真・東方夜伽話

eraudon15

2010/04/12 02:44:35
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eraudon15

紺菜

 がりがりと扉を引っかく。
 爪を失っても引っかき続ける。
 両手の指から全ての爪が剥がれても、血が滴たり指先が潰れても、扉を引っかき続ける。

 痛い。
 痛い。
 痛い。

 指が痛い。
 ――指先から削れていく。

 胸が痛い。
 ――親指ほどの穴が開いている。

 生きているのが痛い。
 ――死が目前に迫っている。

 残った僅かな寿命を痛みに浪費し、致命傷の身体を動かし続ける。
 血と死の味で満ちた口から、舌をもつれさせて哀願している。
 それはまるで呪詛のように耳に染み込んできた。

「行かないで行かないで行かないで行かないで」

 願いは届かない。
 判っていても身体は動く。
 動くから、残された時間を徒労に費やしている。

「行かないで行かないで行かないで行かないで」

 ぼりぼりぼりと指先が削れる。
 扉は初めから赤かったように染まっていく。
 足元には流れ出た命が冷えて溜まっていく。

「行かないで行かないで行かないで行かないで」

 それは致命傷を負った者が見せる最期の嘆き。
 すがるものを探す寄る辺無き者。
 孤独な死体になる寸前のもの。

「行かないで行かないで行かないで行かないで」

 痛い。
 痛い。
 痛いから。

「行かないで行かないで行かないで行かないで」

 苦しい。
 苦しい。
 苦しいの。

「いかないでいかないでいかないでいかないで」

 やめて。
 やめて。
 もうやめて。

「いかないでいかないでおいていかないで嫌っ! もう聞きたくない! 」

 叫んだ拍子に、ふっとろうそくの火が吹き消されるように、誰かの命が潰えた。






「はっ」

 空気を吸い込んだ瞬間、呼吸も出来ないほど胸の奥が激しく痛んだ。

「は、はっ、はっ!」

 空気を吐く。
 吐き出す。
 吸い込めない。
 胸が痛い。
 胸に何かが刺さってる。
 背中まで貫いてる。
 痛む胸を押さえられない。
 手が、指が痛い。
 指の先がなくなってる。
 爪ごと指先が摩り下ろされて削れてしまってる。
 痛い、痛い、痛い!

 私はただ痛みに突き動かされて無茶苦茶に暴れのた打ち回った。
 痛みが全身に塗りたくられ、練り込まれていく感じ。
 身体はとうにぐちゃぐちゃで、頭も胴も手足も区別がつかないくらい混濁してしまっているのに、痛みだけが鮮烈に責め苛み続ける。
 まるで苦しむ為だけに生きているようなこの責め苦。
 いつになったら終わるのか、いつまで私の正気が保つのか、ただ悲鳴を上げて身悶えた。

 ひねって絞られそのまま引きちぎられそうな意識の中で、

 ああ、そうだ。
 ハンバーグ。

 私は挽肉を捏ねて作る料理を脈絡もなく連想していた。

 千切って混ぜてこねられて。
 あれでも生きていられたら。
 こういう痛みなのかもしれない。



 気がついた時、私は座り込んでいた。
 多分、痛みの余り気絶していたんだと思う。
 それくらい唐突に、時間の感覚がぶつ切りにされてしまっていた。

「はっ、あっ、かはっ、あっ」

 呼吸するだけで恐々とする。
 息を吸い込んだ拍子に、あの狂いそうな痛みが戻ってくるんじゃないかと、何度も咽喉をつっかえさせて空気を吸い込む。
 全身から噴き出した汗で、衣服も下着も身体に引っ付いてて気持ち悪い。
 まだ胸と指先に痛みの余韻が残っている。
 それが熱を持っているだけなんだと気がついたのは、身体が凍りついたように冷え切っていたからだった。

 冷えているのだと判ったのは、温かいものに包まれていたから。

「はぐっ、は、ひっ……は…はぁ…はぁー……」

 少し硬くて温かいものに包まれていると、少しずつ心が落ち着いてきた。
 すぐ側から、とても優しい音が聞こえてきたから。

 とんとん、とくとく、とんとんとん。

 耳に染み入るようなその音。
 小さくて、けれど確かに私の身体に伝わり聞こえてくる。

 とんとん、とくとく、とんとんとん。

 私は温もりに包まれて音と一つになっていく。
 なんだか懐かしくて、聞いている内に私の目から涙がこぼれ落ちた。

 とんとん、とくとく、とんとんとん。

 これって。

 どうして泣いているのか判らなかったけれど。

 心臓の音。

 ずっとずっと昔、私が暗闇の中で温もりに包まれて聞いていた音だと思い出した。

「……」

 ぽろぽろとこぼれ落ちる涙は滴り続け止められなかったけれど、痛みの余韻は消えていた。
 指も胸も痛まない。
 呼吸をする事が怖くなったりしない。
 心音に耳を澄ませているだけで、得体の知れない不安も恐怖も溶けてなくなってしまった。

 涙を拭うよりも、何が起きたのかを知るよりも、この温もりに包まれて鼓動に耳を傾けていたかった。

「レイセン」

 頭のすぐ上で声が聞こえて、するっと何かが伸びてきた。
 私の濡れた目元を優しく撫でていく。

「落ち着いた?」

 しっかりと私を包む感触。
 人肌の温もり。
 硬くてしっかりとしたその形を手探りに確かめて、私を抱き締めているのが誰なのか知った。

「私――」

 意識が鮮明になって、色々な事が一度に甦った。

 そうだ。
 ご主人様の寝床に潜り込んだんだ。
 薬を飲んで。
 だとしたらあれは夢?
 ご主人様のベッドで暴れたりして。
 今は夜?
 それとも朝?
 コーヒー淹れないと。

 記憶と疑問と習慣がごっちゃになって、上手く言葉に出来ない。

「私、私は……」

 何かを言おうとして、言葉に出来ないのがもどかしい。

「いいよ」

 混乱する私に、ご主人様は何も訊かなかった。

「いいから。もう少しこのままで」

 このまま。
 抱き締められて、この懐かしい音に耳を澄ませたままでいる。

「……はい」 

 小さく頷いて、私はその言葉に従った。

 とんとん、とくとく、とんとんとん。

 私はベッドの上で、ご主人様の胸の奥から聞こえてくる穏やかな鼓動に寄り添った。



「夢?」

「……はい」

 部屋にコーヒーの香りが漂う頃には、私は自分を取り戻していた。

「そりゃまた、随分豪快な夢にうなされたみてぇだね」

 咽喉の奥を引きつらせるような独特の声で、椅子に座ったご主人様が笑った。
 落ち着いてからご主人様の姿を見ると、なんと言うか。
 ぼこぼこになっていた。

 顔には痣や引っ掻き傷を作り、胸元がはだけているのも襟が破れかけているからで、その奥から蚯蚓腫れが覗いている。
 夢にうなされるまま無我夢中に暴れ回って、私がそんな姿にしてしまった。

 それなのにご主人様は笑って顎を撫でていた。
 縦に赤く割れた唇を舐めて、湯気の立つコーヒーを平然と飲んでいる。
 しみないんだろうか。

「どんな怖い夢にうなされたの?」

「それは……」

 私を襲ったあの感覚を言葉にするのは難しい。
 何より、怖い。
 発作的に痛みがぶり返すんじゃないかって。
 唐突に消え去った時のように、忽然と戻ってくるんじゃないかと思うと、どうしても言葉にするのが躊躇われた。

「……」

 私は手元のカップに視線を落としたまま黙り込み、部屋の中にコーヒーを啜る音だけが耳についた。

「冷めるよ」

 ご主人様が口を開く。

「飲んだら?」

 手元を指差し勧められ、私はカップの中身とご主人様を見比べる。
 このコーヒーを淹れたのはご主人様で、前髪に絡むすっかり嗅ぎ慣れたはずの香りは、どこかいつもと違うように感じられる。
 コーヒーを淹れるようになる前、初めて口にした時のあの香り。
 
 促されるままに、カップに口をつける。
 一口含むだけで、漂っていた香りが口の中いっぱいに広がる。
 甘くて柔らかい口当たりの後に、酸味が少しだけ残った。

「美味い?」

「美味しい、です」

 口をつけるたび、温もりが私の身体のどこかに残っていた凍えを解かしていく気がした。

「たまにゃカフェオレも悪くないね。レイセンが淹れてくれたのにゃ負けるけど」 

「そんな」

 私の分もあらかじめミルクと砂糖が入れられていて、カフェオレになっていた。
 コーヒー独特の酸味が未だに馴染めない私は、ご主人様のように生のままで飲み干すというのは出来なくて、いつも自分の分にたっぷりのミルクを入れている。
 酸味を気にせずに飲めたのはたった二度きり。
 不思議な魔法を掛けてくれた、あの美味しいコーヒー。

「私の、目標なんです。ご主人様のあの味」

 私がコーヒーを淹れるのは、あの時の味をこの手で作ってみたいから、なのかも知れない。

「そりゃ光栄。っても、残念ながら淹れ方とかは参考にならないかな。俺のは適当だからねぇ」

 用意してあるものを無作為に選んで、さらにその時の気分でブレンドしたりしなかったりするのだと、ご主人様は笑いながら答えた。
 だから同じ味を作ろうにも、ご主人様自身再現のしようがないそうだ。

「ご主人様……時々言わなくていい事まで言ってる気がします」

「一言多いって? たは。返す言葉もないね」

「もっと落ち着いた方が素敵だと思います」

「口を閉じてりゃいい男? 年甲斐もなく餓鬼っぽい? てめぇの年齢考えろよこのジジイが?」

「そ、そこまで言いませんけど……」

「ちょっと思った? 思ったよね? 思ったから落ち着けって言ったんだよね?」

「……ご主人様、歳幾つなんですか」

「永遠の一七歳!」

「せめて成人して下さいよ……」

「今時、一七にもなれば餓鬼は作るわハッカはやるわ盗んだバイクで走り出して轢くんだぜ? 犬とか猫とか人とか」

「えぇと、要するにどういう事ですか?」

「ざまぁみろって事」

 コーヒーの話題だったはずなのに、私には良く判らない事も交えてくるくると目まぐるしく変わっていく。
 それがどういう事なのか、私にも今は判る。
 冷めるからと促された時から、気がついている。
 気がついていて、こうして振り回されていた。

「で。俺の事いつまで経っても餓鬼っぽいって思ったんだよね?」

「ご主人様は、二言以上多いです」

 答え難い話題から逸らされている。
 私を襲った悪夢から話題を遠ざけて、軽薄な軽快さで誤魔化そうとしている。
 私が本気で嫌な事は、根掘り葉掘り聞き出そうとはしてこなかった。

 私自身、ご主人様と同じように夢の話題を避けていた。
 私が見たあの夢――思い出したくもないひどい内容だったという事も勿論あるけれど。

 師匠から渡された薬を飲んで見たものがあれなら。
 私を打ちのめしたのはこの人が見た夢で。
 真っ赤に彩られたあの苦痛を、同じように感じたはずなのに。

「お喋りな男は嫌いですか。そうデスカ。レイセンはむっつり野郎がいいなんて。俺頑張るよ。オープンスケベからむっつりスケベになるよ」

「……そういう意味じゃないです」

 どうしてこの人は、平然と笑っていられるんだろう?

『夢はもう一人の自分が見る現実――』

 耳の奥で師匠の言葉が甦る。

『夢が楽しく、良いものであればその分現実にも作用する――』

 師匠が誤った判断を下したりするはずがない。

 じゃあ。
 あの悪夢はどんな影響をご主人様に与えたんだろう。

「あの、ご主人様」

「ん?」

 今もいつも通りに振る舞うご主人様の笑顔の奥で、一体何が起きているんだろう。

「……何でもないです」

「そう。あ、話は変わるんだけどさ、レイセンにいっこ頼み事があんだけど」

「えぇと、はい。私に出来る事なら――」

 私は夢を盗み見している後ろめたさから何も言い出せずに、人懐っこい笑みを浮かべるご主人様に頷いた。



xxx  xxx



「私は輝夜。蓬莱山輝夜」

 私はまず、目の前の男に名乗った。
 男は椅子を前後逆にして、背もたれにだらしなく乗りかかるようにして座ってじっと私を見つめている。
 顔に痣や引っ掻き傷を作った、下品なほどけばけばしい赤い衣を身に着けている男だった。

「……名乗った私に名乗り返さないことに対して、私は怒っていない」

 しばらくの沈黙を挟んで、私は言葉を続けた。

「私をこの粗末な部屋に連れ込み、私の力を封じ、私の自由を奪うだなんて虚言というよりも妄言にしか聞こえないのだけれど。
 そんな話を聞かされたことに対しても怒ってはいない」

 目覚めた私に男が聞かせた現在の状況とやらを思い出し、口元に笑みを浮かべることすら出来た。
 一〇〇〇年の退屈を隔てて訪れたものがこんなことだったなんて。
 永遠亭でそっと潜み過ごしていた日々からは思いも寄らないことが起きたもの。
 まるで地上人が月に攻め込んだと、一匹のイナバから聞かされた時のようだ。

「さて。本来なら偶さかに訪れるお客様を招く立場である私が、招かれることになるとは考えたこともなかったのだけれど。
 蓬莱山輝夜を、どうもてなしてくれるのかしら?」

 私の言葉に対して、男は何の反応も見せなかった。

 男は私に今の状況とやらを述べてから、一言も口を利こうとしない。
 じっと私を凝視している。
 黒い瞳は何の感情も発さず、剥製の置物のようだ。
 少なくとも姿を見せるなり突然襲い掛かってくることはなかったけれど、だからといって何の慰めにもなりはしなかった。

 男のあまりの黙殺振りに、心の広い私も流石にいささか憤りを感じ始めてはいた。
 けれどそれを大らかに受け止めるのが高貴たるの者の証。
 下々の者が考えることなど私には判らないし、成すことに一々目くじらを立てていると身がもたない。
 そもそも人目のつかない山奥に篭ったのも、そういった煩わしい雑音から遠ざかるためでもあったのだし。

「私の言葉が聞こえない聾唖なのかしら? それとも言葉も解さない獣?」

 私の悪態にも、男はさらに沈黙を被せることしばし。

「かぐや」

 私の名を口に挙げた。

「名乗りはしたけれど、名を呼ぶ許しまで与えた覚えはないわ。下郎」

 ようやく身体を起こして口を利いた男に向かって吐き捨てた。

「今すぐこの馬鹿げた結界を解いて――結界なの? まあいいわ。
 泣き叫んで床に額を擦り付けるなら、寛大な心を持った処遇を与えると約束しましょう」

 最大限譲歩した私の提案に、男は口元を歪めて笑った。

「出会い頭に慈悲まで頂きどーも。慈悲ついでに、寛大な心を持った処置って内容を、是非とも目の前の下郎にお聞きかせ願いませんかね?」

 男はこれまでのだんまりから打って変わり、饒舌に舌を滑らせた。
 へりくだるような口振りではあったが、口元に貼りついた軽薄な形を見れば、私の名に敬意も畏敬も抱いていないことは明白だった。

「提案に質問を返す不遜に対しても、私は怒っていない。
 そうですね。今なら楽に死なせてあげる程度で済ませます」

 こちらもわざと丁寧な言葉遣いで返して、口元の微笑みは袖で隠した。
 図々しい諧謔に乗ってあげることはやぶさかではなかったけれど、有象無象に微笑みかけるほど私は安くはない。

「殺してやるから自由にしろって?」

「今すぐ、直ちに。あなたが選び取れる最良の選択であり、私が示せる最大限の慈悲。理解したかしら?」

「頭の悪い俺でも理解出来ましたよ」

 がりがりと髪を乱雑に掻き乱して、指に絡んだ毛を数本ふっと息を吹きかけて飛ばす。

「それはまあ、なんて言うかさ。無理な相談って奴ですよ?」

「私の知る人間は、誰も彼も色欲と虚栄心の塊のような者たちばかりだったけれど……少なくとも過程を見過ごすほど道を違えてはいなかったわよ?
 愚かな選択をしたと後悔することになるでしょう」

 諦める事なく残った五人の公達たちも、私の出した難題に対して答えようとした。
 無理無体にさらって手篭めにしようなどとはしなかった。

 穢れてはいたものの、己の分というものは弁えていた。
 だからこそ私は誰の物にもならずに今もこの地上にいる。
 私を所有する者は、私ただ一人きりだ。

「まるで賢明な選択肢とやらが存在する口振りだね」

「それをたった今自ら手放した者が言うのね」

 私が揶揄を返すと、男の口元はますます吊り上り濃厚な嘲りを浮かべた。

「どこでどう育てられたのか知らねぇけど、お姫さま。人間ってのはこれまでも、今も、これからも、どうやったって愚かなんだよ」

 ……へぇ。

 それがただの軽口だったのか悟り得た真実なのかは定かではないが、奇しくも男の答えは私が抱く印象と変わらなかった。

「その中でも特別に愚かな人間なのね」

「お褒めに与り恐悦至極」

 私の感嘆を揶揄と受け取ったのか、男は慇懃に受け答えた。
 無礼なのは目が覚めた直後から知っていたので、今更言うまでもなかった。

「いくら話しても平行線ということね」

「生憎ね。言葉が通じないのさ。だったら古式ゆかしい因習に則って、暴力でケリをつけるしかない。いつだってそうしてきた。これからだって変わりゃしないさ。
 より効率的にシステム化されていくだけって話」

 月を訪れるだけの科学力を得て尚、その本質は今も同じ。
 一〇〇〇年の時を重ねても、月の都からの使者に対して武力に頼った帝と変わらない。
 地上の人間は野蛮で無知だ。

「いつまで経っても変わらない……進展も進歩もなく停滞したまま」

「限界はとっくに来ちまってて、後はどれだけ長引かせるかってだけ」

「私は終焉をも見届ける者。蓬莱山輝夜よ」

「今は死なねぇだけのただの小娘さ」

 男はゆらりと立ち上がり、私の身体が緊張に強張るのが判った。
 今まで意識することのなかった目線の高さが驚くほど昇り、高みから黒い瞳が見下ろしてくる。
 目に余る無礼さにばかり気を取られていた。
 男を相手にこれほどの距離で言葉を交わしたこともなければ、視線を重ねあうことすらなかった。

 立ち上がった男の外套から覗く二の腕は太く、指は節くれだっている。
 口元には粗野で下品な感情そのままの笑みが浮かび上がり、ひび割れた唇の表面は乾いて硬そうだ。
 全身から漂わせているその好色を、かつて目にした公達たちは巧みに覆い隠し、一枚の御簾によって隔てられてきた。

 いえ、一度。
 ただ一度だけ。

 古い記憶が私の中から呼び起こされる。
 狩りの最中を装い讃岐翁の屋敷を訪れた帝に、姿を見られてしまったあの胸の内。
 剥き出しの男というものを見せつけられて、私は地上で初めて月の民として力を用いて、反射的に姿を隠した。

 あの時の疼きを、確かに感じた。

 凝視したまま視線を離せなくなった私に、男の薄い唇に亀裂が走った。
 舌は赤く血塗れた肉のように、歯は白く剥き身の骨のように。
 それは太刀で割られた――死に至る傷跡のような笑みだった。

「怖がるな。何もしやしねぇひっ」

 口から覗かせた舌で割れた唇を舐めた男の言葉尻に、しゃっくりに似た奇妙な音が混じった。
 気味の悪いその音が笑い声だということに気がつくのに、私は須臾を擁した。

「ひっ。今はまだ、ひひ。な」

 耳に残る笑い声と手荒い音がほぼ重なり、男は私の目の前から姿を消していた。

 距離を縮めた訳でも時を止めた訳でもない。
 笑い声に気を取られ私が呆けている間に、男は歩いて部屋から出て行っただけ。

 ……不覚。
 私ともあろう者が、よりにもよってあんな賤しい下郎に須臾を与えてしまうなんて。

 胸の内から広がった苦味は咽喉を遡り、舌の根にまで届きそうなほどだ。
 苦味走る咽喉を押さえて、甘露で和らげることも出来ずに周囲を見回し気を逸らす。
 正しくは、何か気を逸らす物がないかを探した。

 何もないじゃない。

 ほんとに何もない粗末な部屋だ。
 家具もない空っぽの部屋、という訳では勿論ないのだけど、私の好奇心を満たすような変わった代物は見当たらない。

「はぁ」

 結局私の口から出てきたのはため息が一つだけ。
 ため息の分だけ後ろに身体を押されてそのまま横たわる。
 苦味は舌先まで届き口の中に広がっているような気がした。

 優美の欠片もない天井を眺めて、私は目を閉じた。



 それは突然炸裂した。

「何よあいつ、生意気に気取って! 誰がただの小娘よ! 目に節穴でも開けてるんじゃないの!?」

 駿河にあるという富士の頂から噴き出す炎のごときものは瞬く間に燃え上がり、私は寝床の上でばたばたと暴れた。

「こっちは絶世の美少女だって言うのに、何あの態度! 世間の男という男を魅了してお屋敷の終わりに人だかりが途絶えたことすらなかったって言うのに!」

 鬱陶しいわ騒がしいわで、いっそ庭で拾ったツツジの枝切れで全員打ち払ってやろうとしてお爺さまに止められたけど。

「その中で根性見せたのはとびきりの五人よ? 皇子×二、右大臣大納言中納言各一で、選り取り見取りだったのよ? 普通の小娘だったらここで天下取った! ゲッチャドリームなレベルよ!?」

 もっとも私の難題の前にさっさと尻尾を巻いて、揃いも揃って必死に誤魔化そうとしたり言い訳をしたりしたっていうのだから、笑い話だったけど。

「挙句にはあれよ。時の帝も私に恋歌をせっせと送ってきたのよ? これってちょっとないわよ!? 宴会の時この話をしたら未だにどっかんどっかんクるんだから!」

 返歌はお婆さまに詠んで頂いたものをそのまましたためて、受け取った歌はどれもこれも読み終える前に眠くなるから結局全部まとめて捨てたってオチで。

「それなのに何よあの態度! あの口振り! 私に歌も花も貢がないどころか、名乗り返しもしないだなんて! 私を何様だと思ってるのよ!? その名を口にするのも憚れる蓬莱山輝夜様よ!」

 こんな場所に閉じ込めた挙句、私から自由を奪って、さらにこの美貌を歯牙にもかけないだなんて!
 無礼千万極まるとはこのことだわ!

 我慢してもこうして暴れても、悔しいものはどこまでいっても悔しいまま。
 だったら私はこんな気持ちを溜め込んだりしないで少しでも発散する方を選ぶ。
 私が横たわった寝床は永遠亭で寝起きに使っている布団と比べて、思った以上に弾むからこれはこれで暴れ甲斐がある。

「悔しい悔しいぐやじぃ~! むぎぎぎぎー!」

 私は鼻息荒くまくし立て、歯を軋らせながら転がりばたばたと暴れ続けた。
 思い切り身体を動かして悪態をついたおかげか、胸の痞えが幾分晴れてすっきりとした。
 私はぴたりと動きを止めて、少し冷静に考えてみた。

「でも、どうやって私を永遠亭からここまで連れ出したのかしら」

 そもそも誰、あれ。
 私の知り合いや友人を探しても、私をかどわかして害を成そうとする者なんて――

「意外に居そうね。それも割と沢山」

 退屈な日々から心機一転、楽しい日々を過ごすために迷いの竹林の奥深くから顔を出したのだけど、地上の――と言うか幻想郷土着の人間や妖怪たちは、誰も彼も我侭な上に我が強い。
 私の美貌と権威と知恵と永遠を羨んで何かちょっかいをかけて来たとしても、それほど不思議には思わない。
 そんな常識外れ揃いの幻想郷において、実際に事を起こすとしたら――

 まず真っ先に思い浮かんできたのは、私が永琳の次に良く知るあの娘の顔だった。

「……妹紅」

 かつて私に求婚を申し出てきた男の娘。
 父親に蓬莱の玉の枝の持参を言付けたら、職人に作らせた偽物をこれこそが本物だと自信満々に豪語したりするものだから、化けの皮を引っぺがしてやった。

「ちょっと衆目の面前でたしなめただけなのに」

 これが私の望んだ色鮮やかな五色の玉をつけるという蓬莱の枝ですか。
 なるほど、この趣の前には椿も己を恥じて蕾を開かぬでしょう。
 梅は赤面し、たちどころに実を赤く染めてしまうでしょう。
 杜若は泥を啜る身が情けないと萎れ、如何なる百合も蒼褪めてしまうでしょう。
 散る桜を見送る歌人の心さえ、大いに慰めてくれることでしょう。
 貴方さまは素晴らしきこの玉枝を携え私に逢いに来て下さいました。
 なればこそ、私は貴方さまへ是非にお願いしたきことがございます。
 蓬莱の枝につく玉は決して落ちないといいますが、それを輝夜に見せて頂きます?
 あら……簡単に毟り取れてしまいましたわね。
 ところでこちらの方はさるやんごとなき方から決して枝から取れぬ玉を作れと命じられたそうですが、貴方さまはそれを命じた方と大層似ていらっしゃいると言われます。
 よもやそれが貴方さまだなどと私は一片たりとも疑ってはございませんが、残念ながら玉は枝より落ちてしまいました。
 それは私が望んだものではございません。
 どうぞお引取り下さいませ――

 大体そんな感じで。
 そしたら何故かその娘が逆恨みして、私を目の敵にするようになってしまった。
 月の使者とか永琳との再会とかでちょっと立て込んでいたから、乗り込んできた時に私は不在で大事には至らなかったけれど、壷に収めていた蓬莱の薬を舐めてしまった。 
 この時から因縁が始まるのだけれど、これってやっぱりどう考えても私には一切非がないわよね。

「全く心が狭いんだから……」

 ずっと絡まれているのだけれど、そこはそれ。
 美貌優れみなぎりまくっている私にはちょっとしたペナルティというか、釣り合いを取るためのものなのだと思っている。
 だって姫だし。
 才色兼備過ぎる私にはそれくらいないと、非の打ち所がなさ過ぎて地上の半分の人間が嫉みに狂って死んでしまうものね。

 もっとも本来ならデメリットである不幸も、私にとっては悲劇のヒロインという揺るぎない地位に変えてしまうあたり、私自身この美貌に恐れを感じてしまうわ。
 私が本気出したら、ため息一つで地上とか滅ぶから。

 まあそれはさて置いて。

「あの妹紅がねぇ……」

 私は寝床で座り直して、裾と一緒に両足をぱたぱたと振った。
 付き合いが長いだけに相手の行動も読める。
 殺し合うこと実に一〇〇〇年。
 あの娘がこういった手段で私に勝とうとすることは一度もなかった。

 第一、例えかどわかしを企てたとしても、顔を合わせた瞬間挑みかかってくるに決まってるわ。
 私が寝てたら、起こしてから決闘だのなんだのと。
 誰かとつるんでこういう真似が出来るとは思えない、猪突猛進科学忍法火の鳥頭な娘だし。

 疑うことさえ馬鹿馬鹿しくなって、私は妹紅の顔を頭の中から叩き出した。
 永夜返し風味に。

「となると――」

 私は最近知るようになった者たちの顔を上げていく。

「吸血鬼は……パスね。たかだか五〇〇年の箱入りお嬢様が、私から力を奪うなんて真似が出来るとか思わないし」

 そもそもあの妖怪の力の源たる月こそ私の故郷なんだし。
 話もしたけれどもこういう搦め手は苦手そうだったし。
 スペルカードの命名とか頭悪そうだからきっと力押しに頼るわね。

「あの魔女もペケ。忍び込む先を吸血鬼の館から永遠亭に鞍替えしたって、こんな大それた真似が出来ると思わない」

 穢れない月明かりを浴びても平然としていたのは褒めてあげてもいいけれど。
 それも穢れなき人間、という意味じゃなくて単に狂い慣れてるだけだって言うし。
 あの魔女ならこっそりと忍び込んで、堂々と物色を始めるに決まってる。

「ふむ。幽霊は何を考えているか判らないわね」

 死後の存在だなんて私から最も遠い存在だし。
 ああ、でも小耳に挟んだ噂では確か、綿月姉妹をぎゃふんと言わせたのはあの幽霊だって言っていたわね。
 何を考えているのか判らないから灰色というくらいか?

「巫女は――」

 あのいつもやる気のなさそうな巫女は、私たちにとってある意味最も危険で、最も無害な存在。
 私たちが事を起こさない限りは、境内を掃いているか縁側でお茶でも飲んでるわね。
 最近妖怪退治をしていなかったから目を付けられるという気まぐれ以外で、自分から事を起こすとは考えられない。

 けど。
 待った。

「裏で糸を引いている誰かが居るなら、あるいは」

 腕っ節をひけらかそうと表立って異変を起こす者もいれば、何かの影に隠れてこそこそと動き回るのが大好きという者もいる。

「あの隙間妖怪とかは特にねぇ……幻想郷の維持者だとか自画自賛してるみたいだし? 月の都にちょっかい出して痛い目見てるみたいだし」

 吸血鬼の粗末な筒を月まで届けたのはあの巫女の力で、けしかけたのは隙間妖怪のようだし。
 第二次月面戦争ではささやかな復讐を遂げて溜飲を下したとかいう辺り、いかにも執念深くねちっこそうだし。
 月の民との実力差を思い知ったなら、身の程を弁えてせいぜいこそこそと慎ましく生きていればいいのに。

「どう思うかしら、永琳」

 私は今も月の頭脳であり続ける従者を呼んでから、

「――あ、そうか」

 今は囚われの身となっていたことを思い出した。

 思い出したら、薄れ掛けていた悔しい怒りまで再燃してきた。

「ああ、もう思い出すだけで腹が立つわあの糞野郎!」

 おっといけない。
 怒りに任せてつい下品な言葉を使ってしまった。

「ごらんあそばしなさいあの御屎やらうめ」

 言い直したからこれでよし。

「死ぬまで飼い殺しにして、一日に恥ずかしい和歌を三首歌わないと永琳のラボ行きの刑にしましょうか。
 それとも全身に蝋燭を立ててイナバ一匹ずつにキャンドルサービス、一本でも倒したら永琳のラボ行きの刑がいいか。
 もしくは庭の池でザリガニ五〇〇匹と戯れる甲殻水泳、色々なところがポロリで永琳のラボ行きの刑がいいかしら!
 いっそのこと思いついたこと全て試して、ぼろ雑巾の後に永琳のラボ行きの刑の方がいいわよね!」

 あの無礼で尊大極まりない男を極限まで絞り上げ、ひぃひぃも言えないくらい足腰立たなくした後、最後に行き着く末路に心が踊る。
 事実、私の身体は弾んでいた。

「ふふ、ふふふふふ!」 

 ばいんばいん。

「ふふふ、はは、あはははは!」

 ばいんばいん。

「というか、これ」

 ばいんばいん。

「結構、楽しく」

 ばいーんばいーん。

「なってき、たわ!」

 私が跳ねれば跳ねるほど寝床はばいんと弾んで私を昂ぶらせる。
 寝床の上で飛び跳ねているだけでどうしてこんなに楽しいのか。
 空を飛ぶことなんて私は当然下々の者まで当たり前に有り触れた能力だけど、飛行と跳躍はまた少し違う。
 落下と上昇を繰り返すのは、寝床が想像以上に弾むのも合わせて、思った以上に新鮮な感覚だった。

「あはは! はは!」

 私は溜まった憂さもいつの間にか忘れて、夢中になって飛び跳ねていた。

 だから、全く気がつかなかった。



「なにやってんの」



「はっ?」

 不意にかけられた声に振り向くと、あの男がぽかんと立ち尽くしていた。
 空中で目が合っている時間は、永遠にも等しく感じられた。

「これはっ」

 空中で咄嗟に言い訳を述べようとしていた。
 私を見上げていた男の視線が下がり、同じ目線まで降りてきたところでばいーんと私の身体が弾んだ。

「へげっ」

 寝床から放り出された私の身体は山なりの軌跡を描いて、部屋の中ほど――硬い木の床に叩き付けられた。
 顔面から。
 モロに。

 は、は、鼻打ったぁ!

 鼻の奥からつんと広がる鉄の匂い。
 空中で姿勢を変えようとしたりしたものだから、体勢を崩しておかしな方向に弾んでしまった。
 本当は今すぐにでも悲鳴を上げて床の上を転がりまくりたいところではあったけど、うつ伏せに悶絶する私にひしひしと視線が注がれている。

「なにやってんの。マジデ」

 逡巡を隔てて、重苦しい沈黙が破られた。

「えぇと…そのぉ……」

 私は顔を伏せたまま、後頭部に突き刺さる視線を感じながら答えを探した。

「――そ、そう。アレよ。月面流儀式の最中よ!」

 私は思い浮かんだ適当なことを力強く言い切った。
 まだ若干涙声のままで。

 模糊の沈黙を隔てて、

「ナニソレ」

 男が食いついてきた。

 フィッシュオォォォン!
 ここから一気に畳み掛けるわよ! 

 まったくもってただの思いつきで、口からでまかせでしかなかったけど、言葉にしたからにはこの嘘を貫き通そうと覚悟を決めた。

「穢れない月の力を得るため、より高い場所に身を置くことで月から地上へ発せらるる、楽園浄土衛星波的な何かを浴びていたところなのよ!
 これを浴びることによってスーパールナテッィクプリンセスん☆ カ・グーヤとなった私は、それはもう地上で火の七日間を起こしたり月の炎で包んだりして、地上はぺんぺん草も生えない荒れ果てたモヒカンが闊歩するくらい、なんかとにかく凄いことに出来る力を得るの!
 それはまさに無差別大量殺戮と書いて必殺技と読む超絶最終兵器技、その名も絶宝「ブリリアントダイアマンダーインフィニティの枝」!
 付け加えて言っておくけれど私は月の都でも姫と呼ばれるやんごとない立場だったから、隠された月の秘奥義を知っていてもなんら不思議はないわ!」

「……ソウナンデスカー」

「勿論それほどの技を用いるとなると、いくら尊くも美しくあそばれる私といえどもそれなりに準備や手順が必要になってくるわ!
 これはそのための第一段階。激しい上下の跳躍は日暮れと夜明けを暗示しこれを素早く行うことによって時の流れを速める様はまさに時間の支配者それが私!
 よってお前は死ぬ!」

 今まで伏せていた顔を勢い良く上げて男を見上げ、私は死に至る宣告を告げた。
 相変わらず同じ位置に立ち尽くしていた男は、私に視線を向けたまま眉をひそめた。

「鼻血出てんぞ」

「浅はかな! 何も判ってないわねこの下郎は! 儀式に血とか腰気とかバタフライマスクとか必須三項目に決まってるでしょう!?
 まったく一から説明してあげないと察することすら出来ないなんて。これだから無知で下賎な者は困るのよ!」

「いいから。鼻血拭けよ」

「馬鹿ね。これから第二段階へと移るに必要なのは今まさにお前が口にした血が必要なのよ? 経血とかの代用な感じで!
 止めるなんて言語道断諸行無常ってなもんよ! 見てなさい、上も下もどばどばと滝の如く溢れ出て止まらなくなるんだから!」

「止まらなかったら死ぬだろ。出血多量で」

「死ーにーまーせーんー! 蓬莱人は死んだりしないんでーすー! バーカバーカ!」

 なんだろう。
 妙に、心が、痛い。

 言葉を連ね悪態をつき重ねていけばいくほど、目の前が滲み霞んでいく。
 胸の奥から突き上げる痛みにしゃくり上げ、私は上げた顔を急いで伏せた。
 男の言が正しいなら、私の袖は血に濡れてしまう。
 実際に鼻の奥から濃い鉄の臭いと何かが伝っていく感触があった。
 それでも袖で覆い隠して込み上げてくるものに耐えた。

 無様に鼻から血を垂らした挙句、涙まで見せてしまうなんて。
 それだけは私のプライドが許さなかった。

 きしきしとかすかに床を軋ませて、男の足音が近づいてきた。
 私の側でしゃがむのが、なんとはなしに気配で伝わってきた。

「鼻血止まったら、飯にしようや」

 突っ伏してうずくまる私に、男が言った。



「作法というものが全くなってないわ。断りもなく部屋を開けて入り込んでくるなんて一体どこで神経が切れているのかしら」

「攫う事よか、入室前のノックの方が重要なのかよ」

「そんなはずないでしょう。私をかどわかすという大罪に目を瞑ってあげているという時点で、私に礼を尽くさねばならないのよ」

「……その理屈は無理がなくね?」

「愚かな! いくらかどわかそうとも私の価値も美貌も一切損なわれず、おびやかされることすらないわ。今の状況を言うならば、私はさらわれてあげているのよ?
 なら下郎たる貴方はさらった私におもねり、精一杯もてなすのがものの道理というものよ!」

「道理ときたか」

「ついでに姫とは何たるかを教えてあげましょう。全てをひれ伏し得ること叶わないゆえに姫なのよ。今は退屈しのぎにこの趣向に付き合ってあげているだけということを知りなさい。
 その姫が食事を所望しているわ!」

「へいへい」

 卓の対面に座る男は口ごたえばかりで相変わらず態度も悪かったけれど、私の所望どおりに匙ですくった粥を口元へと運ぶ。
 男が持ち込んだ粥で、チーズリゾットとか言うらしいけれど、独特の香りに慣れてしまえば充分に珍味と言えるものだ。
 私は湯気を漂わせる匙をぱくと頬張り、粥のわりにはしっかりとした食感を楽しむ。
 勿論、咀嚼する様子は憚り袖の奥に隠した。

「大体人さ(もぐもぐ)らいの分際(もぐもぐ)で召し使いひと(もぐもぐ)りもあてがうこともでき(もぐもぐ)ないなんて」

「食うか喋るかどっちかにしろよ。お姫さま」

「減らず口の(もぐもぐ)多い下郎だ(もぐもぐ)こと。これだか(もぐもぐ)ら下々の者は(もぐごくん)困るのよ!
 至れり尽くせり世話をするだけの甲斐性もなく、高貴な私をかどわかすなんて。どういう了見なのかしら?
 事と次第によってひとまず牛引きの刑のところだけれど、このチーズリゾットって美味しいわね!」

「飯粒飛ばすな。きったねぇー食い方であらせられますね?」

「ふん。下手な敬語を無理に使おうとしても却って見苦しいだけよ。下々のものなら下々の者らしく、私の口から飛んだありがたい米粒に感涙して食んでればいいのよ。
 姫が魚を所望よ」

「鱸のムニエルな」

 私はこの下郎を、とりあえず人間という分類から外した。
 こう、言葉を喋る犬とか猿とかに思うようにした。
 だったらあれだけ無様な格好を見せたとしてもぜんぜん恥ずかしいとも思わないし、不届きな態度も気にならない。
 畜生相手に腹を立てたり恥ずかしがったりする方がどうかしてるんだし。
 意識を変えるだけで妙な緊張感もなくなり、面と向かって会話をしててもさっきの疼きが胸の中で騒ぐこともなかった。

「いまどき鱸っていやぁ代替魚が出回っちまって、口に入ることさえねぇ。シロスズキだーなんて言ってるが、ナイルパーチだからな。
 切り身にしちまえば判りゃしない。飽食の対価って奴だね」

 下郎は半ば以上ぼやきになっている薀蓄などのたまいながら、香ばしく焼けた焼き魚にナイフを入れた。
 狐色に焼けた表面がパリッと音をたてて割れて、中の白身が露になる。
 一口の大きさに切り分けてフォークに突き刺すと、ナイフを使って下に敷いた細葱や葉野菜の炒め物と添える。
 私はその様子を向かいで眺めていた。
 
 箸も使わず器用なこと。

「ナイルパーチってどんな魚なのよ?」

「お姫様を頭から丸呑みに出来そうな肉食魚さ」

 そんな大きな魚は釣ったことも見たこともなかったので、下郎の答えがいまいちピンとこなかった。
 メザシなら釣ったことがあるんだけど。

「白いわね」

「身をすすぎ洗いしたように白いっつーとこから、すすぎが濁って鱸って名前になった。ってぇ説もあるわな」

 差し出されたフォークから切り分けられた切り身を頬張る。
 見た目以上に味が濃厚なのは、使われているソースのためだろうか。
 かりっと焼けた表面を噛むと、じゅわっと口の中に魚の旨みが広がってくる。
 魚独特の臭みはなく、葱や葉野菜のしゃきしゃきとした歯応えもあわさって中々の美味。
 点数をつけるなら、そう――

「三点」

「……それは五点満点でか?」

「一〇〇〇点満点よ」

「厳しいってもんじゃねぇな」

「減点方式なのよ。過程、現状、状況、その他諸々を差っ引いてこの点数なの」

「要するに飯は上手くても気に食わない事だらけって事ネ」

「〇を下回らないだけでもありがたく思って畏まりなさい」

「実質二千点満点中の三点か。泣けるね」

「愚かね。底辺に下限なんてものはないのよ」

「上を見れば果てしなく、下を見ればきりがねぇ、と」

 態度や受け答えは諧謔に満ち溢れていたものの、粗暴ではない。
 私をかどわかし手篭めにしようという下衆だというのに、心底意外だが、下郎は言うがまま給仕に努めた。

 ふふん。
 私の美貌に恐れをなしたのね。

 これが貴人と下郎の差だ。
 下々の者が貴人たる私に手を出そうなど、夢想の中ではいざしらず、こうして実際に向き合えば放つ空気すら違っていて当然。
 要するに私の威光に触れて、土壇場になって怖気づいているのだ。
 月にあっては唯一の姫にして、地上にあってはなよたけの輝夜姫とも呼ばれたこの私。
 生じるオーラ力ともなれば、そこらの平安貴族などと比べても鯨とみじんこほどにも違っている。
 この下郎と比べるなんて論外もいいところ。
 
 ようやく身の程をわきまえ始めたのね。

「察しの悪い下郎ね。ほら、姫が食事を所望しているわよ」

 卓をばんばん叩きながらあーんと口を開けて見せる私に、下郎は匙でリゾットを掻き混ぜた。

「カッコウに託卵されたオオヨシキリの気分だぜ」

 そんなぼやきを洩らしてすくったリゾットを差し出してくる。

「そのままだと熱いじゃない。ふーふーしなさいよ」

「……言いたいこたぁ色々あんだけどさ。もうちょっと、なんだ。おかしいとか思わねぇの?」

 私の言いつけ通り息を吹きかけ適度に冷ましてから、匙を差し出してきた。
 私は匙をぱくりと口に含む。

「(もぐもぐ)なにが?」

「いや。俺が飯に一服持ってたりしねぇのか、とか」
 
 ぶふっと口の中のものを勢い良く吹き出した。 
 驚きよりも先に笑いがこみ上げてきていた。

「なにを言っているのかしらこの下郎は? 蓬莱人とは正しく不老不死なのよ? いかなる毒も私の命を奪うには至らないわ。
 何故なら、この世で最も強い毒である蓬莱の薬が私の血肉を巡っているのだから。トリカブトでもテトロドキシンでもいくらでも盛ってみなさい。目分量も致死量もどんと来いよ!」

 この下郎がよからぬことを企んだとしても、私の身体は一片たりとも染み渡ることなく拒むのは判りきっていた。
 私の絶対の意志とこの永遠の身体を持ってすれば、下郎の浅ましさなどよりつくことすら出来ないのだ。

「……まあ、いんだけどさ」

 啖呵を切った私に、下郎は顔に飛び散った米粒を指で摘んではがしていた。

「何も命を奪うばかりが毒じゃねぇだろ?」

「ふん。面白いことを言うのね。言ってみなさい」

 下郎は摘んではがした顔の米粒を、お盆の片隅にまとめた。
 牛が道端に生えた草を食みだすようにそのまま食べてしまうのではないかと思ったけれど、予想が外れた。
 男は改めてリゾットを掻き混ぜて、ふーふーと息を吹き付けて冷ます。

「例えば、だ。高貴で身持ちの固いお姫さまも、一舐めで巷の娼婦になっちまうって強力な媚薬があってだ。それを食事に混ぜて出すとしようや。
 盛られた側にしてみりゃあ、それも充分毒を盛ってるのと変わらないと思うぜ?」

「…(もぐもぐ)…」

「我侭なお姫さまに文句も垂れず甲斐甲斐しく世話をしてるのは、媚薬が効いてくるのを手ぐすね引いて待ってるからであって、従ってる訳でも改心した訳でもましてや権威にひれ伏した訳でもねぇ。
 とか思わないのかってこった」

「……」

 そうだ。
 私を手篭めにしようとするこの下郎が、命を奪おうとする理由なんてない。
 毒を用いるとしたら今言ったようなことを仕出かすのだろう。
 そして私が食事をしている間も、下郎は一切口をつけようとしていなかった。

 まさか。

 私は咀嚼を止めて、下郎を見た。
 下郎の口元に浮かんだ小さな笑み。
 その表情は、謀が目論見通りに進んだ時に見せるものと酷似していた。

「なんて、ね」

 とっさに口の中のものを吐き出すよりも早く、下郎が舌をべっと出した。

「一々そんな回りくどい真似しますかっての。こっちはお姫さまの言った通り、道を違えた特別に愚かな人間だぜ? その気があったら泣こうが喚こうが力ずくで押し倒してるさ」

 ひっひっ、とあの咽喉の奥を鳴らす独特の声をあげて、下郎が笑った。
 私は思い切り眉を歪めて不快感を露にして、口の中のリゾットを飲み込んだ。

 ここで吐き出してしまったら、下郎の口車にいいように乗せられたみたいでなんだか腹が立つ。
 ごくりと咽喉を鳴らし、その音を聞かせてやった。

「……思考が一貫して下衆ね」

「ひひっ。そりゃどーも」

 睨んでも堪えていないのか、下郎は気味の悪い笑い声をもらして楽しそうに魚料理を切り分け出した。
 下郎の態度があまりに見苦しくて犬猫程度に考えていたけど、緊張感までも解きほぐしてしまっていた。

 油断してはいけないわね。
 これからは瞬き一つにも気をつけないと。
 私と下郎の間には、目を逸らした瞬間匕首で腹を刺し合ってもおかしくない緊張感があって然るべきのようね。

 私は椅子に座り直して、思い立ったとおり慎重に一度瞬きをした。

 ん?

 まぶたを開けたはずなのに、目の前が暗いまま。
 瞬き一度の時間で、別の世界に放り出されてしまったような違和感に戸惑う。

「……あれ?」

 目の前がまっ暗なのは、目を閉じたままだから。
 まぶたが重たくて開けていられない。
 目元に手を伸ばそうとした手もやけに重たい。
 唐突に身体が別物になってしまったようにぎこちなく、知らないうちにふらふらと揺れていた。

 ――効いて来たな――

 下郎の声が聞こえた。
 なんだか古井戸の奥から聞こえてくるような間延びした響き。
 それもずっと高い場所から聞こえてきたから、古井戸だとしたらそこにいるのは私ということになる。
 どうしてそんな聞こえ方になるんだろ。

 ――聞こえてるかい? お姫さま――

 聞こえてるわよ。

 返事が言葉にならない。
 頭がぐらぐらする。
 気が遠くなるようなこの感覚に、覚えがある。
 喋ることもままならなくなるくらい、今の私は眠くて仕方なくなっていた。

 ――もちっと、疑り深くなった方がよろしいぜ?――

 ひっひっと、あの笑い声を最後に私の意識が遠のいた。






 ――はあ。はあ。はあ――

 何か聞こえる。

 ――はあ。はあ。はあ――

 言葉でない声。

 ――はあ。はあ。はあ――

 乱れた呼吸だと気がつくまでしばらくかかった。

 ぅぐ。

 私は小さな呻き声をもらした。

 頭が重い。
 重くて思考が働かない。
 鈍く、緩く、曖昧にぼやけていた。

 ここはどこ。
 手でまさぐり周囲を窺う。
 手が動かなかった。

 今はいつ。
 頭に血を巡らせ記憶を摺り寄せる。
 曖昧にとろけて混ざった。

 私は、蓬莱山輝夜。
 明確なのは己が誰かという認識。
 頭の中はどろどろで身体は不自由なままだったけど、揺るがしようのない事実が私を明確にした。

 しきりにかぶりを振って、頭の中に残る重たい眠気を振り払う。
 身体は重く、なにをするのも億劫に感じてしまう。
 とても長い間眠っていた気がするけど、どれくらい眠っていたのかは良く判らない。
 私は重いまぶたを持ち上げ、焦点を合わせるのに苦労しながらふらふらと視線をさまよわせた。

 ……なに、この匂い。

 嗅いだことのない匂いに私は顔をしかめた。
 なんと言うか、温もりを伴った匂いとでも言うのか。
 生々しくぬるい空気が漂い、私の肌にまとわりついているようだった。

 ――はあ。はあ。はあ――

 乱れた呼吸は今も聞こえてくる。
 私はふらふらと定まらない視線を、声が聞こえてくる方向へ向ける。
 何か白いものが見えた。

 ――はぁ。あっ。やぁ――
 
 乱れた呼吸でしかなかったものが、声の形をとる。
 甲高い声音に、私は蠢く白いものをじっと凝視した。

 頼りなかった視界が鮮明になるにつれ、白いものが浮かび上がるように私の目に飛び込んでくる。
 私はそれをずっと見つめていたわけだけど、なにに視線を向けていたのか理解するまで、永遠にも等しい時間を要した。

 なに。
 これ。

 白いものはベッドの上にあった。
 いや、いた。

 汗を帯びた白い裸体が、なまめかしく蠢いている。
 時に緩やかに、時に激しく。
 打ちつけあった肌と肌から汗が飛び散り、肉を打つ音が耳朶を打つ。

 私でも判った。
 閨の奥に秘される房事が、今まさに私の目の前で行われていた。

「な、なにがっ」

 私は理解すると同時に立ち上がろうとして、身体がびくともしなかった。

「なにこれっ」

 私は椅子に座っている。
 椅子に座ったまま身体が縄で縛り付けられている。
 腕は背もたれに沿って後ろ手に、ご丁寧に足首までがんじがらめ。
 
「なんなのよ、これっ」

 私はわけも判らずに叫んだ。
 ただ縛られていたからじゃない。
 ベッドの上で睦み合っている者たちの姿に、目を見開いていた。

 あの下郎と、もう一匹は見覚えのあるイナバ。
 確か警備に当たっているはずの、月から逃げ出してきたイナバ。
 互いに一糸纏わぬ姿をさらし、布団をめちゃくちゃに乱しながら、私の狼狽も気にも留めずに激しく交わりあっていた。

 何度も唇を重ね――いや、重ねるなんて生易しいものではなく、互いに貪っている。
 唇に光が当たると艶かしく映える。
 着衣を脱ぎ捨てたことで、男女の違いがまざまざと浮き彫りにされている。
 無骨で剛直で、荒々しく組み敷く男の身体。
 組み敷かれながら、柔軟にしなやかに絡みつく女の身体。
 節くれだった指が膨らんだ乳房を揉みしだき、細く白い指が分厚い背中に爪を立てている。
 私が飛び跳ねていた時と同じように、ベッドは睦みあう男女の身体を上下に弾ませぎしぎしと軋む。
 私は言葉も忘れて、ぽかんとその光景を凝視していた。
 
「あっ、あん! も、もうかんにん、してくだ、あんっ」

 イナバの上ずった悲鳴に構わず、男は荒々しく腰を上下させた。
 ぱしん、ぱしんと肉と肉がぶつかり合う音は、牛車に鞭を入れる音と似ていた。
 甲高いその音の下を這うように、湿った音が聞こえてくる。
 部屋に充満する生々しいこの匂いは、汗と唾液とそれから――

 それがなんなのか思い至った瞬間、呆然と固まっていた私は我に返った。

「け、汚らわしい!」

 吐き捨て、目の前で繰り広げられる光景から視線を逸らす。

「かぐや」

 今まで一言も口を利こうともしなかったあの男が、唐突に私の名を読み上げた。

「目を逸らしたらお前を犯すぞ」

 声に今まで聞いていた軽薄な色はなく、咽喉元に刃物を押し付けられたような錯覚を覚えた。
 ひねりかけた首が止まる。
 視界にベッドを収めたまま視線を動かせない。
 諧謔や悪態の多い男ではあったが、それが嘘や冗談にはとても聞こえなかった。

『その気があったら泣こうが喚こうが力ずくで押し倒してるさ』

 男は今まさにその気になっているのだと、その声音から感じ取れた。

「……っ」

 息を飲んで、嫌々ながら視線を戻す。
 男はイナバを身体の下に組み敷いたまま、その双眸を私に注いでいた。
 顔に表情はなく、へらへらと笑ってもいなければ怒っているようにも見えない。
 暗い海の底から覗くように、一対の黒い瞳が私を捉えて離さなかった。

 男は何も言わずに、息を切らして喘ぐイナバの顔に手を添える。
 怯えと戸惑い交じりの赤い瞳が、すぐに男の顔の奥に隠された。
 イナバに覆いかぶさり唇を吸っている間も、男は視線をじっと私に向けていた。
 私が視線を外したりしないか、無言でじっと監視していた。

 視線を背けることも出来ないまま、目の前で繰り広げられる情交を否応なく見せ付けられる。
 湿った音はますます滴り、身体を打ちつけあう音が今は濡れた布を叩いているかのよう。
 男の口がゆっくりと持ち上がり、イナバの胎内に突き入れられているものが一部見え隠れする。

「かぐや」

 目を閉じようとするたびに、男は私の名を読み上げた。
 あの低くて感情を表さない声音で。
 それが警告なのだと気づいて、下がりかけたまぶたを上げるしかなかった。

 私が見ている前で、男の動きは徐々に早く小刻みになっていく。

「はっ、はっ、やっ、あっ、も、もうっ」

 イナバが切れ切れの声を上げて仰け反っている。
 男は乱れた髪を撫で付け、露になった咽喉や顎に何度も口づけする。
 腰の動きは火がついて急かしせきたててでもいるよう。
 イナバが何かをこらえるように声を噛み潰し、口元を引き結んだ。
 
「んっ、ん、んんっ、んん~~~っ」

 押し殺した声音に男の呻きが混じった。
 あれだけ激しかった動きが止まり、絡み合った身体が震えているのが判った。
 弓なりに沿った男の背が硬直から脱して、イナバもその下でぐったりとベッドに体重を預けた。

 どこか気だるげな男と、夢見心地にまどろむようなイナバの表情。
 汗ばんだ肌が火照っているのは、見ているだけでも判った。

 ようやく行為が終わったのだと悟り、私は咽喉がからからに渇いていることに気がついた。
 唾も上手く飲み込めない私に、イナバを組み敷いていた男がのそりと起き上がる。
 ずるっと、イナバの胎内から引きずり出されるようにそれの全容が見て取れた。

 男についているもの。
 言葉にするのも汚らわしいそれ。
 穢れの象徴ともいえる異形に、私はとうとう視線を逸らして硬く目をつぶっていた。

 男は、何も言わなかった。
 視線が注がれていることはまざまざと感じ取れた。

「鈴仙」

 呟かれたのは、私の名ではなかった。

「はっ、は、い」

 息を切らせ、唾を飲みながら答えたのはイナバ。
 未だベッドの上で仰向けになっているのであろうイナバを呼んだらしい。

 目を閉じた私の耳元に聞こえてきたのは、ベッドが軋む音と裸足で床を踏む足音。
 衣擦れの音が聞こえ始めて、その途中でべちゃっと何かが床に落ちる音を聞いた。
 私は側で聞こえたその異質な音に肩をすくませた。
 
「おいで」

「……は、はい」

 男とイナバの声は、ばたんとドアの閉まる音を最後に聞こえなくなった。
 私は部屋に一人、椅子に縛り付けられたまま残されて、頑なに閉じていたまぶたをようやく開くことが出来た。

 胸のうちに奇妙な心境が訪れていた。
 私を拘束するという暴挙への怒り。
 本来私に尽くすはずのイナバを奪われたという憤りと同時に、裏切られたという思い。
 これまで忌避していた穢れを見せつけられた衝撃。
 剥き出しにされた男女の濃艶さと、同衾の生々しさ。
 私の前からひとまずは危機が去ったという安堵。
 今後の身の上に目処が立たない不安と虚無感。
 それらが代わる代わる、あるいは同時に私の胸の奥で渦巻いている。

「……」

 私はただぼんやりと乱されたベッドを眺めて、咽喉の渇きに苛まれる。
 人肌に温められた室温が私の身体に染み込んで、なにやら火照っているような気がしてくる。

 遠い昔、五つの難題に答えられるものがいたなら。
 帝の寵愛を受けるようなことになっていれば。
 私はイナバがされたように組み敷かれていたのだろうか。

 イナバが見せた、今まで決して見たことのない貌。
 決して聞かせることのなかった切ない悲鳴。
 さらに言えば、どう思い返してもイナバは男を拒んでいるように見えなかった。

 得体の知れない虚脱感に襲われていた私は、ふと、足元に落ちているものに気がついた。
 私の足元近くに白い液体が広がり、中に萎んだ風船のようなものが落ちている。
 私にはそれが何なのか良く判らなかった。

 ただ、ひどく汚らわしいものなのだということは肌で感じ取り、その白い液体から視線を逸らした。



xxx  xxx



 私は部屋を出た後も、そのままご主人様の後に着いていった。

 自室に戻ったご主人様の背中を、所在無く立ち尽くして今も見つめている。
 ご主人様は何も言わない。
 部屋に戻るなり机と向き合い何か書き物をしながら、振り返る事もしなかった。

「あ、あの。ご主人様」

 私は沈黙に耐えられなくなって、丸められた赤い背中に声をかけた。

「何かなレイセン?」

 ご主人様はいつもの声音で返事をした。
 けど、机に向き合ったままやはり振り返る事はなかった。

「あ、あの」

 喋ろうとしても、私の口から言葉が続かない。
 驚愕が私の中で未だに根を張っている。
 ご主人様に抱かれている間は、快楽に翻弄されて故意に頭の片隅へと追いやる事が出来たけど、今こうしているとまざまざと新たな現実に打ちのめされてしまう。

 今まで考えなかった訳じゃない。
 心のどこかで、もしかしたらと思ってもいた。
 師匠がこの場に現れた時から、予想は出来ていたはずなのに。
 私に覚悟なんてものはまったく出来ていなかった。

「さっきの。姫様、ですよね……?」

 だから訊いてしまう。
 よりにもよって永遠亭と関わりのないご主人様に向かって。
 部屋にいたあのお方が、私が仕えていた姫様なのかどうかなんて。

 否定されたかった。
 かつての主人の前で痴態を見せ付けた挙句、縛られているのをお助けもせずに捨て置いてきたのではないんだと。
 良く似た別の誰かなんだと、ご主人様の口から言ってもらいたがっていた。

 愛されたいと願った私に、ご主人様は手を差し伸べて応えてくれた。
 苦しくて、嬉しくて、胸が張り裂けそうになりながら泣き叫ぶ私を抱き締めてくれた。
 あの時から、私はこの人についていこうと決めた。
 だからかつて仕えた姫様から決別するのは当然なのだけど。

 心のどこかでは期待もしていたのだ。
 このまま姫様と顔を合わせる事なく、ここでの暮らしが続いていく事に。
 ここで姫様と直接顔を合わせる事は、私にとって青天の霹靂そのものだった。

 朝、睡眠薬の処方を頼まれた時でさえ、姫様がいるだなんて思考をかすめる事さえなかった。
 どうして昼食が一人分多かったのか考えもしなかった。
 新たに誰かが連れて来られたとしても、それが姫様だなんて思いもよらなかった。
 ご主人様に呼ばれて、椅子に縛り付けられたまま寝息を立てるその姿を目にするまで。

 或いは今になっても信じられていない。
 だからご主人様の言葉を待っている。
 実は私を驚かすために仕組んだタチの悪い冗談なんだと、笑ってもらう事を待ち望んでいる。
 私は未練がましい視線で、ご主人様の背中に取り縋っていた。

「蓬莱山輝夜って名前だとさ。大仰な名前だよね」

 そんな私の甘い期待は、そっけないほど簡単に壊されてしまった。
 私が思っていた事なんて妄想の産物でしかなくて、現実は姫様の目の前でご主人様に抱かれてあられもない声を上げていた。
 助けようとするどころか、その選択肢を抱く事すらしなかった。
 砕けた期待の残骸が、私の胸に後味悪く残った。

「体力的にも箱入りのお姫さまみたいだからさ、レイセンも気ぃつけてやって。薬の取り扱いとかは任せるよ。消耗した分は強壮薬とか処方して飲ませて。
 鵺に必要なものを揃えとくよう言っとくからさ、材料とか後で受け取っておいてね」

 私が言葉もなく立ち尽くしている間に、ご主人様から気軽な口調で今後の予定を聞かされた。
 相変わらず背中を向けたまま、振り返る事もなかった。

 私はご主人様の持つ二面性にまだ慣れていない。
 この人は平気で誰かを踏みつけにして、それを嘲笑う事が出来る人。
 姫様の前で平然と私を抱く事も、以前のイメージから逸脱した行動じゃない。
 ここに来たばかりのてゐに、似たような事をした記憶があった。

 それなのにこれだけショックを受けてしまうのは、いつの間にか愛されることに慣れていたから、なんだろうか。
 師匠の訪れでてんやわんやになっていたけれど、結局どこか穏やかな関係性なままここでの生活を送ることが出来ていたから、なんだろうか。
 それとも単純に疚しい思いがあるだけ?
 だとしたら、私は本当はご主人様に愛される事を望んでいるのだろうか――

「レイセン」

「は、はいっ!」

 ひどく後ろめたいことを考えたりしていたから、私の声はすっかり裏返ってしまっていた。
 しゃちほこばって背筋を伸ばす私に、ご主人様は背もたれに寄りかかりきしっと鳴らした。

「姫さまって呼ぶのは、輝夜が永遠亭のお姫さまって事でいいのかな?」

 私は言葉に詰まった。
 これって私が答えてもいい事なんだろうか。

「……はい」

 後ろめたさを感じながらも、私は頷いた。

「ふーん。あのお姫様に仕えてたって事?」

「は、はい」

「そう。だったらチャンス到来、だよ」

 私は、何を言われたのか判らなかった。

「……え?」

「因幡てゐ。八意永琳。蓬莱山輝夜」

 ご主人様は私に背中を向けたまま片手を上げて、指折り名前を読み上げていく。

「それに、レイセン」

 私は小指だけが立てられたご主人様の手をじっと見つめた。

「永遠亭の出身者がこれだけ揃ってるって訳だ。条件は揃ってる」

「あ、あの?」

 ご主人様は何を言ってるんだろう。

 赤い背と指折られた手を見比べ戸惑う私に、

「今が反旗を翻す絶好のチャンスって奴じゃない?」

 ご主人様は突き放すような口調で訊ね返した。

 ゆっくりと、ご主人様の言葉が私の脳裏に染み込んでいく。

「……」

 言葉の意味を理解すると共に、私の顔面から血の気が引いていくのが判った。
 凍えそうなほどの寒気と、お腹の下をぎゅっと締め付けられる圧迫感に襲われた。

「力を失ったとは言ってみても相手はただの人間。四人がかりで、しかも気心が知れた相手なら結束もし易い。判り易い旗印も出来た。
 主人を守るって大義名分の名の下に、イカレた下衆野郎を一匹血祭りに上げる、なんて楽勝じゃない?」

 見えない手に臓腑を掴まれたかのように硬直する私に、ご主人様はどこか淡々とした声音で言った。
 冗談めかした口調でもなく、軽薄な笑い声もない。
 どこまでも平坦なだけの声音。

「お姫さまをズタズタに犯した訳でもないし、直接の被害もまだ最小限。今なら温情が期待出来るしね。今がやり時。今を逃せばもう後戻りは出来ない。邪魔な誰かさん一人さくっと片付ければ万事オーケー。
 ここであった事はぜーんぶ忘れて、何事もなく以前の生活に戻る。メデタシメデタシで終わる絵に描いたようなハッピーエンド」

 鼓動の音がうるさいほどに耳に響く。
 視界がぐにゃりと歪んで、貧血でも起こしてしまったよう。
 いつの間にか力いっぱいに手を握り締めていて、指が強張ってしまい開く事も出来なかった。

 黙りこくる私に、ご主人様が訊ねる。

「さあ、レイセン。ここが分岐点だよ。以前の生活を取るか、ここでの生活を取るか」

 ご主人様が問うている。
 お前はどっちの味方になるつもりなんだと。

 生唾を飲み込んだ拍子に私の咽喉がこくりと鳴り、その音に私は総毛だった。
 全身が石になってしまったように強張り、舌まで痺れてしまって言葉が出て来ない。

「私は」

 頭の中でご主人様と姫様を秤にかけている。
 視界と一緒にぐらぐらと揺れている。
 私の言葉を待つ背中に視線が釘付けになってしまっていた。

「私は――」

 とっくの昔に答えを出してないといけなかったのに、心地良さに流されずっと先延ばしにし続けていた言葉が、今求められている。
 仲間も故郷もかなぐり捨てて、命からがら落ち延びてきた私を迎え入れてくれた永遠亭。
 理不尽な待遇と酷い仕打ちを受けながら、私の内面にまで手を差し伸べて貰えたこの場所。
 姫様とご主人様。
 どちらの手を取ればいいのか。
 言葉を続けられずに私はただ立ち尽くした。

「なんて、ね」

 ひどく長い沈黙が、呆気なく破られた。
 振り向いたご主人様の口元にはいつもの軽薄な、そして意地の悪い笑みが浮かんでいた。

「そんな風に考えてるとしたら、ちょいと深刻過ぎるね。世の中取り返しのつかない事なんてのはそうそうねーですよ。
 ま、こっちもまさかレイセンの元ご主人様を引いちまうとは思わなかったからあれなんだけど、それに関しちゃ悪い事したね。下調べしなかった俺が悪い。ごめんね、また辛い目に遭わせちまって」

 そして本当に申し訳なさそうに、ご主人様は頭を下げた。
 私に向かって。
 謝られてしまった。

「ごめん。さっき言った事、気にしなくていいよ。俺って臆病だからさ。先にあれこれあげつらって予防線を張っちまうの。そんな事したって却って逆効果だってのにね」

 重ねて謝るご主人様は、今まで見た事のないばつの悪そうな表情で頭を掻いた。
 全身を襲っていた痛いほどの緊張が解けて、それなのに私は言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

 臆病?
 ご主人様が?

 幾度かそんな言葉を洩らしていたけれど、聞かされる度に信じられない思いに駆られて、私はぱちぱちと何度も瞬きした。
 ご主人様は居心地の悪さを誤魔化すように、どこか自嘲気味に口元を歪めた。

「レイセンに捨てられるのが……怖くなってね」

 ご主人様が口にした言葉は、私にとってまったく意外な言葉だった。

「私が……?」

 ご主人様を、捨てる?

 いつも強気で、或いは飄々と受け流してしまうご主人様が弱音を吐くという意味でも、私は半信半疑にご主人様を見つめた。
 ご主人様は私の視線から逃れるように顔を背けた。

「時々悪い方に想像するね。それだけで怖くなる。夢にでも見たら確実にうなされるな」

 視線を泳がせ指を噛む姿はどこか神経質で、ふてぶてしさが感じられなかった。
 ご主人様が口に昇らせた言葉は、私の胸に残った。

 夢――

 ご主人様の今の姿は、現の狭間にある夢の中で垣間見た姿と重なる。
 群集が帰路につく姿を、膝を抱えて見送っていたあの姿。
 一人置いてけぼりにされてしまった子供のような、寂しげな眼差し。

 決して弱音を見せたりしなかったこの人が見せる、触れるだけで脆く崩れてしまいそうな繊細な一面。
 それは、私にも良く心覚えがある感情だった。

 臆病で、寂しがりで、物事を悪い方にばかり考えて、すぐ不安になってしまう。
 嫌気が差すほど慣れ親しんでしまった、弱い心。
 病よりもたちの悪い、この心を蝕むものを、この人も患っているのだとしたら。
 どうすれば拭い取ってしまえるのか、私はもう知っている。

「……ご主人様」

 私は椅子の上で身体を縮めるご主人様に歩み寄った。
 身体が動かなかったなんて嘘のように、一歩踏み出すとその勢いでご主人様の元まで辿り着けた。
 近くで見ても、視線を背けたままのご主人様はやはり、いつもよりずっと小さく幼く見えた。
 私は肩にそっと手を伸ばして触れた。
 触れてみて初めて、小刻みに震えている事に気がついた。

「大丈夫です」

 私はその肩を抱き締めた。
 涙が止まらない時この人にそうしてもらったように、力強く、優しく、抱き締めた。

「大丈夫ですから、大丈夫」

 震えが止まってしまうまで、教えてもらった抱擁を続ける。
 身体を押し付けて、温もりが凍えた寂しさの芯にまで届くまで。

「私はここにいます」

 震えが収まらないまま、ご主人様は甲高く咽喉を鳴らした。
 ひっという独特なその声は、笑い声のはずなのに、泣きじゃくる嗚咽の哀切を含んで聞こえた。



 私は姫様の部屋の前に立った。

 使われていない部屋と同じ、何の装飾もないドア。
 ドア一枚を隔てて囚われた姫様がいる。
 本来守るべき立場にいた私が、今はまったく逆の立場にいながら、今は不思議と心が落ち着いていた。

 真鍮の鍵を鍵穴に差し込み数回ノックをしてから、私は返事を待たずに部屋の中に入った。
 姫様の姿を探し、すぐに見つけた。
 椅子に縛り付けられた格好のまま、無様に床に転がってもがいている。
 何とか抜け出そうともがいているうちに、バランスを失ってしまったんだろう。

「出て行くならせめて解いてから行きなさいよ! 私を誰だと思ってるの!? 蓬莱山輝夜よ? 月の姫よ? 月に代わって金閣寺の一枚天井よっ!?
 私の言うこと聞けないの? 聞こえてないの!? 聞きなさいよ! 何よコノヤロ! バカ! 死ね! コノヤロ!」

「姫様」

 倒れたままイスごとがたがたと身体を揺すって罵る姫様に近づく。 
 背もたれを引っ張り梃子の原理で起こした。

「怪我などありませんか?」

「ええ。玉の柔肌が損なわれるようなことはないわ。けれどまったくひどい有様。この私ともあろう者が一生の不覚ね。
 う~ん、私の場合今生の不覚と言った方がいいかしら?」

 姫はぼやきながら首を振って黒髪を大きく揺らす。
 自由な首から上だけを使って、すっかりほつれた髪を直しているんだろう。
 私は光沢の浮かぶ艶やかな黒髪に手櫛を入れて整えた。

「ま、一生でも今生でもどっちでもいいわね。不老不死なんだし。
 それよりもイナバ。貴方には永遠亭の警備を任せていたはずよ。なのにこの体たらくは一体全体どういうことなのかしら?
 確か以前も屋敷への侵入を許していたわね。今回の失態は前回の比ではないわよ? せっかく月の目の届かぬ場所で匿っているというのに、これはどういうことかしら。言い訳があれば聞かせて欲しいものね」

 肩越しに睨みつけられ、叱責の言葉が飛んできた。
 私は手櫛を入れる手を止めて、その視線を受け止める。
 叱責の中にあった一部分だけが、嫌に私の耳に残った。

「鈴仙です」

 私は申し開きをするのも忘れて、呟いていた。

「……鈴仙・優曇華院・イナバ」

 それが私に与えられた名前。
 月を捨てた私が呼ばれる名前。
 イナバは姫様から頂いた愛称だったけれど、今はその呼ばれ方に強い違和感を感じていた。

 求められた答えを流す形になった私の訂正に、姫様は眉をしかめた。

「名前くらい別にいいじゃない。長くて呼びづらいんだし。イナバで充分でしょ」

 鼻で笑われた。
 呼び方の訂正を求めて、一笑に付して捨て置かれた。

 姫様は正真正銘の月の姫で月にいた頃からもてはやされ、地上に流刑になった後も永遠亭の主として相応しい立場にあって、玉兎に過ぎない私なんかとは比べようがないのに。
 そう扱われても仕方がないはずなのに。
 その嘲笑がどうしようもなく、私の癇に障った。

「……」

「なによ、じっと見つめたりして。私の顔に何かついてる? 見つめられると穴が開くわ。
 それよりイナバ。早くこの縄を解きなさい。貴方は私のペットなんだから、ご主人様のことを第一に思い行動してしかるべきでしょ?」

「……」

「ちょっと。誰を睨んでいるつもり? イナバの分際でいつからそんな真似が出来るようになったの? 誰が飼い主なのかも忘れてしまったなんて言わないでよ?
 これはあれね。躾の仕方が足りなかったのね。それともイナバの教育が足りてないのかしら?」

 下腹がむかむかする。
 わだかまりが積もる。
 神経が逆撫でされる。
 ふつふつと煮え立っていく。
 姫様の言葉の一つ一つが私の苛立ちを募らせていった。

「イーナーバー。聞こえてるの? 聞こえていないのなら、そんな飾りでしかない耳なんていっそ取ってしまいなさい」

 くいっと顎で頭上の耳を指し示され、私の胸の奥で、何かがぱちんと呆気ない音をたてて弾けた。

「全然、変わらないんですね」

 不思議と気分が落ち着いていた。
 声音も今までにないほど穏やかだった。
 姫様は、私を見る目を月のようにまん丸にした。

「なにが?」

「力も、立場も、身分も失って、自分で縄を解く事が出来なくて、それどころか起き上がる事さえ満足に出来ない。それなのに性格だけはそのままなんですね」

 以前はとても口に出来なかった皮肉が、さらりと口からこぼれ出てきた。
 姫様に直接、それも目の前でこんな事を口にしてしまったら、私は卒倒していたかもしれない。
 でも私は落ち着いていた。
 自分でも驚くほどなだらかな心境で、姫様の表情が歪むのを眺めていられた。

「……今、私に向かって、なんと言ったの?」

 屈辱よりも怒りが強く、危険なほど目が細められる。
 けれどわたしはそれが怖いと感じられなかった。

「いつまで経っても我侭な性格だけは直らないのですね、と申し上げました」

 私は怒りの視線を涼しく受け流して答える事が出来た。
 永遠亭にいた頃と同じ慇懃な言葉使いを用いたのは、あの人の口振りを真似たから。
 その方が屈辱的だからと知っていたから。
 姫様は面と向かった皮肉に言葉すらなくして、顔がさっと青褪めていった。

 私は罵声が叩きつけられるよりも早く言葉を口にする。

「聞こえておられます? 聞こえていないのなら、姫様こそ耳をお取り替えした方がよろしいのではないですか? 私に代用の耳の心当たりはありませんが」

「な、なっ、なにを」

「それとも聞こえてはいてもご理解は頂けませんでしたか? 取り替えるべきは頭かもしれませんね。それならその性格も変わるかもしれません」 

「――この痴れ兎! よくも主人に対してそんな口が利けたものね!?」

 怒鳴りつけられても、それが怖いと感じられない。
 わたしはもっと怖い事を知っている。
 それと比べたら、子供が精一杯虚勢を張っている姿にしか見えなかった。

「痴れているのは、姫様の方ではないですか? いつまで永遠亭にいるつもりなんです? ここは姫様が知る場所じゃないんですよ?」

 私がイナバと呼ばれるように、敢えて姫様と呼んだ。
 その方がきっと、姫様にとって屈辱的だろうから。

「永遠亭でもないのに……いいんですか? そんな態度をしていると、怖い目に遭うかもしれませんよ?」

 私がそうだったように。
 どれだけ叫んでも訴えても、誰も助けに来てくれないあの絶望感。
 縋りついていたものがただの藁糸だったと気がついた時の、あの虚無感。

『ペットの一匹くらいにしか思われてなかったり、とか』

 永遠亭の威光にすがった私に、ご主人様が口にした言葉が甦った。
 ご主人様が言った通りだった。
 私の事なんて関心もなくて、ただのペットだった。
 私は永遠亭に仕えているつもりで、本当はただ気まぐれに飼われていただけなんだと、今しがた見せられた姫様の態度で思い知らされた。

「……それで脅しているつもり? 私を助けもしなかったこと、不問にしてあげようと思っていたのに。この裏切り者。飼い兎に手を噛まれるとはこのことだわ!」

 責められても悲しくない。
 裏切り者扱いを受けても辛くない。
 だって私にはもう永遠亭に代わる安住の地を手に入れられたから。

「まだ判ってないんですね。姫様はもう私の罪を問う立場にいないんですよ。罰を下すだけの力も」

 私は背後からそっと手を伸ばし、細く華奢な首筋に触れた。

「触れるな!」

「だったら実際にそうすればどうです? 実力で私の手を押しのけてみては? さっきから口ばっかりじゃないですか」

 くすくすと笑いながら首筋に指を絡める。
 白く、柔らかい咽喉。
 驚くほどきめの細かい肌。
 触れてはいけない禁忌に触れている背徳感が私の背筋を伝う。
 決して触れることあたはなかったその感触を楽しみ、姫様の顔を背後から覗き込んだ。

「私はもう姫様が怖くありません。だって、私を愛してくれる人を見つけたんですから」

 私に無償の愛を注いでくれる人。
 今まではその愛に甘えて、与えられるままに心地良く寄り添っていただけだけど、今は違う。
 求められるものに応えたい。
 あの人を愛したい。
 あの人が抱える寂しさを埋めたい。
 私に弱さを見せたという事は、あの人も本当は愛されたがっているという事。

「与えられるだけじゃないんです。こちらも求められるんです。求められて、応えられるんです。気が向いた時に餌を与えられるだけのペット扱いじゃない。私が私として見てもらえる。生きている実感があるんです」

 永遠亭にはなかったもの。
 あそこで過ごしている日々には確かに安穏があった。
 姫様や師匠の庇護を受けて、月からの追っ手に悩まされない生活を送る事が出来た。

 けれど、それだけ。
 私はどこともなく集まってきた妖怪兎の一匹としか、勘定に入れられていない。
 必要とされる事を知ってしまった今となっては、あの生活にはもう戻れない。
 戻りたいという未練すら浮かんでこなかった。

 頸にかけていた手を離すと、姫様はごくりと咽喉を鳴らした。
 私に怒鳴り散らすだけの勢いを失った瞳には、わずかばかりの怯えの色が混じっていた。

「イ、イナバ。貴方なにを言っているの? 正気? 穢れを浴びて狂ってしまったの?」

「あはは、お言葉ですね姫様。狂気を与えるのは私の方ですよ。もっとも、その力も今の私には残されてないですけど」

 私が以前のように狂気を操る程度の能力を失う事がなかったら、きっとこんな事にはならなかった。
 あの人を外敵として捉えたまま迷わず排除しただろう。

「能力と引き換えに今の私があるんだと思えば、惜しいとも思いませんよ」

 何の力も持たない玉兎でも、あの人は愛してくれる。
 能力を持たねば取り立てられる事がなかったかもしれない永遠亭とは違うんだ。

「さあ姫様。これから何を失ったのかを、身体に刻まれ惜しみましょう。姫様の言う穢れを存分に浴びましょう。
 大丈夫。初めは悲しくて辛いかもしれないけれど、失った分すぐに満たされますから」

 私は姫様の顎に手を添えて首の角度を変える。
 私たちの視線の先には、先ほど打ち捨てられたご主人様のコンドームが落ちている。
 もうすっかり冷えて固まり始めたそれを見つめた。

「男の人に愛される悦びを、姫様にも教えて差し上げます」

 自ら思い描いた想像を期待と共に飲み込み、私の咽喉がこくりと鳴った。



「あっ、はっ、ふぅん、そこ、そこをもっと」

 唇が触れる度、びりびりと頭が痺れる。

「やっ、やぅ、つつい、突いて、くださ、んっ」

 舌先でくすぐられて、背筋がぞくぞくと震える。

「ぅんっ、気持ち、気持ちいっ、です、ご主人さまぁっ」

 スカートを脱ぎ去りベッドに座った私に、ご主人様は口を使って愛してくれていた。
 姫様の部屋の中、その視線にさらされながら。

「なにやっているのよ貴方たち、人前で。やめなさいよ。本当に狂ってるんじゃないの?」

 椅子に縛り付けられている姫様は逃げる事も出来ず、悪態をついていた。
 耳たぶまで真っ赤に染めていながら、視線を逸らせず私が愛されている様子を見ている。
 毒舌にも切れがなく、窮屈そうに身体を揺すっている。

 ご主人様の舌、唇、息遣い、指。
 触れる全てが心地良く私の芯をとろかす。
 秘唇の奥からとろとろ愛液が溢れ出して止まらず、湯気を立ててふやけてしまったよう。
 
「盛りのついた獣のように……浅ましいっ」

「俺ぁ犬っころだ」
「私は兎です」

 舌打ち混じりの罵声に、私たちはほとんど同時に姫様へ言い放っていた。
 ご主人様と顔を見合わせると、自然と笑みがこみ上げてきた。

「どうやら人間様はお気に召さないようだわん。さて、どうしたものかね兎ちゃん」

「困りましたね」

 冗談めかして、大げさに口元をへの字に曲げるご主人様に、私はくすくすと笑いながら調子を合わせた。

「な、何よ。バカにしてるの? バカにするな、この」

 姫様からの抗議を背中で涼しく聞き流し、ご主人様はベッドに上がると私の背後に回り込んだ。
 髪が一撫でされた後、露になった首筋にちゅっと唇を押し付けられる。

「見せ付けてやろうぜ」

 囁かれた言葉に咽喉が鳴る。

 姫様の目の前で、どんな事をされてしまうのか。
 見せ付ける姿を想像して、私の胸は期待に高鳴っていた。

「……はい」

 頷いた私に、両肩に置かれていたご主人様の右手が伸びてくる。

「んっ」

 挨拶でもするようにブラウス越しから胸を揉んだ後、ボタン伝いに制服の上を下って行く。

「脚、開いて」

 腿を擦られながら耳元で囁かれ、私は左肩に残った手を握り締めて頷いた。
 ゆっくりと開く。
 私の秘所を身動き出来ない姫様に見せ付ける。
 腫れ上がったように赤く充血した秘唇に指があてがわれ、左右にくにっと押し開かれた。

「あ。貴方、なにを、して」

 見られてる。
 愛液と唾液に濡れた秘唇が、つんと上向いた淫核が、物欲しそうにひくついている膣口が、余す所なく姫様の視線にさらされている。
 赤い柔肌の上を視線がなぞるだけで、背筋がむずむずと疼く。
 恥ずかしい。
 けど気持ちいい。
 この背徳感が、もっと欲しい。

 熱に浮かされたように顔が熱くて頭がぼんやりとしているのは、ご主人様に温められたからなのか、姫様の凝視が熱いからなのか。
 私は手を下腹へと伸ばして、視線を向けられているそこに触れた。

「……姫様、ここに男の人のおちんちんが入るんです」

 痙攣するように震える膣口を指先でなぞる。

「んっ……ここに、硬くて大きなおちんちんが入ってくるんです」

 中指と薬指を添えてあてがい、ご主人様にされるようにして見せた。
 緩く丁寧に指に愛液を馴染ませて、貪欲に激しくくちゅくちゅと音をたてた。
 姫様の目の前でオナニーしてるだけなのに、気持ち良くて堪らなかった。

「ただ出し入れされるだけじゃ、あっ、なくて。中でひねられたり、んっ、えぐられたり、擦られたり、あっ」

 ご主人様にされるのを真似て指を動かすと、淫らに濡れた音はますます強くなって私を酔わせた。

「あっ、あっ。おちんちん入れられるだけじゃなくて、あっ、クリちゃんも弄ってもらって――」

 右手の指でじゅぽじゅぽ膣内をえぐって、左手でクリトリスを摘んでこねた。

「こねこねされて、あひっ、あたまがびりびりして、ひゃんっ。ばかになっちゃうくらい、気持ち、いいんです」

 気持ちいい。
 気持ちいい。
 オナニー気持ちいい。

「乳首こりこりされるのも好きだよな、鈴仙は」

 ご主人様の声が聞こえたかと思うと、シャツのボタンを外した左手が襟元から滑り込んでくる。
 私の乳首の先が摘まれ、こりこりと転がされる。

「はっ、はひっ、しゅき、乳首こりこりしゅきぃ」

 自分でしながら、ご主人様にされながら、姫様に見られて、私はもう何度イッてるのか判らない。
 何度も何度も繰り返し絶頂を迎えてはまた導き導かれて、それでも私の身体の火照りは収まらない。

「セックスしゅるの、あっあっ、きもちいんです。きもちくて、いっぱいして、っあ、またいっぱいして、だっこされて眠るんです。しあわせで、あっあっあっ。ご、ご主人さまぁ、おちんちん欲しいですぅ」

 甘く上ずった声でねだった。
 いくら指で慰めても身体が鎮まらなくて、欲しくて欲しくて堪らない。
 ご主人様にしてもらいたい。
 セックスしたい。
 満たされたくて仕方なかった。

「しようか」

 ご主人様が微笑みかけてくれて、私の身体が脚の上に乗せられた。
 じじじとジッパーが下がる音が聞こえて、私の股の下からぴょこんとペニスが姿を見せた。

「ひっ――」

 誰かの悲鳴が聞こえた気がしたけど、すぐにどうでも良くなった。

「あっ、あはっ。こんなにおっきくなって、硬くて、熱くて、ご主人様のおちんちん」

 反り返って脈打つそれを愛しく撫で回し、身体をひねって膣口に自らあてがう。

「早、早く。もう準備出来てて、ご主人様とセックスすること考えてオナニーしてたら、もうこんなにとろとろになって。す、すぐに、欲しいんです」

 声が舌の上で滑って上手く言葉に出来ない。

「指だけじゃ嫌。足りない。足りなくて。ご主人様と繋がりたくて、いっぱいいっぱい満たして欲しいんです。ああ、は、早くはやく」

 身体をふにゃふにゃに蕩かしていく恍惚感が、どこか物足りなく感じている事を必死に訴える。
 私はあてがった亀頭を陰唇にくちゅくちゅと音をたてて擦り付けていた。

「鈴仙はエッチな女の子だなぁ」

 肩越しに振り返って仰ぐ私の視界に、柔らかく微笑む口元が映った。

「はっ」

 ずぷっと濡れた膣口がペニスで広げられる。

「あっ、あっ」

 痛みはなく、隙間がみっちりと埋められていく充足感。

「……はぁっ」

 ずぷぷぷぷ、と空気が押し出されながらご主人様のペニスが私の胎内に沈み込んでいく。
 体重を預けるだけの挿入。
 私のお尻がご主人様の腿にとんと触れる。

「はっ、はいっ、たぁ」
 
 私の膣内はもうとっくに、ご主人様のペニスの大きさと形を覚えていた。

「んっ」

 挿入の余韻もそぞろに、とんと下から突かれる。
 軽く突かれるだけで背筋にじんじんと痺れが走り、頭に届けられる。

「あっはっ、やっ。これ、きもち、いいっ」

 とん、とん、とんとリズミカルに突き上げられる。
 優しく、深く、ベッドを利用したピストンに、私はたちまち虜になっていた。

「あっ、あっ、ふかっ、深い、のにっ、んっ。やさし、優しい、動きっ」

 身体をゆさゆさと縦に弾ませる度に、ぎしぎしとベッドが軋む。
 下腹の奥でとんとんと突き上げてくるリズムは、どこか鼓動と似ていた。
 ご主人様の膝に座って背中に体重を預けるこの繋がり方も、私は瞬く間に気に入ってしまっていた。

「ご主、人さまっ、気持ち、いいですか? 私のおまんこ、いいですか?」

 私は自ら腰を弾ませて、円くうねらせる。

「ああ、いいよ。すげぇ気持ちいい」

 首筋にかかる吐息。
 後ろから伸びてきた手が私のブラウスのボタンを丁寧に外していく。
 肌蹴た胸元の間をご主人様の手が泳いだ。

「気持ちいい事全部大好きだもんな。鈴仙は」

「はひ、はひぃっ、大好きですっ」

 おっぱいを弄られるのが好き。
 クリトリスを舐められるのも好き。
 おちんちんでとろとろのおまんこを掻き混ぜられるのも大好き。
 でも一番好きなのは――

「キス、キスして。キスしてくらはい」

 言葉も忘れるほどの熱さを唇で感じる事。

 上半身をひねって舌を出してせがむ私に、ご主人様はすぐに応えてくれた。
 ぐいっと顎を抱き寄せられ、奪われるようにキスをされた。

「んっ……んんぅぅ」

 重なり合う唇の奥で舌を絡ませあう。
 柔らかくて、熱くて、少ししょっぱいのはさっき私のあそこをずっと舐めていたから。
 嫌悪感はなかった。
 口の中の熱さにすぐに溶かされ忘れてしまった。

「おっ、締まるっ」

 顎を引いて唇を離したご主人様が歯を食いしばる。
 私の中でご主人様のおちんちんがぴくぴくと脈打っているのが判る。
 射精しそうになっている合図だと、頭で気づくよりも先に身体がそれを悟った。

 だから、私は脚を絡めた。
 ご主人様の脚に絡みついて、腕を肩に回してしっかりとしがみついた。

「中に、私の中に、ご主人さまの、たくさん」

 このままご主人さまの射精を胎内で受け止めたら。
 以前、一度だけ膣内射精された事を思い出してぞくぞくする。
 あの充足感は、きっと私を満たしてくれる。

「鈴仙……いいんだね?」

「……っ」

 訊ねたご主人様に、私は声にならないまま頷いた。
 薬を服用して以後我慢出来なくなっているから、迷っている時間がない事は判った。

「レイセンッ」

 名前を呼ばれたと思った矢先、私の頭が抱き寄せられ胸元に押し付けられた。
 一拍遅れで、私の奥深くに熱が叩きつけられる。

 出てる。
 ご主人様の精液。

「ん、んっ、んっ……」

 ご主人様の身体が震えて、射精が続く。
 僅かに残った隙間を埋めて溢れるほど満ちていく。
 私の頭を狂わせていた快感は今は既になくなって、あるのは残り火に当たっているような心地良さ。
 大好きになった人の心地良い人肌の温もり。

 この人の熱は、凍える私を温めてくれた。
 だからきっと、私の熱もご主人様を温めるはず。

「ご主人様ので……いっぱいです」

 私は長い耳を胸に当て、鼓動の音を聞きながら子宮を満たす精液を感じていた。

 とんとん、とくとく、とんとんとん。

 鼓動が刻むリズムは安らかで、どこか眠気を誘う。
 私が耳を傾けている間、ご主人様の手が優しく頭を撫でてくれる。

「疲れたなら、眠っていいよ」

「……はい」

 見透かされた言葉に何故という疑問も抱かずに、私はしっかりと支えてくれる身体に寄り添いまぶたを閉じた。
 誰かに頭を撫でられるなんていつ以来なのか、思い出せないくらい昔の懐かしい気分に浸り、少し涙がこぼれた。






 目が覚めてすぐにご主人様の部屋に向かった。
 眠っている間に自室のベッドに運ばれていた事も、兎の絵柄模様のパジャマに着替えさせられている事も、今の時刻も姫様があれからどうなったのかも。
 全て頭の中から置き去りにして、ご主人様の部屋に足を踏み入れた。

 部屋の中は薄明かりだけが残され、ご主人様はベッドで眠っていた。

「ご主人様」

 呼びかけると、ドアを開ける音で目を覚まさなかったのが不思議なくらい自然にご主人様のまぶたが開いた。

「……おはよ」

「はい」

 わたしはご主人様に答えながら足を進ませて、ベッドに登った。
 仰向けに横たわるご主人様に、馬乗りになる格好で向き合った。

「どしたの?」

 怪訝そうに眉根を寄せるご主人様。
 私が吐く吐息はいつの間にか熱っぽく、薄い毛布越しに感じる体温に身体が火照り始めている。

「抱いて下さい」

 私は端的に用件を告げた。
 ご主人様は驚いたように目を丸くした。

「いきなりだね。レイセンがそんな直接的に言うのって、珍しいね」

「はい」

 ご主人様が言うように、今までこういった直接的なアピールは避けていた。
 婉曲的に伝えてもご主人様は汲み取ってくれたし、何より口にするのがはしたなく恥ずかしい事なんだと思っていた。

 薄暗い部屋の中、夜の静寂に包まれ私たちはお互いに見つめ合った。
 先に言葉を発したのは、ご主人様の方。

「――嫌だった?」

 主語のない質問。
 姫様の前でされた事に対してか、避妊なしにご主人様の子種を胎に仕込まれた事なのか。
 それとも時間を遡って、私がご主人様のものになった事なのか。

「いいえ」

 そのどれか、或いは全てだったとしても違うと言い切れる。
 今なら、後悔なく否定が出来た。

 私は私が持つ弱さを知っている。
 時間を隔てれば私が抱く確信が揺らいでしまう。
 今までそうだったようにいつか後悔してしまう。
 ここで過ごして、その事に気づかされた。

「我侭、言いますね」

「ん」

 そうならない為に、そんな思いが頭を掠めてしまわない為に、今ここで抱かれたい。
 言い訳を差し挟む余地もないままに、私の全てがこの人のものになったんだという確信が欲しい。
 私はご主人様の手を取り、下腹に押し当てた。

「私……ご主人様の赤ちゃんが欲しいです」

 この温もりの名残が消えてしまう前に。
 ただのなし崩しではなくて、私とこの人をつなぐ確かなものが欲しい。
 でないと私はいつか後悔してしまうって、知っていたから。

「私が妊娠するまで、抱いて下さい」



 ご主人様は無言のまま応えてくれた。
 パジャマの下をずり降ろし、下着を脱がす手間すら惜しんで繋がった。
 私はご主人様の上に跨って、下から突き上げられた。

「はっ、あっ、あっ、あっ」

 私はただ嬌声だけを上げた。
 言葉なんて必要なかった。
 私もご主人様も、する事は一つきり。
 ご主人様を逆に犯すような格好で、腰を弾ませた。

「あっあっあっ、あっ、あ――」

 絶頂を迎えて、精液の迸りを胎内に感じて、余韻に浸りながらどちらともなく腰を弾ませる。
 ご主人様のペニスは萎える事無く、私は身体が動く限り動きに応えた。

 くちゅぐちゅと打ち合わせる股から卑猥な音が聞こえてくる。
 何度も射精され、大量の子種を受け止め、一度も離れずにセックスを続けている。
 愛液と精液に満たされた膣内を掻き混ぜられ、溢れ出した体液は腿まで真っ白に染めている。
 それでも私は腰を止めなかった。
 ご主人様も私を突き上げ続けた。

 もう絶対に妊娠していると思う。
 膣内どころか子宮まで直接子種が届けられているはず。
 けど、まだ足りない。
 弱虫な私が逃げ場を失ってしまうまで追い詰めて欲しい。

「んっ、はむ、ん、ちゅっ」

 泣き言を吐きそうになる度に身体を前に倒して、ご主人様の唇に吸い付いた。
 何度も何度もキスをした。
 唇の温もりが私の心を温めてくれた。

「ん、ぷぁっ、はっ。ああぁっ――」

 何度目になるか判らない、果てのない絶頂と射精。
 時間の感覚も曖昧に遠のいて、世界が私たちだけになってしまったよう。

「…はっ…はっ……はっ」

 ご主人様の身体の上で天井を仰ぎ、息を切らす。
 とろとろと溢れた分だけ新たに精液が注がれる。
 温い。
 この温もりが、ご主人様にも。
 今にも泣き出しそうな声で笑うこの人の心にも、届いていますように。

 私は目を閉じて、祈りにも似た願いを掛けて、尽き果てるセックスをした。










































































































~おまけーね~



~もし赤さんのフォースが緑色だったら~



(eraudon10後半から抜粋)



 幾度も大量にフォースを注ぎ込まれ続け、ベッドに倒れこんだ私のジェダイからどろりとフォースが溢れ出す程だった。

「やぁ……こぼれちゃう。ご主人様のフォース、こぼれて出ちゃう」

「こうすればこぼれない。平気だよ」

 ジェダイを押さえていやいやする私に、ご主人様はフォースで蓋をした。

 これならこぼれない。
 バチバチバチィ!の時に少し溢れてしまったけれど、溢れた分また私の中にヌゥンビ゙シュウウウ!込んでもらえる。

 ご主人様を抱き締めて、抱き締め返して貰えることが嬉しかった。

 

 Q.「これってフォースとかジェダイとかに置き換えただけじゃね?」
 A.「はい」
 挿入時は鍔迫り合い並にバチバチいいます。



~逆にもし赤さんのフォースが赤色だったら~



赤 「コーホー」←あの格好で

てゐ「何それ似合わない馬鹿じゃないの?」

赤 「てゐ・アナルウィーカーよ(アナルが弱点的意味で」

てゐ「うるさいわねそれはあんたの方でしょ?」

赤 「お前は 俺の 乳だ」

てゐ「……」

赤 「寄せてあげたら俺の方がおっぱいあるんじゃね?」

てゐ「殺す!」

赤 「来いやぁ!」

てゐ「ビシュウウウ!」

赤 「ビシュウウウム、ヌゥンヌゥン!」

てゐ「ヌゥンブォンヌゥン!」

赤 「バチバチバチバチィ!」



 効果音は自前でアテレコ。フォースは股間に装備するのがデフォ。
 クレヨンしんちゃんでそんなのありましたよね。



~あの三人は今日も通常運転~



( 頓)<久々の登場なう。
( 珍)<Twitter風か。ナウいではないかなうだけにと上手いことを言っているなう。
( 漢)<どうせエイプリルフールの円谷ッターとかに影響受けただけだろお前ら。

( 頓)<それはともかく我らがやる事と言えば一つ!
( 珍)<そう、たった一つ!
( 漢)<A・V・鑑・賞!

( 珍)<「集団スカトロ学園 大量脱糞浣腸大乱交 リミテッドエディション!」とかだったらいいのう。
( 漢)<いやいやここは欧州変態遊戯の「馬姦蹂躙」が安牌であろうよ。

( 頓)<お前らの才能に俺のストレスがマッハなんだが、ともかく今回の晩餐ネタはコ・レ・ダー!



『八意永琳~夜の診察クリニック~』



( 珍)<キタ! 新作キタ! これで祭る!
( 漢)<それがしの愚息が一人ちんこ祭りを始めておるわ!

(∪)<ラッセ-ラ! ラッセ-ラ! ラッセ-ラッセ-ラッセ-ラッ!!

( 頓)<今までは若干幼い被写体が多かったから、今回はそっち方面の配慮も出来て安心だ!
( 珍)<今までは大体生後一年くらいだったしな。
( 漢)<ちっさくて可愛かったはずが、だんだんふてぶてしい顔つきになる時期だな。兎的意味で。

 ウィー ガチャコ。

( 頓)<触診? 触診とかされちゃうの!?
( 珍)<直腸検査にぶっとい体温計が出て来ちゃったりするの!?
( 漢)<実は獣医でセントバーナードのホットドッグを食べちゃったりするのか!?

『いらっしゃい、坊や。どうしたの?』

( 頓)<イヤッホオオオオオオゥ!
( 珍)<今回はいい意味で期待を裏切ってくれた!
( 漢)<奴は伊達や酔狂や思想で赤いだけだと思ってたけどそんな事はなかったぜ!

( 頓)<今回はつかまされなくて良かったのぅ。良かったのぅお前ら。
( 珍)<人間、生きていればいいこともあるんだのぅ。
( 漢)<まだ泣くなよお前ら。先生があんあん言う姿に息子が泣くんだからな。

『先生にどこが苦しいか、教えてくれるかしら?』

( 頓)<カメラが! カメラがグランドキャニオンに接触事故を起こしそうだYO!
( 珍)<オパーニ! オパーニ!
( 漢)<ウェットティッシュを、ウェットティッシュをもてゐ!

『さあ、熱を測りましょうね』

( 頓)<一人称視点でおっぱいガン見とか。いいぞwwwもっとやれwww
( 珍)<てんてー僕のお尻がむずむずするのぉー。
( 漢)<先生! 異種族間の愛についてどう思いますか!

『それじゃあ、上を脱いでくれるかしら』

( 頓)<おっぱい見せてもらったら治ります!
( 珍)<でも先生のおっぱい見たら別のとこに熱が出ちゃうよ!
( 漢)<僕の子供が息をしてないの! 今すぐ人工呼吸してっ!

『ベッドに横になって。先生に任せて、気分を楽にして――』

( 頓)<いよいよか! いよいよなのか!?
( 珍)<おっぱいズーム! ちくビーム! ミルキーでママの味!
( 漢)<まんまん! まんまん!

『だが地獄に堕ちる』

( 頓)<ギャー!
( 珍)<KA☆ZU☆KO!
( 漢)<放送テロだー!

『あなた、誰と話してるの?』

( 頓)<てっめええええええぇぇ!
( 珍)<どいてお姉ちゃん、そいつ殺せない!
( 漢)<死ね! 氏ねじゃなくて死ね!

『克也の妻でございます』

( 頓)<SA☆TI☆YO!?
( 珍)<追い討ちだー!
( 漢)<えぐい! 山に逃げ込んだ残党を丸ごと焼き払うかのようにえぐいっ!

『それでは歌わせていただきます』

( 頓)<スッチーじゃないよ。
( 珍)<サッチーだよ。
( 漢)<これでもXX染色体だよ。

『女房よ わしは今だに お前の涙 見たことないわ♪』

( 頓)<……涙拭けよ。
( 珍)<……お前こそ。
( 漢)<……生きて行くのは辛いなぁ。

(∪)<ラッセ-ラァ……。


 後日。



( 頓)<我々一同は!
( 珍)<被った精神的外傷に対して!
( 漢)<謝罪と賠償を要求する!

( 赤)<新作出るぞ?

( 頓)<我々一同は!
( 珍)<先方の新たな企画を!
( 漢)<全力で支持し期待しております!

(∪)<ラッセ-ラァッ!!

( 赤)<お前らって、ほんっとーにアホだな。



 頓珍漢のテコ入れに新キャラ投入!  (∪)の今後の活躍にご期待下さい!
 嘘ですが!
erainterlude2がudon14に位置します。

*誤字脱字各所の修正を行いました
紺菜
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
姫様は本当にぶっ飛んだお方
捕らえられた初日にばいんばいんとか恥ずかしすぎるでしょう?
2.名前が無い程度の能力削除
この姫様好きだわーw

そして若干病み気味の鈴仙が姫様をどうするのかがきになる・・・
3.名前が無い程度の能力削除
ぐーやがいいキャラすぎる
早く永琳と合わせてやりたいですね
4.名前が無い程度の能力削除
姫様www
言い訳必死すぎるwww
5.名前が無い程度の能力削除
月に代わって金閣寺の一枚天井・・・姫様鼻血拭けよ・・・

なんでだろう、姫様がとても某オバ・・・神奈子様に似たニオイがプンプンするわけなんですが
6.名前が無い程度の能力削除
能力を全部使えなくなって、それでも強がってる輝夜が可愛すぎる。
それにしても、そろそろ物語の終わりが近づいてるって感じなのかなぁ。
相思相愛とか鈴仙を孕ませるとか、この赤野郎おいしすぎるぞ!
7.名前が無い程度の能力削除
うーん、八坂様を彷彿とさせる姫様www era的に処女なのだろうか
孕ませとか大好物なんですけど、先生!ラッセーラァ!