真・東方夜伽話

erareisen(eraudonシリーズ)

2009/03/12 03:24:33
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erareisen(eraudonシリーズ)

紺菜
            ~注意書き~



 本SSはeratohoを基に作成された二次創作物であり、
 作者のオリジナル要素が多分に含まれております。

 また、東方キャラに対する調教を行なう作品である為、
 表現上性描写、暴力描写、残酷描写も多く含んでおります。

 SM行為、虐待に類する行為、強姦、輪姦(またはそれに近い行為)等が当てはまります。

 不死人である蓬莱人への首絞めファック、絶命絶頂なども上記と同様含まれません。

 ここまでの文章で嫌な予感、悪寒、吐き気、頭痛、眩暈等の症状を感じた方は、
 即座にブラウザを閉じて充分な休息を取られることをお勧めします。

 それらの症状が見られない、もしくは興味を持ってしまわれた方のみ先へお進み下さい。



           ~注意書き終わり~ 



































































「ぐへぇ。最悪」

 目を開けると同時に飛び込んできた景色に、俺は唸って舌を出した。

 またか。
 まただ。
 嫌な世の中だ、全く。

 がりがりと寝癖のついた頭を掻きながら、俺は身体を起こして辺りを見回した。

 それなりに上等なベッド。
 良くも悪くないテーブルとイス。
 飾り気の欠片もない部屋。
 無個性で無味乾燥で飽き飽きとした俺の部屋。

 つまんね。

 俺が目覚めと共に抱いた感想をまとめるとそうなった。

 さっさと自分好みの色に塗り替えてやらないと。
 自分の城くらい住み易い方が精神衛生上よろしい。
 今度はどんな色に染めようかしらん? 

 ベッドから跳ね起きると、吐き気すら催すこの気色悪い部屋からさっさと抜け出した。

 ドアを荒っぽく蹴り開けると、すぐ目の前に良く見るあいつが立っていた。
 いつもの事なので驚きも動揺もない。
 ドアが滑るぎりぎりに立っている辺り、俺の機嫌がよろしくない事を知っていたみたいだった。
 
 どうせならドアに挟まれたりしたら面白かったのに。

「よぉ! 景気はどうだい?」

「大量入荷」

 俺の砕けた敬礼紛いを添えたフレンドリィな挨拶に、あいつはガキみてぇに甲高い声で答えた。

「そいつは結構。大変グッド。悪党家業は今日も今日とて商売繁盛。世はにべもなく事も無しってな」

 意味もなくけらけらと笑う俺に、 

「そう」

 あいつは老人のようにしわがれた声で短く答えただけ。

 俺は口元に浮かべていた笑みを引っ込め、俺の前でぼけっと立つあいつを一睨み。

「おいおい。ちょいとばかり反応が少な過ぎやしませんか? もう飽きてきたのか?」

 小奇麗なホームレスといった見た目格好のチビ助に文句をつけた。

「飽きてる」

 あいつは処女臭漂うメスの声であっさりと頷いた。

 ありゃ、こいつはいよいよいけません。

「勘弁してくれよ。機嫌直せ。お前がいなきゃ俺は三日で飢え死に確定だぜ?
 そうだそうだ、いっちょ景気づけにあれやろうぜ。あれ。いいよな? うんいいとも。
 さすがだぜ」

 もこもこと着膨れしたチビの背を遠慮なくばしばしと叩いて、返事を待たずに問答無用で決定した。 

「よし、お前はたった今から鵺だ。鵺な。
 鵺だぜ鵺。かっくいー」

 俺の目の前に立つチビの名前を、即興で決め付けた。

 名前なんてもんはインスピレーションが大事だ。
 あれこれ悩んで無い頭を振ったところで、からからと音がするくらいもんだ。

「鵺」

 チビ――
 おっと、名前を付けた俺本人がチビだなんて思ってちゃいけないな。

 おほん。

 鵺は低い男の声に気持ち嬉しそうな響きを交え、俺がくれてやった名前を復唱した。

 名前は重要だ。
 在ると無しとでは大きく違ってくる。
 きっちり呪いをかけて括って置いてやらねぇと、あっという間に俺の部屋みたいになっちまう。

「これで普段の生活にも張りが出るってもんだな」

「うん」

「そんじゃ、こっちも早速お仕事と行きますか。ほれ、出して寄越せ」

 洟垂れのクソガキみてぇな声で頷いた鵺が、懐から三枚の紙切れを取り出した。
 俺はそいつをひったくって一読。

 お仕事に使うグッズと、お名前と、そのお値段がつらつらと書かれている。
 ぺらりと捲った最後尾には、俺の所持金もしっかり記載されていた。

「げ。残金こんだけかよ。負からねぇ?」

「負からない」

 ちぇ。

 まいっか。

「ど・れ・に・し・よ・う・か・な・と。

 お。これってよさげじゃね?」

 俺は鵺にも良く見えるよう目の前に差し出して、販売リストの一つを指差した。

「いいと思う」

 鵺がよぼよぼのババアの声で頷く。

 よしよし。
 ちょびっと気合入ったか。
 でも、もちっと頑張らないと、お兄さんやる気無くしちゃうぞー?

「で。
 これってなんて読むんだ?」

「鈴仙」

 REISENね。
 
 俺の残金から$2500が差っ引かれ、少ない残金から目ぼしいグッズを購入。
 長年のよしみもへったくれもない鵺のお陰で、ケツの毛までむしられすっかり貧乏人だ。

 さて。
 払った金の分、基はしっかり取らないとな。

 善人も悪人も賢い奴もバカもアホもゴミもクズも、生きて行くには働かにゃならん。
 生きている為にお仕事をしてるはずが、お仕事の為に生きてるってくらい全開で働かないといけないのが難点だが。
 貧乏ってのは誰にとっても平等に厳しいのである。

「おし。いっちょ気合入れて商売に励みますか」

「うん」

「でもその前に前祝いと行こうぜ? うちで食ってけよ。うんいいよ。
 OK。決まり」

 俺は鵺の肩をがっちり掴んで、つらつらと左右対称のドアが並ぶ廊下を歩いた。
 俺はくさくさとした気分で、鵺はひょこひょこと、二人で清潔感溢れる(味気ないにも程がある)広間へ向かった。



xxx  xxx



「鈴仙、いつまで眠っているの? もう当に日は昇っているでしょう」

「すいません師匠!」

 私は、そんな夢で目覚めた。

 目覚めた瞬間に、それが夢だったのだと気がついた。

 私は飛び起きた姿勢のまま額を押さえる。
 夢の中で師匠は私の枕元に立ち、手を顎に添えて私を見下ろしていた。
 口元にうっすらと微笑など浮かべていたのも覚えている。

 ……怖い夢見ちゃった。

 多分原因は、薬を売りに出た際に人里の茶屋で道草を食ったりしたからだろう。
 団子を熱いお茶で頂いて一息ついた後、姫や師匠にもお土産の一つでも買って帰れば良かったと、後になって思った。

 勿論、薬を売った代金を使ったりはしない。
 団子とお茶のお代は、ちゃんと私のお小遣いで払った。

 特に言われた訳ではないけれど、隠れてサボっていた様で少し後ろめたさを感じた。
 そんな後ろめたさを忘れたようで実は残っていて、眠っている間にあんな夢を見させたのだろう。

 はあ、とため息を洩らす。

 夢で良かった。
 
「随分うなされてたねぇ。水でも飲む?」

「あ。ありがと」

 横合いから差し出されてきたグラスを受け取り、私はひんやりとその感触をまず額に当てた。
 とても良く冷えている。
 からからと氷がグラスに当たる音までした。

 誰だか知らないけど、気が利いてるわね。

「どんな夢だった?」

「聞かないでよ。忘れたいんだから」

「えー。いーじゃん、聞かせてくれても。減るもんでもなし。
 誰かに話せばそれで気が楽になるかもよ? こっちも面白そうだし」

「面白いって、あのね」

 軽薄な声音に呆れながら、私は額で冷気を楽しんだ後グラスに口をつける。
 思った以上に美味しい水を、ごくごくと咽喉を鳴らして傾けていく。
 少し咽喉を湿らせるはずが、寝汗を掻いていた所為か思った以上に咽喉が渇いていた。

「……ふぅ」

 私の唇を冷やしていた氷が、グラスの底に当たってからんと鳴った。

「いい飲みっぷり。おかわりどう?」

「そうね。じゃあ半分くらいで」

「はいよ」

 氷の残ったグラスが、また横合いからひょいと抜き取られた。
 
 声に聞き覚えは無いけれど、てゐじゃない事くらいは判る。
 姫様でもない。
 そもそもあの二人が寝起きに氷入りの水だなんて。
 私に差し入れを持ってきたりするはずが無いのは、とっくの昔に実証されてるんだから。

 ……お風呂と見せかけて氷風呂を用意しておくなんて事なら、あるかも知れないけど。

 師匠の声でもないから、新薬の実験とも違うだろう。
 という事は永遠亭のお手伝い兎の誰か。

 一応、私はそのお手伝い兎たちから選りすぐった者を束ねる警備担当。
 ……地上の兎の事はてゐに任せきりだけど。

 そのてゐだって私の部下の一人で、実質兎のリーダーは私だ。
 その上に姫様と師匠がおられる訳だから、この考えに間違いはない。
 ……間違いないはずなんだけど。

 永遠亭において、与えられている地位の割りに何故か私の立場は厳しい気がした。

「どぞー」

 とくとくと水を注ぐ音が聞こえた後、そんな声と一緒に手の甲にひやりと冷たい感触が触れる。
 待たされる事もなく、足音も聞こえなかったから、水差しでも手にしたまま待機していたのかもしれない。
 なんと言うか、卒がない。
 地上の兎にしては珍しかった。

 地上の兎たちはなんと言うか、今一つ危機感が無いと言うかのびのびしていると言うか。
 流石にてゐ程ではないけれど(あの子が沢山いるなんて想像したくもない)、自分の関心事以外はいい加減だった。

 これだけ気の利く兎なら、直属として取り立ててみてもいいかな?

 私が師匠の弟子であるように(であるからこそ)、私自身も弟子みたいな存在を持つのもいいかもしれない。

 どちらにせよ、もうちょっと口の利き方をなんとかした方が良さそうだ。

「ありがと」

 私はきっちり半分だけ水が注がれたグラスを受け取り、

「ところで」

 そんな事を思いながら顔を上げて、

「――」

 相手の名前を訊くはずが言葉を失っていた。

 
 
 私の目の前に、見知らぬ顔がある。
 頭の中にあったお手伝い兎なんかじゃない、初めて見る顔。
 永遠亭で見かける顔とはどれも違う。
 見た事もない、知りもしない男が私を覗き込んでいた。



「ところで。何さ?」

 男は小首を傾げた。
 片手に水滴が浮かんだ銀色の水差し。
 イスの背もたれをこっちに向けてだらしない格好で座り、派手な赤いジャケットを羽織っていた。

「だ、誰!?」

 私は咄嗟に距離を取ろうと飛び上がり、着地に失敗して床に尻餅をついた。



 ……あ、れ。



 私は痛みも忘れてただ呆然としていた。

 おかしい。
 飛んだはずなのに。

「おお跳んだ。すげぇ跳んだ。さすが。伊達に兎耳なんて乗っけてない訳だ」

 見知らぬ男はけらけらと声を上げて笑った。
 いかにも軽薄そうな、感じの悪い笑い方だった。

「――ッ!」

 私は即座にその男を睨みつけた。
 狂気を操る程度の能力を込めて。

 状況が判らない。
 永遠亭と思っていた場所はどことも知れない洋風の一室で、見ず知らずの男と二人きり。
 判ったのはそれだけで、それだけ判れば充分。

 相手が誰にせよ、能力を用いて無力化するのがまず第一だった。

 ひとしきり笑った後、男は私の視線を真っ向から浴びた。

 条件は揃った。
 後はこの男の波長を長く伸ばしてやれば。



「真っ赤なお~目~目ぇのぉ~♪」



 男は突然調子外れに歌い出しながら、イスから立ち上がった。



 波長を長く、伸ばして。



「小ウサギさ~ん~はぁ~♪」



 男は陽気に歌いながら、転んだ私の方へと近づいてくる。



 あれ?



 私は疑問に駆られて目を丸くした。



「いぃっ~つもみぃ~んなにぃ~♪」



 男は尚も歌いながら近づいてくる。

 狂ったように。

 正気を失ったように。 

 男は両手の人差し指を右へ左へと振りながら、それで調子を取るように歌い続ける。



 私はこんな狂気を与えた覚えなんて無い。

 波長を伸ばして無気力にするだけで。

 気力は奪われた男はその場に蹲るか何かして、無害になるはずなのに。


 
 睨んでいたはずが、いつの間にか目から険が抜け落ちた眼差しで、私はただ見知らぬ男を呆然と眺めていた。



「食い殺さぁれぇるぅ~♪」



 陽気に、楽しげに、笑いながら、残酷な歌を歌い上げた。



「クリスマスなんて目じゃねぇな。
 イェア! ファッキン・キリスト! 他人を救う前に、自分が殺られてちゃ世話ねぇぜ!」

 足を止めた男は勢い良く拳を振り上げた。

「各して聖人様はおっちんで、世は悪が蔓延りみんなが住み易い世の中になりましたとさ。
 今日もせっせとてめぇの以外の全部をひたすら食い潰し、みんなとっても元気です。
 メデタシメデタシ」

 けらけらと哄笑する。

 笑う。
 嗤う。
 哂う。

 子供のような無邪気な笑い方で、この世全てを憎悪するように。

 そんな笑い声を耳にして、私の背筋にぞっと冷たいものが走った。



 何。

 何が起こってるの?



 ひとしきり笑った後、男はぴたりと笑みを消して私を見下ろしてきた。

 唐突に視線を向けられて、私は床を蹴って少し後ずさりしていた。

「どう? 即興の替え歌」

 ずいと一歩踏み出してくる。

 私は怯えて床を蹴った。

「ありゃ、無反応? 傷つくなぁ」

 離れた分だけ、男が私に近寄る。

 私は大きく床を蹴った。

 口元が引きつり、身体が強張る。
 上手く床を蹴る事も出来ずに、私は足を痛めた動物のように、無様に床を這った。
 
「こ、来ないで」

 ようやくそれだけを呟くように口にした。

「ん~、どうしよっかな~。感想の一つも無いんじゃな~」

 男は視線を天井に向けて考えるような仕草をしながら、ずいと前に一歩踏み出してきた。

「か、感想?」

 私は訊ね返しながらも床を蹴り、手で押して身体を男から逃がす。
 判らない。
 何が起こってるのか判らない。

 けれど判る。

 嫌だ。
 怖い。
 近寄らないで。

「そ。感想。
 今俺が歌ったばっかでしょ」

 男は口元を吊り上げにやにやと笑いながら、据わった目つきで私を凝視してくる。
 私は迫力に押されてさらに後ずさり、見知らぬ男は近寄ろうとしなかった。

 理由は判った。
 もう私を追い込む必要がない。
 私は部屋の隅に追い詰められていた。

「で。どうだった?」

 私は考える。
 何が起こっているのか考える。
 答えが出ない。
 どうしてこんな事が起きているのか理解出来ない。

 きょろきょろと視線を彷徨わせる私に、男はゆっくりと足を持ち上げて見せた。

「素敵な歌じゃなかったかね?」

「そ、そうね」

 促されて、私は何も考えずに――怯えながら――首を縦に振った。

 男はにっこりと微笑んだ。

「はいブー。不正解。ぶっちぎりでひでぇクソな歌」

 笑顔を絶やさず、まるで意地悪な悪戯でもしているような声音で、持ち上げていた足を前へと下ろした。

 私は背後の壁を背負うようにして腰を伸ばした。

 壁を支えにしていないと、立ち上がる事すら出来なかった。

「安易におべっかとか使ってくる子、お兄さん嫌いだなぁ」

 にやにやと笑いながら、微動だにしない据わった目で私を凝視してくる。

 その視線から逃れたくて堪らない。

「いやっ」

 私は首を左右に振って拒絶する。
 何が嫌なのか。
 全部嫌だ。

 空を飛べないのも。
 能力が作用しないのも。
 見知らぬ場所にいるのも。

 見知らぬ無害な男が立っているだけでも嫌なのに。
 こんなに薄気味の悪い、怖い男なんてもっと嫌だ。

 目の前の男からは、害意しか感じられなかった。

「世の中嫌なことばっかりだよねー。それが当然なんだけど、嫌なものはどうやったって嫌だから困る。
 ところでお兄さん貧乏でね」

 男は唐突にそんな事を言い出した。

 私は逃げ出す機会を窺いながら、ちらちらと男の顔色を窺った。
 相変わらずにこにこと陽気に、軽薄に笑い続けていた。

「だから張り切って仕事しないと生きていけないの。衣食住は揃ってるけれど、無職のままはよろしくない。
 勤労の精神で頑張っちゃおうと思ってる訳ですが」

「し、仕事?」

 恐怖に急かされ、嫌な予感しか感じられない言葉をただ反芻する。

「そ。お仕事。可愛い兎の鈴仙ちゃん」

 あっさりと私の名前を呼ばれ、首筋の産毛が逆立った。

「ど、どうして私の名前をっ」

 私はこんな男の事知らない。
 なのに男は私の事を知っている。
 それが一層私の恐怖を煽り立てた。

「知ってるよー。鈴仙・優曇華院・イナバちゃん。立派な名前だ。
 月の兎だって事も、それが自称だって事も知ってるよー」

「ど、どうして!?」

「なんでだろねー。不思議だねー」

 男は近づいてこない。
 私は壁際に追い詰められたまま焦りばかりが募る。
 幾ら視線を合わせても男の波長を弄れない。
 怯え、竦み、震えながら、私はふと素朴な疑問に駆られた。



 そう言えば、私は今までどうやって波長を操っていたんだろ?



 それは持って生まれた能力だったから、誰に教えられることも無く自然に身に付いていた。

 そんな事を忘れるなんてあり得ない話で、こうして部屋の角で見知らぬ男を前にがたがた震えている事も同じ。

 同じのはずだ。

 だったらこれはきっと夢で。
 私は今永遠亭の自室で布団の中でうなされてて。
 目が覚めた私を様子を見に来た師匠か、悪戯を思いついて忍び寄ったてゐか、気まぐれに部屋を横切った姫様がいて。

「ぷっ、ぷっ、ぷ――ティーン! はい、しゅーりょー。
 そんじゃま、種明かし!

 俺は鈴仙を$2500で買いました。
 俺の仕事は鈴仙を調教することです。
 色々エロい事を仕込んだりして立派な性奴隷にした後で、どっかに売っ払おうと思います」



 そんな事は全部嘘で。



「うひゃー、俺悪ぃー。鈴仙、不幸! 残念!
 これはもうケチの付け初めが年貢の納め時って事で、すっぱり諦めよう!
 あは。アはハ。アハははハは!」



 全部、悪夢で。



 なのに。
 どうして。



 夢が醒めないの?



「ギャハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハッ
 ハハハハハハハハッハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ
 ハッハッハァーッ!」



 火が点いた様にのけぞって笑い出した男を前にして、私はただ肩を抱いて震えていた。















 永遠に続くかと思えた激しい哄笑を唐突にぴたりと止めて、

「夢じゃないよ。これが現実」

 私の心を見透かすように言った。

 濁った視線がどろりと絡まるのを感じて、私の身体はぶるりと一際大きく震えた。



 師匠。
 夢が、醒めてくれないんです。



xxx  xxx



「~~~♪ ~~~♪」

 俺は鼻唄交じりに口笛を吹きながら、ハケとペンキ缶を手にして部屋へと向かう。
 買いたてほやほや新品の鈴仙の部屋。
 前の穴はちょびっと中古だが、その辺りは気にしなーい。
 愛欲を知っているか知らないかで言えば、知っている方がこちらとしても何かと都合がよろしい。

 処女のメスガキに突っ込んだって泣き喚くだけに決まっていた。

 レイプされて処女喪失。
 それ自体は好物だし、そういうのを扱うのだってまんざら悪くない。
 ただ強姦されて泣き喚くなんていう、決まりきった反応に虫唾が走った。

 ほんと、メスって何でこんなつまらないのかしらん?

 とはいえこちらもお仕事です。
 その辺りは我慢して、張り切って稼ぎましょう。

 無知と貧困は人類が犯す大罪です。
 さっさと貧乏だけでも脱出しましょう。

 俺はタクト代わりにハケをぶんぶんと景気づけに振り回しながら、鈴仙の部屋の前にたどり着いた。
 口笛を吹きながら、ペタペタとドアを赤く塗り潰していく。
 とっくに慣れているので縁取りもせずにペタペタペタリ。
 あっという間に真っ赤なドアが一枚出来ました。

「ふむ」
 
 なんか物足りないな?

「鈴仙ちゃん、ちょっとこっちおいでー」

 俺は背後で無言のまま俯いていた鈴仙を呼び寄せる。
 全裸にひん剥いた後、無理矢理着けた首輪から伸びる手綱を引いている。
 勿論、手綱を握るのは俺。
 鈴仙は顔を真っ赤に俯いて、手で乳とか下の毛を何とか隠そうとしていた。

 兎が服を着ているなんてのがおかしいのですよ。
 あれですか。
 ペットに服を着せて悦に入るってやつですか?
 先に飼い主の躾をした方が良いと思うね。

 当人はしっかり隠してるつもりだろうが、両手で隠すにはちょいとばかり足りていない。
 形のいいおっぱいだって乳首が隠れてるだけ。
 下はまあ何とか隠れてるかな?
 ちょっと横にずれると紫の可愛い下の毛が見えるんだけどね。

 いい身体してるなぁ。

「……」

 鈴仙はちらちらと俺の様子を窺う。
 無言で恨みがましく睨んできたりもしています。
 なんて可愛げのある子なんでしょう。

 嬉しくって、このまま押し倒したくなりますね。

「言う事聞かない子はお尻ぺんぺんしちゃうぞー?」

「!」

 鈴仙は目を見開いて、俺への憎しみを恐れに変えた。

 恐怖の数値は順調に溜まっています。
 俺って働き者だなぁ。
 貧乏の所為だな、きっと。
 うん。

 俺はペットの躾には厳しい方なので、その辺りは購入してすぐにきちんと済ませてある。
 飼い主もペットを甘やかしちゃあいけません。
 鈴仙ちゃんってば幸運だね、こんなにしっかりとした飼い主に飼われるなんて!

「おいでー」

 こないと引きずり倒しちゃうよんと、リードを見せ付けながら手招きをする俺に、

「……」

 鈴仙はおずおずとこっちに近寄ってきた。

 物覚えのいい子ですね。
 お兄さん嬉しいです。

 俺は手にしたハケを放り捨て、近づいてきた鈴仙の手首をひょいと掴んだ。

「あっ」

 そんなことを言ってますが、気にしません。

「はい、ばんざーい」

 無理矢理その姿勢を取らせます。

「い、いや。やめてっ」

 鈴仙は頭を振っていやいやしています。

 ああ、もう。
 たゆんと揺れる乳房とか。
 股間に生える控えめな逆三角形とか。
 一々俺のすることに怯えるくせに、精一杯虚勢を張ってる姿とか。

 このままかぶりつきたくなる子だね、ほんと。

「ダイジョブヨー。コワクナイヨー」

 俺はむらむらときながらもそんな欲望を押さえ込んだ。

 我慢我慢。
 お仕事は厳しいのである。

 手首を掴んだまま俺は背後に回り、じりじりと鈴仙の身体を押す。
 赤いペンキを塗ったばかりのドアへと。

「うーん、フルーティ。鈴仙ちゃんはいい匂いがするなぁ」

 途中、ちょいとばかり我慢が足りず、首筋に鼻先を寄せてくんかくんか。
 犬のように鈴仙の髪の匂いを嗅いだ。

「やめてっ」

 あっはっは。
 鈴仙ってば、もうちょっと語彙を増やそうねー。

 罰として、すでにギンギンにおっ勃っていた俺のちんぽを尻に押し付けてやった。

「ほーら、お尻に当たってるの判るかなー?
 鈴仙ちゃんがあんまり可愛いから、お兄さん、我慢出来なくなっちゃうぞう?」

「ひっ」

「濡らさずに突っ込んだらどうだろうねぇ。大変だねぇ。お尻ペンペンより痛いだろうねぇ」

 恐怖は順調に向上中。
 グッド。
 大変よろしい。

 布越しにちんぽでたっぷりと鈴仙の尻の柔らかさを確認し、こっちはひとまずそれで満足。
 鈴仙の表情が怯えと苦痛に歪むのを確認して、二度満足。
 うまーい。

「はい、行くよー。どんどん歩いて行こうねー」

「え、だって、そんな。
 やめ」

 俺は鈴仙に背後から覆い被さったそのままの格好で、ドアへとサンドイッチにべったりと押し付けた。

 魚拓ならぬ兎拓。
 たっぷりねっとりぎっとりと、ペンキ塗りたてのドアに押し付けてやった。

「……」

 鈴仙は俺が離れてもドアにぴったり張り付いたまま絶句をしている。
 言葉も無いって奴か。

「はい、鈴仙拓の完成。これで鈴仙ちゃんの部屋だって誰も間違えたりしないよ。
 ヨカッタネ」

 俺はそんな鈴仙の様子を腕を組んでうんうんと頷いた。



 それにしても。



 鈴仙の真っ赤に腫れ上がったケツは目に余ってよろしくない。
 誰に?
 俺に。
 視界に映るとつい仕事も忘れて突き上げてやりたくなった。

 卑しい野良犬のように見つめる俺の視線に気がついたのか、鈴仙はドアから離れるとペンキ塗れの手で尻を庇った。
 奥歯を食い縛って、じっと涙の滲んだ目で俺を睨みつけてくる。

 それがますます俺の欲望を駆り立てる。

 堪らないね、実際。

「はい終わりー。ペンキを落とすのは大変だけど、頑張ってね」

 睨む鈴仙に、歯を剥いてがうがうと部屋の中へと吠え立てた。
 俺は一人、廊下で鈴仙拓の出来栄えを眺めた。

 グッド。
 物足りなかったのはこれですっきり解決だ。

 退屈しのぎの思いつきでやってみたが、中々面白い趣向だった。



xxx  xxx



「うっ、うう。ううっ」

 私はシャワーを浴びる。
 髪や身体にべったりと張り付いた赤いペンキは、幾ら擦ってもなかなか落ちない。
 肌理の細かな隙間まで染み込んでしまっていた。

「うう、うっ、ううううううっ」

 私はシャワーを浴びる。
 久しく浴びたことの無い、文明の利器であるシャワー。
 けれどこんな形で浴びたとしても嬉しくなどない。

「う。ぐぅっ、うううっ」

 ぼろぼろと涙がこぼれる。
 歯の隙間から押し殺した声が洩れてくる。
 浴室にへたり込むように座る私の上に、温水がざあざあと降り注ぎ続けた。

 あんな、地上人に。

 悔しい。
 悔しくて堪らない。

 能力が使えれば、あんな地上人にこんな真似はさせないのに。

 裸にされ、首輪で繋がれ、あまつさえペンキを塗ったばかりドアに押し付けられるなんて。

「う、ううっ。うううっ!」

 あの男が私にしたことを思い出して、私は泡立てたスポンジをごしごしと強く腕の染みに擦りつける。

 私のお尻に、あんな汚いものを押し付けてくるなんて。
 直に押し付けられたわけではないけれど、だからと言ってなんの慰めにもならない。
 不潔で、嫌らしくて、汚いもの。
 まさにあの男そのもので、嫌悪どころか吐き気すら覚えた。

 お尻を念入りに磨きたい。
 あの気持ちの悪い感覚が忘れられるまで、残さず全て洗い流してしまいたい。
 私は手にしたスポンジでそっとお尻を擦った。

「つぅっ!」

 激しくしみる。
 私のお尻は赤く腫れ上がっていた。
 今もずくずくと疼くような痛みがあって、床に座ることさえ苦痛だった。

 私はひりひりと痛むお尻に顔を歪め、あの男が私に行なったことを思い返した。






「気持ちいいのとそれ以外、どっちがいい?」

 目つきからどろりと濁った雰囲気を嘘のようにかき消し、顔に陽気で軽薄な笑みを取り戻したあの男が、私に訊ねて来た。

「……?」

 男が口にしている言葉の意味が理解出来ず、私はただその言葉にとてつもない嫌な予感を感じた。

「お・し・ご・と。鈴仙ちゃんに選ぶ権利をあげましょう。気持ちいいのと、それ以外があります。
 どっちがいい?」

「……」

 私は予感が強まるのを感じて、男に答えずただ睨みつけた。

 男は相変わらずへらへらと軽薄に笑い続けていた。

「答えない場合、自動的に気持ちいいお仕事になります。具体的に言うと、ちんぽ突っ込んじゃったりします」

 男は何の躊躇いもなくパンツのジッパーを下ろして、自らの性器を(言葉にするのも汚らしい!)取り出して見せた。

「ひっ」

 私の咽喉の奥から悲鳴が洩れて、すぐに視線を逸らした。

「おっ、おっ、おっ。イエス、完全形態。勃起でギンギンですよ。
 ほーら、こいつで可愛い鈴仙ちゃんの穴という穴をがっつんがっつん犯しちゃうんだよー。
 エロいぞ我が息子よ。ごめんねパパ!
 あひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 顔を覆った私の前で、男は声色を使って奇妙な小芝居をした後、下品に笑った。

 し、信じられない。

 私が目にした中でも最低中の最悪な男だった。

 男は笑い終えた後、腕を組んで(性器を隠そうともせずに)何やら考える仕草を始める。

「初めはお口から頂いちゃおっかな? うーむ、ケツから行くってのも、ありだな。
 まんこに突っ込みたいとこだけど、我慢汁で孕ませちゃいそうだからねん。ま、その時は仕方ないか。
 いやー、鈴仙ちゃん。可愛いってのも罪だね!」

 男の言葉に、背筋にぞっと悪寒が走った。
 口を、お尻を、私を犯して、妊娠までさせられて。
 その事を何の迷いもなく口にしてきた。

 本気だ。
 本気で今口に挙げた事を私にするつもりだ。 

「そ、それ以外」

 私は震える声音で、何とかその言葉を吐き出した。

「それ以外ね。オーライ。了解」

 男はかちゃかちゃとジッパーをいじって、取り出していた性器をパンツの奥に押し込んだ。

 情けない。
 恥ずかしい。
 悔しい。
 こんな品性の欠片も無い、獣のような男に従うなんて。

 幾ら睨んでも能力が扱えない。
 狂気を与えることが出来ない。

 ならいっそ、思い切り抵抗してみたら?

 そうだ。
 私は地上の妖怪兎とは違うけれど、人間なんかに負けたりしない。
 能力が作用しなくて動揺してしまっていたけれど、本気で抵抗をすれば。

「じゃ、仕事を始めようか」

「っ!」

 ひたりと近寄ったあの男に、私は咄嗟に平手打ちを放った。

 手が男の顔面に届く前に、ひょいとかわされてしまった。

 私自身勢いを付け過ぎて、さらに避けられるなんて思いもしなかったから身体が流れる。
 たたらを踏んでいた膝をこつんとつま先で小突かれて、足がもつれて転んだ。

 そのまま床に倒れ込む。

「きゃっ」

 私の口から悲鳴が洩れた。

 倒れ込んですぐ、頭上から降り注ぐ視線に気がついた。



「ナニソレ」



 耳に届いたのはぞっとするほど無機質な声で、一瞬遅れて私の全身から血の気が引いた。

「追い詰められました。抵抗しましょう。びんたです。命中! やったね! さあ逃げよう!

 そんなこと考えてんの? ナニソレ。舐めてんの?」

 私が起き上がるよりも早く、どすんと背中に圧迫が加わる。
 あの男は私の背に跨って、私の耳の付け根をぐいと掴んで顔を上げさせた。

「ぐっ! 何するの、やめ――」



 ドカッ。



 そんな重たい音が、私の言葉を遮った。
 私の目の前にあるもの。
 赤い瞳。
 私の顔。
 驚きに固まる私の顔が、半分だけ映り込んでいる。

 それは大きくて、分厚くて、ぎざぎざの付いた、磨き上げられたナイフだと私は気がついた。

 鈍く光を反射させるその輝きに、ぞっと背筋が凍った。

「つまんね。つまんね。つまんね。つまんね。つまんね」

 ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ。

 あの男は握ったナイフを何度も床に突き立てる。
 私の目の前で。
 少しずつ間隔を近づけながら。
 
「やめてっ」

 私を背を反り返して鋭く尖った刃物から逃れる。
 けれど背中にはあの男がのしかかって、がっちりと座り込んでいる。
 必死でナイフから逃れる私の顔が、ぐいと荒々しく床に押し付けられた。

「痛っ、痛い! いやっ、いやっ!」

 あの男が、私の耳と髪を鷲掴みにして強引に床に押し付けた。 

「なんだよなんだよなんだよそれは。
 決まりきった反応してんじゃねえよつまんねつまんねつまんねくっだらねぇなあ畜生畜生――

 くそったれがぁ!」

 ぶつぶつと機械のように呟いていたあの男が、突如獣のような吠え声を上げた。
 その獣声に、私の全身が竦みあがった。
 高々と振り上げられていたナイフが、私の悲鳴も待たずに振り下ろされた。



 ドカッ。



 全身が強張り、瞼を閉じることも忘れていた私の鼻先に、ナイフが深々と突き立てられた。

 本当に怖いと思った時、身体の震えすら止まるのだと知った。

 身じろぎ一つ出来ずに固まっている私の目の前で、ナイフはぐりぐりと前後に揺らされ、床から引き抜かれた。

 長い吐息が、背中から聞こえてきた。

「ふー。お兄さんちょっとむしゃくしゃして手荒な真似しちゃったね。
 良く考えたら、鈴仙ちゃんの鼻を削いだり目を抉ったり唇を剥ぎ取ったり耳を切り落としたりすると、お仕事にならなくてね。
 恐かった? 恐かったよね?」

 背中からそんな声が聞こえた。
 謝罪している。
 けれど声は笑っている。
 軽薄な陽気な声を取り戻して、男は私の背にずしりと座ったまま喋り続ける。

「むしゃくしゃしてやった。今は反省しているが後悔はしていない。
 お兄さん、こう見えて無力で非力なただの人間なのねん。おっかない妖怪とは違うの。貴方とは違うのですよ。フフン。
 なのでこういった自衛用のアイテムが、仕事道具とは別に必要でね。
 妖怪ですよ、妖怪。とんでもねー、あたしゃ人間様だよ」

 けらけらと笑いながら、私の頭上でくるくると器用にナイフを回している。
 まるで柄が手の平に吸い付いているような恐ろしく馴れた手捌きで、私は恐々と怯え竦みその様子を凝視していた。

 やめて。
 やめて。
 やめて。

 落とさないで。

 お願い。
 お願い。
 お願いだから。

 私の身体が思い出したように震えだし、それでも声は出て来ない。
 右手でナイフをくるくる回しながら、男は左手で私の顔を撫でる。
 強張った筋肉を撫で解していった。

「で。どう?」

 顎を掴まれて(それでもナイフをくるくると回しながら)、無理矢理振り向かされて(目の前でくるくる回しながら)、男は私の目を覗き込んだ。

「恐い? 恐い? 恐いよね?
 うっかり手を滑らしたりしたら大変だね。傷物になっちゃうね。刺さりどころが良かったらすぐ死ねるだろうね」

 男は矛盾したような言葉を口にした。
 私はナイフから目が離せない。
 ぶるぶると震えながら息を飲んで見上げていた。

「刺さりどころが悪いと死ねないよ。ってか、人って結構簡単には死なないのね。妖怪なら尚更だね。
 ぱっくり肉が斬れて、どばどば血が出て、じくじく痛んで、ぐちゅぐちゅ化膿して、どろどろ腐って、うじゃうじゃ蛆虫が寄ってきたりもするけど。
 それでも死んだりしないよ。

 そうそう。生きたまま蛆虫に食われるってのも中々おつらしいよ?
 蛆虫ってーと、鈴仙ちゃんが想像してるのはちっちゃい釣り餌に使われたりしてる奴の事かな?
 バカ言っちゃいけません。餌がたっぷりある分でっかくなります。こう、一匹で小指くらい丸々と育つんだってさ。
 初めは腐った肉とか膿を齧られたりするだけで痒いんだけど、どんどん餌を食べて中に潜り込んじゃって、その内神経を齧りだすんだって。
 これがまた、もうたまんないくらい痛いらしくってねぇ。動ける内なら自分で傷口を掻き毟って取り出そうとするんだってさ。
 腐った肉をぐちゃぐちゃ。膿と一緒に混ざって蛆虫がびちゃびちゃ。あはは、凄いよねー」

 男の言葉に嫌が応もなく想像を掻き立てられ、吐き気を覚えた。
 自分の顔を掻き毟る姿が目に浮かぶ。
 ぼとぼとと蛆虫をこぼしながら、腐った顔の肉を剥ぎ取っていく自分。

 男が手元を狂わせナイフを落としてしまったりしたら、それが現実になる。

 声もなく震え続ける私に、男はぴたりとナイフを回すのを止めた。

 逆手に柄を握り、けれど冷たく鋭い刃先は私へと向けたまま。

「ここで提案」

 男は陽気にそんな事を言い出した。

「お兄さん、ついかっとなってこうしてるんですけども。やっぱり反省してるのよね。
 そこで改めて、鈴仙ちゃんにどんなお仕事がいいか選んでもらおうと思います。
 気持ちいいのと、恐いのと、それ以外」

 選択肢が、一つ増えている。

「気持ちいいのはさっき言ったね。恐いのっていうのは勿論、今してるこういう事ね」

 考えるまでもなく男は説明を加え、ぐるんと大きな動きでナイフを回して見せた。
 肉圧のナイフが放つ風が私の顔を撫で、ただ恐くて仕方がなかった。

「どう? 答えてくれないとお兄さんワカラナイヨ」

 ぐぐっと男は背中を曲げて、じりじりと私に覆い被さってくる。
 どろりと濁った瞳が近づいて、私の目を覗き込んでくる。
 顔を逸らせない。
 男を押しのけられない。
 私の身体は恐怖でがんじがらめにされたまま、微動だに出来なかった。

「さア鈴仙。答エヨうネ」

 笑みが消え、軽薄さが消え、男の顔に残ったのは無機質な無表情。
 感情、欲望、狂気。
 それらを皮一枚隔てて押し隠したような、恐ろしい能面だった。

「鈴仙ハどうサレたいノかナ?」

 押し込めているものが今にも溢れ出しそうな、ぎりぎりで押し込めているようなぎこちない声音。
 気がついたらもう目と鼻の先に男の顔があった。
 生温かい吐息を感じるほど近く、ただじっと私の目を見つめ続けている。

 瞳の奥で狂気が踊っているように思えた。



「そ、それ以外――」



 私の舌は何とか麻痺を逃れ、言葉を吐き出す事が出来た。

 犯されるのは嫌。
 恐いのも嫌。
 どちらも嫌。

「ホントにソレでイイの?」

 男はぴたりと視線を合わせたまま訊ねてきた。
 喋るたびに口から吐く息が顔に当たって、生温く撫でられた。

「そ、それが、いい」

 咽喉の奥から絞り出した私の声に、

「それ以外ね。OK。判りました」

 男はひょいとあっさり顔を引っ込めた。

 逆手に振り上げていたナイフを腰元の鞘に鮮やかな手つきで収め、私の身体から離れた。

「では早速お仕事に励みましょう」

 陽気さと軽薄さを取り戻した男は、言うが早いかうつ伏せていた私の身体を抱き寄せた。

「――え?」

 床に座って胡坐を掻いた男の膝の上に荒っぽく引き寄せられて、何の躊躇いもなく私のスカートをずり下ろした。

「おほ、尻尾あるんだ。丸っこくって可愛いねぇ」

「何をっ、やめ」

 私は何をされているのか気付き、慌ててじたばたともがいた。

 あの男は私をしっかりと抱き寄せたまま、調子外れに歌いだした。

「一つ打っては俺のため~♪」

 パァンッ! 

「きゃうっ」

 狼狽は肉を打つ音で遮られ、代わりに私の口から悲鳴が洩れだした。

 打たれた。
 見えないけれど、それが判る。
 ひりひりとした痛みを感じるのは、私のお尻。
 あの男は、私のお尻を剥き出しにして前触れなく叩き始めた。

 まるで親が悪戯をした子供に罰を与えるような格好で。

「何をするの! やめて、やめなさい!」

 男は私の事など一切構わずに歌い続ける。

「二つ打ったら俺のため~♪」

 パァン!

「ひうっ」

「三つ打っても俺のため~♪」

 パァン!

「いたっ」

「四つ打っても俺のため~♪」

 パァン!

「痛い!」

「五つ打っても俺のため~♪」

 パァン!

「ひゃんっ」

「まぁだまだ行くよ~?」

「やめてっ!」

 あの男はやめない。
 陽気な鼻唄混じりに、私のお尻を叩き続ける。
 部屋の中に私のお尻を叩く派手な音が響き渡る。
 びりびりと皮膚が引きつり、何度も叩かれる内に熱が生じていた。

 パァン!

「やめっ」

 熱い。

 パァン!

「やめでっ」

 痛い。

 パァン!

「痛ひぃっ」

 熱い痛い。

 パァン!

「痛いのっ!」

 痛い熱い。

 パァン!

「おねがっ」

 パァン!

 熱い痛い熱い。

「お願いだか」

 パァン!

 痛い熱い痛い。

「たらった らりらり みっだれうっち~♪」

 パァンパァンパァンパァンパァンパァン!

 熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い熱い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。

「ひぐっ」

 私の咽喉の奥で、制止の声が詰まった。
 
 男は手を休めない。

 パァン!

 痛い痛い痛い痛い痛い。

「ううっ」

 パァン!

 痛い痛い痛い痛いの痛くて痛くて熱くて痛いの痛い痛い痛い痛いのは嫌。

 もう、我慢出来なくて。



「お願いしますもう止めてください痛いの嫌ですお願いしますお願いします」



 私は男に懇願していた。
 無様に泣きじゃくりながら。
 ぼろぼろとこぼれる涙を拭うことも忘れて。
 こんなに野蛮で下劣な男に許しを乞うていた。

 私のお尻を叩き続けていた男の手が止まった。
 私は咽喉を詰まらせ嗚咽しながら泣き続けていた。
 影が差すのが判り、咽び泣きながら固く閉じていた瞳を開けた。

 目の前にあの瞳があった。
 狂気を湛えたあのどろりとした瞳。
 男が背中を折り曲げて私の顔を覗き込んでいた。

 恐い。

 私は泣きじゃくりながら、怯えながら、その瞳から視線を逸らすことが出来ない。
 全身の筋肉が萎縮して、蛇に睨まれた蛙だった。

 男が口を開く。

「どれだけ泣き叫んで喚いてもいいよ。無茶苦茶に暴れて抵抗してもいいよ。こっちはこっちで気が済むまで勝手に鈴仙をしばくだけだから。
 泣いても謝ってもお願いしても、やめてあげなぁ~い」

「ぅぐっ」

 呻く私に構わず、男は姿勢を戻すとまた歌いだした。

「う~さぎ うさぎ な~に見て跳~ねる♪」 

 パァン!

「ぎゃうっ」

「りょ~銃で撃たれて あ~たま吹っ飛び とび跳~ね~る~♪」

 パァン!

「いぎっ」

「う~さぎ うさぎ な~に見て跳~ねる♪」

 パァン!

「ひぎゃっ」

「た~き火飛び込み 火~だるまなって とび跳~ね~る♪」

 パァン!

「ひぐっ……」

「う~さぎ う~さ~ぎ~♪」

 男は歌い続けた。

 歌いながら私を叩き続けた。

 私は悲鳴を上げ続けた。

 悲鳴すら失いただ泣きじゃくった。

 男の気が済むまで、私は何度叩かれたのか判らなかった。






「うっ、ううっ、うう。うぐっ」

 私は泣いていた。
 シャワーを浴びて泣いていた。
 肩を抱きしめ、お尻を床に付けないよう浮かしてしゃがみ、落ちないペンキで赤く染まった姿で泣いていた。
 一人で何も出来ずに、ただ泣きじゃくっていた。

 悲しかった。
 苦しかった。
 辛かった。

「うっ、うえ、うう、うううっ!」

 どうして私がこんな目に遭っているのか判らない。
 こんな理不尽な仕打ちを受けているのか判らない。
 今でもこれが現実だなんて信じられなくて、なのにお尻は今もひりひりと痛み続けていた。



『夢じゃないよ。これが現実』



 狂気的な爆笑をぴたりと収め、あの男が呟いた言葉。
 どろどろに濁った瞳。
 瞳の奥底で踊る狂気。

 身体が強張る。
 恐い。
 恐い。
 恐くてたまらない。   

「うぐふっ、うっ、うぐっ」

 私はうな垂れたままシャワーを浴びて泣き続けていた。



 不意に。

「鈴仙」

 声が聞こえた。

「ひっ」

 あの声。
 陽気で軽薄で無機質で恐くて恐くてとにかく恐い、あの男の声。
 私は身体を抱いて浴室の隅へと逃げた。
 散々打たれ続けたお尻を隠し、なるべく小さく身体を丸めた。

 怯えた眼差しをきょろきょろと動かしあの男の姿を探す。
 浴室にあの派手な赤いジャケットを羽織った男の姿はない。
 それでも安心出来なくて、私は狭い浴室のあちこちに視線を巡らせていた。

 こんこここんこん、こんこん。

 おどけるような調子で、浴室のドアがノックされた。
 
「いるねぇ、鈴仙。聞こえてる?」

 ドア越しに、あの声が聞こえてきた。

「い、いる……」

 私は見られてもいないのに頷いて答えた。
 黙ったままでいると何をされるか判らない気がした。

 浴室のドアは閉じたまま、あの男の声が聞こえてくる。

「そっか。ならそのままで聞いて欲しい。返事はいらないよ。聞くだけでいい」

 ここらなしか、男の声から軽薄な陽気さが薄まり、どこか神妙な声音に聞こえた。

「ごめんね、いっぱい叩いて。ドアに押し付けたりして。
 まあ今更謝ったくらいで許されるものじゃないけど、だから謝らなくていいって問題じゃない」

 想像もしなかった謝罪の言葉が投げかけられた。
 軽薄にけらけらと笑いながら口だけのあの時とは、どこか違っていた。 
 何を言われているのか判らなくて、私はただ浴室のドアを凝視していた。

「お兄さん調子に乗っててね。ついやりすぎて失敗しちゃうんだよ。悪い癖だ。
 ペンキ落ちないでしょ? ペンキ専用の汚れ落としを用意したから、こいつを使うといいよ」

 かちゃと浴室のドアが開いて私の身体がびくりと跳ねる。
 私は部屋の隅で震えながら、あの男がずかずかと入り込んでくると思っていた。

 ドアが開いたのはほんの少し。
 手がにゅっと伸びて床に何かを置いた。

 それを置くと手はさっと引っ込み、ドアが閉められた。
 男は私の裸を覗こうとしなかった。

「スプレー仕様なんだけどさ、使い方判る? 蓋を取って上の突起を押したら、中の液体がぷしゅって出るからさ。
 間違っても自分の顔に向けたりしちゃいけないよ? 腕に直接吹き付けるか、顔は手の平で受けてよく塗り込んでね」

 男は姿を見せないまま、言葉だけで部屋の中に置いたスプレーの使い方を説明してきた。
 私はドアと男が置いていったスプレーを見比べながら、ただ目を丸くしていた。

「部屋のテーブルに塗り薬を置いておいたから、お風呂から上がったら良かったら使ってね。
 一緒においてあるのは冷やすものと、食事ね。食事は鈴仙の好みが判んなかったからこっちで勝手に決めさせてもらったよ。
 ラップがしてあるから、冷めてたらドアをノックしてね。温め直して持ってくるから」

 男は神妙に、穏やかとも言える声で説明を重ねた。
 私は浴室の隅で肩を縮めたまま、その声を聞いていた。
 
 しばらくの間を置いて、

「ごめんね。俺を許さなくていいよ」

 そんな言葉を残して足音が遠ざかるのを聞いた。

 足音が遠ざかり、部屋のドアがパタンと閉じる音を聞いても、私は今耳にした言葉を信じることなど出来なくて、浴室の隅で肩を抱いていた。



 ひどく長い時間が過ぎた。



 も、もういない?

「……」

 私はそろそろと近づいた。
 あの男が浴室に置いていったスプレー缶に近寄っていった。

 何度も躊躇い、ちらちらと閉まったドアの向こうを気にしながら、そっと缶に手を伸ばした。

 指先でこつんとつつくと、濡れた床を滑って缶が転がった。
 浴室の中に響いた物音が思った以上に大きくて、私はびくりと肩を竦めて手を引っ込めた。

「……」

 いきなりドアが開いてあの男が飛び込んできたりしないか、それをずっと気にしながらも転がった缶を手に取ってみる。



 私が心配していたことは何も起きず、ただ私の手の中にすべすべとした冷たい缶が収まっていた。

 半信半疑ながらも、蓋をとって突起を押してみる。
 男がドア越しに教えたように、霧状の液体がプシュっと噴き出した。
 少しずつ何度か試して、恐る恐る落ちない手の赤い汚れにプシュっと吹き付けてみた。
 擦ってみる。
 しばらくするとぬるぬると赤い液体が広がっていった。
 シャワーで流すと、スプレーを吹きつけた箇所は元の白い肌が覗いていた。
 
「……ほんとだ」

 私はスプレーを身体に拭きつけた。
 乾いて固まり、だまになっていた髪にも吹き付けた。
 顔は言われた通りに手で受けてから、目を閉じてごしごしと塗り込んだ。
 シャワーを浴びた。
 驚くほど真っ赤なお湯が私の身体から滴って、排水溝に吸い込まれていった。

「……落ちてる」

 曇っていた浴室の鏡を手で撫でると、元の白い身体と紫の髪を取り戻した私が、驚いた顔で私を見つめていた。

 鏡を覗いていると急に恐くなって慌てて振り返り、けれどやはり男の姿はなかった。

 汚れを落として、身体に残る水滴を拭き取り、浴室のドアを少しだけ開けて部屋の中を覗いた。
 何度も念入りに見回す。
 男の姿はない。
 あるのはベッドとテーブルとイス。

「あれ……」

 あの男に剥ぎ取られた衣服がベッドに置いてある。
 私が着ていた濃紺の制服。
 その隣りに似たようなタイプの衣服が数着。
 綺麗に折り畳まれて、その上に紙切れが数枚置かれていた。

 私の名前を見つけて、それが手紙なのだと気がついた。
 楷書の見本のような綺麗な字だった。

【鈴仙・優曇華院・イナバちゃんへ。

 服と着替えを用意しときましたよ。元々着てたのは綺麗に洗っておいたからね。
 あ、勿論洗ったのは俺じゃないよ? ちゃんとお店の人が洗ってくれたから。
 下着もノータッチよ。嗅いだり舐めたり吸ったりシコシコしたりしてないからね。お兄さんそういう性癖ないから。
 とっても健全ですね! イェーイ!】

「……最低」

 そんな事をわざわざ書かれたら、私がいない間に書いてある通りの真似していたのではないかと疑ってしまう。
 綺麗に折り畳まれた身につけていた下着にちらりと視線を移して、指先で少しつついてみた。

 綺麗に洗濯されたばかり、だと思う。
 ほんのり暖かいのは乾いて間もないから、じゃないかな。
 
 多分。
 信用出来ないけど。

 私は続く内容に目を通す。

【着替えも用意しておいたからね。うら若い女の子が着たきり雀なんてよろしくありません。
 とりあえず三着。気分と日によってローテ組んで使ってね。
 明日にはクローゼットも用意するから(でも貧乏だからちっちゃいよ! ごめんね!)、着たい服があったらバンバン言ってね。
 お兄さん張り切って用意しちゃうから。もう、鈴仙ちゃんに似合う服じゃんじゃん用意しちゃうよ!】

「……」

 陽気で軽薄なあの声を思い出しながら、手にした手紙を読み進める。
 その内にふるりと身体が震えたので、私は服を見に付ける事にした。

 少し迷った後、元々着ていた濃紺の制服を。
 用意されていた服に袖を通すには躊躇いがあった。

 ひりひりと痛むお尻に苦労しながら、私は服を身につけた。

【テーブルにご飯と薬を用意しておいたからね。オロナイン(塗り薬)は切り傷火傷打ち身に効くよ。
 アイスノンはお尻に直にくっつけると凍傷を起こすから、タオルを巻いて使ってね。ひんやりしてて気持ちいいよ。
 ご飯はパン主体で、汁物は避けたからベッドで寝そべって食べるといいと思うな。お尻が痛くて鈴仙ちゃん座るときついもんね。
 行儀が悪い? 見てる奴なんていないんだから楽にすればいいよ!】

 私は視線をついとテーブルに移して、そろそろと近づく。

 軟膏入りと思われる円い容器。
 青くてひんやりとしたまな板のようなものと、折り畳まれたタオル。
 折り編まれたバスケットの中には、透明のラップに包まれた深皿が。
 深皿にはパンが用意されていた。
 パンにはソーセージや揚げ物や野菜などが挟まれているのが見えた。
 空のグラスの隣にあった銀色の水差しを開けてみると、オレンジ色の液体が入っていた。
 柑橘系の甘酸っぱい香りが私の鼻をくすぐった。

 手紙に書いてある通りの物が用意されていた。
 
「……」

 私は手紙とテーブルの上にある物を忙しなく見比べる。
 手紙にはまだ続きがあった。

【今日のお仕事はお終いだから、ゆっくり休んでね。
 何か用があったらドアを叩くなる蹴るなりして俺を呼んでね。もう呼ばれると飛ぶように駆けつけちゃうから。
 お兄さんこう見えて忠犬なのです。Bow-wow!】

 手紙はそこで終わっていた。

 私は思い出す。
 私を部屋の中に追い立てる時、確かに犬のように吠えていた。
 犬の鳴き真似をしていたが、妙に達者だった。

 ……でも忠犬って言うより、どう見ても野良犬だったけど。

「……っ」

 ほんの少し、私は声もなく笑った。

 手紙をテーブルに置いて、短い円筒型の円い容器に手を伸ばす。
 蓋をくるくると回して開けてみた。

 白い軟膏が収められていた。
 独特の薬の香りが鼻に付く。
 薬を売り歩いていた時の事が思い出された。



 たった一日で、日常の日々がすでに懐かしむほど遠くなりつつある事に気がついた。



「っ!」

 私は容器を手にしたままぎゅっと固く目をつぶる。
 床に膝から崩れ落ちる。
 ぽろぽろと涙がこぼれて止まらない。
 咽喉の奥がしゃくり上げられ嗚咽が漏れる。

 苦しい。
 辛い。
 悲しい。
 痛い。

 ここは何もかも理不尽で。

「……うぐっ」

 用意された薬の匂いが、ほんの数日前まで続いていた日々を思い出させて仕方がない。

「うう、うううっ」

 永遠亭で暮らす日々。
 ちょっぴり不満で、けれど大きな不満はなく毎日を過ごしていた。

「お師匠ぉ、姫様ぁ、てゐ、みんな」

 私は、とても幸せだったのだ。

「永遠亭に帰りたいよぉ……」

 私はぐすぐすと鼻を鳴らしてさめざめと泣き続けた。



xxx  xxx



 俺は座ったイスを背後に傾けどっかりとテーブルに足を乗っけて、ジャンクフードをがっつく。

 腹が減っちゃあ仕事は出来ぬ。

 用意された代物をがつがつと平らげる。

 ファストフードって、何でこんなに美味いのかしらん?
 ああ、身体に毒だからか。

 早い、安い、美味い、くたばれと四拍子揃った素敵な飯だ。
 商品が不自然なくらい安いんだから、当然材料費だって安い。
 なにせ世界に羽ばたくフランチャイズだ。
 そいつは世界で最もリーズナブルな肉や野菜を使っているって事。
 安いって事はやばいって事で、つまり金のついでに寿命だの健康だのをちょびっとずつ支払ってる訳で。
 
「FastFoodで早死に食、たあ良く言ったもんだね」

 だが美味いもんは美味い。
 こちとら高カロリー、高脂肪、栄養の偏りに舌が慣れちまってるんだもの。
 美味くも無い上に高いもんをせっせと食らって長生きするよりゃ、安くて美味いもん食ってさっさとおっちぬ方がバカとしては正しい選択だ。
 金持ちや偉い人はそれが判ってるんですよ。

 バーガーをぺろりと平らげ、ポテトをがつがつと頬張る。
 塩味が利いてて美味いったらありゃしません。
 こんなもんガキの頃から食ってたら、塩分過多で成人病か生活習慣病確定ですね。 

 塩気で咽喉が渇いたのでコーラをごくごく呷ります。
 とどめの糖分補給で、糖尿病併発ですね。
 現代人は今日も病みながら生きています。
 てめぇでてめぇの首を絞めてちゃ世話ないですね。

 キリストは古代に死んでおいて全く持って正解だ。
 今生まれていたら、世の中に絶望して大量殺戮を平気で行なう独裁者とかになってたんじゃないかしらん?
 バンザイ・ジェノサイド!
 ハレルヤ・マーダー!

 そんな事を声高に連呼していたのだろう。
 多分。  

 ま、どーでもいーや。

 俺にとっちゃ目の前の食事にありついて、せっせとあくせく生きるので精一杯。
 純粋真っ直ぐに道を誤るバカには、それに見合った生き方が。
 俺みたいな悪党にゃ、悪党の生き方があるって訳ですよ。

「げええぇっぷ」

 咽喉に溜まったげっぷを一発。
 うーん、すっきり。
 鈴仙ちゃんも今頃、部屋の中でげっぷか屁の一つでもひりだしている事でしょう。
 おっかないお兄さん(俺の事ね)がいない間に、のんびり羽を伸ばしている事でしょう。
 ひょっとしたら昔を思い出して泣いちゃったりもしてるのかな?

「なんてこった」

 俺はぴしゃりと額を叩いた。

 お決まりのパターン過ぎて、ついぶっ殺したくなりますね。
 でもお仕事です。
 我慢して殺意を乗り切りましょう。
 直接見たりしなけりゃ平気です。
 貧乏脱出目指して、鈴仙ちゃんをたっぷりねっとりじっとりと骨の髄までしゃぶり尽くしてしまいましょう。

 ま、その内こっちがしゃぶられるんだろうけど。
 イヒ!

 甘い顔を見せたのもその一環だ。
 わざわざ鵺経由で服を取り寄せてみたり、薬だのなんだの用意しておいてみたり。
 狂気と恐怖と苦痛はもう与えてある。
 こういう親切心を見せておく必要もあった。

 そういう甘い顔も見せておいた方が、なんと言うか。

 堪える。

 俺ってば、愛も憎しみも持った人間なのさね。
 生きてるんだから、持ってる感情ぶっ放すのが正しいってもんですよ。
 機械みたいに生きてるどっかのバカにでも聞かせてやりたいですね。

 Love&Hate。
 なんて素晴らしいんでしょう。
 人間マンセー。

 俺は唸って舌を出した。

「俺が博愛を説いてるよ」

 気色悪くて反吐が出る。

 ま、とにかく。

 買い取った後、殴って犯してぎったんぎったんの精液便所にするだなんて。
 そんな決まりきったパターンには飽きている。
 わざわざ金を出して買い取ったからにゃ、こっちとしても面白おかしくお仕事をしたい。
 つーかする。
 お仕事が楽しければ、俺がハッピーだ。

 鈴仙の不幸だなんて考えちゃいられません。
 他人をどれだけ美味い食い物に出来るかっていうのが、幸せに生きる絶対条件ですよ。
 不幸な奴はどうやったって不幸。
 そういうのがいるから、他人のハッピーが保たれる。
 幸福は争奪戦だ。
 人類皆敵同士。
 親も兄弟姉妹も息子も娘も生まれた瞬間から敵同士。
 希少で数少ないハッピーを奪い合って、星の上で今日も元気にバトルロワイヤル。

 Hey Gods!
 見てます~?
 二千年を過ぎた今でも、俺たちゃ全くなんにも懲りずに進歩も進展も発展もありゃしませんよ~?
 殺しの技術はめきめき腕を上げてっけどね!

 俺は見えるはずも無い空の神様とやらに向かって、天井に手を振った。

 俺は他人の不幸を食らって、あくせくハッピーに生きている。
 俺以外がみんな不幸だと、俺はとってもハッピーだ。

 イェア!
 ハッピー最高!

「あは。あは。あハは。アハ」

 俺はイスを傾けたまま、天井を見上げて笑う。
 ハッピーだから笑う。
 笑いの衝動が心の奥底から込み上げてきた。

 笑え、笑えよ皆の衆!
 どんな時でも愉快に軽薄に!
 笑いを忘れるな!

 盗んで笑え!

 犯して笑え!

 殺して笑え!

 親がくたばったら笑え! 

 ガキを殺して笑え!

 堕胎してもだ!

 こんな世の中に生まれてこなくて良かったねって、笑って言ってやれ!

 お前なんか生まれなくて正解だよって、笑って言ってやるんだ!

 焼き払って笑え!

 壊し尽くして笑え!

 焼け野原で笑えよ!

 瓦礫の上で笑ってろ!

 おっと、歌も忘れるな?

 残酷な世の中を嫌ってくらい謳い上げろ!

 もううんざりだってくらい聞かせてやれ!

 逃げ出す奴を引っ掴んで、耳元で高らかに歌って聞かせてやれ!

 誰に?

 全員に!

 生きている奴ら全員だ!

 自分がどんな世の中で生きてるかって教えてやれ!

 絶望して笑え!

 希望を見出して笑え!

 でもやっぱり絶望しか待ってない事に気がついて笑え!

 そして最後にゃ全員まとめて地獄に落ちろ!

 てめぇでてめぇを殺して殺して殺して絶滅しろ!

 それでも笑え!

 笑って笑って笑いながら罪深く生きて死んで死んだ後も笑ってろ!



「アハは。あはあはアハはは   ははははハハハははは    ははあはア
     ハははハハアハはは       あはアハははハは  はははあ
 はアハははハハア   ハハハハハははあは  アハはは ハハハははハハ」



 俺は笑う。
 笑いながら思い浮かべる。
 可愛い可愛い兎の鈴仙ちゃん。

 まだまだ俺の楽しみは続く。
 まだまだ俺のハッピーは続く。
 まだまだ鈴仙は不幸になる。
 そんな日々が続いていく。
 張り切っていきましょう!



 明日は、どんな方法で料理してやろうかしらん?



xxx  xxx



 こんこん。

 音が聞こえる。

 こんこん。

 小気味の良い木を叩く音。

 こんこん、こここん。

 リズムを取りながら。

 こんこここんこん、こんこん。

 ひょうきんにおどけるような音色。

「……ん」

 私はそんな音を耳にして寝返りを打った。

 素朴な音と楽しげなそのリズムは、不快ではない。
 意識が深い眠りに沈む事はないけれど、浅いまどろみの中にたゆたわせる。
 柔らかい毛布。
 温かな布団。
 体重を支えて沈むベッド。
 どれもこれも心地良くて、私は至福に包まれていた。

「鈴仙ちゃーん」

 素朴な音に、誰かの声が混じった。

 一拍遅れて、それが私の名前なのだと気がついた。

 誰か呼んでる。

「起きてるー?」

 また同じ声。

 私は心当たりを波間を漂う意識の中で思い浮かべていった。

 誰だろう。

「鈴仙ちゃんってばー」

 軽い口調で、妙に馴れ馴れしくて。

 私は耳に届く呼び声から、声の主の顔を思い浮かべていく。

 聞き覚えがあるような、ないような。

「起きないと、お兄さん鈴仙ちゃんの寝顔をオカズにシコシコしちゃうよん?」

 笑い混じりの下卑た声音。

 私の脳裏がぱっと閃き、分厚いナイフを手にした赤いジャケットの男が浮かび上がった。

 あいつだ。

 あいつの声が間近で聞こえる。

 声の代わりにかちゃかちゃと金属が触れ合う音がする。

 私を犯すと言い切った後、自らの性器を取り出して見せたおぞましい記憶が甦った。

「っ」

 私は鋭く息を飲んで被っていた毛布を振り払い、咄嗟にベッドから跳ね起きていた。

 あの下品で凶暴な男を目の前で見つけて、身体が自然に反応した。
 考えるよりも早く、少しでもこの怖い男から逃れようと動いた。

「――あ」

 ずるりと私の手が滑る。
 支えを失って身体が傾く。
 瞬きをするくらいの時間浮遊感を感じて、私の背筋がひやっと凍えた。

 落ちる――

「ほい」

 そんな声と共に、何かが私の足首を掴んだ。

 ベッドから落ち掛けていた私の身体が固定され、ぴんと水平に保たれて止まった。

「朝の兎ちゃんエクササ~イズ。起き抜けにはまずは腹筋運動から!」

 天井を見上げる私の耳に、そんなおどけるような声が届いた。

「さぁ~あ鈴仙ちゃん、落っこちないように腹筋だ! お兄さん優しいから一回で許しちゃうよ!
 鈴仙ちゃんの腹筋がばっきばきに割れたりすると困るからね!」

 際どい体勢のまま顎を引いて視線を向けると、あの赤いジャケット男が見えた。
 私の足首を掴んで、ベッドに身体を乗り出し体重をかけて支えている。
 へらへらとした笑みを湛えて私を見ていた。

「さあ、ほら頑張って! 落っこちて頭を打ったりしたら痛いよ!」

 私に向かって手を伸ばしてくる。
 掴まれとでも言っているように。
 軽薄な笑みを顔に貼り付けてはいたものの、私の目の前で何度もナイフを突き立てた時とは違っていた。

「……」

 私は腹筋に力を入れ、おずおずと手を差し伸ばした。
 宙に浮いた上体を苦労して持ち上げ、伸ばした指先が男の指に近づく。

「ほい」

「あっ」

 触れるよりも早く男は私の手を握ると、

「よいしょおっ」

 そんな掛け声と一緒に私の身体をぐいと引き起こした。

 力強く引き上げられ、私の視点が九〇度反転する。

「よぉし、偉いぞー鈴仙ちゃん。よく頑張ったね! グゥレイトォ! お兄さん嬉しいです!」

 目の前にあの男は笑顔がある。
 ぱちぱちと手など叩いていた。

 私は言葉もなく、少し伸びた腹筋を服の上から撫でながら、男の様子をただぼんやりと凝視していた。

 ……どうして?

 この男は私が知る中でも最低最悪の人間で、今聞いた言葉とは裏腹な行動を取るとばかり思っていたのに。

 そんな戸惑いを込めた視線を向けていると、手を叩いていた男の動きがぴたりと止まった。

「あ。なに。なにその目。
 ひょっとしてあれですか。鈴仙ちゃんが手に掴まろうとした途端ぱっと離して、落っことすでも思ってたの?
 鈴仙ちゃんが頭をごっちん。痛いでちゅね~。可哀想でちゅね~。でも目が覚めまちたね~。とか言うと思ってたの?」

「……」

 その通りだ。
 けどそれを口にすればこの男は何をし始めるか判らない。
 私は答えずに視線を逸らした。

「ねえ。思った? 思った? 思ったよね? そう思ったから視線を逸らすんだよね? ってこたかなり思ってたって事だよね?」

 口を噤む私に、男は顔を覗き込んで何度も確認してくる。

「……」

「うざい? うざい? うざいよね? 朝からなんでこんなにテンション高いんだこいつってうざくて仕方ないよね?
 でもさっき思ったよね? お兄さんが意地悪するって思ったよね?
 後、ついでによいしょおって掛け声はないなって思ったりもした? した? したよね?」

 男はしつこく、顔を背ける私の前に回り込んでは何度も何度も訊ねてきた。

 うざい。
 物凄くうざい。

「……」

 男が余りにも執拗なので、私は無言のまま小さく頷いた。

「あ。やっぱり? やっぱりなんだ? お兄さんが朝から鈴仙ちゃんを苛めると思ってたんだ? そうなんだ。
 後それってうざいってとこも一緒だよね? 俺の事うざくて意地悪で歳幾つだよって思ってるんだね。
 ふーん。そうなんだー」

「……」

 その言葉に不安を煽られ、私はちらちらと男の様子を窺う。
 男は私から離れると背中を見せ、何やらうんうんと頷いていた。

 目も眩むほどの赤いジャケット。
 絵柄や模様のない無地で、ただ血のようにぬらぬらとした照りを放っていた。

 背中を見せた男の肩が徐々に震えだし、私の反応に怒り出したのかとますます不安に駆られた。
 狂ったように笑っていた時も、ナイフで床を削った時も、この男は突然前触れもなく豹変した。
 何が引き金になっているのかが判らず、判らないという事がさらに怖く感じられた。

「……あの」

 私は何か弁解しようと(どうして私が弁解するの?)、自分自身の行動を奇妙に思いながらも、躊躇いがちに赤い背中に声をかけた。



 唐突に男が振り向いて、

「ちょんまげ」

 わたしの頭の上に何かを乗せた。



 私の目の前に男の腿の付け根がある。
 濃紺のパンツが見える。
 腿の半ばまでずり下がり、ということは今あの男の下半身は――

「エロい子のみんなー! ボッキッキー、はーじまーるよぉー! 朝からお兄さんフルスロットルだよー!
 ひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 何か柔ら硬い物で私の頭を叩きながら、男は声を張り上げた後に下品に笑った。

「ひっ!」

 咽喉を引きつらせた悲鳴と共に、頭に乗せられたものを振り払おうと手を伸ばして、それよりも早く男はさっと身を引いた。
 開いたファスナーから取り出した性器を隠すどころか、上下にぶらぶらと振って見せた。

 き、汚らしい真似を!

「息子は今日も朝っぱらから元気です。
 鈴仙ちゃんの髪はどうだった息子よ。月にも昇る気分だったよパパ! それはけしからん!」

 声色を用いた自らの性器との小芝居を見る前に、私は怒りと羞恥に顔を真っ赤にして視線を逸らした。
 髪を汚されたような気分になって、多分髪だけでなく私の何かも汚されてしまったのだ。

 擦っても落ちないペンキの汚れ。
 決して落ちることのない穢れを擦り付けられたような気がして、怖気を感じて背筋が震えた。

「悪いね鈴仙ちゃーん。お兄さんの息子ってばとってもやんちゃなのね。無敵コマンド入力でさらに雄雄しくやんちゃさんになるんだよ。
 上上下下左右左右シコシコ」

 腰を動かし性器を振り乱す様子は正視に耐えず、私は固く目を閉じた。

 この男はやはり最低だ。
 ほんの僅かでも人らしい心を持っているなどと考えるのが甘かった。

「蛋白でもいい。逞しく育って欲しい。あ、これ昔流れてたハムのCMのパロね。
 そうそう、ハムって言えば。鈴仙ちゃん、お歳暮って知ってる?」

 突然そんな事を私に訊ねてきた。

「……」

「世間にゃお歳暮にハムを贈るってぇ、まあTVの見過ぎで植え付けられた先入観みたいなものがあってね。
 ハムの企業ってお歳暮の中身を客に見せる為だけに、家畜ぶっ殺して食えもしない見本品を作ったりしてるんだよー」

 私が黙っていても気にせず、男はぺらぺらと喋り出していた。
 元々質問の類ではなく、ただ話して聞かせたいだけなのだろう。
 私は未だに頭に残った感触に顔をしかめて、男を睨みつけていた。

「ほら、やっぱり見本品でも作り物より本物を入れてた方が豪華に見えるじゃん?
 後さ、見本品でもこんなに金使ってますよ。それは我が企業が業界ナンバーワンだからです。って見栄の張り合いだったりする訳。
 その為ならオンリーワンな豚さんを一発殺って、バラして、燻して、立派なハムにして。うむよろしい! なんて余裕な訳ですよ。人間って残酷だねー
 ま、豚なんて空も飛べなけりゃただの歩く肉だけどね」

 男は股間の性器を隠そうともせずにへらへらと笑い、手を背後へと回すと腰元からずるりと肉厚のナイフを引き抜いた。

 あの大きくて分厚くてぎざぎざのついたナイフ。

 手首から指先よりも長い刀身が、鈍くぎらりと輝いた。

「い、いや」

 私はずりとベッドの上で後ずさる。

「鈴仙ちゃんは兎さんだね」

 男はナイフをくるくると手の中で回してから、両手を使ってお手玉を始めた。

「お兄さんは人間だよ」

 男は私に近寄る事もなく、物騒なお手玉を何食わぬ顔で続けながら、そんなことをぽつりと呟いた。

 先ほど聞かされたばかりの話。
 利益を上げるためだけに家畜を殺すという所業。
 いや、それどころか面子の為だけに殺して良しとする。
 そんな人間の残酷さ。

 その残酷さを語った後で、この男は私を兎だと断言した。
 自分が人間だと明言した。

 今もへらへらと軽薄な笑みを湛えてはいるものの、私は昨日見たあの狂気がいつ表れないか気が気でなく、ごくりと生唾を飲み込んだ。

 目を見開いたまま凝視していたが、男の瞳が濁る事はなかった。

 ただ、手の動きだけがどんどん速くなっていった。

「よっ。ほっ。はっ」

 そんな声を洩らしながら、放り上げられるナイフの高さが低く、より速くなっていく。
 回転しながら落ちてくるナイフの柄だけを巧みに掴み、流れるような手捌きで跳ね上げる。
 手首のスナップを利かせてさらに回転を加えていく。
 ただの危険な素人遊戯だったものが、曲芸そのものになっていた。

「むっ。とっ。おっ。やっ」

 いつしか男の顔つきが変わっている。
 真剣そのものの表情を浮かべ、鋭い眼差しでナイフの動きを追っている。
 額には汗が浮かび、それでも尚口元には笑みが堪えられている。
 悪意を漂わせる軽薄な笑みではない。
 純粋にこの危険な技能に挑みながら、それを夢中に楽しんでいるような笑みだった。

 男から、熱狂的な情熱すら滲み出ていた。

「……」

 私はいつしか恐怖も忘れ、その達者な芸能にただ魅せられていた。

「イェア!」

 男はそんな掛け声と共に天井すれすれまでナイフを跳ね上げる。
 くるくるとめまぐるしい勢いで回転するナイフ。
 男は素早く腰元に身につけていた鞘を取り外すと、落ちてきたナイフを掬うようにして受け止めた。

 鞘で。

 寸分の狂いもなく。

 すとんと小気味の良い鞘擦れの音と共に、ナイフは華麗に元の場所へと収まっていた。

 男は額に汗を浮かべ、満足げな表情で頷いてから私に振り向いた。

「ピタ ゴラ スイッチ」

 何か韻を踏んだ言葉を口にした。
 意味は判らなかった。

「……凄い」

 私は目にした光景が信じられず、男が口にした言葉の意味を考える事もせず、ただ呆然と呟いていた。 

「お、受けた受けた。派手に騒がれるよりいいね。こう搾り出すようにぽつりと呟かれるのって。
 鈴仙ちゃん、ひょっとして子供の頃サーカスに行ったり見たりしなかったの? そいつぁとびっきりに不幸だよー。
 お手玉? Non.Non.ジャグリング。OK?」

「ジャ、ジャグリング?」

 男の口元にまた軽薄なへらへら笑いが戻り、それでも私は呆気に取られたままその言葉を反芻していた。

「Yes.Yes.Yes! よく出来まちた。えらいでちゅよ鈴仙ちゃん! お兄さん嬉しいです。
 ちなみに動詞の場合だとジャグるね。ジャ・グ・る」

 男は大げさな仕草と人を小馬鹿にした口調で私を褒めると、噛んで含めるように説明した。

 今度は返事を求める質問ではなかったのか、すぐにナイフを収めた鞘を元の位置に戻し、ついでに出しっぱなしにしていた性器もパンツへ押し込んだ。
 私は男性器を目にする嫌悪感すら忘れ、熱狂的な情熱の余韻に包まれていた。

「調子に乗って本題を忘れてたね。ご飯だよ。テーブルに置いといたから。
 んじゃまたねん」

 男は部屋のテーブルを指差し訪れた目的を伝えると、ひらひらと手を振りすたすたと部屋から出て行った。

 生々しい赤いジャケットがドアの向こうに消えて、ぱたんと閉められる。
 かちゃと鍵ガ閉められる音が聞こえた。

 私は男が部屋から出て言った後も、しばらくベッドに座り込んだまま身動きがとれずにいた。

「ジャグリング……ジャグる」

 男が見せた技能――この言葉を用いることにさえ抵抗があるが、素晴らしい技能――の名を口の中でぽつぽつと繰り返した。
 回転するナイフ。
 流麗な男の手捌き。
 僅かに垣間見せた情熱的な目つき。
 まるで好きな事に熱中する子供が見せるような無邪気な笑み。

 だめだめだめ。
 いけない。
 私は何を考えているの。

 それらを、私はかぶりを振って追い出した。

 あの男が昨日私に何をしたのか。
 直前に何をしたのか。
 粗野で下劣で無機質でもある最低の下衆。

 私は悪印象(でもそれが正当だ)を思い出し、胸の奥に感じたことを振り払った。



 私は、あの男のジャグリングに感動した訳ではないんだ。



xxx  xxx



 俺は朝飯をかっ食らう。
 白米味噌汁焼き鮭生卵海苔漬物。
 これでもかってくらい定番の古き良き日本の朝食を、丼に全部一まとめ。
 箸でぐっちょんぐっちょん混ぜ合わせてから、ずるずるはふはふ言いながら流し込む。

「うめぇ」

 俺が発見した食い方だ。
 名付けて犬飯。
 誰かがやってんのかも知んないけど、ここでは俺しかやってないから俺オリジナル。
 食材の旨味が程よく混ざり合って実にマイルドだ。

 食事は日々の糧だ。
 感謝を忘れずに美味しく頂くってのが筋ってもんだ。

 美味いもんを食うと俺がハッピーだ。
 俺が美味いもんを食ってハッピーって事は、誰かが不味い飯を食って不幸って事だ。
 不味い飯も食えずに不幸のままくたばってたら尚良し。

 お前最悪?
 俺最高!

「俺ってば詩人だなぁ」

 犬飯をかっ食らっている間にも、世の中の不幸なヒトタチに思いを寄せる。
 これほど慈愛に満ちた人間、ちょっと見かけませんよ?

 ま、忘れっぽいからすぐに忘れちゃうんだけどね!

 さっきのジャグリングにしても似たようなもんだ。
 そこそこ面白かったしそれなりにマジになって熱中したりした。

 けど忘れる。
 情熱だとか緊張感だとか上手くいった達成感だとか。
 まとめて全部忘れちまう。
 それが楽しく生きるコツって奴だ。

 やたら小難しいことを言ってあれこれ生き方に制限つけてる奴よりも、忘れっぽいバカの方が世の中を遥かに楽しんでるって寸法だ。
 かくしてこの世はバカで溢れ返り、バカなんだから破滅の道にまっしぐら。
 ざまーみやがれって感じだ。

 かつかつと犬飯を啜り込み、俺は空になった丼をテーブルに放り出す。
 後は鵺の奴に任せておけば勝手に片付けていくだろう。

 さあ、腹も膨れたとこでお仕事といきましょう。



xxx  xxx



「ご~ぉ。よぉ~ん。さぁ~ん」

 数が聞こえる。

「やめなさい! 今すぐこんな真似はやめるのよ! でないとお前に待っているのは破滅だけ! 今すぐ私を離してここから出しなさい!」

 私は間延びしたその数を遮ろうと声の限りに叫び続ける。

「に~ぃ。いぃ~ちぃ。――」

 数が途絶える。

「ひっ。やめなさい! やめてっ! やめ――」

 咽喉から奇妙な声を洩らしながらも私は悲鳴を上げ続け、

「ぜぇ~ろ、っと!」

 スパァン!

「いぎゃっ!」

 空気を叩く鋭い音と共に、濁った私の悲鳴が部屋に響いた。

 痛い。

 火傷を負ったように身体が痛い。

 痛いけれど逃げられない。

 太くて固い縄に手足を縛られた挙句、部屋にあったイスに括られている。

 両手を背もたれに、両足をイスの脚に。

 衣服を剥ぎ取られた挙句、お尻を突き出すような格好で固定されている。

 目の前が真っ暗で、どこに逃げればいいのかさえ判らない。

「いぎゃっ! だって。うんうん、いいねいいね。鈴仙ちゃん、その調子で鳴いてね」

 あの男の声が聞こえる。

 私の悲鳴を真似て、心の底から楽しげに笑っている。

 どうしてこんな事になったの?

 私が、それ以外と答えたからだ。



 朝食後しばらくして、あいつが私の部屋まで訪れた。

「気持ちいいのと怖いのと痛いのと、それ以外。どれがいい?」

 相変わらずへらへらと軽薄な笑みを浮かべながら、指折り訊ねてきた。

「……」

 私はそれに答えず、無言でじっとあいつの目を睨みつけた。
 能力が働かないのは何かの間違いで、もしくは一日過ぎれば何か違いがあるのではないかと思った。
 そもそも月兎が地上の妖怪に劣るはずがなく、何より人間などにどうこう出来るはずがないんだ。

「お。鈴仙ちゃんってば、ぐっすりお寝むに飯を食らったおかげで気力が湧いて来たのかな?
 お兄さん元気な子とか好きよ? 嬲り甲斐があって」

 パンツの上から自らの股間を揉みしだき(汚らわしいにも程がある!)、男は一歩足を踏み出した。

「……うっ」

 私が幾ら睨みつけても、男が狂気に冒される様子はない。
 いや、すでに狂気に脳を汚染されてしまっているような言動の数々。
 問題なのは、その狂気を私に向けている事。
 不可解な能力の無力化は今も続いていた。

 男はまるで本当の獣のように前傾姿勢をとった。

「黙ったままでいると気持ちいいお仕事にしちゃうヨ? お兄さん、大歓迎。歓迎しマクっちゃうヨ。
 犯していい? 犯していい?
 鈴仙ヲ犯したい。犯しタい。鈴仙。犯ス。イイ?」

 口の端から涎すら垂らしながら、男はにこりともしない。
 いつの間にか軽薄な笑みはすでに消え失せ、どろりと濁った瞳を私に向けている。
 知性すら失ったかのような片言で、私を犯したいと呟いていた。

「こ、来ないでっ」

 じりじりとすり足で近づいて来る男に、私の口から悲鳴染みた声が洩れていた。

「選ンで。選ンデ。早く。早ク。ハヤくえらンデ。でナイと我慢。ガマン出来なイ。
 レイセンヲオカシタクテタマラナインダ」

 男からますます人間味が削げ落ちていく。
 口調は無機質に、表情もなくただ欲望だけがどろどろと瞳の奥で渦巻いていた。

 私は男から逃れようと大きく後ろに下がり、

「あっ」

 ベッドに蹴躓いた。

 背中から倒れた。

 何かが大きく伸び上がるように私の視界を遮った。

 のっぺりとした黒い影が間近に迫り、その双眸だけがぎらぎらと輝いて見えた。



「それ以外!」



 私は声の限りに叫んでいた。

「――ソレデイイノ?」

 固く目を閉じた私の顔を、生温かい吐息が撫でた。
 目を開けられない。
 間近に迫った威圧感に、私はただ両腕で顔を庇って身体を硬く丸めて震えるばかりだった。

「……それでイイんだネ」

 無機質な声音に人間味が混じり、獰猛な気配がすっと波のように引いていった。

 私は震えながら泣きたくなった。
 永遠亭の警備を担当していたという自負まで投げ捨てて、男の前で成す術もなく震えている。
 強気に出るはずが、恐怖に負けて呆気なく意志を挫かれてしまっている。

 これが私?
 本当に私なの?

 情けなくて、本当に涙がこぼれた。

「じゃあお仕事を始めましょう」

 けらけらと笑い声が混じったあの男の声を聞いた。



 私は裸にされ、イスに括り付けられ、目隠しをされた上で、鞭で打たれていた。

 目元を覆う目隠しはベルトのように固く、完全に私の視界を奪っている。
 手足を縛る縄は、私がどれだけもがいても緩む様子すら感じられない。
 イスに縛り付けられ、部屋の中を逃げ回る事すら出来ない。
 男は遠慮なく、数を数えながら私を打ち続けていた。

 背を、腕を、脚を、脇を、わき腹を。
 嫌というほど鋭い痛みが私を襲い、熱に変わっていた。

「何が、何がそれ以外よ! 痛い真似はしないって言っておきながら、この嘘つき!」 

「あらら、お兄さん心外です。鈴仙が言った通りなのにさ。
 気持ち良くなくて、痛いだけじゃなくて、怖いだけでもない。痛くて恐い、お・し・ご・と」

 衣服を剥ぎ取られた上、身体を隠す事も出来ない私の耳元で声がする。

「鈴仙ちゃんってば兎は兎でも鳴き兎さんだねぇ。天然記念物並みに珍しいよ、うん。
 月兎ってのはまた随分可愛らしい声で鳴くもんだネ」

 くすくすと笑い声混じりのその言葉に、私の中で怒りや憎しみがじわりと燃え広がる。

「……覚えていなさい。私は永遠亭に仕えているのよ。あなたなんて、姫様にかかればこの万倍の苦しみを味合わせる事だって。
 師匠の新薬実験に使われて、苦しみもがいて死ぬことになるわよ!」

「うひゃー。おっかなーい! 鈴仙ちゃん、そんな恐いとこにいたんだー」

 私の脅しにも男は堪えた様子も無い。
 私は姿の見えない――けれど気配はありありと感じ取れる――男を目隠しの下から睨みつける。

 私の顎に、とんと固いものを当てられる。
 多分あの男が手にしていた鞭だ。
 棒の先に短く平たい幾つもの房が取り付けられた独特の形状で、バラ鞭というのだとか。
 男は手にした鞭の性能を細かに説明をした後で、私に目隠しを付けた。

「で? それがナニ?
 そのおっかないお姫様だとかお師匠だとかがここに来る頃、鈴仙ちゃんはどうなってるんだろうね? どこにいるんだろうね?
 鈴仙ちゃんがいなくなった事に気がついてるかな? あの兎最近見ませんね、なんて事になってないかな?
 本当に助けに来てくれるのかな? わざわざ兎一匹探してくれるようなヒトタチなのかな?」

「あなたに何が判るの!」

「お兄さんにはなーんにも判りませんよ? だから訊いてるの。
 鈴仙ちゃんにとってそのヒトタチはオンリーワンって事は判ったよ。でも鈴仙ちゃんはそのヒトタチにとってどうなのかな?」

「わ、私は」

 姫様の警備を任されていて。
 お師匠の助手をしていて。
 てゐを初めとした妖怪兎たちのリーダーで。

 その私がいなくなったら。

「私は――」

「ペットの一匹くらいにしか思われてなかったり、とか。
 いなくなったから新しいの買ってこなくちゃ、とかね」

 男の言葉に怖気が立つ。

『イナバ』

 姫様は私をそう呼ぶ。
 てゐも含めた他の妖怪兎たちと同じように。

 姫様にとって、私は妖怪兎の一匹という程度の認識でしかない。
 姫様が動かなければ、師匠も動かない。
 師匠が動かなければ、てゐは相変わらず勝手気ままに悪戯三昧の日々を過ごすだけ。
 迷いの竹林に出向けばあの子の格好の獲物は幾らでもいた。

 私が永遠亭にいる為の理由が、一つずつなくなっていってしまう。

「鈴仙ちゃん」

 その事実に愕然としている私の耳元で、あの男が囁く。

「世の中に特別な存在なんてないの。替えなんて幾らでも利くんだよ。
 世の中は回ってるんじゃない、どいつもこいつもよってたかって回してるのさ。
 人だろうが物だろうが、なくなったらどっかから替りを持ってきて挿げ替えればいいだけなの。
 お判り?」
 
「……違う」

 私はゆるゆるとかぶりを振って男の言葉を否定する。

「そんなの違う」

 認めては駄目だ。

「私の替りなんて、そんなのいない」

 否定しないと。

「そんなのいないのよ!」

 私は叫んだ。

 姫様が私の事など忘れてしまって。
 師匠は別の新しい助手を見つけて弟子にして。
 てゐが私に代わって妖怪兎たちのまとめ役になる。

 私がいなくても、何も変わらないなんて。
 誰も困る事がないなんて。

 そんな光景、想像すらしたくなかった。

「……そうだね。鈴仙ちゃんの替りはいないね」

 私の絶叫からしばらく間を置いて、意外な事にあの男は同意した。

「なんせお兄さん貧乏だから。替りの奴隷買ってる余裕ないのよ。悲しいけど、これって現実なのよね」

 そして、すぐにそれが意外でもなんでもなく、ただ私を打ちのす為だけに同意したのだと理解した。

「……」

「あらら、せっかくお仕事サボってあげたのにしゅんとしちゃって。何? もう叩かれると気持ち良くなってきたの?
 じゃま、期待に応えて続きといきましょう」

 顎に添えられていた硬い感触が引かれ、また数が私の耳に届けられる。

「ごぉ~お」

「ひっ」

 私の咽喉から悲鳴が洩れる。

「よぉ~ん」

 男はじれったいほどゆっくりと数を数える。

「さぁ~ん」

「や、やめて」

「にぃ~い」

 男の声は止まらない。
 こつこつと靴音が移動する。
 私の周囲をぐるぐると回っている。
 すでに幾度も叩かれ赤く腫れ上がっているであろう肌に、男の視線が這うのが判った。

「いぃ~ち」

 間近にまで迫ったカウントダウン。
 こつ、と床を踏む音が止まる。
 私の隣。
 視界を塞がれながらも、あの男が軽薄な笑みを浮かべている様子が手に取るように判った。

「やめなさ」

「ぜろっ!」

 私の言葉を遮るのと同時に、鋭く大気を切る音が聞こえた。

 スパァン!

「ひぎゃうっ!」

 濁った悲鳴が洩れる。
 背を叩かれた。
 痛い。
 熱い。
 文字通り身を切るような痛みにのけぞった。

「ごぉ~お」

 再び数が聞こえてくる。
 聞きたくない。
 今すぐにでも耳を塞いでしまいたい。

「やめて、もう打たないで」

「よぉ~ん」

 それも縛られていて出来ない。
 何も出来ず、何も見えないまま打たれ続けるしかない。

「……お、お願い、です。これを外して」

 幾ら脅しても、凄んでも、制止しても。

「さぁ~ん」

「ここから出して!」

 どれだけ懇願して喚きたてても。



「にぃ~い」



 この男に言葉は通じない。

「いぃ~……ちっ!」

 スパァン!

「ひぎっ」

 私の身体に一秒早く鞭が振り下ろされた。

 予想外に訪れた痛みに全身を震わせ悶えていると、男がおどけた調子でけらけらと笑った。

「驚いた? 驚いた? たまーにフェイント入れてみたりして。お兄さんもお茶目なとこあるでしょ?」

 ……この下衆!

 叶うなら、今すぐにでもこの男に飛びっきりの狂気を与えてやりたい。
 身体の自由どころか呼吸をする事さえ億劫になるほどの鬱を植えつけてやりたい。
 けれど私の能力は作用せず、視界も塞がれたまま。

「さあ、盛り上がって参りました! この調子でどんどんいきましょう!」

 男は一人楽しげに笑いながら、カウントダウンを続けた。

 こつこつと靴音が私の周囲を回り続ける。

「ごぉ~お」

 男の間延びした声がそれに続く。

「やめて!」

 私の悲鳴が部屋に響く。

 ひゅっ――
 
 鋭く大気が切り裂かれる。

 スパァン!

「ぎぃっ」

 私が鞭打たれる。

「きゃははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは!」

 男の狂ったような哄笑が全てを掻き消していった。



xxx  xxx



「はぁい、鈴仙ちゃん。熱は引いたかなー?」

 俺はドアの隙間から首を突っ込んだ。
 鈴仙は――いた。
 ベッドの上で寝そべって俺を睨んでいる。
 怒りと憎悪と怯えが程よくミックスされていて、実にいい面をしていた。

 グッド。
 大変よろしい。
 他人を怒ったり憎んだりするのだって気力がいるもんだ。
 俺を恨んだりする気力はあるって事。

 連荘でしばき倒したおかげで、鈴仙は熱を出して寝込んでいた。

 仮病って訳でもなく、熱を出した理由も判ってる。
 純粋な身体の生理反応。
 大した経験も無いのに半日しばかれたりしたら、熱の一つでも出して当たり前だ。

「はい、動かない動かない。熱が出たら仕事なんて休んでさっさと治しちゃいな。鈴仙ちゃんがどうなろうが誰も庇っちゃくれねぇのです。
 お兄さんも仕事サボれるしね」

 つまんねぇ仕事なんて願い下げた。
 だからお仕事は面白おかしく楽しくなくっちゃいけない。
 だけどまあ、どれだけ楽しくたって仕事は仕事。
 何より一番いいのは、仕事をサボって過ごす事だ。

 あくせく汗水垂らしてこき使われているのを眺めながら、枝豆つまんでビールでも一杯引っ掛けながら眺めているのが一番楽しい。
 これほど不当にハッピーを実感出来る事なんてもんは、そうはなかった。

 ま、サボるのはたまにサボるからいいのさ。
 お仕事は大事だ。
 なんせ仕事がなくって路頭に迷うアホどもは吐いて腐る程いる。
 働き口のない、働く事すらままならない奴らより職に就いてる方が格段にハッピーだ。

 家族に捨てられた挙句社会のゴミクズの象徴である乞食か、親が馬車馬のように働いて得た稼ぎをせっせと食い潰しては糞を垂れるクソ虫ども。
 何がホームレスだ。
 何がニートだ。
 横文字使ったら何かかっこよく聞こえる訳?
 言葉を変えたって中身はなーんも変わりゃしませんよ。
 クズはどこまでいってもただのクズなんだから。

 ほんっと、アホですね。

 俺はそんな事を考えて、さくっと意識を切り替えた。
 社会のゴミどもなんかより、目の前で寝そべる可愛い鈴仙を見てた方が億倍もマシだし、精神衛生上具合もよろしい。
 顔を火照らせ熱が出てるってのに、俺への憎しみを忘れずさらに怖がっている。

 こんだけ可愛い兎なんてどこを探したっていやしない。
 それがたかだか$2500で手に入るんですよ。
 この仕事やっててほんっとーに良かったな、俺!
 いや全くだよ俺!

「鈴仙が早く良くなるようにと思って、お兄さんこんな物を用意してきました」

 俺は手にしていたものが良く見えるように差し出した。
 鈴仙は熱に浮かされながらも、怪訝そうに眉を潜めて眺めてくる。
 またぞろ俺が物騒な物持ち込んできてやしないかという疑いが半分。
 もう半分は本当になんだか判らないって事かしらん?

 俺はあえて答えずにじっと凝視して反応を待った。
 鈴仙はそんな俺と差し出した皿に山盛りに盛った物を見比べ、徐々に怯えながらも答える。

「……ろかい?」

 ちらちらと上目遣いに俺の反応を窺いながらも、鈴仙はぽつりと呟いた。

 お。
 この答えはとっても予想外。

「そ。ろかい。難しい言葉知ってるねぇ。実にグッド。花丸を上げましょう」

 正しくはキダチアロエ。
 ま、よーするにアロエの事だ。
 俺としちゃあこう答えても丸をつけてあげたとこだが、ろかいと来るとは。

 俺はたちまち嬉しくなって、片手で空中に花丸を描くとにっこり微笑んですら見せた。

「打ち身火傷を負った時は、アロエを半分に切って貼りつけたりするわけですよ。民間療法だけど、これがまた案外効くのよね。マジで。純天然素材でお肌もつるつるって寸法。
 鈴仙ちゃんって実はお婆ちゃんっ子? 年寄りに可愛がられた口?」

 部屋に用意されたテーブルについてアロエを置いた俺に、鈴仙はやっぱり俺の出方を窺いながらも少し戸惑った眼差しを向けている。

「そういう訳じゃあ、ないけど……」

「じゃあどんな訳? ろかいって、相当古い呼び方だよ? 普通アロエって答えるよね。
 それとも何。お月様にもアロエって生えてんの? 今でもろかいって呼び方すんの?」

 訊ねながら皿をひっくり返してテーブルの上に毟った肉厚なアロエの葉を並べ置いて、俺は腰のナイフを抜いた。

「ひっ」

 それを目にした鈴仙が悲鳴混じりに息を飲んだので、俺はぱたぱたと手を左右に振った。

「ああ、違う違う。ブチキレて鈴仙ちゃんをどうこうする訳じゃねぇですよ。ほら、アロエって棘あるじゃん。そいつをこそぎ落とすだけですよ」

 実際にアロエの葉を一枚手に取り、葉の左右に生えていた棘を削ぎ落として見せた。
 鈴仙はいくらかほっと安心した後、なにやら怪訝な眼差しを向けてくる。
 ま、理由は簡単に想像出来る。

「棘付けたままぐりぐりするとでも思った?」

 俺がわざわざアロエの棘を取り除くような真似をするなんて、思っちゃいなかったってとこ。
 アロエを持って来た事自体不思議なのかもしんないけど。

「う」

 鈴仙は言葉に詰まって、困った表情で頭の上に乗っかった長い耳を片方折り曲げた。
 かーわいいもんだね。

「別に怒りゃしないよ」

 反応がつまんなかったら罰ゲームにそうするつもりで、わざわざ棘を付けっ放しにしておいたんだからさ。

「それよか、答えて。なんでろかいって答えたのさ?」
 
 俺は喋りながらもさくさくとアロエの葉から棘を削ぎ落としては、ぽいぽいと皿に放り込む。
 余所見をしてても、うっかり手や指を斬ったりするほどヘボじゃない。
 このナイフはもう身体の一部くらいに馴染んでるもんだ。
 ま、うっかりさっくりいくような事があったとしても、それはそれで予想外で面白いから別にいい。

「……それが普通だから」

 鈴仙はようやく答えた。
 ここは訊ね返したりせず、じっと我慢して言葉を引き出しましょう。
 大丈夫。
 俺は我慢出来る子です。
 無言のプレッシャーはしっかり与えて、続きを促す事はするけどね。

「その、扱っていた時はろかいって呼んでいたし、周りもそう呼んでいたから。アロエとは、誰も言わなかった。
 ……からだけど」

 ほほう?
 要するに鈴仙とその周囲にとってみりゃ、アロエはろかいって認識が普通って事ね。

 全てのアロエの葉から棘をすっきり削ぎ落とし、さくさくと二枚におろした。
 作業を終える頃にはナイフの刃がねっとりとした粘液まみれになってたんで、パンツで良く拭いておいた。

 後でしっかりとタッチアップしとかねーとな。

「ナニソレ? お兄さんよく判んないな。ド田舎にでも住んでたの?」

 ナイフを腰の鞘に収め、すたすたと鈴仙の元へ。
 ベッドに腰掛けると、鈴仙は俺から少しでも離れようと身体を捻って避けた。
 兎ってより猫みたいだな。

 そ知らぬ顔で身体だけで撫でようとする手を避ける猫を思い浮かべながら、俺は鈴仙をじっと見下ろした。

「……」

 鈴仙は答えずあからさまに警戒した目つきで俺を見上げている。
 そう言うてめーがどこに住んでんだ。
 むしろここはどこだ。
 そんなとこでしょう。

「ま、いいや」

 こういうネタは小出しにされるから楽しいんだ。
 なんもかもぶわっと全部モロだしにされちまったら、あっという間に飽きちまう。
 飽きると楽しくなくなって、俺がとっても不幸。
 俺が不幸だと他の奴がハッピーで、それが俺には断じて許せねぇ。

 お仕事をサボってみたら予想外に楽しい欠片を見つけた。
 それで満足。
 俺は我慢出来る子なのですよ。

「じゃ、鈴仙ちゃん服脱いでネ。アロエぺたぺた貼るから」

「そんな事自分で」

 文句を無視してひん剥きました。
 熱の為か、いい加減諦めも入ってきたのか、大した抵抗もなくひん剥けた。

 俺は二つに割ったアロエを身体に残った痣に当てて、てきぱき作業を進めます。
 赤い蚯蚓腫れの数と比べてアロエの総量が決定的に足りていないこたぁ知ってたんで、布で摩り下ろすようにアロエエキスをなすって広げ、ぺたぺた湿布代わりに貼り付けます。
 その間に鈴仙には腋に体温計を挟ませて大人しくしておくよう言い聞かせておきます。

「鈴仙ちゃん、脇締めてじっとしとくように。
 拒もうが落とそうがどーでもいいけどさ。落っことしたら次はケツに入れて体温計るからね。直腸体温計って知ってる?」

「……ッ」

 ケツに物を入れられるってことは判ったみたいで、肩を強張らせてじっと俺を睨み上げてきた。
 んー、可愛らしい。
 アナルから先に覚えさせてやろうかしらん?

 俺はたっぷりアロエエキスが染みた布の上から、鼻唄混じりに包帯を巻いてやります。
 鞭で散々しばいた痣が隠れて、赤剥けになっていた鈴仙は再び綺麗な白兎さんになりました。

「ほい一丁上がり。どれ熱は……ふむ、三七度八分。ちょい熱高いね」

 人間で換算したらの話だけどネ。

 解熱薬を幾つか飲ませて、最後にぺろんと可愛い尻を撫で上げた。

「ひゃん!」

 ひゃんだって。
 ひゃんですよ?
 軽いセクハラにもこんなに反応してくれるなんざ、嬉しくってしょうがありませんね。

「鈴仙ちゃん、かーわいい」

 涙目で睨んでくる鈴仙にくすくすと笑い返し、俺は部屋のドアにしっかりと鍵をかけてから後にした。

 思ったよか大したこたぁなかったので明日にでも熱は引くでしょ。
 しっかり物を食って寝てたら、体力も直に戻る。
 初日でひっぱたいたケツも、あの反応からすると痛みより恥ずかしさの方が勝ってるみてぇだし。
 鞭打つときはわざわざあの叩き易く突き出されていたケツを避けた甲斐もあるってもんだ。

 しっかり体力を管理しながら、活かさず殺さず苛め抜いてやりましょう。

「あは。あはは。アハあは」



xxx  xxx



「気持ちいいのと、怖いのと、痛いのと、痛くて怖いのと、それ以外。さてどれがいいかな?」

 身体の熱が引き、食欲も戻って朝食を終えてしばらく、部屋に訪れたあいつは指折り数えながら私に訊ねた。

 私はごくりと生唾を飲み込む。
 この男が口にした言葉と共に、文字通り身体に刻み付けられた痛みと恐怖が思い出された。

 馬乗りになられて目の前でナイフを突き立てられた事。
 どれだけ泣いて叫ぼうと私のお尻を叩き続けた事。
 そして目隠しをした私を鞭で打った事。

 それらがまざまざと甦り、私は竦む肩を抱いて男を睨みつけた。
 狂気を操る程度の能力が失われてから数日が過ぎ、それでも今でも持って生まれた力が失われたことが信じられない。
 男がいない間に、波長の振り幅を最大限増した思考を永遠亭に向けて送り続けた。
 ……つもりなんだけれど。

 姫様や師匠やてゐでなくても、妖怪兎の一匹でもこの場に辿りつけばこんなただの人間なんてどうにでもなる。
 ……どうにでも、なるはず。

 けれど未だに助けが来る様子はないまま、私は囚われの身でいた。

『ペットの一匹くらいにしか思われてなかったり、とか』

 男が口にしたぞっとする言葉。

『いなくなったから新しいの買ってこなくちゃ、とかね』

 耳にしてから私の頭の片隅にこびりついて離れないその言葉。
 時間の経過と共に、それは私の頭の中に強く大きくなりつつあった。

「……っ」

 せめて睨みつける事はやめない。
 物理的な抵抗が出来なくても、抵抗の意志さえ保っていれば、きっと。
 きっと誰かが助けに来てくれるはずだ。

 どれだけ私が睨みつけても、男は相変わらずへらへらと薄ら笑いを浮かべているだけ。

 それだけでなく。

「ごぉ~お」

 間延びした声でゆっくりと数を数え始めた。

 条件反射的にあの音が耳朶に甦った。

 先がばらけた鞭が空気を叩く鋭い音。

 全身に刻まれた痛みや熱はすでに消えているはずなのに、私の身体はいつしか震えていた。

「やめて……数えるのをやめて」

 震えを抑えたいのに、身体が竦んでしまって言うことを聞かない。
 私はそれを口にするのが精一杯だった。

「よぉ~ん……」 

 男はへらへらと笑いながらカウントダウンを続けた。

 男は鞭を手にしてないから。
 平気。
 叩かれたりしない。

 そう言い聞かせても、身体は私の言葉を信じてくれない。
 それどころか別の事に気がついてしまった。

 本当に叩かない?
 鞭は持っていないけれど、手で叩かれるかもしれない。
 或いは叩かれるよりももっとひどいことをしてくるかもしれない。

「さぁ~ん……」

『具体的に言うと、ちんぽ突っ込んじゃいます』

 犯されるのは嫌。

「にぃ~い……」

『ナニソレ』

 怖いのも嫌。

「いぃ~ち……」

『気が済むまで勝手に鈴仙をしばくだけだから』

 痛いのも嫌。

 男はへらへらと笑いながら手を伸ばす。
 背後の腰元へ。
 鞘に収められたあの分厚くて鋭いナイフへ、そろそろと手を伸ばしていた。

「そ、それ以外」

 私は見開いた目でその動きを凝視しながら、男がナイフを抜き取る前に呟いていた。
 男の手はぱっと腰から覗いていたナイフの柄から離れ、胸元で開いたままひらひらと振って見せた。

「それ以外ね。了解」

 男は相変わらず軽薄な笑いを口元に浮かべたまま、おどけるように言った。

 この選択は間違ってない。

 間違って、ないはずだ。



 男は怯える私の手首を縄でしっかりと縛り合わせた。

「こ、今度は一体何をするつもり……?」

 それ以外を選びはしたものの、漠然とした恐怖はまだ消えない。
 むしろこれから何をされるのか判らなくて、恐怖は大きく膨れ上がるばかりだ。

 徐々に早まる自分の鼓動を聞きながら訊ねても、

「それはね。ないちょ♪」

 男は私の神経を逆撫でするようにおどけてはぐらかすだけだった。

 私の両手首を縄で縛り、余った部分を男がしっかりと握り締める。

「準備OK。じゃ鈴仙ちゃん。行こっか」

 まるで罪人にするように縄で引き、男は私を部屋から連れ出した。
 同じようなドアばかり並んだ長い廊下。
 部屋から足を踏み出すのは、私をペンキを塗ったばかりのドアに押し付けたあの日以来だ。
 ドアに残された跡を目にして、あの時の屈辱感や驚愕や怒りがまざまざと思い出されたけれど、それらはすぐに恐怖が飲み込んでいった。

 これから何をされるのか。

 私の意識はそちらに傾けられていた。

「……どこに行くつもり。……ですか」

 不安に後押しされて、つい丁寧な語尾をつけ加えてしまう。
 こんな男に屈服してしまっているようで屈辱だ。
 けれどどうしても恐怖が先に立ってしまった。

 鼻唄など歌いながら私の前を歩いていた男は、

「それはねぇ~……ないちょ♪」

 肩越しに振り返ってやはりはぐらした。
 私の胸の奥で凝る漠然とした不安は、徐々に大きく広がっていった。

 男に引かれて廊下を抜けると、そこは広間になっていた。
 長いテーブルに一一脚の椅子が向かい合わせに置かれ、奥には台所のような場所が設けられている。
 そして、廊下に並んでいたドアよりも大きな、両開きの扉が一つ。

 多分この扉が外に続く場所。

 私はそれを本能的に感じ取りながら、その扉に向かって足を進める男の背中を凝視していた。

 このまま外に出るつもり?
 多分そう。
 だから逃げられないように私を縛ったりしてる。
 だったら、これはチャンス。
 隙を見てここから逃げ出せるチャンスだ。
 何も助けが来るのを信じて待ち続けなければいけない訳じゃない。
 能力は使えないけれど、死に物狂いになって抵抗して逃げれば。
 逃げられる、かもしれない。

 私は生唾を飲み込んだ。

 永遠亭に戻りさえすれば、能力が使えないのも師匠がどうにかしてくれる。
 元の力を取り戻した後で、この男に報いを味合わせればいい。
 復讐出来る。

 私は目の前の赤いジャケットを、いつしか睨みつけていた。

 何も姫様や死者やてゐの力を借りなくたって、本来の力があれば私一人だって――

 暗い眼差しを向ける私の目の前で、男は陽気な鼻唄混じりに扉を開けた。



 ――――え。



 そこに私の目にしたことのない世界が広がっていた。

 大きな建物が所狭しと立ち並び、騒々しい喧騒が聞こえてくる。
 空気は何だか濁っていて、慣れ親しんだ澄んだものとは程遠い。
 びょうびょうと強い風が吹き付けてくる。
 色々な臭いが混じっていて鼻が曲がりそう。
 空の青さもどこかくすんでいるように見えた。

「何…これ……」

 私は目にした光景があまりにも信じ難くて、足を止めて思わず呆然と呟いていた。

 人間が住む人里ではない。
 あそこも雑多で薬を売りに向かう時はげんなりするのだけれど、そんなものとは比べ物にはならない。
 眼下に広がるごちゃごちゃと入り組んだ道を、数え切れないほどの人間が歩いている。
 なんだか良く判らない物がぶんぶんと音を立てて走っている。
 そんなどこか灰色の景色が見える範囲全てを覆っていた。

 目にするもの全てが私の想像からかけ離れていて、扉の向こうにはそんな異質な光景が待ち受けていた。



「外に出れば逃げられるって、思ってた?」



 声を掛けられて、私は我に返った。
 足を止めた私を、あの男は振り返って眺めていた。
 口元にあのにやけた笑いを貼りつけて。

「俺にゃマンションから見える、とっくに見飽きたつまんねぇ景色なんだけどね。鈴仙ちゃんにはそう見えない訳だ」

 私は突然この男が怖くなってしまった。
 元々充分怖かったのだけれど、それよりさらに――訳が判らないという異質な恐怖を感じた。

 男は説明も無いまま、手にした縄を引いて私を歩かせる。
 切り出した石か何かで作ったのか、猫走りのように狭い廊下を歩きながら調子外れに歌い出す。

「まっいごのまっいごの 鈴 仙 ちゃん♪ 貴方がいるのは どっこですか?」

 唄の途中で振り返り訊ねられても、私は答えられない。

「おうちぃ~が どこだか 判らない♪
 どこにぃ~ いっるかも わっからない♪」

 何も答えられずに、ただ引かれるままに歩く。

「鈴仙れいせーん 鈴仙れいせーん 黙ってばかりいる小兎ちゃん♪」

 目にしたものがあまりに衝撃的過ぎて、何も考えられない。

「いっぬぅっのぉー おっ兄さん 困ってしまって

 Bow-Wow Bow-Wow!
 Bow-Wow Bow-Wow!」

 男は達者な犬の鳴き真似をしながら、私をどこかへ引いていく。

 引かれる私はどこに連れて行かれてしまうのか。

 何も判らなくて、ただ不安で怖かった。 



 私が連れて行かれたのは小さな個室だった。
 作りは私を閉じ込めている部屋と良く似ている。
 あれをさらに半分ほど狭くして、ベッドだけが置かれた部屋。

 違うのは部屋に窓が付いているのと、天井から紐で結われたフックが垂れ下がっていたこと。
 男は私の手首から伸びていた縄の先に輪を作り、天井から下がっていたフックに引っ掛けて固定した。

 その後、男は私に何もしてこなかった。
 ベッドに腰掛けて懐から一冊の本を取り出すと、それを読みふけっている。
 本のタイトルは――【調教】。
 その文字が、裸になった女性の絵に混じってぽつりと書かれていた。

 男はどこまでも趣味が悪かった。

「な、何をするつもり……?」

 一向に何もしてくる気配のないその姿に、返って不安に駆られた。
 フックの根元はしっかりと天井に固定され、身じろぎするたびフックを繋ぐ鎖がじゃらじゃらと鳴った。
 私は手を上げた格好のまま、官能小説のようなものをじっと読みふける男に訊ねた。

 男がちらりと目線を上げた。

「動物園にさ、触れ合いコーナーってあるの。兎とかモルモットとか小動物を囲って、ガキとかに触らせるの。
 知ってる?」

 唐突に、まるで関係のなさそうなことを尋ねてきた。
 男が言うようなものがなんなのか、私は知らない。
 けれど、嫌な予感だけはふつふつと膨れ上がった。

 しばらくして、男が言っていた意味が判った。

 前触れもなく部屋の扉が開いて、複数の見知らぬ男たちが入ってきた。

「おーす」
「ちゅーす。ここでお前と会うの久々だなぁ」
「てっきりもうくたばったのかと思ったぜ」

「うっせえよ変態ども。憎まれっ子は世にはばかって頑固な汚れくらいしぶといのさ」 

 本を読みふけっていた男はページに指を差し込んで、入ってきた男たちににやりと笑って見せた。

「だ、誰!?」

 私はフックと縄で拘束されていたけれど、出来うる限り見知らぬ男たちから距離を取って誰何した。

「お~、この娘が今回の?」
「バニーさんじゃねぇか。たまんねぇ!」
「お前性格はクズだけど、女の趣味はマジでいいよな!」

「バーカ。褒めたって割引はしないぜ?」

「そりゃ残念!」
「ま、それでもこっちにゃ不満はねぇよ」
「なんたってバニーさんだからな。ひひひ!」

 赤いジャケットの男と四人の見知らぬ男たちは、私の言葉を無視してそんな悪態混じりでいながらどこか気易いやり取りを交わした。
 言葉を聞く限りお互いに顔見知りのようだ。
 気心の知れた友人のようにさえ思える。
 嫌な予感は相変わらず消える事無く、私の中でぐるぐると渦巻き続けていた。

 男がふと気がついたように私に振り返った。

「こいつらの名前は……あー。
 トン太にチン吉にカン平。三人揃ってトンチンカンな」

「うぉい!」
「お前、絶対今考えて決めただけだろその名前!」
「ってか、せめてどの名前がいいか選ばせることくらいさせろよ!?」

 男たちから口々に文句が上がる中、名指しされなかった男がぽつりと呟く。

「……俺は?」

 赤いジャケットの男は自らを指差すその男を眺めて、眉根をしかめながらがりがりと頭を掻いた。

「お前誰? 見たことねぇから知らねぇ」

「あー、こいつ新顔」
「そうそう。変態だから連れて来たんだ」
「まあむっつりだけどなー」
「うるさいな」

 へらへらと笑う男たちから叩かれ小突かれ、四人目の男はむっとしたようにその手を払った。

 赤ジャケットはなおも黒髪をばりばりと掻き毟ってから、その手をぴたりと止めて四人目の男を指差した。 

「じゃあお前はヌケ作な」

 ……それは名前なのだろうか。

「ヌケ作か! トンチンカンと来たらそれだよな!」
「それ以外ねぇよな! 俺たちの世代的に!」
「良かったじゃねぇか。お前先生だぜ、先生!」
「……うっせぇなぁ」

 盛り上がる周囲に反して、名づけられた当の本人は不満そうだ。
 口は悪いが態度は親しげで、もっと言えば不思議でもあった。

 男たちの顔を見比べていると、赤ジャケットが見つめ返してきた。

「何その目。あれですか。鈴仙ちゃんってば俺にダチの一人もいない、最低最悪のくそったれだと思ってた訳ですか?」

「……う」

 男は相変わらずこちらの意図を見抜くのが上手かった。
 しかも答え難い事を過剰なくらいに代弁してくるので、迂闊に返事をする事も出来ない。
 男の怒り所を刺激してしまうのが怖かった。

「それ正しくね?」
「ダチじゃあねぇしな」
「お前がクズじゃなかったら世の破滅だよなー」

 私が黙っていると、トンチンカンの三人が肩を揺すってげらげらと笑った。
 赤ジャケットもそれを見てへらへらと笑う。

「このくそ野郎どもの言う通りだから、怒ったりしないよ。全く。てめーらはかわい子ちゃん相手だとすーぐそっちの肩持ちやがる」

「だって俺たち、男の子だもん!」
「これからバニーさんとお近づきになる訳だしな」
「今ので好感度ちょっと上がったんじゃね?」
「……」

「な、何を……する気?」

 じゃらりと天井からぶら下がる鎖を鳴らして身を引く私に、部屋に入ってきた男たちは笑った。
 赤ジャケットとそっくりな軽薄で好色な笑みを浮かべていた。

 私は目の前に並んだその笑顔にぶるりと背筋が震えた。

「じゃ、そろそろ始めるとしますか。鈴仙パーク、開園だよっ!」

 赤ジャケットの声を合図に、私はこの趣旨を理解することになった。



 全身を手が撫で回す。

「嫌っ、やめてっ!」

 服の上から、服の内側に潜り込んで撫で回される。

「ひっ、やめっ。そんなところ、触らないで!」

 私は気持ちの悪いその感触から逃れようと身じろぎするけど、繋がれたまま四方を囲まれてしまってそれもままならないでいた。

「うひょわあ! おっぱいふっかふかだあ」
「やわらけぇやわらけぇ! ありがてぇありがてぇ!」
「乳! 尻! 太腿!」
「……」

 部屋に入ってきた四人の男が周囲を取り囲むと、息も荒く私の身体を撫で回していた。

「ぷにぷに! ぷにぷにぷに!」
「俺の夢! 俺の夢が!」
「スカートに顔を突っ込んではふはふだとぅ!? 次、次俺な!」
「……」

「いや、いやぁっ!」

 男たちの欲望にさらされて悲鳴を上げた。
 そんな私のことなどお構い無しに、男たちはいいように撫で回した。

 髪を振り乱しながら、助けを求めて部屋の中を見回す。
 部屋にいるのは私を欲望のままに撫で回し続ける四人の見知らぬ男と、赤ジャケットと、私。
 赤ジャケットの男はベッドに腰掛けて、相変わらず本を読んでいた。

 あいつが下衆な男だとは知っていた。

 ここに連れてきたのもあの男だ。

 けれど私は叫んでいた。

「助けて、助けてっ! こんなの嫌、やぁっ!」

 この状況の元凶である赤ジャケットに助けを求めていた。

「鈴仙ちゃ~ん、自分で選んだことでしょ? それ以外。恥ずかしいお仕事」

 あいつは視線を上げもせずに、手元の官能小説を捲りながら言った。
 その間も男たちの手は休む事無く、私の身体を撫で回し続ける。

「別にいーじゃん。輪姦されてる訳でも無いでしょ。OKなのはお触りだけ。兎さんとの触れ合いコーナーなんだからネ。
 鈴仙パークは大きなお友達相手のとっても健全な商売です」

「そうそう、俺たちは兎さんを撫で回してるだけだよ!」
「揉んだり摘んだり嗅いだりすりすりしたりはするけどね!」
「兎さん大好き! 兎さんサイコォー! んほおおおぉぉ!!」
「……」

「じゃ、そゆ事だからガンバッテネ」

 赤ジャケットは再び読書に戻り、男たちは寄ってたかって私をいいように撫でては股間の膨らみを押し付けてきた。

「うっ、ううっ、うぐっ」

 食い縛った歯から嗚咽が洩れ、私の目から涙が溢れた。

 悔しい。
 汚らわしい。
 こんな見ず知らずの人間に。
 何も出来ずに。
 欲望のはけ口にされて。
 いいように弄ばれている。
 これなら、こんなことになるなら――

 月にいた方がまだマシだった。

「ひっ、ひぐっ、うぇっ、ええっ」

 月にいた頃の思い出が甦る。
 いい事なんて何もなかった。
 辛いばかりで逃げ出した。
 逃げ出した先に待っていたのがこんな事だったなんて。
 いくらなんでもひど過ぎる。

「おやおや、ウサギさん泣いちゃったよ」
「泣き顔もかっわいいねー」
「ほーら泣かなくてもいいでちゅよー」

 男たちはさめざめと泣き続ける私を指差しげらげらと笑いながら、手を休めない。
 髪を、顔を、胸を、腰を、お尻を、太腿を。
 全身を撫で回し続けた。

「……もう我慢出来ねぇ」

 背後からのしかかっていた一人の男が、私の耳元で押し殺した声で呟いた。

「もう我慢出来ねぇ! こんな生殺しに耐えられっかよ! 今すぐ犯してやるからな!」

 突然火がついたように叫んだかと思うと、私の背後でかちゃかちゃと鳴らしてベルトを外しだした。

「ひっ」

 血走った欲望の目を向けられ、私は凍えるような恐怖に身体が竦んだ。
 犯される。
 この男に犯されてしまう。

 鼻を膨らませパンツの下から男性器を取り出そうとする男を、他の男たちが制止する。

「お、おいおい。なにやってんだよお前」
「お触りだけって最初に聞いただろ?」
「童貞だからって暴走すんなよ」

「うっせぇよ! きっちり金払ってやるよ! 待ってろよ、ひひ! すぐぶち込んでやるか」

 周囲が制止する言葉も届かないほどに欲望をたぎらせらせていた男の背後に、赤いものが立った。

 今の今まで私を犯そうとしていた男の口が塞がれる。
 ほとんど同時に銀色の輝きが男の喉元を走った。
 ぱっと、花が咲いたように真っ赤な血が迸った。



 え?



 私は自分が見ている光景が理解出来なくて、恐怖も忘れてただ呆然と立ち尽くしていた。

 耳が痛いくらいの静寂が訪れた室内で、

「ルール違反」

 赤ジャケットがぽつりと呟いた。

 私を犯そうとした男の背後に忍び寄って、喉をナイフで切り裂いた。
 どう見ても致命傷で、今も白目を剥いてびくびくと震えている。
 その男をつまらなさそうな顔で部屋の隅に転がし、赤ジャケットは傍らにしゃがみこんだ。

「おいヌケ作。俺言ったよな? お触りはOK。逆にそりゃお触り以外はNGって事だぜ?」

 喉を掻き毟って悶える男に、赤ジャケットは教え諭すように優しい声音で言う。

「こっちだって商売でやってんだ。お前みてーなブ男が公然猥褻痴漢気分を満喫出来るってのが、ここの趣旨。うちの鈴仙をレイプしていいなんて言った覚えはないぜ?
 店が試食コーナー設けてるからって、商品勝手に取ってその場で開封して食っていいと思ってんの? 咎められたら金を払えばそれで済むって思ってんの?
 お客様は神様であられますか? Fuck! 商売人がいなきゃ、食い潰すしか能がねぇアホな消費者だろうが。神様仏様気取ってんじゃねーですよヌケ作君」

 赤ジャケットは立ち上がると、まだ息を保って悶える男の頭を無造作に蹴りつけた。
 大きく足を振りかぶって、まるでボールでも蹴るように。
 とても同じ人間相手にするようには見えなかった。

 壁にびしゃっと赤い斑模様が描かれ、倒れた男は動かなくなっていた。
 ため息をひとつ吐き出して、赤ジャケットが振り返った。

「やだねー、童貞って。ちょっといい目を見させてやると、すーぐ暴走しちまうよな」

 笑顔だった。
 いつもの笑顔。
 軽薄なへらへらとした人を食ったような笑み。
 たった今人を一人殺したというのに、なんの気後れも悪びれもない、普段通りの笑顔。

 黙り込んでその一部始終を見届けていた残りの男たちが喋りだす。

「だよなー」
「親の躾がなってねぇよな。こういう場合、大抵親も躾がなってねぇんだけど」
「近年のモラルハザードは目に余るよな」

 それぞれ腕を組んだり顎を撫でたりしながら、しみじみと頷いた。
 その平然とした受け答えに、私は驚きを隠せなかった。

 何を言っているの、この人たちは。
 目の前で今、人が死んだのに。
 人が殺されたのに。
 あんなに血が出て、血が、噴水のように。
 苦しみながら死んでしまったのに。

「てめーら、連れてくるなら童貞以外にしろよ。ルールも守れねぇ様な奴は勘弁だぜ。余計な手間が増えてめんどくせ」

「いや、悪い悪い」
「まあ引きが悪かったってことで」
「だなー」

 どうしてこの人たちは笑っていられるの?



「……人殺し」



 私はぽつりとその言葉を呟いていた。

 私だって思った。
 この赤いジャケットの男を――この男たちを、出来るなら殺してやりたいって。
 衝動的にそう思いもした。

 けれど、目の前でそれがどういう事なのかを見せ付けられるなんて思いもしなかった。
 あれだけ気安く接していた相手なのに、なんの躊躇いも警告すらなく。

 私の呟きを耳にした赤ジャケットは、相変わらずへらへらと笑っていた。

「そうね。人殺しだね。だからなに?
 良かったじゃん、見ず知らずのアホ童貞にレイプされなくて。絶対外出しなんてされずに中で出されてたよ? コンドームの用意もないしねぇ。
 鈴仙ちゃん、ここは素直に喜ぶとこだよん?」

 私は周囲の男たちを見回した。

「あ、貴方たち……なんとも、思わないの?」

「んー……別に?」
「俺じゃなくて良かった」
「そりゃ違いねぇ」

 男たちは笑う。
 嗤う。
 哂う。

 人の死をなんでもない事のように笑い飛ばすその姿が、私は怖くて仕方なかった。

「やれやれ。萎えちまったな。そんじゃてめーらヌケ作の片付けな。俺は鈴仙ちゃんを綺麗きれいしなくちゃいけないからな」

「えー。俺ら野郎の片付け?」
「飼い主権限かよ」
「いいよー」

 三人の男たちが死体を運び、赤ジャケットはナイフの血糊を丁寧に拭い取った後、私に飛び散っていた血飛沫を濡れタオルで拭き取った。

「おい、ヌケ作どうする?」
「バスタブにでも放り込んでおきゃ良いんじゃね?」
「映画じゃ塩酸風呂に沈めて処理したりするのがセオリーだよな」

 私は繋がれたまま痛いくらいに身体が痺れて動けず、別室から聞こえてくる声を小刻みに震えながら聞いていた。

 私の身体を拭いていたあいつがふと手を止めて、

「良かったネ」

 頬に飛び散った血糊を残したまま、にいっと口元を吊り上げて笑った。

 死体を別室に運び、床の血糊を大雑把に拭き終えた後も、何事もなかったように男たちは私の身体を撫で回した。

「おー、兎ちゃん怯えてプルプル震えてるよ」
「かわいちょかわいちょ」
「俺たちはあのアホと違って怖くないでちゅからねー」

「……」

 私は声もなくされるがままに撫で回され続けた。

 赤ジャケットは何事もなかったようにベッドに座り、官能小説を読み耽っていた。

「いやー、堪能した」
「んだんだ」
「バニーさんはやっぱいいねぇ」

 どれくらい触り続けられていたのか。
 服を乱し散々揉みくちゃにして満足したのか、三人の男は私の身体から離れた。

「じゃ、楽しんだ分のマネー。ほれ、御代を置いてけ」

 赤ジャケットは読みかけの本を閉じて、ベッドの下からどんぶりを取り出した。
 男たちはパンツから財布を取り出し、空の丼に硬貨を投げ入れる。

「トン」
「チン」
「カン、と」

 陶器の器に硬貨が当たる甲高い音が部屋に響いた。

「毎度」

 それがどれだけ価値があるのか、見たことのない硬貨だったので私には判らない。
 けれど。

「お前五円かよ。いくらなんでもお心付け過ぎるだろ」
「今後もご縁がありますようにってな。お前こそ一〇円だったじゃねぇか」
「俺は奮発して五〇円だったぜ。駄菓子の値段で痴漢気分ってお得だよなー」

 破格に安い相場だということはおぼろげに理解できた。

 男たちはそんな言葉を残して部屋から去り、出入り口ドアが閉まる音でようやく私は安堵のため息を吐き出した。

 これで、終わり。
 ようやく解放される。
 腕がだるい。
 立ちっ放しで辛い。
 何よりここが嫌。
 ここにいるのは嫌。
 別室の――おそらく浴室には、未だ赤ジャケットに殺された男の死体がある。
 こんな場所からは一刻も早く出て行きたい。

「……ねぇ」

 私は玄関に向かってひらひらと手を振っていた赤いジャケットに声をかけた。

「早く外して。……下さい」

 赤ジャケットは振り返って、

「何言ってんの。鈴仙パークは開園したばっかですよ。ようやく身体も温まってきたとこでしょ」

 さも当然のように言い放った。

「いつまで……させるつもり、ですか」

 自然と丁寧語を付け加えてしまっていた。
 この男は怖い。
 自分自身卑屈な目で顔色を伺っているのが判る。
 全ての元凶ではあるものの、逆に言えば私を守りもする。
 手段を問わずに、必要以上に害そうとする者を排除もしてくれる。
 少なくとも見ず知らずの男にレイプされる事は回避出来た。

 赤ジャケットが何もしなければ、私は本当に犯されてしまっていた。

 私の貞操と人間一人の命、一体どっちが重いのか。

 私には、よく判らない。

「ま、目処が付くまでかなー」

 赤ジャケットは期限を明言せず、再びベッドに戻って本を読み始める。
 さほど間をおくこともなく、部屋の中に乾いたチャイムの音が響いた。

「鈴仙パークへようこそ!」

 赤ジャケットは本から視線を上げもせず、新たな男を招いた。



「いや……もうやめて」

 もう何度同じ事を呟いているのか判らない。

「怖い…誰か…」

 もう何人の男にこうして身体を撫で回されているのかも判らない。

「師匠、姫様…てゐ……」

 ここにはいない見知った者たちの名を挙げても、誰の耳にも届かない。

「…誰か…助けてよぅ……」

 誰も、私を助けてくれる人はいない。
 成す術もなく男に言いように弄ばれるだけ。

 今も背後から抱きすくめられ、荒々しく胸を揉みしだかれてる。

「ええか、ええか。ひひ。わし現役じゃからの。痴漢はスリルがええ分、こないにじっくりねっとり楽しむ事はでけへんからの」

 脂ぎった手をした肥え気味の中年男が、粘っこい濁声で私の耳元に囁く。
 今は私を撫で回す男は一人だったけれど、その分いやらしい男だった。

 気持ち良くなどない。
 気持ちが悪いだけ。
 乱暴に胸を捕まれ痛い。
 こちらの事などお構いなしに肌に直接触れ、あろう事か私の下着の中まで直に触ってきた。

「…いやぁっ…もういやっ」

 抵抗する気力も半ば失いかけながらも、あまりの嫌らしさ、汚らわしさに身体をよじった。

「ほほ、これこれ! 嫌がるのがええんや。こりゃやめられへんわ!」

 男はますます悦びながら、私のお尻に硬いものを擦りつけてくる。
 それが硬く勃起した男性器だという事くらい、もうとっくに判り切っていた。

 唐突に、今までじっと身動きもしなかった赤ジャケットが、ぱたんと音をたてて手にした本を閉じた。

「ちょっと便所行って来るわ。留守よろしく」

「……何や。便所くらいそこにあるやろ」

 中年男が別室を指差すと、赤ジャケットは顎を撫でて答える。

「そこにゃ先客が居るからなぁ。俺は他所でして来る。ま、五分十分もかからねぇよ」

 あっさりと口にして、すたすたと出入り口に向かっていった。

「ま――」

 離れていくその背中に声をかけようとしたところで、私の口が塞がれた。
 妙に湿った、ナメクジのようなその手。



 あいつが留守にしとる間にハメたるからな。
 安心し。
 五分あったら終わるわ。



 そっと潜めた濁声で囁かれ、私の全身が強張った。

 犯すつもりだ。
 赤ジャケットがいない間に、私を本当に犯すつもりだ。
 犯される!

「んっ、んん――」

 叫ぼうとする私の顎ががっしりと捕まれる。
 大きな手だけあって口をすっぽりと覆われて声が出せない。
 頭を振って逃れようとすると、背中を抓られた。
 抓られた上にぎゅうっと捻られる。
 黙っていろという脅しだ。

 怖い。怖い。
 痛い。痛い。

「んー。んんーっ」

 行かないで。

 ここに居て。

 私は目からぼろぼろと涙を溢れさせながら、抓られながらもすがるように赤い背中を見つめた。
 
「おいこら」

 すたすたと歩いていた男がくるりと振り向いた。

「うちの鈴仙が痛がってるじゃねぇか。ああ? すぐにやめろ」

「な、なんじゃい。何を根拠に」

「両手両足の爪全部剥ぎとられてから一本ずつ指を詰めるのと、五体満足で済むのと。どっちがいい?」

 うろたえる背後の男に構わず、赤ジャケットが完全に向き直った。
 腰を低く落として、まるで距離感を図る肉食獣のように構えて、何の躊躇いもなくナイフを抜いた。

 脅しじゃない。
 本当に言葉通りにするつもりだ。
 明確な殺意を放ちながら、事実先ほど人を一人殺している。
 私に直接向けられたものでもないのに、その殺意に当てられ私は気を失いそうになってしまった。

 怒り、恨み、熱のこもった憎悪。
 凄まじいの一言に尽きる感情を向けられ、私の背中にのしかかっていた男は慌てて飛びのいた。

「ま、待て。待て待ってくれ。わしが悪かった。堪忍、堪忍や」

「……」

 赤ジャケットは怯える男に睨みを利かせながら、無造作に引き返してきた。
 私の抓り挙げられていた背を衣服越しに擦る。
 その手つきは意外なほど優しかった。

「あのクソ親父に苛められたな。ごめんな鈴仙。始めから良く言い聞かせてやるべきだったな」

 つい一瞬前まで猛りうねっていた殺意は微塵もなく、神妙な顔つきで私を覗き込んだ。
 零れ落ちた涙を拭う手つきは、やはり優しかった。

 男はほんの一瞬、部屋の隅まで逃れていた中年男を一瞥した。

「次は殺すぞ」

 殺す。
 脅し文句としては有り触れたその言葉も、この赤ジャケットが口にすると全く違って聞こえる。
 あの狂気すら漂う殺意を向けられ、中年男が短い悲鳴を上げるのが聞こえた。

 ああ……そうか。

 私は唐突に理解した。
 なぜ今まで私の事を見過ごしていながら、突然豹変してあれほど怒り狂ったりしたのか。
 殺意を放ち、実際に人を殺したりしたのか。

 この男は初めに言っていた。

『自分で選んだことでしょ? それ以外。恥ずかしいお仕事』

 私に恥ずかしい思いをさせる為に、この部屋に繋いで男たちに撫で回させている。
 それ以外の事――私が犯されたり痛い思いをする事に対しては、全力で阻止しているんだ。
 それこそ手段を選ぶ事なく、相手を殺してでも。

 仕事の邪魔をする。

 それが多分、この男の怒り所なんだ。

「それで。何かな鈴仙ちゃん? お兄さん結構本気でおしっこ漏れそうなんですけど」

 まるでスイッチが切り替わるような唐突さで殺気を収め、普段のおどけた口調と軽薄な笑みを浮かべた。

「ここに居て下さい。お願い、ですから」

 私はそんな男に懇願した。

 少なくともこの男がここに居る限り、私に必要以上の害が及ぶ事はない。
 撫で回される事も嫌で嫌で仕方なかったけれど、それ以上の事はこの男が止めてくれる。
 この男が全ての元凶である事に違いはないのだけれど、見方を変えれば、この場においては私の事を守ってもくれている。

 この部屋から離れさせては駄目。
 たとえ今部屋の隅で震える中年男が言いつけを守ったとしても、男がここから離れている間に別の男がやってくるかもしれない。
 犯されたくない。
 もう充分な程に汚されてしまったけれど、まだ最後の一線は保っている。
 その一線を越えたくない。
 私は犯されたくないの。

「お願いです。お願いです。ここに居て下さい。なんでもします。だから」

「ナンデモ?」

 男の声音から抑揚が失せて、無機質なざらつきを帯びた。
 あの狂気を皮一枚隔てた無表情。
 据わった、揺らぎもしない瞳が私をじっと見据えていた。

 私はごくりと生唾を飲み込んだ。

「今、ナンデモすルって言ッたのカナ?」

 怖い。怖い。
 怖い、けれど――

「なんでも、します。だから……ここに居て下さい」

 見ず知らずの男に強姦されるのはもっと怖い。

「そレでいイノ?」

 念を押して訊ねてくる男に、私はゆっくりと一度頷いた。

「……そっか。じゃあじっとしててね」

「はい……」

 頷いた直後、目にも留まらぬ速さで銀色の光が走り、私は床に膝を付いていた。
 いつ取り出したのかも判らない。
 男の手には銀色のナイフが握られ、その鋭い刃が私を吊るしていた縄を切断していた。
 くるくると手の中でナイフを回転させながら、曲芸のように元の鞘の中へと収めると、

「口開けて」

 床に崩れ落ちた私に言った。

「……はい」

 何をされるのか判らない。
 けれど怖い事や痛い事ではないはずだ。
 私は恐る恐る言われるままに口を開けた。

「うぐっ!?」

 男は片手で私の頭を抱き寄せた。
 その腰へ。
 もう片方の手で素早く下ろしたジッパーの先へ。

 男のペニスが口の中に押し込まれた。

「もう間に合いそうにないからさ。鈴仙ちゃん俺の小便飲んで」

 男の言葉で、何をされたのかを理解した。
 何をさせようとしているのかを理解してしまった。

「んくっ、んんっ!?」

 目を白黒とさせて離れようとすると、

「別に嫌ならいいよ。そん時ゃここ以外のトイレに行くからさ。間に合おうと間に合わなかろうとね。
 この年で小便漏らすのもかっこ悪い話だけど。ま、そうなったらしょーがないよね。
 着替えなきゃいけないから余計時間は食うし、どうせなら一っ風呂浴びてしっかり清潔にしたいよね。一〇分二〇分で済めばイイネ」

 男が素っ気無く言った。

 そう。
 知ってる。
 この男自身も決して私に対して友好的などではなく、中年男を制止したのは単に悪意がそちらに向いていたというだけの事。
 悪意の対象は、私も含んでいるって。

 判って、いたんだ。

「……」

「舐めてくれるとお兄さん嬉しいな。適度な刺激が加わるとおしっこ出易くなるからね。
 勿論歯を立ててもいいよ。噛んでもいいよ。何なら噛み千切っちゃってもいいさ。俺のちんぽ口に突っ込まれてるだけでも、嫌で嫌で仕方ないんでしょ?
 中には歯が当たっただけで歯を全部ばっきばきに折るような奴も居るけどね、お兄さんは怒らないよ。打ったりしないって約束するよ。
 でもそうなったら病院に行かなくちゃ行けないし、治るまでに時間がかかるだろうね。その間鈴仙は一人でどうするんだろうね? どうなるんだろうね?」

「う…うう……」

 私は今まで出来るだけ触れないよう遠ざけていた舌で、口の中に入れられた男の性器を探した。 

 ここがどこなのかも判らない。
 訪れる男たちは誰も彼も私を欲望のはけ口にした。
 どれだけ拒んでも、助けを乞うても、私の声を聞く者は一人としていなかった。

 けれどこの男は、私に誰よりも酷い真似をしながら、最低限の身の安全は保障してくれた。
 私が過ごす部屋と食事を提供し、打った後は薬を、熱を出せばろかいを用意した。
 今の私は誰でもない。
 月にいた頃の玉兎でもない。
 永遠亭にいた頃の警備を担当する妖怪兎たちのリーダーでもない。
 お師匠様の弟子でもなく、人里で薬を売り歩くお使いですらない。

 私は兎。
 何の力も持っていないただの兎。
 人間の男に――この人に飼われているだけの、怯えるばかりの怖がりな兎だった。

 涙が溢れて止まらなかったけれど、私は口の中のペニスを舐めた。
 舌で触れて、その形に沿って這わせる。
 口の中に溜まった唾液をすくってはなすりつけ、舌を前後に動かした。

 逆らっちゃいけない。
 不当で理不尽で不条理な命令ばかりだけど、逆らったらもっと酷い目に遭うだけ。
 それが判っているから、この男はこんなに意地悪な事を命令してくる。

「うっ、ううっ、うふ、うっ」

 泣きながらペニスを丹念に舐め続ける私に、男はにっこりと微笑んで頭を撫でた。

「いい子だね、鈴仙。ご褒美に手伝ってあげるよ」

 男は両手でしっかりと私の頭を固定して、ぐいと腰を突き出してきた。

 声すら出ない。
 口の中ですでに硬く隆起していたペニスが私の咽喉深くまで突き入れられる。
 息が出来ない。
 苦しい。

「鈴仙、鼻で息をして。少し苦しいだろうけど、我慢して。舌が止まってるよ。動かして。そう、棹に絡めるように。その調子。
 よし、そろそろ出るよ」

 無理矢理抉じ開けられた咽喉の奥で、何か熱いものが流し込まれるのを感じた。

 本当に、おしっこをしている。
 私の咽喉の奥で。

 味はしなかった。
 咽喉の奥へと直接流し込まれているので飲むしかなかった。
 体温で温められた男の尿は、生暖かく咽喉を流れ落ちていった。

 途切れ途切れで勢いはさほどなく、その分長い時間、咽喉を詰まらせて吐くことも出来ずに私はあの人の尿を全て飲んでいた。

 最後にぶるりと身体を震わせて尿を出し切った男は、私の口の中からペニスを引きずり出した。
 今まで目の前で散々ふざけてペニスを見せつけるような真似をしていたけれど、この時はすぐにパンツの奥に仕舞い込んで下げていたジッパーを上げた。

「……の、飲み、ました」

 餌付いて吐き出したい衝動をこらえながらつぶやく私に、男はしゃがみこんで視線を合わせた。

「可愛いよ。鈴仙」

 私の頬を両手で支えて、男はにっこりと微笑んだ。

「……頭どうかしとるわ、ほんま」

 部屋の隅で、中年男が呟くのが聞こえた。






「鈴仙パーク、閉演だよっ!」

 その言葉の後、部屋にいた男たちは蹴り出されるようにして追い出されていった。
 あの後も入れ替わり立ち代わり見知らぬ男たちが次々と訪れ、私の身体を全身撫で回していった。

 私は服の乱れを直すことも出来ず、言葉もなく座り込んでいた。

「はいお疲れ様」

 男は本を閉じて懐に押し込むと、力なく呆然と座り込む私に近づいてきた。

 いつの間にか時間が過ぎていた。
 窓から夕日が差し込んでいる。
 どれだけの男に弄ばれていたのかも判らない。
 判っている事は、穢されてしまったという事だけ。

 茫然自失のまま馬鹿のように部屋の壁を見つめる私の前に、何かがことんと音をたてて置かれた。

「いやー、鈴仙ちゃんのおかげで儲けて儲けて。鈴仙パークはバ・カ・ウ・ケ! お兄さん嬉しいです!」

 丼だった。
 丼の中には紙切れや丸い硬貨、中には財布が丸ごと入れられている。
 財布はあの中年男から奪い取ったものだ。

『ペナルティ発動。おっさんはとりあえず持ち金全部置いてきな』

 中年男が部屋から出ようとした時、男は目にも留まらぬ速さでナイフを投げつけた。
 臀部を刺されてうつぶせに唸る中年男から財布を抜き取ると、そのまま蹴り出した。

 その時の光景を思い出して、けれどすぐにどうでも良くなってしまった。

「これで鈴仙ちゃんにもっと綺麗な服とか買って上げられるね! お兄さん趣味に走るかもしれないけど、鈴仙ちゃん中身がいいからきっとどんな格好でも似合うよ!
 う~ん、今から楽しみだねぇ!」

「……はい」

「どんな服がいいかなぁ。チャイナ? メイド? 民族衣装って言えばアオザイもいーよね。ナースに巫女服ボンテージ。
 いっそのこと有名所の女子高の制服でも探してこよっか? 赤いランドセル? 黄色の帽子に園児服とか背徳感特盛りだね!」

「……はい」

「じゃあお家に帰ろうか。この丼ちゃんと持っててね。落とさないよう気をつけてネ」

「……はい」

 縛り合わせた私の手に丼を持たせて、男は立つように言った。

 私はふらふらと立ち上がって、前を歩く男の背中を追って歩いた。



 なんだか、全てが、どうでも良くなっていた。



xxx  xxx



 完全に忘我の域に達した鈴仙を部屋に押し込んだ後、俺は広間に居た。
 ちょいとばかし打ち合わせがあって、鵺が来るのを待っていた。

 ただ座って待つのも暇だったんで、俺は股間の息子とお喋りをしていた。

「ねぇパパ! 僕鈴仙ちゃんにナメナメしてもらったよ! 嬉しくってついおしっこ出ちゃったよ!」

 自分でしこしこして勃起させたちんぽをぶらぶら振りながら、裏声を使って息子役を演じる。

「けしからん。出すものが違うだろう我が息子よ。いきなりスカはまずかろう」

 親父役(俺なんだけどね)はわざと声のトーンを下げて重々しい声を出す。
 声優で言えば――……あー、誰だったっけ?

 ま、いーや。

「でもねパパ! だって鈴仙ちゃん下手なんだもん! もっとペロペロレロレロジュポジュポしてもらわないとザーメン出ないよ!」

「はっはぁ! まだまだ青いな我が息子。男嫌いで素人な鈴仙ちゃんが、下手なりにナメナメするからいいんじゃないか」

 鈴仙パークは中々良い思い付きだったらしく、相当精神的にキていたようだ。
 何せもうすっかり抵抗の気力もなく、俺の小便を飲んで吐く事もしなかった。

 兎って自分の糞食ったりするから、スカとか平気なのかしらん?
 盲腸便っていう体内発酵させたもんなんだけど、ケツからひりだした物はどうやったって糞だ。

 俺はまだまだケツの青い息子に言い聞かせるため、こめかみを指先でつついて見せた。

「息子よ。重要なのはイマジネーションだ。痛みも恐怖も快楽も、ただそれだけでは脳に送り込む電気信号なのだ。
 想像する事が重要なんだ」

「イマジナリィだね、パパ! イマジナリィ!」

 重要なことなので二度言って、俺は股間の息子を前後にぶらぶら。
 息子も納得したようだ。

「パパ、次はどうするの? 僕鈴仙ちゃんと合体したいよ! 結合したい! 一日中ぬぷぬぷしていっぱいザーメンぶっ放したいよ!」

「息子よ、それはお預けだ」

 聞き分けのないやんちゃな息子に言い聞かせる。
 
 俺は我慢の利く子だ。
 いかにも食べ頃な鈴仙ちゃんと一つ屋根の下で暮らしていても、性欲を抑えられる。
 何度もあの尻をがんがん突き上げて思うがままにザーメンデコレートしてやりたい衝動に駆られながらも、線引きした境界を踏み越えずに居られる。

 ただ、我慢出来ない事もある。
 目の前で俺のものが盗られる事だ。

 あのヌケ作が鈴仙をレイプしようとした時。

 俺は我慢してるってのに、鈴仙ちゃんのまんこの味を抜け抜けと楽しもうとしやがった。
 むかついたんで殺した。

 あの痴漢常習犯の親父が鈴仙の背をつねった時。

 こっちは鈴仙に恥ずかしい思いをさせて打ちのめす為にやってるってのに、苦痛を与えやがった。
 むかついたんでケツを刺して有り金全部巻き上げた。

 殺さなかったのは、あんまり殺し過ぎると死に慣れちまうからだ。
 誰が?
 鈴仙が。

 殺しを見せるのは一度で良い。
 目の前で咽喉を掻っ捌くっていうパフォーマンスで、鈴仙にはヌケ作の死が強烈に焼きついているはずだ。
 鈴仙が想像し続ける事で絶対的なものに変わり、俺がナイフをちらつかせる度に頭の中に浮かび上がるだろう。
 素直に俺の小便を飲んだのだって、決め手はおそらくそっちだ。
 Good-PTSD。

 お仕事に手は抜きませんよ。

 後はやっぱりあれだ。
 鈴仙は俺のもん。
 $2500払ったのは俺だし、面倒見てるのだって俺だ。
 俺のもんが目の前で誰かに盗られるってのは、どうあっても我慢出来ねぇですよ。
 車一台、チャリ一台、傘一本たりとも俺から盗む奴は死の報いあれ。

 でもま、見てない所なら我慢出来るけどね。
 そんなに鈴仙をヤリたきゃ、俺の目が届かない、手の届かない場所でしろってこった。
 盗る奴は殺すが、盗られた後ならしょーがないって事だ。

 世の中は不公平で、狡賢い奴の方が楽しめるって事ですヨ。

 俺が一人でちんぽをぶらぶらさせていると、

「……よぉ。鵺」

 いつの間にか鵺が隣に立っていた。

 気配もなけりゃいつからそこに居たのかも判らない。
 部屋の扉が開く音だって聞こえなかった。

 鵺は忍び歩きが得意な奴で、その事を知ってたから特に驚くような事じゃなかった。

「鵺」

 鵺は喋り出したばっかのガキのような声で、自分の名前を繰り返した。
 気持ち嬉しそうだ。
 持ってる物が少ない奴は、数少ない持ち物を大切にするのが当然だ。

「そーだな。お前は鵺だな」

 俺はひれ付き帽を被った鵺の頭をよしよしと撫でてやった。

「どうしたの? 今日は優しい」

 鵺は照れたように低くて太い身体をもじもじ揺すりながら、しゃがれたババァの声で言った。

 優しい?
 誰が。
 俺が?
 ほんっと、鵺の奴は人を見る目がありゃしねーですね。

「けなしても怒らねーよ」

「……けなしてない」

 冬でもねぇのに分厚い手袋で覆った指をもじもじと絡ませながら、若干不満げに俺を見上げてくる。

 鵺の奴には目も鼻も口もねーんですけどね。
 人間とは別のもんを使って、見たり聞いたり話したり嗅いだりするだけってこった。

「ま、いーや。それよかお仕事の話だ」

 俺は出しっ放しにしていたちんぽを片付けて、隣に座るようイスを引いてやった。

「お仕事」

 鵺は中年女の声で繰り返し呟いた。
 仕事の熱意と意気込みが感じられますね。

 俺たちは今後の仕事の予定について話を詰め合う。
 つっても、俺が一方的に必要な物を指定して、鵺がそれを用意するってだけの話なんだが。

「お仕事頑張る」

 ま、せっかく張り切ってる鵺に水を差してやるのも忍びない。
 手ぇ抜かれても俺が困るしな。

「よっしゃ頑張れ!」

 やる気満々でひょこひょこと出入り口に向かう鵺を送り出し、その途中で気が付いた。

「お、そうそう鵺。そこのテーブルに置いてある丼な」

 鈴仙パークのお楽しみ料。
 痴漢気分を満喫した野郎共が払っていった使用料。
 心優しい俺は値段の提示をせず、客が払いたい分だけしか頂かない。
 ぶっちゃけ一円でもOK。
 タダじゃなけりゃなんだって良い。
 貧乏人は自転車操業火の車ってのが相場が決まっている。
 ただ、クソ親父から巻き上げた財布とか、なんか感激して万札置いていった奴がいたりで、それなりの額にゃあなっていた。



「中身いらねぇから捨てて来て」



 でもま、円になんて執着はない。
 俺にとっちゃ正真正銘ただのゴミ屑だ。
 世の中$ですよ、$。
 アメリカサイコー。
 核でも食らって絶滅しろヤンキー共。

「うん」

 丼を手にして、鵺はひょこひょこと出て行った。
 俺はぎしぎしと鳴らして、傾けたイスにもたれてバランスを取る。



 さて。
 明日が楽しみだなっと。



xxx  xxx



「鈴仙ちゃーん。朝だよー。起きてるかなー?」

 ドアの向こうからあの男の声が聞こえた。

「は、はい」

 どきりが胸が鳴ったのは怖かったから。
 胸元を握り締め、私は声を詰まらせながらドアの向こうへ返事を返した。

「じゃあ出ておいで。見せたい物があるから」

 ドアは開く事無く、代わりにそんな言葉が聞こえてきた。

 見せたいもの。
 なんだろう。

 どきどきと鼓動が早まり、気がつかない内に生唾を飲み込んでいた。
 一体何を見せるつもりなのか判らなかったけれど、良い予感はしなかった。

「ほーら、早く出ておいでー。怖くない怖くなーい」

 それでもドアを開けたのは、男の機嫌を損ねればどんな目に遭わされるか判らないというより大きな恐怖だった。

 恐る恐るノブをひねって隙間から外を覗く。
 廊下にはいつもの赤いジャケットを羽織ったあの人が立っていた。

「ちゃお。早速だけど、これがその見せたかった物ね」

 砕けた敬礼をして見せると、隣にあった大きな箱のような物を指差した。
 箱型はしているけれど、箱ではない。
 四方を覆っているのは布、だろうか。
 布とは思えない照りがあり、妙にきらきらと照明を反射している。
 持ち運びを容易にするよう、底には小さな滑車が取り付けられていた。

「……?」

「前言ってたクローゼットね。箪笥って言った方が通じるかな? いつまでも着替えを折り畳んだまま床に置いておくのもあれだしねぇ。
 ま、言ってた通りの安物だけど、一人分にはこれくらいでちょーどいいの」

 男の顔と指し示される物を交互に見比べていると、思いの他意地悪をするでもなく指差す物が何なのか説明をした。
 説明されたものの、私は耳を疑っていた。

 確かに言った。
 正しくは書き残された。
 お尻を叩かれ、ペンキ塗れにされて泣いていたあの日。
 食事と一緒に用意されていた書き置きにクローゼットを用意すると書かれていた。

 けれど、まさか本当に用意されるなんて思ってもいなかった。

「……でも、これ。その……お金とか、かかったんじゃ。ないですか……?」

 単純な贈り物として喜べない。
 むしろ後になって対価を請求されても、どれほど価値がある物なのか判らないのが逆に怖い。
 何を支払わされるのか、その為にどんな要求をされるか判らなかった。

「金を掛けた分きっちり耳を揃えて払いな。金がないなら身体で支払ってもらおうか」

 言葉を濁す私に、男は笑みを消してずばりと言い当ててきた。
 据わった目つきに息を飲み、数秒間呼吸すら忘れてしまった。 

 が、あの人はすぐに口元を崩して意地悪に笑った。

「なーんてね。そんなみみっちい事言わないって。鈴仙パークで稼いだばっかでしょ?
 鈴仙頑張ったからねぇ。そのご褒美も込みだよ。頑張った子には優しいんだよ、俺って」

「そ、そうですか」

 そう呟くので精一杯だった。
 この人の冗談は心臓に悪い。
 胸元に手を当て、どくどくと煩いくらいに体内で鳴り響く鼓動を押さえ込んだ。 

「ほら、そんな隠れてないで出ておいで。今日から鈴仙ちゃんのもんなんだから、触って確かめてごらん」

「……は、はい」

 手招きをされて、私は用意されたクローゼットに恐る恐る近寄ってみる。
 淡いクリーム色をしていて、つやつやの表面に触ってみるとすべすべとしていた。
 四隅は固く、金属で作った型にこの変わった布を貼り付けているようだ。
 私を意識したのか、白い兎の絵がぽつんと描かれているのを見つけた。

「……っ」

 その可愛い絵柄に、少し警戒が緩んで口元が綻んだ。

「そこ。正面のチャックが開け口ね」

「これ、ですか」

 あの人に促され、私は摘みを手に取ってクローゼットのチャックを開けた。

「きゃあああっ!?」

 ぬっと突き出てきた手に掴まれ、私の口から悲鳴が迸っていた。
 ごろんと転がり出てきた何かにしがみつかれ、そのまま尻餅をつく。

「何、何? いやぁっ!」

 何にしがみつかれたのかもろくに確認しないまま、私はもがいた。
 でたらめに振り回した肘に何かが当たり、ぐにゃりと、何とも言えない柔らかい感触がした。

 な、何、今の感触。

 慣れない異質な感触に背筋がぞっとした。
 肘が当たった勢いもそのままに、私にしがみついていたものは横にごろごろと転がったかと思うとむくりと起き上がる。

 私の視線の先に、奇妙な者がいた。

 帽子を目深に被り、衣服を何着も重ね着をしたかのように丸々と膨らんでいる。
 子供くらいの背丈しかないのに、横に大きく膨らんだ者。
 クローゼットから突然飛び出してきた丸っこい人物は、帽子に頭を押し込むように深く被り直した。

「ひひっ」

 唐突に笑い声が耳についた。
 廊下で尻餅をついたまま、私は声が聞こえた方向に視線を向ける。
 男は口元を押さえ、肩を上下に震わせていた。

「きゃあか、きゃあね。ひゃはははは! いやぁ、いい反応してくれるね鈴仙ちゃん! それでこそこっちも驚かし甲斐があるってもんだ!」

 お腹を抱えて大声で笑い出すあの人に、

「意地悪」

 丸っこい人物が不機嫌そうな声音を洩らした。

「なーんだよ、そんなむくれんなよ。ちょいとばかしクローゼットに押し込んでただけじゃねぇか。
 ……あー、悪い悪い。金平糖やるから。だから機嫌直せって。な?」

 男は気安い態度で丸っこい人物の肩を叩くと、ジャケットの裏から透明の袋を取り出した。
 中身は男の言う通り金平糖のようで、七色に色付けされた物が袋の半分ほど詰められている。
 男は手にした袋を、そのまま開封もせずに丸っこい人物の口元に押し付けた。

 押し付けた、というか。

 押し込んでいた。

 あの人が二の腕辺りまで突き入れた手を引き抜くと、握られていた金平糖入りの袋がなくなっていた。

「どうよ。機嫌は直ったか?」

「直った」

「そうか。そりゃ良かった。んじゃ、後よろしく」

「うん」

 丸っこい人物はひょこひょこと歩くと、クローゼットを押して私の部屋の中に運び入れる。
 すれ違いざま、床に座り込んだまま呆然と凝視する私に、顔を向けた。
 深く押し下げられた帽子のつばで隠れて、顔は良く見えなかった。

「鵺」

 それが名前なのだろうか。
 分厚い手袋をはめた手で自らを指差すと、私の返事も聞かずにごろごろとクローゼットを押して行った。

 ……なに、今の。

 いきなりクローゼットから飛び出してきた事。
 腕に残るぐにゃりとした奇妙な感触。
 飛び出してきたのはあの人の意地悪な悪戯だということは判った。
 けれどあの金平糖を顔に押し込んだのは一体どうやったのか。

 私の部屋にクローゼットを運び込む為にやってきた?
 どこから?
 妙に親しげに見えたけれど、あの人の知り合い?
 けれどそれをいえばあの人は誰にでも親しげで、誰に対しても馴れ馴れしくて。
 金平糖を袋ごと食べてしまっていたようだけど、身体に悪くないのだろうか――

 考えがまとまらない。
 私は目の前で起きた出来事に取り残され、ただ呆然と呆けていた。

「鈴仙」

 そんな私に声が掛けられる。

「いつまで尻餅ついてんの。ケツが冷えちゃうよ? 飯にしようか」

 あの人が目の前に立っていた。
 もうあの意地悪な笑みは浮かべておらず、私自身一連の悪戯に対して怒りは感じなかった。

 それよりも、咎められているような気がして私はなんだか気まずくなっていた。

「あ、あの……こ、腰が、抜けて」

 立ち上がりたくても立ち上がれなかった。
 驚きと恐怖で今も膝が笑っている。
 二本の足で立つことを忘れてしまったような感覚。

 本当に腰から下がどこかへ引っこ抜かれてしまったようで、私はへたり込んだままあの人を見上げた。

「そりゃしょうがないね」

 あの人は私に近寄ってくると、ひょいと無造作な手つきで私を抱き上げた。

 背中と膝の裏に腕を回され、思いの他軽々と持ち上げられてしまう。

「あ、あのっ」

「はーい、文句言わなーい。飯は俺たちのことなんざ待っちゃくれねーのです。刻一刻と鮮度も温度も落ちて不味くなり続けるんだからネ。
 朝っぱらから不味い飯なんてごめんだからね」

 私を抱き上げたまますたすたと廊下を歩く。

 部屋の中に入っていったあの丸っこい人物が気になったけれど、私はあの人の腕の中で大人しくしていた。
 色々とおかしな真似をされるんじゃないかと思ったけれど、そんな事もなく。
 ただ、途中で私の頭に顔を寄せてくんくんと鼻を鳴らした。

「朝風呂? シャンプーの匂いがするねぇ」

「え、あ……はい」

「鈴仙の髪の長さだと、身支度整えるなら風呂に入っちゃった方が何かと手っ取り早いね。
 ……でもまだ少し湿ってるか。よーし、朝飯食ったらお兄さんがドライヤーの扱い方を教えてあげよう。なに、慣れりゃどってことねーですよ」

「は、はい」

 なんだろう。

「ああ、匂い嗅いだりするの癖でね。ま、気にしないで。犬ってやたら靴の匂い嗅いだりするでしょ。それと一緒。
 ちなみに兎って顎の下にも臭腺があってね。すりすりっと匂いをつけて縄張りを主張したりするんだよ。鈴仙もすりすりする?」

「わ、私は」

「知ってるよ。俺が言ってる兎とは違うってんでしょ? それとも月出身って意味かな? ま、どっちにしても特別にかーわいい兎さんだね」

 今日はなんだか。

「……」

「なに?」

「なんでも…ないです」

 普段より優しい気がする。

 そんな言葉を飲み込み、私は胸の前で手を握り締めてじっとしていた。



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 仕込みはOK。

 鈴仙もここの生活に慣れを見せてきた。
 俺が見てない間は部屋の中の物を好きに使っているようだし、使っている内に覚えればどいつもこいつも便利な代物だって事に気がつく。
 便利な道具だって事を知ったら、楽をしたくなるのが人情ってもんだ。

 食後にドライヤーの使い方を教えて髪を乾かしながら梳いていた時など、言葉も出ないほど感心していたようだ。
 どんなド田舎から出てきたのやら。

 ま、その辺りは深く詮索しない。
 俺と鈴仙とじゃ色々と違ってて当たり前。
 鈴仙がどこに住んでいたのかとか、過去になんざ興味はない。
 話のタネ位にはなるだろうが、逆に言えば暇潰しのネタでしかなかった。

 どんな苛酷な環境にあっても、人間は慣れる。
 鈴仙は兎妖怪だが、思考や精神的なものは人間に近いようだし人間を規準に考える。
 痛みやら飯の不味さやらと一緒で、段々慣れて新鮮さを失い定着していくもんだ。

 これこそイマジナリィ。
 想像力の力だ。

 過酷さがどれくらいのものなのか、身体が覚えちまう。
 引っぱたくなら、引っぱたかれた時の痛さ、熱さ、音。
 そういった諸々のものを記憶して、予測が立てられるようになるってメカニズム。
 そのおかげで永久凍土だろうが灼熱地獄だろうが、人間はどこででも殖えて行く。
 野生動物は敬遠するってのに平然としてんだから、人間ってのはつくづく本能がぶっ壊れた生き物だ。

 どれくらい我慢すりゃいいのか覚えたら、お次はどうやって楽をするかだ。
 あくせくしようと楽をしようと結果が同じなら、誰だって楽をするもんだ。
 楽をしながら苛酷な生活環境にささやかな幸せってもんを見出そうとする。
 人間は不幸のみで生きるに非ず。
 右の頬を打たれたら、打たれる前にぶちのめしておかない貴方が悪いのです。

「アーメン」

 十字と一緒に首を掻っ切るジェスチャー。
 左頬も差し出したりしてるから、脇腹を槍で突かれるハメになる訳ですよ。
 
 ま、二千年前のアホはともかく。

 どんな奴でも生きる基礎となる楽しみってもんがある訳だ。
 食う寝る犯る。
 お上品に言えば食欲睡眠欲性欲の、三つこっきり。
 クソ不味い飯だろうが、薄っぺらい布切れだろうが、性病が蔓延していようが、人間からこの三つの欲は切り離せやしない。
 鈴仙はこの内二つをばっちり満たしている。
 美味い飯とふかふかのベッド。
 後はここに欠けたもう一つを満たしてやるだけ。

 楽に気持ち良く快適に過ごさせる。
 その為に優しい面を被りながら、紳士的な行動を心掛けましょう。
 ちょっとからかいはするけどね。

 適度な刺激が幸福のスパイスです。

「さて」

 鵺はきっちり仕事をこなした。
 鈴仙の条件も整った。
 後は俺だけ。

 俺は浴室の鏡の前で、てめぇの顔を覗き込んだ。
 とっくの昔に見飽きちまってる自分の顔。
 その自分を睨み付け、俺は呪いの言葉を吐いた。

「お前は鈴仙を愛している」

 俺に愛情なんてものはない。

「お前は鈴仙を愛している。お前は鈴仙を愛している。お前は鈴仙を愛している」

 とっくの昔に枯れちまった。

「お前は鈴仙を愛している。お前は鈴仙を愛している。お前は鈴仙を愛している」

 俺にはもう一欠けらも残っちゃいない。

「お前は鈴仙を愛しているお前は鈴仙を愛しているお前は鈴仙を愛している」 

 だからボロが出る。

「鈴仙を愛している愛している愛している愛している愛している愛している」

 だが愛ってものがどんなものかは判ってる。

「鈴仙を愛している愛している愛している愛している愛している愛している」

 マジになることだ。

「鈴仙を愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して愛して」

 だから、マジになるまで狂っちまえばいい。

「愛して愛してヒヒ愛して愛して愛してひひ愛ヒヒヒ愛して愛して鈴仙ひひひひ
 鈴仙が鈴仙が鈴仙がヒヒヒヒ愛しい愛しい愛しいお前はお前はお前は俺が鈴仙を鈴仙ヲ
 鈴仙鈴仙ヒヒひひひひ愛して愛して愛が愛が愛鈴仙俺は俺は俺を愛して愛する鈴仙――」


 
 俺は鏡の中の俺にとびっきりの呪いをかけた。

 鏡の中の俺は俺にとびっきりの呪いをかけた。 



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「はっ、あっ……んっ」

 口から切れ切れの吐息が漏れる。

「んくっ、んっ……はあっ」

 指の動きは止まらない。

『いいよいいよ、その調子。頑張って気持ちくなろーね』

 耳に残るあの人の言葉を思い出しながら、私は部屋の中で一人、自慰をしていた。



「本日もお仕事日和です。という訳でいってみよう。気持ちいいのと、それ以外。どっちがいーかな?」

 いつものように昼食後に部屋に訪れた男は、親指と人差し指を立てて見せた。

 前日まで付け加えられていった内容が削られ、選択肢がたった二つに戻っていた。
 ここに来て、最初に投げかけられた時と同じ内容。
 けれどあの時とは違う。
 それ以外を選ぶ事に、激しい恐怖に駆られた。

 今までずっとそれ以外と答え続けてきた。
 犯されるのは嫌だから、犯されない選択肢を選んでいたつもりだった。
 それ以外と答え続けてきたが為に、私はお尻を叩かれ、目隠しをされて鞭で打たれ、あまつさえ多くの男たちに撫で回される目に遭って来た。

 確かに犯されてはいない。

 けれど、これからも本当に犯されないという保証はどこにもない事に気がついた。

 今まで気持ちのいい仕事が即ち犯される事なのだと思い込んでいた。

 でも、どうだろう。
 犯される事が気持ちいいの?
 そんなはずない。
 数え切れない男たちに身体を揉みしだかれても、気持ち良くなどなかった。
 苦しくて、辛くて、恥ずかしくて、ただ気持ち悪いばかりだった。

 怖いのも、痛いのも、痛くて怖いのも、恥ずかしいのも。
 それらは全て私に対して向けられる悪意だ。
 今まで男が口にしていた気持ちのいい仕事とは、男が気持ち良くなる事だと思い込んでいた。

『具体的に言うと、ちんぽ突っ込んじゃったりします』

 確かに男はそう言って、実際に自らの男性器を見せ付けるような真似までした。

 けれど。

『うちの鈴仙が痛がってるじゃねぇか。ああ? すぐにやめろ』

 縄で縛られ吊るされている私に乱暴を働こうとした男の企みを、全力で阻みもした。

 男は軽薄でとてもいい加減のように思えるけれど、仕事に対しては忠実だった。
 その仕事によって私を苦しめもすれば、守りもする。
 全く理解出来ずにいた男の行動に、一貫性のようなものを見つけることが出来た。

 なら、ひょっとしたら。

 私が気持ちのいい仕事を選んだからといって、即座に犯すような真似はして来ないんじゃないのだろうか。

 それに何より、それ以外の仕事を選ぶのが怖い。
 次に私がそれ以外と答えた時、男はどんな仕事を選ぶのか。
 今までのものよりも苦しい仕事を始めた時。
 その時、私はどうされてしまうんだろう。

 もしかしたら、その時こそ私は犯されてしまうのではないだろうか。

 男は笑っている。
 にやにやと笑って私を見ている。
 カウントダウンで急かすでもなく、猥褻な真似をするでもなく。
 ただ笑いながら私をじっと見つめて、答えを待っていた。
 
「……いの」

 私はさらにしばらく悩んだ後、蚊の鳴くような声で呟いていた。

「ん? 今何か言ったかな? お兄さん良く聞こえなかったなぁ。
 そうそう。今回のお仕事はかーなーり、気合入れて考えましたヨ。今まで適当に思いついたことばっかでしたからネ。
 たーのしみだなー」

 男は聞き取れなかったと耳に手を当てる仕草も交えて言った後、本当に楽しそうに腹を抱えてけらけらと笑った。

 怖い。
 ぞっとする。
 そう言うからには、それ以外の仕事をどんなものにするのかをじっくりと考えたのだろう。
 適当に思いついたと口にする今までの内容でさえ耐え難かったのに、それよりも辛く、激しく、苦しいものが待ち受けているだなんて――

 そんなもの、想像する事さえ苦痛だ。

「……気持ち、いいのが、いいです……」

 私は恐怖に急かされるまま、ぽつぽつと再度呟いていた。

 男は目を丸くした後、いもしない人の耳目を気にするように口に手を立てひそひそと呟き返す。

「それ以外にしない? 今回は本当に凄いんだって。せっかく考えたんだし、試してみたいんだけど」

「気持ちいいお仕事に、して下さい」

 私はスカートの裾を掴み、伏目がちに涙を滲ませながら、再度その言葉を口にした。

「……気持ちいいお仕事ね。了解」

 男は私から離れて顎を擦り、

「オナニーして見せて。今、ここで」

 イスに座ってにっこりと微笑んだ。



「……ん」

 ベッドに腰掛けて、指先で割れ目の下から上までゆっくりとなぞる。
 それを繰り返す。
 くすぐったさに似たもどかしさが少しずつ快感に変わっていく。

 心なし膨らんできた恥丘の筋へと指を差し込む。
 指先がその奥に隠れていた肉芽を探り当てた。

「んっ」

 引き結んだ口から押し殺した嬌声が洩れ出した。
 丸めていた背にぴりっと電流が走り、肩が跳ねた。

「……はあっ」

 指は止まらない。
 止まるどころか両手を使い性器を弄くる。
 右手の指の腹を使い性器全体を撫で上げながら、左手の中指を恥丘の隙間へと挿し込み肉芽を爪弾いた。

「んっ、ふぁ。あっ……」

 気持ちいい。

 私は命令をされて、あの人が部屋から出て行った後も一人で自慰をしていた。

 私が自慰をしている間、あの人は何度か口で促しただけ。
 部屋のイスに座って見つめているだけだった。
 私が衣服の隙間に指を伸ばし、押し殺した喘ぎを洩らす様子を、ただじっと見つめていた。

 指にぬめった粘液が絡みだす。
 滑りの良くなった指を膣口に何度も擦りつけた。

 気持ちいいのは好き。
 痛いのや怖いのよりずっと好き。
 あの人にずっと見られていて恥ずかしいけれど、思っていたよりも苦痛ではなかった。
 大勢の男たちに撫で回される事に比べれば、直接触られた訳でもない。

 だから、もっと気持ち良くなりたい。

 あの人の視線がなくなると、私の指は大胆になっていた。

 私は右手の中指を立て、ぬめりが染み出す奥へと潜り込ませた。

「んくっ」

 背筋が弓なりに反り返り、そのままベッドに仰向けに倒れた。

「あ……はぁ」

 ぬるりと滑った中指は、付け根まで簡単に入り込んでしまった。

 仰向けに天井をぼんやりと眺め、脳裏にちらつくのはあの人の姿。
 意地悪に笑いながら、股間のペニスを取り出していた姿を思い浮かべる。
 私の口の中にペニスを押し込んで、おしっこを飲ませた時の記憶。
 汚らわしくて、忘れよう忘れようとしても記憶に焼きついていて消えなかった。

 私がしている間も、あの人の股間は勃起していたのだろうか。

 くちゅくちゅと音を立てて指を出し入れする。
 産毛が逆立つ静電気のようだった感覚が、背中でぱちぱちと弾けた。
 指を入れているだけでは物足りなくて、シャツ越しにでも判るほど固く立っていた乳首を摘んでこねた。
 少し強く摘むと、痛みに混じって痒さにも似た感覚が生まれる。
 癖になりそうな感覚だった。

『可愛いよ。鈴仙』

 目の前でにっこりと微笑む姿。

 あんな風に笑う事も、出来るんだ。

 粗野で下品で狂気的なあの人が見せた、優しい笑み。

 私に自慰をさせた後も、あの笑みを浮かべて髪を一撫でした。

 それ以上何も言わず、部屋を後にした。

「はっ、はっ、はっ」

 手の動きを止める事が出来ないまま、私はあの微笑を思い出しながら自慰を続けていた。



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『狂喜の兎 ~鈴仙のいけない手芸教室~』

 $2,843。



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「気持ちいいお仕事とそれ以外」

「……気持ちいいお仕事」

「はいよ。じゃあ鈴仙ちゃん、これな~んだ」

「ええと……」

「はい時間切れ! 答えはローター。頭にピンクも付けると尚良し。はい、復唱!」

「ピ、ピンク…ローター?」

「良く出来ました! じゃ、挨拶ね。
 こんにちは鈴仙! 私ピンクちゃん! 今日から鈴仙のお友達なのよ!」

「……は、はぁ」

 あの人の手の中で振動しているピンクローター(ピンクちゃん?)は、空気を送り込んで飛び跳ねるカエルの玩具を連想させる形をしていた。

「お兄さん、なんだか鈴仙の反応が薄いわ!
 OKピンクちゃん。初めはそんなもんだ。どってことねーよ」

「……」

「なんだか呆れられちゃってるわ! 私悲しい! こんなに愛らしくて持ち易さを追求された親切設計な私が放置なんて!
 初めの印象が悪くたって後で頑張りゃ取り返せる。な? ピンクちゃんの良さが判れば風向きも変わる。そう悩むな」

「あの」

「あたしは言うなればエロスの妖精さんよ! みんな、あたしにエロスを分けて頂戴!」

「はぁ」

「らめぇ! みんなのエロスが集まると振動しちゃうう!」

「それって、貴方がスイッチを押したから動いてるんじゃ……」

「しっ! 世の中知らない方が幸せって事もあんの。ピンクちゃんが知ったら傷つくでしょ?
 ピンクちゃんって結構ナイーブだから、身体的特徴を挙げつらうのはNGだからね」

 真剣な顔つきで口に人差し指を立てた。

「あ、はい。す、すいません」

 これって私が悪いのかな?

「何々。鈴仙と二人でなんの話なのお兄さん?
 はいはい、ピンクちゃんはエロス注入されてようね。
 らめぇ!」

「……」

 声色を使い分けた小芝居のようなものを見せられた後、あの人は私にピンクちゃんを手渡してきた。
 扱い方の説明を耳打ちされ(ピンクちゃんに聞こえない為の配慮らしい)、改めてピンクちゃんを見下ろしてみる。

 用途といい、どう見ても妖精には見えなかった。

「中に誰もいませんよ?」

 しげしげと見下ろす私に、あの人は口を開けずにお腹から声を出してきた。
 腹話術も出来るらしい。

「……判ってます」 

 無駄に芸達者なのはどうにかして欲しいと思った。



 ピンクローターの扱い方はすぐに覚えた。
 スイッチを入れて細かく振動をするローターを、気持ちの良い場所に当てる。
 それだけで、指とはまた違った快感が全身を駆け抜けた。

「はっ、あっ、やぁっ! 凄い、びりびりして、頭、痺れてっ」

 スイッチのある本体に目盛りがついており、強に振れば振るほど振動の激しさが増す。
 いつの間にか腰が浮いて、私はベッドの上で身悶えた。

 それでも本体を握り締めたまま、ローターを赤く充血したクリトリスに押し当てたまま手放せない。
 あの人の前だからと声を殺し、視線から逃れてしていたのが嘘のよう。
 私はネクタイを締め、靴下を履いただけの裸同然な姿で自慰に耽っていた。

 気持ちいい。
 気持ち良くてやめられない。
 あの人に言われなくても、部屋にいる間気がつけば自慰をしている。
 それでもローターを持たされるのはあの人が仕事に来る時だけだから、その間にこの感覚を味わっていたい。
 この振動が気持ち良くて堪らない。
 もっと、欲しい。

 私は自らの欲求に従って、クリトリスに押し当てていたローターを割れ目の奥へ――膣の中へと入れてみた。

 とっくに愛液で濡れ切っていた膣の中に、ローターがぬるりと入り込んだ。
 指から離れたローターが、お腹の中で不規則に暴れる。
 信じられないくらい気持ちが良かった。

「ひあっ、ああっ! 頭、白く、なって。飛ぶ。どこか、飛んじゃうぅっ――」

 ぱちんと頭の中で何かが音をたてて弾けて、真っ白になった。
 身体がぎゅっと締め付けられるような緊張の後に、疲労感がどっとのしかかってきた。

「はっ。はっ。はっ」

 ぼんやりと天井を見上げて荒い呼吸を続けていると、ひょっこりと顔を覗き込まれた。

 あの人だ。
 部屋の壁際に置かれたイスに腰掛け、私が乱れる様子をじっと見つめているだけのあの人。
 見られる事が恥ずかしかったのに、最近は一人ですると物足りなさを感じる。
 ローターを使える事も含めて、部屋にこの人がいると気持ちよさが跳ね上がった。

「イッたね、鈴仙」

「はっ、はい……」

 あの人は優しく微笑んで、私の髪を撫でてくれる。
 気持ちのいい仕事を選ぶようになってから、私に手を上げたりする事はなくなった。
 以前は手を伸ばされると叩かれるんじゃないかと不安で怖かったけれど、今はそんな事もなくなっていた。

 気持ちのいい仕事を選んでいると、この人はとても優しく私を撫でてくれる。
 気持ち良くなれる上に、優しくされるのが心地良かった。 

「鈴仙ってあそこが特に敏感なんだねぇ。ピンクちゃんをぱっくり咥え込んじゃうくらい、堪らなかったんだ?」

 あの人はローターをぶら下げて見せた。
 絶頂の虚脱感に手放していたそれは、透明の粘液で――私の愛液にまみれて濡れていた。

 快楽に溺れるまま自らの膣内に押し込んだそれを見せられ、忘れかけていた羞恥心が戻ってくる。
 目の前で、腰を高く上げて見せ付けるような真似までしてしまった。

「はい、あの…す、すみません」

「いいんだよ。俺エロい子とか好きだしさ。鈴仙、可愛かったよ」

 ローターを小脇に置いて、伏目がちに視線を逸らした私の前髪を指に絡めるように一撫で。

 この人が度々口にするようになった可愛いという言葉に、私はまだ慣れていない。
 ますます恥ずかしくなってしまい、顔を直視する事が出来なかった。

「ちょうど良かったな。そろそろピンクちゃんだけじゃ物足りなくなってきたんじゃないかってね。お兄さんこんなものを用意してみました」

 前髪で目元を隠す私に、あの人は赤いジャケットの裏からなにやら取り出す。
 握ると少し上下に余る棒状の物。
 見覚えの在る形をしたもので、こういうのもなんだけど、私はそれが何なのか知っていた。

「……は、張り型」

「そ。張り型。バイブ。
 ひょっとしてさ、鈴仙の初めてってこれを使ったりしてない?」

「そ、それは」

 口ごもる私に、あの人は急に顔を寄せるとくんくんと鼻を鳴らした。

「……ふむ。鈴仙、男嫌いでしょ? 単純に毛嫌いしてるってだけじゃなく、性癖でも。同性愛者でレズビアンって事だ」

 私の髪や耳元の匂いを嗅いだ後、間近から私の顔を覗き込んできた。

 どうして。

 ずばりと言い当てられ、私は返す言葉を失ってしまった。
 驚き呆然と見つめ返す私に、あの人はあっさりと顔を引くと

「ああ、別に責めてる訳じゃないし貶すつもりもないよ。お兄さん性に対して寛容です。本当は女の子とちゅっちゅしたいんだろうけど。
 ま、これで我慢してネ」

 私の手に張り型を握らせると、ベッドから離れて壁際のイスまで戻っていった。
 私は身体を起こして、イスに腰掛けているあの人に訊ねる。

「……どうして、判ったんですか?」

 同性愛者だという事。
 私が処女を失った時も、この男性器を模した張り型を使った。

 あの人はにこりと笑って自分の鼻を指差した。

「犬って鼻が利くんだよ」

 肩を揺すって笑いながら、そんな答えとも付かない答えを返した。



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『狂喜の兎 ~鈴仙のいけない月見団子~』

 $3,388。



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「あ、はん。はあっ」

 固くしこった乳首を摘む、揉む、こねる、はさむ。

「そうそう。乳首も重要な性感帯の一つだからね。その調子でしっかり弄ってようね」

 くちゅくちゅと嫌らしい音を立てて、愛液で溢れる私の膣内にあの人は手にしたバイブを出し入れする。

 あの人はベッドの端に足を広げて腰掛けた私の前で屈み、自慰を手伝ってくれていた。

 それを望んだのは私。
 普段通り壁際のイスに座って私を見つめるあの人と言葉を交わすうちに、

『ちょっとマンネリ化してきたんじゃない?』

 そんな事を言われた。

 気持ちが良い事には変わりはないのだけれど、確かにローターもバイブも使い始めた頃と比べると段々快楽の幅が小さくなってきている。
 初めは指やローターで軽く性器の周りを撫でて徐々に気分を昂ぶらせて、それから敏感なクリトリスや膣内で一気に弾けさせる。
 なんと言うか、パターンを自分で作ってしまっている事に言われて初めて気がついた。

『何なら手伝ってあげるよ? お触り本番なしで。どう?』

 嫌らしい笑みを浮かべるでもなく、ちょっとした仕事に手を貸すような調子で申し出てきた。
 私はその提案に少し迷いはしたものの、頷いた。

 知っていた。
 仕事をしている間は、この人は嘘をつかない。
 私を撫で回したり犯すような真似はしないって。

「ほら、鈴仙のまんこはこんなに物欲しげにしてるよ。先っぽでここを擦られると気持ちいいのかな?」

 あの人は手にしたバイブをただ出し入れするだけではなく、複雑にひねりを加えて私の膣内をえぐった。
 今は斜めに膣壁を突き上げるように、先端をぐりぐりと擦りつけている。

「ひ、あはっ、そこ。いい、いいですっ」

 私は思わず乳首を弄る手を止め、背中を丸めて固柔らかいバイブの感触に震えていた。

 彼はとても上手かった。
 上手いと言うか、とてもエッチだった。

「ぐちゅぐちゅ音をたててるよ。聞こえる? 熱々のシチューをかき混ぜてるみたいだねぇ。
 ほら、下のビラビラがこんなに真っ赤に充血しちゃってるよ。こうやって抜こうとするともっと欲しいってバイブに吸い付いてくるネ」

 バイブで私の自慰を手伝うだけでなく、言葉で説明をしてきた。
 それが恥ずかしくて仕方がないのだけど、同時に気持ち良くもある。

 他人にされるという新鮮味に加えて、私の弱い場所、感じる場所を見つけては刺激し、時にわざと焦らして私を昂ぶらせる。
 男にされているという嫌悪感は、すぐにどこかへ吹き飛んでしまっていた。

「あ、はああっ、ダメ。あ」

「そんなに一生懸命腰を使っちゃって。もっと欲しいんだね。
 じゃあさっき教えた通りの事、言えるかな? 上手く言えたらご褒美に鈴仙のクリちゃんも可愛がってあげるよ」

 そして、偶に意地悪だ。

 片手でバイブを抜けそうで抜けない位置で固定したまま、空いた手にローターを摘んで見せる。

 私は自ら腰をくねらせながら、すっかり熱く火照った顔で見上げてくる彼の顔を見つめた。

 もっと欲しい。
 もっと気持ち良くなりたい。
 もっと、もっと、もっと。

「……鈴仙はエッチな兎です。オナニーが大好きです。バイブでおまんこずぷずぷするのが、大好きです」

 言われた通りに従っていれば優しくて、気持ち良くしてくれると知っていた。

「はい、いい子だね鈴仙。良く出来ました。じゃあご褒美ね。そら、イッちまえ!」

 バイブを突き入れ私の弱い場所を激しく擦り上げながら、振動するローターをクリトリスに押し当てた。

「ひゃあっ――」

 口から素っ頓狂な悲鳴を上げて、私の背がエビゾリに反り返る。
 汗を吸った髪が、私の周囲を取り囲むように広がるのが見えた。

 仰向けにベッドの上に倒れ込んでも、あの人は手も口も休めなかった。

「まだまだ。もっともっと気持ち良くなろうね! そら、もっとイけ。何度でもイけ、鈴仙!」

「だ、だぁめぇっ、今、今敏感で、はひいっ、おかし、おかひくなるっ」

 仰け反り身悶え、のた打ち回って嬌声を上げる私を、あの人はさらに何度も何度も絶頂へと導いた。
 頭の中で白い光が何度もぱちぱちと弾け、炸裂して、それでも快楽はやまない。
 記憶が途切れがちになりいつの間にかうつ伏せになっていて、私は手繰り寄せた枕にしがみついて腰を高く上げていた。

 そうした方があの人に良く見えて、私を気持ち良くし易いと思ったから。

「なんてエロイ兎なんだ鈴仙! 鈴仙ってばいい子過ぎるよ! もっともっとご褒美あげるからネ!」

 四つん這いになった私を何度も褒めてくれながら、あの人は私をイかせ続けてくれた。

「はひいっ。もっろ、もっろイきまふぅ!」

 何も考えられなくなるまでイかせてもらえた。

 私は途中で気を失っていた。



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『狂喜の兎 ~鈴仙のいけない餅つき~』


 $7,683。



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 歌声が満ちる。

 歌っているのはあの人だ。

「鈴仙お豆を剥きまっしょう~ 剥き剥き 剥き剥き 剥き剥きぺろん♪」

 あの人は良く歌を唄っている。

「兄さんバナナを剥きまっしょう~ 剥き剥き 剥き剥き 剥き剥きずるん♪」

 内容は、その。
 なんと言うか。
 言葉にして評価するのは難しいのだけど。

 とりあえず、唄っている間は物凄く楽しそうだ。

「……あの」

「何?」

 躊躇いがちに声をかけると、彼は視線を手元から私に向けた。
 歌の邪魔をして怒り出すんじゃないかと思ったけれど、特に機嫌を損ねた様子はない。
 ……と思う。

 唐突にころっと表情が変わるので、彼の感情の機微を察するのは難しかった。

「そ、その……そういう歌なんですか、それって?」

 下手に褒めたりすると逆効果だというのは初日に判明しているので、なるべく当たり障りのない言葉を選んで訊ねてみた。
 正直に言えば、目の前で唄われていると集中するのが難しい。
 歌詞の内容がなんだか暗喩を含んでいるようで。

「うんにゃ? ただの替え歌。元の歌はもっと違う歌詞だよ。聴く?」 

「は、はい」

 小首を傾げた彼に、私は頷いた。
 元の歌詞があると言うのなら、彼が普通の歌を唄っているところを聴いてみたい気もした。
 歌詞はともかく、歌声は綺麗だったから。

「はい。リクエスト入りました。それじゃ行くよ?

 母さんまめこを突きまっしょう~ ずんずん ぱんぱん あんあんどぴゅっ♪

 近親相姦ものだネ」

 ……絶対嘘だ。

 まだいまいち彼の事が判らなかったけれど、これはどういう事なのかすぐに判った。
 わざと意地悪をしている。
 私を見る目が笑っており、実際口元もにやにやとにやけていたので間違いはない。
 
 彼はだいぶ優しくはなったけれど、根っこの部分は意地悪な性格を残したままだった。

 私はあの人と一緒に広間のテーブルに突き、食事の準備をしていた。
 丸々と育ったえんどうの実を取り出す前で、あの人は果物ナイフで果物の皮を剥いてさくさくと切り分けていた。
 今まで家事や雑事に呼ばれる事はなかったのだけれど、さすがに四六時中部屋の中にいると息が詰まるので、簡単な作業であっても気晴らしにはなった。

 もうここでどれくらいの日々を過ごしているのか、正直言って良く覚えていない。
 一〇日は確実に過ぎていて、二〇日は過ぎたかどうか判らない。
 ここにいるのが嫌で嫌で堪らなくて、永遠亭の誰かが一刻も早く着てくれることを毎晩祈っていたけれど、今はそれもなくなっていた。

 私を助けに来てくれる人はいない。
 師匠も、姫も、てゐも、私の事を忘れてしまったのか。
 忘れられるのは辛いから、見つけられないのだと思う事にしていた。

 えんどう豆を開く手を止め物思いに耽っていた私に、彼はため息をついた。

「あーらら。信じてもらえませんね。お兄さん悲しいです。悲しくってついディテールに凝ってみました。ほーらおちんちんですよー」

 そう言って、手にした物を私の顔に近寄せてきた。
 差し出されてきたものは白くて少し黄色がかった長細い形の果実で、バナナというらしい。
 初めて目にするそれは、彼が手にした果物ナイフで切りこみを入れられ、その――男性器の形に酷似していた。

 相変わらず意地悪なところがあるので、油断をしているとすぐにこういった事をしてくる。

「料理の役得はつまみ食いですヨ。バナナ美味いよ? ほら、遠慮なくぱくっと」

 確かに甘い香りが漂って入るのだけれど、なんとも口に入れ辛い形をしている。
 けれどこのまま待たせてへそを曲げられても困る。
 形は似ているものの本物という訳ではないし。

「……頂きます」

 差し出されるバナナの先っぽを頬張った。
 ほのかな甘みが口の中に広がる。
 果肉はしっかりとしている割りに柔らかく、初めて口にする物の割には違和感を感じない。
 むしろ、美味しかった。

 ううん、とても美味しい。

「美味いでしょ。おまけに栄養価が高くて身体にもいい。昔は薬代わりに、病院に入院した時だけお見舞いに差し入れられる高価な代物だったんですよ」

「そう、なんですか」

 そんな話を聞かされながら、そのままバナナを手渡される。
 私はそれを受け取り、二口三口と頬張った。
 
 多分ここは外界で、この人は外来人なのだろう。
 外に出て目にしたあの異質な光景。
 どこもかしこも人間で溢れかえった街。
 少しくすんだ空の色を思い浮かべている内に、私は咀嚼する動きをぴたりと止めた。

 彼の言葉で、少し引っかかる部分があった事に気がついた。

「……高価、なんですか」

 そういった物が易々と私の口に入っているかと思うと、また何か意地悪をされる前置きなのではないかと警戒してしまう。
 不安に駆られる私に、彼は手をひらひらと左右に振った。

「あー、他意はねーですよ。単にそんな時代もあったって事。今じゃどこにでも売ってるからねぇ。ありがたみもクソもありゃしませんネ」

 皮肉っぽい口調で揶揄してけらけらと笑った。
 何かと皮肉っぽいのも彼の特徴だ。
 あと口も悪い。
 けれど芸達者で、刃物の扱いが上手い。
 喋っている間も手は休まず、バナナを手渡した後は真っ赤に熟れた林檎の皮をしょりしょりと剥き始めていた。

「……」

 薄い皮が長く尾を引いて垂れていく様子を、私はバナナを頬張るのも忘れてじっと見つめていた。
 林檎の皮は途切れる事もなく、綺麗に繋がったまま剥き上げられた。

「何?」

「え。……なんでも、ないです」

 いつの間にか見入っていた所に声をかけられ、私は視線をきょろきょろと泳がせ蚊の鳴くような声で呟いた。
 手元に残っていたバナナを頬張り、伏目がちにもぐもぐと咀嚼する。

「そ」

 短く呟くと、あの人は二つ目の林檎に手を伸ばし、皮を剥きながら再び歌を唄い出す。

「兄さんリンゴを剥きまっしょう~ しょりしょり しょりしょり しょりしょりりん♪」

 しょりしょりと皮を剥いて行く様子を、歌声に耳を澄ましながら上目遣いに窺う。

「形に沿って切りまっしょう~ しょりしょり さくさく しょりりんりん♪」

 今度は林檎を持つ手を細かく動かして皮を剥きながら、さくさくと斜めに切り分け芯を取っていく。

「目ぇ鼻口も付けまっしょう~ さくさく ちょんちょん 出来上がり♪」

 何が出来たのだろうと見ていると、彼は切り分けた林檎を私に差し出してきた。

 切り分けられた林檎は兎に似せられていた。

 残った皮を斜めに切って耳に見立て、目や鼻や口まで細かい細工が施されていた。

「どうぞ」

「あ、ありがとう…ございます」

 林檎の兎が私の手の平にちょこんと乗せられた。

「じゃ、さくっと終わらせて早くご飯にしよっか。お兄さん腹が減ってきました。
 今日の晩飯はハム入り豆ご飯炒めに、水餃子。アヒルの燻製包み焼きに湯引きした豚ときゅうりのゴマダレ風味。後はフルーツ盛り合わせですよっと」

 楽しげに鼻歌を歌いながら、彼はそのまま料理を始めた。
 私がしたことと言えばえんどう豆を剥いたくらいで、料理は全部彼が作った。

 ……なんでも出来るんだ、この人。

 ジャグリングといい、犬の鳴き真似といい、そういった芸能だけでなく一般的な家事もこなせるみたい。
 果物の皮剥きも上手かったし、火の扱いのも慣れた様子だ。
 芸達者な事は知っていたけれど、家事一般までこなせるのは意外だった。

 ひょっとして、私より上手いんじゃないかしら。

 私は広間のイスに座り、用意した材料を使って彼がキッチンできびきびと料理する背を見つめていた。

 鼻歌に続いて、歌声も聞こえてきた。



「母さんお肩を叩きまっしょう~ とんてん とんてん とんてんとん♪」
 


 替え歌にして唄っていた、あの歌だった。
 それが多分、元の歌詞なんじゃないかと思った。

「母さんお肩を叩きまっしょお~♪」

 そういう歌なのか、あの人はそのフレーズを繰り返し繰り返し唄い続けた。
 私は席に座り、彼が作ったリンゴの兎と一緒にその歌を聴いていた。
 手の込んだ細工が施されていて、なんだか食べてしまうのが勿体無かった。

 彼が手ずから作った見た事のない料理を食べて、辛味の利いた味に目を白黒させていたもののすぐ病み付きになって。

 最後に出されたフルーツの盛り合わせには可愛い林檎の兎が群れで現れて、私は少しはにかんだ。



 食欲を満たされると、仕事の時間。

 いつものように気持ちのいい仕事を選んだ私は、あの人と二人でベッドの上にいた。
 やはりいつものようにネクタイと靴下は付けたまま(脱ぐのは無粋らしい)、彼は私を背後から抱きすくめている。
 私の脇から伸ばされた右手は、股間へ。

「鈴仙のおまんこ、熱々だね。それにお漏らししたみたいに濡れてるよ。俺の指をきゅうきゅう締め付けてきて、赤ん坊みたいに吸ってるねぇ」

「ふぅんっ、んんっ、んぅっ」

 バイブやローターを使われている内に判った。
 料理の手伝いをして手先が器用だということも知った。

 だから、指で直接触れられても気持ちいいんだって、私はその事を判ってしまった。

 器具を使ってされた時と一緒で、思っていた通り指使いも上手かった。
 繰り返し絶頂へと導かれる度、男性への嫌悪感は頭の片隅に追いやられていって、今ではもう感じられないほどになっていた。

 女の子同士でする時だって、触ったり指を入れたりしたから。
 だからこれも一緒なんだと言い聞かせているうちに、本当にそう思えるようになっていた。

 お尻の下に感じる固い感触を意識しながら、それも徐々に遠くなりつつあった。 

 人差し指と中指で膣の中を充分にかき混ぜられ、折り曲げられた指先が膣壁をくすぐるように掻きながら、空いた左手は私の胸元へ。

「鈴仙のおっぱいはお椀型だね。うんうん、美乳。少し汗かいてるのがまた、しっとりしてて触り心地良いよ」

 乳房を手の平に乗せて柔らかく揉み解しながら、乳首をこねられる。
 肌を直接触れられることに違和感すら感じられず、それだけで身体がよじれる。

「ふっ、んんっ」
 
 摘まれた乳首があらぬ場所で擦れ、膣内の指が思いも寄らない場所に当たるのを期待して腰をひねっていた。

「感度は上々。おねだりも随分上手くなっちゃって。お兄さん嬉しい限りです」

「やぁ、これ。ちがっ」

「違うのかな? ふーん」

 膣内からぬるっと指が抜かれると手の平全体で私の股間を一撫でする。

「じゃあこれは何かな?」

 見るまでもなく、あの人の右手は愛液で濡れていた。
 目の前で指を擦り合わせて、ねちゃねちゃと湿った音をたてる。
 愛液が細い糸を引いて滴る様子を見せ付けられた。

「こ、これは――」

 さっきのは、言葉のあやで。
 いつの間にかねだっていながら、それを指摘されたから恥ずかしくて。
 なのに身体は中途半端に愛撫の手を止められて、火照ったまま。

「鈴仙のお股はこんなにエロいおつゆびしょびしょで、シーツに染みまで作って。なのに違うんだ?
 女の子が好きで、男が相手だといまいち乗り切れないはずなのに、指だけでこんなになって?
 素直になろうよ」

 あの人が私を乗せたまま腰をくいと動かした。
 お尻に当たっていた硬い感触。
 巧みに私の股下に潜り込んで、軽く刺激をする。

「幾らでも素直になって良いんだよ。ここには鈴仙の知っているおっかなーい人たちは誰もいないんだからね。
 誰も咎めないし、誰も非難したりしない。鈴仙は好きなだけ気持ち良くなっていーんだよ?」

「あ、んっ。ふ」 

 くいくいと、私の股下で硬い感触が蠢く。
 あんなに犯されるのが嫌だったのに。
 男の人に触られる事すら嫌悪していたのに。
 
 私はいつの間にかもじもじと腰をくねらせ、布一枚隔ててペニスに自らの性器を押し付けていた。

「そんなにすりすりされてると、それだけで出ちまうよ」

 冗談交じりにおどけるようないつもの口調で、あの人は耳元で囁いた。

 私の愛液でぬめる右手をお腹に当てると、下へ下へと滑らせる。
 人差し指で肉芽を探り当てると、引っかくように指の腹で転がされる。

「はっ、あっ。んんっ」

 それでも腰の動きが止まらない。
 私の性器のすぐ下で、はちきれんばかりに大きくなったペニスの形が判る。
 その隆起した膨らみに擦り付けるのが気持ち良くてやめられない。
 クリトリスを弄られるだけでは満足出来ない。
 いつの間にかそういう身体になってしまっていた。

「どう? 入れて欲しいのかな?」

 布一枚を隔てて、あの人のペニスがある。
 食事の前に細工をして見せたあのバナナと同じ形をした、あの人の性器。
 私の膣内に何度も突き入れられたバイブと同じ。

「言わないと判らないよ?」

 擦り付けるだけはもどかしい。
 もっと欲しい。
 指で触られているだけでは物足りない。
 入れて欲しい。
 でも怖い。
 怖い、けど。

 気持ち良くなりたい。

「――あの」

 私はちらと肩越しに振り返る。
 続く言葉を吐き出すために、生唾を飲み込んで渇いた咽喉を湿られた。

「避妊、して……くれますか?」

 怖いのは妊娠してしまう事。
 だから、避妊されたら。
 避妊してもらえれば、男の人にされるのも我慢、出来ると思う。

「いいよ」

 私の言葉にあっさりと頷いた。
 背後でごそごそとジャケットを探るのが判り、取り出した何かを私に見せる。

「コンドーム。ゴムね。こいつを俺のちんぽに被せて……ちょいと失敬。よっ」

 私の腰をぐいと引き寄せ位置を直すと、片手でベルトを外して染みのついたパンツをたくし下ろした。
 ぶるんと硬く勃起したペニスが私の股間の前に姿を現す。

 お、大きい。

 今まで目を逸らし続けてきたはずのものから、目を離せずにいる。
 私の股間の前で、生々しい肉の質感を伴いぴくぴくと震えている。
 私が夢中で秘所をこすり付けたりしていた所為か、先端が濡れていてずり下ろされたパンツと擦れて糸を引いていた。

 胸の奥がどきどきと高鳴る。
 嫌悪感よりも、期待の方が強いことに自分自身驚いていた。

「鈴仙、ちょっと手伝って。こいつを先っぽに当てて」

「は、はい」

 彼から避妊具を手渡され、まるで二人羽織出もするように促される。

「そうそう。そこに当てて、輪っかをくるくるくるっとね」

「こう、ですか」

 声と手の動きで誘導されながら、私は薄い皮膜のような避妊具をペニスに被せた。
 被せる時に直に触れて判った。
 とても硬くて、熱い。
 バイブとは違った質感と熱に、私の胸がどきどきと高鳴った。

 それが緊張の為なのか、これからされる事への期待なのか、私自身良く判らなかった。

「上手に出来ました。いい子だね。じゃあ今から気持ちよくするけど、その前に一つだけ」

 私の顎に手が添えられる。
 肩越しに振り返らされて、顔を覗き込まれる。

「今の鈴仙は正気じゃない」

 あの人の黒い瞳は、以前見せた狂気に染まっているものと思っていた。

 けれど。

「見ず知らずの場所に閉じ込められて、毎日毎日弄られて、おかしくなっちまってるんだ」

 狂気など一欠けらも感じ取れない真剣な眼差しを、互いの吐息が触れ合うほどの距離で向けていた。
 その目に見つめられて、何故か私の頭の中に永遠亭のみんなの顔が浮かんだ。

 師匠。
 姫様。
 てゐ。

 私は―― 

「だから全部俺の所為にすればいい」

 この人は避妊具だけでなく、私が後になって探すであろう言い訳まで用意してくれていた。

「抱くぜ?」

「あ、はぁ、はい」

 この人の言葉を拒めない。
 身体はどこまでも欲望に突き動かされて、この人に抱かれる期待で鼓動が激しさを増す。

 抱かれる。
 今から本当に、男の人に抱かれてしまう。
 ペニスが私の中に。

 腰を持ち上げられ、避妊具を被ったペニスがあてがわられ、ゆっくりと腰を下ろしていく。

 ぬるっと、熱いものが私の膣内に抵抗無く入ってきた。

「あっ、んっ? くふ……も、もう、入って?」

「今で半分。ほら、動くと判るだろ?」

 あまりにもあっけなく受け入れてしまっている事に驚いて、その驚きも彼が腰を使い始めるとすぐに押し流されてしまう。
 とんとんと腰を上下され、そのリズムに合わせて私も腰を振ってしまう。

「前屈みになって、こう尻を突き出して。そうだ。自分で動いて気持ちのいい場所を探してみな?」

「はぁ、はっ、はいっ」

 言われた通りに腰をくねらせる。

 擦る。
 ひねる。
 えぐる。
 かき混ぜる。

 気持ちいい。
 気持ち良くて、やめられない。

「こういうのはどうだ?」

「あくっ」

 お尻の肉を掴まれ、一気に奥まで突き入れられた。

「ここを擦られるのが好きだろ?」

「ひっ、いっ、いいっ」

 膣壁をごりごりと擦られた。

「ほら、手がお留守になってるぜ?」

「ひぅん、あっ、おっぱい、あっ、気持ち」

 背後から伸びてきた手に胸を揉みしだかれた。

 バイブでされた時のような激しさは無く、初めて挿入されたペニスに馴染ませるように、ゆっくりとした腰使いだった。
 私の膣が嫌らしい水音をたてながら、あの人のペニスの形に馴染んでいくのが判った。

 まるで、恋人にされるように優しくされた。

「あっ、ふぅん、んっ、ダメ、あ、大きい、大きいのが、きて、い、イきそう」

「よし。ならスパートかけるか」

 ペニスに馴染んで違和感が消えて、あられもない声を上げて跳ねだすと、あの人は私を激しく犯した。
 私の腰の動きに合わせて何度も下から突き上げられ、その間も休まずクリトリスをこねられ、気持ちよさの余り腰が抜けそうになった。
 
「あっ、あっ、ひっ、はっ、ひゃ、あひっ」

 もう言葉にもならず、私は突き上げられる度にあの人の上で喘ぎ続ける。
 耳朶打ついやらしい水音が、肉と肉がぶつかり合うに遮られ聞こえなくなっていく。

 気持ちいい。

 何も考えられない。

 気持ちいいの。

 それしか考えられない。

「い、イく、イきますっ」

「俺もイくぜ」

 抱き締められ、深く根元まで突き上げられて、私は絶頂に達した。

「ひぁっ――――」

 丸めた背中が自然に伸びて、声にならない嬌声を上げた。
 何を叫んでいるのかも判らなくて、判ったのは膣の奥深くまで貫いたペニスが痙攣でも起こしたように震えていた事。
 避妊具の先に、彼の精液が吐き出されて溜まるのが判った気がした。

 ぐったりとした虚脱感が訪れる。
 息は荒く、整える事も出来ない。
 頭の中がどろどろに蕩けたようで何も考えられない。
 気がついたら私は仰向けになっていて、私はあの人と繋がったまま天井を見つめていた。

 ……温かい。

 お腹の中が。
 背中が。

 あの人に抱き締められて、私は快感の余韻に浸った。

「鈴仙」

「あ、んっ…んむ」

 名前を呼ばれ、答える前に唇が塞がれる。
 キスをされた。

 今頃になって気がついた。
 今まで散々な目に遭わされて、避妊具をつけたと入っても交じり合って、今もこうして繋がっているのに。
 口付けだけはまだ一度もされた事がなかった。

 唇が触れて、重なり、覆われる。
 舌が私の唇を舐めるのが判る。
 口づけを交わしたまま、中断していた愛撫の手が始まる。
 今までが釜に次々と薪をくべるようだとしたら、今度は種火が消えないように見守っている。
 強張っていたを身体がゆっくりと解されていった。

「鈴仙の唇は甘いねぇ」

 一度離れてぺろりと唇を舐めてから、あの人は繰り返し私にキスをした。

「んっ、はっ、んっ」

 私は自分からせがむようにキスをしていた。
 何度も唇をついばまれ、覆われ、重ねられる。
 優しいキスだった。

 いつものような下品な言葉も無く、あの人は私の唇を何度も舐めては重ね、舌を口の中に差し込んできた。
 尾を引く余韻に包まれて、まどろむような口付けをした。 

 いつの間にか、私は永遠亭のみんなの顔を思い出す事が出来なくなっていた。



 みんなごめんなさい。

 私は、もうダメです。



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『狂喜の兎 ~鈴仙のいけないお夜食~』
 $10,228



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 部屋の中にあの人がいる。

 テーブルに座り私と向かい合う形で、手にしたカップを傾けている。

 湯気の昇るカップには黒い液体が注がれていて、香ばしい香りが私の鼻腔をくすぐっている。
 コーヒーという飲み物らしい。

 そのまま飲むと苦いらしいので、砂糖とミルクも用意されていた。
 私はカップに視線を落としたまま、顔を上げる事が出来ずにいた。

 この人の顔を見ると、昨夜の事がどうしても頭に思い浮かぶ。
 上に跨りあられもない痴態を見せ付けた事。
 あれだけ拒んでおきながら、欲望のままに羞恥心すら忘れて跳ね回っていた事。
 そんな私を貶すでも貶めるでもなく、唇を交わしたあの優しい時間。
 その穏やかな記憶は、やはり夢などではなく眠りから覚めても私の頭に残っていた。

「で。なにさ話って?」

 あの人はずずずっとコーヒーを啜って、黙りこくる私を促した。

「あの……」

 私はちらちらと目の前に座る人の表情を盗み見る。
 特別不機嫌でもなければ、上機嫌でもない。
 笑ってもいなければ、怒っているのでもない。
 どことなく、昨日私を抱く前に前置きしてきたあの時の表情と似ていた。

 今なら、悪ふざけを交えたりせずに、私の話を聞いてくれる。
 ……かも知れない。

「お願いが…あるんです」

 私はテーブルの下でスカートの端を硬く握り締めながら、コーヒーカップからあの人の顔に視線を移した。
 顔を上げて真正面から見ることは出来なかった。

 答えを聞くのが怖くて。

「何? 言ってごらん。おにーさんもう鈴仙ちゃんのお願いならなんでも聞いちゃうよん」

「……私を、ここに置いて下さい」

 おどけた口調で促されたおかげか、思っていたより躊躇う事無く私はその言葉を口にしていた。

「売らないで下さい。ここに居させて下さい。なんでもします。なんでも…しますから。どうか」

 私は永遠亭からの助けがこない事に薄々勘付いていながら、帰る当てもないのに、それでもどこかここの生活に馴染みたくないと拒んでいた。

 認めるのが怖かった。

 永遠亭には、師匠がいる。
 月でも最高の頭脳を持つとされる八意永琳。
 月からどれだけ追っ手がやってきたとしても、師匠には敵わない。
 師匠と一緒にいれば、姫様のついででも守ってもらえる。

 その永遠亭に帰れないのだと認めるのが、怖かった。

 けれどここには永遠亭を感じさせるものは何もなくて、それどころか幻想郷ですらない。
 認めたくなくて拒み続けていたその事実を、私はようやく――あるいはついに――認めるしかなくなっていた。

 だって、もう永遠亭で暮らした日々さえ思い返す事が出来なくなってしまったのだから。

 この見知らぬ外界で過ごしていかねばならないのなら、この人の側を離れてはダメだ。
 逆らったりしなければこの人は優しく扱ってくれる。
 意志に沿っていれば守ってもくれる。
 少なくとも、身の安全が保障されている。

 身一つで見知らぬ誰かの元に売り飛ばされて、そこでどんな扱いを受ける事になるのか。
 未知は恐怖なのだという事に、私は気づいてしまった。

「なんでもねぇ」

 あの人はぎしりと背もたれを軋ませると、じろじろと私を値踏みするように眺める。

「何が出来んの?」

「何が――」

 問われて、私は口ごもってしまった。

 何が出来るのだろう。
 能力が無くなってしまった私に出来る事。

「言っとくけど、シモ関係は除外ね。俺の職業柄、鈴仙の代わりなんて幾らでもいるから。
 そういうセクシャル的なものを省いた上で、もっとオリジナリティ溢れる、鈴仙を置いとくことで得られる価値ってのは何よ?」

 私の価値。
 私の価値って――

 何が、あるんだろう。

「く、薬を取り扱ったり」

「あっそう。
 取り扱うって事は原材料が必要なんだね? どうやって用意するの? その材料を集めるのは誰? そこらを探してすぐ見つかるようなもんなの?
 鈴仙の言う薬が出来たとします。妖怪に効くとして、人間にも効くもんなの? 成分は? 効果は? 副作用はある? ない?」

「……ええと」

「鈴仙が出来る事ってそれ一つこっきりで、他にはなーんもないの?」

 他には?
 他に、私が出来る事――

「……ありません」

 ない。
 どれだけ考えても出来る事が浮かんでこない。
 本当に何もない事に泣きたくなってくる。

「売り込みはそれだけ? それっぽっちで、毎日オナニー三昧。美味いもん食って温かいベッドで眠って、気が向いた時にいつでも風呂に入るなんて自堕落な生活送りたいんだ?」

「言ってくれれば、覚えます。家事とか」

「それって言われるまで動くつもりはさらさらないって事? ここでの生活が気に入ったから、売るななんて命令してくるんだよね?
 気に入ったのは気持ち良く過ごせるからであって、少しでも楽をしたいだけだよね? 俺が貧乏であくせくしてる間も、鈴仙は鼻歌交じりに寝っ転がって茶でも飲んでいたい訳だ。
 自分から言い出してきたのだって、今日になってようやくだもんね」

 何も言い返せない。
 この人は私が思っていたほど甘くなんてなくて、初めて出会った時に言った通り、私をどこかへ売り飛ばすつもりだ。

 月にいた時は、地上に逃げる事が出来た。
 幻想郷に逃げ込めるだけの能力も持ち合わせていた。
 でも今の私には何もない。
 月にいたというだけの、ただの兎。

「鈴仙もそろそろ売り頃だしねぇ。まとまった金がどばって入ってくるのはやっぱり魅力的だネ。
 この世界、買い手に困るなんてこたぁなくてね。奴隷を欲しがるような奴らなんだから、どいつもこいつもろくでもねぇ奴だって事は簡単に想像出来ますね。
 俺も大概クズだけど、世の中下には下がいるもんだよ。貧乏人より金持ちの方がエゲツないって相場が決まってるからね。ま、売った後なんて俺は知ったこっちゃねーけど。
 どーしょーもないよねー。手の届かないとこに行っちゃうんだからさ。お兄さん、妖怪でも超人でもない、只の人間だから。目の届く範囲でしかどうこう出来ないのよね」

「……うくっ、うっ、ううっ」

 涙がこぼれた。
 こぼれた涙がコーヒーカップにぽたぽたと落ちた。
 これから私はどうなってしまうのか。
 どこに売られてしまうのか。

 待ち受ける未来が怖くて震えながら、ただ泣き続けた。

 あの人は私の顎に手を添え、俯く私に上を見上げさせる。
 目の前に、あの据わった黒い瞳が私を凝視していた。 

「鈴仙。自分が今までどれだけ安易に安穏と過ごしていたのか、判ったかな?」

「……ごめんなさい」

 問われて、謝罪の言葉が自然と出てきた。

「ごめんなさい、ごめんなさい。ごめんなさい」

 謝り続ける私に、

「売ったりしないよ」

 あの人はぽつりと呟いて私の顎から手を離した。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさ――え?」

 謝るのに必死だった私は、あまりにも呆気なく呟かれた言葉に耳を疑った。
 あれだけはらはらと流れ続けていた涙がぴたりと止まって、背もたれにだらしなくもたれかかるあの人の顔を見た。

「何。実は売られたいの?」

「……!」

 私は慌てて首を左右に振った。
 売られたくない。
 そのためにわざわざあの人を部屋に呼ぶようなまでをして、幻想郷で過ごした日々を諦めてようやく口にした。

 けれど、今の今まで私は売られる方向で話が進んでいたはずなのに。
 どうして。

「そ。じゃあ良かったじゃん。好きなだけここにいりゃいーよ。
 三食昼寝付き家賃催促ナシ。外出制限アリのお給料は物払い。条件的にはあんまり良かねーってのに、物好きなもんですネ」

 あの人はカップに残っていたコーヒーをぐいっと飲み干し、残っていた角砂糖をひょいと口の中に放り込んだ。
 私は何を言われているのかまだ信じられなくて、四角く固められた砂糖をガリガリと噛み砕く様子を、呆然と見つめていた。

「……でも、私を――売れば、まとまったお金が入るって。貧乏、だって」

「貧乏だよ。全然金がありません。確かにまとまった金が手に入るなら魅力的な提案だけど、やりようはあるからねぇ。
 こーんなエロ可愛い鈴仙を、はした金で見ず知らずの野郎にくれてやれって? ふざけんなって話ですよ」

 すっと手が伸びてきて、私の頬を撫でた。
 気持ちのいい仕事を選んだ私に差し伸べられたあの優しい手付きで、頬を伝う涙が拭き取られる。

「薬の扱い方が判る? 立派なもんじゃん。
 言われるまでやらない? 言われてもやらない奴よかよっぽど上等です。
 なーんでそんなに自分に自信がねーですかね。もちょっと居直ってみても良いんじゃないの?」

 突然肯定されたことに驚いて、私はきょろきょろと視線を泳がせた。
 だって、私は――

「何も、出来なくて」

 能力が使えないというだけで、私自身驚くほど何も出来ない事に気がついていた。
 ここでの生活で、それを嫌というほど味合わされた。

「……本当に、びっくりするくらい何も出来なくて」

「鈴仙」

 言い訳がましく(どうして言い訳などしているのかも判らず)言葉を連ねていた私に、あの人は優しい声音で囁いた。

「価値なんてものは他人が勝手に決める物なの。鈴仙は鈴仙でいる事が価値なんだよ。判る?
 そりゃ、自己アピールは下手だったけどね。そういうとこもひっくるめて鈴仙で、俺にとって価値があんの。
 大体ね、お兄さん言ったでしょうが。鈴仙の願い事なら何でも聞くってね」

 あの人は席を立ち、私の前に立ってじっと見下ろしてくる。
 両手を顔に添えられ、私はあの人の顔を見上げていた。

 とても真剣な表情を浮かべて、私を見つめていた。

「臆病で、泣き虫で、びくびくおどおど顔色を窺ってばかりの鈴仙。そんな鈴仙が可愛くって仕方ないんだよ。
 この垂れた耳も、長い髪も、丸っこい尻尾も。
 ハメる為の穴なんざごまんとありますがね、鈴仙は一人こっきり。鈴仙が鈴仙である事。これ以上のオリジナリティはどこを探しても見つかりゃしねーの」

 私である事が、私の価値。
 そんな事を言われたのは、初めてだ。

 親指で私の唇をなぞった後、しゃがみ込んで私の手を握った。
 温かい手の平だった。

「もう一度言ってごらん。鈴仙はどうしたいの?」

 じっと見上げて促され、私はもう一度お願いを口にした。

「これからも、ここに……置いて下さい」

「いいよ。俺と一緒にいてね、鈴仙」

 あの人は私の手の甲にちゅっと音をたてて口付けをした。



「はい。ご主人、様……」


 
xxx  xxx



「ふふ。ふふふふ。ふふ」

 自室の椅子にもたれかかって、ぼんやりと天井を見上げて笑う。

 何度思い返しても笑えてくる。

 ご主人様だって。
 ご主人様だってさ。
 誰が?
 俺が。

「うふ、うふふふ、ふふふふ!」

 ぎしぎしと揺らしていたイスを戻し、だんだんと足踏み。

 ちょっと聞いてくださいよそこ行く奥様!
 ご主人様ですってよ!
 ちょいと優しくするところっと騙されるんだから!
 全くもってなっちゃいません。

 他人の優しさなんて信じちゃイケマセン。
 そういうのが一番胡散臭いんだから。
 その気になりゃ、どんな悪党でも優しい顔の一つや二つ楽勝です。
 甘い面を見せて油断させるなんざ、詐欺の初歩の初歩。

「ほんっと、かーわいいもんだ」

 詐欺師でもないのに誰かを甘やかすってのは、そりゃてめぇが気持ちいーからですよ。
 相手の事なんて考えちゃいない。
 この子には自分しかいない。
 自分が居なけりゃケツも拭けやしない。
 ああ、私ってなんて献身的で愛に満ち溢れた人間なんだろう。
 そんな風にてめぇが善人だと思い込んで酔ってるだけ。

 甘ったるくて反吐が出る。 

 ま、こっちもボロが出ないよう、ちょいとばかし魔法をかけさせてもらいましたがね。
 一日三回、鏡の前でてめぇにきっちり言い聞かせてある。
 マジに騙そうとするなら、こっちもマジになる必要がある。
 別に手の込んだ嘘をつくこたぁありません。
 こっちがマジになれば、相手もマジになるって寸法。

 だからマジで好きになっちまえばいい。
 そしたら色々な事が我慢出来る。
 鈴仙の幸福だって祈ってあげられます。

 その方が、後になって堪えるだろうからね。

 お仕事と一緒。
 鈴仙のまんこを生で味わって金玉が縮むまで中出ししてやりたい所を、我慢に我慢を重ねてきた。
 初まんこだってゴムまでつけて、たった一回こっきりで済ませた。

 何故か?
 溜めに溜めてからぶちまけた方が気持ちいいからだ。
 そいつと一緒で、あまーく優しーく扱ってるのも後で思う存分どん底へと突き落としてやる為だ。

 不幸が前提にあるなら、他人のハッピーだって許容出来ます。
 幸福の絶頂期にある方が、落差をより実感出来るからネ。
 その為なら手間暇惜しみません。

 鈴仙のように、他人に依存するタイプは俺自身好みだ。
 ああいうタイプはいつだって耽溺出来るもんを探している。
 それは人であったり、場所であったり、物であったりする訳で、鈴仙の場合は以前暮らしていたとこの師匠って奴みたいだ。

 俺をご主人様なんて呼ぶのは、依存の対象として認め始めてるって事。
 依存させきった所で、手の平返してやりましょう。

 そういうのが、一番酷い。
 で、俺はそういう酷いシチュが大好物だ。

「ひひ、ひっ、ひっ!」 

 俺は視線をテーブルの上へ向ける。
 テーブルの上に放り出した一本のビデオテープ。
 鵺が回収した後で寄越したマスタービデオ。
 中身は勿論、鈴仙との絡みです。

 鈴仙もクローゼットにカメラ仕込んでるなんて夢にも思っちゃいないのかね?
 思ってないんだろうなぁ。
 注意一秒デビュー一生。
 完全無修正バニーさんとくりゃ、性欲を持て余したアホ共が飛びついてくる。
 鈴仙が何も知らずにベッドで寝ている間も、モニターの前でシコシコしてるって訳です。

 で、俺はそういったアホ共そっちのけで鈴仙ちゃんと存分にハメハメ。
 一番美味いとこは俺が独り占めって寸法です。
 ざまーみやがれって感じですね。
 イヒ!

「あのミミズ千匹は、手放すにゃちょいと勿体無いね」
 
 初まんこだってゴムつけてなきゃ挿入・即・射精遊戯。
 ブルース・リーも真っ盛りになっちまう搾り取りようでしたよ。
 せっかくの名器なんで、たーっぷりと味わい尽くしてやりましょう。
 楽しみ方なんざ色々とある。
 時間も幾らでも有り余ってる。
 飽きるまで鈴仙を遊び尽くしてやりましょう。

 で、飽きたら売り飛ばしましょう。

 今も売却水準に達しちゃいるが、開発し切った方が高く売れる。
 世の中甘くないって事をきっちり教え込んでやらなきゃネ。

「さて」

 俺は席を立って浴室へ。

 魔法のお時間です。

 鏡の前に立って、いつものようにてめぇの面を睨みつける。
 卑しい犬っころのクソ野郎に、優しいお兄さんの皮を被せてやりましょう。

「鈴仙を愛している愛している愛している愛している愛している愛している」

 その気にナって、心の底から愛しテいよウ。

「鈴仙を愛している愛しているあいしているあいしているあいしているあいしている」

 赤いおメメのウサギちゃン。 

「鈴仙ヲあいしてイルあいしてイルあイしてルあいしてるヨれいせんアイシテアイシテアイシテ」

 サビシガリやでおくビョウなかわいいカワイイおレのウサギ。

「レイセンアイシテアイシテアイシテアイシテアイシテアイシィヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ」



 オレハ レイセンヲ アイシテイル。



xxx  xxx



 あの人をご主人様と呼ぶようになって、私は少しずつ部屋の外を出歩くようになっていた。
 勿論外を出歩く事は出来ないけれど、それに不満はなかった。

 外に出るのは怖かった。
 外には数え切れないほどの人間たちが闊歩している。
 月にまでやってきて、我が物顔で振る舞う人間たち。
 空もくすんでいれば、空気も悪かったのを良く覚えていた。

 ここは私を閉じ込める場所でありながら、同時に私を数多の人間から守ってくれている場所なんだと、そう考えるようになっていた。

 ここにいるのはご主人様と私だけ。
 たまに訪れるのは、あの丸っこい鵺という小人だけ。

 小人にしても私に関心がないのか、部屋を出るようになってからちらほらと姿を目にしているけど、話しかけてくる事もない。
 私も廊下をひょこひょこと歩いている姿を見掛けるだけだ。

 害意はないようなので、あまり深く詮索しない事にしている。
 あれこれと首を突っ込んで、ご主人様の機嫌を損ねるのが怖かった。

 時折ご主人様から前触れもなく悪戯をされる事におっかなびっくりしながらも、概ね優しく――そして気持ちの良い――日々を送っていた。

 そんなある日。

「どう、ですか」

 私はご主人様の脇に立ち、カップを手にした姿を固唾を飲んで見守っていた。

 ご主人様は広間の長テーブルに座り、じっと凝視している。
 視線の先にあるのは白いカップ。
 中に注がれているのは黒い液体で、私が入れたコーヒーだ。

 何も出来ない私がとりあえず何か出来る事をしようとして、差しあたって思いついたのがコーヒーの淹れ方から。
 本当は料理を賄ったりする方が良いのかもしれないけれど、永遠亭にいた頃はお手伝い兎に任せっ切りで、私自身家事をした経験がない。
 見慣れない食材も多かったので、なるべく失敗しなさそうな方を選んでいた。

 実際、一通りの説明を受けたけれど殆ど機械がやってくれた。
 私は挽かれたコーヒー豆と水を用意して、それぞれ所定の場所に入れるだけ。
 こぽこぽと湯気を立てて機械が止まるのを待ってから、黒い液体をカップに注いで運んだ。

 そして、広間で待っていたご主人様に差し出した。

 ……のだけど。

 ご主人様は砂糖にもミルクにも手を付けず、一口だけ口に含んで後は無言のまま。

「ふーん」

 そんな気のない声を洩らして、カップをテーブルに戻した。

 何か、手違いでもあったのだろうか。

 お盆を胸に抱いて、私は急に不安になってきた。
 そんな私を、ご主人様は一瞥する。

「鈴仙、味見はした?」

「え」

 無表情に見つめられて、私の不安はますます掻き立てられた。

「してない…です」

 私が口を付ける前にと、まず真っ先に用意をしたのだけれど。
 ため息をつきながら頬杖を付く姿に、胸元が締め付けられるような感覚に襲われた。

「そ。これ、俺が言った通りそっくりそのまま淹れたでしょ」 

「は、はい」

 以前教えられた通りの豆を選び、同じ量だけ使い、そっくりそのまま真似をした。

 何か忘れていた事があった?
 手順が抜けていた?

 不機嫌そうな横顔を盗み見るうちに、一体何気いけなかったのか、私の頭の中でぐるぐると空転を始めていた。

 身じろぎすら出来なくなってしまった私の前で、ご主人様は席を立った。
 椅子が引かれる音に驚いて肩が跳ねる。
 
「鈴仙。ちょっとおいで」

 口元を強張らせたまま俯く私に、ご主人様は硬い声で促した。

「……はい」

 どうしよう。
 どうしよう。
 どうしよう。
 きっと、怒られてしまう。

 私は足取り重く、ご主人様の後についてキッチンの中へ。
 ご主人様は手近なカップを取り出し、まだ残っていたポットから中身を注ぐ。

「飲んでみな」

 湯気を上げるカップを渡され、私は恐る恐る言われた通りに口を付けてみた。

 ミルクも砂糖も入っていないので、まざりっけのない苦味が舌に広がり、次いでわずかな酸味がほろりとこぼれるように後を引いた。

 私が一口啜っている間に、ご主人様はポットの中身を流しに捨て、お湯の注がれたコーヒー豆を取り替えた。
 ポットの中を良く水で濯いでから、再び機械に水を定量入れていく。
 真新しい紙のフィルターに盛られタコーヒー豆、そして水も私がした通りの量だ。

「はい注目」

 一口啜ったものの何も問われないので不思議に思っていると、ご主人様は人差し指を一本立てて見せた。

 私の視線が向いたのを確かめてから、乾いたコーヒー豆にさくと軽く指を押し付けた。

「トデッラ ヒュヴァー カハヴィア」
 
 ご主人様は点てる前のコーヒー豆に指を差し込み、そんな不思議な言葉をそらんじるように呟いた。
 以前教えてもらった時には、そういった手順は含まれていなかった。
 私の疑問に対して気に止めた風もなく指を抜くと、機械のスイッチを入れた。

 互いに言葉もないまま数分が過ぎ、蒸気と共に淹れたてのコーヒーの香りがぷんと広がって私の鼻腔をくすぐった。

「はい交換」

 ご主人様はポットから新しく点てたコーヒーを別のカップに注いで、私に差し出してきた。

「あ、はい……」
 
 私はそれを受け取り、代わりに手にしたままのカップを手渡す。
 ご主人様は私が口を付けた分をくいっと呷って飲み干してしまうと、

「どうぞ」

 淹れたてのコーヒーを勧められた。

「頂きます」

 私は一連の行動を不思議に思いながらも、カップに口を付けた。
 口に含むと同時に苦味が舌に広がり、ごくりと飲み込むと舌の根に酸味が残る。
 さっき飲んだコーヒーと変わらない味。

 それなのに。

 ――あれ。

「……?」

 私は手元のカップを凝視して首をひねる。
 もう一度確認するように飲んでみる。

 口に含んで、舌で転がしてから飲み込む。
 苦味と酸味。

 それだけなのに。

 なんだろう。

 口当たりが、柔らかい。
 えぐ味がないというか。
 飲み易くなってる。

 以前はたっぷりのミルクと砂糖を入れて、苦味を消してようやく飲めた。
 確かに香りはすばらしいと思うけれど、お茶の苦味と違ってコーヒーの苦味は少し苦手な味だった。

 それなのに飲める。
 二口三口と味を確認している内に、いつの間にかカップは空になってしまっていた。

「……美味しい、です」

「そ」

 ご主人様は短く呟いて、ポットを片手にキッチンからすたすたと出て行った。

「あ、あのっ」

 一体何をしたんだろう。
 あの言葉の意味は?
 私の隣を横切って遠のく赤い背中に声をかけ、

「鈴仙、冷蔵庫の白い箱入ってっから。それ持ってきて。後小皿三枚ね」

「え? あ、はい」

 用事を言いつけられ、私は頷いていた。
 言われた通りに冷蔵庫を開けて(いつでもひんやりとしていて気持ちが良かった)白い箱を取り出し、重ねられた小皿を三枚棚から取り出す。

 ……どうして三枚なんだろう?

 不思議に思いながらキッチンを出ると、広間のテーブルにご主人様が。
 その向かいにはあの丸っこい小人が座っていた。

「さて、お茶会の続きといきましょう。不思議の国でお茶会です。残念ながらアリスは不在ですが、盛り上がっていきましょう!」

 ご主人様はいつもの人の悪いへらへら笑いを浮かべて言った。

「お茶会。お茶会」

 小人の鵺――さん、は手にしたフォークのお尻でこつこつとテーブルを叩いた。

「は、はぁ」

 私は不思議な光景にどぎまぎしながら、ご主人様の隣の席に座った。

 私が席に着いたところで、テーブルに置いた白い箱を手繰り寄せたご主人様が唐突に唄いだす。

「はっこの なっかには ケーキが ひっとっつ~♪
 はっこを たったくっと ケーキは ふったっつ~♪」

 私が面食らっている間に、ご主人様は白い箱からケーキを取り出し皿へと移す。
 歌声に合わせて鵺、さんが、フォーク尻でテーブルを叩いてリズムを合わせている。

「もひっとっつ たったくっと ケーキは みっつ♪
 たったいって みるたび ケーキが ふっえっる♪」

 なんだか、沢山のお菓子箱を前にした子供のような。
 とても楽しそうに見えた。

「そっんな ふっしぎな はっこが ほっしい♪
 そっんな ふっしぎな ポ~ケットも ほっしい♪」

 ご主人様はケーキが乗ったお皿を、テーブルの上を滑らせて配膳する。
 絶妙に力加減がされているのか、ケーキは倒れる事もなくぴたりとそれぞれの目の前で止まった。

「ポットの なっかには コーヒーが 一杯♪
 ほれ、鈴仙も鵺も乗ってきて乗ってきて! でないと俺一人で唄っちゃうよん?」

 ポットからコーヒーを注ぎ、ご主人様は楽しげに両手で私たちを手招いた。

「ダメ。鵺、歌下手」

 小人は手袋をはめた手の平を突き出して、ぶるぶると顔を左右に振った。

 ……あれ?

 子供のような仕草で、それなのに声はしゃがれた老人のような声だった。

「じゃ鈴仙。唄ってみよう!」

「わ、私ですか?」

 まるで別人が喋ったような錯覚に戸惑っていると、矛先が私に向いていた。

「OK。イージーモードでいってみよう。さあ、後に続いて!
 ポットを たったくっと?」

「ポットを たったくっとっ」

 突然水を向けられ、私の声は見事に裏返ってしまった。

「その調子その調子! 元気に行ってみよう!
 コーヒーが 二っ杯♪」

「コ、コーヒーが にっはい」

 恥じ入る間もなく続きを促され、私はつっかえながらもご主人様に続いて唄う。

 向かいでは鵺さんが手拍子をしていた。

「いいよいいよー。サン、ハイ。
 もひっとっつ たったくっと コーヒーが 三杯♪」

 ご主人様はおどけるように、頭の上に掲げて見せたポットを手の平で叩いた。

「もひっとっつ たったくっと コーヒーが 三杯」

 私はその露骨に滑稽な仕草にくすと小さく笑いながら、後に続いて唄った。

「そうそう、笑って笑って!
 そっんな ふっしっぎな ポットが ほっしっい♪
 そっんな ふっしっぎな ポットは いっらっね♪」

 喋りながら、唄いながら、ご主人様はポットからカップにコーヒーを注ぎ、やはりテーブルの上を滑らせて配膳する。

「そっんな ふっしっぎな ポットが ほっしっい♪
 そっんな ふっしっぎな ポットは いっらっね♪
 ふふ。どっちですか?」

 私はその様子に驚いて、感心して、けど少し行儀は悪いなと思いながらも、唄いながら訊ねた。

「どっちだろうね~? ハイ!
 おっさらっの うっえにっは ケーキが ひっとっつ♪
 じ~みっな レッモッンの ケーキが ひっとっつ♪」

 指に挟んだフォークをくるくると回しながら、また別の歌を唄いだす。
 幾ら歌詞が変わってもメロディは単純な繰り返しなので、それさえ覚えてしまえば簡単についていく事が出来た。

「おっさらっの うっえにっは ケーきが ひっとっつ♪
 じ~みっな レッモッンの ケーキが ひっとっつ♪
 地味じゃないです。可愛いですよ」

「可愛い可愛い」

 私の言葉に、鵺さんが同意して何度も頷いた。

「可愛いなんて使い古されてるの。敢えて地味って言うのが良いんじゃない。二人とも判ってないねぇ。ハイ!
 もっひっとっつ たっべっると むーねがっ やっけっる♪
 食い意地 はったら むーねがっ やっけった♪」

 ご主人様は舌を出して胸を押さえる。
 鵺さんがご主人様の真似をしてぐぅと唸った。
 その様子に私はくすくすと笑った。

 私はいつの間にか笑っていた。
 とても久し振りに、素直に笑えていたと思う。
 お茶会は終始、とても賑やかだった。



 何か聞きたいことがあったような気がしたけれど、ほろ苦いコーヒーと控えめな甘さのレモンケーキに舌包みを打つ内に、すっかり忘れてしまった。



- 鈴仙・優曇華院・イナバ編 end -

















































































































































 ~おまけーね~ 



 永夜抄を「えいやさ」と呼んでいました(実話)。

↓(脳内イメージ)↓

霊夢 「えいやっさ!」
永琳 「ちょいやっさ!」
魔理沙「えいやっさ!」
てるよ「ちょいやっさ!」
妹紅 「生きてるって、素晴らしい!」

 プレイするまで大体こんな感じ。
 無意味に楽しそうですよねー。



 ここには上記のごとき内容が書かれており、eraudon本編とは一切関係ありません。

 作者の脳内に涌いたしょーこりもないネタを書いたりしている場所です。

 これを見たがために作画崩壊、脳内崩壊、妄想崩落、「えいやっさ!」「ちょいやっさ!」と合いの手を打ち出しても、
 強く生きて下さい。

 嫌な予感がする方は、直ちにブラウザを閉じることをお勧めします。



 ドラッグ ダメ 絶対
 


~もしもeraudonの調教者があの人だったら~



○スカ「はっはっは(乾いた声で)」

鈴仙 「こ、こないでぇ!」

○スカ「どこへ行こうというのかね?」

鈴仙 「いやぁ!(じろり)」

○スカ「目がぁ~、目がぁ~!」

鈴仙 「……(能力使ってないのに)」

○スカ「うわあああぁぁ(乾いた声で)」



 始まったと思ったら、終わっていた。
 さすがムのつく人は格が違った。



~もしもeraudonの調教者があの人で、しかもあの人多分懲りないだろうからこうなるかもしれない~



○スカ「君は伏せていたまえ」

鈴仙 「床に伏せっているのはあなたの方でしょ?」

○スカ「言葉を慎みたまえ、君はラピュタ王の前にいるのだ」

鈴仙 「……(なんで私がこんな奴の面倒見ないといけないんだろ)」

○スカ「私はムスカ大佐だ」

鈴仙 「(今王って言ったのに)」

○スカ「私はムスカ大佐だ」

鈴仙 「あなたの名前なんてどうでもいいから、私をここから出しなさい」

○スカ「一段落したら、全て焼き払ってやる!」

鈴仙 「何ですって!?」

○スカ「ああ、目が、目がぁぁ……あああああ」

鈴仙 「……永遠亭に帰りたい」



 ダメな人は大人になってもダメ。
 さすがムの付く人はスケールが違った。



~ムの付く人の不甲斐なさにとうとうあの人が調教師に転職したようです~



○○○「戦いとは、常に二手三手先を考えてするものだ!」

鈴仙 「こ、今度は誰!?」

○スカ「私はムスカ大佐だ?」

○ャア「見せてもらおうか。連邦のMSの性能とやらを!」

鈴仙 「(また変な人が増えた……)」

○ャア「……」

○スカ「……」

鈴仙 「(な、なんだろう。二人で見つめ合ってる)」

○スカ「君の一族と私の一族は、もともと一つの王家だったのだ」

○ャア「勝利の栄光を君に!」

鈴仙 「(肩を組み合ってこの人たちは一体何を言ってるんだろう)」

○ャア「見える、私にも見える!」

○スカ「読める! 読めるぞ!」

鈴仙 「……?」

鵺  「ご飯」

鈴仙 「あ、貴方は?」

鵺  「鵺」

鈴仙 「……あ、ありがと」

○ャア「私にプレッシャーを与えるパイロットとは…一体?」

○スカ「どんな呪文だ、教えろその言葉を!」

鈴仙 「うるさい(じろり)」

○ャア「ララァ、私を導いてくれ!」

○スカ「目が、目がぁぁ」

鵺  「(ひょこひょこひょこ)」

鈴仙 「……鵺、さん。かぁ」

○ャア「ララァ…どうしたらいいんだ…教えてくれ」

○スカ「うわあああああ(乾いた声で)」



マイナス同士を掛ければプラスになる。だがマイナス同士を足したところでマイナスにしかならない。

パウルマン「以上。証明終わり」

先生! 先生じゃないですか!



~もしもudonの巷で噂のあの裏ビをあの三人が手に入れたら~



( 頓)<大変だうぬらよ! 大変な物を手に入れてしまった!
( 珍)<二回言うほど大事な物とな?
( 漢)<見してみ?

( 頓)<コ レ ダ ー !!



『狂喜の兎 ~鈴仙のいけない放牧~』



( 珍)<鈴仙ちゅわんのいけないシリーズktkr!
( 漢)<60分間ひくひくしっ放しとな?!

( 頓)<放牧というものにまたそそられる何かがあるのぅ!
( 珍)<堪らんのぅwww堪らんのぅwwwwww
( 漢)<今日も息子がチンチンジャラジャラ! 出します出せます出させます!

( 頓)<では早速見てみるとするか!
( 珍)<ksk! ksk!
( 漢)<どこまでも~ かぎ~りな~く~ 降りそそ~ぐ(ry

 ウィー ガチャコ。

( 頓)<今回は縛り系かのう。M字開脚ご開帳とかそれだけでご飯一〇杯分はイケる!
( 珍)<ネピア良し! 位置良し! 装填良し! 俺に良し、お前に良し!
( 漢)<俺の股間が光ってうねる! 白玉出せよと轟き叫ぶぅ!

鈴仙(兎)『ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく』

( 頓)<……。
( 珍)<……。
( 漢)<……。

鈴仙(兎)『ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく』

( 頓)<鈴仙ちゃんってば、ちょっと見ない間に毛深くなったなぁ。
( 珍)<こ、これうぁ。
( 漢)<兎に鈴仙って書いただけじゃん。

鈴仙(兎)『ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく』

( 頓)<めっさひくひくしとるな。
( 珍)<鼻がな。
( 漢)<60分間ひたすらこれか?

鈴仙(兎)『ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく』

( 頓)<DA☆MA☆SA☆RE☆TA!
( 珍)<DA☆MA☆SI☆TA☆NA?
( 漢)<……。

鈴仙(兎)『ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく』

( 頓)<おk。時に落ち着け珍よ。
( 珍)<30秒で仕度しな。
( 漢)<……。

鈴仙(兎)『ひくひくひくもりもりもりひくひくひくもりもり』

( 頓)<ほ~らこうすれば――
( 朕)<中華皇帝を名乗れそうな気がしてくる! ふしぎ!
( 漢)<……ハァハァ。

鈴仙(兎)『ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく』

( 頓)<で。さっきから漢がおかしい件について。
( 朕)<ちょwwww これで抜くってどんだけ野生の王国wwwwww
( 漢)<……ハァハァヤバイヨヤバイヨハァハァソンナニレイセンチャンウワァウワァハァハァ。

鈴仙(兎)『ひくひくもりもりひくひくもりもりひくひくひく』

( 頓)<アレデスカ。いまじなりぃトイウ奴デスカ。
( 朕)<ちなみにもりもり言ってるのは草を食べてる音ですヨ?
( 漢)<ハァハァモットホシイノカイハァハァアゲルヨアゲルアゲチャウカラネハァハァレイセイチャンノナカニナカダナカダシナカダシィィィィィィ     ヴッ

鈴仙(兎)『ひくひくひくひくひくひくひくひくひくひくひく』

( 頓)<……。
( 朕)<……。
( 漢)<ちょっと北海道行って来る。



( 頓)<逃げてぇー! 北海道超逃げてぇー!!
( 朕)<津軽海峡が獣姦シチャウヨー!?

( 漢)<ケモキングに 俺はなる!



 頓珍漢の漢だけあって男らしいことを言ってますね。
 まさに漢勃ち。

 私は一体何を書いているんだろうか。
お久し振りです。eramomiではないですが、またよろしくお願いします。
今回は色々とひどい話です。

まとまったら投稿しようと思っていて忘れていたものです。
今後も容量と相談しながらまとまった量の投下になると思います。
紺菜
http://momijizm.blog77.fc2.com/
コメント




1.名前が無い程度の能力削除
赤さんまじぱねぇっす!!
2.紅魔の雑用削除
いろいろと狂ったお話は書くの難しいですよねえ。
ここまでくると性格が散りすぎて、辺りの誰かには扱えませんよ。
とりあえず、こっちの要領ぎりぎりまでがんばってくださいね。
3.名前が無い程度の能力削除
全編おまけーねのようだと思っていたら
おまけーねがいつもより斜め上で噴いたw
4. 削除
こいつは素晴らしくクソ野郎ですね
5.名前が無い程度の能力削除
この「彼」は「本物」のニオイがする
6.nanasia削除
さすが紺菜さんマジパネェっす
主人公のせいせいするぐらいのクズっぷりとかマジパネェっす
前回学園ものの書くって逝ったから次は調教ものなしかなとおもたけどマジパネェっす
こんどこそ早苗さん出るかなとおもてたけど
うどんげいいようどんげ
次回作に期待
7.名前が無い程度の能力削除
これを待っていた!
今回の調教師は果たしてどういう結末を迎えるのかとても楽しみです。
1つだけ思うのは、このバカ野郎は途中で改心しようが地獄行きだろうな、とw
8.名前が無い程度の能力削除
あなたマジ天才だわ
9.名前が無い程度の能力削除
ちょくちょく入ってくる小ネタにちょくちょく笑いますw              後eramomiからの調教者のかわりっぷりにびっくり           
10.名前が無い程度の能力削除
eramomiからの変わりっぷりに驚天動地です。
あれはあれでもう終わっていたのですね。
11.名前が無い程度の能力削除
きた!eraudonきた!これでもげる!!
狂気の赤さんプレゼンツ
Sっ気たっぷりのド外道を乞うご期待!

eramomi第二部はudonの後になるのかな?
HWDも楽しみ。畜生、後十年は戦えるぜ!