真・東方夜伽話

eraudon19

2010/07/18 16:54:28
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eraudon19

紺菜

           ~注意書き~



 本SSはeratohoを基に作成された二次創作物であり、
 作者のオリジナル要素が多分に含まれております。

 また、東方キャラに対する調教を行なう作品である為、
 表現上性描写、暴力描写、残酷描写、著しい俺設定、オリキャラ成分をもっちゃり含んでおります。

 SM行為、虐待に類する行為、強姦、輪姦(またはそれに近い行為)等が当てはまります。

 ここまでの文章で嫌な予感、悪寒、吐き気、頭痛、眩暈等の症状を感じた方は、
 即座にブラウザを閉じて充分な休息を取られることをお勧めします。

 その症状が見られない、もしくは興味を持ってしまわれた方のみ先へお進み下さい。



         ~注意書き終わり~




















































 頭上では小鳥が囀り、足元では花々が咲き誇る。
 木々のこずえが風に吹かれてざわめいている。
 ぽっかりと浮かんだ白い雲と、降り注ぐ心地よい陽光。

 そんな場所で、私はあいつに出会った。

 地面に直接置かれたイスにだらけた格好で座り、カップに口をつけたところのあいつは、私を見て驚いた顔で見つめてる。
 私自身、なにがそんなに驚かなきゃいけないのかわかんないけど、やっぱりおんなじように目を真ん丸にしていた。
 私たちはぽかんと呆気にとられた間抜けな顔をして、しばらくお互いに眺めあっていた。

「よう」

 ぶっきらぼうなのに妙な親しみのこもった声がかけられた。
 知っているのに思い出せないって顔で、私をじろじろと眺め回した。

「兎の小嬢ちゃん」

 なんだか微妙な呼び方をしてきた。
 私を見下ろしている目は、どう見たって笑っているのがなおさらムカつく。

「ふん」

 私は腕を組んだふてぶてしい態度で鼻を鳴らして、あいつへの挨拶に替えた。
 いかにもムカつくのにどこか憎めずにいる、そんなすぱっと割り切れない歯に物が詰まったような感覚に余計いらいらしてくる。

「なによこの赤ダルマ。その目は節穴? まだ目も入れられてないの? それとも赤くないと死ぬの? 見てるだけで暑苦しいのよ」

 だから憎まれ口と一緒にこいつの呼び方をぞんざいに決めた。
 実際は暑くもなければ寒くもない春のぽかぽか陽気なんだけど、この手の奴は弱気になると付けこんで来るって相場が決まってる。
 いつもより背筋を伸ばして堂々と睨みつけてやった。

 赤ダルマも赤ダルマで、そんな私の挑発に乗らずへらりと笑って受け流す。

「暑苦しい? そりゃ残念。兎の小嬢ちゃんはホットがお嫌いですかそうですか」

 これ見よがしに湯気が立ち昇るカップを回して、その香りを楽しんでいる。
 独特ではあるけど決して悪臭ではなく、むしろいい匂いが私の方にも漂ってきていた。

「いつ、誰が飲まないなんて言ったのよ」

 私はテーブルの向かい側にあったイスにぴょんと飛び乗って、空のカップをずいっと突き出す。
 赤ダルマは苦笑いを浮かべて、ポットから私の分のコーヒーを注いだ。

 席について判ったけれど、テーブルの上にはお茶請けのお菓子がいっぱい置いてあった。
 見慣れないはずなのにどこか知っている袋菓子が山積みになっていて、赤いのは手を伸ばして無造作に掴んだ。
 砂糖とミルクをたっぷり入れて掻き混ぜていた私の前で、赤ダルマは手に取った袋を開けて中身をバリバリとやりだす。

「ポテチ食う?」

「食べる」

 薄く切った揚げ芋が差し出され、私は身を乗り出してばりっと齧った。

「いってぇなぁ。俺の指は食いもんじゃねーよ」

「そんなまずい物を食べろって? 頼まれたってお断りよ」

 別に食べようと思ったわけじゃなくて歯が当たっただけだ。
 指を引っ込めて大げさに痛がる赤ダルマに、私は鼻を鳴らしてバリバリとポテチを噛み砕いた。

「……健康に悪そうな食べ物ね」

 塩味が利いていて美味しい事は美味しいんだけど、塩といい油といい身体には優しくなさそうね。
 でも食べるんだけど。

「身体に優しいもんは大して美味くもねぇのに、毒みたいなもんに限って美味いんだよなぁ。これがまた」

 赤ダルマは私の難癖を軽く流して、桶かバケツかといった容れ物に山盛りになっていた菓子を頬張っている。

 あれは知ってる。
 ポップコーンだ。 
 何で知ってるのかは良くわかんないけど。

 ポテチは袋ごと独占したけれど、あれはあれで美味しそうだ。
 赤ダルマはぽいと頭上に放り上げると口で受け取ったりして、腹立たしいくらい美味しそうに食べる。
 私の視線に気がついたのか、揃えた指先にポップコーンを乗せていた赤ダルマの視線がこっちを向いた。

「……ほれ」

 頭上ではなく、私に向かって放り投げてきた。
 ちょうどいい位置を狙って放り投げられたポップコーンを、私は赤ダルマがしていたように口で受け止めた。

「上手い上手い」

「ふん」

 上手いも何も今のは投げた位置が良かったからだ。
 そんな感想の代わりに鼻を鳴らして、私自身赤ダルマにつんけんした態度を取ってしまうことが不思議だった。
 なにがこんなに不満なのか。
 そりゃあ一目見て胡散臭くて油断ならない相手だというのは見抜いているけど、ここまで露骨になってしまうのはどうしてなんだろ――

「そりゃあきっと更年期障が――おいまてカントリーマァム投げんな。地味にいてぇ」

「うるさい死ね! どうして私が考えてることを読んだりするのよ!?」

「読めてねーよ。なんとなく思った事言ってみただけ、ってルマンドは勘弁しろ! ただでさえ砕け易いってのに、そんな乱暴に扱ったらもれなくバッキバキになんだぞ!?」

「うるさいこの赤ダルマ! 赤いのよ!」

「キレる理由がわかんねぇ!」

 目の前にあった手頃なお菓子をつかんでは投げつかんでは投げする私に、赤ダルマは器用に落とさず受け止めていく。
 私は混乱していた。
 取り乱したりするのを態度に表すだなんて、つけ込まれる口実を自分から作ってるようなものなのに、どうしても我慢できなかった。

「ちったぁ落ち着いたか」

 手が届く場所に投げつけるものがなくなり肩で息をする私に、赤ダルマは頭からコーヒーを滴らせて言った。

「うるさいって言ってるのよ私は落ち着いてるわよ。初めっから。何よ、この。コーヒーを浴びたんならいっそ黒光りちゃえばいいのよ!」

「乳首もナニもドピンクだってーの。あーぁ、ポットまで投げつけやがって。当たり所悪かったら普通に死ぬぞこれ」

「私死なないもん!」

「もん! じゃねーよ。黒さが拭えてねーよ。なんかもうぶち壊しだな」

 ぶち壊し。
 両手いっぱいに抱えた袋菓子をテーブルに戻した赤ダルマのその一言で、私はようやく我に返っていた。
 取り乱す余りにぶち壊しにしてしまった。

 なにを?
 考えるまでもない。
 私が望んでいた時間を。

「……」

 そうか。
 私は照れていたんだ。
 照れて恥ずかしがって、そんな心境を知られたくなくて赤ダルマなんて憎まれ口を叩いて、自分から遠ざけようとした。
 この私がそんな子供っぽい態度を取っていた。

「……」

「なんだ。今度は黙り込んで。また何か悪巧みを考えていらっしゃいますかねぇ、兎の小嬢さん?」

 こっちをからかってくるその口調が、今は悔しくて堪らない。
 赤ダルマに対してじゃなく、安い挑発の裏側も見抜けなかった自分の甘さと臆病さが。
 悔しくて涙がぽろりとこぼれた。

「……おい?」

 一粒流れ落ちると後から後からこぼれて止まらない。
 ぎゅっと手を握り締めてぼろぼろと大粒の涙を落とす私に、どこからともなく取り出した手拭いで顔を拭っていた赤ダルマは眉をひそめた。

「どうしたよ。どこか痛むのか?」

 だって、知ってるもん。
 この赤ダルマは、私じゃない誰かを一番に見てるって。
 私は、それを知ってるんだ。

「何で泣くんだよ、おい。なあ」

 赤ダルマは目につく外套を脱いで背もたれにかけると、席を立って私の方に近づいてくる。
 私は答えずに目元を覆って、それでも涙が止まらなかった。

 声を押し殺して泣く私に、赤ダルマはそれ以上何も言わなかった。
 なにも言わずにひょいと身体を抱き上げて、私が座っていた椅子に腰掛けた。
 私を腿の上にちょこんと置いて、背中から肩を抱いた。

 耳元で軽く息を吸い込む音の後、囁くような歌声が続く。

「ソソラ ソラ ソラ うっさぎっのダンス
 タラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 肩をぽんぽんと叩いて調子をとりながら、頭をなでなでしてくる。

「脚で けっりけっり ピョッコ ピョッコ おっどる
 耳にはっちまっき ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 私は何度も嗚咽を飲み込んで、その声に耳を澄ませる。

「ソソラ ソラ ソラ かっわいっいダンス
 タラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 楽しげな内容なのに、声音はどこか物悲しい。

「とんで 跳っね跳っね ピョッコ ピョッコ おっどる
 足にあっかぐっつ ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 兎が飛び跳ねている様子を遠くから眺めているような、なんだか輪の外にいるような気分。
 歌を聞いてるとなんだか懐かしい気分になってくる。
 高草郡の竹林に身を潜ませて、藪の隙間から外の世界を覗いているあの感じ。
 誰を見つけるたびにわくわくして、うっかり痛い目に遭ったり、その分痛い目に遭わせてやったり。
 繰り返す赤ダルマの歌声に耳を傾けて、一人で過ごしていた時の懐かしい気分に浸った。

 一人でいた時なにかとつきまとっていた孤独感が、今は感じられない。
 私を背後からすっぽりと包む人肌の温もり。
 歌と同じリズムで肩を叩く手。
 私の頭をなでなでと撫でる広い手の平。
 孤独を感じさせないものが揃っていて、その安心感に体重を預けてもたれかかった。

 気がついた時、私の目から涙が止まっていた。

「コーヒー臭い」

 いつの間にか抱き寄せていた赤ダルマの腕から、身体から、コーヒーの匂いが漂っている。
 私は体温とコーヒーの香りに包まれて、さっきまで意固地に凝り固まっていた心が解きほぐされてしまっていた。

 肩を叩いていた手が止まるのと一緒に、歌声も途切れる。
 頭を撫でていた手の平まで離れていくのは名残惜しく思ったけど、こうして寄りかかっていられるから良しとしておいた。

「まあ、そいつは我慢しろ」

「……熱くなかったの?」

「半分もミルクで割ったら温くなって当然だわな。さ、お茶会の続きといこうか」

 赤ダルマはカップの中身をぶちまけた事を咎めるでも、私が泣きだしたことに触れるでもなく、テーブルに残ったお菓子に手を伸ばした。
 袋を開けて、包みを剥いて、半分にした後自分と私の口元に運ぶ。

「ほれ」

「あむ」

 私は運ばれてくるお菓子を大人しく頬張り、さくさく、ばりばり、もぐもぐと味わっていく。

「これは?」

「レーズンサンド。普段は食指が湧かないんだが、食ってみるとこれが美味い。いつ食ってもどーしてか懐かしい味がする」

「ふーん……確かに悪くはないわね」

「だろ。今度はこっち試してみろ」

「なに、これ」

「ルマンドだ。今は見る影もねーけどな」

「……美味しいんだけど、なんかさもしいわね」

「それ以上言うな。泣けてくる」

「こっちのは粉々になってないわね」

「それは名前からして色々とあれな奴だな。時期的に」

「一応聞いとくけど、どういう名前なのよ?」

「ホワイトロリータ」

「死ねっ」

「俺に当たるなよ。商標登録を出した奴か許可した奴に言え」

 名前を聞いたりそれに答えたりしながら、私たちはもぐもぐとお菓子を味わった。

「白い風船はな、まず二枚に剥がしてから中身のクリームを丁寧に舐める。カルシウム煎餅が程よくしっとりした所で頂くってのが由緒正しい食べ方だ」

「へぇー。それってあんただけがやってる食べ方なんでしょ絶対そう」
 
 たまに真顔で嘘を交えてくる赤ダルマに睨みを利かせたり、でも言った通りの食べ方をしてみたり、それが案外美味しかったり。
 なんか負けた気がしたから美味しいものはどう食べたって美味しいわよねって強がってみたり、赤ダルマは気がついてるはずなのに違いねぇって同意したり。
 片っ端からお菓子を味わってるとさすがに咽喉が渇いて、飲み物を要求してみたらチューブみたいなお菓子を渡された。
 チューペットっていうそれの片方を歯で噛み切ってちゅうちゅう中身を吸ってると、チューペットってエロいよなって唐突に同意を求められて、私は答える代わりに封を切っていないのをその口に突っ込んでやったりした。

 あれだけ取り乱していたに嘘みたいな穏やかな時間の流れを過ごす。
 懲りずにエロっぽくチューペットを舐め出す赤ダルマに呆れながら、何でこんな奴の事を好きになったんだろうとちょっと思わなくもなかったけど、食べかすのついた口元を拭う手にそっと頬ずりした。

 頭上では小鳥が囀り、足元では花々が咲き誇る。
 木々のこずえが風に吹かれてざわめいている。
 ぽっかりと浮かんだ白い雲と、降り注ぐ心地よい陽光。

 私たち以外誰もいないそんな場所で、すったもんだのお茶会を楽しんだ。






 目が覚めた時、夢の続きを見ているのかと思った。

 私の首元にあいつの腕があって、毛布の代わりにしがみついていた。
 当然すぐ背後には横になったあいつがいて、背中に上下する胸元を感じた。

 夢を見ていた。
 多分思い出すだけで恥ずかしくなるような夢。
 今は良く思い出せないけど、それでいい。
 しっかり記憶に残ってたらまともにあいつの顔も見れなくなってしまうような、そんな夢だった気がするから。

 鈴仙め。
 私に内緒でこっそりこんな面白いことをしてたなんて。

 わざわざこいつの寝床に潜り込んだのは、なにもその気にさせるためじゃない。
 お師匠様と鈴仙が部屋で会話しているのを小耳に挟んだから。
 難しい内容にほとんど聞き流していたけど、夢の中に入り込むっていう所だけはしっかりと拾い上げた。
 あとは簡単。
 家事にお茶汲みに忙しい鈴仙の隙を見計らい、部屋にこっそりと忍び込んだらそれっぽいのをちょっぴり拝借すればいい。
 私が思っていたのとちょっと違う感じだったけど、それでも充分楽しめた。

 夢の余韻と心地良いまどろみに身を任せていると、もたれかかっていた身体が背後でもぞりと身じろぎをする。
 もぞもぞと居心地のいい体勢を探りながら、手の平が私の頭に乗せられた。

 あいつも目が覚めたみたいで、けど私が寝床に潜り込んでいたことには何も言及せず、なでなでと頭を撫でてくる。
 これは好きだ。
 元々好きだったけど、普段よりも優しく感じられる撫で方にもっと好きになってしまいそう。

「ん~……んふふ」

 手の平と腕、そして布団の温もりに私はなんのてらいもなく笑うことができた。
 自然と笑顔がこぼれてしまう私に、あいつも茶化してくるでもなくなでなでしてくる。
 目覚めからちょっぴり贅沢な気分を、誰の邪魔もなく楽しんだ。

「ねぇ」

 このままずっと楽しんでいたいところだけど、そうもいかない。
 私はもぞりと身体をひねってあいつと向かい合う形になる。
 抱き寄せていた腕はそのまま枕にした。

「んー?」

 まだ少し寝惚けた感じを残した声で、あいつも少し機嫌の良い笑みを口元に浮かべていた。

「前に、私のことペットにするって言ってたわよね?」

 鈴仙が一番で、私が二番。
 実際の順位はどうか判らないけど、鈴仙の方が私より上だってことは普段の態度からも明白だし、こいつも常々そう言っていた。

「言ったなぁ」

 私の頭を撫でては耳をいじくりながら、この場においても否定しなかった。
 鈴仙は恋人、私はペット。
 そのことを納得した上でここにいるし、こいつに抱かれた時だって忘れたりしなかった。

「ペットからのお願いがあったら、それに見合った範囲で応えるんでしょ?」

「そりゃーな。量や質に差が出ても愛情には違いねぇよ。俺は猫っ可愛がりだからなぁ」

「じゃあいっこお願い」

「んー?」

 でも今日は――今は違った。
 くつろいだ様子で私の耳を揉むあいつを見上げて、胸元にぴったりと身体を押し付ける。

「一日でいいからさ、私のこと鈴仙みたく愛してよ」

 どうしても一番になれないと生きていけない、って程じゃない。
 多分今のままでも充分楽しく過ごすことはできると思う。
 けれど私は、一度でいいからこいつの一番って言うのを味わってみたいなと思っていた。

 普段だったら私の方からこんな露骨に気のある態度なんて見せない。
 見せてない、はずだ。
 まあ処女をあげちゃった時のことは棚上げするとして。
 今までこいつの反応を気にして言えなかったことが、今はあっさりと口に出来てしまった。

「鈴仙みたく?」

 私の言葉に、あいつは頬をかきながら目を丸くして聞き返してきた。

「ん」

 一緒に暮らしているって言っても四六時中ずっと一緒にいるわけじゃない。
 実際、鈴仙がお師匠様から夢の中に入り込む薬を貰ってたなんて知らなかった。
 夢の中までどんな逢引をしてたのか、なんて判りっこない。

 だから、一日でいいからどうやって過ごしてるのかを体験してみたくなった。
 この部屋に漂う空気がその一部なら、もう少し長く楽しんでいたい。

「んー……まあいいけどさ」

「いいの?」

 思った以上にあっさり私の要求を呑んだことに驚いて、思わず問い返していた。
 あいつは瞬きする私にうなずいて見せる。

「ああ、いいぜ」

「……ふぅん」

「なんだよ、その何か言いたげな顔は」

「べっつに。後で鈴仙にバレてもいいのかなって思っただけよ」

「痛いとこ突くね」

 笑みに苦いものが混じったけど、口元の皺に拒むほどの深みはない。

「けどま、限定体験ならありさ」

「それで鈴仙が拗ねてイジけても?」

「その時は甲斐性の一つでも見せるさ」

 どういう心変わりがあったのか気にならないわけじゃなかったけど、それ以上追求するのはやめておいた。
 別に優先順位が変わったわけじゃないし、追求が過ぎて心変わりしたって私が困るだけだし。
 一日でも、こいつの一番の愛情ってものを味わえるならそれでいい。
 うん、いいな。

「じゃーあ」

 そうと決まったら遠慮するのもあれだし、私は早速ねだることにした。 

「キスして」

「おいおい、いきなりだな。朝起きて寝床でごろごろにゃんにゃんしながらちゅっちゅするとか、俺と鈴仙ってそういう目で見られてんのか?」

「なによーぉ。してるんでしょ? 違わないでしょ?」

「たまにしかしねぇ」

「じゃあいーでしょ。今日は私がそのたまにしかしない日なの。キースー」

「我侭なお姫様だこと」

 あ。
 今私のことお姫様って言った。

 言葉の余韻に浸るまでもなく、顎を上向かせてキスをねだっていた私をくいっと抱き寄せた。
 キスをした。
 ただ唇を合わせるだけじゃない、舌と舌を出して舐め合うキス。

「んっ、んぷ」

 突き出した舌が吸われてちゅるちゅる音をたてる。

「ん、ん……ん」

 離れたと思ったらすぐに唇を舐めて、何度も唾液を吸ったり舌を絡めたりする。
 そんなキス。

 うわ、まずいなぁ。
 キスだけで満足できるかな。

 いつもより簡単に胸の奥に熱が灯るのを感じながら、私は寝床であいつと飽きることのないエッチなキスをした。



xxx  xxx



 卓で本を読み続ける男。
 正気を失った永琳とイナバ。
 そして私は、今日もなぶられる。

「うっ、うう、うぐふ、ふぅーっ」

 口から洩れだすのは言葉にもならないうめき声。
 私の口には丸い玉の形をした口枷を押し込まれている。
 手足には冷たい鉄の輪がはめられ、そこから伸びた縄は寝床の支柱にくくられている。
 部屋に入ってくるなり永琳とイナバが二人がかりで私を拘束した。

「ぐっ、ふぐぅ、うううううーっ!」

 仰向けにされた私の単衣は乱され、露になった胸元に二つの異物が貼り付けられている。
 ローターとかいうあの電気マッサージ機を小型にしたようなもので、絶え間なく振動し続けていた。

 いや。
 やめて。
 見ないで。
 こんな私の姿を見ないで!

 私の懇願は言葉にならないまま、降り注ぐ視線も遮ることができない。
 私の足側には永琳が、頭側にイナバがそれぞれ腰を据え、もだえる私を見つめている。
 妖しい眼差しを浮かべる永琳が、手にした機械を操作した。 

「ふぐぅ! うぐっ!」

 リモコンの操作で強まった振動に、私の背筋が反り返る。
 左右で微妙に強弱が異なり、私は身体をよじってそのむず痒い感覚から逃れようともがいた。

 甘んじて受け入れてしまえば、このむず痒いだけでしかなかった感覚が快楽になってしまう。
 それは汚泥のように重く、ぬる湯のようにゆるく私を誘惑する。
 永琳の指先によって私の頑なな意志は薄くめくりとられ、いつしかこんな玩具にさえ感じてしまうようになっていた。

 違う。
 違う違う違う!

 脳裏をかすめた敗北とも取れる弱気と胸元の異物感を、激しく首を振って追い出した。

 この誘惑がイナバを狂わせたのか。
 永琳すら隷属させたというのか。
 だとしたら、私はこの快楽を憎む。

 徐々に正気を蝕んでいくおぞましい感覚に耐えるべく、床の上でもがき続ける。

「姫様、暴れると肌に傷が」

 そんな私の手首をイナバが押さえる。
 眉をしかめたイナバはきつかわしげに私を見下ろしている。
 以前私の前で恥じらいもなく交わりを見せたあの狂気を感じさせない、純粋に気遣った表情で、私の抵抗を押さえ込んでいる。
 それが余計に私を暴れさせる。

 狂ってしまったのなら、いっそ面影すら失くしてしまえば私もいくらか楽だったかもしれない。

「ふふ。まだ受け入れ難いのね。ウドンゲ、持っていなさい」

「――はい、師匠」

 じっとりを浮き出ていた汗が滴るほどになった頃、永琳はリモコンをイナバに手渡しあの電気マッサージ機を取り出した。
 それを目にして私の身体が震えたのは、背筋に走った嫌悪寒のためかそれとも更なる快楽の予感のためか。

 ち、違う。
 私は期待なんてしていない!

「ぐうっ、ぅぐうううぅぅっ!」

 私は黒髪を振り乱して、脳裏をかすめた思念を慌てて追い出した。
 永琳はそんな私を横目に、電気マッサージ機の頭を唾液で湿らせる。
 赤い舌を這わせるその横顔はひどく妖艶で、私の心をさらにかき乱す。
 その様子を凝視していたイナバが、ごくりと生唾を飲む音が聞こえた。

「そろそろ、胸だけではつまらなくなっているでしょう? こちらの味も教えてあげるわ」

 ぴちゃぴちゃと音をたてて道具に唾液をたっぷりとぬりつけた永琳は、私の腰の帯を解き始めた。
 何をするつもりなのか。
 そんなこと考えるまでもなかった。

「ぐー、ぐふーっ!」

 やめて。
 永琳、イナバ。
 やめて!

 私の悲鳴は低い唸り声にしかならず、永琳は片手でいともあっさりと帯を解いてしまうと、無造作にぐいと引き摺り下ろした。

「産毛も生えていない。可愛いわよ」

「……綺麗です」

「っ! ――っ!!」

 自らの下半身を暴かれ、視線と言葉にさらされ顔を背けて息を呑んだ。
 もうこれ以上、淫らな永琳たちを直視することができない。
 まぶたを閉じた暗闇の中、私の髪が撫でられるのがわかった。

「愉しみなさい、輝夜」

 耳元で囁かれた甘い声音に、私はこれから行われることに慄き震えた。



「う、うー、うー……」

 身体がふわふわと覚束ない。

「ぅぐ、ふっ、うぅー……」

 滴る汗の玉が額を伝っていく。

 私の身体は熱を帯び、隠しようもなく火照っていた。
 永琳は私のへそを、下腹を、内腿を――口にすることすらはばかる場所まで、マッサージ機を使って解きほぐしていった。
 それと併せてイナバがローターを操作する。
 永琳の指示に従って強弱をつけながら、振動が肌に伝えられるたびに私の身体が跳ねてしまう。
 頭の芯が痺れて判断力が失われていく。
 いつしか私の羞恥心に幕を下ろし、染み入った快楽が舞台に上がろうとしている。

「ふふ。いい顔をするようになったわね、輝夜?」

 私の口から溢れた唾液で濡れ切っていた頬に、永琳の手が当てられぬるりと滑った。
 ひんやりとした手の平が、火照った身体に心地良い。
 私はこの手からもたらされるものを、半ば以上受け入れ始めている。
 腿の付け根を舐めるように動いて焦らしていたマッサージ機が、私のぷっくりと膨らんだ恥丘へ。
 赤く充血した陰挺を膨らみ越しに震わせた。

「――っぐ」

 私の身体が痙攣を起こす。
 緩んだ意志が今までとは別のもので束ねられ、瀑布のように押し寄せてくる。
 何度目になるのか判らないこの感覚に、私は身体を小刻みに震わせ目を剥いた。

 これが絶頂なのだと、繰り返される責め苦の中で私の身体に刻み付けられている。
 責め苦であったものが、いつしか責め苦でなくなってしまう恐ろしさ。
 その恐怖さえ、いつの間にか御簾の奥へと隠され見失ってしまう。
 蕩けるとは、きっと今の私を指して言うのだ。

 ああ。
 なんて気持ちいいのかしら――

「ぅぶ、ぶふっ! ふっ!」

 痙攣が咽喉まで回り、口枷の穴から涎と唾を飛ばしながら私は絶頂に身悶えた。
 唾が気管に入りむせこんだおかげで、絶頂後の余熱を味わう余裕もなくなった。
 咳き込むその苦痛が、失いかけていた私の意志を取り戻した。

「ふぐ、ふぅ、ふぅ、ふぅぅっ」

 正気を取り戻したものの、抵抗するだけの体力は残されていない。
 私の体力は今や惨めになるほど衰え、そもそもかしずかれる事に慣れきっていた私に持久力など備わっているはずがなかった。
 乱され、それを受け入れてしまったがために淫靡の虜になっていた自らの身体を見せつけられるだけだ。

 なにが姫よ。
 なにが矜持よ。

 永琳たちどころか自分の身一つ守れずに、憎んでいたはずの快楽に擦り寄ろうとしている。
 身体を穢されても心までは許さないはずが、繰り返される責め苦になびこうしている。
 地位も名誉も力さえ失って、私は無力な小娘のまま色に沈められようとしている。
 それも当然だ。
 私を姫たらしめていたのは、間違いなく永琳とイナバたち。
 私を取り巻くものたちが私を姫の立場に押し上げていた。

 御輿の担ぎ手を失った私は、すでに姫ではない。
 永遠の上であぐらをかいているうちに機会を失い、それがゆえに私は今ここに囚われている。
 やるべきことを見つけなさいと言った永琳の言葉に、私は怠った。
 やるべきことなど、幾らでもあったというのに。

「ふっ、ふぐっ。うっ」

 情けなかった。
 悔しかった。
 なによりもまず悲しかった。

 永琳が行うこれが私への怠慢の責め苦だというのなら、甘んじて受け入れよう。
 己が無力がゆえに、同じ永遠亭で過ごしていたものたちまで及んだことが無念でならなかった。

「うっ、うう、うううぅ!」

 涙が溢れた。
 溢れて止まらなかった。
 弱みを見せまいと耐えていた涙が堰を切り、とめどなく流れ落ちていく。
 敗北感からくるものなのか、自分を哀れんでいるのかもわからない涙が拭い取られる。

「輝夜。泣けるのなら今のうちに泣いておきなさい」

 永琳の指先は今もひんやりとしていて、優しい手つきだった。

「貴方の苦痛も嫌悪も諦観も、全て私が取り除いてあげるわ」

 永琳は私の口枷を外すと、涎でべとべとに濡れたそれを片手に傍らへと移動する。
 場所を譲る形でベッドを降りたイナバに頷いてみせると、視線を部屋の片隅へ。

「ご主人様」

 その呼びかけに、今の今まで別の空間にいるように私たちを無視し続けていた男が反応を見せた。
 ぱたんと本を閉じると、顔を上げてこちらに視線を向ける。
 どこか億劫そうなその眼差しに、私は身体を隠すことも忘れてただ息を飲んだ。

「輝夜に改めて、教育を施して頂きたいのですが?」

「お姫さまに再教育ねぇ」

「その為にウドンゲを連れて来たのですから」

「なるほどね。俺はオーケーだぜ。鈴仙はどうする?」

「……あぅ」

「良いそうですが?」

「だな」

 永琳と男の会話に、視線を向けられたイナバは照れ入るように顔を伏せた。
 私が及び届かない範囲で、なにかの話が進んでいく。

 なに。
 なにを。

「なにを……させるつもりなの、永琳」

 不安に駆られて仰ぎ見た私に、永琳はにこりと笑顔を返した。

「輝夜は何もしなくていい。ただ見ているだけでいいのよ」

 ただ見ているだけ。
 なにを見せられるの?
 なにを見ればいいの?

 そんな私の疑問を紐解くように、席を立った男は手早く服を脱ぎ始める。
 慌てて視線を移すと、イナバも渋々といった様子ながら、一枚ずつ衣服を脱ぎ始めていた。

「まさか――」

「そう。そのまさか。もう一度男女の営みをその目で見るのよ」

 男女の営み。
 以前嫌というほど見せつけられたあれ。

「学ぼうとしない者に何を教えた所で無駄にしかならないけれど、今の輝夜なら違う目で見る事が出来る。そこに新たな発見もあるわ」

 口枷を外された今、私は罵る事も出来た。
 口にした言葉は永琳のものでも、そうさせているのはこの男だ。
 だから私は今まで溜まった鬱憤を男に浴びせることも出来たはずだった。

 けれどそれをしなかった。
 出来なかった。

 私が直接男の手でまさぐられるわけではないからか、永琳の言う新たな発見に期待を寄せていたのか。
 多分後者だ。
 矜持が失われるにつれて開いていく隙間へと、快楽が滑り込め埋められていく。

 私が何度も生唾を飲んで枯れた咽喉を湿らせている間に、男とイナバは準備を整えてしまった。

 なにも身につけていない男と、靴下とネクタイだけ残したイナバ。
 男の裸など目にしたのは一人きりで比べようもないが、イナバの身体は以前見た時よりも丸みを帯びているというかなんというのか。
 熟れた女の身体つきをしているように見えた。

 顔を真っ赤にして腕で胸元と股間を隠すイナバは、凝視していた私の視線から逃れるように隣を見やった。

「あ、あの。ご主人様。これは付けてないと、ダメなんですか?」

「うん」

 衣服を脱いでもネクタイと靴下だけは残すように、というのが男の指示だ。
 その方が艶かしく、興奮を誘うからだ。
 驚いたことに、私は男の意図に呆れるわけでもなく納得してしまっている。
 私は病魔のような俗っぽさがうつされ、嗜好が変えられようとしていた。

 私の足元側へ胸元を両手で隠したイナバが恥ずかしそうに登り、男がその後に続く。
 窮屈な姿勢で一体どうやって交わるというのか。

「ふやぁっ」

 すっかり油断していた私は、緩やかに振動を始めたローターの刺激に思わず声を出してしまっていた。
 自分でも信じられない甘えた声音だった。

「身体を冷やしてしまうのは毒だから。ね?」

 永琳は言い聞かせるような口調で私の露出した腹を円く撫で回す。
 絶頂を促すほどの強さはなく、火照った頭と身体を冷すには難い刺激が私を襲い続ける。
 取り戻しかけていた正気がまた蕩かされて、脈打つような熱が体の奥で灯るのがわかった。

 私が永琳の愛撫に身体の疼きを感じていると、足元でぎしりとベッドが軋る。
 ほんの片時目を放した隙に、イナバが思わず絶句する格好になっていた。

 仰向けに下半身だけを高々と上げて、自ら折り曲げた脚を押さえている。
 木の上から逆さまに落ちればこういう格好になるかもしれない。
 勿論隠すべき女性器も視線にさらし、それどころか自ら広げるようなその格好。
 髪と同色の陰毛がうっすらと生え揃い、しとどにほとびた淫肉がひくついている様子まで余すところなく私の視界に収まっていた。
 初めて見せつけられた時よりも詳細に、私にも同じ器官があるというのにそれはまるで別物のようないやらしさを放っていた。

「まんぐり返しっていうんだ」

 イナバの股の向こう側から顔を覗かせている男が、独り言のように呟き指先を舐めた。

「これ基礎知識な」

 その指先をイナバの湿った秘肉にあてがうと、肉裂に沿ってなぞらせる。
 くちゅ、にちゅと淫靡な音を滴らせて探り、ぴょこりと顔を覗かせた陰挺を擦り始める。

「はっ、あんっ、あっ――ん」

 男の指の動きにイナバの口から甘く上擦った声が洩れだす。

「ふっ、はっ、え、永り――んんっ!」

 それと同じくして永琳のがマッサージ機を私に押し付けてくる。
 イナバがされているのと同じ場所を細かな振動が襲い、下腹をきゅっと締めて私はその不意打ちに耐えた。

「さあ、今から輝夜の性教育の始まりよ。ウドンゲ。ご主人様にされてどういう気持ちか、貴方が教えてあげなさい」

「あっ、ふあっ、そ、そんな。私――がっ、ぁんっ!」

「ご主人様に愛されるのはどういう事なのか、それを説明なさいな。貴方が適任でしょう?」

「ふっ、ぅ。はぅ……んっ――」

 永琳の問いに、イナバは視線をふらふらと彷徨わせはしたものの、須臾を刻んだのちに小さく頷いて見せた。

「……ご、ご主人様が私のクリトリスを、あっ、指で、いじって。あっ、あっ……ます」

「どういう気分になるか、教えてご覧なさい」

「は、はぃっ。ここをいじられると、お腹の下の方がきゅんってなって…それで……」

「それで?」

「あ、ううっ。私の、お豆が、剥けちゃって、硬くなって。そしたらご主人様が摘んで、こりこりって――」

 顔を真っ赤にしながら伝えるイナバの言葉をなぞり、男は赤く剥けた小さな芽吹きを摘んで指の腹で転がした。

「ひぃやぁううぅんっ!」

 あられもないという言葉が褪せてしまうほどの甘えきった悲鳴が上がった。
 噛んでいた奥歯が緩みかけて、慌てて顎に力を入れ直す。
 イナバは窮屈な姿勢で身じろぎしながら、唾と一緒に嬌声を飲み込むと言葉を続ける。

「……そ、それだけで、私、軽く、イッちゃって…気持ち良くなって。エッチになって……お、おつゆでびちゃびちゃになってしまう、んですぅ」

 イナバの言う通り、陰挺をこねる男の指は唾液以外の染み出した粘液で濡れ、下腹を一滴垂れ落ちていく。
 なぞられていた溝は熟れたあけびのように割れ、赤く濡れた果肉を覗かせている。
 それは震えが走るほどに淫靡な光景で、いつしか私の視線は釘付けになってしまっていた。

「その調子よ、ウドンゲ」

「はぁ、はい、師しょぉ」

 息を切らすイナバに、男の丁寧な愛撫が続く。
 指の腹で陰挺を擦りながら、瑞々しく熟れた果肉に口をつけた。
 吸い上げる音は、まさに熟れたあけびを啜るかのような音だった。

「はあ、はあああっ。唇が、柔らかくて、あっ、舌。舌が、私の入り口をぬるぬるって入って。あっ、お豆と一緒に、あっあっあっ。かわ、いがられちゃうっ」

 イナバが男に懇願しているのか、男がイナバに従っているのか。
 見せつけられる私にはそれすら判らない。 

 イナバが男と交わる様子は一度見せ付けられているが、飢えた獣が餌にありつくような貪欲さで、あの時は汚らわしいと感じた。
 男の意のままに蹂躙される、陵辱としか感じられなかった。

「鈴仙、この体勢しんどくない?」

「ぁ、はっ、はっ……へ、平気です、はっ。私…ご主人様、気持ち良くしてあげられなくて……」

「いーんだよ。すぐ一緒に気持ち良くなるから。だからそれまで、鈴仙は沢山気持ち良くなればいい」

「……は、はい。気持ち、いぃです……」

 男は愛撫に専念し、その合間にイナバとの会話を楽しんでいる。
 その無骨な手はただ快楽と嬌声を掻きずり出すだけでなく、ベッドに広がった髪を撫で、互いに指を絡めて握り合う。
 それは淫蕩に耽るだけの姿には見えない。
 絡み合う眼差しは穏やかで、慈しみすら感じられた。

 それはおそらく、本当の意味での閨の作法なのだろう。
 くだらない儀式や行儀などに縛られない、単純にして根源的なもの。
 お互いが相手を気遣い、求め合うということ。

 私が嫌悪した陵辱の気配がないままイナバは男を受け入れ、男はイナバに尽くす。
 それだけの、愚かしくも美しい交わり。

 男は私など視界にも入っていないのか、目の前のイナバを丁寧な愛撫で蕩けさせてから立ち上がった。
 欲望の象徴であり、生命の系譜を繋ぎ続けるその一つ。
 屹立したそれをイナバの秘所にあてがい、先端がぬるりと肉ひだに軽く沈む。
 二人に言葉はなく、お互いの視線を絡めることだけに須臾を使い果たした。

「――ふっ」

「ぅう……んっ」 

 二人の吐息が絡み合う。
 男が腰を降ろし、あれほど猛り狂っていた一物はくちゅと忍ぶような小さな濡れ音を上げて、イナバの胎内に収まっていった。

 どれだけ深い繋がりを求めても、互いの腰が当たった時点でそれ以上深い結合は望めない。
 それを惜しむかのようにお互いの腰を密着させたまま、二人は浅い呼吸を繰り返し一体感に馴染もうとしているようだった。

「鈴仙」

 男が名を呼ぶその声は、百首の恋歌にも勝る愛おしさを含んでいた。

「……はい」

 差し出された手を取り頬に重ねるイナバは、逢瀬に身を任せる女房のそれ。

 私が歌を詠み胸の中で想像するしかなった恋というものが、生々しい欲望の匂いを伴い艶然と、清々しいほど明快な答えと共に、今その実を結んでいた。

 私は自分の立場も置かれた状況も、全て忘れて目の前の光景に魅入られてしまっていた。
 男の身体がゆっくりと上下に動き出し、イナバはそれを受け止める。
 青い筋を浮かべた醜悪なほどの肉の棒が、熟れた果実を掻き混ぜめくりあげる。
 それは以前のような相手を破壊するほどの貪欲な動きではない。
 お互いの一体感を確かめ合うような緩やかな結合であり、それでいながら欲深く快楽を搾り出す淫靡なまぐわいだった。

 歌を詠むだけでは知り得なかった生臭さと、歌に記されていた百言とは比べ物にならない単純さの、血の通った恋絵巻。
 多くを語ることなく、切れ切れの呼吸に時折呻き声の混じる営みだった。

 言葉では語らず、仕草が物語る。
 男の手がイナバの髪に触れる。
 イナバの手が男の胸に触れる。
 二人の視線が絡み合う。
 世界に自分たち以外の他者などいないと言わんばかりに交わり続ける。

「はっ、あっ、あっ、あっ。ご、ごしゅじ、わたし、も、もう――」

 唇を噛んでいたイナバの口元が緩み、甲高く上擦った嬌声を上げた。
 その時が近づいていることくらい、男の腰の動きで私にもわかった。
 男はうねるイナバの腰をしっかりと固定したまま、ペースを緩めようとしなかった。

「先でも後でも、お。俺はいい、鈴仙、レイセ――」

 あれほど余裕たっぷりと斜に構えていた男とは思えない切羽詰った声。
 押し殺したその声にどこか懐かしい響きを帯びたと思った矢先に、絵巻の終わりが訪れた。

「ぐぅっ」

「あっあっあ――!」

 男は顎を引くと奥歯で唸り声を噛み砕き、イナバは感極まった歓呼の声を誰に憚ることなく上げた。
 緊張と痙攣を起こしていた二人の身体がゆっくりと弛緩していくまで、私は狂おしいほどの絶頂の迎えを見つめていた。

 男は憔悴した様子でゆっくりと腰を引き、それが再び私の目に触れる。
 イナバの体液と胎に植えつけた子種を絡ませ、より醜悪に彩られた男根。
 今も思い出したように子種の残りが先端から溢れ、白く糸を引くさまは確かに醜悪だ。
 醜悪でありながら、千年の時を経ても尚命脈を繋議続ける源でもある。
 目にした矛盾を言葉にする術のない私は、視線を逸らさずに一連の全てを網膜に焼き付けていた。

 部屋の空気はいつしかそれ自体が熱を孕んでいる。
 汗とその体臭、濃密な男女の匂いが私の鼻腔に広がっている。
 息苦しいのは、圧倒されて呼吸すら忘れていたからだろう。
 ようやく視線を外せた私は、呼吸を乱し天井を見上げていた。

「どう? 輝夜、これが男女の営み。お互いを求めて愛し合う姿」

 そんな私の耳元で、永琳が囁いた。

 イナバに説明するよう言っておきながら、途中からは口を出そうとしなかった。
 なら永琳はあの様子を私に見せつけるつもりだったんだろう。
 永琳の判断は、この場においても正しい。
 私はただ圧倒されるばかりだった。
 冷めやらない熱を持て余しながら、私はそんなことを考えていた。

「……少し妬けるけれど」

 ――え?

 そっと付け加えられた一言に、私はこっそりと永琳を窺う。
 永琳は口元に変わらない柔和な笑みを浮かべて疲れ切った様子の男とイナバを見守っている。
 その横顔がどこか遠くを眺めているようにも見えるのは、私の胸に微熱が宿っているからだろうか。

 永琳が言葉を切っていたのはほんのわずかな時間で、すぐに私を見つめて微笑んだ。

「生物として刻まれた生殖行為に感情を被せ、愛という理由を作り身体を重ねる。今もそれを汚らわしいと断じられる?」

 問いかけてくる永琳の瞳には、先ほど漂っていたかすかな違和感は感じられない。
 私が以前から知る、ここで初めて知った妖艶な色合いを浮かべた眼差しだ。

 小さな疑念と急な問いに答えられずにいると、永琳が質問を重ねてくる。

「輝夜の知る穢れは月の穢れ。地上人や妖怪たちがどう見ようとも、私たちはもう月の民ではなく地上に流れた咎人に過ぎないわ。輝夜が必死に守ろうとするしている誇りも、矜持も、月で育まれた遺物に過ぎないのよ」

「それは」

 わかっている。
 月との交流を断った時から――月に帰還する使者の申し出を拒んだその瞬間から、私は地上をさすらう蓬莱人となった。
 千年を超えた今も尚、月の理にこだわり続ける意味などないのだろう。

「それを……捨てるつもりはないわ」

 私自身、つい先ほどまで手放しかけていたものを、今改めて強く握り締めた。

「私は月の姫――蓬莱山輝夜よ」

 永遠の咎人だろうと。
 月を裏切った罪人であろうと。
 地上を這いずり回って生きる事しかできなくとも。
 月の姫として生まれたことまで否定は出来ない。

「いい、永琳。よく聞きなさい」

 例え地上の理が正しくて、私は快楽の虜にされ陵辱の結末が待ち受けているのだとしても。
 それは私が行き着く帰結ではない。

「私は誰かのものじゃない。月のものでも地上のものでもない」

 誇りも矜持も、月があらかじめ用意してくれたものではない。
 それは出発点ではあっても、今まで育んできたのは私自身。
 絶望の中にあった地上での幾許かの出会いと、数多の別れ。
 愛した者も憎んだ者も、私よりも長くは生きられなかった。

「私を所有するのはただ一人、私自身よ」

 世界が終焉を迎えようと――ならばこそ、私は世界を見遂げようと決めた。
 これまで出会った者、今取り巻く者、これから先出会う者。
 彼らの想いはいずこへ辿りつくのか。

「永琳、私は貴方のものにもならない」

 たとえ同じ蓬莱を歩み続ける者であろうとも、私と永琳は同じ人間ではないのだ。

 私が最も怠ったのは、永琳離れをすること。
 一人立ちすら出来ずになにが姫か。

 決別とも取れる私の言葉に、永琳は答える事無くただ微笑みを返した。



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「レイセン、お疲れ。後始末はいいからゆっくり休んでてね」

「はい……あの、ご主人様」

「ん?」

「姫様は、その。手強いですよ?」

「いや全く。いざとなりゃあ現状維持でもそれはそれでいいさ」

「……いいんですか?」

「ん。俺の一番はもう手に入れてるからさ」

「ご、誤魔化してません?」

「ありゃバレた? 正しくは俺が手に入れられちまってるってね。矢でも鉄砲でもどんときやがれな俺だが、惚れた相手にゃめっぽう弱い。見栄張っておいてあっさり剥がされちまうと立場ねぇな。ひひ」

「……ぐ、ぐぅ」

「おめでとう! レイセンは俺を所有する権利をすでに獲得している! レイセンは俺に何をしてもいいし、勿論俺に何をされたっていい。イェーイハッピー!」

「も、もう! またすぐそうやってからかって!」

「俺はマジだぜ?」

「……いきなり見つめるの、卑怯です」

「悪いね。ちょっとマジな話もしとかないとね」

「マジな話、ですか」

「そう。一人でテンション上げたりしちまって、実のとこちょっと不安だった。俺としちゃ、あんまりレイセンをお仕事に関わらせたくなくてね」

「どうしてです?」

「だって、嫌な話だろ? 見るのにしても見られるのにしても」

「慣れましたから……とは言えませんね。やっぱり、後になると気分が沈みます」

「だろ。だから――」

「でも知ってますから。嘘じゃないって、知ってますから」

「……」

「気分が沈んで悪い方に行った時は、私の事……慰めて下さい」

「……そう。なら、俺の方も頼むよ」

「はい」

「じゃあ、またね」

「はい」



 ぱたん。



「……。趣味悪いね」

「それはお互い様でしょう?」

「ひっ。俺って棚上げが得意なんだぜ?」

「意図せず立ち聞きしてしまった理由なら持ち合わせがあるわ。輝夜の拘束を解く為に残った私は、部屋の鍵を貴方に届ける必要があったの」

「……よし、その理由なら納得出来る。ご苦労さん。お疲れ」

「ええ」

「にしても。あれは必要だったのかい?」

「あれ?」

「とぼけるなよ。そっちが言った事だろ? 今回は鈴仙も巻き込んで、ってな」

「ああ、あれね」

「前半で折れかけてたお姫さまが、後半で息吹き返したじゃねぇか。永琳に限って凡ミスなんてあり得ねぇから、それも見込んだ上でなんだろ?」

「評価してくれるのは嬉しいけれど、私も完全無欠ではないわ」

「じゃあ何か。まさか永琳がお姫さまを読み違えたとでも言うのかい?」

「あら怖い。でも貴方の言うまさかはあり得ないわ。今回は故意に引き出したのよ」

「……勿体ぶる真似はやめろよ。俺、こう見えて仕事にゃ案外忠実なんだぜ?」

「記憶しておくわ」

「だったらいい。で?」

「私が調教を重ねて反発の矛先を逸らしても、いずれはあの境地に辿りつくからよ」

「先取りって事かい」

「ええ。そして輝夜を折るという事は、全てを失って尚も残るものを折るしかないのよ」

「……つまり、敢えてハイパーお姫さまにしてからじゃねぇとこっちになびいちゃくれない、って事かい」

「あの子は、ああ見えて強情なのよ」

「見たまんまだよ、そりゃ」

「いくらか手順と時間を省いて、輝夜の最後の意地を引き出す為。理解したかしら?」

「オーケー、なら今後も任せる。何にしても、まずはあの抑圧をとっぱらっちまわねぇとな」

「絶頂の味を覚えさせて下地は出来ているわ。さほど時間は掛からないでしょうね」

「こえー女だな、永琳は。相変わらず」

「貴方は以前よりも角が取れたわね?」

「……」

「ふふ。すぐに拗ねる所は相変わらず」

「俺の失言だよ。くそっ」

「なら埋め合わせは――」

「――そりゃ構わねぇけどよ」

「何故、何て野暮な事は聞かないで。貴方はどう思っているのか知らないけれど、私も女よ。甘く蕩かされたくなる事もあるわ」

「その前に俺にゃあやる事がある」

「ええ。いつでも構わないわ」

「あいよ」



 ぱたん。



「……さて」

「ウサウサ」

「どこから、聞いてたよ?」

「俺の一番はもう手に入れてるからさ」

「そこからかよ」

「矢でも鉄砲でもどんときやがれな俺だが、惚れた相手にゃめっぽう弱い」

「そうだよ。悪ぃーかよ」

「俺はマジだぜ?」

「判った。勘弁してくれ」

「ふん。最初っからそう言えばいいのよ」

「何でまた、えらくご機嫌斜めなのよ?」

「まんぐり返しって言うんだ。これ基礎知識な」

「……聞いてたのかよ。あのな、言っとくけどな、俺は仕事と私生活は分けて考えてるのよ。例え鈴仙相手でも仕事に手を抜いた覚えはねぇぜ? ビジネスとプライベートの両立。お判り?」

「判らない」

「即答かよ!」

「一日って言ったのにこれじゃ半日じゃない。ずーるーいー」

「いや、だからな」

「延長。二日」

「あのな。風俗じゃねぇんだぞ? というかなんだ、最近俺の事人間だと思ってねーだろ。ただのちんこ生やした人間だと思ってやしねぇか?」

「だったら尚更じゃない。半日だったら楽しめないしー」

「てゐよ。お前、俺の事マジでただのちんこだと思ってるだろ」

「うわ、半日も私のいたいけな身体をもてあそんで終わりにするつもりだったんだ。私でも引くわ」

「ほんっと、ああ言えばこう言うよな」

「二日二日ふーつーかー!」

「不束者だって反省してみろってんだ。オーケー。二日に延長」

「オーケー。じゃあそういうことで」

「……もう、なんだ。この際リバも可にしとくか」

「それはいらない」

「そりゃ有難い」

「で。リバって何?」

「あー……俺が食うか俺が食われるかの違いだな」

「何よそれ。そんなの意味ないじゃない」

「そうか?」

「そうよ。だってどっちにしたって私が咥え込むんだから、さ」

「なるほどね。納得」

「じゃあすぐに行くわよ。ほら、きりきり歩きなさい」

「行くってどこによ」

「それくらいあんたが考えなさいよ」

「うっそー。ちゃーんと考えてますーいてっ、蹴るな!」

「笑えないからよ」

「ったく。立ち話もなんだし、早速行くか」

「うん、行く!」

「おい、そんなしがみついたりしたらよ」

「ふふーん♪」

「……胸が当たらねぇんだが?」

「死ね」



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 兎にも角にも私はあいつと外出した。

「どーお?」

 私はスカートの端を摘んでその場でくるりと回る。
 身体の動きに合わせてひらひらとした裾がふわりと舞った。

「いいね。涼しい感じがする」

 試着室を出てすぐのところで待っていたあいつは、着替えた私を眺めて顎を一撫でした。
 白地に真っ青な花柄のワンピースで、私の普段着よりずっとすべすべしたさわり心地で布地も薄い。
 身体で着るというより肩に掛けて着るといった感じで、足首まである裾は足元の方がうっすら透けてる。
 構造上袖がついてない上に胸元も腋も背中も開いていた。
 
「感じがするんじゃなくて、涼しいの。見たまんまじゃない」

 普段着と比べてなんだか大人っぽい格好にどきどきしてしまう。
 鼓動の音が聞かれやしないかなんてありもしない不安から、つい私は憎まれ口を叩いた。

「なら一緒に羽織るベストも買っとくかい?」

 私の悪態をあっさり流して、あいつは私が着替えている間に探していたのか、やっぱり袖のない服を何着か手にして見せてきた。
 こういう時は売り言葉に買い言葉が大抵だったから、ちょっと肩透かしを食らった気分。

 一番初めに向かったのは妙にこざっぱりとした服屋で、そこで私は洋服を一式買ってもらっていた。
 ペットって役割上鈴仙の引き立て役が多かったから、なんだか手放しで褒められたりすると調子が狂ってしまう。

「んー……いらない。これでもまだ暑いくらいだし」

 クーラーとかいう機械で常に涼しさを保っているらしい。
 夏に涼しいなんて夢のようだけど、今はなんだかお店に入った時より妙に暑くなってる気がする。
 手を団扇代わりにぱたぱたと扇いだ。 

「はっ。夏場の店はどこもこんなもんだ。温度差で体調崩さないよう気ぃつけろよ?」

「わかってるわよ。言われなくても」

 いま一つ調子が出なくて、新しい服の手触りを確かめる振りをしながら居心地の悪さを誤魔化す。
 あいつは両手に提げていた服を元の場所に戻すと、不意に振り返った。

「な、なによ」

「ま、いーから。そのまま動くなよ?」

 あいつは私の目の前までやってくると、頭の上で何かを始めた。
 なにをしているのかは見えなかったけど、耳に何かを結びつけるのがわかった。

「よしと。ほれ」

 何かをやり終えたあとで、あいつは小さな手鏡を差し出してきた。
 私が覗き込むと、そこには不思議そうに見つめ返す私の顔が。

「あ」

 たらんと垂らした右耳の付け根に、黄色い花が咲いていた。
 さっき私の耳に結び付けていたのはこれなんだろう。
 名前も知らないその花は布地を細工して花に見えるように折られていて、ご丁寧にも緑色の葉っぱの部分まであった。

「どうやって折ったのよ、これ?」

「決まってる通りにちょちょいっと。折り方さえ知ってりゃ誰だって出来るさ」

 そうは言うけど折り方を知らない私には並外れた器用さに思える。
 手鏡の角度を変え、結いつけられた右耳をぴょこぴょこ動かしてみていると、あいつの手の平が私の頭に乗せられた。

「お洒落のアクセントにな。生花にゃ負けるが熱で萎れないのがポイントだ」

 髪をくしゃくしゃとされた。
 
「ふ、ふーん」

 私は気のない返事を返して、手にした手鏡を押し付けるので精一杯だった。

 私を大人扱いしてるのかと思ったら急にこんな子供にするみたいに。
 そりゃ頭を撫でられるのは私も好きだけど、場所とか状況とか色々選ぶんだから。
 無差別に喜んでたらそれこそただの子供じゃない。

 そっぽを向いた私に、あいつは乱した髪をもう一度撫で付けてから背中を軽く叩いた。

「また始まったばっかりなんだ。楽しもうぜ。なぁ?」

「知ってるわよ、そんなこと」

 始まったばっかりなのに今からこんなで身が持つのかとちょっと不安に思う。
 けど、これからどんな楽しいことが待ってるのかを考えたら、いつの間にか私の口元は緩んでいた。

 服のついでに靴も新調した。
 踵の低い真っ赤なサンダル。
 たまたま気に入った形のが赤いのしかなかったからで、別にあいつを意識したわけじゃない。
 うん。

 そんな言い訳をしたりしながら日差しの強い昼下がりをあいつと一緒に歩き回り、映画館とかいう場所に連れて行かれた。
 生まれて初めて映画を見た。
 見上げるほど大きな画面と、下腹に響く大音響。
 始まるまでは呑気にポップコーンをかじったりしてたけど、始まった瞬間私の目も耳も意識も全て大画面に持っていかれてしまった。
 終わっても映画館から出てもすぐには興奮が冷めやらず、出てくる人ごみの流れに押し流れそうになってしまったりした。

 空はすっかり暗くなってしまっても、辺りは夜を感じさせない灯りに包まれていた。
 人間たちも昼よりむしろ夜の方が数が多いくらいで、人でごった返す通りの中、はぐれないようあいつの手をしっかりと握って歩いた。
 たまに面白そうなお店なんかを見つけて立ち止まると一緒に足を止め、身長が足りない時は肩車をされたりしながら、小腹を空かせた私たちは適当な食事処へ。
 ふと目に留まったから、遊園地の時にも食べたハンバーガーにした。

 いざ注文しようとすると意外と沢山種類があってどれにしようか悩んだりして、セットがお得だと店員が進めてきたから、結局二人で上手くばらけるように注文した。
 席についたらお互いのトレイを向かい合わせて、色々な味を楽しみながらさっき見た映画の感想なんかを取り留めなく話した。
 爆発が凄かったとか、弾幕ごっこにちょっと似てたとか、箱庭レベルの事件がいつの間にか世界規模になってたりとか、最後にキスしたら円く収まるっていうのはなんかわざとらしいとか。
 映画を初めて見た私には本当の出来事をそのまま記録していたのかと思ってたけど、あいつはそういう娯楽があるんだってからかうでもなく答えた。

 わりとそういった日常的な時間を過ごしながら、違っていたのはいつもみたいに悪態の応酬にならなかったこと。
 こいつと出会ってから今までにもあったような、それでいてどこか雰囲気が違ってた。
 それは多分映画館で毒気を抜かれてたのと、いつもと違った服装だったり、夜の街の空気にどこか浮ついていたからだと思う。
 そんなことを考えたりしながらアップルパイをちびちびとかじった。

 腹ごなしをしたらそのまま帰るかと思ったけど、連れて行かれたのは奥まった路地裏。
 以前公園の茂みに連れ込まれたことを思い出したりしながら、いかにも怪しげな狭い階段を下りていったんだけど。

 ずっと下っていった先にあった扉をあいつが開けると、薄暗がりの向こうから明かりとしとやかな音楽が洩れてきた。
 何かのお店みたい。
 遠慮も何もなくずかずかと入っていくあいつに少し遅れて、私はおっかなびっくり扉の奥に足を踏み入れた。

 中は私が思ったとおりお店で、どうやらお酒を飲む場所みたい。
 二〇人も入れないくらいのこじんまりとした空間に、四人掛けのテーブルが二つと長いカウンターが用意されている。
 私たちの他に客の姿はなく、カウンターの向こうには色んな銘柄のお酒と色んな形をしたグラスがずらりと棚に並べられ、そして男の店員が一人だけいた。

「よぉバーテン。相変わらず客がいねぇ店だな」

 さっさとカウンターに座ったあいつは、いつもの調子で気安く店員に話しかけながら、早速お品書きを眺めている。
 前にあったようなパターンかもしれないというのは、どうやら私の考え過ぎだったようだ。
 私もその隣のやけに高いイスに乗りながら、こういう雰囲気のお店は初めてだったから物珍しくてきょろきょろと周囲を見回した。

 照明は抑えられ、壁や床の色調は黒。
 流れている音楽も含めて、落ち着いた大人の空気が漂っている。
 なんというか、ここに来るまでの胡散臭い道筋の奥にこんなお店があるなんて、ちょっと詐欺っぽい。
 そんなギャップから、席についてからもなんだか見知らぬ土地に迷い込んだような印象があった。

「……?」

 気がつくと、バーテンと呼ばれた男がじっと私を見つめている。
 人間の年齢は見た目では良く判らないけど、隣に座るあいつと大体同じくらいに見える。
 今まで入って来たお店はどこも大体愛想のいい店員ばかりだったけど、この男は真逆だった。
 店に入った時もこっちを軽く一瞥しただけで、話しかけたあいつに答えるでもなくグラスを磨いていた。
 
「なによ」

 無口な上に、なにを考えてるのかわからない無表情な視線を向けられて少し怯む。
 バーテンは磨いていたグラスを置くと、カウンターの上に置かれた小さな額を指で示した。

【二〇歳未満、お断り】

 ……。

「私はこう見えて、一〇〇〇歳以上の因幡素兎よ」

「そういうのは二〇歳になったばっかりとか適当に言っておいた方がまだ現実的だ。飲む前から酔っ払い扱いされるぜ?」

 口元を引きつらせて言い返した私に、隣であいつが苦笑いを浮かべた。

 そりゃあ私が人間の目から見て幼く見える容姿だってことくらいわかってる。
 こいつにだってそれを散々言われたんだし。
 けどこうして全くの見ず知らずの相手からも言われるのは、また違った腹立たしさがある。

「というか口で言われるよりもなんかムカつくわ!」

「ここのバーテン無口なんだよ。気にすんな。そりゃとにかく、うちのてゐはちと童顔だがきっかり成人してっから問題ねーよ」

 歯噛みする私の頭をくしゃくしゃと撫でて、あいつも口添えしてきた。
 バーテンは私たちを交互に一瞥した後、中断していたグラス磨きを再開した。

 納得したのか見過ごしたのか、どっちよ。

 こいつの言ったとおり無口なバーテンだった。

「なんか凄いバカにされた気分……」

「んじゃま気分を直しに一杯やろうぜ。ほれ、メニュー」

「……これ、言葉からどんなものか想像出来ないんだけど」

「あー、そういやここ洋酒オンリーだったな。じゃあお勧めの中から適当に選んだらいーさ。俺モスコ」

「うーん……じゃあ私、この白桃の何某っていうの。どんなのかわかんないけど」

「シャンパーニュな」

「うるさいわね。それくらい読めるわよ。ただ声に出して読み慣れてないだけよ」

「おっと、薮蛇やぶへび」

 私たちが注文をすると数種類のお酒をシェイカー(あいつにこっそり聞いた)に入れて振ったり、生の桃をミキサーに入れたりしてバーテンはきびきびと動いた。
 さほど待たされることなく私たちの前に中身入りのグラスが差し出される。
 相変わらず無口だった。

「客商売に向いてないんじゃないの?」

「仕事は選べねぇわな。ま、こっちはそのおかげでこうして貸し切り気分を満喫できる隠れ家になるってね」

 こいつの言う通り、立地の問題やバーテンの商売下手だった方が私は落ち着ける。
 今まで人間が沢山いる場所ばかり歩き回ってたから、少し人混みに疲れているのもあった。
 気に食わない点はひとまず心の奥に書き留めておくとして、私は敷物と一緒に置かれた縦に長いグラスを手にした。

「何に乾杯する?」

 銅かなにかを加工したグラスを手にして、あいつが訊ねてきた。

「ここが潰れないことに」

「ひっ。少しばかり貢献するか」

 黙々とグラスを磨くバーテンの前で、私たちはお互い手にしたグラスをちんと軽く鳴らした。



 少し強い風が火照りを冷ましていく。
 奥まったバーで物珍しいお酒をひとしきり楽しんだ後は、酔い冷ましに月を見上げていた。

 場所は私たちが住んでいるマンションという建物の屋上。
 バーを出た後そのまま直接帰らずに、月が見える場所に出たいといったらここに連れて来られた。
 閑散とした屋上で、私は落っこちないように設けられた外縁の柵につかまり、びょうびょうと吹く風の音に耳を済ませていた。

 耳元で唸る風鳴りが、この見慣れぬ町の喧騒をかき消している。
 変わってしまったものの中で、どれだけ時間が過ぎても変わらない一面。
 私が知っている頃とはすっかりかけ離れてしまったけれど、風の音は今も同じまま。
 時間が空いて疎遠になってしまっている間に、私の知っている世界はすっかり様変わりしてしまっていたけど、どれだけ違ったものを内包していようと懐かしい面影も残していた。

 ぽっかりと浮かんだお月様もおんなじ。

 風の音色を楽しんでいた私は、まぶたを開けて夜空を見上げた。
 地上の華々しい光も届かない場所で、満月には少しかけた楕円のお月様が浮かんでいる。
 なんだか浮かれ騒ぐ地上の様子をそっと静かに見守っているみたい。
 私はずいぶん久し振りに感じる夜空を見上げて、そこになんだか物足りなさを感じて眉を潜めた。

「ねぇ」

「ん?」

 柵に寄りかかり、ぼんやりと遠い喧騒を眺めていたあいつの視線が私に向く。

「人間は星まで売っちゃったの?」

 夜空を彩る星々の瞬きはずいぶん減ってしまったように見えるけど、ひょっとしたら星すら売り買いしてしまったのかもしれない。
 物を買ったり売ったりしないと生きていけないくらいに商売熱心になってしまった人間たちを思うと、ありえない話じゃなかった。

「……そうだなぁ。どこかの馬鹿が売っちまったのかもしれないなぁ」

 私を見下ろしていたあいつはまばらに輝く夜空を見上げて、のんびりとした口調で答えた。
 ずいぶん酒を飲んでいたはずだけど、あいつの顔色は変わっていない。
 むしろここで風に吹かれていたからか少し白いくらいだ。
 それでも普段より少し穏やかな声音に聞こえるのは、酒が入っているせいなんだろうか。
 あいつの横顔を見上げて私はぼんやりとそんなことを考えていた。

 でも、今なら聞けば色々答えてくれるだろうし、私も普段は口の中に留める言葉をこいつに投げかけられると思う。
 私も、少しばかり酔っていた。

「ねぇ。愛情ってなに?」

 だから私は訊いていた。
 ずっと引っかかっていた。

 あいつはそれぞれ差をつけていると言ってたけど、正直なところ明確な線引きが良くわからなかった。
 普段の生活に特別さがあるわけじゃない。
 部屋の様相に差を感じたけれど、だからって私が粗末な部屋を使わされてるわけじゃない。
 食べてるものだって同じだし、何かを禁止しているわけでもないし、明白に拒絶されたわけでもない。
 曖昧であやふやで目に見えないものに、振り回されてるだけなんじゃないだろうか。

 あいつは空をぼんやりと見上げたまま答える。

「そうだなぁ、まずは葱みてぇなもんだ」

「ネギって……あのネギ?」

「青くて真っ直ぐに伸びてる葱だ。初めはちんまい芽がいつの間にか思いもよらない大きさまで育つ。根っこさえ残ってりゃ切っても切ってもまた生えてくるもの」

「ふーん」

 畑で採れる様子を頭の中で思い浮かべた。

「で、次は味ポン。つーか味の素全般か」

「一気にわけがわかんなくなってきたわよ」

「判り易く言うとだな、調味料だ。どんだけ立派で美味そうに見えても、味付けがされてないと食えたもんじゃねぇ。辛い甘い酸っぱい苦い美味い渋い。少量の混ぜ合わせで美味くもなれば不味くもなる」

「ふーん」

 広間のテーブルに置かれている、底が回る調味料置きを想像する。

「で、三つ目は鰹だな」

「カツオぉ?」

「野球しようぜー、じゃない方な。回遊魚っつってな。常に動き回ってないと死ぬ。欲しいとか要らないとか考える前からそういうものを取り込んでて、知恵がついてくるとあー鰹の叩きが食いてぇ」

「最後まで理性を保ちなさいよ」

 食欲を訴えるただのぼやきになってて、私は顔をしかめた。
 ひょっとしなくてもからかってるだけなのか。
 後ろから尻を蹴りつけてやろうとする私に、あいつは別段逃げもせずにひっひと咽喉の奥で笑った。

「つまりそういう事だ」

 ……つまり?

 私は腰を据えた蹴りを止めて、付け加えられた言葉を考えてみる。
 初めは小さなものがいつの間にか大きく育って、根っこがなくならない限り何度でも生えてくるもの。
 見た目だけではわからなくて、色んな味があるだけでなく好みで美味しいとも不味いとも受け取れるもの。
 物心がつく前は意識もしていなかったことが、成長するにつれて食欲――欲望なんかが割り込んでくる。
 そういうもの。

 あれ?
 最後のぼやきまで含めて説明になってる。

「付け加えるなら、金でも買えるが当然高けりゃ高いほど美味いものが出てくる。買ってる内にその味が馴染んじまって本物だと誤解する。全部自力で揃えるのは困難極まりない訳だが、一生をかければ出来ないって訳でもない。本人に取っちゃそれが本物でも、他人もそうだとは限らない。ってとこかね」

「それが愛情なの?」

「そ。鰹の叩きだ」

 振り向いたあいつは鹿爪らしい顔で私を見下ろしたあと、にんまりと笑った。

「なぁてゐよ。答えなんてものはな、人に訊いた時点である程度判ってるし、自力で見つけられるもんなんだぜ?」

「……うっさいわね。ただの確認よ、確認」

 からかってると思い込んだままこいつの尻を蹴りつけていたら、そのことに気がついていたのか。
 私はばつの悪い空気を感じて上げかけていた脚を下ろした。

 愛情は鰹の叩きかぁ。

 なんとも馬鹿馬鹿しい答えだけど、謎掛けじみたその答えは聞くものを煙に巻く感じで、結構気に入った。
 もしも誰かに聞かれることがあったりしたら、同じように答えてやったらいいんだ。
 気がつく者には幸せのお裾分けを、気がつかない者はからかわれたと怒るかさらに悩んでればいい。
 私は悪戯兎なんだから。

 あいつは柵から離れると、首や肩を回してこきこきと鳴らした。

「よし。てゐ、踊ろうぜ」

「なによいきなり」

「腹ごなしだよ。戻ったら夜食に鰹の叩きで一杯だ」

「まだ呑む気なのね、あんた」

「酔いが冷めちまった。素面で呑む酒が美味いのと一緒で、食い物は腹を空かせてる方が美味いと相場は決まってるのさ」

 それは考えるまでもなくわかっている。
 欲しくてたまらなかった時間が今は私の手の中にある。
 色々悩んだり戸惑ったりもしたけれど、この半日を思い返すと楽しい記憶ばかりだった。

「このてゐ様を誘うのに、腹ごなしだなんて冴えない理由ね」

 口では憎まれ口を聞きながらも、私も手首をぷらぷらと振って関節をほぐす。
 すでに乗り気ではあったけど、ここでピリッとした隠し味がないのか期待した。
 あいつはうっすらと無精ひげの生えた顎先を撫でて、視線を頭上へ。

「あんなに月が綺麗だから、無性に踊りたくなった。付き合ってくれるかい?」

 すっと私の前に手が差し出される。

「十五夜のお月様だったら完璧だったわね」

 私は待たせずにその手を取った。
 悪くない隠し味だった。 

「で。踊るってなにを踊るの?」

「即興さ、即興。こんな時に礼儀や作法なんて堅苦しいだけだ。動くままに手足を動かせばいい」

「ふーん。盆踊りは嫌よ?」

「そう捨てたもんじゃねーけど、ムードはぶち壊しだわな。歌も入れりゃ解決だろ」

「あっそ。じゃあ任せる」

「任された。それじゃあ即興ダンスの始まり始まり。歌って踊って愉快な一時を。カテゴリなしマナーなしの即興ダンス。押し競まんじゅう踏まれて泣くな」

「足踏んだら蹴り返してやる」

「ひひ! その意気その意気!」

 口上のような軽快な言葉と共に、私はあいつに手を引かれるまま屋上の真ん中へ。
 あいつと私の即興ダンスが始まる。
 あいつが歌い始めてすぐに判った。

「ソソラ ソラ ソラ うっさぎっのダンス」

 あ。
 この歌知ってる。

「タラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 どこで聞いたのか覚えてないけど、私は確かに知っている。 

「脚で けっりけっり ピョッコ ピョッコ おっどる」

 両手を握ってくるくる回りながら、私もその歌を口ずさんでいた。

「耳にはっちまっき ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 私の耳の付け根に咲いた布地の花弁を意識しながら、自然と浮かんできたその歌詞を歌い上げていた。

「いいね。その調子その調子」

「あんたこそしっかりついてきなさい」

 少し驚いたけど私は止まらない。
 あいつも止まらない。
 ステップというよりスキップに近い。
 両手を握ってくるくる回る。
 私のスカートがふわふわと舞う。

「ソソラ ソラ ソラ かっわいっいダンス
 タラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 あいつは可愛さを主張しているのか妙に内股になる。

「とんで 跳っね跳っね ピョッコ ピョッコ おっどる
 足にあっかぐっつ ラッタ ラッタ ラッタ ラ」

 私は大きく跳ねて履いていた赤いサンダルを見せつける。

 回る。
 跳ねる。
 歌う。
 踊る。

 ただぐるぐる回っているだけなのに、どうしてこんなに楽しいんだろ。
 不思議に思いながら私は回り続ける。
 歌い続ける。
 踊り続けた。

「ソソラ ソラ ソラ」

「うっさぎっのダンス♪」
 
「タラッタ ラッタ ラッタ?」

「ラッタ ラッタ ラッタ ラ!」

 風が鳴くマンションの屋上で、静謐な月光を浴びながら、私たちは不恰好に舞い踊った。



xxx  xxx



「はぁ」

 キッチンの流しに置いたトレイの上に淹れたばかりのポットを乗せると、何故だかため息が私の口を突いて出てきた。

 ソーサーに伏せたカップを一組と、あらかじめ温めておいたポットの中には抽出したコーヒーをなみなみと注いだ。
 私も、すっかリコーヒーを入れるのが上手くなったように思う。
 初めの頃はスイッチ一つ押すのだってびくびくして、横にスライドする部分を逆に押し過ぎて壊してしまったいたのもいい思い出。
 結局何も言わずにご主人様が直してくれたんだけど、あの頃は何を言われるのか想像するだけで怖くなって布団の中に隠れていたりした。

 ……あんまりいい思い出じゃないかな、うん。
 こういう思い出ばっかりすぐ思い出せるのも困るな。

「はぁ」

 二度目のため息。
 いつものように(いつも通り過ぎて自分でも嫌になるけど)後ろ向きになった私は、良くない思い出ばかりに浸っている。
 原因は間違いなく今朝の一件だろう。

『今日は私一番。鈴仙は二号で愛人だからね♪』

 朝食の場でてゐがご主人様の腕にくっついてそう宣言した。
 訳が判らなかった。

 ご主人様の説明で我侭に付き合っているのだというのは判ったけれど、その内容はてゐから聞かされた言葉以上に簡単にする事は出来なかった。
 前日はいつの間にか二人ともどこかに行ってしまって、夕食も要らないというメモが広間のテーブルにあったからどこかに出かけていた事は知っていた。
 待っていた方がいいかなと広間にいたらいつの間にか眠ってしまって、目が覚めると私の身体に毛布が掛けてあった。
 しかも寝起きにそれだ。

 ま、まあご主人様の恋愛観がちょっと普通の物差しでは測れないことも、エッチな人だっていう事も知ってたし。
 てゐだってああ見えて魅力的って言うか、最近は以前の子供っぽい所が引っ込んで大人びた顔を多々覗かせる時があるし。
 ……てゐともセックスしてたし。
 やっぱり男の人だったら、初めてだった相手を特別に思ったりするんだろうか?

 私は思う。
 てゐが羨ましい。
 好きな相手にこそ残しておけば良かったとちょっと後悔している。
 ご主人様はそんな私を鼻で笑って、逆に軽く笑ってくれたからこそ私も幾らか気が楽になったというのはあった。
 それでも晴れない根っこの部分は、私がこれからもずっと抱えるものなんだろう。

『うかうかしてると、私が貰っちゃうわよ』

 あの時ご主人様に抱かれて笑っていたてゐの笑みは、女の私でもドキッとするような色艶を帯びていた。
 嬉しいと口にしたのもいつも嘘じゃない、と思う。
 ご主人様は初めてのてゐに気遣いながらも、念の入ったセックスを繰り返した。
 見ているこちらが赤面してしまうような丁寧さに、正直言って興奮してしまった。

『産んで欲しかったらもっとこのてゐ様をちやほやしなさい』

 そういう事なの?
 ご主人様はそのつもりなんだろうか?
 妊娠なんてすぐにどうか判らないから、私にこれといった兆候はない。
 今では愛される度に熱い洪水のような迸りを胎内に受け止めて、胎内どころか全身に浴びる事さえあるけど。

 ……そう言えば人間と玉兎でも妊娠したりするのかな?
 妖怪と人間でも混血は出来るって、実例もあるから知ってるけど。
 そう考えると月の生き物よりも地上の生き物であるてゐの方が確率は高そうだし。
 ひょっとしてこれだけ愛されても私に兆候が出ないのは、そういう事なんだろうか?
 てゐに先を越されてしまったりしたら、私は平静を保てるんだろうか。

 そもそも、ご主人様がてゐをちやほやしている様子を見ているだけでも私は平静とは言い難い。
 てゐの方もわざと当てつけるみたいに甘えて。
 ご主人様に手ずから食べさせて貰って勝ち誇るように笑いかけてぎりぃ。
 いいもん、私もして貰うんだから。

「ウドンゲ」

「はひっ!?」

 物思いにふけっていた私は、師匠からの唐突な呼びかけにその場で跳ねた。 
 その拍子に手に持っていた包みがぽとりと落ちる。

 ……こんなの、いつ私は持っていたんだろう?

 疑問に思っていると、キッチンに入ってきた師匠が流しに落ちた包みをすいと拾い上げた。

「……睡眠薬ね」

「す、睡眠薬?」

 小指の先につけて軽く一舐めして中身を確認した師匠に、私は点になった目を何度も瞬きした。
 そういった一部いかがわしい薬(使用者は主にご主人様)も、一般的な傷薬や飲み薬と一緒に入っている事は、薬箱を扱う機会の多い私も知っている。
 当然、薬箱の中身を直接調合している師匠も。

 どうして私は、薬箱を開けて睡眠薬なんて取り出していたんだろう?

「一日眠らせれば確かにてゐの言った有効期限は過ぎるわね。焼きもちを妬くのはいいけれど、一服盛るのは感心しないわよ?」

「い、いえ。あの。別にそういうつもりじゃ」

 そもそも、足元の棚の奥にあった薬箱を取り出していた事自体全く記憶にない。

「なら無意識に? ウドンゲ、貴方も成長したわね」

 挙動不審に両手を開いて胸の前で振る私に、師匠は開いた包みをもう一度折り畳んで薬箱の中にしまった。

 記憶はないんだろうけど、師匠の言う通りだとして。
 これは成長なのかどうか。

「あ、あの。師匠……この事は出来たら内密に」

「止めはしたけれど、それほど気に病む事ではないわ。あの人の耳に入っても笑って済ませてくれるでしょう。それぐらいの対価は織り込み済みで請け負っている事でしょうし。てゐがごねる程度よ」

「……それでてゐに見せつけられたりしたら、今度は意識して睡眠薬を盛ってしまいそうになるので」

「寵愛を受けていると判っていても、意中の相手が余所に目をやると我慢出来なくなるのね。ふふ。ウドンゲも女になったわね」

 師匠はころころと笑って薬箱を元の場所に戻していたけど、私の方は笑い事じゃない。
 いっそ鍵をつけてしまった方がいいだろうか。
 私がそう思えている間に。

「ウドンゲ。冷めるわよ?」

「……はい」

 今はとにかくコーヒーを届けよう。
 折角淹れたのに冷ましてしまっては台無しだし。

 自分の分をしっかりと確保した師匠に見送られて、私はトレイを手にしてキッチンを後にした。
 広間に二人の姿はなく、向かう先はご主人様の部屋。
 朝食が終わると二人はすぐに部屋の中に引っ込んでしまって、だから私は睡眠薬のくだりをやり取り出来た。

 コーヒー淹れたのがただの習慣なのか口実を作るためなのか、私自身判断がつかない。
 多分口実を作って偵察に向かう為なんだろう。
 だって、ご主人様の部屋に向かう足取りは重くて、ドアの前に立つと何か怖いもの見たさに似た感情に襲われていたから。

 ごくりと生唾を飲み込んでから、ドアをノックする。

「はーいー」

 聞こえてきたのはてゐの声。
 どこか気だるいその声に、どきどきと心臓が高鳴る。

「わわ、私だけど」

 動揺していた。 

「なにー? 用があるならそんなとこいないで入ってきたらー?」

 師匠、どうしましょう。
 余裕たっぷりです。

 てっきり邪魔するなとか邪険にされると思ってたけど、声に不機嫌そうな色合いはない。
 予想と違った反応を返されるとどうしても躊躇ってしまう。

「そ、そう? 邪魔しちゃ悪いかなって」

 邪魔も何もここまで来ている時点で今更言えた事じゃないって、私自身判ってはいた。
 相変わらずご主人様の声は聞こえてこなくて、それが余計に私の不安を煽った。

「聞き耳立てるだけにするー?」

 しばらくの沈黙を隔てて、てゐらしい意地悪な声が聞こえてきた。

 てゐ、私だって伊達や酔狂に兎耳はつけてないんだからね。
 集音機能とか指向性能力があったりするんだから。

「こ、こほん」

 わざとらしい咳払いの後、私は躊躇いを振り切りドアノブに肘を置く。

 いいわ、判ったわてゐ。
 そこまで言うなら入るからね。
 後で後悔したって知らないわよ。

 かちゃっと留め金が外れる音を合図に、ドアをそのまま肘で押して中に入る。
 中に広がっていた光景を目の当たりにして――

「ごろにゃ~ん♪」

 後悔した。

 ご主人様はベッドで横になり、真剣な表情で本を読んでいる。
 楽な姿勢だけど集中しているためか、まだ私に気がついた様子はない。
 寝そべったご主人様のすぐ側で――というか同じベッドの上で、やっぱりてゐも本を読んでいた。
 本と言うより雑誌で、私も似たようなものを鵺さん経由で届けてもらったから判る。
 私が後悔したのは二人がとても密着した体勢で、しかもてゐはお尻を上げて猫や犬の前傾姿勢みたいな格好をしていたから。

「……ナニシテルノ?」

「女豹のポーズ。男を誘う一九の殺しポーズの一つだって、この本に書いてあったから今試してるとこ」

 てゐはその女豹のポーズのまま、私にも見えるように手にした雑誌を裏返した。

『彼氏と過ごす甘い時間に一杯のサッカリンを。婦女子必見、一九のU・♀・Fが男の本能を直撃する!』

 という赤字で大きく書かれた見出しがまず目に飛び込んできた。
 U・♀・Fの所はアルティメット・フェミニン・フォームとやたら長いルビが打ってある。
 そんな字面の下には綺麗な写真があり、てゐと同じ姿勢をした水着姿の女性モデルが写っている。
 モデルには黄色に黒の横縞が入った耳と尻尾が付いていたけど、それって豹じゃなくて虎だと思った。

 てゐ、貴方何を読んでいるの。

 私たちのやり取りに、それまでじっと本に視線を落としていたご主人様が顔を上げた。

「それ俺が書いた記事だわ」

「へ。そうなの?」

 ご主人様、貴方何を書いているんですか。

『にゃんにゃんしたい気分。けど相手にその雰囲気がない。そんな時にはこの一三番目! 失われた野生の心に火をつけて、これで男もオーメン!』
『その姿は百獣の王など蹴落とすまさに肉欲の女王! 子鹿のごとく男をゲット! にゃんと鳴いてさらなるリビドーを湧き起こせ!』
『相手の男性に勃起等の現象が見られない場合、性機能障害の可能性があります。バイアグラ等の薬品に手を出す前に、まずは病院で医師による診断を受けて下さい』

 といった内容の記事の末尾に、著者の名前も書かれていた。

「……ポージンガー梅中って書いてあるんですけど?」

「それペンネーム」

 名前はないんじゃなかったんですか。

「鈴仙に前言った事あるよね。本を書いてるって。ちょっとマイルドな部分を雑誌に投稿してみたら採用されちゃってねぇ」

「何気に凄い事言ってませんか?」

「いやぁ、そうでもないよ。投稿者から企画を募って記事にしようってお遊びみたいなコーナーだから」

「それが、これですか」

 もうちょっと、何とかならなかったんですか。

「ナッシングギャランティでお兄さん参っチング」

「にゃんにゃん♪」

 筆舌に尽くしがたい状況に直面してしまった。

 なんと言うか――ああ、もう。
 なんて言えばいいの。
 この状況においてもしっかりトレイを落とさず保持していた自分を褒めたい気分になった。

 とりあえずその件について、これ以上考える事はやめておいた。

「ま、それはともかく。いらっしゃい鈴仙。なんか用?」

「は、はい。コーヒーを淹れたので――」

「毒入りの?」

 てゐの何気ない一言にがたっと姿勢を崩した。
 勢い余ってトレイを落っことしてしまいそうになり、慌てて机の上に置いた。
 にっこりと笑って振り返る。

「そんな事ないでしゅよ?」

 舌が回らなかった。

「冗談よ、冗談。鈴仙がそんな真似するはずないことくらい知ってるわよ。そんなにウケることないじゃない」

 動揺する私にてゐはころころと鈴の音のような笑い声を上げた。
 けど目が笑ってない。
 お前の考えている事なんて全部お見通しだと言わんばかりに鋭く射竦められて、思わず数歩後ずさってしまった。

「それじゃあそこに置きましたから二人で飲んでくださいね私は戻ります毒なんてまだ入ってませんからはい」

「あれ、行くの? 今からこいつ誘惑しまくろうと思うんだけど、鈴仙見てかない?」

「い、いいっ!」

 私は大慌てで部屋を飛び出した。

 こんな調子が続いたら、とてもじゃないけど心がもたなかった。



xxx  xxx



「う~ん、思った以上の見事な脱兎ぶり。本気で一服盛るつもりだったのかしらん?」

 逃げ去った鈴仙の後ろ姿を見送って、私はにやにやと笑った。
 普段はこっちが散々見せ付けられてるんだから、これくらいやったってバチは当たらない。
 こういう機会じゃないと、最近は中々鈴仙いじめも出来ないしねん。
 鈴仙とはいじめることと見つけたり。

 ちなみに普段のはいじめじゃなくいじり。

 久々の鈴仙いじめで私がすっきりしてると、すぐ側から視線を感じた。
 読みかけの本にしおり代わりの指を挟んだあいつが、物言いたげな表情で私を凝視していた。

「なーに、私の趣味に何か文句でも?」

「あるっちゃあるが、今は言わねぇ」

 そうでしょうよ。
 なんたってあと半日は私贔屓の時間だし。
 実際、こいつは鈴仙に助け舟を出さなかった。

「考えてみなさいよ。鈴仙のことだから、絶対今日中にこの雑誌を読むわよ。となったら、次会う時にはこのポーズ集のどれかをしてくるってわけよ。あんたも楽しみでしょ?」

 こいつはそんな鈴仙の恥ずかしい格好を見れるし、鈴仙は頑張った分だけ達成感が得られて、普段の一.五倍くらいは愛されるだろう。
 で、私がその実態をつかんで取引材料にすると。
 みんな笑顔の万事解決ね。

「悪い面だなぁおい」

 含み笑い浮かべる私に、あいつはどこまで私の考えを読み取ったのか、苦笑いを浮かべてほっぺたを撫でた。

「冷ますと拗ねるし、折角の差し入れだから頂きましょ」

「とか言いつつ動く気はさらさらねーのな」

「今はこの怠惰な空気にひたってたいき・ぶ・ん」

「人の部屋に変なもん漂わせるんじゃねーの」

「だらだらしたいときってだらけてたいからー。あんたこそそんなつまんない本読んでないでコーヒー持って来てよー」

「おい。江呂川乱歩を馬鹿にすんなよ? 大正浪漫を感じさせる文体で猟奇から異常性愛まで狭く深くカバー。その道じゃ知らない奴はいねぇんだからな?」

「思いっきりからめ手じゃないの。ちなみにどんな内容なの?」

「今は短編の魔羅博士って話だな。あるビルの一室に泊まった者は、必ず自らアナルを貫いて死ぬって話だ」

「……それってエロ小説なのか推理小説なのか猟奇小説なのかどれよ?」

「敢えて分類するならエロカワ小説だな。江呂川だけに」

「エログロでしょ。名前も江呂黒に変えてしまえばいい」

 そんなやり取りもだらだらとした雰囲気の良いアクセントになる。
 話す内容はどうでも良く、会話のテンポが心地良かった。
 しばらくどっちがコーヒーを持ってくるかで軽く揉めたあと、じゃんけんで決める事になった。

 あいつは自分の拳をじっと眺めて呟く。

「なるほど。Under-dogじゃねーの」

「はい決まり」

 私は開いた手をひらひらと振ってあいつの上から身体をずらした。

 じゃんけんに負けたあいつは素直にベッドを出てコーヒーの用意をする。
 その間もきっちり読みかけの本に指を挟んでいる辺り、そんなにエログロが面白いか。

「砂糖はスプーン半分、ミルク大目で良かったよな?」

「それでいいー」

 でも私が普段飲んでる分量をきっちり覚えていた辺りは、ちょっとポイントあげてもいいかな。

「おまちどう」

「ありがと♪ でも待って。楽な姿勢探すから」

「ひょっとして、寝っ転がったまま飲む気じゃねーよな?」

「いーでしょ。たまにはぐうたら気分を満喫したって」

「……たまにか?」

「た・ま・に・よ」

 しばらく居心地のいい体勢を試行錯誤して、結局ベッドに腰掛けたあいつの脚の上にうつぶせに乗り上げた格好で落ち着いた。

「コーヒー」

「……あいよ」

 若干呆れながらも私の催促に従う。
 脚を振り振り雑誌を読み流す。
 こういうのはじっくりと読み込むんじゃなくて、目が引かれたところだけ重点的に読んでおくくらいでいい。
 って鈴仙から雑誌を借りた時に思った。

「ねー」

「んー?」

「これってほんとにあんたが書いた記事なの?」

「原案俺。執筆プロライター。だーいぶマイルドに脚色されちゃいるが、大体あってる」

「そっちをお仕事にするつもりとかはー?」

「へっ。お遊びだよ、お遊び。好きたい放題してきて今更堅気に戻れるほど娑婆は甘くねーよ」

「戻りたいの?」

 私はもっていた雑誌を降ろし、身体をひねってあいつを見上げた。

「どーだかな」 

 本を片手にコーヒーを啜るあいつの口元が、自虐めいた形に歪んでいるのが見えた。

 私は知ってる。
 こいつの過去を知っている。
 聞き耳を立てなくても、あの狂ったような哄笑は聞き逃すことなんて難しかった。

 自分を消し去ろうとしていたこと。
 泣き叫ぶような笑い声。
 その後ぼそぼそと喋っていた言葉は全部拾いきれなかったけど、ピエロのくだりはなんとか聞き取れた。

 私は今でも覚えてる。
 散々な目に遭いはしたけど、結局は楽しい思い出になったあの遊園地。
 大道芸に混じって初めてその技術に舌を巻いた、あの時のこと。

『結局、あんたは一体何がしたかったのよ?』

『こいつが聞きたかったからさ』

 はしゃぐ鈴仙と鵺の言葉を聞いて、にやりと笑ったあの笑顔。
 その笑顔の裏には、孤独と寂しさがあったんだと知った。

 私は、正直言って薄情な性格だと思う。
 生まれてこのかた親の顔なんて知らないし、自分の一族なんて無頓着だった。
 鈴仙にしたって逃げる気満々だった頃は切り捨てる気だったし、師匠はお仕置きが怖いだけ。
 姫様にいたっては明らかにこっちに分があるから早く諦めれば楽になるのにって思ってる。

 だから、良くわからない。
 こいつが親に向ける強い感情の源が、よく理解できない。
 そんな薄情で打算的な兎ではあるけど、だからって理解できないことを蹴っ飛ばして笑うほど情を捨ててるわけでもない。

 誰よりも楽しませたかった相手を喪って、それをわかっていながら別の誰かを楽しませようとするのってどんな気持ちなんだろう。
 あの時私はまだこいつのことを警戒していて――というか攫われた上に縛られるわおしっこ漏らさせられるわで、懐けっていうのがそもそも無理があったんだけど。
 憎まれ口を叩いてしまったことを、今はちょっぴり後悔してしまっている。

「面白いわよ、あんた」

 だから、これはこいつの言ってた代替行為って奴だと思う。

「一緒にいて退屈しないくらいには楽しいわよ」

 あの時のこいつの気持ちをわかりたいから、こんなことを言ってる。
 過去に言えなかった、もう取り返しのつかないことを今になって言葉にして、程度は違ってもどんな気持ちになるのか知りたいって。

「だから、また楽しませてよ」

 私の言葉に、あいつは本に向けていた視線を下げた。
 真っ黒な瞳は涙どころか潤み一つなかったけど、その奥にある感情のうねりは強く、深く、そして何より寂しそうだった。

「ああ」

 言葉少なに答えて、すぐに視線を戻してしまう。
 私はそんなあいつの様子をしばらく見つめた。

 ……そっか。
 取り返しのつかないことって、こんなにやるせないのか。

 胸の中にじわじわと広がっていく行き場のない想いに、私も視線を外した。 






 それはそれとして、中断していた誘惑を続行開始。
 この割りきりが薄情の由縁なんだろうなと思いはしたけど、それが私なんだし仕方ない。

「にゃあん♪」

 コーヒーを飲み終え、にゃんにゃん言いながら女豹のポーズで身体を摺り寄せる。
 手や足は使わず、股間にも直接触れない適度なボディタッチの繰り返しが興奮を促すって、読んでた雑誌にも書いてあった。

「にゃんじゃねーよ、兎さん」

「じゃあどう鳴けばいいのよ?」

「そりゃあ、うさー! とか?」

「なにそれバカなの兎の私でも引くわ」

「ひでぇなおい。たまに言ってるだろ?」

「言ってないウサ」

「言った。今言ったじゃねぇか明らかに」

「なんのことにゃん? 私にはわからないにゃん。それと兎の鳴き声はくっとかぐっとか、そんな感じにゃん」

「全く。猫っ可愛がりするぞ」

「ごろごろ、にゃ~ん♪」

 これ、いいかも。

 あいつに咽喉を撫でられ私もその気になってごろごろ言ってみたり。
 服も脱がず気持ちいい場所にも触らずただ甘えてるだけでも、ものすごくエッチな気分になってくる。
 あいつも脱がなくても一目でわかるくらい興奮してる。

「んふ。すっごく硬くなってる」

「こっちは万年医者要らずさ」

 盛り上がった股間を衣服越しにお腹ですりすりしながら、私は持っていた雑誌を放る。
 あいつも読みかけの本から指を抜いて、私を仰向けにしてベッドの中心へと寄せる。
 私を跨いで膝立ちになると、両頬に手を添えた。

 なにをしようとしてるのか、なにをしたい気分なのか。
 どちらも一致したから何も聞かずにそのまま顎を上向きに身を乗り出した。

「んっ」

 昨日の起き抜けにねだった時と同じべろでちゅーするえっちぃキス。
 唾液を塗りつけあうように舌と舌を重ねてもつれ合う。
 舌をじゃれ合わせて少しずつ距離を縮め、濡れた唇を重ねた。

 唾液が溢れてにゅるにゅると絡まる。
 口の中に入ってきたあいつの舌が歯をなぞってるのがわかる。
 私は舌を尖らせてあいつの口の中に出し入れする。
 なんだか私があいつを犯してるみたいでぞくぞくした。

 ふぅふぅと鼻で息をしながら、足であいつの股間を探る。
 硬く膨らんだ棹を足の裏ですりすりとなぞる。
 その奥にある柔らかい袋を探り当てると、足の指でくにくにといじった。

「んぷ、はっ。どぉ?」

 お互いの唾液ですっかりと濡れきった唇を離して、それでも足の動きは止めなかった。

「そんな事、聞くまでもねぇよ」

「バカね。あんたの口から言わせたいからしてるのよ」

 根元の方をきゅっと挟む。
 取り澄ましていたあいつの眉が歪んだ。

「足扱きなんてどこで覚えたんだが」

「独学よ」

「エロい兎だな」

「あんたに飼われたおかげでね。んふ。私の足の下でぴくぴく脈打ってる」

「そこは敏感な、くっ、場所なんだよ」

「あらどうしたの? もう余裕なくなってきたの? この早漏」

 普段はいっつも主導権を握られてるけど、今日のあいつは強引にしてこない。
 だから私も強気に出られるし、こいつが快感を我慢する様子なんて見てるだけでもかなりクルものがある。
 あいつも負けじと私の股間に手を伸ばし、スカートの上から擦り始めた。

 こいつは早漏だけど私の方もそれに負けないくらい敏感に開発されてる。
 ちょっと擦られているだけでおつゆが染み出してしまってるのがわかる。
 ここからは時間との勝負。

「てゐ、もうすっかり雌の顔に出来上がって――うおっ」

「そっちこそ――あっ――早く入れたいって、オスの顔になってる」

 私たちはお互いに衣服を脱がさずに愛撫を続ける。
 あいつは私の足の裏に股間を押しつけ腰を斜めに振り、私も指が気持ちいい場所に当たるように腰をうねらせる
 これは愛撫というより、お互いの手足を使った自慰だ。

「ちょっと染みてきたわよ。オスの癖に――ぁひゃん――女の子みたいに濡らして」

「へっ。とっくに漏らしたみてぇに――うぐっ――いい声で鳴いてるじゃねぇか」

 お互いに我慢比べ。
 我慢すればした分だけイッたとき気持ち良くなるってことを知っていたからだと思う。
 自然と意地の張り合いになる分、我慢比べにこいつはもってこいの相手だった。

「バ、バーカ。こんなのサービスに――ぅんっ――決まってるでしょ」

「そりゃ随分気の利いたサービ――やべ、出ちまう」

 先に根を上げたのはあいつの方。
 腰の動きを緩めたところを狙って、私は足の指の股で膨らみを挟むと手でするように上下に扱いた。

「おい、やめ――」

「早く、イッちゃえ!」
 
 私の方も実はあんまり余裕がなくて、声はすっかり上擦っていた。
 逃げようとしていたあいつの腰が止まったと思った瞬間、足の裏から震えが伝わった。

「うっ」

 イッたのが判るのと同時に、あいつはそのまま私に覆いかぶさった。
 私の肩の上にぎゅっと額を押し付けて射精している。
 精液が飛び出てる軽い感触のあと、ゆっくりと濡れていくのを足の裏に感じた。

「はぁ、はっ。私の足の裏でイくなんて、とんだ変態、よね」

 射精直後の表情を見られなかったのは残念だけど、それを嫌って隠そうとしている姿には可愛げがあった。
 結局ズボンを下ろす暇もなくそのまま射精して。
 いつもいつもこっちがしてやられるばかりだったから、一矢報いてやった気分。

 今までの負けをすっかり取り返した気になる一勝にひたっていると、むくりとあいつが身体を起こした。

「俺、復活」

 ……え?

 考えるよりも早くあいつの手が私のスカートの中に入り込んできた。
 指でじかに触られる。

「びしょびしょに濡れてるじゃねぇか。しかも履いてないとは、そりゃスカート越しでも濡れるはずだな」

「ちょ、ちょっと、あっ、それ反則――うぅんっ」

「一回イッた俺に何を言っても無駄無駄ァ。早漏の立ち上がりの速さと回転数を舐めてもらっちゃ困る。いや舐められても一向に困らない」

「何言って――あっ。こらっ、指、そこに指入れるなっ」

「まだ中指一本でもきつきつだなぁ。お、Gスポ発見」

 入ってきたあいつの指が中で折り曲げられて、何かこりこりとした場所を探り当てた。
 そこを触られた瞬間、今まで感じたことのない感覚が私の身体を襲う。
 下腹にきゅっと力が入って、何かが膨らむ感じ。
 お豆をいじられるのともお尻で繋がるのとも違った不思議な膨張感。

「な、なにこれっ」

 一瞬あいつを罵ることすら忘れて、初めての感覚に戸惑った。

「驚いたか? ここが膣の性感帯の一つ。怖がらなくても優しくするから、落ち着いてな」

「何言って、私は別に――んぐっ」

 憎まれ口は途中であいつの口に吸われた。
 唇で覆われるキスの間も、あいつの中指はあの場所の周辺を円く動いている。
 膨張感が少しずつ大きくなって、なんだかおしっこを我慢しているような気分になってくる。

 漏れる、漏れちゃう。
 は、早くトイレにっ。

「ん、んくっ、んーっ」

 私の懇願は鼻からもれてただの吐息になるだけ。
 あいつは柔らかい動きであの場所を軽く刺激しながら、徐々にその動きを早くしている。
 それだけでなく、もう一本の手も使い私のお豆も刺激してきた。
 直接は触らず、ぷくりと膨らんだ左右の肉を摘んで挟むような。
 強い刺激じゃないけど、慣れ親しんだ快感と異質な感覚が混ざって、少しずつ、確実に追い詰められていく。
 
「んぷ、っは。ま、待って、それ。おねが、なんかくる、きそうっ」

 首を振って何とかあいつの唇から逃れると、私はもう余裕も体面も気にせずに悲鳴を上げていた。
 いやいやする私に、けどあいつは手を休めずに優しく笑った。

「振り落とされるなよ? しっかりしがみつけ」

「――っ」

 私は言葉の意味もわからず、言われたままにしがみついた。
 あいつの肩にぎゅっとしがみついて、硬く目を閉じて、今にも爆発しそうなくらい膨らんだ膨張感に備える。
 私の膣内では、あいつの指先が信じられない速さでその起爆点を擦り続けていた。

「――ぁっ!」

 きた。
 炸裂した。
 何かが下腹で。
 一瞬で頭の中が真っ白になって、我慢していたおしっこが漏れるのがわかった。
 おしっことは違いちょびっとだけぴゅっぴゅっと吹き出る程度で、なのにそれがたまらなく気持ちよかった。

「――あ、あ……あー……」

 き、きもぢいいぃ~……。

 言葉が出てこないくらい気持ちいい。
 すっかり脱力しきった私の身体が、思い出したように痙攣する。
 断続的に続く痙攣と、出すものを出したという開放感。
 あいつの身体にしがみついていたはずなのに、私はベッドに身体を投げ出すように仰向けになっていた。

「てゐ」

 肩で息をして言葉も出なくなった私が呼ばれたかと思うと、頬になにかが触れる。
 あいつはすぐ目の前にいるはずなのに、なんだかぼやけてしまって表情までわからない。
 目の焦点がずれていることにようやく気がついて、はぁはぁと息継ぎをしながら苦労して眼球の向きを揃えた。
 
「ぁ、っ。い、今のって…なにぃ……?」

 曖昧な輪郭だったものにはっきりと目鼻が浮かび上がって、あいつの顔になった。
 今まで感じたことのない快感が新たに刻みつけられ、その余韻が今も色濃く残っている。
 頭と身体の芯が痺れたまま、私はあの感覚の正体がなんなのか、かすれた声で訊ねていた。

「潮吹き絶頂って奴だな」

 痙攣の名残に震える私に、私の頬に手の甲を添えていたあいつは二の腕の辺りを指差した。
 私が指先に沿って視線を動かすと、あいつの腕に何か液体がかかって垂れているのが見て取れた。

「あらかじめ充分ほぐれてたのが良かったんだろうな。体質や個人差もあるから、ラッキーと思やいい」

 あいつはなんでもないことのように言って、二の腕の液体を指で伸ばした。
 おしっこほどさらりとはしてなくて、愛液よりも粘性が低い感じ。

「そ、それって、私のおしっこ――なのぉ?」

「出るのは尿道口からなんだが、成分的には尿でもないらしい。はっきりしてねぇけども、出たからって恥ずかしがるようなもんじゃねぇさ。男なんてバンバン精液出す訳だからな」

 あいつの説明を夢見心地に聞きながら、私は深いため息を吐き出した。
 ようやく、いつもの調子で受け答えが出来るようになる。

「……先にイった癖に、生意気」

「ひぇっひぇ。こちとら早い分出し慣れてるんだよ。その気になったら一〇八分賢者モードが持続出来るぜ?」

「なにそれ意味わかんない」

「一〇八分休みなしでイかせ続けることも可能ってこった。味わってみるかい?」 

 両手を胸元で交差させると、一〇本の指を今だかつて見たことのない勢いで動かし始めた。
 そこだけ別の生き物みたい。
 正直言ってかなりキモい。

「お断りよっ」

「あらら、残念」

 本当に残念そうな辺り、油断ならない。
 主導権を握って勝ち誇ったつもりでいたのに、結局イかされ終い。
 あいつを先にイかせることは出来たのに、こうまで強く今まで知らなかった感覚に酔わされたんじゃ、すっかり負けた気分だ。
 不貞腐れていると、あいつが私の前髪をすくった。

「勝ち負けを競うってのもいーけどよ、基本を忘れちまったら本末転倒だぜ?」

「ぶー」

「ぶー垂れてねーでちゅっちゅしようぜ? これで終わりってのは勿体無いだろ、お互いに」

「……そんなに私としたいの?」

「当たり前だろ? 今の一番はてゐだって決めてるからな。あわよくば俺の子を孕んでくれ」

 あいつは即答した。
 ある程度予想できた答えではあったけど、それでもこうして言われてみると私の機嫌が少し直ったから不思議。

「孕めって、言い方がエロいわよ」

「残念ながら男は基本構造からしてエロいのさ。女だってそうは変わらねぇだろ?」

 正解。
 少なくとも、今の私は。

「しょうがないわね。付き合ったげるわよ早撃ちスケベ」

「嬉しいね。このまま淫乱になってくれると尚嬉しいね」

 私たちは減らず口を叩き合って、お互いの唇を塞いだ。



 ようやくと言うべきとうとうと言うべきか、私たちはお互いに服を脱いで向かい合う。

「ちょっとなにそれ出し過ぎ。爆発したみたいじゃない」

「そっちこそ。こりゃあとで染み抜きだな」

 服を着たまましてたからお互いに下半身がすごいことになってたりした。
 精液まみれになったあいつのちんぽは脱いだ時点でまた硬くなっていて、どれだけ出してもさっぱり萎えないのは相変わらずだ。

「どうするの? 二、三回くらい手か口でしとこっか?」

 こいつの場合それで序の口なんだから全く呆れるというか。
 こいつ以外の男なんて知らないけど。

 顎を撫でて考える素振りをしたあと、あいつは私をじっと見つめてくる。

「それもいいが、てゐの中を存分に味わいたい気分だな」

 ぐぬ。
 となると中で二、三回コースになるのかぁ。
 あー、でも前は私が初めてだからある程度加減したんだろうし、となると鈴仙みたく五回くらい?
 精液でお腹がはちきれないといいんだけど。

 こいつにまたがった鈴仙の姿をちょっと思い出して、下腹がきゅってなる。
 鈴仙みたいにこれでもかってくらい中で出されて、おまんこから精液が溢れ出すまでされる姿を想像してぞくっとした。
 同じことを、期待している。

「そんなに私のこと、孕ませたいんだ?」

「ああ」

 こいつに種付けされたくて仕方なくなってる。

「だったらやってみなさいよ。私を孕ませていいのはあんただけなんだし」

 私は両脚を開いて、もうすっかりほぐれてとろっとろになってしまったおまんこを指で左右に広げて見せた。
 くちゅっと肉が開く音が私の耳にも届く。
 思いつく限りとびっきりエロい姿であいつを誘った。

「ここはあんた専用にとっといてあげたんだから、ほらぁ」

 私はもう、とっくに淫乱な発情兎になっていた。

 私の誘惑が成功して、あいつの水位が下がるのがわかった。
 本気で興奮したり欲望に駆られたりするとこいつは途端に無口になる。
 私は知ってる。
 鈴仙のときがそうだったから。
 始めの頃はどれほど甘ったるい言葉を交わしたって、最後になるともうお互いに喘ぎながら言葉を惜しむように身体を重ねていたから。

 ぎしりとベッドを軋ませて、あいつが膝立ちに前のめりになる。
 男の視線が、私のまだ貫かれてそれほど経ってないおまんこの奥まで注がれている。
 それだけで直接触られているような、錯覚するほど熱を帯びた視線。
 これから私は、この男とセックスして子種を植えつけられてしまう。
 決まりきった誘惑の結果に、全身の肌が粟立つほどの恍惚が走った。

「抱くぞ」

「抱いて」

 短いやり取りのあと、それでも襲い掛かろうとする欲望を理性で繋ぎとめてか、ぎくしゃくした動きで私が開いたおまんこに赤黒くて凶悪なちんぽを添えた。
 その瞬間に備えて私は息を吸い込み、それを見計らってあいつは腰を進めた。

「んっ」

 ぬぷっと先っぽが入ってきたかと思うと、そのままゆっくりと進んでくる。
 一気に貫かれると思っていた私は意表を突かれた。

「んぐ――ん――んんっ」

 指と違って、まだ、やっぱりちょっと辛い。
 指でイかされて充分に潤っていたけれど、まだ下腹を押し広げられる感覚がある。
 辛くはあったけど、無理ってほどじゃない。

「はっ、んっ、ふ、深ぁいっ――!」

 あいつのちんぽはたっぷりと絡ませていた精液を私の壁になすりつけながら、お腹の奥に何かに当たって動きを止めた。
 そこにちんぽがこつんと当たると、得も言えない感覚にぞわぞわと鳥肌が立った。
 あいつは以前よりずっと奥まで潜り込んできた。

「今の、なにぃ?」

 動きが止まって馴らしに入ったから、ふぅふぅと息をついて私に覆いかぶさるあいつを見上げた。
 ベッドに両手をついた(多分これも私に負担をかけないようにしているんだろう)あいつの瞳は、挿入直前よりもいくらか正気を取り戻していた。

「先っぽが子宮の入り口に当たったんだ」

「……嘘」

 私だってそれがどういう場所なのか知ってる。
 お腹に宿した赤ん坊を育てるところ。
 そんなところまで届いてしまったのか。

「あ、あんたのちんぽ、そんなにおっきかったの?」

「てゐはちっさいからな」

 ちびで悪かったわね。

 切れていた息を整えてあいつを睨む。
 以前こうして馴染ませていくのを体験していたおかげで、少しずつ余裕が出来てきた。

「そこも性感帯の一つだが、感じるようになるまでには訓練がいるからな」

「開発の間違いでしょ」

 あいつは否定はせずに笑みを浮かべた。
 その生意気な笑い方を塞いでやりたかったけど、キスにはちょっと遠い。
 ちびだとこういうときは損だ。

「子宮口突きまくって悶えさせる、なんて真似はしねーよ」

 むくれた私に勘違いをしたのか、あいつは肩肘をついて私の頭を撫でてくる。
 キスとは違うけど、これはこれでいいから許してやろう。

「当たり前でしょ。そこであんたの赤ん坊育てるんだから」

「ああ、そうなるな」

「絶対孕んでやる」

「その意気でいてくれると有難いね。動くぜ?」

「うん、もう大丈夫」

 あいつが馴染み始めた私の膣内で動き出す。
 ゆっくりと引いて、引いた分だけ戻る。

「あ――ぅん」

 引かれるとちんぽの先っぽの返しが引っかかって身震いする。
 戻ってくる時もただ進んでくるだけじゃなくてひねりを加えてくる。
 壁を擦られて私の腰が自然に動きだし、いつの間にかあいつの下でくねっている。
 たまにこつんと私の子宮口を軽く突っつき、そのたび全身の産毛がぞわっと逆立った。

「はっ、はっ、は~っ、んにぃっ」

 私のGスポとかを刺激したときとおんなじ。
 始めは優しくゆっくり、それがどんどん速くなっていく。
 スムーズになっていくあいつの腰の動きに、私はいつしか陶酔してだらしなく舌を出して喘いでいた。

「はっ、は――ね、え」

「うん?」

「ちゅーしたい。私の子宮と、あんたのちんぽの先っぽで、ちゅーって」

 あいつのちんぽに酔った私は、どこまでも淫乱になれる。
 思いついたことは早めに試したい。
 それはきっと楽しいに違いないから。

「いくぜ?」

 了解したあいつに首を何度も縦に振った。
 ぐいっと深く腰を入れられる。

「あぐ、ひっ」

 さっきぽが当たった。
 こつんと小突いてはすぐに引いていっていたそれが、少し強めに私の子宮口を押し上げてくる。

「あぅっ、ぁふっ、ちゅ、ちゅーしてる。ほ、ほらぁっ」

 ぞわぞわと鳥肌が広がっていくのがわかる。
 快感と不快感両方が混ざり合ったようなその感覚に、足の指先まで力が入る。
 目の前にある身体に爪を立てるほどしがみついて、強張りと震えに耐えた。

 どうしよう。
 気持ちいい。
 セックス気持ちいい。
 交尾するの気持ちよくて堪んない。

 たまらなくえっちぃキスのあとも、あいつに犯され続ける。
 浅く浅く深く、リズムをつけて私を犯す。
 私は腰をくねくねと動かせて当たり具合が変わるのを愉しむ。
 私のとろとろのおまんこがあいつのちんぽで掻き混ぜられて、エロい音が聞こえてる。

 にちにち、ぐちゅくちゅ、ちゅぷちゃぷ。

 これがあいつに犯されてる音。
 私のおまんこが出してる音。
 それが延々と続いて私の耳に飛び込んでくる。

「ふうぅぅっ、んんんっ、くふぅんっ」

 甘ったるい声が咽喉を震わせる。
 普段なら聞かせたくない声も今ならなにも恥ずかしくない。
 じっとりと汗ばんできた目の前の身体にすりついて、ぺろぺろと舐める。
 しょっぱい汗の味がするあいつの肌を舐めた。

 五感を全部使ってするセックスに狂ってしまいそう。

「……てゐっ」

 名前が呼ばれる。
 わかってる。
 私のおまんこの中であいつのちんぽがぴくぴく脈打ってる。
 もう射精しそうになってる。

「はへっ、あひっ。ちょーだ、ちょーだいぃっ」

 私はみっともないほど無様なメス声で甘くねだって、あいつはすぐに深い挿入で応えた。

「ひきぃっ」

 射精してる。
 私の一番奥で、子宮の中に直接出してる。
 あいつのぷるぷるの精液が、私の赤ん坊の部屋の中に注がれてる。

 な、長いぃぃっ。

 あいつの射精が止まんない。
 どくどくと私の中に注ぎ込んでまだ止まらない。
 腰を上げてびくびくと痙攣しているあいだに、私の子宮が精液溜まりになっていく。

「ひぃ、ひいぃっ……」

 ようやく、終わった。
 射精終わった。
 種付け、されちゃった。
 腕に力が入らずにぼふっとベッドの上に仰向けになって、全身汗だくのままはぁはぁと息を乱した。

 すごい。
 セックスすごい。
 こんな味覚えたら、頭おかしくなる。
 たっぷりと精液吐き出し終えたあいつのちんぽがゆっくりと引かれて、肩が跳ねた。

「ひぃっ――」

 抜かれると思っていたあいつのちんぽは、先っぽが入り口付近を擦った辺りで待たずぷっと挿し込んできた。
 予想外の動きに悲鳴が洩れた。

「ちょっとぉ――んひっ――さっき出した、ばっかりなの――んにいぃっ!」

 なんでもう復活してるのよぉ!

 そんな私に構わず、あいつは身体を起こして私の腰をつかむ。
 浅い場所だからか動きに遠慮がない。
 浅く浅く浅くあいつのカリがおまんこの入り口近くを擦り続ける。
 自由な上半身を振りくねらせてベッドの上で身悶えながら、私を犯すあいつを見上げた。

 瞳に戻ってた正気の色が薄れてる気がする。
 私が狂ってたように、こいつも狂ってしまってる。

「い、いーから、私犯していーから、せめて間を空けてからっ」

 あいつの腰の動きは止まらない。
 我慢するとか愉しむとかそういうのを全部取っ払って、一刻も早く射精しようとしてる動き。

「聞いて、聞いてない――聞いてないぃっ」

 早漏のこいつがすぐに射精しないのは、さっき射精したばかりってだけ。
 もう完全に硬さを取り戻して、浅く擦り続けられた。

 何度も小さくイかされた挙句、中くらいのがきた直後にあいつも射精した。

「――っ!」

 もうとっくに振り落とされていた私は、絶頂の真っ最中におまんこの中で勢いよく吹き出す温かい精液を感じた。
 二度目だけど量も勢いもぜんぜん衰えてない。
 私の身体がびくびく痙攣して、そのたびにおまんこがきゅっと締まってあいつのちんぽを搾ってる。
 私のおまんこの中で、あいつはたっぷりと二度目の射精を終えた。

「は、はひぃ、あへぇっ」

 ようやくあいつが腰を引いて私のおまんこからちんぽが抜けた。
 私はもうすっかり力が抜けてしまって、口から頭の悪い声しか出てこなかった。
 手足を投げ出して寝転がる私の隣に、あいつが横たわる。

「で、今のが膣内の性感帯最後の一つ。入り口付近な。こっちも経験を積めば積むほど性感として敏感になっていく。ここでオナニーしたろ?」

「はひ、はぁ、ひい」

「日々のオナニーで出来るといったら大体ここだしな。これからも指オナで練習してみ? もっと感じるようになるぜ」

 青息吐息な私に余裕綽々と能書きを垂れるあいつの声が聞こえてきた。
 だらしなく開きっぱなしになっていた口を閉じて、ぎりっと歯軋りした。

「よくもやりやがったな……この野郎」

「そうやって憎まれ口を叩けるのも今の内だな」

 小憎らしくにやにやと笑うあいつの頬をつねくっておいた。



 そのあとはベッドの上でキスをしたり撫でたり抱き合ったりして、ようやく落ち着いた。

 ったく。
 こんなに可愛い小兎相手に抜かずに二度もするとか。
 ほんっと獣なんだから。

 セックスのあとにこうやって愛撫をするのもいい。
 イッたあとは妙に敏感になるのは、多分身体が驚いてるからなんだと思う。
 強い刺激は痛かったりくすぐったかったりして、軽くキスしたり肌を擦り合わせるくらいがちょうど良かった。

 そうやってベッドの上でいちゃついていると、身体が落ち着いてきてまた興奮してくる。
 私もそれに合わせてあいつのどろどろになったちんぽに直接触れて、それを合図にあいつも敏感な場所へ手を伸ばしてきた。
 
「ねーぇ」

「ん?」

 胡坐を掻いて座ったあいつの身体にもたれてお互いにオナニーごっこをしていた私は、ふと思い出したことがあった。
 ひょいとあいつの脚の上から降りて、お尻を向けて高く上げる。

「にゃんにゃん♪」

 お尻を振り振りあいつを誘ってみた。
 肩越しに振り返って様子を窺っていると、こっちを見つめていたあいつの黒い瞳がきゅっと縮んでから元に戻るのがわかった。

 あ。
 今のがぷっつんいっちゃう合図なんだ。

 何か癖が見つけられるんじゃないかという私の思惑通り、それらしい反応を見つけられた。

 まあ、その後やられちゃうんだけどそれはわかった上でやってる。
 私の背後からあいつがのしかかってするなんて、兎の私にはとっても似合った交尾の格好だと思ったから。
 人間のようにされて獣になるのもいいけど、獣まま獣らしくされるのだっていいはずだ。

 人間から獣になったあいつは無言でゆらりと私に近づく。
 あいつの手が私のお尻をつかんで左右に広げる。
 指がお尻の肉をつかむ力強い感触に、獲物を捕らえた肉食獣に似た荒々しさを感じた。

 私は因幡素兎。
 妖怪になるまで長生きして誰にも捕まらずに生きてきて、この赤い犬に捕まった兎。
 飢えたこの犬に、私は食べられる。
 
「食べて――いいよ」

 あいつはわずかに開いた口の隙間から、押し出すようなため息を吐き出して、私を犯した。

 二匹の種の違う獣同士で交尾しあった。
 思ったとおり、気持ちよかった。
 正面から抱き合ってするのとはまた違った場所が擦られる。
 一突きされるたびに耳のつけ根がじんじん痺れて身体が溶けていくみたい。
 肩に噛み付くようなキスをされて、本当に食べられそうで背筋がぞくぞくした。

「もっと、もっとぉ――!」

 負けじと背中を逸らしてあいつの耳を噛み、私も腰を前後に動かした。
 あいつとのセックスは堪んなかった。

 





































































 ~おまけーね~



 ~もしもeraudonの予告が某国民的アニメだったら~



「さーて、来週のeraudonは?」

「鈴仙です。
 最近すっかり暑くなりましたね。外に出ないと判らないんですけど。
 生活している場所は暑くも寒くもなくて過ごし易いんです。
 どうしてなのかご主人様に訊いてみると、何故だかいきなり押し倒されました。
 ベッドで散々私の事を――ごにょごにょ――した後で。
 年中床暖房完備だから。とか言うんです。
 確かに汗はかきましたけどね。
 冷房はないんですかって訊いたら今度は床の上で何度も――ごにょごにょ――されました。
 ほら、床がひんやりしてて気持ちいいでしょ? って言われました。
 色々間違ってると思います。

 さて次回は

『101匹てゐちゃん海峡を越える』
『師匠の婚姻届の年齢欄』
『姫様大脱走、マントルって熱いのね』

            の三本です」

「じゃんけん――あ、それポンな」

「ここで鳴くのかよ!」
「お、俺の当たり牌が」
「気をつけろ! 奴のガン牌力は全盛期の哲也に勝らず劣るぞ!」

「うふふふふふ。お前らかっ剥いでやる」



 案の定碌な事にはなりませんでしたとさ。
 ちなみに私は麻雀はさっぱりなので突っ込まれると困ってしまうのでゆっくり流していってね!



 ~U・♀・Fその一三の構え てゐ以外編~



【鈴仙猫の場合】

 ポージングまでは恥ずかしくて取れず、袖や裾なんかをぎゅっと握り締めたままおずおずと相手の顔を窺う。
 勿論顔は真っ赤。

「……にゃん」

 か細い泣き声が庇護欲或いは嗜虐欲を刺激する。ぎゅっと抱き締めるのも、アンコール強要するのも貴方次第。
 どちらにしてもしっかりと乱してあげましょう。


【永琳猫の場合】

 頼めば意外とあっさりと許可されます。ただし「こういうのが好きなのね」と冷ややかな目で見られます。
 ぞくぞくしますね。

「な~お」

 なんだかんだ言いつつポージングも取って師匠もノリノリのご様子。肉感的なお尻が左右にくいっと揺れています。
 いつもとは違う感じを楽しみつつ獣と化しましょう。

 
【輝夜猫の場合】

「あ゛?」
 いきなり喧嘩腰です。調教日数が足りていないのでまずは抑圧の解除を行って下さい。

「ふんぎぃー!」

 猫パンチどころの話ではありません。でも怒った声はちょっと盛った時の猫の声に似てますね。
 あ、痛い痛い。それ猫キックじゃない。


【鵺猫の場合】

 何の疑問も持たずに了解しますが、多分意味が判っていません。絵面的にちょっとどうかと思いますね。
 付け耳や尻尾などのオプションは豊富です。

「鵺、ねこさん」

 やっぱり良く判っていませんね。素直に謝るのが吉でしょう。
 相手は選べという事です。


【赤猫の場合】

 そもそも選択肢から間違っていますが、二つ返事で了解します。何故か真っ赤なブーメラン一丁になります。
 オプションも完備。ぬかりはありません。

「ttp://www.youtube.com/watch?v=yeRSL0bMLJw」

 ↑な感じで猫鳴きを披露。実際の猫なら「だるぅ~」とか普通に喋りだしてしまいそうな勢い。
 ノリノリでやっておきながら最後は殴られます。理不尽ですね。


 
橙 「にゃんと」
お燐「あたいらを差し置いて猫とはこれ如何に」

 はい、二人とも歩いてお家にお帰りなさい。ほら橙、藍様がお迎えに来てるからね。
 お燐はその猫車で待って待って私まだ死体になってな\ニャ-ン/
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
ポージンガー梅中吹いたwww
MOの読んでたあの本の作者なのか赤さん

全体的に甘い展開でホクホクでしたぜ
2.名前が無い程度の能力削除
今回も良かったです。
次も楽しみにしてます。
3.名前が無い程度の能力削除
物語は終わりに向かってるのですか?
次回を期待しながら待ってます。
4.ヴァイスタ削除
まさかのMOとのリンクw

毎度毎度良作をありがとうございます!
5.名前が無い程度の能力削除
ええい続きはまだか!!