。
 搾り出されるように膣中から精液が溢れ出てきた。
 充血した肉の上を、白濁がどろりと垂れていく様子は堪らなかった。

 堪らなくなったから、仰向けのまま肩を上下させている永琳を転がした。
 俺はまだ満足していないし、永琳も満たし切っていない。
 こっちのするがままにうつ伏せになった永琳は、膝を立てて自ら持ち上げた尻をこちらに向けてくる。

「まだ、出来るでしょう? そういう風にしたのだから……」
 
 ベッドに半ば顔を埋めて振り返った永琳は、閉じようとしていたつびを自ら広げて見せた。

「お願い、もっとして」

 目を潤ませて懇願してくる姿は、俺の元々少ない理性の大部分を削り取っていった。
 息を荒げ、もっと良く見る為に臀部を鷲づかみにして左右に広げる。
 精液をたっぷりと吐き出されてこぼれる膣口から、ひくひくと痙攣している尻穴の皺まで、俺の目の前に曝け出される。

「ああっ」

 永琳の恥じ入りの混じった悲鳴が聞こえた。
 欲情と羞恥心が入り混じった表情。
 濡れた碧眼。
 汗で張り付いた銀髪。
 知性と理性を分厚く着込んだ永琳が、女の顔を浮かべて熟れた肉体を差し出している。
 これでやめに出来るはずがなかった。

 膝立ちになって、とっくに勃起していた肉棒をあてがう。

「あ。そこは――」

 永琳の声を最後まで聞かずに腰を抱いて、一気に貫いた。

「ちが、ぁあ、ああっ! くうぅぅぅんんんっ!」

 戸惑った声は途中で火が点き、上擦った悲鳴に変わった。

 入れたのは尻肉の奥に隠れていたアナル。
 愛液と精液を拭いもしなかったのでそれが潤滑油代わりになったのか、ローションなしでも思いの他スムーズに根本まで挿入った。
 ひくついていたアナルに欲望を覚えて、ローションを使う手間も惜しんだ。
 燻ぶりに留めていたはずの欲望はとっくに燃え上がって、俺の思考を奪っていた。

 俺は身体を前に倒して、永琳の背に覆いかぶさった。

「こっちだって、好きだろ?」 
 
 永琳は身体を震わせ、その痙攣が腸の中まで伝わってくる。
 中の具合は膣内とは全く異なっている。
 入り口付近に集中する括約筋が、きゅうきゅうと痛いほど締め付けてくる。
 その奥は柔らかく、腸壁がふわりと亀頭を受け止める。
 永琳の良く馴染んだアナルを味わいながら、俺は底意地悪く笑って見せた。

「……馬鹿」

 唇を噛んで俺を睨んでいた永琳は、短く罵った。
 永琳自身、そっちの経験も初めてどころか尻穴狂い一歩手前まで経験を積んでいる。
 身体もそれを証明している。
 不意を打った驚きもすぐ快楽が押し流していく。
 前後の抽送に対して腰をくねらせ、貪欲な腰使いでアナルが肉棒に吸い付いてきた。

「知ってるよ」

 永琳のこの姿に触れられるなら、馬鹿の一つで済めば安いものだ。

 俺は永琳の顎を手繰り寄せて、唇を塞いだ。
 舌を触れ合わせ、お互いの口の中に溜まった唾液を飲み、それでも満足出来ずに吸っては絡めあった。
 ふわふわの腸壁を擦り、ローションなしとは思えないなめされたアナルセックスに耽る。
 回数を重ねれば、すぐに俺の精液で馴染んで激しさが増すだろう。

「あっ、あっ。きて、きてっ」

「ああ、イく、出すぞ」

 俺は腿の付け根を抱いて腰を打ちつけ、永琳がアナルセックスの快楽によがる。
 汗の滴を滴らせ、撒き散らしながら、飽く事無く永琳の身体を貪った。

 程なく永琳の腸内から溢れた精液が重力の流れに沿い、会陰を伝い流れた。
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
よし相変わらずでよろしい
はやくぐーや陥落も見てみたいものだな
2.名前が無い程度の能力削除
おまけーねがない…だと…?
3.名前が無い程度の能力削除
永琳師匠のアマアマっぷりにサムズアップ!!

赤さんが外道だということをたまに忘れる…。
4.名前が無い程度の能力削除
ふぅ…
相変わらず素晴らしいです