真・東方夜伽話

Orange blossom ~橙色の小さな恋の詩~

2009/09/30 13:35:17
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Orange blossom ~橙色の小さな恋の詩~

魚沼丘陵

注意!
オリキャラ、しかも名前ありです。
主人公の視点で物語が進みます。ネチョは第4幕。

完全なヒール(悪役)になっている東方キャラがいます。ご諒承ください。






Orange blossom…ダイダイの花。白色。欧州では花輪や花嫁の冠に用いる。





Prologue【回顧】

あたしがそいつと初めて出会ったのは、血のように紅い彼岸花が咲き誇る秋の時分だった。
突然あたしの目の前に現れたそいつは、まるで雪のように真っ白な少年だった。
彼岸花の紅に雪の白。季節感がまったくない組み合わせだ。
そいつは散々あたしの心を奪っておいて、或る日あたしの前から姿を消した。まるで手の平に舞い降りた雪の結晶のように……
生意気な奴だった。頭の回転が早くて、すぐあたしに口答えする。
そのくせ、飾らない笑顔で抱きつくもんだから、あたしはついそいつの甘えを許してしまうのだ。

どこまでも真っ白な少年。何にも染まらない始まりの色。すでに色彩を失った終わりの色。





あたしの名前は橙(Chéng)。敬愛する主から賜った、大事な名前。

「ご覧、橙……朝焼けと夕焼け。一日の始まりと終わりの瞬間は、世界が橙色に染まるんだ……」
あたしの頭を優しく撫ぜながら、主…藍様はみかん色に染まった空を指差す。『橙』という言葉はこの時初めて知った。
それが朝焼けなのか夕焼けなのかは忘れてしまったけど、紅く燃える山際から藍色の空の狭間で広がる色彩は今でも鮮明に思い出せる。

「お前は世界の始まりと終わりの境界に有る色の名を持っている。自分の名前を大切にしなさい……」
「はい! 藍様……」
あたしは精一杯胸を張って、大きな声で返事をした。あたしが誇る、一番の思い出だ。





これは、世界の始まりと終わりの色の名を持つあたしと、始まりにも終わりにもなる色をしたそいつとの、奇妙な物語。





『Orange blossom』 ~橙色の小さな恋の詩~





1st【邂逅】

あたしはその日、いつものように猫たちが棲み処にしている廃村を訪れていた。
つい最近まではあたしもこの廃村に棲みついていたのだけれど、「橙に悪い虫でも付いたら大変だからな!」と藍様に促されて鬼門の位置にあるお屋敷に引っ越してきた。
今はお屋敷の方が居心地の良い場所だけど、ここも故郷みたいでホッとする。猫たちはあたしの言うことなんてほとんど聞いてくれはしないけど。

「るるる~るる♪……うん?」
鼻歌交じりでいつも猫たちが集まる広場に足を踏み入れた時、あたしは広場の中心に見知らぬ人影を見た。
真っ赤な彼岸花が咲き乱れる原っぱで、そこだけが雪の降ったように白い。

その人影は見知らぬ妖怪だった。真っ白な髪と猫の耳が化け猫だと証明している。着物も白い生地に青い雪の結晶を刺繍したものを着ていた。
背丈は目測であたしより少し低い位だろうか。相当若い化け猫らしい。でも尻尾は見当たらないから、もしかしたら別の種族なのかもしれない。
あたしの気配を察したのか、その白い猫はこちらを向いた。、肌は透けるような色白。瞳の色だけが深い青色だ。

「うぅん? お前、誰にゃあ?」
そいつはあたしを見るや否や、ふてぶてしい態度で質問してきた。顔立ちは女の子っぽいのに、声からしてオスだとわかった。

「なっ、アンタこそ誰なのよ?」
あまりにもふてぶてしい態度で質問してきたので、あたしはカチンときて逆に訊き返した。

「他人のにゃまえを尋ねる時は、まず自分からにゃのるものにゃあ」
「にゃあにゃあにゃあにゃあ五月蝿いわね……じゃあ、尚更アンタから名乗りなさいよ……」
あたしは腕を組んで居丈高に問い詰めた。ここまで舐められるとかなり腹が立つ。そいつはあたしの睨みに怯まず、あっさりと答えた。

「俺はこの姿ににゃったばかりだから、『にゃまえ』にゃんてにゃいにゃあ……」
そう言って白い猫又は機嫌悪そうにそっぽを向いた。名無しやまだ口足らずな言葉遣いは妖力がそんなに蓄積されていない証拠だ。
あたしは少し態度を横柄にしてそいつに名乗る。

「そう、名前ないんだ……あたしの名前は橙って言うのよ」
相手は格下だと読んだあたしは、横柄ながらもやんわりとした口調で名乗った。

「ちぇん? にゃはは、変にゃにゃまえだにゃぁ……」
まるで見下すように一瞥し、そいつはあろうことかあたしの名前を鼻で笑った。藍様から貰った大切な名前、あたしの誇りを。

「な、なんだとお!?」
舐められた風な口調で嘲笑するそいつに、あたしはとうとう逆上してしまって弾幕を思いっきり投げつけた。

ドガァァァン!!

大地を抉り、けたたましい音を立てて弾幕が炸裂した。広場に集まっていた猫が爆音に驚いて一目散に逃げ去ってゆく。

「おお、怖いにゃぁ~。いきにゃり攻撃するにゃんて、どういうおんにゃにゃぁ?」
俊敏な動きでジャンプして弾丸を避けていたそいつは、悠々と着地すると目を細めてあたしを見つめた。お互いに第一印象は最悪だった。

「アンタがあたしの名前を馬鹿にするからでしょ!! いい? あたしの名前は藍様から頂いた大事な名前なの!! 侮辱するなんて絶対に許さないんだから!!」
自分でも珍しいと思うくらい、あたしは語気を荒げてそいつに怒鳴りつけた。それほど腹立たしいということなのだ。
だけど、そいつはあたしの怒声をまるで馬耳東風で聞き流し、眠たげに欠伸をしている。

「こらぁ!! ちゃんと聞いてるの!?」
「そんにゃこといわれてもにゃぁ……俺にはにゃまえにゃんてにゃいから、いまいちピンと来にゃいにゃあ……」
猫が顔を洗う仕草で目を擦りながら、そいつはしばらくぼんやりと空を眺めていた。泰然としたそいつの態度につられてあたしも空を見上げる。
雲一つない秋の空は、吸いこまれそうなほど青く澄んでいた。その色はそいつの瞳の色だ。澱みなく、遥か高い青空のように澄んだ色。

「じゃあ、アンタも名前を持ったらどうなの?」
「う~ん、確かににゃまえがにゃいと不便だにゃあ……そうだ!」
あたしの投げやりな提案にしばらく腕を組んで考えていたそいつは、パッとひらめいた表情で声を上げた。

「お前が俺のにゃまえを付ければいいにゃぁ」
「はあ? なんであたしがアンタの名前なんか……」
突拍子もないそいつの提案を、あたしは眉を八の字に曲げて即座に否定した。だが、そいつは意外にも口達者な奴だった。

「お前は『らんさま』から貰ったにゃまえを大切におもってるんだろ? だったらお前が俺ににゃまえをくれれば、俺はそのにゃまえを大事にするにゃあ。逆にお前がにゃまえをくれにゃければ、俺もお前のにゃまえを馬鹿にし続けるにゃあ……」
不敵な笑みを浮かべながら、そいつは胡坐をかいて原っぱに座り込む。真っ白な耳がピクピクと窺うように動いていた。
あたしの名前を貶されるのは、あたしだけでなく藍様に対しての不遜になる。だからと言ってそいつの言いなりになるのも癪だった。
そこであたしは、ひとつ条件を出すことにしてみた。

「……名前をあげてもいいけど、条件があるわ」
「……条件?」
そいつは怪訝な表情であたしを見据える。アイスブルーの瞳。秋の蒼穹と同じくらい深い青の瞳で。

「名前をあげるからには、アンタはあたしの弟になるの。お姉ちゃんであるあたしの言う事をちゃんと聞いてもらうからね」
つまり、あたしはそいつに、藍様とあたしと同じような関係を求めたのだ。
勿論、まだあたしに式を操る力量はない。それに、藍様はあたしにとって「お姉様」ではなく「お母様」のような存在だ。
そいつはあたしの提案に耳をまっすぐ立てて驚いた表情で黙っていたが、やがて頬を緩めて大げさな笑顔を浮かべた。

「にゃははは! にゃるほど、わかったにゃあ。俺は今日からお前の…ちぇんの弟ににゃるにゃぁ」
そいつは愉快に笑いながら承服した。身軽に立ち上がると、スタスタとあたしの方へ近づいてゆく。
やがてあたしとそいつが対面したとき、あたしの鳶色の瞳とそいつの青色の瞳が合わせ鏡のように映った。背丈はあたしより頭ひとつ低かった。

「それで、ちぇんはおれににゃんて言うにゃまえをにゃ付けるつもりにゃあ?」
そいつが青い瞳でじっとあたしの顔を見上げている。至近距離で見つめられ、あたしはちょっとくすぐったい気分になった。

「そうね……」
あたしは脳内でそいつに合った名前を模索してみた。

青い瞳。生意気な性格。白い肌と毛並み。無礼者。何も知らない。何も染まっていない。無地。雪のように白い。青い刺繍。秋。冬……

「アンタの名前は…………Xuě」
「しゅえ?」
「そう、お空から舞い降りる『雪』と書いて『しゅえ』。アンタの名前は雪よ」
自分でも安直な名前だと思うけど、これくらいしか名前が思い浮かばなかったのだから仕方ない。

「雪……うん、気に入ったにゃぁ! 俺のにゃまえは今日から『しゅえ』にゃあ!!」
てっきり文句を言うと思ってたけど、そいつ…雪はどうやらあたしの命名を気に入ってくれたらしい。機嫌良く名乗ると、無邪気に抱きついてきた。

「にゃん?!」
小さいとはいえオス猫に抱きつかれたことのないあたしは、不覚にも「にゃん」なんて声を出してしまった。ちょっと恥ずかしい。





こうして、あたしと雪の奇妙な関係は幕を開けたのだった。





2nd【訓育】

それからあたしは、雪に色んなことを教え込んだ。と言っても、あたしが教えるのはほとんどが藍様の受け売りだけど。
雪は相変わらず生意気な態度で口答えするけど、それでもあたしの教えることはきちんと理解してくれる。
驚いたのは、雪はまるで真っ白な紙に絵を描くように、教えたことはどんどんと身につけていくことだ。応用力もあって、なかなか鋭い質問も投げかけてくる。
そのため、あたしは追いつかれないために藍様や紫様、果てには里の寺子屋にも出向いて知識を集めなければならなかった。
雪があたしより賢くなったら「お姉ちゃん」としての示しがつかないから。

『橙は最近よく勉強しているな。偉いぞ』

藍様はそう言ってあたしを褒めてくれるから、あたしは雪の「お姉ちゃん」として誇らしく思えた。
勿論、教えたのは知識だけではない。人間の姿になった時の生活スタイルや礼儀作法もきちんと教えた。「お姉ちゃん」として当然だ。
弾幕ごっこやスペルカードも教えてあげたかったが、藍様の許可なしでは難しいので単発の弾幕だけに留めた。それでも雪の賢さならすぐにスペルカードをマスターできそうだけれど。
ただ、雪はあたしのことを「ちぇん」と呼び捨てで呼ぶ。そりゃあ、「様」までつけろとは言わないけど、せめて「お姉ちゃん」くらいはつけてほしい。弟なんだから……

「ちぇんはちぇんにゃあ。他の呼び方にゃんて思いつかないにゃあ」
「あたしの言うことはきちんと聞くって約束したでしょ!?」
「だからちぇんの言うことはきちんと『耳で』聞いているにゃあ。それより、その緑の帽子くれにゃあ~」
「あっ! これはダメぇ~!!」
いつも注意しても、こう言って雪は取り合ってくれない。都合が悪くなると屁理屈をこねてはあたしに抱きついてくる。
帽子を欲しがられるとか、格下に見られるのはちょっと不本意だ。それでも、戯れに抱きつかれるのは気にならないけど。
最初は藍様の真似事のような感覚で雪は「式神」っぽく扱おうと思ったのだけれど、やっぱりあたしには「弟」として扱うことが限界のようだ。

それと、雪の拙い喋り方は口癖らしい。「な」が「にゃあ」に訛り、語尾にも「にゃあ」が付く。
本当は藍様や紫様、それにリグルやミスティア達に雪を紹介しようと思っていたのだが、それもいつになるかは未定だ。
早くみんなに自慢の弟を紹介したいと思う一方で、まだ誰にも紹介したくないと思うのは、大事な宝物を隠しておきたい心理だろうか?
生意気で高飛車だけれど、時折見せる笑顔は(認めたくないけど)可愛いと思う。雪は口が悪いけど素直な部分もあるから、嫌いにはなれない。

そして、雪は何故かこの廃村から絶対に外へは出ようとしなかった。
あたしとしてはそれが好都合なんだけど、放浪しない猫というのは寡聞にして見たことがない。

「ねえ、この世界にはもっと面白いことがたくさんあるの。連れてってあげるよ……」
一度、幻想郷を案内すると言って連れ出そうとしたのだが、
「いいにゃあ……俺にとってはこの村が世界のすべてだにゃあ……」
そう言って雪は一歩も廃村から出ようとしないのだ。
その時の抵抗する雪の表情が、普段とは全く異なる不安と焦燥で覆われていて、あたしは強く言い出せなかった。
雪の内面にある影を、あたしは非道く懼れていた。
そんなあたしの憂慮を余所に、雪は裸足で野原を駆け回る。あたしのスカートをめくるのを鬼ごっこの合図にして。

「ふにゅにゅ?! こっらぁー! 何するのよ!!」
「にゃはははは!! ちぇんのバーカ!!」
「な、なんだって!?」
挑発に乗ってあたしは全速力で雪を追いかける。言葉で怒っていても、顔は笑っていると自覚しながら。

「にゃはははは!! 鬼さんこちら、手のにゃるほうへ!!」
「こらぁ!! 待てぇええ!!」
鬼ごっこがこんなに楽しいと思ったのは初めてだったと思う。気がつけば、あたしは夢中で雪の背中を追っていた。
真っ白な着物に青い雪の華が舞う、あたしより背の低い華奢な背中が彼岸花の紅に踊っている。
九割九分九厘の無邪気な楽しさ。気持ちが昂揚し自然と笑顔も溢れる。

だが残りの一厘は、微弱な、しかし確実に存在する「不安」だ。
このまま雪があたしの手の届かない何処かへ行ってしまうのではないか……
喉に刺さった小骨のように、指に食い込んだ棘のように、その一抹の不安があたしの心を薄く曇らせる。

「ふにゃあ……ちぇん、ちょっと休憩するにゃあ……」
四半刻ほど走った後、スピードがあってもスタミナに乏しい雪はそう宣言して座り込んでしまう。肩で息をしながら、汗ばむ身体を草の上に投げ出した。

「はぁはぁはぁ……」
雪よりスタミナがある(自己分析)あたしも呼吸を荒げながら、雪の隣にゴロンと寝転がった。
空が青い。まるで吸い込まれそうなくらい、いや、果てしない空の底に落っこちそうなくらい深い青が世界を覆っている。

『一日の始まりと終わりの瞬間は、世界が橙色に染まる』

藍様の言葉があたしの頭の中で唐突にリフレインされる。それならば、せめてこの空は橙色には染まらないでほしい。
「時間が止まってほしい」などという叶うはずのない祈りを、あたしは空に漂う鰯雲に願って見る。
時間はあまりにも平等であまりにも残酷だと知りながらも、それでも願ってしまうほど、この一刻一刻は充足感に満ちていた。

「ねぇ、しゅえ………」
「にゃんだ、ちぇん……?」
あたしの呼びかけに雪が応える。顔を横に向ければ、触れられる距離に存在するあたしの弟。その弟の色白の手首を、あたしはしっかりと掴んだ。

「………捕まえた」
確かに雪の手首を掴んでいる感触を実感しながら、あたしは雪にそう囁いた。
「にゃは、捕まっちまったにゃあ……」
まるで本当に捕虜なってしまったかのように、雪は両手を上げてバンザイの格好をした。掴んでいるあたしの腕も自然と持ち上がる。

「………幸せだにゃあ~」
手をつないだまま、雪は空を見上げてポツリと呟いた。眩しい笑みを浮かべた横顔にあたしの胸が何故かドキドキとする。
「式神」は無理でも「弟」として、藍様のように「お母さん」のようにはなれなくても「お姉ちゃん」くらいだったら……
そう思って面倒を見てきた雪の横顔が、やけにかっこよく見えた。
戦う紫様を見た時の「畏怖」とも、優しい笑顔の藍様を思う「敬愛」とも異なる、この気持ちは……………「恋慕」?

(まさかね……そんなことないよ……)
「うん、あたしもだよ……しゅえ」
あたしは波立つ心を抑えながら、雪の言葉に賛同する。心の中で辿りついた解答に真っ赤な×印をつけて。
この温かい気持ちは、きっと生意気な弟を思う姉の気持ちなのだろう。そういうことにしておこう。



あたしたちはそれから夕暮れまで、ずっと空を眺めていた。南へ帰る一羽のツバメが、鋭い軌道を描いて飛び去って行った。





3rd【理解】

サァァァァァァァァ―――――

秋雨がしとしと降る日は外出なんて出来ない。あたしは水に濡れるとまったくの無力な子猫になってしまうのだから。
今日で1週間、雪とは逢っていない。廃村には雨を凌げる家屋があるから心配はないだろうけど、それでもあたしの気分は陰鬱としていた。
こんなに嫌な気持ちになったのは初めてだった。
『雪に逢えない』。たったこれだけのことが、あたしの心をこんなにも乱すなんて。毎日あの廃村で出逢っていた頃が、夜空の星よりも遠い。

「はぁ……」
気がつけば、あたしは溜め息ばかり吐いて廃村の方角をじっと見つめていた。西の方角は、どんよりとネズミ色の雲が空を覆っている。
一瞬、泥まみれになって寒さで震える雪の姿が脳裡に浮かび上がり、あたしは寂しさに押し潰されそうになる。
胸も窒息しそうなくらい息苦しい。鼻の奥がツゥーンとして、目に涙が溜まってくる。何とか涙を堪えようと、あたしはまた大きな溜め息を吐く。

「ふぅ……」
「あらあら、そんなに溜め息ばっかり吐いていると幸せが逃げちゃうわよ……」
「にゃあ?! ゆ、紫様!?」
背後からいきなり声がして、あたしは腰かけていた座椅子から転げ落ちた。
八雲 紫様。あたしの主・八雲 藍様の主。あたしにとっては主の主、家族で言うとお母様のお母様だからおば……

「ちぇ~ん? 何を考えてるのかしらぁ?」
「ひにゃあ!?」
紫様に青筋を立てた表情で睨まれ、あたしは慌てて考えるのを止めた。紫様は藍様よりもずっとお強いから、あたしの心ぐらい読めるのだろう。
それに、紫様に頬を引っ張られてあたしの気分はだいぶ和んだ気がした。

「まったく、ひとが心配しているのに……」
「はぅ~、ごめんなさい……」
「でも、本当にどうしたの? この頃は溜め息ばかりで泣きそうな顔して、藍も心配してたわよ……」
そう言って紫様はあたしの腋の下に手をくぐらせ、そっと抱き起こしてくれた。その優しさがとっても嬉しい。

「えっと……そのぉ……」
あたしは紫様や藍様を心配させたくないために必死で話そうとした。だけど、胸の息苦しさが邪魔をしてうまく話せない。
どうしてだろう。単に雪の顔を思い出すだけで、顔が熱くなって胸がギュッてなる。また、目が熱くなって涙が零れそうになってくる。

「ふふ、もしかして好きな子でもできたのかしら?」
「ふにゃあ?!」
さらりと言った紫様の言葉に、あたしはしどろもどろになった。不安な気持ちもどこかへ吹き飛んでしまったっぽい。

「ち、違います! 雪はあたしの弟で、ちっとも優しくないし生意気だし……!!」
「しゅえ?」
「あっ……」
迂闊にも雪の名前を口に出してしまった。俯いていた顔を上げると、紫様は意地の悪そうな笑みを浮かべてあたしを見つめていた。
今まで秘密にしておいたのに……

「へぇー、橙の恋人は『しゅえ』って名前なのね……」
クスクスと紫様は笑っている。あたしは「恋人」というキーワードで、一気に顔が熱くなった。

「こ、こ、恋人にゃんかじゃありません!! お、弟ですぅ!!」
あまりにも慌てていたからか、あたしも雪みたいな言葉遣いににゃってしまった。きっと顔も真っ赤なままなんだろう。恥ずかしい。
それからあたしは紫様にこれまでの経緯を説明した。雪との馴れ染めから、お姉ちゃんとしていかに雪を教育してきたかまで……

だけど、そうやって今までの雪との関係を話してゆくたびにあたしの心はどんどんと苦しくなってゆく。
もう二度と逢えないかもしれないという絶望感が、まるで今日の曇天みたいにあたしの心を浸蝕する。

「……じゃあ、橙はその弟を思って涙を流していたのかしら?」
「え、あっ……」
一通り話を聞いた紫様の指摘で、あたしはいつの間にか溜まっていた涙が溢れ出していることに気づいた。ぽろぽろと熱い雫が頬を伝う。
胸が八つ裂きになるくらい苦しい。気づいてしまったら、もう涙は止まらない。

「その……えっと……えっぐ…ひっぐ……」
紫様を困らせてはいけないと思って取り繕うとしても、嗚咽でしゃべることさえままならない。
ただみっともなく泣いているあたしの頭を、紫様がそっと撫でてくれた。

「橙、きっとその子も今の橙と同じ気持ちになっていると思うわ……好きなひとに会えない気持ちに」
「…………!! うわぁぁぁぁん!!」
あたしは紫様の胸元に抱きついて、ただ泣いていた。「好きなひと」という紫様の言葉に悟らされた…いや、既に気づいていたはずだ。

あたしは、いつの間にか雪を「弟」としてではなく、「男の子」として好きになっていることに……

懼れていた。「オス」として意識すれば、清純な関係ではなくなることに……

雪に逢いたい。逢って謝って正直な気持ちを告白して、あの小さな身体を抱きしめたい!
あたしの心は渇きに似た切なさでいっぱいになる。滾々と湧き立つ泉のように、雪への思慕が溢れてくる。

「えっく……紫さま、あたし……」
「ふふ、どうやら本当の気持ちに気付いたようね……偉いわ橙」
紫様はおもむろに手の平を翳すと、何もない空間に赤黒いスキマを出現させた。すると、そのスキマから何かオレンジ色の物体が落ちてきた。
オレンジ色の物体はの正体は雨合羽だった。あたしのくるぶしまである長い丈の雨合羽。

「ちぇん、この雨合羽には私の髪の毛が仕込んであるわ。これを着れば見えない境界が雨を弾いてくれるでしょう……」
「え!? 本当ですか紫さま!?」
「ええ。さあ、早くお行きなさい……但し、その雨合羽の効能は日没で切れるから気をつけてね……」
紫様は神妙な微笑で玄関を指し示した。秋雨が降りしきる玄関の引き戸が、あたしには悠大な希望の扉に見える。

「はい! ありがとうございます紫さま!!」
あたしは紫様に深々と頭を下げると、オレンジ色の雨合羽に尻尾まで身を包み、雨が降りしきる外へと駆け出して行った。





4th【交合】

紫様が下さった雨合羽は効果絶大だった。
雲から降る雨も、木々の梢から滴る雫も、蛙が行水をしている水溜りも全然怖くない。
しかも、この雨合羽は羽織っているだけで顔や耳に雨粒がかかってもあたしの「式」が外れない効力を備えている。
あたしは式神の妖力も使って全力疾走し、半刻ほどで廃村に到着した。胸の中が冷たい空気でガラガラする。
雨に濡れた彼岸花が、幽玄に夕闇の中に浮かんでいる。廃村には猫の気配ひとつ感じられない。

「しゅえ~!! 何処にいるの? 返事してぇ~!!」
あたしは雨の中を必死で探し回った。雨は防げても、雨がもたらす寒さまでは防げない。
かじかむ手を擦りながら、あたしはぬかるみ泥はねもお構いなしで廃村を巡回した。

「しゅえ~……がほっがほ」
大声を出しすぎて喉が痛い。雨の中を歩くのは体力を余計に消耗してしまい、あたしはその場に佇んでしまった。
目の前には、かつて雪と鬼ごっこをした原っぱが仄暗く広がっている。タイムリミットの日没までは残りわずかだ。

お屋敷で想像した雪の姿が現実になったのではないか……いやだ!!
あたしは弱気になって最悪の事態を想像してしまう自分を、頭を振って諌めた。

諦めたらそこで終わりだ。やっと自分の気持ちに気づいたのに、このまま終わらせたくなんてない!!
心の中で一喝したあと、あたしは重くなった足を引きずって再び歩き出した。靴は泥でぐちゃぐちゃだったが、気にしている場合ではない。

「しゅえ……どこにいるのよぉ……」
雨音に掻き消されそうになる声で、あたしは廃村を見渡す。頬を伝うのは雨粒なのか涙なのか分からなくなっていた。
雨合羽の効力が切れたら、式が外れてあたしも無事では済まない。
その一方で、このまま力尽きて雨に打ちひしがれるのも悪くはないと、あたしの「弱さ」が耳元で囁き始めている。

「…………ぇ~ん」
「!?」
ふた、あたしは遠くで雪の声が聞こえたような気がして、まどろみ始めた神経を一挙に覚醒させた。

ザァァァァァァァァァァ―――――

幻聴だったのだろうか? 耳に神経を集中させても雨が打ちつける音しか聞こえず、目を凝らして見ても雪の姿はどこにも見当たらない。

「しゅえ~!! どこぉ~?!」
「ちぇ~ん!!」
「!!」
確かに聞こえた! あたしははっきりと雪の声を耳にし、雪は絶対に近くにいると確信する。
そして、はるか地平線から白い影がこちらに向かって来るのが見えた。米粒のような人影は、どんどんと近づいてゆく。

「ちぇ~ん!!」
「しゅ、しゅえ~!!」
雪の姿を見て、あたしは今まで生きてきた悲しみを九倍にした気持ちになった。

雪はすっかり汚れていた。真っ白な着物は泥で茶色に染まりところどころ破けている。アイスブルーの瞳も切なげに潤み、顔は憔悴し切っていた。
手足や顔は泥で真っ黒になり、ところどころ爪が割れたり擦り傷を拵えたりして血が滲んでいた。

「ちぇんのバカぁ!! どうして来てくれなかったにゃあ!? 俺、捨てられたのかと思って……一週間、ずっと橙を探しまわってたのに……ふえええ~ん!!!」
雪は泣いていた。泣きながらあたしに勢いよく抱きついてきた。足が棒のようになっていたあたしは、思わずその場に尻もちをついてしまう。
倒れたあたしの胸元で、雪は文句を言いながら泣きじゃくっていた。あたしの腕に縋る雪の手が細かく震えている。

「しゅえ……ごめん、ごめんね……!! うわああああ~ん!!!」
雪には絶対にさせたくなかった表情、雪には絶対に教えたくなかった感情。
口達者でも素直な雪の心が悲しみで染まっていく様をまざまざと見せつけられ、あたしも謝りながら大声で泣いた。
2人とも、泥まみれになりながら抱き合って雨の中を号泣していた。

シュボッ!!

その時、あたしの纏った雨合羽の端から火が着き、ジリジリと燃え始めた。日没になり、雨合羽の効果が切れかけているのだ。
袖にも点火し、それを見た雪が息を呑みながらも一瞬で状況を理解したらしい。

「しゅえ……ここじゃ寒いから、あの小屋に避難するよ」
「………うん」
弱々しく眉を八の字に顰め、雪は素直にあたしの手にひかれるままついて来る。足が鉛のように重いが、それでもあたしは必死で駆け出した。
バチバチと激しい音を立てながら、雨合羽は徐々に火の手を伸ばしてゆく。早くしないと焼け死んでしまう!!

ガタンッ!!

あたしは小屋の扉を蹴破り、転がり込むように掘立小屋に避難した。
急いで脱ぎ捨てた雨合羽は瞬く間に紫色の焔に包まれ、灰も残らずに消し飛んだ。

「はぁはぁはぁ……危なかった」
大きな危機を回避したあたしは、雪と出逢えた嬉しさと安堵も相まってその場にへなへなと座り込んでしまった。
だけど腰を抜かしている暇はない。あたしは小屋の奥にあった甕から水を汲んでくると、落ちていた手拭いを濡らして雪の手足を清めた。
泥で汚れているときは分からなかったけど、雪の手足には小さな切り傷が無数に出来ていて、あたしの心がズキンと痛む。

「ほら、顔にも泥がついてる……きれいにするからじっとしてて……」
「ちぇん………」
あたしに頬を拭われながら、雪が不安の中に不満が見え隠れする表情でじっと見つめている。
一週間もほったらかしにしていたのだから嫌われたって当然だ。折角自分の気持ちに気付いたのに、これで終わりだなんて……
そう思うとあたしは非道く惨めな気分になって、また涙があふれてきた。今日はどれだけ泣いたら気が済むんだろう……

「ちぇん……ありがとう」
「……え?」
ところが、雪の口から出た言葉は罵倒でも避難でもなく、純粋な謝恩だった。
予想外な言葉に、あたしは狐に抓まれたような顔になる。

「しゅえ……怒ってないの?」
「そりゃあ、最初は見捨てられたかと思ったけど……でも、ちぇんはあんにゃ危険を冒してまで来てくれたにゃあ……だからありがとうにゃあ」
そう言って傷だらけの腕で抱きついてくると、雪が泥まみれな顔でクスリと笑った。

ああ、この子はどうしてこんなに純真なのだろうか……

あたしは今日で何度目とも知れない涙を流しながら、ギュッと雪の小さな身体を抱きしめた。
腕の中で確かに感じる雪の存在感が、あたしをもっと先へと突き動かす。

「ちぇん……?」
「しゅえ………好き、大好き!!」
あたしは何の躊躇いもなく雪に告白して、その勢いのまま雪の桜色の唇を奪った。
冷たい秋の雨に濡れたせいなのか一週間ぶりに雪に逢えたせいか分からないけれど、とにかくあたしは変に気分が昂ぶっていた。

「くちゅ……ちゅる……ぬちゅ……」
口の中が切れているのか、雪の唇からは微かに血の味がした。
雪の唇の柔らかさが欲望を高ぶらせてゆく。あたしは半開きになった雪の口内へ、おもむろに舌を侵入させた。

「ふぐぅ……ちゃぷ……じゅる」
ぬめぬめとした舌の感触を味わい、力の抜けた雪の舌を吸い出すように絡めとる。
喉の奥から、雪の体内に籠った匂いがあたしの鼻を刺激し、蕩けさせてゆく。
あたしは雪の後頭部を両手でしっかりと掴みながら、夢中で雪と貪るようなキスをした。

「ちゅぱぁ……はぁはぁはぁ」
「じゅるぅ……ふぅふぅふぅ」
やがてあたしは雪から唇を離し、息を荒げながら雪を見つめた。
掻き乱れるシルクのような白髪、桜色に染まった肌、唾液で濡れた唇、熱っぽく潤んだ群青色の瞳……

「ちぇん……俺もちぇんがすきだにゃあ……最初にちぇんと出逢った日から、ずっと……」
「うん……あたしもしゅえのこと、『弟』じゃなくて一匹の『オス』として好き……好きだよしゅえ」
雪の言葉に心を震わせながら、あたしは再び雪と口付けを交わした。
今度は雪の方からも積極的に舌を絡めてきて、あたしは何故か股の辺りがジュクジュクしてくる疼きに襲われた。
お腹の下の部分が、蜂に刺された跡のようにジンジンと熱く蠢いている。

「ちぇん……俺、変だにゃあ……ちぇんとこうしていると、ち○ちんがカチカチになって痛いにゃあ……」
どうやら雪を同じような昂ぶりを感じているらしい。だけど雪は初めての感覚に非道く狼狽しているようだった。

「……大丈夫だよしゅえ。あたしに任せて……」
とは言っても、あたしも処女だ。一度だけ、男の子との愛し方を教わっただけの生娘だ。

それは、紫様が人間の男の子を寝室に連れ込んでエッチしていたのを覗き見た時のことだ。
真夜中にお手洗いに起きた時、紫様の部屋から呻き声が聞こえたので襖を少し開けて様子を窺ったのだ。
あの時の紫様ほど畏怖を感じたことはなかったと思う。蠟燭の光で障子に伸びた影が、ゆらゆらと艶美に踊っていた。
慌てて寝床に戻ったあたしは、股間が火の点いたように熱く疼いて眠れなかった。
藍様には内緒にしていたけど、紫様はお見通しだったらしい。
次の日、あたしを寝室に誘って里の男の子を教材にして教えてくれた。
と言っても、あの時は本当に怖くて、傍らで紫様の『行為』を正座でじっと見ていただけだけど……

『性教育も大事なことよ……でも、純潔は大切なひとにとっておきなさい』

怖いほど妖艶な笑みを浮かべた紫様の言葉が、無意識のうちに頭の中で響いた。
もしかして、紫様はこうなることを見越してあの雨合羽をくれたのかもしれない。
邪推しながらも、あたしは作業を進めた。

「しゅえ……服、脱がすよ……」
やや震える手つきであたしは雪の着物を脱がしにかかる。胸元を肌蹴させ、男物の細い帯を解くと、泥で薄汚れた着物がカーテンのように開けた。
あたしはそのカーテンも取り払い、雪を一糸まとわぬ姿にさせた。雪は恥ずかしげに長い睫毛を伏せ目にして震えている。
四肢はか細くまるで陶器でできた人形のようで、雪の裸体は予想以上に美しかった。
張りのある白色の肌に浮き出た肋骨や鎖骨、それに抱き締めれば折れてしまいそうな薄い胸板が儚い印象を与えている。
上半身だけ見れば女の子にも見える雪の身体はしかし、股間からいきり立つおち○ちんの存在が『オス』であると証明している。

「(ごくっ)さ、触るね……しゅえ」
生唾を呑み込みながらあたしは恐る恐る雪のおち○ちんに手を伸ばした。

「ふはぁ……ちぇんに触られると、ゾクゾクするにゃあ……」
あたしの指先が触れた途端、幼いペニスがピクリと跳ね上がった。生々しい反応に戸惑いながらも、あたしは両手で包むように握る。
雪の身体はひんやりしているけど、この部分だけはドクドク脈打って煮え滾っているように熱い。
あたしは恍惚とした雪の顔を見上げ、クニクニと手を上下にしごいてみた。

「ふにゃあ!? ちぇん、それ痺れる! ち○ちんがビリビリするにゃあ!!」
いきなりペニスをしごかれ、雪は腰をビクンビクンと跳ねさせながら叫ぶ。
あたしは雪の切なげな声に昂ぶる優越感を覚えた。雪への主導権は文字通りあたしが握っているのだ。

「きもちいい? じゃあ、これはどう?」
優越感に浸ったあたしは、紫様がしていたみたいに雪のおち○ちんの先っぽを舌でなぞった。
その瞬間、ものすごく強烈な匂いがあたしの口内に広がり、脳髄を貫かれたような快感にあたしは一気に酔いしれた。
まるで脳みその一部が吹き飛ばされ、ブレーキが壊れたような状態に陥る。

きもちいい! もっと雪といやらしいことをしてきもちよくなりたい!!

あたしは雪のおち○ちんを咥えると、吸い出すように口を窄めて頭を激しく前後に動かした。
いやらしい匂いが口の中で渦巻き、おち○ちんが細かく痙攣してしているのが分かる。

「はにゃあああ!? ちぇん、何か出る、出ちゃうぅ~!!」
そう叫んだ雪は、おもむろにあたしの頭を抑え込んでおち○ちんを喉奥に叩きつけた。

ぶりゅううううう!!!

一瞬だけおち○ちんが膨れ上がったと思うと、食道で何かが爆ぜた。
ネバネバした液体が瞬く間に口の中を支配しながら胃袋に流れ込み、おち○ちんを咥えた時の何万倍の濃度の匂いであたしの頭は溶かされるようだった。
しかも、その液体は一回でけでなく何回も雪のおち○ちんから吹き出し、あたしの胃袋や脳髄を満たしてゆく。

「うごぉ?! がはっがはっ!!」
あまりの衝撃にあたしは思わず雪から離れてむせてしまった。ダパダパと白濁の液体が口や鼻から垂れている。
これが『精液』なのだと思った刹那、あたしはこれまで以上にない興奮を覚えた。下手をすれば春の発情期よりも昂揚しているかもしれない。

「ちぇん……俺、こんなの初めてにゃあ……もっと、もっとするにゃあ~!!」
「ひゃあぁ?!」
恐らく精通によって本能が呼びさまされたのだろう。雪は高らかに宣言して、いきなりあたしを押し倒してきた。
干し藁の上に倒されたあたしの肩を鷲掴みにし、三度目のキスは雪から乱暴に奪われた。雪の唾液が精液と混ざって体内に送り込まれる。
あたしは抵抗せず、むしろその濃密なキスを味わうべく舌を絡ませていた。

「じゅぱ……ちゅる……ちぇん、ちぇん……!!」
あたしの名前を呼びながら、雪はあたしの胸に手を這わす。
最近わずかに膨らみ始めた胸を強く揉まれると、痛みに交じって悦楽も脳内に届く。

「しゅえ、落ち着いて……」
「でも、でも……!!」
「あたしも裸になるから……ね?」
あたしは興奮した雪をなだめながら、そっと胸元のボタンを外し始めた。
紫様や藍様のように大きくはないけれど、雪は興味津々といった表情であたしの胸元を凝視している。

「いいよ、しゅえ……おいで」
藍様が縫ってくれた服もスカートも脱ぎ捨てる。下着は雨に濡れたわけでもないのにぐちゃぐちゃに湿っていた。
あたしは衣類を全部脱ぐと、藁の上に寝そべってから両手を拡げて雪を迎え入れた。

「ちぇん!!」
雪はまっしぐらにあたしの胸に抱きつくと、赤ん坊のように乳首を吸い付いてきた。
ザラザラした舌があたしの乳首を転がすようにねぶり、甘い痺れが背筋を走る。

「はぁあん! そ、そんなに吸ってもお乳でないよぉ……ああん!!」
背骨を突っつかれたかのような快楽で、あたしの身体が勝手に跳ねた。仰け反ったあたしのお腹には、雪のおち○ちんが擦りつけられている。
雪はあたしのおへその窪みにおち○ちんの先っぽを当てて擦りつけていた。

「ふみゅう……ちぇんのおっぱい、おいしいにゃあ……」
「はあん、ダメだよぉ……」
乳首が取れてしまうくらい強く吸いながら、雪は腰を振っておち○ちんを擦りつける速度を速めた。
ぬるぬるした液体がおへそに溜まって、あたしの下腹部が一層熱を帯びてゆく。
その疼きに耐えられなくて、あたしは右手で自分の秘所…おま○こを慰めた。

くちゅくちゅくちゅ………

まだ指すら入れていないけど、割れ目の部分を指で擦ると卑猥な音が雨の降る音と混じって真っ暗な小屋に響く。

「ちぇん、また出ちゃう! 白いのでるよぉ!!」
「ひくぅん!?」
雪が二度目の射精をあたしのへその穴に撃ち込んだ。ゼリーのような熱い精液が腸内に沁み渡る錯覚を覚えるほどの心地よさが腹部を覆う。
その精液の熱さでおま○こがキュッと収縮し、あたしの指をはさみ込んだのが感覚で分かった。

精を吐き出した雪のおち○ちんは、それでも未だ萎える気配がない。
このおち○ちんをおま○こに挿入したらどうなるんだろう……
想像しただけであたしのおま○こは物欲しそうに震えた。

「はぁはぁはぁ……ちぇん」
雪は切羽詰まった表情であたしに乞うような視線を投げかけている。
そして、あたしはその青い瞳に妖しい欲望の火が灯っているのを発見した。その火に呼応して、あたしにも橙色の火が灯る。

「うん………ここに入れてぇ、しゅえ……」
あたしは雪が挿入しやすいように開脚すると、両手でおま○こを分け開いた。

くぱぁ……

ねとねとした体液が糸を引いて、膣の穴が今か今かとおち○ちんの挿入を待ち侘びているのが実感できる。

「はやくぅ~、ここの穴にしゅえのおち○ちんズポズポしてぇ~」
あたしは自分でも信じられない媚びるような甘えた声で雪を…オスを猥らに誘っている。
雪はギンギンな眼光であたしの指さす穴におち○ちんを宛がうと、本能の赴くまま一気に膣内を貫いた。

グッツン!! ブチブチブチ!!

「ひぃ、ひぎゃああああああ?!!」
粘膜を押し拡げて侵入してくる異物感、それに処女膜が裂傷した痛みで、あたしは苦悶の声を上げた。
身体を真っ二つにするような痛みの間に見え隠れする快楽に、あたしの意識が朦朧としてくる。

「ひぃひぃひぃ……痛い、痛いぃ……」
「ちぇん……大丈夫かにゃあ?」
あたしの悲鳴で理性が戻ったのか、覆いかぶさるようにして雪が心配そうに見つめている。
その時、雪の肩から一筋の鮮血が流れ出ていることに気付いた。あたしが雪の肩に爪を食い込ませていたのだ。

「しゅえ……血が……」
「ちぇんの痛みに比べればどうってことにゃいにゃあ……」
こんな時にまで雪は純朴な笑顔を浮かべている。額に汗を浮かべながら、決して痛くないはずなどないのに……
あたしはその笑顔が嬉しくて、そっと雪を抱き寄せて肌を重ねた。しっとりとした重みがこの上ない幸せに感じられる。

しばらくすると、激しい痛みが波のように引いていき、あたしのおま○こはジンジンした熱い疼きが残る。
敏感になった粘膜はおち○ちんの形を詳細にイメージさせ、むず痒い気分が徐々に高まってくる。

「しゅえ……もう動いてもいいよ」
「……うん」
雪はあたしがOKすると、ゆっくりと腰を引いて膣壁を擦り上げた。

ずぞぞぞぞぞぞぞ………

「あああ……ああああああ!?」
おち○ちんが少しずつ引き抜かれるたびに快感の電流が迸り、頭の中でパチパチ弾ける。

ぱちゅん!!

「はあああああああ!!?」
そしておち○ちんが一気に奥まで衝かれると、抜いた時の何倍もの電流があたしの身体を痺れさせる。

「ちぇん! ちぇんのおま○こ、キツキツでヌルヌルで……気もちよすぎて腰が止まらにゃいにゃあ!!」
雪は夢中になってあたしのおま○こにおち○ちんを打ちつけている。

パンパンパンパンパン!!

段々と雪の腰を打ちつけるリズムが速くなってきた。深いところまで雪のおち○ちんが突き刺さってあたしの頭をバカにさせる。
あたしもお腹の奥が熱くてフワフワする感じになって、何か大きなモノが来そう。

「はあはあ……おおっ! 出る、いっぱい出るよぉ~!!」
「あっあああ! あたしも、なんか大きいの来る、身体ビクビクってなっちゃうぅ~!!」

びゅるるるるる!!

「「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!」」
雪があたしの体内を精液で真っ白に染め、あたしは頭が真っ白になるくらいの気持ちよさが耳の先まで突き抜ける。
ドクドクと精液がお腹に沁みてゆくのを感じながら、あたしは雪を離さないように力強く抱きしめた。

「はぁ~……気もちよかったにゃあ……ちぇんは気もちよかったかにゃあ?」
「うん……頭真っ白になるくらい、しゅえの色に染まるくらい気もちよかったよ……」
あたしは心の底から沸いてくる幸福感を笑みで湛え、雪の桜色のほっぺにそっと頬ずりをした。


その後、絶大なる快楽を知ったあたしたちは明け方まで性交を続けた。
本能のままに交わる悦楽に、交わってひとつになれる喜悦に、未熟なあたしたちが抗える術など有りはしなかった。






5th【別離】

あたしが雪と一線を越えて以降、幻想郷は爽やかな秋晴れが続いていた。
愛し合う喜びと気持ち良さを知った2人を止めるものはいない。
あたしたちは毎日のように逢っては、貪るように互いの身体を求め合った。
処女喪失のときの雪が覆いかぶさってくる格好だったり、あたしが雪の上に馬乗りになる体勢だったり、いろいろ体位で気持ち良い箇所を探り合った。
一番良かったのは、獣のように四つん這いになって激しく後ろから突かれるエッチだろうか。
あたしはエッチのときに尻尾を弄られるのが弱い。雪は耳を舐められるとすぐ気持ち良くなるらしい。
サカリのつく季節とは真逆の時季に、あたしたちは時間さえ許せば衣服を脱いで性行為の病みつきになっていた。
おかげで雪の身体にはすっかりあたしの匂いが附着し、あたしのおま○こは雪のおち○ちんの形を完全に覚えている。
快楽の大海に溺れ、幼いあたしはこの満ち足りた時間が永遠に続くとさえ思い始めていた。

そんな幻影が打ち壊されたのは、雪と出逢ってから半月ほど経ったときのことだった。





神無月となり、金木犀の芳醇な香りが漂うころ。
あたしはいつものように廃村へ向かっていた。手には竹の皮で包んだおにぎり(たくあん付き)とお茶の水筒を持って。

廃村はひっそりと静まり返っていた。彼岸花は既に枯れ、代わりにススキが生い茂っている。
ザワザワと戦ぐ秋風が、非道く寂しげな雰囲気を醸し出していた。
その待ち合わせ場所の原っぱに、雪が倒れていた。傍らには見知らぬ黒猫が佇んでいる。

「しゅえ!?」
あたしは手にしていたおにぎりの包みと水筒を放り投げ、血相を変えて雪に駆け寄った。
雪は地面に突っ伏したまま気絶しているように見えた。あたしが縫い直した着物にはあっちこっち焦げた跡がある。

「……お前が飼い主かい? 小娘……」
ふと、あたしは傍らに佇んでいた黒猫に声をかけられ、緊張しながら振り向いた。
黒猫は鋭い鳴き声を発して妖気を凝縮させたかと思うと、人間の姿に変化した。

炎のような紅蓮の髪を三つ編みのおさげにし、黒猫の耳と人間の耳が両立している不可思議な猫の妖怪。
緑がかった黒い長袖のワンピースを着て、右手には小さな手押し車を携えている。
血のように赤黒い瞳。鋭利なナイフのような視線があたしを射抜いて、全身に毛が逆立つほどの恐怖を感じた。

「………あなたは誰なの?」
あたしはわずかに震える声で訊き返し、雪の楯になるような位置で身構える。本能が警報を鳴らすほど、この妖怪は危険だ。
そんなあたしを見て妖怪はひとつ溜め息を吐くと、威嚇するような声色で語った。

「あたいは火焔猫 燐。旧灼熱地獄から来た『火車』だよ……」
「火車?! 待って、雪はまだ死んではいないわ!!」
あたしは驚いて雪の身体を庇うように抱きかかえた。
抱きしめた雪の身体からはトクトクと心臓の鼓動が聞こえてくるし、ちゃんと体温もある。死んでいるなんて全くの出鱈目だ。

「いいや、その子はもう死んでいる。いや、『死体だったけど生きている』と言ったほうが正確か……」
「……?」
燐と名乗った火車の言うことが矛盾に満ちていて、あたしには理解できない。
きょとんとしているあたしを腕を組んで見下ろしながら、燐は滔々と語り始めた。

「あたいは人間の死体を運ぶのを生業としている。ある日、蒐集した死体の中にその子を見つけてね。とっても綺麗で可愛かったから、さとり様のペットを媒介にして蘇らせたのさ……ペットと言っても、10年生きた猫又のなりそこないだ。人間の肉体には相当の負荷が掛かってしまったが、とにかく蘇生には成功した。後はあたいの思い通りに可愛がればよかった……けれど、その子はあたいが目を離した隙に座敷牢をぶっ壊して逃げ出した。あたしはなんとか時間を遣り繰りしては探し回って、ようやくその子をみつけた……」

雪の出生の秘密、尻尾のない理由、真っ白な心、そしてなぜこの廃村から出たがらなかったか………
あたしはすべてを知り、腹の底から沸々と怒りが涌き立ってきた。

「なんてことなの……死者を弄ぶなんて!!」
あたしは怒りにまかせて燐に吠えかかった。犬みたいに吠えないのが猫の誇りの一つなのだけど、今はそんなの関係ない。

「仕方ないだろう。惚れてしまったんだから………」
その時、燐の表情が一変して狂気に満ちた。内面に秘めていたドス黒い感情を表に繰り出したように。
無機質に目尻から流れる涙が、その不気味さを一層醸し出している。

「本当に、一目惚れだったのに……禁術まで使って蘇らせて、真っ白なその子の心をあたいだけの色に染めようと思っていたのに……苦労して見つけてみれば、もうその子は他のメスに染まっていた……あたいが愛するはずだったのに……あたいを愛してくれるはずだったのに……その子はあたいの『もの』なのに……ああ、今なら羅生門の橋を守る橋姫の『嫉妬』がわかる……こんなにドス黒い感情が心の中に蟠るなんて……全部、全部お前のせいだ……この泥棒猫がぁ!!」
唸るような低い声色で燐はそう言って、携えていた手押し車を放り投げた。

―――妖怪『火焔の車輪』

ぎゅルルルルルルルル!!!! ボンッ!!!

その途端、手押し車の車輪が勢いよく回りだしてあたしたちの周りを一周した。
車輪の軌跡から紅蓮の炎が巨人のように立ち昇り、あたしたちを取り囲む。

「もういいさ。お前の色に染まったその子はもういらない……なあに、骨も残らず火葬すれば未練は残らないさ……」
「な、なんですって!?」
燐の冷たい宣言に、あたしはゾッと悪寒を感じた。炎の障壁で囲われているはずなのに、凍えたように背筋が寒い。
雪が殺される……
その恐怖があたしを一気に突き動かした。雪を地面に寝かせて立ち上がると、ぐっと敵を見据える。

―――鬼符『青鬼赤鬼』!!

あたしのスペルカードのほとんどは広いフィールドを駆使するタイプだから、炎の壁で制限されては効果が発揮できない。
その中でも十分に威力を発揮するであろうカードを宣言して、あたしは弾幕を撃ち放った。
赤と青の弾幕が八方から燐を襲う。この距離では回避どころか防御もままならないだろう。ざまあ見ろ!!

「……甘いわね」
口角を吊り上げて呟いた燐は前方に手を翳し、鬼火のような弾幕を放った。そう、ただの弾幕を。

ドガガガガガガガガガ!!!

線香花火のような閃光を発しながら、あたしの撃った弾幕は次々と相殺されてゆく。
あまりに大きな力量の差に、あたしはただ立ち尽くしかなかった。怖い。膝がブルブル震えて、歯をガチガチ噛み合わない。

「所詮、小娘の弾幕なんてこんなものよ……それに、その子はどのみちもう生きてはいられない……」
「え……?」
弾幕をすべて相殺した燐の言葉に、あたしは反射的に雪の方を振り向く。

「あ……がぁ……くぅ……」
「しゅえ?!」
あたしは慌てて雪の方へ駆け寄った。
雪は真っ青な顔で胸を押さえながら苦しそうに喘いでいる。脂汗が浮かび、身体には血管が浮き出ていた。普段はひんやりしている身体も焼けるように熱い。

「しゅえ! しゅえ! しっかりして!!」
「彼岸花と地獄に堕ちた人間の肝で作った猛毒を飲ませた……元々は死体だったからそんなに頑丈じゃなかったしね……それに、お前にも原因があるんだよ」
燐は冷徹な表情であたしたちに歩み寄ってくる。あたしは必死で雪に呼びかけたけど、雪の口からは途切れ途切れの呼吸音しか聞こえない。

「そんな………どうして……」
「その子と対面したとき、甘ったるいメスの臭いが鼻についた……お前、その子と交尾しただろう? それも1回や2回ってもんじゃなく……」
「!!?」
ギョッとしてあたしは燐を見た。卑しい笑みを浮かべて、燐はあたしたちと少し距離を置いて仁王立ちに見つめている。
秘密を知られた不快感と悔しさで、あたしの心はぐちゃぐちゃになった。

「それが決定打だった。お前の臭いが染み付いていなければまだ救いようはあったのに……あはは、そう睨むな。あたいを恨むならお門違いさ。恨むなら生娘だった自分の浅ましさを恨みな……あっはっはっは!」
燐の狂ったような笑い声が不快に響き渡る。裸にされて蹂躙されたような屈辱と同時に、今まで快楽を貪ってきた自分の姿があたしの脳裡にフラッシュバックした。

「ああ……あああ……」
絶望感が背中にのしかかり、あたしは膝から崩れ落ちた。縋るように雪の手を強く握り、ぎゅっと抱きしめる。
あたしが『愛情』を隠れ蓑にした『性欲』の衝動を抑えていれば、こんなことにはならなかったのだ……
雪がこんな危険な事態に巻き込まれることもなかったのだ!

「ふぅ……気の毒だけど、お前も道連れにするしかないね……精々、あの世で愛し合いなよ。来世ではお幸せに……!!」

―――贖罪『昔時の針と痛がる怨霊』

餞別の口上を述べた燐は、静かにスペルカードを発動させた。
無数の弾幕と、一際大きく光る鬼火の大車輪があたしたちに襲いかかる。
『贖罪』とは、なんとも皮肉なスペルカードだ。

「ごめん……ごめんね……しゅえ」
あたしはもう諦めて、ひしっと雪を抱擁した。冷たい涙が頬を伝い、激痛で意識を失った雪の頬を濡らす。
雪を死なせてしまうという陰気な感情に支配され、あたしはそっと目を閉じてリタイアしようと決めた。

ごめんなさい藍様、ごめんなさい紫様。橙は悪い子でした………


業火の雨があたしたちに降り注いだ。































「ダメよ橙、式が勝手に死ぬのは……」

―――――式神『八雲藍』

ズババババババババババ!!!

被弾すると覚悟した瞬間、何かが業火を薙ぎ払う。
耳の形に象られた白い帽子、藍色の服、金色に輝く9本の尻尾。
くるくると回転しながら優雅に着地してあたしに背を向けて立ちはだかったのは……

「藍様!!?」
そう、あたしの恩師にして母親のような女性である八雲 藍様だった。スペルカードの宣言から、紫様もいらっしゃるのだろう。

「藍様………」
あたしは藍様の背中に恐る恐る声を掛ける。

「橙、聞きたいことが山ほどある……分かっているね?」
藍様はあたしに背を向けたまま、張りつめた声色で語りかけた。
怒っていらっしゃることは明瞭に理解できる。自分のしでかしたことを鑑みれば当たり前だ。

「……………はい」
あたしは喉に真綿が詰まったような罪悪感に見舞われながら、蚊の鳴くような声で返事をすることしか出来ない。

「ふ~ん、小娘の師匠は狐だったか……なら、地獄の業火でこんがりキツネ色になりな!!」

―――屍霊『食人怨霊』!!

燐が技を繰り出した。周りを囲っていた炎の円陣から8つの鬼火が飛び出し、藍様に向かって一点に収束してゆく。

―――式神『前鬼後鬼の守護』

しかし藍様は慌てることなく、迎撃のスペルカードを宣言する。
そのスペルカードは、あたしに『青鬼赤鬼』として藍様が教えて下さった技だ。

ドゴォォォォォォォォ!!!

藍様の弾幕はあたしのそれとは段違いだった。敵の技に力負けすることなく、炎の壁さえも吹き飛ばした。
刹那の爆音が廃村に響いた後、もうもうと立ち込める煙が徐々に晴れてきた。

「くっ………くそぉ……」
燐は藍様の弾幕を被弾し、脇腹を押さえて顔を苦痛に歪ませていた。燐の脇腹には血が染み出ている。
脚がフラフラしているとはいえ、並の妖怪なら消し飛んでいた火力の弾幕で立っていられるのが燐のレベルの高さを証明していた。
しかし、勝敗は一目瞭然だった。

「ははは……強いじゃないか狐さん。さすがに人を化かすだけのことはある……」
唇の端から血を垂れ流しながら、燐は強気の笑みを浮かべて皮肉を藍様に投げつける。

「橙を殺そうとした罪、万死に値する……これでお終いだ!」
「そこまでよ、藍……」
手負いの燐に止めの弾幕を撃とうとした藍様の手を、スキマから現れた紫様が手首を掴んで制止させる。

「し、しかし紫様……!」
「あの火車を裁くのは貴方ではないわ……」
そう言って後方に目を向ける紫様。藍様もその方向に視線を移し、あたしも同じように横を向いて見る。

あたしたちから3間(約5m)離れた場所に、2つの人影があった。
一人は大柄で赤い髪。底の厚い下駄を履いて紺色の和装、肩には大きな鎌を担いでいる。
もう一人は小柄で緑色の髪。冠のような制帽に瑠璃色の制服、手には『罪』の字が描かれた尺を持っている。

「……是非曲直庁幻想郷担当裁判官、閻魔の四季 映姫=ヤマザナドゥです」
「同じく是非曲直庁三途の川管理課、死神の小野塚 小町」
最初に緑色の髪の閻魔様が名乗り、それに続いて赤い髪の死神が名乗った。

「火焔猫 燐。是非曲直庁長官の命により、死者冒瀆の罪で逮捕する。御同行願おうか」
小町はそう言って懐から令状を見せると、燐をじっと見つめる。
燐はその令状をやるせない表情で一瞥した後、大きな溜め息を吐いた。

「はぁ……やれやれ、年貢の納め時か……」
燐はそう言って無抵抗に両手を差し出した。小町が素早く銀色の手錠を嵌め、燐を連行してゆく。

「さて、その子の処遇についてですか……」
残った閻魔様は、ゆっくりとあたしに…あたしの腕に抱えられている雪に視線を移した。
死者を裁く閻魔様の瞳は、氷のように冷たく背筋をゾッとさせた。

「いや! 雪を、しゅえを連れて行かないで!!」
あたしは雪に覆いかぶさるようにしながら、必死で請願した。怖くて悲しくて、涙がまたぽろぽろと溢れてくる。
閻魔様はそんなあたしを見て、一瞬だけ困った表情を見せた。

「うくぅ………ちぇん」
開かれた雪の瞳には、ほとんど生気が残されていなかった。空と同じ色だった瞳に宿る光は、文字通り風前の灯火のように儚かった。

「しゅえ……」
あたしの名前を呼ぶ雪に、あたしは優しく答える。雪の瞳に映るあたしの顔は、泣き腫らした顔で非道く無様だった。

「ちぇん……そこにいるにゃあ……?」
「うん……此処にいるよ」
摩耗した雪は視力を失っていた。弱々しく震える手で、そっとあたしの頬を撫でる。冷たい、雪のような手で。
あたしは、雪の身体がだんだんと軽くなっていることに気づいた。まるで、雪が融けてゆくように……

「ちぇん…………おれ、ちぇんとであえて……ほんとうに……しあわせだったにゃあ………」
「しゅえ、ダメ、死んだらダメ! あたしの言うこと……聞いて……聞いてよぉ………」
「ちぇん………おれはもうしんでいるにゃあ………あのいたみで、おもいだしたから………」
「しゅえ………………」
最早、話すことさえも辛いのだろう。雪はしばらく押し黙って、苦悶の表情を浮かべた。
見ていられない。こんな雪の顔はあまりにも見るに忍びなかった。あたしは心がザックリ裂けたような痛みを胸に感じた。
本当に悲しい時や苦しい時は身体まで痛くなるのだと、初めて知った。

「紫様…………」
「黙りなさい藍」

「ちぇん………ちぇんのにゃみだ、しょっぱいにゃあ……そんにゃににゃかにゃいでくれよぉ………」
「だって……だってぇ!」
「にゃあ、ちぇん………きす……してくれにゃあ………」
「…………………しゅえ」
雪の願いに、あたしは素直に応じた。藍様や紫様が見ていても構わない。

くちゅっ……………

最期に交わした口づけは、粉雪のような味がした。あまりにも悲しい、空虚な味覚。

ずっと、このまま口づけていたかった。叶(かな)わぬ願い、それでも2人の間には違(たが)わぬ想い。
舌を絡ませることなく、ただ唇を触れ合うだけのキス。

ポゥゥゥゥゥ―――――

すると、雪の身体が淡く光を放ち始めた。橙色の光。夕焼けのような、終りの色に雪が染まってゆく。

「しゅえ!!」
「ちぇん……おれ………こんど……うまれ………かわったら………ちぇんの………しきに……にゃる………やくそく………だにゃあ…………」

「さよなら ちぇん」

それが、雪の最期の言葉だった。

ポゥゥゥゥゥ……ピシュゥゥゥン!!

最期に眩しい笑顔をあたしに向けると、雪の身体は橙色の光に包まれて空へと飛んで行った。

「しゅえぇぇぇ~~~!!!! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
慟哭。これまで生きてきて、あたしは最も大きな声で空へ向かって叫んだ。



雪が還って逝った空は、西から橙色に染まっていた。









Epilogue【そして未来へ】

これであたしの物語は終わりだ。

藍様はあの後、怒るに怒れなくなったらしい。腫れ物に触るようなよそよそしさであたしに接していた。
あたしもあたしで、しばらくはあの廃村の原っぱで一日中空を眺めていた。ご飯も食べず眠りもせず、一時は死にかけて永遠亭に運ばれたこともあった。

でも、あたしを立ち直らせてくれたのはやっぱり恩師である藍様の言葉だった。

『橙、あの子はお前の式になるって言い遺したのだろう。だったら、立派な姿になったと胸を張って出会えるよう、修行に励もうではないか!』
「ら、藍様……でも、あたしのせいで雪は……」
『大丈夫。閻魔様もおっしゃっておられたが、あの子はきっと転生するそうだ……』
「でも、でもぉ……」
『橙、今の自分が後悔するのは過去の自分だ。でも、今のままだったら未来の自分が後悔する羽目になるんだぞ……』
「!!?」
『過去は誰にも変えられない。未来は誰にも分からない。迷い、間違えても、未来で自分を誇れれば上等な生き様だ』
「………藍様」
『さあ、まずはご飯を食べて力をつけよう……行こう、橙』
「はい!藍様!!」

こうしてあたしは立ち直ることができた。
心に灯った炎で、あたしはそれまでより気合いを入れて修行に励んだ。
藍様や紫様、そして幻想郷の人たちと共に、あたしは日々を鍛錬や勉強に費やした。
体躯はぐっと大人の体つきになり、身長も藍様と同じくらいまで伸びた。


そして、今………



「ちぇ~んしゃまぁ~!!」

草原に佇む私の名前を呼ぶ声がして、私はその声の方向へ振り向いた。
小さな男の子が駆け寄ってくるのが目に映る。俊足でこちらに辿り着くと、勢いそのままに私に抱きついてきた。

「はぁ……きちんと『橙様』って呼びなさいって言ってるでしょ」
私は溜め息交じりで少年を抱きかかえると、そっと頭を撫でた。真っ白で絹のような手触りの髪。
ピクピクと反応する猫の耳には、小さなピアスが一個穿たれている。

「えへへぇ、ごめんにゃさいちぇんさま……」
少年はそう言って私に微笑みかけた。空のように深い青色をした円らな瞳がキラキラ光っている。
水色を基調とした洋服は私が縫った。白だと汚れが目立つからだ。

「さあ、帰りましょう雪。今日は藍様のお手伝いを教えるから」
私は少年…雪を降ろすと、そっと手を差し伸べた。威厳を保ちつつも、心の中は抱きしめた温もりと幸福でいっぱいだ。

「はい! ちぇんしゃま!!」
純粋な笑顔で雪は私の手を握る。



この子の名前は雪(Xuě)。私の式で、大事な家族だ。



私の名前は八雲 橙(Chéng)。主である八雲 藍様の式にして、結界の修復を行う化け猫。





空が西から橙色に染まっている。夕焼けの終わりの色。でも、朝焼けの始まりの色。



明日が今日より幸せであるように祈りながら、世界は今日も廻っている。









『Orange blossom』 ~橙色の小さな恋の詩~
            


                              ―――――HAPPY END!!―――――
是非曲直庁裁判官執務室

「本当によろしかったのですか四季様……」

「あの子は最初から『白』でした。外見も内面も……ただそれだけのことです」

「しかし、あの火車を特赦する進言をしたのは……」

「彼女には彼に対して異常な確執がありました。『恋の病』というには重篤な症状でしたが、監獄に幽閉するだけが懲罰ではありませんよ小町……」
魚沼丘陵
コメント




1.ののさ削除
長い文章が苦手だったのに最後までよんでしまった・・・
すごいとしか言えない
2.T.T削除
泣けた……                     ここまで感動した話は初めてだ…
3.名無し魂削除
読むのが今更になってしまったが
やっぱり読ませる作品だなあ。ため息が出る。
橙と雪のいちゃいちゃ話からここまで広げるとは…面白かった。
4.foma削除
よかったです。
橙ちゃまもいいですね……
感動しました。ありがとうございました。
5.名前が無い程度の能力削除
最近橙に萌えはじめました。素晴らしすぎるお話、ありがとうございます。<m(__)m>
6.絶望を司る程度の能力削除
泣けるぜ……