真・東方夜伽話

狼と猫

2009/03/18 19:54:38
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狼と猫

紅葉
     ※注意※

     椛×橙です。
     ネチョ薄めです。
     椛攻めです。
     ネチョまでが遠い気がする。

     ※注意終わり※




















「いやー。久々に山の外に出るのは楽しいね」

 にとりさんが歩きながら満足げに笑う。

「ああ」

 真っ赤な太陽に染められた茜色の空を見上げて、椛さんが言った。

「百聞は一見にしかず、だな。実際にやってみることと、部屋の中で思い描くものとは違うということだ」

 寒い寒い底冷えのするような寒さとは一転して、ぽかぽかと暖かくなってきた今日この頃。それでも夕方になってくるとさすがに風は寒いようで、たまにくしゃみをしてしまう。

「あら、寒い?」
「あ、大丈夫です」

 少しだけ私が寒がっているのがわかったのか、雛さんに声をかけられた。肌寒くなることは藍様にこれでもかというほど言われていたけど、ここまでとは思わなかったなあ。

「それにしても、よくあんな場所見つけたわね」

 雛さんが前を歩いているにとりさんに声を掛けた。

「教えてもらったのさ」

 にとりさんは得意げにそういうと、雛さんの下まで歩み寄って、その手を握る。

「何のために?」
「雛のために」
「……」

 にとりさんの言葉に、雛さんは黙ってしまった。

「そうじゃなきゃ、必死になって探したりしないよ」

 私ですら砂糖をはきそうなことを簡単に言ってのけてしまうにとりさんに、雛さんはそっぽを向いていた。夕焼けの色ではない赤が、雛さんの頬を染めている。
 それを見てにとりさんは雛さんの手を強く握って微笑んだ。されるがままでいっこうににとりさんの顔を見ようとしない雛さんは、心なしか、にとりさんとの距離が近づいているように見える。

「事実だ」

 人の心を読むのやめませんか椛さん。

「お前は顔に出るんだよ。言いたいことがお見通しだ」

 いつの間にか(こんな事言ったら失礼だけど)隣にいた椛さんはそう言って、私の頭をくしゃりと撫でた。
 いつもの、少しひんやりとした椛さんの手が、心地よい。

「でも、寒いときは何か嫌です」
「声に出すなよ」

 今日は、にとりさんと雛さんと椛さんと私で散歩――もといピクニックに行ってきました。
 久々に椛さんに休暇が取れたらしく、それなら四人で出かけようよというにとりさんの提案の元、妖怪の山から出て紅魔館近くの湖沿いにある小高い丘まで行くことになったのです。
 にとりさんは結構ノリノリで、椛さんは最初渋っていたけれど、私が行きたいとお願いしたら承諾してくれた。嬉しかった。
 その丘では湖を一望することができて、その景色を眺めながらみんなで弁当やらなんやらを持ち込んで世間話でもしようじゃないかというのが今回の目的。

 元々遊びにいくにしても妖怪の山の中くらいしか行く場所がなく、紅魔館という遠いところへはいってはいけないと藍様から耳にたこができるほどいわれていたので、行く機会などなく、私自身、さほど興味も持たなかった。
 でも、いざとなってこうしてみると、このピクニックというものがかなり面白いものだと気づいた。
 ただ単にお弁当をつつきながら話をするだけだというのに、これほど楽しいのかと吃驚したほどだ。
 以前に藍様と紫様と三人でピクニックをしたときも、釣りをしたり少しだけだけど紫様に稽古をつけてもらったりと楽しかったのだが、今回はもっと違う楽しさがあることに気がついた。

 まあにとりさんと雛さんと椛さんと私という、何か妙な組み合わせには、ちゃんとした理由があって。

 にとりさんと雛さんは付き合っている。
 私と椛さんも付き合っている。ということ。

 紫様に訊いたところ、それはいわゆる『だぶるでーと』というやつなのだと教えられた。
 紫様の知識によれば、それは『普段あまり喋らなかったり、お互いが意識しすぎて普通のでーとができなかったりした場合、だぶるでーとを行うことで、お互いのことを緊張せずに知っていくことができる』という感じなのだそうだ。だぶるでーとすごい。
 昨日、そのことを藍様にも教えてあげて、次の日にそれを実行することを伝えたら、大泣きしていた。何か悪いことでも言ってしまったのだろうか。
 いや、もしかしたら、藍様には昔だぶるでーとで辛い思い出があったのかもしれない。私はそう思って「晩御飯の準備手伝います!」と言ったのにそれは逆効果だったらしく、藍様は涙を風呂が一杯になるんじゃないかと思うほど流してしまい、結局晩御飯は作れず仕舞いだった。でも代わりに紫様が作ってくれたご飯はおいしかったな。


 そんなこんなで日は暮れて、さっきまで茜色だった空が、少しずつ暗くなってゆく。
 今日の一日が終わることをかみ締めるようにゆっくりゆっくり歩いて行くと、隣にいた椛さんが小さく溜息をついていた。

 ……まただ。

 今日の椛さんはどこかおかしかった。
 さっきもしたみたいに、誰かが見ていないところで一人小さな溜息を漏らすのだ。
 それは嬉しくてでた溜息じゃなくて、どちらかというと怒りや苛立ちを孕ませていた。

 食事のときもそうだった気がする。
 みんなでたくさん話をしながら食べていて、にとりさんが雛さんお手製のサンドイッチをがつがつ食べていて、口元を汚すにとりさんをやんわりと微笑んで甲斐甲斐しく口元を拭ってやる雛さんを見たときも。

 食事が終わって雑談をしていて、にとりさんが私に無理やり絡んできたときも(そのときはさすがに雛さんが怒っていた)。

 会話をしているときもそうだった。
 『ああ』とか『そうだな』としか聞いてない。さっき言葉を交わしたけど、まともに交わしたのはあれだけかもしれない。にとりさんや雛さんと話すときは楽しそうなのに、私と話すときは終始無口なのだ。……ああっ! また溜息吐いてる!


 椛さんの溜息は何が原因なのだろう。
 とぼとぼと、足取りは重くなる。

 普通なら、喧嘩が原因だと思うだろう。
 でも、付き合って一度も喧嘩なんてしたこともない。
 口論になったこともない。
 私と椛さんの年齢は大して変わらないかもしれないけれど、椛さんは大人だから、私が拗ねてもすぐに丸め込まれてしまう。
 雨降って地固まる。そう昔の人は言うけれど、雨が降ったことないのだから地面は固まることもない。
 『たくさん喧嘩をしなさい。そうして、愛を深めなさい』。紫様は私が椛さんと付き合うことになった日の夜、そう言っていた。
 でも結局、それは果たされていない。
 もしかしたら、私たちはこのまま、何も変わることなく付き合い続けるのだろうか。
 ……そうなったら、嫌だな。

「んじゃ、わたしたちはこれで」

 考え事をしていたら、いつの間にか妖怪の山にたどり着いてしまった。

「今日は楽しかったわ。ありがとう」
「また機会があれば行こうね」
「ああ、また明日な」
「…………」

 にとりさんと雛さんはあっけなく帰っていった。
 二人並んで手をつないで、帰っていった。
 そういえば、今日は椛さんと手をつないでない。
 あれだけ熱々な二人を見ていたら、少しだけ惨めになった。
 椛さんは、あの二人を見てどう思っていたのだろうか。
 いや、思っているのだろうか。
 気になっちゃ、いけないのかな……。

「じゃ、じゃあ、私も帰りますっ!」

 ピクニックは確かに楽しかった。嬉しかった。幸せだった。
 でも、こんな思いをするのなら、行かなかったほうが良かったのかもしれない。
 そんなことが、頭の中を駆け巡っていた。
 正直、泣きそうだ。

「待て」

 突然、呼び止められる。
 腕を掴まれた。
 冷たい、冷たい手。
 なのに温かい。不思議な掌。

「お前、どうしたんだ」
「え……?」

 私は椛さんを見上げる。
 背の高い椛さんの顔からは、心配の表情が読み取れた。

「今日ずっと見ていたが、元気が無いと思ってな。それに、今も」
「……っ」

 それは椛さんの所為です。と、素直に言うことができなかった。
 もしかしたら、それは私の所為でもあるかもしれなかったからだ。
 不安で不安で仕方が無い。
 本当に私のことを好きでいてくれるのかと、不安になる。
 本当は好きじゃないのかもしれない。
 視界がにじむ。
 呼吸がし辛い。
 何度も、何度も、
 手を伸ばしても、それは空虚を掴むだけ。
 届かない。
 名前を呼んでも、きっと、
 振り向いてくれない。

「椛さん……っ」
「?」
「椛さん、椛さん、椛さん……っ!」
「お、おい、大丈夫か?」

 椛さんの腕を掴む。
 強く、強く掴むと、自然に、涙がこぼれた。

「う、ひっ、く……う……」
「……」

 ボロボロと、ただ嗚咽交じりの涙を流す私を、椛さんはただ呆然とした表情で見ているに違いない。
 そして、呆れるんだ。
 コイツは、こんなやつなんだ、と。
 しょうもなく泣き虫で、弱くて、頼りの無い。
 そんな風に、思われているに違いない。
 なら、それなら、
 最初から、付き合わなかったら良かったじゃないか。
 ただの、一方通行みたいで、みっともない。
 無様だ。

「泣くなよ……」

 ほら。
 やっぱり。

「ほら、泣き止め」
「――!」

 すると椛さんは私の腕を引いて抱きしめた。
 温かくて、優しい。
 体温が、じかに伝わってくる。
 とくんとくんと伝わる胸の鼓動が。
 私を安心させる。
 私はその胸に体を預けて、
 ただひたすらに、泣いていた。
 藍様とは違う、何かがあった。




















「気が済んだか」
「……はい」

 夢中で泣いていたのだろう。どのくらいの時間が流れていたのは分からないが、ずっと椛さんが傍にいてくれたことだけは分かっていた。

「で、どうしたんだ」

 ついでに周りを見れば椛さんの家だった。座っているのは居間で、ちゃぶ台をはさんで私と椛さんが座っていた。
 それすらも気づかなかったらしい。

「……うー……。言わなきゃ、駄目ですか?」
「駄目だ」

 あれ? と思う。
 いつもなら『お前が言いたくないのならそれでいい』という椛さんなのに、今日はやけに食い下がってくる。

「……絶対?」
「絶対だ」
「でも……幻滅してしまうかもしれませんよ?」
「しない」

 力強く、椛さんは私を見つめてきた。
 純白の髪の間から覗く、赤と黒が混ざった瞳が、静かに、宥めるように見つめている。

「……今日のこと、なんですけど――」

 私は折れて、淡々と今日のことを話し始めた。
 今日の椛さんが何故かおかしかったこと。
 気づけば溜息をついていたこと。
 あまり会話をしてくれなかったこと。
 それが自分の所為ではないかとずっと思いつめていたこと、etc.エトセトラ。

 話し終えるとまた涙が溜まってきた私に、椛さんは溜息を吐いた。
 そして、

「……ごめんな」
「……?」

 顔を上げると、椛さんはすまなそうな顔をして、台の上に乗せていた私の手に自らの手を乗せてきた。

「今日、話、ちゃんとしてやれなくてごめんな」
「……」
「溜息ばっかり吐いてごめん」
「……」
「……こんな自分で、ごめん」
「そんなっ――!」

 そんなことない。

「悪いのは、私で――」
「違うんだ」

 椛さんは首を横に振った。

「そうじゃない。あれだけ心配させておいて、誰がお前を責める? 責められるとしたら、それは私だ。お前のそんな大きな変化にも、気づいてやれなかった。ごめんな」

 くしゃりと頭を撫でる椛さんの表情は、本当に、済まなさそうだった。

「……本当は、少しだけ、いらついていたのかもしれない」

 椛さんは静かにそう語った。

「このごろ、お前と会う機会が少なかっただろ? 久々に休暇がとれたから、お前と二人でどこかへ行こうと思っていたんだ。今日みたいな、ところに」
「あ……」
「でも、にとりが『それなら四人で行こう』って行ってくるから……。だから、本当は二人で行きたかったのに……っていう思いが、いつの間にか溜息として出ていたみたいだ」

 ああ、そうか。
 だから、行くときに渋っていたんだ。
 でも、私がお願いしたから……。

「ごめん……なさい」
「お前が謝ることじゃない」

 椛さんはもう一度私の頭をなでた。
 優しく、優しく、
 包み込むように。

「人前だと、いくらにとりが親友だといっても、こうなるんだ」

 椛さんは私の頭をなでながら、困ったように笑った。

「本当はもっと話をして、手をつないで、歩きたかったんだ」

 もしかしたら、と椛さんは前置きして、

「不安になっていたのかも、しれないな」
「――!!」

 そうか。
 そうだったんだ。
 椛さんも不安だったんだ。
 こんな、
 こんな、私のために。
 私だけのために。

「……へ、へ」

 舞い上がるなといわれても、無理だ。
 嬉しい。
 嬉しい。
 素直に、嬉しい。
 一方通行だったと思っていた。
 ずっと、ずっと、私は椛さんと違う道を歩いているのではないかと思っていた。
 そうじゃなかった。
 握って、いてくれたのだ。私の手を。
 ルートを外れないよう。
 知らぬ間に。
 気づかぬ間に。
 それが、嬉しい。
 私が椛さんを想っているように、
 椛さんも私を想ってくれているということが。

「えへへ」
「……どうした?」

 いきなり変な声を出したためか、椛さんが怪訝な表情をしていた。

「いや、あの」
「うん?」
「その――大好きだなぁ、って」
「――ッ!」

 面食らったような顔を椛さんはしていた。
 何か変なこと言ったかな?

「全く、お前という奴は……」

 椛さんは困ったように頭をガシガシと掻くと、微笑んだ。
 ……あ。
 久しぶりに、笑った顔を見た気がする。
 嬉しいな。

「……好きだよ。橙」
「……~……っ」

 私は何もいえなくなった。
 いきなり何を言い出すんですかそりゃ今私が大好きだって言いましたけどいやそういうことを言いたいんじゃなくてというかあまり私はそういうことに免疫がないというかなんというかいや確かに好きですけど、大好きですけど!
 それは、反則だと思うんです。

「そ……」

 頬が熱い。
 きっと、顔が赤くなっているのだろう。
 私は咄嗟にそっぽを向いて、椛さんの顔を見ないように言った。

「そ、そういう……っ、『好き』とか。あまり、抵抗がないから……恥ずか、しい……です」

 『好き』と。
 言われたことは、何度もある。
 言ったことも、何度もある。
 藍様が好き。
 紫様が好き。
 いつも遊ぶチルノも、
 ミスティアも、
 リグルも、
 ルーミアも。
 みんな、好きだ。
 でも、違う。
 椛さんに対する『好き』と。
 みんなに対する『好き』は違う。
 それは、最近気づいたことで。

「おい」

 そして、気が付くと、隣に椛さんの顔があった。

「にゃっ!? も、椛さ――んっ!?」

 唇と唇が重なり合う。
 それがキスされていると気づくには、かなりの時間がかかった。

「――!?」

 何が起きているのか分からない。
 本当に、キス、されている?

「ん、はぁ、ちゅ、ん」
「は……ん……」

 最初こそは唇と唇だけの重なり合うようなものだったけど、だんだんと椛さんは器用に私の口を舌で開いてその中へ侵入してくる。
 キスが上手いのだと、直感した。

「んんっ、はっ、や、んちゅ」

 送られてくる唾液を、パニックに陥っていた私はどうすることもできず、口からあふれ出してしまった。
唇を、口の中を愛撫される感覚。
頭の奥からじんじんと熱を持ってぼうっとしてくる。どうにかなりそうだ。
 口からあふれ出た唾液が、自分の頬をつたって首筋へと落ちてゆく。
 冷たい。
 ついに快楽が理性を駆逐する手前で、椛さんは、

「ん……はぁ」
「んぁ……はっ、はぁっ」

 キスを、止めた。
 つ――と、
 唾液の線が伸びて、ぷつりと切れた。

「お前が悪い」

 私の呼吸が整いかけたところで、キスが終わってからずっと無口だった椛さんが口を開いた。

「にゃっ!? 私!?」
「そうだ」

 椛さんは私の頬を今もつたう唾液の後を、ごしごしと乱暴に拭ってくれた。

「お前が『好きです』だとか『好きと言われたら恥ずかしい』やら言うからだ」
「そ、それは素直な――にゃう」

 口を塞ぐ代わりに、今度は唇をペロリと舐められた。
 犬みたいだ、と言おうとしたけれど止めた。
 怒られそうだったから。

「犬じゃなくて狼だ」

 また人の心を読む。
 覚りの能力があるのではないかと一瞬でも思ってしまった自分が嫌だ。

「覚りの能力などない。言っただろう、顔に出ていると」
「だーかーらー。人の心の中を読まないでください!」
「ヤダ」
「子供みたいなこといわないでください」
「だって子供だから」
「私よりは少なくとも大人です」
「分かっているよ」
「……もう」

 仕方がないなぁ、と私は半ば呆れ気味に微笑んだ。
 すると、

「狼は、弱いものをすぐに手に入れたがる我儘ということを、知っているか?」

 そんなことを、いきなり椛さんは口にした。

「なんですか、いきなり」
「狼は犬じゃない」
「分かってますよ、そんなこと」
「分かってない」
「? きゃっ!?」

 椛さんは急に真剣な顔つきになると、私を畳の上に押し倒した。
 痛い。

「可愛い猫が、狼に食べられてしまうという話を聞いたことがないか?」
「え――? ひぁっ!?」

 ペロ、と。
 椛さんは私の首筋を舐める。

「可愛い可愛い、親に大切に育たれてきた猫が、その余りにも純粋すぎる性格の所為で、狼に食べられてしまう話だ」

 椛さんはそのまま、唇を上へ上へと進ませていく。

「お前のその純粋さが、どれほどまでに恐ろしいものか、分かっているか?」
「ん……はぁ」
「手に入れたくなる。身も心も。無性に」

 椛さんの静かな吐息と、私の呼吸の音しか、聞こえてこない。
 椛さんの声しか、聞こえない。

 でも私は、その掌に、触れてほしいと願ってしまった。
 冷たくて、それでも暖かな、その掌に。
 触れて、ほしいと。

「ん、ちゅ、は、ぁ」

 深く深くキスをする。
 おずおずと舌を出すと、すぐに椛さんはそれを絡みとり、必死で逃げようとする私の舌を追いかけ、また絡ませる。
 じゅるじゅると混ざり合った二人の唾液が零れ落ちる。
 今すぐにでも、気を失いそう。

「ん……」
「ふ……あぁ」

 大分経ってから離された唇を、私が拭いていると、

「気持ち、良かったか?」
「……そんなこと、訊かないでくださいよ」
「そうか」

 椛さんは満足気に笑った。
 私も力なく笑う。

 椛さんはまた微笑むと、私の体を起こしてくれた。
 不思議に思っていたら、そのままお姫様抱っこされた。
 あわあわと、こんな事されたこともない――背負われることは結構あったけど――私は、吃驚して椛さんの顔を見た。
 きょとんとした椛さんの表情に、慌てた。

 頭の中がわけ分からない状態になり、またもやパニックになっているところで、椛さんは黙々と目的地に向かっているようだった。

 あーだこーだ頭の中で整理をしながらこの状況を把握しようとしているうちに、椛さんは目的地に着いたようで、思い切りそこのふすまを開けると、そこになぜかちょうどよく(本当にちょうどよく)敷かれていた布団の上へダイブ。

「ちょちょちょちょちょ、ちょっと、椛さん!?」
「なんだ」

 いやいやいやいや、なんだ、じゃなくて!

「先に言っておくが布団は朝からこのままだ。気にするな、昨日干したばかりだからな」

 ああ、だからちょっとだけいい匂い……じゃなく――

「っあ、ん……」

 椛さんは優しく、その指先で静かに私の衣服を脱がせていく。
 恥ずかしくて腕で抵抗すると、少しだけ困ったように笑っていた。

「い、いきなり、全部脱がさなくとも……いいじゃないですか」
「駄目か?」
「駄目、っていうわけじゃないけど……もう少し、心の準備というものが――ってちょっと!」

 気づかないうちに腹の下へ手を伸ばされていた。アンダーシャツをたくし上げられて、慌てて(無い)胸を隠すと、その隙に下のほうへ手を回されてしまった。

「い……っや……」

 ショーツに手を掛ける椛さんの手を必死に掴んで抵抗する。
 またしてもきょとんとする椛さんにふるふると頭を横に振った。
 緊張と恥ずかしさと混乱で涙が出そうになる。
 ぐっとこらえて、無言で椛さんを睨むと、気まずそうに頭をポリポリと掻いて、

「ごめん」

 そう言うと、また頭をなでてくれた。
 これだけで安心してしまうのは、自分でもどうかと思うけど、仕方が無い。
 本当に、子供っぽいなあ、私。
 椛さんも上着を脱ぎ捨てた。初めて見る、どちらかというと筋肉質な腕と、ところどころにある傷跡と、胸に巻かれているサラシが、何故か直視できなかった。

「あっ……」

 ぎゅうと抱きしめられて、胸の奥が、締め付けられた気がした。
 その優しさと強さに、溜息のような声が漏れた。
 椛さんは私の額から目蓋、鼻、頬、顎と下に下に流れるように唇を這わせていった。
 首筋を甘噛みされると、ぴくんと体が反応してしまう。
 恥ずかしい。

「や……あ……んん」

 唾液でべとべとになるまで首をひたすら責められる。
 頭の中が真っ白になっていく。
 冷めることを知らない熱が、
 どんどん自分の体を侵食していくようだった。

「肌、白くて綺麗だ」

 いつの間にか、ガードが甘くなっていた胸を、椛さんはまじまじと見つめていた。

「……え? にゃ、にゃにを!?」

 慌てて隠そうとしたら、腕を掴まれて隠すこともできない。
 というか、力強いなぁ……。

 椛さんは首から下へ舌を這わせてきた。
 時折、強く肌を吸ってくる。
 その意味が、今はよくわからない。
 椛さんが胸にたどり着いていることも、気づくことはなかった。

「ん……あっ」

 手でまさぐられ。揉みしだかれる。
 まだまだ育つことを知らない自分の控えめな胸を、椛さんは優しくその掌で触っていた。
 冷たい。
 でも、温かい。
 思わず体が反応すると、椛さんは不適に笑った。

「可愛いよ、橙」
「……ッ!!」

 耳元で囁かれ、体が火照るのと同時に、今まで味わったことの無い快楽が襲う。
 熱されすぎて、何がなんだか分からなくなる。
 考えることを止めたくなる。
 椛さんが口を開いて、すでに尖って痛い、私の胸の先端へと。
 ゆっくり近づいてくる。熱い吐息。
 ぺろぺろと、犬のように舐められる。

「ん、あ、……ふ」

 そして、軽く、噛まれた。

「――!! にゃ、ああ、ああああああああ―――――ッ!!」

 びりびりと、体全体が痺れる。
 体全体が爆発したような感覚。
 快楽が、今まで味わったことの無いものが、体中で駆け巡りながら飛び跳ねていく。
 目の前がちかちかと点滅する。
 ただ、気持ちいい。
 それしか、頭の中には残らない。

「……はぁ、はぁ……ん」

 まだ全身に残る熱さ。じんわりと掌ににじむ汗。
 何もする気が起きなくなるように、力が抜ける。
 これがなんなのか、どうしてこうなったのかも分からないけれど、
 相手が椛さんだったということに、涙が出た。
 にじむ視界。目の前には椛さんの顔。そこにある優しい笑み。

「この泣き虫め」

 涙が浮かんだ目元を、ペロリと舐められた。

「え……へへ」

 無理に涙を拭って笑うと、椛さんはそっと私の髪に触れてきた。
 柔らかい。

「無理……するなよ?」

 その声が、
 掌が、
 心配そうな顔が、
 私の心を、揺らす。

「大丈夫ですよ」

 一言。
 ただ、一言だけなのに。
 こんなにも、涙が溢れそうだった。
 何故かは分からない。

「……泣いてるな」

 え――?

「初めて、だからな」

 椛さんの指が近づいて、私の目元に溜まっている涙を掬ってくれた。
 泣いているなんて、分からなかった。
 辛くも無い。
 苦しくも無い。
 なのに。

「あ……やだなぁ、私」

 腕で必死に涙を拭くのに、ぼろぼろと止まらない。
 視界に靄がかかる。
 どうしよう。どうしよう。
 なんで。なんで。
 分からない。
 助けて。

「やだっ……!」
「橙」

 椛さんは私の腕を掴んだ。
 涙は止まらない。
 冷たい、冷たい滴が、
 私の頬を伝い落ちてゆく。

「落ち着いて、深呼吸しろ」

 ヒュー、ヒューと、息が乱れる。
 こんなにも、自分は追い詰められていたのかと気づいて。
 また、泣きたくなった。

 椛さんは、私が大丈夫そうだと知ってほっと溜息をつき、小休止だといって、優しく抱きしめてくれた。
 私が何もいわなかったら、いつまでも、いつまでもそうしてくれるようだった。
 体温が直接伝わってくる。
 汗を吸ったサラシから、優しくて温かい、椛さんの匂いがした。
 安心する。
 遠くで、動物の鳴く声がした。


















 どのくらいの時間が経っただろうか。
 急に、椛さんの口が開いた。

「怖かったか……?」
「――ッ!」

 そう、問いかけてきた。

 怖い。
 そんなこと、考えたこともなかった。
 怖い。
 気づくことも無かった。
 怖い。
 気づかされるとは、思わなかった。

「……こゎ」
「?」
「……怖かった、かも。です」

 怖かったのだ。多分。
 深くキスしたことも、
 体をきつく触れられることも、無かったから。
 全てが、
 全てが、初めてで。
 怖かった。
 何もかもが分からなくて。
 怖かった。
 でも、
 気づいてくれた。
 助けてくれた。
 椛さん――。

「ありがとう、ございます」
「ん?」
「椛さんのおかげで、少しは、霧が晴れた気がしたから」
「……うん」

 椛さんは私を抱きしめることを止めて、額にキスしてくれた。
 触れるだけの、軽いキス。
 それだけで、心がじんわりと、ゆっくりと、溶かされていく気がした。











 ショーツを脱がされると、僅かに聞こえる水温が、また私の頬を紅潮させる。
 指でその部分をなぞられて、体はますます火照っていく。
 少しだけ、指先が埋められた。

「……痛いか?」
「う……ううん……。痛く、ない……です」
「指入れるから、力を抜け。痛くなるかもしれないから、少しの間だけ我慢な」

 ぐっ、と椛さんが力を入れる。
 つぷ、と小さな音を立てて指が奥へと進んでいく。
 歯を食いしばって目を閉じる。
 痛い。
 痛い。
 痛い。
 でも、嬉しかった。
 何故か、とても。
 嬉しい。

「痛かったら、背中に爪を立ててもいいからな」

 耳元で囁かれて、私は必死にその背中にしがみついた。
 痛みに耐えていると、「頑張れ」と片方の手で頭をなでてくる。
 そして、

「……っつ、あ」
「入ったよ、橙」

 優しい声が、私の名を呼ぶ。
 やや低めの、ハスキーな声が。
 私の大好きな声。

「頑張ったな」

 体の中に、何かがある感じがした。
 そこに、椛さんの指がある。
 しっかりと、感じる。
 じゃあ、ゆっくり動かすから。と椛さんが言う。
 私は小さく頷いた。
 ゆっくりゆっくり動かされる指先。
 最初は指先から、そして指全体へと広がっていく。
 痛みから快感へと、少しずつ変わり始める。

「んっ、ふ……あ、や」
「気持ちいいか?」
「う……っん……」

 私がそう答えると、椛さんは指を強く動かした。

「あっ、ああ、だ、め」

 じゅぶじゅぶと、大きな音が聞こえてくる。
 耳を塞ぎたくなったけれど、椛さんにしがみついているからどうすることもできない。
 初めて聴く音。
 恥ずかしくなるような、音。
 気持ちが高まる。

「だ、め……もみ、じ、さん……ああっ!」

 声がでる。
 恥ずかしいのに、止めたいのに。
 止まらない。
 快感が急に速度を上げる。

 どうにかして声を抑えようと、しがみついていた両手の片方を口にあてる。
 それでもやっぱり漏れ出してしまう甘い声。
 自分のものとは、思えない。

「ん、んんん……ふ、ああ、ん……ふ、あんっ!」

 ぐしゅぐしゅと秘所をかき混ぜられる音に、絶えられなくなっていた。
 不意に、
 何かが背筋から昇ってくる感覚がする。
 何かがくる。
 さっきとは違う。
 もっと、もっと大きい、何かが。
 何故か怖くなって、口を押さえるのも止めて、必死に椛さんにしがみついた。
 全身に鳥肌が立つ。頭が白くなって、椛さんの指を締め付けた。
 でも、くる。きちゃう。何かが……

「橙」

 耳元で囁かれる、椛さんの優しい声。
 わざとなのか、ただ単にタイミングがよかっただけなのか分からないけれど(多分わざとだと思う)、
 反則だなぁ。

「好きだよ」
「――――~~ッッ!!!!」

 声にならない声がでて、今までの比にならない快感と熱が体中で湧き上がる。
 気が遠くなる。
 最後の椛さんの言葉だけが、最後まで響いていた。






















 朝目が覚めると、椛さんは隣にいた。
 笑顔で。

「ぬわえわさでfんj^fvっどvんjd!?」
「日本語で話せ」

 勢いよく後ろに跳び下がると、自分が全裸だということに気づいた。

「ふぅふぃわおふぃjvsdfvs!?」
「だから日本語で話せと」

 前半は日本語です! などと、言い訳をしている場合ではない。

「ほら、服」

 椛さんが私に服を手渡してきた。
 きちんと折りたたまれているところを見る限り、私よりももっと早く起きていたのだろう。
 寝ていないということは無いと思う。

「寝てないぞ」

 だからあれほど……もういいや。

「言い返さないのか?」
「もういいです。勝手にしてください」

 さっさと服を着て、家に帰らなければ。

「……不安は、まだ残るか?」
「!」

 後ろから、椛さんの声が掛かった。
 それは昨日私が言っていたこと。
 椛さんも言っていたこと。

「私も、やはり不安だ。まだ、まだそれは融けきらない」
「……」
「でも、それでも今はいいと思っている」
「……!」

 ゆっくりと、壊れそうなものを扱うような優しさで、
 椛さんは後ろから抱きしめてくれた。

「お前は、私が好きか?」
「……」

 私は、黙って頷く。

「それで、いいんじゃないかと思う」

 椛さんは腕を解いた。
 私は振り向く。

「お前は私が好きで、私はお前が好きだ。それで、いいんじゃないか?」

 椛さんは私の手をとった。椛さんの手が大きいから、私の手が小さく見える。

「今からでもいい。少しずつ、不安を取り除くことができたらいい。これから色々なことがあるだろう。喧嘩もするだろう。悲しいこともあるだろう。辛いこともあるだろう。でも、何があったとしても、私はお前を――」

 そこまで言葉を切って、椛さんは私の両手に口付けた。

「橙を、愛しているよ」
「~~~~~~!!」

 ……そう、だった。
 椛さんは無口で、無愛想なイメージだけど、
 こんなことを素直にさらりと言える人だった。
 忘れていた。
 不注意だ。

「わ、私も、そう……です」

 ごにょごにょと、小さく窄んでいく言葉。
 それを聞いて、椛さんは笑顔になった。
 ぎゅう、と。
 精一杯、抱きしめられる。

 ああ。
 幸せだな。

 私は目をつぶり、これからまた二人で歩む道のりを、ほんの少しだけ想像ながら、
 椛さんを、抱きしめ返していた。








































 ……あ。
 藍様に、なんて言い訳しよう。







 つづく…?
藍「朝 帰 り だ と !」
紫「まあまあ、これも一つの人生経験でしょうに」
藍「し、しかし紫様!」
紫「それに、もうそろそろ帰ってくる頃だわ。あの可愛い天狗と一緒に」
藍「わ、私は、私は、そんなの――」
紫「ああ、ヤダヤダ。そんな過保護すぎるから、橙が大人になっていくというのに」
藍「――ゆ、許すん!」
紫「どっちだよ」


↑続きが書けたら八雲一家と椛の話も書いてみたかったり。

初めまして、紅葉と申します。
去年の秋からほったらかしのこのSSを書くことに行き詰っていたところ、ある三方にアドバイスや心強い励ましを貰い、今に至っております。
ネチョ薄めでホントすみません。もっと濃いネチョが書けるよう精進していきたいとおもっております。
それでは、また次回にも会えましたら、よろしくお願いいたします。
紅葉
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
かわいくてよかた。
2.名前が無い程度の能力削除
橙なんか乙女で可愛いよ橙
椛が男前すぎてどうしよう。
3.名前が無い程度の能力削除
GJと言わざるをえない
さあ、早く続きを書くんだ!
4.名前が無い程度の能力削除
藍様( つД;)
橙可愛いよ橙
5.とある名無し削除
…素晴らしい
ラブラブなのにどこかぎこちない二人が可愛すぎて口から砂糖がががが
6.名前が無い程度の能力削除
次は藍しゃまと紫しゃまのターンですね、わかります。
7.nanasi削除
これがもみちぇん……か……。
最後のほうでは二人がラブラブすぎてもうね、砂糖がね、PCの周りにね。
しかも行為のときだけ橙を名前で呼ぶ椛とかね。
悶えましたよ、ええ、悶えました。
さぁ早く続きを書くんだ!
8.紅葉削除
うわぁ……いつの間にやら多くのコメントを貰ってました。
ありがとうございます。

>>1様
可愛いは正義 正義=橙 ですね分かります。

>>2様
乙女な橙はすばらしいと思う。いや本当に素晴らしいね!

>>3様
続きは今から書くことになりますので少々お待ちを。

>>4様
藍様の不憫さは、ね。
藍「でもうるうると涙をためて謝る橙を叱ることができねえんだ畜生!」

>>とある名無し様
とりあえずは つブラックコーヒー

>>6様
それは眼中になかったです。もみちぇんしか見えてなかったです。

>>7様
これで一人でももみちぇんが好きになってもらえると嬉しいです。


たくさんのコメント、ありがとうございました!
全て私の糧になっております。
9.名前が無い程度の能力削除
作者の思惑通り、もみちぇん好きになりましたよ…ありがとう。
10.七品のサー削除
藍「――ゆ、許すん!」
紫「どっちだよ」

↑笑ったwww
11.ジャスティスD削除
猫を食べちゃう狼……。いい! すごくいい!
続きを期待してもよろしいでしょうか?
12.名前が無い程度の能力削除
クールな椛が美味でした
八雲家と椛・・・獣率高すぎだろ・・・
13.紅葉削除
ま・・・またまたコメントが増えている・・・あわわわわわ。
ありがとうございます!

>>9様
好きになっていただいてこちらも嬉しい限りです。

>>七品のサー様
ありがとうございます。自分的にはギャグは得意ではなかったので笑ってくださり嬉しいです。

>>ジャスティスD様
続・・・き・・・ですか? が、頑張ります。

>>12様
獣率が高い・・・だと・・・? 獣大好きです^p^


たくさんのコメントありがとうございます!
あわわ・・・次回作どうしよう・・・
14.約櫃削除
珍しいカプでしたがとても美味しゅうございましたww
15.紅葉削除
>>約櫃様
ありがとうございます!これからも頑張っていこうと思います。
16.名前が無い程度の能力削除
もみちぇん…だと…!?

タグを見た時は思わず目を疑いましたが、これはなかなか新しい風。
もし次回作があるのであれば、そちらも見てみたいところです。あと2人の馴れ初めとか。
17.紅葉削除
>>16様
見ていただきありがとうございます!
椛と橙の馴れ初めについては、後々語っていこうかなぁと思います。
次回作もよろしくお願いします。