真・東方夜伽話

わたしたちのおうち。

2009/06/28 01:43:25
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わたしたちのおうち。

あか

--まえがき--
「ねぇ、私の笑顔って、ちゃんと笑顔?」
「地霊殿へお泊り」
以上ニ作品のサイドストーリーになる、のかな?
こいしとうつほが今回の中心です
--以上まえがき--

この家にはステンドグラスがあって。
この家には3人の家族がいて。
さとりお姉ちゃん、お燐、それに、うつほ。
みんな、私の大切な家族。
みんな、ステンドグラスより綺麗な色の目をしていて。

以前お姉ちゃんにその事を話した事がある。
「そうね。私は紫色、お燐は赤色、うつほも赤色、そしてこいしは緑色ね。私もみんなの眼の色はきれいだと思っているわ。」
「うん!」
ぽんぽんと、お姉ちゃんの部屋の広いベッドの上で頭を撫でられながら、
お姉ちゃんの胸の中でお話を聞いていた。
「ねぇ、こいし。目いうのはね、その持ち主がどんな方なのかを教えてくれたりもするのよ。」
「たとえば?」
「そうねぇ。例えばお燐やうつほは、赤色でしょ?」
「うん。」
「お燐やうつほって、どんな子?」
「明るい!活発!あ、あと風呂嫌い!」
「……まぁ、確かにそうよね。んー。赤色というのはね、こいし。強さを表す色なのよ。」
強さ?でも、緑色の私よりお燐やうつほは弱いと思うんだけどなぁ。
「そうじゃないのよ?こいし。強さっていうのはね、力だけじゃないの。
世の中にはいろんな強さがあるのよ?ほら、意志の強さとか信頼の強さとか。熱意といっても良いかもしれない。」
熱意かぁ。
「じゃあ、私の色は?」
「緑色はね。そうね、純粋で素直ってところかしら。純情って言っていいかもね。
お姉ちゃん、こいしを見てるといつもそう思うわ。」
お、嬉しいな。じゃあお姉ちゃんは?
「紫ね。」
お姉ちゃんが私の髪の毛を指でゆっくりと梳かしながら、
いつになく難しそうな顔をして考えている。
「だって自分の色って表現するのが難しいのよ?うーん。私の事でもいいかしら。」
「うん!」
「そうねぇ、言うとするなら、いつも不安で胸がいっぱいだわ。皆がちゃんと
元気に育ってくれるかなって。あぁ、あと不器用ね。私料理得意じゃないし。」
「えー、お姉ちゃんだけまるでいいところないみたい。」
「あら、そんな事ないわよ。そうね、そんなだからちょっとしたことで喜べるのが私の長所よ。」
「どんなー?」
「こいしの背が伸びたこととか。」
「このままお姉ちゃんより高くなって、胸もお姉ちゃんより大きくなったりして。」
「あら、胸は負けないわよ。というより、負けたくないわね。」
「……身長はいいの?」
「すくすくちゃんとまっすぐ育ってくれるなら、大歓迎よ。」
「じゃー胸が大きくなってもいいじゃん!」
「まぁ、それを言われると言い返せないわね。」
よし、勝った!お姉ちゃんに勝った!
そう思った瞬間に、ぺちぺちと頭を叩かれる。
「甘えんぼさんでいるうちは、私より大きくなれないわよ?」
「えー。いいじゃん。」
だってここは、安心するんだもの。

「そういえばお姉ちゃん。」
いつのまにかぼーっとしてうとうとしはじめたお姉ちゃんに声をかけて、こっちの世界に引き戻す。
「んぁ?」
……寝ぼすけなんだから。
「酷いわね、私だって心地よかったら眠くなるのよ。」
「心地いいの?」
「そりゃあ、大事な大事な私のこいしですもの。」
「じゃあ、大事な大事なさとりお姉ちゃん。寝る前にもうひとつ聞いていい?」
「ええ。目のお話?」
「うん。眼玉って白い部分があるけれど、じゃあ白い部分ってどんな意味なんだろうって。」

当時小さかった私は軽い気持ちで質問したつもりだったのだけれど、
お姉ちゃんの胸の中に抱かれていた私でも、お姉ちゃんがその質問で動揺したのが私にはわかった。
「良い質問よ。」
頭をポンポンと撫でられて、少しはほっとしたけれど、
お姉ちゃんは少し落ち着いていない様子で何か考え事をしている様子だった。

「私達はね、生きている皆はね、相手を見るときに自分の作った眼鏡を通して相手を見るのよ。
私だって、お燐だって、うつほだって、そしてあなただって、皆眼鏡をかけているの。」
め、メガネかぁ。私そこまで目悪くないんだけどな。
あんなのかけても、目が回るだけだよ?
「うん。歪んで見えるから、目が回っちゃうの。でもね、
その眼鏡っていうのは不思議な事に自分には歪んで見えないのよ。自分で作ったから。」
「自分に合うように作ったから、ってこと?」
「そう。それでね、それを通してみた姿が本物だって思うの。これこそが本当の形なんだって。」
「それは、悪い事なの?」
「悪い事ではないのよ?そうね、つまりは皆同じものに対して同じようには見えていないってことよ。」
「お燐はお魚が好きだけど、うつほはそうでもない、みたいな感じ?」
「……まぁ、そういう感じのものよ。」
難しいなぁ。
「うん。難しいの。とても、とても。質問に帰ろうか。じゃあ白い目はなんのためにあるのか。」
「うん。」
「白い目はね、自分のメガネを通してですら、自分でそれを理解できないときに向ける目の事なのよ。」
「酷く歪んで見えるとか?」
「たぶん、そんな感じ。」
「あいまいだなぁ。」
「現実から目を背けるっていうでしょ?あんな感じだと思えばいいわ。
日頃の目で見極めが利かないから、適当に白い目を向けて形の上はごまかしてしまうのよ。」
「逃げてるってこと?」
「うーん。その話は置いておきましょう。」
ぐしぐしと頭を撫でられる。
うー、せっかく梳いて貰ったのに。
「あぁ、ごめん。」
またぽんぽん撫でながら髪を梳かしつつお姉ちゃんが謝った。
まぁ気持ちいいからいいんだけど。……お姉ちゃんだってちょっと楽しそうだし。

「私もあなたも、みんなの心が読めるでしょ?」
「うん。」
読めるというか、分かるっていうほうが正しいと思うんだけどなー。
「そうね。ねえ、ちょっと今から大事なお話するけれど、最後までちゃんと聞いてくれる?」
「うん……?うん。なあに?」
「こいし、3日前にうつほの大事にしていたキャンディ、一個盗み食いしたでしょ。」
「うぐ……。」
い、一個だけだよ?
「2日前にはお燐の大事にしてたゼリー、1個食べちゃったでしょ。」
つ、筒抜け。
「で、昨日はお燐とうつほが喧嘩してるのを見て、そーっと逃げたでしょ。」
「ご、ごめんなさい。」
「何で分かったと思う?何で知っているか分かる?」
私の心の中を読んだから?
「そうよ。……後で謝っておきなさいね。」
はーい、そう謝りながらお姉ちゃんの顔を見上げると、どこか寂しそうだった。
すぐに視線に気づいて笑顔にはなったんだけど。
「で、心が読めたから今の事は分かったわけよ。でもね、私たち以外のほかの皆は、そうじゃないの。」
「心が読めないのが普通ってこと?」
こくり、とお姉ちゃんが首を縦に振った。
「こいし、私が言い当てた時、驚いたでしょ?困ったでしょ?」
「うん、ちょっとびっくりした。」
「皆ね、心の中に覗かれたくない部分ってのを持っているの。こいしだったら、お菓子の行先であったりしたけど。
皆がみんなそうとは限らない。辛い過去や、秘めた思いだってある。でも、そんなのは無関係に
私達は覗く事もできてしまうの。」
「うん。私もお姉ちゃんがお風呂場で胸をペタペタ触りながら嘆いているのは知ってる。」
「こら。……それでね。覗かれた時、どんな気持ち?」
うーん、覗かれた時、知られた時。
「悔しい?」
「うん、そこは人それぞれなんだけど、少なくとも良い気持ちではないのよ。」
ぎゅっと見上げたまま聞いていると胸元に抱きしめられた。
「大切なものを知られるというのは同時に大切なものを奪われるのと同じ。」

だから、だから覚えておいて。
いくら私たちにその気がなくても、それはしない事への証にはならないの。
だから、いとも簡単に内側を覗ける私たちに、皆は冷たい目を向けてくるでしょう。
その冷たい目、それが白い目なのよ。
でも、ここには、私、お燐、うつほ、そしてこいしがいる。
だから、少なくとも私たちはどんな事があっても信頼して頂戴。
私も、みんなを信頼するから。そうやって、耐えて。その視線を乗り越えて。お願い。

お姉ちゃんの言葉がどんどんと胸の中へなだれ込んでくる。
酷く、さびしい気持ちにさせるこの声は、お姉ちゃんがきっと声を殺して今泣いているということなんだろう。
ぎゅっと、私を抱き締める力が強くなるのは、今までそれを背負ってきたから、なのだろう。

「返事は?」
「……はい。」
「よろしい。……後で謝っておいてね。二人に。」
「うん。」




正直な話、当時その話をした時には私はまだ真剣には考えてはいなかった。
ただ、話を聞いて、そんなものなのかな、程度にしか考えてはいなかった。
まだ、私が小さかったからだ。
そう、小さかったから。
でも、それでも問題が無かった。私は家を出なかったし、
必要なものなんかはお燐やうつほが代わりに揃えてくれた。
……お姉ちゃんも出たのを見た記憶がない。
物憂げに外を眺めていたことはあったけれど、私を見てくれる時はいつも笑顔だったし、
私は別に気にも留めて無かった。

私がお姉ちゃんと同じくらいの背丈になった時だろうか。
お燐やうつほが話す町の情景に心が躍り、少しずつ生活に不満を抱えていた私はついに
夜中に黙って家を離れて町へと繰り出した。
最初は良かった。
私の知らない人がいる。いろんな考えの人がいる。いろんな、いろんな世界がそこにあって。
凄く、楽しかったんだ。とても。だから正直、浮かれていたんだ。

その日、家に戻ってお姉ちゃんに見つかるなり泣き付かれた。
あんなに楽しい場所に行ってきただけなのに、何で泣いているんだろうと最初私にも訳が分からなかった。
ただ、私の髪を撫でながら、
「怪我してない?怖い事は無かった?」
そう、呟くばかりで。その時は申し訳ないと思った。
お姉ちゃんを泣かせてはいけない。そう思った。
けれど、日が経つうちにまた、あの楽しい場所へ行ってみたいと思ったんだ。
今度は昼頃に家を抜け出して、また町に繰り出した。お姉ちゃんはまだ寝ていたし。
……ただ、その時家を出てすぐ誰かの視線を感じたけれど、特に気にも留めなかったのだ。

歩いて楽しく町まで行って町に入るなり、みんなの視線が私を捕らえた。
一瞬、私が人気者だったかと勘違いするほどに、それほどまでにその一瞬は皆が私を見たのだ。
……ほんの一瞬。その後、背筋をかける怖さが走った。
お姉ちゃんの言っていた白い目が、私に向けられている。それだけじゃない。
「アレ、地霊殿から出てきた奴だぞ。」
「関わりたくねぇな。」
「どうせ皆の頭の中でも面白おかしく覗いているんだろ。……好かないネェ。」
皆の声が胸に刺さる様に飛んでくる。一度気にしだしたら止まらない。
無駄に研ぎ澄まされた感覚が、町中の声を私の胸に突き立てた。
吐き気を催すような感覚。異常な鼓動。そして不安、恐怖。
今まで私が体験したものを簡単に越えたそれは思わず私をそのまま地霊殿に帰らせた。

近いと思っていた我が家も、視界の隅にあるのに焦る心にはまるで近づいているような感覚になれず、
走っても走っても、たどり着けないまま私はここで殺されるんじゃないかという不安が襲う。
どれだけ走ったか、私は覚えていない。足が言う事を聞かなくなり何度も転び、
そしてまた再びほつれ転びそうになった時に私はうつほに背中を抱かれ、持ち上げられた。
「大丈夫ですか!こいし様!」
酷く動揺した声だった。彼女の言葉も、心の中も。
私はおくうの腕の中、空を飛びながらただひたすらに泣いた。
こんなにも怖いところだとは思っていなかったから。この前天国に見えた場所が
地獄となって私を迎えたという事実が、とても辛かった。
家に入って、玄関でおろおろとしていたお姉ちゃんがこっちを向き、
お姉ちゃんが私を見て泣き崩れて、その場から動けないのを今度は
お燐がおろおろとそのまわりで辛そうな顔をしているのが、辛かった。

ただ、うつほだけはもうその時には冷静になっていて、私を再び抱えあげるとお姉ちゃんの部屋まで飛んだ。
部屋に着くまでうつほは何も言わず、私も何だか怖くてうつほの考えていることを覗くことができなかった。
部屋につくなり、この前お姉ちゃんにやられたように、うつほが私の体に触れた。
「……足、擦りむいていますね。」
棚から薬箱をとって、足を消毒されながら、おくうの顔を覗き込む。
赤瞳が真っ直ぐに私を見つめた。心を覗いていなかったから正確には分からない。
けれど、その目が怒っている事だけは、私にはわかった。
「何でございましょうか。」
「ごめんなさい。」
「それは、さとり様に言ってあげてちょうだい。」
くるくると私の脚に包帯を巻きつけつつ、うつほがキツイ口調で言い放った。
……やっぱり、怒ってる。ごめんね。ごめん。

うつほは私をベッドへ仰向けに寝かせると、すぐに部屋を出て行った。
少し時間が経ってからだろうか、入れ替わる様にお姉ちゃんが部屋に入ってきた。
「大丈夫?」
「……うん。」
本当は、大丈夫なんかじゃなかった。とても怖かった。とてもとても不安だった。
お姉ちゃんがベッドまで歩いて来て、私の横に座る。
「ごめんなさい、お姉ちゃん。」
無我夢中になって、お姉ちゃんの胸に抱きついてそのまま押し倒した。
程なくして、私の背中をお姉ちゃんが包んでくれたけれど、
その時程にお姉ちゃんの手が弱弱しく、そして震えているのを感じた事はなかった。
「今日は、ゆっくり寝てちょうだい。」
「うん……。」
元より、疲れ切っていた私の体はもうそれ以上起きているのが辛かったのもあってか、
すぐにお姉ちゃんの胸の中で眠った。

ただ、それは疲れていたからであって、結局怖くなって私は夜中に眼が醒めた。
あの時の視線が、皆からなだれ込んでくる意識が鮮明に頭の中を駆け巡る。
お姉ちゃんは疲れきった顔で眠っていたので、できる限り慎重に腕の中から抜け出すと、
私は風に当たるために部屋を出た。
「……こいし様?」
そんな声が聞こえて、声の先に視線を向けると廊下に赤い光が2つ光っていた。
その目の持ち主であり、声の主であるうつほは、その膝の上にお燐の頭をのせて廊下で座っていた。
「うつほ?貴女、寝ないの?」
「えぇ、その。すみません。そんな気分になれなくて。」
「そう。……でもそんな所じゃ風邪をひくから、お姉ちゃんのベッドで一緒に休んだら?」
「では、御言葉に甘えて。」
うつほが、寝ているお燐の手をひょいっと持ち上げて抱きあげると、私の横をすり抜けてベッドまで歩いて行った。
私はその姿を見送りながら、静かにドアを閉じて廊下を歩いた。

コツコツと私が歩く音が廊下に響く。
程なくして、私の後ろでもう一度ドアが開いた。
「こいし様。」
「なに?」
「一緒してもいいでしょうか。」
「……ねぇ、うつほ。貴方はもしかして私についてお姉ちゃんに何か言われた?」
「言われました。でもそれとは関係なく、これは私の判断です。お伴、して良いですか?」
「良いも何も、うつほも私の家族よ。それに行くって言ってもバルコニーよ。」
コツコツと私が歩く後ろをふよふよと飛びながら3歩後ろをうつほが飛んだ。
階段をのぼってバルコニーにつく。温度こそ大して室内と変わらないものの少しでも風があるというのはどこか落ち着く。

バルコニーの端の方にあった椅子を持ち出してその上に座ると、
うつほが私の少しななめ後ろの床にぺたんと腰をおろした。
「静かですね。」
「夜だもの。」
「ねぇ、うつほ。あなたは私の心の中、読める?」
「無理です。」
「心の中を覗かれるのって、どんな気持ち?」
それまですぐに返答していたうつほが、そこでぴたりと口を閉ざした。
まるで急にバルコニーに一人にされたような感覚が私を襲う。
でもくるりと振り返ると、確かにそこにうつほが居て私を見つめていた。
「何か言ってくれなきゃ、分からないわ。」
「……今は心の中を読んでない、ということでしょうか。」
「……怖いんだもの。だから今は読んでない。」
「怖い、ですか。じゃあ口で答えますが、内容次第ですよ。でも、良い気分ではないです。」
「やっぱり、うつほもそうなの。」
「皆、そうですよ。でも、」
再びうつほが口ごもる。
椅子を動かして、改めてうつほに向き直る。
少し震えながらも、うつむいたままのうつほが言葉を紡いだ。
「大切な人が辛……」
そう言いながら、うつほが顔をあげる。
泣きそうだった瞳が一瞬にして燃えるような瞳に変わったかと思うと、うつほが私を押し倒した。
彼女が何を考えていたのか、覗くことを一旦自分で止めていた私にはわからなかったけれど、
私の視界の上を手のひら程の石が飛んで行くのを見て、息を止めた。
ゴン、という音がバルコニーの床を叩くのと同時に、うつほが私の体から身を起こして
床に落ちていた石を投げ返した。
何が起こったか分からない私は、その石投げられた方へと視線を向けてふたつの光るものを見つけた。
白い、白い光るもの。

何で石を投げてきたのか最初は理解できなかった。
というよりも、理由が分かっていても認めたくなかったというのが私にはあった。
……けれど、動揺して昂っていた私は、つい意識を集中して。
ただ、2文字の呪詛が私の胸に刺さった。
それまで生きてきた中で、これ程までに痛い言葉は無かった。

その時の私の頭の中はうつほの事はまるで頭に入ってこなくて、
相手に言われた言葉をひたすら頭の中に響かせていた。
うつほが投げた先に向かって真赤に光る目を向けながら何かを叫んでいたがそれは全く私の耳には入らなくて、
私の心の中に響いていたのは、先ほど胸に突き刺さったあの言葉。
響く度に、自分の足元がガラガラと音を立てて崩れていくような、そんな言葉。


今思えば、その時私がもっとしっかりしていれば、しっかりしていれば……。
その後の記憶は私には無い。私が自分の読む力を抑え込んだときに一緒に置いてきたもの、なのかもしれない。
その時私がどうしていたのかは、その出来事のずっとずっと、ずっと後で、うつほが教えてくれた。

---------------

私が石を投げ返した先、相手には当たらなかったけれど相手は逃げて行った。
「なんて事するんだ!」
そんな言葉を投げたような気がする。でもそんな事よりも私にとって深刻な光景が足元にあった。
こいし様が頭を抱えて、うずくまっている。……一瞬は押し倒したときに
頭を打たせてしまったのかとも考えたかったけれど、そうでないのは一目瞭然で。
歯がカチカチなっているのが立っている私にさえ聞こえた程だった。
肩は震え、息も荒くて、私がその両肩に手をかけたとき言葉になっていない悲鳴をあげてこいしが後ずさった。
私を見ながら、震えて。近づこうとしてもどんどんと後ずさって手すりにしがみついて。
私にはショックだった。嫌がられているという事が。だから、それ以上近寄る事も、
そしてそこから離れることもできずに困って。そして心の中で助けを求めた。
誰か、……さとり様!お願い、来て!

自分は何もできない酷い出来損ないだと思った。
気の利いた声一つかけられない、そして、今私もこの状況が怖い。その事が情けなくて。
家族として失格だと、思った。
私はさとり様が早く来ないかと祈っているその一方で、こいし様が泣きながら奇妙な声を発し始め、
私には最初その声が何の声かが理解できなくて、しばらくしてやっと
それが笑い声だったことに気づいた。

バタン、とバルコニーの扉があく音がして、私の横をさとり様が駆けて、
へたりこんでいた私は、その後ろに続いてきたお燐に体を支えられながら、
その姿をただただお燐と一緒に後ろから見ている事しかできなかった。
こいし様の前にさとり様が座りこんで、さとり様がこいし様の肩に手を置いて口を開いた。

「こいし、落ち着いて。」
「お姉ちゃん、何で私はここまで嫌われないといけないの?私たちは邪魔者なの?
お姉ちゃんだって、こういう仕打ち受けて来たんでしょ?何で耐えられるの?
私には、耐えられない。私はお姉ちゃんより物分かりが悪い妹かもしれない。けどね、けどね?
私の性格が悪いんじゃない。私の存在自体が悪いって言っているのは分かるんだよ!」
「そうじゃない、そうじゃないよ。皆、私たちが心を読めてしまうのが、
怖いだけなの。こいし、あなたが悪いんじゃないの。」
「じゃあ、何が悪いの?この能力が?心を読めてしまうのが悪いの?
でもそれって結局私たちの否定じゃない!」
「ち、違うわ。」
「違わないわよ!どこが違ったのよ?!私たちだからこそ読めるのよ?
能力が悪い?!あぁそう。だったらもう私にはこんな力いらない。必要ない。もういらない!
誰が得をするの?皆が嫌な気持ちになるだけなら、こんな力捨ててやるわ?!」

ただ、私とお燐はその言葉のやり取りを見ながら、後ろの方で震えていることしかできなかった。
いつも優しいこいし様が、あんなに悲しそうで、痛そうで、辛そうな顔をして喋っている事が、
そしてその一言一言が、聞いている私にとっても辛かった。
そこまで言い終わったこいし様が、さとり様を吹っ飛ばして空へと逃げて行った。
ただただ唖然としてその光景を何秒見ていたのか、私は覚えていない。
動けない私より先にお燐がさとり様を支えに行ったのを見て、私はこいし様を追う事にした。
とはいえ……。既に空にこいし様の姿は無く、私には方角を合わせて飛ぶことしかできなくて、
何より恐怖で固まっていた体が思うように動いてくれず、スピードが出ない事が歯がゆかった。

でも、それからいくら探しても、こいし様を見つける事ができなくて。
結局何の収穫も無いまま私は地霊殿に戻るしかなかった。
何てさとり様に謝ればいいのかすら分からない、そんな暗い気持ちだった。

バルコニーから中へと入り、さとり様に何て声をかけるべきなのか悩みながら歩いて行くうちに
さとり様の部屋の前まできてしまう。私がドアのノブを握ろうとしたとき、中からお燐が出てきた。
「おかえりなさい。」
「ただいま。……さとり様は?」
私の問いかけに顔を曇らせて、ただただうつむくとお燐が私の手を掴んだ。
「お燐?」
「やっと、休んでくれたから。起こしたくないから。」
そう言って、ぐいぐいと引っ張られる。
今戻ってきた道を引きずられるように戻りながら、私たちは再びバルコニーへと出た。
「こいし様はどうなったの?」
「ごめん、見つけることができなかった。」
薄々分かってはいたようで、お燐は表情を暗くすると、その場にしゃがみこんだ。
「やっぱり、やっぱり……。」
「さとり様は?」
しゃがみ込んで、私がそう尋ねるとお燐がこいし様が最後背にしていた手すりを指さした。
何だ?と思い、振り返ってその手すりへと目をやって。

最初は、老朽化からきた染みなんだろう思った。実際遠くから見ればそんなもので。
少し近づいて改めて見直して見れば、私の目にうつったのは握りしめた後のある真赤な手形がついた手すり二つと、血まみれになったその間にある手すり。
ふわりと漂ってきた風が私の鼻に血の匂いを運んでくる。
「どういう……事よ。お燐?」
「さとり様が、泣きながら。……怖かったよぅ。」
よくよく見れば、お燐の黒い服にも赤い斑点ができていて。
そしてその胸には赤く染まってしまった薄い紫色の髪の毛が何本も付いていた。
「こいし様、戻ってくるよね?」
泣き出したお燐が、私にすがりついて尋ねた。
私があの時、バルコニーに行くのを止めれば、あの時気の利いた一言が出せれば、
こんな事にならなかったのかもしれない。
「……分からない。」
どこにいるかも。
「分からないから、私は探すわ。……ねぇ、お燐。お願いしたいの。」
「何を……?」
「さとり様を支えてあげて。私はこいし様を探すから。探し出してみせるから。」


結局、お燐の悲痛な声にすら耐えきることができずに、私はまた暗い空へと飛んだ。
勿論行く宛なんて無かった。ただ、私にはお燐のあの顔に耐えることも、
さとり様に合わせる顔もない。そして何より、自分自身のしたことが、いや何もできなかったことが耐えられなかった。
「家に帰る時はこいし様と一緒だ。」
そう、心の中で呟いて。良く見えない歪む視界の中、
私は再びこいし様が飛んで行った方角へと飛んだ。

散々探した後の2度目の飛行だ。
すぐに翼が悲鳴をあげて、背中から全身へと痛みが走る。
その時既に背中の感覚の一部はもう無かったけれど、それでもこれくらいの痛さなんて
さとり様やこいし様が受けた傷、それにお燐が見た光景なんかに比べれば
千倍、万倍違うものなのだろう。私がここで諦めてしまうという事自体が、
私にとっての大事な、大切な家族への裏切りにしか感じることができず、
無我夢中で暗い空の中を飛んで探した。

飛んで、飛んで。町とは反対であるこの地底の奥へ、奥へ飛んで行ったはずではあるのだが、
それでも、見つからない。翼の痛みも感覚もとっくに消えて、どうやって自分で飛んでいるのか分からなくても飛んで、
それで、ついに飛ぶことも難しくなって。それでも見つからないから、地面へと降りた。
だけど、それが幸いだった。唯一の幸い。ふと見た足元には、小さいながらも足跡があって。
その靴の形は、私の良く知っている形で。
ひたすら足跡を追って駆けた。段々狭まりクラクラする視界の中にただその足跡を捕らえて、
闇の中を進んで、そして大きな岩の前に座りもたれかかっているこいし様をついに見つけた。

良かった。そう思いながら、なんとか近づいて、その前へと座る。
「……うつほ?あなた、どうして……?」
あぁ、口調もいつも通りのこいし様だ。良かった、まだ自分を完全に失ってはいないんだ。
……疲れたままひたすら探し続けたからか、その安心感に私は意識を奪われて、
その先の言葉を聞く前に、そのまま意識を手放してしまって。
どれ程寝ていたのかは分からないけれど、私の目が覚めた時は、こいし様の顔が眼の前に浮かんでいた。
さとり様と言い合っていた時程、辛そうではなかったけれど、何だか少しぐったりとした
まるで病みあがりのような顔で。どうやら私は膝の上に寝かされていたようだった。
こいし様に申し訳ないと思い、すぐにそこからどこうと身を起こそうとしたものの
「痛……。」
体を動かそうとすると全身を打ちつけたような痛みが体を走り、頭を少し浮かすことすらできなかった。
「駄目よ動いちゃ。……いったいどうしたのよ。」
「それは、こっちの台詞です。どうされるんです?これから。」
私からの質問に、こいし様が下唇を噛んだ。
「考えてないわ。でも、私にはもうお姉ちゃんの元に戻れない。そうでしょ?」
そんな事はないと思うんだけど。……でもそんな言葉をかけたところで
根本的な解決にならないことくらいは、流石に馬鹿な私ですら顔を見ているだけで分かる。
「……ごめんね、もう皆の考えている事私には見えないから。黙られると辛いわ。」
「見えなくして、楽になりましたか?」
気になっていた質問ではあった。けれど、その質問にこいし様は眉尻を少し下げただけで
ちっとも目を逸らそうとせず真っ直ぐに言った。
「半分、半分かな。これでやっと皆と同じ、対等な存在。」
そこまで言って、不意にこいし様が急に喋るのをやめて目を閉じた。
私は黙ってずっとその顔を見ていたのだけれど、やがて一度溜息を吐くと少しだけ目を開いて言った。
「ごめん、嘘。半分も良い所なんてないわ。」
まばたきしたこいし様の目から、ぼとぼとと私の顔に涙が落ちた。
「たかがこれだけのために、私が私の心を守りたいがために、大事なものを全部焼いて歪めてしまった。全部、全部。」
私の髪の毛を指で梳かしながら、こいし様が続ける。
「心の叫びってね、聞こうとしなくたって届くのよ。私にも、お姉ちゃんにも。
あの時バルコニーで、あなたの心の声聞こえていないって言ったでしょ?でも、うつほが叫んだ叫び声は私の心にだって届いたの。
……私がお姉ちゃんに言うだけ言って、吐き捨てるだけ吐き捨てて、お姉ちゃんの手を振り払って逃げたとき、
お姉ちゃんの心の叫びが聞こえたの。」
その細い隙間から見えるこいし様の目が、どう見ても後悔の目にしか見えなくて、
こいし様が自分自身をけなしているようで、それを見ているのが辛かった。
「お姉ちゃんね、お姉ちゃんはね?私のせいだって叫んでた。それだけじゃない、
そう叫んでいた時の目は凄い怖かった。お姉ちゃんじゃない別の誰かかと思う程怖かった。
でも、その目で見ていたのは私じゃないの。……お姉ちゃんが、お姉ちゃん自身にその目を向けてた。それが私には、分かってしまったの。」
そう言って、自分の目をごしごしと服でふきながら、
こいし様が何度か長い息をして何とか落ち着こうとしていた。

「私はね、自分自身の能力を殺すつもりで、その刃でお姉ちゃんの心を裂いたのよ。
何の事はない、私が一人狂って一人やったのは、姉殺しよ……。情けなく、馬鹿で、どうしようもない酷い妹だわ。」
「それだけ分かっているなら、もう十分ではないのですか?」
ずっと話が暗い方向に歩みが進んでいるので、なんとか止めたくて。
ずきずきと痛む腕をなんとか持ち上げて、こいし様の手を握りながらそう言った。
その言葉に少しこいし様は黙って、一度口を開いた。
「さとりお姉ちゃんは、あれから大丈夫だった?」
その言葉に、お燐の言葉と自分自身が見たバルコニーの様子がさっき見てきたことのように鮮明に頭の中をよぎる。
「私は、ずっとこいし様を探していたので分からないです。……お燐が傍に居るはずだとは思いますが。」
「そう……。」
こいし様が自分自身の目を覆っていた腕を下げて、私の目を見つめながら言った。
「お姉ちゃん、やっぱり大丈夫じゃなかったのね。」
そんな事言った覚えがないのに、真っ直ぐに見られながらそういわれて思わず心臓が止まりそうになった。
「あなた、手が震えているわよ。……意識してないんでしょうけど。それに、顔に出てるわ。今も。」
そう言って、目を閉じて大きなため息を吐くこいし様。
「どう、償えばいいんでしょう。お姉ちゃんがどんな性格か分かってはいるつもりだから、
尚更謝る方法が見つからないわ。どうすれば、どうすればいいのか。何をしても、お姉ちゃんが泣いてしまいそう。」
「笑い泣きさせればいいんじゃないですか?」


酷く長い沈黙が、私たちの間を襲った。……いけない、完全に滑ってしまった。
「できたら苦労しないのよね。」
「ごめんなさい。」
「さぁ、もう夜も遅いわ。というか、もう朝なのかもしれないし、昼なのかもしれない。
ひょっとしたら、一巡して夜なのかもね。私にも時間は分からない。お姉ちゃんやお燐が心配してるわ。帰りなさい、うつほ。」
それは、ちょっとそれは、
「それは命令でも嫌です。」
そう言って元気よく身を起こそうとして、結局激痛で頭が一度浮いたっきりで。
あぁ、ちょっとくらいカッコよくしたかったのに、情けないなぁ。……良いところもない。
「ふふ……うふふ。」
がっくりとうなだれるというより、どっと疲れの出た私の顔を見てこいし様が笑った。
そのままこいし様が服の中を漁って、飴を一つ取り出すと私に言った。
「あーん。」
あ、あーん?
あっけに取られている私に少し溜息を吐いて、ひょいっと私の口にその飴玉を入れた。
「ほんと、どうしましょう。」
「……休みませんか?とりあえず。」
「そうね。私も、ちょっと疲れちゃった。」
「上下、代わりましょうか?」
「それだと二人してここで死んでるみたいになるから駄目よ。」
「こんな奥じゃ流石に誰も来ませんよ。言いきってもいいと思います。それに、私も結構休んでいますしね。」
まぁ、体中さっきからギシギシ嫌な音をたてているのは認めるけど。
なんとか力を振り絞り痛みを歯を食いしばって耐えながら上半身を起こして。……でも足が痛すぎて流石に正座は無理だった。
「お腹の上になりますが、良いですか?」
「文句なんて最初からないわよ。何も。」
結局地面の上に仰向けで寝転がった私のお腹の上にさとり様が頭を置いて。
二人でぼーっと何もない暗い空間を見ながら目を閉じた。

やっぱり疲れていたのか、こいし様はすぐに寝たのだけれど、
張っていた気がついに緩んだのか、私の服がじっとりと濡れた。
今は涙声こそは無いけれど、やっぱり辛かったんだろうな。
……私は、これからどうするべきなんだろう。
こいし様、この様子じゃまだ帰れそうにない。けれど、こんなところに食べるものもなければ、
着るものもない。お燐に相談しないといけないのかな。
でもお燐に事の顛末を話すと、さとり様が動いてしまうかもしれない。
どんな怪我をしているかなんて、私には想像でしかできないけれど、大丈夫だとは思えない。
正直、お燐があそこで耐えているのが私には不思議で。
ひょっとしたら地霊殿の中で私は今回一番役に立ってないんじゃないだろうか。
……あぁ、何だか私まで思考がネガティブになってきた。
駄目だ、私がしっかりしないと。今は、少なくともこれからは。こいし様と一緒にあの家の門を叩くまでは。

……さとり様に置き手紙をしておこう。
食事は、ぶきっちょな私には料理なんて無理だし。これは結局お燐に頼らざるを得ないか。
何だかんだ言って、私一人じゃ誰も支えられないのね。
「ごめんね。」
寝言とおぼしき、こいし様の声が小さく響く。
私も小さく欠伸をすると、両手を枕にして目を閉じた。



完全に時間の感覚が狂ってしまい、
起きた時間がどの時間を指しているのか、もうほとんど分からない。
一度寝ていたこともあってか、私の方が先に起きてこいし様が少し経ってから目を覚ました。
「おはようございます。」
「おはよう。うつほ。」
「私は一旦、地霊殿へと向かいますね。連絡したい事もありますし。」
「……うん。ごめんね、わがままにつきあわせて。お姉ちゃんに謝っておいてくれると嬉しいんだけど。」
「それだけはこいし様自身がちゃんと自分で言ってください。……まぁ、少しくらいは言えたら言っておきますけど。」
こいし様が私のお腹の上から身を起こして、私も身を起こす。
どうやらなんとか飛んで帰って、またくる程度の体力は十分ありそう。まだちょっと体痛いけど。
探すわけじゃなしに飛んで帰るだけだものね。
「私は、どうしてればいいかしら。」
「あんまり動かれると、もう探せる気力が私には無いです。
だから動かすなら頭を動かして、さとり様にどう償うか、その答えを探すのがいいんじゃないですか?」
「そうするわ。……でも、もう答えは出てるようなものなのよ。」
「それなら、帰ってから聞かせてもらいますよ。ゆっくり考えましょう。良い機会なのかもしれませんし。」

立ちあがって、体を少しひねってみる。……うん、大丈夫そうだ。
「それでは、行ってまいります。」
「うん。」
こいし様に背を向けて、少し助走をつけて飛び出す。
ぅ、やっぱり翼ちょっと痛い。でも、なんとかなる。なんとかしてみせる。

やっぱり探すのではなく、直接目的地に飛ぶというのは楽だ。
やや時間はかかったものの、ずっと飛んでいると視界の奥に懐かしい我が家が見えてくる。
……バルコニーから入るか。開いているような気がするし。
地霊殿の上を飛んで、バルコニーに降りるとこいし様が座っていた椅子の横にバケツが置いてあった。
ふと後ろを振り返り手すりを見てみると、血の後も拭きとられている。
どうやらお燐がちゃんと拭いたみたいで。染みにはならなかったみたいね。
そっと、バルコニーの扉に手を駆ける。やっぱり鍵はかかってなくて、すんなりと家の中に入れた。
……まずはお燐を探さなきゃ。できるだけ、さとり様の部屋に近づかないように。
でも、どこにいるか見当もつかないしねぇ。
そう思い、ふと廊下の隅にある時計へと目をやる。……0時か、12時のようだ。
とすれば、台所に行くべきかね。
足音を立てないように、廊下を飛びながら一階へ降りつつ台所を目指す。
嬉しい事に台所の灯りはついていて、カチャカチャと食器をいじる音が聞こえた。
話声は無し。神経を集中させて、気配を探っても感じるのはお燐の気配のみ。ビンゴ。
そーっと、台所のドアをノックする。
「さとり様?」
よし。
お燐の返事に確信を得て、台所へと入ると、お燐が目を見開いてこっちを見た。
「しーっ!」
私が手の前で指をたてて、お燐が突拍子もない声を出すのを制すると、とりあえずお燐に駆け寄った。
「見つかった?」
「うん。」
「良かったぁ……。」
「さとり様の容体は?」
「……。」
「ちょ、ちょっと黙らないでよ。」
「食べてくれないの。」
ふと、部屋の隅を見ると、台所の隅に全く手をつけられてない料理が置いてある台車があった。
「起きてはいるの。でも、完全に沈んでて、私が目を閉じると
まるでそこに居ないんじゃないかってくらい、元気がないの。ねぇ、うつほ。私どうすればいい?」
「うーん……。ねぇ、お燐。紙と書くもの、借りられるかしら。」
「う、うん。」
お燐が台所をかけって行って、引出しからメモ用紙を取り出すと私にくれた。
一番上にあった「うすくち醤油」とだけ書かれたメモ用紙をめくり、何も書かれていないメモ用紙を何枚か引き抜くと、
皆でいつも食事をしていたテーブルで手紙を書くことにした。
「大変だけどお願いしていい?2人分の持ち運びできる食事。これから毎日。」
「お安い御用!……早くみんなでまた一緒に食べられるといいね。」
確かに、この食堂のテーブル、2人じゃ広すぎるかもしれないわね。


さとり様へ。
御容態が優れないようですが、言わせていただきたい事がありますので
このような形をとらせてもらいました。こいし様は無事です。でも辛いみたいです。
今連れて帰るのは、無理なようです。今のさとり様の容体を聞いただけで確信が持てました。
早く、元気になってください。まずはそれからです。
元気になるまで、私もこいし様に一緒に帰ろうと言い出すこともできませんし、そうしようとも思いません。

お燐が泣きそうです。本当はもう泣きたいんだろうと思います。
だから、せめて料理は食べてやってください。このままじゃお燐まで壊れてしまう。
というか、お燐を泣かしたら私が許しません。
しばらく、「あちら」で過ごすことにします。
また来ますので、早く元気になってください。


こんなもんでいいかな。ちょっと口調厳しいかなぁ。
ペタペタとメモ用紙を折りたたみ、更にそれをメモ用紙で包む。
表に「うつほより」と書いてお燐に手渡した。
「絶対に中見ちゃだめよ?これは直接さとり様に渡して。」
そう言い聞かせて、お燐に握りこませる。
「う、うん。あ、御握りつくったよ!」
そう言って、台所の調理台の上からバスケットを下ろして私に手渡した。
「早いのね。」
「うつほがじっくり書いてたんだよ。」
そこまで時間をかけたつもりは無かったんだけどな。
「食堂のテーブルの上に置いておいて貰えるかな。私、こいし様の服とってくるから。」
お燐が頷いたのを確認して、一旦食堂から出る。
こいし様の部屋はさとり様部屋の割と近くだから、本当はちょっと行き辛いのだけど
お燐の言っていたような容体なら大丈夫な気もしなくはない。第一手紙、渡しておいたし。

そんな事を自分自身に言い聞かせながら、こいし様の部屋に忍び込む。
さとり様の部屋と家具の配置が変わらないので、モノを探すのはずいぶんと楽だ。
どこに洋服が入ってるかもすぐわかるし。
そう頭の中で言いながら引出しをあけて、ひょいひょいと服を取り出す。

しまった。……何に入れて持って行こう。
そう思いながら、ふと周りを見渡して、目に映った手提げ袋を手に取って。
これなら詰めればなんとか入りそうだ。
取り出した服を畳み直して、服をぐいぐいと押し込んでいく。
……案外入る。もうちょっといいかな。いや、破れたら困るしこれでいいや。
そう思って、手提げを腕にかけて部屋を出る。
耳の神経を研ぎ澄ませてみれば少し離れた部屋からすすり泣く声が聞こえるけれど、今私は会う訳にはいかない。
私は一度床を蹴ると再び台所まで飛んで戻った。

「じゃあ、行ってくるね。」
「うん。あ、ご飯は朝取りに来てくれると嬉しいんだけど、いいかな?」
「分かった。じゃあ朝で。」
「さとり様、その時間なら寝てるしね。」
確かに、さとり様は朝遅いからなぁ。
「私もがんばるから、お燐もがんばってね。」
「うん。ちゃんと渡しておくね。」
手紙をちらつかせて、お燐が答えた。
私も一度頷いて、そのままバスケットを抱えると
再び地霊殿を出てこいし様のところまで飛んだ。


思えばこいし様はかれこれ朝昼食べていないということなのか。いや、
お昼を食べてすぐ出て行って……そのまま帰って寝てあれだから、丸一日何も食べてない、か。
私も同じではあるんだけどね。
手に持つ物の関係上、スピードが出すに出せないのでちょっと遅れてしまったが、やがてこいし様が視界のずっとずっと先に見えて。
こちらに気づくと割と落ち着いた表情で笑って迎えてくれた。……少しは元気になったかな。
「ただいま戻りました。」
「おかえりなさい。」
「着替えがこちら、で、食べモノがこちらです。お燐が毎日作ってくれるように取り計らいました。」
「ありがとう。……美味しそうな御握りね。」
「ですね。丸一日何も食べて無いわけですから。」
「あら、案外に日は経ってないのね。」
そりゃ、何日も逃げ続けたり何日も探し続けたりしてたのなら、とっくに餓死してるよね。
……そうだ、水源も探しておかないと。
「ちょっと、この周り探索してきますね。」
「食べないの?」
「先に食べておいてください。ちょっと時間を取ると思いますので。……あと、一応それ夕食まで持たせて下さい。」
「分かった。」

その言葉を聞いて、一旦地面を蹴って空中へと戻ると少し奥の方まで潜ってみた。
相変わらず、くらーい地底ではあるけれど、きっとこの近くにはアレがあると思うのだ。
昨晩あそこに寝て、二人とも風邪を引かずに済んだ。きっと地熱か何かだろう。
ひょっとしたら、ひょっとするかもしれない。頼りないけど。
暗い視界の中目をこらしつつ、湯気がないかな、とただひたすら潜っていく。
何分だったのか何十分だったか分からないけれど、予感は的中してくれたようで、ほくほくと湯気をたてる場所を見つけた。
「あった!」
空中から地面へと降り立ち、そっちお湯の表面に手を近づけてみる。
……熱過ぎはしないようだけど。実際指を入れてみると、我が家のお風呂より少し熱い程度だった。
まぁ、これくらいなら許容範囲じゃないだろうか。うん。というか、これでお風呂は我慢してもらうしかない。
「後は……。」
キョロキョロと見渡して、水が流れつく先を探す。
か細かった支流が集まって、小さな川を形成している場所に一旦目星をつけて、
私はこいし様のところへと戻った。……おなかも減ったし。

「こいし様ー!」
私が飛んで戻ると、既に食事は終わったのか、岩にもたれかかってこいし様が座っていた。
「おかえり。何か良いものでも見つかった?」
「ええ。ちょっと移動しませんか?荷物ごと。」
「良い場所でもあったの?」
「ええ。少なくともここよりはマシだと思いますよ。」
「頼りになるわね。」
その言葉が私の胸に響く。ちょっと気持ちいい。
何だか久しぶりに褒めてもらえたような気がして。……それはそれで悲しいのでもあるけれど。
こいし様からこう言ってもらえると、やりがいがあるなぁ。うん。
そんな事を考えながら荷物を一旦まとめて地面を蹴り飛び上がると、それに続いてこいし様が飛んだ。

「おー。」
温泉を見つけたこいし様の反応はそれだった。
驚いたのか、驚いていないのか良く分からない何とも言えない反応ではあったのだけど。
「あちらに小さいけれど河もありますので、とりあえずこれからの食事のときは手を洗えるかと。」
「これは、助かるわね。……案外これ我が家に通じてたりしてね。」
「かもしれませんね。」
水源なんて案外辿って見れば元が同じなんてのは良くあることだ。
そういう意味では、ここは源泉側だから、ここの下流に我が家があるということか。

ぐぅ~っと音をたてて、私のお腹が鳴る。
「ちょっと手を洗ってきますね。」
「私も行くわ。」
そう答えるこいし様のお腹も少し鳴って。
「食べていらっしゃらないので?」
「働いている家族を差し置いて食べるなんて真似は、お燐やお姉ちゃんが許さないわよ。きっと。」
笑いながらそう答えたのを聞いて、頷いて返しながら一緒に河まで行く。
確認こそしてはいなかったが、少々温いものの、水は綺麗なようだ。
二人で腕まで洗って、温泉の傍まで戻る。
「何だか、遠足みたいね。」
「……家出ですよ!」
「まぁ、そうなのよね。」
バスケットを開けて、山盛りになった御握りに、二人で一緒に手をつけた。

具は全部鮭で、何だか妙にしょっぱかったけれど、
私たちのお腹を満たすには十分だった。


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なんだかんだそうして、最初はうまくやっていた。
足りないものを調達しつつ、なんとか生活をしていた。
ただ、その生活に慣れてしまって。
ずっと、こいし様と洞窟の奥で過ごして。
あれからさとり様はちゃんと料理にも少しは口をつけるようになり、
元通りとまではいかないけれど、元気になったらしい。
それは、それでよかった。

ずっとずっとそうやって生活をしていっていたある日、私は突然現れた変な神様に見込まれ力を与えられて、
浮かれていなかったと言えば、ちょっと嘘になる。最初は自分自身の力が怖かったけれど、
少し経てば私も気を大きくしていった。
……今思えば情けない。お陰さまで地上から来た変な人達に襲われて、
井の中の蛙でしかないことを思い知らされた。
ただその時さとり様も戦ったという事実をその人達自身に教えられたこともあり、
お燐から得る情報以外の初めての情報で
そこまで回復してくれたんだなという事を知れたのはとてもとても、嬉しかった。
……でも驚きだったのは、さとり様自身がもうほとんど私たちの居場所を
ずっとあの屋敷の中に居たのにもう見当をつけていたことだった。
どの段階でバレていたのかは分からないけれど、案外さとり様はどうにかしてずっと見守っていたのかもしれない。

こいし様にその事を報告すると、
「も、もう戻れるかな?」
なんて嬉しそうに言っていた。さとりお姉ちゃんも、もう大丈夫なんだろう、と。
それからしばらくして、地上の人にやられた時の怪我が完全に治りきった後、
二人して、荷物を纏めてカチカチになりながら家まで一旦戻ったんだけど、
その日は誰も地霊殿の中にいなかったの。さとり様の姿も、お燐の姿も無くて。
でも中でずっと待つのは何だかちょっと心地が悪くて、また改めて出直そうかという事になって。
再び荷物を持って、もともと隠れていた場所へと身を潜めた。

次の日の朝、食事を取りに行った時にはお燐は居たのだけど、その時はどこか楽しそうな顔で
私を凄い緩んだにっこりした表情で迎えてくれた。
「さとり様、地上に気になる人ができたって!」
昨日はお燐と一緒に地上の散策に出ていたらしく、そして今日もまた
どうやら、朝早くから出掛けて行ったらしい。
いつも一番遅く起きるような方なのに、珍しい。そこまで奇人が居たんだろうか。
「でもどんな人かは教えてくれなかったの。」
うーん、と悩みながらお燐が私の頭をがくがくと揺らす。
「う、ぐぐ。それで、私たちの食事は?」
「はい、これ。」
揺らしていた手をぱっと放して私の手にバスケットを握らせる。
……何だか重いなぁ。
「張り切っちゃって。」
「さとり様、もうこいし様と会っても平気かな?」
「たぶん、大丈夫だと思う。……どうにかならなかったら、私たちの出番だよ。」
そ、そうだな。
「帰ってきたら、どんな人なのか聞かせてもらおっと。」
るんるん気分で玄関の方へと走って行ったお燐の背中を見送ったあと、
私はこいし様の元へと戻った。

「お姉ちゃんに恋人ができた?!」
「いや、全くそんな事は言ってないですよ?」
「いやー、お姉ちゃんは私よりもかわいいもんねぇ、綺麗だもんねぇ。うん……。」
駄目だ、まるでお話を聞いてない。
心を読め無くしてから、どこか変な解釈をたまにされてしまうのが、
ちょっと苦しいところもあるけれど、元気と言えば元気、なのかな。
いや、元々私の拙い説明でも理解してくれていたことのほうがすごいのかな。
……どっちだろう。
「それで、お燐と話したんですが、もう会っても大丈夫なんじゃないかって。」
「そう。じゃあ、また今度一緒に行きましょう?」
にっこり笑うこいし様。……でもそれは違う。
「一緒に帰るんですよ。」
「そうだったわね。」
くすくすと笑いながら二人で持って戻ってきたバスケットを開いた。
「だ、誰かのお誕生日かしら。」
「……少なくともさとり様が地上に自ら出かけて行った記念日ではあるかもしれませんが。」
「当の本人のお姉ちゃんは食べたのかしら。」
「そこまでは聞いてないです。」

二人でバスケットの中の山盛りに作られたいくつものお魚料理を見ながら、
そうやって声を漏らした。……きっと、お燐にとっては間違いなく素晴らしい御馳走なんだろう。
実際、美味しいんだけどさ。
「明日、さとり様が戻ってきていて大丈夫そうだったらその後すぐにでも帰りましょう。」
「……うん。手土産がないのが辛いわね。」
「元気なこいし様が一番のお宝ですよ。さとり様には。」
「ちゃんと、謝るからね。」
「ええ。」

その時はやっと帰れる、やっと一緒に帰れるんだって
少し心の中がうきうきしていたのだけれど……。


次の日、わくわくしながらお燐の元へ向かった私を出迎えたのは、
眼の下を真っ黒にして、虚ろになっているお燐だった。
「ど、どうしたの。大丈夫?」
「さとり様が、さとり様が帰ってこないよぉぉぉ!」
がくがくと私を揺さぶりながら、焦点の危ない目で私に泣きついた。
「あれから?昨日からずっと?」
「うん……。」
私が尋ねると、しょんぼりして床に崩れ落ちて。
「さとり様どうしちゃったんだろう。攫われたのかな?」
そんな目で尋ねられても。私には流石に何も分からない。
「どこに行くとかは?」
「ほとんど教えてもらってないの……。」
「うーん。結局待つしかないのかな。」
「私、もうちょっと待ってみる。きっと、帰ってきてくれるもん。」
私の手にバスケットを握らせて、お燐が台所から玄関の方へと消えていく。
その姿を追って、台所の扉から顔を覗かせて
「頑張って。」
後姿にそう投げかけると、前を見たままこくり、と頭を下げて廊下の奥へと消えていった。
久しぶりに見る酷く頼りない背中で。なんだかさとり様以上にお燐が心配だ。
たぶん、たまたま帰りが遅いだけなんだろうとは思うのだけど。
でも、丸一日か。案外本当に攫われていたら、どうすればいいのかな。

バスケットを胸に抱えて、いつもよりスピードをあげてこいし様の所へと戻る。
「おかえり!」
私の何とも言いづらい気持ちとは裏腹で、こいし様はもうずっと私が戻ってくるのを楽しみにしていたようで。
まだずっと遠くにいる私に手を振りながら、満面の笑みで微笑んで。
……至極、言いづらい。
「な、何か悪い事でもあったの?」
戻って、私の顔を察してかこいし様がうろたえる。
「あの、その。きょ、今日もさとり様居ないみたいで。」
「そう、余程上の人が気になるのかしらね。」
暗いくらい天井を見上げながらこいし様がそう呟き、
私が手に持っていたバスケットを受け取った。

二人して中のバスケットを見た瞬間、私はお燐め、と思った。
「……今日は誰かのお葬式なのかしら。」
「……食材さんのお葬式なんでしょう。」
「うつほ、何か隠しているでしょう。」
お燐め、気分の沈み具合が料理に出てしまっている。
……あ、箸も3本しかない。
「その、ですね。さとり様昨日から御戻り出ないらしくて。」
「昨日からずっとってこと?」
「ええ。お燐、ずっと起きて待っているみたいで。」
「あの子、気を使うからね。気を使わない妹で申し訳ないわ。」
「これから使えばいいんですよ。……でも戻ってくるの何時なんでしょうね。」
「私のお姉ちゃんだもの。ちゃんと見切りをつけて帰ってくるんじゃない?
それより万が一、何億分の一にでも、私見たいにならなければいいんだけど。なってないよね?」
そんな、自信なさげに言われると、私まで余計に心配になってくるじゃないですか。
でも、ここで私がそんな顔をしては、こいし様が余計に心配してしまうし。
「大丈夫ですよ!」
「そ、そうよね。」
どうやら、これ以上暗くはならなそうだ。
「さぁ、食べましょうよ。」
そう言って料理をさとり様に渡す。
「でも、箸が1人分しかないわね。」
そうだった。……一本足りないのよね。
「もし、よろしければですが、食後にお借りしても良いですか?」
「そうしなくても、一緒に食べようと思えば食べられるわ。ほら、あーん。」
ひょい、と差し出されたご飯に思わず一瞬驚いて首をひっこめると、
こいし様が少しだけ頬を膨らませて、言った。
「遠慮していると、私が食べちゃうわよ?」
その言葉を聞いて、慌てて口を開けるとすっと箸が口に割って入った。
「うん。」
納得したようにこいし様が呟く。
思えば懐かしい感覚だなぁ。こうやって食べさせてもらえるのは。
「ご飯一口で幸せそうな顔ができるなら、質素でも関係ないわね。」
私の顔を見ながらこいし様が言う。そんなに呆けた顔をしてしまったかな、私。
できるだけ表情を戻しつつ、口の中のごはんを飲み込む。
……たぶんきっとあと数日何だし、今度から意図的に箸を抜いてもらおうかな。
そんな気持ちが、よこしまな気持ちが頭の中に入ってくるのを振り払い、
こいし様の箸が進む様に促した。



あれから同じように何日か過ぎたけれど、
私やこいし様がここで焦れている間に、お燐によればさとり様は上の人を気に入ったらしく、
一日、二日と経過してもなかなか都合の良い日が見つからなくて。
帰ってきたと思えば、家の大掃除をやるー!とか言い出したらしく、
余計に入れない雰囲気で。
……私たちはいつになったら帰れるんだろう。
というより、こういうお燐から聞いた説明をどうこいし様に説明したものか。
最近地霊殿からこいし様の元へ戻るまでのその時間が一番私にとって辛い時間だった。
ただ、大掃除がある程度進んだある日。
「うつほ!うつほ!明日さとり様が連れてくるって!」
「誰をって……上の例の人を!?」
「うん!意地にでも連れてくるって躍起になってた。」
「余計に私たち帰れない……わね。」
「そ、そうだね。」
痛いところをつかれたというようにびくっとお燐が一歩後ずさって。
でもその後一旦私から目を逸らして何かを考えた後、私の肩を持って口を開いた。
「うつほ、あのね。とりあえず今日と明日、たぶんその人いるだろうと思うんだ。
だから、その人が無事に上に帰ったら、私ちゃんとさとり様に言おうと思うんだ。」
「さとり様なら、案外気づいているんだと思うけど。」
「うん。でも、口ではそういう会話はしてないの。……言いづらいんだと思う。
だから、なんとか私が説明してみるから。どう言われるか、分からないけど。」
「そう、ね。じゃあお願いするわ。こいし様にも私から説明しておくよ。
それより、明日また取りに来て大丈夫なの?」
「うん、頑張って早起きするから。」
「分かった。がんばってね。初のお客様、でしょ?」
「うん!張り切って出迎えるよ!」
「その調子。がんばってね。」
「お掃除!行ってきます!」
眼を爛々に輝かせている。……相当楽しみなんだろうな。私だって、気になるもの。
どんな相手なんだろう。ふさわしい相手なんだろうか。いかがわしい相手じゃないだろうか。
まぁ、その辺は私よりもお燐の方がとっても正確に情報を得てくれそうだからなぁ。
私がとやかく言う事ではないか。


「きょ、今日来るの?!」
こいし様のところまで戻って報告した時、こいし様はそう言いながら目を丸くした。
でも、お燐とは違ってどこか複雑そうな顔だ。まぁ私も同じ気持ちなんだとは思うのだけど、
「なかなか、良いタイミングってないもんですね。」
「何だかお姉ちゃんに避けられているような気さえしてきたわ。」
「そ、そんな事はありませんよ!」
「ありがとう。でも、うつほ?そう言う事は震える手を隠して言ってくれるとより嬉しいわ。」
うぐぐ……。だって少しは、ほんの少しは不安なんだもん。
疑いたくはないけど、もしもって考えると。
「そ、そうでした。大事な事が。」
ふと、お燐との会話を思い出して、そう切り出す。
やっぱり話はできるだけポジティブに持って行かないと。
「お燐が今回のお客さんが帰った後、ちゃんとさとり様に相談してくれるそうです。私たちの事。」
その言葉に目だけ伏せて、首を少し縦に振った後私の目を見て返した。
「たぶんね、お姉ちゃんもう私たちの事は知ってるのよ。
お燐の心の中くらいは読んでるはずだもの。……お燐が動いてくれるのなら、
きっとお姉ちゃんも私もタイミングがつかめるはずだわ。」
そこまで言って眉尻を少し下げると、こっちにむかってにっこりと笑った。
「ありがとうね、うつほ。」
「わ、私は特に何もしていませんよ。」
お燐の方が、悔しいけれどお燐の方が頑張ってくれているんだもん。
褒められるべきはお燐の方なんだ。
「うつほ、あなたがいまここに居る時点で、何もしてないなんて言い訳はないのよ。
一人じゃ、心細かったんだもん。飛びだしたあとも、うつほが居ないときも。」

ひょい、とこいし様が私の向きを後ろ向きにしてそのまま抱きついてきた。
こ、こいし様ってこんなにあったかかったっけ?
背中にあたる少し大きいものを感じながら、何だか少しずつあやふやになる思考でそんな事を考える。
日頃温泉で一緒に入っているとはいえ……。
「どうしたの?鳥肌たってるけど。」
「鳥ですからねぇ、一応。驚いたのもあるんですけど。」
「そう。本当ね、この大きな背中に助けられたのよ。情けないけど、
誰かに助けられているのと同時に、誰かと一緒に居てもらえるという嬉しさっていうのかな。あるもの。」
こいし様の吐いた溜息が頬を撫でてくすぐったい。
「さとりお姉ちゃんには、いっぱい謝る。お燐には、お姉ちゃんを支えてきたことにお礼を言う。
……じゃあ最後に私はうつほに何をしなければならないんでしょうね。ねぇ、何かある?」
ほ、欲しいものってことかな。うーん。
これからも姉妹仲良くしてくださいってのは、当たり前だとして。
欲しいもの。してもらいたいこと。
「じゃあ、無事に向こうに帰れたら一緒にくっついてあったかいベッドで寝たいですね。一晩だけでも。」
結局こっちは硬い地面の上なんだもの。……最初のあの日だってそう。
あれからずっと私たちの寝どこはこの硬い地面の上。
だったらせめて一晩くらいは、いいよね?
「それでいいなら、喜んで。」
ポンポンと私の肩を叩くと、こいし様がすっと身を離した。
これで納得してくれたのなら、私としても嬉しいな。
「頑張らないとね。」
「……そうですね。もう少しの辛抱です。」
「ここまできたんだもの、ゆっくり待ちましょう。ほら、お燐のお弁当でも食べながら。」
おさかなのムニエルを取り出してこいし様が笑いながら言った。
……今頃、お燐たちも何か食べているんだろうな。きっと。
これでまたさとり様が帰ってこなかった、なんてなったら今度こそお燐本気で泣きそうだけど。


もう、お燐が時期を見計らってくれるまで待とう、ということになってから
何だか私たちは二人とも気が楽になって。
それから4日、お燐のお話が正しければお客さんというのが帰ってから3日目にあたるのか。
ついにお燐が私に
「明日、明日なら帰ることができるよ!」
そう教えてくれて。何だかここしばらく、
……いや、それよりいったいどれだけ私たちあそこに居たんだろう
とてもとても久しぶりに「吉報」というのを聞いた気がした。

「明日、朝うちの玄関に来て!二人で!」
「やっと、帰れるんだね。」
「うん!……一応言っておくと、その、またあの人が来るんだ。幽香さんっていうんだけど。」
「ねぇ、お燐。あなたの口から聞かせて。その人、悪い人じゃないわよね?」
「悪い人じゃないよ。だって、さとり様を元気にしてくれたんだもの。」
「分かった。それだけ聞いたら満足よ。それじゃ、身支度整えておかないとね。」
ポン、と思いだしたようにお燐が手を叩いて、上を指さした。
「あ、荷物あるなら今日バルコニーに届けてくれればちゃんと私片付けておくよ?」
「……悪いね、何から何まで。」
「へへへ。でも、そのかわりうつほが隠れている場所からバルコニーに運ぶのはうつほの役目よ?」
「うん。でもそれくらいなら平気。」
何だかずっと暗い洞窟を走り続けて、やっと出口が見えてきたって気持ちだ。
聞いただけで肩が軽くなってきた気すらする。
「そうとわかったら、こいし様にもう報告したいわね。」
「うん!じゃ、私も準備してくるね。」
「ん、何かあるの?」
「こいし様のお部屋のお掃除!もうしてあるんだけどね、何回でもするよ!」
「ありがとう。」
るんるんと跳ねながら台所から出て行く姿を見送って、
私もるんるん気分でこいし様の所へと戻った。

流石に、いつもと違う調子で凄い勢いを飛ばして帰ったためか、
どうやら私がつく前に私の姿を見て察してくれたらしく、
凄い嬉しそうな顔でこいし様が私を迎えてくれた。
私が何も言わずに首を一度縦に振ると、真赤な顔をして
こいし様が飛びきりの笑顔で笑った。
「明日の朝玄関にだそうです。一緒にその、この前泊って行った方もいらっしゃるみたいですよ。」
「そう、……どんな人か確かめないとね!」
「ええ。だからお昼御飯食べ終わったら、私荷物を先にいくらか届けてまいります。」
「分かった。ねぇ、うつほ?」
「何か、御入り用ですか?」
「お疲れ様。」
バスケットの中身を漁るのをやめて、顔をあげるとこいし様がこっちを見ていて、私の頭をそのまま胸に抱いた。
何だか妙に顔が熱くなってしまう。……この前といい今日といい、何だかこいし様が急に変わったような気さえする。
まさか別人でしたなんて事は、無いし。
「また鳥肌たってるわよ?」
「だから鳥ですってば!」
「本当、ありがとう。やっと明日、明日終わってくれるのよ。」
「……そうですね。」

柔らかいベッド、あったかいお風呂、みんなで囲む食卓。
今まで忘れていた感覚がほんの少しだけ思い出せるようで。
待ち遠しいのは待ち遠しい。とても。
こっちの生活に慣れてきてたから柔らか過ぎてかえって寝れなかったりしてね。
のんびりしすぎてお湯にあてられてしまったりとか。
できたてのお料理を食べられるのは何にせよ嬉しいな。でも、
「お燐のお弁当はとりあえずは今日が最後なんですね。」
「そうねぇ。……よく毎日全部作ってくれたわ。」
それもそうだ。私が起きる前には起きて私が来るまでには作ってるんだもの。
それでいて朝も夜も遅いようなさとり様に仕えているのだから。体壊さなくてよかった。

二人での最後のお昼ごはんを食べて、私は荷物を漁る。
「では、この辺のものはあちらへ運んでおきますね。」
「うん。明日は手ぶらで帰れそうね。」
「そうですねぇ。バスケットと手さげだけ置いて、他は全部運んじゃうつもりですよ。」
かさばるけど、重い訳じゃないからね。
「それだけの荷物、持てるの?」
「大丈夫ですよー。」
たぶん、だけどね。服だけは落としたくないなぁ。
……私の荷物は足で持ってみよう。

「それじゃ、行ってきますね。」
「気を付けて、よ?」
「え、ええ。勿論。」
確かに纏めてみると量が凄いものだ。といっても、ほとんど外泊用の荷物なんだけどね。
服と最低限の生活雑貨だけだもの。
足に自分の荷物を引っかけ、腕にこいし様の荷物をひっかけ、肩にも引っかけ
ひたすらにひっかけたまま、地霊殿へと飛ぶ。
飛ぶといっても、スピードを出すと勢いで落ちちゃうから、
浮いて移動しているというのが正しいんだろうな。
本気で飛べばあんなに近く感じるのに、こうしてみるとちょっと距離を感じる。
上から見た世界と下で見る世界も違うしなぁ。案外私は翼に頼り過ぎなのだろうか。
でも、私一応鳥だしな。


なんとか考えることで飛んでいる間の暇を潰しつつ、ようやく地霊殿が見えてきた頃には
少しばかり私も疲れていた。……特に足が。確か、バルコニーだったわね。
高度を頑張ってあげて、地霊殿の屋根の上を越える。
「ついたぁ~。」
バルコニーに降りると、隅の方に前に家を出たときには見覚えの無かった箱があって、
[ここにいれておいてね。]
小さな紙が張り付けてあった。お燐の字だ。
……紙の裏側に透けて[牛乳]と見えるのは、台所のメモ帳からでもとったのだろうか。
そういえば長らく飲んでないな。牛乳。
箱のふたをずりずりと動かして、体中になんとかひっかけていた荷物を下ろしていく。
正直な話、このまま私が飛びこめば一番早いのだろうけど、それじゃ全く意味がないからなぁ。

私の服、こいし様の服。二人で使ってきた雑貨。
向こうでかき集めたときには思いはしなかったけれど、
こうしてみると一緒に使ったものって案外多いんだなぁ。
いったいどれだけあっちに居たんだろうかね。
肩や腕に持っていた荷物を下ろし終えて、足元の荷物も入れ終えて蓋を締める。
これであとはお燐がどうにかしてくれるはずだ。何だかんだ言って、最終的にお燐まかせというのは
正直申し訳ないな。何かお礼しておきたいんだけど。……今はおもいつかないや。
ゆっくり考えておこうかな。いざとなったら、明日さとり様に相談してみればいいし。
そう、明日から皆と過ごせるんだ。
「よし、戻ろう。」
軽くなったからだを少しのばして、緊張を取ると、私はもう一度バルコニーの上から飛んで屋根を越えた。
ふと、背中に視線を感じて屋敷の方へ体を向けると、窓に紫色の髪が揺れるのが見えた。
部屋の灯り自体が灯っていないからか、どんな顔をしているかまで分からないけれど。
きっとさとり様なんだろう。……あの位置から、私の考えている事って伝わるのかな。
ぼーっと背中で飛びながらその姿を見ていると、
薄暗い影ではあったけど確かにこちらにむかって手を振っているのが見えた。
とりあえず、頭だけ下げて体を前に戻す。
……うん。明日だ。
私は速度を上げると一気にこいし様のところまで翔けた。

「おかえり。……やっぱり大変だったでしょ?」
「えぇ。2度に分けた方が良かったのかもしれませんね。」
「でしょう。遅かったから、途中で大変な事になっちゃったのかと思って、心配したわ。」
くたくたになって、座る私の横に腰を下ろして、そうこいし様が言った。
これでも帰りだけは全速力で帰ってきたつもりなんだけどなぁ。
行きで時間をかけ過ぎただろうか。どれだけかかったのかはわからないけど。
「もしかしたら向こうで夕食を食べてるのかなーって。」
「……もうそんな時間です?」
「大体だけど、そんな所よ?」
そんなに遠かったっけ。……まぁゆっくり飛んだけど。
あー、計算は苦手だ。まぁ、かかったんだろうな。疲れもあったし。
「大丈夫?」
「ええ。勿論。といっても今日は流石に早く寝たいところですね。明日、早いですよ?」
「そうね、食べたらちゃんと寝ないと。」
そんな話に反応してか、私とこいし様のお腹が鳴って。
「じゃあ、食べちゃいましょうか。」
「そうですね。」
すぐにバスケットを開けることになった。

お昼御飯も入れていたバスケットを開けて、一番底に入っていた今日の夕食分を取り出す。
最後のお皿を取り出したときに、お皿の下からひらり、と紙がはがれ、私の膝の上に落ちた。
何だろう、そう思って紙を見る。どうやら、手紙のようで。
「明日は皆の分の朝食用意しておくよ!だそうです。」
「お燐?」
「ええ。そのようです。」
手もとにもっていた紙と、料理の載ったお皿をこいし様に手渡す。
受け取った紙、一行しか書いては居ないけれどそれに3度程目を通すと、こいし様が一度頷いた。
「お燐は元気ね。」
「元気ですよ。羨ましいくらいで。……結構しょぼくれたり疲れたりもしてたけど。」
「お燐が元気ならお姉ちゃんも心配ないわ。」
確かに、お燐があれだけ元気ということは、
さとり様の状態が良い、ということなんだろう。というか、もう容体とかそんなお話じゃないんだろうな。
きっともっと元気になって、いつも通りのさとり様何だろうと思う。
いつも通り、がどれだけ昔の話かはわからないけれど。
「食べましょうか。」
その一言でふっと頭の中から引き戻されて、バスケットの中に最後に残っていた食器をこいし様に手渡す。
「いただきます。」
「いただきます。」
二人手を合わせ、最後の食事に手を着けた。


雑貨類や服まで運んでしまったこともあり、
食べた後二人で一番初めに見つけた温泉に最後のお湯に浸かりに行った。
……といっても、足だけなんだけどね。
ほんの少しスカートが濡れてしまったけれど、そこまで気にするほどでもなかった。
「明日からはちゃんとしたお風呂ね。」
「そうですね。お燐の事ですから、案外準備してあるかもしれませんよ?」
「そうかも。そういえば、あの子ちゃんとお風呂入っているかしら。」
お燐、お風呂嫌いだからなぁ。私も長くは入らないからあんまり人の事言えたもんじゃないけど。
まぁ、問い詰めれば入るしなぁ。さとり様に言われて一応は入ってそうな気もする。
……逃げ出しそうだけど。
「私が入れますよ。きっと。」
というか、そうしてきたしなぁ。誰かがちゃんと見張らないとすぐ浴槽から逃げちゃうし。

「そろそろあがりましょうか。」
その声に頷いて、足をお湯から出す。……結局拭くものがないな。
「自然に乾くの待つしかなさそうですね。」
こいし様も分かっては居たのか、一度小さく頷いてそのままお湯の周りに二人膝を抱えて並んで座る。
ここなら凄くあったかいから風邪も引かないだろうしね。乾くのほんの少し遅れるだろうけど。
「ここも、うつほに見つけてもらったのよね。」
確かに、そうだ。まぁ、お湯くらい浴びたいという気持ちがあったから、
こいし様の為にも探すの張り切ったもんね。
「あって助かりましたよ。」
まぁ、今ならばどこぞの神様から与えられた力で温泉を私の力だけで簡易で作っちゃうこともできるけど。
そんなのよりは、やっぱり天然の温泉ですよね。何より、私が疲れないし。

濡れていた足も乾いた後、いつもの寝床で、といいつつも今日で最後なのだけど、
今までのように寝た私が枕となってこいし様が頭をのせる。
何だかんだ言って、私もこいし様も興奮していたからか、お互いなかなか眠くはならなかったのだけど、
私の方は疲れてしまっていたのかその内にうとうとと、瞼が降りて。
こいし様の楽しそうな横顔を眺めながら目を閉じた。


しばらく夢の世界に旅立っていたのだけれど、不意に体を揺さぶられて意識を戻して。
まだあんまりスッキリしていない頭で目をあけると、こいし様に体を揺すられていた。
ただ、寝る前みたときには楽しそうな顔をしていたような覚えがあったのに、
今見るそれはまるで泣きそうな顔で。必死に我慢しているようなそんな顔だった。
「どうなさったんです?」
「……怖いよ。」
怖い?まぁ、確かに薄暗い場所だし、変な風の音はするけれど、
いつもと変わらない。いつも通りなんだけどな。じゃあ、そういうことではなくて?
「私、帰った後浮いた存在にならないかな。ひょっとしたら、邪魔ものなんじゃないかな。」
「そんな事はないです。お燐だって、さとり様だってそんな方じゃないでしょう。」
「お姉ちゃんだって一緒に過ごして楽しい人ができたから招待しているんでしょう?」
「それはそうだとは思いますけど。」
「お別れ宣告されたりしないだろうか。」
「しませんよ。絶対。」
さとり様がそんな事をするはずがない。
……ない。のだけど、何だこういわれると私自信も心配になってくる。
あんな手紙をお燐に握らせて逃げ帰って来たようなものだし。
いざ面と向かって私はさとり様と会話ができるのだろうか。
「そんな心配そうな顔で言わないでよ。」
顔に、出ちゃったか。とはいえ、不安になってくるととことん不安だ。
でも私自身の不安なんてどうでもいいんだ。今は。
「こいし様、この場に居ないさとり様やお燐は別ですけど、
少なくとも、少なくとも私がいるじゃないですか。やはり私じゃ頼り無いですか?」
「そんな事ない。……けど、けど怖いものは怖くて。」

「お姉ちゃんが上に遊びに行って素敵な人を見つけたって話を聞いた時からずっと考えてた。
ひょっとしたら、いつか私は完全に必要のない存在になるんじゃないだろうか。って。」
思えば一番初めにこいし様を見つけて話をした時も、
かなり気が沈んでいたようだけど、今は何だかそれ以上に苦しそうに見えた。
未だ確定しないからこそ来る不安だからこそ、余計にそう感じさせてしまうのかもしれないけれど、
ただ、見ていて辛い表情なのは何ひとつ変わらない事で。
「他人が怖いだの自分の能力が嫌だの言って逃げ出して。結局その話を聞いてね、素直に思ったわ。
寂しいって。でもね、うつほが横に来てくれたから、私は凄い嬉しかった。明かりの無い部屋に一本光が射したようで。
でもね、だから余計にそれからあと、特にその話を聞いた後は
うつほが出かけている時間が恐ろしく寂しい時間でしかなかった。」
ぎゅっと握られた胸元の服が体を圧迫して少し苦しい。
でもそれ以上に、悲痛にそう訴えられることが、私には苦しい。
「ひょっとしたら、このまま帰ってこないかもしれない。
帰りが少し遅れるだけでもう気が変になりそうな程寂しくなって。
……何だか、最近わかる自分自身の姿って、弱い存在である事を何度も何度も教えられるわ。
ねぇ、うつほ。もしも、もしも悪い方向に話が進んだとして。それでもあなたは私の背中を支えてくれる?」
頭をうずめられた胸元がじわりじわりと熱を帯びて、あったかく濡れた服が肌に張り付く。
泣いているんだな。……ずっと、泣いていたんだろうか。話した日から、今日まで。
いや、ひょっとして抜け出したあの日から。

でもね、こいし様。流石にそこまで言われると私だって、私にだって言いたい事がある。
「こいし様。何度も言ったのかもしれませんし、何度も言うようですが、私たちは家族じゃないですか。
いつも通り皆で食べて、いつも通り皆で過ごして。ただそれだけで私は良い。だから、
元通りになればと思って、追いかけて来たんです。……一緒に戻れるまで頑張ろうって決めたのは
さとり様でもお燐でもない、私自身の意志なんですよ?だから、だから。」
何だか、私自身が誰かに泣きつきたくなってきた。
「私だって、信用してもらえてないんじゃないかって感じたときは傷つくんです。悔しくて、辛いんです。」
駄目だ、ここで泣いては駄目なんだ。安心させないといけないのに、
もっと不安にさせちゃだめなんだ。台無しにしちゃいけない。
「だから、だから不安なら、頼ってください。がんばりますから。
一人で抱え込んではダメです。私まで辛くなるんです。お願い、します。」
嗚咽みたいな溜息が出そうになって、なんとかこらえて飲み込んで。
大きなため息を吐いて。言えた、かな?ちゃんと。
「すいません。生意気言ってしまって。」
「……ごめんね。」
「寝ましょう。明日、早いですし。寒いですか?」
「大丈夫。……ごめんね。うつほ。」
「もう、良いですから。私だって謝らないといけないところが沢山あるんですし。」
「……おやすみなさい。」
「おやすみなさい。」

こいし様の呼吸が静かになって、穏やかに寝息をたてるようになってやっと私は安心した。
……つもりだったのだけど、今度は私が寝られなくなった。
本当に支えられるんだろうか。あれだけ見栄はって、胸張って。
頑張らないと、今まで以上に。これ以上不安な思いをさせてはダメなんだ。
明日は、いや、今日こそなのかな。時間的には。頑張らないと。
私の不手際で何か起きるのも、私が何もできずに止められないのも、嫌だ。
……疲れが明日に響いて良くない事が起きないよう、寝ようか。

寝られなかったのは単に一度寝てたからだったのか、一度心の中で簡単に整理が終わると、
自然と欠伸が出てきて私はそれに従ってゆっくり目を閉じた。
「おやすみ、なさい。」


朝!という雰囲気はここには何もないけれど、性分なのか習慣なのか
ここ最近はこんなところでも大体の時間は掴める。いつもより今日はちょっと早いかな。
眼が覚めて一度大きく欠伸をすると、私はこいし様を揺すった。
案外眠りは浅かったのかいつもより早いのに素直に起きてくれて、そこは少し嬉しい。
「まだちょっと眠いわ。」
まぁ、それはそうなんだろうけど。私も少し眠いしね。
「今夜からもっとゆっくり寝られますよ。」
「そうなると嬉しいわ。」
「そうなるんですよ。させてみせますよ。」
今日はがんばる……つもりだ。何をって具体的に言えないのが辛いけど。
とりあえず、何もできずに見ているのはダメだ。
「では、準備ができましたら戻りましょう。」
こいし様の背中を支えつつ体を起こして、一緒に立ちあがる。
ゆっくり行けばこいし様も疲れないだろうし、丁度良い時間に着くんじゃないだろうか。
というか、お燐に言われてるから着かせないといけないんだけど。
「あ、手提げ袋は忘れないでくださいね。」
後は……運んだから特にないか。
「何だか元気ね。うつほは。」
「そりゃもう。毎日元気ですよ?」
「頼もしいわ。本当。」
ええ、頼ってください。がんばりますから。
今だけなら、つついた藪から鬼が出てきてもなんとかなりそうな気分だった。

「それじゃ、行きましょうか。」
「ええ。帰りましょう。」
そう、だな。そっちのほうが正しいか。
こくりと頷いて、二人一緒に空へと飛んだ。
「適当に逃げてきたから、この前帰るのは帰ったけどうつほ任せだったから道を覚えてなくて。」
そう言えば、それもそうだ。
「大丈夫ですよ。私はちゃんと道分かってますから。」
「また案内、お願いするわ。」
「はい。速かったら教えてくださいね。」
「分かった。」
その言葉を耳で聞いて一度頷くと、私は方向を確かめてからスピードを少しあげた。
といっても、日頃のスピードに比べれば結構遅い方ではあるのだけど。
後ろを少し振り返って見ても、ちゃんとついてきている。このくらいなら大丈夫そうだな。
少しして追いついて真横に並んだので、顔をふと見れば緊張しているのがすぐに分かった。
今からそんなに緊張してもあとが続かないと思うんだけど。うーん。
「こいし様?」
「なぁに?」
「あ、飴玉でもいりますか?」
できる限り笑顔で、懐から小さな瓶を取り出してみる。
少しでも気が紛れればよいのだけど。断られたらちょっと恥ずかしいな。
「……いただこうかな。」
よ、よかった。
前方の安全をちらりちらりと見て確認しつつ、手に握った瓶のふたに手をかける。
朝だと力が入りづらいけども、なんとかすぐに開いてくれた。
こいし様に近づいて、その口の中へ一つ飴を入れる。
私もついでに一つ取り出すと口の中へ放り込んだ。
「ありがと。」
「いえいえ。たぶん溶けてなくなる頃には着くんじゃないですかね。」
割と大きさもあるしね。
二人して、コロコロと口の中で変な音を立てながら、暗い中を翔ける。
あれから少しずつ、こいし様の様子を見ながらスピードをほんのちょっとあげて、道を急いだ。

丁度私の口から溶けてなくなったころに、目的地が見えはじめ、
後ろを振り返ってこいし様の様子を窺うと、その事に気づいたのかこっちに向かって一度真剣そうに頷いた。
真っ直ぐこのまま進めば確かに辿りつけるのは辿りつけるのだけど、お燐には玄関へと言われているので
少しだけ方向をずらして回りこむことにした。
スピードを落として、地霊殿の外側をまわると見慣れた玄関が見えてきた。
ただ、里の方から見慣れない影が一人。同じようにこの地霊殿目指して飛んでいるのが見えた。
……記憶にはあんな人が町にいたような覚えはない。
と、すると?お燐に今日くる人の大体の事を聞いておけば良かったかなぁ。見た目とか。

向こうもこちらに気づいたのか、私とこいし様に一度その赤い目を向けると、そのまま玄関の前まで降りた。
私とこいし様もそれに続いて玄関へと降りる。……背、高いんだな。
後ろからは緑色の髪のおかげで顔は見えないけど、何だか妙な圧迫感を感じるな。
殺気みたいなのはないけど、強そうだという事は伝わってくる。
この前地上から来たのと同じ匂いだ。

私たちが二人して前に立つ人の様子を窺っていると、
くるりとその女性が振り返ってその大きくて赤い目が私たちを見た。
「ひょっとすると、ひょっとするのかな?」
前の女性が、こちらを見ながらそう言って、その言葉に今度は私たち二人が首をかしげた。
「今日いらっしゃるというお話だった……えっと、幽香さん?」
確かめたくてそう返すと、少し驚いたようで口元に手をあてた後ゆっくりほほ笑んだ。
「ええ。そうよ。」
と、すればこの人がお燐の言っていた方か。
……正直、さとり様がどう引かれたのかは今の私にはわからないな。
一方で返答を終えた幽香さんが地霊殿の扉をノックして、ややあってから扉が開いてお燐が出てきた。

「ようこそ、幽香さん。……そして、おかえり。」
最初の一言は扉をノックした幽香さんに、そしてこちらを見てお燐がそう言った。
何だか肩にいっぱいあるうちの荷が1つ降りたような感じで、どこかほっとした。
こいし様も同じようで、私と一度揃って溜息を吐くと、また揃って小さくうなずいた。
お燐もそれに頷いて返して
「ささ、皆さん中へ。」
手まねきしてひょい、と扉の中へと消えていった。
一番前に立っていた幽香さんが最初に扉の中へと入り、続いて私が、そして最後にこいし様がそれに続いた。
かちゃり、とお燐が扉を閉めて、外の明かりが消えて懐かしい薄暗さの廊下が目に映る。
そのまますたすたとお燐が先頭の幽香さんの前に出て、ステンドグラスの飾ってある広間へ向けて声を出した。
「着きましたよー。」

その声に呼応するかのように大広間の方へ続く廊下にポッとロウソクの光が灯って。
私たちの耳にもハッキリ聞こえる足音とともに、人影とあかりが近づいてきた。
「いらっしゃい。それから、おかえり。こいし、うつほ。」
どれだけ長い間聞いていなかったとしても、懐かしいその声は、
「……お姉ちゃん。」
さとり様のもので。
お燐や幽香さんが横へ避けて、こいし様とさとり様が対面して。
私はお燐に袖を引っ張られてお燐の横に並んだ。

「……。」
「……。」
そのまま、固まったように動かない二人。眼は何だかいったりきたり動いているのだが、
口は動かず、見ているだけでどこかもどかしくて。
煮え切らない様子に私たちが口を開こうとしたところに、先に幽香さんが口を開いた。
「おかえりって言われたら、ただいまって返せば良いのよ。積もる話はあとでいいのよ。」
積もるも何も、詰まっているわけだけど。
その言葉にお互いが深呼吸して、ついにこいし様が口を開いた。
「ただいま、お燐、お姉ちゃん。」
「うん。おかえり。」
たかだかほんの数秒程度の挨拶の言葉なのに、妙にほっとして。
思わず私の口からため息が漏れてしまった。
でも一方でやっぱり二人が固まったままで。少しして呆れ果てた幽香さんが続けて口を開いた。
「お燐ちゃん?この後の予定は?」
その言葉に同じように固まっていたお燐がハッとなって幽香さんに言葉を返した。
「あ、はい。朝食の準備はしてあるので皆で朝食にしましょう。」
くるりと向きを変えて、食堂へと足先を向けるとお燐が先導して歩きはじめた。
未だに固まりっぱなしのご主人さま二人の背中を幽香さんがぐりぐりと押しつつその背を追って。
私は一番後ろだった。……私どう動けばいいんだろう。

一番後ろだった私が食堂の扉を閉めて中を見れば既にお燐を除いた皆が席に座っていて、
お燐がみんなの前にどんどん食事を並べていた。焼きたてでほくほくと湯気をあげるトースト、
その上でじわりじわりと溶けていくバター。牛乳、ヨーグルト。
お弁当では味わう事ができないそれらがすごく懐かしく思えた。
「うつほー、座りなよー」
お燐が食器を配りながら私にそう言って、ハッとなって私も席についた。
最後にお燐が席に座って、そしてお燐が一番に叫んだ。
「いただきまーす。」
その言葉に続いて、みんなも、そして私も同じく続けた。

なんというか、やっぱり終始無言で。
さっきと違い、口は違う意味で動いてはいるのだけど、視線をお互い合わせたままで
さとり様とこいし様の間にまるで会話が無い。ちらり、とこいし様が少し辛そうな目で一度こちらに目くばせしたので、
無い知恵を振り絞って何とか私も口を開いた。
「幽香さんとはどこで知り合ったんです?」
たぶん、こいし様から話題を出せそうにはないので、ここはさとり様に話を振らないとどうしようもないんだろう。
ハッとしたさとり様が口の中のトーストを飲み込んで口を開いた。
「お燐と一緒に地上に出かけたことがあったんだけど、その時に会ったのよ。」
「まぁ、厳密には私はその時いなかったんですけどね。」
お燐が続けるように口を開いて。……良かった、一行で終わらずに済んで。
「いきなり、友達になりませんかって言われてなんというか驚いたわね。」
牛乳に口をつけながら、幽香さんが口の周りを白くしつつ言った。
「さとり様にしては珍しく積極的ですねぇ。」
「確かに積極的だったわねぇ。返事を渋ったら、明日きますって言われて。
本当に雨の中一人待ってたからね。同じ場所に。」
それはなんとも……。
「それで、そうしているうちに仲良くなったというわけですか。」
「うん。」
「そうね。何だかんだいって私も友達が欲しかったから、ね。」
む、元から凄い友達とかネットワークの強そうな人に見えるんだけど。違うのかな。

「お、お姉ちゃんは幽香さんのどんなところに惹かれて声をかけたの?」
硬い空気から会話で少し落ち着いたからか、ついにこいし様が口を開いて、
その言葉に隣同士で座っていたさとり様が、頭を撫でつつにっこりほほ笑んだ。
「魅力ってのは、付き合って見て初めて分かるものよ?今になって色々分かった魅力はあるけれど、
そうね。最初は私の事を理解してくれそうだから声をかけたわ。」
「その割には結構最初の時から凄い私の胸にご執心してたわね。」
そのまま続けて平然と小さい声で放った幽香さんの言葉に私の隣に座っていたお燐がくすくすと笑いだして
そして皆の視線がさとり様に集まった。
「そ、そんなことないわよ?」
やや裏返ったその声に皆が笑いだして、さとり様の顔がどんどん赤くなっていった。
「さ、先に部屋に戻ってるわ!」
居づらくなったのか、さとり様が残っていたヨーグルトを口の中にかきこむと
一目散に食堂から逃げ出した。……やりすぎたかな。

「ところで、お燐ちゃん?」
幽香さんが口を開いて。呼びかけられたお燐がくるりと視線をそちらに向けた。
「お風呂の準備ってできてるかしら。」
「ええ。勿論。いつでも入れますよ?」
「うん。じゃ、こいしちゃん?」
「は、はい!」
「さとりを誘って、二人で入ってくるといいわ。話したい事、あるんでしょ?
またさとりが固まって何も言わなくなる前に、お風呂で二人で話してくるといいわ。
辛い事も汗と一緒にお湯に流せばいいんだから。」
その言葉にこいし様がうなずき、ぐっと拳を握りこんで席を立つと、さとり様の後ろ姿を追いかけていった。

「さて。」
幽香さんがくるりとこちらを向いて、そしてお燐もこちらを向いた。
「な、なんでしょう。」
4つの大きな赤い目に見つめられて思わずそう呟いた。
「改めて名前を聞いておきたくてね。」
「あ、ああ。霊鳥路空です。」
「ありがと。私は風見幽香よ。改めて、よろしく。」
テーブル越しに差し出された手に握手をして、改めてまた席につく。
「この後、どうしようかしらね。」
そんな言葉を吐く幽香さんの言葉を聞きながら、まだ食べかけのトーストをかじる。
……ちょっとさめちゃった。美味しいけど。

「ねーうつほ。お昼ごはんに食べたいもの、何かある?」
「んー。まだ今食べてるから何とも。こいし様が好きなものなら何でもいいよー。」
その言葉に難しそうに首をかしげるお燐。まぁ、無理もないのかな。ずっと家にいなかったんだし。
「んー。」
一方で幽香さんが口を開いて。
「お燐ちゃんは単純にあなたの好みを聞いたのよ。あなた、ずっと一人でがんばっているから、
何かお礼をしなくちゃって前から考えていたみたい。この前の帰り際に色々相談されたわ。」
「そ、それを言われると私だってお燐にお礼がしたいんだけど。」
「わ、私はただお弁当作っただけだよ!」
「そんなことないよ。」
私一人じゃとても支えられないものなんだから。
「私にとっては、みんなで楽しく食べることができれば一番の御馳走だよ?」
そう返した私に、二人揃ってため息を吐かれて。
「そこまで言うなら。」
お燐がそう言って牛乳を飲んだ。
駄目だったかなぁ。うーん……。
「そ、それじゃあさ、食事以外じゃだめ?」
「いいよ!」
「じゃあさじゃあさ、こいし様達が出た後、お風呂一緒入ろうよ。」
その言葉に、牛乳を飲んでいたお燐の口の端から牛乳があふれて。
「本気?」
あからさまに機嫌……悪いのかな。嫌そうな表情だけど。
「私もいいかしら。」
「あ、はい。お燐と二人だと逃げられて結局一人になりそうですし。」
「この前も逃げられたからねー。」
「ねー、お風呂以外じゃダメ?他にさ、ほら!」
「お燐に背中流して貰いたい。」
そこまで言うと、諦めてくれたのか、がっくりと頭を垂れて食器を片づけて行った。
私たちも牛乳や残っていたヨーグルトを食べて、食器を片付ける。


が、しばらく3人で待ってみたものの、一向にこいし様達が食堂に戻ってくる様子が無い。
お燐は何だか喜んでいたけど、私と幽香さんは心配になって、代表して私が様子を見に行った。
長い廊下のずっと先、さとり様の部屋のすぐ目の前にお風呂場があるから、
もしかしたら部屋で休んでいるのかもしれない。
そう思ってさとり様の部屋のドアに耳をそばだてて、中の様子を窺ってみるけれど、誰もいる気配が無かった。
ノックをしても、返事がない。
お風呂場はどうだろうか。そう思い、脱衣所の扉を軽くノックして返事がない事を確認すると、
中へと入って見た。……こちらは明かりがついている。ということは、中にいるみたいだ。
浴室への扉を開けずに声を掛けてみる。
「生きてますかー?」
しばらくして、さとり様から返事があった。
「生きてるわよー?どうしたの?」
「あまりに長いんで皆心配してまして。」
「あー。もうすぐ出るわ。ごめんねー。」
……こいし様の方は返答が無かった。ひょっとしたらまだ体や髪を洗っているのかもしれない。

私が食堂に戻って二人に報告すると
片方は安心したように溜息を吐いて、もう片方は不安そうに溜息を吐いた。

それからしばらくして、頭にタオルをのせたままさとり様が一人食堂へ来た。
「こいし様は?」
「うーん。こいしは部屋でちょっと休んでるわ。」
……長風呂のおかげでお湯に当てられてしまったのだろうか。
「大丈夫だから安心していいわ。あなたたち今から入るのでしょう?私も自分の部屋で休んでるから。」
その言葉を聞いて、3人で席を立った。
「そういえばお燐、私の着替えは?」
「こいし様の部屋にあるよー。」
ああ、そうか。一緒に服出したし一緒に片付けられたか。
そう思いながら私がこいし様の部屋へと足先を向けると、
残った3人は皆さとり様の部屋の中へと消えていった。
……みんなの着替えはあっちなのか。

「失礼しまーす。」
コンコン、と軽くノックしてからドアを開けて入ると
既にベッドの上に丸くなってこいし様がパジャマ姿で丸くなっていた。
「着替えを取りに来ました。……大丈夫ですか?」
「う、うん。大丈夫。」
ぼーっとしたような返事ではあったけど、ちゃんと返事があったので一応安心した。
「私も浴びてきます。また後ほど。」
「いってらっしゃい。」
お風呂で疲れていたのか、顔をあげることはなかったけど
私はその言葉を聞いて自分の着替えを準備して部屋を静かに出た。

私が脱衣所へ着いた時には、みんな既に脱ぎ終わっていて、
幽香さんが駄々をこねるお燐の背中をぐいぐいと浴室に押しこんでいるところだった。
……思えば今まであの押す役は私だったんだなぁ。
「あ、あぁやっときたのね。脱いだら手伝ってちょうだいな。」
お互い凄い姿勢で扉の前で攻防をしているのを傍目に見つつ、私も服を脱いで、
お燐の横へ移動すると尻尾を軽く握った。
……やっぱりこれには弱いのか、すぐに力に負けてお燐と幽香さんが勢いよく浴室へ飛びこんでいった。
もとい、倒れこんだの方がぴったりなのかもしれないが。
私が最後に浴室に入って、後ろでに扉を閉めた。
改めて中を見れば懐かしいお風呂だ。今までの温泉は悪かったかと言えばそうではないけど、
やっぱり我が家というのは落ち着く。……目の前でギャーギャー騒がれなければ。
まぁこれはこれで、懐かしいんだけどね。
「今日は、私の背中流してくれるんでしょ?」
すっかりしょげくれて耳もぺったりと垂らしたお燐にそう言うと、
一応そこは了承しているのか頷いて石鹸と布を手に取った。
それを確認して、軽くお湯を洗面器で浴びてからいつも使っていた椅子へと腰を下ろす。
しばらくしてお燐が私の後ろに椅子を置いて座ると、私の背中に布を下ろした。

うーん、やっぱり自分以外の誰かにやってもらうってのは気持ちがいいな。
これくらいの贅沢なら神様だって許してくれるだろう。
後でお燐も洗ってやらないと。傍目で横を見れば幽香さんが
新しく椅子を出してそれに腰かけて自分自身の体を洗っていた。
……さとり様が言っていた、じゃなくてさとり様が執心しているという胸か。
確かに大きいな。私なんかよりずっと大きい。私より大きいお燐のそれよりも大きい。
そんな視線に気づいてか、幽香さんがちらりとこちらを見て、くすくすと笑った。
「ひとつだけ、分かった事があるわ。」
「なんですか?」
「さとり、一番小さかったのね。胸。だからあれだけご執心なのかしら。」
そ、そうだっけ?こいし様より小さいはずは……。
あれ、最後にさとり様とこいし様と揃って一緒にお風呂入ったの何時だろ。思い出せない。
「そうだったっけ?お燐。」
「そうだよー。後でこいし様が抜いたんだよー。……誰も口に出さなかったけど。」
多少は元気そうな返事が後ろから戻ってきた。
そうか、一番小さかったんだ。……でも丁度いいとは思うんだけどな。
こんな事本人の前で考えていると怒られちゃうんだろうけど。今居ないからいいよね。

お燐の手が、私の背中と首、腕から手を洗い終えたのを確認して、今度は私がその布をお燐から奪った。
「交代、しよ?」
その声に少し耳が垂れて、お燐が頷く。
私自身上半身泡まみれではあったけど、洗面器を手にとって浴槽からお湯を組むと、何度かお燐にかけた。
相変わらず湯は嫌いなんだな。凄いぶるぶる震えて水を払っている。
お燐の背中を見つつ泡だてて、お燐の体へと布を下ろし、
とたんに暴れそうになるお燐の尻尾を膝の間で軽く挟んだ。
……なぜだかこうするとお燐は動きが止まるのよね。
「……便利ね。」
横から幽香さんがじっと眺めつつそう呟いた。
確かに、こうする分には凄く便利だ。そのまま容赦なく背中擦れるから。
幾分か弱弱しいものの、手を前によたよたと振りつつ嫌がるお燐の背中をごしごしと上から下へと擦っていく。
「手伝うわ。」
もう洗い終わったのか、泡だらけの幽香さんがお燐の腕を掴むとそのまま体を洗って行った。

二人がかりだし、もう大丈夫だろう。
そう思い尻尾を足から放して、お燐を立たせる。
こっちを見降ろすお燐の目が涙を浮かべてはいるが、ここで気を抜けば逃げられてしまう。
まぁ、二人なので厳しいだろうけど。
幽香さんが前から、私が後ろから体を順々に洗っていく。
「お燐もそろそろ水ぎらい直そうよー。」
「好きにならなくたって生きていけるもん!」
うーむ、お互いの論点がずれている。まぁ、無理か。
向こうに見える幽香さんもやれやれといった表情で笑っていた。
まぁ、こうやって洗うのは嫌いではないんだけど。

最後に二人で洗面器のお湯をかけて泡を洗い落すと、そのまま幽香さんも泡を落としてお燐の手を引いて湯船の中へと入って行った。
まぁ、引いてってよりは……
「観念しなさい!」
「いやだぁぁあ、助けてぇうつほぉぉぉ」
引っ張って、が正しい。やれやれと言った表情でお燐の尻尾を幽香さんが掴んで、
そのまま湯船の中へ引きずり込んでいった。
がっしりと後ろから抱いて、無理やりにでも出られないな、あれは。
たぶんだけど、あの人、力は強いだろうし。
……私も早く洗っちゃおう。

いそいそと体を洗い、懐かしい湯船に私が体を入れた頃には、
お燐は逃げる事を諦めてはいたものの、かなりむすっとした表情になっていた。
「お燐、聞いていいかな。」
「なあに?」
「さとり様は、こいし様を身捨てたりなんかしないよね?」
「何でそんな事聞くの?」
「こいし様が不安がってた。」
垂れていたお燐の耳がぴょこぴょこと動きつつ、うっすら開いている赤い目で私を見つつ答えた。
「家族を見捨てるなんて、考えられない。」
「うん、ありがとう。お燐。」
期待通りの言葉ではあったけど、やっぱりこうやって聞いておくとどこか安心する。
「さとり様も。……どう付き合えばいいのか分からないって心配してた。」
そうなのか。案外姉妹そろって同じような事考えていたんだな。
「簡単な事よ。」
そこにお燐の後ろから幽香さんが割って入る。
「昔通りに接してればいいの。変に意識して行動すると違和感でしかないわ。
だから、昔通りに行動して、いざって時にちゃんと活かせればそれでいいの。そのためのあなたたちでしょ?」
そ、それはそうだ。
「でも、できればもうこんな事もう無いといい。」
よわよわしい口調でお燐が呟いて。……それも確かにそうだ。
私は見てないけど、お燐はあれからのさとり様の姿をずっと見て来たんだものね。
一番、辛かったんじゃないのかな。


「さて、そろそろ出ます?」
私自身があったまりきったところで、声を出した。
というより、お燐がこれ以上浸かっていると体調を崩す心配もあったんだけど。
……でも判断は少し遅かったようで、お湯から出してもお燐は少しぐったりしていた。
二人でお燐を抱えて脱衣所に担ぎこんで。タオルでお燐をくるむと端にある椅子へと座らせた。
「大丈夫?」
その言葉にふるふると首を振って、べしゃりとテーブルの上に倒れこんで。
「喉渇いた。」
お燐がそう言ったので私はコップと水差しを用意するとお燐の手にコップを握らせた。
お燐が飲み始めたのを確認して、私と幽香さんもタオルを手にとって簡単に体を拭いて。
粗方拭いてしまうと私は体にタオルを巻いてお燐の体を拭きにかかった。
案外にテーブルの感触が気持ちいいのか、割と平然そうな顔をしてはいるが顔は真っ赤で、
ちょっと自分でもやりすぎたなって思いがする。ごめんね、お燐。
わさわさと、そのまま髪の毛を拭いてあげて、体の水気もとってやると、着替えを少しずつ着せていった。
「後はやるよー。」
少し着せたところでお燐が動いて。非常にぐったりしながらもゆるゆると服を着直していった。
私も、冷える髪をタオルで拭ってから、服に袖を通して。
その様子を見てか、着替えの終わった幽香さんも口を開いた。
「お昼ごはん作るの、変わりましょうか?」
確かにこの様子でごはんを5人分も作らせるというのは、いささか無理があるだろう。
でも、その言葉にもお燐は首を振って
「大丈夫です。」
そう答えた。……無理してるなぁ。

皆着替え終えて、幽香さんはさとり様の部屋へ、お燐は食堂に行くということだったので
私はお燐の手伝いをしに行くことにした。
でも脱衣所を出てすぐ、お燐がふらふらと歩きながら壁に激突したので、
やっぱり休ませないとということで、さとり様の部屋にお燐を担いでいった。
まぁ、眼の前だから一番楽だったんだけど。
さとり様もやれやれ、といった表情でお燐をベッドの上に休ませると、
そのまま二人揃ってベッドに横たわってしまった。
「じゃあ、私が作ってくるから。あなたも休んでてちょうだい。」
幽香さんがそんな二人を見ながらそう言って。
「手伝いますよ?」
「いいのよ。今一人の女の子がいるでしょう?そっちに付いてあげて。」
こいし様か。まだ休んでるかな。
「ではお言葉に甘えて。何かあれば、お呼び下さい。」
そう伝えると、幽香さんは頷いて食堂へと向かって行った。
私も方向をかえてこいし様の部屋へと向かい、ドアをノックする。少しして
「どうぞ。」
と返事があったのを確認して、私は部屋へと入った。

どうやらお燐と違ってこちらは少しは良くなったようで、
まだベッドの中ではあるが既にベッドから身を起こしていた。
「お燐がお湯にあてられちゃいました。」
「あらあら。じゃあお昼御飯はちょっと延びそうね。」
「そこはー幽香さんがやってくれるそうです。」
「お客様に……悪いわね。」
「手伝いしようとしたんですが、困ったら呼ぶって。」
「それなら、お言葉に甘えておきましょうか。」
頷いてそれに返して、私もベッドの端に座らせてもらった。
「うつほ?」
呼ばれて顔を向けると、こいし様がちょんちょんと自分の横を叩いて。
その手に従って私はベッドの上を這うと、こいし様の横に座った。
「お風呂、気持ち良かった?」
「ええ。とても。」
その言葉にこいし様が頷いて、私の肩を掴むとこいし様が私を押し倒した。
こいし様も横に寝転がって、すっと天井を指さして。
「天井。」
その指でいろんなものを指さしながら、こいし様が続けた。
「壁、ベッド、椅子。……私のお家。やっとかえってこられたね。」
「そうですね。……長かった、ですね。」
久しぶりのベッドの感触。見上げた天井。コツコツと音を響かせる廊下。私達の地霊殿。
何もかもが懐かしい。やっと帰ってこられたんだな。
今までの硬い地面での生活ではなくて、ふかふかで、弾力のある寝床。
「少し、私も休んでもいいですか。」
「うん。」
さっぱりした後だからか、柔らかいからか。それは分からないけど、
うとうととしてきたので私はそう聞くと、早速目を閉じた。

どれだけ時間が経ったのか、ひょっとしたら本当に寝てしまっていたのか分からないが、
しばらくして聞きなれない声で
「ごはんよー」
という声が頭の中を通り過ぎて行くのを聞いて、こいし様に揺すられて私は目を開けた。
「できたみたい。いきましょ。」
そうか、お昼前だったんだっけ。……う、ちょっと寝癖たった。
髪の毛を指でなんとか梳かしつつもこいし様の後ろについて廊下を進んでいく。
どうやら幽香さんが叫んだらしく、さとり様やお燐もぞろぞろと食堂に入っていくのが見えた。
皆に続いて私達が入って。どうやらお昼御飯は饂飩らしく、それぞれの食卓の上に湯気立ち上るそれが置いてあった。
思えば麺類というのは食べて無かったな。伸びちゃうから。
「お燐ちゃん、食べれそう?」
心配そうにそう尋ねた幽香さんにこくりと頷いて返すお燐。
あぁ、お燐の調子を見て饂飩にしたのか。
「どの食材使っていいか分からなくて。考えてたら饂飩になっちゃったわ。」
……そういうことか。まぁ、我が家の食材管理は今はお燐だものね。
そのお燐がこれだからなぁ。しょうがないといえば、しょうがないのかな。
「お燐、本当に大丈夫?」
私の問いに、お燐は顔をこちらに向けるとにっこりほほ笑んで
「もう少し休んだらたぶん大丈夫。」
そう答えた。……まぁ、湯あたりだったんだし、
夜までにはなんとか治ってくれるだろう。

それまでは静かな雰囲気ではあったのだけど、
やはり食べ始めるとなると食卓を囲んでこの人数だ。
案外に黙っているのに音はするもので、二人での食事ではありえない音による妙な存在感が耳から伝わってきた。

結局体調があまり良くないように見えたお燐が一番先に食べ終えて食器を抱えて流し場へと消えていって、
しばらくして戻ってきたかと思うと、
「もう少し休んできますね。」
今度は皆にそう告げてすーっと食堂のドアから廊下へと消えていった。
「……まるで感じが変わったみたいね。」
「皆に迷惑かけたくないから、ゆっくり今のうちに休んでおきたいんだって。」
「そう言ってたの?」
「いや、そう考えてるみたい。……私ももうちょっとお燐に付いてるかな。」
さとり様と幽香さんがそんな会話をして、二人も食器を片づけてさとり様はお燐を追って消えていった。
その後ろ姿をずるずると饂飩をすすりつつ、こいし様と私と幽香さんとで見送って。
ふと、こいし様が口を開いた。
「お燐、お風呂嫌いなのに今日は頑張ったのかしら。」
それを聞いた私と幽香さんはお互いに目を一度合わせると苦笑いしてしまった。
頑張ったのは私たちで、まぁ、そのせいでああなっちゃったんだもんね。
「どうかしたの?」
そんな私たちを見てか、こいし様がきょとんとしつつもそう尋ねて来て。
苦笑いしながら幽香さんが
「後で元気になれそうなものをお燐にあげておくわ。」
そう返して、何かを理解したのかしてないのか首を軽く縦に振るとまた饂飩を食べ始めた。

「御馳走様。」
私達二人がそう言うと、幽香さんは小さくお辞儀をして食器を片付けに行きながら私たちに尋ねた。
「片付けが終わったら、お部屋に行っても良いかしら?」
「ええ。どうぞ。」
質問にすぐそうこいし様が返して。幽香さんが嬉しそうに流し場の方へと消えて行って。
私たちはその姿を目で追い終わると、二人揃って部屋へと戻った。


「何を聞かれるんだろ。」
部屋に入るなり、こいし様にそう聞かれて。
「うーん、分かりませんね。こいし様の事を聞きたいんじゃないですか?」
「わ、私話題が無いんだけど……どうしよううつほ。」
「な、なんとかフォローしますよ!できる範囲で。」
……自分としてもちょっと頼りのない返事ではあると思うけど。
そう思っているところでコンコンとノックの音が部屋に響いた。
「どうぞー。」
こいし様がドアに向かってそう告げて。少ししてから幽香さんが入ってきた。
「お邪魔します。」
そう言いながら部屋の中をするすると歩いて、私たちが腰かけていたベッドの反対側に腰を下ろすと
じっと幽香さんが私たちを見つめた。
「ど、どうかしましたか?」
「ありがとうね。」
不思議そうに尋ねたこいし様に対して幽香さんがもっと不思議な返答を返して。
思わず私たちは二人揃って顔を見合わせた。元より面識がないのに。
「さとりね、ずっと心配だったみたい。詳しい事は私にはわからないからこんな事を言うのは
良くないのかもしれないわ。でも、言わせてちょうだいな。
頼れる人がいるのなら、ちゃんと頼ってあげてね。一人でしか解決できないかもしれないけど、
その悩みを一人で抱え込む必要はないのよ。私だって相談に乗れることがあったら乗るから。」
そう言いながらぽんぽんとこいし様の頭を叩いて。
何故だかその後に私の頭もぽんぽんと叩かれた。
更にこいし様にまで頭をぽんぽんと叩かれて。余計に訳が分からなかった。
「うん。とりあえず言いたい事はそれだけだったの。……あなたの方から私に聞きたい事ある?」
「じゃ、じゃあ一つ。」
こいし様が顔をあげてじっと幽香さんを見つめながら言った。
「心の中を覗かれたとき、どんな気持ちでしたか?」

真剣にそう聞いたこいし様に対して、幽香さんは少し俯いて何かを考えた後、顔をあげて答えた。
「最初はビックリしたし、正直な話をすると良い気分ではなかったわね。
……でも、一方でさとりは私にとって言いづらい事も理解してくれた。
心の目でそう見られることよりも、私は白い目で見られることのほうが怖かったし。」
「白い目、ですか。」
「あっちじゃ顔が知れすぎているって言えばいいのかな?
好意的に接してくれる方ってのはとてもとても少ないの。……とても。」
何だか重たい話に話が行って良くないと思ったのか幽香さんが顔をあげると手をぱちん、と叩いた。
「話がそれちゃったわね。とりあえず私はさとりの目に少なくとも悪意は感じてないから
もう、慣れちゃったしそこまで気にもしてないわよ。……こんなところで良いかしら?」
「え、ええ。参考になりました。」
「あなたも読めるの?」
「読めました。……けどもう読めません。でも、理解しようとはするつもりです。」
「うん。それは大事よ。反省は必要だけど後悔は役にたってくれないから。前を見ているならそれでいいの。」

「それじゃ、私はさとりの部屋にでも行ってるわ。」
そういうと、腰をベッドからあげてそのままドアの向こうへと帰って行った。
……結局私フォローも何も入れられてないな。いや、思えば戻って来てから
私何か役に立ててるんだろうか。ちょっと不安だ。
「なんだか不思議な人ね。」
「そう、ですね。」
でももしかしたら、ひょっとしたらこれが普通なのかな。
私たちだけが今まで変な生活だったのかもしれない。
そういう意味では新しい新鮮な風みたいだな。
「さて、夕食まで何してようかしら。」
「え、ああ。そうですね……。」
「良し!」
「お、何かあります?」
「寝る。」
「……寝ちゃいますか。」
「だってぇ、ふかふかなんだもの。早起きだったのもあって、少し眠いの。」
まぁ確かに私もずっと硬い地面の上で寝てたからその気持ちは分かる。
眠いのも同感だけど。でも流石に夜寝られなくなりそうな気がするんだよなぁ。
「私にはどんな高級ベッドにも勝るうつほっていうあったかい枕があるから今寝てもきっと平気よ。」
「そういわれると何か照れちゃいますね。」
「そういえば今日は一緒に寝るのよね。何なら今私が枕になってみようか?」
「お昼御飯食べた後ですよ?苦しいと思いますから、
……そうですね、それなら夜お願いするかもしれません。」
そう言ってベッドの隅へと身を投げて。
こいし様がずりずりと私の横に来て同じように寝っ転がった。
正直、私はもうこれだけで十分幸せなんだけどね。


大きいベッドの隅の方で二人でゆっくり眠っていると、
ガタン、と大きな音とともにドアが開いた。
既に照明を落とした部屋だったので、シルエットしか見えなかったけど、
ひょいひょいと揺れる尻尾が見えるから、すぐにお燐だと分かった。
「ごっはんだよー!じゃ、早く来てね!」
そう言ってまた、ガタンとドアが閉じた。……午前中より元気かもしれない。
「うぅ……ん?」
「こいし様、夕食だそうですよ。」
「あぁ、うん。行かなきゃね。」
頭を振って目を覚ましているこいし様の手を取って、一緒にベッドから立ち上がる。
お昼御飯が饂飩であったのもあってか、動いてはいないのにお腹は結構減っていた。
「お燐があの調子なら御馳走かもしれませんね。」
「ん、元気になってた?」
「ええ。」
二人で廊下を出て、食堂の方へと足を進める。
食堂の近くの廊下まで来ると、あったかくて良い匂いが鼻をくすぐった。
「嬉しい意味で、予感的中ね。うつほ。」
「みたいですね。」

食堂に入ると、食卓の上に大きなお皿がいっぱいあって、
ひときわ大きい中央のグラタンや、お刺身、サラダにお酒まで。
「まるで誰かの誕生日みたいね。」
ふと後ろで声がして振り向けば幽香さんが眠たそうなさとり様をずりずりと引っ張って来ていた。
「さとり、そろそろ起きてちょうだい。」
その声にうっすらと目を開けて、ふらふらとさとり様が席につくと、残りの皆も席についた。
「とりあえずお弁当に入れられなかったものを作りたかったんだ。」
そうお燐が言いつつ、みんなにお皿を配って。
改めて食卓を見れば確かにずっと食べた記憶の無いものだった。
「ありがとうね。お燐。」
こいし様がそう伝えたので、急いで私もお礼を言っておいた。

あまりお酒というものは得意ではないのだけど、
雰囲気というものはそれを麻痺させるのだと改めて思った。
食べ始めたら皆がみんな口を開いて、笑っているこの空気。
昔と違って新しい顔が一つあるけれど、紛れもない昔の楽しい頃と同じ。
どこか嬉しくて涙まで出てきて。
「うつほー泣いてるのー?」
そうこいし様から囃し立てられて、
「お酒が案外にキツかったもので。」
思わずそう返した。でもその一方で、口ではそんな事を言っているのになぜか手にお酒の瓶を握って
自分のコップに注いでいるのが不思議でもあった。
みんな顔が真っ赤だった。
料理もお酒も無くなって、空になったテーブルに今度はお燐の作ったアイスクリームが出てきて。
今度は皆の口の周りが真白になった。
自分がその時何を言ったのかは意識には無かったけど、
とりあえず皆笑っているから特に気にするでもなかった。

ただ、しばらくして意識がふらつき始めると私はこいし様に連れられて部屋に戻る事になってしまったらしくて、
気がつくとこいし様のベッドの上に寝かせられていた。
溜息を吐いて見れば、果物で作ったお酒特有の甘い匂いが鼻に舞って。
ふと横を見ればじーっとこいし様が私を見ていた。
「大丈夫?」
「うー。まだ飲めますよ?」
「……大丈夫そうね。うつほが楽しんでくれたのなら私も嬉しいわ。」
「ごめんなさい。」
とりあえずなんとなしにそう謝りつつも、目の上に手のひらを置いた。
視界がぐるぐると回る。何だかゆーっくり回転するベッドに載せられている気分だった。
「こいし様が回転してるぅー」
「……飲みすぎね。今日はもう寝ようか。私、お姉ちゃんに伝えてくるね。」
「あー、私もいきまーす。」
「あなた、本当に大丈夫?」
「まだ飲めますってぇ。」

眼が回りおぼつかない足で地面をこいし様の手や肩を借りて進みつつ、
廊下を進みさとり様の部屋の前まで。……ちょっと無理言っちゃったかなぁ?
「おねーちゃーん。入るよー。」
こいし様がノックして、開けようとした瞬間に中から
「あ、今はちょっと!だめえ!」
そんな悲鳴が聞こえたような気がしたけど、手は止まらずにそのままドアを開けてしまって。
何故か裸な3人そこにいて、お燐が眼を爛々に輝かせて馬乗りになっていたから、
きっとこれはプロレス技を決めているんだと思った。
けれど気がつくと私は廊下の上にぐしゃりとお尻をついていた。こいし様の支えが無くなったからだ。
ふと見上げたこいし様は顔を真赤にして少しその光景を見ていたけど、
しばらくして顔をぶんぶんと振ると、
「先に寝るね!おやすみなさい!」
そう言ってこいし様がドアを閉じた。
……ちょっと遅れて部屋から
「お、おやすみー」
変な和音のような返事が帰って来て。私は再びこいし様の肩を借りるとずるずるとお部屋まで戻った。


「ね、寝ようか!うつほ!」
こいし様は元気そうだ。
「はーい。」
その声に従って、ベッドに身を投げるとベッドの隅で膝を打ち付けた。……地味に痛い。
こいし様もいそいそとベッドに入って、がばっと毛布をかぶってしまって。
……暑くないのかなぁ。私は暑いんだけど。
上にきていた服を一枚脱いで、ベッドの隅の方へと投げておいた。
ずりずりとベッドの上を這って、こいし様の横に入る。
でも結局暑かったので、少しだけ布団をめくって眼を閉じた。


しばらくしてか、ふと目が覚めて横を見れば、こいし様がすやすやと寝ていて。
それを見ていると、脳裏から先ほど見た光景がゆっくりと鮮明になって頭の中に戻ってきた。
……お酒も切れ始めたのか意識も割と戻ってきていて、
改めて私の顔が熱くなった。……あの3人はあそこで何をしていたんだろう。
その答えは、なんとなく、言葉として知ってはいるんだけど。……良く分からない。
楽しいんだろうか。何なんだろうか。ただ、考えていると妙にドキドキして胸が苦しい。
でも、この感覚をどうすればいいのか、どうすれば収まるのか私にはわからなくて。
一人勝手に大きくなる心臓の音と何だかよく分からない不安に身悶えいていると
目の前に居たこいし様がくるりとこちらを向いて眼を開いた。
でも、なんて声をかけるべきなのか、どう聞くべきなのか分からずに、
気がついたら私は涙を流していた。今は自分で自分が良く分からなくて。
「うつほ、暑い?」
「あつい、です。」
「私も暑いから、ちょっと脱ごうか。」
促されるままに、どんどんと服を脱がされて。お風呂に入るわけでもないのに。
「ここまで脱ぐとさむいよぅ」
布団の中で裸でいると、こいし様がぎゅっと私を抱いた。
布団よりも確かにあったかくて、どこか落ち着く匂いが鼻をくすぐる。
「深呼吸して。ゆっくりだよ。お姉ちゃんたちを見て、こうなったの?」
そう尋ねられて、なんとか呼吸を整えながら、首を縦に振って。
「そう。……ごめんね、ちょっとうつほには嫌な事かもしれないけど、
責任もって治すから。うつほ、あなたはしたいように動いてくれればいいから。」
ほっぺを両手で支えられて、眼で真っ直ぐ見つめられてそう言われて。
頭の中は真っ白だったけど、キスをされるんだという事は分かった。
両目を閉じなきゃと思って閉じてみると、何だか顔が見えないのが怖くて、
ほんのちょこっとだけ薄目を開けて、じっとまった。
けど、こいし様もあまり落ち着いていなくて、何度か深呼吸をして
唇が近づいてくるものの、ためらう様にその動きが止まって。

ひょっとしてこいし様も不安なのかな。
そう思ってこいし様の背中に置いていた手に、もっとこいし様に私がくっつけるよう力を入れた。
ほんのうっすら見える程度ではあるけれど、こいし様がため息を吐くように一度笑って。
私の唇にあったかい唇が触れた。
指と指が触れた程度のほんの小さい面積で、だけど
それだけで私の不安はどこかへと消えていったような感じだった。
ただ一方で、涙だけがどんどん出てきて、薄目で見ていたこいし様の像も
ぐちゃぐちゃになっていった。
唇が離れて、目を閉じている私の頬を撫でながら、
「うつほも、お姉ちゃんも、お燐も。みんな好き。
でも今夜だけは、……できればずっと、うつほを愛したい。良いかな?」
正直な話、話してくれている内容は私にはあんまり頭には入ってこなかったのだけど、
私を私として見てくれている事が嬉しくて、首を縦に振った。
私だって、こいし様が好きだもの。

ぎゅっと抱きしめて返すと、嬉しそうにこいし様も溜息を洩らして。
眼を閉じたままの私の唇に再び唇が降りた。
ちょっぴりアイスクリームの味がした。
「口、ちょっと開けて。力を抜いて。」
そう言われて、その通りに従ってみると、口の中に熱いものが入ってきて。
それがこいし様の舌だと気づくのにほんの少し時間がかかったけど、自分以外の舌の感触というものに驚いた。
熱くて、弾力があって。何より甘くて。ほんの少しアイスクリームの味がして。
私もおそるおそる、舌を出してこいし様の舌をつついてみる。
ほんの2、3回つついただけなのに素早い生き物のようにこいし様の舌が動いて、
私の舌を舐めて行く。……いやひょっとしたら私がこいし様の舌を舐めているのかな。
何だか感覚がぐっちゃぐっちゃで分からない。
けれど、何だか凄くもどかしくて。でも、止めようとする気にはなれなかった。

耐えきれなくて背中に回していた手を腰のあたりまで下ろして抱きしめると、
こいし様の舌の動きが一瞬緩んで。ひょっとしたら苦しかったのかもしれないと思い
少し手を緩めた。私の頬に当てられていた手のひらがゆっくりと降りて、
その人差し指が顎を通り首を通り。鎖骨を撫でるとそっと手のひらが胸へと重なった。
こいし様の唇が離れて、そして舌も離れて。
眼をゆっくり開けるとこいし様が私を見ていた。
「お酒の味がしたわ。」
「あいすくいーむ……。」
駄目だ、舌がじんじんして口の中の感覚がまるでない。
こくり、と口の中に溜まったものを飲み込めば甘ったるい
いろんな味が混ざったものが喉へと降りて行った。
「うつほの胸、お姉ちゃんより大きいのね。」
当てられていた手のひらの指が少し埋まって、少しジンジンとする感触が体に広がっていく。
何だろう。お風呂ではこんな感覚にはならないのにな。
「柔らかくて、おっきくて、良い匂いがして、あったかくて。触れていて気持ちがいいわ。」
「私も何だか気持ちいいよ?」
「そ、そう。なら良かったわ。」
手のひらがゆっくりと動いて、体の奥まで揉まれているみたいだった。
落ち着かなくなるけど、気持ちは良くて。何だかまた少しずつ頭がぼーっとしてきて。
気がつくと私もこいし様の胸へと手をあてていた。
こうするとこいし様も気持ちいいのかな、という安易な発想だった。
でも初めて手のひらで触るこいし様の胸は、熱くて、それでいて脈打っていて。
私と同じくらい早いトクトクという脈動が指先を通して伝わってきた。

柔らかいな。そういえば昔さとり様が一人脱衣所で揉んでいたような気がする。
こうしていると、なんだっけ。大きくなるとかいう噂をした夜だったような気がする。
……私の胸もこうやって揉まれると大きくなるのかな。
でもあれからさとり様胸大きくなったんだろうか。でも大きくなるならなると嬉しいな。
こいし様に今よりもうちょっと気持ち良く寝てもらえるかもしれない。
ちょっぴりこいし様の胸で寝てみたいけど。
触ってて気持ちいいんだもの。
「こいし様は、これ、気持ちがいいの?」
ふと顔を見ながらそう尋ねると、こいし様の顔が真赤になった。
もじもじと抱きついていたこいし様の体が動いて、ちょっと腰のあたりに距離ができて。
不思議に思ってもう一度腰に当てていた手に力を入れて抱き寄せると、余計にこいし様の顔が真っ赤になった。
同時に、ふと当たった足に生暖かい濡れた肌が当たって。あぁ、汗かいたんだな。そう思ったのだけど。
でもそれにしてはちょっとぬめりとして、妙に生暖かくて。
そっと手を動かしてそれをすくってみると、こいし様がぎゅっと目を瞑って私に抱きついた。
なんで、震えてるんだろう。
「き、気持ち良かったんだもん!」
私には経験がないからこいし様が一体何を言ってるのかが良く分からなくて。
とりあえず気持ちいいんだって事は分かった。……自分も出てるのかな。
そう思ってその指で自分の太ももに触れてみるが、そんなものは出ていない。
少し足を動かしてみて、股の間で同じような感触が広がったのを感じて、これだったのかな、と思った。
「私も、同じの出てるみたいですけど。」
「ほ、ほんと?」
震えた声で、少し顔を離したこいし様がそう言ったので首を縦に振っておいた。
「私も、気持ちいいですから。」
こいし様がふと私から一瞬眼を逸らしてもう一度私の目を見ると、胸に当てられていた手がするすると
腰のあたりまで降りて行った。
「あ、あのさ。その。さわ、触ってもいいかな?」
挙動不審に言われるとちょっと困るんだけど。
何しろ、他人に触らせた事なんてない場所だから。
……私だってお風呂で洗う時くらいしか。
「私も、触って見て良いです?」
そう尋ね返してみると、挙動不審に動いていた視線が余計に色々回っていたけれど、
首をこくこくと縦に振ると
「い、いいよ。」
と答えてくれた。
私だってあんまり触れない場所だから、こいし様もあんまり触られたことはないんだろう。
そう思って、おそるおそる指を運んで行くと、さっきよりもより熱い感触がそこにはあった。
こいし様の体がもぞりと動いて、同時に私のそこにもこいし様の指が当たる。
何だか変な感覚だった。怪我している場所を直接撫でられたようなくらいに
敏感になっているかのようで。痛くはないのだけど、妙にくすぐったいような熱いような感触が体の奥を走って行った。

さしこまれて止まっていたこいし様の手がゆっくりと動いて、
指の腹で私の割れ目を洗うかのように滑って行く。
何でこんなにぬるぬるしているのか、私はまだ良く知らないけれど、
ぞくぞくとした感触が背筋を通り、胸をきゅうきゅうと圧迫して。
初めての悪戯をした時のようなドキドキした気分が体中へと広まっていく。
上手くできるのか不安だけど、こいし様にも同じことをしてみる。
お互い真っ直ぐみているはずなのに、そこからくる刺激が頭をくらくらさせて、
真っ直ぐに見る事が出来ないような変な錯覚がする。きついお酒のような感覚で。
なんとか見えるこいし様は人差し指の間接を口にくわえて、熱っぽい息を漏らして。
辛いんだろうか。私は、その。気持ちいいんだけど、もしかしたら駄目なんだろうか。
そんな事を考えては見るものの、何だか自分でも指を止めることができない。
こいし様の指が止まればそうするのかもしれないけれど、そんな気配もなく。
うぅ、何だか撫でられている部分がジンジンする。

私は精一杯こいし様を見ようと努力しているつもりだけど、
少しずつそれも難しくなってきて。目の前がくらくらしてちょっと暗くもなってきたような感じで。
胸も何だか凄いドンドン脈打ってるし。……それでもなんとか確認できるこいし様の目はハッキリと私を見てて。
……こいし様はこんな感じになってないんだろうか。私がおかしいんだろうか。
「頭がくらくらするー」
そう訴えてみるものの、にっこり笑われてしまって。
良いのかな、悪いのかな。これ。分かんないよ。
「眼を閉じてもいいから、楽になるようにして。」
本当はこのままずっとこいし様を見ていたかったんだけど、
もうまともに前が見えなかったので眼を閉じてこいし様の肩に顔を埋めた。
こいし様の汗のにおいなのか、目を瞑っても何だかクラクラする。
それに、自分の体じゃないのにさっきから体が跳ねて。
誰かに糸をつけられてまるで引っ張られているみたいに体が動いてしまう。
「うつほ、息を止めちゃだめ。……ゆっくりでいいから息はちゃんとしてね。」
そんな事言われても、止めたくて止めてるんじゃないもん。
もう自分で自分の体がコントロールできないんだもん。
刺激が来るたびに息が詰まるようになって。
あ、あぁ。もう駄目だ。我慢していても全然体が言う事を聞いてくれない。
「ごめんなさい、もう何か駄目ですっ」
ちゃんと声になってるかも分からないくらい頭の中が真白だけど
「安心して。それで、いいから。」
そう言われてちょっと気が緩んだ瞬間に鋭い波が体の中を通った。
お燐にマッサージされている時に感じる気持ち良さとは別のちょっと違う気持ち良さが
電気みたいに体の中を走って。背筋がゾクゾクして勝手に動いてしまう。
怖くてこいし様にしがみついて。それでも動く体がちょっと怖いけど、
どこかスッキリしたような心地よさがして。
ただ視界だけが真白とも真っ黒とも分からない変な世界に覆われたみたいだった。

こいし様の指が止まって、狂っていた私の息も、少しずつちゃんと息ができるようになって。
昔こいし様を全力で追いかけたときのような重さが体にかかって。
正直な話をすると、そのまま寝ると凄い気持ち良かったんじゃないかと思うほどだった。
心地良いだるさではあったから。
「気持ち良く、なれた?」
ふと、耳元でささやかれて、顔をあげようとしたものの、力が入らずに頭が持ちあがらない。
「分からない。けど、何だか今は凄い心地がいいです。」
霧散しそうな意識を集めてなんとかそう答えて。
顔を再び埋めたものの、やっぱり肩だと骨がちょっと痛くて。
もうちょっとずりずりと体を下げると、こいし様の胸に頭をおろさせてもらった。
やっぱり、こっちのほうがやわらかくて気持ちがいいや。
こいし様が言ってたこともなんとなく分かる気がする。安心して寝れそう。
「良かったのなら、私も良かったわ。」
……そうだ、お礼をしなくちゃ。お、同じことでもいいのかな。
なんとか頭と指先に意識を呼び戻して、止まったままになっている指をなんとか動かした。
「う、うつほ?無理しなくてもいいのよ?」
「こいし様にも、心地よくなってほしいの。」
そこまで言うと、わたわたと動いていたこいし様がおとなしくなって。
私の背中にこいし様の手が回ってきた。きっと、良いってことなんだろう。
精一杯頑張らないと。

気持ち良くなってくれているのかは分からないけれど、
さっきから目の前で揺れているこいし様のもうひとつの胸が、ゼリーやプリンみたいに
ぷるぷると震えているのが可愛かった。
何だか、美味しそうな食べ物に見え始めて。気がつくと口先でその先っぽを捕らえた。
「う、うつほ?」
明らかに声色の変わってしまったようなそんなこいし様の驚いた声が聞こえて。
そういえば胸でも気持ちが良いって言ってたんだっけ。じゃあ、このままでも問題ないんだろう。きっと。
それに、手のひらで撫でていた時と違って、その時よりも何だか柔らかくてちょっと弾力のあるお餅みたいな
そんな感触がして。口から放したくない、というか。そんな気分だった。落ち着くといったほうが正しいのかもしれない。
こいしお母さん、って感じだな。……おっぱい、出るかな。
「あ、ちょっ、ちょっと。そんな吸ったりされてもっ」
でたら、ちょっと嬉しかったんだけど。でないか。やっぱり。
私だって出ないもんな。でもやってるのは楽しい。
変な話ではあるけど、こういうこいし様の声を聞くのがちょっと楽しくて。
……何だかさきっぽこりこりしてるし。
「あぁ、そんなになめちゃ、だめだって!」
ぴくぴく震えるところも。
「ちょ、ちょっと聞いてる?」
とまどう感じも。困っているような困っていないようなそんな半端な様子が。
でも、とりあえず気持ちいいんだろうということは、流石の私でもなんとなく伝わってきた。
首を持ち上げて、反対側の胸へと顔をおろして。……こっちはまだ固くなってないもの。
舌先と唇で遊べるだけ遊んで、ちょっとまた吸ってみたりして。

指のあたりがさっきよりも熱くなって、何だかより滑りやすくなって。
ちょっと強めに撫でて見ればふと指先に、口に含んでいるそれと同じような感触のちょっとくりくりとしたものが指先に触れた。
「ひゃぁぁ」
こ、こんな声も出るんだなぁ。びくびく震えて。
き、気持ち良かったのかな。ここ。
恐る恐る視線をあげて、こいし様の顔を改めて見てみると、頬の肉が緩んでいて何だかとっても……その。
気持ち良さそうだった。……ちょっと嬉しい。ここが良いんだな。
そう思って嬉々として指の腹でその部分をくりくりと弄って見ると、
面白いくらいにこいし様の体ががくがくと震えて。……ちょっと、味をしめた。
「こいし様、これ気持ちいいですか?」
その私の問いに答える余裕は無かったようで、背中にまわされていたこいし様の手がかりかりと私の背中を掻いて。


しばらくがくがくと震えていたけれど、こいし様は私の手をぐっと掴むと、引っ張って手を出してしまった。
「や、と、とめて。……これ以上されたら、意識無くなっちゃう……から。」
「う、もしかしてやりすぎですか?」
「死ぬかと、思った。」
息を整えながらそう言われて。……ショックだった。
「ごめんなさい。」
「い、いや、良いのよ?うん。気持ち良かったし。ただ、気持ち良くなりすぎても疲れちゃうからね?」
「はい。」
お、覚えておかないと。
「お姉ちゃんに感謝しとかないと。」
「どうかしたんですか?」
「こういう事、教えてもらったの今日なんだもん。お姉ちゃんに謝った後色々お話して。
悩みとか聞いてもらってたら、教えてくれたんだ。」
「そうだったんですか。」
でも、悩みがあるなら一言私にも相談してくれたらうれしかったな。
「お陰でうつほと今こうして過ごせてるから。」
……?私の事?
「うつほ、ずっと気を張って頑張ってくれてたから、完全に気を緩めて欲しかったんだ。」
そう言ってポンポンと頭を叩かれて。
私、そんな感じに見えていたんだろうか。
「そんな感じに見えてたわよ。ずっと。でもこれでちょっと満足。寝ようか、うつほ。疲れちゃった。」
「寝ましょうか。私も、眠いですから。」
つんつん、とつついてきた手を握って、そのまま目を閉じる。
今までずっと枕だったけれど、こいし様に枕になってもらうとこれはこれで気持ちが良くて。
ふかふかベッド以上に、心から安心した。


ただいま、私のおうち。





次の日の朝は最悪だった。
頭はガンガンして、目は回って、妙に汗が出て。お酒を飲み過ぎたおかげらしくて。
こいし様と一緒に朝から苦しんで唸っていた。コンコンとドアのノックする音すら頭に響いて。
「生きてるー?」
お燐の声がガンガンに頭に響く。今耳元で叫ばれたら死ぬんじゃないだろうか。
「私昨日いけないもの作っちゃったかなぁ。皆同じ……。」
「お、お燐~」
こいし様がうなるように声を出して。
「……お風呂なら沸いてますよ?」
「そう、浴びてくる。」
そう返したこいし様に溜息を洩らして、お燐が呟いた。
「やっぱり皆同じ。」
「皆お風呂?」
「うん。汗流したいって。水差しいっぱい脱衣所に持って行っておかないと。」
「お燐は大丈夫なの?」
「うん。だから私はお風呂に入らなくても平気よ!」
……理由づけとしてそれは正しいのかは別として。お燐は無事なんだな。
まぁ全滅しなかっただけマシなんだろうな。
にっこり笑ってお燐が出て行って。
私たち二人はそのままさとり様や幽香さんがいるというお風呂場へと這って行った。


お湯に浸かり汗をかいて、すっきりして4人揃って出て見れば、
脱衣所で水差しを置いたままぐったりしているお燐が見つかって。何の事はない、ただの痩せ我慢だったみたい。
お風呂に入りたくない、という方の理由で我慢していたようで。
「やれやれだわ。」
皆揃ってそう言ってた。
真新しいけれどどこか懐かしい、そんな朝だった。
読んでいただきまして、ありがとうございました。

うつほをどう表現するか、
こいしをどう説明するか。私には難しい。
ちょっと無理して二人をくっつけたけど、
どうにもこいしの扱いが難しい。

一応今回のはノーマルカップリングになるのかな。
という事は次はそうでないものに走りたいところで。
……今回くらいは誤字がないように祈っておこう。

一方で、ミスティアが3月くらいからずっと書きたくて、
また一方で衣玖を書いてみたくて。どうしたものか。
いや、答えは一つか。

--以下追記--
「お燐、暑い?」→「うつほ、暑い?」でした。
これじゃ家政婦は見たならぬ家政婦が居たになってしまいますね。
御指摘していただきありがとう御座います~。 6月28日 10時50分
あか
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
長編ご馳走様でした。
清々しくて良かったと思います。
次回作も頑張ってください。
2.名前が無い程度の能力削除
相変わらずあなたの書く地霊殿一家は素晴らしい。

誤字かな?
>「お燐、暑い?」
お燐ではなく空では?
3.喉飴削除
名前見てクリック余裕でした。
こいしと空も良いですねぇ。もちろんさとりと幽香も大好きデスが。
これからもこのシリーズ、続いてくれるのなら続きわくわくして待ってます!
もちろん、このシリーズ以外の作品も期待してますよ。
4.削除
お空は後先考えないだけだよ。
目の前のことに一生懸命なんだよ。

ミス衣玖にも期待してます。
5.名前が無い程度の能力削除
すばらしい、それぞれひきたってますよ!

あなたの妄想、今後も読ませてください。
期待してます。