真・東方夜伽話

子離れと乳離れのジルバ

2010/04/13 23:49:45
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子離れと乳離れのジルバ

監督

「いらっしゃ――」

 その歓待の台詞を言いかけたところで、アリスはぴしりと凍りついた。
 はるばる魔界からお出ましの母を、玄関先で迎えた矢先のことである。
 迎えられた方の母はといえば、アリスの驚きも予想の範疇だったらしく、してやったりとばかりに悪戯っぽく微笑みながら軽く首などを傾げてみせる。

「……、」

 絶句するアリスの目を捕えて離さないものは、その母――神綺の懐にあった。
 いかにも清潔そうな純白の布にくるまれ、神綺の両手で大切そうに抱きかかえられている。
 アリスが見つめるうちに、それの一部がふと、小さく緩慢に動く。
 ちゃんと動くのが不思議なくらいの、小さな手。細い指。
 触れれば弾むんじゃないかと思うほどに、ぷっくりと瑞々しく膨らんだ腕や頬。
 見ればわかる。考えるまでもない。
 それは――そう、明らかにヒトの赤ん坊であった。

「えっ……と……?」

 安らかな赤ん坊の寝顔から、母の顔へ。アリスが呆けた視線を移動させる。
 そんな娘を悠然と見つめ返す、魔界の創造主、神綺。
 ぎゅっと赤子を抱きなおし、えへ、と笑みを深めながら答えて曰く、

「創っちゃった」

 どうやらこの赤ん坊、ヒトはヒトでも、頭に『魔界の』が付くものらしい――。


 ◇ ◇ ◇


 千年の昔より、魔界のある辺境の一画を強力に隔離していた結界があった。
 その結界が、つい先日、ひょんなことから消滅したのだという。
 何者をも寄せ付けずにいた障害が失せ、その姿を忽然と顕わした未開の土地。久々に創造神の血が騒いだ神綺は、ちょっとその区域に手を入れ、たちまち人が住める環境を創りあげてしまったのだった。

「それで魔界も少し広くなったことだし、いい機会だから一人くらい娘を増やしてみようかなあ、って」
「あ、そう……」

 神綺から事の次第を聞き、アリスは曖昧に頷いた。
 この場合、赤ん坊の誕生については「おめでとう」と言うべきなのか「ご苦労様です」と言うべきなのか――。そんな埒もない事を考えながら、アリスは母とその新しい娘を家の中へと招き入れる。

「その子、名前は?」
「それがまだ決まってないの。せっかくだからと思って夢子ちゃんたちにも相談してみたら、みんな張り切っていっぱい名前を考えてくれてね。逆になかなか選べなくなっちゃって」
「ふーん」
「そうだ、アリスちゃんも考えてくれない? この子の名前」
「……え、えっ?」

 唐突な提案だった。
 アリスは咄嗟に手を振り、いや私そういうの思いつかないから、とお茶を濁す。
 どうも調子が狂う。
 今まで、こうして自分の様子を見にやってくる母を幾度となく迎えてきたアリスだったが、このような状況は過去に例がなかった。神綺はいつも一人でアリスを訪ねてきたものだし、そもそも神綺の娘たちの中では『末っ子』にあたるアリスにとって、家族が増えるというできごと自体が未知の経験なのだった。
 しかし、今しがた神綺自身が語ったように、天も地も人も創るのが魔界神の務めである。アリスが知らないだけで、今までにも神綺はそういう事を数知れず行ってきたのだろうし、他ならぬアリス自身もそうして生まれたはずなのだ。今更こんな事で驚いたり慌てたりするのは野暮というものだろう。なんというか、都会派魔法使いとして。
 ただ、実のところ、神綺が具体的にどのようにして『娘』を生んでいるのか、アリスはいまだに知らなかった。末っ子であるが故にその現場に出くわす機会がなく、たまたまと言うべきか、物心つくまでそのような疑問を抱くきっかけも無しに過ごしてきたためだ。

「……」

 ちら、と神綺を見る。彼女の服装としては最もよく見る、ゆったりとした深紅のローブ。
 仮に普通の人間と同じように孕むのだとしたら、あそこに赤ん坊が収まっていたのだろうか――と、今はスリムな母の下腹部に目が行く。彼女がアリスを訪ねてくるのはおよそ一月に一度の事で、前回に会った時もやはり今と同じ体型をしていたのだから、どのように子を成すにせよ何かしら人間と勝手が違うことは確かなわけで――、

「なぁに? アリスちゃん」
「な、なんでもないっ」

 不思議そうな顔で母に見つめ返され、アリスは慌てて目を逸らす。
 まあ、この歳になって『赤ちゃんはどうやって創るの?』なんて訊けるわけもなし。
 自分は一生それを知ることは無いのかもしれない。そんな漠然とした予感を抱きつつ、アリスはいつもどおり人形たちにお茶の準備を命じるのだった。

「あ、アリスちゃん。お茶はいつもより薄めでお願いしたいの」
「薄め?」
「ええ。紅茶は、ほら、寝つきが悪くなっちゃったりするから」
「寝つき……って、まさかその子が紅茶飲むの?」
「ううん。もちろん飲むのは私よ?」
「はぁ」

 どうも母の言う事がよく解らない。
 が、とにかく薄めの紅茶を所望ということなので、人形へはそのように指示を出しなおす。

「他になにか、用意した方がいい物はある? その子のために」
「ううん、特にないわ。……あ、でも、」

 できれば、赤ん坊をベッドかどこかで休ませたいのだという。
 それでアリスは、今日のところはダイニングではなく、寝室兼書斎として使っている部屋へと母を通すことにした。
 散らかってるかもしれないけど、と言いながらもアリスは室内の様子を素早く頭に思い描き、客人の受け入れになにも問題がない事を確認してから寝室のドアを開けた。日頃から部屋もベッドも綺麗にしてあるのが幸いだった。いつ何時おしかけてくるか分からない無分別な知り合いを持つアリスの、これは必然的な習慣である。

「わぁ」

 なにが楽しいのか知らないがとにかく感嘆の声を上げながら、神綺がアリスの私室に足を踏み入れる。
 それからさっそくベッドに歩み寄ると、枕元へと赤ん坊を静かに横たえた。

「初めてこんなに遠くまでお出かけして、ちょっと疲れちゃったかな? さ、アリスお姉ちゃんのベッドでゆっくりお休みなさいね……」

 お姉ちゃん、ねえ。
 椅子に腰掛けて読書机に肘を突き、母子を観察しながらアリスは思う。
 まあ、確かにそうなのかもしれない。
 単に魔界の一住人であるのみならず、神綺と直接の親子関係を持つモノとして生み出された存在――。アリスとほか数名の魔界少女たちは、そういう限定的な立場にあった。アリスはその少女たちと、今でこそ別々の暮らしで少々疎遠になっているものの、およそ普通の人間の姉妹と変わらぬ時間を過ごしてきたように思う。そして今、その末席に加わるのがこの赤ん坊であるならば、この子から見てアリスは確かに『姉』にあたるわけで……。
 いやいや、姉? 騒霊の暗いのとか、紅いお屋敷のちびっ子とか、地底の嫌われ者とか、そういう類のアレ?
 いやいや、話が急すぎてどうにも。
 未だに気持ちの整理がつかないアリスをよそに、神綺は赤ん坊の柔らかそうな髪の生えそろった頭を愛おしげに撫で、その額に小さくキスをした。そういえば私もあんな風にされて眠ったっけ。そんな幼少期の記憶がアリスの頭をよぎり、なんだかおでこがむずむずしてくる。
 いつまでそうしているつもりなのか、神綺は足以外をベッドに横たえた中途半端な姿勢のまま――そうしてアリスに尻を向けたまま、寝入った赤ん坊にじっと寄り添っている。
 やがて、ティーセットを抱えた上海人形と蓬莱人形がふよふよと飛んできた。

「お母さん? お茶、入ったんだけど」
「ありがとう。ちょっと待ってね」

 赤ん坊の寝息に合わせてその体をぽふぽふと叩きながら、神綺が応えた。
 ……どうも調子が狂う。
 いつもならば、アリスと一緒にいる間じゅう、寒くはないか暑くはないか、ちゃんと食べているか病気はしていないか――などなど、一体どれだけ答えてやれば安心するんだと言いたくなるくらい、アリスの息災ぶりを確認しなければ気が済まない母だった。いつだったか、針仕事でこしらえた傷に軽く包帯を巻いたまま対面したときなど、本気で泣かれてしまったものだ。
 その母が、今日は尻でアリスと会話しているのである。
 最初に玄関で顔を合わせた時だってそうだ。いつもいつも母は出会い頭に力いっぱい抱き締めてくるものだから、まずアリスはそれを引き剥がすのに一苦労するのが常だというのに、今日はとんだ肩透かしを喰った。そりゃあ赤ん坊で両手がふさがっていれば抱こうにも抱けないのが道理だし、そもそもアリスとしては別に抱いて欲しかったわけでもないし、むしろ服が皺にならなかったからいいんですけどー。

「……大変ね。色々と手がかかって」
「それが楽しいのよー」

 尻が答えた。
 そう、赤ん坊は手がかかる。当然至極の話。
 かたやアリスはといえば、もう立派に独り立ちした魔法使いである。料理の腕ではまだまだ母に及ばないけれど、紅茶の味くらいならいい勝負になってきたし、裁縫や細工仕事ともなれば母はおろか誰よりも上手くこなす自信がある。もう親の庇護などなくてもやっていけるし、魔界の支配者ともあろう御方にわざわざシマを抜け出してまでこの身を案じてもらう必要もない。
 抱き締めてくれなくたって、一向に構わないのだ。

「よし……っと。ふふ、よく眠ってるわ」
「ご苦労様。お砂糖とミルクはいつもどおりでいいの?」
「ええ、ありがとう。あら、上海ちゃんも相変わらず可愛いわねー」

 ようやく神綺がベッドから身を起こし、アリスの方に向き直った。
 砂糖少々と多めのミルクを入れた紅茶を人形から受け取ると、カップから立ち昇る湯気に顔をほころばせ、「ふぅ」と文字通りに一息。
 それからしばし放心していたかに見えた母だったが、やがて思い出したように背筋を伸ばすと、気遣わしげな表情で身を乗り出してきた。

「ところでアリスちゃん、ご飯はちゃんと食べてる? 最近寒くなってきたけど、風邪ひいたりしてない?」

 おや、ようやくその話題に入りましたか。
 自分の紅茶にミルクを足しながら、アリスはどこか冷めた調子で「別にー」と答えるのだった。


 ◇ ◇ ◇


 幻想郷の様子がうんぬん、とか。
 魔界の近況がどうのこうの、とか。
 そんな母娘の茶飲み話が続いていた部屋の片隅で、不意に、異質な声が響いた。
 アリスには最初その声が一体なんなのか判らず、いち早く反応したのは神綺の方だった。

「あらあら、どうしたの?」

 発生源は、枕元の赤ん坊だった。
 マーガトロイド邸に来たときからずっと眠っていた彼女が、仰臥したまま両手を丸く握り締め、虚空に向ってむずかるような声を上げている。思えば、アリスが初めて聞く彼女の声だった。
 呻きに近かったその声が次第に大きくなり、明確な泣き声へと変わりゆく中、ベッドに腰掛けていた神綺は上体を捻って赤ん坊に向き合うと、慣れた手つきでその小さな体を抱き上げた。

「ああ……おなかが空いたのね。お出掛けの前に少し飲んだっきりだものね」

 赤子が泣く理由にも色々あるだろうに、神綺はそう即断した。
 空腹時に特有の泣き方でもあるんだろうか。
 ええと、赤ちゃんってなに食べるんだっけ――。泣き声のせいで思考のまとまらないアリスが困惑の視線を注ぐ中、神綺は落ち着き払った様子でひとまず赤ん坊を傍らに寝かせ、自分の服の懐に手を突っ込んでなにやらごそごそとまさぐり始めた。どうやら肌着のボタンを外しているらしい。
 手が抜かれ、母の胸元の素肌がわずかに覗く。それから神綺は腰帯を軽く緩め、服の合わせ目に両側から手をかけると、



 躊躇なく、なんの躊躇もなく、深紅のローブと薄桃色の肌着を左右に開けっ広げた。



「にゃっ!?」

 仰天したアリスの奇声が、赤ん坊の泣き声に重なる。
 母の、下着もなにも纏わぬ胸が露わになっていた。肉づきのたっぷりとした白い乳房と、深みのある桜色の突起。それらが、まるで着衣からの解放を喜ぶかのようにふるふると震えている。
 えっ、なんでいきなり脱ぎ始めるの――?
 母の行為の意味をにわかには理解できず、頭をぐらぐらさせるアリスだったが、すぐ我に返り、ごく当たり前のことに思い至る。ああ、授乳。授乳ね。そう、赤ちゃんにはお乳です。
 虚脱するアリスの前で、神綺は再び赤ん坊を抱えて胸元に寄せ、右の乳房をその唇のあたりに軽く触れさせてやる。赤ん坊はすぐに反応し、ゆるゆると伸ばした手を乳房に添えると、小さな口を開けて乳首に吸いついた。
 泣き声は、あっという間に止んでいた。

「ふふ、いっぱい飲んでね」

 慈しみを満面にたたえた表情で、赤ん坊よりもなお幸せそうに神綺が囁く。
 アリスにとっては初めての、子に乳をやる母の姿。それは実に堂に入ったものだった。さすがは創造神、さすがはプロの母親、額縁に入れて『聖母』とでも名付ければ立派な売り物にもなりそうな光景である。
 ただそう思う一方で、アリスの胸はまださっきのショックでどきどきしていた。いくら親子同士で女同士とはいえ、人の目の前でこういう事をするのに、ちょっとはその、ためらいとかは無いんだろうかこの人は。無いんだろうなぁ。
 母はきっと魔界でもこんな調子なのだろうし、周囲にいる他の娘たちの反応もアリスと似たり寄ったりであるに違いない。今度、いちいち胸を丸出しにしなくても済むように、もう少し授乳に向いた服でも作ってやろうかと思う。主に周囲のために。

「あなたのおなまえ、なにがいいかしらねー……」

 たおやかな声。歌うような声。
 神綺は目を細めて我が子に語りかけ、赤子は無心に乳を吸い続ける。
 どんな味がするんだろう? 授乳の模様をこれでもかと見せつけられているアリスの心の内に、そんな疑問が避けがたくして浮かび――いかんいかん。なにを考えている。
 アリスは頭をぶんぶん振って邪な思考を追い出し、努めて冷静に紅茶のカップを傾ける。しかし、やはりその脳内では、乳にまつわる諸々のイメージがもやもやと浮かんでは消えるのが止まらない。母乳。免疫力。乳児の唯一の栄養源。スキンシップ。脂肪、鉄分、カルシウム。母と子の絆。ミルクティー、

「んぐ」

 勢いあまって変な連想をしてしまい、飲みかけの紅茶でむせそうになった。
 ミルクなんか入れるんじゃなかったと思う。


 ◇ ◇ ◇


 話しかければ授乳の邪魔になりそうで、しかしただ見ているだけというのも目のやり場に困る。
 窮したアリスはベッドに背を向け、上海人形と蓬莱人形を机の上に座らせて、手近にあった櫛で彼女らの髪を梳いてやっていた。
 ああ、落ち着く――。
 しみじみとそう思いながら人形の手入れに没頭していたところ、不意に背後から「ねえアリスちゃん」と呼ぶ声があった。

「……はい?」

 振り向く。
 ベッドに腰掛け、膝の間で両手を揃えて、なにやらニコニコとこちらを見つめる母。
 赤ん坊の方は、また先刻のように枕元で眠っていた。いつの間にか授乳は終わっていたらしい。
 しかるに、どうしたことか、母の胸はいまだに全開であった。深紅のローブと薄桃色の肌着を押し退けて飛び出した双子の乳房が、左右から二の腕に圧迫され、寄り添うようにその存在感を主張していた。事が済んだのならとっとと収めて欲しいと思う。

「あのね」

 真意の知れない笑顔で、母が続けた。

「アリスちゃんも飲んでみない?」









 えーと。



 何かを聞き間違えた。
 アリスは改めて母に問う。

「あ……ごめん、ぼーっとしてた。なに?」
「アリスちゃんも飲んでみない? って言ったの」

 どうやら聞き間違いではなかった模様。
 仕方がないので、アリスは「なにを?」と重ねて尋ねてみた。
 神綺は一瞬きょとんとした後、迷わず己の乳を人差し指でぷに、とつつきながら、

「おっぱい」
「飲みませんっ!!」

 アリスは脊髄で却下した。

「えっ……どうして?」

 いや、そんな不思議そうな顔されても。

「ど、どうしてって、赤ちゃん以外の人が飲むようなものじゃないでしょ」
「でも、赤ちゃんはもうお腹いっぱいに飲んだし、まだたくさん余ってるし……。アリスちゃんは、飲んでみたいと思わない? 栄養あるのよ?」
「思わないっ!」

 実のところ、興味がないと言えば嘘になる。
 しかし、そんな事は死んでも口に出せる訳がなかった。

「うー……」

 アリスに拒絶され、神綺は残念そうに視線を落としながら、両手を膝の間でもじもじと擦り合わせる。その動きにつられて、二の腕に挟まれた乳房もまたむっちりもっちりと変形する。
 いいからその乳をしまって下さい。

「あのね」

 ちら、と再びアリスを見上げながら、まだなにかを諦めていない様子で神綺が呟く。

「本当言うとね、私の方がね、飲んで欲しいの」
「……なんで?」

 まだこの話題続くんですか。
 いささかげんなりしながら、アリスが続きを促す。
 神綺は枕元を振り返り、相変わらずよく眠っている赤ん坊を一瞥してから、

「この子を創ったときに思ったのよ。赤ちゃんにおっぱいあげるのなんて久しぶりだし、ひもじい思いをさせないように、体調管理はしっかりしなきゃって」
「はぁ」
「だから、最近はいろんな事に気を付けてたの。食事はお米を多めに食べるようにしたり、お酒はしばらくやめて、コーヒーとか紅茶も薄めのをちょっと飲むくらいにしたりね。あと、おっぱいが良く出るようになる体操とか、夢子ちゃんにお願いして胸のマッサージなんかもしてもらって」

 ああなるほど、とアリスは納得する。
 それで母は『お茶は薄めでお願い』なんて言っていたわけだ。
 ついでになにか聞き捨てならない事を聞いたような気もするが、まあ深くは追求すまい。夢子姉さんも大変だなあ。

「それで?」
「うん。そしたらね、その……ものすごーく……」
「ものすごーく?」
「沢山おっぱいが出るようになっちゃってね。この子に飲ませただけじゃ全然減らなくて、ちょっと胸が張って辛いの……」
「…………」

 過ぎたるは及ばざるが如し。
 まさにその色見本のような顛末である。
 アリス自身、知識としては知っていた。乳の出が良すぎるとか、なんらかの事情で赤ん坊が乳を飲まないなどといった場合、溜まった母乳で乳房が張り、痛みを伴うことがあると。
 しかし、だからといって、他の人間に乳を吸わせるなどという解決策は聞いたこともない。というか、明らかになにかを間違っていると思う。誠に胡乱で言語道断である。
 アリスが乳飲み子の真似事をするよりも色んな意味でましな方法は、考えればいくらでもあるのではないだろうか? たとえば――、

「そんなの自分で、し、搾ればいいじゃない……」
「まぁ。アリスちゃんも夢子ちゃんと同じこと言うのね」

 母が不満そうに零す。
 つまりこの人は、腹心のメイドにまで『飲め』と迫ったということだろうか。夢子姉さんは本当に大変だなあ。

「それが普通の発想なのっ。……で、搾ったんじゃ駄目なの?」
「駄目ってことはないけどー。でも手で搾るのってけっこう痛いし……」
「そ、それくらい我慢しないと、」
「自分で吸ってみようとも思ったんだけど、うまくいかなかったし」

 やってみたんですか。

「舌の先くらいは届くんだけどね? この、こんな風にして、」
「いいから! 実演しなくていいから! わかった飲みます飲めばいいんでしょっ!!」
「えっ? いいの?」
「――あ、」

 まずい。
 超まずい。
 己の乳首とキスしようとする母の姿を見るに見かね、思い余ってとんでもない事を言ってしまった。

「やったぁ♪」
「いや、あのねお母さん、今のはちょっ――」

 後悔しても、事態は早々に後の祭り。
 必死で訂正しようと両手を迷わせるアリスの前で、母は乳を振り振り猛然と喜ぶ。
 その屈託のない笑顔にかけられる撤回の言葉は、もはやどこにも存在しないように思えた。

「……はぁ」

 がっくり、とアリスの手が落ちる。
 なんというか、負けた気がする。
 こうなっては覚悟を決める他ないのかもしれない。アリスは細く長い溜め息をつき、覇気のない目で母を見つめなおす。

「……ねえ、お母さん。一つ訊きたいんだけど」
「なぁに?」
「夢子姉さんにも、その、の、飲んでもらったの?」
「ううん。お願いはしてみたんだけど、なぜか怒られちゃった。他の子たちにも断られちゃったし、いいって言ってくれたのアリスちゃんだけよ」
「……」

 ものすごく、負けた気がする。


 ◇ ◇ ◇


 屋根の上に見張りを設置。
 マーガトロイド邸を中心とした一帯の森に哨戒部隊を派遣。
 玄関のドアとすべての窓には、魔力鍵による二重錠と耐衝撃防御の術を付与完了。
 それから――上海人形と蓬莱人形には寝室から出ていってもらった。

「さ、アリスちゃん。こっちこっち♪」
「…………はーい……」

 急ピッチで防衛網の展開を終え、寝室へと戻ってきたアリスを、母の弾んだ声が迎える。
 先刻と変わらずベッドに腰掛けていた母は、ぴょこんと尻を浮かせて右にずれると、自分の座っていた場所を喜色満面でぽんぽん叩く。どうしてこの人はこういう事で素直にはしゃげるんだろう、と思う。
 もはやどこにも逃げ場は無いと悟ったアリスは、ふらふらと吸い寄せられるようにその場所へと歩み、母の隣へすとんと腰を落とした。
 無数の人形に守られた家の一室で、ベッドに並ぶ母と娘。
 これから行われるのは、決して、決して、誰にも露見してはならない秘め事だ。
 少なくとも、アリスにとってはそうだ。
 最終防衛措置として自爆用の人形を部屋の四隅に置こうかとも考えたが、たとえ人形といえど、他者の目をこの部屋に存在させたくはなかった。

「ふふ、嬉しいな。アリスちゃんがお願い聞いてくれて」
「……そう」

 ことさらに素っ気ない声で、アリスは応える。
 駄目だ。意識したら駄目だ。
 これはただの親孝行。
 母が苦しんでいるから、それを助けてやるだけのこと。言うなれば『肩たたき』のようなものだ。

「ほらっ、話してないでさっさと済ませよう? の、飲むわよ?」
「うん。それじゃあお願いします」

 神綺は背筋をしゃんと伸ばし、上体をアリスの方へと傾ける。そして軽く着なおしていたローブの襟を再び捲り、露わになった左の乳房に手を添えると、『どうぞ』とばかりに示してきた。

 ――ああ、これは、なんとも。

 もともと標準的なサイズよりもずっと豊かであった母の胸は、溜まっているという母乳のせいか、いまや輪をかけて大きく張っているように見える。その迫力に圧倒されながらも、なるほど確かにこれは辛いかもしれない、とアリスは思った。吸うのもやむなし、と。
 かたたたき。かたたたたき。
 心の中でぶつぶつと唱えながらアリスはゆっくりと前屈みになり、恐る恐る、眼前で揺れる桜色の一点へと唇を寄せていく。

「いっぱい飲んでね」

 先ほど赤ん坊に囁いていたのと寸分変わらぬ言葉をかけられ、ますます情けない気分になる。
 なんだかもう色々と葛藤するのも面倒になり、アリスは意を決して小さく口を開くと、一気に顔を近付けて母の乳首を口に含んだ。

「ん」

 微かな吐息が耳元で漏れる。
 その部分は、硬いような柔らかいような、不思議な弾力を持っていた。指先を咥えた時などとはどこか違う感触。アリスとて経験はあるはずだが、とうに記憶からは失せているのだろう。懐かしさのようなものも感じはしなかった。
 ――だからこの時、アリスに懐かしさを感じさせたのはむしろ、母の匂いだった。幼少の頃、なんの迷いもなく飛び込んでは甘えていた母の懐の記憶が、嗅覚を介して蘇ってくる。
 駄目だ駄目だ。吸い出すことに専念しろ。
 アリスは唇をすぼめ、最初は遠慮がちに、それから徐々に吸う力を強くしてみる。しかし思ったように乳は出ず、ほんの僅か、味も判らないような量が口の中に染み出してくるだけだった。
 はて。

「あのね。吸うだけじゃなくて、ちょっと噛むようにしてみて」

 頭上から助言が降ってきた。
 アリスは少々ためらってから、ぐに、と前歯で軽く乳首を挟み込むようにしてみる。

「うん、そう……んっ……」

 うわぁ。
 先程とは比べ物にならない勢いで乳が出た。
 まるで、小さな果実を噛み潰したようだった。乳房の先端から細い細い線になって噴き出した母乳がアリスの上顎を生暖かく叩き、思わずむせそうになる。
 ぽたぽたと舌の上に垂れ、口中にじんわりと広がる母乳の味。美味い不味いを判ずるような心の余裕はなく、ただ『甘い』とだけ思った。砂糖を入れたミルクティーとは違う、もっと自然でほのかな甘さ。牛乳とは似ても似つかないと感じるのは、温度のせいか、あるいは味自体が実際にかけ離れているのか――。

「うふふ」

 ふと、背中になにかが触れた。
 気が付けば、神綺の両腕がアリスを包み込むように抱いていた。
 アリスは咥えていたものを放し、戸惑いの視線で母を見上げる。

「うん。やっぱりアリスちゃんに会ったらこれがないと駄目ね」
「……な、なに?」
「んー、アリスちゃんのこと抱っこしたかっただけ……」
「したかっただけって、そんな、なんでいきなり今、」
「だって今日は、最初に会ったときには手が塞がってて、できなかったんだもの」
「なっ――」

 背中をさすられながら、思わず硬直する。
 まるで、ついさっき自分が考えていた事を言い当てられたような気がしたから。

「さっきまで、なにか物足りない感じがしてたのよ。抱っこがなくて寂しかったのねー」
「……うぅ」

 母が臆面もなく言うそんな台詞までもが、なんだかこの心を見透かされているようで。
 いやいや違う、とアリスは否定する。自分は別にこうなることを望んでいたわけではない、と。
 しかし本当にそうだろうか? とアリスは自問する。現に今、自分は抵抗一つせずに母の抱擁に甘んじているではないか、と。
 いやあ、これは母が望んでしていることですから、とアリスは反駁する。だってそれを拒絶するのも悪いでしょ? と。
 でも他人の意図は置いといて、いま抱っこされて気持ちいいって思ってるよね? とアリスは巻き返す。
 仮にそうだとしてそれがなにか悪いんですかっ!? とアリス。
 いやいや全然悪くないよ不可抗力だよこんな状況だし、とアリス。
 うん。アリス。
 結論。
 神綺が悪い。
 いつまでも娘にべったりな母が悪い。
 こんなにあったかくていいにおいのする、お母さんが、悪い。

「い、いい加減に、子離れしてよね……」

 でないと、わたしだって、いつまでも――。
 母の服の裾をぎゅっと掴み、自分でも解らないけどなぜか泣き出しそうになる顔を伏せながら、アリスは震える寸前の声を絞り出す。
 神綺は「ん」と応え、しかしなおもアリスを抱く腕は解かぬままに、

「でも、今日はまだ、いいよね」
「――――……」

 背中と頭を撫でられる。
 すべてがどうでもよくなる。
 ああ。
 もう。
 仰るとおり。



 今日は、まだ、いい。



「ね、アリスちゃん。もっと飲んで」
「……うん」

 この日いちばん素直な返事とともに、アリスは再び母の胸へと顔をうずめた。


 ◇ ◇ ◇


「……んっ……」

 静かだった。
 無数の人形と防御結界に護られたマーガトロイド邸の一室で、人目をはばかる赤ん坊ごっこが続いていた。
 ベッドの端に腰掛けたアリスは、同じく隣に座る母の懐に顔をうずめ、それこそ言葉を持たない赤子のように、無言で、ひたむきに、乳を吸い続けていた。

「……ふ……ぁ」

 静かであった。
 持ち前の飲み込みの速さゆえか、あるいは往時の本能を体が思い出したのか、今やアリスの口は母乳を飲むという事に関して十二分に熟達していた。
 吸うだけじゃなくて、噛むように。単に歯と歯で挟み込むよりは、舌も使ってやった方が具合がいい。口中に含んだ乳頭に舌先を添え、持ち上げて前歯の裏側に押し付けながら軽く引っ張るようにしてやると、面白いように乳が出る。
 そうしてアリスが母の胸に溜まっていたモノを吸い出す度に、温くて甘い母乳の味が口の中いっぱいに、

「く……ぅんっ……!」



 ――静かに、して欲しいと、思う。



「お母さん」
「ふ……ぇ……? あっ、は、はいっ!?」

 業を煮やしたアリスの呼び掛けに、神綺がぴょこんと背筋を反らす。
 もう限界だった。
 勘弁して欲しかった。
 唇や舌を動かすごとに耳の間近で漏れる悩ましげな声と熱く湿った吐息は、もはやアリスの努力で無視しきれるものではなかった。
 せっかく、ようやくアリスが、恥も虚勢も忘れて母の胸の中で素直になろうとしていた、そんな時にだ。
 気まずさを通り越し、ある種の怒りすら覚えて母を睨むアリスに、神綺はまるで居眠りを咎められた学徒の如く、なにかを取り繕うように乾いた笑みを返してくる。

「あ、あは。なに? アリスちゃん」
「……」

 なに? と言われても困る。
 むしろ、どういうつもりだと問いたいのはこっちの方だ。
 あろうことか、母がこの授乳行為で、その、感じてしまっている事はどうしようもなく明らかだったが、まさかそれを面と向かって指摘するわけにもいかない。
 まったくどうしてこんな状況に、と神様に文句の一つも言ってやりたい気分だったが、考えてみればその神が問題の当人なのだから始末が悪い。さしあたりアリスは、母にかけるべき言葉を慎重に選ぶしかないのだった。

「……えっと、ね? お母さん」
「う、うん」
「その、もう少し、静かにしてくれると、助かるんだけど」
「そ、そう……よね、うん。ごめんなさい……」

 熱を帯びていた何かが体から抜け出ていくように、神綺がしゅんと俯いて縮こまる。
 つくづく、処置に困る。
 いっそ母がなにか言い訳でもしてくれればこちらとしても喜んで誤魔化されるところなのだが、とことん真っ直ぐな性格の彼女にそういった口八丁はやはり難事であるらしい。こうも素直に恐縮されてはアリスとて返す言葉がなかった。

「ごめんね。ちゃんと静かにするから。我慢するから」
「いや、そもそも我慢とかそういう――」
「だからアリスちゃん、お願い……ね? もっと飲んで欲しいの……」
「でも、その、」
「……」
「わ、解ったから。飲むから。そんな顔しないでよ」
「はーい」

 しょぼくれていた神綺の表情が、『飲むから』の一言であっさりと明るさを取り戻した。
 結局こうなるのか、とアリスは嘆息する。
 これでも常日頃、理性と常識に従って生きているつもりのアリスである。仮に相手が母でなくただの神であったなら、こんな要求は丁重に突っぱねていたと思う。しかし逆に、母が神でなくただの人間だったらと考えると――やっぱり断りきれる気がしない。
 要するに、この人はそういうずるい人なのだった。
 神綺は軽やかにベッドから立ち上がり、アリスの前をくるりと横切って反対側に座りなおすと、「今度はこっちね」と右の乳房を差し出してくる。

「左はもういいの?」
「ええ。おかげさまでだいぶ楽になったわ。アリスちゃんって、おっぱい飲むの上手よね」
「えっ……? は、はぁ。そうなの」
「そうなのよー。赤ちゃんが飲む時とはまたちょっと違う感じなんだけどね。なんていうのかしら、唇とか歯の動かし方が、こう、細やかで……」
「へ、変なこと言わないでよ! 私がまるで、」

 いやらしい吸い方してるみたいじゃない、とは流石に言えなかった。
 釈然としない思いで言葉を詰まらせるアリスの鼻先に、再び母の胸が迫る。
 神綺の言葉どおり、先程までアリスが一生懸命吸っていた左の乳房は、どこか張り詰めた感じがなくなって一回り小さくなったように見える。その先端部が自分の唾液でてらてらと光っているのが無性に恥ずかしくなり、アリスは捲れていた母の肌着をさりげない手つきで引き寄せ、左の乳房を覆った。
 そっと、右の乳に唇を近付けてゆく。
 思えば先刻、赤ん坊が口をつけていた場所だ。
 ははのちちでいもうとと間接キス。
 なんだか頭が痛くなってきた。


 ◇ ◇ ◇


 アリス自身、解ってはいたのだけれど。
 母が物理的に静かになったところで、何が解決するわけでもなかった。

「……、……っ……」

 確かに、声は抑えられていた。辛うじて。
 しかるに、アリスの背中を抱き寄せる母の腕はちょっとした刺激のたびにピクンと震え、あるいはギュッと強張ってアリスを締め付け、彼女が決して無反応になったわけではないという事実を雄弁に物語っていた。
 それどころか、むしろ下手な抑制が内にこもるモノを増大させているのかもしれない。唇に触れる母の柔肌は既にぬくもりという言葉では足りないほどの熱を帯びはじめ、その体臭には次第に汗の臭いが混じってくる。じわじわと充血して確実に硬度を増しつつある先端部は、アリスの歯と舌と唇がもたらす刺激をますます明瞭に母へと伝えているに違いなかった。

「……っ…………」

 粛々と、アリスは続ける。
 母の抑えきれない息遣いも、こう抱き合っていれば否応なく耳に入る。
 ぷっくりとふくれた桜色のその部分に、アリスが込める力は自然と強くなってくる。幾度となく歯で押し潰し、舌でこそぎ、出てきたものを飲み下してもなお存在感を主張し続けるそれは、まるで無尽蔵にジュースが湧く魔法の果実のようだった。

 ――ふと、ずっとアリスを抱き寄せていた母の腕の感触が、背中から離れた。

 かすかに、布の擦れる音。
 母の左手が、シーツを鷲掴みにしてぶるぶると震えている。
 ちらりと見上げる。
 右手できつく口元を覆った母が、眉根を寄せて懸命に声を殺している。

「……ん……、……ンッ……!」

 考えてみれば、気の毒な話なのかもしれない。
 魔界神たる神綺とて、肉体的には若く美しく、少々童顔ではあるが立派に成熟した女性である。細部は違えど、およそ人間と変わらぬ生理的な欲求をその内に抱えているはずだった。
 だが、唯一至高の存在として魔界に君臨する神綺に対等な立場の伴侶がいるはずもなく、そもそも独力で子はおろか万物を創造しうる彼女にはその必要すらない。母の性格から考えれば、彼女が娘の中の誰かに夜伽を命じるなどという事は断じてないだろうし、性欲処理を目的として特別な僕を創るような事もないだろう。たとえそれが容易い事であっても。
 要するに、とアリスは思う。
 下品で下世話な言い方をすれば、母は、ほら、なんというか、溜まっている――のではないだろうか。
 たかがこの程度の刺激で、体に火がついてしまう程に。

「……はっ……ぅ……!」

 加減をして吸ったところで母の反応が鎮まる事はなく、すでにアリスはあれこれ細かく考えることを放棄していた。
 耳元でかすかな音がする。視界の端、母の震える人指し指が、肌着の上から左胸の先端部をなぞっていた。治りかけの傷を弄らずにはいられない時のような、見ているこっちが焦れったくなってくるような、ひどく弱々しい、緩慢な動作で。
 薄手の布をツンと押し上げる突起を、白く細い指先がかりかりと引っ掻く。それに同調して、母の口を塞ぐ手の隙間からフーフーと苦しげな息が漏れる。
 あくまで控えめな母の手つきからは『どうか娘に気付かれませんように』という心算が見て取れたが、さすがにそれは無理じゃないかなとアリスは思う。なにしろこんなにくっついているのだから、気付かない方がどうかしている。

 ――ぷは。

 軽く息継ぎをし、アリスはなおも黙して乳に吸いつく。
 文字通り目と鼻の先で繰り広げられている母の痴態について、特に嫌悪や軽蔑といった感情が湧くことはなかった。
 考えようによっては、ある種の不可抗力なのだと思う。最初からこうなる事が母の目的だったとは思えないし、思いたくもない。そこまで器用な真似ができる母ではないはずだ。
 要するに、この人はただ、本当に素直なだけなのだ。
 娘に対して。
 そして、快楽に対しても。

「……ん、んっ……!」

 固く目を閉じ、必死に嬌声を押し殺し、その一方で娘の唇ばかりか己の指からも快楽を貪って体を震わせる母。
 矛盾だらけで倒錯的、しかしある意味では健気で可憐なその姿を見つめるうちに、母に対する様々な思いがアリスの胸をよぎる。
 まったく仕方のない人。
 それでも大好きな人。
 だから、できる事は、してあげたい人。



 ――肩たたきのようなものだろう、と思う。



 おもむろに。
 半ば無意識のうちに。
 アリスは、母の左手を掴んでいた。

「あっ――」

 アリスにしてみれば今更だが、自慰行為がばれたと思ったのだろう。神綺はこれ以上ない程に驚いた様子でビクンと体を縮こまらせた。
 たちまち、その表情が泣き出しそうなものに変わってゆく。

「あ、う……その……ご、ごめんなさ……!」

 途方に暮れた母の弁明にもならぬ弁明を、アリスはほとんど聞いていなかった。
 無表情で押し黙ったまま、ゆっくりと左手を伸ばし、母の右手首をも同じように捕らえる。

「……えっ、あの……えっ……?」

 困惑した様子で疑問符をいっぱいに浮かべる母に何を言うでもなく、アリスはその無抵抗な両腕を、万歳をさせるのとは逆に、そっと下へおろす。
 いったん手を放し、改めて母と向き合う。
 右胸は露わで、左は薄衣を申し訳程度にまとっただけの無防備な姿。不動の姿勢で怯えた瞳だけを落ち着きなく揺らすその様は、なにやら主人からいかがわしい罰を受けている下女のようでもあった。
 その左のふくらみ、今まで神綺自身の指が弄んでいた場所に、アリスは静かに右手の指を伸ばす。

「やっぱり、声とか、」

 口をついた声は、自分でも驚く程に落ち着いていて、

「――我慢しなくて、いいから」

 きゅうっと、布越しに突起をつまみ上げた。

「ふ……ふぁあぁっ!?」

 果たして母はあられもない声を上げた。アリスの言葉に律儀に従ったわけでもないだろうが。
 その声には、予期せぬ行為に対する驚きと――明らかな悦楽の色が混じっていた。
 アリスは続ける。乳頭部を取り囲むように三本の指を添え、しゅるしゅると軽く擦ってみると、ひぅっ、という息遣いとともに母の胸にさっと鳥肌が浮く。それが寒さや嫌悪感によるものでない事は明白だった。
 試しに、攻める手をぴたりと止めてみる。
 母の両腕は……真っ直ぐに垂れたまま動かない。
 そこに拒絶や抵抗の素振りがないことを確認し、アリスは指の動きを再開しながら、右の乳房へも唇を寄せてゆく。

「……ん……く、ふぅっ……」

 ピンと立った乳頭を、舌先で上下に弾く。
 前歯から奥歯までを代わる代わるに使って、何度も何度も甘噛みする。
 それはどう見ても授乳ではなく愛撫に属する行為であったが、もはや口を挟む者は何処にもいない。アリスは黙って顎と舌を動かし、神綺はそれに身を任せるばかりだった。
 刺激に合わせて、母乳も漏れる。真面目に飲まないものだから、それらはアリスの口の周りを汚し、唾液と混ざり合い、愛撫を通して神綺の乳房にもぺたぺたと付着する。乳首の周囲で濡れ光るそれをくるりと舐め取ると、母の身震いが舌にまで伝わってきた。

「あっ……。や、あ」

 母が身じろぎする。
 じわ、と指先に触れる布の質感が変化する。
 見れば、左胸を覆う肌着の一点、まさにアリスの指が攻め立てているその箇所に、小さな染みが浮かんでいた。こちらもまだまだ出るものは出るらしい。
 ふむ、とアリスは考える。衣服に牛乳はよろしくない。母乳だって同じだろう。
 いたずらに着衣を汚すのは本意ではなかった。アリスはその薄布の濡れた部分を口にくわえ、母の困惑の視線をよそにもごもごと唾液を含ませると、じゅ、と小さな音を立てて吸った。

「ん」

 飲み下す。
 服を染み通った母乳は、さすがにちょっと変な味がした。
 アリスは口を放し、母の左半身を中途半端に覆っていたその肌着を捲りながら、両肩に触れて軽く押してやる。

「あっ……」

 神綺は僅かに戸惑いの声を上げたが、アリスの手に逆らうことなく、ゆっくりと上体を後ろに倒してゆく。
 アリスも腰を上げ、体の向きを変えてベッドに膝を突く。
 ちらりと視線を外すと、枕元では変わらず平穏な様子で赤ん坊が眠っていた。
 妹が眠るのと同じベッドの上に、母の体をそっと横たわらせる。長い髪が下敷きにならぬよう、首に添えていた手で横に払ってやると、真っ白なシーツに水銀を流したような輝きがさらさらと広がる。アリスがひそかに羨む、いつ見ても綺麗な銀髪だった。

 ――ぎし、とベッドが鳴る。

 純白の海に体を預け、両腕を左右に投げ出し、朱に染まった表情で見上げてくる母。
 絡みつく視線を振りほどくようにアリスは顔を伏せ、露わな二つの乳房にそれぞれ手を伸ばす。
 ぎゅ、とボリュームのある脂肪塊を横から鷲掴みにすると、自重で潰れかかっていたそれは重力に逆らって屹立する。人差し指と親指の間からむっちりとはみ出た先端部を口に含み、ゆっくりと揉み込みながら吸ってみると、先程よりもなお激しい勢いで母乳がほとばしった。

「う、あっ、ん、んうぅっ!」

 すっかり性感に身体を支配されているのか、かなり強い力で揉んでいるというのに、母の口から出てくるのは悦びに震える声だけだった。心なしか、口中に感じる乳のぬくもりまでもが熱さを増してきているように思う。
 仰向けに寝そべっているせいで母の胸は呼吸の度に大きく上下し、その荒い息遣いがアリスには文字通り手に取るようにわかる。息を吐き出すタイミングに合わせ、つうっ――と指全体を乳首に滑らせて長い摩擦を与えてやると、母もまた堪らない様子で長く甘い声を上げた。

「はぁ――あっ、あぁぁ――ぁ――……」

 自分は胸だけでこんなに感じることがあるだろうか、とアリスは思う。
 これまで誰かと肌を重ねたことは無く、知識はともかく経験としては自慰をしたことがある程度のアリスであったが、その乏しい性経験から鑑みても、母の反応は上々というより過剰であった。
 これは彼女が特別感じやすいのか、よほど欲求不満だったのか。あるいは先刻の母の言葉どおり、アリスの類稀なテクニックが――いや、深くは考えまい。そんな邪な技能を学んだ覚えはないし、仮に自分がそういう素質を持って生まれのだとしても、それはやっぱりお母さんのせいという事になるわけです。たぶん。

「ふ……ぅあっ! んぁ、あっ、はぁうっ!」

 もやもやと考えながらも、アリスの両手は休むことも容赦もなく母の乳房をぐにぐにと揉みしだく。神綺は髪を振り乱して喘ぎながら己の柔肌の上に母乳を飛び散らせ、アリスはそれらを片っ端からついばんでは舐め取ってゆく。へそにまで飛び込んだ雫を吸うために舌を差し込むと、ひゃあぁ、と甲高い声が上がった。
 そうして揉んだり噛んだり啜ったりを続けていると、やがて母の振る舞いの中に、愛撫に対する反応とは別のものが混じりはじめた。
 どこか赤ん坊がむずかる時と似ているような、切なげにくぐもった声。
 もじもじともどかしそうに擦り合わせられる、左右の太腿。

 その仕草の意味するところに、アリスは気付いた。
 神綺もまた、気付かれたことに気付いた。

「……」
「……」

 娘は見下ろし、母は見上げて。
 しばし、無言で見つめ合う。
 母の熱っぽく潤んだ瞳に浮かぶのは、羞恥と、高揚と――隠しきれない、期待。
 乗りかかった船だった。
 アリスは母を見下ろしたまま、右手をそろそろと後ろへ伸ばしてゆく。
 神綺は動かず、来たるべきなにかに備えるように、左右のシーツをぎゅっと握り締める。
 アリスの細くしなやかな手が、深紅のローブの合わせ目に割って入る。両腿の間の湿った空気を指先に感じながら、アリスは脚の付け根へと手を滑らせ、

「うわ……」

 ぬるぬるだった。

 一体いつから濡らしていたのか、母のそこはすでに粘性の蜜で溢れかえり、腿の内側までもが広くじっとりと湿っていた。
 さらに指を探らせてみる。目にせずとも、感触だけではっきりと判ってしまう。下着はクロッチの部分を中心とした一帯がひたひたに濡れそぼり、もはや視覚的な意味で局部を覆う役目を果たしていない事は想像に難くない。
 その、最も熱い中心部へと軽く中指を沈み込ませてみると、母は電撃にでも打たれたように背筋を反らせた。

「――ひっ! ぅんっ!」

 今さら馬鹿げた道義観念というべきだろうか。母のそこを直接見たり触れたりすることにはためらいがあった。アリスは快楽にむせぶ母の顔を見下ろしたまま、ショーツの上から片手だけの愛撫を続ける。
 割れ目にそって指の腹を上下に滑らせ、秘唇全体にべったりと下着を張り付かせると、布越しであるのをいいことに、乱暴に爪を立ててがりがりと肉壁をこそぐ。

「ひぃ、あ、んあっ、んああぁあぁっ!」

 きゅんと膣が収縮し、食い込んだ下着もろともにアリスの指を締め付ける。
 ベッドからはみ出ている母の膝から下が、宙に持ち上がってビクビクと痙攣している。
 緩急をつけて指を動かしながらアリスは身を屈め、乳房にも再び舌を這わせ始める。空いた左手をなんとなく母の右手に触れさせてみると、母は飢えたように指を絡めてきた。

「――く、あぁっ!?」

 親指が捕らえた。
 秘裂の上。布越しにも確かな感触を持つ、小さなしこり。
 ぷくりと膨らんだそれを捏ねるようにしながら押し込んでゆくと、ぐちぐちと水っぽい音が響き――たちまち母の嬌声にかき消された。

「あひぃっ、おっ、ひぃぃぃいっ!」

 暑い。
 さっきからやけに蒸し暑い。
 たちこめる愛液の匂いは、アリス自身のそれに酷似していた。
 親子だからって、なにもこんな所で似なくても――。アリスは漠然としたなにかに呆れ返りながら、自慰に耽るときの己を想起して指の動きを変化させてゆく。
 親指と薬指で、ショーツの両脇から秘裂を左右に割り広げる。充血しきった陰核の下半分が下着の中で露わになり、当て布の一部をぽつんと押し上げる。
 アリスはそこへ人差し指をあてがい、かりっ……と引っ掻いた。

「ひっ」

 かりっ……もう一度。
 今度は中指で。

「あ――、あっ――」

 かり、かり、かりかりかりかり。
 人差し指で。中指で。交互に、休みなしに、小さな突起を弾く。
 アリスが履いたままする時の、これが、最後の一手だった。

「いっ、ひぃっ、ひぃあっ、あ、あぁっあぁあぁっ!」

 快楽を消化しきれぬままに次の快楽を与えられ、それがどんどん積み重なって、見る間に神綺を絶頂へと押し上げてゆく。
 愛液の量とぬめりは更に増してゆき、忙しく往復する二本の指に絡み付いて泡を立てる。幾度目かの往復で陰核の皮が完全に剥け、身体中で最も敏感な場所をショーツの裏地が連続して擦り上げた。

「ひっ――――、はっ――――、ひっ――――!」

 人形遣いの指先が、限界まで速くなる。
 生ずる運動はすでに摩擦というよりも振動に近い。
 もはや声にすらならない引き攣った息遣いとともに、母の顎と背中が限界まで仰け反った。

「んっ――――ぉ――――っ――――……」

 母の腰が跳ね、愛液まみれのショーツがぐちゃりとアリスの手に叩きつけられる。
 直後、布越しに感じる、ぶるぶると何かが暴れるような感触。熱くさらさらとした液体がどっぷりと滲み出てきて、アリスの手をびしょびしょに浸す。
 どうやら下着の中で噴いたらしい。

「……ふぅ……」

 手を止める。
 体を起こし、膝立ちになってベッドを見下ろす。
 くしゃくしゃのシーツに横たわった母が、荒く湿った呼吸を繰り返しながら、ひくん、ひくん、と断続的に全身を震わせている。意識してかしないでか、その目元は左腕で覆われ、表情を窺い知ることはできない。ずっとアリスと繋いでいた右手が脱力しきった様子でほどけ、ずるりとベッドに落ちた。
 そんな、母のまぎれもない絶頂の一部始終を、アリスは見届けたのだった。

 ――お母さんを、いかせちゃった。

 ぽたり、と指先から愛液が垂れ、アリスは改めてそう認識する。
 禁忌だの背徳だの、親子の一線が云々だの、そういった感傷はさほど涌きもしなかった。
 これは、なんというか、そういう事ではないのだ。
 言ってみれば――そう、女友達同士の悪ふざけがちょっとばかりエスカレートしてしまったような、そういうノリの事象なのだと思う。そのあたりの認識については母も同じであるはずだ。たぶん。

「…………ん、ぁ……」

 神綺が動く。
 絶頂の余韻からどうにか半分くらいは覚めた様子で、惚けた呻き声とともにぐにゃりと手足を動かす。
 とりあえず母にどう接すればいいのか判らず、アリスは思わず後ずさりしてベッドから降りる。神綺は仰向けに横たわったままのろのろと首を動かして左右を見回し、やがてその視線がベッド脇に立ち尽くすアリスを捉えた。

 ――――……。

 目が合った途端、神綺は固まった。
 アリスも、押し黙るしかなかった。
 不動と沈黙の数秒後、なにかが決壊した。凍りついていた神綺の表情がみるみるうちに熱を帯び、朱に染まり、その瞳が逃げるように横に逸れて、

「…………はぅ……」

 手近なシーツをわしゃわしゃと掻き集めたかと思うと、母はそこに顔を突っ込んで動かなくなってしまった。
 事が済んでからそれですか、お母様――。
 この期に及んで普通に恥じ入る母にいささか呆れ、処置に困るアリスだったが、いつもと変わらぬ母のその素朴な振る舞いには少し安心させられた気分でもあった。
 さて、とアリスは思考を切り替える。
 いつまでもこのままというわけにはいくまい。ベッドのシーツも母の服もかなりアレなことになっている。母がおとなしくしてくれているうちに、まずは洗濯の準備。それと、風呂はすぐにでも沸かした方がいいだろう。人形による厳戒警備はもうしばらく続けておくとして、それから――、

「!」

 黙考しながら視線をさまよわせていたアリスが、ぎくりとして固まった。
 ベッドの片隅の『それ』を見たのだ。
 というか、見られていたのだ。
 己の指で母を攻め立てている間、ほとんど意識の埒外にあった枕元の一画。そこには、まんまるな黒目をぱっちりと開き、不思議そうな顔をしてじっとアリスを見上げる赤ん坊がいた。

 ――情事を見咎められた間男の気持ちが、少しだけ解ってしまった。

 いつから起きていたのか?
 どこからどこまで見ていたのか?
 そう問いたくとも言葉の通じる相手ではなく、アリスはなおも動かぬ赤ん坊の瞳に捉えられたまま立ちすくむ。

「お、お母さん。起きてる。あの子起きてる」
「……ふぇっ?」

 こういう時は母親だ。とにかく。
 アリスのあたふたとした呼び掛けに、神綺はシーツの塊から顔を上げて枕元を見やる。

「あ、あら……あらあら。ごめんね。お母さんがうるさくしてたから目が覚めちゃったのかな?」

 よくよく考えると相当に恥ずかしい事実を懺悔しながら、神綺が赤ん坊へと腕を伸ばす。
 赤ん坊は特に機嫌を損ねている風もなく、アリスに注いでいた視線をついと外して母の方を見ると、ほのかな笑みを浮かべながらその手にじゃれつき始めた。
 凝視の呪縛が解け、アリスはくるりと転じてベッドに背を向ける。

 ――あの、目。

 頭を振る。
 赤ん坊の、あの不思議なものを見るような表情が、まだ脳裏に残っている。
 やはり見られていたのか。

「うぅ」

 しかし。だがしかし。
 よしんば行為の一部を見られていたとしても、幼い彼女にその意味が理解できるはずもなし。
 それに、どのみちすぐに忘れてしまうことだろう――。
 そう思った。
 そう、思っておくことにした。

「なにか、拭くもの持ってくるから」

 背後の母にそう言い置き、アリスは逃げるようにベッドから離れた。
 努めて自然に振る舞い、普段どおりの何気ない所作でドアに手を伸ばす。ノブに触れる寸前、右手がべっとりと濡れていることに気付き、慌てて左手を差し出した。
 ばたん。
 背中でドアを閉める。
 ある種の異常な空間から抜け出し、アリスは廊下で一人、溜め息をついた。
 ええと、それでなんだっけ。ああ、そう。あれこれ始める前に、まず手を洗わなくては――。

「……」

 右手。
 眼前に持ち上げて、じっと見る。
 掌が。
 手の甲が。
 指という指が。
 母の愛液で、ぬらぬらと濡れ光っている。

「……」

 見つめて、数秒後。
 好奇心に押され、人差し指と中指の先を、ちゅぷ、と口に含む。
 自分のもこんな味がするのか、と思った。












 ◇ ◇ ◇


「あぁんアリスちゃんお久しぶり! 会いたかったわー」
「い、いらっしゃい……」

 あれからまた、しばしの時が流れて。
 見違えるように大きくなった赤ん坊を抱え、神綺は再びマーガトロイド邸にやって来た。
 前回の諸々の痴情を思い出し、よもや気まずい事になりはしないかと身構えていたアリスだったが、天真爛漫な母が醸し出す『あいもかわらず』な空気はあまりに磐石で、そんな懸念はすぐに失せてしまった。

「あのね、この子ね、ちょっとだけ喋れるようになったのよ! この前初めて『まま』って呼んでくれたの! それで昨日なんかね――」

 勢い込んで我が子の成長を捲し立てる母。
 聞けば、『まま』だの『ゆめこ』だの『おっぱい』だの、いくつかの単語を口にするようになったのだという。

「今日はアリスちゃんの名前も言えるようになろうねー♪ ほらっ、アリスお姉ちゃんよ。覚えてるかな?」

 神綺が楽しげにくるりと回り、抱いていた赤ん坊をアリスの方に振り向ける。
 赤ん坊は、眠ってはいなかった。
 その小さな顔が間近でアリスと対面すると、すぐにじっと見つめてくる。

「ご、ごきげんよう」

 いささか緊張しながら――思えば初めて、アリスは妹に声をかけた。
 ところが赤ん坊は、挨拶の方にはてんで反応せず、まんまるな黒目をぱっちりと開いてアリスの顔を凝視するばかりであった。

「あー……、えっと……」

 反応に困るアリスに、赤ん坊はなおも真摯に視線を注ぐ。
 そこには、初めて見るものに対する興味とはどこか違うような、なにかを一生懸命に思い出そうとしているかのような、そんな気配があった。
 なんだか、とても嫌な予感がする。

「あ、あはは。駄目みたいねお母さん。やっぱりこの子、私の事なんて覚えてな――」

 場の空気に耐えかねたアリスが、乾いた笑いでお茶を濁そうとした、その時だった。
 赤ん坊が、納得のいく解答に至ったかのようにスッキリと表情を輝かせ、こう言った。

「ぱぱ」









「………………は?」

 すいませんもう一度言ってみて下さい。いややっぱりいいですごめんなさいやめて。
 そんなアリスの思考などお構いなしに、赤ん坊はもう一度言った。
 ぱぱ、と。

「なっ、ぱ、ちょっ、」

 待て。パパない。パパ違う。
 狼狽のあまり言葉が出ないアリス。
 一体全体、赤ん坊がアリスの事をどんな風に覚えており、どんな解釈を経て『ぱぱ』などという結論に至ったのか――。
 そんな事は考えたくもなかった。

「ち、違うでしょ~。私はアリスよ、ア・リ・ス。ねっ?」
「あぃす、ぱぱ」
「ちっが――――――う!!」
「あら。あらあら」

 魔法の森にアリスの慟哭が響き渡る。
 母の方はといえば、やはり我が子の予期せぬ発言に顔を赤らめてはいるのだが、同時にちょっと嬉しそうなのが理解できない。

「お、お母さん。落ち着いてないでなんとかしてよ」
「まあまあ、そんなに騒がなくてもいいじゃないの。あ・な・た♪」
「あな、」

 待て。
 ホントに待て。

「ちょっと、やめてよお母さんまで! この子が変な覚え方したらどうするのよ!?」
「だって、一度言ってみたかったんだもん」
「そういう問題じゃないっ!」
「ほら、三つ子の魂百までっていうじゃない? だから三歳までに訂正すれば大丈夫よ」
「いや絶対その解釈間違ってるから!」

 家族が増えるって大変――。
 心底そう思うアリスの前で、赤ん坊と笑顔を見せ合いながらくるくると踊る母。
 その胸は、今日もまた随分と張っていた。

「あなたー♪」
「ぱぱー☆」
「やめてー」

~おわり~
いわゆるひとつの親孝行ネチョ。

言ってしまえば近親相姦ものですが、禁忌だの背徳だのといった面を強調するわけではなく、かといって当たり前のようにエロに耽るような爛れた関係でもなく、あくまで『母と娘』という立ち位置を崩さないのが今回のコンセプト。
親子ならではの温もりと緩さを盛り込んだ、湯豆腐のような味わいのネチョを目指しました。
娘の前ではとことん素直、快楽に対してはかなり正直、でも淫乱とはちょっと違う。そんな神綺様を描きたかった。

ちなみに近年の研究によれば、赤ん坊ってのは、言葉も話せないうちから見聞きしたものをかなりの程度で理解しているそうです。
気を付けましょうね。

ここまで読んで下さった皆様。
特に、神綺様の二次作品に飢えておいでの同志諸兄。
お楽しみ頂ければ幸いです。
監督
http://sichirin.blog45.fc2.com/
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
すっごく面白かった
あったかい空気にほんわかドキドキしつつ、小ネタで笑いつつ。
特に最後、盛大に噴いたwwww
2.名前が無い程度の能力削除
ひゃああああ、すばらしすぎる……!神綺様に授乳してもらいたいです。
もう幸せがこれでもかというくらいに伝わってきました。

神綺様大好きな私には最高のSSでした。なんかもうありがとうございました。
3.名前が無い程度の能力削除
ぱぱwwwww

牛乳噴いた。
4.名前が無い程度の能力削除
うわ、もう、もうーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!



畜生神綺さまのお胸に吸いつきてぇ
5.RA削除
神綺様に飢えていました。ありがとうございます。
やっぱり神綺様はおっきいおっぱいだ。
6.名前が無い程度の能力削除
すごくよかった。感想が月並みで申し訳ないけれど。
親子いいなあ。
7.名前が無い程度の能力削除
笑いつつ、あったかくなりつつ。
神綺様が可愛過ぎますw
そしてトドメのパパw
ありがとうございましたっ。
8.JENO削除
この三人もうだめだwww
9.名前が無い程度の能力削除
アリスパパはもう開き直って神綺ママを娶っちゃえばいいと思うよー
10.名前が無い程度の能力削除
『いやいや、姉? 騒霊の暗いのとか、紅いお屋敷のちびっ子とか、地底の嫌われ者とか、そういう類のアレ?』

なんか忘れてる気が…
うん、気のせいだね♪
11.名前の無いままで削除
あかちゃんはどうやって創るの?なんて訊いたらとんでもない答えが返ってきそうな神綺様ですな。
きっと、「ぱぱ」という言葉を赤ちゃんに意識させるくらいにはネチョいことしてるはずです。
しいていうなら、アリスの周りの神綺様に一番近いm、なにぃ……魅魔さまだとっ……!!
ずっと溜まってたものを発散させてもらったり、「赤ちゃんに名前をつけて」といってみたり、
はなっからアリスちゃんを誘惑する気マンマンじゃないかと、うがった見方をついしてしまいました。
12.名前が無い程度の能力削除
当事者たちは思ってないのに勝手にものすごい背徳を感じてしまった
ものすごいえろを感じた
13.性欲を持て余す程度の能力削除
これは傑作