真・東方夜伽話

eraudon17

2010/06/12 23:39:28
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eraudon17

紺菜

~注意書き~

本SSはeratohoV1.13を基に作成された二次創作物であり、
作者のオリジナル要素が多分に含まれております。

また、東方キャラに対する調教を行なう作品である為、
表現上性描写、暴力描写、残酷描写、著しいぐーや表現を含んでおります。

ここまでの文章で嫌な予感、悪寒、吐き気、頭痛、眩暈等の症状を感じた方は、
即座にブラウザを閉じて充分な休息を取られることをお勧めします。

それらの症状が見られない、もしくは興味を持ってしまわれた方のみ先へお進み下さい。

~注意書き終わり~

















































「よう」

 朝餉の支度の最中、彼がキッチンに顔を見せた。

「おはよう」

 私は支度の手を止めて微笑みかける。

「今日の朝飯は?」

「エッグトーストにサラダ。後はカボチャのスープね」

 彼はコンロの前に立つ私の元まで近づいて来ると、フライパンの中を覗き込む。

「トーストの中を切り抜いて卵を落としてるのか」

「ええ。それより油が跳ねるわ。そんなに顔を近づけると危ないわよ」

 隣に立つ彼の身体に肩を当てて押し留め、卵が焼けて程よく固まったトーストを裏返す。
 表面にこんがりと狐色がつき、溶けたバターの香りが漂う。
 焼き上がった後、チーズを乗せておけば余熱でとろりと良い具合になる。
 彼は素直に一歩後ろに下がり、口の中の生唾を飲み込む音が聞こえてきた。

「手は足りてるかい?」

「あると助かるわ」

 彼がキッチンに姿を見せる事はそう珍しい事でもなく、いつもこの時間に覗いては二言三言言葉を交わした後に手伝いを申し出てくるのが通例。
 食事の手伝いを申し出るのはウドンゲも同じだが、早く起きて来る事もあれば寝過ごす事もあり、時間は一定ではない。
 てゐは論外。
 よって、食事の支度は大抵が私と彼の手に分担されていた。
 
「っても、今からだと野菜を刻むぐらいか」

「足りないのなら任せるけれど」

 ことことと弱火で煮込むスープと、すでに焼き上がったエッグトーストをそれぞれ一瞥して、彼は冷蔵庫を空けて中身の物色を始める。
 野菜室からサラダに使う野菜を見繕い、ボウルに移していく。

「朝のデザートに、フルーツヨーグルトなんてのはいかが?」

「良い選択ね。お願いするわ」

「あいよ」

 無糖ヨーグルトに果実を幾つか付け加えて、彼は包丁を片手に鼻歌混じりに野菜を刻み始める。
 まな板を叩く小気味良い音と鍋がふつふつと煮立つ音が重なり、キッチンを心地良く包んだ。

 手早く野菜を切り終えた彼は、続いて果実に取り掛かろうとしている。
 初めて見る型の果実がごろごろとまな板の上に踊っていた。
 ここ数日野菜室の奥で眠っているのを見かけてはいたけれど、用途が判らず手をつけていなかったものだ。

「それは?」

「これかい?」

 彼は楕円形の不恰好な蕾のようにも見える果実を手に取る。
 大きさは一緒に取り出された林檎を一回り大きくした程で、外皮の隙間から太い芽とも葉ともつかない物がにょきにょきと伸びている。
 その真っ赤な色合いから、まな板の上に転がる果実の中で最も私の目を引いた物だ。

「ドラゴンフルーツ」

「……龍果?」

 何やら物々しい名前だ。
 彼はまあ見ていろと言わんばかりの笑みを浮かべて、龍の名を冠する果実をまな板の上に置くと、縦に包丁を入れた。
 さくっと割れて露になった果肉は、外皮と似ても似つかない白色をしていた。
 果肉全体にちりばめられた黒い粒は種子だろうか。
 そこだけ見れば西瓜に似ていなくもなかった。

「そっちは商品名でな、ピタヤって名前。最近になって出回りだしたのさ」

 簡単な説明がてら、彼は包丁から底の深いスプーンに持ち替えて果肉を丸く抉り取った。
 こんと柄をまな板で叩いて転がり出た果肉を摘み、私の口元へ差し出してくる。

 味見をしてみろと言いたいのはすぐに判り、私はその不思議な果肉を口に含んだ。
 果肉は柔らかく、口当たりはさっぱりとしている。
 ほのかな甘みの後に残る酸味がそう感じさせるのだろう。
 細かい種の為、しゃりしゃりとした口当たりだった。

「……キウィと似ているわね」

 それもまたここで知った果実の一つだが、似ている物を挙げるならそれ。
 甘みも酸味も控えめにすればこういった味になるだろうか。

「完熟させてからの出荷が難しくてね。中々美味い物に当たらねぇんだが……」

 彼は私が味見をしている間に瞬く間に中身をくり抜いていくと、表皮に残った果肉をこそぎ落として頬張った。
 
「まあまあの出来だな」

 らしい。

「それはサラダに使うのね?」

「どっちかってぇとそっちの方が合うからな。もっと甘くて果肉の色も違う種なら良いんだが、こう白くちゃヨーグルトに入れても見栄えがなぁ」

 彼は切り揃えた野菜と一緒に、くり抜いた果肉をサラダボウルに盛り付けていく。
 残った赤い外皮にも包丁を入れて、飾り付けに用いていた。

 料理の見栄えを気にして工夫を凝らすのは彼の性分だ。
 そういった細工の一つ一つ、それに加えて色彩感覚も彼の方が優れていた。
 私は食事に対する意識が薄いので、ともすれば実務的に陥ってしまう。
 手間暇をかけた遊び心よりも栄養配分を優先してしまうので、楽しみに欠けているのは自覚していた。

「それは?」

 私が次に視線を定めたのは、ユニークな形状をした黄色の果実。
 彼は盛り付けの手を止めると、私の視線を追って奇妙な形をした果実を取り上げた。

「スターフルーツ」

「星果?」

 縦から見ると水車の車のような形をしているのが判る。
 彼は三角のとがった部分に残った青い皮を一つずつ丁寧に剥くと、さくりと輪切りに包丁を入れた。

「ああ、なるほど」

 断面を見せられすぐに納得した。
 名前そのままに星の形をしていた。

「金太郎飴ね」

 輪切りにすればどこを切っても星型になるのは、つまりそういう事。
 飾り付けにすれば栄える形状から、いかにも彼が好みそうだ。
 やはり味見の為小さな星型の一枚を受け取ってから、彼の様子がおかしい事に気がついた。

「……なに。どうかしたかしら?」

「いや」

 彼は咳払いでもする様に、肩の付け根に口元を押し付けている。
 それが咳払いでないことくらいは一目瞭然で、彼の肩が縦に震えていた。

「それほど笑う様な事を口にした覚えはないけれど?」

「や。なんでもねぇ。なんでもねぇから、味見しとくれ」

 ひぃひぃと甲高く咽喉を鳴らし、私の視線から逃れるように背中を向けてしまう。
 私はその様子に片眉をくいと吊り上げながら、手にした星型の果実を味見した。

 歯に心地良いしゃくしゃくとした食感と、瑞々しい甘さが口の中に広がる。
 爽やかな甘さを感じながら、未だに衝動の収まりがつかない様子で肩を揺らす彼に、わき腹を軽くつねっておいた。



「昼に手伝って欲しい事があるんだが」

 サラダの盛り付けも終わり、ヨーグルトをへらで均していた彼が唐突に呟いた。

「あら。私にはお呼びが掛からないと思っていたのだけれど」

 数日前から何が行われているのかは判っている。
 ここに誰が連れ込まれたのかも。
 それは彼もある程度折込み済みで口にしているだろう。

 そもそもてゐがいの一番に私の元に訪れて、新たな状況を報告してきた。

 連れ込まれた人物が誰かを考えれば難しい話ではない。
 真っ先に反発、或いは変化を見せると感じて、てゐは私の元へ訪れたのだろう。
 先手を打ったつもりで平伏してきたてゐは、まるで私がこの場を訪れた際と焼き回した様だった。

 そんなてゐに、私もまた以前と同じ反応で返した。
 今この場で打つ手はなく、敢えて言うならそれが打つべき手。
 お墨付きを与えて思うがままに振る舞わせていればいい。
 余計な口添えを与えては軋みを生むだけ。
 彼も灸の据え方が利き過ぎたのか、随分と慎重になった事だから。

「そりゃまたどーして」

 何気ない口振りだが、意識がぐっと私に傾いた事が肌から感じ取れる。
 彼が何気なく視線を向けている時は、相手を観察している時だ。
 視線を定めず全体を眺め、相手の細かな反応一つをつぶさに拾い上げていく。
 凝視したり覗き込んだりしている場合は、威嚇や恫喝の意味で行っている。
 露骨な変化よりも、むしろこういう普段の態度に気をつける必要があった。

「私たちの過去に気を使っているのでしょう?」

 はぐらかさずに確信を持って答えた。

「気を使ってるんじゃねーよ。気をつけてるだけさ。二の舞は御免だぜ」

 彼も核心に踏み込んできた。
 今はこれで充分。

「またウドンゲが悩みを抱え込んでしまうかもしれないわね」

「そう思ってんなら、フォローしてくれよ」

 私が間合いを外せば彼もそれに合わせて矛先を逸らす。
 彼は拗ねたようにした唇を突き出して眉根を寄せた。

 演技半分、本音が半分といったところね。

「あら、そこは貴方の頼り甲斐を見せる時ではないの?」

「今まで散々餓鬼扱いしておいてそれかよ。良く言うぜ」

「これからはそういう機会があれば積極的に経験させていかないとね。でなければ、いつまで経っても今のままよ」

「あれか。前々から思ってたんだが、永琳は俺のお袋にでもなってるつもりか?」

「そういう目で私を見ていたのね?」

「わ、待った。タンマ。今のなし。隣近所のお姉さんって風には見てた」

「そういう所、子供っぽいわよ」

「……ほんと、良く言うぜ」

「それから、てゐはあれで中々情が深いわよ」

「どうだかねぇ。金の切れ目が縁の切れ目だっつって、ケツでも蹴っ飛ばしそうなもんだが」

「それは過小評価ね。もしそういう事になれば、有無も言わさず反撃を許さない状況にしてからお尻を蹴っ飛ばすでしょうね」

「違いねぇ。甲斐性無しだとそのままどぼんだな」

 彼は他愛のない会話の後にひっひっと咽喉を鳴らして笑った。
 歯を剥いて笑う姿は下品にも見えるが、必ずしも人間の感情表現が同一とは限らない。
 その点、彼はとても屈託していた。

「随分悪趣味な事をしているけれど、後になって後悔したりはしないの?」

「事前策だって言って欲しいね。後になってとやかく言われるよりゃ、先に締めるとこ締めといた方が良い」

「虚しくなりはしないのかしら、と心配なのだけれど」

 火がやがて燃え尽きてしまうように、温められたスープも放っておけば熱を失い冷め切ってしまうように。
 定められた法則から逃れる事は出来ず、それは彼自身も同じだ。

「言ったろ? 二の舞は御免だ」

「そう」

 私は鍋の火を止めて、用意していたカップにスープを人数分よそった。
 彼を含めて、五つ。

「じゃあ、昼にな」

「ええ」

 準備の整った朝餉を、一人分トレイに乗せて運ぶ彼の後ろ姿を見送る。
 彼がキッチンを出る間際、私は瞼を閉じて数秒の願いを投げかけた。

 願わくば、貴方の熱が冷め切ってしまわぬように。

 願を掛けるだけなら幾らでも出来た。



xxx xxx

 

「なあおい」

「それは私に対して言っているのかしら?」

「正直微妙な気分になってくるんだが、まあそうだ」

「一体誰に向かって口をきいているつもりかしら。全くいつまでたっても無礼な態度を直そうともしなければ直りもしないわね。言うなれば無礼‐MENよ。無礼‐MEN」

「それを言うなら無礼‐MANだな。MENだと複数形だ」

「物を知らない下郎に教えてあげるわ。世の中には無礼‐MENの音楽隊と呼ばれる御伽噺があるのよ? モヒカンがラッパ吹いたりするのね」

「大幅に間違ってるから、それは忘れろよ」

「とげとげサポーター付きのハゲデブは木琴ね!」

「そのチョイスに至った経緯は知らんが、とにかく忘れろ」

「お前なんて種籾をザルに乗せて揺すっていればいい!」

「小豆洗いの親戚か? どっちにしろ同類項に並べられねぇだろ、それじゃ」

「ああ、もう忌々しい! 狭いし暗いし埃っぽいし、何より息苦しい! こんな場所に私を閉じ込めたのは一体誰!?」

「誰だと思ってるんだよ?」

「質問に対して質問を返すことに、私は怒っています。なんだとこの、殺すわよ! なんだこの! ああもう、この!」

「お姫さまよぉ、感情を先走りさせたって罵声が出てこなきゃ間抜けだぜ。頭を冷やそうぜ? な。こういう時にどう言えばいいかって事くらい、自分でも判ってるんだろ?
 そこでずっとぐだぐだくだ巻いてるつもりなら、こっちの愛想だって尽きちまうよん?」

「ぐぬっ……人の足元見やがってこのどさんぴんがぁ……!」

「あららー。いいんでちゅかー? 俺にそんな口利いちゃっていいんでちゅかー? なんだったらお願いする相手を他に連れて来て、今の様子を公開したっていいんでちゅよー?」

「……さい」

「聞こえまちぇんねー。はっきりと、声に出して言ってくだちゃ~い。ほ~れほ~れ」

「助けなさい。早く!」

「た・す・け・て・く・だ・さ・い」

「……た、助けて、下さい」

「お願いしますは?」

「お……おねがい…し・ま・す」

「んん~……快っ感っ。ねぇねぇ、どんな気持ち? 下郎と蔑む相手にお願いするってどんな気持ちなの?」

「えぐってやる折り曲げてやるひねってやるひしいでやるすり潰してやるぐっちゃんぐっちゃんにこねて丸めて足でじっくりギトギトになるまでこすりつけて――」

 ベッドの下にぴっちりと挟まってしまった私は、周囲で小躍りしてるであろう下郎に延々と呪詛の言葉をはき続けた。



 下郎がベッドを持ち上げて隙間を作り、私はその間にかさかさと背後に這いずって抜け出した。
 身動きもままならなくなっていたのが嘘のようだけど、この心に刻まれた屈辱が消えない限り嘘じゃない。
 よりにもよってあの惨めな格好をこの下郎に見つけられてしまうだなんて。

 今、私の胸にあるこの気持ちを言葉にするなら――

「九代にわたって細々と傍流まで重ねたところで一〇代目到達直後に先細っていく人生を子々孫々に至るまで惨めに送らせてことごとく継脈を断ってやるから楽に死ねると思うな!」

 かしらね!

「動けなくなってるところを見かねて手ぇ貸してやったのに、なんて言い様なんでしょ。このお姫さまときたら」

 げんなりと肩を落として、下郎は持ち上げていたベッドを床に降ろした。
 余裕を見せているつもりなのか、こちらの脅し文句や死亡確定宣告に対しても全く動じた様子を見せない。
 そもそも私の本来の姿を知らないから、小娘程度にでも思っているんじゃないかしら。

 イライライラ。

「全く、部屋に入るなりベッドから突き出た下半身を見つけた時は何事かと思ったぜ。尻に向かって話しかけるだけで、ああも微妙な気持ちになるもんかね」

 自分の想像に腹を立てて睨みつけてもどこ吹く風。
 下郎はさっさと席につくと頬杖をついただらしない格好で私を眺める。

「飯。食わねぇの?」

「Youは食!」

 言われるまでもなく食べるわよ、って外来語だとこうだったかしら。

「愛で~腹は~膨れな~い~っと」

 こちらの外来語にあわせているのか、下郎は鼻歌なんぞ唄っている。
 私は卓から離れて髪や服の袖を汚す埃を落としてから、下郎の向かいに静々と席に座った。
 卓につくと下郎は私に食事を供し、私はそれを食べる。

「立てば芍薬座れば牡丹、歩く姿は百合の花ってとこだな。中身はともかく。外っ面は」

「ああもう、なんと無駄口の多い輩なんでしょうか。口縫うわよ」

「ああもう、なんと口の悪いお姫さまなんでしょうか。少しは懲りろよ」

「月の姫は退かぬ、懲りぬ、省りみぬぅ!」

「それを世間一般ではどう言うのか判るか? 浅はかだって言うんだ。今回はまた一体何を企んでベッドの下に潜り込もうだなんて事になってたのよ?」

 訪れた須臾を用いて、下郎に妄言の類を吹き込もうかとも思いはしたけれど。

「隠蔽工作と隠密行動よ」

 私は堂々と胸を張った。
 月の姫たるもの、下郎を相手にこそこそと誤魔化したりはしない。
 私の毅然とした態度に、下郎は恐れ入るかわりに何故か呆れの混じったため息を吐き出した。

「隠蔽も隠密も出来てねーよ。そう考えた経緯は?」

「ちょっと背後から忍び寄って縄で首絞めようとしただけよ」

 私は袖の中から今回の得物を取り出した。
 下郎が私を簀巻きにするのに使った縄。
 私を怯えさせるためか安っぽいパフォーマンスのつもりなのか、匕首で切ったりするから実に使い易い長さになっていた。

「背後から忍び寄ってこれできゅっと」

 窒息風味に極楽へ逝かしてあげるつもりだった。

 が、失敗した以上思いついた時に抱いたこだわりはすでに淘汰されている。
 二番煎じを用いようなどとは思わなかったので、手にした縄をぽいと捨てる。
 どうせなら、思いもつかない方法で目ぇひん剥かせて地獄送りにしてやるわ。

「正攻法の後は搦め手でいく姿勢は評価するけどよ。その結果が頭隠して尻隠さずとは、とんだCQCもあったもんだな」

「ふん、私がお詰まり遊ばれたおかげで命拾いしたわね。言うなれば私は命の恩人かしら? 野菜盛り」

「それを言うなら、見つけた時点で速攻オナホにしなかった俺が褒められてしかるべきだぜ? サラダっつーんだ」

「褒めてあげるから、歯を食いしばって右の頬を差し出しなさい。オナホって食べれるの?」

「右の頬を殴ったら、左の頬も殴りそうだから謹んで断る。言ってみりゃあ前菜みたいなもんだな」

「愚かね。左右の頬を殴ってから、正中線に五連撃よ。わかったわ、これがオナホね! ふふん」

「烏賊を選ぶ辺り、あながち間違っちゃいない。よりにもよってってぇ気がしなくもないが。得意げに笑ってねぇであーんしろ」

「あーん……ふぅん、オナホってこりこりしてるのね。変わった食感だけど、存在することを許します」

「シーフードサラダはアリですか。ソウデスカ」

 供される食事をもぐもぐと咀嚼しながら、その傍らに言葉をぶつけ合う。
 下郎は相も変わらず慣れた手つきでナイフとフォークを操り、見慣れない食事を私に食べさせてくる。
 口元に運ばれる食事をとりながら、私は憎まれ口叩く。
 下郎は悪態をつきながらも、態度の悪さとは逆にかいがいしいほど給仕に徹した。

 なんとなく、朝はこういう雰囲気なのだ。
 私の方も腹が減っては殲滅出来ずということで、食事の最中は休戦という形を取っている。
 勿論気を緩めたりすれば速攻で一服盛ったりはしてくるものの、もとより一歩距離感を誤るだけで相手の腹をえぐりあう関係を考えたら手ぬるく感じてくる。
 ただ、間接的な手法は用いても、直接の危害――例えば当人が口にするような暴力的で粗暴な真似――は加えてこない。
 そうなってしまう理由など簡単だ。

 だって私って、お姫様なんだもん!

 にじみ出る貴賎の差というものがこの下郎の魂を揺さぶり、それはもう分厚い大気の層となって大気圏突入とともに流れ星が燃え尽きてゴミクズも残さない。
 そんな私に優しく下郎に厳しい絶対領域が阻んでいるに違いない。

 私の本気は世にゴミを残さないクリーンさが売りね。
 対消滅の域に達してしまいそうで怖いわぁ。

 色々と腹の立つことは多いけれど――ああ違った。
 腹の立つことしかないけど、思いの他身の危険も感じなかった。

 怒りの矛先を収めると、この下郎を見る目から曇りが拭われる。
 性格云々をひとまず脇に置くと、どうやって私のペットのイナバたちをあそこまで飼い慣らすことが出来たのかという疑問が残る。
 へにょへにょりなイナバはともかく、一筋縄ではいかない因幡まで。

 ただ穢れによってのみで、あそこまで心酔させられるものなのかどうか。
 見せつけられたあの行為には、私への忠誠を忘れさせるほどのものがあるのか否か。
 この私が、目の前の下郎ごときに王者としての資質が劣るだなんてありえないわけだけど、その手管がいかなるものなのか気にならないわけでもない。
 得てして偶像崇拝を受けるものは周囲から好奇心も一緒に集めてしまうけれど、こちらだって興味をもたないこともなかった。

「どしたよ。人の顔をそんなガン見して。穴が開くぜ?」

 手元の料理ではなく愉快な顔面に視線を向けていたことに気がつき、下郎は給仕の手を止めて視線を合わせた。
 私は口元を袖で隠すことなく、笑みを浮かべて見せた。

「えい」

「うお」

 無造作に突き出した私の指先をかわす下郎。

「避けるんじゃないわよ。せっかく言葉通り穴を開けてあげようとしたのに。目とかえぐって」

「特に意味もなく洒落で済まねぇ事すんなよ」

 意味ならある。
 気にはなるけれど私の方から下郎がイナバたちを篭絡せしめた手を教えるよう口に挙げるというのは、なんだかこちらが負けたような気がして嫌だ。
 私の心境をもっと察しておのずから答えなさいという、実に大きな理由があった。

「次は鼻に横穴を開けて提灯でもぶら下げてやるからざまぁ見てらっしゃい!」

「へいへい。ほらオナホ」

「あーん……オナホ美味しいわね。特のこのぷりぷりとした舌触りとこりこり感がたまらないわ!」

「全くだな」

「この黒いぷつぷつが入った白くて丸いのは?」

「ハルク・コーガン。通称睾丸だ」

「……ふむ、しゃくしゃくしてるのねコーガンは」

「精がつくぜ。ちんちん代謝を促して美容と健康にもいい優れもんだ」

「今、何かおかしな言葉を聞いた気がするのだけど?」

「うん? 何かおかしな事でも言ったかい」

「いま、チンチンとかいう夜雀の鳴き声のような言葉が」

「ちんちん代謝な。お姫さまはひょっとして、新陳代謝って覚えてる口かい? そりゃ実は誤りだ」

「何を世迷言なことを――」

「ほれ、雰囲気をふいんきとか月極をげっきょくだとか間違ったまま覚えてるアホがいるだろ。それと一緒でちんちん代謝を新陳代謝だなんて得意満面で言い放つ無教養なアホが世の中にゃごまんといるんだよなー」

「……」

「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥って奴だな。インテリぶってるつもりで無知を垂れ流していやがるんだから、全く言葉の乱れってぇ奴はどうしようもねぇ」

「――ええ、本当にそうね。まあこの私がちんちん代謝と知らないだなんてあるはずがないのだけど!」

「新陳代謝?」

「ちんちん代謝!」

「ワァーオ。流石お姫さまでいらっしゃる。俗世の手垢にまみれておられませんね、っと」

「ふん。当然のことを言ったところで褒めているとは言えないけど、褒めたたえるつもりがあるならやぶさかではないわよ?」

「よっ、日本一」

「ふふん。智慧に加えてこのコーガンで私の美容がさらに上がるだなんて、向かうところ敵無しね」

「ソウデスネー」

「食べれば食べるほどちんちん代謝されていくわ! 私のオーラがみなぎりよりパワフルかつビューティにいいいーっ!」

「必殺技でも出しそうな雰囲気だな」

「身にまとう空気によって相手を威圧する、私という存在そのものがムーンストライク! この蓬莱山輝夜の実力を持ってすれば、ベイビィのハンドもブレイキングよ!」

「砕くのかよ」

「ベイビィだけにヘビィにね!」

「しかも容赦がねぇ。ほれ、口休めのデザートだ」

「あら、この黄色い星々がたゆたう白濁としたものは何というのかしら」

「スペルマってーんだ」

「スペルカードに似てるわね」

「同意を求められても良く判らんが、こいつを食べる時にはちっと独特の作法があってな。まず口の中に含む」

「言われるまでもなく知っているけれどこれは再確認の意味でやっているのよ。あむ」

「で、含んだまま飲み込まずに口を開ける」

「あー」

「で、こぼれないよう口元で手の平を上にする」

「あー」

「うん、Good」

「あ゛ー」

「全く、たまらねぇなぁお姫様は」

 飲み込むタイミングを探る私の前で、下郎はなにやらしみじみと深くうなずいた。
 なんだかよくわからなかったけど、これも私の高貴さが伝わっていっている証よね。






「鏡よ鏡よ鏡さん。今の私の気持ちを教えて下さらないかしら?」

 鏡の中に映る絶世の美少女は、朗らかな笑みを消して私をぎとりと睨み返してきた。

「クソが」

 私は別室に設けられた鏡の前に立って、下品な言葉で毒づいた。
 鏡の中の私が言ったことなので、言葉は訂正しなかった。

 してやられた。
 この私ともあろうものがまんまとしてやられた。
 
 私の体調の確認だとかでやってきたイナバに、得意満面で今朝手に入れたばかりの食の知識をとうとうと述べた。
 イナバは私の元を去ったつもりだろうけど、だからって世間話一つもしないっていうのも大人気ない。
 永遠を生きる私にとって敵か味方かなんて些細な問題でしかない。
 単純に好ましいか好ましくないかだけの話。

 月の姫たるものいかなる苦境に立たされても王者の余裕を忘れない。
 なんて余裕を見せたらこの有様よ。

「よりにもよって、知らなかったとはいえ、私はなんてことを口走っていたの~」

 語り終えるや否や、イナバは沸騰してるんじゃないかというくらい顔を赤くして私の言葉をことごとく否定していった。

「消して~、この記憶を今すぐ誰にも見つからない草葉の陰にでも消してしまって~」

 頭を抱えて煩悶すること数秒。
 私はがっくりと肩を落とし洗面台に手をついて嘆息した。

 笑うなら笑うがいいわ。
 もし笑う奴がいたら腹がよじれても笑いが止まらずに笑死する薬でも飲ませてやるから。
 これが笑死戦犯って奴よ!

「気をしっかり持ちなさい、輝夜。そんなだからイナバにまでバカにされるのよ」

 鏡の中の私に叱咤されて、脳裏にイナバの言葉が甦ってくる。
 
『姫様……馴染んできてるんじゃないですか?』

 下郎との会話で得た知識とたやすく見抜かれ、あまつさえあのイナバからそういわれる始末。

 それはあれか。
 今の生活になのか。
 この不自由極まりない待遇に加えて、鶏小屋にも劣る部屋に押し込められていることに馴染んでいるとでもいうのか。
 それとも、あの男に対してか。
 椅子で殴りかかったり、濡れ手拭いでしばこうとしたり、ネックハングで首をきゅっとね♪ も全部実は貴方のことが気になって仕方ないんだから!
 よくも私をさらったりしたわね! 一生をかけてフォーリンなさい! ちょめちょめ! ちょめ!
 だとでも!?

 胸を熱く焦がすものは決して恋心などではなく、いわんや親愛などとは程遠い、どろどろと強烈な口にするのもおぞましい何か。

「ああ、なんて忌々しい! この忌々しさを例えるなら博霊神社の賽銭箱が満額になって赤い巫女がほくそ笑むほどよ!」

「それはどういう意味なの輝夜?」

「ありえないってことよ輝夜!」

「是非もないわね!」

「ああ、けれどあの巫女のしたり顔を想像してたらなんだか無性に腹が立ってきたわ!」

「なんだかんだとまだ屋敷に土足で上がりこんできたお礼参りがまだだもの!」

「そう、そうよ! その感情をたぎらせなさい輝夜! たぎってみなぎるそれを身体が赴くままに奴に向けて吐き出すのよ!」

「そうね輝夜! 孤立無縁なこのアウェイな地において、頼れるのは自分のみよ!」

「そうよ輝夜、その意気よ輝夜! 復讐するは我にあり! 我は求め訴えたりぃー!」

「ありがとう輝夜! さすがよ輝夜! 生きる気力がぎらぬらと湧き上がってきたわぁーっ!」

 私は鏡に向かって鼓舞し鼓舞され、種から芽吹いた復讐心の成長を感じた。

 要してしまうと私が一人で鏡の前で独り言を言ってるだけなのだけど、役作りをするとそれなりに気分が出てくる。
 平安から生きている私にとって、この手の一人遊びは得意中の得意。
 姫様は一人上手であらせられるのよ。
 そして時に遊びで命を落とす事もあるということを、あの下郎に教えせしめてやらねばならない。

 拳を握り締めたはいいものの、勢いに任せるままなんとなく空転しているような気がしなくもない。

「落ち着くのよ輝夜。みなぎれんばかりのこの猛りをあふれ出してはいけないわ!」

「そうね輝夜。熱い衝動を薄皮一枚にくるんでクールに〆るのよ」

「姫様はクール&ビューティイイイイイ!」

「仇成す心は母心――!」

 私は己が情動を収め、胸のうちで絶やさぬよう情念をくべながら、鏡の中の私に頷いた。

「さて鏡の中の輝夜。あの下郎にこの衝動をどういった形でぶつけてあげればよろしいか、いい案とかないかしら?」

「そうね鏡の外の輝夜。まずは思い上がった下郎に思い知らせるためにもさしあたってひどくむごい方法が好ましいわね」

「じわじわと真綿で首を絞めた挙句濡れたハンカチをそっと顔に被せる感じがベストね」

「毎晩枕元で和歌を謳いあげることで私の美声のあまり生きているのが辛くしたりとか?」

「それって本当に死ぬのかしら――」

「言うなれば衰弱死系ね」

 私はその様子を思い描く。

 うなされるにせよなんにせよ、あの無礼千万傍若無人厨二病的天上天下唯我独尊な下郎が、私の目の前で悶え苦しむ姿を眺めていられるというのはいい。
 実にいい。

「……いいわね、その案。採用しようかしら」

「そうね、鏡の外の輝夜。それにはまずこの部屋を出る手段から。まずは「たすけて」イナバをちょちょいとだまくらかして――」

 ん?
 助けて?

 不意に混じった文脈のおかしな言葉に違和感を持った。
 というより私しかいないのに、助けてなんていつ口走ったのか。
 一人で弱気になってぽろりとこぼれ落ちてしまったのか。

 私自身知っている。
 今こうして一人芝居を打っているのも、空元気なのだと。
 ペットを奪われた上に私自身手玉に取られてしまいがち。
 見ず知らずの場所で、かつてみなぎりまくっていた私の力が振るえず、さらに言えば見ず知らずの男と顔を合わせる毎日。
 そんな状況に不安はずっと抱いていた。

 それでも、この拭い取れない心の澱を振り払ってでも私は前進しなければならない。
 私は、不浄の地に流刑に遇されているとはいえ、それでも月の姫なのだ。
 生れ持ったこの矜持を、終わらぬ生が続く限り貫き続ける。
 蓬莱の薬を嘗めて永遠の抱擁を受け入れた時から、私が覚悟した罪にして誇りなのだから。

 私は咳払いを一つ憚り、鏡に映る弱音を吐き出した自分自身と向き合う。

「鏡の中の輝夜。それは助けてもらうのが一番だけど復讐はその前に」

 鏡と、正面から向かい合う。  

「きちん、と。し遂げ…て……」

 視線を奪われ、ついで声を奪い去られた。
 私は鏡の中の私と向き合っている。
 向き合っていたはずだ。
 だから当然鏡には私が映り込んでいるはずで、そこに自らの弱気を叱咤する私がいなければならない。

 それなのに。
 
 鏡の中にいる私は、私とは違った格好をしていた。
 両手を鏡に押し付けて、鏡というよりも良く磨いたガラスに手を押し付けているような仕草で。
 覗き込みでもしているように、私の顔をじっと凝視している。

「――」

 私は呆然としたまま、鏡の前で手を振ってみた。
 ゆっくりと右から左へ。
 鏡の中の私は手を振り返すどころか、大きく見開いた目をきょろりとも動かさなかった。
 視線を合わせたまま、ただ私の目をじっと見つめ続けている。

 私は掲げていた手を下ろして、瞬きもしないで目が乾いたりしないのかしらと思いながら、鏡の中にいる私の眼球を見つめ返していた。

 永遠の重みを持った須臾が晴れる。

「たすけて」

 確かに聞こえた。
 確かにそう言った。
 鏡の中にいる私が、そう訴えた。

「たすけてたすけてたすけて」

 狭い部屋の壁に当たった声が、わんわんと耳の奥まで響く。
 間違いなく声を出している。
 鏡の中から、私に向かって訴えている。
 私の周囲を、平坦に均された助けてという言葉が取り囲んでいくようだ。

「げてたすけてたすけてたすけてたすけてたすけて」

 抑揚もなく平たいばかりだったその声は、連呼するうちに温度を帯び始める。
 熱気を持ったその吐息が私の顔を撫でるのは錯覚だろうか?
 きりきりと不快な音が混じるのは、押し付けた指先が鏡を引っ掻いているから?

「たすけてたすけてたすけてあげてたすけてたすけてねぇねぇねぇねぇたすけてたすけてよねぇねぇねぇってば」 

 鏡の中から、こちら側へと飛び出さんばかりに身体を押し付けている。
 その様子は、私につかみかかろうとしながら阻まれてもがいているようだ。

「ねぇ!」

 一際強いその声で、私の身体を縛り上げていた見えない何かが張り飛ばされた。

「――っあひょおおおおおっ!」

 私はじわりと全身の毛穴が開く薄気味悪い感覚を合図に、素っ頓狂な声を張り上げた。
 悲鳴なのかなんなのか、私自身わからない。
 明確なのはただただ怖いという感覚。
 恐怖に衝き動かされるまま鏡の前から一目散に飛びのいた。

 それでも安心出来ずに狭い浴室から飛び出した。

 同じ部屋ということに変わりはなかったのでドアに駆け寄った。

 ノブを幾ら回してもドアは開かない。

「空けて空けて空けてすぐさま空けて出して出してここから出して!」

 私は何度もドアを叩いて訴えた。
 その間もドアノブをガチャガチャと回し、とにかく音を立て続けた。

 ――たすけて――

 あののっぺりと平坦な声音が、網膜に焼きついた姿と共に耳の奥に消えないままこびりついている。

 ――ねぇってば――

 今にも鏡の中から手を伸ばして、目の前に立つ私を引きずり込もうとするかのような姿と共に。

 これが幻聴なのか、実際に半開きになったドアの隙間の向こうから聞こえてくる声なのか判断がつかない。
 ぞわぞわと寒気がするのは、単衣の下で嫌な汗が今も噴き出しているせい。

 私は今も、あれと同じ部屋の中にいる。
 何かの拍子であれが鏡の中から抜け出してきたりしたら――

「っひ」

 私の頭に刻み付けられたその様子が、私に短い悲鳴を上げさせた。
 浴室に戻って確認するのはおろか振り返ることさえ拒絶してドアを叩き叫び続けた。

「出して出してお願いだからここから出して早く早く早く早く!」

 どれほど叫び続けていたのだろう。
 私は不意に身体の支えを失って前へとのめりこんだ。
 あわや床と激突というところで、傾いた身体が支えられる。

 強張っていた身体を受け止めたのか誰なのか、それを知ろうとするよりも肌が触れる感触や体温といった人間的な感覚に安堵を覚えた。

「輝夜」

 ああ、この声。
 この声は。

 聞き間違えるはずのないその声に、私は顔を上げた。

「え、永琳?」

 私の身体を支えていたのは永琳だった。

 この世で最も私に近しい者の一人。
 時の狭間を漂泊する蓬莱人にとって、同じ立場、境遇は血よりもなお濃い意味合いを持つ。
 地上に残りたいという私の意向に沿い、同胞と袂を別つ裏切りの罪を自ら負って、共に不浄の地上に降り立った。
 呪いのごとく続く生を共有し、私が迷いもなく同胞と呼べる数少ないもの。

「永琳、大変、大変なのよ! 鏡の中に私が映るのよ。その私が助けてって言ってくるのよ!」

 私は取り乱したままただ見たまま聞いたままを永琳に告げる。
 永琳は私の崩れかけていた体勢を直し、次いで私が指差す部屋の奥へと視線を向けた。

「姫、ここはお任せ下さい」

 動揺するままにまくしたてた言葉の断片からでも、永琳は正確に私の意図を汲み取り即答した。
 恭しく一礼をした後、戸口に私を残してつかつかと浴室の中へ入っていく姿を見送った。

 待つことしばし、

「ご安心を。貴方の言うものはすでにおりません」

 永琳の柔らかい笑みときっぱりとした断言に、私の中にあった恐怖や不安は瞬く間に消え去った。
 私は胸を撫で下ろして永琳の元まで進む。

「あれは一体なんなの?」

「その姿は陽炎のごとき実体を持たないもの。その声は木霊のように主体を持たないもの。驚かせる事はあっても実害はありません」

 永琳の説明を聞きながら、私は再び浴室の中へと足を踏み入れる。
 もうあの声は聞こえなくなっていて、しんと静まり返っている。
 永琳に促され、私はおずおずと鏡の中を覗き込んだ。

 鏡の中に私がいる。
 手を上げたり振ったりしてみたけれど動きをそっくりそのまま真似るだけで、私の意思に反した行動を見せたり喋り出したりすることはなかった。
 今思い出すとまるで鏡の中に閉じ込められているようだったが、実害がないと言うのだから私が考えている通りだったんだろう。
 
「まったく、貴人を驚かせるだなんて悪趣味な。寿命が縮むかと思ったわ」

「もう驚かせたりしないよう良く言い聞かせておきました」

 私の軽口に合わせて永琳も冗談でも返すような口ぶりだ。
 口調は戯れめいていても永琳が断言したからにはそれは絶対。
 なにものが相手であろうと私が害を被ることなどないし、月が誇る最高の頭脳がそれをさせない。
 つまり私は、月においても地上においても最強の盾をこの手に取り戻した。

「永琳、失態よ。あなたがついていながらおめおめと永遠亭の守りを抜かれるだなんて」

「姫、お叱りは後程に。まずはやるべき事があろうかと」

 そうね。
 そうだわ。
 ここで永琳相手に小言をぶつくさと垂れ流していても仕方がない。
 まず私がやるべきことは、あのにっくき下郎をあちゃちゃのちゃーにしてやることよ!

「ふふ、終身永琳刑よ。モルモットのようなつぶらな瞳で助けてと訴えかけてくる姿が目に浮かぶわ……!」

 それとも永琳にこの状況をさっさと壊させ、私が本来の力を取り戻したところで復讐したほうがいいかしらそっちのほうがいいわね私の溜飲が下る的には。
 私が持つ永遠の恐ろしさをその身に刻むためにも、半永久的に自転し続けるとか世界と心中するまで過去の黒歴史を叫び続けさせたりしようかしらあらそれって楽しそうねうふふ!

 両手の指をわきわきとさせてほくそ笑む私の耳に、

「随分楽しげじゃないの」

 憎悪を集めてやまないその声が届いた。

 振り向くと奴がいた。
 浴室の出入り口近くの壁にもたれかかり、くつろいだ様子で私たちを眺めている。

「出たわね。ここであったが百年目よ!」

「まだ会って三日目だっつーの」

「減らず口もこれまでよ。すごすごと尻尾を丸めて逃げて暗くて狭い部屋の片隅なんかでぶるぶると震えていればいいものを……ついでにあなたの人生もこれまでよ!」

「ちなみに片隅で震えてるとどうなってたんだい?」

「見つけ出して疲れ果てるまで追い回すという楽しげな企画が追加されるのよ。私に!」

「性格悪ぃーよ、お姫さま」

「薔薇には棘があるように、漆に触るとかぶれるものよ!」

「実は後先考えずに喋ってるだけだろ。そうなんだろ」

「いいわ。まずはその頭で育むふざけたお花畑を踏み荒らしてやるから覚悟なさい。覚悟しなくてもぶっちんぶっちんいわしてやるけど!」

 状況も立場も身分も理解できずにのほほんと立ち尽くす男に向かい、びしっと袖の中から指をさし示す。

「永琳、あれが討ち滅ぼすべき邪悪の権化よ! 惨く儚く露と散らせることを許可します。それはもう赤子の首のようにくりっとひねってしまいなさい!」

 なんだったらくりくりっとひねって戻しても構わないわね!

 果たして私の命を受けた従者にして全幅の信頼を寄せる月の頭脳たる八意永琳は、

「残念ね」

 そうぽつりと呟いた。

 ……残念?
 なにが?

 私は珍しく感情を乗せた永琳の声に振り向いた。
 私の頭一つ分は高い位置にある、月の最高の頭脳をまじまじと見つめた。

 冷たく感情を宿さない青い瞳は、無感情なわけではないと私は知っている。
 その知識をいかんなく発揮するため、思考の際には感情をとどめて主観や先入観を排する必要がある。
 それが出来るからこそ永琳は最高の頭脳と月での栄誉を得たのだから。

「本当に残念ね。輝夜」 

 顎に手を当てて、どこかけだるいため息混じりに私を見下ろす永琳は、本当に残念がっていた。

「だから、なにが?」

 永琳が一体何を残念がったりする理由があるのか。
 この下郎を血祭りに上げることが?
 どうして?
 そんな理由が私の言葉の妨げになるなんて――

 永琳を目を細めて私を見下ろしている。
 私は今の状況に違和感を覚えて、さし示していた指を下ろした。
 とてもおかしな発想が私の脳裏をかすめていた。

 今の立ち位置は私と永琳が下郎と対峙する形だとばかり思っていたのに、ひょっとしたら、まるで、考えることすら馬鹿馬鹿しいはずなのに――
 寝起きする部屋よりもさらに狭い浴室の中に、前後を塞がれ閉じ込められてしまっているような。
 永琳は私のすぐそばにいるはずなのに、私の手から離れてしまったかのように遠く感じてしまう。
 そんな、太陽が二つあるとか地上が逆さまになるといったあり得ない類の気の迷いが、頭の片隅にこびりついて剥がれない。
 戸惑いを察しているはずの永琳はそれをほぐしてくれる訳でもなく、顎に当ててていた指先を口元へと移し、苦笑めいた笑みを浮かべた。

「まぁだ判ってねぇのか、それとも判りたくねぇのか」

 下郎はまったくの無警戒で笑っている。
 歯を剥く下品で粗野で獣めいた笑いと、たしなめられるような永琳の微笑を交互に見比べる。
 互いの笑みを見比べる以外、どうしていいのかわからなかった。

 そのうちに壁に寄りかかっていた下郎がゆっくりと身体を前に傾けて、私を見た。

「じゃあ、始めるとするか」

 下郎は私を見ているようで、違う。
 視線は私を通り過ぎて背後に向けられている。

「ええ、ご主人様」

 永琳の視線もまた、私ではなく対面の男に向けられていた。
 私の頭上で視線が絡み、私を通り過ぎてやり取りがかわされる。
 思考すら奪われ立ち尽くす私の肩に、するりと腕が絡められた。

 白くてたおやかな永琳の腕。
 その指先が、固まってしまったまま身動き出来なくなっていた私の頬を優しくなでた。

「輝夜」

 耳元で囁かれるその声は私が知っている永琳のもので、

「今まで私が教えてこなかった事を、これから教えてあげる」

 絶対に耳にするはずのない言葉が滑り込んできた。

 うろの奥底から響くような声だった。



 イナバの時は困惑と不満だった。
 因幡の時は驚愕と憤懣。
 そして、今私の目の前で行われている光景には――

 頭が真っ白になったまま何も浮かんでこない。
 シャワーという道具を用いて後ろ手に縛られている間も、そして今も、私は身じろぎ一つ出来ずにただ呆然と立ち尽くしていた。

 水の音が聞こえる。
 ぴちゃぴちゃと犬猫が啜るようなその音が、浴室の中に溢れ返る。
 縛り上げられた私を座椅子に座って眺めていた男。
 その男の前にかしずいた永琳が、汚らわしいそれを取り出すと何の躊躇いもなく口付けしていた。

 その様子を、私はただ見つめていた。

 永琳。
 貴方は何をしているの?

「……ふふ。逞しい」

 頬を赤らめ異物から口を離した永琳が、恍惚とため息をもらす。
 うっとりと目を細め、たおやかな指が自らの唾液で濡れた男の異物を上下に擦る。
 いつも怜悧に澄んでいた永琳が見せるその扇情的でふしだらな姿に、私は視線を背けることが出来なかった。

 凝視する私の視線を、永琳は流し目で受け止めた。

「もう、見るのは初めてではないでしょう? これが男性器。男根。ペニス。見慣れない内は奇異に映るかもしれないけれど」

 汚らわしい異物の輪郭をなぞっていく。

「見慣れればとても可愛らしい造形をしているわ」

 ぬるりと滑らせた指先を口に含んだ永琳の微笑はぞっとするほど艶かしくて、私は声が出てこなかった。

「さあ、これから男の人を愉しませる方法を教えていくから、見過ごさないように見てなさい」

 蝶よ花よと世間知らずなまま育った私に教鞭をとる時と同じ声で、永琳は目の前の異物を再び口に含んだ。
 私に見えやすいよう身体を脇へとずらし、永琳は男根の先端を音を出してしゃぶる。
 唇の隙間から濡れた舌を出して、その独特の形を縁取るようにうごかす。

「んっ、んふっ」

 先端を舐めていただけだったのが、頭を前後に動かしだす。
 汚らわしいペニスが永琳の口の中に隠れる。
 頬の裏側から押されて、月明かりが似合うその顔が無様なほどに歪むけれど、永琳は気にも留めた風もなく大きく頭を動かし続けた。

「んぷっ、はっ、ぷ。んちゅ」

 大きな動きに永琳の口から気の抜けた声とも音もつかないものがもれてくる。
 くちゅくちゅと口の中で擦れる濡れた音と一緒に届けられる。
 たっぷりとまぶされた唾液がしずくになり、糸を引いてこぼれ伝う。
 余った部分を握り締め、口と同じように前後にしごき続ける。

 そうすることで男性器の位置を固定し、複数個所から刺激しているのだと私にもわかった。
 複数個所でというなら、永琳は根元にぶら下がった皺だらけの醜い袋も揉みしだいていた。

「んー……ふふ」

 永琳は鼻から吐息に似た笑みをこぼして、激しいほど動かしていた頭を止める。
 目の前で繰り広げられている行為の終わりを告げるものではなく、新しい、別の方法で行われる静けさだった。

 永琳は性器の先端を口に含んだまま、音を立てて啜りだす。
 頭の動きも前後から左右へ。
 口の中に溜まっていた唾液を啜りながら頭を振る。
 結った銀髪が信じられないくらい下品な音に乗って踊った。

「ぐっ」

 押し黙っていた男が歯と歯の間からくぐもったうめき声をもらした。
 小刻みに震える男の腰から永琳が口を離す。
 ちゅぽんと口を離しても、性器は重ねた指で包むように握り締めたまま素早く前後にしごき続ける。

 唐突に、亀の頭に似た先端から白濁としたものが溢れた。
 勢い良く浴室の床に飛び散り、白濁の噴出はしばらく続いた。

 イナバとの交わった後に残されたもの。
 因幡の腹の中へと注ぎ込まれたもの。
 男の子種。
 それがどのようにして吐き出されるのか、一部始終を私は見届けた。

「ふふ。見たかしら? 今のが射精よ。その顔だとこうして見るのは初めてだったようね」

 永琳はゆるゆるとこぼれる白い液体を指ですくうと、赤剥けた先端になすりつけるようにして絡めた。

「射精した直後は敏感になっているわ。加減具合は相手に合わせて慎重に行いなさい」

 手を白い穢れにまみれさせて、永琳はにちゃにちゃと遠慮のない動きでしごく。
 肩を跳ねさせていた男は苦笑を浮かべ、微笑む永琳の頬に掌を寄せた。
 永琳は無骨で筋張った掌に頬ずりして、音を立てて指をしゃぶった。

 戯れる様子を、私はただ見つめていた。

「次は、輝夜には少し難しいかもしれないわね」

 指の次は当然のように男根まで舌を這わせ、粘っこく絡んだ白濁を綺麗に舐め取ってしまった永琳は、悪戯っぽくはにかんだ。
 衣服を留めていた前紐を解いて、女の私の目から見ても豊かな胸元を惜しげもなく晒した。

「けれどこうすれば男の人を悦ばせる事が出来ると、知っておいた方がいいわ」

 その言葉を肯定するように、男は永琳を抱き寄せ豊かな乳房にむしゃぶりつく。
 永琳が男の性器にむしゃぶりつくよりもずっと下品で貪欲に。
 吸い付きながら揉みしだき、男の指が永琳の乳房に埋もれて柔らかく形を変える。
 乳房に顔を埋めてこねる男に、永琳は優しいといっても言い過ぎではない視線を向けてその頭を抱擁した。

「まるで子供ね。可愛いでしょう?」

 私はその問いかけの答えが出てこないまま、永琳の乳房が貪られる様子を眺めていた。
 永琳は男に心いくまでむしゃぶりつかせた後、筒のようなものを取り出す。

「ローション。香油な様な物よ。これから何度も使う事になるから覚えておきなさい」

 とろりと粘り気のある水飴のような中身を乳房に垂らした。
 永琳はローションを乳房に塗して伸ばすと、その谷間に男根を挟みこむ。
 左右から手で支え男根の感触を愉しむように動かした後、それが始まった。

「パイズリというのよ」

 男根を乳房で挟んだまま身体を上下に弾ませる永琳が、それの名前を教えてくれた。
 永琳は男の身体を擦り付けるようにパイズリをしながら、私に話しかけてくる。

「呼び方は色々だけれど、本質は一つよ。全身余すところなく使って奉仕して差し上げる。口も、手も、胸も、髪の先まで、私たちはご主人様の所有物なのだから」
 
 男は永琳の肩を押して座椅子から降りる。
 永琳は押されるままに素直に従い浴室の床に寝そべり、その上で男は膝立ちのまま腰を前後に降り始めた。

 イナバたちを犯していたように、男根が永琳の胸を犯している。
 乳房がたわわに弾みたゆたう様子と、それを見上げる永琳の目。
 私でさえ見たことのない表情で男を見ていた。

「んっ」

 呆気にとられている間に二度目の射精。
 再びどろどろの白濁が噴き出て永琳の顔へ降り注ぐ。
 永琳は逃れるどころか目を閉じてそれを受け止める。
 浴室に広がりだしていた生臭いに匂いが濃くなって、私の鼻腔まで届けられた。

「まだ、こんなに沢山」

 息を切らせる永琳の頬に、男の手が差し出される。
 手と手を重ねて、浴びた穢れをそのままに安堵したような微笑を浮かべる。
 男の指が自ら吐き出した穢れをすくい、永琳の口元へと運んでいく。
 どろりと垂れるそれを、永琳は何の迷いもなく口に含んだ。

 私は、そんな光景を見つめていた。

 男が横に身体をずらし、仰向けになっていた永琳が身体を起こす。
 まだ顔に穢れを残したまま、はだけた身体から男の匂いをぷんぷんと漂わせて、永琳は私の目の前までやってきた。

「ん」

 何も考えられず視線でその動きを追っていた私に、永琳が覆いかぶさってくる。
 声も上げられないまま唇に生暖かい感触を感じた。

 あ。

 視界一杯に広がった永琳の顔。
 口元で蠢く柔らかい温もり。
 唇を割って忍び込んでくるぬるぬるとしたもの。

 永琳が私に接吻している。
 接吻しながら、口から何かを流し込まれている。
 生臭くて苦い味。
 さっき永琳が口に含んでいたものが、口移しされている。

 男の子種。

 たっぷり数一〇秒はかかった艶かしい接吻の後も、私は固まったままだった。
 目を見開き凝視する私に、永琳は指先で口元を軽く拭って微笑んだ。
 ほんのりと朱が差した微笑は、この世のものとは思えない妖艶さで溢れていた。

「輝夜。これで貴方も、ご主人様の味を覚えたわね?」

 永琳は優しい手つきで私のほつれた前髪を梳いていく。

「私たちと同じように、可愛がって貰いましょうね」

 乱れた髪を撫で付けていた永琳の表情が不意に歪む。
 眉を寄せて、苦痛に耐えるように唇を噛み、浴室の壁に手をついて倒れ込みそうになる身体を支えている。

「んっ、うっ」

 口からこぼれた声音は苦悶にも似ていたけれど、今まで聞いてきた甘い響きも混じっている。
 私が恐る恐る永琳の肩越しに視線を動かすと、男の胸板にぶつかった。
 男は永琳の背後に回ってスカートをたくし上げ、両手で腰をつかんでいる。
 私が見ている前で、二、三度と腰を打ちつける。

「ぁっ、はぁっ」

 そのたびにぱんぱんと肉を叩く音と永琳の甘い吐息が私の耳朶を打つ。
 男は荒々しく腰を打ちつけ、永琳は腰をうねらせてあえぐ。
 私はその光景が目に焼きつけられていくのを感じながら、そろりと視線を上げた。

 男は私を見ていた。
 黒い双眸がじっと私の様子を見つめている。
 永琳を背後から獣のように犯しながら、視線は私に向けたまま揺らぎもしない。
 この目と向き合うだけで、怯えを感じるようになったのはいつからなのか。
 いつもの虚勢や罵声が私の口からは出てこない。
 視線を背けないのは、身体が竦みあがってそれすら出来なかったから。

「あぁっ、激しい、わ。あっ」

 永琳の色めく声音を傍らに、私は思考すら凍らせたままこの永遠にも及ぶ時間を過ごした。

 男は私を凝視したまま、何度も何度も子種を永琳の胎に吐き出した。
 馬の種付けを見せつけられているような光景だった。

 目にする光景はどれも現実離れしていて、思考がふわふわと浮かび上がっているように覚束ない。
 我に返った時、浴室には私一人だけが残されていた。
 拘束も解かれ、ぺたりと床に座り込んだまま起き上がる気力も湧いてこない。
 何の音も聞こえない。
 誰の声も聞こえない。
 ただ、口の中にいがらっぽい嫌な後味が残っていた。 

 私。
 汚されてしまった。
 どうしよう――

 どうすればいいのか、私に教えてくれる者はいなかった。



xxx  xxx



 後ろ手に縛っていたシャワーのホースを解いても、輝夜は反応らしい反応を見せなかった。
 虚ろな視線を床に下げ、打ちひしがれたまま膝を折っただけ。
 私たちは服の乱れを直し、うずくまる輝夜をその場に残して部屋を後にした。

 かちゃりと鍵が掛かる音。

 彼は真鍮の鍵を鍵穴へ差し込み、事務的に回した。
 鍵をかけた後は特に何を言うでもなく踵を返して廊下を歩き出す。
 私はその背後に付き従った。

「永琳」

「ええ」

「これから助手で入ってもらうぜ」

 彼は手にした鍵を片手でお手玉しながら言った。
 私は歩調合わせて歩きながら、彼の後頭部を見つめる。

「あら。私に声が掛かるなんて。理由を聞いてもいいかしら?」

 ウドンゲを世話役につけるものと思っていたけれど。
 用心深くなった彼にしては随分思い切った決断だ。
 彼は相変わらず視線を前に向けたまま、表情を見せずにちゃりちゃりと鍵を鳴らしている。

「男嫌いの上にあそこまで性に嫌悪感を持たれちまってたらな。正直俺一人じゃにっちもさっちもいかねぇよ」

「私でなくても、兎の手の当てはあるでしょうに」

「鈴仙やてゐでも悪かねぇな。ただまあ、相性は永琳の方が抜群だ」

「それは褒められている?」

「すげぇ褒めてる」

「そう。ありがとう」

「どーいたしまして」

 立てた小指で無遠慮に耳の穴を掻き始めたのを見て、私はそっと手を添えた。

「そんなに乱暴にすると良くないわ」

 ようやく振り向いた彼の表情は、拗ねた子供のように不機嫌だった。

「永琳」

「何かしら」

「かぐやを、あま~くとろかせ」

 彼は小指を見つめて口元を歪めると、取れた耳垢にふっと息を吹きつけ外套のポケットに押し込む。

「鼻っ柱をへし折ってやってすっかり自信喪失だ。お姫さまに快楽の味ってものを教えてやんな。嫌悪に勝れば自分からすがり付いてくる」

 そう。
 自己嫌悪という枷を取り除けば彼の言う通りになるだろう。
 今の輝夜は羽をもぎ取られた小鳥に等しい。

 彼の口からこの言葉が出てくるのを待っていた。
 私は待ち望んだ言葉に笑みを返した。

「ええ。承ったわ。それから、手は良く洗っておく事」

「へいへい」

「返事ははいで一回よ」

「はい」

 私が促すと素直に従い、そのまま廊下の突き当たりにある彼の部屋へ。
 ドアノブを握り締めたところで振り返った。

「なぁ」

「何かしら?」

「俺の親か何かにでもなったつもりなのか?」

 朝と同じ質問を投げかけてきた彼は、思いの他不機嫌ではなかった。
 まじまじと見つめてくるその瞳に、私は小首を傾げて訊ね返す。

「それを望んでいるのなら、そう接するけれど?」

 彼が浮かべた笑顔は、なんと言うべきか。

「親はチェンジが利かねーんだよ」

「そうね」

 評する前に彼は顔を背けて、足早に自室の中へと戻った。
 ばたんと少し手荒にドアを閉めて、それっきり廊下に静寂が漂う。
 私は素っ気無いドアを見つめて、彼の浮かべた笑みを脳裏に描いていた。

 どう見ても、泣き出す寸前の子供にしか見えなかった。

 彼の抱えた痛みを切除する事は出来ても、理解する事は出来ない。
 利害の一致があるだけ。
 彼自身切除を望まないだろうし、自らの方法で慰めている。
 医者の端くれではあるものの、傷を治したがらない者まで癒すほど私はお節介でもなかった。

 お大事に。

 だからその言葉を心の中でそっと投げかけ、その場から離れた。
 これから行う事の備えはすでに出来ている。
 後は何をすべきかを詰めて行くだけ。

 これで、ようやく始められるのだ。
コメント




1.NEO削除
てるよが頭のいいおばかで超可愛い……

実際eraだと輝夜は永琳助手じゃないとめんどいですよねぇ。
主人が女なら、そうでもないんですが……
2.名前が無い程度の能力削除
ぐーや分多すぎだろ
3.ヴァイスタ削除
このえりーんは良い

ぐやは苦手なんだが何か克服出来そうDA
Thanks
4.キョウ削除
これは良いぐーや分w

永琳がやっぱりエロいな
そういえば輝夜はeraで挫折してからやらなくなったな
またやってみようかな、この作品みたいに永琳助手にして
5.名前が無い程度の能力削除
人の心を折る過程を描くのが上手いですなぁ
こういうの大好きです

輝夜の開発楽しみー