真・東方夜伽話

橙の発情期

2009/05/26 07:57:54
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橙の発情期

sheshe

ふすまで一枚隔てられた部屋のむこうから、話し声が聞こえてきます。


「やはり橙は発情期なんでしょうか?」
「さあ、私には分からないけど、藍がそう思うならそうじゃないかしら。」


藍様、そんなに深刻そうな声で私を語らないで下さい。
紫様、そんなに無関心そうな声で私を語らないで下さい。
すぐ隣の部屋には私がいるのですよ?


「キスくらいなら日常的にしてたじゃないの。そんなに騒ぐ必要は無いわ。」
「でも、今回は舌を入れられました。」
「ふぅん。それであなたはどうしたの。」
「思わず橙を突き飛ばしてしまいました。」
「あらあら。あなたも舌を絡ませて応えてあげればよかったのに。」
「紫様。」
「橙の舌はどうだったのかしら?よく味わった?柔らかかった?ザラザラしてた?」
「紫様!」
「ふふふ、そんな怖い顔しないで、冗談よ、藍。」


今、この一枚のふすまは大人の時間と子供の時間を分け隔てる境界となってます。
かすかに漏れてくるのは、声と、明かりと、二人きりの夜宴の気配。
布団の中で目を覚まし、じっと耳を澄ましている私に気付かないのでしょうか?


「私が言いたいのは、どうして橙を突き飛ばしたのかってことなのよ。」
「・・・橙は私の式であり娘のようなものです。発情期だからといってその一線を越えてはなりません。」


藍様。そんなことは私だって分かってます。
私と藍様の間に存在する境界はふすまばかりではなくて、もっと幾重にも張り巡らされていています。
そして境界に触れれば弾かれます。きっと境界に拒否されます。罰せられます。
それを承知の上でキスをした私の気持ちをどうか分かって頂きたいのです。
今まで誰にも知られぬようにずっと胸の奥に隠しておいた私の気持ちなんです。
どうか発情期なんて言葉を使わないでください。


「一線を越えてはならない? あらあら、どの口が言うのかしら。」
「・・・かつて私も同じあやまちを紫様に対して犯しました。愚かしいことに私にも獣の本能が残っていたのでしょう。」
「舌を入れられたわ。」
「私はあの時のことを心から悔いています。どうかお許し下さい・・・。」


―――藍様。私そんなこと初めて知りましたよ?
紫様。私にはそんなこと教えてくれなかった。


「あなたの舌の感触も、唾液の味も、甘い香りも、あの日の日差しも、私しっかり覚えてるわ。」
「紫様、どうかお許し下さい・・・。」
「キスばかりじゃなかった。首筋に舌を這わせて、汗でじっとりと湿った手で私を押さえつけて、思うままに私を犯した。」
「お許し下さい・・・。」
「そんなあなたが橙を拒む権利なんてどこにあるのかしら?」


藍様。泣いているのでしょうか。
畳の上に大粒の涙が零れ落ちる音が聞こえるし、呼吸がわなわなと震えています。
紫様。私も初めて知って驚きましたが、どうかこれ以上藍様を責めないであげてください。
私はこのふすまという薄っぺらな境界を壊してでもいいから藍様の涙を拭ってあげたい。


「・・・・・・橙には私と同じ罪を背負わせたくなかったのです。」
「ふぅん。」
「私達にとって発情期とはそれほどまでに耐えがたいものなのです。だからっ。」
「発情期ですって?本当にそうかしら?」
「・・・はい。」
「嘘つき。妖怪にそんなものは無いわ。」
「・・・・・・」


ふすまにかけた手がぴたりと止まった。
藍様。どういうことですか。紫様。どういうことですか。


「あなたは発情期なんて嘘をついて、本当の気持ちを隠して私を抱いた。違うかしら?」
「・・・その通りです。」
「その気持ちが伝わってきたから私はあなたに身体を預けたのよ。だから、あなたも橙に同じようにしてやるべきだった。
 けれどあなたは発情期という嘘を、今度は橙の本当の気持ちから目をそらす為に使った。そうでしょ?」
「・・・はい。」
「橙を抱いてやればよかったのに。気の毒よ。あの子。今度はしっかり受け止めておやりなさい。」

「・・・いえ、それはできません。」

「どうしてかしら?主従関係を壊しそうで怖いの?」
「そうではありません。」
「自分の娘のように思っているから?」
「そうではありません。私は心から愛した人としか交われません。」
「ふうん。なんだか橙が可哀想ねぇ。」


心の底が抜けたみたいな気持になった。
境界の向こう側では色々な事が行われていて、私は何も知らなかった。知らなかったから私は笑っていられたのかもしれない。
なんだかもう聞きたくなくて布団に入って耳を塞いだけれど、それでも聞こえてしまうからどうしようもない。
もう二度と昨日までの心地良い世界に戻れない気がして、私はどうしようもなく怖くなった。
藍様。お願いですからそんなに甘えた声を出さないでください。
紫様。お願いですからそんなに誘うような声を出さないでください。



「私は、やはり・・・」

「はっきりと言いなさい。藍。」

「私は・・・」

「なぁに?」

「私は


                 やはり紫様のことを愛して―――」






ふすまで一枚隔てられた部屋のむこうから、聞こえてきてしまう。

舌が絡み合う湿った音も。唇を交わらせる唾液の音も。
肩をすべり落ちる衣擦れの音も。乳房にしゃぶりつく音も。
肌と肌の擦れる音も。畳のきしむ音も。乱れた呼吸も。
熟した果肉の零れそうなその汁をすするような音も。
ねっとりと甘い熱を帯びた紫様の声も。
押し殺そうとしても漏れてしまう藍様の声も。
陳腐な愛の囁きすらも。

境界により断絶された私は、初めて自分の手で私を慰めました。
ずっと見てきた藍様のいつもの笑顔を思い浮かべながら。


きっと明日になれば紫様も藍様も、何も知らない顔して私におはようを言うのでしょう。
でも藍様だけはちょっと気まずそうにして私を突き飛ばしたことを謝る機会を目で窺っているのでしょう。
そして紫様は儚く散った私の幼い初恋を気の毒そうにくすくすと笑うのでしょう。
いつも通りの朝ごはん。明日の朝陽は私には少し眩しすぎるかもしれない。
二人が目と目を合わせ今日の熱い夜のことを思い出し頬を赤らめた瞬間に、言ってみようかな。



私、発情期なんです。



って。




                                END
意外とドロドロしている幻想郷のヒトビト。
sheshe
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
また泥沼か。いいぞもっとやれ。
ちぇんが悪い女へと転げていく様を幻視した。
2.名前が無い程度の能力削除
ちぇんに迫られて、それでゆかりんにも迫られるというらんしゃま板挟みですねわかります。
3.名前が無い程度の能力削除
ぐへへ、これは良いのう。
4.名前が無い程度の能力削除
タイトルからみてギャグかな?と思ってしまったこの私を許してくだせぇ
5.名前が無い程度の能力削除
これはいい。こういう話大好きだ。
橙が藍から紫を寝取るところまで脳内補完した。
6.名前が無い程度の能力削除
うおお素晴らしいな。
藍様が可愛い。
7.名前が無い程度の能力削除
この切ない感じがいいですね・・
ごちそうさまです
8.名前が無い程度の能力削除
だんだんと壊れていく橙が素晴らしいです

さあ、早く続きを書く作業に戻るんだ
9.名前が無い程度の能力削除
これはすごい…。短い作品なのに、ズシリときました。
10.名前が無い程度の能力削除
しばらくブラウザの前で固まってコメント書けなかったですよ。

愛するという行為の性質上、こういうことだって起こりえるよなあ…
11.名前が無い程度の能力削除
わお。
ゆかりんはふすまの向こうも承知でやりやがったとかだと胸熱。